2017年12月17日

◆郭文貴の一連の爆弾発言の意味と背景

宮崎 正弘

<平成29年(2017)12月15日(金曜日) 通巻第5548号 >  

 郭文貴の一連の爆弾発言の意味と背景
  バノンはなにゆえに、この超大物亡命申請者と特別に親しいのか?

12月13日)午後2時より、日本郭文貴後援会主催の記者会見(報告者:相林)
が開催され、約20名のジャーナリストや関心を持つ人々が参加されました。

相林氏は、天安門事件当時からの民主活動家で、既に30年をこの日本に在
住、今は日本国籍を取得しています。同氏はまず、当初は、郭文貴氏の証
言に対して、中国共産党の悪政と腐敗はすでに理解していたことから、特
に深い関心を持っていたわけではないけれど、やがて彼の証言の内容を知
るにつけ、これは共産党独裁政権に深い打撃を与え得るものだという確信
を持ったと述べました。
 
相氏は、郭文貴の証言は、自らが中国の有力者であり富豪として、政権中
枢部、工作機関、また軍関係などにも接して得ているものであり、中国政
府は明確な反論を何一つせずに、ただ、郭文貴を中国に強制送還せよとだ
け要求している、しかし、アメリカ政府も紆余曲折あったけれど、郭氏を
強制送還しないということは決まったようであり、今後はさらなる証言が
期待できると述べました。

その証言内容は、当日配布された資料に掲載されていますが、相氏は、今
回これまで政治に関心を持たなかった多くの華僑が、この郭氏の証言に
よって動き始めたこと、さらに、中国国内においても、ネットの力により
この証言内容が伝わっていることを実例を挙げて指摘しました。

相氏は、自分のツイッターなどでも、これまでの民主運動家関連ではあり
えなかった形の広がりを見せている、それを通じて、中国人が全く知らさ
れていない情報を(特に、反日教育の根拠のなさ、日本がどれだけ中国を
支援してきたかなど)を伝えていると述べました。

同時に、今回の王岐山の政治的敗北は、まさにこの郭文貴の告発によって
彼の腐敗が暴かれたことであること、また、郭文貴は現在のところ一切習
近平を批判していないが、それは戦略的なものであり、彼の今目指すもの
は、中国共産党独裁の妥当であると明言しました。

それは今後3年間の間に成し遂げねばならず、自分も、郭氏も、またの中
国民主運動家や今回立ち上った人々も、その覚悟を決めていると述べました。

同時に、中国政府の弾圧は、国内のみならず、日本在住の華僑にすら及ん
でおり、大使館の命令で戻された華僑のリーダーの中には、中国国内で幽
閉され、嘘の自白書に署名するまで釈放されない人、また自殺に追い込ま
れた人もいる。同時に、今中国政府は、このような在外華僑を、みな自国
のスパイとして再編成しようともしており、日本国の主権と安全保障のた
めにも、中国の華僑弾圧は決して他人ごとではないと考えてほしいと指摘
しました。


 ▼ブルー、ゴールド、イエロー計画とは?

また、中国の現在の海外メディア懐柔策として「ブルー、ゴールド、イエ
ロー計画」を相氏は指摘しました。

ブルー:情報アクセス、プロフェッショナルな名声。報道メディアが協力
的だと判断された場合は、中国共産党は、そのメディアに対し取材やアク
セスを認め、共産党支配の安定を損なわないレベルの内部情報は提供して
メディアを取り込んでいく。逆に中国共産党独裁に徹底して批判的と判断
したメディアに対しては取材を規制するか、ビザさえも供与されない。

ゴールド:企業への財政的恩恵。国は脱税については目をつぶるが、国が
(その企業の)利用価値を認めなくなった際には突然、刑事告発の証拠と
されることもある。

イエロー:セックス スキャンダル、ハニートラップ などにより、西側メ
ディアの人間の弱点を握り、中国共産党に逆らえないような状況に追い込
んでいく。

相林氏は、郭氏の暴露によれば、法輪功、またウイグル人を対象にした臓
器売買の残酷な実態も明らかになりつつあり、かって法輪功の証言を充分
信用しなかったことを反省しつつ、中国での日本人の臓器移植についての
事例も今後明らかにしていく予定であると述べました。

質疑応答の部分では、マレーシア航空の飛行機が行方不明になった事件、
また日本の銀行や企業に対する様々な不正資金が中国から贈られているこ
とや、そして意図的な株価操作の可能性などにも触れられ、郭文貴氏の告
発は膨大なものなのでまだ十分整理しきれていない、今後は日本に関連す
る情報をより整理して発信していきたいと述べました。

最後に相林氏は、中国共産党がこのまま強大な力を持ち続ければ、アジア
や世界の平和が訪れることは絶対にない、自分たちは日本の皆さんと共に
この危険な平和の敵と戦ってほしいが、仮にそれが難しくても、私たち中
国人だけでも共産党を倒す覚悟でやる、その場合、できれば、中国の今の
独裁政権への経済支援だけはやめてほしいと強調しました
当日の配布資料から重要と思われる部分を引用しておきます。
   (文責 三浦)

(情報入手経路)2015年1月、郭文貴さんは、明鏡メディアグループ
(Mirror Media Group)とVOAを通じて、中国共産党の不正を暴露しまし
た。その内容の多くは現役中国共産党幹部の不正です。中央政治局常務委
員で中央規律検査委員会監察部書記を務め中国共産党事実上のNo.2とみら
れた王岐山氏および彼の家族の莫大な腐敗行為や、中央政法委員会書記の
孟建柱氏およびその部下の孫立軍氏の腐敗と不正な法執行を暴露しました。

郭文貴さんは暴露材料をどのように取得したのでしょうか?次の3つの経
路から取得しました。
 
aの経路。郭文貴さんの会社は、軍および国家安全部と提携していまし
た。また、別の軍や国家安全部と提携している別の企業とも取引がありま
した。軍、国家安全部、取引先と関係を深めていくうちに郭文貴さんは不
正と腐敗を知ってしまいました。

bの経路。国家安全部の中には、郭文貴さんのため、また自分自身の安全
確保のために不正や腐敗の情報を郭文貴さんに漏らしてくれることがあり
ました。

cの経路。郭文貴さんがアメリカで暴露を開始した後、中国国内から不正
と腐敗の情報を郭文貴さんに提供してくれる暴露支援者が現れました。
ネットユーザーや一般市民だけでなく、中国共産党の体制内部の人間や一
部の政府高官も郭文貴さんに情報を提供しています。


 ▼海外華僑への巧妙な弾圧

(華僑弾圧)2016年の後半から、中国の多くの地方で、華僑のリーダ、
実業家、エリート等の行方不明事件が相次いでいます。

彼らは、中国の国保(国家安全局)に違法に逮捕され、要求された自白を
するまでに、窓のない牢屋に入れられ、お風呂、シェーブ、ネールカット
もできない状態になっていました。その期間に、親族は彼らの行方が分か
らず、彼らも外のことが分りません。自殺したい人もいました。

今、中国とビジネス関係をもっている多くの方は、敢えて中国へ行って正
常なビジネスができず、一部の方が日本に戻っても、中国当局からの圧
力、中国大使館領事館の監視で異常に恐怖感を感じています。もっと大変
なのは、一部の会社が経営できず、家族がお互い会えず、正常な生活がで
きないことです。一部の方は、毎週国保に電話することと強制され、毎日
のしたことを報告するように要求されます。

(臓器売買)2017年10月、4日に予定されていた米シンクタンク、ハドソン
研究所主催のイベント、「郭文貴と話す会」は直前になって中止となっ
た。郭氏はその後のYouTube動画でイベントの中止について「江沢民の息
子江綿恒の臓器移植の内幕を暴露したことが原因だ」と話し、江沢民派の
勢力が米政府に浸透していると警告した。

郭文貴氏は9月公開の動画で、江沢民息子の江綿恒氏がかつて3回もの腎臓
移植を受け、そのために5人が殺され、手術に関わった医師が相次ぎ自殺
したと暴露した。

中国共産党高官が長生きする秘訣は継続的な臓器移植だー。米国逃亡中の
中国人富豪・郭文貴から衝撃的な発言が飛び出した。郭は、中国共産党高
官はガンなどの病気を患った場合、生き続けるために臓器移植を受けてい
る。臓器は刑務所の囚人から「需要に応じて摘出されている」と話した。

中国最大の資源は14億人もの国民。彼らは、共産党高官たちのための、枯
渇することのない「人体バンク」となっている。


 ▼バノン登場

(3年以内の中国独裁体制打倒とバノン氏との連携)

先日、郭文貴氏がニューヨークでAFPの独占取材に応じ、世界最大の人口
を持つ中国の「体制転換」と民主主義の導入を目指していると語った。
郭氏は、「私は法の支配を手にしたい。民主主義や自由を手にしたい。体
制転換……それが最終目標だ」と語った。

郭氏は年内に立ち上げ予定の新たなメディア・プラットフォームを使って
中国の共産主義体制の欠陥を明らかにすることで、3年以内の目標達成を

指している。
 郭氏は意外な「味方」がいることを明らかにした、トランプ米大統領の
側近だったスティーブ・バノン前首席戦略官・上級顧問だ。郭氏はバノン
氏とこれまでに10回会い、計画中のメディア・プラットフォーム媒體平台
について話し合ってきたという。郭氏は、「ご存じだろうが私は金持ち
だ。この(プラットフォームの)ために大金を準備してきた」と語った。

2017年12月16日

◆ネパールの左翼政権

宮崎 正弘

<平成29年(2017)12月15日(金曜日)弐 通巻第5549号 > 

ネパールの左翼政権、いちどキャンセルした中国主導の水力ダムを復活か
  インドが激怒するなか、カトマンズ新政権は均衡外交の綱渡りを再開
 
 ネパールの総選挙の結果、左翼連合が165議席の113を占め、3分の1以
上を確保したため、かなり強硬な政策に打って出る可能性がでてきた。そ
の目玉は「ブディ・ガンダキ」ダムの復活である。

同ダムは中国の「中国葛州堤集団」が25億ドルで請け負い、着工した時点
で、ときのネパール政権はキャンセルした。

中国葛州堤集団は湖北省武漢に本拠を置くゼネコンで、カザフスタンのパ
イプラインや、パキスタンでの高速道路建設など、国家プロジェクトを得
意としており、従業員およそ四万人。ゼネコンでは世界33位。
 
ネパールの左翼連合政権は、マオイスト(極左)と「ネパール・マルクス・
レーニン連盟」が連立を組むかたちとなり、中国寄りに外交路線を転換す
ると主張してきた。

 政権幹部は「われわれは中国のOBOR(一帯一路)に協力することで
経済発展をなしとげたい。インドと喧嘩別れする必要もなく、インドと中
国はわれわれの隣人であり、今後も両国関係は維持されるだろう。とくに
中国に傾き、インドを軽視するという路線を選択することなない」と語っ
ている。

