2019年12月04日

◆桜を見る会の攻防が示す政治の劣化

櫻井よしこ


問題だらけの朝鮮半島、要求する米国、一党独裁の不気味さを偽りの微笑
で隠して膨張する中国。日本はこうした難題に直面している。どれも解決
は容易ではない。そこでいま、一番働かなければならないのが政治家だ。
厳しい国際情勢を理解し、解決策を打ち出し、国益を守り通さずして、政
治家たる意味はない。

にも拘わらず、彼らは一体何をしているのか。日本共産党の田村智子氏が
11月8日の参議院予算委員会で首相主催の「桜を見る会」を取り上げた。
以降、多くの野党は恰(あたか)もこれが日本の最重要問題であるかのよう
に政権を攻め始めた。立憲民主党国会対策委員長、安住淳氏らは「徹底的
に」追及するそうだ。

首相は13日、来年春の会は中止し、招待の基準などを見直すと発表した。
確かに、桜を見る会への招待者は年々ふえており、ここで一旦中止して見
直すのは正しい判断であろう。元民主党衆議院議員で、現在は立憲民主・
国民・社保・無所属フォーラムに属する松原仁氏が批判した。

「我々も枠をもらって招待していましたが、安倍首相の場合、人数が多い
のが際立ちます。事務所が動員をかけたような形になっているのはどう見
てもやりすぎです」

民主党から自民党に移籍した衆議院議員の長島昭久氏はこう見る。

「民主党のとき、我々も全く同じことをしていました。各議員に招待枠が
あって、後援会の人々を招きました。招待客一人一人にどんな功績がある
のか明らかにせよと立憲民主は首相に要求していますが、地域で頑張って
いる方ではあっても特別の功労者ではない人を、私たちも沢山招いた。日
頃お世話になった方たちという意味では支援者の方々です。これは皆、同
じでしょう」

国会で説明すると明言

安住氏らは、安倍後援会は前夜祭を開いたが、1人5000円の参加費は安す
ぎると問題視する。最低「1人1万1000円かかる」と主張し、その差額を首
相側が補填していれば公職選挙法違反だと息巻く。この点についても長島
氏が語った。

「我々がパーティを開くとき、1人2万円の会費で、ホテルに支払う食事代
は精々1人2000〜3000円です。ホテル側にとって、数百人単位のお客が宿
泊し、食事をしてくれるのは大変有難いことで、格安にするのは自然なこ
とでしょう。立憲民主を含めて野党政治家はこのことを十分理解していま
す。にも拘わらず、細かなことに拘り追及し続けるのは、選挙を意識して
いるからです」

立憲民主、国民民主の両党はいまや共産党の支持なしに選挙に打ち勝つの
は難しい。とりわけ、立憲民主の若い政治家達の後援会組織はほとんど無
いに等しく、全国に支援組織を有する共産党の協力なしにはとても選挙を
戦えないとして、長島氏は厳しく分析する。

「旧民主党勢力、とりわけ立憲民主党にとっての共産党は、自民党にとっ
ての公明党よりも重要だと思います」

安倍首相が来春の会の中止と招待基準の見直しを決定しても、野党側は納
得せず、追及チームを11人態勢から3倍規模に拡大した。安住氏の徹底追
及の意向は首相のぶら下がり会見への批判からも読みとれる。「立憲民主
党国会Twitter」の「安住委員長ぶら下がり(総理ぶら下がりの受
け止め)2019年11月15日」から見てみよう。

氏が問題視する総理に対する取材は、15日の昼と夕方の2度、官邸記者ク
ラブの要請で行われた。昼の回で、「国会で説明するか」と問われ、首相
は「国会から求められれば、説明するのは当然です」と答えた。

立ち去りかけた首相に、記者が「集中審議に応じるか」との質問を放っ
た。それで首相は記者達の所に戻り、「当然です」と答えている。

求められれば必ず国会で説明すると明言したのだ。野党が論難する逃げの
姿勢ではない。

夕方、前述したように記者クラブ側の要請で首相は再び対応した。21分間
続いた説明は、「異例の長さ」と報じられた。この場で首相は前夜祭など
の費用は全て参加者の自己負担だったことなどを説明している。質問が途
絶えたとき「何か、ご質問どうぞ」と促してもいる。

さらに14〜15の質問の後、「本日時間がない中ということで、後日会見を
開く予定はあるか」と問われた。それに対して首相は「もし質問されるの
であれば、今、質問された方がよいと思いますよ」と答えた。

「改めて……」と記者が口ごもりながら重ねて問うと、首相は「改めて会見
ということであれば、今質問して下さい」と促した。

安住氏こそ記者を侮辱

昼の短いぶら下がりでは不十分だったとして記者クラブ側が要求し、夕方
に2度目の取材となった経緯を考えれば、夕方の時間までに、否、それ以
前から記者たちは調査し、質問を準備したはずだ。だからこそ首相は、い
ま聞いてくれれば答えますと言っている。首相は答えようとしていたので
あり、そこには他意も悪意もない。だが、安住氏はこのやりとりを以下の
ように批判した。

「大変驚きました。(略)失礼ですけど、総理番の記者のところに、突
然、準備のない記者さんに対して『私の言うことを聞け、私に質問し
ろ』っていう態度は(略)メディアの皆さんに対する冒涜でもあるしね」

どのような思考回路でこんな解釈になるのか。氏は前後の状況を知らずに
発言したのだろうか。繰り返すが、夕方の会見は記者側がもっと問いたい
として要求したものだ。当然、質問は準備されていた。首相は誠実に答え
こそすれ、「私の言うことを聞け」などという態度で臨んではいない。メ
ディアを冒涜してもいない。

安住氏の言う「準備のない記者さん」も事実ではない。記者達はこれまた
前述したが、準備していた。安住氏こそ記者を侮辱している。

安住氏はほかにも官邸の記者について次のように語っている。

「何もそういう準備をしていない、総理番の若い記者さんのところに突然
総理が降りてきて」「何にも知らない記者の前に来て」「何も基礎知識を
持っていない記者さんの前に突然来られて」「余りこのことに基礎知識の
ない記者さんたちを前に」と、延々と繰り返したのである。

官邸詰めの記者達も随分と軽く見られたものだ。立憲民主のたかだか一政
治家にここまで見下されて口惜しくないのか。政治の中枢を取材する記者
らが憤らないとしたら、これまた、なんと誇りなきことか。

日本は本当に多くの深刻な問題を抱えている。政治家なら、桜を見る会の
在り方は見直すとして、日本の運命を左右するより大きな課題に命懸けで
取り組むことだ。その心構えも発想もない野党政治家の存在の余りの無意
味さに、私は戦慄する。

『週刊新潮』 2019年11月21日号日本ルネッサンス 第877回

2019年12月01日

◆桜を見る会の攻防が示す政治の劣化

櫻井よしこ


問題だらけの朝鮮半島、要求する米国、一党独裁の不気味さを偽りの微笑
で隠して膨張する中国。日本はこうした難題に直面している。どれも解決
は容易ではない。そこでいま、一番働かなければならないのが政治家だ。
厳しい国際情勢を理解し、解決策を打ち出し、国益を守り通さずして、政
治家たる意味はない。

にも拘わらず、彼らは一体何をしているのか。日本共産党の田村智子氏が
11月8日の参議院予算委員会で首相主催の「桜を見る会」を取り上げた。
以降、多くの野党は恰(あたか)もこれが日本の最重要問題であるかのよう
に政権を攻め始めた。立憲民主党国会対策委員長、安住淳氏らは「徹底的
に」追及するそうだ。

首相は13日、来年春の会は中止し、招待の基準などを見直すと発表した。
確かに、桜を見る会への招待者は年々ふえており、ここで一旦中止して見
直すのは正しい判断であろう。元民主党衆議院議員で、現在は立憲民主・
国民・社保・無所属フォーラムに属する松原仁氏が批判した。

「我々も枠をもらって招待していましたが、安倍首相の場合、人数が多い
のが際立ちます。事務所が動員をかけたような形になっているのはどう見
てもやりすぎです」

民主党から自民党に移籍した衆議院議員の長島昭久氏はこう見る。

「民主党のとき、我々も全く同じことをしていました。各議員に招待枠が
あって、後援会の人々を招きました。招待客一人一人にどんな功績がある
のか明らかにせよと立憲民主は首相に要求していますが、地域で頑張って
いる方ではあっても特別の功労者ではない人を、私たちも沢山招いた。日
頃お世話になった方たちという意味では支援者の方々です。これは皆、同
じでしょう」

国会で説明すると明言

安住氏らは、安倍後援会は前夜祭を開いたが、1人5000円の参加費は安す
ぎると問題視する。最低「1人1万1000円かかる」と主張し、その差額を首
相側が補填していれば公職選挙法違反だと息巻く。この点についても長島
氏が語った。

「我々がパーティを開くとき、1人2万円の会費で、ホテルに支払う食事代
は精々1人2000〜3000円です。ホテル側にとって、数百人単位のお客が宿
泊し、食事をしてくれるのは大変有難いことで、格安にするのは自然なこ
とでしょう。立憲民主を含めて野党政治家はこのことを十分理解していま
す。にも拘わらず、細かなことに拘り追及し続けるのは、選挙を意識して
いるからです」

立憲民主、国民民主の両党はいまや共産党の支持なしに選挙に打ち勝つの
は難しい。とりわけ、立憲民主の若い政治家達の後援会組織はほとんど無
いに等しく、全国に支援組織を有する共産党の協力なしにはとても選挙を
戦えないとして、長島氏は厳しく分析する。

「旧民主党勢力、とりわけ立憲民主党にとっての共産党は、自民党にとっ
ての公明党よりも重要だと思います」

安倍首相が来春の会の中止と招待基準の見直しを決定しても、野党側は納
得せず、追及チームを11人態勢から3倍規模に拡大した。安住氏の徹底追
及の意向は首相のぶら下がり会見への批判からも読みとれる。「立憲民主
党国会Twitter」の「安住委員長ぶら下がり(総理ぶら下がりの受
け止め)2019年11月15日」から見てみよう。

氏が問題視する総理に対する取材は、15日の昼と夕方の2度、官邸記者ク
ラブの要請で行われた。昼の回で、「国会で説明するか」と問われ、首相
は「国会から求められれば、説明するのは当然です」と答えた。

立ち去りかけた首相に、記者が「集中審議に応じるか」との質問を放っ
た。それで首相は記者達の所に戻り、「当然です」と答えている。

求められれば必ず国会で説明すると明言したのだ。野党が論難する逃げの
姿勢ではない。

夕方、前述したように記者クラブ側の要請で首相は再び対応した。21分間
続いた説明は、「異例の長さ」と報じられた。この場で首相は前夜祭など
の費用は全て参加者の自己負担だったことなどを説明している。質問が途
絶えたとき「何か、ご質問どうぞ」と促してもいる。

さらに14〜15の質問の後、「本日時間がない中ということで、後日会見を
開く予定はあるか」と問われた。それに対して首相は「もし質問されるの
であれば、今、質問された方がよいと思いますよ」と答えた。

