2017年07月03日

◆米韓首脳会談、実質的な成果は何もなかった

宮崎 正弘



<平成29年(2017)7月2日(日曜日)弐 通算第6337号>

 〜米韓首脳会談、実質的な成果は何もなかった
  修辞は並んだが、実行力も拘束力もなく、握手はたったの4秒〜

トランプはツィッターで韓国大統領をほめあげた。
 「良い会談が出来た」。
6月29日から3日間に及んだ文在寅韓国大統領の訪米は、韓国のメディア
に従うと「異例の厚遇」で「大成功」との由である。

しかしトランプの握手はたったの4秒間。安部首相とは29秒だったことを
思い出した。

ならば共同声明を見よう。
 
ポイントは3つある。

(1)外務防衛担当閣僚級協議(2+2)、高官級戦略防衛協議の定例化
(2)北朝鮮の非核化への最大限の圧力をかけると同時に、適切な環境下
で対話に応じる立場を確認
(3)北朝鮮の核問題解決に向けた韓国政府の政策の方向性を米国は支持

どこをどう読んでも具体的政策はない。「最大限の圧力」、「適切な環境
下」とか「方向性」とか、抽象的な語彙で、誤魔化しているに過ぎない。
 この虚しい語彙に見え隠れするのは米国の韓国に対する不信感が払拭さ
れていないことではないのか。

米韓首脳会談では、トランプは米韓弐国間のFTAに大いなる不満をの
べ、また公平な防衛分担を要求したが、この二つは共同声明には盛り込ま
れず、年内の適切な時期にトランプ大統領の訪韓が行われるだろうとされた。

かくて米韓首脳会談は具体的成果はなにもなかった。
   
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◆書評 しょひょう BOOKREVIEW 
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文科省は聖徳太子を「厩戸王」とだけ記述させ、実在を葬ろうとしていた
  聖徳太子不在論の「三バカ」は津田左右吉、大山誠一、谷沢永一

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田中英道『聖徳太子 本当は何がすごいのか』(育鵬社)
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 日本の歴史学界には、まだ蒙昧な左翼思想に洗脳されたまま、おかしな
主張を展開している人々がいる。最近もまた「聖徳太子はいなかった」等
と頓珍漢な歴史論をのたまうガクシャがいる。

岩波や朝日を中心とするブンガジンが相場だったが、最近は保守層にも、
そうした傾向があると田中氏は指摘する。

聖徳太子不在論の「三バカ」とは津田左右吉、大山誠一、谷沢永一である。

あろうことか、聖徳太子不在論に顧慮して文科省が歴史教科書から「聖徳
太子」を消そうという動きがあったのだ。
 
たんに「厩戸王」と記述させようとしたのだが、猛烈な反対論の勢いに押
され、これを引っ込めた。

いったい文科省もまた左翼の跋扈する三流官庁に堕落していたのである。
死んだはずのマルクス主義の亡霊がよみがえったかのようだ。

すでに聖徳太子論を弐冊上梓されている田中英道氏は、あたらしく発見さ
れた科学的物証を網羅しつつ、平明に聖徳太子不在論の虚妄を衝き上げる。
「端的に言えば、実証主義を自称する戦後日本の歴史学は、権力を常に否
定するマルクス主義歴史観に支えられているのです。あるいは歴史学界が
無自覚マルクス主義とでもいうようなエセ実証主義者によって支配されて
いるといっても良いでしょう。学界内にとどまっているのならばまだし
も、その意見が義務教育の学校の歴史教科書にまで反映される」(20p)
この陰謀的な流れには棹を差さなければならない。
 
田中氏はまたこうも言われる。

「聖徳太子は、ある意味で、日本の信仰の祖であるといってもいいと思い
ます」(126p)

この日本人のアイデンティティを破壊しようとする勢力が、聖徳太子を否
定し、日本の文化的共同体、精神的な絆を断ち切れば、国家が分断され、
革命を起こしやすくなるという迂回的革命実践のステップ、その戦術の一
環として用いるわけである。

とはいえ、仏教を輸入した聖徳太子に批判的な流れは、じつは江戸時代か
らあった。水戸学は否定的であり、太宰春台、熊沢蕃山らだが、そうは
いっても彼らは聖徳太子を否定していたわけではなく批判していたのである。
聖徳太子不在論を猛烈に反駁されつつ、歴史の本質に迫る書物である。
  

2017年07月02日

◆中国軍 またもブータンの一部を侵略

宮崎 正弘



<平成29年(2017)7月1日(土曜日)通算第5335号> 
  
 〜中国軍、またもブータンの一部を侵略。インドが防衛に
  インド洋も南シナ海に続いて「中国洋」と化けるのか?〜

 インドは北京で開催されたAIIB(アジアインフラ投資銀行)フォー
ラムを正式にボイコットした。
モディ政権の中国外交は一貫して経済と分離し、強硬である。

インドの中国に対する不信は高まることはあっても鎮まることはない。
陸地に於いて中国軍はインドとの国境地帯を蚕食しつつ、こんどはインド
の事実上の保護国であるブータン王国のドクラム高原の一部に道路を建設
中だ。

ブータンの領土を掠め取ろうとして軍事行動を本格化させている。

インドはバングラデシュの北側を領有し、東インドを繋げる「シリグリ回
廊」(シッキム、ブータン、チベット三角地帯)の分断を図るのが中国の
長期的な軍事目的である。インドが激怒するのは当然だろう。

中国は「1962年戦争を思い出し、歴史の教訓に学べ」などと、傲慢で命令
口調の態度を変えず、インドとの境界線を前進させてきた。「サラミ戦
略」ならぬ「キャベツ戦略」である。中国はシリグリ回廊の495平方キロ
が「歴史的に中国領土だ」と根拠のない主張を平然と続けている。そのう
えで、「インドは軍隊を撤兵させよ」と言うのだ。

1962年のインド中国国境紛争は、シッキム高原の侵略を狙って中国が軍を
進め、アクサイチンを軍事占領し、インドからシッキムを奪った(そのと
きまでシッキム王国は存在していた)。ちょうどキューバ危機の最中、世
界は、この国境紛争を小さな出来事として注目しなかったが、インドはこ
のときの屈辱感から核武装への道を決断した経緯がある。

インド陸軍は第17」山岳師団をシッキム地方に駐屯させており、そのうち
の3千名は中国軍が展開する係争地で臨戦態勢にある。

中国軍はすでにチベット側に35トン戦車を待機させており、同時にブータ
ンの領土に建設中の道路は40トンの戦車が通行可能だという(アジアタイ
ムズ、6月29日)。もちろん、ブータン王国は中国に撤兵を要求している。

「世界一幸せな国家」(GHP)というブータンはまともな軍隊を保有し
ておらず、事実上、インドの保護下にある。


 ▲インド洋が「中国洋」となる日が近い?
 
海洋もまた中国海軍の野心的進出に脅かされている。

インドが警戒するのはインド洋における中国海軍の進出であり、すでに
ミャンマーの西沖に広がるアンダマン諸島には中国がレーダー基地を敷設
した。

バングラデシュにはチッタゴン港の浚渫を提言し、インド洋の南東に浮か
ぶスリランカにはハンバントタ港に既に中国海軍潜水艦が寄港し、南西の
モルディブには、中国が鳴り物入りのチャイナタウン。そしてインドを西
側に挟む敵対国家パキスタンのグアダール港の建設を加速している。

このためインドは米軍との軍事同盟を強化し、日本、オーストラリアを加
えた4ケ国で共同軍事演習を展開してきた。

南インド洋には豪のほか、フランスも幾つかの島々を領有しているため、
軍事的脅威を目の前に、日米豪印の四カ国の軍事協力体制に加わる用意が
あると言われる。

もっと驚くべきは中国の長期的な海軍突出野心である。

ジブチの米軍基地に隣接する場所に中国は一万人規模の軍事基地を建設中
で、これは中国が海外に駐屯させる最初の外国駐屯軍事基地となる。

この「海のシルクロート」とかいう経済プロジェクトの裏側が中国の地球
的規模の軍事突出プランであることは、世界の常識である。

インド軍事情報筋の分析では、ジブチを拠点化したあと、中国はマダガス
カル、モーリシャスの島嶼を狙い、最終的にはディエゴガルシアにある米
軍基地への牽制も伺うだろうとしている。
     
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◆書評 しょひょう BOOKREVIEW 
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 「戦争とはこんなもんです」と中国人兵士は記録を残した
  このような第一級史料がなぜ戦後の日本から消されていたのか

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陳登元著、別院一郎訳『敗走千里』(ハート出版)
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「南京大虐殺」なるものが政治宣伝戦争上で、でっち上げられた架空の事
件だったことは、120%証明されている。客観的科学的証拠がなく、反論
もなせず、しかし中国は政治的プロパガンダを続ける。フェイクの総合展
覧会が南京にある反日記念館である。

本書は、南京大虐殺の虚妄、フェイクを中国軍兵士として参戦した中国人
が自ら語った貴重な証言である。

じつは昭和13年に、この本は出版され、百万部を越えるベストセラーと
なっていた。それを消したのはGHQだった。焚書として、発禁図書とし
てGHQが没収し、廃棄したのだ。

「南京に山積みされた死体の山」とは、蒋介石軍の督戦部隊が、敗走しよ
うとした自国軍兵士を機関銃で撃ったものだった。

便衣隊とは、つねに軍人が一般市民に化ける服装を携帯していたという実
態があった。

実際に中国軍に強制徴募され強制的に戦闘地に駆り出された中国人青年・
陳登元が見たのは、中国軍人の腐敗、その略奪ぶりのおぞましさだった。
 陳登元は父親が重慶で親日家だった関係で10代で日本留学の経験があ
り、ちょっと祖国へ帰るといって日本を去って、そのまま運悪く徴兵され
てしまった。

彼は手記を綴った。
 
それを日本で家庭教師だった別院氏が翻訳した。

「僕はこの2度と得難い戦争を記録しておく決心をしました。幸い、僕
の耳はまだ、砲弾にやられた断末魔の人間の叫喚が残っています。生臭い
血の臭いが鼻に残っています。

バラバラになった人間の腕や、旨や、首や、そんなものが目に残っていま
す。僕は書きました。僕の経験し、見聞せる範囲内においての殆ど残らず
書きました」

読んでみると、中国軍とは、こういう出鱈目な行為をする匪賊だったこと
が了解できる上、南京大虐殺は完全に否定されている。

2017年07月01日

◆資金洗浄に手を貸した中国の銀行を制裁

宮崎 正弘



<平成29年(2017)6月30日(金曜日)弐 通算第5334号> 
  
 〜米、北朝鮮の不正送金、資金洗浄に手を貸した中国の銀行を制裁
   米中「外交・安全保障」対話直後にムニューチン財務長官が発表〜

 北朝鮮に禁止されているミサイル部品、精密機械など制裁品目に該当す
る不正輸出に手を貸して、資金洗浄に協力してきた遼寧省の丹東銀行を、
米国は「取引停止」とする。

同時に密輸に関係した2人の中国人と海運会社1社(大連のグローバル・ユ
ニティ海運)も制裁対象に加えるとした。

これは6月29日にムニューチン財務長官がホワイトハウスの記者会見で明
らかにしたもので、制裁を名指しされたのは以前から噂のあった銀行だけ
に、それほどの意外感はないが、同銀行と迂回取引のある米国の銀行は当
惑している。迂回融資、迂回送金も含めての捜査がなされるとした。

制裁の内容はと言えば、丹東銀行が米国内の金融システムにアクセスが出
来ないことにするためであり、制裁効果は疑わしい。トランプ政権の対中
姿勢の象徴的な打ち上げ花火に過ぎないと捉えることも出来る。

しかしタイミング的にみると、米中の高官対話(米中外交・安全保障対
話。ただし会談は決裂し、共同声明は発表されなかった)が行われた直後
でもあり、まして同日にトランプ大統領が文在寅・韓国大統領と首脳会談
を行う直前だったのである。

