2019年06月04日

◆歌い続ける「紙ふうせん」

馬場 伯明


村下孝蔵の歌は「初恋(1983.2)」が有名だが、PCのYOU-TUBEで聴いてい
たら、終わると自動的に「踊り子(1983.8)」が始まった。「初恋」に似
たアップテンポな曲であり歌詞も曲もすてきである。

しかし、この曲を私はさっと歌えない。四谷のスナック「高樹」でカラオ
ケを披露したいが、練習してもリズム音痴の私がそれなりに歌うには相当
苦労するだろう。無駄な挑戦はやめた方がいいか(笑)。

PCの「踊り子」の次には、なぜか「紙ふうせん」の「冬が来る前に
(1982)」が出た。以前聴いた記録が残っていたのか・・。「紙ふうせ
ん」を知らない人もいるだろうから、Wikipediaから引用し、抄録する。

《「紙ふうせん」は1974年(昭和49年)に結成された日本のフォークグ
ループ。近畿地方を中心に地道で息の長い活動を続けている。後藤悦治郎
(1946年生まれ)と平山泰代(1947年生まれ)は、高校の同級生で大学入
学後に再会し、1969年に仲間と5人で「赤い鳥」を結成し活動したが、路
線の対立から1974.9に解散する。

2人は1974.2に結婚していたが、デュオ「紙ふうせん」を結成し活動を開
始。1977年に「冬が来る前に」が大ヒットし代表曲となる。赤い鳥時代の
「翼をください」や「竹田の子守唄」なども歌い続けている》。

冬が来る前に  作詞:後藤悦治郎 作曲:浦野直 歌:紙ふうせん

坂の細い道を 夏の雨に打たれ 
言葉さがし続けて 別れた二人
小麦色に焼けた 肌は色もあせて
黄昏わたし一人 海を見るの
冬が来る前に もう一度あの人と
めぐり逢いたい

この歌ができた事情を佐々木モトアキ氏のwebより引用・抄録する。「季
節(いま)の歌」冬が来る前に〜40年間歌い続けてきた二人の絆と想い出
の坂道〜」「TAP the POP」(2015.11.8)。以下《 》は佐々木氏の文章、
「 」は後藤・平山の発言。『 』は文中の言葉。( )は私。(引用開
始)。

《後藤は歌詞を作った時のことをこんな風に回想している。「確か22歳の
時でした。王子山動物園でデートして、僕の方から彼女にプロポーズした
んですが・・・」(後藤)。「この人ったら、桜かなにかの木に登って
『OKしてくれなきゃ下りないよ!』って(笑)」(平山)

結局「二人の人生、まだ先が見えない・・」と平山は・・はぐらかした
(断った)。(だが)王子山動物園から港を見下ろす坂道は、二人にとっ
て特別なパートナーと“巡り逢えた”ウェディングロードとなった。
「ほろ苦い経験も含めて、青春の想い出がいっぱい詰まった大好きな風景
です」(後藤・平山)。

「(歌詞は)『冬が来る前に石油ストーブの芯をきれいにしないとアカン
なあ』とつぶやいたのがきっかけ。バンドの浦野直が仕上げていたサビの
メロディに・・“冬が来る前に”というフレーズがはまったんですよ』(後
藤)。

(“冬が来る前に”のフレーズと)あの坂道の光景がフラッシュバックし、
一晩もかけずに歌詞ができあがったという」。(佐々木氏の文章からの引
用・抄録、終わり)。

秋の風が吹いて 街はコスモス色
あなたからの便り 風に聞くの
落葉つもる道は 夏の想い出道
今日もわたし一人 バスを待つの
冬が来る前に もう一度あの人と
めぐり逢いたい

「冬が来る前に」を聴いていたら過ぎた日々が蘇ってきた。24年前のあの
阪神淡路大震災の風景である。当時、単身赴任で神戸市東灘区に住み、川
崎製鉄(株)大阪支社(梅田)に勤務していた。震災後は業務も混乱した
が、週末には会社の同僚など有志10数人で、瓦礫の片付けや木材・ガラ
ス・金属・その他の分別作業の応援に何回も出かけた。

芸能人や歌手もボランティアで自分たちのやり方で被災者を支援した。
「紙ふうせん」の2人もその中にいた。被災者支援コンサート活動を何回
も行なった。明日への希望を自分たちの歌で表現し、生きる勇気を訴え
た。私も聴きに行きチャリティ活動に参加したこともある。 

歌手の河島英五(1952年生まれ)はとくに積極的に支援の活動をしてい
た。友人の桂南光たちと毎年神戸でチャリティコンサート「復興の詩」を
開いていた。残念ながら2001年で早世した。48歳。桂南光、娘、息子らが
その遺志を継ぎ、第10回の2006年まで続けた。

さて、「紙ふうせん」は「赤い鳥」の大ヒット曲「翼をください」を引き
継ぎ2人の定番の曲となった。また、「ハイ・ファイ・セット」として独
立した山本俊彦・山本(新居)潤子夫妻もカバーした。1970年代から合唱
曲として多くの学校でも歌われた。

翼をください 作詞:山上路夫 作曲:村井邦彦 歌:赤い鳥(紙ふうせ
ん・ハイファイセット)(Uta-Netより)

今私の願いごとが 叶うならば 翼がほしい
この背中に 鳥のように 白い翼 つけてください
この大空に 翼をを広げ 飛んで行きたいよ
悲しみのない 自由な空へ 翼はためかせ 行きたい

今 富とか名誉ならば いらないけど 翼がほしい
子供の時 夢見たこと 今も同じ 夢に見ている
この大空に 翼を広げ 飛んで行きたいよ
悲しみのない 自由な空へ 翼はためかせ

この大空に 翼を広げ 飛んで行きたいよ
悲しみのない 自由な空へ 翼はためかせ(この2行、2回繰り返し)
行きたい 

平山康代が舞台に登場する。両腕を体の外へ広げるようにして歩いてく
る。にこやかで開放感があり颯爽としている。人なつっこいポーズだ。
「この大空に翼を広げ〜〜」では、両手を広げ、飛ぶようなポーズで、紙
飛行機が空中を滑るように、体を揺らしながら歌う。阪神淡路大震災の犠
牲者といっしょに大空を飛翔しているかのようだ。

「紙ふうせん」の歌はすばらしい。平山の澄み切った伸びる声、縦に口を
開き、まっすぐ前を向いて歌う。後藤が、横で表情を変えず「この大空に
翼を広げ 飛んでいきたいよ・・・」と合唱する。大きく盛りあがる。
TV朝日の「週刊物大辞典 結成40周年 紙ふうせん“歌の力”『翼をくださ
い』秘話」という番組があった。YOU-TUBEに残る(2014.6.13)。

阪神淡路大震災を体験し、「『翼をください』に関してはある発見があり
ました(平山)」。後藤はこう語る。「本当の意味が体を通った。今回何
千人が命をなくされている。『悲しみのない自由な空』というのは死後の
世界。(この歌は)その人たちへの鎮魂歌だと思ったのです。(そして)
生かされた者たちは、命の限り精一杯生きよう」というメッセージだ」と。

なるほど、そうもとれる。いや、2人がそう信じて歌えばそのように伝わ
るであろう。すでに古稀を超えた2人の歌唱には、若さと年輪の独特の味
があり、同年代の聴衆が共感しているのがよくわかる。

しかし、私は思う。この歌に「死者への鎮魂」の意味もあるかもしれない
が、それも含めて、やはり、(82歳で健在である)作詞家・山上路夫が35
歳で書いた「翼をください」の自由と希望へのメッセージを、今の若者た
ちが素直に受け取り、それぞれが大きな未来を目指すことを主題として、
生きてほしいと願う。(2019.6.5 千葉市在住)


2019年05月26日

◆村下孝蔵の「初恋」

馬場伯明


たまに行く四谷のスナックのカラオケで、若い女性が村下孝蔵の「初恋」
を歌った。「初恋」は名曲である(と思う)。男性歌手の歌なのに、彼女
の歌いっぷりは妙にしっくりしていて違和感がない。10代半ばの女生徒が
自分の初恋の心情と情景を語っているように聞こえた。

「♪〜好きだよと言えずに 初恋は ふり子細工の心」の部分を、少し高
めのハスキーな声で美しく歌った。うまいなあ〜〜。

村下孝蔵とはだれか。Wikipediaより抜粋し抄録する。

《村下孝蔵(むらした こうぞう、1953.2.28〜1999.6.24)は、日本のシン
ガーソングライター。「初恋」「踊り子」「ゆうこ」「陽だまり」などの
ヒット曲がある。熊本県水俣市出身。鎮西高校卒、1972年日本デザイナー
学院広島校入学。卒業後、ヤマハ広島店に就職、ピアノ販売員やピアノ調
律師。1975年からホテルラウンジでの弾き語りなど地道に音楽活動を続け
る。1979年ヤマハを退社し楽曲の自主制作活動に・・・》。

最大のヒット曲が1983年30歳で発表した5枚目のシングル「初恋」であ
る。オリコンチャートで最高3位を記録した。

初恋    作詞・作曲・歌唱 村下孝蔵

五月雨は緑色     悲しくさせたよ一人の午後は 
恋をして淋しくて   届かぬ想いを暖めていた 
好きだよと言えずに  初恋は
ふり子細工の心 
放課後の校庭を走る君がいた 
遠くで僕はいつでも君を探してた 
浅い夢だから 胸をはなれない 

夕映えはあんず色   帰り道一人口笛吹いて 
名前さえ呼べなくて  とらわれた心見つめていたよ 
好きだよと言えずに  初恋は
ふり子細工の心 
風に舞った花びらが  水面を乱すように 
愛という字書いてみては ふるえてた あの頃 
浅い夢だから 胸をはなれない 

放課後の校庭を走る君がいた 
遠くで僕はいつでも君を探してた 
浅い夢だから 胸をはなれない

《・・・結婚後の1983年「初恋」を発表した頃に肝炎を患う。1984年生活
拠点を東京に移す。「やっと納得する作品が出来た」と語った渾身の「ロ
マンスカー(1992)」が売れず、村下は「自分には『初恋』を越える曲は
できんかもしれん」「時代は追いかけるものではなく、巡りくるもの。向
こうからやってくる・・」という境地に至った》。

《1999.6.20、https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%A7%92%E8%BE%BCリハー
サルの途中に突然体調不良を訴え、病院で「高血圧性脳内出血」と判明し
た直後昏睡状態に陥り、4日後に死去。46歳。茨城県稲敷郡(現つくば
市)の墓地に眠る》

村下孝蔵、早世。不運である。今死後20年、世間からはほぼ忘れられつつ
あるだろう。しかし「初恋」は単なるヒット曲から伝説の歌になった。

この歌はなぜヒットしたのだろうか。まず、歌詞がよく、作曲がすばらし
く、そして、歌い手に歌唱力がある。これに尽きる。シンガーソングライ
ター、村下孝蔵の能力が凝縮された独り舞台の歌である。

次に、ジャケットの「切り絵の少女」だ。創作は村上保。1950年愛媛県生
まれ〜。彫刻家、切り絵作家。東京学芸大学卒。田舎の学校風のセーラー
服姿で少しさびしげな女生徒。これが村下孝蔵の純朴な歌詞と旋律に完全
にマッチしていた。

「初恋」はPCやスマホのU-Tubeで手軽に聴くことができる。画面では全盛
期の村下孝蔵がギターを弾きながら歌っている。また、多くの男女の歌手
がカバーしている。玉置浩二、福山雅治、三田寛子、沢田知可子、島谷ひ
とみ、美吉田月(みよしだるな)など。「『初恋』カバーメドレー」(u-
tube)では1曲を12人の歌手がつないでいる。

