2017年08月17日

◆気がつけば40万人のチャイナタウン

宮崎 正弘



<平成29年(2017)8月16日(水曜日)
        通巻第5394号>  

〜気がつけば40万人のチャイナタウンが出来ていた
  ベネズエラ暴動で、数万人が既に逃亡、中国は鉄道建設を放棄へ〜

 ベネズエラの政情不安、超猛烈インフレ率が1600%、ブラジルなど へ
海外移民、暴動の凶悪化。マオイスト国家=ベネズエラは末期的症状だ。

日本のメディアはあまり採り上げないが、米国のメディアをみている
と、ベネズエラ問題はキューバ問題同様に、強い関心があって、率直に言
えば米国の地政学からすれば、北朝鮮より身近な危機です。

それもこれも原油代金暴落がもたらした悲劇だが、チャベス前大統領以来
のポピュリズム政策の惨めな破綻、同時に強気強気とベネズエラ石油鉱区
に果敢に投資し、鉄道建設もしていた中国の思惑が、ばっさりと外れた。

気がつけば、ベネズエラの首都カラカスには40万人もの中国人コミュ ニ
ティが出来上がっていた。

20世紀初頭からの移民で、現地人と混血し地付きの人間となった中国人
ファミリーも多い。そのうえに新移民が重なった。

なにしろ中国開発銀行(CDB)一行だけでベネズエラに370億ドル を貸
与した(ほかの中国の銀行を含めると、推計で450億ドル)。ベネ ズエラ
の債務は650億ドル。最大の債権者は中国、デフォルトをやらか すと最大
の金融災禍が中国の金融界を襲うだろう。しかもデフォルトは時間の問題だ。

経済沸騰の頃、ベネズエラ全土で不動産開発、ビルラッシュが続き、建
機、健材、セメント、トラックなどを中国が輸出し、しかもカラカスの輸
入業者は中国人ときている。

これらの華僑は集中的に広東省の珠海デルタに位置する開平、江門などか
らやって来た同郷人で、カラカスだけで5万人もいた。開平、江門は苦力
時代から労働者輸出の本場として知られる。2016年にあらかたの華僑 は
広東へ逃げ帰った。

中国が自慢の「新幹線」プロジェクトもベネズエラでも進んでいた。総
額75億ドル、総延長462キロの鉄道建設だったが、2016年に放棄された。
 
ベネズエラの通貨は2007年に100ドル=4600ボリバスだった。いまは1100
ドルが80000、闇市では120000だ。珈琲が一杯2000000ボリバス。誰も
が喫茶の愉しみを失った。

原油高騰時代、高価なワインショップを開店した華僑もいた。ウハウハ笑
いの止まらなかった時代は終わった。治安は悪化し、暴徒は商店を襲い、
品物をあらいざらい奪い、火をつけ、中国人とみたら殴りかかる暴徒もい
る。カラカスから80キロ離れたマラケイ市ではことし6月に68の華僑の店
が襲われた。


 ▲負の連鎖

ベネズエラ政府は暴徒鎮圧のために、放水、催涙ガス装備の装甲車を中国
から緊急に輸入したが、すでに暴動で40人以上が死んだあとだった。マ
ドゥロ大統領は、強権発動に踏み切り、住民投票で強引に改憲に突き進
み、思案維持のために独裁政治を敷いた。この非民主的な遣り方に米国は
経済制裁強化で応じた。

連鎖は広がっている。すでにニカラグア運河は中国企業が着工し、突然、
資金繰りが悪くなって工事は中断されている。

リビアでカダフィ政権が潰えたとき、中国人労働者3万6000人が逃げ帰っ
た。100近い中国主導のプロジェクトは砂漠で置き去りにされ、後始末の
交渉さえ始められていない。リビアは依然として無政府状態だ。

同様にベネズエラの二の舞をやらかすのはアルジェリアとアンゴラである
と予測される。いずれも中国企業が食い入っている。とくにアンゴラには
五万人の中国人移民のチャイナタウンがある。
       
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◆書評 しょひょう BOOKREVIEW 
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 この話は本当か。大ヒット曲が誕生した舞台裏の涙の物語り
  「ドレミの歌」誕生の切っ掛けが、かの三島由紀夫だったとは

  ♪
門田隆将『奇跡の歌 戦争と望郷とペギー葉山』(小学館)
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 およそ歌と言えば、演歌と軍歌と小学校唱歌しか知らない評者にとっ
て、少年時代にラジオで聞いた「南国土佐をあとにして」は衝撃的だっ
た。それまでジャズ歌手としてバター臭い、「ペギー」などという芸名か
ら、縁の遠い歌手でしかなかった。

ラジオ全盛の時代、流れてくる歌の多くが情緒的で浪花節敵でもあり、豊
かな情操を伴った。歌姫は美空ひばり、島倉千代子、そして男の歌手は三
橋三智也、春日八郎。。。。。。

ペギー葉山の歌った「南国土佐を後にして」は日本人の感性と情緒を揺さ
ぶり、涙腺を刺激してあまりあった。

昭和34年、空前の大ヒットとなり、日活で映画になって小林旭が主演だっ
た。ペギー葉山はクラブで歌う場面で出演していた。中学生の頃、この映
画を見た記憶が蘇った。

あらゆる成功譚には、因縁、えにし、人脈、そして運命があり、それが輻
輳してある時、合体を産むと、奇跡が起こる。

まさに「南国土佐をあとにして」は奇跡の運命から誕生した。前編はその
舞台裏の物語である。門田氏は、この物語を感動的に書き上げた。

戦争中、歩兵第236連隊という勇猛果敢、別名「鯨部隊」と呼ばれた兵団
があった。土佐出身者の部隊である。鯨は古き昔から高知の漁民が捕っ
た。いまでこそ鰹の一本釣りだが、土佐料理につきもの。

はりまや橋は、地名こそ有名だが、小さな橋である。行ってみて驚くほど
小振りで、拍子抜けがする。そこで坊主がかんざしを買うというのは替え歌。

もともとはこの鯨部隊の兵士が戦地で作詞作曲し、大いに歌われ、流布し
ていた。戦後も兵隊の引き上げによって歌い継がれたが作者不明という状
態がつづいた。ちょうど吉田正の「異国の丘」と同様である。吉田はシベ
リア抑留から引き上げて、自分の歌が大流行していることに驚いた。

ジャズ歌手の道を歩んでいたペギーに白羽の矢を立てたのは音楽の才能が
あるNHKのプロデューサだった。「男の歌を女の歌に変えていた」の
だ。女性のアルトが良い、として誰がよいかを捜すとペギーしかいなかった。

「アトラクションで良いから」としぶとく口説き、ようやく了解したペ
ギーも、いざ高知の生番組の会場へ行くと、本番の台本を渡され、驚くし
かなかった。
 
練習を積んでいたので、おちついて歌い出すと場内はしーんとしている。
「あ、やはり失敗だ」と歌いながら思ったそうである。

ところが、最後まで歌うとどよめきに似た大喝采の嵐となった。

「異様に熱い何かが、まるで波が打ち寄せてくるように何度も何度も私に
迫って来ました」とペキーは語った。

「この歌の歴史は、ある名もない一兵士が、あの過酷な戦場でつくったと
ころから始まります。そして、郷土出身、鯨部隊の兵士たちが曠野で歌い
継ぎ、戦後、武政英策先生が補作編曲し、昭和34年、われらがペギー葉山
さんが大ヒットを飛ばし、全国的に有名になった」と「南国土佐の歌碑を
建てる会」の臼井会長に語らせる。

次の大ヒットは国民的歌謡となった「ドレミの歌」だった。

翌年、ペギーは米国の公演を引き受けロスアンジェルスへ単身で飛んだ。
 直前に、「運命を変えるともいうべき邂逅があった。35歳の作家、三島
由紀夫との対談である。

ペギーはこのとき、まだ26歳。深川の料亭で催されたその対談は、思いも
寄らぬ方向へ向かった」(306p)

