2018年03月10日

◆パキスタンの背信?

宮崎 正弘


平成30年(2018年)3月8日(木曜日)弐 通巻第5629号 

 パキスタンの背信? 安保顧問(元将軍)が米国に勧告
 タリバンに勝ち目はない。米国はタリバンとも和平交渉を始めるべきだ

 「アフガニスタンの戦局において、米国の勝利はあり得ない。そこに
は、いかなる希望もない。タリバンと和平交渉をなす方向を探した方がよ
いだろう」
 こう言ってのけたのはパキスタン国家安全保障会議顧問のナセル・カー
ン・ジャンジュア元陸軍大将である。

しかしトランプはペンタゴンの勧告にしたがってアフガニスタンへ4600名
の増派を決めた。ペンタゴンの方針は、過去17年戦ったタリバンと、どう
しても勝利の決着をつけたいことであり、トランプの目的はアフガニスタ
ンに潜伏し、タリバンと連携するテロリストISのせん滅にある。

トランプ大統領とペンタゴンとの思惑は、一枚岩ではないが、アメリカの
世論といえば、アフガニスタンには関心が薄く、西側の安全を脅かすテロ
リストの戦争である。

そのために米国はアフガニスタン政権に軍事的経済的人道的支援をなし、
傀儡と言われたカルザイと現ガニ政権を支えて、すくなくとも首都カブー
ルの治安を死守してきた。

しかし、そのガニ(アフガニスタン大統領)ですら、タリバンとの話し合
いに米国は応じるべきと言っている。ガニは、タリバンが政党を組織して
選挙に参加するのなら、和平への糸口になると提言している(ワシントン
タイムズ、3月7日)。

パキスタンは、そのアフガニスタン支援の兵たんであり、米軍の橋頭堡で
ある。言ってみれば、支援してきた国々がアメリカを批判している構図で
ある。

米国がアフガニスタン戦争に踏み切ったのは911テロへの報復であり、
当時の世論は「アルカィーダをやっつけろ」だった。その首魁だったビン
ラディンは、パキスタンの軍情報部がかくまっていた。

このため米軍特殊部隊は、かれらの盗聴網を出し抜いて、密かにイスラマ
バード上空から潜入し、パラシュートで降下、奇襲攻撃をかけビンラディ
ンを殺害した。

しかしアフガニスタンは、外人部隊のアルカィーダがいなくなっても、新
しいテロ組織が誕生していた。ISがシリアから大量に流れ込んだのだ。

オバマは撤退する決断ができず、ずるずると泥沼に足を取られ、アメリカ
ンファーストを唱えるトランプと交代した。

悪夢のような泥沼から這い上がる決断、すなわちニクソンがベトナム戦争
終結のために撤退を決断したように、いよいよトランプ政権にも迫られて
いることになる。

        
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書評 しょひょう BOOKREVIEW 書評 BOOKREVIEW
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 影響力はなきに等しいまでに落?した朝日新聞の権威
  それでも尊大な朝日はいつまで経営が維持できるのだろうか?

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桜井よしこ x 花田紀凱『朝日リスク』(産経新聞出版)
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 アカが書き、やくざが売って、バカが読む」。最近は『朝日を読むとバ
カになる』という標語が国民の間に浸透してきた。
それほど朝日はバカの集まりになった。
 元『週刊朝日』の編集長だった川村二郎氏も『学があっても、バカはバ
カ』(ワック)を上梓されたが、朝日新聞記者の救いようがない体質につ
いて糾弾している。ほかにも永栄潔氏、長谷川熙氏ら朝日OBが。。。。。
書店へ行くと朝日批判が目白押し、韓国批判本と並ぶほどに多い。
 世の中、確かに変わって朝日が恐れられ、裁判という強迫を前に泣き寝
入りしたケースもおびただしく報告された時代が嘘のようになってきた。

朝日がねつ造した記事は、自ら誤りを認めて謝罪した吉田清司の嘘証言
以下、枚挙にいとまがない。

最近は早期退職を募集したら、退職金が7000万円とかで、もはや退 職し
た方が有利と希望者が殺到したというニュースもある。えっ、7000万円?
朝日が小川栄太郎氏を訴えた金額より多いじゃん。

それなのに朝日読者がまだ推定で500万弱いるらしい。押し紙を含め ての
数字だろうが、なに地方都市のビジネスホテルへ行くとロビィにうず た
かく積まれているのは朝日新聞で「無料でお持ちください」と表示して
ある。ちなみにほかの新聞は有料である。

さて本書は、桜井よしこ女史と花田「月刊HANADA」編集長とが、
ゲストに門田隆将、堤堯氏らを招いての対談と鼎談、そして座談会からな
り、メディアの行使する「筆の暴力」がいかにすさまじく、またいかに戦
えばよいかについて縦横無尽の討論が展開されている。

なにしろ門田氏は元『週刊新潮』のデスク、朝日批判はお手の物、『朝
日の天敵』と呼ばれたのは堤堯・元『文藝春秋』編集長だ

この20年ほど、評者(宮崎)は堤氏と酒席をともにする機会が多いが、
絶対に「アサヒビール」は頼まない人である。天敵といわれたからには新
聞と関係がなくとも、ほかの銘柄のビールを飲むほどに徹底的である。
 内容は一言。「面白き、やがて哀れなるかな 朝日新聞」。
      

2018年03月08日

◆フンセン(カンボジアの独裁者)は

宮崎 正弘


平成30年(2018年)3月6日(火曜日)通巻第5625号 


 フンセン(カンボジアの独裁者)はどこまで腐っているのか?
  禁止されている木材伐採を巨額の賄賂で黙認し、ベトナムへ密輸している


カンボジアの首都プノンペン、河添いのリバーサイドホテルに宿泊したの
は昨年師走だったか。毎日夕方にスコールがあって、ときに「道路が川」
となる。

浸水でエンストを起こすバス、バイクが多く、幹線道路は渋滞、深夜なら
空港から30分の道行きが2時間半もかかった。

雷雨に遭遇した夜、目の前のトレンサップ川を見ていた。

はじめは上流地域にも激しい雨風があって、木木が倒れ大量の枝がされて
いるのかと思った。次から次と木の枝、それも大木から伐採した枝だから
かなり大柄で、長いのだ。緑葉をつけたまま、流れてゆく。夥しい量であ
る。しかも切れ目がない。

昼も、いや晴れた日にも川に流れているのは流木ならぬ流枝なのだ。「な
ぜだろう?」と訝しんだが、ガイドに聞いても要領を得ない説明しかな
かった。

メコン川はラオスからカンボジアの南北を流れ、ベトナムへ注ぎ込む。プ
ノンペンでトレンサップ川と合流するから、相当の急流である。

ようやく謎が解けた。

ベトナムの木製家具の輸出は年間80億ドル。主として中国へ輸出されてい
る。ベトナムは、この家具の原木をラオスとカンボジアから「密輸」して
いる。

おおまかな製材を終えた木々である。ラオスとカンボジアの官憲がグルに
なって、ベトナムの業者から破格の賄賂を受け取っており、とくにカンボ
ジア政府高官に流れている。

カンボジア政府は表向き、木材の輸出を禁止している。森林地帯が禿げ山
になれば豪雨に襲われて保水力を失い、下流地域は大洪水に見舞われるの
は必定だからである。

ところがカンボジアの国立森林公園でおこなわれている闇の伐採は、官憲
もアンタッチャブルの世界で、國際査察団の報告でも50万立方メートルの
木材が不正に輸出されたという。

見回りに入った監視団は命がけであり、2007年以来、じつに20名が殺害
されている。この1月にも3人の警官が取り締まり中に殺害された。

カンボジアの政治はフンセンの独裁、野党政治家は刑務所に入れられた
か、海外逃亡を余儀なくされており、西側のメディアに木材不正輸出の実
態を詳細に報じるよう、働きかけをしてきた。
       
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書評(その1) BOOKREVIEW ★書評 BOOKREVIE 
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 3年かけて5回にわたった講演録だが、中身は単行本数冊を超える
  一回ごとに半年の準備をなして、宗教の奥義と霊性を熱烈に語りつくした

  ♪
上橋泉『私の生命の復活』(如月出版)
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著者の上橋泉氏は柏市議を七期務める現役の政治家である。なぜ鳥取県倉
吉生まれの氏が縁もゆかりもない千葉県の柏へやってきて、ローカルな政
治の世界に入ったのか。それは個性が強く性格の激しい母親が「あんたは
政治家になって世の中に尽くせ」という「命令」だったという。

しかも7期も市会議員をやりながらも、いまも理想に燃えて、そのエネル
ギーを地域の発展と安全のために尽くしている。当面の政治目標は柏市に
も「赤ちゃんポスト」をつくり、いずれは瞑想センターを解説することだ
と言う。

嗚呼、瞑想センターか。評者(宮崎)は、ふと、インドのプネーという瞑
想の町へ行ったことを思いだした。世界のヨガ経験者がここで集中的な瞑
想の修練をする道場があるところだ。

上橋氏とは40年近い付き合いがあるけれども氏の行動の軌跡に関して理解
不能のところがあった。上橋氏は京都大学時代、左翼の暴力学生らがキャ
ンパスを我が物としていたときに、全共闘と戦った反共の闘士でもあり、
その後、外務省に入り、テヘランでは米国大使館人質事件に遭遇した。ロ
スの総領事館にも勤務した。

氏のロス勤務時代に、おりからの大河ドラマ『二つの祖国』にあやかっ
て、日系アメリカ人の取材で評者は『二つの山河』を書くために、リトル
トーキョーにあったニューオータニに長期滞在していたことがある。

この間、上橋氏には、いろいろとお世話になった。また拙編著『ウォール
ストリート・ジャーナルで読む日本』の編集では、上橋氏が仲間に呼びか
けて翻訳チームをたちまち組織して呉れたこともありましたっけ。

退官後、国会議員の秘書をつとめながら、政界進出の修行をしていた。
学生運動時代のことを語らうとすると、氏は必ず谷口雅春師のことを言わ
れるので、彼が「生長の家」の信者であったことはかろうじて知っていた。

トこうした履歴を語ったのも、氏と宗教を結びつける接点が稀薄なことを
確認するためで、ところが氏は小さい時から宗教に親しみ、神の実在を信
じ、キリストの復活を信じてきたという。

だから評者は目を大きく見開いて本署に挑んだ。

読破するに3日を要したが、なるほど、上橋氏がすぐれた宗教学者でもあ
ることを評者は改めて「発見」したのである。

3年間、5回にわたって地元でおこなった講演録が本書だが、中身は単行
本数冊をかるく超える豊かさがあり、1回ごとに半年の準備をなして、宗
教の奥義を熱烈に語りつくす。

