2017年05月05日

◆シリアへのミサイル攻撃は…

宮崎 正弘



<29年(2017)5月3日(水曜日)通算第5277号>   

 シリアへのミサイル攻撃は夕食後の余興だった(ロス商務長官)
  トランプ、プーチン。初の電話会談で北朝鮮とシリア問題を話し合った〜

5月2日、トランプ大統領とプーチン・ロシア大統領との初めての電話会
談が行われ、北朝鮮とシリア問題を話し合った。

両大統領は、北朝鮮の核ミサイル問題が「地球的規模の危機であり、いか
に解決するか。中国の役割の限界、ロシアの役割など突っ込んだ議論が交
わされたとホワイトハウスは認めたが、詳細の公表はなかった。

さきにティラーソン国務長官がモスクワを訪問し、ラブロフ外務大臣と協
議、またプーチンとも話し合いをしているが、挨拶程度に終わり、詳細の
討議はなかった。

ロシアは六者協議の一員であり、北朝鮮問題での立場を軽視できない。そ
れゆえ米国は5月3日から開催されているシリア問題の国際会議に代表を
派遣している(会場はカザフスタンのアスタナ)。

トランプはプーチンとの電話会談で「シリアの停戦プロセスに関し、『安
全地帯』を設営する」ことも話し合ったとされる。

膝をつき合わせてのトランプ・プーチン会談はドイツで開催されるG20
で実現することは早くから外交日程にのぼっている。

5月1日にカリフォルニア州ビバリーヒルズで開催された「ミルケン研究
所」主催のイベントでロス商務長官が講演し、「シリアへのミサイル攻撃
は(おりから開催されていた中国の習近平主席との)夕食会の余興だっ
た」とジョークを飛ばしたが、この発言は舌禍事件となりそうな雲行きで
ある。

2017年05月03日

◆天安門事件記念館、香港で再開

宮崎 正弘 



<平成29年(2017)5月1日(月曜日)弐 通算第5275号>   

〜天安門事件記念館、香港で再開
 中国の圧力に負けて一昨年春に一度閉鎖に追い込まれていた〜

1989年6月4日から、早くも28年。

天安門事件の虐殺は、多くの中国人の胸裡に、悲しみと怒りと中国共産党
へのルサンチマンとして蘇る。
 
2014年4月に、香港九龍半島の裏路地のビルの5階に、僅か70平米ほどの
面積だったが、「六四」記念館は開設された。

香港の民主活動家が呼びかけ、広く市民から寄付を集めて、1989年6月4
日に、何が起きたか、なかったという中国共産党の宣伝とどこが違い、何
が真実かを写真パネルなどで展示した。

見学者は皮肉にも中国大陸からの旅行客が大半で、開館から半年で2万人
が入城した。日本からもかなりの中国研究者などが見学に行った。

中国共産党は、真実を知られることを恐れた。

 じつは銅鑼湾書店事件がおきた直後、香港に取材に飛んだ筆者は、つい
でとばかり、見に行ったが、当該住所に見あたらない。
一時間ほど付近の住民に尋ね回ったりして周囲をうろついたが、ついに発
見できず、閉鎖されたことを知った。

一帯は中産階級以下の人たちが住む場所で、家賃はそれほど高くないはず
だから、共産党の圧力に家主が根負けして退去を要請したに違いないと
思った。
このたびの再開は期限付きとはいえ、民主派の地道な努力が実った。

2017年05月01日

◆北朝鮮のミサイル発射は「自爆」

宮崎 正弘 



<平成29年(2017)4月30日(日曜日)通算第5273号 >  

 〜北朝鮮のミサイル発射は「自爆」という結果だったが
  日韓は当然ながらロシア極東軍も警戒態勢を取っていた〜

 北朝鮮は4月29日、早朝にミサイル発射実験を行った。
 平壌の北東、北倉から発射された中距離弾道ミサイルは「KN17」と
米軍はみており、これは失敗したとはいえ、空母キラーという異名をとる。

折しも米空母カールビンゾンが、対馬沖から日本海へ入った、そのタイミ
ングを狙っており、そのうえ格別に留意すべきは、ミサイルは北東へむ
かって発射されたことである。米軍筋は、ミサイルは44キロ飛翔し、北
朝鮮領内に落下したと分析した。

4月にはいって、5日、16日、今回は3回目だが、いずれも失敗した。

失敗は北朝鮮の技術的貧困、あるいはミサイルの欠陥からくるものか、あ
るいは意図的に失敗させてはいるが、ある目的のために一連の実験ではな
いのかとする見方もある。

すでにオバマ政権の時代に、ミサイルを電波妨害で破壊する研究が開始さ
れているが、その研究成果の報告はまだ出ておらず、北のミサイル失敗は
米軍が妨害電波を出したからという観測もあるが、ミサイル内部の電子命
令系統は、外側から隔絶された設計になっている。

従って米軍の電波妨害が成功しているとは考えにくいのではないか。

むしろ北東へ飛ばすと、その先は日本海ではなく、ロシアである。

ロシアへ向かわせ、途中で自爆させているのだ。つまり技術力が格段に向
上していることを北朝鮮は見せつけ、米国、韓国、中国ばかりか、ロシア
に示威したとい解釈も成り立つ。

折からNYの国連では安保理事会が開催され、ティラーソン国務長官は
「深刻な危機」と分析し、ロシアや中国との論戦の最中だった。

中国の王毅外相は「問題解決の鍵は中国にはない」と盛んに逃げをうっ
た。ティラーソンは「話し合いは意味がない。過去に何回も騙されてい
る」という意味の発言をした。

この直後に、北のミサイル実験のニュースが飛びこんで、中国が主張して
いた「平和的解決」も国連安保理事会の緊急会合では虚しく聞こえた。

ロシア代表はガジノフ外務次官で、「もし米軍が先制攻撃を行えば、破局
を迎える」と横やりを入れていた。

またロシアは中国とともに「六者協議」を再開して話し合いを続けるべき
と主張したが、安倍首相は訪問先のロンドンの記者会見で「六者協議再開
という環境にはない」と、楽観的観測を否定した。


 ▼日本では警戒、監視態勢つよまったが

「この状況は戦後最悪の危機である」と有力政治家の発言が続く。

日本ではミサイル発射ニュースの直後から、「安全確認」を目的に東京
の地下鉄は10分間、停車した。

ほかに北陸新幹線も停車して、被害を避ける準備に入った。

すでに秋田県男鹿半島などでは避難訓練が行われており、日頃の平和ぼけ
から防御への頭に切り替えが行われつつある。

地下鉄の場合は、地下シェルターとしての態勢がとれるか、どうか。いや
地下鉄の構造に、そういう能力があるのか。鉄道にしても、ミサイル被害
がもしでた場合、いかなる措置を必要とされるか、政府は具体的検討に
入った。

ミサイルは失敗しても、その自爆あるいは自壊場所によって、残骸が墜落
する危険性を伴い、あるいは日本海であってもイカ漁船などが操業中の海
域に落ちれば被害が出る。

陸続きの朝鮮半島から中国、ロシアの国境付近も、落下の危険性の潜在的
ポイントとして加えておくべきだろう。

じつは4月29日の北朝鮮ミサイルは失敗したが、落下を警戒してロシア極
東では警戒態勢が取られていたのだ。

極東防空識別圏内で「アラート」が発せられ、東部軍区(ハバロフスク)
ではS400対空ミサイルシステムが稼働した。

「ミサイルの残骸が露西亜領内に落下する危険性に備えた」とビクター・
オゼロフ(ロシア連邦上院軍事委員長)が発言した(アジアタイムズ、4
月30日)。

一連の北朝鮮擁護発言をくりかえしてきたロシアとて、政治的思惑と世界
政治の攪乱、アメリカ主導への当てつけ、トランプ外交への妨害などが目
的で、計算づくでなされた政治発言はロシアの地位回復を企図した政治的
ジェスチャーである。

矛盾するかのように極東ハバロフスク軍区の警戒態勢入りがなされている。

        
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  ◆樋泉克夫のコラム 
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【知道中国 1563回】        
――「正邪の標準なくして、利害の打算あり」――(?富2)
   ?富猪一郎『七十八日遊記』(民友社 明治39年)

            ▽

趙爾巽(1844年~1927年)は漢人八旗の出身。清末民初の政治家で、東三
省総督時代に遭遇した辛亥革命に際しては満州において革命勢力を押さえ
込み、革命の余波が満州に及ぶことを防いだ。清朝が崩壊し中華民国が成
立するや、漢人官僚の代表で中華民国の実権を握った袁世凱や後継者と
なった段祺瑞の幕下に馳せ参じ、清朝の歴史を記した『清史稿』の編纂を
主幹した。

徳富を前に趙爾巽が「頻に日本の新聞か、自分を誤解し居る」と“不満”を
口にしたということは、趙が自分を軽んずる日本に不満を持っていたとい
うことであり、日本は趙の政治家として実力を見限っていたということだ
ろう。

奉天にある清朝の王宮へ足を向けた。「宮殿の内部、寶物、及ひ4大書庫
の一なる文溯閣を見物」している。「宮殿は朝鮮も、支那も、其の荒廢は
同樣也。目下修繕中の由にて候得共、それも覺束なく存し候」。宝物は数
あるが、やはり乾隆帝が勅命で編纂を命じ、清朝の総力を傾け、400人を
超える学者を総動員して全土に残された書籍を網羅した四庫全書を納めた
「文溯閣の戴籍」を目にしては、さすがに「快心洞目」せざるをえなかった。

とはいえ文溯閣には長期にわたって人の出入りがなかったらしく、貴重な
書籍には塵が堆く積もっていた。「塵埃の積る寸餘なるには閉口致し」て
いるが、ここで一転して、「支那にては、流石に4億餘の人口ある故に
や、人間程廉價のものは、此れなく」と呟く。それというのも「斯る寶物
庫や何やを見物するにも、役人やら油虫やら、ぞろぞろと左右前後より取
り捲き、?々喋々の奇聲を發し、且つ名状す可らさる奇臭の包圍攻?には、
閉口中の大閉口にて有之候」と。

何にもまして繁文縟礼を旨とするだけに、清朝の役人が多くのお供を従
えて案内したことだろう。態度物腰は慇懃のうえに慇懃ではあるが、ベ
チャクチャと喧しい限り。加えて彼らに入浴の習慣もなく、油の沁み込ん
だような厚手の衣裳を纏っている。「名状す可らさる奇臭の包圍攻?」に
は、神州高潔の民を任じていたはずの徳富ならずとも「閉口中の大閉口」
と呟かざるをえなかったはず。
 
