2019年02月16日

◆中国地方政府が合計620億ドルの地方債を起債へ

宮崎 正弘


平成31年(2019年)2月15日(金曜日)通巻第5990号 <前日発行>

中国地方政府が合計620億ドルの地方債を起債へ
   借金の繰り延べ、表向きは「都市化開発予算」トカ

2月13日、中国地方政府(新彊ウィグル自治区、河南省、福建省、青島
市、アモイ市などを含む)が合計620億ドル(6兆8200億円)の地方債を
起債すると発表した。

事実上の負債返済を繰り延べることが狙いだが、表向きの理由は「都市化
開発予算」などとなっている。地方自治体の財政破綻は以前から明らか
だったが、これほどの規模の起債による延命策、むしろ悪性のスパイラル
への陥没であり、破綻の先延ばしに過ぎない。
 
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読者の声 ☆どくしゃのこえ ★READERS‘ OPINIONS
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(読者の声1)いつも気にしていたのですが、貴誌が無料であること。い
つ有料にされるのかとときおり読者から投稿があるようですね。

宮崎さんの周辺でも渡邊哲也氏も三橋貴明氏も、浜田和幸氏もメルマガは
有料です。AI時代を迎えて既存の新聞がまったく売れずという状況では、
貴誌のような情報に溢れるメルマガの時代になったと思います。
   (GH生、茨城)


(宮崎正弘のコメント)そう言えばジャーナリストの福島香織さんが有料
メルマガ「中国趣聞」を始めました。福島さんと小生は四冊の共著があり
ます。
https://www.foomii.com/00146
福島さんはチャイナウォッチャーの中でも抜群の行動力で迅速に事件現場
に駆けつけ、流暢な中国語で突撃インタビュー。かずかずのスクープ記事
をものにしていますが、情報の解析力にすぐれていて、いつも会うと刺戟
を受けます。
 
参考までに福島さんのメルマガは週刊、月極864円の由です。
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   黄文雄(文明史家)のコラム
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「日本に国王を奪われた」と嘘の主張で天皇侮辱を正当化する韓国
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  黄文雄(文明史家)

◆日本人の「虎の尾」を踏んだ韓国国会議長

韓国の文喜相国会議長が、ブルームバーグのインタビューに対して、今上
天皇を「戦争犯罪の主犯の息子ではないか」とし、「天皇が一度おばあさ
んの手を握って『本当に申し訳なかった』と一言いえば(問題が)すっき
り解消される」と話したことに対して、日本の河野太郎外相が「発言に気
をつけてほしい」と批判しました。

さらに2月12日の国会答弁では、安倍首相がこの韓国国会議長発言に対し
て、謝罪と撤回を要求したと述べました。それほど日本人の虎の尾を踏む
ような内容だったということです。

文議長は「戦争犯罪の主犯の息子」とは言っていないと反論しています
が、いずれにせよ天皇に対して謝罪を求めるという非礼な態度には変わり
がありません。もちろん文氏は、天皇ではなく、「日王」という表現を
使っていました。

この文喜相国会議長は、文在寅政権が誕生したときに特使として日本を訪
問し、慰安婦合意について「世論が反対している」と伝えた人物です。日
韓議連でもありますが、たびたび反日的な言動をしています。

天皇は日本人にとって「日本統合の象徴」であり、天皇を侮辱されること
に対して強い拒否感があります。2012年には、李明博大統領が竹島に上陸
したうえで、「日王が韓国を訪れたければ、日本が犯した悪行と蛮行に対
して土下座して謝罪しなければならない」などと発言し、日本の世論が強
く反発したことがありました。

韓国が日本の皇室をたびたび侮辱するのには、理由があります。韓国は、
日本が朝鮮半島から7つのものを奪ったという「7奪」の一つとして、
「韓国の王族を日本が奪った」と主張しているからです。日韓併合(合
邦)によって李氏朝鮮の王家を滅ぼしたというのです。

しかしそれは全くの歴史の捏造です。日本は日韓合邦時、朝鮮王朝の王家
に皇族に準じる地位を与え、さらに皇族である梨本宮家の方子女王を、李
氏朝鮮国王かつ大韓帝国初代皇帝・高宗の世子である李垠(イウン)へ嫁
がせました。

日本が韓国を植民地にしたというなら、皇族を植民地の王に嫁がせるなど
ということは、ありえないことです。イギリスはビルマ王朝の男子を処
刑、女子は兵士に与えて王朝を滅亡させましたし、千年以上も宗主国で
あった中華王朝にしても、皇帝の親族を朝鮮王朝に嫁がせたということは
ありませんでした。

親族になるということは、同等の地位になることを意味しますから、属国
や植民地の王族に嫁がせるなどということは、宗主国にとってありえない
ことなのです。

ところが日本はこうした国々と異なり、朝鮮半島に気を使って王族を残
し、しかも皇族に準じる地位とし、親戚関係まで築いたのです。

李垠の父・高宗は、日本に抵抗する意味で1897年に国号を李氏朝鮮から大
韓帝国に改め、さらに自ら皇帝となりました。1907年にはオランダのハー
グで開催されている万国平和会議に密使を送り、国際社会に対して日本批
判とともに自国の外交権回復を訴えるという暴挙に出ています。

しかし、東アジアのトラブルメーカーであり、財政的にも実質的に破綻し
ていた大韓帝国の外交自主権を停止し、日本が保護国化するというのは、
国際社会が望んでいたことであり、高宗の訴えは完全に無視されたのです。

このように、高宗は日本に対して敵対的な行動を取っていたものの、日本
は朝鮮王室を断絶させることなく、李垠が皇太子となることを認め、さら
に日本の皇室と親戚関係になって庇護したわけです。

しかし日本敗戦後、韓国大統領となった李承晩は、日本に留学していた李
垠の帰国を認めませんでした。王室が復活し、政治の実権を握ることを恐
れたからです。

李垠は朴正熙の時代の1960年代になってようやく韓国へ帰国できました
が、王室が復活することはありませんでした。要するに、韓国国民が王室
復活を望まなかったわけです。

ですから、韓国から国王を奪ったのは日本ではなく、李承晩であり、韓国
国民なのです。ところがそのことは全く無視して責任を日本になすりつ
け、「国王を奪われた恨み」として、天皇を「天皇」と呼ばず、わざわざ
「日王」と呼んで軽んじているわけです。

もちろん、2000年以上も事大主義(大国に仕える)を続けてきた小中華の
韓国にとって、「皇帝」とは中華帝国に君臨する存在であって、日本の
「天皇」を認めていないという潜在意識もあるのだと思います。

◆救国戦士も「親日名簿事典」に入れて売国奴とする韓国

李垠のお付き武官に安秉範(アン・ビョンボム)大佐という軍人がいまし
たが、彼は戦後、韓国で首都防衛を任されました。ところが朝鮮戦争が勃
発、北朝鮮軍の猛攻撃によってソウルは陥落、安秉範はその責任を取って
割腹自殺を果たします。

朝鮮戦争では李承晩大統領が真っ先にソウルから逃げ出し、しかも敵が
いつけないように橋を爆破、そのために逃げ遅れた多くのソウル市民が犠
牲となりました。軍のトップが早々に敵前逃亡した一方で、旧帝国軍人
だった安秉範は最後まで自分の任務を遂行したわけですが、現在の韓国で
は旧日本軍で大佐まで昇格したことから、「親日名簿事典」にその名が刻
まれ、売国奴扱いされています。

また、旧日本軍時代に多くの軍功を立て、戦後は北朝鮮の侵攻を予知して
いた武人に、金錫源将軍がいます。その勇名は北朝鮮軍にも聞こえていた
ため、彼と対戦することを北朝鮮軍は非常に恐れていたといいます。

日本刀を振りかざして前線で指揮する姿は軍神そのもので、朝鮮戦争では
彼の名を慕って、かつての戦友である朝鮮人軍人が多く集まったといいま
す。まさに「救国の士」ですが、そんな金錫源も現在では、「親日名簿事
典」に入れられています。

かつて日本の皇軍で働いた過去のある人物は、たとえ戦後に救国戦士だっ
たとしても、売国奴扱いされるのが韓国です。その一方で、日本と敵対し
た人物は、徹底的に義人扱いします。

最近では、閔妃(明成皇后)が「悲劇の王妃」として、ドラマなどで美化
されているようです。1895年10月、日本の三浦梧楼を首謀者とする一団が
王宮になだれ込み、反日派だった閔妃を殺害したと言われていますが、そ
の実態はよくわかっていません。

一説では、閔妃と嫁舅の争いを続けていた興宣大院君が暗殺の黒幕だった
と言われていますが、いずれにせよ、閔妃は王宮内で政争に明け暮れ、浪
費によって李氏朝鮮の財政を破綻状態にまで追い込んだ張本人として、つ
い最近までは韓国でも「悪女」の代名詞のような存在でしたが、「日本に
殺された」ということから、悲劇的なストーリーがでっち上げられ、「国
母」のような扱いを受けるようになりました。

このように、現在の韓国の歴史はすべて「反日」が基本となっているので
す。強盗殺人を犯した過去があり、多くの同士をテロで葬った金九など
は、三・一運動失敗後、上海で大韓民国臨時政府主席に就任して日本に宣
戦布告を行ったものの、国際的にまったく認められませんでした。にもか
かわらず、現在では「抗日活動家だった」という理由から、義人として顕
彰されています。盧武鉉などは、リンカーンと並び称しているほどです。

◆「泣く子は餅を一つ多くもらえる」

文国会議長が「天皇が謝罪すれば、慰安婦問題はすぐ解決する」というの
は、まったくの嘘です。もしもそのようなことがあれば、さらなる日本批
判の道具にすることは目に見えています。

もともと慰安婦問題からして、韓国側から「強制性があったことを言って
くれれば、問題は一区切りできる、未来志向の関係が築ける」と言われ、
慰安婦証言の裏付けも取らないまま、「河野談話」を発表してしまったこ
とが、「慰安婦問題」を現在まで続く大問題にまで発展させてしまったの
です。そのことは、2014年4月2日に国会で行われた、石原信雄元官房副長
官の証言でも明らかです。

韓国側の「こうしてくれれば問題は解決する」という提言は、決して信じ
てはいけないのです。「泣く子は餅を一つ多くもらえる」ということわざ
がある国です。一つの要求に応じれば、それを既成事実としてさらなる要
求をしてくるのが韓国という国であることを、日本人は忘れてはいけません。

かつて李明博大統領は「日本はかつてほど強くない」という発言をしまし
たが、事大(強国に仕える)の国からすると、弱い国に対しては徹底的に
嫌がらせをするのが普通のことなのです。
                (こうぶんゆう氏は作家、歴史家)

2019年02月15日

◆中国当局、トルコに「ツーリズム」激減通達

宮崎 正弘


平成31年(2019年)2月14日(木曜日)通巻第5989号  

中国当局、カナダ、スエーデンに続き、トルコに「ツーリズム」激減通達
  2018年は中国からの観光客が80%増えていたが

中国がカナダへの渡航注意勧告を意図的に発令し「中国人が狙われてい
る。身の回りの品物に万全の注意を」などと嫌がらせとしか考えられない
通達を出して、ツーリスト激減策を取り、裏では旅行代理店に団体ツアー
のキャンセルを指示していた。