「改めて……」と記者が口ごもりながら重ねて問うと、首相は「改めて会見
ということであれば、今質問して下さい」と促した。

安住氏こそ記者を侮辱

昼の短いぶら下がりでは不十分だったとして記者クラブ側が要求し、夕方
に2度目の取材となった経緯を考えれば、夕方の時間までに、否、それ以
前から記者たちは調査し、質問を準備したはずだ。だからこそ首相は、い
ま聞いてくれれば答えますと言っている。首相は答えようとしていたので
あり、そこには他意も悪意もない。だが、安住氏はこのやりとりを以下の
ように批判した。

「大変驚きました。(略)失礼ですけど、総理番の記者のところに、突
然、準備のない記者さんに対して『私の言うことを聞け、私に質問し
ろ』っていう態度は(略)メディアの皆さんに対する冒涜でもあるしね」

どのような思考回路でこんな解釈になるのか。氏は前後の状況を知らずに
発言したのだろうか。繰り返すが、夕方の会見は記者側がもっと問いたい
として要求したものだ。当然、質問は準備されていた。首相は誠実に答え
こそすれ、「私の言うことを聞け」などという態度で臨んではいない。メ
ディアを冒涜してもいない。

安住氏の言う「準備のない記者さん」も事実ではない。記者達はこれまた
前述したが、準備していた。安住氏こそ記者を侮辱している。

安住氏はほかにも官邸の記者について次のように語っている。

「何もそういう準備をしていない、総理番の若い記者さんのところに突然
総理が降りてきて」「何にも知らない記者の前に来て」「何も基礎知識を
持っていない記者さんの前に突然来られて」「余りこのことに基礎知識の
ない記者さんたちを前に」と、延々と繰り返したのである。

官邸詰めの記者達も随分と軽く見られたものだ。立憲民主のたかだか一政
治家にここまで見下されて口惜しくないのか。政治の中枢を取材する記者
らが憤らないとしたら、これまた、なんと誇りなきことか。

日本は本当に多くの深刻な問題を抱えている。政治家なら、桜を見る会の
在り方は見直すとして、日本の運命を左右するより大きな課題に命懸けで
取り組むことだ。その心構えも発想もない野党政治家の存在の余りの無意
味さに、私は戦慄する。

『週刊新潮』 2019年11月21日号日本ルネッサンス 第877回

2019年11月30日

◆桜を見る会の攻防が示す政治の劣化

櫻井よしこ


問題だらけの朝鮮半島、要求する米国、一党独裁の不気味さを偽りの微笑
で隠して膨張する中国。日本はこうした難題に直面している。どれも解決
は容易ではない。そこでいま、一番働かなければならないのが政治家だ。
厳しい国際情勢を理解し、解決策を打ち出し、国益を守り通さずして、政
治家たる意味はない。

にも拘わらず、彼らは一体何をしているのか。日本共産党の田村智子氏が
11月8日の参議院予算委員会で首相主催の「桜を見る会」を取り上げた。
以降、多くの野党は恰(あたか)もこれが日本の最重要問題であるかのよう
に政権を攻め始めた。立憲民主党国会対策委員長、安住淳氏らは「徹底的
に」追及するそうだ。

首相は13日、来年春の会は中止し、招待の基準などを見直すと発表した。
確かに、桜を見る会への招待者は年々ふえており、ここで一旦中止して見
直すのは正しい判断であろう。元民主党衆議院議員で、現在は立憲民主・
国民・社保・無所属フォーラムに属する松原仁氏が批判した。

「我々も枠をもらって招待していましたが、安倍首相の場合、人数が多い
のが際立ちます。事務所が動員をかけたような形になっているのはどう見
てもやりすぎです」

民主党から自民党に移籍した衆議院議員の長島昭久氏はこう見る。

「民主党のとき、我々も全く同じことをしていました。各議員に招待枠が
あって、後援会の人々を招きました。招待客一人一人にどんな功績がある
のか明らかにせよと立憲民主は首相に要求していますが、地域で頑張って
いる方ではあっても特別の功労者ではない人を、私たちも沢山招いた。日
頃お世話になった方たちという意味では支援者の方々です。これは皆、同
じでしょう」

国会で説明すると明言

安住氏らは、安倍後援会は前夜祭を開いたが、1人5000円の参加費は安す
ぎると問題視する。最低「1人1万1000円かかる」と主張し、その差額を首
相側が補填していれば公職選挙法違反だと息巻く。この点についても長島
氏が語った。

「我々がパーティを開くとき、1人2万円の会費で、ホテルに支払う食事代
は精々1人2000〜3000円です。ホテル側にとって、数百人単位のお客が宿
泊し、食事をしてくれるのは大変有難いことで、格安にするのは自然なこ
とでしょう。立憲民主を含めて野党政治家はこのことを十分理解していま
す。にも拘わらず、細かなことに拘り追及し続けるのは、選挙を意識して
いるからです」

立憲民主、国民民主の両党はいまや共産党の支持なしに選挙に打ち勝つの
は難しい。とりわけ、立憲民主の若い政治家達の後援会組織はほとんど無
いに等しく、全国に支援組織を有する共産党の協力なしにはとても選挙を
戦えないとして、長島氏は厳しく分析する。

「旧民主党勢力、とりわけ立憲民主党にとっての共産党は、自民党にとっ
ての公明党よりも重要だと思います」

安倍首相が来春の会の中止と招待基準の見直しを決定しても、野党側は納
得せず、追及チームを11人態勢から3倍規模に拡大した。安住氏の徹底追
及の意向は首相のぶら下がり会見への批判からも読みとれる。「立憲民主
党国会Twitter」の「安住委員長ぶら下がり(総理ぶら下がりの受
け止め)2019年11月15日」から見てみよう。

氏が問題視する総理に対する取材は、15日の昼と夕方の2度、官邸記者ク
ラブの要請で行われた。昼の回で、「国会で説明するか」と問われ、首相
は「国会から求められれば、説明するのは当然です」と答えた。

立ち去りかけた首相に、記者が「集中審議に応じるか」との質問を放っ
た。それで首相は記者達の所に戻り、「当然です」と答えている。

求められれば必ず国会で説明すると明言したのだ。野党が論難する逃げの
姿勢ではない。

夕方、前述したように記者クラブ側の要請で首相は再び対応した。21分間
続いた説明は、「異例の長さ」と報じられた。この場で首相は前夜祭など
の費用は全て参加者の自己負担だったことなどを説明している。質問が途
絶えたとき「何か、ご質問どうぞ」と促してもいる。

さらに14〜15の質問の後、「本日時間がない中ということで、後日会見を
開く予定はあるか」と問われた。それに対して首相は「もし質問されるの
であれば、今、質問された方がよいと思いますよ」と答えた。

「改めて……」と記者が口ごもりながら重ねて問うと、首相は「改めて会見
ということであれば、今質問して下さい」と促した。

安住氏こそ記者を侮辱

昼の短いぶら下がりでは不十分だったとして記者クラブ側が要求し、夕方
に2度目の取材となった経緯を考えれば、夕方の時間までに、否、それ以
前から記者たちは調査し、質問を準備したはずだ。だからこそ首相は、い
ま聞いてくれれば答えますと言っている。首相は答えようとしていたので
あり、そこには他意も悪意もない。だが、安住氏はこのやりとりを以下の
ように批判した。

「大変驚きました。(略)失礼ですけど、総理番の記者のところに、突
然、準備のない記者さんに対して『私の言うことを聞け、私に質問し
ろ』っていう態度は(略)メディアの皆さんに対する冒涜でもあるしね」

どのような思考回路でこんな解釈になるのか。氏は前後の状況を知らずに
発言したのだろうか。繰り返すが、夕方の会見は記者側がもっと問いたい
として要求したものだ。当然、質問は準備されていた。首相は誠実に答え
こそすれ、「私の言うことを聞け」などという態度で臨んではいない。メ
ディアを冒涜してもいない。

安住氏の言う「準備のない記者さん」も事実ではない。記者達はこれまた
前述したが、準備していた。安住氏こそ記者を侮辱している。

安住氏はほかにも官邸の記者について次のように語っている。

「何もそういう準備をしていない、総理番の若い記者さんのところに突然
総理が降りてきて」「何にも知らない記者の前に来て」「何も基礎知識を
持っていない記者さんの前に突然来られて」「余りこのことに基礎知識の
ない記者さんたちを前に」と、延々と繰り返したのである。

官邸詰めの記者達も随分と軽く見られたものだ。立憲民主のたかだか一政
治家にここまで見下されて口惜しくないのか。政治の中枢を取材する記者
らが憤らないとしたら、これまた、なんと誇りなきことか。

日本は本当に多くの深刻な問題を抱えている。政治家なら、桜を見る会の
在り方は見直すとして、日本の運命を左右するより大きな課題に命懸けで
取り組むことだ。その心構えも発想もない野党政治家の存在の余りの無意
味さに、私は戦慄する。

『週刊新潮』 2019年11月21日号日本ルネッサンス 第877回

2019年11月29日

◆桜を見る会の攻防が示す政治の劣化

櫻井よしこ


問題だらけの朝鮮半島、要求する米国、一党独裁の不気味さを偽りの微笑
で隠して膨張する中国。日本はこうした難題に直面している。どれも解決
は容易ではない。そこでいま、一番働かなければならないのが政治家だ。
厳しい国際情勢を理解し、解決策を打ち出し、国益を守り通さずして、政
治家たる意味はない。

にも拘わらず、彼らは一体何をしているのか。日本共産党の田村智子氏が
11月8日の参議院予算委員会で首相主催の「桜を見る会」を取り上げた。
以降、多くの野党は恰(あたか)もこれが日本の最重要問題であるかのよう
に政権を攻め始めた。立憲民主党国会対策委員長、安住淳氏らは「徹底的
に」追及するそうだ。

首相は13日、来年春の会は中止し、招待の基準などを見直すと発表した。
確かに、桜を見る会への招待者は年々ふえており、ここで一旦中止して見
直すのは正しい判断であろう。元民主党衆議院議員で、現在は立憲民主・
国民・社保・無所属フォーラムに属する松原仁氏が批判した。

「我々も枠をもらって招待していましたが、安倍首相の場合、人数が多い
のが際立ちます。事務所が動員をかけたような形になっているのはどう見
てもやりすぎです」

民主党から自民党に移籍した衆議院議員の長島昭久氏はこう見る。

「民主党のとき、我々も全く同じことをしていました。各議員に招待枠が
あって、後援会の人々を招きました。招待客一人一人にどんな功績がある
のか明らかにせよと立憲民主は首相に要求していますが、地域で頑張って
いる方ではあっても特別の功労者ではない人を、私たちも沢山招いた。日
頃お世話になった方たちという意味では支援者の方々です。これは皆、同
じでしょう」

国会で説明すると明言

安住氏らは、安倍後援会は前夜祭を開いたが、1人5000円の参加費は安す
ぎると問題視する。最低「1人1万1000円かかる」と主張し、その差額を首
相側が補填していれば公職選挙法違反だと息巻く。この点についても長島
氏が語った。

