2017年08月04日

◆パキスタンに裨益しないCPEC

宮崎 正弘



<平成29年(2017)8月3日(木曜日)
        通算第5381号> 

 〜パキスタンに裨益しないCPEC(中国パキスタン経済回廊)
  IMFも「一方的な中国の利益」とプロジェクトに懐疑的な報告〜

「ちっともパキスタン経済に裨益していないじゃないか」とパキスタン経
済界から不満の声があがっている。

中国から安い物資がどんどんパキスタン市場に流れ込み、パキスタン製品
が駆逐され、そのうえグアダール港工事のための建機、セメントなど全部
が中国からの輸入となって、貿易赤字が拡大、外貨準備は底をついている。

「なにが双方の利益だ」と嘆きの声は日々大きくなる一方だ。

一帯一路の目玉プロジェクトは中国が500億ドルを投じ、イランよりのグ
アダール港から新彊ウィグル自治区のカシュガルまで鉄道、ハイウェイ、
パイプライン、光ファイバー敷設という4つの工事である。これが
CPEC(中国パキスタン経済回廊)だ。すでに工事は佳境に入っている。

ところがグアダール港の位置は「パロチスタン藩国」の領地で、英国が勝
手に地図をひいてパキスタンに編入した経緯があり(ちなみに国王(藩
主)は英国に亡命中)、バローチ人はまったく歓迎していない。

そのため中国人へのテロ、誘拐事件が繰り返され、その工事現場の警備を
パキスタン軍がおこなうという皮肉。

もっと具体的に言えば、プロジェクトの資金は中国が寄付するのではな
く、中国がパキスタンに貸与するのであり、担保は将来の「通過料」「道
路使用量」「鉄道運賃」などである。当初の計画ではパキスタンは、
2024年には35億ドルから45億ドルの「収入」が見込めるという青
写真になっていた。

IMFの報告は「輸出力向上が見られず(そもそもパキスタンからの輸出
品は殆どない)、予測される利益はなく、パキスタンの赤字拡大の怖れが
ある」と警告している。

大型のプロジェクトはいまも不足している電力を必要とするが、そのため
にはダムがもっと必要になる。中国からの代金決済は人民元ではなくドル
決済のため、ますますパキスタンの外貨準備が激減している。

あまつさえ隣国インドが中国主導の一帯一路そのものに反対しており、し
かもパキスタンとインドが抱える領土係争地を、このプロジェクトが通過
する。

スリランカ、インドネシアほかで、中国の提案を再検討する動きがあった
ように「パキスタンはプロジェクトそのものを再検証しなければならない
だろう」とパキスタンの識者は口を揃えている(アジアタイムズ、7月
31日)。

いやはや前途多難というより真っ暗、そのうえパキスタン政変はシャリフ
政権を崩壊に追い込み、北の隣国アフガニスタンへはIS兵士が帰還し始
めて大がかりなテロが予測され、西の隣国イラン国境も剣呑な情勢であ
る。一難去って、また一難。
       

2017年08月03日

◆郭文貴とアブダビの大金持ちとの

宮崎 正弘



<平成29年(2017)8月2日(水曜日)通算第5379号> 

 〜郭文貴とアブダビの大金持ちとの怪しげなディールの詳細
  『財訊』によれば、この詐欺師、30億ドルをだまし取ったとか〜

雑誌『財訊』と言えば、世界的に読まれる中国経済界のメディアである。
7月31日発売号の同誌は、ニューヨークに逃亡中の郭文貴がアブダビ
で、王族の大金持と組んで「ACAキャピタル」というファンドを創設し
た。アブダビの王室ファンドは15億ドルを出資した。

アブダビ王室に、この郭文貴を紹介したのはブレア英国元首相だった。
将来性のある企業、ベンチャーに投資すると謳われたが、実際には郭文貴
の借金返済に廻された。これが2014年のことである。

2015年、公安副部長だった馬健の失脚をしった郭はさっと米国に移住した。

アブダビの投資家は慌ててニューヨークの郭文貴を訪ねて問いただすと
「心配要らない。オレはもっと上の共産党幹部と特別なコネがある」と豪
語し、驚くべきことに、追加で15億ドルを出資させるのだった。

郭はこのカネでNYの豪華ホテルを借り切り、さらに香港のハイトン証券
の株式42」%を取得した。そしてアブダビに出資者に、中国で保有する財
産を処分して、全額をACAキャピタルに返還するとした。

すでに中国国内では郭の財産は凍結されており、返済は不可能となった。
アブダビは面目丸つぶれとなるのを避けるため、この話を公表しておら
ず、郭文貴はツィッターで、それは「私を貶めるための謀略報道」だと反
論している。真相は薮の中、おそらく、報道に近いことが起きたのであろう。

        

2017年08月02日

◆ジャクソンの亡霊が再来したのか?

宮崎 正弘



<平成29年(2017)8月1日(火曜日)通算第5378号> 

 〜まさにアンドリュー・ジャクソンの亡霊が再来したのか?
  スカラムッチ広報部長を十日で更迭、ケリー首席補佐官の最初の任務〜


トランプ政権のホワイトハウスは混沌としてきた。
 
フリン補佐官、スパイダー報道官、フリーバス首席補佐官を更迭し、マク
ファーランド副補佐官をシンガポール大使に飛ばし、つぎにセッション司
法長官を更迭する構え。かようにばっさばっさと登用した人材を切り捨て
る荒技は、第七代大統領アンドリュー・ジャクソンの再来を彷彿とさせる。

ジャクソンは決闘を好み、ルールは守らず「わたしが法律だ」と息巻い
て、奴隷も酷使し、前のオバマは執務室にあったジャクソンの肖像画を倉
庫にしまわせ、あまつさえ20ドル札の肖像から彼を消し去ってしまった。

トランプは就任草々に、このジャクソンの肖像画を倉庫から引っ張り出し
て、ホワイトハウスの執務室に高々と掲げ、そこで閣僚に任命した人々を
招いた。セッションズもその一人である。

国土防衛長官だったジョン・ケリー(前南方軍司令官)をフリーバスの後
釜の首席補佐官に据え、彼の最初の仕事は、任命したばかりのスカラムッ
チ広報部長の解任だった。

ケリーは海兵隊出身の荒武者。このケリーを通さないと大統領に面会が出
来ないのがホワイトハウスの部屋割りとなっており、顔パスで出入りでき
るのは、クシュナー、イバンカ夫妻とバノン上級顧問くらいとなった。

日本的価値観からみれば、和を尊ばない遣り方は歓迎されないが、精神風
土が異なるアメリカでは、あまり気にならないらしい。だから、北朝鮮に
対して、誰もが予測しないことをトランプが繰り出す可能性は、むしろ高
まったとみる。
        

2017年08月01日

◆「最先端AI技術を中国から守れ」

宮崎 正弘



<平成29年(2017)7月31日(月曜日)通算第5376号>   

 〜アメリカの「最先端AI技術を中国から守れ」とペンタゴン内部文書
  シリコンバレー、すでにAI研究開発の29社に中国資本〜

次世代AI開発に米国は向こう3年間に180億ドルを投じる。主目的は軍
事ロボット、派生して民間転用できるテクノロジーは医療、介護、自動運
転などに使われるだろうと言われる。

研究開発のメッカはカリフォルニア州のシリコンバレーである。

ところが合弁、ベンチャーキャピタル、企業買収、株主参加など巧妙な手
口で中国が浸透しており、すでに29社が中国資本となんらかのアクセス
があるという。

ペンタゴンは内部報告を出して、「いかにして中国のアクセスを阻止でき
るか」、緊急に対策を講じるべきだと警告している(アジアタイムズ、7
月29日)。

米国では「先端企業、とりわけ国家安全保障との係わりのつよいところへ
の外国の買収を認めない」と監査するCFIUS(外交資本審査委員会)
があるが、「企業買収」の形態を踏まえず、また新分野であるAIの研究
開発という最先端テクノロジー防衛に関して具体的な監査機関がない。

「アメリカに開発させて、その成果をごっそりいただこうとしている」と
中国ならびに他の敵性国家を警戒するのだが、シリコンバレーは、そうし
て危機意識が薄く、就中、ベンチャーへの資本導入には国籍を問わず熱心
な技術者、学者、企業家が目立つ。

ましてシリコンバレーは政治思想的にはリベラル一色、トランプ政権を支
持する企業家やビジネスマンはことのほか少数である。

「カンヨン・ブリッジ・キャピアル」という怪しげなベンチャーが「ラ
ティス半導体」(オレゴン州ポートランド本社)に買収を仕掛け、途中で
世論の反対がでて退けられた。

この怪しげなベンチャーファンドは中国系だった。

すでに中国がAIならびに先端軍事技術、暗合技術の取得のために、米国
に投下した金額は99億ドルに達する。

アメリカの先端企業に浸透する中国スパイ、無節操でカネに転びやすいア
メリカ人専門家などが秘密のネットワークを地下組織的に構築したと見ら
れ、いかにアメリAが防御策を講じようとも、漏洩は不可避的である。

いずれ中国はAI技術においてアメリカを凌駕する可能性上がると、ペン
タゴンの専門家は強い警告を発している。
        
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
◆書評 しょひょう BOOKREVIEW 
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 戦地で激闘の苦難と戦ったのは皇軍兵士だけではなかった
  兵隊とともに歩み、戦い、散った軍馬百万頭の悲劇があった
 
  ♪
加藤康男『靖国の馬――戦場に散った100万頭』(祥伝社新書)
@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@

ちょうど靖国神社へ行く所用ができた。本書にしたがって、境内右奧の小
粒な広場に達つ『戦没軍馬慰霊像』を拝観し、合掌した。

軍馬は戦争中に『天皇の御分身』として配属され、およそ百万頭が戦地に
散った。帰国した馬は1、2頭しかなかった。この戦争馬の運命を著者は
克明に辿った。珍しい記録である。

