2018年01月01日

◆中国、さらに厳しい外貨持ち出し規制

宮崎 正弘

平成29年(2017)12月31日(日曜日)通巻第5562号   

中国、「旧正月」を前に、さらに厳しい外貨持ち出し規制
  ひとりの上限を5万ドルから1万5000ドルに

旧正月を前にして、中国人の海外旅行はピークを迎える。
 3年前まで、中国人の「爆買い」は世界に脅威の印象を与える一方で小
売業界は商機到来と捉えた。ホテルや、デパートばかりか、ドンキホーテ
など、あらゆる店舗が改装し、中国語のできる店員を雇い、さらなるブー
ムに備えた。欧米でも同じ対策をとった。

ところが、爆買いは「突然死」していた。銀座のブランド旗艦店を覗かれ
ると良い。店内がガラガラである。

外貨持ち出しが制限され、ATMから現地で引き出せる上限は1日に1万
元(およそ16万円)、年間に5万元(80万円)となったのも束の間、2017
年12月30日に当局は、後者の上限を1万5000ドル(24万円)に制限すると
した(前者は据え置き)。

 これっぽっちの上限枠では海外で食事をして、交通費などを考えると、
土産にまで予算は回らないだろう。1年に1回ていどしか海外旅行は楽
しめなくなる。逆に言えば中国人の観光客が世界的規模で激減するだろう。

日本でもすでにその兆候があり、かれらの食事場所は豪華レストランか
ら、吉野屋、回転寿司、立ち食い蕎麦、すき家などに移行している。

過去2年間の動向をみても、中国人ツアー客相手の免税店は閑古鳥、店員
は暇をもてあまし、地方都市(福岡、神戸、長崎など)でも、ホテルはが
らんとしている(クルーズ船が主流となったからだ)。カメラ店も、ブー
ムは去ったと嘆いている。

新しい外貨規制は、2018年1月1日から実施される。

中国政府の発表では、目的は(1)資金洗浄を防ぎ(2)テロリストへの
資金の迂回を止める。(3)脱税防止としている。

そんな表向きのことより(そもそもATMを使って利便性の高い現地通貨
を目的地で引き出す上限が1日16万円ていどで、資金洗浄、テロ資金、脱
税などに転用される筈がないではないか)、本当の目的は底をついている
外貨を防衛することになる。

あれほどブームだったビットコインも中国では取引所が停止されたため、
突然ブームは去った。ビットコインは昨秋から日本に熱狂が移った(が、
そのうちの幾ばくかは在日華僑、日本人を代理人に立てた中国人投機筋だ
ろう)。


 ▼本当の目的は外貨流出防衛だ

拙著で度々指摘してきたことだが、中国の外貨準備、公式的には3兆ドル
と言っているが(このなかには1兆1000億ドルの米国債権を含む)、対外
債権の多くが「一帯一路」の頓挫が象徴するように、すでに不良債権化し
ており、あまつさえ共産党幹部が不正に持ち出した外貨が3兆ドルを超え
ている。つまり中国の外貨準備は事実上マイナスに転落していると推測で
きる。

かろうじて中国が外貨を取り繕えているのは、貿易によるドル収入と、海
外企業からの直接投資が続いているからだ。これでなんとかやりくりして
はいるが、予測を超えるペースで外貨準備が激減しており、今後も、この
動向は悪化してゆくだろう。

次なる対策として、おそらく中国は海外で購入した資産売却に走る。つま
り買収した企業、土地、不動産の売却である。

同時に「上に政策あれば、下に対策あり」の中国人のことだから、別の手
口により新現象が併行して起こるだろう。

第一はヤミ金融、地下経済、偽札の横行が予測され、第二に外貨持ち出し
も、小切手や証券などの手口が使われ、詐欺的な新手口が見られるように
なるだろう。

第三にこれまで日本などで買ったローレックスなどを逆に日本に持ち込ん
で売却することも予測され、ダイヤモンドなど換金価値の高いものが逆流
することになるのではないだろうか。
          
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  樋泉克夫のコラム 樋泉克夫のコラム 樋泉克夫のコラム 
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樋泉克夫のコラム
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【知道中国 1680回】           
――「早合點の上、武勇を弄ぶは、先ず先ず禁物とせねばならぬ」――(川田5)
川田鐵彌『支那風韻記』(大倉書房 大正元年)

              ▽

これまでも「各省で鑛山其他の物件を擔保に入れ」、いままた「軍隊解散
費及行政費の充つる爲」に借款に頼る。これに対し「列國は競うてこの借
款に應ずる」。その結末がどうなるのか。貸す方も、借りる方も、よくよ
く考えるべきだ。

「其五」=「中華民国は、どのくらいつゞくであろうか」。中華民国と
はいうものの、「極端に中央政府の權力の乏し」く、「各省毎に多大の實
權を有する共和政體で進む」しかないだろうが、それでは「國一國の體面
を取り直し、經濟上の基礎を鞏固にする」ことは「骨の折れる話である」。

各政治勢力が「何時迄も、内輪喧嘩するようでは、國内疲弊する許りだ」。

中華民国崩壊は、日本にとって「一衣帶水を隔てた一大障壁を亡くす」よ
うなもの。だからこそ「この際、多大の同情を以て、支那を研究する必要
がある」。だが、「書物の上で調べた支那大陸と、實地踏査した支那大陸
とは、著しく相違の點がある」。

やはり「孔孟の立派な學問は、日本に於いて、其の實を見ることが出來る
も、支那大陸では寧ろ有名無實の嫌がある」。「支那大國は、隣國であり
ながら、日本人に其眞相が誤解されてゐる」。これは、これまでの学者が
「或る程度の迄は、其責任を負はねばなるまいかと思ふ」。なぜ、いまな
お「日本人に其眞相が誤解されてゐる」のか。川田は痛憤する。

「支那に對しては、列國とも、其前途に就き、多少疑問を抱いて居
る」。日本人と違って「歐米人士は、支那の内地に入り、殖産興業上に關
し多大の研究を重ね」ている。

だから、残念ながら「支那の現状を詳に研究せんには、外人の著作を手に
入れるより他」に便法はない。

ビジネスという「所謂平和の戰爭に、勝利を占むることは、今日の急務で
ある」からして、愛国心に富む商工業家が一念発起して、「特に江西・江
蘇・浙江・福建方面に、然るべき研究隊を派遣し、靜に實地調査に意を用
ひて貰ひたい」ものだ。

日本は、軍事力を頼って「干渉の下、無理に植民政策を施さんとせる獨逸
の不自然を學」ぶべきではない。日清・日露の両戦争で列強の関心が薄れ
た揚子江一帯に多額の資本を投じ、確固とした基盤を築いた「英國の態度
を、腹に入れてかゝ」るべきだ。それというのもイギリスは「武力もあれ
ば金力もあり、ゆったりとした中、抜け目のない、植民政策經驗に富ん」
でいるからだ。やはり日本は「抜け目のない、植民政策經驗」に乏し過ぎた。

なぜイギリスに学ぶべきか。ドイツ方式では、「元來恩を仇に持つ癖のあ
る支那人に、惡感情を抱かしむるばかりでなく、意外に、列國の非難を蒙
ることに陷らないとも限ら」ないからだ。

世界における日本の立場からして、「これから先は、どこ迄も落付いて、
公明正大の方針を採らねばならぬ」。「武勇を示して、商工業家を輔佐す
る位は、別に差支もなかろう」。だが、「早合點の上、武勇を玩ぶは、先
ず先ず禁物とせねばならぬ」。やはり「聲を小に、實を大とするは、最も
肝要である」。

この時から日本の敗戦までの大陸における日本の動きを振り返るに、総じ
て言えることは「聲を小に、實を大とする」方式とは程遠かったように思
う。長い歴史と豊富な経験に基づく「ゆったりとした中、抜け目のない、
植民政策經驗に富ん」だイギリスを筆頭とする諸列強の思惑に翻弄され、
やがて悪辣・巧妙なスターリンに眩惑され、『四捨五入』するまでもな
く、「聲を小に、實を大とする」とは真反対に、声を大に、実を小で終
わった。

それにしても川田が学ぶべきではないと主張した「干渉の下、無理に植民
政策を施さんとせる獨逸」が、日中戦争中も、現在も、『友好裡』に対中
関係を推移させているカラクリは、やはり突き詰めて考えたい。たんにド
イツが騙されているわけでもなかろうに。
それにしても「元來恩を仇に持つ癖のある支那人」とは・・・言い得て妙
である。
                       《QED》
         

2017年12月30日

◆中国最大財閥いよいよ経営危機

宮崎 正弘

平成29年(2017)12月29日(金曜日)通巻第5560号   

 中国最大財閥・王健林率いる万達集団、いよいよ経営危機
        万達科学技術(子会社)の従業員95%をいきなり解雇へ

中国最大財閥・王健林率いる万達集団が、いよいよ経営危機に陥った様相
である。

夏頃から危機が囁かれていたが、投資家が「危ない」と感得したのは、プ
ライベート・ジェットで、王健林がロンドンへ向かおうとして、空港で足
止めされた事件が報じられて以降である。

保有する映画館チェーンと娯楽施設、ホテルチェーンなどを売却しはじ
め、回転資金を捻出した。

秋になって香港へ現れた王健林は秘密行動に徹したが、「博訊新聞網」な
どは、香港で共産党有力者の子弟、親戚が経営する面妖な企業が山のよう
にあり、海外資産の処分などを協議したのではないか、なぜなら直前に肖
建華が滞在中の香港のホテルで拉致された事件が発覚し、当局が必死で、
これら新興財閥の海外資金流出を警戒していた時期と重なるからだ。

タイミングが符合する。肖建華は、香港を拠点に、NYへ逃亡した郭文貴
らと組んでインサイダー取引をコントロールし、太子党関連の資産運用に
関わった。現在、北京で勾留中の人物で、王健林も習近平の姉たち(香港
で不動産企業などを経営)と深い絆があったことは知れれている。

さて万達集団の有利子負債およそ13兆円(孫正義とほぼ同額、ダイエーも
有利子債務が12兆円前後だった)、このため7月に、保有した77のホテ
ル、13の娯楽施設を急遽、売却し、当座の銀行返済(およそ638億元=1
兆円強)に充当した(博訊新聞網、2017年12月29日)。

保有財産の処分、売却が済めば、次は企業規模の圧縮が時間の問題とされた。

事情通によれば、万達集団の子会社「万達科学技術」(未上場)の従業員
を6000人から300人に削減するとし、11月末から解雇に踏み切った。突然
の解雇を通告され、退職金が給与の2ヶ月。5%の社員が残るものの、こ
れではテクノロジー開発など出来るわけもなく、いずれ整理に踏み切るだ
ろう。

習近平の「中国の夢」は一帯一路の挫折で「悪夢」と化しつつあり、王健
林の描いた壮大な夢は「邯鄲の夢」で幕引きとなりそう。

          

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 いま、日本の思想状況で憲法学が劣悪の最たるものだ
  安倍政権の加憲論には賛成できないこれだけの理由


杉原誠四郎 v 小山常美『憲法及び皇室典範論』(自由社)
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近代憲政史、外交史にくわしい2人の論客の共通点は「新しい歴史教科
書」の「公民教科書」執筆メンバーであること、現行憲法を認めない改憲
論者であることだ。

だから全ての論点で合意かと思われたのだが、ページを捲っていく裡に、
この二人が幾つかの論点で対立し、あるいは異論をとなえて併記する場面
に何回も出くわす。ふたりとも自説には自信を持ち、相手に譲らないから
一徹である。

したがって本書の外見から想像する新しい公民教科書作りへ合意、同士が
なす対立点も、微妙に本書の議論の展開を面白くし、また時代的思想状況
を反映している。

つまり、2人が言いたいのは教科書の偏向ぶりであり、その是正をめぐる
国民運動が、いかにメディアによってねじ伏せられ、なおかつ教科書採択
権をもつ教育委員会が権利行使を放棄して、教員組合に採択を丸投げし、
担当教員は教科書会社から謝礼を受け取っているという堕落した現実である。

ましてや、この事実を知ってか、知らずか、教科書の危機に無頓着の官僚
主義が蔓延る文科省という、絶望的な日本のシステム上の欠陥にある。

歴史教科書、道徳教科書の左翼偏向が強まる一方なのである。

おどろくべし、文科省は聖徳太子を教科書から外そうとした。左翼が巣く
う「高校大学連携歴史教科書委員会」とかは、吉田松陰、高杉晋作を削除
する方向にあり、楠木正成はとうに歴史教科書から削除されている。
こんなことで驚いてはいけない。

公民教科書は「公共の精神」を教えないばかりか、「家族」を教えない方
向にあり、もちろん「愛国心」のアの字もでてこなくなった。

こうした複合的な教科書の腐敗堕落、とてつもない左翼の「計画闘争」が
なぜ生まれたのか、それは日本の「憲法学」が劣悪な上に、ますます劣化
しているからだと、ふたりの鋭角的な指摘には瞠目させられた。

杉原氏と小山氏の対立は憲法論から派生した伊藤博文への評価。皇室典範
に関しては、伊藤博文の間違いがこんにちの憲法学貧困状況の元凶である
とするあたりだが、評者(宮崎)から言えば、皇室典範はそもそも国会議
員ごときが議論するべきことではない。マッカーサー憲法の誤謬が最大の
元凶であろう。

占領軍が非占領国の基本法を強要した事実だけでも、現行憲法は否定され
るべきで、改憲とは現行憲法の無効宣言から行うべきであるとするのが国
際法の原則から言っても正しい。

しかし、こうした議論は現在日本ではすっかり少数派となった。
 
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 「約束」ってナンじゃらホイ。反日は韓国のカルト
  文在寅は北朝鮮を崇拝するカルトの教祖、もっとも危険は大統領だ

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室谷克実 v 加藤達也『韓国リスク』(産経新聞出版)
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2人には共通点がある。

