2019年08月16日

◆雀庵の「福沢諭吉翁の無血革命」

“シーチン”修一 2.0


【Anne G. of Red Gables/11】菩提寺の施餓鬼法要はすさまじい暑さの中
で厳粛に行われた。檀家のヂヂババは正面の広い軒下の陰にひしめき合っ
て熱射病を避けている。木陰に座り込んでいる老人もおり、小生同様に
「お施餓鬼に来るのは今年で終わりだろうなあ」と思っている様子だ。

わが街は北は多摩川、南は多摩丘陵で、その真ん中を東西に用水路が流
れている。お寺と八幡様は東西南北の中心にあり、大きな木が茂って、そ
こそこ風情を感じさせてくれる。

東側はビルや一戸建てがどんどん増えて空き地は少ないが、西側は結構
空き地や生産緑地がある。用水路の桜並木は東側が満開になり、その1週
間後に西側が満開になるから、「建物が多いと1〜2度は温暖化する」わけだ。

ヒートアイランド現象は都市部だけではなく、郊外でも人口増と比例して
拡大している。世界中でそれは進行しているから、人口増が続く限り温暖
化は進む。温暖化→エアコン普及→排気熱でさらに温暖化→エアコン普及→排
気熱の悪循環になる。

新橋駅界隈なんて汐留の操車場がなくなりビルの無放図な林立で東京湾
からの海風もない。そのうち燃え上がるのではないか。新橋演舞場どころ
か「新橋炎上」とか。

その前に大地震、大津波で湾岸の無節操な建物は一掃されるかもしれな
い。天災ではなく天罰、ノアの箱舟、ソドム&ゴムラ無差別大量虐殺のよ
うな・・・

明治維新は、「このままの徳川幕藩体制では大国の植民地になりかねな
い、王政復古で夷狄を追い出さなければ日本は潰れる」という危機感が尊
皇攘夷の熱情になったのだろう。戊辰戦争の時でも攻守ともに尊皇攘夷だ
が、佐幕派は漸進主義、討幕派は急進主義で、天皇という兜(錦の御旗)
を取った討幕派は、「尊皇攘夷の総本山」水戸藩出身の慶喜がリングを降
りたから損害少なく勝てたという印象だ。

(戦死者は双方で1.4万人とか。同時期に米国は南北戦争で60万人が死ん
で、これは米国にとっては空前絶後の戦死者。南北の遺恨は移民問題とし
て今でも続いているようだ。北は忘れても南はヤンキーの殺戮、強奪を今
も許してはいまい)

明治政府は見よう見まねで操舵を握ったものの、公武合体の王政復古と
は言え、藩閥役人利権政治、貪官汚吏の巣窟では早急な富国強兵、近代化
はできない。そういう時代に孤高の声を上げ、針路を示したたのが福沢諭
吉翁ら世界を見て回った論客、学者だったろう。

翁の「福翁自伝」を10年ぶりに再読したが、小生の読書力も少しは前進
したのだろう、以前は「面白いなあ」くらいだったが、今回は史書、歴史
の証言として読むことができた。ちょっと長いが同書の最後を引用する。

<図らずも王政維新、いよいよ日本国を開いて本当の開国となったのは
有難い。幕府時代に私の著した「西洋事情」なんぞ、出版の時の考えに
は、天下にコンなものを読む人が有るか無いかそれも分らず、たとい読ん
だからとてこれを日本の実際に試るなんてもとより思いも寄らぬこと。

一口に申せば西洋の小説、夢物語の戯作くらいに自らしたためて居たもの
が、世間に流行して実際の役に立つのみか、新政府の勇気は西洋事情の類
でない、一段も二段も先に進んで思い切った事を断行して、アベコベに著
述者を驚かす程のことも折々見えるから、ソコで私もまた以前の大願成就
に安んじて居られない。

コリャ面白い、この勢いに乗じて更に大いに西洋文明の空気を吹込み、
全国の人心を根底から転覆して、絶遠の東洋に一新文明国を開き、東に日
本、西に英国と、相対しておくれを取らぬようになられないものでもない
と、ここに第二の誓願を起して、さて身に叶う仕事は三寸の舌、一本の筆
よりほか

に何もないから、身体の健康を頼みにして専ら塾務を務め、又筆を弄び、
種々様々の事を書き散らしたのが西洋事情以後の著訳です。

一方には大勢の学生を教育し、又演説などして所思を伝え、又一方には
著書翻訳、随分忙しい事でしたが、是も所謂万分一を勉める気でしょう。

所で顧みて世の中を見れば堪え難いことも多いようだが、一国全体の大
勢は改進々歩の一方で、次第々々に上進して、数年の後その形に顕われた
るは、日清戦争など官民一致の勝利、愉快とも有難いとも云いようがな
い。命あればこそコンな事を見聞するのだ、さきに死んだ同志の朋友が不
幸だ、アア見せて遣りたいと、毎度私は泣きました。

実を申せば日清戦争何でもない。ただこれ日本の外交の序開きでこそあ
れ、ソレほど喜ぶ訳もないが、その時の情に迫まれば夢中にならずには居
られない。凡そコンな訳で、その原因は何処に在るかと云えば、新日本の
文明富強はすべて先人遺伝の功徳に由来し、吾々共は丁度都合のいい時代
に生れて祖先の賜をただ貰うたようなものに違いはない。

とに角に自分の願に掛けて居たその願が、天の恵み、祖先の余徳によっ
て首尾能く叶うたことなれば、私の為には第二の大願成就と云わねばならぬ。

されば私は自分の既往を顧みれば遺憾なきのみか愉快な事ばかりである
が、さて人間の慾には際限のないもので、不平を云わすればマダマダ幾ら
もある。

外国交際又は内国の憲法政治などに就いて其れ是れと云う議論は政治家
の事として差置き、私の生涯の中にでかして見たいと思う所は、

・全国男女の気品を次第々々に高尚に導いて真実文明の名に愧ずかしく
ないようにする事、

・仏法にても耶蘇教にてもいづれにても宜しい、之を引立てて多数の民心
をやわらげるようにする事、

・大いに金を投じて有形無形、高尚なる学理を研究させるようにする事、

およそこの三ヶ条です。

人は老しても無病なる限りはただ安閑としては居られず、私も今の通りに
健全なる間は身に叶うだけの力を尽す積りです>

こう締めくくったのは翁が65歳、維新と慶應義塾創設の1868年から30年後
だった。

「出版業界の豆知識」によると維新前の1866年のベストセラーは翁の「西
洋事情・初篇」、1872年は同「学問のすすめ」、1875年は同「文明論之概
略」、1998年は同「福翁自伝」。いずれもロングセラーだ。1882年にはオ
ピニオン新聞「時事新報」(戦後に産経新聞と合併)も創刊している。

翁は国会開設議論の火付け役であり、警察制度、近代簿記普及などでも
尽力した。時には暗殺の恐怖の中で身を潜めたり、三十六計逃げるに如か
ずと走ることもあった。まさに無血革命の雄だ。1901年、68歳で没。

嗚呼、小生も68歳、翁に比べれば月とスッポンどころかスズメで、「何
となく生きてきた」ような感じがする。なんか恥ずかしいなあ、と。一穴
主義の翁を上回るのは多穴主義くらいで、こんなものはちっとも誇れやし
ない。むしろ恥だ。余命も僅かだろうが、「発狂後の晩年は街のスズメの
飼育に情熱を傾けていました」なんて弔辞を読まれたら恥ずかしくて死に
きれない、往生できない。

ここまで書いていたら消防官の息子が仕事帰りにやって来た。グッタリし
ている。熱中症対応で人手が足りず特別チームを作って対応しているとい
う。夜勤明けでも連続勤務だ。

この際は、せめて人様の迷惑にならないよう静かに逝けば良しとする
か。己の断捨離、始末は結構難しい。

今日も暑くて外出不可。台風の影響で時々驟雨沛然。発狂亭“毀誉褒貶な
し”雀庵の病棟日記から。

【措置入院 精神病棟の日々(129)2017/1/3】承前【産経】外山滋比古
は「異業種交流」を薦めているが、毛色の変わった人と交わるのはそれな
りに面白いかもしれない。こうした催しは大体、業界団体やシンクタンク
などが提唱し、企業が「できる人材」を送り込んでいるのではないか。そ
れでなければただの勉強会とかサロン、仲良しクラブになったりして、マ
ンネリ化しないか。

そもそも鳶、土工、板前、ホステスと、IT企業の技術者、商社の管理
職、学者、公務員などが、何をテーマに話したりするのだろう。人生観とか?

小生の病棟では女が群れていつも囀っているが、知的でも文化的でもな
く、ホモサピエンスの新種どころか類人猿に先祖返りしているようだ。
時々ギャーッ!と大声で笑い体をよじる。興奮し過ぎるとナースが解散さ
せる。

ワット、エジソン、アインシュタイン、ベル、ゲイツ、ジョブズ、鴎外、
漱石、谷崎、芥川、太宰、川端、荷風、夏彦、トルストイ、ステインベッ
ク、ゴッホ・・・彼らはオシャベリ、雑談を楽しみながら新文化、新技術
を創造、発明したのだろうか。

阿比留瑠偉ボナパルト曰く「決まり切ったきれいごとを述べるような学
者や文化人がバカに見えるようになった」。遂に言ってしまった。が、こ
れこそが日本人、ホモサピエンスの進化ではないのか。

プロの物書きである以上は、読者の興味をそそることを書くのは絶対的な
使命で、あらゆる日常の行動はすべて記事のためであり、“歩くAI”“考え
るレーダー”“忍者のごとくターゲットに迫るスナイパー”ぐらいの心構え
でないといい論稿は創れないのではないか。松陰先生の「狂」のごとく
に。(つづく)2019/8/15


2019年08月15日

◆雀庵の「福沢諭吉翁の無血革命」

“シーチン”修一 2.0


【Anne G. of Red Gables/11】菩提寺の施餓鬼法要はすさまじい暑さの中
で厳粛に行われた。檀家のヂヂババは正面の広い軒下の陰にひしめき合っ
て熱射病を避けている。木陰に座り込んでいる老人もおり、小生同様に
「お施餓鬼に来るのは今年で終わりだろうなあ」と思っている様子だ。

わが街は北は多摩川、南は多摩丘陵で、その真ん中を東西に用水路が流れ
ている。お寺と八幡様は東西南北の中心にあり、大きな木が茂って、そこ
そこ風情を感じさせてくれる。

東側はビルや一戸建てがどんどん増えて空き地は少ないが、西側は結構空
き地や生産緑地がある。用水路の桜並木は東側が満開になり、その1週間
後に西側が満開になるから、「建物が多いと1〜2度は温暖化する」わけだ。

ヒートアイランド現象は都市部だけではなく、郊外でも人口増と比例して
拡大している。世界中でそれは進行しているから、人口増が続く限り温暖
化は進む。温暖化→エアコン普及→排気熱でさらに温暖化→エアコン普及→排
気熱の悪循環になる。

新橋駅界隈なんて汐留の操車場がなくなりビルの無放図な林立で東京湾か
らの海風もない。そのうち燃え上がるのではないか。新橋演舞場どころか
「新橋炎上」とか。

その前に大地震、大津波で湾岸の無節操な建物は一掃されるかもしれな
い。天災ではなく天罰、ノアの箱舟、ソドム&ゴムラ無差別大量虐殺のよ
うな・・・

明治維新は、「このままの徳川幕藩体制では大国の植民地になりかねな
い、王政復古で夷狄を追い出さなければ日本は潰れる」という危機感が尊
皇攘夷の熱情になったのだろう。戊辰戦争の時でも攻守ともに尊皇攘夷だ
が、佐幕派は漸進主義、討幕派は急進主義で、天皇という兜(錦の御旗)
を取った討幕派は、「尊皇攘夷の総本山」水戸藩出身の慶喜がリングを降
りたから損害少なく勝てたという印象だ。

(戦死者は双方で1.4万人とか。同時期に米国は南北戦争で60万人が死ん
で、これは米国にとっては空前絶後の戦死者。南北の遺恨は移民問題とし
て今でも続いているようだ。北は忘れても南はヤンキーの殺戮、強奪を今
も許してはいまい)

明治政府は見よう見まねで操舵を握ったものの、公武合体の王政復古とは
言え、藩閥役人利権政治、貪官汚吏の巣窟では早急な富国強兵、近代化は
できない。そういう時代に孤高の声を上げ、針路を示したたのが福沢諭吉
翁ら世界を見て回った論客、学者だったろう。

翁の「福翁自伝」を10年ぶりに再読したが、小生の読書力も少しは前進し
たのだろう、以前は「面白いなあ」くらいだったが、今回は史書、歴史の
証言として読むことができた。ちょっと長いが同書の最後を引用する。

<図らずも王政維新、いよいよ日本国を開いて本当の開国となったのは有
難い。幕府時代に私の著した「西洋事情」なんぞ、出版の時の考えには、
天下にコンなものを読む人が有るか無いかそれも分らず、たとい読んだか
らとてこれを日本の実際に試るなんてもとより思いも寄らぬこと。

一口に申せば西洋の小説、夢物語の戯作くらいに自らしたためて居たもの
が、世間に流行して実際の役に立つのみか、新政府の勇気は西洋事情の類
でない、一段も二段も先に進んで思い切った事を断行して、アベコベに著
述者を驚かす程のことも折々見えるから、ソコで私もまた以前の大願成就
に安んじて居られない。

コリャ面白い、この勢いに乗じて更に大いに西洋文明の空気を吹込み、全
国の人心を根底から転覆して、絶遠の東洋に一新文明国を開き、東に日
本、西に英国と、相対しておくれを取らぬようになられないものでもない
と、ここに第二の誓願を起して、さて身に叶う仕事は三寸の舌、一本の筆
よりほかに何もないから、身体の健康を頼みにして専ら塾務を務め、又筆
を弄び、種々様々の事を書き散らしたのが西洋事情以後の著訳です。

一方には大勢の学生を教育し、又演説などして所思を伝え、又一方には著
書翻訳、随分忙しい事でしたが、是も所謂万分一を勉める気でしょう。

所で顧みて世の中を見れば堪え難いことも多いようだが、一国全体の大勢
は改進々歩の一方で、次第々々に上進して、数年の後その形に顕われたる
は、日清戦争など官民一致の勝利、愉快とも有難いとも云いようがない。
命あればこそコンな事を見聞するのだ、さきに死んだ同志の朋友が不幸
だ、アア見せて遣りたいと、毎度私は泣きました。

実を申せば日清戦争何でもない。ただこれ日本の外交の序開きでこそあ
れ、ソレほど喜ぶ訳もないが、その時の情に迫まれば夢中にならずには居
られない。凡そコンな訳で、その原因は何処に在るかと云えば、新日本の
文明富強はすべて先人遺伝の功徳に由来し、吾々共は丁度都合のいい時代
に生れて祖先の賜をただ貰うたようなものに違いはない。

とに角に自分の願に掛けて居たその願が、天の恵み、祖先の余徳によって
首尾能く叶うたことなれば、私の為には第二の大願成就と云わねばならぬ。

されば私は自分の既往を顧みれば遺憾なきのみか愉快な事ばかりである
が、さて人間の慾には際限のないもので、不平を云わすればマダマダ幾ら
もある。

外国交際又は内国の憲法政治などに就いて其れ是れと云う議論は政治家の
事として差置き、私の生涯の中にでかして見たいと思う所は、

・全国男女の気品を次第々々に高尚に導いて真実文明の名に愧ずかしくな
いようにする事、

・仏法にても耶蘇教にてもいづれにても宜しい、之を引立てて多数の民心
をやわらげるようにする事、

・大いに金を投じて有形無形、高尚なる学理を研究させるようにする事、

およそこの三ヶ条です。

人は老しても無病なる限りはただ安閑としては居られず、私も今の通りに
健全なる間は身に叶うだけの力を尽す積りです>

こう締めくくったのは翁が65歳、維新と慶應義塾創設の1868年から30年後
だった。

「出版業界の豆知識」によると維新前の1866年のベストセラーは翁の「西
洋事情・初篇」、1872年は同「学問のすすめ」、1875年は同「文明論之概
略」、1998年は同「福翁自伝」。いずれもロングセラーだ。1882年にはオ
ピニオン新聞「時事新報」(戦後に産経新聞と合併)も創刊している。

翁は国会開設議論の火付け役であり、警察制度、近代簿記普及などでも尽
力した。時には暗殺の恐怖の中で身を潜めたり、三十六計逃げるに如かず
と走ることもあった。まさに無血革命の雄だ。1901年、68歳で没。

嗚呼、小生も68歳、翁に比べれば月とスッポンどころかスズメで、「何と
なく生きてきた」ような感じがする。なんか恥ずかしいなあ、と。一穴主
義の翁を上回るのは多穴主義くらいで、こんなものはちっとも誇れやしな
い。むしろ恥だ。余命も僅かだろうが、「発狂後の晩年は街のスズメの飼
育に情熱を傾けていました」なんて弔辞を読まれたら恥ずかしくて死にき
れない、往生できない。

ここまで書いていたら消防官の息子が仕事帰りにやって来た。グッタリし
ている。熱中症対応で人手が足りず特別チームを作って対応しているとい
う。夜勤明けでも連続勤務だ。

この際は、せめて他人様の迷惑にならないよう静かに逝けば良しとする
か。己の断捨離、始末は結構難しい。

今日も暑くて外出不可。台風の影響で時々驟雨沛然。発狂亭“毀誉褒貶な
し”雀庵の病棟日記から。

【措置入院 精神病棟の日々(129)2017/1/3】承前【産経】外山滋比古
は「異業種交流」を薦めているが、毛色の変わった人と交わるのはそれな
りに面白いかもしれない。こうした催しは大体、業界団体やシンクタンク
などが提唱し、企業が「できる人材」を送り込んでいるのではないか。そ
れでなければただの勉強会とかサロン、仲良しクラブになったりして、マ
ンネリ化しないか。

そもそも鳶、土工、板前、ホステスと、IT企業の技術者、商社の管理職、
学者、公務員などが、何をテーマに話したりするのだろう。人生観とか?