「我々がパーティを開くとき、1人2万円の会費で、ホテルに支払う食事代
は精々1人2000〜3000円です。ホテル側にとって、数百人単位のお客が宿
泊し、食事をしてくれるのは大変有難いことで、格安にするのは自然なこ
とでしょう。立憲民主を含めて野党政治家はこのことを十分理解していま
す。にも拘わらず、細かなことに拘り追及し続けるのは、選挙を意識して
いるからです」

立憲民主、国民民主の両党はいまや共産党の支持なしに選挙に打ち勝つの
は難しい。とりわけ、立憲民主の若い政治家達の後援会組織はほとんど無
いに等しく、全国に支援組織を有する共産党の協力なしにはとても選挙を
戦えないとして、長島氏は厳しく分析する。

「旧民主党勢力、とりわけ立憲民主党にとっての共産党は、自民党にとっ
ての公明党よりも重要だと思います」

安倍首相が来春の会の中止と招待基準の見直しを決定しても、野党側は納
得せず、追及チームを11人態勢から3倍規模に拡大した。安住氏の徹底追
及の意向は首相のぶら下がり会見への批判からも読みとれる。「立憲民主
党国会Twitter」の「安住委員長ぶら下がり(総理ぶら下がりの受
け止め)2019年11月15日」から見てみよう。

氏が問題視する総理に対する取材は、15日の昼と夕方の2度、官邸記者ク
ラブの要請で行われた。昼の回で、「国会で説明するか」と問われ、首相
は「国会から求められれば、説明するのは当然です」と答えた。

立ち去りかけた首相に、記者が「集中審議に応じるか」との質問を放っ
た。それで首相は記者達の所に戻り、「当然です」と答えている。

求められれば必ず国会で説明すると明言したのだ。野党が論難する逃げの
姿勢ではない。

夕方、前述したように記者クラブ側の要請で首相は再び対応した。21分間
続いた説明は、「異例の長さ」と報じられた。この場で首相は前夜祭など
の費用は全て参加者の自己負担だったことなどを説明している。質問が途
絶えたとき「何か、ご質問どうぞ」と促してもいる。

さらに14〜15の質問の後、「本日時間がない中ということで、後日会見を
開く予定はあるか」と問われた。それに対して首相は「もし質問されるの
であれば、今、質問された方がよいと思いますよ」と答えた。

「改めて……」と記者が口ごもりながら重ねて問うと、首相は「改めて会見
ということであれば、今質問して下さい」と促した。

安住氏こそ記者を侮辱

昼の短いぶら下がりでは不十分だったとして記者クラブ側が要求し、夕方
に2度目の取材となった経緯を考えれば、夕方の時間までに、否、それ以
前から記者たちは調査し、質問を準備したはずだ。だからこそ首相は、い
ま聞いてくれれば答えますと言っている。首相は答えようとしていたので
あり、そこには他意も悪意もない。だが、安住氏はこのやりとりを以下の
ように批判した。

「大変驚きました。(略)失礼ですけど、総理番の記者のところに、突
然、準備のない記者さんに対して『私の言うことを聞け、私に質問し
ろ』っていう態度は(略)メディアの皆さんに対する冒涜でもあるしね」

どのような思考回路でこんな解釈になるのか。氏は前後の状況を知らずに
発言したのだろうか。繰り返すが、夕方の会見は記者側がもっと問いたい
として要求したものだ。当然、質問は準備されていた。首相は誠実に答え
こそすれ、「私の言うことを聞け」などという態度で臨んではいない。メ
ディアを冒涜してもいない。

安住氏の言う「準備のない記者さん」も事実ではない。記者達はこれまた
前述したが、準備していた。安住氏こそ記者を侮辱している。

安住氏はほかにも官邸の記者について次のように語っている。

「何もそういう準備をしていない、総理番の若い記者さんのところに突然
総理が降りてきて」「何にも知らない記者の前に来て」「何も基礎知識を
持っていない記者さんの前に突然来られて」「余りこのことに基礎知識の
ない記者さんたちを前に」と、延々と繰り返したのである。

官邸詰めの記者達も随分と軽く見られたものだ。立憲民主のたかだか一政
治家にここまで見下されて口惜しくないのか。政治の中枢を取材する記者
らが憤らないとしたら、これまた、なんと誇りなきことか。

日本は本当に多くの深刻な問題を抱えている。政治家なら、桜を見る会の
在り方は見直すとして、日本の運命を左右するより大きな課題に命懸けで
取り組むことだ。その心構えも発想もない野党政治家の存在の余りの無意
味さに、私は戦慄する。

『週刊新潮』 2019年11月21日号日本ルネッサンス 第877回

2019年11月26日

◆「嘘の国」韓国を批判する愛国の書

櫻井よしこ


文在寅韓国大統領の反日・親北朝鮮、さらに社会主義路線に異を唱え、立
ち上がる人々が急増中だ。文氏の「反日」に反対する戦線の最前列に立つ
のが元ソウル大学経済学部教授、李栄(イヨンフン)氏で、その編著書、
『反日種族主義』(以下『種族主義』)はベストセラーになっている。反
文在寅運動の理論的支柱ともなった同書の日本語版が間もなく書店に並ぶ
が、一足早く入手して、一気に読んだ。

李氏は経済史の専門家としてずっと数字や事実に拘り続けてきた。フィー
ルド・ワークから導き出される事実は政治的偏りとは無縁である。韓国で
流布されてきた反日のための歪曲や捏造とは全く異なる歴史認識や情報を
李氏は発信し続けてきた。そのために、ソウル大学教授という尊敬される
べき立場でありながら、凄まじい非難も浴びた。その氏が今回、「命が
け」で論陣を張っている。それが本書の出版だ。

『種族主義』は、冷静な分析と客観的事実に満ちている一方、韓国人には
強い衝撃を与えずにはおかない火を吐くような激しい表現がある。

たとえば「嘘の国」と題されたプロローグだ。「嘘をつく国民」、「嘘を
つく政治」、「嘘つきの学問」、「嘘の裁判」などの小題は韓国人の心臓
を射抜くだろう。その後に今日の韓国を表現する言葉として「反日種族主
義」が登場する。

「韓国の嘘つき文化は国際的に広く知れ渡っています」「政治が嘘つきの
模範を示しています」「嘘つきの学問に一番大きな責任があります」「こ
の国の嘘をつく文化は、遂に司法まで支配するようになりました」と書い
た後、李氏は韓国人の精神を蝕み、韓国を誤った道に誘引してきた反日種
族主義について説明する。

長くなるが次のような説明だ。

韓国社会に色濃いシャーマニズムは物質主義と種族主義に通底している。
シャーマニズムの世界では両班は死んでも両班で、奴婢は死んでも奴婢で
ある。だからこそ、人々は両班の身分を手に入れようと、嘘も詐欺も働
く。汚いカネも許される。こうして皆が物質主義に走る世界には共有すべ
き真理も価値観もない。何でもありだ。そして一方の集団は究極の利のた
めにもう一方の集団を排斥する。それらの集団は価値観や文化や情趣を共
有する民族では断じてなく、種族に過ぎない。種族を単位とした政治が種
族主義である。簡単に言えば種族主義は、事実、理性、合理のいずれとも
無関係の「幻想」から生まれる愚かな精神性だ。信用してはならず、影響
も受けてはならない。峻拒すべき悪しき精神性で、それが韓国にはびこっ
ている。

祖国韓国に対するこの激しい批判は、学者としての良心の叫びであり、嘘
つき国となった祖国への愛であり、絶望に近い口惜しさでもあろう。

幻想に搦めとられて歴史を紡ぐ事例として、李氏は、朝鮮人の日本に対す
る憎悪の源泉のひとつ、総督府による土地調査事業をとり上げた。

合理的理由があるのか

合計350万部を売り上げた大河小説『アリラン』12巻には土地調査の場面
が複数回登場するという。調査を実施する駐在所の警官が土地を奪われる
農民の抗議を退け、木の幹に括り付け、銃殺する。小説『アリラン』で描
写される日本軍の朝鮮人虐殺の場面は不条理の極みである。

当時は日本の領土だった千島列島守備のための土木工事現場では、朝鮮人
労働者1000人が虐殺されたと、『アリラン』は書いた。工事完了時点で日
本軍が朝鮮人労働者を「防空壕に閉じ込め」「30分間手榴弾を投げこみ、
機関銃射撃を加えて皆殺しにした」、この他、日本軍は同様の手法で4000
人余りを殺したとも書いている。でたらめな映画「軍艦島」を連想させる
場面だ。日本人は朝鮮人を皆殺しにしたという悪意に満ちた発想は瓜二つだ。

李氏は調査の結果、「この凄惨な虐殺は事実ではない」と断じ、労働力不
足の戦時中、やっと確保した貴重な人員を虐殺する合理的理由があるの
か、と問う。その上で『アリラン』の著者、趙廷来こそが「虐殺の狂気に
取りつかれているのではないか」と疑っている。

その他本書では、日本が「朝鮮の土地の40%を奪った」と教える韓国の教
科書の嘘が暴かれ、日本人が朝鮮から食料を奪ったとの言説の嘘も暴かれ
ている。共著者の東国大学経済学科教授の金洛年(キムナクニョン)氏が
1931(昭和6)年6月16日の「東亜日報」の記事を紹介している。同記事
は、日本も朝鮮も大豊作だったこの年、コメの供給過剰傾向ゆえに朝鮮半
島から日本へのコメの輸入(移入)を制限するとの情報についてこう報じ
ている。

「朝鮮農民の立場としては、法律の制定による移入制限にはもちろんのこ
と(中略)朝鮮米流出の自由を束縛するいかなる措置にも絶対反対するし
かない」

日本人がコメを奪ったのではなく、朝鮮の農民がコメの輸出を切望してい
たということだ。

竹島について

朝鮮人戦時労働者問題については落星台経済研究所の李宇衍(イウヨン)氏
が日本人と朝鮮人の待遇は全く同じだったと証明し、竹島については「率
直に言って韓国政府が、独島は歴史的に韓国の固有の領土であると証明す
る、国際社会に提示できるだけの証拠は、一つも存在していない」と明記
している。

李栄薫氏はこのような指摘は韓国人にとっては不快であろうが、「一人の
知識人として」指摘しないわけにはいかないと書いた。実に立派な人物だ
と思う。

これらの内容に日本人はホッと胸を撫で下ろすかもしれないが、李氏は
ざっと次のようにも書いていた。

「ふつうの韓国人は、日本に対し良い感情を持っていません。不快な、あ
るいは敵対的な感情を持っています。それは長い歴史の中で受け継がれて
来たもので、七世紀末、新羅が三国を統一したときからそうなったのでは
ないかと考えています」、と。

663年、日本は百済再興を助けるために出兵し、白村江で唐・新羅連合軍
と戦い、敗れた。わが国はその後、唐・新羅連合軍の侵略に備えて防備を
固め、独立国としての気概を強めた。李氏はあの頃から千数百年間も日韓
は非常に近くにありながらも、疎遠な国であり続けたと指摘し、朝鮮の対
日不快感、敵対感はこの時代に遡るというのだ。日本は韓国の仇敵であ
り、種族主義を噴出させる対象だとも李氏は警告する。

日韓関係を最悪の水準に落とし込んだ慰安婦問題についても、『種族主
義』は深く斬り込んだ。日本の敗戦後、慰安婦問題は韓国軍や米軍の問題
となり、女性達の境遇はさらに悪化したことが詳述されている。

