2018年05月24日

◆王岐山、初外遊はサンクトペテルブルグだ

宮崎 正弘


平成30年(2018年)5月22日(火曜日)弐 通巻第5709号 

 王岐山、初外遊はワシントンではなくサンクトペテルブルグだ
  米中経済摩擦、ロシアとのバランス重視へ王岐山が舵取りへ

安倍首相は24日から露西亜を訪問し、プーチン大統領と会談する。そこ
で、飛んだハプニングが起こりそうだ。なぜなら王岐山も同日はサンクト
ペテルブルグに滞在しているからである(ただし24日にはベラルーシへ移
動する予定という)。

王岐山は誰が見ても中国のナンバーツー。実質的に「首相兼外相」であ
る。年齢制限のため共産党の最高層序列からは外れているが、国家機構の
制度を活用して「国家副主席」となり、「人治の国」らしく、李克強首相
や王毅外相の役割をこえた、パワフルな地位を獲得している。

国家副主席に選ばれた直後、王岐山が最初に面談した外国要人はフィリピ
ン外相だった。成果はと言えば、スカボロー領海問題をみごとに棚に上げ
て、沖合油断の共同開発に落とし所を持っていった。

ドゥテルテ比大統領がいみじくも言うように「中国と戦争になれば、フィ
リピンは勝てないだろ。それなら領土問題は棚上げしかないじゃないか」
と過激すぎるほど露骨な打算である。

さて、折からのトランプの強硬な対中姿勢、ZTEは経営悪化、というよ
り経営危機に陥って、中国は深刻な様相で、米中貿易戦争に対応する。対
米交渉では米中貿易戦争のタフネゴシエーターとして、訪米すると観測さ
れていたが、どっこい、王岐山はロシアへ向うのである。22日から開催
されるサンクトペテルブルグでの「経済フォーラム」へ出席し、プーチン
大統領とも会見する。

対米バランスを取る均衡策だが、習近平とて、2013年最初の外遊先はロシ
アだったから、意外ではない。

プーチンは来月8日に青島で開催予定の上海協力会議(SCO)に出席を
することになっており、王岐山は、中国外交を当面、ロシアとの蜜月演出
を連続させて、バランス外交を演出しながら、トランプとの交渉を有利に
しようという腹づもりだろう。

ならば中露間の議題、懸案はなにかと言えば、ロシアからみた貿易不均衡
の解消であり、米中摩擦の構造とは正反対だ。外交面では、トランプ政権
の「イラン核合意」離脱と、制裁強化への対策であり、特にZTEが米国
市場から向こう七年間締め出されるのはイランとの不法な取引が原因だった。

2018年05月23日

◆中国とインド国境に未曾有の金鉱脈

宮崎 正弘


平成30年(2018年)5月22日(火曜日)通巻第5708号 

中国とインド国境に未曾有の金鉱脈。「第2の南シナ海」に化けるのか
   中国、チベットの深奥部で大規模な鉱山開発を着工、一帯に投機ブーム

中印国境紛争は昨夏、73日間にわたる軍事緊張のあと、モディ・習近平の
トップ会談で、相互に150メートル後退して「停戦」が成立した。しか
し、その後も軍事的緊張はすこしも緩和されていない。

インド側からいえば「十年前に、こんにちの南シナ海の状況が予測できた
か」という懸念の拡大になる。つまり、中国が1962年の中印戦争以来
「(インド領の)アナチュル・ブラデシュ州は、もともと中国領だ」と言
い張っている以上、いつ侵略されるかわからないからだ。

日本の尖閣諸島が中国領だと言って、隙を狙っているようなものである。

ところが、インドの国境付近で最近発見された金鉱脈はレアアースなどほ
かの戦略物資をふくみ、その埋蔵は未曾有の規模と地質学者等が判定し
た。付近一帯が沸き立った。

 開発すれば最低に見積もっても600億ドルのレアメタルだとされ、俄に
開発ブームがおこり、評判を聞いて、四川省から移住する人まで出はじめ
した。

実際に深く坑道が掘られ、精製工場らしき設備も整って、かなりの鉱夫が
入植した。
 
当該鉱山の場所はチベット自治区のルフンゼ(中国名は隆子県)。省都の
ラサから直線距離で南東へ200キロ。すでに山岳を削りトンネルを掘っ
て、中国側は道路を造った。

 付近はルパ族というチベット系の少数民族が暮らす村々が点在し、毒蛇
が多いため鉈などで武装、また独特の部族の踊りが有名で、近年は中国の
諸都市から漢族の観光客がエキゾティックは踊りを見に来る。

ルパ族は僅か3500人しかいないため、中国の支配に抵抗するほどのパワー
は持ち合わせていない。 

インド側からみるとアルナチュル・ブラデシュ州の北側、インドの保護国
ブータンから北東に位置し、中国軍の活発な動きが観測される。とくに
ブータンの北部に冬虫夏草を密漁するシナ人が目立ち、対立関係が続くと
ころである。ブータン北部は、いつの間にか中国に侵略されている地区が
ある。

金が掘れるとなれば、中国はインドとの国境防備にますまる力を入れ、気
がつけばあっと驚く軍事施設になっていたなどと懸念されるように、陸の
「南シナ海」に生まれ変わるかも知れない。

2018年05月22日

◆イラン核合意からの離脱

宮崎 正弘


平成30年(2018年)5月21日(月曜日)通巻第5707号 

トランプの「イラン核合意」からの離脱、次に起こることは何か?
  仏トタルが撤退すれば「イランのガス油田開発利権」はCNPCが引
き継ぐ

2015年に欧米とイランが合意に達した「イラン核合意」とは、究極的なイ
ランの非核化ではなく、反対に将来のイランの核武装に含みを持たせるザ
ル法に近い。

トランプ政権の分析によれば、不用意極まりないものとされ、2025年以降
には制限も段階的に解消されてしまう内容だった。

なぜなら濃縮ウランの備蓄を減らすことしか謳われておらず、技術が保全
される。弾道ミサイルの開発は制限されておらず、さらにはイラン系のテ
ロリスト支援を制限できない。トランプは批判したように、「イラン核合
意は絵空事」だったからである。

しかしオバマが最終的に署名し、じつは欧米メジャーは欣快として一斉に
イランに戻った。欧米メジャーがイランの原油ならびにガス鉱区の開発に
勤しんできた。イランと欧州諸国との貿易は十倍に膨らんだ。

トランプは再びイランへの制裁強化に踏み切った。

そうなると自業自得になって欧米にはねかえる。だから反対論が欧州諸国
には根強い。なぜなら開発途次の油田の利権を失いかねないからだ。
メルケルもマクロンも、トランプに対して執拗に「イラン核合意に復帰せ
よ」と呼びかけるのだ。

 だがトランプは正反対に制裁を強化した。離脱声明(5月8日)直後の
10日にはUAEの9個人と団体にドル調達網を遮断するための制裁を講
じた。在米の資産凍結がムニューチン財務長官から発表された。

これはイランの革命防衛隊の中枢部隊とされる「コッズ部隊」がUEAの
金融機関などにダミー口座を設け、イラク、シリア、レバノンなどの過激
テロ組織に資金を流し、武器を調達したと見られるからである。

すでに直撃を受けたのは仏トタル社。イランで開発途中の天然ガスプラン
トは10億ドル、この九割にあたる9億ドルを米銀からの借り入れで行って
きたため、事業の継続が危ぶまれる。はやくも仏トタルの利権は中国の
CNPC(中国石油天然気集団)が引き受けると観測されている。

中国はイランにおいてい、「一帯一路」(BRI)プロジェクトの一環と
してすでに鉄道工事を始めており、さらに昨年9月に100億ドルの信用供
与を行った。イランと中国の貿易額は2017年度に370億ドルの実績があ
る。主として、中国への原油輸出である。

しかしイランが核武装となれば、中東の軍事バランスは劇的に変わるだろう。

イスラエルは80発以上の核兵器を保有すると観測されるが、イランが核武
装に乗り出せば、サウジアラビアは瞬時に核武装できる。

なぜなら膨大な開発資金を供与してパキスタンに核武装させたうえ、その
うちの20%程度を、いつでもパキスタンはサウジへ渡すという秘密の合
意があるからだ。パキスタンは現在、80−120発の核兵器を保有すると米
国情報筋は推定している。


中東地図はイランが支援するイラク、シリア、レバノンが反イスラエル闘
争を繰り広げており、またイエーメンはイランとサウジアラビアの代理戦
争の様相、カタールはサウジなど周辺国から貿易を遮断され孤立、これで
シリアが片付けば、つぎにレバノンに戦火が飛び火する危険性が高い。

2018年05月21日

◆ミャンマー経済の高度成長が

宮崎 正弘


平成30年(2018年)5月20日(日曜日)通巻第5706号 

 ミャンマー経済の高度成長が止まった。ヤンゴンの不動産は30%の暴落
  ロヒンギャ問題とスーチーの無能が欧米に非難され、将来に暗雲

4年前まで、ミャンマーへの期待が爆発的に大きく、市場規模が膨らむと
の予測によって世界中から投資が集中していた。民主化され、ノーベル平
和賞のスーチーがミャンマーを率いると分かって将来への発展の夢が大き
く拡がった。

