2019年09月25日

◆原発ゼロに立ち向かう台湾の若者たち

櫻井よしこ


香港も台湾も、若い世代が闘っている。彼らは果敢に中国共産党に立ち向
かっている。或いは政治を未来に向けて正しい方向に導こうと国民を動か
している。彼らのその勇気と気概を応援したい。

9月5日、10人余の台湾の人たちが訪ねてきた。20代の若者たちにまじって
64歳の李敏(リミン)博士と37歳の廖彦朋(リャオイエンペン)氏も意気
軒昂だ。李氏は台湾原子力学会理事長、廖氏は台湾の医学物理学会所属で
「核能流言終結者」(核の流言蜚語を打破する会)の一員だ。

「核能流言終結者」は黄士修(ファンシシュウ)という31歳の理論物理学
研究者が立ち上げた約30名の若い研究者から成る集団だ。彼らは台湾のエ
ネルギー政策を正しく導くために、李博士の全面的支援を得て、原子力に
ついての危険を煽る虚偽情報を論破する活動を続けている。台湾に広がっ
ていた原子力発電に関する虚偽情報の中でも特に黄氏の危機感を高めたの
が、驚くことに菅直人元首相が流布した情報だったという。日本の首相ま
で間違いを流し、原発危機を煽るなどあってはならないことだろう。

昨年11月24日、台湾では原子力発電に関する国民投票が行われたが、それ
を主導したのが黄氏らだった。国民投票に込められた目的は、「2025年ま
でに原発ゼロを実現する」という台湾政府のエネルギー計画を反転させ
て、原発をベース電源として位置づけることだ。

2011年に福島第一原発が水素爆発を起こしたとき、台湾でも反原発運動が
盛り上がった。当時建設中だった原発は工事が止まり、試運転中の原発は
停止された。そして16年1月、反原発を公約に掲げた蔡英文氏が総統に当
選した。蔡氏は稼働中の3基全てを、25年までに停止し、原発ゼロにする
と決定した。電力を自由化し、再生可能エネルギーを開発し、25年までに
全エネルギーの20%を再生エネルギーで賄うという蔡氏の政策は17年1月
に国会で承認された。

台湾の電力は火力が80%、原子力16.5%、残りを水力などに依拠する。そ
うした中、17年夏に、大規模停電が発生し、全契約世帯の約半分、700万
世帯が影響を受けた。

原発ゼロへの反対

真夏のうだる暑さの中で発生したこの大停電がきっかけとなって、台湾の
人々は安定的なエネルギー供給源として、原発の重要性を再認識したとい
う。年々乱調を烈しくする気候の背景に地球温暖化がある、という指摘も
広がった。電力の80%を化石燃料に頼り、CO2の排出を増やし続けてい
る台湾の現実についてもSNSで広く問題提起された。

日本も台湾も資源小国だ。原発を止めれば、化石燃料を輸入し、燃やし続
けるしかない。電力不足時に、ドイツのように他国から供給してもらえる
環境もない。李氏が語った。

「日本の経験から学ぶと、台湾にとって原子力発電の放棄はあり得ない。
しかし蔡政権は原発放棄を謳っています。そこで私たちは、国の未来、発
展の持続性を考えて、政府の政策は間違いであること、国民は原発ゼロを
望んでいないこと、化石燃料を燃やしてCO2を排出し続けるのは間違い
であることを訴え、国民投票を求めたのです」

核能流言終結者の研究者と共に李博士は若者たちに向けて正しい科学的情
報を発信し続けた。情報はSNSで拡散され、原発ゼロ政策は逆に危険だ
という認識が広がった。

「李先生は原子力の専門家の中の専門家です。私は放射線の専門家です。
私たちは専門家として原子力発電所の安全性について議論し、若者たちは
それをよく学び理解を深めました。そうして私たちは力を合わせて、昨年
11月の国民投票に臨んだのです」と廖氏は振りかえる。

結果は驚くべきものだった。原発ゼロへの反対が非常に多かったのだ。

「投票率が50%以下なら国民投票は無効です。この基準は十分にクリアで
きましたし、投票者の約60%、589万人が政府の原発ゼロに反対を表明し
ました」

投票結果を受けて頼清徳行政院長(首相)=当時=は昨年11月27日、25年
までに原発を廃止する政策は強制力を失ったと語った。

他方、原発反対派は、国民投票で問うたのは原発ゼロ政策への賛否であ
り、原発再稼働を求めるということではないと、屁理屈を展開した。原発
ゼロを公約にして総統になった蔡氏は国民投票の結果を尊重するとは一言
も言わず、再生エネルギー計画などについて発言するばかりだ。

廖氏は、原発を稼働させ、重要なベース電源として位置づけるには、原発
の安全性を確認しなければならないと強調する。福島の復興情報はすでに
知ってはいたが、自分たちの目で確かめる必要があると考えて、若者たち
と共に福島を訪れた。

エネルギーで独立する

彼らが口々に語った。

「廃棄物を運んでいるトラックの運転手に、なぜここで働いているのかと
尋ねたら、『日本の為に役に立ちたい。福島をきれいにしたい』と答えま
した。本当に感動しました」

「店の食品の放射能レベルを次々に測りました。どれも皆安全で、買って
その場で食べました。福島の海底にいた平目も放射能を測りましたが、全
く問題がない。刺身にして皆で食べました。美味しかった」

「福島のあちらこちらで空気中の放射能も測定しましたが、東京より低
かった。全然、安心です」

彼らはこうした体験を映像に撮ってユーチューブで拡散するという。廖氏
も福島を訪ねて自信を深めたと語る。

「東京電力も日本政府も極めて真面目に復興の努力をしています。その態
度と復興の進展を見て、原子力発電をコントロールする力が人間にはある
と、私は自信を持ちました」

台湾の若い世代にとって原発の活用は、台湾独立の可能性と重なると彼ら
は言う。エネルギーの独立は経済の自立に欠かせない、台湾にとって死活
的問題だ。いま、若い世代が問うている。台湾は政治で消滅するのか、電
力政策の失政でなくなるのか、と。

再度強調するが、エネルギーの安定供給なしには経済は廃れる。安定した
経済成長なしには一国の自主独立は望めない。蔡氏は独立志向の人だが、
原発は否定する。結果、中国経済につけ込まれる可能性は否定できない。
だから廖氏らは、「原発再稼働」を掲げて再び国民投票に持ち込みたいと
語る。

こんなに一所懸命に台湾の自立を目指し、中国支配の排除を念じ、自主独
立を日々肝に銘じて発言する台湾の若者たちのなんと凜々しいことか。
翻って日本の若者たちはどうだろうか。私はつい、問うてしまう。日本の
若者よ、覚醒せよ、頑張れ。まぎれもなく、いまが正真正銘、頑張りどき
なのだ。

『週刊新潮』 2019年9月19日号日本ルネッサンス 第868回


2019年09月24日

◆原発ゼロに立ち向かう台湾の若者たち

櫻井よしこ


香港も台湾も、若い世代が闘っている。彼らは果敢に中国共産党に立ち向
かっている。或いは政治を未来に向けて正しい方向に導こうと国民を動か
している。彼らのその勇気と気概を応援したい。

9月5日、10人余の台湾の人たちが訪ねてきた。20代の若者たちにまじって
64歳の李敏(リミン)博士と37歳の廖彦朋(リャオイエンペン)氏も意気
軒昂だ。李氏は台湾原子力学会理事長、廖氏は台湾の医学物理学会所属で
「核能流言終結者」(核の流言蜚語を打破する会)の一員だ。

「核能流言終結者」は黄士修(ファンシシュウ)という31歳の理論物理学
研究者が立ち上げた約30名の若い研究者から成る集団だ。彼らは台湾のエ
ネルギー政策を正しく導くために、李博士の全面的支援を得て、原子力に
ついての危険を煽る虚偽情報を論破する活動を続けている。台湾に広がっ
ていた原子力発電に関する虚偽情報の中でも特に黄氏の危機感を高めたの
が、驚くことに菅直人元首相が流布した情報だったという。日本の首相ま
で間違いを流し、原発危機を煽るなどあってはならないことだろう。

昨年11月24日、台湾では原子力発電に関する国民投票が行われたが、それ
を主導したのが黄氏らだった。国民投票に込められた目的は、「2025年ま
でに原発ゼロを実現する」という台湾政府のエネルギー計画を反転させ
て、原発をベース電源として位置づけることだ。

2011年に福島第一原発が水素爆発を起こしたとき、台湾でも反原発運動が
盛り上がった。当時建設中だった原発は工事が止まり、試運転中の原発は
停止された。そして16年1月、反原発を公約に掲げた蔡英文氏が総統に当
選した。蔡氏は稼働中の3基全てを、25年までに停止し、原発ゼロにする
と決定した。電力を自由化し、再生可能エネルギーを開発し、25年までに
全エネルギーの20%を再生エネルギーで賄うという蔡氏の政策は17年1月
に国会で承認された。

台湾の電力は火力が80%、原子力16.5%、残りを水力などに依拠する。そ
うした中、17年夏に、大規模停電が発生し、全契約世帯の約半分、700万
世帯が影響を受けた。

原発ゼロへの反対

真夏のうだる暑さの中で発生したこの大停電がきっかけとなって、台湾の
人々は安定的なエネルギー供給源として、原発の重要性を再認識したとい
う。年々乱調を烈しくする気候の背景に地球温暖化がある、という指摘も
広がった。電力の80%を化石燃料に頼り、CO2の排出を増やし続けてい
る台湾の現実についてもSNSで広く問題提起された。

日本も台湾も資源小国だ。原発を止めれば、化石燃料を輸入し、燃やし続
けるしかない。電力不足時に、ドイツのように他国から供給してもらえる
環境もない。李氏が語った。

「日本の経験から学ぶと、台湾にとって原子力発電の放棄はあり得ない。
しかし蔡政権は原発放棄を謳っています。そこで私たちは、国の未来、発
展の持続性を考えて、政府の政策は間違いであること、国民は原発ゼロを
望んでいないこと、化石燃料を燃やしてCO2を排出し続けるのは間違い
であることを訴え、国民投票を求めたのです」

核能流言終結者の研究者と共に李博士は若者たちに向けて正しい科学的情
報を発信し続けた。情報はSNSで拡散され、原発ゼロ政策は逆に危険だ
という認識が広がった。

「李先生は原子力の専門家の中の専門家です。私は放射線の専門家です。
私たちは専門家として原子力発電所の安全性について議論し、若者たちは
それをよく学び理解を深めました。そうして私たちは力を合わせて、昨年
11月の国民投票に臨んだのです」と廖氏は振りかえる。

結果は驚くべきものだった。原発ゼロへの反対が非常に多かったのだ。

「投票率が50%以下なら国民投票は無効です。この基準は十分にクリアで
きましたし、投票者の約60%、589万人が政府の原発ゼロに反対を表明し
ました」

投票結果を受けて頼清徳行政院長(首相)=当時=は昨年11月27日、25年
までに原発を廃止する政策は強制力を失ったと語った。

他方、原発反対派は、国民投票で問うたのは原発ゼロ政策への賛否であ
り、原発再稼働を求めるということではないと、屁理屈を展開した。原発
ゼロを公約にして総統になった蔡氏は国民投票の結果を尊重するとは一言
も言わず、再生エネルギー計画などについて発言するばかりだ。

