2020年06月27日

◆雀庵の「中共崩壊へのシナリオ(18」

“シーチン”修一 2.0


【Anne G. of Red
Gables/130(2020/6/24/水】如何に生きるべきか、人生最大の難問である・・・と思う人、思わない人がいて、この世はそれなりに回っていく。

国家・社会を指示するリーダーは「思う人」で少数のエリート/知恵者/管理職/将校、それに従うフォロワーは「(あまり)思わない人」で多数の庶民/現場屋/職人/兵卒。

まあ大体こんな感じで、「現場からの叩き上げ」で大将になるケースも少なくはないから流動的であり、その手の人は上からも下からも敬意を表される。

現場が大好きだという職人もいて、誰よりも熱心に働き、寝る間も惜しんであーでもない、こーでもないと試行錯誤、研究、努力、切磋琢磨して「名人、カリスマ」になり、多くの弟子を育てて歴史に名を刻む人も多い。

できる人は「如何に生きるべきか」「いかにすべきか」を二六時中考え、行動し、失敗と成功、多くの涙と多少の歓喜を重ねながら人生「勝ち越し」(3割)、そうでない人は「まあ人並の平穏無事」(6割)、残念な生き物的「負け越し」(1割)・・・必ずしもそうはならないけれど、大体そんなパターンではないか。

♪15 16 17と 私の人生暗かった・・・


<あのねえ、お嬢さん、昨日マー坊、今日トミーって、遊んでばかりじゃ明るくならないですよ、「暗いと不平を言うよりも自分で明かりをつけましょう」って偉い人も言ってるでしょ・・・まじめにやれば1、2年で3000万貯まります、それを元手に商売を始めて成功したコもいっぱいいます。

勤め先は新宿歌舞伎町、渋谷、吉原、堀之内辺りでどうですか・・・条件のいいところを紹介しますよ。海外ならサンダカン八番娼館とかもありますけど・・・

あたしもこの世界では「ホトケのシーチン」と呼ばれ、首都圏女子衛生組合連合会長や関東更生保護協会理事、精神障碍者支援連絡会幹事も務めている男だ、あなたのためにならないことはしません・・・そうですか、任せてくれますか。

今日から新しい人生が始まるんです。お嬢さんなら間違いなく極上、トップクラスになれますよ、イタリアでは国会議員になった女(ひと)もいます。

前をね、未来を見てね、一歩一歩、しっかり歩いて行くんです、そうしていると、ある時、視界がパーっと開けるんです。人間はね、努力すれば生き方を変えられるんです、スラムの安西先生もおっしゃってました、「人生投げたらそこで終わり」と。止まらない、這ってでも前進するんだと。

辛くなったら電話でも手紙でもここに連絡してください。え? ああこれ教団でね、「心の道しるべ」、あたしが始めたんですが、病み上がりの時に天なのか神なのか、こういうのを創れという啓示があったんです。松陰先生の松下村塾みたいな学び舎ですかね。

シンボルは五角形(ペンタゴン)なんですが、調べたら「正五角形の一辺と対角線との比は黄金比」だそうです。対角線を繋いだ星形を五芒星(ペンタグラム)というそうですし、宗教的、イデオロギー的、哲学的なるものを意味しているとか。あたしには分かりませんが、そのうち新たな啓示があるでしょう。

お嬢さんとのご縁も五角形によるのかもしれませんね。いい縁になるよう一緒に歩いて行きましょう>

話が脱線、転覆、逆走、暴走するから、林家三平の落語みたいで、かなりヤバいとかシュール、妄想パンデミック的ではあるね。ルイス・キャロルや中村正常らのナンセンス文学もあったからキ〇ガイ文学もありか? 小生は歴史に名を刻むか? 「丁半どっちもどっち!みんなで賭けて新聞に載ろう!」。閑話休題。

「仕事は食うため、定年退職したから趣味に没頭、♪いいじゃないの
幸せならば」という人も結構多いが、小生の場合は「如何に生きるべきか」を考えることが趣味と言えば趣味かも知れない。七転八倒する趣味? マゾか・・・

そうか、山登り、探検、命懸け、「そこに山があるから、そこに難問、ゲームがあるから」とチャレンジするわけだ。思索、哲学、学問、研究、勉強、修行、芸術・・・みんなそうだな。

いい女を見ると「どうなってるんだ、登って研究すべし」、荷風散人曰く「老いても青年のように高揚する異常な性欲」を基盤とした好奇心と熱意、興奮も「趣味、哲学、仕事、学問」だったわけだ。



女のおしゃれや食べ物、スマホ、テレビ、芸能へのこだわり、熱意は趣味だろう、しかし、そこには感情や本能、動物的な匂いはするが、知性、知的好奇心は感じられない。概ね読書の習慣もない、読んでもせいぜい年に一、二冊、しかも読み捨ての娯楽ものばかりで、活字中毒の気配もない。

男でもその手の人は実に多い。失礼ながら「ヒト科ヒト属? 類人猿サル目サルのような・・・」と小生は内心では怪しんでいる。



彼らは小生のことをケダモノ、狂人、イカレポンチと「思わない、思います、思う?」、「そう思えばそれでいいよ、思えよ、堂々と、正直ものの頭に神宿る、結構なことだ、あんたもボーッとしてるとイカレルぜ、のう、気をつけるこっちゃ」。

♪何度もあなたに泣かされた それでもすがった すがってた まことつくせばいつの日か
わかってくれると信じてた バカだな バカだな だまされちゃって 夜が冷たい
ロシアの民衆

アカの甘言に惑わされ思考停止でボーッとしているとロクなことにならない。ヴォーリン著「知られざる革命」(1947年フランス刊、日本では1966年)は共産主義の驚くほどの欺瞞と残虐性を伝えている。



この本を読んで小生はレポートを書き、中核派から「お前は消耗どころじゃない、腐っている」と罵倒され、同志の冷たい視線の中、とぼとぼとバス停へ向かったのだ。

思い出すと目が潤むなあ・・・「青春は悲劇である。鋭い感受性と強烈な自我ゆえに、青春は概ね悲劇を免れ得ない」と誰かが書いていた。以下、「知られざる革命」から引用する。

<クロンシュタットはフィンランド湾の奥にあるセントペテルスブルグ(現レニングラード)の西方30キロのコリント島にある要塞都市である。人口はバルチック艦隊の乗組員、守備隊兵士、将校、官吏、商人、熟練工などで、全体で約5万人であった。

クロンシュタットは1917年の革命的人民の前衛となった。その援助で権力を取ろうとしたときトロツキーはクロンシュタットを「ロシア革命の誇りと栄光」と言った。

しかし、トロツキーが大砲の筒先を「栄光」に向ける邪魔にはならなかった。クロンシュタットがボリシェヴィキの逸脱と欺瞞に対して立ち上がるや否や、「栄光」の人々は「反革命の豚ども」となったのである。

