2018年09月12日

◆世界を席巻する“トランプ現象”の猛威

加瀬 英明


トランプ政権があと数ヶ月で、2年になる。

トランプ大統領の下で世界のありかたが、劇的に変わろうとしている。と
いうよりも、世界の仕組みが大きく変わりつつあったから、トランプ大統
領が2年前の11月に登場したというのが、正しいと思う。

トランプ候補が、大手のマスコミによって本命だとされた、ヒラリー・ク
リントン候補を破って、ホワイトハウス入りを遂げてからも、トランプ大
統領が「暴言」を乱発し、衝動的、気紛れであって、大統領として不適格
だという非難を、浴びせ続けている。

だが、このような“トランプ現象”は、アメリカに限られているのだろうか?

トランプ候補は「アメリカ・ファースト」を約束して当選したが、アメリ
カが未来永劫にわたって、世界の覇権を握り続けるという、神話を覆すも
のだった。「メイク・アメリカ・グレイト・アゲイン」という呼び掛け
は、アメリカの国益を世界よりも、優先させようというものだった。

トランプ政権が誕生する前に、イギリスが国民投票を行って、EU(ヨー
ロッパ共同体)から脱退することを、決定していた。

このところ、EUは箍(たが)が緩んで、蹌踉(よろ)めいている。EUは
ヨーロッパを一つに統合しようと、目論んだものだったが、ヨーロッパで
は、ハンガリー、ポーランド、スイス、オーストリア、イタリア、ラトビ
ア、ノルウェー、ブルガリア、ギリシアで、自国の利益を優先する“右翼
政党”が、次々と政権を担うか、連立政権に加わるようになっている。

アメリカや、ヨーロッパの大手メディアは、このような動きを「ポピュリ
ズム」と呼んで蔑み、これらの政党を「右翼政党」ときめつけて、貶(お
とし)めている。

「ポピュリズム」は、エリートと既成政党が支配していた“良識的”で、
“真っ当”な体制に対して、大衆を煽動して、誤った方向へ向かわせること
を、指している。

トランプ政権の登場も、イギリスのEU脱退も、ポピュリズムによるもの
とされている。

ヨーロッパでナショナリズムが復活しているのは、イスラム難民が大量に
流入したためだというが、それだけではない。

アメリカが、よい例だ。アメリカの勘定高い大企業の経営者は、“グロー
バリズム”と自由貿易体制を礼讃してきたが、製造部門などを中国などの
低賃金の諸国へ移して、自国の労働者の職場を奪ってきた。

トランプ候補はアウトサイダーとして、“良識ある”体制に果敢に挑戦した。

アメリカでは“弱者”を尊重するあまり、オバマ政権下ではLGBT(レズ
ビアン、ゲイ、両性愛者、性転換者)に、「自分が信じる性に従って、男
女どちらのトイレを使ってもよい」という大統領令――法律を発した。

日本でも同様なことがみられるが、“良識ある”体制が押しつけてきた、
いっさいの“差別語”を追放しようとする、行き過ぎた“言葉狩り”が暴走し
て、先祖伝来の生活環境を破壊するようになっている。

大手マスコミや学者が、「ポピュリズム」と呼んで貶めているが、“グ
ローバリズム”を信奉する富裕層やエリートに対して、大衆が伝統的な、
落ち着いた生活を守ろうとして立ち上がったと、考えるべきである。これ
は、大都市対地方の戦いだ、といってよかろう。

大手マスコミや、著名研究所(シンクタンク)、有名大学は、巨大企業に
よって養われてきたために、ナショナリズムを嫌って、“グローバリズム”
を支持している。

だが、“グローバリズム”を支えてきた国際秩序は、アメリカが自由貿易体
制を通じて、巨額な貿易赤字を負担して世界を潤(うるお)し、ヨーロッパ
や、アジアの同盟諸国の防衛の重荷を担ってきたことによって、成り立っ
てきた。

トランプ現象や、ヨーロッパ諸国のナショナリズムを「ポピュリズム」と
呼んで、敵視すれば、すむことではあるまい。



2018年09月05日

◆抑圧と分断に翻弄された民族の愛国心と反日感情

加瀬 英明

 
ロシアで行われたワールド・サッカー世界大会で、韓国代表チームが敗れ
て、5月にインチョン(仁川)空港に帰国したところを、出迎えたファン
が罵声を浴びせて、卵を投げつけた。

韓国チームは2敗したあとで、前回の世界大会の覇者だったドイツに勝っ
たから、誉められるべきだったと思うが、韓国社会は結果だけを重んじる
から、日本のように努力したことを評価しない。

日本では食物は大切で、神聖なものであるから、人に食物を投げつけるこ
とは、絶対にしない。韓国と日本は隣国だというのに、人々の価値観が
まったく異なっていることに、驚かされる。

だが、韓国も、日本も長いあいだにわたって貧しい国で、しばしば飢饉に
も見舞われたから、食べ物は尊いものだったはずだ。

それなのに、韓国では人を罵って、卵をぶつけることが珍しくない。

卵は貧しかった時代には、韓国でも、日本でも貴重な滋養源だった。日本
では幼い時から、親から食物を粗末にしたら罰(ばち)が当たるといって、
厳しく躾けられた。

私の親しい韓国のO教授が日韓の違いを説明して、「韓国人はみんな見栄
を張るからです。卵も貴重なものであったから、自分は卵を投げることが
できるほど、豊かだということを、見せるためですよ」と、教えてくれた。

韓国語では、「ホーセプリダ」(虚勢(ホーセ)を張る)とか、「ホーヨン
プリダ」(虚栄(ホーヨン)を飾る)という。誰もが空ら威張りする天性
が、あるのだ。

ちなみに、韓国の1人当りのGDP(国内総生産)は、日本の3分の2に
みたないのに、韓国では卵1ケがほぼ200ウオン(日本円で30円)である
のに対して、日本では20円あまりだ。韓国のほうが金利も物価も高いが、
昔から社会が安定しなかったために、貯蓄する習慣がなく、全員が借金癖
に取りつかれているためだ。

日本では誰もが、謙虚であることを求められる。自己を抑えて、互に譲り
合わなければならないが、韓国では自己主張が強く、人を押しのけながら
力のある者に、諂(へつ)らわなければ、生き残ることができない。韓国人
誰もがそろって認めるように、住みづらい社会なのだ。弱い者は惨めな落
伍者になってしまう。

嘘をつくのも、自己防衛のために必要だから、そうするうちに嘘が真実に
なってしまう。

 
嘘はしばしば、家族や、一族、自分が属している党派を守るために、必要
な手段となる。先の大戦中の慰安婦(ウイアンプ)が、職業的な売春婦だっ
たのが事実であるのに、日本によって拉致された性奴隷(ソンノーイエ)
だったという嘘を、事実としてつくりかえて、国内外に慰安婦像を次々と
建てているのは、その典型的な例である。

 過酷な歴史ゆえの自分本位

韓国では嘘と真実のあいだに、境がない。

 慰安婦(いあんふ)は日本語だが、戦後独立した韓国の国軍は、旧日本軍
の将校経験者が中心となったので、日本軍の多くの制度に倣った、慰安婦
を「ウイアンプ」と、朝鮮語読みにして引き継いたために、韓国軍に慰安
婦が存在した。

駐留米軍にも、慰安婦(ウイアンプ)を提供していた。(もっとも「性奴
隷」は、日本の偏向左翼の造語で、「セックス・スレイブ」として、世界
を風靡している。)

今年から韓国では、政府が8月14日を『ウィアンプ・ギリムウィ・ナル』
(慰安婦を称える日)として制定したが、世界史で売春婦(メチュンプ)を
賛美する唯一つの国となった。じつに、個性的な民族だとしかいえない。

8月が巡ってくると、日本ではテレビが定番のように、先の大戦と、広
島、長崎への原爆投下を回想する番組で埋まるが、韓国では日本軍によっ
て虐待された慰安婦を取りあげた番組が、放映される。今年も、文在寅
(ムンジェイン)大統領と金正淑(キムジョンスク)大統領夫人が、高齢の慰
安婦を見舞った。

