2019年09月13日

◆政治家の「英語力」を考える

前田 正晶


我が国では国際化(グローバル化?)が進んで来た現代にあっては、英語
による自己表現がどれだけ出来るかが重要になってきた。よって「小学校
3年から英語を教えよう」という愚にもつかない風潮が出てきた。そこに
政治家にも国際的な交渉等々の場では英語力が必要であるという説も出て
きたようだ。現に河野前外相はジョージタウン大学出身の英語力を活かし
て海外でも講演をされたり、韓国の康外相とも英語で渡り合うなどと活動
された。

そこに、この度の内閣改造ではライトハイザーUSTR代表との交渉を無事仕
上げ終えた茂木敏充前経済再生大臣が外務大臣に就任された。茂木新外相
は何と言ってもハーバードの大学院で行政学終始を取得されている。そこ
に何処からともなく茂木外相の英語力を云々する件が流布されていると聞
いたので、さて如何なる事かと検索してみた。するとどうやらそれは週刊
FLASHが新閣僚や自民党の幹部の英語力の査定の記事をケビン・クローン
(越智啓斗?)なる者が寄稿していたことよることのようだった。

その内容では90点が小泉進次郎新環境大臣、85点が河野太郎防衛相、75点
が安倍晋三総理、70点が岸田秀雄政調会長、50点が茂木敏充外相と加藤勝
信厚労相とされていたという内容だった。この勝手な査定に対する反論の
ような記事では、茂木敏充氏に対する評価は如何に何でも低すぎるとなっ
ていた。その茂木氏が外国人記者クラブでの講演に通訳付で語られた時の
動画も出ていて挨拶までは英語でされていたが、私にはそれほど酷評する
ような質ではないように聞こえた。

私の経験上も言えることだし、アメリカの有名私立大学で教鞭を執ってい
たYM氏から聞いたことで、確かに我が国のビジネスパーソンたちやビジネ
ススクールに留学してくる方たちの英語力の質には難点がある例が多い。
だが,多くの方は修士課程は修了出来ているのだそうだ。そうであれば,
かのハーバードで大学院の修士課程を修了された茂木氏は、相当以上の英
語力を備えておられるはずだ。現にライトハイザー代表との難しい交渉を
纏め上げられた実績があったではないか。

ここから先が肝腎なことで、問題は如何に上手に聞こえるように滑らかに
話せるかとか、TOEICなどの試験で高い点数が取れていたかではなく、そ
の人物がアメリカ人を始めとする諸外国の交渉相手に対して「説得力ある
緻密な論旨の組み立てて行けるか」にあるのだ。それは同時に如何にして
“debate”の力を養っておくかであり、アメリカ人が屡々用いてくる「これ
を言うことで失うものはない」のような交渉術に臆することなく感情を排
して、論争と対立を恐れない断固たる姿勢が取れるか否かにかかっている
のだ。私はそれこそが「真の英語力である」と信じている。


at 10:01 | Comment(0) | 前田正晶

2019年08月16日

◆文在寅大統領の光復節における演説

前田正晶


当初のテレビのニュースでは何時もの「切り取り報道」だったので、如何
にも文氏が我が国に対する非難・攻撃を「トーンダウン」したかのように
聞こえた。だが、全体を聞かされてみると確かにやや真っ向からの非難や
攻撃は穏やかになったとは言え、私には韓国独特の我が国を一格下に見
た、俗っぽく言えば「上から目線」で、「今からでも日本が対話と協力の
道に乗り出せば,我々は快く手を取る。公正に貿易し,協力する東アジア
をともにつくりあげていく」と格上が誘っているかのような表現もあった。

私のこの演説に対する印象を一言にすれば「これから先に韓国に如何にす
るかは矢張り簡単ではない」となる。全くの余談だが、全般的に「ウリ」
(我が国)が屡々聞こえた。

私は文在寅大統領は決して危機感を覚えていない訳ではないが、あれだけ
の聴衆を目の前にして我が国対して譲歩するかのような演説をするのは適
切ではないと判断したのだと考えている。即ち、これから先にも譲歩か軟
化があると見るのは早計であると思いながら聞いて(字幕を見て)いた。
現に戦時中の半島からの労働者問題にも慰安婦問題にも触れていなかった
し、「先に成長した国が後から成長する国の梯子を払いのけてはならな
い」と貿易管理の手続き変更を非難するのを忘れてはいなかった。

また、「日本が隣国に不幸をもたらした過去を顧みる中で,東アジアの平
和と繁栄をともに牽引して行くことを望む」とも言っていた。私はこれこ
そ現在に我が国との関係悪化は全てが韓国側が仕掛けが事であり、我が国
は何ら非難される行動を起こしていないにも拘わらず強硬姿勢を採る背景
には、我が国の過去の朝鮮半島の統治は到底許すことが出来ない悪事だと
言っているのだと聞こえた。「この恨みは1,000年経っても消えない」と
言ったのは朴槿恵前大統領だったか。

何れにせよ、韓国は大統領がやや軟化した演説をしている傍らで、「安倍
NO」という私には見当違いだと思わせてくれるプラカードを持った20,000
人(主催者発表)のデモを行っていた辺りに、対韓国問題の処理のやりに
くさがあると思っていた。安倍総理というのか政府というのか私には解ら
ないが、この問題の処理に「落とし所」など簡単に探ることなく、文在寅
大統領以下その非を認めさせて多少時間をかけても、この愉快ならざる問
題を解決して頂きたいと切に望む次第だ。

なお、韓国語の訳は産経新聞の報道に準拠した。

◎14日のPrime Newsは「3人の元外交官に聞く」だった:前田正晶

この企画は既に何度か放映されていたので、出席者も予測出来ていた。即
ち、並び順から田中均氏、藤崎一郎氏(元駐米大使)、宮本雄二氏(元駐
中国大使)だった。外務省入省が1969年の同期だそうで。外務省で位を極
めた方々が見る現在の外交問題を語られるという点に興味があった。