廖氏は、原発を稼働させ、重要なベース電源として位置づけるには、原発
の安全性を確認しなければならないと強調する。福島の復興情報はすでに
知ってはいたが、自分たちの目で確かめる必要があると考えて、若者たち
と共に福島を訪れた。

エネルギーで独立する

彼らが口々に語った。

「廃棄物を運んでいるトラックの運転手に、なぜここで働いているのかと
尋ねたら、『日本の為に役に立ちたい。福島をきれいにしたい』と答えま
した。本当に感動しました」

「店の食品の放射能レベルを次々に測りました。どれも皆安全で、買って
その場で食べました。福島の海底にいた平目も放射能を測りましたが、全
く問題がない。刺身にして皆で食べました。美味しかった」

「福島のあちらこちらで空気中の放射能も測定しましたが、東京より低
かった。全然、安心です」

彼らはこうした体験を映像に撮ってユーチューブで拡散するという。廖氏
も福島を訪ねて自信を深めたと語る。

「東京電力も日本政府も極めて真面目に復興の努力をしています。その態
度と復興の進展を見て、原子力発電をコントロールする力が人間にはある
と、私は自信を持ちました」

台湾の若い世代にとって原発の活用は、台湾独立の可能性と重なると彼ら
は言う。エネルギーの独立は経済の自立に欠かせない、台湾にとって死活
的問題だ。いま、若い世代が問うている。台湾は政治で消滅するのか、電
力政策の失政でなくなるのか、と。

再度強調するが、エネルギーの安定供給なしには経済は廃れる。安定した
経済成長なしには一国の自主独立は望めない。蔡氏は独立志向の人だが、
原発は否定する。結果、中国経済につけ込まれる可能性は否定できない。
だから廖氏らは、「原発再稼働」を掲げて再び国民投票に持ち込みたいと
語る。

こんなに一所懸命に台湾の自立を目指し、中国支配の排除を念じ、自主独
立を日々肝に銘じて発言する台湾の若者たちのなんと凜々しいことか。
翻って日本の若者たちはどうだろうか。私はつい、問うてしまう。日本の
若者よ、覚醒せよ、頑張れ。まぎれもなく、いまが正真正銘、頑張りどき
なのだ。

『週刊新潮』 2019年9月19日号 日本ルネッサンス 第868回

          

2019年09月23日

◆原発ゼロに立ち向かう台湾の若者たち

櫻井よしこ


香港も台湾も、若い世代が闘っている。彼らは果敢に中国共産党に立ち向
かっている。或いは政治を未来に向けて正しい方向に導こうと国民を動か
している。彼らのその勇気と気概を応援したい。

9月5日、10人余の台湾の人たちが訪ねてきた。20代の若者たちにまじって
64歳の李敏(リミン)博士と37歳の廖彦朋(リャオイエンペン)氏も意気
軒昂だ。李氏は台湾原子力学会理事長、廖氏は台湾の医学物理学会所属で
「核能流言終結者」(核の流言蜚語を打破する会)の一員だ。

「核能流言終結者」は黄士修(ファンシシュウ)という31歳の理論物理学
研究者が立ち上げた約30名の若い研究者から成る集団だ。彼らは台湾のエ
ネルギー政策を正しく導くために、李博士の全面的支援を得て、原子力に
ついての危険を煽る虚偽情報を論破する活動を続けている。台湾に広がっ
ていた原子力発電に関する虚偽情報の中でも特に黄氏の危機感を高めたの
が、驚くことに菅直人元首相が流布した情報だったという。日本の首相ま
で間違いを流し、原発危機を煽るなどあってはならないことだろう。

昨年11月24日、台湾では原子力発電に関する国民投票が行われたが、それ
を主導したのが黄氏らだった。国民投票に込められた目的は、「2025年ま
でに原発ゼロを実現する」という台湾政府のエネルギー計画を反転させ
て、原発をベース電源として位置づけることだ。

2011年に福島第一原発が水素爆発を起こしたとき、台湾でも反原発運動が
盛り上がった。当時建設中だった原発は工事が止まり、試運転中の原発は
停止された。そして16年1月、反原発を公約に掲げた蔡英文氏が総統に当
選した。蔡氏は稼働中の3基全てを、25年までに停止し、原発ゼロにする
と決定した。電力を自由化し、再生可能エネルギーを開発し、25年までに
全エネルギーの20%を再生エネルギーで賄うという蔡氏の政策は17年1月
に国会で承認された。

台湾の電力は火力が80%、原子力16.5%、残りを水力などに依拠する。そ
うした中、17年夏に、大規模停電が発生し、全契約世帯の約半分、700万
世帯が影響を受けた。

原発ゼロへの反対

真夏のうだる暑さの中で発生したこの大停電がきっかけとなって、台湾の
人々は安定的なエネルギー供給源として、原発の重要性を再認識したとい
う。年々乱調を烈しくする気候の背景に地球温暖化がある、という指摘も
広がった。電力の80%を化石燃料に頼り、CO2の排出を増やし続けてい
る台湾の現実についてもSNSで広く問題提起された。

日本も台湾も資源小国だ。原発を止めれば、化石燃料を輸入し、燃やし続
けるしかない。電力不足時に、ドイツのように他国から供給してもらえる
環境もない。李氏が語った。

「日本の経験から学ぶと、台湾にとって原子力発電の放棄はあり得ない。
しかし蔡政権は原発放棄を謳っています。そこで私たちは、国の未来、発
展の持続性を考えて、政府の政策は間違いであること、国民は原発ゼロを
望んでいないこと、化石燃料を燃やしてCO2を排出し続けるのは間違い
であることを訴え、国民投票を求めたのです」

核能流言終結者の研究者と共に李博士は若者たちに向けて正しい科学的情
報を発信し続けた。情報はSNSで拡散され、原発ゼロ政策は逆に危険だ
という認識が広がった。

「李先生は原子力の専門家の中の専門家です。私は放射線の専門家です。
私たちは専門家として原子力発電所の安全性について議論し、若者たちは
それをよく学び理解を深めました。そうして私たちは力を合わせて、昨年
11月の国民投票に臨んだのです」と廖氏は振りかえる。

結果は驚くべきものだった。原発ゼロへの反対が非常に多かったのだ。

「投票率が50%以下なら国民投票は無効です。この基準は十分にクリアで
きましたし、投票者の約60%、589万人が政府の原発ゼロに反対を表明し
ました」

投票結果を受けて頼清徳行政院長(首相)=当時=は昨年11月27日、25年
までに原発を廃止する政策は強制力を失ったと語った。

他方、原発反対派は、国民投票で問うたのは原発ゼロ政策への賛否であ
り、原発再稼働を求めるということではないと、屁理屈を展開した。原発
ゼロを公約にして総統になった蔡氏は国民投票の結果を尊重するとは一言
も言わず、再生エネルギー計画などについて発言するばかりだ。

廖氏は、原発を稼働させ、重要なベース電源として位置づけるには、原発
の安全性を確認しなければならないと強調する。福島の復興情報はすでに
知ってはいたが、自分たちの目で確かめる必要があると考えて、若者たち
と共に福島を訪れた。

エネルギーで独立する

彼らが口々に語った。

「廃棄物を運んでいるトラックの運転手に、なぜここで働いているのかと
尋ねたら、『日本の為に役に立ちたい。福島をきれいにしたい』と答えま
した。本当に感動しました」

「店の食品の放射能レベルを次々に測りました。どれも皆安全で、買って
その場で食べました。福島の海底にいた平目も放射能を測りましたが、全
く問題がない。刺身にして皆で食べました。美味しかった」

「福島のあちらこちらで空気中の放射能も測定しましたが、東京より低
かった。全然、安心です」

彼らはこうした体験を映像に撮ってユーチューブで拡散するという。廖氏
も福島を訪ねて自信を深めたと語る。

「東京電力も日本政府も極めて真面目に復興の努力をしています。その態
度と復興の進展を見て、原子力発電をコントロールする力が人間にはある
と、私は自信を持ちました」

台湾の若い世代にとって原発の活用は、台湾独立の可能性と重なると彼ら
は言う。エネルギーの独立は経済の自立に欠かせない、台湾にとって死活
的問題だ。いま、若い世代が問うている。台湾は政治で消滅するのか、電
力政策の失政でなくなるのか、と。

再度強調するが、エネルギーの安定供給なしには経済は廃れる。安定した
経済成長なしには一国の自主独立は望めない。蔡氏は独立志向の人だが、
原発は否定する。結果、中国経済につけ込まれる可能性は否定できない。
だから廖氏らは、「原発再稼働」を掲げて再び国民投票に持ち込みたいと
語る。

こんなに一所懸命に台湾の自立を目指し、中国支配の排除を念じ、自主独
立を日々肝に銘じて発言する台湾の若者たちのなんと凜々しいことか。
翻って日本の若者たちはどうだろうか。私はつい、問うてしまう。日本の
若者よ、覚醒せよ、頑張れ。まぎれもなく、いまが正真正銘、頑張りどき
なのだ。

『週刊新潮』 2019年9月19日号 日本ルネッサンス 第868回


2019年09月20日

◆原発ゼロに立ち向かう台湾の若者たち

櫻井よしこ


香港も台湾も、若い世代が闘っている。彼らは果敢に中国共産党に立ち向
かっている。或いは政治を未来に向けて正しい方向に導こうと国民を動か
している。彼らのその勇気と気概を応援したい。

9月5日、10人余の台湾の人たちが訪ねてきた。20代の若者たちにまじって
64歳の李敏(リミン)博士と37歳の廖彦朋(リャオイエンペン)氏も意気
軒昂だ。李氏は台湾原子力学会理事長、廖氏は台湾の医学物理学会所属で
「核能流言終結者」(核の流言蜚語を打破する会)の一員だ。

「核能流言終結者」は黄士修(ファンシシュウ)という31歳の理論物理学
研究者が立ち上げた約30名の若い研究者から成る集団だ。彼らは台湾のエ
ネルギー政策を正しく導くために、李博士の全面的支援を得て、原子力に
ついての危険を煽る虚偽情報を論破する活動を続けている。台湾に広がっ
ていた原子力発電に関する虚偽情報の中でも特に黄氏の危機感を高めたの
が、驚くことに菅直人元首相が流布した情報だったという。日本の首相ま
で間違いを流し、原発危機を煽るなどあってはならないことだろう。

昨年11月24日、台湾では原子力発電に関する国民投票が行われたが、それ
を主導したのが黄氏らだった。国民投票に込められた目的は、「2025年ま
でに原発ゼロを実現する」という台湾政府のエネルギー計画を反転させ
て、原発をベース電源として位置づけることだ。

2011年に福島第一原発が水素爆発を起こしたとき、台湾でも反原発運動が
盛り上がった。当時建設中だった原発は工事が止まり、試運転中の原発は
停止された。そして16年1月、反原発を公約に掲げた蔡英文氏が総統に当
選した。蔡氏は稼働中の3基全てを、25年までに停止し、原発ゼロにする
と決定した。電力を自由化し、再生可能エネルギーを開発し、25年までに
全エネルギーの20%を再生エネルギーで賄うという蔡氏の政策は17年1月
に国会で承認された。