とはいえ、評者が宗教に大いなる興味を抱くのは「大世界史は宗教がつ
くった」という視点であり、上橋泉氏の視点、つまり氏の宗教生活への入
り口は、人間が生まれてから死ぬまでに、いかに神々が恩恵を与え続ける
かという、信者としての視点である。

「私は20歳代の頃から神の臨在を感じることがあった」と上橋氏は語りだ
した。

「それは神の姿が見えたということではない。人間の内に神の生命を認め
ることが出来れば、それが神の臨在ということになる」。
最初の体験は大学でプルーストの『失われた時を求めて』の授業中に起きた。

「プルーストは、人間が超時間的存在であることを子供の時から何度か体
験している。彼がそれらの体験すべてを回想した箇所の「見出されたと
き」は『失われた時を求めて』の中で最も難解な箇所とされており、フラ
ンス語文法を終えたばかりの私にとって難解であっただけでなく、教師も
意味がよくわからないと言った。

その瞬間、私の心の中に何かが入り込んできて、たちどころにプルースト
の体験の意味が、氷が解けるように私の心にしみこんでくるという経験を
した」

爾来、氏にとって「人間にとって時間とは何か」というテーマを求める思
索の人生が始まったという。

政治と宗教は、日本では信長以来、明確に峻別された。日本の宗教的風土
とは多神教であり、仏教の国家保護と神仏習合という時代を経て、幕末明
治の廃仏毀釈という過激な神道原理主義が沸騰した時代もあったが、宗教
が政治に介入することまれにしかなかった。

ただし上橋氏は「廃仏毀釈という仏教排斥へのルサンチマンが、戦後日本
の仏教界をして反政府的政治運動に帰結された」という意味の指摘は、一
面的だが納得できる。

政治家生活四半世紀を経験した上橋氏は、こういう 「日本が今日見るよ
うな苦境に立たされた原因がはっきり見えてきた。それは経済政策や政治
改革の失敗などではない。日本人が人間生命の尊厳性を見失ったところ
に、その原因がある(中略)。アベノミクスなどでこの国が再生されるこ
とはない。日本の危機は物の危機ではない。精神の危機、魂の危機だから
である」
魂をもとめて上橋氏の精神の旅が続く。

       
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★書評(その2) BOOKREVIEW 書評 BOOKREVIEW
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 朝鮮半島史はファンタスティックな嘘で塗り固められてきた
  通説の虚偽をはがして、真実をさらけ出すと、なんともびっくりの世界

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宮脇淳子、倉山満『残念すぎる朝鮮1300年史』(祥伝社新書)
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およそ歴史学というアカデミズムの題材を、俗世間の言葉で咀嚼しなおす
と、こういう平明な歴史入門書ができるのか、と感心することしきりである。

通説を次々と俎上に載せて朝鮮半島史をバッサバッサと斬りまくる爽快さ
は、あまりにも心地よいために、朝鮮という国家が遠くに霞んで、見えな
くなったしまうほど。いや、あの半島にはそもそも近代政治学でいうとこ
ろの「国家」があったのだろうか?
 平昌五輪における南北会談なるものは、文在寅の屈辱的な態度を見ただ
けでも、南が北に格落ちしている事態を示しているが、倉山氏は、これを
「高麗連邦宣言」だという。つまり「北主導の統一という暗号」だという
のだ。
 そして、この高麗連邦宣言は、習近平を緊張させたと倉山氏が意外な側
面からの経緯を語る。
 この発言を引き取って宮脇女史が言う。
 「地政学という学問がすごいなと思うのは、古代でも、隋や唐にとって
致命傷となったのは高句麗でした。今の中国が北京に首都を置いてしまっ
た以上、中国にとって北朝鮮のある場所がすごく重要なのは、そういう地
政学上の理由です」
 古来より朝鮮半島の歴史は北が優勢だった。南は飲み込まれることが多
いので、文在寅は、そのことを百も承知のうえで、最低限度の主権国家の
体裁さえ保てれば上出来と考えているのかもしれない。
 事大主義はつねに力の強い方を選別し、そちらにつく。これが朝鮮半島
の政治の特質である。

 こういう会話が続く。
 倉山 「ところで、韓国の歴史教科書では、『閔一族』という言い方を
していて、閔妃のことをあまり書いていません」
 宮脇 「いいことがありませんから。閔妃は有名な写真が伝わっていま
したが、あれはニセモノなんです(中略)。はたして王妃が、妓生を撮っ
て絵葉書をつくるような写真館に出向いて写真を撮るでしょうか。ありえ
ません」
 神道強要などと文句を言われるが、そもそも布教しない神道が朝鮮人に
信仰を強要するはずがないし、東京裁判における皇帝溥儀の嘘証言が、日
本が朝鮮に文化を強要したとして批判する。こうした解釈は戦後の後知恵
ででっち上げられた嘘である、とふたりは明確に否定する。
 創氏改名にしても、強制連行、従軍慰安婦などコミンテルンの謀略のよ
うな嘘放送が繰り返される。満州建国にしても、溥儀は天照大神をご先祖
にまつろうと言い出し、日本側があきれはてて止めたのが事実である。
当時。関東軍にとっては溥儀を皇帝にすることは反対だった。共和国でも
よいと軍が考えていたのも、多くの社会主義者が混在していたからで、な
かには孔子の末裔でもいいかな、って考える人もいたそうな。

 満鉄調査部には食い詰めた社会主義者がおびただしく入り込んでいた事
実は広く知られるようになったが、当時、関東軍が満洲に鮎川儀介を連れ
て行って国策会社を作らせたのも、三井・三菱を嫌った軍部の方針であっ
たとか、目からうろこの話が果てしなく続く。

 最後にひとつだけ不満が残ったのは、秀吉の朝鮮征伐の項で、秀吉は情
報もなく半島に進出してしまったと分析されている箇所だ。
秀吉は宣教師やフィリピンからの情報を把握し、正確に世界情勢を理解し
ており、キリスト教が布教を見せかけながら亜細亜侵略の牙を研ぎ、つぎ
に明を狙っていたことは、いまでは多くの資料が明らかにしている。
秀吉の出兵は先制的防御(プリエンプティブ)とよばれる軍略の一環で、
むしろ秀吉の英断であった。問題は壮挙の途中で秀吉が死んだため、かれ
の世界戦略を理解していた武将が不在となって引き上げざるを得なくなっ
たことだった。
        

2018年03月07日

◆習近平の「独裁政治」は

宮崎 正弘


平成30年(2018年)3月2日(金曜日)通巻第5623号 
 
 習近平の「独裁政治」は中国の脅威を世界全域に与える
  絶対権力は絶対的に腐敗するのが歴史の鉄則。

 「レーニンは一党独裁を制度化し、個人に独裁権力が集中しないように
『制度』を最も重視し、集団指導体制を唱えた。これが所謂『レーニン主
義』であり、スターリン死後のソ連でどうやら実現するにいたった」
(『サウスチャイナ・モーニングポスト』、2018年3月1日)。

 こう書き出したのは、ディビット・シャンボー(ジョージ・ワシントン
大学教授)だ。

シャンボーと言えば、キッシンジャー、ボーゲルと並んでアメリカ人の
「親中インテリの三羽がらす」とも言われたが、習近平の登場に前後して
中国に絶望し、以後、中国批判の先頭を切った。その追いをしたのが「私
は中国の騙されていた」といったマイケル・プルスベリー等である。

ソ連の集団指導性に安定が見られると、政策的な分析も可能となり、次に
ソ連が何をやらかそうとしているかも予測しやすい環境となった。

それを横目で見ていた毛沢東は逆の路線に走った。

毛沢東は党官僚を嫌い、軍の近代化を呪い、独裁に邪魔な制度を破壊させ
るために紅衛兵をしそうして劉少奇ら「走資派」を失脚させ、つぎに軍の
主導権を握った林彪が邪魔となってきたので、粛清した。

毛沢東は官僚、インテリが嫌いだった。

中国は文革の40年で文明を後退させた。
 
独裁皇帝・毛沢東の死後、同じくレーニン主義に基づいた集団指導性を重
視し、権力の制度化に邁進したのはトウ小平だった。トウ小平は制度の確
立と安定化を目指し、共産党総書記と国家主席とを分離し、さらには国務
院に経済政策の主導権を付与し、中国的社会主義市場経済という、人類未
踏の実験に乗り出した。

爾来、年を経て、習近平は、この官僚的な団派の制度、党の集団指導体制
を破壊し、安定的システムを、不安泰なものにしかねない独裁政治を志向
しはじめた。


 ▲歴史の教訓に学ばない習近平の独裁体制の弱点

集団指導体制を表面に唱いながら、政敵を『反腐敗』の名の下に次々と粛
清し、次世代指導者となりそうなリーダーも失脚させ、軍からは百名の
「将軍」とおよそ4000人の幹部を粛清した。

除才厚、郭伯雄ら江沢民派軍人を血祭りに上げ、旧瀋陽軍区と蘭州軍区に
連なる軍人脈、党官僚を左遷し、自らが信頼する旧南京軍区の軍人を片っ
端から抜擢して周りを固めた。

ついで最大の潜在的となりそうな「団派」を標的に照準を定め、孫政才を
失脚さえ、胡春華を閑職に追いやり、李克強首相からは経済政策の決定権
を取り上げた。

そのうえで、全人代を召集し、憲法を改悪、任期延長を画策する。かれは
2023年まで「皇帝」を続ける腹づもりだ。

ネット上に巻き起こった反対論を監視団を使ってすべて削除させ、軍には
「いつでも戦争ができる準備をせよ」と緊張を醸成した。かくて習近平の
独裁体制は確立間際である。  
しかし、「絶対的権力は絶対的に腐敗する」という歴史の業を、次にかれ
はいかにして克服できるのだろうか?

