2020年10月25日

◆元首相で独特 森氏の存在感

阿比留 瑠比


 首相経験者の退任後の在り方について、考えさせられることが少なくない。近隣諸国を飛び回っては相手国に迎合し、せっせと日本との不和の種をまく人もいる。同じ政党の後輩である現職首相の足を引っ張る発言を繰り返し、晩節を汚す人もいる。また、自己正当化と当選にしか関心のないように見える人もいる・・・。

 そんな残念な現状の中で、東京五輪・パラリンピック組織委員会の会長を務め、7月に亡くなった台湾の李登輝元総統の「弔問に訪れた最初の外国要人」(台湾での報道)となった森喜朗元首相は、いい意味で存在感を示している



  赤裸々な総裁選裏話


 その森氏のインタビュー記事が、発売中の月刊誌「正論」「WiLL」「Hanada」の3誌(11月号)に掲載されており、これが抜群に面白い。先の自民党総裁選の裏話、政治家の人物月旦、マスコミへの苦言などが遠慮会釈なく赤裸々に語られているので、その一部を紹介したい。

 総裁選で菅義偉(すがよしひで)首相に敗れた岸田文雄前政調会長に対しては、「正論」で「もっと死に物狂いだったらね・・・」と煮え切らない態度に苦言を呈しつつも、こんな評価も与えている。

 「本当に真面目(まじめ)で、従来の自民党の政治家ではないイメージを持った人」

 一方で、同じく敗れた石破茂元幹事長については厳しく突き放している。

 「難しいことがあるとすぐ逃げるし、気にいらないことがあるとさっさと辞める」(「WiLL」)

 「あの人だけにはやらせたくないと、自民党内で、特に苦労をともにした人たちはみんな思っていたんじゃないですか」(「Hanada」)

 総裁選での二階俊博幹事長に関しては「正論」で「上手に動いたね」と述べつつ、「今回の策を考えたのは森山裕国対委員長だと思いますよ。彼は知恵者ですから」と指摘する。

 二階氏が菅首相を推した背景についても歯に衣(きぬ)着せずにこう語る。

 「二階さんにすれば『幹事長ポストを間違いなく保証してくれる人』。それだけです」
 

  記者にも叱責


 森氏はもともと座談の名手として知られる。筆者も過去のインタビューで、森氏の身振り手振りを交えた田中真紀子元外相のモノマネを見たことがあるが、その場に本物の田中氏がいるような迫真の演技だった。それも森氏の観察眼のなせる技だったのだろう。

 マスコミに関しても辛辣(しんらつ)である。朝日新聞の9月の世論調査で、安倍晋三政権の実績を「評価する」との回答が71%にも上ったことに関してはこう述べる。

 「朝日は初めて本当のことを書いたんじゃないかな(笑)。安倍さんに対する長い間のご無礼非礼をお詫びしなきゃ」(「Hanada」)

 安倍首相(当時)の8月28日の辞任表明記者会見で、質問した記者のうち1人しか「お疲れさまでした」とねぎらいの言葉をかけず安倍氏退場の際に起立しないなど、記者のマナーに対してはこう叱責する。

 「記者としてのマナーというより、日本人としての常識に欠けている。好きか嫌いかにかかわらず、相手に敬意を払うのが日本人というものです。(中略)最後くらい『自分が読者を代表して総理と話す』という意識を持ってほしかった」(「WiLL」)

 味わい深いと同時に耳が痛い言葉である。確かに、そんな常識も他者への敬意もない記者に勝手に国民の代表面をされては、国民はさぞ迷惑なことだろう。


産経ニュース【阿比留瑠比の極言御免】 令和2年10月22日
(産経新聞論説委員兼政治部編集委員)


松本市 久保田 康文さん採録 

2020年10月18日

◆慰安婦呪縛解いた安倍政権 

阿比留瑠比


 産経新聞が13日付の朝刊で安倍晋三前首相のインタビュー記事「『戦後』に終止符打てた」を掲載したところ、韓国の大手紙、中央日報が同日午後、日本語版記事で早速反応していた。比較的に事実を淡々と伝えた内容だが、韓国側が気にするポイントがうかがえるので紹介したい。

 
  河野談話の検証

 「安倍氏『河野談話の検証で、歴史真実により近づいた』主張」という見出しの記事がそれである。やはり、慰安婦募集の強制性を根拠なく認めた平成5年の河野洋平官房長官談話が大事なようで、冒頭からこう取り上げている。

 「安倍晋三前首相が任期中である2014年(平成26年)、河野談話を検証したことに関連し、『多くの人たちが歴史の真実により近づくことによって、この問題に終止符を打った』と述べた」

 検証とは、河野談話の作成過程を、有識者による検討チームを設けて報告書にまとめたことである。報告書は、@談話の根拠とされた元慰安婦の聞き取り調査は裏付け調査も行っていないA談話の原案は聞き取り調査の終了前に作成済みだったB日本が独自でまとめたと説明してきた談話は、実は韓国側と綿密にすり合わせして作られたーことなどを明らかにしている。

 これについて13日の中央日報記事はこう記した。

 「河野談話が『韓日間の政治的妥協の産物』であり『強制動員事実を確認できなかった』として河野談話のあら探しをした」

 「あら探し」という言葉遣いに悔しさがにじむが、ともあれ、この日本政府の公式検証によって、「歴史の真実により近づいた」のは間違いない。

 
  不都合な真実

 ただ、産経紙面では紙幅の限界もあって書いてないが、安倍氏はインタビューでこうも語っていた。

 「慰安婦の証言がどのように構成されたかということは、産経新聞のスクープによって国民の皆さんに明らかになった」

 安倍氏がいうスクープとは、産経新聞が韓国での元慰安婦16人の聞き取り調査報告書を入手して書いた平成25年10月16日の記事「報告書、ずさん調査、河野談話、根拠崩れる」である。

 証言の事実関係は曖昧で別の機会での発言との食い違いも目立ち、氏名や生年すら不正確な例もあり、慰安所のない場所で働いたと主張するなど、河野談話の根拠が極めてずさんであることを明らかにした。