三島はニューヨークへも足を延ばせと強く進めるので理由を問うと、「そ
りゃ、ミュージカルが花盛りだからさ」。

ウエストサイド、マイフェアレディ、サウンドオブミュージ。。。。。。
 
「絶対見てこいよ、って。私は『ええーっ』て言ったんですよ。とにかく
ぎょろぎょろしたあの眼で、三島さんがいろんなことを次々と」

ペギーは決断しロスからニューヨークへは重い荷物に着物姿の一人旅。ロ
スからのチケットも自分で手配した。まるっきりひとり。

見た。サウンドオブミュージックを。そして感動したペギーはロビーでス
コア(譜面)とLPレコードを買い求めた。
 
「これを日本語で歌ったら素晴らしいって思った」
 
生前にインタビューした門田氏にペギー本人が回想するのだった。

ペギーはドレミの歌の日本語訳を自分で、自分の感性でなした。翻訳をお
えるとニューヨークは朝になっていた。

「『南国土佐をあとにして』を歌いに来て欲しい」と。そんなロサンゼル
スの日系人の要請から始まったペギー葉山のアメリカン・ジャーニーは、
これまた日本の歌謡史に特筆される大ヒットを残すことになる」(318p)。

ペギー葉山と三島由紀夫、これもまた奇跡の出会いだったわけだ。

2017年08月16日

◆縄文の文明と文化を考えてみた

宮崎 正弘



<平成29年(2017)8月15日(火曜日)弐 通巻第5393号>  

<<エッセイ>>
   ♪
  三内丸山遺跡で縄文の文明と文化を考えてみた

夏休みの真ん中。国際ニュースを離れて随筆を書きます。今朝、午前6時
開門前に靖国神社へ行って参拝を済ませました。

一番乗りもこれで5年連続、それまでは昼前に参拝していたのですが、あ
の夥しい参拝者の行列に感動する一方で、やはり靜かで、参拝者がすくな
い早朝が良いと思うようになりました。

開門前、すでに500人ほどの列ができていました。人々が何を祈ったの
か、小生は参拝のあと、桜チャンネルのインタビューを受けたので「トラ
ンプ大統領が訪日のおり、是非、安倍晋三首相と連れだって靖国参拝を
やってもらいたい。戦後72年の日米関係を画期できることになるでしょう
から」とコメントしておきました。

 さてーー。

「三内丸山遺跡で縄文の文明と文化を考えた」
 
吉野ヶ里遺跡には数年以上前に行ったが、率直にいって感動が薄かった。
 弥生式のおおきな集落で共同墓地もあり、高床式の建物、堀、物見櫓、
しかし稲作文化、太陽信仰の弥生式遺跡の典型であるものの、あまり精神
性を感じない。

外敵の侵入を防ぐために2重の壕をしつらえ、防止柵、物見櫓に武器庫。
発見された人骨には刀傷、首のない遺骨もでてきて、戦闘が行われていた
ことを証明している。

吉野ヶ里は佐賀県が工業団地を建設しようとした1980年代に発見され、発
掘がすすみ、特別史跡と認定された。

そうだ。弥生式は稲作であり、外国との交流もあり、したがって部外者と
の戦闘が随伴したのだ。

懸案だったのは三内丸山遺跡である。

いつか機会があれば訪ねたいと思っていた。江戸時代から遺跡が埋もれて
いることは分かっていたらしいが、工業団地建設予定地を掘っていたら、
巨大な遺跡群がでてきた。縄文文明の象徴でもあり、しかも縄文遺跡は北
海道と東北に集中している。

私たちの世代が小・中学校で習った歴史教科書では、日本最古のものは弥
生式の登呂遺跡とされていた。吉野ヶ里も三内丸山も発見されておらず、
登呂遺跡が西暦1世紀頃。農村、高床式倉庫、水田跡、そして竪穴式住
居。したがって私が登呂遺跡を見学したのは高校生の時、ひとりで日本を
ほっつき歩いていた折だった。なぜか、興奮して見学した記憶がある。

縄文時代の象徴的な遺跡として三内丸山が特別史跡に認定されたのは近年
である。

青森県と秋田、岩手には十数の縄文遺跡がある。青森ではほかに亀岡遺跡
を見た。岩手県では御所野遺跡と是川遺跡。ほかにもたくさんあるが、い
ずれも遠方、奥地、辺疆にあるので、1度には回れない。 


▲縄文の人々は何を神に祈ったのだろう?

縄文の遺跡からでてきた人骨には刀傷もなければ、身体障害者が成人した
ものがあり、当時の縄文文明は介護が行われ弱者切り捨てではなかったこ
とが偲ばれる。縄文の時代は紀元前1万年から紀元後1世紀と言われる
が、三内丸山は紀元前6世紀から4世紀に栄えた集落で、およそ1千年に
亘って平和だったと推定されている。

稲作文化ではないが、栗、クルミ、トチの実を食べており、ひょうたんの
栽培もしていた。野ウサギやムササビ、鯨、ぶり、ふぐ、サバを食べていた。

それらを狩猟するための道具が黒曜石の槍など。

発掘された副葬品や器具。鹿の角でつくった工具、鯨の毛を応用した釣り
針、翡翠の大珠。縄文人は火を使うことを知っており、ドングリは煮て食
べたらしい。土瓶、土器、壺、そして容器、袋が出土した。紀元前4500年
頃には縄文のポシェットが編まれており、後期には漆の技術もあったこと
が分かっている。

32メートルの竪穴式集合住宅が復元されており、なかにはいるとかなり広
いのには驚かされた。

なかでも圧倒的なのは土偶である。「大型板状土偶」が三内丸山から出土
したが、なぜか、ギリシアやキプロスの博物館でみた土偶と共通性がある
とおもった。

亀岡石器時代遺跡(これは海に近く、三内丸山より古い)の展示室でみた
のは「遮光器土偶」で、大きな目玉が飛び出している奇妙なかたちだが、
おそらく太陽光を遮る眼鏡だろうと推定されている。太陽信仰の宗教儀式
に使われたのか、学説には様々な解釈があり、考古学に興味の薄い小生に
は、それ以上のことは分からない。

しかし、目玉がもっと飛び出した青銅器の人形を私は中国四川省の三星堆
遺跡でみている。

中国各地を旅行していた頃、33省の全てを十数回に分けて旅したが、遺跡
でいえば、河母渡、三星堆などにも足を延ばしている。

黄河文明よりも、揚子江文明が古いことは考古学的にもわかっているが、
中国の政治主導の歴史観では「黄河文明4千年」ということになってお
り、それより古い文明は明らかに漢族のものではないから、あまり宣伝を
しない。だから訪れる人がすくない。

河母渡遺跡へ行くには大変だった。長距離バスを乗り継ぎ、タクシーを
チャーターし、さらに河岸から艀に乗って、ようやくついた遺跡群の跡
は、なにやら人工的で、建物はレプリカだが、考証のあとが杜撰である。

四川省広漢市にある三星堆積に到っては、記念館だけがジオラマ在り映写
室在り、蝋人形の展示在りで近代的施設だが、嗚呼、これじゃ改竄した南
京大虐殺記念館のように、真実の臭いから遠いと思った。だが、中国遺跡
との比較論は別の機会に譲る。


▲環状巨石の群れは、いったいどんな文明があったのか

じつは縄文遺跡のなかでも、いちばん興味があったのは「大湯環状列
石」、いわゆるストーンサークルだった。

英国のストーンヘンジ、マルタの巨石神殿ほか世界各地の巨石神殿と、共
通性がある。太陽信仰で石の並べ方に科学があり、日時計にもなり、そし
て巨石の配列は、その下が墓場でもあった。これはイースター島のモアイ
像とも、発想とその精神文化に共通性がある。アモイ像は墓標である。

秋田県鹿角市にある大湯環状列石に行くのも、ちょっと大変である。

車の運転が出来ない小生には、近くの駅からタクシーとか、徒歩、あるい
はレンタサイクルとなるが、なにしろ、この遺跡も森で囲まれており、付
近には熊が出没するので県道を車で走行し、車窓から撮影するしかないと
いう。

遺跡は宏大であり、中央の広場に記念館がある。この付近だけは熊がでな
いらしい。

これが大湯ストーンサークル館(秋田県鹿角市十和田大湯字万座)だ。30
キロ前後もある重い石が7200個。これを2里近く離れた安久谷河から、そ
れも緑色の石だけを撰び、クレーンもない、重機もないブルドーザもない
時代に人力で運搬し、環状に並べたのだ。それが凡そ4000年前と推測され
るので、縄文文明に属する。

