2020年10月30日

◆トランプ再選、まだ緑信号を打てない情勢

宮崎 正弘

 
令和2年(2020)10月28日(水曜日)通巻第6681号 

 トランプ再選、まだ緑信号を打てない情勢
  激戦地区でトランプ猛烈な巻き返し、ペンシルベニアが最激戦区

 前回もペンシルベニア州でトランプが逆転、最終的な勝利に直結した。

27日のペンシルベニア集会には、ファーストレディのメラニア夫人が初めて選挙キャンペーンに登壇した。

10月27日時点でのNYタイムズの世論調査ではバイデンが49%、トランプが43%と、ついに6%の差に縮まっている。左翼のNYタイムズは民主党支持であり、しかもバイデン支持を社説に掲げているくらいだから、それを割り引くとトランプは逆転している可能性を示している。

なにしろ全米メディアの66%がバイデン支持である。

トランプが明確にリードしているのはオハイオ、モンタナ、テキサス州で、頭ひとつトランプがリードしているのがウィスコンシン州、草深きジョージア、激戦区はミシガン州、バイデンがリードしているのがネバダ州と大票田の西部3州とハワイだ。

伏兵が期日前投票と、郵便投票である。すでに6400万人が投票を済ませた。このように異常な事態が出来しており、このうち激戦区では3200万人が投票を終えた。メディアの推測による既投票者の内、2000万人がバイデンに入れたとNYタイムズが推定している。

トランプは僅かに800万人。むろん、民主党は草の根の組織を誇り、組織動員の結果であるが、やはり、トランプ陣営にとっての懸念材料である。

トランプの辛勝区に対して民主党は訴訟をおこす準備であり、ひょっとして11月3日夜からの開票作業は、数日かかることが本気で予想される。

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樋泉克夫のコラム 樋泉克夫のコラム 樋泉克夫のコラム 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

【知道中国 2151回】           
 ──英国殖民地だった頃・・・香港での日々(香港33)

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 第一日文共同経営の3先生の中で、最も親しく多くの教えを受けたのはD先生だった。その多くはブランデーをガブ飲みしながら・・・ではあるが。

 たしか昭和元年の中国生まれ。父親と言う方の交友関係は甘粕正彦、川島浪速、肅親王から大森曹玄まで。朝鮮総督時代の斎藤実が身元引受人だったと聞いた時には、完全に酔いが醒めた。

1916年に川島らが起こし失敗した第二次満蒙独立運動に加担したとのことだが、その後、山東自治聯軍に参加し、奉天派軍閥で山東省を押さえた張宗昌と義兄弟の契りを結び、日本人から中国人に。中国名の張宗援には、張宗昌を応援するという思いが込められている。

山東自治聯軍当時は青島が拠点であり、D先生は青島中学で学んでいる。は山東自治聯軍は最盛時に3万ほどの兵士に軍用機までも擁していた。小学校高学年になった頃、D先生も馬賊盗伐の前線へ。その際、拳銃は必携だった、とか。

ある時、山東自治聯軍と日本軍との関係を尋ねると、「海軍はなにくれとなくオヤジを支援してくれたが、陸軍は利用するだけ利用して・・・」と。

昭和20年に入ると、家族と別れ1人で日本へ。「日本人だが日本に住んだことがなかったから、日本の生活様式には面食らったよ」。玉音放送は飛行訓練中の琵琶湖近くの基地で。
たった1人の日本である。

そこで父親の伝手を頼って山形の石原莞爾の許へ。病身の石原の身の回りの世話をした。ならば極東軍事裁判の出張尋問が山形で行われた際、病躯の将軍をリヤカーに乗せて訊問会場に向かったのはD先生ではなかったろうか。この点を聞き洩らしてしまったことが、なんとも悔やまれる。

その後、先生は拓大から国鉄関係の会社勤務を経て香港へ。T、Yの両先生と共に第一日文を創設し、日本語教育を通じた日中の相互理解を目指した。

第一日文での授業が終わると馴染みの上海料理屋へ。これが定番だった。ボーイがテーブルにブランデー(お好みは「ヘネシー」だったような)を置く。栓を開ける。ブランデー・グラスなどではなく、コップにドバドバッと注がれる。氷を少し入れて、後は一気に喉の奥へ。こちらが振るう「他愛もない熱弁」を肴に、D先生のピッチも上がる。

日本語教師のアルバイト料の値上げをお願いすると、「お前らは国士だ。国士らしくツベコベ言わずに日本語を通じて日中の相互理解に努めろ!」とゴ立腹の態。「ならば先生、我われの集まりを「こくしかい」を名づけましょう」と提案。「それがいい」と快諾。そこですかさず、「平仮名で「こくしかい」にして、先生は国士会で、我われは酷使会ではどうでしょうか」。

思い出は尽きないが、殊に忘れ難い一齣を。

ある時、「今日は面白いヤツに会わせてやる」と、繁華街の奥の奥にある古びた北京料理屋へ。D先生の姿が目に入ったのだろう。すでに着席していた3人が立ち上がって畏まる。D先生は「不要客気!随便坐下!(無礼で)」。

すかさず料理が運ばれ、酒が注がれる。打ち解けた雰囲気の中で交わされる話から判断して、3人は香港の住人ではなく、数日後には大陸に戻るらしい。年下であるD先生への対応は恭しく、どこか懐かし気に感じられた。

その後も、こういった集まりには何回か同席が許されたが、客は同じ顔触れというわけでもなかった。D先生は父親のかつての部下と連絡を取りながら揺れ動く中国国内の最新情報の把握に努めていたのではと、当時は想像を逞しくしたものだ。

D先生と新界を2日間ほど歩き、中国大陸が望見できる、Y先生の生涯に相応しい場所を探した。

山上の大きな岩を墓石に見立て、分骨を葬った。両先生の思いを繋ぐその場所は、いまは解放軍香港駐屯部隊の管制下にあり、立ち入りが固く禁じられている。
     
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 読者の声 どくしゃのこえ READERS‘OPINIONS 読者之声
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(読者の声1)番組のお知らせです。「闘論!倒論!討論!2020
日本よ、今...」

テーマ:「三島由紀夫が予期した日本は今」

放送予定:10月31日(土)夜公開。日本文化チャンネル桜

「YouTube」「ニコニコチャンネル」オフィシャルサイト、インターネット放送So-TV

 <パネリスト:50音順敬称略>竹本忠雄(筑波大学名誉教授)、富岡幸一郎(評論家)、
中村彰彦(直木賞作家)、浜崎洋介(文芸批評家)、松本徹(元三島由紀夫文学館館長)、
宮崎正弘(作家・評論家)
司会:水島総(日本文化チャンネル桜 代表)
(日本文化チャンネル桜)


(宮崎正弘のコメント)『正論』ならびに『WILL』が三島特集を組んでいます。合わせて参照ください。


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(読者の声2)『「憂国忌」の五十年』(三島由紀夫研究会編)が刊行されました

このたび第50回憂国忌記念出版として『「憂国忌」の五十年』(三島由紀夫研究会編)が啓文社書房より出版されました。(定価2千円。税別)主な内容は下記の通りです。

           記

プロローグ  私にとっての憂国忌五十年 玉川博己
第一章 あれから50年、三島由紀夫に熱い視線 宮崎正弘
第二章 三島由紀夫に斬られた男  寺尾克美
第三章 二人の自衛官 菊地勝夫と西村繁樹 菅谷誠一郎
第四章 切腹と介錯  首藤隆利
第五章 憂国忌の五十年ー三島由紀夫事件前史、そして「以降」 宮崎正弘
第六章 憂国忌運動が生んだ国会議員・中西哲の証言 中西哲
第七章 憂国忌の今後 菅谷誠一郎


三島研究会の会員と憂国忌賛助会員の方には本書が郵送されます。またAmazonにページが出来ておりますのでご参考までに。
https://www.amazon.co.jp/dp/4899920717/

時の経つのは早いもので今年の11月25日はあの昭和45年の衝撃の事件から丁度50年目に当ります。

今年は第50回「憂国忌」が開催されます。これから本格的な準備段階に入りますが、皆様にはご支援とご協力の程宜しくお願い申し上げます。

現在の内外諸情勢は益々三島由紀夫先生の最期の檄文の雄叫びの正しさが感じられるものであります。「憂国忌」とは単なる文学ファンの集いではなくて、私たちが日本の歴史・伝統・文化の流れに回帰し、日本の再生と革新を決意する場所でもあります。(三島由紀夫研究会事務局)



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(読者の声3)「弘志会」のお知らせです。中国コロナ禍の影響で初期の予定より変わっていますが表記例会を下記要領で実施致します。今回は日本人はどのように形成され、日本国はいつはじまったのか。

日本文明とは何か、そして、それは中華文明とどこが異なるのか。私たちは私たちの原点について、もっと多くのことを正しく知らねばなりません。正しい理解がないからこそ、「アイヌ新法」などという歴史歪曲が罷り通ってしまう。

日本再発見、それは驚愕と感嘆の連続! です。

 今回講演者は著作家宇山卓栄氏です。ご関心ある方は事前申し込みください。当日参加もOKです。
    

2020年10月26日

◆IT社会の先に何があるのか?

宮崎 正弘

 
令和2年(2020)10月24日(土曜日)弐 通巻第6680号 

 グーグル後の世界、IT社会の先に何があるのか?
 人間はAIの家畜となり、人類は滅びる危険性に直面するのだろうか?

 アンチトラスト法により米司法省はグーグルを提訴した。「検索で競争を阻害している」とする独禁法違反だ。じつにマイクロソフト以来、20年ぶりの大型訴訟、さてグーグルは如何にして生き延びるか?

検索エンジンの92%(米国内では95%)をほぼ独占するグーグルは、消費者の選択を狭め、ネット広告料金を独占的に決める姿勢があるとするのが提訴理由。このほかにグーグルはOSのアンドロイドと検索サービスをセットにしていること。

グーグルはアンドロイドを無償と反論しているが、アップルに年間120億ドルを支払って、インターネット検索サービルの標準としているため司法省は独占禁止法に違反するとしている。そしてプラウザーと提携し、競合他社を締め出したこと。

要するにグーグルは「ネット検索、広告市場で競争を妨害しかねない排他的な商行為を通じて不法に独占を図った」としており、これは「プライバシーやデータ保護などの検索サービスの質の低下を招いており、ネット広告料も高止まりを招いた原因」とした。

グーグルは法廷で徹底的に闘う構えで、裁判は数年を要するだろう。最終的には事業見直し、会社の分割に至可能性が強い。1998年に米司法省がマイクロソフトを提訴したが和解までに六年を要したうえ、会社は分割された。
 
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樋泉克夫のコラム 樋泉克夫のコラム 樋泉克夫のコラム 
【知道中国 2150回】               
 ──英国殖民地だった頃・・・香港での日々(香港32)
 
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校長のT先生と共に第一日文を経営していたのは、日本人のY先生とD先生だった。3人に加え日本語を話す数人の中国人が意気投合し、尖沙咀を貫く弥敦道(ネーザン・ロード)から2本ほど奥に入った徳興街に学校を創設したのは1960年代半ば。開校時、先生方は机を前に日本語学習希望者がワンサカと押し寄せると、まさに獲らぬ狸の皮算用。かくして初日の入学希望者は先生方の数より少なかった。


「敗戦まで、上海に東亜同文書院という日本人経営の私立学校があった。一九〇一年(明治三十四年)の創立であるから、敗戦による解散まで五十年近くを閲している。(中略)

はじめは私塾のようなものだったが、やがて学校形態を整備し、後に専門学校令による4年制専門学校に昇格し、最後は6年制大学となり、名も東亜同文書院大学と変えた。

東亜同文書院、同大学、同専門部の卒業生および解散当時の在校生総数は四千数百名に達する。日本人のほかに、少数ではあるが中国人の学生も収容していた」(竹内好「東亜同文会と東亜同文書院」『日本とアジア』筑摩書房 1995年)

Y先生は37期生として1937(昭和12)年に入学している。ルーツは島根で、大連開港以前に満州を代表する開港場であった営口に生まれた。父親は船長だった。

37期生は全部で114人。昭和12(1937)年4月の入学から程なくして盧溝橋事件が勃発。否応なく、戦争に立ち向かわざるを得なかった世代だ。
 
戦火は上海に及び校舎は灰燼に帰し、一時は長崎市桜馬の仮校舎での授業となる。上海に戻った後は、江沢民の母校である交通大学を臨時校舎として使い、繰り上げ卒業という変則措置を受けることなく、正規課程を終えた最後の学年として昭和16年3月に卒業している。同期生103人は、そのまま戦時下の社会に飛び込んだ。

日本軍通訳として前線に送られ、重慶(ショウ介石)側の放送傍受を命じられたが、学生時代はボクシングに明け暮れたY先生には荷が重い仕事だ。そこで上官に数カ月の猶予を願い出て、その間の猛烈な勉強によって“東亜同文書院卒業生の面目”を果たせた、とか。

103人の若者が敗戦を迎えたのは大連、張家口、内地(海軍省)、ラオカイ(中越国境)、奉天、バンコク、パラオ、サイゴン、マラン(ジャワ島)、上海、杭州、ガダルカナル、済南、桂林、開封、高雄、バンコク、北部仏印、海口(海南島)、広東、済州島、泰緬国境、漢口、徐州、岳麓、パレンバン、ロタ島(中部太平洋)、マニラ、北京、南京、京城、セレベス、汕頭など。ニューブリテン島、テクノパール(ビルマ)、ガダルカナル、ニューギニアなどで戦死した同期生もあった。

37期生にとっての昭和20年8月15日・・・Y先生世代の壮絶な青春が思い浮かぶ。


Y先生がいつから香港に住むようになったのかは不明だ。

日頃の先生の話から判断して、敗戦直後ではなく、国共内戦期(1946年〜49年)のいずれかの時点で中国人難民として香港入りしたと思われる。

香港では中国人として暮らしていたが、フトしたことから周囲に日本人だと知られてしまい、日本への強制送還処分を受ける。満洲営口生まれで戸籍がハッキリしなかったこともあり、国籍復帰には相当に苦労したらしい。やがてアジア大学へ。

某日、講義が終わるのを待っていたかのように教室に現れた長谷川才次社長に懇請され、時事通信特派員として香港へ。数年後、報道方針の違いから同通信を離れ、新亜書院に。


同期生は回想録の一部に「営口生まれ、旅順中学。上海紙業入社。戦後香港の第三勢力運動に参加。帰国して亜細亜大学十年、香港の中文大学で五年間教壇に立つ。香港にアジア学院設立の構想をもって四十五年帰国、各方面を説いたが成らず、香港で夜間日文学院を経営。昭和四十八年二月十日急逝」と綴る。