あの大東亜戦争は「人馬一体の戦争」だったと加藤氏は言う。

「軍馬は斥候や先陣を駆けめぐる乗馬として、また重い火砲を挽く輓馬と
して、軍需品を背負い搬送する駄馬として、戦地に赴いた。そのほとんど
が祖国復帰を果たせず、屍を野辺に晒したもの数知れず」だった。

評者(宮崎)、じつは高校時代、馬術部である。
 
朝夕の馬の手入れ、食事、便の処理、食料の確保と配合など、乗馬の裏を
支える作業の重要性も知っているが、なによりも馬術部での貴重な経験と
は、馬が人間の心理を読み取り、そして賢い馬には精神が宿り、仕草に
よって会話が成立することである。

じつに賢い動物なのである。
 
いまひとつ教わったのは蹄(ひづめ)のことだった。

日本の馬は草原や農耕地を走るので、岩盤や曠野を走った大陸の馬とこと
なり、明治時代まで蹄を必要としなかった。箱根などを超えるときに草鞋
を履かせた。蹄鉄技術がなかった。

日本の馬は小粒であり、堂々とした体躯で長距離を疾駆するわけにはいか
なかった。だから日清・日露戦争を前にして、日本は急遽、フランスとド
イツからヨーロッパの蹄鉄技術を学び、外国人技術者を招聘し、学校も開
設し、蹄鉄をマスターし、騎馬戦を戦った。

加藤氏によれば「西欧式蹄鉄文化が入ってきたのは江戸末期のことで、歌
川広重などの浮世絵に描かれた馬はみな草鞋姿である。大老井伊直弼は蹄
鉄に興味を持ち、自分の馬にも蹄鉄を装着させたとの記録(ロバート・
フォーチュン『幕末日本探訪記』)もあるが、普及するのは明治以降とな
る」(184p)
 
昭和16年に封切られた映画『馬』は高峰秀子が主演である。
 
「この映画の最大の見せ場は農家の娘、高峰秀子が丹精こめて育てた馬
が、馬市で高値がついて軍に買い取られてゆくシーンであろう。愛馬と別
れるのはいかにも辛いが、この手で育てた馬が戦地でおくにのために働く
のだという感慨もまた、生産農家の励みでもあった」のである。

ほかにも珍しい逸話として、俳優の池部良が戦争中は輜重部隊小隊長で、
輸送船団で馬を南方へ搬送する任務についたときの回顧談がある。

「出発前、池部小隊長は中隊長に対して、こう進言している。『で、向こ
うへ着いてからの馬糧はどうするんですか。苦労をかけて連れて行き、敵
の弾丸に当たって死ぬならまだしも、食べるものがなくてむざむざと死な
せてしまうのは、あまりにも残酷だ』」。

しかし、島に上陸する前に敵潜水艦攻撃で船は水没し、500頭あまりが
「南瞑の没したのである。兵はそれでも友軍に拾われることがあるが、爆
破された輸送船から救出された馬は1頭たりとも記録にない」(24p)。
 晩年の池部良氏は名エッセイストとしても知られ、原稿を頼んだりで、
評者は何回かあったことがあるが、この話は聞いてことがなかった。
           

2017年07月31日

◆慟哭の「通州事件」から80年

宮崎 正弘



<平成29年(2017)7月30日(日曜日)通算第5375号>   

 〜慟哭の「通州事件」から80年が経った
  寸鉄を帯びぬ無辜の同胞が無慈悲に惨殺された無念と慟哭〜

 7月29日、あの通州事件から80年を迎えた。靖国神社には、主催者の予
測をはるかに超えて2倍の人々が参集し、無念の犠牲者に祈りと捧げ、2
度とこのような惨劇を繰り返さないことを誓った。

全員が本殿に昇殿参拝した。参列者のなかには文藝評論家の桶谷秀昭氏、
黄文雄氏らの顔もあった。

ひきつづき会場を有楽町に移し、「通州事件80周年 記憶と慰霊の国民集
会」が開催され、会場は満杯、補助椅子を足しても収まりきれない多くの
人々が駆けつけた。

会は佐波優子さんの司会で始まり、最初に映画を上映、未発見のフィルム
が基調は証拠文献などかずかすが挿入された初公開のフィルムに見入った。
 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%80%9A%E5%B7%9E%E4%BA%8B%E4%BB%B6

国歌斉唱、黙祷につづいて主催者を代表して加瀬英明氏、ジャーナリスト
の桜井よしこ氏が挨拶した。

第1部の「関係者がかたる事件の真相」に移り、コーディネーターは皿木
喜久氏。事件当日に銃撃を受けながら奇跡的に助かった母が3ヶ月後に産
んだ運命の子、加納満智子さん(現在80歳)が、その奇蹟の運命を語って
会場はしーんとなった。

また犯行に及んだシナ兵と遭遇し、撃滅した部隊長の子息、奈良保男氏が
登壇し、なまなましい当時の事件の背景や伝え聞いている真相など、多く
の証拠品を提示されながら語った。会場には中国専門家の樋泉克夫氏、ま
た女性ジャーナリストとして活躍する河添恵子氏、福島香織氏らの顔も
あった。
 
休憩後、第2部に移り、阿羅健一氏、小堀桂一郎氏、北村稔氏、緒方哲也
氏、ペマ・ギャルポ氏、オルホノド・ダイチン氏、三浦小太郎氏、最後に
藤岡信勝氏がそれぞれ貴重な意見を述べた。

とくに藤岡氏はチベットやウィグル、南モンゴルの夥しい血の犠牲の記憶
回復運動とも連携し、今後の運動方針として、この通州事件をユネスコの
「世界記憶遺産」として登録してゆくことなどの説明があった。閉会の挨
拶は宮崎正弘が担当した。

        
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
◆書評 しょひょう BOOKREVIEW 

 誰も怖くて指摘しなかったAIの本当の脅威とは
   AI(人工知能)が人類を破滅させる恐怖である
 
  ♪
小林雅一『AIが人間を殺す日』(集英社新書)
@@@@@@@@@@@@@@@@@@

AIの近未来の恐ろしさを著者は「自動運転、医療、そして兵器」の3つの
分野にみる。

以前から言われている雇用激減、2045年に予測されている「シンギュラリ
ティ」の恐怖を超えて、あまりにも恐ろしくて語られなかったのが自動運
転の車が引き起こす事故、AIが人間を超えるというシンギュラリティなど
も問題よりも、最大最悪の問題は、じつ自律的兵器である。

前者2つは超オートメーションにより、暴走や誤作動、ありは制御不能に
陥ったときの災禍の甚大さ、医療の誤信も死に結びつく恐怖であり、前々
から指摘されてきたことである。

AIの恐怖とは「HUMAN OUT OF THE LOOP」と呼ば
れる問題で、日本語に直すと「制御の環から人間が除外される」ことを意
味すると小林氏は言う。

これらが本書のポイントと言って良いだろう。

とくに著者は自律的兵器に関して具体的な考察を拡大しているが、日本に
は珍しい論点である。

なぜならAI本はあまたあっても、兵器分野すなわち「軍事ロボット」に関
しての考察が日本では殆どなされなかったからである。

評者(宮崎)は、既に35年も前の1982年に『軍事ロボット戦争』(ダイヤ
モンド社、絶版)を上梓し、この問題を提議したのだが、あまりに予測が
早かった所為か、殆ど注目されなかった。

SF小説と映画では、ロボコック、ターミネーター、スターウォーズなど
があり、いやその前に日本では鉄腕アトム、鉄人28号、最近はガンダム
などがある。

想像の世界での出来事で、まさかマンガが本物と化け、人間を本格的に脅
かす日が来るとは誰も想定していなかっただろう。

自律的兵器とは「コンピュータ・プロセッサーの飛躍的進化とコスト低下
に伴い、これら高度な部品・技術などが、謂わば『消耗品』として兵器に
搭載されるようになった」(176p)。

無人機ドローン、巡航ミサイル、無人潜水艇などである。

事態を重視したアメリカは今後3年間でおよそ180億ドルを、これらAI
搭載の自律的兵器開発にあてる。

そのため世界から人材をスカウトしている。

「しかし、このように兵器自体が戦場における周囲の情報から機械学習し
て、臨機応変に対応するようになれば、それはペンタゴンが主張する

「HUMAN IN THE LOOP」、つまり『兵器の使用について実質的な判断を
下し、その責任を負うのは、兵士や指揮官のような人間である』という基
準とは相容れないことにある」

すなわち兵器そのものが自主的に暴走し始める。人間が制御できない兵器
が誕生すれば、いったい人間の未来は、AIに滅ぼされることにならないのか。

しかも、それらがテロリストに渡ったら?

「本来なら米軍の優位性を確保するために開発されるはずだった自律的兵
器は、皮肉にも、これまで米軍とテロ集団・武装勢力などとの間に存在し
てきた『兵器技術の非対称性』を打ち消す方向に動く可能性が高いのだ」
(192p)
 こうした文脈からも、本書は注目されるべきであろう。

2017年07月30日

◆中国への核攻撃も辞さない

宮崎 正弘



<平成29年(2017)7月28日(金曜日)弐 通算第5372号>  

〜「大統領が命令すれば中国への核攻撃も辞さない」
   米太平洋艦隊司令官、豪国立大学安全保障セミナーで警告〜

7月27日、オーストラリア国立大学で開催された安全保障会議における質
問に答えるかたちで、スコット・スイフト太平洋艦隊司令官(提督)は、
「仮設の質問であることを前提に、もし大統領命令が下されれば、我々は
来週にも中国への核攻撃を行う」と回答した。

このセミナーは米豪合同軍事演習を終えた時点で行われた。

豪の北西部沿海、豪のEEZ海域内で行われた米豪軍事演習には中国のス
パイ船が多数、観測のために付近を航行していた。

米軍は空母ロナルドレーガンを筆頭に36の艦船が参加し、航空機は220
機、合計3万3000人が訓練を行った。大規模な演習である。

スコット・スイフト太平洋艦隊司令官は、席上、「米国の憲法に従い、軍
はシヴィリアン・コントロールの元にあり、大統領が命令すれば、その通
りにするのが軍のつとめである」と軍隊の規律を確認する。

また提督は「豪の経済排他水域に中国軍の艦船がはいっていることは国連
海洋法でみとめられており、ハワイ沖の軍事演習でも中国の観測船が這入
り込んできている。問題は米海軍が同じことを中国のEEZで行おうとす
れば中国が反対することである」と追加の発言をした。

米国では憲法の範囲内の発言であり、問題視されていないが、中国語メ
ディアは大騒ぎをしている。

2017年07月29日

◆通州事件80周年「記憶と慰霊の国民集会

宮崎 正弘



<平成29年(2017)7月28日(金曜日)号外>

明日です!