ネパールはグルカ兵を国連に千名、のこりをブルネイ王室警護などに派遣
していることを誇りとしており、「国際平和を維持しているのは(グルカ
兵を派遣している)ネパールである」という大看板がカトマンズ空港に掲
げられ、外国人観光客の目を引いている。

 そのうえ近年、中国人が「近い、安い、短い」を合い言葉にネパールへ
の観光客のトップに躍り出て、カトマンズの日本料亭など、中国人で満杯
となっている。
      
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書評 しょひょう BOOKREVIEW 書評 BOOKREVIEW
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学徒出陣体験を持つ方々のインタビューをもとに
戦終、社会の混乱の中に放り出された若者達がどうやって生活し、家庭を
営んだか

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『学徒出陣とその戦後史』(啓文社書房)
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                         評 玉川博己

今年は戦後71年の年であり、また昭和18年の学徒出陣から73年目に当る。
日本人にとってもはや戦争ははるか彼方の遠い昔の出来事となっている。
戦後まれの筆者はもちろん戦争体験は何もないが、19年前に他界した私の
父が正にこの学徒出陣組であった関係で、生前の父からよく戦争の話を聞
かされたものである。

その意味で私にとって父(そして母の)戦争体験はある意味で幼少の頃か
ら身近な存在であった。戦争で父母や祖父母が如何に苦労したのか、戦後
の苦難の状況の中で父母達が懸命に生活を支え、子供を育ててきたことが
我が家のルーツでもあったと子供の頃から感じていたように思う。
これはまた私達の世代には共通した体験であるかも知れない。

本書は学徒出陣体験を持つ七名の方々のインタビューをもとに構成されて
いる。いわゆる戦記もの、戦争体験ものはこれまで実に多くの書物が出版
されてきているが、本書は単にそうした学徒出陣体験者の戦争経験にとど
まらず、それぞれが戦前はどのような学生生活を過ごしてきたのか、また
戦争が終わって復員後、戦後の社会の混乱の中に放り出された若者達がど
うやって生活し、家庭を営んできたのか、いわば戦後復興において各自が
どのように社会の中で奮闘してきたのかを貴重な証言によってまとめている。

言い換えれば本書から戦後復興史の一面が垣間見ることができるのではな
いだろうか。

 本書に登場する七名の証言者はいずれも筆者が取り組んでいる戦没学徒
慰霊追悼活動の中で知り合った方々である。

筆者は8年前の平成21年に母校・慶應義塾大学の戦没学徒を慰霊する慶應
義塾戦没者追悼会を代表幹事として立ち上げて以来、多くの大学の学徒出
陣体験世代のOBとも交流を持ってきた。

また学徒出陣70年に当る平成25年から神宮外苑の国立競技場にある「出陣
学徒壮行の地」記念碑前での戦没学徒追悼会を毎年10月21日に主催してい
る。(尚この記念碑は2020年東京オリンピック開催決定に伴い、国立競技
場が建替えられることになった関係で、平成26年から隣接する秩父宮ラグ
ビー場構内に仮移転されている)七人の証言者は年齢的に私の父と同世代
であり、皆90を越えている。これらの貴重な体験談から、私の父と父の世
代が戦中、戦後どのような青春を送ってきたかを窺い知ることができて誠
に有り難いとも思っている。


 ▼名編集者として三島由紀夫担当となった人もいる

この証言者の中には、早大出身で戦後講談社の名編集長として活躍された
原田裕氏も登場するが、とくに三島由紀夫との思い出も語られているのが
大変興味深い。

学徒出陣の原点は史上初の総力戦として戦われた第一次世界大戦にさか
のぼる。それ以前の戦争は正規軍が戦場で雌雄を決する戦争であり、しか
も短期決戦であったのに対して

第1次世界大戦は参戦国の総力をあげて戦う長期消耗戦となった。各国と
も徴兵による兵士の大量動員から、下級士官の補充要員としての学生の動
員も行った。米国ではROTC,英国ではOTCという学生を対象にした
予備役将校制度が十九世紀から存在していたが、第1次世界大戦を契機に
その拡充が図られ、米国を例にあげると昭和16年12月の日米開戦とともに
全米の大学でROTCの大量募集、大量動員が始まったという。

だから翌年八月の米軍によるガダルカナル反攻の頃には既に学生出身の戦
闘機パイロットや小隊長クラスの指揮官が戦場に登場している。日本の学
徒出陣は更に翌昭和18年末だから、米国は日本より、学生の戦争動員にお
いて、2年も先んじていたことになる。

欧州大戦の本格的な総力戦を経験しなかった帝国陸軍は、それでもルーデ
ンドルフが唱えた国家総力戦理論に影響を受けて、大正末から学校におけ
る軍事教練を始めるなど、高度国防国家論が力説されるようになっていった。

しかしその軍事教練も歩兵戦闘の初歩的なものであり、真の軍事教育から
は程遠いものであった。昭和十年代になると海軍における短現士官、予備
学生・予備生徒、陸軍における特別操縦見習士官などの諸制度が実施に移
されていった。その他大陸における支那事変の拡大に伴い軍医や獣医の動
員も行われていった。

しかし尚日本においては、大学、高等学校、専門学校に在籍している学生
には徴兵猶予の特典が与えられていた。昭和16年12月に大東亜戦争が始
まっても、これは変わらずであった。当局が本格的な学生の軍隊への動員
を決意したのは、戦局の苛烈の度が増してきた昭和18年夏頃といわれる。

昭和18年10月1日、政府は在学徴集延期臨時特例(昭和18年年勅令第755
号)を公布した。これは、理工系と教員養成系を除く文科系の高等教育諸
学校の在学生の徴兵延期措置を撤廃するものであった。これがいわゆる学
徒出陣である。徴兵検査の後陸軍は昭和18年12月1日に入営、海軍は同12
月10日の入団となった。

このように、私の父も含めた多くの学生が学窓から戦地に赴いた学徒出陣
であるが、では一体何名の学徒が出陣したのか、数万とも、10万とも、あ
るいは13万とも諸説があるものの正確な数は分かっていない。

またその内、何名が戦没したのかも不明である。

あれほど当時の国民に熱狂と鮮烈な印象を与えた学徒出陣であるが、その
実体は分からぬままに戦後を迎えたのである。本来なら国家総力戦下、時
の政府が命じ、大学が学生を戦争に送り出した学徒出陣であり、その結果
多くの学徒が戦没したのであるから、これをしっかりと総括すべき責任が
あるはずの政府や大学であるが、彼らは戦後全くこれを無視し、放置して
きた。むしろ問題はここにあるのではないだろうか。

私の父の母校である東京大学では、約1500名が戦没したといわれている
が(これは早稲田、慶應義塾に次ぐ数であるが)本郷にも駒場にもキャン
パス内には慰霊碑一つなく(学外に有志によって建てられた慰霊碑は除い
て)、また大学による慰霊祭も行われていない。

ハーバード大学をはじめ欧米の歴史ある大学には必ず様々な戦争で戦没し
たその大学出身者の名を刻んだ追悼施設が存在するのとは大違いである。
古今東西、あるいは宗教の違いを問わず、戦争において国のために散華し
た戦没者を英霊として敬意を捧げ、その慰霊追悼を行うのは極めて自然な
人間の感情に基く行為である。その戦争の歴史的評価とは全く別の問題で
ある。

戦後間もない頃、東大では卒業生有志によって本郷キャンパス内に戦没学
徒の慰霊碑として「わだつみの像」を建立する計画が持ち上がったが、当
時の南原繁総長は大学の学門や研究と直接関係のないものを学内に建てる
ことは辞退する、として断ったという。

以来、現在にいたるまで東大キャンパスには戦没学徒を慰霊する施設は何
もない状態が続いている。南原総長が慰霊碑の建立を断った理由として考
えられるのは、一つは当時の占領軍(GHQ)に対する遠慮があっただろ
うし、東大をはじめ全国の学園で大きな勢力を誇っていた共産党など左翼
勢力を刺激したくない、という気持ちもあったのであろう。

一方、当時ベストセラーとなったのが戦没学徒の遺稿を集めた『きけわだ
つみのこえ』であった。

多くの戦没学徒の遺稿は読むものの胸を打ったが、しかしやがてこの遺稿
集が、編集者のイデオロギーに沿う形で、あろうことか戦時中の官憲によ
る、あるいは戦後のGHQによる検閲よろしく、戦没者の遺稿を恣意的に
改竄して出来上がったものであることが判明し、その政治的思想的偏向が
批判されるようになった。

より公平な立場からということで、その後『雲ながるる果てに』や『あゝ
同期の桜』など多くの戦没学徒遺稿集が出版されるようになっていった。

先に戦後の東大について述べたが、最高学府たる東大に代表されるよう
に、戦後の日本における諸大学では、大学として学徒出陣を記録し、戦没
学生を慰霊、顕彰するどころか戦没者の調査すらまともに行われてこな
かった。およそ戦後日本の大学では戦争について語り、戦没者を慰霊する
ことを忌避敬遠するような空気が存在していたといえる。

私の知る限り、東京都内で大学キャンパスに戦没学徒の慰霊、追悼の碑や
施設が存在し、毎年慰霊祭や追悼会を実施しているのは、早稲田、慶應義
塾、一橋、國學院、東洋、拓殖,亜細亜の7大学しかないし、東京以外で
キャンパスに慰霊碑があるのは小樽商大、香川大など数えるほどしかない。

これらの大学は卒業生のまとまりが強く、愛校心が強いという共通点がある。

一方、各大学を横断する戦没学徒慰霊の動きとして、平成5年に、昭和18
年10月にあの学徒出陣壮行会が行われた国立競技場(元神宮外苑競技場)
の敷地内に、全国諸大学の学徒出陣世代卒業生有志の寄金によって「出陣
学徒壮行の地」記念碑が建立された。

建立された場所はあの壮行会における分列行進のスタート地点であったマ
ラソン・ゲート傍であった。以来、毎年10月21日にはこの碑の前で、元出
陣学徒たちが集まって献花行事を行ってきた。しかし平成25年に2020年東
京オリンピックの開催が決定したことにより、国立競技場が建替えられる
ことになったことに伴い、この記念碑も移転されることになった。

これに先立って、関係者によって国立競技場を管理する文部科学省当局に
記念碑の永久保存を要請してきたが、同年末には閣議決定をもって記念碑
の永久保存が決定された。また国立競技場の建替え工事の着工に伴って、
平成二十六年には記念碑が秩父宮ラグビー場構内に仮移転されることに
なった。

秩父宮ラグビー場への仮移転後も、毎年10月21日に記念碑前で戦没学徒追
悼式典を開催している。また実行委員会も戦後生まれの世代に引き継が
れ、私もその代表をつとめている。

