2020年11月19日

◆雀庵の「中共崩壊へのシナリオ(106」

“シーチン”修一 2.0


【Anne G. of Red Gables/205(2020/11/17/火】産経が鎮座百年大祭奉
祝で「100年の森 明治神宮物語」を長期連載しており、「神宮の森は原
始の森、森の中は入れない」との記述があり、森をこよなく愛してほとん
ど病膏肓の小生は「ホントかなあ、実地調査しないと“森オタク、Forest
Watcher”とは言えない!」とずーっと気になっていた。で、14日(土)、
40年振りに明治神宮を目指した。



小田急「参宮橋」下車。ホームの天井と壁は百年大祭で総ヒノキの化粧で
お出迎え、普通なら宣伝するがコロナ禍で自粛しているようだ。工事中で
案内板が見えず、うろうろしながら西門へ。交番があってちょっとビビっ
た。抑止効果はあるね。


ここから幅8mほどの参道を辿ると、高さ20〜30mの高木が空を覆ってい
る。これが神宮すべての特徴で、「深山の趣、いやあ大したものだ」感動
する。


ただ、「林内には立ち入らないでください」「関係者以外立ち入り禁止」
の標識がとても多く(100個まで数えて諦めた)、そうしなければ小生の
ようなトム&ハックのいたずら小僧の恰好のフィールドになってしまうか
らだろう。


最初は10cm幅のムジナ道ができ、「あっ、道がある、何があるんだろ
う!?」、やがて20cm、30cm・・・50cmになれば堂々とした山道で、70cm
になれば対面交通可。「こっちから行ってみよう、面白そうだ」「あら素
敵、何があるのかしら」。もうどーにも止まらない!


この“道路開拓”が広大な境内のあちこちで進んだら、やがては「都心のオ
アシス神宮の森キャンプ場 穴場スポットはここだ!」なんてムックがで
きたりして(山渓?)。当然、デートスポットにもなって(an.an が特集
しそう?)、それにつられて出歯亀、Peeping Tom も出没、さらに青木ヶ
原樹海みたいに静かに永遠の眠りにつきたい老若男女が押し寄せて整理券
を発行する騒ぎに・・・


神宮当局としては何よりも火事が怖い、米軍の無差別な焼き尽くせ、殺し
尽くせ、破壊し尽くせの空襲でひどい目に遭っているし・・・米国のアカ
は質が悪い。


神宮の皆さんはこうした破壊行為を恐れているから「林内には立ち入らな
いでください」「Off Limits」と訴え、かつ哀願しているわけだ。小生の
ような下賎はテーマパークのように拝観料を徴収するなどして怪しい奴を
排除するが・・・それでも万全とは言えないところが難しい。来る者拒ま
ずが原則だろうし・・・


ノートルダム寺院、首里城・・・火事は原因不明というが「公表できな
い」のが真実ではないか。狂気レベルの一神教患者や正義病のアカなら自
分と仲間以外は悪であり、破壊し尽くして当然なのだから。


災難は忘れたころにやって来る、渡る世間は想定外・・・昨年の台風で長
女一家は床上浸水、この春に多摩川を一望する新築マンション最上階に新
居を構えたが、中共コロナ禍でお披露目がいつできるか全然分からない。
朝飯の時にカミサンが・・・


「3密回避で新居祝いの見通しが立たないから、とりあえずお祝いを持っ
ていこうと思うのよ、幾らにしましょう」「10万とか?」


「ちょっとそれじゃあ・・・」「そんなら30万とか・・・50万とか?」


「うーん・・・」「じゃあ100万とか・・・?」「そうね、100万ならいい
でしょう」


小生の3年分の小遣い・・・古稀の祝いで長女から小遣い5万円を貰ったば
かりだが、長女の投資はあっという間に20倍のリターンになったわけだ。
彼女は金銭運があるようで・・・ま、結構なことである。それにしても想
定外だったなあ。


小生は自分なりに「想定」して行動してきたつもりだが、振り返れば“一
寸先は闇人生”で、塀の内側に落ちたこともあるけれど、大体は「闇の向
こうは虹のかかった草原」、まあ運が良かった。先人曰く「人生は運が9
割」、確かにそういう面はある。


個人の場合はしくじっても自己責任、「リセットしてせいぜい頑張るこっ
た」ですむが、国家、民族といったスケールでの“しくじり、失敗、負け
戦”は実に長期の禍根を残す。宗教絡みの民族対立なんて1000年の遺恨試
合みたい。斗南藩、会津藩は150年たっても「薩長許すまじ、恨み晴らさ
でおくものか」。菊池寛の諭す「恩讐の彼方に」という具合にはいかない。


神宮創建に際して力があった公家の西園寺公望首相は会津戦争で自ら鉄砲
を撃ち、銃弾の飛び交う最前線にいたという。京都アニメじゃないが知ら
ない間に恨みを買うことはある。


事故にせよ事件にせよ、100年の森の消失を取り戻すには最低でも100年は
かかるから、神宮の守り手が火事を恐れるのは当然だ。


七五三の時期でお祝いの家族連れが目立ったが、早朝なので混雑とは程遠
かった。本殿で家内安全を祈願した時には、すでに小生の体力は限界、ど
こかで休みたいが、参道を含めてベンチや腰を下ろすところが全くない。
そういう場を設けると、そこで一杯やる人、一服する人、食事やおやつの
人が塊になって参拝者の流れの堰になってしまうからだろう。


とにかくお目当ての一つである御苑(南側の庭園)を見てから帰るしかな
いと苑に入ったら(500円)すぐにベンチがあって倒れこんだ。寝ころび
たいが救急車を呼ばれると事だから坐るだけにしたが、いつものように森
に入って杖代わりの枝(剪定後はまとめて放置してある)を探せないとい
うのは想定外だった。


どうにか体調が落ち着いて斜面を下っていくと・・・ああ、目が眩むほど
の庭園・・・箱庭ではない大きなスケールの池と森、深山幽谷の趣・・・
400年の庭師の手入れが感動を呼び、それを守り続けた先人に敬服せざる
を得ない。鯉までがおっとりしており、気品がある、全く媚びない、いや
はや恐れ入りました。


ここも小生が大好きな森に囲まれた「渓谷美」なのだ。山登りも好きだ
が、登頂しても木々に覆われてほとんど景観を楽しめない山は多い。自然
保護なのか、あるいは予算がないとか、ボランティアの手が足りないと
か、理由は分からないが、結構がっかりする。


その点、渓谷なら水に親しめるし、キャンプ場もあって、子育て時代には
奥多摩、檜原村、神之川、中津川などに出掛けたものだ。富士山麓の田貫
湖も良かったなあ。


御苑の渓谷美を満喫し、体力が残っているうちに帰ろうと思ったが、「も
う次回はないかも」と無理して北へ向かっていくと、何と「北池」があ
る、「宝物殿」前には広大なピクニック広場とベンチ、自販機がある、芝
生の上で晩秋の日射しを楽しんでいる老若男女がいる! ここは解放区な
のだ。小生も芝生に寝ころんで、楽しそうい斜面を転がり落ちていく子供
たちを寿ぎ、秋晴れの青い空を満喫した。神宮当局の粋な計らいだな。あ
りがたや。


そこから北東を直線距離で600mほど行けば「新宿御苑」。2つの大緑地を
遊歩道で結んだらいいなあ、それが無理なら「動く歩道」付きの深地下ト
ンネルで結ぶとか。首都高の上にロープウェイを走らせれば低コストで結
べるし、かつ空中散歩で大人気になるだろう。東京都は金持ちだからリ
リー知事が造ってくれるかも。殺し文句は「ニュースになります、選挙に
有利です」。


天は日本を創り、先人は神宮の森を創った。悠久の国民統合の象徴として
この森を連綿と次代に引き渡していくべし、と先人は願っている。それは
国民の務めだろう。


<明治天皇、1852年11月3日〈嘉永5年9月22日〉- 1912年〈明治45年/大
正元年〉7月30日)は第122代天皇。諱は睦仁(むつひと)、称号は祐宮
(さちのみや)。お印は永(えい)。


倒幕および攘夷派の象徴として近代日本の指導者と仰がれた。皇族以外の
摂政を設置し、かつ在位中に征夷大将軍がいた最後の天皇。「一世一元の
制」を定め、複都制としながらも東京府に皇居を置いた。


功績・人物像から明治大帝、明治聖帝、睦仁大帝とも呼ばれる>(WIKI)


薩長連合の討幕近代派 VS 佐幕近代派の戊辰戦争。慶喜は水戸学ずぶずぶ
の尊王だから開戦とともに蟄居してしまったが、薩長連合は抵抗する佐幕
近代派を叩くことはできても、政権の正統性を天下に示さなければ四民の
支持は得られない。明治帝は青年ながらブランド、大義、正義としてにわ
かに注目された。大佛次郎「天皇の世紀」から。


<征討総督にしたがって出軍し軍務に当たる人々と別に、 京に残って政
府の基礎を固める仕事の中心は、討幕の密勅を下して以来、公家の岩倉具
視と、薩摩の大久保一蔵であった。


万事がこの両人の指示で、政府内のほとんど全部の人間が動いた。諸藩か
らの徴士が実際の計画を立て、仕事を進める任に当たった。一般の公家
は、どの局でも高い地位に座っていたが、内部的にも真の働きをする人材
ではなかった。


しかし、外に持ち出すと、王松操の図案で新しく作って持ち出した錦旗と
同じことで、想像以上に武士たちに丁重に待遇され、尊敬された。この現
象は、もとより官軍の名に対する畏怖から、必要以上に尊ばれた傾向がある。


公家一般の、外観だけの存在で無内容、無気力な性格は、同じ公家ながら
低い家格に育った岩倉具視が鋭く内部から理解していた。岩倉は型やぶり
の野人的性格であった。この人が公家の中から出ず、武家に薩長の者たち
がなければ、王政復古の大号令も朝敵征討大号令も到底実行されなかった。


岩倉は、公家や廷臣の劣弱さを、いやになるほど見て知っていたのであ
る。この外面だけ威厳のある人々が四民宣撫のためには役に立つことがあ
るのを発見すると、現実家の岩倉が利用しないわけはなかった、云々>


明治帝、そして皇后陛下は若くとも必死で「遅れてやって来た、絹以外に
これという輸出品もない新興国」を一代で列強に発展させる大きな原動力
の重責を担ったのはまさに天佑神助と言うしかない。


明治神宮の創建に当たり日本の通津浦浦から賛同、奉仕の国民が蝟集した
のもむべなるかな。小生が拝観した折もボランティアの人々が参道の落ち
葉を掃いていた。


国力とは経済力や軍事力に加えて、あるいはそれ以上に国民の「国家、国
体」への誇り、支持、愛国心が大事なのだと、それを思わせてくれるのが
明治神宮であり招魂社・靖国神社、各地の戦没者慰霊碑なのだと大いに納
得した参拝であった。想定外はいいものだ。目安
箱:ishiifam@minos.ocn.ne.jp

2020年11月17日

◆雀庵の「中共崩壊へのシナリオ(105」

“シーチン”修一 2.0


【Anne G. of Red Gables/204(2020/11/13/金】1977年頃、JALの広報宣伝
部を訪ねたら同期のA君がいて、機内誌の編集で制作会社から出向してい
るという。よもやま話の際に、A君が「産経の記者でとんでもないゴロツ
キがいる。広報部員に居丈高に『記事を書いておけ』と命令し、自分は
マージャンに興じている。何なんだ?!」と憤慨していた。


運輸省の記者クラブでも省内の専用記者室で皆さん、マージャンを楽しん
でいたと先輩のBさんが言っていた。当然、賭けマージャンだが、仲は良
くてもライバルだから、敵が何を追っているかを探る場でもあったろう。
ピンと来てさきがけで記事にして「ロン! 雉も鳴かずば撃たれまいに、
また勝っちゃった」なんて・・・「記者クラブは閉鎖的だ」とクラブ利権
に与れない社は非難するが、大体が「それならオタクがクラブを創った
ら」と反撃されるのがオチだ。



官庁や財界の主要なクラブだけでも100〜200程はありそうだから、そこに
記者を出し、入会費・会員費を負担できるのは大手メディアしかないし、
官庁などは「記者会見はクラブから依頼されたから応じたまで。うちが主
催しているわけではない。個別に取材したければ申請してください」とな
る。そのうち別のニュースに関心が移るから、それで記者クラブ論争はい
つもお仕舞。


Bさんは大臣の密使として千葉県知事と空港反対派の調停工作にも努めて
いたと、早すぎる死亡記事に書かれていた。記者と官庁は持ちつ持たれ
つ、「友達以上、恋人未満」、今までも、これからも、そういう微妙な、
タダレタ仲になりそうな、怪しい関係でいくのだろう。


「手ぐらい握ったろう、そこまではいいとしよう、けれど肩を抱く、吸う
とか揉むとか(カネを渡すとか)になると、これは則を越えた不義密通と
いう、実に世間の反発、嫉妬を招く事件になる。隠忍自重するよう
に・・・ああ、それにしてもタダレタイ・・・」


で、冒頭の産経のゴロツキ記者。これってもしかしたらニコニコしながら
ドスをぶち込む高山正之氏のことではないか。産経社内の派閥抗争で冷や
飯を食っていたらしい時代だから、いささか自暴自棄的(?)になってい
てもおかしくない。真実はいかに。


本題に入ろう。小生がびっくりした高坂正堯氏の論稿「国際政治 恐怖と
希望」1966年初版からポイントをざっくり紹介する。( )内は修一。


<1950年代の半ばから米ソ(今なら米中)は発展途上国の開発に大きな関
心を払い始めた。ともに影響を与えようとしたが、実力行使など切迫した
対立にはならなかった。しかし途上国における人民革命を主張する中共の
出現は、経済交流と権力闘争(覇権拡大)を一体化するものであった


中共は途上国を「欧米先進国に抑圧された人民」と考え、途上国を赤化革
命することで「先進国を包囲する(資本主義から共産主義に転換する革命
に導く)」戦略だった。林彪曰く、


「北米、西欧を“世界の都市”とすれば、アジア、アフリカ、中南米は“世
界の農村”である。今日の世界革命もやはり“農村による都市の包囲”とい
う形勢にある。世界の革命事業は、世界人口の圧倒的多数を占めるアジ
ア、アフリカ、中南米の人民の革命闘争によって左右される」


この「都市と農村」という比喩は、興味深いことに米国でも使われてお
り、その意味は「北米や西欧などの先進工業国は農村(途上国)に工業文
明を伝える中心になるだろう」というものだ。その変革期において「共産
主義は社会が一時的にかかりやすい病気のようなもので、米国はそれらの
国が病気に妨げられることなく工業化できるよう、途上国の安定を保障し
なければならない」と言うのである。


かくして途上国の開発は、米中の巨大な権力闘争(世界覇権競争)になる
可能性は否定できないし、ソ連、西欧の先進工業国も無関心ではいないの
である>


共産主義はハシカのようなもの・・・欧米のみならず日本でもロシア革命
の影響で「大正デモクラシー」とか「マルクスボーイ」が流行ったが、ハ
シカよりもコロナ禍のようで影響力は大きく、特に米国の膝下の中南米は
未だに病膏肓、米国自身も赤色ウイルスを駆除できないでいる。サンダー
スなんてまだ影響力はあるし、ANTIFAなども跋扈、ドイツ、フランスもか
なり怪しいものだ。


先進国が後進国を独自に、あるいはOECDなどを通じて開発支援をしている
が、欧州へ押し寄せた不法移民がスマホを持っているのを見て小生はびっ
くり、「彼らは飢餓からの逃避ではなく、より良い暮らし≒生活保護≒無為
徒食≒この世の天国のために母国を捨てて欧州を目指した」と思ったもの
である。


つまり彼らは食うや食わずの絶対的貧困の状況ではなく、その点で先進国
の支援はそれなりに効果があったようだが、そこからさらに「工業化で母
国を発展させる、一流の国にするのだ」という風にはならなかったわけ
だ。為政者は支援金を横領するなどでリッチになっても、それ以外の被支
配階級は相対的に貧困であり、自国の未来に夢を託すのではなく、命懸け
の不法移民に未来の夢を託したのだ。


日進月歩で技術革新著しい先進国がいくら支援しても、後進国が先進国の
背中を見えるようにはならない、ということ。見えた途端に後ろから鉄砲
を撃って脅してきたのが中共で、米欧日は恩を仇で返されたわけだ。


今、後進国は発展どころか、コロナ禍で食うや食わずの「絶対的貧困」に
戻りつつあるようだ。「世銀 『極度の貧困』20年ぶりに悪化 新型コロナ
の影響で」(NHK2020/10/8)から


<世界銀行は7日、世界の貧困に関する報告書をまとめ、1日200円未満で
暮らす極度の貧困層が今年、7億人を超え、過去20年以上続いてきた改善
傾向は新型コロナウイルスの影響で、悪化に転じるという見通しを発表し
ました。


それによりますと、1日あたり1ドル90セント、日本円で200円未満で暮ら
す「極度の貧困層」は、今年中に、7億2930万人にのぼる見通しだとして
います。


これは、今年初めの時点の推計よりも1億人以上多く、世界の人口に占め
る割合は9.4%となり、過去20年以上にわたって続いてきた改善傾向は今
回、悪化に転じるということです。


理由について世界銀行は、新型コロナウイルスの感染拡大を受けた雇用環
境の悪化や、世界的な景気後退の影響で貧困層の増加を助長する地域紛争
が頻発していることをあげ、新型コロナウイルスの感染が収まらなけれ
ば、こうした極度の貧困層は、来年も当初の推計より1億5000万人増える
と見込んでいます。


世界銀行のマルパス総裁は声明で、「発展途上国の復興を支援するととも
に、コロナ後の新しい経済にも備えなければならない」と述べ、貧困層の
多い発展途上国を中心に支援の必要性を訴えました>



先進国が支援したところで後進国は種を蒔くのではなく種を食いつぶすの
だから永遠に自立できない。ようやく実ったと思ったら牙を剥いて脅して
きたのが「東風が西風を征す、世界の赤い星」中共だ。先進国が生き残り
たいのなら中共を孤立させ、張子の虎にさせ、自滅に追い込むしかない。
包囲戦だけが安全かつ有効な虎退治になると小生は思っているが、世界の
指導者はどんな方策を練っているのだろう。宥和政策で再び三度失敗する
つもりなのだろうか。目安箱:ishiifam@minos.ocn.ne.jp

2020年11月15日

◆雀庵の「中共崩壊へのシナリオ(104」

“シーチン”修一 2.0


【Anne G. of Red Gables/204(2020/11/12/木】小生の巣は22度にしてい
るが、早朝ゴミ出しで外へ出たら手が冷えた。次回からは軍手が必要だ。
朝食で2Fへ行ったら日射しがないため寒い、15度しかなかった。冬がやっ
てきた。


多摩川土手のチャリ散歩は冷たい北風で涙がチョチョギレルから防寒対策
を考えなければならない。メガネの上からでもOKなゴーグル・・・ネット
で調べたらコロナ禍対策で結構品揃え豊富、2000〜5000円だが、試してみ
ないといけないし・・・近所の眼鏡店を覗いてみよう。チャリ散歩は男の
命・・・鬱屈というガス抜きだな。


小生のお気に入り散歩コースの「生田緑地」は、白川郷の合掌造りの古民
家を含め東日本の25棟を集めた「民家園」や、川崎市が競輪競馬で貯め込
んだカネで買い取った「川崎国際生田緑地ゴルフ場」などを含めるととて
も広い。


民家園だけでもじっくり見て回ると3時間、プラネタリウム+博物館、ド
ラえもんミュージアム、タロー美術館も2時間はかかる。昼食を含めて1日
4時間滞在するとして全部見るには3〜4日はかかる。ドラえもんの近くに
は小田急がキャンプ場、バンガローなどを造るらしいから宿泊も可能にな
りそうだ。


先日は駐車場に大型バスが5台ほどとまっており、東名高速の便もいいの
で埼玉、千葉など結構遠くから遠足で子供たちがやって来る。運転手用に
ちゃんと喫煙所まである!