司会の反町が何故か話題を先ず田中氏に振る事から入っていったので、同
氏の発言が最も多かった感があった。そこで、私がこれと思った話題を採
り上げてみよう。

対韓国問題だが、田中氏は韓国を担当した時期もあったので韓国を知って
いるのだと断った上で「現在の文在寅大統領の反日的で筋が通っていない
発言や、その他の者たちの数多くの無理無体な主張に一々反応せずに無視
しておく方が良い。反応すればまた熱くなって応じてくるので際限がな
い。落ち着くまで放っておくべきだ」と指摘された。私は黙っていれば、
相手は言い分が通ったと思って付け上がるので反論すべしと言い続けてき
たが、練達熟練の外交官はそうは考えていないと解った。

お三方が一致して批判されたのが、河野外相が駐在の韓国大使を外務省に
呼んだ時にその発言を中断させて「無礼だ」と非難した態度は宜しくない
と厳しく批判された事だった。テレビカメラを入れていた場であのような
態度を取るのは今流行のポピュリズムであり、将来ありと期待した河野氏
だけに困った事だと思うという訳だ。但し、河野外相はその英語力を活か
して韓国の矢張り英語が上手い康外相と密接に電話連絡しておられる点は
評価されていた。

輸出管理手続きの変更については藤崎氏だったと記憶するが、あの経産省
で行った説明会では「矢張り事前に服装等はどのようにするかくらいは打
ち合わせておいた方が良かったし、如何に何でも半袖シャツはあるまいと
思っただけではなく、韓国に対して『こういう変更をするから』くらいの
告知があった方が良かったのでは」と言われた。これは細川昌彦氏も指摘
しておられたが、あの韓国側の2名はあの地位に転じてきたばかりで何も
知らず、あの案件の基本的な解説に数時間を要したにも拘わらず、帰国後
には経産省を非難する報告をされてしまった点も述べておられた。

お三方の見立てでは「矢張り文在寅大統領がその任にある期間中は、我が
国と韓国との間にある諸問題や外交関係には所謂落とし所はあるまいとの
事だった。文在寅大統領や韓国に数多くいる人たちにとって「韓国の併
合」は許すベからざる何物にもまさる怨念の一件であるから、彼らは譲る
まい」と言われるのだ。しかも政権が変わればまた見解が異なってくるの
で、容易に決着はつくまいと言われていたと聞いた。

トランプ大統領については同じ外務省出身の宮家邦彦氏と岡本行夫氏が否
定的な発言を繰り返しておられたので、肯定的なご意見は少なかったが、
田中氏が「トランプ大統領は対中国の交渉と言うか解決を引き延ばしたま
まにしておかれる事だろうから、数多ある公約の中で未決になっている我
が国との通商交渉では必ずやドカンと大きな要求を突きつけてくる危険性
がある」と予測された。私は我が国との貿易赤字はそれほどではなくと
も、選挙対策を考えた時に強硬姿勢に出てくるだろうことはあり得ると
思っている。

トランプ大統領に関しては外務省お偉方が高い評価をしておられるとは到
底予測出来なかった。その点は藤崎氏が「それにしてもあのトランプ氏の
言葉遣いは酷いですな」と言われたにに対して田中氏と宮本氏が直ちに賛
成された事が素直に表していたと思う。私は既に採り上げたが、昨年の1
月には何と“shithole”などという「汚い言葉」を使われ、しかもそれを我
が国のメデイアが一斉に誤訳した例があった。私は以前に「トランプ氏の
言葉遣いは、その鉄板の支持層であるプーアホワイト以下向けになってい
る場合が多いので、品格に欠ける場合がある」と指摘した。

お三方は矢張りと言うべきか何と言うか「外交を政府や官僚だけに任せて
おいて置くのは」という意見を述べておられたが、それは私でもある意味
で尤もだとと思う。私はお三方は現在何故そのように外務省を蚊帳の外に
置くような状況になっているかをご存じの上で言っておられると思って聞
いていた。経産省にしたら「製造や貿易の現場や実務を経験していない者
たちを介入させても」という思いがあると見ているのだが。
at 10:07 | Comment(0) | 前田正晶

2019年04月18日

◆“Out of control” とトランプ大統領は言う

前田正晶


以下は昨年の4月15日に掲載したものであるが、先ほど採り上げたばかり
の「アメリカとのTAG交渉が開始された」に関連する記述があると思うの
で、若干の訂正をした上で敢えて再度掲載したした次第だ。

中国は「貿易戦争は好まないが、やらねばならなければやる」と、トラン
プ大統領が口火を切った格好の鉄鋼とアルミへの関税問題に端を発した貿
易戦争への対応策を表明して見せた。その前にトランプ大統領は「対中国
の貿易赤字赤字は耐えがたい域に達しており制御不能(out of control
と聞こえた)だ」と断じた。Twitterではなく音声である。

簡単に私の見解を述べれば「アメリカの貿易赤字はトランプ大統領以前の
歴代の大統領の政権下で発生したもので、トランプ大統領には何らの責任
はない。いや、今更 control 出来る代物ではないと歴史的にも、経験上
も見做している。私は就任後15ヶ月も経たこの時期にトランプ大統領画素
の赤字に至った歴史をご承知ではないとは想像しがたいのだ。全てを把握
されないで “out of control” と言われのだったら大変なことだと思って
いる。

