2017年10月23日

◆中欧に「反EU、反移民」

宮崎 正弘

<平成29年(2017)10月22日(日曜日)弐 通巻第5492号>  
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 ¥中欧に「反EU、反移民」の政治風潮が席巻
  オーストリアに続き、チェコでも反EU、反移民、反イスラム政党が
第1党に

ドイツでメルケルの辛勝、メルケルに反旗を翻す「ドイツのための選択
肢」の大躍進が欧州政治の流れを大きく変えようとしている。

「反EU」「反イスラム」「反移民」が共通のスローガンであり、ブラッ
セル(EU本部)のエスタブリシュメントを囂々と非難している。

2017年10月21日、チェコ総選挙は「チェコのトランプ」といわれるアンド
レジ・バビシュ財務相が率いる「ANO」が第1党に躍進し、中欧の政治
風潮の流れが完全に変わっている事態を明らかにした。同党の得票率は
30%弱。
 
バビシュスは「大富豪」でもあり、2013年に総選挙でANOを第2党に躍
進させていたが、反EUを鮮明に掲げて、「ブラッセルに救うEUエスタ
ブリシュメントの亜流はチェコには要らない」と獅子吼し、多くのチェコ
国民の共感を得た。

第2党も保守系の「自由と直接民主」で10・7%と前回の2倍に躍進させ
た。この党首はオカムラ・トミオという日系人だ。オカムラは「反移民」
を全面に押しだしてきた。

第3党を争うのはいずれもナショナリストたちの「市民民主党」と「海賊
党」で、それぞれが10%台で鎬を削っている。

過去4半世紀チェコを主導した中道左派は7%に転落した。キリスト教民
主同盟は6%、共産党はそれ以下。

チェコにおける保守系ナショナリストの勝利は、同月15日に行われたオー
ストリアの総選挙結果の流れを受けている。

オーストリアはチェコの隣国であり、31歳のクルツ外相が率いた国民党が
31・4%を獲得し、2番手の民主社会党(中道左派)が26」・7%,右派の
自由党が26「%と、3党のバランスは近似していたものの、同じ保守思想
に立脚する国民党と自由党の連立がうまれると予測されている。 
   
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◆桶樋泉克夫のコラム 
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 【知道中国 1646回】            
――「支那の國はまだ夢を見て居る」(小林2)
  小林愛雄『支那印象記』(敬文堂 明治44年)

              △
神戸からの「海上の4日」を経て第一歩を記した上海で、小林は「商務大
臣の盛宣懷氏を訪れた。氏は實業家としても巨頭である」。盛と話をして
いる「間にも十餘人の家人は室に出入して一つ水を命ずれば、一人は石?
一人は手拭といふ風に大勢がかりで運ばれる」ものの、彼らの態度からは
「主人に對する畏敬の念」が少しも感じられないのが不思議だった。

食事になると、同席の中には「親切にもその食品を自分の箸で取つて呉れる
が、それが肺病の人かも知れぬので、客にとつては頗る有難迷惑と云わね
ばなら」ないし、「支那のこの風俗は氣味の惡さが先立」ったという。

1842年締結の南京条約による対外開放から60年余り。この間に上海の租
界は発展したものの、「支那街は舊態其儘で居る。そこに新舊の文明に對
する烈しい戰が現れている。やがて支那人が自覺して起つの秋に至らば新
舊思想の衝突は鋭く湧いて來る事であらう」と。

 租界に対するに「舊態其儘」の「支那街」。その対比の中に「新舊の
文明に對する烈しい戰」を捉え、さらには「支那人が自覺して起つの秋」
を思い描いたうえで「新舊思想の衝突は鋭く湧いて來る事であらう」とま
で思い到るとは、さすが詩人の直観は鋭い。

『魯迅』を引っ提げて論壇に登場して以来、現代中国論の世界で“権威”
として崇め奉られ、また本人もすっかりその気で振る舞っていた竹内好
は、近代化に対する日中の違いを論じ、いとも簡単に伝統を放棄して西欧
近代をそっくりそのまま取り入れた日本を軽んじ、封建社会を通じて自ら
を縛りつけてきた分厚い伝統の壁と壮絶に格闘し深く苦悶した中国の近代
を重んじた。
そこで思うが、彼が問い続けた中国の近代における中国知識人の苦悩とい
う命題も、詩人としての小林の直観の前では全く以てカタナシといっていい。
 
 ここで改めて冒頭に立ち戻って読み返すと、小林の神戸出立は明治
43(=1910)年も押し詰まった「暮の廿一日」。それから10カ月ほどが過
ぎた1911年10月10日、清朝崩壊の第一歩である長江中流域の武昌における
武装蜂起が勃発している。

辛亥革命と呼ばれる一連の動きを、はたして「支那人が自覺して起つの
秋」の一環と見做せるかどうかは議論の余地のあるところだが、「新舊の
文明に對する烈しい戰」との指摘は、さすがに鋭く新鮮だ。竹内に先立つ
こと半世紀ほどの昔のことである。

上海の一夜、歓楽街で知られる四馬路へ繰り出す。「試みに騒々しく 音
のする一亭へ上がる」。「卓を圍む若旦那に藝妓」、「無作法な態をし
て、阿片をのんだり、茶をのんだり」。嬌声・脂粉・紫煙・嬌態・狂
態・・・「支那人の公然と遊ぶ?氣か?僞かゞ現はれて興味深い」。かく
て「此に今宵一夜の天地を作つて居る」と捉え、「伊達の委は四馬路で見
やれ四馬路よいとこ伊達姿」「人の生命を四馬路に紅に溶いて流そか江の
水」と。やはり詩人。粋なもんですねえ。

やがて南京へ。ここでも「市街の方には米人が經營する南京大學、獨 逸
人の建てた病院などの大建築が眼に立つ。歐米人が無限の勢力をこの荒
野に張らうとして、切りに樣々の企畫をめぐらすのに、師範學堂あたりに
雇はれて百や二百の金を後生大事に蓄へ、學生と同じ月八圓の飯を食つ
て、支那人の冷笑を買つてい居る邦人のあはれさを思はざるを得ない」
と、鋭い。

日本的な常識・感覚・基準に立つならば、「學生と同じ月八圓の飯を食」
いながら「師範學堂あたり」で教育に励むことは素晴らしいことだ

ろう。
だが、その実は「支那人の冷笑を買」うのが関の山。これでは「無限の勢
力をこの荒野に張らうとして、切りに樣々の企畫をめぐらす」欧米勢力に
は敵わず、「支那人の冷笑を買」うばかり。《QED》
        

2017年09月26日

◆「躾」「度惻」「隠の情」わからない中国人の民度

宮崎 正弘

<平成29年(2017)9月25日(月曜日)号外>

 本日発売!

  ♪♪
宮崎正弘 v 河添恵子『中国、中国人の品性』(ワック、994円)

 〜「躾」「忖度」「惻隠の情」がわからない中国人の民度、文化の基底の
格差から、衝撃があまりにも夥しい日中文化比較。抱腹絶倒、やがて悲し
きシナの人々の哀れ!〜
https://www.amazon.co.jp/dp/4898317626/

 「あとがき」より抜粋
                               宮崎正弘

 この小冊の対談相手は昨今、保守論壇で活躍めざましい河添恵子氏です。
 彼女と知り合ったのはもう四半世紀ほどの昔、共通の台湾の友人だった
故陳絢暉氏(「友愛」グループ初代会長)を通してでした。

 春先に『週刊現代』(2017年4月22日号)で「中国人は中国人が
いちばん嫌い」という緊急対談を依頼され、これを読んだ多くの読者から
「面白かった。是非、話題を拡大して単行本にしてほしい」との要望が寄
せられ本書上梓の運びとなりました。

 さて第十九回党大会を前にして中国の動きが急です。
 とくに米中関係が対北朝鮮への対応をめぐってトランプ政権の姿勢に大
きな変化が見られ、空気が不穏。緊張感が膨張しています。その間に挟ま
れた日本はいよいよ国家安全保障上の覚悟を決めなければなりません。