効果的なタイミングを演出していることがわかる。

トランプ・文在寅会談は、韓国のメディアにしたがうと米側は異例の厚遇
を示していると積極的な前宣伝に余念がないが、北朝鮮の核開発凍結に非
協力的であり、そのうえ米軍が進めるTHAAD配備に意図的な遅延をな
す韓国の文政権への不信感は払拭しがたく、米韓首脳会談が成功する可能
性は薄いだろう。
     
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◆樋泉克夫のコラム 
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【知道中国 1590回】        
――「正邪の標準なくして、利害の打算あり」――(徳富29)
  徳富猪一郎『七十八日遊記』(民友社 明治39年)

                ▽

いま手許の『新潮国語辞典 現代語古語』(久松潜一監修 新潮社 昭和
40年)を開くと、「忖度」は「他人の心を推し測ること。推察。推測。」
とあり、「手数料」は「?手数の報酬。コミッション。?[法律]国家・地
方自治体が特に個人のためにするする行為の報酬」と記されているが、や
はり「忖度」には日本式のウエットな、「手數料」には中国式のビジネス
ライクでドライな響きが感じられる。同時に「忖度」にせよ「手數料」に
せよ、それぞれの社会の仕組みと人付き合いの文化から生まれた振る舞い
と考えるなら、兎にも角にも互いの違いをハッキリと知っておくべきだ。

だが、ここで些か戯画化して考えてみるに、はたして殿サマと越後屋の関
係は「忖度」によって支えられているのか。はたまた両者は「手數料」に
よって結ばれているのか。おそらく権力と財力をテコにしたアコギな間柄
が「忖度」と「手數料」の相乗効果によって暴利を生み出すカラクリは、
日本も中国も同じようなものだろう。だが、考えてみれば、どこかが違う
ように思う。

日本の場合、取り引きの場に「葵の御紋」を手にした越後のちりめん問屋
に扮した水戸黄門が登場し正体を明かせば、一切が問答無用。殿サマも越
後屋も転がるように庭に飛び出し、「水戸のご老公様」の前に土下座して
一件落着となる。だが中国の場合、おそらく水戸黄門役も、ましてや「葵
の御紋」に相当する権威も存在しないだろう。万に一つ水戸黄門役が登場
したとしても、おそらく中国版の殿サマと越後屋の2人が「忖度」を働か
せる一方、水戸黄門は殿サマと越後屋の2人に応分の「手數料」を要求す
るに違いない。

ここで半世紀程昔の香港での細やかな経験を。

ある時、歩道を歩いていると、後ろの方からサイレンが。振り返ってみる
と、猛スピードのバイクを白バイが猛追。50メートルほど前方で白バイが
追い付きバイクを強制停止させ、取り調べを始めた。物見高いが何とや
ら。早速、走っていって2人の脇に立って取り調べの見物と思いきや、ど
うも様子がおかしい。

どうやら交通違反を見逃す代わりの金額の交渉、つまり「手數料」の相談
らしい。話が長引くばかり。すると暫らくして後方からもう1台の白バイ
が。てっきり助っ人かと思いきや、どうもそうではないらしい。それとい
うのも後の白バイの接近を見届けるや、先の白バイの警官が違反者を急き
立て別の場所に行ってしまったのだ。2台目の白バイの警官は、ニヤニヤ
しながらUターンし、いま来た方向に走り去っていった。

もうお判りだろう。かりに後から来た白バイを取り調べ(「手數料」の
交渉)に加わらせたら、「手數料」は目減りしてしまう。違反者(正確に
は、違反容疑者)からの「手數料」は検挙した者が“徴収”する・・・今は
昔の香港での生活の知恵だった。

(54)【立憲政治と受負主義】=「才取主義(コンミツシヨン)」に骨
絡みであればこそ、「如何に政治上に於て、受負社會主義を改め、才取主
義(コンミツシヨン)を改めんとするも」、成功は覚束ない。じつは「受
負主義」と「才取主義(コンミツシヨン)」はコインの裏表の関係で、と
どのつまりは同じで社会の仕組みに組み込まれている。「受負ふ故に手數
料を取る。手數料を取る者と豫定し、豫定せらるゝか故に、受負となる次
第」である。だから政治面の改革だけで、この悪弊・病理を取り除くこと
はできない。

 当時、盛んに論じられていた立憲政治の行末を捉え、徳富は「立憲政
治は、受負政治とは、兩立致し難く候。如何に受負を廢止するも、「才取
主義(コンミツシヨン)」の流行する間は、先以てだめ」であり、それゆ
えに飽くまでも立憲政治を遂行しようとするなら「代議制度と、才取主義
(コンミツシヨン)との調和」を図るのが急務だろう、とした。


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【知道中国 1591回】      
 ――「正邪の標準なくして、利害の打算あり」――(徳富30)
      徳富猪一郎『七十八日遊記』(民友社 明治39年)

             ▽
 徳富の主張を現在に敷衍してみると、共産党の一党独裁を廃止し、立憲
政治を貫徹し民主化を目指そうとするなら、やはり社会全般の全域に根を
張っている「才取主義(コンミツシヨン)」の根絶が必要条件となるだろ
う。逆に独裁政権が「受負政治」を墨守・貫徹するだけでなく、より巧妙
な形で進める一方、国民の側が「受負政治」に利得を求めている限り、民
主化は夢のまた夢・・・春の日の街道の前方に現れる「逃げ水」のような
もの。近づいたと思うほどに、民主化=立憲政治は遠のくことになる。

 これを逆にいうなら、共産党政権は中国社会を“円滑”に動かしてきた
伝統的な「受負政治」と「才取主義(コンミツシヨン)」のカラクリを熟
知し、それを不断に“改良”しながら、より巧妙に延命を図っているとも考
えられる。

 30年に近い毛沢東の暴政によって政権基盤が動揺をきたすや、共産党
政権は国是を政治(革命)から経済(金儲け)に180度切り替えること
で、失われた国民的支持の再構築を目指した。なりふり構わずに社会主義
市場経済という野蛮資本主義の道を驀進することになり、経済活動におい
て「受負政治」と「才取主義(コンミツシヨン)」が大手を振って動き出
す。かくて共産党政権と国民――北京の最上層から最下層の庶民レベルまで
――の関係に「受負主義」と「才取主義(コンミツシヨン)」という伝統が
完全に息を吹き返した。

独裁政治が「受負主義」と「才取主義(コンミツシヨン)」によって成
り立っていることが顕著になったのは、やはり天安門事件後に起きた経済
の高度成長だった。それというのも混乱収束後、権力と財力の合体した
「権貴体制」の弊害が叫ばれるようになりはしたものの、一向に改まる気
配がみられないからだ。やはり民主化の大前提は「受負主義」と「才取主
義(コンミツシヨン)」の克服しかないだろう。であればこそ共産党独裁
打破ではなく、諸悪の根源ともいえる「受負主義」と「才取主義(コンミ
ツシヨン)」という悪しき伝統の打倒を掲げるようになってはじめて、中
国における民主化運動は本格化するのではないか。

だが、ここで考えるべきは、中国が中国であるゆえに受け入れざるをえ
ない広大な土地と膨大な人口という前提条件である。この条件を受け入れ
たうえで(いや、受け入れざるをえいないわけだが)、より効率的な統治
制度を考えるなら、おそらく「受負主義」と「才取主義(コンミツシヨ
ン)」の組み合わせを選択するしかなかったのではなかろうか。それとい
うのも強大な封建王朝といえども、末端の個々人までを管理することは事
実上不可能だからだ。いわば「受負主義」と「才取主義(コンミツシヨ
ン)」という統治のカラクリは、中国にとって必要悪だったということに
なる。

歴史的に振り返った場合、中国は連綿として続く王朝国家ではなく、中
国と名づけられた統治制度を受け入れた封建王朝の集合体だと考えられる
が、この問題は孰れ別の機会を設け詳細に論ずるとして、徳富に戻ること
とする。

(55)【英人と支那人(一)】=「日本人と支那人とは、同文同種と申
し候得共、其の一皮を?ひて」みると、「日清の距離よりも、清英の距離
は、寧ろ接近致し居り候」。それというのも、清英双方は「其の個人主義
の實行者たる點に於て」、「其の?禮を大切にし、儀式を重んずる點に於
て」、「不器用にして、重くるしき趣味を有する點に於て」、「酷肖致
し」ているからだ。

 たとえば「英國の日用品と、支那の日用品」を手に取ってみると、
「其の手鞏きと、頑丈なる擲ても、叩ても損はれぬ點に於て一致する」こ
とからも判るはずだ。

それにしても「日本人と支那人とは、同文同種」などという子々孫々にま
で害悪を流し続けるインチキを、いったい誰が、なぜ、いつ頃から口にし
はじめたのだ。
    《QED》

◆香港返還20周年記念行事に習近平が訪問

宮崎 正弘



<平成29年(2017)6月30日(金曜日)通算第5333号> 
  
 〜香港返還20周年記念行事に習近平が訪問。だが7月1日、香港は荒れ模様
  劉暁波の即時釈放、自治の拡大、言論の自由を求めて空前のデモが〜

7月29 日、習近平夫妻が香港空港に降りたった。親中派の林鄭月?(現行
行政長官)と梁震英(前長官)らが出迎える中、親中派が動員して五星紅
旗を振る「歓迎」団体の友好演出にニコニコしながら、香港訪問の目的を
語った。

国家主席に就任して以来初めてであり、国家副主席時代の9年前に一度、
習近平は香港を訪れている。香港には習の姉夫妻、隣の深センには母親が
住んでいる。

習近平は開口一番に「最初の訪問以来、香港問題はずっと私の心の中に
あった(つねに香港の未来を思っていた)」とリップサービス、この香港
訪問に同行したのは外交ブレーンの王?寧、首席補佐官のポストにある栗
戦書、そして国務委員の楊潔チ、軍人からは中央軍事委員会副主任の氾長
龍を伴った。中国共産党の中枢で誰々が、香港問題を扱っているかが、こ
の同行メンバーから推測できる。

習近平によれば香港訪問の目的は三つあり、第一は返還20周年という大事
な節目の行事に参加すること、第二に中央政府からの継続的支援の確認で
あり、第三は未来豊かな都市に香港を発展させることだとした。
 香港―マカオー珠海を繋ぐ世紀の土木工事現場も視察する。

この習の晴れ舞台を前にして、面子を潰されるような出来事が前後した。

前日の6月28日、ノーベル平和賞受賞の自由活動家、劉暁波が獄中で末期
癌にあり、「西側の治療を受けたい」と語っていること。これを受けて、
同日着任したばかりのテリー・ブランスタッド米大使は「受け入れる用意
がある」と記者会見した。

香港の反中国、自由派は7月1日に大規模な反対デモを行うとした。

同日、陝西省では地方政府の鳴り物入りで建設され開通式を行ったばかり
の橋梁が崩壊した。

地元政府は慌てて「豪雨の所為だ」とした。

返還当時、英国最後の提督となったパッテン卿は「中国の国際政治上での
役割はますます重要となっているにも拘わらず、指導者たちの欺瞞と不誠
実が未来を暗くする」とした(アジアタイムズ、6月29日への寄稿)。

(註 林鄭月?の「?」は女編。氾長龍の「氾」には草冠)
    
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◆樋泉克夫のコラム  

◆【知道中国 1588回】     
――「正邪の標準なくして、利害の打算あり」――(徳富27)
   徳富猪一郎『七十八日遊記』(民友社 明治39年)

               ▽
文部科学省で天下り斡旋の差配役を務めていた前次官が座右の銘は「面従
腹背」だと公言し、新宿の怪しげな酒場通いの理由を「若年女性の貧困調
査」とアッケラカンと口にする。そんな時代であればこそ、「日本人は、
男らしきか故に、恥を知るか故に、有力也」の徳富の言葉に、改めて現在
の日本のブザマな姿を痛切に思い知る。

この前次官を「敢えて“安倍一強”に立ち向かう」と英雄視するバカも見受
けられるが、彼には毎度御馴染みの「愚ニアラザレバ誣也(本人がバカ
か、余ほど世間をナメきっているに違いない)」を贈呈したい。まあ本人
がバカ、いや大バカだとしか考えられませんが。