街の中心に位置するトレーダーズホテルは10年ほど前にも宿泊したことが
あるが、バアに「神風」というカクテルがあった。旧日本軍がミャンマー
の独立を支援した由来からか、日本の人気は凄かった。

その近くには鴻池組など日本企業が建設した、20階建ての耐震構造複合ビ
ル「さくらタワー」が聳え立ち、オフィスと住居兼用のタワービルに外国
人駐在員が集中し、なんと1平米100ドルというレンタル料金。ヤンゴン
の象徴といわれた。

驚いたのは為替の自由化に伴い、ドルショップを開業した日本企業もあっ
たことだ。もちろん、日本料亭、居酒屋。。。。

安倍首相もミャンマーを訪問し、日本が総力を挙げてのティラワ工業団地
の着工式もあり、直後に筆者も現地を再訪し、あちこちを取材したが、ダ
ンプが行き交い、工事の槌音高く、付近には団地も造成されていた。

件のトレーダーズホテルは予約が満員で、代金も200ドルを超えていた。
仕方なくすこし離れたビジネスホテルに宿を取ったが、そこも100ドル前
後だった。偶然ミャンマーで鉢合わせした山口元大使さえ、ホテルが取れ
ず、民宿のような旅館にお泊まりだった。

首都のネピドーへ行くと、この新都市は宏大な森を開墾して造ったので、
新緑がまぶしく、ホテルはヴィラッジ形式で、静かで落ち着いた雰囲気も
あった。
 
第2の都市マンダレーはもともとが華僑の街、朝からホテルでウィスキー
をあおっていたのは、大概が雲南省からきた宝石商などの華僑だった。


 ▲なぜミャンマー経済は失速したのか?

突然、ミャンマーに不況の風が襲った。

スーチーの無能はそれまでにも指摘されていたが、少数民族(シャン、カ
チン、カレン、ワ族、そしてモン族など)への配慮に欠けること。人気が
上滑りである上、ビルマ族中心の政策に非難がおきていた。

決定的となったのはロヒンギャ問題だった。

イスラム系ロヒンギャが集中して住んだ西南部ラカイン州で暴動、内紛、
民族衝突が繰り返され、ついには70万人のロヒンギャは西隣のバングラデ
シュへ避難した。この弾圧的な遣り方に欧米の批判が高まり、投資が激減
する。

ところがラカイン州は沖合にガス、石油の海底油田があり、中国はこの地
を起点に雲南省昆明へと770キロのパイプラインを稼働させている。
 つまり中国にとっては資源戦略の拠点なのである。

2014年から2015年にかけて海外からミャンマーへの投資は95億ドルだった。

それが2017年から18年予測で57億ドル(うち46億ドルが中国からだが)に
顕現する。

熱い視線を送り、東京とヤンゴンには直行便も飛んでいる日本は、どうす
るのか。

日本企業の目玉は三菱グループが中央駅付近を「ヤンゴンの丸の内」にし
ようと手がけるツインタワーで、2020年の完成を目指している。

ところが、ヤンゴンの指標と言われた「さくらタワー」はレンタルが一平
方100ドルから、なんと3ドルに急落した。

 弱り目に祟り目、スーチー政権は末期的症状を呈する。この隙をつい
て、ヤンゴン政府に急激に密着しているのが中国という構図である。

2018年05月19日

宮崎正弘

宮崎正弘


平成30年(2018年)5月18日(金曜日)通巻第5703号 

書評 呉座勇一『陰謀の日本中世史』(KADOKAWA)
樋泉克夫のコラ 「読者の声」ほか


書評 しょひょう BOOKREVIEW 書評 BOOKREVIE  

 明智光秀の「本能寺の変」の真実は何処にあるのか
  黒幕説、陰謀説を徹底的に冷徹な論理で論破する打撃力

   ♪
呉座勇一『陰謀の日本中世史』(KADOKAWA)
@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@

ベストセラーとなった『応仁の乱』の著者が書き下ろした新作で、従来
の歴史家が謎としてきた歴史の深奥部、アカデミズムからこぼれた人々が
書く陰謀論など、その俗説を次々と切り捨てる意欲的な作品で、こんどは
KADOKAWAが版元である。

6つのテーマに絞り込まれて、「足利尊氏は陰謀家か」「日野富子は悪
女か」「関が原は家康の陰謀だった?」など興味の尽きない話題が並ぶ。
本書の圧巻はなんといっても本能寺の変の重厚な考証である。

なにしろ昨今の歴史論壇も、根拠の薄い「陰謀論」ばやりである。古くは
ユダヤの陰謀論があるから、読書人の多くが、じつはこの類いが好きなの
であろう。しかし大概は真実を見ようともしないで、都合の良い事柄をつ
なぎ合わせて、一方的な想像と妄想で組み立てた論理破綻の類いが多い
(ちなみにユダヤ陰謀論に関しは評者も84年だったか、『ユダヤにこだ
わると世界が見えなくなる』という反論を書いたことがある。いずれ改定
版をだしたいものである)。

 ▼「野望説」と「怨恨説」の間違いは明瞭である

本能寺の変で明智光秀が行ったことは「野望」「怨念」説がこれまでの歴
史学では主流で、前者は高柳光壽、後者は桑田忠親と錚々たる歴史学者が
唱えた。諸説がこんがらがった糸を解きほぐしたのが徳富蘇峰だった。3

呉座氏は、まずこの3つを丁寧に反駁し、否定する。

明智光秀の野心を証拠立てるものがなく、高柳光壽は結局、「愛宕百韻」
が、それだとしたが、評者に言わしめると、「ときはいま、天が下知る五
月かな」の読み違えである。この点で「とき」を「土岐源氏」と読み、土
岐家再興がねらいだったという説もすこぶる怪しい。

怨念説は、桑田説から強力になるが、総じていえるのは光秀の過小評価か
ら、判断を間違えることになったのだろうと思われる。呉座氏も同意見で
ある。

俗説がおびただしくでたのは江戸時代である。第一級資料とはとても言え
ない、しかも事件から百年以上を経過しての歴史書から、適当な推量、妄
想の拡大が、とんでもない説を大量に世に送り出した。

そもそも明智を「主殺し」の裏切り者と決めつける印象操作を行ったのは
秀吉である。そのほうが横から信長政権を簒奪した、極悪人として評価さ
れることを恐れた秀吉が真実をぼやかし、嘘でゆがめる効果があったからだ。

したがって後世の後時江が多い『太閤記』に加えて、『信長紀』『信長公
記』が生まれ、これらによって、じつは信長への過大評価も同時になされ
たのである。

率直に言って織田信長への評価は著しく高い。

信長はそれほどの天才的軍略家でもなく、抜きんでた指導者としては、手
ぬかり、判断の甘さが目立つ武将である。とくに信長への過大評価を生ん
だのはイエズス会の報告書が最近全訳されたことも大きい。

 最近、こうした所論を比較検討しつつも、「いや、そうではない」、
「あれは義挙だ」と言い出したのは井尻千男と、小和田哲男である。
本署では、小和田の「信長非道阻止説」を取り上げて、かなり評価をして
いるが、井尻作品に関しては読んでいる形跡がない。

だから本書は裁判官が高みから所論を裁断したという印象はあるが、たい
した熱情を感じないのは、あまりに論理的で冷徹に走りすぎた観があるか
らだろう。


 ▼黒幕説が盛んなのは光秀の過小評価が原因だ

また黒幕説がこれほどまでに世間をにぎわせたことも珍しい。光秀を陰で
操っていたのは誰か、という推理ゲームの延長である。

黒幕説の嚆矢となったのは、結果的に一番得をしたのが秀吉だから、秀吉
が黒幕だった。ついで家康説がはびこったが、いずれも否定された。証拠
がないばかりか、時系列な事実比較を研究するだけでも、ありえないこと
がわかる。

黒幕説は朝廷説、足利説から、果ては毛利、長宗我部説となり、最近はキ
リスト教布教団、つまりイエズス会の陰謀だったという珍説まで飛び出し
た。いずれも荒唐無稽と切り捨てる。呉座氏は、これらひとつひとつを取
り上げながらも、それぞれを一撃のパンチで退けている。

ならば黒幕はいったい誰か。

いないのである。せいぜいが事前の連絡をほのめかしていた朝廷側近や公
家、武将はいたが本心を打ち明けた様子がない。親友の細川藤孝にさえ事
前の相談をしていない。というよりも、黒幕がいるという論拠は、光秀を
過小評価しているからだ。光秀ごときが、大それたことを単独でできるは
ずがないという推量をもとに論を広げる傾向がある。

