2017年05月05日

◆日本に及ぼすこの上なき深刻な脅威 

櫻井よしこ



「トランプのシリア攻撃で複雑化した中東情勢が日本に及ぼすこの上な
き深刻な脅威」

ドナルド・トランプ米大統領はシリアの化学兵器使用にも手を打たないの
か。そう考えて、先週、本欄で批判した。ところがその直後の4月7日(日
本時間)、米国は断固たるシリア攻撃に踏み切った。
 
180度の方針転換。それを受けて異例のスピードで展開されたシリア攻撃
は、短時間の準備であったにも拘わらず極めて周到になされており、米国
の力を見せつけた。
 
シリアで化学兵器使用の第一報が入った4日、トランプ氏は、「許せな
い」と発表したものの、シリアやロシアではなく、オバマ前米大統領の
「弱腰」を非難した。その声明には戦略もなければ犠牲になったシリア国
民への同情の言葉もなかったが、その直後、トランプ氏は豹変し、53時間
後には攻撃を開始したのである。
 
断固たる攻撃で、トランプ政権は、力の行使を回避し続けたオバマ外交
と訣別した。この変化を引き起こしたのが、化学兵器で苦しみ、死亡した
犠牲者たちの映像だったという。

「女性や子供、かわいい赤ちゃんたちまで殺害された」「その悲劇が私の
アサド政権への考えを根本的に変えた」と、トランプ氏は語っている。
 
この真っ当な怒りが米国の国家意思となって、実質2日強という極めて短
時間に、59発の巡航ミサイルの発射につながった。類例のない短期決戦に
関しては、国連決議も得ていない。米国単独で断行した軍事作戦に関して
は、軍事作戦が終了する頃に、マイク・ペンス副大統領らが、米議会要人
や外国の首脳らに、事後報告を行った。それでも、共和・民主両党が、さ
らにはほとんどの国が理解し支持した。強い米国、行動する米国の復活を
米国自身も世界も望んでいたのである。
 
米国は短期的には、揺らいでいた信頼性と強制力をある程度、取り戻し
た。だが問題はこれからだ。

「ウォールストリート・ジャーナル」紙は、攻撃直後の4月7日の社説で
「全ての軍事行動にはリスクがつきまとう。しかし今回のシリア攻撃は、
もし、トランプ氏が攻撃後、力強い外交を展開するなら政治的、戦略的に
大きな国益につながる」と書いた。
 
力強い外交とは具体的に何か。シリアの化学兵器使用を容認しないとい
う意思を軍事行動で示したものの、中東情勢はもはや単純な「力強い外
交」でおさまる状況ではない。
 
かつては「アサド対反政府勢力」の二者対立の構図だった。しかし、シリ
ア内戦の激化をうけて、状況は非常に複雑化している。アサド政権の背後
にはいまや、ロシア、イランが存在する。レバノンのイスラム過激派ヒズ
ボラもアサド大統領の側に立つ。イスラム国(ISIS)は力を失いつつ
あるものの、この間にアルカイダが勢力を盛り返している。
 
一方で米国は、シリア攻撃は北朝鮮への警告だとも語っている。北朝鮮
の核・ミサイル開発抑止に関しては、中国の協力が得られない場合、「中
国抜きで解決する」とトランプ氏は発信した。
 
4月9日には空母、カールビンソンが朝鮮半島周辺海域に向かった。また、
米韓合同演習が史上最大規模で4月末まで続く。トランプ氏の言う「中国
抜きの解決」とは何か。北朝鮮にさらなる制裁を科し、中国の制裁破りを
許さないために、中国銀行に的を絞って制裁を科す可能性さえある。ブッ
シュ政権当時はバンコ・デルタ・アジアという小さい金融機関を標的にし
たが、今回、中国銀行が標的になれば、その影響は非常に大きい。
 
もしくは、北朝鮮の豊渓里核実験基地や、東西両海岸にあるICBM(大
陸間弾道ミサイル)の発射基地への攻撃も考えられる。ロシア、中国の反
応を見ながらの外交・安保政策は、展望が見通しにくい。確かなことは、
日本に迫る脅威はこの上なく深刻だということだ。

『週刊ダイヤモンド』 2017年4月22日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1178

2017年04月30日

◆テロ等準備罪」は国際常識、成立を急げ

櫻井よしこ



「テロ等準備罪」について「朝日新聞」や「東京新聞」などが相変わらず
全面否定の論陣を張っている。
 
テロ等準備罪を新設する組織犯罪処罰法の改正案は、日本が「国際組織犯
罪防止条約」を批准するために必要な国内法である。
 
日本周辺の国際情勢の厳しさを見れば、なぜいま同条約を批准しなけれ
ばならないのかがわかるはずだ。北朝鮮の脅威、不安定さの中で左傾化す
る韓国情勢などが懸念されるが、2020年の東京五輪に向けて、日本を狙っ
たテロや犯罪が国内外で発生する危険は高まり続けるだろう。テロや犯罪
防止に最も必要なのはなんといっても情報である。情報は、国際社会との
協力の中でこそスムーズに交換される。
 
こうした事情から、各国は相互に協力し合ってきた。その枠組みが国際組
織犯罪防止条約である。国連加盟国の96%、187か国が締結しており、未
締結国は日本を含めて11か国のみである。
 
政府は同法案を3月21日に閣議決定し、6月中にも成立させたい方針だ
が、国会は森友学園問題などに日程を取られ、議論が進んでいない。

「朝日」をはじめとするメディアは法案の趣旨を歪曲して報道し続ける。
同紙は3月22日、1面トップで「『共謀罪』全面対決へ」との見出しを掲
げた。政府提案の「テロ等準備罪」という名称さえ、「必要に応じて使
用」はするが、「犯罪を計画段階で処罰する『共謀罪』の趣旨が盛り込ま
れて」いるために、「共謀罪」と呼び続けると宣言した。
 
同紙は「内心の自由 踏み込む危険」という小見出しも掲げたが、も
し、今回の法案に個々の人間の内心の自由を抑圧する内容が本当に盛り込
まれているのであれば、私とて許容できない。だが、法案をきちんと読め
ば、その懸念は払拭されている。
 
11年前、自民党と公明党が、「共謀罪」を国会に提案したとき、私は衆議
院法務委員会で参考人として意見を述べた。当時は、現在、朝日が報じて
いるような懸念が、実はあった。従って私は率直に法案に対して抱いてい
た危惧について語った。

明確な歯止め
 
私の発言は主として2点に絞り込める。➀共謀罪は必要である、➁但し、
個々人の心の中にまで入り込んで規制し、言論の自由や思想信条の自由を
阻害する余地のないように、目に見える歯止め、外形的要件を定めるべき
である。そのために与党は民主党(現民進党)の修正案を受け入れるのが
よい。
 
11年前、民主党は立派な修正案を出しており、朝日も民主党と同じような
主張をしていたのだ。
 
改めて当時の私の発言を、議事録を取り寄せて読んでみた。逮捕や強制
捜査が無闇に行われ、内心の自由が脅かされる危険性を、私はとても気に
している。言論人として、そうしたことは受け入れ難いと強調し、捜査や
逮捕に至る外形的要件を定めるよう、求めている。その気持ちは今でも全
く同じである。
 
興味深いことに、私も朝日も、さらに民主党も、捜査権や逮捕権の暴走
に歯止めをかけよと同じように主張していたことになる。
 
但し、私と、朝日及び民主党の間には、共謀罪が日本にとって必要か否
かという点において、決定的な違いがあった。私は必要だと、当時も今も
考えている。現に11年前の発言録では、共謀罪は必要だということを、私
は計6回も繰り返している。
 
さて、11年後の今、政府が提出したテロ等準備罪新設法案は、当時の共謀
罪のものとは大きく異なる。最大の違いは、11年前には「重大な犯罪を行
おうと具体的に合意したこと」を罪に問えた。ところが今回は、「合意に
加えて実行準備行為があること」が、処罰の要件とされた。私が要望し、
朝日も求めていた明確な歯止めが施されたのだ。民主党の要求も容れられ
た。朝日が言う「内心の思い」だけでは処罰されない。今の政府案は以前
と全く変わっていないとの朝日の主張は明確な間違いだ。
 
前回は処罰の対象となる犯罪数は615だったが、今回は277に絞り込まれ
た。インターネット配信の「言論テレビ」で3月31日、参院議員の佐藤正
久氏が語った。

「共謀罪の対象となるのは死刑または4年以上の懲役、禁錮の罪に相当す
る犯罪です。その基準で全てを洗い出して数えたら676もあった。けれど
その中には公職選挙法違反なども含まれていた。これは全く組織犯罪には
当たらない。それで、組織的犯罪集団が関係しそうな麻薬やマネーロンダ
リングなどに関わる犯罪に絞り込んで、277になりました。労働組合な
どは捜査対象組織とはならないことが、以前より、ずっと、はっきりしま
した」