 また、26年元日の記事「河野談話 日韓で『合作』 要求受け入れ修正」は、河野談話が原案の段階から韓国側に提示され、相手の指摘に沿って細部まで修正されるなど日韓合作にほかならない実態を暴いた。当時の政府は韓国へは談話発表直前に趣旨を通知したと説明していたが、真っ赤な嘘だったのである。

 そして安倍政権による河野談話検証により、産経の一連の報道が正しかったと再確認された。韓国や、韓国に追従する日本の政治家、マスコミにとっては不都合な真実が明るみに出たことで、慰安婦問題に対する国民の意識も不可逆的に変容したのではないか。

 慰安婦問題という長年の呪縛を解いたことは、安倍政権の大きな成果だった。


 8日の当欄で、北海道大の奈良林直名誉教授の文章を引用し、日本学術会議の「幹部が北大総長室に押しかけ」と書きましたが、その後、奈良林氏が「押しかけた事実はありませんでした」と訂正しました。当欄もその部分を訂正し、関係者におわびします。

(産経新聞論説委員兼政治部編集委員)
産経ニュース【阿比留瑠比の極言御免】令和2年10月15日

松本市 久保田 康文さん採録 

2020年10月10日

◆「学問の自由」もてあそぶ欺瞞

阿比留瑠比


政府機関、日本学術会議とはどんな組織で何をしているのか。国民の税金を原資に、国が年間10億円以上の予算を費やす意味はあるのか。会員はどうやって選考されているのか。民営化したり、廃止したりするわけにはいかないのかー。

 学術会議をめぐっては、さまざまな論点があり、疑問がある。その中で一番解せないのは、学術会議が推薦した新会員候補105人のうち6人の任用を、任命権者である菅義偉首相が見送ると、憲法が保障する「学問の自由」が侵されるという主張である。

 「学問の自由。法治国家としてのあり方にもかかわってくる重大な問題だ」(共産党の小池晃書記局長、5日の記者会見)

 「学者が委縮し、自由な研究や発信ができなくなるおそれがある」(3日付朝日新聞社説『学問の自由 脅かす暴挙』)

 「学問の委縮を生みかねない大問題だ」(7日付毎日新聞社説『首相発言 これでは説明にならない』)

 

  矛盾する主張

 似たような批判が繰り返されているが、学術会議の会員は特別職公務員である。野党やマスコミから常に任命責任を問われる立場にある首相に、任命には一切かかわるなというのは矛盾も甚だしい。

 そもそも学術会議の会員に任命されないと学問の自由が侵害されるというならば、会員以外の全国の学者はみんな学問の自由を制約されていることになる。

 実際、この問題をめぐっては少なくない学者から、反論が出ている。東京外大総合国際学研究院の篠田英朗教授は5日、インターネットの言論サイト「アゴラ」でこう指摘した。

 「(憲法で)保護されている『学問』とは、大学でお給料をもらっている人々の特権的地位を保障する何ものかではなく、もっと広く全ての国民の個人の尊厳を形成する精神活動のことを指しているはずだ」

 東洋学園大の櫻田淳教授も2日、自身のフェイスブックにこう記した。

 「何故(なぜ)、『学問の自由』の侵害という議論になるのか判(わか)らない。(中略)中国のような権威主義体制下の知識人が聞いたら仰天するような『生温かさ』が、そこに感じられるのだが・・・」

 

  国民の信を問え

 また、北海道大の奈良林直名誉教授は5日、民間の保守系シンクタンク、国家基本問題研究所ホームページ上に「学術会議こそ学問の自由を守れ」と題した文章を掲載した。

 それによると、北大は平成28年度に防衛省の安全保障技術研究推進制度に応募し、「M教授」の自衛隊艦船だけでなく民間船舶の燃費が10%低減される研究が採択された。

 ところが、学術会議はこれを「軍事研究」と決めつけ、29年3月に出した科学者は軍事研究を行わないとの声明で批判した。さらに学術会議幹部が北大総長室に押しかけ、30年に研究を辞退させたのだという、

 異見は認めず、自ら学問の自由を圧殺したのである。奈良林氏はこう記す。

 「学術会議は、日本国民の生命と財産を守る防衛に異を唱え、特定の野党の主張や活動にくみして行動している」

 学術会議はこのままでいいはずがないと感じる告発だが、主流派野党やほとんどマスコミは無視することだろう。

 そして秋の臨時国会では菅首相の強権政治、横暴だと訴えて政権攻撃の材料にするのは目に見えている。ならばいっそのこと、首相は国民の信を問うて、衆院解散に打って出るのもいいかもしれない。 

(産経新聞論説委員兼政治部編集委員)

産経ニュース【阿比留瑠比の極言御免】 令和2年10月10日


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松本市 久保田 康文さん採録 

2020年10月04日

◆「71%の衝撃」に学ばぬ朝日

【阿比留瑠比の極言御免】 令和2年10月3日


やっと白日夢から覚め、現実に目を向け始めたのかー。9月29日の朝日新聞朝刊の「パブリックエディターから 新聞と読者の間で」というコラムを読んで、朝日らしからぬ謙虚で冷静な視点と切り口に、朝日も少しは変わりつつあるのかとほっと一息ついた。

 パブリックエディターとは「読者から寄せられる声をもとに、本社編集部門に意見や要望を伝える」役割だという。「政権評価の声 感じ取れたか」と題したコラムで、山之上玲子氏は朝日が9月に実施した世論調査で、安倍晋三前総理の実績を「評価する」という回答が71%にも達したことを取り上げていた。

 「『そんなに高いの?』と問い返す声を、社内で何度か聞きました」

 「(パブリックエディターの)うち1人は『71%の衝撃。朝日新聞と国民世論のずれ』と驚きを隠しませんでした」

 朝日社内の空気を率直に伝えている。山之上氏はその上で自省する。

 「政権を支持する声と批判する人たちの意見、そのどちらにもきっちりとアンテナを張っていたか。両者のものの見方を十分に咀嚼(そしゃく)できていたか。虚心坦懐(きょしんたんかい)に振り返る必要があります」

 

  異なる考えを蔑視

 筆者は9月3日付けの当蘭で、朝日の言論サイトが掲載した白井聡・京都精華大学専任講師の論説を紹介した。朝日が重用してきた白井氏は、安倍政権を多くの日本人が支持してきたことについて「耐え難い苦痛」と記し、安倍政権の支持者に「嫌悪感」を持つと表明していた。