    
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書評 しょひょう BOOKREVIEW 書評 BOOKREVIE 
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 現代とは国民の生活を間断なく非常事態へと追い込むような時代
  だからこそ現代人はおのれの「死」を意識にのぼらせるほかはない

  ♪
西部邁『保守の遺言』(平凡社新書)
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 さきに遺書となった『保守の真髄』(講談社現代新書)を小欄でも仔細
に論じたが、本書はその第二弾、というより正真正銘の遺書である。
「あとがき」の日付を見ると1月15日となっている。自裁される6日前で
ある。

前作より色調はうら悲しく、全体がペシミズムに覆われているかのよう
に、文章の行間にも切なさがともなっている。

福田恒存が晩年に口にしていた『言論は空しい』という言葉を、西部流に
置きかえ、それを随所に重複的に述べているからである。

 曰く。

「ペシミズムのなかでのオプティミズムを保ち続けることなど果たしてで
きるのであろうか」(280p)

「私の言論戦は、正しくは戦さなんかではなかったのだ。それは、たとえ
解釈力や予見力を発揮していたとしても、言論では単なるエクスクレッセ
ンス(異常突起物)に、つまり疣(いぼ)とか瘤のようなものと扱われる
のだ。せめてそのことの自覚を表明しておくのでなければ私の矜持が保た
れない。つまり『ファッスン・マイ・シートベルト』と心に呟いて、ファ
シスモの気分でいた私は『高度大衆社会のただ中で無効無益の意地を張っ
て、そして消えてゆく存在』にすぎなかった」(220p)

「(多くを書いてきたが)ほぼ間違いなくそのすべてが時代の重さに踏み
にじられ時代の風に吹かれて飛んでいく」(301p)

なんという絶望であろう。

しかし、その絶望を巧みな韜晦力で包み込み、西部氏はその瞬間瞬間を精
一杯、楽しく愉快に生きようとした。
 同時に『正論』(4月号)に再録された西部論文に新しい発見があった。

西部氏は『福沢諭吉 その武士道と愛国心』のなかで、福沢を日本と西洋
の間で精神の平衡を保ち続けたマージナルマン(境界人)とした。

そのあとに書いたのが『中江兆民』である。本人は、福沢と一対の作品と
する企図があったとし、中江に挑む理由を「桑原武夫らの擬似知識人が兆
民を左翼の元祖と見立てるという謬見を長きに及んでこの列島にばらまい
てきたからだーーそれは丸山真男らが福沢諭吉を近代主義の始祖と見立て
るという嘘話を広めてきたのによく対応している」(『正論』2018年4月
号再録「ファシスタたらんとした者」)。

だが「どこからも関心を寄せられなかった」と西部氏は悔やみ、「妻を励
ますために書いた『どんな左翼にもいささかも同意できない18の理由』も
予想通り無視された」とある。後智恵のようで恐縮だが、じつはこの弐冊
をまっさきに評したのは小生だった。

こうして西部氏の遺書代わりの本書は、一貫するペシミズムのなかで、最
後までオプチィミズムを失っていない。

本書の後半にあたる部分は衆愚政治やマス、進歩的ブンカジン(本書では
柄谷行人や佐野眞一批判がある)の批判の集大成でもあるが、スマホ社会
を絶望の未来として、次のような文言が続いている。

「現代とは国民・住民の生活を間断なく非常事態へと追い込むような時代
のことなのだ。もちろん、たとえ共同体が安定していようとも、セキュラ
ライゼーション(世俗化)の一途を辿る近現代では、人間はおのれの死を
意識にのぼらせるほかなく、そして死の予期の下に有限の生を送らざるを
得なということそれ自体、人間の個人としての生がつねに非常事態にある
と(実存主義に倣って)いうこともできる」(142p)

自裁のあとで上梓される本だけに、その決意までの心理的状況がよくよく
把握できる。
         

2018年03月06日

◆習近平の「独裁政治」は

宮崎 正弘

平成30年(2018年)3月2日(金曜日)通巻第5623号 
 
 習近平の「独裁政治」は中国の脅威を世界全域に与える
  絶対権力は絶対的に腐敗するのが歴史の鉄則。

 「レーニンは一党独裁を制度化し、個人に独裁権力が集中しないように
『制度』を最も重視し、集団指導体制を唱えた。これが所謂『レーニン主
義』であり、スターリン死後のソ連でどうやら実現するにいたった」
(『サウスチャイナ・モーニングポスト』、2018年3月1日)。

こう書き出したのは、ディビット・シャンボー(ジョージ・ワシントン大
学教授)だ。

シャンボーと言えば、キッシンジャー、ボーゲルと並んでアメリカ人の
「親中インテリの3羽がらす」とも言われたが、習近平の登場に前後して
中国に絶望し、以後、中国批判の先頭を切った。その追いをしたのが「私
は中国の騙されていた」といったマイケル・プルスベリー等である。

ソ連の集団指導性に安定が見られると、政策的な分析も可能となり、次に
ソ連が何をやらかそうとしているかも予測しやすい環境となった。

それを横目で見ていた毛沢東は逆の路線に走った。

毛沢東は党官僚を嫌い、軍の近代化を呪い、独裁に邪魔な制度を破壊させ
るために紅衛兵をしそうして劉少奇ら「走資派」を失脚させ、つぎに軍の
主導権を握った林彪が邪魔となってきたので、粛清した。

毛沢東は官僚、インテリが嫌いだった。

中国は文革の10年で文明を後退させた。
 
独裁皇帝・毛沢東の死後、同じくレーニン主義に基づいた集団指導性を重
視し、権力の制度化に邁進したのはトウ小平だった。トウ小平は制度の確
立と安定化を目指し、共産党総書記と国家主席とを分離し、さらには国務
院に経済政策の主導権を付与し、中国的社会主義市場経済という、人類未
踏の実験に乗り出した。

爾来、40年を経て、習近平は、この官僚的な団派の制度、党の集団指導体
制を破壊し、安定的システムを、不安泰なものにしかねない独裁政治を志
向しはじめた。


 ▲歴史の教訓に学ばない習近平の独裁体制の弱点

集団指導体制を表面に唱いながら、政敵を『反腐敗』の名の下に次々と粛
清し、次世代指導者となりそうなリーダーも失脚させ、軍からは百名の
「将軍」とおよそ4000人の幹部を粛清した。

除才厚、郭伯雄ら江沢民派軍人を血祭りに上げ、旧瀋陽軍区と蘭州軍区に
連なる軍人脈、党官僚を左遷し、自らが信頼する旧南京軍区の軍人を片っ
端から抜擢して周りを固めた。

ついで最大の潜在的となりそうな「団派」を標的に照準を定め、孫政才を
失脚さえ、胡春華を閑職に追いやり、李克強首相からは経済政策の決定権
を取り上げた。

そのうえで、全人代を召集し、憲法を改悪、任期延長を画策する。かれは
2023年まで「皇帝」を続ける腹づもりだ。

ネット上に巻き起こった反対論を監視団を使ってすべて削除させ、軍には
「いつでも戦争ができる準備をせよ」と緊張を醸成した。かくて習近平の
独裁体制は確立間際である。
  
しかし、「絶対的権力は絶対的に腐敗する」という歴史の業を、次にかれ
はいかにして克服できるのだろうか?

        

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書評 しょひょう BOOKREVIEW 書評 BOOKREVIEW
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 現代とは国民の生活を間断なく非常事態へと追い込むような時代
  だからこそ現代人はおのれの「死」を意識にのぼらせるほかはない

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西部邁『保守の遺言』(平凡社新書)
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さきに遺書となった『保守の真髄』(講談社現代新書)を小欄でも仔細に
論じたが、本書はその第2弾、というより正真正銘の遺書である。

「あとがき」の日付を見ると1月15日となっている。自裁される6日前で
ある。

前作より色調はうら悲しく、全体がペシミズムに覆われているかのよう
に、文章の行間にも切なさがともなっている。

福田恒存が晩年に口にしていた『言論は空しい』という言葉を、西部流に
置きかえ、それを随所に重複的に述べているからである。

曰く。

「ペシミズムのなかでのオプティミズムを保ち続けることなど果たしてで
きるのであろうか」(280p)

「私の言論戦は、正しくは戦さなんかでは無かったのだ。それは、たとえ
解釈力や予見力を発揮していたとしても、言論では単なるエクスクレッセ
ンス(異常突起物)に、つまり疣(いぼ)とか瘤のようなものと扱われる
のだ。せめてそのことの自覚を表明しておくのでなければ私の矜持が保た
れない。

つまり『ファッスン・マイ・シートベルト』と心に呟いて、ファシスモの
気分でいた私は『高度大衆社会のただ中で無効無益の意地を張って、そし
て消えてゆく存在』にすぎなかった」(220p)

「(多くを書いてきたが)ほぼ間違いなくそのすべてが時代の重さに踏み
にじられ時代の風に吹かれて飛んでいく」(301p)

なんという絶望であろう。

しかし、その絶望を巧みな韜晦力で包み込み、西部氏はその瞬間瞬間を精
一杯、楽しく愉快に生きようとした。

同時に『正論』(4月号)に再録された西部論文に新しい発見があった。
西部氏は『福沢諭吉 その武士道と愛国心』のなかで、福沢を日本と西洋
の間で精神の平衡を保ち続けたマージナルマン(境界人)とした。

そのあとに書いたのが『中江兆民』である。本人は、福沢と一対の作品と
する企図があったとし、中江に挑む理由を「桑原武夫らの擬似知識人が兆
民を左翼の元祖と見立てるという謬見を長きに及んでこの列島にばらまい
てきたからだーーそれは丸山真男らが福沢諭吉を近代主義の始祖と見立て
るという嘘話を広めてきたのによく対応している」(『正論』2018年4月
号再録「ファシスタたらんとした者」)。

だが「どこからも関心を寄せられなかった」と西部氏は悔やみ、「妻を励
ますために書いた『どんな左翼にもいささかも同意できない18の理由』
も予想通り無視された」とある。後智恵のようで恐縮だが、じつはこの弐
冊をまっさきに評したのは小生だった。

 こうして西部氏の遺書代わりの本書は、一貫するペシミズムのなかで、
最後までオプチィミズムを失っていない。

 本書の肯綮にあたる部分は衆愚政治やマス、進歩的ブンカジン(本書で
は柄谷行人や佐野眞一批判がある)の批判の集大成でもあるが、スマホ社
会を絶望の未来として、次のような文言が続いている。

 「現代とは国民・住民の生活を間断なく非常事態へと追い込むような時
代のことなのだ。もちろん、たとえ共同体が安定していようとも、セキュ
ラライゼーション(世俗化)の一途を辿る近現代では、人間はおのれの死
を意識にのぼらせるほかなく、そして死の予期の下に有限の生を送らざる
を得なということそれ自体、人間の個人としての生がつねに非常事態にあ
ると(実存主義に倣って)いうこともできる」(142p)
 自裁のあとで上梓される本だけに、その決意までの心理的状況がよくよ
く把握できる。
         