緑地を維持するために市民ボランティアも活発に活動している。「生田緑
地の雑木林を育てる会」「生田緑地の谷戸とホトケドジョウを守る会」
「特定非営利活動法人かわさき自然調査団」「飛森谷戸(とんもりやと)
の自然を守る会」「向ヶ丘遊園の緑を守り、市民いこいの場を求める会」
など。みんな生田緑地が大好きだ。


11月10日に南西の飛森谷戸からゴルフ場を時計回りに散策した。


<谷戸(やと)とは、丘陵地が浸食されて形成された谷状の地形。多摩丘
陵・三浦丘陵・狭山丘陵・房総丘陵・武蔵野台地・下総台地といった関東
の丘陵地・台地の縁辺部が長い時間をかけて浸食・形成され、谷戸・谷
津・谷地などと呼ばれている>(WIKI)


両側は山で、ちょっとした渓谷、谷間・・・男の子は故郷を思い出すのか
なあ、高揚と落ち着きを感じる。「伊豆の踊子」に谷川の水を飲むシーン
があり、踊子だか一行の女が主人公に「先にどうぞ、女は穢れていますか
ら」というセリフがあった。昔、女は謙虚だったなあ。


女は穢れている、それなら女から生まれ、おっぱいにしゃぶりついて育っ
た男は「糞」か? 長じて先祖返りで谷間に回帰するクソ・・・「女にう
つつを抜かすより、努力して世のため人のためになる男になれ、それが男
ぞ!」という暗喩だな。


そんなことを思いながら人っ子一人いない山中を登ったり下りたりで3時
間かかったが、これで生田緑地はほぼ制圧した。ボランティアのお陰で山
道はきれいに整備されている

所々で金網越しにゴルファーの姿が見えたが、1メートルほどのパットで
も皆さん結構外しており、思わず苦笑した



「そう言えば俺も全然ダメだったなあ、外すたびに頭にきて実に不愉快
だった、早朝から車を出して客や同僚を拾って、カネをふんだくられて嫌
な思いをする・・・“修ちゃん、後がつかえているからもうOK”なんてコケ
にされたり・・・クソっ・・・1年で止めて良かった」


なんて昔を思い出した。まあ、運動能力がなかっただけなのだが・・・そ
のくせに「アサヒゴルフ」とかいう雑誌に頼まれて「世界の名門コース」
という連載を書いたり。「もう得意です、ゴルフ大好き・・・海外取材の
時は必ずご当地の有名コースは体験してますから任せてください」なんて
ホラを吹いた。慌てて手紙を書いて資料やら写真を送ってもらい記事にし
たが、昔は結構、鷹揚だった気がする。


先日、二か領用水の多摩川取水口にある「二か領せせらぎ館」で市会議員
の橋本勝氏を見かけた。名字を思い出せなくて「マサルさん?」と声を掛
けたら「? ?・・・ハイ」、いささか面食らったようだ。「選挙なの?」
「いや、そういう訳じゃないんですけど・・・」。昨日、郵便箱に「見る
聴く動く 橋本まさる市政報告」が届いていたが、「2024年『全国都市緑
化かわさきフェア』実現に引き続き取り組んでいきます」とあった。


タウンニュースによると「川崎市が市制100周年を迎える2024年の誘致を
目指す全国都市緑化フェア。福田市長は『川崎は100年前からの都市開発
の中で緑を失ってきた。都市緑化フェアはイベントをやることが意義では
なく、これまでの100年を振り返り、これからの緑が川崎市にとってどう
あるべきかを考えるきっかけとしたい』と挨拶した」。


宅地開発、都市開発で緑がどんどん失われていくが、原住民・先住民とし
ては「もう開発は要らない!」と叫びたい、しかし、「早い者勝ちだ、オ
マイら来るな」とは言えないわな。「既得権益にあぐらをかく人民の敵
だ!」なんて吊るし上げを食らったり・・・ANTIFA米国じゃあるまいし、
そこまでは叩かれないだろうが「緑が減ったら、その2〜4倍の緑地を創
る」とか思い切った政策が必要だろう。


私権制限が難しいなら税の優遇措置とか、地主階級も納得する方策で説
得、後藤新平流に力ずくで進めるべきだ。木場以東の東京湾岸は後藤新平
が創ったようなものである。できる奴はスケールが違う。


高坂正堯の「国際政治 恐怖と希望」をここ一月ほど寝床で読んでいる
が、1966年初版、半世紀も前なのに人間、民族、国家、外交の本質をつい
ているから全く古さを感じさせない。ソ連を「ロシア」と置き換えればい
いだけ。すごいオツムだ。


<高坂正堯(こうさか まさたか、1934/昭和9年5月8日 - 1996/平成8年5
月15日)は日本の国際政治学者、社会科学者、思想家、法学博士、元京都
大学法学部教授。専門は国際政治学・ヨーロッパ外交史。


大学では国際法学者の田岡良一や政治学者の猪木正道に師事。猪木は高坂
の没後に、「高坂は僕が教えた中では、ピカイチの天才だった」と回想し
ている。


現実主義の論客として著名で、見識が広く近現代日本の史論も多く著し
た。一般に社会科学者らの著作は時を経ると時代遅れになるが、高坂は没
後20年以上経ても『現代の古典』として研究者・専攻学生たちに読まれ続
けている。


高坂が一般に知られるようになった契機は、『中央公論』誌での活躍から
で、高坂は1963年にハーバード大学留学から帰国した直後に、当時『中央
公論』編集部次長であった粕谷一希の依頼により「現実主義者の平和論」
を同誌1963年1月号に寄稿、論壇にデビューした。


高坂は同論文において、当時日本外交の進むべき道として論壇の注目を集
めていた坂本義和らの「非武装中立論」の道義的な価値を認めながらも、
実現可能性の難しさを指摘し、軍事力の裏付けのある外交政策の必要性を
主張した、云々>(WIKI)


高坂正堯氏と似たような名前の「高山正之」氏は小生が憧れている「正露
丸糖衣錠=ユーモアで包んだ苦い正論」論客で、「高坂正堯の血筋を引い
ているのじゃないか」と思っていたが、縁戚関係はないようだ。


<山正之、たかやま まさゆき、1942年 - )は、日本のジャーナリス
ト、コラムニスト。元産経新聞記者、元帝京大学教授。


東京都出身。1965年、東京都立大学法経学部法学科卒業後、産経新聞社に
入社。警視庁クラブ、羽田クラブ詰、夕刊フジ記者を経て、産経新聞社会
部次長(デスク)。1985年から1987年までテヘラン支局長を務め、1980年
代のイラン革命やイラン・イラク戦争を現地で取材。また、アジアハイ
ウェイ踏査隊長としてアジア諸国を巡る。


1980年代後半、芸能方面へ異動となる。当時の編集局の上司と、国際報道
についての報道方針を巡って対立があった為とされる。この頃テレビ朝日
の昼の番組で、芸能解説をやっていたのもこれが原因だという。



1998年より3年間、産経新聞夕刊1面にて時事コラム「高山正之の異見自
在」を執筆。定年後の2001年から2007年3月まで帝京大学教授を務めた。


連載中のコラムに『週刊新潮』誌上で「変見自在」、『テーミス』誌上で
「日本警世」、『Voice』誌上で「日本の事件簿」がある>(WIKI)


ちなみに山正之氏は小生が世話になった航空新聞社から「アテンショ
ン・プリーズ』(1978年)を上梓している。同書は小生の記憶にないが
“スッチーというお仕事”系だろう。羽田クラブ詰の経験から航空業界にも
通じていたのだろう、「飛行25000時間」(文藝春秋、1983年)の著書も
ある。


小生がびっくりした高坂正堯氏の論稿を紹介するつもりだったが、長く
なったので次回にまわす。


蛇足ながら、本はざっくり分類すると「娯楽本」(ベストセラー志向)と
「教学本=教養・学問本」(初版2000部売るのに3年かかったとかが珍し
くない)のふたつがある。


中間のような本もいっぱいあるが、オツムを刺激して活性化させる「教学
本」は1割あるかどうかで(実際はせいぜい3〜4%か)、多くの出版社、
編集者は10年、50年、100年後でも読者がいる「教学本」を出したいか
ら、身過ぎ世過ぎで「娯楽本」を出している面がある。明治以降のベスト
セラーで今もそこそこ売れている本は100点、せいぜい200点だろう。


逆に言えば、痴的ではなく「知的」刺激を受けたいならベストセラーは避
けた方がいい。良書なら10〜20年後でも読み継がれているから、それを読
めばまず間違いはない。良書は内容が古びない。


1924/大正13年に日本図書館協会が11月17日から11月23日までの「図書週
間」を制定した。戦後にGHQによって天長節(11月3日)がつぶされて「文
化の日」とさせられ、穴埋めで図書週間が移動した。焚書坑儒で良書は消
えていただろうから、娯楽本ばかりだったろう。来週から本来の図書週間
が始まる。目安箱:ishiifam@minos.ocn.ne.jp

2020年11月13日

◆雀庵の「中共崩壊へのシナリオ(103

“シーチン”修一 2.0


【Anne G. of Red Gables/203(2020/11/11/水】米国大統領選は終わった
のか? 何やら場外乱闘になりそうな気配で、ゲームオーバー、ノーサイ
ド、“互いの健闘を称える”という風にはなりそうもない。


「遺恨を残し、米国民主主義に癒しがたい傷をつけた」、あるいは「米国
民主主義の底力を見せた」ということになるのか。歴史、つまりは勝者が
判定するのだろうが、年月とともに判定とか解釈は変わるから「両論併
記」が多いようで、スッキリ感はイマイチだ。


明智光秀や織田信長の評価なんぞ毎年のように新説が出るが、古人はあの
世で困惑しているのかもしれない。


「まあそういう面もあったのは否定しないが、本心としては諫言が目的
で、成り行きでああなってしまった。まさか想定外だったとは言えないか
ら天に代わって誅殺したと。今振り返ってみればそういうことだと思うけ
れど、当時は追い詰められていた感じで、実は心神耗弱であの日のことは
あまり覚えていないんですよ。これ、オフレコってことで・・・」


何がなんだかわかりゃしない。勧善懲悪でバッサリと良いもんと悪もんが
明確だった昔が懐かしい。TVで水戸黄門とか平次親分が活躍していた時代
は安心していられたものだ。今は混迷、複雑、面妖、奇々怪々。


トランプは11/9に「Since when does the Lamestream Media call who
our next president will be? We have all learned a lot in the last
two weeks!」(いつから時代錯誤のメディアが次期大統領を決めるように
なったのか? この2週間で我々は多くのことを学んだ!)とツイートした。


トランプは7日と8日を首都郊外のゴルフ場で過ごしたそうだが、パットが
決まって気分転換になり、リベンジのいい策が浮かんだのかどうか・・・
まあ、大人しく引っ込むようなタマじゃないな。優秀なビジネスマンは転
んでもただでは起きない。シャッフルを期待するファンは実に多いだろう。



リベンジで驕れる者を痛い目に遭わせないと米国は4年、8年でファシスト
独裁国家、USNAZI(United States of Nationalistic American by
Zealots and Insanities)になるだろう、「アメリカ引き籠り暗愚合州
国」、通称“ヒッキーアメリカ”とか。


この際だからずばり「アメリカ人民共和国」にしてもいい。民主党とその
支持者は自由民主人権法治大嫌い&共産主義暴力独裁大好きだろうから、
中華人民共和国とすこぶる相性がよさそうだ。WinWin で無理心中してく
れると有り難いが・・・



民主党はリベラルが高じてアカ、ダーティーなFDRルーズベルトそっくり
だから当然、共和党系の国民を排除、抑圧、弾圧していくだろう。今まで
さんざやってきたが、これからは遠慮会釈なく「汚れた野蛮人ども」を潰
せるわけだ。「私は正義、ポリコレ教、教えに従わない奴は駆除すべ
し」、まるでナチの突撃隊そっくりのANTIFAに襲撃されたくなかったら大
人しく従え・・・まずはそうなる。キチガイに自由、米国版の文化大革
命、Great Cultural Political Correctness Revolution!


政権を握るまではナチスも空気を読んで「いい人」を演じたりしていた。
スタビライザー役のヒンデンブルク大統領なんぞヒトラーの演技に感動し
て涙さえ流し、多くの国民も騙された。ナチは無血革命で権力を握ったの
だ。民主党そっくり。「もっとも良き人々は帰らなかった」(フランク
ル)・・・USNAZIを潰さなければ米国民はそのうち泣きを見るだろう。


民主党や共産主義者には「反省する」機能はない。宗教と同じだ。1970年
前後からのチリ(アジェンデ共産主義政権→ピノチェト政権の混乱)、ペ
ルー(ベラスコ将軍クーデターと赤色革命化→毛沢東主義左翼ゲリラとの
内戦)は国家秩序を破壊し、以来50年たっても鳴かず飛ばず、存在感が薄
いままだ。


ベネズエラはチャベス独裁の後、腹心のマドゥロが政権についたが、反
米・社会主義路線は変わらず、オバマが肩入れした老舗のキューバと同様
に今では生きているのかどうかも分かりゃあしない。


加々美光行氏は学者で、朝日に連載コラムを書くほどの左巻きだ。騒乱大
好きな竹中労、シャクシャイン像棄損事件で有罪となった怪人・太田竜と
も交流があるが、中国学者の泰斗として一目を置かれていたようだ。


氏の論稿「三つの世代を越えて見えて来るもの: 紅衛兵世代、天安門世
代、ポスト天安門世代にとっての文革」(2014年)は、共産主義独裁がい
かに国家、国民、民族の幸福を阻むかを示しているが、何やら「毛沢東、
共産主義は悪くない、思うように事が進まなかっただけだ」という弁解み
たい。それ自体が中共の毛沢東評価「7割貢献、3割失敗」を踏襲したものだ。


論稿を読んで小生は「中共・社会科学院、日共とか学術会議に巣くって美
味しい思いをしている学者はこんなものか」とちょっとがっかりしたが、
「リベラル=アカに未来はない」という小生の妄想は「ひょっとすると真
理ではないか」と自信を持たせてくれたという意味では「反面教師」だ。
以下、一部を引用するが、ツッコミも入れておいた。


<1959年3月にチベットに反中国の蜂起が起き、チベット仏教の最高指導
者ダライ・ラマがインド北部ダラムサラへ亡命するという事件が勃発し
た。当然、この事件前後から中国・インドの関係が急速に悪化して行き、
1959年9月には中印国境で最初の軍事衝突を起こすに至った。


(修一:勝てそうな相手には強気で出ていくというのは支那人の特性。反
撃されたり痛い目に遭うと速攻で序列に従う。上には卑屈、下には傲慢、
生きる知恵だが、こういう民族性は不変だろう)


同じ時期、人民公社政策が破綻し、2千万人から3千万人に及ぶ不自然死
(餓死)を生んだ。そして同年8月の中央工作拡大会議で、人民公社政策
の失敗を諌めた彭徳懐の毛沢東宛て私信が公開され、これに反撃した毛の
名指しの彭徳懐批判が起きたのである。


(修一:WIKIによると、彭徳懐への紅衛兵の暴行は凄まじいものであっ
た。1967年7月の批闘会(吊るし上げ)では7度地面に叩きつけられ、肋骨
を2本折られ後遺症で下半身不随となった。その後は江青の監視下に置か
れ監禁、病室で全ての窓を新聞紙に覆われたまま約8年間を過ごした。


1974年9月には直腸癌と診断された。彭徳懐は鎮痛剤の注射を拒否され、
下血と血便にまみれた状態のままのベッドとシーツに何日も放置されるな
ど、拷問に近いものであった。死の直前に「塞がれた窓を開けて最後に空
を一目見せてほしい」と嘆願したがこれも拒否され、同年11月29日に没した)


人民公社の大失政は、毛沢東の中国がそれまでの非同盟自力更生政策を貫
くことが出来るかどうかを大きく左右するものとなった。しかし中国は自
力経済政策の挫折後も援助依存の道を歩むことは出来なかった。


国連代表権を台湾に奪われ、IMF(国際通貨基金)、世界銀行など、国際
機関からの援助を受ける道が閉ざされ、西側世界とは資本、技術、貿易面
で援助交流は不可能だった。またソ連からの経済援助を受ける道も(ス
ターリンの死去により)1958年までには既に途絶していた。


1960年代に入り、中国は従前からの対米対決に加えて対ソ対立の色を強く
して行った。経済、技術、軍事面での援助がむしろソ連への軍事的従属を
強いるものであることが明瞭となったことが、ソ連の言う社会主義、共産
主義の国際連帯に根本的疑念を生んだからである。


(修一:スターリンが死んで、金の切れ目が縁の切れ目に。それなら俺は
我が道を行く、と毛沢東はソ連組から独立しただけの話!)


