2017年05月13日

◆韓国、最悪のシナリオに急傾斜?

宮崎 正弘
 


<平成29年(2017)5月12日(金曜日)通算第5289号>  

  〜韓国、最悪のシナリオに急傾斜しつつあるのではないのか
   米朝交渉、非公開で開始。米国はロシアに仲介を求めた形跡あり〜

韓国に親北大統領が誕生したことにより、北朝鮮は熟柿が落ちるのを待て
ば良いと考えているようだ。

韓国の未来は「最悪のシナリオ」に急傾斜しつつあるのではないか。

「一国家、一言語、両制度」という南北朝鮮の統一構想はもともと金日成
が言い出した二段階革命論に則っており、韓国は戦後冷戦期の「反共」の
国是を既に捨て去り、北が呼びかける「民族主義」のもと、反米に急傾斜
している。

なにしろ在韓米軍はもはや邪魔であり、THAAD配備で中国を怒らせた
のは、米国が悪いからだという北朝鮮の洗脳、情宣工作に引っかかって、
従北派の大統領を選んでしまった。

いまは「皆の大統領になる」などと、ありきたりのことしか発言していな
いが、統一へ向けて文政権は暴走を始めるだろう。

しかもやっかいなことに米国は韓国を見限りつつあり、空母を派遣してい
るのは非公開交渉をにらんでの武力威嚇戦術と北朝鮮は捉えている。
 
盧武鉉の亡霊が復活した韓国は、まず中国へのご機嫌取りをはじめ、米国
とは相当投げやりな外交関係に移行するだろう。

日本にとっては極左の反日、反米、親中、従北政権がとなりに誕生したわ
けで、未曾有の軍事的危機にいずれ直面することになる。

米国は日本の安全保障より自国に届かないミサイル開発を凍結させれば、
そのまま北と妥協する可能性が日々濃くなってきたように見える。

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 ◆ 樋泉克夫のコラム  
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【知道中国 1569回】     
――「正邪の標準なくして、利害の打算あり」――(徳富8)
 徳富猪一郎『七十八日遊記』(民友社 明治39年)

                ▽
徳富は「国民捐」を「先つ以て殊勝と可申歟」と好意的に捉える一方で、
「排外熱」を「一面清國人の側より見れば、斯る運動に出つるも、決して
理由なきにあらさる可し。但た之を達し得るの實力を養はすして、實力を
有せすして、直ちに其の目的を達せんとするは、大早計にあらさるなき
乎」と疑問を呈した。そう急いでは、できることもできないではないか。
急いては事を仕損じるというもの。それも「實力を有せすして」では、で
ある。

次いで軽挙妄動気味の社会の指導者を「清國の高襟先生達」と皮肉りな
がら、「予は清國の高襟先生達か、餘りに天下の事を、輕易に考へ居るこ
とを遺憾とするものに候。彼等は世の中の事は、理屈の一天張りにて、立
て通すと申す事を知りて、之を達するには、其の順序、方法、實力、熟練
を要することに氣附かさるか如し」と批判し、「過日面會の折に、サー、
ロバート、ハート氏は、如何に支那か急遽に恢復せんとするも、當分は、
其の境遇、現状を維持するの外、致し方なかる可しと申し居り候」と。当
面は現状維持が最善策か。

ここに登場した「サー、ロバート、ハート氏」は1835年にアイルランドで
生まれた初代准男爵。1854年に渡った香港で中国語を学び、広州で連合軍
軍政庁書記官(1858年)、広東海関副税務司(1859年)を経て1863年に総
税務司に就任し、清国関税業務を司った。1900年の義和団の乱に際しては
外交交渉に動いている。1908年に清朝皇帝から賜暇を許され帰国し、総政
務司在職のまま1911年に死去。前後40年ほどに亘って関税業務の元締めと
して、危機的状況を続けるばかりの清国財政に多大な影響を与えた。ここ
にも支那通がいた。やはり支那通は日本だけの専売特許ではないことを牢
記しておきたい。

どうやら「ドクトル、モリソン氏」と「サー、ロバート、ハート氏」の両
人の見解は、「順序、方法、實力、熟練」を欠いたままの「排外熱」は清
国にとっては百害あって一利なし。当分は現状維持の外に良策なし――この
考えで共通していたようだ。

この考えに同意する徳富は、さらに一歩を進めて「此の利權恢復運動か、
何處迄に底止す可き乎。此れか若し下流社會の排外運動を、合體する場合
には如何なる情態を來たす可き乎。果してさる心配は、杞憂なる乎。吾人
は杞憂たらんことを祈る者に候」と、運動の将来に思いを馳せた。

「此の利權恢復運動」が「清國の高襟先生達」の自己満足、あるいは高踏
なる政治遊戯に終始しているうちはまだしも、これが「下流社會の排外運
動と、合體する場合には如何なる情態を來たす可」とは、確かに卓見、い
や不気味なる予言だ。時の流れを辿ってみれば、たしかに「此の利權恢復
運動」は徐々ながら「下流社會の排外運動と、合體」し、やがては辛亥革
命、孫文による国民党結党、北伐、共産党結党、国共合作等を経て毛沢東
による1949年の共産党政権成立に繋がったように思える。

徳富が毛沢東のような指導者の出現まで見通していたとは思えないが、
「其の順序、方法、實力、熟練」を欠いた「清國の高襟先生達」の運動で
はなく、逸早く「下流社會の排外運動」に着目した徳富の眼力には、やは
り注目しておきたい。

徳富は、北京の姿が良くも悪くも清国の現状を象徴していると見做す。
「要するに清國は、目下、過渡の期にあり。其の靜的情態にあらすして、
動的情態にあることは、斷々乎として、疑ふべからす」。全土を挙げて
「國民的統一をなし、國民的精神の發揮と與に、文明諸國共通の生活思想
に加入し。茲に一大強國となるを得可き乎、否乎」と問い、「そは多くの
疑問中にて、最も大なる疑問ならむ。之を解釋するの責任は、固より清國
人士の上に在る也」と結んでいる。

社会の動きを追った徳富の考察の目は、転じて「荒廢せる古蹟」に向った。
《QED》
    

2017年05月08日

◆大英帝国の栄光と挫折

宮崎 正弘 



<平成29年(2017)5月6日(土曜日)通算第5280号>   

 〜大英帝国の栄光と挫折
  BREXITで景気停滞かと思いきや〜

 ロンドンのホテルでこの原稿を書いている。猫の目のように天気は氷雨
かと思えば雹(ひょう)に変わる。まるで英国の政局を彷彿とさせてくれる。

昨年のBREXIT(英国のEU離脱)という衝撃は世界の経済秩序への
挑戦となった。同時にグローバリズムに対する英国民衆の反撃でもあった。

この反グルーバリズムの動きが欧州全体に拡がり、フランスでオランダで
ナショナリズム勢力が強くなった。旧東欧諸国は軒並み保守系が政権を握
る政治状況となり、昨秋には「アメリカン・ファースト」を強く訴えたト
ランプが大統領選挙で勝った。
 
トランプをあれほど警戒したウォール街が株価高騰に転じたのは奇妙でも
あり、しかし皮肉にも米国経済の好況を示している。

グローバリズムを真っ先に言い出したのは英国である。
 
常に世界の規範モデルを提唱し、その先頭を走り、途中で不都合になると
止める。それが英国の歴史的な習性だ。日英同盟を強引に提唱し、日本を
巻き込んだかと思うと、不都合になれば、さっさと日英同盟を解消し、あ
げくに第2次大戦では日本に敵対した。

EUから真っ先に逃げ出すのも英国だ。
 
金本位体制を提唱し、やがて放棄したのも英国。その金融を支配するのが
ザ・シティだ。 世界金融はウォール街が支配しているように見えるが、
基本的な規範を策定しているのはいまもロンドンのシティである。この点
で英国と米国は深く繋がる。
 
日本の金融業界は銀行も証券も、シティに一大拠点を築いてきた。EUか
ら脱退となれば関税特典などのメリットが失われるからエクソダスが始ま
り、自動車など日本のメーカーも工場の分散を検討している。米国が
TPPからの離脱を表明し、メキシコ進出が無駄となりそうな日本企業の
戸惑いがある。

だとすれば、BREXITO以後の英国の現状を見ながら、次に何が起こ
るのかの予測のポイントを探ろうと筆者はリバプール、チェスターなど英
国各地を回った。

驚かされたのはビルの建設ラッシュだ。日本の報道とまったく違う風景で
ある。

産業革命の嚆矢となった蒸気機関の発明も元々は繊維産業の合理化が動機
でありEUへの加盟は農産品の輸出拡大が動機だった。

各地をまわって緑豊かな牧草地、隅々まで開梱された田畑を見ると、こん
にちの英国は農業大国でもある。

英国は新移民のポーランド系をはじめインド系とナイジェリアなど旧植民
地だったアフリカ諸国と香港からの大量移民で外国人労働者だらけであ
る。元気を失いつつあるジョンブル精神に代替するように活発な投資を敢
行しているのが中国勢である。

香港の李嘉誠グループも新都心開発、高級住宅地開発で大金を投じてい
る。ロンドンのチャイナタウンの活況と凄まじい投資ラッシュだ。
 嘗て七つの海を支配した大英帝国は政治軍事パワーこそ衰退したが、世
界の経済ルールを主導するという矜持を失ってはいないと思った。

     (この文章は北国新聞「北風抄」5月1日号の再録です)  
        
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◆書評 しょひょう BOOKREVIEW  〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜  

 キリスト教はイエスの教えをねじ曲げ、別の宗教になって堕落した
  イエス・キリストが光であるならパウロは闇である

  ♪
奥山篤信『キリスト教を問う!』(展転社)
@@@@@@@@@@@@@@@@

キリスト教を日本人は大いに誤解している。西洋の先進国が信じる宗教だ
から正統であり、正義であり、愛を尊ぶ宗教だと無邪気に考えている。

ニーチェは『神は死んだ』と言ったが、その意味するところを深く咀嚼出
来なかった。

カソリックの妖しげな「神学」とやらが、極左と同じ革命思想を礼讃して
も不思議に思わないばかりか、ローマ法王の政治的プリズムの強い、歪ん
だ発言もうっかりと受け入れる。

ローマ法王は「トランプ氏はキリスト教徒ではない」と放言し、ダライラ
マ法王とは面会を拒否した。

そうした鵺的な発言の軌跡を追うと、宗教者らしからぬ政治行動ではない
のか。

嘗て評者(宮崎)は木内信胤氏主宰の「経済計画会議」」の末席メンバー
として毎月一回、打合会に出ていたことがあるが、ある日、木内氏が雑談
のなかで印象的なことを言った。

「『聖書』のなかで、唯一まともな箇所は『山上の垂訓』だけだな」と。
 氏はご承知のように法華経への帰依熱く、しかし宗教書万巻を読みこな
されたが、最後には無宗教だった。

さて本書である。
 
奥山氏は還暦を過ぎてから上智大学の神学部に入学し直し、大学院に通
い、神学修士を得た。その上で、こんどはフランス神学の名門校「パリ・
カトリック大学院」に留学し、キリスト教の原理を見極めようとした稀有
の行動派である。