2018年03月04日

◆習近平の「独裁政治」は

宮崎 正弘


平成30年(2018年)3月2日(金曜日)通巻第5623号 
 
 習近平の「独裁政治」は中国の脅威を世界全域に与える
  絶対権力は絶対的に腐敗するのが歴史の鉄則。

 「レーニンは一党独裁を制度化し、個人に独裁権力が集中しないように
『制度』を最も重視し、集団指導体制を唱えた。これが所謂『レーニン主
義』であり、スターリン死後のソ連でどうやら実現するにいたった」
(『サウスチャイナ・モーニングポスト』、2028年3月1日)。

こう書き出したのは、ディビット・シャンボー(ジョージ・ワシントン大
学教授)だ。

シャンボーと言えば、キッシンジャー、ボーゲルと並んでアメリカ人の
「親中インテリの三羽がらす」とも言われたが、習近平の登場に前後して
中国に絶望し、以後、中国批判の先頭を切った。その追いをしたのが「私
は中国の騙されていた」といったマイケル・プルスベリー等である。

ソ連の集団指導性に安定が見られると、政策的な分析も可能となり、次に
ソ連が何をやらかそうとしているかも予測しやすい環境となった。

それを横目で見ていた毛沢東は逆の路線に走った。

毛沢東は党官僚を嫌い、軍の近代化を呪い、独裁に邪魔な制度を破壊させ
るために紅衛兵をしそうして劉少奇ら「走資派」を失脚させ、つぎに軍の
主導権を握った林彪が邪魔となってきたので、粛清した。

毛沢東は官僚、インテリが嫌いだった。

中国は文革の10年で文明を後退させた。
 
独裁皇帝・毛沢東の死後、同じくレーニン主義に基づいた集団指導性を重
視し、権力の制度化に邁進したのはトウ小平だった。トウ小平は制度の確
立と安定化を目指し、共産党総書記と国家主席とを分離し、さらには国務
院に経済政策の主導権を付与し、中国的社会主義市場経済という、人類未
踏の実験に乗り出した。

爾来、40年を経て、習近平は、この官僚的な団派の制度、党の集団指導体
制を破壊し、安定的システムを、不安泰なものにしかねない独裁政治を志
向しはじめた。


 ▲歴史の教訓に学ばない習近平の独裁体制の弱点

集団指導体制を表面に唱いながら、政敵を『反腐敗』の名の下に次々と粛
清し、次世代指導者となりそうなリーダーも失脚させ、軍からは百名の
「将軍」とおよそ4000人の幹部を粛清した。

除才厚、郭伯雄ら江沢民派軍人を血祭りに上げ、旧瀋陽軍区と蘭州軍区に
連なる軍人脈、党官僚を左遷し、自らが信頼する旧南京軍区の軍人を片っ
端から抜擢して周りを固めた。

ついで最大の潜在的となりそうな「団派」を標的に照準を定め、孫政才を
失脚さえ、胡春華を閑職に追いやり、李克強首相からは経済政策の決定権
を取り上げた。

そのうえで、全人代を召集し、憲法を改悪、任期延長を画策する。かれは
2023年まで「皇帝」を続ける腹づもりだ。

ネット上に巻き起こった反対論を監視団を使ってすべて削除させ、軍には
「いつでも戦争ができる準備をせよ」と緊張を醸成した。かくて習近平の
独裁体制は確立間際である。 
 
しかし、「絶対的権力は絶対的に腐敗する」という歴史の業を、次にかれ
はいかにして克服できるのだろうか?

     
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書評 しょひょう BOOKREVIEW 書評 BOOKREVIEW
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 現代とは国民の生活を間断なく非常事態へと追い込むような時代
  だからこそ現代人はおのれの「死」を意識にのぼらせるほかはない

  ♪
西部邁『保守の遺言』(平凡社新書)
@@@@@@@@@@@@@@

 さきに遺書となった『保守の真髄』(講談社現代新書)を小欄でも仔細
に論じたが、本書はその第二弾、というより正真正銘の遺書である。
「あとがき」の日付を見ると1月15日となっている。自裁される6日前で
ある。

前作より色調はうら悲しく、全体がペシミズムに覆われているかのよう
に、文章の行間にも切なさがともなっている。

福田恒存が晩年に口にしていた『言論は空しい』という言葉を、西部流に
置きかえ、それを随所に重複的に述べているからである。
 
曰く。

「ペシミズムのなかでのオプティミズムを保ち続けることなど果たしてで
きるのであろうか」(280p)

「私の言論戦は、正しくは戦さなんかではなかったのだ。それは、たとえ
解釈力や予見力を発揮していたとしても、言論では単なるエクスクレッセ
ンス(異常突起物)に、つまり疣(いぼ)とか瘤のようなものと扱われる
のだ。せめてそのことの自覚を表明しておくのでなければ私の矜持が保た
れない。

つまり『ファッスン・マイ・シートベルト』と心に呟いて、ファシスモの
気分でいた私は『高度大衆社会のただ中で無効無益の意地を張って、そし
て消えてゆく存在』にすぎなかった」(220p)

「(多くを書いてきたが)ほぼ間違いなくそのすべてが時代の重さに踏み
にじられ時代の風に吹かれて飛んでいく」(301p)
 なんという絶望であろう。

しかし、その絶望を巧みな韜晦力で包み込み、西部氏はその瞬間瞬間を精
一杯、楽しく愉快に生きようとした。

同時に『正論』(4月号)に再録された西部論文に新しい発見があった。
西部氏は『福沢諭吉 その武士道と愛国心』のなかで、福沢を日本と西洋
の間で精神の平衡を保ち続けたマージナルマン(境界人)とした。

そのあとに書いたのが『中江兆民』である。本人は、福沢と一対の作品と
する企図があったとし、中江に挑む理由を「桑原武夫らの擬似知識人が兆
民を左翼の元祖と見立てるという謬見を長きに及んでこの列島にばらまい
てきたからだーーそれは丸山真男らが福沢諭吉を近代主義の始祖と見立て
るという嘘話を広めてきたのによく対応している」(『正論』2018年4月
号再録「ファシスタたらんとした者」)。

だが「どこからも関心を寄せられなかった」と西部氏は悔やみ、「妻を励
ますために書いた『どんな左翼にもいささかも同意できない18の理由』
も予想通り無視された」とある。後智恵のようで恐縮だが、じつはこの弐
冊をまっさきに評したのは小生だった。

こうして西部氏の遺書代わりの本書は、一貫するペシミズムのなかで、最
後までオプチィミズムを失っていない。

本書の肯綮にあたる部分は衆愚政治やマス、進歩的ブンカジン(本書では
柄谷行人や佐野眞一批判がある)の批判の集大成でもあるが、スマホ社会
を絶望の未来として、次のような文言が続いている。

 「現代とは国民・住民の生活を間断なく非常事態へと追い込むような時
代のことなのだ。もちろん、たとえ共同体が安定していようとも、セキュ
ラライゼーション(世俗化)の一途を辿る近現代では、人間はおのれの死
を意識にのぼらせるほかなく、そして死の予期の下に有限の生を送らざる
を得なということそれ自体、人間の個人としての生がつねに非常事態にあ
ると(実存主義に倣って)いうこともできる」(142p)
 自裁のあとで上梓される本だけに、その決意までの心理的状況がよくよ
く把握できる。
         

2018年03月01日

◆李鵬一族の落日、息子の李小鵬「落選」

宮崎 正弘


平成30年(2018年)3月1日(木曜日)通巻第5,622号 

 李鵬一族の落日。息子の李小鵬、全人代メンバーから「落選」
  周恩来の義理の息子一族、革命元勲の末裔らが迎える冷え冷えとした黄昏

李?といえば、周恩来の義理の息子(つまり養子)。元首相、前全人代常
務委員長(いわゆる国会議長)。しかしながら李鵬の評価は中国民衆の間
で極めつきに低く、なぜこんな人物が中国の最高指導者なのかト疑問視す
る声が大きかった。

トウ小平が、89年天安門事件で趙紫陽を失脚させるや、李鵬は自分が総書
記に任命されると信じていたフシがある。

突如、総書記に任命されて、上海からやって来たのは江沢民だった。江沢
民はトウ小平の後ろ盾を得て、将軍任命の辞令を乱発し、同時に軍のサイ
ドビジネスを黙認し、そうやって人民解放軍を抑えた。なぜなら江沢民は
軍歴がなく、工学エンジニア出身でソ連留学経験があり、自動車産業に詳
しいが、政治力量は未知数だった。

憤懣やりかたない李鵬は、97年香港返還式典の際、江沢民とは別に特別機
を飛ばして香港に押しかけ、2人が雛壇に並ぶという異常事態を現出し
た。それでも守旧派を「尊重」した江沢民は黙っていた。

胡錦涛時代の十年は、江沢民の「院政」であり、胡錦涛は李鵬一族のやり
たい放題に眼を瞑った。腐敗分子の象徴として泳がせたとも言える。

李鵬一家は中国の電力利権を抑えた。李鵬自身が水力発電の専門エンジニ
アあがりでもあり、中国の水力発電所からダムの建設と管理、石炭、重油
を燃やす火力発電から近年は原子力発電にいたるまで、あらゆる電気の利
権の元締めとして君臨した。

その象徴的な構造物が世界最大の水力発電「三峡ダム」であり、軍の反対
を押し切って、重慶と武漢の間の揚子江に完成させた。高さ185メート
ル。水位165メートル。

軍が強く反対したのは、軍事戦術的に言えばダムがミサイル攻撃に脆弱で
あること、地誌学的に言えば、上流地帯が水没し、生態系が激変するが、
地滑り、地盤沈下、地震の誘発が恐れられたからで、またその通りになった。

下流域では、ダム決壊の場合、溢れ出る激流が洪水となる可能性があり、
いまでも新しく80万人を立ち退かせる計画がある。『上海水没』という本
まで出た。

現実問題としてはプロジェクトの必ず付帯する、中国的伝統。すなわち
「汚職」である。建設資材から発電機購入に必要な莫大な予算。もう一つ
が立ち退き住民へ支払う補償金のピンハネだった。

地域幹部が行ったことは幽霊戸籍をでっち上げて、法外な補償金をせし
め、ポケットに入れるという大規模な汚職事件も発覚したが、その上納先
と噂された李鵬への追求はなかった。


▲李鵬の娘、李小琳は世界に「セレブ」「キャリアウーマン」と名を売ったが

この間、もっとも注目されたのは娘の李小琳で一時は中国の「キャリア・
ウーマン」の代表格として世界の有名人になった。なにしろ当時の彼女の
肩書きは「中国電力国際発展有限公司」董事長、「中国電力新能源発展有
限公司」の薫事長。