韓国人には、愛国心が無い。日本は1億2000万人が同質だと思い込んでい
る、世界できわめて珍しい国民だ。ところが、韓国人は家族の結束と家族
愛が、日本よりはるかに強いものの、国民として一体感が欠けている。

韓国人は富裕層から極貧層まで自分本位だから、韓国を捨てて、自由で豊
かな海外に移住することが、全員の夢(クム)となっている。もっとも、李
朝のもとで500年にわたった朝鮮王朝(1392年〜1910年)が、あまりにも
苛酷な時代だったから、自分本位にならざるをえなかった。

 分断国家と反日感情

日本神話が一つしかないのと較べて、韓国には朝鮮北部の檀君(タンクン)
神話をはじめ、高句麗(コクリヨ)、百済(ペクチュ)、新羅(シルラ)、伽那
(カヤ)それぞれにその国がどのようにして産まれたのか、異った始祖神話
が存在する。

檀君神話は、天帝桓因(ファニン)の子の桓雄(ファヌン)が地上に天降っ
て、雌熊(クンニヨ)と結婚して生まれた檀君が、檀君朝鮮として知られる
古朝鮮を建国して、王となったというものだ。ところが、高句麗、百済、
新羅と伽那の神話は、それぞれ物語が大きく違っているものの、すべて卵
から生まれたという、卵生神話である。

天帝の子の恒因が天上から天降ったというのは、日本神話に似ているが、
なぜか、卵から生まれたという4つの国の神話は、日本神話と共通すると
ころが、まったくない。

韓国は古い歴史があるといって誇るが、しばしば王朝が交替したから、そ
のつど歴史が断絶されてしまった。

中国の歴史も、習近平国家主席が「偉大な5000年の中華文明」を自慢して
も、王朝が頻繁に代わるたびに、歴史が大きく書き改められたから、ズタ
ズタの歴史であって、韓国の歴史に一貫性がないのと、同じことだ。

韓国では、新しい王朝が支配者となるたびに、かならずその前の王朝の業
績を、頭から否定した。高麗朝(コリヨジョ)の将軍だった李成桂(イソン
ゲ)が、1388年に反乱して高麗朝を倒し、朝鮮王朝(チョソンワンジョ)と
して知られる李朝を樹てると、高麗朝の国教だった仏教(プルギヨ)を禁じ
て、儒教(ユギョ)を国教とした。

李朝のもとで、仏寺はみな山の奥深く逃げ込み、僧侶は強制労働に服する
奴婢(ヌビ)の身分に落された。今日、韓国の骨董屋にゆくと、五体満足な
仏像が、一つもない。日韓併合後、日本が仏教を復活させることによっ
て、仏寺が平地に戻ることができた。

アメリカの占領下で、1948年に韓国が独立を回復すると、その前の日韓併
合時代が完全に否定されるようになったが、国家をあげての「反日(パン
イル)」は、何のことない、韓国の歴史で繰り返されてきただけのことだ。

それに韓国は、李朝が終わるまで国民を苛め抜いて、支配階級が富を収奪
する、苛斂誅求(ガリヨムジュグ)の酷(むご)い歴史しかないので、誇れる
ことがないために、「反日」が愛国心の源(みなもと)となった。

産経新聞のソウル駐在客員論説委員として、韓国における生活が長く、私
と同じ親韓派の黒田勝弘氏が、韓国の「反日」について、「韓国民の反日
感情というのは、日本による朝鮮半島支配が終わった後、日本においては
戦後、彼らにおいては、いわゆる解放後に形成されたものである」(『そ
れでも私はあきらめない』あとがき、黒田福美著、WAC株式会社)と、断
じている。

日本の朝日新聞社をはじめとする、偏向左翼による自虐的な「反日」も、
敗戦後に形成されたものだから、韓国を笑うことができない。

私が長年にわたって、親しくしている韓国のS元新聞論説委員は、「いま
の韓国の“反日”は、日本が戦争に負けたのがいけないのですよ」といっ
て、嘆いてくれる。

私は日韓基本条約によって、日韓国交平常化が行われた前年の1964年
に、時事通信社特派員の肩書を貰って、韓国に短期滞在したが、ポージャ
ンマチャ(屋台)を訪れても、深夜、ソウルへ戻るバスに乗っても、日本
人だとわかると、人々から握手攻めになった。

屋台では人々が懐しがって、つぎつぎとマッコリ(どぶろく)を奢(お
ご)ってくれ、満員のバスでは、全員が日本の歌を合唱してくれた。

私は27歳だったが、当時の韓国の代表的な企業の経営者が、若い私を上座
にすわらせて、妓生(キーセン)を侍らせた宴席を設けてくれた。

日韓併合時代が遠ざかって、日本時代を体験した人々が減るにしたがっ
て、「反日」が暴走して、喜劇的なものとなっている。

 事大主義を生んだ儒教の受容

韓国では前政権の大統領が、かならずといってよいほど逮捕され、投獄さ
れるが、前政権を否定することが、慣(なら)わしとなっている。前政権の
幹部が記念植樹した木があれば、引き抜いてしまうことが、珍しくない。

韓国民の思考様式を解明する、もう一つの鍵は、「サデチュイ」である。
漢字で「事大主義」と書く。日本では「事大(じだい)」という言葉が使わ
れることがないから、馴染(なじ)みがないが、漢和辞典で「事」をひく
と、「仕える」という意味がでてくる。「事大(サデ)」は、力の強い者に
仕えることだ。

 韓国は歴史を通じて、中国からしばしば侵略を蒙ったために、中国に臣
従して、中国の属国となった。

 韓国の歴代の国王は、中国によって册封(任命)される地方長官のよう
なものだったから、皇帝のみに許される「陛下(ペーハ)」とい敬稱を用い
ることができず、「国王(ククウォン)殿下(チョンハ)」と呼ばれた。

 歴代の韓国の王朝は、ひたすら中国に仕えることによって、生き伸びて
きた。中国に追従(ついしよう)して、諂(へつら)うあまり、自立心も何も
捨てて、儒教から科挙制度まで、すべて中国を真似して、中国の「大中華
(デチュンファ)」に対して「小中華(ソチュンファ)」と稱して、悦に浸る
ようになった。

 ヨーロッパに、「ロシアの隣国となるほど、不幸なことはない」という
諺(ことわざ)があるが、中国の隣国となるほど、不運なことはない。

 今でも韓国では「大国(デグク)」といったら、中国一国だけを指す言葉
となっている。アメリカも、ロシアも、「大国」とはいわない。

 それでいながら、韓国人は中国に対して屈折した感情をいだいており、
中国人が不潔だといって、昔から「テンノム」(垢野郎)といって、軽蔑
してきた。今日でも「テンノム」といったら、中国人の蔑稱となっている。

 もう一つの韓国人の思考様式を解く鍵は、韓国人全員が英語でいうが、
「ウインナー・テイクス・オール」(勝った者が、すべてを一人占めにす
る)のだ。日本のような“和の社会”ではなく、常時、熾烈な競争を強いら
れている社会なのだ。

 そこで、子どもを学校に送り出す時には、日本であれば「みんなと仲良
くしなさい」というが、韓国では「チヂマ!」(負けるな)、「イルテン
イ・テウォラ!」(一番になれ)「イルテンヘラ!」(同)といって励ま
すというより、脅(おど)かす。

 このために、韓国では少数の財閥(チェボル)と呼ばれる大企業が、経済
の3分の2以上を独占して、中小企業が育つことがない。

 韓国の悲劇は、韓国社会が小型の中国となってしまったことだ。

 中国人も苛酷な歴史のなかで生きてきたから、不正を不正と思わない。
自己本位で、自分を守るために、いくらでも嘘をつく。畏友の宮崎正弘氏
が、「中国人は息を吐くたびに、嘘をつく」と述べているが、嘘が呼吸と
同じ生きる術となっている。

 中国の儒教は支配階級が、美辞を並べて人民を支配するためのハウツウ
の統治思想であるが、日本に伝わると、精神修養哲学につくりかえられ
て、今日に至っている。ところが、韓国では中国の儒教をそのまま取り入
れたために、中国産の猛毒によって冒された。