 また、隣人たちの安倍政権支持に「不快感」を示すなどいかにも朝日的な常軌を逸した内容だった。

 こうした朝日の独善的で自分たちと考えが異なる人を蔑視、攻撃する在り方については、元読売新聞ベルリン特派員でジャーナリストの木佐芳男氏が参考になる。木佐氏は著書『「反日」という病』で、こう指摘している。

 朝日などは、(保身で)自分たちの仲間以外の『日本と日本人』をスケープゴートにしようとすることになったのではないか」

 「自己愛がふくれあがり、対日本、対日本人との関係でいちじるしく摩擦を起こしている」

 一方、山之上氏のコラムは「少なくとも政権を評価する『71%の世界』を私自身は的確に感じ取ることができていませんでした」と自戒を込めて記すなど、客観的に自身を見つめる姿勢を示していた。

 そこには、自分たちとその仲間だけの世界に閉じ籠もって都合の悪い情報から目をそらし、妄想的、先鋭的になるいつもの朝日イズムは感じられない。

 

  わずかな期待も

 現実から遊離した自分たちの言動と、他者の目に映る己の姿に気付くのであれば、まだ見込みがある。そうわずかに期待したが、翌30日の朝日紙面であっさり裏切られた。

 高橋純子編集委員は「主権者には力がある。夜露死苦(よろしく)」と題したコラムで安倍前首相から菅義偉首相への首相交代について、「ヤンキーな政治からヤクザな政治へ」と書き、安倍政権をこう振り返っていた。

 「批判する側は『頑張っている人間に文句ばっか垂れてるヘタレ』と忌み嫌われた。そして最後、体調悪化で辞めたら『お疲れ様でした!』で大団円、支持率急上昇」

 自社のこれまでの言論活動や、自社調査による「71%の衝撃」について真摯(しんし)に検討し、そこから学ぼうという態度は残念ながら見られない。やはり朝日は朝日のままだった。

(産経新聞論説委員兼政治部編集委員)

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松本市 久保田 康文 
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2020年09月26日

◆個性際立つ最後の一言

【阿比留瑠比の極言御免】 令和2年9月24日


7年9カ月続いた安部晋三内閣が16日に総辞職して23日でまだ1週間しかたっていないのに、政界やマスコミの話題は菅義偉首相とその内閣の一挙手一投足に集中している。当たり前のことではあるが、人心や社会の移ろいゆくさまには、いつもはっとさせられる。

 政治部の記者として、いくつもの内閣の誕生と終焉(しゅうえん)を見てきたが、それぞれ個性がにじみ、感慨深い。そこで10年ほどの歴代首相の辞任表明時を振り返ってみたい。

 
  物議呼んだ福田氏

 今回、安倍前首相は8月28日の記者会見で「残された課題も多々あるが、同時に達成できたこと、実現できたこともある」と述べたうえで、こう強調した。

 「全ては国政選挙のたびに力強い信任を与えてくれた、背中を押して頂いた国民のおかげだ。本当にありがとうございました」

 安倍氏はこの日だけでなく、談話などで繰り返し国民への感謝を表明した。国民の側も、辞任表明後の世論調査で安倍内閣に高い支持率を与えた。心残りはあれど、幸福な幕の閉じ方だったといえる。

 一方、最後の記者会見が物議を醸すこともある。平成20年9月1日の福田康夫首相の辞任表明会見では、記者に「会見が国民には人ごとのように聞こえる」と問われた福田氏が、かちんときて言い放った。

 「私は自分自身を客観的に見ることはできるんです。あなたとは違うんです」

 短気な福田氏らしいが、「あなたとは違う」とのセリフは話題を呼んだ。

 21年9月16日の麻生太郎首相の辞任記者会見は、民主党への政権交代に伴うものだったが、麻生氏らしくそんな時でも前向きな言葉が印象的である。

 「私は日本と日本人の底力に一点の疑問も抱いたことはない。日本の未来は明るい。未来への希望を申し上げて国民へのメッセージとさせてもらいたい」

 
  語らなかった野田氏

 辞任記者会見を開かない場合もある。麻生氏の後を襲った民主党の鳩山由紀夫首相は、会見はしなかったが22年6月の党両院議員総会で辞任を表明する演説を行った。

 「私たち政権与党のしっかりとした仕事が、必ずしも国民の心に映っていない。国民が徐々に聞く耳を持たなくなった」

 自分たちはよくやっているのに、頑固で素直でない国民側に、話を聞く気がないのが悪いと言わんばかりである。立つ鳥が跡を濁した後味の悪さが残った。

 23年8月26日の菅(かん)直人首相の辞任記者会見は、自信家のこの人らしく最後まで自慢話のように聞こえた。

 「政治家の家に生まれたわけでもなく、市民運動からスタートした私が首相と言う重責を担い、やるべきことをはやったと思えるところまでくることができた」

 「私の在任中の活動を歴史がどう評価するかは後世の人々の判断に委ねたい」

 だがむしろ、菅氏はやるべきでないことばかりをやった結果、すでに歴史の評価は定まっていると思う。

 安倍氏が総裁として率いた自民党に衆院選で惨敗し、24年12月26日に退任した野田佳彦首相は、辞任記者会見は開かなかった。民主党内からも「なぜ衆院を解散したのか」と強い突き上げを食う中で、「敗軍の将は兵を語らず」の心境だったかもしれない。

 新政権を発足させたばかりの菅(すが)首相が、政権の締めくくりの言葉を発するのはできるだけ遠い日の方がよい。首相がいう「国民のために働く内閣」であるためには、まずは長く続く内閣でなければなるまい。

 

(産経新聞論説委員兼政治部編集委員)

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
松本市 久保田 康文 
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2020年09月25日

◆個性際立つ最後の一言


【阿比留瑠比の極言御免】 令和2年9月24日

7年9カ月続いた安部晋三内閣が16日に総辞職して23日でまだ1週間しかたっていないのに、政界やマスコミの話題は菅義偉首相とその内閣の一挙手一投足に集中している。当たり前のことではあるが、人心や社会の移ろいゆくさまには、いつもはっとさせられる。

 政治部の記者として、いくつもの内閣の誕生と終焉(しゅうえん)を見てきたが、それぞれ個性がにじみ、感慨深い。そこで10年ほどの歴代首相の辞任表明時を振り返ってみたい。

