2017年02月01日

◆左翼勢力が攻勢をかける韓国との関係

櫻井よしこ



「慰安婦像どころではない厳しい局面へ 左翼勢力が攻勢をかける
韓国との関係」

韓国と付き合うのはほとほと疲れるという日本人は少なくない。ソウルの
日本大使館前の慰安婦像に続いて釜山の総領事館の裏門前にもう1つ像が
設置された。釜山区長は像を永久保存する方針だそうだ。京畿(キョン
ギ)道(県)議員団も竹島に慰安婦像を設置する計画を発表し、そのため
の寄付金を募り始めた。
 
こうした動きをどう捉えるべきか。私たちの側が冷静になって、韓国で何
が進行中なのかをよく見ることが大事だと思う。韓国の愛国者であり、常
に日韓関係を重視してきた「統一日報」論説主幹の洪熒(ホン・ヒョン)
氏も訴える。

「日本人にとって慰安婦像が耐え難い問題であるのは分かります。理解し
てほしいのは、あれは韓国政府の意思に反して行われた不法行為です」
 
韓国政府だけでなく、韓国の保守の人々は慰安婦像の設置を苦々しく思っ
ていると、洪氏は語る。事実、国民行動本部は1月9日、ソウルの日本大使
館前の慰安婦像を撤去すべきだと韓国政府に要求した。彼らは日本政府が
取った4つの報復措置を遺憾としながらも、「韓日両国は敵と味方を適切
に区別すべきだ」「真の敵は北朝鮮勢力に加担して、慰安婦像設置を推進
する次期大統領候補の文在寅(ムン・ジェイン)氏らだ」と名指しで批判
した。
 
国民行動本部は大佐級の退役軍人を主軸とする保守勢力である。北朝鮮
による対韓工作の恐ろしさを実感している彼らは、慰安婦問題をはじめと
する「対日歴史戦争」の背後に北朝鮮の工作機関の動きがあることを理解
している人々でもある。

「韓国経済新聞」の主筆、鄭奎載氏も、反日感情論に巻き込まれてはなら
ないと主張する1人である。氏は現在進行中の朴槿恵大統領弾劾裁判も反
日勢力と同じ考えの人々が進めていると次のように書いている。

「朴大統領弾劾に関する憲法裁判所の審理自体が親北朝鮮で反日・反韓国
の世論に追従しており、憲法の精神に反している。憲法裁判所では野党推
薦の特別検察官が大統領追及の最前線に立って審理を進めており、6カ月
以内に結論が出される予定だ」
 
さらに氏が1月3日の紙面に書いた。

「この重要な審判の最初の弁論は1月3日から始まる。2日後の5日には2回
目の弁論が、10日には崔順実らを被告とする3回目の弁論日程が決まって
いる。拙速に過ぎる。このような拙速裁判は、平壌の金正恩の張成沢
(チャン・ソンテク)裁判以外には前例がない」
 
氏はさらに驚くべき実情も暴露した。朴大統領の弁護人に届けられた訴
状は3万2000ページあり、弁護団がこの膨大な量を読み、反論の準備をす
る日数が極端に制限されているという。
 
同件について、憲法裁判所は「大統領の弁護団は複数で構成しているの
であり、各弁護士が分担して読めば時間は十分にある」と言ったそうだ。
 
朴大統領弾劾に関しては13件の事案があり、これらは全て相互に関連す
る内容だ。個々の事案は分離できない。そのような複雑な構成の裁判で、
しかも国の最高権力者である大統領の弾劾が懸かっている重要な裁判で、
弁護士が訴状全体を読む時間を与えられないまま審理を急ぐことは許され
ない。
 
一連の事柄が示しているのは、韓国情勢は私たちが考える以上に深刻
で、朴大統領弾劾裁判には左翼勢力の攻勢という暗黒の側面があるという
ことだ。
 
このような韓国の現状について私たちは第一に、韓国情勢の深刻さを知っ
ておかなければならない。次の大統領選挙で、前述の文氏が当選すること
もあり得る。前国連事務総長の潘基文(パン・ギムン)氏の当選もあり得
る。いずれにしても今よりずっと左翼的で親北朝鮮、親中国の政権になる
と考えざるを得ない。そのとき、私たちは慰安婦像どころではない、もっ
と厳しい情勢に向き合うことになる。その最悪の事態を考えておくべき局
面である。

『週刊ダイヤモンド』 2017年1月28日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1167

2017年01月29日

◆左翼勢力が攻勢をかける韓国との関係

櫻井よしこ



「 慰安婦像どころではない厳しい局面へ 左翼勢力が攻勢をかける韓国
との関係 」

韓国と付き合うのはほとほと疲れるという日本人は少なくない。ソウルの
日本大使館前の慰安婦像に続いて釜山の総領事館の裏門前にもう1つ像が
設置された。釜山区長は像を永久保存する方針だそうだ。京畿(キョン
ギ)道(県)議員団も竹島に慰安婦像を設置する計画を発表し、そのため
の寄付金を募り始めた。
 
こうした動きをどう捉えるべきか。私たちの側が冷静になって、韓国で何
が進行中なのかをよく見ることが大事だと思う。韓国の愛国者であり、常
に日韓関係を重視してきた「統一日報」論説主幹の洪熒(ホン・ヒョン)
氏も訴える。

「日本人にとって慰安婦像が耐え難い問題であるのは分かります。理解し
てほしいのは、あれは韓国政府の意思に反して行われた不法行為です」
 
韓国政府だけでなく、韓国の保守の人々は慰安婦像の設置を苦々しく
思っていると、洪氏は語る。事実、国民行動本部は1月9日、ソウルの日本
大使館前の慰安婦像を撤去すべきだと韓国政府に要求した。彼らは日本政
府が取った四つの報復措置を遺憾としながらも、「韓日両国は敵と味方を
適切に区別すべきだ」「真の敵は北朝鮮勢力に加担して、慰安婦像設置を
推進する次期大統領候補の文在寅(ムン・ジェイン)氏らだ」と名指しで
批判した。
 
国民行動本部は大佐級の退役軍人を主軸とする保守勢力である。北朝鮮
による対韓工作の恐ろしさを実感している彼らは、慰安婦問題をはじめと
する「対日歴史戦争」の背後に北朝鮮の工作機関の動きがあることを理解
している人々でもある。

「韓国経済新聞」の主筆、鄭奎載氏も、反日感情論に巻き込まれてはなら
ないと主張する1人である。氏は現在進行中の朴槿恵大統領弾劾裁判も反
日勢力と同じ考えの人々が進めていると次のように書いている。

「朴大統領弾劾に関する憲法裁判所の審理自体が親北朝鮮で反日・反韓国
の世論に追従しており、憲法の精神に反している。憲法裁判所では野党推
薦の特別検察官が大統領追及の最前線に立って審理を進めており、6カ月
以内に結論が出される予定だ」
 
さらに氏が1月3日の紙面に書いた。

「この重要な審判の最初の弁論は1月3日から始まる。2日後の5日には2回
目の弁論が、10日には崔順実らを被告とする3回目の弁論日程が決まって
いる。拙速に過ぎる。このような拙速裁判は、平壌の金正恩の張成沢
(チャン・ソンテク)裁判以外には前例がない」
 
氏はさらに驚くべき実情も暴露した。朴大統領の弁護人に届けられた訴
状は3万2000ページあり、弁護団がこの膨大な量を読み、反論の準備をす
る日数が極端に制限されているという。
 
同件について、憲法裁判所は「大統領の弁護団は複数で構成しているの
であり、各弁護士が分担して読めば時間は十分にある」と言ったそうだ。
 
朴大統領弾劾に関しては13件の事案があり、これらは全て相互に関連す
る内容だ。個々の事案は分離できない。そのような複雑な構成の裁判で、
しかも国の最高権力者である大統領の弾劾が懸かっている重要な裁判で、
弁護士が訴状全体を読む時間を与えられないまま審理を急ぐことは許され
ない。
 