そして、パリでの驚きを奥山氏は言う。

「フランス人の神学生はほぼ皆無だった」、「結局フランス人で今や神父
や神学を極めようとする意欲のある人物がいないということである」

留学生は嘗てのフランス植民地からが多く「何の疑いもなく神を信じる純
粋は青年達」しか、パリ・カトリック大学院にはやってこないのだ。

米国とて「神の国」であったはずなのに大都会の教会のミサに来る人は稀
となった。ドイツでは若者達の教会離れが加速度的に進んでおり、「教会
税を支払うのが馬鹿馬鹿しい」という動機が蔓延っている。チェコでは国
民の八割近くが無神論である。

つまり先進国でキリスト教の衰退は顕著である。

奥山氏は、なにも、そのことを伝えたくて本書を書いたのではなかった。
キリスト教がもつ偽善、欺瞞、その教理の背後に隠された嘘について研究
の成果を世に問うのだ。

第1にキリスト教は戦争をもたらし、戦争で肥った宗教である。
だからジョン・レノンは「イマジン」を謳った。

♪「宗教もない、さぁ想像してご覧、みんながただ平和に生きているって」

この点に関して奥山氏は戦国時代の切支丹大名の暴走、宣教師等の裏に隠
されていた侵略の意図を白日の下に晒し、日本から南蛮船によって売られ
た日本人奴隷が夥しく、これに怒った秀吉がついに鎖国を選択した過程を
辿る。

第2に神が人間をつくったというのは誤りで、「実際には人間が神を造っ
たのだ」

「奇跡はでっち上げられ、反知性の世界での出来事」でしかない。
 奥山氏はこうも言う。

「奇跡や迷信、科学的にあり得ないことをいまだに信じる人々、これこそ
危険極まりないカルト思考である」(中略)「排他的非寛容に立つ傲慢な
自らの偶像が神だという発想こそが、古代より現代にいたるまで人間同士
の憎悪と殺戮の原因である」(146p)

だから最後の箇所で奥山誌はマザー・テレサのいかがわしさについて言及
している。

第3にキリスト教は詭弁で成り立つ。
 
スティーブン・ホーキング博士が言った。

「人類が科学というものを理解できる前に神が宇宙を創造したと信じるの
は自然なことだ。しかし今や科学が説得力のある説明をしている。人類が
神の心が分かるというのは、『神が存在すれば』という前提であって、神
が存在しない」

大哲学者のエマニエル・カントは「理論理性によっては神の存在を証明す
ることがいかなる方法でも出来ないと考えた」。

カントはリスボン大地震の直後に「神は不在である」と悟った。
 
 となると結局、いまのキリスト教をイエス・キリストの始源的教えから
ねじ曲げたのはパウロということになる。

かねてからの疑問だったパウロという存在。奥山氏はさらりと次のように
説明している。

「イエスの精神を無視して勝手な宗教を作り上げた。イエスの考えは人間
の倫理の規範である。ところがパウロは形而上学的に作り上げ、倫理行動
から信仰なることよりコンスタンチヌス帝の権力の手先としての宗教にし
てしまった」(47p)

「イエスは光であり、パウロは闇である。イエスは人々が生きるべき規
範、それを手本にしなければ人は生きることが出来ないのである。だから
『山上の垂訓』は偉大な人のあるべき道標なのである」。

かくも大胆に、しかし明らかだったが誰も語りたがらなかったキリスト教
の欺瞞を批判した書は得難いと言える。

          
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◆  樋泉克夫のコラム 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
  
【知道中国 1566回】      
  ――「正邪の標準なくして、利害の打算あり」――(?富5)
   ?富猪一郎『七十八日遊記』(民友社 明治39年)

  ▽
 在満の日本官民が「營口對大連、若しくは大連對營口」といった目の前
の小さな縄張り争いに血道を挙げている間に、ウラジオストックからロシ
アの物資が続々と送り込まれ、日本の商圏が犯されているのだ。「我が當
局者に於ても、特に大連及ひ營口に於る當該官僚に於ても、既に氣附きた
る所ならむ」とは思うが、これからは日本官民を挙げて「大連營口對浦鹽
たる可き」姿勢で臨め。大局に目を向けるべし。これが徳富の主張だろう。

実は日露戦争の結果、満州には「金か落ちて居る筈也」。だが現実を見る
と「貨物は上海邊に堆積して、一向にさはけ」ない。「畢竟日本人か、其
利?を壟斷するによるとは、往々外人の口にする所」ではある。だが、そ
れは「買被り」というもの。たしかに「金は落ちたれとも、大抵は山東の
苦力、齎らし去れり。物價は騰貴したり。作物は荒らされたり」。そこで
「外から見たる程の購買力、急増せざるなり」との現地在住日本人銀行関
係者の見解を示している。
 
満州を日本人が押さえ、開発に乗り出すや、食いっぱぐれた農民が仕事を
求めて山東省から、いや山東省のみならず河南省などからも万里の長城を
越えて北上し、続々と乗り込んできた。「闖関東」と呼ぶ人の奔流だ。

「山東の苦力」は休みなく働き、稼いだカネを故郷に「齎らし去れり」。
その間、出先の満州で物価が高騰し、作物が荒らされようが――いいかえる
なら現地社会における社会生活上の生態系が変調を来そうが、全くお構い
なし。

ここにみる「山東の苦力」こそ、じつは華僑なのである。華僑は南部の
福建、広東のみにみられるわけではない。華僑という単語は決して名詞で
はなく、その振る舞いを仔細に観察するなら、寧ろ動詞と見做すべきだ。
つまり古来、漢族は新しい生存空間を求めて華僑し、やがて18世紀末前後
から清朝の版図の外に華僑し、中国という世界を拡大してきた。

1949年の建国と同時に毛沢東が定めた対外閉鎖路線は、?小平によって取
り払われた。党小平を引き継いだ江沢民は「走出去」というスローガンを
掲げ、人々と企業に海外への進出を呼び掛けた。現在のトップである習近
平は「中華民族の偉大な復興」「中国の夢」を錦の御旗に、一帯一路政策
を引っ提げて海外への進軍を妄想し、関係諸国を混乱させる。

今後の世界秩序を考えるなら、その成否は不明ではあるが、過去に見られ
た以上の量と速さと広がりも以て、合法非合法に拘わらず、「華僑する」
という現象が続くことを肝に銘じておくべきだ。いや、これまでとは大違
いで、過去の華僑の大部分がスッカラカンの貧乏人であったのとは違い、
これからは一定の資産を持つがゆえに大手を振って、海外に向って「華僑
する」ことになる。いやはや迷惑千万な話だ。

かりに共産党政権が崩壊したところで、この流れを押し止めることは至
難、いや不可能。共産党政権を倒して民主的な政権が生まれたとしても、
その政権が世界各地に飛び出して身勝手し放題の自国民を中国大陸に呼び
返すなどということをするわけがない。絶対に、断固として。やや大袈裟
にいうなら、世界に飛び出し自らの価値観で、自らの生き方を貫こうとす
る中国人こそ、世界の秩序にとっての超ド級の脅威である。彼らを前にし
たら、北朝鮮の若将軍ドノ(中国では「肥仔金」とも呼ぶらしい)の“火
遊び”なんぞたいしたことはない。中国人の奔流こそ国際社会にとって最
大の不安定要因ではないか。

徳富の旅に戻る。

やがて営口を離れ、「英人の經營にて、何事も秩序正しく、旅客の便宜と
愉快とに缺くる所、殆んと此れな」い関外鉄道に揺られ、万里の長城の最
も東に位置する関所である山海関へ。ここを越えれば中国本部。「此地日
本軍隊の駐留あり」。ここで関内鉄道に乗り換え一気に南下し天津へ。天
津での散策の数日を過ごした後、北京に向かうこととなる。
《QED》
    

2017年05月06日

◆韓国大統領選挙

宮崎 正弘
 

<平成29年(2017)5月5日(金曜日)通算第5279号>   

〜韓国大統領選挙、保守の洪候補が急速な追い上げ
  「反米、反日、従北」の韓国は「赤い韓国」に転落へ〜

韓国大統領選挙は最終盤に突入した。

韓国の世論調査はあてにならないが、現時点での推定支持率は文在寅(共
に民主党)が40%、安哲秀(国民の党)が21%、洪準均(自由韓国党)が
20%前後と専門筋が見ている。

この間、北朝鮮はミサイル発射を1回に留め、予測された4月25日の核実
験は延期された。おそらく次の核実験は韓国の大統領選挙以後だろう。

そうでなくとも、北朝鮮にとって極左の文在寅政権が生まれると、自動的
に従北路線の「家来」を獲得できるわけだから、いくら無謀な金正恩で
も、この段階で米国を刺戟することはしない。

5月4日から不在者投票(事前投票)が開始され、10%以上が投票を済ま
せた。文在寅の地盤である釜山では、安哲秀候補との差は大きく開き、む
しろ安支持に流れると見られた保守票が洪準均候補に流れ始めた。 

文とはまだ大きく開きがあるとはいえ、保守が急速に支持を巻き返している。

文在寅が主張していることを集約すると、大韓民国否定が基本の概念であ
り、親日派は徹底的に粛清するとしている。

またソウルと釜山の日本大使館、領事館前の少女像は「撤去しない」とい
うのが公約である。つまり「不可逆」を謳った「日韓合意」は撤回すると
いうことであり、国際法は端から無視されている。

このまま文候補が当選するかといえば、「反米、反日、従北」の韓国は
「赤い韓国」に転落することになり、政治的に云えば韓国は革命前夜である。

にも拘わらず関わらず韓国民は文在寅を撰ぼうとしている。国家が破滅に
いたる道を自ら選択するのだから、米国も内心で韓国を見限った。
 あまつさえ不思議なのは、韓国株式が沸騰して、史上最高値をつけたこ
とだ。(5月4日)。
 
しかも韓国通貨ウォンが高騰し、逆に危機に強い原油価格が低迷してい
る。韓国の株式に投資しているのは外国人投資家なのである。
 
ソウルは「火の海」になるかもしれないというのに、マンション建設ラッ
シュが続いている。北が攻撃する筈がないという一種の「信仰」が支配し
ている。
 
高級マンションの価格は東京並みか、東京より高い。町の表情はのんびり
ムード、緊張感があるのは保守系の集会だけである。


 ▼トランプは対北朝鮮への姿勢を軟化させたが。。。

米国は空母カール・ビンソン攻撃群を日本海に展開し、空母ロナルド・
レーガンの合流を待ち、さらにもう1隻の空母が佐世保か横須賀に回航さ
れることになると、いよいよ戦争準備は完了する。はやければ六月ごろだ
ろう。

 
すでに在韓米軍は南方に引き下がり、米軍家族の避難訓練も行われ、その
うえソウルの米国大使館は厳戒態勢にある(比較して在韓中国大使館の警
備は手薄、というより殆ど警備していない)。

米国は「戦時作戦統帥権」を韓国に返上するとしたが、朴政権下では、そ
れも返上した。韓国軍は戦う気力が失せ、士気は低下し、クーデタなど到
底望めない。

ならば北朝鮮の軍事力はどれほどの実力があるのかは情報公開の透明性が
薄いため、評価が大きく分かれる。「これまでにミサイル発射実験での成
功率は56・3%で、このうち1000キロを飛翔するミサイル発射は四回成
功している」(西岡力氏)。