 本書でも述べたように米国は中国人の気質をわきまえているようで実は
まったく知らない。ですからその行動予測が出来なかったという点で、日
本外交の不作為と似ています。しかし情勢は激変しているのです。
 CIA分析官が「ロシアより中国が米国の敵ではないのか」と報じてい
ます。

 ところが米議会は寄り道です。7月下旬、米下院は圧倒的多数をもって
ロシア制裁案を可決してしまった。トランプ大統領がフィンランド訪問中
という留守を狙ってマケイン上院議員が議会に復帰し、共和党の空気を変
えたのです。

 しかしCIA分析官はこういいます。
 「中国が問題なのは民主主義国家ではなく、国内が不安定このうえない
ことであり、しかしながら彼らも地域の安定を望んでおり、対米関係を重
視している。したがって南シナ海のおける一連の軍事行動は周辺国家から
の反対、妨害、反中国感情の爆発など、過去数年において新しい経験、局
面に直面しており、その一方で中国は国際社会の反撥にも拘わらず南シナ
海で、かれらの望み通りの変化を遂げられれば世界のほかの地域でも同じ
結果を得られると過信しはじめている」。

 米国は自由航行作戦を展開する程度であり、中国は増長し、南シナ海に
おける中国主導の秩序構築(つまり地域覇権の確立)という軍事野心と戦
略目標はうまくいくと踏んでいるのです。

 中国は米国とその同盟国が北朝鮮の行動に神経をとがらせ、行動が制御
されると計測しており、中国にとって北朝鮮は利用価値の高い戦略的緩衝
地帯です。まさに本書で問題にして厚黒学を地でいっているわけです。
 こうした中国の動きを、トランプは苦々しくおもっていることは事実で
すが、ホワイトハウスが混乱し、メディアは毎日フェイクニュースを流し
てトランプ攻撃に余念がありません。

 さはさりながら、この未曾有の窮地を脱出する起死回生の秘策とは、い
うまでもなく米国が単独で北朝鮮へミサイル攻撃をかけることでしょう。
そのとき、北の保護国である中国どうでるのか。

東アジアにおいて危機は深化しています。本書が近未来予測の材料として
読者の一助となれば幸いです。
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2017年09月24日

◆バノン、北京で王岐山と秘密会談

宮崎 正弘

<平成29年(2017) 9月23日(土曜日)通巻第5443号  


(速報)
 バノン、北京で王岐山と秘密会談

 フィナンシャルタイムズ、サウスチャイナモーニングポストなどが報じ
ている。
 ステーブ・バノン(前米大統領上級顧問。主席戦略官)は香港で講演の
後、ひそかに北京入りし、中南海の共産党施設で、王岐山と会談した。
 会談は90分間で、中国のメディアは沈黙を守っている。

 観測筋によると、会談の内容は腐敗退治キャンペーンではなく、経済問
題だったという。王岐山は勇退説が有力だが、むしろ経済政策に辣腕をふ
るうために、李克強首相と全人代議長に横滑りさせ、王岐山が本来の
フィールドである経済再建のため、首相になると予測している。
     □◇□み△□◇や□▽◎ざ□◇□き◎□◇    
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『西郷隆盛 ――日本人はなぜこの英雄が好きなのか』(海竜社、1620円)
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日本人が好きな歴史上の英雄といえば、西郷隆盛は三傑に入る。
しかしその最期から、維新者、改新家、陰謀家、詩人、軍人(陸軍大将)と
いった様々な評価があり、毀誉褒貶が続いている。本書では、「現場主
義」を尊重する著者が、西郷隆盛のすべての足跡(奄美、徳之島、沖永良
部から西南戦争の敗走ルート全コース)をたどりながらその本当の姿に挑
む。(本書は三島由紀夫研究会の会員、「憂国忌」の賛助会員の皆様に
は、研究会から献呈されます)
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2017年09月21日

◆北朝鮮の核ミサイルは

宮崎 正弘



<平成29年(2017)9月20日(水曜日)通巻第5439号>   

 〜北朝鮮の核ミサイルは国連安保理事会でこそ世界的関心事だが
  東欧からバルト三国、北欧諸国はロシアの軍事的脅威が最大の関心事〜

ロシアはベラルーシと共同で「ザパト2017」という軍事演習を大々的に
行っている。合計10万人の軍人が動員され、最新兵器もずらりと並んで、
その威力を見せつけている。

9月14日には地中海からは巡航ミサイルをIS拠点に飛ばしたが、これは
潜水艦発射の新型だった。

NATO諸国ばかりか、未加盟のフィンランドも、旧東欧諸国も異様な警
戒心で、ロシア、ベラルーシの軍事演習を見ている。在NATOの米軍司
令官ベン・ホッジス中将は「明日にも大規模な戦争を用意しているかのよ
うである」とし、08年のグルジア侵攻、2014年にウクライナ侵攻を例に挙
げた。「これは東欧侵攻の前触れではないのか」。

軍事演習に参加しているベラルーシは、これを見せつけることによって国
内の反体制派への心理的威圧を加える計算もあり、ルカシェンコ独裁体制
はまだまだ揺るぎそうにない。

ロシアの意図は、対NATO向けというより、ウクライナへの武力威嚇で
はないかと考えられる。

9月17日の演習ではYAK30型練習戦闘機に加えて、最新鋭スホイ34、
T80新型戦車も投入された。

後者は全天候型で従来戦車の改良版。また落下傘部隊が戦車とともに降下
訓練が行われ、自信を得たロシアは画像を公開している。

ドイツが最も脅威視しているイスカンダル・ミサイルも、発射実験が行わ
れ、カザフスタンに設置されて目標を正確に破壊した。ロシアの「イスカ
ンダル」はアレキサンダー大王を意味する。

イスカンダル(コード9K720)にはクラスター爆弾弾頭、燃料気化爆弾
弾頭、威力増大型弾頭、バンカーバスター用の地中貫通弾頭、対レーダー
作戦用の電磁パルス弾頭などが搭載できるシロモノ、射程は500キロ。ド
イツの目の前にあるロシアの飛び地=カリニングラードにも配備されてい
る。NATOのコード名はSS−26。

かくして北朝鮮の核ミサイルの脅威は国連安保理事会でこそ世界的関心事
だが、東欧からバルト3国、北欧諸国はロシアの軍事的脅威が最大の関心
事なのである。


 ▲ところが国連総会でのトランプ演説は

9月18日、トランプ大統領はものものしい警戒の中、NY入りし、国連総
会に出席して演説した。

世界のテレビが放映したが、このなかで、トランプは激しく攻撃したのは
北朝鮮だった。金正恩を「ロケットマン」と皮肉り、返す刀でイランを非
難した。
 
トランプ演説はTPPにもパリ協定のも触れず、「主権」を21回使って、
ナショナリズムを基調としていたが、中国は「ある国」とし、ロシアは
「主権侵害」のウクライナという文脈で批判しただけで、つぎにベネズエ
ラのマドロゥ大統領を批判した。

ロシアを正面から批判しなかったのである。

イランとの前政権との核取引は悪いとするや、イスラエル代表団は声援を
おくり、とくにネタニヤフ首相は直後の記者会見で、「過去30年、こうい
う立派な米大統領演説は初めて聴いた」と礼賛した。

演説後、トランプは2日間に亘って、NYに滞在し、まずはカタール代表
と懇談して中東問題の調停に入る。

このためトルコ、ヨルダン、パレスチナ自治機構、エジプト大統領とそれ
ぞれ会談し、アフガニスタンとウクライナ代表とも個別に会う。

最終日に日韓米の三者会談を予定している。 
 
          
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◆樋泉克夫のコラム 樋泉克夫のコラム 樋泉克夫のコラム 
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【知道中国 1630回】    
――「濫りに東方策士を以て自任す。此徒の心事最爲可憫」(阿川4)
  阿川太良『支那實見録』(明治43年)