このように戦後すでに71年、学徒出陣から73年がたつが、学徒出陣を記念
し、戦没学徒を慰霊追悼する運動は、学徒出陣世代からその子の世代に引
き継がれ、更にその孫の世代も参加しつつあるのは、ある意味自然の流れ
であろう。

学徒出陣から73年、戦後71年という歳月が経過し、もはやあの戦争もそ
して学徒出陣という歴史的出来事もはるか遠い過去の出来事のように感じ
られる。

しかし現在は過去の延長線上に位置し、戦後のそして現在の日本は戦前、
戦中の日本と全く無縁に存在しているのではない。

私の父も含めてあの戦争に青春を捧げ、血みどろになって戦った世代の若
者たちが、戦後の廃墟の中から立ち上がり、引き続き終戦後の苦難の中を
必死に生き抜いて日本再建を目指して戦った歴史でもあったのだ。私たち
は自分たちの父母を見てそのように実感してきた。本書で語られた学徒出
陣体験者の証言は貴重な昭和史であり、青春の記録であり、そして世界を
も驚愕させた日本復興史を物語る証言でもある。

また本書に登場した元出陣学徒たちの心には、あの戦争に散った多くの仲
間たちの、学問を愛し、家族を愛し、そして祖国を愛する心がそのまま生
き続けてきたことを深く感じ取ることができる。

私たちはその心を我が心として受け止め、次の世代に引き継いでゆくこと
を我らが使命と考えたい。
           
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 日本の大戦略とは何か? どうやれば中国との戦いに勝てるのか
  闘わずしてチャイナを倒す方法がもしあるとすれば、それは何か

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北野幸伯『中国に勝つ日本の大戦略』(育鵬社)
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 日中戦争はもう始まっている、と著者はいきなり平和にひたるお花畑に
冷水を浴びせる。孫子は『闘わずして勝つ』ことを上策とし、本当に武力
で衝突して消耗してしまうことを『下策』とした。

 その下策を中国にやらせることが、日本の戦略とすべきだが、現実は国
際情勢の複雑な要員をひとつひとつパズルのように解いて、効果的な駒の
配置をなし、本当の戦いに備えるべきである。

だが、そういう戦略を立案する政治家も官僚も日本には存在しないようで
ある。

これをやっているのは、むしろ中国であると著者は言う。

 「中国は2005年、ロシアと事実上の『反米一極主義同盟』を結んだ。つ
まり、中国は、事実上の米中同盟を維持しながら、一方でロシアと事実上
の『反米中露同盟』をつくり、なおも『アメリカからまったく警戒されな
い』という奇跡的外交に成功している」

その中国優位の状況をひっくりかえす政治的なクーデターがトランプの登
場であった、トかような筋書きで、本書は、日本人になじみの薄い戦略的
思考を駆使して世界情勢を読み解いている。
         
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  樋泉克夫のコラム 樋泉克夫のコラム 樋泉克夫のコラム 
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樋泉克夫のコラム
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【知道中国 1672回】          
――「支那は上海の大なるものとなるべき運命を荷ひつヽ・・・」――(前田10)
  前田利定『支那遊記』(非賣品 大正元年)

                 ▽

やはり清朝末期から中華民国建国直後になって孔子は「信念と尊敬とを受
けら」なくなり、「支那仁義道?の大道」の「命脉を保」つことができな
くなったということか。

たしかに前田の「落胆」は判らないわけではない。だが、それは前田
の、いや日本人の「買い被り」というものだ。

「大聖孔子」は一貫して「四億萬民衆の師表」と崇め奉られてきたように
いわれているが、それは社会の極く上層に限られたこと。目に一丁字もな
い圧倒的多数の老百姓(じんみん)には全く関係がなかった。彼らにとっ
て「支那仁義道?の大道」などは戯言に過ぎなかったはずだ。1年中休み
なく田畑を相手にする農民からすれば、『論語』であれ『孟子』であれ腹
の足しにすらならない。

やはり『論語』や『孟子』が老百姓(じんみん)の日々の生活に役に立
たなかったと同じように、中国古典は日本人が中国・中国人を知ろうとす
るうえで障害でしかなく、誤解を誘うに過ぎなかったのではなかろうか。


いったい歴史上、日本人が理想として描くような「支那仁義道?の大道」
などが行われたことがあったのか。大いに疑問だ。

かりに「支那仁義道?の大道」という大層な考えは最初からなかった。そ
れは誤解・曲解に基づいて日本人が勝手に描き出した蜃気楼であったと考
えるなら、「命脉を保」つことも当然のようにありえない。

いいかえるなら、四書五経やその他の古典が尤もらしく記すゴ大層なヘリ
クツをテコにして中国・中国人を解き明かそうとしたこと自体が壮大なる
夢物語、いや徒労だったように思えて仕方がない。

辛亥革命勃発から清朝崩壊を経て中華民国建国に至る状況を、前田は「内
治外交紛々として定まらざる今日の時期が一番危險に御座候」とした。

それというのも、これまで国内諸勢力は「滿朝を仆し專制政治より共和政
治の民たらんとする目的」を共有していたが、結果として誕生した中華民
国は「共和の形骸片ばかり出來其國の礎未だ築き上げられ」ず。統一を欠
いた国内は「共和國と稱するも士民共和せず各省互に獨立の如き様相を
呈」し、「中央集權の威力甚だ振はず國政紛糾紊亂」するばかり。「老雄
袁大總統の怪腕も殆ど施す策」はなかった。

こういった状況が続けば国土分裂に至ることも考えられるが、「如何な
る形式にて分裂すべきか殆ど豫測し難」い。

分裂するにしても「支那自身にて分裂致す」のか。あるいは「列國の手に
より分裂せらるゝに至る」のか。これまた「豫想致し難く候」。

であればこそ隣国であり利害関係が極めて錯綜している我が国は、逸早
く「適應の準備と覺悟とを今に於てなし置かざれば」、「其時に至りて百
年の悔を遺」すことになる。かくて「革命混亂時より今日の支那こそ危險
物騒千萬の時期と存候」と“警鐘”を鳴らした。

こう考えた前田が、かりに21世紀初頭の現在に生きていたとするなら、
おそらく毛沢東の時代より「今日の支那こそ危險物騒千萬の時期と存候」
と説いたに違いない。
それというのも毛沢東は建国と同時に対外閉鎖をしたからである。
50年代末期の反右派闘争、50年代末から60年代初頭にかけての大躍進政
策、66年から10年続いた文化大革命など一連の政策は国内に大混乱をもた
らし未曾有の犠牲者をだしはしたが、飽くまでも国内政治でしかなかった。
反右派闘争の犠牲者が理不尽な仕打ちを受けようが、大躍進で多くの国民
が飢餓地獄に苦しもうが、文革が凄惨な殺し合いを全国規模でもたらそう
が、所詮は「竹のカーテン」で仕切られた内側で繰り広げられたコップの
中の嵐に過ぎないものだった。 

 たしかに『コップ』が巨大すぎる嫌いはあるものの、それでも「山よ
りデカいイノシシはいない」の譬えの通り、中国というコップは地球より
も遥かに小さかった。
であればこそ、「竹のカーテン」が地球全体を包むことなどできはしな
かったということだ。
         

2017年12月15日

◆ようやく次期駐韓大使を指名

宮崎 正弘

<平成29年(2017)12月13日(水曜日)通巻第5546号 >  

 トランプ政権、ようやく次期駐韓大使を指名
  朝鮮半島の専門家、ジョージタウン大学教授ヴィクター・チャ

 12月12日、トランプ大統領は、懸案だった米国の次期駐韓大使にヴィク
ター・チャ(ジョージタウン大学教授、CSIS)を指名した。米国の駐
韓大使は、トランプが訪韓した11月7日時点でも決まっておらず、代理大
使が職務を代行していた。

前任者のマーク・リペート大使は、韓国人暴漢にナイフで襲われ重症を
負って以来、ソウルの米国大使館は厳戒態勢にある。

しかし2018年2月9日からの平昌五輪開会式までには、米国の新大使が出席
できるよう、韓国外務省はただちにアグレマンを出す用意があるという。

ヴィクター・チャ次期大使は朝鮮半島前半の知識が豊富で、2004年から07
年まではブッシュ政権下安全保障会議で、北朝鮮問題の責任者を務めた。
その政治的対場はタカ派ではない。

差し迫った北朝鮮の核ミサイル危機に、いかに対応するかチャ教授の外交
官としての技量が試されることになる。

米韓関係はTHAAD配備以来、前向きな展開はひとつもなく、まして親
北派の文在寅大統領の親中外交はTHAAD配備撤去を狙っているうえ、
反日路線を捨ててはおらず、慰安婦像を世界中に建立する動きも加速させ
ている。

米国は韓国との防衛協力に加え、FTA見直し交渉、さらには在韓米軍
(28500名)の配置換えなど、重大な問題を多く抱えている。

      
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◆樋泉克夫のコラム 樋泉克夫のコラム 樋泉克夫のコラム 
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【知道中国 1671回】              
――「支那は上海の大なるものとなるべき運命を荷ひつヽ・・・」――(前田9)
前田利定『支那遊記』(非賣品 大正元年)

  ▽
 袁世凱を目の前にして前田は、たしかに「一國首相の印綬を帶ぶるの
儀」ではある。だが「大總統は一國の元首」であればこそ、その「地位に
立たん者」は「機略術數に富む」だけではなく、「天下萬衆を率ゐる一
に?ある」ことが必要だ。その点、袁世凱は「?に於て欠くる所なき
か」、「策多きに過ぐる嫌なきか」と疑問を抱く。

袁世凱は権謀術策に富み権力を弄ぶことは知ってはいるものの、中華民国
の大総統として「天下萬衆を率ゐる」ほどの徳はないというのが、前田の
結論といえるだろう。

袁世凱のその後だが、1913年10月に正式に大総統に就任し、11月には革
命派が結成した国民党を解散させ、14年には国会を停止し、翌年には帝政
復活に動き、16年1月には洪憲皇帝を名乗って即位した。だが、さすがに
内外からの激しい反対に遭い、袁世凱打倒の第三革命まで起り、3月には
帝政を引っ込め、6月には失意のうちに病死している。

このように大総統就任から失意の死までを追ってみると、「袁大總統の天
下に臨むに須らく?を以てせられんことを彼國の爲に切に祈る處に御座
候」という前田の“忠言”が生かされることはなかったということか。それ
にしても、袁世凱に「天下萬衆を率ゐる」ための徳がないことを見抜いた
前田の眼力は褒められてしかるべきだろう。