小生の病棟では女が群れていつも囀っているが、知的でも文化的でもな
く、ホモサピエンスの新種どころか類人猿に先祖返りしているようだ。
時々ギャーッ!と大声で笑い体をよじる。興奮し過ぎるとナースが解散さ
せる。

ワット、エジソン、アインシュタイン、ベル、ゲイツ、ジョブズ、鴎外、
漱石、谷崎、芥川、太宰、川端、荷風、夏彦、トルストイ、ステインベッ
ク、ゴッホ・・・彼らはオシャベリ、雑談を楽しみながら新文化、新技術
を創造、発明したのだろうか。

阿比留瑠偉ボナパルト曰く「決まり切ったきれいごとを述べるような学者
や文化人がバカに見えるようになった」。遂に言ってしまった。が、これ
こそが日本人、ホモサピエンスの進化ではないのか。

プロの物書きである以上は、読者の興味をそそることを書くのは絶対的な
使命で、あらゆる日常の行動はすべて記事のためであり、“歩くAI”“考え
るレーダー”“忍者のごとくターゲットに迫るスナイパー”ぐらいの心構え
でないといい論稿は創れないのではないか。松陰先生の「狂」のごとく
に。(つづく)2019/8/15


2019年08月14日

◆雀庵の「宝は天職、良妻、健児」

“シーチン”修一 2.0

【Anne G. of Red Gables/10】「石の上にも3年」というが、大企業に勤
めた友は出世街道から外れたのか、仕事はつまらなそうで、趣味に癒し、
生き甲斐を見つけていた。「石の上にも43年」で満期退職して「待ってま
した!定年!」ととても元気で、毎日が趣味三昧。守備範囲が広いから退
屈なんてまったく知らず、「♪山口さんちのツトム君 たちまち元気に
なっちゃって」そのもの。

ご両親は100歳近くでも元気、本人も100歳はイケルと思っている。良かっ
たね、ツトム君。

大企業は退職金は結構あるし、企業年金と厚生年金で月間50万円くらいに
なるだろうから、生活にはちっとも困らない。住宅ローンもとっくに完済
した(資産運用に長けていたみたい)。子供1人も嫁いだ。まさに悠々自
適。つまらない仕事、気に入らない仕事でもひたすら我慢してきた甲斐が
あるわけだ。

人生で一番の幸福は「天職」に出会えることだと思う。小生の場合、時代
の巡り合わせと先輩、友人らの感化、協力、それを含めて「運が良かっ
た」とつくづく思う。

森ビル創業者に憧れて横浜市大に入ったのは1969年。東大は安田講堂事件
で入試中止、優秀な貧乏人は横浜市大に結構流れ込んできたようだ。入学
の数年前(1965年)に横浜市大の奥浩平(中核派)がマドンナ中原素子
(早稲田の革マル、高校は奥浩平と同じ都立青山)に失恋したり、運動へ
の(多分)むなしさ、挫折から自殺し、遺稿集「青春の墓標」は市大生の
多くが読んでいた。

市大も全共闘運動が盛んで入学早々新左翼連中がバリケードを築いてほと
んど授業がなく、1970年には何となくベ平連(ベトナムに平和を!市民連
合)にかかわり、現代史研究会を創ったりしていたが(横須賀港を封鎖し
ようなどと考えていた)、2年生になりアダム・スミス研究で知られる田
中正司教授ゼミ「マルクス経済学・哲学草稿研究」を選択した。

ゼミ生は6人ほどで、2人(京浜安保共闘と社青同解放派は自殺)、ずば抜
けて頭の良かった2人は肺病みで休学(自炊ができない→栄養失調→病
気)、ずば抜けて単細胞で元気だけ(+自炊得意)が取り柄だった小生は
「知性より腕力、理論より行動だ!」と思うようになり、友(黒田藩の修
猷館高校の英才。市大特待生で授業料免除。言語不明瞭、意味不明の変
人。ヒッキーを経て今は社長、大金持ち)の誘いで中核派の兵隊になり、
ゼミは崩壊、このゼミは翌年以降はなくなった。

「壮大なるゼロ」でしかなかった70年安保(6月)の後はひたすら白ヘル
中核の兵隊で、71年に遂に捕縛され、独居房でひたすら読書と日記。バカ
につける薬として友達連中が差し入れてくれた本はボルシェビキ批判の
「裏切られた革命」「クロンシュタットの反乱」「ローザ・ルクセンブル
グ」など。トロツキーもワルの一員、「昨日の同志は今日の敵、奴らは敵
だ、敵を殺せ!虫けらのように叩き潰せ!」と煽った。

71年末に保釈、刑務所を出るときは健さん映画のように刑務官が「二度と
来るなよ」と言ってくれるのかと思っていたら無言、愛想なしだった。夜
道をとぼとぼ千葉駅へ向かった。

72年は親不孝の償いのつもりで家業手伝い、73年は新左翼諸派の逮捕者を
支援する救援連絡センターで蠢き、そこのボス=中核派の幹部Aさんから
勧められて東急学芸大学駅前にある工務店相手の金物屋「中野鋼鉄店」に
勤め始めた。

そこの若旦那がある日いう、「修一君、横浜市大だってね、奥浩平の本、
読んだ? 中原素子って、僕の姉だよ」。

当時、素子は結婚して小さな子供がいた。時々実家に来ていたが、俳優の
松方弘樹と結婚した女優の仁科亜季子に似ていた。知的なお嬢様という印
象だった。

若旦那は1968年の新宿騒乱事件の被告だった。72年当時は中核派のシンパ
というか腐れ縁でカンパなどや売り物の白ヘルメットなどを提供していた。

同僚は詩人のYで、彼によって小生の脳内革命は大きく「文学志向」へ傾
いていった。不思議な縁だが、実家から勘当された修猷館野郎のTは東急
学芸大学のペンキ屋で糊口を凌いでおり、詩人はTを「ペンキ屋」と呼ん
で、仕事帰りに3人で喫茶店でだべったものだ。

そのうち仕事の関係で鳶職の親方からリクルートされ、体力、気力はある
からまあまあ仕事は覚えていった。給料も結構よかった。当時の大卒初任
給は5〜6万円、中野鋼鉄店は5.5万円ほど。鳶はきついけれど10万円ほど
にはなった。

現場で知的な仕事は図面を手にしてあれこれ指示している現場監督ぐらい
しかない。ある日、親方から、無免許で運転していた車が違法駐車で撤去
された、ついては「身代わりで警察へ行ってくれ」という。そのうち身代
わりで何を頼まれるしか知れないから辞めた。

「てめえみたいなド素人に一人口(いちにんく)のカネを払っていたん
だ、それをなんだ!」

会津小鉄会系碑文谷一家の出身という“地”は、堅気になっても半端な刺青
同様、消せないものである。まあ、普通はいい人で、2年後ぐらいに新車
を見せにきた。「今、俺、妾のところに住んでいるんだ」と自慢してい
た。車も女も新しいオモチャはうれしいのだ、男の子には。

さて、貯金は20万円ほどある。この際、専門学校へ行って一級建築士でも
目指すか、と本屋で専門学校案内を見ていて、急に編集・出版業界を目指
すことにした。運命の大転換だった。

日本エディタースクールで編集の基礎を学び、1975年(24歳)、英文和訳
の能力が評価されてT社に入社。2年間みっちり編集、記事、レイアウトな
どを仕込まれ、学び、面白くて仕方がない。「ああ、これが天職なんだ、
なんて幸せなんだろう」といつも思っていた。

ただ、同僚(社長夫人の甥)のバカさ加減にはウンザリした。ファッショ
ンとホステスにしか興味がないのだ。「バカとは一緒に仕事はできない」
と辞めた。社長は「部長から委細事情は聴いた、社業に貢献してくれてあ
りがとう、いつでも戻って来い」との手紙をくれた。

1977年、2番目の会社、K社から誘いが来て面接の際、T社社長の手紙を見
せたら「明日から来てくれ」。給料も特別に良かった。先輩、同僚は記者
としてとても能力が高く、大いに感化された。1979年には28歳で編集長
(部長)になった。

専務からは「修一っつぁん、寿司屋通いは10年早い」なんて言われたが、
専務のお気に入りの店には先輩、同僚、後輩とともに押しかけたものだ。
運よく専務が飲んでいれば「伝票はあっちに回しといて」で済んだ。いい
時代だった。

1984年、労組から「アルバイトに時給1300円は許せない」と弾劾を受け
た。アルバイトではあってもフリーの優秀な編集者だから1300円は当たり
前だと言ったところで、嫉妬、妬みに凝り固まった労組は納得しない。会
社は「騒いでいる奴らをクビにするからいてくれ」と有難い言葉をかけて
くれたが、気持ちが萎えてしまって謝辞した。社長はポケットマネーで餞
別5万円をくれた。

すぐに起業したが、最初にK社から仕事が来た。クライアントが小生を指
名してくれたのだ。次にT社から仕事が来た。有難かった。

ただ、小生の専門分野は海外旅行業界で、1980年の第2次オイルショック
以来、旅行者数が伸び悩んでおり、「新たな専門分野を開拓しないとマズ
イ」と電力産業に手を出してみたが、まったく知らない分野だから恐ろし
く効率が悪い。

起業と同時に不動産事業にも手を出したが、長期の借り手がなく不安定
だった。

本業も副業も芳しくない。起業して仕事をしても入金は3か月、4か月、時
には半年後といった具合だから運転資金に追われる。「首をくくるしかな
いか」なんていささかブルーになっていたが、ある日、ビックリする事件
が起きた。

<1985年秋の「プラザ合意」以降の急激な円高とバブル景気の後押しを受
けて海外旅行者数は90年には1000万人の大台を突破した。2000年には1782
万人と史上最高を記録した>(日本旅行業協会の依頼で小生の会社が作っ
た統計本)

干天に慈雨のプラザ合意とイケイケドンドンのバブル景気。いい波どころ
か恐らく空前絶後の奇跡的な波で、バブルは91年に一応は終わったのだ
が、98年頃まではIT革命もあってどうにか残り火でやっていけたのだ。

お荷物になりかねなかったビルは結果的にはバブル前に建てたから安く上
がったし、コンビニ各社にセールスをかけてファミリーマート(当時は首
都圏で50店舗しかなく、セブンに追い付け追い越せで拡大路線の真っ最
中)が長期テナントとなり、ホッとした。

始発で出社、終電で帰宅、徹夜、3か月休みなし、GWや年末年始休みな
し・・・当時はそれなりのやり手は皆こんな風だった。「血尿が出て一人
前」「足の皮がぺろりと向けた」なんていう話しもあった。

スタジオでCFを徹夜で作っていると、元請けの広告代理店の部長がひょっ
こり来て、寝ている部下2人を殴っていた、「修一さんが頑張っているの
にお前ら何してるんだ!」。そういう時代だった。

大好きな仕事、まるで絶叫マシンやスポーツの試合みたいな楽しくてスリ
ル(納期!)満点の天職は、2001年の米国同時多発テロでオシマイになった。

当時、小生のクライアントには米大陸のUSエアウェイズ、サウスウェスト
航空、アエロメヒコ、ランチリ航空、欧州のブリティッシュミッドランド
航空などがあったが、9.11同時多発テロで多くのクライアントが販促を停
止、3か月後にはわが社の売上は通常の4分の1になってしまった。

この先、業界がどうなるのか、テロが起きるかどうか次第で、全然分から
ない、銀行は「融資できません」、カナダの旅行会社が会社をたたん
だ・・・まだ生きているうちに会社を清算するしかないと2001年12月末で
1984年から17年間、小生を楽しませてくれた「天職」はフェイドアウトした。

2002年末までに元社員が起業した会社に仕事を引き継いでもらい、2003年
に胃がん手術と療養、2004年から“ペンキ屋”の東京進出を手伝い、2009
年、母の介護のため58歳でリタイアした。

こうして振り返れば「天職」に出会えたことは誠に幸福だった。カミサン
も良く協力してくれ、子供というか豚児3人も所帯を持った。「妻は戦時
(子育て戦争)にあっては同志、平時にあっては敵(イヤミ、ヘイト
屋)」だが、まあ、やがて介護をしたり、してもらう同志になるのだろう。

長くなったので今回はこれでオシマイ。ああ、面白かった。いつくたばっ
てもいいや、と思いつつ後妻を探している自分を「ずいぶんな奴だなあ」
と半ば呆れている。ミユキか、レイコか、ミチコか、マドンナか・・・カ
ミサン曰く「お金儲けてドンファンになったら」。一服盛られて大往生と
いうのも面白そうだ。(つづく)2019/8/13

2019年08月13日

◆雀庵の「哲学を哲学する」

“シーチン”修一 2.0


【Anne G. of Red Gables/9】標高8848メートルのエベレスト/チョモラン
マ。多くの人が登頂を目指すが、なぜ命懸けで挑戦するのか。

<1924年6月の第3次遠征において、マロリーはパートナーのアンド
リュー・アーヴィンと共に頂上を目指したが、北東稜の上部、頂上付近で
行方不明となった。

マロリーが「なぜ、あなたはエベレストに登りたいのか?」と問われて
「そこにエベレストがあるから(Because it's there. )」と答えたとい
う逸話は有名であるが、日本語では、しばしば「そこに山があるから」と
意訳されて流布している>(WIKI)

未知への興味、挑戦・・・いろいろあるだろうが、小生なら「喘ぎながら
頂上に登ったら、そこからの眺めはさぞ素晴らしく、愉快だろう」という
のが動機だろう。富士山は同行者が高山病になったこと、小生も鮨詰めの
雑魚寝で睡眠不足でもあり、八合目で断念したが、やはり登頂しないと気
分は晴れない。