次に向かったのが、清朝2代目皇帝ホンタイジ(漢字で皇太極)を祀る昭
陵だった。
 
奉天の城門を出る。「支那詩人の所謂る一坏土たる、土饅頭の墳墓と、且
つ糞塊の堆をなす間を、用捨なく排進し、渺々たる廣原を過ぎ、鬱然たる
森林中に入」ると、その先に昭陵が構えていた。「塲所と云ひ、結構と云
ひ、奉天第一の見物」ではあるが、ここでも「支那の役人、若しくは小价
等か、左右に附き纏ひ、大聲にて何やら分らぬ言を喋舌するには、聊か五
月蠅からさるにあらす候」。案内する役人やらお供の下役の振る舞いが、
よほど気に入らなかったに違いない。それにしても「糞塊の堆をなす間
を、用捨なく排進」とは、想像するだけでもクサそうだ。

 18万の人口を称する「奉天は、流石に(中略)滿洲中の都會也」。「日
本人の居住する者2千人、其の在留者は、概して6千人内外、軍人は其外
に候由に候」。ということは、日本人滞在者は長期が2000人で、短期が
6000人ということか。これに駐留軍人が加わっていたわけだから、やはり
当時の奉天では日本人は一大勢力だったと考えられる。

日露戦争が終わったとはいえ、「戰後の情態は、未た全く恢復したりと
は、申し難かる可く候」。それは、「物價の格外なる不廉にて、明白に
候」。物価の高止まりが「此儘にて永續するは、甚た面白からす候」。だ
から日清協同事業の声が挙がるのは判らないわけではないが、満州におけ
る日清両国民の信用と好意とが容易に得られない以上、「言ふ可きも、决
して容易に行ふ可らさるかと察せられ候」ということになる。
次なる目的地は大連。
《QED》

2017年04月30日

◆「鉄の同盟」に決定的な亀裂

宮崎 正弘 



<平成29年(2017)4月29日(土曜日)通算第5272号>   

〜パキスタン、中国との「鉄の同盟」に決定的な亀裂
  一帯一路プロジェクトの要。インドネシア新幹線に続いて深刻な暗雲〜

習近平の夢は、「一帯一路」(シルクロード構想)という世紀のプロジェ
クトを成功に導くことである。アジア一帯に覇権を確立するという中国の
壮大な野心の実現だ。

すでに東シナ海と南シナ海を事実上、軍事制圧し、次はロンボク海峡とマ
ラッカ海峡の要衝であるインドネシアには新幹線プロジェクト(ほぼ挫折
中)。

陸続きのラオス、ミャンマーへは水力発電所プラント、そしてスリランカ
に潜水艦寄港のハンバントラ港工事(これはほぼ完成)とコロンボ沖合に
人口島、新都心建設(工事は三年遅れで始まったが先行きは暗い)、バン
グラデシュへも東南端のチッタゴン港湾工事計画。

いずれも「海のシルクロート」の通り道。同時にインドを囲む大戦略の一
環でもある。

パキスタンのグアイダール港工事は、将来的に中国海軍の空母、潜水艦、
軍艦の基地化を狙い、その先がジブチだ。すでに後者のジブチ政府とは合
意し、中国は1万人の軍駐留規模の基地を建設する。

パキスタンと中国は半世紀を超える「軍事同盟」である。パキスタンは事
実上の軍事政権、しかも核武装国家。パキスタンには中国との合弁による
戦車工場もイスラマバードの近郊にある。

基本的にイスラム国家のパキスタンが中国と軍事同盟を組んできたのは地
政学的理由が筆頭で、インドとの敵対関係から、中国の援助を必要だっ
た。しかし無宗教の中国を、高潔なイスラムの理想を掲げるパキスタン民
衆が快く思うはずがない。

パキスタンの反中国感情は末端のレベルで苛烈、中国人労働者への襲撃、
テロ事件が起こっている。
 おまけにグアイダール周辺はイスラマバード中央政府に敵対的な部族が
支配する治安の悪い地区として悪名高い。


 ▼もともと発想が貧弱すぎたのだ

中国はパキスタンの西南端グアイダール港工事を請け負い、一本のバース
は完成したが、ほかは工事中。このグアイダール港から延々と道路建設、
パイプライン敷設工事を敢行中で、中国との国境へ至る。

これを「パキスタン回廊」と呼ぶ。

中国とパキスタンの友好のあかし、同盟の強化の中軸にあるプロジェクト
だと位置づけた。

 目算が狂った。

すでに拙作でも途中経過報告的にレポートしてきたが、パキスタン政府が
悲鳴を挙げたのである。

第1に政府の歳入が増えるどころか、中国のもちかけてきた世紀の大プロ
ジェクトが、歳出増となって外貨準備も底をついた。

理由は中国の工事現場の治安悪化、そのためにパキスタンは軍の治安部隊
を15000名も割いて、中国の労働者の警備にあたる。

ついでに言えば中国人労働者とは囚人が殆どで、工事が終われば現地解散
(つまり棄民)、現地に溶け込まないでコミュニテイィをつくる。この
チャイナタウンの新型が、いまアフリカ諸国で顕在化し、典型がアンゴ
ラ、ジンバブエで起きている反中国暴動である。 

第2にパキスタン政府は、その誇り高き沽券にかけても、このプロジェク
トを中国との合弁企業体が主契約者としているため、利払いがすでにかさ
み始め、利息の返済が滞っているばかりか、将来のローンがパキスタン経
済を破壊する危険性に気がつきだした。この資金回転が目的のひとつとし
て中国はAIIBを設立した。

つまり将来の不良債権は、AIIBと、これまで巨額を貸し込んできた中
国の国有銀行が負うことになる。

ちなみにグアイダール港工事、道路、パイプラインの「パキスタン・中国
回廊」のプロジェクトは総額560億ドル。

工事完成までプロジェクトには免税措置がとられているため、歳入がな
く、利払いの延滞は2017年4月現在ですでに12億ドル。免税が事由により
アテにした歳入は32億ドルだった(数字はいずれもアジアタイムズ、2017
年4月28日)。

第3は「一帯一路」プロジェクトは中国とパキスタン両国のウィンウィン
関係をもたらすはずだったのに、パキスタンには一切の裨益しないこと
が、分かった。

つまり、工事現場で地元の雇用はない(労働者は中国から連れてくる)。
地元のレストランもホテルもふるわない(中国人はテント村などで自炊す
るから)。

歳入増どころか、パキスタンは利払い遅延状態に陥った。したがって中国
の描いた一帯一路は、コストから見ても蹉跌は明らかであり、金銭的負担
にいずれ耐えられなくなるだろう。パナマ運河に対抗しようとして中国が
建設を始めた世紀のプロジェクト「ニカラグア運河」も、昨秋からすでに
工事中断に追い込まれているように。

◆樋泉克夫のコラム
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【知道中国 1562回】  
――「正邪の標準なくして、利害の打算あり」――(?富1)
   ?富猪一郎『七十八日遊記』(民友社 明治39年)

              ▽
蘇峰こと?富猪一郎(文久3=1863年〜昭和32=1957年)は改めて説明す
るまでもなく、明治から昭和にかけての日本を代表するジャーナリスト、
思想家、歴史家、それに評論家で知られ、『國民新聞』を主宰する傍ら数
多くの著書を持つ。中でも『近世日本国民史』は、畢生の大著作といえる
だろう。

日露戦争勝利の余韻冷めやらぬ明治39(1906)年5月末、徳富は「十年振
りに送らるゝ身と相成、快絶、大快絶に候」と、新橋駅を後にする。

下関から玄界灘を越えて釜山で下船。それから京城、平壌、義州と朝鮮
半島を北上し、鴨緑江を渡って安東へ。下馬塘、奉天、遼陽、大連、旅
順、営口と満州の主要都市を周って南下し、山海関を越えて関内に入り北
京へ。北京から天津に向い海路に出る。

芝罘、威海衛と山東半島の先端に位置する要港を経て上海へ。杭州、蘇州
と江南の景勝地を眺めた後、長江を遡り、武漢三鎮から湘潭、長沙、岳州
と湖南省の要衝を歩き、長江を下って再び上海へ。上海からは東シナ海を
一気に長崎へ。その後は、門司から瀬戸内海を経て紀伊半島を迂回して横
浜へ。この間、前後78日の漫遊の旅の徒然を思いのままに綴ったのが、
『七十八日遊記』である。

冒頭に「隨處に寸閑を偸み、觸目、感興の一斑を、記載したるものにし
て、其の大半は、鉛筆にて、郵便はがきに、細書したるもの也」「其の印
象極めて新鮮なるの機を失せす、隨記隨送したるものに過きす。其の修辭
の粗雜にして、其の内容の淺露なる、寧ろ當然のみ」と記しているよう
に、旅先での思いをハガキに託し、友人知己に郵送した体裁をとっている
だけに、徳富自身、纏まった清国論と見做しているわけではなさそうだ。
 
本書後半に置かれた「觸目偶感」では「支那及支那人」の生態を“縦横無
尽”に切り刻んでいるから、こちらが徳富による本格的論議ともいえる。
第一級のジャーナリストの筆になるだけに、その後の日本の朝野における
対中国動向を考えるなら興味は募る。だが、ものには順序がある。そこ
で、先ずは旅程に従って78日間の旅を追体験したいと思う。

新義州より「鴨緑と云ふも、其實は濁流」である鴨緑江を小型船で渡れ
ば、いよいよ「韓滿の交叉點」であり、「隨分盛大なる支那街」の安東県
だ。「二、三の支那商店を訪ひ、種々談話を試み」た感想を、彼らが「我
が軍政の爲に、其の身體、財産の安寧を保持したるは、彼等か尤も感謝す
る所なるかの如くに候」とし、「何れにしても支那の役人を信するより
も、日本の役人を信し候丈は、間違いなきに似たり」と綴る。

たしかに「固より彼等か本音を吹くや否やは知らされとも」と断わっては
いるが、徳富は面従腹背の4文字に象徴される彼らの振る舞いに思いを致
すことはなかったのだろうか。

「何となく玩具車」のような列車で安東と奉天とを結ぶ安奉線を走る。
「滿洲の木曾路」やら「滿洲の耶馬渓」やらを過ぎると、いよいよ「滿洲
の大平原」に出て、「南滿鐵道と遥かに相隔てゝ、奉天を目指し、進行を
續け」た。沿線の光景は「滿目荒凉劫餘の光景??たり」と。

目に入る村落には木々はなく、家々も新しい。「滿洲土人の諺に曰く、露
人は家を荒らし、日本人は野を荒らすと。家を焼き拂ふたるは、殆んと悉
く露兵也。而して薪に窮して、樹木を焚きたるは、概して我兵に多しとか
や」と。日露戦争の戦場の後が生々しい。

死闘を繰り広げた日露両国兵士が去った後、再び「滿洲土人」の生活が繰
り返される。

いよいよ奉天。奉天では街を歩き、「監獄に赴きて、一種獨特の支那流
儀を觀察し、水滸傳にて讀みたる、獄屋の模樣と、照合し、大いに興味を
感し」たとのことだ。奉天に拠る「盛京将軍趙爾巽と會見」している。
「温乎たる中老の人」で「支那人には珍しく瘠方」で「憂色面に溢る」。
「頻に日本の新聞か、自分を誤解し居る旨辯し申され候」とか。

2017年04月29日

◆カーター元大統領に北朝鮮特使を打診か?