中国はそうした状況下、1964年12月独自開発よって核実験に成功した。


(修一:ソ連からの技術供与と米欧などへ派遣した留学生が貢献したので
あり、独自開発というのは「?」)


問題は当時の中国の民族主義がこの核保有国家化によって「抵抗」の民族
主義であることをやめ、むしろ大国意識の台頭による「覇権主義」的な民
族主義になり、インドシナ半島に、さらには東南アジア全域に勢力拡大の
手を伸ばすのではとの疑念がアメリカに生じた点にある。


事実として言えば、中国はソ連や米国の覇権国家のように国境を越えて自
軍を他国に送り込むような侵略的行動は取らなかったし、また取る余地も
持っていなかった。


(修一:余地があろうがなかろうが、朝鮮戦争、核武装、中越紛争、中ソ
国境紛争などなど、パンツ1枚になってもやるのが毛沢東・中共式! 
加々美先生は毛語録読みの毛語録知らず。チベット、ウイグル、モンゴル
の武力による併呑は侵略そのもの!)


1966年に始まり1976年まで続いた文化大革命の背後に働いていた政治意識
はどのようなものだったか。文革の骨子は、政治闘争が世界革命に通じ、
かつそれがアメリカの侵略者を打破する道に通じると言う感情である。主
観的意識としてはそこにプロレタリア革命の国際主義が働いていたことは
確かだ。


(修一:文革は失政で引退を余儀なくされた毛沢東のリベンジ! 加々美
先生、冷静になって下さい! 中共菌に侵され病膏肓だな)


1958年から毛沢東の号令で全国で展開された「人民公社化」は余りにも早
熟な形で「共産主義世界」の実現を目指したものだった・・・しかし実現
された「人民公社化」は理想の(桃源郷的な)「大同の治」ではなく、
「共産主義世界」の実現でもなかった。そのことは漢民族以外の少数民族
地域で行われた「人民公社化」やその前段階の「高級農業集団化(合作社
化)」の実態を見れば一目瞭然だった。



「人民公社化」は、草原の民、森の民にとっては、むしろ彼ら固有の伝来
の遊牧、牧畜、狩猟などの生活生産の営為を破壊して、定住化を迫り、農
耕生産を強いさえしたのである。さらに問題は少数民族の生活生産方式の
変更や放棄に伴って、草原や森や河川の自然生態系が破壊され、草原や森
の生活に密着した民族の言語や文化、風俗・習慣などが失われてゆくこと
だった。


つまり「人民公社化」は漢民族にとっては普遍価値、理想の実現だったか
もしれないが、少数民族にとっては、漢民族の想い入れの押し付けとして
しか働かなかったのである。「公社化」は土地の集団化を前提としていた
から、草原の民、森の民の定住化政策が不可欠なものとして推進された
が、その際中央政府は、「貧困と階級的抑圧」の下に呻吟している少数民
族を「解放」するのだとする十字軍的な使命感を持っていた。


少数民族の「貧困と抑圧」が、劣悪な生産生活様式である遊牧、牧畜、狩
猟などに従事していることに原因があり、それをより優勢な生産様式であ
る農耕に転換するのを助けるべきだ、と考えたのである。



文革期に少数民族地域に漢民族の青年が紅衛兵として派遣されてくると、
弊害は一層大きなものになった。紅衛兵達は各地域に特権化し蟠踞する
「官僚主義者階級」あるいは「資本主義の道を歩む実権派」が存在すると
確信し、そうした人々を摘発し打倒することが、その地域の民族住民を被
抑圧から解放することだと信じ、またそう行動したのだった。


「(階級闘争によって特権階級の実権派を打倒する)大義は民族、国家を越
える」と紅衛兵は考えたのである。


国家と社会が合致した民族意識は、一般には全体主義、ファシズムに特徴
的である。しかし文革期中国の民族意識を全体主義、ファシズムと同一視
する、しばしば見られる通俗的な解釈は間違っている。


文革における流血は、それ以前の中国共産党の党史を彩るどの血の粛清劇
とも似て非なる点を持っていた。この点で文革下の毛沢東の個人崇拝は、
現在の北朝鮮の金正恩の個人崇拝や過去のスターリン、ムッソリーニ、ヒ
トラーなど、どの個人独裁体制とも多くの点でその様相を異にしていたの
である。


(修一:基本的に独裁政権は「奴は敵だ、敵を殺せ」で皆一緒、加々美先
生、毛沢東個人崇拝が過ぎませんか? 中共に迎合するのはカネ、女、名
誉のためですか?)


中国が1955年4月の第1回アジア・アフリカ会議(AAバンドン会議)に、冷
戦下の米ソ東西のどちらにも与さない非同盟自立、第三世界の盟主の一員
として参加した。当時、中国はAA諸国に相次ぐ「民族独立と民族自決」と
を「民族解放」と呼んで全面的に支持していた。


その同じ中国が、自国内のモンゴル、ウィグル、チベットなど少数民族の
「民族自決権要求」に対してはこれを受け容れないだけでなく、「中華民
族」の統合を動揺させる意図を持つとの疑惑を抱くとともに、それを「反
マルクス主義、反社会主義」さらには「反革命」として断罪し、かえって
血の「虐殺」をもって報いたことにある・・・云々>


くだくだしいから引用は終わりにするが、加々美先生の言わんとするとこ
ろは「中共の政策は貢献7割、失敗3割、だから評価すべきだ、共産主義革
命万歳!」のようだ。要は中共のクチパク。これって学問か?


「アメリカ人民共和国」は米国版文化大革命を推進するだろう。共産主義
者は粛清が大好きで、国内を血糊で固めたら、次は世界を赤く染めるため
に中共やロシアと結託してEU、次いでアジア諸国を篭絡するだろう。アカ
は広宣流布で蛮族を良い子にさせたいのだ。



「まさか」と油断したドイツは猫をかぶったナチスに騙されて理性を失
い、今も中共に尻尾を振っているから本質的に独裁が好きなのだろう。独
裁は正義を装うのだ。ドイツ人は正義が大好きで、自分は利口で正義、自
分と考えの違う奴はバカなワル、と、まったく信じ込んでいるから、自称
リベラルのアカは平気でAfD叩きをしている。一般国民は恐れをなして逼
塞するばかりだ。


戦後のフランス共産党は先進国では最多の40万人党員を誇っていたが、今
は4.7万人と凋落したとはいえ、全体的に主要政党は容共的な印象だ。ル
ノーが国有企業だと知って小生は驚いたが、福祉政策、外交を見ても自由
主義と共産主義のどちらにも極端になびかないような感じはする。それを
ドゴール主義と言うのかもしれない。


EUの盟主は独仏だが、ドイツは本質的に中共と親和性(=理性ではなく感
性優先)があるから「米国版文革」になびきそうだ。ドイツはいつでも欧
州の頭痛の種で、フランスがEU全体を引っ張って「ダメ!絶対!」とドイ
ツを抑え込まなければならない。



アメリカ人民共和国と中共がラブラブになる前に世界は「中共包囲網」を
始めるべきだ。米抜きの日英豪加印台+ASEANでやるしかない。上手くい
けばフランスの支援も得られるかもしれないが、まずは始めの一歩、例え
ばハイテク分野の貿易制限などを進めていくべきである。 目安
箱:ishiifam@minos.ocn.ne.jp

2020年11月10日

◆雀庵の「中共崩壊へのシナリオ(102」

“シーチン”修一 2.0

【Anne G. of Red Gables/202(2020/11/8/日】昨日は7歳女児の七五三祝
い。小生のシマのはずれにある「身代り不動尊大明王院」で健康長寿を
祈ったが、少子化とコロナ禍で人出は往年の10分の1。ちょっと寂しいね。


女児はこれからの人、小生はこれまでの人、三島由紀夫はあの世の
人・・・三島由紀夫(1925/大正14年−1970/昭和45年)45歳没。自決から
50年だ。


<晩年は政治的な傾向を強め、自衛隊に体験入隊し、民兵組織「楯の会」
を結成。1970年(昭和45年)11月25日、楯の会隊員4名と共に自衛隊市ヶ
谷駐屯地(現・防衛省本省)を訪れ東部方面総監を監禁。バルコニーで
クーデターを促す演説をしたのち、割腹自殺を遂げた>(WIKI)


小生の父は大正11年生まれだから、三島より3年先輩だが、まあ同世代
だった。終戦の1945年に父は23歳、近衛兵として宮城(皇居)占拠に動員
された。8月15日に予定されていた「大東亜戦争終結ノ詔書」の放送を止
めるために天皇陛下の肉声による玉音盤(事前に録音したレコード盤)を
奪い、連合国との戦争を継続するのが目的だった。


<宮城事件(八・一五事件)は、1945年(昭和20年)8月14日の深夜から
15日(日本時間)にかけて、宮城で一部の将校と近衛師団参謀が中心と
なって起こしたクーデター未遂事件である。


日本の降伏を阻止しようと企図した将校達は近衛第一師団長森赳中将を殺
害、師団長命令を偽造し近衛歩兵第二連隊を用いて宮城を占拠した。しか
し陸軍首脳部の説得に失敗した彼らは日本降伏阻止を断念し、一部は自殺
もしくは逮捕された。これにより日本の降伏表明は当初の予定通り行われ
た>(WIKI)


父にとって宮城事件は青春時代の「忘れ得ぬ体験」だったが、職業軍人を
目指していたから軍隊が消滅すれば人生設計を作り直さなければならな
い。退職金代わりの拳銃、実弾、靴、毛布、衣類、食糧を持てるだけ持っ
て両親と兄弟姉妹、兄嫁、甥、姪の暮らす実家に戻ったが、大家族なので
自立するしかない。


縁があって神奈川県高座郡座間町入谷のこぶ付き戦争未亡人の入婿にな
り、それに前後して父と馴染みのあったろう陸軍士官学校を1945年9月2
日、米軍が接収して「キャンプ座間」となり、神奈川県庁が基地で働く日
本人労働者を準公務員として募集した折に採用された。


その間の詳細は不明だが、父は戦友ネットワークを通じてキャンプ座間の
仕事を見つけ、さらに座間で農家(都市部は食糧難だが農家には売るほど
あった)の婿入りを目指したのではないか。そこに「精米所も経営してい
る大農家のこぶ付き戦争未亡人だけどどうかね?」という話があり、父と
しては「新車がいいけれど・・・あれこれ贅沢を言えるような時代ではな
いから・・・」と思いながらもその話に乗ったのだろう。


荷風の戦後・・・敗戦後、終戦後、停戦後、いろいろあるが彼は「休戦
後」と書いているが、休戦後の作品「にぎり飯」は空襲でそれぞれ家族を
失った男と女が結ばれる話を書いている。一人では生きていけないが、二
人なら困難を乗り越えて生きていく道が開かれるという、荷風にしてはめ
ずらしい市井の「道徳」めいた話である。


荷風はどこへ疎開しても空襲に遭うという悲惨と、その都度の友人たちの
好意で辛くも生き延びたが、この体験が「情けは人の為ならず、カネはも
とよりナサケも大事なんだなあ」と実感させたのだろう。


江戸時代から1960年頃まで、二人が好き合って勝手に結婚するのは獣と同
じ「野合」と蔑まれていた。恋愛感情がなくても周囲(縁結びのオバサ
ン、オジサン)が「これとあれをブリーディングすればいいだろう、家格
も大差はないし、所帯を持ってもまず困ることはあるまい。美男美女とは
言えないが、そんなもんは直ぐに慣れる、子供も3人はいけるぞ」てな具
合。一度お見合いしただけで結婚するというのは珍しくなかった。これを
「正式婚」と言った。


ブリーディングについてジャパンケネルクラブは「交配の良否、犬種の有
する遺伝性疾患について究明し、発症を防ぐために無計画な交配はしない
こと」と基本を訓示している。まずは理性的、科学的な判断が大事だとい
うことだ。

小生は「結婚式なんてどうでもいい」と父に言ったら、「結婚は家と家の
結びつきなんだ、お前は関係ない」と言われて、「ははん、結婚とはそう
いうことか」と妙に納得したものである。ご先祖様の血が小生にも流れて
いる・・・


正式婚の際には恋愛感情は結婚後に起きてくるから中古車でもあまり問題
ないのではないか。新車だって3年、5年で中古車、10年なら廃車だぜ。相
性が良ければ友白髪で「お前百までわしゃ九十九まで」、それで良し。
もっともお互いに「諦観」はあるだろうが。


父と母が口喧嘩して、父が「選りによって子連れの未亡人と一緒になるな
んて俺は不運だった」と愚痴ると、母は「何言ってるのよ、大事にしてあ
げたじゃない!」。父は黙ってしまった。父の浮気を母は見て見ぬ振りを
していたが、妾を作ったときはずいぶん怒っていた。数年後に別れたが、
その際には母が嬉しそうに妾に手切れ金を届け、その夜からまた同衾し始
めた時は、勝海舟風に言えば「さすがの俺もビックリさ」。まあ、夫婦は
いろいろ、人生いろいろだなあ。


「キャンプ座間」には在日米陸軍司令部が置かれ、父は残飯が豊富な厨房
の仕事から始めたが(「修一、お前は米軍の残飯で育った」とよく言って
いた)、すぐにMP(軍警、警備)に配属され、最後は結構出世した。視力
と運動能力、女癖が悪いが、頭は良かったから昇進試験をクリアしていっ
たのだろう。米軍の軍需物資の横流しで蓄財するという悪知恵も働いた。
まったくラッキーストライク様様だった。


三島はなぜ自決したのか。その時、小生は大学2年の19歳、慶応大学日吉
校舎に近い先輩のアパートで徹夜で花札に興じていた。昼過ぎにラヂオで
知ったが、何のための自決か全然分からなかった。彼の作品「金閣寺」は
今読み直しても相変わらず分からないが、その時は「防大出のエリート相
手ならともかく、一般の兵に演説したって仕方がないだろうに・・・三島
は死にたかったんだろうなあ」と思ったものである。


太宰治と三島由紀夫。早く死にたい、それなりに(カッコ良く、あるいは
滑稽的に)逝きたいという願望があったのではないか。


<2人が出会ったのは、昭和21年12月のこと。当時太宰治は37歳。売れっ
子ではなかったものの、若者にはかなり人気がある作家だったようです。
三島由紀夫は21歳。大学に在学中でしたが、既に短編小説が何作か雑誌に
掲載されたことがあったのだとか。


編集者の野原一夫(『回想 太宰治』の著者)が後輩の学生たちに頼まれ
て、太宰と三島の出会いをセッティングしました。


三島は常日頃から太宰の文学批判をもらしていたらしく、それを聞いてい
た友人たちの間で「面白そうだから太宰と三島を会わせてみよう」という
話になったようです。


太宰は酔っ払って学生たちとワーワー盛り上がっていたようなのですが、
そんな中で三島は太宰に面と向かって辛らつな言葉を浴びせます。


「僕は太宰さんの文学はきらいなんです」


太宰に会いに行く道々、このひとことをどうしても太宰に言ってやろうと
心に決めていたのだとか・・・なぜ三島はそこまで太宰の文学を嫌ってい
たのでしょうか?