頂上からの眺めや登頂なら飛行機などを利用すればいいじゃん、という論
もあり得るが、同じ登頂でも苦しみ抜きながら一歩一歩登ってようやく登
頂するから感動するのだろう。

立山黒部アルペンルートは春には高さ20mにもなる巨大な雪の壁「雪の大
谷」をバスで走り、終点の室堂(2450m)で眺望を楽しむのだが、あまり
に安直過ぎて感動は薄かった。山はヒーヒー言いながら登頂するからいい
のだ。

まるで恋愛みたいなもので、安直に登る手もあるが、苦労に苦労を重ねた
末の登頂は格別だ、そうだようなあ、同志諸君。先日、カミサンに「まっ
たく女は面倒だ、脱がすまでが実に大変だよなー」と言っていたら、そば
で聞いていた長女が顔をまっ赤にしていたっけ。

哲学は「自分は何か、生きるのはなぜか、どう生きるのか」など、興味が
ない人はほとんど気に掛けないことを追究する学問だ。何千年も多くの人
が追究してきたが、多くの人が納得するような「解」はない。それは他の
学問と同じで、究極的な解明ができない。例えば天文学では宇宙の実態の
ほんのわずかを知ったに過ぎない。

知れば知るほど疑問は募るばかり、登頂したらもっと高い山があり、「お
前はここまで来れるか、それとも尻尾を巻くか? すんばらしい景色だ
ぜ」と天は挑発するのだ。終わりのない挑戦。

哲学は先人の思考を学びながら自分なりの、その時点での「解」を得てい
くのだが、やはり「応用」「実践」と結びつかないと、どうもただの理屈
になりやすい。宗教のように「あの世」ではなく、「知行合一」で「この
世」に貢献したい、カタチを遺したいというようになるようだ。

独善的にならずに多くの人の「生きる上でのヒント」、社会の「こうした
らもっといい」ぐらいにしておいた方が良さそうだ。気をつけないと余計
なお世話、お節介、干渉になりかねない。

どんな分野でも「解」を追究していくと哲人のような風貌になる。舞台芸
術もスポーツも職人も、一流、名人と言われる人は、目の前の課題を通し
て「己は何者か、人間とは、生きるとは」という哲学を追究しているよう
に見える。

読書を通じて先人の叡智を学ぶこともでき、それをベースキャンプにして
一歩でも二歩でも頂上に近づきたいものだ。きっと気分がいい。

支那では中共峰に登頂した老人たち、引退したとは言え派閥のドンの長老
たちが今頃は「北戴河会議」で情報交換、根回ししているのだろう。昨年
の会議では習近平が長老の子息などに美味しいポストをばらまくことで不
満を押さえ込んだらしいが、今年は特に「経済と香港」が喫緊の課題にな
りそうだ。

長老を丸め込んで10月1日の建国70周年をにこやかに迎えたいというのが
習近平の願いだろうが、「経済と香港」は米国・香港への圧力を高めれば
米国・世界の反発も大きい、弱めれば国内支持層(貧困層)からの反発も
大きい。どう対応していいのか分からないから、手を打てない。様子見し
かない、という感じだ。

長老たちは当然そこを突いてくるが、長老たちにも解決策があるわけでは
ない。米国・香港に譲歩すれば中共統治が揺らぎかねない。その上に泣
きっ面に蜂で、大雨と日照りで農業は大きな被害を受けているという。
ネットでは、

「これは天災ではなく人災だ。これは中国共産党の毒だ。南で洪水、北で
干ばつ。三峡ダムはどこにいった?南水北調(南部の水を北部に送る水利
プロジェクト)はどこにいった?」

「今年水害が起きたとき、ウェブサイトで発表された政府の情報は一人当
たり2元(約30円)を補助するというものだった。その後、湖南省の湘江
の堤防が決壊したら、一人当たり約0.3元(約5円)となった。中国政府は
特に最近は、貿易戦争という対外的な問題、香港問題、台湾問題などで、
国民に目を向ける暇などないのだ」

との投稿もあるとか(反共系NTDTV)。

内憂外患、政治の乱れ、天災・・・王朝が代わる予兆なのか。トランプの
参謀、あるいは生みの親であるスティーブ・バノンらの所属する米国シン
クタンク「現在の危機に関する委員会」は、こう自己紹介している(長谷
川幸洋「世界で『中国企業締め出し』が始まる」8/9)。

<「委員会は米国市民と米国の政策担当者に対して、中国共産党の悪政下
にある中華人民共和国がもたらす現実の危険について情報提供し、教育す
るための完全独立、超党派の団体である。

共和党のルビオ上院議員と民主党のメネンデス上院議員は、そんな実態に
目を向けて、中国企業に徹底的な情報公開を要求し、応じない場合は米国
証券市場での上場を廃止する法案を提出した。中国企業の締め出しである。

これは、いま米国で起きている中国排斥のほんの一端にすぎない。一言で
言えば、米国は「中国を米国経済から切り離そう(decoupling)」として
いるのである。そんな動きが進展すれば、数年後の世界は、いまとはまる
で違った世界になるに違いない。世界は米国圏と中国圏に分断されるだろう>

中共→ロシア→北→南、親亀こければ皆こける。運が良ければその歴史の瞬
間を目撃できる。1年でも2年でも生き永らえば生中継で見物できるのだ。
きっと気分がいい。

今日も暑くて外出不可。発狂亭“サンポハイケナイ ワタシハヒツキイ”雀
庵の病棟日記から。



【措置入院 精神病棟の日々(128)2017/1/3】承前【産経】「正論新春
対談 櫻井よしこ氏×木村汎氏」

<木村「日本は武力に頼らず話し合いで紛争を解決するが、ロシアは「戦
争を外交の延長線上に捉える」クラウゼビッツ流の考え方を貫いてきた。
両極端な2国が果たして交渉のテーブルで話をまとめられるのでしょうか」

櫻井「安保を自力で賄えていない日本は米国との同盟を緊密に保つことで
対露カードと対中カードにしなければいけないハンディを負っています。
この点を大急ぎで変えなければなりません。安倍首相にはトランプ氏に
「実業家として成功しているあなただから、米国の実利を考えて」と説得
してほしい。開かれた通商はその一例で、日本だからこそできる情報工作
です」>

神様、仏様、米国様、どうぞお守りください・・・情けない。吉田茂は
「戦争に負けて外交に勝った」と言ったそうだが、独立した芸者やパンパ
ンではなくオンリーさん、お妾さんになったのだ。

「切れるの別れるのって、そんな事は、芸者の時に云うものよ・・・私
にゃ死ねと云って下さい」

安保がなければ一日だって生きてはいけません、捨てないで、お願い、後
生だから・・・あなただけが頼りなの・・・こうして大和男児はオネエに
なったとさ。(つづく)2019/8/11

2019年08月07日

◆雀庵の「寿限無式の岩波用語&現代詩」

 “シーチン”修一 2.0


【Anne G. of Red Gables/6】8/4の産経・読書面に衝撃を受けた。言語は
意思を伝える手段であり、できる限り分かりやすくした方がいいと小生は
思っているし、それにプラスして正確に表現しようとする記者、文筆家た
ちもまず「分かりやすさ、正確さ」には配慮をしているはずだ。

山本浩司・早稲田大教授(ドイツ文学)の書評「運命の旅/デーブリーン
著 光るモダニズム表現技法」を読んで1965〜1970年の全共闘・新左翼の
「赤い暗愚発狂時代」を思い出した。その末席に小生もいたのだから偉そ
うなことは言えないが、その大言壮語的意味不明の日本語を書く人がまだ
いるなんて、老人を昼寝から覚ますには十分な驚きだった。曰く、

<このユダヤ人作家(デーブリーン)は、ブレヒトらと同じ左派亡命作家
だったのにカトリックに改宗し晩節を汚した。転向者とみなされ、リベラ
ル派の牛耳る戦後(日・独)文学界でも鬼子扱いされたのだ>

書評で最初に著者を罵倒、侮辱するのは珍しい。奇妙な人である。小生な
ら「毀誉褒貶の人である」とか書くけどなあ。

日・独のリベラル≒アカモドキはすっかり斜陽で見る影はないが、早稲田
は未だに革マルの牙城なのか。クロカン/黒寛こと教祖・黒田寛一の本名
は山本寛一(ひろかず)、山本浩司(ひろし)はその親戚か? 黒田=山
本寛一はドイツ医学を目指し(視力低下で断念)、山本浩司はドイツ文学
専攻。山本浩司はその係累なのかどうか。

山本浩司は多分50歳前後で、日本独文学会の理事などを務めており、斯界
では有名人のようだ。一方、同書の訳者、長谷川純は1957年東京生まれ、
今は62歳。ルール大学、ボン大学に学び上智大学ドイツ文学専攻博士後期
課程修了(博士)。現在は第一線を引いたのか、和光大学表現学部非常勤
講師を務めている(友によると非常勤講師は“社会奉仕、それで生活はで
きない”)。

山本浩司にとって長谷川純はドイツ文学を含む「ドイツ語」業界において
は先輩であろうに、交流があろうがなかろうが先輩の訳書を貶すのはいか
がなものか。長谷川は「原子力と人間の歴史 ドイツ原子力産業の興亡と
自然エネルギー」(2015)も翻訳しているから、結構な実力者ではないか。

山本浩司がデーブリーンを罵倒する理由が分からない。「改宗は悪」はカ
ルト的秘密結社、革マルの規約第一条ではないのか。黒寛→松崎明(JR総
連のボス)→枝野幸男が革マル商法の血脈のようだが、山本浩司は何者な
のか分からない。

在米中の1947年、「米下院非米活動委員会(共産主義者摘発の委員会)の
審問を受けた翌日に米国から逃亡し、1955年にスターリン平和賞を受賞し
たアカのブレヒト」(WIKI)を称賛しているのだから怪しい感じがするけ
れど。

ドイツでは今、リベラル≒アカモドキが不法移民に反対しているAfDを叩き
まくっているが、かなり狂気じみている。自分の考え以外は全部敵 or 愚
者、というナチズムなど「過激な原理主義を生む精神風土」と「時限爆弾
的発狂因子」がドイツにはあるみたいだ。

山本浩司の書評の最後を読むと堅気の人は面食らうだろう。

<(本書「運命の旅」は)離散家族の奇跡の再会というと、感動的な物語
を想像するが、感傷を排し、現実をありのままに観察して記録するのを身
上に、旅の途上で遭遇する事柄の微に入り細を穿つ描写に徹する。辛辣な
がらも惚けた自作小説の語り口そっくりに、自身の経験にも安手な大団円
を迎えさせず、結末を先に延ばす右往左往を楽しむ気配すら漂わせる。

0年も昔の自伝作品を再読する意義は、説教の定型表現を大きくは逸脱し
ていない信仰告白や、戦後社会の欺瞞を撃つ人間観察の鋭さよりも、モダ
ニズムの表現技法が戦下の例外状態を言語化するのにいかに有効であるか
を改めて認識させてくれる点にあると言えるだろう>

「再読」って・・・書評を読む人は皆「初読」だぜ、「俺は以前に原書で
読んでいるんだ」と偉ぶっているみたい。この人、自意識過剰、上からの
視線、他者がバカに見えちゃうという革マルそっくり。ほとんど病気じゃ
ない? 簡単なことを無理して難しく書くのがいいと思っているみたい
だ。まるで岩波文化人の翻訳書みたい。

I love you. I want you. Let's fall in love.で済むものを、

「成年男子に見られる成長の特徴として、形而上的な異性への過度の憧れ
と形而下的なリビドーにより、それを他の対象へアウフヘーベンできず、
特にメタフィジカルな人格の場合は視野狭窄のように異性に執着し、脳内
のドーパミンが過剰になり幻覚や妄想が出現しやすくなる現象は、性的抑
圧の解放により安定化を図る他にはない、と識者が言っています。ついて
は美祢子さん、ストレイシープ状態の僕のフロイラインになってください」

何や、こん人、けったいなやっちゃ、気味が悪いで、と振られることは間
違いない。

先日、友人が詩を送ってきた。現代詩・・・定型とか韻とかいうルールも
ない上に、小難しく書くのがいいみたいで、「で、何を言いたいのよ」と
聞きたくなる。

<鳥籠から飛びさって その声が われらの空をつくるとき 救命ボート
をうち砕いて その影が われらの地平線をつくるとき わたしの渇きは
 正午のなかにある>(田村隆一「幻を見る人」)

これをいいなあと思う人たちだけが現代詩や思潮社を支えているのだろう
が、昔から「現代詩でメシを食える人はゼロ」だったが、近く現代詩を書
く人自体がゼロになるだろう。

難解な文章や詩の表現技法が、現在の心的物的状態を言語化するのにいか
に有効であるかを改めて認識させてくれる――のではなく、ひたすら言語も
意味も不明瞭である。現代詩で心に迫るリアリティのある、心を動かす作
品は、シベリア抑留帰還者の石原吉郎ぐらいのような気がするが、ほとん
どの詩人の作品は小生にはとても理解できない。まるで寿限無、お経の類。

現代詩は戦後文学の最先端にある、なんて持てはやされた時期もあるが、
それも遠い記憶だ。

ついでながら書道のアバンギャルド的作品なんかまったく分からん、チン
プンカンプン。「えーっ!これで200万円!?」、別世界だ。お弟子さん
に半強制的に押し売りするのだろう。買わないと師匠、その愛弟子(師匠
の作品を買った、買わされた弟子)からシカトされる。裏の世界はあまり
見ない方がいい。

芸術は概ね気分/感情/投機の世界で、できる限りそれらを抑えて知性/理
性でモノを見たいという小生には理解不能の作品がいっぱいある。「現代
詩手帖」も岩波「世界」も岩波文化人とともに昇天中の感。わても追捕す
るよって、せいぜい気いつけるんやな。

今日も暑かった。猫に鰹節、ヂイヂに涼風、発狂亭“クーラー命”雀庵の病
棟日記から。

【「措置入院」精神病棟の日々(126)2017/1/3】【産経】産経抄、「置
かれた場所で咲きなさい」の著書で知られる渡辺和子ノートルダム清心学
園理事長(89)が12/30にすい臓がんで亡くなった」。彼女は2年間、うつ
病で苦しんだから同病相憐れむ同志である。

「欧州秩序 試練の年 独仏蘭で重要選挙 大衆迎合主義派脅かす」。
EU=狂気的リベラルはいよいよ坂を転げ落ちそうだ。お先に「ブリグジッ
ト」の英国では「英女王 新年礼拝も欠席」、90歳だから無理は効かない
が、次がチャールズでは国民は納得しまい。

「中英結ぶ貨物列車 運行開始」、1/1から1万2000キロ、18日間かけて百
均グッズを運ぶのか、それとも軍隊と兵器を送り込んでアヘン戦争のリベ
ンジをするのか?