一連の事柄が示しているのは、韓国情勢は私たちが考える以上に深刻
で、朴大統領弾劾裁判には左翼勢力の攻勢という暗黒の側面があるという
ことだ。
 
このような韓国の現状について私たちは第一に、韓国情勢の深刻さを知っ
ておかなければならない。次の大統領選挙で、前述の文氏が当選すること
もあり得る。前国連事務総長の潘基文(パン・ギムン)氏の当選もあり得
る。いずれにしても今よりずっと左翼的で親北朝鮮、親中国の政権になる
と考えざるを得ない。そのとき、私たちは慰安婦像どころではない、もっ
と厳しい情勢に向き合うことになる。その最悪の事態を考えておくべき局
面である。

『週刊ダイヤモンド』 2017年1月28日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1167

2017年01月24日

◆米中の闘い、中国は死に物狂いだ

櫻井よしこ



アメリカのオバマ大統領が3月10日、ホワイトハウスのローズガーデンで
の会見で語った。候補者指名争いで彼らが互いを非難し合う様は「不快
(nasty)」で「私はそうしたこととは無関係」だ、と。
 
すると16日の「ウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)」紙に、大
統領は自身の責任に口を拭っているとの批判が掲載された。
 
民主党のバーニー・サンダース、共和党のテッド・クルーズ、ドナルド・
トランプ3氏を含めて、候補者らの汚い罵り合いはオバマ政治への失望と
憤りの反映であることに、当の本人が知らぬ顔をしているというのだ。
 
右のコメントを読みながら、私はあることを思い出した。オバマ大統領は
自身が打ち立てた戦略の意味を理解しているのかと思わず疑ったケースで
ある。
 
話は少し遡る。昨年10月、オーストラリア北部準州の州都、ダーウィンの
港一帯を、中国企業のランドブリッジ社が99年間のリース契約で手に入れ
た。価格は430億円余り、他の入札者よりかなり高額での落札だった。驚
いたのは米豪両国の軍関係者である。

なぜならここは、東南アジア諸国の島々や海を奪い続ける中国を牽制する
ため、南シナ海を窺う拠点として2011年11月、オバマ政権が米海兵隊の駐
留拠点に選んだ戦略的要衝だったからだ。
 
当時、オバマ大統領はオーストラリアを訪れ、豪州議会で演説し、世に言
われるアジアピボット(アジアに重点を置く外交)政策を高らかに謳い上
げた。

主要ポイントは3点だった。アメリカは中東のアフガニスタン及びイラク
から撤兵してアジア太平洋地域を最優先する、アメリカは太平洋国家であ
る、アメリカ外交は「核心的原則」に基づく、である。
 
核心的原則とは、国際法や国際規約を尊重すること、航行の自由を守り通
すこと、問題発生時には武力に訴えず平和的解決に徹することで、全て中
国への牽制球である。

当事者意識の欠落
 
中国牽制を行動においても示すために、オバマ大統領はダーウィンを選ん
だ。南シナ海を侵略する中国を監視し、抑止し、有事の際には直ちに駆け
つけられる格好の位置にダーウィンはあるからだ。その戦略拠点に、選り
に選って中国企業が手を出してきたのだった。
 
この企業のホームページには「強い企業は祖国への恩返しを忘れず、利潤
豊かな企業は祖国防衛を忘れない」と明記されている。つまり、同社は中
国共産党とほぼ一体の存在であると見てよいだろう。
 
99年というリース期間の長さも、あまり開発されていない港地域を高値で
入手した経緯も、リース契約が商業目的より、(中国の)国家戦略上の思
惑からなされたことを示唆している。
 
アジア回帰を成し遂げ、中国抑止の目的で、ダーウィンを海兵隊の拠点に
選んだオバマ大統領は、本来ならこの取引に疑問を抱き、反対してもおか
しくないのだが、取引から約ひと月後、マニラでターンブル豪首相と首脳
会談を行った際、次のように述べたそうだ。

「次回は、前もって知らせてほしい」

「次回」はいつ来るのだろうか。それにしても、と私は思う。アジアピ
ボット政策は、アジア諸国の信頼を細らせているアメリカを、それでも信
頼していこうと思わせる強力な政策である。

それを謳い上げたのはオバマ大統領自身である。その政策の意義を忘れた
かのような、無関心に近い「次回は……」という反応は、ほぼ1世紀にも
わたって港をリースするという中国の戦略の深刻さを見抜けないためであ
ろうか。
 
オバマ大統領の危機意識の薄さ、或いは当事者意識の欠落とでも言えば良
いのか、虚しさがどこかに残る。中国がアメリカに挑戦状をつきつけてい
ること、習近平主席らは死に物狂いだということをもっと厳しく認識すべ
きであろう。
 
ダーウィンの一件から約ひと月後の11月下旬、今度はアフリカ東部のジブ
チで、民間企業ではなく中国外務省が前面に出る形でアメリカに挑戦状が
つきつけら れた。

彼らはジブチに燃料補給施設を建設すべくジブチ政府と協議中だと発表し
たの である。
 
ジブチはソマリア半島の付け根に位置し、紅海からアデン湾に出る要衝で
ある。アメリカはこれまで同地を中東、北アフリカにまたがるアラブ諸国
の情報収集 センターとして、また原油など重要物資の積み出し港がある
アデン湾や紅海を睨む拠 点として重視してきた。そのアメリカの鼻先に
「国際社会及び地域の平和と安定のた めに中国軍が果たす役割をさらに
広げる」として、中国が拠点を築くのだ。

実効支配の確立
 
ソマリア沖では多くの国の海軍が海賊退治で力を合わせている。それは国
際協力の範囲内だが、一方で国際協力は常に協力と競合、情報収集と相手
方の分析な ど、決して油断できないオペレーションの連続でもある。

紅海、アデン湾、ホルムズ 海峡といずれも戦略的重要性の高い海域を見
晴らすアメリカ軍の拠点近くに、中国も 自らの拠点を築くのだ。アメリ
カに対する大胆な挑戦であろう。米中の戦いは熾烈な 形で進行中だ。

「偉大なる中華民族の復興」という「夢」を掲げる中国は、南シナ海支配
を強化するため、現在も埋め立てを続けているパラセル諸島の中で最大の
ウッディー 島に、HQ−9地対空ミサイルを配備した。

スプラトリー諸島にも早い段階で同様の 配備をするだろう。その場合、
中国はとり立てて防空識別圏など宣言しなくても、事 実上防空識
別圏を設けたことになるのだ。中国はこのような実効支配の確立を得意と
してきた。
 
対してアメリカ側は最強のステルス爆撃機B−2を3機配備した。相手に行
動を慎ませるには具体的にどのような軍事行動と配備が必要なのか。米中
も ASEAN諸国もこの眼前の問いに日々向き合い、厳しい判断を重ね
ている。

国際政治の厳し さについて、どの国の政府も国民も、考えなければなら
ない状況が生まれているの である。日本も例外ではあり得ない。日本に
は憲法の制約があるが、それでも考えな くてはならない局面である。
 
大事なことについて国民に知らせず、#拠#よ#らしめて従わせるのが中国
である。ただ有無を言わせぬ習政権の足下で不安定要因が高まっている。
習主席に辞 任を要求したとされる5人のジャーナリストらの失踪につい
て、幅広い国民から批判 が生まれている。香港の書店関係者も、ノーベ
ル平和賞受賞者の劉暁波氏も、人権 弁護士も皆、拘束され酷い扱いを受
けている。明らかに人心は離れつつある。中国 とは正反対の日本の在り
方や価値観を、いまこそ、日本の強味や武器とすべきときだ。

『週刊新潮』 2016年3月31日号 日本ルネッサンス 第698回     
   
                 (採録:松本市 久保田 康文)

2017年01月15日

◆国政は今秋から大仕事がめじろ押し

櫻井よしこ


天皇陛下の譲位、総選挙、憲法改正 国政は今秋から大仕事がめじろ押し 
国政は今年秋から再来年の平成31(2019)年までが大仕事を成し遂げる年
だと、安倍晋三首相に最も信頼されている記者の1人は語る。天皇陛下の
ご譲位、総選挙、憲法改正案の発議と国民投票などがこの間になされると
の読みだ。
 