「そんなことを言ったって、こうして来てるんだから、やっぱり好きなん
だよな。なあ、やっぱり好きなんだ」


三島によると太宰はこう返したという>(うらなか書房「太宰治と三島由
紀夫のただ一度の出会い 僕は太宰さんの文学はきらいなんです」)



太宰は30代で死にたかった。「津軽」から。


<「ね、なぜ旅に出るの?」「苦しいからさ」「あなたの“苦しい”は、お
きまりで、ちつとも信用できません」


「正岡子規三十六、尾崎紅葉三十七、斎藤緑雨三十八、国木田独歩三十
八、長塚節三十七、芥川龍之介三十六、嘉村礒多三十七」


「それは、何の事なの?」「あいつらの死んだとしさ。ばたばた死んでゐ
る。おれもそろそろ、そのとしだ。作家にとつて、これくらゐの年齢の時
が、一ばん大事で、」「さうして、苦しい時なの?」


「何を言つてやがる。ふざけちやいけない。お前にだつて、少しは、わか
つてゐる筈たがね。もう、これ以上は言はん。言ふと、気障きざになる。
おい、おれは旅に出るよ」>


うーん、上手いなあ。こんなおちゃらけた文章を書ける太宰なら、いささ
かとんがったような三島青年に「そんなことを言ったって、こうして来て
るんだから、やっぱり好きなんだよな。なあ、やっぱり好きなんだ」と
言ったかもしれない、「こいつ、なんか俺に似ている、かっこつけて見せ
るというオチャラ系みたい」と苦笑したのではないか。


三島が自決した1970年には過激派=極左暴力集団の勢いは急速に衰えてい
た。60年安保の熱情が冷め切らない一方で日本経済は高度成長に酔い痴れ
ており、1965〜68年あたりに入学した学生の就職は「広き門」だった。必
死で学問をし、いい会社に入って、親の恩に報いるという、立身出世の価
値観が衰えて、それに代わる「何のために学ぶのか、生きるのか」という
価値観を模索していた時期ではなかったか。


ソ連や中国式ではない「新左翼的共産主義幻想」は正義が大好きなさ迷え
る若者、「青春彷徨病患者」に心地よい場を与えたのだが、1970年6月14
日の安保粉砕デモは全国で150万人が参加したというものの、機動隊がい
なかった! 敵から見放された! おまけに電車がフリーパスだった! 
新左翼の機関誌みたいな朝日ジャーナルは「壮大なゼロ!」と銘打った。


これで日本の新左翼過激派運動は終わったのである。三島の敵どもは大学
に戻ったり、就活を始めたり・・・三島は本来は1968、69年あたりに自裁
すれば良かったが、70年11月はすでに宴の後だった。ただ、過激派の凋落
が早過ぎたというきらいはある。


三島はクソ真面目に「文化防衛論」(1968年)「反革命宣言」(1969年)
などを発表したが、小生など現場の学生は何となく時代の風潮に何となく
乗っかったような、思考力が半分停止した、カネはないが暇はうんざりす
るほどあるストレイシープで、結果論からすれば三島が深刻に受け止め過
ぎたのだ。


太宰の美学では「30代で死ぬ」のが「優」、三島としては社会情勢的タイ
ミングもあるからその機会はなく、「40代前半で死ぬ」のなら「良」、現
実としてはぎりぎり「45歳の自決」の「可」しかなかった。45歳ならまだ
「血気盛ん」、西日ながらも「青年」の部にカウントされるかもしれな
い。それを過ぎたら「いい中年男が何やってんだか」と嘲われかねない。


美意識・・・三島の代表作でもある「金閣寺」には「美」の文字がやたら
と多い。老残は三島の美学に似合わない。己の心技体、社会の空気、歴史
の今といったものが奇跡的に一致するといいが、なかなか難しいこと。数
千年の大和男児のDNAはイザとなればすぐに甦るから、三島先生、あの世
から眺めていてください。


魂を ここにとどめて 日の本の 猛き心を 四方に示さむ(幕末維新時の土
佐藩士の辞世句)目安箱:ishiifam@minos.ocn.ne.jp


2020年11月07日

◆雀庵の「中共崩壊へのシナリオ(101」

“シーチン”修一 2.0



【Anne G. of Red Gables/201(2020/11/5/木】武者小路実篤の名言(迷
言?)には「君は君 我は我也 されど仲よき」なんてあるね。ロシア革
命(1917年)の影響で「貧富の差のない共産主義社会」幻想に取り憑かれ
たのだろう、「新しき村」運動を始めたりした。

全体主義独裁信奉の「赤」と、個人主義自由信奉の「白」が話したところ
で「されど仲よき」とは絶対にならない。


趣味の会や同窓会、町内会、自治会、近所付き合いなど市井の暮らしに
あっても政治と宗教の話題は(喧嘩になりがちなので)タブーだから、荷
風みたいに「銀座の風俗の変遷」とか「趣味」といった浮世離れした話に
する、それが無難だとなるわけだ。


古人曰く「まじめな話は暗くなる」。深刻になって、思い詰めて、やがて
は喧嘩したり・・・深入りするとろくでもない結果になったりする。小生
なら「君は君 我は我也 勝手に生きよう それぞれの道」、さっぱりし
たものだ。


アカはやたらと群れたがる。「連帯を求めるも孤立を恐れず」とか言うけ
れど、人海戦術で“人民の敵”を追い詰めるためだ。


小生は群れるのはもう沢山だ。今は加齢で耳は遠い、ヒッキーだからしゃ
べくり能力は日々劣化し、アジテーションどころか他愛ないおしゃべりも
苦痛になってきた。半分は棺桶の中で、そこから時々上半身を起こして世
間を眺めている・・・何となくプレーリードッグ。せめて「孤高の人たら
ん、やり残しがないように」という感じで生きている風だ。


ある映画監督が「男は兵隊、女は娼婦」の役をさせると見事なほどにキマ
ルと書いていたが、大昔、原始時代から男女の役割はそういうことになっ
ていたわけだ。生物にとって縄張りを拡大し、繁殖するというのは本能で
ある。


わが庭の植物も自分たちにとっていい場所、主に日当たりのいい場所を確
保するためにエゲツナイほどの競争をしている。邪魔な植物=敵の上に枝
葉を伸ばし、日照を奪い、敵を枯らしていく。綺麗な花を咲かせる花卉は
大体ひ弱だからやがて消えてしまう。日当たりの悪い場所にはそれでも生
きていける花卉だけが生息している。


「我にも正義、彼にも正義」、正義対正義の戦いを人間も繰り返してきた
が、世界を俯瞰すると「戦後体制=列強の戦争抑制」時代は終わり、内憂
外患の時代に急速に移り始めたようだ。



戦後体制の覇者であった米国は「自由民主人権法治」の価値観がまず国内
から地滑り的に崩れ始めたようである。FDRルーズベルト的な容共リベラ
ル≒アカモドキ≒アカの段階から「強権独裁のアカ≒ナチ」への道を急速に
辿りつつある印象だ。以下の記事はまるで悪夢、100年前のナチス、ソ連
の勃興期の様で、恐ろしくなった。


<長野美穂/ジャーナリスト著「メディアが隠す『トランプ支持者』多様
化の実態 民主党の牙城ロサンゼルスで見た驚きの光景」東洋経済2020/11/3


「ビバリーヒルズにトランプ支持者が集結してる。老若男女、あらゆる人
種がいる。とにかくすごいことになってる」。トランプ支持者の情報源か
らそんな電話があり、10月24日の土曜日午後3時に行ってみた。



ビバリーヒルズと言えば、ご存じ「ロデオドライブ」で世界的に有名な高
級ショッピング街だ(修一:40年前は表は綺麗、裏通りはゴミだらけだっ
た)。集結と言っても、せいぜい十数人のトランプ支持者がいるのだろう
と想像しつつ現地に着くと、とんでもない光景に度肝を抜かれた。



サンタモニカ大通りの沿道に大漁旗のような「TRUMP」と描かれた青い旗
が数百枚はためいている。少なく見積もっても1000人以上のトランプ支持
者が道を埋め尽くしていた


「あと4年!あと4年!」「USA! USA!」


大きな声がうねりとなって交差点に響き、通行する車がひっきりなしに
“応援”のクラクションを鳴らす。トランプ旗と「アメリカ・ファースト」
サインを大型トラックにつけて走る男女や、巨大なトランプ旗で身体を包
んで歩く若者など、まるで7月4日の独立記念日のパレードのようなお祭り
騒ぎだ。


民主党の牙城のはずのカリフォルニア州ロサンゼルスに、これだけ多数の
トランプ支持者が存在していることに驚愕する。目を見張ったのは、彼ら
の多様性の豊かさだ。トランプ支持者は中高年の白人男性――そんな定説を
打ち崩す光景がそこにあった。


「ベトナム系アメリカ人たちよ、トランプに投票しよう」という旗がつい
た小型飛行機が上空を飛ぶ。その下の沿道にはLGBTQの象徴である「レイ
ンボー旗」が多数くくりつけられたブースがある。メキシコ国旗を持って
闊歩する褐色の肌の若者がいる。その横を「看護師は警察官の味方。トラ
ンプはまだ私の大統領」という文字が描かれたSUVを運転して手を振る白
人女性。


「トランプを支持するサーファーたち」と書かれたサインを持つ男性の横
を「Women for Trump」のロゴ入りのピンクのTシャツを着た女性が犬を連
れて歩く。サルサ音楽が流れ、踊り出さんばかりにノリノリの人々。


有名な「ビバリーヒルズ」サインの前は、白人、黒人、ヒスパニック系、
アジア系、老人、子供、中年、若者など、あらゆる人種、年齢の人々が集
まり、ごったがえしている


「こんなの、見たことない」。ルイ・ヴィトンの買い物袋を持った女性が
スマホでこの光景を写真に撮り、観光客を乗せた赤い屋根なしの観光バス
がトランプ支持者の海の中を走る。


これだけクレイジーな光景なのにテレビ局の取材班はまったくいない。


「フリーダムが嫌いな奴は、とっとと中国に引っ越せ!」。そんなメガホ
ンの声に合わせて、一同が「そうだ!」と叫び、トランプ支持者たちが一
斉にロデオドライブの商店街を行進し始めた。多くの人がマスクをせずに
大声で叫んでいる。新型コロナウイルスのスーパースプレッダーになりう
る集会だ。



近くに寄って写真を撮りたいが、さすがに感染が怖い。ギリギリの距離を
取って歩道の脇で写真を撮っていると、ロデオドライブのブティックで働
く黒人男性がこう言った。「僕は、大統領選はバイデンに投票するけど、
毎週土曜のこの光景を純粋にショーとして楽しんでる。長期のロックダウ
ンを強行したカリフォルニア州知事とロサンゼルス市長には僕も不満があ
るからね」。 


ロデオドライブではコロナ禍で閉店が相次いでいる。ヴィダルサスーン美
容室の看板がある店の中をのぞくと、がらんどうの空室になっていた。


別のブティックで働く黒人女性は「トランプに投票する女性がこれだけ多
数いるという事実が恐怖。女性をさんざん軽視してきたトランプによく投
票できるなと唖然とする」と厳しい顔をしていた。


そんな中、トランプ支持者のひとりは嬉しそうにこう語った。「大統領が
コロナに罹患した頃から、隠れていたトランプ支持者が次第に“カムアウ
ト”してきた。もうおそれて隠れなくていいんだという共通認識だ。何十
年も民主党が牛耳ってきたこの街で。これはレボリューション(革命)だ
よ」。


ラストベルトや「赤い州」(共和党支持)ではない西海岸のロサンゼルス
在住のトランプ支持者とは、いったいどんな人なのか。2人の支持者に
じっくり話を聞いてみた。
    

「私が今回トランプに投票すると伝えたら、妹2人が激怒して、口をきい
てくれなくなった」。サンタモニカ在住のジェシカ・アパリシオさんはそ
う語る。31歳の彼女は医療機器メーカーで働くメキシコ系アメリカ市民だ。


2016年のトランプ氏当選時、彼女はトランプ支持者ではなかった。「メキ
シコ国境に壁を作る。費用はメキシコに支払わせる」「ドラッグの売人や
レイピストの入国を防ぐ」。そんな公約を掲げたトランプ氏が当選する
と、ロサンゼルスのメキシコ人たちは激怒し猛反対した。


アパリシオさんも彼の当選に衝撃を受けた1人だ。「トランプはレイシス
ト(人種差別者)」。これがメキシコ人やメキシコ系アメリカ人の一般的
な共通認識だと彼女は言う。5歳の時にメキシコから両親に連れられてア
メリカ移住したアパリシオさんは、一家で合法移民したケースだ。


家族全員が正式に滞在許可を得て入国し、順番を守って永住権を申請し
た。母はホテルのコックとして、父は重機を扱う技師として、身を粉にし
て朝から晩まで働いた。アメリカで生まれた2人の妹たちは誕生した瞬間
からアメリカ国民だが、アパリシオさんは5歳で移住した時から英語をゼ
ロから学び、その後は永住権保持者として働きながらカリフォルニア大学
のリバーサイド校に通った。


いつかアメリカ国民になろうと、市民権の申請費用をコツコツ自力で貯め
た。「貧困生活からなんとか脱出してアメリカで家族をまともに食べさせ
たいと願う多くのメキシコ人の親の気持ちは、私にも痛いほどわかる。私
もメキシコの農場で育ったから」と彼女は言う。


「違法で国境を越えて入国する以外の手段がなかった知り合いもいる。幸
運だった私は彼らをジャッジするつもりはない。でも、アメリカが国境を
警備し、合法移民のみを受け入れる方針は、人種差別でもなんでもない。
メキシコからドラッグ売人やギャングがこの国に違法入国しているのは事
実。国境に壁を作るのは、国の安全を守るための当然の行動だと思う」


職業政治家ではなくビジネスマンだったトランプ大統領の発言は、彼女に
は「新鮮な風」が吹いてきたように感じられた。


自身を「伝統的なファミリーの価値観が大好きな典型的な真面目な長女気
質」と称する彼女は、2018年にアメリカ市民になり、投票権を得た。そし
て、これまで以上にトランプ大統領の政策を細かくチェックするように
なった。


トランプ大統領が、黒人大学生への金銭的支援を制度化し、スモール・ビ
ジネスへの減税を実行し、さらに40万ドルの大統領年俸のほとんどを寄付
し、毎年1ドルだけを受け取っている――。それらの事実を知ると、なぜCNN
などのメディアはそれを伝えないのか、と疑問を感じるようになった。


保守派のFOXニュースも一部視聴するようになったが、すべては信じてい
ない。つねに自分で情報に当たり、数字をチェックして判断するようにし
ているという。


中でも彼女を悩ませているのは、カリフォルニア州の所得税の高さだ。全
米でもトップクラスの税率が生活を圧迫する。彼女は大学を卒業し、イン
ターンを経て、スポーツクリニックの医師の受け付けの仕事を得たが、金
銭的にはずっとカツカツだった。家賃が高騰するロサンゼルス市内でひと
り暮らしできる余裕はまったくなく、オレンジ郡の親元に住んで長時間通
勤でロサンゼルス市内の職場に通った。


「必死に働いてもいつも経済的に厳しかった。これが祖国を離れてまで両
親が私に望んだアメリカン・ドリームの実態なんだろうかと愕然とした。
民主党が牛耳る州で、私たち労働者は高額の税金を搾り取られている。し
かし、街にはホームレスがあふれ続けており、問題が何年も何年も解決さ
れない。どう冷静に考えても、リベラルの政治がこの街で機能していない
ことを実感した」


サンタモニカのがん専門の医療機関に転職し、その後は医療機器メーカー
に転職。医療業界で必死に働き、キャリアの階段を上った。「私の肌は
ダークな色だし、見た目は完全にラティーナ。でも、白人中心の医療の職
場で、ドクターたちから不当に扱われたことは今までない」


両親を安心させたい、経済的に自立したい、という強い思いを抱く彼女
は、「かわいそうなマイノリティたちの救世主と崇められていたオバマよ
りも、口は悪いけれど、経済の規制をとっぱらい、減税を実行し、国民に
富を直接還元するトランプの行動のほうが、実際にマイノリティを幸せに
しているのではないか」と感じるようになった。


白人男性と婚約し、トランプ支持を妹に伝えると、ふたりの妹は、姉が白
人男性に洗脳されてしまったと嘆き、姉を「レイシスト」と呼んだ。「つ
らいけど、妹たちいもいつかわかってくれると信じるしかない。リベラル
な人々はいつも多様性を強調するけど、私のような保守派の価値観を非難
し、意見を変えろと怒り、自説を押し付けてくる。つまり本当の多様性を
認めていないのでは」


4月に結婚する彼女は、将来、自分の子供が生まれたら「マイノリティと
いう弱者として助けてもらうだけの存在であってほしくない」と感じてい
る。「だから子供を育てるにしてもトランプ政権がいい。バイデン政権に
なったら、カリフォルニアから脱出するしかないかも」と語る。


「白人のストレート男性というだけで、レイシストだと思われるのは、も
う、まっぴらごめんなんだ」。そう語るのはロサンゼルス在住の役者兼
ユーチューバーの40歳のクリス・コールズさんだ。


オレゴン州セーラム出身の彼は黒人がほとんどいない、白人が圧倒的に多
い地域で育った。「うちの両親も自分もクリスチャン。隣人を愛し、汝の
敵を愛せよ、という聖書の教えに従う教育を受けた。だから黒人を差別す
るつもりなんて、自分や家族には微塵もない」。


そんな彼がハリウッドの世界でオーディションを受けてシットコムのドラ
マなどに出演する度に感じたのは「白人ストレート男性」としての肩身の
狭さだという。「すでに有名になっている白人男性以外、現在のハリウッ
ドは白人男性を極力雇わない方向だ。アカデミー賞の規定が改正される前
からもうずっとそうだ」とコールズさんは断言する


女性とマイノリティを積極的に起用しなければというプレッシャーが強い
映画・テレビ業界で、白人男性というだけで起用率が減るという。さらに
ハリウッド内で保守派であることや、トランプ支持を表明することはリベ
ラル派の監督から嫌われ、「職を失う」自殺行為を意味すると言う


そんな中、保守派を公言し「ミスター・レーガン」というユーチューブ・
チャンネルを立ち上げた彼は、ロサンゼルスのエンターテインメント業界
の異端児と言ってもいい。


「女性の監督、女性の脚本家を採用し、女性パワーを強調しなければいけ
ないこの業界では、実は多くの男性脚本家がゴーストライターとして“女
性の企画”に送り込まれている。自分の名前がクレジットに載らない完全
なる裏方の仕事だ。それが嫌なら海外で働くしかない」


そんな彼の発言は、ポリティカリー・コレクト(政治的正義)ではないと
され、自身のユーチューブ番組にリベラルな友人をゲストで呼ぼうとして
も全員から断られ続けている。「保守派の番組になんか出たら、ハリウッ
ドで2度と働けなくなるし、友人を全部失うから勘弁して」と友人たちに
言われた。


「自分が住むダウンタウンはブラック・ライブズ・マター(BLM)のデモ
による略奪で店がたくさん燃やされた。でも、白人男性がそう主張するだ
けで、レイシスト扱いされかねない雰囲気だ。事実を伝えているだけなの
に」とコールズさん。


彼がトランプ大統領を支持するのは「実行力があり問題解決が早いから
だ」と言う。一番評価しているのはトランプ大統領が規制緩和を推し進め
てきたことだ。「エネルギー業界の規制を取り払い、中東和平交渉もや
る。50年近くワシントンにいたバイデンができなかったことをわずか3年
でやった」


大統領選のディベートで、石油の油田の付近に住む人々の環境被害や健康
被害が問われたとき、トランプ大統領は「油田の仕事で彼らは金銭的に
潤っているじゃないか」と語り、バイデン氏は「いや、彼らはがんに罹患
するなどの被害を受けて苦しんでいるのだ」と答えた。