玉置浩二のかすれ声は魅力的。福山雅治のギターの弾き語りには特有の
こってり感がある。(当然)うまいけれども私の趣味ではない。森口博子
はゆっくりバージョンで歌う。美吉田月はSka調(2・4拍を強調)で新曲
風。島谷ひとみの「初恋」は女性歌手ではもっとも心がこもっているよう
で好きだ。

村下孝蔵はギターが上手かった。《彼はベンチャーズが好きで「ひとりベ
ンチャーズ」を舞台で(ご愛敬に)演奏していた。さだまさしは「村下の
弾く『ひとりベンチャーズ』は凄い。居ないはずのメル・テイラーのドラ
ムが聞こえてくる」と語っている》とある。

私には願いがある。「初恋」をカラオケで歌えるようになりたい。先日、
四谷のスナック(*1)で、客が少なかったので店主に頼み思い切って歌っ
てみた。でも、私には難しい。ドタバタと歌詞を追いかけ読むような歌い
方になってしまった(トホホ)。それでも、店主(ママ)は商売人だ。何
も感想を言わずあたたかく微笑(わらっ)ていた。

私にとってなぜ難しいのか?たとえば「放課後の校庭を走る君がいた 遠
くで僕はいつでも君を探してた」とあるが、この歌詞と曲とが合わせにく
い。歌詞を平板に等間隔に歌っても歌にならない。次のように言葉に母音
の長短をつけ歌う必要があるようだ。

「放課後(お〜)の校(お〜)庭を(お〜)走る(う〜〜)君がいた
(あ〜〜) 遠くで僕は(あ〜) い(っ)つ(う)でも(お) 君を
(お〜〜)探してた(ああ〜〜)」 

そうは言っても(書いても)、これは私見であって、「リズム音痴」でな
い普通の人にとっては「楽譜通りに、村下孝蔵が歌うように、するする歌
えばいい」だけということなのだが(笑)。

村下孝蔵の(自作の)座右の銘は「飾らない、変わらない、僕の人生、僕
の歌」だったという。「初恋」はこの銘のままに「伝説の歌」になった。
これからも長く残り歌い継がれてほしい。

そして、私も、いつの日か、スナックの人前でよどみなく歌うことができ
るように、はかない!修練を重ねたい。(2019.4.30 千葉市在住)

(追記)
(*1)四谷のスナックを紹介する。安い。スナック「高樹(たかぎ)」。
四谷2丁目9 NK第7ビルBF1 03-6380-0057 隣店に「麻雀高樹」もあり、
昼間、高齢者らの「健康麻雀」で賑わっている。

  

2019年05月08日

◆「已(や)みません」と「いません」

馬場 伯明


平成31年4月30日、退位礼正殿の儀で安倍首相は国民の辞を述べた。その
際「『天皇皇后両陛下には末永くお健やかであらせられますことを願って
やみません』と言うべきところを『・・・願っていません』と否定した」
とネットで話題になった。

YouTubeでアップされている動画を視聴すれば「願っていません」と言っ
たようにも聞こえる。「天皇皇后両陛下には末永くお健やかであらせられ
ます事を願って」で一度止まり、「・・・あらせられます事を願っていま
せん」となっているようだ。

たとえば、Netの「かっちの言い分(2019.5.5)」では、次のように書い
ている。

《この降り(*1)は本来「已(や)みません」と書かれていたということ
で、「已」の漢字に気付き、すぐ読めなくもう一度繰り返して時間稼ぎを
していたようだ。時間稼ぎの結果が「已(い)」と読み間違い、さらに不
幸なことに「いません」と反対の意味の言葉を言ってしまった・・・》続
いて「教養のなさを露呈」とか「安倍首相が話す中身を疑ってしまう」な
どと揶揄している。*1:正しくは、件(くだり)

これについていくつか述べる。

「(国民の辞の原稿に)『已(や)みません』と書かれていたということ
で」と「かっち」氏が書いているように、その証拠はなく推測である。
「已(や)みません」の原稿を読み間違えたのであれば「已(い)ませ
ん」とはならず、「已(い)みません」となるであろう。翌日の新聞(全
文)では「願ってやみません」という文章が掲載されている(2019.5.1朝
日新聞14版)。朝日が(勝手に)ひらがな表記に書き換えたのかどうか?

だから、原稿は「已みません」または「やみません」であったと私は「推
測」する。安倍首相は、「い?・・や?」とふっと逡巡し「いみません」
または「い(み)ません」と言ってしまったのではないか。YouTubeでは
そのようにも聞こえる。

この場合の手持ちの「国民の辞」はひらがな表記にすべきである。その場
合、「読売新聞 用字用語の手引」や「朝日新聞の用語の手引」などの用
法に従って書くことをお薦めする。国民にもわかりやすい。

そもそも、「国民の辞」のごく一部つまり重箱の隅をつつき、安倍首相の
評判を貶める目的で、YouTube動画などを動員し書きたてている。悪意以
外の何物でもない。こういう低次元の行為やその拡散はやめてほしい。

「そんなら、お前もこのような文章を書くな!」と言われるのかな
(笑)。(したがって、本稿への反論があっても、再反論するのは遠慮し
たい)。

かつて、俳優あがりの米国のレーガン大統領は言い間違いや失言などが多
い人だったと言われている。しかし、それによって彼の人気や支持率は必
ずしも低下しなかった。

今回の「已(や・し)」の誤認(?)についても同様であると思われる。
発言の中の小さな傷口に塩を塗り、爪楊枝を突き刺すような、かつ、偉そ
うな上から目線の所業である。一般国民の多数はその(悪意の)意図を見
透かすであろう。相手を貶めるつもりが逆効果になるのではないか。

最後にというか、ここで、「巳・己・已」をそれぞれ正しく読むために、
読み方を覚える方法を紹介する。(篠原忠和『篠原名人の平成漢字大学』
アストロ出版1995 p.54、を少し修正した。平仮名は訓、カタカナは音)。

巳(み)・巳(シ)は上、已(や)む・已(のみ)・已(すで)に・已
(イ)は半ばなり、己(おのれ)・己(つちのと)・己(キ)・己(コ)
は下。

祝い事の挨拶などの機会があったときなどに正しく使っていただければ幸
いである。

「巳(み)は、家の守り神、商売繁盛の神様です」
「末永くお健やかにお過ごしになられることを願って已(や)みません」
「己巳の日(つちのとみのひ)」は最大の金・財運祝い日です」
(2019.5.7 千葉市在住)

2019年04月30日

◆さあ、待ってろ、巨人!

                          馬場 伯明


私は60年を超える古参のカープファンである。2019年開幕スタートでカー
プは躓いた。4.16に巨人に2:8で完敗し、開幕16試合で悪夢の4勝12敗、借
金8で最下位であった。

2019.4.13本誌第5013号にカープ応援文の本誌掲載許可を主宰者にいただ
いたことに感謝する。「2019(令和元)年カープの道程」の最後に「今日
の結論(推論)」としてこう書いた。

《・・・着実に盛り返していくのだ。勝利への奇策はない。しかし、勝利
の歌は決まっている。みんなで歌う「それ行けカープ」だ》と。

また、《・・私たちカープファンは落ち込んではいない。カープファンが
カープファンである所以というか、その真骨頂はむしろ逆境でこそ発揮さ
れる。成績がよくても悪くても応援の姿勢は変わらない》と。

そして・・・、2019.4.25(木)の夜9:00過ぎ「それ行けカープ」の3万人
の大合唱がマツダスタジアムに響き渡った。エース大瀬良大地(長崎県出
身)が対中日第6戦で7安打完封し2:0で2勝目をあげ、チームは4.17から7
連勝を飾った。強いカープが戻ってきた。 

7連勝の軌跡をたどる。2019.4.17 巨人5:4フランスア〈勝利投手〉)。
4.19 Dena2x:1フランスア。4.20 Dena 9:2床田。4.21 Dena 7:4ジョン
ソン。4.23 中日3x:2 中崎。4.24中日 5:0野村。4.25 中日2:0 大瀬良。2
試合はサヨナラ勝ちであり、4.23には(故)衣笠幸雄選手の一周忌に小窪
がサヨナラヒットで勝利の花を添えた。

開幕直後いくつかの《誤算や課題》があったが次第に解決されてきた。
1.危機の中で悲観を楽観に変え開き直った。原点に戻った。2.投手陣の
奮起。大瀬良、床田、アドゥワ、フランスア、野村、一岡。3.ベテラン
が意地を見せた。とくに、石原、小窪の決勝打。

4.若手の頑張り。西川、磯村、曽根。5.長野が(徐々に)力を発揮。
6.他チームの驕りと油断(私の推測)。7.(何よりも)緒方監督の辛抱
強く賢明な指揮(➠最大の要因)。8.最後にファンの声援である。カープ
ファンは負け試合でも終了まで球場に残る。「(大負けしていても)最後
まで(ヤジではなく)声援だった(緒方監督談)」。

2019.4.25現在、通算11勝12敗、借金1。順位は最下位(6位)から4位へ上
昇、首位巨人に3.5ゲーム差と迫った。最悪の状態だった打率、打点、本
塁打数、投手防御率などの数字も着実に向上してきた。5月の鯉(カー
プ)の滝登りは目前である。

カープの最大のターゲットは巨人である。今年の巨人は変貌した。1.丸
がカープからFA移籍。坂本らと打線のつながり。2.その他多くの有力選
手の補強。3.山口投手の心と身体の完全復活の4勝。4.最大の出来事は
原辰徳監督の就任だ。これは手強い。もう1年間、高橋由伸監督にあのよ
うな采配を続けてほしかった(笑)。

それでも、強い巨人を圧倒してのリーグ4連覇にこそ真の価値がある。球
団や私たちファンの目標は明確である。「リーグ優勝と日本一」。流川
(ながれかわ)の酒場で「広島天国(南一誠)」の歌に酔い、「それ行け
カープ−若き鯉たち−」を全員で歌うのだ。

じつは、悲しいことがあった。この応援歌の作詞者有馬三恵子さんが千葉
県の自宅で、2019(平成3)4.18、心筋梗塞で亡くなっていた。83歳。こ
の勇壮な歌は1975(昭和50)年夏に発表された。球場の「それ行けカー
プ」に背中を押され、この年カープは悲願のリーグ初優勝を達成した。

有馬さんは繊細な女性心理を描かせたら当代一といわれ、伊東ゆかり「小
指の思い出」、南沙織「17歳」、金井克子「他人の関係」、布施明「積み
木の部屋」など青春や恋の機微に触れる瑞々しい詩(うた)を書いた。

筋金入りの熱烈なカープファンであったが、応援歌は勝手が違った。宮
崎・日南キャンプの練習を見たことがあり、そこで奮闘する若い選手たち
の姿を思い浮かべながら作ったという。「あの歌詞は私のカープへの『ラ
ブソング』でもあるんです」と。(なお、有馬さんの項は「カープルー
ル」〈鯉党制作委員会・2013.4.21・中経出版〉の悼掉を飾る「ルール
50(番目)」を参考にし、一部引用した)

「それ行けカープ−若き鯉たち−」作詞 有馬三恵子 作曲 宮崎尚志

カープ カープ カープ
広島 広島カープ

空を泳げと 天もまた胸を開く
今日のこの時を 確かに戦い
はるかに高く  はるかに高く
栄光の旗を立てよ (2.3番を省略)

晴れのあかつき 旨酒をくみかわそう
栄冠手にする その日は近いぞ
優勝かけて  優勝かけて
たくましく強く踊れ

カープ カープ カープ
広島 広島カープ

1975(昭和50)年「栄冠手にする その日は近いぞ」と球団とファン、そ
して自らを鼓舞し、リーグ初優勝をひたすら願い作詞した有馬さんの思い
が、今、沸々と蘇ってくる。合掌。