ちなみに『支那遊記』の出版から2年を経た大正3(1914)年に出版され
た『支那論』で内藤湖南は、袁世凱を「支那の国民を都統政治に引き継ぐ
大人物であるかも知れぬ」と、高く評価している。

袁世凱に対する前田と内藤――片や加賀藩主末裔の子爵、片や大正・昭和前
期の日本を代表する支那学者――袁世凱に対する両者の見立てを比較した
時、その後の推移からしてどちらが現実を見据えていたのか。その答えは
自ずと明らかだろう。『支那論』は北一輝の『支那革命外史』(大正10
年)と共に大正期を象徴する支那論であり、やはり避けては通るわけには
いかない。後日、詳細に論じたいと思う。

閑話休題。次は北京の名所見学の一齣である。

巨大な喇嘛廟へ。「敷石はそれからそれへと續き候へ共草離々として此處
の大荒れに荒れ居り候」。空寂とした境内に前田らの靴音が響くと、「乞
食坊主夫々己が受持ちの御堂の前に手ぐすね引いて待ち受け居り錢をつか
ませねば開けようとも」しない。

押し問答の末に小銭を渡し扉を開けさせて中に入るのだが、その先に“難
関”が待ち構えている。数多の御堂の「此處に彼處に幾重ともなく錠前
かゝり居り其都度乞食坊主に」小銭を要求される。

 やっとのことで一番奥の御堂に辿り着き、安置されている仏像の数々
に手を合わせていると、「よき客得つと許りに乞食坊主」が香炉台の下や
ら暗がりから達磨大師や佛像を引っ張りだしてきて、「賣り付けんと致し
申候」。かくて前田は、「み佛に仕え奉る僧侶共が如何に末世とは乍申他
國の觀光客に佛像を押賣せんとするに至ては沙汰の限り度すべからざる僧
形の獸物と存候」と驚き呆れた。

 次いで訪れた「大聖孔子の廟」でも、「乞食坊主に錢を貪られつゝ門
を入る」。覆い難い惨状に、「四億萬民衆の師表と仰がれ候聖人も三千年
の今日其國民から果して幾許の信念と尊敬とを受けられ居候や」と疑問の
声を挙げる。かくて前田は「支那仁義道?の大道は今猶幾許の命脉を保ち
つゝ居り候や」と続け、「一度聖廟に詣づれば思ひ半ばに過ぎ申すべく
候」と嘆き呆れ果てる。

 たしかに前田のいわんとすることも判らないではない。だが、はたし
て孔子は「四億萬民衆の師表と仰がれ」ていたのか。「三千年」の間、
「聖人」は「其國民から」「信念と尊敬を受けられ」、「支那仁義道?の
大道」は「命脉を保」ってきたとは、とても思えない。《QED》

2017年12月14日

◆トランプの爆弾発言が炸裂

宮崎 正弘

<平成29年(2017)12月12日(火曜日)弐 通巻第5545号>   

 「エルサレムがイスラエルの首都」とトランプの爆弾発言が炸裂
   中東に手をのばし続けるロシア、見えない手で各国に浸透を開始

 トランプ大統領が「エルサレムがイスラエルの首都」と宣言したため、
ガザ地区では暴動で死者、パリでも大規模な反対集会。全世界のイスラム
圏ならびに先進国のイスラム移民が暴れまくり、トランプの写真と星条旗
を踏みつけた。

トランプの意図は、イスラム世界の攪乱なのか、イスラエルの傀儡という
評価があることは知っているが、すでにトランプは大統領選挙への出馬会
見(15年6月16日)をNYトランプタワーで開き、その折に配布した
自著『障害児となったアメリカ』のなかに、いくつかの公約が入っている。

目玉はTPP離脱、パリ協定脱退、ユネスコ拠金凍結、メキシコとの間に
壁、NAFTA見直し、同盟国への防衛分担増大、そして「エルサレムを
イスラエルの首都であることを歴代政権は確認したが、大使館を移転しな
かった。わたしは大使館移転も行う」とちゃんと書いてあるのだ。

 トランプの爆弾発言以前にすでに中東では巨大な地殻変動が激化している。

第1は米国の力の衰退を象徴するかのように「シリア」問題ではロシアが
ヘゲモニーを握った。この米国衰退ぶりに動揺したのが、トルコ、エジプ
ト、ヨルダンなどだった。
 トルコのエルドアン大統領は「イスラエルはテロリスト国家だ」と言い
出した。

第2にロシアに異常接近をなしてきたサウジアラビアでは一種の王室クー
デタが起こって跡目相続を争う潜在的敵の王子たちを拘束し、およそ11
兆円ともいわれる財産を没収したほか、カタール断交して、イランとの対
決姿勢を強めた。

またサウジはイエーメンに介入し、イラン系武装勢力との戦争を展開し、
イエーメンも泥沼状態に陥った。

第3がイラク国内でのクルド族の独立を求める住民投票が93%もの支持
を得たのに、結果的にクルド族同士の内訌、タラバニ派の裏切りにより石
油鉱区奪回の失敗、ここにもまた国内にクルド族を抱えるイランとトルコ
の鵺的行動が重なってきた。

この複雑怪奇な情勢の混沌の火に油を注ぐようにトランプのエルサレム首
都宣言が炸裂したのだから、これは「地震」級だ。


▼日本は依然として原油の80%を中東から輸入している

日本にとって懸念されるのは原油の80%、ガスの65%を中東に依存する脆
弱な体質のため、戦争のリスクが高まるとエネルギーの供給不安が増幅
し、ドルが高くなり、日本の株価は下がり、ゴールドが上昇するという市
場の特性とは別に安全保障上の問題が浮き彫りとなる。

ならば中東石油の行方はどうなるか、と言えば、米国はすでに原油とガス
の輸入国ではない。

だからこそサウジアラビアに過去にないほどに強気の姿勢で臨むわけで、
同時にサウジ国王を前にして、堂々とイスラエル支持を明瞭にするのも、
どちらかと言えば米国内向け政治宣伝という要素が強い。イスラエルもま
た沖合油田が掘削され、いまでは自給できるのである。

こうなると1970年代に吹き荒れたOPECの強い石油カルテルは消滅した
と見て良いだろう。

三年前からつづいたサウジアラビアの増産が、市場を動かす要素とはなら
なかったように、今後のリスクはOPECを超えて、ロシアが加わっての
新カルテル形成が予測されることである。

ともかく建国以来、米国は「神の国」だった。英国を逃れて東海岸にたど
りついたピューリタンとは、キリスト教原理主義である。聖書を信じての
建国だったし、その後のマニフェストディスニィ(神の意志により西進す
る)なども西部開拓とインディアン虐殺の免罪符として活用された護符で
あった。

こうした文脈から、ユダヤ教を原点とする旧約聖書を基礎とした新約聖書
をアメリカ人は信奉するのだ。したがってエルサレムが首都であること
は、はキリスト教原理主義にも意議が深く、こうしたアメリカ政治の理念
とは抽象的概念と契約の国という宗教的性格が基底になる。

だからこそトランプは選挙公約で明言し、支持層に約束してきたことの一
つが「イスラエルの首都はエルサレムだ」という確認と、実体的にその公
約の実現には米国大使館の移転を約束したという流れになる。

しかし大使館移転と言っても、エルサレムの一等地に空いた場所はない。
用地の選定から実際の基礎工事までに五年、トランプの任期中に実現する
ことは望み薄であり、リップサービルの可能性も高いのである。

2017年12月13日

◆トランプの爆弾発言が炸裂

宮崎 正弘

<平成29年(2017)12月12日(火曜日)弐 通巻第5545号   

 「エルサレムがイスラエルの首都」とトランプの爆弾発言が炸裂
   中東に手をのばし続けるロシア、見えない手で各国に浸透を開始

 トランプ大統領が「エルサレムがイスラエルの首都」と宣言したため、
ガザ地区では暴動で死者、パリでも大規模な反対集会。全世界のイスラム
圏ならびに先進国のイスラム移民が暴れまくり、トランプの写真と星条旗
を踏みつけた。

トランプの意図は、イスラム世界の攪乱なのか、イスラエルの傀儡という
評価があることは知っているが、すでにトランプは大統領選挙への出馬会
見(15年6月16日)をNYトランプタワーで開き、その折に配布した
自著『障害児となったアメリカ』のなかに、いくつかの公約が入っている。

目玉はTPP離脱、パリ協定脱退、ユネスコ拠金凍結、メキシコとの間に
壁、NAFTA見直し、同盟国への防衛分担増大、「エルサレムをイスラ
エルの首都であることを歴代政権は確認したが、大使館を移転しなかっ
た。わたしは大使館移転も行う」とちゃんと書いてあるのだ。

トランプの爆弾発言以前にすでに中東では巨大な地殻変動が激化している。

第一は米国の力の衰退を象徴するかのように「シリア」問題ではロシアが
ヘゲモニーを握った。この米国衰退ぶりに動揺したのが、トルコ、エジプ
ト、ヨルダンなどだった。

トルコのエルドアン大統領は「イスラエルはテロリスト国家だ」と言い出
した。

第二にロシアに異常接近をなしてきたサウジアラビアでは一種の王室クー
デタが起こって跡目相続を争う潜在的敵の王子たちを拘束し、およそ11
兆円ともいわれる財産を没収したほか、カタール断交して、イランとの対
決姿勢を強めた。

またサウジはイエーメンに介入し、イラン系武装勢力との戦争を展開し、
イエーメンも泥沼状態に陥った。

第三がイラク国内でのクルド族の独立を求める住民投票が93%もの支持を
得たのに、結果的にクルド族同士の内訌、タラバニ派の裏切りにより石油
鉱区奪回の失敗、ここにもまた国内にクルド族を抱えるイランとトルコの
鵺的行動が重なってきた。

この複雑怪奇な情勢の混沌の火に油を注ぐようにトランプのエルサレム首
都宣言が炸裂したのだから、これは「地震」級だ。


▼日本は依然として原油の80%を中東から輸入している

日本にとって懸念されるのは原油の80%、ガスの65%を中東に依存する脆
弱な体質のため、戦争のリスクが高まるとエネルギーの供給不安が増幅
し、ドルが高くなり、日本の株価は下がり、ゴールドが上昇するという市
場の特性とは別に安全保障上の問題が浮き彫りとなる。

ならば中東石油の行方はどうなるか、と言えば、米国はすでに原油とガス
の輸入国ではない。

だからこそサウジアラビアに過去にないほどに強気の姿勢で臨むわけで、
同時にサウジ国王を前にして、堂々とイスラエル支持を明瞭にするのも、
どちらかと言えば米国内向け政治宣伝という要素が強い。イスラエルもま
た沖合油田が掘削され、いまでは自給できるのである。

こうなると1970年代に吹き荒れたOPECの強い石油カルテルは消滅した
と見て良いだろう。

3年前からつづいたサウジアラビアの増産が、市場を動かす要素とはなら
なかったように、今後のリスクはOPECを超えて、ロシアが加わっての
新カルテル形成が予測されることである。