 
  物議呼んだ福田氏

 今回、安倍前首相は8月28日の記者会見で「残された課題も多々あるが、同時に達成できたこと、実現できたこともある」と述べたうえで、こう強調した。

 「全ては国政選挙のたびに力強い信任を与えてくれた、背中を押して頂いた国民のおかげだ。本当にありがとうございました」

 安倍氏はこの日だけでなく、談話などで繰り返し国民への感謝を表明した。国民の側も、辞任表明後の世論調査で安倍内閣に高い支持率を与えた。心残りはあれど、幸福な幕の閉じ方だったといえる。

 一方、最後の記者会見が物議を醸すこともある。平成20年9月1日の福田康夫首相の辞任表明会見では、記者に「会見が国民には人ごとのように聞こえる」と問われた福田氏が、かちんときて言い放った。

 「私は自分自身を客観的に見ることはできるんです。あなたとは違うんです」

 短気な福田氏らしいが、「あなたとは違う」とのセリフは話題を呼んだ。

 21年9月16日の麻生太郎首相の辞任記者会見は、民主党への政権交代に伴うものだったが、麻生氏らしくそんな時でも前向きな言葉が印象的である。

 「私は日本と日本人の底力に一点の疑問も抱いたことはない。日本の未来は明るい。未来への希望を申し上げて国民へのメッセージとさせてもらいたい」

 
  語らなかった野田氏

 辞任記者会見を開かない場合もある。麻生氏の後を襲った民主党の鳩山由紀夫首相は、会見はしなかったが22年6月の党両院議員総会で辞任を表明する演説を行った。

 「私たち政権与党のしっかりとした仕事が、必ずしも国民の心に映っていない。国民が徐々に聞く耳を持たなくなった」

 自分たちはよくやっているのに、頑固で素直でない国民側に、話を聞く気がないのが悪いと言わんばかりである。立つ鳥が跡を濁した後味の悪さが残った。

 23年8月26日の菅(かん)直人首相の辞任記者会見は、自信家のこの人らしく最後まで自慢話のように聞こえた。

 「政治家の家に生まれたわけでもなく、市民運動からスタートした私が首相と言う重責を担い、やるべきことをはやったと思えるところまでくることができた」

 「私の在任中の活動を歴史がどう評価するかは後世の人々の判断に委ねたい」

 だがむしろ、菅氏はやるべきでないことばかりをやった結果、すでに歴史の評価は定まっていると思う。

 安倍氏が総裁として率いた自民党に衆院選で惨敗し、24年12月26日に退任した野田佳彦首相は、辞任記者会見は開かなかった。民主党内からも「なぜ衆院を解散したのか」と強い突き上げを食う中で、「敗軍の将は兵を語らず」の心境だったかもしれない。

 新政権を発足させたばかりの菅(すが)首相が、政権の締めくくりの言葉を発するのはできるだけ遠い日の方がよい。首相がいう「国民のために働く内閣」であるためには、まずは長く続く内閣でなければなるまい。

 

(産経新聞論説委員兼政治部編集委員)

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松本市 久保田 康文 
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2020年09月22日

◆7年9カ月 安倍政権に幕

阿比留瑠比


「保守政権で10年」目標果たす

 「全力投球で毎日、毎日走り続けてきて、ようやく肩の荷を下ろすことができる。次の首相は、8年近くもの長く、私を官房長官として支えてくれた菅義偉(すがよしひで)
さんとなりそうで安心している。これからは、一議員としてしっかり菅政権を支えていきたい」

 安倍晋三前首相は自民党総裁選の最中の11日、憲政史上最長となった政権の座から降りる心境を語った。さばさばとした明るい口調が、かえって7年9カ月にわたり背負い続けてきた重圧のすさまじさを表すようだった。

 連続在職日数が歴代首相で最長となる前日の8月23日には、これまでを振り返り「長かった。めちゃくちゃ長かった」と述べていたが、実感だったのだろう。

任期を1年残し、憲法改正や拉致問題解決など何としても自身の手でやり遂げたかった諸課題を残しての退陣である。安倍前首相はもちろん、その信念と手腕に期待した国民にとっても悔しく残念な決断だったことは言うまでもない。

ただ、完治しない持病とだましだまし付き合いながら激務に当たってきた安倍前首相の労苦を思うと、どこかほっとしてもいる。

外交、安全保障、経済、社会保障に災害、コロナ禍・・・と日本にかかわる森羅万象に最終責任を負わざるを得ない首相の立場としてのプレッシャーの中で、病気療養は難しいからだけではない。安倍前首相は何をやってもやらなくても、通常は全く問題にされないような事案でも、根拠もない言いがかりを含めてマスコミに批判され続けてきた。

特に政権の後半は、必要な法案を成立させ、あるいは改正するという本来の仕事は野党やマスコミに妨げられ続けた。ただ罵詈(ばり)雑言を浴びるためだけに、首相が出席するというような異常な国会のありかたは、この際、見直したほうがいい。



  1次政権時の喪失感

 今回の退陣劇には、平成19年9月に第1次安倍政権がついえたときのような喪失感はない。当時の衝撃の大きさは、安倍首相の辞任でその成果や路線は否定され、日本の国際的影響力は弱まり、与党は大きな改革や法改正を避けるようになり、世論に迎合してポピュリズムに走るだろうことが予想できたからだった。

 このころ、筆者は産経新聞に「失って知る安倍政権の輝き」とのタイトルのコラムを書き、次のように記した。

 「雪崩を打って安倍首相の下に集まり、ほぼ総主流派体制を形づくった自民党が、今回は外交政策や政治信条で最も安倍首相と距離のある福田(康夫)氏という『バス』に乗り遅れまいと必死になっている。そこには、理念や思想は全く見えない」

 そしてその世論と国民に取り入りさえすればいいとする傾向は、政権交代による民主党政権誕生で完成をみた。日本は、坂道を転がり落ちるように小さな存在になっていった。

 筆者は安倍首相辞任当時は「これで日本は十年は時を失うだろう」と考えていた。だが実際は、安部首相は「日本を取り戻す」と訴えて5年3カ月で首相の座に返り咲き、第1次政権の宿題に取り組んだ。