外山滋比古「正論 若い世代に求めたい新しい知性」。正月早々の愚
論・・・曰く、

<ひとりだけの知識、知的個人主義が不毛でありやすいことを、現代はま
だよく理解していないらしい。本を読むより、違ったことをしている仲間
と語らい合う方がどれくらいためになるか、今の個人主義者、孤立派には
分かっていないようだが、一人で考えることには限界がある。他の人と雑
談をすると、一人では思いつかないようなことが飛び出してくる。

昔ヨーロッパの大学がカレッジ(学寮)で学生に生活と学問を一体化させ
た意義は大きい。独学、一人だけの修行が好きな日本人はついに、おしゃ
べり、雑談の面白さを知らずにきたが、今からでも遅くない。知的会話の
クラブをつくったり、新しい文化を開発させることが望ましい。

近づく大変動にしてやられるのではなく、それをきっかけに新しい人間に
なる、今はチャンスである。若い人たちが新しいホモサピエンスになるこ
とができるのは素晴らしいことである>

歴史に残る優れた事績、学問、技術、芸術は概ね「個」から生まれた。優
秀な「個」が集まれば刺激し合っていいだろうが、猿が百万匹いても何も
創造しないだろうに。繁殖して数十万年も経てば右手に棍棒、左手に石を
握った猿が生まれるかもしれないが。(つづく)2019/8/

2019年08月05日

◆雀庵の「麻酔・無菌時代の有難さ」

“シーチン”修一 2.0


【Anne G. of Red Gables/5】7月末に内科で抗うつ剤と眠剤を処方しても
らい、薬局で薬を受け取った。担当の薬剤師Sさんは金髪パーマが可愛い
ので、小生も年初からそれを真似ようと髪を伸ばしている。

「修一さん、お久しぶり。まだ染めないの?」

「とりあえずポニーテールの所だけ金髪に染めようと・・・一気に全部を
染めると、頭のてっぺんだけがすぐに黒く目立っちゃうからね。もう少し
伸ばすんだ・・・♪ボクの髪が 肩まで伸びて キミと同じになったら 
約束通り 街の教会で 結婚しようよ」

「誰と? えっ?私とっ?!」

「この前約束したじゃない、結婚しようねって」

Sさんは急に真面目な顔をして、

「私は人妻です、そんな約束をした覚えはありません」

いつ再発するか分からないキチ〇イから訳の分からないことを言われると
健常者はビビるんやで。本気か冗談か分からへんさかいな。わてやて自分
を怪しい奴っちゃと不信視しておるんやから、症状を知っておる医療関係
者は警戒おさおさ怠りないんや。不信のまなざし・・・

「ハハハ、夢の話、ほんの冗談。大丈夫だよ、獲って食わないから・・・」

「夢の話だけにしておいてくださいね」

「わしもそうしておきたいもんがやのう、心神耗弱、心神喪失、自分でコ
ントロールできんさかいなあ、そん時は堪忍や」と言ったら「要注意患
者、出入り禁止」になるよってな、言わんといたがのう、正常と異常は紙
一重という怖さはある。ゴッホのように他罰と自罰が交錯するような・・・

精神病患者は完治しないから、自分で自分をよく監視、管理していないと
発狂しかねない。レントゲンなどでも見えない病気だから治療法も蝸牛の
歩みみたいだ。ユング派VSフロイト派の50年戦争は日本ではフロイト派が
圧勝したが、「フロイト派でも40派ある・・」と医者がため息をついてい
た。内ゲバ真っ盛りのようだ。

狂人が疑われるだろう男の、多分「妄想」で京都アニメがテロ攻撃を受け
死者30人を超す大被害に遭った。容疑者の親や周囲の人たちは彼の「狂
気」を知っていたのではないか。精神科に措置入院、あるいは保護入院さ
せるなど予防策をとれなかったものだろうか。

基本的に「事件が起き、被害者が出てから」警察は動き出す。被害者の命
や怪我が元に戻るわけではない。怪しい人を予防拘禁して医療機関で治療
させるなどの強制的な予防策を法制化する必要があるのではないか。

江戸時代は家族などが「下郎の逆恨み」をしかなねいような怪しい息子、
問題児、厄介者、狂人などを牢屋に拘束する制度があった。松陰は家族の
依頼で野山獄に入れられたが、恐らく幕府が死罪とする前に拘禁すること
で罪一等を減ずるのが家族と藩の狙いだったようだ。保護のための拘束
で、高杉晋作も政敵から身を守るために上の判断で野山獄に拘禁されたの
ではないか。

人権にかかわる難しい問題だが、被害を防ぐことが優先されるべきだろ
う。被害者もその家族も野放しの狂犬に殺されるなんてやりきれないし、
加害者も正気になった際に罪悪感にさいなまれるのではないか。加害者の
家族だって罪悪感で死にたい思いだろう。

さてさて精神病に限らず病気は患者自身とその家族にとっても大変だが、
医者もしくじると医療過誤だ!と裁判になったりするから結構しんどいも
のである。特に外科は直接命にかかわるから大変だろうと思う。保険会社
の出番やな。

先だっての鼠経ヘルニア手術を前に、ユルゲン・トールワルド「外科の夜
明け」を読んだ。トールワルドは医者でありジャーナリストでもあり、日
本の幕末時代には祖父も医者で、外科医療について多くの資料を遺したよ
うだ。トールワルドはこれ等を含む多くの資料と取材を基に「外科の夜明
け」という小説仕立てのドキュメンタリーを書いた。

日本でも外科医の卵は本書を読んでいるに違いない。

要は外科の歴史で、ウェルズ、シンプソンなどの試行錯誤でようやく麻酔
術が確立される(1846年、日本の幕末)までの、ほとんど屠殺のような手
術の凄まじさ、時には100%という高い死亡率、その後(1876/明治9年)
のパスツールやコッホによる手術に伴う細菌による感染症が証明され、以
来、手術は有史以来初めて無菌、除菌した部屋、器具で行われるように
なった。

それまでの手術は、空気中などに細菌がうようよしているなんてまったく
知らず、衛生という観念がゼロだったから、汚い部屋の、血だらけの机の
上で、血だらけのエプロンをつけた医師に、洗ったこともないようなナイ
フで、数人の弟子に体を抑えられて切開され、手術が成功しても感染症で
多くの患者が死んでいったのだ。

病気が治るのは良くて2割とか3割、それでも腎臓結石、尿結石など激痛に
苦しむ患者は奇跡を信じて手術を受けたのだ。

無痛、感染症のない手術が普及するまでの気が遠くなるほどの歳月。“外
科の暗黒時代”に生まれていたら、と思うと恐ろしく思うが、激痛のまま
に亡くなった人はまさに死屍累々だったろう。

クリミア戦争での戦傷兵士の場面など、カルト本なんかよりはるかにリア
ルな実録で、怖い夢を見るほどの迫力だった。ナイチンゲールは言葉とワ
インで彼らを慰めるしかできなかったが、それが唯一の癒しだった。

日本は漢方医学が主流だったから、切り刻まれて腐って死ぬということは
あまりなかったかもしれず、運が良かったと言える。

医学界は保守的で徒弟制度だから、新しい医術を拒否しがちなのかもしれ
ない。新技術に飛びつくのは大体若者で、お偉いさん、つまり年配者は
「それはまだ有効性が証明されていない」などと周りの様子を見ながら
「急がず遅れず」、一歩一歩新技術を導入していく。良きにつけ悪しきに
つけ蝸牛の歩み。

一方でICT(情報通信技術)の発展速度は年々高まっており、小生はもう
追いつけない。VHSビデオもハンディカムの子育てビデオも、レコード、
テープ、フロッピーディスクも再生することができない。そのうち「写ル
ンです」のテープのようにNHK放送博物館でしか再生できなくなるだろう。

近所の工事現場では炎天下で若い鉄筋工が働いていた。鉄筋を針金で結ぶ
道具は相変わらずシンプルなハッカー(数百円)で、充電式鉄筋結束機は
20万円ほどもするから鉄筋工には手が出ない(道具は自費)。いずれは安
価で使いやすい結束機ができて、末広のニッカボッカー、七分ズボンの鉄
筋工自体も消えるかもしれない。

道具、機械、科学は発展し続けるだろうが、人間の脳ミソ、知能は向上し
ない。世の中が便利になればなるほど、知力、体力は反比例して劣化する
のではないか。桃源郷で何世代も暮らすと軟弱になり、ハングリー精神に
あふれた餓狼の餌食になって国や民族、部族、一族が亡びるのは珍しくな
いだろう。栄枯盛衰、世の習い。

個人、国家、民族として世界のトップグループにとどまる。これは日本の
至上命題だ。ソ連は第2グループに落ち、トップには戻れない。第2グルー
プの支那はトップグループを目指し、先頭を走る巨大な米国トランプ“コ
ンボイ”トレーラーは幅寄せして、それを邪魔している。

桃源郷でも「治に居て乱を忘れず」と必死で学び訓練している人材を育て
ないと亡国になる。国立大学は無償として選抜で英才を鍛えるべきだ。企
業はいつまでも「お受験階級の良家の素直な子」を優先的に採用している
と、トップグループから間違いなく落伍する。競争は血を流さない戦争だ。

暑さに弱い発狂亭“引き籠りの日陰者”雀庵の病棟日記から。今も正月号は
分厚いだけでちっとも面白くない。飽きられるぞ!

【「措置入院」精神病棟の日々(125)2017/1/1】【産経】正月号は弾切
れか、ビッグニュースなし。秘密裏に取材を進めて新年号でドカンとやる
ようなスクープが欲しいね。総花的なお行儀のよい論考は要らない。身を
切らしてライバル(朝日、毎日、東京=中日、共同などの確信犯的アカ)
の骨を断つような論考を期待する。(つづく)2019/8/4yo


2019年08月03日

◆雀庵の「わたし創る、あなた楽しむ」

“シーチン”修一 2.0


【Anne G. of Red Gables/4】小学生の頃、通信簿のコメント欄に「修一
君はお金への関心が強いようです」と書かれたことがある。小3の時(昭
和35年/1960)に父がラッキーストライクの闇商売で得たカネを元手に食
料品店を開業、予想以上の大繁盛になった頃だ。

冷蔵庫や自家用車を持ったのも電話を引いたのも街では早い方だった。も
ちろん商売用だが、学校が休みに入ると、父にくっついて調布市場に行っ
た。商売とか取引の現場は活気にあふれて面白いし、市場の朝食の食堂に
は淡島千景によく似た着物姿のお姉さんがいて、小生も父も気に入ってい
た。子供には外食も珍しく、父はいつもお銚子を1本飲んでいた。

夕方の店は専業主婦で大賑わいで、姉2人と小生も手伝っていた。当時の
小売店はどこも一家総出、大事な家業だった。東名高速の建設と歩調を合
わせて田舎の小さな町は急速に発展していった。

周りは野原だけだったのが、風呂屋、八百屋、魚屋、蕎麦屋、寿司屋、さ
らにガラス工場、その社員向け3階建てビルなどができていった。地方か
らやってきた独身者向け2階建てアパートもどんどん建てられていった。

小生らイタズラ坊主は多摩精機とかいう工場の壁に穴を開け、金属用ゴミ
置き場から金属を掻きだし、屑屋さんに売って小銭を稼いでいた。何しろ
コロッケ、菓子パン10円、年に一度の祭りの小遣いでさえ50円の時代に、
銅線などは時に60円とかになった。

こういう環境だから、自然に商売とかビジネスとかへの関心は高まる。孟
子だってそうなるだろう。

父は小生を跡継ぎにしたかったのかもしれず、小生をそろばん塾へやっ
た。が、小生は物欲があまりなく、欲しくて欲しくてたまらないというも
のがない。長じて白いベンツを乗り回す成金的顧客から「君は飢えを知ら
ないから欲がない、お坊ちゃんなんだよ」と言われたことがある。

自分の自転車もなく、商売用のを三角乗りして御用聞きをしていたら、
「修ちゃん、浅沼さんが殺されたのよ!」とお得意さんから教えられた。
1960年、小3の秋だった。中学に進んだ時、父が「買ってやろうか」と言
うので、それならタイプライターをと頼んだ。これはいい選択だった。

横浜市立大商学部を選んだのは森ビル創業者の森泰吉郎氏が商学部長をし
ていたからだが、日経の「私の履歴書」で感銘を受けたからだろう。どう
いうわけか「日本の大学は入ることに多少の意味はあるが、卒業すること
に意味はないだろう」と思っていたし、「もうエスカレーターは降りた
い」という気持ちも強かった。

「この大学は結局は横浜市役所の官僚や企業人を育成するための大学。簿
記なんてやってられない」と好き勝手にしていたら塀の内側に落ちた。

人生あざなえる縄の如し、落ちた所が上り坂、編集業を学んで運良く出版
社に潜り込んだが、小さな会社だから編集のみか記事もレイアウトもする
ようになった。

最初のボーナスで百科事典を買い、会社に持ち込んだら大いに喜ばれた。
翌年の冬のボーナスでニコンの一眼レフを買い、仕事に使った。この頃あ
たりから記事、編集、印刷、販売という出版業界の「モノを創って、それ
が売れる、喜ばれるという楽しさ」にたまらないほどの喜びを感じるよう
になったのだろう。

こんな特集をしたら喜ばれるだろう、こんな本を創ったら売れるだろう、
といつも考え、そういう嗜好、思考がすっかり定着した。独立起業してか
らは「ソリューションビジネス」でずいぶん多くの企画提案をした。まあ
マーケティングで、自身も面白いし儲かる、クライアントも喜ぶというわ
けだ。まあ、儲かると言っても、酒代には困らない程度だが。

現役を引退した今でも「世界最大のイベントは五輪だろう、興行主(主催
者とかオーガナイザー)になったらさぞ面白いだろうなあ」とか、

「今どき、多くの競技を一か所で特定期間にやるなんて愚の骨頂、現在で
は空路など交通事情もいいのだから毎月種目別に世界各地でやればいいの
に。1月豪州で水泳、2月英国で体操、3月ロシアでスキー・・・7月南アで
球技、8月NZで格闘技、9月カナダでヨット、10月日本で陸上とか、などと
思う。

そうすれば大スポンサーの米国TVの意向でクソ暑い夏に夏季五輪のすべて
をやるなんて愚は避けられるし、競技場も既存のものを活用でき、粗大ゴ
ミ化することもない。スポーツファンも1年中楽しめる。TVなどマスコミ
も安定して儲けられるのに・・・と思うのだ。

結婚に財産のすべてを投じてしまい、その後に豪華な新居をもて余すよう
な、今の無理・無駄だらけの五輪を改めないと、やがては引き受け手がな
くなるのではないか。興行利益の多くがボス連中の懐に入るような怪しい
利権五輪は不健全だ。

「♪わ、わ、わ、わ、わ、輪が五つ、五輪、誤倫、互淋・・・

越後屋、お前もワルよのう・・・いえいえ、私は〇が3つ、お代官様は〇
が5つ、お代官様の足元にも及びません、ほ、ほ、ほ。うふ、うふ、
うぉっほ、うぉっほ、うぉっほっほっ」

米国や日本のMICE(ミーティング、イベント、大会、見本市)ビジネスを
促進するためにホテル、カジノ、ビッグドームなどの会場、日米のディズ
ニーランドなどを取材したが、福岡ドームの幹部が「365日、会場を埋め
るのは大変、当初の(ダイエー中内功の)ツインタワー構想を撤回した」
と言っていた。オフシーズンをどうするか、皆必死だ。無理な投資でダイ
エーそのものがコールドゲーム、破綻した。

当たり前のことだが、リターンが期待できるのかを良く考えてハコモノを
造らんと、後進に負担を残す。五輪万歳!とはしゃいでいる場合じゃないぜ。

ところで娯楽の王者、TV。制作者は多額の報酬を得て、視聴者は大いに楽
しみ、CFで物欲を刺激されて出費するので、スポンサーも大いに喜ぶ。

一方で制作者、制作する側はまずTVは見ない。見たところで余りにものく
だらなさにうんざりするだろうし、カネにならない、時間の無駄、と思う
人が多いのではないか。徹夜明けのディレクターに、フェラーリで帰宅し
た後は何をするのかと聞いたら、話題の映画のビデオを見るという。仕事
に有効だからだろう。

CFを創っていたプロデューサーは米国のTVCFを見て参考にするという。
「新車を山の頂上において空撮するっていうやつ、すごい評判だったけ
ど、実はあれはアメリカからパクったのよ」と笑う彼はシーマに乗ってい
た。著作権や特許に関して昔は鷹揚だったのだが、必死で視聴率を稼ぐ、
クライアントから喜ばれるものを創らないと、お呼びがかからなくなるの
はどの仕事も同じ。

それはさておき、ファッションや小説なども創り出す方が、宣伝に釣られ
てそれを買うよりはるかに楽しいと思う。受け手よりも送り手、下流より
上流の方が遥かに面白い。面白くてカネにもなる、客も大いに楽しんでく
れるというのは実に愉快だ。踊る阿呆に見る阿呆、同じ阿呆なら仕掛け
にゃそんそん。仕掛けてヒットすれば大間の黒マグロ、1000万円だで。

宝くじの還元率は日本ではせいぜい50%。100億円集めて当たりくじは50
億円で、粗利益50億円は主催する自治体や業界の懐に入る。ほとんど詐欺
だ。銀座の宝くじ売り場は既得権益なのか。パチンコ屋とかカジノは非難
されるが、還元率は80%だろう。はるかに「良心的」だ。豪州の宝くじで
は還元率10%以下なんていうのもあった。

(カジノはMICEビジネスのごく一部。人寄せの道具で、映画館や劇場、
ホール、スタジアムと同じ。MICE=カジノ=依存症=強大な悪と思い込ん
でいるヒト大杉!)