中国からの観光客は激減、理由は言うまでもないが、孟晩舟(ファーウェ
イ副社長)の拘束への露骨な圧力である。

とくに米国への身柄引き渡しを極度に怖れる中国は、在中国カナダ人を13
人も拘束したうえ、ひとりのカナダ籍の男に麻薬密売に関わったとして死
刑判決を出した。日和見主義のトルードー政権も、中国への態度を硬化さ
せ、米国政府からの身柄引き渡しの正式要請に前向きに対応する。

スエーデンもこの例に漏れず、中国人観光客が路上で理由もなく警察から
暴力を受けたと訴えた。対中国国内向けの宣伝であり、指令された「演
出」でないかと噂された。

スエーデンへの観光客は著しく減少した。

直接の切っ掛けは銅鑼湾書店のオーナーがタイの保養先から拉致された事
件だった。このオーナーがたまたまスエーデン籍であったため、執拗な釈
放要求がなされた。「中国には表現の自由がない」と抗議の声が北欧諸国
にもおきた。

中国は同様な手口でトルコに狡猾な脅しをかけ始めた。

中国からトルコへの観光客は2018年に80%増えていたが、それもこれも、
トルコ政府が「一帯一路」に協力する、ウィグル族弾圧には無言、かわり
に36億ドルの融資を中国工商銀行から得ていたこともある。

しかしシリア難民問題以後、EUとの関係がギクシャクしたばかりか、米
国との対立激化によって経済が悪化し、とくにトルコ通貨リラが50%の
大暴落となった。こうした経済危機を乗り切ろうと、エルドアン政権は中
国にも投資を依存したのだ。

イスタンブールのファテー地区はウィグル族の居住区となっており、付近
には「楼蘭」などのレストラン、羊肉料理、強い香辛料、イスラムの建
物。もちろん地区住民には中国のスパイが混入しており、テロとの関連を
警戒している。

ウィグルの若者およそ5千人から1万人がISに流れたが、その拠点が、
このファテー地区とされた。


 ▼トルコ国内にウィグル居住区がある

2018年10月31日、この地区に移住以来10年も住んできたケルム・マハット
は、子供を病院に連れて行き帰宅したところ20名の警官に囲まれ、爾来、
3ヶ月も拘束された。

電話が防諜されており、ISの関係先の人物と会話した所為で、テロリス
ト容疑とされたのだった。ということはそれほどトルコ政府が中国に協力
的だったのである。しかしウィグル族はチュルク系民族であり、トルコ人
の同胞である。

昨夏、国連がウィグル族弾圧、強制収容所の問題を明るみだし、およそ百
万のウィグル族が不当に拘束され、収容所内で洗脳教育を受けていると報
告書が提出された。

同じ頃、トルコ議会に証言に呼ばれたミルザムと名乗る29歳の女性は
「3ヶ月、理由もなく収容所に拘束され、ひどい拷問を受けました。あま
りの苦痛に『私を殺して』と叫んだほど。げんに収容所内で9人のウィグ
ル女性が死亡しています。釈放され自宅に戻ると3人のこどものうち、
4ヶ月の乳飲み子が死んでいました」。

トルコ国内にはこの証言を聞いて民衆が街頭に飛び出し「中国には宗教の
自由がない」「ウィグルの文化を尊重しているというのは嘘だ」とプラ
カードが掲げられた。

状況は変わった。

エルドアン大統領は「中国のウィグル族弾圧は人類の恥」と発言した。ト
ルコの指導者の多くは「これほどの不道徳があろうか」と訴えた。
2009年にウィグル族虐殺事件当時、首相だったエルドアンは「これは
ジェノサイドだ」と非難した。その後、中国からの投資を前にして、エル
ドアンは中国を批判しなかった。

トルコの態度変更は周辺の中東諸国から歓迎された。

中東諸国にも中国の札束外交の魔手で、しばらくウィグル族弾圧に無言
だった。しかし最近は中国共産党への抗議デモが各地で組織されるように
なり、『人類の恥』『ナチスより酷い』とういプラカードが並んだ。

中国は悪印象を払拭しようとして「収容所内では再就労教育、訓練プログ
ラムと実践が行われており、中国はウィグルの文化を保護している」など
と反論した。しかし誰も信用しなかった。

中東諸国は一帯一路の裏に隠された中国の覇権を警戒し始め、「アジア諸
国の失敗」に学び、「借金の罠」に陥落しないようにとの共通の認識を抱
くようになった。

        
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  樋泉克夫のコラム 樋泉克夫のコラム 樋泉克夫のコラム 
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樋泉克夫のコラム
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【知道中国 1858回】             
 ――「社稷既に亡んで、帝陵空しく存す」――大町(4)
大町桂月『遊支雜筆』(大阪屋號書店 大正8年)

             △

吉林で孔子廟を訪れた。孔子像を祀る「大成殿は鳩の住居となりて、その
糞、幅十八間、奥行八間ばかりの殿堂の床一面に充滿す。(中略)詣づる
人なく、祭祀全く絶えたる有樣也」。やはり満州でも孔子の教えなど屁の
役にも立たない、ということだろう。

「滿洲の野は廣けれども、支那人開き盡して、山上に及べる也」と大町を
驚かせた漢化の波は、蒙古にまで及んだ。

「南滿洲の野は到る處、開墾せられて、畑となれり。山までも開かれた
り。勤勉なる支那人は、更に鍬を執つて蒙古に進めり。遊牧の地、次
第々々に畑となれり。蒙古人は次第々々に退けり。(中略)踏みとどまれ
る蒙古人は支那化して、衣服も家屋も全く支那風なり」。言葉と言えば
「支那語を用ゐるものもあるが、蒙古語を用ゐるものもあり。滿洲語は既
に亡びたるが、蒙古語はいまだ亡びざる也」。

蒙古には蒙古語がわずかに残るが、すでに満洲には満州語なし。イデオロ
ギーではない、漢族が生まれながらに持つ漢化の力というものだろうか。
漢化、恐るべし。要々注意。
 
たびたび大町を離れるが、ご容赦願いたい。

満洲に満州語がなくなった背景に、北京に都を定め八旗――万里の長城以南
の中国本部に住む圧倒的人口の漢族を軍事制圧するための駐屯軍――と共に
大量の満州族が満州を離れる一方、人口が希薄になった満洲に喰いっぱぐ
れた漢族の大量不法流入が始まった点も挙げておく。八旗を先頭に満州族
自らが漢族の人の海に呑み込まれ、民族文化を失った。

八旗が万里の長城東端を固める関所の山海関を破り南下し北京を押さえて
から80年ほどが過ぎた雍正2(1724)年、雍正帝は「八旗官員等を諭」し
綱紀粛正を厳命した。そこには「清朝創業の始めを思い起こし、歌舞音曲
に現を抜かし、博打やら芝居に興じ遊び呆けることなく、武芸の操練に励
め」とあるが、「清語」の学習も怠るべきではないとの一項も加えられて
いる。清語が満州語を指すことはいうまでもなかろう。

時代が下った嘉慶11(1806)年、嘉慶帝は風紀を乱す八旗高官の処分に関
して、「昨日、召見したが、軍人の本分である乗馬や射撃の稽古を怠り、
滿洲語に至っては全く通じない」と嘆き、新疆ウルムチへの流刑処分の再
考を促している。それというのもウルムチでも漢化が進み、まるで中国本
部の都市のような賑わいを見せ、京劇公演も盛んである。そんな場所に流
刑したところで監視の目は届かず芝居小屋に入り浸るのが関の山であり、
流刑の意味をなさない、ということだ。早くから漢族は新疆にも押し寄せ
ていたのである。

ここでまたまた大町に。

龍泉寺を訪れると境内で奇妙な碑文を目にする。日清戦争に一軍を率い
て参戦した除慶障なる人物が自らの『軍功』を誇って建てたものらしい。

「支那人はよくよく名を好む人種と見えたり。日本人ならば軍に勝ちて功
ありとも、自ら碑を立つるものなし。除慶障の如きは我が本國の軍敗れて
不利の局を結びたるにも拘はらず、たゞ己れだけが進軍せず、從つて敗れ
ざりしことを誇る。その心理作用は到底日本人の解する能はざる所也」。

除慶障は戦場に馳せ参じて勝利したわけではない。ぐずぐずして進発しな
かった。

その間に清国は敗れ、彼らからすれば不利な条件を呑んで和議(馬関条
約)を結ばざるを得なかった。にもかかわらず除慶障は戦場では「敗れざ
りしことを誇」る。やはり「その心理作用は到底日本人の解する能はざる
所」というものだ。

戦わないのだから勝利も敗北もない。「敗れざりしこと」は当たり前だ。
だが、それすらも誇ろうというのだから、やはり彼らに対した時には「そ
の心理作用」を十二分に弁えておくべきを忘れてはいけない。
《QED》
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読者の声 ☆どくしゃのこえ ★READERS‘ OPINIONS
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(読者の声1)先週、作家の堺屋太一さんが亡くなりましたが、宮崎さん
とはどのような関係でしたか、またいかなる評価をされておられました
か?(JJセブン)

(宮崎正弘のコメント)留守中の新聞を読んで知りました。たしか昨師走
に『正論45周年』のパーティでお目にかかったのが最後になりました。
そのとき、小生はふたつのことを話合った記憶があります。

第一は信長の安土城の再建とセルビア万博への出品に関して氏がプロ
ジューサーでもありましたから、安土の屏風絵がなぜシナ風だったのか、
それは誰の発案だったのか、という質問で、氏は「信長の発想ではなかっ
たでしょうね」というものでした。

第二はプライベートなことなど雑談のなかに氏が雑誌『財界』に連載して
いるエッセイに触れると、意外な読者に嬉しそうな顔をされたこと。
 氏への評価と言うことであれば、現在の日本の空気にうまく乗ったとい
うことで氏の歴史小説はゴーストが書いたと言われていますが、近未来予
測の連作小説は発想がじつにユニークであり、分析方法も豊かで、参考に
なったものです。
  ♪
(読者の声2)御新刊の『青空の下で読むニーシェ』(勉誠出版)をよう
やく読了したので、一言二言、雑感を。

大学時代ニーチェはもっとも苦手な哲学者で、当時はポストモダンが全
盛、ジャック・デリダとか、ジル・ドゥルーズの著作でもニーチェが取り
上げられていて、ニーチェに挑んだのですが、今ひとつぴんと来ない。
ニーチェの言説は高飛車の物言いが反発を生みやすく、ようやく理解の糸
口になったのが、西尾先生の翻訳されたアンチキリストでした。

御指摘のように三島由紀夫がニーチェを克服したという御論ですが、あの
時代の圧倒的な文明的文化的な圧力に反抗した点で共通しています。ニー
チェは当時のドイツであるいは欧州全体で、キリスト教的な文明に反応で
きない状況があった、その中で呻吟した結果の思考がニーチェであったと
すれば、文明の基軸に批判を浴びせる営為は非情に胆力のいる生き様だっ
た。その文脈でふたりに共通性があると思いました。(RA生、山梨)

  ♪
(読者の声3)貴誌1月7日付けの「読者の声」欄で「PB生氏」が既に
書評されましたが、『奇妙な同盟? 〜ルーズベルト、スターリン、
チャーチルはいかにして第2次大戦に勝ち、冷戦を始めたか』の読後感です。