現行法では無理
 
それでも、朝日も民進党も納得しない。現在、日本にある種々の犯罪取締
法で十分取り締まれると主張する。本当にそうか。佐藤氏は、現行法では
無理だと断言する。

「私がテロリスト集団の一員だと仮定します。仲間が刑務所にぶち込まれ
た。救い出したい。そこで一般人を人質に取って、刑務所の仲間と交換し
ようと考えた。今の法律では、テロリストたちがそんな計画を立てても、
手を出せない。彼らが人質を取るために武器を購入しても捕まえられな
い。武器を携行して狙った人のいる家の近くまで行っても逮捕できないの
です。なぜって、まだ犯行に及んでいませんから」
 
日本国の法律では、犯人たちが武器を持って狙った家に侵入した段階で
はじめて、逮捕できるというのだ。しかしそれでは遅すぎる。人質を救う
こと自体、どれだけ大変なことか。犠牲者がでる危険性も十分にある。だ
が日本の法律は、基本的に犯行後に対する処罰であり、本来守れるものも
守れない。
 
佐藤氏は別の事例を語った。

「テロリストが水源に毒を入れて多くの人を殺害し、社会に混乱を起こそ
うと計画したと仮定します。現行法では計画を立てても、毒を購入しても
逮捕できません。毒を持って水源地に行っても何もできません。現行法で
逮捕できるのは、彼らが水源に毒を投げ入れた瞬間なのです」
 
水源はどうなるのか。環境は汚染され、人々は死に追いやられる。そん
な事態が予測されても、事件が起きるまで取り締まれない現行法で万全な
はずはないだろう。

「テロ等準備罪の下では、犯人たちが人質を取るための武器を買ったり、
水源地を汚染する毒を入手した段階で逮捕、取り調べができるようになり
ます。テロ等準備罪が現行法の重大な穴をふさぐ機能を果たすのです」
と、佐藤氏。
 
96%の国々が締結している条約を日本が批准すること、そのための法整備
を進めることが、なぜ、受け入れられないのか。朝日も民進党も反対のた
めの反対はやめるべきだ。

『週刊新潮』 2017年4月13日号 日本ルネッサンス 第748回


2017年04月29日

◆「テロ等準備罪」は国際常識、成立を急げ

櫻井よしこ



「テロ等準備罪」について「朝日新聞」や「東京新聞」などが相変わらず
全面否定の論陣を張っている。
 
テロ等準備罪を新設する組織犯罪処罰法の改正案は、日本が「国際組織犯
罪防止条約」を批准するために必要な国内法である。
 
日本周辺の国際情勢の厳しさを見れば、なぜいま同条約を批准しなけれ
ばならないのかがわかるはずだ。北朝鮮の脅威、不安定さの中で左傾化す
る韓国情勢などが懸念されるが、2020年の東京五輪に向けて、日本を狙っ
たテロや犯罪が国内外で発生する危険は高まり続けるだろう。テロや犯罪
防止に最も必要なのはなんといっても情報である。情報は、国際社会との
協力の中でこそスムーズに交換される。
 
こうした事情から、各国は相互に協力し合ってきた。その枠組みが国際組
織犯罪防止条約である。国連加盟国の96%、187か国が締結しており、未
締結国は日本を含めて11か国のみである。
 
政府は同法案を3月21日に閣議決定し、6月中にも成立させたい方針だ
が、国会は森友学園問題などに日程を取られ、議論が進んでいない。

「朝日」をはじめとするメディアは法案の趣旨を歪曲して報道し続ける。
同紙は3月22日、1面トップで「『共謀罪』全面対決へ」との見出しを掲
げた。政府提案の「テロ等準備罪」という名称さえ、「必要に応じて使
用」はするが、「犯罪を計画段階で処罰する『共謀罪』の趣旨が盛り込ま
れて」いるために、「共謀罪」と呼び続けると宣言した。
 
同紙は「内心の自由 踏み込む危険」という小見出しも掲げたが、も
し、今回の法案に個々の人間の内心の自由を抑圧する内容が本当に盛り込
まれているのであれば、私とて許容できない。だが、法案をきちんと読め
ば、その懸念は払拭されている。
 
11年前、自民党と公明党が、「共謀罪」を国会に提案したとき、私は衆議
院法務委員会で参考人として意見を述べた。当時は、現在、朝日が報じて
いるような懸念が、実はあった。従って私は率直に法案に対して抱いてい
た危惧について語った。

明確な歯止め
 
私の発言は主として2点に絞り込める。➀共謀罪は必要である、➁但し、
個々人の心の中にまで入り込んで規制し、言論の自由や思想信条の自由を
阻害する余地のないように、目に見える歯止め、外形的要件を定めるべき
である。そのために与党は民主党(現民進党)の修正案を受け入れるのが
よい。
 
11年前、民主党は立派な修正案を出しており、朝日も民主党と同じような
主張をしていたのだ。
 
改めて当時の私の発言を、議事録を取り寄せて読んでみた。逮捕や強制
捜査が無闇に行われ、内心の自由が脅かされる危険性を、私はとても気に
している。言論人として、そうしたことは受け入れ難いと強調し、捜査や
逮捕に至る外形的要件を定めるよう、求めている。その気持ちは今でも全
く同じである。
 
興味深いことに、私も朝日も、さらに民主党も、捜査権や逮捕権の暴走
に歯止めをかけよと同じように主張していたことになる。
 
但し、私と、朝日及び民主党の間には、共謀罪が日本にとって必要か否か
という点において、決定的な違いがあった。私は必要だと、当時も今も考
えている。現に11年前の発言録では、共謀罪は必要だということを、私は
計6回も繰り返している。
 
さて、11年後の今、政府が提出したテロ等準備罪新設法案は、当時の共謀
罪のものとは大きく異なる。最大の違いは、11年前には「重大な犯罪を行
おうと具体的に合意したこと」を罪に問えた。

ところが今回は、「合意に加えて実行準備行為があること」が、処罰の要
件とされた。私が要望し、朝日も求めていた明確な歯止めが施されたの
だ。民主党の要求も容れられた。朝日が言う「内心の思い」だけでは処罰
されない。今の政府案は以前と全く変わっていないとの朝日の主張は明確
な間違いだ。
 
前回は処罰の対象となる犯罪数は615だったが、今回は277に絞り込まれ
た。インターネット配信の「言論テレビ」で3月31日、参院議員の佐藤正
久氏が語った。

「共謀罪の対象となるのは死刑または4年以上の懲役、禁錮の罪に相当す
る犯罪です。その基準で全てを洗い出して数えたら676もあった。けれど
その中には公職選挙法違反なども含まれていた。

これは全く組織犯罪には当たらない。それで、組織的犯罪集団が関係しそ
うな麻薬やマネーロンダリングなどに関わる犯罪に絞り込んで、277にな
りました。労働組合などは捜査対象組織とはならないことが、以前より、
ずっと、はっきりしました」

現行法では無理
 
それでも、朝日も民進党も納得しない。現在、日本にある種々の犯罪取締
法で十分取り締まれると主張する。本当にそうか。佐藤氏は、現行法では
無理だと断言する。

「私がテロリスト集団の一員だと仮定します。仲間が刑務所にぶち込まれ
た。救い出したい。そこで一般人を人質に取って、刑務所の仲間と交換し
ようと考えた。今の法律では、テロリストたちがそんな計画を立てても、
手を出せない。彼らが人質を取るために武器を購入しても捕まえられな
い。武器を携行して狙った人のいる家の近くまで行っても逮捕できないの
です。なぜって、まだ犯行に及んでいませんから」
 
日本国の法律では、犯人たちが武器を持って狙った家に侵入した段階で
はじめて、逮捕できるというのだ。しかしそれでは遅すぎる。人質を救う
こと自体、どれだけ大変なことか。犠牲者がでる危険性も十分にある。だ
が日本の法律は、基本的に犯行後に対する処罰であり、本来守れるものも
守れない。
 
佐藤氏は別の事例を語った。

「テロリストが水源に毒を入れて多くの人を殺害し、社会に混乱を起こそ
うと計画したと仮定します。現行法では計画を立てても、毒を購入しても
逮捕できません。毒を持って水源地に行っても何もできません。現行法で
逮捕できるのは、彼らが水源に毒を投げ入れた瞬間なのです」
 
水源はどうなるのか。環境は汚染され、人々は死に追いやられる。そん
な事態が予測されても、事件が起きるまで取り締まれない現行法で万全な
はずはないだろう。

「テロ等準備罪の下では、犯人たちが人質を取るための武器を買ったり、
水源地を汚染する毒を入手した段階で逮捕、取り調べができるようになり
ます。テロ等準備罪が現行法の重大な穴をふさぐ機能を果たすのです」
と、佐藤氏。
 
96%の国々が締結している条約を日本が批准すること、そのための法整備
を進めることが、なぜ、受け入れられないのか。朝日も民進党も反対のた
めの反対はやめるべきだ。
『週刊新潮』 2017年4月13日   日本ルネッサンス 第748回

2017年04月28日

◆北朝鮮に通じるか、トランプの手法

櫻井よしこ



4月6、7の両日、フロリダで開かれた米中首脳会談で、米中関係はどこま
で進展したのか。そのことについてヒントになる事例が目についた。マイ
ク・ペンス米副大統領のソウル訪問に合わせて、4月16日、ホワイトハウ
スが同行記者団に行ったブリーフィングである。
 