イースター島でみたモアイも、採石場から、人の力でえっちらほっちら海
岸へ運んだ。

縄文人は何を思い、どのような形式で信仰を深め、いかなる祭りを行った
のだろうか。人々は何を祈ったのか。

火の祭り、巫女がいて、宗教儀式の神秘があり、文化の深奥が展開されて
いたに違いない。遺跡から発掘された夥しい土偶、土器、飾り物、壺、木
製や石の農耕具、矢、石斧、これらのひとつひとつが手製であり、縄文人
が丹誠込めて、そして祈りを籠めてつくったのだ。

AI文明が人類を凌駕しようという「シンギュラリティの恐怖」がいま喧
しく語られているときにこの静謐で思索のできる空間は貴重である。

2017年08月14日

◆パナマ文書がじわり効いて

宮崎 正弘


<平成29年(2017)8月5日(土曜日)通算第5384号> 

 〜「パナマ文書」がじわり効いて中国富裕層の不穏
  天文学的金額が不正に海外へ流れ出た実態が判明〜

「中国の富裕層トップ100家族の蓄財は少なく見積もって4500億ドル(邦
貨換算50兆円弱)に達する。一家族平均が45億ドルになる。他方、およそ
3億の中国人が一日2ドルで暮らす中国で現実に起きている富の寡占状況
である」

こう書くのはバスチアン&フレデリック・オベルメーヤー共著『パナマ文
書』である(原書『PANAMA PAPER』、ONEWORLD、ロ
ンドン刊。227p―228pから拙訳)

同書に拠ると習近平の義兄であるトウ家貴(姉=橋齋齋の夫)や温家宝夫
人と息子の不正蓄財はよく知られているが、両家だけで、少なくとも10億
ドルから40億ドルが英領ヴァージン諸島などを通じて海外に持ち出され不
動産投資などに消えた。

ヴァージン諸島の登記は代理人の法律事務所や或いは法人組織で行われい
るため、実態の調査には時間がかかる。

こうした情報はブルームバーグやニューヨークタイムズが報じ、このた
め、両メディアの北京特派員は延長ヴィザが更新されなかった。そしてパ
ナマ文書で、これらの情報が確認されている。

グローバル・フィナンシャル・インタグリティ(GFI)が出した報告書
(2017年4月版)の「発展途上国から不正に流れ出した資金」に拠ると、
2014年に『中国から不正に流れ出した資金』は4兆3063億2600万ドル(邦
貨換算473兆円強)と見積もられている。

失脚した薄煕来、谷開来夫妻の息子=薄瓜瓜は、ハーバード大学留学の寄
宿先は24時間ガードマン付き豪華マンション(屋内ブールあり)で、フェ
ラーリを乗り回していた。このどら息子が毎月使ったカネは、父親の年収
に該当した。

パナマ文著のことは報道されて以来、中国のネット、検索エンジンでは接
続できなくなっている。

2017年08月10日

◆中国の住宅ローン残高

宮崎 正弘



<平成29年(2017)8月7日(月曜日)弐 通算第5388号> 

 〜中国の住宅ローン残高、ついにGDPの44・4%
香港のエコノミスト、朗喊平の予言「住宅ローンを組んだら99%は破産する」〜

数年前だった。香港の著名エコノミスト、朗喊平がテレビ番組で予言した
のだ。

「住宅ローンを組んだ人は、99%が破産するだろう」

この忠告を聞いて不動産投資を止める人は少なかった。どう見ても目の前
の現実は「不動産を所有しなければ人に非ず」という雰囲気であり、あれ
よあれよとマンションの価格は跳ね上がり続けていた。

北京、上海、広州など沿岸大都市の不動産価格は、はっきりと東京の2
倍。豪華マンションは2億円もザラ。

庶民が手を出せるレベルではない。当局は頭金を35%から、地域によって
は50%に上げるなど抑制策を講じた。価格の沈静化は見られないが、取引
が激減した。株式暴落を避けるために「株を売るな」と厳命した、あの遣
り方である。

基本的なスキームを想定してみよう。

元手の無い人がマンションを頭金だけで購入し、それを担保に2軒、3軒
と買う。借金が膨らむが、だれも気にしない。中国政府はGDP6・7%
成長と言いふらしているわけだから、不動産はあがるものと信じているか
らだ。もし、下がりだしたら、「不動産価格をさげるな」という国民運動
が起きるだろう。

恐ろしい数字がで\  出た。

中国の住宅ローン残高、ついにGDPの44・4%となった。公式統計で中
国のGDPは1100兆円だといっているから488兆円が住宅ローンの債務と
いうことになる。これは日本のGDP(535兆円)の、じつに91%になる。

北京でたとえば8000万円でマンションを買った若夫婦の実例が紹介されて
いる(サウスチャイナ・モーニングポスト、8月7日)。

頭金35%を自分たちの預金をおろし、両親、親戚、友人からカネを借りま
くって調達して、どうやら取得した。頭金は日本円で2800万円だった。

なぜ、これほど無理をしてまで購入するかといえば、周囲の熱狂、みなが
不動産投機に熱中しており、皆が集まれば、どこそこの不動産があがる、
あそこの物件は良い、という話題しかない。
集団的夢遊病である。

さて残りのローンは30年割賦、毎月の返済が32万円、年間354万円とな
り、これが30年間えんえんと続く(合計返済は元利を含めるから1億
11520万円前後となる)。

年収が400万円程度の共働き夫婦と仮定して、いったいローンを支払った
残りのカネで、食費、交通費、娯楽費、ほかをまかなえるのだろうか?


▲不動産はあがりつつけるという信仰を集団で夢想中

つまり、こうした歪つな経済構造にさらに醜悪にゆがませでしまったのが
不動産投機の結果であり、もし不動産暴落が始まったら(というよりそれ
は時間の問題だが)、朗喊平の予言通りに99%の債務者は破産する。米国
のサブプライム危機をはるかに超えた超弩級のバブル破裂がやってくる。

筆者は中国の不動産バブルの崩壊という未来の想像図を、あの「バベルの
塔」の崩壊に重ね合わせている。

重いローンに追われ、生活費にまわせる余裕がなくなれば、コンビニにも
寄らず、外食は出来ず、旅行にも出かけられない。ましてや外国旅行なんて。

いずれスマホの電話代も滞り、クレジットカードの信用枠をこえれば、
カード破産(米国、韓国に夥しい)、結局、逃げるか。あるいは詐欺に走
るだろうし、副業をもとめて暗黒の世界に入るか。

不動産バブルがはじけると、中国ではマンション購入者が暴動を起こし、
反政府行動に走ることが確実に予想される。

なぜそうなるかの考察は、詳しくは拙著、石平氏との対談『いよいよトラ
ンプが習近平を退治する』(ワック)の129p−138pを参照。

したがって習近平は不動産暴落を回避するための政策を続行せざるを得
ず、それが党大会終了までの小康状態の演出となっているのである。
      

 ▲中国のGDPは、いきなり世界6位に転落するリスクがある

かくして果てしなく広がる中国の債務の闇。

いったい、幾らが債務なのか。だれも本当のことを知らない。2010年に中
国政府のシンクタンク「中国社会科学院」の李揚副院長が「中国の公的債
務は2010年時点111兆6千億元に上り、GDP比215%に達している」と発
言したことがある。

当時の為替レートでも1450兆円である。しかし同研究院は三年後の2013年
末で中国の公的債務は1130兆円だと下方修正の数字を「公式見解」とした。

政府発表は超低めにおさえているが、当時の欧米の経済誌の見積もりでも
20兆ドル(当時の為替レートで)2000兆円が常識だった。

マッキンゼーの2015年2月の報告ではGDPの282%、つまり2900兆円前
後と上方修正(?)がなされ、いったい何が正しいのか怪しい数字空間が
広がる。

ウォール街のなかには「中国の債務は33兆ドルだ」と断言して憚らないエ
コノミストが輩出し、ロンドンのシティ関係者のなかにも中国の経済的破
綻を予測する向きが増えていた。

いまさら指摘するまでもないがGDPの算定は(1)住宅投資を含む個人
消費(2)民間企業の設備投資(3)税府の財政出動(4)経常収支の黒
字(或いは赤字)である。

中国の個人消費はGDPの35%程度(米国65%、日本60%)。だから民間
の不動産購入がGDPのかなりの部分を支えている。民間企業は、中国の
場合、上場企業の98%が国有企業であり、しかも大方は赤字体質のゾンビ
である。