ともに韓国報道で真実を書いたら、国外退去を命じられたと言う『名誉』
に輝く点である。

韓国の司法は政治から独立していないことは百も承知だが、このくにの司
法は論理ではなく感情が優先して判決が、その国民感情を判定材料として
いる。法律はいくらあっても、無力である。だから「幼稚で無責任」で、
井の中の蛙というより、独立独歩のカルト集団が国家を名乗っていると譬
喩した方が現実的であろう。

両国が合意したはずの「慰安婦問題」を韓国はまた蒸し返した。このとこ
ろの韓国報道といえば、そればかり。さすがの安倍首相周辺も「平昌五輪
に行くことは困難」と発言している。

約束は果たされなかったばかりか、慰安婦像はソウルのバスや電車にのっ
てちょこまかと走り、外国にも建立し始める始末だ。悪質な政治プロパガ
ンダがあちこちに展開されている。


韓国の政治にとって「約束」って、なんじゃらほいの世界だ。

一方の日本はと言えば、愚直と言われるほどに約束事は必ず守る、身を賭
してでも法律を守る日本人からみると、韓国人の姿勢には驚きを通り越し
て呆然とすることが多い。北朝鮮が核兵器をこしらえ、ミサイルを飛ばし
て世界から非難されているのに、ソウルの政権は「当事者意識セロ」。

米朝対立では「仲介の労を執りましょうか?」などと妄言を吐くのだ。
戦後、「独立」「安保」の恩人であるアメリカにTHAADは不要と言っ
てみたり、トランプが訪韓すれば、トランプ人形を踏みつけ、アメリカ国
旗を焼き、反米集会に数万の人が集まるという忘恩行為を目撃したトラン
プも韓国の態度にムッとしたはずで、文在寅との会談は、僅か26分だった

この対談本のふたりは慰安婦象問題は「韓国の国教」であるとする。なる
ほど合点がいく。

だから朴裕河(『帝国の慰安婦』の著者)の裁判は「宗教裁判」、つまり
魔女狩りであった、という。

本書ももう一つの特色がある。

日本のメディアが韓国の真実を書かなかったこと、その原因が奈辺にあっ
たかを鋭く抉っている最後のチャプターでは、ぞっとするほどの日本人記
者のメンタリティと新聞、テレビの企業体質が了解でき有益だ。

   
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  樋泉克夫のコラム 樋泉克夫のコラム 樋泉克夫のコラム 
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【知道中国 1679回】               
――「早合點の上、武勇を弄ぶは、先ず先ず禁物とせねばならぬ」――(川田3)
  川田鐵彌『支那風韻記』(大倉書房 大正元年)
      
              ▽

川田によれば、「大日本帝國の一大任務」は「人種繁殖力の盛なる彼の國
人に、(列強による)經濟的蠶食の畏るべきを知らしめ、國民的自覺の念
を惹起せしむる」こと。また「我が商工業の發展上より考ふるも、隣國四
億の顧客は、之を忘れてはなら」ないし、「自衞上よりも、道義上より
も、其の他何れの方面より見るも、我が國人は支那人の師友となり、先覺
者となり、彼を導き、彼を?へ」、かくて「宇内の平和を、永久に保つこ
とに努めねばならぬ」ということになる。

川田の考えは、おそらくアジアへの野望を逞しくする西欧列強の覇道に
憤り、アジアの王道に拠って立ち向かおうとした当時のアジア主義者の間
の共通認識だったように思う。

であればこそ「大日本帝國の一大任務」であったとしても、「人種繁殖力
の盛なる彼の國人」を、どのように「導き」「?へ」れば、「國民的自覺
の念を惹起せしむる」ことが可能であると考えていたのか。

たしかに「我が商工業の發展上より考ふるも、隣國四億の顧客は、之を忘
れてはなら」ないが、だからといって心の底から「我が國人は支那人の師
友とな」ることを願っていたのか。「人種繁殖力の盛なる彼の國人に、經
濟的蠶食の畏るべきを知らしめ、國民的自覺の念を惹起せしむる」ことは
壮大なるロマンでこそあれ、現実問題として所詮は無理だと考えることは
なかったか。

仮令川田の主張に間違いがないにしても、相手側からするなら『要らぬお
節介』ではなかっただろうか。「國民的自覺の念」を他国の人間が教え導
くことなど所詮はムリな相談というものだろう。

とどのつまり「國民的自覺の念を惹起せしむる」ための唯一確実な方途
は、その国民が自ら「國民的自覺の念を惹起」するしかないはずだ。


アジア主義から征韓論、はては脱亜論までの論議は後日に譲ることとし
て、川田の旅の先を急ぎたい。

「のぼる朝日に照されて、帝都を発ち、新領土朝鮮の勝地を探り、満洲の
古蹟を訪ひ、奉天より、京奉鐵路を利用して」南下した川田は、「今は野
蠻人とて、牛馬の如く見做されたる、簡易生活に慣れし苦力の類、最後の
勝利を占むるものなるか」と考え、「何れにしても、支那人の眞價を見誤
れるものゝ多きを、不思議に感じつゝ、自ら問ひ答へながら」、天津、青
島、曲阜、北京、漢口、武昌、洛陽、長安、長沙、鎮江、揚州、杭州、上
海を廻っている。

旅を締め括るに当たり、「矢張り、百聞は一見に如かずで、實地調査の
上、支那研究の趣味が加は」って、川田は数多くの疑問を持った。「其中
特に自分の腦を刺激した」という「支那に關する疑問」のいくつかを記し
ている。

「其一」=「支那の事情を多少研究した人々の頭腦に起る、第一の疑
問」は、「現在の支那に、利己主義以外、多少話せる人物があるであろう
か」ということ。

たしかに辛亥革命は「遠くの人に豪い勢いの如くに見せかけ」ながらも、
「兎に角物になつたが」、国難に際して「靜に大事を料理せらるゝ程の人
物は、先ずまず一人もいないように思はれる」。こういった惨状にあるに
もかかわらず各国が干渉しているのだから、危険極まりない。

「其二」=「既に人物は乏しい」うえに、「4億の國民が、苦力同樣の、
眼中一丁字もなき、憐むべき輩である」。彼らに「多少の國民?育を施
し、言語の統一など計るは、一朝一夕の仕事でない」。

「其三」=「水陸の動脈とも仰ぐべき水陸の交通機關は、何れも列國に奪
はれ」ている状況だが、これら権利をどうやって「回収」するのか。具体
策がみられない。

「其四」=借款、借款、また借款。借款に次ぐ借款に先行きの見通しは
立つのか。
《QED》

2017年12月29日

◆海航集団の買収破談

宮崎 正弘

平成29年(2017)12月28日(木曜日)弐
        通巻第5559号   

 海航集団(「フォーチューン500」の170位)、いよいよ窮地か
  ANZ銀行子会社、米ソフト企業など、海航集団の買収破談

海外の買収案件が一斉に頓挫した。

フォーチューンの2017年「500社ランキング」で170位(前年は353位)の
海航集団は、2000年に海南島・海口で設立された新興の航空会社だが、旅
行業界に進出以後は、航空機リース、有名ホテルの買収を手がけて急成長
してきた。

出資者はいったい誰か? 背後に共産党の大物、それも反腐敗キャンペー
ンのトップだった王岐山一族との深い関係が取り沙汰されてきた。なにし
ろ世界各地で大型物件のM&Aを仕掛けて、その海外資産は2010年度時点
でも3300億円(5兆6100億円)と評価されていた。

しかし2017年6月頃から、強気の買収案件の殆どが借入金でまかなわれて
おり、償還期限が迫る中で、フィナンスに「システマティックな問題」
(英FT紙)が多いとされ、国際的なファンド筋が投資を引き上げ始め
た。社債の金利が13%という異常な資金繰りに対して赤信号を灯したのだ。

全世界に従業員70万人というマンマス企業であり、近年はフランクフルト
空港運営会社の買収、ヒルトンホテルチェーンへの25%株主、ドイツ銀行
の10%株主という、国際的な企業の大株主としても発言権を強めてき
た。とくに中国との取引が多いドイツは、同集団を有望視してきた。

関連の渤海リースは航空機リース世界5位のアボロンに買収攻勢を仕掛
け、また香港の拝啓徳空港跡地40万平方フィートの買収(11億ドル)、
NY高層ビル(65階建て)のパークアベニュービル(22億ドル)買収な
ど、欧米の有望物件を次々と買収した。

その強引とも言えるM&Aによる急成長ぶりは、同じく中国の万達集団、
復星集団、安邦保険などとともに世界の投資グループが注目した。

12月6日、S&P社が「期限が近い借入金返済のための社債(3億ド
ル)」の発行に「投資不適格・以下」の格付け(つまり投資するな)と発
表し、金融危機はいよいよ本物とされた。

ニュージーランドのANZ銀行子会社の買収が頓挫した次に米国では12月
11日、NY州地裁が、提訴されていた海航集団の買収失敗案件での株主集
団訴訟を受理した。

これは海航集団が、デジタルエンジニアリング企業のネステクノロジー
と、ジャージーHDに買収を持ちかけたが失敗したため、被買収側の株主
等が訴訟を起こした事案である。

同集団の旅行部門トップは「流動性の危機はあるが、盲目的な部門売却は
しない」として、噂のあるヒルトンホテルシェーンなどの売却情報を否定
したが、国際金融界は、裏読みで同集団関連株の投げ売り、空売りの様相
を呈しているようだ。

      
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【知道中国 1676回】        
――「早合點の上、武勇を弄ぶは、先ず先ず禁物とせねばならぬ」――(川田1)
  川田鐵彌『支那風韻記』(大倉書房 大正元年)

               ▽

川田鐵彌は土佐の産。東京帝大で学び文部省に入省。陸軍幼年学校教官や
早稲田大学の前身である東京専門学校で講師を務める。日露戦争前年に当
たる明治36(1903)年に現在の高千穂大学につながる高千穂小学校を設立
している。享年86。

西郷の征韓論に端を発した「明治6年政変」が発生した明治6(1873)年
生まれということは、この『支那風韻記』は川田が39歳の時の出版したこ
とになる。当時の彼は、小学校に続き、幼稚園、中学校、大正3(1914)
年に全国初の私立創業高等学校を設立し、幼稚園から高等学校までの一貫
教育を行う総合学園の経営者として重きをなしつつあった。

川田が「山海關、天津を經て、北京に入り、北清の状況に親しく接した
る後、漢口・武昌・長沙の邊に遊び、南清の一大動脈とも云ふべき揚子江
を、我が日清汽船會社の大利丸にて下り、南京・蘇州・杭州・上海方面の
消息を味うた」のは、「明治最終の年月」とのことだ。旅行の目的は「彼
の山を玩び、彼の水を掬み、風韻を異にせるを樂しむ位の目論見であった
から」、辛亥革命・清朝崩壊・中華民国建国と続く隣国の激動には左程の
関心を示してはいない。

それだけに、社会の激動と関わりなく生きる市井の人々の日常の姿が捉え
られている。それはまた土佐出身で東京帝大卒業し、陸軍幼年学校や東京
専門学校で教鞭を執り、やがて帝都の東京で教育者として名を成す、いわ
ば当時の立身出世コースを歩いた刻苦勉励型田舎秀才エリートの中国観を
知るうえで、『支那風韻記』は格好の材料といえるだろう。
先ずは旅行の心構えを。

当時、「支那旅行に出掛くるには、別に旅行券を其筋より貰受くる必要も
ないから、思ひ立つたが吉日で、其の日にも、出發すれば善い譯であ」っ
た。そのうえ大陸各地には「日本人の經營に係る旅館があるから、其處に
宿泊すれば、支那語や英語などがあやつれなくとも、格別の不自由はな
い」。だが、問題は全国で統一されていない貨幣だ。

たとえば「自分が奉天で取り換へて貰つた紙幣は、反古かと思はれる位、
樂書が澤山あつたから、其の理由を聞くと、樂書の多い紙幣は、方々の人
の手に渡つた都度、其の家の主人が、氏名を認め、僞物でないことを證據
立てヽあるから、却つて安心だと聞いて、二度吃驚した」とのことだ。

 「何れの名勝にまゐつても、堂宇には、塵埃が積もり、庭園には、雜
草が生ひ茂り、丸でうちやつてある」。壊れていても修理をする様子はみ
られない。だから「立派な?史を有する勝地が、年毎に、空しく荒れ果
て」る始末だ。

都市の道路や下水も同じで「一時は立派に構へても、修繕を怠るから」荒
れるに任せ、「不潔極まる有様である」。どうやら「風致保存などと云へ
る奥床しい考へは、支那人の頭には、皆無である」。加えて彼らは戸外の
自然を好まず、「人口の美を喜ぶ風があつて、天然の美を解する士に乏し
い」。

これを要するに、日本人とは趣味嗜好を異にするということだろう。

一般の人々に接しての感情は、ともかくも劣悪。「或人の書」から、次の
ように引用している。ここでいう「或人」は、あるいは川田自身と考えら
れないこともない。

「彼等は、動物の親類である、到る處、何も選ばず、之を貪りて、不潔
を厭はざる所は豚の如く。群を爲しても、臆病なる所は羊の如く。狗
の?々として骨を爭ふ如くに、其の状の野卑なる。尨大にして、ボンヤリ
然たる所は、頗る駱駝に酷似して居る。騾馬の臆病にして悲鳴する。驢
の?着にして意地惡き、鷄の多情なる、小鳥の人に養はれて平氣なるなど
支那人を説明し得て妙である」。

不潔、臆病、野卑、ボンヤリ然、横着、意地悪・・・こう、川田先生は教
えたのか。《QED》

【知道中国 1677回】          
――「早合點の上、武勇を弄ぶは、先ず先ず禁物とせねばならぬ」――(川田2)
  川田鐵彌『支那風韻記』(大倉書房 大正元年)