政治の本質、その基本を確認すると、諸説の成り立ちに不安定要素が強す
ぎる。

▼檄文はまだ発見されていない。おそらく握りつぶされたのだ

以下は本書ではなく、評者の所論である。

第一に明智がもし天下を狙ったのであるなら、朋輩や仲間への打診、組織
化を怠るはずがない。ところが事前工作を展開した証拠はなにもない。

第二に明智が怨念を晴らした発作的行動だったと断定するには、これまた
証拠が何もなく、後年の江戸自体の資料は「作文」でしかない。

実際に亀岡城をでて京都を目指した光秀に従った主力は丹波兵である。臨
時の混成部隊でしかなかったのだ。

となると、残るは「義挙」という可能性だ。呉座氏はかならずしも、この
立場をとらないが、意外にも理解が深いとみられる。

大塩平八郎は血気に至る訴状を書いていた。それは伊豆代官が握りつぶし
たが、後年発見され、大塩の義挙の理由は判明した。

赤穂浪士の義挙については資料がありすぎて、説明の必要もない。

三島由紀夫は義挙の理由を「檄文」にしたため、当局が握りつぶすことを
おそれて知り合いの記者2人を呼んで、コピィをわたしていたほどに念を
入れた。

この点でいくと、明智は決起に至る理由を準備していない。いや、おそら
く檄文を準備したであろうが、秀吉が握りつぶしたと考えられる。

というわけで、本書の結論は「突発的単独説」であり、評者は、この立場
さえ疑っている。

明智は当時の環境から考えても、ほとんどが憂鬱で邪魔な存在だった信長
を乗り除くという義挙を、誰もが薄々期待し、しかし誰もが日和見主義に
たって、状況を傍観していた。一瞬の隙を捉えて立ち上がった光秀には、
北畠親房以来の天皇を守り抜く、すなわち国体を守るために、信長を仕留
めなければならないという歴史認識に立脚していた。

あくまでも「義挙」であり、それゆえに事前の工作も、事後の組織化もな
く、ライバルの来襲に備える情報網もいい加減に対応していたのである。

事件後の天下の青写真を光秀は描いていなかった。佐賀の乱も、神風連の
乱も、萩の乱も、秋月の乱も、そして西南戦争も、天下取りではなく、邪
な政道への抗議であり、その後にいかなる国家を建設するかというグラン
ドデザインがないという文脈においても、光秀の突発的行動は、どう考え
ても単発的義挙としか言いようがない。

事後の歴史の推移をみても、織田家臣団、遺族を除く周囲の武将で、秀吉
は立場上、悪評をまき散らし続けるが、光秀を恨んだものがほとんどいな
いという事実は何を意味するだろう。

徳川に至っては明智の幹部だった齋藤利三の娘を家光の乳母に採用して
いるし、信長が壊滅させた武田武士団から家康は大量の家臣を採用してい
るように、家康が光秀を恨んだり、あるいは主殺しとして遠ざけた気配が
ないのである。

▼明智光秀は謀反人ではなく義挙をとげた悲劇のヒーローではないのか

ここで、呉座氏が無視した井尻千男『明智光秀 正統を護った武将』
(海竜社)を取り上げる。

井尻は正統とは何か、歴史とは本質的にいかなる存在か。なぜ正統なる価
値観が重要なのかを追求し、歴史と正面から向き合い、国家の自尊をもと
めた。

歴史の正統という価値観に立脚した思考、評価を掘り下げていけば、明智
光秀が英雄であり、本能寺に信長を葬ったのはやはり「義挙」であるとい
うことになる。

戦後、とくに左翼知識人や天皇を否定する進歩的文化人が流布してきた安
易な評価への逆転史観が生まれる。

 となると本能寺の変を「謀反」と位置づけた、浅はかな歴史改ざんをも
ともと行ったのは誰だったのか?

評者(宮崎)は、天下を合法性なく握った秀吉が張本人だと踏んできたの
だが、井尻は秀吉より先に誠仁親王と、その周辺とみる。

そして義挙はいったん成功するが、公家、同胞の日和見主義により、秀吉
の捲土重来的巻き返しの勢いに叶わず、また土壇場で評価が逆転した。こ
の悲劇の武将=明智光秀と2・26の将校らに井尻氏は近似を見いだすので
ある。

豊臣秀吉は棚ぼた式に権力を簒奪し天下人となったが、その『合法性』は
疑わしく、右筆らを動員して、なんとしても明智を『謀反人』と仕立て上
げる必要があった。でなければ天下を収める理由なく、せいぜいが信長軍
団の内紛として片付けてもよいことだった。

他方、明智にはそもそも天下を収める野心がなく、君側の奸を討ち、天下
に正義を訴える目的があった。

 
ともかく天皇を亡き者にしようと企んだ乱暴者、仏教徒を数万人も虐殺
し、よこしまな覇者になろうとした織田信長が、なぜ近代では「法敵」と
いう位置づけから唐突に転換し、英雄視されることになったのか。

井尻の『明智光秀』はその歴史の謎に迫る会心作である。

近代合理主義の陥穽におちた歴史解釈を白日の下にさらし直し、本能寺前
後の朝廷、足利幕府残党、公家の動向を、かろうじて残された古文書、日
記(その記述の改ざん、編集し直しも含め)などから推理を積み重ねて、
事件の本質に迫る。構想じつに20年、井尻千男畢生の著作ができあがった。

 筆動機を井尻氏は次のように言う。

「小泉純一郎総理が皇室典範の改正を決意したと思われた頃、市川海老
蔵演ずる『信長』(新橋演舞場)を観劇していたく感激したということが
メディアで報じられた。そのことを知った瞬間、私は光秀のことを書くべ
き時がきたと心に決めた。思うに人間類型としていえば、戦後政治家のな
かで最も信長的なる人間類型が小泉純一郎氏なのではないか。

言う意味は、改革とニヒリズムがほとんど分かちがたく結びついていると
言うことである。そもそも市場原理主義に基づく改革論がニヒリズムと背
中あわせになっているということに気づくか、気づかないか、そこが保守
たるか否かの分岐点」なのだ。

 ▼合理主義とニヒリズム

第一の例証として井尻氏があげた理由は、「近代史家のほとんどは信長の
比叡山焼き討ちを非難しないばかりか、その愚挙に近代の萌芽をみる」か
らであり、「宗教的呪縛からの自由と楽市楽座という自由経済を高く評価
する」から誤解が生じるのだ。

つまり「啓蒙主義的評価によって、信長の近代性を称賛する」。保守のな
かにも、そういう解釈がまかり通った。『政教分離』の功績をあげた会田
雄次氏もそうだった。中世的迷妄という迷信の世界から、合理主義という
近世を開いたのが信長という維新後の歴史評価は、信長の「底知れぬニヒ
リズムを」見ようとはしない。

南蛮から来たバテレンを活用し、既存宗教に論争をさせた信長は、さもキ
リスト教徒のように振る舞った印象を付帯するが、信長は耶蘇教を巧妙に
利用しただけである。

 安土城跡には2回ほど登ったが、麓の総見寺のご神体は信長である。ま
た安土天守閣は「天主」であり、「天守」ではない。このふたつのことか
らも信長の秘めた野心がほの見えてくるようである。信長の耶蘇教好きは
演技にすぎず、自分が神に代わることを夢見た。

井尻氏はかく言う。

「信長が、キリスト教という一神教に関心と好意を懐いたのは何故か。一
つの仮説は信長が一神教の神学に信仰ではなく、合理主義を発見した、と
いうことである。(中略)その合理性に比べるに、我が国の当時の宗教界
は神仏混淆で、はなはだ合理性を欠いていた。というよりも、そもそも合
理性というものにさしたる価値を見なかったのである。それに室町期に隆
盛した禅宗文化は直感と飛躍と閃きにこそ価値を見いだすのであって、い
わゆる合理性には価値を置かない」のだ。

「神なき合理主義がほとんどニヒリズム(虚無主義)と紙一重だというこ
とに」、日本の哲学者、歴史かの多くが気づかなかった。あるいは意図的
に軽視した。それが信長評価を過度に高めてきたのである。

 かくて正親町天皇に対して不敬にも譲位を迫り、誠仁親王を信長は京の
自邸(二条御所)に囲い、あろうことか征夷大将軍しか許されない東大寺の
「蘭奢待」を切り落として伝統と権威をないがしろにした。

天皇と公家を威圧するために2度にわたる馬揃えを展開し、覇者への野心
を目ざす。これを諫めようとした荒木村重一族を想像を絶する残虐さで虐
殺し、ついに知識人が信長打倒で、ひそかに連合し、光秀をたのみ、とう
とう正統を護るために光秀は義挙に立ったという経過を辿る。

従来の解釈とは、光秀の遺作「ときはいま天が下しる五月かな」の「と
き」は土岐だろうという推定だったが、そうではなく、また『天』は野心
を秘めた光秀の天下取りの「天」ではなく、井尻氏は「天皇が統める
国」、すなわち明智の意図は、正統に戻す、国体を護るための決意をのべ
た句であるとする。

『古今和歌集』の一節に遡及して、「かかるに、いま、天皇の天下しろし
めす」にこそが源流で、「天」は天皇、下は「民草」、しるは「領る」、
ないし「統治」と解釈される。

尊皇保守主義の復権を目指した光秀の行動と重ねると、一切の符帳はあう。 

2018年05月16日

◆中国、ついに切り札「王岐山」を

宮崎 正弘


平成30年(2018年)5月14日(月曜日)通巻第5701号 

 中国、ついに切り札「王岐山」を米国へ派遣
  劉?副首相では頼りにならない(?)。米中貿易戦争

劉副首相はワシントンで軽くあしらわれ、協議の成果は何一つなかった。
米中貿易戦争回避という特別任務は、彼の方には重すぎた。

それもそうだろう、米国の対中貿易協議の交渉団の布陣は、これほど対中
タカ派をよく揃えたと感心するほどにライトハイザーUSTR代表、ナバ
ロ通商政策局長、その後に控えるのがムニューチン財務長官とロス商務長
官だ。

彼らはトランプの姿勢に共鳴している男たちなのである。


米国の中国に対しての強烈な要求は202尾年までに対米輸出を2000億ドル
減らせというもので、具体的な工程を求めている。

でなければ1300品目に対して制裁関税を掛けると、脅しなのか、本気
なのか、この基本線を譲る構えはない。

北京での米中経済協議は物別れに終わり、5月第2週に中国はふたたび
劉?副首相をワシントンに派遣したが、たんなる経済学者相手に交渉して
も政治力がなければ交渉の決断は無理とばかり、冷遇されている。

そこで中国共産党は、とっておきての切り札、王岐山国家副主席をワシン
トンに派遣して、中国交渉団のトップに据えるかまえ。これまでアメリカ
からの受けも良く、対米交渉の責任者だった王洋は、すでに飾りのポスト
でしかない政協会議主席に回されており、蚊帳の外である。しかし王岐山
が渡米して、はたして何処までの進展があるか?

