2018年07月11日

◆日本の英霊が残した 人種平等の道標

加瀬 英明


5月に、イギリスのヘンリー王子と、アメリカ人女優のメーガン・マーク
ルさんの華麗な結婚式典が、ウィンザー城の教会において行われた。

イギリス王室はウィンザー家と呼ばれるが、ウィンザー城は王家の居城で
ある。

この日は、よく晴れていた。ヘンリー王子とメーガンさんは、荘重なイギ
リス国歌が吹奏されるなかを、銀の輝く胸冑をつけた龍騎兵を従えた、お
伽噺のような馬車に乗って、教会へ向かった。

私はこの光景をテレビで観て、深く感動した。すると、不用意に胸が熱く
なって、目頭が潤んだ。

華燭の式典では、アメリカ聖公会の黒人主教が、説教壇から黒人訛りの英
語で、愛について熱弁を振った。

私はアメリカ黒人女性の聖歌隊が、黒人霊歌の『スタンド・バイ・ミー』
(イエスとともに歩め)を合唱した時に、涙が頬にこぼれた。シャツの袖
口で拭った。

メーガン妃は、アフリカ系黒人だ。アメリカ黒人の母と、白人の父のあい
だに生まれた。

いまでも、白人社会では、黒人の血が少しでも混じっていれば、「黒人
(ブラック)」と呼ばれる。オバマ前大統領は、父親が黒人、母親が白人
だったが、黒人として扱われている。

私はキリスト教徒ではないが、アメリカに留学した時に、黒人社会に関心
があったので、何回か日曜日に、黒人街の教会を訪れて、ミサに参加した。

ミサでは、黒人霊歌(ゴスペル)の『スタンド・バイ・ミー』が、かならず
歌われた。

ウィンザー城の教会で、エリザベス女王、フィリップ殿下、チャールズ皇
太子をはじめとする、盛装した王族を前にして、何と、アメリカから招か
れた黒人の聖歌隊が、この黒人霊歌を合唱したのだ。

『スタンド・バイ・ミー』は、黒人たちがアフリカから奴隷として拉致さ
れて、筆舌に盡せない逆境を強いられた日々に、うたった歌だった。

イギリスの王子が黒人と結婚するのは、王室の長い歴史ではじめてのこと
だった。3、40年前には、考えられなかったことだった。

これも先の大戦において、日本が国をあげて勇戦し、大きな犠牲に耐え
て、アジアを、欧米の数百年にわたった苛酷な植民地支配から、まず解放
し、その高波がアフリカ大陸を洗って、アフリカの諸民も解放されて独立
していった結果として、人類の歴史の果てに、はじめて人種平等の世界が
招き寄せられたためだった。

アジアの民を解放するために、酷暑酷寒の広大な戦場に散華した英霊が、
天上からウィンザー城の光景を眺めて、きっと嘉納されたにちがいない
と、思った。

私は幼年期を大戦前のロンドンで、過した。バッキンガム宮殿や、ロンド
ン近郊に親しんできた。私にとってイギリスは、“第二の母国”である。

日本大使館員の子だったから、周辺や、イギリス人の友だちから、差別を
受けることは、なかった。日本はアジア・アフリカの有色人種のなかで、
唯一つの一等国だった。

アメリカでは第2次大戦後も、国内で黒人に対する、理不尽な差別が続いた。

ところが、独立したアフリカ諸国の外交官が、それまで黒人が立ち入れな
かったホテルや、レストランなどに自由に出入りするのを見て、黒人によ
る公民権運動が起った。

1960年代に、マーティン・ルーサー・キング師が率いる公民権運動が、つ
いに実を結び、アメリカ黒人に対する法的な差別が全米にわたって撤廃さ
れて、今日に至っている。

日本は矢弾尽きて、73年前に鉾を収めたが、人種解放を求めた大東亜戦
争は、終わらなかった。アジア・アフリカの民や、アメリカの黒人たちが
戦いを続けて、今日の人種平等の世界が実現したのだった。

2018年07月07日

◆あえかにわかき新妻を 君わするるや

加瀬 英明


中島兄哥は、強きを扶(たす)け弱きを挫く、平成の侠客だ。気っ風がよ
い。姐さんは後光がさすように、微笑(ほほえ)む。

兄哥さんは朝起きると、「向ひゐて見れども飽かぬ吾妹子(わぎもこ)」
(安倍蟲麻呂、万葉集)と、口ずさむにちがいない。

私も妻鈍(さいのろ)では、負けない。妻鈍は妻にだらしないほど甘い夫
で、明治以後の造語だ。

私は幼い時から、父から「女性と動物を苛めてはならない」と、躾けられた。

外交官だった父・俊一(としかず)は、101歳で生涯を閉じた。その他に、
とくに教えられたことはない。

最後の日まで元気だったが、女性を大切にして、優しかったから、艶が
あった。

やはり若いころから、外務官僚として新橋のお茶屋に通ったからだろう。
私は中学生のころに洋食屋で、父の馴染みの芸者衆に引き合わされた。

そんなことから、私が50を過ぎて父の家に寄ると、新橋の80歳を超える姥
桜(うばざくら)が遊びにきていて、「まあ、お坊ちゃま、おおきくなられ
ましたこと」といわれて、閉口したものだった。

父は気障なところがあった。女性に対して、いつも凛としていた。そんな
ことを習ったから、私も少年のころから女性と動物を、もっぱら愛護する
ようになった。

正岡子規が人は「気育」が大切だと説いているが、「気」が「艶」になる
のだろう。

男には気負いが、必要だ。意気ごみが男をつくる。

気が天地を満たし、活力の源となる。いつも研ぎ澄まされた刀身を、心の
鞘に収めていなければならない。

刀身と同じように、匂ふような男とならねばならない。「匂ふ」は古語で
「輝く、美しい」を意味する。
 
女性に懸想し、言い寄ることを、古語で「婚(よば)い」というが、古く
『古事記』『万葉集』に登場するから、男が持って生まれた性(さが)である。

“通い婚”の時代だったから、「夜這い」とも書かれた。
たまに美女に出あうと、気が散ることもある。たまに乱れることも、正常
さを保つために必要なのだ。

私は妻と結ばれてから、明治生まれの歌人の与謝野晶子が、「かげに伏し
て泣くあえかにわかき新妻(にひづま)を、君わするるや思へるや」と戒め
ているのを、心に刻んだ。
あえかは、「かよわい、たよりない」という意味である。

それにしても、最近の国会議員や、高級官僚は、男の矜持を欠いている。
閣僚や、県知事が買春し、財務次官がセクハラで辞任するというのに、日
本の男の品位が地に堕ちたことを、慨嘆せざるをえない。

大臣や県知事が人足ではあるまいし、平成の安物の夜鷹を買うのは、あっ
てはならないことだ。

財務次官が官位を笠に着て、卑猥な言葉を連発して、女性を苛めて喜ぶの
は、日本が崩壊する前兆ではないか。『源氏物語』では女性を「あえかな
花」(帚木)と、描いている。