李氏らはこうした事実を「亡国の予感」の中で書いた。韓国の滅亡を食い
止められるのは韓国人の賢さだけだ。この戦いを、私は日本の運命を思い
つつ、見守っている。


『週刊新潮』 2019年11月21日号 日本ルネッサンス 第877回

2019年11月23日

◆「嘘の国」韓国を批判する愛国の書

櫻井よしこ


文在寅韓国大統領の反日・親北朝鮮、さらに社会主義路線に異を唱え、立
ち上がる人々が急増中だ。文氏の「反日」に反対する戦線の最前列に立つ
のが元ソウル大学経済学部教授、李栄(イヨンフン)氏で、その編著書、
『反日種族主義』(以下『種族主義』)はベストセラーになっている。反
文在寅運動の理論的支柱ともなった同書の日本語版が間もなく書店に並ぶ
が、一足早く入手して、一気に読んだ。

李氏は経済史の専門家としてずっと数字や事実に拘り続けてきた。フィー
ルド・ワークから導き出される事実は政治的偏りとは無縁である。韓国で
流布されてきた反日のための歪曲や捏造とは全く異なる歴史認識や情報を
李氏は発信し続けてきた。そのために、ソウル大学教授という尊敬される
べき立場でありながら、凄まじい非難も浴びた。その氏が今回、「命が
け」で論陣を張っている。それが本書の出版だ。

『種族主義』は、冷静な分析と客観的事実に満ちている一方、韓国人には
強い衝撃を与えずにはおかない火を吐くような激しい表現がある。

たとえば「嘘の国」と題されたプロローグだ。「嘘をつく国民」、「嘘を
つく政治」、「嘘つきの学問」、「嘘の裁判」などの小題は韓国人の心臓
を射抜くだろう。その後に今日の韓国を表現する言葉として「反日種族主
義」が登場する。

「韓国の嘘つき文化は国際的に広く知れ渡っています」「政治が嘘つきの
模範を示しています」「嘘つきの学問に一番大きな責任があります」「こ
の国の嘘をつく文化は、遂に司法まで支配するようになりました」と書い
た後、李氏は韓国人の精神を蝕み、韓国を誤った道に誘引してきた反日種
族主義について説明する。

長くなるが次のような説明だ。

韓国社会に色濃いシャーマニズムは物質主義と種族主義に通底している。
シャーマニズムの世界では両班は死んでも両班で、奴婢は死んでも奴婢で
ある。だからこそ、人々は両班の身分を手に入れようと、嘘も詐欺も働
く。汚いカネも許される。こうして皆が物質主義に走る世界には共有すべ
き真理も価値観もない。何でもありだ。そして一方の集団は究極の利のた
めにもう一方の集団を排斥する。それらの集団は価値観や文化や情趣を共
有する民族では断じてなく、種族に過ぎない。種族を単位とした政治が種
族主義である。簡単に言えば種族主義は、事実、理性、合理のいずれとも
無関係の「幻想」から生まれる愚かな精神性だ。信用してはならず、影響
も受けてはならない。峻拒すべき悪しき精神性で、それが韓国にはびこっ
ている。

祖国韓国に対するこの激しい批判は、学者としての良心の叫びであり、嘘
つき国となった祖国への愛であり、絶望に近い口惜しさでもあろう。

幻想に搦めとられて歴史を紡ぐ事例として、李氏は、朝鮮人の日本に対す
る憎悪の源泉のひとつ、総督府による土地調査事業をとり上げた。

合理的理由があるのか

合計350万部を売り上げた大河小説『アリラン』12巻には土地調査の場面
が複数回登場するという。調査を実施する駐在所の警官が土地を奪われる
農民の抗議を退け、木の幹に括り付け、銃殺する。小説『アリラン』で描
写される日本軍の朝鮮人虐殺の場面は不条理の極みである。

当時は日本の領土だった千島列島守備のための土木工事現場では、朝鮮人
労働者1000人が虐殺されたと、『アリラン』は書いた。工事完了時点で日
本軍が朝鮮人労働者を「防空壕に閉じ込め」「30分間手榴弾を投げこみ、
機関銃射撃を加えて皆殺しにした」、この他、日本軍は同様の手法で4000
人余りを殺したとも書いている。でたらめな映画「軍艦島」を連想させる
場面だ。日本人は朝鮮人を皆殺しにしたという悪意に満ちた発想は瓜二つだ。

李氏は調査の結果、「この凄惨な虐殺は事実ではない」と断じ、労働力不
足の戦時中、やっと確保した貴重な人員を虐殺する合理的理由があるの
か、と問う。その上で『アリラン』の著者、趙廷来こそが「虐殺の狂気に
取りつかれているのではないか」と疑っている。

その他本書では、日本が「朝鮮の土地の40%を奪った」と教える韓国の教
科書の嘘が暴かれ、日本人が朝鮮から食料を奪ったとの言説の嘘も暴かれ
ている。共著者の東国大学経済学科教授の金洛年(キムナクニョン)氏が
1931(昭和6)年6月16日の「東亜日報」の記事を紹介している。同記事
は、日本も朝鮮も大豊作だったこの年、コメの供給過剰傾向ゆえに朝鮮半
島から日本へのコメの輸入(移入)を制限するとの情報についてこう報じ
ている。

「朝鮮農民の立場としては、法律の制定による移入制限にはもちろんのこ
と(中略)朝鮮米流出の自由を束縛するいかなる措置にも絶対反対するし
かない」

日本人がコメを奪ったのではなく、朝鮮の農民がコメの輸出を切望してい
たということだ。

竹島について

朝鮮人戦時労働者問題については落星台経済研究所の李宇衍(イウヨン)氏
が日本人と朝鮮人の待遇は全く同じだったと証明し、竹島については「率
直に言って韓国政府が、独島は歴史的に韓国の固有の領土であると証明す
る、国際社会に提示できるだけの証拠は、一つも存在していない」と明記
している。

李栄薫氏はこのような指摘は韓国人にとっては不快であろうが、「一人の
知識人として」指摘しないわけにはいかないと書いた。実に立派な人物だ
と思う。

これらの内容に日本人はホッと胸を撫で下ろすかもしれないが、李氏は
ざっと次のようにも書いていた。

「ふつうの韓国人は、日本に対し良い感情を持っていません。不快な、あ
るいは敵対的な感情を持っています。それは長い歴史の中で受け継がれて
来たもので、七世紀末、新羅が三国を統一したときからそうなったのでは
ないかと考えています」、と。

663年、日本は百済再興を助けるために出兵し、白村江で唐・新羅連合軍
と戦い、敗れた。わが国はその後、唐・新羅連合軍の侵略に備えて防備を
固め、独立国としての気概を強めた。李氏はあの頃から千数百年間も日韓
は非常に近くにありながらも、疎遠な国であり続けたと指摘し、朝鮮の対
日不快感、敵対感はこの時代に遡るというのだ。日本は韓国の仇敵であ
り、種族主義を噴出させる対象だとも李氏は警告する。

日韓関係を最悪の水準に落とし込んだ慰安婦問題についても、『種族主
義』は深く斬り込んだ。日本の敗戦後、慰安婦問題は韓国軍や米軍の問題
となり、女性達の境遇はさらに悪化したことが詳述されている。

李氏らはこうした事実を「亡国の予感」の中で書いた。韓国の滅亡を食い
止められるのは韓国人の賢さだけだ。この戦いを、私は日本の運命を思い
つつ、見守っている。

2019年11月21日

◆国民革命デモ、文氏の横暴を止められるか

櫻井よしこ

 
韓国国民が闘っている。ソウルでは10月3日の「開天節」(韓国の建国記
念日)に続いて、9日の「ハングルの日」にも文在寅大統領の内外政策す
べてに反対する大規模デモが行われた。25日夜から26日にかけても国民各
層が集結し文政権打倒を叫んだ。

彼らの要求は、娘の不正入学をはじめ数々のスキャンダルを抱える曹国氏
の法務大臣辞任から文政権打倒へと一段と強まった。多くの国民が、曹氏
辞任だけでは文政権の悪事は終わらない、文政権の狙いは韓国という国
家、その価値観の粉砕だと、ようやく気付いたのだ。

韓国デモのこの質的変化は、デモをする人々がつい先頃まで「保守派デ
モ」と自称していたのが、「国民革命」と呼び始めたことにも表れてい
る。韓国言論界の重鎮、趙甲濟氏はこう説明する。

「文政権などの左翼勢力は『民族』や『民衆』という言葉を使って大韓民
国を否定してきました。韓国は自由と民主主義を国是としています。なの
に、種々の制度を変えてそうした価値観を抹殺しようとするのは憲法違反
です。国が憲法を守らないなら、主権者の国民が立ち上がり憲法を守る。
それが国民革命の意味です」

趙氏らの国民革命には反日スローガンはひとつもない。朝鮮問題専門家の
西岡力氏はこれを、理不尽な反日主義から脱け出した「自由と全体主義の
戦い」だと言い切った(「言論テレビ」10月25日)。

周知のように曹氏は法相就任から35日で辞任した。多くのメディアが保守
派デモ、国民の厳しい批判、検察に追い詰められた末の辞任だと分析し
た。だが真の理由は他にあるのではないか。

辞任に当たって曹氏は「私は自らに課せられた役割を果たした」と語っ
た。彼が果たしたと主張する「役割」とは、辞任表明の3時間前に発表し
た「検察改革」を含めて、長年構想を練ってきた左翼革命実現の道筋をつ
けたということであろう。曹氏や文大統領のいう検察改革の本質は、曹氏
が発案した「政治検察」、韓国型ゲシュタポの創設である。

逮捕は時間の問題

今年4月末に遡る。文政権はこのとき「高位公職者犯罪捜査処」(公捜
処)の設置法案を「迅速処理案件」に指定した。日本にはないこの制度
は、迅速処理案件に指定された法案は提出後330日が経過すれば必ず採決
すべしという制度だ。仮に法案審議の委員会が抵抗して審議が進まなくて
も、議長権限で委員会の頭越しに本会議で採決が出来る。

迅速処理案件に指定された「公捜処」設置法案は、捜査、逮捕、起訴など
の権限を検察から取り上げ、大統領直属の公捜処に移すというものだ。公
捜処のトップは大統領が直接任命するため、大統領権限が異常に強大化す
る。政治検察と呼ばれるゆえんである。捜査対象となるのは高位公職者約
6000人で、法案には以下のように詳述されている。

「大統領、国会議長と国会議員、大法院長と大法官(最高裁判所長官と最
高裁判事)、憲法裁判所長と憲法裁判官……」

その他にも高位の軍人、高位の警察官など国家の政策決定や秩序維持に携
わるあらゆる分野の高位者が対象とされている。大統領は捜査対象の一番
手に明記されているが、公捜処長官は大統領が任命するため、事実上大統
領は捜査対象にはならない。「言論テレビ」で「統一日報」論説主幹の洪
熒氏が指摘した。