   @@@@@@@@@@@@@@@@@@

無辜の同胞が無慈悲に大量惨殺されたかの通州事件から80周年となりま
す。事件の記憶と犠牲者の慰霊の国民集会が、下記のとおり行われます。

(1)靖国神社昇殿参拝と慰霊祭
12時30分靖国神社参集殿集合/午後1時昇殿参拝と慰霊祭 【玉串料】千円

(2)記憶と慰霊の国民集会  
午後3時受付開始/3時30分開演(終了5時40分)
   新国際ビル9階(日本交通協会大会議室)千代田区丸の内3-4-1
【交通】JR有楽町駅「国際フォーラム口」から徒歩3分。有楽町D3出口直
結(新国際ビルの玄関から会場まで3分)

参加費2千円(参加予約不要。直接会場にお越し下さい)

<< プログラム >>
              <総合司会>佐波優子
開会挨拶            呼びかけ人代表 加瀬英明
【第1部】通州事件関係者が語る事件の真相! <コーディネータ>皿木喜久
加納満智子「通州の奇跡 母の胎内で銃弾の中を生き延びた私」
石井 葉子「血染めの手帳に辞世の句を残した伯父の最期」
奈良 保男「事件後最初の救援部隊を指揮した父が見たもの」

【第2部】<リレートーク>通州事件がわれわれに問いかけるものは何か 
<登壇者> 加藤康男 阿羅健一 小堀桂一郎 北村稔 緒方哲也 
ペマ・ギャルポ
オルホノド・ダイチン 三浦小太郎 藤岡信勝
<閉会のあいさつ> 宮崎正弘
主催 通州事件80周年行事実行委員会(呼びかけ人代表:加瀬英明)
連絡先 112-0005 文京区水道2−6−3 つくる会「80周年実行委員会」
tsusyu80@gmail.com
呼びかけ人 加瀬英明(代表)、宮崎正弘(事務局長)、阿羅健一、加藤
康男、北村稔、
ケント・ギルバート、黄文雄、小堀桂一郎、桜井よしこ、堤堯、藤岡信勝
ペマ・ギャルポほか多数
参加団体 アジア自由民主連帯協議会 新しい教科書をつくる会 美し国
     英霊にこたえる会、関西宗教懇話会、呉竹会、史実を世界に発
信する会
     世界連邦日本仏教徒協議会、通州事件アーカイブ設立基金 日
本会議東京本郡
     メディア報道研究政策センター

こちらもご覧ください http://www.sdh-fact.com/CL/80.pdf

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
 この告示の転送、転載歓迎です

2017年07月28日

◆カリブ海にも海運ルートの拠点を築く中国

宮崎 正弘



<平成29年(2017)7月27日(木曜日)弐 通算第5370号> 

 〜カリブ海にも海運ルートの拠点を築く中国
  「一帯一路」の海のシルクロードは中南米諸国にも〜

パナマが台湾と断交し、ただちに中国との外交関係を結んで、カネに転ん
だと言われた。

その先に広がるカリブ海の海には多くの島嶼国家が点在し、キューバ、
ジャマイカ、ドミニカのような中規模な主権国家もあれば、タックスヘブ
ンだけのフェイク国家もある。

ジャマイカは昔から、陸上競技で世界一のランナーを輩出させる国、レ
ゲィ音楽の本場でもあり、大航海時代にはアフリカからの奴隷貿易の中継
地だった。

このジャマイカに中国が巨大な港湾建設を始めている。驚き桃の木である。

「中国港湾工程有限責任公司」は15億ドルを投じて、「カリブ海とパナマ
運河を結ぶハブ」と位置づけ、同時にバルバドスには、ヴィザなし渡航を
認めれば年間2000万人の中国人ツアーを送り込むとおだて、リゾートホテ
ルなどに進出、ランドマークのビルも中国資本が購入した。

ギアナでは金、原油、木材の工場を建設し、中国企業が稼働させている。

このためアメリカの保守派には「いずれ南シナ海のようにカリブ海の島嶼
群島は、『中国の海』となる」のではないか」と懸念する声があがってい
る(米ジェイムズタウン財団発行『チャイナブリーフ』、2017年7月17日
号)。

いつでも何処でも新興国家は目の前にあるカネの魅力には勝てず、中国の
いうインフラ建設と、融資条件にすぐ乗っかり、雇用が増え、地元経済が
潤うと期待したが、どこおかしこも、そういう薔薇色の夢は瞬時に消え
て、労働者は中国から建設機材からセメントまで中国から、低利のローン
はいつものまにか条件が巧妙に変更になり、あれよあれよという間に負債
が膨らんで、「こんな筈ではなかった」と嘆く。

中国は戦略的に、外交関係で台湾を切った瞬間からこれらの国々の外交的
利用価値はなくなっているのである。

中国は投資を中断し、労働者を引き上げ、プロジェクトは放ったらし、現
地で雇って奴隷のようにこき使った労働者には給料未払いなど、無茶苦茶
なことをやってのける。これもいつもの手口である。

いま中南米諸国に広がるのは中国への期待から絶望への転換だという。

2017年07月27日

◆パキスタンのデフォルトが近い

宮崎 正弘



<平成29年(2017)7月26日(水曜日)通算第5368号>

 〜ベネズエラに続いてパキスタンのデフォルトが近い
  最大の債権国はいわずとしれた軍事同盟国のチャイナです〜

既報の通り、ベネズエラは外貨の借入金が期日を迎えても支払えず、デ
フォルトが近いのではないかと観測されている。

そのデフォルトを回避させるために中国は返済繰り延べに応じている模様
だ。そうしないと、中国の推進する「一帯一路」が挫折するからd。

ベネズエラ国債の格付けはCCC(ジャンク債)。最大の債権国は中国、国
内は猛烈インフレ(なにしろインフレ率1600%)、各地で反政府暴動が頻
発している。ベネズエラの石油鉱区を買いあさり、巨額を注ぎ込んできた
のは中国だった。

 パキスタン。

中国と密接な軍事同盟国。南西部グアダールから新彊ウィグル自治区への
900キロに及ぶ鉄道、ハイウェイ、パイプライン、そして光ファイバー網
と四つの大プロジェクトが進んでいる。

これこそは習近平の「一帯一路」構想の目玉であり、「中国パキスタン経
済回廊(CPEC)」と呼ばれる世紀のプロジェクトである。

ところがパキスタンの財政事情が悪化していることが明らかになった。
 2016年の会計年度(2016年7月1日から17年6月30日まで)のパキスタン
の経常収支は記録破りの赤字となった。

単年度だけの財政赤字121億ドル。主因は輸入の増大と反比例して海外で
かせぎ組からの送金が激減したこと。パキスタンの輸出はちなみにコット
ン、アパレル、食品、医薬品(後者ふたつは米英の合弁企業による)。

パキスタンの2017年度、貿易赤字は325億ドルに達した。

これによる累積対外債務は790億ドル。人口ならびに国の規模はベネズエ
ラよりはるかに大きいとは言え、この収入と支出のバランスを失した赤字
体質は、これからも縮小ではなく、拡大方向になるという。

 
 ▲中国の経済成長がまだ続いていると報道している日本のメディアは事
実を直視しているのか、どうか激しく疑わしくないのか

輸入が急拡大しているのはCPECの所為である。

中国から建設機械、建機、セメントなどの建料の輸入が拡大しているわけ
で、しかも返済が滞るのは眼に見えているから、通貨のパキスタン・ル
ピーはますます急落し、必然的に猛烈なインフレを招来する。

 ちなみにパキスタンの借入先は次の通り
17億ドル    中国開発銀行
  7億ドル    英国スタンダードチャーター銀行(パキスタンは旧
英国領)
  3億ドル    中国商業銀行(複数)
  2億5000万ドル 米シティバンク
    6500万ドル スイス銀行ソンソーシアム
  4450万ドル  UAE

この一例をあげただけでも中国の吠えているAIIB、ならびに一帯一路
がすでに挫折に向かっていることは明らか。

ニカラグア運河の工事中断は、明日のすべてを象徴する。つまり、海外プ
ロジェクトの多くが、中国国内の鬼城(ゴーストタウン)のように、幽霊
都市と化けるのは時間の問題なのである。

英米の戦略は、そうやって中国を経済的にぶっつぶすことにあるのだろ
う、と推測できる。
「中国の経済成長がまだ続いている」

「その証拠に鉄鋼生産は伸び、不動産価格が上がっている」

などと中国当局の発表をそのまま検証もしないで、報道している日本のメ
ディアは事実を直視しているのか、どうか激しく疑わしくないのだろうか?