ホワイトハウス高官はアメリカが急いできた韓国への高高度防衛ミサイル
(THAAD)の配備及び運用開始の時期について、作業を急がないと
語ったという。「まだいくつか必要な作業があり、韓国の新大統領が決ま
るまで流動的だ」「配備は次期大統領が決定すべきで、5月前半が適当
だ」などと発言したと報じられた。
 
これまで、次期大統領が選ばれる前に、何としてでもTHAAD配備を完
了し、運用を開始して、実績を作りたいとしてきたアメリカが、なぜい
ま、このように変化したのか。北朝鮮のミサイル発射や核実験の危険性は
少しもなくなっていない。
 
中国問題に関して一目も二目も置かれている産経新聞外信部編集委員、
矢板明夫氏は、北朝鮮問題で中国の協力を要請したアメリカが、中国の前
向きな反応を得て、彼らに配慮した可能性を指摘する。アメリカは今も昔
も中国は北朝鮮抑止に力を発揮できると考えている。他方、習近平氏はと
りわけいま、アメリカの協力を必要とし、対立関係に陥ることを最大限回
避している。合意の下地があるということだ。
 
習氏がどれだけアメリカとの対立を回避したかったかは、4月12日に行わ
れた国連安全保障理事会で、シリアのサリンガス攻撃についての調査に関
する決議案の採決を、中国が棄権したことにも見てとれる。

ロシアは拒否権を行使してアサド大統領を守った。中国もこれまで6回、
ロシアと共に拒否権を行使してきたが、今回は棄権にまわった。トランプ
大統領は決議案採決の前日に電話会談で習氏に協力を依頼したと語ってい
る。中国はロシアと距離をおき、アメリカに接近したのだ。

20世紀の個人崇拝

「過去6回もシリアのために拒否権を行使して、アメリカに反対した中国
が、今回、アメリカに従ったことが明確になりました」と矢板氏。
 
氏はさらに説明した。

「米中首脳会談を、どうしても成功させなければならない立場に、習氏は
ありました。8月には最も重要な北戴河会議が、秋には党大会がありま
す。それが終わるまで、アメリカには問題を起こしてほしくない。そのた
めにはトランプ氏とよい関係を構築しなければならない。これが習氏が訪
米した背景です」
 
習氏はいま党組織改革を目論んでおり、8月に河北省の避暑地、北戴河で
開かれる中国共産党長老たちの会議で了承を得なければならない。習氏は
昨年秋、自身を毛沢東に匹敵する党の「核心」として位置づけた。今年の
組織改革では、政治局常務委員会を無力化し、党主席、つまり習氏1人に
権力を集中させる「中央委員会主席」という役職を新設すると報じられて
いる。
 
21世紀の中国を20世紀の個人崇拝の時代に引き戻すと懸念されている組織
改革には、まず長老たちの間に強い反対の声があると言われている。長老
の反対論を抑え、党大会の了承を得るために、習氏は全ての問題を巧く取
り仕切らなければならない状況にある。
 
韓国へのTHAAD配備には、中国全体がとりわけ敏感になっている。
国をあげて韓国製品の不買運動を展開している最中である。旅行者も制限
して韓国を締め上げ、配備を止めさせようとしているのが中国だ。
 
そうした習氏の思惑や中国の事情をトランプ氏が取り引きの材料に使った
のか。
 
習氏が目指した訪米の目的が、党大会まで、アメリカに大人しくしてい
てもらうことだったのであれば、THAAD配備の先延ばしは明確な成果
であろう。しかし、夏、或いは秋まで延ばすことは、北朝鮮のミサイル迎
撃という観点からは考えにくい。となると、アメリカ側は中国の北朝鮮対
策を見ながら、配備のタイミングを調整する可能性もある。
 
このように推測する理由に、トランプ氏の対中国発言が首脳会談後、大い
に和らいでいることがある。4月13日、「ウォール・ストリート・ジャー
ナル」(WSJ)紙は氏の単独インタビューに基づく複数の記事とコラム
を掲載した。「トランプと習、緊張転じて合性よし」というコラムにはト
ランプ氏のこんな発言がある。

「我々の合性は抜群だ。私は彼がとても好きだ。彼の妻もすばらしい」
 
トランプ氏はさらに語っている。

「冒頭の初顔合わせは10分か15分の予定だった。それが、3時間も話し込
んだ」「翌日、また10分のところが2時間も会話した。本当に気が合うんだ」

北朝鮮への支援
 
中国や習氏に対するこの熱く高い評価は、暫く前の発言とは正反対だ。
WSJは、トランプ氏が次々に政策を反転させていると指摘したが、プー
チン氏への評価は負の方向に大逆転させた。
 
70分間のインタビューでトランプ氏は、メディアはプーチン大統領との関
係を書きたてるが「私はプーチンのことなど知らない」と素っ気なく繰り
返している。
 
トランプ氏はかつて為替操作国だとなじった中国に、もはやそのような
レッテルは貼らないと変化した。アメリカの輸出入銀行は不要だと切り捨
てていたのを、中小企業支援のためにこれからも支えるとした。NATO
は無用だと悪口雑言だったのが、いまは非常に重要な同盟だと評価する。
なぜ変わるのかと質問されて、トランプ氏は答えた。

「全ての事案の重要性はとてつもなく大きく、全ての決定がとてつもなく
大きい。わかってるだろ、生か死かの問題なんだ。うまくディールできる
かどうかの話ではないんだ」
 
トランプ氏は、中国は簡単に北朝鮮問題を解決できると考えていたが、習
氏の説明に「最初の10分間で、それほど容易なことではないとわかった」
と語っている。それでも恐らく中国は約束したのではないか。トランプ氏
は中国が直ちに北朝鮮をコントロールできなくとも、暫く待つ姿勢を示し
ているのではないか。もしそうならうまく行かないと、矢板氏は見る。

「中朝関係は制裁では動かない。経済的に締め上げてもダメ。お金を与え
れば別ですが」
 
中国はこのことをよく知っている。アメリカが要求するように北朝鮮へ
の支援を止めれば、そこにロシアが介入して、北朝鮮をロシア陣営に引き
込む。従って中国は支援を止められない。北朝鮮抑止を中国に任せること
自体、何度も失敗してきた。そのことをトランプ政権は、いまから学ぼう
としているのか。
『週刊新潮』 2017年4月27日号  日本ルネッサンス 第751回


    

2017年04月26日

◆日本に及ぼすこの上なき深刻な脅威

櫻井よしこ



「トランプのシリア攻撃で複雑化した中東情勢が日本に及ぼすこの上なき
深刻な脅威」

ドナルド・トランプ米大統領はシリアの化学兵器使用にも手を打たないの
か。そう考えて、先週、本欄で批判した。ところがその直後の4月7日(日
本時間)、米国は断固たるシリア攻撃に踏み切った。
 
180度の方針転換。それを受けて異例のスピードで展開されたシリア攻撃
は、短時間の準備であったにも拘わらず極めて周到になされており、米国
の力を見せつけた。
 
シリアで化学兵器使用の第一報が入った4日、トランプ氏は、「許せな
い」と発表したものの、シリアやロシアではなく、オバマ前米大統領の
「弱腰」を非難した。その声明には戦略もなければ犠牲になったシリア国
民への同情の言葉もなかったが、その直後、トランプ氏は豹変し、53時間
後には攻撃を開始したのである。
 
断固たる攻撃で、トランプ政権は、力の行使を回避し続けたオバマ外交
と訣別した。この変化を引き起こしたのが、化学兵器で苦しみ、死亡した
犠牲者たちの映像だったという。

「女性や子供、かわいい赤ちゃんたちまで殺害された」「その悲劇が私の
アサド政権への考えを根本的に変えた」と、トランプ氏は語っている。
 
この真っ当な怒りが米国の国家意思となって、実質2日強という極めて短
時間に、59発の巡航ミサイルの発射につながった。類例のない短期決戦に
関しては、国連決議も得ていない。米国単独で断行した軍事作戦に関して
は、軍事作戦が終了する頃に、マイク・ペンス副大統領らが、米議会要人
や外国の首脳らに、事後報告を行った。

それでも、共和・民主両党が、さらにはほとんどの国が理解し支持した。
強い米国、行動する米国の復活を米国自身も世界も望んでいたのである。
 
米国は短期的には、揺らいでいた信頼性と強制力をある程度、取り戻し
た。だが問題はこれからだ。

「ウォールストリート・ジャーナル」紙は、攻撃直後の4月7日の社説で
「全ての軍事行動にはリスクがつきまとう。しかし今回のシリア攻撃は、
もし、トランプ氏が攻撃後、力強い外交を展開するなら政治的、戦略的に
大きな国益につながる」と書いた。
 
力強い外交とは具体的に何か。シリアの化学兵器使用を容認しないとい
う意思を軍事行動で示したものの、中東情勢はもはや単純な「力強い外
交」でおさまる状況ではない。
 
かつては「アサド対反政府勢力」の二者対立の構図だった。しかし、シリ
ア内戦の激化をうけて、状況は非常に複雑化している。アサド政権の背後
にはいまや、ロシア、イランが存在する。レバノンのイスラム過激派ヒズ
ボラもアサド大統領の側に立つ。イスラム国(ISIS)は力を失いつつ
あるものの、この間にアルカイダが勢力を盛り返している。
 