となれば、民間企業の設備投資というのは中国と合弁のフォルクスワーゲ
ン、トヨタ、日産などの設備投資を加えているのだろう。民間でアリババ
など通信産業は、設備投資がかからず、鵬海精密工業とて、ロボットへの
投資くらいである。

となると、政府の財政出動がGDPを根底的に支えており、裏付けのない
紙幣を印刷して市場にバラマキ、ひたすらGDP向上に貢献してきただけ。

それが中国経済の実態ではないのか。

貿易統計は対米、対EU輸出が堅調に維持されているかにみえるが、人件
費が四倍になった中国製品は世界市場ですでに淘汰されつつあり、日用雑
貨、繊維製品などは鉄鋼のダンピングと同様に赤字輸出を断行していると
推定される。
    
こうみてくると筆者の想定で、中国GDPが世界第2位というのは、前か
ら言っているように真っ赤な嘘だ。

大規模な倒産とバブル消滅が重なれば、GDP神話が消え、首位にたつ米
国のポジションは不変だが、中国GDPは、たちどころに日本、ドイツ、
英国、仏蘭西に次ぐ、第六位に転落することもあり得るだろう。

2017年08月09日

◆象牙がダメならマンモスの牙

宮崎 正弘



<平成29年(2017)8月8日(火曜日)通算第5389号 <特大号>>


  〜象牙がダメならマンモスの牙があるさ
    中国人の懲りない面々。今日も牙に彫刻〜

象牙の密輸は習近平の特別機にもアフリカ某国訪問の帰りに積み込まれた
ことがばれて国際問題となった。

2001年から15年にかけて、9万3000から11万頭余のアフリカ象が殺され、
象牙が密輸された。

中国では象牙がスティタスシンボル、これに仏像などを彫刻し、飾り物と
して巨大な市場がある。

国際的な批判に晒されて、中国は密輸取り締まりを強化、国内の象牙工場
67箇所を手入れ、78店舗を閉鎖、3185点の象牙彫刻品を押収した。これは
氷山の一角に過ぎないが、ともかく中国はジェスチャーを示したのだ。

象牙が禁止されているのは、「絶滅のおそれがある希少動物」という理由
により、国際的取り決めがある。

であるならば「絶滅した動物」ならどうなのか。

中国の象牙密輸業者、バイヤー、彫刻師、販売店等が目を付けたのは、
3600年前に絶滅したマンモスの牙だった。シベリアの凍土にまだかなりの
マンモスが凍死したまま。これを機械で引き上げ、牙だけを輸出するの
だ。ロシア軍が副業にしているという。

中国黒竜江省の税関を通過したマンモス牙は27トン、ところが香港では34
トンが陸揚げされていた。
     
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◆樋泉克夫のコラム 
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【知道中国 1611】          
  ――「獨乙・・・將來・・・無限の勢力を大陸に敷けるものと謂ふべきなり」
(山川1)
山川早水『巴蜀』(成文堂 明治42年)

                  △

清国末期に四川高等学堂で日本語教師を務めていたこと以外、生没年も経
歴もはっきりしない山川早水だが、明治42(1909)年11月に東京京橋区鈴
木町一番地に在った成文館という出版社から400頁を超える分厚い『巴
蜀』を出版している。

山川は、日露戦争が勃発した明治38(1905)年3月から7月にかけ湖北省
宜昌から長江を遡り、成都、嘉定、重慶など四川省各地を踏査し、その結
果を『巴蜀』に纏めたというわけだ。それにしても、あの時代、西南深奥
部の四川で日本語教師を務めていたとは・・・蛮勇なのか無謀なのか。彼
の個人的意志なのか。それとも国策が絡んでいるのか。いずれも不明だ
が、やはり驚く外はない。

最初に四川を訪れた日本人は誰だったのかは不明だが、おそらく明治
12(1879)年に出版された竹添井井(進一郎)の『棧雲峽雨日記』辺り
が、日本人が残した最初の本格的四川紀行だと思われる。

明治維新当時には熊本藩参謀として働き、明治政府では天津領事、朝鮮弁
理公使、北京公使館書記官、韓国弁理公使などを歴任。清仏戦争
(1884〜85年)の間に朝鮮で起きた甲申事変(1884年12月)において日本
軍を指揮するなど、“国士的外交官”として働く一方、後に東大で『春秋左
氏伝』を中心に中国古典を講義した学者・名文家として知られている。

竹添が漢文で綴った『棧雲峽雨日記』は夙に有名であり、その一部は、高
校時代の漢文の授業で頼山陽の漢詩などと共に学んだ記憶がある。教科書
に採用されるくらいだから“正調”の日本漢文ということだろうが、なんと
も型に嵌った美文調の風景描写が延々と続くだけで、面白くも可笑しくも
ない。じつは四川の地に生きる人々の息づかいが、まったくといっていい
ほどに感じられないのだから、読み手の琴線に触れることもない。

これに対し山川が自らの目と足とで書きあげたと思われる『巴蜀』は格段
に面白く、いま読んでも興味深い指摘が少なくない。それほどまでに山川
の観察は微に入り細を穿っていて鋭いということだろう。竹添と山川の違
いを敢えていうなら、前者の目線は上から下向きで、後者は横向きで“被
写体”と同じ高さといえるだろうか。

帝国海軍がロシア・バルチック艦隊を打ち破った日本海海戦(5月27~28
日)に先立つこと2ヶ月余りの「明治38年3月18日、神戸を發し」た山川
は、「同行草野金松氏及び蜀省雙流縣人陳?氏(字は心堯)に上海に會
し」、長江を遡り四川(蜀)に入ったものの、途中の宜昌で最初の怒りが
爆発する。それというのも、当時、同地にはまだ西洋式ホテルも日本式旅
館もなく、劣悪な「支那宿」しかなかったからだ。

これまでの日本人の中国旅行記には「長城居庸を説くはあり、姑蘇金陵を
記すはあり、古今を俯仰し、興亡を憑弔するはあり、據るに足らざる輸出
入の數字を?し、自ら以て貿易の情勢を得たりとするはあ」るものの、
「旅館の不備に言及」したものがない。かくて山川は「旅館の旅行に於け
る、其の關係甚だ密」であり、将来の日本人旅行者のためにも、また「支
那社會の研究」のうえからも必要だからと、「興隆一店」の概要を記す。

だが山川は間違っている。これまで数多く見てきた文久以来の先人の残し
た記録に旅館の劣悪な状況が詳細に記されていたことを思い起こすなら、
やはり山川は先人の記録に目を通していなかった、ということか。それに
しても「據るに足らざる輸出入の數字を?し、自ら以て貿易の情勢を得た
りとする」との指摘は、現在にも通じるものがある。

さて旅館に対し山川は、「要するに、支那旅館は、我等に取りては、僅に
山野に露臥するを免るゝに止り、之に由りて其日の草臥を醫せんは、到底
期せらるべきに非ず」と結論づけた。「牛馬に秣かふにも似た」食事であ
る。疲れが取れるわけがない。旅はシンドイ。
《QED》

2017年08月08日

◆李嘉誠が靜かに中国から退去

宮崎 正弘



<平成29年(2017)8月7日(月曜日)通算第5387号> 

 〜「さらば、中国」と香港財閥第1位の李嘉誠が靜かに中国から退去
  英豪独加のエネルギー産業へ大規模投資を加速。気がつけば中国と離
別していた〜

 香港経済は3本の柱で成立している。第1は不動産、第2は国際金融。そ
して第3が観光立国、免税品の買い物天国、賭場マカオへの中継地。

この香港経済を明らかに牽引してきたのが李嘉誠率いる長江実業とハッチ
ソン集団、この2つの企業集団の株価だけで香港市場の時価総額の3分の
1を占めたこともあった。

李嘉誠は広東省潮州出身。放浪のあげくに香港へ流れ着き、最初は香港フ
ラワーで当てた。不動産ビジネスに参入し、マンションの開発、分譲ビジ
ネスでさらに当て、貿易、発電、輸送に進出し、いまや電力、ガスでも世
界有数の企業となった。

