2017年03月06日

◆万全な目配りが必要な日米関係の構築

櫻井よしこ



大統領補佐官の辞任は政権内の闘争か 

ドナルド・トランプ米大統領の政策や決定を評する中で最も頻繁に使われ
る語彙が衝動的、或いは直感的という言葉である。
 
CNNの政治討論番組で、論者の1人がトランプ氏を見ているとベーブ・
ルースを思い出すと言った。アメリカ野球界の英雄、ベーブ・ルースはあ
る日「なぜそんなにホームランを打てるのか」と問われ、「ただ直感的に
打っているのさ」と答えたそうだ。トランプ氏も、なぜこのような決定を
したのかと問われると、「直感的に決めたんだ」と答えることが多いとい
うわけだ。
 
この主張に対して別の論者が、「直感的に打ったベーブ・ルースだって、
空振りは多くあったよね」と皮肉った。
 
国家安全保障担当、マイケル・フリン大統領補佐官の辞任をこんなジョー
クで語るのは適切でないかもしれない。また元々、共和党には批判的で、
かつ、トランプ政権には非常に強い反感を示している米国のリベラルなメ
ディアの報道をそのまま受けとめるのも適切ではないだろう。
 
だが、その点を考慮したうえでも尚、実感するのは、政権発足からひと月
も経たない2月13日のフリン氏の辞任は、トランプ政権内の権力闘争や一
貫性を欠く不合理な政策の象徴なのではないかという思いであり、政権の
未来展望に疑問を抱かざるを得ないということだ。
 
共和党の多数がトランプ氏を批判していた大統領選の最中から、トランプ
氏支持を打ち出したフリン氏は、大統領に最も近い人物の一人だ。
 
その人物が、昨年12月29日、まだバラク・オバマ氏が大統領だった時に、
複数回にわたって駐米ロシア大使と電話で語り合い、対露制裁見直しの可
能性を話し合ったのではないかとの疑惑が報じられた。
 
当初、フリン氏は疑惑を否定したが、「ワシントン・ポスト」紙が、2月9
日、フリン氏は「トランプ政権発足後、制裁を見直す方針だ」とロシア大
使に伝えていたと、複数の人々の証言を元に報じた。会話の録音も存在
し、司法省はフリン氏がロシアから脅迫を受ける危険性があることまで、
「政権」に報告していたというのである。
 
フリン氏はロシア大使と電話会談した時点ではまだ「民間人」だ。民間人
は外国政府と外交を協議することを法で禁じられており、フリン氏は違法
行為をしていたことになる。その証拠を当局が録音していたことも驚きで
ある。
 
トランプ大統領はフリン氏辞任の翌日、「なぜこんなに多く違法の情報
リークが起きるのか」とツイッターで怒りを表明した。
 
ホワイトハウス内の人間関係を見ると、大きく分けて2種類の人々が混在
している。1つのグループが今回辞任したフリン氏をはじめとするいわば
伝統的な政治権力とは異質の人々である。その1人はトランプ大統領が突
然、ホワイトハウスに首席戦略官として招じ入れたスティーブ・バノン氏だ。

両氏と対照的な人々に大統領主席補佐官のラインス・プリーバス氏、マ
イク・ペンス副大統領がいる。いわば伝統的な政治勢力に属する人々だ。
情報リークがこうした人間関係の中から生じている可能性は少なくない。
 
日本政府は安全保障問題に関してフリン氏とのパイプに多くを託してき
た。氏は昨年10月11日、菅義偉(よしひで)官房長官と対談した。トラン
プ政権誕生を全く想定していなかった日本側にとって、11月に氏が大統領
補佐官に指名されたことは、ひとつの安心材料になった。その後、河井克
行首相補佐官が訪米しフリン氏と会談するなど交流を深めてきた。
 
2月10日の日米首脳会談でもフリン氏は国家安全保障局長の谷内正太郎氏
のカウンターパートだった。その人物の辞任である。トランプ政権を待ち
受ける波は高く、日米関係の構築には万全の目配りが必要だ。

『週刊ダイヤモンド』 2017年2月25日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1171

2017年03月05日

◆左派勢力主導で進む韓国大統領の弾劾裁判

櫻井よしこ
 


「左派勢力主導で進む韓国大統領の弾劾裁判 異議を唱える保守勢力が
デモで巻き返し」

朝鮮半島情勢は北も南も緊迫事態だ。北朝鮮は金正恩氏の指示による金正
男氏殺害事件という国家犯罪を引き起こした。身内の異母兄を刺客を放っ
て外国で殺害させた最大の要因は、正恩氏の恐怖心だと分析されている。
 
正恩氏を持て余す中国は、北朝鮮は開国すべきだという考えを持つ正男氏
を支持していた。正男氏は、すでに処刑された叔父の張成沢氏とも通じて
いた。正男・張両氏を中国政府が支援し、北朝鮮亡命政府を樹立させ、正
恩氏にとって代わらせるというシナリオに、正恩氏は脅えていたという。
 
北朝鮮の現体制がどこまで保つか不透明な一方で、韓国の政治状況も同様
に危うい。朴槿恵大統領は国会の弾劾訴追を受けて、現在、憲法裁判所の
判断を待つ身である。その憲法裁判所に保守派が異議を唱えて3月1日に大
規模デモを予定している。
 
朝鮮問題専門家の東京基督教大学教授、西岡力氏が語った。

「次の大統領選挙を含めて、左翼陣営の勢力が圧倒的に強かった韓国の政
治状況が、いま、変わりかけています。保守勢力が巻き返し、3月1日の保
守派主催のデモは10万人規模に達する見通しです。左翼優勢で絶対に勝て
ないと見られていた闘いで、保守が五分五分まで盛り返しています」

「統一日報」論説主幹の洪熒(ホン・ヒョン)氏が一連の動きを解説した。

「韓国の保守派が、憲法裁判所にも大統領弾劾事案を調査する特別検察官
にも疑問を抱いて立ち上がった理由は、当局が北朝鮮の工作に沿った筋書
きで大統領を弾劾しようとしていることが明らかになったからです」
 
朴大統領は、民間人の崔順実氏への機密漏洩もしくは特別な利益提供の疑
いが浮上して躓いた。直接のきっかけは崔氏の所有とされるタブレット端
末だった。これをまっ先に報じたのは「中央日報」系列のテレビ局、
「JTBC」だったが、タブレット端末の件は捏造だったというのだ。

「大統領弾劾という非常に深刻な事態をもたらした物的証拠を、憲法裁判
所は採用せず、検証もしていません。検察もメディアも真偽を確かめよう
ともせず、黙殺したままです。検察は国家の起訴権を独占し、国家の正
義、大義を守る役所です。それなのに公正さを欠いている。結果として検
察が北朝鮮を代弁する左翼陣営と結託していることに、保守が危機感を抱
いたのです」
 
弾劾裁判では憲法裁判所の判断が全てである。単審制だけに、審理はより
公正でなければならない。現実はしかし一方的な「人民裁判」の様相を帯
びていると、洪氏は警告する。
 
3月1日のデモを主催するのは「国民抵抗本部」(共同代表・權寧海、鄭光
澤)である。陸海空軍の予備役将校団、各軍の士官学校同窓会の全てが参
加し、これまでに大韓民国の国旗、太極旗を掲げてデモを繰り返してきた
ために「太極旗集会」と通称される。彼らの要求は「弾劾棄却」「国会解
散」「特別検察解体」である。
 
洪氏が語った。

「太極旗集会の参加人数が、大統領弾劾を支持する左派集会の人数を超え
たのが昨年末でした。でも、メディアはそのことを伝えず、警察もデモ参
加人数の発表をこの頃から取りやめました。左派勢力に不利な情報をメ
ディアや当局が隠す。このような状況への不信から、保守派支持が増えま
した」
 