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書評 しょひょう BOOKREVIEW 書評 BOOKREVIEW
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 「朝鮮侵略」などと言われたが、ようやく明かされた秀吉の朝鮮出兵の真実
  キリスト教の野望を潰えさせたばかりか、スペインは日本の脅威に備えた

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平川靜『戦国日本と大航海時代』(中公新書)
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折しも日本政府はユネスコに対して「潜伏切支丹」を世界遺産に登録する
ように本格的な働きかけをなし、登録が確実視されている。

熊本県、とくに天草の島西南部と、長崎県の長崎市外海、平戸などに散在
するキリスト教会、長崎市内の大浦天主堂など12の教会は切支丹伴天連が
禁止された時代を生き延び、マリア像を貝殻などに偽装して「隠れ信者」
を集めたという。

評者(宮崎)はこれらの教会をほとんど見ているが、天草の隠れ教会は岸
壁に位置していたり、外海の各地でも美観をほこる場所にひっそりと建っ
ている。この因縁からか遠藤周作文学記念館は、外海の崖っぷちに建つの
である。

しかし、なぜ禁教に至ったかを日本政府は先に国際社会に説明しなければ
ならないだろう。「世界遺産」をこのまま登録されては、日本がまるで時
代錯誤的な宗教弾圧国家と誤解されないからだ。

日本は当初、キリシタンバテレンに寛大だった。

本書はかかるべくして書かれた、正当な歴史書である。あの大航海時代
に、世界を荒らし回ったスペインとポルトガル。しかし日本は世界最強の
スペインの侵略を跳ね返したばかりではなかった。スペインは植民地化し
軍事拠点としていたフィリピンで厳重に武装を固め、日本からの攻撃に震
えながら備えたのだ。

こうした真実は長きにわたって歪められて解釈されるか、無視され続けた。

近年、キリスト教の宣教師たちが侵略の先兵だったことは広く知られるよ
うになった。貿易の利を吹聴しつつ、ホンネはキリスト教の武装集団を日
本国内に組織化し、いずれ国家を転覆して日本をまるごとキリスト教の植
民地にする。日本に運ばれる珍品は、ときに彼らが倭寇も顔負けの海賊行
為を働き、ほかの貿易船から盗んできた。ようするに南蛮船とは海賊船と
同義語でもあった。

異教徒の宣教師が日本に上陸して布教を始めたのは九州が最初だった。大
友氏、島津氏、そして長州では大内氏がめずらしくもあった異教に寛容
だった。なにしろデウスと日本の神様が似ているという故意に歪曲された
解釈がまかり通ったからだ。マリアは観音様に模された。

いくつかの領内では仏教寺院が破壊され、仏僧らは強く抗議していた。に
もかかわらず信長はキリスト教の布教に異様なほど寛容だった。

信長は比叡、石山ならびに伊勢の一向一揆に手を焼いており、この当面の
敵に対応するためにキリスト教を利用しようとした。

 信長が派手に演出して正親町天皇も列席した「馬揃え」(軍事パレード)
は、お祭りだったという浅薄な解釈があるが、この馬揃えには宣教師の
ウォリヤーノ(イエズス会インド管区巡察師)も招かれていた。驚くべ
し、天皇と異教宣教師が同席したのである。それ以前に正親町天皇は、伴
天連追放の綸旨をだしていたにも拘わらず。

平川氏は、これを「このパフォーマンスは諸大名向けというに留まらず、
まさに天皇とイエズス会の上に信長が君臨するというメッセージ」だと解
釈する。

「ザビエルが来日してから、わずか40年にして、日本のキリシタン人口は
約20万人あるいは30万人に達したといわれている。この勢いに気をよく
したイエズス会は、切支丹大名を支援して日本をキリスト教国に改造する
ことを構想していた」。

 そのうえ日本人を拉致し、アジアからインドへ奴隷に売り飛ばして巨富
を稼ぎ出した。戦国大名の何人かをキリスト教で洗脳し、当該藩内では寺
院を打ち壊した。まさにキリスト教の野望、とどまるところがなかった。
 あまつさえキリスト教になった大名を煽動して、シナ侵略の手先につか
えば、日本の武士の戦闘力は高いから、きっと役に立つと述べている宣教
師らの本国への報告文書が、次々と発見されている。

秀吉は早くからその脅威を認識していたが、全面禁止に到らなかったの
は、かれらが運んでくる文明の利器、世界情勢に関する鮮度の高い情報が
必要だったからである。

しかし「朝鮮出兵によって日本は、朝鮮および明国の軍隊と干?(かん
か)を交え、それと前後して、世界最強といわれたスペイン勢力にも服属
を要求するなど、強硬外交を展開した。朝鮮出兵という、日本による巨大
な軍事行動は、スペイン勢力に重大な恐怖心を与えた」

フィリピンに駐在したスペイン提督はマニラに戒厳令を敷いたほどで軍事
大国としての日本の存在は以後、世界史に登場することになる。

フロイスやヴァリヤーノよりも強烈な野心を研いで日本侵略の野望を捨て
なかったのはコエリョだった。コエリョは日本準管区長であり、日本にお
ける信者獲得実績を誇大に報告して成績を上げることにも夢中だった。
 「コエリョは大量の火縄銃の買い付けを命じるとともに、有馬晴信や小
西行長などの切支丹大名に反秀吉連合の結成を呼びかけた」うえ、「フィ
リピンの総督や司教に対して援軍派遣を要請した」

むろん、コエリョの要請をマニラのトップは拒否した。戦っても日本の軍
事力に勝てるという自信がなかったからだ。

家康の時代になっても、キリスト教宣教師らは野望を捨てていなかった。
 家康に巧妙に近付き、御追従と嘘を繰り出しつつ、何としても布教権を
獲得しようと多彩な工作を展開した。

日本をキリスト教国に仕立て直し、スペイン国王の支配下におく企みは進
行した。ただし、「日本の強大な軍事力を前にして、武力による征服は不
可能と悟った」がゆえに、「布教による日本征服」という遠大な方針に切
り替えたのだ。

メキシコやインディオを残虐な方法で殺戮し、植民地支配を拡げてきたス
ペインは、フィリピンまで征服し、次のシナ大陸進行の橋頭堡を確保する
ために日本を征服するという基本構想をすてた。

臨時フィリピン総督なったビベロが、日本各地をまわって、「要塞堅固な
城郭に驚嘆し」(中略)「日本の軍事力の強大さ、強硬な日本外交を肌身
に染みて感じていた」からに他ならない。

つまり「日本を征服するどころか、逆にマニラが日本によって征服される
のではないかとすら恐れていた」。

 家康は新興勢力だったイギリスとオランダを重宝し、彼らが「布教を条
件としない」のであれば、貿易を認める。それが平戸と出島だった。

こうして明らかとなってきたことは、秀吉の正確な国際情勢の認識と対応
の迅速さであり、戦後、日本の歴史学が閑却した朝鮮出兵の真実が明らか
になったことである。

また秀吉のあとを継いでキリストの布教に潜む野心を把握していた?川は
布教の許可には慎重な態度を崩さず、一方で折から台頭してきた英国とオ
ランダの情報を分析してバランスを取り、とくにオランダを貿易で徹底利
用した。

当時の日本の指導者には歴史を冷静に客観的に判断できる、確かな目が
あったことである。

ともかく信長がキリスト教の宣教師を保護し、布教を認めた背景を理解す
るには、当時の政治学的な状況を勘案しなければならない。信長の行く手
を阻んだのは比叡であり、雑賀であり、しかも寺社勢力は武装していた。
信長自身は法華経を信じていた。比叡の軍事力を殲滅するには新興宗教の
力が必要だったうえ、かれらがもたらした火縄銃という、新兵器の魅力も
大きかった。

秀吉が前期にキリスト教に寛大だったのは、信長の後継として、外国から
もたらされる文明の利器と、マニラを経由して入ってくる国際情勢の
ニュースだった。しかし宣教師らを通じて得た情報とはキリスト教の布教
の裏で、日本の美女をおびただしく拉致し、売春婦として西欧に運んだこ
とであり、また同時に一神教の凶悪な侵略性だった。

切支丹伴天連の大名だった高山右近は、領内の寺社仏閣を破壊する凶暴性
を示し、やがてキリスト教徒が日本を侵略する牙を研いでいることを秀吉
は知って追放に踏み切った。