                ▲

西洋人商人は天津に設けられた英仏の2つの租界において、いずれも豪 壮
な商館を構えて取引している。「翻て我商館を見るに」、最大規模の三
井洋行ですら「支那家屋を以て之に當」て、多くは「佛租界中の一小屋に
蟄居するのみ」。かくて「自尊自慢」が習いの「支那人」なればこそ、日
本商館を見て「豈に歐人を揚げ、我國人を貶せざらんや」。

日本商館が貧弱ゆえに、現地商人は「豈に歐人を揚げ、我國人を貶せ ざ
らんや」との主張で思い到るのが、時に華人企業家が口にし実践して来
きた「建物は富を生まない」という“哲学”だ。たとえば今や世界の華人企
業家の代表的存在であり、北京政府とも密接なパイプを持つタイの謝国民
(タニン・チョウラワノン)は、自らが率いるCP(正大)集団の本社を、バ
ンコクのチャイナタウンに置いたままだった。

80年代半ばに本社を訪れたことがあるが、CP集団の営業規模の大きさに較
べ、建物の貧弱さに驚かされた。その後、同集団は本社をバンコクのビジ
ネス街のど真ん中に移転させたが、それでも日本の大手商社本社の高層で
超豪華な佇まいに較べたら、明らかに見劣りがする。

であればこそ「歐人を揚げ、我國人を貶せざらん」とする要因は、他 に
もあるように思える。もちろん、19世紀末の天津と現在のバンコク、天
津商人とバンコクの華人企業家とを同列に論ずることの当否はあろうが。
 
再び阿川に戻ると、じつは「我航海船の初めて當港に通ずるや、邦人相
爭ふて店を開きしも」、やがて多くは撤退し、いまや三井洋行をはじめ4
軒のみ。その原因を探ってみると「一に曰く氣候激變の甚だしきこと」、
「二に曰く活計程度の高きこと」、「三に曰く資金の薄弱なること」、
「四に曰く忍耐力に乏しきこと」である。

天津の夏冬の過酷な天候は、「第一軟弱なる商人等の勝ゆる能わざる
所」だ。「當地家賃の昂貴なることは殆ど我東京に駕し、庶物亦之に伴
ふ」点に、駐在日本人は苦しむばかり。加えるに「輕く人を信ぜす、又深
く人を信す」という「支那人の性」も、日本商人の定着を阻む要因とい
う。先ず立派な店舗を構えれば、彼らは心ひそかに「?飾店」と見做し
「必らずや日を經ずして斃るへしと、笑て顧み」ない。

だが、ここで持ちこたえれば3年目にして「是れ侮るへからすと、憑 る
へき乎と」態度を改め、「是より信を置くこと日に厚く心傾け誠を盡
す」ことになる。彼らは「既に一旦信を措く以上は、仮令他より喙を容れ
誹謗讒間を試むるも、渠れ堅く信して疑」うことはない。

だが、なにせ日 本人商人は「薄資にして忍耐に乏しきもの」であり、
「3年の久しき豈泰 然自若として」営々と日を送ることができない。
「大抵一ヶ年若くは二ヶ 年にして『アー支那ハ駄目ダ』との嘆聲を發
し、店を閉づるに至る」。か くて阿川は、「嗚呼忍耐なる二字は、是れ
商家の骨髓にあらずや、而して 今志を立て、萬里の波濤を、踐み破りた
る商人にして尚如此、我商家の賑 はざる」は致し方なし、となる。宜な
る哉。

以上の指摘は、なにやら現在にも通じるように思えるのだが・・・。
 次いで阿川は「明治廿四年中支那貿易各港總輸出價格表」ほかの貿易統
計を示しながら「我國の遠く歐米に及ばざること明瞭なるべし」。「我邦
人の徒らに喋々東洋貿易の事を説く」が、実情から見て「實地手を下すも
の尠なき」ことを示している、とする。

その「大なる原因」は、貿易港數の歐米人より寡きこと」である。当時、
上海、漢口、廣東など25港が海外に向って開かれていたが、日本との条約
港は上海、鎮江、漢口、九江など14港に過ぎなかった。
「他は皆歐米人の爲す所に任す、我邦人は唯だ指を咬へ涎を垂るゝの
み」。「我國と支那」との地理的・歴史的関係からして欧米諸国に遅れを
取っている点を、「局に當るの人一考して可なり」。「局に當るの人一考
して可なり」とは・・・今も同じだろう。
《QED》


2017年09月20日

◆中国、ヒマラヤの麓まで高速道を完成

宮崎 正弘



<平成29年(2017)9月19日(火曜日)通巻第5438号>   

〜中国、ヒマラヤの麓までハイウェイを完成
  滑走路に転用可能、シガッツェから空港まで40・4キロ〜

 インドの対中軍事的脅威がまた高まった。
 チベット第二の都市シガッツェからシガッツェ空港まで40・4キロに
片側二車線、横幅25メートルのハイウェイが完成したからである。
この道路は有事には滑走路に転用できる。すでにシガッツェ空港は軍民併
用で、ヒマラヤをみにくる観光客で混み合い始めた。

そもそもシガッツェは「市」とはいうものの、広大な土地の遊牧民の行政
中心という感じの『村』である。唯一の誇りはチベット仏教の聖地として
の「タルシンポ寺」。そう、パンチェン・ラマの故郷である。シガッツェ
の標高は3850メートル。ほぼラサと同じである。

 筆者がチベットへ行ったのは十年以上前のことだから、シガッツェに行
くには、ラサから凸凹道のバスしか無かった。
 それもひどいおんぼろバスで乗客はぎゅうぎゅう詰め、荷物は屋根に載
せる。

ところがチベットは2011年に1万6000キロしかなかった道路が
2016年末には8万キロとなった。
 『環球時報』によれば、いずれ道路はヒマラヤにトンネルを掘ってネ
パールに繋ぎ、されにその道路はアジア一帯へ拡げると豪語している。

 青蔵鉄道は青海省西寧からチベットのラサまで高山を驀進する。この鉄
道はシガッツェへ延びたが、これもネパールを経てインドへ向かう国際列
車とするなどと、北京は本気で言っており、ネパールは眉唾と疑いながら
も「一帯一路」構想に前向きの協力体制を示す。

 ネパール国境の町はチベットの璋木(ザンムー)。標高2300メートル。
山稜に観光用のホテルが建ち並び、軍隊の宿舎も点在しているが、いまこ
のルートからチベット人のインドへの亡命は少なくなった。

道路は上海から5476キロ、G319と言われるハイウェイが璋木まで完成して
おり、だから観光客が急増したのだ。璋木 ― ラサ間は776キロ。この道
路が上海へ繋がるG319と連結することとなった。

インドから見れば由々しき事態であり、これは兵站としての戦略道路であ
り、ハイウェイがいつでも滑走路となるわけだから、軍事基地が増加した
という認識である。
    

2017年09月19日

◆ロシアとイラク、17年ぶりに航路を再開

宮崎 正弘



<平成29年(2017)9月18日(月曜日。祝日)通巻第5437号>   

〜ロシアとイラク、17年ぶりに航路を再開
  イラク、急速にクレムリンとの関係改善へ〜

イラク戦争前までロシアのイラクにおける影響力は大きなものがあった。

イラクは180億ドルの債務をロシアに背負い、さらに武器の供給を望んで
いた。輸出品は石油である。

イラク戦争直後からロシアは石油施設などから引き上げを開始し、プーチ
ンはイラク問題での発言を控えた。

シリアにISが登場し、その主力部隊はチェチェンの凶暴な武装集団。こ
こにサダムのスンニ派の軍人らが合流し、イラク北部で次々と勢力圏を拡
大した。

やがてISが占拠したイラク北部のモスルをイラク政府軍が奪回したが、
米国の軍事支援に加えて、ロシアが情報を提供した。

ISに関してはイスラエル、トルコと並んでロシアが精度の高い情報を
握っていた。

モスル奪回後、2017年7月25日にマリキ(イラク副大統領)がロシアを訪
問し、サンクトペテルブルグの「プーチン宮殿」でプーチン大統領と面談
した。両国の総合的な協力関係の前進が謳われ、T90戦車など10億ドルの
武器供与が討議された。