ともかく建国以来、米国は「神の国」だった。英国を逃れて東海岸にたど
りついたピューリタンとは、キリスト教原理主義である。聖書を信じての
建国だったし、その後のマニフェストディスニィ(神の意志により西進す
る)なども西部開拓とインディアン虐殺の免罪符として活用された護符で
あった。

こうした文脈から、ユダヤ教を原点とする旧約聖書を基礎とした新約聖書
をアメリカ人は信奉するのだ。したがってエルサレムが首都であること
は、はキリスト教原理主義にも意議が深く、こうしたアメリカ政治の理念
とは抽象的概念と契約の国という宗教的性格が基底になる

だからこそトランプは選挙公約で明言し、支持層に約束してきたことの一
つが「イスラエルの首都はエルサレムだ」という確認と、実体的にその公
約の実現には米国大使館の移転を約束したという流れになる。

しかし大使館移転と言っても、エルサレムの一等地に空いた場所はない。
用地の選定から実際の基礎工事までに五年、トランプの任期中に実現する
ことは望み薄であり、リップサービルの可能性も高いのである。

2017年12月10日

◆あのサアカシビリは「健在」だった

宮崎 正弘

<平成29年(2017)12月9日(土曜日)通巻第5540号>   

 あのサアカシビリ(元グルジア大統領)は「健在」だった
  こんどはウクライナでクーデター計画に失敗、検察が身柄を拘束

ツキが落ちた。サアカシビリと言えば、グルジア(現在は英語読みに
「ジョージア」)民主化のヒーローにして、ビジネスの成功者。

海外からひとたび故郷のトビリシへ帰国するや大統領に当選し、2008年グ
ルジアから独立を図るオセチアとの戦争を始めた。

米国が武器支援を約束していたからとサアカシビルは申し立てたが、誰も
相手にされず、ついに彼の唱えた愛国ナショナリズムに共鳴するジョージ
ア国民は少数派だった。彼はユダヤ人だからと背景を説明する情報通もいる。

2008年8月8日、北京五輪に何食わぬ顔をして列席したプーチンは、ロシ
ア軍にグルジア攻撃を命じていた。

以後、サアカシビルはウクライナへ亡命し、当時のヤヌコビッチ大統領か
らウクライナ国民と認められた上、オデッサ知事に任命された。

オデッサはキエフより豊かな黒海の港湾都市、リゾート地としても有名で
世界の金持ちがヴィラを保有し、ヨットを保有する、繁栄都市である。

そのサアカシビリは、キエフのアパートの屋上に駆け上がり、飛び降りる
と大騒ぎをして、新聞種になった。2017年12月6日ごろの事件だ。

検察が自宅に踏み込み、身柄を拘束しようとしたので、密かなる処分を恐
れた彼は屋上に昇って自殺劇を演じ、ともかくメディアに報道させること
に成功した。

検察がサアカシビリを拘束した理由は「毒性の化学材料などを保有し、反
政府勢力と接触し、クーデター計画を練っていたという容疑である。

その軍資金はヤヌコビッチ前大統領(ロシアに亡命中)から50万ドルが出
ていた」という。

このウクライナの官製情報の信憑性は稀薄だ。いずれにしてもサアカシビ
ル元大統領、前オデッサ知事の落剥ぶりを物語る。

      
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書評 しょひょう BOOKREVIEW 書評 BOOKREVIEW
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数多(あまた)ある育児書の洪水の中、これは「日本人を育てる」育児
書であるおとぎ話と偉人伝がこどもの情操教育にいかに大事であるか、そ
の意 味を説く

   ♪
田下昌明『もう子育てでは悩まない この一冊で育児は完結する』(明成社)
@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@

 著者は小児科医、医学博士。だからといって本書が、どの書店でも本棚
にならぶ育児書のたぐいと考えると大間違いだ。

友人の茂木弘道氏が、「是非、この本を読め」と勧めるので、「なぜ育
児書を?」と訝しく思いながら、ページを紐解いた。

この本は育児を通しての日本人論である。異色のアングルから独自の育
児方法を説く、類書には例のない独創的な本である。つまり「日本人を育
てる」ことが育児の基本になければならないと、医書が述べないことを力
説している点で、まことにユニークであり、愛国的育児書なのである。
 
田下博士はこう言われる。

「私たちが子供を育てるとき、日本人と生活習慣の違う民族の育児法を取
り入れたりすると、それでもその子供は最終的には日本人にしかならない
のですから、その子供は日本人の社会で生活することの下手な、日本人ら
しくない日本人になるだけ」。

幼児からの英語教育とか、インタナショナルスクール流行に世相にまず
は先制攻撃。

なぜなら「人間は動物と違って自分の考えや感情を言葉によって相手に伝
えます。言い換えれば、自分の気持ちを相手に伝える方法は言葉しかない
のです。だから私たちの赤ちゃんは将来、美しい日本語を正確に、数多く
使える大人にならなくてはなりません」。

その当たり前のことが昨今の日本では行われていない。だからおかしな人
間が「日本人」を名乗るのである。
 
博士はまた、こうも言われる。

「日本語を覚えること、これが日本人へ第一歩です。そのためにはまず、
最初の先生である母親が美しい日本語を正確に数多く使えなくては、事は
始まらないのです。それには国語の勉強です。これはやはり本を読む以外
に方法はありません。子供に言葉を教えるときにすぐ使えるという点で、
私は次の二種類のものをおすすめします」
第一は「おとぎ話」。

それも何回も読んで聞かせ、暗記するくらいに覚えさせる。

第二には偉人伝である、と田下博士は推奨する。

つまり、こうした学習法によって子供は、「誰のようになりたいのか」
「何に人生を縣けるのか」を身につけさせる、そして「どんな大人になっ
て欲しいのか」の回答を得られる重要な要件となる。

また子供は「人を愛することが出来る人間にならなければいけません」。
それには「愛された経験をもっていなくてはなりません」
育児は母親ばかりではなく父親も、「誰のようになりたかったのか」を子
供に語り、自分は何に人生を縣けているのかを子供に示すために、子供と
人生を大いに語るべし、とする。

なるほどと納得しながら本を閉じて、さっそくこの本を知人の娘が子を生
んだばかりの家庭に贈ろうとおもった。


2017年12月09日

◆中国パキスタン経済回廊 挫折か

宮崎 正弘

<平成29年(2017)12月8日(金曜日)通巻第5538号>   

中国のシルクロートの目玉「CPEC」(中国パキスタン経済回廊)挫折か
  パキスタン国内のハイウェイ、3箇所の現場で工事中止

イスラマバード(パキスタン政府)が困惑の体で発表した(12月5日)。
 中国が560億ドルの巨費を投じるCPECはグアダール港から新彊ウィ
グル自治区まで鉄道、高速道路、そして光ファイバー網とパイプラインを
同時に敷設する複合プロジェクトである。

途中には工業団地、プラント、火力発電所などが突貫工事で進捗している。

高速道路に関して言えば、パキスタン政府が道路建設を開始していたが、
2016年の習近平パキスタン訪問時に、「中国シルクロード構想」(一帯一
路)の傘下に入り、相乗りというかたちで高速道路建築プロセスが修正さ
れていた。

その高禄道路建設現場の4箇所で、工事が中断していることが判明した。
 中国のファンディングが中断されたのが原因で「汚職が凄まじく、続行
が困難」との理由が説明されたという(『ザ・タイムズ・オブ・インディ
ア』、2017年12月5日)。

もともとパキスタンも、中国と同様に政治高官の汚職がはびこる社会。そ
のパキスタンと中国が軍事同盟なのだから、一部には『汚職同盟』という
声もあった。

しかしCPECは習近平が政治生命を賭けての一大プロジェクトであり、
南アジアでは、560億ドルを投じる世紀の大イベントでもあり、死にもの
ぐるいでも完成しようとするであろう。

先般も指摘したように「一帯一路」の英語の略称はOBOR(One 
Belt One Road)、まさに(One Bribe One 
Rebate)だ。
          
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2017年12月08日

◆金正恩の核ミサイルは中国にも照準

宮崎 正弘

<平成29年(2017)12月7日(木曜日)弐 通巻第5537号 >  

中国吉林省の『吉林日報』、住民に「核戦争に如何に備えるか」の特集号
  やっぱり、金正恩の核ミサイルは中国にも照準

12月6日付けの『吉林日報』に全面特集記事がでた。吉林省と言えば、朝
鮮族が200万人ほど居住し、北朝鮮との行き来がもっとも多い。

米軍のB1B長距離爆撃機が飛来し、平壌は『アメリカをコテンパンにの
してやる』などと豪語しているが、これらの動きから戦争の危機が迫って
いると認識している。

中国の公式見解では北朝鮮が核ミサイルを保有しているのは日本とアメリ
カ向けであり、よもや中国に照準を合わせていると書いているメディアは
ない。

吉林日報も、記事には1行も「北朝鮮」への言及はなく、核爆弾を搭載し
た米軍機が飛来していることを強引に結びつけて、廣島、長崎を連想させ
る記事となっている。

北朝鮮に核爆弾被害がおよんだとき、吉林省にも放射能が及ぶため、「窓
を閉め、身体を洗い、歯を磨き、放射能から身を守れ」とイスラスト入り
で、防御策を示した。

爆発する光りを見てはいけない。外にいた場合はすぐに地面に伏せよ。家
の中にいたら、テーブルの下などに潜り、窓の側からはなれ、また崩れや
すい箪笥などからも距離をおけ。爆発後に放射能を清めるための措置をと
り、シャワーがあれば身体を洗うのが良いが、それが不可能なら、タオル
を濡らし、身体を拭くなどの処置を取れ、などと初歩的なガイダンスに終
始している。
 
表向き、北朝鮮の暴発をシナリオに含んでの報道ではないが、深層心理と
して、北朝鮮が核ミサイルを中国へ向けるシナリオが、その中には含まれ
るのだろう。あるいは核兵器の事故を想定していることが推定できる。
事態はまたまた深刻となった。
          
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  樋泉克夫のコラム 樋泉克夫のコラム 樋泉克夫のコラム 
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樋泉克夫のコラム
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【知道中国 1668回】              
――「支那は上海の大なるものとなるべき運命を荷ひつヽ・・・」――(前田6)
  前田利定『支那遊記』(非賣品 大正元年)

                ▽
つまり日本人の前田にしてみれば清朝が崩壊し中華民国が誕生したわけだ
から、全土が排満思想で沸き返っているはずと思っていたわけだが、どう
やら肩透かし。そこで、次のように考えた。