権力を持った共産党の犯罪的絶対主義政策は、ロシアを貧困と荒廃に陥れようとしてきた。

共産党員はこう語る。

「同志諸君、我々は新しい美しい生活を打ち立てている。我々は暴力の世界を破壊し、美に溢れた新しい社会主義社会を建設しなければならない」

何が真実であるかをよく見極めようではないか。

すべての最もよい家屋、すべての一番上等のアパートは共産党機関に没収された。官僚だけが住み心地の良い、気持ちの良い、広々としたところに住んでいるのである。

住むに適した住居の数が減り、労働者はかつてより悪い状態の密集した住居に住んでいた。

家々は修繕されずに壊れかかっている。暖房に至っては問題にならない。窓ガラスは壊れたままで、屋根の穴から雨漏りがしている。垣根は倒れ、煙突は半分壊れている。

洗面所は使い物にならず、汚物がアパート中に溢れているので、市民は庭や近所の家で用を足している。階段は電灯がつかず、つぎはぎだらけだ。



溝や便所や排水溝や下水を掃除しないので、中庭は排泄物でいっぱいである。

街路は不潔である。歩道は修理されていないし、でこぼこで滑りやすい。街を歩くのは危険である。

住居を得るためには住宅局にコネを持たねばならない。それがなくては何もできない。情実のある者だけが適当なアパートに入っている。

食糧についてはもっと悪い。無責任で無知な役人は何トンもの食糧を使い物にならなくしている。

配給されるジャガイモはいつも凍っている。春と夏には肉がいつも腐っている。ある時は豚肉がほとんど口に入らない。「正真正銘のソヴィエトの魚」であるニシンは長い間、窮境を救ってきたが、これさえもあまり見かけない。

ソヴィエトの売店は、ボスがあらゆるガラクタ物を握っており、昔の工場の売店よりももっと悪かった。

家族生活を壊すために、支配者は集団食堂を発明した。その結果はどうだろうか。未だに食べ物は口に入らない。市民の口に入る前に盗まれてしまい、ほんの残り物しかないのだ。

子供の栄養は少しは良くなっているが、まだ十分ではない。特にミルクが足りない。

共産党員は自分たちのソホーズ(国営農場)のために農民から乳牛を没収してきた。牛乳はまず支配者のところへ届き、次に役人のところへ配られる。残りが子供たちに回される。

だが何といっても一番手に入れるのが難しいのは衣類と靴である。ほとんど何も配給されていない。古い背広を着たり交換したりしている。

ある組合は今ボタンを配給しているが、一人に付き一個半である。笑えることだろうか。靴について、これはとても手に入らない。

共産党の楽園への道は美しい。だがそこを裸足で通ることができようか。

必要物資が沢山の闇ルートを通して流れている。いわゆる「協同組合」の常連と支配者がすべてを所有している。彼らは専用の食堂と特別配給権を持っている。また生産物を分配する「物資局」を自由にできる・・・>


長くなったので続きは次回へ回す。


米国のアカによる暴動扇動、その首謀者はアカの、アカによる、アカのための共産主義独裁国家を目論んでいる。戦後、マッカーシーはアカの危険性を見抜いて警鐘を鳴らしたが、狡猾なアカの反撃(ポリティカル・コレクトネス!)で社会的に抹殺された。米国と日本、欧州などその子分を含めてアカの除菌に失敗したのだ。

その世紀の大チョンボが中共を育て、中禍を招き、今や地球最大の脅威にしてしまった。米国のアカは「最後のチャンスだ!」と暴れまくるだろう。保守派が団結して完璧に除染しなければ、米国のみか世界中の自由民主人権法治国家はアカウイルスでドミノ倒しになる。

つまり中共が世界制覇する。戦後最大の危機である。火の手が広がらないうちに全力で消火する時である。それを認識できる「思う人、考える人、カナリア」は少数派だ。

庶民の多くはロシア人、支那人のようにワルの深謀遠慮を認識できない。火傷して初めて理解するのだ、アカに家が放火され焼けた、と。昔から庶民は「急場の役に立たぬ奴」なのだ。逆に足を引っ張ったり。



米国のリーダーは緊急非常事態を宣言し、警察と軍を動員して治安回復、内憂外患除去に当たらなければならない。今は選挙で国民を分断している時ではない、先人曰く「重大事項より優先事項」。それができない国は二流、三流に堕ち、中共支那の属国になり、やがて亡びる。(2020/6/24

2020年06月26日

◆雀庵の「中共崩壊へのシナリオ(17」

“シーチン”修一 2.0


【Anne G. of Red
Gables/129(2020/6/23/火】米国版文化大革命、略して「米文革」が始まった。米国に巣くうアカの不満居士が「最後のチャンスだ!」と蜂起したのだ。今さら共産主義革命とは言えないから「ピンクの文革」、金持ちから税金取って貧乏人にばらまけということのようだ

ドイツ、フランスの時代錯誤的なアカは珍しくないが、サンダースみたいなアカが依然として米国に残っているのは、いつもは民主党リベラルの着ぐるみを着ているから目立たないだけで、中禍でストレスが高じている今は「着ぐるみを捨てよ、街頭へ出よ、蜂起せよ!」の絶好のチャンスというわけだろう。


まるで砂漠トビバッタ。有象無象の不平不満居士と泥棒放火魔が熱く連帯を結び、米国をガラガラポン、暴力革命で自分たちに都合のいいバラマキ主義独裁国家を作ろう狙っている。民度低過ぎ! 選挙で競え、選挙で。


暴動をリードしているのは「このまま老いてしまったら見果てぬ夢、悔いが残る、せめて生きた証を」という厄介な連中だろう、養い難し。疲れ果てるまで重包囲するしかないみたいだ。騒乱品位は香港が特上なら米文革は下とか番外、卒業式や成人式で暴れる沖縄のガキ並だ。


米国の恥、汚点、汚物・・・まるでセイラム魔女裁判(1692年)みたい。理性ではなく感情で歴史を断罪したり。確信犯的なワルが国民分断を煽っているのだろうが、品位がない、下司そのものだ。歴史を裁くなら米大陸から先住民以外は出ていくべきである。


日本で共産主義革命に一番近づいたのは「2.1ゼネスト」だったろう。WIKIから。


<二・一ゼネスト(に・いちゼネスト)は、共産党と左翼勢力によって1947年(昭和22年)2月1日の実施を計画されたゼネラル・ストライキ。吉田茂政権を打倒し、共産党と労働組合の幹部による民主人民政府の樹立を目指した。2.1ストとも言う。決行直前に連合国軍最高司令官ダグラス・マッカーサーの指令によって中止となり、戦後日本の労働運動の方向を大きく左右した>


マック&USAの唯一の日本貢献だな。「朝日ジャーナル」1976年1月30日号から。


<日本で左翼の「暴力」に何らかの妥当性が認められるか――この問題を考えるうえで最大の資料を提供しているのは、一九五〇年代前半に展開された日本共産党の武装闘争である。


火炎ビンから爆弾まで、いま新左翼の一部セクトが行使している暴力の原型は、すべてここにあったといってもよい


この闘争がお粗末な失敗に終わったあと、日共は「極左冒険主義」を自己批判し、公式に平和革命を主張するにいたったが、一般市民の目にも触れる形で十分な総括がなされたとはいい難い。

なぜ日共がああも空想的な武闘路線を採用し、いかなる経過をたどってこれを放棄したのか、その今日的教訓とは何か――あのころ党中央で全政策の形成に立ち会った戦前以来の元党員と、現実に火炎ビンを手にした元中核自衛隊員(元独立遊撃隊員)に話し合ってもらった>(内側からみた日共'50年代武装闘争)