講義が終わると大学近くの北京料理屋で恒例の昼食・・・栄養補給の絶好機だった。
     
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 読者の声 どくしゃのこえ READERS‘OPINIONS 読者之声
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(読者の声1)コロナ騒ぎでちっとも知らなかった。宮崎の高校で、中国人学生がほとんど。中国国歌を斉唱しているらしい。

日本人の税金で運営されている! 少子化問題がここまで来た!
https://www.mag2.com/p/news/434719?utm_content=uzou_2001&utm_source=uzou
   (HT生、大田区)


(宮崎正弘のコメント)日向の国といえば天孫降臨、天の岩戸、そして神武天皇が東征に出発したところ、宮崎市の平和台公園には紀元二千六百年を記念して建立された大塔「八紘一宇」の地ではありませんか。

2020年10月25日

◆三島由紀夫没後五十年

宮崎 正弘

 
令和2年(2020)10月23日(金曜日)弐
        通巻第6678号   

  三島由紀夫没後五十年、「憂国忌」が近付きました


 <<三島由紀夫関連読書特集>>
井上隆史『暴流の人 三島由紀夫』(平凡社) 
佐藤秀明『三島由紀夫 ──悲劇への欲動』(岩波新書) 

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書評 しょひょう BOOKREVIEW 書評 BOOKREVIEW 
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男は何故、壮烈な死によってだけ美と関わるのであろうか?
三島由紀夫の精神と、残された作品群の深奥に迫る前意味論的分析

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佐藤秀明『三島由紀夫 ──悲劇への欲動』(岩波新書)
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あれから五十年が閲したとは思えないほど、須?(しゅゆ)の時間だった。昨日の出来事のように、フト生前の三島、森田両氏と会話している。

夢の中で。

おしりも書店に行くと三島本が並びだした。

それもかなりの数である。「定番」の人々の回想録という周期はおわって、三島事件から後に生まれた世代が、それぞれのアングルから三島由紀夫の世界に挑んでいる。

たまたま日本経済新聞にも「三島五十年」のシリーズが特集され、宮本亜門、宮台真司、吉田大八、熊野純彦など新世代が、それなりの三島を語っていて、視野狭窄、ピント外れ、マニアック、哲学的ブンガク論だったり、しかし、それぞれに光る一行がある。

第一周期は三島と直接付き合った人たちの交友録的評伝の列だった。林房雄、石原慎太郎、佐伯彰一、奥野健男、坊城俊民、三谷信、渋沢龍彦、?岡孝夫らが続き、第二周期は客観的な評伝へと移る。猪瀬直樹、村松剛、スコット・ストークス、ジョン・ネイサン、松本健一、そして編集担当だった川島勝、小島千加子。異色は堂本正樹、野坂昭如、福島次郎、岩下尚史氏らの作品だった。加えて文学的見地からは田中美代子、松本徹ら夥しい人が三島を語ったのだ。

最近では三島と直接付き合った自衛隊OBが退役後の感想をのべたものに加わって、杉山隆男、浜崎洋介氏らの出色の三島論も出てきた。

ともかく半世紀も経つと、あの驚天動地の三島事件をかくも冷静に見直し、くわえて三島文学に対して、一般的な、通俗な評伝を越えた、ある種冷徹な評価ができるのか、と本書を読み終えて、全体を貫く客観性にまず感心した。

著者の佐藤秀明氏は「前意味論的」と分析方法を断っているが、本書は相対的には意味論である。

さすがに三島文学館館長を兼任する著者は、四谷の生家を探し当て、死後の評論のなかからも、珠玉を選ぶ一方で、間違いもただしていく。

たとえば、秋山駿は「死後も成長し続ける作家」と三島を評した名言を残したが、これはドストエフスキーの言葉がオリジナルだという。

三島が少年時代から憧れ続けたのは「悲劇的なもの」だった。

初期の作品群を一覧しても、美しき夭折への、名状しがたい憧憬に満ちている。衝動的な渇仰が『花ざかりの森』にも『軽皇子と衣織姫』にも、底辺に流れ、漂う。「前意味論的な欲動」と著者は言う。処女作と遺作には静謐が共通する。

昭和四十三年の『太陽と鉄』の最終章には、「身を挺している」「悲劇的なもの」という語彙に加えて「栄光と死」を望んでいると書かれている。

村松剛は「決意を彼が公にした最初の文章だった」と『三島由紀夫の世界』で見抜いた。

しかし『悲劇的なもの』と『身を挺している』という言葉は『仮面の告白』で出てくるのだ。

佐藤は「職業作家として出発した記念碑的な作品に書いた言葉を二十年後に死の予感を告白する文章に織り込んだのは意図してのことであろう」と分析していて研究者としての慧眼が冴える。


また『憂国』はまさに悲劇的イロニーに充ち満ちた短編だが、「作品の意匠は全く異なるが、『潮騒』の幸福感に通じている」とする。なるほど、そういわれてみればそうかもしれない。

気になった箇所は三島が机上の空論的に皇居突入計画を立てたという、これは生前も耳にした風説で、当時評者(宮崎)の耳にも聞こえてきたが、佐藤氏はこの顛末を文献的に振り返り、関係者の著作も紐解いている。

真相は薮の中、計画を打ち明けられた自衛隊は冗談だろうと、その場では同調するフリをしたのだろうと評者は想像する。

げんに富士学校へひとりで入隊時に対応した幹部は、三島のクーデター計画を聴いて「私らは役人ですから」と冷ややかに言い放ち、以後、明確に距離を置いた。

現在の自衛隊にクーデターを望むこと自体が妄想である。それは体験入隊を通じて、三島はいやというほどに体得していた。

まして楯の会を始末に負えぬ存在と考えていた財界の桜田武や自民党は、冷笑したフシが濃厚。そこで三島は法螺吹きの田中清玄にも自衛隊への斡旋を頼んだとか、虚実こもごもだが、三島が「愛国者」となのる軍人OBや自衛隊幹部、財界の有力者に課した「リトマス試験紙」だったのではないのか、というのが評者の見立てである。というのも、この皇居突入計画を聴いて以後、距離を置き始めた人が多かったからだ。

ついで三島が吹聴していたのは治安出動を契機とするクーデター計画で、仄聞していた限り、だれも本気とはとっておらず、文豪ミシマの独特のアフォリズム、いや何かの芝居なのかと誤認した。

じつは評者、このあたりの経緯を村松剛氏や編集者、そして楯の会の会員ながらも三島とは距離を置いた学生達から聴いており、その本気度と計画の杜撰さとの整合性を不安に思ったものだった。

そのあとに森田必勝が学生長になって本格的に計画立案に加わり実現性のたかい、綿密な行動計画へ移っていくのである。

佐藤氏はこう言う。
 
「(戯曲『わが友ヒトラー』にでてくる)レームと突撃隊は、明らかに三島と楯の会を表している。楯の会など政治の権謀術数から見れば、子供騙しの集団でしかないことを作者(三島)は知っている。

しかし同時に三島は、レームの単純な盲信が『神々の特質』であることも知り、この戯曲であっさりと粛正される『三度の飯よりも兵隊ごっこが好き』なレームを、戯画化したうえで憧れている」(182p)。
 冷徹な、あまりに冷徹なほどの客観性で本書は一貫している。
         
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 半世紀を経ても三島の磁力はなぜかくも強烈なのか?
暴流(ぼる)が意味する内面の暴力性と精神を蝕むニヒリズム

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井上隆史『暴流の人 三島由紀夫』(平凡社)
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連続して三島関係の本格的研究の集大成が並ぶ。

今度は井上隆史氏。ミシマ国際シンポジウムの主催者、組織者としても知られるが、三島研究一本に打ち込んてきた。三島文学館の第一資料を読みこなし、佐藤秀明氏とともに新発見を続ける。

本書は、その研究成果の集大成といえる所為か、ともかく分厚いのだ。

五十年という時間が流れても、これほど精密に、奥行きがあって、しかも没後の時間的な余裕のなかで初めて公開されたメモ、生原稿から創作ノート、初稿と初版本の相違点などを研究しているのだから、凄い磁力を三島がいまも持ち続けているという証左でもある。

しかも事件のときに井上氏は七歳だったから、原体験がないだけに、当時の空気、熱情から離れて、あたかも精神科医のカルテのように第三者としての分析が可能になるわけだ。

題名の暴流(ぼる)は古典から選択した。

「深浦正文の『輪廻転生の正体』を三島は書庫に持っていたが、これこそが「三島が『豊饒の海』の構想を考えるうえで決定的な役割を果たした」(366p)

当該本は阿頼耶識を論じた中で「恒転如暴流」と仏教用語に触れているのだ。

井上氏はこれが「決定的」だったとして、本の題名に選んだ。

少年時代の詩を詠むと、そこには「抑えがたい暴力衝動が現われ出ている」とする井上教授は、三島が中等科四年のときに「花山院」の小説化をはやくも試みているとする。

この作品はのちに安倍晴明という陰陽師を主人公に花山天皇との別れを描く短編に結実していて評者の好きな作品のひとつだ(新潮文庫『ラディゲの死』所載の『花山院』)。

さて、時代は飛んで「からっ風野郎」に主演した翌月に「サロメ」を三島自身の演出で上演すると、これが「強い刺激となって、切腹というテーマを何らかの形で表現したいという思いを三島は募らせていた」(326p)。

それが「榊山保」の筆名で書いた「愛の処刑」というポルノまがいの小説に繋がるとされる。

評者(宮崎)の持論でもあるが、「作家は処女作に戻る」ものであり、三島は十四歳のときに詠んだ「詩を書く小年」に、あの頃の古典に題材する習作時代の心に回帰してゆくのだ。

井上氏は浜松中納言日記をヒントにした『豊饒の海』について大津皇子に注目する。

ここで評者、膝を打った。

『群像』の昭和四十五年六月、「懐風藻と古今和歌集」について論じていた三島は、「父天武天皇が崩御した後、叛図を抱いた疑いで捕らえられ二十四歳で自害した大津皇子の漢詩」に触れつつ、蓮田善明の評論になる「此の詩人は今日死ぬことが自分の文化であると知っているかの如くである」という有名な一節を結ぶ。

大津皇子は天武天皇の長男(異説あり)でありながらも、母親や天武天皇皇后(のちの持統天皇)ではなく、その姉だった。しかるに持統天皇が草薙皇子に肩入れし、大津皇子を疎んじれば、悲運は決まっていた。

そのうえで井上氏は続ける。

「三島の死も森田の死も、大津皇子の死と同じ意味を持つであろう。それは速須佐之男命、倭建命から為朝、そして二二六事件の青年将校へと続く系譜に、三島、森田が連なる」

それを示唆する三島の文章箇所を以下のくだりと井上氏は指摘する。

「ひとたび叛心を抱いた者の胸を吹き抜ける風のものさびしさは、千三百年後の今日の我々の胸にも直ちに通うのだ。この凄涼たる風がひとたび胸中に起った以上、人は最終的実行を以ってしか、つひにこれを癒す術を知らぬ」(「日本文学小史」)。

そして『天人五衰』の有名な最終場面は月修寺の美しくも端正な庭の寂寞だった。

芭蕉は立石寺を訪れて、「岸をめぐり岩を這うて、仏閣を拝し、佳景寂寞としてこころ澄み往くのみ覚ゆ」と『おくのほそ道』に記して、「静かさや岩にしみ入る蝉の声」と詠んだ。

『豊饒の海』のラストは
「数珠を手繰るような蝉の声がここを領している。そのほかには何一つ音とてなく、寂寞を極めている」。
 全544ページの浩瀚はここで終わる。力作で読了に二日を要した。
       

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「三島由紀夫没後五十年。追悼の夕べ『憂国忌』」のご案内     
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第五十回「憂国忌」の開催要項は次の通りです

とき  令和二年十一月二十五日 午後二時開演(1300開場)
ところ 星陵会館大ホール(東京都千代田区永田町2)
プログラム
第一部 1400−1500
鎮魂式 乃木神社宮司と神官。●斎主=竹本忠雄
第二部 1520−1545
記念講演「楯の会と蘭陵王、そして森田必勝」中村彰彦(直木賞作家)
第三部 1545−1645 『五十年目の真実』
追悼挨拶(順不同敬称略) 富岡幸一郎、執行草舟、村松英子、松本徹ほか。
(メッセージ  森田治、ヘンリー・ストークスほか)
1650 「海ゆかば」合唱。閉会。
 (代表発起人)入江隆則、桶谷秀明、竹本忠雄、富岡幸一郎、中村彰彦、西尾幹二
細江英公、松本徹、村松英子
             
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●プログラムは予告なく変更されることがあります
●マスク着用をお願いすることになります
◎密集を避けるため入場者数の制限があり、モニター室でのテレビ鑑賞も設営。

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読者の声 どくしゃのこえ REASERS‘OPINIONS 読者之声
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(読者の声1)とびっきりの講演会のお知らせです。

演題 「日本の政治を鑑みる」
講師 前法務大臣・衆議院議員 山下貴司 先生
日時 令和2年11月18日(水)PM6:00〜
定員 先着80名(要予約)
会場 神奈川県民サポートセンター3F 304号会議室(JR横浜駅西口徒歩3分ヨドバシカメラ裏手)
問い合わせ先 045-263-0055
※コロナ対策の為マスク着用厳守

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(読者の声2)米中の対立が続いていますが、1940年の中国をアメリカの観点から見た地図があります。ミルウォーキー・ニューズセンチネルという新聞の4月28日付、Japan
and Russia Will Divided Chinaという見出し。
https://www.davidrumsey.com/luna/servlet/detail/RUMSEY~8~1~306138~90076530?qvq=w4s%3A%2Fwhere%2FJapan%3Blc%3ARUMSEY~8~1&mi=22&trs=119

日本では経済統制が厳しくなる状況で日曜版カラーページというアメリカの豊かさは大したもの。日本とロシアが中国を分割しつつある状況で満洲国はパペットステイト、モンゴルは共産ロシアによる事実上のソビエト地域としている。北支と揚子江(YANGTZE)下流域は傀儡政権というのは概ね事実、スターリンとミカドによる分取り合戦のように描いているのも昭和15年のアメリカの見方としてよくわかる。