本書はとくに分割された2巻本で、1941〜1945の4年間に持たれた3巨頭
(ルーズベルト、チャーチル、スターリン)によるサミットを舞台とし、彼
等が演じた実像と史実を綴り、そこで繰り広げられた虚々実々の駆け引き
を微に入り、細を穿って語る一種のドキュメンタリーとして非常に面白い。

第一巻をスキップし(2)を手にした理由は日本にとって最も関係の深
い、「ヤルタ会談」と「ポツダムム会談」が含まれるからであり、当初は
この2つの会談箇所だけでも拾い読みの積もりが結局は最初から最後まで
全部読み通してしまった。
 本巻では日本に関する言及はほんの僅かであるが、その点では不満が残
る。また戦後、戦勝国として国連において中共にとって代えられるまで安
保理の常任理事国だった中華民国の蒋介石についても記述も少ない。

ここからは本書を離れ、東と西の戦争の実態を論じてみる。

東側の戦争は緒戦で真珠湾奇襲に成功した日本が東南アジアでは英仏の軍
事力を消滅させ戦勝したが、重慶まで逃げた蒋介石の中華民国を米が所謂
援蒋ルートにより援助したため決着がつかず、中華民国は日本の敗戦まで
持ちこたえた。

終戦後はチャイナ(中華民国と中共の両者を指す)の内戦により、日本軍か
ら奪った武器を手に、毛沢東の中共が蒋介石の国民党を台湾に追い落とし
た。その後毛沢東の中共はスターリンのソ連と対立し、ソ連との冷戦さな
かのニクソンの米は、敵の敵は味方とばかりに中共への支援を開始する。

米の属国、日本も米の尻馬に乗って対中ODAを3.65兆円も提供した。現
在の中共の軍事力、経済力が米に次ぐ規模まで拡大できた遠因は日米の莫
大な援助にあり、結局、米は「自分の蒔いた種は、自分で刈り取る」事態
に立ち至ったのである。米と中共との間の「第2次冷戦」がそれである。
 
西側の戦争はナチスドイツに対して、英とソ連が物理的に軍事力を総動員
して闘うものであり、米はソ連に対するレンドリースによる莫大な軍事支
援を行い、兵器の消耗を補給していた。例えばソ連に対しては航空機1万
4700機と、日本の零戦の全生産量に匹敵した。それ以外に戦車7千
両、トラック37万台、食料448万トンと支援した。

ソ連はこの米からの支援により、ナストドイツに戦勝し、戦後には東欧諸
国を勢力下に置き、チャーチルの言う「鉄のカーテン」で区切ってNATOと
対峙する、所謂「冷戦」に至る。米からの莫大な軍事援助により実力以上
に力を付けたスターリンのソ連は東欧への領土拡大を図ったのである。

第2次大戦は連合国と枢軸国との「熱戦」としては終了しても、ソ連との
「冷戦」の開始によりその後も継続し、結局1991.12のソ連の崩壊まで続
いたと見るべきである。

ソ連崩壊後27年にして開始された米と中共との間の「第2次冷戦」は、
がっぷり四つに組んだ米中覇権争いであり、結局は中共の崩壊まで続くこ
とであろう。

第2次大戦とは枢軸国と連合国との戦争という枠に留まらず、自由主義諸
国と共産主義国家との戦争であり、最終的には中共が敗戦し、地球上から
共産主義国家が消滅した時、ようやく第2次大戦も終了したと言えるので
あろう。

さて、本書に戻って若干補足しよう。

ポツダムム会談は米からは死んだルーズベルトに代わりトルーマンが出席
し、1945/7/24の会談後、スターリンに囁いた『私たちは今までにない破
壊力を発揮する新兵器を持っています』と。

対してスターリンは格別の興味を示さなかった。これは実はスターリンは
スパイの情報から、米のニューメキシコにおける原爆実験成功の事実を
知っており、この場では素知らぬ振りをしようと決めていたからだという。
原爆はその2週間後の8/6に広島に投下された。

本書には読む面白さを倍加させるようなトリビア(雑学)が盛り込まれている。

「モロトフは英国諜報部に篭絡されてイギリスのスパイとなったが、ス
ター リンの死により救われた」

「共和党の議員ウェンデル・ウィルキーは蒋介石夫人の宋美齢と愛人関係
にあった」
「原爆は最初から日本に使用する目的で開発された」
「チャーチルが旅先のチュニスで肺炎を発症したとき、研究中のペニシリ
ンの実験台になった」(ちゅん)。


(宮崎正弘のコメント)御高文を拝読しながらヤルタとポツダムの会談跡
を見学した時のことを思い出しました。

 ヤルタ会談は黒海を見下ろすリバーディア宮殿で開催され、それを見下
ろすかのような別の宮殿にスターリンは陣取って上から見張っていまし
た。チャーチルはそこから一時間ほどかかる別の宮殿が宿舎としてあてが
われ、付近はワインの名産地。まさに保養地ですね。全体を俯瞰する場所
にスターリンは陣取って、会議をコントロールしたのかという印象です。
小生が宿泊したホテルには、目の前の黒海の海水を引き込んだプールが
あって、泳ぐと塩辛い水でした。

ポツダムは現在観光地となっていて入場料を取られますが、小生が最初に
行ったのは30年ほど前のことで、当時は東ドイツでした。

広い敷地には小川が流れ、宏大な庭園で乗馬もポロも、ゴルフも出来る。
会議場は小さなお城のような建物(ツェツェリンホフ宮殿)で、「嗚呼、
こんなのんびりした場所で、戦後体制の分割案を決めたのか」と、日本人
からみれば悲壮な感慨でした。昨年、再訪してみて、その夥しい観光客、
それも中国人が多いのには驚かされました。

2019年02月14日

◆夥しい労働者に賃金が支払われず

宮崎 正弘


平成31年(2019年)2月8日(金曜日)弐 通巻第5987号    

 夥しい労働者に賃金が支払われず、座り込み抗議行動が多発
  ビル労働者「家族の医療費も払えず、ビルから飛び降りてやる」

どうやら予測通りである。

春節(旧正月)に中国の鉄道、飛行機、長距離バス、そしてハイウェイは
未曾有の人混みで大混乱に陥ったが、例年より早い休暇入り。そして
「ゆっくり休養を取れ、連絡するまで上京しなくてもよい」と言われ、給
与不払い、当座の旅費だけ支給された。

春節があけて、かれらが職場にもどると、工場は閉鎖されているだろう。
中国ではよくある手口だ(日本に観光にきている中国人はよほど恵まれた
階層である)。昨年の企業倒産は500万社とも言う。

ビルの建設現場。3ヶ月給与不払いというケースが多く、労働者は作業を
やめている。工期はベタ遅れ、クレーンは停まり、作業場では残った労働
者のシット・インが続く。

トラックの運転手はウーバーにも職を脅かされ、本社前をトラックがぐる
ぐる廻っての抗議活動。配送の下請けは賃金を受け取るまで「配達はしな
い」と抗議の声を挙げている。

製造工場ではラインが停まり、座り込み抗議。おおよそ給与不払いが原因
であり、経営者は雲隠れ、ビルの屋上から飛び降りてやると抗議する労働
者も現れた。悲痛な叫びは、「もう食事代もない」。「故郷の妻子の医療
費がはらえない」。

こうした風景が中国全土、あちらこちらで見られる。旧正月のお祝いどこ
ろではない。解雇された従業員は鴻海精密工業の10万人が象徴するよう
に、潜在失業者を含めると、おそらく数千万人単位ではないか。
        
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  樋泉克夫のコラム 樋泉克夫のコラム 樋泉克夫のコラム 
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樋泉克夫のコラム
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【知道中国 1855回】           
――「社稷既に亡んで、帝陵空しく存す」――大町(1)
大町桂月『遊支雜筆』(大阪屋號書店 大正8年)

                 ▽

高知生まれの大町桂月(明治2=1869年〜大正14=1925年)は、明治13年
に上京し杉浦重剛の称好塾に学んだ後、東京帝大国文科へ。

「明治會叢誌」「帝國文學」などに拠って評論・美文・新体詩などを発表
し、大学派・赤門派の重鎮として活動。明治33年に博文館に招かれ『太
陽』『文藝倶樂部』『中學世界』などに文芸時評・評論・評伝・紀行文な
どを発表する。文章を修行することで人間の錬磨を主張し、明治・大正期
の知識青年に大きな影響を与えた。

「序」で「朝鮮は今や皇國也。南滿洲の地は、近く日清戰爭に、日露戰爭
に、我が同胞の鮮血を流したる處にして、現に我が同胞の活躍せる處也」
と記す。「今や皇國」となった朝鮮、「我が同胞の鮮血を流したる處にし
て、現に我が同胞の活躍せる」ところの南満洲を、大町は「四箇月の日
子」を掛けて歩いた。

南満洲の旅は「初は大連を根據地として、後は奉天を根據地として、南は
旅順、北は哈爾濱、東は吉林、西は鄭家屯の間を跋渉すること幾んど2箇
月」。それは「大正七年將に暮れむとす」る頃であった。

満洲に火山はないが温泉はある。「温泉宿は日本人が創めたる也。滿洲人
の在る處に風呂なし。日本人の在る處には、必ず風呂あり。風呂より温泉
の方が遥かに氣持よし」。そこで「(満鉄)本線の熊岳城、湯崗子、安奉
線の五龍背」の「3温泉は滿洲にある日本人に取りての極樂浄土」という
ことになる。

3温泉の1つである五龍背に宿を取る。「ペチカは室を煖め、靂泉は身を
煖む。冬枯の滿洲に陽春の心地して、余はこゝに四宿しぬ。而して新年を
迎へぬ」。

明くる大正8年は西暦で1919年・・・ということは、今からちょうど100年
前に当たる。

その後の日本の針路に大きな影響を与えることになる国際的な出来事とし
ては、パリの講和会議(1月)、朝鮮における三・一独立運動(3月)、反
伝統を掲げる一方で近代中国における最初の本格的反日運動となった五・
四運動(5月)、ヴェルサイユ講和条約締結(6月)、シベリア撤兵開始
(9月)――日本も国際政治の主要プレーヤーとして歩みだす。

「大連より北四百三十五哩八分、長春に至りて、滿鐵の線路盡く。而して
東清鐵道始まる。長春は南滿洲の裏門にして、兼ねて北滿洲の表門也」。
その長春の八千代館で昼食。やがて日本人芸者が「一人あらはれ、二人あ
らはれ、三人あらはれ、遂に四人となる。最も年老いたる藝者、聲美にし
て追分を歌ふに、滿洲の野に在る心地せざりき」。まあ、それはそれは天
下泰平でゴザリマスなァ。

長春の街を馬車で散策する。「支那人の乞兒のとぼとぼ歩くを見て」、案
内役の某氏は「あれはまだ死なず」と。続けて、「乞兒は長春の名物也。
北滿洲にある支那の乞兒、鐵道にて追還されて、長春に來り、長春にても
追はるれど、動かず。長春は乞兒の溜場所となりて、凍死する者の年々數
百人の多きに達する也」と。