ディベート放送後「大統領には人々の苦しみに共感する力が欠けている」
と批判が起こった。それを受け、コールズさんは言う。


「共感力? そんな乙女チックな甘い言葉でいったい何人の国民が騙され
てきたと思う? 選挙前に優しい言葉をかけるだけで、実際は何もしな
い。それがリベラルの常套手段だ。トランプは、言っていることはきつい
が現実的だ。油田の側に住んで、油田で働いて大金を儲けると決めたの
は、住民の選択だ。嫌なら他の土地に移住すればいい。炭鉱で働くのだっ
て、リスクを取って金を儲けるという個人の選択。誰も強制していないんだ」


役者だけをしていた頃は、仲間とアパートをシェアして暮らすのが精一杯
だったが、保守派ユーチューバーとなってから、25万人の登録視聴者を得
て、広告収入により金銭的に潤い始め、ダウンタウンの高層賃貸マンショ
ンに引っ越した。つまり、それほどの数の人々が、ロサンゼルス在住の保
守派の彼の声を聞きたがっているということの証明でもある。


彼がユーチューブでリベラル政治家を徹底的に叩くことで生計を成りたた
せている以上、リベラル政治家の存在は彼の稼ぎに必須なのでは? と聞
くとこう答えた。


「いや、たとえユーチューバーとして稼げなくなっても、リベラル政治家
が全員落選してくれることの方が、自分にはありがたいね。トランプは自
己愛が強すぎると言われるが、そうではないと思う。彼は自分をブラン
ド、つまり商品として捉え、自分を買ってくれと国民に叫んでる。わかり
やすさと実行力、これが彼の強みだよ」


反マスク派のコールズさんは、店に買い物に行く以外にマスクはしない。
そのかわり何度もコロナ検査を受けてチェックしている。「スウェーデン
のように、ロックダウンなど一切なしの政策を自分は望んでる。トランプ
もさすがにそこまで過激にはできなかったようだが。ロックダウンで経済
が破壊されるのをこのまま黙ってロサンゼルス市民が耐え続けるとは自分
にはとても思えない」


世界で最も多様性に富んだ街、ロサンゼルス。そこに住むトランプ支持者
たちは民主党の強い州内では圧倒的に少数派であることは自覚している。
だが、確実に「カムアウト」する流れを作り出し、それに乗っている。も
し例えトランプ大統領が今回の選挙で負けても、すでにカムアウトした彼
らの存在は今後も残る。そこが2016年とは決定的に違う>


なぜこういった報道が日本を含めて世界でないのか。日本では報道機関や
マスコミの大多数はアカモドキであり、不都合な真実は報道しない。国民
は娯楽としてメディアを視聴、購読、閲覧しているが、選挙になると保守
党を選ぶ。なぜか。



娯楽は所詮娯楽、「鬼滅」だろうが何だろうが面白ければそれでいい、と
ころが暮らしは「もろリアル」であり、挙では面白さではなくて「確実
性、実行力、安定性」を重視するから保守党を選ぶ。お試しで万年野党に
政権を委ねたらひどい目に遭ったから、国民は「羹に懲りて膾を吹く」、
“二度と御免”になった。


日本では(小生や赤軍派のようなクレイジーな過激派が暴れたことなども
あって)1970年頃からは共産主義、社会主義は自然消滅へ向かい、アカへ
の幻想がほとんどない。戦後にアカの危険を叫んだマッカーシーを孤立死
させた米国にはアカ除染という通過儀礼はない、パンデミックへの抗体は
ない、一体どこへ向かうのだろうか・・・「米中同時崩壊」か「米中合
邦」「米中不可侵条約」もあり得ないことではない。不安な時代・・・ 
目安箱:ishiifam@minos.ocn.ne.jp

2020年11月05日

◆雀庵の「中共崩壊へのシナリオ(100」

“シーチン”修一 2.0


【Anne G. of Red Gables/200(2020/11/3/火】昔から小生のモットーは少
欲知足、知足安分(欲少なく足るを知る、足るを知りて分に安んずる)。
「物欲はきりがないから、それに引きずられないで、今あるもので満足す
る」と解釈している。


モノではなく「真理」への飽くなき欲求はカネがかからないし、いくら増
えても場所を取らない、廃棄処分も比較的容易だ。(アカやナンミョー、
アーメン、アッラーに洗脳されると除染には10年、20年は最低でもかかる
から要注意


穢れた世界を厭い離れ、清らかな天国を求めるという「厭離穢土、欣求浄
土」も好きだが、小生は「この世をこそ安らぎの桃源郷にしたい、すべき
だ」という解釈だ。竜馬風「この世の洗濯」、洗い過ぎるとボロボロにな
るから塩梅が難しい。ソ連消滅、中共黄昏、米国崖っぷち・・・日はまた
昇るか・・・


資本主義経済は「買って買って買いまくれ、捨てて捨てて捨てまくれ」だ
から、小生には邪道だと見える。できるものなら強欲資本主義ではない
「知足安分主義経済」を理論化したいものだ。その原理、骨格の素描を創
れたら、後はプロがやってくれる。建築と同じだろう。


そんなことを考えながらチャリで綱島街道(溝の口・鶴見線)を鶴見川目
指してえっちらおっちら。縄張り拡張のためと、昔のマドンナの面影を訪
ねるセンチメンタルジャーニーでもある。溝の口の洗足学園を過ぎたあた
りに旧道が隠れるようにしてあり「末永」の表示があった。


父の妹、渋谷ミヨさん、通称「末永のおばさん」は多摩丘陵の天辺の広大
な畑で農業をしていたから、平地に「末永」の名称があるとは全く知らな
かった。狭くて曲がりくねった旧道を山裾に沿って行くと右手に急勾配の
階段があり、「熊野森緑地」と看板がある。「爺さん、どや、我慢できん
やろ、早よ登らんかい」と今日も元気だ、電波が走る。もうどうにも止ま
らない。


導かれるように手摺を頼りにヒーコラヒーコラ、頂上は小さな緑地だが、
北側はマンション、それ以外はドングリなどの広葉樹林で見通しが利かな
い。崖の斜面を行くと崩壊防止のコンクリートでガチガチに固められてお
り、どうにか上の道に辿り着いたが、住宅とマンションだらけ。よーこん
なところに住むなあ、怖くないのかなあ、と暫く歩いて、これまた急勾配
の下り階段、まるで「爺落とし坂」をこわごわ降りた。


自転車に乗ってさらに街道を行くとY字路あり、平らな右の道を進んだ
が、どうも既視感があり、戻ってY字路と「爺落とし坂」を見ると、
「あっ、タケノコ山の入り口だ!」。


我が家で言う「タケノコ山」は、「末永のおばさん」の渋谷家から父が
300万円で買った100坪ほどの傾斜地の竹林。小生一家は春になると弁当を
持ってタケノコ狩りを楽しんだが、別荘を建てるには土砂崩れを防ぐため
にべらぼうなカネがかかるのでタケノコ狩りだけの土地だった。その上は
「末永のおばさん」の広大な農地が広がり、土筆狩りも楽しんだものだ。


バブル景気真っ最中の1989年頃、ゴルフの清川CCが「丘陵の上にマンショ
ンを建てたいからタケノコ山を1000万円で売ってくれ」と言ってきた。
「工事が始まるまでタケノコ狩りOK」という条件で売ったが、それ以来、
現地には30年も行っていない。


今回のチャリ散歩コースは別ルートを辿ったので「爺落とし坂」がタケノ
コ山への滑りやすい山道だった所とは想像もできなかった。今、この坂は
東急田園都市線「梶ケ谷」駅への近道になっているようだ。


大地主の渋谷家はバブル景気に浮かれて農業から不動産業に家業を転換、
「この世をば我が世とぞ思う」数年を楽しみ、そしてバブル崩壊とともに
行方知れずになってしまった。奢れるもの久しからず、盛者必滅の
理・・・清川CCも倒産し、今は有志が自腹を切って経営していると
か・・・諸行無常だなあ。


今「タケノコ山」の上にはマンションが建ち、周辺も住宅だらけだ。その
うち「末永のおばさん」一家の夢の跡を辿ってみよう。帰路に振り返ると
畑にそびえていた東電の高圧線鉄塔だけが昔を偲ばせていた。


蛇足ながらタケノコ山の販売代金1000万円は、母に300万円を渡し(大姉
が相続)、屋上に2人の女児専用ペントハウスを増築し(300万円、今は小
生の隔離室)、母名義の不動産を相続した際の相続税(延滞金込みで400
万円)できれいに消えた。


キャッシュを手元に置いておくとすぐに無くなるというのは真実で、上記
は「公式発表」、実際は300万ほどは「不正支出」疑惑で、120万はブロン
ズ像購入費、180万は遊興費で消えた。悪銭身に付かず、いずれも「背後
に女あり」、あの世に持っていく話、妄想老人の戯言だで・・・


さてさて米国大統領選。前回選挙でトランプ優勢を唯一当てた世論調査会
社、ラスムセンが11/2にこう報じている。

<White House Watch Biden 48%, Trump 47% Monday, November 02, 2020>


1ポイント差の大接戦だ。経済紙「ブルームバーグ」も10/28にこう報じて
いる。


<ラスムセンの数字は外れ値の可能性もあるものの、ウェルズ・ファーゴ
株式戦略責任者ハービー氏は「ラスムセンは2016年大統領選の得票率を唯
一正確に予測した」と指摘。バイデン氏が勝利を確実にするためには、得
票率で少なくとも3ポイントの差をつけて勝つ必要があるだろうと分析した>


小生の尊敬する古森義久先生「米大統領選トランプ氏優位に」(japan-
indepth 10/31)から。


<独自の特色を持つラスムセン社の発表によると、全米でのトランプ対バ
イデン両候補の支持率は2週間前は12ポイント、先週は3ポイント、いずれ
もバイデン氏が優勢だったが、10月26日からの週は逆転してトランプ氏が
1ポイント、リードした。激戦区として動向のとくに注視されるフロリダ
州ではトランプ氏がバイデン氏を3ポイントリードしたという。


この種の僅差は世論調査では「誤差の範囲内」とされ、実際にはどちらが
勝つかはわからないとされるが、少なくともつい最近までの「バイデン候
補の勝利が確実」という見通しはこの終盤戦で大きく崩れてきたといえよう。


一方、ギャラップ社が10月27日までに発表したところによると、同社の全
米調査ではトランプ大統領の支持率が46%となり、これまでの同社の最高
だった49%に近づいた。


また同社による「大統領選ではだれを支持しますか」という質問ではな
く、「だれが勝つと思いますか」という質問での全米調査ではトランプ氏
が56%、バイデン氏40%という答えが出たという。


ギャラップ社では同時に「現在の生活は4年前よりよくなったと思います
か」という質問による全米調査を実施したところ、「はい」が56%、「い
いえ」が32%という答えが出て、これまたトランプ大統領の有利な情勢を
示したという。


以上のような最新の世論調査結果はみなトランプ大統領の意外な人気を示
している論拠とされ、今回のアメリカ大統領選が予測の難しい大接戦であ
ることを改めて明示したといえよう>


パンダハガーの元祖であり、かつ日本を徹底的に(根性なしの銭ゲバ・イ
ンポ野郎と正しく)バカにしていたキッシンジャーは、古森先生によると
ついに「今の米中関係は極めて危険な状態にあり、もし両国がこのまま高
まる緊張を上手く管理できなければ、両国は第一次世界大戦時に似た状況
へと落ち込んでいくだろう」と97歳にして転向した。悔い改めるに年齢は
関係ない、大いに結構だ。


選挙の最終結果がどうなろうと“悪の帝国”中共を包囲戦でくたばらせる上
で日本はメジャープレイヤーにならざるを得ない。核兵器など戦力を格段
に強化し、同時にスイスのように全国民を収容できるように核シェルター
を創っていく必要がある。


やらなければやられる、ということ。各国と長城包囲戦の具体策を練って
いかねばならないが、それだけでも中共への圧力にはなるはずだ。世界大
革命が間もなく始まる。

2020年11月03日

◆雀庵の「中共崩壊へのシナリオ(99」

“シーチン”修一 2.0


【Anne G. of Red
Gables/200(2020/10/31/土】「喜怒哀楽」・・・怒と哀は強過ぎない方が良さそうだが、ヂヂイの脳ミソの劣化を抑えるには喜楽をもたらす「感動、驚愕、発見」は効きそうだ。


小生の場合、老化は病気や足腰が弱ることから始まった。胃がん全摘で食事が上手く摂れない、嘔吐、下痢、低血糖による目まい・・・引き籠りになりがちで、刺激が乏しくなり、気分が高揚するからと飲酒量が増え、アル中になり、脳ミソが壊れ、発狂してしまった。最悪パターン・・・


そう言えば4年前の2016年10月29日に発狂して“保護”されたから丸4年だ。「断酒歴4年です」なんて自慢できないが、断酒とママチャリ散歩の効果で体調と脳ミソはそれなりに徐々に正常化してきたのではないかとは思う。狂暴化してきたような感じもするが・・・ウー、ワンッ!


小生のチャリ散歩は、最近は癒し系の散歩というレベルを越えて、「感動、驚愕、発見のための徘徊、探索、冒険」という奇人変人的レベルになってきた感じだ。病膏肓、神ってる! チャリで片道1時間ほどの所では「稲城大橋」「とんもり谷戸」「五力田」「枡形城展望台」「タローの庭」などに魅せられて、「お気に入り」に追加した


日々ますます意気軒高だが、体力的に1日に3時間が限界だ。それ以上では帰路の途次に救急車の世話になったり、行旅死亡人になったりして社会の迷惑になりかねない。当然、マーキングエリアというか縄張り、シマ、“領土”は限られてくるので、昔買った「マップル首都圏道路地図」を下書きに「ママチャリ散歩境界地図」を創ってみた。伊能忠敬のオツムと体力、根性、好奇心に刺激された面もある。


それによると南北5km(多摩丘陵〜武蔵野台地)、東西12km(等々力渓谷〜是政橋、多摩川の沿岸)の長方形が「シーチン王国」になる。是政橋の北には「東京競馬場」と「サントリービール工場」があり、ユーミンの「♪中央フリーウェイ」で有名な場所だ。ユーミンは「流星」の気分、小生は「流浪浮浪」の気分。


そう言えば国木田独歩の「武蔵野」シリーズには溝の口(大山街道、かの子の生誕地)も紹介されているが、先だって散歩していたら「おい、爺さん、こっちだ、こっち」と天からの電波を受信し、行ってみたら津図書館のある公園に「国木田独歩の碑」があった。


<独歩は明治30年(1897)3月、みぞれまじりの日に溝の口の亀屋に宿泊。『忘れえぬ人々』で亀屋の主人のことを書いています。昭和9年(1934)、亀屋の主人・鈴木久吉の立案で亀屋の前に碑を建てました。題字は文豪・島崎藤村です。その後亀屋は廃業、平成10年に津図書館前に移設されました>(トリップアドバイザー)


小生の散歩癖は独歩や荷風の影響も受けているようだ。引き籠りではなく狩猟採集の縄文人とか日本原人のDNAの影響かも知れない。徘徊多動老人。


チャリ散歩は往復で2〜3時間だが、ルート(西北、西南、東、南方面)によって移動距離は10〜24kmと異なる。ペダルを漕いでいる時も、降りて散策している時も、常に「何だろう、なぜだろう」と考えながら徘徊、探索、冒険し、何かを発見すると感動、驚愕、発見に大きな満足感、エクスタシーを覚える。


最近は夢でも考え続けて、「なるほど、そういうことか」なんて、それなりに「解」が見つかることが結構あり、その度に「脳ミソを休ませた方がいいんじゃないか」とちょっと心配になる。1回の発狂は容赦されても2回目以降は追放されたり・・・キチ〇イにもわずかながらも理性というか、「痛い目に遭った記憶」はある訳で・・・


それはともかくも「感動、驚愕、発見」、これは不老長寿とは言わないまでも「呆け防止」にはかなり効くのではないか。足腰がどうにか動くなら介護福祉施設などに相談して車両を借り、できるだけ自力で散歩、散策したらいい。


先日、両手でペダルを漕ぐ式のスピード用3輪車椅子に追い抜かれたが、ずいぶん気持ち良さそうだった。要は「本人のやる気」が肝心だということ。


96歳の母を看取った経験から言うと、老人は家に引き籠ると刺激がなさ過ぎて、始めはBGM代わりのようなTV依存症、やがて半醒半睡になり、オツムも肉体も急速に劣化る。できるだけ外出して「感動、驚愕、発見」とか読書など思考力に効きそうな「知的刺激」を受けた方がいいと思う。


「認知症の窓」というサイトから。(見出しは小生による)


<ワシントンポスト紙が、カナダのトロントで開催された第31回国際アルツハイマー病協会国際会議(2016年)で発表された研究結果を報じています(2017年には京都で第32回が開催され、78カ国約4000人が参加)。


◆食生活により認知機能が低下する可能性


欧米人の場合、日本人のように魚や大豆製品、米、野菜等を多く食べるのではなく、赤身の肉類や加工肉、精製されてビタミンやミネラルが失われた小麦粉のパン、添加物や油等が多く含まれる加工食品や甘いお菓子を中心とした食生活を送っていることが多く、このような食生活は認知症になりやすいようです。


たとえそのような食生活を送っている人でも、頭を使って脳を刺激し、人との関わりを多く持つ職業に就いている人は、認知症になりにくいという結果が発表されました。


◆対人関係の知的職業は認知症になりにくい


頭を使って人と多く関わる職業に就いていた人たちは、それ以外の職業に就いていた人たちと比べて、記憶力や問題解決能力が低下することなく維持できている傾向があることがわかりました。


認知症になりにくいとされている職業と、なりやすいとされている職業にはどのようなものがあるのでしょうか。


今回の研究では、認知症になりにくいとされている職業の例としては、医師、弁護士、カウンセラー、ソーシャルワーカー、牧師が挙げられています。いずれも、人と対話をしながら助言や指導、診断等を行う職業です。


◆指示や規則に従うだけの仕事は認知症になりやすい


反対に、認知症になりやすいとされている職業では、他者から指示を受けて単純な労働をする職業で、機械の単純な操作をするオペレーター、一般的な肉体労働者、商店やスーパーのレジ係などの職業が挙げられています。


日常的に物やデータを扱う職業に就いている人よりも、人と多く関わる職業に就いている人の方が、脳に刺激を与え活性化させることができるため、認知症になりにくいようです。


◆脳の機能をできるだけ多く使う


人と対話をして問題解決を図ろうとする職業では、豊富な知識や経験はもちろん、高いコミュニケーション能力が必要とされます。これは、メンタリングとも呼ばれる方法であり、脳の一番複雑な機能を使っているとされています。



日常生活はもちろん、職業以外の趣味やいろいろな活動においても、自分自身の脳の機能をできるだけ多く使えるような機会を持ち、周りの人と多く接していくことを心がけることが大切なのではないでしょうか>


他者との接触は小生には苦手だが、故人を含めて多くの識者の論考、作品を読んで自分なりにあーでもない、こーでもない、と考えるのも、まあ「他者との接触」だろう。


そして「結局はこういうことか」と自分なりに解釈するが、最近では「基本的な価値観が異なる国家とは冷戦であれ熱戦であれ、戦争は避けられない」と確信するようになった。


自由民主人権法治の国民国家における国民の普通の感覚だと「競争はいいが、戦争は避けるべきだ」と当たり前のように思い、そのために「三方一両損」で譲歩することもあるだろうとは思う。


血を流す外交=戦争でなく、血を流さない戦争=外交で国家間の軋轢は軟着陸させた方がいい、というわけだ。多分、これは少なくとも先進国が共有している価値観だろう。2つの世界大戦でうんざりするほど血と涙が流され、「戦争になることだけは避けたい」と多くの人が思っているに違いない。


ところが中共・紅軍は本格的な戦争をしたことがない。1945年の終戦まで蒋介石・国民党軍と戦ったり、時には国共合作(野合)で日本軍と戦ったようだが、基本的に中共・紅軍は戦中は辺境の地で逼塞していた。終戦後にソ連の後押しを得て、「俺にも分け前を貰う権利がある!」と表に出てきたのである。


その後は日本軍の武器を得て蒋介石軍と戦ったが、これは内戦だ。さらにベトナム、ソ連と短期的に衝突したがいずれも戦果と言えるものは何もなかった。今はインドとの小競り合いをしているが、戦争以前の「衝突事件」に過ぎない。


つまり中共は結党の1920年から2020年までの過去100年間、「戦争というリアル」をほとんど経験したことがない。その一方で過去20年間、中共・紅軍は急ピッチで軍拡を進めている。趣味? 世界制覇の為?