 第1次政権時、安倍前首相がこんなビジョンを語っていたのが印象的だった。

 「私は何年続けられるか分からないが、これから10年は保守でつなぎたい」

 保守政権が左派・リベラル政権へと揺り返しが起きることなく10年続けば、政界も霞が関の官僚らもそれに習い、それが当たり前の前提となる。そうなれば、当時は何となく左側に流れがちだった日本社会が、いつの間にか変わっていくという意味である。

 安倍前首相は第1次政権時はこれを果たせず、また首相が政権をつなぐことを想定していたであろう中川昭一元財務相も今はない。

 だが、安倍前首相は第2次政権を8年近く継続することでこの目標をほぼ実現した。さらに、路線を継承する菅首相が後を襲うことで万全となろう。

 「われわれは安倍さんを単騎突入させ、討ち死にさせてしまった」

 第1次政権崩壊後、同志である衛藤晟一・前沖縄北方担当相はすべての案件で自ら矢面に立ち、倒れた安倍前首相についてこんな後悔の念を語っている。歴史認識問題や安全保障問題で野党や左派メディアと闘いながら、十分な味方の支援がないまま一人で敵陣深くに切り込み、刀折れ矢尽きた前首相の姿が目に浮かぶ。

筆者も当時、安倍首相の前任の小泉純一郎首相にはその政権を支える安倍官房副長官(後に官房長官)がいたが、安倍首相には安倍氏がいないと何度も痛感していた。

  ともに戦う人材集う

 だが、第2次政権以降の安倍前首相には、菅氏や今井尚哉首相補佐官をはじめ首相を支え、守り、ともに戦う多くの人材が集った。再び病に取りつかれはしたものの、戦略的撤退を図るだけの余力は残った。安倍前首相打倒を目指す野党やマスコミのヒステリックなまでの総攻撃を、最後までしのぎ切った。

 「自分は一度、政治的に死んだ人間だ」

 「日本中から『お前はダメだ』という烙印(らくいん)を押され、地獄を見てきた」

 退陣後、「辞め方が悪い」などと激しい非難や嘲笑を受けた安倍前首相は、平成24年9月の自民党総裁選に再び挑む前後に、よくこう述べていた。そんな地獄に耐え、くぐり抜けて退陣後に再び首相となったのは64年ぶり、吉田元首相以来の壮挙だった。

 65歳とまだ政治家としては若い安倍前首相には、今後もまだまだ活躍の場は数多(あまた)あるだろう。本人にその気がなくても、時代が要請すれば3度目の登板の機会もありえる。

 ただ今は、時代の流れを大きく変え、日本の針路を指し示した大宰相に、衷心よりお疲れさまでしたと感謝したい 
産経ニュース【阿比留瑠比の極言御免】
(産経新聞論説委員兼政治部編集委員)
松本市 久保田 康文さん採録 

2020年09月14日

◆中国人船長釈放の嘘と詭弁

阿比留瑠比


【極言御免】 令和2年9月10日

あのときの目がくらむような怒りと失望は、今もはっきりと覚えている。平成22年9月24日、那覇地検が緊急記者会見で、尖閣諸島(沖縄県石垣市)沖の領海内で、海上保安庁の巡視船に体当たりを繰り返した中国人船長の釈放を発表したときのことである。

 「地検独自の判断だ。それを了とする」

 当時の菅(かん)直人内閣の仙石由人官房長官は、すぐに記者会見でこう追認し、柳田稔法相は記者団に、問わず語りで「指揮権を行使した事実はない」と強調した。

 折しもこの日、菅首相は米ニューヨークの国連総会出席のため外遊中だった。当時、検察は大阪地検特捜部の押収資料改竄(かいざん)事件で追い詰められていた。そんなタイミングでの不自然極まる発表だった。



  真っ赤な嘘 裏付け



 米紙ニューヨーク・タイムスズは漁船衝突事件についてこんな予測を示した。

 「日本と中国の外交対決は、屈辱的退却に見える日本の譲歩で終わった。中国がアジアでの領土紛争で、大胆さを増す危険を引き起こした」

 東シナ海や南シナ海の現状をみれば、残念ながらその通りとなっている。

 そして10年後、前原誠司元外相が産経新聞の取材にようやく重い口を開き、菅首相が中国人船長の釈放を求めたと明らかにした。釈放が首相の意向だったこと自体は、これまでも複数の証言がある。ただ、実際に菅首相が「かなり強い口調で『釈放しろ』と言った」場面に外相として立ち会った前原氏の証言は重い。

 菅首相は「検察当局が粛々と判断した結果だ」と記者会見や国会で述べてきたが、真っ赤な嘘であることが改めて裏付けられた。

 現在は立憲民主党最高顧問を務める菅氏は早速、8日の自身のツイッターにこんな反論とも弁明ともつかぬことを記した。

 「我が国法令に基づき、厳正かつ粛々と対応したものである。指揮権を行使しておらず、私が釈放を指示したという指摘はあたらない」

 また、菅内閣の官房副長官だった立憲民主党の福山哲郎幹事長も、示し合わせたとみられるそっくりな文面をツイッターに書いた。

 「我が国の法令に基づき対応したものである。指揮権を発動しておらず菅総理が釈放を指示したという指摘はあたらない」

何を言っているのだろうか。国家公務員法に基づく正式な手続きによる指揮権の発動がなければ指示ではないという詭弁(きべん)が、どこの世界で通用しよう。国のトップたる首相が配下に「釈放しろ」と言えば、それは指示であり命令である。

立憲民主党は、安倍首相が指示も命令もしていないことについて「首相の意向で行政がゆがめられた」だの「官僚の忖度(そんたく)を生んだからけしからん」だのと非難し続けてきた。菅氏や福山氏の理屈で言えば、これらは全部、冤罪(えんざい)であり言いがかりとなる。



  小泉首相との違い



 福山氏は平成16年に、小泉純一郎内閣が尖閣諸島に不法上陸した中国人活動家を強制送還したことがあるとも強調する。だが、船長釈放とは根本的に違う点がある。小泉首相は政治の責任と指示から逃げず、こう堂々と述べている。