「中国経済が崩壊すると予言してきた人は、現在の中国経済の成長ぶりに
対して反論できないだろう」などとヘンてこな意見をよく耳にするが、
2013年から明らかに崩壊している中国経済の実態を見てみないふりをして
いるのか、そういう意見に出会うと、こういう分析をする人たちは中国の
代理人なのだろうかと疑いたくもなる。

       
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
◆書評 しょひょう BOOKREVIEW 
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
 
 鉢の木会、吉田健一、大岡昇平、三島由紀夫らとの交遊
  翻訳の裏話から劇団の分裂、運営の苦労、脳梗塞、そして父子の和解

  ♪
福田逸『父 福田恒存』(文藝春秋)
@@@@@@@@@@@@@

次男の福田逸氏が没後20年にして、初めて、しかも思う存分、父親を赤
裸々に語った。

家族でしか分からない、あの時代の福田恒存氏のこころの葛藤、そして父
と息子の確執、嗚呼、こんなことがあったのか、これまで語られなかった
裏話から透けて見えてくる福田恒存の全貌である。

子供の頃、父は外遊先からハガキを書いた。「これがじゆうのめがみ」と
平かなで書かれていたり、家族で英国に滞在したときはストーンヘンジに
でかけ、岩をよじ登った想い出、当時は柵もなかったとか(現在柵が設け
られ、石にはさわれない。年間数百万の観光客がある)。

大岡昇平から久闊を叙す手紙が公開されている。

このなかに実に面白いくだりを見つけた。それは大岡昇平が江藤淳をイン
チキと決めつけている箇所で、

「江藤のインチキについては『小林秀雄』が出来上がった頃から油断して
なかったのですが、どうもみんなが変におとなしいので、(批判を)やって
みただけです。しかし心臓にさわるから、こんどはケンカの相手はしない
つもりです」

ところが福田逸氏によれば、福田と大岡は、この頃仲が悪かったそうだ。

三島由紀夫との対決、相互理解、芯からの友情に関しては、じつに多くの
ページが割かれている。

三島の諌死事件直後、福田恒存氏は「わからない、わからない、わたしに
は永久にわからない」とコメントし、それから一切見解を示さなかった。
 評者(宮崎)は小誌の2010年6月14日号(通巻2993号)で、次のように
書いているので、やや長文だが、まずここに再録する。

 ▲60年安保でのふたりの立場は対照的だった

 (引用開始)「福田恒存と三島由紀夫はよきライバルであり親友であり、
しかし演劇活動では仲違いもし、論争は喧嘩腰の侃々諤々、いまから思え
ば古き良き時代だった。2人が対談した雑誌はよく読んだ。

三島は福田を「暗渠で西洋と繋がっている」と揶揄した。福田は三島の暗
渠は日本と繋がっているなど丁々発止、虚々実々のやりとりの妙も興味
津々だが、とりわけ「文学座」分裂の前後、新しい演劇集団の交錯、俳優
らの取り合いなど外から見ていた分かりにくかったあの時代の状況を、絡
み合った糸を丁寧に解しながら(遠藤浩一の本は)真相に迫る。

本書(遠藤浩一『福田恒存と三島由紀夫』(麗澤大学出版会)の特徴のひ
とつは著者(遠藤氏のこと)が演劇人でもあり、微細にわたる演劇界の戦後
史も書き込んでいるところにある。演劇世界をしらない読者には初めての
事実の開陳に驚きを禁じ得ないだろう。

もっとも評者(宮崎)も演劇界の出来事はよく知らず断片的な情報しか当
時もいまも知らないが、福田氏が平河町、北野アームスのオフィスに陣取
り、さかんに演劇プロジュースをしていた頃、ときおり会ったことがある
ので、演劇世界における駆け引きが政治と似ていると思ったことがある。

 話を本題に戻す。

戦後の空白期、三島は寓話的表現を通じて主権不在の日本の状況を書いた
(たとえば『鍵のかかる部屋』)。

ところが福田はむしろ戦闘的に左翼文化人の虚妄と戦っていた。
 
60年安保のとき、三島は反対運動の外にいて「岸は小さな小さなニヒリス
ト」を評論し、安保騒動には冷ややかだった。しかし三島は「自分もニヒ
リストであると自己規定し、しかし『私は小説家であって政治家ではな
い』と(弁明的に)述べている」(同遠藤前掲書)。

日本がまだGHQによって占領されていた昭和26年に三島が書いた『禁
色』には檜俊輔という作家が登場し「愚行を思想から峻別した」などとし
て「思想についての思想」は、「俊輔の観念のやうでもあるし、作家独自
のもののやうでもある。要するに思想と行動を完全に切り離し、思想は付
け焼き刃のようにあとで生まれたものであって、とどのつまり、思想なん
て信ずるにたりないもの」というスタンスが示される。

だから当時の三島は「祖国の主権回復に対してはきはめて冷淡だった。そ
こに欺瞞を発見したからである。

当時の「三島にとっては、主権回復も安保も、『思想』から分別された
『愚行』でしかなかった。欺瞞に満ちた形で独立を回復した日本国の日々
は、あたかも檜俊輔の生活がさうであったように、蹉跌の連続、誤算と失
敗の連鎖としか、三島には映らなかった」という遠藤は、それらを三島は
正面にすえたテーマとはせず、「韜晦につぐ韜晦を重ねた」のだと(遠藤
は)する。
 
したがって60年安保騒動の時点で三島の立ち位置は曖昧だった。

深沢七郎の『風流夢譚』事件前後には、サヨクと誤解され自宅に警備陣が
張り込んだこともあった。

三島が思想を鮮明にだすのは東京五輪前後からだ。そして『憂国』『喜び
の琴』『文化防衛論』へと突っ走る。

さるにても晩年の二人)福田と三島)はなぜ対立したのか。

評者は学生時代に保守学生運動をしていたので三島由紀夫と福田恒在に、
それぞれ3回、講演に来てもらったことがある(拙著『三島由紀夫”以
後”』(並木書房参照)。

個人的つきあいは深くないが、楯の会結成前夜の三島の思想遍歴を時系列
にたどると、福田恒存との対談の内容においてさえ微細な変化がある。

とくに改憲をめぐって三島が法理論的に分析すると福田は「法学部さが
り」とからかう。そうした行間に大きな懸隔と変貌を嗅ぎ分けられるよう
に三島は徐々に神秘的な攘夷思想ともとれる考え方に走る。
 対比的にこんどは福田が冷静だった。

福田恒存と三島由紀夫が「戦った相手は進歩主義であり、破壊主義であ
り、機械主義であり、便宜主義であり、あるいはニヒリズムであった。軽
蔑したのは偽善であり知的怠惰であり、安易な現実肯定主義であった」
が、ふたりの「構えかたは『反戦後』などといふ陳腐なものではなく、戦
後という時代を、両手を広げて引きつけつつも、これを疑い、時代を歪め
ているものを暴き、矛盾を衝き、ゆがみや矛盾に恭順する安易な処世術を
嫌悪し、知的怠惰を叱り、日本人の本気の所在を問い、常識の復権を求
め、美意識の研錬を実践した」(遠藤浩一前掲書)。

 ▲「三島の自決はわからない、わからない」と表した福田の真意

三島の自決を聞いた福田は「わからない。わからない。私には永遠にわ
からない」と発言したと当時の東京新聞が報じ、週刊誌が「名言(迷言)
として伝えた。

評者は、その後、福田の真意を確かめたいと思っていたところ、おりから
の福田恒在全集の三島論が納められているのを発見した。

(直後にわからない、わからないと新聞に答えた氏は)「もし三島の死と
その周囲の実情を詳しく知っていたなら、かはいそうだとおもったであろ
う、自衛隊員を前にして自分の所信を披瀝しても、つひに誰一人立とうと
する者もいなかった。

もちろん、それも彼の予想のうちに入っていた、というより、彼の予定通
りといふべきであろう。あとは死ぬことだけだ、そうなったときの三島の
心中を思うと、いまでも目に涙を禁じ得ない。

が、そうかといって、彼の死を「憂国」と結びつける考えかたは、私は採
らない。なるほど私は「憂国忌」の、たしか「顧問」とかいう有名無実の
「役員」の中に名を連ねてはいるが、毎年「憂国忌」の来るたびにそれを
みて困ったことだと思っている(中略)。20年近くも(憂国忌を)続けて
行われるとなると必ずしも慰霊の意味だけとは言えなくなる」(中略)
「憂国忌の名はふさわしくない。おそらく主催者側も同じように悩み、そ
の継続を重荷に感じているのではなかろうか」 と言う。

(余談だが、個人的なことを言えば、憂国忌の発起人を頼んだのは、じつ
は評者(宮崎)であり、説得するのに30分ほど電話で会話した記憶がよみ
がえった)

▲事件から18年後に福田は三島自決の覚え書きを残した

福田氏の推論が正しいか、どうか。おそらく間違いであろう。三島は「自
分の行為は50年後、100年後でなければ分からない」と、その営為をむし
ろ後世の再評価に賭けた。

ともかく、この短い文章だけが、三島事件から18年後、昭和63年に初めて
かかれた「三島事件」への福田氏の感想である。

「福田恒存在全集」第六感の「覚え書き」として、つまり全集の購読者
用に書き下ろされた覚え書きにさりげなく挿入されたので、評者(宮崎)
もしばし気がつかなかった。

遠藤浩一氏も、やはりこの箇所を捉え直し、次のように総括している。
 「わからなかったがゆえに、冷静な福田の口から、感情的な言葉が迸っ
たのではなかっただろうか(中略)、三島という対象を突き放しているわ
けではない。三十数年来の知己を、わかりたい、嫌いたくないと思えばこ
そ、こうした言葉が思わず飛び出したのである。そこに福田恒在の三島由
紀夫に対する哀惜が滲み出ている」

「三島由紀夫はリアリズムを、フィクションをフィクションとして受け入
れるための消極的約束事をして、徹底して扱った。そこに比類のない存在
感を発揮する作家だった。そのことを逸速く見抜いたのが福田恒存だっ
た。三島の文壇へのデビュー作『仮面の告白」の解説で福田は、『三島由
紀夫は無から有を生む手品師』『比喩的なレトリックが軽快な一回転とと
もに、虚を真実にすり替える』と評価した」 (引用止め)