家康はもともと浄土宗の信者である。

三河時代から一向一揆の反乱に手を焼いて、大樹寺に助けられて以来、浄
土真宗をいかに政治に取り入れるかに腐心し、同時に家康はスペイン、ポ
ルトガルとは異なった一派が勢力を拡げている事情を英国人ウィリアム・
アダムスとオランダ人のヤン・ヨーステンから知った。

それゆえキリスト教の布教を認めず、しかし貿易のために英国には平戸を
解放し、オランダ人も通商だけに専念するとする理由で長崎出島の活用を
許した。

布教は御法度だったが、天草では反徳川の不満分子が反乱を起こしたた
め、これをようやくにして鎮圧し、以後は「鎖国」として、キリストを封
じ込めたのである。

明治政府は、文明開化を鮮明にしてキリスト教の布教も許さざるを得なく
なったが、同時に防波堤が必要であり、国内のナショナリズムを高めるた
めに日本古来の神道の復活を奨励し、薩摩や水戸では過激な廃仏毀釈がお
きた。かようにして宗教とは政治とが一体となれば、イランのような狂信
的イスラム国家を産むように、政治と宗教は切り離すことが近代の政治の
テーマとなった。

いずれにせよ、本書は今日までのキリスト教を誤解してきた迷妄を打ち破
る快心作ではないかと思う。
             

2018年05月15日

◆シンガポールで何が起こるか

宮崎 正弘

平成30年(2018年)5月13日(日曜日)通巻第5700号 

 6月12日、シンガポールで何が起こるか
  焦りまくる習近平、同日にシンガポールに闖入する可能性


米朝会談は6月12日、シンガポールと発表された。それまでにあがっ て
いた候補のうち板門店は最終的に除外された。トランプにとっては「呼
びつけられる」印象を避けたということだろう。

また中国、露西亜という米朝会談の候補地は、アメリカから見れば情報
漏れの危険性があり始めから慮外の地。のこるモンゴルとマレーシアは、
前者は治安面でセキュリティの確保がされにくく、後者は金正男が毒殺さ
れた場所だから、やはりふさわしくなかった。

シンガポールはセキュリティ、環境から考慮しても申し分なく、また国
際会議には慣れている。「シャングリ・ラ対話」も、舞台はシンガポール
である。

しかし米朝首脳会談の会議の場所は間違いなく「マリナベイ・サンズ」
という予測がシンガポールのメディアで囁かれている。

同ホテルは3層の高層ビルのてっぺんに軍艦のようなプールが設備さ
れ、世界中から観光客を集める新しいメッカでもある。

シャングリ・ラホテルはマレーシア華僑のロバート郭が経営しており、
どちらかと言えば親中派華僑として知られる。

同ホテルは中国各地にチェーンを展開しているからだ。

その点でトランプの最大の献金者でもあり、ラスベガスのホテル王シャ
ルダン・アデルマンが経営するマリナベイ・サンズなら、トランプ大統領
にとって安心感がある、というわけだ。

米朝会談後、トランプは帰路に日本に立ち寄り安倍首相と会談すること
も決まっているが、こうした動きに気が気でないのが習近平だ。

金正恩を2度も呼び出して、会議に注文をつけた習近平はそれでも安心
できないのだろう、米朝会談の現場へ乗り込み、金正恩、トランプと会談
するという、歴史的な会談への闖入を企図しているようである。
     

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  樋泉克夫のコラム 樋泉克夫のコラム 樋泉克夫のコラム 
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樋泉克夫のコラム
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【知道中国 1730回】                     
――「支那人に代わって支那のために考えた・・・」――内藤(31)
  内藤湖南『支那論』(文藝春秋 2013年)

             ▽

歴史的に振り返ると中国の地方制度は「小区画制」と「大区画制」の別
があるが、「大体において地勢並びに風俗からして」、「今日の大行政
区」が「自然の道理に適っておるのである」。「官吏を増やせば行政が行
き届くようになるという議論」があるが、「これはどこまでも誤りである
と云わねばならぬ」。

じつは「支那においては官吏の生活は、(中略)名目はともかく、事 実
は非常に収入の多いものである」。そこで官吏の増員は「収支相償わな
い支那の現在の財政状態ではとうてい堪うべからざるものである」。だか
ら増員は不可ということ。

じつは「支那の官吏の習慣として」、最末端の「知県のごとき小さい 官
吏からして」、地方行政の実務には通じていない。そこで「一種の官吏
の下働きをする職業、すなわち胥吏というようなものがあって、実際の政
務を執っておる」。ところが「この胥吏がまた代々世襲」するなどして地
域の実権を握っていて「動かすべからざるほどに盤踞」している。地方行
政の実務は彼らに任せるしかなく、中央政府派遣の官吏は手足をお飾りに
過ぎない。

だから中央政府の行政意思を社会の底辺にまで行き届かせようとする な
ら、中央政府からの官吏の実務能力を飛躍的に向上させる一方で、地方
に盤踞した胥吏を廃する必要がある。

さらに考えるべきは「官吏の政治的徳義の問題である」。「実はこれ は
いずれの問題にも関係し、またいずれの問題の根柢ともなることである
が、支那のごとく数千年来政治上の弊害が重なって、官吏という者はほと
んど政治上の徳義が麻痺して、その弊害ということをも自覚しないような
国にあっては、この問題を解決することは、容易ではない」。

ここでまたまた内藤から離れ、「官吏の政治的徳義の問題」について些か
いくつかの事例を示しておきたい。

先ずはお馴染みの林語堂(『中国=文化と思想』講談社学術文庫 1999
年)から。

●「中国語文法における最も一般的な動詞活用は、動詞『賄賂を取る』
の活用である。すなわち、『私は賄賂を取る。あなたは賄賂を取る。彼は
賄賂を取る。私たちは賄賂を取る。あなたたちは賄賂を取る。彼らは賄賂
を取る』であり、この動詞『賄賂を取る』は規則動詞である」。

●「中国が今必要としていることは政治家に対し道徳教育を行うことで
はなく、彼らに刑務所を準備することである」。

●「官吏たちに廉潔を保持させる唯一の方法は、いったん不正が暴露さ
れたならば死刑に処するぞと脅かしてやることである」。


次は1960年代初頭の農村の状況を、
  ●「1963」年、河南省などの農村調査の文献を見る機会があったが、
文献が私に与えた印象は、陰惨でぞっとするものであった。富むものは富
み、貧しい者は生活のどん底に押しやられている。

農村の幹部は悪辣を極 め、汚職、窃盗、蓄妾などは朝飯前のこと、投機
買占めが横行し、高利貸 しが流行り、一口でいえば、農村は生き地獄そ
のものである。

ところが、実態はもっとひどいものだと、毛沢東が文革の2年前から言
いだした。農村の末端組織の3分の1がもう既に共産党の手中にない。

社 会主義の看板は掲げているものの、実際は資本主義が復活している。
農村 の幹部などで構成されている新しい裕福な農民階級が出現し、彼ら
は既に 階級の敵の代理人と保護者に成り代わっている、と毛沢東は断定
した」。 (楊威理『豚と対話ができたころ』岩波書店 1994年)

ここにみられる「農村の幹部」こそ、現代の「胥吏」ということになる
だろう。《QED》

2018年05月14日

◆マハティール元首相率いる野党が

宮崎 正弘


平成30年(2018年)5月10日(木曜日)通巻第5697号 

(速報)
 マレーシア、マハティール元首相率いる野党が単独過半
  ナジブ親中政権の敗北は想定外。習近平にショックを与えた


5月9日行われたマレーシア総選挙の投開票で、日本時間10日午前4時に
野党連合の単独過半が判明、マハティール元首相率いる野党連合が政権を
担うこととなった。

92歳のマハティール元首相は勝利を宣言した。

マレーシア政治は独立後60年にわたって与党が政権を担ってきた。ナジブ
首相は2代目首相ラジブの息子で、いってみれば「太子党」である。
行政の隅々にまで貼りめぐらされた組織、とくに選挙直前の選挙区割り
で、与党が負けるはずのない仕組みを作っていた。また反フェイクニュー
ス法を急遽制定し、マハティール元首相のキャンペーンを妨害してきた。

にも拘わらず、マレーシアの民衆の反感は強く、またマレーシアのナショ
ナリズムを訴えたマハティール元首相の真摯な取り組みに打たれた。かく
してマレーシアを統治した与党は下野する。

野党連合の勝利という奇跡は、勝因を探ってみると、ナジブ政権の腐敗へ
の嫌悪もさることながら、あまりに中国の経済進出に無策、フォレストシ
ティの建設がマレーシア国民の不安を掻き立てたからだ。マレーシアの南
東沖に人工島を中国が建設し、70万を収容するマンション群「フォレスト
シティ」を購入した大半が中国人であり、マハティール元首相は、「われ
われは中国の植民地ではない」と訴えた。

華僑が35%を占めるマレーシアで、しかもインド系は独自の選挙戦を戦っ
た中で、野党が勝利したのである。

北海道を買い占める中国資本を目の前にして、北海道閔は次にいかなる行
動をとるのか。

2018年05月12日

◆「習近平の罠」に落ちた共青団

宮崎 正弘


平成30年(2018年)5月9日(水曜日)通巻第5695号 

「習近平の罠」に落ちた共青団のライジング・スター
  習近平の潜在敵=孫政才に無期懲役判決。冤罪か、巻き込まれ型か

嘗て孫政才は共青団のライジング・スターだった。トップ25人の政治局員
として将来を嘱望され、43歳で農林大臣、そして吉林省書記、
2012年11月には薄煕来失脚のあとをうけて(リリーフは張徳江だった)、
重慶特別市の書記に任命された。一説に江沢民派に近付いたことにより、
その人脈の推挽とされたこともある。
 