共和思想は南部の限られた「士人」が何らかの意図に従って「唱道」し
ただけ。彼ら以外は「當時盲目的に烟に捲かれ雷同附和して?から出た誠
とはなりし位のもの」でしかなく、「堅固なる政治上の信念により排滿思
想の天下に充實して民論遂に革命となりしものとは受とれ申さゞる樣」で
ある。

「『ハイカラ』の共和政治」を掲げる中華民国中央政府所在地の北京か
らほど遠からぬ信陽で前田が眼にした光景は、まさに清朝治下のそれで
あった。かくて「共和政府の威嚴の徹底せざるものあるに至りては共和政
も隨分薄ぺらのものなることと相知り可申存候」と結論づけた。

どうやら前田は北京の「中央政府を去る左迄遠からざる併かも鐵道沿線
上」の信陽の街で、じつは日本人自らの物差しが単なる思い込みに過ぎた
かったことを気づかされたということだろう。

これを一気に天安門事件に敷衍してみると、日本では中国全土が民主化の
要求に溢れていたと思い込みながら事態の推移を注視していた。だが「ハ
イカラ」な民主化思想は一部の「士人の爲す所ある爲に唱道せしを他は當
時盲目的に烟に捲かれ雷同附和し」たに過ぎなかった。であればこそ、
「堅固なる政治上の信念」による民主化思想が当時の中国の「天下に充實
して」いるはずもなかったということではなかったか。

トウ小平の改革・開放政策にしてから、「ハイカラ」な経済改革による
政治改革・開放社会実現は一部の「士人の爲す所ある爲に唱道せしを他は
當時盲目的に烟に捲かれ雷同附和し」ただけであり、結果として生まれた
のは欲望剥き出しの超野蛮弱肉強食市場経済だった。経済が発展し、社会
が豊になれば民主化するというアメリカ式希望的観測は、こと中国におい
ては全く成り立たなかったわけだ。

それにしても中華民国建国以後の混乱を考える時、辛亥革命を「當時盲
目的に烟に捲かれ雷同附和して?から出た誠」だと捉える前田の視点に注
目しておきたい。

北京では「租界地に入り申候英國、?國、(獨逸)荷蘭、(和蘭)美國
(米國)俄國、(露國)法國、(佛國)奥國、(澳國)伊國、及日本、の
各使署(公使館)が搆を接し居り候」。

ここには各国が駐屯軍を置き「嚴然として武威を振ひ居り候」。各国兵が
共に巨体を煌びやかな軍服に包み「萬國軍隊の繪巻物くりひろげたるが如
く」にあるが、我が守備兵は小柄な体に地味なカーキ色の軍服だ。

「短小なれ服装こそ質素なれ勇氣凛々として輕快なる精氣眉宇に溢れ居る
我日本兵が巨身長?の大陸兵の間に伍して毫末も遜色なく押しも押されぬ
樣見ては肩身廣き心地いたされ申候」。

なぜ各国軍隊が北京中心部の一角に駐留しているのか。
 
じつは1900年の義和団事件に際し、「外人を排斥追害なさんとする無道人
に朝廷ともあらうものが加擔」した結果、「各國の軍隊を首都に駐屯せし
むる權利を與へ」てしまったからだ。かくて清国は「居留外人の生命財産
を保護すべき力量と誠意なきとさげすまれ外國軍隊の銃劍の光を都府門内
に閃かされ」、「屈辱を忍ばねばならぬ」ことになった。

「他國人の吾々さへ口惜しきことに思」うことを、「支那の國民は何と思
ふやらん」。とはいえ「此等が覺醒の端緒となり候ようなれば禍却つて幸
福と申すもの」であろうが、「斯る屈辱を屈辱として心外に思ふや如
何」。「此點が先づ以て疑問に御座候」となる。《QED》

2017年12月07日

◆中国全土50の都市に地下鉄を掘っているが

宮崎 正弘

平成29年(2017)12月6日(水曜日)通巻第5535号   

中国全土50の都市に地下鉄を掘っているが、工事中断が始まった
  債務の膨張をこのまま放置しては深刻な事態が惹起されるだろう

中国の債務は33兆ドル(1ドル=113円で計算して邦貨3700兆 円)。この
数字は小誌がたびたび用いてきたもので、中国政府の公式数字 ではない。

中国の公式発表は2000兆円とか、IMFはGDPの285%と言って いる
が、いずれも過小な数字で、33兆ドルというのはウォール街の専門 家の
分析である。そして、スイスの老舗銀行であるUBSも、この債務数 字
を用いだした。

さてパオトウ(包頭)は内蒙古省の西側、ここからバスで3時間ほど南
下するとオルダス市、砂漠のオアシスとして一時期は栄えた。

さらに南へタクシーで一時間近く走ると、成吉思汗(チンギスハーン)の
「御陵」と称する巨大なテント村がある。この近くに世界に悪名を轟かせ
たゴーストタウン(カンバシ新区)があり、百万都市をつくって、がら空
きのビルを林立させた。住民はいま2万8千人しかいない。

パオトウは数年前、レアアース(希土類)の供給停止で、日本企業いじ
めの先頭に立った。強気だった。パオトウはレアメタル生産のメッカである。

レアアース工業団地が造成され、さらに旧市街には高層のレアアースビ
ル(ホテルも兼ねる)を建てた。筆者も行ってみたがテナントは少なく、
殆どがらんどうだった。

結局、日本はレアアースをカザフスタンなどに輸入先を拡げ、ある いは
昭和電工などは、安定供給を確保するために、中国国内での生産に踏 み
切ったため価格が暴落した。 

いまでは日本企業に買ってくれと泣きついてくる有様、ブーメランは徒花
として彼らの元に返った。
 
レアアースは江西省でも産出するが、岩盤にそのまま強い化学薬品を注
入してレアアースを抽出するという、乱暴極まりない遣り方なので、地下
水が毒性に汚染され、住民の飲み水が飲めなくなり、土壌汚染が深刻化し
た。これも逆効果。

その同じことを、過去の教訓も生かさずに展開しようとしたのが、パオ
トウの地下鉄プロジェクトだった。

習近平は「GDP成長より安定だ」と呼号して、地方政府のGDP報告
の水増しをチェックするや、遼寧省はたちまちマイナス20%という、真
実に近い数字がでてきた。

地方政府のGDP水増しは、一貫して共産党の頭痛の種だったが、「今後
はGDP成長率で、地方政府の優劣を評価しない」と言い出したから、レ
アクションは方々で、予期せぬかたちで起きてくるのは必定、その典型が
パオトウの地下鉄工事中止という「英断」となるのである。

パオトウの地下鉄はトンネル工事を開始したまま、機材が放置され、労
働者は解雇された。トンネルの入り口は目視できると『南華早報』の現場
取材記者が書いている。

そもそもパオトウのような田舎の都市に、しかも2つのルートの地下鉄
が必要なのか。すでに道路は広く、渋滞は殆どないうえ、鉄道も繋がって
いる。120メートル道路は、ソ連の援助で建てられた。バスは40路線 もあ
り、たった2元で、旧市内と新都心を一時間半で結んでいる。

地下鉄の総工事予算は305億元(46億ドル)。パオトウ市の歳入 (270億
元)を超えており、この巨額をいかなる担保でまかない、資金 を調達す
るかも、まじめに議論されず、中央政府はいったん、この工事を 認可した。

それもこれも2008年のリーマンショック以来の中国政府の景気テコ 入れ
策によって、中国全土50の都市に地下鉄建設の槌音がなりひびき、 計画
では総延長営業キロが5770キロに及び、現在すでに開通している だけで
も3000キロある。これはアメリカ全土の地下鉄と英国を足した 距離
よりも長いのだ。

パオトウの地下鉄は全長42キロで、2020年の完成を目指した。繰 り返す
が、パオトウ市の歳入は270億元。地下鉄の総予算は305億 元。誰が考え
ても無謀だろう。そのうえ、市がかかえる債務残高は900 億元(数字はい
ずれもサウスチャイナモーニングポスト、2017年12月4日)。
 バブル崩壊、いよいよ本番を迎えた。 
          

2017年12月05日

◆オバマ前大統領だって

                  宮崎 正弘

<平成29年(2017)12月4日(月曜日)通巻第5533号>   

 オバマ前大統領だって、たまには味なことをやりますね
  訪中後、その足でインドへ。ダライラマ法王と会見
 
 さぞ北京はむくれただろう。訪中したオバマ前大統領は、その足でイン
ドへ足を延ばした。2017年12b月1日、ニューデリー入りしたオバマは、
或る場所を訪問した。そこにはダライラマ法王が待っておられた。

「2人のノーベル平和賞受賞者が会見した」とインドや、ロシアのメディ
アは騒いだが、日本の新聞で、この両者の会見を報じたところはあるのだ
ろうか?

インドはドクラム高原で中国軍と対峙し、夏にもまた軍事衝突が起こると
予測されている。

ダライラマ法王は2011年に、自らの希望で政治改革をやりとげ、民主的手
続きを経て「首相」を選んだ。

すなわちダライラマは、宗教的指導者ではあっても、チベット亡命政府の
指導者ではない。自らの民主化の願いから、その立場を降りたのだ。

他方、オバマは現職時代を含めて過去に5回、ダライラマ法王と面談して
おり、「力を併せて世界平和のための努力をしよう」とした。

会見中、ダライラマ法王はオバマ大統領に対して「あなたはまだ若い、こ
れからもやるべき異は多い筈です」と諭すように語ったという。ダライラ
マはすでに82歳。次のチベット仏教界のスピリチュアルリーダーは「外
国人であるかも知れないし、女性であるかも知れない。チベット以外で生
まれた人に決まるかも知れない」と衝撃的な予測をなされていることでも
話題となっている。
          
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書評 しょひょう BOOKREVIEW 書評 BOOKREVIEW
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 「明治の精神」について論ずるというよりも、唄いたかった。
   偉大な時代は、詩においても偉大である。明治という偉大な時代も。

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新保祐司『明治頌歌  言葉による交響曲』(展転社)
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新保祐司氏の文章を読んでいつも感じるのは崇高なる精神を希求する詩人
というイメージだ。

氏の『信時潔』を初読したときに、直感的に抱いたインスピレーション、
文章の巧みさを抜きにして、この人の脳裏に流れているのは詩的な音楽で
ある。

小林秀雄はブラームスを聴きながら『本居宣長』を書いたという。新保氏
は、フルトベングラーを聴きながら、本書に挑んだ。氏は文藝評論家であ
り、同時に音楽への造詣が深い詩人なのである。

本書を読んで、氏のご先祖が江差ということを初めて知った。

――そうか、あの荒ぶる海、凜列な風、曠野。
榎本武楊、土方歳三らの立て篭もった函館五稜郭、地政学的にみて、その
前衛が松前城、後衛が江差だった。

官軍は五稜郭の脇腹にあたる松前と江差に海軍を上陸させ、堅強を誇った
松前城を落とし、函館に迫った。土方は武士の鑑のように硝煙の中に消
え、榎本は官軍に下った。戊辰戦争は終わった。