宮崎 正弘 



<平成29年(2017)4月38日(金曜日)弐 通算第5271号>   


 〜トランプ政権、ジミー・カーター元大統領に北朝鮮特使を打診か?
   北朝鮮への圧力に平行して話し合いも模索へ〜

フィナンシャルタイムズが4月27日付けで報じている。

トランプ大統領は秘策の一つとして北朝鮮へ、ジミー・カーター元大統領
を特使として派遣する打診をしているという。

94年の北朝鮮危機のおりにも当時のクリントン大統領は、土壇場でナン上
院議員の派遣を中止させ、かわりにカーター元大統領が金日成から招待を
うけていた話を思い出して、「私人」としての訪朝を促した。

平壌に飛んだカーター元大統領は、あくまでも「私人」として、金日成と
長時間の話し合いをなした。

IAEAの駐在査察の継続、使用済み燃料の再利用中止と引き替えに軽水
炉支援(合計13億ドルを米国は支援したのだが)、これらによって米国
は国連の制裁決議促進を一時停止するなどの合意を得た。

この北朝鮮の首領様と米国の「私人」との合意を、しかしながらクリント
ン政権が追認した。

たしかに、1994年の危機は回避されたが、結局、米国は北朝鮮が約束を反
古にしたため、臍を噛むこととなった。

そのカーター元大統領を、また引っ張り出すのは愚策ではないのかとワシ
ントンには懐疑論も飛び交っているという。
      

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樋泉克夫のコラム
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知道中国 1560回】      
――「湖南省を目して小日本・・・自ら稱して小日本人といふ」(安井5)
安井正太郎『湖南』(博文館 明治38年)

               ▽

「各國宣?師等は、凱歌を奏して一時に侵入し來」た結果、「省内63縣
中、一縣を除くの外は各縣皆一人の宣教師を有す」るようになった。とは
いえ、布教の成否は未だ判然とはしない。それゆえに、「湖南に入る宣?
師の何れも小心翼々湖南人を以て支那人種中の卓越したるものとなし、各
自の擧動に格別なる注意を拂ひつゝあるは、事實として注目の値あり」と
している。

次いで『湖南』は、「1904年漢口に於て開會せる中央支那宗教出版協會に
於ける記事」を紹介するが、たんなる「宗?出版事業の成績を報告せるに
過ぎざれども」、「如何に彼等が熱心、耐忍、屈辱、困難と鬪ひて、傳道
に從事せるかを知る」べきだ。それというのも「彼等の進むあつて退くこ
とを知らず、10年斯の如く、20年斯の如く、30年50年復斯の如く、努むる
を知て倦むことを知らず」、しかもキリスト教各派の別はあるが布教に関
しては「整然として一致している」。こういった状況を見せつけられるに
つけ、「吾人本邦人の短處と相對して、感服の外なし」と説く。

こわば「進むあつて退くことを知らず、10年斯の如く、20年斯の如く、30
年50年復斯の如く、努むるを知て倦むことを知らず」という姿勢に欠ける
ことが、「本邦人の短處」ということになるわけだが、対外関係を考えて
時、現在にも通じうる指摘だと思う。

さて「1904年漢口に於て開會せる中央支那宗教出版協會に於ける記事」と
は、中央支那宗教出版協會に参加したキリスト教各派の指導者の活動報告
を纏めたもの。そのうちの興味深い記述を拾っておくと、

■「來會者の中には一人も官吏又は實業家は」見当たらないものの、
「會塲の廣濶なるは來衆の多數なるに相應を呈すること一層なりき」。

■「聖書及び新訳全書」を中心に多くのキリスト教の印刷物に対し、
「地方官吏及人民一般に好意を表し」、かつて考えられないような規模で
販路が拡大している。「研究者の數は次第に増加し、この結果として地
方?會堂設立を見るに至れり」。かくして「今後格別の障礙なくんば今よ
り十年の内には異常なる發展を見るべきを得るが如し」

■「昔時は單獨に從事せしも今日は盡く基督?信徒たる土人と相合して
普及に勉むるに至りたる」からこそ、「基督?普及に偉大の効果ある」

■「(キリスト教にとって)支那は最も好望の地にして、現今風雲の暗
澹たるもの」があうるが、「光輝ある将来を有する」。

「今や各國の視線は支那に集注して、時局頗る切迫」していて、伝道事業
に障害となるかも知れないが、「此老大國も漸く巨人の醒むるか如く覺得
し來」っている。日本のようには短時間で「長足の進歩を爲せし如きを學
ぶ」ことは望み薄だが、それでも「其昏睡の情態に非ざるは之斷言し」うる。

やはり彼らの蒙を啓き「眼を開て四隅を顧みしむるは書籍により開發する
に如くなし」。じつは「支那國民は讀書人種なりと稱すれとも其讀書力淺
薄にして能く文書を了解するもの甚た少なし」。

そのうえ「政治上の變動は漸く彼等に打?を加へ、日本より新文明を輸入
して泰西の風氣漸く彼等の解する處となりしものの如し」。だから、キリ
スト教布教のための「宗教上の出版物に多少地理?史的材料を加味して
宗?の起因せる處を明かにし、同時に一般?科書に宗教的分子を含有せし
むるの必要」がある。

■「露國の行動は或は日本と于(「干」の誤り?)戈を交ゆる原因たるこ
とあらん從て支那は此禍亂の裡に没せられて傳道事業を一時杜絶せらる
る」可能性は高い。だが「年と共に漸次歩を進め屈せず、撓まずんば効果
期して擧ぐるを得べし」

「撓まずんば効果期して擧ぐるを得べし」が、キリスト教伝道の根本姿
勢なのか。
《QED》
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
 もう1つ
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【知道中国 1561回】                      
  ――「湖南省を目して小日本・・・自ら稱して小日本人といふ」――(安
井6)
     安井正太郎『湖南』(博文館 明治38年)

               ▽
「1904年漢口に於て開會せる中央支那宗教出版協會」に参加した宣教師の
中には、「五十年の支那に於ける生活」を振り返り、「今日の状態は實に
欣躍に堪へさるを説」く者もいた。19世紀初めの時点で「50年の支那に於
ける生活」ということだから、その宣教師が中国にやってきたのはアヘン
戦争から10年ほどが過ぎた頃になる。

ここで当時の日本を振り返ってみると、黒船の来航=嘉永6(1853)
年、安政江戸地震=安政2(1855)年、安政の大獄=安政5(1858)年、
桜田門外の変=万延元(1860)年と続き、高杉らが乗り組んだ千歳丸の上
海入港=文久2(1862)年となる。

いわば高杉らが西欧との交易によって栄える上海の街を驚きを以て「徘
徊」していた頃より10年ほど早く、すでに宣教師は布教のために湖南省入
りしていたわけだ。

以来、半世紀。排外主義に満ちた湖南省を舞台に、「撓まずんば効果期
して擧ぐるを得べし」の精神を貫いたからこそ、キリスト教にとって「實
に欣躍に堪へさる」状況を産み出し得たということだろう。

かくして「歐州列強が清國主權の薄弱なるに乘じ、或は土地の租借に或
は鐵道鑛山の利源に汲々として勢力範圍の擴張を努むること茲に50年、尨
大なる滿清の境土も殆と完膚なきに近からん」。こうなると最後の最後ま
で列強に対し門戸を閉じていた湖南省も、「早晩列強の染指を免かるべか
らざるは」、やはり時勢の赴くところである。

そこで「湖南人をして自ら進んで其門戸を洞開し20世紀の文化を輸入し
て?育に武備に農工殖産に貿易交通に彼等が其の聰明勇敢なる特性を發揮
せしめ」て、彼らを導いて「地方の安寧幸福」を達成させる一方、「清國
の衰運を挽回」するように努力させるのは、「同文同種にして且つ性情相
近き本邦人」の責務であり、「彼等も亦本邦人を得て初めて相信じ相依る
を得る」ことが出来ると、『湖南』は説く。

かくして白岩は大倉喜八郎、安田善次郎、渋沢栄一などの協力を得て湖
南汽船会社を設立することになるが、『湖南』は湖南汽船会社を基礎に
「兩國經濟共同の必要を?す江湖に訴へ」れば、「經濟同盟はやがて政治
の同盟」に、「政治の同盟」は「國民の聯絡」に、「國民の聯絡」は「政
府の聯絡」に発展すると構想することになる。

どうやら、この辺りにロマンティシズムに満ち溢れた理想主義的な「東
亜保全論」の萌芽を見るようだ。だが、この「東亜保全」という考えが、
その後に続く日露戦争、辛亥革命、清朝崩壊、中華民国成立、軍閥割拠か
ら日中戦争を経て日本敗戦へと続く疾風怒濤の時代の渦中で、ものの見事
に破産したことを改めて考えておく必要があるだろう。

亡国目前の清国、その清国を革命して成立したものの国家の態をなしてい
ない中華民国、その中華民国を目覚めさせ、目覚めた中華民国と提携する
ことで西欧列強に対抗し、本来の東亜を回復する――これを東亜保全論の理
想形とするなら、この理想に向って進んだ「支那通」も少なくなかったよ
うに思う。なかには旧陸軍の支那通を代表する佐々木到一のような軍人も
いたはずだ。

佐々木は中国で台頭するナショナリズムを積極的に評価した。おそらく
両国のナショナリズムによって「政治の同盟」から「國民の聯絡」へ、や
がては「政府の聯絡」に進ませようと夢見たのではないか。

だが、そのナショナリズムがやがて独自の形で、あるいは欧米列強による
様々な政治的思惑の中で日本に牙を向けるようになったことも、また事実
であろう。以上は、さらに考察を重ねる必要がある。後日を期すことを、
ここに記しておく。

末尾に明治36年冬から37年春にかけて南清を旅した佐々木信綱の作品が
付されている。そのうちの一首に、「長江の水ひんがしに五千年國は老い
たり民たゞに眠る」と。
《QED》

2017年04月20日

◆北朝鮮攻撃は遠のいたのでは?