台湾の電力は火力が80%、原子力16.5%、残りを水力などに依拠する。そ
うした中、17年夏に、大規模停電が発生し、全契約世帯の約半分、700万
世帯が影響を受けた。

原発ゼロへの反対

真夏のうだる暑さの中で発生したこの大停電がきっかけとなって、台湾の
人々は安定的なエネルギー供給源として、原発の重要性を再認識したとい
う。年々乱調を烈しくする気候の背景に地球温暖化がある、という指摘も
広がった。電力の80%を化石燃料に頼り、CO2の排出を増やし続けてい
る台湾の現実についてもSNSで広く問題提起された。

日本も台湾も資源小国だ。原発を止めれば、化石燃料を輸入し、燃やし続
けるしかない。電力不足時に、ドイツのように他国から供給してもらえる
環境もない。李氏が語った。

「日本の経験から学ぶと、台湾にとって原子力発電の放棄はあり得ない。
しかし蔡政権は原発放棄を謳っています。そこで私たちは、国の未来、発
展の持続性を考えて、政府の政策は間違いであること、国民は原発ゼロを
望んでいないこと、化石燃料を燃やしてCO2を排出し続けるのは間違い
であることを訴え、国民投票を求めたのです」

核能流言終結者の研究者と共に李博士は若者たちに向けて正しい科学的情
報を発信し続けた。情報はSNSで拡散され、原発ゼロ政策は逆に危険だ
という認識が広がった。

「李先生は原子力の専門家の中の専門家です。私は放射線の専門家です。
私たちは専門家として原子力発電所の安全性について議論し、若者たちは
それをよく学び理解を深めました。そうして私たちは力を合わせて、昨年
11月の国民投票に臨んだのです」と廖氏は振りかえる。

結果は驚くべきものだった。原発ゼロへの反対が非常に多かったのだ。

「投票率が50%以下なら国民投票は無効です。この基準は十分にクリアで
きましたし、投票者の約60%、589万人が政府の原発ゼロに反対を表明し
ました」

投票結果を受けて頼清徳行政院長(首相)=当時=は昨年11月27日、25年
までに原発を廃止する政策は強制力を失ったと語った。

他方、原発反対派は、国民投票で問うたのは原発ゼロ政策への賛否であ
り、原発再稼働を求めるということではないと、屁理屈を展開した。原発
ゼロを公約にして総統になった蔡氏は国民投票の結果を尊重するとは一言
も言わず、再生エネルギー計画などについて発言するばかりだ。

廖氏は、原発を稼働させ、重要なベース電源として位置づけるには、原発
の安全性を確認しなければならないと強調する。福島の復興情報はすでに
知ってはいたが、自分たちの目で確かめる必要があると考えて、若者たち
と共に福島を訪れた。

エネルギーで独立する

彼らが口々に語った。

「廃棄物を運んでいるトラックの運転手に、なぜここで働いているのかと
尋ねたら、『日本の為に役に立ちたい。福島をきれいにしたい』と答えま
した。本当に感動しました」

「店の食品の放射能レベルを次々に測りました。どれも皆安全で、買って
その場で食べました。福島の海底にいた平目も放射能を測りましたが、全
く問題がない。刺身にして皆で食べました。美味しかった」

「福島のあちらこちらで空気中の放射能も測定しましたが、東京より低
かった。全然、安心です」

彼らはこうした体験を映像に撮ってユーチューブで拡散するという。廖氏
も福島を訪ねて自信を深めたと語る。

「東京電力も日本政府も極めて真面目に復興の努力をしています。その態
度と復興の進展を見て、原子力発電をコントロールする力が人間にはある
と、私は自信を持ちました」

台湾の若い世代にとって原発の活用は、台湾独立の可能性と重なると彼ら
は言う。エネルギーの独立は経済の自立に欠かせない、台湾にとって死活
的問題だ。いま、若い世代が問うている。台湾は政治で消滅するのか、電
力政策の失政でなくなるのか、と。

再度強調するが、エネルギーの安定供給なしには経済は廃れる。安定した
経済成長なしには一国の自主独立は望めない。蔡氏は独立志向の人だが、
原発は否定する。結果、中国経済につけ込まれる可能性は否定できない。
だから廖氏らは、「原発再稼働」を掲げて再び国民投票に持ち込みたいと
語る。

こんなに一所懸命に台湾の自立を目指し、中国支配の排除を念じ、自主独
立を日々肝に銘じて発言する台湾の若者たちのなんと凜々しいことか。
翻って日本の若者たちはどうだろうか。私はつい、問うてしまう。日本の
若者よ、覚醒せよ、頑張れ。まぎれもなく、いまが正真正銘、頑張りどき
なのだ。

『週刊新潮』 2019年9月19日号 日本ルネッサンス 第868回

2019年09月19日

◆原発ゼロに立ち向かう台湾の若者たち

櫻井よしこ


香港も台湾も、若い世代が闘っている。彼らは果敢に中国共産党に立ち向
かっている。或いは政治を未来に向けて正しい方向に導こうと国民を動か
している。彼らのその勇気と気概を応援したい。

9月5日、10人余の台湾の人たちが訪ねてきた。20代の若者たちにまじって
64歳の李敏(リミン)博士と37歳の廖彦朋(リャオイエンペン)氏も意気
軒昂だ。李氏は台湾原子力学会理事長、廖氏は台湾の医学物理学会所属で
「核能流言終結者」(核の流言蜚語を打破する会)の一員だ。

「核能流言終結者」は黄士修(ファンシシュウ)という31歳の理論物理学
研究者が立ち上げた約30名の若い研究者から成る集団だ。彼らは台湾のエ
ネルギー政策を正しく導くために、李博士の全面的支援を得て、原子力に
ついての危険を煽る虚偽情報を論破する活動を続けている。台湾に広がっ
ていた原子力発電に関する虚偽情報の中でも特に黄氏の危機感を高めたの
が、驚くことに菅直人元首相が流布した情報だったという。日本の首相ま
で間違いを流し、原発危機を煽るなどあってはならないことだろう。

昨年11月24日、台湾では原子力発電に関する国民投票が行われたが、それ
を主導したのが黄氏らだった。国民投票に込められた目的は、「2025年ま
でに原発ゼロを実現する」という台湾政府のエネルギー計画を反転させ
て、原発をベース電源として位置づけることだ。

2011年に福島第一原発が水素爆発を起こしたとき、台湾でも反原発運動が
盛り上がった。当時建設中だった原発は工事が止まり、試運転中の原発は
停止された。そして16年1月、反原発を公約に掲げた蔡英文氏が総統に当
選した。蔡氏は稼働中の3基全てを、25年までに停止し、原発ゼロにする
と決定した。電力を自由化し、再生可能エネルギーを開発し、25年までに
全エネルギーの20%を再生エネルギーで賄うという蔡氏の政策は17年1月
に国会で承認された。

台湾の電力は火力が80%、原子力16.5%、残りを水力などに依拠する。そ
うした中、17年夏に、大規模停電が発生し、全契約世帯の約半分、700万
世帯が影響を受けた。

原発ゼロへの反対

真夏のうだる暑さの中で発生したこの大停電がきっかけとなって、台湾の
人々は安定的なエネルギー供給源として、原発の重要性を再認識したとい
う。年々乱調を烈しくする気候の背景に地球温暖化がある、という指摘も
広がった。電力の80%を化石燃料に頼り、CO2の排出を増やし続けてい
る台湾の現実についてもSNSで広く問題提起された。

日本も台湾も資源小国だ。原発を止めれば、化石燃料を輸入し、燃やし続
けるしかない。電力不足時に、ドイツのように他国から供給してもらえる
環境もない。李氏が語った。

「日本の経験から学ぶと、台湾にとって原子力発電の放棄はあり得ない。
しかし蔡政権は原発放棄を謳っています。そこで私たちは、国の未来、発
展の持続性を考えて、政府の政策は間違いであること、国民は原発ゼロを
望んでいないこと、化石燃料を燃やしてCO2を排出し続けるのは間違い
であることを訴え、国民投票を求めたのです」

核能流言終結者の研究者と共に李博士は若者たちに向けて正しい科学的情
報を発信し続けた。情報はSNSで拡散され、原発ゼロ政策は逆に危険だ
という認識が広がった。

「李先生は原子力の専門家の中の専門家です。私は放射線の専門家です。
私たちは専門家として原子力発電所の安全性について議論し、若者たちは
それをよく学び理解を深めました。そうして私たちは力を合わせて、昨年
11月の国民投票に臨んだのです」と廖氏は振りかえる。

結果は驚くべきものだった。原発ゼロへの反対が非常に多かったのだ。

「投票率が50%以下なら国民投票は無効です。この基準は十分にクリアで
きましたし、投票者の約60%、589万人が政府の原発ゼロに反対を表明し
ました」

投票結果を受けて頼清徳行政院長(首相)=当時=は昨年11月27日、25年
までに原発を廃止する政策は強制力を失ったと語った。

他方、原発反対派は、国民投票で問うたのは原発ゼロ政策への賛否であ
り、原発再稼働を求めるということではないと、屁理屈を展開した。原発
ゼロを公約にして総統になった蔡氏は国民投票の結果を尊重するとは一言
も言わず、再生エネルギー計画などについて発言するばかりだ。

廖氏は、原発を稼働させ、重要なベース電源として位置づけるには、原発
の安全性を確認しなければならないと強調する。福島の復興情報はすでに
知ってはいたが、自分たちの目で確かめる必要があると考えて、若者たち
と共に福島を訪れた。

エネルギーで独立する

彼らが口々に語った。

「廃棄物を運んでいるトラックの運転手に、なぜここで働いているのかと
尋ねたら、『日本の為に役に立ちたい。福島をきれいにしたい』と答えま
した。本当に感動しました」

「店の食品の放射能レベルを次々に測りました。どれも皆安全で、買って
その場で食べました。福島の海底にいた平目も放射能を測りましたが、全
く問題がない。刺身にして皆で食べました。美味しかった」

「福島のあちらこちらで空気中の放射能も測定しましたが、東京より低
かった。全然、安心です」

彼らはこうした体験を映像に撮ってユーチューブで拡散するという。廖氏
も福島を訪ねて自信を深めたと語る。

「東京電力も日本政府も極めて真面目に復興の努力をしています。その態
度と復興の進展を見て、原子力発電をコントロールする力が人間にはある
と、私は自信を持ちました」

台湾の若い世代にとって原発の活用は、台湾独立の可能性と重なると彼ら
は言う。エネルギーの独立は経済の自立に欠かせない、台湾にとって死活
的問題だ。いま、若い世代が問うている。台湾は政治で消滅するのか、電
力政策の失政でなくなるのか、と。

再度強調するが、エネルギーの安定供給なしには経済は廃れる。安定した
経済成長なしには一国の自主独立は望めない。蔡氏は独立志向の人だが、
原発は否定する。結果、中国経済につけ込まれる可能性は否定できない。
だから廖氏らは、「原発再稼働」を掲げて再び国民投票に持ち込みたいと
語る。

こんなに一所懸命に台湾の自立を目指し、中国支配の排除を念じ、自主独
立を日々肝に銘じて発言する台湾の若者たちのなんと凜々しいことか。
翻って日本の若者たちはどうだろうか。私はつい、問うてしまう。日本の
若者よ、覚醒せよ、頑張れ。まぎれもなく、いまが正真正銘、頑張りどき
なのだ。