                ▽

はたして川田は帰朝報告を行ない聴衆に向って、「じつに彼らは不潔、臆
病、野卑、ボンヤリ然、横着、意地悪であります」などと語ったのであろ
うか。これが現在なら、さしずめヘイト問題に引っ掛かり“炎上”は必至。
マスコミが騒ぎ出し、謝罪を逼られるだろう。

ともあれ流石に川田は教育者である。「斯る人々と交り、斯る人々を教へ
導き、同化したかの如き風を保ちながら、以心傳心の中に、物の道理を解
せる人士を造りたいものである」と抱負を述べる。だが教化の末に中国に
「物の道理を解せる人士」が増加し、やがてそういった人間に満ち溢れる
と予想し、「人口増加の餘、生存競爭が激烈になるに連れ、人類として、
最後の勝利を占むるのではなからうか」と将来への疑念を呈する。つまり
「物の道理を解せる人士」に満ちた中国が、やがて世界の覇者になるとい
うのだ。

さらに文明国にとって最も脅威となるのは、「寒暑を厭はず、簡易生活に
慣れた支那苦力の類」であると続けた。いかに迫害されようが、彼らは屁
とも思わない。やがてこの世界に「窮鼠遂に猫を咬むの日」がやって来
る。その時、「世界が、暗黒時代に陷るであらう」。どうやら川田は、
100年ほど先の21世紀初頭の現在の世界を予想していたようにも思える。

現代の中国における華僑・華人問題にかんする代表的研究者である陳碧笙
は、天安門事件から2年が過ぎた1991年に『世界華僑華人簡史』(厦門大
学出版社)を出版し、海外に漢族系(華僑・華人)が存在する原因を「歴
史的にも現状からみても、中華民族の海外への大移動にある。

北から南へ、大陸から海洋へ、経済水準の低いところから高いところへ
と、南宋から現代まで移動が停止することはなかった。時代を重ねるごと
に数を増し、今後はさらに止むことなく移動は続く」とし、帝国主義勢力
が植民地開発のために奴隷以下の条件で中国から労働力を連れ出した、つ
まり彼らは帝国主義の犠牲者だという従来からの説を真っ向から否定した。

川田の見解を陳碧笙の考えで言い換えてみると、「寒暑を厭はず、簡易
生活に慣れた支那苦力の類」が海外に溢れ出すのは、「歴史的にも現状か
らみても、中華民族の海外への大移動」という人の流れに沿ったものであ
り、「時代を重ねるごとに数を増し、今後はさらに止むことなく移動は続
く」。となれば「窮鼠遂に猫を咬むの日」はそう遠い将来のことでもなさ
そうだ。

次いで川田は、「支那は、差當り、家族制度の下に、極端な個人主義が發
達した、利己主義一點張りの、面白い國柄である」とする。たしかに長所
も短所もあるが、「我儘一方の國民では、國として、立派な體面を維持す
ることは、覺束ない」。

だが「長く睡つた支那も、此頃漸く眼が醒め」てきた。その証拠に列強諸
国に奪われた利権を回収し、法制度の近代化に動き出したようだ。だか
ら、「やがて、國民的自覺の下に、頭を持ち上げないとも限らぬ」。やは
り日本人は「自ら支那人になつた氣で、靜に觀察せねば、支那の眞相は分
らぬ」。

では、なぜ「今迄、日本人が支那の眞相を誤解して居たの」か。それは
「日本化された漢學で、直に支那を早合點した結果である」。

ここで時代を一気に下って文革の頃。当時の日本を代表する親中派・毛
沢東主義者が総力を結集して編んだであろう『現代中国事典』(講談社現
代新書 昭和47年)の「はじめに」には、「日本人は明治以来、中国につ
いて見そこないの歴史をかさねてきた」。それというのも「日本人の抱く
中国像が、論語や孟子や古文物をとおして構成され」てきたからだ、と
の?猛省”が高らかに記されている。

川田が「日本化された漢學で、直に支那を早合點した結果」と指摘して
から長い時間が過ぎてもなお、日本は「中国について見そこないの歴史を
かさねてきた」・・・何故だ。《QED》

【知道中国 1678回】        
――「早合點の上、武勇を弄ぶは、先ず先ず禁物とせねばならぬ」――(川田3)
川田鐵彌『支那風韻記』(大倉書房 大正元年)


「元來正直な日本人などは」、「書物など讀むにも、用心して之を見ない
と」「支那人の書いた書物に、讀まれて仕舞ふようになる」。歴代王朝の
足跡を記録した歴史書である「正史を綴るにしても」、「仰山に書き立
てゝあるから、餘程、割引をしてかゝらないと、物によると、大變な思い
違いをする」。

これを要するに川田の指摘に従うなら、これまで日本人は「大變な思い違
い」を繰り返して来たということになる。だが、「支那文學の妙が、空想
に任せて、文字を濫用するにあることを忘れてはなら」と記すことも忘れ
てはいない。

じつは「戰爭をするにも、この流儀であるから」、どうも日清戦争に
際、清国側の布令の激烈な言葉遣いに眩惑され、日本側は「敵の眞相を誤
解して、大事を取り過ぎた」ようだ。

ともあれ日清戦争の結果、「支那は、眠れる獅子でなくて、獅子の皮を
被つて居るに止まると云ふことが分つたから」、イギリス、フランス、ロ
シア、ドイツは猛禽の如く「眠れる獅子」に襲い掛かることとなったわけだ。

川田は「妙に婦人の勢力が強いこところ」に驚く。垢まみれで「一生懸命
に働いている勞働者の類でも、家内には、相當に綺麗に着せて、樂に暮さ
せて居る」。貧富の差は極端に激しいが、高級役人や豪商など極めて少数
の富める家庭でも、「どうかと云ふに、尚更ら女權が強いさうである」。

「心ある者は、頻りに家庭の改善を主唱」するが、纏足のような奇妙な風
習を一掃し、台所の隅から清潔にするのが先決だ。かくて川田は、「支那
根本的改革の第一着は、女子?育を大に鼓吹しつゝ、家庭の改善を計るに
ある」と説く。

「支那の世界一」は多く、たとえば「料理法の發達して居ること」。実際
に現地で具に見分してみて「書物で買ひ被つた反動として、大に見下げて
かゝる」。だが、それでも「支那は、大國である」。

現状の国力・国情は情けない限りだが、「民族的勢力に至つては、矢張
り、世界一である」。その「民族的勢力」を支えているのが、会館や公所
など民間における「相互自衞機關」であり、「吉凶互に相助け、結局、幸
福を増進する機關」といえる。「支那商人の信用に豐かなこと」も、この
機関があったればこそ、である。

これを言い換えるなら「政府の行政が不行屆である代りに、自治の美風
が」発達している点も「世界一である」。民間における「自治の美風」
は、政府が役立たずだからだ。

「風を望んで、旗色の善い方につく」というのが、「支那從來の外交政
策」である。辛亥革命にしても、各省は革命軍と清国政府軍の「旗色の善
い方につ」いた。まさに「附和雷同の弱點」が見えてくる。

「支那人の長所」として「寛大の風」が認められるが、「歩行の緩慢なる
が如く、萬事悠長なるは、支那人の缺點である」。「大勢の從僕を使
ひ」、結果として一事が万事悠長になる。それというのも「結局、人間が
安い」からだ。

「論語の眞髓は、全く日本に傳はつて、支那には、其の實が洵に乏し
い」。儒教経典をはじめとして万巻の書籍はあるが、「之を讀むものな
く」、その教えを実践する者はさらにみられない。

だから「四書を始めとして、何れの書も、意味をアベコベにとると、支那
人の性情が、自ら分る」。たとえば「子不語恠力亂神(子は恠力亂神を語
らず)にて、迷信多きを察すべく」、「食不語(食に語らず)」は「食事
の際、騒々敷多言する風を察すべきである」。「居は、其の心を移すとあ
るが、屋根の低い薄暗い家庭に育ち、(中略)日々動物の如くに、凡て殺
風景の生活を繰り返せる、無?育の輩が多い」のである。

「赤壁の賦を詠じた蘇東坡、名月を吟じた李杜、蓮花を愛した周茂叔、
菊を賞した陶淵明の如き、物質以外の趣味を解するものは四百餘州四億の
民族中に、幾人もなからうと思はれる」。

ともかく「無?育の輩が多い」。確かにそうだろう。そうに違いない。
《QED》

2017年12月28日

◆岩波書店『広辞苑』の嘘

宮崎 正弘

<平成29年(2017)12月19日(火曜日)参 通巻第5557号 >  

 岩波『広辞苑』の嘘。印刷したから間に合わないという弁明。廃棄処分
要求を
  『台湾は中華人民共和国』に帰属した歴史的事実はない

岩波書店が出している「広辞苑」で、台湾が「中華人民共和国の一部」だ
と誤記された問題で、中国外務省の華春瑩報道官は、これを逆手にとっ
て、「台湾が中華人民共和国の一つの省ではないとでもいうのか。台湾は
中華人民共和国の不可分の一部だ」と突っぱねた。

つまり中国は、岩波の広辞苑の表記が正しいとし、岩波書店側を支持する
かたちである。

環球時報(電子版)も、「岩波書店が台湾側の雑音に応えることはほぼあ
り得ないが、(修正に応じれば)中国側の激しい反発を引き起こすだろ
う」と一見脅しととれる記事を配信した。

日本政府の反応と言えば、いかにも日和見で、菅義偉官房長官は12月18日
の記者会見で、「民間のことであり、コメントは控えたい」とした。
 日本政府は台湾について1972年に調印した日中共同声明で中国の立場を
「十分理解し、尊重」するとしており、菅氏は「政府の立場は日中共同声
明の通りだ」と強調した。

台湾大使館にあたる「台北駐日経済文化代表処」は、「中華民国・台湾は
独立主権国家であり、断じて中華人民共和国の一部ではない」と岩波書店
側に表記の修正を求めている。

広辞苑の台湾に関する記述は、「台湾省」として記載されており、1972年
に調印した日中共同声明では、日本は中国側の立場を「十分理解し、尊
重」と表現するにとどめているにもかかわらず、同声明に関する項目では
「日本は中華人民共和国を唯一の正統政府と認め、台湾がこれに帰属する
ことを実質的に認め」などと出鱈目が書かれている。

こうした経緯から国民のあいだに岩波糾弾の声があがり、抗議デモが岩波
書店をとりました。廃棄処分するまで闘うというグループもある。

「広辞苑」の、どこが嘘かと言えば、下記のことが歴史的事実であり、岩
波の記述は意図的な政治的アジビラの類である。

(1)台湾は一度も中華人民共和国に帰属した歴史はない

(2)日本政府は「台湾が中国の一部」だと認めたことはない

(3)中華民国の帰属に関しても、日本は「国際法的には帰属不明」とす
る立場である。

つまり蒋介石が勝手に台湾に乗り込んで居座っているのが事実である

2017年12月20日

◆ウィグル西部で何が起きているか?

宮崎 正弘

<平成29年(2017)12月19日(火曜日)弐 通巻第5556号 >  

 ウィグル西部で何が起きているか?
  500メートルごとに武装警官、ウィグル独立武装集団を警戒

2016年に新彊ウィグル自治区の治安対策費は前年比50%増の68億ドルに達
していたことが分かった。約7700億円弱。いったい何故これほどの巨額が
治安対策に必要なのか?
 
最近、AP記者が現地入りして取材した結果、あちこちの家庭から、留学
帰りの若者が「蒸発」していることが判明しているという。とりわけエジ
プト留学帰り、米国からの帰還者が理由もなく勾留され、当局に訪ねても
なしのつぶて、おそらく「再学習センター」などの収容所に拘束されてい
ると推測されている。

APは、行方不明の若者が数千に及ぶと書いている。

とくにウィグル西部のホータン(和田)、クチャ(庫車)では500メート
ルごとに武装警官が立ち、いきなりの荷物検査。交通警官も武装している。

2009年のウィグル暴動では、ウルムチを中心に、武装した漢族に虐殺され
たウィグル族は200人にのぼり、かなりの数がとなりのカザフスタンなど
に逃亡した。

 また「東トルキスタン独立」を叫ぶ勢力は地下に潜り、一部はISに合
流し、シリアで武闘訓練を受けた。その一部がアフガニスタン経由で、新
彊ウィグル自治区へ潜入し、武装闘争を準備していると言われ、中国の警
戒はより一段と厳しさを増している。

ワシントンに本拠を置くラビア・カディール女史の「ウィグル会議」は平
和的手段を訴えているが、ウィグル族は団結しないうえ東部と西部では種
族が異なるため、組織的団結力が弱い。ドイツのミュンヘンやトルコのイ
スタンブールに拠点があるウィグル族の組織は、武力闘争を訴えている。
          
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【短期連載】「正定事件」の検証─カトリック宣教師殺害の真実(4) 
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【短期連載】(4)「正定事件」の検証─カトリック宣教師殺害の真実
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 『「正定事件」の検証』の見本が版元から送られてきました。本書は私
の著作になっていますが、藤岡先生が書かれたように、これはチームの成
果です。企画のスタートから2年で形にできたことを大変うれしく思います。

最終回は、正定事件後の動きについて少し紹介し、当時の事件に対する見
方をいくつか見ていくことにしましょう。最後は拙著の内容と読者に対す
る訴えを述べたいと思います。

 ▼遺留品発見までの動き

事件が北京に伝えられたのは半月も経ってのことであった。宣教師の出身
国在外公館から通報を受けた日本大使館では、正体不明の匪賊(ひぞく)
による拉致事件として救出依頼を受けた。

しかし現地で実際に動ける軍(北支那方面軍)がいまだ支配が行き届かな
い点(都市)と線(鉄道)から離れた奥地に捜索部隊を派出する余裕がな
いので、カトリック宣教会が直接人を送って犯行グループと身代金等の折
衝をさせようとしていた。