 「日中関係に悪影響を与えないように大局的に判断しなければならない。そういう基本方針に沿って、関係当局に指示した」

 菅内閣は、閣僚は国会で虚偽答弁した際の道義的・政治的責任について「答弁の内容いかんによる」とする答弁書も閣議決定した。閣僚が嘘をついてもいいという意思を表明した政権なのだから、何をか言わんや。

(産経新聞論説委員兼政治部編集委員)


松本市 久保田 康文さん採録 


2020年09月07日

◆朝日の安倍批判は自己紹介

阿比留瑠比
 


朝日新聞では、こんなヘイトまみれの文章を載せることが許されるのか。朝日の言論サイトが8月30日に掲載した白井聡・京都精華大専任講師の論説「安倍政権の7年余りとは、日本史上の汚点である」を読んでの感想である。それほど常軌を逸した内容だった。

白井氏は、辞任を表明した安部晋三首相の政権が憲政史上最長となったことを「恥辱と悲しみ」と書く。安倍政権を多くの日本人が支持してきたことについて「耐え難い苦痛」と記し、安倍政権の支持者に「嫌悪感を持つ」と表明する。

さらに、隣人たちが安倍政権を支持しているという事実は「己の知性と倫理の基準からして絶対に許容できない」と主張し、その事実に「不快感」を示す。

暴言学者を重用

安倍政権憎しのあまり、攻撃対象は市井の日本人にまで及んでいる。

紙面を汚したくないので詳述は避けるが、9月1日に朝日が掲載した論説の続きも合わせ、安倍政権に対する罵倒、呪詛(じゅそ)、偏見の吐露と論証なき決めつけ、陰謀論のオンパレードである。今では誰もそう信じてはいないものの、かっては公器といわれた新聞が掲載していいのか。朝日は、これを世に問うにふさわしい内容だと思っているのだろうか。

白井氏は8月29日には、安倍首相の辞任記者会見を見て切なくなったとニッポン放送のラジオ番組で発言した歌手、松任谷由実氏に対しても暴言を吐いている。白井氏は、自身のフェイスブックで松任谷氏の旧姓を挙げて揶揄(やゆ)した。

「荒井由実のまま夭折(ようせつ)すべきだったね。本当に、醜態をさらすより、早く死んだほうがいいと思います」

安倍首相に共感を表すことは醜態であり、死に値するというのである。朝日は白井氏がこんな中傷発言をした後も、白井氏の論説を掲載し続けているが、社会に通用する話だろうか。

社会通念で言えば、日本維新の会前代表で元大阪府知事の橋下徹氏が、9月1日のツイッターで記したこの言葉の通りだろう。

 「こんな発言を俺たちがやれば社会的に抹殺だよ」

執拗な攻撃の理由

安倍政権の通算8年8カ月は、なぜか激高したアンチ安部派の人たちの悪口雑言を聞かされ続ける日々だった。彼らはどうしてそこまで安倍政権が憎くて仕方がないのかと考え、ある仮説にたどり着いた。

彼らは自らの内にある醜さ、汚さ、いじましさ、愚かさ、卑劣さ、弱さ・・・などを勝手に安倍首相に投影し、それに憤っているのだろう。安倍首相という鏡に映る己自身の姿が、許せないのではないかー。

そういえば、朝日は安倍首相の辞任表明翌日の8月29日の社説「『安倍政治』の弊害 清算の時」で安倍政権について書いていた。

「野党やその支持者など、考え方の異なるものを攻撃し、自らに近いものは優遇する『敵』『味方』の分断」

また、9月1日の社説「安倍改憲 首相自ら招いた頓挫」でも記していた。

「野党や批判勢力に必要以上の敵対姿勢をとる安倍氏の政治スタイル」

むしろ、考え方の異なる相手を必要以上に攻撃してきたのは朝日自身であり、朝日が重用する白井氏であろう。辞めていく安倍首相をあくまで「敵」と位置づけ、執拗(しつよう)にたたき続ける朝日のスタイルは、朝日が安倍首相の弊害だと批判したやり方そのものである。

つまるところ、積年にわたる朝日の安倍首相批判はただの自己紹介だった。

(産経新聞論説委員兼政治部編集委員)
松本市 久保田 康文さん採録

2020年08月09日

◆暴かれ始めた「慰安婦」虚構

阿比留瑠比


中国・武漢発の新型コロナウイルスの世界的流行、覇権を追求する中国と緊迫の度を高める米中関係、日本の命運にも少なからず影響を与えるであろう米大統領選・・・と、国際社会は今、重大な岐路に立つ。そんな中で、面倒くさいばかりで優先順位の低い韓国のことなどどうでもよくなり、当欄ではここ10カ月ほど取り上げてこなかった。

ただ、この間にも慰安婦問題をめぐっては大きな注目すべき動きがあった。


  主張を全否定


5月には慰安婦支援団体、「日本軍性奴隷制問題解決のための正義記憶連帯」(旧韓国挺身(テイシン)隊問題対策協議会)とその前理事長で国会議員の尹美香(ユンミヒャン)氏の金銭スキャンダルが発覚した。それも、尹氏と30年間活動をともにしてきた元慰安婦の李容洙(イヨンス)氏の告発によってである。

李氏は元慰安婦のシンボル的存在で、2007年には米議会で慰安婦問題について演説し、17年のトランプ米大統領の訪韓時には文在寅(ムンジェイン)大統領主催の夕食会に招かれ、トランプ氏に抱きついたことでも知られる。

その李氏が、これまで「慰安婦政策に関しては韓国政府に対して拒否権を持っている」(韓国外務省幹部)という強い影響力を行使してきた正義連の活動を全否定しだしたのだから、韓国側の長年の主張の足元が揺らいでいる。

また、今年6月にはソウル市の日本大使館前で28年間、毎週水曜日に正義連が主催してきた日本政府への抗議集会が阻止された。保守系市民団体「自由連帯」が先手を打ち、7月中旬まで慰安婦像前を集会場所とする警察の許可を得たためで、自由連帯はこの日の集会で、慰安婦像の撤去を要求し、尹氏を非難した。

筆者は平成26年6月、李氏がこの水曜集会に車で連れてこられ、3日前に亡くなった元慰安婦に嗚咽(オエツ)しながら「私たちは一生懸命、戦い続けるのでどうか力をちょうだい」と呼びかけるのを現場で見た。ところがその李氏も現在では、「これから水曜集会には出ない。集会は学生に憎悪や傷だけを教えた」と話すようになった。