それにしても「日本を取り戻す」より先に、徳富流の「日本人」を取り
戻すべく努めようではありませんか、御同輩! もっとも時間はあまり残
されてはいませんが。

(50)【時てこなし、數てこなす】=「支那人の一個人としての働きは
寧ろ甚た少たる」うえに「時間の觀念なきか故に」問題なしと考えたくな
る。だが、個人的能力が低かろうが、「偉大なる蕃殖力」がもたらす膨大
な人口は、やはり大いなる脅威としかいいようはない。「他人か一人てな
す所を、二人乃至三人四人にてなす」からだ。また「世に時間の大切なる
ことを知らぬ人間」や「骨を惜しまぬ人間より恐ろしきはなし」。骨を惜
しまないということは、「生命を惜しまぬと、殆んと同一の効力を生す
る」からだ。

いわば命を惜しまない人々の群こそ天下無敵ということになる。原爆よ
り恐ろしい人間爆弾であればこそ、“爆買い”なんぞと喜んではいられない。

(51)【苦力大明神】=「支那をして、侮られながらも、尚ほ世界の或
物として數へらるゝを得せしむるは」、孔子でも、李鴻章、「八ましき御
婆さん(西太后)」、袁世凱、「空論の留學生」、金持ち、学者でもない
(かりに徳富が今の世に蘇えったら、これに毛沢東、トウ小平、習近平を
加えたに違いない)。「實は苦力ある爲めに候」。

「人か獸かの區別さへ判然せさるか如き苦力」こそ、「支那をして、恒に
世界の問題たらしめ、世界の注意たらしめ、時としては便利たらしめ、時
としては厄介たらしめ、更らに時としては恐怖たらしむる所に候」。だか
ら「若し苦力なからしめは、支那は零點に候」。いまや「世界列強か文明
病に麻痺せられんと」しているが、苦力が「其の動物的精力を、世界の各
所に於て、發揮しつゝある」ゆえに、「支那に取りては、百萬の大軍より
も、有力に候」。これをつまり「支那の眞價」も「其の人種的生命」も
「國民的元氣も、苦力に存すし候」。であればこそ「苦力は支那の恩人に
候」であり、「苦力大明神」ということになるわけだ。

苦力とは18世紀末辺りから東南アジア、オーストラリア、北米、中南米に
大量に送り込まれた肉体労働者、つまり「廉價なる人力と人命」を具えた
単純肉体労働者を指す。彼らの人命は「廉價なるか故に、他の耐ゆる能は
さる、辛抱する能はさる境遇に處して、泰然たり」。そのなかの成功者が
同姓・同郷・同業の絆をテコに世界各地にチャイナタウンを作り、商圏を
拡大していった。彼らが故郷の親族に送った外貨は「僑?」と呼ばれる。
成立当初の共産党政権は?僑を掠め取って財政危機を凌いだわけだから、
まさに共産党政権にとっても「苦力大明神」だったことになる。

 「苦力大明神」の子孫は文革期に「西側の腐れ切ったブルジョワジ思
想の害毒を流すもの」と批判されたが、いまや「優れた中華文明の海外へ
の伝達者」「中国経済と海外の仲介者」、「“一帯一路”の担い手」とまで
持ち上げられる。それというのも、5000万人〜6000万人を数える彼らの総
資産は2007年時点で「2万億美元」(陳雲・精華大学教授)、つまり20兆
ドル。共産党政権が狙っていないわけがない。やはり「苦力大明神」なのだ。
《QED》
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

◆【知道中国 1589回】       
  ――「正邪の標準なくして、利害の打算あり」――(徳富28)
   徳富猪一郎『七十八日遊記』(民友社 明治39年)

                 ▽
 (52)【支那人の好物】=「支那人の好物は、先つ阿片と、博奕と、肉
慾となる可し」。「論語にも、孟子にも、其事に就て云爲有之候」だか
ら、「博奕は。孔孟時代より、盛んに流行したるものと見へ」る。「彼等
は白晝公然、恥かしけもなく、博奕致し候」。新聞社を訪ねると「記者先
生か、午後三時頃迄も、阿片を喫茶して、編輯局裡に、?臥したる」有様
であり、阿片亡国論など全く意味をなさない。「阿片と博奕とは、文弱な
る支那人を、?々文弱ならしめ」「腐敗せる支那人を、?々腐敗せしめ」
るだけである。

 ところで残る肉慾だが、徳富は「肉慾の如きも、申すも野暮に候」
と、さすがにサラリと躱している。

(53)【受負と手數料】=個人と個人、個人と団体、個人と国家の関係
も、「乃ち一切の關係、悉く才取主義(コンミツシヨン)にて繋か」って
いる。この根本を押さえないかぎり「到底支那の社會を解釋する能はさる
可し」。「小僧」から「役人」まで、「凡そ支那に於て、生とし生ける
者、悉く手數料を取らさるものなし」。彼らは「罪悪」としてではなく、
「取る可き物として、之を取り候」。だから彼らは正々堂々と「手數料」
を取る。

王朝が徴収する租税にしても、末端の行政単位に当る県を管轄するために
中央の王朝政権が派遣した知県(知事)による「受負」であり、中央政府
まで「幾多の順序を經、其の一階毎に、手數料を取らるゝ故に。人民の懷
より出す物と、中央政府に納まる物とは、非常な懸隔あるは、勿論に
候」。中央政府から派遣された役人――現在に言い換えるなら幹部となろう
――は「要するに中央政府の買辨(コンプトラル)に外なら」ないのである。

凡そ人間関係の全てが「手數料」よって成り立っているなら、やはり共
産党一党独裁政権下でも不正根絶は不可能だろう。毛沢東から始まりトウ
小平も、江沢民も、胡錦濤も不正の摘発・根絶を掲げながら無残な結果に
終わらざるをえなかったということは、「凡そ支那に於て、生とし生ける
者、悉く手數料を取らさるものなし」という伝統的慣行が改まらないから
だ。そこで不正徹底摘発を掲げる習近平に助言してやりたい。国民に対し
「不正を摘発したら必ず『手數料』を支払う」と約束せよ、と。毒を以て
毒を制せ!?

さて毎度おなじみの林語堂は『中国=文化と思想』講談社学術文庫 1999
年)において、中国社会で根絶し難い汚職は家族主義のゆえであり、汚職
が絶えないのは家族主義が連綿として続くからだと論じた後、「中国語文
法における最も一般的な動詞活用は、動詞『賄賂を取る』の活用である。
すなわち『私は賄賂を取る。あなたは賄賂を取る。彼は賄賂を取る。私た
ちは賄賂を取る。あなたたちは賄賂を取る。彼らは賄賂を取る』であり、
この動詞『賄賂を取る』は規則動詞である」と綴っていた。

そこで林語堂が指摘した「賄賂」を「手數料」に置き換えると、

――中国語文法における最も一般的な動詞活用は、動詞「手數料を取る」の
活用である。すなわち「私は手數料を取る。あなたは手數料を取る。彼は
手數料を取る。私たちは手數料を取る。あなたたちは手數料を取る。彼ら
は手數料を取る」であり、この動詞「手數料を取る」は規則動詞である――

たしかに納得できる。やはり賄賂(=不正)ではない、飽くまでも「手數
料」なのだ。ところで森友・加計問題に関連して役人の権力中枢に対する
「忖度」が問題になり、アホで無能な野党やリベラル・メディアが鬼の首
でも取ったように怒声を挙げている。

だが、ここで「忖度」と「手數料」を比較してみると、なにやら彼我の
振る舞いの違いが浮んで来るようだ。「忖度」なんぞは不確かだ。相手の
首を縦に振らせるためには、世間の相場を遥かに超える「手數料」を握ら
せるに限ると、中国人なら考えるだろう。
《QED》
      

2017年06月22日

◆もう一つの「一帯一路」の目玉でも、もたつき

宮崎 正弘



<平成29年(2017)6月20日(火曜日)通算第5331号> 
  
〜 もう一つの「一帯一路」の目玉=ミャンマーでも、もたつきが目立ち始めた
クンサ(麻薬王)も国民党残党も消滅したが、カチン、シャン、ワ族が武装
を捨てず〜


 パキスタンのCPECプロジェクト(グアダール港から新彊ウィグルま
でガス、石油のパイプライン、ハイウエイ、鉄道、光ファイバーを繋ぐ回
廊)がシルクロート(一帯一路)の目玉プロジェクトであるとすれば、
ミャンマーへのテコ入れも、もう一つの習近平の目玉だ。

ミャンマー沖合の海底油田からガスと石油の770キロのパイプラインは
ミャンマーを縦断して、すでに繋がっている。

中国の「戦略的友好国」であり、隣国であるパキスタンとミャンマーは、
しかしながら中国の工業心臓部からはあまりにも遠い。マラッカ海峡を経
由しないオールタナティブとしてのルート確保が中国の戦略的目標である
ことは言うまでもない。

パキスタンの一帯一路関連プロジェクトの総額は55億ドル。「そんな巨額
を投じる価値があるのか?」と議論が中国国内でも急拡大している。

最大の理由は先週、誘拐されていた中国人教師ふたりがISによって殺害
されたからで、中国のSNSでは「ISに補償金を要求せよ。ISとの戦
争も辞せず」などの書き込みが散見される。

パキスタン重視は以前からで、6月17日からはホルムズ海峡近辺で、中国
海軍がイラン海軍との共同軍事訓練を開始した。中国海軍は駆逐艦弐隻と
補給艦、いずれもパキスタンのカラチ港から出航し、イラン側は駆逐艦に
700名の軍人が乗っているという(サウスチャイナ・モーニングポスト、6
月19日)。

中国の歴史学の御用学者がいうには紀元前3世紀の秦の始皇帝時代から
「南のシルクロード」は南アジア諸国と繋がっていたと言い張る。ちょっ
と待った。紀元前三世紀に雲南省も四川省も漢族とは無縁の国家であり、
当時は氏、キョウ、月氏、鎮(さんずい)などの豪族が統治していた。
ミャンマーもパキスタンも別の国だった。

2204キロのおよぶミャンマーの国境地帯は、嘗てビルマ共産党が支配して
いて、税金を勝手に住民から徴収し、中央政府の統治は及ばない地区だった。

このビルマ共産党を支援していたのが中国、しかも一帯の麻薬地帯はクン
サが支配し、国民党残党がいた。ややこしく輻輳していた。

このため国境貿易が可能だったのは北のシャン族支配区だけだったのである。

歳月が流れ、ビルマ共産党も国民党残党も高齢化、組織はほぼ消滅した。
前者は四つに分裂したが、いまも武力を誇るのはワ族の武装ゲリラだけで
ある。

ワ族は独自の武装組織を堅持している。

しかし西側の制裁にあって鎖国を強いられ国際的に孤立していたミャン
マーを支援し、武器を供給していたのは中国で、この間に14億ドルの武器
をあたえ、他方では秘密裏にワ族武装組織も支援していた。

親中路線いがいの選択肢はなく、ミャンマー政府はアンダマン海の島嶼の
大島(グレート・ココ)に軍のレーダー基地を設けたが、これも全面的な
中国の支援だった。
」インドは、これを脅威として国際世論に訴えたが、中国の監視所という
裏の役割をミャンマー政府は否定した。

インドが中国の一帯一路に極めつきに冷淡な理由はこのあたりにある。


 ▲中国一辺倒の政治経済状況は激変した

さらに時代は移り、ミャンマーの親中派だったキン・ニュン政権が2004年
に汚職容疑で失脚した後、親中派路線を修正し、中国と距離を取り始め
た。ティン・セイン前政権は、中国が支援した水力発電所の工事を中断した。

「イラワジ河は中国のものではない」とする抗議デモが公然とヤンゴンや
マンダレーで行われるようになる。

メディアにも中国批判が掲載されるようになり、華僑と中国資本が支配す
る第2の都市マンダレーでも反中感情の高まりが見られるようになった。

マンダレーは嘗てビルマの首都、王宮が残り、翡翠、色石、タベストリー
の産地として世界的に有名である。だが、流通、貿易、金融を握るのは華
僑ならびに中国からの移民の商人である(四年ほど前、宿泊したマンダ
レーのホテルで朝から飲んでいたのは中国人ビジネスマンだったことを思
い出した)。