私は何度も述べてきたことで、1972年8月から1994年1月末までアメリカの
紙パルプ林産物産業界の上位5社に入る2社で、彼らの思想・信条・経営理
念・哲学を把握して、それに従ってアメリカの為に対日輸出に励んでき
た。その22年有余の経験の中で「アメリカは根本的に輸出国ではなく、国
内需要に依存した国だ」と「自国の労働事情の為に産業を空洞化せざるを
得なくなり、非耐久消費材を中国等からの輸入に依存せざるを得ない態勢
にした」と認識してきた。

その背景にはアメリカ式資本主義の下に「四半期毎の決算」を制度化し
(と言って良いのか?)短期の利益を追求した為に、新規と合理化に対す
る設備投資が立ち後れた事を挙げて良いと思う。事実、紙パルプ産業界で
は21世紀に入って廃棄した1950年代に導入したマシンをインドの製紙会社
に転売したという事実もあった。事ほど左様に製紙会社では利益が上がら
ずに設備投資に遅滞していた。これなどはほんの一例だが、設備の近代化
と合理化では中国やアジアの新興勢力に追い越されていたのは事実だ。

更に、空洞化の原因には「強くなる一方の労働組合(我が国の社内の組合
ではなく、業界横断の職能別組合である点を見逃してはならない)の賃上
げ攻勢に耐えきれず、安い労務費を求めて、南アメリカや中国や東南アジ
アの諸国に生産拠点を移していった実態」がある。但し、紙パルプや石油
化学工場のような装置産業は国内に止まっていた。オバマ大統領は空洞化
させた業種に「母国に帰れ」と呼びかけたが、応じた企業は希だった。そ
れは戻っても立地条件や労務費等に何らの明るい見通しがなかったからだ。

その空洞化以後の40年ほどの間に紙パルプ産業だけを採り上げてみても、
中国を主体とするアジアの新興勢力と南にはメキシコとブラジル等の勢力
が、後発なるが故に世界最新の最新鋭の生産設備を導入することになり、
いきなり世界最大・最新の設備を擁する一大輸出国となってしまったの
だ。しかも、中国のような膨大な(安価でもあった)若年労働力層を有す
る国では、非耐久消費材の大量生産体制も維持して繊維製品と雑貨を大量
にアメリカに供給し続けた。上記は全て、トランプ政権誕生以前のことだ。

ここで問題になることは最新鋭の世界最大級の生産設備を導入した新興勢
力はその生産能力が内需を遙かに超えた規模で、輸出に活路を求める以外
に生産を継続する手段がなかったのである。中国の製紙産業を例に挙げれ
ば、急速な設備拡張の結果その生産能力はアメリカをも遙かに凌駕して、
年産量は1億トンを超える世界最大の製紙国になってしまった。これは内
需から見れば1,000万トン以上も過剰なのである。

因みに、アメリカは7千万トンほどで2位に転落した。これでは中国は輸出
攻勢に出たのは当然だ。しかも、中国はパルプの生産能力が追い付かず、
故紙の国内発生では需要を賄うほど集荷できずに、パルプとともにアメリ
カからの輸入に依存していた時期があった。それにも拘わらず、オバマ政
権は国内のメーカーの請願を受けて、中国やインドネシア等の新興勢力か
らの印刷用紙の輸入を高率の反ダンピングと相殺関税をかけて閉め出す保
護貿易政策を採った。即ち、保護貿易政策はトランプ政権以前に始まって
いたのだった。

私は事ここに至れば、トランプ大統領が「アメリカファースト」の看板の
下に明瞭に保護貿易政策に打って出たのは不思議でも何でもないと思って
いる。赤字削減などは会社経営の経験があれば、誰でも目指すところだろ
う。だが、私はトランプ大統領がもしも何か見落としておられたことがあ
れば、それは「アメリカの労働力の質の問題」と「折角世界最高の人材を
集めてR&Dに多額の投資をして開発した世界最新鋭のアイディアの商業生
産化の技術が余りにも拙劣である点」だと認識している。

その問題点をアジアの新興勢力はICT化がアメリカを遙かに抜き去った最
新鋭の合理的な設備を活かして解消し、高能率で高品質な製品を経済的な
価格で世界の市場に送り込んできたのだから、アメリカの世界市場での競
合能力が低下していったのもまた仕方がなかったと言えると思う。この現
象もまたトランプ政権以前のことである。私はトランプ大統領の心中察す
るに余りあるとは言わないが、彼の大統領の任期中に逆転まで持って行く
のは至難の業だと見ている。

要点は「トランプ大統領が何処までアメリカの労働組合の在り方と労働力
の欠陥を認識され、改善すべき問題点に取り組まるか」である。その改善
されるべき労働者の層が、トランプ大統領の最大の支持基盤なのである。

ここで一気呵成に結論めいたことを言えば、「だからと言って、いきなり
高率の関税を賦課するといったような貿易戦争になりかねないような荒技
に打って出るのが最善の策なのだろうかという疑問である。アメリカ式の
「これを言うことで失うものはない。後は相手国の譲歩を待つだけだ」と
の作戦なのかどうかなどは、私には解らない。残された問題点は「習近平
主席は何処まで世界の貿易と自国を含めたその歴史を認識して、事に当
たったいるのか」にかかってくると思っている。