  韓国内でも異論


今月3日にも、江原道平昌(カンウォンドピョンチャン)の「韓国自生植物園」に設置された慰安婦にひざまずき謝罪する安部晋三首相を模した像に対し、韓国の保守系団体が像撤去を求めて抗議する一幕があった。

園側が国際儀礼上あり得ない悪趣味な謝罪像をつくり、その写真集を販売するなど悪乗りしているのは従来の韓国と同様である。ただ、団体側が「旧日本軍による(慰安婦)強制連行などなかった」と堂々と訴えたのは、韓国社会で慰安婦問題に関して異論が述べられるようになったという歓迎すべき変容ではないか。

李氏は今回、正義連の正式名称に含まれる「性奴隷」という言葉も「とても汚くて厭で仕方がない」と反対したことを明らかにしている。それどころか、正義連の前身である挺対協が出した証言集の中で、強制連行されていないことも明言している。

李氏は昭和19年、16歳のときに日本人の男から赤いワンピースと革靴をもらい、「どんなに嬉(ウレ)しかったかわかりません。もう他のことは考えもしないで即座について行くことにしました」と語っている。無理強いはされていない。

証言集以外の李氏の発言も、いくつも妙な点はあるが今回は触れる余裕がない。ともあれ、韓国でも慰安婦問題の虚構が暴かれ始めており、より韓国民が事実を知るようになることを望みたい。

(産経新聞論説委員兼政治部編集委員)
産経ニュース【阿比留瑠比の極言御免】令和2年8月6日

松本市 久保田 康文さん採録

2020年08月01日

◆対中政策の反面教師

阿比留瑠比


米国の中国観、対中政策はトランプ政権発足以降、大きく転換した。ポンペオ国務長官が23日の演説で、中国を自由主義社会に対して敵対的な専制国家と位置づけ、これまでの米国の対中姿勢は失敗だと明言したことは話題を呼んだ。

「中国に無分別に関与していくという古い枠組みは失敗した。そうした政策を続けてはいけないし、それに戻ってもいけない。(中略)米国や他の自由主義国による(関与)政策は、後退しつつあった中国の経済を復興させたが、中国政府はその国際社会にかみつくだけだった」

これはポンペオ氏だけの考えではない。ペンス副大統領も一昨年10月の演説でこう訴えている。

「ソ連崩壊後、われわれは中国の自由化は不可避だと思い込んだ。(中略)しかし、その希望はかなわなかった」「過去の米政権はすべて、中国の行為を看過した。しかし、そうした日々は終わりだ」 


 陛下を政治利用

ポンペオ氏は「他の自由主義国の政策」にも触れているが、中には当然、我が国も含まれる。評論家の江崎道明氏が27日付け産経紙正論蘭で「日本も対中政策の徹底的検証を」と書いていた通り、日本は今、日中関係の再考を迫られている。

そこで反面教師としたいのが、民主党政権の対中外交である。例えば鳩山由紀夫政権では、小沢一郎幹事長(現在は国民民主党に所属)が中国を「人類史的なパートナー」と持ち上げ、特別扱いした。

習近平国家副主席(現主席)の平成21年12月の来日の際には、外国要人が天皇陛下との会見を求める場合は1カ月前までに文書で正式に申請する「1カ月ルール」を破って会見をセットし、陛下(現在の上皇様)を政治利用するという暴挙に出た。

この会見には、宮内庁だけでなく外務省も強く反対したが、鳩山政権は押し切った。これには複数の外務省幹部から「民主党側は中国の走狗(そうく)となった」「亡国政権」といった極めて厳しい批判の声が聞かれた。

こうまで中国にへつらったのだから評価されたかというと、かえって「政権の弱い下腹をさらした」(外務省筋)ことで、中国に侮られる結果となった。


 超法規的な釈放

翌22年9月、菅直人政権時に起きた尖閣諸島(沖縄県石垣市)沖での中国漁船衝突事件の対応もひどかった。海上保安庁の巡視船に体当たりしてきたのは中国側であるにもかかわらず、すぐに漁船と船員を中国に送り返し、中国の圧力に屈して船長も超法規的に釈放するありさまだった。

当時、仙谷由人官房長官は当初は「(船長を除く)14人と船がお帰りになれば・・・」(9月13日の記者会見)となぜか敬語を使って期待を示していたが、それでも中国の怒りは解けない。そして船長釈放後の29日の記者会見では、こう述べてうなだれた。

 ¥「たぶん、これでいいんだろうと、中国側も理解してくれるだろうと判断していたが、司法過程における理解が全く異なることについて、もう少し習熟すべきだったのかな」

「『20年前ならいざ知らず』という気分が、私にはありました。政治・行政と司法の関係がこの間近代化されて、随分、変わってきているという認識を持っていたが、そこはあまりお変わりになっていないんだなあと改めて考えた」

それからさらに10年近くがたつが、中国は近代化するどころか傍若無人さと暴虐さを増すばかりである。民主党政権の悪夢を教訓に、中国との関係見直しを急がなければならない。

(産経新聞論説委員兼政治部編集委員)
産経ニュース【阿比留瑠比の極言御免】 令和弐年7月30日
松本市 久保田 康文さん採録 

2020年07月26日

◆総裁選へ 目立つ工夫も必要

阿比留瑠比


政治は熾烈(しれつ)な権力争いであり、その最たるものが事実上、次期首相を決めることになる自民党総裁選である。当たり前だが、何もしないで順番を待っていて、権力の座が転がり込むようなことはない。



 岸田氏への疑問視

安倍晋三首相は『月刊Hanada』9月号のインタビュー記事で、「ポスト安倍」をめぐり菅義偉官房長官について明言した。

 「有力な候補者の一人であることは間違いない」

これまで安倍首相が、背後から矢を放ち政権批判を繰り返す石破茂元幹事長の対抗馬として、自身の後継者に据えたい「意中の人」は岸田文雄政調会長だと見られてきた。

実際、首相は昨年秋頃から周囲に「岸田さんは誠実な人だ」と何度も強調するなど、岸田氏を最有力候補とみなしてきたのは確かだろう。

ただ、自民党内はなかなか岸田氏をもり立てようという雰囲気が盛り上がらない。

岸田氏自身の発信力も相変わらずいま一つで、選挙の顔になれるか疑問視する声も少なくない。

安倍首相も平成30年9月の自民党総裁選時、岸田氏が自分が出馬するべきかどうか逡巡(しゅんじゅん)し、首相支持を表明するのが遅れたときも、岸田氏に不満を漏らしている。周囲に「岸田氏がこんなに優柔不断では、次は菅さんしかいないのではないか」と問われ、こう答えたことがある。