ヤンゴンのチャイナタウンも活況はからわず、華字紙も発行されるなど言
論の自由が守られるようになり、自由選挙を実施するや、アウンサンスー
チが「大統領より偉い」政治ポジションを得た。

このスーチーを支持しているのは都会のビルマ族が中心で、地方ならびに
少数民族地区へ行くとスーチーは嫌われている。

オバマ政権でミャンマー政策が緩和され、政策がグローバルに傾くと、
どっと西側資本がミャンマーに投入され始めた。日本は工業団地をヤンゴ
ン郊外に造成し、市内には高層ビルも建設し、台湾やインドも参入してき
た。カチンもシャンもカレンも、山を下りてきた。

中国はこれではまずいとばかりにミャンマーの政治家、ジャーナリストに
北京への招待旅行攻勢をかける。一方で、武装を解かないワ族ゲリラへの
密かな武器支援は中止せず、2枚舌を続けている。

西側がミャンマー政府を非難するロヒンジャ弾圧に対して、事実上、スー
チー政権は解決策も見いだせない無能ぶりを見せた。スーチーは親中路線
に転換した様子がうかがえる。

したがって、ミャンマーの少数民族弾圧非難決議が国連に上程されると、
反対に回るのが中国という構図になっている。

恩を売りつけ、反中感情を抑え込むことに躍起なのである。


 ▲あの親中国家ラオスでも中国人殺人事件が続発している

2017年6月16日、ラオスにある中国大使館は在留中国人に「身の安全を確
保し、身辺に気を配れ」と警告を発した。これはラオスのサイソンブーン
県で、中国人が何者かに銃殺されたからである。

問い合わせに対して大使館は具体的な情報をだしていない。

サイソンブーン県はラオスの首都ビエンチャンから北東へ100キロほど。
モン族など少数民族が暮らす地帯で、嘗ては付近に米軍が空爆に利用した
基地があった。いまは大きな公園になっている。

2016年1月には中国人が開発する鉱山付近で2人の中国人が爆殺され、同
年3月にはルアンパパン県で一人が殺害され、7人の中国人が負傷するテ
ロ事件も起きた。
 
このように一帯一路の先々で中国人は「歓迎」されていないのである。

2017年06月20日

◆「南シナ海」の次はインド洋から東アフリカ沿岸だ

宮崎 正弘



<平成29年(2017)6月19日(月曜日)通算第5330号> 

 〜「南シナ海」の次はインド洋から東アフリカ沿岸だ
   中国の軍事野心、すでに次のフェイズに突入している〜

インド洋から東アフリカにかけて島嶼国家が点在している。

南インド洋に群礁を広く点在させるのがモルディブ、絶海の孤島の群れか
らなるセイシェルズ、そしてコモ群島、モーリシャス等々。共通するのは
天然資源に恵まれないことである。

嘗て7つの海を支配した英国が、これらの島々に旗を立てた。

その1つが米軍基地のあるディエゴ・ガルシア。米海軍の空母基地であ
り、ここからアフガニスタン、イラクへの出撃も行われ、現在も中東を睨
む戦略基地である。

これらの島嶼国家が生き延びるために第一の目標は観光立国である。

モルディブは、観光地として名を馳せ、日本からも新婚旅行先として意外
に人気がある。しかし年間120万人の観光客のうち、36万人が中国人であ
る。日本人観光客は年間1万人を超えるか、超えないか。

インドの真南に位置するだけに安全保障上の危惧が広がる。

第2にカリブ海や西インド諸島などに替わってタックスヘブンとして活用
されることが、島嶼国家の経済目標になった。

おなじ島嶼国家とじて大西洋から西インド諸島のケイマン、マン、ヴァー
ジン諸島がタックスヘブンとして大いに活用されてきたが、「パナマ文
書」で資金洗浄や不正送金、汚職資金の隠匿地などと暴露されて以来、世
界の投資家の目が、新天地、金融ハブの処女地としてインド洋に浮かぶ島
嶼国家に向けられるようになったのだ。

距離的に列強の影響下からは遠く、したがって逆に穴場として活用される
利点があるが、同時に金融の安全保障では脆弱となりがち、金融ハブが悪
用されると世界全体の金融システムの安全保障を脅かしかねないリスクも
ある。

ダーティな拠点化としてモルディブの例があげられる。ミャンマーの闇市
から流れ出した石油取引でシンガポールのダミー企業が活用し、8億ドル
の取引があったとされる。

最も怪しいのは中国である。チャイナタウンの建設はすでに知られている
が、2014年に習近平が、このモルディブを訪問している。

一方で貧困が蔓延し、モルディブからISに走った若者がおよそ800名と
見積もられている。


 ▲インド洋に国際政治の津波が押し寄せていた

1975年にフランスから独立したコモロは、海外の悪徳商社らと結びついて
のクーデター事件がすでに20回以上も発生している。

モーリシャス諸島はかつて「インド洋の真珠」といわれたが、いまでは首
都のポート・ルイスに高層ビルが建ち並び、豪華マンション、別荘も建っ
て、外国からの投資が目立つようになった。

最初に上陸したのはポルトガル、ついでオランド、フランスと宗主国がう
つり、最後は英国が支配した。この諸島のひとつが米軍に貸与している
ディエゴ・ガルシアである。つまりインド洋を扼する戦略的要衝である。

めざとい中国が、このモーリシャス諸島に目を付けた。
 
すでに40のプロジェクトを展開し、海水浴などで賑わうリゾート地には
中国人の観光客が目立つようになった。空港の新ターミナル建設では資金
を中国が融資した。
 
ほかにも7億ドルを投資して特別輸出工業区をつくると豪語しているそうな。

セイシェルズ諸島はフレデリック・フォーサイスが『戦争の犬』のモデル
にしたように、クーデターが繰り返された。2004年に旧ソ連寄りの政権が
崩壊して以後は観光立国に路線を切り替えてきたので、ここもまた新婚旅
行のメッカとなった。

ところがセイシェルズ諸島のタックスヘブンとして悪用してきたのがカザ
フ政府の幹部の不正資金隠匿、ナイジェリアの汚職資金が流れ込み、欧米
の監視が始まる。

中国がしゃしゃり出た。
 
2007年に胡錦涛がセイシェルズを公式訪問し、いきなり40の貿易経済協
力協定を締結し、2011年には梁光烈国防相が500名の軍人を率いて訪 問
し、中国の軍事基地建設の話し合いに入った。

米国、英国、そしてインドが、この中国の軍事的野心に神経をとがらせる。

     
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書評 しょひょう BOOKREVIEW 
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 清新なイメージで「小池劇場」を売り込んだのはたいした度胸だが
  『悪代官』を退治するなんて印象操作の化けの皮が剥がれてきた

  ♪
片山善博 v 郷原信郎『小池百合子 偽りの都民ファースト』(ワック)
@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@

都民ファーストと叫んではいるが、実質は『自分ファースト』じゃないの
か。というのが、本書の骨格をなす基調のトーンだ。

「詭弁」と「先送り」が得意技。

真髄の政治信条は不明。結局、この女性知事は「地方自治を弄んでいる」
と舌鋒鋭く、小池都政の欺瞞に迫るのが本書だ。

最近、やたらと増えた小池都政バッシングだが、この本の著者をみれば、
前の鳥取県知事と元検事。いってみれば地方自治の専門家である。

彼女は『敵』と連続的に造りだして、メディアを逆利用して、『悪党』と
対決するポピュリストを演じているが、それに自ら酔ってしまった。しか
も、その酩酊度はリスキーな段階に来ている。

「都民ファースト」なんておこがましく『自分ファースト』で自爆の道を
驀進しているのではないのかと迫る片山元知事は現在大学教授だが、日頃
の言説を聞いているとリベラル色が強い。決して保守でない。
 その片山氏が言うのだ。

都民は「クリーンな政治を求めて」、彼女を撰んだが、「小池知事の政治
姿勢に対して疑問の声」が強くなり、とどのつまり「肝腎の情報公開にし
ても『見せる化』には熱心でも、真の『見える化』からはほど遠い」ので
はないかと強く疑念を呈している。

しかし、彼女を撰んだ本当の理由は対立候補が「バカとアカ」しかいな
かったから他の選択肢がなかったからじゃないの?

一方、郷原氏は「都民にとって小池知事に期待する部分が大きいものの、
豊洲移転問題を政争の具にすることに違和感を覚え始めた」のが都民の大
多数であり、都民ファーストが実際の選挙では票に結びつかないだろうと
示唆する。

片山氏曰く。「重責を担う都知事が、スター性に酔ってはいけない。政党
を立ち上げ、都議会選挙に臨む時間など本来ないはずだ」
 
そして郷原氏曰く。

「『安全』を『安心』の問題にすり替え、暴走する小池都知事。このまま
では東京都の『地方自治』は遠からず崩壊する」と。

小池劇場批判の先陣を切ったのは桜井よしこ氏と有本香氏だが、この都政
批判の出版ブームはまだまだ収まりそうにない。『新潮45』など、ほとん
どが小池百合子都知事批判である。

こうなると、本選挙で何割の都民が投票に行くのかな?
   
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◆樋泉克夫のコラム 
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【知道中国 1586回】  
――「正邪の標準なくして、利害の打算あり」――(徳富25)
  徳富猪一郎『七十八日遊記』(民友社 明治39年)

徳富は続ける。

「支那人に於ては、言と行とは、丸るて氷炭相容れさる慣習」であり、
「彼等には兩樣の世界」がある。1つは「形式の世界」であり、そこに
「彼等の假我」が存在する。残る1つが「彼等の眞我」を宿す「實地の世
界」だ。彼らは自らの体内に「假我」と「眞我」とを同居させているか
ら、矛盾する言動であっても「罪惡とも感せす」、また「毛頭其の自覺
か」ない。

その姿はまるで「墮落僧か、法衣を著け、佛壇に向ては、殊勝に念佛し。
扨て其の法衣を脱すれは、乍ち修羅道の人間に化するか如く」である。

かくして「形式の上には、孔言、堯語、禹歩、舜趨、洵に立派な樣なれ
とも、其の眞我を發露するに至りては、利得一遍の俗物に外ならす」。

つまり彼らはなんの罪悪感もなく「假我」と「眞我」とを使い分ける「利
得一遍の俗物」ということ。だから共産党幹部になって不正蓄財をしよ
う、である。つまり言行不一致のどこが悪いのだ、ですね。

 (44)【受身の強身】=彼らが「萬事に、悠々不迫、平氣の平左衞
門」であり、「呑氣」「無頓着」「無遠慮」であることには、「腹の立
程、感心致し候」。たとえば「日本人は、栗の剌殼を剥かねは安心」でき
ないが、「支那人は、自ら發けて、栗實かころけ落つるを、拾ふ者に候」。
つまりは「自然の成行を待」つ。一見すれば受け身のようではあるが、そ
れが結局は「強身」となる。これを言い換えるなら、忖度抜きの面従腹背
ということ。

 (45)【時間を無視して、時間を利用す】=政治であれ経済であれ、凡
そ一切の交渉・取引において彼らが持つ最も有力で効果的な武器は、「呑
氣の一事に候」。時間の観念が無いからこそ、交渉相手が焦ろうが怒ろう
が全く無頓着でいられる。時はカネなりという格言は、彼らにとっては全
くの無意味。時はカネであることを理解しようとしない彼らだが、「之を
利用するの道を、殆んと先天的に解し」ている。それゆえに「?巧なる獨
逸人さへも、彼等には往々氣根負けすること」がある。

ここで時間を無視して時間を利用した例を示しておきたい。

先ずは共産党が革命の聖地と喧伝する延安でのこと。1930年代後半から毛
沢東らは同地で劣勢挽回を目指したわけだが、当時の極貧の延安で腕時計
を持っているのは限られた共産党幹部だけ。いわば幹部は時計によって延
安の時間を支配していた。
まさに人民の時間を無視し、自らが設定した時間を利用することで、支配
地域を広げていった。