ところが、2017年7月、突如、孫は重慶市書記を解任され、後継は陳敏爾
になった。

露骨な習近平人事である。無能だが、おべんちゃらの天才、イエスマンの
チャンピオン陳敏爾は、重慶市に乗り込むや「辣腕」を発揮して既存マ
フィアと退治したなどと報じられた。

習のバックがあればこその「つくられた業績」と酷評する人が多い。

さて孫政才は重慶市から薄煕来の悪の残滓を一斉出来なかったばかりか、
吉林省時代の入札に便宜を図り、特定企業などから賄賂を受け取った容疑
で拘束された。

なぜか妙齢の婦人たちがロビィとして介在したと騒がれた。賄賂の額面は
2670万ドル(大物にしては少なすぎるのでは?)。4月12日に死刑の求刑
がされ、5月8日、天津地方裁判所は「無期懲役」の判決を言い渡した。
 共青団(団派)は孫を守りきることが出来なかった。

孫夫人の取り巻き、とくに温家宝夫人が影のボスと言われ、令計画夫人等
とつくった「夫人倶楽部」のメンバーとして、ビジネスに手を突っ込んで
いたことが、検察の目にとまって容疑が浮かんだというのが当局の説明で
ある。孫の汚職が芋づる式に捜査されたことになっている。

しかしネットでは、習近平の罠ではないかという意見が書き込まれるとす
ぐに削除され、真相はまったくの闇。ともかく将来のリーダーとして、孫
は胡春華とともに若くして政治局員入りしたため、習近平にとっては邪魔
者に映り、狙われていたのである。

こうした一連の失脚劇に背後にちらつくのは温家宝一家の汚職である。す
でにニューヨークタイムズが何回もすっぱ抜いたように、温家宝元首相の
夫人と長男の利権構造が暴かれており、この関連で、孫政才はスケープ
ゴーツにされたようである。

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 いま、「石平歴史学」の3部作が出現した
  他国を巻き込み、内ゲバを繰り返す朝鮮半島の得意技

  ♪
石平『結論! 朝鮮半島に関わってはいけない』(飛鳥新社)
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石平氏の最新作である。

さきに本欄で評者(宮崎)は、石平氏の『なぜ中国は民主化したくてもで
きないのかーー「皇帝政治」の本質を知れば現代中国の核心がわかる』
(KADOKAWA)と『なぜ日本だけが中国の呪縛から逃れられたの
かーー「脱中華」の日本思想史』 (PHP新書)の2冊を取りあげ、かなり精
密な分析をした。

この新作を加えて、これで「石平歴史学」3部作が出現した。まずは祝意
を述べたい。

本書の骨格は、朝鮮半島の特質的手法、というより朝鮮民族の伝統芸であ
る「内ゲバ」と「外国を巻き込む」という特徴的な歴史を簡潔に叙述して
いる。

朝鮮半島2千年の歴史をパノラマ絵巻のように振り返りつつ、そのときそ
のときの政局を明確に腑分けして、朝鮮民族のDNAに染みこんだ事大主
義、無責任、逃避癖、讒言の得意技をたくみに整理整頓した歴史のまとめ
である。

いまも特質は同じであって北朝鮮では叔父も実兄も粛清して邪魔者を消し
た。祖父の金日成は中国派、ロシア派、民族派を次々と粛清した。

韓国も「従北派」の文在寅大統領は、前任の朴権惠と李明博を逮捕して裁
判にかける。その前の盧武鉉は自殺し、その前任者すべてが刑務所か、暗
殺か、亡命か。なぜこんなことが繰り返されるかと言えば、2千年かわる
ことのない朝鮮民族の体質、つまり内紛の残虐性をぬぐい去ることが出来
ないからだ。

そのうえ「周辺国のわれわれにとって他人事ではない。朝鮮半島の歴史を
見ていると、自分たちの内紛あるいは内戦に、周辺国や他民族を巻き込む
のはむしろ彼らに一貫した習性である」と石平氏はまとめるのだ。

「白村江の闘い」とは、高句麗の脅威に対応するために百済が随に応援を
もとめたことから日本が巻き込まれ、その同情による派兵という、日本独
特の情緒的防御作戦は、随の大軍という、予期せぬ援軍の出現のため日本
軍が敗れた。しかしもともとは新羅と百済の内戦に日本が巻き込まれたか
らだ。

「隋は百万人の大軍を派遣して高句麗征伐を再開した。しかしこの時も、
高句麗が国の命運をかけて徹底的に抗戦した結果、隋の煬帝の軍事行動は
失敗」した。この挫折が煬帝の権力基盤を弱体化させ、王朝の崩壊を早めた。

習近平があれほど金正恩を嫌い、南北朝鮮の統一を嫌がるのは高句麗の再
来を恐れるからである。そして隋が4度も高句麗成敗に失敗した経過を教
訓としているからだ。

隋の崩壊を継いだ唐王朝も、じつに3回、つまり随・唐で合計7回も高句
麗遠征を繰り返し、いずれも失敗した。

その挙げ句、半島の内戦に巻き込まれてしまったのが日本だった。

元寇では、元朝のお先棒をかついでフビライを焚きつけ、日本侵略に先頭
切ってやって来たのは高麗であり、尚武の精神に溢れた鎌倉武士によって
さっさと追い返された。

日清戦争の原因も朝鮮王朝の内紛に巻き込まれた結果、起こった。
 
朝鮮戦争ではスターリンと毛沢東が金日成の謀略に引っかかり、またアメ
リカは李承晩に騙されて参戦し、苦戦したという説を石平氏は採る。

この特質的な朝鮮民族の習性を理解すれば、現在の半島危機にアメリカも
中国も巻き込まれることを嫌がるのは当然であり、日本は半島がどうなろ
うと関わる必要はまったくないと説くのである。
 なるほど、じつに納得のいく、説得力に溢れた歴史指南書である。

2018年05月11日

◆「習近平の罠」に落ちた共青団

宮崎 正弘


平成30年(2018年)5月9日(水曜日)通巻第5695号 

「習近平の罠」に落ちた共青団のライジング・スター
  習近平の潜在敵=孫政才に無期懲役判決。冤罪か、巻き込まれ型か

嘗て孫政才は共青団のライジング・スターだった。トップ25人の政治局員
として将来を嘱望され、43歳で農林大臣、そして吉林省書記、
2012年11月には薄煕来失脚のあとをうけて(リリーフは張徳江だった)、
重慶特別市の書記に任命された。一説に江沢民派に近付いたことにより、
その人脈の推挽とされたこともある。
 
ところが、2017年7月、突如、孫は重慶市書記を解任され、後継は陳敏爾
になった。

露骨な習近平人事である。無能だが、おべんちゃらの天才、イエスマンの
チャンピオン陳敏爾は、重慶市に乗り込むや「辣腕」を発揮して既存マ
フィアと退治したなどと報じられた。

習のバックがあればこその「つくられた業績」と酷評する人が多い。

さて孫政才は重慶市から薄煕来の悪の残滓を一斉出来なかったばかりか、
吉林省時代の入札に便宜を図り、特定企業などから賄賂を受け取った容疑
で拘束された。

なぜか妙齢の婦人たちがロビィとして介在したと騒がれた。賄賂の額面は
2670万ドル(大物にしては少なすぎるのでは?)。4月12日に死刑の求刑
がされ、5月8日、天津地方裁判所は「無期懲役」の判決を言い渡した。
 共青団(団派)は孫を守りきることが出来なかった。

孫夫人の取り巻き、とくに温家宝夫人が影のボスと言われ、令計画夫人等
とつくった「夫人倶楽部」のメンバーとして、ビジネスに手を突っ込んで
いたことが、検察の目にとまって容疑が浮かんだというのが当局の説明で
ある。孫の汚職が芋づる式に捜査されたことになっている。

しかしネットでは、習近平の罠ではないかという意見が書き込まれるとす
ぐに削除され、真相はまったくの闇。ともかく将来のリーダーとして、孫
は胡春華とともに若くして政治局員入りしたため、習近平にとっては邪魔
者に映り、狙われていたのである。

こうした一連の失脚劇に背後にちらつくのは温家宝一家の汚職である。す
でにニューヨークタイムズが何回もすっぱ抜いたように、温家宝元首相の
夫人と長男の利権構造が暴かれており、この関連で、孫政才はスケープ
ゴーツにされたようである。

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 いま、「石平歴史学」の3部作が出現した
  他国を巻き込み、内ゲバを繰り返す朝鮮半島の得意技

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石平『結論! 朝鮮半島に関わってはいけない』(飛鳥新社)
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石平氏の最新作である。

さきに本欄で評者(宮崎)は、石平氏の『なぜ中国は民主化したくてもで
きないのかーー「皇帝政治」の本質を知れば現代中国の核心がわかる』
(KADOKAWA)と『なぜ日本だけが中国の呪縛から逃れられたの
かーー「脱中華」の日本思想史』 (PHP新書)の2冊を取りあげ、かなり精
密な分析をした。