これは昨年12月30日、「言論テレビ」の番組で、「産経新聞」の名物記
者、政治部長にして黒シャツ姿で知られる石橋文登氏が語ったものだ。
 
今年1月とみられていた総選挙はもはやないが、その後の政治日程を見
ると、総選挙を打てるのは今年秋に限られると強調する。理由は、平成31
年は参議院選挙、32年は2020年で東京五輪、33年は安倍首相が任期を3期
務めるとしてその最後の年になる。以上を考え合わせて首相の大目的であ
る憲法改正を念頭に置けば、総選挙は今年秋にしか打てないという。

「民進党と共産党が選挙協力すれば自民党は現有議席から47議席ほど減ら
し、自公で過半数割れを起こすとみられます。その代わり、民進党も終わ
りの始まりの局面に立ちます」と石橋氏。
 
それでも今年秋に総選挙に踏み切る理由は、日本維新の会の橋下徹氏を国
政に巻き込む戦略が基本にある。

「自民党もよくやっているが、政権交代可能な第二政党が必要だという有
権者の思いは強い。橋下さんが立てば、民進党にも影響を及ぼします。京
都選出の前原(誠司)さんなど、政権交代を目指す人物は少なくないです
から」
 
つまり橋下氏の国政への出馬は野党が割れるきっかけになる。結果とし
て、自民党だけでなく改憲を目指す勢力の拡大をもたらすという読みだ。
その上で平成30年の国会会期を大幅に延長して、衆参両院で十分な議論を
する。憲法改正案の発議にこぎ着けるのに丸々1年。その上で国民の決定
に委ねるのは、平成31年の春のころと、石橋氏は読む。
 
その前には、天皇陛下のご譲位への思いに応えつつ、国家としての基本的
在り方を守らなければならない。意見が分かれている中、ご譲位という大
きな方向は定まったが、それを特別法で乗り切るのか、皇室典範に手を付
けるのか。民進党をはじめ野党の考えや、皇室のお考えもある。この件だ
けは争いのないようにつつがなく成し遂げなければならない。
 
東京都議選もある。国政レベルとは対照的に自公分裂になりそうな首都
選挙をどう乗り切るのか。石橋氏は、安倍首相は極めて現実的だと強調する。

「大目標がはっきりしている人で、それ以外のことは妥協も構わない。今
だから言いますが、郵政民営化のとき、衛藤晟一、平沼赳夫、古屋圭司各
氏ら、もともと安倍さんと非常に親しい人材が亀井(静香)さんに乗せら
れ反対し、小泉政権をつぶそうとした。安倍さんが最後の段階で彼らに
言ったのは、郵政なんかよりもっと大きな目標がある。自分たちが政治家
としてやろうとしているのは憲法改正、安全保障などじゃないかというこ
とでした」
 
国際情勢の大変革を眼前に見ながら、いま安倍首相が目指すのは、自国
は自力で守るという国家の基本を整えること以外にない。その意味では憲
法改正の最大の目玉は9条2項だと、石橋氏は言い切る。

「2項を削るか、それとも3項を書き加えて、自衛隊が憲法で認められてい
ない現状を解消することでしょう」
 
石橋氏は、実はこの他にも非常に多くの興味深いことを語ったのだが、
1つだけご紹介する。

「僕が勝手に考えた総理になれる3条件は、(1)細かいこと。言い換え
ればセコいこと。(2)恨みは決して忘れず執念深いこと。(3)見掛けほ
どアホじゃないこと。森喜朗、小渕恵三、小泉純一郎、皆三条件を満たし
ています。安倍総理もそう。例外が麻生(太郎)さん」
 
番組ではここで爆笑、氏の見立てはもっと続いたが、今回はこれで終わり。

『週刊ダイヤモンド』 2017年1月14日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1165


2017年01月13日

◆真珠湾攻撃の意味を変えた首相訪問

櫻井よしこ


皆さんのお目にとまる頃この記事はもう古くなっているかもしれないが、
ハワイ州立大学の恩師、ジョージ・アキタ名誉教授は、安倍晋三首相とバ
ラック・オバマ大統領が年末の12月27日、揃って真珠湾を訪れたことをと
ても喜んでいた。

ハワイ生れの日系2世である教授は今年91歳になる。真珠湾攻撃のときは
15歳だった。師が語った。

「ヨシコさん、日米がより良い友人になることが一番大事なんだよ。僕は
毎年、12月7日(真珠湾攻撃の現地時間)のことを思うけれど、75年が
経った今回は特に念入りに新聞やテレビのニュースを見た。

気づいたよ。かつて真珠湾攻撃にはスニーク・アタック(卑怯な攻撃)と
いう形容詞がつきものだったけれど、今回は殆んどがサプライズ・アタッ
ク(奇襲攻撃)に変わっていた。この2つの表現のニュアンスの違いは大
きいでしょ。アメリカ人も75年が過ぎて、当時の日本の事情を理解し始め
ている。安倍首相の語ったように和解を両国関係の基本にすべきなんだよ」

アキタ先生は敗戦国日本に米軍兵士として駐留し、後に夫人となる日本女
性に出会った。夫人はいま、先生が米国軍人として自らの永眠の場と定め
た、米国立太平洋記念墓地(パンチボール)に眠る。

私の日系人の親友でハワイ在住のジニー・前田氏も語った。

「日米2人の指導者が真珠湾に花を手向け、全ての犠牲者の霊に鎮魂の祈
りを捧げた。戦っても許し合う。受け入れ合う。それが本当に在るべき姿
だと思う」

攻撃から75年、2016年12月27日が、真珠湾攻撃の意味を変えた日になった
と語るのは、萩生田光一官房副長官である。

「安倍総理がオバマ大統領に呼びかけたのです。これまでは『リメン
バー・パールハーバー』、恨みつらみや復讐を思わせる呼び方だったけれ
ど、これからは『和解の日』、The Day of Reconciliationにしようと。
オバマ大統領は非常に前向きでした。大統領だけでなくアメリカ社会にも
その準備ができていたことをハワイで感じました」

勇者は勇者を尊敬する

萩生田氏は真珠湾の記念館を訪れて改めて心を動かされた。

「歴史博物館などではどうしても自国有利に歴史を描きがちです。しか
し、記念館では、日本も戦争回避に努力したこと、攻撃の背景にアメリカ
の対日経済封鎖があったことなども書かれていました。真珠湾を攻撃して
戦死した零戦パイロット、飯田房太中佐の遺体も、アメリカ軍は基地内に
埋葬し、記念碑を立てて、現在に至るまで海兵隊が守ってくれています」

アメリカ社会全体が日本憎しの怒りで沸騰していた空気の中で、日本軍人
を丁寧に埋葬し、任務を果たした勇気ある軍人としてアメリカ側は顕彰し
た。それを今日まで、海兵隊が続けていた。敵と味方ではあっても、「勇
者は勇者を尊敬する」という価値観をアメリカは日本に示してくれてい
る。それだけではないと、萩生田氏は次のようにも語った。

「アメリカ政府は現在も遺骨収集を続けています。真珠湾近郊の米国防総
省捕虜・行方不明者調査局の中央身元鑑定研究所に各戦跡地で収集された
遺骨を集め、DNA鑑定し、日本人だとわかると、持物などからも判断し
て日本側に連絡してくれます。可能性のある家族を見出して、その家族の
DNAと照合し、一致すれば遺骨を返してくれる。感謝の思いが湧いてき
ました」

歴史を振りかえれば日米間には軍事だけではなく、外交においても激しい
攻防や謀略があった。否定的に考えればいくらでも後ろ向きになれる。し
かし、そこから脱して、未来を見詰めることが、オバマ大統領の言葉のよ
うに、「お互いのために」大事だ。

とりわけいま世界は予測し難い局面に入っている。それは日本が最も苦手
とする謀略と情報操作の世界である。ロシアがサイバー攻撃でアメリカ大
統領選挙に介入したことは、オバマ大統領が介入があったとする米中央情
報局(CIA)報告を確認したことから見て、ほぼ間違いない。

クリントン氏の敗退を最も喜んでいると思われるプーチン大統領は、これ
から欧州各国で行われる大統領選挙や議会選挙にも同様にサイバー攻撃を
仕かけ、ロシアに有利な体制を各国に打ち立てようとするだろう。

西側諸国の国民が民主主義実現の手段と考える自由選挙が、よからぬ意図
で情報操作されることはいまや可能性の問題から一歩進んで忌むべき現実
となりつつあると見るべきだ。大国だけでなく、北朝鮮のような小国、そ
してテロリスト勢力でさえも、こうしたことを実行できる危険な時代に世
界は入っており、日本はこの分野では最も脆弱な大国だ。