『週刊新潮』 2019年9月19日号 日本ルネッサンス 第868回


2019年09月17日

◆NHK終戦報道は相変わらず問題山積

櫻井よしこ


毎年8月になるとNHKのいわゆる“歴史もの特集”が放送される。NHK
の歴史に関する作品には、たとえば2009年4月の「JAPANデ
ビュー」、17年8月の「731部隊の真実~エリート医学者と人体実験~」のよ
うに、偏向、歪曲、捏造が目立つものが少なくない。そのために私は
NHKの歴史ものは見たくないと思って過ごしてきた。

だが、今年はどうしても見ておく必要があると考えて視聴した。視聴した
のは「かくて“自由”は死せり~ある新聞と戦争への道~」、「昭和天皇は何
を語ったのか─初公開・秘録 拝謁記」の2作品である。

前者は8月12日のNHKスペシャルで、戦前に10年間だけ発行されていた
「日本新聞」を取り上げている。後者は17日の放送で、初代宮内庁長官、
田島道治氏の日記によるものである。両作品共に役者を起用したドラマ仕
立てだった。

期待どおりというのは皮肉な表現だが、前者は想定どおりの「NHK歴史
もの」らしい仕上がりだった。後者についても多くの疑問を抱いた。

まず「新聞」の方だが、番組は暗い声音のナレーションで説明されてい
く。日本新聞は大正14(1925)年に司法大臣小川平吉が創刊し、賛同者に
平沼騏一郎や東条英機が名を連ねる。彼らは皆「明治憲法に定められた万
世一系の天皇を戴く日本という国を絶対視する思想を共有していた」との
主旨が紹介される。

明治憲法においても現行憲法においても国柄を表現する基本原理のひとつ
である「万世一系」の血筋が、まるで非難されるべき価値観であるかのよ
うな印象操作だ。

番組のメッセージは、創刊号で天皇中心の国家体制「日本主義」を掲げた
のが日本新聞で、その日本主義が日本全体を軍国主義へと走らせたという
ものだ。

不勉強の極み

だが、番組は説得力を欠く。歴史の表層の一番薄い膜を掬い取ってさまざ
まな出来事を脈絡もなくつなぎ合わせただけの構成で、どの場面の展開も
その因果関係が史料やエビデンスをもって証明されているものはない。飽
くまでも印象だけの馬鹿馬鹿しいこの作品を、NHKが国民から強制的に
徴収する受信料で制作したかと思うと怒りが倍加する。

日本全国に軍国主義の波を起こし、日本を戦争に駆り立てるほどの影響力
を発揮したとされる日本新聞の発行部数はわずか1万6000部程度だった。
しかも先述のように昭和10年までの10年間しか発行されていない。NHK
の主張するとおり、日本新聞に世論と政治を動かすほどの力があったのな
ら、言い換えれば、それだけ国民に熱烈に支持されていたのなら、なぜ10
年で廃刊に追い込まれたのか。

当時もっと影響力のあった新聞のひとつに朝日新聞がある。朝日は日本新
聞よりはるかに早い明治12(1879)年に大阪で創刊、9年後には東京に進
出、日本新聞創刊の1年前には堂々100万部を超える大新聞となっている。
朝日は満州事変などに関して極右のような報道で軍部を煽り部数を伸ばし
たが、なぜNHKは軍国主義を煽ったメディアとして日本新聞にのみ集中
したのか。不勉強の極みである。

この日本新聞の番組があり、8月15日をはさんで田島日記、即ち「拝謁
記」の方が放送された。二つの作品を対にした構成の背後には、軍国主義
の弊害を安倍晋三首相が実現しようとする憲法改正に結びつけ阻止しよう
とする意図があるのではないかと感じた。なぜなら拝掲記は昭和天皇が再
軍備と憲法改正を望んでおられた事実をかつてなく明確にしたからだ。

「拝謁記」の内容にさらに入る前に、NHKは田島道治日記の全容を公開
していないことを指摘しておきたい。私たちにはNHKの放送が全体像を
正しく反映しているのかどうか、判断できないのだ。

NHKは宮内庁記者クラブで田島日記に関する資料を配布したが、配布さ
れたのは日記全体ではなく、NHKが選んだ部分だけだった。田島氏のご
遺族が了承した部分だという説明もあったが、それはNHKが報道した分
にすぎない。新聞メディアをはじめ各社がその後報じた内容は、NHK配
布の資料が各社の持てるすべての素材であるために、NHKと基本的に同
じにならざるを得ず、NHKの視点を拡大することになる。

もう一点、NHKは今回の放送を「初公開」「秘録」と宣伝するが、田島
日記は16年前の03年6月号と7月号の「中央公論」と「文藝春秋」で加藤恭
子氏が紹介済みだ。加藤氏が伝えたのは昭和天皇が頻りに戦争を反省し、
後悔されていたという点で、NHKの番組でもそうした思いを述べるくだ
りが俳優の重々しい口調で演じられている。

天皇の政治利用

16年前の「文藝春秋」には「朕ノ不徳ナル、深ク天下ニ愧ヅ」として「昭
和天皇 国民への謝罪詔書草稿」全文も報じられている。この草稿は吉田
茂首相らの反対で、過去への反省の表現などが「当たり障りのない表現
に」(加藤氏)変えられたことを、加藤氏は、昭和天皇の思いを実現させ
るべく懊悩する田島氏の取り組みを通して紹介した。

NHK報道の新しい側面は、この点を昭和天皇と田島氏の対話形式で明ら
かにしたことだ。

他方、NHK報道で最も印象的なのが先述の憲法改正に関する点だ。これ
まで御製等を通じて推測可能だった再軍備と憲法改正への思いを、昭和天
皇は具体的に語っていらした。

昭和天皇は1952年には度々日本の再軍備や憲法改正に言及され、2月11日
には「他の改正ハ一切ふれずに軍備の点だけ公明正大に堂々と改正してや
つた方がいゝ」と述べられていた。3月11日には「侵略者のない世の中ニ
なれば武備ハ入らぬが侵略者が人間社会ニある以上軍隊ハ不得己(やむを
えず)必要だ」と指摘され、53年6月1日には米軍基地反対運動に「現実を
忘れた理想論ハ困る」と常識的見解を示された。

こうして明らかにされた昭和天皇のお気持を知って、日本国の在り方に責
任を持とうとするそのお姿には感銘を受ける。だが、国民も政府も慎重で
なければならない。日本は立憲君主国で、君主たる天皇は君臨はするが統
治はしない。何人(なんぴと)も天皇の政治利用は慎まなければならない
からである。

そもそも側近の日記がこのように、公開されてよいのかと疑問を抱く。こ
れまでも多くの側近が日記やメモを公開してきたが、天皇に仕えて見聞し
た、いわば職務上知り得た情報の公開には極めて慎重でなければならない
はずだ。公開されれば当然、私たちは強い関心を持って読む。しかし、そ
のようなことは、側近を信頼なさった天皇への裏切りではないか。こんな
ことで皇室、そして皇室を戴く日本は大丈夫か、国柄はもつのかと問わざ
るを得ない。皇室に仕える人々のルール作りが必要だ。

『週刊新潮』 2019年9月12日号 日本ルネッサンス 第866号

2019年09月16日

◆NHK終戦報道は相変わらず問題山積 

櫻井よしこ


毎年8月になるとNHKのいわゆる“歴史もの特集”が放送される。NHK
の歴史に関する作品には、たとえば2009年4月の「JAPANデ
ビュー」、17年8月の「731部隊の真実~エリート医学者と人体実験~」のよ
うに、偏向、歪曲、捏造が目立つものが少なくない。そのために私は
NHKの歴史ものは見たくないと思って過ごしてきた。

だが、今年はどうしても見ておく必要があると考えて視聴した。視聴した
のは「かくて“自由”は死せり~ある新聞と戦争への道~」、「昭和天皇は何
を語ったのか─初公開・秘録 拝謁記」の2作品である。

前者は8月12日のNHKスペシャルで、戦前に10年間だけ発行されていた
「日本新聞」を取り上げている。後者は17日の放送で、初代宮内庁長官、
田島道治氏の日記によるものである。両作品共に役者を起用したドラマ仕
立てだった。

期待どおりというのは皮肉な表現だが、前者は想定どおりの「NHK歴史
もの」らしい仕上がりだった。後者についても多くの疑問を抱いた。

まず「新聞」の方だが、番組は暗い声音のナレーションで説明されてい
く。日本新聞は大正14(1925)年に司法大臣小川平吉が創刊し、賛同者に
平沼騏一郎や東条英機が名を連ねる。彼らは皆「明治憲法に定められた万
世一系の天皇を戴く日本という国を絶対視する思想を共有していた」との
主旨が紹介される。

明治憲法においても現行憲法においても国柄を表現する基本原理のひとつ
である「万世一系」の血筋が、まるで非難されるべき価値観であるかのよ
うな印象操作だ。

番組のメッセージは、創刊号で天皇中心の国家体制「日本主義」を掲げた
のが日本新聞で、その日本主義が日本全体を軍国主義へと走らせたという
ものだ。

不勉強の極み

だが、番組は説得力を欠く。歴史の表層の一番薄い膜を掬い取ってさまざ
まな出来事を脈絡もなくつなぎ合わせただけの構成で、どの場面の展開も
その因果関係が史料やエビデンスをもって証明されているものはない。飽
くまでも印象だけの馬鹿馬鹿しいこの作品を、NHKが国民から強制的に
徴収する受信料で制作したかと思うと怒りが倍加する。

日本全国に軍国主義の波を起こし、日本を戦争に駆り立てるほどの影響力
を発揮したとされる日本新聞の発行部数はわずか1万6000部程度だった。
しかも先述のように昭和10年までの10年間しか発行されていない。NHK
の主張するとおり、日本新聞に世論と政治を動かすほどの力があったのな
ら、言い換えれば、それだけ国民に熱烈に支持されていたのなら、なぜ10
年で廃刊に追い込まれたのか。

当時もっと影響力のあった新聞のひとつに朝日新聞がある。朝日は日本新
聞よりはるかに早い明治12(1879)年に大阪で創刊、9年後には東京に進
出、日本新聞創刊の1年前には堂々100万部を超える大新聞となっている。
朝日は満州事変などに関して極右のような報道で軍部を煽り部数を伸ばし
たが、なぜNHKは軍国主義を煽ったメディアとして日本新聞にのみ集中
したのか。不勉強の極みである。

この日本新聞の番組があり、8月15日をはさんで田島日記、即ち「拝謁
記」の方が放送された。二つの作品を対にした構成の背後には、軍国主義
の弊害を安倍晋三首相が実現しようとする憲法改正に結びつけ阻止しよう
とする意図があるのではないかと感じた。なぜなら拝掲記は昭和天皇が再
軍備と憲法改正を望んでおられた事実をかつてなく明確にしたからだ。

「拝謁記」の内容にさらに入る前に、NHKは田島道治日記の全容を公開
していないことを指摘しておきたい。私たちにはNHKの放送が全体像を
正しく反映しているのかどうか、判断できないのだ。