 『論語』には、孔子の言葉として、「身内の不祥事を、外に洩してはな
らない」という、日本人なら目を剥(む)く教えがある。

 日本は“和の社会”であるから、心は相手が誰であれ、配るものとされて
いるが、中国、韓国では、家族と一族のあいだに限られる。そのかわりに
言葉が、主役の座についている。

 韓国では朝鮮王朝を通じて、儒教の朱子学の取るに足りない、些細な解
釈をめぐって、国王を取り巻く両班(ヤンバン)たちが党派を組んで、凄惨
な生命の遣(や)り取りを、繰り返した。

 言葉はもっぱら自己主張と、弁解に使われるために、日本では古代から
言葉を多用して、「言挙(ことあ)げ」することを戒しめてきた。日本の歴
史を通じて信仰されている神道では、言葉に「言霊(ことだま)」という霊
力が籠っていると信じられたので、よい言葉だけを発することを求めてきた。

 言葉と現実は、2つの異っているものである。日本人は、言葉のうえに
成り立っている論理が万能な、中国、韓国と違って、言葉を乱用すること
を嫌って、感性による美と心を尺度としてきた。

 そこで、中国と韓国では、贋物の論理をつくっては、振りまわす。心は
分かち合えるが、論理は対立を招く。日本社会の“和”は、理屈を嫌ってい
るうえに、成り立っている。

 これからの日韓関係と日本人の行方

 日韓関係は、どうあるべきなのだろうか?

 いま、日本では「嫌韓」という言葉が、流行っている。韓国の理不尽な
行いに対して、日本国民が憤っているのは、よく理解することができる。

 韓国は事大主義(サデチュイ)の国だから、強い者に媚び、自分よりも弱
い者に対して、居丈高に振舞う。 
 
 ところが、日本が韓国に対して毅然たる態度をとるべきところを、河野
洋平官房長官(当時)が、日本人らしい善意からだろうが、慰安婦につい
て謝罪したり、韓国に対して卑屈な姿勢をしばしばとってきたために、侮
(あなど)りを招くことになった。これは、日本の責任だ。

 私は「嫌韓」というよりは、読者に韓国を哀れむ、「憐韓(れんかん)
論」を勧めたい。“悪の文明”である中国に臣従することを強いられたうえ
に、中国を模倣した苛斂誅求(かれんちゅうきゅう)の政治が行われたため
に、韓国の国民性が大きく歪められてしまった。気の毒な国民なのだ。

 韓国人にはよいところが、多くある。私たちは韓国を善導することに、
努めるべきである。韓国政府があれだけ反日教育を行っているのに、日本
を訪れる韓国観光客にレピーターが多いのは、本音では日本を好きなのだ。

 韓国のテレビでは、いまでも日本のドラマを、日本語で放映することが
禁じられ、日本の演歌を日本語で流すことができない。韓国民が日本を好
きになってしまうからである。

 だが、いったい私たちに「憐韓」だ、「嫌韓」だといって、韓国を見下
ろして、嘲笑する資格があるだろうか。

 あと8ヶ月あまりで元号が改まって、戦後3回目の御代になるというの
に、私たちはいまだに自立する精神を、まったく欠いている。

 北朝鮮からのミサイル攻撃だけではなく、中国が尖閣諸島、沖縄を奪い
にきても、アメリカに縋るほかないでいる。事大主義ではないか。   

2018年08月25日

◆9条に自衛隊保有を明記せよ

加瀬 英明


日本を守るD 憲法改正で9条に自衛隊保有を明記せよ

8月に防衛省が28年ぶりに、自衛官の採用年齢の上限を、今年10月から6
歳引き上げて、32歳にすることを発表した。

少子化によって、応募者が減少しているからだというが、いま、はじまっ
たことではない。陸上自衛隊の定員が15万人と定められているのに、2万
人が欠員となっていて、13万人しかいない。

少子化のために、全国で定員に届かない大学が多いが、このような大学の
学生の質は当然低い。自衛隊員のなかには、国際的な水準からみて、優秀
な隊員が少なくないといっても、定員を満たすことができないために、全
体の質と士気が低い。

海上自衛隊も定員に満たないために、護衛艦が定員に満たない人数で、出
航している。

東日本大震災では、予備自衛官に招集をかけたが、1パーセント以下し
か、招集に応じなかった。即応予備自衛官も招集に応じた者は、半分以下
だった。

そのうえ、若者が自衛隊に応募しないために、自衛隊は世界のなかで、
もっとも高齢化した軍隊となっている。旧軍では陸軍の中隊長は20代だっ
たのに、陸上自衛隊では40代末か、50歳が珍しくない。自衛隊は世界一の
“おじん隊”となっている。

 予算がないので、必要な装備も不足している。北朝鮮のミサイルに対し
て、全国にPAC3ミサイル迎撃ミサイルが17ユニット(部隊)配備され
ているが、半径25キロあまりを守ることができる。

 東京には防衛省構内に1ユニットが展開していたが、米朝首脳会談の結
果、北朝鮮の脅威が遠ざかったと判断して、撤収された。PAC3は飛来す
るミサイルに対して、2発の迎撃ミサイルを発射して、空中で破壊する。

 PAC3は1ユニット当たり、16発のミサイルを持つことが定められてい
るものの、防衛省にあったユニットは、予算が不足しているために、8発
しかなかった。1発が4億円するが、全国のユニットのなかには、2発し
か持ってない部隊もある。

 これも、憲法に自衛隊の存在が書かれていないからだ。

 国民が国防意識を回復するために、大至急、憲法第9条に自衛隊を保有
することを、書き加えなければならない。これは全面的な改定ではないか
ら、「憲法改正」というより、「憲法修正」と呼ぶべきだ。

 平成があと8ヶ月あまりで終わるが、私は平成を憲法修正が果たせな
かったことによって、記憶したい。

2018年08月10日

◆サウジの「女性の運転解禁」

加瀬 英明


日本にとって危険信号となるサウジの「女性の運転解禁」

いったい、女性が自動車を運転するのが、そんなに大(おお)事なのだろうか?

6月24日から、イスラム世界において女性に対する差別と、もっとも宗教
戒律が厳しいサウジアラビアで、女性がはじめて自動車を運転することが
認められたことが、日本でも大きく報道された。

日本はサウジアラビアに石油・天然ガスの40%と、その小さな隣国のアラ
ブ首長国連合の20%を加えると、60%も依存している。日本が必要として
いる石油・天然ガスの80%が、サウジアラビアをはじめとするペルシア湾
岸から、運ばれてくる。

日本を人体にたとえたら、血液の80%がペルシア湾岸から、供給されている。

サウジアラビアで、女性が自動車の運転を許されるようになったのは、日
本に対する危険信号が灯ったようなことだ。

もし、サウジアラビアが安定を失って、周辺も巻き込んで大混乱に陥った
場合には、日本の国民生活が根元から揺らぐことになる。

昨年、82歳のサルマン国王が、モハメド・ビン・サルマン王子を世継ぎと
して擁立すると、今年、32歳の皇太子が2030年までにサウジアラビアの脱
石油経済化をはかって、近代国家につくり変える大規模な計画を、強引に
進めるようになった。

いまや、皇太子は世界の注目を浴びて、MBSの頭文字によって知られる
が、これまでサウジアラビアの政治が、1万人もいるという王子(プリン
ス)の合意によって行われてきたのにもかかわらず、ライバルの王子たち
を逮捕、厖大な財産を没収などして、独裁権を手にしている。

私はイスラム教の研究者であって、1980年代に三井物産と、日商岩井
(現・双日)の中東の顧問をつとめたが、“ビジョン2030”として知られる
大計画は、成功しないと思う。サウジアラビアは19年にイギリスが砂漠
につくった、多くの氏族からなる人工国家であって、もっとも力があった
サウド一族によって、国名を「サウジ(サウド家の)アラビア」と、定め
てきた。

 サウジアラビアは、砂漠と、棗椰子(なつめやし)と、駱駝(らくだ)の国
だが、国民は先の大戦後に外国人の手によって生産される石油が、巨富を
もたらすまでは、隊商が主な収入源で、農業に携わってきたイラク、シリ
ア、エジプトの人々の勤勉な習性を欠いており、もっとも背が高い建物と
いえば、遊牧民のテントだった。