「公捜処の捜査対象者は6000人ですが、うち5000人が判事と検事です。法
案をよく読んで下さい。さまざまな公職者には、たとえば『政務職以上』
とか、『特別市長』とか『警務官以上』などと条件がついています。他
方、司法に携わる者については『判事と検事』だけ、即ち、全員です。司
法権限は起訴権も含めて公捜処が全ておさえる。まさに司法クーデターです」

同法案成立を文政権が異常に急いでいる。公捜処設置法案が4月末に国会
に提出され迅速処理案件に指定されたことは前述したが、当時の様子を西
岡氏が語った。

「迅速処理案件に押し込もうとする文氏の与党に、野党第一党の自由韓国
党が反対して議場は激しい殴り合いの修羅場になりました。暴力沙汰で
やっと通したのです。そしていま、天皇陛下(現上皇陛下)の謝罪を求め
たあの国会議長の文喜相氏が330日でなく180日で採決できると言い始めま
した。法律のどこにもそんなことは一言も書かれていません。法的根拠の
全くない超法規的手法です」

文大統領一派の主張する180日目が10月28日だ。従って本稿が皆さんの目
に触れる頃、或いは公捜処設置法案は可決成立しているやもしれない。こ
のように無法を承知でごり押しする背景に曹氏を巡る深い闇があるとの見
方がある。曹氏の妻は10月24日に逮捕された。このまま捜査が続けば曹氏
の逮捕は時間の問題だ。その場合、どのような闇が暴かれるのか。

北朝鮮の麻薬スキャンダル

前述のように曹氏は公捜処を立案した人物だ。韓国を左翼独裁革命で潰そ
うと考えている点で、大統領の文氏とは同志である。思想が同じで、甘い
マスクで国民に人気のある(あった)曹氏を、文氏が後継者に考えていた
のは間違いないだろう。

曹氏を政治家にするには一定の資金が必要だ。曹氏が多額の資金をファン
ドに投資していることは判明済みだが、そのファンドの投資先にソウル市
が大規模発注をしているのである。これは政権全体による闇の政治資金作
りなのではないかとの疑惑が指摘されるゆえんである。

疑惑はまだある。2017年5月、文氏は曹氏を民情首席秘書官に任命した。
検察などの法務行政全体を監督するこの地位には検察出身者が就くのが通
例で、曹氏のような学界出身者の起用は異例だった。

洪氏は、曹氏が民情首席秘書官を務めた2年余りの間に北朝鮮の麻薬に関
する巨大スキャンダルを隠蔽した疑いも浮上していると指摘する。

捜査が進めば、一連の疑惑が文政権の致命傷となりかねない。そのような
事態を防ぐために文政権が公捜処設置法成立を急いでいる可能性もある。

それにしてもこの後ろめたい法案を韓国国会は通すのか。韓国は一院制で
300議席、3名欠員で現状勢力は297、法案可決には過半数の149が必要だ。
文氏の与党「ともに民主党」は128で、与党系無所属の1人を加えて129、
過半数に20議席不足だ。第一野党の「自由韓国党」以外の少数党は左翼政
党で、彼らが文政権に協力すれば公捜処設置法案は可決される。

一方で、国民革命デモは間違いなく勢いを増しつつある。国民革命の前で
左翼政党は文政権に肩入れできるのか。国民は勝てるのか。韓国はまさに
ぎりぎりの戦いの中にある。
『週刊新潮』 2019年11月7日号 日本ルネッサンス 第875号

 

2019年11月18日

◆萩生田氏の心優しい本質を見よ

櫻井よしこ


「朝日新聞」の萩生田光一文部科学大臣に対する批判が凄まじい。大学入
学共通テストの内、英語のテストで活用予定だった民間試験に関する発言
への批判だ。

周知のように萩生田氏は今月1日、英語の民間試験の利用を2024年度実施
に向けて延期すると発表した。歴代の文科大臣らが決定に関わり、準備が
進んでいた中での延期決定には、文科省事務局側の反対も強かったが、正
しい選択だったと思う。

朝日も2日の社説で決断は遅すぎたとしながらも、「見送りの結論は妥
当」と評価した。他方、翌日同紙の看板コラム「天声人語」は論難した。

「(萩生田氏は)裕福な家庭の子が腕試しできることを認めつつ『自分の
身の丈に合わせて、頑張ってもらえば』と述べた」「教育に格差があるの
はしかたない、そんな社会の気分を萩生田氏はグロテスクに示しただけか
もしれない」

天声人語は朝日新聞の顔と言ってよい堂々たるコラムだ。イデオロギーや
価値観の差を超えて注目されている。天声人語子は、例えば産経新聞の石
井英夫氏、毎日新聞他で名コラムを物してきた徳岡孝夫氏、また、亡く
なってしまったが「週刊新潮」の山本夏彦氏らと同様、正に日本メディア
界の大御所と位置づけられる。

普通の記者がどんなに背伸びしても「天声人語」のコラム担当になるのは
至難の業であろう。同コラムに期待されているのは、目の前の事象の表面
の薄い皮一枚を論ずることではなく、背景も歴史も心得たうえで、寸鉄人
を刺す批判、或いは本当に心をあたためてくれるような励ましを表現する
ことではないのか。左の人であれ右の人であれ、読者はそんな渋い味をコ
ラムに求めていると思う。

全体像を汲みとった内容であれば、批判であったとしても納得できるだろ
う。的を射た批判に脱帽さえするやもしれぬ。天声人語子はそんな堂々た
るコラムを書く立場にあると思うのは、私だけではあるまい。

剥き出しの敵意

そうした視点から読むと、先の萩生田批判には味わいがない。剥き出しの
敵意ばかりが突き刺さる。その表現は、天声人語子の言葉を借りればむし
ろグロテスクだった。

改めて萩生田氏の「身の丈」発言の全文を読んだ。一体この発言の何が問
題なのか、わからない。氏はたしかに「裕福な家庭の子が回数受けて、
ウォーミングアップができるみたいなことは、もしかしたらあるかもしれ
ない」と語っている。

しかしその後こう言っている。

「そこは、自分の身の丈に合わせて、2回をきちんと選んで勝負して頑
張ってもらえば。できるだけ近くに会場を作れるように今、業者や団体の
皆さんにはお願いしています」

世の中が全ての面で平等であるなどと大人は考えていない。しかし、良識
ある大人は、平等の足らざるところを何とか埋めようとし、全ての人々に
平等のチャンスを与えられる社会の構築を目指している。萩生田氏も全く
同じだ。だからこそ、氏は業者側にできるだけ近くに会場を作ってほしい
と要望している。

さらに「できるだけ負担がないようにいろいろ知恵を出していきたい」
「離島なんかはもう既に予算措置しました」と明言している。

こうした氏の発言を、貧しい家庭の子供たちに対する上からの冷たい目線
だと非難するのは間違っている。そのことは萩生田氏のこれまでの働き振
りを見れば一目瞭然であり、その背景をも含めて書くのがコラムニストで
はないだろうか。

14年4月に自民党の馳浩会長、民主党の笠浩史事務局長の形で「夜間中学
等義務教育拡充議員連盟」が発足したが、この課題にとりわけ熱心に取り
組んだのが自民党の幹事長代行となった萩生田氏だった。同件に関して自
民党政権は文科省よりも積極的な姿勢を打ち出した。

夜間高校、夜間大学に較べて公立の夜間中学はまだ少なく、貧困、親の理
解不足、引揚帰国、外国人などといった理由で修学の機会を逃し続け、義
務教育の中学教育を受けられなかった人々がわが国には存在する。

そのような人々のために、萩生田氏は同僚議員らと共に汗をかき公立夜間
中学拡充に奔走した。恵まれない国民に対する氏の目線は決して「上か
ら」でも「グロテスク」でもない。むしろ非常に心優しい。国民、とりわ
け困った立場の人々への思いの深さは、氏自身の人生と深く関わっている
のではないか。

氏は東京都八王子の普通のサラリーマンの家庭に生まれた。なぜ政治を志
したのかと問うたことがある。大学在学中から八王子市議会議員の秘書を
務めた体験に加えて、当時の八王子市が生活基盤の整備で非常に遅れてい
たことが背景にあった。

「身の丈に合った」闘い

「たとえばトイレです。水洗ではなく汲み取り式でした。周辺部に較べて
こんなに遅れている。八王子市民の生活を改善したい。そう思ったので
す」と、氏は破顔一笑した。

政界入りに必要とされる地盤・看板・鞄のいずれも氏にはなかった。それ
でも八王子市議選挙に挑み、地元の仲間の応援を受けて議席を得た。10年
間市議を務めて都議となり、すぐに衆院選に挑んだ。03年の衆院選から
ずっと国政選挙を闘ってきた。

市議から始まるこのプロセスは、二世三世議員の歩みと較べると、不利な
こと、口惜しいことが多数あって当然だ。政界で大きな力を持つ前述の三
つの要素がなくとも氏は、その都度、与えられた立場で、いわば「身の丈
に合った」闘いでベストを尽くしてきた。そのような自身の体験があるか
らこそ、生徒達を励ましたかったのではないか。残念だが、世の中は平等
ではない。大人として政治家として、自分は差別のない国造りに努力する
が、他方、皆も頑張って欲しい。なぜなら頑張ることで、必ず、道は開け
るのだから、と。天声人語子がその点を全く察していないのは驚きである。

だが、一連の朝日新聞の報道の中で、納得できた記事もある。3日の開成
中学・高等学校長、柳沢幸雄氏の言葉だった。氏はざっと以下のように
語っている。

「日本の大学入試は、入り口で厳格、出口はズルズルというところがそも
そも問題だ。国公立大であっても、各々、入試についての考えがある。そ
れぞれの大学の方針に合った、緩やかで多様な入試であっていい」

今回問題とされた経済や地域の格差について、柳沢氏は国や大学が受験生
向けの奨学金を出すことを提唱するが、それもひとつの案であろう。

24年度まで先延ばししたとはいえ、萩生田氏には英語試験の見直しをはじ
め、日本の教育の土台を担う重い責務が課せられている。身長180セン
チ、体重95キロ。かつてはこの体で100メートルを11秒3で走り、明治大学
ラグビー部にも属した。その体力と志で、萩生田氏には果敢に働き続けて
ほしい。

『週刊新潮』 2019年11月7日 日本ルネッサンス 第876回


2019年11月16日

◆萩生田氏の心優しい本質を見よ

櫻井よしこ


「朝日新聞」の萩生田光一文部科学大臣に対する批判が凄まじい。大学入
学共通テストの内、英語のテストで活用予定だった民間試験に関する発言
への批判だ。

周知のように萩生田氏は今月1日、英語の民間試験の利用を2024年度実施
に向けて延期すると発表した。歴代の文科大臣らが決定に関わり、準備が
進んでいた中での延期決定には、文科省事務局側の反対も強かったが、正
しい選択だったと思う。

朝日も2日の社説で決断は遅すぎたとしながらも、「見送りの結論は妥
当」と評価した。他方、翌日同紙の看板コラム「天声人語」は論難した。

「(萩生田氏は)裕福な家庭の子が腕試しできることを認めつつ『自分の
身の丈に合わせて、頑張ってもらえば』と述べた」「教育に格差があるの
はしかたない、そんな社会の気分を萩生田氏はグロテスクに示しただけか
もしれない」