地図の英語表記は樺太・旅順・大連・仁川など日本語読みのまま。北平と名を変えた北京は
PEIPING、西安(SIAN)の東で黄河が屈曲するあたりから西は共産ゲリラの拠点となっていて、李香蘭回想録に出てくる鄭州での慰問公演が前線での緊張感あふれるものだったことを思い出します。

この地図のいいところは注釈の囲みで時系列がよくわかること。1937年7月7日の盧溝橋(Marco
Polo Bridge)から同年11月8日の上海上陸、12月12日パネー号沈没、
12月13日南京占領、1938年10月25日漢口(HANKOW)占領と戦線が伸び、1939年10月には長沙(CHANGSHA)にて日本軍敗北とある。戦線が伸び切って膠着状態になったので
しょう。沿岸部は厦門(AMOY)、汕頭(SWATOW)、広東(CANTON)、南寧(NANNING)、海南島を占領。日本海軍による大陸封鎖をベトナム沖〜海南島〜台湾海峡〜黄海〜旅順まで十数隻の日本の軍艦が取り囲む図柄はとてもわかりやすい。香港は砲台と軍艦さらに機雷原まで描かれ英米との摩擦の激しさがわかります。

インドシナではハイフォン〜ハノイ〜雲南ルート、ビルマはラングーン〜マンダレー〜雲南の援蒋ルートが太い赤矢印で示され大理府(TALIFU)にはアメリカの工場で中国向け軍用機を生産とある。英米とは戦争一歩手前ともいえる状況。

この地図の優れている点はもう一つ、大陸各地の資源状況が記載されているところ。食糧なら米・麦・大豆、コーヒー・カカオ・茶・タバコ・胡椒・砂糖など。石油は北樺太くらいで鉄と石炭は各地で出る。銅・錫・亜鉛・マンガンは各地で出るのにタングステンは雲南あたりで世界の供給の4分の3とある。ドイツが軍事顧問団を送ったのはタングステンが目当てといわれました。現在でもタングステンの生産量のおよそ8割が中国。

現在の中国の病的とも思える反日教育や第一列島線から第二・第三列島線まで太平洋に進出したい中国海軍、レアアースでの資源外交など、すべて大陸の山奥に閉じ込められていた共産党の100年におよぶ劣等感の裏返しと考えるとよくわかるように思えます。(PB生、千葉)

2020年10月24日

◆航空機業界にコロナ悪魔がやってきた

宮崎 正弘

 
令和2年(2020)10月23日(金曜日)通巻第6678号 <前日発行>

航空機業界にコロナ悪魔がやってきた
 国内大手48社で旅客は86・3%減、海外が98・3減少という惨状

 現在、世界各地へ向かう国際線は、一割程度が回復しているが、たとえば一日30便以上あったソウル行きは2
便ていど。米国も主要都市へ再開しているが、共同運航便が優先されていて、乗客は殆どいないため赤字で飛ばしている。

 再開された国際路線は中国各地(大連、瀋陽、青島、北京、上海、成都、広州など)、韓国、台湾、ベトナム、マレーシア、タイ、インドネシア、ミャンマー、豪、ドバイ、NZ、南米でもメキシコシティ便が再開している。欧州便はブラッセルなど。

欧州では第3次感染が拡大しており、国際線が正常に戻るのは2024年と言われる。

再開便が飛んでいても、客が集まらない最大のネックは到着後二週間隔離されるため、それならテレビ会議で済ませようというのが全世界的な趨勢である。

日本は欧米に次ぐ国際線王国だった。JAL、ANA、そして幾多のLCC。

全日空は、コロナ直後に9000億円の融資枠を確保、JALも同様な対応を取ったが、なにしろ国際線の旅客は98%減だ。
 
ANAは10月21日には5000億円の損失を発表、この悪魔的な決戦数字はリーマンショック直後の573億円の9倍弱!

ANAは国際線75路線、およそ5000便を800便に減らしたうえ、成田から羽田へ集中的に移行している。回復には数年を要するだろうと予測される。

JALも第3四半期の赤字も1000億円近い。

米国もデルタ航空は83%の旅客減に遭遇し、5600億円の赤字、アメリカン航空は5800億円。四苦八苦の様子が見て取れる。欧州勢も深刻な赤字で、アリタリアは国有化された。

もっとも悲惨なのは国内便のない香港である。
 キャセイパシフィック航空は系列キャセイドラゴンを含めて8500人のレイオフを発表し、香港経済をゆすがしている。ドラゴン航空は閉鎖する。

日本ではインバウンドが消滅したため、国内観光地ならびに旅行代理店、レストラン、運輸会社振興のため「GO TOキャンペーン」を開始して、一息つけたかにも見えるが国内旅行の現状はといえば、国内大手48社の速報で、旅客は86・3%減、海外が98・3減少という惨状である。

二階幹事長は日本の観光業界のドンでもある。観光産業の回復に失敗したら責任をとる覚悟があるのか。
   
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樋泉克夫のコラム 樋泉克夫のコラム 樋泉克夫のコラム 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

【知道中国 2149回】  
 ──英国殖民地だった頃・・・香港での日々(香港31)

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司馬?以上に衝撃的だったのが、第一日文校長のT先生との出会いである。いや「激震」は別れの後にやって来たと言うべきだろう。

T先生は湖南省長沙の生まれ。日本の陸士で徹底して鍛えられただけに、日本語は完璧で日本に対する造詣は生半可ではなかった。

日本軍影響下の長沙で市長だったと言うから、日本軍に篤く信頼されていたに違いない。柔和な物腰ながら凛とした佇まいは「元大日本帝国軍人の矜持」を漂わせていた。

大好物の煙草をくゆらせ、これまた大好物のビールで喉を潤しながら、時に陸士時代の親友である「垠クン」の思い出が続く。「垠クン」とは李氏朝鮮の最期の血統で、伊藤博文に抱かれて日本にやってきたと言われる李王垠殿下である。

興に乗ると自慢の喉で京劇の一節を唱ってくれた。十八番は『空城計』で「我正在城楼、観山景、耳聴得城外、乱紛々・・・」と譚派の調子で。政治向きの話はあまり好まなかったが、紹介してくれる人々には国民党系が多かったように記憶する。

香港留学を切り上げた後も、香港に出掛けた折にはビールで一刻を過ごした。もちろん「●子不在家(ノドの調子が悪い)」などと言いながらも、時には京劇の一節が飛び出した。

ここまでは平凡に過ぎる思い出である。だが、先生が亡くなった後に偶然に知ることとなった先生の「もう1つの顔」は、平凡ではなかった。

ある日、買ったままで積んでおいた『中国獄中二十五年 奇跡の日本人』(斎藤充功 学研M文庫 平成14年)をパラパラと読み始めたところ、あるページで目が点に。そこにT先生に関する衝撃の記述を認めたからだ。

中国共産党が建党された1921年に浅草・千束に生まれた平井栄三郎は18歳で上海に渡り、やがて日本軍の先兵として宣撫工作に携わり、後に中国人の袁昌亜として潜行生活を送る。

日本が敗れた1945年の12月初めに袁昌亜は漢奸として逮捕され、その日から「九千日に及ぶ数奇な中国獄中生活」を余儀なくされる。それというのも、国民党政権も共産党政権になってからも、中国側は一貫して平井を「漢奸の袁昌亜」と見做していたからだ。

過酷な獄中生活で平井が世話になったのが「かっぷくのいい六十歳くらいの紳士」で、「運転手と秘書と3人で入獄してきた」。それが唐炳初で「東京高等工業の電気科(現・東京工大)を卒業しており、日本語がうまく」、「孫文とも交流があり、当時湖南省政府の顧問のようなしていて有名人であった」。「共産党のシンパ」で、「監獄に入ってきたのは息子を逃亡させた罪だった。

息子は長沙市長の要職にあり、共産党の情報工作員でもあった。終戦時、国民党にその素性がばれ手配されたことをいちはやく知り、香港に逃亡してしまったため、父親が身代わりになった」というのである。

T先生と同じ姓で、しかも「息子は長沙市長」。だとするなら、私が香港で日常的に接していたT先生は「共産党の情報工作員でもあった」と考えても不思議ではないだろう。

かつて唐炳初の屋敷で働いていた「料理人は実は人民解放軍が紅軍として旗揚げした江西省井岡山で毛沢東や朱徳と連絡をとっていた共産党の幹部」であり、国民党特務機関による逮捕を逃れることが出来たのも、唐炳初が機転を働かせたからだ。

共産党政権成立後、唐は指定された上海の第三野戦軍司令部に出向く。「あなたは私の命の恩人です」と出迎えた司令官は唐の屋敷で料理人をしていた男で、後に初代上海市長、国務院副総理を務め、「十代元帥」の1人とされる陳毅だった。

温厚篤実な紳士であったT先生の、共産党との因縁浅からざる「もう1つの顔」を偶然にも知ったわけだが、偶然は重なるもの。当時、体調不良だったことから友人に紹介され訪ねた漢方の平井先生が、「奇跡の日本人」その人だった・・・とは。
人生は不思議だ。

2020年10月23日

◆ヒューマニズム、民主主義

宮崎 正弘

 
令和2年(2020)10月22日(木曜日)通巻第6677号   

(読書特集)

宮本雅史『国難の商人──白石正一郎の明治維新』(産経新聞出版)
執行草舟『脱人間論』(講談社) 


  書評 しょひょう BOOKREVIEW 書評 BOOKREVIEW 
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人間が神を創造したのではない。神が人間を造ったのだ
  ヒューマニズム、民主主義、科学文明の毒に汚染された日本は滅亡一歩手前

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執行草舟『脱人間論』(講談社)
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久しぶりに感銘を受けて震撼した。

思想家・執行草舟の新作は、戦後タブー視されてきたテーマに正面から挑んだ。「知の冒険」などという陳腐な表現ではなく、これは武士道の哲学に少年時代から遭遇して思索を深めてきた著者が、70年の人生をかけた思索の結晶である。決然として闘ってきた人生の痕跡、その全エネルギーを注入した思考の書である。

書名の「脱人間」とは「新しい旅立ち」のことだと著者は言う。

「いま世を覆っている人間中心のヒューマニズムは、すでに行き過ぎて腐臭を放っている」。

なぜなら人間が神を創造したのではなく、神が人間を造ったことを否定したからだ。

ニーチェは「神は死んだ」と言ったが、そうではなく、「人間が神を殺したのだ」(27p)。

「いまの腐り果てた文明を捨てなければならない」(中略)「現代人は既に、人間として疲弊していまっている」からである。

執行氏があげる三大毒素とは民主主義、ヒューマニズム、そして科学文明である。

これらはウイルスであり、現代日本人はこれらの「ウイルスに遺伝子と脳の特定部位が侵されて」しまった。それゆえ題名にあるように『脱人間』の手術が必要だと言い切る。

ヒューマニズムは西洋の近代化が生んだ真のリヴァイアサンであり、物質至上主義は「魂の進化」ということを忘れてしまった。魂は永遠であり、肉体は現世における単なる容れ物でしかない。

 魂のために肉体を捨てることは、いまの世の中に受け入れられるものではない。そこには、現代的な綺麗事や優しさと抵触する本来的な厳しさがあるからに他ならない」(93p)

著者の信念が次のように開示される。
 
私は武士道だけが好きだったので、この現実に突進する野蛮性を幸運にも持つことが出来た。非常に助かったのは、武士道が別に立派な思想ではないという点だった。どちらかと言ったら偏りが激しく野蛮だと言われ、人から褒められることは全くなかった。それが良かった」(ここにいう氏の武士道とは三島由紀夫が座右とした山本常朝のそれである)。

またこうも言われる。

「いまの人は本当に去勢状態になっている。だからいまの学校における『イジメ撲滅』もすべて子供の去勢化を目指している。子供の感情を、合理的に作り上げられると思いこんでいる。これでは子供の心が崩壊してしまう」(125p)。

こうした社会趨勢を煽っているのが悪質なメディアである。

アルベール・カミュは「何か不可能なものが欲しい」と戯曲『カリギュラ』に書いた。

「不可能に挑戦するのが人間存在の本質であり、本来の人間に備わる特徴を表していた」(139p)。

なぜ古代の人間はあれほどに動的で挑戦的だったのか?

それは「原初の人々は、人間を神の分霊と言っていた。神の分霊として、宇宙の霊魂は地球に降り注いでいた。そして、その分霊の一部が、後に人間の魂となり、地球上に棲息していた類人猿にはいることによって、肉体を持つ人類が生まれた。だから、まず魂となったものの原型は、全体的な存在である神の分霊だと言える。その分霊がまた分離して一人ひとりの人間に入ることによって、個々の人間が生まれた」(142p)。著者はスサノオも「神の分霊だ」としている(389p)。

現代人の特徴的な認識は狂気を理解できないし、姓と暴力を否定するのが『正しい』と認識しているのだが、「戦争を完全否定することによって、愛と正義を完全に見失ってしまった。そしてグローバリズムの金銭絶対思想に飲み込まれたしまった」(210p)。

「日本文明を支えていた家族意識を、ヒューマニズムと人権によって根こそぎ失ったのである。日本人は、自己の生きる術(すべ)を失った。いまの家庭は、日本人の家庭観とは全く相容れないものとなった。今の家庭は家庭ではない。それが分からなければいまの日本の社会問題は解決しない」(311p)。

すなわちGDPがどうのこうの、所得をあげてデフレをやめ、こどもを増やす政策を云々などという議論は意味がないと執行氏は訴えているのである。

肉体は滅びても魂は永遠であり、分霊としての人間が適切でなくなれば魂はほかの容れ物を探す。

かくして「ヒューマニズムの悪徳を拭わなければ、我々はAIロボットに人間の地位を奪われるだろう。そしてそのときが来れば、現人間はAIロボットの家畜を化しているに違いない」(396p)。

読了後、評者はスサノオの荒ぶる魂を、ヤマトタケルの絶叫と静かなる詩を、そして三島由紀夫の雄叫びを聴いたような気がした。

2020年10月22日

◆人民元基軸への移行が

宮崎 正弘

 
令和2年(2020)10月21日(水曜日)通巻第6676号   

 中国、外貨準備からドル比重を減らしているが
人民元基軸への移行がほとんど不可能だと認識できている

中国の外貨保有高の主力は米国債券である。

2017年3月のピーク時点で1兆3000億ドルだった。2020年8月末の米国財務省発表によれば1兆0700億ドルに減少していた。

「中国は米国に報復するのなら、この米国債券を売却すれば良い」とする観測が流れていますが、これは無理です。なぜなら担保として、同額以上を中国は國際金融筋から借り入れておりますので。