 それが、これまで国民が湯水のような巨額の石油の収入によって、税
金、家賃、教育費、医療費、光熱費が免除され、肉体労働は外国の出稼ぎ
労働者に頼るという、まるで不労所得者のような国となっていた。政府は
サウド家に対する忠誠心が薄い、多くの氏族から成り立つ国民を、潤沢な
石油収入によって宥(なだ)めて、安定を保ってきた。

 MBSの近代国家化プロジェクトは、2014年から原油価格が暴落し た
のと、急速な人口増に加えて、世界が脱石油時代へ向かっている危機感
に駆られたものである。

 MBSは海外からの投資に、期待している。そのために、サウジアラビ
アが女性を差別しているのに対して、批判が強い両側諸国の好意を確保す
るために、女性に自動車運転を許すようになった。

 だが、サウジアラビアでは、2001年にサウジアラビア国籍のイスラ ム
過激派テロリストが、ニューヨークの世界貿易センタービルを破壊した
時にも、八年前にチュニジアで“アラブの春”が始まって、民主化の高波が
中東を襲った時にも、危機に迫られるたびに、女性の権利を小出しに拡大
してきた。

 MBSはまだ権力基盤を固めつつあるし、“2030年プロジェクト”が 失
敗すれば、この国が大混乱に見舞われることになる。

2018年07月11日

◆日本の英霊が残した 人種平等の道標

加瀬 英明


5月に、イギリスのヘンリー王子と、アメリカ人女優のメーガン・マーク
ルさんの華麗な結婚式典が、ウィンザー城の教会において行われた。

イギリス王室はウィンザー家と呼ばれるが、ウィンザー城は王家の居城で
ある。

この日は、よく晴れていた。ヘンリー王子とメーガンさんは、荘重なイギ
リス国歌が吹奏されるなかを、銀の輝く胸冑をつけた龍騎兵を従えた、お
伽噺のような馬車に乗って、教会へ向かった。

私はこの光景をテレビで観て、深く感動した。すると、不用意に胸が熱く
なって、目頭が潤んだ。

華燭の式典では、アメリカ聖公会の黒人主教が、説教壇から黒人訛りの英
語で、愛について熱弁を振った。

私はアメリカ黒人女性の聖歌隊が、黒人霊歌の『スタンド・バイ・ミー』
(イエスとともに歩め)を合唱した時に、涙が頬にこぼれた。シャツの袖
口で拭った。

メーガン妃は、アフリカ系黒人だ。アメリカ黒人の母と、白人の父のあい
だに生まれた。

いまでも、白人社会では、黒人の血が少しでも混じっていれば、「黒人
(ブラック)」と呼ばれる。オバマ前大統領は、父親が黒人、母親が白人
だったが、黒人として扱われている。

私はキリスト教徒ではないが、アメリカに留学した時に、黒人社会に関心
があったので、何回か日曜日に、黒人街の教会を訪れて、ミサに参加した。

ミサでは、黒人霊歌(ゴスペル)の『スタンド・バイ・ミー』が、かならず
歌われた。

ウィンザー城の教会で、エリザベス女王、フィリップ殿下、チャールズ皇
太子をはじめとする、盛装した王族を前にして、何と、アメリカから招か
れた黒人の聖歌隊が、この黒人霊歌を合唱したのだ。

『スタンド・バイ・ミー』は、黒人たちがアフリカから奴隷として拉致さ
れて、筆舌に盡せない逆境を強いられた日々に、うたった歌だった。

イギリスの王子が黒人と結婚するのは、王室の長い歴史ではじめてのこと
だった。3、40年前には、考えられなかったことだった。

これも先の大戦において、日本が国をあげて勇戦し、大きな犠牲に耐え
て、アジアを、欧米の数百年にわたった苛酷な植民地支配から、まず解放
し、その高波がアフリカ大陸を洗って、アフリカの諸民も解放されて独立
していった結果として、人類の歴史の果てに、はじめて人種平等の世界が
招き寄せられたためだった。

アジアの民を解放するために、酷暑酷寒の広大な戦場に散華した英霊が、
天上からウィンザー城の光景を眺めて、きっと嘉納されたにちがいない
と、思った。

私は幼年期を大戦前のロンドンで、過した。バッキンガム宮殿や、ロンド
ン近郊に親しんできた。私にとってイギリスは、“第二の母国”である。

日本大使館員の子だったから、周辺や、イギリス人の友だちから、差別を
受けることは、なかった。日本はアジア・アフリカの有色人種のなかで、
唯一つの一等国だった。

アメリカでは第2次大戦後も、国内で黒人に対する、理不尽な差別が続いた。

ところが、独立したアフリカ諸国の外交官が、それまで黒人が立ち入れな
かったホテルや、レストランなどに自由に出入りするのを見て、黒人によ
る公民権運動が起った。

1960年代に、マーティン・ルーサー・キング師が率いる公民権運動が、つ
いに実を結び、アメリカ黒人に対する法的な差別が全米にわたって撤廃さ
れて、今日に至っている。

日本は矢弾尽きて、73年前に鉾を収めたが、人種解放を求めた大東亜戦
争は、終わらなかった。アジア・アフリカの民や、アメリカの黒人たちが
戦いを続けて、今日の人種平等の世界が実現したのだった。

2018年07月07日

◆あえかにわかき新妻を 君わするるや

加瀬 英明


中島兄哥は、強きを扶(たす)け弱きを挫く、平成の侠客だ。気っ風がよ
い。姐さんは後光がさすように、微笑(ほほえ)む。

兄哥さんは朝起きると、「向ひゐて見れども飽かぬ吾妹子(わぎもこ)」
(安倍蟲麻呂、万葉集)と、口ずさむにちがいない。

私も妻鈍(さいのろ)では、負けない。妻鈍は妻にだらしないほど甘い夫
で、明治以後の造語だ。

私は幼い時から、父から「女性と動物を苛めてはならない」と、躾けられた。

外交官だった父・俊一(としかず)は、101歳で生涯を閉じた。その他に、
とくに教えられたことはない。

最後の日まで元気だったが、女性を大切にして、優しかったから、艶が
あった。

やはり若いころから、外務官僚として新橋のお茶屋に通ったからだろう。
私は中学生のころに洋食屋で、父の馴染みの芸者衆に引き合わされた。

そんなことから、私が50を過ぎて父の家に寄ると、新橋の80歳を超える姥
桜(うばざくら)が遊びにきていて、「まあ、お坊ちゃま、おおきくなられ
ましたこと」といわれて、閉口したものだった。

父は気障なところがあった。女性に対して、いつも凛としていた。そんな
ことを習ったから、私も少年のころから女性と動物を、もっぱら愛護する
ようになった。

正岡子規が人は「気育」が大切だと説いているが、「気」が「艶」になる
のだろう。

男には気負いが、必要だ。意気ごみが男をつくる。

気が天地を満たし、活力の源となる。いつも研ぎ澄まされた刀身を、心の
鞘に収めていなければならない。

刀身と同じように、匂ふような男とならねばならない。「匂ふ」は古語で
「輝く、美しい」を意味する。
 
女性に懸想し、言い寄ることを、古語で「婚(よば)い」というが、古く
『古事記』『万葉集』に登場するから、男が持って生まれた性(さが)である。

“通い婚”の時代だったから、「夜這い」とも書かれた。
たまに美女に出あうと、気が散ることもある。たまに乱れることも、正常
さを保つために必要なのだ。

私は妻と結ばれてから、明治生まれの歌人の与謝野晶子が、「かげに伏し
て泣くあえかにわかき新妻(にひづま)を、君わするるや思へるや」と戒め
ているのを、心に刻んだ。
あえかは、「かよわい、たよりない」という意味である。

それにしても、最近の国会議員や、高級官僚は、男の矜持を欠いている。
閣僚や、県知事が買春し、財務次官がセクハラで辞任するというのに、日
本の男の品位が地に堕ちたことを、慨嘆せざるをえない。

大臣や県知事が人足ではあるまいし、平成の安物の夜鷹を買うのは、あっ
てはならないことだ。

財務次官が官位を笠に着て、卑猥な言葉を連発して、女性を苛めて喜ぶの
は、日本が崩壊する前兆ではないか。『源氏物語』では女性を「あえかな
花」(帚木)と、描いている。