ところが習近平が権力を握るや、守旧派征伐の標的とされ、彼女は突然、
片田舎のダムの所長のポストに「大左遷」された。

息子の李小鵬はと言えば、やはり電力企業系列の社長をつとめ「アジアの
電力王」などと言われた。政界に転じて山西省副書記、省長となっていた
が、評判が芳しくなく、2016年に交通運輸部長(閣僚級}に飛ばされた。
日本で言えば「運輸大臣」だが、そのうえに国務委員(たとえば王毅外相
は上位の国務委員=楊潔チに頭が上がらない)がおり、中国ではただの飾り。

李小鵬は部長級でありながらも、全人代のメンバーに落選した2018年2月
27日)。これで中国政治における李鵬一族の利権はすべて失われることと
なった。この人事が象徴してあまりある李鵬一族の落日ぶり、周恩来の義
理の息子一家、革命元勲の末が迎えた、寒風の吹きすさぶ黄昏だ。
        
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 書評 しょひょう BOOKREVIEW 書評  
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 やっぱり世界の常識は日本の非常識なのだ
  戦争とは武力戦だけではなく、経済・情報・文明・思想戦なのだ

  ♪
日下公人『「反核」愚問 ――日本人への遺言・最終章』(李白社。発売=
徳間書店)
@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@

 日下氏の最新作である。いつもユーモラスに、しかし大胆な提言をされ
る氏の著作には独特の雰囲気が漂っていて、深刻な問題になぜか楽天的な
処方箋が付帯し、多くの日本人が安心するという『解毒剤』の役目を担っ
ている。

本人も自ら認めているように「日下サーカス」の公演である。

いつも氏に会うとニコニコしていて、いきなり、いささかの毒気を含む言
葉ではなく、ユニークな譬喩を発信される。他人に評者(宮崎)を紹介さ
れるときは、「この人は一人で新聞を発行している」とか。どうやら氏
は、小紙の愛読者でもあるらしい。

さて本書での主要テーマは日本の核武装である。

氏の認識では「世界の常識」は「日本の非常識」となる。

「国家間における『戦争』はなにも武力戦だけではなくいということで
す。経済戦、情報戦、文明戦、思想戦・・・とどれもが戦争なのです。そ
れが世界の常識です」(200p)

したがって国家安全保障をつきつけて考えれば、アメリカの核が最終的に
究極的に日本を防衛するというテーゼは成り立たないから、原則論から言
えば、日本は独自の核武装をする必要があると日下氏は説く。

米国が日本の核武装を恐れるのは、いずれ広島・長崎の報復をされるとい
う恐怖心からだが、もうひとつは日米の「同盟関係を解消ら・・・・・・
アメリカは日本という『キャッシュディスペンサー』を失っていましま
す。これまでのように経済面でのゆすりたかりが出来なくなる。これから
経済・金融面で逼迫していくはずのアメリカにとってはそれがいちばん痛
いのです」(93p)。

日下氏は10年、いや20年ほど前から核武装論者だが、いまや独自に開発す
るより「拾ってくる」方法もあると、ドキッとなるような提言をされてい
る箇所は驚かされる。具体的な方法は本書にあたってもらうしかないが、
これも評者がことある毎に言ってきたように、「インドかパキスタンから
累積債権放棄を条件に買えば宜しい」というアイディアに繋がる(拙著
『日本が在日米軍を買収し、第七艦隊を吸収合併する日』、ビジネス社参
照)。

なぜなら核兵器は4、5年から10年でメインテナンスの必要性があるため、
いちど「寿命」を迎え、なかの核物質を取り出して、ミサイルの最新型に
入れ換える必要がある。米国もロシアも、そうやって核戦力を維持してき
たが、その維持管理費用が膨大であるために、お互いが核兵器削減に応じ
ているわけだ。ということは中国とて260発と想定される核ミサイルの
更新をしていることになる。

 ▲「日本の核武装」という選択

日本の場合、よく言われた「核シェアリング」という方法は、効率的では
ないうえ最終的なボタンは米国が握る。従って日本の自立自存、自主防衛
には繋がらず、それなら最終的選択肢は何かと言えば日本独自の核武装で
ある。

日下氏も、伊藤貫氏が主唱したように、最も効率よき手段は潜水艦に核装
備の巡航ミサイルを搭載し、報復力を示すことによって抑止力となるとさ
れる。

じつは、この「海上核武装」という選択肢は永井陽之助氏のアイディア
で、当時(昭和42年)、重いテープレコーダーとカメラを抱えて北海道
から転任してきたばかりの永井教授を東工大に訪ねたとき、うかがった。
同席は山浦嘉久氏(現在『月刊日本』編集委員)だった。

永井氏が公表される意思がないので、早稲田大学国防部。森田必勝名義
で、世間に発表した経緯がある(森田必勝遺稿集『わが思想と行動』<日
新報道。絶版>を参照)。
 
いずれにしても、国際情勢は奇々怪々、日々流動しているが、ものごとの
本質を見失っては、平和ぼけのお花畑はまだまだ続く。

日下氏は言う。

「日本人は『平和』がノーマルな状態で、『戦争』はアブノーマルな状態
だと思っているけれども、欧米人はそれとは逆に考えているということで
す。彼らは『戦争』こそがノーマルな状態で、『平和』はアブノーマルだ
と感じています」(32p)
 そうだ。だから本書は『「反核」愚問』というタイトルなのだ。
       

◆習近平の独裁は2013年まで確定か

宮崎 正弘

平成30年(2018)2月26日(月曜日)通巻第5619号 

 習近平の独裁は2013年まで確定か。新憲法改正草案を公表
  団派は報復手段もなく、希望の星は次々と沈没。習の独裁に呆然自失の体

2月25日に新華社が報じた。

3月5日からの全人代で提出される憲法改正に国家主席の任期は再任まで
とした現行法を葬り、三選を妨げなくする。つまり習近平は少なくとも
2013年まで最高権力の座にとどまることを意味する。

じつは1月24日の政治局会議で、この改憲草案は了承されていた。発表を
一ケ月遅らせた理由は判然としないが、全体の雰囲気を見ていたのだろう
と推測される。

党長老が反対に回らなかった。全体の総和が、この結果とみても良いかも
しれない。

それにしても、習近平は団派のライジングスターだった孫政才を失脚させ
たうえに起訴し、李克強首相からは経済実験を取り上げ、さらには胡春華
からも広東省書記ボストを奪い、新しいポストを与えていない。

ライバルである団派は、やはり頭でっかちの党官僚育成組織にすぎず、革
命元勲らの子供たちが、中国では皇帝と眷属が富を権力を独占してきたよ
うに、古代王朝の独裁という伝統を守る体制なのだ。

団派は報復手段もなく、希望の星は次々と沈没。習の独裁に呆然自失の体
である。 

2018年02月28日

◆安邦保険を中国政府が救済

宮崎 正弘


平成30年(2018)2月27日(火曜日)通巻第5620号 

 安邦保険を中国政府が救済。CEOの呉小輝は監獄へ
  トウ小平一家の運命は、これからどうなる?

トウ小平は遺言に「墓を造るな」とした。

海に遺灰を播いて、遺族の他に立ち会ったのは胡錦涛だった。後世の報復
を恐れたからで、中国では墓を暴くのは伝統である。

トウ小平の孫娘と再婚したのは、昇竜の勢いを見せていた温洲商人の呉小
暉だった。彼は温洲市の共産党委員会幹部に取り入って、地方閥として蓄
財し、2004年に資本金五億元の保険会社を立ち上げた。

当時の状況は、中国の存在しなかった生命保険という金融商品に人々の関
心が高まり、われもわれもと有利な保険を捜していた時期と重なる。だか
らビジネスは当たった。

安邦保険は2016年までに7回も増資を繰り返し、2014年には投資家も注
目、一度の増資に500億元が集まったこともある。 

呉小暉はまたたくまに企業を肥大化させ、強気の海外企業の買収に乗り出す。

あげくはNYのウォルドルフアストリアホテルを買収し、トランプ一家に
食い入り、ニュージャージーに建設中だったトランプタワー分譲をまとめ
買いした。

「政治的コネ」の強さを見せつけ、米国の永住権取得に有利だというの
が、クシュナーの親族が唱った宣伝文句だった。

 「大きすぎて潰せない」。

日本でも過去に山一救済があり、ダイエーは救済買収がなされた。官主導
でも、業界の再編が起こり、鉄鋼、造船ばかりか銀行、保険、証券業界も
完璧に再編された。

債務超過による安邦保険の経営危機は以前から言われた。

並んで噂されるのが王岐山のコネが深いとされる「海航集団」と、習近平
一族との関連が言われる「万達集団」だ。

いずれも天文学的な債務超過、有利子負債が12兆円から15兆円、孫正義率
いるソフトバンクのそれもおよそ同レベルである。

2月23日、安邦保険倒産の危機を回避させるため、とうとう中国政府が救
済に乗り出した。呉小暉は2017年6月9日に逮捕拘束され、現在は監獄で
裁判を待つ身、容疑は中国保険法違反だとか。

同社は米国との関連が深いため、ウォールストリートジャーナルなど米国
のメジャーなメディアは大書して報道している。
        
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朝日の内側にいた人々が朝日批判の先頭に乗り出した

 朝日新聞は偽善と欺瞞の伏魔殿、その正体はいったい何か

 ♪
長谷川煕『偽りの報道』(ワック)
@@@@@@@@@@@@@@@

評者(宮崎)は朝日新聞を読んでいない。かれこれ40年以上になる。
学生時代は毎日読んでいたし、そもそも評者は朝夕、朝日新聞を配達し、
集金し、拡張まで行って学資を得ていた。文芸時評は林房雄が書いていた
し、左傾していたとはいえ、まだ良心があった。

大学入試に朝日からの出典が多いと聞いていたので、日本でいちばん良い
新聞と思っていたが、だんだん論調への疑問が生じ、いつのまにか「何を
書いているのだろう?この新聞は」と憤る日々が続いた。3年後に、同紙
が日本でいちばん悪質な新聞と分かり、それからしばらくは朝日新聞批判
も展開していた。

しかし批判も心臓に悪いうえ、精神衛生上、良くない。だから突然、朝日
購読を止めた。別に朝日新聞を読まなくても、何を書いているかは産経を
読んでいれば大枠が掴めるし、毎週の『週刊新潮』のコラムで高山正之氏
の朝日批判や『正論』『WILL』『hanada』を読んでいれば、ま
とめて朝日の遣り方が了解できる。

