2018年02月03日

◆明治維新150周年に当たって想う

 加瀬 英明


 近代日本の出発点を学ぼう

今年は明治維新から150年になることから、政府が「明治維新150周年」を
祝うことになっている。

それなのに、国民の中なかに明治維新150周年を祝うことに、反対する声
が聞かれない。

これは感慨深いことだ。日本国民がようやく明治維新を祝うようになった
のだ。

明治維新は先人たちが行った偉業だった。日本がやっと立ち直りつつある。

今日では明治維新が行われたからこそ、日本が貪欲な西洋列強の餌食にな
ることなく、独立を全うして近代国家として発展することができたこと
に、異論を唱える者はいまい。

今から50年前の昭和43(1968)年に、明治維新100年が巡ってきた。

ところが、50年前の日本では、政府はもちろん、民間にも維新100周年を
祝う気運がまったくなかった。100周年を話題にすることもなかった。日
本は朦朧としていた。

昭和43年には、日本が国民総生産(GNP)でアメリカに次ぐ、世界第2
位の経済大国になったというのに、6月に東大医学部学生が東大安田講堂
を占拠して、機動隊が出動し(翌年、大規模な安田講堂占拠事件が発
生)、10月に学生が新宿駅を占拠し、11月に4000人以上の学生が安保粉砕
を叫んで、首相官邸に乱入した。大学紛争が全国の115校の大学に波及
した。

そのわきで大手新聞が、2年後に迫った日米安保条約改定へ向けて、60年
安保騒動が再現されることを期待して、「70年危機」を煽っていた。

 国家の自立意識の欠如

この年にはすでに敗戦からほぼ半世紀、独立を回復してから15年もたっ
ていたのに、アメリカによる占領によって蒙った深い傷から、立ち直るこ
とができなかった。国家意識を喪失してしまっていたために、国民が明治
維新が紡いだ輝かしい歴史を、思い遣ることができなかった。

昭和43年から半世紀が過ぎて、いま、ようやく占領憲法の改正の是非が問
われ、国論を二分するようになっている。それでも現行憲法を改正できる
のか、まだ前途は険しい。

人は頭部に酷い外傷を負わされたり、異常体験をすると、自分が何者か分
からなくなる記憶喪失に陥ることがあるという。今日の日本でも、日本が
どのような国であってきたか、はたして国家なのか、分からない者が多い。

 自尊こそが大切だ

世界史を振り返ると、このように国家が記憶を喪失する症状を患った例
は、日本の他にない。私にはなぜ日本がこのような状態に、いまだに陥っ
ているのか、説明することができない。読者諸賢に教えを乞いたい。

日本国民は敗戦から今日まで、人であれば正常な人間関係――国家として正
常な国際関係を結ぶことが困難な自閉症を、病むようになっている。国の
存立を危ふくするものだ。1日も早く癒さなければならない。

自閉症は正しくは早期幼児自閉症と呼ばれ、この症状を患っている者は、
言語障害をともなうが、自己のみに関心が集中し、自分を責めたてて、自
立することができない。

 マッカーサーの暴言はいまでも正しいのか

昭和21年に、マッカーサー元帥が「日本国民は12歳だ」と発言したこと
が、総司令部の指示によって、当時の日本の新聞に大きく報じられてい
る。いまでも日本のなかで護憲派が国家の安全をひたすらアメリカに委ね
て、自国に対して成人としての責任を果すことを頑なに拒んでいる。

きっと、昭和21年ごろから幼児性の疾患を病んで、歳をとることがないの
だろう。

日本国憲法は大多数の日本国民によって、「平和憲法」と呼ばれて親しま
れてきたが、先の戦争後の日本の平和は、アメリカの軍事力によって守ら
れてきた。この憲法はアメリカの保護なしに、成り立たない。「“アメリ
カの力による平和”憲法」と、呼ぶべきである。
 
 成人の日の意義を考えよう

今年も1月8日に、『成人の日』が巡ってきた。『成人の日』は占領下
で、昭和23年に制定された。

 テレビが日本各地で、『成人の日』の式典が賑々しく行われたことを報
じた。しかし、日本は国として、まだ「成人の日」を祝うことができない
でいる。いつになったら、「成人の日」を迎えることができるのだろうか。

昨年11月に、都内の名門私立大学の国士舘大学において、建学100周年 を
記念して「『東京裁判』シンポジウム」が催された。

櫻井よしこ氏、西修駒澤大学名誉教授、高橋史朗明星大学特別教授と、私
が招かれて討論が行われた。櫻井氏、西氏、高橋氏は、私が敬愛してやま
ない学識者である。私はシンポジウムから、多くを学んだ。

午前と午後にわたったシンポジウムは、それぞれ3分講演した後に、パネ
ル討論が行われて、東京裁判と、もう1つの占領政策の柱だった「ウォ
ア・ギルト・インフォメーション・プログラム」が、日本国民の精神をい
かに歪めてきたか、追及した。

 東京裁判は国際法を、無惨に踏み躙ったものだった。占領軍が行った言
論統制と、「ウォア・ギルト・インフォメーション・プログラム」は、言
論の自由を約束したポツダム宣言に、大きく違反するものだった。

 私はパネル討論が終わる寸前だったが、どうしても1つ訊ねたいことが
あった。

 司会をつとめた国士舘大学法学部のS教授に、「1つお伺いしたいこと
がある」と前置きして、「28年後に先の戦争が終わってから、100周
年になりますが、アメリカが行った東京裁判と『ウォア・ギルト・イン
フォメーション・プログラム』によって、日本が惨めな状況に置かれてい
るというシンポジウムを、また行うことになるでしようか?」と、質問した。

 S教授は答えなかった。私はこのシンポジウムに参加することを求めら
れた時に、戦後72年もたつのに、まだ東京裁判を日本が直面する問題と
して取り上げることに、忸怩たるものがあった。

 東京裁判は無法な復讐劇

 東京裁判は無法な復讐劇だったし、アメリカの占領政策は復讐心と、当
時のアメリカを支配していた白人優位信仰に基く傲りから、日本が野蛮国
だときめつけた偏見が生んだものだった。

 そこで、独立を回復してから15年か、20年以内に、アメリカが占領
下で行ったことが蛮行であったと総括して、アメリカを赦すかたわら、日
本が独立国として誇りを取り戻すべきだった。

 真の独立国を目指そう

 私は日本が独り立ちできない咎を、いまだにアメリカの占領政策に負わ
せるのは、異常なことだと思う。

 これでは、韓国が72年も前に終わった「日帝時代」について、日本を
いまだに執拗に非難しているのと、変わらないのではないか。このため
に、韓国は自立できないでいる。日本と韓国は、似ているところがあるの
か、訝らざるをえない。

 もちろん、過去に遡って、東京裁判と「ウォア・ギルト・インフォメー
ション・プログラム」を検証することは、近現代史研究の一環として有意
義なことであることは、いうまでもない。だが、東京裁判をはじめとす
る、アメリカの対日占領政策は、学問的な研究の対象にとどめるべきだ。

 独立国は自立していなければならない

 戦後70年以上もわたって、東京裁判と「ウォア・ギルト・インフォ
メーション・プログラム」を、日本を病ませている大きな要因として取り
上げるより、なぜ、日本がいまだに対日占領から立ち直ることができない
のか、いったい日本の民族性のどこに、脆弱なところがあるのか、考えたい。

 日本が明治に開国してから、今日の人種平等の世界を創出したことに
よって、世界のありかたを大きく変えたことを踏まえたうえで、今後、日
本が有力な独立国として、さらに世界にどのように貢献できるものか、考
えるべきであろう。



2018年02月02日

◆明治維新150周年に当たって想う

加瀬 英明

近代日本の出発点を学ぼう

今年は明治維新から150年になることから、政府が「明治維新150周年」を
祝うことになっている。

それなのに、国民の中に明治維新150周年を祝うことに、反対する声が聞
かれない。

これは感慨深いことだ。日本国民がようやく明治維新を祝うようになった
のだ。

明治維新は先人たちが行った偉業だった。日本がやっと立ち直りつつある。

今日では明治維新が行われたからこそ、日本が貪欲な西洋列強の餌食にな
ることなく、独立を全うして近代国家として発展することができたこと
に、異論を唱える者はいまい。

今から50年前の昭和43(1968)年に、明治維新100年が巡ってきた。

ところが、50年前の日本では、政府はもちろん、民間にも維新100周年を
祝う気運がまったくなかった。100周年を話題にすることもなかった。日
本は朦朧としていた。

昭和43年には、日本が国民総生産(GNP)でアメリカに次ぐ、世界第2
位の経済大国になったというのに、6月に東大医学部学生が東大安田講堂
を占拠して、機動隊が出動し(翌年、大規模な安田講堂占拠事件が発
生)、10月に学生が新宿駅を占拠し、11月に4000人以上の学生が安保粉砕
を叫んで、首相官邸に乱入した。大学紛争が全国の115校の大学に波及した。

そのわきで大手新聞が、2年後に迫った日米安保条約改定へ向けて、60年
安保騒動が再現されることを期待して、「70年危機」を煽っていた。

 国家の自立意識の欠如

この年にはすでに敗戦からほぼ半世紀、独立を回復してから15年もたって
いたのに、アメリカによる占領によって蒙った深い傷から、立ち直ること
ができなかった。国家意識を喪失してしまっていたために、国民が明治維
新が紡いだ輝かしい歴史を、思い遣ることができなかった。

昭和43年から半世紀が過ぎて、いま、ようやく占領憲法の改正の是非が問
われ、国論を二分するようになっている。それでも現行憲法を改正できる
のか、まだ前途は険しい。