NHKは宮内庁記者クラブで田島日記に関する資料を配布したが、配布さ
れたのは日記全体ではなく、NHKが選んだ部分だけだった。田島氏のご
遺族が了承した部分だという説明もあったが、それはNHKが報道した分
にすぎない。新聞メディアをはじめ各社がその後報じた内容は、NHK配
布の資料が各社の持てるすべての素材であるために、NHKと基本的に同
じにならざるを得ず、NHKの視点を拡大することになる。

もう一点、NHKは今回の放送を「初公開」「秘録」と宣伝するが、田島
日記は16年前の03年6月号と7月号の「中央公論」と「文藝春秋」で加藤恭
子氏が紹介済みだ。加藤氏が伝えたのは昭和天皇が頻りに戦争を反省し、
後悔されていたという点で、NHKの番組でもそうした思いを述べるくだ
りが俳優の重々しい口調で演じられている。

天皇の政治利用

16年前の「文藝春秋」には「朕ノ不徳ナル、深ク天下ニ愧ヅ」として「昭
和天皇 国民への謝罪詔書草稿」全文も報じられている。この草稿は吉田
茂首相らの反対で、過去への反省の表現などが「当たり障りのない表現
に」(加藤氏)変えられたことを、加藤氏は、昭和天皇の思いを実現させ
るべく懊悩する田島氏の取り組みを通して紹介した。

NHK報道の新しい側面は、この点を昭和天皇と田島氏の対話形式で明ら
かにしたことだ。

他方、NHK報道で最も印象的なのが先述の憲法改正に関する点だ。これ
まで御製等を通じて推測可能だった再軍備と憲法改正への思いを、昭和天
皇は具体的に語っていらした。

昭和天皇は1952年には度々日本の再軍備や憲法改正に言及され、2月11日
には「他の改正ハ一切ふれずに軍備の点だけ公明正大に堂々と改正してや
つた方がいゝ」と述べられていた。3月11日には「侵略者のない世の中ニ
なれば武備ハ入らぬが侵略者が人間社会ニある以上軍隊ハ不得己(やむを
えず)必要だ」と指摘され、53年6月1日には米軍基地反対運動に「現実を
忘れた理想論ハ困る」と常識的見解を示された。

こうして明らかにされた昭和天皇のお気持を知って、日本国の在り方に責
任を持とうとするそのお姿には感銘を受ける。だが、国民も政府も慎重で
なければならない。日本は立憲君主国で、君主たる天皇は君臨はするが統
治はしない。何人(なんぴと)も天皇の政治利用は慎まなければならない
からである。

そもそも側近の日記がこのように、公開されてよいのかと疑問を抱く。こ
れまでも多くの側近が日記やメモを公開してきたが、天皇に仕えて見聞し
た、いわば職務上知り得た情報の公開には極めて慎重でなければならない
はずだ。公開されれば当然、私たちは強い関心を持って読む。しかし、そ
のようなことは、側近を信頼なさった天皇への裏切りではないか。こんな
ことで皇室、そして皇室を戴く日本は大丈夫か、国柄はもつのかと問わざ
るを得ない。皇室に仕える人々のルール作りが必要だ。

『週刊新潮』 2019年9月12日号 日本ルネッサンス 第866号

2019年09月15日

◆NHK終戦報道は相変わらず問題山積

櫻井よしこ


毎年8月になるとNHKのいわゆる“歴史もの特集”が放送される。NHK
の歴史に関する作品には、たとえば2009年4月の「JAPANデ
ビュー」、17年8月の「731部隊の真実~エリート医学者と人体実験~」のよ
うに、偏向、歪曲、捏造が目立つものが少なくない。そのために私は
NHKの歴史ものは見たくないと思って過ごしてきた。

だが、今年はどうしても見ておく必要があると考えて視聴した。視聴した
のは「かくて“自由”は死せり~ある新聞と戦争への道~」、「昭和天皇は何
を語ったのか─初公開・秘録 拝謁記」の2作品である。

前者は8月12日のNHKスペシャルで、戦前に10年間だけ発行されていた
「日本新聞」を取り上げている。後者は17日の放送で、初代宮内庁長官、
田島道治氏の日記によるものである。両作品共に役者を起用したドラマ仕
立てだった。

期待どおりというのは皮肉な表現だが、前者は想定どおりの「NHK歴史
もの」らしい仕上がりだった。後者についても多くの疑問を抱いた。

まず「新聞」の方だが、番組は暗い声音のナレーションで説明されてい
く。日本新聞は大正14(1925)年に司法大臣小川平吉が創刊し、賛同者に
平沼騏一郎や東条英機が名を連ねる。彼らは皆「明治憲法に定められた万
世一系の天皇を戴く日本という国を絶対視する思想を共有していた」との
主旨が紹介される。

明治憲法においても現行憲法においても国柄を表現する基本原理のひとつ
である「万世一系」の血筋が、まるで非難されるべき価値観であるかのよ
うな印象操作だ。

番組のメッセージは、創刊号で天皇中心の国家体制「日本主義」を掲げた
のが日本新聞で、その日本主義が日本全体を軍国主義へと走らせたという
ものだ。

不勉強の極み

だが、番組は説得力を欠く。歴史の表層の一番薄い膜を掬い取ってさまざ
まな出来事を脈絡もなくつなぎ合わせただけの構成で、どの場面の展開も
その因果関係が史料やエビデンスをもって証明されているものはない。飽
くまでも印象だけの馬鹿馬鹿しいこの作品を、NHKが国民から強制的に
徴収する受信料で制作したかと思うと怒りが倍加する。

日本全国に軍国主義の波を起こし、日本を戦争に駆り立てるほどの影響力
を発揮したとされる日本新聞の発行部数はわずか1万6000部程度だった。
しかも先述のように昭和10年までの10年間しか発行されていない。NHK
の主張するとおり、日本新聞に世論と政治を動かすほどの力があったのな
ら、言い換えれば、それだけ国民に熱烈に支持されていたのなら、なぜ10
年で廃刊に追い込まれたのか。

当時もっと影響力のあった新聞のひとつに朝日新聞がある。朝日は日本新
聞よりはるかに早い明治12(1879)年に大阪で創刊、9年後には東京に進
出、日本新聞創刊の1年前には堂々100万部を超える大新聞となっている。
朝日は満州事変などに関して極右のような報道で軍部を煽り部数を伸ばし
たが、なぜNHKは軍国主義を煽ったメディアとして日本新聞にのみ集中
したのか。不勉強の極みである。

この日本新聞の番組があり、8月15日をはさんで田島日記、即ち「拝謁
記」の方が放送された。二つの作品を対にした構成の背後には、軍国主義
の弊害を安倍晋三首相が実現しようとする憲法改正に結びつけ阻止しよう
とする意図があるのではないかと感じた。なぜなら拝掲記は昭和天皇が再
軍備と憲法改正を望んでおられた事実をかつてなく明確にしたからだ。

「拝謁記」の内容にさらに入る前に、NHKは田島道治日記の全容を公開
していないことを指摘しておきたい。私たちにはNHKの放送が全体像を
正しく反映しているのかどうか、判断できないのだ。

NHKは宮内庁記者クラブで田島日記に関する資料を配布したが、配布さ
れたのは日記全体ではなく、NHKが選んだ部分だけだった。田島氏のご
遺族が了承した部分だという説明もあったが、それはNHKが報道した分
にすぎない。新聞メディアをはじめ各社がその後報じた内容は、NHK配
布の資料が各社の持てるすべての素材であるために、NHKと基本的に同
じにならざるを得ず、NHKの視点を拡大することになる。

もう一点、NHKは今回の放送を「初公開」「秘録」と宣伝するが、田島
日記は16年前の03年6月号と7月号の「中央公論」と「文藝春秋」で加藤恭
子氏が紹介済みだ。加藤氏が伝えたのは昭和天皇が頻りに戦争を反省し、
後悔されていたという点で、NHKの番組でもそうした思いを述べるくだ
りが俳優の重々しい口調で演じられている。

天皇の政治利用

16年前の「文藝春秋」には「朕ノ不徳ナル、深ク天下ニ愧ヅ」として「昭
和天皇 国民への謝罪詔書草稿」全文も報じられている。この草稿は吉田
茂首相らの反対で、過去への反省の表現などが「当たり障りのない表現
に」(加藤氏)変えられたことを、加藤氏は、昭和天皇の思いを実現させ
るべく懊悩する田島氏の取り組みを通して紹介した。

NHK報道の新しい側面は、この点を昭和天皇と田島氏の対話形式で明ら
かにしたことだ。

他方、NHK報道で最も印象的なのが先述の憲法改正に関する点だ。これ
まで御製等を通じて推測可能だった再軍備と憲法改正への思いを、昭和天
皇は具体的に語っていらした。

昭和天皇は1952年には度々日本の再軍備や憲法改正に言及され、2月11日
には「他の改正ハ一切ふれずに軍備の点だけ公明正大に堂々と改正してや
つた方がいゝ」と述べられていた。3月11日には「侵略者のない世の中ニ
なれば武備ハ入らぬが侵略者が人間社会ニある以上軍隊ハ不得己(やむを
えず)必要だ」と指摘され、53年6月1日には米軍基地反対運動に「現実を
忘れた理想論ハ困る」と常識的見解を示された。

こうして明らかにされた昭和天皇のお気持を知って、日本国の在り方に責
任を持とうとするそのお姿には感銘を受ける。だが、国民も政府も慎重で
なければならない。日本は立憲君主国で、君主たる天皇は君臨はするが統
治はしない。何人(なんぴと)も天皇の政治利用は慎まなければならない
からである。

そもそも側近の日記がこのように、公開されてよいのかと疑問を抱く。こ
れまでも多くの側近が日記やメモを公開してきたが、天皇に仕えて見聞し
た、いわば職務上知り得た情報の公開には極めて慎重でなければならない
はずだ。公開されれば当然、私たちは強い関心を持って読む。しかし、そ
のようなことは、側近を信頼なさった天皇への裏切りではないか。こんな
ことで皇室、そして皇室を戴く日本は大丈夫か、国柄はもつのかと問わざ
るを得ない。皇室に仕える人々のルール作りが必要だ。

『週刊新潮』 2019年9月12日号 日本ルネッサンス 第866号

2019年09月14日

◆NHK終戦報道は相変わらず問題山積

櫻井よしこ


毎年8月になるとNHKのいわゆる“歴史もの特集”が放送される。NHK
の歴史に関する作品には、たとえば2009年4月の「JAPANデ
ビュー」、17年8月の「731部隊の真実~エリート医学者と人体実験~」のよ
うに、偏向、歪曲、捏造が目立つものが少なくない。そのために私は
NHKの歴史ものは見たくないと思って過ごしてきた。

だが、今年はどうしても見ておく必要があると考えて視聴した。視聴した
のは「かくて“自由”は死せり~ある新聞と戦争への道~」、「昭和天皇は何
を語ったのか─初公開・秘録 拝謁記」の2作品である。

前者は8月12日のNHKスペシャルで、戦前に10年間だけ発行されていた
「日本新聞」を取り上げている。後者は17日の放送で、初代宮内庁長官、
田島道治氏の日記によるものである。両作品共に役者を起用したドラマ仕
立てだった。