李嘉誠は天安門事件で世界に孤立した中国に、むしろ果敢に進出し、北
京、広州にランドマーク的なビルを建築した。トウ小平、江沢民から深く
感謝された。

この成功を見て多くの華僑が後追いし、中国のマンション、ショッピング
モールの開発はあたりに当たった。

そのピークの時(2012年)、李嘉誠は突如、中国大陸に保有してきたほぼ
全ての不動産物件を売り払った。人民日報は「逃げるのか、李嘉誠」と批
判したが、気にも留めず、「私は1インチの空地も残していない。私が建
てたのはすべて価値ある不動産物件であり、高値で売却するのは商業の基
本である」とした。逃げの姿勢を否定したのだ。

中国で7つの旗艦ビルの売却は総額434億元(邦貨換算で7000億円弱。)

これを見ていた中国大陸の新興財閥は、アリババも大連万達集団も複星集
団も、HNA(中国海航)も安邦生命も舵取りを変え、海外企業を買収、
海外の有名不動産買収で、中国から逃げの態勢に入ったのである。

ところがその後の李嘉誠が展開していたのは、西側諸国へのシフトだっ
た。ほかの中国の新興成金のだぼはぜ的な衝動買いとはことなり、李嘉誠
には長期的な戦略があった。

第1に投機的な不動産開発は行わない。
 
第2に確実で安定的な水道、電力、ガス供給という分野に本格的に進出する
第3に自由民主主義の国に投資する。


 ▲投資する対象国は民主主義体制が原則なのだ

英国では不動産開発、ニュータウン建設も手がけたが、主力はガス、水
道、下水処理、電力会社を買収した。

豪でも、カナダでも、同じ大英連邦ゆえに法律、規制が香港と似ていてビ
ジネスがやりやすかったこともあった。この勢いは止まらずポルトガル、
ルクセンブルグなどへのエネルギー産業投資を続けた。

海外展開の嚆矢となったのは英国「ノース・アーバイイン・ウォーター」
買収(2011年、282億香港ドル(4230億円)で、ついで「ウエールズ&
ウェスト・ユテリティ」(12年、82億HKドル=1230億円)。
 
豪では電力供給会社と水道配給会社を買収し、2013年にはルクセンブルグ
のAVR(発電、水処理企業)を買収した。

その後もガス、水力発電など重要なエネルギー関連にのみ的を絞り、2016
年には空前の金額(453億HKドル=6800億円)で、豪のデュエット集団
(電力、ガス供給企業)を買収した。

同年にはドイツの総合エネルギー企業「イスタ・ルクセンブルグ」414億
HKドル(6200億円)で買収し、過去6年だけの買収トータル金額は1900
億HKドル(2兆8500億円)にも上るのである。

なぜ李嘉誠実は中国を見限り、本丸香港でも事業も拡大はせず、西側に焦
点を絞り込んで投資拡大にいそしんでいるのだろうか。
 それは言うまでのない。中国に未来に夢がないからである。
        参加費    1000円(予約不要です)
主催     英霊の名誉をまもり検証する会(佐藤和夫代表)
問い合わせ (090)6709−9380


2017年08月07日

◆フォレストシティをめぐり政局化

宮崎 正弘



<平成29年(2017)8月6日(日曜日)通算第5386号)

〜マレーシア、中国のフォレストシティをめぐり政局化
  マハティール vs ラジブ政権+サルタン連合が「主権」で論争〜

マレーシアのシンガポールに隣接する海上。ドバイやアブダビのように埋
め立てた土地に新都市。これを「フォレストシティ」という。
 
投資する金額は、驚くべきことに1000億ドル。中国の「カントリー・ガー
デン・ホールディング社」が2006年から歳月をかけて開発している。すべ
ての完成は2035年にずれ込む見込みだが、実現すれば、マレーシアに「第
2の深セン」が誕生することになる。

工事は半分以上を終えて、将来図が見えてきた。

人口70万。土地の面積は1400ヘクタール。すでに70%のバイヤーは中国人
であり、1万7000戸が販売済み。購入価格は合計で29億ドルといわれる
(数字はいずれもサウスチャイナモーニングポスト、8月5日)。

さて、こうなるとマレーシア経済ナショナリズムが高まるのは当然であろう。

マハティール前首相(在任1981−2004)は、「これは主権の問題だ。中国
が狙うのはインベストメント(投資)ではなく「セツルメント」(定住)
である。マレーシアの国土を外国に売り渡る売国行為だ」と批判の矛先を
ナジブ政権に向けているが、「グローバリズム」か「ナショナリズム」か
の戦いにも見える。

ナジブ政権へ力強い応援団が現れた。

イブラヒム・イスマイル国王(事実上の首長(サルタンの輪番制で政治的
力は殆どない制度だが、マレーシアは一応、立憲君主国)は「民族主義的
差別は良くない」と言いだし、マレーシアの経済発展のために、この巨額
の投資は歓迎である」と述べている。
 
他国の領地にセツルメントを造営し、移民を奨励し、このパターンはいず
れ北海道にも行われる可能性があり、注視しておくべきだろう。

       
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◆樋泉克夫のコラム 
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【知道中国 1610回】       
――「我邦人所占居。旭旗相映以祝秋皇靈祭。亦足以觀我國之光矣」(股野2)
  股野琢『葦杭游記』(発行所不明 明治42年)

               △
15日には北京を離れ京漢鉄道で南下し、「十六日午後三時、漢口に抵
る」。欧米各国に日本を加えた列強諸国によって長江河畔に租界が開か
れ、大廈高楼が立ち並び鉄道も完備されている。「規模は大連に似て更に
大。口數、百萬を稱す」。黄鶴楼など近辺の旧跡を訪ね、同地の日本人会
の招宴に足を運んだ後、長江を遡り日本租界のある長沙に向っている。

11月1日、金山寺に向う汽車のなかで、日本語を話す清国の少年と一緒
になる。その少年の話によれば、父親に従って東京に5年住んだ。父親は
亡くなったが「明年一月、再び往きて早稻田專門學校に入るらん」とか。
「對話すること數刻、遂に晩餐を與にす。七時、蘇州に抵り、再會を約し
別れる」。東京に駐在した蔡公使の忘れ形見だった。

8日には上海に。翌日午後、「舊知人白岩某來訪す」とあるが、この白岩
は安井正太郎『湖南』(1556回〜61回)に深くかかわる白岩龍平と考えて
間違いないだろう。白岩の人脈の一端を垣間見る思いだ。なお、当時の上
海の人口を「口數百萬を稱す」。うち外国人は「邦人七千、歐米人壹萬五
千」とのことだ。

『葦杭游記』の後半、股野は旅の総括を綴った。主だった記述を拾ってみ
ると、

「清韓人の土を運び路を修すに緩慢にして殆ど兒戯(おあそび)に類
す。或は曰く、彼の雇錢(じんけんひ)は大いに廉(やす)く、我が邦の
三分の一に當らず。故に然り。然れども生費(せいかつひ)も亦極めて少
(わず)かにして、一日に得る所にして三日を支え得可し」
 
「清人は則ち鶉衣糲食(そいそしょく)す。忍耐し貯蓄し、常に數十金有
り、以て病歿に備える。此れ我が邦人に無き所なり」

「漫游中に見る所、山野田隴土(とち)の壘々たる者、皆墳墓なり。多く
は標識(ぼひょう)無く、僅かに之有るのみ。一つの小片石(こいし)に
過ぎず。數十年の後、恐らくは其の所在を失わん。聞くところ、清韓人
は?を厚くし、葬を重んず。蕩産(さんざい)を爲す者有らば、豈に飾を
盛んにして以て美觀を競うに非ざる無し乎。何ぞ、其れ墳墓の陋(みぐる
し)きや。之を我が邦の豊碑(はかいし)を建てるに比すれば、諛辭(う
そ・でららめ・へつらい)を鐫(きざ)み、以て貞?(ただしき)を災い
する者たり」

「北清に水利の便無し。驢の背と馬の脚を勞(わずら)わせること多き
矣。南は則ち然らず。溝渠(クリーク)を鑿(ほ)り、以て江水を分か
つ。水(ながれ)を挾んで屋(いえ)を搆(かま)える。往々にして屋の
前に路(みち)無く、水を以て路と爲す。舟楫(こぶね)は戸庭(にわさ
き)を往來す。乃ち彼の所謂南船北馬を知る」