江戸時代に夜鷹は、引っ張りとか、夜発(やほつ)、辻君と呼ばれた。

もし、武士が夜鷹小屋に出入りするところを見られたら、品位を穢したか
どで、禄を奪われ、足軽の身分に落とされた。

私は武道に携わってきたが、「心、姿勢、技」を、その順で重んじること
を、旨とすべきことを教えられた。

「姿勢」は肉体的な姿勢だけではなく、人生に対する姿勢でもある。
「技」が最後にくることが、眼目である。

高学歴の高級官僚や知事が、人足か無宿者か、女衒(ぜげん)のように卑し
いのは、この3、40年の教育に、大きな欠陥があるからだ。

現代の日本では、小学校から大学まで教えることはしても、育てることを
しない。

「心」や、「姿勢」を整えることを御座なりにして、「技」だけ教えるた
めに、今日の惨状を招いているのだ。

このような政治や、行政を預かる者ばかりでは、日本が遠からずしておも
いやりが欠けた、心無い社会になってしまおう。

無宿者は人別(にんべつ)帳から外されて、さすらっている者をいい、物乞
いも非人として扱われたが、総じて心が貧しく、野卑で荒(すさ)んでいた。

江戸期には全国にわたって、庶民の子を教育するために、大小2万校以上
の寺子屋があった。

すべて町や、村の地域社会の手造りの学校だった。教科書は往来物と呼ば
れたが、7000種以上が現存している。
寺子屋では4年間のうちに、読み書き、算盤のほかに、農業、漁業、商業
など、それぞれの地域に合わせた、生業を教えた。

男女の師匠は、礼儀、作法、精神修養にことさら厳しかった。教育は何よ
りも徳育だった。このようにして育てられた庶民が、幕末から明治にかけ
て、輝かしい近代の日本を建設した。

技しか知らない者は、巾着切(きんちゃくき)り(掏摸(すり))か、空き巣
狙いと、かわらない。

幕府には教育を担当する役人が、1人もいなかった。私は文科省を廃止し
て、教育を地方社会に委ねるべきだと思う。

夜這いは平安時代には、けつして下卑(げび)た行為ではなかった。「婚
(よば)い」とも、「懸想(よばい)」とも、書かれた。男たちは相問歌や、
懸想文(よばいぶみ)に、一輪の花を添えて、あえかな花を摘みに、思い人
のもとに通った。

女は男を映す鏡だ。このような下卑た男ばかりでは、日本にとって、何よ
りも大切な宝である女が劣化する。
 
私は日本の美風を守るために、女性を大切にしてきた。これからも、心と
姿勢を正してゆこうと、決めている。

(中島繁治氏は日大OB誌『熟年ニュース』主宰者)


2018年07月04日

◆明治維新150年に思いを馳せ

加瀬 英明

明治維新150年に思いを馳せ、“自立の精神”を奮い起こそう

私は5月22日の産経新聞の見出しをみて、「えっ」と、驚いた。

「自衛隊『違憲』25%、『合憲』57% 本社・FNN合同世論調査」とい
うものだった。

今年は、日本がサンフランシスコ講和条約によって、ふたたび独立国とし
て立ち直ってから、もはや66年もたっている。

それなのに、まだ、いったい自衛隊が合憲なのか、違憲なのか、国論を2
つに割って対立しているというのは、つくづく情けないことだと思う。

いったい、日本は自立した国なのだろうか。あまりにも、異常なことでは
なかろうか。

25%の人々は、もし自衛隊が違憲だということになったら、自衛隊を解散
して、非武装国になることを、選びたいのだろうか。それとも憲法を改め
て、自衛隊を国軍として認めたい、というのだろうか。

もし、日常生活で暴漢によって襲われることがあったら、憲法も何もあっ
たものではない。

自己を防衛するのは、本能から発しているし、天与の権利である。

自己を正当に守ることについて、国家も、個人も、変わりがないはずだ。

それなのに、現行の日本国憲法は、陸海空軍を保有することを禁じている
うえに、どの独立国であっても持っている、交戦権を奪っている。

外国から、武力によって押し付けられた憲法を、70年近くも、後生大事
に戴いている国は、世界のなかで日本しかない。

アメリカ軍が占領下で、現行憲法を日本に強要して、日本が再びアメリカ
と戦う力を持つことがないように、“丸裸”にしたが、日本の平和のためで
なく、“アメリカの平和”のためだった。

日本を丸裸にしてしまえば、日本が未来永劫にわたって、アメリカに縋ら
なければならない属国となることを、はかったのだった。

大戦が終わったばかりのアメリカは、日本が自立することを、恐れたの
だった。

日本国憲法を「平和憲法」と呼ぶことに、私は両手をあげて、賛成した
い。しかし、「アメリカの平和のための憲法」として、占領下で自由を奪
われていた日本に、有無を言わせずに、押し付けられたのだった。

日本は占領下で、国の旗の日の丸を揚げることすら、禁じられていた。そ
のあいだ、自分の手で憲法を制定することが、もちろん許されるはずがな
かった。

国家は国民と国土によってだけでなく、精神によって、成り立っている。
国家の何よりの基本的な条件は、自立する精神である。

今日の日本は現行憲法のもとで、精神が薄弱な、精薄の国となっている。

今年は、明治維新150周年に当たる。日本は幕末から、明治38年に国を
あげて日露戦争を戦って、勝利を収めることによって、独立を守り抜い
て、今日の日本を築いた。これは、自立の精神がもたらしたものだった。

幕末から明治にかけた先人たちが、今日の日本を眺めて、アメリカへの従
属憲法を改める気概を欠いているのを見て、どう思うことだろうか。

朝鮮半島危機と、中国の脅威が、急速に募るなかで、いまこそ明治維新
150年に、思いを馳せるべきである。

国の行く末と、平和を祈る心は、宗教心と一つのものである。


2018年06月09日

◆神社に宿る日本人の「和の心」

加瀬 英明


4月24日に、カナダ最大の都市トロントで、男がバンを運転して、歩行者
を次々とはね、多くの死傷者が発生する事件が起った。まだ、犯人の動機
が判明していないが、イスラム国(IS)がかかわるテロ事件ではない
か、疑われている。

ヨーロッパも、イスラム過激派のテロに戦(おのの)いている。中東では、
シリア、イエメン、リビアをはじめとする諸国で、イスラムの2大宗派の
スンニー派と、シーア派による凄惨な抗争に、出口が見えない。宗教戦争だ。

もっとも、アフリカ、アジアに目を転じると、イスラム教徒がキリスト教
徒を迫害しているだけでなく、中央アフリカ共和国では大多数を占めるキ
リスト教徒が、ミャンマー、タイでは多数を占める仏教徒が、弱者のイス
ラム教徒を圧迫して殺害している。

ミャンマーでは、事実上の最高指導者である、アウンサン・スーチー女史
が黙認するもとで、イスラム教徒のロヒンギャ族を迫害している。70万
人のロヒンギャ族が国外に脱出し、数百人が虐殺されている。

タイでは、分離独立を求める南部のイスラム教徒を弾圧して、この1年5
だけで、7000人以上のイスラム教徒が殺害されている。

スリランカでも、人口の70%を占める仏教徒が、17%に当たるイスラム教
徒を迫害して、多くの生命が失われている。

日本では、仏教は平和の宗教だと思っているが、日本の中だけで通用する
ことだ。

インドは平和国家として知られているが、毎年、多数派のヒンズー教徒が
イスラム教徒を襲撃し、多数の死者が発生している。イスラム教徒が、ヒ
ンズー教の聖牛である牛を殺して、食べることから敵視されている。

アメリカでも、人権が高らかに謳われているのにかかわらず、人種抗争が
絶えない。「個人」が基本とされている社会だから、人々が対立しやす
く、人と人との和を欠いている。銃による大量殺戮事件が多発している。

中国では、漢民族が新疆ウィグル自治区でイスラム住民を、世界の屋根の
チベットでジェノサイド(民族抹殺)をはかっている。

そこへゆくと、日本は幸いなことに、太古の時代から宗教戦争と、無縁で
あってきた。

「宗教」という言葉は、明治に入るまで漢籍に戴いていたが、使われるこ
とがなかった。

明治初年に、キリスト教の布教が許されるようになると、それまで日本に
は他宗を斥ける、独善的な宗派が存在しなかったために、古典から「宗
教」という言葉をとってきて、あてはめたのだった。