2月に入って韓国三大ネットワークのひとつ「MBC」が太極旗集会を積
極的に報じ始め、支持はさらに広がりつつある。他方、高い信頼性を誇っ
ていた「朝鮮日報」紙が、左翼の文在寅(ムン・ジェイン)氏が次期大統
領に当選すると予測して、社論を劇的に左に転換した。その結果、読者多
数が購読を中止したという。韓国は予想以上の混乱の中にある。3月1日の
デモの行方を、固唾をのむ思いで見詰めている。

『週刊ダイヤモンド』 2017年3月4日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1172

2017年03月02日

◆キッシンジャー元国務長官の影響で暴言沈静化

櫻井よしこ



「キッシンジャー元国務長官の影響で暴言沈静化 くすぶるトランプ
大統領が中国と手を結ぶ可能性」

リチャード・ニクソン元米大統領に仕えた元米国務長官、ヘンリー・キッ
シンジャー氏は親中派の中の親中派である。1923年生まれの高齢の氏がい
まワシントンと北京、ドナルド・トランプ米大統領と習近平中国国家主席
を「つなぐ人物」といわれる。
 
氏は昨年秋にはヒラリー・クリントン氏への支持を表明していたが、トラ
ンプ氏が勝利すると、10日後にはニューヨークで次期大統領と会談、ロシ
ア、中国、イランおよびEU(欧州連合)情勢を語ったと発表された。
 
公式発表では幅広い議論だったと強調されたが、重要な部分を占めたの
が中国問題だったことは、2週間後にキッシンジャー氏が93歳の身を押し
て北京に飛んだことからもうかがえる。
 
2016年12月1日木曜日、氏は左手に握ったつえを頼りに北京にいた。中国
共産党序列6位の常務委員、王岐山氏がキッシンジャー氏の右手を取って
労り、2日には、氏が人民大会堂で習主席に丁重に迎えられた。
 
大統領選挙キャンペーン中、トランプ氏が中国を為替操作国とし、中国
からの輸入品に45%の関税をかけるなどと厳しく非難したのは周知の通りだ。
 
こうした状況下では、中国はトランプ新政権の真の狙いを見極めるべく注
意深く観察すべきだというのが、「人民日報」や「環球時報」の社説、つ
まり、共産党政権の考えだった。
 
会談では習主席が「全身を耳にして貴方の発言を聴いている」とキッシ
ンジャー氏に語ったと報じられた。キッシンジャー氏は何を語ったのか。
習主席との会談後に、氏がCNNのファリード・ザカリア氏に述べた言葉
が、発言の一端をうかがわせる。

「選挙キャンペーン中のトランプ氏の言葉について、われわれは釘を刺す
べきでない」
 
キッシンジャー氏はさらに12月18日、CBSの「Face the 
Nation」で以下のようにトランプ氏を評価した。

「トランプ氏は、従来の世界秩序と大胆に決別するという点で、歴代大統
領中、歴史的に最重要の大統領として名を残す可能性がある」
 
クリントン氏支持の一方、トランプ氏を忌避していた氏は、なぜトランプ
氏を褒め始めたのか。
 
興味深いのがトランプ氏の発言内容が変化してきたことである。大統領
選勝利以降、氏の中国非難は鳴りを潜めた。45%の関税にも南シナ海での
蛮行にも触れなくなった。1月31日には「中国は為替操作で通貨安を誘導
している」と非難したが、このときは日本も一緒に非難され、またトヨタ
自動車が名指しされ、日中逆転が起きたかのようだ。
 
対中暴言の沈静化は、キッシンジャー氏がトランプ氏の脳裡に米中関係
重視の必要性をとことん刻み付けたからではないのか。キッシンジャー氏
が11年に上梓した『中国(On China)』から氏の中国への入れ込
みぶりが伝わってくる。同書は586ページの大著だが同じ写真が2枚ずつ掲
載されているなど編集は粗っぽい。
 
同書で氏は中国を世界の中心とする中華思想を説明し、偉大な中華と良
好な関係を築くことの重要さを強調する。中国との良好な関係に反対する
理由は全くない。しかし、キッシンジャー氏の語る米中が目指すべき関係
は、中国が年来主張してきた「新型大国間関係」とそっくりだ。中国政府
の代弁者かと思われても仕方がない面が目立つ。その親中派の人材を仲立
ちとして米中関係を築こうとするのがトランプ氏であろうか。
 
激しい罵り言葉とは対照的にトランプ政権が中国と手を結ぶ可能性を否
定できない理由の1つがここにある。ジェイムズ・マティス米国防長官は
安全保障面で心強い発言をした。だが明らかなのは、日本はそればかりを
頼みにしてはいられないということだ。

 『週刊ダイヤモンド』 2017年2月18日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1170

2017年03月01日

◆万全な目配りが必要な日米関係の構築

櫻井よしこ
 


「大統領補佐官の辞任は政権内の闘争か 万全な目配りが必要な日米関係
の構築」

ドナルド・トランプ米大統領の政策や決定を評する中で最も頻繁に使われ
る語彙が衝動的、或いは直感的という言葉である。
 
CNNの政治討論番組で、論者の1人がトランプ氏を見ているとベーブ・
ルースを思い出すと言った。アメリカ野球界の英雄、ベーブ・ルースはあ
る日「なぜそんなにホームランを打てるのか」と問われ、「ただ直感的に
打っているのさ」と答えたそうだ。トランプ氏も、なぜこのような決定を
したのかと問われると、「直感的に決めたんだ」と答えることが多いとい
うわけだ。
 
この主張に対して別の論者が、「直感的に打ったベーブ・ルースだって、
空振りは多くあったよね」と皮肉った。
 
国家安全保障担当、マイケル・フリン大統領補佐官の辞任をこんな
ジョークで語るのは適切でないかもしれない。また元々、共和党には批判
的で、かつ、トランプ政権には非常に強い反感を示している米国のリベラ
ルなメディアの報道をそのまま受けとめるのも適切ではないだろう。
 
だが、その点を考慮したうえでも尚、実感するのは、政権発足からひと月
も経たない2月13日のフリン氏の辞任は、トランプ政権内の権力闘争や一
貫性を欠く不合理な政策の象徴なのではないかという思いであり、政権の
未来展望に疑問を抱かざるを得ないということだ。
 
共和党の多数がトランプ氏を批判していた大統領選の最中から、トラン
プ氏支持を打ち出したフリン氏は、大統領に最も近い人物の一人だ。
 
その人物が、昨年12月29日、まだバラク・オバマ氏が大統領だった時に、
複数回にわたって駐米ロシア大使と電話で語り合い、対露制裁見直しの可
能性を話し合ったのではないかとの疑惑が報じられた。
 
当初、フリン氏は疑惑を否定したが、「ワシントン・ポスト」紙が、2月
9日、フリン氏は「トランプ政権発足後、制裁を見直す方針だ」とロシア
大使に伝えていたと、複数の人々の証言を元に報じた。会話の録音も存在
し、司法省はフリン氏がロシアから脅迫を受ける危険性があることまで、
「政権」に報告していたというのである。
 
フリン氏はロシア大使と電話会談した時点ではまだ「民間人」だ。民間人
は外国政府と外交を協議することを法で禁じられており、フリン氏は違法
行為をしていたことになる。その証拠を当局が録音していたことも驚きで
ある。
 
トランプ大統領はフリン氏辞任の翌日、「なぜこんなに多く違法の情報
リークが起きるのか」とツイッターで怒りを表明した。
 
ホワイトハウス内の人間関係を見ると、大きく分けて2種類の人々が混在
している。1つのグループが今回辞任したフリン氏をはじめとするいわば
伝統的な政治権力とは異質の人々である。その1人はトランプ大統領が突
然、ホワイトハウスに首席戦略官として招じ入れたスティーブ・バノン氏だ。
 
両氏と対照的な人々に大統領主席補佐官のラインス・プリーバス氏、マ
イク・ペンス副大統領がいる。いわば伝統的な政治勢力に属する人々だ。
情報リークがこうした人間関係の中から生じている可能性は少なくない。
 