「長春より哈爾濱まで、225哩」をロシアの東清鉄道に揺られる。

途中の某駅を過ぎた頃、南への追放を免れたと思われる「支那人の乞兒來
る。兩足なし。兩手に木枕の如き木片を持ちて、兩手と兩膝にて歩く。年
は四十ばかりに見ゆるが、頭をさぐるでもなく、語を發せず、にこにこと
樂觀的の顔付きを爲す。食ひ殘したるもの一切を與ふれば、受けて默つて
立ち去れり」。汽車が某駅に着くと、「その乞兒の汽車を下りてブラット
ホームを這ひゆくを見たりき」。

どうやら大町の満洲は、日本式の温泉と「年は四十ばかりに見ゆる」と
ころの「にこにこと樂觀的の顔付きを爲」した乞食との出会いから始まっ
たということなのか。

2019年02月12日

◆夥しい労働者に賃金が支払われず

宮崎 正弘


平成31年(2019年)2月8日(金曜日)弐 通巻第5987号  

 夥しい労働者に賃金が支払われず、座り込み抗議行動が多発
  ビル労働者「家族の医療費も払えず、ビルから飛び降りてやる」

どうやら予測通りである。

春節(旧正月)に中国の鉄道、飛行機、長距離バス、そしてハイウェイは
未曾有の人混みで大混乱に陥ったが、例年より早い休暇入り。そして
「ゆっくり休養を取れ、連絡するまで上京しなくてもよい」と言われ、給
与不払い、当座の旅費だけ支給された。

春節があけて、かれらが職場にもどると、工場は閉鎖されているだろう。
中国ではよくある手口だ(日本に観光にきている中国人はよほど恵まれた
階層である)。昨年の企業倒産は500万社とも言う。

ビルの建設現場。3ヶ月給与不払いというケースが多く、労働者は作業を
やめている。工期はベタ遅れ、クレーンは停まり、作業場では残った労働
者のシット・インが続く。

トラックの運転手はウーバーにも職を脅かされ、本社前をトラックがぐる
ぐる廻っての抗議活動。配送の下請けは賃金を受け取るまで「配達はしな
い」と抗議の声を挙げている。

製造工場ではラインが停まり、座り込み抗議。おおよそ給与不払いが原因
であり、経営者は雲隠れ、ビルの屋上から飛び降りてやると抗議する労働
者も現れた。悲痛な叫びは、「もう食事代もない」。「故郷の妻子の医療
費がはらえない」。

こうした風景が中国全土、あちらこちらで見られる。旧正月のお祝いどこ
ろではない。解雇された従業員は鴻海精密工業の10万人が象徴するよう
に、潜在失業者を含めると、おそらく数千万人単位ではないか。
        
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【知道中国 1855回】           
――「社稷既に亡んで、帝陵空しく存す」――大町(1)
大町桂月『遊支雜筆』(大阪屋號書店 大正8年)

    ▽
高知生まれの大町桂月(明治2=1869年〜大正14=1925年)は、明治13年
に上京し杉浦重剛の称好塾に学んだ後、東京帝大国文科へ。
「明治會叢誌」「帝國文學」などに拠って評論・美文・新体詩などを発表
し、大学派・赤門派の重鎮として活動。明治33年に博文館に招かれ『太
陽』『文藝倶樂部』『中學世界』などに文芸時評・評論・評伝・紀行文な
どを発表する。文章を修行することで人間の錬磨を主張し、明治・大正期
の知識青年に大きな影響を与えた。

「序」で「朝鮮は今や皇國也。南滿洲の地は、近く日清戰爭に、日露戰爭
に、我が同胞の鮮血を流したる處にして、現に我が同胞の活躍せる處也」
と記す。「今や皇國」となった朝鮮、「我が同胞の鮮血を流したる處にし
て、現に我が同胞の活躍せる」ところの南満洲を、大町は「四箇月の日
子」を掛けて歩いた。

南満洲の旅は「初は大連を根據地として、後は奉天を根據地として、南は
旅順、北は哈爾濱、東は吉林、西は鄭家屯の間を跋渉すること幾んど二箇
月」。それは「大正七年將に暮れむとす」る頃であった。

満洲に火山はないが温泉はある。「温泉宿は日本人が創めたる也。滿洲人
の在る處に風呂なし。日本人の在る處には、必ず風呂あり。風呂より温泉
の方が遥かに氣持よし」。そこで「(満鉄)本線の熊岳城、湯崗子、安奉
線の五龍背」の「3温泉は滿洲にある日本人に取りての極樂浄土」という
ことになる。

3温泉の1つである五龍背に宿を取る。「ペチカは室を煖め、靂泉は身を
煖む。冬枯の滿洲に陽春の心地して、余はこゝに四宿しぬ。而して新年を
迎へぬ」。

明くる大正8年は西暦で1919年・・・ということは、今からちょうど100年
前に当たる。

その後の日本の針路に大きな影響を与えることになる国際的な出来事とし
ては、パリの講和会議(1月)、朝鮮における三・一独立運動(3月)、反
伝統を掲げる一方で近代中国における最初の本格的反日運動となった五・
四運動(5月)、ヴェルサイユ講和条約締結(6月)、シベリア撤兵開始
(9月)――日本も国際政治の主要プレーヤーとして歩みだす。

「大連より北四百三十五哩八分、長春に至りて、滿鐵の線路盡く。而して
東清鐵道始まる。長春は南滿洲の裏門にして、兼ねて北滿洲の表門也」。
その長春の八千代館で昼食。やがて日本人芸者が「一人あらはれ、二人あ
らはれ、三人あらはれ、遂に四人となる。最も年老いたる藝者、聲美にし
て追分を歌ふに、滿洲の野に在る心地せざりき」。まあ、それはそれは天
下泰平でゴザリマスなァ。

 長春の街を馬車で散策する。「支那人の乞兒のとぼとぼ歩くを見て」、
案内役の某氏は「あれはまだ死なず」と。続けて、「乞兒は長春の名物
也。北滿洲にある支那の乞兒、鐵道にて追還されて、長春に來り、長春に
ても追はるれど、動かず。長春は乞兒の溜場所となりて、凍死する者の
年々數百人の多きに達する也」と。

「長春より哈爾濱まで、二百二十五哩」をロシアの東清鉄道に揺られる。
 途中の某駅を過ぎた頃、南への追放を免れたと思われる「支那人の乞
兒來る。兩足なし。兩手に木枕の如き木片を持ちて、兩手と兩膝にて歩
く。年は四十ばかりに見ゆるが、頭をさぐるでもなく、語を發せず、にこ
にこと樂觀的の顔付きを爲す。食ひ殘したるもの一切を與ふれば、受けて
默つて立ち去れり」。汽車が某駅に着くと、「その乞兒の汽車を下りてブ
ラットホームを這ひゆくを見たりき」。

 どうやら大町の満洲は、日本式の温泉と「年は四十ばかりに見ゆる」
ところの「にこにこと樂觀的の顔付きを爲」した乞食との出会いから始
まったということなのか。



2019年02月11日

◆中国発「大不況」に備えは

宮崎 正弘


平成31年(2019年)1月25日(金曜日)弐 通巻第5968号    

中国発「大不況」に備えは出来ていますか?

  発端はアップルのスマホ売り上げ急減、株の大下落からだった

凄まじい勢いで日本の景気が悪化している。米国も悪化の兆しがでた。
 元凶は中国だが、この中国の経済構造にビルトインされたシステムの下
で成長してきたアジア諸国が軒並み不況ムードに蔽われた。日本経済も例
外ではない。

「アップル・ショック」というのは2019年1月4日、ティム・クック
CEOが「中国でのスマホの売り上げが10%落ち込んだ」と発表したこと
を受けて、同社株価は9・22%の大下落、半年で35%強も下げた。

このためアップルばかりかスマホ関連企業が悲鳴を挙げた。とくに香港株
式は10%の下落となり、日本でも部品、ICなどを供給している多くの
メーカーの株価が5−8%も下がった。目立った下げが日本電産、京セ
ラ、村田製作所などだったことは投資家ならずとも周知の事実だろう。
鵬海精密工業は河南省鄭州の工場で5万人をレイオフし、代替工場をイン
ドに移転して稼働すると発表したため、同社従業員が騒ぎ出した。
 
景気後退というより、状況はもっと悪い。

中国の就職戦線。ハイテク技能を持つ理工系ですら、応募倍率が32倍と
いう難関になり、これまで会社を移るたびに給与を増やしてきた「トラ
バーユ・ジャンプ組」も「向こう10年はいまの会社にしがみつく」と言
う。リクルート代理店、人材スカウト会社も閑古鳥である。

或るコンピュータ企業は2018年8月まで毎月、技能者を8人平均で雇用
し、輝かしい未来を約束されたかに見えたが、12月に突然半分の社員が解
雇された。

華字紙が大きく報じた事例はベンチャーの「マインドレィ社」(本社深せ
ん、従業員7千人、NY上場の優良企業)の新卒内定者取り消しという
ショックだった

マインドレィ社は急成長を続けてきたため、2017年には430人の新規採用
があった。18年には中国全土50の大学から成績優秀の理工系学生485人を
採用した。ところが昨師走になって、このうちの254人を内定契約破棄、
補償金として約束した給与の3分の1を支払うとした。
若者たちの未来は真っ暗、この先、どうなるのか?

夥しい不況の実例が『サウスチャイナ・モーイングポスト』(1月24日)
で報じられている。

ベンチャーキャピタルは2018年の年初と比較して第3・四半期には25%の
激減ぶり、たとえばバイクレンタルのベンチャー・ビジネスは50都市で
派手な営業を展開したが、倒産が目立ち、1400万人のユーザーが補償金を
返せと訴えている。

とりわけ厳しい環境に転落したのはアリババ、バイドゥ(百度)と並ぶ御
三家のテンセントに代表されるゲームソフトのベンチャーだった。

カジノ・ゲーム開発ベンチャーなど30%の落ち込みとなった。いよいよ中
国経済の破綻は秒読み、備えはできていますか?
      