マリキは前日にモスクワで議会指導者らとも面談し、歓迎された。ロシア
は中東で失った影響圏の回復を目指しているからである。
 
17年ぶりの航路再開には、このような背景があった。再開一番機は9月17
日にバグダッドからモスクワへ向かった。

こうしてロシアはISを指導する武装グループのチェチェンに対して、敵
意を剥き出しに、シリアばかりか、ウクライナでも派手な謀略を展開し始
めた。

とくにウクライナで活動するロシア人、チェチェンの指導者、有力な
ジャーナリスト、政治家の暗殺作戦を実行している。

9月8日にはキエフでチェチェンの指導者が、白昼に公道を走行中、爆殺
された。同乗していた夫人と子供が重傷を負った。

このような暗殺事件はウクライナの各地で行われており、狙撃、毒、爆殺
など、嘗てKGBの得意とした手口で、反ロシアを鮮明にしているジャー
ナリスト、政治活動家などが狙われている。

           

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◆樋泉克夫のコラム 樋泉克夫のコラム 樋泉克夫のコラム 
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【知道中国 1629回】      
――「濫りに東方策士を以て自任す。此徒の心事最爲可憫」(阿川3)
  阿川太良『支那實見録』(明治43年)

              ▽

情け無いほどの「支那軍備の不整頓」の次に感じたのは、砲台の「側に簇
立する土人の家屋」の想像を絶する劣悪さだった。

ここで「土人」の2文字に注目したい。現在では「支那人」ですら中国
では“屈辱もの”になっているが、文久2(1862)年に幕府の千歳丸で上海
に出掛けた高杉晋作たちは一般人を指して「土人」と呼んでいる。これま
で目にした文献の記述を振り返ってみると、やはり『支那實見録』、つま
りは明治20年代の半ば辺りに見られるようになった清国への関心の高まり
と共に、「土人」の2文字は使われなくなっていくように思える。

幕末から現代まで、「土人」「支那人」「清国人」「清人」「チャンコ
ロ」「漢人」「中国人」と呼称の変化を追ってみると、かの国への日本の
関り、かの民族に対して日本人が取って来た“間合い”の変化を読み取るこ
とができるだろう。

阿川は「土人の家屋」について、続ける。
 
それは「皆泥屋のみ、蓋し此の山岳なく、隨て木材に乏しく、又砂石な
く、唯た河邊蘆萩繁り、地下粘土を得べし、土人等は其粘土を乾燥して壁
と爲し、蘆萩之を蔽ひ、又其の上に土を塗り以て家屋となす、其の宛も
燕?の如し」。

ツバメの巣のようなものだから、当然のように「一旦大風が起り淋雨至れ
ば家屋忽ち崩壊」してしまう。だが彼らは「敢て憂ふる氣もなく」、また
同じように「土と萩とを採り所を撰んで燕?を造る、洵に手輕棲居と謂つ
べし」。

ここから、「土人」を取り囲む過酷で潤いなく単純極まりない自然環境、
そこから生まれる超保守性、忍耐力、あるいは自らの人生に対する諦念な
ど、生まれながらにしての様々な属性を感じ取る。それは明らかに山紫水
明の列島に生きる日本人とは異なるはずであり、同時に日本人には感得で
きそうにない。

阿川は、両岸の殺風景な景色を眺めながら白河を遡って到着した天津を
「北京に通ずる咽喉にして、滿洲蒙古を控へ南清地方の衝路に當る」と捉
え、「百貨輻輳、富賈蝟集其の貿易の盛大なる漢口に類し上海に次ぐと云
ふ、寔に北支第一の繁港」と評価した後、貿易について論ずることになる
が、その前に、「固より支那四百餘州を睥睨して、予の雄心勃々たるも、
今日の形勢を以て考ふるに、支那政府如何に因循に流れ如何に苟且に陷る
も、未た仲々2、3年間には滅亡する景色も見えざれば、先づ其の雄心は
胸中に蔵し置き、平和の戰爭なる貿易の事より筆を起すべし」とする。
ともかくも、簡単には滅びそうにないのだ。

ここに示された阿川の考えを推測するに、「支那四百餘州を睥睨」すべ
くやってはきたが、どんなダメ政府であっても短時日のうちに「滅亡」す
る気配は感じられない。やはり百聞は一見に如かず、ということだろう。
かくて「平和の戰爭なる貿易の事」に筆を進ませる。

ヨーロッパとの交易は漢代にはじまるが、ヨーロッパの大航海時代を経
て「清の初め浙江省に定海縣を置き、城外の埠頭」を交易場所に定めたこ
とから、「各國の商船多く此れに集まる」ようになった。

だが「貿易は尚廣東の一所に止まれり、而て海關吏等は貪欲無道私利之れ
求め格外に苛税を課す」。そこで外国商人が不当を訴え矯正を求めるが、
清朝政府は一向に取り合おうとはしない。そこで「貿易の道大いに衰」え
たのだ。

だが軍事的圧力を背景にロシアやイギリスが通商関係を樹立するや、ス
ウェーデン、ノルウェー、アメリカ、フランス、ドイツ、オランダ、スペ
イン、ベルギー、イタリア、オーストリア、日本、ペルー、ブラジルなど
が次いだ。

かくてヨーロッパ人が「世界の財源」であり、「粟穀蔽地、金玉滿山、
累々穣々窮極する所を知らず」して「貨物の天府」と称した中国の富をめ
ぐった“大競争時代”が幕を開けるのだが、天津で阿川が目にした「我商
館」の姿は、じつに心許ないものだった。
《QED》

2017年09月18日

◆クルド住民投票は中止をと米国が介入

宮崎 正弘



<平成29年(2017)9月17日(日曜日)通巻第5436号>   

 〜「クルド住民投票は中止を」と米国が介入
  イスラエルは「独立賛成ならまっさきに承認する」〜

イラク北部のクルド自治区では9月25日に住民投票が行われ、独立に賛成
か反対かを問う。すでにイスラエルのネタニヤフ首相は「独立賛成という
結果がでたら、まっさきに承認する」と発言した。
 
最も強い不快感を示しているのはトルコである。

9月15日、ホワイトハウスは「住民投票の中止」を呼びかける異例の声明
を出した。イラクはサダム・フセイン体制崩壊以来、事実上の3分割状態
であり、スンニ派は弾圧を恐れてクルドとも一部共闘し、あるいは一部の
軍人はISと共闘関係を構築した。

サダム時代、クルド族は徹底的に弾圧され、一部の過激派拠点には毒ガス
が空から落とされ、相当数の犠牲者がでた。サダムの犯行とされるが、ほ
かの要因も考えられ、断定されるには到っていない。

この無政府状態だったイラク北部はシリア内戦の余波で、クルド系がキル
クーク油田を確保し、また欧米の軍事支援も手伝ってシリアではIS退治
に協力した。クルドは、こうした経緯から再び独立への熱意が頭をもたげ
たのだ。

クルドは世界に分散して欧米各国ではコミュニテイィを形成している。
とくにドイツにはトルコ系労働者が200−300万人ほどいるが、このうちの
80 万人がクルドと言われている。最も多いのはトルコの山岳地帯で、お
よそ 1100万人が遊牧生活を送り、イランに400万、イラクに60万、シリア
に 2200万人と言われる。
 
トルコの場合、都市部にすむクルド族はトルコに同化しており、穏健派で
ある。

さてクルドが独立に執着するのも、かつて「クルディスタン」という独立
国家があったからで、1922−1924の僅か2年弱だが、ソ連の支援で主権国
家が認められ、やがてソ連の都合で潰された。