日本政府は安全保障問題に関してフリン氏とのパイプに多くを託してき
た。氏は昨年10月11日、菅義偉(よしひで)官房長官と対談した。トラン
プ政権誕生を全く想定していなかった日本側にとって、11月に氏が大統領
補佐官に指名されたことは、ひとつの安心材料になった。その後、河井克
行首相補佐官が訪米しフリン氏と会談するなど交流を深めてきた。
 
2月10日の日米首脳会談でもフリン氏は国家安全保障局長の谷内正太郎氏
のカウンターパートだった。その人物の辞任である。トランプ政権を待ち
受ける波は高く、日米関係の構築には万全の目配りが必要だ。

『週刊ダイヤモンド』 2017年2月25日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1171 

2017年02月28日

◆万全な目配りが必要な日米関係の構築

櫻井よしこ



「大統領補佐官の辞任は政権内の闘争か 万全な目配りが必要な日米関係
の構築」

ドナルド・トランプ米大統領の政策や決定を評する中で最も頻繁に使われ
る語彙が衝動的、或いは直感的という言葉である。
 
CNNの政治討論番組で、論者の1人がトランプ氏を見ているとベーブ・
ルースを思い出すと言った。アメリカ野球界の英雄、ベーブ・ルースはあ
る日「なぜそんなにホームランを打てるのか」と問われ、「ただ直感的に
打っているのさ」と答えたそうだ。

トランプ氏も、なぜこのような決定をしたのかと問われると、「直感的に
決めたんだ」と答えることが多いというわけだ。
 
この主張に対して別の論者が、「直感的に打ったベーブ・ルースだって、
空振りは多くあったよね」と皮肉った。
 
国家安全保障担当、マイケル・フリン大統領補佐官の辞任をこんな
ジョークで語るのは適切でないかもしれない。

また元々、共和党には批判的で、かつ、トランプ政権には非常に強い反感
を示している米国のリベラルなメディアの報道をそのまま受けとめるのも
適切ではないだろう。
 
だが、その点を考慮したうえでも尚、実感するのは、政権発足からひと月
も経たない2月13日のフリン氏の辞任は、トランプ政権内の権力闘争や一
貫性を欠く不合理な政策の象徴なのではないかという思いであり、政権の
未来展望に疑問を抱かざるを得ないということだ。
 
共和党の多数がトランプ氏を批判していた大統領選の最中から、トランプ
氏支持を打ち出したフリン氏は、大統領に最も近い人物の一人だ。
 
その人物が、昨年12月29日、まだバラク・オバマ氏が大統領だった時に、
複数回にわたって駐米ロシア大使と電話で語り合い、対露制裁見直しの可
能性を話し合ったのではないかとの疑惑が報じられた。
 
当初、フリン氏は疑惑を否定したが、「ワシントン・ポスト」紙が、2月9
日、フリン氏は「トランプ政権発足後、制裁を見直す方針だ」とロシア大
使に伝えていたと、複数の人々の証言を元に報じた。会話の録音も存在
し、司法省はフリン氏がロシアから脅迫を受ける危険性があることまで、
「政権」に報告していたというのである。
 
フリン氏はロシア大使と電話会談した時点ではまだ「民間人」だ。民間人
は外国政府と外交を協議することを法で禁じられており、フリン氏は違法
行為をしていたことになる。その証拠を当局が録音していたことも驚きで
ある。
 
トランプ大統領はフリン氏辞任の翌日、「なぜこんなに多く違法の情報
リークが起きるのか」とツイッターで怒りを表明した。
 
ホワイトハウス内の人間関係を見ると、大きく分けて2種類の人々が混在
している。1つのグループが今回辞任したフリン氏をはじめとするいわば
伝統的な政治権力とは異質の人々である。その1人はトランプ大統領が突
然、ホワイトハウスに首席戦略官として招じ入れたスティーブ・バノン氏だ。
 
両氏と対照的な人々に大統領主席補佐官のラインス・プリーバス氏、マ
イク・ペンス副大統領がいる。いわば伝統的な政治勢力に属する人々だ。
情報リークがこうした人間関係の中から生じている可能性は少なくない。
 
日本政府は安全保障問題に関してフリン氏とのパイプに多くを託してき
た。氏は昨年10月11日、菅義偉(よしひで)官房長官と対談した。トラン
プ政権誕生を全く想定していなかった日本側にとって、11月に氏が大統領
補佐官に指名されたことは、ひとつの安心材料になった。その後、河井克
行首相補佐官が訪米しフリン氏と会談するなど交流を深めてきた。
 
2月10日の日米首脳会談でもフリン氏は国家安全保障局長の谷内正太郎氏
のカウンターパートだった。その人物の辞任である。トランプ政権を待ち
受ける波は高く、日米関係の構築には万全の目配りが必要だ。

『週刊ダイヤモンド』 2017年2月25日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1171 

2017年02月22日

◆ポピュリズムに突き進むトランプ大統領

櫻井よしこ



「 ポピュリズムに突き進むトランプ大統領 求められる民主主義の「内
なる敵」への正対 」

自由の旗手であるはずの米国大統領、ドナルド・トランプ氏が「保護主義
は国益に資する」と就任演説で語り、市場経済を政治の道具にする中国の
習近平主席が「自由な市場経済こそが繁栄のもと」と、ダボス会議で世界
に訴える。
 
悪い冗談のような倒錯が、日を追うごとに具体的な政策として私たちに突
き付けられる。トランプ大統領はホワイトハウス入り直後の1月23日、環
太平洋経済連携協定(TPP)「永久離脱」の大統領令に署名した。25日
にはメキシコとの国境の壁建設にも署名する。
 
「アメリカファースト」は「ワールドセカンド」であり、メキシコや日本
はサードやフォースだ。保護主義も孤立主義も米国の経済成長や繁栄につ
ながらないと警告する専門家を尻目に、ニューヨーク株式市場は史上初め
て2万ドルの大台を突破した。新大統領への支持率としては史上最低の
45%で出発したトランプ氏への期待が、逆にいま高まっているのか。
 
バラク・オバマ前米大統領が苦心して議会を説得した保険制度、オバマケ
アの見直しもすでに指示済みだ。米国を含む12カ国が苦労の末に合意した
TPPも前述のように「永久離脱」となった。個々の政策の是非や意義を
ここで問うつもりはない。

ただトランプ的手法は民主主義体制の根幹である議会での合意形成のプロ
セスを無視したもので、それを米国民が好感し、史上最高値の株価を付け
たことの意味と、ポピュリズムに向き合う時代に私たちが立ったことは、
はっきり認識しなければならない。
 
自身を大統領職に押し上げたポピュリズムに、トランプ氏はますます依
拠するだろう。民衆の意思を吸い上げ多数決で決する民主主義がその究極
の地平であるポピュリズム、大衆迎合に到着したことを愚かな選択だとか
不合理だと論難することは当たらない。嘆息するばかりでも何も解決され
ない。
 
英国のEU(欧州連合)離脱、米国大統領選挙に典型的に示された大衆迎
合政治が世の中を変え続けるいま、千葉大学法政経学部教授の水島治郎氏
の『ポピュリズムとは何か』(中公新書)が参考になる。
 
水島氏は英国と米国、グローバル経済の先頭を走る両国で「虐待されたプ
ロレタリア」の反乱が起きたと、フランスの歴史人口学者、エマニュエ
ル・トッド氏の言葉を引用する。水島氏はトランプ支持者と、英国のEU
離脱支持者の共通性を以下のようにまとめた。