☆⌒☆⌒☆⌒☆⌒☆⌒☆⌒☆⌒☆⌒☆⌒☆⌒☆⌒☆⌒☆⌒☆⌒☆⌒☆⌒☆書評 しょひょう 
BOOKREVIEW 書評BOOKREVIE 
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 監視システムは顔認証で6万人のスタジアムから指名手配犯を見つけ出した

SNSの監視によって潜在的な反党人物を割り出して家族に圧力をかける

  ♪
坂東忠信『移民戦争』(青林堂)
@@@@@@@@@@@@@

元警視庁通訳捜査官の坂東さんの新作である。明日にも発生しそうな大量
難民だが、我が国政府は『移民を増やす』と頓珍漢極まりない危険は方針
で暴走を始めた。

欧州でいまおきていることを対岸の火事として高みの見物、明日は我が身
という警戒心は稀薄であり、移民法があっという間に国会で成立したこと
に保守の政治家はほとんど抵抗を示さなかった。

安倍政権をどちらかといえば支持してきた多くの保守層が、見限った瞬間
でもある。したがって今後おこることはナショナリト政党ではないか。ド
イツでフランスで「極右」と左翼ジャーナリズムから批判される愛国者政
党は着実に、いや飛躍的に勢力を伸ばし、イタリアで、オーストリアで政
権の座についた。

全ては移民への反感ばかりか、実際に移民に職を奪われたか、賃金が下
がってしまい、自分の問題として移民問題を真剣に考えれば、ナショナリ
ストが主張していることが正しいという流れになったのである。

坂東さんは、対策提案のユニークさにかけても定評があるが、中国の断末
魔がいずれ百万の難民を発生させると氏は大胆に予測し、しかも多くが
『偽装難民』となるだろうと予言する。

このいやな未来への対策についての坂東氏のアイディアは本書によってい
ただくとして、本書の余滴部分で、大事なポイントが幾つかある。

中国の顔認証技術は、交通警察官のサングラスにも装填されていることか
ら、世界一だろうが、14億人のスキャンリサーチが可能の段階まで発展し
ており、「その確度は99・8%。江西省の南昌市警察の発表では、このシ
ステムにより六万人が参加する音楽フェスティバルで指名手配犯を割り出
し逮捕した」(中略)「貴陽市では顔認証システムによりBBC(英国放送)

2019年02月10日

◆10年後に世界は中国に支配される

宮崎 正弘


平成31年(2019年)2月7日(木曜日)通巻第5985号  

「いま中国のBRIと戦わなければ10年後に世界は中国に支配される」
  CSISは「BRI」を「デジタル・シルクロード」と新命名

 ワシントンの有力シンクタンクCSISは、中国のシルクロートは、情
報の安全が疑わしい。サイバーセキュリティの分野で関連諸国は脅かされ
ている」とする報告祖を出した。

シルクロードは「デジタル・シルクロード」というわけだ。

「日米ならびに西側列強は、ファーウェイ、百度、アリババなどが関与す
るプロジェクトに対抗するための共同の作業を検討し、早急にアジア諸国
にデジタル投資を積極化するべきである」という。

また國際政治改良財団のロバ−ト・アトキンス理事長は「いま西側が団結
して、中国のデジタル・シルクロードに対抗しなければ、10年以内に世界
は中国の5Gシステムに支配されてしまうだろう」と戦闘的な考慮を促し
ている。

中国がパキスタンのグアダール港から人民解放軍1万を駐屯させているア
フリカのジブチまで、6200キロの海底ケーブルを工事していることが判
明、アフリカと中東の通信市場も、独占する野心が見えてきた

        
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読者の声 ☆どくしゃのこえ ★READERS‘ OPINIONS
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  ♪
(読者の声1)貴誌でおりおりに話題となったフェルメール展、雑誌『正
論』もずっと表紙、裏表紙がフェルメールです。老生、やっと時間を見つ
けて行ってきましたが、長い列、1点をみるのに1人平均30秒でした。こ
れで人1800円! 宮崎先生も上野の森美術館へ行かれましたか?
  (TY生、水戸)


(宮崎先生のコメント)小生はオランダの各地の美術館とドレスデン、そ
れからアイルランドのダブリンの美術館で、ゆっくりと、それこそ一点
15分ほど。客が少ないし、写真撮影もOKでした。したがいまして上野
には拝観に行っておりません。


2019年02月09日

◆「借金の罠」に気をつけよう

宮崎 正弘


平成31年(2019年)2月8日(金曜日)通巻第5986号  

 アフリカ開発銀行(AFDB)も警告「借金の罠」に気をつけよう
  ジブチ、ナイジェリア、スーダンなど金融破綻が近い

IMF世銀は中国から膨大な借金を抱え込んだパキスタン、モルディブ、
スリランカなど15ケ国を「債務超過」として名前を挙げるレポートを出し
たが、アフリカ開発銀行(AFDB)も、これに倣った。

とくにAFDBは域内の破産可能性国家としてジブチをあげ「中国の借金
による悪性の財政難に瀕している」とした。

2017年のアフリカの債権市場はユーロ債権で溢れていた。およそ700億
ユーロから1000億ユーロの範囲で、アフリカ諸国の債権が取引され、つぎ
に中国のマネーが流入した。

単年度で負債がGDPの5%以内なら、一応の基準と観るのがAFDB
で、EUのそれは3%である。

全般的に東アフリカはGDP成長率が平均6%、エチオピア、ルワンダ、
タンザニアなどが成長を固めていたが南スーダンの内戦勃発で、いずれも
低成長に陥った。

西アフリカも原油価格下落でナイジェリアが挫折、部族闘争が再燃し、付
近のセネガル、コートジボワールなどが不況の再来となった。

南部アフリカでも南アが経済的停滞にあって周辺国の成長は望み薄であ
り、アンゴラは付加価値税を導入し、歳入不足を補う。ほかの国々は歳入
が予算の75%を満たせず、不足分を中国からのオファーに飛び乗る形で
経済発展にしがみつこうとする。

南アとナイジェリアはまもなく大統領選挙を迎え、消費物価の値上りを抑
え込む政権は焦りを見せている。

中国は、アフリカに向こう3年間で600億ドルを投じると豪語している
が、種々の事情からその実現は困難ではないか。 
        

2019年02月07日

◆ファーウェイは生き残れるか?

宮崎 正弘


平成31年(2019年)2月5日(火曜日)弐 通巻第5082号  

 ファーウェイは生き残れるか? 基地局の契約キャンセル相次ぐ
  「自社製半導体が5割」と豪語するが、その実態たるや台湾製

ファーウェイの排除を決めた米英につづき、豪、NZ、そしてカナダ、仏
蘭西。日本も政府機関から事実上ファーウェイを締め出すうえ、ソフトバ
ンクも、ファーウェイ基地局をやめる方向にある。

ドイツテレコムも「ファーウェイ使用を見直す」と再検討に入った。メル
ケルは独中蜜月時代の終わりを見据えて、四年ぶりに日本にやってきた。
まさに世界市場で孤立無援、四面楚歌となったファーウェイは、ZTEと
ともに生き残れるのか?

まず地上局をみると、世界トップのファーウェイが27・9%のシェアを占
めており、四位のZTEが13%、併せて中国勢は40・9%を占めるうえ、
世界の30の企業と5Gシステムでの地上局建設契約を締結している。
 
他方、北欧勢の地上局の強さは、二位のエリクソン(スウェーデン)が世
界シェアの26・6%、ノキア(フィンランド)が23・3%で、両社を併せ
た北欧勢が49・9%となって、世界の地上局の過半を寡占している(ち
なみに日本勢はと言えば、NECがわずかに1・4%,富士通は0・9%
と昔日の面影はなく、競合相手とは認定されていないかのようだ)。

米国は「ファーウェイをスパイ機関」と認定し、排撃し、同盟国へ同調を
促したが、さて地上局とインフラをファーウェイからほかのメーカーに変
更するとなると、関連施設からケーブルなど下部構造システムも変更する
ことになり付帯工事は費用が3−4割程度かさ上げされることになる。
それでも「ファイブ・アイズ」(米英、豪加にNZ) ならびに日・独、
EU列強は、米主導の安全保障の見地から排除するのは当然な流れにして
も、発展途上国はそうはいかない。

たとえば南アジアの国々へ行くと、ファーウェイ基地局建設費用まで中国
の銀行が融資してくれるという「有り難い」条件の下、格安のスマホ普及
となれば、やはり世界は米中で二分化へと向かうだろう(詳しくは拙著、
渡邊哲也氏との共著『2019年 大分断する世界』<ビジネス社>を参照さ
れたし).

半導体の供給は、クアルコム買収失敗と、インテルの半導体供給中断に
よって、ZTEがスマホの製造が不可能となって悲鳴を挙げたが、追加措
置で、米国が台湾UMCを起訴したため、同社の中国工場が事実上立ち上
げ不能となった。

UMCは福建省のJIHCC工場の立ち上げに全面協力して、製造にノウ
ハウを提供するとして既に300名のエンジニアを派遣していた。つまり
事実上の台湾企業が巧妙なかたちで中国での製造拠点化を狙っていたので
ある。


 ▼半導体メーカーUMCもTSMCも台湾企業ではないか

台湾最大のTSMSも中国における営業生産活動に支障が出ており、
ファーウェイは「自社製の半導体態勢を目ざす」「すでに半導体の五割は
自社製だ」としたが、その実態はUMCとTSMCの台湾のメーカーを含
めたことなのだ。実態は87%が輸入である。

鴻海精密工業(フォックスコム)は中国全土で130万人の雇用を減らす方
向になり、先月までに約10万人をレイオフした。

さらにはトランプと約束した米ウィスコンシン州の新工場も縮小するとし
ていた。突如、トランプ大統領からCEOの郭台銘に電話があって、米国
工場は計画通りに建設するとしたが、需要が激減しているため採算ベース
に乗せられるか、どうか。

ついでに言えば、郭台銘は台湾企業「鴻海精密」の創業者とはいえ、両親
は山西省からの移民、外省人であり、その中華思想的なメンタリティは北
京にある。純粋に台湾企業とは言えない。

ファーウェイがいくら自社製を増やすと豪語しても、根本的には半導体製
造設備が米国と日本で寡占しており、もっと細かく見れば、これらの工場
の生産過程で必要な稼働モーター、ロボット、コンプレッサーなども日本
製だ。ファーウェイと取引のある日本企業は30社。ソニー、パナソニック
を筆頭に日本電産、村田製作所、安川電機、三菱電機、リコー、ファナッ
クなど錚々たる上場企業が、このところ軒並みに営業利益の下方修正を発
表し、連動して株安に見舞われている。ファーウェイ・ショックの悪影響
である。

また日本国内でのファーウェイのスマホ販売が急減している。

消費者が「使っても大丈夫なのか」(ファーウェイがスパイ機関と米国が
断定し、日本でも関連の出版や報道が相次いだ)。NTTドコモの販売店
ではファーウェイのスマホは数パーセントに過ぎないが、「楽天モバイ
ル」は半分がファーウェイ製品である。
 

 ▼高関税の貿易戦争は取引されるだろうが。。。。。。

米中貿易戦争は2月末におそらくトランプと習近平で最終的な話し合いが
行われ、米中が取引するだろうが、これは関税率の問題であり、大豆と豚
肉が論点というレベルの話である。

深刻な問題は次世代ハイテクの覇権をめぐる米中戦争であり、いよいよ
5G開発戦争、第2幕が始まる。

さて日本の半導体業界はいったいどういう現状にあるのか。

1990年の状態を思い出すと、世界十傑のうち、トップのNEC以下、東
芝、日立、富士通、三菱、松下(パナソニック)と6社がランク入りして
いた。モトローラ、インテル、テキサツの米社が3社、そしてオランドの
フィリップスだった。

4半世紀が経って、2017年のランキングを見ると、十傑に残るのは東芝だ
け。それも東芝メモリーは日米韓のファンドの傘下となって、あとは何
処? といえばランク外に「ルネサス」があるだけだ。

ちなみにトップはサムソン(韓国)、以下インテル(米)、SKハイニッ
クス(韓国)、マイクロン(米)、クアルコム(米)、ブロードコム(シ
ンガポール籍)、テキサス・インスツルメント(米)、ウエスタン・デジ
タル(米)と続く。

期待された「ルネサス」は、日立と三菱の半導体部門が合併した上に
NECのエレクトロニクス部門が加わった新社だが、その後も業績は伸び
悩み、人員の削減を繰り返し、2018年にはまたも千人を削減する。
      