天声人語は朝日新聞の顔と言ってよい堂々たるコラムだ。イデオロギーや
価値観の差を超えて注目されている。天声人語子は、例えば産経新聞の石
井英夫氏、毎日新聞他で名コラムを物してきた徳岡孝夫氏、また、亡く
なってしまったが「週刊新潮」の山本夏彦氏らと同様、正に日本メディア
界の大御所と位置づけられる。

普通の記者がどんなに背伸びしても「天声人語」のコラム担当になるのは
至難の業であろう。同コラムに期待されているのは、目の前の事象の表面
の薄い皮一枚を論ずることではなく、背景も歴史も心得たうえで、寸鉄人
を刺す批判、或いは本当に心をあたためてくれるような励ましを表現する
ことではないのか。左の人であれ右の人であれ、読者はそんな渋い味をコ
ラムに求めていると思う。

全体像を汲みとった内容であれば、批判であったとしても納得できるだろ
う。的を射た批判に脱帽さえするやもしれぬ。天声人語子はそんな堂々た
るコラムを書く立場にあると思うのは、私だけではあるまい。

剥き出しの敵意

そうした視点から読むと、先の萩生田批判には味わいがない。剥き出しの
敵意ばかりが突き刺さる。その表現は、天声人語子の言葉を借りればむし
ろグロテスクだった。

改めて萩生田氏の「身の丈」発言の全文を読んだ。一体この発言の何が問
題なのか、わからない。氏はたしかに「裕福な家庭の子が回数受けて、
ウォーミングアップができるみたいなことは、もしかしたらあるかもしれ
ない」と語っている。

しかしその後こう言っている。

「そこは、自分の身の丈に合わせて、2回をきちんと選んで勝負して頑
張ってもらえば。できるだけ近くに会場を作れるように今、業者や団体の
皆さんにはお願いしています」

世の中が全ての面で平等であるなどと大人は考えていない。しかし、良識
ある大人は、平等の足らざるところを何とか埋めようとし、全ての人々に
平等のチャンスを与えられる社会の構築を目指している。萩生田氏も全く
同じだ。だからこそ、氏は業者側にできるだけ近くに会場を作ってほしい
と要望している。

さらに「できるだけ負担がないようにいろいろ知恵を出していきたい」
「離島なんかはもう既に予算措置しました」と明言している。

こうした氏の発言を、貧しい家庭の子供たちに対する上からの冷たい目線
だと非難するのは間違っている。そのことは萩生田氏のこれまでの働き振
りを見れば一目瞭然であり、その背景をも含めて書くのがコラムニストで
はないだろうか。

14年4月に自民党の馳浩会長、民主党の笠浩史事務局長の形で「夜間中学
等義務教育拡充議員連盟」が発足したが、この課題にとりわけ熱心に取り
組んだのが自民党の幹事長代行となった萩生田氏だった。同件に関して自
民党政権は文科省よりも積極的な姿勢を打ち出した。

夜間高校、夜間大学に較べて公立の夜間中学はまだ少なく、貧困、親の理
解不足、引揚帰国、外国人などといった理由で修学の機会を逃し続け、義
務教育の中学教育を受けられなかった人々がわが国には存在する。

そのような人々のために、萩生田氏は同僚議員らと共に汗をかき公立夜間
中学拡充に奔走した。恵まれない国民に対する氏の目線は決して「上か
ら」でも「グロテスク」でもない。むしろ非常に心優しい。国民、とりわ
け困った立場の人々への思いの深さは、氏自身の人生と深く関わっている
のではないか。

氏は東京都八王子の普通のサラリーマンの家庭に生まれた。なぜ政治を志
したのかと問うたことがある。大学在学中から八王子市議会議員の秘書を
務めた体験に加えて、当時の八王子市が生活基盤の整備で非常に遅れてい
たことが背景にあった。

「身の丈に合った」闘い

「たとえばトイレです。水洗ではなく汲み取り式でした。周辺部に較べて
こんなに遅れている。八王子市民の生活を改善したい。そう思ったので
す」と、氏は破顔一笑した。

政界入りに必要とされる地盤・看板・鞄のいずれも氏にはなかった。それ
でも八王子市議選挙に挑み、地元の仲間の応援を受けて議席を得た。10年
間市議を務めて都議となり、すぐに衆院選に挑んだ。03年の衆院選から
ずっと国政選挙を闘ってきた。

市議から始まるこのプロセスは、二世三世議員の歩みと較べると、不利な
こと、口惜しいことが多数あって当然だ。政界で大きな力を持つ前述の三
つの要素がなくとも氏は、その都度、与えられた立場で、いわば「身の丈
に合った」闘いでベストを尽くしてきた。そのような自身の体験があるか
らこそ、生徒達を励ましたかったのではないか。残念だが、世の中は平等
ではない。大人として政治家として、自分は差別のない国造りに努力する
が、他方、皆も頑張って欲しい。なぜなら頑張ることで、必ず、道は開け
るのだから、と。天声人語子がその点を全く察していないのは驚きである。

だが、一連の朝日新聞の報道の中で、納得できた記事もある。3日の開成
中学・高等学校長、柳沢幸雄氏の言葉だった。氏はざっと以下のように
語っている。

「日本の大学入試は、入り口で厳格、出口はズルズルというところがそも
そも問題だ。国公立大であっても、各々、入試についての考えがある。そ
れぞれの大学の方針に合った、緩やかで多様な入試であっていい」

今回問題とされた経済や地域の格差について、柳沢氏は国や大学が受験生
向けの奨学金を出すことを提唱するが、それもひとつの案であろう。

24年度まで先延ばししたとはいえ、萩生田氏には英語試験の見直しをはじ
め、日本の教育の土台を担う重い責務が課せられている。身長180セン
チ、体重95キロ。かつてはこの体で100メートルを11秒3で走り、明治大学
ラグビー部にも属した。その体力と志で、萩生田氏には果敢に働き続けて
ほしい。

『週刊新潮』 2019年11月7日 日本ルネッサンス 第876回

2019年11月15日

◆萩生田氏の心優しい本質を見よ

櫻井よしこ


「朝日新聞」の萩生田光一文部科学大臣に対する批判が凄まじい。大学入
学共通テストの内、英語のテストで活用予定だった民間試験に関する発言
への批判だ。

周知のように萩生田氏は今月1日、英語の民間試験の利用を2024年度実施
に向けて延期すると発表した。歴代の文科大臣らが決定に関わり、準備が
進んでいた中での延期決定には、文科省事務局側の反対も強かったが、正
しい選択だったと思う。

朝日も2日の社説で決断は遅すぎたとしながらも、「見送りの結論は妥
当」と評価した。他方、翌日同紙の看板コラム「天声人語」は論難した。

「(萩生田氏は)裕福な家庭の子が腕試しできることを認めつつ『自分の
身の丈に合わせて、頑張ってもらえば』と述べた」「教育に格差があるの
はしかたない、そんな社会の気分を萩生田氏はグロテスクに示しただけか
もしれない」

天声人語は朝日新聞の顔と言ってよい堂々たるコラムだ。イデオロギーや
価値観の差を超えて注目されている。天声人語子は、例えば産経新聞の石
井英夫氏、毎日新聞他で名コラムを物してきた徳岡孝夫氏、また、亡く
なってしまったが「週刊新潮」の山本夏彦氏らと同様、正に日本メディア
界の大御所と位置づけられる。

普通の記者がどんなに背伸びしても「天声人語」のコラム担当になるのは
至難の業であろう。同コラムに期待されているのは、目の前の事象の表面
の薄い皮一枚を論ずることではなく、背景も歴史も心得たうえで、寸鉄人
を刺す批判、或いは本当に心をあたためてくれるような励ましを表現する
ことではないのか。左の人であれ右の人であれ、読者はそんな渋い味をコ
ラムに求めていると思う。

全体像を汲みとった内容であれば、批判であったとしても納得できるだろ
う。的を射た批判に脱帽さえするやもしれぬ。天声人語子はそんな堂々た
るコラムを書く立場にあると思うのは、私だけではあるまい。

剥き出しの敵意

そうした視点から読むと、先の萩生田批判には味わいがない。剥き出しの
敵意ばかりが突き刺さる。その表現は、天声人語子の言葉を借りればむし
ろグロテスクだった。

改めて萩生田氏の「身の丈」発言の全文を読んだ。一体この発言の何が問
題なのか、わからない。氏はたしかに「裕福な家庭の子が回数受けて、
ウォーミングアップができるみたいなことは、もしかしたらあるかもしれ
ない」と語っている。

しかしその後こう言っている。

「そこは、自分の身の丈に合わせて、2回をきちんと選んで勝負して頑
張ってもらえば。できるだけ近くに会場を作れるように今、業者や団体の
皆さんにはお願いしています」

世の中が全ての面で平等であるなどと大人は考えていない。しかし、良識
ある大人は、平等の足らざるところを何とか埋めようとし、全ての人々に
平等のチャンスを与えられる社会の構築を目指している。萩生田氏も全く
同じだ。だからこそ、氏は業者側にできるだけ近くに会場を作ってほしい
と要望している。

さらに「できるだけ負担がないようにいろいろ知恵を出していきたい」
「離島なんかはもう既に予算措置しました」と明言している。

こうした氏の発言を、貧しい家庭の子供たちに対する上からの冷たい目線
だと非難するのは間違っている。そのことは萩生田氏のこれまでの働き振
りを見れば一目瞭然であり、その背景をも含めて書くのがコラムニストで
はないだろうか。

14年4月に自民党の馳浩会長、民主党の笠浩史事務局長の形で「夜間中学
等義務教育拡充議員連盟」が発足したが、この課題にとりわけ熱心に取り
組んだのが自民党の幹事長代行となった萩生田氏だった。同件に関して自
民党政権は文科省よりも積極的な姿勢を打ち出した。

夜間高校、夜間大学に較べて公立の夜間中学はまだ少なく、貧困、親の理
解不足、引揚帰国、外国人などといった理由で修学の機会を逃し続け、義
務教育の中学教育を受けられなかった人々がわが国には存在する。

そのような人々のために、萩生田氏は同僚議員らと共に汗をかき公立夜間
中学拡充に奔走した。恵まれない国民に対する氏の目線は決して「上か
ら」でも「グロテスク」でもない。むしろ非常に心優しい。国民、とりわ
け困った立場の人々への思いの深さは、氏自身の人生と深く関わっている
のではないか。

氏は東京都八王子の普通のサラリーマンの家庭に生まれた。なぜ政治を志
したのかと問うたことがある。大学在学中から八王子市議会議員の秘書を
務めた体験に加えて、当時の八王子市が生活基盤の整備で非常に遅れてい
たことが背景にあった。

「身の丈に合った」闘い

「たとえばトイレです。水洗ではなく汲み取り式でした。周辺部に較べて
こんなに遅れている。八王子市民の生活を改善したい。そう思ったので
す」と、氏は破顔一笑した。

政界入りに必要とされる地盤・看板・鞄のいずれも氏にはなかった。それ
でも八王子市議選挙に挑み、地元の仲間の応援を受けて議席を得た。10年
間市議を務めて都議となり、すぐに衆院選に挑んだ。03年の衆院選から
ずっと国政選挙を闘ってきた。