小生は生来のイタズラ好きだから、文具メーカーに女性が喜びそうなお
しゃれで実用的な目玉クリップを提案しようと思っている。撫子が
「わっ、カワイー!」と欣喜雀躍すれば世界市場でも絶対うける。大阪弁
の聖書や憲法草案なんてわてはオモロイと思うんやけど、どないやろ。

「廻れば大門の見返り柳いと長けれど、お歯ぐろ溝に燈火うつる三階の騷
ぎも手に取る如く」の遊郭再興もいいなあ。遊郭は世界の称賛を浴びた制
度、芸術、文化だった。Dreams come true at Tokyo Yoshiwara! 老若男
女大喜び、Hot Japan! インバウンド振興にもなる。職業に貴賎なしと福
翁も言っておるで。上になったり下になったり、性差なし。LGBT大歓迎の
陰間茶屋もありんすえ。

先進国で売春を禁じているのは少数派だ。Oh, wonderful! Nadeshiko
Oiran, Utamaro World, サイコーネ、アンゼン、アンシンネ。「私の体を
私が売って、あなたは楽しみ、私は報酬を得て自立している。それはいけ
ないことなのですか」。前借金でレディを縛りつけるのは問題なしとはし
ないが、以上は正論だ。

頭に昇った血が収まるところに収まれば世は事もなし。日本を攻撃するよ
うな国はゼロになる、「貴重な世界文化遺産、遊郭を守れ!」と声が上が
り、世界の軍縮を促すはずだ。愛は地球を救うんやで。

総合プロデューサーはもちろん“寄せ植え名人”秋元康、ディレクターは
“お色気富豪”蒼井そらや。これで第3次世界大戦は100年は遠のく。な
に、"No"やて? In the name of the moon, I'll punish you! 「もっと
ぶって? 旦さん、追加料金かかりまっせ。リブラ? ナマを売る商いや
さかい、現ナマで」

発狂亭“イタズラ三昧”雀庵の病棟日記から。

【「措置入院」精神病棟の日々(124)2016/12/31】【産経】加納宏幸
「米、露外交官35人国外退去 サイバー攻撃制裁措置」。曰く――

「『親露派閣僚』起用も声明で危機感あらわ 対露融和か強硬か トラン
プ氏 策は」「プーチン氏『報復留保』次期政権に“貸し”」

サイバー・プーチンに対するオバマの最後のパンチだが、ロシアのスリー
パーを含む諜報団は完璧だろうから、この制裁ではロシアは軽いジャブと
しか感じてはいまい。

主張「回顧2016 協調と和解の失速止めよ『予想外』にたじろがぬ結束
を」。まるで大戦末期の「新型爆弾 恐るに足らず 本土決戦で攻勢
へ!」みたいな時代錯誤的な悲壮感があるなあ。

2017年も似非・疑似的リベラリズムとグローバリズムはますます失速する
だろう。時代を逆回りにはできない。

「東証1万9114円 大納会終値 20年ぶり高値」、来年は2万3000円?なん
て書いているが、円安ドル高頼りでなく、イノベーション、実力で勝ち上
がるべきだ。結婚・子育て世代を手厚く支援せよ、老若男女の熱血で今こ
そ国家百年の計を! いさささか赤旗、聖教新聞みたい。

「前年末比 人民元6.6%、上海株12.3%下落 中国 トランプ相場重
く」「中国国有銀行 3.6万人リストラ 大手10行 成長鈍化、ネット決
済影響」。

実需ではない投機目的の不動産バブルが辛うじて続いているが、青息吐息
ではないか。いつまでまでもつのやら・・・バブルがはじけたら中進国の
泥沼にどっぷりつかり、へたをするとマイナス成長、失業率上昇、社会不
安拡大になりかねない。(つづく)2019/7/31

2019年07月30日

◆雀庵の「大体やねぇ、先を読まんと」

“シーチン”修一 2.0


【Anne G. of Red Gables/3】先日、友人に数年ぶりに電話をかけたら、
奥様が出たのでイタズラ心を起こし、「おばさん、オレオレ、オレだよ、
今、杉並に来てるんだけどさあ、困っちゃって・・・」。

「カズオ?」「うん、でね、お金の入ってるカバンなくしちゃってさあ、
おばさん、100万円ほど貸してもらえないかなあ・・・」「あ、ちょっと
まって、こっちから電話するから」

電話がないので再びこちらからかけたら友人が出た。「あ、おじさん、オ
レオレ、カズオじゃなくて修一だよ」と告ってともに笑ったが、最後に
「奥さんに甥っ子の名前は言わない方がいいって言っておいてよ」と余計
なお世話をしておいた。


友人は笑っていたが、奥様はきっと怒っているだろうなあ。「あの人、前
からオカシイと思っていたけど、ホント、いやな人だわ」とか・・・

カミサンにこの話をして、「なんで甥っ子の名前をばらしたりするんだろ
うね」と聞くと、我が息子はいつも「「あ、オレだけどさー」と電話をか
けてきて、「あ、アキオ?と私も聞くわよ」だと。

つまり老女は疑うことをしない人が多い、ということだろう。暇だから電
話に飛びつき、たとえセールスコールでも会話を楽しむ。カミサンはケー
タイをもってコンビニのATMを操作し、最後にようやく詐欺だと分かった
という、「還付金詐欺」被害者一歩手前になったことがある。

セールスコールでも長々と会話をしているから、「いつも留守電にしとけ
ばいいじゃん」と言えば、「だって話をしたかったんだもん」。もう病気。

まともな大人は気が遠くなるような長いRDD世論調査電話(多分30分はか
かるだろう)なんて無視するから、数字は老女が作っているようなもの
だ。あてにはならないから政府/自民党あたりは民間に委託しているだろう。

先の参院選で小生が「隠れ革マル」と見ているボンサイ枝野/立憲民主党
がずいぶん議席を増やしたが、革マル教祖のクロカン(黒田寛一)の組織
論は「既成の組織にもぐりこんで組織を乗っ取る」という寄生虫戦略で、
昨年は衆院で野党第一党になるやJR東労組≒JR総連専従の隠れ革マルが何
を勘違いしたのか「ゼネストだ!革命だ!」と叫んで3万人が脱退してし
まった。

JR総連は今回の参議院選挙でも「脱退した皆さん、労組幹部はクビにしま
したからどうぞ戻ってきてください」としおらしくしており、サイトでは
立民について何も触れずにいるが、自治労や日教組、日弁連などでも革マ
ル離れは進むだろう。

政治が不安定になる→労働者がストとデモを繰り広げる→政府が弾圧する→
革命臨時政府ができ、諸悪の根源は政府と煽り内乱になる→アカの桃源郷
ができ、アカ以外は囚人になる。

革マルは100年前のロシア革命を、結党以来70年祈願しても実現できず、
同志はヂヂババばっかり。焦るわな。

「マルクス、エンゲルス、レーニン、トロツキー、毛沢東、カストロ、ク
ロカン様、このまま老いて死ぬのはいやです、どうぞ革命を成就させてく
ださい」と祈っているが、ついに呆けて「今は革命前夜だ!同志諸君、ス
トを!赤旗で国会を包囲せよ!万国の労働者団結せよ!」と叫んで組合員
から見離されたのである。

憐れを催すが、精神病は完治せず「一度キチ〇イ、一生キチ〇イ」だから
気の毒ではある。人のことは言えないが・・・

世界でもアカはリベラルを装って多くの組織に寄生しているが、本質的に
暴力革命、つまり暴力で反対派を潰すのが初期設定だから(フランスを見
よ!)、日本でも「大声で敵の演説を阻止する」「警官のいないところで
敵を殴る」が常態化している。川崎市は半島系が多いから荒っぽい。市も
警察も問題化を恐れて腰が引けている。

毛沢東の紅軍は乞食やゴロツキを糾合した匪賊だったから、彼の論文は非
常に分かりやすい。噛んで含めるように説いている。権力は少数のインテ
リではなく、無学・無知の群衆、大衆こそが土台だと知悉していた。「政
権は銃口から生まれる」、実に言いえて妙である。

リベラル≒アカモドキは、EUでは難民モドキを歓迎するという大チョンボ
をして後退し、デタラメルケルは消えつつある。米国でも民主党は大統領
候補で後期高齢者のバイデンが上位という、なんだか冴えない状況だ。バ
イデンはへたれオバマの副大統領だった。新味はない。ヒラリーのお替り
として女性候補は人気が上昇しているが、米中戦争前夜で24時間戦えるの
かなあ。

世界からアカモドキは消えつつあり、五カ条のご誓文的な“正統リベラル”
に回帰していくような感じはするが、日弁連のように組織に寄生したアカ
モドキは利権にしがみつくから大きく抵抗するだろう。日本の政治は一強
多弱で安定的かも知れないが、一強といっても軟弱な保守連合だし、有権
者の半分を占める女は急な変化は嫌うから、蝸牛の歩みで脱皮するしかな
いのだろう。

欧米のようにすったもんだで殴り合うよりいいが、「大体やねぇ」少なく
とも先を読んで安倍政権のうちに目指す方向を固めておくべきだろう。

発狂亭“怪人デリーシャス”雀庵の病棟日記から。

【「措置入院」精神病棟の日々(123)2016/12/30】承前【産経】猪木武
徳「正論 時代は文明から野蛮へ戻るのか」。曰く――

<反対派を認めつつ共存することが文明の本質なのだ。文明の対立概念で
ある野蛮はこの共存の意志を持たずに、ただ戦闘にのみ集中している状態
を指す。

デモクラシーの平等化の原理は人々をバラバラにして個人主義に陥らせ、
自分と家族の私的世界に閉じ込め、共同の利益への関心を薄める。そこに
デモクラシーの重要な欠陥がある。

欠陥を認めつつ、その弊害をできる限り少なくする知恵を模索するより他
に道はない。

米国の新大統領は「分離と発散」の流れに掉さす(勢いをつける)ことは
あっても、くさびを打ち込もうとはしないだろう。彼が打ち出す保護貿易
主義と排外主義は「文明」を推し進める力ではなり得ない。欧州政治に
も、そうした共存の意志を捨て去ろうとする力が強まっている。

この動きの中にこそ、これからのデモクラシーが乗り越えるべき問題の厳
しさがある>

チャーチルは「デモクラシーはろくでもないが、今までの制度に比べれば
一番いい」と語ったとか。古代ギリシャやローマ帝国では、選挙権は納
税・徴兵義務を果たす国民にのみ限られた。つまりそれが一等国民であ
り、1945年の戦後から欧米的民主主義とセットで「誰でも一票」の普通選
挙が普及していった。

自立どころかお荷物のような確信犯的パラサイトも選挙権を手に入れたの
である。

で、どうなったか。大方の国では低学歴・低所得層が多いから、彼らに迎
合するリベラル≒アカモドキ政党が力をつける。福祉に頼れば生活できる
となれば、一所懸命に勉強して立身出世する、自立するというガッツのあ
る国民は増えないし、殖産興業に回るべき税金が福祉に食われてしまい、
国家も国民も成長どころか、負の連鎖で国際競争に負けていく。

結局、バラマキ福祉デモクラシーは普通国民とパラサイト国民という階級
分化、格差拡大、運命共同利益体である国家・国民の紐帯の劣化を招く。
国民レベルでは利己主義的な個人主義、国家レベルでは国際責任を放棄し
て一国平和主義に向かうことになる。

デモクラシーの理念は、自由、民主、人権、法治だろうが、戦後リベラル
≒アカモドキが推進した戦後民主主義は、寛容・共生・多文化・地球市民
といった口当たりの良い名のスローガンを掲げ、何百年、何千年の歴史の
中で培われてきた民族、国家の価値観と激しく衝突する場面がここ数年、
急増してきた感がある。

犯罪被害者が軽視され、犯人の人権が異常に重視されたり、社会保障、公
序良俗、選挙権の在り方など、見直すべき課題は実に多いのではないか。
自称リベラルや身勝手なデモクラシーを「批判するな」という、胡散臭
く、根拠も怪しい“ポリティカルコレクトネス”を乗り越えて、デモクラ
シーなどのメンテナンスを大いに議論すべきだ。

マスコミ・出版界の求人情報が朝日新聞(月曜朝刊)に集中しているため
もあって、初期設定のほとんどが左傾というマスコミは、反対者と共存す
る気も、意見交換する気もない。彼らが一番恐れているのは売上の減少で
ある。朝日や文藝春秋の部数減は著しい。「見ない、読まない、買わな
い」ことがマスコミの正常化を促すだろう。(つづく)2019/7/29


2019年07月28日

◆雀庵の「哲学・宗教・読書・文学論」

“シーチン”修一 2.0


【Anne G. of Red Gables/2】読書が好きだ。読書により未知の世界を逍
遙し、気が付くと2時間が過ぎている。最近は同時併行的に4冊を読むよう
にしているが、新聞などを含めると毎日8〜10時間は読書三昧だ。ネット
で古本を安価で買えるのもいい。

今読んでいるのは「O.ヘンリ短編集」「井上円了 その哲学・思想」「座
右の書 貞観政要」、そして再読の「福翁自伝」。同じものを食べ続ける
のは時に苦痛になるが、お菓子、ご飯、パン、そばなどいろいろ用意して
おくと、いつでも美味しくいただけるのと同じだ。

夜は寝床でジャズをBGMに本を読みながら、時に瞑想しながら、いつの間
にか眠る。夕べは「この世は実はあの世で、あの世こそがこの世か。前世
というのもあるらしいから、この三界を繰り返すのが輪廻か。まるで山の
手線だな、飽きるんじゃないか・・・」などと思いながら寝ついた。

その影響なのか、今朝は昨夏に孤独死した小姉の夢で目が覚めた。小姉は
どこかへ出かけたいのに、小生がバタバタとしているので出かけられない
でいる、という夢だった。小生は体調不良で葬儀(腐乱していたので速攻
で火葬し、葬儀はお骨上げだけ)は欠席し、納骨堂にもお参りしていない
ので、小姉が「修一、早く来てよ、来るまでは成仏できないのよ」と言っ
ているようだった。

納骨堂は小生の会社があった丸の内線新宿御苑前にある。駅のすぐそばの
太宗寺内で、浄土宗、本尊は阿弥陀如来。現役時代は小生は時々寺内を散
歩していたし、不思議な縁で、(住職らしい)べっこうメガネのお坊さん
はわが街に暮らしており、カミサンは「アンタも立派なべっこうメガネを
かけられるように頑張るんだね」なんて言っていた。

ある日、お坊さんに声をかけ、「女房が・・・なんて言うんですよ」と伝
えたら喜色満面、大笑いしていた。

早目に小姉に会いに行かなければならないが、一人では不安だ。カミサン
にとって小姉は“ 鬼千匹”の小姑だから、「墓参りに同行して」とは頼み
にくい。

まあ、これは些事かもしれないが、日々は些事の積み重ね、繰り返しで、
スルーはできない。宗教に熱心ではなくても、きちんと対応しないとやっ
ぱり気分はさっぱりしない。昨日は歩行支援バギーを頼りに菩提寺へ8月
のお盆などのお布施を届けに行った。檀家が支えなければ寺院経営は成り
立たない。