ムスダン、北極星はまだ実戦配備されていない。ムスダンの射程は4000キ
ロとされるので、グアムをカバーできる。

実践配備されているミサイルは、すでに実験済みのものであり、成功率
云々だけで評価することは出来ない。

軍事パレードに並んだ新型ミサイルは明らかに模造品。兵士の掲げた新型
機関銃も、模型ではないかと軍事専門家は見ている。

問題は、日本はどうするのか、である。

特異な防衛路線である「専守防衛」では敵基地への報復攻撃さえ不可能で
あり、核シェルターの整備もなく、住民の避難作戦の策定もされていな
い。GDP2%の防衛費も、財務省はまったくやる気がなく、このままで
は大変な事態に陥落するという不安が増すばかりである。

日本の平和ぼけは治癒の見込みがない。「戦争」と「平和」は対立概念で
はなく、戦争の結末が「和平」であり、peaceの動詞は
PACIFY(「制圧、平定」の意味)であることを理解しない(ちなみ
に中国語には「平和」の語彙はない。「和平」である)。

すなわち「平和」とは戦争と戦争の間にある休憩時でしかなく、次の戦争
への準備期間である(クラウゼウィッツの「戦争論」)。日本は、この危
機をバネに防衛力を強化する絶好のチャンスでもあるのだが。。。。

2017年05月05日

◆シリアへのミサイル攻撃は…

宮崎 正弘



<29年(2017)5月3日(水曜日)通算第5277号>   

 シリアへのミサイル攻撃は夕食後の余興だった(ロス商務長官)
  トランプ、プーチン。初の電話会談で北朝鮮とシリア問題を話し合った〜

5月2日、トランプ大統領とプーチン・ロシア大統領との初めての電話会
談が行われ、北朝鮮とシリア問題を話し合った。

両大統領は、北朝鮮の核ミサイル問題が「地球的規模の危機であり、いか
に解決するか。中国の役割の限界、ロシアの役割など突っ込んだ議論が交
わされたとホワイトハウスは認めたが、詳細の公表はなかった。

さきにティラーソン国務長官がモスクワを訪問し、ラブロフ外務大臣と協
議、またプーチンとも話し合いをしているが、挨拶程度に終わり、詳細の
討議はなかった。

ロシアは六者協議の一員であり、北朝鮮問題での立場を軽視できない。そ
れゆえ米国は5月3日から開催されているシリア問題の国際会議に代表を
派遣している(会場はカザフスタンのアスタナ)。

トランプはプーチンとの電話会談で「シリアの停戦プロセスに関し、『安
全地帯』を設営する」ことも話し合ったとされる。

膝をつき合わせてのトランプ・プーチン会談はドイツで開催されるG20
で実現することは早くから外交日程にのぼっている。

5月1日にカリフォルニア州ビバリーヒルズで開催された「ミルケン研究
所」主催のイベントでロス商務長官が講演し、「シリアへのミサイル攻撃
は(おりから開催されていた中国の習近平主席との)夕食会の余興だっ
た」とジョークを飛ばしたが、この発言は舌禍事件となりそうな雲行きで
ある。

2017年05月03日

◆天安門事件記念館、香港で再開

宮崎 正弘 



<平成29年(2017)5月1日(月曜日)弐 通算第5275号>   

〜天安門事件記念館、香港で再開
 中国の圧力に負けて一昨年春に一度閉鎖に追い込まれていた〜

1989年6月4日から、早くも28年。

天安門事件の虐殺は、多くの中国人の胸裡に、悲しみと怒りと中国共産党
へのルサンチマンとして蘇る。
 
2014年4月に、香港九龍半島の裏路地のビルの5階に、僅か70平米ほどの
面積だったが、「六四」記念館は開設された。

香港の民主活動家が呼びかけ、広く市民から寄付を集めて、1989年6月4
日に、何が起きたか、なかったという中国共産党の宣伝とどこが違い、何
が真実かを写真パネルなどで展示した。

見学者は皮肉にも中国大陸からの旅行客が大半で、開館から半年で2万人
が入城した。日本からもかなりの中国研究者などが見学に行った。

中国共産党は、真実を知られることを恐れた。

 じつは銅鑼湾書店事件がおきた直後、香港に取材に飛んだ筆者は、つい
でとばかり、見に行ったが、当該住所に見あたらない。
一時間ほど付近の住民に尋ね回ったりして周囲をうろついたが、ついに発
見できず、閉鎖されたことを知った。

一帯は中産階級以下の人たちが住む場所で、家賃はそれほど高くないはず
だから、共産党の圧力に家主が根負けして退去を要請したに違いないと
思った。
このたびの再開は期限付きとはいえ、民主派の地道な努力が実った。

2017年05月01日

◆北朝鮮のミサイル発射は「自爆」

宮崎 正弘 



<平成29年(2017)4月30日(日曜日)通算第5273号 >  

 〜北朝鮮のミサイル発射は「自爆」という結果だったが
  日韓は当然ながらロシア極東軍も警戒態勢を取っていた〜

 北朝鮮は4月29日、早朝にミサイル発射実験を行った。
 平壌の北東、北倉から発射された中距離弾道ミサイルは「KN17」と
米軍はみており、これは失敗したとはいえ、空母キラーという異名をとる。

折しも米空母カールビンゾンが、対馬沖から日本海へ入った、そのタイミ
ングを狙っており、そのうえ格別に留意すべきは、ミサイルは北東へむ
かって発射されたことである。米軍筋は、ミサイルは44キロ飛翔し、北
朝鮮領内に落下したと分析した。

4月にはいって、5日、16日、今回は3回目だが、いずれも失敗した。

失敗は北朝鮮の技術的貧困、あるいはミサイルの欠陥からくるものか、あ
るいは意図的に失敗させてはいるが、ある目的のために一連の実験ではな
いのかとする見方もある。

すでにオバマ政権の時代に、ミサイルを電波妨害で破壊する研究が開始さ
れているが、その研究成果の報告はまだ出ておらず、北のミサイル失敗は
米軍が妨害電波を出したからという観測もあるが、ミサイル内部の電子命
令系統は、外側から隔絶された設計になっている。

従って米軍の電波妨害が成功しているとは考えにくいのではないか。

むしろ北東へ飛ばすと、その先は日本海ではなく、ロシアである。

ロシアへ向かわせ、途中で自爆させているのだ。つまり技術力が格段に向
上していることを北朝鮮は見せつけ、米国、韓国、中国ばかりか、ロシア
に示威したとい解釈も成り立つ。

折からNYの国連では安保理事会が開催され、ティラーソン国務長官は
「深刻な危機」と分析し、ロシアや中国との論戦の最中だった。

中国の王毅外相は「問題解決の鍵は中国にはない」と盛んに逃げをうっ
た。ティラーソンは「話し合いは意味がない。過去に何回も騙されてい
る」という意味の発言をした。

この直後に、北のミサイル実験のニュースが飛びこんで、中国が主張して
いた「平和的解決」も国連安保理事会の緊急会合では虚しく聞こえた。

ロシア代表はガジノフ外務次官で、「もし米軍が先制攻撃を行えば、破局
を迎える」と横やりを入れていた。

またロシアは中国とともに「六者協議」を再開して話し合いを続けるべき
と主張したが、安倍首相は訪問先のロンドンの記者会見で「六者協議再開
という環境にはない」と、楽観的観測を否定した。


 ▼日本では警戒、監視態勢つよまったが

「この状況は戦後最悪の危機である」と有力政治家の発言が続く。

日本ではミサイル発射ニュースの直後から、「安全確認」を目的に東京
の地下鉄は10分間、停車した。

ほかに北陸新幹線も停車して、被害を避ける準備に入った。

すでに秋田県男鹿半島などでは避難訓練が行われており、日頃の平和ぼけ
から防御への頭に切り替えが行われつつある。

地下鉄の場合は、地下シェルターとしての態勢がとれるか、どうか。いや
地下鉄の構造に、そういう能力があるのか。鉄道にしても、ミサイル被害
がもしでた場合、いかなる措置を必要とされるか、政府は具体的検討に
入った。

ミサイルは失敗しても、その自爆あるいは自壊場所によって、残骸が墜落
する危険性を伴い、あるいは日本海であってもイカ漁船などが操業中の海
域に落ちれば被害が出る。

陸続きの朝鮮半島から中国、ロシアの国境付近も、落下の危険性の潜在的
ポイントとして加えておくべきだろう。

じつは4月29日の北朝鮮ミサイルは失敗したが、落下を警戒してロシア極
東では警戒態勢が取られていたのだ。

極東防空識別圏内で「アラート」が発せられ、東部軍区(ハバロフスク)
ではS400対空ミサイルシステムが稼働した。

「ミサイルの残骸が露西亜領内に落下する危険性に備えた」とビクター・
オゼロフ(ロシア連邦上院軍事委員長)が発言した(アジアタイムズ、4
月30日)。

一連の北朝鮮擁護発言をくりかえしてきたロシアとて、政治的思惑と世界
政治の攪乱、アメリカ主導への当てつけ、トランプ外交への妨害などが目
的で、計算づくでなされた政治発言はロシアの地位回復を企図した政治的
ジェスチャーである。

矛盾するかのように極東ハバロフスク軍区の警戒態勢入りがなされている。

        
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  ◆樋泉克夫のコラム 
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【知道中国 1563回】        
――「正邪の標準なくして、利害の打算あり」――(?富2)
   ?富猪一郎『七十八日遊記』(民友社 明治39年)

            ▽

趙爾巽(1844年~1927年)は漢人八旗の出身。清末民初の政治家で、東三
省総督時代に遭遇した辛亥革命に際しては満州において革命勢力を押さえ
込み、革命の余波が満州に及ぶことを防いだ。清朝が崩壊し中華民国が成
立するや、漢人官僚の代表で中華民国の実権を握った袁世凱や後継者と
なった段祺瑞の幕下に馳せ参じ、清朝の歴史を記した『清史稿』の編纂を
主幹した。

徳富を前に趙爾巽が「頻に日本の新聞か、自分を誤解し居る」と“不満”を
口にしたということは、趙が自分を軽んずる日本に不満を持っていたとい
うことであり、日本は趙の政治家として実力を見限っていたということだ
ろう。

奉天にある清朝の王宮へ足を向けた。「宮殿の内部、寶物、及ひ4大書庫
の一なる文溯閣を見物」している。「宮殿は朝鮮も、支那も、其の荒廢は
同樣也。目下修繕中の由にて候得共、それも覺束なく存し候」。宝物は数
あるが、やはり乾隆帝が勅命で編纂を命じ、清朝の総力を傾け、400人を
超える学者を総動員して全土に残された書籍を網羅した四庫全書を納めた
「文溯閣の戴籍」を目にしては、さすがに「快心洞目」せざるをえなかった。

とはいえ文溯閣には長期にわたって人の出入りがなかったらしく、貴重な
書籍には塵が堆く積もっていた。「塵埃の積る寸餘なるには閉口致し」て
いるが、ここで一転して、「支那にては、流石に4億餘の人口ある故に
や、人間程廉價のものは、此れなく」と呟く。それというのも「斯る寶物
庫や何やを見物するにも、役人やら油虫やら、ぞろぞろと左右前後より取
り捲き、?々喋々の奇聲を發し、且つ名状す可らさる奇臭の包圍攻?には、
閉口中の大閉口にて有之候」と。