一方で米国は、シリア攻撃は北朝鮮への警告だとも語っている。北朝鮮
の核・ミサイル開発抑止に関しては、中国の協力が得られない場合、「中
国抜きで解決する」とトランプ氏は発信した。
 
4月9日には空母、カールビンソンが朝鮮半島周辺海域に向かった。また、
米韓合同演習が史上最大規模で4月末まで続く。トランプ氏の言う「中国
抜きの解決」とは何か。北朝鮮にさらなる制裁を科し、中国の制裁破りを
許さないために、中国銀行に的を絞って制裁を科す可能性さえある。ブッ
シュ政権当時はバンコ・デルタ・アジアという小さい金融機関を標的にし
たが、今回、中国銀行が標的になれば、その影響は非常に大きい。
 
もしくは、北朝鮮の豊渓里核実験基地や、東西両海岸にあるICBM(大
陸間弾道ミサイル)の発射基地への攻撃も考えられる。ロシア、中国の反
応を見ながらの外交・安保政策は、展望が見通しにくい。確かなことは、
日本に迫る脅威はこの上なく深刻だということだ。

『週刊ダイヤモンド』 2017年4月22日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1178

2017年04月25日

◆どこまで続く、トランプの世界貢献

櫻井よしこ



月7日(日本時間)のアメリカ軍によるシリア攻撃は驚きだった。
 
シリアで化学兵器が使用されたとの第一報が入った4日(現地時間、以下
同)、トランプ氏は声明で、「許せない」とし、シリアや後ろ盾のロシア
ではなく、オバマ前大統領の「弱腰」を非難した。

声明には犠牲になったシリア国民への特別な同情の言葉は全くなかった。
ところがそれから53時間後にトランプ氏は豹変し、シリア攻撃命令を下し
たのだ。「女性や子供、かわいい赤ちゃんたちまで殺害された」「その悲
劇が私のアサド政権への考えを根本的に変えた」と、氏は怒った。
 
真っ当な怒りである。この怒りはこれからどこまで続き、どこまで広がる
のか。この怒りで、アメリカは再び世界の秩序を守り立てる国となるのだ
ろうか。
 
シリア攻撃のニュースはトランプ氏の豪華な別荘に招かれていた中国国家
主席・習近平氏にとって、驚きを超える屈辱だったのではないか。
 
両首脳は確かに和やかな話し合いの印象づくりに心を砕いた。トランプ氏
は東シナ海及び南シナ海問題では国際規範の順守や、かつて習主席が軍事
拠点を作らないと約束したことを守るよう要求した。
 
スプラトリー諸島に作った滑走路についてトランプ大統領は厳しく質した
が、習主席は「居住用の滑走路だ」と答えたと、政府要人は語る。
 
トランプ氏は、もし中国が北朝鮮の核・ミサイル開発阻止に協調しないの
なら、アメリカ単独で行う用意があるとすごんだが、中国は明確には反応
しない。一方で台湾、チベット、南シナ海問題では中国の原則的立場を強
調した。「高高度防衛ミサイル」(THAAD)システムの韓国配備にも
重ねて反対した。
 
米中間の懸案に見てとれる決定的な溝は全く埋めきれていないのである。
そうした中、友好関係を演出してにこやかに会談してみせたものの、その
間にアメリカはシリアを空爆していたのだ。アメリカ単独で断行した攻撃
は、明らかに北朝鮮及びその背後の中国への警告である。こうしたことを
習主席はディナーの終わりに告げられたのだ。

自国民に化学兵器を使用
 
ホワイトハウスの報道官、スパイサー氏の説明を聞くと、アメリカ側が周
到に用意していたことが伝わってくる。トランプ大統領が攻撃命令を下し
たのが、6日午後4時だった。それから3時間40分後には、地中海東部に展
開中の駆逐艦2隻から59発のトマホーク(巡航ミサイル)が発射された。
ミサイルは8時30分から40分にかけて着弾、59発のミサイルは10分程で発
射されたわけだ。
 
この頃、副大統領のマイク・ペンス氏を筆頭にレックス・ティラーソン国
務長官、ジェームズ・マティス国防長官、ハーバート・マクマスター国家
安全保障問題担当大統領補佐官らが米議会の主要指導部や外国首脳らに説
明の電話をかけ始めた。
 
すると、国連決議もなく、アメリカ単独で断行した軍事作戦を、殆どの国
が理解し支持した。強いアメリカ、行動するアメリカの復活を世界が望ん
でいる証左であろう。
 
一方、7時頃には、トランプ、習両首脳らのディナーが始まっていた。ス
パイサー氏は、食事もデザートも終わった段階でトランプ氏が習氏にシリ
ア爆撃について報告したと説明し、ティラーソン氏が習氏の反応を具体的
に語った。
 
トランプ氏は、アメリカ軍がシリアをミサイル攻撃したこと、理由は、ア
サド大統領が国際合意に反して自国民に化学兵器を使用し、女性、子供、
赤ちゃんたちを含む多くの命を奪ったからだと、説明したそうだ。
 
習氏はトランプ氏に、報告してくれたことと理由の説明に謝意を示し、
「子供たちまで殺しているのであればそのような対応は必要だ、理解す
る」と語ったという。
 
トランプ氏の気勢に呑まれたかのような位負けした反応は、南シナ海の軍
事用の滑走路を居住用だと強弁するイメージとは全く異なる。
 
翌日開催された国連安全保障理事会で、中国の劉結一大使はアメリカを
名指しはしなかったが、「軍事行動は状況を複雑化し、混乱させる」と批
判した。だが、なんと言っても国家主席が「理解する」と言ってしまって
いるのである。国連大使の批判はどうしても迫力を欠く。
 
首脳会談開催前は、中国が周到な準備で臨む一方、トランプ政権は幹部
ポストも空席が目立ち準備不十分で、中国がアメリカを交渉で圧倒するの
ではないかと危惧されていた。それ故に、首脳会談開催は早すぎるとも言
われていた。しかし、劇的なシリア攻撃によって状況はアメリカ有利に激
変した。

電光石火の決断
 
プーチン大統領も気勢を殺がれたのではないか。ロシア国防省は7日に
なって、目標地点に着弾したのは59発中半数以下の23発でミサイルの性能
は「非常に低い」と強調したが、7日の記者会見でティラーソン氏は全て
のミサイルが目標を正確に捕えたこと、作戦は大成功だったことを強調し
ている。
 
シンクタンク「国家基本問題研究所(国基研)」の太田文雄氏は「ロシア
も中国も同様のミサイルを保有していますが、中国は実戦の経験がありま
せん。全ミサイルが正確に目標を捕えていることは、中露にとっては相当
の脅威でしょう」と語る。
 
だが、アメリカはロシアを敵に回さないよう十分に注意している。地中海
東部で発射されたミサイルは南方向に進んでイスラエル上空から北西方向
に進路を取り、ロシアの海・空軍が使用している地中海に面したラタキア
近郊の基地を避けるため迂回して、内陸部にあるシャイラート空軍基地を
叩いた。
 
この基地からシリア政府軍は飛び立ち化学兵器の攻撃を実施したとされて
いる。アメリカはロシアが使用する空港には触れていないのだ。攻撃も2
時間前に通告した。ロシアとの対決を回避する姿勢である。
 
そのようなアメリカに対し、プーチン大統領は関係悪化を避けようとする
のではないか。国基研の田久保忠衛氏が語る。

「プーチン氏の足下では深刻な危機が発生し続けています。3月26日には
モスクワで3万人規模、サンクトペテルブルクで約1万人が反プーチン・反
政府デモに参加しました。4月3日にはサンクトペテルブルクで地下鉄爆破
テロも発生しました。問題山積のプーチン大統領は、強い軍事力をもっ
て、前例のない程の電光石火の決断で攻勢に出たアメリカと、結局、協力
せざるを得ないのではないでしょうか」
 
9日、アメリカ政府は原子力空母カールビンソンを朝鮮半島近海に向かわ
せた。北朝鮮情勢は非常に厳しく何が起きても驚かない。行動するアメリ
カが世界秩序を作れるか、まだ、不明だ。

『週刊新潮』 2017年4月20日号 日本ルネッサンス 第750回

2017年04月17日

◆自国の繁栄ばかり優先する米中

櫻井よしこ



「自国の繁栄ばかり優先する米中により世界情勢の先行きに大きな不安要
素続出」

北朝鮮が弾道ミサイルを発射し、シリアでは猛毒サリンと見られる化学兵
器が使用された。世界情勢の先行きに大きな不安要素が続出している。
 
諸国の蛮行を抑制するには、力のある国が力を背景に説得しなければなら
ない。力のある国といえば、米国である。無論、中国もロシアも、その中
に入る。だが中国は本気で北朝鮮の核・ミサイル開発を止めようとはして
いない。ロシアはむしろシリアの蛮行を支持する姿勢である。
 