江戸時代に夜鷹は、引っ張りとか、夜発(やほつ)、辻君と呼ばれた。

もし、武士が夜鷹小屋に出入りするところを見られたら、品位を穢したか
どで、禄を奪われ、足軽の身分に落とされた。

私は武道に携わってきたが、「心、姿勢、技」を、その順で重んじること
を、旨とすべきことを教えられた。

「姿勢」は肉体的な姿勢だけではなく、人生に対する姿勢でもある。
「技」が最後にくることが、眼目である。

高学歴の高級官僚や知事が、人足か無宿者か、女衒(ぜげん)のように卑し
いのは、この3、40年の教育に、大きな欠陥があるからだ。

現代の日本では、小学校から大学まで教えることはしても、育てることを
しない。

「心」や、「姿勢」を整えることを御座なりにして、「技」だけ教えるた
めに、今日の惨状を招いているのだ。

このような政治や、行政を預かる者ばかりでは、日本が遠からずしておも
いやりが欠けた、心無い社会になってしまおう。

無宿者は人別(にんべつ)帳から外されて、さすらっている者をいい、物乞
いも非人として扱われたが、総じて心が貧しく、野卑で荒(すさ)んでいた。

江戸期には全国にわたって、庶民の子を教育するために、大小2万校以上
の寺子屋があった。

すべて町や、村の地域社会の手造りの学校だった。教科書は往来物と呼ば
れたが、7000種以上が現存している。
寺子屋では4年間のうちに、読み書き、算盤のほかに、農業、漁業、商業
など、それぞれの地域に合わせた、生業を教えた。

男女の師匠は、礼儀、作法、精神修養にことさら厳しかった。教育は何よ
りも徳育だった。このようにして育てられた庶民が、幕末から明治にかけ
て、輝かしい近代の日本を建設した。

技しか知らない者は、巾着切(きんちゃくき)り(掏摸(すり))か、空き巣
狙いと、かわらない。

幕府には教育を担当する役人が、1人もいなかった。私は文科省を廃止し
て、教育を地方社会に委ねるべきだと思う。

夜這いは平安時代には、けつして下卑(げび)た行為ではなかった。「婚
(よば)い」とも、「懸想(よばい)」とも、書かれた。男たちは相問歌や、
懸想文(よばいぶみ)に、一輪の花を添えて、あえかな花を摘みに、思い人
のもとに通った。

女は男を映す鏡だ。このような下卑た男ばかりでは、日本にとって、何よ
りも大切な宝である女が劣化する。
 
私は日本の美風を守るために、女性を大切にしてきた。これからも、心と
姿勢を正してゆこうと、決めている。

(中島繁治氏は日大OB誌『熟年ニュース』主宰者)


2018年07月04日

◆明治維新150年に思いを馳せ

加瀬 英明

明治維新150年に思いを馳せ、“自立の精神”を奮い起こそう

私は5月22日の産経新聞の見出しをみて、「えっ」と、驚いた。

「自衛隊『違憲』25%、『合憲』57% 本社・FNN合同世論調査」とい
うものだった。

今年は、日本がサンフランシスコ講和条約によって、ふたたび独立国とし
て立ち直ってから、もはや66年もたっている。

それなのに、まだ、いったい自衛隊が合憲なのか、違憲なのか、国論を2
つに割って対立しているというのは、つくづく情けないことだと思う。

いったい、日本は自立した国なのだろうか。あまりにも、異常なことでは
なかろうか。

25%の人々は、もし自衛隊が違憲だということになったら、自衛隊を解散
して、非武装国になることを、選びたいのだろうか。それとも憲法を改め
て、自衛隊を国軍として認めたい、というのだろうか。

もし、日常生活で暴漢によって襲われることがあったら、憲法も何もあっ
たものではない。

自己を防衛するのは、本能から発しているし、天与の権利である。

自己を正当に守ることについて、国家も、個人も、変わりがないはずだ。

それなのに、現行の日本国憲法は、陸海空軍を保有することを禁じている
うえに、どの独立国であっても持っている、交戦権を奪っている。

外国から、武力によって押し付けられた憲法を、70年近くも、後生大事
に戴いている国は、世界のなかで日本しかない。

アメリカ軍が占領下で、現行憲法を日本に強要して、日本が再びアメリカ
と戦う力を持つことがないように、“丸裸”にしたが、日本の平和のためで
なく、“アメリカの平和”のためだった。

日本を丸裸にしてしまえば、日本が未来永劫にわたって、アメリカに縋ら
なければならない属国となることを、はかったのだった。

大戦が終わったばかりのアメリカは、日本が自立することを、恐れたの
だった。

日本国憲法を「平和憲法」と呼ぶことに、私は両手をあげて、賛成した
い。しかし、「アメリカの平和のための憲法」として、占領下で自由を奪
われていた日本に、有無を言わせずに、押し付けられたのだった。

日本は占領下で、国の旗の日の丸を揚げることすら、禁じられていた。そ
のあいだ、自分の手で憲法を制定することが、もちろん許されるはずがな
かった。

国家は国民と国土によってだけでなく、精神によって、成り立っている。
国家の何よりの基本的な条件は、自立する精神である。

今日の日本は現行憲法のもとで、精神が薄弱な、精薄の国となっている。

今年は、明治維新150周年に当たる。日本は幕末から、明治38年に国を
あげて日露戦争を戦って、勝利を収めることによって、独立を守り抜い
て、今日の日本を築いた。これは、自立の精神がもたらしたものだった。

幕末から明治にかけた先人たちが、今日の日本を眺めて、アメリカへの従
属憲法を改める気概を欠いているのを見て、どう思うことだろうか。

朝鮮半島危機と、中国の脅威が、急速に募るなかで、いまこそ明治維新
150年に、思いを馳せるべきである。

国の行く末と、平和を祈る心は、宗教心と一つのものである。


2018年06月09日

◆神社に宿る日本人の「和の心」

加瀬 英明


4月24日に、カナダ最大の都市トロントで、男がバンを運転して、歩行者
を次々とはね、多くの死傷者が発生する事件が起った。まだ、犯人の動機
が判明していないが、イスラム国(IS)がかかわるテロ事件ではない
か、疑われている。

ヨーロッパも、イスラム過激派のテロに戦(おのの)いている。中東では、
シリア、イエメン、リビアをはじめとする諸国で、イスラムの2大宗派の
スンニー派と、シーア派による凄惨な抗争に、出口が見えない。宗教戦争だ。

もっとも、アフリカ、アジアに目を転じると、イスラム教徒がキリスト教
徒を迫害しているだけでなく、中央アフリカ共和国では大多数を占めるキ
リスト教徒が、ミャンマー、タイでは多数を占める仏教徒が、弱者のイス
ラム教徒を圧迫して殺害している。

ミャンマーでは、事実上の最高指導者である、アウンサン・スーチー女史
が黙認するもとで、イスラム教徒のロヒンギャ族を迫害している。70万
人のロヒンギャ族が国外に脱出し、数百人が虐殺されている。

タイでは、分離独立を求める南部のイスラム教徒を弾圧して、この1年5
だけで、7000人以上のイスラム教徒が殺害されている。

スリランカでも、人口の70%を占める仏教徒が、17%に当たるイスラム教
徒を迫害して、多くの生命が失われている。

日本では、仏教は平和の宗教だと思っているが、日本の中だけで通用する
ことだ。

インドは平和国家として知られているが、毎年、多数派のヒンズー教徒が
イスラム教徒を襲撃し、多数の死者が発生している。イスラム教徒が、ヒ
ンズー教の聖牛である牛を殺して、食べることから敵視されている。

アメリカでも、人権が高らかに謳われているのにかかわらず、人種抗争が
絶えない。「個人」が基本とされている社会だから、人々が対立しやす
く、人と人との和を欠いている。銃による大量殺戮事件が多発している。

中国では、漢民族が新疆ウィグル自治区でイスラム住民を、世界の屋根の
チベットでジェノサイド(民族抹殺)をはかっている。

そこへゆくと、日本は幸いなことに、太古の時代から宗教戦争と、無縁で
あってきた。

「宗教」という言葉は、明治に入るまで漢籍に戴いていたが、使われるこ
とがなかった。

明治初年に、キリスト教の布教が許されるようになると、それまで日本に
は他宗を斥ける、独善的な宗派が存在しなかったために、古典から「宗
教」という言葉をとってきて、あてはめたのだった。