ところが軍の方では、治安が安定しない地域に第三国人が立ち入ることで
余計な面倒が増えることを危惧して移動を制限したので、捜索は現地中国
警察と正定にいた日本軍部隊によって行なわれた。

日本軍憲兵隊の聞き取り調査も行なわれたが、まったく手がかりを掴むこ
とができなかった。正定のカトリック宣教会を保護する立場にあるフラン
スは、たびたび救出を催促し、ついに現地軍も教会との合同調査を許可し
た。折よく日本からは反共使節として田口芳五郎神父(当時、日本カト
リック新聞社社長)が来ており、事件担当を命じられた報道部の横山彦眞
少佐、ド・ヴィエンヌ天津司教に同行した。

事件から1か月して突然、重要な手がかりが発見された。それも宣教会の
目と鼻の先の仏教寺院、天寧寺からであった。拉致されたヨーロッパ人の
所持品や着装品、さらには骨や特徴ある金歯までが土中から発掘された。

金目の物を漁りに来た近所の中国人から宣教会の使用人たちが奪い返して
きたものを検証した結果、それらは拉致被害者の物と断定された。行方知
れずのシュラーフェン司教以下9人は全員死亡したものと思われた。そし
て横山少佐ら調査団が正定に到着した11月17日には拉致事件は殺害事件に
変わっていたのである。

▼まったく収斂されない事件に対する見方

この時の状況を整理すると、現地では大きく分けて2つの見方が存在して
いたことが確認できる。最初の北京に通報があった時点で、犯人と目され
る満人、朝鮮人、モンゴル人の武装集団は「日本軍」の軍服を着ていたの
で日本軍に所属するか、もしくは関係しているという噂があったが、これ
を支持する見方と、憲兵隊が出した報告書のように「支那敗残兵」が犯罪
をしたうえで遁走したという見方である。

第一の見方の派生系として、連れ去られた被害者9人が何らかの罪状で日
本軍に処刑されたという噂もある。拉致殺害については、「日本軍犯行
説」は当時から日本人以外にとって有力な考え方であり、外交文書には随
所にその痕跡が残っている。

しかし、結局、最後まで日本・フランス・カトリック宣教会の事件当事者
は、さまざまな噂や憶測を覆すだけの決定的な物証や証言を得ることがで
きなかった。たとえば、在北京フランス大使館のラコスト書記官は推測と
して、略奪の罪が軍上層部に伝わることを恐れた日本兵がヨーロッパ人を
処刑したとする説を上海にいる大使に報告をしているが、ヨーロッパ人と
中国人神父を選別して目撃者を多数現場に残した不可解な謎に答えていな
い。戦中・戦後もフランス外交の第一線で活躍し続けた優秀なラコスト書
記官ですら、この程度の推測しかひねり出すことができなかった。

ド・ヴィエンヌ司教は、横山少佐が口頭で日本軍による犯行と責任を認め
たと大使館に報告したが、その後の軍と教会が取り交わした示談協定では
まったくそのような内容になっていない。問題になっているのは正定攻防
戦の砲撃による物的損害、治安悪化による略奪被害の損害をどう補償する
かであった。

北京での慰霊ミサや慰霊碑建立についての取り決めにおいても日本軍によ
る責任ととられないように一定の注意が払われている。もっとも、ド・
ヴィエンヌ司教の言によれば、日本を不確かな情報によって非難するよ
り、現実的な補償問題とこれからの軍事的保護の方がはるかに重要な問題
であったのだが。

日本軍内にも包囲されて逃げ場を失った中国軍敗残兵による略奪ついでの
拉致とする憲兵隊の説と、殺害が明らかになったあとに現地で調査をした
横山少佐による共産匪犯行説とがあるように見えるが、いずれにしても
元々は正定防衛の任についていた中国軍将兵であることには変わりがない。

身代金要求もせず、ヨーロッパ人だけを選別して殺害し、目撃されること
なく日本軍警備線を越えて逃走した武装集団の「目的意識」に注目したの
が共産匪犯行説であろうと思われる。実際に同じようなキリスト教会襲撃
は共産主義者によってたびたび引き起こされていたからである。

▼今回の出版の意味

拙著『「正定事件」の検証─カトリック宣教師殺害の真実─』(並木書房)
では、列福運動を推進するオランダのシュラーフェン財団が持ち出してき
た証言や手紙の断片だけでなく、「日本軍犯行説」の不確かさをフランス
外交文書と日本側記録から検証している。とくに殺害の動機とされて流布
された「慰安婦動員阻止・身代わり」説については徹底した反駁をしてい
る。加えて支那事変に至るまでの中国大陸の複雑な状況を、できるだけ分
かりやすく解説することで当時の人々の感覚に少しでも近づけるように努
めた。さらに公正を期すため外交文書や修道院報告を掲載した。

この研究は、本を出版し成果を発表することがゴールではない。これは闘
争の始まりなのである。拙著はそのための小さな武器に過ぎない。あとは
日本人自身が自らの問題として疑問を持ち、世界に対し公正さと正義の実
現を求めて奮起しなければこの問題は解決しないだろう。

確かに「福者」 の認定について我が国が介入することはできないが、正
定事件の検証と自 らが考える真相を世界に訴えることはできるはずである。

バチカンが正当な判断を下したとしても、現在の通説に対抗したものを打
ち出して克服しなければ、今度はユネスコや教科書など別の舞台で日本の
名誉を汚す運動が続いていくからである。

我々は自由な国民である。外国の操作によって過去に束縛される奴隷に
なってはならない。生まれながらにして不名誉を背負ういわれはない。
私はこれからの世代のためにも戦勝国が望む呪縛から解放される明るい未
来を夢見たい。この夢を大勢の日本人が共有し、自信をもって闘争に努め
るなら、必ず真の自由と独立は日本人のものとなるはずだと私は信じている。

最後のなりましたが、メルマガ読者の皆様、4回にわたり連載にお付き合
い下さり、誠にありがとうございました。また宮崎正弘様には重ねて御礼
申し上げます。
 https://www.amazon.co.jp/dp/4890633685/ref=pd_rhf_se_p_img_1?_encoding=UTF8&psc=1&refRID=2J7ERZ22674RFGG74N88

峯崎恭輔(みねざき・きょうすけ) 1980年福岡県生まれ。県立筑紫丘高
校定時制卒業。1999年陸上自衛隊入隊。2003年除隊 後、フランスへ留
学。帰国後、民間企業に勤める。現在放送大学学生。近現代史とくに軍事
史に関心があり、研究を続ける。
ホームページ「正定事件の真実」https://seiteijiken.amebaownd.com/
   
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  樋泉克夫のコラム 樋泉克夫のコラム 樋泉克夫のコラム 
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樋泉克夫のコラム
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【知道中国 1674回】        
――「支那は上海の大なるものとなるべき運命を荷ひつヽ・・・」――(前田12)
  前田利定『支那遊記』(非賣品 大正元年)

                ▽

はたせるかな中華民国は、既に建国直後から確固とした中央統一政府を欠
いたままに「政治的革命共和政體の樹立」を果たすことなく、1949年10月
1日の中華人民共和国建国によって事実上潰えたことになる。

前田が示す「誰もが申す如」き「支那人の國民性」は、現在にも通じる
ように思える。つまり個人主義、傲慢、忘恩・・・「自ら己を高しとする
人間」。これに対し「馬鹿正直に内氣で氣兼ばかりして居る」日本人は
「自ら己を高し」としなさ過ぎる。加えるならば、過剰なまでに自虐的に
反省を繰り返す。困ったことだ。

 前田は中国を南北に分け、「人口の豐富財力の豐富」からいって北方は
南方に「到底及ぶべき處に無之」とした。南方は「北方と斷然手を切り自
立する」ことは可能だが、「北方は南方の富源を捨て南方と分離しては其
存在困難なるべくと存候」とした。だから袁世凱としても南方の要人を閣
内に取り込まざるをえなかった、ということだろう。

前田は「支那に對する我外交」にも言及する。
 
「支那は面積廣大にて人口も亦多大」。つまり「大國の素材具備致候」。
だから「一度覺醒に機來らんには一躍強國たるべしと考へ」るようだが、
それは大きな間違いで、「過去の迷信に過ぎ」ない。だが西洋諸国は迷信
を信じたまま、孫文ら南方の「革命派の成功を夢みしものあり」。それと
は反対に、北方派の「袁世凱の力よく一統の業を全うし得べきを思ひしも
のあり」。

これに対し日本は「當時南方にも北方にも双方に多大の同情を表し」、
「一方に偏せず」、局面の終結を急がず優柔としてとして今日に至」っ
た。結果として「昨秋(辛亥革命勃発から清国崩壊・中華民国建国を経
て)以来の我外交は當を得たるものとして讚稱」に値する。

だが、それが「偶然の結果」だとするなら「僥倖と可申候」と皮肉った。
どうやら前田によれば、「昨秋以来の」「支那に對する我外交」の成功は
意図したものではなく、俗にいう“棚ボタ”ということになるらしい。

明治4(1971)年に結んだ日清修好条規以来の「支那に對する我外交」
を振り返った時、成否を問わず、その全てが「偶然の結果」であろうはず
がない。入念な準備の末の成功例もあれば、成功を約束されながらの失敗
例もあったはずだ。

その時々で政府はどのように備え、外交当局や軍はどのように動き、国内
与論はどのように展開され、関係諸国はどのように応じたのか。その一々
に対する検証作業は、「支那に對する我外交」の軌跡を学ぶためのみなら
ず将来に生かすためにも是非とも必要であろう。

だが、そのためには幕末以来の日中関係を透徹する史眼を涵養する一方
で、膨大な一次史料を読み解く気の遠くなるように地道な作業が大前提と
なろう。やはり個人的な力仕事では如何ともし難い難事業であることに違
いはいない。後日の英才を俟つしかなさそうだ。

佐佐木信綱に師事した歌人でもある前田は「北京より南口に赴く汽車
中」で、「何事も知ろしめされぬ幼(いとげ)なき/君がみ手より國はは
なれぬ」と、「古へは大き聖の生れし國/ますらをひとり唯ひとりなき」
の2首を詠んだ。

清朝最期の宣統帝溥儀は廃され、官民は「共和の政に心醉致し候」では
ある。やっと革命が成功し中華民国が建国されたばかりだが、「已に官人
相爭ひ名士互に相下ら」ないばかりか、「國の主權の所在たる大總統の威
嚴は下民人の敬仰の中心點」となってはいない。

このままでは「國民は國家と相離れて収拾すべからざる状態に移り變るこ
と」もありうる。伝統というものを弁えず、たんに「滿朝を仆し君主制度
其者のさへ破壞し候はゞ必ず憲政の美を致すべくと過信」した短慮を、
「吾等日東聖天子の民」たる前田は諫めた。《QED》
                  

2017年12月19日

◆海航集団、突如失速。有利子負債13兆円

宮崎 正弘

<平成29年(2017)12月18日(月曜日)通巻第5553号 >  

 海航集団、突如失速。有利子負債13兆円。
  王岐山引退と同時に、神通力が失われていた

 中国の大富豪に降りかかる厄災。いや身から出た錆か。

最大財閥「大連万達集団」は中国各地にディズニーランドに匹敵するかの
ようなテーマパークに映画村。ハリウッドへ進出し、映画製作会社買収に
名乗りを上げ、北米の映画館チェーンにつづいて北欧でも複合シネマ
チェーンの買収を狙っていた。

外貨規制に直面し、懸案だった海外企業買収はすべてが挫折、そればかり
か手元資金確保のため、国内のホテルチェーンを売り飛ばした。

トウ小平の孫娘と再婚した呉小暉の「安邦集団」もまた、天下の名門老舗
「ウォルドルフ・アストリア・ホテル」にトランプタワーの豪華マンショ
ンなど、派手に進出してきたが、新しい買収に待ったをかけられた。それ
ばかりか、呉自身が身柄を拘束された。米国に逃亡した郭文貴との面妖な
取引が疑われた。

震撼した財閥の中にはアリババのジャック馬もいるが、情報IT産業は、
共産党トップとそれほどに深い癒着はなく、いまのところ無事である。

次に火の粉がふりかかったのは王岐山との深い関係が取りざたされた急成
長の海航集団である。

海航集団は、海南島の入り口、海口を拠点の海南航空から出発し、同飛行
機会社は保有機数160機余の急成長、いまでは日本へも乗り入れている。
この航空会社は不動産、ホテルチェーンにビジネスを拡大し、強気の買
収、買収で肥り続けた。

ヒルトン・ホテルチェーンの一部、ドイツ銀行の大株主、スイスのデュー
ティ・フリーショップへの出資など、世界の投資家が注目してきた。その
理由は王岐山との特殊な関係だと噂された。外貨持ち出し規制が強まって
も、同社には例外的な措置がとられてきた。

しかし10月の党大会で王岐山の引退が決まった。

直後から海航集団は企業規模の圧縮と有利子負債の返済に舵取りを換え、
利息8・875%という高利の社債を発行して、運転資金の確保に走りだした。

5%を超える社債はデフォルトの確立が高いとされ、S&P社は「投資不
適格」からさらに一ランク下げた。つまり「投資するな」という意味である。

台所は火の車で、社債起債額は僅か3億ドル。負債総額は1100億ドルもあ
り、2017年内の償還が6億ドル、2018年の償還額が22億ドル。

過去3年間だけで海外企業買収に注ぎ込んだ額は400億ドル。狂気の買収
作戦だったことは、これを見ても明瞭だが、有利子負債が1100億ドルとい
う途方もない巨額を得返済できるとは同集団の連結決算、貸借対照表、決
算報告書をみなくとも判然としている。

しかし、大連万達集団にせよ、安邦集団にせよ、こんかいの海航集団にせ
よ、いまや「中国コングロマリットの顔」というところであり、自然に倒
産させるには障害が多い。

おそらくプーチンが「ユコス」を濡れ手に粟で買収し、ロフネフツと合併
させたような巧妙な手段を用い、国有企業に安価で買収させて債権者を黙
らせ、またも株式上場をやってのけて国有企業、それも習近平一派の企業
と化かすのではないのか。