人は頭部に酷い外傷を負わされたり、異常体験をすると、自分が何者か分
からなくなる記憶喪失に陥ることがあるという。今日の日本でも、日本が
どのような国であってきたか、はたして国家なのか、分からない者が多い。

 自尊こそが大切だ

世界史を振り返ると、このように国家が記憶を喪失する症状を患った例
は、日本の他にない。私にはなぜ日本がこのような状態に、いまだに陥っ
ているのか、説明することができない。読者諸賢に教えを乞いたい。

日本国民は敗戦から今日まで、人であれば正常な人間関係――国家として正
常な国際関係を結ぶことが困難な自閉症を、病むようになっている。国の
存立を危ふくするものだ。1日も早く癒さなければならない。

自閉症は正しくは早期幼児自閉症と呼ばれ、この症状を患っている者は、
言語障害をともなうが、自己のみに関心が集中し、自分を責めたてて、自
立することができない。

 マッカーサーの暴言はいまでも正しいのか

昭和21年に、マッカーサー元帥が「日本国民は12歳だ」と発言したこと
が、総司令部の指示によって、当時の日本の新聞に大きく報じられてい
る。いまでも日本のなかで護憲派が国家の安全をひたすらアメリカに委ね
て、自国に対して成人としての責任を果すことを頑なに拒んでいる。

きっと、昭和21年ごろから幼児性の疾患を病んで、歳をとることがないの
だろう。

日本国憲法は大多数の日本国民によって、「平和憲法」と呼ばれて親しま
れてきたが、先の戦争後の日本の平和は、アメリカの軍事力によって守ら
れてきた。この憲法はアメリカの保護なしに、成り立たない。「“アメリ
カの力による平和”憲法」と、呼ぶべきである。
 
 成人の日の意義を考えよう

今年も1月8日に、『成人の日』が巡ってきた。『成人の日』は占領下
で、昭和23年に制定された。

テレビが日本各地で、『成人の日』の式典が賑々しく行われたことを報じ
た。しかし、日本は国として、まだ「成人の日」を祝うことができないで
いる。いつになったら、「成人の日」を迎えることができるのだろうか。

昨年11月に、都内の名門私立大学の国士舘大学において、建学100周年 を
記念して「『東京裁判』シンポジウム」が催された。

櫻井よしこ氏、西修駒澤大学名誉教授、高橋史朗明星大学特別教授と、私
が招かれて討論が行われた。櫻井氏、西氏、高橋氏は、私が敬愛してやま
ない学識者である。私はシンポジウムから、多くを学んだ。

午前と午後にわたったシンポジウムは、それぞれ30分講演した後に、パネ
ル討論が行われて、東京裁判と、もう1つの占領政策の柱だった「ウォ
ア・ギルト・インフォメーション・プログラム」が、日本国民の精神をい
かに歪めてきたか、追及した。

東京裁判は国際法を、無惨に踏み躙ったものだった。占領軍が行った言論
統制と、「ウォア・ギルト・インフォメーション・プログラム」は、言論
の自由を約束したポツダム宣言に、大きく違反するものだった。

私はパネル討論が終わる寸前だったが、どうしても1つ訊ねたいことが
あった。

司会をつとめた国士舘大学法学部のS教授に、「1つお伺いしたいことが
ある」と前置きして、「28年後に先の戦争が終わってから、100周年にな
りますが、アメリカが行った東京裁判と『ウォア・ギルト・インフォメー
ション・プログラム』によって、日本が惨めな状況に置かれているという
シンポジウムを、また行うことになるでしようか?」と、質問した。

S教授は答えなかった。私はこのシンポジウムに参加することを求められ
た時に、戦後72年もたつのに、まだ東京裁判を日本が直面する問題とし
て取り上げることに、忸怩たるものがあった。

 東京裁判は無法な復讐劇

東京裁判は無法な復讐劇だったし、アメリカの占領政策は復讐心と、当時
のアメリカを支配していた白人優位信仰に基く傲りから、日本が野蛮国だ
ときめつけた偏見が生んだものだった。

そこで、独立を回復してから15年か、20年以内に、アメリカが占領下
で行ったことが蛮行であったと総括して、アメリカを赦すかたわら、日本
が独立国として誇りを取り戻すべきだった。

 真の独立国を目指そう

私は日本が独り立ちできない咎を、いまだにアメリカの占領政策に負わ
せるのは、異常なことだと思う。

これでは、韓国が72年も前に終わった「日帝時代」について、日本を い
まだに執拗に非難しているのと、変わらないのではないか。このため
に、韓国は自立できないでいる。日本と韓国は、似ているところがあるの
か、訝らざるをえない。

もちろん、過去に遡って、東京裁判と「ウォア・ギルト・インフォメー
ション・プログラム」を検証することは、近現代史研究の一環として有意
義なことであることは、いうまでもない。だが、東京裁判をはじめとす
る、アメリカの対日占領政策は、学問的な研究の対象にとどめるべきだ。

 独立国は自立していなければならない

戦後70年以上もわたって、東京裁判と「ウォア・ギルト・インフォ メー
ション・プログラム」を、日本を病ませている大きな要因として取り 上
げるより、なぜ、日本がいまだに対日占領から立ち直ることができない
のか、いったい日本の民族性のどこに、脆弱なところがあるのか、考えたい。

 日本が明治に開国してから、今日の人種平等の世界を創出したことに
よって、世界のありかたを大きく変えたことを踏まえたうえで、今後、日
本が有力な独立国として、さらに世界にどのように貢献できるものか、考
えるべきであろう。

2017年12月29日

◆中東は砂丘に似ている

加瀬 英明

私は11月に、6ヶ月ぶりにワシントンに戻った。

これまでワシントンでサウジアラビアの一般のイメージは専門家を除け
ば、灼熱の砂漠、棗椰子(なつめやし)と駱駝と、石油マネーの神秘的な国
だったが、突然この国に関心が集まっていた。

11月に、32歳のモハメド・ビン・サルマン皇太子が、有力だった王子グ
ループを拘留して国政を掌握した。サウジアラビアでは王族(プリンス)た
ちのコンセンサスによって、政治が行われてきたから、クーデターである。

逮捕されたプリンスたちは、首都リディアで贅をきわめるリッツ・ホテル
から、一般客を追い出して幽閉されたから、この国らしい。

皇太子は2030年までに石油依存から脱却して、近代国家を建設する目標を
掲げている。サウジアラビアは中東でもっとも保守的な宗教国家であって
きたが、経済改革とともに、女性が目だけを出して全身を衣で覆うことを
定め、家族の男性の同伴なしに外出したり、自動車の運転を禁じていたの
を、自由にする意向を示している。

これまでイスラムの厳しい戒律によって、映画館や、演劇場が一つもな
かったが、許可されることになった。大改革だ。

皇太子の政権奪取は、シリアでIS(イスラム国)が壊滅し、イランが支
援するアサド政権が勝ったことによって、強い危機感に駆られたためとい
われる。直前に、内戦中の隣国イエメンで、イランが操るフーシ派の反乱
軍が、リディアへ向けてミサイルを発射した。

そのために、サルマン皇太子はイランと対抗するために、イスラエルと事
実上の同盟関係を結んだ。すでに皇太子は極秘裡に、イスラエルを訪れて
いる。イスラエルは隣国レバノンで、イランが支援する民兵ヒズボラの脅
威を蒙っている。

今回の皇太子による実権掌握は、トランプ大統領の承認を受けたものとみ
られる。トランプ大統領の娘のイバンカが東京を訪れていた時に、夫君の
J・クシュナー氏がリディアを訪れていた。

皇太子の「2030年改革計画」は、アブダビを手本にしているといわれる。

私は性急な改革が成功することはない思う。かつてイランで、パーレビ皇
帝が改革を性急に進めたために、革命が起って帝政が倒れた。

『ニューヨーク・タイムズ』紙がサルマン皇太子の実権掌握を、正真の
「アラブの春」と称えているが、2011年にチュニジアで民衆が蜂起した時
に、アメリカは「アラブの春」と呼んだ。その結果、リビア、シリアが内
戦に陥り、エジプトでムバラク政権が倒れた。

私は中東の研究者だが、1980年にレバノンのベイルートを占領していた、
パレスチナ解放機構(PLO)のアラファト議長に招かれて、会ったこと
があった。その時に、アラファト議長が「中東は砂丘のように、ある時、
様相が一変する」と、語った。

アラビア半島が大混乱に陥った時に、いまアメリカは東アジアと中東の2
正面を、同時に守る軍事力を持っていない。

東アジアが留守になった時に、日本は北朝鮮、中国に対抗することができ
るのだろうか。

2017年12月28日

◆中東は砂丘に似ている

加瀬 英明

私は11月に、6ヶ月ぶりにワシントンに戻った。

これまでワシントンでサウジアラビアの一般のイメージは専門家を除け
ば、灼熱の砂漠、棗椰子(なつめやし)と駱駝と、石油マネーの神秘的な国
だったが、突然この国に関心が集まっていた。

11月に、32歳のモハメド・ビン・サルマン皇太子が、有力だった王子グ
ループを拘留して国政を掌握した。サウジアラビアでは王族(プリンス)た
ちのコンセンサスによって、政治が行われてきたから、クーデターである。

逮捕されたプリンスたちは、首都リディアで贅をきわめるリッツ・ホテル
から、一般客を追い出して幽閉されたから、この国らしい。

皇太子は2030年までに石油依存から脱却して、近代国家を建設する目標を
掲げている。サウジアラビアは中東でもっとも保守的な宗教国家であって
きたが、経済改革とともに、女性が目だけを出して全身を衣で覆うことを
定め、家族の男性の同伴なしに外出したり、自動車の運転を禁じていたの
を、自由にする意向を示している。