「清國市街、北京と奉天とを除くの外、廣さは十歩に過ぎず。石路(どう
ろ)は濕滑(ヌルヌル)として、人馬は雜糅(こんぜん)たり」

「清人、獸類(けだもの)を馴養(つかいこな)す。能く其の性(く
せ)を順(な)らし驢騾牛馬の數頭を混(とも)に用い、一車に服(つ
な)げ以て耕耘運搬(のうのう)に供すに、曾て蹄?之状(けんかするこ
と)無し」

巻末に友人の「(股野は)既に古稀を踰え、僅々(わずか)に二閲月
(ふたつき)なるに三千里の地を?遊し、或は文し、或いは詩し、以て其
の山川土俗人物及び古蹟名區を詳らかに記し、讀者をして恍(あたか)も
眞境(げんち)に遊ぶが如し」との跋文が見られる。  

「恍(あたか)も眞境(げんち)に遊ぶが如し」などと「諛辭(よい
しょ)」されているが、『葦杭游記』を読んで浮かぶのは、漢文という型
に嵌められてしまったことで発想が形式化し、当時の知識人の共通した教
養の漢学が彼らの振る舞いを紋切り型にしてしまったのではないかという
疑念だ。漢文は時に禍だったのでは・・・またまた今後の課題だ《QED》
       
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◆書評 しょひょう BOOKREVIEW 
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混迷のアジア情勢を鋭角的に分析。中国と韓国の報道とはかけ離れた実態
北朝鮮の韓国侵攻に備えるインフラ施設への破壊工作
 
  ♪
宮崎正弘 v 室谷克実『赤化統一で消滅する韓国、連鎖制裁で瓦解する
中国』(徳間書店)
@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@

緊迫する北朝鮮問題をめぐり、米中韓は虚々実々の対応を繰り返していま
すが、その裏側の実態とアジア情勢の行方を論じたのが本書です。
 
相次ぐ北朝鮮のミサイル発射に対して、韓国の文在寅大統領は非難するも
のの、常に対話路線を強調、一方で米国に対しては戦時作戦統率権の早期
返還を主張、朝鮮半島における米軍のプレゼンスを減じようとしてきました。

本書では、その背景に文在寅の『北朝鮮による朝鮮半島統一』志向がある
と喝破、実際に、北朝鮮の韓国侵攻に備えて韓国のインフラ施設への破壊
工作を計画し、逮捕された男を文在寅が2度にわたり恩赦していた過去を
暴露しています。

 さらには『従北派』の閣僚を明らかにし、文政権が今後、『赤化統一』
実現に向けてどのような行動を取るか解説。韓国での軍事クーデターも示
唆しています。

一方、中国の習近平国家主席は、4月の米中首脳尾会談でトランプ米大統
領から北朝鮮問題の解決を迫られ、百日間の猶予を懇請しながら、何も出
来ず北朝鮮のICBM開発を容認してしまいました。激怒したトランプ
は、北朝鮮とつながりのある中国の金融機関や企業への制裁強化を開始し
ていますが、これにより中国の不動産バブルは崩壊、秋の共産党大会での
人事で大波乱が起こる可能性を論じています。

中国・韓国のエキスパートふたりが独自情報を駆使して分析。混迷する東
アジア情勢の行方を読む上で貴重な一冊です。
            (産経文化欄、8月5日より再録)

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2017年08月06日

◆中国に盗まれていた

宮崎 正弘



<平成29年(2017)8月5日(土曜日)弐 通算第5385号>

〜米連邦政府職員、契約者のデータ。2200万人分が中国に盗まれていた
  これらは機密情報にアクセスできる資格保有者の個人データだ〜

米国の情報戦略上、重大かつ深刻に危機が露呈した。

中国のサイバー攻撃部隊は、米連邦政府職員と、CIAなどと契約する
人々で、機密情報にアクセスできる資格のあるおよそ2200万人の個人デー
タを盗み出していた。

「もし金銭的困窮や女性問題、組織への恨みをもつ人間に中国が巧妙にに
接近して代理人に取り込めば、米国の機密情報は中国に筒抜けになる」

すでにその兆候がある。
 
というのも、過去2年間で中国からのサイバー攻撃は下火となり「90ん%
減った」と報告されている。つまり重要情報を手に入れたからである。

しかし激減したのは手口が洗練されてきたからであり、サイバー攻撃その
ものは決して沙汰止みにはならないのである。

中国ばかりか、米国の機密情報がテロリストにも渡っている形跡があると
いう。

レイモンド・トニー・トーマス三世陸軍大将はアスペン会議で、次の発言
をしている。
 
「ロシアが発表したISの指導者「バグダディ死亡説」だが、この信憑性
は薄く、いまもラッカ南方に身を潜めている。しかしバグダディの影響力
はすでになく、ISとアルカィーダの組織再建の指揮を執るのはザワヒリ
と睨んでいる」

上記分析はメディアに現れている両人の死亡説を覆し、ISは以前として
生き延びていることになるが、テロリストにも米国の機密情報が漏洩して
いる可能性があるとCIAが分析している(ワシントンフリー・ビ−コ
ン、2017年7月26日)。
 

2017年08月05日

◆北戴河会議、2日からか

宮崎 正弘



<平成29年(2017)8月4日(金曜日)弐 通算第5383号> 

〜北戴河会議、2日から開始されている模様
 長老の意見は聞き置く姿勢。習近平の独奏会か〜

 中国共産党恒例の夏のトップ会議「北戴河」会議が8月2日から開始さ
れた模様だ。テレビ画面からトップたちの動静を伝える報道が消えたからだ。

秦皇島は先月来、異様な警備体制に入っており、緊張感が漂っている。

トップ会談は山側の豪華ホテルか、ヴィラッジに分宿したかたちで、印刷
された議案書はなく、全てが口頭で行われる。

海水浴場に特別のゾーンが設定され、SPを思われる屈強な男達が海岸の
警備を始めると、ほぼ会議終了、あとはリゾートでのんびりという風情に
なる。

うるさ型の江沢民、宋平らは欠席と見られ、李鵬、朱容基、温家宝らは出
席している様子だが、饒舌の曽慶紅、胡錦涛のふたりが発言するだろうと
観測されている。

しかし、北京通によれば、

「直前の孫政才失脚と内蒙古での軍事演習を見せつけたことによって、も
はや習近平批判がおこることは考えにくい。おそらくこの場で、第19回の
人事を提示し、それとなく長老を根回しして合意を得るのではないか」
 と、ほぼ「習近平の独奏を聴く会」になるとの見立てだ。

トップセブンのうち習近平、李克強は確実に残留するが、王岐山が定年で
去るか、慣行をやぶって残るかがひとつの焦点。

残る議題のうち、愈正声、張徳江、劉雲山、張高麗の引退は決まってお
り、空席を栗戦書、王こ寧、王洋、胡春華が埋めるだろうというのが一般
的予測だが、習近平はトップセブンの員数に拘っておらず、五人の常務委
員体制に変革の可能性もある。

党大会そのものの日程はまだ公表されていない。

       
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◆樋泉克夫のコラム 
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【知道中国 1609回】        
――「我邦人所占居。旭旗相映以祝秋皇靈祭。亦足以觀我國之光矣」(股野1)
股野琢『葦杭游記』(発行所不明 明治42年)

   △
股野琢は天保9(1839)年の播磨国龍野藩生まれ。藍田とも邀日楼主人と
も号す。大阪、江戸に遊学し、明治4(1871)年に教部省出仕(宣教
掛)。後に太政官に入り内閣記録局長を務め、さらに宮内省に転じ書記
官、文事秘書官、帝室博物館総長兼内大臣秘書官長、宮内顧問などを歴
任。大正10(1921)年没。

 全文が漢文で綴られた『葦杭游記』の表紙を開くと先ず目に飛び込む
のが伊藤博文の筆になる墨痕鮮やかな「遒健」の2文字。「明治巳酉一
月」と記されているから明治42(1909)年1月の揮毫。つまり初代韓国統
監時代(1906年3月〜09年6月)ということになる。その経歴から判断し
て、股野が宮内顧問当時か。以下、漢文を読み下しておく。