それまで、日本には「宗門」「宗旨」「宗派」という言葉しかなく、宗派
は抗争することなく、共存したのだった。

「宗教」は、英語の「レリジョン」(宗教)を翻訳するのに用いた、明治
訳語である。

英語の「レリジョン」、フランス語の「ルリジオン」、ドイツ語の「レリ
ジオン」の語源であるラテン語の「レリギオ」は、「束縛」を意味している。

「個人」も、明治訳語だ。日本人は世間によって生かされ、そのなかの一
人だった。

日本人の中で、日本人は年末になると、クリスマスを祝い、7日以内に寺
の“除夜の鐘”を謹んで聴いて、夜が明けると初詣に急いで、宗教の梯子を
するからいい加減だと、自嘲する者がいる。

だが、これが日本の長所であり、力なのだ。古代から「常世(とこよ)の国
信仰」といって、海原の彼方から幸がもたらされると信じた。日本では何
でも吸収して、咀嚼して役立てるのだ。

神道は私たちが文字を知る前に生まれた、心の信仰であって、文字と論理
にもとづく宗教ではない。人知を超える自然を崇めるが、おおらかで、他
宗を差別せず、中央から統制する教団も、難解な教義も、戒律もない。

神社を大切にしたい。私たちは、心の“和”の民族なのだ。

2018年06月06日

◆大嘗祭は国事として行うべきである

加瀬 英明


 1年以内に、新天皇が即位され、御代(みよ)が替わる。

 前号で、私は天皇陛下が来年4月30日に退位され、皇太子殿下が翌
日、第126代の天皇として即位されるのに当たって、もっとも重要な祭
祀である大嘗祭(だいじょうさい)を寸描した。

 126代も続いてきた天皇が、日本を日本たらしめてきた。

 天皇は日本にとって、何ものによっても替えられない尊い存在であり、
日本国民にとって、もっとも重要な文化財である。

 大嘗祭は来年11月に、皇居において催される。大嘗祭は法律的にすで
に皇位につかれておられるが、天皇を天皇たらしめてきた民族信仰である
惟神(かむながら)の道――神道によれば、まだ、皇太子であられる皇嗣(こ
うし)(お世継ぎ)が、それをもって天皇となられる。聖なる秘儀である。

 私は前号で大嘗祭に当たって、皇太子が横たわれ、しばし、衾(ふすま)
(古語で、夜具)に、身をくるまられると、述べた。

 これは、天照大御神の皇孫に当たる瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)が、「豊
葦原(とよあしはら)の瑞穂(みずほ)の国(くに)を治めよ」という神勅に
従って、赤兒として夜具にくるまれて、天孫降臨されたことから、皇太子
が身を衾に包む所作を再演されることによって、瓊々杵尊に化身されるも
のである。

 今上天皇が今年の新年に宮中参賀のために二重橋を渡った、13万人を
こえる善男善女に、皇后、皇太子、皇太子妃、皇族とともに会釈され、お
言葉を述べられたが、天皇はモーニングを召された瓊瓊杵尊であられた。

 天皇は皇位をただ尊い血統によって、継がれるのではない。

 日本では、日本神話が今日も生きている。神話は諸外国では、遠い昔の
過去のものであって、ただの物語でしかない。日本は時空を超えて、永遠
に新しい国なのだ。

 歴代の天皇は、日本を代表して神々に謙虚に祈られることによって、徳
の源泉として、国民を統(す)べて、日本に時代を超えて安定(まとまり)を
もたらしてきた。

 神道は、人知を超えた自然の力に、感謝する。世界のなかで、もっとも
素朴な信仰である。

 教義も、教典ない。人がまだ文字を知らなかった時代に発しているか
ら、信仰というより、直感か、生活態度というべきだろう。

 神道は、人が文字を用いるようになってから、生まれた宗教ではない。
感性による信仰だから、どの宗教とも競合しない。

 宗教法人法によれば、宗教法人は教義を広め、信者を教化する団体とし
て、規定している。神道は布教しないし、もし宗教であれば、「信者」と
呼ばれる人々も、存在しない。

 アメリカ占領軍は、自国では国家行事や、地方自治体の式典が、キリス
ト教によって行なわれていたのにもかかわらず、まったくの無知から神道
を、キリスト教と相容れない宗教だと信じて敵視して、日本に「政教分
離」を強制した。当時のアメリカは、日本を野蛮国とみなしていたのだった。

 政府は日本が独立を回復した後にも、現行憲法下で、天皇を天皇たらし
めている宮中祭祀を、皇室の「私事」として扱ってきた。

 私はかねてから、宮中祭祀は国民の信仰の自由を浸すことがないし、日
本国民にとって何より重要な無形文化財であると、主張してきた。

 大嘗祭は、国事として行うべきだ。現行憲法は皇室と日本の姿を、歪め
ている。

2018年06月01日

◆志の人・伊能忠敬没後200年

加瀬 英明


志の人・伊能忠敬没後200年と、明治維新150周年

今年4月21日、東京千代田区神田の学士会館で、『忠敬没後200年記念・
伊能測量協力者顕彰大会』が催された。

忠敬は寛政12(1800)年に深川・富岡八幡宮に成功祈願を行ったうえで、
徒歩による全国海岸線の実測に出発したが、17年後の文政元(1818)年
に、測量続行中に、73歳で病没し、その3年後に、門弟たちによって、
『大日本沿岸輿地全図』が完成した。

 伊能図協力者子孫への感謝状

学士会館のホールには、伊能忠敬研究会の努力によって、全国にわたって
忠敬の測量に協力した、名主や、庄屋、本陣、代官、目付などの子孫が特
定されて、そのなかの76人が、研究会、イノペディアをつくる会、伊能
忠敬子孫一同から、「功績感謝状」が贈られた。

忠敬の測量は、蝦夷地から始まり、伊豆七島まで9次にわたった。忠敬の
『日本全図』は「伊能図」とも呼ばれるが、今日、埋め立てによって海岸
線が大きく変わっているものの、誤差がほとんどなく、きわめて正確なも
のだった。

協力者の子孫の名が呼ばれるたびに、「駿河国沼津領野村名主」とか、
「陸奥国」、「出羽国」、「越後国」、「遠江国」、「佐渡国」、「播磨
国」、「若狭国」、「豊後国」というように、当時の地名が用いられたの
で、そのあいだ、江戸時代に生きているような錯覚にとらわれた。

 忠敬の子孫の代表

忠敬の多くの子孫が招かれたが、私を含む5人が代表して登壇した。

私は忠敬の孫の孫の子である玄孫(やしゃご)に当たるが、忠敬の次女のし
のが、銚子の隣にある旭村(現・旭市)の加瀬佐兵衛に嫁いだことによる。

忠敬は九十九里浜の貧しい漁村に生まれ、幼年時代は恵まれなかったが、
向学心が高く、漁具を収める浜小屋の番をしながら、勉学に励んだ。佐原
の家運が傾いた庄屋の伊能家に、養子として迎えられたことが、人生の転
機となった。酒造業を建て直すかたわら、暦学、和算、天文学、測量学を
学んだ。

今年は、明治維新150年に当たる。日本は明治に入ると、近代化に短時間
で成功し、西洋列強と肩を並べるようになったが、これは江戸期の庶民の
力によるものだった。私は庶民の血を受け継いでいることに、大きな誇り
をいだいている。