「何よ、修一さん、バギーないと歩けないの?」「あれ、隠しておいたの
にバレちゃった? 左足がだめでさー、ご住職は大腸の方はもう大丈夫な
の?」なんて、お互いに老化劣化自慢。罪のない話で、世は事もなしか。

宗教は癒し系ビジネスだ。医学/医療も美学/芸術も心身を癒してくれる。
およそすべての学問、技術は学べば学ぶほど新たな好奇心が涌いてくるか
ら楽しいものだ。

仕事や人生は、辛いこと、厳しいことがあっても、それを乗り越えたこ
と、たとえ挫折しても必死にチャレンジしたことが喜びになる。匠の「ま
だまだ毎日が勉強です」といった言葉に小生は感動する。「発狂は僕の個
性です、まだまだ初心者で、生きている間に究めるのは難しいですが、一
歩一歩進んでいきたいと思っています」なんて言ってみたいなあ。

「哲学」は近年ではあまり需要がないようだが、小生にとって「哲学って
何よ」は一番面白いテーマで、ここ10年ほどは折に触れて考える。哲学は
科学的(学問的)根拠がない、つまり正解がありえないというのに
「Science/科学/知識/学問」なのである。

「大日本百科事典」は哲学をこう説明している(要約)。

<哲学は英語の philosophy で、西周の和訳だ。元はギリシャ語の
philosophia で「知を愛する」の意。「哲」も「賢、知」を意味する。哲
学は「愛知の学」とも呼ばれる。

だが、実際に何を研究する学問なのかとても分かりにくい。紀元前7世紀
にギリシャで始まった哲学は、以来、学ぶ対象、テーマが一定していない
のだ。

最初は「自然」が対象で、前5世紀中頃(古代)のソクラテスから「人間
(倫理、生き方)」、弟子のプラトン、アリストテレスあたりから「人間
と自然」、古代末期のヘレニズム・ローマ時代ではストア学派、エピクロ
ス学派の「安心立命/いかに生きるか」と実践的になってきた>

小生はストア学派のローマ皇帝、マルクス・アウレリウスの「自省録」の
影響もあって禁欲主義的である。確か彼は「キリスト教以前の神々は実に
多彩で素晴らしかった」と昔を懐かしんでいた。

<中世になるとキリスト教の影響でテーマは「神」になり、近世では「人
間」に戻る。デカルト、ロック、カントなどがあれこれ考察し、一方で
ヘーゲル、マルクスらは「歴史(来し方行く末)の法則」を、ニーチェ、
ベルグソン、続くキルケゴール、ハイデガー、サルトルらは「人間の生き
方、在り方」を思案した。

テーマも方法も千差万別であるが、広い意味において哲学は「人生を生き
るにあたって最も重要なことは何か」という根源的な問題を研究する学問
である>

マキャベリやモンテーニュの方が遥かに有能な人間/社会観察者だが、彼
らは地政学とか歴史学、社会学、文学といった「実学」なのだろう。

哲学が学問なら「解/真理」があるべきだが、それがないのに少なからぬ
人は「いかに生きるべきか/世界はどうあるべきか」を考える。「こうい
う生き方が上、ああいう生き方は並、あっちのは下だ」なんて分かったと
しても、どう生きるかは本人の勝手だし、「並」を選んだところで思うよ
うに進むわけでもない。分かっているのに穴に落ちたという話は日常茶飯
事だ、諸兄姉も「もう一度生まれたら結婚だけはすまい」と思ったりして
いるんじゃないか。

先人が多くの人生の教訓を学び実践してきても、赤ん坊はそんな知恵を
もって生まれるわけではない。モノは引き継がれても生きる知恵はゼロか
らのスタートだ。

太郎の子は太郎、ロバの子はロバ。モノは進化しても人間、動植物、生物
は1万年や2万年では進化しない。個体の知恵、知性の錬磨もせいぜい80歳
ほどでストップし、後は劣化するだけだ。生まれ立てで「天上天下唯我独
尊」なんて叫んだら、これはもうカルトの世界。

哲学と宗教は「いかに生きるべきか」をテーマにしている点で似ている
が、宗教は神、天、仏などの存在を前提にしており、素晴らしい教えは
あっても基本的にはほとんど芸術やエンタメの興行ビジネス。人々を訓導
する際に神、天、仏、天国、地獄などを持ち出すと有効なのだ。

そんなことは皆知っているが、日本の場合はどのような宗教でもご本尊様
や教えに畏れ入るのが良き市民のマナーである。信徒になれば心が高揚し
たり安らぐし、興行主も潤う。

哲学は「解」がないから、考えて考えて考えまくる。「いかに生きるか、
いかに死ぬか、初期設定の繁殖だけでいいのか、この世は分からんことば
かりだ、解はないのか、もっと知りたい、高見に登りたい、すっきりした
い」・・・いつも焦燥感、というか締め切りに追いかけられているような
緊張感がある。

安心や納得はあまりないが、何となく解とか真実に近づいたのではないか
なあという高揚感はある。酒とかクスリでらりったような感じ。それは結
構面白い。哲学は終わりのない気球の旅みたいで、人間や景色を観察し楽
しむにはいい「学問」である、ま、好き好きだが。

発狂亭“暇爺”雀庵の病棟日記から。

【「措置入院」精神病棟の日々(122)】【2016/12/30】【産経】「主張
『残業文化』は通用しない 電通社長辞任へ」。正気かよ?

新聞記者は〆切に追われてどうにか書き上げると、職場近くの飲み屋で飲
んでいた。ケータイなどがない時代で、事件が起きると会社から飲み屋に
電話が来て、「それっ!」と速攻で取材できるように、酒で心身を癒しな
がらも待機していたのだ。

夜討ち朝駆け当たり前、休日出勤当たり前、海外出張から成田に戻ると奥
さんが待っていて、着替えをして再び出張するなんて言う話も聞いた。

明治の始め、日本が海外へ売るものはシルクぐらいだった。資源は、くそ
真面目で頑張り屋、教育レベルの高い人材だけだった。原料を輸入し、加
工し、輸出し、富国強兵、殖産興業を進めたのだ。敗戦後の経済戦争、
おー、モーレツ、24時間働けますかで過労死累々・・・その上に今がある。

今は時代が違うというのだろうか。「売り家」と唐様で書く三代目・・・
死ぬ覚悟で働く気概がなければ亡国だ。

中井なつみ「“死後離婚”急増 介護が不安 配偶者の親と関係解消」、そ
の下の記事は「義理の実家 帰省は嫌!?『気が重い』女性 男性の5倍」。

“死後離婚”とは、配偶者の死後に“姻族関係終了届”という書類を提出する
ことによって、姻族にあたる義理の両親や義理のきょうだいとの縁を一方
的に切ることだという。

つまり嫁さんは義父母との付き合いが概ね厭なのだ。男は犬で「人につ
く」、女は猫で「家につく」。女は自分の家、自分の実家でないと寛げな
いのだろう。旦那が亡くなって、義父母の介護なんて「冗談じゃないわ、
私の人生を滅茶苦茶にしないでよ」というわけだ。

家制度が崩壊し、長男坊と嫁さんは当てにならない、もはや家は老人の
シェルターではなくなりつつある。結婚の意味、メリットは薄れるばかり
だ。(つづく)2019/7/27

2019年07月25日

◆雀庵の「戦艦三笠で海戦追体験」

“シーチン”修一 2.0


【Anne G. of Red Gables/1】巨大で精巧な偽千円札を造って世間の度肝
を抜き、めでたく逮捕されて大いに満足したであろう赤瀬川原平が、「好
きなことばかりに心を奪われるのは、苦労を嫌がる怠け心だ」と読者を
“叱責”していた。自嘲を込めた小話、落語の「まくら」、本番前の前技み
たいなもので、共にハハハと笑っていればいい。

しかし、ロシア、支那など独裁国のアネクドートのようにピリッとした真
実はある。7/21の参院選で憲法問題はほとんど関心を呼んでいなかったよ
うだが、考えようによっては「国民は今の世に満足している」ということ
ではないか。国論を二分する大論争、両派が激突して死傷者続出、投票率
は90%!なんていう事態は誰も望んではいまい。激しい対立や憎悪、苦労
は嫌なもの。香港はどうなるのだろう。

美味しいものがいっぱいあって、お気に入りの服も手に入れやすく、楽し
い娯楽もある、桃源郷、ネズミ―ランド、温泉、スマホ・・・昨日、Kが深
刻な顔をして小生の隔離室に来た。何だろうと不安になったら「あんた、
BSが映らないのよ、韓流ドラマをビデオにとっているのに、あんた、変な
ことしたんじゃない!」。

「何だろうね」とプライヤーをもって展望塔に昇り、回路ボックスを開け
てみたが異常はない。「分からんなあ・・・」と、プライヤーでコツコツ
やっていたら、「アンタ、映った、映った!!」。All is right 世は事
もない。

日本はいい国なのである。火中の栗に手を出せばオイシイかもしれない
が、火傷の恐れもある。先送りできるのだから、何も今、デイリ、喧嘩を
始めなくってもいいじゃないの、韓流ドラマ、一緒に見ましょうよ・・・

冷戦は仕方がないけれど熱戦は勝っても負けても被害は甚大だからなあ、
まさか「有権者の皆さん、喧嘩はわしらがやるさかい、あんたたちは神輿
に乗って、黙ってドーンと構えておりゃええんよ、のう」と言うわけにも
いかないし。

第1次大戦。たった2発の銃弾(+小型爆弾の誤爆)がなんであんな悲惨
極まりない空前絶後の大戦争になったのか、今でも学者も分からないよう
だ。隣国というのは昔から厄介なもので、「遠交近攻」が当たり前で、近
攻を我慢し続けていると内圧が高まって大爆発するのか。火山とか地震み
たいで、もう人智を超えているようだ。

第2次大戦は独VS米のヘビー級タイトルマッチで、ミドル級の日本はやる
気がないのに米国から開戦を挑発された。売られた喧嘩を買わずに小さな
4島に引き籠ったら、今は恐らく三流国、ヘタレのコペル君だろう。日本
は1ラウンドか2ラウンドしかもたないと分かっていても吶喊していった。
その結果として国破れて焦土あり、腹は減れども食うものなし。

しかし、格下の日本が米英仏蘭露にファイティング原田のように果敢にパ
ンチを繰り出し、16世紀以来先進国に植民地化されイジメられてきた有色
人種に大きな勇気を与えたから、世界中から植民地がなくなったのである。

20世紀の最大の世界史的事件は「日本の猛勇・蛮勇・英雄・義侠・狂気的
特攻による世界の植民地解放」、次いで「共産主義の自滅」「米国一強体
制」だろう。100年、200年後には世界の歴史家はそう書くはずだ。

中共は「敵のすきを狙って勝ったら攻める、負けたら36計逃げる」とい
う、毛沢東が世界で初めて理論化し確立したゲリラ戦は得意だろうが(IS
はこれを学んだとか)、正規戦はどうも苦手のようで、中越紛争では散々
な目に遭った。ゲリラ戦でも米軍を追い出したベトナム軍の方が上手だ
し、中共は尻尾を巻いて逃げた。

中共は海戦も空戦も実戦経験が乏しい。中共の海軍、空軍を作ったのは終
戦で武装解除し赤軍(赤匪)に投降した日本軍である。「良い鉄は釘には
ならない」と兵士を軽侮する支那では武士道精神や戦陣訓は伝わらなかっ
ただろう。

中共の兵器はパクリで近代化できるが、最新鋭の戦艦、戦闘機であっても
勇猛果敢で訓練を積んだ将兵がいなければ戦争できないのではないか。

パクスアメリカーナが揺らいでくれば中共はすきを狙って台湾、南シナ
海、東シナ海で開戦する(したい)だろう。国内を団結させることにもな
るし、負けても14億の国を占領して面倒を見るなんて奇特な国はない。た
だ、中共は泰平の眠りをむさぼる日本を目覚めさせる“黒船”にはなる。そ
れは日本にとっては「普通の国」になる僥倖だが、中共にとっては藪をつ
ついて鬼、倭寇を出す奇禍、愚作、亡国になるだろう。

Z旗とともに日はまた昇り、中共包囲網は、昔は竹のカーテンだったが、
今度は鋼のカーテンどころか壁になる。「文明の衝突」であり「新版歴史
の始まり」だが、やがて支那全土は太子党、上海閥、共青団などの衝突に
加えて、ウイグル、チベット、モンゴルなどの独立運動が火を噴くから長
期の内乱になる。建国100年の2049年はどうなっているのか。

あのソ連は建国から72年で消滅した。赤い支那が2021年以降も健在ならば
新記録だが、米国は政権が変わっても中共を締め続けるだろうから、5年
後、10年後は分からない。独裁政権は軍が離反するとあっという間に潰れ
る。チャウシェスク、フセイン、カダフィは政変の始まりと同時に殺された。

先日、親友2人と横須賀へ行った。戦艦三笠の最上艦橋、日本海海戦(明
治38/1905年5月)で露バルチック艦隊を迎撃した東郷司令長官が戦闘の指
揮をとり、秋山作戦参謀らの立っていた所はプレートが示されており、そ
こに立つと「敵艦見ゆとの警報に接し、連合艦隊はただちに出動これを撃
滅せんとす。本日天気晴朗なれども波高し」の有名な秋山参謀の打電が思
い出された。Z旗が掲げられ「皇国の興廃この一戦にあり。各員一層奮励
努力せよ」と鼓舞した。

特務艦など後方支援船を含めると日本100隻、露160隻の大艦隊の激突で、
日英同盟の協力もあって日本は圧勝した。インドのネルー、支那の蒋介
石、イスラエル再建を先導したトランベルドール・・・日露戦争での日本
の勝利は虐げられていた民族に大きな勇気をもたらしたのだ。

足萎えで500mしか歩けない小生は先人の「立つんだ、ジョー!」の声に励
まされ、杖を頼りに7000歩も歩いた。三笠をじっくり見学し、横須賀軍港
めぐりの観光船で潮風を浴びて、もうすっかりエクスタシー。でも「天気
晴朗なれども足腰痛し」、果たして「大義に死す」機会はありやなしや。

おもしろうてやがて悲しき鵜舟哉(蕉翁)

老いた鵜は月夜の海に放たれるのか。桟橋から飛び込もうとすると屈強な
漁師に羽交い絞めされて「ダメだよ、爺さん、こんなところで自沈された
ら皆の迷惑だ。第一、海洋汚染になるだろうが!ウッタク」なんて言われ
そうだな。「地球温暖化」では研究費を引っ張れなくなった学者どもは今
度は「海洋プラゴミ」で稼ごうというのだろう。セコイ、セコスギ! 
ま、みんな、どっこい生きている。

生きるのは大変だが、美しく、格好よく死に花を咲かせるのはとても難し
そうだ。指揮者なら(バイトの唱道する)ブラボーの声の中で心臓発作、
なんて一種の戦死で絵になるが、そういう機会は天恵で、凡婦凡夫は「せ
めて自宅で」がいいところか。

乃木大将の「水師営の会見」は日本と世界へ向けての最後の挨拶だったの
だろうなあ。起承転結の人生のオチ、サゲ、エピローグ、結は難しい。
「ケツ」・・・「自分で自分のケツを拭く(自分の不始末の後処理を責任
持って自分でやる)」。きれいに拭かないと「クソヂヂイ」か。時効とか
免罪符はないのだろうか。

発狂亭“異端爺”雀庵の病棟日記から。

【「措置入院」精神病棟の日々(121)】【2016/12/29】【産経】「安倍
首相 真珠湾慰霊」。1941年12月8日の開戦から75年、45年8月15日の終戦
から71年、恩讐の彼方に「戦後」は終わり、新たな「戦前」が始まってい
るのだろうか。目の黒いうちに中共崩壊を見たいものだ。