極東シベリアにあった「極東共和国」の短命ぶりに似ている。

その後、クルド族はバルザニ率いるPDK(クルド民主党)が自治区内で影響
力を行使したがPUK(クルド愛国党=タラバニ議長)に分裂した。

このPKDとPUKが住民投票で主導権を争っているが、どちらも決定的
な影響力を発揮できないでいる。新しい世代のクルド族は、新党を結成し
て別の主張を始めているからだ。

いずれにしても一過性の独立騒ぎではなく、シリアの選挙区、イラクの政
局次第では、コソボのように、瓢箪から駒という事態に展開するかも知れ
ない。

           
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◆書評 しょひょう BOOKREVIEW 書評 BOOKREVIEW
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 〜保守主義とは「体制を守ること」だけなのか
  安倍首相の加憲論はむしろ醜悪、改悪論ではないのか〜

  ♪
西尾幹二『保守の真贋 保守の立場から安倍政権を批判する』(徳間書店)
@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@

この書は保守知識人に対しての鋭い問いかけの形をとっているが、骨格は
現代日本政治批判である。

日本を窒息させているのは、寧ろ自民党と保守を自認する言論人、知識人
ではないのか。北朝鮮、中国によって日本列島が軍事的に脅迫されている
のが目の前のリアリティだが、いま政府が提示している加憲のアイディア
は醜悪であり、これに追随する保守とはエセ保守であると、抜き身の白
刃、おさめる鞘がない。

とくに安倍首相への叱責の筆法は「保守の星」が保守をつぶしており、戦
後政治の総決算といって何もしなかった中曽根と同じである。米国と中韓
に対しての姿勢は「びくびくしすぎだ」とし、その返す刀で批判の矛先は
保守知識人やメディアにも及ぶ。
 
曰く。

「今の言論界を見ていますと、以前として政局論が跋扈しています。自分
の好みの政治家や支持したい政党に対して思想家や言論人があまりにも政
治的に振る舞いすぎる(中略)。ひところは石原慎太郎政権をつくりたいと
いう思惑から、そしてその後、安倍晋三政権をつくりたいという思惑か
ら、言論雑誌そのものまでが翻弄されていた」

「言論界において政局占いみたいなことはやるべきではない」
 「オピニオン雑誌が政治家をスター扱いして巻頭に掲げるような愚劣な
ことももう止めて欲しい」

「特定の政治家が何かを実現してくれると思い込んで、言論人が集団思考
に陥る。それほどばかばかしいことはない」。

いま、北朝鮮の核を目の前にしながら、米国の軍事力にしか期待できない
日本。自立の精神が失われ、自衛隊は米軍との共同訓練が基軸であり、独
自に防衛ができる体制にはない。

自衛隊を認めない占領基本法を「平和憲法」と偽り、一つの偽善が、次々
と大きな偽善を拡げ、偽善が蔓延して、何が真実なのかがわからなくなっ
てしまったのが、いまの日本。西尾氏の基本認識はそこにある。
 トここまで書いてきたら、「衆議院解散、10月29日に投票」(産経、9月
17日一面トップ)というニュースが飛びこんできた。

参考までに吉原恒雄(前拓殖大学教授)は「改憲論を混迷化させる安倍提
案 ー国家の属性としての自衛権」のなかで西尾幹二氏とほぼ同様な論理
を展開され、次のように言う。
 (引用開始)
「初期の社会集落や国家、さらには現代国家にとっても、防衛は国家の最
大にして最後の機能なのだ。

F・グロチウスとともに近代国際法を確立したE・ヴァッテルは、『国家
は個人同様、自己の存続に対する攻撃に抵抗する権利を持つ』ことを大原
則として国際法を構築した。それゆえ、防衛を『国家の権利であるのみな
らず、義務、それも神聖な義務である』と強調しているのだ。

政治学上、防衛機能は『国家の属性( アトリビュート)』と言われてい
る。属性とは『それを否定すれば、事物の存在そのものも否定されてしま
うような機能』を指す。つまり、防衛機能を欠く国家は『保護国』と呼ば
れ、一人前の国家扱いはされない。防衛、外交機能をフランスに委ねてい
るモナコは、その典型である。

我が国では、一部に『国は滅んでも「平和憲法」は守るべし』とする『平
和主義者』が少なくない。だが、国家が亡びれば、他国の支配下に組み入
れられる、『平和憲法』なるものも自動的に消滅してしまう。

K・シュミット博士が、次のように指摘する通りになるのだ。

『もしも一国民が政治的生存の労苦と危険を恐れるなら、その時まさに、
この労苦を肩代わりしてくれる他の国民が現れるであろう。後者は、前者
の『外敵に対する保護』を引き受け、それとともに政治支配も引き受け
る。この場合には、保護と服従という永遠の関連によって、保護者が敵を
定めることになる』」
(引用止め)。 

2017年09月17日

◆党大会を前に地下教会の弾圧に拍車

宮崎 正弘



<平成29年(2017)9月11日(月曜日)
       通巻第5428号>  

 〜バチカンとの秘密交渉を続ける一方で
   中国、党大会を前に地下教会の弾圧に拍車〜

数年前まで欧米の研究者が把握していたキリスト教の地下教会の信者は推
定7000万人だった。

それが、現在は9000万人から1億1500万人がキリスト教を信じ、表面だっ
た活動は逮捕・拘束、あるいは罰金をおそれて行わないものの、地下での
信仰、宗教活動は増えているという。

広東から福建省、浙江省あたりに行くと表通りにキリスト教の教会があ
る。とくに広東省はクーリー(苦力)でアメリカへ渡った人たちが持ち帰っ
た。アヘン戦争以前からの布教活動の伝統もあり、教会があちこちに建て

られた。
このため古くからある教会は容認しているが、新しい教会の建設は許可し
ない。あちこちで新設の教会はブルドーザで破壊された。

奥地へいっても小さな小屋のごとき教会がある。これらは中国共産党が
「公認」している教会で、監視カメラ、信者リストが把握されている。共
産党が指名した司祭か、牧師がいる。

中国のキリスト教の主流はプロテスタント系で、表の教会の信者は3000万
人と推定されている(サウスチャイナモーニングポスト、9月11日)。こ
のほかにモルモン教なども活動が確認されている。

ならば「地下教会」とは、べつに地下や洞窟にあるわけではない。40人か
ら50人規模の信者が土曜日曜にそれとなく集まって、隠してあるキリスト
やマリア像を取り出し、祈りを捧げるのである。

ところが、これも発見次第、当局の手入れが頻繁に行われるようになり、
従来は二万元だった罰金も、近年は10万元(160万円)から30万元(320万円)
に撥ねあがった。

党大会を前に宗教活動への監視が厳しくなっているのだ。

しかし「上に政策あれば、下に対策あり」。

信者らは家庭の茶会を装って、少人数の儀式をおこなうようになり、当局
の思惑とは別に信者は増加する傾向がはっきりと出ている。

        
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 ◆樋泉克夫のコラム 樋泉克夫のコラム 樋泉克夫のコラム 
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【知道中国 1625】          
――「獨乙・・・將來・・・無限の勢力を大陸に敷けるものと謂ふべきなり」(山
川15)
  山川早水『巴蜀』(成文堂 明治42年)

             △

「将を射んと欲せば先ず馬を射よ」ではないが、西洋人のやり方は日本人
とは違う。

「現在重慶在留西洋人の事業中、最も耳目に響くものは、彼等の唯一手段
たる病院及び宣?となす」。この点は「本邦人の?ふ能はざる所」であ
り、彼ら西洋人は「之を以て着着其功を収むるだけそれだけ、本邦人は其
發展上に消極的侵害を被ると謂ふべし」。

病院中最大は「米人ドクトル、マーカードネーの設立せるもの」。彼は10
数年前に「空拳にて此地に來しが、如何なる手腕や有ありけん、内外官民
の信用を博し、全然其義捐を以て、重慶一等の形勝の地」に「壮大なる病
院を建設せり」。これに次ぐのが「佛國店主?會の設立せる者」で、3番
目が「英國宣?師の設立せるもの」だ。4番目は「獨乙軍醫に由」って設
立されている。