毛沢東は昼夜反対の生活を好んだらしい。深夜に起床して、劉少奇だろ
うが周恩来だろうが、勝手気ままに呼びつける。
この生活ぶりは建国以後も変わらなかった。まさに他人の時間を無視し
て、自らの時間を利用することで権力を強化させたのである。

50年代末から60年代中期まで続いた「中ソ論争」は、中国側の公式見解
では中国の圧勝に終わっている。
毛沢東によってモスクワに送り込まれた?小平が、ソ連共産党の理論指導
者のスースロフを完膚なきまでに論破したからだ。だが、あるいはヒョッ
として、スースロフが仕掛ける論争を「呑氣の一事」で柳に風と受け流す。
!)小平の「呑氣の一事」にスースロフが「氣根負け」したからではなかろ
うか。いや、キッとそうだ。

そういえば明治29(1896)年に故郷・熊本の貧乏百姓を引き連れ入植の
ためにシャムに赴いた宮崎滔天は、バンコクでの体験を「一気呵成の業は
我人民の得意ならんなれども、此熱帯国にて、急がず、噪がず、子ツツリ
子ツツリ遣て除ける支那人の氣根には中々及ぶ可からず」と綴っていたっけ。

尖閣問題、南シナ海問題、一帯一路、AIIB・・・「呑氣の一事」には注意
の上にも要注意。目には目を、歯には歯を、多弁には多弁を、無駄口には
無駄口を、ヘリクツにはヘリクツを、そして何よりも無頓着には無頓着
を、デス。
《QED》

2017年06月17日

◆アフガニスタンの泥沼から抜け出せ

宮崎 正弘



<平成29年(2017)6月16日(金曜日)通算第5329号> 

〜 アフガニスタンの泥沼から抜け出せ
  トランプ戦略がつぎに当たりをつけている戦場は〜
 アフガニスタンの泥沼がトランプの足を引っ張っている。

9:11テロへの報復として開始された対テロ戦争。当時のブッシュ大統領が
宣言したように、「この戦争は長くなる」。じつに長曳いている。

米国がアフガニスタンに足を取られてから16年。死傷者は夥しい数に登
り、これも国内の厭戦気分をいやます。

オバマ前政権の左顧右眄、優柔不断ぶりが状況を悪化させ、軍が進言した
作戦をことごとく無効にした。

オバマ政権下では、国防長官がオバマに見切りをつけて次々と辞任した。
ペンタゴンを蔽ったのも厭戦ムードだったのだ。カーター国防長官はオバ
マに怒りをぶっつけ「軍事方面の理解がまるでない」(だから軍の作戦に
口出しするな)と回想録に書いたほどだった。

このアフガニスタンにおける長期の泥沼をもっとも喜んでいるのはロシア
と中国である。アメリカの疲弊を待っているのだ。
 
NATOの欧州参加国は渋々緒線に軍を派遣したが、ドイツ、カナダを筆
頭につぎつぎと引き上げ、現在残留はアメリカ兵が8500である。

米軍は空軍によるピンポイント攻撃とドローンを駆使しての指導者暗殺を
作戦の主体としており、同時に力点を置くのがアフガニスタン政府軍の育
成。訓練である。これらの費用は米国が負担している。

しかしアフガニスタン政府軍の腐敗、いや政府そのものの汚職体質が普遍
的であり、ガニ政権は決断力に乏しく、トランプは「アフガニスタンを早
く解決したい」としてマティス国防長官に従来を画期する作戦立案を要請
した。

米軍は作戦の迅速化、効率化のため5000名を増派する計画を提示している
が、おそらく2000−3000の兵力に留まるだろうと議会の軍事専門筋は予測
している。

アフガンに深入りしてしまった米国は、シリアでミサイル発射したくら
い、二正面作戦をとれないというジレンマ。北朝鮮の増長は、こうした背
景を読んでいるようだ。
     
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◆樋泉克夫のコラム 
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【知道中国 1585回】   
――「正邪の標準なくして、利害の打算あり」――(徳富24)
   徳富猪一郎『七十八日遊記』(民友社 明治39年)

              ▽
  (38)【一切平等の宗?界】=中国史には「種々なる慘劇の續出する
に拘らす、殆んと宗教的迫害なるものは、絶無」だが、それは「支那人か
宗?に對して、寛大なりと云はんよりは、寧ろ其の無頓着なるか爲めと可
申歟」。「一切の宗?者皆な平等の待遇を享け」ている。「儒?、佛教、
道?、回々?、及ひ基督?、其他牛鬼蛇神、種々雜多の宗?らしきもの」
は互いに「相接觸して、何等の衝突なく、平和を保ち居り候」。

 (39)【宣?師問題】=「一切平等の宗?界」であるにもかかわら
ず、なぜ「近來の基督?に對してのみ」「宣?師殺害や、會堂焼拂の事
件、出來する」かといえば、「畢竟宣?師の方より、喧嘩を押し賣りする
か爲め」である。「元來宗?に無頓着なる支那人、喧嘩嫌ひの支那人をし
て」「宣?師殺害や、會堂焼拂」に奔らせるのは、やはり「宣?師の總て
と申さゝるも、其の多くの中の或者等」が「罪人たるの言行を逞ふしつゝ
あ」るからだ。

 ここで疑問が1つ。徳富が宣教師が「押し賣りする」と指摘する「喧
嘩」とは、いったい何を指すのか。おそらく東西の本願寺による仏教布教
を含め、いずれ考察すべき課題として残しておきたい。

(40)【寫實以上に出てす】=「吾人は支那の風景に對して、支那畫の
實に寫實たることに感服致し候」とは、内藤湖南が『支那漫遊 燕山楚
水』(博文館 明治三十三年)で語っていた点に通じるだろう。

内藤は北京郊外を歩き、「到る處楊柳、白楊、楡などの類より外に樹木」
はなく、「墳墓の畔り」に極く僅かに常緑樹が見えるような殺風景な景観
に接し、宋代の画には「老蒼たる松柏」が描かれているが、「元明以下の
畫に、青?の山水といえば、多く楊柳の類より外に畫ける樹木とはな」く
「甚だ力なき心地する」と綴り、「元明以下の畫」は「自然の結果」であ
り、その極めて貧相極まりない自然を忠実に描いたのが「元明以下の畫」
だと結論づけている。つまり「元明以下の畫」に自然の持つ豊饒さが見ら
れないのは、元明以後になって豊かな自然が失われてしまったから、とい
うことだろう。

徳富と内藤の考えは、奇妙に一致している。

 (41)【文學と藝術】=彼らは写実に優れているが、「動もすれは、時
間空間の觀念、精確を缺き、且つ事物の釣合、權衡の觀念、其の宜しきを
得す。加ふるに彼等の言葉の餘りに概括的」であるがゆえに、「語りて精
しからす、詳かならさる」という致命的な欠陥を持つ。そこで「寫實的な
る文學や、藝術も」、じつは写実的な作品として昇華させることができな
い。たとえば白楽天の詩とはいえ、やはり「詩と云はんよりも、新聞の三
面雜報に候」。そのうえ彼らは「形式病に感染し、此れか爲には折角の寫
實も、めちやめちやに相成」ってしまう。

 時間と空間の観念の欠如、言語表現の定式化、文章の形式化などによ
り、「文學と藝術」に写実表現は発揮されず、表現する側の個性は消さ
れ、結果として「めちやめちやに」。それにしても白楽天の詩を「新聞の
三面雜報」と断じる辺り、徳富の面目躍如・・・かなァ。

 (42)【趣味の幼穉と野鄙】=先ずは「彼等は俗物に候」とズバリ。
「其の趣味の幼穉にして、且つ野鄙」である。「彼等は、物質主義を、其
の生活の一切に及ほし居り」、それゆえに「天然の美を愛する者、甚た多
からす」。自然に同化しようなどという発想は欠片もみられない。家の外
観から室内の造作まで、一切が「幼穉と野鄙」に過ぎる。

(43)【假我と眞我】=彼らほどに「空論的の人民は無之候」。徳富によ
れば、「空論とは、行はるゝと行はれぬとに頓着なく、否な寧ろ其の行は
れぬを知り、其の行ふ能はさるを期して矢鱈滅法に論するものに候」。
でればこそ言行不一致は一向に差し支えナシ。
      

2017年06月16日

◆安邦保険トップ拘束で

宮崎 正弘



<平成29年(2017)6月15日(木曜日)弐 通算第5328号> 

 〜安邦保険トップ拘束で、株価45億元が蒸発
  「紅二代」への手入れにより中国バブル崩壊の序曲〜

(承前)
6月14日、香港A株に上場されている安邦生命保険の株価が暴落し45億
2400万元(邦貨換算728億円強)が1日で蒸発した。

中国全土に3万人の従業員、保険契約者は3500万人。総資産は1900億元。
投資家はパニック状態である。

すでに米国で買収したウォルドルフ・アストリアホテル、スターウッド・
ホテルチェーンなど在米資産の売却も噂されはじめている。

同集団の在米資産は60億米ドル(6699億円)という見積もりもある。

また2016年11月に呉小輝(安邦集団のボス)がトランプ大統領の女婿ク
シュナーと面会したことも伝えられた。

ニュージャージー州のトランプタワー分譲案件は、このクシュナーの親族
が「永住ビザに有利」と売り出していたため、安邦集団が主導し、中国人
投資家がごっそりと購入し、米国でも問題視されてきた。

 中国メディアが大騒ぎしているのは、この呉小輝が、トウ小平の孫娘と
結婚して、紅二代に成り上がり、エスタブリシュメントには絶対に捜査の
手が伸びないとされていたが、にも関わらず王岐山主導の「反腐敗キャン
ペーン」チームが、彼を拘束し、「聖域」に挑戦したからである。

保険契約者はプレミアムの支払いが行われるかどうか疑心暗鬼に陥った。
銀行なら取り付け騒ぎに発展しかねない。

 単に保険会社のボスの拘束ではなく、これは北京中南海の陰湿な権力闘
争の荒波のなかから派生した汚職事件であり、これから株価崩落がさらに
下落方向へ突き進めば、バブル崩壊の序曲が奏でられたことになる。

     
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書評 しょひょう BOOKREVIEW  
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   中国の権力状況を、この一冊が見事に描き出した
  明るい未来のシナリオは不在。習近平政権の余命は尽きかけてきた

             ♪
福島香織『米中の危険なゲームが始まった』(ビジネス社)
@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@

あまたある中国関連書物のなかで、群を抜く面白さ、そして卓越した分析
力。この本を読まずして現代中国は語れない。それほどに中国の現在の権
力状況が手に取るようにわかる内容である。

副題が「赤い帝国 中国崩壊の方程式」とあって、しかしながら中国が大
国として生き延びるシナリオのひとつが、トランプという何をしでかすか
わからない米国大統領によって、もし、『米中蜜月』がもたらされるとす
れば、それこそ日本にとっては恐怖のシナリオになるだろう、という。

表紙のデザインもまた卓抜である。『ゲーム』というタイトルが示唆する
ように、これを列強のパワーゲームとたとえ、麻雀の卓を囲む4人はトラ
ンプ、習近平、プーチン、そして安倍晋三。トランプはにんまり、プーチ
ンは横目、なぜなら習近平が見せつけるカードが『金正恩』牌だからだ。
安倍首相が脂汗をかく構図となっていて、この漫画は日本で活躍し、米国
へ亡命した辣椒がみごとに描いた。

さて習近平の権力の在りようだが、実態は日本のメディアが分析すること
とは、まったく異なっている。

既に『朋友』とされた王岐山は、習近平との共闘関係から大きく距離を置
いているため「仲良しクラブ」は事実上、空中分解しているという。曾慶
紅はいうまでもなく江沢民の懐刀、国家副主席だった。

習近平に裏切られた曾慶紅が、静かに、そして陰湿に、だが着実に党内の
根回しに動いている。裏切られた怨念が次の復讐への執念を生むわけだ。
 そもそも曾慶紅が党内および長老を根回しをして習近平を総書記に押し
上げたのに、いまや恩人を敵視し、曾や江沢民人脈を汚職追放と称して、
次々と失脚させたことを忘恩の行為ととらえているわけである。