カープは、2019.4.27~29ヤクルト戦(神宮)をたたかい、4.30〜5.2阪神
戦(甲子園)を経て、ホームの広島へ戻り、2019.5.3〜5にマツダスタジ
アムで巨人を迎え撃つ。私たちは宣言する。「さあ、待ってろ、巨人!」
と。(2019.4.26千葉市在住)

(追記)
2019.4.27(土)の夜、私は寒風の神宮球場三塁側のスタンドにいた。強
打の2位ヤクルトを床田投手が7回0点に抑え、フランソワと中崎がつなぎ
2:0で完封した。長野が勝利打点の2塁打を打ち8連勝、12勝12敗となっ
た。スタンドの右半分(満員)が「それ行けカープ」を歌った。

2019年04月24日

◆花房晴美室内楽シリーズin上野

        馬場 伯明


2019.4.18(木)19:00〜上野の東京文化会館小ホールでコンサートが
あった。「花房晴美室内楽シリーズ:パリ・音楽のアトリエ〈第16集 ピ
アノ、西洋と日本の笛〉」だ。満席だった。

私は花房晴美氏を近くで見たことはあるが話したことはない。受付で貰っ
た「プログラムノート」から紹介する。(以下「花房さん」の呼称でお許
しいただきたい)。

《 華麗な演奏が魅力の、日本を代表するピアニストの一人。国際的にも
高く評価されている。桐朋学園高校を首席で卒業後、パリ国立音楽院で学
ぶ。エリーザベト王妃国際コンクール他、数々の国際コンクールに入賞。
国内でのリサイタルの他、NHK交響楽団をはじめとする日本の主要オーケ
ストラとの共演も数多い。CDも数多くリリース、最新CDは「フランス室内
楽作品集〜花房晴美 ライブ・シリーズV」で、レコード藝術、朝日新聞等
で高い評価を受ける。

国外の活動も活発で、2011年1月にはニューヨーク カーネギー・ホールで
ニューヨークデビュー公演を行ない、2013年3月にはマイケル・シンメル
芸術センター(ニューヨーク)にて、「西村朗:ピアノ協奏曲〈シャーマ
ン〉」をアメリカで初演し、大きな話題を呼んだ。2010年からシリーズ:
「パリ 音楽のアトリエ」をスタートさせ第17集を2019年11月15日に予定
している》。

まずお断りしておきたい。私は音楽についてはまったくの素人である。
かつて本誌に「音痴とカラオケ(2005.6.28)」を書き、とくにリズム音
痴であることの悲哀を告白した。もっと昔の大学時代、学園祭の教養部ク
ラス等対抗合唱コンクールがあり、指揮をしたバイオリニスト(京響コン
サートマスター)の同級生のM君から「馬場君、口を開け動かしてもいい
が、声は出さないでね!」と頼まれた。

青信号の前で1人だけ走りだされては困るというわけだ。私の(沈黙の)
参加によりクラスは見事に優勝した。混声合唱の女性パートはK女子大の
協力を得ていたが、ある女子学生から「優勝できよかったですね」と言わ
れ、喜怒哀楽の複雑な気分だったことを思い出す。

もう一つ。「いい音楽を聴けば眠くなる」。経験を書く。1970年大阪万博
でS・リヒテル(ソ連:当時)が初来日。当時私は倉敷市の製鉄所に勤務
していた。岡山市での公演に、友人のT君が8,000円の券を買ったが都合が
悪くなり4,000円で私に押し付けた。しかし、私は2時間演奏の半分は眠っ
ていた。つまり、単価は8,000円相当である(笑)。

だから、私には、このコンサートの「内容!」に立ち入り語る資格も評価
する能力もない。著名なピアニストである花房さんの演奏の形式的な紹介
と私的な感想を述べるだけである。当日は辛うじて睡魔に勝った。

まず、この夜のプログラムは、1.(楽器)ファゴットとピアノの共演。
ファゴット演奏はマティアス・ラッツ氏。スイス・ムーリのコンクールに
おけるファゴット部門の音楽監督、およびチューリッヒ芸術大学教授と。
2つの作品が演奏された。「フランセ:ファゴットとピアノのための2つの
小品」「サン・サーンス:ファゴット・ソナタ」。

ファゴットという楽器の単独演奏は初めて聴いた。長身のラッツ氏は長い
ファゴットを自由自在に操る。穏やかで澄み切った音色と、それを追いか
けるような花房さんのピアノの音がなじんでいた。

次は、アメリカ人のジョン・海山・ネプチューン氏。尺八奏者である。彼
も背が高く花房さんは大きく見上げるほど。日本をはじめ東南アジア、欧
米、豪などで演奏活動をしている。日本の代表的な尺八奏者の一人でもあ
り、千葉県鴨川市に住み、作曲、尺八の製作・改良も手がける、と。

演奏曲は、一柳彗(とし)氏の「尺八とピアノのための『ミラージュ』」
と海山氏の書き下ろしの「TIE TOGETHER」。「和洋楽器のこんなコラボも
あるんだ!」と私は正直驚いた。ピアノの高低音域の間を尺八の音が通り
抜け、響き合う。混然とした不思議な音が小ホールを満たした。

花房さんが190cmもありそうな大男の2人を紹介した。両手を広げた彼女の
姿は小さくは見えず、2人はお姫様のボディガード風に見えた。

花房さんのピアノの単独演奏はフランツ・リストの曲だった。一つは「二
つの伝説」。「小鳥に説教するアッシジの聖フランチェスコ」と「波の上
を渡るパオラの聖フランチェスコ」。でも、仏教徒の私にはキリスト教の
宗教音楽や聖フランチェスコとやらの説教や法話のような解説がわかるは
ずもない。ただ、花房さんのピアノの音色は心地よいものであった。

リストの演奏のもう一つは「『超絶技巧練習曲』より第4番『マゼッ
パ』」。私は入口通路右手の席(自由席)だったので、身体全体の動きも
手元の指の動きもよく見えた。「目にもとまらぬ早業」とはこういうこと
を指すのだろう。超高速で寄せては返すアルペジオ。何という忙しさ。終
盤、天が落ちてくる心配(杞憂)をしなければならないような轟音であ
る。すごい〜〜〜。でも、この轟音はunder controlなのである。

花房さんは紅いドレスの裾をひらりと翻し椅子に掛ける。黒いアンダー
ウェア・タイツの奥が見えるかのような勢いだ。ドレスはふわりと宙を舞
い椅子を覆った。「さあ、弾きますよ!」。強い意思が漲る。花房さんの
「細腕繁盛記」だ。白い「細腕」から魔法の音が紡がれる。その技術と体
力・・・その能力に驚嘆する。その力はどのようにして蓄積されたのか。

演奏者は曲目が終わる毎にお辞儀をする。お辞儀と言えば思い出す。
2018.9.9三笠宮彬子妃殿下が、トルコのケマル・アタチュルク廟に献花さ
れた後の所作(お辞儀)がトルコ国内のweb siteで大きな反響となった。
「私たちの英雄にあんなに心のこもった敬礼をしてくれたプリンセス!」
「なんてエレガントで美しいのでしょう」と。

花房さんのお辞儀は彬子妃殿下のそれに勝るとも劣らないものであった。
でも、会場は撮影禁止だから、花房さんのお辞儀を見るためには現場へ行
くしかない(笑)。次の2019.11.15公演までお待ちください。

花房さんとともに歳を重ねてきたのであろう。ホールには年配の人が多
かった。たまたま私の横には若い女性が座った。休憩時間に話せば中国か
ら来ている揚琴奏者(Yang Qin Player)という。弦を叩いて鳴らす中国
の伝統的打弦楽器。尺八奏者ネプチューン・海山氏とは知己らしい。

ところで、「花房」って何だろう。「1. (花の)萼(がく)の異称。2.
総状をなして咲く花(広辞苑)」。枕草子にもある。「めでたきもの 唐
錦。飾り太刀。(中略)色あひよく、花ぶさ長く咲きたる藤の、松にかか
りたる」(第九十二段・能因本 枕草子全注釈 二 田中重太郎)。 

【通釈】「すばらしくてりっぱなもの。唐の錦。飾りを施した太刀。(中
略)色あいがよく、花房が長く咲いている藤(の花)が、松の枝にかかっ
ている風情(もすばらしい)」。

それでは、ここで、私の腰折れ(歌)を一つ。長崎県雲仙市の実家の小庭
には古い藤棚がある。

ふるさとの花房の藤咲きしとふ
縁に顕(た)ちくるたらちねの亡母(はは)

藤の花房は晴れやかで美しい。鳴りやまぬアンコールに応え花房さんがピ
アノの前で挨拶をした。身体は細いが見目麗しく洋風の艶やかな容姿であ
る。ところが、話しぶりは、少女のようにはにかみかわいらしい。

「(超絶技巧練習曲の)音の洪水(!)でしたので、ショパンを(笑)」
と。心が洗われるようなピアノの音色だった。そして、花房さんは、会場
の拍手に惜しまれつつ退出。コンサートは静かに幕を閉じた。

プログラムノートに《″巨匠ピアニスト名鑑のHの項に、クララ・ハスキ
ル、ウラディーミル・ホロヴィッツ(Horowitz 1903~1989)に並んで、い
ずれ花房晴美の名が刻まれるであろう″ハイファイステレオ誌》とあった。
1980年頃の(大胆な)記事らしいが、ぜひ、そうなってほしい。
(2019.4.21千葉市在住)

(追記)日経電子版「ビジュアル音楽堂」2016.4.16より抜粋する。
《・・・「日本では印象派をはじめフランス近代絵画がすごく人気なの
に、同時代のフランスの音楽はなぜあまり聴かれないのか。そんな疑問が
出発点です」。東京都心の花房さんの自宅。地下2階なのに陽光も取り込
める広々とした練習室で、彼女は“パリ・音楽のアトリエ”のシリーズ公演
を続ける理由を話し始めた。三方を鏡の壁に囲まれた西欧風の部屋にスタ
インウェイやヤマハのピアノが5台並ぶ。香水や壁掛けの絵画、食器や写
真などに彼女のフランス趣味が感じられる。・・・(池上輝彦)》

2019年04月13日

◆2019(令和元)年カープの道程 

                           馬場 伯明


私は60年を超える古参のカープファンである。リーグ3連覇のカープが今
年はスタートでつまずき最下位と低迷している。どうしたのか。11試合が
終わった2019.4.11現在のチームの成績を記す。

巨人(2018は3位)・中日(同5位)・阪神(最下位)相手に1勝2敗と3
カード連続負け越してしまった。4.9、10にはヤクルトに0:10、3:15の大
敗。数字を見る。3勝8敗で順位6(最下位)、勝率0.273、チーム打率
0.226(5位)、本塁打11本(3位)、盗塁3(5位)、得点35(5位)、失点
63(6位)防御率4.04(5位)。信じられない惨憺たる結果である。

でも、私たちカープファンは落ち込んではいない。カープファンがカープ
ファンである所以というか、その真骨頂はむしろ逆境でこそ発揮される。

カープの成績がよくても悪くても応援の姿勢は変わらない。「最後まで
(ヤジではなく)声援だった。期待に応えるべく明日全力でプレーする」
(4.10試合後の緒方孝市監督談)。今首位の在京球団のファンらは、負け
たらシュン。黙る。あら消失?雲隠れG?。

「開幕4カード連続負け越しから優勝したチームはない」というが何のそ
のだ。2019年のリーグ優勝と日本一を信じている。まだ9試合が終わった
ばかりであるが、誤算や課題もある。私論を述べる。

大誤算は守備の破綻。失策17は12球団最多。1塁松山、2塁(名手!)菊
池、3塁安部が3失策、遊撃田中も2失策。チーム、とくに投手の士気に響
き打撃の不振にも繋がった。得意の盗塁も3個でリーグ5位と低迷。

長野久義の調子が攻守に上がってこない。第2戦の満塁では背走するもレ
フトフライを捕れず逆転された。あと3m・・。でも、守備位置の指示はベ
ンチ(監督・コーチ)だから長野の責任ではない。長野、這い上がれ。