日本における共産主義運動は1960年安保で終わり、70年代には小生のようなバカが暴れたものの、80年初めの連合赤軍リンチ事件で終わった。今はスカシッペ、「立民枝野のただの残滓」くらいだ。


共産主義が破綻したのは、「人間は利己のためには暴力、虚言、裏切りをする」という基本中の基本を無視したからである。「利己を抑えて全体の利益を優先する」なんてほとんどあり得ない、それが分かっていなかったか、分かっていても利己を最優先した。


結局、独裁者、強い者に従い、共産党員が新たな貴族になり、ほとんどの国民は圧政、貧窮に苦しむ奴隷になっただけだ。北朝鮮はその見事なモデルである。10%の貴族が90%の奴隷の上に乗っかっているもので、900年頃の高麗、李朝以来の伝統だ。


今でも朝鮮半島や宗主国の支那はそんなものだろう。ソ連の圧政でロシアのスラブ民族もそうだが、国民は上からの指示がないと動かないようだ。積極的に前進しない。考えて前進する、方向を決めることができない。


自由な思考を気が遠くなるほどの間、許されなかったから、今では思考能力がない感じがする。ロシアの思考能力のある者は逃げ出している。


米国のクレーマーは逃げ出さない、米国が暴動にも優しい自由の国だからだ。Skim
the cream, 甘い汁を吸う根性なしめ、Shame on you 恥を知れ恥を!


日本の、特にリベラル系の記者も米国のクレーマーに似ているようで、3年前はトランプショックでアワワワ・・・思考停止状態だったが、曽野綾子先生はどっしり構えていた。


【措置入院 精神病棟の日々(186)2017/1/25】承前、産経、小雲規生「米、TPPから永久離脱 トランプ氏 日本叩きは過去の恨み?」、湯浅博「米が秩序を壊すのか」、加納宏幸「他国間協調排し直接交渉へ『私の政権、1対1が基本』」・・・記者諸君は頭に血が昇ったか?


曽野綾子「トランプ就任式 演説の中の意外な真っ当さ」


<日本のメディアは「空席が目立った」と報じていたが、テレビに映った限りでは目立つほどではなかった。日本のほとんどすべてのマスコミは、反トランプデモ、抗議の欠席が目立った、アメリカの理想の喪失、という形の報道に力を注いだ。トランプの言葉の中にあった真っ当さについてはほとんど触れなかった。


CNNの同時通訳は、トランプのスピーチの聖書の引用の部分も訳すことができず黙っていた。トランプは旧約の詩論の133.1にある、「見よ、兄弟が共に座っている。なんという恵み、なんという喜び」という個所を引いたのである。素朴な人間の基本的な幸福感を示した、私も好きな情景である。


マスコミは、今後トランプを悪人として扱うことに決めたようにも見える。私は特にトランプ贔屓でもないし、トランプのスピーチにも、彼独自の哲学はなかった。しかし彼は現実主義者、実利主義者なのだろう。

私は現実を正視する勇気ある人には希望をつなぐ。当惑するのは人間の精神も生活もまともに見る勇気を欠きながら、「理想的人間である自分を売り込む」人なのである>


痛烈だなあ! このレベルに到達はできないが、せめて八合目までは登りたいものである。産経の諸君も綾子先生に学びなさい。


(小生も呆けてきたようで、綾子先生の論考は2020/4/11に既掲載だった。それにしてもいい教えだ、小生も「暗いと不平を言うよりも、進んで灯りをつける」人になりなりたい、ということでお許しを)(2020/6/22)


2020年06月25日

◆雀庵の「中共崩壊へのシナリオ(16」

“シーチン”修一 2.0


【Anne G. of Red
Gables/128(2020/6/22/月】面白い言葉と遊びを思いついた。


・今日も元気だ電波が走る

・渡る世間はアカ(赤、垢)だらけ

・にこにこニコチャン顔面体操


「にこにこニコチャン顔面体操」を紹介する。3か月ほど前に何げなく鏡を見たら瞼がたるんでいる、頬も落ちて、奥歯がないからへっこんでいる・・・


「何だこれ、しっかりすっかり爺さんだ、棺桶顔だな、三角の白頭巾(天冠)を付ければ、生きているうちに死に顔が見えるわけだ、まるで幽体離脱・・・斜め上からベッドに拘束された我が身を見た時はずいぶん不思議な感じがしたっけ・・・


それにしてもこの顔、全然面白くないなあ、最期のお別れはもっと美しく、もっと楽しくすべきだろう。せめて微笑んでいるとか・・・葬儀業界にヌーベルバーグ、ニューウェーブを起こすべし!」


セレモニー産業のマイケル・ジョーダンを目指して、まずは人相を改善すべし、と顔面体操を始めた。


目を大きく開けて回しましょう、右目からグールグル、左目もグールグル・・・


「先生、両方の目が一緒に動いちゃうんですけど・・・」


そんなことないでしょ、練習すればこんな風に・・・


「先生、それホラー映画の悪魔みたい、キモイです、普通の人はできませよ」


そうかなあー、「ま、イケル冗談」ということで。そのまま目を大きく開けたままで今度はほっぺたを思いっきり上へ上げます、5秒間上げて力を抜く、もう1回・・・どうです、鏡で顔を見てごらんなさい、ニコニコ顔の福々しい顔でしょ、練習を続けると筋肉がつきますからどんどんいい顔になります、頑張ってください。


以来、小生は「ニコチャン」運動を続けているが、多少は締まりのある顔になってきた・・・かな、と。「老人は顔が命」ってどこかのCFにあったようだが、除菌マスクも美顔マスクもライブマスクも大事ということで。


今朝6時ごろ雨模様の中、大好きな森林公園への緩やかな登りルートを探すため市立緑ヶ丘霊園を自転車で探検&散歩したが、気が遠くなるほどの広さ(60ha)と人気(ひとけ)のなさ、さらに小雨も降り始めて寂しさひとしお、霊魂の「人恋しい」というような濃厚な空気にも惑わされたのか、想定したところとは真逆の場所、ナント市立北部斎場に出てしまった。ちょっと怖かった。


帰路にビーグルに出会ったので交歓したが、馴染みのビーグルではなく、連れていたオネーサンは小生を怖がっていた。半袖半ズボン、濡れネズミのチョンマゲ爺さん、ニコニコ顔のつもりだったが引きつっていたのかもしれないなあ。


顔面体操でニコニコ顔が常態化するようにしなければならない、が、それも不気味かも知れない。「なに笑っていやがる、気持ち悪いヂヂイだ」なんて威嚇されたり。


(自転車籠には園芸用スコップがあるので逆襲しかねない自分が怖い・・・そう思いつつ金槌も入れておくか?と考える自分がいる、やっぱりビョーキだな)


行動規制緩和で駅へ向かう人は日増しに増えているが、以前のように殺気立ってきたみたい。みんなビョーキ?・・・今朝は「元の静かな三密恋しき」の気分だ。


精神疾患はいろいろだ。幻覚や妄想などを伴う「統合失調症(統失)」は、小生が病院で見た限りでは「完全に壊れた人」、ピークを過ぎれば多少は落ち着くのだろうが、「一度統失、一生統失」という感じ。殺人、傷害、放火・・・何するか分からないから、社会復帰はまず無理だ