これまでイスラムの厳しい戒律によって、映画館や、演劇場が一つもな
かったが、許可されることになった。大改革だ。

皇太子の政権奪取は、シリアでIS(イスラム国)が壊滅し、イランが支
援するアサド政権が勝ったことによって、強い危機感に駆られたためとい
われる。直前に、内戦中の隣国イエメンで、イランが操るフーシ派の反乱
軍が、リディアへ向けてミサイルを発射した。

そのために、サルマン皇太子はイランと対抗するために、イスラエルと事
実上の同盟関係を結んだ。すでに皇太子は極秘裡に、イスラエルを訪れて
いる。イスラエルは隣国レバノンで、イランが支援する民兵ヒズボラの脅
威を蒙っている。

今回の皇太子による実権掌握は、トランプ大統領の承認を受けたものとみ
られる。トランプ大統領の娘のイバンカが東京を訪れていた時に、夫君の
J・クシュナー氏がリディアを訪れていた。

皇太子の「2030年改革計画」は、アブダビを手本にしているといわれる。

私は性急な改革が成功することはない思う。かつてイランで、パーレビ皇
帝が改革を性急に進めたために、革命が起って帝政が倒れた。

『ニューヨーク・タイムズ』紙がサルマン皇太子の実権掌握を、正真の
「アラブの春」と称えているが、2011年にチュニジアで民衆が蜂起した時
に、アメリカは「アラブの春」と呼んだ。その結果、リビア、シリアが内
戦に陥り、エジプトでムバラク政権が倒れた。

私は中東の研究者だが、1980年にレバノンのベイルートを占領していた、
パレスチナ解放機構(PLO)のアラファト議長に招かれて、会ったこと
があった。その時に、アラファト議長が「中東は砂丘のように、ある時、
様相が一変する」と、語った。

アラビア半島が大混乱に陥った時に、いまアメリカは東アジアと中東の2
正面を、同時に守る軍事力を持っていない。

東アジアが留守になった時に、日本は北朝鮮、中国に対抗することができ
るのだろうか。

2017年12月26日

◆北朝鮮誕生の理由

加瀬 英明

日本の「良識」が今日の北朝鮮という妖怪を生んだ

吹けば飛ぶような弱小国の北朝鮮が、日本だけではなく、アメリカも翻弄
している。

北朝鮮は人口が僅か2千数百万人、経済が完全に破綻したみすぼらしい国
なのに、核弾頭とミサイルの開発を進めてきたために、東アジアの様相を
変えようとしている。

私は1977年に韓国に何回も通って、多数の北朝鮮から逃れてきた脱北者
(タルプクチャ)をインタビューして、北朝鮮社会の実情をあからさまにし
た『誰も書かなかった北朝鮮「偉大なる首領さま」の国』(サンケイ出
版)を著した。

私はこの本によって、北朝鮮研究の草分けとなった。その後、多くの北朝
鮮研究者から、この本によって触発されて、北朝鮮に関心を持ったと聞か
された。

金正恩(キムジョンウン)委員長の祖父の金日成(キムイルソン)による「偉
大なる首領さま(ウィデハン・スーリヨンニム)」の朝鮮民主主義人民共和
国が誕生したのは、1948年9月のことだった。

日本が1945年8月に第2次大戦に敗れると、38度線以北にソ連軍が進駐
し、10月にソ連軍の手によってピョンヤン(平壌)において、「金日成将
軍(キムイルソンチャングン)帰国歓迎(キグクファンヨン)平壌市群衆大会
(ダンジュンデフェ)」が催され、ソ連軍少佐の軍服を着た30代はじめの壇
上に立つ男性が、「金日成(キムイルソン)将軍(チャングン)」として紹介
された。

「金日成将軍」(金一成(キムイルソン)、金一星(キムイルソン)としても
知られた)は1930年代に、満州国で住民を悩ましていた匪賊団(ひぞくだ
ん)の頭目であり、一部の朝鮮人のあいだで「抗日ゲリラ」として人気を
博していたが、30年代なかばに当時の日本語新聞に、日本軍によって討伐
されたという記事が載っている。

この平壌大会に参加した朝鮮人の1人は、金日成将軍といえばもっと年長
であるはずだから、壇上の青年が“偽者(カッチャインムル)”だと直感した
と、私に語っている。

日本が1932年に満州国を建国する前の満州は無法地帯で、匪賊が跋扈
(ばっこ)していた。

「金日成」を名乗った男は、本名を「金成柱(キムソンジュ)」といって、
満州で跳梁(ちょうりょう)していた匪賊を働いていた盗賊だったが、日本
軍の討伐に耐えられずに、ソ連領シベリアへ逃げ込んだ。ソ連は対日戦に
備えて、これらの朝鮮人を日本軍の背後を撹乱する遊撃大隊として組織し
て、金成柱を隊長として起用した。

ソ連は日本統治下の朝鮮にいた朝鮮人を信用しなかったので、金成柱を傀
儡(かいらい)として選んだ。金成柱が平壌大会に登場した時には33歳だった。

金日成の死後「聖なる血筋(コウルクチョルトン)」を継いで、2代目の独
裁者となった金正日(キムジョンイル)は、朝満国境にある白頭山(ペクト
ウサン)にあったゲリラ基地で誕生したとされるが、シベリアの粗末なソ
連軍兵舎で賄い婦で、金成柱の妻だった金正淑(キムジョンスク)を母とし
て生まれている。

金日成は匪賊出身だったから無教養で、首相に就任するまで、接収した日
本人の邸宅に住んでいたが、日本人女中として働き、後に越南して、帰国
することができた林和子氏によると、ボール紙で尻を拭いたために、よく
水洗便所がつまったと回想している。

朝鮮民主主義人民共和国が発足すると、金日成こと金成柱は首相に就任
し、ライバルをつぎつぎと処刑、あるいは暗殺して、独裁体制を確立する
と、自分に対する個人崇拝を全国民に行わせて、「唯一思想(ユイルササ
ン)」と「主体思想(チュチェササン)」を国家の基盤に据えた。

もっとも「主体思想」というものの、「主体(チュチェ)」も何もあったも
のではない。ソ連が崩壊するまでは、ソ連とソ連の衛星国の東ヨーロッパ
諸国の経済援助に頼っていたし、韓国、日本、アメリカなどから、たえず
金(かね)や食糧を騙し取ることをたくらみ、ドル札、外国タバコの偽造、
覚醒剤の密輸出によって稼いだ。

匪賊の出身であるだけに、この国の対外政策は今日まで、すべてが山賊の
発想と手口によって行われてきた。北朝鮮は「匪賊国家」なのだ。

在日朝鮮人のパチンコ屋からの巨額にのぼる送金も、大きな収入源だっ
た。私は「金日成」という名を、「日本ハ金(かね)ニ成ル」と読んでいた。

クリントン政権の時に、金日成首席が死亡し、52歳の金正日総書記があと
を継ぐと、アメリカは直前まで北朝鮮で飢饉によって100万人以上が餓死
していたので、北朝鮮がほどなく崩壊する可能性が高いと誤って予想した。

ところが、北朝鮮は人口が2000万人台と小さいために、体制が揺らがな
かった。

人口が厖大(ぼうだい)な中国で王朝が頻繁に交替したのと違って、朝鮮半
島では歴代の王朝が酷い政治を行ってきたが、新羅(紀元前57年〜935
年)、高麗(918年〜1392年)、李氏朝鮮(1392年〜1910年)も、人口が
少なく統制しやすかったから、それぞれ400年以上も続いた。

 北朝鮮では国民一人ひとりを、その出身によって、100以上の「成分(ソ
ンプン)」に細かく分類したうえで、いまでも「人民班分組担当制(インミ
ンパンブンジョクムタンジェ)」と呼ばれるが、全住民を5戸単位にし
て、それぞれ「熱誠覚員(ヨルソンタンウォン)」によって責任指導させ
て、徹底的に管理している。

私が先の著書を発表した時には、朝日、読売新聞をはじめとする新聞や、
著名人が、北朝鮮を「労働者の天国」とか、「地上の楽園」として賞讃し
ていた。

1977年に、朝日新聞が『北朝鮮みたまま』という連載を行ったが、「抜き
ん出る主席の力」「開明君主」「建国の経歴に敬意」といった、歯が浮く
ような見出しが続いていた。

 この連載の「こどもは物心つくと金日成主席の故郷、マンギョンデ(万
葉台)の模型を前に、いかに主席が幼い日から革命指導者としての資質を
発揮したか教えられ、それを自分で説明できる」という記事は、まるで籠
池泰典氏の森友学園の幼稚園のようではないか。

1968年に、日本婦人団体連合会会長だった櫛田ふき女史は、「朝鮮民主主
義人民共和国創建20周年」の慶祝大会に招かれて、次のように書いている。
 
「数万の観衆は、ただただ賛嘆の声を放つばかりでした。その夜大劇場で
くりひろげられた、うたとおどりから成る大史劇とともに、私たちは日も
夜も感激のるつぼの中で心をもやすのでした。(中略)

金日成主席の卓越した指導のもとで、党と政府と人民の1枚岩の団結を、
ここでもはっきりと見る思いがしました。そうでなかったら、どうしてこ
んなすばらしい国を挙げての大祝典を、これほどまでに成功させることが
できたでしょうか。

“金日成将軍の歌”がどこからともなく聞こえてきます。数千の風船が舞い
あがった平壌の空に、夜は5色の花火が巨大な模様をえがきだし、歓喜の
どよめきは夜ふけまでつづきました」(『チュチェの国朝鮮を訪れて』)