2019年から投手コーチの佐々岡真司であるが投手起用に迷いがあるような
気がする。見定めて冷静な判断をしてほしい。また、たとえ負け試合でも
「大敗は絶対に阻止!」という気迫ある投手起用をするべきである。

2019.4.7(日)の阪神戦。0:9で完封負けした緒方監督は、よほど悔し
かったのか記者会見をしなかった。しかし(気持ちはわかるが)あれはよ
くない。逃げるな!「(終わった)負け」はしょうがない。「(終わって
いない)明日」へ決意表明することが重要なのである。

ここはファンも嘲笑の針の筵(むしろ)にぐっと耐えたい。(少し唐突で
はあるが)好きな高村光太郎の詩「道程」の最後の一節を、監督・コー
チ・選手らとともに、姿勢を正し低い声で静かに読みたい。

道程  高村光太郎

僕の前に道はない
僕の後ろに道は出来る
ああ、自然よ
父よ
僕を一人立ちにさせた広大な父よ
僕から目を離さないで守る事をせよ
常に父の気魄を僕に充たせよ
この遠い道程のため
この遠い道程のため

この「道程」の初出は大正3(1914)年2月9日。102行の長詩が(最終的に
は)9行詩となった。長詩の出だしは、こうである。

どこかに通じている大道を
僕は歩いているのじゃない
僕の前に道はない
僕の後ろに道は出来る
(中略)道の最端にいつでも僕は立っている
何という曲がりくねり
迷い まよった道だろう (以下略)

そう、カープの道もしばらく迷い道だ。ここで、平成31年から令和元
(2019)年へ向かう(闘う)カープの2019年のキャッチフレーズを紹介し
たい。「水金地火木土天海冥」とは水星・金星・地球・火星・木星・土
星・天王星・海王星・冥王星。太陽に近い順の太陽系9惑星。小学校6年で
覚えた。カープ球団は「2019水金地火木土天(ドッテン)カープ」を発表
した。

私はもう一つキャッチフレーズをつけ加えたい。大きい順に並べた太陽系
9惑星が「木土海天地金火水冥」。つまり「木土海天地金(チッキン)
カープ・スメエ〜(水冥〜)」だ。その意味は何か・・。

負けが込むと「捕らぬタヌキの皮算用」に陥り希望的観測に流れがちであ
る。Don’t count your chickens before they are hatched.(諺:孵らな
いうちからヒヨコを数えるな。カウント・キッチン・スメエ〜(しな
い)。自然の法則に従うように、基本に忠実にじっくり戦っていこう。

その努力の結果として、皮算用ではなく、5月、鯉の季節へ向かう滝登り
の根拠ある反攻を期待したい。広島県のファンは、連れ立って、勝利の美
酒「誠鏡・幻」を干し、名曲「広島天国」を流川(ながれかわ)の酒場で
歌うだろう(私も行って歌いたい)。

広島天国  (歌)南一誠 (作詞・作曲)あきたかし

流れて行くから流川
やけのやんぱち薬研堀
のれん掻き分けてもぐら横丁
ちびりちびりのなめくじ横丁
ここは広島の夜の盛り場 
ルルル今夜も勝ち 明日も勝ち
カープをさかなに飲み明かそうよ
酒は広島の泣き笑い
みんなで飲めば広島天国 (以下略)

「たかが、プロ野球、たかが、カープだろ・・・」と他人(ひと)は上か
ら目線で説教を垂れる。しかし、好きなもの、譲れない確かなものを持っ
ているカープファンの人生は、案外いいものである。

今日の結論(推論)。現在カープは3勝8敗でリーグ最下位に沈んでいる
が、ドッテン、ドッテン一つずつ勝ち進み、チッキンカウントの安易な皮
算用に陥らず、着実に盛り返していくのだ。勝利への奇策はない。しか
し、勝利の歌は決まっている。みんなで歌う「それ行けカープ」だ。

ここまで私論にお付き合いくださった、あなたに感謝!2019.4.11千葉市
在住)



2019年02月13日

◆総武線快速グリーン車

馬場 伯明


この3年ほど通勤ではJR総武線快速のグリーン車に乗っている。千葉市の
JR稲毛駅から東京駅まで勤務先支給の定期券に加えグリーン券代770円
(土日祝日は570円)がかかる。往復1,540円、月約21日を全日利用すれ
ば!月32,340円、年間約40万円となり、馬鹿にならない。

ところが、慣れとは怖いものだ。一端癖になると、ゆったり座ることがで
き、その静かな環境の魅力!に、怠惰な人間はどうしても勝てない。安易
に乗り続けることになる。

しかし、総武線快速グリーン車にはいくつか問題がある。まず、座席指定
ではないので、往路は乗車駅の稲毛駅到着時に満席になっていることがあ
る。座れなくても770円のグリーン券が必要となり、損した気分になる。
とくに、駅のホームで券を買えば770円だが、グリーン車内で買えば一挙
に1,030円と高くなる。普通車への移動の払い戻しは可能であるが、車内
ではできず降車後であり、面倒だ。

だから、私は往路の乗車時刻を見定めて普通車とグリーン車を使い分けて
いる。復路は東京始発も多く座席には余裕がある。グリーン車内では売り
子さんから酒やつまみを買うことがあるが、スイカは使用不可で現金決済
のみであり、かつ単価は相当高い。

先日2019.2.4(月)の8:00、稲毛駅のホームでグリーン券を買い乗った
ら満席だった。やむを得ないのでそのまま「立ちんぼ」となったが、錦糸
町駅で側の人が降車したので東京駅まで座ることができた。満席というこ
とはそれだけニーズが高いということである。立ちんぼのままグリーン車
内の人たちを観察した。その結果を報告する。

4号車の1両に、3A〜3D(4席)から11A〜11Dまで9列ある。全36席。この朝
は、男性20人と女性16人。70歳(推定:以下同じ)≦N:8人、
40≦N<70:23人、18≦N<40:4人、N<18:1人だった。(私を含む車内の
立ちんぼ者4人を除く)。

グリーン車内で乗客は何をしているのか?単なる1例にすぎないがその行
動態様を記す。睡眠:22人、スマホ操作中:8人(意外に少ない。普通車
ではもっと多い)、読書:3人、新聞:2人、勉強:1人(女子高校生)。
車内は会話もなく静寂である。睡眠の22人は、気持ちよさそうにほんとに
熟睡しているようだ。かすかないびきの人が一人だけ。

なぜ、人は特別料金を払ってまでグリーン車へ乗るのか?全員が裕福な階
層のようにも見えない。そのカギは「睡眠している22人」に象徴されてい
ると思った。安心して熟睡することができる、それが「グリーン車の価
値」なのだ。年齢では、40≦N<70:23人と、壮年:働き盛りの人たちが多
い。必死に働いたので通勤電車くらいはゆっくりしたい、とくに復路のグ
リーン車は自分への今日のご褒美!ということであろう。

ここで、昔の話をする。1985(昭和60)年頃、私は川崎製鉄(株)東京本
社(内幸町)のあるラインの課長であった。勤務後は新橋などで酒を飲む
か、よく麻雀をやった。部長のKさんは麻雀が大好きで1ヶ月に15日やって
も平気の平左。それに相当強かった。下戸なので酒びたりの私たちより頭
脳明晰に加え、終始冷静沈着で、勝ちを重ねていた。

深夜同じ千葉方面へ帰る。「じゃあな」と言ってKさんはグリーン車へ乗
る。当時Kさんには会社からグリーン車定期券が支給されていた。私(た
ち)は普通定期券あった。座れないことも多かった。たまに麻雀で勝った
ときには「部長、今夜はグリーン車にします(笑)」とグリーン券を買
い、強引に横に座りこみ、缶ビールを飲んだ。

しかし、あれから34年、今、若い人たちと帰るとき「じゃあね、私はグ
リーン車へ」と、私は言わない。同じ普通車両に乗り、立ったり座った
り・・・。かつて、K部長の「じゃあな」を聞かされ「いつかは俺もグ
リーン車定期券を」と思ったが、当時ずいぶん嫌な気分になったことを私
は今も忘れていないから。

グリーン車へ乗るということは、かつては、特別のステイタス(status:
社会的地位や身分)であった。しかし、今は、違う気がする。各層の老若
男女がグリーン車に乗っている。グリーン車は特別のステイタスではな
く、いわば一つの必要な機能となった。多忙な現代人のストレスは多様化
し果てしない。電車内でも平安と深い眠りが欲しいのである。

ところで、私が、今(+)の費用をかけてもグリーン車に乗るようにして
いる私的な理由は次のとおりである。

1. 読書。本好きの私はグリーン車のテーブルに本を置き悠然と読む。そ
れは至宝の時間である。電車内では立っていても本を読むけれども、グ
リーン車の静寂とゆったりした座席の価値は別物である。

2. 業務。資料の作成・読み込み・修正など。乗車時間はたかが38分であ
るが朝夕の貴重な時間である。また、PCの使用もできる。

3. 睡眠・仮眠。酒を飲み数人連れ立ち普通車で立って帰ることもある
が、独りリクライニング・シートに座れば、酔い覚ましと気分を落ち着か
せることができる。一種のクールダウンである。
この間の心地よい30分の睡眠は必ず明日の精気につながる。「寝過ごした
らどうするのか?」という質問もあるだろう。だが、不思議なことに稲毛
駅の近くで目が覚める。寝過ごしても5分先の千葉駅終点の電車が多い。
知れたものだ(スマホ警報もできる)。

ここまで、グリーン車のことを書いてきたが、JR東京から千葉の復路には
ホームライナーという座席指定の通勤電車(特急車両)が4本走ってい
る。東京駅の発車時刻は19:16、21:00、22:28、2300である。

ライナー券売機でライナー券を買う。東京―千葉(稲毛)間は平日510円で
ある。グリーン車の770円より260円安く所要時間も短い。車内物品販売は
ないが、時刻が合えば私はホームライナーを優先している。

「いっそ『グリーン定期券』の方が有利なのでは?」に対しては、計算に
よれば20kmまではグリーン定期券の方が、毎回グリーン券を買うより有利
だ。稲毛〜東京間は40km。グリーン券・ホームライナー券・普通定期券の
3つ乗り方を臨機応変に併用するのがよい。

そこそこの一般国民の「ステイタス」となった、総武線快速等のグリーン
車(往復)やホームライナー(復路)を、今後とも有効に楽しく利用して
いきたいと思っている。(2019.2.8 千葉市在住)

2019年01月23日

◆丸は巨人へ、長野はカープへ

     馬場伯明


「巨人の金満(大型)補強―プロ野球の今オフシーズン。ひときわ世情を
賑わせたのが、読売巨人軍の長大型補強だろう」と硬派の雑誌の「選択」
が2019.1月号の企業研究「読売新聞」で書いていた。4ページの最後の4行
では「巨人もどうやら『永久に不滅』とばかりは言っていられそうもない
情勢だ」と締めくくっている。

巨人の金満補強はベテラン選手の獲得から始まった。C・ビヤヌエバ(内
野手 26歳 年俸2.25億円 MBAパドレス)、中島宏之(内野手36歳 1.5億円
オリックス)、炭谷銀次朗(捕手31歳 1.5億円 西武)岩隈久志(投手37
歳 0.5億円 MBAマリナーズ)など。

その補強の超目玉はFA宣言したカープの丸佳裕を5年契約25.5億円で獲っ
たことだ。たとえ、丸が成績不振に終わっても天敵カープの戦力を削った
から元をとったと言うのだろうか。2019年になっても補強はまだ終わらず
一説には50億円を出動させると言われる。