小生は「鬱病」と診断されたが、「軽度の統失」ではないかと思う。元気が出ない、ブルーという抑鬱気分、これをしようという意欲の低下、注意力・判断力さらには記憶力・思考能力の低下、自殺願望などがある。


鬱病は精神的ストレスや身体的ストレスが重なると発症するそうだが、どう見ても、また会話しても高学歴の真面目なサラリーマンのような人が入院しており、鬱病は本人の自覚と周囲の理解で再発症は防げる感じだ。


ただ、「一日も早く職場に戻りたい」と焦っているような根っからの頑張り屋、几帳面な人もいて、医者や看護師が「今はのんびりしたら」言っても馬耳東風のようだった。


一方で古参の人(リピーター)は「生活保護でのんびり暮らしたい」系も多いようだ。システムエンジニアだった人は「もうICTの進化についていけない」と、勉強する意欲を失っていたが、親の家と生活保護があれば、それ以上は望まないという感じ。居直りみたい。本人の意欲がなければ社会復帰は無理だ。


女性患者ではヒステリーというのか躁鬱病が多いようだ。おしゃべり好きでしょっちゅう笑い転げていた人が、何かのきっかけで両膝かかえていたり、大声上げて暴れまくったり。


鬱病で家事はできない、生きる気力も失せたという年配女性は多かったが、いつも静かで話も普通だから病気かどうかも分からない。それだから入院した時はかなりの重症で、治癒も遅いし、2、3年で舞い戻るケースは多いようだ


脳の先天的な特性が要因となって生じる注意欠如・多動性障害(ADHD)などは、精神疾患ではなく「発達障害」というジャンルだそうで、小生の病院では受け入れていなかったようだ。


エジソンはADHDだったと言われているが、小さい頃から「なんで?どうして?なぜ?」を連発する異常な知りたがり屋だったという。それが発明王になってGE(ゼネラル・エレクトリック)設立になった。


これは例外的なケースで、過度の飲酒も影響して躁鬱病になったゴッホを含めて、心の病気はMRI検査などで分かる病気ではなく、特効薬もないから完治しない、患者は一生患者、あるいは再発予備軍。


しかも普通の病気と違って世間体は悪いし、まず同情もされない、それどころか忌避される、それは結構嫌なものである。


かつてのハンセン氏病のように酷くはないが、社会的な制裁を受ける、「こいつ、また発狂するんじゃないか?」と何となく白い目で見られる、それを否定できないどころか本人自身も再発を恐れている・・・「余命いくばくか」という切羽詰まった病気ではないけれど、嫌な病気である。いい病気なんてありゃあしないが。


「精神病者の愚痴」になってしまったが、久し振りに以下のシリーズを書く。習近平・中共は3年前もダメ、今もダメ、これからもダメだろう。習近平を排除しなければ病膏肓、崩壊する。


【措置入院 精神病棟の日々(185)2017/1/25】産経、西見由章「中国 アパホテル利用ボイコット」、藤本欣也「北京 中小企業を追い出そうと・・・パンケーキ店に幕」、同「北京春秋 ドキドキの空港検査」。


支那はかつて「眠れる獅子」と畏怖されたが、その後も眠ったままで、内戦後も竹のカーテンに引き籠って敵と貧民5000万人を殺しまくった。トウ小平の改革開放で1990年代から飢餓は克服したもののイノベーションの壁を越えられずに停滞、習近平は毛沢東時代の原始共産主義国家独占経済に戻ろうとしている。


ソフトにせよハードにせよ経済低迷は避けられない。低賃金、低価格の製品が世界を席巻することはなくなっていく。中小零細企業をつぶし、アパホテルを脅し、空港はテロ攻撃にびくびくしている。(つづく)(2020/6/22)

2020年06月24日

◆雀庵の「中共崩壊へのシナリオ(15」

“シーチン”修一 2.0


【Anne G. of Red
Gables/127(2020/6/21/日】灯台下暗し、上手の手から水が漏る、産経の世論調査はザル、下請けに騙されていたのだ。好事魔多し、気の毒だけれど(多分、価格につられて)ワルに引っかかり、騙された。


♪あんた泣いてんのネ だから云ったじゃないの・・・

♪恋人にふられたの よくある話じゃないの・・・


世間の見方は「防ぎようがなく、気の毒だけれど騙された方もバカ、甘かった」だろうなあ。石橋を叩いて渡るなんてやっていたら何も進まないから運が悪かったとも言えるけれど。


産経は世論に媚びてつまらぬ賭けマージャンを叩き、同志を罰し、結局、因果応報、ブーメランで本社役員室が吹っ飛んだ感じ。マスコミ全体の世論調査も下請け任せだろうし、今どき面倒な調査に応じる人はワケアリだろうから、調査方法を根本から改革する必要があるだろう。


学生時代にバイトで交通量調査をやったが、8時間調査なら半分(1時間当たり30分)調べて2倍にしたり。現場は「上に政策あれば下に対策あり」で、不正行為の監視・抑止は難しい。


電柱に無断で貼られたポスターを剥がすという東電の仕事は監視員がすべてチェックするから手抜きできなかった。


政治ポスターを剥がしていると活きのいい人がやってきて「何やってんだ!何者だ!」と威嚇することが珍しくない。


「この腕章が眼に入らなぬか、天下の東電なるぞ、控えおろう!」、まあ実際はボソッと「東電です」、この一言で強そうなお兄さんは恐れ入って、「あっ、どーも、まあお手柔らかに」と苦笑いして去るのがパターンだった。


(器物損壊罪だからね。小生も夜中にビラ貼りしてお巡りさんに追っかけられた。反省してます)


<産経・FNN合同世論調査、委託先社員が不正 2020.6.19


産経新聞社とFNN(フジニュースネットワーク)の合同世論調査で、調査業務を委託していた調査会社「アダムスコミュニケーション」(本社・東京都)が再委託した「日本テレネット」(本社・京都市)の社員が約1年間にわたり、計14回分の調査の一部で不正なデータ入力を行っていたことが19日、分かった。


産経新聞社とFNNは昨年5月、合同世論調査の業務委託先について、それまで長年契約していた調査会社との契約終了に伴い、アダムス社に変更した。変更後の調査は昨年5月から今年4月までが1か月に1回、今年5月が2回の計14回。6月はまだ実施していなかった。


世論調査は全国の18歳以上の男女約1千人を対象に電話によるアンケート形式で実施。アダムス社は14回分すべてについて、無作為に選んだ固定と携帯の電話番号約1千件の約半数を日本テレネットに割り振っていた。


産経新聞社とFNNの調査によると、日本テレネットが請け負った毎回約500件のうち百数十件について、同社コールセンターに勤務する社員が、実際には電話をかけずに架空のアンケート結果を入力していた。こうした不正の件数は総調査件数の約17%となり、提出を受けた記録などで確認された。


不正を行った社員は調査に対し「オペレーターの人集めが難しかった」「利益を増やしたかった」と説明している。


◇産経新聞では今回不正が明らかになった計14回の世論調査の結果を伝えた記事をすべて取り消します。報道機関の重要な役割である世論調査の報道で、読者の皆さまに誤った情報をお伝えしたことを深くおわび申し上げます。


報道機関の世論調査の結果は、政党や政権への支持率、重要な施策に関する賛否の割合など社会の重要な指標であり、読者の皆さまのさまざまな判断や行動にも影響を与えるものだと考えています。その内容に不正なデータが含まれていたことを、極めて深刻な事態だと受け止めています