今起きていることも小川榮太?氏らの健筆ぶりを見ていると了解できるこ
とである。

以前の朝日批判の急先鋒と言えば、『諸君!』と『週刊文春』だったが、
前者は休刊、後者は朝日と共闘を組むようになって昔の面影はない。

 朝日新聞を毎日読まなくても、朝日の先行きは予測できる。

同紙は社内クーデターでも起こって、いきなり保守に転向し、産経の右を
走るか、それが出来なければ倒産するしかないだろう。いや、外国資本に
買収されるかもしれない。アメリカの主要メディアを豪のルパート・マー
ドックや、中国系資産家や、メキシコの財閥が代理人を駆使して買収した
ように。

そこで評者は、『朝日新聞のなくなる日』(2009年11月、ワック)を書い
た。よく売れたけれども、もう絶版になった。

言いたいことはSNSの発達が、一方的な、身勝手な主張伝達という大所
高所のメディアの在り方を変質させ、異なった意見が、主要メディアをバ
イパスして世論を形成してゆくだろうという予測だった。

事実、その通りになった。

米国ではトランプが当選し、欧州のほぼ全域でリベラルメディアの主張と
反対の政治的動きが主流となりつつある。

さて本書である。

著者の長谷川氏は朝日の内側にいた人で、永栄潔氏と同様に朝日批判の先
頭に乗り出した。その偽善と欺瞞の伏魔殿、その正体はいったい何かを内
側から鋭利に抉ったのが本書で、「安倍疑惑事件は冤罪」「安倍首相は報
道被害者」「夜郎自大の自画自賛」「陥穽に嵌った朝日記者の盲点」
「キャンペーンの歪曲性」など、小見出しを見ただけでも、その批判の激
しさが伝わってくる。        
 

2018年02月18日

◆あまりにご都合主義的な

宮崎 正弘

平成30年(2018)2月17日(土曜日)通巻第5618号 

 「ご都合主義的な、あまりにご都合主義的な」
   中国のミャンマー政策はカメレオン的ご都合主義だが。。。。

 ミャンマーからバングラデシュへ逃れたロヒンギャ難民は「68万余」
(アジアタイムズ、2月14日)にも達した。

国際社会はスーチー政権を痛烈に批判し、その非人道的な処遇に怒りをぶ
つけているが、もともとは英国の植民地における民族隔離政策が原因であ
る。だから英国のメディアが一番激烈にスーチーを攻撃し、ロンドン議会
は名誉称号を剥奪した。

この歴史のアイロニーを鋭角的に衝いてロヒンギャ問題を英国の責任とす
るのが、じつは中国なのである。

既に報じられたように、ミャンマーの孤立という絶好の機会を捉えて、外
交に活用するのが、中国の遣り方。隙間をぬってヤンゴン(ミャンマーの
首都)に突如として笑顔で近付いたのが中国だった。

王毅外相は急遽、ヤンゴンを訪問し、高らかにミャンマー支援を約束し
た。中国のメディアは「ロヒンギャはテロリスト」と国際社会とはまった
く異なる分析をして見せた。

実際のところ、中国にとってロヒンギャ問題は、直接的影響が稀薄である。

かれらの居住区(ラカイン州)に拠点があるガスと原油のパイプラインの
安全こそ気になっているが、中国がもっとも懸念しているのは、むしろカ
チン族、シャン族、ワ族、カレン族の武装勢力との武力衝突である。とく
にカチン族とシャン族は中国との国境に盤踞する。

いま一つはロヒンギャがイスラム教徒であり、かれらの一部が流れ込んだ
と推測される新彊ウィグル自治区のイスラム過激派との連携を警戒している。

ミャンマーの孤立を救うかにみえる中国は、前ティンセイン政権がキャン
セルしたイラワジ河の水力ダムの復活を狙っているが、これは住民の反対
運動が継続しており、円滑には進まないだろう。

パイプラインをすでに完成している中国としては、次にミャンマー港湾の
大活用を狙うのが「カヤウクファユ経済特別区」の開発である。この自然
の港湾は深海であり、現在、大規模なコンテナ基地を増設中である。
 
このプロジェクトはCITIC(中国国際投資信託公司)が主導権を握
り、ミャンマー政府との合弁事業として、中国港湾エンジニアリング公
司、雲南建設集団など中国系企業三社と、タイのCPグループが参画して
国際的なコングロマリットを形成し、コンテナヤードの拡大と付近の工業
団地、輸出特別区など宏大な施設をつくるという蒼写真のもと、工事が進
捗している。

この経済特区の建設現場は、ラカイン州の南部に位置し、ロヒンギャとの
衝突現場からはやや遠隔地になる。

まさに中国は「人権」を逆手に、ミャンマーを外交的に活用して得点を上
げる。「ご都合主義的な、あまりにご都合主義的な」カメレオン外交には
要注意だろう。

2018年02月17日

◆習近平は定年を延長し居座る心算

宮崎 正弘

平成30年(2018)2月16日(金曜日)通巻第5617号 

 習近平は定年を延長し、4期連続、20年をトップに腹積もり
  モデルはプーチン、長期政権の秘訣は周囲に優秀な部下を置かない

歴史始まって以来、どの国でも独裁権力を持続させる秘訣は、周りに潜在
的ライバルを置かないことであり、団派のライジングスターの一人だった
孫政才の失脚が代弁するように潜在する「敵対者」は葬り去り、政治局を
忠誠心だけが突出したイエスマンで側近を固め、またボディガードは出自
をよくよく吟味し、頭は空っぽでも肉体が強権であって、忠誠心がとびぬ
けて高いものを選ぶ。

さらに権力のボディガードである軍においては、敵対派閥の軍人はすべて
辺境に左遷するか、定年前でも引退に追いこみ、従順な軍人を高層部で固
めることである。そのうえ「うるさ型」の理論をこねまわす劉源(劉少奇
の息子)や劉亜州、羅媛らを勇退させた。
理論派軍人など不要というわけだ。

太子党とて、煙たい存在は疎遠にし、例えば胡耀邦の息子の胡徳平など
は、日本向けの柔和な顔が必要な時だけ利用する。江沢民の息子、李鵬の
息子2人と娘、胡錦涛の息子などへの冷遇ぶりを見ても、そのことは明白
だろう。

したがって習近平は新しい軍事委員会をほぼ味方で固め、房峰輝(参謀
長)を更迭した。そのうえ、第2軍の「人民武装警察」の指揮権も中央軍
事委員会に一本化した。

潜在的に敵対するとみられた軍人を片っ端から更迭し、とどめの人事が氾
長龍(前軍事委副主任)を逮捕・拘束し、汚職容疑で起訴することに表れ
る。氾長龍は軍のボスだった徐才厚と郭伯雄(ともに江沢民派で元軍事委
副主任。徐は死亡)に近い軍人とされた。

軍人精神に富んで不正を嫌った張陽は自殺した。

次に習近平が着手したのは地方幹部の大幅な入れ替えである。大半を「習
近平派」と呼ばれる子分たちで固め、しかも特徴的なのは、習近平より一
世代以上若いことである。

将来の権力維持のために、この若き習近平派に徹底的な幹部教育をなし、
政治的実力をつけさせ、自分が居座る間に次の後継者をこの中から選抜す
るのが基本方針だろう。

注目すべき「習近平派」の3段跳び人事で登場した若き新顔リストは下記
の通り。

名前    新ポジション    前職
〜〜〜   〜〜〜〜〜〜〜   〜〜〜〜
王東峰   河北省書記     天津市長
陳求発   遼寧省書記     遼寧省省長
李 強   上海市書記     江蘇省書記
楼勤検   江蘇省書記     陝西省書記
干偉国   福建省書記     福建省省長
李 希   広東省書記     遼寧省書記
胡和平   陝西省書記     陝西省省長
唐一軍   遼寧省省長     浙江省副書記
張国清   天津市長      重慶市長
唐良智   重慶市長      重慶副書記
劉国中   吉林省省長     陝西省省長

このほか、31の行政区の副書記、副省長クラスのどこかのポストに習近平
の子飼いが就任した。特色は、これら若いリーダーのほとんどが習近平の
福建省時代(1985−2002)、浙江省時代(2002−2007)時代の部下である
こと。

また特別な配慮がされたのは下放されていた陝西省時代の同僚や部下、そ
して清華大学閥からは有能なエンジニア出身組をすくいあげて上位に配置
した。


 ▼とりわけ注目は李強、李希、唐一軍だ

「中でも上海特別市書記に任命された李強である」と世界的なチャイナ・
ウォッチャーとして知られるウィリー・ラムが言う(米国ジェイズタウン
財団『チャイナ・ブリーフ』、2018年2月13日号)。

李強は1959年生まれ、習が浙江省書記時代に温州市書記を務めた。温州と
いえば「中国のユダヤ人」と言われるがめつい商人の町だ。

上海は中国経済の象徴であり、金融のセンターでもある。
 
次いで李希である。かれも李強と並んで政治局入りしている。

 中国最大のリッチ地区は広東省。第19回党大会までは『団派』のホープ
といわれた胡春華が書記だったが、李希と入れ替わった。

李希は1956年生まれ。陝西省出身で、習近平の信頼が厚いとされる。

ダークホウスは唐良智である。唐は1961年生まれ、ほとんどのキャリアを
浙江省で過ごしたが、党大会前に浙江省副書記となり寧波市長を兼ねた。
寧波は上海の南対岸にある重要な港町、秀吉の時代は、この寧波が貿易の
拠点として栄え、また倭寇の本場、出撃拠点とも言われた。

次に注目は『国防技術』分野からの大抜擢3人組である。

胡和平は流体力学専門家で精華大学閥(1962年生まれ)、張国清
(1964)は電気技師出身で国防技術畑からの抜擢。超求発(1054)は宇宙
航空専門家で、国防大学出身。
 
いずれにしても多くが第6世代に属し、習近平の後継世代となる可能性を
秘めているが、問題は誰も政治的力量をもって評価されたわけではないこ
と、修羅場を潜り抜けた革命世代とは、その血を血で洗う凄絶な闘争心を
欠落させており、骨太どころか、線の細さが気になるところだろう。だ
が、皇帝側近とはツワモノではなく、ごますりというのが、中国史の特質
である。
     

2018年02月16日

これは断末魔ではないのか?