北朝鮮がミサイル4発を発射した時、中国は北朝鮮からの石炭輸入を止め
ると発表したが、日本海を舞台に数百隻の船が中国・北朝鮮間で物資を運
び続けているという現実がある。船は北朝鮮籍だが、2年契約で中国が
チャーターしたものが大半だ。
 
日本政府は日本海での船の動きを発表していないが、中国の対北朝鮮制
裁破りは明らかだ。中国が本気で北朝鮮を牽制し、制裁している事実はな
いと考えるべきだろう。
 
米国はどうか。シリアで毒ガスが使用された件について、米国の国連大
使、ニッキー・ヘイリー氏は英国、フランスと共にシリア非難を強め、
「アサド政権防護に手を貸している」とロシアも非難した。国連では米国
は正しい議論をしている。
 
レックス・ティラーソン米国務長官は、当初、「(アサド政権の存続に関
しては)シリア国民が決定することだ」と語った。共和党の大御所で米上
院軍事委員会の長、ジョン・マケイン上院議員は「現代のシリアでまとも
な自由選挙が行われる可能性があると信じるなど、愚かなことだ」とティ
ラーソン氏を批判、ティラーソン氏は「ロシアとイランは(化学兵器使用
による犠牲者への)道義的責任がある」と、発言を事実上修正した。
 
一方、ドナルド・トランプ米大統領の反応が的外れだ。大統領は化学兵器
の使用は「大いに非難すべき」(reprehensible)で「許せ
ない」(intolerable)とツイートしたが、その後、原因を
作ったシリアでなくオバマ前米大統領を批判したのだ。

「バッシャール・アル・アサド政権のこうした極悪非道の行動は過去の
(米国の)政権の不決断と弱腰さが招いた結果だ」として、オバマ氏を攻
撃する一方で、肝心のアサド大統領、その背後にいるプーチン・ロシア大
統領には全く言及しなかった。
 
ヘイリー国連大使は、自身の発言と大統領発言のギャップを問われて、
「大統領も私も同じ目標を目指している点については何ら相違はない」と
弁明せざるを得なかった。
 
浮かび上がってくるのは、米国外交の統一性のなさである。中東、ロシア
などの重要事案に関する基本的方針がいまだ確定されていない。閣僚人事
はようやく決まったが、副大臣も局長も、その下の部長クラスの人事もほ
とんど進んでいない。掛け声を上げるトップリーダーはいても、実務を取
り仕切る人材が揃わない。これではまともな外交はできない。
 
一方、トランプ大統領はあくまでも、「世界はアメリカのために何ができ
るか」を最重視する。無論、指導者が自国の国益を第一にするのは当然
だ。しかし、米国の歴代大統領は、「世界益」も考えた。トランプ大統領
はそのことを考えているだろうか。疑問である。
 
シリアにおける人権蹂躙を非難する言葉にも、犠牲者への思いは伝わって
こない。世界は米国の役に立ってこそ意味があり、その余のことは殆ど気
にしないとしたら、大変である。
 
習近平氏の掲げる中華思想は他国の資源、水、領土を奪い、中国共産党
の繁栄につなげることを重視するばかりだが、その習氏の考え方とトラン
プ大統領のそれが意外なほど似ているのではないかということだ。実に不
確実な時代に、私たちは入っている。

『週刊ダイヤモンド』 2017年4月15日号

2017年04月12日

◆政治家は世界情勢を忘れるな

櫻井よしこ



ニュースはどこも森友学園一色だ。
 
私は6年前、同学園の幼稚園の父母を対象に家庭教育、食事、親子の対
話、日本の歴史や戦後社会の変容などについて講演した。その学園の籠池
泰典氏が証人喚問され、問題の核心が逆にぼやける中、3月27日の予算成
立後も国会では他の重要課題を横において、森友学園問題に集中するそうだ。
 
しかし、世界では本当に激震が起きている。日本が森友学園問題にかまけ
ている暇はあるのか。
 
トランプ米大統領は、3月16日、540億j(約6兆円)に上る大幅な軍事費
増額を盛り込んだ予算教書を発表したが、各省の局長級人事さえ固めきれ
ていない現在、手足となって働くスタッフが揃っていない。自身の交渉力
を最大の「売り」にするトランプ氏だが、共和党議員さえ説得できず、3
月24日には目玉政策の医療保険制度改革(オバマケア)改廃法案の撤回に
追い込まれた。
 
トランプ政権の求心力低下が懸念される中で、北朝鮮軍は米韓が3月1日か
ら行っている史上最大規模の合同軍事演習に反発して、「いかなる策動も
先制攻撃で踏みつぶす」と宣言した。彼らは3月6日のミサイル4発発射の
際、標的は在日米軍基地だとしており、現実に日本攻撃の可能性が眼前に
ある。急いでも間に合わないかもしれない危機対策を尻目に、森友学園問
題にかまける国会とは一体、何なのか。
 
3月26日、フジテレビの番組では、民進党の玉木雄一郎氏が安倍昭恵氏を
証人喚問せよと主張していた。共産党でも社民党でもない民進党の、将来
を担う貴重な人材の一人である氏の発言に驚いた。

森友学園問題の本質は国有地払い下げの手続き及び大幅値引きに正当な理
由はあったのか、政治家の介入はあったのかに尽きる。昭恵夫人の喚問は
筋違いだ。
 
まず、大幅値引きの妥当性についてだが、その判断に必要な財務省(近畿
財務局)の書類が処分されている。法令上、違法ではないというものの、
事業完了まで関連資料を保存しないのは、政府側の瑕疵といえるのではな
いか。書類保存について与野党は早急に新たな規則を打ち立てるべきだろう。

「口利きはなかった」

同時に、籠池氏を喚問した自民党の葉梨康弘議員の指摘に注目したい。氏
の指摘では、伊丹空港周辺の国有地払い下げは森友学園、豊中市の公園及
び給食センターの3か所だ。給食センターの場合、2015年に掘りおこした
ら、アスベストを含むコンクリート片が埋まっていたため、撤去費用14億
円が計上された。隣の公園の売却額は14億2000万円だったが、廃棄物処理
費は14億円とされ、土地は豊中市に2000万円で払い下げられた。いずれも
処理費は14億円規模だ。
 
森友学園である。埋設廃棄物等の運び出しと処理に8億2000万円が必要と
され、その分を引いて1億3000万円で売却された。
 
ここに至るプロセスが公正だったかどうかを示す財務局資料は前述のよう
に処分済みだ。ならば、先の給食センターや公園、他の国有地の払い下げ
と比較すればよい。ちなみに国有地はごみ処理名目以外でも、「朝日新
聞」をはじめ多くの新聞社にも公益名目で通常では考えられない廉価で払
い下げられている。
 
次は政治家の介入の有無だ。証人喚問で籠池氏は、買い取り価格の値下
げについて、「政治家による対応はなかった」(衆議院、自民党葉梨氏へ
の回答)、「(国有地の)定期借地権料は結果として高止まりになってい
る。本来口利きがあれば低止まりになっていた。だから口利きはなかった
と思う」(参議院、自民党西田昌司氏への回答)と述べている。後述する
外国特派員協会での記者会見でも、「安倍首相は口利きはしていないで
しょう」と語っている。
 
一方で籠池氏は昭恵夫人への忖度があったのではないかと推測するが、
森友学園側の要請に昭恵夫人付職員は、「ご希望に沿うことはできない」
と回答した。要請拒否は忖度はなかったということではないのか。
 
国会証言後に東京・有楽町の外国特派員協会で記者会見に臨んだ籠池氏
に、雑誌「エコノミスト」のマクニール記者が、安倍首相も夫人も100万
円の寄付を否定する中で、籠池氏の主張を信じるべき理由は何かと質し
た。籠池氏は次のように答えた。

「私一人ではない。100万円の件は職員、先生方にもその時すぐに伝え
た。嘘を言うわけではない」
 
一方、公開された安倍・籠池両夫人のメールで、昭恵夫人は100万円に
ついても、森友学園が夫人に講演料として支払ったと主張する10万円につ
いても、「記憶がない」と丁寧な言葉で繰り返し否定している。

辻褄が合わない
 
ニコニコ動画の記者は幼稚園のホームページに、「天皇陛下が訪問された
という、事実でないことが掲載されている」件を取り上げた。参院で、天
皇陛下が籠池氏の幼稚園を訪問されたと園のホームページに掲載されてい
ることを質されて、籠池氏は「知らなかった」と答えており、ニコ動の記
者は、では誰が、畏れ多くも天皇陛下行幸に関する重大な虚偽を、別の行
幸の際の写真までつけて、ホームページに載せたのかと問うたわけだ。籠
池氏の答えだ。

「本というんですかね、雑誌の中で、その書き取りの中で、編集者が間
違って書いておるということは今日の国会の、なんだったかな、なにかの
関係で私は知ったことがあります」「申し訳ないですけどもホームページ
をすべてチェックしてるわけではございませんので」
 