それまで、日本には「宗門」「宗旨」「宗派」という言葉しかなく、宗派
は抗争することなく、共存したのだった。

「宗教」は、英語の「レリジョン」(宗教)を翻訳するのに用いた、明治
訳語である。

英語の「レリジョン」、フランス語の「ルリジオン」、ドイツ語の「レリ
ジオン」の語源であるラテン語の「レリギオ」は、「束縛」を意味している。

「個人」も、明治訳語だ。日本人は世間によって生かされ、そのなかの一
人だった。

日本人の中で、日本人は年末になると、クリスマスを祝い、7日以内に寺
の“除夜の鐘”を謹んで聴いて、夜が明けると初詣に急いで、宗教の梯子を
するからいい加減だと、自嘲する者がいる。

だが、これが日本の長所であり、力なのだ。古代から「常世(とこよ)の国
信仰」といって、海原の彼方から幸がもたらされると信じた。日本では何
でも吸収して、咀嚼して役立てるのだ。

神道は私たちが文字を知る前に生まれた、心の信仰であって、文字と論理
にもとづく宗教ではない。人知を超える自然を崇めるが、おおらかで、他
宗を差別せず、中央から統制する教団も、難解な教義も、戒律もない。

神社を大切にしたい。私たちは、心の“和”の民族なのだ。

2018年06月06日

◆大嘗祭は国事として行うべきである

加瀬 英明


 1年以内に、新天皇が即位され、御代(みよ)が替わる。

 前号で、私は天皇陛下が来年4月30日に退位され、皇太子殿下が翌
日、第126代の天皇として即位されるのに当たって、もっとも重要な祭
祀である大嘗祭(だいじょうさい)を寸描した。

 126代も続いてきた天皇が、日本を日本たらしめてきた。

 天皇は日本にとって、何ものによっても替えられない尊い存在であり、
日本国民にとって、もっとも重要な文化財である。

 大嘗祭は来年11月に、皇居において催される。大嘗祭は法律的にすで
に皇位につかれておられるが、天皇を天皇たらしめてきた民族信仰である
惟神(かむながら)の道――神道によれば、まだ、皇太子であられる皇嗣(こ
うし)(お世継ぎ)が、それをもって天皇となられる。聖なる秘儀である。

 私は前号で大嘗祭に当たって、皇太子が横たわれ、しばし、衾(ふすま)
(古語で、夜具)に、身をくるまられると、述べた。

 これは、天照大御神の皇孫に当たる瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)が、「豊
葦原(とよあしはら)の瑞穂(みずほ)の国(くに)を治めよ」という神勅に
従って、赤兒として夜具にくるまれて、天孫降臨されたことから、皇太子
が身を衾に包む所作を再演されることによって、瓊々杵尊に化身されるも
のである。

 今上天皇が今年の新年に宮中参賀のために二重橋を渡った、13万人を
こえる善男善女に、皇后、皇太子、皇太子妃、皇族とともに会釈され、お
言葉を述べられたが、天皇はモーニングを召された瓊瓊杵尊であられた。

 天皇は皇位をただ尊い血統によって、継がれるのではない。

 日本では、日本神話が今日も生きている。神話は諸外国では、遠い昔の
過去のものであって、ただの物語でしかない。日本は時空を超えて、永遠
に新しい国なのだ。

 歴代の天皇は、日本を代表して神々に謙虚に祈られることによって、徳
の源泉として、国民を統(す)べて、日本に時代を超えて安定(まとまり)を
もたらしてきた。

 神道は、人知を超えた自然の力に、感謝する。世界のなかで、もっとも
素朴な信仰である。

 教義も、教典ない。人がまだ文字を知らなかった時代に発しているか
ら、信仰というより、直感か、生活態度というべきだろう。

 神道は、人が文字を用いるようになってから、生まれた宗教ではない。
感性による信仰だから、どの宗教とも競合しない。

 宗教法人法によれば、宗教法人は教義を広め、信者を教化する団体とし
て、規定している。神道は布教しないし、もし宗教であれば、「信者」と
呼ばれる人々も、存在しない。

 アメリカ占領軍は、自国では国家行事や、地方自治体の式典が、キリス
ト教によって行なわれていたのにもかかわらず、まったくの無知から神道
を、キリスト教と相容れない宗教だと信じて敵視して、日本に「政教分
離」を強制した。当時のアメリカは、日本を野蛮国とみなしていたのだった。

 政府は日本が独立を回復した後にも、現行憲法下で、天皇を天皇たらし
めている宮中祭祀を、皇室の「私事」として扱ってきた。

 私はかねてから、宮中祭祀は国民の信仰の自由を浸すことがないし、日
本国民にとって何より重要な無形文化財であると、主張してきた。

 大嘗祭は、国事として行うべきだ。現行憲法は皇室と日本の姿を、歪め
ている。

2018年06月01日

◆志の人・伊能忠敬没後200年

加瀬 英明


志の人・伊能忠敬没後200年と、明治維新150周年

今年4月21日、東京千代田区神田の学士会館で、『忠敬没後200年記念・
伊能測量協力者顕彰大会』が催された。

忠敬は寛政12(1800)年に深川・富岡八幡宮に成功祈願を行ったうえで、
徒歩による全国海岸線の実測に出発したが、17年後の文政元(1818)年
に、測量続行中に、73歳で病没し、その3年後に、門弟たちによって、
『大日本沿岸輿地全図』が完成した。

 伊能図協力者子孫への感謝状

学士会館のホールには、伊能忠敬研究会の努力によって、全国にわたって
忠敬の測量に協力した、名主や、庄屋、本陣、代官、目付などの子孫が特
定されて、そのなかの76人が、研究会、イノペディアをつくる会、伊能
忠敬子孫一同から、「功績感謝状」が贈られた。

忠敬の測量は、蝦夷地から始まり、伊豆七島まで9次にわたった。忠敬の
『日本全図』は「伊能図」とも呼ばれるが、今日、埋め立てによって海岸
線が大きく変わっているものの、誤差がほとんどなく、きわめて正確なも
のだった。

協力者の子孫の名が呼ばれるたびに、「駿河国沼津領野村名主」とか、
「陸奥国」、「出羽国」、「越後国」、「遠江国」、「佐渡国」、「播磨
国」、「若狭国」、「豊後国」というように、当時の地名が用いられたの
で、そのあいだ、江戸時代に生きているような錯覚にとらわれた。

 忠敬の子孫の代表

忠敬の多くの子孫が招かれたが、私を含む5人が代表して登壇した。

私は忠敬の孫の孫の子である玄孫(やしゃご)に当たるが、忠敬の次女のし
のが、銚子の隣にある旭村(現・旭市)の加瀬佐兵衛に嫁いだことによる。

忠敬は九十九里浜の貧しい漁村に生まれ、幼年時代は恵まれなかったが、
向学心が高く、漁具を収める浜小屋の番をしながら、勉学に励んだ。佐原
の家運が傾いた庄屋の伊能家に、養子として迎えられたことが、人生の転
機となった。酒造業を建て直すかたわら、暦学、和算、天文学、測量学を
学んだ。

今年は、明治維新150年に当たる。日本は明治に入ると、近代化に短時間
で成功し、西洋列強と肩を並べるようになったが、これは江戸期の庶民の
力によるものだった。私は庶民の血を受け継いでいることに、大きな誇り
をいだいている。