日経2019/3/5「中国国防費、7.5%増19.8兆円 強軍路線が鮮明に」から。


<中国政府が5日公表した2019年予算案の国防費(中央政府分)は前年比7.5%増の1兆1898億元(約19兆8千億円)となった。伸び率は前年(8.1%増)を下回ったものの、国内総生産(GDP)成長率目標よりも高い水準。経済成長が鈍化しても軍備増強を急ぐ姿勢が鮮明になった。


【関連記事】中国、成長鈍化でも軍備増強 米に対抗


中国の国防費は米国(約80兆円)に次いで世界第2位の規模で、日本の19年度当初予算案の防衛関係費(5.2兆円)の3.8倍にあたる。李克強首相は政府活動報告で「改革による軍隊強化や科学技術による軍隊振興を踏み込んで推進しなければならない。実践的な軍事訓練の水準を高め、国家の主権・安全・発展の利益を断固守る」と強調した>


毛沢東は「東風が西風を征す!」と欧米列強を赤化する目標を(最初は本気で、後には飾りで)掲げていたが、毛の真似っ乞食の習近平は権力基盤である紅軍を手なずけるために軍事予算を拡大し続けた。素行不良の息子にフェラーリを買い与えて、「サーキットの中で遊んでいろ」と手なずけた感じだ。


支那では大昔から「良い鉄は兵士にならない」と言われるほど、将兵の質は悪かった。ゴロツキ、不良、厄介者の類。今は「安全で楽な仕事で私腹も肥やせる」から高学歴の若者も結構多いらしい。毛沢東の孫も軍人になった。


世界を見渡しても、中共を侵略しようと一瞬でも思う国はゼロだ。本音では付き合いたくないが、商売だから、まあそれなりの距離を置いて付き合っている、というのが実情だろう。ましてや侵略して14億の民を食わせるなんて、そんな奇特な国や国民があるわけない。


つまり中共の軍人に緊張感はない。私腹を肥やすことしか興味がない素行不良の息子は、やがて「サーキット遊びはもう飽きた、フェラーリは街中が良く似合う、お洒落な通りをぶっ飛ばしたい、ドリフトして喝采を浴びたい、許可しないなら暴れまくるぞ! 嫌ならカネを出せ!」となる

まるで私利私欲で軍事予算にたかる軍閥だ。5戦区あるから5大軍閥、さらに陸海空や基地ごとに派閥などがありそうだから、複雑な人脈網なのだろう。


習近平・中共は余りにも強引な外交、内政で世界の不評を買っており、たとえ孤立しても14億国民経済がそれなりに成り立つ方策を模索しているが、今さら文革時代の50〜60年前の貧困生活に戻れるわけがない。


「看中国」10/31によると、10月29日に閉会した「中共第19回中央委員会第5回総会」では、足元の「第14次5カ年計画」の具体的な経済成長策、つまり内需、雇用、投資、貿易などについてはほとんどビジョンを示すことができなかったという。


<10月30日のVoice of America は、香港大学の識者の声をこう伝えている。


「中国が過去20年間に生み出した技術革新と活況は、米国からの資本と技術支援による。計画された経済システム下であろうと(孤立した)100%の内部循環では、革新と競争力が非常に弱くなる。中国の人口が14億人とは言え、国内の科学者や技術者に頼っての技術力だけでは不十分だ」>


前門の“戦狼”中共軍、後門の“虎(ンプ?)”米国連合、習近平・中共はどちらかを選ばなくてはならない。あなたならどーする・・・狼に逆らえば確実に殺される、虎に逆らえば国が危うくなる・・・西太后の光緒帝処分みたいに密かに虎の力を借りて狼のボスを駆除するという手もあるなあ。


追い詰められた毛沢東は一発逆転の文革で甦った。習近平も真似してみたらいい、「大体、我が国は人口が多過ぎる。半分死んでもまだ7億もいる」と。

2020年11月02日

◆雀庵の「中共崩壊へのシナリオ(99」

“シーチン”修一 2.0


【Anne G. of Red
Gables/200(2020/10/31/土】「喜怒哀楽」・・・怒と哀は強過ぎない方が良さそうだが、ヂヂイの脳ミソの劣化を抑えるには喜楽をもたらす「感動、驚愕、発見」は効きそうだ。


小生の場合、老化は病気や足腰が弱ることから始まった。胃がん全摘で食事が上手く摂れない、嘔吐、下痢、低血糖による目まい・・・引き籠りになりがちで、刺激が乏しくなり、気分が高揚するからと飲酒量が増え、アル中になり、脳ミソが壊れ、発狂してしまった。最悪パターン・・・


そう言えば4年前の2016年10月29日に発狂して“保護”されたから丸4年だ。「断酒歴4年です」なんて自慢できないが、断酒とママチャリ散歩の効果で体調と脳ミソはそれなりに徐々に正常化してきたのではないかとは思う。狂暴化してきたような感じもするが・・・ウー、ワンッ!


小生のチャリ散歩は、最近は癒し系の散歩というレベルを越えて、「感動、驚愕、発見のための徘徊、探索、冒険」という奇人変人的レベルになってきた感じだ。病膏肓、神ってる! チャリで片道1時間ほどの所では「稲城大橋」「とんもり谷戸」「五力田」「枡形城展望台」「タローの庭」などに魅せられて、「お気に入り」に追加した。


日々ますます意気軒高だが、体力的に1日に3時間が限界だ。それ以上では帰路の途次に救急車の世話になったり、行旅死亡人になったりして社会の迷惑になりかねない。当然、マーキングエリアというか縄張り、シマ、“領土”は限られてくるので、昔買った「マップル首都圏道路地図」を下書きに「ママチャリ散歩境界地図」を創ってみた。伊能忠敬のオツムと体力、根性、好奇心に刺激された面もある。


それによると南北5km(多摩丘陵〜武蔵野台地)、東西12km(等々力渓谷〜是政橋、多摩川の沿岸)の長方形が「シーチン王国」になる。是政橋の北には「東京競馬場」と「サントリービール工場」があり、ユーミンの「♪中央フリーウェイ」で有名な場所だ。ユーミンは「流星」の気分、小生は「流浪浮浪」の気分。


そう言えば国木田独歩の「武蔵野」シリーズには溝の口(大山街道、かの子の生誕地)も紹介されているが、先だって散歩していたら「おい、爺さん、こっちだ、こっち」と天からの電波を受信し、行ってみたら津図書館のある公園に「国木田独歩の碑」があった。


<独歩は明治30年(1897)3月、みぞれまじりの日に溝の口の亀屋に宿泊。『忘れえぬ人々』で亀屋の主人のことを書いています。昭和9年(1934)、亀屋の主人・鈴木久吉の立案で亀屋の前に碑を建てました。題字は文豪・島崎藤村です。その後亀屋は廃業、平成10年に津図書館前に移設されました>(トリップアドバイザー)



小生の散歩癖は独歩や荷風の影響も受けているようだ。引き籠りではなく狩猟採集の縄文人とか日本原人のDNAの影響かも知れない。徘徊多動老人。



チャリ散歩は往復で2〜3時間だが、ルート(西北、西南、東、南方面)によって移動距離は10〜24kmと異なる。ペダルを漕いでいる時も、降りて散策している時も、常に「何だろう、なぜだろう」と考えながら徘徊、探索、冒険し、何かを発見すると感動、驚愕、発見に大きな満足感、エクスタシーを覚える。



最近は夢でも考え続けて、「なるほど、そういうことか」なんて、それなりに「解」が見つかることが結構あり、その度に「脳ミソを休ませた方がいいんじゃないか」とちょっと心配になる。1回の発狂は容赦されても2回目以降は追放されたり・・・キチ〇イにもわずかながらも理性というか、「痛い目に遭った記憶」はある訳で・・・


それはともかくも「感動、驚愕、発見」、これは不老長寿とは言わないまでも「呆け防止」にはかなり効くのではないか。足腰がどうにか動くなら介護福祉施設などに相談して車両を借り、できるだけ自力で散歩、散策したらいい。


先日、両手でペダルを漕ぐ式のスピード用3輪車椅子に追い抜かれたが、ずいぶん気持ち良さそうだった。要は「本人のやる気」が肝心だということ。


96歳の母を看取った経験から言うと、老人は家に引き籠ると刺激がなさ過ぎて、始めはBGM代わりのようなTV依存症、やがて半醒半睡になり、オツムも肉体も急速に劣化する。できるだけ外出して「感動、驚愕、発見」とか読書など思考力に効きそうな「知的刺激」を受けた方がいいと思う。


「認知症の窓」というサイトから。(見出しは小生による)


<ワシントンポスト紙が、カナダのトロントで開催された第31回国際アルツハイマー病協会国際会議(2016年)で発表された研究結果を報じています(2017年には京都で第32回が開催され、78カ国約4000人が参加)。


◆食生活により認知機能が低下する可能性


欧米人の場合、日本人のように魚や大豆製品、米、野菜等を多く食べるのではなく、赤身の肉類や加工肉、精製されてビタミンやミネラルが失われた小麦粉のパン、添加物や油等が多く含まれる加工食品や甘いお菓子を中心とした食生活を送っていることが多く、このような食生活は認知症になりやすいようです。


たとえそのような食生活を送っている人でも、頭を使って脳を刺激し、人との関わりを多く持つ職業に就いている人は、認知症になりにくいという結果が発表されました。


◆対人関係の知的職業は認知症になりにくい


頭を使って人と多く関わる職業に就いていた人たちは、それ以外の職業に就いていた人たちと比べて、記憶力や問題解決能力が低下することなく維持できている傾向があることがわかりました。


認知症になりにくいとされている職業と、なりやすいとされている職業にはどのようなものがあるのでしょうか。


今回の研究では、認知症になりにくいとされている職業の例としては、医師、弁護士、カウンセラー、ソーシャルワーカー、牧師が挙げられています。いずれも、人と対話をしながら助言や指導、診断等を行う職業です。


◆指示や規則に従うだけの仕事は認知症になりやすい


反対に、認知症になりやすいとされている職業では、他者から指示を受けて単純な労働をする職業で、機械の単純な操作をするオペレーター、一般的な肉体労働者、商店やスーパーのレジ係などの職業が挙げられています。


日常的に物やデータを扱う職業に就いている人よりも、人と多く関わる職業に就いている人の方が、脳に刺激を与え活性化させることができるため、認知症になりにくいようです。


◆脳の機能をできるだけ多く使う


人と対話をして問題解決を図ろうとする職業では、豊富な知識や経験はもちろん、高いコミュニケーション能力が必要とされます。これは、メンタリングとも呼ばれる方法であり、脳の一番複雑な機能を使っているとされています。


日常生活はもちろん、職業以外の趣味やいろいろな活動においても、自分自身の脳の機能をできるだけ多く使えるような機会を持ち、周りの人と多く接していくことを心がけることが大切なのではないでしょうか>


他者との接触は小生には苦手だが、故人を含めて多くの識者の論考、作品を読んで自分なりにあーでもない、こーでもない、と考えるのも、まあ「他者との接触」だろう。


そして「結局はこういうことか」と自分なりに解釈するが、最近では「基本的な価値観が異なる国家とは冷戦であれ熱戦であれ、戦争は避けられない」と確信するようになった。


自由民主人権法治の国民国家における国民の普通の感覚だと「競争はいいが、戦争は避けるべきだ」と当たり前のように思い、そのために「三方一両損」で譲歩することもあるだろうとは思う。


血を流す外交=戦争でなく、血を流さない戦争=外交で国家間の軋轢は軟着陸させた方がいい、というわけだ。多分、これは少なくとも先進国が共有している価値観だろう。2つの世界大戦でうんざりするほど血と涙が流され、「戦争になることだけは避けたい」と多くの人が思っているに違いない。


ところが中共・紅軍は本格的な戦争をしたことがない。1945年の終戦まで蒋介石・国民党軍と戦ったり、時には国共合作(野合)で日本軍と戦ったようだが、基本的に中共・紅軍は戦中は辺境の地で逼塞していた。終戦後にソ連の後押しを得て、「俺にも分け前を貰う権利がある!」と表に出てきたのである。


その後は日本軍の武器を得て蒋介石軍と戦ったが、これは内戦だ。さらにベトナム、ソ連と短期的に衝突したがいずれも戦果と言えるものは何もなかった。今はインドとの小競り合いをしているが、戦争以前の「衝突事件」に過ぎない。


つまり中共は結党の1920年から2020年までの過去100年間、「戦争というリアル」をほとんど経験したことがない。その一方で過去20年間、中共・紅軍は急ピッチで軍拡を進めている。趣味? 世界制覇の為?


日経2019/3/5「中国国防費、7.5%増19.8兆円 強軍路線が鮮明に」から。


<中国政府が5日公表した2019年予算案の国防費(中央政府分)は前年比7.5%増の1兆1898億元(約19兆8千億円)となった。伸び率は前年(8.1%増)を下回ったものの、国内総生産(GDP)成長率目標よりも高い水準。経済成長が鈍化しても軍備増強を急ぐ姿勢が鮮明になった。


【関連記事】中国、成長鈍化でも軍備増強 米に対抗


中国の国防費は米国(約80兆円)に次いで世界第2位の規模で、日本の19年度当初予算案の防衛関係費(5.2兆円)の3.8倍にあたる。李克強首相は政府活動報告で「改革による軍隊強化や科学技術による軍隊振興を踏み込んで推進しなければならない。実践的な軍事訓練の水準を高め、国家の主権・安全・発展の利益を断固守る」と強調した>


毛沢東は「東風が西風を征す!」と欧米列強を赤化する目標を(最初は本気で、後には飾りで)掲げていたが、毛の真似っ乞食の習近平は権力基盤である紅軍を手なずけるために軍事予算を拡大し続けた。素行不良の息子にフェラーリを買い与えて、「サーキットの中で遊んでいろ」と手なずけた感じだ。


支那では大昔から「良い鉄は兵士にならない」と言われるほど、将兵の質は悪かった。ゴロツキ、不良、厄介者の類。今は「安全で楽な仕事で私腹も肥やせる」から高学歴の若者も結構多いらしい。毛沢東の孫も軍人になった。


世界を見渡しても、中共を侵略しようと一瞬でも思う国はゼロだ。本音では付き合いたくないが、商売だから、まあそれなりの距離を置いて付き合っている、というのが実情だろう。ましてや侵略して14億の民を食わせるなんて、そんな奇特な国や国民があるわけない。


つまり中共の軍人に緊張感はない。私腹を肥やすことしか興味がない素行不良の息子は、やがて「サーキット遊びはもう飽きた、フェラーリは街中が良く似合う、お洒落な通りをぶっ飛ばしたい、ドリフトして喝采を浴びたい、許可しないなら暴れまくるぞ! 嫌ならカネを出せ!」となる


まるで私利私欲で軍事予算にたかる軍閥だ。5戦区あるから5大軍閥、さらに陸海空や基地ごとに派閥などがありそうだから、複雑な人脈網なのだろう。


習近平・中共は余りにも強引な外交、内政で世界の不評を買っており、たとえ孤立しても14億国民経済がそれなりに成り立つ方策を模索しているが、今さら文革時代の50〜60年前の貧困生活に戻れるわけがない。


「看中国」10/31によると、10月29日に閉会した「中共第19回中央委員会第5回総会」では、足元の「第14次5カ年計画」の具体的な経済成長策、つまり内需、雇用、投資、貿易などについてはほとんどビジョンを示すことができなかったという。


<10月30日のVoice of America は、香港大学の識者の声をこう伝えている。


「中国が過去20年間に生み出した技術革新と活況は、米国からの資本と技術支援による。計画された経済システム下であろうと(孤立した)100%の内部循環では、革新と競争力が非常に弱くなる。中国の人口が14億人とは言え、国内の科学者や技術者に頼っての技術力だけでは不十分だ」>


前門の“戦狼”中共軍、後門の“虎(ンプ?)”米国連合、習近平・中共はどちらかを選ばなくてはならない。あなたならどーする・・・狼に逆らえば確実に殺される、虎に逆らえば国が危うくなる・・・西太后の光緒帝処分みたいに密かに虎の力を借りて狼のボスを駆除するという手もあるなあ。


追い詰められた毛沢東は一発逆転の文革で甦った。習近平も真似してみたらいい、「大体、我が国は人口が多過ぎる。半分死んでもまだ7億もいる」と。

2020年10月29日

◆雀庵の「中共崩壊へのシナリオ(98」

“シーチン”修一 2.0


【Anne G. of Red
Gables/209(2020/10/27/火】カミサン曰く「保険会社の人がね、家の建て替えとか増改築は、アンタが生きているうちだと税金が安いんだって。だから早くやりましょうよ」。


「急ぐことはないだろう、お前の老後の世話をしてから考える」「あらアンタ、私より長生きする気? ふふふ・・・まあせいぜい長生きしてください」


何なんだ、これは! 善は急げ、やることやって、さっさと逝ってくれということか。老人への虐待だ、俺は虐げられている、可哀想なお年寄り・・・そうだ、俺は旅に出よう、♪時には 母のない子のように 黙って海をみつめていたい・・・♪10月25日の日曜日 海辺に散った命ひとつ 腐乱死ーす


Go To 江の島! Take the Odakyu
Line「片瀬江ノ島行 快速急行」! 気分はすっかり遠足だ! 運転手の後ろに陣取ってイケイケGo!
Go! たった50分で着陸!