国際金融筋は、北京の中央銀行ならびにシンクタンク、銀行関係者の発言や分析、レポート等を分析し、「戦後のドル基軸体制、つまりブレトンウッズ体制に挑戦し、ドル基軸から人民元相乗り体制への野心を抱き、徐々にドル比重を減らしてきた」としてきた。

国際間の決済は貿易、サービス、投資、送金にドルを必要とするが、これに代替できるのはユーロ、スイスフラン、英国ポンド、そして日本円である。直近のドルの比率は59%、ユーロは欧州域内の決済が多いが25%前後あり、日本円も3%台である。

しかし人民元は1・5%程度でラオス、カンボジア、ベトナム、タイ、ミャンマーなどでしか人民元は通用しない。

デジタル人民を国内で実験し流通を試みているものの、人民元が、IMFのバスケット通貨でありながら国際的にはハードカレンシーには認められていない。
ドル保有の漸減は、中国が人民元決済の領域ならびに通用空間を拡大し、いずれドル交換停止という潜在的なシナリオに備えていることは確実である。

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【知道中国 2148回】      
 ──英国殖民地だった頃・・・香港での日々(香港30)

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香港では著名人から無告の民まで多くの人との出会いがあったが、そのうちの1人が「反共文人」で知られた司馬?だった。誰の紹介だったか。アポなしの直撃だったのか。今となっては定かではないが、尖沙咀の自宅兼事務所の佇まいが衝撃的で、印象に強く残る。

外国人観光客相手のインチキ土産物屋街の6〜7階建ての老朽雑居ビルの屋上に建てられたプレハブ式。室内は書籍と印刷物で雜然としていた。屋上の空地に隙間なく置かれた野菜を育てている木箱や鷄小屋を指し、「自力更生だ!」と胸を張る。気力充実・意気軒高。

彼は近代中国の思想的幕開けでもある五・四運動が起きた1919年に、江蘇省泰州に生まれた。地味豊かな農村でも、生活は悲惨だった。貧しく不器用な父親は軍閥に引っ張られた挙句、混乱に巻き込まれ無実の罪で銃殺された。母親は13歳の彼を残して「窮死」する。

貧しい彼を助け、彼の向学心を支えてくれた応援者は、じつは共産党関係者だったのだ。かくして運命の糸に操られるようにして共産党活動に加わり、盧溝橋事件勃発後の1937年末には「革命の聖地」へ向かっていた。

延安では、国民党や日本軍治下の秘密工作要員を養成する敵区工作幹部訓練班で学んだ。毛沢東による1、2週間に1回の政治報告はユーモアに溢れ、笑いを誘ったらしい。

「中国革命が勝利したら、どんな国家を建設しなければならないか。同志諸君、1人1人に洋風の瀟洒な家とステキな車を進呈しよう。みんなに海外旅行を約束しよう」。「兄弟(おれ)もまだ外国に行ってないから、その時になったら一緒に出掛け、見聞を広めたいもんだ」

──聴く者を愉快にさせるような毛沢東の発言には、「党の指導者の口からでたことだが、とても信用できそうにない。だが、確かにこう聞いて、誰もが愉快な気分になる」と感想を漏らす。稀代のアジテーターである毛沢東の片鱗が窺える。

もう1人の指導者である王明はソ連共産党史を講義した。颯爽と現れ、理路整然と畳みかけるような話し振りには説得力があり、全員が聞き惚れた。だがも講義は1回だけで後は他人任せ。

当時はレッキとした王明派で、常に周囲に「我が党の天才的指導者・王明同志万歳」と声を挙げることを求めた康生は、西洋商社の買弁風のキザな服装を好んだ。

革の長靴を履き、西洋種の猟犬を引き連れ、颯爽と馬に跨り狩猟に勤しみ、4人以上の護衛に守られ威風堂々と四囲を睥睨していたとか。王明も康生も、とかくモスクワ帰りのエリート臭プンプンだから、誰からも好かれそうにない。
やがて康生は毛沢東派に転じ、党内で特務活動を牛耳り毛沢東恐怖独裁体制確立に大いに貢献するが、それは後の事だ。

 陳雲、康生、李富春、王稼祥、張聞天など幹部から党組織、秘密工作、群衆運動、中国革命と武装闘争、階級闘争と民族闘争などの講義を受けた後、敵の国民党支配地区に送り込まれ秘密闘争に投入される。

死線を越え数々の成果を挙げるが、同志への拷問が日常化し、昨日までの同志を反革命・反党分子として処刑する。

だが翌日には、処刑を指令した幹部が同じ罪名で抹殺される。かくて「こんな組織生活に、正直言ってうんざりしはじめていた。・・・マルクス主義に対する素朴な信仰は心の中で脆くも壊れ果てた」そうだ。

組織への猜疑心と恐怖心は抑え難く、1949年5月の共産党軍入城を機に上海を脱出する。香港ではペンを武器に共産党を告発し続ける一方、豊富な経験に裏打ちされた共産党史研究を続けていた。

時折訪ねると、「大陸の仲間からの情報」を基にした鋭い情勢分析を聞かせてくれた。

もちろん日本で学んでいた中国共産党イメージは完膚なきまでに崩れ去っていた。いまから振り返れば、偶然がもたらしてくれた「最上の教育」だったと確信する。
 
1983年に香港を離れた後、延安時代の苦労を共にし、改革・開放初期の中国で異彩を放った女性ジャーナリストの弋揚とニューヨークで結婚。2019年には百歳を迎えた。香港の現状に対する思いを、気骨の「反共文人」としての彼に問い質してみたい・・・が。

     
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜読者の声 どくしゃのこえ REASERS‘OPINIONS 読者之声
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(読者の声1)20日の各メディアではメキシコの元国防相が「麻薬」の件で米国で逮捕されたと報じ、トランプ大統領は当初メキシコ国境に壁を建設すると言って反トランプのマスコミから人道に反すると散々非難されたが、大統領選挙も近い今となってはトランプの言ったことは正しいと選挙民の支持を得るには好材料であろうと。

しかし私はこれから2週間の間に起きかねない事態として、トランプ大統領に対する麻薬組織の「報復リスク」とバイデン候補の「コロナ陽性リスク」があると思っていますが如何でしょうか?

後者の場合はトランプが陽性になったときより、選挙に与える影響は大きいと予想します。
(SSA生)


(宮崎正弘のコメント)闇の司祭ならぬ米国のシンジケートですが、勝ち馬にのるのが大勢でしょう。ラスベガスのカジノ王たちはマカオの事実上の崩壊で、献金どころではないようですが。。。

熱狂的支持者を集めるトランプ集会が連続していますが、その激越な演説に「左翼の不敗メディア」とか「バイデン一家は犯罪者一家」というどぎつい表現が連発されています。

日本なら顰蹙を買いますが、アメリカ人はこのようなパンチの効いた語彙を好む。

小生がいつも注目している「ODD MAKER」のトランプvsバイデン掛け率ですが、8月下旬にバイデンが10ポイントの差をつけてリードしていました。直近のレートはイーブンです。

つまりODDでトランプの逆転が起きると(その可能性は三日以内とみています)トランプの再選は確実になります。

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(読者の声2)前号読者欄の関野通夫氏の、「日本製自動車の輸入をシェア2%以下に。。」ですが、小生は氏が帰国された頃?1980年に渡仏し、1983年まで現地に居住しました。

当時、日本のハイテク製品が集中豪雨的に欧州へ輸出されており、ウォークマン、VCR、CD、ハイファイ音響製品、そしてクルマ等で、黄禍論すら湧いておりました。パリのモンパルナス駅の正面の夜景は、SONY,
PANASONIC, PIONEER, JVC, AKAIなどのネオンが溢れ、壮観でした。
通関業務をツールポワチエへ移動して入超を抑えるという、厭がらせは仏政府特有の陰険なやり方で、効果はどうだったか?

少なくとも、広報のインパクトはあったと思います。クルマの輸入を2%以下に抑えるというのは、当時産業調査をやっていたので、ハタと気がついたのは、日本からのFOB価格がクルマ1台百万円とすると、確か6万台までが輸入のリミットだったようです。

逆に、ビデオ機器1台がFOB6万円とすると、百万個までが輸入リミットで、それ以上はポワチエへの発動なのかな?と想定しました。

つまり仏政府にとっては6,000億円の外貨流出が限界線なのだろうと見ておりました。間違いかもしれませんが、、そこで日本のメーカーは部品にバラして通関して現地で組み立てる所もあったやに聞きました。すると日本側とフランス側で統計が合わないのでした。可笑しいな、規制をしても外貨が流出しているなと。(MKM生)

   ♪
(読者の声3)大統領選挙に立候補している民主党のバイデン氏だが、息子のハンター氏のパソコンからウクライナ・中国との不正関与が暴露された、と世界を騒がせている。

バイデン氏は、前回の大統領選挙には、長男のボー・バイデンが2015.5.30に脳腫瘍で46歳で亡くなった。

その年の10月、翌年の大統領選挙には立候補しないと言った。期待する息子を失った落胆では、自他共に、ヒラリーに勝てないと悟ったのだろう。

日本でも、長宗我部元親は、期待していた長男の信親を戦で失った。その後は荒れた。人は親を失うより、期待していた愛息を失う方の衝撃が大きいようである。

このようにナイーブなバイデン氏は、認知症も疑われ、果たして、海千山千のトランプに勝てるのだろうか。及川幸久氏のユーチューブでは、15日から、マスコミにも支持者にも姿を現さないと言う。

トランプのコロナ感染といい、今回のアメリカの大統領選挙は、サプライズ続きである。

トランプ氏は、少なくとも、2,3ヶ月前にはパソコンを知っていたのだろう。だからしつこく、政策を論ずるより、バイデン氏の個人攻撃に徹していたのではないだろうか。(斎藤周吾)


(宮崎正弘のコメント)トランプ、あと一息で逆転できる情勢になって来ましたね。22日のテレビ討論会が決定打になると思います。「万一、トランプが負けても、2024年に再度挑戦するだろう」と予言しているのはスティーブ・バノンです。彼のような選挙のプロでも苦戦を感じているわけです。

2020年10月21日

◆中国がまた大嘘の数字

宮崎 正弘

 
令和2年(2020)10月20日(火曜日)通巻第6675号   

 中国がまた大嘘の数字。GDP成長率は4・9%に回復、失業率5・4%
  874万人新卒の20%が依然就活中、この上に80万人の帰国組(海亀派)が

中国国家統計局は10月19日、「2020年第3四半期(7月─9月)のGDP成長が4・9%に回復した」と発表した。

大本営発表に似て、誰も信じない数字である。

そもそも国家統計局は嘘の殿堂、王保安・前局長は数字改竄の常習で、巨額の賄賂を受け取り、愛人と欧州への逃亡を企て、4枚の偽名チケットに偽パスポートを保有していた。

2016年に逮捕され、愛人も空港で逮捕された。

「4・9%回復」なる数字は、対米輸出が想定を越えて伸びたことが一因だが、あとは無理矢理の投資、財政出動による土木工事によるもので、GDP成長の「虚像」を支える財政出動である。

その裏面にある赤字の増大に関しては眼を瞑っている。株価と不動産相場が暴落を免れているのは、当局からの「売るな」&「買え」という指令である。

現実に銀行倒産が急増し、地方債務ならびに国有企業が起債したドル建て債券は債務不履行を繰り返し、不動産大手の恒大、碧桂園、万科の三大成金不動産開発は借り入れの償還に窒息寸前ではないか。

株式市場にしても、ウォール街でインチキ上場がばれて排斥に追い込まれた中国企業が目立つが、新興ベンチャーなどが急遽、深せん、上海、香港へ重複上場をつづける。

同時に審査基準を緩和して新興のユニコーン企業であるアント集団や、ファーウェイへの半導体を一挙供給することになったSMIC(中芯集積電路)を香港市場にも上場させて、巨額を集めさせ、株価を維持しているのである。

 

 ▼失業率のからくり、新卒にまともな職場がない

失業率が5・4%という発表も、人工的に操作された、「低すぎる」数字である。

第一に農村からの出稼ぎを計算に入れていない。これはあくまでも「都市部」の「出稼ぎ」の失業を参入していない数字なのだ。

第二に新卒者の就労事情が悪化している。

中国の大学新卒は874万人。脅威の数字である。しかも「まともな職」に、あるいは「希望する職」につけたのは三割台、のこりは中小零細、現場労働に散るか、浪人、詐欺、五毛幇にはしるか。それでも20%が就活中なのだ。すなわち「失業状態」にある。

この数字のうえに海外からの帰国組(海亀派)が加わるから、就労状況も悲惨なことになっている。

景気回復局面で新卒は青田刈りになるのが常識ではないのか。

ジェトロ香港は、進出日本企業を照査し、およそ34%が撤退を含む「見直し」を考慮中であると発表した。

中国進出の日本企業の撤退表明が、1700社になっていることは既報しているが、國際金融都市として自由な商環境にあった香港でも、習近平の強引な「香港安全法」の施行以来、将来のビジネス展開の縮小が予測され、日本企業にも不安視されていることがわかる。

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読者の声 どくしゃのこえ REASERS‘OPINIONS 読者之声
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(読者の声1)渡邊惣樹さんの『英国の闇 チャーチル』(ビジネス社)に次ぎ、黒い表紙カバーと字体が同じ『戦後支配の正体 ─1945〜2020』(宮崎正弘/渡辺惣樹著、ビジネス社)を読み終えました。

ペトロダラーシステムが始まった頃はロンドンで石油を扱っていましたので懐かしさもあってからか、私が同書の中で特に注目したことは第4章の「戦後経済の正体」の部分で、渡辺氏が「やはり今の経済学者に欠けている議論は中央銀行とは何か、貨幣とは何かの議論です。これらの持つ怪しさについて一切触れない・・・貨幣とは何かについてはいまだにわからないことがある」と二度にわたって強調しておられることでした。

これは私が他の経済本を読むたびに考えていた印象と完全に一致していたので、「渡辺氏もそういったお考えなのか!」と知り、とても心強く感じました。

同趣旨は私の知る限りピケッティ/スティグリッツはじめ少数の著名な学者がそれに近いことを述べているものの、「それではそれはいったい何か?」について明確な回答を「戦後」つまり1945〜2020年の間に「戦後支配の正体」として「力強く」主張・指摘された学説は(MMTがこれに近付いてはいるものの)いまだ出現していないような気がいたします。