忠敬の測量に協力した人々は、大部分が庶民だった。幕府から藩に、忠敬
の測量隊がいつ到着するか連絡があると、藩から村へ伝えられ、村民が総
出で測量に協力した。

 明治3年の初の国勢調査 

武家は明治3年に初めて行われた、国勢調査によれば、人口の8%弱にし
か、当たらなかった。人口の90%が民庶とも呼ばれた、庶民だった。

江戸時代は近代日本を創った、輝かしい助走期だった。日本は世界に誇る
べき社会を、形成していた。

今年は、政府が「明治維新150年」を祝う式典を行うことになっている。

50年前に100周年が巡ってきたが、当時の政府は「維新」という言葉を省
いて、「明治100年記念式典」を催した。

時の佐藤栄作首相が挨拶したが、「維新」という言葉に触れることが、
まったくなかった。維新を語らずに、明治100年を語っても意味がない。

 昭和天皇のお言葉「明治維新以来の先人の英知と勇気」

この時の式典に、昭和天皇の御幸を仰いだが、お言葉のなかで、「明治維
新以来の先人が、英知と勇気で成し遂げた業績」と、仰せられた。

明治維新が「革命」だったと、物識り顔をしていう学者がいるが、まった
く筋違いだ。「革命」は断絶をもたらす。維新は古来の日本へ復古する、
御一新だった。

今年の「明治維新150年記念式典」において、今上天皇から聡明なお言葉
を賜ることになるが、朝鮮半島危機が募るなかで、明治維新を称讃され
て、国民をお励まし下さることと思う。

だが、日本国民がどうして150年前と較べて劣化して、かつての気概 を失
い、不甲斐なくなってしまったのだろうか。

幕末から明治にかけた日本国民は、「英知と勇気」が汪溢していた。今
日の日本人のような、意気地(いくじじ)なしではなかった。

 伊能忠敬の偉業は日本の社会の力そのもの

それにしても、忠敬が全国を徒歩によって実測した、17年間の日本の 社
会が安定し、豊かで、よくまとまっていたことに、感心せざるをえな
い。それでなければ、忠敬の偉業が多くの人々によって支えられて、成し
遂げられることがなかった。

忠敬が測量のために、全国を巡っていた時に、対岸の朝鮮王国では、国
王純祖(スンゾ)(在位1800年〜39年)の代に当たった。

悪政のために、飢饉、悪疫、天災によって、農民や、奴婢(奴隷)の流
亡と、不平両班(ヤンバン)や、農民、奴婢による反乱が、各地であいつい
だ。なかでも、純祖11(1812)年に起った、平安道の洪景来(ホン
ギョンレ)の乱が大きなものだった。

 当時の韓国の状況

そのわきで、朝廷では士禍(サファ)と呼ばれたが、儒教の些細な礼法な
どをめぐって、凄惨な党争(ダンチョン)に明け暮れ、国の態(てい)をなし
ていなかった。

権力者が王権を代行して、政治を専横する勢道政治(セドチョンチ)のも
とで、役人の綱紀が乱れ、下級官吏まで賄賂が横行した。朝鮮王国は、亡
国が避けられなかった。

今日、朝鮮半島で危機的な状況が続いているのをよそに、日本で国会が
モリトモ問題、セクハラを巡って党派抗争に耽って、空転しているのと、
よく似ている。

今日の日韓関係に目を転じると、韓国の文在寅(ムンジェイン)大統領が
北に秋波を送るかたわら、ことあるごとに日本を蔑んで、足蹴にするのに
忙しい。

そのために、日本では嫌韓感情が日増しに強まっている。いまや、全国
民が韓国を蔑み、哀れむようになっている。

だが、私たちにいったい、韓国を蔑む資格があるものだろうか。

韓国は日本統治が終わって、すでに73年になるのに、いまでも「日帝 時
代」が悪かったと非難して、自立できないでいる。日韓併合は73年の 半
分の、36年でしかなかった。

日本でも、アメリカによる占領が65年前に終わったというのに、東京 裁
判をはじめ、アメリカの占領政策が悪かったからといって、占領時代を
非難するのに忙しく、いまだに自立することができない。韓国によく似て
いると思う。

韓国では、李氏朝鮮が日韓併合まで、500年にわたって続いた。李朝 は高
麗朝の将軍だった李成桂(イ・ソンゲ)が、クーデターによって高麗朝 を
倒して、自らの王朝をたてた。

李朝は、軍がクーデターを起す危険な存在だとして嫌って、軍を軽ん
じ、国防に役に立たない必要最小限の兵備しか、持たなかった。宗主国の
中国による保護に依存して、外敵の侵略を蒙るたびに、中国に救援を求め
た。そのために、国土が何回にもわたって、蹂躙された。

今日の日本は、中国をアメリカに置き換えると、李氏朝鮮と変わらない。

日本の国会議員や、大手のマスコミ人、学者たちには、朝鮮服が似合う
のではないかと思う。

 明治新政府の開港の決断こそ、日本を救った

明治維新に戻ると、幕府が開港に傾いたのに対して、国学者や武士の大
多数が、日本が神国であると唱え、攘夷を頑くなに主張した。もし、攘夷
を貫いていたとすれば、西洋列強の侵略を蒙って、本土決戦が戦われたこ
とだった。

 明治新政府が開港に踏み切ったことによって、日本が救われた。

今日、「平和憲法」を「神国思想」にいい替えて、神聖視する護憲派
は、幕末の狂信的な「攘夷派」に当たる。「専守防衛」を頑くなに主張し
ているが、敵が国土を侵すまで戦えないのだから、焦土をもたらす本土決
戦を望んでいるにちがいない。


2018年05月31日

◆あえかな女性を泣かせるな

加瀬英明


私は幼い時から、父から「女性と動物を苛めてはならない」と、躾けられた。
外交官だった父・俊一(としかず)は、101歳で生涯を閉じた。その他に、
とくに教えられたことはない。

 最後の日まで元気だったが、女性を大切にして、優しかったから、艶が
あった。

やはり若いころから、外務官僚として新橋のお茶屋に通ったからだろう。
私は中学生のころに洋食屋で、父の馴染みの芸者衆に引き合わされた。

そんなことから、私が50を過ぎて父の家に寄ると、新橋の80歳を超える姥
桜(うばざくら)が遊びにきていて、「まあ、お坊ちゃま、おおきくなられ
ましたこと」といわれて、閉口したものだった。

 父は気障なところがあった。女性に対して、いつも凛としていた。そん
なことを習ったから、私も少年のころから女性と動物をもっぱら愛護する
ようになった。

正岡子規が人は「気育」が大切だと説いているが、「気」が「艶」になる
のだろう。

女性に懸想し、言い寄ることを古語で「婚(よば)い」というが、古く『古
事記』『万葉集』に登場するから、男が持って生まれた性(さが)である。
“通い婚”の時代だったから、「夜這い」とも書かれた。

私は妻と結ばれてから、明治生まれの歌人の与謝野晶子が、「かげに伏し
て泣くあえかにわかき新妻(にひづま)を、君わするるや思へるや」と戒め
ているのを、心に刻んだ。あえかは「かよわい、たよりない」という意味
である。

それにしても、最近の国会議員や、高級官僚は男の矜持を欠いている。閣
僚や県知事が買春し、財務次官がセクハラで辞任するというのに、日本の
男の品位が地に堕ちたことを、慨嘆せざるをえない。大臣や、県知事が人
足ではあるまいし、平成の夜鷹を買うのは、あってはならないことだ。