補強の背景は巨人の成績不振である。過去4年間、2・2・4・3位と低迷し
ている。2019年で勝てなかったら5年連続V逸となり球団史上ワーストを記
録する。

そもそも、巨人選手の2018年俸総額はソフトバンク63.2億円に次いで2位
の46.2億円。カープ26.9億円、DeNA 26.2、中日22.3。それでも巨人が
リーグ優勝できなかったのはなぜか。ずばり、(1)監督の無能采配、
(2)フロントの節穴の目、(3)ヘタな育成であろう。

素質がある選手を育成できない。若手が芽を出そうとしても、古い選手を
他球団から拾ってくるものだから、一軍プレーのチャンスが極端に少なく
なる。結局、育つ前に放出か引退になってしまう(ただ、カープのリーグ
4連覇のためには引き続きそのように間違ってほしいな〈笑〉)。

私は60年超のカープファンである。丸の巨人へのFA移籍はショックだっ
た。「同リーグの巨人だけには行ってくれるな」「行くなら生まれ故郷の
千葉県のロッテへ」「いや、やっぱりカープに残ってくれ」と。しかし、
私の願いも空しく巨人への移籍となった。応援してきた丸を恨まず金満巨
人を恨んだ。丸の巨人移籍にがっかりして、「丸FA喪失症候群」とでもい
うような一種の「鬱状態:精神的な落ち込み」に陥っていた。

ところが、年が明けたらおめでとう!ビックリ仰天!青天の霹靂!巨人の
長野久義(ちょうのひさよし・34歳)が丸のFAの人的保証としてカープへ
移籍となった。あの巨人愛一筋だった長野である。私はこれで目が覚め
た。丸FA喪失症候群はふっ飛んだ。

フリーエージェント(FA)は単なるプロ野球の制度である。その制度の下
で終わった結果にあれこれ悩んでもしょうがない。そう、ずっと愛してき
たカープであるが、ま、たかがプロ野球であり、球団経営も商売である。
私が何かを動かをしている訳でもなく、プレーも経営も他人がやっている
のだ。丸のFA巨人移籍関連のスポーツ新聞等をばっさり断捨離!

それにしても、(原監督も含め)巨人フロントらはアホ(!)だと思う。
ドラフト指名を拒否し思い焦がれた巨人に入団し頑張り巨人愛の塊(!)
だった長野をプロテクト28人枠の外に置いたのだ。「(広島は)若い選手
が育っているから、まさかベテランを獲るとは・・」(大塚球団副代表編
成担当・20.19.1.8スポーツニッポン)。「カープは長野を指名しない」
と読んだ。浅はかな考えと言うしかない。

古い友人で巨人ファンのM君は、巨人が長野を放出したことに怒りをあら
わにし、「長野!(カープで活躍し)古巣を見返してやれ!」と私への
メールに書くありさまである。巨人は古いファンをも裏切ったのだ。それ
に、巨人の金満補強と言っても、丸以外の選手はすでに終わった選手ばか
りだと思う。おそらく大して戦力にはならないだろう。

長野はプロ野球選手として心技体ともに優れ実績も一級品の選手である。
移籍を通告されたときの彼の発言が泣かせる。「驚きました」とか「不本
意」などと愚痴を一切言わず、自分が進むべき未来を語った。

「3連覇している強い広島カープに選んでいただけたことは選手冥利に尽
きます。必要としていただけることは光栄なことで、少しでもチームの勝
利に貢献できるように精一杯頑張ります」(2019.1.8スポニチ)。
オフシーズンもカープが巨人よりも1枚上手である。球団の目標が明確で
あり判断は冷静で賢明である。つまり長期的な若手の育成は重要だから実
践している。だがそれはWANT。今のMUSTは「2019年のリーグ4連覇と日本
一」。それを見据えた長野獲得の決断なのである。

長野のカープ入団は丸を失くしたカープファンの心の穴を埋めた。今広島
の街も沸き長野の入団で盛り上がっている。「広島の知り合いの方々も
口々に『困ったことがあれば何でも助けになるから』言ってくれていま
す」と長野は言う(2018.1.11東京スポーツ)。カープの選手も次々と歓
迎の声を上げた。
鈴木誠也(24):「『まじか・・』が、率直な心境。続けて『楽しみで
す。すごくいい人で優しいのはわかっている。色んなことを聞いてみた
い』『春季キャンプではアドバイスを求める』と声をはずませる」
(2019.1.9デイリースポーツ)。

大瀬良大地(27):「『力を合わせて、リーグ4連覇と日本一を目指して
みんなで頑張りたい』と大瀬良はナインの思いを代弁した」(2019.1.9デ
イリースポーツ)」。

そして、緒方孝市監督:「長野からは7日に直接『お世話になります。よ
ろしくお願いします』と連絡を受けた。緒方監督と長野はともに佐賀県出
身で隣町同士『実家も近い』という。ともに右の外野手。『彼の野球への
取り組み方はいいイメージしかない。今年優勝に向けて、日本一に向け
て、彼の力が必要になってくる。本当に期待するところは大きい』と“が
ばい“期待を寄せる」(2019.1.9日刊スポーツ)。

2019年のカープの開幕スターティング・メンバーを予想する。1田中
(6)2菊池(4)3長野(8)4鈴木(9)5松山(3)6野間(8)8安部(5)
会澤(2)9大瀬良(1)。( )内の数字は守備位置。他の外野手は長野の
ポジションを奪取すべく競争せよ。練習あるのみである。

丸も巨人で活躍してほしい。丸の走攻守の能力には何の注文もない。私は
次の3つを助言としたい。(1)麻雀をするな(強いらしいが)。(2)
カープを忘れろ。(3)カープ投手陣の内角攻めに耐えろ。
本日の結論を述べる。
1. 丸は巨人でも立派な個人成績を上げるだろう。その他の金満補強選手
らは不本意な成績に終わると推測する。
2. 長野はカープで活躍するだろう。DeNAから入団した石井拓朗のように
チームに溶け込み球団の精神的支柱になるかもしれない。
3. カープのリーグ4連覇と日本一は大いに期待できる。

東京スポーツの堀江祥大記者は長野への餞(はなむけ)の記事をこう結ん
でいる(2019.1.9)。「天才長野が王者(カープ)の野球を吸収したと
き、どんな化学反応が起こるのか―。愛したG党の涙に見送られ、赤く染
まった広島の街にもうすぐ飛びこむ」。なかなか名調子である。

長野よ! 巨人を見返す必要はない。過去は捨てろ。カープでひたすらや
るだけだ。私は応援するぞ。(千葉市在住 2019.1.22)



2018年12月27日

◆エリマキトカゲの復活?

馬場 伯明


冬の季節、男の「防寒三点セット」と言えば「マフラー・グローブ・アン
ダーパンツ」であろう。昔の言葉なら「襟巻(首巻)・手袋・股引(もも
ひき:パッチ・長ズボン下)」である。

パッチは木綿やラクダで作られ、タイツはナイロン系統で作られている。
ステテコは(夏に)ズボンが肌に密着しないためにはく。ズボン下はこの
ような商品を総称していると思われる。

しかし、私は長年・・というか、ずっと、この防寒三点セットを身につけ
ていない。買う金がなかったわけでもないのだが、「かっこ悪い」という
思い込みか、ま、一種のやせ我慢だったのかなあ・・・。

だから、私の冬の平日通勤の定番服装は、上はランニングシャツ(長袖
シャツは着ない)・カッターシャツ・ネクタイ・背広(上)・コート、下
は靴下・トランクス・(背広の)ズボン、合計8種類である。夏もステテ
コははかず、春秋は背広や靴下が薄い生地となりコート類は着ない。

朝の通勤時に電車のホームで、若い男性が大きなマフラーを首に巻きつ
け、顔が半分隠れるような格好で、しかも手袋をして背中を丸めている。
見苦しく虫唾(むしず)が走る。また、電車内の向かいの座席では、組ん
だ脚の脛から見える黄土色のズボン下は最低だ。「いい若い者(もん)
が、何ばしよっとか!(何をしているのか!)」と思う。

数年前に(上等の!)カシミアのマフラーをある人からいただいたので、
せっかくだから先週巻いて出かけたが、不慣れだったのでどこかの飲み屋
に置き忘れてしまった。

一方、女性はどうか。ここでは対象を女性のマフラー類に絞り記述する。
(他は後日にでも・・)。街中で周りを眺めれば女性のマフラー姿は中高
校生から年配者まで、相当多い。各種各様、千差万別、百花繚乱の花盛り
である。

その姿はよく言えば、蓮の花(美しい顔)を引き立てる台(うてな)であ
る。でも、ケチをつければ、鬱陶しい物体なのだ。それはなぜか?彼女た
ちの首の周りに異様に大きな塊が巻き付いていることにより、全身の体型
的な均衡が崩れているからである(と思う)。

だが、そのマフラー(襟巻)類をよく見れば少しずつ違う。呼称も違う。
Wikipediaでは次のように表現されている。
 
「マフラー (Muffler)」:防寒具。寒さを防ぐために首の周囲に巻く細長
い長方形をした厚手の布である

「スヌード(Snood)」:首の周囲に巻く事を想定した布の一種(中
略)。 2010年代の日本では、防寒兼ファッションアイテムとして、マフ
ラーの端をなくし筒状にしたような形状の、首に巻くものを指す。素材は
ニットやファー(毛皮)などで、長さ・太さも多種。

「ネックウォーマー(Neck warmer)」:主に防寒を目的に首の周囲に装
着する筒状の布。フリースやボア生地を素材としたものが多く、高さ数
10cmで一周40〜50cm程度の筒状のものが一般的。英語圏では、日本のネッ
クウォーマーの類も含めてスヌードと呼ぶこともある。

「ストール(Stole)」:肩に掛ける衣装の一種。肩に掛けたりもする。
ショールよりも細く毛皮や絹で縁取りされることも多い。

「ショール(Shawl):衣類の一種であり肩にかけたり頭からかぶったり
して着用する。通常は四角形をした布で三角形になるように折って使う。
防寒用途やファッション用。明治中頃から着物に大判の防寒用ショールを
羽織るようになった。

「スカーフ(Scarf):主に女性が装飾用に身につける綿・麻・絹・ポリ
エステル・ウールでできた正方形の薄手の布。
(Wikipediaの引用等を終わる)。

昔のことを思い出した。30数年前(1984年)に三菱自動車「ミラージュ」
のCMでフィーバーした巴虫類のエリマキトカゲである。エリマキ(襟巻)
を広げ跳びまわる姿が素っ頓狂的であり世間を驚かせたものだ。そう!最
近の女性たちのマフラー類の姿はあのエリマキトカゲに似ている。

電車のホームの大きな柱にもたれ通り過ぎる女性たちをしばらく見てい
た。厚手の毛糸の長いマフラーや大判のストールを巻いている人がいる。
深めのネック ウォーマーや派手な色彩のスヌード姿の女性たちが眼の前
を通り過ぎていく。頭が半分隠れてしまいアップアップで溺れそうに見え
る人もいる。

2018年末の街中では(人間)エリマキトカゲの集団が大行進をしている。
そう思って眺めれば、何かおかしく面白い。自然に笑いが込み上げてく
る。だが、一方、他人は私を見て「あのおっさん、変やな。何、にやにや
笑ろてんねん」と怪訝な顔をしているかもしれない。

エリマキトカゲ風の女性たちはなぜか颯爽としていない。その後ろ姿はお
おむね猫背気味である。とにかく、体全体の見た目のバランスがよくな
い。頭でっかち、いや、「首上でっかち」の物体がずるずる移動している。

私は太めの女性が好きだが、太めとは言っても、肩を覆うようなネック
ウォーマーや、大きなマフラーが首上まで巻きついている姿は、見栄えが
よくない。防寒のためとは言えちょっとやり過ぎではないか。