産経新聞社とFNNでは、委託先の選定で問題がなかったかどうかなどをさらに検証しています。確実な方法を確認して導入するまで、世論調査を休止します>


歴史は勝者が創ると言うし、正義とされていることでも怪しいことはいっぱいある。自由とか人権も「?」という感じだ。


フロイト「ほとんどの人間は実のところ自由など求めていない。なぜなら自由には責任が伴うからである。みんな責任を負うことを恐れているのだ」


ゲーテ「立法者にしろ革命家にしろ、平等と自由とを同時に約束する者は、
空想家か、さもなくば山師だ」


ミル「個人の自由もつぎの点では制限されねばならない。
つまりかれは外の人達にたいして厄介なものになってはいけない」


フランクリンは「小さな一時の安全を買い取るために大切な自由を放棄する人間は、
自由を受けるのに値しない」と言うが、「安全・安心>自由」は人間の初期設定かも知れない。


昔から「自由」とか「人権」「正義」という言葉は厄介だ。時代や空気で意味が変わったりする。


国会(立法府)、内閣(行政府)、最高裁(司法府)の三権分立は「権力の集中・濫用を防止し、それによって国民の自由の保全をはかろうとする制度」だという。


平時にあってはいいだろうが、戦時にあっては多くの問題がありそうだ。


三権には当然、アカからシロ、クロ、様々な価値観、思考の人がいる。中共など共産主義を支持するかのような五百籏頭眞、谷内正太郎、石破茂などもいる。


夏彦翁は「人が5人いれば、できる奴1人、並2人、劣る奴1人、最後の1人は足を引っ張る奴」と分類した。


確信犯的に足を引っ張る奴は三権に20〜30%はいるのではないか。中共が攻撃してきても、それを日本の共産革命に利用しようというアカはウジャウジャいるだろう。


「戦争を内乱に転化せよ!」「一点突破、全面展開、小異を捨て大同に付け、人民戦線を!」が教祖・尊師・始祖・聖者・神であるマルクス・レーニンの教えだからだ。


「敵は霞が関にあり、包囲殲滅へ!」「ゼネストで首都を麻痺させよ、万国の労働者団結せよ!」


「ねえ、お爺ちゃん、見えるでしょ、あれが、あれが議事堂よ、天辺にアカ旗が翻っているわ、お爺ちゃんが夢見た革命が始まったのよ。ここが、ここが桜田門、警察庁が燃えているわ、二重橋までアカ旗でいっぱい。記念の写真を撮りましょうね」


「はい、革命広場、桜がほころび始めた旧皇居前広場から中継です。200万の同志が集結した広場中央の団結勝利ステージには革命先達烈士の多数の位牌や遺影写真が掲げられています。これから烈士入りになる菅直人、鳩山由紀夫、福田康夫、河野洋平、辻元清美、枝野幸男、山口那津男の英雄同志の姿もあります。

来賓は習近平、プーチン、ハメネイ、テドロス、金与正、文在寅の国際英雄の方々・・・金正恩同志の姿は今のところ見えません。


ステージでは蓮舫同志とアッキー同志のジェンダーフリー人民服ファッションショーが始まりました・・・」


「スタジオです、習近平主席のすぐ左にいるのは・・・」


「はい、二階俊博東海省長と、紅い羽のカチューシャの女性はリリー副省長です。あ、レッドインパルスの編隊が西の上空に見えてきました!」


日中激突は内憂外患の苦戦、悲劇どころかドタバタのスラップスティックで、米に中がカネを払い日本を身請け、要は旦那が米から中に代わっただけという衝撃的な無血革命、笑劇的な「和平演変」に。


「グッバイアメリカ、ニイハオ中国」のポスターで日本中が埋め尽くされ、来月4月1日には国連120か国代表を迎えて「東海省発足祭典・習主席ノーベル平和賞受賞式典」が挙行される予定だ・・・


♪踊り踊るなら チョイト 日中音頭 ヨイヨイ 花の都の 紅い都の真ん中で サテ ヤートナ ソレ ヨイヨイヨイ・・・


新しい時代を寿ぐ人民の目は明るく澄んでいた・・・とか。あり得ないと言えないところに恐ろしさがある。4月1日発売予定の半藤・保科・佐藤・五百旗頭・谷内共著「転向のすゝめ」(文藝春秋社、150元)はベストセラーになるね。


古人曰く「長いものには巻かれよ」、夏彦翁曰く「敵が千万人と雖も吾往かん・・・千万人なら俺はそっちに組するなあ」、勝ち馬に乗れ、か・・・小生も再び転向、先祖返りしたりして「節操でメシ食えるのかよ!」なんて居直ったり。おお嫌だ。やりそうだから怖い。


老醜を さらす古希より 潔く 地獄に堕ちて 償いせばや(修)

美しく自裁するためには心技体の劣化を抑えなければならない、そうすると元気で機会が遠のく、恥をさらし続ける、やがてそれが常態化する、思い出して老残なりと反省する、美しく自裁するためには心技体の劣化を抑えなければならない・・・無意味な延命のような感じ。


意味ある延命に止揚しなければならない。学び、考え、書く、動く。それ以上のことは思いつかない。そのうち解が見つかったり、新しい課題が出てくるかもしれない。



何しろ人生はいくつになっても初舞台だで戸惑いっぱなし。悟りがない。そういうものなのかどうか、全然分からない。勉強し続けるしかない「勉強地獄」のようではある。(2020/6/21)


2020年06月23日

◆雀庵の「中共崩壊へのシナリオ(15」

“シーチン”修一 2.0


【Anne G. of Red
Gables/127(2020/6/21/日】灯台下暗し、上手の手から水が漏る、産経の世論調査はザル、下請けに騙されていたのだ。好事魔多し、気の毒だけれど(多分、価格につられて)ワルに引っかかり、騙された。



♪あんた泣いてんのネ だから云ったじゃないの・・・

♪恋人にふられたの よくある話じゃないの・・・



世間の見方は「防ぎようがなく、気の毒だけれど騙された方もバカ、甘かった」だろうなあ。石橋を叩いて渡るなんてやっていたら何も進まないから運が悪かったとも言えるけれど。



産経は世論に媚びてつまらぬ賭けマージャンを叩き、同志を罰し、結局、因果応報、ブーメランで本社役員室が吹っ飛んだ感じ。マスコミ全体の世論調査も下請け任せだろうし、今どき面倒な調査に応じる人はワケアリだろうから、調査方法を根本から改革する必要があるだろう。



学生時代にバイトで交通量調査をやったが、8時間調査なら半分(1時間当たり30分)調べて2倍にしたり。現場は「上に政策あれば下に対策あり」で、不正行為の監視・抑止は難しい。



電柱に無断で貼られたポスターを剥がすという東電の仕事は監視員がすべてチェックするから手抜きできなかった。



政治ポスターを剥がしていると活きのいい人がやってきて「何やってんだ!何者だ!」と威嚇することが珍しくない。



「この腕章が眼に入らなぬか、天下の東電なるぞ、控えおろう!」、まあ実際はボソッと「東電です」、この一言で強そうなお兄さんは恐れ入って、「あっ、どーも、まあお手柔らかに」と苦笑いして去るのがパターンだった。