当時の中国における病院経営に関し、山川は「本邦醫師か本邦に在りて、
之(西洋人経営病院の成功)聞き、或いは日本賣藥の好評あるを聞き、其
技を挟み、巨利を占めんと試みば、多年の星霜を積み、巨萬の資本を投」
じたとしても「萬失敗に歸す」だろう、とする。「何となれば、彼は多く
政治手段として其醫術を用ゐ、其志單に利上に存せず」。

これに対し、「我は最初より絶對的營利を以て其目的とする」からだ――と
説く。同じく病院経営ということだが、その目的は西洋人は政治(端的に
いうなら中国利権狙い)にあり、日本人は「巨利を占めん」とする点にある。

山川が目にした重慶の病院に関してはそうかもしれない。だが、西洋人
はひたすら政治から出発し、日本人は「巨利」のみを求めて動くというこ
ともなかろう。ここで改めて当時から現在まで続く中国と欧米諸国に日本
との関係を振り返ってみるなら、山川による政治と「巨利」という指摘は
完全に否定し去れるものでもなさそうだ。やはり日本人としては心してお
くべき指摘といっておきたい。

重慶における「日、英、佛、米、獨の四國」の領事館を比較して、「英、
佛、獨の三領事は常に遊?滯在の名の下に常に成都に駐在し」ている。だ
が日本領事は重慶に留まったままであり、四川全体の情勢把握に向けた努
力が見られない。

重慶の中心街に置かれた英國領事館に較べ、中心街を外れた場所で「支那
家屋」を借用した「我領事館の見榮無きに對しては、人情忸怩」とせざる
をえない。

重慶における列強海軍の配置をみると、各国ともに長江上流の激流に適す
るように「特別建造の小砲艦」を停泊させている。イギリスの3隻は重慶
の上流にまで遡航するが、フランスの1隻は重慶に係留されている。ドイ
ツに至っては軍艦で商品を運ぶ始末だ。

これに対し、「我日本は一艦を廻航せしむるの議ありとは夙に聞くところ
なるが、今は之が實行を見ず」。両国艦船が彼らの利権、在留民、商権を
守る任務を帯びていることは敢えて想像するまでも無かろう。

これでは四川において日本が、政治の面でも商売の面でも影響力を発揮す
ることもできるわけがない。かくて「空しく長吁を發する外無し」。山川
が憤慨した日本外交当局の不作為・消極性、さらには官民の連携の悪さと
いう宿痾は、それから1世紀ほどが過ぎた現在に至っても完治したとは言
い難い。

旅も終わり近く、山川は辺境に住む羅羅族などの少数民族を指して、漢
族の「移住的侵略」を阻止せんがために漢族に対しては獰猛に振る舞うの
だが、ヴェトナム方面からのフランスの激しい侵攻に曝されている状況で
は、「此蠻夷の地を以て、永久に化外若しくは半化外として打棄て置く譯
には行かざるべし」と、辺境の今後に思いを馳せる。

やがて山川を乗せ「檣頭高く日章旗を掲けたる紅船」は、長江を一気に
下った。《QED》

2017年09月16日

◆安倍晋三首相のインド訪問は現地で大歓迎

宮崎 正弘



<平成29年(2017)9月15日(金曜日)通巻第5434号>   

〜安倍晋三首相のインド訪問は現地で大歓迎
  ガンジー記念館、世界遺産のアーメダバードに直接乗り入れ〜

9月13日、安倍首相一行はインドのグジャラート州、アーメダバードに直
接乗り入れ、空港で待機したモディ首相ら政府幹部らの大歓迎を受けた。
 アーメダバードはモディ首相の地盤でもあり、日本が支援するインド初
の新幹線の始発駅ともなる。旧市街は全体がインド初の世界遺産でもある。

沿道には十数万の市民が沸き出ずるように大歓迎、モディ首相先導のオー
プンカーで八キロの行進。各所にモディ安倍の大きな写真パネルが飾られた。

アーメダバードは人口600万弱。ヒンズー教、イスラム教のほかキリスト
教、仏教、拝火教、ジャイナ教が混在し、とくにジャイナ教の影響で全州
が禁酒である。

揺れるミナレットのモスクや、歴史の古いモスクが多いのも、グジャラー
ト州はインドの西側にあり、他民族の侵入が刻まれた町でもあるからだ。

インド新幹線は日本の支援によって、ムンバイ(旧ボンベイ)まで320
キロを、時速350キロで突っ走る。途中駅は12。工事は開始されてお
り、日本からすでに100人を超えるエンジニア、技術者がインドに派遣さ
れている。

 安倍夫妻はインド国民服(クルタ・パジャマ)に着替え、世界遺産の代
表格=スィディ・サイヤド・モスク(1573年建造、美しいサラセン様式の
建物)、サーバルマティ・アシュラム(ガンジー記念館)を訪れたあと、
新幹線起工セレモニーに出席。演説した。

安倍は「新幹線によってインド経済の成長は加速度がつく」と言えば、モ
ディは「日本の技術だが、部品などはすべて印度製品が使われる」と答える。

このセレモニーには数百のインドを代表する実業家、アーティスト等が招
かれ、鉄道大臣も駆けつけた。インドのメディアは大歓迎の論調を掲げ、
いかにインドが日本への期待を寄せているかが分かる。

今回の訪印で、インドと日本は国防、原子力協定。とりわけインド洋の安
全保障に関して突っ込んだ意見が交わされた。

この模様を固唾を呑んで見守っていたのは中国である。2014年に習近 平
は、わざわざアーメダバードを訪問し、インドへの大々的な投資を打ち
上げた(その後、何も実行されていないことは誰もが知っている)。

筆者も習近平が訪問直後に、アーメダバードを訪れ、3泊したことがあ
る。市の中心部からすこしはずれて河畔のホテルに滞在し、あちこちを見
て歩いたが、日本人経営のレストランが1軒。豪華な中国料理が数軒。さ
すがに中国人と思われる華僑も時々見たが、インドではチャイナの存在は
まるで目立たない。

アーメダバードは繊維産業、とくに刺繍でも有名で、市内にはキュルコ博
物館がある。刺繍のために留学に来ている日本人女性と偶然あったときは
驚いた。そういえば安倍首相も刺繍デザインの歓迎式典のパネルや、イン
ド特有の民族舞踊を観賞した。

評者にとって、アーメダバードでの印象深い思いでと言えば、ガンジー記
念館の図書館にチャンドラ・ボーズ関係の書籍がうずたかく積まれていた
ことだった。

つまりインドでも歴史修正主義が力を得ている背景がある。

2017年09月15日

◆イスラエル首相がクルド独立に賛成

宮崎 正弘



<平成29年(2017)9月14日(木曜日)通巻第5432号>   

 〜ネタニヤフ(イスラエル首相)がクルド独立に賛成
  チベット、ウィグル、南モンゴルを抱える中国は沈黙〜

 9月12日、イスラエルのネタニヤフ首相は「合法的手つづきを経て住
民投票などが行われた場合、イスラエルはクルド族の独立に賛成だ」と述
べた。(イスラエル紙『ハーレツ』、2017年9月13日)。

そのうえ、トルコ政府が攻撃するPKKは「テロリスト集団ではない」と
言明した。この発言はトルコの姿勢を暗に批判するかたちとなった。

PKK(クルディッシュ労働党)は、とくにクルド族全体の意見を代弁す
るものではないが、イラン、イラク、トルコ、シリアにまたがるクルド族
の完全独立を目指し、1999年は武装闘争をつづけていた。

過激な指導者の逮捕とともにPKKは、マルクス・レーニン主義と訣別
し、『民主的な連邦国家』を主唱しはじめた。直接の原因はソ連の崩壊
で、援助してくれる国がなくなったからだった。