本書(福田逸『父 福田恒存』)にもどる。

そこで次男の逸氏は、この経緯をいかように記憶し、またどのようなコメ
ントをされるのか、興味が湧くところである。

暗渠論についてかなりの紙幅がさかれているが、その箇所は本書にあたっ
ていただくとして、重要なことは、ふたりのあいだに激しい論争はあって
も、福田氏と三島との仲はたいそう良かったという事実であり、逸氏は、
さりげなく、次の文章を挿入されている。

「ただ、父は三島の自決のことはさておき、三島に一種の親愛の情を持っ
ていたのではないかと、これは具体的証拠があるわけではないが、日頃の
我が家の雰囲気からそう感じている、それに何の根拠もない。空気といっ
たものである。弟のように可愛がると言ったら完全にずれるだろうが、何
らかの親近感があったはずである」。

あ、そうか。この文章を読んでいやに納得がいった。

「弟のように可愛がる」のが、福田家の当時の三島由紀夫に対しての「空
気」だったという、家族でしか分からない感覚、まさしく評者が当時の林
房雄家でかぎとって「空気」と酷似しているのである。

以下、60年安保時代に敢然として左翼と戦っていた福田氏が家庭では死を
覚悟するほど深刻な状況にあったことを逸氏は少年時代の記憶を辿りなが
ら綴っている。

このことも具体的に論じようと考えていたが、紙幅がつきた。別の機会に
譲りたい。
           
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
◆樋泉克夫のコラム  
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
  
【知道中国 1604回】       
――「支那の官吏は賄賂を取る・・・金なくば訴訟するな」――(廣島6)
  廣島高等師範學校『滿韓修學旅行記念録』(非賣品 明治40年)

              △
朝河の主張の当否は暫く措くとして、やはり日露戦争を戦い抜いた日本に
とって満州は「20億の國帑と十萬の英靈が眠る聖域」だった。であればこ
そ満州問題は日本の国益が最優先され、日清(=日中)関係の範疇で捉え
て当然であり、欧米列強が口を差し挟む問題ではない。

満州の取り扱いに関し、日本が敢えて欧米列強に説明し、彼らの考えを忖
度するまでもないという立場に立つ。これに対し欧米列強は日露戦争は日
本とロシアの間のではあるが、満州に関わる問題は飽くまでも門戸開放・
機会均等の立場から議論されるべきであり、日本による独占的処理は断固
として容認できないという姿勢を崩さない。

朝河が記した欧米列強の日本に対する態度を敷衍するなら、清国(=中
国)に関わる問題は国際政治、いわば欧米列強に日本を加えた各国の利害
を調整したうえで捉えるべきであり、長い交流史という特殊事情を勘案し
たところで、日本一国の思惑や日清(=日中)の両国関係の枠組みで独占
的に処理すべきではない、ということになろうか。

21世紀初頭の現在、中国をめぐる問題は過去に較べ飛躍的に複雑になって
いる。それというのも、かつて発言権なく列強に処理されるが儘であった
中国が国際政治の主要プレーヤーとして自己主張しているからだ。日中問
題を飽くまでも既往の日中関係の枠内で捉えようとする限り、我が国の国
益を実現させることは容易ではなく、費用対効果の面からも得策ではない。

偶然に引用した朝河の主張は、考えるなら後に登場することになる植民
地全廃論に基づく石橋湛山の満州放棄論にも関連するように思う。日中問
題は日中関係という小状況の枠内で捉えるべきか。はたまた国際政治の大
状況に落とし込んで考えるべきか――この問題は、その後の日本が辿った道
を振り返った時(いや現在も、そして将来も)、やはり詳細に論ずる必要
があろうが、後日に譲るとして、いまは広島高師の学生の旅を急ぎたい。

それにしても、読む進むほどに解き明かすべき難題は目の前に堆く積もる
ばかり・・・どこまで続く泥濘ぞ、である。

一行は奉天を経て清朝開祖を祀る昭陵へ。「支那人は一般に本邦人に對し
ては好意を表しいかなる要求も之に應ずるを常とす」るが、日本人を見た
ら昭陵の「門を閉ぢて入るを拒む」。それというのも「邦人の此に遊ぶも
の動もすれば宗廟を穢す動作をな」し、「殊に甚だしきに至りては落書き
するもの」があるとのことだ。

事実、日本人の記した落書きが残っているのだから弁解の余地もない。落
書きもまた日本人が「沈黙せば自然に消滅すべし」というわけではないの
だから、やはり恥ずかしい限り。そこで未来の教師たらんとする広島高等
師範学校生徒である。「落書は本邦人の惡習にてそれ?育者たるもの力を
盡してこれが矯正を試みずして可ならんや」との決意を記した。

奉天の街を歩き、「道路の惡しきは一に車馬の性質によるべく、その不潔
なるは排水の不良と青厠の設備無きによる、されど日本人の入るに及び道
路の傍に共同便所設けられ、又巡捕の派出所も見らるゝに至れり。商業は
頗る繁昌せるものゝ如し」と綴り、法廷と監獄を見学しては「一般に町の
秩序弛み、法廷の如き、監獄の如き唯名あるに止まる、しかも法廷の門を
潜るや?々たる額には『民之父母』を金字にて表せども、此樣にてはと思
はるゝのみ、番人あれどもなきが如し」との感想も残す。

遼陽の関帝廟の傍らの浄土宗教会所で「清國人の爲めに小規模の學校を開
き普通?育を授け居れる」福田闡正から聞いた話を書き留めているが、な
んとも凄まじい。関帝廟といったところで、いまや貧民・苦力の塒となり
果てた。ある時、1人の苦力が病気になり回復の見込みがなし。そこで
「同輩は遂に起つ能はざるを見て其衣服を剥ぎ所有品を奪ひ遂に其屍を野
外に放置し犬猫の餌食となしたりと」のこと。クワバラ・・・クワバラ。
《QED》

2017年07月26日

◆中国海軍、ロシアとバルト海でも軍事演習

宮崎 正弘



<平成29年(2017)7月25日(火曜日)弐 通算第5367号

 〜中国海軍、ロシアとバルト海でも軍事演習
  ミサイル駆逐艦、コルベット艦などを投入、ドイツの不快感〜

北欧諸国はバルト海の安全保障が、いよいよ脅かされてきたと脅威を感じ
ている。不安が増しているのだ。他方で、北欧諸国は中国の一帯一路構想
に魅力を感じて、中国に接近するという矛盾をさらけ出している。

 ロシアと国境を接するフィンランド、かつてはフィンランドを支配した
スエーデンがとくに顕著に対ロシア軍事脅威観を抱くが、すこし距離のあ
るデンマークとノルウエイは、どちらかといえばロシアよりドイツへの不
快感が濃厚だった。

 ところが、2017年7月24日からバルト海で開始されたロシアと中
国との合同海軍演習はドイツを含めて周辺海域にとって直面する軍事的脅
威の拡大となった。NATO全加盟国にとっても、このロシアと中国がお
こなう初めての共同演習には強い関心を寄せる。

 この両国が地中海での訓練をすませ、いよいよバルト海に進出してきた
のだから、NATOにとっては新しい頭痛の種。現在もアメリカの関与へ
の共鳴と反撥という加盟国の間での温度差、軋轢にくわえ、一部にはトル
コがNATOから脱退するのではないかという疑心暗鬼が広がり、その一
方でドイツ財界のなかには中国のシルクロード構想への参加は間違いでは
ないかという議論も広がり始めている。

中国海軍はミサイル駆逐艦、フリゲート艦、輸送船などを投入し、ロシア
も最新鋭コルベット艦など両国で12隻の軍艦に航空機、武装ヘリなどをく
わえての本格演習となった。演習は28日まで続けられる。

演習の主な目的は中国海軍とロシア海軍の共通練度向上、相互理解にもあ
るが、対空、対地ミサイル発射訓練に対潜水艦戦闘訓練も加わるというの
だから、本格的である。
         
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
◆書評 しょひょう BOOKREVIEW 
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
 
 「鹿島立ち」とは、いかなる意味が裏に籠められていたのか
   「天孫降臨」は関東から九州への遠征。高天原は関東にあった

 田中英道『高天原は関東にあった』(勉誠出版)
@@@@@@@@@@@@@@@@@@@

田中英道氏は美術史が出発点であり、考古学、古代史への分野へは美術の
観点から興味を高められた。そのうえでイタリア、フランス、スペインの
美術の造詣から、歴史の議論は国際的なパースペクティブに広がる。

独自の歴史解釈、そのアプローチが学閥や通説に拘束されない、斯界のタ
ブーを撃破していく。通説を完膚無きまでに論破するのは、そうした学問
的背景がある。

おそらく、本書で展開されている高天原が関東にあり、邪馬台国は実在し
ないという挑戦的な、革命的な書籍は既存の歴史学会や大学教授らは間違
いなく無視するだろう。ちょうどアメリカの歴史学界が、真実を言う学
者、ジャーナリストを「歴史修正主義」と言って排斥するように。

「目から鱗が落ちる」などという表現は陳腐である。目から何十枚、何百
枚も厚い鱗がぼとぼと落ちていくほどに本書に描かれた歴史解釈は従来の
歴史通念をひっくり返すのだ。戦後の左翼が取り憑かれた愚昧な歴史観を
ひっくり反すコペルニクス的な、画期的な書物が本書なのである。

というわけで、読了に3日かかった。かかりっきりで読んだわけでもない
が、1行1行をかみ砕きながら読むと想定外に時間がかかるのである。

冒頭に縄文土器の解釈がある。

土器、土偶、とりわけ縄文の意味。田中氏はひろく諸外国の類似土器、土
偶を美術史的な観点から比較考察する。その探求眼は国際比較文明学者の
それであり、土偶の造型の多くがデフォルメされ、水蛭子がモデルになっ
ていることに着目し、日本の古代史の常識を覆る衝撃の歴史考察がつづく。