もう1つ、これらの企業がなぜ巨額の有利子借り入れをしてまで、無理矢
理に、強引に海外企業買収を急いだかの謎だが、これこそは、合法的に資
産を海外に運び出す典型の手口だったのである。
 しかし、その命脈も尽きかけている。
    
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  樋泉克夫のコラム 樋泉克夫のコラム 樋泉克夫のコラム 
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樋泉克夫のコラム
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【知道中国 1673回】              
――「支那は上海の大なるものとなるべき運命を荷ひつヽ・・・」――(前11)
  前田利定『支那遊記』(非賣品 大正元年)

               ▽

対外的には建国直後から周辺東南アジア諸国に向けて展開された「革命の
輸出」、1950年に勃発した朝鮮戦争以来の反米帝国主義、50年代後半から
顕著になりはじめ文革期に頂点に達した反ソ連社会帝国主義、文革期の文
革外交、さらには1968年に西側先進諸国で『異常発生』したスチューデン
ト・パワーに悪乗りしたマオ・イズム・ブームなどはあったが、そのいず
れもが米ソ両国による世界秩序を揺るがすことはできなかった。

もちろん、2つの超大国による世界支配を認めるわけではないが。

いわば国内政治が激動を繰り返そうが、対外的に過激な路線を掲げようと
も、北京には国際社会を根っ子から揺り動かす力などありはしなかった。
いかに力もうとも、である。

誤解を恐れずに表現するなら、毛沢東の時代の中国は「戸締りをして家族
でマージャン」をしているような状態だった。

頭に血が上って我を忘れようが、家の中で盛り上がっているのは家族だ
け。勝負に勝とうが負けようが、カネは身内の間を行き来するしかない。
だから好かれ悪しかれ世間に影響を与えるものではなかった「百戦百勝」
を自画自賛しようが、しょせん毛沢東思想は“内弁慶”のままに終わったの
である。

だが、毛沢東路線を否定してトウ小平が登場するや、中国は国内的にも国
外的にも様相を一変させた。

対外閉鎖を止め対外開放に踏み切るや、中国の対外的影響力は量的にも質
的にも劇的変化を遂げた。いまや国際政治・経済は北京によって引き回さ
れる始末だ。

習近平が強引に推し進める一帯一路を包囲殲滅するほどの大構想は、みら
れそうにない。毛沢東の時代には都市では国営企業、農村では人民公社に
縛り付けられ希望を失いかけていた老百姓(じんみん)は、トウ小平が掲
げた「向銭看(ゼニ儲け至上主義)」の権化となって国境の外にまで「走
出去(とびだ)」し暴走を続ける。

最上層に位置する習近平の権力欲から最下層の老百姓の金銭欲まで、ま
さに中国は総身で欲望全開である。このままでは「中国の夢」は世界に
とって悪夢になりかねない。

日本にとっても同じ、いや事態はより深刻だ。まさか今になっても「子々
孫々までの友好」などといった寝言を口にするアホはいないだろうが、
「適應の準備」は喫緊中の喫緊の課題ということだ。

いまさら習近平に「秋波」を送り、一帯一路への随伴を申し出ても、骨の
髄までシャブリ尽されるのが関の山だろう。また『相互信頼醸成システム
の構築』などといったフ抜けた対応では早晩腰砕けになる可能性は大だ。

閑話休題。前田の筆は「共和制の前途」に移る。

「南支那と北支那では人情風俗言語を異にする」が、「支那人の國民性は
誰もが申す如く」に、「(1)個人主義の我利がり」「(2)傲慢なる人
間」「(3)忘恩の人間」であり、「自ら己を高しとする人間」である。
だから外国人に対してはもちろんのこと、「彼等自國人の間にても少しも
相信じ温き交りをなし得ぬ人間」であり、「協同一致の實が擧げられぬ國
民」である。

どだい「一の協會一の會社を設立するにしても集合體としてはいつも成功
したることなき國民」という客観情況からすれば、「政治的革命共和政體
の樹立の如き大問題は愚の事」だ。

「彼の國民性より」考えるなら、やはり「一大共和の大身臺到底不成功に
終るべきもの」。かてて加えて「協同一致の實が擧げられぬ國民」という
条件に基づくなら、やはり中華民国という「政治的革命共和政體の樹立」
は不首尾に終わることは必然であり、それゆえ前田は「共和政体の前途」
に暗澹の2文字を見い出すしかなかったということだろう。《QED》

2017年12月17日

◆郭文貴の一連の爆弾発言の意味と背景

宮崎 正弘

<平成29年(2017)12月15日(金曜日) 通巻第5548号 >  

 郭文貴の一連の爆弾発言の意味と背景
  バノンはなにゆえに、この超大物亡命申請者と特別に親しいのか?

12月13日)午後2時より、日本郭文貴後援会主催の記者会見(報告者:相林)
が開催され、約20名のジャーナリストや関心を持つ人々が参加されました。

相林氏は、天安門事件当時からの民主活動家で、既に30年をこの日本に在
住、今は日本国籍を取得しています。同氏はまず、当初は、郭文貴氏の証
言に対して、中国共産党の悪政と腐敗はすでに理解していたことから、特
に深い関心を持っていたわけではないけれど、やがて彼の証言の内容を知
るにつけ、これは共産党独裁政権に深い打撃を与え得るものだという確信
を持ったと述べました。
 
相氏は、郭文貴の証言は、自らが中国の有力者であり富豪として、政権中
枢部、工作機関、また軍関係などにも接して得ているものであり、中国政
府は明確な反論を何一つせずに、ただ、郭文貴を中国に強制送還せよとだ
け要求している、しかし、アメリカ政府も紆余曲折あったけれど、郭氏を
強制送還しないということは決まったようであり、今後はさらなる証言が
期待できると述べました。

その証言内容は、当日配布された資料に掲載されていますが、相氏は、今
回これまで政治に関心を持たなかった多くの華僑が、この郭氏の証言に
よって動き始めたこと、さらに、中国国内においても、ネットの力により
この証言内容が伝わっていることを実例を挙げて指摘しました。

相氏は、自分のツイッターなどでも、これまでの民主運動家関連ではあり
えなかった形の広がりを見せている、それを通じて、中国人が全く知らさ
れていない情報を(特に、反日教育の根拠のなさ、日本がどれだけ中国を
支援してきたかなど)を伝えていると述べました。

同時に、今回の王岐山の政治的敗北は、まさにこの郭文貴の告発によって
彼の腐敗が暴かれたことであること、また、郭文貴は現在のところ一切習
近平を批判していないが、それは戦略的なものであり、彼の今目指すもの
は、中国共産党独裁の妥当であると明言しました。

それは今後3年間の間に成し遂げねばならず、自分も、郭氏も、またの中
国民主運動家や今回立ち上った人々も、その覚悟を決めていると述べました。

同時に、中国政府の弾圧は、国内のみならず、日本在住の華僑にすら及ん
でおり、大使館の命令で戻された華僑のリーダーの中には、中国国内で幽
閉され、嘘の自白書に署名するまで釈放されない人、また自殺に追い込ま
れた人もいる。同時に、今中国政府は、このような在外華僑を、みな自国
のスパイとして再編成しようともしており、日本国の主権と安全保障のた
めにも、中国の華僑弾圧は決して他人ごとではないと考えてほしいと指摘
しました。


 ▼ブルー、ゴールド、イエロー計画とは?

また、中国の現在の海外メディア懐柔策として「ブルー、ゴールド、イエ
ロー計画」を相氏は指摘しました。

ブルー:情報アクセス、プロフェッショナルな名声。報道メディアが協力
的だと判断された場合は、中国共産党は、そのメディアに対し取材やアク
セスを認め、共産党支配の安定を損なわないレベルの内部情報は提供して
メディアを取り込んでいく。逆に中国共産党独裁に徹底して批判的と判断
したメディアに対しては取材を規制するか、ビザさえも供与されない。

ゴールド:企業への財政的恩恵。国は脱税については目をつぶるが、国が
(その企業の)利用価値を認めなくなった際には突然、刑事告発の証拠と
されることもある。

イエロー:セックス スキャンダル、ハニートラップ などにより、西側メ
ディアの人間の弱点を握り、中国共産党に逆らえないような状況に追い込
んでいく。

相林氏は、郭氏の暴露によれば、法輪功、またウイグル人を対象にした臓
器売買の残酷な実態も明らかになりつつあり、かって法輪功の証言を充分
信用しなかったことを反省しつつ、中国での日本人の臓器移植についての
事例も今後明らかにしていく予定であると述べました。

質疑応答の部分では、マレーシア航空の飛行機が行方不明になった事件、
また日本の銀行や企業に対する様々な不正資金が中国から贈られているこ
とや、そして意図的な株価操作の可能性などにも触れられ、郭文貴氏の告
発は膨大なものなのでまだ十分整理しきれていない、今後は日本に関連す
る情報をより整理して発信していきたいと述べました。

最後に相林氏は、中国共産党がこのまま強大な力を持ち続ければ、アジア
や世界の平和が訪れることは絶対にない、自分たちは日本の皆さんと共に
この危険な平和の敵と戦ってほしいが、仮にそれが難しくても、私たち中
国人だけでも共産党を倒す覚悟でやる、その場合、できれば、中国の今の
独裁政権への経済支援だけはやめてほしいと強調しました
当日の配布資料から重要と思われる部分を引用しておきます。
   (文責 三浦)

(情報入手経路)2015年1月、郭文貴さんは、明鏡メディアグループ
(Mirror Media Group)とVOAを通じて、中国共産党の不正を暴露しまし
た。その内容の多くは現役中国共産党幹部の不正です。中央政治局常務委
員で中央規律検査委員会監察部書記を務め中国共産党事実上のNo.2とみら
れた王岐山氏および彼の家族の莫大な腐敗行為や、中央政法委員会書記の
孟建柱氏およびその部下の孫立軍氏の腐敗と不正な法執行を暴露しました。

郭文貴さんは暴露材料をどのように取得したのでしょうか?次の3つの経
路から取得しました。
 
aの経路。郭文貴さんの会社は、軍および国家安全部と提携していまし
た。また、別の軍や国家安全部と提携している別の企業とも取引がありま
した。軍、国家安全部、取引先と関係を深めていくうちに郭文貴さんは不
正と腐敗を知ってしまいました。

bの経路。国家安全部の中には、郭文貴さんのため、また自分自身の安全
確保のために不正や腐敗の情報を郭文貴さんに漏らしてくれることがあり
ました。

cの経路。郭文貴さんがアメリカで暴露を開始した後、中国国内から不正
と腐敗の情報を郭文貴さんに提供してくれる暴露支援者が現れました。
ネットユーザーや一般市民だけでなく、中国共産党の体制内部の人間や一
部の政府高官も郭文貴さんに情報を提供しています。


 ▼海外華僑への巧妙な弾圧

(華僑弾圧)2016年の後半から、中国の多くの地方で、華僑のリーダ、
実業家、エリート等の行方不明事件が相次いでいます。

彼らは、中国の国保(国家安全局)に違法に逮捕され、要求された自白を
するまでに、窓のない牢屋に入れられ、お風呂、シェーブ、ネールカット
もできない状態になっていました。その期間に、親族は彼らの行方が分か
らず、彼らも外のことが分りません。自殺したい人もいました。

今、中国とビジネス関係をもっている多くの方は、敢えて中国へ行って正
常なビジネスができず、一部の方が日本に戻っても、中国当局からの圧
力、中国大使館領事館の監視で異常に恐怖感を感じています。もっと大変
なのは、一部の会社が経営できず、家族がお互い会えず、正常な生活がで
きないことです。一部の方は、毎週国保に電話することと強制され、毎日
のしたことを報告するように要求されます。

(臓器売買)2017年10月、4日に予定されていた米シンクタンク、ハドソン
研究所主催のイベント、「郭文貴と話す会」は直前になって中止となっ
た。郭氏はその後のYouTube動画でイベントの中止について「江沢民の息
子江綿恒の臓器移植の内幕を暴露したことが原因だ」と話し、江沢民派の
勢力が米政府に浸透していると警告した。

郭文貴氏は9月公開の動画で、江沢民息子の江綿恒氏がかつて3回もの腎臓
移植を受け、そのために5人が殺され、手術に関わった医師が相次ぎ自殺
したと暴露した。

中国共産党高官が長生きする秘訣は継続的な臓器移植だー。米国逃亡中の
中国人富豪・郭文貴から衝撃的な発言が飛び出した。郭は、中国共産党高
官はガンなどの病気を患った場合、生き続けるために臓器移植を受けてい
る。臓器は刑務所の囚人から「需要に応じて摘出されている」と話した。

中国最大の資源は14億人もの国民。彼らは、共産党高官たちのための、枯
渇することのない「人体バンク」となっている。


 ▼バノン登場

(3年以内の中国独裁体制打倒とバノン氏との連携)

先日、郭文貴氏がニューヨークでAFPの独占取材に応じ、世界最大の人口
を持つ中国の「体制転換」と民主主義の導入を目指していると語った。
郭氏は、「私は法の支配を手にしたい。民主主義や自由を手にしたい。体
制転換……それが最終目標だ」と語った。

郭氏は年内に立ち上げ予定の新たなメディア・プラットフォームを使って
中国の共産主義体制の欠陥を明らかにすることで、3年以内の目標達成を

指している。
 郭氏は意外な「味方」がいることを明らかにした、トランプ米大統領の
側近だったスティーブ・バノン前首席戦略官・上級顧問だ。郭氏はバノン
氏とこれまでに10回会い、計画中のメディア・プラットフォーム媒體平台
について話し合ってきたという。郭氏は、「ご存じだろうが私は金持ち
だ。この(プラットフォームの)ために大金を準備してきた」と語った。

