2021年04月19日

◆雀庵の「諜報活動/インテリジェンスと日本(12」

“シーチン”修一 2.0


【Anne G. of Red Gables/285(2021/4/16/金】いろいろな人の文章表現を
目にして「上手いなあ」と感動したり、「どうもしっくりしないなあ」、
「それはないだろう」と思ったりする。内容以前に「日本語の表現」とし
ての美醜が気になるようになったのは多分、加齢≒保守化が影響している
のだろう。


山本夏彦翁は、江戸時代の言葉は明治まで生きていたが、ロシア革命の影
響を受けた大正デモクラシーで棄損されたと書いていた。曰く「一度なっ
たら、ならぬ昔には戻れない」「よくって?」「いいわよ」「ご発展ね」
「いやだわ」・・・いずれも大正時代に普及した女言葉で、「自由恋愛」
もその一つだという。


「自由」は「好きにやればいい」ということだが、その時代の「社会規範
の範囲で」というのが前提になっているはずだ。慣習や法律から逸脱する
と概ね軽佻浮薄とか無謀、乱暴、邪道と批判されたりするから、「流行に
は末尾でくっついていればいい」。慌てず騒がず、観察し、されど遅れ過
ぎない、ということ。いい智慧だ。


小生は“青春のハシカ”で流行に乗って御用になって以来、「流行は自分が
創るもので、踊らされるのはまっぴらだ」と思うようになったが、パリ
ジェンヌのファッションを見て「さすがだ」と感動した。似たような服装
を見かけないのだ。創意工夫で自分らしさ、違いを出している。日本のお
嬢さまは今年の春も「個性より同調」のような・・・

最近、小生が感動した文章表現から。

俳優・寺田農(みのり)氏の書評。「テレビの急速な普及で、人は全てを
映像に頼り、視覚化されたものにしか興味を持たなくなる」(産経
4/10)。TV、漫画、映画、映像・・・それは表現の一方法だが、感性、感
情を専ら刺激するようで、小生の求める理性、知性の肥しにはなりそうも
ない。


日大教授・先崎彰容氏の書評。「(学生運動や連合赤軍の内ゲバ、リンチ
に触れ)小林秀雄は言う。『思想が人にとり憑いて、獣性を発揮し、自己
の人格を破壊する。それなら人間を生き続けさせているのは、獣性を洞察
し、それに悲しみながら耐え、それを馴致しようとする間断ない努力だろ
うか』。その通りだと江藤淳は答える。人間とは、マイナスをゼロに戻す
努力を続ける営みそのものであると。私たちに必要なのは『情報』ではな
い、血肉となる『言葉』なのだ」(産経4/11)。


今の小生は、「情報」を拾い集めて行動を促す「言葉」にする、まるでア
ジテーターみたいだ。ヒトラー・ナチスの支持率は45%ほどだったが、支
持者はヒトラーのアジに酔いしれ、反対者は報復を恐れて沈黙した。今の
ドイツを見るとヒトラーのような「ドイツの栄光に幸あれ」の左巻きが勢
いを増しているようである(川口マーン惠美氏「メルケルの仮面 なぜド
イツは左傾化したのか」産経4/11)。


中共、ロシアという確信犯的な独裁国家と、ドイツ、トルコのような独裁
志向国家が世界のガラガラポンを狙っているよう。


太平の眠りを覚ますにはアジテーターが不可欠だ。FDRルーズベルトは日
本を真珠湾攻撃に誘い込む、日本を“逆アジテーター”にする、という実に
上手いやり方で避戦的な米国民を参戦へ導いた。大学院レベルの戦略だっ
たとは言えるが、裏で糸を引いた大学教授がいたような・・・


ということで、「インテリジェンス 1941 ― 日米開戦への道 知られざる
国際情報戦」の続き。


<1941年11月25日正午、米国は最高軍事会議で日米暫定協定案について協
議、当面の戦争回避を決めた。その午後、米陸軍長官スティムソンが執務
室に戻ると、陸軍情報部(G‐2)の報告が上がっていた。「日本軍5個師団
が山東、山西の両省から上海に集結。10〜30隻の輸送船に分乗し、大挙し
て台湾沖を南下している。行き先はインドシナ半島、仏印と見られる」


この情報の出処は英国情報部で、11月21日、現地の諜報工作員からロンド
ンに送られ、次いでワシントンのG‐2に転電されていた。また、フィリピ
ンの英国出先機関から真珠湾の陸軍情報部にも送られていた。すべての情
報の源は英国だった。


スティムソンはルーズベルトに「船団の数は30〜50隻」と急報した。実際
の数は、日本の防衛省防衛研究所が旧陸軍史料を発掘したところ16隻だっ
た。英国情報部からの情報がルーズベルトに伝わるまでに架空の数字が積
み上がっていった。


スティムソンの報告を聞いたルーズベルトは興奮し、怒り狂った「その報
告は全ての状況を変えてしまうものだ。全面休戦、全面撤退の交渉を続け
る一方で、インドシナに新たな軍隊を送り込むとは。日本の悪意の証拠で
はないか」


同じ頃、英国チャーチルからルーズベルトに至急電が届いた。「本件(米
日の暫定協定案)については米国に決定権がある。ただ気になるのは(同
案で苦境に立たされる)蒋介石である。もし中国が崩壊すれば英米の共通
の脅威は著しく増大する」


11月26日午後5時、ハル・ノートが野村吉三郎大使に提示された。当初予
定していた暫定協定案が手渡されることはなかった。同日、択捉島の単冠
(ひとかっぷ)湾に集結していた空母機動部隊は真珠湾に向けて出撃した。


翌27日、野村はルーズベルトと最後の会談に臨み、ハル・ノートの撤回を
求めて必死の説得が行われた。野村「米国の提案は日本国民の希望を奪う
ものです」、ルーズベルト「失望したのは私たちも同じだ。私たちはすで
に南部仏印進駐に冷や水を浴びせられている。今度は2回目だ」、野村
「何とか打開の道を・・・」、これにルーズベルトは沈黙をもって応えた。


ハル・ノートは最後まで日米交渉の妥結を信じていたワシントンの日本大
使館の人々に大きな衝撃を与えた。野村大使とともに戦争回避に奔走した
海軍武官・横山一郎が東京に送った暗号電報にはこう記されている。「交
渉断絶、情勢は絶望」>(つづく)

・・・・・・・・・・・

「ハル・ノート」はちゃぶ台返しの宣戦布告である。外交とか交渉は基本
的に妥協を目指すものだが、「交渉は打ちきりだ、戦場で決めようぜ」と
いう啖呵に他ならない。強い者が劣る者を「問答無用、とっとと失せろ」
と突き放すものだ。ネットによると――


<ハル・ノートは、1941年11月に日米交渉の最終段階で、米国務長官コー
デル・ハルが日本側に提案した外交文書。その内容は、中国と仏領インド
シナからの撤退や、アメリカが支援していた蒋介石率いる国民政府への支
持など、アジアの情勢を満洲事変以前の状態に戻すように、日本に要求す
るものだった。日本はこれを米国の最後通牒とみなし、12月1日に日米開
戦を決定した>

ハル・ノートの存在は、戦後の極東国際軍事裁判を通して国際社会に知ら
れるようになったが、「こんな無礼千万な外交文書を突き付けられたら、
どんな小国でも命懸けで戦うしかない」という声が上がったという。



歴史は勝者が創る、とは言え、人の口に戸は立てられないから時がたてば
「いや、実は・・・」と百家争鳴になる。占領者、強者に擦り寄る人もず
いぶん多く、コラボレーショニストというそうだ。寄らば大樹の迎合主義者。


外国企業に乗っ取られたらまるで我が世の春とばかりに両手もみもみで擦
り寄る奴っているよなあ、それで大出世したり。幇間、イヌ、ポチ、男メ
カケ・・・GHQの威光を借りて日本人を二級国民のように見下す奴・・・
昔米国、今中共、ダンナは変われどメカケはメカケ・・・「習近平主席万
歳、2F先生万歳!」なんていうクズはウジャウジャ


人間、「存在は意識を決定する」から、昨日の敵は今日の友、と変身する
のは世の習い。己を見ても米国クリントン政権から飴玉貰ったら「米国は
結構いいところあるじゃん」と反米から親米へ。なにせ3歳までGIに「ギ
ブミ・チョコレッ!」とおねだりしていたから・・・

三つ子の魂百までも、この際だからと「クリントンゆかりの地を訪ねる」
なんてツアーを研究したが、勝海舟を真似ると「さすがの俺もまいった
ぜ」、粉飾しようもないつまらない男だった、JFKもスケベで有名だった
が・・・神輿に担がれただけのような象徴大統領制、これは米民主党の伝
統の「民主」のようだ。


米ソ対立=ソ連包囲網はソ連を自壊に導いたが、中米をガチンコさせて中
共を孤立化、自壊させる・・・プーチン・ロシアは自国圏だってかなり怪
しくなってきたから、まさか人口が10倍の14億の中共のメシだけだって面
倒見切れやしない。スターリン後のソ連末期はソ連圏諸国の造反が相次い
だが、狡猾なプーチンは強い中共は望んでいまい。対中支援は「生かさず
殺さず」でいくだろう。



我ら日欧アジアが「中米ガチンコ」を煽れば中共は自壊、米国は疲弊し
て、日欧アジアが世界秩序をリードする新しい時代になる、その可能性は
十分ある。中共に偏っていた世界の投資は、アジアにどんどんシフトして
いるが、中共崩壊後はアジアが急成長する時代になる。その中に日本の成
長もあるだろう。

目安箱:ishiifam@minos.ocn.ne.jp

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2021年04月17日

◆雀庵の「諜報活動/インテリジェンスと日本(11」

“シーチン”修一 2.0


【Anne G. of Red Gables/284(2021/4/15/木】やりたいことはいっぱいあ
る。日本に生まれながら古典芸能のイロハも知らない、というのは大いに
後ろめたい。まずは新宿末広亭に通って落語、講談、浪曲、漫才、漫談あ
たりは知りたい。次は歌舞伎、浄瑠璃、能楽(能・狂言)あたり。


道遥かなり。考えただけでぐったりする。付き添いがいないとドースルコ
トモ I can not・・・元気なうちから古典芸能に触れていれば良かったの
にと思うけれど、優先順位は仕事、酒、女・・・子育てもあるから古典芸
能どころじゃなかった。


かくして跛行老人になってから「古典芸能を・・・」と焦ったところで♪
ほんに切ない溜息ばかり いくら泣いても帰らない いくら泣いても後の祭
りよ。せめて古典落語だけでも知りたいが・・・まずは付き添い人、つま
り同志を確保しなければならない。ドウシよう。


同志は50前後のインテリ女、明るい性格、美形、寡婦、口数少ない、
ちょっとイケる口。入場料、交通費、夕食代は小生が持つ・・・だから優
しくケアして・・・あ、そんな風にされたらボク・・・

「奥さんが怖いんでしょ、イ・ク・ジ・ナ・シ・・・」なんてことになり
そうで、ボク、♪困っちゃうなあー こわいよーなー・・・

君子危うきに近寄らず、か。大体、都合のいい、しかも美形で性格のいい
女なんぞいるわけない。何回も騙されたくせに、そんなことも学ばない、
俺はバカだ、でも・・・女神はきっといるんだ・・・「老いらくの 恋は
怖るる 何もなし」、男のサガ、ビョーキ、ボケだな。かくして古典芸能
学習も不倫体験も構想段階で頓挫してしまうという情けなさ。ああ、無情。


そう言えば落語で本題に入る前に笑い話をして客をリラックスさせるのを
「枕を振る」といったっけ。小生の文体というか書き方はそれを真似たこ
とを思い出した。ちょっとしたイタズラ、前戯、ばか話で客を引き付け
る・・・学校の先生もそれを真似たら生徒はやる気を起こすのではない
か。産経の「論壇」も出だしで笑いを取ればずいぶんファンが増えると思
う。例えば先人を真似れば、

「かせぎも抜群なら、毀誉褒貶はなはだしきことも抜群。これほど話題の
多い政治家も少ない。とこう書いただけで「ふん、あんなヤツ政治家じね
え」という声がどこからともなく聞こえてくるほど。『憎まれっ子世には
ばかる』のか、それとも『出る杭は打たれる』のか。習近平が世界の耳目
を集めておりますが、女房子供に逃げられて・・・」


とか「枕を振る」と面白がって注目度が高まりはしまいか。グイッとハー
トをつかんだら一気呵成、一点突破全面展開。中共包囲戦、第2次大東亜
解放戦争だ! 同志諸君、今度は勝とうぜ! ということで、「インテリ
ジェンス 1941 ― 日米開戦への道 知られざる国際情報戦」の続きでござ
います。

<歴史の流れが急速に変わりつつあった。あまたいるプレイヤーの中で英
国チャーチルは一枚上手だった。怜悧で狡猾だった。日本の軍事的な脅威
に直面することを極力避け、中国や米国を前面に押し出す。背後から糸を
引くだけだが、最後に盤面を支配しているのはチャーチルだった。情報は
すべて手の中にあり、駒はそろった。後は決断を下すのみだ。

英国は、日本がいよいよ開戦に踏み切る公算が高くなったと睨んで、最新
鋭の大型戦艦「プリンス・オブ・ウェールズ」と「レパレス」の2隻をシ
ンガポールに急派した。英海軍は世界最強である。日本の連合艦隊を完膚
なきまでに打ち破るだろう。

日本の戦争決意を示す南部仏印への兵力移動を、米国にいかに伝える
か・・・この時、世界を動かしていたのは物理的な力ではなく、情報の力
だった。暗号解読やスパイを駆使して集めた情報、プロパガンダによって
民衆を煽る情報、権力者の心に猜疑心を植え付けコントロールする情
報・・・日本が「交渉期限」と定めた1941年11月25日、チャーチルは王手
をかけた。