忠敬の測量に協力した人々は、大部分が庶民だった。幕府から藩に、忠敬
の測量隊がいつ到着するか連絡があると、藩から村へ伝えられ、村民が総
出で測量に協力した。

 明治3年の初の国勢調査 

武家は明治3年に初めて行われた、国勢調査によれば、人口の8%弱にし
か、当たらなかった。人口の90%が民庶とも呼ばれた、庶民だった。

江戸時代は近代日本を創った、輝かしい助走期だった。日本は世界に誇る
べき社会を、形成していた。

今年は、政府が「明治維新150年」を祝う式典を行うことになっている。

50年前に100周年が巡ってきたが、当時の政府は「維新」という言葉を省
いて、「明治100年記念式典」を催した。

時の佐藤栄作首相が挨拶したが、「維新」という言葉に触れることが、
まったくなかった。維新を語らずに、明治100年を語っても意味がない。

 昭和天皇のお言葉「明治維新以来の先人の英知と勇気」

この時の式典に、昭和天皇の御幸を仰いだが、お言葉のなかで、「明治維
新以来の先人が、英知と勇気で成し遂げた業績」と、仰せられた。

明治維新が「革命」だったと、物識り顔をしていう学者がいるが、まった
く筋違いだ。「革命」は断絶をもたらす。維新は古来の日本へ復古する、
御一新だった。

今年の「明治維新150年記念式典」において、今上天皇から聡明なお言葉
を賜ることになるが、朝鮮半島危機が募るなかで、明治維新を称讃され
て、国民をお励まし下さることと思う。

だが、日本国民がどうして150年前と較べて劣化して、かつての気概 を失
い、不甲斐なくなってしまったのだろうか。

幕末から明治にかけた日本国民は、「英知と勇気」が汪溢していた。今
日の日本人のような、意気地(いくじじ)なしではなかった。

 伊能忠敬の偉業は日本の社会の力そのもの

それにしても、忠敬が全国を徒歩によって実測した、17年間の日本の 社
会が安定し、豊かで、よくまとまっていたことに、感心せざるをえな
い。それでなければ、忠敬の偉業が多くの人々によって支えられて、成し
遂げられることがなかった。

忠敬が測量のために、全国を巡っていた時に、対岸の朝鮮王国では、国
王純祖(スンゾ)(在位1800年〜39年)の代に当たった。

悪政のために、飢饉、悪疫、天災によって、農民や、奴婢(奴隷)の流
亡と、不平両班(ヤンバン)や、農民、奴婢による反乱が、各地であいつい
だ。なかでも、純祖11(1812)年に起った、平安道の洪景来(ホン
ギョンレ)の乱が大きなものだった。

 当時の韓国の状況

そのわきで、朝廷では士禍(サファ)と呼ばれたが、儒教の些細な礼法な
どをめぐって、凄惨な党争(ダンチョン)に明け暮れ、国の態(てい)をなし
ていなかった。

権力者が王権を代行して、政治を専横する勢道政治(セドチョンチ)のも
とで、役人の綱紀が乱れ、下級官吏まで賄賂が横行した。朝鮮王国は、亡
国が避けられなかった。

今日、朝鮮半島で危機的な状況が続いているのをよそに、日本で国会が
モリトモ問題、セクハラを巡って党派抗争に耽って、空転しているのと、
よく似ている。

今日の日韓関係に目を転じると、韓国の文在寅(ムンジェイン)大統領が
北に秋波を送るかたわら、ことあるごとに日本を蔑んで、足蹴にするのに
忙しい。

そのために、日本では嫌韓感情が日増しに強まっている。いまや、全国
民が韓国を蔑み、哀れむようになっている。

だが、私たちにいったい、韓国を蔑む資格があるものだろうか。

韓国は日本統治が終わって、すでに73年になるのに、いまでも「日帝 時
代」が悪かったと非難して、自立できないでいる。日韓併合は73年の 半
分の、36年でしかなかった。

日本でも、アメリカによる占領が65年前に終わったというのに、東京 裁
判をはじめ、アメリカの占領政策が悪かったからといって、占領時代を
非難するのに忙しく、いまだに自立することができない。韓国によく似て
いると思う。

韓国では、李氏朝鮮が日韓併合まで、500年にわたって続いた。李朝 は高
麗朝の将軍だった李成桂(イ・ソンゲ)が、クーデターによって高麗朝 を
倒して、自らの王朝をたてた。

李朝は、軍がクーデターを起す危険な存在だとして嫌って、軍を軽ん
じ、国防に役に立たない必要最小限の兵備しか、持たなかった。宗主国の
中国による保護に依存して、外敵の侵略を蒙るたびに、中国に救援を求め
た。そのために、国土が何回にもわたって、蹂躙された。

今日の日本は、中国をアメリカに置き換えると、李氏朝鮮と変わらない。

日本の国会議員や、大手のマスコミ人、学者たちには、朝鮮服が似合う
のではないかと思う。

 明治新政府の開港の決断こそ、日本を救った

明治維新に戻ると、幕府が開港に傾いたのに対して、国学者や武士の大
多数が、日本が神国であると唱え、攘夷を頑くなに主張した。もし、攘夷
を貫いていたとすれば、西洋列強の侵略を蒙って、本土決戦が戦われたこ
とだった。

 明治新政府が開港に踏み切ったことによって、日本が救われた。

今日、「平和憲法」を「神国思想」にいい替えて、神聖視する護憲派
は、幕末の狂信的な「攘夷派」に当たる。「専守防衛」を頑くなに主張し
ているが、敵が国土を侵すまで戦えないのだから、焦土をもたらす本土決
戦を望んでいるにちがいない。


2018年05月31日

◆あえかな女性を泣かせるな

加瀬英明


私は幼い時から、父から「女性と動物を苛めてはならない」と、躾けられた。
外交官だった父・俊一(としかず)は、101歳で生涯を閉じた。その他に、
とくに教えられたことはない。

 最後の日まで元気だったが、女性を大切にして、優しかったから、艶が
あった。

やはり若いころから、外務官僚として新橋のお茶屋に通ったからだろう。
私は中学生のころに洋食屋で、父の馴染みの芸者衆に引き合わされた。

そんなことから、私が50を過ぎて父の家に寄ると、新橋の80歳を超える姥
桜(うばざくら)が遊びにきていて、「まあ、お坊ちゃま、おおきくなられ
ましたこと」といわれて、閉口したものだった。

 父は気障なところがあった。女性に対して、いつも凛としていた。そん
なことを習ったから、私も少年のころから女性と動物をもっぱら愛護する
ようになった。

正岡子規が人は「気育」が大切だと説いているが、「気」が「艶」になる
のだろう。

女性に懸想し、言い寄ることを古語で「婚(よば)い」というが、古く『古
事記』『万葉集』に登場するから、男が持って生まれた性(さが)である。
“通い婚”の時代だったから、「夜這い」とも書かれた。

私は妻と結ばれてから、明治生まれの歌人の与謝野晶子が、「かげに伏し
て泣くあえかにわかき新妻(にひづま)を、君わするるや思へるや」と戒め
ているのを、心に刻んだ。あえかは「かよわい、たよりない」という意味
である。

それにしても、最近の国会議員や、高級官僚は男の矜持を欠いている。閣
僚や県知事が買春し、財務次官がセクハラで辞任するというのに、日本の
男の品位が地に堕ちたことを、慨嘆せざるをえない。大臣や、県知事が人
足ではあるまいし、平成の夜鷹を買うのは、あってはならないことだ。

財務次官が官位を笠に着て、卑猥な言葉を連発して、女性を苛めて喜ぶの
は、日本が崩壊する前兆ではないか。『源氏物語』では女性を、「あえか
な花」(帚木)と描いている。

江戸時代に夜鷹は引っ張りとか、夜発(やほつ)、辻君と呼ばれた。

 もし、武士が夜鷹小屋に出入りするところを見られたら、品位を穢した
かどで禄を奪われ、足軽の身分に落とされた。



2018年05月26日

◆北朝鮮の非核化に言及なし

加瀬 英明


北朝鮮の非核化に言及なし 米朝首脳会談で成果を掴めるか

4月27日に全世界が注目するなかで、文在寅(ムンジェイン)大統領と金正
恩(キムジョンウン)委員長による南北首脳会談が、板門店の韓国側にある
「平和の家(ピンファウィ・チプ)」で行われた。

李朝時代の王宮の衛兵(ウイビョン)の、ど派手な衣装をまとった儀仗兵が
堵列するなど、文、金の2人の大根役者(オルガソイ)が演じた、まさに3
流の“韓流ドラマ”だった。

私は20代から朝鮮語を学んだが、韓国人だったら、「インマンサルソ」
(口ばっかり)というところだ。「インマンサルソ・アンデ」になると、
「いい加減なことをいうな」と、叫ぶことになる。