(器物損壊罪だからね。小生も夜中にビラ貼りしてお巡りさんに追っかけられた。反省してます)



<産経・FNN合同世論調査、委託先社員が不正 2020.6.19



産経新聞社とFNN(フジニュースネットワーク)の合同世論調査で、調査業務を委託していた調査会社「アダムスコミュニケーション」(本社・東京都)が再委託した「日本テレネット」(本社・京都市)の社員が約1年間にわたり、計14回分の調査の一部で不正なデータ入力を行っていたことが19日、分かった。



産経新聞社とFNNは昨年5月、合同世論調査の業務委託先について、それまで長年契約していた調査会社との契約終了に伴い、アダムス社に変更した。変更後の調査は昨年5月から今年4月までが1か月に1回、今年5月が2回の計14回。6月はまだ実施していなかった。



世論調査は全国の18歳以上の男女約1千人を対象に電話によるアンケート形式で実施。アダムス社は14回分すべてについて、無作為に選んだ固定と携帯の電話番号約1千件の約半数を日本テレネットに割り振っていた。



産経新聞社とFNNの調査によると、日本テレネットが請け負った毎回約500件のうち百数十件について、同社コールセンターに勤務する社員が、実際には電話をかけずに架空のアンケート結果を入力していた。こうした不正の件数は総調査件数の約17%となり、提出を受けた記録などで確認された。



不正を行った社員は調査に対し「オペレーターの人集めが難しかった」「利益を増やしたかった」と説明している。



◇産経新聞では今回不正が明らかになった計14回の世論調査の結果を伝えた記事をすべて取り消します。報道機関の重要な役割である世論調査の報道で、読者の皆さまに誤った情報をお伝えしたことを深くおわび申し上げます。



報道機関の世論調査の結果は、政党や政権への支持率、重要な施策に関する賛否の割合など社会の重要な指標であり、読者の皆さまのさまざまな判断や行動にも影響を与えるものだと考えています。その内容に不正なデータが含まれていたことを、極めて深刻な事態だと受け止めています。



産経新聞社とFNNでは、委託先の選定で問題がなかったかどうかなどをさらに検証しています。確実な方法を確認して導入するまで、世論調査を休止します>



歴史は勝者が創ると言うし、正義とされていることでも怪しいことはいっぱいある。自由とか人権も「?」という感じだ。



フロイト「ほとんどの人間は実のところ自由など求めていない。なぜなら自由には責任が伴うからである。みんな責任を負うことを恐れているのだ」



ゲーテ「立法者にしろ革命家にしろ、平等と自由とを同時に約束する者は、
空想家か、さもなくば山師だ」



ミル「個人の自由もつぎの点では制限されねばならない。
つまりかれは外の人達にたいして厄介なものになってはいけない」



フランクリンは「小さな一時の安全を買い取るために大切な自由を放棄する人間は、
自由を受けるのに値しない」と言うが、「安全・安心>自由」は人間の初期設定かも知れない。



昔から「自由」とか「人権」「正義」という言葉は厄介だ。時代や空気で意味が変わったりする。



国会(立法府)、内閣(行政府)、最高裁(司法府)の三権分立は「権力の集中・濫用を防止し、それによって国民の自由の保全をはかろうとする制度」だという。



平時にあってはいいだろうが、戦時にあっては多くの問題がありそうだ。



三権には当然、アカからシロ、クロ、様々な価値観、思考の人がいる。中共など共産主義を支持するかのような五百籏頭眞、谷内正太郎、石破茂などもいる。



夏彦翁は「人が5人いれば、できる奴1人、並2人、劣る奴1人、最後の1人は足を引っ張る奴」と分類した。



確信犯的に足を引っ張る奴は三権に20〜30%はいるのではないか。中共が攻撃してきても、それを日本の共産革命に利用しようというアカはウジャウジャいるだろう。



「戦争を内乱に転化せよ!」「一点突破、全面展開、小異を捨て大同に付け、人民戦線を!」が教祖・尊師・始祖・聖者・神であるマルクス・レーニンの教えだからだ。



「敵は霞が関にあり、包囲殲滅へ!」「ゼネストで首都を麻痺させよ、万国の労働者団結せよ!」



「ねえ、お爺ちゃん、見えるでしょ、あれが、あれが議事堂よ、天辺にアカ旗が翻っているわ、お爺ちゃんが夢見た革命が始まったのよ。ここが、ここが桜田門、警察庁が燃えているわ、二重橋までアカ旗でいっぱい。記念の写真を撮りましょうね」



「はい、革命広場、桜がほころび始めた旧皇居前広場から中継です。200万の同志が集結した広場中央の団結勝利ステージには革命先達烈士の多数の位牌や遺影写真が掲げられています。これから烈士入りになる菅直人、鳩山由紀夫、福田康夫、河野洋平、辻元清美、枝野幸男、山口那津男の英雄同志の姿もあります。



来賓は習近平、プーチン、ハメネイ、テドロス、金与正、文在寅の国際英雄の方々・・・金正恩同志の姿は今のところ見えません。



ステージでは蓮舫同志とアッキー同志のジェンダーフリー人民服ファッションショーが始まりました・・・」



「スタジオです、習近平主席のすぐ左にいるのは・・・」



「はい、二階俊博東海省長と、紅い羽のカチューシャの女性はリリー副省長です。あ、レッドインパルスの編隊が西の上空に見えてきました!」



日中激突は内憂外患の苦戦、悲劇どころかドタバタのスラップスティックで、米に中がカネを払い日本を身請け、要は旦那が米から中に代わっただけという衝撃的な無血革命、笑劇的な「和平演変」に。



「グッバイアメリカ、ニイハオ中国」のポスターで日本中が埋め尽くされ、来月4月1日には国連120か国代表を迎えて「東海省発足祭典・習主席ノーベル平和賞受賞式典」が挙行される予定だ・・・



♪踊り踊るなら チョイト 日中音頭 ヨイヨイ 花の都の 紅い都の真ん中で サテ ヤートナ ソレ ヨイヨイヨイ・・・



新しい時代を寿ぐ人民の目は明るく澄んでいた・・・とか。あり得ないと言えないところに恐ろしさがある。4月1日発売予定の半藤・保科・佐藤・五百旗頭・谷内共著「転向のすゝめ」(文藝春秋社、150元)はベストセラーになるね。



古人曰く「長いものには巻かれよ」、夏彦翁曰く「敵が千万人と雖も吾往かん・・・千万人なら俺はそっちに組するなあ」、勝ち馬に乗れ、か・・・小生も再び転向、先祖返りしたりして「節操でメシ食えるのかよ!」なんて居直ったり。おお嫌だ。やりそうだから怖い。



老醜を さらす古希より 潔く 地獄に堕ちて 償いせばや(修)



美しく自裁するためには心技体の劣化を抑えなければならない、そうすると元気で機会が遠のく、恥をさらし続ける、やがてそれが常態化する、思い出して老残なりと反省する、美しく自裁するためには心技体の劣化を抑えなければならない・・・無意味な延命のような感じ。



意味ある延命に止揚しなければならない。学び、考え、書く、動く。それ以上のことは思いつかない。そのうち解が見つかったり、新しい課題が出てくるかもしれない。



何しろ人生はいくつになっても初舞台だで戸惑いっぱなし。悟りがない。そういうものなのかどうか、全然分からない。勉強し続けるしかない「勉強地獄」のようではある。(2020/6/21)



2020年06月22日

◆雀庵の「中共崩壊へのシナリオ(13」

“シーチン”修一 2.0


【Anne G. of Red
Gables/126(2020/6/19/金】菩提寺から封書で「今夏の施餓鬼法要は三密を避けるため非公開にし、お布施や塔婆申し込みは郵貯振り込みで」という案内が来た。



仕方がないとは思うものの、施餓鬼法要は年に1回の大イベントで、子供からヂヂババ、さらにはご先祖様も「わが子孫は達者か」と降臨して共に対話する機会である。それを一片の振込用紙で済ますというのは・・・檀家と寺、檀家同士の交流もないのであれば、まるで人情紙風船、味気ないハイテク納骨堂みたいだ。



それでなくとも信仰心が薄く、ご先祖からの習慣で墓参しているような(多分多くの)檀家は「なんかなー」のドッシラケではないか。お、お、俺は賑やかな抱擁、モトイ法要が好きなんだ!