米陸軍長官のスティムソンは11月25日午前中、ハル国務長官、ノックス海
軍長官とともに日米暫定協定案について協議、当面の戦争を回避し、時間
稼ぎすることで一致し、「本日か明日のうちに日本側に提案する」ことが
確認された。午後にはFDRルーズベルト、陸軍参謀総長、海軍戦争計画部
長を交えて最高軍事会議が開かれた。

日本の暗号「パープル」の解読によると、日本は交渉期限を4日引き延ば
していた。日米暫定協定案の概要(当面の戦争を回避)を中国側のリーク
により知っていた日本は楽観的だったかもしれない。しかし、「パープ
ル」にはこうあった。


「この上の変更は絶対不可能にして、その後の情勢は自動的に進展するの
ほかなし」


海軍出身のルーズベルトが真っ先に懸念したのが日本の先制攻撃だった。
「日本は奇襲攻撃で悪名高い。次の日曜日(12月1日)にも攻撃を受ける
可能性がある」。そしてFDRはこう続けた。

「問題は、我々自身が過大な危険にさらされないで、最初の一弾を撃たせ
るような立場に日本をいかにして誘導していくべきかだ」

米国は時として謀略を辞さない。ナチス・ドイツに対しては、大西洋で露
骨な挑発行為を繰り返し、“最初の一弾”を撃たせようと策謀を巡らせてい
た。孤立主義が米国民の支持を集め、若者を戦地に送らないと約束して大
統領に当選したFDRとしては(謀略は)仕方がなかった。


日米暫定協定案はFDR自らの発案であり、この会議でも日本側に提示する
ことを了承していた。しかし、翌26日午前中には撤回が決まった。その間
に何が起こったのか?>(つづく)

・・・・・・・・・・・・・

「謀略」、小生は猪突猛進だから謀略を使ったことは記憶にないが、会議
では黙っていろいろな意見を聞き、会議後に上司・先輩と飲み屋で「で、
この際ですから各編集部を横断する国際部を創ってAさんに部長になって
もらう、空いたAさんの席は先輩が埋め、先輩の後釜は私が埋める・・・
これが一番いいのではないでしょうか」と本音を伝える。


大体、2、3日後にはこの線で辞令が出るが、こんなことは日常茶飯事で
「謀略」とは言えないだろう。割を食ったはずのAさんは社内のマドンナ2
名、英語堪能のイケメン2名などを配下に置き、♪たちまち元気になっ
ちゃって・・・部署のIT化を一気に進めたり、英語媒体も創刊したりして
何やら“我が世の春”、ぶすっとしていたのがニコニコするようになった。


孫氏の兵法で最も評価されるのは「戦わずして(外交などで)勝つ」とか
「囲師(包囲戦)には必ず闕(逃げ道を塞ぐな)」ではないか。敵を追い
詰めると自軍の損害も大きく、たとえ敵は屈服しても敵意や恨みは長く残
るから良策ではない、ということだろう。

FDR・民主党はありとあらゆる手で日本を追い詰め、窮鼠にし、日本を叩
き潰した。敗戦後の日本は心の底で臥薪嘗胆の気概を持ち続けてきただろ
う。「米国は当てにならない、パクスアメリカーナの終末期だ」と英仏蘭
独の欧州勢も「いざ、インド太平洋へ」と乗り込んできつつある。中共を
包囲し、自壊を促す・・・中共は白旗を揚げるか、それとも打って出る
か・・・そのうち動き始めるだろう。

目安箱:ishiifam@minos.ocn.ne.jp
https://blog.goo.ne.jp/annegoftotopapa4646

2021年04月15日

◆雀庵の「諜報活動/インテリジェンスと日本(10」

“シーチン”修一 2.0


【Anne G. of Red Gables/284(2021/4/13/火】図書館で借りた「インテリ
ジェンス 1941 ― 日米開戦への道 知られざる国際情報戦」は今日返却し
なければならない。焦りまくるうちに現役時代の「締め切り」を思い出した。


取材は済ませていても「書く、記事にする、公開する」というのは責任を
伴うから、本番である。それなりに真剣に、理路整然と書き、突っ込まれ
ないようにしないと読者から反発を食らう。良い記事を書いても読者から
すれば「それは当たり前」のことだから反応はあまりないが、いい加減な
記事を書くとすぐにクレームが来る。


部下が書いた記事でも、十分にチェックしないと、こちらにクレームが来
るから、「ご説ごもっとも」の際は謝りに行き、訂正記事を書く。トホホ
の気分だ。それでも日刊、週刊、月刊、年刊と、毎日が締め切りだから落
ち込んでいるわけにはいかない。ストレスから酒もあおり、やがて胃袋に
穴が開き、リタイアするのが記者の普通の流れではないか。それでも生ま
れ変わっても「やっぱり記者がいい」と言う人は多いだろう。大変、エキ
サイティングで面白い仕事だと思う。閑話休題。上記の本の要約を「焦り
まくりつつ」続ける。


<真珠湾攻撃。世界史を塗り替え、軍事の常識をひっくり返したこの作戦
の発案者は連合艦隊司令長官・山本五十六だった。彼もハーバード大学に
留学し、ワシントンの海軍武官室で諜報任務にあたった。航空機という最
先端の軍事情報の収集・分析をこなした経験が真珠湾攻撃計画に活かされ
ている。


艦隊が正面からぶつかり、巨大戦艦の主砲で雌雄を決する「大艦巨砲主
義」の時代から、空母を飛び立った航空戦力が制空権を奪い合う「航空主
兵」の時代へ。


米太平洋艦隊最大拠点、ハワイ真珠湾基地の強襲作戦には大きな問題点が
あった。基地周辺の地理や艦船の入港状況がはっきり分からなかったので
ある。そうした情報がなければ、まるで目隠しで適地に攻撃を仕掛けるよ
うなものだった。


真珠湾基地の調査のため、海軍軍令部からスパイ・吉川猛夫が外交官を装
い、1941年3月、オアフ島ホノルルの日本料亭に潜伏していた。真珠湾の
海軍基地を中心に、島のあちこちには米空軍が築いた飛行場が点在し、内
陸には陸軍の精鋭一個師団が駐留していた。鉄壁の守りで、世界最強の要
塞島に奇襲をかけるのは自殺行為に等しかった。


「弱点はどこにあるのか」、吉川は芸者とともに遊覧飛行機に乗ってい
た。視界に一本の線が見えた。オアフ島の南北を縦断する山間の深い谷で
ある。谷はまっすぐ南の真珠湾へ繋がっていた・・・


9月6日、御前会議で「南方資源の獲得を第一とすべき」となり、連合艦隊
の真珠湾攻撃計画には否定的だった。10日後、ハワイ作戦の図上演習が行
われたが、結果は米軍の哨戒線に引っ掛かり攻撃機の半数が撃墜、空母2
隻撃沈という、惨憺たるものだった。青ざめた参謀たちはハワイ作戦撤回
を具申したが、山本の信念は揺るがなかった。


10月中旬、ホノルルの吉川に盗聴を避けるため密使から97項目の手書き指
令が届いた。回答に悩んだのが「何曜日に最も多くの船が入港している
か」だった。真珠湾攻撃で最大のダメージを与えるには奇襲しかない。米
艦隊の主力が真珠湾に集結していなければ水泡に帰する。二度と奇襲の
チャンスは訪れず、日本が勝利する可能性も潰えるだろう


吉川は「日曜日」と書き、カレンダーを見た。12月7日(日本時間8日)は
日曜日だった>(つづく)

・・・・・・・・・・・・・・・・

資源小国の日本は鉄鉱石や屑鉄、石油など基幹資源を米国に大きく依存し
ていた。アジアにおける列強の植民地獲得競争において、日米は英仏蘭に
大きく後れをとり、日本は満洲族の清朝崩壊後に最後の皇帝、愛新覚羅溥
儀を擁して満洲国を建国した。


米国にとってこれは面白くない。太平洋地域、今で言う第一列島線から
ミッドウェーの第二列島線までも自分の領域にしたいのに、日本は台湾、
朝鮮、満洲など版図を広げている。このままでは支那大陸すべてが併呑さ
れかねない、という危機感を米国は募らせたろう。そのために蒋介石を支
援して対日攻勢を強め、日本への資源輸出を縮小するなど敵対政策を強め
ていった。


日本は米国との戦争を避けられないと想定していたし、米国FDRルーズベ
ルト政権も欧州戦線に参戦するには日本を挑発して戦端を開かせ、それを
突破口としたかった。日米双方の機が熟したわけだ。


日本は対米戦争のためにも「南方資源の獲得=仏印進駐」は優先課題だっ
た「日本大百科全書」の解説から引用する

<対独降伏後のフランスのビシー政権を日本が圧迫し、協定によって行っ
た仏領インドシナの軍事占領。日本の南進政策の重要な一歩として太平洋
戦争の原因の一つとなった


1)北部仏印進駐。援蒋ルート遮断の名目で1940年(昭和15)8月30日に日
本軍隊の通過、飛行場使用、駐兵を認める松岡‐アンリ協定が締結され
た。9月23日から南支那派遣軍所属の2万5000の兵が進駐した。



2)南部仏印進駐。南方作戦のための基地獲得のねらいで、1941年7月28日
から行われた。フランスは日本の要求をのみ、日仏議定書(同29日調印)
の締結に応じたので、無血進駐となった。しかし、これにより日米関係は
極度に悪化し、アメリカは在米日本資産の凍結(7月25日)、対日石油輸
出の全面禁止(8月1日)に踏み切り、イギリス、オランダもこれに倣った>


仏印進駐により日本は対米開戦の裏付けが一応できたが、対米開戦が妥当
だったかどうかは小生には分からない。米国の挑発に対して夏彦翁は「支
那から撤収すると言ってグズグズしていれば良かったかもしれない(その
間に戦況は変わるだろう)」と書いている。それも一つの策だが、日本が
「大東亜共栄圏」を掲げて欧米列強に「窮鼠猫を噛む」的に挑んだ結果、
多くの植民地が宗主国を駆逐し独立したことも人類史で大きく刻まれるべ
き成果だったと思う


あの戦争で英仏蘭などはほとんどの美味しい植民地を失い、勝者は米国の
みだった。その米国も今や“盛者必滅”、求心力は急速に落ちてきた。EUあ
たりは「米中でガチンコさせて両雄共に疲労困憊」にさせたらいいんじゃ
ないか、と本心では思っていそうだ。中共が籠城し、米が城攻めで抑え込
む、EUや日本は義理で一応は米を応援するが、ちょっと距離を置くとい
う、「協力すれど介入せず」のフグリ戦略とか。


日本の政治家や軍人、経済人、記者も「その時」のことを結構真剣に考え
ているはずだ。小生は中共包囲網=長城作戦を唱えているが、専門家にそ
の青写真を描いてもらいたいものである。

目安箱:ishiifam@minos.ocn.ne.jp
https://blog.goo.ne.jp/annegoftotopapa4646

2021年04月12日

◆雀庵の「諜報活動/インテリジェンスと日本(9」

“シーチン”修一 2.0



【Anne G. of Red Gables/283(2021/4/10/土】1か月前に40年ほど蓄えて
いたヒゲを剃り落としたが、放っておいたらまた生えてきたので、ハン
マー投げの室伏氏のようなヒゲにした。ヒゲは伸ばそうが伸ばすまいが手
間は一緒だし、ペロンとした顔のアクセントになり、行旅死亡人になった
際に「うちの主人です」とカミサンがすぐに分かりやすくて便利ではない
かと・・・


室伏広治「むろふせひろはる」と思っていたが、WIKIには「室伏 アレク
サンダー 広治=むろふし アレクサンダー こうじ、Koji Alexander
Murofushi」とあった。数日前に難病になったという記事を目にしたが、
「鉄人」でも病気は避けられない。病気は人を択ばず、か。


「やることはやった、やるべきこともまずまずやった、まあ思い残すこと
はない、そうだなあ、85点」とか。そういう境地で従容として天に召され
るというのはいいだろうなあ。満点を目指すが、能力や運もあるから巨
匠、名人、達人には届かないまでも「なかなかいい仕事をしたよ」と言わ
れるのなら、まあ大往生、化けて出ません、という感じ


♪運転手は君だ 車掌は僕だ・・・福翁曰く「どんな仕事も大事だが、軽
重はある。簡単な仕事、難しい仕事、軽い仕事、重い仕事、という違いは
ある。奮励努力しなさい」


運転手の仕事と車掌の仕事は違う。午前中は運転手、午後は車掌を務めた
い、と思うのは勝手だが、それぞれ必要な技量や能力、適性は違う。それ
なのに「差別だ、俺にも車掌をやらせろ!」って、それはお門違い、無理
難題。仕事はそんな甘いものではないだろう。


適性がある、資格はもちろん経験が必要、資格があっても能力が劣れば現
場では怖くて使えない。いずこの職場でも差別ではなくて区別はある。お
試しで運転手が車掌をやってごらん。「○○へ行くにはどうしたらいいか」
と聞かれると車掌は「△△で◇◇に乗り換えですね」と答えてくれる。酔客が
暴れていれば、最寄り駅で一時停車して叩き出すのではなくて“保護”しな
ければならない。ゲロされて制服を汚されたり殴られたりすることもある
だろう。場数を踏まなければ緊急事態に対応できないことは多い。


「明日の朝一番で届けなくてはならない、徹夜でやるしかない」、そうい
う時に奮闘できる人がいる一方で、できない人もいる。当然、会社ではで
きる人とできない人は「区別」される。「差別」でなく「区別」。追い詰
められると辞めてしまう人、逆に「なにくそっ!」と踏ん張る人、経営者
はいざという時に頼りになる人を優遇する、これは当たり前だ。