ごっついマフラーを巻き多重のスヌーズをかぶるより、ハイネックセー
ターに革ジャンの方がすっきりしている。また、薄手のショールや冬用の
スカーフを肩から垂らしている方がイカしている。さらに、素(す)の襟
首が見えるスタイルならば、はるかに美しく、寒中であっても暖かい上品
な色気が匂ってくるだろう。

ここまで縷々述べたが、以上は、主に私の「見た目」から述べたものであ
り、私の好みにすぎない。また、マフラー類などの暖かさの科学的な効能
を細かく判定しているのではない。

そこで、私なりのとりあえずの結論を述べる。
1. 大きなマフラー類を首に巻くのは見た目が悪い。頭でっかちで、あの
エリマキトカゲのようだ。美的ではなく女ぶりが下がる。ハイネックセー
ターに革ジャンや薄手のショールの和服姿の方が美しい。

2. 暖房の性能ではぶっとい物の方が効果は大きいかもしれない。しか
し、生地、織り方、色彩、デザイン、着付けなどにおいて、もっと工夫の
余地がありそうに思えるのだ。

3. だから、デザイナーや製造者は、マフラー、スヌード、ネックウォー
マー、ストール、ショールなど、各製品の特長を生かし、画一化を排し多
様で斬新な取り組みに挑戦し「女性の美」を引き出してほしい。

4. 女性たちは、ぶっといマフラー類に巻かれ包まれ丸まってしまうので
はなく、すっきりした防寒衣装で、背筋を伸ばし、冬の大通りを大股で闊
歩してほしい。(2018.12.26 千葉市在住)


2018年11月09日

◆すごいトシヨリBOOK」だが・・(2/2)

                     馬場 伯明


(池内紀さんの著書「すごいトシヨリBOOK」の感想を1/2から続けます)

「10年以上、検査(健康診断や人間ドック)は受けていません。(血液検
査はしている)」とある。「調べれば何か出ます。そうやって、治療を始
めると際限なく治療が続いて、結局・・・入院したままでなくなる
(101p)」。本気でそう思っているのだ。

これはおかしい。1泊2日数十万円の豪華な人間ドックでなくても、たとえ
ば私が住む千葉市。がん検診(胃がん・大腸がん・肺がん・子宮がん・乳
がん)とその他検診(ピロリ菌・肝炎・前立腺がん・骨粗鬆症・歯周病)
が毎年用意されている。しかも、費用は各500〜3000円だが70歳以上は無
料である。さらに、特定健康診断も毎年あり血液や尿検査など20数項目で
これも70歳以上は無料。近くの病院や医院が指定されている。

池内さんは、そうひねくれず素直に検査を受け自分の健康状態を確かめた
あと治療は自分で決めればいい(101p・195p)。「検査なんかしなくてい
いじゃない(102p)」と他の老人を扇動しないでほしい。高位の知識人の
池内さんが何というバカを言っているのか。(高度な検査を密かにしてい
るのか?と勘繰りたくなる)。

世間の人は毎年健診を受け早期発見により大問題になる前に治療する。10
年以上も拒否し健診を受けていないので、池内さんが病気で倒れたら、重
症の大問題になる恐れがある。奥様が救急車を呼び大病院に運ぶだろう。

わがままな池内さんのために治療の着手が遅れ、結果として日本の治療費
が余分にかかる可能性がある。「(本書が)なにかのヒントになれば、こ
れ以上うれしいことはない」とあるが、「検査なんかしなくていいじゃな
い」という逆ヒントは世間に対し大きな悪影響を及ぼす。

池内さんの終末の医療を考えてくれるかかりつけの町医者(立派なヤブ医
者!)はどこの誰だろうか(195p)。ご紹介願いたい。本書で連絡先を紹
介されたらよかったのに。

「老人は自立が大事だ(112p)」。賛成であり、そうありたい。しかし、
池内さん流の「自立」はどうか。TV・過去の友人などからの自立はまあい
いが、家族・夫婦から自立(別行動)し、夫婦旅行も別となれば、その先
は「離婚」の終着に向かうことにならないか。ご夫婦の離婚の危機を憂う。

老いの楽しみの一つ「ホテルコレクション(142p)」。「いつ出来たか、
いつリニューアルしたか」を基準に「新しくて小ぶりなホテルがいい」
と。最適のホテルが急成長中のAPAだ。元谷外志雄代表から詳しく説明を
受けており責任を持って推薦する(内容は省略。HP等をご覧ください)。

「老年オリンピック」はいい発想だ。デッサン、将棋、ギターなど4年単
位で「仕掛ける」のは「日常の再生」に有効であろう。ここで「医学的に
見ても、人間の細胞は4年ごとに生まれて死んで常に細胞が再生していま
す。・・・4年ぐらいすると全身が一巡して、4年前の細胞がなくなって、
新しい人間が誕生している」とある(146p)。

ちょっと待って!「4年で・・新しい人間」だと? 専門外であっても、
このようなあやふやなことを書いてはならない。私も医学・医療分野の専
門家ではないがそれが俗論であることは知っている。Webを見てもわかる
(*2)。確認の上、次版での訂正を希望する。

(*2)「・・7(4)年毎に細胞が生まれ変わるというのはインターネット
上の与太話にすぎない(SciShow:Hank Green〈ハンク・グリーン〉)」
「60兆個(37兆個説も・・)の細胞は周期的に生まれ変わる。周期は部位
により異なる。神経細胞や心筋細胞は生涯更新されない(Wikipedia)」
各自お調べください。

 池内さんは39枚撮りの「写ルンです」を使っているという。同行のカメ
ラマンが「いやあ、なんかうごかなくなっちゃって」と。「写ルンです」
で撮ったらほとんど変わらないと(79p・174p)。そのカメラマンの名誉
のために私は言う。「嘘だろう?彼はどこの誰だ?」と。大型カメラの故
障に備え予備のデジカメなどを用意しておくのはプロの初歩である。

「写ルンです」は(低位の)デジカメにさえ品質・価格・納期面で明らか
に劣る。5000円のデジカメでも、ズーム・ワイド・動画・連写・各種のフ
ラッシュ・消去などが自由自在。「写ルンです(39枚)」は一回きりだ。
本体購入価格998円、安めの「カメラのキタムラ」でも現像648円、プリン
ト1391円(@39円)。DPEなしに写真を見ることもできない。

「写ルンです」から(孫らの)ラインに写真を送るには携帯やPCへの転送
(540円)が必要だ。不便で高費用のカメラを軽いだけでの理由で3つの
リュックに1台ずつ常備するとは狂気の沙汰。世間の老人は「そんな(高
額な)贅沢はできない」と拒否するだろう。「すごいトシヨリ」でも不合
理な思い込みはダメ。デジカメかスマホにすぐ替えてください。

「(老人でも)批判の仕方は上手だし、弁も立つ。マイナスを数えること
も鋭敏ですが、批判の基準がやっぱり古い。見当違いなことで批判してい
る(当人はそれに気づかない)」とあった(51p)。読むうちに、いま文
章を書いている私(!)のような者を指しているように思われた。だが、
逆だと思う。この言葉はそっくりそのまま池内さんへお返ししたい。

「あとがき」で池内さんは「意図して譲らなかったことが二つある」と本
書に書かなかった2つをあげている(212p)。それは、
(1) 暮らしを保障する蓄えや収入と健康、そのための生活設計。
(2) 高齢者を待ち受けている危険、不便、不安・・・その安全対策。
池内さんはなぜ書かなかったのか?その理由は次のとおりである。
(1) は、「各人の知恵と工夫によるしかないからだ」と。
(2) は、「当人が、そんな世の中にした多数者の一人であるからだ」と。

一種の自己責任論である。(1)(2)ともに自身(池内さん)は自力で確
立済みである。出来ていない人はしょうがないということである。冷厳な
事実であるが、世間の人の大きな関心事は、リュックやカメラなどではな
く、それを知りたいのに・・・。(本書では、この2つに触れないか、ま
たは、せめて、このセリフを本書の冒頭で書いてほしかった)。

池内さんは、家族のうち両親と妻については触れているが、兄弟姉妹・子
供・孫・(曾孫)らについては書いていない。日本の少子高齢化を突破し
ていくためには、「家族や多世代の共助・協同」が大きな課題になるとも
言われてきている。

池内さんは(1)(2)の重要な課題に触れず、老人の「自立」を唱え(離
婚?・死別?を経て)孤老へと走っているように思われる。私としては、
文学の分野で「すごい業績」があっても、このようなトシヨリ(老人)を
「すごいトシヨリ」とは呼べない。本書の表題はむしろ「ひどいトシヨリ
BOOK」の方がしっくりするのではないか。

ところで、本書最後の行に「僕は、風のようにいなくなるといいな
(209p)」とある。少しホッとした。私の思いと概ね同じだから。かつ
て、本誌に「古稀からどう生きるのか?」を書いた。以下、引用を交えて
記述する。

ペルシャの数学者・天文学者・詩人のウマル・ハイヤーム(1048〜1131)
の四行詩「ルバーイヤート」には深い無常観が流れている。一部を引用す
る(「一日一言」桑原武夫編・岩波新書より)

若い時には わしもまじめに 
博士や聖者の所に よくいったものさ
あれやこれやの大げさな議論
だが、いつでも 入ったと同じ戸口から出てきた

かれらとともに、わしも知恵の種をまいた
自分の手を使って育てようともした
収穫といえば たったこれだけ
「わしは、水のように流れてきた。風のように吹きすぎて行く」

だれのどんな人生にも「明日は明日の(いい)風が吹く」ことがある。私
たちは今日が辛くても、明日を信じ、今日をぽつぽつ生き抜いて・・・、
流れ流れて、消えて行くのである。

晩年は認知症になられたらしいが、池内さんの伯父さん(町医者)の口癖
はドイツの文豪ゲーテ(Goethe)の「人生はされど麗し(Das Leben ist
doch schön)」だったとあった(182p)。「されど」に含蓄がある。

では、古稀を通過したその果ての・・・私の臨終はどうなるのであろう。
ゲーテ(Goethe)は「もっと光を!(Mehr Licht!)」と言い残したらし
い。おそらく、(ゴルフ好きの)私は、苦し紛れに「ううっ!・・・もっ
と飛距離を!」と呻(うめ)くだろう(笑)。

これまでに、池内さんの著書はいくつか読んでいる。善意の人だと思う。
本書にあれこれ突っ込み、ケチをつけたが、他意はない。なお、池内さん
には会ったことはない。

とりあえずの結論。これからの人生100年時代の到来に際し、池内さんに
は、私たちの模範となる真の意味での「すごいトシヨリ」になっていただ
きたいと思っている。(2018/11/7千葉市在住)

2018年11月08日

◆すごいトシヨリBOOKだが・・

馬場 伯明


池内紀さん(*1)の新著「すごいトシヨリBOOK」が売れているという。毎
日新聞出版・1080円。読みやすく面白いので購読をお勧めする。以下に感
想を記すが、違和感がある箇所には斜めから少し突っ込みたい。(本書を
読まないと「突っ込み」もわからないかな?)。

(*1)1940年姫路市生まれ。ドイツ文学者・エッセイスト。主な著書に
「ゲーテさんこんばんは」「海山のあいだ」・・。訳書に「カフカ小説全
集」「ゲーテ・ファウスト」・・。山や町歩きや自然の本も「森の紳士
録」「ニッポン周遊記」・・など多数。(本書より)。

本書へのおぼろげな「違和感」は、池内さんが日常生活よりその水準を少
し下げるというか、一種の偽悪ぶる手法で書いているのではないかという
(下司の)勘繰りに似た私の推測から生じるものである。そのように勘繰
る私の品性(の低さ)を追求される恐れはあるが、とりあえず、そのまま
書き進める。

「群れて、集まって、はしゃいで、というのは老いの尊厳に対する侮辱で
はないか」とある(37p:本書の該当頁)。でも、老人が群れたらなぜ悪
いのか?何が侮辱なのか?群れに参加できない老人への配慮なのか?「老
いの尊厳」って理解に苦しむ。