しかし、特別驚くに値しない。それが中国の伝統ではないか。

曾慶紅の復讐戦は任志強事件、郭文貴事件、そして令完成事件に飛び火
し、防御策を講じる習近平は江沢民派の金庫番だった肖健華を香港から拉
致拘束した。

そういえば、胡錦濤も江沢民も、ときどき公衆の面前に姿を現し、政治的
パフォーマンスを演じているという動静が伝わってくる。習への牽制と露
骨な嫌がらせである。

 ▲習近平は「ひとりぼっち」。友人も同士も去った

 評者(宮崎)は、本書を通読したあと、なぜか連想したのは小林秀雄の
石原慎太郎への助言だった。

古い話かもしれないが、な昭和43年(1968)、石原が参議院全国区から立
候補して政治家になるというと「君の周囲に君のために死ねる人は何人い
るかね? 君のために死ぬ人間がたくさんいれば、君は政治家として成功
するだろう」と予言的な言葉だった。

三島由紀夫にはともに死ぬ同士があまたいた。しかし石原にはおらず、晩
節を汚すことになった。

習近平には、かれのために死ぬ同士が不在である。
 
第19回大会を無事に乗り切るには、強引な指導力で派閥を糾合する必要が
あるが、すでに習には、その求心力がない。暴力装置を党内に持たず、し
たがって習には強い味方がおらず、友達も同士もいない。裸の王様でしか
なく、独りぼっちである。王琥寧も栗戦書も劉鶴も、習から距離を置き始
めている。

さらには太子党の、強い兄貴分だった劉源が去り、軍部は習の茶坊主たち
の異様出世状況を見て、不満が爆発している。これを抑える政治力は、す
でに習近平にはない。

すると今後の中国はいったいどうなるのか。

福島さんは、いくつかの蓋然性を提示しているが、なかにはフルシチョフ
的失脚。あるいは全党融和を図らざるを得なくなり、李源潮、王洋、胡春
華、孫政才ら共青団を大量に政治局常務委員に登用せざるを得なくなると
見立てる。

あるいは党の核心なる幻像を自ら誤見しているとするなら、戦争に打って
出るしか残るシナリオはないと指摘する。

フットワークの強さと中国内の情報網を通じて得たフレッシュな情報とに
裏打ちされて福島さんの力作、群書圧倒のパワーを醸し出している。

2017年06月15日

◆中国金融界にまたまた超ド級の衝撃走る

宮崎 正弘



<平成29年(2017)6月15日(木曜日)通算第5327号> 

(速報)
  〜中国金融界にまたまた超ド級の衝撃走る
   安邦保険のボス=呉小暉が失脚、金融株が大幅に下落〜

華字紙が一斉に報じている。

安邦保険集団のボス、呉小暉が当局に拘束されたようだ。安邦保険は声明
を出して「『個人的な理由』により、会社のトップの座を降りた」とした。

さきに英国フィナンシャルタイムズは、「呉小暉には出国禁止の措置が取
られている」と報じており、海外への逃亡には間に合わなかったようだ。

 安邦保険といえば、海外への投資に異様な熱意で取り組み、カナダ、米
国、韓国などで派手な企業買収を繰りかえして蛮名を馳せた。

絶頂期は2015年のNYウォルドルフ・アストリア・ホテル買収である。天
下の名門、先帝陛下もお泊りになった老舗で、地下には大統領専用の列車
プラットフォームもあった。
 
買収額は19億5000万ドル(2145億円)だった。

安邦集団の資産は2420億ドル(27兆円弱)にも達するとされ、オランダの
ヴィバント、韓国のトンヤン生命、全米のホテルチェーン、そして中国で
は民生銀行、中国農業銀行の大株主であり、その買収による肥大化を「中
国のブラックストーン」と譬える向きもあった。ブランクストーンは米で
有力な禿げたかファンドである。

呉小暉は浙江省温州生まれ、51歳。温州はいうまでもなく「中国のユダ
ヤ人」と言われる土地柄で投機大好き。がめつい商人を輩出する地域とし
て有名。

呉は3回も結婚している。初婚の相手は当時の温州市長だった劉錫栄の
娘、2回目の結婚相手はなんと陳毅(元元帥、革命の元勲)の娘、陳小
魯。そして3番目の結婚相手は驚くなかれ、トウ小平の孫娘、トウ卓苒である
 
こうして郭文貴、肖建華とつづく中国バブル時代の英雄たちの連鎖的な墜
落は、次に何をもたらすのだろうか?

     
 
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 ◆樋泉克夫のコラム 
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 【知道中国 1584回】 
  ――「正邪の標準なくして、利害の打算あり」――(徳富23)
   徳富猪一郎『七十八日遊記』(民友社 明治39年)

             ▽
地球全体が中国であり、地上が中国人だけで埋まっていたのなら、「政府
には、殆んと爪の垢程の依頼心」はなく、「獨立自主の人民」「極端な個
人主義者」であり、「一切放任」であったとしても、なんら問題はない。

最悪の場合、「極端な個人主義者」が互いに「極端な個人主義」をぶつけ
合い、その挙句に共に自滅――これを極論するなら、彼ら「極端な個人主義
者」の全てが地上から消え去ったとしても、痛くも痒くもない。夢物語と
は承知しつつも、そうなることをお願いしたいくらいではあるが・・・や
はムリでしょうか。

毛沢東は1949年の建国と同時に対外閉鎖を敢行したゆえに、結果として
「極端な個人主義者」を中国大陸の内側に縛りつけておいてくれた。い
や、彼らは内側に留まるしかなかった。

であればこそ中国の内側で何が起きようが、世界とは全く無関係だったの
だ。たとえば最多で4500万人を餓死に至らしめたといわれる大躍進政策に
しても、それに匹敵するほどの悲劇を全土に撒き散らしたとされる文革に
しても、中国の国境が外に向って閉じられていたゆえに、世界は憐憫の情
を表しながら、はたまた好奇心の赴くままに遠目で眺めながらも、最終的
には無視することができた。悪影響が及ぶことがなかったからだ。

だがケ小平」が対外開放に踏み切り世界中に「極端な個人主義者」が地球
規模で飛び散ったことで、世界は全く新しい脅威に直面する。いまや5000
万人に及ぶ「極端な個人主義者」が、世界各地で「極端な個人主義」を主
張するようになってしまった。地球の秩序を保つためには、彼らを「一切
放任」し続けるわけにはいかない。

彼らが札束の力で「極端な個人主義」を押し通そうとするなら、世界は彼
らが手にする札束を取り上げ、世界はオマエラのためだけにあるわけでは
ないことをキッチリと言って聞かせる必要がある。「99回説得しても効か
なかったら、100回目にはブン殴れ」といったのは、たしか毛沢東だった
はず。

であればこそ、敢えて言いたい。毛沢東は中国人にとっては悪人でも、世
界にとってはこの上なく好い人だった。?小平は中国人にとっては好い人
だったかもしれないが、世界にとってはこの上ない悪人だった、と。

(36)【極端なる干渉嫌ひ】=「支那にても、隨分干渉政治を行ふたる者
有之」。たとえば古代では孔子が崇め奉る周公旦、あるいは商君、王安石
など。彼らの政策は頭の中で考えられたものであり、実際に行われはしな
かった。それというのも「支那人は、由來干渉を好ます候」であるからだ。
「彼らは規律の下に立つことを、最も苦痛と感する」。「清潔なる干渉家
よりも、貪欲なる放任家を、驩迎致し候」。とどのつまりは「治めさるを
以て、之を治めむ可し」である。

 毛沢東は徹底して治め、結果として巨大な貧乏の共同体を残した。毛
沢東を全面否定した?小平は「治めさるを以て、之を治め」たことで、無
秩序の巨大な格差社会を生み出してしまった。どちらにしても、困ったこ
とです。

 権力が干渉しなければ勝手気ままに動き回り、無秩序で野放図なオレ
様社会になってしまう。干渉が奏功したら権力は肥大化するばかり。全く
以て迷惑な話だ。

 (37)【支那に誂向きの道教】=「要するに哲學とか、宗?とか申す
小面倒の事は、支那人には、向き不申候」。彼らは「生活せんか爲めに、
生活する的の人種」であり、それ以外に全く関心は持たない。
彼らの関心は「生前の陽利」にあるのであって、「死後の冥福」にはな
い。そこで登場するのが道教だが、始祖といわれる「老子の本旨」はとも
かくも、「人を長生不死ならしむる」ゆえに、道教は「支那人には誂え向
き」なのである。

「彼らは實に現金主義」であればこそ、道教もそういうことになる。
「道?の繁昌、偶然にあらす候」。じつに彼らは「生活せんか爲めに、生
活する的の人種」でアリマス。
《QED》
              

2017年06月13日

◆英国総選挙敗北のメイ政権低迷

宮崎 正弘
>


<平成29年(20176月12日(月曜日)弐 通算第5323号> 
> 〜(速報)
>  英国総選挙敗北のメイ政権低迷
>   ボリス・ジョンソンを首相にかつぐ動きが表面化〜
> >
総選挙で過半数に到らず、事実上の敗北となった英国保守党。メイ首相は連

立を組んで続投の構え。

5人の閣僚の留任を決めたばかり。
>
保守党内にはメイ首相のリーダーシップでは政局を乗り切れないと判断し、ボ
リス・ジョンソンの首相就任の動きが表面化した(『ザ・タイムズ』電子
版、6月11
日)。
>
ジョンソンは現在外務大臣だが、さきの国民投票(BREXIT)で、
キャメロン前
首相が退陣に追い込まれたときの最有力後継だった。
>

ジョンソンが土壇場でBREXIT賛成に回り、保守党内が混乱したとの
理由で、首相
就任を辞退し、メイ首相の登場となった経緯がある。
>
ジョンソンも英政界では異色。ジャーナリスト出身で、暴言放言にまつわ
る逸話が多く、
『英国のトランプ』とも呼ばれる異端児。
 
> 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
> ◆樋泉克夫のコラム 
> 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
【知道中国 1583回】          
> ――「正邪の標準なくして、利害の打算あり」――(徳
富22)
>   徳富猪一郎『七十八日遊記』(民友社 明治39年)
>
>               ▽
福沢諭吉の表現を借りるなら、どうやら共産党政権はヒト(人民)の上に
ヒト(幹部)を
作り、ヒト(幹部)の下にヒト(人民)を作った。いや、より実態に即す
るなら極く少数

の幹部の下に圧倒的多数の「老百姓(じんみん)」を置いた。
>これが毛沢東の唱えた新民主主義の実態らしい。昔から中国には3種類
の人間しかいない。

奴隷を使う者と奴隷と、奴隷になりたくてもなれないヒト――と言ったのは
魯迅だったよう
に記憶するが、どっちにしても救われないことは確かだ。
>


(32)【役人の表と裏】=「成る程役人は、無暗に威張り候得共、そは表
面の話」でしかない。

「郷紳」たる地主を蔑ろにしたら、役人は「轉任若しくは免職なる」。そ
のうえ「浮説流言は、

動もすれは議會以上の勢力を有」つ。だから中央の政治方針を末端まで貫
徹できるわけがない。

そこで「支那は、最惡の役人政治たると同時に、又た最惡の平民政治たり
と申すも」過言ではない。
>
(33)【政府は本來の害物】=「公義心、公共心、所謂る公徳の缺乏は、
支那人の協同生活に、

覿面に反應」する。「役人は先つ泥坊と、認定さられ、政府は害毒と、豫
定せられ」る。「役人に

租税を出す」ことも「馬賊に運上を出す」ことも、同じく「惡魔の呪いに
出金する迄」のこと。

政府であれ官吏であれ、「彼らは先天的に」信用しないし、なんらの期待
も持ってはいない。

そこで「彼等は政府其物か、本來の害物であると云ふことを、しみしみ確
信致し」ているようだ。
>
(34)【征服者と被征服者】=なぜ、このように政府を信用しないのか。
その背景には政府と人

民の間が実態的に「征服者と、被征服者との關係なるが爲め」だろう。こ
れを、より直截に言い

換えるなら、「強盗と、被強盗の關係に候」。「君主は強盗の隊長」であ
り、「人民は此の強盗

に押し入られたる者」ということになる。「強盗の目的は、只た手當り次
第、其の押入りたる家
の財寶や、人畜を、奪掠するにあり」。一方の「押入られたる者」は、
「幾許にても、其の所有