♪真白き富士の嶺 緑の江の島 仰ぎみるも
今は・・・ボーゼン・・・相模湾の向こうには雲ひとつない青空を背に、陽光をたっぷり浴びた富士山が冠雪の頂上からゆったりした裾野まで女王の如くにおわしましけり。こんなに美しい富士山を見たのは初めてだ!


北斎の富嶽三十六景「相州江の島」・・・そのナマが凄まじい迫力、想像を絶する美しさで光り輝いている! ああ、とろけそう・・・


「ストレイシープのお爺さん、ようこそお出でくんなました
。憂き世を忘れて一緒に楽しみんしょ」


ボーゼンジシツ、エクスタシー、1時間ほどはただただウットリ。やがて頂上は名物の笠雲に隠れてしまった。「めったに仰げない」から価値がある・・・それにしてももう少し御尊顔を拝したかったなあ。「また来てくんなまし」・・・短い逢瀬、老いらくの恋・・・汚辱に満ちた悲惨な晩年に、わずかながらも儚い色を添えたのであった・・・


関東と東海の民にとって富士山は特別な存在だろう。登頂を目指したものの八合目で挫折した小生は「振られた」思いがあったが、「富士山は見ることにこそ意義がある」なんて今は何やら落ち着いた気分である。


ワシントン州シアトル、愛称“エメラルドシティ”の名物と言えばタコマ富士(レーニア山)とボーイング社エバレット工場だ。ボーイングのサイトから。


<シアトル発2020/10/1 
ボーイングは本日、787型機の製造拠点をサウスカロライナ州のノースチャールストン工場に、2021年半ばをめどに集約することを発表しました。


製造拠点を一カ所に統合することにより、稼動効率の改善、低迷する市場への適応、そして今後の需要回復および長期的な成長への足固めをすすめます。


787型機の月産レートは2021年に6機となりますが、エバレット工場での787型機の生産は、2021年半ばまで継続します>


ともに民主党≒アカのワシントン州知事とシアトル市長はANTIFAの大暴動を抑えるどころか応援した。ダーティーペア! 暴力革命で体制変革を進めてもいいのだという、そういう土壌があるのだろう。少なくともボーイング社は当地から移転する際に、公には絶対しないだろうが、暴力革命を称賛するような土地と住民に愛想を尽かしていたのではないか。


「警察があるから騒乱になる、騒乱を招かないように警察を弱体化しなければならない」・・・知事も市長もほとんど狂気の沙汰、過激派だ。それを選んだ住民も同じ穴のムジナ。小生はシアトルに親近感を持っていたがガッカリした。見た目は良くてもダメはダメ。“ダーティーシティ”につける薬なし! タコマ富士は「タコメ!」、任天堂由来のシアトルマリナーズも応援しない!


10/23付在シアトル日本国総領事館総領事/シアトル日本商工会「シアトル周辺で予定されている抗議活動について」


<SNS等の情報によればシアトル市内その他の地域では、以下の抗議活動が予定されています(略、ほぼ毎日)。外出の際はデモ開催場所付近やダウンタウンエリア、警察署、政府関係機関付近等に極力近づかない等、不測の事態に巻き込まれないよう、細心の注意を払っていただくようお願い致します>


イメージ評価を高めるためには何十年もかかるが、下げるのはあっという間だ。他人事ではない、吾もまた自戒自重すべし。


人材を募集している中共がANTIFAやその手の人々を引き受けてくれるのなら大歓迎だが、得意分野が「火付強盗」ではさすがの中共でも「うちはプラスチックごみの受け入れを規制していますし、リサイクルできない廃棄物となればとても受け入れできません」となるだろうなあ。ワシントン州内で始末してくれ。


素敵なものはすぐに消えちゃう、汚いものはどんどん増える・・・元を断たなきゃダメ!ってか。ワルの大元締め、中共を包囲殲滅すべし。



楊海英著「中国人の少数民族根絶計画」から。


<毛沢東と中共政府が主導した内モンゴル自治区での大規模なジェノサイドは「モンゴル人同士の軋轢、内紛」として最初から用意周到に計画されていたのです。


多くの有識者はこのモンゴル人ジェノサイドを(漢人対モンゴル人の)「未解決の民族問題」と認識しています。例えば、第一次資料に基づいて大量殺戮を詳述した「内モンゴルにおける抉り出し・粛清に関する災難実録」(アンタンデレヘイ著)を私は静岡大学のプロジェクトの成果として紹介しました。


モンゴル人のアンタンデレヘイの研究も示すように、内モンゴルでの文化大革命は「民族問題・民族紛争」であり、文革終息宣言の1976年以降もモンゴル人に対する民族政策は「文革的手法」を踏襲していると彼も指摘しています。


つまり、モンゴル人が少しでも自らの権利を主張すれば、たちまち「分裂独立志向」とのレッテルを貼るというやり方です。アンタンデレヘイはその具体例をこう記述しています。


1981年秋に内モンゴル自治区で、中国人移民の増加に反対する学生運動を政府が鎮圧しました。この年、中国政府は四川省などから100万人もの中国人をモンゴル人の草原に移住させようと計画していました。その計画が自治区に伝わると、学生たちは抗議活動を始めたのです。中国政府は誠心誠意に対応せずにリーダーたちを逮捕して鎮圧しました>


中禍に苦しむ少数民族は明日の日本かもしれない。日本には中共を非難したことが全くない政治家、言論人、記者などはゴマンといる。彼らは中共の力を借りて日本を独裁国家にし、支配階級として我が世の春を実現したいのだ。そんな本音が表に出れば国民から叩かれるので、表立っては言わないだけ、羊頭狗肉の“中共の狗”どもの心の底は「暴力革命論者」である。


彼らの本音は革マル派“公然部隊”の機関紙を見ればわかる。「解放」2020/10/26から。


<習近平・中国は南シナ海を軍事拠点化し、さらに東シナ海から西太平洋にまで中国海軍の行動範囲を広げ制海権の奪取に突進し、さらには「台湾独立」の策動には武力行使も辞さずと公言する。


彼らの対米挑戦に直面し焦りにかられているトランプ政権は、中国軍と対峙するために、核空母を中心とした米第七艦隊を動員して「航行の自由」作戦を強行するなど対中国の準臨戦態勢をとっている。彼らは米日共同の対中国戦争遂行体制の構築に血眼となっており、対中国(対北朝鮮)の「敵基地」先制攻撃体制の構築を急ピッチで進めているのだ。


われわれは「日米新軍事同盟の強化反対」の旗幟を鮮明にしていく>


革マル派のスローガンは「反帝国主義・反スターリン主義による世界革命」であり、理論的には「スターリン主義である中共」は打倒すべき敵である。で、あるのならサナダムシ戦略の秘密結社革マル派最高指導部は“中共の狗、戦狼のポチ”を装って中南海に侵入し、中共に寄生し、やがて乗っ取るつもりかもしれない。



彼らは日本の国会で野党第一党(ボリシェビキ)になったが、中共政権に“悪魔のように細心に”浸透していく際にしても、その能力は1962年以降60年間も研究、実践してきたから侮れない。革マル派の情報はほとんど漏れてこないが、「漏らせば殺される」と知っているからだろう。闇の世界。目安箱:ishiifam@minos.ocn.ne.jp
   

2020年10月28日

◆雀庵の「中共崩壊へのシナリオ(97」

“シーチン”修一 2.0



【Anne G. of Red
Gables/208(2020/10/26/月】カール・マルクスは「資本主義経済は破綻し、共産主義経済へ移行する」と説いたが、現実は逆になった。


裕福で寛容な弁護士の長男坊として生まれ育ったマルクスは、青春の鬱屈もあったろうが乱暴者、素行不良、銃器不法所持などで最初の大学を除籍され、エンゲレス(繊維工場の御曹司)に触発されてアカ雑誌にカネにならない論文ばかりを書いていたから万年金欠病、おまけに浪費癖。何となくインテリの無頼放蕩漢みたい。



「商品価値/利潤でしかモノを見ない」資本主義経済を激しく憎悪、つまり「俺の論文は優秀なのだから、その価値を認めてくれる『貧者による貧者のための貧者の独裁的共産主義経済』へ移行すべきだ」と思うようになったのかもしれない。負け犬の貧乏な自分たちにとって都合の良い社会を創りたい・・・“タニマチ”エンゲレスの金銭支援を受けながら哲学のような、宗教のような、共産主義思想をそれらしく「科学」に練り固めていく。



不平不満分子は巧みに学問を装ったマルクス風共産主義にかぶれて洗脳されていった。ソ連のレーニン、トロツキー、スターリンは御用学者の「雪の上に種を蒔くと収穫増になる」という説を評価して農民にやらせたが、増えたのは餓死者だけだった。毛沢東は「稲を食うスズメは人民の敵だ、殺し尽くせ」と命じたが、害虫が増えて収穫が減り、この手の愚策を強行して結局は5000万人が飢餓で殺された。



イギリスから始まった産業革命は1760年代から1860年代まで比較的長い期間にわたって漸進的に進行した・・・ここまで書いて書庫からアカの聖書であるマルクス著「資本論」を探し出して50年振りに開いてみたら、ペラペラっと折り畳んだ紙が落ちた。開いてみたら、


<制限住居変更許可願 凶器準備集合等被告人 ○○修一


現住居 神奈川県川崎市・・・・番地

新住居 千葉県成田市天神峰四二番地


変更の理由 農業従事の為


右の通り制限住居を変更いたしたく 御許可願います。

昭和四七年三月十三日 右 ○○修一


千葉地方裁判所 御中>


うーん・・・結局、全学連(中核派)現地闘争本部長の前田さんに、彼らにとっては「神」であるレーニンとトロツキーを批判したことから「お前は消耗どころじゃない、腐敗している」と言われ、小生の三里塚移住はご破算になった。移住していたら農家の養子になり、今頃は「今年は雨が多がったがら心配していだが、まずまずのでぎだ」と精米したコメを掌に載せて微笑んでいるかもしれない。



三里塚の農地はとても肥沃で、当時としては「1000万農家」(年収、今なら2000万か)が多く、そのために移転に大抵抗した面があった。新左翼がそれを政治利用したのだ。



閑話休題。マルクスが「資本論」を書いた1860年頃(日本は幕末)、産業革命は蒸気機関の発明もあって大いに進んでいくが、労働者、特に児童労働はまだまだ悲惨な状態にあった。マルクスはこう書いている。



<州治安判事のブロートン氏は1860年1月の会合の議長として、こう公言した。「9歳、10歳の児童が午前2時、3時、4時に不潔なベッドから叩き起こされ、夜の10時、11時、12時まで労働を強制されて露命をつないでいる。



彼らの手足はしなび、体格は萎縮し、容貌は愚鈍となり、人間性は全く失われている。恐ろしいほどの鈍重さだ。無制限な奴隷状態・・・米国の綿花栽培業者の黒人奴隷に対する恐るべき鞭打ちと人肉売買と同様な、資本家の利益のために行われている緩慢な殺戮だ!>



貪欲な資本家/ブルジョワジーによる貧困層/プロレタリアートに対するこうした「非人道的な搾取」が常態化している中で、マルクスらが怒るのも当然だったと言える。日本でも1911〜1926年頃(大正時代)の紡績工場の女工の悲惨な労働状態を生々しく伝えた「女工哀史」は国民の同情を大いにそそった。



(山本茂実が1968年に発表したノンフィクション文学「あゝ野麦峠 ある製糸工女哀史」は朝日新聞社刊。明治、大正期の生糸工場の模様を描いているが、極左暴力集団を煽る意図が朝日にはあったろう。「農業より女工の方がはるかにマシ」という証言も記載されており、小生は「ふーん、みんな大変だったんだなあ」ぐらいしか思わなかった。いずこの国も「おしん」時代はあったのだ。



小生の母は関東大震災で実家の料亭が液状化で倒壊、乳母日傘の身分から女中奉公、「おしん」になった)



スタインベックの「怒りの葡萄」(1939年)も世界大恐慌や旱魃で過酷な労働を強いられる貧困層の姿を伝えて大きな関心を呼んだ。1917年のロシア革命で人類初の共産主義国家、ソ連が誕生したことから、ソ連のプロパガンダもあって世界中の「良心的であろうとする、正義が大好きな若者」を中心に「資本主義×、共産主義〇」の風潮が蔓延していった。



1945年の終戦以降、多くの先進国では国民の共産主義的志向が進み、労働運動、革命運動の激化を警戒するようになったが、それに対処するような「貪欲資本主義から国民福祉資本主義への転換=緩やかな大衆資本主義革命」が米国を筆頭に主要国で推進された。



伝統的・古典的な「富国強兵を基盤とした帝国主義的・植民地主義的・資本家優先的な資本主義経済」から「国民優先・国際友好を掲げた協調平和の資本主義」への志向が強まっていったように思える。



二つの世界大戦が兵器の高度化で凄まじい災禍をもたらしたこと、さらに1発で20万人の都市が壊滅する核兵器の登場で、1800年代までの「軍隊
vs
軍隊」の古典的な局地戦時代が終わって、国民が絶滅されるか敵国を絶滅するかの最終総力戦になってきたことが、上記の政策変換を大いに促したろう。



大東亜戦争で日本がアジアから植民地を一掃する快挙を快挙をなし、結果的に先進国=宗主国は「強盗資本主義」から「協調平和の資本主義」への転換を図らずには存続できなかったという面もある。



大東亜解放の志半ばにして刀折れ矢尽きた日本では1960年、池田総理による「所得倍増計画」、それ以後に顕著になった「大衆消費経済・社会=バンバン買って幸せになろう」「大量生産=大量消費時代」のような大転換が資本主義を新次元へ盛り上げたといって良い。



世界中が概ね過酷な労働や餓死から免れるようになった。つまり資本主義は共産主義的ユートピアの要素を達成することで、共産主義経済をほぼ駆逐したのだ。今は残滓のような「独裁」という絶滅歓迎種が消滅を待たれているだけである。中、露、北、キューバ・・・ドミノ倒し・・・



こんな風になるなんてアダム・スミスもマルクスもまったく想像できなかったろう。共産主義の理想を資本主義が実現しちゃったのだ。マルクスはこう言うだろう。



「吾輩の理論が外れたのは予想外だったが、資本家に理論をパクられたとか、参考になったことは間違いない。その点では納得できるが、わずかに残る共産圏がいずれもゴロツキみたいな独裁者によって支配されるようになるとは、こればかりは想定外だった」



金持ちも貧乏人も、堅気も前科者も、男も女も、等しく1人1票で政治家を選べる・・・今様の普通選挙は1920年の米国が最初らしいが、「文盲はダメ」といった制限で黒人の投票は制限されることがあったらしい。日本では占領下の1946年が最初。



ガス抜き効果のある普通選挙では「勝っても奢らず、負けても腐らず」が暗黙のルールだったろうが、米国では近年その美徳が随分後退しているようだ。



弱者救済という福祉政策は結構だが、それが過ぎて“バラマキ福祉”になると、自助自立の原則を忘れたような「福祉を食い物にする怠惰な階層」が増えて、社会の健全性が劣化しているような感じがする。特に民主党の政治家自体が「とにかく選挙に勝ちたい」からバラマキ政策に傾斜している印象を受ける。



金持ちから税金を取って福祉に回せばいいというのでは、「貧困層こそが正しく、富裕層は絶滅するべき敵である」という共産主義そのもだ。それでは国家全体の成長が阻まれ、国際競争の中で負けていくようになってしまう。



貧すれば鈍するで、選挙の勝者を呪い罵倒し憎悪を煽るような民主党のやり口は、まるで三流国の様で、世界をリードすべき大国の所業ではない。大統領選の結果では米国の世界的プレゼンスは急落していくだろう。国連常任理事国への日独の追加、日本と友好国による対中包囲網など、日本の役割はどんどん大きくなる。



熱戦か冷戦か、大東亜戦争「鬼滅の刃
無限列車編」が始まっている。敵は細菌兵器も辞さない。中共包囲殲滅戦へ、イザッ! 目安箱:ishiifam@minos.ocn.ne.jp


2020年10月26日

◆雀庵の「中共崩壊へのシナリオ(96」

“シーチン”修一 2.0


【Anne G. of Red
Gables/207(2020/10/23/金】隣町の5階建て大型書店「文教堂」は結構品ぞろえが多くて好みだが、万引き対策なのだろう、トイレが使用できないので何となく「滞留しないで! さっさと買って出て行って!」と急かされている感じ、ナンカナーの気分。