市議から始まるこのプロセスは、二世三世議員の歩みと較べると、不利な
こと、口惜しいことが多数あって当然だ。政界で大きな力を持つ前述の三
つの要素がなくとも氏は、その都度、与えられた立場で、いわば「身の丈
に合った」闘いでベストを尽くしてきた。そのような自身の体験があるか
らこそ、生徒達を励ましたかったのではないか。残念だが、世の中は平等
ではない。大人として政治家として、自分は差別のない国造りに努力する
が、他方、皆も頑張って欲しい。なぜなら頑張ることで、必ず、道は開け
るのだから、と。天声人語子がその点を全く察していないのは驚きである。

だが、一連の朝日新聞の報道の中で、納得できた記事もある。3日の開成
中学・高等学校長、柳沢幸雄氏の言葉だった。氏はざっと以下のように
語っている。

「日本の大学入試は、入り口で厳格、出口はズルズルというところがそも
そも問題だ。国公立大であっても、各々、入試についての考えがある。そ
れぞれの大学の方針に合った、緩やかで多様な入試であっていい」

今回問題とされた経済や地域の格差について、柳沢氏は国や大学が受験生
向けの奨学金を出すことを提唱するが、それもひとつの案であろう。

24年度まで先延ばししたとはいえ、萩生田氏には英語試験の見直しをはじ
め、日本の教育の土台を担う重い責務が課せられている。身長180セン
チ、体重95キロ。かつてはこの体で100メートルを11秒3で走り、明治大学
ラグビー部にも属した。その体力と志で、萩生田氏には果敢に働き続けて
ほしい。

『週刊新潮』 2019年11月7日 日本ルネッサンス 第876回

2019年11月13日

◆文氏の横暴を止められるか 

櫻井よしこ


「 国民革命デモ、文氏の横暴を止められるか 」

韓国国民が闘っている。ソウルでは10月3日の「開天節」(韓国の建国記
念日)に続いて、9日の「ハングルの日」にも文在寅大統領の内外政策す
べてに反対する大規模デモが行われた。25日夜から26日にかけても国民各
層が集結し文政権打倒を叫んだ。

彼らの要求は、娘の不正入学をはじめ数々のスキャンダルを抱える曹国氏
の法務大臣辞任から文政権打倒へと一段と強まった。多くの国民が、曹氏
辞任だけでは文政権の悪事は終わらない、文政権の狙いは韓国という国
家、その価値観の粉砕だと、ようやく気付いたのだ。

韓国デモのこの質的変化は、デモをする人々がつい先頃まで「保守派デ
モ」と自称していたのが、「国民革命」と呼び始めたことにも表れてい
る。韓国言論界の重鎮、趙甲濟氏はこう説明する。

「文政権などの左翼勢力は『民族』や『民衆』という言葉を使って大韓民
国を否定してきました。韓国は自由と民主主義を国是としています。なの
に、種々の制度を変えてそうした価値観を抹殺しようとするのは憲法違反
です。国が憲法を守らないなら、主権者の国民が立ち上がり憲法を守る。
それが国民革命の意味です」

趙氏らの国民革命には反日スローガンはひとつもない。朝鮮問題専門家の
西岡力氏はこれを、理不尽な反日主義から脱け出した「自由と全体主義の
戦い」だと言い切った(「言論テレビ」10月25日)。

周知のように曹氏は法相就任から35日で辞任した。多くのメディアが保守
派デモ、国民の厳しい批判、検察に追い詰められた末の辞任だと分析し
た。だが真の理由は他にあるのではないか。

辞任に当たって曹氏は「私は自らに課せられた役割を果たした」と語っ
た。彼が果たしたと主張する「役割」とは、辞任表明の3時間前に発表し
た「検察改革」を含めて、長年構想を練ってきた左翼革命実現の道筋をつ
けたということであろう。曹氏や文大統領のいう検察改革の本質は、曹氏
が発案した「政治検察」、韓国型ゲシュタポの創設である。

逮捕は時間の問題

今年4月末に遡る。文政権はこのとき「高位公職者犯罪捜査処」(公捜
処)の設置法案を「迅速処理案件」に指定した。日本にはないこの制度
は、迅速処理案件に指定された法案は提出後330日が経過すれば必ず採決
すべしという制度だ。仮に法案審議の委員会が抵抗して審議が進まなくて
も、議長権限で委員会の頭越しに本会議で採決が出来る。

迅速処理案件に指定された「公捜処」設置法案は、捜査、逮捕、起訴など
の権限を検察から取り上げ、大統領直属の公捜処に移すというものだ。公
捜処のトップは大統領が直接任命するため、大統領権限が異常に強大化す
る。政治検察と呼ばれるゆえんである。捜査対象となるのは高位公職者約
6000人で、法案には以下のように詳述されている。

「大統領、国会議長と国会議員、大法院長と大法官(最高裁判所長官と最
高裁判事)、憲法裁判所長と憲法裁判官……」

その他にも高位の軍人、高位の警察官など国家の政策決定や秩序維持に携
わるあらゆる分野の高位者が対象とされている。大統領は捜査対象の一番
手に明記されているが、公捜処長官は大統領が任命するため、事実上大統
領は捜査対象にはならない。「言論テレビ」で「統一日報」論説主幹の洪
熒氏が指摘した。

「公捜処の捜査対象者は6000人ですが、うち5000人が判事と検事です。法
案をよく読んで下さい。さまざまな公職者には、たとえば『政務職以上』
とか、『特別市長』とか『警務官以上』などと条件がついています。他
方、司法に携わる者については『判事と検事』だけ、即ち、全員です。司
法権限は起訴権も含めて公捜処が全ておさえる。まさに司法クーデターです」

同法案成立を文政権が異常に急いでいる。公捜処設置法案が4月末に国会
に提出され迅速処理案件に指定されたことは前述したが、当時の様子を西
岡氏が語った。

「迅速処理案件に押し込もうとする文氏の与党に、野党第一党の自由韓国
党が反対して議場は激しい殴り合いの修羅場になりました。暴力沙汰で
やっと通したのです。そしていま、天皇陛下(現上皇陛下)の謝罪を求め
たあの国会議長の文喜相氏が330日でなく180日で採決できると言い始めま
した。法律のどこにもそんなことは一言も書かれていません。法的根拠の
全くない超法規的手法です」

文大統領一派の主張する180日目が10月28日だ。従って本稿が皆さんの目
に触れる頃、或いは公捜処設置法案は可決成立しているやもしれない。こ
のように無法を承知でごり押しする背景に曹氏を巡る深い闇があるとの見
方がある。曹氏の妻は10月24日に逮捕された。このまま捜査が続けば曹氏
の逮捕は時間の問題だ。その場合、どのような闇が暴かれるのか。

北朝鮮の麻薬スキャンダル

前述のように曹氏は公捜処を立案した人物だ。韓国を左翼独裁革命で潰そ
うと考えている点で、大統領の文氏とは同志である。思想が同じで、甘い
マスクで国民に人気のある(あった)曹氏を、文氏が後継者に考えていた
のは間違いないだろう。

曹氏を政治家にするには一定の資金が必要だ。曹氏が多額の資金をファン
ドに投資していることは判明済みだが、そのファンドの投資先にソウル市
が大規模発注をしているのである。これは政権全体による闇の政治資金作
りなのではないかとの疑惑が指摘されるゆえんである。

疑惑はまだある。2017年5月、文氏は曹氏を民情首席秘書官に任命した。
検察などの法務行政全体を監督するこの地位には検察出身者が就くのが通
例で、曹氏のような学界出身者の起用は異例だった。

洪氏は、曹氏が民情首席秘書官を務めた2年余りの間に北朝鮮の麻薬に関
する巨大スキャンダルを隠蔽した疑いも浮上していると指摘する。

捜査が進めば、一連の疑惑が文政権の致命傷となりかねない。そのような
事態を防ぐために文政権が公捜処設置法成立を急いでいる可能性もある。

それにしてもこの後ろめたい法案を韓国国会は通すのか。韓国は一院制で
300議席、3名欠員で現状勢力は297、法案可決には過半数の149が必要だ。
文氏の与党「ともに民主党」は128で、与党系無所属の1人を加えて129、
過半数に20議席不足だ。第一野党の「自由韓国党」以外の少数党は左翼政
党で、彼らが文政権に協力すれば公捜処設置法案は可決される。

一方で、国民革命デモは間違いなく勢いを増しつつある。国民革命の前で
左翼政党は文政権に肩入れできるのか。国民は勝てるのか。韓国はまさに
ぎりぎりの戦いの中にある。

『週刊新潮』 2019年11月7日号 日本ルネッサンス 第875号

2019年11月09日

◆国民革命デモ、文氏の横暴を止められるか

櫻井よしこ


韓国国民が闘っている。ソウルでは10月3日の「開天節」(韓国の建国記
念日)に続いて、9日の「ハングルの日」にも文在寅大統領の内外政策す
べてに反対する大規模デモが行われた。25日夜から26日にかけても国民各
層が集結し文政権打倒を叫んだ。

彼らの要求は、娘の不正入学をはじめ数々のスキャンダルを抱える曹国氏
の法務大臣辞任から文政権打倒へと一段と強まった。多くの国民が、曹氏
辞任だけでは文政権の悪事は終わらない、文政権の狙いは韓国という国
家、その価値観の粉砕だと、ようやく気付いたのだ。

韓国デモのこの質的変化は、デモをする人々がつい先頃まで「保守派デ
モ」と自称していたのが、「国民革命」と呼び始めたことにも表れてい
る。韓国言論界の重鎮、趙甲濟氏はこう説明する。

「文政権などの左翼勢力は『民族』や『民衆』という言葉を使って大韓民
国を否定してきました。韓国は自由と民主主義を国是としています。なの
に、種々の制度を変えてそうした価値観を抹殺しようとするのは憲法違反
です。国が憲法を守らないなら、主権者の国民が立ち上がり憲法を守る。
それが国民革命の意味です」

趙氏らの国民革命には反日スローガンはひとつもない。朝鮮問題専門家の
西岡力氏はこれを、理不尽な反日主義から脱け出した「自由と全体主義の
戦い」だと言い切った(「言論テレビ」10月25日)。

周知のように曹氏は法相就任から35日で辞任した。多くのメディアが保守
派デモ、国民の厳しい批判、検察に追い詰められた末の辞任だと分析し
た。だが真の理由は他にあるのではないか。

辞任に当たって曹氏は「私は自らに課せられた役割を果たした」と語っ
た。彼が果たしたと主張する「役割」とは、辞任表明の3時間前に発表し
た「検察改革」を含めて、長年構想を練ってきた左翼革命実現の道筋をつ
けたということであろう。曹氏や文大統領のいう検察改革の本質は、曹氏
が発案した「政治検察」、韓国型ゲシュタポの創設である。

逮捕は時間の問題

今年4月末に遡る。文政権はこのとき「高位公職者犯罪捜査処」(公捜
処)の設置法案を「迅速処理案件」に指定した。日本にはないこの制度
は、迅速処理案件に指定された法案は提出後330日が経過すれば必ず採決
すべしという制度だ。仮に法案審議の委員会が抵抗して審議が進まなくて
も、議長権限で委員会の頭越しに本会議で採決が出来る。