日本の力を強化する

加えて、わが国の隣国は「まるで息をするように嘘をつく」。これは民進
党代表の蓮舫氏が安倍首相批判に用いた言葉だが、彼女はこの凄じく強烈
な批判を向ける対象を完全に間違えている。このように非難すべき相手と
して、最も適切なのは中国共産党であろう。

昨年12月10日、中国国防省は「訓練中の中国軍機に航空自衛隊の戦闘機が
妨害弾を発射した」と発表。防衛省は直ちに具体的に反論して、中国の主
張が捏造であることを事実関係をもって示した。

中国の攻撃は言葉による嘘だけではない。前代未聞の強硬手段も取り始め
た。12月15日、南シナ海で中国海軍は、米海軍の抗議を無視して、米軍の
眼前で海洋調査船の無人潜水機を奪い去った。

前日には、彼らが南シナ海のスプラトリー諸島で埋め立てた7つの島のす
べてに航空機やミサイルを撃ち落とすことのできる近接防御システム
(CIWS)を配備したことが判明しており、中国が己れの力に自信を持
ち始めたことが窺い知れる。

彼らはさらに、安倍首相が真の和解のために真珠湾に向かったのとほぼ同
時進行で、空母「遼寧」を沖縄本島と宮古島の海峡に向かわせ、第一列島
線を突破させた。その後「遼寧」は南シナ海に進み、中国第2の海軍基
地、海南島の港に入り、沿岸諸国を脅かし続けている。

そうした中、トランプ政権の政策が見えてこない。「なぜ、中国はひとつ
と、言わなければならないのか」と問う氏の政権には対中強硬派が揃って
いるが、実利に聡い氏が、逆に、中国に歩み寄る可能性もある。

力で押すもうひとつの国、ロシアへのトランプ氏の政策も不確かだ。

先行き不透明な国際社会で、日本が集中すべきことは2つ。日本の力をあ
らゆる意味で強化すること、日米同盟を誠実に強化し続けることだ。その
意味で安倍首相の真珠湾訪問は実に深い意味があった。

『週刊新潮』 2017年1月12日号  日本ルネッサンス 第736回


2017年01月12日

◆トランプ氏の台湾政策に中国が反発

櫻井よしこ



「トランプ氏の台湾政策に中国が反発 求められる現実政治の注意深き戦略」

次期米国大統領、ドナルド・トランプ氏は大統領に当選して以来、中央情
報局(CIA)をはじめとする米国の16に上る主要情報機関のブリーフィ
ングをほとんど受けていない。
 
通常、次期大統領は当選から実際にホワイトハウス入りするまでの2カ月
余りの間、熱心にこれら情報機関の進講を受け、大国米国の指導者に、ま
た、世界のリーダーに必要とされる知識を身に付けていく。

次期副大統領のマイク・ペンス氏は当選以来、毎日熱心にブリーフィング
を受けている。だが、トランプ氏はこれまでに2回、進講に応じただけだ。
 
ビジネスには優れていても、外交・安全保障に関する知識や理解は心もと
ないといわれるトランプ氏に対しては、いったん大統領に当選すればいわ
ゆる専門家が「正しい」情報を助言するので、暴言は軌道修正できるし、
懸念することはないといわれてきた。しかし、そうした期待が裏切られて
いる。
 
その間にもトランプ氏は、50を超える国・地域の首脳との会談を行ってい
る。12月2日には台湾の蔡英文総統にも電話した。氏は蔡総統を「プレジ
デント」と呼び、一国の指導者と位置付ける姿勢で敬意を払った。
 
11月14日には中国の習近平国家主席と会談しており、その後とはいえ、台
湾総統に次期米国大統領が電話をかけるのは異例で、台湾を国家扱いする
ことは中国が最も忌み嫌うことだ。
 
中国側の不快感の表明に対してトランプ氏はツイッターで反発した。

「中国は元安にして(米企業の競争力を削いで)よいかと、われわれに聞
いたか? (米国は中国貿易に関税をかけていないのに)米国の製品に高
い関税をかけてよいかと、われわれに聞いたか? 南シナ海のど真ん中に
巨大な軍事施設を建ててよいかと、われわれに聞いたか? そうは思わな
い!」

「ニューヨーク・タイムズ」紙はツイートの背後にあるのは、大国の指導
者が蔡総統と会談するのに中国に了承してもらわなければならないという
状況への「腹立ち」だと、解説した。
 
トランプ氏のツイートに対して、中国は態度を硬くし、共産党機関紙「人
民日報」が社説でこう書いた。

「中米関係で問題を起こすことは、アメリカ自身に問題を起こすことだ」
 
人民日報の国際版で、世界の反応を見るために様子見の役割を果たす
「環球時報」も社説で書いた。

「(台湾問題で米国が中国に圧力をかけることは)アメリカを再び偉大な
国にするという目的実現の可能性を大幅に減殺することになるだろう」
 
中国は反撃するとの姿勢が見える。
 
トランプ氏はどこまで深く考えて、台湾政策の一歩を踏み出したのだろう
か。外交専門雑誌「フォーリンポリシー」にアレックス・グレイ氏とピー
ター・ナバロ氏が書いている。グレイ氏は政権移行チームの一員、ナバロ
氏はトランプ氏のアドバイザーである。
 
グレイ氏はオバマ政権の台湾政策を「目に余るひどさだ」と厳しく批判
し、ざっと以下のように書いた。

──台湾はアジアのデモクラシーの灯であり、世界で軍事的に最も脆弱な米
国のパートナーである。虎視眈々と台湾を狙う中国を抑止するために、こ
の島に対する包括的な武器装備の売却(deal)が必要だ。
 
同様の意見は、トランプ氏周辺には少なくない。トランプ氏のツイート
が中国の態度を硬化させたことについても、それは西太平洋・インド洋に
またがる国々に、米国の新政権は過去の取り決めに制約されないというこ
とを示す好材料だとみる専門家もいる。
 
中国の覇権主義や圧力に屈しないとの米国の姿勢は大歓迎だ。しかし現
実の政治の中でその政策を全うするには、注意深い戦略が必要だ。それな
しには、かえって事態は悪化する。私には、そのことが心配だ。

『週刊ダイヤモンド』 2016年12月17日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1162

2017年01月10日

◆日露交渉、一本とられた日本

櫻井よしこ



柔道流に表現すれば、日本は一本とられたということだ。
 
12月15、16の両日、山口県長門市と東京で行われた日露首脳会談には辛い
点をつけざるを得ない。平和条約締結にも北方領土の帰属問題にも進展は
見られないまま、経済プロジェクトが先行する形になった。
 
日本の「敗北」の背景には、都合16回の首脳会談と並行して生じた国際
政治力学の大変化もある。それがロシアに有利な、日本に不利な世界情勢
を作り出した。日本に不利なタイミングで「平和を旨とする国家」日本
と、軍事力、謀略、サイバー攻撃をはじめ、あらゆる力を駆使して目標を
達成する「力治国家」ロシアが交渉すれば、それは今回のような結果につ
ながるだろう。
 
日露関係を揺さぶる要素としての国際政治は、一体どのように変化した
のか。2014年3月、クリミア半島を奪ったプーチン大統領は、国内では
90%の支持を得た一方で、国際的には孤立した。米欧の経済制裁は原油安
で苦境に陥ったロシアの困窮をさらに深め、プーチン氏は対中協力の中に
活路を模索した。中国がロシアにどれだけの経済的メリットをもたらして
いるかは大いに疑問だが、プーチン大統領は中国を「特権的戦略的パート
ナー」と呼び、対日、対米カードと位置づける。
 
ロシアが国際的孤立を深めていた中での日本の接近は、プーチン大統領に
とって願ってもない投資や技術協力の到来に思えたことだろう。日本側の
領土問題解決への切望と対中国でロシアカードを持ちたいという思惑を見
据えた上で、プーチン大統領が安倍首相の働きかけに応じた背景には、ロ
シアの孤立があったことは否めない。
 