・EU離脱支持者は、英国の地方の荒廃した旧工業地帯や産炭地域の白人
労働者層だった。米国のトランプ支持者は「さびついた工業地帯」の白人
労働者だった

・国際都市ロンドンに集うグローバルエリートの対極にある英国人と、米
国の東、または西海岸の都市部の政治経済エリートや有力メディアから置
き去りにされた米国人

・労働者の味方であるはずの政党が、自国の労働者を置き去りにして国際
社会にばかり目を向けるとして、両国の人々が既成政党への失望を深めた
 
米英両国に政治勢力の大変化をもたらした人々には、右の点も含めて濃密
な幾つもの共通項があった。また現在のポピュリズムは、かつての極右
的、反民主的な勢力とは異なり、他の政党同様、民主政治の通常の政治勢
力としての地位を確保したと、水島氏はみる。
 
彼らは民主政治を支える価値観に基づきつつ、国民投票等の民主政治の手
段を用いて、移民・難民の排除などの「私が最優先」の政策を手にする。
デモクラシーのこの「内なる敵」の論理を批判するのは容易ではなく、あ
くまでも正対すべき新しい傾向だというのが水島氏の結論だ。日本とてポ
ピュリズムの例外ではあり得ないいま、私たちは国民のための政治とは何
かということを、より真剣に模索するしかない。

『週刊ダイヤモンド』 2017年2月4日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1168

2017年02月21日

◆トランプ政権の未来

櫻井よしこ



「友を退け敵をつくるトランプ政権の未来は孤立化と衰退の道」

邦字紙は無論、英字紙の外信、経済、政治のどの面も、連日、ドナルド・
トランプ米大統領関連の記事で埋まっている。米大統領選挙期間中、米国
のメディアはトランプ旋風で視聴率が上がり、収益が改善したと、悪い冗
談のようにいわれている。大統領になればなったで、次々と繰り出す刺激
的な大統領令で、氏はメディアの主役を張り続ける。
 
トランプ政権に比較的好意的なメディアにも、しかし、次のような懸念の
声は少なくない。

「(外交分野の問題で)彼には衝動はあるが、経験はない。一時的(思い
付き)発言にはハラハラする」(就任演説を受けての米「ウォールスト
リート・ジャーナル〈WSJ〉」紙社説)
 
TPP(環太平洋経済連携協定)を永久離脱した米国は、アジア諸国を中
国に接近させ、「膨張する中国抑止で米国が協力を申し出ても、アジア諸
国は応じそうにない」。結果、「米国は再び中国を偉大な国にする」(米
「ブルームバーグ」マイケル・シューマン氏)。
 
メディアを敵に回し続けるトランプ氏の姿勢から見て当然だが、もっと激
しい批判は米「ニューヨーク・タイムズ」紙などには洪水のように溢れて
いる。激しい攻撃と対立姿勢故に米国民の支持を得たトランプ氏は、これ
までのどの大統領よりも、強引な政権運営に傾きつつある。シリア難民の
受け入れ停止とイスラム教国七カ国の国民へのビザ発給の一時停止を定め
た大統領令発令から、トランプ流独走の形が浮かび上がる。
 
1月27日金曜日、同大統領令が出されるや否や、激しい反発が起きた。日
曜日になって、ホワイトハウスはビザ発給停止は選挙戦での公約で、大統
領は公約を迅速に実現したにすぎず、その措置は「(イスラム教徒を狙っ
た)宗教問題ではなく、米国の安全、テロリスト対策だ」などのコメント
を出した。月曜日夜には、大統領令は合法なのかと疑問視したサリー・
イェイツ司法長官代行を解任した。
 
同大統領令発令に至る内情を報じたWSJの記事が興味深い。大統領令は
発令直前のギリギリまで推敲され、その過程で、例えば30日間のビザ発給
停止が90日間に延長されるなど、より強硬になったという。
 
また、同大統領令には限られたインナーサークルの人々だけが関わってお
り、肝心の国務省は蚊帳の外だったこと、移民局や税関局などの現場職員
も同様で、新規則をいつから実行すべきなのかについてさえ、指示はな
かったことなどが暴露されている。同大統領令発令から48時間後に国土安
全省がグリーンカード(永住権)保持者は入国自由だと発表したことにも
その混乱ぶりが表れていた。
 
同大統領令は発表直前まで極秘にされ、その結果、法的整合性について
の検討さえ十分にはできなかったわけだ。理由として、内容が事前に知ら
れてしまえばテロリストたちは急いで米国に入国してしまう、そうなれば
彼らを捜し出して取り締まることは困難を極めるからだというインナー
サークルの声が報じられている。ここには、ビザ問題がいかに重要で、深
刻な影響を国家戦略に及ぼすかについての理解と慎重さが見られない。
 
トランプ政権にはジェイムズ・マティス国防長官ら優れた閣僚がそろって
いるかもしれない。しかし、政策を決めるのはホワイトハウスである。今
回の件はトランプ氏という人物の独断に伴う危うさを浮き彫りにした。
 
米国はテロリストとの戦いで、穏健なイスラム教徒の助力を必要としてい
る。だからこそ、従来の米国政府はよきイスラム教徒をテロリストと同一
視する愚行を避けてきた。トランプ氏とそのインナーサークルの人々には
明らかにその配慮が不足している。友を退け敵をつくるトランプ政権の未
来は孤立化と衰退の道だと思われてならない。

『週刊ダイヤモンド』 2017年2月11日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1169


2017年02月19日

◆4代前の孝明天皇、闘いの武器は譲位

櫻井よしこ



孝明天皇は明治天皇の父帝で、今上陛下にとって、4代前の直接のご先祖
である。孝明天皇は幕末の動乱時代を文字通り闘い抜いて、突然死した。
余りにも急な死に毒殺説が流布された程だ。孝明天皇の闘いを理解するに
は、同天皇の祖父帝、光格天皇を理解しなければならない。
 
光格天皇は、江戸幕府と激しく衝突しながら、63代の冷泉院から119代の
後桃園院まで900年弱の間途切れていた「天皇」の称号を復活させるな
ど、廃れていた皇室の権威を取り戻し多くの神事や祭祀を復興した一生
だった。同天皇については先週の当欄で取り上げたが、その政治的、社会
的遺産を引き継いだのが孫帝の孝明天皇である。
 
孝明天皇は天保2(1831)年に生まれ、弘化3(1846)年に16歳(数え年、
以下同)で践祚(せんそ)し、在位20年間、36歳で慶応2(1866)年崩御
した。孝明天皇践祚の6年前、1840年のアヘン戦争で清国はイギリスに完
敗し半ば植民地とされた。幕府も震え上がった戦争である。

列強が日本をも狙う中で、わが国と長い交流のあったオランダ国王は、清
国と同じ運命に陥る危険を回避するために開国を勧める親書を送った。
 
以降数年間に、琉球、浦賀、長崎、相模鶴ヶ丘、西蝦夷地、下田などをフ
ランス、アメリカ、イギリス、デンマークなどの船が度々訪れては威容を
誇示した。迫り来る危機を多くの人々が感じ始めた時代である。
 
その時、若き孝明天皇が幕府に海防勅書を下した。重なる異国船の来航に
対して、幕府は厳重な海防態勢をとっているではあろうが、心配だとし、
「異国を侮らず畏れず、海防をいっそう強化し、『神州の瑕瑾(かき
ん)』(日本国のきず―恥)とならないように処置」せよと言い渡した。

開国に断固反対

『幕末の天皇』(講談社学術文庫)の著者、藤田覚氏は右の勅書で朝廷が
幕府に対外情報に関する報告を要求したことに注目する。

政治権力から隔てられ、幕府の威光に圧倒され続けていた朝廷が、国際情
勢の変化の中で幕府が力を落とし始めたその機を逃さず、朝廷の影響力を
強め、地位の逆転を図ったのだ。国政についてまず朝廷に報告せよと、義
務を負わせたのである。地位の逆転。

これこそ祖父帝光格天皇の残した政治遺産である。光格天皇が強化した朝
廷の力と威光を孝明天皇はさらに強化し、活用した。結果、幕府と日本国
の政治は激しく揺さぶられ、動乱の渦を引き起こしていく。
 