1974年に、槇枝元文日教組委員長が訪朝して、こう書いている。 

「この国は、みんなが労働者であって資本家搾取者がいない。みんながよ
く働き、生産をあげればあげるほどみんなの財産がふえ、みんなの生活が
それだけ豊かになる。この共産主義経済理論を徹底的に教育し、学習し、
自覚的に労働意欲を高めている。またこのことは、労働――生産――生活の体
験を通して現実的にも実証されているから国民の間に疑いがない。

全国が学習しよう、全党が学習しよう、全人民が学習しようというスロー
ガンのもとに、毎日2時間(労働時間終了後)、土曜日の午後半日、学習
することが制度化されている」(『チュチェの国朝鮮を訪れて』)

1976年に、作家の三好徹氏が北朝鮮に招かれて、「社会主義メルヘンの
国」と呼んで、絶賛した。

「主席に会えなかったのは残念ですが、どういう人かということは、おぼ
ろげながらわかりました。キム・イルソンという人は、天が朝鮮の人々の
ためにこの地上に送ったような人だということです」(『今日の朝鮮』)

1977年に、創価大学の城戸又一教授は金日成主席について、「朝鮮に来て
以来、朝に夕に、一日中、寝ても覚めても、といってもいいくらい、『わ
が偉大なる主席金日成同志』『敬愛する金日成主席』『父なる主席金日成
さま』など、主席の名を口にするときは、必ずその前に、何らかのほめこ
とばを付けずにいうことはないほど、人民大衆の尊敬を一身に集めている
人である」(『世界』1月号)と書いている。

1976年に、小田実氏が訪朝して、金日成主席と会見したうえで、「『北朝
鮮』を『南侵』の準備態勢にある国として見るには、きちがいじみた猜疑
心と想像力を必要とするにちがいない」(朝日ジャーナル、1976年)
と、書いている。当時、小田氏といえば、日本の青年男女の寵児(ちょう
じ)だった。

小田氏は2007年に物故したが、存命されていたら、いま、何といわれるこ
とだろうか。私はかねてから北朝鮮が「山賊国家」だと説いてきたが、
狂っていたのか、桁外(けたはず)れた想像力に溢れてきたにちがいない。

私は先の櫛田女史の訪朝記を読んで、かつてナチス・ドイツを礼讃した朝
日新聞の記事が、二重映しとなった。

「かつ色シャツ制服の『暴風団』は密集長蛇の行列を立てて指揮官の音頭
に雷の様な標語を唱和する――。ドイツ国、さめよ! ユダよ、くたばれ!
 1928年9月には御大(おんたい)のヒトラーがベルリンの『スポーツ
バラスト』に姿を現し未曽有の大集会を催して狂欣(きん)しをえつする人
民に叫びかける――『ハイル・ヒトラー!』(万歳)」(朝日新聞、昭和7
年10月2日、『ナチスは叫ぶ』)

戦前、朝日新聞は、ヒトラーのナチス・ドイツを紙面をあげて、礼讃した
ものだった。

私は土井たか子日本社会党委員長、読売新聞の高木健夫論説委員をはじ
め、北朝鮮を手放しで絶賛した多くの発言を、まだ引用することができる
が、同じ日本人として恥しいから、ここまでにしたい。

私は1974年に、36歳で日本ペンクラブの理事になった。77年に韓国で反体
制詩人の金芝河(キムジハ)氏が、朴正煕(パクチョンヒ)政権を批判する詩
集『五賊』を発表したために、投獄される事件が起った。

ペンクラブ理事会で、韓国政府の言論弾圧を非難する決議を行う提案が行
われた。私は北朝鮮は表現の自由が完全に圧殺されているから、北朝鮮を
あわせて糾弾(きゅうだん)すべきだと反論した。まだ韓国のほうが、自由
だった。すると、理事だった三好誠氏が、北朝鮮には「言論弾圧はまった
くない」と、嘯(うそぶ)いた。

韓国を非難する決議が行われた。私は阿呆(あほ)らしいので、抗議の記者
会見を開いたうえで、クラブから脱退した。

そういえば、作家の豊田有恒氏がWiLL『歴史通』2017年11月号に寄稿
した、「朝日新聞が讃えたヒトラーと金日成」のなかで、「この新聞の当
時のナチスへの傾斜と北朝鮮報道の類似について初めて言及したのは、加
瀬英明さんである。ヒトラーを褒めちぎったのと同様の筆致で、金日成を
称えてみせたのである」と、指摘している。

私は日本の「良識」を、まったく信じない。

つい、15年前の2002年まで、NHKをはじめとして、大手のすべてのテレ
ビ局が、北朝鮮に言及する時に、「チョーセンミンシュシュギジンミン
キョウワコク」と、正式国名をいわなければならなかった。なぜなのか北
朝鮮だけを、正式国名で呼ばなければならなかった。

当時、私は北朝鮮をそう呼ばねばならないのは、まるで「寿限無寿限無五
劫(ジュゲムジュゲムゴコウ)のすり切れ、パイポパイポパイポのシューリ
ンガン‥‥」のようで、「バカバカしい」と、批判した。

もし正式国名で呼ばなければ、良識に反するのなら、どうしてドイツを
「ドイッチェラント」、なぜイギリスを「ブリテン連合王国」、ギリシア
を「ヘラス」と呼ばないのかと、からかった。

ドイツも、イギリスも、ギリシアという呼び名も、もとにはない日本語だ。
 
中国についても、同じことだった。1972年に日中国交正常化が行われた時
に、日本中が「日中友好」の大合唱に、酔い痴れていた。いまから振り返
ると、日本国民は脳疾患をわずらっていたのだろう。

私は中国は秦の始皇帝のころから、自分が天下を取らねばならないとい
う、中華思想に取り憑かれた文明だから、「『子子孫孫までの友好』のよ
うなタワゴトに惑わされてはならない」と、警鐘を鳴らした。だが、「日
中友好」が、その時の「良識」となっていた。

「チョーセンミンシュシュギジンミンキョウワコク」と正式国名を呼ばな
ければならないという、不思議なきまりは、2002年9月に小泉首相が訪朝
して、金正日総書記が日本人を拉致したことを認めたために、国民のあい
だで北朝鮮に対する嫌悪感が強まったために、どこかに消えた。

いま、北朝鮮危機によって、日本が存在する東アジアが、アナーキー(無
秩序状態)に陥っている。

 その最大の原因は、何だろうか。「平和憲法」と呼ばれる、日本国憲法だ。

もし、日本が講和条約によって独立を回復した後に、“マッカーサー憲法”
を改めて、日本のGDP(経済規模)の半分しかないイギリスか、フラン
ス程度の軍事力を持っていたとしたら、北朝鮮が日本を侮って、日本列島
の頭越しにミサイルを試射することがなかっただろう。

イギリスとフランス両国のGDPを合わせて、やっと日本と同じ経済規模
となる。

イギリスとフランスはそれぞれ航空母艦と、核を搭載した原潜を保有して
いる。イギリスとフランスは、平和愛好国ではないのか。

そうなれば、中国が強盗のように尖閣諸島と、沖縄を奪おうとすることも
なかった。

日本国民がキナ臭いことを嫌うのは、理解できるが、今日でも戦後の日本
の平和が日本国憲法によって守られてきたと信じている国民が多い。相手
を攻撃する能力を持たないという「専守防衛」が、いまでも「良識」と
なっている。

だが、もし、戦後、日米安保体制がなかったとしたら、韓国が竹島だけで
なく対馬も奪い、中国が南シナ海のように沖縄を、ロシアがウクライナ共
和国のクリミア半島のように、北海道を占領していたのではないか。

日本の「良識」が、北朝鮮危機という妖怪を生んだ。
北朝鮮という「匪賊国家」が核兵器を持って、傍若無人に振る舞っている。

 戦前であれば、日本軍が討伐しているところだが、この匪賊団は核兵器
を手にしている。


2017年12月23日

◆8月15日に終わらなかった

                         加瀬 英明


大東亜戦争は昭和20年8月15日に終わらなかった

年の8月17日は晴れたので、主催者の1人としてほっとした。

私たちは午後2時前に、市ヶ谷台にひろがる防衛省の構内の一画に建立さ
れた、スディルマン将軍の像の前に集合した。

インドネシアのアリフィン・タスリフ駐日大使一行も、到着された。

この日は、インドネシア共和国の独立を記念する72周年のよき日だった。

定刻に、インドネシア独立戦争の英雄であるスディルマン将軍の銅像への
第2回目の献花式が始まった。

会衆は五十数人だった。はじめに藤井厳喜代表が像の前に進んで献詞を述
べ、つぎにタスリフ大使が挨拶文を読まれた。

インドネシア タスリフ駐日大使の挨拶

大使は、先の大戦中に日本軍政下で、インドネシア独立へ向けてインドネ
シア壮丁を募って、郷土防衛隊(ペタ)が結成され、1944年にスディルマ
ン将軍が総隊長となったが、日本が大戦に敗れた2日後に、インドネシア
が独立を宣言すると、オランダ軍がインドネシアを再び植民地にしよう
と、イギリス軍とともに侵攻してきた時に、スディルマン将軍が総司令官
としてペタを中心とした独立軍を率いて戦い、オランダもついに1949年に
インドネシアが独立国であることを承認することを強いられたと、日本へ
の感謝を滲ませながら、述べられた。

 偉大な国民はその国の英雄を称えます

大使が冒頭で、「偉大な国民は、その国の英雄を称えます」と前置きをさ
れたので、私たちは全員が愕然として、深く恥じた。私たちは今日の日本
で、日本の英雄を賞讃することがあるだろうか。日本は二流の国民に落魄
(おちぶ)れてしまったのだ。