「私も最近、そう思うようになってきた」

菅氏の可能性

その菅氏は一時期、安倍首相との隙間風が指摘されていたが、このところテレビや雑誌などで露出する機会も増えて「目に力が戻ってきた」(自民党中堅)といわれる。新元号を掲げた「令和おじさん」としての知名度も申し分ない。

菅氏は今のところ総裁選出馬に意欲は見せず、自身の派閥も持たない。とはいえ、仮に安倍首相や麻生太郎副総理兼財務相らが「岸田氏では石破氏と戦えない」と判断し、二階俊博幹事長らもそれに乗れば、菅氏が首相に就く可能性は十分にあるのである。

岸田氏がもっと情熱を持って首相となった際にやりたいこと訴えるようでないと、乱世ともいえる現在の日本を任せようという声は高まらないだろう。

谷垣氏の事例

「岸田さんと同じ宏池会の流れをくむ谷垣禎一元総裁のときも・・・」

 自民党幹事長経験者は最近、24年9月の総裁選で、現職総裁として立候補を表明していたにも拘わらず、石原伸晃幹事長(当時)の出馬を止められず、自ら身を引いた谷垣氏の事例を振り返り、似たところがあると示唆した。

筆者は24年10月、谷垣氏へのインタビューで、野党時代の自民党総裁として率いてきたのに、有権者の評価にはつながらなかった理由を聞いた。するとこんな答えが返ってきた。

「結局、私自身の能力、発信力の無さもあるが、やっぱり政党のトップには自分が目立つことが必要なのかもしれない。俺がトップなんだから、俺が目立つという工夫がもっと・・・」

前述の幹事長経験者は当時、谷垣氏に敬意を示しつつこう語っていた。

「どうして谷垣さんじゃダメだったかというと、(民主党政権を)衆院解散に追い込めなかったからじゃない。そうではなくて、人気がないから代えなければいけなかった」

政治家は人気商売ではないというものの、ある程度人気がないと票も集まらず、周囲も国民も動かせない。総裁選では、そうした点も問われるのだろう。

(産経新聞論説委員兼政治部編集委員)
松本市 久保田 康文さん採録 

2020年07月18日

◆「座して死を待つ」専守防衛論

阿比留 瑠比


安部晋三首相が6月18日の記者会見で、敵のミサイル基地を攻撃して発射を抑止する「敵基地攻撃能力」保有の検討を指示したのは、唐突な思い付きではない。むしろ地上配備型迎撃システム「イージス・アショア」の配備断念の機をとらえ、長年の考えを実現しようと考えたのであろう。前日には、周囲にこう語っていた。

「イージス・アショアがこうなったから、自衛隊の打撃力について正面から議論しようと思っている。国家の安全について徹底的に議論していきたい」

11年前の平成21年4月、第1次政権を終えて雌伏中だった安倍首相は自民党本部で開かれた会合で、同月の北朝鮮による長距離弾道弾ミサイル発射を踏まえ、こう述べていた。

「日米両国が協力を深めつつミサイル防衛を機能させるためには、集団的自衛権の行使や敵基地攻撃能力保有について議論しないといけない」

このうち集団的自衛権の行使に関しては、安倍首相は若手議員時代の11年4月の国会でその必要性と、内閣法制局ではなく首相の責任で見解を示すべきだと主張していた。そして16年後の27年9月、安全保障関連法を成立させて実現した。

敵基地攻撃が議論に


残る課題は、敵基地攻撃能力の保有となる。これについても、安倍首相は小泉純一郎内閣の官房長官時代の18年7月にも検討の必要性を指摘し、第2次安倍内閣発足直後の25年2月の国会でも「それ(敵基地攻撃)をずっと米国に頼り続けていいのか」と答弁している。ずっと問題意識を抱き続けてきたのである。

それでは具体的にどんな能力を保有するかについては、安倍首相の考え方を知る兼原伸克前官房副長官補が、8日付け読売新聞で次のようにコメントしている。

「イージス・アショアの代替策としては、航空自衛隊に導入されるスタンドオフミサイルのような中距離ミサイルなどを増やし、抑止力を強化することを検討するべきだ。安部首相もそういう議論をしたいのだと思う」

安倍首相の記者会見での発言を受けて、自民党内での議論も活発化した。同党はもともと29年3月、敵基地攻撃能力保有を検討するよう政府に提言しており、政府は「与党の意見も受け止めながら政府内でしっかり議論したい」(河野太郎防衛相)との姿勢である。

中国や北朝鮮の脅威が以前とは比べ物にならないほど高まっている現在、当然至極の流れであり、安全保障に関して現実的になった国民からも、強い反発の声はほとんど聞こえない。

昭和31年に政府見解

この問題をめぐってはすでに64年も前の昭和31年2月、当時の鳩山一郎首相が次のように敵基地攻撃能力の保有は合憲だとの政府統一見解を示している。

「わが国土に対し、誘導弾などによる攻撃が行われた場合、座して自滅を待つべしというのが憲法の趣旨だとは考えられない」

にもかかわらず、公明党は「専守防衛の基本的な考えからも、国民の理解を得られるとは思っていない」(斉藤鉄夫幹事長)などと時代遅れの非合理的な見解を繰り返し表明している。

専守防衛とは、有事の際には必然的に日本の国土が戦場となる本土決戦論であり、鳩山内閣当時よりもはるかにミサイル技術が進化した現在にあっては、まさに「座して死を待つ」行為にほかならない。これでは抑止力も働かない。

公明党は、国民の生命、財産を軽視する危険で外患を招く発想を改めない限り、「平和の党」などと名乗るべきではない。

(産経新聞論説委員兼政治部編集委員)
産経ニュース【阿比留瑠比の極言御免】 令和弐年7月16日

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松本市 久保田 康文さん採録 
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