しかし、ドナルド・トランプ氏の登場で情勢は変化し始める。トランプ氏
は大統領選挙戦の最中からプーチン氏を前向きに評価しており、プーチン
氏はトランプ氏を勝たせるためにサイバー攻撃を展開した、とオバマ大統
領が事実上、断定した。「ワシントン・ポスト」紙もロシアはサイバー攻
撃で選挙に干渉したと、中央情報局(CIA)が結論づけた旨、報じた。
トランプ氏側はCIAを非難し、次期大統領と国家機密を一手に握る
CIAとの間に亀裂が入りかねない状況が生じている。

秘密警察的手法
 
経済的にも軍事的にも力を落としているロシアが新しいコミュニケー
ション手段を用いて行った情報戦は、アメリカの指導者選出に影響を及ぼ
し、アメリカ中枢の権力構造に亀裂を生じさせようとしている可能性も見
てとれる。ネットやSNSなどの情報伝達手段を用いれば、どんな小さな
国でも、大国の政治を揺るがし、動かすことができる。

プーチン氏のロシ アは衰えたりといえども、情報戦においてはまさに非
情かつ秀でた国だ。 17年は欧州の少なからぬ国々で選挙が行われる。同
種のサイバー攻撃を、 世界の政治を動かしたいと企む勢力は必ず実行す
ると考えるべきだ。秘密 警察的手法で各国の政治が操られかねない時代
に、すでに私たちは入って いる。いま眼前で起きつつある国際政治の変
化は、近未来において予測不 可能な大地殻変動に結びついていくのでは
ないか。
 
トランプ氏は、石油開発事業を通じてプーチン大統領と20年以上の交流が
あるレックス・ティラーソン氏を国務長官に指名した。ロシア側は「これ
以上の人事はない」と歓迎したが、氏はクリミア併合を理由とする米欧諸
国の対ロシア経済制裁に強く反対した人物だ。
 
トランプ政権のもうひとつの人事、国家安全保障担当の大統領補佐官に起
用されたのは元国防情報局長官で退役陸軍中将のマイケル・フリン氏だ。
氏は、イスラム過激派はアメリカに世界戦争を挑んでおり、ロシアがイス
ラム過激派の脅威と戦うのであれば、アメリカのパートナーになり得ると
の考えを明らかにしている。
 
1月に発足する新政権では、大統領、国務長官、大統領補佐官の少なくと
も3名が親ロシア派である。ロシアを最も警戒すべき脅威と位置づけてい
たオバマ政権の対極に、トランプ政権はある。プーチン大統領にとって僥
倖と呼ぶべき変化がアメリカに生じたことは、対ロシア制裁網打開の突破
口と位置づけられていたであろう、日本の重要性を目に見えて低下させた
のではないか。領土問題で日本に譲る必要のない国際環境が出来上がった
ことは、プーチン大統領の余裕につながったか。
 
12月15日、シリア最大の都市アレッポをロシア軍がアサド大統領の軍と共
に反体制派から奪い返したが、重要な商業都市の奪還は中東における主導
権確立につながるものであり、プーチン大統領は自信を深めたことだろう。
 
このように、日露首脳会談の日程が近づくにつれてプーチン氏有利の国際
情勢が生まれた。領土問題は存在しないと考えるプーチン大統領がますま
す強硬になり得る理由である。
 
だが、国際情勢は一定でも不変でもない。必ずまた変わる。何より、ロシ
ア経済は全く回復しておらず、ロシアの外貨準備は17年にも涸渇すると見
られる。

軍事費も6位に
 
世界最多の核兵器を保有するロシアは軍事大国のイメージが強いが、実
は軍事面でも力を低下させつつある。かつてアメリカに並ぶ世界最大規模
だった軍事費は、現在は米中英印サウジアラビアに次ぐ6位である。国防
予算は484億ドル(1ドル110円換算で5兆3240億円)で、20年にはフランス
にも抜かれると見られている。
 
ロシアの誇る武器装備にもバラつきがある。10月に地中海東部に派遣した
空母「アドミラル・クズネツォフ」は30年前の建造で、カタパルトがな
い。圧縮蒸気の力で一気に艦載機を加速、離陸させるカタパルトの技術は
アメリカだけが持っている。同空母から飛び立つ戦闘機は燃料も爆弾も少
量しか積めない。11月以降、少なくとも2機の艦載機が地中海に墜落して
いる。
 
シリア空爆ではターゲットに正確に当てるピンポイントの誘導弾ではな
く、爆撃機から投下する「馬鹿爆弾」という通常爆弾を用いている。正確
な攻撃ができずに一般国民に多大な犠牲を出し続けている。
 
こうした中、アレッポ奪還はロシア軍事介入の成功例として華々しく喧伝
されたが、実は同じ頃、ロシアはシリア中部の世界遺産都市パルミラをイ
スラム国(IS)に奪われている。パルミラには油田があり、ISにとっ
て重要な戦略拠点だ。専門家はアレッポを含めたシリアの戦況も極めて流
動的だと見る。
 
ロシアの力を過大評価も過小評価もしないことだ。時期が来るまで、あら
ゆる面で日本の力を強化することに集中するのがよい。その間、北方領土
の元住民がより自由に往来できるようになるのが何よりだ。

『週刊新潮』 2016年12月29日、2017年1月5日号
日本ルネッサンス 第735回

2017年01月08日

◆捏造だらけの朝日新聞

櫻井よしこ



「元記者が暴露する捏造だらけの朝日新聞 そのコア読者に嫌われるのは
至上の名誉」

世界は大乱世の時代のとば口に立っている。2017年、戦後見慣れてきた国
際社会の安寧と秩序が脅かされる危険がある。そのとき、日本を取り巻く
国際環境を正確に読み取ることができれば、私たちは必ず問題の突破口を
開き、乗り越えていける。希望的観測や過度の悲観論を横に置いて、内外
の事情を虚心坦懐に分析することが欠かせない。
 
こんな時代、メディアの責任は一層重い。印象操作を加えることなく、で
き得る限りの公正さで事実を伝える責任である。
 
そこで『こんな朝日新聞に誰がした?』(長谷川熙(はせがわ・ひろ
し)、永栄潔著、WAC)の一読をお勧めする。

両氏共に朝日新聞社OBで、長谷川氏は先に『崩壊 朝日新聞』
(WAC)を上梓し、鮮烈な「朝日新聞」批判で注目された。永栄氏は嫌
みもけれん味も感じさせない軟らかな文章で『ブンヤ暮らし三十六年』
(草思社)で新潮ドキュメント賞を受賞した。
 
両氏の対談を主軸とする『こんな朝日…』で驚くべきことが暴露されてい
る。「週刊朝日」編集長の川村二郎氏が某日の「朝日」に載った海外のス
ポーツ大会を報ずる記事に疑問を抱いた。「君が代」が始まると席を立つ
観客が多いと、Y編集委員が署名入りで報じた記事だ。川村氏が「あれっ
て、本当かよ」と尋ねると、Y氏は答えた。
 
「ウソですよ。だけど、今の社内の空気を考えたら、ああいうふうに書
いておく方がいいんですよ」
 
永栄氏が明かすもう1つの事実は1988年、リクルート事件に関する報道
だ。「朝日」は宮沢喜一蔵相(当時)にも未公開株が渡っていたとスクー
プし、永栄氏の後輩記者が宮沢氏を追及。同記者は「会見で何を訊かれて
も、宮沢氏は『ノーコメント』で通し、その数13回に及んだ」と報じた。
 
永栄氏は「それにしても(13回とは)よく数えたな」と後輩の突っ込みを
褒めた。すると彼は照れてこう言ったという。「ウソに決まってんじゃな
いすか。死刑台の段数ですよ」。
 
本当にひどい新聞だ。これら「朝日」の捏造記事に言及しつつ、永栄氏は
自身の事例も振り返る。日朝間で問題が起きると、朝鮮学校の女生徒の制
服、チマチョゴリが切り裂かれる事件が続いたことがある。

そのとき永栄氏の知人がこう語った。「自分の娘を使っての自作自演なん
です。娘の親は(朝鮮)総連(在日本朝鮮人総連合会)で私の隣にいた男
です。北で何かあると、その男の娘らの服が切られる。『朝日』にしか載
らないが、書いている記者も私は知っている」。
 