そのうえで、藤井代表とタスリフ大使が並んで用意された、上が赤、下が
白の花輪を持って、将軍像に捧げた。

献花がすむと、山本ともひろ防衛副大臣、 内閣総理大臣補佐官の柴山昌
彦参議院議員、山田宏参議院議員が挨拶された。

小野寺五典防衛大臣が参列される予定だったが、ワシントンで2+2が催
されたのに出席されたために、山本副大臣が出席された。

私は献花式の呼び掛け人として挨拶したが、インドネシアの首都ジャカル
タの軍事博物館に、日本の2枚翼の九五式初級練習機が展示されているこ
とに、触れた。

胴体の日の丸の下の部分が、新生インドネシアが国旗として定めたメラプ
ティ(紅白旗)として、白く塗り替えられているが、大戦中に日本の航空
兵の訓練が、石油資源が豊かなインドネシアで行われた時に、インドネシ
アの青年にも飛行訓練を施したことから、オランダ軍の上空から、手掴み
で爆弾を投下した。

私は「メラプティ旗を仰ぐたびに、日の丸が二重映しになります」と、述
べた。

旧陸軍の九五式練習機は、“赤トンボ”の愛称によって国民に親しまれた
が、ジャカルタに展示されている“赤トンボ”が、今日、唯一つ現存する機
体である。

昭和20年8月2000人の日本人の志

日本が昭和20年8月に大戦に敗れると、2000人の日本軍将兵が帰国するこ
とを拒んで、日本国民が幕末からいだいてきた、アジア解放の一途の願い
を果そうとして、インドネシアに残留して、独立軍に身を投じて戦った。
このなかで1000人が、アジア解放のために戦死され、インドネシア国立英
雄墓地に葬られている。

大東亜戦争は昭和20年8月15日に、終わらなかった。インドネシア国民が
戦い続けたのだった。

献花したばかりの赤と白の花が輝いて、両民族の生命(いのち)をあらわす
ように、目に沁みた。

市ヶ谷台はアメリカの占領下で、不法な東京裁判が行われて、東條首相以
下7人が「アジアを侵略した罪」によって裁かれた場所である。あの無法
な裁判が進められていたあいだに、裁判を行ったアメリカ、イギリス、フ
ランス、オランダ諸国が、何をしていたのか。

オランダはイギリス軍の援けをかりてインドネシアを、フランスもベトナ
ムを再侵略して独立軍と戦い、イギリスはインパール作戦によって覚醒し
たインド国民が、独立を求めて全土にわたって蜂起したのを、空から機銃
掃射を加えるなど、鎮圧をはかっていた。アメリカは白人による支配を復
活させようとして、これらの諸国に武器弾薬を供給していた。

スディルマン将軍は病いをおして戦ったが、独立軍が最後の勝利を収める
のを眼にすることがなく、その直前に病没した。今日、インドネシア最大
の英雄の1人として、全国各地に銅像が建立され、肖像が紙幣にもあしら
われている。

その独立の英雄の銅像が、市ヶ谷台を睥睨(へいげい)していることは、東
京裁判が“偽りの復讐劇”であったことを、雄弁に証している。

私の父俊一(としかず)は、開戦から終戦に至るまで、外務省北米課長をつ
とめた。終戦の9月2日にミズリー号艦上で催された降伏調印式に、重光
葵全権の随員として、出席した。

 母の心は日本と共にあり

私は母に連れられて、長野県に疎開していたが、四谷にあった自宅が戦火
によって焼かれたために、父は母のか津とともに、信濃町の借家に移って
いた。

か津が調印式に出席する前の晩に、父にあらたまった口調で、「ここにお
座りなさい」と命じた。父が正座すると、「私はあなたを恥しい降伏の使
節として、育てた覚えはありません。明日(あした)は行かないで下さい」
と、いった。父が「この手続きを踏まないと、日本が立ち行きません」
と、理を尽して説明したが、か津は納得しなかった。

か津は隣室へゆくと、父のために翌朝の新しい下着を揃えはじめた。父は
母が泣き伏す大きな声が伝わってきたと、後にこの晩のことを記している。

私は10月に、母とともに東京に戻った。上野駅で降りると、目の届くかぎ
り焼け野原だった。父が夜遅く戻ってくるまで、起きていた。私は「こん
なに東京がひどく壊されてしまったけど、日本は大丈夫?」と、たずねた。

父は「アメリカは日本全部を壊すことができる。しかし、日本人の魂を壊
すことはできない」といった。

 日本人の魂を壊すことはできない

 中学に進んだ時に、私は父に「どのような想いで、ミズリーの甲板を踏
んだのか」と、たずねた。すると、父は「日本は戦闘に敗れたけれど、数
百年も白人の支配のもとに苦しんでいたアジア民族を解放したから、戦争
には勝ったという誇りを胸に秘めて、甲板に立った」「重光も同じ想い
だった」といった。

 スディルマン将軍の銅像は、鳩山由紀夫内閣の時に、インドネシア国防
省から防衛省に寄贈された。

 防衛省が退役したヘリコプターを1機置いている構内の片隅に、設置し
た。私は当然、防衛省が年に1度、インドネシア独立記念日か、スディル
マン将軍の命日に省内で献花を行っていると思ったが、ただ放置されていた。

 そこで、私は一昨年有志男女を集めて、インドネシア独立記念日に献花
することを思い立った。親しい国際政治学者の藤井氏に代表を引き受けて
もらい、40人ほどの有志を募って、献花したところ、インドネシアのユ
スロン・イザ・マヘンドラ駐日大使(当時)が聞いて、制服武官をはじめ
館員を連れて、参加してくれた。

 その日は弱い雨が、私たちを濡らした。マヘンドラ駐日大使が喜んで、
新しい大使に交替しても、代々申し継いで参列することにしたいといわれた。

 献花が公式行事に

 昨年7月に、私たち有志が赤坂のレストランを借り切って、翌月の献花
式の打ち合わせを行ったところ、マヘンドラ大使一行も参加された。とこ
ろが、防衛省に申し入れると、像があった場所に、PAC3を常時配備す
るために、像を梱包して倉庫に納めているということから、延期すること
を強いられた。

 今年、像がよりよい場所に移設され、献花式が防衛省の公式行事とし
て、格上げされた。

2017年12月13日

◆迎撃システムを緊急整備せよ

加瀬 英明

迎撃システムを緊急整備せよ

トランプ政権が北朝鮮に先制攻撃を加えることがなければ、来年も高い緊
張が続こう。

それとも、北朝鮮は経済制裁によって崩壊するだろうか? この冬、北朝
鮮は凶作によって深刻な危機を迎えるといわれる。

だが、自壊しまい。クリントン政権は金日成首席が死亡して、金正日総書
記が継ぐと、北朝鮮で飢饉によって100万人以上が餓死していたので、ほ
どなく崩壊すると判断して、北朝鮮が核開発をしないと約束したために、
経済援助を与えた。

ところが、北朝鮮は人口が2000万人台と小さいために、体制が揺らがな
かった。

歴史を振り返ると、朝鮮半島では苛酷な政治が行われていたが、人口が大
きな中国で王朝が頻繁に交替したのと違って、新羅(紀元前57年〜935
年)、高麗(918年〜1392)、李氏朝鮮(1392年〜1910年)も人口が少な
く統制しやすいために、それぞれ400年以上続いた。

このあいだ、日本はどうすべきか。北朝鮮からの脅威は、弾道弾しか考え
られない。北朝鮮が航空機を用いて日本を攻撃することはありえない。特
殊部隊が上陸してきても、対応できる。

だが、弾道弾は人にたとえれば生真面目で、きめられた道を愚直に進んで
くるから、迎撃ミサイルによって撃破できる。

航空機や巡航ミサイルは、右へ左へ高く低く自由自在に飛ぶから、撃破す
るのが難しい。北朝鮮はハイテクの巡航ミサイルを持っていないし、航空
機はすべて旧式だ。

ところが、日本は弾道弾を迎撃するために、海上自衛隊のイージス艦を除
けば、北海道から沖縄まで僅か17セットのPAC3しか保有していない。
東京をとれば、防衛省の構内に1セット配備されているが、せいぜい半径
30キロメートルしか守れない。

米国から陸上配備型イージスや、PAC3などの最新システムを緊急輸入
して、弾道弾に対する守りを固めるべきだ。

トランプ大統領が来日した時に、米国製兵器を「押し売りした」といって
非難するのは、世迷い言(ごと)だ。国民の生命を軽んじている。有難く買
わせていただこう。

日本国憲法の解釈による「専守防衛」は、国民の生命を危険に曝してい
る。北朝鮮を攻撃できる能力を、急いで持つべきだ。自滅的な「専守防
衛」にこだわって、悲惨な本土決戦を戦うことを選んではなるまい。


2017年12月06日

◆憲法改正によって日本を洗濯するとき

加瀬 英明


日本は2600年以上にわたる歴史を持っている。この日本の歴史と、僅か
70年にしかならない現行憲法と、どちらが大切だろうか。それも、現憲
法は外国であるアメリカが占領下にあった日本に、強要したものだ。

10月の総選挙の投票日は日本列島を、超大型といわれる台風が襲った。今
年は明治元年から150年目に当たる。

私は地面を洗うように大雨が降るのを見て、幕末の志士の坂本龍馬が姉の
乙女に宛てて、「この国を洗濯致し度候」と、手紙書に書いたのを思い出
して、天が安倍政権を大勝させて、憲法を改正することによって、日本を
洗濯することになるのだと思った。

国会において改憲派の議席が議憲派を、大きく上回った。戦後はじめて憲
法を改めて、長いトンネルを抜け出す出発点に立った。

選挙戦中に「北朝鮮の脅威」をはっきりと訴えたのは、自民党と「日本の
こころ」だけだった。自民党すら憲法改正を公約としたものの、争点とし
て打ち出すことを躊躇した。