財務次官が官位を笠に着て、卑猥な言葉を連発して、女性を苛めて喜ぶの
は、日本が崩壊する前兆ではないか。『源氏物語』では女性を、「あえか
な花」(帚木)と描いている。

江戸時代に夜鷹は引っ張りとか、夜発(やほつ)、辻君と呼ばれた。

 もし、武士が夜鷹小屋に出入りするところを見られたら、品位を穢した
かどで禄を奪われ、足軽の身分に落とされた。



2018年05月26日

◆北朝鮮の非核化に言及なし

加瀬 英明


北朝鮮の非核化に言及なし 米朝首脳会談で成果を掴めるか

4月27日に全世界が注目するなかで、文在寅(ムンジェイン)大統領と金正
恩(キムジョンウン)委員長による南北首脳会談が、板門店の韓国側にある
「平和の家(ピンファウィ・チプ)」で行われた。

李朝時代の王宮の衛兵(ウイビョン)の、ど派手な衣装をまとった儀仗兵が
堵列するなど、文、金の2人の大根役者(オルガソイ)が演じた、まさに3
流の“韓流ドラマ”だった。

私は20代から朝鮮語を学んだが、韓国人だったら、「インマンサルソ」
(口ばっかり)というところだ。「インマンサルソ・アンデ」になると、
「いい加減なことをいうな」と、叫ぶことになる。

文在寅大統領が、個人的な功名心から、オリンピックの政治利用が固く禁
じられているのにもかかわらず、平昌(ピョンチャン)冬季大会に北から高
位の代表団や、美女応援団・合唱団を招いて、空疎な“南北融和”を演出し
たのが、切掛けとなって、トランプ大統領が“勇み足癖”から、米朝首脳会
談に応じることになった。

文在寅――ムン・ジェイン大統領は、“従北(ジョンプク)”として知られ、韓
国の真当な国民から、「文災難(ムン・ジェアン)」と、呼ばれている。
もっとも、韓国のマスコミは政権を支持する国民を「市民(シミイン)」、
政権を批判する国民を「右翼(ウイク)」「保守派(ポスパ)」と、蔑んでいる。

それにしても、日本の大手テレビのキャスターたちが、今回の南北首脳会
談の映像を背景にして、「歴史的な会談」と声を潤(うる)ませて連発する
のに、きっと韓流ドラマの見過ぎなのだと、思った。

トランプ大統領は、1ヶ月以内に予定されている米朝首脳会談が、行われ
ない可能性もあると述べているが、そうなってほしいものだ。

金正恩がよほどの愚か者でないかぎり、北朝鮮が核兵器を手放すことは、
ありえない。

これまで、金正恩委員長は「朝鮮半島の非核化」を唱えても、「北朝鮮の
非核化」に言及したことがない。

北朝鮮に対しては、南北首脳会談も、米朝首脳会談も行なうことなく、米
日韓、中国を加えた国連による経済制裁を、粛々と強めてゆくべきだった。

トランプ大統領が金委員長の前に、米朝首脳会談というニンジンをぶら下
げなければ、金委員長が窮鳥を演じて、北京の習近平主席のもとに、走る
ことがなかった。

米朝首脳会談が「世紀のショー」として行われたとしても、ニュースを娯
楽だと勘違いしているテレビを喜ばせるだけで、空騒ぎに終わることとな
ろう。

トランプ大統領としては、米朝首脳会談に臨んで、何も成果がえられず、
手ぶらで帰ることになったら、「軽挙」だったということになって、沽券
(こけん)が大きく傷ついてしまう。

といって、北朝鮮に軍事攻撃を加える勇気はあるまい。

 そこで、北朝鮮が提案してきた「北朝鮮の非核化」ならぬ、「朝鮮半島
の段階的非核化」へ向けて、米朝交渉を続けてゆくことになるのではないか。

北と話し合っているあいだに、制裁を強めることは難しい。北朝鮮は中国
を後盾として時間を稼ぎ、ミサイル試射、核実験を行わなくても、性能を
向上させることができる。
 
だが、そのあいだ戦争は起らない。日本としては、“平和ボケ”から目を覚
まして、真剣に防衛力の強化に励むべきだ。「鬼のいぬ間に洗濯」だ。

2018年05月12日

◆反故(ほご)常習国 北朝鮮は軽々に信用出来ない

加瀬 英明


核全廃まで圧力は維持すべきだ

米WHに「南アフリカ方式」の核廃棄が浮上


北朝鮮の非核化問題の鼎(かなえ)が煮えたぎり始めた。6月の米朝首脳
会談を見据えて北朝鮮は3人の米国人を解放。2年半ぶりの日中韓首脳会
談は朝鮮半島の非核化に向けた協力で一致した。

完全非核化への道筋は複雑で遠いが1歩前進ではある。極東をめぐる力の
構図は緊張緩和の入り口に立ったが、北の後ろ盾としての中国と、日米同
盟の対峙の構図は変わらず、融和だけが売り物の韓国文在寅外交は荒波に
もまれ続けるだろう。

こうした中でまずは北朝鮮の核廃棄方式としてホワイトハウスの内部に急
きょ浮上しているのが「南アフリカモデル」だ。

国務長官として初めて訪朝したポンペイオは3人を連れて帰国したが、米
朝首脳会談の開催場所と日程が決まったことを明らかにした。

日程公表はまだないが、トランプは6月初旬までに予定される米朝首脳会
談の開催地については、南北軍事境界線のある「板門店ではない」と述べ
た。詳細については「3日以内に発表する」と語るにとどめた。

トランプはこれまで、板門店のほか、シンガポールを有力候補地に挙げて
いる。3人の帰国は米朝関係にとって大きな摩擦要因の一つが取り除かれ
たことになり、1歩前進ではある。しかし核心は「核・ミサイル」であ
り、ここは、不変のままであり、難関はこれからだ。

ここに来て金正恩の“弱み”をうかがわせる行動が見られはじめた。それは
金正恩の習近平への急接近である。40日に2回の首脳会談はいかにも異常
である。

そこには中国を後ろ盾に据えないと心配でたまらない姿が浮かび上がる。
泣きついているのだ。金正恩は習近平との大連会談で米国への要求につい
て相談を持ちかけた。その内容は2つある。1つは米国が敵視政策をやめ
ることが非核化の条件というもの。他の1つは「米国が段階的かつ同時並
行的に非核化の措置を取ること」である。

泣きつかれて悪い気のしない習近平は8日トランプとの電話会談で「北朝
鮮が段階的に非核化を進めた段階で何らかの制裁解除をする必要がある」
「米朝が段階的に行動し北朝鮮側の懸念を考慮した解決を望む」などと進
言した。

これに対し、トランプは「朝鮮半島問題では中国が重要な役割を 果た
す。今後連携を強化したい」と述べるにとどまった。おいそれとは乗 れ
ない提案であるが検討には値するものだろう。

注目の日中韓首脳会談は、大きな関係改善への動きとなった。しかし、北
の核・ミサイルをめぐっては安倍と中韓首脳との間で隔たりが見られた。
日本側は「完全かつ検証可能で不可逆的な核・ミサイルの廃棄」を共同宣
言に盛り込むことを主張した。

しかし、中韓両国は融和ムードの妨げになるとして慎重姿勢であった。習
近平は金正恩に対して「中朝両国は運命共同体であり、変わることのない
唇歯(しんし)の関係」と述べている。唇歯とは一方が滅べば他方も成り
立たなくなるような密接不離の関係を意味する中国のことわざだ。