2019年02月06日

◆カショギ殺害が最悪の印象となった

宮崎 正弘


平成31年(2019年)2月5日(火曜日)通巻第5981号  

カショギ殺害が最悪の印象となったサウジアラビアから
   110万人もの外国人労働者が帰国の「大エクソダス」

サウジアラビアの最近の印象を問えば、「金持ち」イメージから「住み心
地の悪い」国に激変している。

1970年代の石油ブームが経済繁栄をもたらし、外国から労働者が大挙して
リヤド、ジェッダを目指した。家政婦はフィリピンから、きつい労働現場
にはインド、パキスタン、そして周辺のアラブ諸国からもドッとやってきた。

この傾向はアブダビ、ドバイ、カタールも同じだった。富は永続し、原油
価格は1バーレル=100ドルで安定するはずだった。

砂漠の蜃気楼のように、高層ビルが林立し、ハイウェイが整備され、モノ
レールも敷かれ、疾駆する車はフェラーリ、アストンマーチン、BMW、
ベンツ、トヨタだった。支配階級の大金持ちたちは国内で酒もおんな遊び
も出来ないため、自家用飛行機でエジプトやスイスに飛んで大酒をのみ、
美女を侍らせた。

世界の有名リゾートの高級マンションはアラブの富豪が買い占め、ヨット
ハーバーには彼らの最高級ヨットが係留されていた。

原油価格の下落が直接的な原因となって、高度成長を謳歌してきたサウジ
アラビアにも大不況が訪れ、2017年初頭から、18年第3四半期までに110
万人の外国人労働者が帰国した。大エクソダスだ。

とくに虐待されたフィリピンの女性の帰国に際してはマニラ空港にドウテ
ルテ大統領自身が出向いて暖かく出迎えた。サウジに限らずドバイやク
エートからの帰国女性が目立ったという。

現在、サウジ国民の過半が30代以下の若者であり、しかも失業率が12・
9%に跳ね上がった。したがってサウジ国民が騒ぎだすのも無理はなく
「外国人が我々の職場を奪った」という論理になる。

となると外国人労働者は建設現場からは冷酷にレイオフされ、熟練エンジ
ニアにも賃下げという措置がとられ、居残る労働者とて「友人達は皆帰っ
た。おれもそろそろ、第一、サウジアラビアは住むところではない」と吐
き捨てる。

エクソダスに拍車がかかったのはサウジ王室を批判したジャーナリストの
カショギをトルコの領事館において殺害したことであり、イメージ改善の
ため、カショギ殺害事件の直後からサウジの女性にも運転免許を与え、就
労のチャンスも拡大させていたが、いったん固まった悪印象が好転するこ
とはなかった。
  
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  樋泉克夫のコラム 樋泉克夫のコラム 樋泉克夫のコラム 
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樋泉克夫のコラム
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【知道中国 1853回】       
――「支那はそれ自身芝居國である」――河東(11)
河東碧梧桐『支那に遊びて』(大阪屋號書店 大正8年)

             ▽

詩人の直感というのだろうか。「氣を靜め思ひを沈ましめる餘裕などあり
やうはない」「刺戟性の頂點に停滯してゐる」音楽から、民族の「刹那に
生きようとする所以」を導き出してしまうのだから。

そういわれて1949年の中華人民共和国以後に見られる主な出来事をザっ
と振り返ってみると、国内的には建国直後の朝鮮戦争(50年〜53年)から
始まり、「三反五反運動」(腐敗・不正・官僚主義撲滅運動。51年〜53
年)、「百花斉放 百家争鳴」(自由化運動。1956年)、「反右派闘争」
(共産党批判者抹殺。57年)、「大躍進」(58年)、「三自一包政策」
(一定の私有財産容認。62年)、「社会主義教育運動」(修正主義に反対
し、修正主義化を防ぐ。63年〜66年)、「文化大革命」(66年〜76年)、
「対外開放政策」(78年〜)とジェットコースターのように目まぐるしく
変化した。

主要な敵国はアメリカ帝国主義からソ連社会帝国主義へ。1969年にはソ
連との国境で大規模な国境軍事衝突まで引き起こし、72年には「偉大なる
領袖・毛沢東」が昨日までの最大の敵であったアメリカ帝国主義の「頭
目」であるニクソン大統領を北京に迎え、劇的に握手する。

国内の敵は文革初期の劉少奇から林彪、さらには周恩来を経て四人組
へ。78年以降になると昨日までは政治の中枢を占めていた毛沢東原理主義
者は「極左」と批判・断罪され、社会のゴキブリ扱いを受けお役御免と政
治の中枢から放り出される始末だ。

なにより78年以降は国を挙げての金儲けに血道をあげ、いまや世界の覇権
を目指す勢いである。

建国以降の70年、改革・開放以降の40年を振り返ってみると、疾風怒濤の
ままに過ぎたこの国と国民に静謐の時はあったのだろうかと疑いたくなる
が、よくよく考えれば彼等には静謐の2文字は相応しくない。

毛沢東思想絶対の政治の時代(1949~78年)であれ、金権万能の時代(78
年〜現在)であれ、彼らは「刹那の慾求を充たす心理」に導かれながら
「刺戟性の頂點に停滯してゐる」ことを運命づけられているのだろう。

おそらく今後も彼らは「刺戟性の頂點に停滯し」続けながら「不完全な飛
行機の搭乘者のやうな心理」が解消されることなく、「氣を靜め思ひを沈
ましめる餘裕などありやうはない」人生――そう、只管落ち着くことのない
人生を送るに違いない。

「中華民族の偉大な復興」やら「中国の夢」が聞いて呆れ果てるのであ
る。「偉大な復興」ならぬ「偉大な不幸」に付き合わされた日には、「神
州高潔の民」を目指す身としては正直、堪ったものではない。

だが、その「刺戟性の頂點」に嵌まってしまった日本人もいたのだ。

河東に遅れること3年の大正10(1921)年、芥川龍之介は大阪毎日新聞社
の特派員として上海や北京を訪ね、その折の思いを『支那游記』(改造社
 大正14年)として発表した。そこに上海での芝居見物風景が記されてい
る。案内役は支那劇通として知られた某新聞社特派員の村田烏江だった。
やや長くなるが、引用しておく。

「支那の芝居の特色は、まず鳴物の騒々しさが想像以上な所にある。殊に
武劇――立ち廻りの多い芝居になると、何しろ何人かの大の男が、真剣勝負
でもしているかのように舞台の一角を睨んだなり、必死に銅鑼を叩き立て
るのだから、到底天声人語所じゃない。実際私も慣れない内は、両手に耳
を押さえない限り、とても坐ってはいられなかった。が、わが村田烏江君
などになると、この鳴物が穏かな時は物足りない気持ちするそうである。
のみならず芝居の外にいても、この鳴物の音さえ聞けば、何の芝居をやっ
ているか、大抵見当がつくそうである。『あの騒々しい所がよかもん
な。』――私は君がそう云う度に、一体君は正気かどうか、それさえ怪しい
ような心もちがした」。
そうです。判りマス。
 
     

2019年02月05日

◆ミャンマー、中国主導の巨大プロジェクトを返上

宮崎 正弘


平成31年(2019年)2月2日(土曜日)通巻第5977号     

ミャンマー、中国主導の巨大プロジェクトを返上
 嗚呼、やっぱり。チャウッピュー近代化、工業団地プロジェクトは白紙へ

スーチー率いるミャンマーの対外債務は100億ドルを超えた。このうちの
40%が中国である。ちなみにミャンマーの外貨準備は63・5億ドルしかな
く、明らかに債務超過である。1988年から2011年までの累積債務が膨れあ
がっていたが、平均の利子が4・5%だったという(アジアタイムズ、1
月31日)。

ミャンマー与党は、中国がオファーしてきたチャウッピュー港近代化プロ
ジェクトならびに付近の工業団地プロジェクト(大学から病院まで建設
し、一大近代都市建設を謳った)を、「財政面から根底的に見直す」と検
討を始めたことがわかった。

これはマレーシアが、建設を開始していた東西新幹線プロジェクト(200
億ドル)が財政的にカバーできず、マレーシア政府の責任を越えるとし
て、マハティール政権は違約金を払ってもキャンセルしたことを受けて、
ミャンマーも「借金の罠」に落ちることを懸念しての措置である。

ティンセイン政権時代に、ミッソン・ダム建設を中止した。このプロジェ
クトは総工費36億ドルだったが、発電される電力の90%が中国側へ送電さ
れるという無茶な契約内容だったため、地元のカチン州などで猛烈な反対
が起きた。

チャウッピュー港近代化プロジェクトの現場に取材に行った。ヤンゴンか
らおんぼろ飛行機で50分、上空からみると建設予定地はただの畑、雑木林
が拡がっていただけで、港は泥沼、一部帰ってきたロヒンギャの小舟で釣
りをしていた程度だった。写真入りで『エルネオス』今月号にレポートを
書いているが、大きな看板と、がらんどうの事務所ビルが建っているだけ
だった。

ちなみに日本の援助実績(E/Nベース。技術協力はJICA実績ベース)
(1)有償資金協力 7,512.49億円(2015年までの累計。うち2015年度 
1,257.38億円)

(2)無償資金協力 2,571.38億円(2015年までの累計。うち2015年度 
176.05億円)

(3)技術協力 602.32億円(2015年までの累計。うち2015年度 87.63億円)

       

2019年02月04日

◆スリランカ、またまた中国に10億ドルの

宮崎 正弘


平成31年(2019年)2月3日(日曜日)通巻第5978号  (節分)   

 スリランカ、またまた中国に10億ドルの融資を要請
  コロンボからキャンディへの高速道路建設を再開させる

 スリランカの対外債務は531億ドル(2018年9月末時点)。2019年に償
還期限のくる負債は49億ドル。さらに2020年までにあと150億ドル。
ま、パキスタンと同様にIMF管理は時間の問題だと騒がれている。

99年の租借を飲まされ、ハンバントタ港を中国に明け渡す無惨な結果を招
いたのはラジャパクサ前大統領の、強気の読みと中国との親密なコネク
ションからだったが、結局は返済できず「借金の罠」に落ちた。番狂わせ
で彼は落選し、無名のシリナセがスリランカ大統領となった。

コロンポからスリランカの名勝地キャンディに至るハイウエイは途中悪
路、崖や河沿いを縫うように、車で四時間近くかかる。鉄道もあるが、一
日二本程度、しかも外国人観光客でほぼ満員だ。この区間に、ハイウエイ
を通すのはスリランカの政治家なら誰もが魅力と思うだろうし、票に繋が
るプロジェクトと考えられた。ところが、資金不足に陥り、現場労働者の
日当がはらえず、あちこちで工事が中断した状況になっていた。
 
そかし、そのプロジェクトの再開はなしより、喫緊の課題は償還期限のき
た負債処理で、債務不履行に陥りそうな条項はパキスタンと同じ。ここで
救世主として登場するのがインドという役割も同じである。