評者(宮崎)は、幕末維新史、とくにその時代を担った武士たちに深い興
味があって、江差も松前もローカルなバスを乗り継いで見に行ったことが
ある。

先般上梓した拙著『西郷隆盛』の取材では、西?が旅した場所を悉く歩い
たが、彼が流された奄美、徳之島、沖永良部を見に行き、さらに西南戦争
で田原坂の敗北以来の潰走ルートを人吉、小林、宮崎、砂土原から延岡に
たどり、最後の決戦、和田越えの役に敗れて、北側の可愛岳を越え、故郷
の城山に帰還するまでの山道を歩いてみた。
 詩が生まれる。

西郷は詩人だった。

偉大な詩的精神の持ち主だったというのが拙作『西郷隆盛 ――日本人はな
ぜこの英雄が好きなのか』(海竜社)の結論である。

戦争でも詩が生まれるのだ。乃木将軍は203」高地に陣取って、或る夜、
児玉源太郎、志賀重昴と「詩会」を開いたというのだから、あの明治とい
う時代のおおらかさ、というよりも詩的な精神に富んだ時代の仕合わせに
思いを馳せた。

嗚呼、あの明治の精神はどこへ行ったのだろう? その思いを深めつつ読
み進めると、本書の中に明治の精神の蘇生を発見する。
 
新保氏はこう書く。

「偉大な時代は、詩においても偉大である。明治という偉大な時代も、偉
大な詩を多く生んだ」

「文学とは、精神的事件に関するものであって、その精神的事件も起きた
人間が書いたものが、文学の名に値するのであって、その人間の『職業』
が『文学』者であるかどうかは全く関係のないことである」。したがって
「『明治の精神』の表現としての『漢詩』の最高峰が、乃木大将の『漢
詩』であったといってもそれほど意外とは思われないであろう」。 
 
乃木はステッセルとの会見に臨む前に志賀に一編の詩を渡した。

 「爾霊山 嶮なれどもあに攀じ難からんや
   男子功名 艱に克つを期す
    鉄血山を覆うて 山形改まる
     万人齋しく仰ぐ 爾霊山」

新保氏は感嘆をこめて言う。
 
「このことば(爾霊)のかがやきはどうであろう。このことばを選び出した
乃木の詩才はもはや神韻を帯びている」
 
評者も2回、この203高地を訪れているが、ともに快晴に恵まれ、遠く旅
順港が見下ろせた。新保氏は残念にも登攀した日は雨だったそうである。
 かくして新保氏は次のことばで本書を結んでいる。

「明治の精神について論ずるというよりも、歌いたかった。もう説明や解
釈が成り立つことばというものに飽き果ててしまった。それは根源的に
は、誤解を恐れずに言えば、文化主義の虚妄やヒューマニズムの限界を思
い知ったということである」

久しぶりに詩的な名作に巡り会えた。
 
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樋泉克夫のコラム 樋泉克夫のコラム 樋泉克夫のコラム 
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樋泉克夫のコラム
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【知道中国 1666回】      
――「支那は上海の大なるものとなるべき運命を荷ひつヽ・・・」――(前田4)
    前田利定『支那遊記』(非賣品 大正元年)

             ▽
「支那人は一體、物を創造する時は金力も勞力も惜しまず作り上げ候へ共
出來上がりたる後はうつちやり放しで修理とか改良など一切致」さずに、
「使へるだけ使ひ盡し大修理の必要起る時は別に新規に建て直す」とは、
前田のみならずこれまでもみられた指摘だが、これは現代の中国にも通じ
るように思える。

たとえば文革である。新たな文明を「創造する」とぶち上げ、挙国一致
状態で「金力も勞力も惜しまず」に狂奔したものの、時が過ぎると「うつ
ちやり放し」。「修理とか改良など」のみならず反省すら一切なく、毛沢
東の築いた30年ほどを「使へるだけ使ひ盡し」た後、「大修理の必要起
る」や、次は対外開放・金銭至上主義によって「新規に建て直」し。「偉
大なる中華文化の復興」「中国の夢」を「創造」し、「金力も勞力も惜し
まず」に一帯一路に邁進しようというわけか。

ならば国力を「使へるだけ使ひ盡」し「中国の夢」を「うつちやり放し」
にするのは何時頃になるのか。その辺りが見どころだ。それにしても彼ら
のDNAに自省の2文字は刻まれているのだろうか。不思議極まりない民族だ。

前田は長江を遡って「英國居留地のある九江に着」。「日英同盟は結構
なることは相違なく候へ共餘りに同盟だなぞと氣を許し居るは如何や将た
又あまりに英國に氣兼ねするも如何やと存じ申候」と、日英同盟の現実に
目を向けた。

それというのも我が「日清汽船會社の支店は立派に建てられ候」ではある
が、肝心の荷物の陸揚げ施設を「會社前面の水面に設置することを英人よ
り制限せられて遥か川上の甚だ不利なる水面を利用せねばならぬよう餘儀
なくせられ居り候痛恨事に御座候」とし、同盟国であればこそ、こういっ
た「意地わるき制限壓迫を受けぬ樣」に「官民共に努力なされ度」と記す。

だが、どうやら「英人は遠慮なく長江の先輩者たることを鼻にかけて我儘
を働くのに日本人は馬鹿正直に内氣で氣兼ばかりして居るは商略上ほめた
る話であるまじくと存候」と。それというのも九江の商略上の将来性を考
えればであった。

それにしても「意地わるき制限壓迫を受け」ても、同盟を結ぶ相手国が
「我儘を働くのに日本人は馬鹿正直に内氣で氣兼ばかりして居る」といっ
た姿は、日米同盟下の現在を連想してしまう。

やはり昔も今も、何故に「日本人は馬鹿正直に内氣で氣兼ばかりして居
る」のか。ともあれ、この点を深く自覚・自省し、克服に努めない限り、
「戦後レジュームからの脱却」は不可能だと痛感するのだが・・・。

とはいえ「九江には米國、支那、各1隻の軍艦淀泊」しているが、「我龍
田も艦首の菊の御紋章を殘照に輝かして小氣味よくも江上に威嚴を示し居
り候」。

九江を後に「滿山是鐵鐵是山」と形容し、「吾等の目には殆ど無盡蔵とも
云ふべく悠久に盡くるの期あるべしとも思はれ不申候」たる大冶鉄山に
向った。この鉄鉱山は「我邦軍器の獨立と密接の關係」があり、その採掘
権については「世に隱れたる所謂無名の士にして?名を欲せす一意專心御
國の爲に盡し盡されつゝあるの人」、いわば「眞に忠良なる國家の一員」
である「至誠の人の手」によって獲得されたことを特記する。

次いで列強が展開する「長江々上の角逐」に言及し、「列國の對清經營
なるもとを見るに殆んと交通上の利權獲得に御座候」と切り出した。各国
の政策を俯瞰するに、「支那を啓發誘尋し其生産力を増加せしめ延て己を
利するの見地」に基づいてのものなのか、それとも「直ちに己が政治經濟
上勢力範圍伸長の基礎とし所謂勢力範圍の劃定を豫期せるものなのか」――
どちらであるかは即断できない。だが列強は従来から清国各地で「交通上
の利權政策」を競っており、「列國が長江々上に於て多年激烈なる商戰を
なし」ているのも、長江こそが「中清經營の鍵」であるからだ。この前田
の指摘は現在にも通じていると思う。《QED》            

2017年12月02日

◆英国諜報機関トップの警告

宮崎 正弘

<平成29年(2017)12月1日(金曜日)号外 >  

英国諜報機関M16トップの警告は傾聴すべきである。

サイバー攻撃に対して政府、企業、個人の脆弱性をするどく指摘し、「銀
行や製造業の業務が停止に追い込まれる事態も出ている」

優れたコンピュータ技術を持つ日本はサイバー攻撃への対応策を真剣に取
り組むべきだとし、こう付け加えた。

「5年から10年以内に2001年の米同時テロのような破壊的なサイバー攻撃
が発生すると想定しておくべきだ、そうなれば多くの人々が命を落とし、
突然、脅威を思い知らされることになる。すべての国家はそんな事態に備
えなければいけない」。

そこで筆者ははたと思いついたのだ。
 ーーそうだ、ガラパゴスへ行ってみよう。

忽ちにして考察する課題が浮かんだ。

 1
、AI(人工知能)が人間を超える日は本当に来るのか

 2、ドローンがすでに実用化されているが、兵士も機械化され、つぎに
ロボット戦争が地球を変えるのか

 3、文明の進化に背を向けたガラパゴスの古代生物のたくましさ、ふて
ぶてしさは逆説なのか

 4、人間の文明は何処へ向かい何を目指すのか?

 5、大量の失業者を適切に産業の配置換え、再編に適応させることが可
能なのか?

マイクロソフトのCEOサティア・ナデアラ(ビルゲーツの後継、インド
系アメリカ人)は、AI開発は人間が中心となると発言している。

つまりマイクロソフトのAI開発の基本原則は「人間の置きかえ」ではな
く、「人間の能力の拡張」にあり、この基本原則は北斗七星のごとく不動
である、とした。 

――しかしAIの近未来は明るいのか、暗いのか?
――5年後にフィンティックによって銀行は半減するという。戦争は軍事ロ
ボットになるという。


2017年12月01日

◆ICBMを日本海に飛ばしたが

宮崎 正弘

<平成29年(2017)11月29日(水曜日)弐 通巻第5528号 >  

 北朝鮮、ICBMを日本海に飛ばしたが
  新型か「火星型」は不明。ロフテッド軌道。4000キロを「遙かに超えた」

2017年11月29日午前3時18分。北はまたまた新型のICBMを打ち上げ、
400キロをこえる上空から日本海のEEZ領海に落下した。

打ち上げから一時間余、小野寺防衛相は5時に防衛庁で記者会見し、六時
前に安倍首相が官邸で記者会見している。

この対応の迅速さをみれば、前夜から打ち上げ予測が確実であったことが
分かる。

前夜、ルクセンブルグ大公との夕食会を終え、首相はそのまま官邸に宿泊
していることからも、万全の対応態勢にあった。

他方、中国は北朝鮮国境を守備する北部戦区で大規模な軍事演習がなさ
れ、零下17度の極寒状況のある内蒙古省でも、冬の軍事作戦を想定した訓
練が行われ、また丹東から北朝鮮の新義州にかかる橋梁を「工事」のため
一時閉鎖する措置をとるとした。