日本では人事で概ね差別はない、能力重視による区別はある、能力で劣る
人に下駄をはかせてポストにつけるようなことはまずしない。情実人事
だ、と非難される。

体力のある男は海山へ行って漁猟(漁労・狩猟)をする、オッパイの出る
女は子供を守り育てる・・・それぞれの天賦の能力を活かした素晴らしい
コラボレーションだと小生は思う。「私も漁猟したい」と思うのは勝手だ
が、現実は難しいというか不自然である。二兎追う者は一兎も得ず。


大手海運会社の船長によると、外航で海に出ると4か月ほど自宅を留守に
するという。日本に帰港すると2か月の長期休暇となるが、奥さんは「亭
主達者で留守がいい」と思ったり「子供の進学とかでじっくり相談したい
こともあるから側にいて欲しい」と思ったりするようだ。


船乗り、出稼ぎ、出張、赴任、痛勤など“アウェイ”の仕事は男に適性があ
り、逆に女が航海などに出て男が留守を守るとなったら、子供はハッピー
か。お母さんのお膝がいい、頬でスリスリしてね、お父さんの頬はチクチ
クして痛いよ・・・子供優先で考えろ、と言いたい


幼い子供がいながら組織の長を務める女性がいたが、大体、母上(孫に
とってはオバアチャン、バアバ)がいるからそこそこ上手くやっていけ
る。今は3代同居は減るばかりだから保育所に預けることになるが、大事
な育児を他者に任せてもするようなとても大事な仕事って何なのだ。ほと
んどは特殊技能不要の簡単な仕事につき、「自分の自由になるお金」で
「綺麗なべべ着て、美味いもの食って、面白おかしく暮らす」ことを良し
としているのではないか。

清貧とか質素倹約という先人の生き方はダサイと言うか。「私はキャリア
ウーマン、高級スーツを着て、英語で商談して、夜のパーティでは私の周
りに輪ができるのよ、女の子たちもみな私に憧れるし、今年の“輝く女性
大賞”の候補にあがっているわ」・・・

結構だが、子供や旦那はどうしているのだろう。本来は寛ぎの場である家
庭、愛の巣はボロボロではないか。キャリアウーマンの自宅を訪ねた女子
社員曰く「キッチンピカピカ、料理すると臭いがつくから嫌なんだっ
て」。外食やらデリバリー依存で、「おふくろの味」なんてありゃしな
い。これが家庭か?


社会はブームに流される。ブームは大体3年、5年で別のブームにとって代
わるから、ブームを追いかける必要はまずない。結局、ブームに流されて
買いまくり、置き場所がなくなる、新しいブームが来る、懲りずに買いま
くる、古いものは捨てる・・・この繰り返し。

今はフェミニズムやらCO2削減やらICT革命がブームだが、これもそろそろ
終わりそうだ。ざっくり言えば1960年代からの「グローバリズム的物質文
明ビッグバン」が末期になり、「文明化の衝突と世界秩序の再創造」(ハ
ンチントン)のようなガラガラポンを経て、多様な価値観を認め合うとい
う「民族主義・ナショナリズム的な精神文明回帰」になるような気がする。


文明は興隆し、やがて衰退する。ギボンの「ローマ帝国衰亡史」は五賢帝
の時代を「パクス・ロマーナ、人類史上最も幸福な時代」と、平和と秩序
の象徴のように書いておりEUの根底にはそれがあるのだという(川口マー
ン惠美氏)

欧州の衝突の歴史を見ると、軍事力を含めた「バランス・オブ・パ
ワー」、即ち合従連衡を含めた勢力均衡がある時は国際秩序は安定し、均
衡が崩れると不安定になる(伊藤貫氏)。


国際交流とかは何となく良さそうだが、「友あり、遠方より来たる」、た
まに交流するからいいのであって、しょっちゅう顔を突き合わせていれば
「子をなした仲やない」という夫婦だって喧嘩する。

そういう距離を保った、祝祭や法事、大災害の時に顔を合わすような節度
のある外国交際(外交)に戻った方が、世界はもっと安定すると思うのだ
が・・・長くなったので本題は次号に掲載します。(チャリの前輪のベア
リングが壊れて、自転車屋に行ったが、修理に4000円かかるという。ブ
ルーになってパワーダウン、Made in China もうウンザリだ! 関わると
ろくなことにならない。私怨を公憤に転化したい気分)

目安箱:ishiifam@minos.ocn.ne.jp
https://blog.goo.ne.jp/annegoftotopapa4646

2021年04月10日

◆雀庵の「諜報活動/インテリジェンスと日本(8」

“シーチン”修一 2.0



【Anne G. of Red Gables/282(2021/4/7/水】浴室の傷んだタイルの修繕
を始めたが、ボロボロのタイルは除去して新品と取り換えなくてはならな
い。10cm四方のタイルをそのまま交換すればいいのかと思っていたが、傷
んだところは全てそのサイズ未満だからカットしなければならない。天は
小生に試練を科した・・・


生まれて初めて「チップタイルカッター」を使った(1100円ほど)。内壁
用タイルは表面だけはカチカチだが、裏側はかなり脆く、両面にカッター
で筋を入れるとペキッと割れる。ヤスリを寝かせて、その上でゴシゴシや
ると形を整えることができる。コーキングを塗ったところに嵌め込み、隙
間をコーキングで埋めて出来上がり。1週間もやれば上達するだろうが、
こんな作業は一生で2、3回しかないだろうから、ちょっと残念な気がす
る。“タイル職人”は30年で半減したとか。


人間の作り出すモノは劣化→ 修復→ 安定→ 劣化・・・「古人 今人 
流水の如し」(李白)、人生とか人類もその繰り返しなのだろう。余程の
人でなければ記憶されることもないが、歴史を学ぶとは、何事かをなした
古人、先人を通じて今人、我らの生き方を学ぶという哲学でもあるだろ
う。叩けよさらば開かれん、「インテリジェンス 1941 ― 日米開戦への道
知られざる国際情報戦」から


前回「日本の暗号機『パープル』は1941年2月には米陸軍が模造機を完成
し」解読していたと書いたが、当時、在米日本大使館や武官、諜報員は日
米激突回避に必死になっており、米国側と「日米諒解案」をまとめ上げて
いたという


<闇に葬られた歴史に光を当てる史料が英国立公文書館から見つかった。
ワシントンの(諜報部門トップの)横山一郎が東京の海軍軍令部とかわし
た暗号電報の解読記録である。


それによると1941年4月2日、横山は「日米関係の修復を目指して米国と非
公式の交渉を始めた」と軍令部に伝え、以後も進捗状況を伝えている。
「日米諒解案」作成は現地大使館の独断専行ではなく、陸海軍と連携し、
中央の首脳部を巻き込んだ国家的な和平工作だった。


大使館での秘密会議は、米側が受け入れ可能な妥協案を検討することが主
題で、秘密裏に米側のハル国務長官に接触、4月17日にようやく「日米諒
解案」が完成した。骨子は「日本は中国本土から軍を撤退させる、その代
わりに米国は満洲国を承認する」というもので、横山は直ちにそれを日本
に打電した。


しかし、東京からは返信が来ず、横山が5月2日に東京に送った暗号電報は
(米の傍受、解読記録によると)「このままでは好機を逃す。最終的には
何も達成されないことを恐れている」だった。


5月12日、東京の外務省からワシントンに届いた返信は全くの想定外だっ
た。(「日米諒解案」の大事な条文は)削除されていた。のちに横山は当
時の苦境を未公開の証言テープでこう語っている。


「日米諒解案に到達するまでには、両国の交渉担当者で、あっちへ突っ返
し、こっちへ突っ返し、何回会合したか分からないほどやり合った。いざ
諒解案ができると、アメリカには誰も反対する者がなく、これで結構だと
諒解を得た。そういう事情が分からず、一方的に交渉を破綻に導いたのは
東京の方だった」


「日米諒解案」は4月22日夜、最高意思決定機関「大本営政府連絡懇談
会」で議論されている。外務大臣・松岡洋右が反対意見を述べた。「米国
の悪意七分、善意三分」というのが松岡の見立てだった。


在ワシントン日本大使館宛の「日米諒解案」を徹底的に否定した暗号電報
は横山たちに深い徒労感を与えたが、この暗号電報を読んだのは野村大使
や横山だけではなかった。米国の情報部も英国同様に日本の暗号「パープ
ル」の傍受解読に成功していたのである*。(*1941年初頭に解読)


解読文は「マジック」と呼ばれ、ルーズベルト大統領やハル国務長官に送
られ、対日政策を決める重要な情報源となっていた。松岡の対米強硬論は
筒抜けだった。横山は米国側の異変に気付いていた。横山の証言テープから。


「アメリカ側の見たところ、野村大使は一生懸命やっているが、一番有力
な松岡外務大臣は日米諒解案をトーピドー(魚雷)でご破算にするつもり
なのではないか、日本政府は和平とは違うことを考えているのではないか」


諒解案の挫折によって日米交渉は暗礁に乗り上げ、日米関係は一挙に緊張
していく>(つづく)

・・・・・・・・・・・・・

当時の日米関係は戦争前夜どころか、米国の支援を受けた蒋介石軍と日本
軍は支那大陸で“支那事変”の真っ最中。日米(中)双方とも「戦争」の言
葉を排除したのは、日本は第三国(当事者ではない国)からの支援を受け
られなくなるから。米は国内法(中立法:交戦国や内乱国へ、米国が武器
および軍需物資輸出を禁止)で蒋介石支援ができなくなるからだ。

日米は支那大陸で既に戦争をしており、日本は満洲以外の支那からは手を
引きたい。一方で米国は支那における米国利権を守りたい、さらに英国な
ど反独伊勢力を支援するために日本の軍事力を支那に向けさせておきた
い、泥沼であがかせておきたい、という魂胆だったろう。

欧州戦線に参入したいルーズベルトは、「米国が悪の枢軸国から攻撃を受
け、それを機に厭戦的孤立主義の国民を発奮させて欧州に参戦する」とい
う青写真だった。誰に「最初の一発を撃たせるか」、太平洋における植民
地争奪戦で後れをとった米国にとって、支那利権で対立する日本を締め上
げ、挑発し、米国に咬みつかせることは素晴らしい戦略だった。


米国は「日本を日米諒解案で期待させ、油断させ、同時に石油輸出などで
締め上げて行けば、不満は最高潮に達し、最後には対米開戦、そして我が
国は欧州戦線に乗り込むことになる」と青写真を描いた。日本はまんまと
真珠湾の罠にかかった、そして負けた。

勝ち負けは兵家の常、今度は慎重に、狡猾に、中共を徐々に包囲し、追い
詰め、自壊に導く・・・ソ連がこけたのは、外圧で10%の上流・支配階級
へのエサ不足になったことが大きく影響した。中共の9000万の党員にとっ
て、カネを貯めて欧米へ移住するのは夢だろうが、これができないどころ
か食にも困るとなれば、中共はこける、自壊する。今度は勝とうぜ、同志
諸君!

目安箱:ishiifam@minos.ocn.ne.jp
https://blog.goo.ne.jp/annegoftotopapa4646

2021年04月07日

◆雀庵の「諜報活動/インテリジェンスと日本(6」

“シーチン”修一 2.0


【Anne G. of Red Gables/280(2021/4/4/日】繁殖期の雀はすごいスピー
ドと巧みな操縦で追いかけっこをしているが、まるで空中戦、ドッグファ
イトみたい。



WIKIによると「1940年7月10日〜10月31日までイギリス上空とドーバー海
峡でドイツ空軍とイギリス空軍の間で戦われた史上最大の航空戦は「バト
ル・オブ・ブリテン(Battle of Britain)と呼ばれている。ドイツによ
るイギリス本土上陸作戦の前哨戦としてイギリスの制空権の獲得のために
行われた一連の航空戦を指す。戦略目標を達することなく独ソ戦を前にし
てヒトラーによって中止された」。



英は新兵器のレーダー網と優れた暗号解読能力でドイツを撃退したが、損
害も大きかった。ドイツは戦死2500人、航空機1900、英は戦死1500人、航
空機1700、

民間人死者2万7450人、民間人負傷者3万2138人。



英国ではピアニストのクレア・キップスと雀のクラレンスも対独戦を戦っ
た。キップス著「ある小さなスズメの記録」から。



<この時期のすべての男性の勇気と果敢さは言葉にできないほどだった。
が、敵の攻撃が一段落すると、退屈のあまり彼らの士気は萎えてしまう。
それで私は彼らを楽しませるものはないかと知恵を絞り、まったくの偶然
から、彼らが何よりも博物学に興味を持っていることを発見し、直観がひ
らめいたのである。



「スズメに芸を教えて、皆が退屈しているときに慰問をしてもらえばいい
のではないか」



私は早速スズメを掌に載せ、いくつかの芸を教えた。彼は驚くほどやすや
すと、しかもあっという間にそれを自分のものにした。私は彼を連れてい
ろいろな防空監視所や、不安に陥っている人の家々、特に休養センターに
は度々行って、そこで子供たちから大歓迎されたのである。



子供たちにとってスズメは決して裏切られることのない喜びのタネになっ
た。あの過酷な月日を、彼ほど忠実に、着実に、自分の国に仕えたスズメ
は未だかつて一羽もいなかっただろうと、私は心の底から言うことができる>



我が家の雀は小生の無聊を慰めてくれるが、日本のためになっていると
は・・・まあ、人間も大方、そんなものか。チュンチュン鳴いていれば共
鳴する友も増えるかもしれない。「インテリジェンス 1941 ― 日米開戦へ
の道 知られざる国際情報戦」から。



<日本の暗号機「パープル」は海軍技術研究所の田辺一雄技師がたった一
人で開発した。リレーやスイッチなどの電子部品を多用しており、初期の
コンピュータにもつながる先進的なハードウェアだった。電子式スイッチ
で暗号パターンを切り替える「パープル」は、ドイツの「エニグマ」以上
のランダム性により、変換法則を追跡することが困難だった。