枝野幸男氏たちが立ち上げた立憲民主党が躍進して、野党第一党となっ
た。東京の比例区では、自民党が180万票獲得したのに対して、立憲民主
党に140万票が投じられた。

マスコミが立憲民主党の躍進を「判官(ほうがん)贔屓」と、解説した。日
本人は源義経を主人公とした浄瑠璃や、歌舞伎などの判官物を好んでき
た。だが、枝野氏たちは義経の直向(ひたむ)きな生きかたと、まったく
違った。希望の党に雪崩れ込んだものの、「排除」されたために、慌てふ
ためいて新党をつくった。

私は枝野氏たちと信条を異にするが、民主党を離れてすぐに立憲民主党を
立ち上げていたなら、それなりの敬意を払っただろう。

立憲民主党は選挙戦中北朝鮮危機に目を閉じて、ひたすら“平和”憲法を守
り、安保関連法に断乎反対して、自衛隊が「専守防衛」に徹するべきだと
訴えた。

北朝鮮危機を乗り越えるために、アメリカに頼るほかない現実を無視して
いるが、日本が独力で北朝鮮危機に対応できないのは、「平和憲法」に
よって自衛隊が、米軍を補助する役割しか演じられないからだ。

安保関連法なしに、日米同盟関係を強化することはできない。安保関連法
に反対するのなら、米軍による保護なしに日本を護れる防衛力を整備する
ことを、主張するべきだ。

立憲民主党に投票した人々は、日本が当事者だという認識を欠いて、アメ
リカに甘えていさえすればよいと、考えている。

それほど、アメリカを信頼してよいものなのか。それでは独立の気概を捨
てて、アメリカに魂を売ったようなものだ。

日本に迫っている脅威は、北朝鮮危機だけではない。中国が尖閣諸島を
奪って、日本を属国化しようと、虎視眈眈(こしたんたん)と狙っている。

日本は独立の度合を高めなければ、危うい。

そのためには、独立国としてふさわしい憲法を、一日も早く持たなければ
ならない。

日本国憲法さえあれば、日本の安全を守れると訴えているのでは、先の大
戦末期に「日本精神さえあれば、神州不滅だ」と叫んでいた、狂信的な軍
人たちと変わらない。

「専守防衛」となると、敵軍が日本に上陸してから、本土決戦を戦わなけ
ればならない。

あるいは、枝野氏たちは先の大戦末期に、「一億総特攻」に徹して本土決
戦を戦わなかったことを、悔いているのだろうか。


2017年12月02日

◆破壊されたバーミアン大仏

加瀬 英明

破壊されたバーミアン大仏から見えてくるもの

爆破された貴重な仏教遺跡

10月に東京においてアフガニスタンで2001年に無惨に破壊された、バーミ
アンの大仏を再建する方策を検討する国際シンポジウムが開かれた。

私はシンポジウムを取り上げたテレビのニュースを見ながら、西洋のキリ
スト教の歴史と、今日のイスラム教に思いを巡らせた。

バーミアンはアフガニスタン中央部の盆地にあって、南北交易路の要衝
だったことから、9世紀まで仏教王国として栄えた。

山腹に刻まれた巨大な2体の大仏立像があったが、イスラム過激派のタリ
バン政権によって爆破された。

2体とも、世界的に貴重な仏教美術遺産だった。東西2軀のうち西
側の大仏は、高さが55メートルもあった。

私はタリバンが爆破した瞬間を撮影した映像が、テレビで放映された時
も、ヨーロッパの歴史を思った。

シリアではイスラム国(IS)によって、3世紀に遡るローマ時代の多神
教の壮麗なパルミュラ遺跡が、イスラム教を冒涜するものとして、破壊さ
れたことはよく知られる。

私たちは眉を顰めるが、これらの遺跡を破壊するのに当たって、タリバン
政権も、イスラム国も神の意志を代って行っていると、固く信じていたは
ずである。

 イスラム教の2大宗派による抗争

今日、中東と北アフリカでは、イスラム教の2大宗派であるスンニー派
と、シーア派が、アフガニスタン、イラク、シリアから、リビアまで血を
血で洗う凄惨な抗争を繰りひろげている。まったく終わりが見えない。

10月に、クルド族によるシリア民主軍が、イスラム国の“首都”だったラッ
カを制圧したが、ISが解体したとしても、今後、シリアに平和が甦るこ
とはないだろう。

宗教戦争が進んでいるのだから、アラビア半島まで混乱が波及して、サウ
ジアラビアをはじめとする、湾岸産油諸国を呑み込む可能性もあろう。

私たちはイスラム教が寛容をまったく欠いており、暴力を手段とする“変
種”の宗教であると、奇異の眼をもってとらえがちだ。しかし、イスラム
教はユダヤ・キリスト教を母胎として生まれたが、キリスト教の再来であ
ると考えれば、“変種”ではけつしてない。

 大英博物館を訪れて

ローマ帝国によって迫害されていたキリスト教が、ローマ帝国の国教とし
て採用されたのは、後に大帝と呼ばれたコンスタンティヌス1世が、
312年にキリスト教徒の助けによって、テレベ河の戦いに勝ったのが
切っ掛けとなった。キリスト教化すると、異教となった多神教の神殿や、
彫像、列柱が、帝国の全域にわたって破壊された。

キリスト教は偶像崇拝を禁じたから、ギリシアのアテネ、シリアのパル
ミュラから、エジプトにあった神殿まで、容赦なく破壊された。

私はロンドンの大英博物館で案内してくれた学芸員から、展示された多く
のギリシア・ローマ時代の神像や、彫像が大きく破損しているのは、キリ
スト教徒の手によるものだと、説明をきかされた。

大理石の彫像や、列柱が粉々に砕かれて、キリスト教会を建てるために、
モルタルとして使用されたということだった。キリスト教徒は、タリバン
や、ISの先駆けだったのだ。

イスラム教は、まだ若い宗教なのだ。キリスト教より600年後に、開祖マ
ホメッドによって生まれた。

今日、イスラム世界に起っていることは、キリスト教が300年前まで行っ
ていたことだと、考えればよい。ヨーロッパでは、カトリック(旧教)教
徒とプロテスタント(新教)教徒が、2世紀にわたって宗教戦争を戦うこ
とによって、大量の人命が奪われ、ヨーロッパ全土を荒廃させた。

今日でも、先進国イギリスの北アイルランドにおいて、1990年代にカ ト
リックとプロテスタント住民のあいだで停戦合意が行われたものの、い
まだに銃撃戦が発生している。

 「宗教」という言葉は明治になって造られた

 中東に戻れば、イスラム国が倒されたとしても、イスラム過激主義とい
うイデオロギーが、消滅することはない。いくら激しい空爆や、砲撃を加
えたとしても、理想主義(イデオロギー)を破壊することはできない。

 このところ、ヨーロッパがイスラムによるテロ事件によって悩まされて
いるが、イスラムがヨーロッパを呑み込もうとしており、まだ始まったば
かりのところだと、考えるべきだろう。

 イスラム過激主義は、東南アジアにも拡がりつつある。日本に入国する
外国人観光客や、人手不足を補うための研修労働者が増えるなかで、不断
の警戒を怠ってはならない。

 日本は幸いなことに、明治に入るまで宗教と無縁だったために、国内の
安寧が保たれた。

 「宗教」という言葉は、明治に入ってから新しく造語された、おびただ
しい数にのぼる明治翻訳語の一つである。それまで日本語のなかには、
「宗門」「宗旨」「宗派」という言葉しか、存在しなかった。宗門や宗派
は争うことなく、共存――共尊していた。

 キリスト教という寛容を欠き、他宗を認めることを拒む信仰が入ってく
ると、それまでの日本語では表現できなかったので、「宗教」という新語
を造らねばならなかった。

 福沢諭吉が『西洋事情』のなかで明治訳語について、「西洋の新事物輸
入するに」あたり、「恰(あたか)も雪を知らざる印度人に雪の詩を作らし
む用の沙汰なれば(略)新日本の新文字を製造したる其(その)数亦尠(ま
たすく)なからず」と、書いている。「宗教」も、その一つだった。

 心を用いる神道は宗教ではない

 日本の在来信仰である神道は信仰であるが、宗教ではない。人がまだ文
字を持つ前に生まれ、開祖も、経典も、聖書も、言葉を多用した煩雑な教
えも存在しない。

 宗教では、人が中心になっているのに対して、神道は万物のなかに霊力
が宿っていて、自然全般が神々しい存在とされている。

 「レリジョン」(宗教)の語源は、ラテン語の「レリギオ」だが、類語
の「レリガーレ」は「固く縛る、束縛する」を意味している。神道を宗教
とみなすのは、インド人に雪について詩を書かせるようなことだ。

 神道という言葉も、新しい。それまで名がなかったが、仏教が儒教とと
もに伝来した時に、仏教と区別するために生まれた。

 宗教は言葉から成り立っている。日本は中国大陸や朝鮮半島と違って、
冗舌であったり、言葉によって成り立っている論理を、本能的に嫌った。

 日本では太古の昔から言葉が対立を招いて、和を損ねることを知ってい
たから、「言挙(ことあ)げしない」といって、言葉を多用することを戒め
てきた。また「言霊(ことだま)」といって、言葉を用いる時には、よい言
葉を発しなければならないと、信じた。

 宗教が言葉を使って組み立てられているのに対して、神道は心の信仰で
ある。人は心を分かち合えるが、論理はかならず対立をもたらす。

 「指導者」や「独裁者」という言葉も、明治に入るまで日本語に存在し
なかった明治翻訳語である。天照大御神は最高神として権威を備えていた
が、西洋、中東や、中国、朝鮮の最高神が独裁神であるのと違って、つね
に八百万(やおよろず)の神々と合議している。日本には、全能の神という
発想がなかった。