日本時間午前6時ごろ、トランプ大統領が記者会見し、「制裁を最大につ
よめていく方針に変わらない。この状況にわれわれは対応している」と語
気強く語った。

これで日米中の即応体制は観測できるが、対応は記者会見だけであり、日
本の防衛態勢の能力向上など、肝腎の話は何も出ていない。これで「万全
の態勢ができている」というのは耳の聞き違いかと思った。
           
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 ◆ 樋泉克夫のコラム 樋泉克夫のコラム 樋泉克夫のコラム 
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樋泉克夫のコラム
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【知道中国 1664回】        
――「支那は上海の大なるものとなるべき運命を荷ひつヽ・・・」――(前田2)
  前田利定『支那遊記』(非賣品 大正元年)

               ▽

上海を代表する庭園で知られる愚園と張園を歩いて、「泉石樹林園中に布
置いたされ候も全く一顧の價値無之」。そこで「早々退却致し申候」。最
後の加賀藩主の息子で子爵である前田からすれば、愚園だろうが張園だろ
うが、「一顧の價値無之」だったに違いない。

次いで「支那の家屋殊に高位豪家」における「盗難火災等に對する防備の
周到なる」ことから、「蓋し其防衞を官憲に依頼するも到底頼みにならぬ
處より自衞の道を講ずるべく餘儀なくされ」ているからだ。

「民人が國家の公力の保護に由らず其身體財産を自家の私力に依りて防衞
せねばならぬとは國民にとりては氣の毒」である。その一方で、「400餘
州の山河と四億の民を主宰する國家としては誠に不甲斐なきこと」。「人
民が國家に對する感念の薄弱になりゆきて滿朝が滅ぶるも政體が替らうが
吾不關焉といふ態度」は、「大いに味ふべきこと」であろう。

どうやら「支那の良民にして生命財産を保安せんとして上海の地に移り住
む者」が多い。それというのも「上海は支那の領土とは申し乍ら外國の威
力」によって守られているからだ。「國民にして其國家の權力の及ばざる
外國國旗の支配下に立つべく相率ゐて走るに至るとは驚入りたる國民」と
いうべきだが、「斯く人民をして餘儀なくするに至らしめる國家も國家と
驚くのみに御座候」である。

防備のために高い塀を廻らせる「支那の家屋園囿は幽靜を極め陰氣臭」
く、「天日爲に昏く憂鬱の氣の漂ふ」ようだ。だが一方で、安全至極であ
り「無爲に化して居り候には至極恰好」である。こういった住宅事情か
ら、前田は「支那の國民性の防禦に專らにして侵攻に拙」であり、「男性
的にあらずして女性的」である背景を想像してみせた。

次に前田は「理窟めき候へども上海に付き聊か申添度事有之候」と記し、
対外関係・通商関係などから上海の地政学上の優位性をしてきしつつ、確
かに通商の上で「我國は第2位の優位を占むるとは云へ英國に比すれば其
差霄壤も啻ならず」。

加えて「新進氣鋭の獨逸の元氣侮るべから」ず。だ から「我が同胞の奮
勵努力」を大い期待するが、我が国が「中清殊に長江 方面に注目着手」
したのは最近のこと。「數十年來蟠踞」しているイギリ スなどを考えれ
ば「短き歳月の割合より考ふれば目覺ましき發展をなし た」と考えら
れ、今後の一層の努力をきたいする。

だが、「只侮るべからざるは獨米の二國殊に獨逸人の質素勤勉熱心の所謂
獨逸魂に御座候」。だから彼らに対するには「緊褌一番すべきことに御座
候べく存じ申候」と。ともかくも「質素勤勉熱心の所謂獨逸魂」に気を付
けろ、である。

中国市場を挟んで日本とドイツの関係は、どうやら現在まで続いている
ということだろう。やはり「質素勤勉熱心の所謂獨逸魂」を侮ってはいけ
ないということだ。

ここで転じて前田は上海の政治的・法的な立場に考えを及ぼす。

いったい上海は「支那主權の下に在り乍其實恰も外國臣民の自治の地の如
く一大共和國の觀」がある。それは「食客が家の持ち主となり巾をきかす
が如」きだ。

「支那の國土にあり乍」も「支那官憲の勢力」が及ばないという「奇怪な
現象」を呈しているから、「支那の良民は生命財産の保安」のため、「匪
徒は捕逃の厄を遁れ」るため、この地に逃げ込む。

「上海の國際法上に於 ける地位も頗る不明」で、日清戦争の際には「對
戦國たる支那に供給する 兵器」が製造され、日露戦争においては「我邦
に不利?なる事件」が見ら れたにもかかわらず、我が国は「上海を封鎖
砲?すること」ができなかった。

こうみてくると、どうやら「上海なるものは支那なる邦國」の将来を示し
ているようだ。言い換えるなら「支那は上海の大なるものとなるべき運命
を荷ひつゝ居るものにあらざるなきかと想像する」。この考えを、前田は
「萬更一概に捨てられぬ」とする。《QED》

2017年11月30日

◆北朝鮮、ICBMを日本海に飛ばしたが

宮崎 正弘

<平成29年(2017)11月29日(水曜日)弐 通巻第5528号>   

 北朝鮮、ICBMを日本海に飛ばしたが
  新型か「火星型」は不明。ロフテッド軌道。4000キロを「遙かに超えた」

 2017年11月29日午前3時18分。北はまたまた新型のICBMを打ち上
げ、400キロをこえる上空から日本海のEEZ領海に落下した。

打ち上げから1時間余、小野寺防衛相は5時に防衛庁で記者会見し、六時
前に安倍首相が官邸で記者会見している。

この対応の迅速さをみれば、前夜から打ち上げ予測が確実であったことが
分かる。

前夜、ルクセンブルグ大公との夕食会を終え、首相はそのまま公邸に宿泊
していることからも、万全の対応態勢にあった。

他方、中国は北朝鮮国境を守備する北部戦区で大規模な軍事演習がなさ
れ、零下17度の極寒状況のある内蒙古省でも、冬の軍事作戦を想定した
訓練が行われ、また丹東から北朝鮮の新義州にかかる橋梁を「工事」のた
め一時閉鎖する措置をとるとした。

日本時間午前6時ごろ、トランプ大統領が記者会見し、「制裁を最大につ
よめていく方針に変わらない。この状況にわれわれは対応している」と語
気強く語った。

 これで日米中の即応体制は観測できるが、対応は記者会見だけであり、
日本の防衛態勢の能力向上など、肝腎の話は何も出ていない。これで「万
全の態勢ができている」というのは耳の聞き違いかと思った。
           
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【知道中国 1664回】        
――「支那は上海の大なるものとなるべき運命を荷ひつヽ・・・」――(前田2)
  前田利定『支那遊記』(非賣品 大正元年)

        ▽
 上海を代表する庭園で知られる愚園と張園を歩いて、「泉石樹林園中に
布置いたされ候も全く一顧の價値無之」。そこで「早々退却致し申候」。
最後の加賀藩主の息子で子爵である前田からすれば、愚園だろうが張園だ
ろうが、「一顧の價値無之」だったに違いない。

 次いで「支那の家屋殊に高位豪家」における「盗難火災等に對する防
備の周到なる」ことから、「蓋し其防衞を官憲に依頼するも到底頼みにな
らぬ處より自衞の道を講ずるべく餘儀なくされ」ているからだ。

「民人が 國家の公力の保護に由らず其身體財産を自家の私力に依りて防
衞せねばな らぬとは國民にとりては氣の毒」である。その一方で、「四
百餘州の山河 と四億の民を主宰する國家としては誠に不甲斐なきこ
と」。「人民が國家 に對する感念の薄弱になりゆきて滿朝が滅ぶるも政
體が替らうが吾不關焉 といふ態度」は、「大いに味ふべきこと」であろう。

 どうやら「支那の良民にして生命財産を保安せんとして上海の地に移
り住む者」が多い。それというのも「上海は支那の領土とは申し乍ら外國
の威力」によって守られているからだ。「國民にして其國家の權力の及ば
ざる外國國旗の支配下に立つべく相率ゐて走るに至るとは驚入りたる國
民」というべきだが、「斯く人民をして餘儀なくするに至らしめる國家も
國家と驚くのみに御座候」である。

 防備のために高い塀を廻らせる「支那の家屋園囿は幽靜を極め陰氣
臭」く、「天日爲に昏く憂鬱の氣の漂ふ」ようだ。だが一方で、安全至極
であり「無爲に化して居り候には至極恰好」である。こういった住宅事情
から、前田は「支那の國民性の防禦に專らにして侵攻に拙」であり、「男
性的にあらずして女性的」である背景を想像してみせた。

 次に前田は「理窟めき候へども上海に付き聊か申添度事有之候」と記
し、対外関係・通商関係などから上海の地政学上の優位性をしてきしつ
つ、確かに通商の上で「我國は第二位の優位を占むるとは云へ英國に比す
れば其差霄壤も啻ならず」。加えて「新進氣鋭の獨逸の元氣侮るべから」
ず。

だから「我が同胞の奮勵努力」を大い期待するが、我が国が「中清殊 に
長江方面に注目着手」したのは最近のこと。「數十年來蟠踞」している
イギリスなどを考えれば「短き歳月の割合より考ふれば目覺ましき發展を
なした」と考えられ、今後の一層の努力をきたいする。

だが、「只侮るべからざるは獨米の二國殊に獨逸人の質素勤勉熱心の所謂
獨逸魂に御座候」。だから彼らに対するには「緊褌一番すべきことに御座
候べく存じ申候」と。ともかくも「質素勤勉熱心の所謂獨逸魂」に気を付
けろ、である。

 中国市場を挟んで日本とドイツの関係は、どうやら現在まで続いてい
るということだろう。やはり「質素勤勉熱心の所謂獨逸魂」を侮ってはい
けないということだ。

ここで転じて前田は上海の政治的・法的な立場に考えを及ぼす。

 いったい上海は「支那主權の下に在り乍其實恰も外國臣民の自治の地
の如く一大共和國の觀」がある。それは「食客が家の持ち主となり巾をき
かすが如」きだ。
「支那の國土にあり乍」も「支那官憲の勢力」が及ばないという「奇怪な
現象」を呈しているから、「支那の良民は生命財産の保安」のため、「匪
徒は捕逃の厄を遁れ」るため、この地に逃げ込む。

「上海の國際法上に於 ける地位も頗る不明」で、日清戦争の際には「對
戦國たる支那に供給する 兵器」が製造され、日露戦争においては「我邦
に不利?なる事件」が見ら れたにもかかわらず、我が国は「上海を封鎖
砲?すること」ができなかった。

 こうみてくると、どうやら「上海なるものは支那なる邦國」の将来を
示しているようだ。言い換えるなら「支那は上海の大なるものとなるべき
運命を荷ひつゝ居るものにあらざるなきかと想像する」。この考えを、前
田は「萬更一概に捨てられぬ」とする。
《QED》