本書においては、特に「戦後」における経済分野での支配の「正体」を、「ブレトンウッズ体制」、「ペトロダラーシステム」「プラザ合意」などなどの制度面とケインズ・ハイエク・フリードマンなどの学問的見解が交差して形成されたものがそれである、と述べられていると思います。

しかし私は同書で「中央銀行や貨幣」の本質をもっと考えつくすことが必要だと渡辺氏が強調しておられるお気持ちからすると、「本当は戦後支配の正体の本命は、根本的な経済の仕組みや構造が変化してしまったことから生じる何かであり、それは中央銀行や貨幣の本質を旧来的解釈から「歴史修正主義的に脱却」し、現代的に解き明かさない限り明確に示せないはずだ」という「直感的ご認識」が渡辺氏の心中にはおありになるに違いないと感じました。

つまり政治のみならず経済においても「歴史修正主義」的理論が求められているのです。)(SSA生)

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(読者の声2)貴誌前号「中国の輸出規制」に絡んで、フランスがソニー製品の通関に意地悪をしたとありますが、同様の経験を私もしました。

私は、1975年から1980年までフランスに駐在しましたが、フランスのやり方は、かなり陰湿で、これも大っぴらではなく、日本製自動車の輸入をシェア2%以下に自主規制するよう陰で画策、日本のメーカーを呼び、口頭で自主規制を要求、従わねば、型式認定の申請書類を、いつも書類の山の一番下に回すぞと脅し、そして申請の受付場所を、西部のロアール川の南の小都市ポアチエで行うことにしました。

ポアチエと言えば、かつてイスラム教徒が現在のスペインを制し、さらにピレネーを越えてフランスへの侵入を図った時、ツール・ポアチエの戦いで阻止した古事に習った一種のユーモア或いは皮肉とも解釈できました。

つまりポアチエで、日本車の侵攻を阻止するという寓意でした。(関野通夫)

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(読者の声3)薔薇十字社から発売が予告されていたものの、三島氏の死によってお蔵入りとなった写真集「男の死」ですが、この度米国で
http://www3.tky.3web.ne.jp/~taqueshi/otokonosi.html
YUKIO MISHIMA THE DEATH OF A MAN
 と題して出版されました。

2020年10月20日

◆中国が12月から輸出規制

宮崎 正弘

 
令和2年(2020)10月19日(月曜日)通巻第6674号   

中国が12月から輸出規制。レアアース禁輸を対米交渉の武器に「輸出管理法」:部品材料の供給で日本企業に警戒感が拡大

 10月17日、中国全人代常務委員会は12月1日から「輸出管理法法」を実施するとし、付帯して詳細な規則、リストを発表する法律を成立させた。

 第一に「中国の安全と利益を損ねる場合に相手国へ報復を含む」という文言が挿入されている。安全保障のみかわ、ここに「利益」という語彙を用いた点は注目するべきだろう。

 第二に「禁輸リスト」を作成し、品目と相手国の調査、監査をするために品目によっては「許可制」とする。まるで米国のELリストへの対抗措置である。

第三に相手国が、申告目的以外に転用したり、規制を濫用すれば中国は「対抗措置」、すなわち報復を講じるとしている。

この概要とプロセスを照覧すると、米国の諸法律、規制への露骨な対抗措定であることが明らかになる。トランプ政権はファーウェイ向けの半導体輸出を規制し、ソフトウエアの供給を規制し、半導体製造装置の対中輸出を禁止してきた。
このプロセスを中国は真似ているのだ。

しかし、これまでにも法律を明示しなくとも、フィリピンからのバナナを税関で留め置いて腐らせたり、日本にレアアース供給を中止したり、いまはオーストラリアの石炭を港湾に放置して通関をさせないという嫌がらせをしている。嘗てフランスがSONYなどの製品の通関を、田舎の税関に移管して時間を掛けるという意地悪な行為があった。
ワシントンでは議事堂の前で反日議員が集まり、日本のラジカセをハンマーでたたき壊したように、貿易上の駆け引きの手段化されてきた。

 しかし、今回は趣が異なる

中国は外交戦略の武器として、西側のアキレス腱をつき、貿易交渉を中国有利に押し戻す狙いがある。

米国はレアアースの供給中断によって米国内での半導体やEV電池の生産に支障がでることになり、相当深刻な問題となる。米国内にレアアース埋蔵は豊富だが、開発と精錬が「3k現場」であるため、「汚い仕事」は他国にやらせてきた。

テッド・クルーズ上院議員らは、国防予算からレアアース鉱山の開発費用を調達し、ただちに米国内でのレアアース供給体制を確保する法案を提出している。

日本企業はどうかと言えば、自動車部品素材のマグネシウム、セラミック・コンデンサーの炭酸バリウム、EVモータのジスプロジウムなどが対象になりかねない。

またドローンの62%は中国からの輸入、トランジスとなどの半導体デバイスが52%を中国に依存している。

こうした部品材料の供給で日本企業に警戒感が急拡大しているが、供給先の代替地を急ぐと同時に代替原材料の開発が急がれる。
      

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読者の声 どくしゃのこえ REASERS‘OPINIONS 読者之声
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(読者の声1)前回、大阪府立・市立大学の統合は、大阪府・市の統合を必然的前提とするものではないことを述べました。 

他方、大阪府・市の水道事業統合は、かなり以前の橋下知事、市長時代に試みられ、結局は成就できなかったものです。この不成功の原因は、橋下氏に、その「実行力」が足りなかっただけのことでしょう。

このことも、大阪市を解体するなどという「暴挙」を犯さなくとも、「実行力」さえあれば「改革」できることを「実証」しています。 必要であるのは、「組織いじり」などではなく、構想と実行力です。

大阪市「解体」賛成派は、2025年の万国博誘致も、府・市が協力したからこそ実現できたと喧伝しているようですが、府・市が協力できたことは誠に喜ばしいことだとしても、まさに、大阪市を解体する「以前」に実現できたことこそ、逆に、大阪市廃止が必然ではないことを示しています。 

50年前の万博も、府・市が併存する状態で、両者の協力により、実現したはずです。

50年前の万博は、大阪市外を会場として実施されたものだと言うかもしれませんが、2008年の大阪オリンピック招致計画は、大阪市湾岸地帯その他大阪市内を会場とするものでした。この招致に失敗した(結局は北京に決定)のは、他の要因によるのであって、大阪府・市が合体していたら成功していたなどとは言えないはずです。

維新なる政治団体が勢力を得てから大阪経済が活況であるなどという意見もあるようですが、ここ数年、大阪市の景況が比較的好調だったのは、インバウンド(実質的な輸出)の増加による点が大きいのであって、維新の政策?の成果であるなどとは(私には)思えません。

大阪市民多数の良識によって、大阪市の自己破壊などという暴挙を阻止してほしいものですが・・・・
(椿本祐弘)

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(読者の声2)左翼陣営は自分たちの主張は表現の自由といいながら意見が相違する側には平気でヘイトスピーチをする。アメリカの反トランプ陣営もひどいもの。
 

1週間ほど前、ウクライナの愛国者であるナザレンコ・アンドリー氏のツイッターで紹介された映像ではユタ州の15歳の男子高校生がトランプ支持というだけで女子生徒から帽子を奪われ顔に唾を吐きかけられるというなんとも胸くその悪いものでしたが男子生徒はよく耐えた。
https://twitter.com/nippon_ukuraina/status/1315560521425248257

男子高校生のその後が気になっていたら「もえるあじあ」というサイトにトランプ大統領から新しいサイン入り帽子が贈られたとありました。

https://www.moeruasia.net/archives/49670746.html
 アメリカの現状はますます分断が深まっているように思えます。
  (PB生、千葉)

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(読者の声3)米国の対中政策の大転換、QUAD外相会議、アジア版NATO構想、そしてベルリンでの慰安婦像の設置は繋がっているのではないでしょうか。

この慰安婦像設置は、韓国人を使嗾して日独・日欧連携に楔を打ち込ませたのではないでしょうか?
 中共の日本に対する猫なで声と尖閣での恫喝が不気味であり、そろそろ彼等の「伝家の宝刀」である核の脅しをこれまた北朝鮮にさせるのではないでしょうか。(HK生)

2020年10月19日

◆中国共産党員に米国移民を与えない

宮崎 正弘

 
令和2年(2020)10月17日(土曜日)通巻第6673号   

 9200万人の中国共産党員に米国移民を与えない
  全体主義者、共産党員の移民はソ連との冷戦、キューバ対立以来のものだが。。。

米国でグリーンカードを保有している中国人は49万人と推定されている。メキシコ、キューバに次いで第3位。以下、ドミニカ、印度、フィリピン、ベトナムと続く。

もともとソ連との冷戦に直面してから、国是の異なる政治体制の国々からの移民を規制してきた。

国土安全保障局の傘下にある米国移民局は、トランプ大統領の指示に従って、名指しを避けてはいるが改めて「共産党員、全体主義からの移民」を強く規制するとした。

中国共産党高官の子弟らが米国へ留学し、そのまま米国に居着いて怪しげな法人を登記するなどし、ケイマンや英国領バージン諸島へいったん送られた洗浄資金を米国へ送金し、不正蓄財に励んできた。

この怪しい金はウォール街での投資、米国企業買収、不動産取得などに廻されたほか、多くが中国へ「外国資金」として環流し、株式、不動産投資に向かっていた。このからくりを米国当局が把握し、諸法律で制裁した人たちの「税米資産凍結」などを実施してきた。

だが、中国人は「上に政策あれば、下に対策あり」どんな抜け道でも捜しだし、規制をくりぬけることにかけては天才的な才能を発揮するのである。

米国はすでにスパイの巣窟だったヒューストンの中国領事館を閉鎖し、全米に拡がる孔子学院の閉鎖に踏み切り、この過程で浮上した「千人計画」を根底的に壊滅されるための監視を強めてきた。

こんな折に日本学術会議の問題が浮上した。米国の千人計画、スパイ摘発、孔子学院廃止の動きと微妙に絡んだタイミングで出てきたことに注目したい。
      
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 「宮崎正弘の生インタビュー」がスタート 
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「宮崎正弘の生インタビュー」がスタート
林原チャンネルです
 第一回のゲストは高山正之氏。話題は多彩、ユーチューブでご覧になれます。
https://www.youtube.com/watch?v=fuSYeObpzzA&feature=youtu.be
 次回は11月9日、ゲストは外交評論家の加瀬英明氏。
              
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読者の声 どくしゃのこえ REASERS‘OPINIONS 読者之声
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(読者の声1)私は、アメリカの大統領選挙は、半年前のコロナ騒動で、トランプの焦燥顔を見て、トランプの落選だと思っていました。

ところが、不死鳥のごとく復活しています。何度も破産しながら甦っている強かさです。コロナ感染で終わったと思っても、三日で退院しました。

だがトランプのコロナ感染も、及川幸久氏は誰かの陰謀だと言っています。郵便投票もそうでしょう。選挙結果の行方は選挙が終わっても、分からないでしょう。盟主のアメリカでさえ、中国の影響を決定的に受けています。

 野球で言えば5軍の日本に、とうてい中国の謀略には勝てません。さすがは武経七書の国です。トヨタもホンダも、それがわかっているから中国から撤退しないのでしょう。(斎藤周吾)

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(読者の声2)貴誌前号、トランプの情勢ですが、どこでもトランプ演説に数万人。一方 バイデンは 車での視聴。なので 10数台程度。演説後、トランプサイドは 交通渋滞。バイデンサイドは ガラガラ。スイスイ(NT生)

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(読者の声3)大阪府立大学・大阪市立大学が統合され、「大阪公立大学」となるようです。このことを「大阪市解体」賛成派は、二重行政廃止の好例だと喧伝しているようですが、まさに大阪市を解体する「以前」に計画が推進されていることが「実証」しているように、両大学統合は、大阪府・大阪市の統合を必然的前提とするものではありません。

同様に愛知県では、「愛知県立大学」(5学部、院4研究科、学部学生3247名)と「名古屋市立大学」(医学部を含む7学部、院7研究科、学部学生3877名)が併存しています。仮に、大阪市の例に続いて両大学を統合するとしても、愛知県・名古屋市の統合を必然的前提とするものではありません。

一方、このまま大阪市を「解体」してしまうと、従来から大阪市によって一体的に実施されてきた多くの事業は、4特別区によって結成される一部事務組合によって施行せざるを得ないことになります。多くの一部事務組合が出現して、さしずめその庁舎は、現在の庁舎に存続されることになるのでしょうか。

また大阪市を4特別区に「解体」した後、現在の大阪市庁舎を4特別区の「合同庁舎」にするそうですが、このことを見ても大阪市解体案の無内容さ、滑稽さが分かります。

府・市の「統合」と称して、あたかも統合メリットが生じるような主張がなされているようですが、実体としては、メリットはほとんど無く、「大阪市分割によるデメリット」が大きいはずです。

組織の一般論として、「分割」するべき事例は、それらの組織間に共通性、共同性などがなく、分離独立して運営する方がよい場合に限られるはずです。4特別区に「分割」して、経済的、合理化効果が生じるという論理など、小生にはまったく理解できないところです。共通管理部門分割によりコスト増、非効率になるデメリットが大きいのではないか。

多大のコストを要し、将来のデメリット、リスクを招きこむ蓋然性が高い「変革」を主張する側が、「変革」のメリット、意義について「強い挙証責任」を負うべきことが当たり前です。市民の多くは、「大阪市解体のデメリット」について、十分に理解できていないのではないでしょうか。

その場合、「よくわからないなら反対(組織形態としては現状維持で、実体的に改革、改善していく)」ということは、論理的に当然でしょう。
(椿本祐弘)

2020年10月18日

◆トランプ、土壇場。激戦区で逆転はじまる

宮崎 正弘

 
令和2年(2020)10月16日(金曜日)通巻第6672号   

 トランプ、土壇場。激戦区で逆転はじまる
  アイオア、ジョージアでバイデンに逆転。ノウス・カロライナは接戦

 11月3日(日本時間4日正午頃、大勢が判明するのだが)、米国大統領選挙。

激戦区の最新情報ではアイオア州、ジョージア州でトランプが僅差ながらバイデンをしのいだ。ノウス・カロライナ州で互角、オハイオ州では猛烈に追い上げている。
 
ミシガン、ニューハンプシャー、アリゾナでは依然としてバイデンがリードしているが、大選挙区のテキサス、フロリダ州ではバイデン有利の状況がひっくり返りつつある。トランプ陣営はコロナ感染で危機、絶望説が流れたが、一転した。

 郵便投票ならびに不在者投票では、組織的動きがあるため70%程度がバイデンに有利になるとみている。最後の勝負は22日に予定されているテレビ討論会だろう。

 緒線はつねにユダヤ人が活躍するが、現在のユダヤ系アメリカ人の75%は基本的に民主党支持である。若者層には積極的なトランプ支持も増えているが、ソロスなど在米大富豪の多く、GAFAの経営トップ、そしてハリウッドが民主党支持で固まっている。

 ところがイスラエルでの世論調査では真逆で、圧倒的にイスラエル国民はトランプ再選を望んでいる。エルサレムポストの調査によれば、63・3%がトランプ支持、バイデン支持はわずか18・8%に留まった。在米ユダヤ人はこの数字に驚いているという。

 10月15日、バイデンの息子のスキャンダルに証拠が提出され、ハリス陣営ではスタッフに感染者。遊説を中止した。現時点でトランプ再選は依然として黄信号だが、状況の激変により、近日中に緑信号が灯るかもしれない。
     
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 読者の声 どくしゃのこえ REASERS‘OPINIONS 読者之声
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(読者の声1)しかし宮崎さんも「キツイ」ですね。我々日本國民も「ものを良く考えない。刹那的になっている。」と自戒致します。

その為に、いつも鋭い視線で観察し執筆される宮崎さんの作品は、貴重なものです。世の風潮に付和雷同せずに一石を投じる。物を考えない風潮であっても、宮崎さんの様な論者が存在出来る我国は、未だマシな方なのでしょうかね?