総連関係者の同人物は、この男に、娘さんがかわいそうだと忠告し、自作
自演の犯行はもうやめると約束させた。そこで男に会って取材しないか
と、永栄氏に持ち掛けたのだ。
 
ところが、氏は提案を即座に断った。「書かないことに対する抵抗は幸い
薄かった」という。氏の感覚は、言論人にあるまじき判断だ。永栄氏の芯
は「『朝日』の人」なのである。

「朝日」は14年8月、吉田清治氏関連の記事全ての取り消しに追い込まれ
たが、永栄氏はこう書く。

「『取り消しは不要。右翼に屈するな』という“激励”電話が2本あっ
た」。電話の主の2人は「『朝日』が頼り」と言ったそうで、「櫻井よし
こさんや西部邁氏に表現の自由など与えたくないというのが、コアな『朝
日』読者の空気」だと、永栄氏は断じている。
 
こんな「コアな読者のなかでもさらにコアな、そういう人たちに占拠され
て」いる「朝日」を、永栄氏は「在社中はずうっといい会社だと思ってい
た」「本当にいい時代を過ごせた」と振り返る。やれやれ。それにして
も、「こんな『朝日』」のコアな読者に嫌われることは、言論人にとって
至上の名誉だ。これからも果敢に取材し、朝日の“悪”を暴いていきたい。

『週刊ダイヤモンド』 2016年12月31日・2017年1月7日合併号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1164



2016年12月31日

◆それ以前に必要な秋篠宮家への手厚い支え

 
櫻井よしこ

天皇の譲位を認めるべきか否かについての専門家16人からの意見聴取が11
月30日に終わった。意見は大きく3つに分かれている。(1)譲位を恒久的
制度とする、(2)譲位を認めつつも、今回限りの特別措置とする、(3)
譲位ではなく摂政を置く、である。
 
私は専門家の1人として、天皇陛下のお気持ちに沿うべく、最大限の配慮
をすると同時に、そうした配慮と国の制度の問題は別であることを認識し
て、(3)を主張した。皇室と日本国の永続的安定のためにもそれが良い
と考えた。
 
一方で、日本国民の圧倒的多数は陛下の「お言葉」を受けて、譲位を認め
るべきという意見である。
 
こうした中、陛下にごく近い長年の友人である明石元紹(もとつぐ)氏
(82歳)が、陛下が譲位を「将来も可能に」してほしいと、以前から話さ
れていたと、「産経新聞」に語った。同紙は12月1日の紙面で、明石発言
を1面トップで報じた。さらに、11月30日に51歳の誕生日を迎えられた秋
篠宮さまも陛下の「お言葉」について、初めて公式に感想を述べられた。

「お言葉」を通して、「長い間考えてこられたことをきちんとした形で示
すことができた、これは大変良かった」「最大限にご自身の考えを伝えら
れた」「折々にそういう考えがあるということを伺っておりました」との
内容だ。秋篠宮さまご自身、5年前のお誕生日前の会見で、天皇の「定年
制」も必要だと語り、注目された。
 
皇室から次々に、譲位に向けた強いお気持ちの表明がなされる中で、私た
ちに課せられた課題は前述したように陛下のお気持ちを尊重しつつ、国柄
を維持する制度の問題を、どう融合させていくかという点であろう。陛下
がお気持ちをこれほど強く表明される中で、政府および有識者会議は、歴
史と、皇室を軸とする日本の国柄を踏まえ、賢い解決策を出さなければな
らない。

政府の決定いかんにかかわらず、日本国として同時進行でしっかりと策
を講じるべきこともある。次の世代の皇室をよりよく守り、支えるには、
皇室の現状に多くの課題があることを認識しなければならない。皇位継承
の安定はその筆頭だ。1つの方策として指摘されている旧宮家の皇族への
復帰案などは、皇室典範の改正が必要であり、議論のための十分な時間が
必要だ。
 
そうしたこと以前に、皇室典範や憲法改正を伴わずに今すぐできることも
ある。その緊急性を示したのが過日の交通事故である。
 
11月20日、秋篠宮妃紀子さまと悠仁さま、ご学友が乗ったワゴン車が中央
道で追突事故を起こした。紀子さまらにけがはなく、追突された乗用車の
側も無事だったのは、何よりだった。だが、よりによって悠仁さまの乗っ
た車がなぜ事故を起こしたのか。理由は秋篠宮家に対する支えの体制が不
十分であることに尽きるだろう。
 
皇位継承権保持者としてただ1人、若い世代の悠仁さまは、皇室にとって
も日本にとっても掛け替えのない方だ。その悠仁さまの車になぜ、先導車
が就かないのか、交通規制が敷かれないのか。天皇、皇后両陛下や皇太子
ご一家のお出掛けでは、白バイが先導し、後方を警備車両が固める。信号
は全て青になるよう調整され、高速道路には交通規制がかけられる。交通
事故など、起こりようがない状況が整えられる。
 
この当然の対応が、秋篠宮家に対しては一切取られていない。公務でのお
出掛けでも、後方に警備車両が一台就くだけだ。理由は秋篠宮家は他の皇
族と同じ扱いになるからだという。しかし、陛下の譲位が取り沙汰される
中、皇位継承権保持者お二人を擁する秋篠宮家にはもっと手厚い支えをす
るのが筋である。安定した皇位継承体制をつくる法議論も必要だが、この
ような目の前の日常の事柄への配慮も欠かしてはならないと思う。

『週刊ダイヤモンド』 2016年12月10日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1161



2016年12月25日

◆現実になりそうな「韓国の消滅」

櫻井よしこ


朴大統領弾劾運動の背後に北朝鮮勢力 

大韓民国という国が消滅する。フィクションのようなことが、現実になる
かもしれない状況が生じている。
 
崔順実(チェ・スンシル)という女性実業家に便宜を図り、国政への介入
を許した朴槿恵大統領は弾劾されたが、機密情報を民間人に漏らすなどし
ており、仕方がないことだろう。

同時に、弾劾に向けて暗躍したのは、韓国政府が国家保安法違反の利敵団
体に指定した北朝鮮系の革命勢力グループであることも忘れてはならない。

革命勢力とは具体的には「祖国統一汎民族連合南側本部」「民族自主平和
統一中央会議」「民主民族平和統一主権連帯」など、北朝鮮主導の組織で
ある。彼らは「民衆総決起闘争本部」をつくり、各種労働組合などを傘下
に収めて、一連のデモを統括した。
 
ソウルに吹き荒れた反朴デモで人々が歌っていた「これが国か!」という
歌は、国民を守れないこんな国は国家ではない、と朴政権の現状を批判・
非難する内容だが、3番の歌詞を見れば、朴大統領批判を超える革命歌で
あることが分かる。

「(与党の)セヌリ党も(保守系新聞の)朝鮮日報も、醜悪な共犯者だ。
おまえたちも解体してやる!」。国家体制を破壊せずにはおかないとい
う、まさに革命歌だ。
 
作詞作曲者はユン・ミンソク氏、前科4犯、いずれも政府転覆と体制変
換を企んだとして国家保安法違反で逮捕されたものだ。四度逮捕された
が、そのたびに短期間で釈放されてきた。韓国の司法が北朝鮮勢力の影響
下にあるからだと指摘されている。
 
氏はまた北朝鮮の工作員が韓国に潜入してつくった組織に加入し、1992
年に北朝鮮の故金日成主席をたたえる歌も作詞作曲した。およそ日本では
考えられない、驚くような状況が韓国に出現しているのである。
 
約四年前に朴政権が誕生したとき、朝鮮半島問題の専門家は「南北朝鮮
それぞれの、時間との競争が始まった」とみた。その心は、北の体制と南
の体制のどちらが先に崩壊するのか、先に崩壊した側が残った側に吸収合
併される形で朝鮮半島が統一に向かう可能性が出てくるという読みだった。
 
今、南北朝鮮間で優位に立っているのは、北朝鮮だといえる。人口は韓
国の半分、経済は40分の1。国民を苦しめるだけの独裁国が韓国より優位
に立てるのは、情報戦の結果である。
 