だが、天皇陛下行幸の有無は余りにも重大な問題だ。だからこそ、記者は
尚も質した。誰が虚偽の情報をホームページに載せたのかと。

「私どもの職員になるのか、ホームページを立ち上げたときの業者になる
んだと思います」と籠池氏。
 
回答になっていないだろう。日本の新聞やテレビはなぜ、こうした質問
ができないのか、と思う。
 
前述のフジテレビの番組で印象深い場面があった。籠池夫人のメールに
民進党の辻元清美氏が幼稚園に「侵入しかけた」と書かれている点に言及
されて、玉木氏が「党として事実に反すると発表した。間違ったことを言
わないで下さい」と反論した場面だ。
 
辻元氏に関する籠池氏側の情報は事実ではないと断ずる玉木氏は、で
は、なぜ、昭恵夫人や安倍首相の否定を認めないのか、辻褄が合わない。
 
森友学園で残る疑惑は、籠池氏が刑事訴追を受ける可能性ありとして答
えなかった3種類の見積りについてである。
 
この間にも国会は朝鮮半島と中国の動きに目配りを怠ってはならない。政
治の責任は国民の命、領土領海領空を守ることだ。そのことを国会議員全
員が肝に銘ずべきだ。

『週刊新潮』 2017年4月6日号   日本ルネッサンス 第748回


2017年03月22日

◆北朝鮮戦略で自衛に対する準備必要

櫻井よしこ



「北朝鮮戦略で自衛に対する準備必要 それでも安倍首相に考えてほしい
拉致問題」

マレーシアの国際空港では金正男氏をVXガスで殺害、ミサイル発射では
事実上、標的は在日米軍基地だと発表してみせる。北朝鮮の金正恩朝鮮労
働党委員長の一連の決定は、危機が新たな段階に入ったことを示している。
 
金正恩氏にまともな判断が下せない理由は、余りに多くの側近を粛清
し、残っているのは主に組織指導部の幹部だけだからだと言われている。
組織指導部は国内の動き、反金正恩の動きを監視する組織である。

国際情勢が多少でもわかる人材は、2013年12月の張成沢氏処刑をはじめ、
一掃された。玄永哲人民武力部長(国防長官)は15年4月に、崔英建副首
相は同年5月に、金勇進副首相は16年7月に処刑された。内、金副首相は金
正恩氏臨席の場での座る姿勢が悪い、それは最高指導者への尊敬や忠誠が
足りないからで、死に値するとされた。
 
常軌を逸した処刑命令を下す人物がいま、在日米軍基地への攻撃能力を手
にしたと誇示しているのである。朝鮮問題専門家、西岡力氏はこう語る。

「金日成氏の時代から北朝鮮は在日米軍基地が諸悪の根源だと考えてきま
した。朝鮮戦争では韓国を奇襲してほぼ全土を席巻したとき、米軍が反撃
を開始した。米軍は日本からやってきたのです。以来、北朝鮮の戦略の基
本は在日米軍基地を使わせないことになりました。少なくとも1週間、米
軍基地が機能しなければ、その間に韓国を取り尽くせると彼らは考えてい
ます」
 
日本にはすでに少なからぬ北朝鮮工作員が入っている。彼らは有事の際に
在日米軍基地や日本のインフラを機能停止に追い込むよう訓練されている
と思わなければならない。逆から見れば日本のすべきことは明らかだ。在
日米軍基地が機能停止に陥らないように担保することであり、これが有事
の際の集団的自衛権行使の基本である。
 
深刻な現実問題として、日本は北朝鮮の核及びミサイル攻撃にどう対処
するのか。北朝鮮が複数のミサイルを日本に向けて発射した場合、日本は
防げない可能性がある。彼らはノドンミサイルを200基、スカッド改良型
ミサイルを300基有しており、複数のミサイルを同時に、正確に発射する
能力を持った。加えてミサイルに搭載可能な小型の核も彼らは手にしている。
 
日本を守るには北朝鮮がミサイルを撃つ前に、向こうの基地を攻撃するし
かない。国会でようやく敵基地攻撃能力についての議論が行われるように
なった。それに対して野党側は、強い牽制の批判を声高に叫ぶ。しかし、
日本国民を守るのが政治の責任ではないのか。北朝鮮が移動式ミサイル発
射の能力も手にしている現在、事前に彼らの攻撃能力を潰すことはいよい
よ困難になりつつある。それでも日本は自衛の軍事行動を可能にする法
的、物理的準備を急がなければならない。
 
一方、横田早紀江さんが語る。

「子供たちを拉致するという絶対に許してはならない犯罪に、世界各国は
一致協力して当たってほしい。安倍首相を信頼していますが、絶対に全員
を取り戻すために、あらゆる手段を取ってほしい」
 
拉致被害者の家族で構成する家族会は2月22日、安倍晋三首相に北朝鮮に
対する日本独自の制裁を解除してほしいと要請した。国際社会で絶対的な
孤立に陥ったいま、唯一何らかの救いを求めることができるのは日本であ
ると、北朝鮮側が見ている節がある。

わずかでも歩み寄りができるのであれば、それを逃さないでほしいと家族
の皆さんは切望する。日本は拉致問題ゆえに国際社会よりも厳しい制裁を
科している。その日本独自の制裁の分を解除して拉致問題解決につなげて
ほしいというのである。
 
安倍首相にとっては極めて難しい判断だが、私も日本は拉致問題解決を第
一に考えてほしいと思う。

『週刊ダイヤモンド』 2017年3月18日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1174


2017年03月21日

◆なぜ日本史から聖徳太子を消すのだ

櫻井よしこ



聖徳太子は、その名を知らない日本人など、およそいないと言ってよいほ
どの日本国の偉人である。だが、文部科学省が2月14日に突然発表した新
学習指導要領案によれば、その名が子供たちの教科書から消されることに
なりそうだ。
 
聖徳太子は新たに「厩戸王(うまやどのおう)」として教えられるという
が、神道学者の高森明勅氏が「厩戸王」の事例をアマゾンで調べたところ
皆無だったと書いている。

皆が親しんできた名前を消して、殆ど誰も知らず、アマゾンでも一例も出
てこない名前に変えるとは、一体どういうことか。名は体を表す。聖徳太
子という英雄を日本民族の記憶から消し去ろうとする愚かなことを考えた
のは誰か。
 
周知のように聖徳太子は数え年20歳で叔母、推古天皇の摂政となった。現
代風に言えば成人前後の年頃の青年が日本国を主導する総理大臣に就任し
たのである。その若さにも拘わらず、英邁なる聖徳太子は責任をひとつひ
とつ立派に果たした。
 
神道の神々のおられるわが国に、異教の仏教を受け入れるか否かで半世紀
も続いた争いに決着をつけ、受け入れを決定したのが聖徳太子である。キ
リスト教やイスラム教などの一神教の国ではおよそあり得ない寛容な決定
である。
 
603年には「冠位十二階」を定めて、政治権力の世襲という従来の制度下
にあっても、個人の能力や努力によって登用される道を開いた。これは後
の世にも強い影響を与え、身分制度を超越した人材登用の精神につながった。
 
604年には「十七条憲法」を定めて、政治は民の幸福を願い、公正で透明
な価値観に基づかなければならないという日本国統治の基本を作った。民
を想う穏やかで慈悲心に支えられた統治の哲学は、同時代を生きた隋の皇
帝煬帝の、幾十万の民を奴隷として酷使し死に至らしめた非情なる統治の
対極にある。

価値観の源流
 
607年には「日出づる処の天子、書を日没する処の天子に致す、恙(つつ
が)無きや」という、あの余りにも有名な親書を小野妹子に持たせ、隋に
派遣し、遂に隋と対等な関係を築いた。
 
以降、日本は中華文明に属することなく、日本独自の大和文明を育んだ。
大和文明はその後、天武天皇に受け継がれ、聖武天皇によってより強固な
日本統治の基本となった。

いま、日本と中国の価値観はおよそ何から何まで正反対だ。私たちは、日
本が日本であることに、もっといえば中華的価値とは全く異なる日本的価
値の社会で暮せていることに感謝しているのではないか。その価値観の源
流が聖徳太子である。
 
中国は軍事力、経済力で既存の国際法や世界秩序に挑戦し続けている。
国際法を中国式に解釈し、覇権国の道を一直線に突き進む。国内において
は政府批判を許さず、人々の自由を制限し、弾圧し、国家統治における不
法、不公正を基本的に放置したままだ。
 
この異形の大国、中国と、私たちはいま、価値観を軸に対峙しているので
はないか。であればこそ、日本の子供たちに日本文明の核を成す価値観を
教えることが日本人として誇りを持って生きることの基本になる。日本文
明を理解し、その長所を心に刻み、相手に対する思いやりを育み、日本人
としての自信を深めることが欠かせない。そのために聖徳太子は忘れては
ならない人物である。
 
だが、文科省は、わが国の国柄を形成するのに計りしれない貢献をした聖
徳太子の名を変えるというのである。理由は「聖徳太子」は没後に使われ
るようになった呼称で、歴史学では一般的に「厩戸王」と呼ぶ、従って
「史実」を正しく教えるために変えるのだと説明する。ならば歴代天皇の
呼称もすべて変えなければならない。聖徳太子だけ突然、変えるのはおか
しい。
 