私は安倍総理が現在のアメリカと中国の間に勃発しかかっているかに見え
る貿易戦争の直ぐ脇に立たれて、如何にして我が国の利益と権益を守りき
るように17日からのトランプ大統領との会談を進めてこられるかに期待する。



at 09:00 | Comment(0) | 前田正晶

2019年02月02日

◆ 元号と私

前田 正晶


1月30日の産経に曽野綾子さんが「透明な歳月の光」の中で“最近テレビを 見ていて、少し気になることがある。何かというと、「これが平成最後 の」という形容詞がつくのである。”と指摘されていた。その傾向は私も 感じていた。私の分析では「事前に元号が変わる時期が解ったいたのが初 めての事なので、そういう表現をしているだけのことで、御代代わりへの 便乗的だ」となっていた。より私風に言えば「マスコミらしい軽佻浮薄振 りだ」ともなる。
>
> ところで、31日の「記念日の特集」では何年目になるかの計算の基礎には 全て西暦を使っていたのを、お気付きの方がおられるかと思う。それは、 例えば「昭和8年生まれの私が平成31年の今年では何歳になっているか」 を計算するとなると、簡単にはできないと思っているからだ。即ち、昭和 8年には25を足すと西暦1933年となる。次は平成31年からは12を引くと 2019年になるという仕掛けだ。そこで2019−1933=86と、目出度く86歳 だったと解るのだ。西暦の方がこういう計算が楽にできると言いたいだけ のことなのだ。
>
> 私は1972年にアメリカの会社に転身した結果で、報告書や経費伝票という か何から何まで日付けは西暦でなければならない世界に入ってしまった。 初めのうちは多少戸惑いはあったが、馴れてしまえばこの方が記憶するの でも何でも単純化できたので楽だった。その世界に22年も滞在してしまえ ば、何時の間にか西暦でしか考えられないようになっていたのだった。例 えば、W社に転じたの1975年だったが、それが昭和50年だったという意識 が殆どなかったのだ。
>
> こんな事を述べていけば、如何にも私が元号軽視論者のように見えるかも 知れないが、そうではなく西暦の方が計算がしやすかったと言いたいだけ のことだ。そこで、新元号となった後の心配して見よう。新元号による年 を西暦に換算する時には「XX何年に18を足せば良いのかな」などと、今か ら計算の基礎を用意しておこうかな等と考えている。
>
>
>   
at 09:00 | Comment(0) | 前田正晶

2018年12月09日

◆カタカナ語は英語の勉強に悪い影響を与えていないか

前田 正晶


私がここで採り上げたいことは何かといえば「英語」と言うよりも、私が
日頃から批判してきた「学校教育における科学としての英語」また
は”English”と表現する方が適確かも知れない。私はそもそも我が国の学
校教育における英語の在り方を評価していない。改革が必要だと長年論じ
てきた。

私の持論は「英語の勉強だけではなく自国語であろうとなんだろうと『耳
から入ってくる言葉の影響が最も大きく且つ効果があることが多い』と固
く信じている」というものである。ところが、何事につけても「全ての硬
貨には両面がある」ので、耳から入ってくるだけで学習効果があるが、効
果はそれだけに止まらず日常的にテレビ等から流れてくるものと、新聞や
雑誌で読まされているカタカナ語は受け手というか視聴者や読者に悪影響
を与えるものなのである。

私の主張は「かかるカタカナ語の氾濫と濫用が我が国における正し
い”English”の学習の仕方と実力の向上乃至は改善に好ましくない影響を
与えている」というものだ。私が特に遺憾に思っていることは「自分が思
うこと自国語=日本語での表現力の成長を妨げているだけではなく、英語
で自分の思うことが言えなくなってしまうことにもなっている」点なので
あると考えている。

テレビで多用されるカタカナ語:

ここから思い付くものを少しだけ挙げることから入っていこう。下記をご
参照願いたい。

トラブル、シンプル、フリップ、タッグを組む、オープンするか、させる
(応用編にリニューアル・オープンやグランド・オープンがある)、コン
パクト、パワー、パワハラ、コラボ、タッグ、プライベート、スタッフ、
キャプテンシー、スリッピー、インフル、ゲットする、チョイスする、
ジューシー、フルーテイー、クリーミー、スパイシー、プラ−べーと・ブ
ランド(
PB)、バトンタッチ等々枚挙に暇がない。

私はこういうカタカナ語が大量生産される背景にあるのが「我が国の学校
教育の英語における単語重視がある」と決めつけている。私は「英語の部
品である単語をバラバラに覚えるのではなく、流れの中でどのように使わ
れているかを覚えることを優先すべきだ」を持論にしております。その教
育で覚えさせられた単語を「口語」か「文語」か、「慣用句」かを全く配
慮せずに覚えているので、元の英語とかけ離れた使い方になるのだと指摘
する。
例えば、上記の「フリップ」などは誠に恥ずべき使い方で、本来の英語で
は恐らく“flip chart”のことだと思うが、何故か頭の「フリップ」を
「表」か「図表」の意味で使ってしまったのだと推理している。それを所
謂有識者たちが本来ならば「チャート」というべきものを堂々と「フリッ
プ」と言っているのなどはまるで漫画だ。また、「タッグ(=“tag”)も
おかしな使い方で、これはそもそもプロレスで「タッグ・レスリング」と
いう2人で組んで試合をする方式の名称だった。

因みに、“flip”には「めくる」という意味があり、綴じられた大きな紙を
めくっていく事を指している。私が長年お世話になっていたラジオ局の担
当者は見識がある方で、「うちではチャンと『チャート』というようにし
ているから心配なく」と知らせて下さったのだ。「こう来なくっちゃーと
我が意を得たり」の思いだった。

そうである以上「タッグ・テイームを組む」というのが本当の言い方であ
る。これはリング上にいる者が形勢不利と見るや外にいる仲間の手に触れ
て(これが“tag”である)交代する仕組みになっているのだ。そ「タッ
グ」が「触れる」という意味だと気付かずに「タッグを組む」なという意
味不明なカタカナ語を創ってしまったのだ。このように頭だけ採っている
例には「インフルエンザ」を「インフル」としてしまった例もあるのを忘
れてはならない。

私は「こういう言葉を使うことを止めよと言わないし、使うことは勝手だ
が、本当の英語ではこのような言葉の使い方はないと認識した上で使って
欲しい」と繰り返し指摘してきた。さらにカタカナ語の代わりに本当の英
語(“English”でも良いか)ではどういう言葉が使われるかも述べてき
た。そして、こういう言葉を使うと、我々の国語での思考力と表現力が弱
まる危険性があることも繰り返し指摘してきた。故に、本稿では上記のカ
タカナ語を英語にすればどうなるかの解説はしない。