私は1944年生まれ。池内さんの少し下だ。2018年10月〜11月初は群れの連
続だった。10.4~5大学の卒業50周年クラス会(京都)、10.8~9高校のクラ
ス会(長崎)、10.27関東在住者の中学校同窓会(東京)、10.29~30勤務
した企業の入社50周年同期会(箱根)と続いた。また、長崎県島原半島の
別高校の関東の同窓会にも2つ出席した(東京10.20、11.3来賓)。

時間とお金を消費した。しかし、「群れたこと」は決して無駄ではなかっ
た。多くの体験を共有した友人たちと語り合い「これでしばらく生きてい
ける」と思った。腹の底から凛々と生きる勇気が湧いてきた。

20~30年前のハートマン(Hartmann)のリュックサックを今も使っている
(78p・87p)とのことだが、信じられない。当時はいいものだったかもし
れないが、機能(ファスナー・ポケット・ペットボトル収納・肩ベル
ト)、材質(重量・強度・防水)、デザイン(形状・色・模様)におい
て、現在の安い製品が優ると思う。単なる懐古趣味ではないか。今
Hartmannのリュックは5〜10万円とあるが、1万円の無印への買い替えを提
案する。

大きなキャリーバッグを転がす旅行者を揶揄する(81p・83p)が、池内さ
んは仕事も含め月数回の旅行と推測する。世間の人たちは(金がないか
ら)回数が少ない。たまの観光旅行では、上下ジーンズで川沿いを散策
し、夜は洒落た服装で夕食やバーのお酒を楽しみたい。気分が昂揚し満足
度も高くなる。こんな小旅行でも小さなリュックでは無理である。

「金種を揃え、金を持って外出する(77p)」と。世間の人はそんな無駄
はせず財布1個で十分だ。財布に3万円、リュックに5万円、その他千円札
を3枚と小銭・・・。そもそも、中堅サラリーマンでも8万数千円は持って
いない。ま、カードだ。それに外国旅行はカード無携帯ではほぼ不可能で
ある。

無料の行事や展覧会はくそ喰らえと一点豪華主義に憧れる世間の人の気持
ちが、池内さんにはわからないか(84p)。老い先短い一生である。やは
り、国内外の一流作品や演奏にも触れたい。工面してお金を貯め鑑賞すれ
ば生きがいが増す。池内さんは、他人には無料や安物を勧め、自分は趣味
の歌舞伎や欧州のオペラなどの高額イベントに多く通っていないか?

10.9は長崎「おくんち」の最終日だった。7年ぶりの樺島町の「太鼓山
コッコデショ」を高校の同級生らと観た。でも、できれば人波越しではな
く有料桟敷に座りたかった。老人でも安けりゃいいという訳ではない。

老人の無様な行為や現象が書かれている。事実だろうが読みたくない。
太った(旧)美女、腹が出たオッサン、目の下の垂れ、喉に皺あり、すっ
と言葉が出ない・・(40p・44p)。他人のことをくだくだ書いてどうす
る。自分のことならまだいいが・・。その意味で「アントンの漏れ」
(175p)には拍手する。他人の(−)は自分の(+)なのだ。人間はさも
しい。

「老化早見表」はの本書ヒット語である(59p)。「アントン」とともに
流行語大賞候補になりうる。特に「横取り症」と「忘却忘却症」が面白
い。確かに、話を横取りする老人が多い(私もときどき!)。「忘却忘却
症」はいわゆる「認知症」状態かそれに近い老人であろう。「忘却とは忘
れ去ることなり。 忘れえずして忘却を誓う心の悲しさよ( 菊田一夫「君
の名は」)。悲しみを忘れ去ることは、一種の幸せを得ることである。

最近「老年的超越(The overview of studies of gerotransendence)」
という言葉が注目されている。老年的超越とは、高齢期に高まるとされ
る、「物質主義的で合理的な世界観から、宇宙的、超越的、非合理的な世
界観への変化」を指す。この概念の提唱者であるスウェーデンの社会学
トーンスタム(Tornstam が1989年に離脱理論、精神分析理論、禅の知見
など取り入れこの理論を構築したという。「忘却忘却症」は、「老年的超
越」と友だち関係か?老人を悟りの境地にいざなうかもしれない。

「日本の平均寿命を伸ばしている理由の一つには、そういう人(延命治療
を受けている人)たちが非常に多いこと。しかも、それは病院にとっての
大きな収入源になっている(98p)」。私もほぼ同じ認識である。また、
日本の法律は尊厳死を認めていない。ヨーロッパや一部の国では容認して
いる。池内さんは容認派のようだが賛同する。

池内さんは日本尊厳死協会にご夫婦で入会している。「『死にかけたらこ
うしてほしい』と書いたものを用意している(99p)」と(私も「リビン
グウイル」を書いてある)。しかし、死後の遺族の判断は不明だ。自分の
決意を表明したという、言わば生きているうちの気休めかもしれない。ま
あ、死にそうな「まな板の鯉」とでもいうか・・・。。

「老いてからの癌は恵みの病(104p)」。私も癌で死にたい。末期癌の痛
みを緩和する医療技術が格段に進んだ。脳溢血や心臓発作のよう瞬間の
死、意識の欠落、上下肢機能障害などがほとんどない。何より人間にとっ
て最も大事な「意識」が残っているからだ。

私のある60代の後輩はすい臓がん4ステージで絶望的な状態に追い込まれ
た。しかし彼は賢かった。遺言を書き家屋等不動産以外の金融資産を現金
化し妻子へ渡し、残りの2,000万円は「死ぬまでに自分が使う」と宣言し
た。保険診療外の特殊な最先端の治療などに次々と意欲的に挑戦した。

見舞い行ったときの次の話には驚いた。「馬場さん、この頃ソープにも
行っています」「えっ、買春(売春の相方)か?」「そう、斯界最高の女
性と付き合っています」「何か、生き返るような・・・(気がして)」
と。英断である。そして1年後、彼は平穏に幸せに旅立った。合掌。
(2018.11.7千葉市在住 後半は2/2として後日掲載)。

2018年10月13日

◆太めの女性がいい

馬場 伯明


英国のミス・ワールド英国予選・イングランド大会で、体重80kgの太っ
た娘、クローイ・マーシャルさん(17)が2位に入賞したという。近年ま
れに見る快挙である。

《「美しさにサイズや形は関係がないことを証明したかった」と笑顔の彼
女。3月、南東部サリー州の予選でスリムな出場者7人を押しのけ選ばれ
た。身長178cm。「背が高く瞳が美しい」と評価された。過酷なダイエッ
トで急激に痩せたこともあるが「骨と皮だけ、私じゃないみたい」と思い
直し、よく食べ、ジムで体をよく動かして健康を保った。

白い水着で堂々とステージを歩いた。「ミス・イングランドはスラッとし
て細いという固定観念を打破したかった。綺麗になるためにダイエットは
必要ではありません」という。(2008/7/19朝日新聞:要約)》そういえ
ば、英国のサラ・ブラウン首相夫人も相当なグラマーだったなあ。

痩せた女性がもてはやされるようになったのはいつ頃からであろう。昔、
長崎県の田舎では、痩せた女性を、栄養を摂っていない(栄養を摂る経済
力がない)という意味を込め「ギメ(イナゴ)」と蔑称していた。反対
に、太っていることを「体格のよか」とほめ言葉で表現し、背が高いこと
も「太か(大きい)」といった。この「太か」は今も残る。

私は太めの女性の方が好きだ。友人たちに尋ねたことがある。彼らの共通
の本音は、見た目は細めがよく寝室では太めがいいということであった。
「着痩せする太目の女性」という二兎を追う偽善者である。

最近世間は(喫煙者と同じく)太った者(男女)に辛く当る。「メタボ
リック・シンドローム(metabolic syndrome代謝症候群、メタボ)」とい
うややこしい言葉で太った者を一方的に非難し攻撃する。

《メタボとは「内臓脂肪型肥満に高血糖・高血圧・高脂血症のうちの2つ以
上を合併した状態」という。日本肥満学会(JASSO)の診断基準(2005)
は具体的には次のとおりである。

腹囲85cm、女性90cm以上が必須、かつ(1)血圧130/85mmHg以上 (2)中
性脂肪150mg/dL以上またはHDLc40mg/dl未満(3)血糖値110mg/dL以上の
3項目中2項目以上が該当。(Wikipediaによる)》

太っているとメタボになり病気になるからだという。昔は「風邪は万病の
もと」であったが、今は「肥満が万病のもと」になってしまった。太った
ままで悠々と死んでもいいではないか。不帰の床につく前に「(覚悟の)
リビング・ウィル」を宣言し、他人に迷惑をかけず、すっきりバイバイす
ればよいだけだ(私はそうする)。

そもそも、太った人が活躍している分野は多岐にわたっている。歌手も多
い。オペラ歌手の森公美子、「珍島物語」の天童よしみ、「帰らんちゃよ
か」の島津亜矢らは太目で、声量があり、実力がある歌手である。

太った歌手は声が身体に共鳴する。余裕を持って楽に歌っているので、聞
く方は癒される。天童よしみの顔はジャガイモのようで窪みにかわいい目
(芽)もある。見た目ではなく中身で勝負せざるを得ないということで、
彼女の優れた歌唱力が逆に実証されている。

一方、痩せた歌手は概ね声量が小さい。細身のアイドル歌手が口にマイク
をくっつけ、口先で歌っているのは見苦しい。坂本冬美も病気を克服した
けれども、残念ながら痩せて声がすこし細くなってしまった。

痩せれば豊かな胸も「痩せと共に去りぬ」状態になる。パッドではなくシ
リコンなどでの増量が必要になり、偽装の美に追い込まれた女性もいる。
また、無理なダイエットは便秘、肌荒れや吹き出物の原因となる。

歴史上痩せた美人が高く評価された時代は少ない(と思う)。たとえば絵
画。ルノワールが描いたふっくらとした女性のおおらかな裸体画は日本人
をも魅了した。棟方志功の太めの女人菩薩「沢瀉妃(おもだかひ)の柵」
は母のような慈愛に満ちている。モジリアニは太っていたモデル(恋人・
妻)をわざわざ逆説的に細面・痩身に描いた。

フランスのルーブル美術館やオルセー美術館には、数多くの豊満な女性た
ちが、あきらかな三段腹を惜しげもなく晒し、ゆったりと横たわってい
る。眺めていれば心が和む。

ミロのビーナスが日本に初上陸した1964(昭和39)年、京都国立美術館に
殺到した群集の中で、私はその肢体を見て、感動し、その場に立ち尽くし
た。端正な顔はともかく、美しく大きい腹、腰、臀部、太腿、脚に圧倒さ
れた。美容ダイエットなどによる「痩せ女」なんか、断じて女体美の原点
ではない。

春画にも豊かな女性が多い。歌麿の着物を着た(表向きの)女性には柳腰
美人が多いが、(裏の)春画では趣きを変える。さらに、北斉や栄里の春
画には太めの身体の女性が多く、開放的であっけらかんと事に及んでい
る。その極みは「小柴垣草子」だ。若い姫と武士がくり広げる物語風の巻
絵は、豚の雌雄の絡みのような滑稽さもあるが、その時代の肉体の賛歌と
もいえる。

かつて、ある上司が私の部下の22歳の女性(細めの美人)について、私に
そっと言ったことがある。「きれいな娘(こ)やけどねえ・・、胸がもう
ちょっと、ね。それに、あれでは、あのとき、下の○骨があたるので、よ
くないやろ」と(○はタ行の一字)。 

「えっ、まさか、見たんじゃないでしょうね?」と私は思わず聞き返し
た。彼は審美眼があり想像力が豊かな人であったが、女性については「花
より団子」の現実派であった。