股野は「明治四十一年九月。暇を乞いて、將に清韓に游ばんとし(中
略)、諸友に別れを告げんとした」。新橋を発ち、須磨、広島を経て馬関
で乗船し、「二十三日の暁、釜山に入る」。折しも「秋季皇靈祭」であ
り、街には「旭旗(にっしょうき)は相(とも)に映え」、「亦た以て我
國の光(かかやき)を觀るに足らん矣」

 京城、平壌を経て29日には「韓清の疆(さかい)」たる新義州へ。市
街在住の「邦人は二千戸」。これに対し「清人三萬」。「概ね戰後の經營
に係ると云う。盛んと謂う可き矣」。1戸を5,6人家族と見積もると、
「二千戸」は1万人から1万2千人。清国人が圧倒する。

 やがて満州に足を踏み入れ10月1日には炭鉱で有名な本渓湖へ。駅の
「左側に大倉組の採炭場有り。炭層は頗る饒かなるも、但し搬運に便なら
ずして、其の業、未だ盛んならざると云ふ」。さらに奉天を目指すが、目
の前に広がる原野の「廣濶」さに驚く。
 
奉天在住の邦人は「800餘戸。3200餘口。別に軍團1300餘人有り。清人は
5萬5000餘戸。17,8萬口」。依然として満州第一の都市ではあるが、
「街路は汚壞し、奇臭は鼻を衝く。飛塵は面(おも)を打ち、厭う可き也」

漢文で全文を綴る位だから、当時の高級官僚の常で股野は自らの漢学に相
当の自信を持っていたに違いない。だが、悲しいことに、それは書物の上
のバーチャルなものでしかなかった。であればこそ、汚なすぎる街に充満
する「奇臭」には閉口し、顔面を叩く「飛塵」には顔を顰めたであろう。
こんなはずではなかった、と。

「4日午前10時、旅順に抵り、大和館に投ず」。早速、場所を駆って日露
戦場へ。「當時の戰况、壮烈の状(すがた)は人をして栗然とせしむ」。
やがて最激戦地の鷄冠山へ。現場を目にしてロシア軍の「其の防守の嚴、
方畧の密、稱して難航不落と爲す」

いまから7,8年前、ハルピンから奉天(瀋陽)を経て営口に至り、旅
順では鷄冠山に登ったが、堡塁の壁に残る無数の弾痕に手を触れただけで
も、日露戦争の死地に勇躍として赴いた先人の思いが伝わって来たものだ。

すでに戦争から1世紀余を経ても、その戦いの凄まじさ、兵士たちのひた
むきさが伝わって来た。であればこそ、戦争から何年も経ていないのだか
ら、股野の鼻を血腥い風が衝いたとしても不思議ではない。

次いで大連港へ。新市街は「頗る壮麗を覺え、邦人の建設、尠なからず
と云う」。壮大で完備した港湾施設は「是れ皆、露人の創設する所にし
て、東洋第一の良港と稱す」

その後、営口、錦州、天津を経て7日の「夜7時、北京に入り扶桑館に
投ず」。郊外を歩くが、悪路続きで車は揺れに揺れ、生きた心地がしな
い。やっとのことで清朝皇帝が好んだと伝えられる湯山離宮に到着する
が、「今は則ち狐狸の?窟と爲る。都を距てること太だ遠からざるも、棄
てられて顧みざるは惜しい哉」

市内の名刹を訪ねる。「一門を過ぎ、一堂に上る毎に、僧徒は錢を覓
(もと)める。煩冗(わずら)わしく厭う可し。佛體(ぶつぞう)は怪異
にして觀るに足らず」。いやはや。《QED》
        

2017年08月04日

◆パキスタンに裨益しないCPEC

宮崎 正弘



<平成29年(2017)8月3日(木曜日)
        通算第5381号> 

 〜パキスタンに裨益しないCPEC(中国パキスタン経済回廊)
  IMFも「一方的な中国の利益」とプロジェクトに懐疑的な報告〜

「ちっともパキスタン経済に裨益していないじゃないか」とパキスタン経
済界から不満の声があがっている。

中国から安い物資がどんどんパキスタン市場に流れ込み、パキスタン製品
が駆逐され、そのうえグアダール港工事のための建機、セメントなど全部
が中国からの輸入となって、貿易赤字が拡大、外貨準備は底をついている。

「なにが双方の利益だ」と嘆きの声は日々大きくなる一方だ。

一帯一路の目玉プロジェクトは中国が500億ドルを投じ、イランよりのグ
アダール港から新彊ウィグル自治区のカシュガルまで鉄道、ハイウェイ、
パイプライン、光ファイバー敷設という4つの工事である。これが
CPEC(中国パキスタン経済回廊)だ。すでに工事は佳境に入っている。

ところがグアダール港の位置は「パロチスタン藩国」の領地で、英国が勝
手に地図をひいてパキスタンに編入した経緯があり(ちなみに国王(藩
主)は英国に亡命中)、バローチ人はまったく歓迎していない。

そのため中国人へのテロ、誘拐事件が繰り返され、その工事現場の警備を
パキスタン軍がおこなうという皮肉。

もっと具体的に言えば、プロジェクトの資金は中国が寄付するのではな
く、中国がパキスタンに貸与するのであり、担保は将来の「通過料」「道
路使用量」「鉄道運賃」などである。当初の計画ではパキスタンは、
2024年には35億ドルから45億ドルの「収入」が見込めるという青
写真になっていた。

IMFの報告は「輸出力向上が見られず(そもそもパキスタンからの輸出
品は殆どない)、予測される利益はなく、パキスタンの赤字拡大の怖れが
ある」と警告している。

大型のプロジェクトはいまも不足している電力を必要とするが、そのため
にはダムがもっと必要になる。中国からの代金決済は人民元ではなくドル
決済のため、ますますパキスタンの外貨準備が激減している。

あまつさえ隣国インドが中国主導の一帯一路そのものに反対しており、し
かもパキスタンとインドが抱える領土係争地を、このプロジェクトが通過
する。

スリランカ、インドネシアほかで、中国の提案を再検討する動きがあった
ように「パキスタンはプロジェクトそのものを再検証しなければならない
だろう」とパキスタンの識者は口を揃えている(アジアタイムズ、7月
31日)。

いやはや前途多難というより真っ暗、そのうえパキスタン政変はシャリフ
政権を崩壊に追い込み、北の隣国アフガニスタンへはIS兵士が帰還し始
めて大がかりなテロが予測され、西の隣国イラン国境も剣呑な情勢であ
る。一難去って、また一難。
       

2017年08月03日

◆郭文貴とアブダビの大金持ちとの

宮崎 正弘



<平成29年(2017)8月2日(水曜日)通算第5379号> 

 〜郭文貴とアブダビの大金持ちとの怪しげなディールの詳細
  『財訊』によれば、この詐欺師、30億ドルをだまし取ったとか〜

雑誌『財訊』と言えば、世界的に読まれる中国経済界のメディアである。
7月31日発売号の同誌は、ニューヨークに逃亡中の郭文貴がアブダビ
で、王族の大金持と組んで「ACAキャピタル」というファンドを創設し
た。アブダビの王室ファンドは15億ドルを出資した。

アブダビ王室に、この郭文貴を紹介したのはブレア英国元首相だった。
将来性のある企業、ベンチャーに投資すると謳われたが、実際には郭文貴
の借金返済に廻された。これが2014年のことである。

2015年、公安副部長だった馬健の失脚をしった郭はさっと米国に移住した。

アブダビの投資家は慌ててニューヨークの郭文貴を訪ねて問いただすと
「心配要らない。オレはもっと上の共産党幹部と特別なコネがある」と豪
語し、驚くべきことに、追加で15億ドルを出資させるのだった。

郭はこのカネでNYの豪華ホテルを借り切り、さらに香港のハイトン証券
の株式42」%を取得した。そしてアブダビに出資者に、中国で保有する財
産を処分して、全額をACAキャピタルに返還するとした。

すでに中国国内では郭の財産は凍結されており、返済は不可能となった。
アブダビは面目丸つぶれとなるのを避けるため、この話を公表しておら
ず、郭文貴はツィッターで、それは「私を貶めるための謀略報道」だと反
論している。真相は薮の中、おそらく、報道に近いことが起きたのであろう。

        

2017年08月02日

◆ジャクソンの亡霊が再来したのか?