「エニグマ」を破った英国ブリッチリー(MI6の暗号解読研究所)の天才
たちが「パープル」には太刀打ちできず苦しんだ。スパイと暗号解読の両
輪がそろって初めて諜報大国イギリスは前進できる。ヒトラーとの戦いで
手いっぱいのチャーチルは、極東で着々と勢力を伸ばす日本に対して、情
報なしでは太刀打ちできなかった。



チャーチルに助け舟を出したのは、ニューヨークに諜報拠点を構える「イ
ントレピッド」こと、W.スティーブンソンだった。CIAの生みの親ドノバ
ンを通じてルーズベルト政権に食い込んで、米英の秘密情報機関の提携を
持ち掛け、ルーズベルトとチャーチルは水面下で手を握った。



当時の米国の陸軍情報部には、英国のチューリングに匹敵する暗号解読の
天才W.フリードマンがいた。彼はシカゴの実験農場で品種改良にあたって
いたが、ひょんなことから暗号解読を研究するようになった。農場から陸
軍情報部に転じたフリードマンは第2次大戦前後、最強の暗号機、日本の
「パープル」と対峙する。



そして18か月に及ぶ格闘の末に、「パープル」の秘密を解き明かすことに
成功した。



英米のコード・ブレイカーたちは「パープルはドイツのエニグマのコピー
であり、基本構造も同じ回転ローターに違いない」と考えていた。そこに
は、日本人がオリジナルの暗号機を生み出すはずはないという軽侮の念が
あったのかも知れない。



「パープルは独自の機構なのか?」、フリードマン・チームの想像力を
縛っていた鎖が解き離れた時、電子式スイッチを使った「パープル」の秘
密に気付いた。



「パープル」のレプリカは英米の情報交換協定によって1941年2月、英国
ブリッチリーに送り届けられた。以降、ブリッチリーの英国諜報機関は日
本外務省が大使館に送った暗号電報の解読に成功する。



「エニグマ」に続く「パープル」の解読は、英国の情報戦略を劇的に変え
た。日本の外交電を通じて日本の出方のみならず、同盟国の独、伊の動き
もつかむことができたからである。解読された情報は「マジック」と呼ば
れ、厳重に秘匿された。チャーチルは喜びを隠せなかった>(つづく)

・・・・・・・・・・・・・・・・・

秘密、極秘情報、暗証番号を得たあなたはどうする? 「漏洩しているか
ら気を付けて」と注意喚起するか、「やったぜベイビー、お宝発見! 
どっさり儲けよう」となるか。平時にあっては概ね前者だろうが、戦時に
あっては敵の情報は大いに活用、裏をかいてトコトンやっつけるというこ
とになるだろう。



「我にも正義、彼にも正義」、戦争は正義と正義のぶつかり合いで、汚い
手でも最終的に勝てばいいという、ルールなきガチンコ。エゲツナイが現
実はそんなものだ。勝った方が正義、負けた方が悪・・・「パープル」が
突破された1941年から丁度80年。戦後の覇者、米国は弱体化し、次の覇者
を目指す中共は何やら下り坂。ガラガラポンを前に世界はウォーミング
アップし始めた印象だ。



WW2で勝ったはずの英国は植民地を失って欲求不満、負けたはずの日本は
ネコを被ってとぼけているが内心は臥薪嘗胆。お互いに「日英同盟の頃は
良かったなあ」。焼け木杭に火が付くでよ、もうしばらく生きていよう
ぜ、同志諸君、次の80年が始まるのだ。これからや、真打登場、眠ったら
アカンで!

目安箱:ishiifam@minos.ocn.ne.jp

https://blog.goo.ne.jp/annegoftotopapa4646

2021年04月06日

◆雀庵の「諜報活動/インテリジェンスと日本(5」

“シーチン”修一 2.0


【Anne G. of Red Gables/279(2021/4/3/土】冬の間貧相だった庭は、1か
月ほどかけて整理整頓したこともあり、春の到来で緑が増え、そこにピン
クや赤、黄色、白、紫の花が咲いてきたので、なかなか楽しい感じになっ
てきた。雀たちも繁殖期を迎えて元気いっぱい、5月には黄色いくちばし
の若鳥が増えるだろう。


花屋には可愛い花がいっぱい並んでいるが、小生はいつクタバルか分から
ないので、花卉は増やさないようにしている。花卉だけでなく「モノは増
やさない、むしろ整理縮小する」ようにした。リサイクルに回す、使い切
る、買うのは消耗品だけ、という具合。これを3か月も続けていればずい
ぶんスッキリするだろう。


ま、あの世行きに備えた「身辺整理」。体がそこそこ動くうちにやってお
かないと迷惑をかけたり、悪事がばれて恨みを買ったりするからね。同志
諸君、人格を疑われるような写真や手紙は早めに処分しましょう。キャッ
シュなどは小生の「テンカコッカ教 心の道標教団」へご寄付を。浄財で
なくても構いません、大きな土地から小さな宝石まで、何でも回収いたし
ます・・・


流しの粗大ゴミの回収車、我が街ではすっかり消えてしまったが、自殺し
た従兄は春・夏は網戸屋、秋・冬は焼き芋屋、引っ越しシーズンの3月は
粗大ゴミの回収屋をしていた。軽トラックは1日ナンボで元締めから借り
るとか


元締めは粗大ゴミの回収では古物商許可、産業・一般廃棄物収集運搬業の
免許を得ているかどうかはさておき、軽トラックを貸し出すという仕組み
で、一種のレンタカー。末端で「毎度おなじみの粗大ゴミの回収車です」
と流していく単純な仕事では家族を養えるはずもなく、従兄は結局、自分
自身が粗大ゴミになってしまった。


従兄は人間関係を作れないタイプだった。職場を得ても嫌なことがあると
辞めてしまう。一つ所で3年続いたことが一度もなかったのではないか。
とても履歴書に書けるようなキャリアではない。結局、職場を転々とする
人生だった


飲む打つ買うはしなかったが、スキューバダイビングとオートバイ、アー
チェリー、釣りといった趣味には熱心だった。武家の家系で、代々、趣味
に夢中になるDNAなのか、彼の父は釣りに行って溺死、祖父(小生の祖父
でもある)は鹿狩りに行って崖から落ちて寝たっきり。「俺は士族だ」と
プライドだけは高く、汗水流して歯を食いしばって一人前の職能人になる
んだなどとは全く思わない人種なのだ。


我が母もそのDNAを受け継ぎ、小生が小5の頃、母は通勤で駅へ向かう人波
を指さしながら「寝るほど楽なことなきに、浮世のバカが起きて働く、っ
て言うのよ」と小生に薫陶を賜った。小生はまじまじと母を見ながら、
「かあちゃん、頭おかしい、何なんだ?」と思ったものである。「汗水流
す仕事=下郎下司の仕事」という価値観なのだ。恐るべし。


その手の価値観、思想、生き方、好悪というのは、固まるまでに何代もか
かっているから、除染するにも何代もかかるのだろう。産経2021.4.1「阿
比留瑠比の極言御免 英作家が語るリベラルの責任」から要約する。


<1月14日の当欄で、自民党ベテラン議員と交わした米国の社会分断に関
する会話を紹介した。議員はリベラル派の傲慢さが根幹にあると指摘して
いた。


「トランプ氏が分断を生んだのではなく、米社会の分断がトランプ大統領
を生んだ。そして、その分断をつくったのはリベラル派であり、オバマ前
大統領の任期の8年間だ。リベラル派は上から目線で保守派の意見を劣っ
たものとみなし、抑圧する。リベラル派は自分の考えには疑問を持たず、
反省しない」


先月、東洋経済オンライン掲載の英国のノーベル文学賞作家、カズオ・イ
シグロ氏のインタビュー記事を読み少し安堵した。イシグロ氏は、二極化
が進む世界を招いたリベラル派の責任を表明していたのだった。狭い世界
で自分たちの価値観だけを信奉し、それ以外の考え方を知ろうとしなかっ
たリベラル派に対する次のような反省は、議員の認識とも通じる。


「私たちにはリベラル以外の人たちがどんな感情や考え、世界観を持って
いるのかを反映する芸術も必要です。つまり多様性ということです。例え
ばトランプ支持者やブレグジット(英国の欧州連合離脱)を選んだ人の世
界を誠実に、そして正確に語るといった多様性です。


リベラル側の人が理解しないといけないのは、ストーリーを語ることはリ
ベラル側の専売特許ではなく、誰もが語る権利があり、私たちはお互いに
耳を傾けなければいけないということです」


リベラル派による言葉狩りが横行し、寛容と多様性の美名のもとに、非寛
容と画一的な価値観の押し付けが進む日本社会こそが受け止めるべき言葉
だろう。日本や米国のリベラル派には、自由を重んじる本来のリベラルで
はなく、むしろ特定イデオロギーに偏った全体主義的な傾向を持つ者が多
いことを指している。和式リベラルが、イシグロ氏に見習うのを願うの
は、高望みがすぎるだろうか>


瑠比ボナパルトもリベラルや正義を装った下司に堪忍袋の緒が切れた。つ
ける薬なし。彼らは何者か。


和式だろうが欧米式だろうが、戦後リベラル=アカ=ズブズブの共産主義
独裁信奉者、という理解が一番正しいのではないか。アカは人口の
5〜10%の上流階級が利権をむさぼり、人民は生きるだけで精一杯という
かつてのソ連、今の中共のような恐ろしい専制独裁国家を目指すのだ。


アカがもたらす赤色ウイルスは感染力、増殖力が非常に強く、かつ変異株
が生まれやすいのでワクチン開発が難しい。現在確認されている赤色ウイ
ルスには、マルクス・レーニン系、スターリン系、トロツキー系、毛沢東
系、金王朝系、カストロ系、米国リベラル系、ドイツ環境ナチ系、日本で
は宮顕サナダムシ革マル南無妙などごった煮雑炊闇鍋系がある。


彼らは感染して脳を破壊されてもまったく病識がないから菌を拡散しやす
く、むしろパンデミックに快感を覚える傾向さえある。


一度感染すると除染・快癒まで最低10年はかかるが、多くの患者は病識が
ないために治療を受けるどころか、感染拡大こそが使命だとして治療を拒
否する。感染者は人口の5〜10%と推計されるから、多くの先進国では強
制入院で隔離する、あるいは処刑することもできずに困惑するばかりだ。


中共などのアカの外敵と、それとコラボする内なるアカの敵。5年10年で
一掃できるといいのだが・・・ピンポイントで習近平を排除するとタガが
外れた桶になり、ずいぶん手間が省けそうだ。毛沢東曰く「軍隊の唯一の
目的は、人民の側に立って誠心誠意、奉仕することである」、暴君を守る
のか、人民を守るのか、北部戦区の決起を期待したい。


「インテリジェンス 1941 ― 日米開戦への道 知られざる国際情報戦」から。


<暗号機「エニグマ」vs 解読機「ボンブ」。1940年7月、パリを陥落させ
たヒトラーは、欧州で唯一残った英国に照準を定めた。ドーバー海峡があ
るために、戦車と急降下爆撃機の連携による「電撃戦」はそのままでは使
えない。しかし、世界屈指の重武装と空戦性能を誇っている最新型戦闘機
メッサーシュミットにドイツ空軍は自信を持っていた。


英軍の主力戦闘機は旧式のスピットファイアであり、1対1の格闘戦なら勝
敗は自明だった。しかし、ドイツは想定外の事態に見舞われた。隠密の飛
行ルートをとる奇襲部隊が次々と待ち伏せに遭い、撃墜されていったのだ。


大方の予想を覆してドイツ空軍の優位を崩した原因の一つは英軍による
レーダーの実用化だった。ドーバー海峡に向けられた英国のレーダー網に
よってドイツ軍の襲来に備えることができたのだ。


しかし、飛行機の性能で劣る以上、レーダーで敵の接近を知り、空に飛び
立ったとしても1対1の戦いになったら必ず負ける。負けないためには、事
前に敵の攻撃目標を知り、それを凌駕する自軍を侵攻ルートの死角に忍ば
せる必要がある。そのためにドイツ空軍司令官ゲーリングの下す指令の詳
細をつかむ必要がある。


ゲーリングの指令は「エニグマ」で暗号化され、無線で伝えられた。英国
のブレッチリーの電波傍受施設でキャッチされた暗号通信は、解読機「ボ
ンブ」に送られ、3時間以下で暗号キーが判明し、解読された。



驚愕したのはドイツ空軍のパイロットたちである。奇襲作戦で襲撃するは
ずが、逆に奇襲されている。メッサーシュミットは急降下爆撃機の援護が
役目であり、奇襲作戦なのだから何度も格闘戦(ドッグファイト)を行う
ことは想定していない。


急旋回や急上昇を繰り返す格闘戦は大量の燃料を消費するが、電撃戦を前
提としているために燃料タンクが大きくない。攻撃力を極める代わりに、
航続距離に重きを置かない設計なのだ。


ただでさえドーバー海峡を越える長距離侵攻作戦で無理がかかっていた。
待ち伏せに遭って燃料を消費したらたまらない。爆撃機の援護の任務を放
棄してフランスの基地に帰らざるを得ない戦闘機が続出した。


あとに残されたのは、爆弾を満載した足の遅い急降下爆撃機である。旧式
とは言え身軽で運動性能に勝る英軍のスピットファイアの餌食になって
いった。ヒトラーは英国本土上陸作戦を諦めざるを得なかった。・・・


イタリア、ドイツの暗号を破ったブレッチリーの天才奇才が最後に狙いを
定めたのが日本の暗号だった。暗号機「パープル」、正式名称は「暗号機
B型」、通称「97式欧文印字機」。「パープル」と「エニグマ」は世界の
暗号史上、最強の座を競った双璧ともいえるマシンだった>(つづく)

・・・・・・・・・・・・・・

情報を隠す、情報を盗む、情報を壊す、というのはコンピュータ通信
(ICT)時代の今は日常茶飯事だが、暗証番号など秘密機密情報は増える
一方であり、同時に情報窃取や破壊・突破も急増している。情報を制する
ものは世界を征す、見えない戦争、世界大戦みたいだ。