 神道こそが世界を救う

 「根回し」「稟議」という言葉は、ヨーロッパ諸語にも、中国語、韓国
語にもなく、日本語にしかない独特なものだ。今日でも、日本には論理に
よって人々の上に立つ「指導者」や、「独裁者」が存在していない。

 自然を尊んで、自然が神々だとする信仰はエコロジーであり、今日の人
類にとってもっとも進んだ教えである。

 私は神道が、世界を救うと信じている。この和の信仰を国際化して、全
世界にひろめたいと願っている。

2017年11月26日

◆アジアの覇権を狙う中国の思惑

加瀬 英明

北朝鮮危機に見えるアジアの覇権を狙う中国の思惑

トランプ大統領が来日した。

これから北朝鮮危機が、いったい、どのような進路をたどるのか、分から
ない。

私はトランプ大統領は、北朝鮮が極端な挑発行動にでないかぎり、北朝鮮
に先制攻撃を加えることは、十中八、九ないと思う。

北朝鮮から戦争を始めることは、ありえない。そうなると、これから1年
以上現状が高い緊張のもとで、続いてゆくことになる。

このあいだに、北朝鮮は核開発を進め、向う1年か1年半以内に、核弾頭
を小型化するのに成功して、日本が核ミサイルの射程内に入ることになる。

そうなると、日本にとって悪夢となる。

北朝鮮は日朝がまだ戦争状態にもないのに、「日本を海底に葬ってやる」
と、威嚇している。もし、金正恩委員長が核ミサイルを持ったら、「日本
が朝鮮半島を奴隷化した罪を償うために、X兆円の賠償金を払わなけれ
ば、核攻撃を加える」といって、恐喝してこよう。

日本は憲法解釈による「専守防衛」政策に縛られて、北朝鮮の目標を攻撃
する手段を、何一つもっていない。

いまのところ中国は北朝鮮に核開発を放棄させるために、石油の全面禁油
を実施することを含めて、真剣な努力を行っていない。

だが、中国が何よりも恐れているのは、日本が北朝鮮に攻撃を加える能力
を獲得して、日本が北朝鮮を無力化するのに当たって、中心的な役割を果
たすことだ。日本が中国と並ぶアジアの主要なプレイヤーとして登場する
ことが、あってはならない。

中国は日本が北朝鮮を攻撃する能力を含めて、真剣な防衛力整備を始めた
と信じることがあったら、北朝鮮の核開発を真剣になって阻もうとするだ
ろう。中国は北朝鮮の核開発が日本の核武装をもたらすと確信したら、米
韓地上軍が南北境界線を越えないかぎり、アメリカが北朝鮮の核施設を爆
撃することを、歓迎することになろう。

中国はアジアの羅権を握ろうとしており、アメリカがいずれグアム以北の
太平洋から撤退するとみているから、アメリカが主敵ではなく、日本が主
敵となっている。

日本が中国と対等な国家となることには、耐えられない。

中国は先の日本の総選挙で、“平和憲法”の遵守と「専守防衛」に徹すべき
ことを、朝日新聞とともに主張する立憲民主党が、大量集票したことに安
堵の溜息をもらしたはずだ。

中国は日本が北朝鮮の核ミサイルの脅威に震えあがって、畏縮することを
快感をもって眺めよう。

日本は北朝鮮が核ミサイルを手にするまでは、アメリカの保護のもとに温
(ぬ)く温(ぬ)くと生きられる。護憲派は「平和」という呪文を唱えていれ
ば、安寧に暮らせると説く祈祷師の集まりだ。

だが、昔から、「座して食らえば山も空(むな)し」(働かないで暮してい
れば、山のように豊富な財産もなくなってしまう)というではないか。

トランプ政権は中国を北朝鮮に耐えられない圧力を加えるように嗾(けし
か)けてきたが、中国はアメリカに従うふりをしながら、アメリカをあや
してきた。もはや、アメリカは中国を動かせない。

そうなると、日本がカードを握っている。

日本は普通の国並みの軍事力を持つ方向へ、舵を切るべきだ。

2017年11月10日

◆「希望の党」が憲法改正の希望となる日

                  加瀬 英明

10月22日の開票の結果によって、65にわたった日本の長い暗夜が終わっ
て、日本に朝が訪れることになるかもしれない。

9月28日に、民進党の両院議員総会が開かれて、前原誠司代表の呼び掛け
に従って、民進党の衆院議員全員がそろって離脱して、小池百合子代表の
希望の党に合流することに合意した。

私はその直後に、小池代表が「改憲・安保法に反対した者は、受け入れな
い」といって拒んだ時に、神々は日本を見離していないと、胸が躍った。
 
一部で、「同じ女性でも、若い弁護士を弄んだ山尾先生よりも、小池先生
の方が日本を弄んでいるから、スケールがはるかに大きい」と揶揄(やゆ)
していたが、私は小池代表が日本の朝を引き寄せたと、思った。

自公がどれだけとるか、希望の党がどこまで伸びるのか分らないが、日本
維新の党を加えれば、改憲勢力が日本の強い流れとなることを期待している。

私は選挙についてまったくのシロウトだから、淡い希望で終わるかもしれ
ない。

もっとも、希望の党は誰でも名乗れる党名だし、「花粉症をゼロにする」
といった、手軽な公約に不安がのこる。

それにしても、前原代表を選出した民進党大会から僅か28日後に、希望
の党に雪崩をうって合流したいと望んだ民進党の“リベラル派”議員は、情
けない。慌てて「立憲民主党」をつくったが、“ホームレスの”党とか、
“おちうどの”党とかルビをふりたい。

“リベラル派”議員は「ドングリころころどんぶりこ、小池にはまってさぁ
大変」という、児童劇を演じているのだろうが、私は選良がたが醜態を演
じるのを見て、小泉八雲ことラフカディオ・ハーンが、かつて「日本人に
とって信念は、心理的衣装(サイコロジカル・コスチューム)にしかすぎな
い」と指摘したことを、思い出した。

ハーンは多くの日本人がすぐに新しい状況に身を委ねるので、信念とか、
理念といっても、借着のようなものだと皮肉ったのだった。

“リベラル派”の議員は、希望の党がまだ政策も発表していなかったのに、
全員が駆け込むことにしたのだから、信念も理念もあったものでなかっ
た。なぜ、民進党に留まらなかったのか。信念は借着だったのだ。

かつて村山富市氏が、自民党との連立政権の首相となった時に、それまで
自衛隊が違憲であり、日米安保条約を解消する信念を主張していたのに、
自衛隊も、日米安保体制も受け入れた。

護憲派の多くの人々が、この程度の信念しか持っていないとすると、この
人たちに国民の生命を託してよいのか、疑わざるをえない。

護憲派が信仰する平和主義は、精神が何よりも尊いとする精神主義であっ
て、精神が日本の平和を護ってくれるというものだ。北朝鮮も、中国も、
この崇高な精神を理解してくれるはずだから、日本を害することがない
と、確信しているのだろう。

護憲派の人々に「『平和憲法』と呼ばれる、日本国憲法は精神主義でしか
ない。呪(まじな)いの護符以外の何ものでもない」といったら、きっと怒
ることだろう。

私は護憲派の善男善女を見ていると、72年前の夏の敗戦の最後の日ま
で、「神州不滅」「一億総特攻」を叫んでいた狂信的な軍人たちが、“護
憲主義”の衣をまとって舞い戻ってきたのに、ちがいないと思う。多くの
至純な軍人たちは、「“万邦無比(世界に他にない)の日本精神”があるか
ら、日本は絶対に滅びない」と、確信していた。

護憲主義も、惨憺たる敗戦を招いた精神主義であって、何一つ変わらない。

先の大戦が終わってから、72年もたつのに、いまだに日本は危険きわまる
国粋主義の手から逃れることが、できないでいる。

日本国憲法が、その邪しまな聖典となっている。一日も早く憲法を改めた。

2017年10月31日

◆トランプ大統領見誤ってはならない 

   加瀬 英明

トランプ大統領のアメリカを見誤ってはならない

私はこのままゆけば、トランプ大統領が2020年に再選される可能性が、高
いと思う。 

日本ではトランプ大統領のもとで、アメリカが解体しかねないとか、弾劾
されてじきに罷免されようという議論が、さかんだ。今日のアメリカにつ
いてまったく無知な見方が、大手を振って罷り通っている。

アメリカで国を2つに割って、壮絶なカルチャー・ウォア――文化戦争と訳
すべき戦いが繰り広げられている。毛沢東のもとで行われた「文化大革
命」に匹敵するものだといえよう。

大混乱だ。伝統的なアメリカを融解させようとする、ニューヨーク、カリ
フォルニア州を中心とする急進(リベラル)勢力と、「ミドル・アメリカ」
と呼ばれるアメリカ中西部諸州を中心とする旧守勢力が戦っている。

ヒラリー・クリントン支持は何か

急進(リベラル)勢力は昨年の大統領選挙でヒラリー・クリントン候補をあ
げて支持した、知的エリートに従う市民層、大手新聞・テレビ、グローバ
リゼーションを追求する大企業などだが、“台風の目”は、LBGTQや、
男女差、人種、不法移民などに対する、いっさいの差別を排除し、自己主
張を何よりも尊ぶ「アイデンティティー・ポリティクス」である。

LBGTはレズビアン、バイセクシュアル、ゲイ、トランスセクシュアル
の頭文字で、日本でも知られているが、“Q”はqueer(クイアー)で、
LBGTの総称でもあったが、このあいだまでは変態、変人を意味する罵
り言葉だった。ところが、いまでは真当な言葉とされている。