兎に角、我等の【子や孫】に、少しでも良い国、少なくともこれ以上堕落しない様に、もっと言えば、悲惨な【亡国の憂き目】に合わせないように、一日本國民としてささやかに努力しようと念じます。
それにしても、米国よ、しっかりしてくれよ!
   (MH生)


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(読者の声2)昨日から大炎上しているニューヨーク・ポスト紙の記事の抄訳を掲載いたしました。米大統領選に関心をもつ日本の読者にも、メディアのスクリーニングにかかっていない、ありのままの事実を知っていただきたいと思った次第です。ご参考になりましたら、幸いです。

「バイデン大敗北は必至か? 息子ハンターをめぐる疑惑の証拠メールが暴露」
https://the-liberty.com/article.php?item_id=17679
   (藤井幹久)


(宮崎正弘のコメント)ワシントンタイムズには、バイデンの息子が中国の或る富豪に口利きだけで、1000万ドルを要求した、動かぬ証拠が出たと報じています。
https://www.washingtontimes.com/


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(読者の声3)10月11日の毎日新聞は、大阪市以外に、「政令市を廃止する」というような構想に追随する市はなく、12政令市が、「逆に」市の権限を強める「特別自治市」の制度化を求めていると報じています。

例えば岡山市長は「基礎自治体(市区町村)優先の原則に基づき、広域自治体(都道府県)との2層制を解消すべきだ」としています。また、横浜市長も「(特別自治市制によって)県は特別自治市以外の地域に、限られた人的・財政的資源を投入することができ、メリットがあると確信しています」と述べています。

私も「基礎自治体(市区町村)優先の原則」こそがあるべき姿であって、近畿などは、将来的には国・州・基礎自治体の3層構造に進むべきだと考えますから、今回の「大阪市廃止・解体」案などは、進むべき道から完全に逆行する「暴挙」で、長期的構想が完全に欠落していると考えます。

森裕之氏(立命館大教授)の「政令市は、市外からも人が集まり、経済活動をすることで周辺自治体にも富の分配を広げるという『母都市』の役割を果たす。その中枢機能を失えば、関西全体に与える影響は大きい」という意見(毎日新聞)に同意します。

数年前には、新潟市でも政令市制廃止、特別区制が議論されたようですが、このことについて田村秀氏(当時新潟大教授)が、「新潟が政令市になってからの検証もせず、何かを変えることを『善』だと思い、『改革だ』と叫ぶ。ただの言葉遊びだった」と述べておられる(毎日新聞)ことにも同意します。

なお大阪市では、反対派が「よくわからないなら反対に」という運動を行っていることを賛成派が非難しているようですが、多大のコストを要し、将来リスクを招きこむ変革を行おうとする側が、そのメリット、意義について「強い挙証責任」を負うことは当然です。反対派はデメリットを示せと威圧的に主張しているという松井市長は、論理的思考ができない人物のように思えます。

投票まで2週間程度となってしまいましたが、一度「蛮行」してしまうと、もう元に戻すことは極めて困難です。私は大阪市立小・中学校出身者として、大阪市が「自己破壊」していくことを痛憤しています。(椿本祐弘)


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(読者の声4)フランス西部ナントの歴史博物館では来春開幕予定だった「チンギスハンとモンゴル帝国」展が中国の検閲圧力で中止になったとか。

https://www.sankei.com/world/news/201014/wor2010140016-n1.html

ナントといえば数十年におよぶユグノー戦争を終わらせた「ナント勅令」が1598年、秀吉の禁教令とほぼ同時代ですから日本史を知るには世界史の知識も必須です。

今の中国は習近平による文革復活路線で内モンゴル自治区におけるモンゴル語教育の縮小、さらにはウイグルやチベットを含む民族文化の危機が懸念されている。産経新聞に連載された静岡大学教授楊海英氏の「話の肖像画」を読むと中国の民族問題の複雑さ、対立の根深さがよくわかります。
https://www.sankei.com/main/group/main-36841-g.html#1

清朝時代には漢人を支配する側だったモンゴル人が辛亥革命以後の混乱を経て「新中国」成立後は漢人に支配される様が描かれる。文革終了後の北京第二外国語学院は共産党員のエリート養成校であり、楊海英氏は学業成績抜群でありながら入学にあたっては学院長会議が何回も開かれるほど異例のことだったという。

「初の少数民族」であり、「初の一般家庭出身」、そして「初の大都市部(北京、上海、広州、ハルビン、瀋陽)以外の出身者」。入学を後押ししたのは熊本から来た愛国華僑である日本語学部の女性学部長。

大学2年の時に大分県山岳連盟の「第2次チベット・ヒマラヤ登山隊」の通訳としてチベット自治区へ同行したことが運命を変えることになる。

後の日本留学を手助けしてくれた人たちに出会うとともに、親しくなったチベット人からは「モンゴル人はチベットでひどいことをしたよね」といわれたことは後の研究・著作のきっかけに。天安門事件の2ヶ月前に日本留学という絶妙なタイミングでの来日。別府大学での新聞奨学生生活では天安門事件後の対中国感情の悪化もあり集金先で「中国人は嫌いだ」といわれ「そうか、俺は中国人なのか」と悩むことも。

別府大学から民博総合研究大学院大学博士課程へと進み梅棹忠夫氏を表敬、モンゴル文字でウメサオタダオとスラスラ書く梅棹氏に圧倒される。さらに故郷が内モンゴル自治区オルドスだと話したら、「オルドスには清朝時代からフランス人宣教師が入って研究している。フランス語の文献が多いよ」、「オルドスの研究をするなら、フランス語をやりなさい」とフランス語からも逃げられなくなる。

その後は博士論文のテーマであるオルドス研究のためベルギーへ。イエズス会系の宣教師は1954年に追放されるまで多くの貴重な資料を残したという。楊海英氏の日本名は大野旭、日出ずる国の日本とは切っても切れないなんとも不思議な縁ですね。(PB生、千葉)


(宮崎正弘のコメント)オルダスといえば、いまは内蒙古省に編入されて、パオトウからバスで3時間、南下した都市ですね。人口は40万人ほどなのに、80万人口かと疑われるほどタワマンが並んでいて、どこもがら空きです

そこから更に一時間半ほど南下するとチンギスハーンの御陵があります。途中が、世界に悪名を轟かせた、かのカンバシ新区。100万都市を砂漠に造成し、廃墟に近いバブル崩壊の象徴。八年か、九年前に撮影に行きました。往復一週間の旅でした(苦笑)。


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(読者の声5)三島由紀夫研究会からのお知らせです。下記『憂国忌の五十年』が21日から発売になります。予約を受けつけております。

なお三島研究会会員、憂国忌賛助会員、発起人の皆様にはもれなく謹呈されますので、御予約の必要はありません。
        

2020年10月17日

◆習近平の「南巡講和」は

宮崎 正弘

 
令和2年(2020)10月15日(木曜日)通巻第6671号   

 習近平の「南巡講和」は「改革開放のさらなる発展」だとか。深セン特別経済苦四十周年の式典で「自力更生」を強調した

 10月12日に始まった習近平の南方視察は、広東省北端の潮州から仙頭を歴て、人民解放軍の広東戦区基地を訪問し、「いつでも戦争の出来る準備をせよ」と訓辞した。
ついで13日に深せん入りし、爆発的成長を遂げたハイテク先端基地を激励、トウ小平の銅像に献花した。トウ小平は1992年に広東諸都市を巡回し、いわゆる「南巡講話」を発表して、経済発展を急げと鼓舞した。

自由化に拍車を掛けるため、モデル地区の建設を軌道に乗せる必要があった。中国的社会主義って、いったい何のことか、トウの講話まで、企業は身構えて様子見をしていた。先富論が強調され、白猫でも黒猫でも獲物を捕る猫は良い猫だ、と金儲けへの傾斜に発破をかけたのだ。

爾来、深センへ進出した外国企業(華僑が主力だったが)は94000社、投下された直接投資は1200億ドル。いまや香港を凌いで人口1100万人。地下鉄が縦横に走り、西側の新開発地区にはファーウェイ、テンセントなどの本社ビル、まるで摩天楼だらけの先進文明国のような新都市が生まれた。

この成功モデルを習近平は、あたかも自分の実績であるかのように強調し、14日には「経済特区四十周年紀年」の式典に望んで講話を演説した。習は、この演説のなかで、「『一国二制度』の基本方針を確実に実行し、本土と香港、マカオの融合と発展を促進しなければならない」とビッグベイエリアのさらなる発展を強調した。
香港の自由を踏みにじり、自ら一国二制度を圧殺しつつある中国共産党が、一方で、深センをモデルに「一国二制度」の成果を述べるというのは矛盾したはなしではないだろうか。
     
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 読者の声 どくしゃのこえ REASERS‘OPINIONS 読者之声
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(読者の声1)【トランプ勝利】米マスゴミの深刻な情報操作について。

予てより、【アメリカのメディア=マスゴミ】にも印象操作、ポリティカル
コレクトネスと云う【口封じ=言論弾圧】が有るのでは無いか?
そして米國民は、我々日本國民よりも、その事を認識していないのでは無いか?との疑いを持っていました。

今や、【我国のマスゴミ=オールドメディア】の左傾偏向振りは、日本を大好きな多くの一般國民に【常識】となっていますね。その証拠が、彼奴等が幾ら攻撃しても【安倍前総理の国政選挙6連勝!】が物語っています。

そういう我々日本國民から見ると、何と!【全く同じ事】が【自由の國】である筈の米國で起きていて、國民の多くがそれを認識していないのでは無いか?と云う危惧を感じていました。

「世界中で起きている【マスゴミの左傾化プロパガンダ】に、一番早く気付いたのは、【我々日本國民】なのでは無いか?との観測が、段々と【確信】に変わって来ているのを、感じていますね。

間話題になっている【日本学術会議問題】も、菅総理が【インターネットによる日本國民の認識の進歩】の基礎に乗っかって【反日外観誘致罪組織】を罠に掛け、マンマと釣り上げた様に見えます。

当初、菅総理が【売国亡国・江沢民・二階俊博+公明党】に縋っている様に見えましたが、【日本学術会議騒動】を見ていると、【日本に於ける科学技術窃盗の拠点】でもある【日本学術会議】に手を突っ込んでいる。つまり【共産支那の痛い所】を突いている様に感じます。菅総理が【売国亡国・江沢民・二階俊博+公明党】の操り人形と見るのは【早計】の様な気がしています。

翻って【米国】です。《【トランプ支持】を公言すると会社を首になる。》

この一事を見ても、今のアメリカが異常事態である事を痛感します。『今のアメリカは、自由の國では無い。』。米国民は、その【痛い現実】に何時気付くのでしょうね…
  (MT生)


(宮崎正弘のコメント)文明が発達して、原始的な本能を忘れてしまうのが先進国の人々の特徴ですが、そこには切羽詰まった要求も、人生への根本の問いかけもなくなり、「ものを考えない人間」が増えていきます。日米欧に特徴的な戦後現象ではないか、と思います。

選挙でポピュリズムが勝利するというのがなによりの証拠でしょう。

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(読者の声2)貴誌前号の(さいたま市一読者様)のノーベル平和賞はノルウエーがきめる事、ご指摘の通りであることを忘れていました。ありがとうございます。

 と云う事は、ルトワック氏が書いておられる「ドイツ人が兄弟国であるノルウェーを占領した時、スウェーデンはまったく助けず見殺しにし、占領地のノルウェーに向かうドイツ軍に、自国を横断する鉄道を使わせて、ノルウェーを裏切り、ドイツに部隊輸送の協力をした。」と云う事からすれば、尚更スウェーデン人にノーベル平和賞が授与されるはずがないし、これからもなさそうですね。
(SSA生)

(宮崎正弘のコメント)ノルウェイ、デンマーク、スウェーデンを回りますと、「うちは一週間持ったが、やつらは三日でナチスに降参した」と時間差の自慢をしています。

三日も一週間も、同じじゃないかとおもいますが。。。
 さてノーベル平和賞は噴飯もので、アラファトとか、マンデラとか、嘗て欧米がテロリスト呼ばわりした人も授与しています。ことしは香港のジミー・ライだという期待も空しく、基本的に中国に遠慮して無難な選択をしたということでしょう。

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(読者の声3)昭和18年7月に東京都制が施行された際、多摩地区が特別区化から除外されており、「二重行政解消」が不徹底ではないかという意見が多かったことを述べました。

 例えばサイデンステッカーさんは、『立ち上がる東京』(Tokyo
Rising)(原書1990年)の中で、次のように述べています。

「昭和7年に市域が拡大され、隣接する5つの郡が市に編入された((注)東京市が15区から35区に拡張された)後も、市と府の二重の行政組織をどうするかという議論は、十年以上相変わらず続いていた。区と郡部、それに府の利害が、ことに金の問題に関して食い違っていたのである。・・・・・・(昭和18年7月1日に実施された)改革はかならずしも徹底したものではなかった。