現代の暗号やハッキングはどうなっているのかと調べたら・・・もう電気
も電波もどういう仕組みなのか全然知らない小生にはチンプンカンプン。
『コンピュータのための暗号組立法入門』『現代暗号理論』『基礎 暗号
学I - 情報セキュリティのために』『暗号・ゼロ知識証明・数論』『暗号
のすべて - ユビキタス社会の暗号技術』・・・タイトルだけを見ても脳
みそがフリーズ。理系恐るべし。

ただ、人間にとって最大の問題が「ヒトはなぜ生きるのか、どう生きるべ
きか」であるのなら文系は必要だ。永遠のテーマだから絶対的な「解」は
ないだろう。考えることに意味がある、としかいいようがない。


一方で理系は「生物、事物のメカニズムを知る」というのが基本のよう
で、これがなければ文明の発展はあり得ない

手足のように文系と理系のふたつ、例えば男と女、鍋と蓋、雌ネジと雄ネ
ジのように、ふたつがあるから発展、成長があるという解釈もできる。
もっとも発展、成長がいいのかどうかは文系のテーマではあるが。


駐日イラク大使を務めた理系のルクマン・フェーリ氏(英国で数学、コン
ピューターの学士号取得)によれば、


<日本の文化に唯一注文をつけるとすれば、政治家に法学部出身者が多す
ぎます。もっとビジネスマンや科学者などがどんどん政治に参入し、失敗
から正しいことを学ぶようになれば日本の政治は大きく変わるのではない
でしょうか


若い人に一番言いたいのは、既成概念に囚われるなということ。アウト・
オブ・ボックス(out of box)の精神です。良い方向に自分を変えること
は、恐ろしいことではありません。どんどん新しいアイデアを試して、さ
らに日本にこもることなく世界の異文化にも触れて欲しいですね>(元谷
外志雄APA代表との対談)

文系と理系のコラボ・・・同級生の理系の東大教授はクソ真面目で面白い
話はできなかったが、青学の文系教授とはスケベ話で盛り上がったもの
だ。理系で面白い人っているのかなあ。

目安箱:ishiifam@minos.ocn.ne.jp
https://blog.goo.ne.jp/annegoftotopapa4646

2021年04月04日

◆雀庵の「諜報活動/インテリジェンスと日本(4」

“シーチン”修一 2.0


【Anne G. of Red Gables/278(2021/4/2/金】二か領用水には欄干のない
(多分個人所有の)橋があり、先日の早朝にモデルさんとカメラマンが撮
影で来ていた。桜の季節には珍しくないから素通りするはずが、モデルが
ジャンプして足を水平にしたので1m以上、2秒間ほど浮いているような感
じでビックリした。



地元の方言なら「オレ、初めて見たで、タマゲタ(魂消た)よお!」。調
べたらグランジュテとかグランパドシャといったバレエの大技らしい。旨
そうな名称だな、「ワインはボルドーの赤で」なんて言いたくなる。



このモデルさんの写真は「満開の桜を背にした空飛ぶマドンナ」とかなる
のだろうが、シュールな感じがして面白いか、あるいは不安な感じ
か・・・坂口安吾の「桜の森の満開の下」には、「桜の森の花の下に人の
姿がなければ怖しい」とある。



確かにハラハラと花が散るとか紅葉(枯れ葉、dead leaves)は、見方に
よっては「死」をイメージさせるから好まない民族、国民はありそうだ。
花見も紅葉狩りもそこそこ人出がないと何だか淋しい感じはするね。人の
いない渋谷、新宿、銀座のスクランブル交差点・・・廃墟みたい。



昨日は久し振りに多摩丘陵を越えて「とんもり谷戸」に行ったが、冬の間
は泥沼だったところがすっかっり新緑に覆われ、上を見れば青空を背景に
濃淡様々な緑が美しく、そこに桜が色を添え、耳を澄ませば鶯の声。ボー
ゼン、タメイキ・・・天からの電波を受信し、小生の怪しい脳みそは起動
する。



「死期が近づくと、生きとし生けるものすべてが美しく、いとおしく見え
るというが、ふ、ふ、複雑な思いはするなあ、兼好法師もそんな気分だっ
たのかなあ、あやしうこそものぐるほしけれ・・・」



カー、カー、カッフンショ! マスクに鼻汁がついたが正気に戻った、
ちょっとショッパイが。さあ、今朝も元気に前線へ、「インテリジェンス
1941 ― 日米開戦への道 知られざる国際情報戦」から。



<暗号機「エニグマ」の図面は、ポーランドからフランスへもたらされ
た。暗号機だと気取られないよう、部品は複数の工場に発注され、密かに
組み立てられ、やがて英国の田舎町「ブレッチリー」の暗号解読研究所の
“変人奇人”アラン・チューリングの前に現れた。



「エニグマ」は「たとえ実機を奪われたとしても機密を保持できる設計」
だった。構造が分かっても暗号キー(鍵)の3文字が分からない限り解読
できなかった。キーは毎日変更されるため、スパイを潜入させてキーを奪
取しても1日で無効になってしまう。100万通りを優に超える組み合わせか
ら、たった一つのキーを探り当てる・・・



「人間には不可能だ」と誰もがサジを投げる中、チューリングには秘策が
あった。「機械に24時間ぶっ通しでやらせればいい、キーの組み合わせは
有限だから、いつかは正解にたどり着く」。かくして暗号解読機「ボン
ブ」、コンピュータの祖先と言われる複雑な機械式計算機が開発された。
1台1台は非力でも分散処理により計算能力を飛躍的に高めることができる。



1940年4月、ドイツはノルウェーとデンマークに侵攻する。解読機「ボン
ブ」は傍受したドイツ軍の暗号を解読し、初めて「3文字のキー」を取り
出した。そのキーを「エニグマ」の複製品にセットすると、表示ランプが
灯り、メッセージの原文が次々と現れた。ついに解読不能と謳われた「エ
ニグマ」の鉄壁の守りが破られた。



暗号解読は時間との戦いだった。キーは毎晩深夜12時に変更されるから、
それを過ぎたら意味がなくなる。しかも大規模な軍事作戦が実行される
と、暗号通信の量は爆発的に増加する。12時の鐘はシンデレラ以上に絶望
の響きを持って受け止められただろう。



続く5月のオランダ、ベルギー、フランスへの侵攻においても、コード・
ブレイカーと「エニグマ」は一進一退の攻防を続けた。スピードと安定性
向上のため、次々とボンブが製造され、ブレッチリーに運び込まれた。太
平洋戦争開戦時には12台のボンブが稼働に漕ぎつけていた。数が増えると
「分散処理」が力を発揮する。ボンブの性能が「エニグマ」を凌駕し始め
た>(つづく)

・・・・・・・・・・・・・・・

こういう文章を読むと男の血が騒ぐなあ。「ホモ・ルーデンス」とか「遊
びと人間」に書いてあったように、戦争も一種の男のゲーム、その最高峰
の国力を総動員した国運と命運を懸けたゲームという感じがする。父は
「アメ公の物量作戦に負けた」としばしば言っていたが、連敗しても最後
に勝てばいいというゲームだから「懲りない」「次は絶対勝つ」と臥薪嘗
胆、明日を目指すわけだ。



古人曰く「勝ち負けは兵家の常」、スラムダンクの安西先生曰く「諦めた
らそこで終わり」、そうだ、男の子は「立つんだ、ジョー!」、真っ白な
灰になっても「後に続く者あるを信じて」・・・今、日本独立のリターン
マッチが始まった。中共包囲殲滅、支那解放へ、イザッ、ジャーンプ!

目安箱:ishiifam@minos.ocn.ne.jp

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2021年04月03日

◆雀庵の「諜報活動/インテリジェンスと日本(3」

“シーチン”修一 2.0


【Anne G. of Red Gables/278(2021/4/1/木】ポール・ケネディ著「大国
の興亡」は1987年刊。小生が起業して間もない頃で、かつ子供3人を抱え
ていたので「稼ぐに追いつく貧乏なし」、ビジネスの真っ最中、「大国の
興亡」どころか「自社の興亡」で毎日が戦争だった。


同書は世界中でベストセラーになったが、小生は未読だ。「ベストセラー
よりロングセラーを読むべし」というのが小生の読書法だが、良書である
なら今読んでも大いに得るところがあるに違いない。


櫻井よしこ氏のサイト2021.3.25に以下の「ケネディ教授『米国は衰退し
ない』」があった。


<3月9日、シンクタンク「国家基本問題研究所」が主催した国際セミナー
「アメリカは衰退するのか」で、国基研副理事長で、ニクソン研究で名高
い田久保忠衛氏と共にポール・ケネディ教授と鼎談した。ケネディ教授は
イエール大学近くの自宅からリモートで参加した。


ポール・ケネディという名を聞けば、『大国の興亡』の上下2巻がすぐに
連想される。1500年から2000年までの大国の興亡を描いた大著は世界的ベ
ストセラーになった・・・


ケネディ教授が断言した。「米国の衰退は相対的なもので、絶対的なもの
ではありません。米国は台頭する他の国々と立場を共有することが必要に
なるかもしれませんが、それでも強い国であり続けるでしょう。その意味
では、中国は失望するでしょう」


米国は中国に負けない、その力の源泉は強い経済にあるとケネディ教授は
語る。顕著な経済成長を実現し米国民に繁栄をもたらすことが、米国政府
への信頼、民主主義への尊重と敬意の回復につながり、国全体の安定に寄
与する、米国にはそれができる、と強調するのだ。


但し、これからの米国は同盟諸国と協力して中国に対峙しなければならな
くなると予測し、その枠組みとして日米豪印4か国の協力体制を考えた安
倍晋三首相を高く評価した。


「歴史を振りかえると、似たような事例があります。第一次世界大戦前、
ドイツは多くの船を建造して大海軍を持つに至りました。仏英露などが大
変警戒し、やがて第一次世界大戦につながっていったのです。結果は歴史
が示しています。


もうひとつの似たような例は冷戦時代のソ連です。彼らも海軍を増強し、
地中海まで進出しました。対して米英仏伊などが密接な軍事協力を行い、
ソ連の攻撃的活動阻止に動きました」・・・>


WIKIの書評を引用すると「第1次世界大戦と第2次世界大戦でアメリカとロ
シアの大国化による二極構造の端緒が現れ、ドイツ、フランス、イギリス
などのかつての大国は相対的に衰退していくことになった。冷戦期におけ
る新しい展開として、中国や日本、ヨーロッパ、そして第三世界の復興が
指摘される」。


ソ連も1991年にこけたが、今は中共が世界制覇の野望を一歩一歩進めてい
るように見える。習近平は毛沢東のエピゴーネン、真似っ乞食だから、農
村(貧困というか後進国、第3世界)を掌握して都市(米国、EU、日本な
どの先進国)を包囲し、屈服させる心算だろう。


農村=第3世界を掌握する、と言っても、かつては中共と並ぶ第3世界の有
力国だったインドを始め、タイ、ベトナム、エジプト、サウジなどはまさ
か今どき、餓狼のような中共の音頭で反米、反欧、反日などするわけがな
い大体、インドやベトナムは中共と対立しているし、フィリピン、インド
ネシアも中共を嫌っている。媚中の“テドロス”エチオピアは世界の顰蹙を
買い、内戦で恥の上塗りだ。


「中国パスポート所持者がビザ免除で渡航可能な国又は地域」(横山国際
法律事務所)は15か国しかない(2018年10月、怪しい国ばかり)。日本人
なら191カ国がビザ免除だ(2020年7月)。つまり、中国・中国人はGDP世
界2位と言っても、先進国のみならず第3世界からも全く信用されていない
のだ。


毛沢東の「第3世界を味方につける」という世界革命戦略は完全に破綻し
ているのに毛語録しか読んでいないパープリンの“遅れて来た紅衛兵”習近
平は「毛語録は聖書だ、間違いはない」とすっかり信じ切っているのだろ
う。つける薬なし。


ちょっと古いが、呂正・日本エネルギー経済研究所員の「2015年における
中国のGDP成長と電力消費増加の乖離に関する考察」から。


<中国政府の公式統計によれば、2015年の中国の実質GDP成長率は6.9%で
あった。一方、一次エネルギー消費量、電力消費量の対前年増加率はそれ
ぞれ0.9%、0.5%にとどまり、石炭消費に関しては3.7%の減少となった。


かつて李克強首相は、経済成長を判断する際に電力消費量、貨物輸送量な
どの主要指標を重視していると言われた(修一:そこそこ信用できるデー
タがそれしかないため)。電力消費量の伸びなどが公式発表のGDP成長率
を大きく下回ったことから、実際のGDP成長率はもっと低かったのではな
いかという見方がある>


暫くご無沙汰していた柯隆・東京財団政策研究所主席研究員も「中国はハ
イテク分野で世界をリードできるのか」2021/2/12で疑問を呈している。



<中国企業の国際競争力はどのレベルにあるのだろうか。この質問の答え
はそれほど簡単なものではない。なぜならば、中国企業の得意分野と不得
意分野がそれぞれあるからである。



製造業では工作機械の製造技術が生命線になっている。中国メーカーの工
作機械の国産化率について、ローエンドのものは82%、ミドルエンドは
65%であるのに対して、ハイエンドはわずか6%しかない(いずれも2018
年)。エンジニアによると、中国企業がハイエンドの工作機械を作れない
のはその技能を習得していないからである。


ファーウェイはコストパフォーマンスの良い商品を大量生産して販売する
戦略を展開しているが、製品に使用されるハイエンドの半導体チップは外
国企業から調達しなければならない。アメリカ政府による制裁を受けて、
スマホなどを減産せざるを得なくなった。