宮崎 正弘 



<平成29年(2017)4月19日(水曜日)通算第5269号>   

 〜4月27日(新月)の北朝鮮攻撃は遠のいたのでは?
  米国の「レッドライン」は、いまだ具体策が意味不明〜

 「北朝鮮がレッドラインを越えたら、米国は単独でも行動する」とトラ
ンプ大統領は習近平にも直接言った。中国が北の暴走を押さえ込めると推
測したわけだが、中国の軍を掌握していない習に、そんな力はない。

日本の新聞はさかんに習近平が権力態勢を磐石としていると分析している
が、北京情報筋からの分析はまるで逆である。

軍の抗議集会が北京のど真ん中に展開されるという前代未聞の事態が出来
している。

米国の言う「レッドライン」とは具体的に何を意味するのか。

メディアは「北が核実験をしたとき」「北がICBMの発射事件をおこな
えば」と報じているが、トランプ政権は「あらゆる選択肢が卓上にある」
と曖昧に表現するだけで、この中味は巡航ミサイル数百発発射して核兵器
施設、ミサイル発射基地、軍事施設の全てを攻撃するという壮大なシナリ
オから、金正恩の「斬首作戦」にとどめおき、北の新体制と核凍結の交渉
をするアイディア、対シリアのように象徴的に打撃を与えるプランまでが
飛び交っている。

巷間囁かれてきたのは4月27日が「新月」となるため、この日に米軍の軍
事作戦が行われるだろうという推測だった。

新月は言うまでもなく太陽と月が一線となるため、夜中に月明かりがない
日である。

タイミングから言えば4月25日に北が建軍記念日を迎えるため、祝賀ムー
ドに湧く北朝鮮は核実験をおこなう可能性が高いからだ。

それがレッドラインを越えたと判断し、ミサイル攻撃、あるいは特殊部隊
の上陸作戦があると言われた。

アルカィーダの首魁だったオサマ・ビン・ラディンがパキスタンに潜伏中
の隠れ家を襲ったのも、新月だった。

トランプ大統領としては、振り上げた拳を降ろさなければならない。低迷
気味の人気回復にはもってこいの作戦ともなる。

急浮上している作戦アイディアは、金日成、正日親子の巨大な銅像を破壊
するという象徴的襲撃作戦だ。

これは複合的効果を産む。つまり独裁者二人の銅像を破壊すると、民衆は
体制崩壊と誤認し、反政府暴動に発展する可能性がある。

また軍高層部、警察、秘密警察がいかなる反応をするか、つまり権力機構
の通信、命令系統がどのようは反応をするかを見て取れるわけで、同時に
通信設備や発電所の破壊も行われるだろう。

北朝鮮の軍や警察が相互の通信がとれなくなれば、有効な反応が出来ない
ばかりか、防衛体制が機能せず、無秩序状態に陥るだろう。


▼しかし、攻撃は遠のいたのではないか
 
シンガポールを出航した米海軍カールビンソン空母攻撃群は、朝鮮半島近
海にはほど遠く、まだインドネシア沖を航行中であることが分かった。

1つには追尾している中国とロシア艦船に対しての陽動。いま1つは南シ
ナ海を北上していないので、東シナ海へやってくるにはまだ時間がかかる。

だが、もう一つ顕著な理由がある。軍を動かすトランプ大統領に進言する
べきマティス国防長官は、いまサウジアラビアにいる。

ペンス副大統領は日本にあって、19日には空母ロナルドレーガン艦上で演
説する。

マクマスター安全保障担当大統領補佐官はインドにいる。

最終決定をする3人がワシントンに不在とあって軍事行動を決定する態勢
にはない。
       
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 ■■■■■■■■ 渡部昇一氏を悼む 宮崎正弘 ■■■■■■■■
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渡部昇一氏が4月17日に亡くなった。振り返れば、氏との初対面は4半世
紀以上前、竹村健一氏のラジオ番組の控え室だった。文化放送で「竹村健
一『世相を斬る』ハロー」とかいう30分番組があって、竹村さんは1ヶ月
分まとめて収録するので、スタジオには30分ごとに4人のゲストが待機す
るシステム、いかにも超多忙、「電波怪獣」といわれた竹村さんらしい遣
り方だった。

ある日、久しぶりに呼ばれて行くと、控え室で渡部氏と会った。何を喋っ
たか記憶はないが、英語の原書を読んでいた。

僅か10分とかの待機時間を、原書と向き合って過ごす人は、この人の他に
村松剛氏しか知らない。学問への取り組みが違うのである。

そういえば、氏のメインは英語学で、『諸君!』誌上で英語教育論争を展
開されていた頃だったか。

その後、いろいろな場所でお目にかかり、世間話をしたが、つねに鋭角的
な問題意識を携え、話題の広がりは世界的であり、歴史的であり現代から
中世に、あるいは古代に遡及する、その話術はしかも山形弁訛りなので愛
嬌を感じたものだった。

近年は桜チャンネルの渡部昇一コーナー「大道無門」という番組があっ
て、数回ゲスト出演したが、これも一日で2回分を収録する。休憩時に、
氏はネクタイを交換した。意外に、そういうことにも気を遣う人だった。

石平氏との結婚披露宴では、主賓挨拶、ゲストの祝辞の後、歌合戦に移る
や、渡部さんは自ら登壇すると言いだし、ドイツ語の歌を(きっとお祝い
の歌だったのだろう)を朗々と歌われた。

芸達者という側面を知った。情の深い人だった。

政治にも深い興味を抱かれて、稲田朋美さんを叱咤激励する「ともみ会」
の会長を務められ、ここでも毎年1回お目にかかった。稲田代議士がまだ
一年生議員のときからの会合で年々、参加人員が増えたことを喜んでいた。
最後にお目にかかったのは、ことしの山本七平授賞式のパーティだった
が、氏は審査委員長で、無理をおして車椅子での出席だった。「おや、具
体でも悪いのですか」と、愚かな質問を発してしまった。

訃報に接して、じつは最も印象的に思い出した氏との会話は、三島由紀夫
に関してなのである。

三島事件のとき、渡部さんはドイツ滞在中だった。驚天動地の驚きととも
に、三島さんがじつに偉大な日本人であったことを自覚した瞬間でもあっ
た、と語り出したのだった。渡部さんが三島に関しての文章を書かれたの
を見たことがなかったので、意外な感想に、ちょっと驚いた記憶がふっと
蘇った。三島論に夢中となって、「憂国忌」への登壇を依頼することを忘
れていた。  合掌。
        
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  樋泉克夫のコラム 
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 【知道中国 1558回】
―「湖南省を目して小日本・・・自ら稱して小日本人といふ」――(安井3)
    安井正太郎『湖南』(博文館 明治38年)

               ▽

『湖南』の出版から6年を遡った明治32(1899)年、白岩は「湖南人はそ
の性質に於て真摯質実、我古武士の風あり。其排外は攘夷の思想に他なら
ず。故に一朝自覚する所あれば豹変して熱心なる改革論者たらんことは、
甲午役(日清戦争)後の情勢に徴し識者の早く已に認識する所なり。

況んや近時人材の輩出、未だ湖南省の如きはあらず。必ずや流風余韻の子
弟青年に依りて紹述せらるるものあらん。見来たれば湖南将来の希望、転
た多大なるを覚ゆ」と記している。

以上は、白岩の事績を研究した中村義が『白岩龍平日記 アジア主義実業
家の生涯』(研文出版 1999年)に引用している。白岩が、いつ、どこに
発表した記述なのかを注記されていないが、やはり『湖南』の主張と大差
がないところに注目しておきたい。

 中村は、白岩の湖南論は「すぐれて予見的であった」と評価した後、
次のような解説を加えた。興味深い指摘だと思うので引用しておく。

「19世紀末から20世紀30年代にかけての中国近代史を俯瞰すると、湖南
省の歴史的軌跡が太く貫いていることに気付く。それは人脈と湖南気質で
ある。人脈とは太平天国に対決した曽国藩と湘軍の登場、そして左宗棠、
改革をめざした変法運動の先頭をきった譚嗣同や唐才常、つづいて辛亥革
命期に中国同盟会の主力をになった黄興、宋教仁はじめとする俊傑、そし
て中国革命をリードした毛沢東、劉少奇等の共産党指導者らの故郷であっ
た。近代中国を通じて、第一級のジャーナリスト梁啓超は『湖南は天下に
あって人材の淵藪なり』とし、日本の幕末明治維新の薩摩、長州になぞら
えている」

たしかに黄興と近かったのは宮崎滔天であり、宋教仁は北一輝にとっては
血盟の友だった。不確かながら、北は黄興を西郷隆盛に擬えていたように
記憶する。また大正6(1917)年2月から5月にかけて湖南省を訪れた宮
崎滔天は、4月に湖南省立第一師範学校で学友会が主催したと伝えられる
講演会に望んでいるが、宮崎を招請したのは毛沢東だった。こう見てくる
と、湖南人と日本人は俗にいうウマが合ったということだろうか。

『湖南』は湖南人を「極端より極端に趨るも亦彼らの性情然るに由る
か」と記すが、譚嗣同、宋教仁、毛沢東と並べてみれば、たしかに彼らの
人生は「極端より極端に趨」っている。かりに1949年10月1日に天安門の
楼上に立ったのが湖南人の毛沢東でなかったら、あるいは毛沢東を指導者
に選ばなかったら、その後の歴史は変わっていただろうか。だが歴史は、
「極端より極端に趨」は湖南人だけではなかったことを教えてくれる。

毛沢東が敷いた対外閉鎖路線を決然と擲って、1978年末に対外開放へと国
の基本を180度転換させた?小平もまた「極端より極端に趨」った。考え
てみれば、あれだけの、しかも身勝手で扱い難い人々の群である。

マアマアとか、皆さんのゴ意見を伺ってなどと言っていたのでは何も出来
はしないだろう。儒教道徳が讃える中庸なんぞを求めて居たら、喧々諤々
で纏まるものも纏まらない。であればこそ、一気呵成にエイヤッと「極端
より極端に趨」らないかぎり、なにもできないのではなかろうか。

1949年の建国以来を振り返ってみても、50年代半ばの双百運動から始ま
り、反右派運動から大躍進、さらには社会主義教育運動を経て文化大革命
へ。劉少奇が抹殺され、林彪が憤死し、四人組が粉砕され、毛沢東が後継
と定めたと伝えられる華国鋒ですら権力の座から簡単に排除されてしまっ
た。かくして登場した?小平は「毛沢東を掲げて毛沢東を否定し」、遮二
無二に対外開放へ。外資が流れ込むと、昨日まで金科玉条と崇め奉ってい
た毛沢東をいとも簡単にボロ雑巾のように捨て去り、国を挙げての拝金思
想の道をまっしぐら。

「極端より極端に趨るも亦彼らの性情然るに由る」・・・豈湖南人のみ
ならんや。《QED》
      

2017年04月19日

◆マルフォートが中国企業の助っ人

宮崎 正弘
 


<平成29年(2017)4月18日(火曜日)弐 通算第5268号>   

〜あのマルフォートが中国企業の助っ人(ロビィスト)に
  トランプ大統領の対中国政策変化の兆しかも知れない〜

ポール・マニフォート。やや懐かしき名前だ。

昨年初春に大統領予備選緒線で、ポーランド系の若者を選挙本部主任から
降ろしたトランプは、悪名高きロビィストのポール・マニフォートを選対
本部長として雇用した。

リベラル派のメディアは一斉に彼を叩く一方で、「これでトランプの当選
確率はなくなった」などと書いていた。
 
マニフォートはウクライナの親露政権ヤヌコビッチ大統領のロビィストを
2007年から12年まで、つとめたほか、妖しげな外国政府、機関のロ
ビィストとして活躍した。政治的経歴は古く、ニクソン選挙から頭角を表
していた。