インドはモルディブへ14億ドルの信用供与に踏み切った後、こんどはス
リランカへも同額の信用供与を、通貨スワップを通して行い、工事が中断
している高速道路工事に廻す手筈を整えた。
なにしろインドは中国の浸透を快しとはしていないので、無理してでもス
リランカを救済し続けるのだ。
        ☆⌒☆⌒☆⌒☆⌒☆⌒☆⌒☆⌒☆⌒☆⌒☆⌒☆⌒☆⌒☆⌒☆⌒☆⌒☆⌒☆書評 しょひょう
 BOOKREVIEW 書評BOOKREVIEW
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 「最後の皇帝」=溥儀の虚実、異常な性格破綻を抉り出した労作
   なぜ、このような最低レベルの皇帝に歴史は振り回されたのか

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加藤康男『ラストエンペラーの私生活』(幻冬舎新書)
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本書は平成26年に刊行された『禁城の虜』を大幅に加筆、修正した新書版
である。発売と同時にベストセラー入りしている。

最後の皇帝となった溥儀の性格異常的な愛欲、それも偏執的な性欲、そし
て迎えた悲惨な結末。映画『ラストエンペラー』はかなりの綺麗事をフィ
ルムにしたが、真実とはかけ離れている。

家庭教師だった英国人が書いた『紫禁城の黄昏』も、大事な部分を、岩波
の翻訳書は割愛していた。

溥儀は異様な性欲のなぜ持つように至ったのか。

溥儀は2歳と6ヶ月で皇帝の座について、幼年期から女官に性行為を教え
込まれ、10代で宦官との同性愛、そして宮廷内で宦官達を虐待する悪質な
性癖を身につけた。

しかも16歳で本妻と妾を同時に娶り、後に正妻の産んだ子を「不義密通の
疑いがある」として「捨てよ」と命じ、正妻を幽閉した。

あれほど日本に依存し、紫禁城を追われてからは天津の日本租界に逃げ延
び、28歳で満州国皇帝となった。ところが、終戦後はソ連に抑留された。
 このあたりの顛末が明瞭に語られたことは少なかった。加藤氏は克明に
追跡調査をおこない、通化事件の舞台ともなった場所から、溥儀は日本軍
の用意した飛行機で奉天へ逃げ、そこから日本へ逃亡する予定だった。と
ころが、偶然進駐してきたソ連軍に発見され拘束されてしまったのだ。

ソ連を転々としていたのも束の間、東京裁判では、のこのことソ連側証人
として市ヶ谷の軍事裁判法廷に出てきた。でたらめな証言をスターリンの
命じるままに行い、さらにそのあとは中国に送還されて撫順刑務所で洗脳
された。

評者(宮崎)は嘗て通化の現場や、遼寧省の炭鉱町に残る撫順刑務所跡で
は溥儀の拘束されていた部屋を見学したことがある。

したがってこのあたりの記述と撫順刑務所の情景とが重なった。

やがて釈放されると、溥儀はこんどは毛沢東の飼い犬の如くに、中国共産
党の宣伝材料に酷使された。

「数奇の運命」といえば、なにやら悲劇の主人公のようだが、自立性を完
全に欠如させた異常人格というより性格破綻者。そのうえ比類なき権力
欲、物欲、我欲、性欲、名誉欲、自己保身の権化。結局、日本はこの程度
の人物に振り回されるしかなかったのか。

本書は溥儀の虚実を語り、異常な性格破綻者を抉り出した労作であり、読
後感といえば、  なぜ、このような最低レベルの皇帝に歴史は振り回さ
れたのかという歴史のアイロニー、というより歴史の悲しみであった。
      
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【知道中国 1852回】         
――「支那はそれ自身芝居國である」――河東(10)
河東碧梧桐『支那に遊びて』(大阪屋號書店 大正8年)

          ▽

河東は長江を望む甘露寺の眺望に満足すると共に、「音もしなければ、動
くとも見えない、海のうねりも池の漣も立たない、このノッペラボーな
(長江の)水が、人間の力も機械の働きも、容易くはなし得ない、沈黙の
活動をしてゐることが、そこに測るべからざる力強さの包蔵されているこ
と」に驚嘆し、納得する。

甘露寺では、「この附近の豪家の某氏が、この長江での水死人の爲めに、
近く大きな施餓鬼をする其の準備に忙殺されてゐ」た。「長江の水死人を
考へることが、私に堪らなく詩的な情趣を誘」ったという。かくして「そ
こに慈悲を及ぼす隠れたる善人のあることが、ソシアルデモクラシー化し
てゐる支那の現状を裏切る重大なものに思ひ做さるゝのであつた。よし、
さういふ施主は、恐らく佛?的な迷信から出發してゐるとしても」である。

どうやら河東は「ソシアルデモクラシー化してゐる支那の現状」を余り好
ましいものとは見做していないようだ。

南京の脂粉の街を散策する。

聞こえてくるのは「遊冶郎の遊冶氣分を唆る」歌声だった。「そこに伴奏
する月琴胡弓の低音といふ者を持たない最高音階の樂器が鼓膜を通して肉
の活躍を煽つて來る」から、「氣を靜め思ひを沈ましめる餘裕などありや
うはない」。

そこで支那の音楽に思いを馳せた。

「音樂が其時の情緒を動かす力を持つてゐるといふことが眞實であるなら
ば、支那の樂器と聲樂とは、たゞ肉を煽動し肉に喝かしめる程度の材料に
過ぎなくなる、たゞ肉の伴奏を勤める役目である」ところの「支那の音樂
の今日に到つた徑路は、餘處事でなく、支那の無自覺から自覺運動に至る
道程を暗示する者ではないだろうか」と。

「支那の音樂が刺戟性の頂點に停滯してゐる、それでなければ音樂として
の價値を持たないといふことに、この私達の味つた寂しさが原因づけてゐ
るのではないだらうか。

帝王になれば國家の安泰、大官になれば位置の安泰、庶民になれば財産の
安泰、それらを通じて生命の安泰の絶對に保證されない國柄、そこに四千
年の長い?史を持つた思想、それが因となり果となつて訓致された國民
性、それに反抗することも、それから逃避することも不可抗力で壓しつけ
られてゐる人生の桎梏、それを手短かくつゞめて見れば、不完全な飛行機
の搭乘者のやうな心理、そこから湧くドン底の寂寞味が、自然に音樂をも
肉的に誘致せしめるのではないだろうか」。

とどのつまりは「刹那に生きようとする所以」ということだろう。

 この河東の考えを敷衍するなら、あのけたたましい音楽は「刹那に生き
る」ことを運命づけられた中国人の人生にくっついて離れない「ドン底の
寂寞味」がもたらすもの。いわば人生の寂寥感を噛み締め自らの内側に閉
じ込め昇華させるのではなく、ひたすら外に向かって発散させるためのも
の。であればこそ「最高音階の樂器が鼓膜を通して肉の活躍を煽つて來
る」ことになるわけだ。

「刹那に生きんとする心持は、帝王の尊貴を以てしても、どうすることも
出來ない自然の運命であつた」がゆえに、「?代の帝王が、其の先人の墓
陵を華麗にするといふことも」、「それによつて我が滿足を買はんとす
る」からだ。その背景には「其の一時の榮譽を誇示せんとする自我の發揮
が基調になつてゐることを閑却することは出來ない」。

「百千の人を使役し、巨萬の金を散ずる豪快味」は、それが先人の壮大華
麗な墓陵建設に投ぜられたにせよ、「美酒佳肴に費やされる」にせよ、
「刺戟性の頂點に停滯してゐる」音楽と同じように、共に「刹那の慾求を
充たす心理」がもたらすことになるようだ。
      

2019年02月03日

◆北京交通大学都市化研究センター

宮崎 正弘
 

平成31年(2019年)1月31日(木曜日)弐 通巻第5975号     

 北京交通大学都市化研究センターは研究成果を発表
  中国新幹線(高速鉄道)は借金も「高速増殖」させた

昔々、日本の国鉄は慢性的赤字、士気の弛緩、親方日の丸、労働組合の過
激化と国民から総スカンを食ったストライキなどの理由で赤字経営を続けた。

侃々諤々の議論のすえに民営化され、累積債務は「国鉄清算事業団」に移
された。その債務残高は24兆円だった。

中国の鉄道は世界一の営業キロを誇り、12万7000キロ。このうちのおよそ
2割(2満5000キロ)が、新幹線(中国は「高速鉄道」という)である。

先ごろ発表された北京交通大学都市化研究センターの研究によれば、「中
国新幹線(高速鉄道は)は借金も「高速増殖」させた」として、累積債務
を707億ドル(邦貨換算78兆円)と見積もった。

同センターに拠れば、黒字区間は「北京―上海」と「北京―広州」の2つだ
け。ほかはすべて赤字。ちなみにコストvs効果計算で、北京―上海の乗
客はキロあたり4800万人、もっともひどい赤字区間は「蘭州―ウルムチ」
で、キロあたり230万人。ちなみに日本のJRの新幹線のそれは平均でキ
ロあたり3400万人。

この無謀とも発狂的とも言える鉄道建設は、悪性のスパイラルへ向かって
暴走、突進を続け、幽霊都市を建設して業界を存続させてきたように、国
有企業の中国鉄道建設と系列の企業群の延命だけが目的だったのか。

2005年からつもりに積もった累積赤字78兆円というのは、日本の旧国鉄の
赤字の3倍規模にあり、近未来におこるであろう、恐怖のシナリオが見え
てきた。
    
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【知道中国 1851回】                
――「支那はそれ自身芝居國である」――河東(9)
河東碧梧桐『支那に遊びて』(大阪屋號書店 大正8年)

         ▽
「時代の變革は、最も民衆に近い藝術に反應する、といふ民衆對藝術觀か
ら言へば」、「支那の自覺は先づ劇に始まる、支那を救ふが爲めには、政
治論よりも貨幣論よりも、價値ある芝居の創造を第一にすべきだ。そんな
氣もするのだつた」との直感は鋭い。

当時勃興した新文化運動を担ったのは、旧い京劇の抜本改革と新しい話劇
の振興運動だったのだ。

「其後北京に出て」、「たしか廣?樓とか言つた寄席類似の小屋で丁度始
まつた梅蘭芳の芝居を見に往つた」。旧来からの「生(たちやく)」が主
体の伝統舞台に革命の風を巻き起こし、梅蘭芳が「旦(おやま)」を主役
とする演目に新境地を切り開き、新たな観客層の開拓に努めていた頃である。

梅の舞台を「其の容貌、其の肉聲、其の所作は、支那芝居に最も缺けてゐ
る、最も閑却されてゐる、事相に伴ふ感情の表現を、比較的に豐富ならし
めた」と評し、「支那芝居は單に寫實劇に推移するものではない、一人の
梅を待つてそれがオペラにも開展して行く可能性を持つてゐる。そんな感
想も浮かぶのだつた」と。やがて「そんな感想」は現実化した。
京劇は梅によって「オペラにも開展して行」ったのだ。ペキン・オペラ
への誕生である。

寧波を離れる直前、七塔法恩寺という大きな寺に赴く。

「一人の磊落な坊さんが出て來た」。「この僧侶は滅多に人には見せな
い、自分で樂しんでゐる現世極樂を持つてゐるとの事」であり、その「現
世極樂」に案内してもらった。寺の奥まった一角の小部屋がそれだ。