何にもまして繁文縟礼を旨とするだけに、清朝の役人が多くのお供を従
えて案内したことだろう。態度物腰は慇懃のうえに慇懃ではあるが、ベ
チャクチャと喧しい限り。加えて彼らに入浴の習慣もなく、油の沁み込ん
だような厚手の衣裳を纏っている。「名状す可らさる奇臭の包圍攻?」に
は、神州高潔の民を任じていたはずの徳富ならずとも「閉口中の大閉口」
と呟かざるをえなかったはず。
 
次に向かったのが、清朝2代目皇帝ホンタイジ(漢字で皇太極)を祀る昭
陵だった。
 
奉天の城門を出る。「支那詩人の所謂る一坏土たる、土饅頭の墳墓と、且
つ糞塊の堆をなす間を、用捨なく排進し、渺々たる廣原を過ぎ、鬱然たる
森林中に入」ると、その先に昭陵が構えていた。「塲所と云ひ、結構と云
ひ、奉天第一の見物」ではあるが、ここでも「支那の役人、若しくは小价
等か、左右に附き纏ひ、大聲にて何やら分らぬ言を喋舌するには、聊か五
月蠅からさるにあらす候」。案内する役人やらお供の下役の振る舞いが、
よほど気に入らなかったに違いない。それにしても「糞塊の堆をなす間
を、用捨なく排進」とは、想像するだけでもクサそうだ。

 18万の人口を称する「奉天は、流石に(中略)滿洲中の都會也」。「日
本人の居住する者2千人、其の在留者は、概して6千人内外、軍人は其外
に候由に候」。ということは、日本人滞在者は長期が2000人で、短期が
6000人ということか。これに駐留軍人が加わっていたわけだから、やはり
当時の奉天では日本人は一大勢力だったと考えられる。

日露戦争が終わったとはいえ、「戰後の情態は、未た全く恢復したりと
は、申し難かる可く候」。それは、「物價の格外なる不廉にて、明白に
候」。物価の高止まりが「此儘にて永續するは、甚た面白からす候」。だ
から日清協同事業の声が挙がるのは判らないわけではないが、満州におけ
る日清両国民の信用と好意とが容易に得られない以上、「言ふ可きも、决
して容易に行ふ可らさるかと察せられ候」ということになる。
次なる目的地は大連。
《QED》

2017年04月30日

◆「鉄の同盟」に決定的な亀裂

宮崎 正弘 



<平成29年(2017)4月29日(土曜日)通算第5272号>   

〜パキスタン、中国との「鉄の同盟」に決定的な亀裂
  一帯一路プロジェクトの要。インドネシア新幹線に続いて深刻な暗雲〜

習近平の夢は、「一帯一路」(シルクロード構想)という世紀のプロジェ
クトを成功に導くことである。アジア一帯に覇権を確立するという中国の
壮大な野心の実現だ。

すでに東シナ海と南シナ海を事実上、軍事制圧し、次はロンボク海峡とマ
ラッカ海峡の要衝であるインドネシアには新幹線プロジェクト(ほぼ挫折
中)。

陸続きのラオス、ミャンマーへは水力発電所プラント、そしてスリランカ
に潜水艦寄港のハンバントラ港工事(これはほぼ完成)とコロンボ沖合に
人口島、新都心建設(工事は三年遅れで始まったが先行きは暗い)、バン
グラデシュへも東南端のチッタゴン港湾工事計画。

いずれも「海のシルクロート」の通り道。同時にインドを囲む大戦略の一
環でもある。

パキスタンのグアイダール港工事は、将来的に中国海軍の空母、潜水艦、
軍艦の基地化を狙い、その先がジブチだ。すでに後者のジブチ政府とは合
意し、中国は1万人の軍駐留規模の基地を建設する。

パキスタンと中国は半世紀を超える「軍事同盟」である。パキスタンは事
実上の軍事政権、しかも核武装国家。パキスタンには中国との合弁による
戦車工場もイスラマバードの近郊にある。

基本的にイスラム国家のパキスタンが中国と軍事同盟を組んできたのは地
政学的理由が筆頭で、インドとの敵対関係から、中国の援助を必要だっ
た。しかし無宗教の中国を、高潔なイスラムの理想を掲げるパキスタン民
衆が快く思うはずがない。

パキスタンの反中国感情は末端のレベルで苛烈、中国人労働者への襲撃、
テロ事件が起こっている。
 おまけにグアイダール周辺はイスラマバード中央政府に敵対的な部族が
支配する治安の悪い地区として悪名高い。


 ▼もともと発想が貧弱すぎたのだ

中国はパキスタンの西南端グアイダール港工事を請け負い、一本のバース
は完成したが、ほかは工事中。このグアイダール港から延々と道路建設、
パイプライン敷設工事を敢行中で、中国との国境へ至る。

これを「パキスタン回廊」と呼ぶ。

中国とパキスタンの友好のあかし、同盟の強化の中軸にあるプロジェクト
だと位置づけた。

 目算が狂った。

すでに拙作でも途中経過報告的にレポートしてきたが、パキスタン政府が
悲鳴を挙げたのである。

第1に政府の歳入が増えるどころか、中国のもちかけてきた世紀の大プロ
ジェクトが、歳出増となって外貨準備も底をついた。

理由は中国の工事現場の治安悪化、そのためにパキスタンは軍の治安部隊
を15000名も割いて、中国の労働者の警備にあたる。

ついでに言えば中国人労働者とは囚人が殆どで、工事が終われば現地解散
(つまり棄民)、現地に溶け込まないでコミュニテイィをつくる。この
チャイナタウンの新型が、いまアフリカ諸国で顕在化し、典型がアンゴ
ラ、ジンバブエで起きている反中国暴動である。 

第2にパキスタン政府は、その誇り高き沽券にかけても、このプロジェク
トを中国との合弁企業体が主契約者としているため、利払いがすでにかさ
み始め、利息の返済が滞っているばかりか、将来のローンがパキスタン経
済を破壊する危険性に気がつきだした。この資金回転が目的のひとつとし
て中国はAIIBを設立した。

つまり将来の不良債権は、AIIBと、これまで巨額を貸し込んできた中
国の国有銀行が負うことになる。

ちなみにグアイダール港工事、道路、パイプラインの「パキスタン・中国
回廊」のプロジェクトは総額560億ドル。

工事完成までプロジェクトには免税措置がとられているため、歳入がな
く、利払いの延滞は2017年4月現在ですでに12億ドル。免税が事由により
アテにした歳入は32億ドルだった(数字はいずれもアジアタイムズ、2017
年4月28日)。

第3は「一帯一路」プロジェクトは中国とパキスタン両国のウィンウィン
関係をもたらすはずだったのに、パキスタンには一切の裨益しないこと
が、分かった。

つまり、工事現場で地元の雇用はない(労働者は中国から連れてくる)。
地元のレストランもホテルもふるわない(中国人はテント村などで自炊す
るから)。

歳入増どころか、パキスタンは利払い遅延状態に陥った。したがって中国
の描いた一帯一路は、コストから見ても蹉跌は明らかであり、金銭的負担
にいずれ耐えられなくなるだろう。パナマ運河に対抗しようとして中国が
建設を始めた世紀のプロジェクト「ニカラグア運河」も、昨秋からすでに
工事中断に追い込まれているように。

◆樋泉克夫のコラム
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【知道中国 1562回】  
――「正邪の標準なくして、利害の打算あり」――(?富1)
   ?富猪一郎『七十八日遊記』(民友社 明治39年)

              ▽
蘇峰こと?富猪一郎(文久3=1863年〜昭和32=1957年)は改めて説明す
るまでもなく、明治から昭和にかけての日本を代表するジャーナリスト、
思想家、歴史家、それに評論家で知られ、『國民新聞』を主宰する傍ら数
多くの著書を持つ。中でも『近世日本国民史』は、畢生の大著作といえる
だろう。

日露戦争勝利の余韻冷めやらぬ明治39(1906)年5月末、徳富は「十年振
りに送らるゝ身と相成、快絶、大快絶に候」と、新橋駅を後にする。

下関から玄界灘を越えて釜山で下船。それから京城、平壌、義州と朝鮮
半島を北上し、鴨緑江を渡って安東へ。下馬塘、奉天、遼陽、大連、旅
順、営口と満州の主要都市を周って南下し、山海関を越えて関内に入り北
京へ。北京から天津に向い海路に出る。

芝罘、威海衛と山東半島の先端に位置する要港を経て上海へ。杭州、蘇州
と江南の景勝地を眺めた後、長江を遡り、武漢三鎮から湘潭、長沙、岳州
と湖南省の要衝を歩き、長江を下って再び上海へ。上海からは東シナ海を
一気に長崎へ。その後は、門司から瀬戸内海を経て紀伊半島を迂回して横
浜へ。この間、前後78日の漫遊の旅の徒然を思いのままに綴ったのが、
『七十八日遊記』である。

冒頭に「隨處に寸閑を偸み、觸目、感興の一斑を、記載したるものにし
て、其の大半は、鉛筆にて、郵便はがきに、細書したるもの也」「其の印
象極めて新鮮なるの機を失せす、隨記隨送したるものに過きす。其の修辭
の粗雜にして、其の内容の淺露なる、寧ろ當然のみ」と記しているよう
に、旅先での思いをハガキに託し、友人知己に郵送した体裁をとっている
だけに、徳富自身、纏まった清国論と見做しているわけではなさそうだ。
 
本書後半に置かれた「觸目偶感」では「支那及支那人」の生態を“縦横無
尽”に切り刻んでいるから、こちらが徳富による本格的論議ともいえる。
第一級のジャーナリストの筆になるだけに、その後の日本の朝野における
対中国動向を考えるなら興味は募る。だが、ものには順序がある。そこ
で、先ずは旅程に従って78日間の旅を追体験したいと思う。

新義州より「鴨緑と云ふも、其實は濁流」である鴨緑江を小型船で渡れ
ば、いよいよ「韓滿の交叉點」であり、「隨分盛大なる支那街」の安東県
だ。「二、三の支那商店を訪ひ、種々談話を試み」た感想を、彼らが「我
が軍政の爲に、其の身體、財産の安寧を保持したるは、彼等か尤も感謝す
る所なるかの如くに候」とし、「何れにしても支那の役人を信するより
も、日本の役人を信し候丈は、間違いなきに似たり」と綴る。

たしかに「固より彼等か本音を吹くや否やは知らされとも」と断わっては
いるが、徳富は面従腹背の4文字に象徴される彼らの振る舞いに思いを致
すことはなかったのだろうか。

「何となく玩具車」のような列車で安東と奉天とを結ぶ安奉線を走る。
「滿洲の木曾路」やら「滿洲の耶馬渓」やらを過ぎると、いよいよ「滿洲
の大平原」に出て、「南滿鐵道と遥かに相隔てゝ、奉天を目指し、進行を
續け」た。沿線の光景は「滿目荒凉劫餘の光景??たり」と。

目に入る村落には木々はなく、家々も新しい。「滿洲土人の諺に曰く、露
人は家を荒らし、日本人は野を荒らすと。家を焼き拂ふたるは、殆んと悉
く露兵也。而して薪に窮して、樹木を焚きたるは、概して我兵に多しとか
や」と。日露戦争の戦場の後が生々しい。

死闘を繰り広げた日露両国兵士が去った後、再び「滿洲土人」の生活が繰
り返される。

いよいよ奉天。奉天では街を歩き、「監獄に赴きて、一種獨特の支那流
儀を觀察し、水滸傳にて讀みたる、獄屋の模樣と、照合し、大いに興味を
感し」たとのことだ。奉天に拠る「盛京将軍趙爾巽と會見」している。
「温乎たる中老の人」で「支那人には珍しく瘠方」で「憂色面に溢る」。
「頻に日本の新聞か、自分を誤解し居る旨辯し申され候」とか。

2017年04月29日

◆カーター元大統領に北朝鮮特使を打診か?