嘉永6(1853)年、アメリカ東インド艦隊司令長官のマシュー・ペリーが
浦賀に来航、黒船4隻の衝撃の中で孝明天皇が果たした役割について、藤
田氏が刮目の事実を書いている。
 
幕府は開国を要求するアメリカ大統領の国書に容易に回答を下せないま
ま、諸大名の意見集約と「人心折り合い」を探った。アメリカの力に押し
切られた幕府は安政元(1854)年に日米和親条約を結び、下田・箱館を開
港した。
 
和親条約に続いて修好通商条約締結も迫られた幕府は安政4(1857)年暮
れ、諸大名を江戸城に集め合意形成を図った。幕府は大名の7割は賛成と
見たが、尚、異論を封ずるために朝廷の勅許を得るべく、外交担当の老中
堀田正睦(まさよし)を京都に派遣した。ところが、幕府の思惑とは対照
的に安政5(1858)年1月25日に天皇が関白九条尚忠(ひさただ)に送った
宸翰(しんかん)にはこう書かれていた。

「通商条約については、たとえ老中が上京していかに演説しようとも断固
拒絶する、もしも外国人が納得しないならば『打ち払い』、すなわち攘夷
する決心だ」(『幕末の天皇』)
 
朝廷側の意見は必ずしもまとまっていなかったが、孝明天皇だけは開国に
断固反対だった。天皇の思いは公武合体で幕府を強化し、鎖国を続け、そ
の上に君臨することだった。
 
そもそも朝廷の意思は朝議によって決定される。朝議は関白をはじめ、議
奏(ぎそう)、武家伝奏(ぶけてんそう)という職責にある公家らの合議
による。叡慮(えいりょ)、つまり天皇の考えだけで決定されるわけでは
ない。

そこで堀田は必死に説いた。「地球上のあらゆる国と国民を資本主義的市
場経済に引きこんでやまない世界情勢の激変に直面し、選択肢は、そのな
かに入ってゆくか、拒絶し鎖国を維持するため戦争するしかない、しかし
勝利する可能性はない、とすれば通商条約を締結して世界の市場経済の一
員となり、国家、国勢の挽回を他日に期すしかない」(同)と。
 
公家らの前で開国こそ生きる道だと説く堀田の主張は正論である。しか
し、孝明天皇は堀田の説明を疑い、左大臣近衛忠煕(ただひろ)に宸翰を
送って本当に日本は戦争には勝てないのか、調査せよと命じている。開国
反対の余り、天皇は幕府の考えに一切、耳を貸そうとしなかった。

最大最後の抵抗
 
眼前の国際情勢の激変から目を背ける孝明天皇は朝廷内においてさえ孤立
し、対米通商については幕府に白紙委任する方針が朝廷の意向として打ち
出された。それでも天皇は諦めず、より多様な意見を聞いて決着せよとの
宸翰を3月7日に発した。
 
天皇の指示は公家たちを動かし、5日後、公家88人が御所に集合し、幕府
一任取り消しを要求した。藤田氏は「孝明天皇の鎖国攘夷という不動の意
思が公然」となったと書いた。天皇の幕府への挑戦は、公家を巻き込んだ
各藩の武士たちの尊皇攘夷派、佐幕派の対立を深めていった。
 
対する幕府は彦根藩主井伊直弼を大老に任じ、井伊は日米修好通商条約調
印を断行した。天皇は激怒し、幕府の非を鳴らした。天皇の怒りと幕府問
責を広く知らしめるため、幕府だけではなく水戸藩へ、また水戸藩を通じ
て三家、三卿、家門大名に、さらに近衛家などを通じて姻戚関係のある大
名にも、幕府の非を伝えるよう命じる「戊午(ぼご)の密勅」を出した。
 
天皇の振舞いに幕府は激しく刺激された。井伊は天皇を担いで幕府に抗そ
うとする反対派の弾圧に乗り出した。多数の有為の人材の命を奪った安政
の大獄の始まりである。
 
対して孝明天皇も憤慨し、幕府に究極の闘いを挑んだ。『孝明天皇』(福
地重孝、秋田書店)にはこう書かれている。

「孝明天皇はひどく怒られ、安政5年(1858)6月28日、時勢がここに至っ
たのは、聖徳の及ばざるためであると、深く幕府の専断をなげき、関白九
条尚忠らを召して『譲位の密勅』を賜わった」
 
天皇の究極の武器は譲位だったのである。福地氏はさらに書いた。

「8月5日、幕府のやり方が天皇の意志に副わないので、天皇から重ねて譲
位の勅諭があった。天皇が退位するというのは、天皇の幕府に対する最大
最後の抵抗である」
 
今上陛下のお言葉に関連して現在進行中の議論を考える際、このような歴
史もまた、振りかえらざるを得ないのではないだろうか。

『週刊新潮』 2017年2月16日号   日本ルネッサンス 第741回

2017年02月01日

◆左翼勢力が攻勢をかける韓国との関係

櫻井よしこ



「慰安婦像どころではない厳しい局面へ 左翼勢力が攻勢をかける
韓国との関係」

韓国と付き合うのはほとほと疲れるという日本人は少なくない。ソウルの
日本大使館前の慰安婦像に続いて釜山の総領事館の裏門前にもう1つ像が
設置された。釜山区長は像を永久保存する方針だそうだ。京畿(キョン
ギ)道(県)議員団も竹島に慰安婦像を設置する計画を発表し、そのため
の寄付金を募り始めた。
 
こうした動きをどう捉えるべきか。私たちの側が冷静になって、韓国で何
が進行中なのかをよく見ることが大事だと思う。韓国の愛国者であり、常
に日韓関係を重視してきた「統一日報」論説主幹の洪熒(ホン・ヒョン)
氏も訴える。

「日本人にとって慰安婦像が耐え難い問題であるのは分かります。理解し
てほしいのは、あれは韓国政府の意思に反して行われた不法行為です」
 
韓国政府だけでなく、韓国の保守の人々は慰安婦像の設置を苦々しく思っ
ていると、洪氏は語る。事実、国民行動本部は1月9日、ソウルの日本大使
館前の慰安婦像を撤去すべきだと韓国政府に要求した。彼らは日本政府が
取った4つの報復措置を遺憾としながらも、「韓日両国は敵と味方を適切
に区別すべきだ」「真の敵は北朝鮮勢力に加担して、慰安婦像設置を推進
する次期大統領候補の文在寅(ムン・ジェイン)氏らだ」と名指しで批判
した。
 
国民行動本部は大佐級の退役軍人を主軸とする保守勢力である。北朝鮮
による対韓工作の恐ろしさを実感している彼らは、慰安婦問題をはじめと
する「対日歴史戦争」の背後に北朝鮮の工作機関の動きがあることを理解
している人々でもある。

「韓国経済新聞」の主筆、鄭奎載氏も、反日感情論に巻き込まれてはなら
ないと主張する1人である。氏は現在進行中の朴槿恵大統領弾劾裁判も反
日勢力と同じ考えの人々が進めていると次のように書いている。

「朴大統領弾劾に関する憲法裁判所の審理自体が親北朝鮮で反日・反韓国
の世論に追従しており、憲法の精神に反している。憲法裁判所では野党推
薦の特別検察官が大統領追及の最前線に立って審理を進めており、6カ月
以内に結論が出される予定だ」
 
さらに氏が1月3日の紙面に書いた。

「この重要な審判の最初の弁論は1月3日から始まる。2日後の5日には2回
目の弁論が、10日には崔順実らを被告とする3回目の弁論日程が決まって
いる。拙速に過ぎる。このような拙速裁判は、平壌の金正恩の張成沢
(チャン・ソンテク)裁判以外には前例がない」
 
氏はさらに驚くべき実情も暴露した。朴大統領の弁護人に届けられた訴
状は3万2000ページあり、弁護団がこの膨大な量を読み、反論の準備をす
る日数が極端に制限されているという。
 