この新作を加えて、これで「石平歴史学」3部作が出現した。まずは祝意
を述べたい。

本書の骨格は、朝鮮半島の特質的手法、というより朝鮮民族の伝統芸であ
る「内ゲバ」と「外国を巻き込む」という特徴的な歴史を簡潔に叙述して
いる。

朝鮮半島2千年の歴史をパノラマ絵巻のように振り返りつつ、そのときそ
のときの政局を明確に腑分けして、朝鮮民族のDNAに染みこんだ事大主
義、無責任、逃避癖、讒言の得意技をたくみに整理整頓した歴史のまとめ
である。

いまも特質は同じであって北朝鮮では叔父も実兄も粛清して邪魔者を消し
た。祖父の金日成は中国派、ロシア派、民族派を次々と粛清した。

韓国も「従北派」の文在寅大統領は、前任の朴権惠と李明博を逮捕して裁
判にかける。その前の盧武鉉は自殺し、その前任者すべてが刑務所か、暗
殺か、亡命か。なぜこんなことが繰り返されるかと言えば、2千年かわる
ことのない朝鮮民族の体質、つまり内紛の残虐性をぬぐい去ることが出来
ないからだ。

そのうえ「周辺国のわれわれにとって他人事ではない。朝鮮半島の歴史を
見ていると、自分たちの内紛あるいは内戦に、周辺国や他民族を巻き込む
のはむしろ彼らに一貫した習性である」と石平氏はまとめるのだ。

「白村江の闘い」とは、高句麗の脅威に対応するために百済が随に応援を
もとめたことから日本が巻き込まれ、その同情による派兵という、日本独
特の情緒的防御作戦は、随の大軍という、予期せぬ援軍の出現のため日本
軍が敗れた。しかしもともとは新羅と百済の内戦に日本が巻き込まれたか
らだ。

「隋は百万人の大軍を派遣して高句麗征伐を再開した。しかしこの時も、
高句麗が国の命運をかけて徹底的に抗戦した結果、隋の煬帝の軍事行動は
失敗」した。この挫折が煬帝の権力基盤を弱体化させ、王朝の崩壊を早めた。

習近平があれほど金正恩を嫌い、南北朝鮮の統一を嫌がるのは高句麗の再
来を恐れるからである。そして隋が4度も高句麗成敗に失敗した経過を教
訓としているからだ。

隋の崩壊を継いだ唐王朝も、じつに3回、つまり随・唐で合計7回も高句
麗遠征を繰り返し、いずれも失敗した。

その挙げ句、半島の内戦に巻き込まれてしまったのが日本だった。

元寇では、元朝のお先棒をかついでフビライを焚きつけ、日本侵略に先頭
切ってやって来たのは高麗であり、尚武の精神に溢れた鎌倉武士によって
さっさと追い返された。

日清戦争の原因も朝鮮王朝の内紛に巻き込まれた結果、起こった。
 
朝鮮戦争ではスターリンと毛沢東が金日成の謀略に引っかかり、またアメ
リカは李承晩に騙されて参戦し、苦戦したという説を石平氏は採る。

この特質的な朝鮮民族の習性を理解すれば、現在の半島危機にアメリカも
中国も巻き込まれることを嫌がるのは当然であり、日本は半島がどうなろ
うと関わる必要はまったくないと説くのである。
 なるほど、じつに納得のいく、説得力に溢れた歴史指南書である。

        

2018年05月10日

◆マルクスは正しいとのたまうのは

宮崎 正弘


平成30年(2018年)5月8日(火曜日)通巻第5694号 

 中国は「自由貿易の旗手だ」と宣言したはずの習近平が
  マルクスは正しいとのたまうのは精神分裂症状ではないのか?

ダボス会議で習近平は「自由貿易の旗手は中国である」と宣言し、保護貿
易的なイメージのある米国を揶揄したことは記憶にあたらしい。先月の
ボーアオ会議でも、中国は自由貿易政策を推進すると豪語してみせた。

その舌の根も乾かぬうちに、習近平は「マスクスは正しい」と演説するの
だから、どう考えても論理矛盾ではないのか。

しかも、その矛盾に気がつかないとすれば、分裂症かもしれない。
「対外的に自由貿易、対内的にマルクス」とはこれ如何に?

2018年5月7日、北京の人民大会堂に3千名をあつめて開催した「マルク
ス生誕200年記念」兼「『資本論』刊行170周年記念」の学習会で、習近平
が自らの思想を「21世紀のマルクス主義」と言い放った。そのうえで、
「マルクスは全世界のプロレタリアートと勤労人民の革命の教師であり、
近代以降のもっとも偉大な思想家」と礼賛し、「習思想」が現代のマルク
スに匹敵すると定義したのである。

すでに1980年代から北京大学で『マルクス経済学』を講義すると学生は失
笑した。いまの中国のヤングばかりか、共産党員ですら「マルクスって
誰?」であり、知識層は『マルクスは外来思想であり、中国の伝統にはそ
ぐわない』と批判してきた。

しかし文革時代を田舎で送り、勉学の蓄積が稀薄な習近平の世代は、マル
クスに一種の郷愁を覚えるのかもしれない。ともかく拝金主義、市場経済
に酔う中国で、マルクスの亡霊が復活するのは時代錯誤だろう。


◆ポンペオ国務長官、再び平壌訪問

宮崎 正弘


平成30年(2018年)5月9日(水曜日)弐 通巻第5696号 

 ポンペオ国務長官、ふたたび平壌訪問。横田基地で給油
  大連での習近平、金正恩会談を受け、「段階的、同時並行的非核化」
の下準備

じつに目の回る3日間だった。

2018年5月7日、専用機で極秘に大連に飛んだ金正恩は、習近平の出迎えを
受け、儀仗兵閲兵後、ただちに実務会談に臨んだ。中国側の出席は王こ寧
政治局常務委員、楊潔チ国務委員、王毅外相という外交三羽烏に加えて、
宋涛(中央弁事処主任)らが出席したが、王岐山の姿はなかった。

大連空港での北朝鮮特別機の駐機を最初に報じたのは日本のメディアだった。

中朝首脳会談は引き続き8日も行われ、ふたりが大連の海岸を悠然と歩き
ながら話し合う風景がCCTVに映し出された。大連は嘗て金正日が極秘
訪問した場所だが、新義州から丹東、大連と陸路を走った。出迎えに行っ
たのは李克強だった。黒塗りの高級車40台を連ねての訪問で大連は交通麻
痺に陥った。

たまたま大連にいた筆者も、その行列に遭遇したことを鮮明に記憶してい
る。大連では近く中国国産空母第一号の正式な就航式が行われることも予
想されている。

さて僅か1ヶ月という短期間に2回という異常な中朝会談だが、板門店に
おける南北首脳会談の報告を受けた後、習近平の関心は近く行われる予定
のトランプ大統領と金正恩対談に釘を刺し、牽制することだ。
 
米国は「段階的、同時並行的な非核化」のプロセスが明瞭になるまで制裁
を続行すると表明しているが、習近平としては、米朝間に最終的な合意が
あるのか、北朝鮮の本心は奈辺にあるのか、中国はどこまで介入余地があ
るかを探ったと考えられる。中国筋に拠れば、米朝首脳会談はシンガポー
ルでの開催がもっとも有力だという。

同じ日、重要な外交場面から外された李克強首相が訪日した。日中友好40
年を記念する目玉とはいえ、日本のメディアが多少は報じたくらいで、華
字紙の扱いは小さい。

李克強首相は9日に同じく来日する文在寅韓国大統領を交えての日中韓3
国会談に臨んで、そのあと北海道を訪問する予定。


 ▲同じ日、トランプはイランとの核合意離脱を正式に表明した

トランプが「イランとの核合意から離脱」を表明し、欧米メディアは、こ
ちらのニュースを特大に扱って、北朝鮮の動きは2番か3番の扱い。
イランへの制裁再開は180日の猶予期間をおいて実施され、イランとの銀
行送金も出来なくなる。イスラエルの新聞は前向きに評価する分析が目
立った。

米国の軍事筋がもっとも懸念するのは、北朝鮮が核弾頭をイランに売却す
るのではないかという危険性である。

ワシントンタイムズはポンペオ国務長官が近く平壌を再訪問し、米朝首脳
会談の地ならしを行うだろうと予測記事を流していたが、直後にトランプ
は記者団に対して「すでにポンペオは北朝鮮に向かっている」と発表した。

ポンペオの特別機は横田基地で給油後、日本人時間の9日午前五時40分
に大統領専用機で平壌へ向かった。

横田を飛び立つ風景は日本のメディアがとらえた。

ポンぺお国務長官に随行したのはブライアン・フック政策局長、シュー・
ポテンガー国家安全会議アジア部長ら七名とされ、帰路に勾留されている
アメリカ人三名を連れ帰るのではないかという期待がある。

しかしアメリカの世論はとくに、アメリカ国籍の3人が帰っても、情緒的
な反応を示すようなことはない。

ポンペオは3月末に極秘に北朝鮮を訪問し、4月1日に金正恩と会談してい
る(このときポンペオはCIA長官、こんどは国務長官)。この動きから
分かるのは国務省主導の外交権をホワイトハウスが掌握したという事実で
ある。リベラルの巣窟だった米国務省が、外交の蚊帳の外に置かれている
という事実も、尋常ではない。
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【知道中国 1728回】            
――「支那人に代わって支那のために考えた・・・」――内藤(29)
   内藤湖南『支那論』(文藝春秋 2013年)