カタカナ語の表記の難しさ:

この点は、先日”security”と”fury”を挙げてジーニアス英和とOxford
の間に存在していた発音記号に混乱とでも言いたい違いがあったことも指
摘した。私はこの違いを見て、我が国で最初にカタカナ表記をした人(会
社というか法人も入るか)がどのような基準で大胆にもカタカナを使った
のかが解らなくなってきた。即ち、私はこれまでにこういう表記をする人
は英和辞典も英英辞典も参照していないのだと推定してきた。いや、学校
で正しい発音を教えられてこなかった気の毒な方々だとすら考えている。

私は彼等がただ単に素直に英語の言葉を見て「ローマ字読み」をしていた
だけか間違った表記をしただけで、それ以上でも以下でもなかったのだろ
うと思い込んでいた。要するに我が国の学校教育における英語の教え方の
欠陥が出ただけだと見ている。

そこに何気なく聞いたテレビのCMで、恐らく何とか言うデイズニーのアニ
メ(これだってカタカナ語だ)の主題歌(なのだろう)を松田聖子と松た
か子が歌っていて、”I will follow you .”を「フォロー」と言っていた
のを聞いた。これは「ローマ字読み」で、正確な英語の発音ではない。英
語で歌うのならば「ファロウ」か「ファーロウ」となるべきだ。彼女らは
学校で”O”は「オ」と読むとしか教えられていなかったのか、早い時点で
親しんだローマ字読みをしているので、罪はないと解釈しては置くがね。

学校教育の問題点:

同様な例に”holiday”がある。これは我が国では躊躇うことなく「ホリデ
イ」とカタカナ表記され、且つ発音されている。だが、ジーニアスでも
Oxfordでも「ハラディ」であり、USA式では「ハーラディ」に近い記号が
出ている。話しを”follow”に戻せば「ファロー」と「ファーロー」であ
る。細かい揚げ足をとるなと言いたい向きもあるだろうが、私にはそんな
考えなどなく「如何なる根拠があってこういうカタカナ表記にしたのか」
という疑問があるだけだ。

私自身でこの疑問に答えれば「彼女らと一般に我が国の学校で英語を教え
ておられる先生方、特に中学で”O”は「オ」と読めて教えているだけのこ
とで、一般の生徒と同様に素直に従っているだけではないのだろうか」で
ある。念のために付け加えておけば、「フォロー」だろうと「ファロウ」
だろうと「ホリデー」だろうと、恐らく我が国で最も関心が高いという気
がする「外国人に通じるのか」という点では問題ないだろうということ。
だが、経験上も言えるが、「中にはカタカナ語式の発音を理解してくれな
いアメリカ人はいる」のである。

自説を曲げるかの如きことを言えば「実際にはフォローでもファーロウで
どちらでも良いのであり、自分が思うことと言いたいことを正確に、文法
を間違えることなく表現出来る力を養うのが肝腎なことなのである」と
なってしまうのだ。だが、発音が正確であるのに超したことはいのは言う
までもない。

私が言いたいことは「だからと言って、おかしなカタカナ語を作って普及
させて良いものなのか。いや、良くはない」という点と「学校教育では正
しい正しくない発音を教える事も良くないは当然であるがUK式とUSA式の
違いを教える事を何故しないのか」なのだ。同時に何処かの官庁と英語教
師の方々の中には「未だに『アメリカ語は下品』で『クイーンズ・イング
リッシュが最高』と思い込んでいるんで教えておられる方が多いのではな
いか」と本気で疑っている。

私は学校教育では何処かの時点で少なくとも「UKとUSAの英語の間には明
らかな違いがあること」を明確に教えるべきだと思っている。私はどちら
が上品であるとか、格が上とか下という違いはないと信じている。国が違
えば言葉だって変わるのだ。アメリカのアッパーミドルの人たちの自国語
に対する厳格さなどは、その環境の中に入ってみなければ知り得ないだろ
うと、私はこれまでに何度も指摘して来た。

UKにもLondon Cockneyのようなある一定の階層以下で使われているアクセ
ントだったあると知るべきだ。


at 09:00 | Comment(0) | 前田正晶

2018年11月26日

◆「それでも買わない日本が悪い」

前田 正晶


カーラ・ヒルズ大使は「それでも買わない日本が悪い」と指摘した:

カーラ・ヒルズ大使は「それでも買わない日本が悪い」と指摘した:
以下は昨年の1月8日に発表したものだが、敢えて再々度投稿します。説明
不足な点などがあったので、大使の発言内容などを補足しましたし、アメ
リカの労働力の問題点を私が現場で経験したを加筆・訂正したので、一般
の方には知り得ないことを述べたと自負しております。

それでもトランプ大統領が赤字を我が国に非があるように言うのは不当だ
と言いたいのです。トランプ大統領の残された公約の中に「対日貿易赤字
削減」がある以上、大いに関連がある話題だと思っている。

それだけにボツにされ続けるのは残念です。

私はこれまでに何度も1994年7月にNHKホールで開催されたパネル・デイス
カションでの同大使の発言を紹介してきた。大使はアメリカの対日輸出が
何故伸びないかの原因の根本的な点を躊躇なく認める発言をされた。長年
対日輸出を担当してきた者の1人としては「善くも言ったものだ」と寧ろ
感心していたくらいだった。


その内容はと言えば

*「アメリカは識字率を上げる必要がある」、

*「初等教育の充実を図らねばならない」というものだった。その意味す
るところは、

「アメリカの生産現場には非常に良く整備されたそこに働く労働組合員の
為のマニュアルが準備されている。だが、組合員がそれを読んで理解しな
ければ何の効果も挙がらないのだ。しかも、現実には外国人も含めた組合
員の中にはそれを読めない者がいるのが現実なのである。それも問題だ
が、それよりも悪いのが読んだ振りをする者いることだ」なのである。