もともとイスラエルはペレス政権時代にもリーバーマン国防相が「クルド
独立」を明確に賛成しており、「中東地域にとって不安定材料はイランで
あり、イランが送り込んでヒズボラがシリアを攪乱しているのであり、ク
ルドの活動は地域の安定を損なうものではない」としてきた。

米国トランプ政権はイスラエル支持を鮮明にしており、十月にも訪米する
ネタニヤフ首相とトランプ大統領の会談が予定されている。

さらにトランプをことあるごとに激しく罵倒してきたニューヨークタイム
ズも、こと中東政策に関してはトランプを支持しているのである。

かつてユーゴスラビア分裂におり、コソボの独立に関しては欧米が賛成
し、中国とロシアは反対した。NATOはコソボ独立を促進するため空爆
を実行し、セルビアが敗戦国となった。

それゆえ、ロシア、中国はコソボ独立を認めていないので、コソボへ行く
と中国人がいない。

中国がコソボに続いて、もしクルド族独立となると、チベット、ウィグ
ル、南モンゴルの独立問題を抱える中国は沈黙せざるを得なくなるのである。
 

2017年09月14日

◆イスラエルはいかにして核武装したか

宮崎 正弘



<平成29年(2017)9月13日(水曜日)通巻第5431号>   

 〜イスラエルはいかにして核武装したか。日本の教訓となるか?
秘密裏に開発し、サウジがイランへの防御壁としてイスラエル重視に転換〜

サウジアラビア皇太子モハンムド・ビン・サルマンがイスラエルを秘密訪
問していることが分かった。

サウジアラビアにとって、天敵はイラン。そのイランが核兵器開発に余念
がなく、ミサイル開発では北朝鮮の技術に依拠し、まったく北朝鮮と同型
のミサイル(シャバブ)を保有している。

サウジアラビアはパキスタンの核開発に資金を供与した。そもそもイスラ
マバードに建設された世界最大級のモスクもサウジの寄付である。
 パキスタンの核は、サウジがいつでも確保する密約があるとされ、べつ
にサウジ国内に配備されなくても、イランの背後から報復できるからだ。

 イスラエルが核兵器を保有していることは国際常識である。すくなく見
積もっても80発、コーリン・パウエルは200発保有していると推定したこ
とがある。
 イスラエルは中距離弾道弾(ジェリコ2,ジェリコ3)ならびに潜水艦搭
載の巡航ミサイルを保有し、さらに爆撃機に搭載する小型化にも成功して
いる。
 
 核兵器は実験が絶対必須条件とされているが、イスラエルは実験をして
いない。一度だけ砂漠で地震が確認されているが、あとはコンピュータの
シミュレーションで済ませている。

 サウジはシリア内戦におけるイランの影響力増大、今後予測されるイラ
ク、レバノン、ならびにエジプトなどのイスラム過激派の跳梁と、その背
後にいるイランの脅威から身を守るためにも、イスラエル核の傘が必要と
判断したのではないか。

 イランに対抗できる地域パワーはイスラエルの核である。
 イスラエルが核の選択を開始したのは1969年、ゴルダ・メイヤー首相
(当時)の訪米である。ニクソン大統領、キッシンジャー補佐官がゴルダ
首相を迎え、秘密交渉が開始された。


 ▲イスラエル型の秘密開発を日本は行えるだろうか?

決定的となったのは1973年のヨムキップル戦争で、このときソ連はエ
ジプトに二隻の船舶に積んで核兵器を出荷しようとした。米軍は警戒態勢
に入った。

 イスラエルは核保有を公表しない方針を固める一方で、原子炉の監査を
拒み、また核不拡散条約には署名しなかった。

 このイスラエルのケースを日本と韓国に当てはめると、日本は短時日裡
に核兵器を開発できる「能力があるが、意思がない」。そのうえ、イスラ
エルのような秘密を維持しての開発には不向き、日本は国家機密が守れな
い国である。

 韓国の場合、すでに原子力発電が全発電量の30%に達しており、またミ
サイル開発では日本のような制限がないので、800キロの中距離ミサイル
の他、米トマホーク型ミサイルの1500キロを3000キロの射程に伸ばす開発
に余念がない。

そのうえ韓国の国防大臣は先週も、「米国の核兵器を再び韓国に持ち込ん
で欲しい」と発言したばかりである。

2017年09月13日

◆中国、量子コンピュータ研究開発センターを新設へ

宮崎 正弘



<平成29年(2017)9月12日(火曜日)弐 通巻第5430号>   

 〜中国、量子コンピュータ研究開発センターを新設へ
  暗号を1秒で解読、ステルス潜水艦建造。安徽省に37ヘクタール〜

中国は次期軍事技術開発のため、とりわけ量子力学の研究者をスカウトし
ており、社会科学院所属となる「量子技術研究開発センター」の着工に踏
み切った。
 
安徽省合肥市に隣接する37ヘクタールもの宏大な敷地で量子コンピュータ
の開発、ステルス潜水艦の開発などの専門家を集め、いかなる暗号も1秒
で解読する研究、ステルス潜水艦は追尾探索をのがれて3ヶ月連続潜行し
ても、位置の把握ができるなどの次期軍事技術開発に集中する。

2年半後の完成を目指し、総工費は760億元(1兆2000億円強)。現在既
に中国全土ならびに世界各地に散った中国人留学生や技術者の選考に入っ
ているという。

         
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◆樋泉克夫のコラム  
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【知道中国 1626回】        
――「此行各地官商熱誠優待來接者不知其數・・・」――(永井)
  永井久一郎『觀光私記』(明治43年)

             △

永井久一郎(嘉永5=1852年〜大正2=1912年)は『墨東綺譚』で知られ
る断腸亭主人こと永井荷風の父親である。愛知は知多の豪農の家に生ま
れ、早くから漢学と漢詩を、上京後は英学を修めた。名古屋藩の貢進生と
なり、東大の前身である大学南校や慶應義塾に学ぶ。藩命で明治
4(1871)年にアメリカに留学しラテン語を習得。帰国後、工部省に入
省。以後、文部省、内務省などを経て、芳川顕正文部大臣首席秘書官。こ
の時、教育勅語の起草に参画したという。

明治30(1897)年、45歳で文部省を辞し、西園寺公望・伊藤博文・加藤
高明ら明治元勲の誘いを受け日本郵船に入社。上海・横浜支店長など。上
海時代、再び漢学・漢詩に打ち込んだ。明治44(1911)年に59歳で日本郵
船を退職し念願の漢詩三昧の日々を送っていたようだが、翌1912年末に急
死した。

永井は漢詩・漢文への思い入れが相当に強そうで、本書を漢文(1行22
文字、1頁11行で全80頁ほど)で綴っている。

冒頭に「日本郵船會社長近藤廉平と東京・京都・大阪・横濱・神戸・名古
屋の實業家數名、赴清觀光團を結(く)む。将に韓國及び南滿洲より北京
に入り、漢口に出で、江(長江)を下り南京に到り、南洋勸業會を觀し、
且つ(長江下流に)游ぶ。余、亦、陪行す」と記されているところから、
永井は近藤廉平を団長にした「東京・京都・大阪・横濱・神戸・名古屋の
實業家」による経済事情使節団に陪行ということになる。

明治43(1910)年の5月から6月末までの2ヶ月ほどを使い、一行は朝鮮半
島を経て、奉天、撫順、金州、大連、旅順、営口、天津と回り、北京から
南下して長江中流の要衝である武漢三鎮(武昌・漢口・漢陽)に至り、長
江を下って上海・蘇州・杭州を周り、7月1日に神戸に戻っている。

じつは、この旅の翌年10月10日に武昌の清軍駐屯地内で発生した爆弾暴
発事件をキッカケに一気に清朝は崩壊へと突き進んだわけだから、当時の
清国国内状況は極めて緊張していたと思われるが、『觀光私記』からは、
そんな気配は一向に読み取れない。