宮崎 正弘 



<平成29年(2017)4月38日(金曜日)弐 通算第5271号>   


 〜トランプ政権、ジミー・カーター元大統領に北朝鮮特使を打診か?
   北朝鮮への圧力に平行して話し合いも模索へ〜

フィナンシャルタイムズが4月27日付けで報じている。

トランプ大統領は秘策の一つとして北朝鮮へ、ジミー・カーター元大統領
を特使として派遣する打診をしているという。

94年の北朝鮮危機のおりにも当時のクリントン大統領は、土壇場でナン上
院議員の派遣を中止させ、かわりにカーター元大統領が金日成から招待を
うけていた話を思い出して、「私人」としての訪朝を促した。

平壌に飛んだカーター元大統領は、あくまでも「私人」として、金日成と
長時間の話し合いをなした。

IAEAの駐在査察の継続、使用済み燃料の再利用中止と引き替えに軽水
炉支援(合計13億ドルを米国は支援したのだが)、これらによって米国
は国連の制裁決議促進を一時停止するなどの合意を得た。

この北朝鮮の首領様と米国の「私人」との合意を、しかしながらクリント
ン政権が追認した。

たしかに、1994年の危機は回避されたが、結局、米国は北朝鮮が約束を反
古にしたため、臍を噛むこととなった。

そのカーター元大統領を、また引っ張り出すのは愚策ではないのかとワシ
ントンには懐疑論も飛び交っているという。
      

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樋泉克夫のコラム
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知道中国 1560回】      
――「湖南省を目して小日本・・・自ら稱して小日本人といふ」(安井5)
安井正太郎『湖南』(博文館 明治38年)

               ▽

「各國宣?師等は、凱歌を奏して一時に侵入し來」た結果、「省内63縣
中、一縣を除くの外は各縣皆一人の宣教師を有す」るようになった。とは
いえ、布教の成否は未だ判然とはしない。それゆえに、「湖南に入る宣?
師の何れも小心翼々湖南人を以て支那人種中の卓越したるものとなし、各
自の擧動に格別なる注意を拂ひつゝあるは、事實として注目の値あり」と
している。

次いで『湖南』は、「1904年漢口に於て開會せる中央支那宗教出版協會に
於ける記事」を紹介するが、たんなる「宗?出版事業の成績を報告せるに
過ぎざれども」、「如何に彼等が熱心、耐忍、屈辱、困難と鬪ひて、傳道
に從事せるかを知る」べきだ。それというのも「彼等の進むあつて退くこ
とを知らず、10年斯の如く、20年斯の如く、30年50年復斯の如く、努むる
を知て倦むことを知らず」、しかもキリスト教各派の別はあるが布教に関
しては「整然として一致している」。こういった状況を見せつけられるに
つけ、「吾人本邦人の短處と相對して、感服の外なし」と説く。

こわば「進むあつて退くことを知らず、10年斯の如く、20年斯の如く、30
年50年復斯の如く、努むるを知て倦むことを知らず」という姿勢に欠ける
ことが、「本邦人の短處」ということになるわけだが、対外関係を考えて
時、現在にも通じうる指摘だと思う。

さて「1904年漢口に於て開會せる中央支那宗教出版協會に於ける記事」と
は、中央支那宗教出版協會に参加したキリスト教各派の指導者の活動報告
を纏めたもの。そのうちの興味深い記述を拾っておくと、

■「來會者の中には一人も官吏又は實業家は」見当たらないものの、
「會塲の廣濶なるは來衆の多數なるに相應を呈すること一層なりき」。

■「聖書及び新訳全書」を中心に多くのキリスト教の印刷物に対し、
「地方官吏及人民一般に好意を表し」、かつて考えられないような規模で
販路が拡大している。「研究者の數は次第に増加し、この結果として地
方?會堂設立を見るに至れり」。かくして「今後格別の障礙なくんば今よ
り十年の内には異常なる發展を見るべきを得るが如し」

■「昔時は單獨に從事せしも今日は盡く基督?信徒たる土人と相合して
普及に勉むるに至りたる」からこそ、「基督?普及に偉大の効果ある」

■「(キリスト教にとって)支那は最も好望の地にして、現今風雲の暗
澹たるもの」があうるが、「光輝ある将来を有する」。

「今や各國の視線は支那に集注して、時局頗る切迫」していて、伝道事業
に障害となるかも知れないが、「此老大國も漸く巨人の醒むるか如く覺得
し來」っている。日本のようには短時間で「長足の進歩を爲せし如きを學
ぶ」ことは望み薄だが、それでも「其昏睡の情態に非ざるは之斷言し」うる。

やはり彼らの蒙を啓き「眼を開て四隅を顧みしむるは書籍により開發する
に如くなし」。じつは「支那國民は讀書人種なりと稱すれとも其讀書力淺
薄にして能く文書を了解するもの甚た少なし」。

そのうえ「政治上の變動は漸く彼等に打?を加へ、日本より新文明を輸入
して泰西の風氣漸く彼等の解する處となりしものの如し」。だから、キリ
スト教布教のための「宗教上の出版物に多少地理?史的材料を加味して
宗?の起因せる處を明かにし、同時に一般?科書に宗教的分子を含有せし
むるの必要」がある。

■「露國の行動は或は日本と于(「干」の誤り?)戈を交ゆる原因たるこ
とあらん從て支那は此禍亂の裡に没せられて傳道事業を一時杜絶せらる
る」可能性は高い。だが「年と共に漸次歩を進め屈せず、撓まずんば効果
期して擧ぐるを得べし」

「撓まずんば効果期して擧ぐるを得べし」が、キリスト教伝道の根本姿
勢なのか。
《QED》
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
 もう1つ
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
【知道中国 1561回】                      
  ――「湖南省を目して小日本・・・自ら稱して小日本人といふ」――(安
井6)
     安井正太郎『湖南』(博文館 明治38年)

               ▽
「1904年漢口に於て開會せる中央支那宗教出版協會」に参加した宣教師の
中には、「五十年の支那に於ける生活」を振り返り、「今日の状態は實に
欣躍に堪へさるを説」く者もいた。19世紀初めの時点で「50年の支那に於
ける生活」ということだから、その宣教師が中国にやってきたのはアヘン
戦争から10年ほどが過ぎた頃になる。

ここで当時の日本を振り返ってみると、黒船の来航=嘉永6(1853)
年、安政江戸地震=安政2(1855)年、安政の大獄=安政5(1858)年、
桜田門外の変=万延元(1860)年と続き、高杉らが乗り組んだ千歳丸の上
海入港=文久2(1862)年となる。

いわば高杉らが西欧との交易によって栄える上海の街を驚きを以て「徘
徊」していた頃より10年ほど早く、すでに宣教師は布教のために湖南省入
りしていたわけだ。

以来、半世紀。排外主義に満ちた湖南省を舞台に、「撓まずんば効果期
して擧ぐるを得べし」の精神を貫いたからこそ、キリスト教にとって「實
に欣躍に堪へさる」状況を産み出し得たということだろう。

かくして「歐州列強が清國主權の薄弱なるに乘じ、或は土地の租借に或
は鐵道鑛山の利源に汲々として勢力範圍の擴張を努むること茲に50年、尨
大なる滿清の境土も殆と完膚なきに近からん」。こうなると最後の最後ま
で列強に対し門戸を閉じていた湖南省も、「早晩列強の染指を免かるべか
らざるは」、やはり時勢の赴くところである。

そこで「湖南人をして自ら進んで其門戸を洞開し20世紀の文化を輸入し
て?育に武備に農工殖産に貿易交通に彼等が其の聰明勇敢なる特性を發揮
せしめ」て、彼らを導いて「地方の安寧幸福」を達成させる一方、「清國
の衰運を挽回」するように努力させるのは、「同文同種にして且つ性情相
近き本邦人」の責務であり、「彼等も亦本邦人を得て初めて相信じ相依る
を得る」ことが出来ると、『湖南』は説く。

かくして白岩は大倉喜八郎、安田善次郎、渋沢栄一などの協力を得て湖
南汽船会社を設立することになるが、『湖南』は湖南汽船会社を基礎に
「兩國經濟共同の必要を?す江湖に訴へ」れば、「經濟同盟はやがて政治
の同盟」に、「政治の同盟」は「國民の聯絡」に、「國民の聯絡」は「政
府の聯絡」に発展すると構想することになる。

どうやら、この辺りにロマンティシズムに満ち溢れた理想主義的な「東
亜保全論」の萌芽を見るようだ。だが、この「東亜保全」という考えが、
その後に続く日露戦争、辛亥革命、清朝崩壊、中華民国成立、軍閥割拠か
ら日中戦争を経て日本敗戦へと続く疾風怒濤の時代の渦中で、ものの見事
に破産したことを改めて考えておく必要があるだろう。

亡国目前の清国、その清国を革命して成立したものの国家の態をなしてい
ない中華民国、その中華民国を目覚めさせ、目覚めた中華民国と提携する
ことで西欧列強に対抗し、本来の東亜を回復する――これを東亜保全論の理
想形とするなら、この理想に向って進んだ「支那通」も少なくなかったよ
うに思う。なかには旧陸軍の支那通を代表する佐々木到一のような軍人も
いたはずだ。

佐々木は中国で台頭するナショナリズムを積極的に評価した。おそらく
両国のナショナリズムによって「政治の同盟」から「國民の聯絡」へ、や
がては「政府の聯絡」に進ませようと夢見たのではないか。

だが、そのナショナリズムがやがて独自の形で、あるいは欧米列強による
様々な政治的思惑の中で日本に牙を向けるようになったことも、また事実
であろう。以上は、さらに考察を重ねる必要がある。後日を期すことを、
ここに記しておく。

末尾に明治36年冬から37年春にかけて南清を旅した佐々木信綱の作品が
付されている。そのうちの一首に、「長江の水ひんがしに五千年國は老い
たり民たゞに眠る」と。
《QED》

2017年04月20日

◆北朝鮮攻撃は遠のいたのでは?