つまり府と市を一体化するばかりではなく、郡部を一挙に廃止するほどラディカルなものではない。ただ市を廃し、府を都に改めるという程度に終わった。」(翻訳117頁)

しかるに現在の大阪市の人口は、府全体の約31%に過ぎず、これでは、ただ「市を廃する」というだけです。「府と市を一体化」というのならば、最低でも、東京都なみに人口の7割程度以上を特別区化するべきでしょう(当初の計画はそうであったはず、それが堺市などの反対で、単なる大阪市廃止案に矮小化された)。

現在の案は、「府と市を一体化」するという考えからは程遠く、単に「大阪市を解体、廃止」するに過ぎず、「改革」とはとても言えない代物です。

基礎自治体強化こそが進むべき道であるはずなのに、それに逆行するような愚案が蛮行されそうであることに、大阪市立小・中学校出身の小生は、哀しみと怒りを感じています。(椿本祐弘)


(宮崎正弘のコメント)サイデンステッカー氏は下町を愛した人でしたね。下駄履きで、ふいと横丁のおでん屋に入ったり。

(読者の声4)ふと、そのまま、自然と読み過ごしてしまいそうになったアメリカ大統領選挙関連の記事がありました。

『バイデン氏の集会は駐車場に支持者がそのまま車を乗り入れて演説を聞く「ドライブイン」形式で、約30台が集まった。新型コロナの感染を防ぐためで、密集が目立つトランプ氏の集会とは対照的だ。』
 https://www.nikkei.com/article/DGXMZO64920650T11C20A0MM0000/

アメリカの大統領候補で投票日まで3週間なのに、たった「30台」しか集まらないのでしょうか?
かなり殺風景な光景だと思います。ちょっとした町の市議会議員でもちょっとがんばればもっと集められると思います。まったく、人気がないということなのでしょうか? その集会の写真を見てみたいです。(MH生)

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(読者の声5)番組のお知らせです。明日(16日)の夜放送予定の「フロントJAPAN」は、宮崎正弘さんと佐波優子さんのコンビです。主要テーマは「中国経済はどこまで死んだか?」の予定です。(日本文化チャンネル桜)

2020年10月16日

◆米国は「静観」模様日本は鈍感

宮崎 正弘

 
令和2年(2020)10月13日(火曜日)通巻第6669号   

北朝鮮の軍事パレードに新型ICBM登場。
米国は「静観」模様日本は鈍感、しかしイスラエルの反応は異なった

 10月10日の真夜中、朝鮮労働党75周年を記念して、平壌では軍事パレードが開始され、新型兵器がつぎつぎとお披露目された。

 喜色満面の金正恩の表情、北の動員された「国民」はマスゲームで呼応した。

とくに注目されたのが新型ICBMで、「火星15」の改良型、液体燃料注入型だが、発射台が9輪から11輪に増えていた。

 ほかにもSLBM「北極星4」、飛行距離300−400キロの中距離ロケットなどである。

 米国の反応は「多弾頭技術は完成されていない」として、北朝鮮の新型ICBMはがらんどうのような評価だ。大統領選挙最中でもあり格段に騒いではいない。

 だからというわけでもないが、日本の反応は相変わらず鈍感そのものである。

 韓国は「世界最大の大陸間弾道弾だ」等と我がことのように騒いでいる。まるで脅威ではなく自分の武装が拡充したという感覚である。

しかしイスラエルは違った。

北朝鮮の核ミサイル技術はイランに輸出されている。北とテヘランの過激派政権は「仲良し」である。ゆえにイスラ
エルの脅威となるのだ。

 「火星7」はイランの「シャハブ3」(射程2000キロ)に装いを変えて登場した。ペンタゴンの内部資料では、すでにイランには北朝鮮の「火星12,14,15」の技術が移転していると警告している。げんに2020年9月27日、ホルムズ海峡でイランが発射したミサイルは「ホロムシャ」と呼ばれ、中距離ミサイルの新型だが、確実にイスラエルの生存を脅かす兵器である。
       
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樋泉克夫のコラム 樋泉克夫のコラム 樋泉克夫のコラム 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

【知道中国 2146回】                 
 ──英国殖民地だった頃・・・香港での日々(香港28)

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隊伍を組んだ若者は集落に入って文工隊活動を繰り広げ、農民を集めて歌や踊りで毛沢東を讃え、文革の意義を訴える。だが新界の農民には莫明其妙(チンプンカンプン)だっただろうに。

時には集会で小学生を整列させ、毛沢東賛歌を唱わせる。右手で『毛主席語録』を大事そうに抱え込む子供たちの左胸には、大きな毛沢東バッチが光り輝く。子供らは胸を張り、目を輝かせ、大きく口を開き、喉を振るわせ嬉々として唱う。
 
その姿は、大陸で紅衛兵に勝るとも劣らないほどに残忍な方法で毛沢東の敵を嬉々として屠り去った紅小兵を彷彿とさせる。だが、香港では紅小兵を演じさせられていたというのが実態に近かっただろう。なによりも香港の紅小兵には倒すべき敵はいないのだから、こちらも莫明其妙だ。

赤地に黄色で「偉大的領袖、偉大的統帥、偉大的舵手毛主席万歳」と書かれた横断幕が張られた農村の集会所では、参加者に向かって古老が苦しかった時代を諄々と語り聞かせる。まさに「憶苦思甜」の風景だが、説き聞かせる側にしても、聞かされる側にしても、どこかウソ臭い。真剣になりたくても、真剣になりようがない。

1969年春節に郊外の海辺で左派労組が行った新年祝賀の野餐(野外パーティー)を捉えて写真では、参加者全員が洗いざらしの粗末な服の左胸に毛沢東バッチを付けている。先ずは『毛主席語録』を手に暗記した一節を声張り上げて唱和し、大鍋で煮炊きした「吃苦飯」(「吃苦菜」とも呼ばれた)を食べ、「憶苦思甜」の思いを噛み締め、青空を背景に翻る紅旗に下に数十人の老若男女が車座に座り、その輪の真ん中で10人ほどの男女の若者が「忠字舞」を舞った。

形式上は毛沢東に対する「忠」だが、実際は食後の腹ごなしだったはず。

「苦飯」とは名ばかりで、実際はたっぷり目のブタ肉と白菜を煮込んだ「肥猪肉煮白菜」だったとか。だから「苦飯」と言うよりも「甜飯」だ。写真からは楽し気な雰囲気が伝わってくるばかり。本土に漲っていたであろう緊張感は感じられない。

1969年の春節を前にして、家の入口の上部に「団結」、右側に「七億人民迎九大」、左側に「万千児女煉三忠」の対聯を掲げた農家もあった。

香港の人々は「七億人」には入っていないし、「万千児女」にも組み入れられてはいないだろうとツッコミを入れたくもなるが、もはや香港なのか大陸なのか見分けがつきそうにない。

もっとも当時、新界の集落の佇まいは地続きの広東省の農村地帯とほぼ同じだったから、新界の農家の軒先の春節風景を広東省のそれと同じに見えたとしても決して不思議ではなかった。

ところで「七億人民が迎え」ようとする「九大」とは1969年4月に開かれた第9回共産党全国大会を指し、毛沢東が「勝利の大会」と自画自賛し、文革勝利を宣言し、林彪が正式に後継者として認められている。

因みに全面戦争一歩手前まで進んだ中ソ国境における武力衝突は、この年の3月から9月にかけて起きた。「万千児女(ちゅうかのこども)」が「煉(ね)」る「三忠」だが、究極的には毛沢東への「忠」に収斂してゆく。


だが「団結」にせよ、「七億人民迎九大」であれ、ましてや「万千児女煉三忠」であれ、香港の住民には全くと言っていいほどに関係がない話だ。


春節を寿ぐ対聯には「賀新年宏開九大」「全国山河一片紅」「革命節節成功」「生産蒸蒸上進」なども見られたが、どれもこれも香港には無関係である。都市部の左派系学校の運動会では労働者賛歌のマスゲームが繰り広げられたが、どうにもウソ臭く、今風の表現をするなら全体を覆う「やってる感」が虚しいばかり。

 ──以上が、中国系デパートの中間管理職の体験談と手持ちの資料を基にして振り返った見た1968〜70年の「香港の文革」である。

タテマエとホンネが錯綜し、演技臭さは免れず、親中左派の痛々しいまでのアリバイ作りであったとしか思えないのだが・・・。
 
      
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読者の声 どくしゃのこえ REASERS‘OPINIONS 読者之声
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(読者の声1)日本学術会議の問題が巷を賑わせているようです。もともと占領下日本でアメリカの意向のまま作られた組織ですから日教組や朝日新聞と同根なのでしょう。

ネットでは学術会議が自称する「学者の国会」ではなく「学者の全人代」だろう、世間知らずの左巻き学者による「赤い巨塔」だろうという声も。「おーるじゃんる」というサイトには時事問題研究所により50年前に書かれた「赤い巨塔」という本の一部が紹介されていました。
http://crx7601.com/archives/57268792.html
https://livedoor.blogimg.jp/crx7601/imgs/7/d/7d6f0e5b.jpg
https://livedoor.blogimg.jp/crx7601/imgs/8/4/845ad682.jpg

北朝鮮の核開発が問題になっていたころ、日本の大学の核物理学教室が関わっているという噂もありました。

10月11日、日曜日のフジテレビ「日曜報道 THE
PRIME」では「赤い巨塔」も取り上げ、かなり突っ込んだ内容でした。ネットで動画検索をすればまだ出てくると思います。
  (PB生、千葉)

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(読者の声2)貴誌前号に再掲された宮崎さんのアルメニア、アゼルバイジャン旅行記ですが、原文の『日本が全体主義に陥る日』(ビジネス社)を老生、書庫に持っております。久しぶりに開いて、旧ソ連圏合計30ケ国の旅日記、なるほど、こんなテーマで全部を廻ってきたジャーナリストって、いませんね。とくにカラー写真が多数、掲載されていて現地の空気が把握できます。(TY生、山梨市)

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(読者の声3)ノーベル賞が今年も、マスメディアを賑わせました。平和賞はあのスウェーデンの女の子が候補に挙がりましたが、さすがにスウェーデンは自国の人を選ぶまではしませんでした。否できなかったのでしょう。その理由は・・・

「ルトワックの日本改造論」(飛鳥新社)で著者が以下のように述べておられたことからすると、「平和国家=スウェーデン」と崇めるどこかの国の人と欧州の人の認識は随分違っているようだからです。「スウェーデンの偽善」

1.第2次世界大戦中、この国は消極的な傍観者の立場を変えなかった。彼らは、自分たちを世界で最も偉大で人道的な存在であるかのように見せたがる。最近の例はグレタ・トウーンベリという女子高校生だ。彼らは常に世界に対して人道主義を説き、人類を救済し、地球を救えと主張する。

2.第2次世界大戦中の彼らはただ事態を傍観するだけではなく、莫大な量の鉄鉱石をドイツに売った。ナチスはそれを鉄鋼に変え、銃や戦車にした。最も人道的なはずのスウェーデンが、ドイツの兵器の材料を供給していた。

3.ドイツ人が兄弟国であるノルウェーを占領した時、スウェーデンはまったく助けず見殺しにし、占領地のノルウェーに向かうドイツ軍に、自国を横断する鉄道を使わせて、ノルウェーを裏切り、ドイツに部隊輸送の協力をした

4.戦後のスウェーデンは世界に道徳を説いてきたが大戦中の行為は、きわめて非道徳的だった。逆説的だが、だからこそ道徳的高みに立ちたがるのである。

5.スウェーデン企業や財界人のなかには、大量の物資や資源をドイツに売ることで、戦時中、非常に経済的に豊かになった者が数多くいた。ナチスの金塊の多くが、最終的にスウェーデンに渡っていたことはよく知られている。彼らはドイツに積極的に協力したからこそ、戦後になって激しい反ドイツ感情に転じたわけだ。

6.韓国人にも同じことがあてはまる。韓国の本質は、スウェーデンの態度と同じで、戦時中にドイツに協力的だった国こそ、本当に反ドイツ的な態度をとるようになる。スウェーデン人は、自らを世界の人道主義の守り手であり、それ以外の国々は自己利益を追求する強欲な人たちであるかのように主張する。

戦争終結までドイツに積極的に協力していたからこそ、戦後になると「ドイツはひどい国だ!」と非難して回るようになった。オランダ人も従僕のようにドイツに協力したため、戦後は「ドイツ人お断り」に転じた。
 以上ですが、エドワード・ルトワック氏(ルーマニア生まれ)は「欧州人はスウェーデンの「偽善」をノーベル賞に重ねて見ているのですよ」と言っておられるのでしょう。(SSA生)

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(読者の声4) 昭和17年(1942)12月22日、東条英機内閣が「東京都制案」を閣議決定し、「東京都制」は、昭和18年7月1日に施行されたのですが、この時点で、当時の東京市35区の他には、市としては多摩地区に八王子、立川の2市があるのみでした。

それでも、多摩地区を特別区化から除外するのでは、「二重行政解消」が不徹底ではないかとの意見がありました。
 現在の東京都の総人口は1399万人(2020年推計)、区部(23区)の人口は969万人ですから、「区部」の人口比率は、都全体の約69%です。 

しかるに、現在の大阪府の人口は882万人(2020年推計)、府下には、33市(このうち、政令指定都市2、中核市7)を含む計43の自治体があり、大阪市の人口は275万人ですから、その人口は、府全体の約31%でしかありません。

この「人口比率31%の大阪市」のみと府が合体して、「二重行政解消」と称するのは、きわめて奇妙な論理ではないでしょうか。 他の32市を含む42の自治体と府の位置づけ、関係はどうなるのでしょうか?
 