2017年12月16日

◆ネパールの左翼政権

宮崎 正弘

<平成29年(2017)12月15日(金曜日)弐 通巻第5549号 > 

ネパールの左翼政権、いちどキャンセルした中国主導の水力ダムを復活か
  インドが激怒するなか、カトマンズ新政権は均衡外交の綱渡りを再開
 
 ネパールの総選挙の結果、左翼連合が165議席の113を占め、3分の1以
上を確保したため、かなり強硬な政策に打って出る可能性がでてきた。そ
の目玉は「ブディ・ガンダキ」ダムの復活である。

同ダムは中国の「中国葛州堤集団」が25億ドルで請け負い、着工した時点
で、ときのネパール政権はキャンセルした。

中国葛州堤集団は湖北省武漢に本拠を置くゼネコンで、カザフスタンのパ
イプラインや、パキスタンでの高速道路建設など、国家プロジェクトを得
意としており、従業員およそ四万人。ゼネコンでは世界33位。
 
ネパールの左翼連合政権は、マオイスト(極左)と「ネパール・マルクス・
レーニン連盟」が連立を組むかたちとなり、中国寄りに外交路線を転換す
ると主張してきた。

 政権幹部は「われわれは中国のOBOR(一帯一路)に協力することで
経済発展をなしとげたい。インドと喧嘩別れする必要もなく、インドと中
国はわれわれの隣人であり、今後も両国関係は維持されるだろう。とくに
中国に傾き、インドを軽視するという路線を選択することなない」と語っ
ている。

ネパールはグルカ兵を国連に千名、のこりをブルネイ王室警護などに派遣
していることを誇りとしており、「国際平和を維持しているのは(グルカ
兵を派遣している)ネパールである」という大看板がカトマンズ空港に掲
げられ、外国人観光客の目を引いている。

 そのうえ近年、中国人が「近い、安い、短い」を合い言葉にネパールへ
の観光客のトップに躍り出て、カトマンズの日本料亭など、中国人で満杯
となっている。
      
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書評 しょひょう BOOKREVIEW 書評 BOOKREVIEW
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学徒出陣体験を持つ方々のインタビューをもとに
戦終、社会の混乱の中に放り出された若者達がどうやって生活し、家庭を
営んだか

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『学徒出陣とその戦後史』(啓文社書房)
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                         評 玉川博己

今年は戦後71年の年であり、また昭和18年の学徒出陣から73年目に当る。
日本人にとってもはや戦争ははるか彼方の遠い昔の出来事となっている。
戦後まれの筆者はもちろん戦争体験は何もないが、19年前に他界した私の
父が正にこの学徒出陣組であった関係で、生前の父からよく戦争の話を聞
かされたものである。

その意味で私にとって父(そして母の)戦争体験はある意味で幼少の頃か
ら身近な存在であった。戦争で父母や祖父母が如何に苦労したのか、戦後
の苦難の状況の中で父母達が懸命に生活を支え、子供を育ててきたことが
我が家のルーツでもあったと子供の頃から感じていたように思う。
これはまた私達の世代には共通した体験であるかも知れない。

本書は学徒出陣体験を持つ七名の方々のインタビューをもとに構成されて
いる。いわゆる戦記もの、戦争体験ものはこれまで実に多くの書物が出版
されてきているが、本書は単にそうした学徒出陣体験者の戦争経験にとど
まらず、それぞれが戦前はどのような学生生活を過ごしてきたのか、また
戦争が終わって復員後、戦後の社会の混乱の中に放り出された若者達がど
うやって生活し、家庭を営んできたのか、いわば戦後復興において各自が
どのように社会の中で奮闘してきたのかを貴重な証言によってまとめている。

言い換えれば本書から戦後復興史の一面が垣間見ることができるのではな
いだろうか。

 本書に登場する七名の証言者はいずれも筆者が取り組んでいる戦没学徒
慰霊追悼活動の中で知り合った方々である。

筆者は8年前の平成21年に母校・慶應義塾大学の戦没学徒を慰霊する慶應
義塾戦没者追悼会を代表幹事として立ち上げて以来、多くの大学の学徒出
陣体験世代のOBとも交流を持ってきた。

また学徒出陣70年に当る平成25年から神宮外苑の国立競技場にある「出陣
学徒壮行の地」記念碑前での戦没学徒追悼会を毎年10月21日に主催してい
る。(尚この記念碑は2020年東京オリンピック開催決定に伴い、国立競技
場が建替えられることになった関係で、平成26年から隣接する秩父宮ラグ
ビー場構内に仮移転されている)七人の証言者は年齢的に私の父と同世代
であり、皆90を越えている。これらの貴重な体験談から、私の父と父の世
代が戦中、戦後どのような青春を送ってきたかを窺い知ることができて誠
に有り難いとも思っている。


 ▼名編集者として三島由紀夫担当となった人もいる

この証言者の中には、早大出身で戦後講談社の名編集長として活躍された
原田裕氏も登場するが、とくに三島由紀夫との思い出も語られているのが
大変興味深い。

学徒出陣の原点は史上初の総力戦として戦われた第一次世界大戦にさか
のぼる。それ以前の戦争は正規軍が戦場で雌雄を決する戦争であり、しか
も短期決戦であったのに対して

第1次世界大戦は参戦国の総力をあげて戦う長期消耗戦となった。各国と
も徴兵による兵士の大量動員から、下級士官の補充要員としての学生の動
員も行った。米国ではROTC,英国ではOTCという学生を対象にした
予備役将校制度が十九世紀から存在していたが、第1次世界大戦を契機に
その拡充が図られ、米国を例にあげると昭和16年12月の日米開戦とともに
全米の大学でROTCの大量募集、大量動員が始まったという。

だから翌年八月の米軍によるガダルカナル反攻の頃には既に学生出身の戦
闘機パイロットや小隊長クラスの指揮官が戦場に登場している。日本の学
徒出陣は更に翌昭和18年末だから、米国は日本より、学生の戦争動員にお
いて、2年も先んじていたことになる。

欧州大戦の本格的な総力戦を経験しなかった帝国陸軍は、それでもルーデ
ンドルフが唱えた国家総力戦理論に影響を受けて、大正末から学校におけ
る軍事教練を始めるなど、高度国防国家論が力説されるようになっていった。

しかしその軍事教練も歩兵戦闘の初歩的なものであり、真の軍事教育から
は程遠いものであった。昭和十年代になると海軍における短現士官、予備
学生・予備生徒、陸軍における特別操縦見習士官などの諸制度が実施に移
されていった。その他大陸における支那事変の拡大に伴い軍医や獣医の動
員も行われていった。

しかし尚日本においては、大学、高等学校、専門学校に在籍している学生
には徴兵猶予の特典が与えられていた。昭和16年12月に大東亜戦争が始
まっても、これは変わらずであった。当局が本格的な学生の軍隊への動員
を決意したのは、戦局の苛烈の度が増してきた昭和18年夏頃といわれる。

昭和18年10月1日、政府は在学徴集延期臨時特例(昭和18年年勅令第755
号)を公布した。これは、理工系と教員養成系を除く文科系の高等教育諸
学校の在学生の徴兵延期措置を撤廃するものであった。これがいわゆる学
徒出陣である。徴兵検査の後陸軍は昭和18年12月1日に入営、海軍は同12
月10日の入団となった。

このように、私の父も含めた多くの学生が学窓から戦地に赴いた学徒出陣
であるが、では一体何名の学徒が出陣したのか、数万とも、10万とも、あ
るいは13万とも諸説があるものの正確な数は分かっていない。

またその内、何名が戦没したのかも不明である。

あれほど当時の国民に熱狂と鮮烈な印象を与えた学徒出陣であるが、その
実体は分からぬままに戦後を迎えたのである。本来なら国家総力戦下、時
の政府が命じ、大学が学生を戦争に送り出した学徒出陣であり、その結果
多くの学徒が戦没したのであるから、これをしっかりと総括すべき責任が
あるはずの政府や大学であるが、彼らは戦後全くこれを無視し、放置して
きた。むしろ問題はここにあるのではないだろうか。

私の父の母校である東京大学では、約1500名が戦没したといわれている
が(これは早稲田、慶應義塾に次ぐ数であるが)本郷にも駒場にもキャン
パス内には慰霊碑一つなく(学外に有志によって建てられた慰霊碑は除い
て)、また大学による慰霊祭も行われていない。

ハーバード大学をはじめ欧米の歴史ある大学には必ず様々な戦争で戦没し
たその大学出身者の名を刻んだ追悼施設が存在するのとは大違いである。
古今東西、あるいは宗教の違いを問わず、戦争において国のために散華し
た戦没者を英霊として敬意を捧げ、その慰霊追悼を行うのは極めて自然な
人間の感情に基く行為である。その戦争の歴史的評価とは全く別の問題で
ある。

戦後間もない頃、東大では卒業生有志によって本郷キャンパス内に戦没学
徒の慰霊碑として「わだつみの像」を建立する計画が持ち上がったが、当
時の南原繁総長は大学の学門や研究と直接関係のないものを学内に建てる
ことは辞退する、として断ったという。

以来、現在にいたるまで東大キャンパスには戦没学徒を慰霊する施設は何
もない状態が続いている。南原総長が慰霊碑の建立を断った理由として考
えられるのは、一つは当時の占領軍(GHQ)に対する遠慮があっただろ
うし、東大をはじめ全国の学園で大きな勢力を誇っていた共産党など左翼
勢力を刺激したくない、という気持ちもあったのであろう。

一方、当時ベストセラーとなったのが戦没学徒の遺稿を集めた『きけわだ
つみのこえ』であった。

多くの戦没学徒の遺稿は読むものの胸を打ったが、しかしやがてこの遺稿
集が、編集者のイデオロギーに沿う形で、あろうことか戦時中の官憲によ
る、あるいは戦後のGHQによる検閲よろしく、戦没者の遺稿を恣意的に
改竄して出来上がったものであることが判明し、その政治的思想的偏向が
批判されるようになった。

より公平な立場からということで、その後『雲ながるる果てに』や『あゝ
同期の桜』など多くの戦没学徒遺稿集が出版されるようになっていった。

先に戦後の東大について述べたが、最高学府たる東大に代表されるよう
に、戦後の日本における諸大学では、大学として学徒出陣を記録し、戦没
学生を慰霊、顕彰するどころか戦没者の調査すらまともに行われてこな
かった。およそ戦後日本の大学では戦争について語り、戦没者を慰霊する
ことを忌避敬遠するような空気が存在していたといえる。

私の知る限り、東京都内で大学キャンパスに戦没学徒の慰霊、追悼の碑や
施設が存在し、毎年慰霊祭や追悼会を実施しているのは、早稲田、慶應義
塾、一橋、國學院、東洋、拓殖,亜細亜の7大学しかないし、東京以外で
キャンパスに慰霊碑があるのは小樽商大、香川大など数えるほどしかない。

これらの大学は卒業生のまとまりが強く、愛校心が強いという共通点がある。

一方、各大学を横断する戦没学徒慰霊の動きとして、平成5年に、昭和18
年10月にあの学徒出陣壮行会が行われた国立競技場(元神宮外苑競技場)
の敷地内に、全国諸大学の学徒出陣世代卒業生有志の寄金によって「出陣
学徒壮行の地」記念碑が建立された。

建立された場所はあの壮行会における分列行進のスタート地点であったマ
ラソン・ゲート傍であった。以来、毎年10月21日にはこの碑の前で、元出
陣学徒たちが集まって献花行事を行ってきた。しかし平成25年に2020年東
京オリンピックの開催が決定したことにより、国立競技場が建替えられる
ことになったことに伴い、この記念碑も移転されることになった。

これに先立って、関係者によって国立競技場を管理する文部科学省当局に
記念碑の永久保存を要請してきたが、同年末には閣議決定をもって記念碑
の永久保存が決定された。また国立競技場の建替え工事の着工に伴って、
平成二十六年には記念碑が秩父宮ラグビー場構内に仮移転されることに
なった。

秩父宮ラグビー場への仮移転後も、毎年10月21日に記念碑前で戦没学徒追
悼式典を開催している。また実行委員会も戦後生まれの世代に引き継が
れ、私もその代表をつとめている。

このように戦後すでに71年、学徒出陣から73年がたつが、学徒出陣を記念
し、戦没学徒を慰霊追悼する運動は、学徒出陣世代からその子の世代に引
き継がれ、更にその孫の世代も参加しつつあるのは、ある意味自然の流れ
であろう。

学徒出陣から73年、戦後71年という歳月が経過し、もはやあの戦争もそ
して学徒出陣という歴史的出来事もはるか遠い過去の出来事のように感じ
られる。

しかし現在は過去の延長線上に位置し、戦後のそして現在の日本は戦前、
戦中の日本と全く無縁に存在しているのではない。

私の父も含めてあの戦争に青春を捧げ、血みどろになって戦った世代の若
者たちが、戦後の廃墟の中から立ち上がり、引き続き終戦後の苦難の中を
必死に生き抜いて日本再建を目指して戦った歴史でもあったのだ。私たち
は自分たちの父母を見てそのように実感してきた。本書で語られた学徒出
陣体験者の証言は貴重な昭和史であり、青春の記録であり、そして世界を
も驚愕させた日本復興史を物語る証言でもある。

また本書に登場した元出陣学徒たちの心には、あの戦争に散った多くの仲
間たちの、学問を愛し、家族を愛し、そして祖国を愛する心がそのまま生
き続けてきたことを深く感じ取ることができる。

私たちはその心を我が心として受け止め、次の世代に引き継いでゆくこと
を我らが使命と考えたい。
           
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書評 しょひょう BOOKREVIEW 書評 BOOKREVIE 
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 日本の大戦略とは何か? どうやれば中国との戦いに勝てるのか
  闘わずしてチャイナを倒す方法がもしあるとすれば、それは何か