調べたらここが文教堂の本店だというから、115店舗すべてが「頻尿気味のお爺さん、長時間の立ち読みはご遠慮ください、ここは休憩所ではありません、滞留しないで!」ということになる。結果的にシニア市場の排除のような・・・万引き野郎が諸悪の根源だ。


(文教堂は出版物流大手の日販が大株主のようで“本屋さん”のウェットな気持ちがないみたい。ブックオフは「立ち読み禁止」の札が下がっている。本好きの気持ちが全然分かっていない。残念だ)


政治・思想・社会系のコーナーなどでとても面白かったのは、アカ/売国親中系で目立つのは佐高信くらいで、以下のシロ/愛国反中系の論客の著作がとても目立ったことだ


石平、楊海英、阿比留瑠比、ケント・ギルバート、金美齢、櫻井よしこ、加地伸行、ヘンリー・ストークス、古森義久、小堀桂一郎、曽野綾子、高橋洋一、西尾幹二、渡部昇一、藤井厳喜、石原慎太郎、安倍晋三、黄文雄、高市早苗、田久保忠衛、中川八洋、西岡力、長谷川三千子、兵頭二十八、兵本達吉、藤岡信勝、三浦瑠麗、八木秀次、山谷えり子、屋山太郎、上坂冬子、中川昭一、中村粲、中嶋嶺雄、渡部昇一、百田尚樹などなど。


小生の好みのバイアスがかかっているのだが、書籍の内容では「中共叩き」と「米国大統領選」がとても目に付いた。在米の日高義樹氏「トランプが勝つ――習王朝崩壊へ」を始め、トランプが勝ちそうだという“緊急出版”めいた本が3冊ほども出ていたのには驚いた。


自民党国会議員経験もある中林美恵子著「沈みゆくアメリカ覇権〜止まらぬ格差拡大と分断がもたらす政治〜」も慌ただしい感じで原稿を追加したのか、「中露の横暴がトランプに追い風となり、一方で高齢のバイデンは能力的に怪しすぎる、という見方を生んでいる、まさかの逆転はあり得る」という論調。(多分この本だったが、小生の記憶違いかもしれない。メモ帳を持っていった方が良さそうだが、ますます嫌がられたりして)


大統領選挙投票まであと10日間、大いに興味をそそられるが、いずれにしても日本は習近平・中共との戦争で熱戦、冷戦に負けないように軍拡を進めるしかない。古人曰く「備えあれば患いなし」。おめおめと蛮族・中共に支配されジェノサイドに遭うよりは戦い抜いて死んだ方がはるかにマシだ、と小生は思っている。


中共は世界の敵、好まざる勢力、極左暴力集団である。Made in China
の生物兵器のようなチャイナコロリ菌で世界中を苦しめているが、人口が多ければ被害者が多いのは当たり前だ。実態はどうなのか、「10万人当たりの感染者数」と「致死率」を日経のデータから引用すると――


◆感染者数(10月21日時点、10万人当たり、人)中国6 韓国50 日本74 インド554 イタリア719 ロシア992 スペイン2114 ブラジル2493 米国2518


◆致死率(10月21日時点、%)インド1.5 韓国1.8 日本1.8 米国2.7 ブラジル2.9 スペイン3.5 中国5.4 イタリア8.4 メキシコ10.1


まだピンとこないが、それがどういうことなのか、身近な例で考えてみよう。


例えば大チョンボで有名になった大阪府泉佐野市。人口10万人だが、これは同級生、同窓生が結構いるという社会、コミュニティだ。そこで74人が感染者とは言え、1.8%の1.3人が毎日亡くなったとしてもあまり気にならない数字だ。「風邪やインフルで死ぬ人はゴロゴロしてるからなあ、ほとんどは年寄りだし・・・」なんて(不謹慎にも)思ったりする。


小生がうろついたテキサス州ウィチタフォールズ
の人口も10万人だが、2518人が感染者、2.7%の68人が毎日亡くなっている、泉佐野市の50倍!となれば、「かなりヤバいぜ、取材は中止だ」となる。これは結構、怖い数字だ。


インドのミゾラム州チャンパイ県は美しい農園地帯で、人口は10万人、感染者554人、1.5%の8.3人が毎日死亡、泉佐野市の6倍強・・・やっぱり怖いなあ。


人口10万人あたり毎日、スペインは米国を上回る74人死亡、イタリアは60人死亡・・・確かに怖い、けれども糞尿垂れ流しの中世欧州とは違い「衛生」規範が普及し医学も発展した現在では、やがては収束に向かい、死亡者は急速に減っていくはずだ。


日本でのコロナの累計死亡者は10月22日現在で1685人。一方でインフルエンザは致死率が低い(0.047%程)ものの日本では毎年3000人以上が死亡しており、それに比べれば悲観的になる必要はない。


「そのうちコロナウイルスに効く薬が開発されるだろうから、もうしばらくの辛抱だ。みんな油断せずに気を付けよう、正しく怖れよう」ということだ。


読書の秋だで、時のスクリーンに耐えて読み継がれてきた古典なんぞを手に取るとか、通勤時間が減ったなら新しい生き方を試してみるとか、コロナ禍を転じて福となすこともできるのではないか。


こんなロングバケーションの機会はめったにあることではないのだから、くすぶっていてはもったいない。人生はチャレンジだ!


キング牧師は偉かった。1963年の「I Have a Dream」の演説は感動的である。


<・・・私は同胞たちに言わなければならないことがある。正義という殿堂に通じる熱を帯びた入り口に立つ同胞たちよ。正当な地位を獲得する過程で、我々は決して不法行為の罪を犯してはならない。


我々は、敵意と憎悪の杯を飲み干すことで、自由への渇きを癒やすのはやめよう。我々は、尊厳と規律を保った高い次元で闘争を行わなくてはならない。我々の創造性に富んだ抗議を、物理的な暴力へと貶めてはならない。


何度でも何度でも、我々は物理的な力に対して魂の力で立ち向かうという威厳ある高みへと登りつめなければならない。


驚くような新たな闘争心が黒人社会を包み込んでいる。しかしそれがすべての白人に対する不信につながってはならない。


なぜなら、我々の白人の兄弟の多くが、今日彼らがここにいることからもわかるように、彼らの運命が我々の運命と結び付いていることを認識するようになったからである。そして、彼らの自由が我々の自由と密接に結びついていることを認識するようになったからである。我々は、一人で歩くことはできない・・・>


血を流さない戦争を求めるも、血を流すことを恐れない決意がなければただの言葉でしかない。中共殲滅・支那解放の「長城包囲戦」を被抑圧民族、世界の同志とともに命懸けで戦い、勝ち取らなければ我らの明日はない。


長城包囲戦を我々の時代で成し遂げて、少なくとも中国共産党を消滅させ、10〜20の国民国家に分割させる、そこまでは何としてでもやり遂げなくてはならない。


その先は次代の人々がAPECプラス米日豪印台英加の“AP7”によるアジア太平洋の自由主義的秩序を固めてくれるだろう。もちろん中国少数民族は我らの同志である。


楊海英著「中国人の少数民族根絶計画」から。


<内モンゴル自治区での大規模なジェノサイドを現場で指揮した勝海清将軍を指して、毛沢東は「問題をやや拡大化してしまった」と軽く触れただけです。


そして勝海清は何事もなかったように山東省済南軍区の副司令官に転出し、虐殺事件の責任はウラーンバガナという作家に転嫁させました。彼は、勝海清に「偽物の内モンゴル人民革命党員(中共の敵)のリスト」を提供した「罪」により懲役15年の刑が言い渡されました。


これが、数万人のモンゴル人が残忍非道な方法で殺され、女性たちがレイプされた責任を追及した唯一の裁判なのです。


資料の偽造を命じた中共の高官たちや、実際に両手を血で染めていた中国人殺人者たちは、この後も法網の外で悠々自適に暮らしています>


ChiNazi
中共の罪悪は時効なしで永遠に追及されなくてはならない。血は血で購われ償われなくてはならない。共産主義者は「正義と思えば悪を平然となす人々」である。彼らの正義
vs
我らの正義。最悪の感染症ウイルスを絶滅させなければ、我らは子々孫々、永遠に苦しむことになる。綺麗ごとは沢山だ、ウンザリだ、復讐するは我にあり、汝、怒りもて報いよ!(小生は異常か?)目安箱:ishiifam@minos.ocn.ne.jp

        

2020年10月24日

◆雀庵の「中共崩壊へのシナリオ(95」

“シーチン”修一 2.0


【Anne G. of Red
Gables/206(2020/10/22/木】老い先短い、あれもこれも書きたい、やり残すと未練で成仏できない、焦りまくる・・・こういう切羽詰まった気分、焦燥感は老化の醍醐味ではあるね。


「僕は古稀だった、それが人生の最初で最後の夕日の輝きだなんて、誰にも言わせまい」


それほどの意気込みはないけれど、灯油ランプが最後にアレレレっと炎が大きくなるような面白い感じはするなあ。灯油ランプ・・・今風のおしゃれなコールマンのLED式ランタンにはない風情、独特の灯油の匂い、郷愁のような・・・センチメンタルいっぱいの気分。


物置で埃まみれのガラクタみたいに放置されていた灯油ランプを掃除して、小さな電球(10W)を入れたのを夜間は灯しているが、オレンジ色の明かりは心を癒してくれる。


子曰わく、吾十有五にして学に志す。三十にして立つ。四十にして惑わず。五十にして天命を知る。六十にして耳順(したが)う。七十にして心の欲する所に従いて矩(のり)を踰(こ)えず(論語)


加地伸行先生の解釈。


「私は十五歳になったとき、学事に心が向かうようになった。三十歳に至って独りで立つことができた。やがて四十歳のとき、自信が揺るがず、もう惑うことがなくなった。五十歳を迎え立つとき、天が私に与えた使命を自覚し奮闘することになった。


(その後、苦難の道を歩んだ経験からか)六十歳ともなると、他人のことばを聞くとその細かい気持ちまで分かるようになった。そして、七十のこの歳、自分のこころの求めるままに行動しても、規定・規範からはずれるというようなことがなくなった」


セブンティーンで色気づき、セブンティで狂気づき、世間の良識・常識・規定・規範からはずれ、♪これも敵 あれも敵 たぶん敵 きっと敵・・・小生は倫理や道理を棚上げし、虫けらのように共産主義者に殺された人々の無念を晴らすべく、冥府魔道の地獄にて、怒りと執念、恨みと憎悪に駆られるごとく、怨敵中共退散、仇討ち復讐の鬼とならん!


温厚なヂヂイで長生きするよりも、矩を踰えて舌戦場に日の丸を掲げ、後5年、せめてせめて3年は天よ、神よ、我を生かしたまえ・・・まあ、そのくらいの意気込みは大事だろうと思う。人生はバクハツだぁ!チャレンジだぁ!病膏肓。収監されないように気を付けよう。


3週間ほど前の週末に多摩川を越えて二子玉川(ニコタマ)を土手沿いに下り、お気に入りの「等々力渓谷」を散策、機嫌良く帰路はあちこち見知らぬ道を辿ったが、まるで銀座通りみたいなおしゃれでグチャグチャ、人通りの盛んな繁華街に出てしまい、20〜30年振りだからまるで浦島太郎、東西南北がまったく分からなくなり、迷子になってしまった。迷子の迷子のヂヂイなんて可愛くないニャー。


白バイのお巡りさんとお姉さんに「多摩川の土手はどっちでしょう」と聞いてどうにか迷路から脱出したが、それ程までに街が変容しているなんてまったく想像もしていなかった。東急田園都市線以外に大井町線が走っていることや、高島屋の別館があることもすっかり忘れていたから、いわゆる土地勘がない“お上りさん”。


もうウンザリだ、二度と行かないと思ったが、本質的に粘着質、執着質なのだろう、昨日は「イザッ、リベンジだ!」と方位磁石と、田舎者と侮られて襲撃された際に敵をビビらせる緊急用ホイッスルを持って出撃したのであった。


で、分かったのは、殺気だった人とお洒落な商店、飲食店がやたらと多い、つまり小生の大好きな癒し系自然、大パノラマがない、知的刺激もない、以前あった東急ハンズもない、小生にとっては実に殺伐とした詰まらないショッピングエリアだということ。(高島屋内の紀伊国屋書店と、裏通りの飲み屋は面白そうだが、断酒している小生にはNG・・・)


母校、多摩高校の校訓は「質実剛健、自重自恃」で、電通の思想「流行を創って追いかけさせろ、どんどん捨てさせ、どんどん買わせろ」というエリアと合うわけがない。資本主義は無理、無駄、無智、無恥のシステムで、共産主義よりは遥かにマシではあるが、実にインモラルだ。マルクスは「共産党宣言」を書いて世界に災いをもたらしたが、小生は「共産党撲滅宣言」を掲げて世界を「マールクス」るのだ。


米国のメディアのほとんどが民主党支持のリベラル≒アカモドキであることは日本でも随分知られるようになってきたが、なぜそうなのか、実体験に基づく私見を述べたい。


米国では「ポリティカルアポインティ political
appointee」という制度がある。「政治任用」と訳されている。「政権を握った党が官公庁の上級職を指名できる」というものだ。日本では官僚・役人(公務員資格者)のトップは「事務次官」で、その下に局長、課長(このあたりまでは出世コースで、下っ端や民間企業、小生などの記者にとっては雲上人)が続く。


政権から官公庁に派遣されるのは「政務次官」とその補佐で、事務次官・政務次官の上に政権党の大臣・副大臣、さらに総理大臣がいるという形だ。官公庁は政権の政策を現場で実行する立場だが、独立性が保たれており、政権が事務次官、局長、課長などの人事に介入することはまずない。大反発を食らう。


以上は小生が記者時代に学んだことで、省庁のビルの中で先輩から「修一、この廊下は“おっしゃる通り”って言うんだ、いいか、取材拒否に会うから役人を怒らせるな、愛い奴(ういやつ)と思われるようにしろ」なんて訓導されたものだ。官公庁は実務を握っているから政権も手出しできない一種の聖域だ。


<政治任用のあり方については国によって定義・形態とも様々である。人的規模で言うとアメリカの政治任用職は数千人に及ぶがイギリスでは100人に満たない>(WIKI)


つまり米国では事務次官、局長、課長などの役所の重要ポストに政権党から訳の分からない奴が「選挙で大いに頑張ったから」といった恩賞で送られてくるのが常態化しているわけだ。


邪推かもしれないが、駐日大使に「イルカ」が任命されたのは、民主党への献金額が多かったためで、「物見遊山してきたら」という恩賞だろう。当時、中共重視の民主党にとって日本なんぞは米国のポチ、まともに相手にする国じゃない、ということだったのだ。


民主党の支持者は手厚い福祉を希望する中産階級以下の人が多そうだ。大企業経営者などとコネがなさそうな彼らがおいしい仕事に就くには、ポリティカルアポインティが結構有力なツールになるから、選挙のみならず日常的に民主党と地元議員のために熱心に活動しているだろう。


日本でいう後援会などの幹部で、手弁当で頑張ってくれる。政権を取れば、地元議員としてはポリティカルアポインティで幹部諸君に報いたい。そう思うのが当然だ。かくして商務省の美味しい職、正確に言えばほとんど意味のない、税金の無駄遣いの様な日本事務所の正副ポストに就いた人と半年ほど仕事をさせてもらったが、米国の国益のためではなく、彼らの利益のためのポストという感じだった。彼らにとっては我が世の春だったに違いない。毎週末を軽井沢で過ごす人もいた。


こうした甘くておいしい互助的なネットワークがあるから、民主党支持のコア勢力は大統領選で何が何でも勝たないことには生活レベルが向上できないという悔しいことになる。勝てば最低でも4年間は我が世の春、上手くいけば8年間美味しい思いに浸れるのだ。バイデンは飾りだから呆けていようがどうでもいい、とにかく民主党政権にしなければという焦りがあり、なりふり構わず、良識を吹っ飛ばしてでも天敵の共和党を叩くのである。


善人を装って私利私欲のために平然と悪事をなすのがリベラル≒アカモドキ、その元凶が中共だということを一瞬たりとも忘れてはならない。油断すると日本人も根絶されるぜ。楊海英先生著「中国人の少数民族根絶計画」から。


<内モンゴル自治区の場合、モンゴル人の政治家ウラーンフーが推進した「政府機関のモンゴル人化」や、モンゴル語を重視する政策は、中国人大衆の不満を買っていました。そうした自治政策が、最高指導者によって「実は分裂主義者たちの罪に満ちた活動」として断罪が下されると、大衆は簡単に立ち上がりました。


自分たちは後から来た入植者に過ぎない、という「謙虚な自覚と美徳」は、中国人たちには全くありませんでした。そして偉大な領袖毛沢東と、人民の味方たる共産党の首長が断罪した「民族分裂主義者」たちを殺害することは、躊躇のいらない善なる「革命行為」に発展していったのです


現在、中共政府は建前上、文化大革命を否定しています。毛沢東の死後、その未亡人である江青ら「四人組」がスケープゴートにされて1980年11月に裁判にかけられました。中国全土にテレビ中継された裁判の席上で、江青は、


「私は毛主席の犬だ。毛主席の指令で他人に噛みついたに過ぎない」


と言い放ちました。結局「犬」は裁かれましたが、「犬の主人」の責任は曖昧にされたまま今日に至っています。文革を起こした真犯人は毛沢東と中共そのものだと、中国政府はきちんと清算しなかったのです>


餌をくれれば尻尾を振る・・・兼好法師曰く「よき友、三つあり。一つには、物くるゝ友。二つには医師。三つには、智恵ある人」。中共は何でもくれる、カネ、女、名誉、マスク、ワクチン、悪知恵。そしてWinWin、やがてZubuZubu、最後は民族浄化のジェノサイド。中共の犬は世界中にゴロゴロしている。騙されたと気付いた時は後の祭り。3密プラス「臭いニオイは、もとから絶たなきゃダメ」、同志諸君、警戒せよ! 目安箱:ishiifam@minos.ocn.ne.jp