文在寅大統領が、個人的な功名心から、オリンピックの政治利用が固く禁
じられているのにもかかわらず、平昌(ピョンチャン)冬季大会に北から高
位の代表団や、美女応援団・合唱団を招いて、空疎な“南北融和”を演出し
たのが、切掛けとなって、トランプ大統領が“勇み足癖”から、米朝首脳会
談に応じることになった。

文在寅――ムン・ジェイン大統領は、“従北(ジョンプク)”として知られ、韓
国の真当な国民から、「文災難(ムン・ジェアン)」と、呼ばれている。
もっとも、韓国のマスコミは政権を支持する国民を「市民(シミイン)」、
政権を批判する国民を「右翼(ウイク)」「保守派(ポスパ)」と、蔑んでいる。

それにしても、日本の大手テレビのキャスターたちが、今回の南北首脳会
談の映像を背景にして、「歴史的な会談」と声を潤(うる)ませて連発する
のに、きっと韓流ドラマの見過ぎなのだと、思った。

トランプ大統領は、1ヶ月以内に予定されている米朝首脳会談が、行われ
ない可能性もあると述べているが、そうなってほしいものだ。

金正恩がよほどの愚か者でないかぎり、北朝鮮が核兵器を手放すことは、
ありえない。

これまで、金正恩委員長は「朝鮮半島の非核化」を唱えても、「北朝鮮の
非核化」に言及したことがない。

北朝鮮に対しては、南北首脳会談も、米朝首脳会談も行なうことなく、米
日韓、中国を加えた国連による経済制裁を、粛々と強めてゆくべきだった。

トランプ大統領が金委員長の前に、米朝首脳会談というニンジンをぶら下
げなければ、金委員長が窮鳥を演じて、北京の習近平主席のもとに、走る
ことがなかった。

米朝首脳会談が「世紀のショー」として行われたとしても、ニュースを娯
楽だと勘違いしているテレビを喜ばせるだけで、空騒ぎに終わることとな
ろう。

トランプ大統領としては、米朝首脳会談に臨んで、何も成果がえられず、
手ぶらで帰ることになったら、「軽挙」だったということになって、沽券
(こけん)が大きく傷ついてしまう。

といって、北朝鮮に軍事攻撃を加える勇気はあるまい。

 そこで、北朝鮮が提案してきた「北朝鮮の非核化」ならぬ、「朝鮮半島
の段階的非核化」へ向けて、米朝交渉を続けてゆくことになるのではないか。

北と話し合っているあいだに、制裁を強めることは難しい。北朝鮮は中国
を後盾として時間を稼ぎ、ミサイル試射、核実験を行わなくても、性能を
向上させることができる。
 
だが、そのあいだ戦争は起らない。日本としては、“平和ボケ”から目を覚
まして、真剣に防衛力の強化に励むべきだ。「鬼のいぬ間に洗濯」だ。

2018年05月12日

◆反故(ほご)常習国 北朝鮮は軽々に信用出来ない

加瀬 英明


核全廃まで圧力は維持すべきだ

米WHに「南アフリカ方式」の核廃棄が浮上


北朝鮮の非核化問題の鼎(かなえ)が煮えたぎり始めた。6月の米朝首脳
会談を見据えて北朝鮮は3人の米国人を解放。2年半ぶりの日中韓首脳会
談は朝鮮半島の非核化に向けた協力で一致した。

完全非核化への道筋は複雑で遠いが1歩前進ではある。極東をめぐる力の
構図は緊張緩和の入り口に立ったが、北の後ろ盾としての中国と、日米同
盟の対峙の構図は変わらず、融和だけが売り物の韓国文在寅外交は荒波に
もまれ続けるだろう。

こうした中でまずは北朝鮮の核廃棄方式としてホワイトハウスの内部に急
きょ浮上しているのが「南アフリカモデル」だ。

国務長官として初めて訪朝したポンペイオは3人を連れて帰国したが、米
朝首脳会談の開催場所と日程が決まったことを明らかにした。

日程公表はまだないが、トランプは6月初旬までに予定される米朝首脳会
談の開催地については、南北軍事境界線のある「板門店ではない」と述べ
た。詳細については「3日以内に発表する」と語るにとどめた。

トランプはこれまで、板門店のほか、シンガポールを有力候補地に挙げて
いる。3人の帰国は米朝関係にとって大きな摩擦要因の一つが取り除かれ
たことになり、1歩前進ではある。しかし核心は「核・ミサイル」であ
り、ここは、不変のままであり、難関はこれからだ。

ここに来て金正恩の“弱み”をうかがわせる行動が見られはじめた。それは
金正恩の習近平への急接近である。40日に2回の首脳会談はいかにも異常
である。

そこには中国を後ろ盾に据えないと心配でたまらない姿が浮かび上がる。
泣きついているのだ。金正恩は習近平との大連会談で米国への要求につい
て相談を持ちかけた。その内容は2つある。1つは米国が敵視政策をやめ
ることが非核化の条件というもの。他の1つは「米国が段階的かつ同時並
行的に非核化の措置を取ること」である。

泣きつかれて悪い気のしない習近平は8日トランプとの電話会談で「北朝
鮮が段階的に非核化を進めた段階で何らかの制裁解除をする必要がある」
「米朝が段階的に行動し北朝鮮側の懸念を考慮した解決を望む」などと進
言した。

これに対し、トランプは「朝鮮半島問題では中国が重要な役割を 果た
す。今後連携を強化したい」と述べるにとどまった。おいそれとは乗 れ
ない提案であるが検討には値するものだろう。

注目の日中韓首脳会談は、大きな関係改善への動きとなった。しかし、北
の核・ミサイルをめぐっては安倍と中韓首脳との間で隔たりが見られた。
日本側は「完全かつ検証可能で不可逆的な核・ミサイルの廃棄」を共同宣
言に盛り込むことを主張した。

しかし、中韓両国は融和ムードの妨げになるとして慎重姿勢であった。習
近平は金正恩に対して「中朝両国は運命共同体であり、変わることのない
唇歯(しんし)の関係」と述べている。唇歯とは一方が滅べば他方も成り
立たなくなるような密接不離の関係を意味する中国のことわざだ。

こうした中でホワイトハウスではまずは北朝鮮の核廃棄方式だとして「南
アフリカモデルが急浮上している」という。

韓国中央日報紙は、国家安保会議(NSC)のポッティンジャー・アジア
上級部長が文正仁(ムン・ジョンイン)韓国大統領統一外交安保特別補佐
官らにこの構想を伝えたという。

これまでホワイトハウスではボルトンNSC補佐官が主張したリビア方式
が考えられていた。リビア方式は「先に措置、後に見返り」だった。

その方式ではなく南アフリカ方式を選択するというのはある意味で現実的
路線のようだ。南アは第一段階で、1990年に6つの完成した核装置を解体
した。

第二段階は、1992年に開始された弾道ミサイル計画の廃棄で、これに
は18か月を要した。第三段階は、生物・化学戦争計画を廃棄した。
た だ、南アフリカ方式は経済的な見返りがないという点が問題となる。

同紙 は「南アフリカモデルを検討するというのは、北朝鮮の核放棄に対
する経 済支援は韓国と日本、あるいは国際機関が負担し、米国は体制の
安全など 安全保障カードだけを出すという考えと解釈できる」としている。

結局 お鉢は日本に回ってくることになるが、金額によっては乗れない話
しでは あるまい。同紙は「北の核は南アフリカと比較して規模が大き
く、“見返 りを含めた折衝型南アフリカモデル”になる可能性がある」と
している。

一方、安倍首相は文在寅に対して「核実験場の閉鎖や大陸間ミサイルの
発 射中止だけで、対価を与えてはならない。北の追加的な具体的行動が
必要 だ」とクギを刺している。北は過去2回にわたって国際社会の援助
を取り 付け、その裏をかいて核兵器を開発してきており、まさに裏切り
の常習犯 だ。政治姿勢が左派の文在寅は、北への甘さが目立つ。

圧力は まだまだ維 持するべきであろう。北は、日米に取っては「反故常
習犯 国」なのだ。核 兵器の全て廃棄という目標達成まで圧力を継続する
のは 当然である。