こうした中でホワイトハウスではまずは北朝鮮の核廃棄方式だとして「南
アフリカモデルが急浮上している」という。

韓国中央日報紙は、国家安保会議(NSC)のポッティンジャー・アジア
上級部長が文正仁(ムン・ジョンイン)韓国大統領統一外交安保特別補佐
官らにこの構想を伝えたという。

これまでホワイトハウスではボルトンNSC補佐官が主張したリビア方式
が考えられていた。リビア方式は「先に措置、後に見返り」だった。

その方式ではなく南アフリカ方式を選択するというのはある意味で現実的
路線のようだ。南アは第一段階で、1990年に6つの完成した核装置を解体
した。

第二段階は、1992年に開始された弾道ミサイル計画の廃棄で、これに
は18か月を要した。第三段階は、生物・化学戦争計画を廃棄した。
た だ、南アフリカ方式は経済的な見返りがないという点が問題となる。

同紙 は「南アフリカモデルを検討するというのは、北朝鮮の核放棄に対
する経 済支援は韓国と日本、あるいは国際機関が負担し、米国は体制の
安全など 安全保障カードだけを出すという考えと解釈できる」としている。

結局 お鉢は日本に回ってくることになるが、金額によっては乗れない話
しでは あるまい。同紙は「北の核は南アフリカと比較して規模が大き
く、“見返 りを含めた折衝型南アフリカモデル”になる可能性がある」と
している。

一方、安倍首相は文在寅に対して「核実験場の閉鎖や大陸間ミサイルの
発 射中止だけで、対価を与えてはならない。北の追加的な具体的行動が
必要 だ」とクギを刺している。北は過去2回にわたって国際社会の援助
を取り 付け、その裏をかいて核兵器を開発してきており、まさに裏切り
の常習犯 だ。政治姿勢が左派の文在寅は、北への甘さが目立つ。

圧力は まだまだ維 持するべきであろう。北は、日米に取っては「反故常
習犯 国」なのだ。核 兵器の全て廃棄という目標達成まで圧力を継続する
のは 当然である。

2018年04月11日

◆男らしさはどこへ行ったのか

加瀬 英明


夏季、冬季オリンピックが2年ごとに巡ってくるたびに、日の丸が何本あ
がるか、血涌き、肉躍る思いがする。

スポーツや、武道の領域で最高峰をきわめるためには、自分を相手に戦っ
て、努力しなければならないが、文弱の者には理解できないだろう。

韓国ピョンチャン大会で、日本が国として4つの金メダルを獲得した
が、3つが女性の活躍によるものだった。

個人では、5人の乙女に1人の男性によったから、5対1だった。

羽生結弦選手が金を勝ち取って、本当によかった! 羽生君、有難う!

女性ばかりが金を獲得して、もし男が1人もいなかったとしたら、女性
たちが大股で闊歩するのに出会うたびに、われわれ男は俯(うつむ)いて、
背中をまるめて、道を譲らねばならなかったところだ。

私はテレビで、5人の乙女の姿を見て、1300年の時空を超えて、大 伴旅
人(おおとものたびと)(665年〜731年)が『万葉集』のなかの 「松浦川
に遊ぶ」に、そこで会った乙女たちの「花の容双(かほなら)びな く、桃
の花を頬の上に発(ひら)く」と詠じているのを思った。

私は日本が天平時代に戻ったと、思った。

『万葉集』が編まれた天平の奈良時代には、日本は世界のなかで、男女
が対等だったか、女性が優っていた、唯一つの社会を形成していた。

『万葉集』のなかで、多くの男女が恋歌を交換しているが、男女が対等
でなければ、ありえないことだ。

平安時代でも、女性は男性に教養で劣らなかった。女性による平安時代
の文学作品は、多くが失われたにちがいないが、今日100点近くが存在 する。

同じ時代の世界をみれば、西洋、中東、中国、朝鮮とどこをとっても、
女性はほぼ全員が文盲で、男に従属していた。それに対して、日本の男は
やさしくて、繊細なのだ。

日本の最高神の天照大御神は、女神でいらっしゃる。西洋、中国、中東
の神話の最高神は、みな男性で絶対神だ。

 日本では祖国を母国といって、なぜか父国という表現がないが、英語で
はファーザーランド、ドイツ語ではファーターランドといい、フランス語
には父国(ラ・パトリ)しかない。
アメリカでは、昨年、高名なハリウッド映画界のプロデューサーのハー
ヴェイ・ワインスタイン氏が、多年にわたって多くの女優を弄(もてあそ)
んだことを、女性たちによって暴露されたことから始まって、与野党の連
邦議員にも及んで、全米にわたって女性による「ミー・ツウ」(私
も、#MeToo)運動となって、数千人、数万人による抗議デモが、毎日のよ
うに続いている。

西洋は、アメリカだけでなく、日本でひろく信じられているのと正反対
に、男尊女卑の社会だ。

とくに、アメリカは酷いものだ。2016年にハーバード大学では、報 告さ
れただけでも、27人の女子学生が男子学生によるレイプ被害にあ い、前
年卒業した女子学生の3人に1人の31%が、男子学生による性暴力を経験
している。

ヒラリー夫人が率いた民主党の選挙スローガンの1つが「女の戦い (ウォ
ア・オブ・ウィメン)」で、学園(キャンパス)をはじめとして、男性 の性
暴力を根滅しようというものだった。

西洋では女性に対するセクシャル・ハラスメント――性的な嫌がらせは、
日常茶飯事だ。ユダヤ・キリスト・イスラム教は同じ神を拝む宗教だが、
女性を蔑視している。

日本では、武士上位の江戸時代に入るまで、夫婦(めおと)は女男(めお
と)と書かれた。どうして、夫婦を「めおと」と発音することが、できる
ものか。

日本ではカーナビの指示の声も、交差点でスピーカーから流れる注意
も、女の声ときまっている。乳母車や、トラックのホロを「母衣(ほろ)」
と書くが、武士が首筋を守ってかけた鎖綱のことだ。女性への甘えが強い
のだ。日本では主な家屋は母屋、卒業校は母校だし、いまでも和船に女男
釘(めおとくぎ)が使われている。

私は安倍内閣の応援団だが、女性の“社会進出”を奨励する「一億総活躍
社会」に、首を傾げざるをえない。

専業主婦も家にあって、立派に活躍している。女性が家を守って、子育
てに当たることを、国が支援するべきである。少子化こそ、大きな国難だ。

北一輝といえば、青年将校が暴走した2・26事件に捲き込まれて処刑
された、政治思想家で、あの時代の傑出した申し子だった。 

『日本国家改造法案大綱』によって知られるが、次のように述べている。

「婦人は家庭の光にして人生の花なり。婦人が妻たり母たる労働のみと
ならば、夫たる労働者の品性を向上せしめ、次代の国民たる子女をますま
す優秀たらしめ、(略)特に社会的婦人の天地として、音楽美術文芸教育
学術等の広漠たる未墾地あり。(略)婦人が男子と等しき牛馬の労働に服
すべき者ならば天は彼(か)(女性)の心身を優美繊弱に作らず」

私は男性たちが牛馬のように、身を粉にして働いている会社労働に、女
性たちが競うようにして、加わるべきではないと思う。

それぞれの国の国民性は、2000年にわたって、雛型が変わらない。

日本は女性が強い国であってきた。男性が武に励むことによって、辛じ
て男女の均衡を保ってきた。もともと女性上位の社会であったために、男
たちは女性から男として認めてもらうために、凛々しく振る舞ってきた。
女が男に「男らしくしなさい」というのは、日本だけだ。