「先史時代のヴィーナス」のようであっても、日本の長野県棚畑遺跡から
でた「縄文のヴィーナスがもっもも美しい」とされる氏は、「写実性から
離れ、抽象性、芸術性をもっている」とするのだが、その源泉は不明であ
る。だが、氏は考古学的解釈や時系列に拘らず、フォルモロジーから真実
に迫ろうとする。

評者(宮崎)は土偶の変形とりわけ女性の腹部がふくよかすぎるほど出っ
張った土偶をギリシアやキプロスでもみたが、当時は肥満女性が美しかっ
たから等という解説は聞き飽きた。

そういう陳腐な解釈が歴史を誤断させるのではないのか。

青森の三内丸山遺跡には黒曜石が発見されている。近くの秋田県の山奥に
なるストーンサークルは、世界の果てにも類似があり、また巨石神殿は英
国のストーンヘンジ、マルタの巨石神殿を連想するのは評者だけではある
まい。

ともあれ日本の縄文時代は一万六千年以上まえからあって中国大陸や朝鮮
半島とは無縁の独自の文化を形成していたことがわかる。

ついで高天原が関東にあった理由に鹿島、香取神宮の存在と日高見国の位
置の考証に移り、鹿島から鹿児島への船の移動を推論する。

「鹿島立ち」が古来より意味したのは関東からの防人が九州の防衛に行く
ことだった。鹿島、香取神宮の付近には日高見という地名が多い。

田中氏はこう言う。

「ニニギノミヤは、鹿島から立って九州の鹿児島に船団で向かって到着
し、『天下った』ことを意味し、『天孫降臨』の随伴する七柱の神とは、
天児屋根命、天鳥船神、天津日高日子などで、まさに東国三社の神々であ
り、『日高見国』の人々がニニギノミヤを守り、従う随神たちであったこ
とを示している」(174p)。

さて評者も、神話の故郷、高千穂には3回出かけている。

高千穂で「天の岩戸」なる場所を遠望し、高千穂神社での恒例の神楽見学
のあと、土産屋に寄ると、「天孫降臨」という焼酎を売っていた。名前が
気に入ったので思わず買ってしまった。
 高千穂から延岡へ山稜をたどるとニニギノミヤが降り立ったと言い伝え
のある山がある。じつはこの山稜のなかに可愛岳がある。ご記憶だろう、
この峻険は?山を越えて、西南戦争に敗れた西郷隆盛軍が薩摩への帰還の
旅にでたことを。官軍はニニギノミコトの神話を思い出して、可愛岳を登
攀した西郷軍を深追いしなかった。


 ▲「邪馬台国」も「卑弥呼」もシナの捏造なのだ

白眉は「邪馬台国」。「卑弥呼」論争への決定打だ。

田中氏は次のように言う。「魏志の倭人伝は倭国のことを具体的に描い
たものではなく、若干の同一性を除くと、すべてフィクションであり、検
討に値しない」。

そう、魏志の倭人伝など、ずばり検討すること自体が徒労なのである。
 卑弥呼は倭国のひとつの邪馬台国の巫女に過ぎない。「つまり天皇のよ
うに倭国すべてを統一した上の、『権威的存在』ではない」のである
(235p)。

したがってどちらも実在しなかった。戦後歴史学は、邪馬台国の場所論
争、卑弥呼は誰か、女王はどの地区を納めたのかと百花繚乱、侃々諤々、
牽強付会の議論に明け暮れた。

「実在しなかった」といきなり結論をいわれても、戸惑う読者も多いこ
とだろう、と推察する。

そもそも日本の歴史書に登場しない架空の国と女王。中国の三国志の附
録にあたる魏志の倭人伝が言い出しているだけ。この一点をみても、奇怪
である。

思い出されたい。中国にとって歴史はプロパガンダであり、韓国のそれ
はフィクションであることを。

魏志の倭人伝は風説、伝聞を纏めて仕上げた怪しい歴史書であり、そこ
にはシナの政治的打算、思惑が秘められている筈である。

評者は昔から魏志の倭人伝は信用するに値せず、創作だろうと考えてき
た。まず「倭人」という差別的軽蔑語、「卑弥呼」などとおおよそ女王に
似合わない命名ぶりからも作者の政治的意図が推定できるのではないか。

すなわち邪馬台国なるものは、あたかも南京大虐殺などというプロパガ
ンダをまともに追求して、いや実際の犠牲は2万人だったとか、数千では
なかったかという不毛の反論に陥る。

相手の陥穽にみごとに嵌っているの ではないか。最初から偽書だと断定
すれば、邪馬台国がどこにあったか、 等という「誇大妄想」的で、レベ
ルの低さを代弁するような愚劣な議論は うまれまい。

「邪馬台国とか卑弥呼とかいう蔑称がいつの間にか歴史用語になり、教
科書にまで載せられるようになったこと自体が、日本の歴史かのレベルの
低さを示している」(228p)。

田中氏は日本中どこを捜しても「卑弥呼神社」がないという冷厳なる現
実から論を進める。
          

2017年07月25日

◆ホワイトハウス・スポークスマンが突如辞任

宮崎 正弘




<平成29年(2017)7月22日(土曜日)通算第5365号> 

 〜スパイサー(ホワイトハウス・スポークスマン)が突如辞任
  トランプが指名した新しい広報部長は適切な人事ではないと抗議〜

まだ政権の中枢人事が決まらないうちに、次々と幹部が辞めるというの
も、トランプ大統領の人事があまりに個人的で依怙贔屓があるからと見ら
れる。

フリン大統領補佐官、そして今回は「ホワイトハウスの顔」とも言える
スポークスマンの辞任だ。

スパイサーは5月に個人的理由として辞任したマイク・ダブケ広報部長
の後釜に、トランプがアンソニー・スカラムッチを指名しようとしていた
ことに猛烈に反対してきた。

いざ、指名となると、スパイサーは直ちに辞任した。「こんな上司に仕
えられるか」というわけだ。

 新任のアンソニー・スカラムッチはウォール街の雄、ゴールドマンサッ
クスから、「ウォール街の予言者」としてテレビの番組に頻繁に出演し、
投資家の一部に人気があった。独立し、2005年に自分で投機ファンド
「スカイブリッジ・キャピタル」を設立した。

 トランプへの支持は同じNYっ子として一貫しており、トランプの番組
にも出演した。また大統領選挙中は経済顧問をつとめていた。

 広報部長(コミュニケーションディレクター)就任にあたって、スカラ
ムッチは経営してきた「スカイブリッジ・キャピタル」を売却したのだ
が、そのバイヤーは中国系ファンドであり、またロシアとのコネクション
が深いことでも知られる。

スパイサーは、こうした怪しげな人物の登用に我慢がならないといった
風情。しかし記者会見での話しぶりなどから、人気がでていただけに保守
系メディアの一部は惜しいという声も聞かれる。ただしトランプ自身はス
パイサーの記者会見での発言に不満だった。

いずれにせよ、トランプはウォール街からは距離をおくとするイメージ
だったが、政権中枢にはムニューチン財務長官、ロス商務長官などウォー
ル街出身者が顔を並べ、また「キッチン・キャビネット」は隠れた政府で
あるべきなのに、身内のイバンカ、クシュナーが表の舞台に突出してきた
ため、今後も閣内のごたごたが尾を引きそうである。

         

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
◆書評 しょひょう BOOKREVIEW 
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
    
 丁寧に淡々と中台関係の歴史をふりかえり
   習近平と蔡英文の意外な素顔、その個性を描いた意欲的レポート

  ♪
近藤伸二『米中台 現代三国志』(勉誠出版)
@@@@@@@@@@@@@@@@@@@

 淡々と、主観を挟まず冷静に客観的に、中国と台湾の関係。両国に対す
るアメリカの戦略の変遷を歴史叙述として描く。

冒頭にちょっと顔を出すのは中国と対立的なトランプ大統領だ。

トランプは「中国は一つという原則に拘らない」と言ってみたり、撤回
してみたり。しかれども、歴代大統領の中ではブッシュ親子もクリントン
も最初は中国にキツイ態度で臨み、途中から中国となぁなぁと関係になる
というパターンを繰り返し、おそらくトランプは、この歴史の法則に従う
かも知れない。

例外的に台湾が大好きだったのはレーガンで、舞台裏で台湾への配慮は
行き届いていたが、オバマは逆で、最初から最後まで台湾を軽視し、中国
に最初はやさしく当たった。

ところがオバマ政権後期には「新しい大国関係」を言いつのって揉み手の
習近平を相手にしなかった。さんざん騙されたからである。
 
さて中台関係である。

本書の随所で近藤氏が台湾の政治家から財界人、ジャーナリストまで広
く取材されている経験とその裏付けから話は展開するので、意外感はない
が、記録的な叙述は検証が行き届いている。

近藤氏は、概括的に両国関係の歴史を振り返りながら、おりおりの激
突、衝突、駆け引きをめぐる現代史を活写しつつ、そこには多くの取材の
成果が挿入されている。
 
習近平は合計17年間、福建省にいた。この履歴は重要である。
この間に台湾の財界人、実業家の多くと交わり、台湾企業の中国進出の手
助けもし、結構多くの台湾人と、いまも個人的な繋がりを持つ。中国共産
党指導部のなかで、異例なほどに台湾人脈が豊富である。

しかし、台湾総統の蔡英文とは、火花を散らしあって対決の威勢を崩さ
ず、外交的には国際舞台から台湾を締め出す姿勢を崩さない。

台湾独立を言わなければ、台湾侵攻はないと読む蔡英文はさっさと台湾
独立色を希釈させてしまったので、独立派からの人気は減退した。

蔡英文総統とは、評者も彼女の国会議員時代、野党時代に台北や日本で
何回かお目にかかり、また質問もしている。まさに学者ゆえ、流れるよう
な流暢な言葉はアカデミズムそのもの、直截な語彙を撰ばないので、大衆
には分かりづらいだろうと思った。