  ♪
北野幸伯『中国に勝つ日本の大戦略』(育鵬社)
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 日中戦争はもう始まっている、と著者はいきなり平和にひたるお花畑に
冷水を浴びせる。孫子は『闘わずして勝つ』ことを上策とし、本当に武力
で衝突して消耗してしまうことを『下策』とした。

 その下策を中国にやらせることが、日本の戦略とすべきだが、現実は国
際情勢の複雑な要員をひとつひとつパズルのように解いて、効果的な駒の
配置をなし、本当の戦いに備えるべきである。

だが、そういう戦略を立案する政治家も官僚も日本には存在しないようで
ある。

これをやっているのは、むしろ中国であると著者は言う。

 「中国は2005年、ロシアと事実上の『反米一極主義同盟』を結んだ。つ
まり、中国は、事実上の米中同盟を維持しながら、一方でロシアと事実上
の『反米中露同盟』をつくり、なおも『アメリカからまったく警戒されな
い』という奇跡的外交に成功している」

その中国優位の状況をひっくりかえす政治的なクーデターがトランプの登
場であった、トかような筋書きで、本書は、日本人になじみの薄い戦略的
思考を駆使して世界情勢を読み解いている。
         
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  樋泉克夫のコラム 樋泉克夫のコラム 樋泉克夫のコラム 
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樋泉克夫のコラム
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【知道中国 1672回】          
――「支那は上海の大なるものとなるべき運命を荷ひつヽ・・・」――(前田10)
  前田利定『支那遊記』(非賣品 大正元年)

                 ▽

やはり清朝末期から中華民国建国直後になって孔子は「信念と尊敬とを受
けら」なくなり、「支那仁義道?の大道」の「命脉を保」つことができな
くなったということか。

たしかに前田の「落胆」は判らないわけではない。だが、それは前田
の、いや日本人の「買い被り」というものだ。

「大聖孔子」は一貫して「四億萬民衆の師表」と崇め奉られてきたように
いわれているが、それは社会の極く上層に限られたこと。目に一丁字もな
い圧倒的多数の老百姓(じんみん)には全く関係がなかった。彼らにとっ
て「支那仁義道?の大道」などは戯言に過ぎなかったはずだ。1年中休み
なく田畑を相手にする農民からすれば、『論語』であれ『孟子』であれ腹
の足しにすらならない。

やはり『論語』や『孟子』が老百姓(じんみん)の日々の生活に役に立
たなかったと同じように、中国古典は日本人が中国・中国人を知ろうとす
るうえで障害でしかなく、誤解を誘うに過ぎなかったのではなかろうか。


いったい歴史上、日本人が理想として描くような「支那仁義道?の大道」
などが行われたことがあったのか。大いに疑問だ。

かりに「支那仁義道?の大道」という大層な考えは最初からなかった。そ
れは誤解・曲解に基づいて日本人が勝手に描き出した蜃気楼であったと考
えるなら、「命脉を保」つことも当然のようにありえない。

いいかえるなら、四書五経やその他の古典が尤もらしく記すゴ大層なヘリ
クツをテコにして中国・中国人を解き明かそうとしたこと自体が壮大なる
夢物語、いや徒労だったように思えて仕方がない。

辛亥革命勃発から清朝崩壊を経て中華民国建国に至る状況を、前田は「内
治外交紛々として定まらざる今日の時期が一番危險に御座候」とした。

それというのも、これまで国内諸勢力は「滿朝を仆し專制政治より共和政
治の民たらんとする目的」を共有していたが、結果として誕生した中華民
国は「共和の形骸片ばかり出來其國の礎未だ築き上げられ」ず。統一を欠
いた国内は「共和國と稱するも士民共和せず各省互に獨立の如き様相を
呈」し、「中央集權の威力甚だ振はず國政紛糾紊亂」するばかり。「老雄
袁大總統の怪腕も殆ど施す策」はなかった。

こういった状況が続けば国土分裂に至ることも考えられるが、「如何な
る形式にて分裂すべきか殆ど豫測し難」い。

分裂するにしても「支那自身にて分裂致す」のか。あるいは「列國の手に
より分裂せらるゝに至る」のか。これまた「豫想致し難く候」。

であればこそ隣国であり利害関係が極めて錯綜している我が国は、逸早
く「適應の準備と覺悟とを今に於てなし置かざれば」、「其時に至りて百
年の悔を遺」すことになる。かくて「革命混亂時より今日の支那こそ危險
物騒千萬の時期と存候」と“警鐘”を鳴らした。

こう考えた前田が、かりに21世紀初頭の現在に生きていたとするなら、
おそらく毛沢東の時代より「今日の支那こそ危險物騒千萬の時期と存候」
と説いたに違いない。
それというのも毛沢東は建国と同時に対外閉鎖をしたからである。
50年代末期の反右派闘争、50年代末から60年代初頭にかけての大躍進政
策、66年から10年続いた文化大革命など一連の政策は国内に大混乱をもた
らし未曾有の犠牲者をだしはしたが、飽くまでも国内政治でしかなかった。
反右派闘争の犠牲者が理不尽な仕打ちを受けようが、大躍進で多くの国民
が飢餓地獄に苦しもうが、文革が凄惨な殺し合いを全国規模でもたらそう
が、所詮は「竹のカーテン」で仕切られた内側で繰り広げられたコップの
中の嵐に過ぎないものだった。 

 たしかに『コップ』が巨大すぎる嫌いはあるものの、それでも「山よ
りデカいイノシシはいない」の譬えの通り、中国というコップは地球より
も遥かに小さかった。
であればこそ、「竹のカーテン」が地球全体を包むことなどできはしな
かったということだ。
         

2017年12月15日

◆ようやく次期駐韓大使を指名

宮崎 正弘

<平成29年(2017)12月13日(水曜日)通巻第5546号 >  

 トランプ政権、ようやく次期駐韓大使を指名
  朝鮮半島の専門家、ジョージタウン大学教授ヴィクター・チャ

 12月12日、トランプ大統領は、懸案だった米国の次期駐韓大使にヴィク
ター・チャ(ジョージタウン大学教授、CSIS)を指名した。米国の駐
韓大使は、トランプが訪韓した11月7日時点でも決まっておらず、代理大
使が職務を代行していた。

前任者のマーク・リペート大使は、韓国人暴漢にナイフで襲われ重症を
負って以来、ソウルの米国大使館は厳戒態勢にある。

しかし2018年2月9日からの平昌五輪開会式までには、米国の新大使が出席
できるよう、韓国外務省はただちにアグレマンを出す用意があるという。

ヴィクター・チャ次期大使は朝鮮半島前半の知識が豊富で、2004年から07
年まではブッシュ政権下安全保障会議で、北朝鮮問題の責任者を務めた。
その政治的対場はタカ派ではない。

差し迫った北朝鮮の核ミサイル危機に、いかに対応するかチャ教授の外交
官としての技量が試されることになる。

米韓関係はTHAAD配備以来、前向きな展開はひとつもなく、まして親
北派の文在寅大統領の親中外交はTHAAD配備撤去を狙っているうえ、
反日路線を捨ててはおらず、慰安婦像を世界中に建立する動きも加速させ
ている。

米国は韓国との防衛協力に加え、FTA見直し交渉、さらには在韓米軍
(28500名)の配置換えなど、重大な問題を多く抱えている。

      
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◆樋泉克夫のコラム 樋泉克夫のコラム 樋泉克夫のコラム 
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【知道中国 1671回】              
――「支那は上海の大なるものとなるべき運命を荷ひつヽ・・・」――(前田9)
前田利定『支那遊記』(非賣品 大正元年)

  ▽
 袁世凱を目の前にして前田は、たしかに「一國首相の印綬を帶ぶるの
儀」ではある。だが「大總統は一國の元首」であればこそ、その「地位に
立たん者」は「機略術數に富む」だけではなく、「天下萬衆を率ゐる一
に?ある」ことが必要だ。その点、袁世凱は「?に於て欠くる所なき
か」、「策多きに過ぐる嫌なきか」と疑問を抱く。

袁世凱は権謀術策に富み権力を弄ぶことは知ってはいるものの、中華民国
の大総統として「天下萬衆を率ゐる」ほどの徳はないというのが、前田の
結論といえるだろう。

袁世凱のその後だが、1913年10月に正式に大総統に就任し、11月には革
命派が結成した国民党を解散させ、14年には国会を停止し、翌年には帝政
復活に動き、16年1月には洪憲皇帝を名乗って即位した。だが、さすがに
内外からの激しい反対に遭い、袁世凱打倒の第三革命まで起り、3月には
帝政を引っ込め、6月には失意のうちに病死している。

このように大総統就任から失意の死までを追ってみると、「袁大總統の天
下に臨むに須らく?を以てせられんことを彼國の爲に切に祈る處に御座
候」という前田の“忠言”が生かされることはなかったということか。それ
にしても、袁世凱に「天下萬衆を率ゐる」ための徳がないことを見抜いた
前田の眼力は褒められてしかるべきだろう。

ちなみに『支那遊記』の出版から2年を経た大正3(1914)年に出版され
た『支那論』で内藤湖南は、袁世凱を「支那の国民を都統政治に引き継ぐ
大人物であるかも知れぬ」と、高く評価している。

袁世凱に対する前田と内藤――片や加賀藩主末裔の子爵、片や大正・昭和前
期の日本を代表する支那学者――袁世凱に対する両者の見立てを比較した
時、その後の推移からしてどちらが現実を見据えていたのか。その答えは
自ずと明らかだろう。『支那論』は北一輝の『支那革命外史』(大正10
年)と共に大正期を象徴する支那論であり、やはり避けては通るわけには
いかない。後日、詳細に論じたいと思う。

閑話休題。次は北京の名所見学の一齣である。

巨大な喇嘛廟へ。「敷石はそれからそれへと續き候へ共草離々として此處
の大荒れに荒れ居り候」。空寂とした境内に前田らの靴音が響くと、「乞
食坊主夫々己が受持ちの御堂の前に手ぐすね引いて待ち受け居り錢をつか
ませねば開けようとも」しない。

押し問答の末に小銭を渡し扉を開けさせて中に入るのだが、その先に“難
関”が待ち構えている。数多の御堂の「此處に彼處に幾重ともなく錠前
かゝり居り其都度乞食坊主に」小銭を要求される。

 やっとのことで一番奥の御堂に辿り着き、安置されている仏像の数々
に手を合わせていると、「よき客得つと許りに乞食坊主」が香炉台の下や
ら暗がりから達磨大師や佛像を引っ張りだしてきて、「賣り付けんと致し
申候」。かくて前田は、「み佛に仕え奉る僧侶共が如何に末世とは乍申他
國の觀光客に佛像を押賣せんとするに至ては沙汰の限り度すべからざる僧
形の獸物と存候」と驚き呆れた。

 次いで訪れた「大聖孔子の廟」でも、「乞食坊主に錢を貪られつゝ門
を入る」。覆い難い惨状に、「四億萬民衆の師表と仰がれ候聖人も三千年
の今日其國民から果して幾許の信念と尊敬とを受けられ居候や」と疑問の
声を挙げる。かくて前田は「支那仁義道?の大道は今猶幾許の命脉を保ち
つゝ居り候や」と続け、「一度聖廟に詣づれば思ひ半ばに過ぎ申すべく
候」と嘆き呆れ果てる。

 たしかに前田のいわんとすることも判らないではない。だが、はたし
て孔子は「四億萬民衆の師表と仰がれ」ていたのか。「三千年」の間、
「聖人」は「其國民から」「信念と尊敬を受けられ」、「支那仁義道?の
大道」は「命脉を保」ってきたとは、とても思えない。《QED》

2017年12月14日

◆トランプの爆弾発言が炸裂

宮崎 正弘

<平成29年(2017)12月12日(火曜日)弐 通巻第5545号>   

 「エルサレムがイスラエルの首都」とトランプの爆弾発言が炸裂
   中東に手をのばし続けるロシア、見えない手で各国に浸透を開始

 トランプ大統領が「エルサレムがイスラエルの首都」と宣言したため、
ガザ地区では暴動で死者、パリでも大規模な反対集会。全世界のイスラム
圏ならびに先進国のイスラム移民が暴れまくり、トランプの写真と星条旗
を踏みつけた。

トランプの意図は、イスラム世界の攪乱なのか、イスラエルの傀儡という
評価があることは知っているが、すでにトランプは大統領選挙への出馬会
見(15年6月16日)をNYトランプタワーで開き、その折に配布した
自著『障害児となったアメリカ』のなかに、いくつかの公約が入っている。

目玉はTPP離脱、パリ協定脱退、ユネスコ拠金凍結、メキシコとの間に
壁、NAFTA見直し、同盟国への防衛分担増大、そして「エルサレムを
イスラエルの首都であることを歴代政権は確認したが、大使館を移転しな
かった。わたしは大使館移転も行う」とちゃんと書いてあるのだ。

 トランプの爆弾発言以前にすでに中東では巨大な地殻変動が激化している。

第1は米国の力の衰退を象徴するかのように「シリア」問題ではロシアが
ヘゲモニーを握った。この米国衰退ぶりに動揺したのが、トルコ、エジプ
ト、ヨルダンなどだった。
 トルコのエルドアン大統領は「イスラエルはテロリスト国家だ」と言い
出した。

第2にロシアに異常接近をなしてきたサウジアラビアでは一種の王室クー
デタが起こって跡目相続を争う潜在的敵の王子たちを拘束し、およそ11
兆円ともいわれる財産を没収したほか、カタール断交して、イランとの対
決姿勢を強めた。

またサウジはイエーメンに介入し、イラン系武装勢力との戦争を展開し、
イエーメンも泥沼状態に陥った。

第3がイラク国内でのクルド族の独立を求める住民投票が93%もの支持
を得たのに、結果的にクルド族同士の内訌、タラバニ派の裏切りにより石
油鉱区奪回の失敗、ここにもまた国内にクルド族を抱えるイランとトルコ
の鵺的行動が重なってきた。