同件について、憲法裁判所は「大統領の弁護団は複数で構成しているの
であり、各弁護士が分担して読めば時間は十分にある」と言ったそうだ。
 
朴大統領弾劾に関しては13件の事案があり、これらは全て相互に関連す
る内容だ。個々の事案は分離できない。そのような複雑な構成の裁判で、
しかも国の最高権力者である大統領の弾劾が懸かっている重要な裁判で、
弁護士が訴状全体を読む時間を与えられないまま審理を急ぐことは許され
ない。
 
一連の事柄が示しているのは、韓国情勢は私たちが考える以上に深刻
で、朴大統領弾劾裁判には左翼勢力の攻勢という暗黒の側面があるという
ことだ。
 
このような韓国の現状について私たちは第一に、韓国情勢の深刻さを知っ
ておかなければならない。次の大統領選挙で、前述の文氏が当選すること
もあり得る。前国連事務総長の潘基文(パン・ギムン)氏の当選もあり得
る。いずれにしても今よりずっと左翼的で親北朝鮮、親中国の政権になる
と考えざるを得ない。そのとき、私たちは慰安婦像どころではない、もっ
と厳しい情勢に向き合うことになる。その最悪の事態を考えておくべき局
面である。

『週刊ダイヤモンド』 2017年1月28日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1167

2017年01月29日

◆左翼勢力が攻勢をかける韓国との関係

櫻井よしこ



「 慰安婦像どころではない厳しい局面へ 左翼勢力が攻勢をかける韓国
との関係 」

韓国と付き合うのはほとほと疲れるという日本人は少なくない。ソウルの
日本大使館前の慰安婦像に続いて釜山の総領事館の裏門前にもう1つ像が
設置された。釜山区長は像を永久保存する方針だそうだ。京畿(キョン
ギ)道(県)議員団も竹島に慰安婦像を設置する計画を発表し、そのため
の寄付金を募り始めた。
 
こうした動きをどう捉えるべきか。私たちの側が冷静になって、韓国で何
が進行中なのかをよく見ることが大事だと思う。韓国の愛国者であり、常
に日韓関係を重視してきた「統一日報」論説主幹の洪熒(ホン・ヒョン)
氏も訴える。

「日本人にとって慰安婦像が耐え難い問題であるのは分かります。理解し
てほしいのは、あれは韓国政府の意思に反して行われた不法行為です」
 
韓国政府だけでなく、韓国の保守の人々は慰安婦像の設置を苦々しく
思っていると、洪氏は語る。事実、国民行動本部は1月9日、ソウルの日本
大使館前の慰安婦像を撤去すべきだと韓国政府に要求した。彼らは日本政
府が取った四つの報復措置を遺憾としながらも、「韓日両国は敵と味方を
適切に区別すべきだ」「真の敵は北朝鮮勢力に加担して、慰安婦像設置を
推進する次期大統領候補の文在寅(ムン・ジェイン)氏らだ」と名指しで
批判した。
 
国民行動本部は大佐級の退役軍人を主軸とする保守勢力である。北朝鮮
による対韓工作の恐ろしさを実感している彼らは、慰安婦問題をはじめと
する「対日歴史戦争」の背後に北朝鮮の工作機関の動きがあることを理解
している人々でもある。

「韓国経済新聞」の主筆、鄭奎載氏も、反日感情論に巻き込まれてはなら
ないと主張する1人である。氏は現在進行中の朴槿恵大統領弾劾裁判も反
日勢力と同じ考えの人々が進めていると次のように書いている。

「朴大統領弾劾に関する憲法裁判所の審理自体が親北朝鮮で反日・反韓国
の世論に追従しており、憲法の精神に反している。憲法裁判所では野党推
薦の特別検察官が大統領追及の最前線に立って審理を進めており、6カ月
以内に結論が出される予定だ」
 
さらに氏が1月3日の紙面に書いた。

「この重要な審判の最初の弁論は1月3日から始まる。2日後の5日には2回
目の弁論が、10日には崔順実らを被告とする3回目の弁論日程が決まって
いる。拙速に過ぎる。このような拙速裁判は、平壌の金正恩の張成沢
(チャン・ソンテク)裁判以外には前例がない」
 
氏はさらに驚くべき実情も暴露した。朴大統領の弁護人に届けられた訴
状は3万2000ページあり、弁護団がこの膨大な量を読み、反論の準備をす
る日数が極端に制限されているという。
 
同件について、憲法裁判所は「大統領の弁護団は複数で構成しているの
であり、各弁護士が分担して読めば時間は十分にある」と言ったそうだ。
 
朴大統領弾劾に関しては13件の事案があり、これらは全て相互に関連す
る内容だ。個々の事案は分離できない。そのような複雑な構成の裁判で、
しかも国の最高権力者である大統領の弾劾が懸かっている重要な裁判で、
弁護士が訴状全体を読む時間を与えられないまま審理を急ぐことは許され
ない。
 
一連の事柄が示しているのは、韓国情勢は私たちが考える以上に深刻
で、朴大統領弾劾裁判には左翼勢力の攻勢という暗黒の側面があるという
ことだ。
 
このような韓国の現状について私たちは第一に、韓国情勢の深刻さを知っ
ておかなければならない。次の大統領選挙で、前述の文氏が当選すること
もあり得る。前国連事務総長の潘基文(パン・ギムン)氏の当選もあり得
る。いずれにしても今よりずっと左翼的で親北朝鮮、親中国の政権になる
と考えざるを得ない。そのとき、私たちは慰安婦像どころではない、もっ
と厳しい情勢に向き合うことになる。その最悪の事態を考えておくべき局
面である。

『週刊ダイヤモンド』 2017年1月28日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1167

2017年01月24日

◆米中の闘い、中国は死に物狂いだ

櫻井よしこ



アメリカのオバマ大統領が3月10日、ホワイトハウスのローズガーデンで
の会見で語った。候補者指名争いで彼らが互いを非難し合う様は「不快
(nasty)」で「私はそうしたこととは無関係」だ、と。
 
すると16日の「ウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)」紙に、大
統領は自身の責任に口を拭っているとの批判が掲載された。
 
民主党のバーニー・サンダース、共和党のテッド・クルーズ、ドナルド・
トランプ3氏を含めて、候補者らの汚い罵り合いはオバマ政治への失望と
憤りの反映であることに、当の本人が知らぬ顔をしているというのだ。
 
右のコメントを読みながら、私はあることを思い出した。オバマ大統領は
自身が打ち立てた戦略の意味を理解しているのかと思わず疑ったケースで
ある。
 
話は少し遡る。昨年10月、オーストラリア北部準州の州都、ダーウィンの
港一帯を、中国企業のランドブリッジ社が99年間のリース契約で手に入れ
た。価格は430億円余り、他の入札者よりかなり高額での落札だった。驚
いたのは米豪両国の軍関係者である。

なぜならここは、東南アジア諸国の島々や海を奪い続ける中国を牽制する
ため、南シナ海を窺う拠点として2011年11月、オバマ政権が米海兵隊の駐
留拠点に選んだ戦略的要衝だったからだ。
 
当時、オバマ大統領はオーストラリアを訪れ、豪州議会で演説し、世に言
われるアジアピボット(アジアに重点を置く外交)政策を高らかに謳い上
げた。

主要ポイントは3点だった。アメリカは中東のアフガニスタン及びイラク
から撤兵してアジア太平洋地域を最優先する、アメリカは太平洋国家であ
る、アメリカ外交は「核心的原則」に基づく、である。
 
核心的原則とは、国際法や国際規約を尊重すること、航行の自由を守り通
すこと、問題発生時には武力に訴えず平和的解決に徹することで、全て中
国への牽制球である。

当事者意識の欠落
 
中国牽制を行動においても示すために、オバマ大統領はダーウィンを選ん
だ。南シナ海を侵略する中国を監視し、抑止し、有事の際には直ちに駆け
つけられる格好の位置にダーウィンはあるからだ。その戦略拠点に、選り
に選って中国企業が手を出してきたのだった。
 