宮崎 正弘



<平成29年(2017)8月1日(火曜日)通算第5378号> 

 〜まさにアンドリュー・ジャクソンの亡霊が再来したのか?
  スカラムッチ広報部長を十日で更迭、ケリー首席補佐官の最初の任務〜


トランプ政権のホワイトハウスは混沌としてきた。
 
フリン補佐官、スパイダー報道官、フリーバス首席補佐官を更迭し、マク
ファーランド副補佐官をシンガポール大使に飛ばし、つぎにセッション司
法長官を更迭する構え。かようにばっさばっさと登用した人材を切り捨て
る荒技は、第七代大統領アンドリュー・ジャクソンの再来を彷彿とさせる。

ジャクソンは決闘を好み、ルールは守らず「わたしが法律だ」と息巻い
て、奴隷も酷使し、前のオバマは執務室にあったジャクソンの肖像画を倉
庫にしまわせ、あまつさえ20ドル札の肖像から彼を消し去ってしまった。

トランプは就任草々に、このジャクソンの肖像画を倉庫から引っ張り出し
て、ホワイトハウスの執務室に高々と掲げ、そこで閣僚に任命した人々を
招いた。セッションズもその一人である。

国土防衛長官だったジョン・ケリー(前南方軍司令官)をフリーバスの後
釜の首席補佐官に据え、彼の最初の仕事は、任命したばかりのスカラムッ
チ広報部長の解任だった。

ケリーは海兵隊出身の荒武者。このケリーを通さないと大統領に面会が出
来ないのがホワイトハウスの部屋割りとなっており、顔パスで出入りでき
るのは、クシュナー、イバンカ夫妻とバノン上級顧問くらいとなった。

日本的価値観からみれば、和を尊ばない遣り方は歓迎されないが、精神風
土が異なるアメリカでは、あまり気にならないらしい。だから、北朝鮮に
対して、誰もが予測しないことをトランプが繰り出す可能性は、むしろ高
まったとみる。
        

2017年08月01日

◆「最先端AI技術を中国から守れ」

宮崎 正弘



<平成29年(2017)7月31日(月曜日)通算第5376号>   

 〜アメリカの「最先端AI技術を中国から守れ」とペンタゴン内部文書
  シリコンバレー、すでにAI研究開発の29社に中国資本〜

次世代AI開発に米国は向こう3年間に180億ドルを投じる。主目的は軍
事ロボット、派生して民間転用できるテクノロジーは医療、介護、自動運
転などに使われるだろうと言われる。

研究開発のメッカはカリフォルニア州のシリコンバレーである。

ところが合弁、ベンチャーキャピタル、企業買収、株主参加など巧妙な手
口で中国が浸透しており、すでに29社が中国資本となんらかのアクセス
があるという。

ペンタゴンは内部報告を出して、「いかにして中国のアクセスを阻止でき
るか」、緊急に対策を講じるべきだと警告している(アジアタイムズ、7
月29日)。

米国では「先端企業、とりわけ国家安全保障との係わりのつよいところへ
の外国の買収を認めない」と監査するCFIUS(外交資本審査委員会)
があるが、「企業買収」の形態を踏まえず、また新分野であるAIの研究
開発という最先端テクノロジー防衛に関して具体的な監査機関がない。

「アメリカに開発させて、その成果をごっそりいただこうとしている」と
中国ならびに他の敵性国家を警戒するのだが、シリコンバレーは、そうし
て危機意識が薄く、就中、ベンチャーへの資本導入には国籍を問わず熱心
な技術者、学者、企業家が目立つ。

ましてシリコンバレーは政治思想的にはリベラル一色、トランプ政権を支
持する企業家やビジネスマンはことのほか少数である。

「カンヨン・ブリッジ・キャピアル」という怪しげなベンチャーが「ラ
ティス半導体」(オレゴン州ポートランド本社)に買収を仕掛け、途中で
世論の反対がでて退けられた。

この怪しげなベンチャーファンドは中国系だった。

すでに中国がAIならびに先端軍事技術、暗合技術の取得のために、米国
に投下した金額は99億ドルに達する。

アメリカの先端企業に浸透する中国スパイ、無節操でカネに転びやすいア
メリカ人専門家などが秘密のネットワークを地下組織的に構築したと見ら
れ、いかにアメリAが防御策を講じようとも、漏洩は不可避的である。

いずれ中国はAI技術においてアメリカを凌駕する可能性上がると、ペン
タゴンの専門家は強い警告を発している。
        
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◆書評 しょひょう BOOKREVIEW 
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 戦地で激闘の苦難と戦ったのは皇軍兵士だけではなかった
  兵隊とともに歩み、戦い、散った軍馬百万頭の悲劇があった
 
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加藤康男『靖国の馬――戦場に散った100万頭』(祥伝社新書)
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ちょうど靖国神社へ行く所用ができた。本書にしたがって、境内右奧の小
粒な広場に達つ『戦没軍馬慰霊像』を拝観し、合掌した。

軍馬は戦争中に『天皇の御分身』として配属され、およそ百万頭が戦地に
散った。帰国した馬は1、2頭しかなかった。この戦争馬の運命を著者は
克明に辿った。珍しい記録である。

あの大東亜戦争は「人馬一体の戦争」だったと加藤氏は言う。

「軍馬は斥候や先陣を駆けめぐる乗馬として、また重い火砲を挽く輓馬と
して、軍需品を背負い搬送する駄馬として、戦地に赴いた。そのほとんど
が祖国復帰を果たせず、屍を野辺に晒したもの数知れず」だった。

評者(宮崎)、じつは高校時代、馬術部である。
 
朝夕の馬の手入れ、食事、便の処理、食料の確保と配合など、乗馬の裏を
支える作業の重要性も知っているが、なによりも馬術部での貴重な経験と
は、馬が人間の心理を読み取り、そして賢い馬には精神が宿り、仕草に
よって会話が成立することである。

じつに賢い動物なのである。
 
いまひとつ教わったのは蹄(ひづめ)のことだった。

日本の馬は草原や農耕地を走るので、岩盤や曠野を走った大陸の馬とこと
なり、明治時代まで蹄を必要としなかった。箱根などを超えるときに草鞋
を履かせた。蹄鉄技術がなかった。

日本の馬は小粒であり、堂々とした体躯で長距離を疾駆するわけにはいか
なかった。だから日清・日露戦争を前にして、日本は急遽、フランスとド
イツからヨーロッパの蹄鉄技術を学び、外国人技術者を招聘し、学校も開
設し、蹄鉄をマスターし、騎馬戦を戦った。

加藤氏によれば「西欧式蹄鉄文化が入ってきたのは江戸末期のことで、歌
川広重などの浮世絵に描かれた馬はみな草鞋姿である。大老井伊直弼は蹄
鉄に興味を持ち、自分の馬にも蹄鉄を装着させたとの記録(ロバート・
フォーチュン『幕末日本探訪記』)もあるが、普及するのは明治以降とな
る」(184p)
 
昭和16年に封切られた映画『馬』は高峰秀子が主演である。
 
「この映画の最大の見せ場は農家の娘、高峰秀子が丹精こめて育てた馬
が、馬市で高値がついて軍に買い取られてゆくシーンであろう。愛馬と別
れるのはいかにも辛いが、この手で育てた馬が戦地でおくにのために働く
のだという感慨もまた、生産農家の励みでもあった」のである。

ほかにも珍しい逸話として、俳優の池部良が戦争中は輜重部隊小隊長で、
輸送船団で馬を南方へ搬送する任務についたときの回顧談がある。

「出発前、池部小隊長は中隊長に対して、こう進言している。『で、向こ
うへ着いてからの馬糧はどうするんですか。苦労をかけて連れて行き、敵
の弾丸に当たって死ぬならまだしも、食べるものがなくてむざむざと死な
せてしまうのは、あまりにも残酷だ』」。

しかし、島に上陸する前に敵潜水艦攻撃で船は水没し、500頭あまりが
「南瞑の没したのである。兵はそれでも友軍に拾われることがあるが、爆
破された輸送船から救出された馬は1頭たりとも記録にない」(24p)。
 晩年の池部良氏は名エッセイストとしても知られ、原稿を頼んだりで、
評者は何回かあったことがあるが、この話は聞いてことがなかった。