実は、中国人が一番得意なのはコツコツと技術を磨いてそのレベルを向上
させることではない。中国人が得意なのは売上を実現するビジネスモデル
の構築である。アメリカのGAFA(Google、アマゾン、Facebook、アップ
ル)に対抗しているのは中国のBATH(百度、アリババ、テンセント、
ファーウェイ)である。BATHはまさに効率的なビジネスモデルを構築した
から市場競争に勝ち抜いたのである。アリババやテンセントなどはハイテ
ク企業というよりも、優れたビジネスモデルを考案して成功を収めている。


結論的にいえば、中国産業の実力はまだ世界を凌駕するレベルに達してい
ない。これまで多国籍企業のビジネスモデルや技術を見習って成長してき
たが、これからはもっと市場を開放して市場競争のなかでさらに進化しな
ければならない。基礎研究を強化するなら、オープンイノベーションを含
むありとあらゆる政策を実施して推進していく必要がある。仮に鎖国して
内向きになった場合、中国企業のさらなる成長は絵に描いた餅になる>


鎖国・・・「連帯を求めるも孤立を恐れず」は毛沢東流だ。習近平は毛の
「長征」を真似て支那大陸に逼塞、時期を待って怒涛の進撃をし、アジ
ア、インド太平洋を一気に制覇する、という戦略を描いているかもしれない。


乞食部隊の毛にはスターリンの支援があった、習にはプーチンの支援があ
るか? プーチン・ロシアは大市場としての中共は歓迎するが、大帝国、
覇権国家の中共は望まない。習が戦争を始めても「フグリ戦略」、協力す
れど介入せずだろう。


大体、ロシアは習の「中央アジアを通って欧州まで行く」一帯一路に不快
感を持っていた。中央アジアはロシアの縄張りだったのだから、プーチン
も「習近平、嫌な野郎だ、ご先祖様がアムール川で清国人狩りをした気持
ちが分かるぜ」と思ったろう。


ロシアの支援が“お義理”では習近平の夢は儚い夢で終わるどころか、中共
は解体へ向かう可能性が高い。


ソ連がこけた際に配下の構成国はそれなりに自立、独立、例えばユーラシ
ア大陸中央の内陸地域ではウズベキスタン、カザフスタン、キルギス、タ
ジキスタン、トルクメニスタンの中央アジア5か国はイスラム教スンニ派
国で、今はロシアとは是々非々の付き合いのようである。古来からシルク
ロードの要衝の地であり、今でも原油、天然ガスのパイプラインが設置さ
れ欧州などへのエネルギー輸送ルートにもなっているそうだ。


中共がこけたところで誰も困らない。支那の民にとって国家の栄枯盛衰は
大昔からであり、十分に鍛えられているから強かに、伸び伸びと生きてい
くだろう。言語・文化・民族別に20ほどの国になるといい。習近平は図ら
ずも支那の近代化・現代化に貢献した「最後の皇帝」として記憶されるか。



「インテリジェンス 1941 ― 日米開戦への道 知られざる国際情報戦」から。


<ドイツのポーランド侵攻から2日後の1939年9月3日、ロンドンから70キ
ロ離れた田舎町「ブレッチリー」に奇人変人のアラン・チューリングが降
り立った。英国の名門ケンブリッジ大学卒で米国へ渡り、アインシュタイ
ンを擁するプリンストン高等研究所で学んだ。


チューリングの独創性はずば抜けており、24歳の時にはコンピュータの仮
想原型を創り、アルゴリズム*の概念を定式化した(*計算手順の単純
化=プログラムにより短時間で解を得る仕組みらしい)。ロケット工学の
父、ジョン・フォン・ノイマン(原爆、コンピュータ開発にも寄与)は
チューリングを助手に欲しがっていたという。


チューリングが訪ねたのはブレッチリー駅から5分ほどの邸宅「ブレッチ
リー・パーク」。ここは英国の秘密情報部MI6の暗号解読研究所だった。
天才的な暗号解読専門家、「コード・ブレイカー」が集められていた。


1940年1月、ワルシャワ税関でドイツの「エニグマ」暗号機が偶然発見さ
れた。ドイツ大使館員が「誤って送った小包をすぐに返せ」とすごい剣幕
でまくしたてたことから税関職員が怪しみ、「まだ小包は届いていませ
ん」と大使館員を押し返し、ポーランド軍情報部に通報。



すぐさま駆け付けた情報部員が、あとが残らないように慎重に小包を解
く・・・わらの中から現れたのは、黒く輝く「エニグマ」だった。世界中
の情報機関が喉から手が出るほど欲していたナチスの秘密をついに手中に
収めたのだ。


「エニグマ」は部品のひとつひとつまで徹底的に調べ上げられ、写真を撮
られ、図面が引かれた後、何食わぬ顔でドイツ側に引き渡された。大使館
員はご満悦だった、秘密を奪われたとは知らずに・・・>(つづく)

・・・・・・・・・・・・

中共はパクリ、情報窃取が上手いが、以前は違った。


満洲族の王朝、清朝あたりからなのか、「我が国は世界の王である、最先
端の国である、大清帝国である」という意識が大いに高まった。帝国以外
は皆蛮族だから、学ぶべきものはない、また帝国の安寧秩序を維持するた
めに工業技術発展は抑制する、全ては建国の時代のままに、という、徳川
時代のような「旧套墨守」が国是となったようだ。


支那の大発明としては漢字、羅針盤、火薬、紙、印刷という革新的テクノ
ロジーが有名だが、その後は纏足(てんそく)、宦官(かんがん)、科
挙、弁髪という、何やら秩序維持のための規制が増えて、清朝末期には
「努力し、創意工夫して発明するのは邪道だ、人心を攪乱しかねない」と
いう価値観が定着していたようだ。


初めて蒸気船を見てビックリした日本は、「このままでは世界列強に遅れ
をとる」と焦り、数か月後には優秀な職人が蒸気機関のメカニズムを解明
した。一方で大清帝国は“眠れる獅子”と畏怖されてはいたが、蒸気船を見
ても「ただのオモチャ、バカバカしい」と危機感をもたずに英国など先進
国にいいように蚕食されてしまった。


テクノロジーとかサイエンスの軽視は今でも支那民族の負の遺産として
残っているようで、自動車産業でも「現在、中国の自動車メーカーは半数
が数年内に淘汰されるだろうと専門家の意見があるくらい、(合弁の)外
資メーカーに市場シェアを侵食されており、品質が実際には向上している
にもかかわらず『中国の製品は粗悪なものが多い』と、先入観のみで判断
をされるという限りのない劣勢が続いています」(MOBY、2017年)


柯隆氏が指摘するように、中共はモノづくりでも地道に力をつけて行けば
いいのだが、今進めているのは「千人計画」「中国製造2025」「中国標準
2035」で、「人材を養成する」のではなく「世界中からカネで人材を呼び
込む」という方向だ。これでは中国人の優秀な人材はなかなか育たないの
ではないか。


明治維新後の日本は高額報酬で「お雇い外国人」を招致したが、それを教
師として多くの若者が育っていった。拙速が大事なこともあるが、基礎研
究を含めて地道に能力を高めることが本物の国力になるのではないか。


習近平・中共は焦りまくっているように見えるが、予定が決まっており、
遅れるとまずいのか。「建国100年の2049年まで俺は待てない、あと5年か
10年で俺はヂヂイだ、バイデンみたいに呆けないうちに世界制覇! 前倒
しでやらんと俺が倒れちゃう」、焦る気持ち、分からないでもないが、転
ぶリスクも高い。


急いては事を仕損じる。暗殺を招くような強権独裁を続ければ天誅という
ピンポイントミサイルが飛んでくるのではないか。小生には楽しみだが。

目安箱:ishiifam@minos.ocn.ne.jp

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2021年04月01日

◆雀庵の「諜報活動/インテリジェンスと日本(2」

“シーチン”修一 2.0


【Anne G. of Red Gables/277(2021/3/30/火】「歌は世につれ、世は歌に
つれ」というが、出版社も似たようなもので、世情に迎合したり、煽った
りする。それなら新刊チェックは世間の風向きを知る上でそこそこ有効だ
ろう。


産経の広告に水野均著「大国の興亡と戦争 ― 国際政治の構図と日本の針
路を考える 」があった。版元のサイトにはこう紹介されている。


<「海上大国」と「陸上大国」が動かす国際政治。両大国の戦争の歴史か
ら、日本の進むべき道を問う


世界全体の人の歴史を振り返ってみると、太平洋、大西洋、インド洋と
いった広い海を支配する大きな国「海上大国」と、陸の中でもユーラシア
大陸を支配する大きな国「陸上大国」が、戦争が繰り返す中で国際政治を
動かしてきた。この戦争の歴史を古代から現代まで検証することを通し
て、日本の位置付けを考察する>


アマゾンには関連本として高山正之・馬渕睦夫著「世界を破壊するものた
ちの正体 日本の覚醒が『グレート・リセット』の脅威に打ち勝つ」も紹
介され、カスタマーレビューにはこうあった。


<日本は戦後ずっとGHQとその背後にいるディープ・ステート(闇/裏の政
府)の影響下にあって、そこから逃れられなかった。そこへトランプが出
てきて「主権国家らしくふるまえ」と言われ、戸惑った。


トランプはアメリカ・ファーストのあとに必ず“各国ファースト”と付け加
えている。つまり「どの国も自国民を大切にする国になれ」と言ってい
る。また自国の歴史、価値観を尊重しなければならない。そういう精神が
あってこそ国は強くなれると強調している。


日本なら日本という歴史を尊重し敬意を払い、日本の価値を大切にし、そ
してそこから生まれた日本の文化を守り育てていくということ。それこそ
が日本を守り、日本を繁栄させることになるのである。


東京裁判史観を見直して、戦勝国が自らに都合よく描いた歴史は元に戻さ
なくてはならないと、馬渕氏は主張する。日本人は今こそ覚醒すべきなの
である>


この手の“硬派向け真面目=危険な本”はベストセラーにはならないが、時
流に乗れば3年間で3000部、上手くいけば5000部はイケるかもしれない。
出版業は大手以外は儲からないが、出版人の多くは「大好きな仕事だか
ら・・・」と清貧に甘んじている。クソ真面目な学者、職人もそんなもの
だろう。小生も成仏できずに不運にも人間に生まれ変わったら再び記者と
して出版業界の末席を汚したいものだ


人間は己を見ても厄介な存在だが、地球にとっては実にうっとうしい生き
物だろう。たった100年で2回も世界大戦をし、地球を傷つけ、ちっとも懲
りずに3回目も始まりそうな雰囲気だ。戦争のたびに「国際兵器博覧会」
の如くに新製品であふれ、規模がどんどん大きくなっている。襲われない
ためには優れた兵器の開発、装備が不可欠だと皆必死だ。人間の業、宿命か。


第2次世界大戦で登場したテクノロジーもいっぱいあり、レーダー、暗号
機、原爆はまさに当時の革命的な「三種の神器」だった。理系脳、恐るべ
し。彼らは我らに災いをもたらす悪鬼か、はたまた災いを抑え込む天使
か・・


WIKIによるとレーダーは「電波を発射して遠方にある物体を探知、そこま
での距離と方位を測る装置。人間の目が見ている可視光線よりもはるかに
波長が長い電波を使用することから、雲や霧を通して、はるか遠くの目標
を探知することができる」。電波式望遠鏡だな。


英国は電磁波で殺人兵器を作ろうとしたが、それは諦めて、1935年に電磁
波による航空機の探知に成功した。1940、1941年にはマイクロ波レーダー
の開発に世界で初めて成功、これによってイタリアの新造戦艦数隻の夜間
撃破に成功した。レーダーへの警戒心ゼロだった伊にとっては全くの寝耳
に水だったとか。


英国はドイツ軍の空襲に対する迎撃でもレーダーを大々的に使用し、ドイ
ツの英国本土侵攻の阻止に大いに役立てた。ジョンブル、大英帝国、恐る
べし。


暗号機の歴史は古い。「エニグマ(謎、の意)」は1918年にドイツによっ
て発明された電気機械式暗号機で、1925年にはドイツ軍が正式に採用し
た。「インテリジェンス 1941 ― 日米開戦への道知られざる国際情報
戦」から。


<ナチス・ドイツはエニグマの暗号化の機構を複雑にすることに情熱を注
いでいた。やがて暗号のパターンは当初の1万7576通りから100万通り、1
億通り、1兆通りと跳ね上がっていった。ドイツを警戒していたポーラン
ドはエニグマ設計図を入手して製造に成功していたが、その日の暗号キー
が分からない限り解読は不可能だった。「エニグマは解読不能である」ド
イツは絶対の自信を持っていた。


1939年9月1日、ドイツは(独ソ不可侵条約による欧州の独ソ二分割密約に
より)ポーランドへ侵攻した。ドイツ軍の戦術は「電撃戦」で、それを可
能にしたのが「エニグマ」暗号機だった。


電撃戦では「陸の戦車」と「空の航空機」の緻密な連携が成功のカギを
握っている。高速移動の戦車が縦列で敵陣を一気に突破する、それを支援
する爆撃機が猛スピードで降下し敵陣を爆撃して素早く離脱する。


敵味方が入り乱れ、識別が難しい戦場では、一歩間違えると同士討ちの危
険がある。また戦車の進撃が遅れると爆撃機は敵の高射砲の餌食になる。
陸軍と空軍の連携をとるためには無線通信による指揮命令系統が完璧に機
能する必要がある。この水際立った陸空共同作戦を支えたのが「エニグ
マ」だった>


うーん、月刊「丸」などを愛読する戦争オタクの気持ちが分かるなあ。戦
争は原始以来の男の本能を呼び覚ますのだろう。「エニグマ」暗号は解読
不可・・・誰もが観念した、奇人変人のアラン・チューリング以外
は・・・(つづく)