トランプ選対にプリーバス(共和党全国委員長)や、スティーブ・バノン
が加わると、マニフォートとの関係が軋みだし、16年8月の本戦最中にト
ランプはマニフォートを解雇した。

そのマニフォートガ中国財閥7位の厳介和(ヤン・ジェィヘー)が率いる
「中国太平洋建設集団」のロビィストとなった(フィナンシャルタイム
ズ、4月17日)。

驚き桃の木山椒の木。

中国太平洋建設集団と言えば、インフラ建設の大手、地方政府との契約
で、代金未納が出始めると次々と訴訟に持ち込み、「建設業というより
も、代金回収屋か」と言われた。

中国の資本規制、金融規制の波をもろに被って、中国太平洋建設集団が請
け負った六つの地方政府の物件の代金が回収不能となったからだ。

同社は海外のインフラ進出でもパイオニア的存在であり、ブルガリアや、
ギリシアでの工事請負に積極的に進出を果たしてきた。

CEOの厳介和の個人資産は142億ドルと言われる。

さて問題は、トランプ陣営のトップをつとめ、ワシントン政界の闇を知り
尽くしたロビィストが、なぜ中国太平洋建設集団のコンサルティングを請
け負ったか。

中国側の狙いは、アメリカでのインフラ工事請負であるが、トランプ政権
は、中国からの投資は歓迎するとしており、外交とは切り離して考えたい
姿勢になる。

       

2017年04月18日

◆中国金融当局、経済成長路線を修正

宮崎 正弘 



<平成29年(2017)4月17日(月曜日)通算第5266号>    

〜中国金融当局、経済成長路線を修正し、貸し出しを抑制
  「このままでは失われた二十五年の日本の二の舞だ」と自省〜

4月10日に中国の銀行監査委員会((CBRC)は貸しだし政策の修正を
銀行に通達した。

つまり不動産への無謀なローンを抑制し、もっと有望な成長分野、さらに
は公害対策など社会生活に有益な分野への「大胆にして中立的な」貸し出
しへの移行を奨励する路線への切り替えである。

庶民からあがっている声は「もはや不動産価格は追いつける水準ではな
い」とする不満で、上海で高級マンションは2億円、3億円の時代。東京
の三倍近いレベルに高騰している。

誰も住んでいないゴーストタウンは中国全土に8500ケ所あると言われ、中
国が世界のエコシティのモデルになると呼号して、邦貨換算10兆円を投じ

天津新都心は、工事を中断し、廃墟と化けた。

それにも関わらず、習近平は河北省に新都市を建設すると豪語している。

「このままでは日本のように『失われた25年』は、次に中国にやってく
る」という危機意識の基づいた警告だが、実態をみれば、この中国金融当
局の政策転換は遅すぎる。まずは間に合わないと言えるが、当局はそのよ
うな認識を抱いていても、おそらく公表は出来ないだろう。

2017年第1四半期の新規貸し出しは4兆4200万元で、これは前年同期比で
4・6%のマイナス。とくに3月は1兆200億元で、顕著な減少を示した。
  
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
書評 しょひょう BOOKREVIEW 書評 BOOKREVIE 

 〜中国と北朝鮮はサイバー作戦で共同することもある
  気をつけるべきは日本人を装っての、左派のネット攻撃と書き込みだ〜

  ♪
高永吉『韓国左派の陰謀と北朝鮮の擾乱』(KKベストセラーズ)
@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@

 タイミングは絶妙である。まさに韓国左派が優勢にすすめる韓国大統領
選はどちらが勝とうと、親北左翼であり、これかもの政治混乱はますまる
続くことになる。保守系が勝つ望みは現時点ではきわめて薄い。

 内政干渉に当たるのでアメリカも、日本も発言を控えているが、反日路
線は変わらないだろうし、突然変異的に日本に政治的にすり寄ることは
あっても、それは一時的な思惑と計算が働くからで、左派は中国を向いて
おり、その文脈から北朝鮮を重視し、保守派はアメリカを向いているとい
うことである。自力更生という基本姿勢がない、つねに事大主義な韓国の
政治には救いがない。

冒頭に高氏と佐藤優氏との対談が収録されている。

これも読みごたえがあるのだが、このなかで、佐藤氏が某国情報機関の話
として、金正恩は「腎臓病とか膵臓病、あるいは癌ではないのです。じつ
は一つは痛風で、もう一つは痔ろうです。痛風の発作というのはものすご
い痛みだそうです。そのときに判断を誤る可能性がある」
と指摘している。

この情報の信憑性は分からないが、なにしろ国際社会の無法者ゆえに、何
をしでかるのかは予測不能である。

他方、韓国の大統領選挙はたしかに民意の表れであるけれど、北の情報工
作という見えない戦術で振り回される部分が強いのである。ネット空間に
現れてくる不思議な「民意」なるものは、実態は「民意」などではなく、
北の情報工作、攪乱情報の類いであることが多く、基本的には日韓米離反
を狙う。

実例として北の情報作戦にやられたのは米国肉の狂牛病騒ぎだったと高氏
は続ける。

これは米韓離間の心理戦争の一環として北が仕掛けた

「韓国はインターネットの普及率が非常に高いですから、一般の若者達は
ネットを通して騙される」。

最高の成功例は盧武鉉当選だった。

「中国の瀋陽から日本人や韓国人になりすまして、盧武鉉が当選しなけれ
ば、再び南北の戦争に陥る怖れがあるというようなことを書き込んで左
派、親北朝鮮の雰囲気を煽りました」

かく指摘する高氏は重大な情報をいくつも、本書の中で紹介しているが、
それは読んでのお楽しみ。一気に読んだ。

(註 高永吉氏の「吉」は2つ重なります「吉吉」で一文字)
           
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
◆樋泉克夫のコラム
@@@@@@@@

【知道中国 1555回】         
  ――「彼等の體力は實に野生である、獸性である」――(高瀬15)
   高瀬敏?『北清見聞録』(金港堂書籍 明治37年)

   ▽
高瀬は「わが輩は、我國民が支那經營の如何にも手緩きをみてもどかしさ
に堪えへざるなり」と結ぶ。そこで知りたいのは「如何にも手緩」い実態
であり、「手緩き」がゆえに起る問題の解決策になるわけだが、残念なが
ら、その点に高瀬は言及することを避けた。

じつは「學校經營」「宗?傳道」「滿洲移民」「鐵道敷設」「鑛山開掘」
「製造所設立」「航海運搬業の擴張」「日清銀行設立」などの「諸般の經
營の如きは、今此處に詳論するの暇なし」としたままに、この本は唐突に
終わってしまう。決して「暇なし」とも思えない。「詳論」を知りたいが
ゆえに、肩透かしを喰らったような思いだ。

そこで考えてみた。

「支那人民を精神的に啓發して、世界文明の好伴侶たらしめんとする?育
家、宗教家」に向って、「清國に於て、大いに訓化の爲めに力を盡さん
は、困難と雖も、今の時を以て最好の時」だと訴え、いまこそ可能な限り
に力を注がなければ、「他日各國の國旗の東西南北に翩翻たらん時、遂に
その力を盡すべき道なきに至らん」と忠告する高瀬は、政治家、実業家を
含む「諸般の事業を經營して、大に支那に於ける我國の利權を獲得せんと
する人々に向つて」は、「もし我輩の論ずる所」が「大いに謬る所」がな
いとするなら、「わが國民が支那に向つて大に活動すべきは、今の時を以
て最も急なり」と主張する。それというのも、「露、獨、佛の三國」は日
本人の想定を遥かに超えた深度で清国に食い込んでいるからである。

「支那人民を精神的に啓發して、世界文明の好伴侶たらしめん」ために
も、いまこそ力を尽くさなければ、いずれ中国は西欧列強に分断され、我
が「?育家、宗教家」が「その力を盡すべき」余地はなくなってしまい、
彼らが掲げたであろうアジアを一つにして西欧に対するという大理想は絵
に描いたモチに終わる。

その一方で、「諸般の事業を經營して、大に支那に於ける我國の利權を獲
得せん」がためには、「今の時を以て最も急なり」。このままノンベンダ
ラリと「諸般の事業を經營し」ていたなら、猛然・狡猾に進出している西
欧列強の前では「支那に於ける我國の利權を獲得」することなどは無理と
いうことになる。

はたして高瀬は、「支那人民を精神的に啓發して、世界文明の好伴侶たら
しめん」ことを目指したのか。それとも西欧列強に伍して「諸般の事業を
經營して、大に支那に於ける我國の利權を獲得」することを狙っていたの
か。はたまた両者を併せたものなのか。

ここで『北清見聞録』の冒頭に掲げられた「今や北京は殆んど世界外交の
中心であるかの觀がある。少なくとも日本外交の中心點は北京である。若
しわが日本が、北京外交の舞臺に於て敗を取ることがあるならば、大日本
の理想は遂に一個の空想に過ぎない」との一節を思い起こす。

時は日露戦争前夜、「今や北京は殆んど世界外交の中心」だった。「少な
くとも日本外交の中心點は北京であ」った。それから現在までの1世紀余
の時の流れを振り返るなら、「若しわが日本が、北京外交の舞臺に於て敗
を取ることがあるならば、大日本の理想は遂に一個の空想に過ぎない」と
の高瀬の予言は、悲しい話だが見事に的中したといえるだろう。 

では、なぜ無惨にも「大日本の理想は遂に1個の空想」に終わってしまっ
たのか。ここで勇猛果敢な断言を軽々に下すつもりはない。だが、次の一
点だけは言っておきたい。

文久2年の千歳丸以来の日本人が残した記録を読むにつけて、その多くの
主張――中国と中国人、それに対する日本と日本人の振る舞い――は真実を衝
いている。だが結果として「大日本の理想」は夢物語に終わった。
やはり、先人の考えを現実の国内政治、外交政策に反映されることができ
ないところに問題が潜んでいたように思えるのだ。
《QED》

2017年04月12日

◆北朝鮮攻撃の前に二次的制裁

宮崎 正弘
 


<平成29年(2017)4月11日(火曜日)通算第5264号>    

 〜北朝鮮攻撃の前にセカンダリー・サンクション(二次的制裁)
  米国、中国などの関与した貿易会社、銀行に制裁準備。
リストはあがっている〜

 カール・ビンゾン空母攻撃群がシンガポールから、寄港予定だったオー
ストラリア訪問をキャンセルして南シナ海の北上を開始し、米国西海岸サ
ンディエゴ海軍基地からは駆逐艦なども西太平洋方面へ出航した。

朝鮮半島近海に展開し、北朝鮮のミサイル、核基地攻撃準備態勢の示威で
ある。空母には特殊部隊も乗り込んでいるとされるから、「斬首作戦」の
同時展開もシナリオに入っているのだろう。