北朝鮮工作員は長年韓国への潜入を繰り返し、思想的、政治的に韓国人
を親北朝鮮に染め上げてきた。その総仕上げが今だとみて、金正恩第一書
記は全力を挙げている。朴政権のみならず、韓国の保守勢力をつぶしにか
かっている。韓国が先に転んだこの絶好の機会を逃さないよう金氏は全力
を尽くしているが、その1つの側面が北朝鮮の影響下にある在韓国勢力の
手元にかなりの資金を集中させていることだといわれている。
 
朴大統領への弾劾訴追可決によって、黄教安首相が大統領臨時代理と
なった。黄氏は2014年に北朝鮮の代理政党といってよい野党、統合進歩党
を解体したしっかりした人物だ。
 
弾劾を認めるか否か、憲法裁判所の判断は180日以内に出されるが、そ
の間に黄氏は保守勢力の基盤を立て直せるだろうか。国民世論は北朝鮮主
導の反朴運動の熱狂から覚めて、落ち着きを取り戻せるだろうか。韓国は
命運を決する岐路に立っている。
 
仮に保守勢力が巻き返せず、世論も反朴運動の背後にある北朝鮮勢力と
彼らの意図に気付かないまま、来年の大統領選挙に突入する場合、韓国は
事実上消滅するかもしれない。どの候補者を見ても、現在より左翼的政権
になるのは明らかで、それはすなわち、反日政権ということだ。反朴運動
に関わる北朝鮮の働き掛けと意図を認識し、日本の側から韓国に向けて、
全体像を伝える情報を発信すべきだ。

『週刊ダイヤモンド』 2016年12月24日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1163 

2016年12月24日

◆日本が「拉致」を解決できない理由

櫻井よしこ



10月下旬、都内の友愛会館で開催された拉致問題解決を目指す集会で横田
早紀江さんが近況を語った。

「主人の具合がはかばかしくありません。私自身も、あちらこちら具合が
悪くて困っています」
 
めぐみさんが拉致されて来年で40年、北朝鮮にいると判ってからでもすで
に20年が経つ。13歳の少女は来年53歳になる。
 
集会でいつも早紀江さんは問う。なぜ、こんなに長い間、日本国は拉致さ
れた国民を取り戻せないのか、日本は国家か、と。

「救う会」は毎年のように、韓国やタイの拉致被害者の家族を日本に招い
てきたが、ある年、父親を拉致された韓国の女性が訴えた。訴えは、日本
が羨しいという一言に凝縮されていた。

国民も国会議員も一堂に会して拉致問題解決のために声を上げる。救う対
象には韓国人もタイ人も含まれている。他方、韓国では政府も民間も拉致
問題に非常に冷たい。家族は皆辛い思いをし、経済的にも困っている。そ
れなのに、まるで父が悪いことをしたかのように、冷たい言葉を浴びせら
れる。だから官民あげて救出を叫ぶ日本が本当に羨しい、という内容だった。
 
確かに「救う会」も家族会もこの20年、日本人のみならず全ての拉致被害
者を救出するという大目的を掲げ、その時まで拉致問題を忘れないと、言
い交わしてきた。
 
この思いは12月11日、愛知県豊川での集会でも強く感じた。地元の豊川駅
にはめぐみさんや田口八重子さんらの写真や資料が展示され、会には豊川
市議会議員の八木月子さんたちを中心に大勢が集まった。
 
しかし、日本は本当に、韓国の被害者家族が羨しがる程きちんとした国だ
ろうか。日本政府は、とりわけ安倍晋三首相の固い決意もあり、国をあげ
て拉致問題を解決すると宣言し、努力しているのに、未だに解決できてい
ない。なぜか。

5人を帰すべきではない

「日本のこころ」代表の中山恭子氏と語り合った。中山氏は1999年から3
年間、ウズベキスタン共和国の大使を務めた。赴任後間もなく、日本人の
鉱山技師4人と通訳らが隣国のキルギス共和国で拉致される事件に遭遇し
た。結論から言えば、彼女は救出に成功したのだが、その体験から、日本
が拉致被害者を救出できない原因が見えてくる。
 
最大の原因として、日本には、とりわけ外務省には、国家の責任で国民を
救出するという考え方自体がなかったというのだ。いま、事情は多少変化
しているとはいえ、海外で被害に遭った国民に対しては、国家としての日
本は無関心であり続ける構造になっているという。
 
具体的に見てみよう。氏は02年8月に3年の任期を終えて帰国、翌月の10
日に退官した。拉致被害者家族担当の内閣官房参与に任命されたのはその
直後の9月26日だ。首相は小泉純一郎氏、官房長官福田康夫氏、官房副長
官が安倍晋三氏だった。

「内閣官房参与として、10月15日には平壌に蓮池薫さんたち5人を迎えに
行きました。その日から毎日、政府内で議論が続きました。官房副長官の
安倍さんを中心に、関係省の担当者全員での議論では、5人は日本に1週間
滞在したあと、北朝鮮に戻るのが自明のことのようになっていました。た
だ、安倍さんは何となく納得していなかったと思います。そうした中で、
私は5人を北朝鮮に帰すのはおかしいと主張しました」
 
5人を帰すべきでないと、はっきり主張したのは中山氏1人であり、氏の意
見を、安倍氏を例外として、その場の全員が奇異なものと見做したという。

「もう決まっていることをなぜ今頃ひっくり返すのか、という反応ばかり
でした」と、中山氏。
 
5人の日本滞在期間とされた1週間が過ぎようとしても、まだ安倍官房副長
官の下で、それこそ埒のあかない議論が続いていた。そのとき、5人の意
思を確認する必要があるとの意見が出された。その意図は、蓮池さんは必
ず北に帰ると言うであろうとの読みだと、氏は思いつつ、「どうぞ」と答
えた。

「5人にその意思があろうとなかろうと、残すべしと、私は考えていまし
た。会議では5人の意思確認のために、滞在をあと3日(02年10月25日ま
で)延ばすことになりました」
 
結論から言えば、全員が残留を希望した。ただ、北朝鮮に残してきた家
族を、必ず日本政府が連れ戻してほしいという強い要望があった。5人の
気持が確認できたとき、新たな問題が生じた。

「日本残留を希望する本人たちの意思を無視して、政府が5人を北朝鮮に
帰すことはできない、という論理で進めようとしたのです。それは違う。
私は異議を唱え、日本国政府の意思で5人を残すとするのが筋だと主張し
ました。またそこで議論が噛み合わなくなり、安倍さんが一旦休憩しよう
と仰って散会しました」

「国家の意思」
 
氏は、会議室を出たところで、取材陣に囲まれ、一体何を揉めているの
かと問われた。

「若い記者のその質問に、私の方がびっくりしました。詳しく話すわけに
もいきませんので、私は『国家の意思の問題です』と答えました」
 
大使として日本国を代表し、国家を担って働いた中央アジアからその年
の夏に帰国、赴任中に拉致された日本人の救出に全力を尽し、成功した中
山氏からみれば、拉致問題の解決、即ち、一人一人の国民の命を守り、身
柄を取り戻すことは個人の意思の問題ではなく国家の意思の問題そのもの
だった。しかし、そのような思いは理解されるどころか、「国家の意思」
という言葉自体が激しい反発を呼んだと氏は振り返る。

「その日の午後、事務所にも自宅にも大変な数の抗議の電話やファックス
が入りました。国家などという言葉を使うとは何事かという非難でした。
今では考えられないでしょうが、02年10月段階ではそうでした」
 
結局、安倍氏の判断で5人は政府の意思で日本に残すと発表したが、中
山氏は日本国は異常だと痛感した。
 
国際社会では当り前の「国家」という言葉さえ使えない風潮の中で、政
府は非常に注意深く、タブー視されていることや言葉には、触れないでき
た。日本全体の価値観が信じ難い程、おかしくなっている。国家の意思、
或いは責任について語ること自体が現行憲法下ではあってはならない事柄
だという国に、日本はなってしまった。であれば、外務省も当然、国民を
守るために動くことなどしてはならないと考えるわけだ。
 
横田早紀江さんは、拉致された国民を救えない日本は国かと、問い続け
る。現行憲法下では日本はまともな国にはなりえないのである。現行憲法
の精神に染り続ける日本は到底、国たり得ない、従って、拉致被害者も救
えない、ということであろう。