・・・・・・・・・・・・・

平時と戦時では必要とされる人間・能力が違うのだろう。背が高く、足が
長くてマスクもいい・・・平時にあってはチヤホヤされそうだが、野戦で
は撃たれ弱そうだし、狭い潜水艦内や戦車、コクピットでは身動きが取れ
ずに、いい兵士にはなれそうもない。


むしろ小生のようなチビ、短足、筋肉質、粘着質、単純、狡猾、猪突猛進
型が良さそうだ。臆病だった兵がある日突然、勇猛果敢というか攻撃的
な、まるで戦争の犬、猟犬のようになることもあるとか(石光真清の手記)。


戦争はないに越したことはないが、イザという時に国民皆兵で戦わないと
民族のパワーが衰えるばかりで、これが結果的に亡国になりそうだ。老い
さらばえた毒なしマムシにもチャンスを!と言いたいが・・・オニモツ、
アシデマトイ、ジャマだろうなあ。ネットでシコシコ、戦意高揚のアジを
飛ばすのがせいぜいか。


笹川陽平氏はミャンマーの安定にずいぶん努力していたが・・・一寸先は
闇、どんな気持ちなのだろう。諦めない、というのは大変な根性、気力、
体力が要るものだ。

目安箱:ishiifam@minos.ocn.ne.jp
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2021年03月31日

◆雀庵の「諜報活動/インテリジェンスと日本(1」

“シーチン”修一 2.0


【Anne G. of Red Gables/276(2021/3/29/月】我が家の前で少し「くの
字」に曲がる東西通りは車1台が通るのがやっとだが、このところ事故が
多い。26日の午前10時頃にはチャリのオバサンがこけた。「あっ、人が倒
れてる!」とカミサンが叫んだので下の道路を見たら、右側頭部から出
血、気絶しているオバサンと、その頭を支えている青年の周りに数人のヂ
ヂババが心配そうに佇んでいる。


「行ってケアしてやったら」と言うとカミサンは「何で私が」、「看護婦
なんだから応急手当したらいいじゃん」。それでも彼女は動かなかっ
た・・・なぜか。そこには重大な秘密があったのだ。パジャマかつスッピ
ンだから前線に押っ取り刀で駆けつけるわけにはいかないのである。支度
に20分近くはかかる。


鴎外の「渋江抽斎」には、抽斎が侵入強盗2人に刀で威嚇されていると、
それを察知した奥方は風呂場から腰巻ひとつ、口に短刀、手に熱湯の桶ふ
たつをもって参戦し、強盗を叩き出したとある。武士道の妻、さすがであ
る。奥方は武道の心得もあったが、周囲がその武勇を讃えるといつも恥じ
らっていたという。


どうだ、同志諸君、これが女ぞ、大和撫子ぞ。そう言えば東京外大インド
ネシア語科出身の撫子は凄かった。旦那は売れない芸術家だったが、「あ
んた一人ぐらい私が面倒見るから、どんどんやりなさい」と奮起を促し、
その勢いで小生も「これ、すぐに400万になるから」と折伏されて、ふく
よかなイタリア女のオブジェを120万で買ったものだ。今は玄関に置いて
いるが、美術商が見に来たことはない・・・22世紀あたりには結構な値段
になるか?


ケガしたオバサンはやがて救急車に乗って去ったが、介護していた青年と
見守っていたヂヂババが、救急車を待っている際にもにこやかに会話し、
救急車が去ってからは記念写真を撮っているのを見て、小生は「そういう
場面じゃないだろうに・・・」と変な感じを覚えたが、後でカミサンが言
うには、


「あの若者ね、プロボクシングのチャンピオンなんだって。○○の奥さんは
チャンピオンベルトを付けてもらって一緒に写真撮ったのよ!」


隣町のボクシングジム出身だという。調べたらスポニチ新聞2021/3/19に
こうあった。「プロボクシングの日本スーパーバンタム級王者・古橋岳也
(33=川崎新田)が19日、川崎市の福田紀彦市長(48)を表敬訪問した。
古橋は今年1月、久我勇作(ワタナベ)に9回TKO勝ちしてプロ36戦目で王
座を獲得。川崎生まれ、川崎育ち、川崎市内のジム所属選手で初の日本王
者となった」


ふーん、我が街の「あしたのジョー」、小生の中学校の後輩でもある。中
共包囲殲滅戦に夢中になって灯台下暗し・・・彼にとって今が一番輝いて
いる秋なのだろうなあ、初防衛戦は8月2日、後楽園ホール。カミサンに連
れて行ってもらうか。


「きのうのジョー」の小生は介助者がいないと遠出できないが、小生のシ
マの桜の名所(二か領用水沿い、上流の新川沿い、緑が丘霊園)は早朝の
チャリ散歩でたっぷり楽しめた。見納めになってもいいようにじっくり、
しつこく、舐めるように、いささか偏執狂的に愛で、もう思い残すことは
ないだろう。「サクラ、俺は旅に出る・・・」


ところがそうはいかないことがある。ライフワークのような「共産主義撲
滅&日本再生への道」の研究は、学べば学ぶほど奥が深くて、まだまだ中
学生レベル。知らないことがどんどん増えてきてトンネルの出口がいつ見
えるのか、全然分からない。トンネルを抜けるとまたトンネルだった、ま
るで京浜急行。


一歩一歩、シコシコ、先人の研究を勉強し、「こういうことなのだ」と自
分なりに納得したい、せめて第2次大戦勃発から今日までの戦史を知り、
それを糧に明日のための方向性を打ち出したい、と願っているのだが・・・


まあ、学べば学ぶほど奥行きが深くなる、頂上が高くなるから「学問に成
就なし」ということだ。とりあえず連載「ヴェノナ 我らの内なるスパイ
網」を前回で終わりにして、今回からは外交=戦争に不可欠な「諜報活動
/インテリジェンス」をテーマに考えていく。


以下は落合道夫・東京近代史研究所代表の「なぜ日本はあのとき『真珠湾
攻撃』を決断したのか」から抜粋。


<独ソ戦を控えたソ連のスターリンの戦略は、日本の軍事力を北上させな
いことであり、その第一弾が支那事変工作、第二弾が米国の太平洋政策を
利用した日米戦争工作であったのである。


(支那事変以降)ルーズベルトは日本を追い詰めてゆく。1939年には長年
の日米通商航海条約を一方的に破棄し、1941年には米陸軍航空部隊を蒋介
石の義勇軍(フライングタイガー)に偽装して投入する。明らかな宣戦布
告なき軍事攻撃である。しかし日本は日米交渉による平和解決を求めて隠
忍自重した。


さらに米国は日本を追い詰めてゆく。1941年6月に独ソ戦が始まるとソ連
支援のため中立法の解除が必要となり、自衛名目を作るために対日挑発行
為を加速した。いわゆる裏口からの参戦である。7月には米国は支那事変
に苦しむ日本の在米資産を凍結し、8月には戦争遂行に不可欠な石油、鉄
クズ輸出を禁止した。


それでも日本は野村吉三郎を特使として送り必死に日米和解を求め近衛首
相は首脳会談まで提案した。しかし米国は頑なに拒否し、その総仕上げが
11月27日の支那満州からの全面撤退を要求する「ハルノート」となったの
である。


ちなみにこのハルノートはスターリンが原案を作りNKVD工作員パブロフが
ワシントンに持参してソ連スパイの財務省次官のハリー・ホワイトに伝
え、それが財務長官、大統領経由でハル長官から発出されたものという。
ソ連は日米戦が始まれば日本の軍事力は確実に南に向かうので、安心して
対独西部戦線に専念できる。


発出されたハルノートを見て、スターリンはおおむね満足したという。こ
うして日本はソ連と米国の謀略により対米戦以外避けることのできない絶
体絶命の罠に陥ちていったのである。


日米戦の開戦理由の研究は今でも両国に東京裁判のしばりが残っているよ
うだ。「真珠湾」の著者、歴史家モーゲンスタインは米国では日米開戦前
の経緯を調べることは喜ばれないと述べている。


しかし、「米国の鏡日本」を著したヘレン・ミアーズ女史は戦前の外交記
録を調べれば米国が日本を圧迫し日本が必死に戦争を回避しようとしたこ
とは明らか、と記している。米国の歴史専門家は真珠湾攻撃が日本の自衛
反撃であることを知っているのだ。


その後米国は原爆まで落として1945年に日本を滅ぼしたが、米ソは対立
し、1949年には支那満洲が共産化し、米国は営々と築いてきた支那の全拠
点から追い出されてしまう。まさに米国の極東構想は「捕らぬ狸の皮算
用」に終わったのである。


そこで1951年にマッカーサーは米議会で、支那の喪失と共産化は米国太平
洋政策百年の最大の失敗と総括した。その後米国は日本防衛の国防費を節
減すべく、日本の再独立と再軍備に向けて対日政策を180度転換して行く
のである>


まったく激動の時代だった。そこには激しい諜報戦があり、日本は世界最
高の暗号システム「パープル」を開発したものの英国チャーチルに突破さ
れ、敗戦後にそれを知ったが後の祭り・・・諜報戦の生の現場を山崎啓明
(NHKディレクター)著「インテリジェンス 1941 ― 日米開戦への道 知
られざる国際情報戦」を引用しながら学んでいきたい、コケて大怪我をし
ないために・・・

目安箱:ishiifam@minos.ocn.ne.jp

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2021年03月29日

◆雀庵の「ヴェノナ我らの内なるスパイ網(13)

“シーチン”修一 2.0


【Anne G. of Red Gables/275(2021/3/27/土】すっかり春になって6時前
には明るくなり、雀たちが「朝飯マダー?」と待っているからボーっとし
てはいられない。


部屋に入れて保護していたブーゲンビリア4鉢などを日射しに慣らすため
に朝には外に出し、夕方には内に戻すのも面倒だが、手抜きするとすぐに
死んじゃうからやらざるを得ない。自業自得、因果応報というか、ま、自
己責任、自らまいた種ということで、「苦あれば楽=楽しみあり、楽あれ
ば苦=世話あり」、結婚や子育て、人生と一緒だな。


結婚、子育て。男は先楽後憂で短期間(10〜15年?)は楽しむものの、そ
の後は無視されたり苦労したり、女は先憂後楽で苦労するが、その後は
長ーく楽しむ、か。


女子の生理、男子の生理。男の苦しみは一種の地獄ではないか。猿と同様
で、力のあるオスは多くのメスを抱えて子孫を増やすというのが神様の与
えた初期設定だから、軟弱で冴えないオスは残念無念。


普通の男子はまずモテナイから女子の機嫌を取るために奢ったりするけれ
ど、ほとんど無駄。生理が重症化するとお娼妓さんに治癒してもらったり
するが、治療費は3〜5万円もかかる。何だかんだで金欠病を併発してトホ
ホ・・・青春は概ね悲惨になる。


会社や政府が男子の生理による負担を軽減するために補助金を出してくれ
ないかなあ、と男子は声を上げたいが、それを言っちゃあオシマイよ、女
子からは間違いなく「キモッ!」、男子からも「バカか、モテたければ出
世するしかないんだよ、出世!」なんて軽蔑されたり。男はつらいよ、
ンッタク・・・牝鶏鳴きて国滅ぶのじゃないか。


16世紀に南米は欧州人に侵略されたが、猿と同様に人間の雄は負けた雄を
殺したり追放する。猿は子供も殺したようだが、学者曰く「それは育児期
間は雌の排卵が抑制されるからで、勝者は寡婦となった雌(畑)と交尾し
て自分の子供をどんどん産またいわけ」という。人間も同様だろう。


20世紀までは近代医療が未発達で子供はなかなか育たなかった(5人産ん
でも2人しか成人しないなど)ため、とにかく安全保障のために子作りが
大事な仕事だった。


女(畑)は頑張って運がよければ一生に5〜10人ほどは産めるが、明治頃
までは成人に育つのは1〜5人あたりか。一方で男は20〜30人の女を懐妊さ
せることができるから、上手くいけば10年20年で50人ほどの子供を持て
る。第11代将軍・徳川家斉は正妻の他に側室24人、“お手付”が20人以上
で、名前が確認されている子供だけでも男子26人、女子27人とか。徳川家
を維持発展させるために世継ぎを産むのが最大の仕事だったわけだ。


敗戦国の女は自分の夫や子供を殺した敵である男と交尾するか。今の価値
観では否定されるだろうが、何万年も昔から猿と同様にそれは普通だった
ろう。白人に侵された南米では先住民の男はほぼ絶滅したどころではな
い、先住民の女は強者=白人の子供(混血、ハーフ)を競って産んだらし
い。何十代もそれが続けば、逆に純粋先住民に似たような顔つきの子供が
生まれると“まるで野蛮人、サルみたい”と嫌悪されたようだ(今で
も!)。「異端」がある時期から「正統」に転換するのだ。そして本来の
正統は原始人と蔑まれる。


日本が米国に占領されていた時代、「日本の婦女子の防波堤になる」ある
いは「生活のためには身を売るしかない」という決意でパンパンやオン
リーさんになった撫子は多かったろうが、「敗戦国に未練はない、日本は
もう終わったのだ」と勝者=白人に擦り寄った女も少なくはなかったろ
う。オンリーさんは羅紗綿(らしゃめん、洋妾)と蔑まれたが、米国によ
る占領が長引き、男が駆除されたり奴隷状態に置かれたら、今頃日本は白
人系と黒人系ばかりになっていたのではないか。女は強い男の庇護を受け
たい、そのためにはカスガイとして子供をなしたい、というのは本能だろう。


「戦争」という緊張がないと(つまり平和が長続きすると)人種、民族、
国民という結束は弱まり、男女の紐帯も怪しくなる。しかし、戦争の危機
が高まると「戦士向きの勇猛果敢な男子」の需要が高まるから、産めよ増
やせよの肝っ玉母さんも増えてくるとか。戦略家のルトワックらは戦争
(命懸けの競争)は民族、国民を活性化させると説いている。先進国の過
度の平和は確かに人口減を招き、個人主義が過度に叫ばれ、国民の結束も
劣化するばかり。人間性や文明文化を劣化から救うには戦争やその緊張が
必要だという説は説得力がある。