阿比留瑠比ボナパルト曰く「寛容の価値 中韓に迫る」って・・・彼らの
政権 or 民族の基軸は「反日怨恨」であり、寛容や受容は永遠にあり得な
い、というのが真実だ。阿比留先生、ないものねだりは止めましょう、
放っておけば潰れますから。

それにしても欧州に参戦したいからハワイの4000人を犠牲に日本を罠にか
け、ハワイ攻撃をさせるなんて、アカのFDR(ルーズベルト)一派はフー
バー前大統領の言うように「狂気」だ。この間の事情を伝える公文書は
100年間は機密とされていたが、最近は130年に延長されたとか。

この狂気のお陰で米国は戦後世界の王者になった。だが4000人とその遺族
に犠牲を強いたことは、沈黙や虚偽ではなく、真実を語り、謝罪し報い、
償うべきだろう。この総括こそが戦後ジグソーパズルの最後のワンピース
になり、歴史博物館の壁に掲げられることになるだろう。

石平「トランプショック 習政権翻弄」、中共軍が米軍の無人潜水機を盗
んだものの慌てて返した件。中共の南海艦隊が北京中央の気を引く(譲歩
を促す)ために個人あるいは組織としてやったのだろう。南海艦隊は胡錦
濤、李克強が率いる共産主義青年団が牛耳っている。北京は軍を掌握でき
ていないのではないか。レームダックが始まっているのかもしれない。

田村秀男+浜田宏一対談「トランプ次期政権 日本経済どうなる」。田村
「日本はカネ余りです。企業も金融機関もそれぞれ300兆円を超す資金を
寝かせている。米国は日本企業の直接投資と銀行の融資を必要としてい
る。日米緊密化は必然ですね」

カネがあるのだから国内に投資しろよ、国内に! 給料を上げて皆を元気
にさせ、消費を増やせよ。首都高などのインフラの老朽化を阻止するな
ど、やるべきことは多い。辰巳JCなんてまるで絶叫マシンで、通るたびに
ゾッとする。大地震に耐えられるのか。日本橋の上の首都高なんてみっと
もない、まるで国辱だ。そのうち世界珍奇愚作奇怪遺産になりそうだ。
(つづく)2019/7/24

2019年07月22日

◆雀庵の「Anne G. of Red Gables」開店

“シーチン”修一 2.0


回からタイトルを「拉致:朝鮮半島の闇、日本の闇」から「雀庵の〇〇」
にします。

知性と感性の光輝くコラボ、モード・モンゴメリの名作「赤毛のアン」
(原題 Anne of Green Gables/緑の切妻屋根のアン)シリーズ、さらに自
叙伝的な「可愛いエミリー」シリーズも読了した。

小生の次女は小5の娘に「アン」を読ませたいようだが、高2レベル以上の
言語能力がないと難しいと思う。登場人物が多いし、名前が山田花子鈴木
中村とかで、山田が嫁ぎ先、鈴木が父方、中村が母方とすると、同じ花子
さんでも、呼び名が花子、通称は花ちゃん、花、ハナ、ミセス山田、ミセ
ス花子、山田花子鈴木とかあり、「山田花子鈴木さん、あんたは武門の中
村家の血筋を引いている山田花子鈴木中村なんやさかい、しゃきっとせな
あかんやろ!」なんて言われたりする。

この他に通称・略称でフレデリックが「テディ」、ウィリアムが「ビ
リー」とかで書かれ、日本でも歌舞伎や噺家は「三代目尾上松緑」とか
「四代目古今亭志ん朝」とかがあり、屋号も田舎ではまだ残っている。我
が家は生まれ故郷では「精米」と呼ばれていたし「バロン」(男爵)と呼
ばれている人もいた。分かっている人は分かるが、分からない人は理解す
るまで戸惑う。

モンゴメリの作品中でも同じ人がいろいろな名で呼ばれたりするから、
ボーっとしていると訳が分からなくなる。数ページ戻って読み直すことも
しばしばだ。小生は言語力はIQ130だから読解力はある方だろうが、それ
でもモンゴメリと訳者の村岡花子氏の表現に馴染むには時間がかかった。
慣れればほとんど気にならないが、それなりの高度な読書力は必要だと思う。

話は外れるが、専門分野では専門の言語や隠語、略語を使うから、分かる
人は分かるが、門外漢にはチンプンカンプンだろう。「五校とってようや
く責了、下版で2階のプレスのとこで写真と見出し載せて紙型とって、地
下の輪転機の刷り出しをチェックして、ようやく工場を出たら11時。毎日
午前様だよ。編集長に泣きついたら血尿が出たら一人前だってさあ」

古典落語の「金明竹(きんめいちく)」は上方の骨董屋業界の話。

「わては中橋の加賀屋佐吉方から使いに参じまして、先度、仲買の弥市が
取り次ぎました、道具七品(ななしな)のうち、祐乗(ゆうじょ)・光乗
(こうじょ)・宗乗(そうじょ)三作の三所物(みところもん)。なら
び、備前長船の則光(のりみつ)。四分一ごしらえ、横谷宗aの小柄(こ
づか)付きの脇差……柄前(つかまえ)な、旦那さんはタガヤサンや、と言
うとりましたが、埋もれ木やそうで、木ィが違うとりましたさかい、ちゃ
んとお断り申し上げます。

次はのんこの茶碗。黄檗山金明竹、遠州宗甫の銘がございます寸胴の花活
け。織部の香合。『古池や蛙飛びこむ水の音』言います風羅坊正筆の掛
物。沢庵・木庵・隠元禅師貼り混ぜの小屏風……この屏風なァ、わての旦那
の檀那寺が兵庫におまして、兵庫の坊(ぼん)さんのえろう好みます屏風
じゃによって、『表具にやって兵庫の坊主の屏風にいたします』と、こな
いお言づけを願いとう申します」(矢野誠一「落語歳時記」などから引用)

素人にはチンプンカンプン。分かる人には分かるが、漢字があるから何と
なく意味は分かるだけで、話(口語、会話)だけならお手上げだろう。読
書も日々訓練しないと読書力は伸びないどころか後退する。文字も書かな
いと漢字がどんどん書けなくなるのと同じだ(激しい劣化を痛感した小生
は最近では手紙を書くようにしている)。

才媛モード・モンゴメリは熱烈な作家で、手で下書きを書き、清書はタイ
プだった。同時に物凄い読書の人でもあった。モリー・ギレン著「運命の
紡ぎ車」から。

<当然のことながら、非常に多くの役割――母親であり、牧師の妻であり、
作家である――を果たさねばならない生活は・・・有能な家事手伝いがいな
かったならば、役割の一つや二つはおざなりになっていたであろう。

忙しさに煩わされ続けた年月を通じて、モードは何とか毎日二、三時間の
時間を工面して執筆時間を確保したのである。

「母は早朝に書き物をしていました」と息子のスチュアートは言っている。

「そして夜遅くに読書をしていました。わたしが覚えている限りでは、母
の睡眠時間は5時間、時には6時間でした。母は乱読家で・・・イギリス文
学の古典はすべて、何度も読み返していましたし、それに、信じられない
ほどの記憶力で、シェイクスピア、ワーズワース、バイロンばかりか、有
名なイギリス詩人の作品はすべて、大部分の個所を引き合いに出すことが
できました。

そればかりか、同時代の本、雑誌、新聞のすべてを読み、また、毎日一、
二冊の推理小説を読みこなしていたのです」>

大大好きな可愛い才媛、日本のモンゴメリ、曽野綾子先生みたい。小生も
脳ミソがストップするまで読み続け、書き続けたい、できるものなら「五
箇条の御誓文」をベースにした新憲法の成立を見たいものである。(これ
にてモード・モンゴメリの項は終わりにします。ああ面白かった!)

そうだ、わがペントハウスを「Anne G. of Red Gables」にしよう。発狂
亭“気分爽快”雀庵爺(G.)の病棟日記から。

【「措置入院」精神病棟の日々(120)】【2016/12/28】【産経】曽野綾
子(!偶然! 1969年横浜市大入学の小生は商学部で男ばっかり、で、文
学部のミスキャンパス廣瀬綾子ちゃんに懸想。「テニスコートの君は19、
ヘルメットの僕は18、ニッコリ笑って淋しく別れた、本当にはかない恋
だったねえ」。閑話休題)「南スーダンの新橋工事中断 安全優先と国際
貢献との葛藤」、途上国で仕事をすることの、日本人からすれば途方もな
い難しさ。

「JICAが日本人職員の安全を優先したのは当然だが、生き延びるだけで、
その人が生きたことにはならない時もある。安全第一の思想では人生は理
解できないのである」

カネない、モノない、ヤルキない、技能もないしモラルもない、治安もな
い、あるのは賄賂と汚職、私利私欲、おまけに邪教や部族対立・・・そう
いう国での国際貢献・・・「自己犠牲」とは言うものの「三十六計」逃げ
出したくなるわな。

竹内久美子「正論:勝利のキーワードは『赤』だった」。実力伯仲選手の
試合では赤福の勝率が目立って高い。「アカは強さや支配性を強めてい
る。トランプ氏が接戦を制したのは赤いネクタイが威力を発揮したからか
もしれない」

牛は赤に興奮し、女は赤い唇で誘惑し、共産主義者は赤旗を振る。勝負服
は赤に限る?! アカになったらアカンデ、塀の内側に落ちるさかいな。

小雲則夫「米を蝕む新手の合成薬物フェンタニル型 中国で製造→韓国
ネット 通販流入確認 車事故より多い死者数 次期政権課題」。「2015
年の合成薬物による死者数は前年より7割も多い9600人で、その大半が
フェンタニル型」。

支那による阿片戦争のリベンジのような・・・北京が製造販売を黙認して
いるのではないか。

藤本欣也「中朝国境で連行されて」。3時間拘束され、一部の写真を削除
されたという。「国境の警備強化を身をもって知った」、スパイだとして
刑務所送りになりかねないから取材は命懸けだ。北の飢えた兵士が越境し
て強盗するそうだから中共も必死なのだろう。

「検証 文革半世紀 中国の未来は――専門家座談会 残る傷 居座る指導
部 共産党に国民不信も民主化遠く」。

産経の矢板明夫氏は1972年天津生まれ、15歳で日本人残留孤児2世として
千葉県に引き揚げた。その発言「文革により中国人は何も信じなくなっ
た。すべての宗教が否定され、毛沢東だけが神様になったが、文革後、毛
もトウ小平によって実質的に否定された。信じられるものがないから、
人々はとても現実的になった。お金や権力をとても重視している」。

「習氏が文革的運動をもう1回やろうとしても、50年前に毛沢東に騙され
た国民が信用することはないと思う。いま中国で起きていることは文革的
だと言われているが、毛沢東の真似ごとでしかない。そう長くは続かない
と思う」

金野純氏によるとキリスト教徒が急増し、共産党員(8500万)よりも多く
なっているという話もあるそうだ。

矢板氏の「連載を終えて」から。

「文革で得した人は誰もおらず、皆が被害者だった。個人崇拝など、様々
な文革的現象が中国に戻ってきたのは、共産党政権が自らの負の歴史を封
印し、文革を推進した毛沢東を否定しなかったことにあるのではないか。
それが私が辿り着いた結論だ。紅衛兵世代の習近平自身が毛沢東に憧れ、
毛のような指導者になりたいと考えていることも、大きな原因かもしれない」

今朝も産経は面白かった。

・・・

原野商法などを見ていると、詐欺に遭う人は何回も騙される。支那14億の
うち農民や出稼ぎ労働者など低所得層は7億人(50%)ほどらしい(デー
タがないが何清漣女史は68%=10億だという)が、彼らは低学歴で情報も
限られているために中共の岩盤的な支持層になっているようだ。

支那経済の実態は不明だが、「数字で出世する」国柄で、いい数字を出さ
なければ首が飛ぶから、官僚はいい数字を出して高度成長を囃し立ててい
たが、近年は北京の意向で少しずつ減らしている。それでもGDPは+6%台
で、14億の国が6%台なら世界経済をグングン牽引しているはずなのに、
そんな感じはしない。

プラス成長でもまず上流が美味しい思いをし、下流に届く頃には景気が減
速するというのが日本では当たり前になっているが、支那の低所得層は依
然として「飢えからは解放された」レベルでしかないようだ。エリート階
級も大卒の就職はずいぶんな狭き門らしい。

シンクタンクの東京財団によると「失業者が増え、物価は大きく上昇して
います。経済がスタグフレーションに陥る可能性が高まるなか、中国国内
ではナショナリズムが高まっています」という。

実際、支那の農村は発展どころか逆に疲弊が進んでいるらしい。もともと
生産性が低い「水呑み百姓」で、どうにか息子夫婦が出稼ぎに出てヂヂバ
バと孫で細々と営農していたが、出稼ぎ需要が減っているから帰村してき
た。ところが農地がない、代わりに「閑居して不善をなす」失業者やゴロ
ツキがゴロゴロしており、国破れて山河あり、されど耕す田畑なく、「中
国農村のヤクザ社会化、郷村文化のならず者化現象」(何清漣)は目を覆
うばかりのようだ。

「白樺 青空 南風 こぶし咲くあの丘 北国のああ北国の春」

出稼ぎ者は日本でも支那でもこの歌を歌って涙したものだったが、その故
郷自体がなくなりつつあるのだ。

<中国は、世界第2の経済大国と言いますが、中国の現代経済部門は、か
くも就業チャンスを欠いています。その原因を遡れば、2005年にはじまっ
た「農村消滅」運動(訳注;都市建設のために農地や農民の住居を取り壊
した)と「嘘っぱちの都市化」なのです。

中国共産主義青年団(共青団)が習近平主席の呼びかけに呼応し「農村振
興プロジェクト」として、2022年前に1000万人以上の青年を「上山下郷」
(下放)すると伝えました。海外の世論は騒然となり、これが毛沢東時代
の文革の「下放」と同様、一千万人の青年が「荒れ地を開墾するために」
農村地域に「下放」されたことになぞらえて伝えられました。o

しかし、調べてみると、この大騒ぎの元となったのは、共青団中央の「3
年で千万人の青年ボランティアを農村へ」という文章で、内容を見ると、
毛沢東時代の「下放」とは違っており、「延べ千万人の青年ボランティ
ア」は、文化、科学技術、衛生の三つの分野で農村へ一カ月前後の期間活
動するというもので、文革時代の「千万青年が農村に根を下ろす」話とは
大違いです>(何清漣)

今さら共産党から農地を借りて「食うだけで精一杯」の農村振興・・・カ
ラオケねえ、スナックねえ、電車もバスも見たことねえ、たまに来るのは
共産党員、オラそんなのはやだ・・・ってなるわな。

北京は時代錯誤的な「漢服ブーム」でナショナリズムを焚きつけている
が、小生の愛した深いスリットはご法度。やることがセコイね。「俺は大
国だ」とえばっていた北京は今や「発展途上国に対して特別な待遇を与え
ること。発展は国によって差があることを直視し、発展途上国の発展の権
利を守る必要がある」とWTOに訴えている。昨日はジャイアン、今日は泣
き虫パンダかよ。まったく天に代わってオシオキしないとね。

(つづく)2019/7/21

2019年07月17日

◆「拉致:朝鮮半島の闇、日本の闇」第29章

“シーチン”修一 2.0


駒光なんぞ馳するが如き。遊んだり、学んだり、寝込んだり、入院した
り、手術してもらったり、ボーっと過ごしたりしていたら、いつの間にか
令和の御代になっていた。

全国3500万の諸兄姉、ヂヂババの皆さま、お元気ですか? ようやく書く
元気が湧いてきた。以下は昭和の最後の3月の記事。廃車寸前の頃のこと。

・・・・

<ああ、春だなあ、と心が緩む、水温む。水辺の桜並木は八分咲き、屋上
庭園、その先の多摩丘陵も枯れた薄茶色から薄緑や白に変わってきた。6
時前にはお日様も拝める。噛みつくような寒さもなくなった。