「中にはいつて見て、私の夢は覺めた、九天の空から奈落の底に突き落と
されたやうに、私の空想は叩きつけられた」そうな。

それというのも、「現世極樂」の実体が「四方の壁と天井の眞中の明りと
を除いた部分とに、一面に鏡をはめて、其のひまひまに、縮緬の派手な切
れで作つた住吉踊のやうな瓔珞類似のもの、人形寶石等を飾りつけたも
の」だったからだ。極楽などといえたような代物ではない。単なる子供騙
しだ。

「気骨ある、支那僧侶中の出色の人」ともあろうものを、チャチな仕掛け
に現を抜かす。「眞面目なのか、それともトボケてゐるのか」。だが、だ
からといって「この一事を基點として、支那僧侶の思想や道?問題にまで
説き及ぼさうとも考へない」。それというのも河東は「『現世極樂』とか
『碧落?泉』とかの文字の意味あひで、人を或る處にまで釣り込む手段の
巧妙さを考へずには濟まなかつた」からだ。

毛沢東の時代を振り返れば必ずといっていいほどに付き纏う「百花斉放 
百家争鳴」「大躍進」「愚公移山」「超英?美」「自力更生」「為人民服
務」から始まって、?小平の「先富論」に「韜光養晦」、江澤民の「三個
代表論」、胡錦濤の「和諧社会」、習近平の「中華民族の偉大な復興」
「中国の夢」などなど、「文字の意味あひで、人を或る處にまで釣り込む
手段の巧妙さ」は数え上げたらキリがない。

かくて「支那人の先天的に豐富な芝居氣を享け持つてゐることに想到」し
た河東は、彼らは「殊更に企むことなしに、それぞれの職業なり地位なり
に相應する芝居を演ずる敏感性を持つてゐる」と注意を喚起し、併せて
「善い意味に於て、支那人は誰もが役者の素質を具有してゐる。支那はそ
れ自身芝居國である」と「直覺」するのであった。

蘇州を歩き杭州を愛で、「私はもう支那の名所舊跡の、たゞ名許りあつ其
の實の廢滅した落寞な悲慘な跡を見るに可なり飽いた」。だが、それは河
東が日本人だからだろう。

「面白いのくだらないのと明快な判斷を下だすのを辛棒して、さういふ判
斷から超越して、たゞぼんやり長袖緩歩で、ノロノロぐにやぐにやしてゐ
なければ、支那を知る事は出來ないかもしれない。

日本のやうな島國の物尺は、支那の大陸には當て嵌らないのかも知れな
い」。やはり「たゞぼんやり長袖緩歩で、ノロノロぐにやぐにや」でない
と・・・ 

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 読者の声 ☆どくしゃのこえ ★READERS‘ OPINIONS
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   ♪
(読者の声1)YouTubeをぶらぶら見ていたら以下の記事を見つけまし
た。「昭和天皇が見
た生涯で一度だけ激怒した姿 〜元側近が語る胸の内〜」
https://www.youtube.com/watch?v=4cu5-yGnrFA

 皇居の記帳台で記帳された「お帳」を侍従の中村氏が毎日天皇陛下の御
座所にお持ちしていたが、昭和62年2月27日に御座所のドアから怒鳴り声
が聞こえてきた。NHKテレビの特集番組をみていられたようで、その内容
にご立腹されたようだ。

中村侍従は侍従在職中昭和天皇が怒ったことをこの時以外にみたことがな
いとのことでよほど陛下はご立腹されたのであろう。幸いにもその特集番
組YouTubeで視聴することができます

「NHK特集「ニ・二六事件 消された真実 〜陸軍軍法会議秘録」
https://www.youtube.com/watch?v=_Yu70Jp1g5A

要するに、その当時あらたに発見された匂坂(さきさか)検察官が密かに
保管していたニ・二六事件関連の資料を解析すると、以下のことが推測で
きるということです。

1.真崎大将を首魁とする皇道派の将官が26日の早朝に会合を開いていた。

2.陸軍の行った裁判の関係者は、陸軍の将官が自分たちが権力を握るた
めに事件を青年将校に起させたということが世に知れると陸軍としてはこ
まるので、裁判をうやむやにした。

私には発見された資料からどうしてこんな結論が出てくるのか不思議です。

恣意的な解釈と私は思います。それはさておき、昭和天皇が側近がそれま
でみたことのない怒りの表情を見せられただけでなく、怒鳴られたという
ことは、この結論が昭和天皇がその時点で理解していた内容と全く異なり
かつ不当なものであったということです。

真崎大将が事件発生前から自分を慕ってきた青年将校たちに自重するよう
に度々いってきたことは、公知の事実です。

事件勃発後も自ら青年将校たちのもとに出向いて自重するよう必死に説得
活動を行ってきたことも公知の事実です。ただし、特集番組の中では真崎
大将が使嗾したようにほのめかされています。

陸軍大将が事件の背後にいたとなると陸軍に都合が悪いのでうやむやにし
たなどという結論は全くの的外れです。真崎大将は一年間厳しい尋問を受
けたにも関わらず何も問題とすべき点がなかったので起訴できなかったの
です。

事件後、陸軍の権力を握った人たちにとって真崎大将を葬り去るのが一つ
の大きな目的であったにもかかわらず、何も付け入る隙がなかったのでう
やむやにせざるを得なかったというのが実情でしょう。

では昭和天皇が何故激怒されたのでしょうか。

以下の昭和天皇の言葉が謎を解きます。

戦後真崎大将の長男の真崎秀樹氏は昭和天皇の通訳を25年間なされまし
た。宮中では天皇陛下がどんなに気に入っている者でも80歳で退職する
のが決まりでしたが、陛下がこの述懐をなされたとき真崎秀樹氏は80歳
を超えていました。

部屋に昭和天皇と真崎秀樹氏だけがいたとき、陛下は窓の外を見ながら以
下のとおり云われました。

「私がお前をその年でも使っているのは、お前が真崎甚三郎の長男だから
だ。私は今までに3回判断を誤った。」
私はこのことを昭和天皇の信頼が篤くかつ真崎秀樹氏と親しかったある方
からお聞きしました。

勿論、3回の内の1つはニ・二六事件の際真崎大将を中心とする皇道派の
将官が自身が権力を握るために青年将校を煽動したと誤って判断したこと
です。

後に逆に真崎大将を追い落とすために青年将校をそそのかし背後に真崎大
将がいたように見せかけていたのだと気付かれたのでしょう。私は陛下が
お気づきになられたのはおそらく昭和30年頃ではないかと推察いたしてお
ります。その方が陛下のそば近く使えるようになったのがそのころだから
です。昭和天皇が判断を誤るように誤情報を伝えた人物(2人)もわかっ
ていますが、ここでは述べません。

では残りの2回はいつかということになります。大東亜戦争開戦を決めた
御前会議ではありません。昭和天皇は明治天皇、大正天皇に倣われ閣議が
全会一致したことは、自分の意に沿うか否かに関わらず裁可されました。
したがって、閣議で全会一致した場合ご自身が判断をお示しになる余地が
ありませんでした。私は、残りの2回の内1回は何時であったか確信を
もっています。差しさわりがあるのでここでは述べません。残りの一つは
正直言ってわかりません。

いずれにしても、何故あのような間の抜けた結論、あるいは意図的な悪意
に満ちた結論をNHKテレビは特集番組として放送したのか、?然とする
しかありません。

 平成25年2月にもNHKの同事件に関する特集番組がありました。こ
れもYouTubeで視聴できます。
「近代日本最大のクーデター、二・二六事件」
https://www.youtube.com/watch?v=eEJ1Q0ukoco

腑抜けた内容の番組ですが、最後に御厨氏がいった二・二六事件がなかっ
たら日本は戦争に向かわなかったであろうという発言は当たっています。
ただし、その理由は御厨氏の意図とは全く違います。当時真崎大将は英米
派と云われていました。これは、日本派(愛国派)であるからこそ、日本
を守るためにはドイツではなく英米との協調関係を重視しなければならな
いというものでした。二・二六事件が起きず、真崎大将の意図が正しく日
本の軍事方針・外交方針に反映されていたら、日本は戦争に向かわなくて
済んだはずです。

また真崎秀樹談、読売新聞社編、「側近通訳25年 昭和天皇の思い出」
の第六章「真崎大将と二・二六事件」を読んだところ、「陛下が真崎甚三
郎をどう見ていたか、何も根拠がないのです。私自身、陛下のお言葉なり
何なりから察することは何もありません」とあります。陛下の述懐に触れ
ないようにするには、こういうしかなかったのでしょう。しかし、それ以
外は上記の私の推察と符合しています。
   (當田晋也)



  ♪
(読者の声2)(日本文化チャンネル桜)から番組のお知らせです。
番組名:「闘論!倒論!討論!2019 日本よ、今...」
テーマ:「中国(習近平)が今狙っているもの」(仮)
放送予定:平成31年2月16日(土)夜公開。日本文化チャンネル桜。
「YouTube」「ニコニコチャンネル」「Fresh!」オフィシャルサイト。イ
ンターネット放送So-TV
<パネリスト:50音順敬称略>
 石平(評論家)、田村秀男(産経新聞特別記者・編集委員兼論説委員)、
坂東忠信(元警視庁通訳捜査官・外国人犯罪防犯講師)、福島香織
(ジャーナリスト)
宮崎正弘(作家・評論家)、用田和仁(元陸上自衛隊西部方面総監 陸将)
渡邉哲也(経済評論家)
司会:水島総(日本文化チャンネル桜 代表)
(日本文化チャンネル桜)

2019年02月02日

◆北京交通大学都市化研究センターは

宮崎 正弘


平成31年(2019年)1月31日(木曜日)弐 通巻第5957号     

北京交通大学都市化研究センターは研究成果を発表
中国新幹線(高速鉄道)は借金も「高速増殖」させた

> 昔々、日本の国鉄は慢性的赤字、士気の弛緩、親方日の丸、労働組合の過 激化と国民から総スカンを食ったストライキなどの理由で赤字経営を続けた。
>
> 侃々諤々の議論のすえに民営化され、累積債務は「国鉄清算事業団」に移 された。その債務残高は24兆円だった。
>
> 中国の鉄道は世界一の営業キロを誇り、12万7000キロ。このうちのおよそ 2割(2満5000キロ)が、新幹線(中国は「高速鉄道」という)である。
>
> 先ごろ発表された北京交通大学都市化研究センターの研究によれば、「中 国新幹線(高速鉄道は)は借金も「高速増殖」させた」として、累積債務 を707億ドル(邦貨換算78兆円)と見積もった。
>
> 同センターに拠れば、黒字区間は「北京―上海」と「北京―広州」の2つだ け。ほかはすべて赤字。ちなみにコストvs効果計算で、北京―上海の乗 客はキロあたり4800万人、もっともひどい赤字区間は「蘭州―ウルムチ」 で、キロあたり230万人。ちなみに日本のJRの新幹線のそれは平均でキ ロあたり3400万人。
>
> この無謀とも発狂的とも言える鉄道建設は、悪性のスパイラルへ向かって 暴走、突進を続け、幽霊都市を建設して業界を存続させてきたように、国 有企業の中国鉄道建設と系列の企業群の延命だけが目的だったのか。
>   
> 2005年からつもりに積もった累積赤字78兆円というのは、日本の旧国鉄の 赤字の3倍規模にあり、近未来におこるであろう、恐怖のシナリオが見え てきた。
>