また2月27日に「産経」が社説で書いたように、諡(おくりな)(死後に
与えられる名)がダメなら「弘法大師」の名前も変えなければならない。
そんなことをすれば子供たちだけでなく大人も社会も日本は大混乱だ。歴
史の語りつぎも出来ようはずがない。
 
自民党参議院議員の山田宏氏が指摘した。

「聖徳太子は日本が中国の属国にならない道を選び、慎みと思慮深さを基
盤とした日本の国柄を育む第一歩を踏み出した人物です。そうした日本の
善さを定着させた人物でもあります。だからこそ、日本人は聖徳太子に尊
敬と親愛の情を抱き、お札にまでしたのです。日本人の誇りの源泉である
太子の名を消し去って、その誇りを薄めていく狙いがあるのではないで
しょうか」

文科省は伏魔殿か
 
文科省の作った教育の枠組みの中で、長い年月、日本史は片隅に追いや
られていた。ようやく2020年から、小、中、高と、学習指導要領が改訂さ
れるが、高校の日本史は現在、選択科目にすぎない。必修科目は世界史な
のだ。日本の子供たちは小学校6年生で初めて日本史を教えてもらう。そ
れも1年間で45分の授業を68時限である。これではスカスカの歴史教育に
ならざるを得ない。スカスカ教育の上に、慰安婦や南京事件の例に典型的
に見られるような、捏造され曲解された内容が跋扈したのである。
 
アーノルド・トインビーは、自国の神話、即ち歴史を忘れる民族は滅びる
という言葉を残しているが、日本では忘れる以前に満足に教えてもらえな
い時代が長く、今日まで続いているのである。
 
左派陣営に蹂躙されてきたこの反日教育が幾世代も続いた末に、安倍晋
三氏が首相に、下村博文氏が文科大臣になって以後、ようやく改善されて
きたと思っていた。だが、いままた、日本を貶める意図しか見えてこない
ような学習指導要領が、突如、提案されている。文科省は伏魔殿か。根っ
からの反日組織か。
 
山田氏が語った。

「文科省の官僚も問題です。加えて教科の内容に特定の人々の意見を反映
させる仕組みがあります。文科省の下に国立教育政策研究所が、その下に
教育課程研究センターがある。同センターには調査官がいて、社会と歴史
について、各々、小学、中学担当の調査官が配置され、彼らの意見が反映
されると見られています。どんな人物が配置されているのかも、調べる必
要があるでしょう」
 
かつて元インド大使の野田英二郎氏が教科書検定審議会委員となり特定の
教科書を排除すべく多数派工作をした。氏は北朝鮮のテポドンミサイル発
射実験に抗議したと、或いは北朝鮮の拉致疑惑を強調しすぎると日本政府
を非難した人物だ。偏った人物を受け入れる素地が文科省にはあるのだ。
ひとまず、私たちは文科省に聖徳太子を厩戸王へと変えることへ抗議しよ
うではないか。

『週刊新潮』 2017年3月9日号
日本ルネッサンス 第744回

2017年03月20日

◆それでも安倍首相に考えてほしい拉致問題

櫻井よしこ



北朝鮮戦略で自衛に対する準備必要 

マレーシアの国際空港では金正男氏をVXガスで殺害、ミサイル発射では
事実上、標的は在日米軍基地だと発表してみせる。北朝鮮の金正恩朝鮮労
働党委員長の一連の決定は、危機が新たな段階に入ったことを示している。
 
金正恩氏にまともな判断が下せない理由は、余りに多くの側近を粛清
し、残っているのは主に組織指導部の幹部だけだからだと言われている。

組織指導部は国内の動き、反金正恩の動きを監視する組織である。国際情
勢が多少でもわかる人材は、2013年12月の張成沢氏処刑をはじめ、一掃さ
れた。玄永哲人民武力部長(国防長官)は15年4月に、崔英建副首相は同
年5月に、金勇進副首相は16年7月に処刑された。内、金副首相は金正恩氏
臨席の場での座る姿勢が悪い、それは最高指導者への尊敬や忠誠が足りな
いからで、死に値するとされた。
 
常軌を逸した処刑命令を下す人物がいま、在日米軍基地への攻撃能力を手
にしたと誇示しているのである。朝鮮問題専門家、西岡力氏はこう語る。

「金日成氏の時代から北朝鮮は在日米軍基地が諸悪の根源だと考えてきま
した。朝鮮戦争では韓国を奇襲してほぼ全土を席巻したとき、米軍が反撃
を開始した。米軍は日本からやってきたのです。以来、北朝鮮の戦略の基
本は在日米軍基地を使わせないことになりました。少なくとも1週間、米
軍基地が機能しなければ、その間に韓国を取り尽くせると彼らは考えてい
ます」
 
日本にはすでに少なからぬ北朝鮮工作員が入っている。彼らは有事の際
に在日米軍基地や日本のインフラを機能停止に追い込むよう訓練されてい
ると思わなければならない。逆から見れば日本のすべきことは明らかだ。
在日米軍基地が機能停止に陥らないように担保することであり、これが有
事の際の集団的自衛権行使の基本である。
 
深刻な現実問題として、日本は北朝鮮の核及びミサイル攻撃にどう対処
するのか。北朝鮮が複数のミサイルを日本に向けて発射した場合、日本は
防げない可能性がある。彼らはノドンミサイルを200基、スカッド改良型
ミサイルを300基有しており、複数のミサイルを同時に、正確に発射する
能力を持った。加えてミサイルに搭載可能な小型の核も彼らは手にしている。
 
日本を守るには北朝鮮がミサイルを撃つ前に、向こうの基地を攻撃するし
かない。国会でようやく敵基地攻撃能力についての議論が行われるように
なった。それに対して野党側は、強い牽制の批判を声高に叫ぶ。しかし、
日本国民を守るのが政治の責任ではないのか。北朝鮮が移動式ミサイル発
射の能力も手にしている現在、事前に彼らの攻撃能力を潰すことはいよい
よ困難になりつつある。

それでも日本は自衛の軍事行動を可能にする法的、物理的準備を急がなけ
ればならない。
 
一方、横田早紀江さんが語る。

「子供たちを拉致するという絶対に許してはならない犯罪に、世界各国は
一致協力して当たってほしい。安倍首相を信頼していますが、絶対に全員
を取り戻すために、あらゆる手段を取ってほしい」
 
拉致被害者の家族で構成する家族会は2月22日、安倍晋三首相に北朝鮮に
対する日本独自の制裁を解除してほしいと要請した。国際社会で絶対的な
孤立に陥ったいま、唯一何らかの救いを求めることができるのは日本であ
ると、北朝鮮側が見ている節がある。

わずかでも歩み寄りができるのであれば、それを逃さないでほしいと家族
の皆さんは切望する。日本は拉致問題ゆえに国際社会よりも厳しい制裁を
科している。その日本独自の制裁の分を解除して拉致問題解決につなげて
ほしいというのである。
 
安倍首相にとっては極めて難しい判断だが、私も日本は拉致問題解決を第
一に考えてほしいと思う。

『週刊ダイヤモンド』 2017年3月18日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1174

2017年03月19日

◆北朝鮮戦略で自衛に対する準備必要

櫻井よしこ



「北朝鮮戦略で自衛に対する準備必要 それでも安倍首相に考えてほしい
拉致問題」

マレーシアの国際空港では金正男氏をVXガスで殺害、ミサイル発射では
事実上、標的は在日米軍基地だと発表してみせる。北朝鮮の金正恩朝鮮労
働党委員長の一連の決定は、危機が新たな段階に入ったことを示している。
 金正恩氏にまともな判断が下せない理由は、余りに多くの側近を粛清
し、残っているのは主に組織指導部の幹部だけだからだと言われている。

組織指導部は国内の動き、反金正恩の動きを監視する組織である。国際情
勢が多少でもわかる人材は、2013年12月の張成沢氏処刑をはじめ、一掃さ
れた。玄永哲人民武力部長(国防長官)は15年4月に、崔英建副首相は同
年5月に、金勇進副首相は16年7月に処刑された。内、金副首相は金正恩氏
臨席の場での座る姿勢が悪い、それは最高指導者への尊敬や忠誠が足りな
いからで、死に値するとされた。
 
常軌を逸した処刑命令を下す人物がいま、在日米軍基地への攻撃能力を手
にしたと誇示しているのである。朝鮮問題専門家、西岡力氏はこう語る。

「金日成氏の時代から北朝鮮は在日米軍基地が諸悪の根源だと考えてきま
した。朝鮮戦争では韓国を奇襲してほぼ全土を席巻したとき、米軍が反撃
を開始した。米軍は日本からやってきたのです。以来、北朝鮮の戦略の基
本は在日米軍基地を使わせないことになりました。少なくとも1週間、米
軍基地が機能しなければ、その間に韓国を取り尽くせると彼らは考えてい
ます」
 
日本にはすでに少なからぬ北朝鮮工作員が入っている。彼らは有事の際
に在日米軍基地や日本のインフラを機能停止に追い込むよう訓練されてい
ると思わなければならない。逆から見れば日本のすべきことは明らかだ。
在日米軍基地が機能停止に陥らないように担保することであり、これが有
事の際の集団的自衛権行使の基本である。
 