1F床のタイル張りも済ませ、やるべき仕事≒趣味≒暇つぶし≒ゲージツのほ
とんどは終わった。今はどうでもいいが“兎に角ユニークな”木製花活け造
り、1Fの隅っこに“兎に角ユニークな”小さな花壇造りなどを楽しんでい
る。老後の手慰み、遊びみたい。

今朝は新しいガールフレンドに素敵なマーガレットを届けた。「私、お花
が大好きなの!」と大喜びしてくれたが、そうなると1週間に1度は届けた
くなる。次回は色とりどりで10鉢くらいは届けよう。

久し振りに夕食の天ぷらも作った。娘2人が持ち帰る分を含めると10人前
ほどになるが、材料を切って、すべて揚げ終え、キッチンをきれいにする
まで3時間立ちっぱなしで、もうエネルギーが切れてベッドに倒れ込んだ。

揚げ物をすると「油の臭いに当たる」ということなのだろう、ゲンナリす
る。近所の鶏の唐揚げ屋の人は朝10時から晩の9時までひたすら油鍋で揚
げまくるから、さぞやウンザリするだろうな。絶対に揚げ物は食べないだ
ろう。

帝国ホテルの村上シェフの大好物は奥様の作った秋刀魚の塩焼きだったと
いう。奥様が「舌平目のムニエル」を出したら、氏は「・・・ま、家庭料
理ではあるけれど・・・、それにしても俺の仕事を知らないんじゃない
か?」と諦観を新たにしたのではないか。あるいは「女はこういう味が好
みなのか」と興味を示したのかもしれない。


♪男と女の間には 深くて暗い川がある 誰も渡れぬ川なれど エンヤコ
ラ今夜も舟を出す


野坂昭如が唱っていたが、老人になっても女を理解できない。「男は永遠
に女を理解できない」ということは少しばかり分かってきたが・・・

出産は命懸けの仕事で、子を儲けてヒーヒー踏ん張りながら育て上げたと
ころで、子が老いた親の面倒を見るわけではない・・・それなのに子供を
産むというリスクを幸せそうに引き受ける女。損得を含めて理性的に考え
がちな男にとっては、たとえ出産機能があったとしても「ハイリスク、
ノーリターン or ローリターン」の出産なんてまず挑戦はしないが・・・
男にとって女は永遠の謎、理解不能ということが分かり始めただけという
感じだ。

アインシュタイン曰く「学べば学ぶほど、自分がどれだけ無知であるか思
い知らされる。自分の無知に気づけば気づくほど、より一層学びたくなる」。

名人とは「もっともっと高みへ上りたい!」と挑戦する人なのだろう。王
貞治は深夜に素振りをし、ブンブンという音を立てていたという。夢の中
でも思考を重ね、起き上がって素振りをする。「一番できる奴が一番練習
している!」、チームメートはおおいに感銘を受けたという。


「赤毛のアン」でお馴染みのモード・モンゴメリは今でもカナダの事実上
の「観光省大臣、観光親善大使、インバウンド振興協会会長」で、世界中
からアンの故郷プリンス・エドワード島を訪れる人々が引きも切らない。
モードも実に「学ぶ人」だったが、文系から理系まで幅広いジャンルにわ
たる知性と感性により、100年後の世界を的確に予測しているのには度肝
を抜かれた。モリー・ギレン著「運命の紡ぎ車」から。

<1924年には、モードは、きっと訪れるに違いないと確信していた新しい
啓示の源泉としての科学を、熱烈に支持している。

「これまでになされた啓示の数々は、すでにその使命を終えています。次
の啓示は科学の分野からもたらされるものと私は信じているのです。それ
がどのような形態をとるかは分かりませんが・・・」

5年後もなおモードはこの考えをまったく変えてはいない。

「人類は、成長し、賢くなり、何一つ不自由のない豊かさを手に入れるた
めには、何らかの代償を支払わねばなりません・・・

わたしたちは科学の素晴らしい発達の時代に足を踏み入れつつあるのだと
信じています。これまでに夢にも考えられなかったことが実現するでしょ
うが、偉大な文学や名画は生まれないでしょう。一度に何もかも手に入れ
ることはできないのです。

飛行機で世界を一周することが可能になるでしょう。また原子の秘密を解
くこともできるでしょう。でも、シェイクスピアやホメロスのような偉人
は生まれないことでしょう。彼らは神々とともに退場したのです」

1927年の初め頃、モードは原子力の未来を懸念していた。

「それは素晴らしく、また、啓示的なものでしょう。でも、美しいかし
ら? 原子からエネルギーを放出させる方法を発見すれば、動力というこ
とでは、イエスキリスト以来の画期的なものとなるでしょう。でも、私の
生きているうちは、いえ、私の子供たちが生きている間も、その発見がな
されなければいいと思っています。

良いにしろ悪いにしろ、、人間の生存の諸条件がすべてひっくり返され、
滅ぼされてしまうでしょうから。ありとあらゆるものが消滅するでしょ
う。私たちが今持っている金融機構も、価値基準も、生活様式も。まった
く新しい世界が生まれるのです。それに慣れた人々にはとても素晴らしい
世界かも知れません。彼らは、私たちの時代を振り返る時、暗黒と無知の
中をさ迷った時代とみなすことでしょう」>

核兵器、原発、レントゲン・・・1945年の米国によるヒロシマ、ナガサキ
の“原爆お試し爆撃”以来、あまりの凄まじい破壊力により、それ以後に核
兵器が戦争で使われたことはない。相手国の攻撃を抑止するための“脅し”
としての「伝家の宝刀」になっているが、偶然か故意を問わず、一旦、核
戦争(無差別大量殺戮)が起きれば双方の主要都市は恐らく潰滅するだろう。

「今のところは」米ロ、米中、米朝、印パ、イスラエル・中近東で核戦争
が起きることはなさそうだが、永年の憎悪や疑心暗鬼というマグマがある
のだから、明日にでも核戦争が始まる危険性が消えることはない。危い世
界なのだ。

原発は低コストのエネルギーを世界にもたらし、これからも普及していく
だろう。それにより生産性はたかまり、放射能の活用で医療も向上、普及
し、地球の人口は増え続け、やがて100億の大台を突破するだろう。しか
し、地球にとって人間は悪性腫瘍である。衣食住の発展とは森林が破壊さ
れ、河川や海が汚れ、都市化による温暖化が進むことで、その人間という
癌細胞がひたすらに増殖するのである。地球は耐えられるのだろうか・・・>

ま、永遠の成長はないし、宇宙自体の寿命が50兆年とか100兆年とか言わ
れているから、豆粒のような地球が100年後、1000年後にあるかどうかは
分からない。2億年続いた恐竜時代は一瞬で亡びた。

さてさて相も変わらず「全然進展しない拉致問題」。政治家や官僚は「臭
いものには蓋をして」被害者、被害者の可能性大という人々や家族が「死
に絶えるのを待っている」ようである。拉致の日本における司令塔は朝鮮
総連だ。その総連を叩き潰すどころか手厚く保護している、そのように見
えるのが日本の統治者の主流ではないのか。半島利権でもあるのか。

小生でさえ歯がゆいのだから拉致被害者やその可能性大の失踪者の家族は
辛くて辛くてたまらないだろう。同胞が悲しみ、苦しんでいるのを放置し
ていては、とても自立した一流国家とは言えまい。自前の憲法も作れな
い、米国の51番目のヘタレ州、State of Japan のままでいいのか。恥を
知れ、恥を!

綺麗なべべ着て、美味いものを食って、テレビ見てゲラゲラ笑って・・・
ご先祖様は泣いているぞ! ふにゃれの国を子に引き渡すのか。「“売り
家”と唐様で書く三代目」を繰り返すのか。このままではThe End だ。そ
れでいいのか、ということ。上がアホなら下もアホ、か。

古人曰く「戦時あっては敵、平時にあっては友」が普通の外交関係であ
り、戦時も平時もいつまでも続くわけではない。志那人は「治に居て乱を
忘れず」「外交は血を流さない戦争、戦争は血を流す外交」と言った。西
郷先生は「外交で侮られるな。常に“戦”の一字を忘れてはならない」と教
えた。

戦後の日本人は“戦”の一字を忘れ続けた。三島が諌死した思いがよく分かる。

「特定失踪者問題調査会」のHPを見て欲しい。小生の小論「全然進展しな
い拉致問題」はとりあえず今回で休筆とします。

発狂亭“癇癪ヂイヂ”雀庵の病棟日記から。

【「措置入院」精神病棟の日々(119)】【2016/12/27】【産経】「大晦
日 攻める出版 雑誌や新刊170点発売 正月需要狙う」。


書籍は売れない、雑誌も売れない。知りたいことのおおよそはネットで分
かるし、常識的に考えればニュースソースの信頼性はそこそこ判断でき
る。アナログ文字はやがてデジタル文字に代わるのだろう。時代の流れに
は逆らえない。

それにしても正月に本屋は開いているのか。客はいるのか。みんな遊びに
出かけているのではないか。

「温暖化問題の研究者が警鐘 トランプ流 新たな懸念 観測データ消さ
れる?」。1970年頃は「寒冷化」で、ここ20年は「温暖化」で研究費を
稼ぐのが理系学者のやり方だ。狼少年はまだ多い。

「過去データ長期流用 繊維流通統計、経産省廃止へ」。この世のデータ
は公的なものでもピンキリだということ。鵜呑みにすると方向を誤る。

「話の肖像画 山本寛斎(72)暗く辛かった初めての旅」は、戦後の1951
年、日本が貧しかった頃の回想。両親の離婚、そして京急上大岡から7歳
児が5歳と3歳の弟を連れて高知へ。ところが迎えの父はいず、児童相談所
へ。ひもじい日々が続く。数年後、父と義理の母親になる女が現れ、ばら
ばらになっていた弟2人も一緒に大阪へと住まいを移す・・・1951年は小
生が生まれた年で、まだ食糧不足が続き、国民は食べるのがやっとという
頃だった。

「兜町の風雲児 加藤あきら被告(75)が病死」。バブルの頃はおおいに
世間を騒がせたものだが、晩年はどうだったのだろう。奢れるもの久しか
らず、生者必滅、諸行無常・・・か。(つづく)2019/7/16



2019年03月18日

◆「拉致:朝鮮半島の闇、日本の闇」第26章

“シーチン”修一 2.0


ムショからムッシュー・ゴーンが奇抜なファッションで出てきた。それだ
け見てもタダモノじゃないなあと思う。泣く子も黙る、情け知らずのコス
ト・カッター、切れ味抜群、死屍累々、それでも「下請けの 涙の池で 
イチニッサン」、どん底泥沼の日産を蓮の華のように甦らせたのだから、
何妙法蓮華経、神様、仏様、ゴーン様。永遠に「中興の祖」として記憶さ
れるだろう。その功を私たちは忘れない、日本電装そっくりのファッショ
ンとともに・・・

刑務所や拘置所、留置所では「3」が結構な意味を持つ。3日、3週間、30
日、3か月、300日、3年、30年・・・3日耐えれば3週間はもつ、3週間耐え
れば30日、30日耐えれば3か月はもつということだが、この3か月≒100日目
あたりは独房暮らしでは結構しんどい。

逮捕後の最初の3週間は新聞も本も読めず、カレンダーと「房内心得」し
か読むものがないので辛いが、まだ戦意はあるからどうにか凌げるが、
100日頃には戦意喪失、“拘禁ブルー”になり、娑婆が恋しくなって、とに
かく保釈されたいなあと思いが募って、無実なのに検事のシナリオに沿っ
てゲロったり、同志を売ったりすることは結構多いようだ。

(裏切りは自責で一生苦しむから割が合わない。新宿騒乱事件(1968年)
で逮捕された道浦母都子の短歌に「爪立てて 同志よ黙秘をと 刻みきし
 独房の壁 今宵誰が見む」とかいうのがあったが、その同じ事件でパク
られたN(某企業の御曹司)は分離公判でいち早く執行猶予になった。そ
の後のNは友人をほとんど失い、事件にはまったく触れず、まるで世捨て
人のようだった。同志を売るとろくなことはない。

なお、房の壁はカチカチで、運動場で拾って頭髪に隠して持ち込んだ釘で
も歯が立たなかった。道浦の爪は相当硬度が高いようだ)

ゴーンさんは容疑を否認したままで“保釈を勝ち取った”。裁判では一審で
ケリがつくのではないか。氏は年齢を考えると、さっさとお仕舞にしてビ
ジネス界に復帰したいだろう。実刑でも功績を考えると懲役あるいは禁固
3か月、罰金20億円で、3か月拘留されていたから実際に刑務所に収監され
ることはないし、保釈金プラス10億円で罰金は賄える。

必殺無罪請負人のヤメ検もずるずる最高裁まで持ち越すことは勧めないだ
ろう。ゴーン氏は娑婆でまだまだニーズはあろうから、10億円なんぞすぐ
に稼げるだろう。不動産のいくつかを売ればいいし・・・

まあ、ちょっと公私混同して脱線しただけよ、実業家にはよくあることだ
わ、禊をすればOK、引きこもりするより、社会のためにあなたの桁違いの
能力を発揮すべきだと私は思うわ。ガンガン稼いで、ジャンジャン遣うの
よ、貯め込むと嫉妬を買うから、アドバイスをしておくわ、良くって?

カネと無縁の小生は3月6日に確定申告の書類を税理士に送った。40年近く
確定申告をしているが、今年は税務署から申告用紙が届かず、「歳だし、
キチ〇イだし、骨折もして廃車寸前だから納税免除なのかもしれない」と
思ったりしたが、情け容赦しない泣く子も黙る税吏がそんな温情をするわ
けはないわなあと考えていたら、「そうか、税理士が小生に代わって去年
からネット申告し、それで用紙が来ないのだろう」と思い至った。

で、慌てて書類と数字をまとめて簡易書留で税理士に送ったというわけ。
ゴーン氏と違って納税額はクズみたいなものだが、決まりは決まりだから
仕方がない。税理士は小生が起業した時からお世話になった先代の息子さ
ん。先代は亡くなってしまったが、息子さんがクライアントを引き継いで
おり、生前贈与などでもお世話になっている。

確定申告は小生でもできるが、書類に「税理士のハンコ」があれば、税理
士と税吏はグル(税吏は退職後に税理士になったりする。取材でお世話に
なった四谷税務署の署長さんとは仲良しになったが、退職後に四谷で税理
士事務所を開業した。記者はいろいろな人と仲良しになれるのがいい)だ
から、すんなりいくのだ。ハンコの威力は抜群。2代目の税理士には以下
のことも書き添えた。

<昨秋9月3日に自転車でこけて左膝を複雑骨折し、酷い目に遭いました。
腰痛もあってヨタヨタ、ヨロヨロです。3月10日には「生前葬」(お別れ
の会 or 感謝の集い)を催します。

相続は家内一人にし、孫1人につき100万円の教育費を与えようと思ってい
ます。手続きをお願いできますか。

確定申告もあと1、2年でしょう。家内は「古稀まで生きて」と言っており
ます。DIYで棺を作り、セレモニー業界をアッ!と驚かせ、My Coffinブー
ムを世界に広めたら、もう満足です。ハハハハハ・・・>

古稀までは コキコキシコシコ 生きてみる(修)

相変わらずの愚作だ。

隔離部屋と庭園の掃除、パノラマ展望台の修繕を終え、3月9日は墓掃除、
10日は法事。どこかへ消えてしまったビートルズの3枚組CDの代わりにベ
ストヒット27曲を1枚に収めたCDを8日にブックオフで入手したから、なす
べきことの95%は終わった。キャロルの火事付き解散コンサートCDを残す
だけで気に入りのCDは全部そろった。

いい気分で生前葬を迎えられそうだ。長くなったので今回はこれで終わり
にします。(つづく)2019/3/9