宮崎 正弘

平成30年(2018)2月15日(木曜日)通巻第5615号 

 これはどう客観的にみても、断末魔ではないのか?
  海航集団、香港の一等地をヘンダーソンランドに売却

 最新の中国国家統計局公表の数字に拠れば、中国の「ジニ係数」は0・
467である。

つまり中国の富の半分近くが僅か1%の特権階級によって独占されている
衝撃的データであり、中国政府がおおやけにこれを認めたということである。

ついでながら、この数字は控えめなもので、本当は0・6という統計が複
数の大学シンクタンクから提出されている。

一般概論として、ジニ係数が0・4を超えると、内乱か反政府活動が本格
化すると言われる。

中国の治安対策費は国防費よりも多額であり、そのうえ防犯カメラを全土
津々浦々に設置し、あげくにはビッグデータで国民一人ひとりを監視して
いるため、反政府活動はしづらい。けれども国民の憤怒が爆発し、ローン
ウルフ型テロ行為が頻発している。

習近平独裁体制は、「デジタル・レーニン主義」という譬喩が世界の常識
化している。

さて、中国のトップ企業が軒並み資金難に陥没し、保有資産の売却によっ
て当座の運転資金を調達しているという現実がある。

トップの万達集団(王健林CEO)は世界的有名人だが、保有してきた自
慢のホテルチェーン、映画館チェーン、テーマパークの大半を売却した。
それでも有利子負債は14兆円、本格的償還はこれから始まる。

万達集団の窮状をみかねたのか、これぞチャンスと便乗したのか、テンセ
ント、融創集団、蘇寧雲商集団など4社が合計5800億円の出資に応じた。
これで有利子負債を軽減し、不動産部門の子会社の上海株式以上への再上
場を狙うという。

王岐山との深い関係が取りざたされた「海航集団」も、海外企業の買収案
件はほとんどが頓挫した。いや、そればかりか、借入金の償還を間近にひ
かえて資産売却を加速化させている。
 
海航集団は昨年購入したばかりの香港の一等地を、香港デベロッパー第2
位のヘンダーソンランドに売却する。

これは旧啓徳空港跡の宏大な土地を5区画に分けて、マンション群を建て
るという香港の都市計画。海航集団は、このうちの4区画を購入していた。

今回、背に腹は代えられないとばかりに貴重な2区画を売却する。購入時
の価格は143億香港ドル。売却は160億香港ドル。売却益がでるが、この間
の利息支払いと差益への課税が控えている。

絶好調と言われ、日本のシャープを買収し、ついでにCEOの郭台銘が訪
米してトランプ大統領とも約束した鴻海工業とて、米国への大工場建設が
法螺話におわる可能性なきにしも非ず。

というのも鴻海の株安が止まらず年初来20%の値崩れを起こしている。

ネット動画配信の大手「樂視」の株安も止まらず、上場時の株価の3分の
1に陥没、米国のEV工場建設という強気の投資が裏目にでたといわれ、
主力部門の売却に迫られている。

ほかにも事例を挙げれば再現がないが、ことほど左様に中国の多くの新興
成金たちの壮大な夢も邯鄲の夢となりつつある。 
         

2018年02月15日

◆EU、ロシアなど80ヶ国がCRSに署名

宮崎 正弘

平成30年(2018)2月14日(水曜日)弐
         通巻第5614号 

 EU、ロシアなど80ヶ国がCRSに署名
   テロリストの資金洗浄、脱税ルートを封鎖へ

2月12日、EU委員会は、ロシアの加盟をまって「CRS」(共通報告銀
行基準)に署名した。これでCRSの加盟国は80ヶ国となった。ただし、
独自の「FATCA」を進める米国は、EU主導のCRSには加わってい
ない。(FATCAは日本では、「外国口座税務コンプライアンス」と翻
訳されている)

分かりやすく説明する必要がある。

EU域内で、「怪しげな銀行ルール」を維持してきたのはスイスの銀行の
他に、サンマリノ、アンドラ、リヒテンシュタイン、モナコがある。脱
税、匿名口座、秘密口座など、伏魔殿のように、世界から怪しい資金が流
れ込んだ。

大金持ちや新興成金ばかりか、この秘密性に目を付けた犯罪集団、アラブ
の王族、アフリカの独裁者、中国の支配階級、そしてロシアの新興財閥等
がフルに活用してきた。

9・11事件以後、米国はテロリストへの資金ルートを根絶せんとして、ス
イスに強力な圧力をかけ、とうとう秘密口座の公開に踏み切らせた。

交渉が数年にわたったため多くの秘密資金は、この間に海外のオフォショ
ア市場へ流れ出た。たとえばロシアの新興財閥の資金はキプロスから、マ
ルタへ移動させたり、中国の資金洗浄ルートはカリブ海の英領バージン諸
島が利用された。

犯罪集団や資金洗浄のプロ達は、手口を高度化させ、カリブ海のタックス
ヘブンなどに幽霊企業を設立し、あたらしい脱税の温床が生まれた。

加えて「オフショア取引」の発達と発展によって、まだまだ怪しげな市場
が世界に広がっており、サモア、バーレーン、バルバドス、グレナダ、マ
カオ、UAEなど17のオフォショア市場が、今後は「制裁」の対象とな
る可能性がある。

また「グレーゾーン」のリストにはセルビア、モンテネグロ、マケドニ
ア、アルメニア、ウルグアイ、香港、マカオ、ヨルダン、モロッコなど
47ヶ国の怪しげな銀行があがっており、言ってみればモグラ叩きのよう
なゲームが今後も持続されるだろう。

         
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 国際的なテロリズムの専門家が挑んだ「ルール変更」
  民間人を巻き込む暴力にミンシュシュギ体制は脆弱すぎないか

  ♪
B・ガノール著、佐藤優監訳
『カウンター・テロリズム・パズル  ─政策決定者への提言』(並木書房)
@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@

 著者のガノール氏はイスラエルの国際カウンター・テロリズム政策研究
所(ICT:International Institute for Counter-Terrorism)の創設者で
ある。

現在、事務局長を務め、「テロリズム研究」の第一人者として世界的に知
られる人物であり、詳しくは、「監訳者のことば」で佐藤優氏が次のよう
に紹介している。

「私がガノール氏の名前を初めて聞いたのは、2001年3月のことだった。

イスラエルのインテリジェンス専門家から、『近未来にアメリカ本国か、
その同盟国で、国際テロ組織アルカイダが、奇想天外な方法で大規模なテ
ロを起こすことを警告している学者がいる』とガノール氏の論文のコピー
を渡されたことがある。そして、その6カ月後の2001年9月11日にアメリ
カで同時多発テロ事件が起きた。この事件で国際関係のゲームのルールが
大きく変わった」(佐藤優)
 
本書はテロリズムを学際的に分析した貴重な研究書で日本訳はもちろん初
めてである。

著者は、まず「テロリズムの定義」の必要性を論じ、もし定義が曖昧模糊
たる場合、「自分たちはテロリストではなく、民族解放を行なっている」
という言い逃れを許してしまうからである。

実際に世界の多くのテロ事件に犯人達の言い草がそうだ。

著者は、テロリズムを「自らの政治目標を達成するために、意図的に民間
人に暴力を行使する闘争」と定義している。この定義が一般的になれば、
「テロ」と「ゲリラ戦」「民族解放運動」との違いが明確になり、テロ対
策の国際協調がしやすくなる。

何しろ民主主義は人権を優先するため、テロリズムに対して脆弱である。
これを「民主主義のジレンマ」と著者は言う。

民主主義国家は、その基本的な価値観(人権の尊重、表現の自由、拷問や
懲罰の禁止など)を維持しながら、テロと戦わなければならない。
ところがテロリスト側にルールはない。やりたい放題、どんな卑劣な手口
でも、テロリストは平然と活用する。

もし民主主義の価値観をないがしろにしてテロ対策を優先すれば、その政
権は長くはもたず、結果的にテロに敗北する。これが「民主主義のジレン
マ」であると著者は言う。
 
本書では他に「対テロ立法のジレンマ」「テロ報道のジレンマ」などが詳
述されている。

建国以来、イスラエルはパレスチナ紛争を戦い、ヒズボラとのテロ対応を
強いられ、欧米よりも早い段階からテロ対策を講じ、ノウハウを蓄積して
きた。

そのイスラエルにおいても、一貫したテロ対策はないのだという。

2020年に東京五輪・パラリンピックを開催する日本にとって、テロ対策は
急務であり、テロを包括的に論じた本書の価値は高い。

東京五輪の選手、役員ならびにファン、警備を担当する全国の警察関係者
にも必携の書である。
           
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 ソ連製のAK47は世界最大のベストセラー兵器だが
  カラシニコフのライバと比較し、世界の戦場で発揮された有効性に注目

G・ロットマン著、床井雅美監訳、加藤喬訳
『AK-47ライフル  ─最強のアサルト・ライフル』(並木書房)
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AK-47ライフルとその派生型火器は、ほかのどんな小火器よりも数多く製
造されている。世界のベストセラーである。ロシア製のオリジナルに加
え、海外でコピーされたり、ライセンス生産されたりした製品を総計する
と1億挺と推定され、2位のM16ライフルの800万挺を大きく引き離してい
るという。

取り扱いが容易で故障知らず。

AK-47ライフルは使い手を選ばない。1949年に正式採用されて以来、70年
が経過した今日、なんと80カ国以上の軍隊で使われ、無数のゲリラ組織、
反政府グループ、民兵組織、テロリスト、犯罪組織等が使っている。

まさに「人民のアサルト・ライフル」と言われる所以だろう。

なぜ、これほどまでにAKライフルが戦場で使われ続けるのか? 