私は現実に工場に入って彼らと語り合ってたどたどしい英語しか話せない
移民の組合員がいたと分っていたので、ヒルズ大使が言われたことは遺憾
ながら『仰せの通りである』と良く解る」のだった。

だが、大使は「それでも、買わない日本が悪い」と平然と締めくくられた
のには恐れ入った。「流石にアメリカの大使だ。何処まで行っても負けな
いのだ」と思わせられた。

それは、「原因がアメリカの製品の品質が(飽くまでも一般論として重要
な点で)日本的な水準からすれば劣っているので伸びないのだ」と認めた
のだから重要なのだ。

その劣っていることの原因が「自国の労働力の質にあると認識している」
と認める発言なのだから、アメリカの労働市場の実態をご存じでない向き
には、何のことか分らなかっただろうと、その場で聴いていた私には考え
させてくれたのだった。

ここまで言っても未だ何のことかがお解りにならない方はおられるのでは
ないかと危惧する。アメリカの国内市場で受け入れられている品質では
(お断りしておくが紙パルプ産業界のことを云々しているのではない)世
界の市場、就中我が国では通用しないという、悲しくも冷厳な事実なので
ある。しかし世界最大の経済大国と自他共に許したアメリカでは、メー
カーも最終需要者も「我が国の製品こそ世界最高である」と過信している
状態で、言うなれば井の中の蛙の集団なのである。

世間では古くから「セラーズ・マーケット」と「バイヤーズ・マーケッ
ト」という言い方がある。だが、アメリカでは「セラー」はおらず「プロ
デユーサー」だけがいると言っても良い状況なのだ。具体的な例を挙げれ
ばアメリカの紙パルプメーカーは一般的にユーザーに直売するのが普通で
あり、我が国のように代理店があってその次に卸商がいて需要家に販売す
るというような流通経路はないのである。

言って見れば「プロデユーサーズ・マーケット」なのである。その連中は
自分たちの生産効率を最大限に発揮することが可能なスペック
(specifications)を設定し、ひたすら大量生産に励むのだった。そのス
ペックには市場と最終消費者が求める要素は最小限度にしか考慮されてい
ないと思っていて誤りではないのだ。生産効率を追求する以上は。そ
の辺りを英語では”product out”などと表現されている。

仮令そうであっても、そのスペックの下に製造する現場の労働力の質が望
ましくなければ、イヤ世界の平均的水準以上でなければ、世界市場での競
合能力は低下するのだ。世界の諸国の技術水準と生活水準がアメリカ以下
だった頃には、アメリカは世界に冠たる技術を誇る製造業の王国であり、
その高水準にある研究開発(R&D)能力とその資本力によって世界を圧倒
してきたのだった。紙パルプ産業界だけを見ても、アメリカの大手メー
カーが降ろしたライセンスを使用しているメーカーは、それは驚く
ほど多かった。しかしながら、アメリカが同じ水準に止まっている間に、
世界の諸国は多くの面でアメリカを抜き去っていたのだった。

その辺りと言うか、アメリカがR&Dの能力の凄さは何もW社に転進する前か
ら十分に認識させられてはいた。だが、紙パルプ・林産物業界の世界的大
手である自社の巨大なテクノロジー・センターを現実に見て、そこに投入
されている豊富なPh.D.ばかりの人材と資金には圧倒されたのだった。同
時に一般論として「アメリカのR&Dの能力が世界最高であることは認める
にしても、そこで産み出された革新的な技術やアイデイアを商業生産に移
行した場面での労働力の質が伴わず、競合国や後発の諸国に追い抜
かれてしまう結果になってしまうのが、悲しくも冷厳な事実なのだと知っ
た時はアメリカの会社の一員としては悲しかった。

私は日本市場という世界でも最も品質に対する要求が細か過ぎるし且つ厳
格な国を相手にして、全く予期せざる苦労を強いられたのだった。簡単に
言えば、アメリカでは我が国で当たり前のように達成されてきたごく当た
り前のことである受け入れ基準を満たすことが出来ていない紙が市場では
大手を振って通用しているという、何とも言いようがない現実があった。

それにも拘わらず、クリントン政権は「原料だけ買うな。アメリかでは世
界最高の紙を造っている。サー買え。買わないとスーパー301条を発動す
るぞ」と脅しにかかったのだから救いようがなかった。ヒルズ大使は一般
論としてその誤認識をご存じだったと理解して聴いていた。

それでも、当時「猛女」などと酷評したメデイアもあったほどで、大使は
自分の職務に忠実に我が国に向かって「もっと輸入せよ、世界最高のアメ
リカ製品を買え」と迫っていただけだと理解していた。

私はトヨタを始めとする自動車メーカーがメキシコに生産拠点を設けよう
とする根拠が果たして労務費だけの問題なのか否かなどを知る由もない
が、トランプ次期大統領はこれからカーラ・ヒルズ元大使にでもブリー
フィングして貰ってアメリカの労働力の問題をおさらいする必要があるの
ではないかと危惧するのだ。

もしも、何らの予備知識もなくあの類いの発言をしておられたのであれ
ば、アメリカ国民の中には「オバマ大統領に続いて、大変な人物を選んで
しまった結果になるのではないか」と密かに恐れている人たちもいるのか
も知れないと思う。