共産主義は家族、人種、民族、国民という結束を否定し、「共産党中央=
独裁者」への忠誠心こそが唯一の正義だという宗教である。原始以来の人
間本来の価値観と大きく外れるから未だに成功例がなく、失敗ばかりで
100年もった国はない。米国は戦後の共産主義の駆除が曖昧だったために
リベラル≒アカ(リベラルを装った共産主義独裁信奉者)が復活してし
まった。愚の骨頂。


「ヴェノナ 解読されたソ連の暗号とスパイ活動」からの続き。


<「ヴェノナ」解読文は、米国共産党がソ連のスパイ活動を支援している
という事実を明らかにした。このことが、トルーマン政権をして1947年の
行政命令に踏み切らせたのである。これは「米国政府の公務員は合衆国へ
の忠誠心と秘密保全上の厳格な身上調査を受けねばならない」というもの
で、1950年代初めにアイゼンハワー政権がこれを強化した。


また、1948年にトルーマン政権の司法長官が、米国共産党指導者を「スミ
ス法」の反政府扇動罪で起訴した時にも「ヴェノナ」から得られた理解が
もとになっていたことが今日ようやく分かったのである。米国共産党とソ
連諜報活動とは深く関係していることは一般国民にも浸透した。


ソ連が1942年から45年(の大戦中)に行った米国に対する無制限のスパイ
活動は、あたかも敵国に対する類のもので、40年代末にはその規模と強い
敵意は「ヴェノナ」に明らかで、冷戦は第2次世界大戦の何年も前から始
まっていたのである>(とりあえず終わり)

・・・・・・・・・・・・・・・

小生は2001年の9.11米国同時多発テロで会社整理に追い込まれ、そのスト
レスもあったのだろう、胃がんで入院し、療養中に近代史をたまたま学び
始めたため10年、20年でどうにかアカ的な思考を除染できたが、アカでメ
シを食っている労組の専従、アカ団体の職員、日教組、日共、立民、朝
日、岩波などの人々は、除染する、あるいは歴史を学び直すということは
まずしない。ズブズブだからアカ利権を手放すなんて考えもしないだろう。


天動説の世界で地動説が認知されるのに紀元前300年から西暦1700年まで
の2000年かかった。宗教という既得権益集団は、この世の天も宇宙も大地
も人間も動植物も唯一神が創ったことにしているから、太陽系宇宙や、宇
宙の中心が地球ではないというような地動説では聖書の否定になり、到底
受け入れられるものではない。未だに宗教、宗派によっては天動説を唱え
ている。


アカ思想とか共産主義信仰の「マルクス教」は預言者レーニンにより、
1917年のロシア革命でマルクス神が降臨し、ソ連という“この世の天国”を
創ったことに始まる。ところがいつの間にか天国は地獄になり消滅、入れ
替わりで第2代の天国は中国になった。9000万の信者(党員)にとっては
確かに天国かも知れないが、それ以外の13億、なかんずく6億の貧者(棄
民)にとっては「飢えないけれど夢を持てない地、まるで生き地獄」のよ
うだ。実態がどんどんばれて今は世界の嫌われ者になっている。


ここに「我こそは正真正銘の正統派天国たらん」と急速に第3代に名乗り
を上げたのが米国リベラル=アカ教団である。「第2代の信仰には濁りあ
る、教義を汚している」ということなのか、ただの縄張り争いなのか、小
生にはよく分からないが、独裁政治で米国民を抑え込み、黙らせて、挙国
一致体制で中国のボス一派を倒して「正統派による赤色世界革命を」とい
う野望を持っているのかもしれない。世界はこの遅れて来たアカに「なん
だコイツ、何考えてんだ」と疑心暗鬼になっているようだ。


今どきのアカ・・・ポスト中共の世界の頭痛の主役は米国アカになり、先
進国では出生率が高まるかもしれない。米中ガチンコは日本独立のチャン
スだ。

目安箱:ishiifam@minos.ocn.ne.jp

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2021年03月27日

◆雀庵の「ヴェノナ我らの内なるスパイ網(12」

“シーチン”修一 2.0


【Anne G. of Red Gables/274(2021/3/23/火】37年振りにヒゲをすっかり
剃った。カミサンは「ギャーッ! どーしたのよ・・・」と叫んだ。鏡の
中の小生はまるで他人みたいで、カミサンが驚くのも無理はない。


「髪ももうウンザリだ、邪魔くさい。切ってくれ」「でしょー、ホントに
面倒よね」


風呂場で3年伸ばしたポニーテイルを15センチほどざっくり切り落として
もらった。ああ、さっぱり。♪長い黒髪 プッツリ切って帰るカモメにた
くしたや・・・気分上々。この解放感は、髪を伸ばしたからこそ得られる
ものだが、3年間の隠忍自重を考えるとちっとも割に合わない。ずいぶん
無駄なことをしたが、女も「長い黒髪」にウンザリしているようで、今は
ほとんど見かけない。


長髪族は今でも世界で頑張っているようだ。インドのシーク教徒は有名だ
が、ターバンで髪をくるんでいる。時々我が町でも見かけるが、洗髪とか
手入れはどうしているのだろう。清朝時代(満洲王朝)の支那では辮髪
(弁髪、細くて長いマゲ)が強制された。


<魯迅の短編「髪の話」(1920)の一節に次のような記述が見られる。


ねえ、きみも知っているだろ、髪の毛ってのは、われわれ中国人には、宝
でもあるし仇でもあるんだよな。昔からどれだけたくさんの人が、そのた
めに理由のない迫害を蒙ったことか!


辮髪が通り相場になったあと、今度は洪楊の乱(洪秀全・楊秀清の乱=長
髪賊の乱、太平天国の乱とも)だ。ぼくの祖母が話してくれたことだが、
あのときは人民こそ災難だった。髪を(好きに)全部伸ばせば官兵に殺さ
れるし、辮髪のままなら長髪賊に殺されるんだからな。どれだけたくさん
の中国人が、この痛くもかゆくもない髪の毛のために苦しみ、いじめら
れ、命を落としたことか>(世界史の窓)


明治4年の断髪令(マゲを結わなくてもいい、好きにしろ)では「残念
派」と「さっぱり派」があり悲喜こもごもだったが、「散切り頭を 叩い
てみれば 文明開化の 音がする」と、一種の流行みたいに散切り頭になっ
ていったようだ。


付和雷同は世の常か。「智に働けば角が立つ、情に棹させば流される。意
地を通せば窮屈だ。とかくに人の世は住みにくい」(漱石)。人は概ね
「易きに付く、易きに流れる」。我が道を行く、のは格好いいが、成功す
れば称賛され、失敗すればバカにされる。ただ、歴史をたどると、「少数
派=新勢力が徐々に勢力を増し、やがて多数派=旧勢力を抑え込む・駆逐
する」という図式だろう。


旧勢力が自ら時代の変化、趨勢、潮流に乗り、新体制へ転換していくとい
うのはまず聞いたことがない。旧勢力には既得権益を守りたいという本能
があるから、体制変革がどうしても中途半端になってしまい、新勢力の期
待に応えられないようだ。


ソ連後のロシアは共産党・国営企業人脈のオリガルヒ=新興財閥が利権を
得、国民の不満はつのるばかり。タイでは昨年から若者(共産主義系?)
を中心とする反軍政・反王政デモが続いている。ミャンマーは軍の利権保
持のため軍政回帰が露骨に進められ、丸腰のデモ隊は300人ほども射殺さ
れ、まるで内戦一歩手前だ。


まったく新旧ガチンコのタネは尽きない。レーニンは「帝国主義戦争を内
乱に転嫁せよ」と号令をかけたが、今は「内乱を対外戦争に転嫁せよ」と
いう時代かもしれない。外に敵を創ることで国家の求心力を高める・・・
これを今もっとも必要としているのは中共と米国ではないか。


国民の分裂、不満のエネルギーを外に向けさせる、そのために戦争、紛
争、緊張を高める、その点で米中の為政者、習近平一派と米民主党は利害
を共有しているように見える。台湾海峡での米中軍事衝突は切迫している
だろう。


<日米、台湾海峡有事へ懸念共有 防衛相会談で連携確認 共同通信
2021/3/21


バイデン米政権下で初めて行われた16日の日米防衛相による対面会談で、
米中間の緊張が高まる台湾海峡で不測の事態が起きかねないとの懸念を共
有していたことが20日、複数の日本政府関係者の話で分かった。台湾有事
に際しては緊密に連携する方針も確認した。


中台双方の対話による平和解決を追求する立場の日本が、台湾有事を議題
としたことが明らかになるのは異例。日米の具体的な対処策が今後の課題
になる。会談には岸信夫防衛相とオースティン国防長官が出席した。中国
の圧倒的な軍備増強により地域の軍事均衡が崩れている現状に対する、日
米防衛当局の危機意識が浮き彫りになった形だ>


これに対して台湾外交部の欧江安報道官は22日、「米国と日本の台湾海峡
の平和と安定への重視に心から感謝すると述べた」(中央フォーカス)。
中共 vs 米・日・台・豪連合軍になるかもしれない。これを機に日本は尖
閣に港湾とヘリポート、宿舎を造ることになるか。


「ヴェノナ 解読されたソ連の暗号とスパイ活動」からの続き。


<ソ連、英、米は1942年初め、ドイツとその同盟国を破るための軍事同盟
「大同盟」を結んだ。それによってソ連はすぐに、米国の「武器貸与法」
による軍事援助を受けられるようになった。その規模は英国に次ぐ大きさ
であり、最終的に90億ドル以上の支援を受け取った。


軍事援助の調整のため、米国はソ連に対して、相互の外交要員を大幅に拡
大し、特別の役所を創ろうと提案し、それに基づいてソ連の軍人や技術
者、技師が数千人も米国に入り、どんな援助が得られるかを調べた。機
械、武器、飛行機、自動車、その他の軍需品がソ連の戦いに最も役に立つ
かを選ぶ調査に従事した。自動車は、40万台近くのトラックがソ連に送ら
れた。


さらにソ連の要員を訓練して装備を維持・管理できるようにしなければな
らなかったし、マニュアルをロシア語に翻訳しなくてはならなかった。ソ
連への運送貨物が注文通り運ばれ、きちんと積み込まれ、正しい船に乗せ
られたかを検査しなくてはならなかった。そのためにソ連海軍の軍人が集
団をなして米国にやってきて、ソ連に引き渡される米国の軍艦、輸送艦を
引き継ぐための訓練を受けた。


米国に来たこれらソ連軍人や技術者の中には、ソ連の主要な対外情報・保
安機関のKGB、ソ連軍の情報機関であるGRU、海軍GRUに属するソ連情報部
員が何十人もいた。彼らは二つの任務を遂行した。


一つ目は「保安任務」であった。KGBの内務保安部門は数十万の正規雇用
者と、数百万の情報提供者を抱え、ソ連国民の政治的忠誠を監視してい
た。ソ連が数千の自国民を米国に送って軍事援助を受ける際には、こうし
た内務保安要員もいたのである。


米国で解読された「ヴェノナ」通信文のかなりの部分は、この保安任務に
ついてのソ連側の通信を傍受・解読したものである。保安任務は米国の安
全保障とは直接関わらないものだったが、軍事援助物資を受け取りに来た
ソ連の輸送船には、一隻当たり1〜3人のKGBなどの密告者が潜入してお
り、ソ連の商船員を監視、追跡、拉致し、その際に米国法は無視されていた。


◆ソ連はすでに冷戦を始めていた: ソ連情報部員の第二の任務は、米国
に対するスパイ活動であった。「ヴェノナ」解読文によると、ソ連は米国
の重要な政府組織、研究所の人間をスパイとして徴募し、米国の多くの極
秘情報を盗み出すのに成功していた、ということだけではない。米国共産
党が実はソ連情報機関の補助組織であったことを明確に暴露しているので
ある。


米国共産党員のうち、数百人がソ連のスパイであり、共産党自体がソ連の
情報機関と連携していた、むしろ積極的に助けていたのである。


米国政府は「ヴェノナ」解読文を情報源に国内の共産主義対策を進めて
いった。1940年代末から50年代初めにかけて行われた連邦政府による米国
共産党員の捜査と起訴は、米国共産党がソ連のスパイ活動を支援している
という確かな事実を前提としていた>(つづく)

・・・・・・・・・・・・

それにもかかわらず今でも米国の共産主義者、FDRルーズベルトの子孫は
「リベラル=アカ」として生き残っている、それどころか繁殖して今は保
守派=反共を圧倒している。何たる皮肉!


大体、圧倒的多数の健全な人間は「飯が食えて面白おかしく暮らせればい
い」のであって、「旗上げゲーム」のように、ひと握りの為政者やリー
ダーが「♪赤上げて、白上げて、白下げて、赤下げない」と言えば付和雷
同するのだろう。


自由民主人権法治という価値観、理念、思想は「それはとても大事だ」と
思う人にとって大事だが、生きる目標が「蓄財蓄妾美酒美食」の人にとっ
てはそんなものは屁の河童だ。


「人間は一様に自由を求めているわけではない、たとえ独裁政治であって
も、秩序、規範、安定を望んでいる」という識者がいたが、マキャベリは
「君主論」で「言論の自由のある不安定な国と、言論の自由はないが安定
した国とどちらがいいか。後者の方がマシだ」と言っている。残念ながら
そういうものだろう。

物質文明は発展するが、人間のオツムは50年くらいしか働かない。次世代
は初期設定されてまた一から始めて50年でお仕舞。寄せては返す波の如
し。これからは波乱の時代で、ビッグウェイブが来るだろう。波に流され
るか、波に乗るか、日本独立へ向けてイザ! 心臓マヒで倒れたりして・・・

目安箱:ishiifam@minos.ocn.ne.jp
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