一行が訪ねた先々の情勢は緊張していなかったのか。清国側が亡国一歩手
前の状況を、一行に感じ取らせまいと巧妙に取り繕っていたのか。はたま
た一行には革命前夜の緊張を読み取る力がなかった、つまり鈍感だったの
か。清国情勢など眼中になかったのか。

江戸期以来、知識人にとっては必須と見做されていた漢文・漢詩だが、
一面では日本人の発想を貧弱化させ、表現方法を定型化させてしまったの
ではなかったか。こう日頃から考えてきたが、『觀光私記』を読み進むに
従って、その感を益々強くした。

たとえば永井の使っている動詞だが、「發」「到」「送別」「來」「辨
事」「介紹」「同飯」「上車」「逢」「赴」「邂逅」「過」「就寝」など
日常的な行動を示す動詞が少なくない。ということは、抽象的な思考を
綴っているわけではないということになるだろう。

かくして「両國國民、此れ從(よ)り日々に親睦を?(ま)し、同文同
種の好を失わざる也」とか、「(両国の)實業家、互相(たがい)に來往
し、逾(いよいよ)敦(あつ)く親睦し、以て東亞の平和・富強を維持せ
ん」とか、「此の機、兩國實業家の和親の漸なるを以爲(おも)う。是れ
由り推して兩國國民全體に及ぼさば、則ち中日兩國國家の福利は、實に諸
君に於けり」などといった“愚にもつかない常套句”が散見される始末だ。

旅先で出会った清朝側要人や日清双方の経済・貿易関係者などの個人名が
克明に記されてはいるが、『觀光私記』からは山川の『巴蜀』に見られる
“必死さ”は微塵も感じられない。

しょせん漢学自慢の成功者による上から目線の“大名旅行記”・・・バカバ
カしい。《QED》

2017年09月12日

◆党大会を前に地下教会の弾圧に拍車

宮崎 正弘



<平成29年(2017)9月11日(月曜日)通巻第5428号>  

 〜バチカンとの秘密交渉を続ける一方で
   中国、党大会を前に地下教会の弾圧に拍車〜

数年前まで欧米の研究者が把握していたキリスト教の地下教会の信者は推
定7000万人だった。

それが、現在は9000万人から1億1500万人がキリスト教を信じ、表面だっ
た活動は逮捕・拘束、あるいは罰金をおそれて行わないものの、地下での
信仰、宗教活動は増えているという。

広東から福建省、浙江省あたりに行くと表通りにキリスト教の教会があ
る。とくに広東省はクーリー(苦力)でアメリカへ渡った人たちが持ち帰っ
た。アヘン戦争以前からの布教活動の伝統もあり、教会があちこちに建て

られた。
このため古くからある教会は容認しているが、新しい教会の建設は許可し
ない。あちこちで新設の教会はブルドーザで破壊された。

奥地へいっても小さな小屋のごとき教会がある。これらは中国共産党が
「公認」している教会で、監視カメラ、信者リストが把握されている。共
産党が指名した司祭か、牧師がいる。

中国のキリスト教の主流はプロテスタント系で、表の教会の信者は3000万
人と推定されている(サウスチャイナモーニングポスト、9月11日)。こ
のほかにモルモン教なども活動が確認されている。

ならば「地下教会」とは、べつに地下や洞窟にあるわけではない。40人か
ら50人規模の信者が土曜日曜にそれとなく集まって、隠してあるキリスト
やマリア像を取り出し、祈りを捧げるのである。

ところが、これも発見次第、当局の手入れが頻繁に行われるようになり、
従来は二万元だった罰金も、近年は10万元(160万円)から30万元(320万円)
に撥ねあがった。

党大会を前に宗教活動への監視が厳しくなっているのだ。

しかし「上に政策あれば、下に対策あり」。

信者らは家庭の茶会を装って、少人数の儀式をおこなうようになり、当局
の思惑とは別に信者は増加する傾向がはっきりと出ている。

        
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◆樋泉克夫のコラム 
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【知道中国 1625】          
――「獨乙・・・將來・・・無限の勢力を大陸に敷けるものと謂ふべきなり」(山
川15)
  山川早水『巴蜀』(成文堂 明治42年)

             △

「将を射んと欲せば先ず馬を射よ」ではないが、西洋人のやり方は日本人
とは違う。

「現在重慶在留西洋人の事業中、最も耳目に響くものは、彼等の唯一手段
たる病院及び宣?となす」。この点は「本邦人の?ふ能はざる所」であ
り、彼ら西洋人は「之を以て着着其功を収むるだけそれだけ、本邦人は其
發展上に消極的侵害を被ると謂ふべし」。

病院中最大は「米人ドクトル、マーカードネーの設立せるもの」。彼は10
数年前に「空拳にて此地に來しが、如何なる手腕や有ありけん、内外官民
の信用を博し、全然其義捐を以て、重慶一等の形勝の地」に「壮大なる病
院を建設せり」。これに次ぐのが「佛國店主?會の設立せる者」で、3番
目が「英國宣?師の設立せるもの」だ。4番目は「獨乙軍醫に由」って設
立されている。

当時の中国における病院経営に関し、山川は「本邦醫師か本邦に在りて、
之(西洋人経営病院の成功)聞き、或いは日本賣藥の好評あるを聞き、其
技を挟み、巨利を占めんと試みば、多年の星霜を積み、巨萬の資本を投」
じたとしても「萬失敗に歸す」だろう、とする。「何となれば、彼は多く
政治手段として其醫術を用ゐ、其志單に利上に存せず」。

これに対し、「我は最初より絶對的營利を以て其目的とする」からだ――と
説く。同じく病院経営ということだが、その目的は西洋人は政治(端的に
いうなら中国利権狙い)にあり、日本人は「巨利を占めん」とする点にある。

山川が目にした重慶の病院に関してはそうかもしれない。だが、西洋人
はひたすら政治から出発し、日本人は「巨利」のみを求めて動くというこ
ともなかろう。ここで改めて当時から現在まで続く中国と欧米諸国に日本
との関係を振り返ってみるなら、山川による政治と「巨利」という指摘は
完全に否定し去れるものでもなさそうだ。やはり日本人としては心してお
くべき指摘といっておきたい。

重慶における「日、英、佛、米、獨の四國」の領事館を比較して、「英、
佛、獨の三領事は常に遊?滯在の名の下に常に成都に駐在し」ている。だ
が日本領事は重慶に留まったままであり、四川全体の情勢把握に向けた努
力が見られない。

重慶の中心街に置かれた英國領事館に較べ、中心街を外れた場所で「支那
家屋」を借用した「我領事館の見榮無きに對しては、人情忸怩」とせざる
をえない。

重慶における列強海軍の配置をみると、各国ともに長江上流の激流に適す
るように「特別建造の小砲艦」を停泊させている。イギリスの3隻は重慶
の上流にまで遡航するが、フランスの1隻は重慶に係留されている。ドイ
ツに至っては軍艦で商品を運ぶ始末だ。

これに対し、「我日本は一艦を廻航せしむるの議ありとは夙に聞くところ
なるが、今は之が實行を見ず」。両国艦船が彼らの利権、在留民、商権を
守る任務を帯びていることは敢えて想像するまでも無かろう。

これでは四川において日本が、政治の面でも商売の面でも影響力を発揮す
ることもできるわけがない。かくて「空しく長吁を發する外無し」。山川
が憤慨した日本外交当局の不作為・消極性、さらには官民の連携の悪さと
いう宿痾は、それから1世紀ほどが過ぎた現在に至っても完治したとは言
い難い。

旅も終わり近く、山川は辺境に住む羅羅族などの少数民族を指して、漢
族の「移住的侵略」を阻止せんがために漢族に対しては獰猛に振る舞うの
だが、ヴェトナム方面からのフランスの激しい侵攻に曝されている状況で
は、「此蠻夷の地を以て、永久に化外若しくは半化外として打棄て置く譯
には行かざるべし」と、辺境の今後に思いを馳せる。

やがて山川を乗せ「檣頭高く日章旗を掲けたる紅船」は、長江を一気に
下った。《QED》