期待どおりというのは皮肉な表現だが、前者は想定どおりの「NHK歴史
もの」らしい仕上がりだった。後者についても多くの疑問を抱いた。

まず「新聞」の方だが、番組は暗い声音のナレーションで説明されてい
く。日本新聞は大正14(1925)年に司法大臣小川平吉が創刊し、賛同者に
平沼騏一郎や東条英機が名を連ねる。彼らは皆「明治憲法に定められた万
世一系の天皇を戴く日本という国を絶対視する思想を共有していた」との
主旨が紹介される。

明治憲法においても現行憲法においても国柄を表現する基本原理のひとつ
である「万世一系」の血筋が、まるで非難されるべき価値観であるかのよ
うな印象操作だ。

番組のメッセージは、創刊号で天皇中心の国家体制「日本主義」を掲げた
のが日本新聞で、その日本主義が日本全体を軍国主義へと走らせたという
ものだ。

不勉強の極み

だが、番組は説得力を欠く。歴史の表層の一番薄い膜を掬い取ってさまざ
まな出来事を脈絡もなくつなぎ合わせただけの構成で、どの場面の展開も
その因果関係が史料やエビデンスをもって証明されているものはない。飽
くまでも印象だけの馬鹿馬鹿しいこの作品を、NHKが国民から強制的に
徴収する受信料で制作したかと思うと怒りが倍加する。

日本全国に軍国主義の波を起こし、日本を戦争に駆り立てるほどの影響力
を発揮したとされる日本新聞の発行部数はわずか1万6000部程度だった。
しかも先述のように昭和10年までの10年間しか発行されていない。NHK
の主張するとおり、日本新聞に世論と政治を動かすほどの力があったのな
ら、言い換えれば、それだけ国民に熱烈に支持されていたのなら、なぜ10
年で廃刊に追い込まれたのか。

当時もっと影響力のあった新聞のひとつに朝日新聞がある。朝日は日本新
聞よりはるかに早い明治12(1879)年に大阪で創刊、9年後には東京に進
出、日本新聞創刊の1年前には堂々100万部を超える大新聞となっている。
朝日は満州事変などに関して極右のような報道で軍部を煽り部数を伸ばし
たが、なぜNHKは軍国主義を煽ったメディアとして日本新聞にのみ集中
したのか。不勉強の極みである。

この日本新聞の番組があり、8月15日をはさんで田島日記、即ち「拝謁
記」の方が放送された。二つの作品を対にした構成の背後には、軍国主義
の弊害を安倍晋三首相が実現しようとする憲法改正に結びつけ阻止しよう
とする意図があるのではないかと感じた。なぜなら拝掲記は昭和天皇が再
軍備と憲法改正を望んでおられた事実をかつてなく明確にしたからだ。

「拝謁記」の内容にさらに入る前に、NHKは田島道治日記の全容を公開
していないことを指摘しておきたい。私たちにはNHKの放送が全体像を
正しく反映しているのかどうか、判断できないのだ。

NHKは宮内庁記者クラブで田島日記に関する資料を配布したが、配布さ
れたのは日記全体ではなく、NHKが選んだ部分だけだった。田島氏のご
遺族が了承した部分だという説明もあったが、それはNHKが報道した分
にすぎない。新聞メディアをはじめ各社がその後報じた内容は、NHK配
布の資料が各社の持てるすべての素材であるために、NHKと基本的に同
じにならざるを得ず、NHKの視点を拡大することになる。

もう一点、NHKは今回の放送を「初公開」「秘録」と宣伝するが、田島
日記は16年前の03年6月号と7月号の「中央公論」と「文藝春秋」で加藤恭
子氏が紹介済みだ。加藤氏が伝えたのは昭和天皇が頻りに戦争を反省し、
後悔されていたという点で、NHKの番組でもそうした思いを述べるくだ
りが俳優の重々しい口調で演じられている。

天皇の政治利用

16年前の「文藝春秋」には「朕ノ不徳ナル、深ク天下ニ愧ヅ」として「昭
和天皇 国民への謝罪詔書草稿」全文も報じられている。この草稿は吉田
茂首相らの反対で、過去への反省の表現などが「当たり障りのない表現
に」(加藤氏)変えられたことを、加藤氏は、昭和天皇の思いを実現させ
るべく懊悩する田島氏の取り組みを通して紹介した。

NHK報道の新しい側面は、この点を昭和天皇と田島氏の対話形式で明ら
かにしたことだ。

他方、NHK報道で最も印象的なのが先述の憲法改正に関する点だ。これ
まで御製等を通じて推測可能だった再軍備と憲法改正への思いを、昭和天
皇は具体的に語っていらした。

昭和天皇は1952年には度々日本の再軍備や憲法改正に言及され、2月11日
には「他の改正ハ一切ふれずに軍備の点だけ公明正大に堂々と改正してや
つた方がいゝ」と述べられていた。3月11日には「侵略者のない世の中ニ
なれば武備ハ入らぬが侵略者が人間社会ニある以上軍隊ハ不得己(やむを
えず)必要だ」と指摘され、53年6月1日には米軍基地反対運動に「現実を
忘れた理想論ハ困る」と常識的見解を示された。

こうして明らかにされた昭和天皇のお気持を知って、日本国の在り方に責
任を持とうとするそのお姿には感銘を受ける。だが、国民も政府も慎重で
なければならない。日本は立憲君主国で、君主たる天皇は君臨はするが統
治はしない。何人(なんぴと)も天皇の政治利用は慎まなければならない
からである。

そもそも側近の日記がこのように、公開されてよいのかと疑問を抱く。こ
れまでも多くの側近が日記やメモを公開してきたが、天皇に仕えて見聞し
た、いわば職務上知り得た情報の公開には極めて慎重でなければならない
はずだ。公開されれば当然、私たちは強い関心を持って読む。しかし、そ
のようなことは、側近を信頼なさった天皇への裏切りではないか。こんな
ことで皇室、そして皇室を戴く日本は大丈夫か、国柄はもつのかと問わざ
るを得ない。皇室に仕える人々のルール作りが必要だ。

『週刊新潮』 2019年9月12日号 日本ルネッサンス 第866号

  

2019年09月13日

◆NHK終戦報道は相変わらず問題山積

櫻井よしこ


毎年8月になるとNHKのいわゆる“歴史もの特集”が放送される。NHK
の歴史に関する作品には、たとえば2009年4月の「JAPANデ
ビュー」、17年8月の「731部隊の真実~エリート医学者と人体実験~」のよ
うに、偏向、歪曲、捏造が目立つものが少なくない。そのために私は
NHKの歴史ものは見たくないと思って過ごしてきた。

だが、今年はどうしても見ておく必要があると考えて視聴した。視聴した
のは「かくて“自由”は死せり~ある新聞と戦争への道~」、「昭和天皇は何
を語ったのか─初公開・秘録 拝謁記」の2作品である。

前者は8月12日のNHKスペシャルで、戦前に10年間だけ発行されていた
「日本新聞」を取り上げている。後者は17日の放送で、初代宮内庁長官、
田島道治氏の日記によるものである。両作品共に役者を起用したドラマ仕
立てだった。

期待どおりというのは皮肉な表現だが、前者は想定どおりの「NHK歴史
もの」らしい仕上がりだった。後者についても多くの疑問を抱いた。

まず「新聞」の方だが、番組は暗い声音のナレーションで説明されてい
く。日本新聞は大正14(1925)年に司法大臣小川平吉が創刊し、賛同者に
平沼騏一郎や東条英機が名を連ねる。彼らは皆「明治憲法に定められた万
世一系の天皇を戴く日本という国を絶対視する思想を共有していた」との
主旨が紹介される。

明治憲法においても現行憲法においても国柄を表現する基本原理のひとつ
である「万世一系」の血筋が、まるで非難されるべき価値観であるかのよ
うな印象操作だ。

番組のメッセージは、創刊号で天皇中心の国家体制「日本主義」を掲げた
のが日本新聞で、その日本主義が日本全体を軍国主義へと走らせたという
ものだ。

不勉強の極み

だが、番組は説得力を欠く。歴史の表層の一番薄い膜を掬い取ってさまざ
まな出来事を脈絡もなくつなぎ合わせただけの構成で、どの場面の展開も
その因果関係が史料やエビデンスをもって証明されているものはない。飽
くまでも印象だけの馬鹿馬鹿しいこの作品を、NHKが国民から強制的に
徴収する受信料で制作したかと思うと怒りが倍加する。

日本全国に軍国主義の波を起こし、日本を戦争に駆り立てるほどの影響力
を発揮したとされる日本新聞の発行部数はわずか1万6000部程度だった。
しかも先述のように昭和10年までの10年間しか発行されていない。NHK
の主張するとおり、日本新聞に世論と政治を動かすほどの力があったのな
ら、言い換えれば、それだけ国民に熱烈に支持されていたのなら、なぜ10
年で廃刊に追い込まれたのか。

当時もっと影響力のあった新聞のひとつに朝日新聞がある。朝日は日本新
聞よりはるかに早い明治12(1879)年に大阪で創刊、9年後には東京に進
出、日本新聞創刊の1年前には堂々100万部を超える大新聞となっている。
朝日は満州事変などに関して極右のような報道で軍部を煽り部数を伸ばし
たが、なぜNHKは軍国主義を煽ったメディアとして日本新聞にのみ集中
したのか。不勉強の極みである。

この日本新聞の番組があり、8月15日をはさんで田島日記、即ち「拝謁
記」の方が放送された。二つの作品を対にした構成の背後には、軍国主義
の弊害を安倍晋三首相が実現しようとする憲法改正に結びつけ阻止しよう
とする意図があるのではないかと感じた。なぜなら拝掲記は昭和天皇が再
軍備と憲法改正を望んでおられた事実をかつてなく明確にしたからだ。

「拝謁記」の内容にさらに入る前に、NHKは田島道治日記の全容を公開
していないことを指摘しておきたい。私たちにはNHKの放送が全体像を
正しく反映しているのかどうか、判断できないのだ。

NHKは宮内庁記者クラブで田島日記に関する資料を配布したが、配布さ
れたのは日記全体ではなく、NHKが選んだ部分だけだった。田島氏のご
遺族が了承した部分だという説明もあったが、それはNHKが報道した分
にすぎない。新聞メディアをはじめ各社がその後報じた内容は、NHK配
布の資料が各社の持てるすべての素材であるために、NHKと基本的に同
じにならざるを得ず、NHKの視点を拡大することになる。

もう一点、NHKは今回の放送を「初公開」「秘録」と宣伝するが、田島
日記は16年前の03年6月号と7月号の「中央公論」と「文藝春秋」で加藤恭
子氏が紹介済みだ。加藤氏が伝えたのは昭和天皇が頻りに戦争を反省し、
後悔されていたという点で、NHKの番組でもそうした思いを述べるくだ
りが俳優の重々しい口調で演じられている。

天皇の政治利用

16年前の「文藝春秋」には「朕ノ不徳ナル、深ク天下ニ愧ヅ」として「昭
和天皇 国民への謝罪詔書草稿」全文も報じられている。この草稿は吉田
茂首相らの反対で、過去への反省の表現などが「当たり障りのない表現
に」(加藤氏)変えられたことを、加藤氏は、昭和天皇の思いを実現させ
るべく懊悩する田島氏の取り組みを通して紹介した。

NHK報道の新しい側面は、この点を昭和天皇と田島氏の対話形式で明ら
かにしたことだ。

他方、NHK報道で最も印象的なのが先述の憲法改正に関する点だ。これ
まで御製等を通じて推測可能だった再軍備と憲法改正への思いを、昭和天
皇は具体的に語っていらした。