               ▽

満洲の実情を弁えない一知半解で頭でっかちの「書生輩」が権力に任せて
政治を行なえば、摩擦は必ず起きる。やはり驕りに導かれた強権が反発を
招くことは必至だ。

内藤の主張に従うなら、どうやら当時の日本は小さくは満洲政策、大き
く言うなら対中政策を策定する際に、中国における南方と北方、南方人と
北方人、さらには満洲における満人と在満漢人の違いを考慮することな
く、彼らを一緒くたに扱ってしまったのではなかろうか。

 じつは「今日でも一般の人民は日本の勢力というものを認め」、さらに
「満洲におい馬賊などから成り上って、日清日露の戦争以来の実際のこと
を知っておる軍隊の頭目など」も、「何事があっても日本に頼らなければ
危いということを深く呑み込んでおる」。ところが、そういった実情を知
らない南方出身官吏――彼らを送り込んだのは日本だ――に邪魔され、「日本
と満洲の関係が、段々気まずい傾きを来しておる」。
かくして内藤は、「今日でもその歴史を知らない南方人の官吏さえ逐い退
けてしまえば、満洲のことは、日本との間に何ら悪い関係がなしに、円満
に行くべきはずである」と結論づけた。

 満洲の歴史、満洲と日本の関係を知る在満漢人に満州を任せるべきだ。
「もしも日露の勢力を引き去ってしまうと、満洲は依然として貧乏の土地
に止まる」。だから財政的に考えるなら中華民国から満州を切り離すがい
い。中華民国が「漢人の天下で漢人が支配するということになると、支那
本部の財力でもって、支那を支配するということを根本の主義として立て
て行かなければならぬ」。かくして新しい国家は「支那の根本財政に害こ
そあるけれども、利益にはならぬというような土地をば切り離してしまう
方が、財政の理想上から云うと至当のことである」と主張した。
財政上も中華民国は満洲を切り離すべし、である。

  さらに内藤は筆を進めるが、かりに「支那人がそこらじゅうの異種族
の土地を侵害するということは、一方から云えば漢民族の発展」と見做す
ことができるが、これを異種族の立場から考えるなら「支那の人民」の
「侵略的精神」というべきものだろう。だから「今日において国力すなわ
ち兵力とか財政力」からして「維持できない土地は、政治上からこれを切
り離してしまって、単に将来の経済上の発展を図る方」が得策である。

 かくして内藤は、「五族共和というような、空想的議論」を排し、中華
民国は実力に見合う形で「むしろその領土を一時失っても、内部の統一を
図るべきである」。「今日支那の領土問題を論ずるにおいて、(中略)種
族問題と、政治上の実力とが最も注意して考えられなければならぬところ
である」とする。

歴史的経緯と現状を弁えず、メンツと理想にこだわる余りに「五族共和と
いうような、空想的議論」を掲げ推し進めることは政治的には愚策という
べきだ。内政にせよ国際関係にせよ、高邁な理想を掲げはするが、軍事的
にも財政的にも、また民力のうえからも費用対効果を考え判断するのが政
治の要諦だろう。だからこそ日露戦争から中華民国初期の満洲を考えた
時、内藤の考えは傾聴に値する。
そこで問題となるのは内藤の主張が、実際に満洲に関心を懐いた日本朝野
を動かしたか否かである。

内藤の主張を敷衍するなら、日本は中国における南北――ということは、中
部・西部・東部に加え、東西南北の辺境部の違いからくる文化(つまりは
《生き方》《生きる姿》《生きる形》)の違いに思いを致すことはなかったとい
う決定的な間違いを犯してしまったということになろうか。
やはり中国と中国人を文化的に一律と見做してきたことが、日本にとって
の大きな蹉跌だったようだようにも思える。
どうやら日本の中国理解は、根本から見直さざるを得ないことになろうか。
《QED》

2018年05月08日

◆フェイクメディアは意図的に伝えなかったが

宮崎 正弘


平成30年(2018年)5月7日(月曜日)通巻第5693号 

 フェイクメディアは意図的に伝えなかったが
   トランプ大統領支持率は51%(共和党員の支持は81%)

 米国世論調査期間ラスムッセンによれば、トランプ大統領の支持率は
51%(5月4日)であることが分かった。

共和党員は81%が大統領を支持しており、真逆に、野党の民主党員では
75%が不支持だった。ただし支持政党のない有権者では、トランプ支持は
47%であることも判明した。

日本でも朝日新聞の世論調査は小細工がなされていたように米国のフェイ
クメディアは、情報操作や誘導質問で作為的な世論調査結果しか伝えてこ
なかった。

トランプの支持率が過半を超えたことは初めて。中間選挙に楽勝する気配
が濃厚だが、左翼メディアはまだ「弾劾があり得る」などと騒いでいる。
上院で過半数を奪い返さない限り、民主党主導のトランプ弾劾は可能性が
殆どない、とワシントンの情報通が分析しているようである。
 欧米、とりわけ米国の共和党系のネットメディアは「日本の安倍首相の
三選は確実」と分析している。

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【知道中国 1727回】              
 ――「支那人に代わって支那のために考えた・・・」――内藤(28)
内藤湖南『支那論』(文藝春秋 2013年)

              ▽
これまで見たところでは、どうやら内藤は「変法自強」という改革論を余
り評価しない、いや直截にいうなら大層お嫌いのようだ。中国が抱える歴
史的・民族的・社会的背景を深刻に省みて克服する努力もしないままで、
先進諸国で行われている制度をそのまま持ち込んでも中国の富強が達成さ
れるわけがない。「変法自強」は安直に過ぎ、「支那のため」にはならな
い。「何でも外国人を排斥さえすれば、国家の独立が維持されるもののよ
うに妄想しておる新しい書生輩」なんぞは思慮分別に欠ける。短慮に過ぎ
る、というのだろう。

たしかに中国の動きを見ていると、短慮の謗りを免れそうにない出来事
に出くわすことは必ずしも珍しくはない。

おそらく最も顕著な例が1958年に毛沢東が打ち上げた大躍進だろう。「超
英?美(イギリスを追い越し、アメリカに追い着く)」という看板さえ掲
げ国を挙げて立ち上がりさえすれば、経済的にも大躍進が達成され、社会
主義の大義を忘れ不届き千万にも「平和共存」を掲げて米ソ協調路線を
突っ走るフルシチョフ・ソ連首相に赤っ恥を書かせ、自らが世界の共産主
義運動の指導者になれると目論んでいた毛沢東だったが、それが「妄想」
でしかなかったことは事実が教えている。中国人に地獄の日々を送らせた
だけではなく、中国社会の民力を大いに殺いだのであった。

「魂の革命」を掲げさえすれば、全国民が私心を捨てて社会主義の大義に
殉じ、やがてはアメリカ帝国主義を凌駕し、ソ連社会帝国主義を圧倒する
社会主義大国が地上に実現するという触れ込みで始まった文化大革命にし
ても、1976年に毛沢東が死んで文化大革命の看板を外して見たら、なんと
「大後退の10年」と総括されてオシマイ。

1978年末に踏み切ったトウ小平の改革・開放にしても、当初は日本のみな
らず西側から最新機器と技術を持ち込みさえすれば、巨大な貧乏国家から
一気に脱却できると喧伝していたように記憶する。

大躍進にしても文革にしても、改革・開放にしても、内藤が揶揄気味に批
判する清末の「変法自強」にしても、実態なきスローガン政治の類に思え
る。調査研究なくして発言権なしとの毛沢東の“卓見”に従うなら、毛沢東
も?小平も、清末まで遡れば「変法自強」を主張した人々も、さらには
「『変法自強』などという意味の新教育を以て養成されたところの南方
人」も、やはり自らの発言内容に自己撞着することはあっても、事前に行
うべき徹底した調査研究には関心を払わなかったということか。

それはさておき、「日露戦争以後に、かように大勢上外国の勢力に服従
しなければならぬものと覚悟をした人物を以て満洲を支配させずに、日清
戦争の経験も、日露戦争の経験もないところの支那の南方人、殊に近来
『変法自強』などという意味の新教育を以て養成されたところの南方人を
多く満洲の官吏として移入して来た」という指摘は、その後の日中関係を
考えるうえで簡単には見過ごすことが出来そうにない発言だ。

これに加えるならば、「満洲の官吏として移入して来た」彼らが「何でも
外国人を排斥さえすれば、国家の独立が維持されるもののように妄想して
おる新しい書生輩」であり、それゆえに「日本に対する感情、政策が、非
常に日本に不利であった」という主張である。

日露戦争以前、実質的に満洲を自らの地としていた河北・山東出身者を中
核する漢人は満洲の将来はロシアとの提携にありと考えていた。だが日露
戦争で日本が勝利したことから方針は転換され、やはり日本の「勢力に服
従しなければならぬものと覚悟をした」にもかかわらず、日本は「南方人
を多く満洲の官吏として移入して来た」。彼らも日本も共に満洲の実情、
在満漢人の心情を理解していなかった――これが内藤の考えだろう。