宮崎 正弘 



<平成29年(2017)4月19日(水曜日)通算第5269号>   

 〜4月27日(新月)の北朝鮮攻撃は遠のいたのでは?
  米国の「レッドライン」は、いまだ具体策が意味不明〜

 「北朝鮮がレッドラインを越えたら、米国は単独でも行動する」とトラ
ンプ大統領は習近平にも直接言った。中国が北の暴走を押さえ込めると推
測したわけだが、中国の軍を掌握していない習に、そんな力はない。

日本の新聞はさかんに習近平が権力態勢を磐石としていると分析している
が、北京情報筋からの分析はまるで逆である。

軍の抗議集会が北京のど真ん中に展開されるという前代未聞の事態が出来
している。

米国の言う「レッドライン」とは具体的に何を意味するのか。

メディアは「北が核実験をしたとき」「北がICBMの発射事件をおこな
えば」と報じているが、トランプ政権は「あらゆる選択肢が卓上にある」
と曖昧に表現するだけで、この中味は巡航ミサイル数百発発射して核兵器
施設、ミサイル発射基地、軍事施設の全てを攻撃するという壮大なシナリ
オから、金正恩の「斬首作戦」にとどめおき、北の新体制と核凍結の交渉
をするアイディア、対シリアのように象徴的に打撃を与えるプランまでが
飛び交っている。

巷間囁かれてきたのは4月27日が「新月」となるため、この日に米軍の軍
事作戦が行われるだろうという推測だった。

新月は言うまでもなく太陽と月が一線となるため、夜中に月明かりがない
日である。

タイミングから言えば4月25日に北が建軍記念日を迎えるため、祝賀ムー
ドに湧く北朝鮮は核実験をおこなう可能性が高いからだ。

それがレッドラインを越えたと判断し、ミサイル攻撃、あるいは特殊部隊
の上陸作戦があると言われた。

アルカィーダの首魁だったオサマ・ビン・ラディンがパキスタンに潜伏中
の隠れ家を襲ったのも、新月だった。

トランプ大統領としては、振り上げた拳を降ろさなければならない。低迷
気味の人気回復にはもってこいの作戦ともなる。

急浮上している作戦アイディアは、金日成、正日親子の巨大な銅像を破壊
するという象徴的襲撃作戦だ。

これは複合的効果を産む。つまり独裁者二人の銅像を破壊すると、民衆は
体制崩壊と誤認し、反政府暴動に発展する可能性がある。

また軍高層部、警察、秘密警察がいかなる反応をするか、つまり権力機構
の通信、命令系統がどのようは反応をするかを見て取れるわけで、同時に
通信設備や発電所の破壊も行われるだろう。

北朝鮮の軍や警察が相互の通信がとれなくなれば、有効な反応が出来ない
ばかりか、防衛体制が機能せず、無秩序状態に陥るだろう。


▼しかし、攻撃は遠のいたのではないか
 
シンガポールを出航した米海軍カールビンソン空母攻撃群は、朝鮮半島近
海にはほど遠く、まだインドネシア沖を航行中であることが分かった。

1つには追尾している中国とロシア艦船に対しての陽動。いま1つは南シ
ナ海を北上していないので、東シナ海へやってくるにはまだ時間がかかる。

だが、もう一つ顕著な理由がある。軍を動かすトランプ大統領に進言する
べきマティス国防長官は、いまサウジアラビアにいる。

ペンス副大統領は日本にあって、19日には空母ロナルドレーガン艦上で演
説する。

マクマスター安全保障担当大統領補佐官はインドにいる。

最終決定をする3人がワシントンに不在とあって軍事行動を決定する態勢
にはない。
       
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 ■■■■■■■■ 渡部昇一氏を悼む 宮崎正弘 ■■■■■■■■
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渡部昇一氏が4月17日に亡くなった。振り返れば、氏との初対面は4半世
紀以上前、竹村健一氏のラジオ番組の控え室だった。文化放送で「竹村健
一『世相を斬る』ハロー」とかいう30分番組があって、竹村さんは1ヶ月
分まとめて収録するので、スタジオには30分ごとに4人のゲストが待機す
るシステム、いかにも超多忙、「電波怪獣」といわれた竹村さんらしい遣
り方だった。

ある日、久しぶりに呼ばれて行くと、控え室で渡部氏と会った。何を喋っ
たか記憶はないが、英語の原書を読んでいた。

僅か10分とかの待機時間を、原書と向き合って過ごす人は、この人の他に
村松剛氏しか知らない。学問への取り組みが違うのである。

そういえば、氏のメインは英語学で、『諸君!』誌上で英語教育論争を展
開されていた頃だったか。

その後、いろいろな場所でお目にかかり、世間話をしたが、つねに鋭角的
な問題意識を携え、話題の広がりは世界的であり、歴史的であり現代から
中世に、あるいは古代に遡及する、その話術はしかも山形弁訛りなので愛
嬌を感じたものだった。

近年は桜チャンネルの渡部昇一コーナー「大道無門」という番組があっ
て、数回ゲスト出演したが、これも一日で2回分を収録する。休憩時に、
氏はネクタイを交換した。意外に、そういうことにも気を遣う人だった。

石平氏との結婚披露宴では、主賓挨拶、ゲストの祝辞の後、歌合戦に移る
や、渡部さんは自ら登壇すると言いだし、ドイツ語の歌を(きっとお祝い
の歌だったのだろう)を朗々と歌われた。

芸達者という側面を知った。情の深い人だった。

政治にも深い興味を抱かれて、稲田朋美さんを叱咤激励する「ともみ会」
の会長を務められ、ここでも毎年1回お目にかかった。稲田代議士がまだ
一年生議員のときからの会合で年々、参加人員が増えたことを喜んでいた。
最後にお目にかかったのは、ことしの山本七平授賞式のパーティだった
が、氏は審査委員長で、無理をおして車椅子での出席だった。「おや、具
体でも悪いのですか」と、愚かな質問を発してしまった。

訃報に接して、じつは最も印象的に思い出した氏との会話は、三島由紀夫
に関してなのである。

三島事件のとき、渡部さんはドイツ滞在中だった。驚天動地の驚きととも
に、三島さんがじつに偉大な日本人であったことを自覚した瞬間でもあっ
た、と語り出したのだった。渡部さんが三島に関しての文章を書かれたの
を見たことがなかったので、意外な感想に、ちょっと驚いた記憶がふっと
蘇った。三島論に夢中となって、「憂国忌」への登壇を依頼することを忘
れていた。  合掌。
        
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  樋泉克夫のコラム 
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 【知道中国 1558回】
―「湖南省を目して小日本・・・自ら稱して小日本人といふ」――(安井3)
    安井正太郎『湖南』(博文館 明治38年)

               ▽

『湖南』の出版から6年を遡った明治32(1899)年、白岩は「湖南人はそ
の性質に於て真摯質実、我古武士の風あり。其排外は攘夷の思想に他なら
ず。故に一朝自覚する所あれば豹変して熱心なる改革論者たらんことは、
甲午役(日清戦争)後の情勢に徴し識者の早く已に認識する所なり。

況んや近時人材の輩出、未だ湖南省の如きはあらず。必ずや流風余韻の子
弟青年に依りて紹述せらるるものあらん。見来たれば湖南将来の希望、転
た多大なるを覚ゆ」と記している。

以上は、白岩の事績を研究した中村義が『白岩龍平日記 アジア主義実業
家の生涯』(研文出版 1999年)に引用している。白岩が、いつ、どこに
発表した記述なのかを注記されていないが、やはり『湖南』の主張と大差
がないところに注目しておきたい。

 中村は、白岩の湖南論は「すぐれて予見的であった」と評価した後、
次のような解説を加えた。興味深い指摘だと思うので引用しておく。

「19世紀末から20世紀30年代にかけての中国近代史を俯瞰すると、湖南
省の歴史的軌跡が太く貫いていることに気付く。それは人脈と湖南気質で
ある。人脈とは太平天国に対決した曽国藩と湘軍の登場、そして左宗棠、
改革をめざした変法運動の先頭をきった譚嗣同や唐才常、つづいて辛亥革
命期に中国同盟会の主力をになった黄興、宋教仁はじめとする俊傑、そし
て中国革命をリードした毛沢東、劉少奇等の共産党指導者らの故郷であっ
た。近代中国を通じて、第一級のジャーナリスト梁啓超は『湖南は天下に
あって人材の淵藪なり』とし、日本の幕末明治維新の薩摩、長州になぞら
えている」

たしかに黄興と近かったのは宮崎滔天であり、宋教仁は北一輝にとっては
血盟の友だった。不確かながら、北は黄興を西郷隆盛に擬えていたように
記憶する。また大正6(1917)年2月から5月にかけて湖南省を訪れた宮
崎滔天は、4月に湖南省立第一師範学校で学友会が主催したと伝えられる
講演会に望んでいるが、宮崎を招請したのは毛沢東だった。こう見てくる
と、湖南人と日本人は俗にいうウマが合ったということだろうか。

『湖南』は湖南人を「極端より極端に趨るも亦彼らの性情然るに由る
か」と記すが、譚嗣同、宋教仁、毛沢東と並べてみれば、たしかに彼らの
人生は「極端より極端に趨」っている。かりに1949年10月1日に天安門の
楼上に立ったのが湖南人の毛沢東でなかったら、あるいは毛沢東を指導者
に選ばなかったら、その後の歴史は変わっていただろうか。だが歴史は、
「極端より極端に趨」は湖南人だけではなかったことを教えてくれる。

毛沢東が敷いた対外閉鎖路線を決然と擲って、1978年末に対外開放へと国
の基本を180度転換させた?小平もまた「極端より極端に趨」った。考え
てみれば、あれだけの、しかも身勝手で扱い難い人々の群である。

マアマアとか、皆さんのゴ意見を伺ってなどと言っていたのでは何も出来
はしないだろう。儒教道徳が讃える中庸なんぞを求めて居たら、喧々諤々
で纏まるものも纏まらない。であればこそ、一気呵成にエイヤッと「極端
より極端に趨」らないかぎり、なにもできないのではなかろうか。

1949年の建国以来を振り返ってみても、50年代半ばの双百運動から始ま
り、反右派運動から大躍進、さらには社会主義教育運動を経て文化大革命
へ。劉少奇が抹殺され、林彪が憤死し、四人組が粉砕され、毛沢東が後継
と定めたと伝えられる華国鋒ですら権力の座から簡単に排除されてしまっ
た。かくして登場した?小平は「毛沢東を掲げて毛沢東を否定し」、遮二
無二に対外開放へ。外資が流れ込むと、昨日まで金科玉条と崇め奉ってい
た毛沢東をいとも簡単にボロ雑巾のように捨て去り、国を挙げての拝金思
想の道をまっしぐら。

「極端より極端に趨るも亦彼らの性情然るに由る」・・・豈湖南人のみ
ならんや。《QED》
      

2017年04月19日

◆マルフォートが中国企業の助っ人

宮崎 正弘
 


<平成29年(2017)4月18日(火曜日)弐 通算第5268号>   

〜あのマルフォートが中国企業の助っ人(ロビィスト)に
  トランプ大統領の対中国政策変化の兆しかも知れない〜

ポール・マニフォート。やや懐かしき名前だ。

昨年初春に大統領予備選緒線で、ポーランド系の若者を選挙本部主任から
降ろしたトランプは、悪名高きロビィストのポール・マニフォートを選対
本部長として雇用した。

リベラル派のメディアは一斉に彼を叩く一方で、「これでトランプの当選
確率はなくなった」などと書いていた。
 
マニフォートはウクライナの親露政権ヤヌコビッチ大統領のロビィストを
2007年から12年まで、つとめたほか、妖しげな外国政府、機関のロ
ビィストとして活躍した。政治的経歴は古く、ニクソン選挙から頭角を表
していた。

トランプ選対にプリーバス(共和党全国委員長)や、スティーブ・バノン
が加わると、マニフォートとの関係が軋みだし、16年8月の本戦最中にト
ランプはマニフォートを解雇した。

そのマニフォートガ中国財閥7位の厳介和(ヤン・ジェィヘー)が率いる
「中国太平洋建設集団」のロビィストとなった(フィナンシャルタイム
ズ、4月17日)。

驚き桃の木山椒の木。

中国太平洋建設集団と言えば、インフラ建設の大手、地方政府との契約
で、代金未納が出始めると次々と訴訟に持ち込み、「建設業というより
も、代金回収屋か」と言われた。