迅速処理案件に指定された「公捜処」設置法案は、捜査、逮捕、起訴など
の権限を検察から取り上げ、大統領直属の公捜処に移すというものだ。公
捜処のトップは大統領が直接任命するため、大統領権限が異常に強大化す
る。政治検察と呼ばれるゆえんである。捜査対象となるのは高位公職者約
6000人で、法案には以下のように詳述されている。

「大統領、国会議長と国会議員、大法院長と大法官(最高裁判所長官と最
高裁判事)、憲法裁判所長と憲法裁判官……」

その他にも高位の軍人、高位の警察官など国家の政策決定や秩序維持に携
わるあらゆる分野の高位者が対象とされている。大統領は捜査対象の一番
手に明記されているが、公捜処長官は大統領が任命するため、事実上大統
領は捜査対象にはならない。「言論テレビ」で「統一日報」論説主幹の洪
熒氏が指摘した。

「公捜処の捜査対象者は6000人ですが、うち5000人が判事と検事です。法
案をよく読んで下さい。さまざまな公職者には、たとえば『政務職以上』
とか、『特別市長』とか『警務官以上』などと条件がついています。他
方、司法に携わる者については『判事と検事』だけ、即ち、全員です。司
法権限は起訴権も含めて公捜処が全ておさえる。まさに司法クーデターです」

同法案成立を文政権が異常に急いでいる。公捜処設置法案が4月末に国会
に提出され迅速処理案件に指定されたことは前述したが、当時の様子を西
岡氏が語った。

「迅速処理案件に押し込もうとする文氏の与党に、野党第一党の自由韓国
党が反対して議場は激しい殴り合いの修羅場になりました。暴力沙汰で
やっと通したのです。そしていま、天皇陛下(現上皇陛下)の謝罪を求め
たあの国会議長の文喜相氏が330日でなく180日で採決できると言い始めま
した。法律のどこにもそんなことは一言も書かれていません。法的根拠の
全くない超法規的手法です」

文大統領一派の主張する180日目が10月28日だ。従って本稿が皆さんの目
に触れる頃、或いは公捜処設置法案は可決成立しているやもしれない。こ
のように無法を承知でごり押しする背景に曹氏を巡る深い闇があるとの見
方がある。曹氏の妻は10月24日に逮捕された。このまま捜査が続けば曹氏
の逮捕は時間の問題だ。その場合、どのような闇が暴かれるのか。

北朝鮮の麻薬スキャンダル

前述のように曹氏は公捜処を立案した人物だ。韓国を左翼独裁革命で潰そ
うと考えている点で、大統領の文氏とは同志である。思想が同じで、甘い
マスクで国民に人気のある(あった)曹氏を、文氏が後継者に考えていた
のは間違いないだろう。

曹氏を政治家にするには一定の資金が必要だ。曹氏が多額の資金をファン
ドに投資していることは判明済みだが、そのファンドの投資先にソウル市
が大規模発注をしているのである。これは政権全体による闇の政治資金作
りなのではないかとの疑惑が指摘されるゆえんである。

疑惑はまだある。2017年5月、文氏は曹氏を民情首席秘書官に任命した。
検察などの法務行政全体を監督するこの地位には検察出身者が就くのが通
例で、曹氏のような学界出身者の起用は異例だった。

洪氏は、曹氏が民情首席秘書官を務めた2年余りの間に北朝鮮の麻薬に関
する巨大スキャンダルを隠蔽した疑いも浮上していると指摘する。

捜査が進めば、一連の疑惑が文政権の致命傷となりかねない。そのような
事態を防ぐために文政権が公捜処設置法成立を急いでいる可能性もある。

それにしてもこの後ろめたい法案を韓国国会は通すのか。韓国は一院制で
300議席、3名欠員で現状勢力は297、法案可決には過半数の149が必要だ。
文氏の与党「ともに民主党」は128で、与党系無所属の1人を加えて129、
過半数に20議席不足だ。第一野党の「自由韓国党」以外の少数党は左翼政
党で、彼らが文政権に協力すれば公捜処設置法案は可決される。

一方で、国民革命デモは間違いなく勢いを増しつつある。国民革命の前で
左翼政党は文政権に肩入れできるのか。国民は勝てるのか。韓国はまさに
ぎりぎりの戦いの中にある。

『週刊新潮』 2019年11月7日号 日本ルネッサンス 第875号

2019年11月08日

◆文在寅打倒なるか、保守のデモが街を埋めた

櫻井よしこ


10月3日、平穏な年なら韓国は国民こぞって「開天節」を祝っていただろ
う。開天節は朝鮮の神話に出てくる檀君即位の日、韓国の建国記念日だ。
だが、今年のこの日、首都ソウルは文在寅政権に反対する保守派の怒りで
埋まった。

インターネット配信の「言論テレビ」でデモの映像を紹介しながら、朝鮮
問題専門家の西岡力氏がデモの参加人数を面積を基に計算すれば約50万人
になると説明した。

デモに関しては往々にして過大な数字が発表されるが、誇張ではなく、正
味50万人がデモに参加したことの意味は大きい。

「2017年3月1日、保守派勢力が当時の大統領、朴槿恵氏に対する弾劾に反
対してデモをしました。光化門からソウル市庁前、南大門まで人が一杯に
なり、その時はやはり面積比で30万人とされました。今回は南大門からさ
らにソウル駅までの大通りが人で埋まっています。50万人説には信頼性が
あると思います」

と西岡氏。

朴前大統領擁護の保守派デモより、はるかに多い人々が街に繰り出したの
だ。他方、産経新聞ソウル支局の黒田勝弘氏は、朴氏を辞任に追いやった
左翼勢力主導の「ロウソクデモ」よりも今回の人数が多かったと報じている。

2年前の左右のデモを超える人々が、いま、反文在寅の旗を立ててデモを
しているのである。「言論テレビ」で「統一日報」論説主幹の洪熒氏が説
明した。

「主催、参加団体は多様でした。キリスト教の牧師、YouTubeなどのメ
ディアや言論機関、大学の教授たち、これまで文政権と連携してきた弁護
士、会計士などまでが゙国法相の辞任を求めて、文批判を強めました」

今回のデモは、或いは、韓国世論が大きく変化する予兆ではないのか。普
通の人の姿も目立った。キリスト教会の動員力のせいか、若い男女や主婦
も少なくなかった。

多くの脱北者も座り込んだ

彼らを突き動かしている要因のひとつが香港だという。750万の香港人
が、14億人を擁する中国共産党と戦っている。その気迫に韓国人は目を醒
まされたと洪氏は指摘する。

香港以前に、全世界は、中国共産党が中国本土で国民からあらゆる自由を
奪い取るのを見詰めている。宗教弾圧はとりわけ厳しく、キリスト教徒も
無慈悲な迫害の対象だ。

だが、文氏も゙氏も韓国民の中国共産党支配に対する危機感には鈍感であ
る。むしろ中国共産党に近づくかのように、社会主義革命路線をひた走
る。一般の国民が、そのような彼らに国政を委ねることへの危機感を抱き
始めた。それが、10月3日の大規模デモだ。

キリスト教徒に加えて、デモに参加した海兵隊予備役官らも注目を集めた
という。

「彼らは皆、文政権への抗議の意味を込めて剃髪したのです。坊主頭の屈
強な男たちの一群ですから、目立つでしょう」

と洪氏。

大学の教授たちも1万人以上が「正義と真実」を求めて抗議声明に署名
し、デモに合流した。

YouTuberの若者たちはデモの現場で大手メディアに抗議した。西岡氏の説
明だ。

「10.3デモの取材に大手テレビ局のKBSが来ていたのです。大手テレビ
は本当に左傾化しています。保守の言動どころか存在さえ報じません。で
すから若者たちは大型放送車の窓に『本当のことを報道しろ』と書いたプ
ラカードを貼り付けたのです。暴力も破壊もありませんでしたが、KBS
の記者たちには痛烈なメッセージになったでしょう」

10.3デモは、史上最大規模のデモでありながら、香港のような激しい暴力
沙汰は起きなかった。事前に各団体が注意事項を呼びかけたからだ。武器
と誤解されるようなものは一切身につけないこと、台風の影響で雨が懸念
されるため、雨合羽を持参すること、但し、傘は武器と見做されかねない
として禁止した。

「体力のある者は徹夜でデモをして、そのまま青瓦台の前に座り込む。
従って、寝袋と腹ごしらえの食糧を持参するようにという通達も出ました」

と洪氏。

6月から青瓦台前で一人で座り込みをしてきた全光T牧師が指導して、3日
夜、1000人単位の人々が青瓦台前で夜をすごした。週末になっても人数は
減らず、座り込みが続いている。多くの脱北者も一緒に座り込んだ。彼ら
は人間を人間として扱わない北朝鮮から命がけで脱北した。それなのに、
韓国はいま、北朝鮮に同調しようとしている。彼らはそれだけは決して許
せないのである。

政治運動と関わったことのない多様な人々が街に繰り出したのは、文政権
の所業が「臨界値を超えた」からだと洪氏は強調する。

反日が支柱

社会の中間層に属する「大人しい人たち」までもが行動を起こしたことを
どう解釈すべきか。明らかに暫く前とは様子が違う。それを向こう側から
息を詰めるようにして、逆転劇を恐れつつ見詰めているのが文氏ど氏で
はないか。娘の不正入学、不正論文、妻の金銭疑惑、その背後の黒幕であ
る゙氏本人は暴力革命を信奉するレーニン主義者である。゙氏を罷免すれ
ば、文氏への評価は好転するかもしれないが、文氏はそうはしない。ここ
で退けば彼の革命の夢は潰れてしまうことを知っているのだ。

この段階でも文氏にはまだ4割弱の支持がある。理由は主として二つ、第
一の理由を洪氏が説明した。

「共産主義への盲信から目が覚めることは、自分の頭で考える力がどれだ
けあるかということに直結します。文氏支持の左翼たちは盲信が深いため
に、自分の目で見て自分の頭で考えることがなかなかできないのです」

第二の理由を西岡氏が熱を込めて語った。金日成の主体思想を奉ずる人々
が今日まで存在し続けているのは、マルクス・レーニン主義に依拠するか
らではなく、反日民族主義に依拠しているからだという。

金日成の「偉大さ」は「日本と戦った」ことによるが、韓国の主流派は残
虐な日本と手を組んだ。その汚れた親日派が親米派になり、反共派になっ
て韓国を支配した。世界で社会主義が衰退しても関係ない、親日派を倒せ
ば韓国は再生する。そのように信ずる人々は、日本が悪いと言っている間
は大丈夫なのだ。反日が支柱である限り、社会主義や共産主義がすたれて
も、彼らは倒れない。

であれば、韓国再生のためには反日の間違いを正さなければならない。そ
のことを韓国の保守派はようやく悟った。それがベストセラー、『反日種
族主義』を書いた李栄薫教授であり、弟子の李宇衍教授らだというのだ。
ストンと納得のいく分析である。彼らと連帯していくのが日本の正しい道
である。
『週刊新潮』 2019年10月17日号 日本ルネッサンス 第872回