その前に、米国はいくつかのセカンダリーサンクションの選択肢を撰ぼう
としている。

第一は遼寧省丹東、瀋陽にある北朝鮮の銀行、ならびに北朝鮮にミサイル
部品など国連制裁決議に違反して輸出していた中国系商社の制裁を強める。

第二に在米中国の銀行に資産凍結、取引停止など強い処分をふくめての制
裁準備である。これは中国への強いブローとなる。報復として中国が、米
国系銀行の在中国支点の営業停止などの挙にでると、米中貿易は自動的に
縮小し、双方の痛手となるため、どこまでの制裁レベルに留めるかが、こ
れからの検討課題となる。

マレーシアの妖しげな貿易会社も制裁対象になっているとされる。

北朝鮮からの亡命者がロイターに語ったところに拠れば、ハンフンイル
(音訳不明)は20年前にクアランプールへやってきて、張成沢と繋がるマ
レーシアの商売相手とコングロマリット「MKP」(マレーシア・朝鮮
パートナー社)を設立した。

この商社は、労働者の斡旋、貿易、石炭の輸出、石油の輸入などを表看板
に、アジア、アフリカ40ヶ国と取引していた。

 中には不正な武器輸出が含まれ、武器取引は、このマレーシアの北朝鮮
系商社が行っていた」(ロイター、2017年4月10日)。

年に一度、北朝鮮から高官が現れ、ドル、ユーロの現金を手渡していたこ
とが目撃談として語られた。

ことほど左様に金正男がクアラランプール空港で暗殺されるまで、北朝鮮
とマレーシアは持ちつ持たれつの関係であったことが明るみに出た。


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 ◆樋泉克夫のコラム 
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樋泉克夫のコラム
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――「彼等の體力は實に野生である、獸性である」――(高瀬14)
高瀬敏?『北清見聞録』(金港堂書籍 明治37年)


ロシア、イギリス、フランス、日本との戦いに敗れたことは「清國にとり
ては皆な、その自尊の頭を下げ傲慢の氣を屈して、大いに覺醒すべき動
機」であるにもかかわらず、「彼等は容易にその頑夢より覺むること能わ
ず」。とどのつまりは「日清戰役に於て大敗を取り、大打?を蒙るに至れ
り」と、高瀬は説いている。

その後も列強の蚕食が続いたが、「彼等の頑鈍なる更に覺醒する所なく、
徒に政權の爭奪に骨を折り、地位の維持に心を勞して、外壓の岩の如く迫
り來るを知らず」。そこで義和団が排外運動を起こした結果、八カ国連合
軍によって北京が制圧されたばかりか、「清國の故郷なる滿洲三省は、殆
んど露國の所有の如く」になってしまった。こういった亡国的状況を前に
したなら、「憤慨する能はずんば、何を憤慨するといはんや」。にもかか
わらず、「彼等の愛國的神經」は一向に見られない。

たしかに近年になって近代化政策を進め、「一見清國の覺醒を意味するが
如く」ではあるが、実際に現地を歩いてみると、「慷慨國事を談ずるも
の」も「誠心誠意家國の憂を以てわが憂となすもの」も見当たらない。ど
うやら改革を掲げながら、結果として「數多の屬國民となり了らん」。や
はり「彼等の頑夢は頑として醒めざるなり」としかいいようはない。

いまや「世界に文明の大潮流あり」。「その物質的なると、精神的なると
を問はず、世界を?流し來り」。日本は「此の潮流に接觸するや、直ちに
之を汲み、之を注いで國家を一洗し」、新しい国作りに成功し「世界の舞
臺に突進しつつあり」。そこで隣国に目を転じる。

「隣國の支那は如何」。「その知覺神經は、文明の大潮流を感知する程に
鋭敏なら」ず。そのうえ「彼等は阿片煙の如く有毒なる文明固有の保守劑
を飲んで、今に頑夢を樂みつゝあるなり」。

「國の將に亡滅せんとするを知るや知らずや、よし、知りたりとて損得の
外には多くの痛痒を感ぜず、高尚なる神靈の知覺を萎痿せしめたる支那人
は、平々然として、遊惰逸樂に耽り徒に肉慾を貪りつゝあるなり」とした
後、「誰か支那人を勤勉の人民なりといふ」と疑問を呈す。

高瀬の経験によれば、彼らは「利を示す時勤勉なるが如く見ゆるなり」。
「鞭撻その頭に加はる時忍耐力あるが如くに見ゆるなり」。国家存亡の緊
急事態であるにもかかわらず「急がず、迫らず悠々安閑たる」様子は、た
しかに「根氣強しとも」誉められないわけではないのだが、彼らは「國家
の存亡を眼前に控えたる國民に非す」。

これに「わが輩をして氣の毒の思ひに堪へざらしむる(中略)男女間の腐
敗」が加わるのであるから、事態は一層深刻だ。「西人曾て支那人を評し
て不品行なる病人」と称したように、彼らは「(精神の)病に次ぐに不品
行を以てす」るわけだから、「その治し難きや當然のことゝいふべきなり」。

だが「支那啓發のことは全然望」みがなくなったわけではない。「支那人
もまた人間」であり、「何れの處にか人間本來の眞を存」しているはず
だ。だから「もし世界を同胞とする至大博愛の心を以て、忍耐努力之に?
へ、之を導かば」、時間はかかるだろうが、「彼等を伴ふて、世界と共に
文明の大道を歩むに至らしめ」ることができるだろう。

だから、今こそ「支那人民を精神的に啓發して、世界文明の好伴侶たらし
める」絶好機であり、ゆえに「わが國民が支那に向つて大に活動すべき
は、今の時を以て最も急なり」。

「今にして支那に於ける我國の經營を怠り、利權を失墜するに至らば、必
ず國家百年の憂を殘す」。たしかに財政的にも苦しいが、「上下一致心を
此處に注ぎ、(中略)大いに國民の對外心を奮起せしめ」るべきだとした
後、高瀬は「學校經營」「宗?傳道」「滿洲移民」「鐵道敷設」「鑛山開
掘」「製造所設立」「航海運搬業の擴張」「日清銀行設立」などを挙げ、
現状のように「手緩き」ままでは「露、獨、佛の三國」に遅れをとってし
まうと警告する。
《QED》

2017年04月11日

◆朝鮮半島に戦雲拡がる

宮崎 正弘 



<平成29年(2017)4月10日(月曜日)弐 通算第5263号>    

〜まだ一触即発状況ではないが、朝鮮半島に戦雲拡がる
   空母カールビンソン、攻撃団を構成しシンガポールから出航〜

4月7日、フロリダ州パームビーチのトランプ大統領の別荘で、米中首脳
会談と夕食会のあと、もう一つの決定がなされた。

翌4月8日、シンガポールを母港とする米空母「カールビンソン」が攻撃
団を編成して出港し、西太平洋に向かったと発表された。

海軍は目的地を発表していないが、北朝鮮の近海海域を目指している。
 
通常、米海軍の空母1隻には駆逐艦、巡洋艦など5隻の護衛艦艇を伴い、
さらに潜水艦と補給艦、敵潜水艦探知用のヘリコプターが帯同する。した
がって空母一隻の移動は、艦船の多くを伴う大移動となり、「攻撃団」を
編成する。

カールビンソンは老朽艦の部類にはいるが、1974年に就航。排水量10万1
千トン、全長333メートル、幅76・8メートル、乗組員5600名、搭載機90機。

まさに動く空軍基地だ。リムパックにはたびたび参加しているほか、同艦
が有名なのは2011年5月2日、パキスタンに潜んだアルカィーダの首魁オ
サマ・ビン・ラディンを殺害したときに、その遺体を収容し、海葬したこ
とである。

世界のメディアはシリアから朝鮮半島へ焦点を移しつつある。

米国も北朝鮮もともに戦争を起こす気はないが、偶発事故には即応しなけ
ればならない。まして4月15日は金日成生誕150年にあたる。在韓米軍は
3万人、戦術核の持ち込みも再検討され、また米軍家族の避難訓練も開始
された。

3月からは在韓米軍と韓国軍の合同軍事演習がかつてない大規模なスケー
ルで展開されており、いつでも攻撃できる態勢にある。

また4月9日、米東海岸ヴァージニア州沖合で新型空母ジュリーフォード
の航海演習が開始された。2017年3月9日、トランプ大統領は異例の防衛
費10%増大を発表したが、場所は、この新型空母の甲板だった。
 
空母「ジュリーフォード」はハイテクの固まりのような次世代空母と言わ
れ、建造費は130億ドル。搭載機も新型ジェット機やステルスが主力とな
ると言われており、これが実戦配備されると米軍の空母は12隻態勢に復活
する。

総排水量10万1千トン、最大速力30ノット、乗組員5600名。全長333メー
トルと、ここまではカールビンソン級と同じだが、横幅が41メートルの細
長く、原子力エンジン2基、カタパルトは電磁式で、かなりの機能がオー
トメーション化されている。研究開発費だけで50億ドルもかけた虎の子で
ある。

トランプは現有277隻の海軍力を、350隻態勢にすると国防力強化を打ち上
げている。 
 
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書評 しょひょう BOOKREVIEW 書評 BOOKREVIE 
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暴力による独裁と専制政治は次の暴力を必ず呼ぶのは歴史の必然だ
 
あの文革の残酷非道を、稀有の歴史家が記録として叙述した貴重なる文献

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王友琴、小林一美、安藤正士、安藤久美子
    『中国文化大革命受難者伝と文革大年表』(集広舎)
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血は新しい血を呼ぶ。粛清は必ず次の粛清を呼ぶ。怨念、報復という人間
の感情をこえて、これは専制政治の本質である。

暴力革命の本質は、独裁者の誕生と、革命を手伝った同士、ライバルの粛
清であり、権力をすこしでも脅かす者には容赦しない。拘束、人民裁判、
拷問、そして死刑あるいは無期懲役。

沈黙して馬鹿を演じるか、茶坊主に徹するか、仙人のような生活をする
か、でなければ海外逃亡しか、生き延びる道はない。

中国現代史の恥辱、なにもまだ明らかになっていない文革の受難者たち。
夥しい血の犠牲、果たして、その犠牲者たちの魂は蘇るのか?