「痩せた女性」といえば、痩せてしまった浅丘ルリ子にはショックを受け
た。夫の石坂浩二に(心から)同情した。でも、宮沢りえは痩せたために
過去の写真集(ヌード)の価格が上昇しているらしい。古本屋から消えな
いうちに買いだめするか(笑)。

「人は見た目が9割(竹内一郎)」という本がベストセラーになったが、
すでに店頭にはない。著者はじつは「表現すべき中身が大事」と言ってい
る。バカどもが表題に飛びついた。「『表題』は見た目が9割」だったの
である。女性も見た目がスリムなだけではダメだ。

先日千葉市稲毛駅で電車に乗り込んできた女子高校生の集団は総じてころ
ころと太っていた。変な痩せ女を礼賛する世間の風潮に流されず、痩せさ
せて儲けをたくらむ悪徳業者にだまされず、太めの健康な女性にそのまま
成長してほしい。

ところで、ここまで来れば「おいおい!あれこれ講釈を言うとるが、あん
たはどうなんや?」と、おそらく矢がこっちへ向いてくるだろう。私は身
長176cm、体重80〜82kg(BMI:Body Mass Index:肥満度25.8〜26.4)体
脂肪率18〜22%。少し太めである。

腹囲の90cmも基準を超えているが、幸い、血圧・中性脂肪・血糖の3数値
は十分基準内だ。何の薬も飲まずサプリメント類も摂っていない。健康で
強い身体をもらった両親と先祖に感謝し、メタボに怯まず、メタボを恐れ
ず、酒も毎日やり、自然体で勝手に暮らしていきたい。

そこで、「太めの女がいいらしいが、あんたの奥さんは?」とさらに二の
矢が飛んで来るだろう。しかし、人生のすべてが自分の思いどおりなるわ
けではない。万事自然の成り行きまかせるしかない。だから「(それは)
聞かぬが、または、言わぬが『花』」というものであろう。

「切れ上がった小股」よりも「豊かな太腿」の方がいいという私見と持論
により、見かけ至上主義の軽薄な人たちを説得し納得させることは、なか
なか困難なことである。(了)(2008/7/29千葉市在住)(2018/10/12)


2018年09月20日

◆「よろしくマイマザー」を観て

馬場 伯明


友人Mさんの紹介により2018.9.7吉祥寺シアターで劇団晴天の「よろしく
マイマザー」を観劇した。「Web感想まとめ」を読めばほぼ100%が「よ
かった」と。これって何?彼らは宗教団体集会に参加した信者なのか。

そこで、(劇評家ではないけれども)私はまず「ケチ」をつけ、その後少
し誉めたい。超有名劇ではないようなので、劇団とあらすじを紹介する。

「劇団晴天」は大石晟雄(あきお26・主宰者)と鈴木彩乃(25)による演
劇ユニット(HP)。大石は2011年に「カナリアは眠らないから」の脚本と
演出。次々作品を発表する才能溢れる若者である。

鈴木は舞台・映画俳優。振付。ダンサー(コンテンポラリー)。舞台は
「MOTHER〜特攻の母島濱トメ物語〜」「天守物語〜夜叉ヶ池編2018」など
多数。「よろしくマイマザー」では主役(次女)である。

「あらすじ」。さびれた雀荘「もみじ」を舞台に物語が展開される。夫の
急死により1人で店を守ってきた妻の好子が突然倒れる。心配し帰って来
た娘2人。だが、嬉しがる母の認知症が進む。姉妹にも自分の生活があ
る。雀荘の常連客、出入り業者、隣人らが母と2人をあたたかく見守り、
ともに、考え、悩み、泣き、笑い、前を向いていく・・。

では、ケチの第1.認知症の理解と表現(脚本・演出)に私は不満であ
る。(仮に)母(好子:鈴真紀史)を60代とする。母の症状は軽度認知障
害(MCI:Mild Cognitive Impairment)から認知(障害)症(Dementia)
への急激な!進行の途上にあると思われる。

認知症は、1.本人、2.介護者(や近い人)、3.第三者(劇では観客)の三
者、とくに1.と2.の関係が重要である。1.正常から異常への断続的な往復
を繰り返し認知症へ至り「人間」が壊れていく。見当識障害・粗暴(暴
言・暴力)・無為自閉から種々の問題行動がある。物忘れ、お漏らし、介
護拒否、徘徊・せん妄、被害妄想(泥棒・・)、異食、弄便、性的異常言
動など。

2. 介護者(姉妹ら近い人)は好子との過去の楽しい思い出を反芻する。
しかし、眼前の人は壊れている。大きな失望、落胆、嫌悪感、そして拒否
感へ向かう。ひと踏ん張りしどう向き合うのか。3.は、善意であっても基
本的には無責任な傍観者である。

脚本・演出者は、1.と2.の細部を見つめ両者の落差を際立たせ、もっと過
激に表現してほしい。「オマエは泥棒だ、売春婦だ(被害妄想)」「お母
さん、それウンコ!食べているの?(弄便・異食)」・・。そして1.と2.
の落差を埋める方策の提示は・・・難しいが挑戦してほしい。

ある「Web感想まとめ」に対し・・。「他人事ではないなと思いなが
ら・・〈M〉」:と書く〈M〉は他人事目線だ。認知症介護の現場を知らな
いのではないか(と思う)。「あったかいお話でした。ほかほかしながら
観れた〈K〉」:「ほかほか」と同時に現実の暗い影も直視してほしい。

第2.姉(白石花子)に妊娠を告げられ婚約者(田中孝宗)は「父として
育てる」と言った。朴訥なやさしさがあった。しかし、「きみが生む子
だ。僕はきみのDNAを愛する。その子の声を今聴きたい」と小声で言い、
耳と頬を彼女の下腹にそっと押しあてる。そんな演技を私は観たい。

第3.雀荘「もみじ」は常連客だけ、倒産の日は近い。馴れ合い麻雀で、
警察への忖度なのか賭け麻雀もないようだ。「メンタンピンドライチ、満
貫!」「タテチン!ロン!」と威勢の良い声も聞きたいけれども、無理
か。おしぼり屋も八百屋も頑張ってくれているのに。ただ、肝心の若い観
客男女は麻雀の経験などないと思われ・・・白けている。

観劇の翌朝2018.8〜9.10まで長崎へ帰省した。9.8の夜故郷の友らと麻雀
をした。何と!親でチョンボ(罰金12000点)。4本場の「リャンシ」で役
なしリーチ即ツモ。大いに笑われた。でも、収支はトントンだった。

ここで、劇の、主に演技のよかった点・・・。私は人前での歌や喋りは苦
手だ。出演者12人は優れて個性的な表現者であった。姉(白石花子)が重
い役を淡々と演じ、妹(鈴木彩乃)が切れ味のいい語りで呼応した。母
(鈴真紀史)は認知症に落ちていく女の闇をむしろ明るく演じた。

川手淳平(八百屋)の演技には味があり、失業中の介護師(本多由佳)は
麻雀を投げやりにやっていた。オシボリ屋の兄ちゃん(加藤巧巳)は自然
体でよかった。雀荘の学生バイト(荒木広輔)も素直な演技であった。大
舞台やTV俳優として活躍できると思った(活躍してほしい)。

美人のチーママ(佐藤沙紀)はキャバクラと雀荘を往復する常連。キャバ
嬢バイト(らしい)女子大学院生(角田悠)は気だるい役を好演した。可
憐で真面目な妹(鈴木彩乃)の恋人(藤木陽一)はまだ映画監督の卵であ
り中途半端な生き方をしている。2人の宙ぶらりんな揺らぎはどうなるの
だろう。彼女(鈴木)はどう突破するのか。

大石晟雄は若い。彼の祖父母は(ご存命でも)いずれ心身が弱る(認知
症・ロコモ)。そのときは、下の大小を拭きオシメを替え、できれば風呂
にも。その体験により現在の脚本(台詞)や演出の観念的な部分が一変す
るだろう。Webにある「繊細で」「認知症へ向き合い」「描き方が丁寧
で」「痴呆症に真っ直ぐ向き合う」などの誉めの言葉が「本物」になるは
ずである。(私は父母〈94・93歳で死去〉の下の世話をし、風呂で背を流
した)。

50年前「フランス5月革命」の1968年、世情騒然としていた年に大学を卒
業した。世間は過激で直截的な手段で解決を求め、あがき、苦悶し、行動
していた。それらは演劇にも複雑に投影されていた。

時は過ぎ今の子供世代(30〜40代)や孫世代(〜20代)は団塊の世代など
とは異なる。いい子が多い。やさしい、かしこい、計算高い、気配り、出
過ぎず、争わない。それに即応した脚本や演出が求められるのであろう。

大石はこう言うかなあ。「爺さん(馬場)、自分はわかって書いている」
と。1970年代風に過激な演出をすれば同世代の観客にドン引きされる。芝
居は観客商売。だから彼は過激さをオブラートで包んだのかもしれない。

若い意見がWebに載っていた。「上手く人物の心情を描いていたと思いま
す。ただタバコのシーンは今の時代不要かと思います〈G〉」と。笑止!
この劇は禁煙CMではない。雀荘にあの喫煙は必要だ。不要なら、キャバク
ラ、喧嘩・暴力(園田シンジ)も皆不要、何よりも麻雀が不要である。違
法(賭博)の巣窟の雀荘が舞台なのに〈G〉はなぜこれを不要と言わない
のか。

雀荘「もみじ」に来る人たちは心やさしい人たちだ。大石はそのように描
く。他人を騙し生きる人はいない(嘘は映画監督・You Tuberだけ)。
「痴呆症に真っ直ぐ向き合う作品で〈T〉」「素敵な良いお芝居だった
〈A〉」「現実ってツラいこともあるけれど、あたたかさだってあるんだ
よ〈N〉」「どこかで起きていることをそのまま切り取った様で引き込ま
れました。ぶつかり合って支え合える家族も温かい隣人もいいなって〈H〉」

観客はこの劇を高く評価し前向きの明るい感想を述べている。この劇は若
者たちに問題を提起しつつも、あたたかさを振舞い、(一応)大成功を納
めた。母・好子の認知症進行、雀荘の経営不振、そして、その他の人間関
係の葛藤も、劇中では「ほかほか」と解決されていくようにも思われた。
幕が下り観客は満足げに笑顔で家路を急ぐ。

「しかし」と私は思う。観客のうちの介護する人たちは「(劇場へは)行
けばよいよい、帰れば怖い」または「劇観て天国、帰って地獄」ではない
のかと・・・。「♪家に帰ればセキスイハウス」ではなく、厳しい介護地
獄の現実が待っている。

話しが長くなった。ともあれ・・・、「よろしくマイマザー」の終演に際
し、劇団晴天とそれから特に大石晟雄と鈴木彩乃の若い二人に、「おつか
れさま、さらに前へ!」とエールを送る。未来は君たちのものである。
(2014.9.18千葉市在住)

(追記)

1. 劇団晴天の今後公演。「君に捧ぐ、天つ風の詩」2018.10.24〜28。@日
暮里d-倉庫。「劇団晴天の『曇天短編集』」2018.12.15〜26スタジオ空
洞。夢を追う鈴木彩乃など若者の芝居にどうぞお運びを・・・。
(25wayp@gmail.com https://g-sayten.jimdo.com
2.写真・文章の引用は劇団晴天hp、感想まとめ、カンゲキLab。
3.開演19:30までに時間があった。吉祥寺シアター入口のT字路の焼鳥と
和食の店「玉屋」でレバー・ビール。
4.昨年四谷2丁目のスナック樹(たかぎ)のママから「隣室で雀荘オー
プン」と連絡があった。そこで提案です。「よろしくマイマザー」関係者
の方々、マージャン高樹で卓を囲みませんか(03-6380-0057)。麻雀しな
い人には隣のスナック高樹にカラオケもあります。(了)