深刻な現実問題として、日本は北朝鮮の核及びミサイル攻撃にどう対処す
るのか。北朝鮮が複数のミサイルを日本に向けて発射した場合、日本は防
げない可能性がある。彼らはノドンミサイルを200基、スカッド改良型ミ
サイルを300基有しており、複数のミサイルを同時に、正確に発射する能
力を持った。加えてミサイルに搭載可能な小型の核も彼らは手にしている。
 
日本を守るには北朝鮮がミサイルを撃つ前に、向こうの基地を攻撃する
しかない。国会でようやく敵基地攻撃能力についての議論が行われるよう
になった。それに対して野党側は、強い牽制の批判を声高に叫ぶ。

しかし、日本国民を守るのが政治の責任ではないのか。北朝鮮が移動式ミ
サイル発射の能力も手にしている現在、事前に彼らの攻撃能力を潰すこと
はいよいよ困難になりつつある。それでも日本は自衛の軍事行動を可能に
する法的、物理的準備を急がなければならない。
 
一方、横田早紀江さんが語る。

「子供たちを拉致するという絶対に許してはならない犯罪に、世界各国は
一致協力して当たってほしい。安倍首相を信頼していますが、絶対に全員
を取り戻すために、あらゆる手段を取ってほしい」
 
拉致被害者の家族で構成する家族会は2月22日、安倍晋三首相に北朝鮮
に対する日本独自の制裁を解除してほしいと要請した。

国際社会で絶対的な孤立に陥ったいま、唯一何らかの救いを求めることが
できるのは日本であると、北朝鮮側が見ている節がある。わずかでも歩み
寄りができるのであれば、それを逃さないでほしいと家族の皆さんは切望
する。日本は拉致問題ゆえに国際社会よりも厳しい制裁を科している。そ
の日本独自の制裁の分を解除して拉致問題解決につなげてほしいというの
である。
 
安倍首相にとっては極めて難しい判断だが、私も日本は拉致問題解決を第
一に考えてほしいと思う。

『週刊ダイヤモンド』 2017年3月18日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1174

2017年03月17日

◆いつでも米中は手を握れる

櫻井よしこ



世界の大国である米中が共に不安定だ。指導者の言動は、双方共に信頼し
にくい。ドナルド・トランプ大統領と習近平国家主席がどのような世界戦
略を考えているのか。どう動くのか。日本にとって最重要の外交問題であ
る米中関係の展望は依然として明確ではない。
 
理由のひとつがトランプ大統領の発言の好い加減さであろう。台湾問題で
「なぜ『一つの中国』政策に縛られるのか」と言ったかと思えば、習主席
との電話会談で、「『一つの中国』政策を尊重する」と豹変する。

「北大西洋条約機構(NATO)は時代遅れだ」と罵ったかと思えば、
「ファシズムを退けた2つの世界戦争に勝ち抜き、共産主義を破った冷戦
での絆がNATOの同盟だ」とほめちぎる。
 
最高指導者の言行不一致において中国はより際立っている。1月17日、ス
イスで行われた世界経済フォーラム(ダボス会議)で自由貿易の重要性を
習主席が説いたのは最高の冗談だった。

習主席に経済改革の意思があるとは、いまやおよそ誰も思わないだろう。
李克強首相に市場重視の大胆な改革策を提案させたのが2013年だった。し
かし、現実には中国経済はより強い政治介入に晒されている。国有企業が
縮小されるかわりに、中国共産党の介入の度合いが強まり、集中が強化さ
れ、民営化が阻害されている。改革開放志向の経済としてリコノミクスと
呼ばれていたのが、いま、習主席にちなんでシーコノミクスと呼ばれ、統
制の色彩を強めている。
 
習主席は腐敗撲滅運動で庶民の支持を得たが、結局、撲滅された人々は、
軍人、官僚、政治家を問わずほとんどが江沢民、胡錦濤両氏の取り巻きで
ある。習氏の取り巻き、太子党は誰一人撲滅されておらず、政敵撲滅運動
となっている。

国防費が1兆元を突破
 
このように米中首脳の言葉は、それぞれ異なる意味合いながら、信じ難い
のだが、両氏が足並みを揃えているのが軍事予算の大幅増である。トラン
プ大統領は軍事費の10%増を表明、軍事力増強の象徴として現在の空母、
実質10隻体制を12隻体制に強化すると発表した。
 
中国の南シナ海での蛮行を念頭に、トランプ大統領は原子力空母カール・
ビンソンを中心とする第1空母打撃群を2月18日から南シナ海に展開、活動
を開始させた。
 
一方、中国も3月5日に開幕した全国人民代表大会(全人代)で李首相が政
府活動報告を行い、アメリカに対抗するかのように、中国の海洋権益を断
固守ると表明、台湾に関しては独立に「断固反対し、食い止める」と演説
した。昨年の報告にはなかった「食い止める」という表現が加わり、より
強い決意表明となった。
 
李首相は習主席を毛沢東に並ぶ別格の指導者として6回も「核心」と呼
んだが、習主席が独裁体制の確立に向かっているということだ。これは李
首相の経済改革の頓挫を意味するものでもあろう。即ち、中国はやがて自
身の足下を危うくする経済減速に、より深く落ち込んでいくのを避けられ
ないだろう。
 
経済の減速を反映してか、例年、全人代初日に発表される国防予算案の発
表はなかったが、それでも国防費が初めて1兆元(約16兆5000億円)を突
破するのは確実と確認された。太平洋を挟む2つの大国は、いま、明確
に、相互を敵と見立てて競い合い、顕著な軍拡に乗り出している。
 
太平洋の東にアメリカ、西に中国、わが国はその間に挟まれている。同盟
国の軍拡は日本にとって、控えめに言っても心強い。1989年以来続く中国
の軍拡に対抗するには日米同盟の強化しかないからである。
 
2月3日に来日し、日米同盟の重要性を強調し、100%、日本と肩を並べて
歩むと明言したジェームズ・マティス国防長官も、2月9〜13日に訪米した
安倍首相に、通常戦力と核の双方で日本を守ると明言したトランプ大統領
も、その意味で日本に大きな安心を与えた。日本側は皆、喜んだ。
 
だが、国際関係は力のバランスや実利によって風見鶏のように変化する。
とりわけ米中首脳の発する言葉には信を置けないのである。彼らはいつで
も豹変するだろう。
 
そこで注目すべきは米中間の表の動きだけでなく、裏の動きである。官僚
や政治家の動きではなく、トランプ大統領の親族による対中接近の実態で
ある。
 
2月1日、大統領が最も信頼していると言われる長女のイヴァンカ氏が5歳
になる娘のアラベラを伴って中国の春節(旧正月)を祝うためにワシント
ンの中国大使館を訪れた。中国語を学んでいるアラベラは、中国語で歌
い、中国大使以下こぞってアラベラを賞賛した。イヴァンカ氏は幼い娘の
パフォーマンスを自身のツイッターに載せた。

米中関係に思いこみは禁物
 
これは確かにプライベートな社交かもしれないが、トランプ大統領の了解
と支持を得た堂々たる外交でもある。このとき、政治の表に出ていた動き
は何だったか。「中国は為替操作で通貨安を誘導している」というトラン
プ大統領の非難(1月31日)であり、「『一つの中国』の見直し」(1月13
日)だった。表の情報はトランプ大統領の厳しい中国政策を示唆している
が、裏の動きはその真逆で、中国に対する親愛の情が溢れていたのではな
いか。
 
イヴァンカ氏の夫のジャレッド・クシュナー氏の行動にも注目すべきだ。
トランプ氏が最も重用する人物と言われている氏は、いまや大統領上級顧
問として義父に仕え、強大な権力を行使する立場にある。
 
氏については1月10日に「ニューヨーク・タイムズ」(NYT)紙が大型
の取材記事を掲載した。NYTの取材にクシュナー氏は応じなかったそう
だが、同紙は義父が大統領選挙で勝利をおさめた約1週間後に、氏が中国
人大富豪の呉小暉氏と会食していたことを詳報したのだ。
 
クシュナー氏は中国資本と深くつながっており、そのひとつが2850億ドル
(32兆円余り)の資産を持つ「安邦保険」で、グループの会長が呉氏であ
る。氏はケ小平の孫娘と結婚しているが、なぜ氏が急速に力をつけたの
か、その背景は不透明だという。
 
1月に36歳になったばかりのクシュナー氏はハーバード大学を首席で卒業
した。祖父の代からの不動産事業を引き継ぎ、この10年間で70億ドル(約
7700億円)の投資をしたが、その資金の多くを、呉氏らの中国資本が支え
ていると報じられた。
 
米中関係の表と裏を合わせ鏡のようにして見て、ホワイトハウスの首席
戦略官や通商代表部代表ら対中強硬派の人材と、クシュナー氏ら身内の親
中派の混在を考えれば考える程、トランプ氏の対中政策は見えにくくな
る。米中関係に一方的な思いこみを抱いてはならないと思う。

『週刊新潮』 2017年3月16日号  日本ルネッサンス 第745回