それはAKライフルのもつ「耐久性」に最大の理由があるという。雨、泥、
砂ぼこり、酷暑や氷点下の気候、整備不良など、戦場の過酷な状況下でも
問題なく作動し、「兵士の手荒な扱いにも耐えられる」からだ。

「複雑なものはたやすく作れるが、簡素な設計こそが難しい」というロシ
アの設計思想が色濃く反映されているからでもある。

「耐久性」を高めるために部品数の削減が図られ、作動部品の公差(こう
さ)が大きくとられている。部品形状の違いは作動不良の原因となるた
め、AK-47ライフルの場合、意図的に部品形状のバラつきの許容範囲が大
きくとられているのだ。結果、多少形状や寸法が異なる部品が組み込まれ
ても、変わらず射撃できる。

 西側諸国の軍隊は遠距離からの精密射撃で交戦する戦術を重視した。

ところが、ソ連は近距離でのフルオート射撃を優先し、AKライフルを開発
した。東西両陣営の考え方には一長一短があり、どちらか理想的な戦術と
は言えないまでも、もしワルシャワ条約機構軍と西側諸国軍とが接近戦闘
を起こしていたと仮定したら、猛烈な集中制圧射撃に西側諸国軍が見舞わ
れていただろうと類推されている。

 本書には、アメリカ側から見たAK-47ライフルの評価が明確に書かれ、
M16ライフルを使っていた当事者が、M16ライフルはAK-47ライフルにま
さる点がほとんどなかったと正直に書いている。まったくの驚きである。

AKライフルを撃った経験も、撃たれた経験もしている著者が、カラシニコ
フのライバルだったM16との比較を交えながら、全世界の戦場でAKライフ
ルが見せた有効性、第2次世界大戦後からの開発史、最新の派生型につい
て詳しく解説した。

もう一つ、本書も魅力はと言えば、監訳者の床井雅美氏が、AK-47の開発
者ミハエル・カラシニコフ氏とM16の開発者ユージン・ストーナー氏との
極秘の対談に立ち会った事実である。
  

2018年02月14日

◆マティス国防長官、ミュンヘンなどを歴訪

宮崎 正弘

平成30年(2018)2月13日(火曜日)通巻第5612号 

 マティス国防長官、ブラッセルからスタットガルト、ミュンヘンを歴訪
  EU国防相会議、アフリカ諸国国防相会議をこなし、ISとの決着戦
へ構え

朝鮮半島は平昌五輪が終わるまで、米軍は動かないだろう。

この間隙を縫って、米国のマティス国防長官は、欧州に入った。2月13
日、ローマからブラッセルへ飛ぶ国防長官は、ここでNATOの加盟国す
べての国防相との一連の会議をこなし、南ドイツのスタットガルト(欧州
とアフリカ諸国との防衛会議)、そしてミュンヘンへと回る。後者は「第
54回防衛会議」で、ロシアとの防衛協議になる。

これら一連の会議では、ISへの取り組みが主要議題になると推測されて
いる。

ISを「殲滅した」とされたのはメディアの思いこみに近く、たしかに
ISはシリアでの影響力を無くした。なぜならロシアが参戦し、どさくさ
に紛れてトルコがIS撲滅を掲げつつも、じつはクルド武装勢力への武力
制圧作戦を展開し、この大混乱の闇に乗じて、多くのISの残留兵はチグ
リス・ユーフラティス河を渡河して、どこかへ消えた。

米国ならびにNATOは、このトルコの鵺的行動に不信感をぬぐえず、ロ
シアとの過激な接近ぶりに神経を尖らせるが、トルコへの制裁措置も外交
的工作も出来ない。トルコはNATO加盟国であり、ポスポラス海峡を扼
するイズミールにはNATO海軍基地を置いているからだ。

欧州へ戻ったIS残党はおよそ1500人、アフガンへ潜入したIS兵士が数
千と見られ、またリビアのあちこちに軍事基地を建設したため、ときおり
米軍機が空爆している。

マティス国防長官の訪欧は、これらの諸情勢を踏まえて、今後、いかに
ISとの軍事作戦を強化できるかの話し合いになるだろう。

         
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 三島由紀夫の遺作『豊饒の海』の謎に再挑戦
  記憶も何もないところへ来てしまった、庭は夏の日だまりにしんとし
ている

  ♪
井上隆史『「もう一つの日本」を求めて 三島由紀夫『豊饒の海』を読み
直す』(現代書館)
@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@

井上教授にはすでに最後の四部作『豊饒の海』の謎に挑んだ評論がある。
この「いま読む名著」シリーズでは、議論を深化させ、あの昭和三十年代
から四十年代という典型的な「戦後」の時代背景、思想的背景を探り直
し、三島の遺作となった『豊饒の海』こそは「虚無の極北」。「三島の終
着点」であったことを幾重にも思考しつつ重厚に解説する。
本書は待ち望まれた力作である。

最初に井上隆史氏は渋沢龍彦の『豊饒の海』への評価を紹介し、「近代と
いう時代のおけるすべての事象は、直線的に発展してゆくはずだという近
代主義、進歩主義的な世界観が横たわっている。ところが輪廻転生という
観念においては、ただ事象が繰り返されるのみで、それでは凡庸、平板
な、世界観とも言えぬような世界観が展開するに過ぎない。

それは、近代的な小説観、世界観と矛盾をきたす。主人公が輪廻転生する
という設定は、単に非科学的で荒唐無稽な夢物語だという以上に、そもそ
も小説としては成り立たないのである」(9p)

しかし『天人五衰』で「輪廻転生の物語は、いわばすべて本多の妄想に過
ぎなかった」(井上)とうい筋立てになっているものの、三島の友人でも
あった渋沢龍彦氏は、こう書いたのだ。

「『天人五衰』のラストの夏は、輝かしい叙情の夏ではないけれども、そ
れでもやはり終末の夏、しんとした、あらゆる物音の消え去った、そのま
ま劫初の沈黙と重ね合わせられるような、三島氏がどうしてもそこから離
れられなかった、あの永遠の夏であることに変わりはなかったのである」と。

すなわち戦後の経済のみの発展を進歩の過程と信奉した見方を転覆させ、
近代主義と進歩主義的世界観を否定することに繋がる。

夢物語としての輪廻転生を三島の『豊饒の海』によって、いきなり見せつ
けられた当時の日本文壇は狼狽した。多くの批判は、進歩主義の立場から
のもので、三島が想定したように痛罵をもって迎えられたが、ほとんどの
批評家は沈黙したのである。

評者(宮崎)は当時まだ学生の延長気分の頃だったが、四部作のうち、第
三巻の『暁の寺』こそが、最重要であり、三島の思想の遍歴と結実が凝縮
された傑作ではないのかと直感したことを思い出すのだ。

だが、周囲の文藝評論家たちは、『春の雪』が悲恋の物語りであり、文学
史に残る傑作だと騒いだが、第2巻『奔馬』に関しては論評さえ出来な
かった。うろたえたのだ。

評者にとって第四巻の『天人五衰』を読み終えたとき、どうしてもニー
チェの『悲劇の誕生』の一説をおもい浮かべた。

 ニーチェは夢と現実を以下のようにまとめている。

生は醒めている半分と夢見ている半分とから成っているが、醒めているほ
うがわれわれには比較にならぬくらい優れた、重要な、値打ちのある、生
きがいのある半分と思われている。否、生きるとは、この醒めた半分だけ
を生きることだと思われている」(秋山英夫訳、岩波文庫版『悲劇の誕
生』、59p)。

そしてニーチェは言うのだ。

「科学の精神という言葉で理解しているのは、ソクラテスという人物にお
いてはじめて世にあらわれた信念、自然が究明できるものであり、知識が
万能薬的な力を持っているというあの信念にほかならないのである。この
前進して休むことを知らない科学の精神が、さしずめどういう結果をもた
らしたかと考えてみるひとは、神話がそのために滅ばされたということ、
この破滅によって文学もまたその自然の理想的地盤から追い出され、故郷
を失うようになった」(187p)。


▲唯識、阿頼椰識はニーチェが示唆した永劫回帰、権力意思に似ている

井上教授は、これらニーチェの言葉には言及していないのだが、しかし次
のように分析を進める。

「唯識の教えによれば、外界に実在すると思われている現実、事象はすべ
てこの阿頼椰識という心から生み出された幻の像に過ぎない。ところが、
その像に執着することにより幻は実体化し、人生は苦しみの連続となる。
逆に、すべてはまぼろしだと知れば、悟りが開かれ心も消滅する」(井
上、51p)

かくして『豊饒の海』は虚無の極北が顕現される終末を迎え、松枝清顕と
聡子との悲恋はまぼろしではなかったのか、夢の半分ではなかったのか、
しかし本多を前にして聡子は言った。

「松枝清顕さんという方は、お名をきいたこともありません。そんなお方
はもともとあらしゃらなかったのと違いますか?」

本多は呆然とする。もし松枝がいなかったとするなら、「今ここで門跡と
会っていることも半ば夢のように思われてきて、あたかも漆の盆の上に吐
きかけた息の曇りがみるみる消え去っていくように」

 「門跡の目ははじめてやや強く本多を見据えた。『それも心々(こころ
ごころ)ですさかい』」。

 そのあと案内された庭をみつつ、「記憶もなければ何もないところへ、
自分は来てしまったと本多は思った。庭は夏の日ざかりの日を浴びてしん
としている。

ここに井上氏がみたものとは「近代という時代が行き着いた果ての究極の
虚無」であり、「それは意味という意味が崩壊する極限状態であり、言葉
によって表現しうる限界に言葉で挑もうとすること、表象不可能なものを
表象しようとすることでもある」(183p)

こう書いてきて、評者は再び、三島とニーチェの関連を見直す必要を感じ
る。じつに三島ほどニーチェを理解し、十分に咀嚼した上で、ニーチェを
克服し、輪廻転生という東洋の哲学の奥義に迫った作家はいないだろう。

ニーチェはギリシア文献学が出発であり、ギリシア悲劇の専門家でもあ
り、アポロンを「理性をつかさどる神」と位置づけ、ディオニソスと対照
的な存在と捉えている(『悲劇の誕生』)。

このニーチェの処女作『悲劇の誕生』が三島の初期の作品でも色濃く投影
されていることは多くの批評家も認めるところである。

アポロンは主神ゼウスの息子。牧畜と予言の神、竪琴を手に執る音楽と詩
歌・文芸の神とされ、また光明神の性格を持つため「太陽神」ともされ
た。三島の四十代の作品に『太陽と鉄』があるように。

 アポロンは知的文化的活動の守護神でもある。同時に戦闘に強く、米国
の宇宙計画で月に行った宇宙船も「アポロ」{アポロンと同義)である。
 ニーチェは「強さのペシミズム」「近代人」「悲劇」「道徳のソクラテ
ス主義」「理論的人間の弁証法と満足と明朗さ」、そして「後期ギリシア
精神のいわゆる「ギリシア的明朗さは、ただ夕焼けに過ぎないのではない
か」(秋山英夫訳、11p)。

これらが三島作品のなかに頻出する語彙に近似している。

評者は嘗て三島由紀夫がギリシアに恋いこがれたように太陽に憧れ、ギリ
シアの肉体美に憧れ、そのギリシア人が尊んだ価値観に憧れて書いた『ア
ポロの杯『』を持参してギリシア各地を旅したことがある。

聖地デュルフイでは、三島が宿泊したホテル(カテリーナ)がまた残って
いたが満員だったので、その隣のホテルに旅装を解き、最初の五輪発祥の
地という競技場跡やディオニソス劇場をみた。

三島が感動したというギリシアの風にあたりながら、むしろ考えていたの
は、なぜ、このようなことに、かの文豪は感動したのかという、その発想
の原点であった(拙著『三島由紀夫の現場』、並木書房を参照)。

しかし、後年の三島やほとんどギリシアに興味を失い、そして『音楽』で
みせた夢判断や『絹と明察』の鮮やかなまでのニーチェの残映とも訣別
し、仏教的、東洋的思想に傾斜して行ったのではないのか。

様々なことを連想しながら本書を読み終えた。