この企業のホームページには「強い企業は祖国への恩返しを忘れず、利潤
豊かな企業は祖国防衛を忘れない」と明記されている。つまり、同社は中
国共産党とほぼ一体の存在であると見てよいだろう。
 
99年というリース期間の長さも、あまり開発されていない港地域を高値で
入手した経緯も、リース契約が商業目的より、(中国の)国家戦略上の思
惑からなされたことを示唆している。
 
アジア回帰を成し遂げ、中国抑止の目的で、ダーウィンを海兵隊の拠点に
選んだオバマ大統領は、本来ならこの取引に疑問を抱き、反対してもおか
しくないのだが、取引から約ひと月後、マニラでターンブル豪首相と首脳
会談を行った際、次のように述べたそうだ。

「次回は、前もって知らせてほしい」

「次回」はいつ来るのだろうか。それにしても、と私は思う。アジアピ
ボット政策は、アジア諸国の信頼を細らせているアメリカを、それでも信
頼していこうと思わせる強力な政策である。

それを謳い上げたのはオバマ大統領自身である。その政策の意義を忘れた
かのような、無関心に近い「次回は……」という反応は、ほぼ1世紀にも
わたって港をリースするという中国の戦略の深刻さを見抜けないためであ
ろうか。
 
オバマ大統領の危機意識の薄さ、或いは当事者意識の欠落とでも言えば良
いのか、虚しさがどこかに残る。中国がアメリカに挑戦状をつきつけてい
ること、習近平主席らは死に物狂いだということをもっと厳しく認識すべ
きであろう。
 
ダーウィンの一件から約ひと月後の11月下旬、今度はアフリカ東部のジブ
チで、民間企業ではなく中国外務省が前面に出る形でアメリカに挑戦状が
つきつけら れた。

彼らはジブチに燃料補給施設を建設すべくジブチ政府と協議中だと発表し
たの である。
 
ジブチはソマリア半島の付け根に位置し、紅海からアデン湾に出る要衝で
ある。アメリカはこれまで同地を中東、北アフリカにまたがるアラブ諸国
の情報収集 センターとして、また原油など重要物資の積み出し港がある
アデン湾や紅海を睨む拠 点として重視してきた。そのアメリカの鼻先に
「国際社会及び地域の平和と安定のた めに中国軍が果たす役割をさらに
広げる」として、中国が拠点を築くのだ。

実効支配の確立
 
ソマリア沖では多くの国の海軍が海賊退治で力を合わせている。それは国
際協力の範囲内だが、一方で国際協力は常に協力と競合、情報収集と相手
方の分析な ど、決して油断できないオペレーションの連続でもある。

紅海、アデン湾、ホルムズ 海峡といずれも戦略的重要性の高い海域を見
晴らすアメリカ軍の拠点近くに、中国も 自らの拠点を築くのだ。アメリ
カに対する大胆な挑戦であろう。米中の戦いは熾烈な 形で進行中だ。

「偉大なる中華民族の復興」という「夢」を掲げる中国は、南シナ海支配
を強化するため、現在も埋め立てを続けているパラセル諸島の中で最大の
ウッディー 島に、HQ−9地対空ミサイルを配備した。

スプラトリー諸島にも早い段階で同様の 配備をするだろう。その場合、
中国はとり立てて防空識別圏など宣言しなくても、事 実上防空識
別圏を設けたことになるのだ。中国はこのような実効支配の確立を得意と
してきた。
 
対してアメリカ側は最強のステルス爆撃機B−2を3機配備した。相手に行
動を慎ませるには具体的にどのような軍事行動と配備が必要なのか。米中
も ASEAN諸国もこの眼前の問いに日々向き合い、厳しい判断を重ね
ている。

国際政治の厳し さについて、どの国の政府も国民も、考えなければなら
ない状況が生まれているの である。日本も例外ではあり得ない。日本に
は憲法の制約があるが、それでも考えな くてはならない局面である。
 
大事なことについて国民に知らせず、#拠#よ#らしめて従わせるのが中国
である。ただ有無を言わせぬ習政権の足下で不安定要因が高まっている。
習主席に辞 任を要求したとされる5人のジャーナリストらの失踪につい
て、幅広い国民から批判 が生まれている。香港の書店関係者も、ノーベ
ル平和賞受賞者の劉暁波氏も、人権 弁護士も皆、拘束され酷い扱いを受
けている。明らかに人心は離れつつある。中国 とは正反対の日本の在り
方や価値観を、いまこそ、日本の強味や武器とすべきときだ。

『週刊新潮』 2016年3月31日号 日本ルネッサンス 第698回     
   
                 (採録:松本市 久保田 康文)

2017年01月15日

◆国政は今秋から大仕事がめじろ押し

櫻井よしこ


天皇陛下の譲位、総選挙、憲法改正 国政は今秋から大仕事がめじろ押し 
国政は今年秋から再来年の平成31(2019)年までが大仕事を成し遂げる年
だと、安倍晋三首相に最も信頼されている記者の1人は語る。天皇陛下の
ご譲位、総選挙、憲法改正案の発議と国民投票などがこの間になされると
の読みだ。
 
これは昨年12月30日、「言論テレビ」の番組で、「産経新聞」の名物記
者、政治部長にして黒シャツ姿で知られる石橋文登氏が語ったものだ。
 
今年1月とみられていた総選挙はもはやないが、その後の政治日程を見
ると、総選挙を打てるのは今年秋に限られると強調する。理由は、平成31
年は参議院選挙、32年は2020年で東京五輪、33年は安倍首相が任期を3期
務めるとしてその最後の年になる。以上を考え合わせて首相の大目的であ
る憲法改正を念頭に置けば、総選挙は今年秋にしか打てないという。

「民進党と共産党が選挙協力すれば自民党は現有議席から47議席ほど減ら
し、自公で過半数割れを起こすとみられます。その代わり、民進党も終わ
りの始まりの局面に立ちます」と石橋氏。
 
それでも今年秋に総選挙に踏み切る理由は、日本維新の会の橋下徹氏を国
政に巻き込む戦略が基本にある。

「自民党もよくやっているが、政権交代可能な第二政党が必要だという有
権者の思いは強い。橋下さんが立てば、民進党にも影響を及ぼします。京
都選出の前原(誠司)さんなど、政権交代を目指す人物は少なくないです
から」
 
つまり橋下氏の国政への出馬は野党が割れるきっかけになる。結果とし
て、自民党だけでなく改憲を目指す勢力の拡大をもたらすという読みだ。
その上で平成30年の国会会期を大幅に延長して、衆参両院で十分な議論を
する。憲法改正案の発議にこぎ着けるのに丸々1年。その上で国民の決定
に委ねるのは、平成31年の春のころと、石橋氏は読む。
 
その前には、天皇陛下のご譲位への思いに応えつつ、国家としての基本的
在り方を守らなければならない。意見が分かれている中、ご譲位という大
きな方向は定まったが、それを特別法で乗り切るのか、皇室典範に手を付
けるのか。民進党をはじめ野党の考えや、皇室のお考えもある。この件だ
けは争いのないようにつつがなく成し遂げなければならない。
 
東京都議選もある。国政レベルとは対照的に自公分裂になりそうな首都
選挙をどう乗り切るのか。石橋氏は、安倍首相は極めて現実的だと強調する。

「大目標がはっきりしている人で、それ以外のことは妥協も構わない。今
だから言いますが、郵政民営化のとき、衛藤晟一、平沼赳夫、古屋圭司各
氏ら、もともと安倍さんと非常に親しい人材が亀井(静香)さんに乗せら
れ反対し、小泉政権をつぶそうとした。安倍さんが最後の段階で彼らに
言ったのは、郵政なんかよりもっと大きな目標がある。自分たちが政治家
としてやろうとしているのは憲法改正、安全保障などじゃないかというこ
とでした」
 
国際情勢の大変革を眼前に見ながら、いま安倍首相が目指すのは、自国
は自力で守るという国家の基本を整えること以外にない。その意味では憲
法改正の最大の目玉は9条2項だと、石橋氏は言い切る。