大阪市の275万人という人口が、基礎自治体としての適正規模を超えるというのなら、大阪市より人口が多い横浜市以下その他政令指定都市も、大阪市に引き続き「解体」するべしという議論になるはずです。

しかるに、10月11日の毎日新聞では、他の19政令指定都市、政令市がある14道府県へのアンケート調査の結果では、政令市の廃止を目指す大阪府・市に追随するという回答はなかったと報じています。

この種の改革案が出ると、必ず、「一度、やらせてみれば」というような「わけ知り顔」の意見が出ます。しかし、大阪市を一度解体すると、再統合することは現行法令化では不可能です。 また、橋下氏は道州制賛成のはずですが、将来、近畿州を実現していく際は、どうするつもりなのか。(椿本祐弘)

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(読者の声5)貴誌前号「アルメニア vs アゼルバイジャン戦争」について、アゼルバイジャンはイスラエル製攻撃型無人機(トルコ製との記事もある)でアルメニアのロシア製アンチドローンシステムを破壊したという。

https://grandfleet.info/european-region/powerless-russian-anti-drone-system-before-uav-attack/

 過去の中東戦争ではアラブ側のソ連製兵器がアメリカやイスラエルの兵器に全くかなわず電子技術に遅れを取っていることが明らかになりました。

 イスラエルはアルメニア側にも自爆型ドローンを売り込んでいたという話もあれば中国に軍事技術を供与したりアメリカでスパイ活動で摘発されるなど儲かれば何でもやる面もある。これからの地域紛争はドローン対アンチドローンの製品見本市となるのかもしれませんね。
   (PB生、千葉)

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(読者の声6)日本文化チャンネル桜から「三島由紀夫没後五十年」特集番組のお知らせです。

放送予定日 10月31日(土曜)夜 番組名「討論 倒論 闘論」
<パネリスト:50音順敬称略>
竹本忠雄(筑波大学名誉教授)、松本徹(三島文学館前館長)、宮崎正弘(評論家)
中村彰彦(直木賞作家)、富岡幸一郎(鎌倉文学館館長・文芸評論家)、浜崎洋介(文芸批評家)

2020年10月15日

◆アルメニアvsアゼルバイジャン戦争

宮崎 正弘

 
令和2年(2020)10月12日(月曜日)通巻第6668号   

 アルメニア vs アゼルバイジャン戦争

彼らは何故、いつまで闘うのか? 現地の実情は?
 
アゼルバイジャンとアルメニアの戦争は、ロシアの仲介で10月9日からいったん休戦となった。しかしいつ再開するか分からない。両国はともに旧ソ連に属したが、冷戦終結以後は明確に対立関係が再燃し、アゼルバイジャンはトルコに傾斜。アルメニアは西側の介入を当てにしている。ロシアは両天秤である。

この背景を理解する一助として、拙著『日本が全体主義に陥り日』(ビジネス社)から該当箇所のダイジェストを行う。

▼アルメニアは資源欠乏、経済迷走

アルメニアは文化も宗教も古く、自尊心が高い。アルメニアの宗教はギリシア正教会系アルメニア正教だ。

世界の流浪民族の「大手」は4つ。ユダヤ人は国を滅ぼされ、二千年間世界各地を放浪したあげくシオニズム運動がおきてイスラエルを建国した。クルド人はイラク、イラン、トルコなどに1500万人も分散しているが、まだ国家として認められない。ロマ(ジプシー)は世界各地の底辺で組織化されないで生きている。

アルメニア人は世界に散っておよそ一千万人が欧米、イランなどにコミュニティを形成している。もともとの古里=カフカスの南の山岳地帯には歴とした国家が存在している

アルメニアと言えば、コニャックの名産地である。

世界で初めてキリスト教を国教とした国として知られる。文明はいたって古く紀元前数世紀に樹立された国家であり、伝統的な文化伝統と文字を持っている。

39の文字はキリル文字の祖先ともいわれ、「文字公園」がある。キリル文字の原型のような大きな模型が公園の展示物、いがいに観光客が多い。

アルメニアは地震国で海の出口がなく、世界的に有名なアララット山はいまトルコ領土に編入されている(露土密約による)。

このアララット山の雪解け水を使うコニャックが世界的なベストセラー。だから紙幣のデザインはアララット山、アルメニア国民のこころの拠り所もアララット山。

100年近くもトルコに領土を奪われていることになり、実際に飛び地=ナゴルノ・カラバフをめぐって戦争をしたアゼルバイジャンに対してより、トルコへの恨みのほうが深い。

アルメニアはトルコが1915年の第一次世界大戦のどさくさに150万人を虐殺したとして国際世論に訴え、フランスやドイツでは「あの虐殺はなかった」という言動を吐くと罰金、収監されるほどの「犯罪」となる。

トルコはアルメニアのいう虐殺を真っ向から否定しており、「事故扱い」である。
 
それはともかく山国ゆえに河川の水は綺麗で農業用水も張り巡らされている。琵琶湖の二倍もある淡水湖=セヴァン湖では湖水魚が多く取れる。しかし水力発電に限界があり、かといって地熱発電も施設が不十分、鳴り物入りの原発も建設が大幅に遅れている。電力不足は恒常的である。

北東に位置する隣国=アゼルバイジャンは資源リッチゆえ、ガソリンは安い。このアゼルバイジャンからの石油パイプラインとロシアからのガスに依存するアルメニア、北の隣国=グルジア(ジョージア)と同様に電力とガソリンが高い。

地政学的な脆弱性は宿命である。国土の13%が森林地帯だが、南と北に集中しており、その付近はダムも多い。

牧畜を主体に、チーズ、乳製品の輸出、果物とくに葡萄などで外貨を稼いできた。だが、近代的工業化に出遅れ、若者は国を去って外国へ出稼ぎに行く。驚くべし300万人の国民が250万人に減った。理由は若者の出稼ぎである。

出稼ぎの送金で経済が成り立つのはフィリピンに似ている

若者がロシア、イランにもイスラエルにも、そして欧州各国と米国にでてゆくため各国にアルメニア人のコミュニティがある。ギリシア危機に遭遇した時は出稼ぎからユーロの送金がこなくなって悲鳴を挙げた。武漢コロナ禍で、またも送金が途絶えている。

アルメニア出身の有名人と言えばカラヤン、ミコヤン(元ソ連外相)、そしてハチャトリアン(名曲「剣の舞」の作曲家)、サローヤン(小説家)がいる。みな最後が「ン」という姓名はアルメニア特有である。

さて筆者はアルメニアへはアゼルバイジャンからバスで入国した。国境でヴィザが発行される。乗用車、トラック、バスの長い列がある。新車も多いが乗用車はドイツより圧倒的に日本車である。

首都のエレバンは紀元前から開けた。じつに美しい街でこじんまりとまとまり、中世を感じさせる。この街でみたいと思っていたのはアルメニア正教会の総本山だ。ローマより早く、この国でキリスト教が国教となったから伝統の時間的距離が長い。

総本山の敷地は広く、広場は数万人が一同にあつまって祈祷できる。ここには世界中から観光客と信者が押し寄せる。例外的に中国人を殆ど見かけない。あの世界中に爆買いツアーにでかけた彼らがアルメニアで少ないのはヴィザを制限しているからだ。

アルメニアは全土が山岳地帯だが、標高差が激しい。2千メートル近い高地に開けるセヴァン湖では水上スキー、遊覧船、海浜リゾート風のホテルがあるが、エレバンまで2時間かかるため庶民は市内にあるアクアセンター(プール主体の総合娯楽施設)で過ごす。入場料10ドル、飲み物食料持ち込み禁止だから家族で行くと100ドル近くとなる。ちなみにアルメニア国民の平均月給は僅か150ドルだからアクアセンターにしても、せいぜい年に一度しか行けない。

エレバン市内は綺麗なバスも走り、街区は清潔でビルも建ち並ぶ近代都市に変貌している。これは外国で成功したアルメニア人実業家が寄付したものである。

経済的にはまだうまく機能しないけれども、表現の自由、結社の自由は回復した。

 ▲アゼルバイジャンと拝火教

 国名のアゼルバイジャンというのは「火の国」の意味がある。つまり古代ゾロアスター教の巨大な影響力が秘められている。イランのヤスドにも火が燃え続ける拝火教寺院があるが、首都バクーにも古代からの拝火教寺院が残る。この地のイスラムはイラン同様に拝火教の強い伝統の上に乗っかっている。

バクーの沖合には油井が林立する。カスピ海の海底油田で、飛行機から眺めると海面は採掘リグがびっしりと並んでいる。ただしカスピ海に面していても海の出口がないので大型タンカーの輸出は不可能。それでもパイプラインでグルジア経由トルコへのルートを活用した輸出は一日百万バーレルだ。したがって国民の生活は豊かになった。

とくに原油相場が高騰した時代に急成長を遂げた。首都バクーは人口二百万人。摩天楼が林立し、大型シッピングセンターは雑踏のように賑わい、高級住宅地は公園を挟んで超高価マンションが軒を競う。周辺を行き交うのはベンツ,BMW、レクサスなどが多く、他方で道路を早朝から清掃しているのは外国人労働移民。大きな所得格差を見せつける。

カスピ海は高台から一望できるのだが、バクーは一級のリゾート地という別の顔を見せる。豪華ホテルが多く、西側諸国からの観光客が夥しくなった。アゼルバイジャンは独特ともいえるイスラム世界的な独裁体制にあって、旧ソ連の書記だったアリエフの2代にわたる「王朝」が築かれている。

アゼルバイジャンが「火の国」と言われる所以は、拝火教の伝統からきている。イスラム教シーア派だが、地付きの伝統として、いまも生きる拝火教のシンボルは戦没者を祀る高台に登ると永久の火が燃えていることに繋がっている

経済は活況を呈し、バクーの都市としての近代化は驚異的スピードで進捗した。「数年の間に、町の様相はまったく一変した。かつては小道が入り組んでいた中心地は、小規模な家屋、店舗と小道がまるごと撤去され、大きな建物ばかりが建ち並ぶ」(広瀬陽子『未承認国家』)。

地下鉄あり、港湾は近代化され、ガラス張りの摩天楼が国会議事堂の周りにも3棟。こうした近代化のことはともかく、旧ソ連の構成国であったアゼルバイジャンはソ連崩壊後、いかようにして民族的自由、宗教、ナショナルアイデンティティを確立したのか。あるいは出来なかったのか。

アゼルバイジャンの紀元前のご先祖はアルバニア人である。しかしその後、ペルシア、モンゴル、トルコ帝国が入り乱れ、近世の始まる頃にトルコ系(つまりモンゴル系遊牧民)が多数派となった。ゆえにアゼルバイジャンはトルコとの連帯が強い。面積は北海道よりちょっと大きいくらいで、人口は1千万人弱だから人口徴密である。

「殉教者の小道」という慰霊公園は日本で言う靖国神社。旧ソ連末期の軍事衝突と対アルメニア戦争で犠牲となった人々をまつる拝火教寺院風の建物(「火焔タワー」という)ではいまも真っ赤な火が燃え続けている。

国民の主体はトルコ系だが、宗教はたぶんに拝火教が土台となったイスラム教のシーア派である。だがイランのような厳格さはなく、世俗的でベールを被った女性は殆どいない。

アゼル人の国民性は徹底的に陽気である。ムスリムなのに酒を飲み、踊りと歌が大好き。イスラム世俗主義ゆえに宗教的戒律は緩く、バクー市内には朝まで営業しているバアが十数軒、寿司バアもある。入れ墨に怪しげな同性愛バアもあった。

とくに新市街の「ニザミ通り」は「バクーの銀座」、ルイビュトン、グッチ、ディオール、シャネルと何でもござれで、その裏道が深夜営業のバア通りだった。近年は市内にトランプタワーも建設中と聞いた。
 
        
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 読者の声 どくしゃのこえ REASERS‘OPINIONS 読者之声
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(読者の声1)「大阪市解体案」についての住民投票が近づいてきたようです。小生には、馬鹿げたとしか思えない妄論・愚案が、公明党の変節(反対から転換)により(維新は賛成、自民・共産は反対)今回は蛮行されそうで、憂鬱ながら、もうあきらめの心境でした。

 しかし、10月9日の毎日新聞で、「大阪都構想 府市は推進一辺倒」と題する「記者の目」記事を読んで、あらためて怒りの念がこみあげてきました。

東京都は、昭和18年という戦時中に「都」となった日を記念日とするのではなく、明治22年以降、府・市が一体化されていた状況(東京・京都・大阪の三市についての特例)から、明治31年に「市長」、「市役所」が設置されることになり、「東京市」が「東京府」からの独立性を強めた日を、自治の大切さを自覚しようという願いをこめて「都民の日」としています。

しかるに、令和2年の大阪市は、自らの手で、「市長」をなくし、基礎自治体である大阪市を解体し、明治20年代に戻ろうとしています。「自治の大切さ」を放棄しようとしているのです。

なお、東京都制が実現した状況については、東京都発行『東京都50年史(通史)』(1994年)では、帝国議会においては、東条英機内閣が提出した「東京都制案」に対して、「東京市会議員出身議員が激しい不満を表明した。

ある議員は『永年ノ行キ懸リト面目ノ為ニ戦時ヲ名トシ、マタ時局ニ便乗スル無用ノ機構イヂリデハナイカ』と政府に迫った」と述べています。この『無用ノ機構イヂリデハナイカ』という問いは、78年後の今でも、そのまま通用すると私は思います。

 大阪市立小・中学校を卒業した者として、愚かな市長、それを支持している?市民によって、蛮行が実行されようとしていることを、哀しく、寂しく感じます(椿本祐弘)


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(読者の声2)「英国の闇チャーチル」に関し、文章が長くなってしまうので、通巻6665号(10月9日)の終わりでは「英国の議会は案外いい加減」とだけ書きましたが、多少追加させていただきます。

同書では議会だけではなく、英国の国内世論、マスコミ、、内閣、国王、ロスチャイルど・・などほとんどが英国の第一次大戦への参戦には反対であったと書かれています。

しかし私はなぜ「あれよ、あれよという間に、ウインストンは自説(願望?)をもって、これらの「大勢」に(簡単に?)打ち勝つことができたのか?

なぜこれほど重要な問題に、あれほど討論好きの国民であり且つ議会制度の手本とまで言われる英国議会やマスコミは、やすやすと彼の意見に引きずられたのかが、疑問に残りました。

勿論、彼の「戦争好み」はわかるのですがそれだけだったのでしょうか?

結局のところ 英国という国は議会は民主的な世論で動くというよりも、その時の「演説のうまい腕力のある特異な」政治家が「自分の(好みの)世界を実現させるために」歴史的にも大いに腕を発揮させることができる「案外流されやすい国柄」なのかと思って心配になりました。

歴史を知る目的はそこから何らかの教訓を得ることにあるのでしょうが、「わからないことをわかるようになると、更にわからないことが増えてしまう」ものです。

まさにそのような事から上記のようなことに私は疑問を懐き、ファイブ・アイズに日本が参加することにも十分用心する必要がありそうだと記したのです(SSA生)