中国の資本規制、金融規制の波をもろに被って、中国太平洋建設集団が請
け負った六つの地方政府の物件の代金が回収不能となったからだ。

同社は海外のインフラ進出でもパイオニア的存在であり、ブルガリアや、
ギリシアでの工事請負に積極的に進出を果たしてきた。

CEOの厳介和の個人資産は142億ドルと言われる。

さて問題は、トランプ陣営のトップをつとめ、ワシントン政界の闇を知り
尽くしたロビィストが、なぜ中国太平洋建設集団のコンサルティングを請
け負ったか。

中国側の狙いは、アメリカでのインフラ工事請負であるが、トランプ政権
は、中国からの投資は歓迎するとしており、外交とは切り離して考えたい
姿勢になる。

       

2017年04月18日

◆中国金融当局、経済成長路線を修正

宮崎 正弘 



<平成29年(2017)4月17日(月曜日)通算第5266号>    

〜中国金融当局、経済成長路線を修正し、貸し出しを抑制
  「このままでは失われた二十五年の日本の二の舞だ」と自省〜

4月10日に中国の銀行監査委員会((CBRC)は貸しだし政策の修正を
銀行に通達した。

つまり不動産への無謀なローンを抑制し、もっと有望な成長分野、さらに
は公害対策など社会生活に有益な分野への「大胆にして中立的な」貸し出
しへの移行を奨励する路線への切り替えである。

庶民からあがっている声は「もはや不動産価格は追いつける水準ではな
い」とする不満で、上海で高級マンションは2億円、3億円の時代。東京
の三倍近いレベルに高騰している。

誰も住んでいないゴーストタウンは中国全土に8500ケ所あると言われ、中
国が世界のエコシティのモデルになると呼号して、邦貨換算10兆円を投じ

天津新都心は、工事を中断し、廃墟と化けた。

それにも関わらず、習近平は河北省に新都市を建設すると豪語している。

「このままでは日本のように『失われた25年』は、次に中国にやってく
る」という危機意識の基づいた警告だが、実態をみれば、この中国金融当
局の政策転換は遅すぎる。まずは間に合わないと言えるが、当局はそのよ
うな認識を抱いていても、おそらく公表は出来ないだろう。

2017年第1四半期の新規貸し出しは4兆4200万元で、これは前年同期比で
4・6%のマイナス。とくに3月は1兆200億元で、顕著な減少を示した。
  
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書評 しょひょう BOOKREVIEW 書評 BOOKREVIE 

 〜中国と北朝鮮はサイバー作戦で共同することもある
  気をつけるべきは日本人を装っての、左派のネット攻撃と書き込みだ〜

  ♪
高永吉『韓国左派の陰謀と北朝鮮の擾乱』(KKベストセラーズ)
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 タイミングは絶妙である。まさに韓国左派が優勢にすすめる韓国大統領
選はどちらが勝とうと、親北左翼であり、これかもの政治混乱はますまる
続くことになる。保守系が勝つ望みは現時点ではきわめて薄い。

 内政干渉に当たるのでアメリカも、日本も発言を控えているが、反日路
線は変わらないだろうし、突然変異的に日本に政治的にすり寄ることは
あっても、それは一時的な思惑と計算が働くからで、左派は中国を向いて
おり、その文脈から北朝鮮を重視し、保守派はアメリカを向いているとい
うことである。自力更生という基本姿勢がない、つねに事大主義な韓国の
政治には救いがない。

冒頭に高氏と佐藤優氏との対談が収録されている。

これも読みごたえがあるのだが、このなかで、佐藤氏が某国情報機関の話
として、金正恩は「腎臓病とか膵臓病、あるいは癌ではないのです。じつ
は一つは痛風で、もう一つは痔ろうです。痛風の発作というのはものすご
い痛みだそうです。そのときに判断を誤る可能性がある」
と指摘している。

この情報の信憑性は分からないが、なにしろ国際社会の無法者ゆえに、何
をしでかるのかは予測不能である。

他方、韓国の大統領選挙はたしかに民意の表れであるけれど、北の情報工
作という見えない戦術で振り回される部分が強いのである。ネット空間に
現れてくる不思議な「民意」なるものは、実態は「民意」などではなく、
北の情報工作、攪乱情報の類いであることが多く、基本的には日韓米離反
を狙う。

実例として北の情報作戦にやられたのは米国肉の狂牛病騒ぎだったと高氏
は続ける。

これは米韓離間の心理戦争の一環として北が仕掛けた

「韓国はインターネットの普及率が非常に高いですから、一般の若者達は
ネットを通して騙される」。

最高の成功例は盧武鉉当選だった。

「中国の瀋陽から日本人や韓国人になりすまして、盧武鉉が当選しなけれ
ば、再び南北の戦争に陥る怖れがあるというようなことを書き込んで左
派、親北朝鮮の雰囲気を煽りました」

かく指摘する高氏は重大な情報をいくつも、本書の中で紹介しているが、
それは読んでのお楽しみ。一気に読んだ。

(註 高永吉氏の「吉」は2つ重なります「吉吉」で一文字)
           
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◆樋泉克夫のコラム
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【知道中国 1555回】         
  ――「彼等の體力は實に野生である、獸性である」――(高瀬15)
   高瀬敏?『北清見聞録』(金港堂書籍 明治37年)

   ▽
高瀬は「わが輩は、我國民が支那經營の如何にも手緩きをみてもどかしさ
に堪えへざるなり」と結ぶ。そこで知りたいのは「如何にも手緩」い実態
であり、「手緩き」がゆえに起る問題の解決策になるわけだが、残念なが
ら、その点に高瀬は言及することを避けた。

じつは「學校經營」「宗?傳道」「滿洲移民」「鐵道敷設」「鑛山開掘」
「製造所設立」「航海運搬業の擴張」「日清銀行設立」などの「諸般の經
營の如きは、今此處に詳論するの暇なし」としたままに、この本は唐突に
終わってしまう。決して「暇なし」とも思えない。「詳論」を知りたいが
ゆえに、肩透かしを喰らったような思いだ。

そこで考えてみた。

「支那人民を精神的に啓發して、世界文明の好伴侶たらしめんとする?育
家、宗教家」に向って、「清國に於て、大いに訓化の爲めに力を盡さん
は、困難と雖も、今の時を以て最好の時」だと訴え、いまこそ可能な限り
に力を注がなければ、「他日各國の國旗の東西南北に翩翻たらん時、遂に
その力を盡すべき道なきに至らん」と忠告する高瀬は、政治家、実業家を
含む「諸般の事業を經營して、大に支那に於ける我國の利權を獲得せんと
する人々に向つて」は、「もし我輩の論ずる所」が「大いに謬る所」がな
いとするなら、「わが國民が支那に向つて大に活動すべきは、今の時を以
て最も急なり」と主張する。それというのも、「露、獨、佛の三國」は日
本人の想定を遥かに超えた深度で清国に食い込んでいるからである。

「支那人民を精神的に啓發して、世界文明の好伴侶たらしめん」ために
も、いまこそ力を尽くさなければ、いずれ中国は西欧列強に分断され、我
が「?育家、宗教家」が「その力を盡すべき」余地はなくなってしまい、
彼らが掲げたであろうアジアを一つにして西欧に対するという大理想は絵
に描いたモチに終わる。

その一方で、「諸般の事業を經營して、大に支那に於ける我國の利權を獲
得せん」がためには、「今の時を以て最も急なり」。このままノンベンダ
ラリと「諸般の事業を經營し」ていたなら、猛然・狡猾に進出している西
欧列強の前では「支那に於ける我國の利權を獲得」することなどは無理と
いうことになる。

はたして高瀬は、「支那人民を精神的に啓發して、世界文明の好伴侶たら
しめん」ことを目指したのか。それとも西欧列強に伍して「諸般の事業を
經營して、大に支那に於ける我國の利權を獲得」することを狙っていたの
か。はたまた両者を併せたものなのか。

ここで『北清見聞録』の冒頭に掲げられた「今や北京は殆んど世界外交の
中心であるかの觀がある。少なくとも日本外交の中心點は北京である。若
しわが日本が、北京外交の舞臺に於て敗を取ることがあるならば、大日本
の理想は遂に一個の空想に過ぎない」との一節を思い起こす。

時は日露戦争前夜、「今や北京は殆んど世界外交の中心」だった。「少な
くとも日本外交の中心點は北京であ」った。それから現在までの1世紀余
の時の流れを振り返るなら、「若しわが日本が、北京外交の舞臺に於て敗
を取ることがあるならば、大日本の理想は遂に一個の空想に過ぎない」と
の高瀬の予言は、悲しい話だが見事に的中したといえるだろう。 

では、なぜ無惨にも「大日本の理想は遂に1個の空想」に終わってしまっ
たのか。ここで勇猛果敢な断言を軽々に下すつもりはない。だが、次の一
点だけは言っておきたい。

文久2年の千歳丸以来の日本人が残した記録を読むにつけて、その多くの
主張――中国と中国人、それに対する日本と日本人の振る舞い――は真実を衝
いている。だが結果として「大日本の理想」は夢物語に終わった。
やはり、先人の考えを現実の国内政治、外交政策に反映されることができ
ないところに問題が潜んでいたように思えるのだ。
《QED》

2017年04月12日

◆北朝鮮攻撃の前に二次的制裁

宮崎 正弘
 


<平成29年(2017)4月11日(火曜日)通算第5264号>    

 〜北朝鮮攻撃の前にセカンダリー・サンクション(二次的制裁)
  米国、中国などの関与した貿易会社、銀行に制裁準備。
リストはあがっている〜

 カール・ビンゾン空母攻撃群がシンガポールから、寄港予定だったオー
ストラリア訪問をキャンセルして南シナ海の北上を開始し、米国西海岸サ
ンディエゴ海軍基地からは駆逐艦なども西太平洋方面へ出航した。

朝鮮半島近海に展開し、北朝鮮のミサイル、核基地攻撃準備態勢の示威で
ある。空母には特殊部隊も乗り込んでいるとされるから、「斬首作戦」の
同時展開もシナリオに入っているのだろう。

その前に、米国はいくつかのセカンダリーサンクションの選択肢を撰ぼう
としている。

第一は遼寧省丹東、瀋陽にある北朝鮮の銀行、ならびに北朝鮮にミサイル
部品など国連制裁決議に違反して輸出していた中国系商社の制裁を強める。

第二に在米中国の銀行に資産凍結、取引停止など強い処分をふくめての制
裁準備である。これは中国への強いブローとなる。報復として中国が、米
国系銀行の在中国支点の営業停止などの挙にでると、米中貿易は自動的に
縮小し、双方の痛手となるため、どこまでの制裁レベルに留めるかが、こ
れからの検討課題となる。

マレーシアの妖しげな貿易会社も制裁対象になっているとされる。

北朝鮮からの亡命者がロイターに語ったところに拠れば、ハンフンイル
(音訳不明)は20年前にクアランプールへやってきて、張成沢と繋がるマ
レーシアの商売相手とコングロマリット「MKP」(マレーシア・朝鮮
パートナー社)を設立した。