これから先にトランプ新大統領が如何なる対日輸出政策乃至は貿易赤字削
減策を打ち出してくるかを思う時に、正直な所、我が国にとっては難しい
時期がやってくると思わざるを得ない。我が国にとっての課題は如何にし
てトランプ大統領に「アメリカの労働力の質の問題が今日の貿易赤字を生
む原因になっているかを十分にご理解願うことだろう。だが、トランプ大
統領は引かないと危惧する。

at 09:00 | Comment(0) | 前田正晶

2018年10月25日

◆海外には恐ろしい事件が多い

前田 正晶


ジャマル・カショーギ氏(Jamal Khashoggi)の殺害:

最初に「かショーギ」と聞いた時には、一瞬サウジアラビアには同じよう
な名字が多いのかなと思った。と言うのは、17年の6月だったかに亡なっ
たと聞いた有名な大富豪で武器商人だった人物がアドナン・カショーギ氏
(Adnan Khashoggi)だったからだ。

このカショーギ氏はその最盛期にはヨーロッパ中の保養地を豪華な自家用
ジェット機で飛び回って優雅に暮らしていると報じられていた。

ところが、矢張り今回大きな話題になっているジャマル・カショーギ氏は
アドナン・カショーギ氏の甥御さんだったと報じられている。そのような
華麗なる一族の方が、反政府的な記事を書くジャーナリストだったという
のはやや意外だった。

私が恐ろしいと言うのは、そういう記事の事ではなく、イスラム教なのか
イスラム教国のサウジアラビアという国そのものの方針なのかは知らない
が、反政府的な人物を如何に治外法権があるとはいえ、自国の総領事館内
で殺害してしまうような事を敢えてする点である。

私が僅かに大学時代に勉強した宗教学では世界3大宗教であるイスラム教
とは、そのような恐ろしい事を敢えてさせるような教義ではなかったとい
う微かな記憶しかない。だが、近年においては現実にISのような集団が現
れて乱暴狼藉のやりたい放題であったと報じられていた。私には「イスラ
ム」と名乗っているあの集団が、果たして「イスラム教」という宗教を代
表しているのかという疑問を抱かざるを得なかった。

ここ新宿区の実態を見れば、誰が名付けたか知らないが新大久保駅のすぐ
前に「イスラム横町」が出現し、ハラルフードを商うイスラム教が運営す
る店が陳腐な言い方で恐縮だが、それこそ雨後の竹の子のように増えてき
たし、あのサウジアラビアの長くて白い衣装を身にまとった者まで闊歩し
ているのだ。未だ現実にイスラム教徒による刑事的犯罪こそ発生していな
いが、正直に言って薄気味悪い事は確かだ。

政府はそんな一市民の恐れを知らないのだろうが、労働力としての移民の
増加であるかとか滞在期間の延長を言い出している。私には彼らが現状を
知らないのか、あるいは人手不足解消策の前には何事が起きても関知しな
いとでも言うのかと、不安感を覚えさせられている。

中国へのODAを終了:

これが40年も続けられ、漸くこの度の総理の中国訪問で「終わりにする」
と李克強首相と合意する事になったと報じられている。以前に聞かされた
話で、北京 (だったと思うが)の空港は我が国のODAによって建設された
が、空港の何処に行っ てもそういう表示は無いのだそうだ。如何にも
「大国」中国ならばやりそうな事だと 思って聞いた。そのODAの恩恵を受
けていた国がGDPでは我が国を追い越して世界第2 の経済大国になってし
まったのだ。

その成り上がった経済大国且つ軍事大国をトランプ大統領は徹底的に叩く
決意を示、既にマスコミ的に言えば関税賦課の応酬による「貿易戦争」と
いう事 態に突入していた。先日聞く機会があった産経新聞前副社長の斉
藤勉氏はその講演で 「アメリカは中国が駄目になるまで叩く方針であ
る」とまで言われていた。そのよう な「叩くべし」、「潰すべし」とい
う存在になり果せた中国に、我が国は40年にもわ たってODAを続けていた
のでは、トランプ様もさぞかしお怒りかなどと考えてしま う。安倍総理
に李克強氏は感謝の意を表明するのだろうか。そこが疑問だ。


台湾の列車の脱線事故:

24日辺りから報じられるようになった事は「あの脱線は運転士が安全装置
を切っていた事」が原因であったようだという点である。何処のテレビ局
だったかは 失念したが、事故の一報では「車両は日本製で名古屋の日本
車輌製造が納入したも の」と嬉しそうに報じた。

彼らはかかる自虐的な報道の仕方が好みらしいのだ。私に 言わせて貰
えば、「何も真っ先に如何にも日本製の車両が原因であったかの如き事を
言う必要があるのか」なのである。

彼らがこんな事を言うはずもないが「当該車両は日本製だが、恐らく運転
士が何らかの誤った運転をしてこの大事故を引き起こしたものと推察して
いる」と 言って見ろという気がした。近頃の我が国の一部の製造業では
「製品の物性値を改竄す る」などという論外な不正を犯すところが増え
たのは極めて遺憾だが、いきなり日本 製の車両までを疑うかのような自
虐的な報道の姿勢にはウンザリである。

at 09:00 | Comment(0) | 前田正晶

2018年10月24日

◆恐るべきカタカナ語の氾濫

前田正晶


日本語を破壊しつつある恐るべきカタカナ語の氾濫:

これは16年の10月18日に一度発表したもの。しかしながら、その後でもマ
スコミの世界で余りにカタカナ語の語彙の拡張と濫用が続くので、それは
余りにも好ましくないと痛感したので、ここに再度加筆・訂正してご高覧
に供したいと思うに到った次第だ。こういう主張は何度でも繰り返してお
くべきだと信じている。

レガシーって何:

これはカタカナ語排斥論者を憂鬱にさせてくれた現象の一つである。16年
の小池都知事の就任以降“legacy”という難しいというか文語的な言葉がカ
タカナ語化されて普及し始めて、独り歩きをしているのだ。残念ながら私
のW社在職中の英語力を以てしても、仕事の面でも日常的な会話の中で使
う必要もなかったし且つまた使った記憶がない言葉である。それがカタカ
ナ語化されてスラスラと出てきて、テレビでも新聞でも当たり前のように
オリンピック関連の施設について使われるようになったのだった。