1999年の李登輝の「台湾と中国は特殊な国と国との関係」という2国 論
の起草者であることは知っていたが、1992年の中台交渉のとき辜振 甫の
通訳を務めていたことは、本書ではじめて知った。

彼女の才能を早くから見いだし、要所に配置したのが李登輝さんだった
ことも、合点がいく説明がなされている。

ところで昨年の台湾総統選挙のとき、評者(宮崎)はいつもの定宿が取
れず、民権東路のビジネスホテルに泊まっていた。

偶然、同じフロアに近藤さんも泊まったいたのだ。ある朝、エレベータ
ホールで久しぶりに偶会したのだが、そのとき、毎日新聞を退社されて大
学教授にトラバーユされたことを初めて知ったのだった。
            
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
◆樋泉克夫のコラム 
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
  
【知道中国 1602回】     
――「支那の官吏は賄賂を取る・・・金なくば訴訟するな」――(廣島4)
   廣島高等師範學校『滿韓修學旅行記念録』(非賣品 明治40年)

 ▽
 もう少し宗教事情についての記述が続く。

仏教と道教は混交一体化しているが、僧侶にしても道士にしても共に
「多くは無識にして僅かに讀經禮拝の式を諳んじ」ているだけで、それ以
外は「悠々何の爲す所なし」。イスラム教をみると「雛僧の時より亞刺比
亞語を?へ嚴重に宗規を守り」、信徒も戒律を守り互いに親睦に努めるが
「宗外の人を惡むが如し」。「外人は基督?の傳播に盡力」するが、なに
せ「人民の無知なると排外思想に富たるとによりて」、信徒拡大は困難を
極めているようだ。

次いで教育事情に転じ、「滿洲の教育は概して普及せず」とする。近代
的な学校はあるが振わない。「?師に多く日本人を招聘し或は日本に留學
した支那人を用ふ」。だが「支那語を解するも?育の何たるかを知ら」
ず。「?育に通ずるも支那語を解」せず。「頗る滑稽に類することあり」

大連に設置された公学堂では「支那人を集めて普通?育を授け」、「營
口には本邦人の私設に係れる商業學校あり」、「又本願寺又は淨土宗の
布?師にして支那人の?育に盡力せるものあり」。かくて「滿洲の?育事
業は大に本邦人の盡力を待つものなりと謂ふべし」となる。

やがて観察は満州在住の日本人へと移った。

先ずは今回の旅行の結果、「我戦勝軍隊の勞苦に對する感謝の念と國威
自覺の心とは長く記念すべ」きであり、「滿洲至る所に國力を認識せざる
なし」と胸を張る。

それに反して「吾人の杞憂に堪へざらしむるものは我 醜業婦と冒険的商
人多きこと」であった。現時点では彼らは「軍隊の威 力」を背景に商売
を続けているが、「将來の満洲經營」を考えるなら「着 實の目的を有し
確實の資本を有する紳商の手を煩はすこと切なりと謂ふべ し」。「醜業
婦に至りては無懶漢の好餌となりたるは頗る憫むべきも其國 辱たるや疑
うべからず」

戦後の混乱期である。しかも戦勝国の国民だから「軍隊の威力」を背景
に、先ずは一旗上げようと「醜業婦と冒険的商人」が乗り込むことは当然
だろう。これは日露戦争後の満州にかぎられたことではなく、洋の東西を
問わずに自然の成り行きだ。やがて混乱期を過ぎ社会が安定してくると、
「着實の目的を有し確實の資本を有する紳商」が乗り込んでくる。

かくて 「醜業婦と冒険的商人」は不必要な存在として冷遇され排除され
るわけだ が、「我民政署にて巳むを得ず醜業婦の爲めに驅黴院を置き我
在留壮丁も 亦其餘澤を蒙るものあるに至りては我國民健康の将來に就き
て深く戒めざ る可からざるなり」との記述に接すると、当時の在満州日
本当局は「醜業 婦」と「壮丁」、つまりは流れ者や裸一貫組の処遇に、
それなりの配慮を していたことが窺える。

それにしても彼女らの厚生・支援施設が「黴」の 駆除を意味する「驅黴
院」とはスゴイ。「醜業婦」を社会の「黴」と見做 すとは、表現が余り
にも露骨で直截にすぎないだろうか。“ジンケン万能” の現在なら、絶対
に許されない表記と思うのだが。

大連の街を歩き、「一として我國力の發展を證せざるものなし」と感じ
た高校生は、「從軍兵士の勞苦を追想し感謝の涙を」流したのであった。

発展しているとはいえ、「殊に露人は退却に際して主要なる官衙に火を
放ちたるを以て」、日露戦争において日本軍が「占領したるときは大部は
荒野の觀」がしたとのことだ。

大連を後に旅順戦役激戦の地を巡り、「露國の東洋に於ける行動は、
天、人共に惡みし所、我軍が天祐を受けしは自然の事といひながら、十年
の準備と完備せる組織と、日本人獨特の愛國心となかりせば天祐は决して
受け得ざりならしむ」と綴ることを忘れない。《QED》

2017年07月21日

◆ロシアからも資金流失が続いている

宮崎 正弘



<平成29年(2017)7月19日(水曜日)弐 通算第5362号> 

 〜ロシアからも資金流失が続いている
  中国に次いでロシア経済を絶望と判断したのか?〜

2017年3月から4ヶ月連続で、ロシアから資金流出がつづき16億ドルが逃
げた。原油価格の回復がままならない上、年初に希望された米露関係の改
善が遅れ、投資家が嫌気したと分析されている。

しかしBRICS諸国にあってはインドに26億ドル、ブラジルには10億ド
ルの資金が新たに流入しているのだ。BRICS全体の傾向と判断するに
は無理がある。中国と南アから資金流出が続いているのは個別原因である。

ところが奇妙なことにユーロ建てのロシア債は85%を外国人投資家が購入
した。

30年債に到っては95%がアメリカのファンド筋と判定され、首を傾げるア
ナリストが多い。なぜ、落ち目のロシア国債を買うのか? たぶんユーロ
建てであり、通貨価値が上がり、金利が上がると踏んでいるからだ。

ロシア通貨ルーブルは原油価格が上昇気味となり、ロシアへの直接投資が
増えると為替レートがあがり、反対のケースでは通貨価値が下がる。つま
り、投資家にとって、ルーブルもまた金融商品として扱われ西側の投資家
にとっては格好の投機材料化しているのである。

中国の通貨が管理相場制をとって人民元暴落を防止しているが、ロシアの
中央銀行は、そうした真似をせず自由市場に委ねた。

ということは金融市場に関して言えば、ロシアのほうが西側資本主義に中
国より近いという結論となるが、はたしてそうか?
         
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
 ◆ 樋泉克夫のコラム  
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
 
【知道中国 1601回】  
 ――「支那の官吏は賄賂を取る・・・金なくば訴訟するな」――(廣島3)
  廣島高等師範學校『滿韓修學旅行記念録』(非賣品 明治40年)

              ▽

道路に草が生えても、誰も抜かない。「汚穢堆積するも」放置したまま。
かくて道路は糞尿まみれで「不潔を極めざらん」。そのうえに「汚穢を極
めたる豚群に前後左右」を挟まれたら、目も当てられない。

「一般の農民は多く無智文盲」で「生計の程度極めて低く」、「日々の生
活の外何も知らざるものゝ如し」。「市街の人民に至りても蓄財利巳の念
に急にして文藝を尚び優雅を解するなきが如し」。かくして「滿洲に於て
は到底我國に於けるが如き高尚優雅精巧麗妙の趣味の痕跡だに認識するこ
と能はず」である。

アヘンは「貴賤を問うはず危險を冒して劇好する所にして市街村落を問は
ず煙舘あり」

次いで「多くは山東直隷より蓄財の目的を以て來れる出稼人」である「苦
力」につて、やや詳しく記している。

彼らの多くは独身者で妻帯のための資金稼ぎが目的か、あるいは家族を故
郷に残しての単身者で、「強健の體格を有し如何なる賤業も」、「如何な
る勞苦も辭せず」。「弊衣粗食に甘んじ拮据黽勉孜々として怠らず」

「一見して乞食の如く甚しきは野生の獸類に近きもの」さえ見受けられ
る。だがシッカリとカネを貯め込んでいる。「其勤儉貯蓄の美風は我等労
働者の企て及ばざる所」であり、やはり学ぶべきこところだ。だから、
「彼等の外貌を見て之を輕蔑するが如きは皮相の見と稱すべし」。彼らの
賃金は極めて低廉だが、生活をギリギリに切り詰め貯蓄に励む。雇用主と
しては至極便利であることが、「滿洲に於て苦力が一大勢力を存し年々數
萬の渡來者ある所以」だ。

ロシアによる満州侵食に伴って、彼らは大量に進出するようになった。日
露戦争においても両軍が使役したことで「不時の利得を占めたるは顯著な
る事實」だ。「戰後尚ほ我軍隊鐵道又は商人に使役せらるゝもの甚多
し」。やはり彼らの労働力は必要だった。

彼らの目的は唯に「勞役貯蓄」だから、「衣食は固より意とする所にあら
ず、入浴せず、洗濯せう、一枚の弊衣は塵垢に汚れ又自然に破損するに任
せて之を補綴することなし。故に之に近けば一種言ふ可からざる臭氣を放
つ」。だが不思議なもので「久しく我邦人に使役せらるゝものは漸く我俗
に化せられ、日本語を解するのみならず、自から不潔を厭ふべきことを悟
り、夏時水中に浴し又は衣服を洗濯すべきを知るに至れるものあり」である。