毛沢東が掲げたのは「米帝国主義打倒」という壮大なスローガンだった。
実際に行ったことは残酷非道、身の毛もよだつ血の粛清劇であった。
 著者等は言う。 

「一党専制下の独裁政治、専制体制は、必ず大きな過ちを犯しますが、独
裁者・党軍高官はそれを隠蔽し、その責任を問われることに恐怖し、ます
ます独裁の度を強化し、最後に『一大破局』の地獄に国家・人民を陥れる
ものです。中国の毛沢東と党の『誤り』とは、中央革命根拠地時代の8万
人にも及ぶ同士粛清=AB団粛清に始まり、建国直後の『大量処刑』と
『3、4千万人の餓死者』をだした大飢餓事件です。

この党の大失敗に対して、知識人・教育者から大きな不満・批判がおこ
り、体制を揺るがし始めました。この地獄絵図の責任に対して、最高権力
者・毛沢東と党官僚には、内部に決定的な対立を内包しつつも、『文革』
に打って出る以外の道がなくなりました」

文革では生徒が先生を殴る、蹴る、丸坊主にしてつるし上げ、屋上から蹴
落とす。生徒たちに殴打され殺された先生達だけでも数万の犠牲があった。

紅衛兵は、党の宣伝機関に洗脳されて、先兵として使われ、用済みになる
と地方へ下放された。カンボジアのキリングフィールドも、この文革の輸
出だった。紅衛兵もまた、犠牲者であった。一生を棒に振ったわけだから。

高官にも同じ運命が繰り返される。

スターリンは革命の同士トロッキーを海外亡命席にまで刺客を送り込んで
葬り、ブハーリンを粛清し、その先兵となって働いたベリアを処刑した。
 毛沢東は劉少奇を葬り、林彪を葬り、周恩来をも葬ろうとした。 
 
「最高権力者中枢で起こる殺戮は、社会制度及びイデオロギー形態と密接
な関係があり、それは独裁と専制の産物である」(116p)

原爆実験を実践した中国人技術者はこう言った。

「もし世界にまだ原子爆弾よりも凄い爆弾があったとしたら、それは、
『文化大革命だよ』」(中略)「共産主義のユートピアは、ただ螺旋型の
からくりを通して封建制の大復活に向かうことができるだけだ」
 「暴力は最終的にはただ独裁に向かうことが出来るだけだ」

本書の後節は1967年から1981年までの、じつに克明・精緻を極めての文革
大年表である。

これだけでも資料的価値がある。
 

2017年04月10日

◆金正恩斬首作戦はたしかに存在する

宮崎 正弘
 


<平成29年(2017)4月9日(日曜日)弐 通算第5261号>   

 〜金正恩斬首作戦はたしかに存在することを中国は実感した
  米国の北朝鮮単独爆撃に、中国は沈黙を余儀なくされるだろう〜

シリア空軍基地へのミサイル攻撃は、「戦果」としては疑わしい。

59発撃って命中は僅か23発。滑走路には被害が殆どなく、翌日からIS空
爆にシリア空軍は飛び立っている。

つまりシリア空軍基地に壊滅的打撃を与えてはいない。

しかし、軍事的成果より、政治的効果は激甚であった。

中国首脳との夕食会最中にミサイル発射を習近平に伝え、マティス国防長
官が具体的に説明した。だから反論の時間的余裕も、いやその準備もな
かった中国側はそそくさと宿舎に引き揚げた。

通商交渉でも「百日計画」の策定を呑まされ、南シナ海で国際秩序を護れ
と言われ、いったいどこに訪米の成果があるのか、習近平は帰国後、鼎の
軽重を問われることになるだろう。

夕食会直前に政権の最終意思決定は、トランプの別荘でなされ、テレビ中
継でホワイトホウスのオペレーションルームのペンス副大統領と繋がった。
会議にはティラーソン国務、ロス商務、ムニューチン財務、大統領補佐官
と顧問4名が居並び、シリア空軍基地襲撃が決まった。バノン上級顧問が
隅っこのイスに腰掛けている写真が配布された。
 
問題は、このタイミングの選び方、まさに中国の反応ぶりをリトマス試験
紙のように試したのではないのか。

北朝鮮攻撃のシナリオは(1)金正恩斬首作戦(2)ミサイル基地爆撃破
壊(3)核施設破壊。(2)と(3)の同時作戦などがおおまかに考えら
れるが、どれでもいつでも実行できる態勢は整っており、すでに米軍は
600発のミサイルを配備している。しかも在韓米軍とは演習中である。

中国は米国のシリア攻撃を目の前に見て、にぶく対応しただけで、もし北
朝鮮に大規模な米軍単独軍事行動がおこなわれても、沈黙を余儀なくされ
る可能性が高いことが分かった。つまり中国の軍事的介入はない、とトラ
ンプ政権は判断したと考えられる。

時期的には予想より早いかも知れない。

北朝鮮が、もし核実験をおこなったら、48時間以内にミサイル発射が命じ
られる可能性は薄いとはいえ、存在する。
 朝鮮半島に戦雲高し。
  
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  樋泉克夫のコラム 樋泉克夫のコラム 樋泉克夫のコラム 
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樋泉克夫のコラム
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【知道中国 1553回】       
――「彼等の體力は實に野生である、獸性である」――(高瀬13)
   高瀬敏?『北清見聞録』(金港堂書籍 明治37年)

   ▽
 高瀬が「泥棒根性の支那人に盛なる」と口を極めたのは20世紀初頭の日
露戦争前夜。それから110年余が過ぎたが、この間、あの時代この時代、
あの局面この局面に起った様々な重大事を振り返ってみれば、高瀬の卓抜
な警告を日本人が深刻に受け止めてこなかったことが改めて悔やまれる。

今となっては遅きに失した感がなきにしもあらずだが、やはり間違いを
改めるに憚ること勿れ。大声で正面切って面と向かって啖呵を切ることも
仲間内だけで盛り上がる必要もないが、高瀬の見方を心ひそかに拳々服膺
すべきだと強く思う。とはいえ国際政治において「泥棒根性」は「支那人
に盛なる」だけではないことも、また肝に銘じておくべきだ。かつてミャ
ンマーに独裁者として君臨したタンシュエも、「中国との関係は保身のた
め以外の何ものでもない」「永遠の敵とか永遠の友人とかいうものは存在
しない」「中国が好きだから仲よくしているのではない」と、口にしてい
るではないか。(『ビルマの独裁者 タンシュエ  知られざる軍事政権
の全貌』べネディクト・ロジャーズ 白水社 2011年)

高瀬に戻るが、「利を好むものには隣人なし、唯己あるのみ、豈に國家
あらんや、國民あらんや。わが輩が支那に國家なしといふは之に外なら
ず」と続けた後、「利を以て集まるものは、また利を以て散ず」とし、と
どのつまり列強諸国も利が失せれば「別の利の在る處に就」くだけで、清
国という「國家の存否は彼等の問ふ處に非ず」。だから、このままでは
「支那亡國」となってしまう。

 そこで「今の時に當りて、支那國民の中堅ともなり、支那國民を奮起
せしめ、支那の國家を改革して、東洋の天地に大帝國を建設すべきは、彼
の讀書人」でなければならないにもかかわらず、「彼等の腦中、唯だ利存
するのみにして、毫も愛國の大精神、愛民の至情なきこと」は甚だしいば
かりだ。その原因を考えれば、やはり「支那人の遲鈍なる神經是なり、支
那人の懶惰なる是なり、支那人の腐敗是なり」。

日本と前後して「支那が西洋各國と接觸し」たはずだが、「その西洋の
文明を感知し、之を輸入し、之を利用するの點に於て、支那は確に三十年
遲れたり」。現在は「維新當時の徑路を經過しつつゝあり」とする考えが
あるが、「その眞相を觀じ來れば」、「支那人の頑夢は頑乎としてなほ覺
め」てはいない。それというのも、「保守的文明の中に保育せられて、數
千年の久しき時間を經過し來りたる支那人の腦髓は、既に保守的に固結化
石して、その神經極めて遲鈍、容易に他の刺?を知覺し能はざればなり」。

「或著者が支那人の特點を擧げ」て「従順にて人に抗さざるを以てその
一」と語っているが、彼等の従順は美徳から生まれたものではなく、「意
氣地なき餘りの従順にして、毫も美徳とするに足」りるものではない。

また「或る種類の支那人は」「傲慢自尊、徒に邊幅を修飾し、以て自ら高
うし、以て人に跨らんと」する振る舞いが見られる。たしかに「自尊もま
た人間の美?なり」とはいえるが、「支那人の自尊は、その心靈の奥より
湧き出でたるものに非ず」して、「唯?榮を喜び、傲慢を喜ぶ心靈の病的
現象」でしかない。

しかも「今は早やその痼疾となり、靈的神經萎靡し盡して、容易に他に高
尚なる精神を受容すること能はざるものとなり了れり」。「神經の既に固
結している支那人」であればこそ、「仁慈の心の彼等の中に存ずる」わけ
はなく、「支那人の仁愛は自己の外に及ぼす」ことはない。だから、たと
えば「眞晝中に憫むべき老婆の、死して街上に?はるあるも、之を顧みる
ものさへ」ないことになる。

かくして「支那人民の慈悲心なきは」否定しようがなく、ゆえに「支那
に人民保護の政府」はありえないし、あったとしても「無頓着もまた甚だ
しい」に違いないと説く。

2017年04月09日

◆米中首脳会談はひとつの成果もなく

宮崎 正弘 



<平成29年(2017)4月9日(日曜日)通算第5260号>   

〜米中首脳会談はひとつの成果もなく、事実上は失敗
  トランプ記者会見で、米中会談に一言も触れなかった〜

フロリダ州パームビーチのトランプ別荘は中世ヨーロッパの古城のような
風格、空から見ると、まるで軍事要塞でもある。役者2人は、表面的にニ
コニコしながら、一応握手もしたが、習近平の緊張ぶりは画面にもでてきた。

夕食会の冒頭、トランプは「個人的な関係は深まった。合意に到らない点
もあったが、概ね良好な関係を築けたと思う」とだけ発言した。
中国側の出席者の顔は引きつった人が多い。

夕食会の出席メンバーを一瞥すると、この首脳会談に両国とも相当な心づ
もりで臨んでいることが分かる。

とくに通商が第一議題とばかりに、米国はムニューチン財務、ロス商務が
左脇を固めた。2人おいてバノン顧問。右脇にティラーソン国務、マティ
ス国防は当然にしてもプリーバス、端っこがクシュナーと3人の大統領顧
問全員が列席しており、トランプ政権の中枢は誰々が握っているかの権力
状況が把握できる。

中国側も王洋副首相(米中戦略対話責任者)が習の左を固めた。右には王
炬寧、栗戦書、劉?らの経済ブレーンばかり。軍からは房峰輝参謀部長、
鐘山・商務大臣が隅っこに。外交関係では王洋のとなりに楊潔チ国務委
員、ひとりおいて王毅外相という布陣だった。

この陣容から判断できることは習近平の外交政策最高意思決定レベルが、
奈辺にあるか。とりわけ団派の王洋が出席していること。軍からは国防大
臣や中国軍事委員会副主任らをさしおいて、房峰輝が出席していることは
留意しておくべきだろう。

中国側はトランプの過去の発言からして貿易不均衡、為替操作などきつい
要求が出ることを警戒し、万全の体制で臨んだと考えられるが、結果的に
一つの成果もなく、会談後、中国の記者が嘆息したように、「トランプの
記者会見はシリア問題だけ、米中首脳会談には一言の言及もなかった」のだ。

北朝鮮問題でいかなる議論が交わされたのかは明らかではない。「北の核
開発は脅威であり」「レッドラインを越える状況にある」という2点が共
通の認識とされたが、あとはお互いの腹の探り合いだったようだ。また儀
礼的に習近平の招待に応じ「年内の訪中」が合意されたが日程は未定とさ
れた。