本当に恐れ入る我が国の学校教育の英語における単語重視の笑うに笑えな
い無意味な成果であると切り捨てたい。「貴方はこの単語を使って何か英
語の文章が書けるのか」と問いかけられて「出来る」と言える人がいたら
お目にかかりたいほどだ。

Oxfordを見ると、“money or property that is given to you by 〜 when
they die.となっていた。「何方かが亡くなった後で貴方に与えられる金
銭か資産」のことのようだ。ジーニアス英和には「(遺言によって譲られ
る)遺産(inheritance)、《一般に「相続財産」はheritage》」となって
いた。次には「受けつがれたもの、名残、遺物」と出ていた。何となく元
の英語の意味からすると違和感を覚える使われ方だが、最早誰も止められ
ない形で普及したようだ。

このように目下濫用しまくられているカタカナ語を使った文章を戯れに
作ってみたら、このようになった。

“「イベント」の「キーワード」は「チャレンジ」であり「リアル」に
「インパクト」があって「パワー」を感じるので「シリアス」に「コメン
ト」することも「イメージする」ことも出来ない”という具合になった。

これを読まれた多くの方はこの例文の意味がお解りになるだろうと思う。
私は解ってしまうのはかえって困ったことだと本気で考えている。

近頃テレビ等に登場する無知蒙昧な輩や有識者風の先生方のご愛用のカタ
カナ語を冗談半分で使って作文してみるとこうなっただけのことなのだ。
私は「これでは最早日本語ではなく、何か異質の言語である」と言いたい
思いである。

試みに漢字と熟語を使って日本語に焼き直してみれば「この催し物の鍵と
なる言葉は挑戦であり本当に衝撃的で勢いを感じるので、本気で論評する
ことも何かを思い描くことも出来ない」辺りになるかと思う。

私が恐れ且つ嫌っていることは「何処まで漢字文化を避けるのか、あるい
は無視し日本語を破壊すれば気が済むのか」という点なのである。更に
「そもそも、英語の言葉をカタカナ語化することで、漢字本来の意味を表
現できると思うの誤りである」のだ。

だが、それだけではなく、恐らく彼らカタカナ語乃至は借用語崇拝者ども
は最早漢字文化が理解できないので、格好を付ける為に習い覚えさせられ
た(自発的に習い覚えたのではないと敢えて断じる)英語の単語の意味の
一部だけを切り取って代替しているに過ぎないのではないのか。

その意味を取り違えないで使われていれば未だ救いがあるが、誤解か誤認
識している例が多いのが甚だ宜しくないのだ。だからこそ、私は「単語は
流れの中でその使い方をと意味を覚えよ」と主張するのだ。

このままにカタカナ語の濫用が進めば、私が危惧するところは「漢字文化
を排除して全てハングルに置き換えてしまった韓国にも似た事態になりは
しないか」なのである。仮令無意識であろうとも、決して真似るべきこと
ではないと断言する。だが、私には「現実はその方向に進んでいる」かの
ように見えるのだ。

死語と化しつつある漢字の熟語:

テレビ局がおかしなカタカナ語を濫用し続けると「耳から入る言葉の影響
力は読むよりも強烈だ」という私の持論が現実となりつつあり、最早「催
し物」という熟語は死語と化し「イベント」にされた、「挑戦」も「チャ
レンジ」に置き換えられた。ここには採り上げなかったが、松坂大輔が使
い始めた「リベンジ」も「仕返し」を消し去ってしまう猛威を振るってい
る。“
revenge”は他動詞であり目的語が必要だとだけ言っておこう。英語では
“retaliate”という言葉があって、この方が適切であると思うが、多分、
難しすぎて誰も覚えていられなかったのだろう。

「思い描く」は「イメージする」にされてしまった。「パワー」も困った
もので「身体能力に優れ、力があること」を全てこれで置き換えてしまっ
た。Oxfordに始めに出て来るのは“the ability to control people or
things”とあるし、次でも”political control of a country or an
area”であるに拘わらず。

「シリアス」という表記も細かいことを言えば困ったもので、発音記号を
見るまでもなく「シアリアス」と表記する方が原語に近いのだが、例に
よって例の如くにローマ字読み式に準拠してしておかしな表記にしてし
まった。何処かに英和辞書すら持っていない通信社が何かがカタカナ語化
したのだろうと疑っている。

因みに、Oxfordを見ると、いきなり出てくるのは“bad or dangerous”で、
次が“needing to be thought about carefully; not only for
pleasure”と出てきて、間違った言葉を引いたかの感すらある。

英語での日常会話では“Are you serious?”などと言えば「君は本気か
い?」という意味になるのだが、「シリアス」は「深刻」という意味で使
われているようだ。

兎に角、ここで声を大にして指摘しておきたいことは「単語帳的知識に基
づいて英語の言葉を漢字の熟語の代わりに、格好付けて使うのを好い加減
に止めろ」なのである。こんなことを続けていれば、我が国の漢字文化を
破壊するだけではなく、国語自体を訳の解らない代物にしてしまうだろう
と危惧する。その結果で英語に訳そうとしても意味を為さない言葉にして
しまいかねないとシリアスに案じているのだ。また、おかしなカタカナ語
を読んだり聞いたりする方たちも、解ったように気分になっては貰いたく
ない。

「カタカナ語は元の英語の言葉の意味と使い方を正しく理解できていない
為に、誤用された上に濫用されて日本語を破壊しているのであり、無闇に
格好を付けて使うべきではない」と認識して欲しいのだ。


at 09:00 | Comment(0) | 前田正晶