それなのに、アメリカが強要した憲法によって、武が否定されたため
に、男が腑抜けで、軟弱になってしまった。このままでは、国が滅びる。



2018年04月06日

◆少子化によって国を滅してはならない

加瀬 英明


日本で少子化が進んでいる。この国が開闢して以来のことであろう。

私たちが直面する大きな国難の1つだと、呼ぶべきものだ。

今回は、最近、私が感動したことを取り上げたい。

少子化に歯止めをかけるために、2年前に警視庁、自衛隊、消防庁などの
幹部のOBたちが立ち上って、「一般社団法人日本官婚推進協会」を設立
して、男性公務員を対象として、身元が確かな女性との縁結びの場をつく
る活動に、全国で取り組んでいる。

代表理事の尾形明氏が神奈川県警察本部の元警部補、理事に自衛隊の元陸
将補、元空将補、東京消防庁の元消防司令長、大手百貨店の元外商部長な
どが並んでいる。私は求められて、会長をつとめている。

2月に、防衛省の福利厚生施設のグランドヒル市ヶ谷で、独身男女97人
が集まって、見合いの懇親パーティが催された。

 真のボランティア活動にふれて

私は70代の役員たちが、ボランティア活動として、無報酬で甲斐甲斐しく
その場を仕切ってゆくのを見て、感動した。

ボランティアを日本語でいえば、国家、社会や、人々のために自己を捨て
て、献身的に働く「奉仕」のことである。

日本で「奉仕」は、古い言葉だ。平安時代後期の説話集である『今昔物
語』が、「奉仕すること、片時(へんじ)も怠る事」があってはならない
と、諭している。

私は英語でボランティアvolunteerというと、「人が嫌がることを無報酬
で行う」という暗い意味があるから、好まない。だが、日本は常世の神信
仰から、海原の向こうから幸がもたらされることを、古来から尊んできた
から、日本語のなかに外国語が氾濫しているのに、目角(めくじら)を立て
るべきでないのだろう。ボランティアも、もとの言葉から離れて、「奉
仕」という意味で、使っているにちがいない。

ほぼ男女半数ずつだった。お洒落に装った若い女性たちが会場を満して、
私は花園に身を置いたようだった。まさに国の花だ。

 適齢期の男女の未婚は何が原因か

なぜ、今日の日本で適齢期の多くの男女が、伴侶を求めることができない
でいるのか。

やはり家族、一族の絆や、地域社会の繋がりが弱まって、自分しか頼れな
い個というか、孤の時代が到来したのだろう。孤独、孤立、孤食、孤独死
といった言葉が、頭を掠(かす)めた。

かつて日本は「家族国家」と呼ばれたが、今日の日本は私にとって異界に
生きているように、感じられる。

 家庭家族は社会の源

明治に入って、西洋から日本に存在しなかった事物や、観念が、巨大な津
波のように押し寄せて、先人たちが明治翻訳語と呼ばれる新語を大量に
造ったが、「個人」という言葉も、その1つだった。それまで日本には、
個人が存在しなかった。

今日の日本の若者たちは、不慣れな個人の役割を演じなければならない。

公務員といえば、民間より所得が高く、生活が安定している。少子化の原
因として、多くの若者が所得が低いために、結婚できないというが、にわ
かに信じられない。昔から結婚したかったら、手鍋提げても貧しさをいと
わないと、いったものだ。

フランスでは子育てを支援するために、出産奨励金や家族手当を給付する
ことによって、出生率が1・5%から1・92%(日本は1・45%)に増
え、スウェーデンでは不妊症の治療が、公費によって行えるといったよう
に、積極的な少子化対策が効果を上げているといわれる。

どうしたら少子化を阻止することが、できるものだろうか。日本列島を生
んだ伊弉諾命(いざなぎみこと)と伊邪那美命(いざなみみこと)は、出産奨
励金や、家族手当がなかったのに結ばれた。収入だけでは、所得が高い公
務員の結婚難を説明できまい。

現行憲法の第24条「【家族生活における個人の尊厳と両性の平等】」は、
第1項で「婚姻は、両性の合意のみに基いて成立し」(傍点筆者)と、規
定している。

これは、アメリカ占領軍が、家族制度が日本の危険な国家主義の基礎と
なっていると信じて、日本の伝統社会をつくり変えようとして、家族制度
を破壊するために、定めたものだった。

 ¥現行憲法は、原文が英語――外国語で書かれている、世界で唯一つの珍
しい憲法だ。

2月のパーティで、私は独身の男女を前にして、会長として短い挨拶をした。

 『君が代』は婚礼の祝い歌

「みなさんは、昨日、羽生結弦選手が金メダルを獲得して、表彰式で国歌
『君が代』が流れたのを、御覧になったことでしよう。

『君が代』の歌詞は、1000首以上を収録した、西暦905年の『古今和歌
集』に載っていますが、もとの歌は『わが君は千代に八千代に‥‥』と始
まっています。この和歌は庶民を含めて、婚礼をはじめとする祝賀の宴
で、祝われる者の長寿を願って、唄われてきました。

明治に入って、西洋に倣って国歌が制定されると、「わが君」を「君が
代」に置き換えました。

 同じ寿歌(ほぎうた)が1100年以上にもわたって、唄い続けられてい
る国は、世界のなかで日本しかありません。古い伝統を大事にしてきた、
国柄を示しています。

 人類の祝い事の基は結婚そのもの

 おそらく人類の祝い事のなかで、世界のどこにおいても、結婚がもっと
も寿(ことほ)がれるものでしよう。結婚するから、家族(ファミリー)が絶
えることなく、人類が存続でき、未来を確かなものにすることができるこ
とを、理屈抜きで知っているからでしよう。

 日本最古の歴史書の『古事記(ふることふみ)』のなかに、そよ風――凪
(なぎ)を司る伊弉諾(いざなぎ)と、波の神の伊邪那美(いざなみ)の2人の
男女の神が出会って、戯れるうちに、恋に陥って2人が結ばれ、私たちの
美しい日本が生まれたという、麗(うるわ)しい神話が載っています。

 日本では、2人の男女が結ばれるたびに、新しい日本が生まれます。

 人生では値札がついていないものこそ、大切です。豪華なシャンデリア
の下で、1瓶数万円もするワインをあけて、高級な料理を食べて、『あ
あ、贅沢をしている』と思って満足するほど、寒々しいことはありません。

 夫と妻の2人が心を合わせるほど、贅沢なことはありません。

 よい伴侶を求めて、素晴しい新しい日本をつくって下さい」

 現行憲法によれば、親や兄弟や、一族は、2人の結婚とかかわりがな
く、2人の結婚に干渉してはならないことと、されている。

 今日では結婚は、男女2人の一過性の快楽のために行われる、軽い結び
つきに変わった。

 2人が人類を未来へ継いでゆくために、結ばれることがなくなってし
まった。

 結婚相手として、ふさわしい配偶者ではなく、自分本位に自由に相手を
選ぶことによって、結婚と家族(ファミリー)が切り離された。

 だが、世界のどこへ行っても、結婚は今日のように一時的な快楽ではな
く、家や、社会に対する務めであって、神聖な行為だった。

 結婚は人類存続の源

 結婚は責任をともない、自制と節度を必要とした。人類を存続させるた
めという、暗黙の了解があったにちがいない。

 結婚までが、刹那刹那の楽しみを求めるものとなった。

 国民が刹那的な消費文化によって、すっかり蝕まれてしまった。刹那と
いう言葉は、仏教の梵語からきているが、指で弾(はじ)くごく短い時間を
意味している。

 刹那的な物欲によって駆り立てられて、荒(すさ)んだ国をもたらした責
任は、国家の大本(たいほん)である国防を忘れて経済大国をつくってき
た、私たちの世代が負うべきものである。

 2月の市ヶ谷の催しに、私は暗黒のなかに燭光を見た思いがした。蟷螂
(とうろう)(かまきり)が斧をもって隆車(大きな車)に立ち向うような
ものかもしれない。だが、第一歩が大切だ。



2018年03月24日

◆政治利用された平昌オリンピック

加瀬 英明


政治利用された平昌オリンピック “平和”の意味するものとは?