昭和天皇は1952年には度々日本の再軍備や憲法改正に言及され、2月11日
には「他の改正ハ一切ふれずに軍備の点だけ公明正大に堂々と改正してや
つた方がいゝ」と述べられていた。3月11日には「侵略者のない世の中ニ
なれば武備ハ入らぬが侵略者が人間社会ニある以上軍隊ハ不得己(やむを
えず)必要だ」と指摘され、53年6月1日には米軍基地反対運動に「現実を
忘れた理想論ハ困る」と常識的見解を示された。

こうして明らかにされた昭和天皇のお気持を知って、日本国の在り方に責
任を持とうとするそのお姿には感銘を受ける。だが、国民も政府も慎重で
なければならない。日本は立憲君主国で、君主たる天皇は君臨はするが統
治はしない。何人(なんぴと)も天皇の政治利用は慎まなければならない
からである。

そもそも側近の日記がこのように、公開されてよいのかと疑問を抱く。こ
れまでも多くの側近が日記やメモを公開してきたが、天皇に仕えて見聞し
た、いわば職務上知り得た情報の公開には極めて慎重でなければならない
はずだ。公開されれば当然、私たちは強い関心を持って読む。しかし、そ
のようなことは、側近を信頼なさった天皇への裏切りではないか。こんな
ことで皇室、そして皇室を戴く日本は大丈夫か、国柄はもつのかと問わざ
るを得ない。皇室に仕える人々のルール作りが必要だ。

『週刊新潮』 2019年9月12日号 日本ルネッサンス 第866号


2019年09月11日

◆香港危機、日本は北京に厳しく警告せよ

櫻井よしこ


1週間前の8月18日、香港で170万人、住民の約4分の1に当たる群衆が街路
を埋め尽した。中国本土への容疑者引き渡しを可能にする「逃亡犯条例」
改正案に反対するデモだ。参加者数は凄まじかったが、デモは全体的に統
制がとれており、香港人は中国政府の非民主的香港政策を拒否するとの強
いメッセージを、全世界にきちんとした形で伝えた。

人口750万の香港は14億の北京に力で勝てるはずはなく、国際社会の道理
を味方にするしかない。香港人は国際社会の賛同を得るべく、また北京政
府につけ入る隙を与えないよう、街頭活動も暴力的局面に至る前に、さっ
と退いている。

ところがその1週間後の25日、香港警察はデモ隊に初めて発砲し、人間を
吹き飛ばす程の水圧で鎮圧する放水車も初めて導入した。

発砲の理由を、香港警察は26日未明の記者会見で、「生命の危険があり、
6人の警官が拳銃を抜いた」、「うち一人が空に向けて威嚇射撃した。必
要で適切な行動だった」とし、発砲を正当化した。だが、説明をそのまま
受け入れることはできない。

北京政府は強い力で香港の自治権と香港人の自由剥奪を試みる。デモ終息
に向けて軍事介入も止むなし、の方向に向かっている。この決定は、8月1
日から11日まで開催された北戴河会議で定められた。「産経新聞」外信部
次長の矢板明夫氏が語る。

「10日余りの会議の前半はかなり紛糾して、長老たちが習近平を批判した
といいます。米中貿易戦争も香港問題も何ひとつ上手くいっていないから
です。しかし長老たちにも名案はない。10月1日の建国70周年も近づいて
くる。それまでに香港問題を解決しなければならない。それで軍介入とい
う強硬手段も仕方がない、という結論になったのです」

その場で反対したのは朱鎔基元首相ただ一人だったという。北戴河会議に
出席する長老たちには香港問題の早期解決を欲するもうひとつの理由がある。

香港人を悪者にする

たとえば温家宝元首相の息子やその妻らが香港利権にどっぷり浸かってい
る事例が2012年10月に「ニューヨーク・タイムズ」紙で特集されたよう
に、長老たち全員が香港利権の受益者だと考えてよい。彼らは甘い利権の
蜜をすする邪魔をされたくない、早く混乱を鎮めてほしいのだ。

北戴河会議終了直後に、二つの顕著な動きがあった。まず、12日、北京政
府は香港に隣接する広東省深圳(しんせん)に10万人規模の武装警察を集
結させ、その映像を国営メディアで報じさせた。同日、中国政府は香港で
の抗議活動に「テロリズムの兆候が現れ始めた」と批判し、香港の裁判所
は抗議運動参加者に撤去命令を発した。命令に従わなければ逮捕も当然と
いう法的条件が整えられたのだ。

第二の動きは楊潔篪(ようけつち)中央政治局委員が訪米し、ポンペオ国
務長官と会談したことだ。楊氏は米国側に、香港問題解決のために強硬手
段もあり得ると説明したと見られる。

この間の8月9日、学生や市民らは香港国際空港に集結し始めた。11日には
香港市内のデモで警官が至近距離から水平に構えて撃ったビーンバッグ弾
が、女性の右目を直撃し、女性は失明したと伝えられる。無残な映像は瞬
時に拡散された。市民らは強く反発し、12日も空港を占拠し、午後全便が
欠航した。警官が市民を装ってデモ隊に潜入し、暴力行為を煽っていたこ
とも判明した。

約1世紀、イギリスの統治下で民主主義を楽しんだのが香港人だ。彼らの
骨身に刻まれた民主主義を踏みにじる習氏の戦略が成功する地合は香港に
はないだろう。矢板氏が語る。

「結論から言えば習近平は悉く失敗したのです。学生や市民らは、北京政
府の思惑を警戒して、13日以降、さっと退いた。米国では、それまで香港
に関心を抱いているとは思えなかったトランプ大統領が、14日になって急
に『香港問題は人道的に解決すべきだ』と発言しました。18日にトランプ
氏は更に踏み込んで『天安門事件のようなことになれば中国との貿易問題
でのディールははるかに難しくなる』と牽制しました。すべて藪蛇になっ
たのです」

北京政府の狙いは、香港人が襲撃したという状況を捏造して、香港人を悪
者にすることだ。そうすれば香港基本法18条を適用できる。18条とは、
「動乱が発生して」「緊急事態に突入」した場合、中央人民政府、つまり
北京政府は中国の法律を香港に適用できるというものだ。

現在の香港の秩序は「一国二制度」の下で守られている。だが、18条を適
用すれば、香港の法秩序全てを白紙にして、中国本土と同じ法の下に置く
ことが可能になる。

最も強い声を発する責任

矢板氏の説明だ。

「抗議行動に参加して拘留されている香港人はいま、700人です。投石な
どはみんな微罪です。彼らはすぐに釈放され、ヒーローになりますから、
北京から見ると逆効果です。中国の国内法を適用すれば何千人も何万人も
逮捕して、中国本土に連行し懲役15年とか20年、無期にしたり、拷問も虐
殺も可能になります。中国共産党はこの種の強硬手段で抗議活動を終息さ
せられると考えているのです」

そうした中、冒頭の170万人参加の8.18抗議行動が行われた。共産党のや
り方を知悉する香港人だから、8.18デモでは一切の暴力行動を慎んだ。卵
やトマトも投げてはならないと申し合わせた。中国に口実を与えないよう
に賢くデモをした。

にも拘わらず、1週間後の8月25日の抗議集会では、警官を「生命の危険」
に突き落とす暴力行為があったという。果たして事実か。

実は、デモ隊の中に香港人ではない大陸の人間が紛れ込んでいて、警官に
殴りかかっていた事例が判明した。その映像もSNSで広く拡散された。
矢板氏は、天安門事件のときも同じだったと語る。

「あのとき市民の中に大量の私服警官が入っていて、天安門で軍の車両や
バスを襲撃し、火をつけたのです。彼らは放火してすぐに逃げ、後に残さ
れた市民や学生が大量に逮捕され殺されました。これが中国共産党の常套
手段です」

天安門事件当時、ケ小平は天安門での動きが中国全土に広がるのを恐れて
弾圧に乗り出した。香港人の民主主義を求める心が中国本土の人々の胸に
届けば届くほど、習氏も弾圧と軍介入に傾くだろう。

ここで日本は何をすべきか。天安門事件後、北京政府をまっ先に許したの
は日本だった。今回、日本は北京政府に30年前と同じ甘い態度をとっては
ならない。最も強い非難と警告の声を発する責任があるのは日本政府だ。
香港は日本に期待し、台湾も日本を見ている。香港の学生や市民の側に立
ち、中国政府に厳しく注文をつけることなしに、価値観外交を唱える資格
など無いのである。

『週刊新潮』 2019年9月5日号 日本ルネッサンス 第866号

2019年09月08日

◆香港危機、日本は北京に厳しく警告せよ

櫻井よしこ


1週間前の8月18日、香港で170万人、住民の約4分の1に当たる群衆が街路
を埋め尽した。中国本土への容疑者引き渡しを可能にする「逃亡犯条例」
改正案に反対するデモだ。参加者数は凄まじかったが、デモは全体的に統
制がとれており、香港人は中国政府の非民主的香港政策を拒否するとの強
いメッセージを、全世界にきちんとした形で伝えた。

人口750万の香港は14億の北京に力で勝てるはずはなく、国際社会の道理
を味方にするしかない。香港人は国際社会の賛同を得るべく、また北京政
府につけ入る隙を与えないよう、街頭活動も暴力的局面に至る前に、さっ
と退いている。

ところがその1週間後の25日、香港警察はデモ隊に初めて発砲し、人間を
吹き飛ばす程の水圧で鎮圧する放水車も初めて導入した。

発砲の理由を、香港警察は26日未明の記者会見で、「生命の危険があり、
6人の警官が拳銃を抜いた」、「うち一人が空に向けて威嚇射撃した。必
要で適切な行動だった」とし、発砲を正当化した。だが、説明をそのまま
受け入れることはできない。

北京政府は強い力で香港の自治権と香港人の自由剥奪を試みる。デモ終息
に向けて軍事介入も止むなし、の方向に向かっている。この決定は、8月1
日から11日まで開催された北戴河会議で定められた。「産経新聞」外信部
次長の矢板明夫氏が語る。

「10日余りの会議の前半はかなり紛糾して、長老たちが習近平を批判した
といいます。米中貿易戦争も香港問題も何ひとつ上手くいっていないから
です。しかし長老たちにも名案はない。10月1日の建国70周年も近づいて
くる。それまでに香港問題を解決しなければならない。それで軍介入とい
う強硬手段も仕方がない、という結論になったのです」

その場で反対したのは朱鎔基元首相ただ一人だったという。北戴河会議に
出席する長老たちには香港問題の早期解決を欲するもうひとつの理由がある。

香港人を悪者にする

たとえば温家宝元首相の息子やその妻らが香港利権にどっぷり浸かってい
る事例が2012年10月に「ニューヨーク・タイムズ」紙で特集されたよう
に、長老たち全員が香港利権の受益者だと考えてよい。彼らは甘い利権の
蜜をすする邪魔をされたくない、早く混乱を鎮めてほしいのだ。

北戴河会議終了直後に、二つの顕著な動きがあった。まず、12日、北京政
府は香港に隣接する広東省深圳(しんせん)に10万人規模の武装警察を集
結させ、その映像を国営メディアで報じさせた。同日、中国政府は香港で
の抗議活動に「テロリズムの兆候が現れ始めた」と批判し、香港の裁判所
は抗議運動参加者に撤去命令を発した。命令に従わなければ逮捕も当然と
いう法的条件が整えられたのだ。