物を與へて、速かに其の危難を?か」れようとする。
>
とどのつまり「君主は、強盗の隊長にして、官吏は、公許の強盗」だ。で
あればこそ「人民か政
府を以て、先天的害物と見做すも」、「决して異しむに足らす」だろう。
>
>いわば共産党政権は「強盗の隊長」であり、地方幹部は「公許の強
盗」。ならば「人民か政府を

以て、先天的害物と見做すも」、「决して異しむに足らす」ではある。建
国時には「旧中国」は

打倒され「新中国」に全く以て生まれ変わったと喧伝されていたはず。に
もかかわらず、新中国

誕生から70年近くになるというのに、中央・地方を問わず幹部の「強盗」
ぶりの凄まじさが伝え

られる。ということは、一旦は根絶された「強盗」が狂乱と強欲な経済状
況の渦中で息を吹き返

したということか。いや、旧も新もなく中国は飽くまでも中国だったの
か。因みに建国から文革

当時までは一世を風靡していた「翻身(うまれかわり)」という単語は、
いまや死語のようだ。


そうそう、「為人民服務」「自力更生」「百戦百勝の毛沢東思想」「全世
界的無産階級団結起来」


などなど・・・死屍累々ならぬ死語累々。
>
(35)【帝力于我何有哉】=「支那人は、獨立自主の人民」だ。「卑屈と
か何とか申せとも、そは

支那人の斷念の善き迄」であり、「損する喧嘩」「得せぬ一揆」「割の善
からさる謀反」などには

「滅多に加入せす」。つまり彼らは「卑屈」なんぞではなく、一瞬のうち
に損得を計算し、被害を最小限に止めるよう振る舞う。「卑屈」ではなく
自己防衛ということ。加 えて「政府には、殆んと爪の垢程の依頼心」は
ない。「極端な個人主義者」であり、なによりも他 からの「干渉か嫌」
いだ。

かくて「彼等の理想の政治は、一切放任」と説く。
>
だが彼ら流の「一切放任」は、他を顧みない勝手気儘な振る舞いを意味する。
> 《QED》
>     

2017年06月08日

◆王岐山の暗殺未遂、驚くベシ、27回

宮崎 正弘



<平成29年(2017)6月7日(水曜日)通算第5318号>  

 〜王岐山の暗殺未遂、驚くベシ、27回。なぜ王岐山は不死身なのか?
「私は不死身、私には霊感があり、先祖の霊が私を守ってくれている」〜

王岐山への武装襲撃、自動車事故偽装など直接的な暗殺未遂事件が17
回。郵便小包、宅配便などに化学剤混入が8回。河北省、四川省などでは
飲料、食材への毒物投入が2回。

合計27回というのは「未遂」と判明した案件だけで、この他にも暗殺の企
てはあった。 しかしいずれも未遂におわり、王岐山は不死身である。

香港誌『動向』(16年12月号)に拠れば、王岐山の車両は特別仕様で、防
弾ガラス、特殊合金の車体、そのうえ、王自身が『私は不死身、私には霊
感があり、先祖の霊が私を守ってくれている』と発言しているという。

神を否定したマルクス主義を、共産主義者である筈の王自身が、この発言
によって否定していることになる。

彼は無神論ではなく、あきらかに有神論者だ。

「わたしの目、口、鼻には霊が宿り、これらは神が与えてくれた。善行を
積まず、徳を修めなければ、この神の霊感は消滅するだろうとも発言した
という(The Echor Times、5月31日号)。

多くの中国人は、この話を信じていない。しかし、そうあって欲しいとは
希望している。なぜなら王岐山の「活躍」によって、悪徳高官がつぎつぎ
と逮捕され、裁判で有罪となり、服役しているからだ。

この腐敗一斉、汚職追放キャンペーンが強く継続されることを祈る庶民に
対して、王岐山は一風風変わりな譬喩を用いたということだろう。
      

2017年06月07日

◆ドゥテルテ比大統領が

宮崎 正弘



<平成29年(2017)6月6日(火曜日)弐 通算第5317号 >

 〜ドゥテルテ比大統領が、テロリスト退治に大胆な二枚舌戦術
  中国にテロリスト殲滅作戦の支援を要請、中国海軍艦がダバオに寄港〜

 中国海軍の駆逐艦、フリゲート艦など三隻がフィリピン・ミンダナオ島
のダバオに寄港している。ダバオはドゥテルテ大統領の地盤である。

駆逐艦はPGM(精密誘導ミサイル)を多数搭載している最新鋭艦で、こ
の過程で明らかになった事実は、フィリピンが中国に対してPGM、高速
ボート、ドローンの供与を要請していることだ。

先月来、ミンダナオ島の中央部にあるマラウィ市に戒厳令が敷かれ、IS

の影響を受けた「マウテ集団」との戦闘が続いている。

すでに100人前後が戦死、そのなかにISに近いマレーシア、インドネシ
アからの応援武装戦闘員が含まれていることも判明した。

 同時にミンダナオ南西部にトビウオのように群島が南シナ海へむけて広
がっているが、バシラン島、スル島、タウィタウィ島をカバーする海域は
「アブサヤン」という過激な武装集団が抑え、付近の海域で海賊行為を展
開している。
この海域ではマレーシア、ベトナムの漁民が人質となっている。アブサヤ
ンとの戦闘は半永久的に継続されており、フィリピンの国内治安の頭痛の
種とされた。

ドゥテルテ大統領は、一方に於いて麻薬密売グループの一斉捜索、犯人を
射殺しても良いとして麻薬戦争を展開し、すでに800人ほどの密売人を刑
務所にぶち込んだ。

ゲリラ戦争が特異な「マウテ集団」との戦闘には正規軍を投入し、また戦
闘訓練の指導にはアメリカの特殊部隊が派遣されている。

このことはシンガポールの「シャングリラ対話」に出席したハリー・ハリ
ス太平洋司令官が示唆している(アジアタイムズ、6月6日)。

フィリピンは中国海軍との合同軍事訓練を催行するが、海賊退治に関して
は、すでにソマリア沖で豊富な実戦経験を積んできた中国海軍ゆえに、も
しフィリピンに協力するとなれば、アブサヤンの弱体化は必至の情勢だろう。

しかし、スカボロー礁をめぐってフィリピンは中国と対立しており、国際
仲裁裁判所はフィリピンの訴えを認め、中国が「あの判決は紙くず」と豪
語した。

この経緯を無視してリアリティを重視するドゥテルテ政権によって、不思
議な中比関係が露呈した。

矛盾をもろともしない複雑な環境下で、ドゥテルテ大統領は中国との領土
係争を棚上げし、「中国と戦争になれば、われわれは国をなくす」と釈明
しつつ、大胆に中国に近づき、ましてや軍事品の供給を要請し、あまつさ
え中国海軍とは共同軍事訓練と展開するという綱渡り。毒をもって毒を制
す、を地で往く。

「フィリピンのトランプ」という異名をとる老人、ドゥテルテ比大統領、
ただ者ではない。
       
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
  ◆樋泉克夫のコラム 
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【知道中国 1580回】      
――「正邪の標準なくして、利害の打算あり」――(徳富19)
   徳富猪一郎『七十八日遊記』(民友社 明治39年)

             ▽
 無頓着とは、また後先を考えないことでもあろうか。
 
たとえば1958年に始まった大躍進である。毛沢東がブチ上げた鉄鋼大増産
の掛け声に煽られて人々は狂喜乱舞の態。素人手作りの土法炉と呼ばれる
小型の溶鉱炉による製鉄に励んだ。鍋釜や農機具、果は窓枠まで――凡そ身
の回りの鉄という鉄を土法炉に放り込み、近在の山々の木々を切り倒して
燃料とした。

その結果、たしかに鍋釜が溶解し大量のインゴットが“生産”されはした
が、マトモな鉄鋼であるわけがない。たんなるクズ鉄の塊にすぎなかっ
た。かくして鉄鋼大増産運動の熱狂が冷めた後、鍋釜も農機具を失った人
民、窓枠さえ消えた家屋、それに広大な禿山が残されてしまう。家庭生活
は崩壊し、木々を失い貯水機能を失ったゆえに禿山に降った雨が洪水を引
き起したことは言うまでもない。

ひたすら毛沢東の歓心を求めて、後先考えずに鉄鋼大増産に邁進した挙
句の果てに待っていたのは、泣くに泣けず、笑うに笑えない悲惨な日々。
後先を考えないということは、今を刹那的に生きるということ。無頓着が
過ぎる。

だから、過ぎたるは及ばざるが如し。

いまではあまり聞かれなくなったが、かつて中国人は大原則に生きる民族
であると論じられたことがある。

思い起こせば文革時代、自他共に現代中国研究“大権威”と認める著名なセ
ンセイまでが盛んに口にしていた。当時は、その説を信じてはいた。だが
今となっては、それが根拠なき“戯言”に過ぎなかったと確信する。たしか
に彼らは大原則に生きているといえるが、それは無原則で無頓着という大
原則に過ぎないのだ。

以上は徳富の見解とはまったく無関係。再び徳富に戻る。

(26)【新屋と舊屋】=彼らは「舊屋」が不具合になったからといっ
て、それを修築することも解体することもせず、隣に「新屋」を建てる。
「故に支那に於ては、半死の舊屋と、全盛の新屋と、並立するは、通常の
事」である。「萬一舊物を破壞するか如きあらは、そは改善の爲」ではな
く、やはり「慾得の爲め」だ。

この項に関しては徳富が何をいわんとしているのか判然としないが、敢え
て“忖度”するなら、目先の利得に奔るばかりで物事の本質を弁えない、と
の主張のようにも思える。いいかえるなら何が大切で、何が不要か。何が
本質で、何が枝葉末節か。その辺りが判らないということだろうか。

そこで考える。社会主義を「舊屋」で市場経済を「新屋」と見做すなら、
たしかに現在は「半死の舊屋と、全盛の新屋と、並立」させているといえ
る。その間の矛盾を「中国の特色」という“万能の特効薬”で糊塗しなが
ら、なし崩し的に「舊物を破壞する」ことになるだろう。「そは改善の
爲」ではなく、やはり「慾得の爲め」ということになりますか。

(27)【大切なる結婚と葬式】=「支那人の最も大切とするは、結婚
と、葬式とにして、隨て墓所の撰擇は、申すに及はす」。だから「彼等は
飽迄も之を保護し、之を保存し、之を大切に奉持す可き筈」にもかかわら
ず、じつはそれほどまでに大切な「其の墳墓さへも。荒廢、零落に一任」
するがままに捨て置く。ここから徳富は、彼らの本質は「冷淡、無頓着」
であり、「彼等は保守的人種」ではない。「保守の精神なき保守は、無頓
着と云ふこそ、寧ろ適當なれ」と断じた。

 (28)【彼等は沙魚の如し】=「彼等は存外に保守的にあらす」し
て、「案外氣輕く他の物を借用もし、應用もし、採用もする」。そこで
「彼等に見出すことの能はさるは、創造の天才と、向上の精神とに候」。
とどのつまり彼らは「古昔の型を、其儘襲用する」だけということにな
る。そこで「彼等は只た沙魚の如く、鼻の先に餌を與れは、之を食ふ丈
の、自動力を有する迄」だ。彼らは付和雷同でご都合主義の権化にすぎな
い、ということか。
《QED》

2017年06月06日

◆書 評 特 集

宮崎 正弘



<平成29年(2017)6月5日(月曜日)通算第5315号>   

 (( 書評特集 ))

中村彰彦『幕末遊撃隊長 人見勝太郎』(洋泉社)
渡部昇一『知の湧水』(ワック)
小峯隆生著、柿谷哲也撮影『蘇る翼 F2B ―津波被災からの復活』(並
木書房) 

       
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書評 しょひょう BOOKREVIEW 書評 BOOKREVIE 
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 緊張し、殺戮の巷を駆け抜けた剣士たちは、しかしどこか牧歌的なのだ
  西郷を刺しに薩摩に赴いたのに、この物語の主人公は逆に感化された