北朝鮮がピョンチャン・オリンピック大会で、世界の注目を浴びたことに
よって、金メダルを攫った。

本来、オリンピックの政治利用は、固く禁じられているはずだが、かつて
オリンピックをいっぱいにまで政治目的に使ったのは、ヒトラーのナチ
ス・ドイツだった。

今日まで、オリンピックのシンボルとなっている“聖火リレー”は、1936年
のベルリン大会に当たって、ナチスの宣伝省が考案したものだった。

1980年に、ブレジネフ書記長のソ連がモスクワ大会を主催したが、前年、
ソ連軍がアフガニスタンに侵攻したために、西側諸国や、日本がボイコッ
トした。

 2008年の北京大会も、中国の全体主義体制を宣伝するために行われた
が、世界は中国がチベット、新疆ウィグル、内モンゴルを侵略して支配し
ていることに、目を瞑った。

もし、オリンピックが『平和の祭典』であるのならば、平和愛好国のみが
参加することを、許されるべきであろう。

北朝鮮は、核兵器とさまざまなミサイルを開発して、アメリカ、日本、韓
国に露骨な威嚇を加えているのにかかわらず、ピョンチャン・オリンピッ
ク大会に、選手、美女応援団を派遣することを許され、韓国の文在寅大統
領が北朝鮮の最高位の代表たちを招いて、手厚く歓待した。

安倍首相が国内の一部の反対を押し切って、開会式に出席したのは、正解
だった。日本にとって韓国は日本に甘えてばかりいる、出来の悪い弟であ
るが、弟の慶事に当たっては、兄が参加するのは当然のことだ。兄の言い
分をはっきりと伝えたのは、有益だった。

それにしても、北朝鮮による拉致問題は、解決の糸口も掴むことができな
いでいる。

安倍政権の「無策」を非難する声も、あがっている。

それだったら、いったいどのような方策を講じたら、よいのだろうか。

拉致問題は、建国以来犯罪的な「ならず者国家」であってきた、北朝鮮の
責任である。

もう一つ、日本でまったく論じられないことがある。

拉致被害者たちは、日本国憲法の犠牲者である。

もし日本が講和条約によって、独立を回復してから、マッカーサー憲法を
十数年以内に改正して、イギリスか、フランス並みの軍事力を持っていた
としたら、北朝鮮のようにみすぼらしい小国によって侮られて、多くの日
本国民が国内から次々と拉致されることは、ありえなかったことだ。

イギリスとフランスは、GDPがそれぞれ日本の半分しかないが、航空母
艦も、核ミサイルを搭載した原子力潜水艦も、保有している。両国は「専
守防衛」といった、阿呆らしい寝言をいっていないが、誰もが平和愛好国
だと認めている。

オリンピックが、けつして「平和の祭典」ではないことは、誰の目にも明
らかだ。

多くの日本国民が日本国憲法を、「平和憲法」と呼んでいる。だが、自国
の国民がそのために国内から拉致されても、「平和憲法」と呼び続けるこ
とができるのだろうか。

拉致被害者が日本国憲法の被害者だということに、目を覚ますべきだ。

このままいけば、全国民がこの憲法の犠牲者になりかねない。

2018年03月10日

◆無関心でいられない 中東の危機

加瀬 英明


昨年12月に、クリスティーズの美術オークションで、新しく発見され、レ
オナルド・ダヴィンチの作品だと鑑定された、イエス・キリストの肖像画
が、過去最高額の4億5000万ドル(約500億円)で落札されて、世界的に
話題を呼んだ。

海外メディアによれば、サウジアラビアのモハマド・ビン・サルマン皇太
子が落札した可能性が高く、現在、隣国の首長国のアブダビの美術館に寄
贈されて、所蔵されている。

日本におけるサウジアラビアのイメージといえば、灼熱の砂漠、駱駝と、
石油マネーが唸る神秘的な国だが、アラビア半島が日本の天然ガスと石油
のほとんどを、供給している。

昨年11月に、32歳のモハメド皇太子が、有力な王子グループを拘留して、
国政を掌握した。これまでサウジアラビアでは政治が、王族たちの合議
(コンセンサス)によって行われてきたから、クーデターだった。

逮捕されたプリンスたちは、首都リディアの贅をきわめるリッツ・ホテル
から、一般客を追い出して幽閉されたが、1月に不正に蓄財したという数
百億ドルが没収された後に、釈放された。

モハマド皇太子は石油に依存してきた経済から、2030年までに脱却して、
近代国家を建設する目標を掲げている。

サウジアラビアは、もっとも保守的なイスラム国家だったが、改革を進め
て、女性が目だけをだして黒衣で全身を覆い、家族の男性の同伴なしに外
出したり、自動車の運転を禁じ、戒律に従って映画館も、劇場もなかった
のを、許すようになるという。大改革だ。

皇太子の政権奪取は、シリアでIS(イスラム国)が壊滅し、イランが支
援するアサド政権が勝ったことに、強い危機感に駆られたためといわれ
る。この直後に、内戦に陥っている隣国イエメンから、イランが操る反乱
軍が、リディアへ向けてミサイルを発射した。

サウジアラビアはイランを天敵とするイスラエルと、かねてから裏で協力
してきたが、ムハマド皇太子は事実上の同盟関係を結んだ。イスラエルは
隣のレバノンで、イランが支援する民兵のヒズボラに脅かされている。

12月の皇太子による実権掌握は、あきらかにトランプ大統領の承認を受け
たものだ。その前月、トランプ大統領の娘のイバンカが東京を訪れたが、
この時、夫君のクシュナー氏がリディアを訪れている。

皇太子の「2030年改革計画」は、アブダビを手本にしているといわれる。

私は性急な改革が、成功しないと思う。かつてイランで、パーレビ皇帝が
性急に改革を進めたために、イスラム保守派革命が起って、帝政が倒れた
轍(てつ)を踏むのではないか。

2030年改革計画では、巨大な新都市をいくつも建設することになっている
が、すでに資金調達が行き詰まるようになっている。昨年、サウジアラビ
アの経済成長率は、マイナス0.6%に陥った。毎年、人口が2%で増え
てゆくのに、追いつかない。

先のダヴィンチの絵画は「サルバトル・ムンディ」(救世主)と題される
聖画だが、イスラム教は人の像を描くことを固く禁じており、ましてイエ
スを神として認めていない。

サウジアラビアのイスラム僧をはじめとする宗教保守勢力が、一連の改革
による脱イスラム化を、傍観するものだろうか。
 
私は中東の研究者だが、1980年にレバノンのベイルートを占領していた、
パレスチナ解放機構(PLO)のアラファト議長に招かれて、会ったこと
があった。その時に、アラファト議長が「中東は砂丘のように、ある時、
様相が一変する」と、語った。

アラビア半島が大混乱に陥った時に、いまアメリカは東アジアと中東の2
正面を、同時に守る軍事力を持っていない。
 
アメリカ軍が東アジアを留守にした時に、日本は北朝鮮、中国に対抗する
ことができるのだろうか。