「2項を削るか、それとも3項を書き加えて、自衛隊が憲法で認められてい
ない現状を解消することでしょう」
 
石橋氏は、実はこの他にも非常に多くの興味深いことを語ったのだが、
1つだけご紹介する。

「僕が勝手に考えた総理になれる3条件は、(1)細かいこと。言い換え
ればセコいこと。(2)恨みは決して忘れず執念深いこと。(3)見掛けほ
どアホじゃないこと。森喜朗、小渕恵三、小泉純一郎、皆三条件を満たし
ています。安倍総理もそう。例外が麻生(太郎)さん」
 
番組ではここで爆笑、氏の見立てはもっと続いたが、今回はこれで終わり。

『週刊ダイヤモンド』 2017年1月14日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1165


2017年01月13日

◆真珠湾攻撃の意味を変えた首相訪問

櫻井よしこ


皆さんのお目にとまる頃この記事はもう古くなっているかもしれないが、
ハワイ州立大学の恩師、ジョージ・アキタ名誉教授は、安倍晋三首相とバ
ラック・オバマ大統領が年末の12月27日、揃って真珠湾を訪れたことをと
ても喜んでいた。

ハワイ生れの日系2世である教授は今年91歳になる。真珠湾攻撃のときは
15歳だった。師が語った。

「ヨシコさん、日米がより良い友人になることが一番大事なんだよ。僕は
毎年、12月7日(真珠湾攻撃の現地時間)のことを思うけれど、75年が
経った今回は特に念入りに新聞やテレビのニュースを見た。

気づいたよ。かつて真珠湾攻撃にはスニーク・アタック(卑怯な攻撃)と
いう形容詞がつきものだったけれど、今回は殆んどがサプライズ・アタッ
ク(奇襲攻撃)に変わっていた。この2つの表現のニュアンスの違いは大
きいでしょ。アメリカ人も75年が過ぎて、当時の日本の事情を理解し始め
ている。安倍首相の語ったように和解を両国関係の基本にすべきなんだよ」

アキタ先生は敗戦国日本に米軍兵士として駐留し、後に夫人となる日本女
性に出会った。夫人はいま、先生が米国軍人として自らの永眠の場と定め
た、米国立太平洋記念墓地(パンチボール)に眠る。

私の日系人の親友でハワイ在住のジニー・前田氏も語った。

「日米2人の指導者が真珠湾に花を手向け、全ての犠牲者の霊に鎮魂の祈
りを捧げた。戦っても許し合う。受け入れ合う。それが本当に在るべき姿
だと思う」

攻撃から75年、2016年12月27日が、真珠湾攻撃の意味を変えた日になった
と語るのは、萩生田光一官房副長官である。

「安倍総理がオバマ大統領に呼びかけたのです。これまでは『リメン
バー・パールハーバー』、恨みつらみや復讐を思わせる呼び方だったけれ
ど、これからは『和解の日』、The Day of Reconciliationにしようと。
オバマ大統領は非常に前向きでした。大統領だけでなくアメリカ社会にも
その準備ができていたことをハワイで感じました」

勇者は勇者を尊敬する

萩生田氏は真珠湾の記念館を訪れて改めて心を動かされた。

「歴史博物館などではどうしても自国有利に歴史を描きがちです。しか
し、記念館では、日本も戦争回避に努力したこと、攻撃の背景にアメリカ
の対日経済封鎖があったことなども書かれていました。真珠湾を攻撃して
戦死した零戦パイロット、飯田房太中佐の遺体も、アメリカ軍は基地内に
埋葬し、記念碑を立てて、現在に至るまで海兵隊が守ってくれています」

アメリカ社会全体が日本憎しの怒りで沸騰していた空気の中で、日本軍人
を丁寧に埋葬し、任務を果たした勇気ある軍人としてアメリカ側は顕彰し
た。それを今日まで、海兵隊が続けていた。敵と味方ではあっても、「勇
者は勇者を尊敬する」という価値観をアメリカは日本に示してくれてい
る。それだけではないと、萩生田氏は次のようにも語った。

「アメリカ政府は現在も遺骨収集を続けています。真珠湾近郊の米国防総
省捕虜・行方不明者調査局の中央身元鑑定研究所に各戦跡地で収集された
遺骨を集め、DNA鑑定し、日本人だとわかると、持物などからも判断し
て日本側に連絡してくれます。可能性のある家族を見出して、その家族の
DNAと照合し、一致すれば遺骨を返してくれる。感謝の思いが湧いてき
ました」

歴史を振りかえれば日米間には軍事だけではなく、外交においても激しい
攻防や謀略があった。否定的に考えればいくらでも後ろ向きになれる。し
かし、そこから脱して、未来を見詰めることが、オバマ大統領の言葉のよ
うに、「お互いのために」大事だ。

とりわけいま世界は予測し難い局面に入っている。それは日本が最も苦手
とする謀略と情報操作の世界である。ロシアがサイバー攻撃でアメリカ大
統領選挙に介入したことは、オバマ大統領が介入があったとする米中央情
報局(CIA)報告を確認したことから見て、ほぼ間違いない。

クリントン氏の敗退を最も喜んでいると思われるプーチン大統領は、これ
から欧州各国で行われる大統領選挙や議会選挙にも同様にサイバー攻撃を
仕かけ、ロシアに有利な体制を各国に打ち立てようとするだろう。

西側諸国の国民が民主主義実現の手段と考える自由選挙が、よからぬ意図
で情報操作されることはいまや可能性の問題から一歩進んで忌むべき現実
となりつつあると見るべきだ。大国だけでなく、北朝鮮のような小国、そ
してテロリスト勢力でさえも、こうしたことを実行できる危険な時代に世
界は入っており、日本はこの分野では最も脆弱な大国だ。

日本の力を強化する

加えて、わが国の隣国は「まるで息をするように嘘をつく」。これは民進
党代表の蓮舫氏が安倍首相批判に用いた言葉だが、彼女はこの凄じく強烈
な批判を向ける対象を完全に間違えている。このように非難すべき相手と
して、最も適切なのは中国共産党であろう。

昨年12月10日、中国国防省は「訓練中の中国軍機に航空自衛隊の戦闘機が
妨害弾を発射した」と発表。防衛省は直ちに具体的に反論して、中国の主
張が捏造であることを事実関係をもって示した。

中国の攻撃は言葉による嘘だけではない。前代未聞の強硬手段も取り始め
た。12月15日、南シナ海で中国海軍は、米海軍の抗議を無視して、米軍の
眼前で海洋調査船の無人潜水機を奪い去った。

前日には、彼らが南シナ海のスプラトリー諸島で埋め立てた7つの島のす
べてに航空機やミサイルを撃ち落とすことのできる近接防御システム
(CIWS)を配備したことが判明しており、中国が己れの力に自信を持
ち始めたことが窺い知れる。

彼らはさらに、安倍首相が真の和解のために真珠湾に向かったのとほぼ同
時進行で、空母「遼寧」を沖縄本島と宮古島の海峡に向かわせ、第一列島
線を突破させた。その後「遼寧」は南シナ海に進み、中国第2の海軍基
地、海南島の港に入り、沿岸諸国を脅かし続けている。

そうした中、トランプ政権の政策が見えてこない。「なぜ、中国はひとつ
と、言わなければならないのか」と問う氏の政権には対中強硬派が揃って
いるが、実利に聡い氏が、逆に、中国に歩み寄る可能性もある。

力で押すもうひとつの国、ロシアへのトランプ氏の政策も不確かだ。

先行き不透明な国際社会で、日本が集中すべきことは2つ。日本の力をあ
らゆる意味で強化すること、日米同盟を誠実に強化し続けることだ。その
意味で安倍首相の真珠湾訪問は実に深い意味があった。

『週刊新潮』 2017年1月12日号  日本ルネッサンス 第736回