この複雑怪奇な情勢の混沌の火に油を注ぐようにトランプのエルサレム首
都宣言が炸裂したのだから、これは「地震」級だ。


▼日本は依然として原油の80%を中東から輸入している

日本にとって懸念されるのは原油の80%、ガスの65%を中東に依存する脆
弱な体質のため、戦争のリスクが高まるとエネルギーの供給不安が増幅
し、ドルが高くなり、日本の株価は下がり、ゴールドが上昇するという市
場の特性とは別に安全保障上の問題が浮き彫りとなる。

ならば中東石油の行方はどうなるか、と言えば、米国はすでに原油とガス
の輸入国ではない。

だからこそサウジアラビアに過去にないほどに強気の姿勢で臨むわけで、
同時にサウジ国王を前にして、堂々とイスラエル支持を明瞭にするのも、
どちらかと言えば米国内向け政治宣伝という要素が強い。イスラエルもま
た沖合油田が掘削され、いまでは自給できるのである。

こうなると1970年代に吹き荒れたOPECの強い石油カルテルは消滅した
と見て良いだろう。

三年前からつづいたサウジアラビアの増産が、市場を動かす要素とはなら
なかったように、今後のリスクはOPECを超えて、ロシアが加わっての
新カルテル形成が予測されることである。

ともかく建国以来、米国は「神の国」だった。英国を逃れて東海岸にたど
りついたピューリタンとは、キリスト教原理主義である。聖書を信じての
建国だったし、その後のマニフェストディスニィ(神の意志により西進す
る)なども西部開拓とインディアン虐殺の免罪符として活用された護符で
あった。

こうした文脈から、ユダヤ教を原点とする旧約聖書を基礎とした新約聖書
をアメリカ人は信奉するのだ。したがってエルサレムが首都であること
は、はキリスト教原理主義にも意議が深く、こうしたアメリカ政治の理念
とは抽象的概念と契約の国という宗教的性格が基底になる。

だからこそトランプは選挙公約で明言し、支持層に約束してきたことの一
つが「イスラエルの首都はエルサレムだ」という確認と、実体的にその公
約の実現には米国大使館の移転を約束したという流れになる。

しかし大使館移転と言っても、エルサレムの一等地に空いた場所はない。
用地の選定から実際の基礎工事までに五年、トランプの任期中に実現する
ことは望み薄であり、リップサービルの可能性も高いのである。

2017年12月13日

◆トランプの爆弾発言が炸裂

宮崎 正弘

<平成29年(2017)12月12日(火曜日)弐 通巻第5545号   

 「エルサレムがイスラエルの首都」とトランプの爆弾発言が炸裂
   中東に手をのばし続けるロシア、見えない手で各国に浸透を開始

 トランプ大統領が「エルサレムがイスラエルの首都」と宣言したため、
ガザ地区では暴動で死者、パリでも大規模な反対集会。全世界のイスラム
圏ならびに先進国のイスラム移民が暴れまくり、トランプの写真と星条旗
を踏みつけた。

トランプの意図は、イスラム世界の攪乱なのか、イスラエルの傀儡という
評価があることは知っているが、すでにトランプは大統領選挙への出馬会
見(15年6月16日)をNYトランプタワーで開き、その折に配布した
自著『障害児となったアメリカ』のなかに、いくつかの公約が入っている。

目玉はTPP離脱、パリ協定脱退、ユネスコ拠金凍結、メキシコとの間に
壁、NAFTA見直し、同盟国への防衛分担増大、「エルサレムをイスラ
エルの首都であることを歴代政権は確認したが、大使館を移転しなかっ
た。わたしは大使館移転も行う」とちゃんと書いてあるのだ。

トランプの爆弾発言以前にすでに中東では巨大な地殻変動が激化している。

第一は米国の力の衰退を象徴するかのように「シリア」問題ではロシアが
ヘゲモニーを握った。この米国衰退ぶりに動揺したのが、トルコ、エジプ
ト、ヨルダンなどだった。

トルコのエルドアン大統領は「イスラエルはテロリスト国家だ」と言い出
した。

第二にロシアに異常接近をなしてきたサウジアラビアでは一種の王室クー
デタが起こって跡目相続を争う潜在的敵の王子たちを拘束し、およそ11
兆円ともいわれる財産を没収したほか、カタール断交して、イランとの対
決姿勢を強めた。

またサウジはイエーメンに介入し、イラン系武装勢力との戦争を展開し、
イエーメンも泥沼状態に陥った。

第三がイラク国内でのクルド族の独立を求める住民投票が93%もの支持を
得たのに、結果的にクルド族同士の内訌、タラバニ派の裏切りにより石油
鉱区奪回の失敗、ここにもまた国内にクルド族を抱えるイランとトルコの
鵺的行動が重なってきた。

この複雑怪奇な情勢の混沌の火に油を注ぐようにトランプのエルサレム首
都宣言が炸裂したのだから、これは「地震」級だ。


▼日本は依然として原油の80%を中東から輸入している

日本にとって懸念されるのは原油の80%、ガスの65%を中東に依存する脆
弱な体質のため、戦争のリスクが高まるとエネルギーの供給不安が増幅
し、ドルが高くなり、日本の株価は下がり、ゴールドが上昇するという市
場の特性とは別に安全保障上の問題が浮き彫りとなる。

ならば中東石油の行方はどうなるか、と言えば、米国はすでに原油とガス
の輸入国ではない。

だからこそサウジアラビアに過去にないほどに強気の姿勢で臨むわけで、
同時にサウジ国王を前にして、堂々とイスラエル支持を明瞭にするのも、
どちらかと言えば米国内向け政治宣伝という要素が強い。イスラエルもま
た沖合油田が掘削され、いまでは自給できるのである。

こうなると1970年代に吹き荒れたOPECの強い石油カルテルは消滅した
と見て良いだろう。

3年前からつづいたサウジアラビアの増産が、市場を動かす要素とはなら
なかったように、今後のリスクはOPECを超えて、ロシアが加わっての
新カルテル形成が予測されることである。

ともかく建国以来、米国は「神の国」だった。英国を逃れて東海岸にたど
りついたピューリタンとは、キリスト教原理主義である。聖書を信じての
建国だったし、その後のマニフェストディスニィ(神の意志により西進す
る)なども西部開拓とインディアン虐殺の免罪符として活用された護符で
あった。

こうした文脈から、ユダヤ教を原点とする旧約聖書を基礎とした新約聖書
をアメリカ人は信奉するのだ。したがってエルサレムが首都であること
は、はキリスト教原理主義にも意議が深く、こうしたアメリカ政治の理念
とは抽象的概念と契約の国という宗教的性格が基底になる

だからこそトランプは選挙公約で明言し、支持層に約束してきたことの一
つが「イスラエルの首都はエルサレムだ」という確認と、実体的にその公
約の実現には米国大使館の移転を約束したという流れになる。

しかし大使館移転と言っても、エルサレムの一等地に空いた場所はない。
用地の選定から実際の基礎工事までに五年、トランプの任期中に実現する
ことは望み薄であり、リップサービルの可能性も高いのである。

2017年12月10日

◆あのサアカシビリは「健在」だった

宮崎 正弘

<平成29年(2017)12月9日(土曜日)通巻第5540号>   

 あのサアカシビリ(元グルジア大統領)は「健在」だった
  こんどはウクライナでクーデター計画に失敗、検察が身柄を拘束

ツキが落ちた。サアカシビリと言えば、グルジア(現在は英語読みに
「ジョージア」)民主化のヒーローにして、ビジネスの成功者。

海外からひとたび故郷のトビリシへ帰国するや大統領に当選し、2008年グ
ルジアから独立を図るオセチアとの戦争を始めた。

米国が武器支援を約束していたからとサアカシビルは申し立てたが、誰も
相手にされず、ついに彼の唱えた愛国ナショナリズムに共鳴するジョージ
ア国民は少数派だった。彼はユダヤ人だからと背景を説明する情報通もいる。

2008年8月8日、北京五輪に何食わぬ顔をして列席したプーチンは、ロシ
ア軍にグルジア攻撃を命じていた。

以後、サアカシビルはウクライナへ亡命し、当時のヤヌコビッチ大統領か
らウクライナ国民と認められた上、オデッサ知事に任命された。

オデッサはキエフより豊かな黒海の港湾都市、リゾート地としても有名で
世界の金持ちがヴィラを保有し、ヨットを保有する、繁栄都市である。

そのサアカシビリは、キエフのアパートの屋上に駆け上がり、飛び降りる
と大騒ぎをして、新聞種になった。2017年12月6日ごろの事件だ。

検察が自宅に踏み込み、身柄を拘束しようとしたので、密かなる処分を恐
れた彼は屋上に昇って自殺劇を演じ、ともかくメディアに報道させること
に成功した。

検察がサアカシビリを拘束した理由は「毒性の化学材料などを保有し、反
政府勢力と接触し、クーデター計画を練っていたという容疑である。

その軍資金はヤヌコビッチ前大統領(ロシアに亡命中)から50万ドルが出
ていた」という。

このウクライナの官製情報の信憑性は稀薄だ。いずれにしてもサアカシビ
ル元大統領、前オデッサ知事の落剥ぶりを物語る。

      
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書評 しょひょう BOOKREVIEW 書評 BOOKREVIEW
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数多(あまた)ある育児書の洪水の中、これは「日本人を育てる」育児
書であるおとぎ話と偉人伝がこどもの情操教育にいかに大事であるか、そ
の意 味を説く

   ♪
田下昌明『もう子育てでは悩まない この一冊で育児は完結する』(明成社)
@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@

 著者は小児科医、医学博士。だからといって本書が、どの書店でも本棚
にならぶ育児書のたぐいと考えると大間違いだ。

友人の茂木弘道氏が、「是非、この本を読め」と勧めるので、「なぜ育
児書を?」と訝しく思いながら、ページを紐解いた。

この本は育児を通しての日本人論である。異色のアングルから独自の育
児方法を説く、類書には例のない独創的な本である。つまり「日本人を育
てる」ことが育児の基本になければならないと、医書が述べないことを力
説している点で、まことにユニークであり、愛国的育児書なのである。
 
田下博士はこう言われる。

「私たちが子供を育てるとき、日本人と生活習慣の違う民族の育児法を取
り入れたりすると、それでもその子供は最終的には日本人にしかならない
のですから、その子供は日本人の社会で生活することの下手な、日本人ら
しくない日本人になるだけ」。

幼児からの英語教育とか、インタナショナルスクール流行に世相にまず
は先制攻撃。

なぜなら「人間は動物と違って自分の考えや感情を言葉によって相手に伝
えます。言い換えれば、自分の気持ちを相手に伝える方法は言葉しかない
のです。だから私たちの赤ちゃんは将来、美しい日本語を正確に、数多く
使える大人にならなくてはなりません」。

その当たり前のことが昨今の日本では行われていない。だからおかしな人
間が「日本人」を名乗るのである。
 
博士はまた、こうも言われる。

「日本語を覚えること、これが日本人へ第一歩です。そのためにはまず、
最初の先生である母親が美しい日本語を正確に数多く使えなくては、事は
始まらないのです。それには国語の勉強です。これはやはり本を読む以外
に方法はありません。子供に言葉を教えるときにすぐ使えるという点で、
私は次の二種類のものをおすすめします」
第一は「おとぎ話」。

それも何回も読んで聞かせ、暗記するくらいに覚えさせる。

第二には偉人伝である、と田下博士は推奨する。

つまり、こうした学習法によって子供は、「誰のようになりたいのか」
「何に人生を縣けるのか」を身につけさせる、そして「どんな大人になっ
て欲しいのか」の回答を得られる重要な要件となる。

また子供は「人を愛することが出来る人間にならなければいけません」。
それには「愛された経験をもっていなくてはなりません」
育児は母親ばかりではなく父親も、「誰のようになりたかったのか」を子
供に語り、自分は何に人生を縣けているのかを子供に示すために、子供と
人生を大いに語るべし、とする。

なるほどと納得しながら本を閉じて、さっそくこの本を知人の娘が子を生
んだばかりの家庭に贈ろうとおもった。


2017年12月09日

◆中国パキスタン経済回廊 挫折か

宮崎 正弘

<平成29年(2017)12月8日(金曜日)通巻第5538号>   

中国のシルクロートの目玉「CPEC」(中国パキスタン経済回廊)挫折か
  パキスタン国内のハイウェイ、3箇所の現場で工事中止

イスラマバード(パキスタン政府)が困惑の体で発表した(12月5日)。
 中国が560億ドルの巨費を投じるCPECはグアダール港から新彊ウィ
グル自治区まで鉄道、高速道路、そして光ファイバー網とパイプラインを
同時に敷設する複合プロジェクトである。

途中には工業団地、プラント、火力発電所などが突貫工事で進捗している。

高速道路に関して言えば、パキスタン政府が道路建設を開始していたが、
2016年の習近平パキスタン訪問時に、「中国シルクロード構想」(一帯一
路)の傘下に入り、相乗りというかたちで高速道路建築プロセスが修正さ
れていた。

その高禄道路建設現場の4箇所で、工事が中断していることが判明した。
 中国のファンディングが中断されたのが原因で「汚職が凄まじく、続行
が困難」との理由が説明されたという(『ザ・タイムズ・オブ・インディ
ア』、2017年12月5日)。

もともとパキスタンも、中国と同様に政治高官の汚職がはびこる社会。そ
のパキスタンと中国が軍事同盟なのだから、一部には『汚職同盟』という
声もあった。

しかしCPECは習近平が政治生命を賭けての一大プロジェクトであり、
南アジアでは、560億ドルを投じる世紀の大イベントでもあり、死にもの
ぐるいでも完成しようとするであろう。

先般も指摘したように「一帯一路」の英語の略称はOBOR(One 
Belt One Road)、まさに(One Bribe One 
Rebate)だ。
          
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