この商社は、労働者の斡旋、貿易、石炭の輸出、石油の輸入などを表看板
に、アジア、アフリカ40ヶ国と取引していた。

 中には不正な武器輸出が含まれ、武器取引は、このマレーシアの北朝鮮
系商社が行っていた」(ロイター、2017年4月10日)。

年に一度、北朝鮮から高官が現れ、ドル、ユーロの現金を手渡していたこ
とが目撃談として語られた。

ことほど左様に金正男がクアラランプール空港で暗殺されるまで、北朝鮮
とマレーシアは持ちつ持たれつの関係であったことが明るみに出た。


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 ◆樋泉克夫のコラム 
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樋泉克夫のコラム
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――「彼等の體力は實に野生である、獸性である」――(高瀬14)
高瀬敏?『北清見聞録』(金港堂書籍 明治37年)


ロシア、イギリス、フランス、日本との戦いに敗れたことは「清國にとり
ては皆な、その自尊の頭を下げ傲慢の氣を屈して、大いに覺醒すべき動
機」であるにもかかわらず、「彼等は容易にその頑夢より覺むること能わ
ず」。とどのつまりは「日清戰役に於て大敗を取り、大打?を蒙るに至れ
り」と、高瀬は説いている。

その後も列強の蚕食が続いたが、「彼等の頑鈍なる更に覺醒する所なく、
徒に政權の爭奪に骨を折り、地位の維持に心を勞して、外壓の岩の如く迫
り來るを知らず」。そこで義和団が排外運動を起こした結果、八カ国連合
軍によって北京が制圧されたばかりか、「清國の故郷なる滿洲三省は、殆
んど露國の所有の如く」になってしまった。こういった亡国的状況を前に
したなら、「憤慨する能はずんば、何を憤慨するといはんや」。にもかか
わらず、「彼等の愛國的神經」は一向に見られない。

たしかに近年になって近代化政策を進め、「一見清國の覺醒を意味するが
如く」ではあるが、実際に現地を歩いてみると、「慷慨國事を談ずるも
の」も「誠心誠意家國の憂を以てわが憂となすもの」も見当たらない。ど
うやら改革を掲げながら、結果として「數多の屬國民となり了らん」。や
はり「彼等の頑夢は頑として醒めざるなり」としかいいようはない。

いまや「世界に文明の大潮流あり」。「その物質的なると、精神的なると
を問はず、世界を?流し來り」。日本は「此の潮流に接觸するや、直ちに
之を汲み、之を注いで國家を一洗し」、新しい国作りに成功し「世界の舞
臺に突進しつつあり」。そこで隣国に目を転じる。

「隣國の支那は如何」。「その知覺神經は、文明の大潮流を感知する程に
鋭敏なら」ず。そのうえ「彼等は阿片煙の如く有毒なる文明固有の保守劑
を飲んで、今に頑夢を樂みつゝあるなり」。

「國の將に亡滅せんとするを知るや知らずや、よし、知りたりとて損得の
外には多くの痛痒を感ぜず、高尚なる神靈の知覺を萎痿せしめたる支那人
は、平々然として、遊惰逸樂に耽り徒に肉慾を貪りつゝあるなり」とした
後、「誰か支那人を勤勉の人民なりといふ」と疑問を呈す。

高瀬の経験によれば、彼らは「利を示す時勤勉なるが如く見ゆるなり」。
「鞭撻その頭に加はる時忍耐力あるが如くに見ゆるなり」。国家存亡の緊
急事態であるにもかかわらず「急がず、迫らず悠々安閑たる」様子は、た
しかに「根氣強しとも」誉められないわけではないのだが、彼らは「國家
の存亡を眼前に控えたる國民に非す」。

これに「わが輩をして氣の毒の思ひに堪へざらしむる(中略)男女間の腐
敗」が加わるのであるから、事態は一層深刻だ。「西人曾て支那人を評し
て不品行なる病人」と称したように、彼らは「(精神の)病に次ぐに不品
行を以てす」るわけだから、「その治し難きや當然のことゝいふべきなり」。

だが「支那啓發のことは全然望」みがなくなったわけではない。「支那人
もまた人間」であり、「何れの處にか人間本來の眞を存」しているはず
だ。だから「もし世界を同胞とする至大博愛の心を以て、忍耐努力之に?
へ、之を導かば」、時間はかかるだろうが、「彼等を伴ふて、世界と共に
文明の大道を歩むに至らしめ」ることができるだろう。

だから、今こそ「支那人民を精神的に啓發して、世界文明の好伴侶たらし
める」絶好機であり、ゆえに「わが國民が支那に向つて大に活動すべき
は、今の時を以て最も急なり」。

「今にして支那に於ける我國の經營を怠り、利權を失墜するに至らば、必
ず國家百年の憂を殘す」。たしかに財政的にも苦しいが、「上下一致心を
此處に注ぎ、(中略)大いに國民の對外心を奮起せしめ」るべきだとした
後、高瀬は「學校經營」「宗?傳道」「滿洲移民」「鐵道敷設」「鑛山開
掘」「製造所設立」「航海運搬業の擴張」「日清銀行設立」などを挙げ、
現状のように「手緩き」ままでは「露、獨、佛の三國」に遅れをとってし
まうと警告する。
《QED》

2017年04月11日

◆朝鮮半島に戦雲拡がる

宮崎 正弘 



<平成29年(2017)4月10日(月曜日)弐 通算第5263号>    

〜まだ一触即発状況ではないが、朝鮮半島に戦雲拡がる
   空母カールビンソン、攻撃団を構成しシンガポールから出航〜

4月7日、フロリダ州パームビーチのトランプ大統領の別荘で、米中首脳
会談と夕食会のあと、もう一つの決定がなされた。

翌4月8日、シンガポールを母港とする米空母「カールビンソン」が攻撃
団を編成して出港し、西太平洋に向かったと発表された。

海軍は目的地を発表していないが、北朝鮮の近海海域を目指している。
 
通常、米海軍の空母1隻には駆逐艦、巡洋艦など5隻の護衛艦艇を伴い、
さらに潜水艦と補給艦、敵潜水艦探知用のヘリコプターが帯同する。した
がって空母一隻の移動は、艦船の多くを伴う大移動となり、「攻撃団」を
編成する。

カールビンソンは老朽艦の部類にはいるが、1974年に就航。排水量10万1
千トン、全長333メートル、幅76・8メートル、乗組員5600名、搭載機90機。

まさに動く空軍基地だ。リムパックにはたびたび参加しているほか、同艦
が有名なのは2011年5月2日、パキスタンに潜んだアルカィーダの首魁オ
サマ・ビン・ラディンを殺害したときに、その遺体を収容し、海葬したこ
とである。

世界のメディアはシリアから朝鮮半島へ焦点を移しつつある。

米国も北朝鮮もともに戦争を起こす気はないが、偶発事故には即応しなけ
ればならない。まして4月15日は金日成生誕150年にあたる。在韓米軍は
3万人、戦術核の持ち込みも再検討され、また米軍家族の避難訓練も開始
された。

3月からは在韓米軍と韓国軍の合同軍事演習がかつてない大規模なスケー
ルで展開されており、いつでも攻撃できる態勢にある。

また4月9日、米東海岸ヴァージニア州沖合で新型空母ジュリーフォード
の航海演習が開始された。2017年3月9日、トランプ大統領は異例の防衛
費10%増大を発表したが、場所は、この新型空母の甲板だった。
 
空母「ジュリーフォード」はハイテクの固まりのような次世代空母と言わ
れ、建造費は130億ドル。搭載機も新型ジェット機やステルスが主力とな
ると言われており、これが実戦配備されると米軍の空母は12隻態勢に復活
する。

総排水量10万1千トン、最大速力30ノット、乗組員5600名。全長333メー
トルと、ここまではカールビンソン級と同じだが、横幅が41メートルの細
長く、原子力エンジン2基、カタパルトは電磁式で、かなりの機能がオー
トメーション化されている。研究開発費だけで50億ドルもかけた虎の子で
ある。

トランプは現有277隻の海軍力を、350隻態勢にすると国防力強化を打ち上
げている。 
 
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書評 しょひょう BOOKREVIEW 書評 BOOKREVIE 
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暴力による独裁と専制政治は次の暴力を必ず呼ぶのは歴史の必然だ
 
あの文革の残酷非道を、稀有の歴史家が記録として叙述した貴重なる文献

  ♪
王友琴、小林一美、安藤正士、安藤久美子
    『中国文化大革命受難者伝と文革大年表』(集広舎)
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血は新しい血を呼ぶ。粛清は必ず次の粛清を呼ぶ。怨念、報復という人間
の感情をこえて、これは専制政治の本質である。

暴力革命の本質は、独裁者の誕生と、革命を手伝った同士、ライバルの粛
清であり、権力をすこしでも脅かす者には容赦しない。拘束、人民裁判、
拷問、そして死刑あるいは無期懲役。

沈黙して馬鹿を演じるか、茶坊主に徹するか、仙人のような生活をする
か、でなければ海外逃亡しか、生き延びる道はない。

中国現代史の恥辱、なにもまだ明らかになっていない文革の受難者たち。
夥しい血の犠牲、果たして、その犠牲者たちの魂は蘇るのか?

毛沢東が掲げたのは「米帝国主義打倒」という壮大なスローガンだった。
実際に行ったことは残酷非道、身の毛もよだつ血の粛清劇であった。
 著者等は言う。 

「一党専制下の独裁政治、専制体制は、必ず大きな過ちを犯しますが、独
裁者・党軍高官はそれを隠蔽し、その責任を問われることに恐怖し、ます
ます独裁の度を強化し、最後に『一大破局』の地獄に国家・人民を陥れる
ものです。中国の毛沢東と党の『誤り』とは、中央革命根拠地時代の8万
人にも及ぶ同士粛清=AB団粛清に始まり、建国直後の『大量処刑』と
『3、4千万人の餓死者』をだした大飢餓事件です。

この党の大失敗に対して、知識人・教育者から大きな不満・批判がおこ
り、体制を揺るがし始めました。この地獄絵図の責任に対して、最高権力
者・毛沢東と党官僚には、内部に決定的な対立を内包しつつも、『文革』
に打って出る以外の道がなくなりました」

文革では生徒が先生を殴る、蹴る、丸坊主にしてつるし上げ、屋上から蹴
落とす。生徒たちに殴打され殺された先生達だけでも数万の犠牲があった。

紅衛兵は、党の宣伝機関に洗脳されて、先兵として使われ、用済みになる
と地方へ下放された。カンボジアのキリングフィールドも、この文革の輸
出だった。紅衛兵もまた、犠牲者であった。一生を棒に振ったわけだから。

高官にも同じ運命が繰り返される。

スターリンは革命の同士トロッキーを海外亡命席にまで刺客を送り込んで
葬り、ブハーリンを粛清し、その先兵となって働いたベリアを処刑した。
 毛沢東は劉少奇を葬り、林彪を葬り、周恩来をも葬ろうとした。 
 
「最高権力者中枢で起こる殺戮は、社会制度及びイデオロギー形態と密接
な関係があり、それは独裁と専制の産物である」(116p)

原爆実験を実践した中国人技術者はこう言った。

「もし世界にまだ原子爆弾よりも凄い爆弾があったとしたら、それは、
『文化大革命だよ』」(中略)「共産主義のユートピアは、ただ螺旋型の
からくりを通して封建制の大復活に向かうことができるだけだ」
 「暴力は最終的にはただ独裁に向かうことが出来るだけだ」

本書の後節は1967年から1981年までの、じつに克明・精緻を極めての文革
大年表である。

これだけでも資料的価値がある。