習近平は会談後、さぞ肩を落として中国へ帰る飛行機に乗ったことだろう。
           
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書評 しょひょう BOOKREVIEW 書評BOOKREVIEW 
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 ♪「仰げば尊し」の美談に隠れてきた台湾原住民の過酷な運命
 清軍と戦い、日本統治に反旗、のち協力。やがて国民党がやってきた

   ♪
菊池一隆『台湾北部タイヤル族から見た近現代史』(集広舎)
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それにしても、いまのような享楽的で刹那的な時代に、こういう地道で真
摯な研究書を出版する良心的な書店があるというのは驚きである。
 
版元の集広舎は、これまでにも一般読者とはあまり縁のなさそうな分野
の、たとえば、文革や南モンゴルの近現代史の研究書を多く出されている
が、本書は台湾の少数民族というより原住民の苦難の歴史を綴った珍しい
本である。

なんの偶然だろう、評者(宮崎)が、本書を手にする前夜、来日中の許世
偕(元駐日大使)を天ぷらをつつき、酒を飲みつつ、様々な話題を語り
合っていたのだが、本書に出てくる国民党の228事件以後の「白色テロ」
の詳細についても話題が及んでいた。その話が後半に出てくるのだ。

読み進んでいくと、許世偕氏の名前もでてくる(75p)。氏は『土匪』の
反乱を3つの期間にわけて研究されている。

さて、日本人がおおいに台湾原住民を誤解したのは、下関条約で割譲を受
けて以来の公民教育が「うまく行っていた」という神話の類いからだろ
う。たしかに日本人教師は懸命に台湾の子供達を教えて、貧乏な子には弁
当もわけて、家族のように育てた。

いまから20年ほど前まで、そのときの台湾の教え子らが来日すると、恩師
を招んで半世紀ぶりの同窓会、謝恩会をほうぼうで執り行い、評者も何回
か招かれたが、最後にでてくる歌は「仰げば尊し」と涙だった。

日本の統治時代、台湾原住民を日本の当局は7種族に区分していた。
 タイヤル族、サイセット族、プヌン族、ツオウ族、パイアン族、ヤミ
族、アミ族。これらを総称して「高砂族」と言っていた。

敗戦後、台湾が唐突に「中華民国」となると、パイアン族を三分化したの
で、9種族となった。近年の研究の結果、さらに細分化され、たとえば、
タイヤル族は、タロコ族、セデック族に分化されたりしたため、台湾原住
民は合計16種族となっている。

著者が注目したのは、このタイヤル族である。

タイヤル族が滅法戦争に強いことを、当時敵対した日本軍が発見した。
「男は狩猟者、農民であり、同時に「戦士」である。武器は銃(モーゼル
銃、村田銃、レミントン銃ほか)、蕃刀、槍などが主であり、特に銃がな
いと恥とする。

男は老人、病人、幼児を除いてすべて戦闘に参加する。女は武器を取って
敵と戦うことはしないが、戦闘のための食料準備、負傷者の看護など後方
支援にあたる。このように部落全体が一つの軍隊といえる」

戦闘力は抜群であり、しかし死を軽んじたりはしない。

日本の統治を悩ました原住民の反乱、襲撃事件は霧社事件が象徴する。そ
して原住民と融合的となり、統治の末期、日本は原住民から志願兵をつの
りフィリピン、ニューギニアへ派遣することになった。
 これが「高砂義勇隊」と呼ばれ、勇猛果敢に戦い、その死亡率は部隊に
よっては8割にも達した。

日本の敗戦後、こんどは蒋介石国民党がやってきた。かれらの一部が騙
されて、中国大陸に送られ、内戦を戦い、また多くが死んだ。悲劇に満ち
た原住民の歴史を淡々と本書はまとめ上げた。
 貴重な研究成果と言える。

2017年04月08日

◆韓国大統領選、流れが変わっている

宮崎 正弘
 


<平成29年(2017)4月7日(金曜日)弐 通算第5258号>  

 〜韓国大統領選、流れが変わっている
  猛追する安哲秀が、優位だった文在寅との支持率を逆転〜

やはり「何がおこっても不思議でない」韓国のことだから、新聞報道通り
に事態は進まないと考えて、これまで韓国大統領選挙の予測は控えてきた。

風向きは変わりつつある。絶対優位と見られた文在寅の勢いに衰えが見え
てきたのだ。

2017年3月31日、朴権恵前大統領が逮捕され、拘置所送りとなった。狭い
拘置所は僅か3・2坪の独房で、ここに収監され、1日の食事は145円とか。

これは文在寅・野党候補におおいに有利な「追い風」となった。

同日のギャロップ調査では文在寅が所属する「共に民主党」の政党支持率
が45%で、第2野党や、保守党を圧倒していた。大統領候補の支持率でも
文在寅が31%と、ほかの候補を大きく引き離していたことが分かった。

文在寅は学生時代から左翼活動家としてならし、逮捕歴がある。卒業後、
人権派弁護士として活躍し、釜山に盧武鉉元大統領と一緒に共同法律事務
所を開設した関係もあり、盧武鉉時代は、大統領秘書長を歴任した。64
歳、カトリック信者。12年の大統領選挙では僅差で朴権恵に敗れた。

 盧武鉉の自殺後、政界に復帰し韓国を「公正な国家」に変質させるには
財政改革、メディア改革、検察改革などを掲げ、とくに財閥の改革が韓国
経済には必要であり、財閥は非民主的などと底辺の国民の不満を吸収する
作戦にでた。

財閥の横暴を恨む庶民には受けるスローガンである。

北朝鮮には甘く、太陽政策の2番煎じのような言辞を吐き、「金正恩と、
いつでも対話をなし、核問題を解決する」とした。

一方で、日本への姿勢は病的なほど厳しく、戦後の反日教育に洗脳された
ままである。すでに両国間では解決している従軍慰安婦、補償などをまた
持ち出し、日本の謝罪と賠償金を求めるという。THAAD配備は見直
し、日韓合意は再交渉するなどと時代錯誤的な暴言を吐くあたり、発言は
国際法を無視しているから、本当にこの人、弁護士かという声もある。

ともかく朴大統領が逮捕されたことで野党への政権交代待望論がくっきり
と世論にでた。保守系は分裂し、支持率は僅か4−5%台に低迷、はっき
りと次の政権は野党へ移行する傾向がでた。

頼りなくなった保守党は「セヌリ党」から分裂した「自由韓国党」と「正
しい政党」があるが、有力候補が不在、選挙対策としては第二野党の安哲
秀候補への合流が想定された。


 ▼保守も野党も分裂している混沌状況のなかで

4月3日、勢いに乗る野党「共に民主党」は大統領選の公認候補に文在寅
を正式に選出した。

選出後、文候補は「不公正や腐敗など、国民を失望させた旧弊を精算す
る」として、明確に「アンチ朴」を掲げ、調査会社リアルメーターの世論
調査は支持率43%とでた。2位につける第2野党「国民の党」の安哲秀は
23%と2位に付けていた。

対決構図としては、安哲秀が保守系の票を合従連衡でまとめあげるか、ど
うかにかかっていた。

とはいうものの北朝鮮の度重なるミサイル、核実験に関して、韓国民の鈍
感さは、いったいどこから来るのだろうか?

「同族だから攻めてくるはずがない。核兵器を同胞に使うはずがない」と
いうのは根拠のない未来論を説く新興宗教の信仰に近い。

通常なら北の軍事的脅威は与党有利となって、これを「北風現象」と譬喩
したのだが、殆どの韓国国民が反応せず、保守党はどん底の人気に低迷し
ている。

4月4日、風向きがすこし変わった。

第2野党「国民の党」が正式候補で安哲秀を決めると、「もし2人が決戦
となれば」という世論調査が行われ、トップを走る文在寅が41・7%に対
して、安哲秀は39・3%、その差が僅差の2・7%でしかないことが判明
したのだ(東亜日報の調査)

米国の大統領選挙でも顕在化したように2・7%の差は誤差の範囲内であ
り、逆転の可能性も否定できない状況がうまれた。

安哲秀は、とくにTHAAD配備に関して「合意を護るべきである」と現
実路線が鮮明である。国連事務総長だった播基文支援グループも、この安
支持に回った。

つまり4月4日の時点で「文在寅・一強論」が潰れたのである。


 ▼逆転の可能性が高まった

4月6日、流れが勢いよく変わった。

文在寅と安哲秀の支持率が「逆転」したのである。まるで昨年のトランプ
vsヒラリーの熾烈な選挙戦のようだ。
 
同日の世論調査では「2人の対決なら」という設問で、中央日報は安哲秀
が50・7%、文在寅が42・7%、YTNテレビのそれでも安哲秀が47・
0%、文在寅が40・8%.両方ともに逆転である。

しかし安哲秀も、国防問題、外交ではリアリストだが、対日認識では反日
姿勢が濃厚である。

安哲秀は時事通信(4月4日)のインタビューで「慰安婦問題をめぐる日
韓政府間合意について、当事者たちが生存しており、当事者たちとの合意
を基に直さなければならない」とし、「慰安婦を象徴する少女像が釜山の
日本総領事館前に設置された問題」でも、「日本政府が撤去を要求し、移
転を条件に大使の帰任を拒否してきたことは理解できない」などと妄言を
吐いている。

これらは韓国のメディアが流していることの受け売りで、独自性がない。

安哲英は「日韓関係は歴史問題で国民感情が悪化している。歴史問題を解
決しない状態で、安全保障問題などを分離し、アプローチするのは極めて
難しいのが現実だ」とし、余白を残した発言に終始している。

同時期、米韓合同演習は続き、また北朝鮮のミサイル発射が繰り返され、
北朝鮮問題の解決は韓国を蚊帳の外において米中首脳会談で論議される。
 
ところが、韓国軍の内部ネットワークが北朝鮮にハッキングされ、米韓の
軍事作戦の機密「5027」流出したらしいと韓国KBSテレビが伝えた。
しかもハッキングは2016年9月であり、発覚したのが同年12月、3ヶ月も
機密漏洩が分からなかったのだ。

この「5020」作戦は米韓軍が北朝鮮の進撃をとどめ、北上し、日本海と黄
海には海兵隊を上陸させ、平壌を制圧するという軍事作戦の機密が多く含
まれているとされ、国防部の必死の否定にも拘わらず、不安が拡がった。

また済州島沖では、日米間の初めての対北朝鮮潜水艦訓練が実施された。
 日本の海上自衛隊からは護衛官「さわぎり」とP3C対戦哨戒機、ヘリ
が参加した。米軍はイージス駆逐艦、哨戒機が参加し、とりわけ北朝鮮の
潜水艦発射ミサイルSLBMに対応する訓練だった。
 
4月6日、韓国軍も射程800キロのミサイル実験を胡なった。これで韓国
南部から平壌を射程にいれることが出来るため、年内配備が急がれている。