  ♪
中村彰彦『幕末遊撃隊長 人見勝太郎』(洋泉社)
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人見勝太郎は「?川脱藩」組である。

写真を見ると爽やかな伊達男、政治哲学が身体から放出させているタイプ
ではなく、かと言って謀略を好む陰惨な策士という印象がない。

土佐脱藩の坂本龍馬、長州脱藩の吉田松陰など、脱藩者は数限りない
が、?川脱藩というのも珍しい。

人見勝太郎は豪快な剣士であった。幾多の戦闘に勝ち抜き、五稜郭の生き
証人となって、戦後は華麗な転身をとげた。

最初から奇々怪々、じつに不思議な人物で、幕府の遊撃隊に加わった剣士
が、官軍との戊辰戦争を戦いながら、甲府、箱根から江戸へ戻り、榎本武
楊らに合流して、奥州へ転戦し、「蝦夷共和国」宣言時には松前で守備に
就いた。

こうした過程で近藤勇はもちろん、幕府内で剣豪といわれた山岡鉄舟と互
角の勝負をした伊庭八郎らと人見は知り合い、共に死線をくぐりながら、
脱藩大名の林とも知り合う。

五稜郭で降伏後、剛毅にも西郷の暗殺を企て、薩摩入りするさいには奇兵
隊の残党が荒らし回る瀬戸内海の海賊と一戦を交え、かと思えば、つぎは
西郷、大久保と知遇を得て新政府に仕え、西南戦争では駿河藩から志願兵
を募集する役目を与えられた。

そういう風に矛盾を矛盾とせずに、勝海舟とも深く交わった。
 
ついには誰もが治められないと言われた茨城県県令(県知事)。そして80
歳、波瀾万丈の生涯を閉じた。

歴史に埋もれた人物を捜し当てて、闇の部分に光を当てる貴重な作品を連
綿と発表してきた中村彰彦は、幕末に藩主自らが脱藩するという林忠崇
(たったひとりだけの脱藩大名)。遊撃隊を率いて爽やかに豪快に闘って
果てた伊庭八郎を過去に書いたが、こんかいはノンフィクションとして、
人見勝太郎を世に問うのだ。

同時代を生きた人々に、ペリー来航以来の疾風怒濤、狂乱の政局は運命を
大きく変えさせた。

本書には印象的な場面がある。
 
明治3年5月、勝海舟が書いた村田新八への紹介状を懐に、人見勝太郎は
勇躍鹿児島へ向かった。ところが勝の書状には、「この男、足下を刺すら
しいが、ともかく会ってやってくれ」トとぼけた内容だった。(『氷川清
話』にその一節がある)

殺気を帯びた人見の鹿児島入りを、歴戦の強者が気付かないはずがないの
だが、薩摩隼人というのも変人そろい。村田新八、桐野利秋らは勝太郎を
歓待したのだ。

西郷暗殺を胸に秘めて、人見は実際に西郷邸を訪ねた。

「西郷はちょうど玄関で横臥していたが、その声(人見の来訪)を聞くと
ゆうゆう起き直って『わたしが吉之助だが、わたしは天下の大勢などとい
う難しいことは知らない。まあ、お聞きなさい。わたしは先日大隅へ旅行
した。その途中で腹が減ってたまらぬから、十六文で芋を買って食った
が、たかが十文文で腹を養うような吉之助に天下の形勢などわかるはずが
ないではないか』と言って大口をあけて笑った。血気の人見もこの出し抜
けのはなしに気を呑まれて、殺すどころの段ではなく、挨拶も録にせず
返ってきて、『西郷さんは、実に豪傑だ』と感服して話したことがあっ
た」(227p)
この逸話、おそらく本当だろう。

その後、人見勝太郎は西郷ら薩摩隼人から大歓待を受けて百日も鹿児島に
留まり、教育の大切を身に染みて学ぶこととなった。

殺戮の戦場を生き抜いたあの時代の男たちは、どこか牧歌的なのである。

         
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 日本が文化的先進国である一つの象徴は『神学大全』の翻訳である
   英国、仏蘭西、伊太利亜などでしか全訳は出版されていない現実

  ♪
渡部昇一『知の湧水』(ワック)
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 「稀代の碩学、珠玉のエッセイ」とあって「知の巨人、ラストメッセー
ジ」という文字が本書の帯を飾っている。

それにしても湧き水のごとく、次々と英知が現れてくるという碩学が世の
中にはいるのである。知の湧水とは、じつに適切なタイトルだと思った。
 先日、イグナチオ教会で行われた氏の追悼ミサの入り口に看板があっ
て、仏教でいう氏の戒名は「聖トーマス・アキナス」とあった。

本書を読んで、その聖名の理由がよくよく理解できた。

渡部氏は、このなかでドーマス・アキナスに幾多のページを割かれ、とり
わけ『神学大全』について詳述されているからである。
 
なにしろ、この世界一難解とまでいわれる書物の原書を氏は3回も精読さ
れた。「神学大全邦訳完成記念」セレモニーでは、氏がスピーチもされた。

さて本書を通読したあと、印象的な既述が2ケ所あった。これは個人的な
感想であるが、まずはアリストテレスとプラトンの差違である。
 
「この2人の大哲人の切り口は全く違った方向に向いていたと言える。つ
まりプラトンの切り口は『東』に開かれており、アリストテレスの切り口
は『西』に開かれていた。プラトンの思想は東洋にも偏在したいたが、ア
リストテレスは西欧の中世に花開き、実を結び、西洋と特徴付ける哲学と
なった」(162p)。

プラトンは「不滅の霊魂とその転生について語っている」のである。『プ
ラトン全集 第1巻』(岩波書店)には次の言葉がある。
 「たしかに、よみがえるという過程があることも、死んでいる者から生
きている者が生じるということも、そして死者たちの魂が存在すること
も、本当なのである」

なぜこの箇所に評者が惹かれたかといえば、生前の氏との会話(下段追悼
文『附録』を参照)に三島由紀夫の転生が話題となったことがあるから
だった。

もう一つは渡部昇一氏が子供3人、孫5人に囲まれた金婚式での感激をさ
らりと綴ったなかでの、次の文章である。
そのまま引用すると、

「子供を育てるということは大変なことである。しかしわれわれはそれ
をーー当時の大部分の日本人のようにーー当たり前のことと受け止めてい
た。しいて言えば子供で苦労することは当たり前の人間にとって『人生の
手ごたえ』と感じたとでも表現できようか。子供の教育費がなかったら
もっと贅沢な生活ができただろうになどとは考えなかったし、子どもがい
るので生きる張り合い、働く張り合いができたというべきであろう」(引
用止め) 
こんにちの少子高齢化社会への警告的な譬喩である。

 (附録)
「渡部昇一氏を悼む/宮崎正弘」(拙メルマガ4月19日号より再録)
(引用開始)
「渡部昇一氏が4月17日に亡くなった。振り返れば、氏との初対面は四半
世紀以上前、竹村健一氏のラジオ番組の控え室だった。文化放送で「竹村
健一『世相を斬る』ハロー」とかいう30分番組があって、竹村さんは一ヶ
月分まとめて収録するので、スタジオには30分ごとに4人のゲストが待機
するシステム、いかにも超多忙、「電波怪獣」といわれた竹村さんらしい
遣り方だった。

ある日、久しぶりに呼ばれて行くと、控え室で渡部氏と会った。何を喋っ
たか記憶はないが、英語の原書を読んでいた。僅か10分とかの待機時間
を、原書と向き合って過ごす人は、この人の他に村松剛氏しか知らない。
学問への取り組みが違うのである。

そういえば、氏のメインは英語学で、『諸君!』誌上で英語教育論争を展
開されていた頃だったか。

その後、いろいろな場所でお目にかかり、世間話をしたが、つねに鋭角的
な問題意識を携え、話題の広がりは世界的であり、歴史的であり現代から
中世に、あるいは古代に遡及する、その話術はしかも山形弁訛りなので愛
嬌を感じたものだった。

近年は桜チャンネルの渡部昇一コーナー「大道無門」という番組があっ
て、数回ゲスト出演したが、これも1日で2回分を収録する。休憩時に、
氏はネクタイを交換した。意外に、そういうことにも気を遣う人だった。
そして石平氏との結婚披露宴では、主賓挨拶、ゲストの祝辞の後、歌合戦
に移るや、渡部さんは自ら登壇すると言いだし、ドイツ語の歌を(きっと
お祝いの歌だったのだろう)を朗々と歌われた。芸達者という側面を知っ
た。情の深い人だった。

政治にも深い興味を抱かれて、稲田朋美さんを叱咤激励する「ともみ会」
の会長を務められ、ここでも毎年1回お目にかかった。稲田代議士がまだ
一年生議員のときからの会合で年々、参加人員が増えたことを喜んでいた。
最後にお目にかかったのは、ことしの山本七平授賞式のパーティだった
が、氏は審査委員長で、無理をおして車椅子での出席だった。「おや、具
体でも悪いのですか」と、愚かな質問を発してしまった。

訃報に接して、じつは最も印象的に思い出した氏との会話は、三島由紀夫
に関してなのである。

三島事件のとき、渡部さんはアメリカに滞在中だった。驚天動地の驚きと
ともに、三島さんがじつに偉大な日本人であったことを自覚した瞬間でも
あった、と語り出したのだった。渡部さんが三島に関しての文章を書かれ
たのを見たことがなかったので、意外な感想に、ちょっと驚いた記憶が
ふっと蘇った。

三島論に夢中となって、「憂国忌」への登壇を依頼することを忘れてい
た。合掌」(引用止め)。
          
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 あの巨大津波で松島基地に係留されていた戦闘機は塩漬けになった
  奇跡の修復プロジェクトによって13機が前線に復帰した

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小峯隆生著、柿谷哲也撮影『蘇る翼 F2B津波被災からの復活』(並木
書房)
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こういう物語があったこと、知らなかった。

東日本大震災直後の2011年4月、松島基地を取材で訪れた筆者は、津波で
大きく損傷したF2Bを見た。

塩漬けの無惨な姿で、最新鋭機が転がっていたのだ。

評者(宮崎)と言えば、あの日、福建省福州にいた。滞在したホテルで胸
騒ぎがして、東京に国際電話を申し込んだが1時間通じなかった。災害発
生を知り、部屋のテレビを入れると、生々しい被害状況が刻々と映し出さ
れて驚愕した。
東京も交通が痲痺しており、評者は上海で2日間待機し、帰国したことを
思い出した。

さて被災した戦闘機である。精密機器の塊である戦闘機を完全修復するこ
とは不可能だろうと予測された。世界中でも、そんな例はなかった。
航空自衛隊にとって複座型のF‐2Bは、戦闘機パイロット育成のため
に、なくてはならない機体だ。しかもF‐2の生産は終了しており、新た
に製造することはできない。このままでは日本の国防に大きな空白が生ま
れてしまう。

安全保障上、由々しき問題であり、かと言って制約された防衛予算をみれ
ば代替機の購入など夢の物語である。

塩漬けとなったF‐2Bを復活させることはできないだろうか?

空幕内に「チーム松島」が結成され、前代未聞の「海水漬け」戦闘機の修
復プロジェクトがスタートした。

男たちの挑戦が始まった。ついに18機のF‐2Bのうち13機が修復され、
再建された松島基地に続々と帰還したのだ。

壮大な戦闘機修復プロジェクトは、いかに実行され、成功したのか?
筆者は数か月かけて、航空幕僚監部、松島基地、三菱重工業小牧南工場、
IHI瑞穂工場、国会議員など、多くの関係者にインタビューを重ね、こ
のプロジェクトが関係者の熱意や努力ばかりではなく、深い洞察力に裏付
けられた判断力と実行力によって成し遂げられたことを知った。

損傷した航空機や施設、すなわち戦力をどうやって回復させるか、そのた
めには何をなすべきかを計画・立案した空幕の強力なリーダーシップ、予
算措置など政治・財務面のサポート、そして何より損傷機の修復に取り組
んだメーカーの熱い「ものづくり魂」がひしひしと伝わる感動のドキュメ
ントが出現した。