第二の動きは楊潔篪(ようけつち)中央政治局委員が訪米し、ポンペオ国
務長官と会談したことだ。楊氏は米国側に、香港問題解決のために強硬手
段もあり得ると説明したと見られる。

この間の8月9日、学生や市民らは香港国際空港に集結し始めた。11日には
香港市内のデモで警官が至近距離から水平に構えて撃ったビーンバッグ弾
が、女性の右目を直撃し、女性は失明したと伝えられる。無残な映像は瞬
時に拡散された。市民らは強く反発し、12日も空港を占拠し、午後全便が
欠航した。警官が市民を装ってデモ隊に潜入し、暴力行為を煽っていたこ
とも判明した。

約1世紀、イギリスの統治下で民主主義を楽しんだのが香港人だ。彼らの
骨身に刻まれた民主主義を踏みにじる習氏の戦略が成功する地合は香港に
はないだろう。矢板氏が語る。

「結論から言えば習近平は悉く失敗したのです。学生や市民らは、北京政
府の思惑を警戒して、13日以降、さっと退いた。米国では、それまで香港
に関心を抱いているとは思えなかったトランプ大統領が、14日になって急
に『香港問題は人道的に解決すべきだ』と発言しました。18日にトランプ
氏は更に踏み込んで『天安門事件のようなことになれば中国との貿易問題
でのディールははるかに難しくなる』と牽制しました。すべて藪蛇になっ
たのです」

北京政府の狙いは、香港人が襲撃したという状況を捏造して、香港人を悪
者にすることだ。そうすれば香港基本法18条を適用できる。18条とは、
「動乱が発生して」「緊急事態に突入」した場合、中央人民政府、つまり
北京政府は中国の法律を香港に適用できるというものだ。

現在の香港の秩序は「一国二制度」の下で守られている。だが、18条を適
用すれば、香港の法秩序全てを白紙にして、中国本土と同じ法の下に置く
ことが可能になる。

最も強い声を発する責任

矢板氏の説明だ。

「抗議行動に参加して拘留されている香港人はいま、700人です。投石な
どはみんな微罪です。彼らはすぐに釈放され、ヒーローになりますから、
北京から見ると逆効果です。中国の国内法を適用すれば何千人も何万人も
逮捕して、中国本土に連行し懲役15年とか20年、無期にしたり、拷問も虐
殺も可能になります。中国共産党はこの種の強硬手段で抗議活動を終息さ
せられると考えているのです」

そうした中、冒頭の170万人参加の8.18抗議行動が行われた。共産党のや
り方を知悉する香港人だから、8.18デモでは一切の暴力行動を慎んだ。卵
やトマトも投げてはならないと申し合わせた。中国に口実を与えないよう
に賢くデモをした。

にも拘わらず、1週間後の8月25日の抗議集会では、警官を「生命の危険」
に突き落とす暴力行為があったという。果たして事実か。

実は、デモ隊の中に香港人ではない大陸の人間が紛れ込んでいて、警官に
殴りかかっていた事例が判明した。その映像もSNSで広く拡散された。
矢板氏は、天安門事件のときも同じだったと語る。

「あのとき市民の中に大量の私服警官が入っていて、天安門で軍の車両や
バスを襲撃し、火をつけたのです。彼らは放火してすぐに逃げ、後に残さ
れた市民や学生が大量に逮捕され殺されました。これが中国共産党の常套
手段です」

天安門事件当時、ケ小平は天安門での動きが中国全土に広がるのを恐れて
弾圧に乗り出した。香港人の民主主義を求める心が中国本土の人々の胸に
届けば届くほど、習氏も弾圧と軍介入に傾くだろう。

ここで日本は何をすべきか。天安門事件後、北京政府をまっ先に許したの
は日本だった。今回、日本は北京政府に30年前と同じ甘い態度をとっては
ならない。最も強い非難と警告の声を発する責任があるのは日本政府だ。
香港は日本に期待し、台湾も日本を見ている。香港の学生や市民の側に立
ち、中国政府に厳しく注文をつけることなしに、価値観外交を唱える資格
など無いのである。

『週刊新潮』 2019年9月5日号 日本ルネッサンス 第866号


2019年09月07日

◆香港危機、日本は北京に厳しく警告せよ

櫻井よしこ


1週間前の8月18日、香港で170万人、住民の約4分の1に当たる群衆が街路
を埋め尽した。中国本土への容疑者引き渡しを可能にする「逃亡犯条例」
改正案に反対するデモだ。参加者数は凄まじかったが、デモは全体的に統
制がとれており、香港人は中国政府の非民主的香港政策を拒否するとの強
いメッセージを、全世界にきちんとした形で伝えた。

人口750万の香港は14億の北京に力で勝てるはずはなく、国際社会の道理
を味方にするしかない。香港人は国際社会の賛同を得るべく、また北京政
府につけ入る隙を与えないよう、街頭活動も暴力的局面に至る前に、さっ
と退いている。

ところがその1週間後の25日、香港警察はデモ隊に初めて発砲し、人間を
吹き飛ばす程の水圧で鎮圧する放水車も初めて導入した。

発砲の理由を、香港警察は26日未明の記者会見で、「生命の危険があり、
6人の警官が拳銃を抜いた」、「うち一人が空に向けて威嚇射撃した。必
要で適切な行動だった」とし、発砲を正当化した。だが、説明をそのまま
受け入れることはできない。

北京政府は強い力で香港の自治権と香港人の自由剥奪を試みる。デモ終息
に向けて軍事介入も止むなし、の方向に向かっている。この決定は、8月1
日から11日まで開催された北戴河会議で定められた。「産経新聞」外信部
次長の矢板明夫氏が語る。

「10日余りの会議の前半はかなり紛糾して、長老たちが習近平を批判した
といいます。米中貿易戦争も香港問題も何ひとつ上手くいっていないから
です。しかし長老たちにも名案はない。10月1日の建国70周年も近づいて
くる。それまでに香港問題を解決しなければならない。それで軍介入とい
う強硬手段も仕方がない、という結論になったのです」

その場で反対したのは朱鎔基元首相ただ一人だったという。北戴河会議に
出席する長老たちには香港問題の早期解決を欲するもうひとつの理由がある。

香港人を悪者にする

たとえば温家宝元首相の息子やその妻らが香港利権にどっぷり浸かってい
る事例が2012年10月に「ニューヨーク・タイムズ」紙で特集されたよう
に、長老たち全員が香港利権の受益者だと考えてよい。彼らは甘い利権の
蜜をすする邪魔をされたくない、早く混乱を鎮めてほしいのだ。

北戴河会議終了直後に、二つの顕著な動きがあった。まず、12日、北京政
府は香港に隣接する広東省深圳(しんせん)に10万人規模の武装警察を集
結させ、その映像を国営メディアで報じさせた。同日、中国政府は香港で
の抗議活動に「テロリズムの兆候が現れ始めた」と批判し、香港の裁判所
は抗議運動参加者に撤去命令を発した。命令に従わなければ逮捕も当然と
いう法的条件が整えられたのだ。

第二の動きは楊潔篪(ようけつち)中央政治局委員が訪米し、ポンペオ国
務長官と会談したことだ。楊氏は米国側に、香港問題解決のために強硬手
段もあり得ると説明したと見られる。

この間の8月9日、学生や市民らは香港国際空港に集結し始めた。11日には
香港市内のデモで警官が至近距離から水平に構えて撃ったビーンバッグ弾
が、女性の右目を直撃し、女性は失明したと伝えられる。無残な映像は瞬
時に拡散された。市民らは強く反発し、12日も空港を占拠し、午後全便が
欠航した。警官が市民を装ってデモ隊に潜入し、暴力行為を煽っていたこ
とも判明した。

約1世紀、イギリスの統治下で民主主義を楽しんだのが香港人だ。彼らの
骨身に刻まれた民主主義を踏みにじる習氏の戦略が成功する地合は香港に
はないだろう。矢板氏が語る。

「結論から言えば習近平は悉く失敗したのです。学生や市民らは、北京政
府の思惑を警戒して、13日以降、さっと退いた。米国では、それまで香港
に関心を抱いているとは思えなかったトランプ大統領が、14日になって急
に『香港問題は人道的に解決すべきだ』と発言しました。18日にトランプ
氏は更に踏み込んで『天安門事件のようなことになれば中国との貿易問題
でのディールははるかに難しくなる』と牽制しました。すべて藪蛇になっ
たのです」

北京政府の狙いは、香港人が襲撃したという状況を捏造して、香港人を悪
者にすることだ。そうすれば香港基本法18条を適用できる。18条とは、
「動乱が発生して」「緊急事態に突入」した場合、中央人民政府、つまり
北京政府は中国の法律を香港に適用できるというものだ。

現在の香港の秩序は「一国二制度」の下で守られている。だが、18条を適
用すれば、香港の法秩序全てを白紙にして、中国本土と同じ法の下に置く
ことが可能になる。

最も強い声を発する責任

矢板氏の説明だ。

「抗議行動に参加して拘留されている香港人はいま、700人です。投石な
どはみんな微罪です。彼らはすぐに釈放され、ヒーローになりますから、
北京から見ると逆効果です。中国の国内法を適用すれば何千人も何万人も
逮捕して、中国本土に連行し懲役15年とか20年、無期にしたり、拷問も虐
殺も可能になります。中国共産党はこの種の強硬手段で抗議活動を終息さ
せられると考えているのです」

そうした中、冒頭の170万人参加の8.18抗議行動が行われた。共産党のや
り方を知悉する香港人だから、8.18デモでは一切の暴力行動を慎んだ。卵
やトマトも投げてはならないと申し合わせた。中国に口実を与えないよう
に賢くデモをした。

にも拘わらず、1週間後の8月25日の抗議集会では、警官を「生命の危険」
に突き落とす暴力行為があったという。果たして事実か。

実は、デモ隊の中に香港人ではない大陸の人間が紛れ込んでいて、警官に
殴りかかっていた事例が判明した。その映像もSNSで広く拡散された。
矢板氏は、天安門事件のときも同じだったと語る。

「あのとき市民の中に大量の私服警官が入っていて、天安門で軍の車両や
バスを襲撃し、火をつけたのです。彼らは放火してすぐに逃げ、後に残さ
れた市民や学生が大量に逮捕され殺されました。これが中国共産党の常套
手段です」

天安門事件当時、ケ小平は天安門での動きが中国全土に広がるのを恐れて
弾圧に乗り出した。香港人の民主主義を求める心が中国本土の人々の胸に
届けば届くほど、習氏も弾圧と軍介入に傾くだろう。

ここで日本は何をすべきか。天安門事件後、北京政府をまっ先に許したの
は日本だった。今回、日本は北京政府に30年前と同じ甘い態度をとっては
ならない。最も強い非難と警告の声を発する責任があるのは日本政府だ。
香港は日本に期待し、台湾も日本を見ている。香港の学生や市民の側に立
ち、中国政府に厳しく注文をつけることなしに、価値観外交を唱える資格
など無いのである。

『週刊新潮』 2019年9月5日号  日本ルネッサンス 第866号