苦力の特徴、生活実態を細かに記した後、「彼等は吾人が容易に學び難き
克己主義を實行せるものなり」と綴るが、はたして彼らの生態が「克己主
義」といえるほどに自覚的であるのか。むしろ成り行き、出任せ、出たと
こ勝負といった方が実態に即しているように思えるのだが。

満州では仏教、ラマ教、道教、イスラム教、キリスト教などが見られる
が、「概して之を言へば、支那は宗?に冷淡なるものゝ如く、多くは迷信
の境を脱せざるものゝ如し」。だから「寺院廟觀多く頽廢に委し甚しきは
賤民苦力輩の午睡塲とな」っている。宗教施設というよりは「公共の用に
供せ」られているから、一面では社会的に役に立ってもいるようだ。

僧侶は布教に努めるわけでもなく賽銭頼みの生活を送る。我が国の寺院の
ように檀家がないので、「多く寺田又は附屬家屋の収入によりて僅に」生
活を維持している。また「微妙甚深の?理を渇仰して向上の一路を修業」
するような信者は見当たらず、とどのつまりは「唯葬祭に讀經を煩はすの
み」であった。

一般には迷信の類を信仰するが、それは病を治すやら金儲けを願うやらの
現世利益を得ようとするためのもの。つまりは彼らの信仰は徹頭徹尾に
「利己主義の發現に外ならず」であり、「故に宗?は既に生命を失へるも
のと謂ふも大過なかるべし」となる。
《QED》

2017年07月20日

◆『裏切られた自由』、ついに邦訳が刊行

宮崎 正弘



<平成29年(2017)7月17日(月曜日。祝日)通算第5358号>  

〜これは戦後出版界と歴史学界を画期する一大事件である
  フーバー大統領回想録『裏切られた自由』、ついに邦訳が刊行〜

待望のフーバー大統領回想録『裏切られた自由』(草思社)の邦訳板刊行
が始まった。
 
同時にこの本を詳細に解説する渡邊惣樹『誰が第2次世界大戦を起こした
のか』(同)も出版され、戦後の歴史解釈が根底的にひっくりかえる。

ガリレオが、コペルニクスが、あるいはダーウィンがそうであったよう
に、世の中の通説を転覆させ、真実をのべることは勇気を必要とする。
アメリカ人が単純に信じ込む「米国=正義」に対して、そのタブーに正面
から挑戦したのが、フーバー大統領の回想録だからである。

真珠湾攻撃は事前に暗合が解読されていて、むしろ日本をけしかけていた
ルーズベルト大統領の陰謀だったことは、いまや周知の事実である。しか
し、日本の攻撃で一気にアメリカの厭戦ムードは吹き飛んだ。ルーズベル
トの狙いは当たった。
 
アメリカは孤立主義から大きく逸脱し、まずはヨーロッパ戦線に大軍をさ
しむけ、ナチス・ドイツ、ムッソリーニのイタリアと戦闘。西側を勝利に
導いた。いや、勝った筈だった。

ところが敵であるはずのロシアを支援し、あろうことか、戦後秩序はソ連
のスターリンが最大の裨益者となった。死力を尽くしたポーランドが共産
化され、チェコ、ハンガリー、ルーマニア、ブルガリアばかりか、バルカ
ン半島に到るまでソ連が手に入れた。

極東では南樺太、全千島を手に入れても足りず、アジアは中国共産党の手
に落ち、朝鮮半島は南北に分断され、とどのつまりルーズベルトはソ連の
領土拡大に協力したことになる。

結果論の皮肉は、近年でもたとえば米軍がイラクに介入した結果、ISと
いうテロリストを産み、イラクはイランの影響下に入り、アフガニスタン
はタリバニスタンに変貌しつつあり、朝鮮半島では南が自ら赤化を望み、
いそいそと中国圏に戻ろうとしている。

フーバー大統領(任期1929−1933)はルーズベルト大統領に騙されてい
た。何かを仕掛けたなとは本能的に直感したが、当時、すべての密約は密
封され、フーバーにさえ「ハルノート」という最後通牒を日本に突きつけ
ていたことは知らされていなかった。

フーバーは書類、議会議事録、外交文書そのほかを緻密に検証し、20年の
歳月をかけて本書を書き残していた。

フーバーの言い分とは簡単に言えば「ルーズベルト外交は自由への裏切り
であった」ということである。

 
 ▲マルタで東西冷戦は終わった

東西冷戦は、ルーズベルトの失策がもたらした。そもそもルーズベルトの
失敗は、ソ連を国家承認した(1933年11月)ときから始まった。大統領就
任直後である。

それが世界に厄災を運び、ルーズベルト政権の周りはソ連のスパイと共産
主義者に囲まれて国策を次々とあやまった。

大胆にソ連に挑戦したのは1981年のレーガンの登場だった。

スターウォーズ計画、ミサイル防衛網を前面に出して、ソ連と対峙姿勢を
しめし、対抗策としてソ連は大軍拡にはしるのだが、経済力がついてこら
れず、あえなく頓挫。ペレストロイカ、グラスノスチを謳ったゴルバチョ
フが登場した。

1989年師走、ブッシュ大統領とゴルバショフはマルタの沖合のヨットで会
談し、東西冷戦が終結した。

共産主義者は思想的敗北から逃れるために環境保護、人権運動、フェミニ
ズム、少数性差別、反原発に流れ込み、日本でもその亜流がいまもメディ
アが牛耳っている。

さて、1938年3月8日に、フーバーはヒトラーと会見している。

「この会見でフーバーは、ヒトラーを狂信者であり、お飾りだけの愚か者
だとする欧米の報道が間違っていることを確信した。ヒトラーは自身の言
葉で国家社会主義思想に基づく経済再建を語った。情報の豊かさは彼の優
れた記憶力を感じさせるものだった」(渡邊解説本、64p)。

その前年、1937年にルーズベルト政権はシカゴで演説した。有名な『隔離
演説』である。しかも、この演説で、ルーズベルトは「国内の経済問題を
話題にしなかった。具体的な名指しは避けたものの、日独伊三国によって
世界の平和が乱されている、これを是正するためにはアメリカは積極的に
国際政治に関与しなけれはならないと訴えた」(同72p)。

1939年、ナチスはチェコに侵入した。
 
「少なくとも軍事侵攻ではない。ハーハ(チェコ)大統領との合意によるも
のだった。さらに、フーバーが考える独ソ戦では、ドイツはソビエト侵攻
のハイウエイとなるチェコスロバキアを通らざるを得ないことは自明であ
る」(同88p)。

次はポーランドだった。

ここで英国のチャンバレンはポーランドの独立を保障する宣言を行った。
英米は、ドイツはスターリンとの対決に向かうと考えていたから、ポーラ
ンド回廊を通過するのは自然であり、このポーランド独立を英国が保障す
るということは、フーバーからみれば愚かな選択であった。


▲ルーズベルトがスターリンに譲歩したのはアメリカを不幸にした

ヒトラーは独ソ不可侵条約を結び、しかもソ連もポーランド侵攻に踏み切る。

「犬猿の仲であった独ソ両国の唯一の共通点。それが第1次大戦期に失っ
た領土回復を希求する強い思いであった」(同99p)

舞台裏では何回も複雑に執拗に交渉が続いたが、ポーランドの誤断も手
伝って、ついにナチスはポーランドへ侵攻する。

「この戦いがなければ日米戦争がおこるはずもなかった」が、ポーランド
の稚拙な対独外交が原因で、戦線が広がり、日米開戦への道が準備される。

その後の戦争の展開は周知の事実とはいえ、問題は「カイロ宣言」、「テ
ヘラン会談」から「ヤルタ」会談の密約、そしてポツダムへと米英ソの
『密約』が次々と進み、アメリカ国民は何も知らされないままルーズベル
トとスターリンの謀議は進展し、途中からチャーチルはのけ者にされ、や
がて病魔に冒されたルーズベルトは正常な判断も出来なくなった。

トルーマンはルーズベルトから殆ど何も聞かされていなかった。原爆を保
有したことさえ、トルーマンは知らなかったのだ。
こうしてフーバー回想録は、アメリカの歴史学主流に投げつけられた爆弾
である。
かれらが『歴史修正主義』とレッテルを貼り付け非難してきたが、どちら
が正しいかは明らかであり、ルーズベルトの評価が地獄に堕ちているのだ
が、これを認めようとしない一群の学者とメディアが、真実をいまも覆い
隠しているのである。

渡邊氏は、解説書の最後を次のように結んでいる。

「中国と韓国は、日本を『極悪国』として捉え、歴史認識では日本の主
張を一切受け付けず、21世紀になっても非難を続けている。歴史の捏 造
が明らかな南京事件についても、いわゆる慰安婦問題についても、アメ
リカはプロパガンダであることを知っている。それにもかかわらず、アメ
リカが日本を擁護しようとしないのはなぜなのか。

それは、ルーズベルト とチャーチルの戦争指導があまりに愚かであった
からであり、その愚かさ は、日本が(そしてナチス・ドイツが)問答無
用に『悪の国』であったこ とにしないかぎり隠しようがないからである。

歴史修正主義は、戦後築きあげられた『偉大な政治家神話』に擁護され
ている二人の政治家(ルーズベルトとチャーチル)の外交に疑いの目を向け
る。ナチス・ドイツや戦前の日本が、胸を張れるほど素晴らしい国であっ
たと声高に主張しているのではない。

極悪国とされている国を『歪んだプ リズム』を通して見ることは止める
べきだと主張しているに過ぎない。そ れにもかかわらず、歴史修正主義
は枢軸国を擁護する歴史観だとのレッテ ルが貼られている。それは、
ルーズベルトとチャーチルが引き起こした戦 後世界の混乱の真因から目
を逸らさせたい歴史家や政治家がいるからであ る)(同220p)。

歴史の偽造やフェイクをまだ信じているガクシャは、本書を読むと顔が
引きつるだろうし、日本の論壇にまだ跋扈している左翼は卒倒するかも知
れない。