「暗いと不平を言うよりも、進んで灯りをともしましょう」



あっ、電波が走る! あなたは「心の道しるべ」じゃなかった、「心のともしび」の河内桃子さん!「心に愛がなければ どんなに美しい言葉も 相手の胸に響かない
- 聖パウロの言葉より -
カトリック教会がお届けする『心のともしび』」、ブタ箱を出、贖罪で家業の乾物屋を手伝いながら桃子さんの朗読聞いてました。



ぼ、僕はインテリ女大好きです、桃子さんとか曽野綾子さんとか・・・民青顔のネズミ女、小百合、大嫌いです!(電波消える)



それはさておき、法要、祭り、みんな賑やかなのが大好きだが、ネパール・シャカ族の王子様ゴータマ・シッダッタ、通称シャーキャムニ(釈迦)あるいはブッダ(仏陀)、支那では敬意を表して「釈尊」はこう説くのである。(原初のパーリ語「原始仏典」和訳:中村元著から脚色)



<あなたが祭り、祀り、法要が好きだというのは分かる。♪ワッショイワッショイ ピーヒャラピーヒャラ テンツクテンツク ソーレソレソレお祭りだ



みんな大好きなのよ、お祭りは、世界中でね。サンバのリズムにカリオカが踊る!リオのカーニバルとか。



大昔からのインドの火を燃やす宗教(のような大道芸もある)イベントが日本の仏教でも護摩焚きとして今でも盛んに行われている。



私はお祭りをせよと言ったことはないが、止めなさいというようなヤボじゃない。修行者が自らの心の中に火を、光を灯し、きれいな心で衆生の心に寄り添う、これが一番大事なんです。



今日のお祭りは些事だとは言いませんが、人々の心をまとめる行事でしょう。そうであるならば災難が危惧されいるのを押してまでするのは理、ことわりではない、むしろ無理とか非理でしょう。



ご先祖様も心配なさるのではないですか。後の祭り、泣くことになりかねない。



施餓鬼法要という形式、外観が好きならば、目を閉じ、心の中でご先祖様に感謝し、おもてなしをする、そして子孫のためになることをほんの少しでもやってみる、それも一つの供養の仕方ではないですか。お祭り済んで日が暮れて、強行突破のカリオカは今泣いていますよ>



うーん、さすが尊師、分かりやすく説いてくれ、迷妄妄想電波老人の心が落ち着いた。



ブラジル加油! リオは国民の情で、アベは中共忖度で、武漢コロナ軍の侵攻を阻止できなかった。情けは国民の仇になってしまった。中禍を私利私欲私福に転じるのはTOKYOリリーのみか、白く咲くのは
百合の花、リリーは今度は何色で勝負するのか。ヘンシーン!



映画「欲望という名の電車」はニューオーリンズの「欲望通り(Desire
Street)」を走っていた電車のことだそうだ。この街も取材したが、ジャズのバーボンストリート界隈とミシシッピ川しか記憶にない。



良く調べてから旅行すると「なーんだ、大したことないな」、行き当たりばったりだと「結構いいじゃん、見せ方次第では売れるぜ」とかなったりする。お見合いとか初デートと一緒で、知り過ぎるとあまりいいことにはならないようだ。



♪知りすぎたのね あまりに私を・・・



秘密がないと恋は終わっちゃうのだ。イスラムの女性はベールの効用を熟知しているような・・・リリーが真似そうだな。パフォーマンス!



天下の電通は銀座の電車通りに本社を置いた「電報通信社」が始まりだ。電波が走っているわけではないだろうが、3000万円の企業ロゴの仕事を600万円で下請けに出したという話が拡散して、広告業界では「さすが電通、されどアコギ」と評判になったものだ。丸投げしてもブランド代2400万円! ブランド二番手の博報堂や読売広告、アサツーディケイなどはそういう噂を聞いたことがない。



偏見かも知れないが、ソフトバンクとか「お金があれば愛も幸福も何でも買える」と言ったホリエモン、「お金を儲けるのは悪いことですか」と問うた村上ファンド、お家騒動の韓国ロッテ、最後は野垂れ死んだ「兜町の風雲児」加藤あきらみたいに、「ファンド」「投資家」「マネーゲーマー」といった仕事は日本ではあまり支持されていない気がする。



証券会社の人は未だに「株屋」と呼ばれ、投資家も「マンション転がし」なんて揶揄されたりしているのではないか。



日本では「経営者でカネだけ遺すのは愚、まずは人材を育てて遺すのが最良だ」というのが「立派な経済人」で、カネカネカネの人はノーベル賞受賞者でも軽蔑される。成功者でも清貧とか社会貢献に努めないと尊敬されない。そういう世界でも大変ユニークな価値観(偏見?)がある。



それを小生はいいなあ、日本的だなあと気に入っており、「ソフトバンク、孫正義って結局、何したいの? 結局カネ?」と奇妙な人種、動物、異星人を見る思いだ。



華人、支那人、半島人にはそんな「銭闘人、銭ゲバ」が多いようで、電通にも似たような臭気を感じている。「電通は火事場泥棒みたい、裏十策に『世間の危機はチャンス、どさくさ紛れで濡れ手に粟』ってあるのか? アカとか半島人、支那人の嗜好に近いのではないか」と。



マッチポンプで結局は自分が仕掛けた怪しいマネーゲームで儲けるというやり方、カネがすべての拝金主義、それは釈尊や「民の竈」、四書五経、さらにマスクと手洗いが好きな「キレイの国、日本」では尊敬されないだろうなあとは思う。



近年、毛沢東が唱えた「批林批孔」は表向きは消えて、反対に習近平はカネを付けて名ばかりの「孔子学院」を世界中にばらまき、結局は中共の支援がないと存続できない大学や企業が急増した。



特に豪州は資源産業の中共依存が高まり、このままでは中共の植民地、属国になりかねないと、コロナ禍もあって「脱中共」に舵を切ったため、今、豪は中共から経済制裁=バッシングを受けている。



文革的ANTIFA暴動を喜び煽っているような中共の恫喝的深謀遠慮な動きに対する反発は米加乳、さらには英やEU諸国にも広まるだろう。日本はどうするのか、旗幟鮮明にする時ではないか。いつまでも八方美人の花魁遊郭曖昧外交では信を失う。