「私はクイアーだ(アイム・クイアー)」と胸を張って、いえるようになっ
ている。もし、そういわれたら、敬意をこめた表情をして、頷かねばなら
ない。

ニューヨークや、カリフォルニア州などの幼稚園や小学校では、入園、入
校する児童に「男の子として扱われたいの、女の子として扱われたいの」
と、たずねなければならない。

昨秋、『ニューヨーク・タイムズ』紙の一面に「ミスター、ミセス、ミス
は性差別に当たるから、Mxと呼ばなければならない」という、大きな記
事が載った。
 

私はその直後に、アメリカ大使館の女性の公使と夕食会で同席した時に、
「Mxはどう発音するんですか」と質したところ、そんなことも知らない
のかという、冷い眼差しをして、「ミックス」と教えてくれた。

1960年代から「チェアマン」(議長)「マンカインド」(人類)は女性差
別だから、「チェアパーソン」「ヒューマンカインド」と言い替える“言
葉狩り”が始まったが、民主党のオバマ政権のもとで、いっそう酷くなった。


トイレの男女別を無くした

オバマ大統領は政権最後の年に、「自分が信じる性別に従って」、男女の
トイレのいずれを使ってもよいという、大統領令を発した。大統領令は法
律だが、さすがにいくつかの州が憲法違反として、連邦最高裁に提訴した。

私が昨年ワシントンを訪れた時に、レストランの中に、トイレの男女別の
表示を撤去した店があった。もっとも、今年6月に戻ったところ、トラン
プ政権のもとで男女の別が再び取りつけられていた。

進歩(リベラル)勢力は、自分たちが「正常(セイン)」で、「ミドル・アメ
リカ」の州民をはじめとする旧守勢力が「未開(バックワード)」だとか、
「知的発達障害(リターテッド)」を患っているとみて、蔑(さげす)んでいる。

LBGTQの権利を主張する運動は、かなり前から始まっていた。アメリ
カのネットで「セックス・アンド・ジェンダー」を取り出すと、性別が
LBGTだけではなく、さらに63に細分化されることが分かる。

「ジェンダー」は日本語にないが、「文化・社会的な役割としての性」を
意味している。長いリストを読んでゆくと、肉体的特徴から性の嗜好まで
分かれ、それぞれ尊重しなければならない。

SNSも自己主張に充ちているために、人々の細分化をいっそう促している。


8月に首都ワシントンの隣のバージニア州シャーロットビルで、州当局の
決定に従って、南北戦争の南部の英雄ロバート・リー将軍の銅像を撤去し
ようとしたところ、撤去に反対する旧守派市民と、急進派(リベラル)市民
が衝突する騒ぎになった。反対派に白人至上主義のKKK(クークラクス
クラン)や、ナチスの鉤十字旗(スワスチカ)を掲げた者がいた。

「アンティファ」と称する過激派

トランプ大統領が双方の暴力行為を非難したところ、アメリカの大手新
聞・テレビが「白人至上主義者」を擁護したといって、こき下ろしたが、
公正を欠いていた。


急進派(リベラル)のなかに「アンティファ」(アンチ・ファシストの略)
と称する、黒い覆面に黒装束の過激派がいて、投石や暴行を働いた。アン
ティファは大統領選挙中も、トランプ大統領就任式に当たっても、映像に
登場していた。

南部諸州では、南部連合旗の掲揚を禁じ、銅像の撤去、公共の場所、施設
名を変えることが進んでいるが、南部だけに限られない。

ニューヨーク・マンハッタンのセントラル公園(パーク)に建つ、クリスト
ファ・コロンブス像の撤去を求める運動や、全米で10月第2週の月曜日が
「コロンブス・デイ」として祝日とされてきたが、「コロンブスがアメリ
カを発見した」というのは、白人至上主義だとして廃止するところが、相
次いでいる。

名門プリンストン大学では、第1次大戦時のウィルソン大統領が白人至上
主義者だったといって、ウィルソン研究所(センター)を改名しようという
運動が進んでいる。このような例は、枚挙に遑(いとま)がない。

ワシントン大統領も、『独立宣言』を起草した、3代目大統領のジェ
ファーソンも、アメリカの「建国の父(ファウンディング・ファーザー
ズ)」のほぼ全員が奴隷所有主だったことから、首都の名からすべて改め
なければならなくなってしまう。このまま「歴史浄化(ピューリフィケー
ション・オブ・ヒストリー)」が進めば、アメリカが解体してしまおう。

もっとも、アメリカのどの世論調査をとっても、歴史上の人物の銅像を撤
去したり、街路、公園、施設、市町村などの名を変えるのに対する反対
が、半数を超えている。アメリカの建国そのものを、否定するものだ。


私は1950年代にアメリカで学んだが、アメリカ人はジョークを好む“笑い
の民”だったのに、このところ「アイデンティティー・ポリティクス」が
暴威を振っているために、何であれ、笑いの対象にできなくなったため
に、笑いが失われるようになっている。

 
自由競争が建国の精神だ

この脇で、民主党は新しいリーダーも、理念も打ち出せず、2020年の 大
統領選挙をどのように戦えるのか、見当がつかない。

民主党ではクリントン候補を脅した、サンダース上院議員によって代表さ
れる、貧富の格差をなくそうと訴える社会主義が、力を持つようになって
いる。経済的平等を求めることは羨望から発しており、建国の精神である
自由競争に基く市場経済を、否定するものだ。

トランプ大統領は連邦議会と衝突しているが、旧守派の国民は議会を共和
党の幹部議員を含めて、リベラルだとみて喝采している。

たしかに、トランプ大統領は口が軽く、衝動的であるために、自分自身が
最大の敵となっている。それでも、アメリカの伝統社会の守護神となって
いる。

 本年6月、62%が中流階級以上だと回答

アメリカでは、トランプ政権発足後、自分を中流階級としてみる者が急増
している。


レーマン・ショック前の2006年のギァロップ調査では、国民の60%が中流
かそれ以上と答え、38%が労働者階級とみていたのに対して、2015年には
51%が中流以上、48%が労働者階級と答えていた。

今年6月には、62%が中流以上だと答えている。トランプ政権のもとで経
済の行方を楽観する者が増えている。

 リベラル派市民のなかに経済が上向いていると感じている者が多いもの
の、「未開明な」トランプを評価することが、絶対的なタブーとなってい
るために、トランプに対する支持に結びつかない。

 民主党と急進派(リベラル)は、自ら墓穴を掘っている。

2017年10月26日

◆非核三原則を取り上げた石破発言を歓迎したい

                   加瀬 英明

日本も舐められたものだ。

日本は頭上を飛び越える北朝鮮のミサイルの試射場となって、次にいつミ
サイルを試射されるのか脅えて、そのつど北朝鮮の「暴挙に厳重に抗議す
る」と悲鳴をあげ、アメリカの保護にいっそう縋るほかに、術(すべ)がない。

いったい、私たちは戦後72年になるのに、何をしてきたのだろうか?

なぜ、北朝鮮のような弱小国に、ここまで侮られなければならないのだろ
うか?

北朝鮮はいくら日本が悲憤慷慨しようとも、アメリカさえ怒らせなけれ
ば、構わないことを知っているから、今後も日本の頭上を無遠慮に越え
て、ミサイルを撃つ暴挙を続けるだろう。

北朝鮮は日本が「平和憲法」によって、自ら腕を縛っているから、万一、
ミサイルが日本に落下しても、日本が悲鳴をあげる他に、何一つできない
ことを、よく知っている。

2020年の東京オリンピック大会で、野球が種目となった。

もちろん、日本チームも出場するが、胸に日の丸を縫い取った日本チーム
は、憲法解釈による「専守防衛」という束縛によって、攻撃することを許
されず、守備だけに専念しなければならない。

日本チームの打者はバットを持たずに、ピッチャーと向かい合う。

バッターボックスに立っても、バットを振ることは攻撃になるから、禁じ
られている。これでは、はじめからゲームを放棄するようなものだ。

自衛隊の「専守防衛」も、同じことだ。野球界だけではなく、世界に通用
しない。

65年前に独立を回復してから、よくもこのような憲法と憲法解釈を有難く
護ってきたものだと、慨嘆しなければならない。

日本は独立を回復してから、国際政治は一寸先が闇だというのに、この憲
法のもとで世界の現実から目を覆って、「見ざる・聞かざる・言わざる」
の三猿主義をとってきた。

北朝鮮は水爆実験を強行すると、「核攻撃によって、日本列島を沈めるこ
とができる」と、声明した。

もし、日本がイギリスかフランスのように、しっかりとした独自の防衛
力を持っていたとしたら、北朝鮮が日本の頭上を越えて、ミサイルを試射
することは、なかっただろう。中国や、ロシアの頭上を越して、ミサイル
を撃つわけにはゆかないから、ミサイルを試射することができないはずだ。

だが、朝日新聞をはじめとする日本の新聞、テレビも、平和勢力も、三猿
をきめこんで、アメリカ基地の兵士か、軍属が日本の女性を殺害した時の
ように、怒りを爆発させることがない。

日本国憲法は「平和憲法」というよりも、「三猿憲法」と呼ぶべきだ。

自民党の石破茂元防衛相が、佐藤内閣が定めた「非核三原則を見直すべき
だ」と、発言した。

「非核三原則」は国外からの核攻撃を念頭において、定めたものではな
かった。佐藤内閣が国会対策として、決定したものだ。

日本では北朝鮮の核兵器は論じても、中国の核ミサイルについては、固く
目を瞑っている。日本にとって中国のほうが北朝鮮よりも、深刻な脅威で
はなかろうか。

石破発言によって、「非核三原則」が綻びはじめるのだろうか。ぜひ、そ
うであってほしい。