『週刊新潮』 2016年12月22日号 日本ルネッサンス 第734回


2016年12月22日

◆求められる現実政治の注意深き戦略

櫻井よしこ



トランプ氏の台湾政策に中国が反発 

次期米国大統領、ドナルド・トランプ氏は大統領に当選して以来、中央情
報局(CIA)をはじめとする米国の16に上る主要情報機関のブリーフィ
ングをほとんど受けていない。
 
通常、次期大統領は当選から実際にホワイトハウス入りするまでの2カ
月余りの間、熱心にこれら情報機関の進講を受け、大国米国の指導者に、
また、世界のリーダーに必要とされる知識を身に付けていく。

次期副大統領のマイク・ペンス氏は当選以来、毎日熱心にブリーフィング
を受けている。だが、トランプ氏はこれまでに2回、進講に応じただけだ。
 
ビジネスには優れていても、外交・安全保障に関する知識や理解は心もと
ないといわれるトランプ氏に対しては、いったん大統領に当選すればいわ
ゆる専門家が「正しい」情報を助言するので、暴言は軌道修正できるし、
懸念することはないといわれてきた。しかし、そうした期待が裏切られて
いる。
 
その間にもトランプ氏は、50を超える国・地域の首脳との会談を行ってい
る。12月2日には台湾の蔡英文総統にも電話した。氏は蔡総統を「プレジ
デント」と呼び、一国の指導者と位置付ける姿勢で敬意を払った。
 
11月14日には中国の習近平国家主席と会談しており、その後とはいえ、台
湾総統に次期米国大統領が電話をかけるのは異例で、台湾を国家扱いする
ことは中国が最も忌み嫌うことだ。
 
中国側の不快感の表明に対してトランプ氏はツイッターで反発した。

「中国は元安にして(米企業の競争力を削いで)よいかと、われわれに聞
いたか? (米国は中国貿易に関税をかけていないのに)米国の製品に高
い関税をかけてよいかと、われわれに聞いたか? 南シナ海のど真ん中に
巨大な軍事施設を建ててよいかと、われわれに聞いたか? そうは思わな
い!」

「ニューヨーク・タイムズ」紙はツイートの背後にあるのは、大国の指導
者が蔡総統と会談するのに中国に了承してもらわなければならないという
状況への「腹立ち」だと、解説した。
 
トランプ氏のツイートに対して、中国は態度を硬くし、共産党機関紙「人
民日報」が社説でこう書いた。

「中米関係で問題を起こすことは、アメリカ自身に問題を起こすことだ」
 
人民日報の国際版で、世界の反応を見るために様子見の役割を果たす
「環球時報」も社説で書いた。

「(台湾問題で米国が中国に圧力をかけることは)アメリカを再び偉大な
国にするという目的実現の可能性を大幅に減殺することになるだろう」
 
中国は反撃するとの姿勢が見える。
 
トランプ氏はどこまで深く考えて、台湾政策の一歩を踏み出したのだろう
か。外交専門雑誌「フォーリンポリシー」にアレックス・グレイ氏とピー
ター・ナバロ氏が書いている。グレイ氏は政権移行チームの一員、ナバロ
氏はトランプ氏のアドバイザーである。
 
グレイ氏はオバマ政権の台湾政策を「目に余るひどさだ」と厳しく批判
し、ざっと以下のように書いた。──台湾はアジアのデモクラシーの灯であ
り、世界で軍事的に最も脆弱な米国のパートナーである。虎視眈々と台湾
を狙う中国を抑止するために、この島に対する包括的な武器装備の売却
(deal)が必要だ。
 
同様の意見は、トランプ氏周辺には少なくない。トランプ氏のツイート
が中国の態度を硬化させたことについても、それは西太平洋・インド洋に
またがる国々に、米国の新政権は過去の取り決めに制約されないというこ
とを示す好材料だとみる専門家もいる。
 
中国の覇権主義や圧力に屈しないとの米国の姿勢は大歓迎だ。しかし現
実の政治の中でその政策を全うするには、注意深い戦略が必要だ。それな
しには、かえって事態は悪化する。私には、そのことが心配だ。

『週刊ダイヤモンド』 2016年12月17日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1162

2016年12月20日

◆存在するだけで国家の求心力であり得る

櫻井よしこ



「明治天皇に見る、存在するだけで国家の求心力であり得る皇室・天皇の
役割」

3・11の悲劇で日本人が意気消沈していたとき、日本研究の重鎮、ドナル
ド・キーン氏は日本国籍を取得して日本人となった。氏は『明治天皇を語
る』(新潮新書)で明治天皇の人柄について詳述し、愛情を込めて「よう
するにかなり変わった日本人だった」と評している。

「刺し身が嫌い、花見も嫌い、清潔さに興味がない」からだというが、そ
れぞれ背景がある。まずは花見だ。
 
京都から東京に移った明治天皇の憂い顔に、側近が京都に戻られることを
勧める。天皇は答えた──「朕は京都が好きである。故に京都へは参らぬ」。
 
明治天皇は「自分の好き嫌いに従いたくなかった」ようで、「自分は楽し
むために生まれてきた人間ではないとの、儒学的な思想」が京都に戻らな
かったことの背景にあると、キーン氏は解説する。確かに明治天皇は、天
皇のために造られた日本各地の別荘に、一度もお出ましになっていない。
 
国民は暑さ寒さの中でも働いている。自分だけ静養する気になれない、
として、「朕は臣民の多くと同じことがしたい」とも語っている。
 
刺し身がお嫌いなのは、明治元(1868)年10月、「東京城」(江戸城)
に入城されるまで京都におられたことと関係があるのではないか。当時は
冷蔵技術も未発達で、生きの良い魚が宮廷にまで届かなかったのではない
かと、私は勝手に考えている。

「清潔さに興味がない」についても十分な理由がある。私はなぜ、明治天
皇があまりお風呂に入らなかったのかを知って、大いに同情したのだが、
詳細は米窪明美氏の『明治天皇の一日』(新潮新書)に譲る。
 
明治天皇は、一度登用した人物を長く務めさせたが、人材登用の条件とし
た資質の1つが「正直であること」だった。明治天皇はうそも言い訳も徹
底して嫌った。そしてもう1つの人材登用の条件に、自分の指示への絶対
的服従があったと、米窪氏は指摘する。

しかし、明治天皇の求めた「絶対的服従」は、暴君のそれとは決定的に異
なる。それは上に立つ天皇の側からのきめ細かな配慮と対になっており、
日本社会を束ねる伝統的な価値観を反映したものだ。天皇という存在は国
民に慈愛を施し、国家安寧の礎であり続けることで国の基(もとい)とな
るという価値観である。
 
周知のように、明治天皇は、父帝、孝明天皇の崩御で、14歳にして天皇
となった。そしてわずか2年後の1868年、明治維新で文字通り日本国を担
う立場に立つ。以降明治天皇は一貫して、日本を守るための天皇の在り方
に心を砕く。
 
明治24(1891)年の大津事件では直ちに行動を起こした。ロシア皇帝と
負傷したニコライ皇太子に電報を打ち、皇太子の見舞いのため、あれほど
自らを律して訪れなかった京都に向かった。深夜に到着し、皇太子の滞在
先に赴いた。ロシア側に拒絶されたが、明治天皇は翌日、再度訪問する。
 
一連の迅速な行動をキーン氏は高く評価するが、このとき明治天皇は皇
太子に同行してロシア艦が停泊する神戸港まで無事に送り届けている。の
みならず、ロシアが明治天皇を連れ去るのではないかと側近が心配する
中、皇太子の招きでロシア艦で食事を共にする。
 
3年後、日清戦争が勃発すると、明治天皇は朝鮮半島に近く、主力部隊の
出港地だった広島の大本営に赴いた。粗末な木造2階建ての民家で7カ月、
戦地の兵と同じ生活をという理由で、暖房なしで過ごした。
 
徳川政府が機能停止に陥ったとき、明治天皇は国の中心軸に据えられ、
59歳で崩御するまで、終身天皇として過ごした。維新から77年後、日本は
大東亜戦争に敗れ、皇室の位置付けも大きく変わった。皇室の在り方を考
えるとき、存在するだけで、危機に当たって国家の求心力であり得る皇
室・天皇の役割にあらためて心を致すものだ。

『週刊ダイヤモンド』 2016年12月3日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1160