世界の友よ、コロナ禍と戦禍が落ち着いたら「不思議の国の(そんなの/なんでも)アリンス:ジパング」を見に来てたもれ。沈没しているか東海省倭人自治区になっているか・・・不死鳥リリーは省長になっているかもしれない、「次は国家主席よ!」。「欲望という名の電車」は停まらない。(2020/6/19)




2020年06月20日

◆雀庵の「中共崩壊へのシナリオ(12」

“シーチン”修一 2.0


【Anne G. of Red
Gables/125(2020/6/18/木】清朝時代もそうだったのだが、中共の国庫に実際いくらの「キャッシュ、換金性・流動性の高い預貯金や債券・資産」、要は「実弾」があるのか全然分からない。


日本の公認会計士、税務署(マルサの女とか)は時には寝込みを襲って金庫、床下、天井裏をチェックするそうだし、不正を暴く役所の会計検査院や検察庁特捜部なども相当厳しくやっているのではないか。

白河の 清きに魚も すみかねて もとのにごりの 田沼恋しき


あまり厳しいと顰蹙を買って経済を委縮させるが、「お代官様と越後屋」のズブズブ、タダレタWINWINはみんなから嫉妬と顰蹙のW攻撃を受けるから非常にまずい。


嫉妬+正義=憎悪の破壊力は凄まじく、浮気がばれて奥さんから虎の子300万円カツアゲされた憐れな旦那のケースを知っている。娘さんが話してくれた。


街の「お大臣様」と敬意を表されていた家が、実は家計が火の車、借金漬けだったという話は珍しくないようだ。「内証はボロボロ、不動産だけじゃなく奥さんの持参金までも旦那が全部呑んじゃった(女に入れあげた/博打で散財した)っていう話よ」とか。

そういうのは古今東西、見受けられる。飲む打つ買うは珍しくないし、政治に凝って資産パーっていうケースもある。政治で財を成した奴よりはるかに美しいけれど。

政治=収入=糊口の手段という人は政治家の半分ほどを占めているのではないか。奥さんが市長選に立候補した時、旦那が「当選すると月当たり〇万円の収入になる」と皮算用しており呆れたことがある。閑話休題。

白髪三千丈、中共の公表する数字が全く分からない。実態が分からない。「数字で出世する」国で、現場から上がる数字は上を忖度したものであり、上が「GDP6%あたり」と予想しているのなら各省は5.8〜6.2%あたりの数字にするのは大昔からの伝統である。


「雇用や電気消費量が落ちているのだから実際はマイナス10%ほど」であっても、それを公表したらまず殺される。「新型肺炎」と漏らしただけで医者は犯罪者にされた国である。物言えば唇寒し秋の風、真実を公表したら間違いなく人生は終わりだ。

中共の本当の経済力が分からない。澁谷司氏の「チャイナ・ウォッチ 447
第13期全人代第3回会議後の中国内外情勢」から。

<5月28日、全国人民代表大会の記者会見で、李克強首相が「昨年、中国のGDPは約630兆円で、中国には月収1000元の人が6億人いる」と暴露した。これは明らかに習近平主席に対する当て付けだろう。

6月1日、李克強は、山東省煙台市の古い集合住宅を視察し、「屋台経済、小規模店舗経済は重要な雇用の源であり、中国の生命力だ」と語った。そして、李首相は「露天商経済」を称賛している。


翌2日には、中国共産党内で「習解任を協議する会議」が開催された。その中で、中国共産党中央党校の蔡霞教授による「中国共産党は『政治的ゾンビ』であり、習主席はギャングのボスになった」という音声がリークされた>


2019年の中共のGDPは公称1496兆円だが、実態は630兆円? 日本のGDPは537兆円だから、中共は日本の1.2倍弱でしかない? 何しろ「数字は創る」のが伝統だから実態は分からない。

中共は「世界で疫病が広がり、貿易の先行きが不透明だから」(李克強)と2020年のGDP目標を発表できなかったのは事実であり、武漢ウイルス次第というわけだ。実際は「数次をすべて実態に沿って洗い直す」と李克強は言いたかったのではないか。

人口の半分近くの6億が月収1万2000円? 年収にすれば14万4000円・・・夫は出稼ぎ(月の仕送り4万円)という三ちゃん農家(月収3万6000円)ならやっていける、自家用の食糧はあるから飢えることはない、そういうレベルだろう。村の共助はありそうだし、農閑期には奥さんも出稼ぎに出るかもしれない。

人民の生活実態はどうなのか。昔から外国人も中国人も中共各地を自由に取材できないからほとんど分からない。どこにも、どんな辺境にも中共の警察や監視員がいるから身動きできない。農村だろうと都市部であろうと、昔から監視社会であり、今はネットでも監視されるから支那全体が刑務所、収容所なのだ。

中共をヨイショするための取材なら大いに便宜を払ってくれるだろう、「ムカシはムカシ、イマはイマ、WINWIN、トモダチよ」と歓迎してくれるだろう。「アサヒシンブンいいヒト、サンケイだめゼッタイ」、そういう世界。


小生の同僚、中共生まれのハーフが日本に逃げてきたが、敵意の目つきでアパートの出入りを24時間365日、何年も監視されていたという。厭な国だなあ。

台湾でも中共の手先がごろごろしているから油断はできない。産経の矢板明夫台湾支局長(生まれ育ちは支那、戦災遺児系らしい)は美酒美食(美人?)攻めで急激に太ったのか、糖尿病が危惧される。

「気をつけよう、旨い酒肴と甘い罠」やがて「騙したつもりが騙されて」そして「この際だから毒を食らわば皿まで」・・・

癌になって諦観した元航空自衛隊員(友の友)が「一人で死ぬのも寂しいし」とスナックあたりの姑娘を嫁さんにしたが、たまたま試したナニ(抗がん剤新薬)がものすごく効いて元気回復、医者もビックリ、あっちもビックリ、遺産相続に魅かれて来た奥さんもビックリ(&ガッカリ)とか。

自衛隊員の奥さんには支那人(中国籍のままの人もいるだろう)がとても多い気がするが、子供は「2つの祖国」、安保上どうなんだろうと気になる話ではある。


中国籍の人は世界のどこにいようと中国政府の指示に従う義務がある。暴動を起こせと命令されたら逆らえない。逆らったら犯罪者になり、処罰される。裏切り者の烙印を押されて孤立するしかない。

外国籍を取らない限り世界中で居場所がなくなるが、中共の評判が悪いから世界中で「中共移民お断りNo
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Chinese」は進む。豪州は「もうウンザリ」、イタリアも不法移民&コロナ爆発で懲りたろう。

支那人がこの世で気分良く暮らすためには中国共産党、特に邪悪な習近平一派をつぶすしかない。お膝元北京の中部戦区は天安門虐殺を繰り返すか、それとも今度は中南海を包囲するか。

将兵は今やエリート(紅二代、三代などのお坊ちゃま)の職場になったから自国民を轢き殺すほどの「野生」があるかどうかは知らないが、他派閥=ライバルの太子党を包囲拘束することはできるだろう。

文革で暴れまくった紅衛兵を思い出すと、「こいつらが敵だ!」と方向性がはっきりすると付和雷同、率先して残虐に殺しまくるのが漢族の熱い血で、普段抑圧されていることによるうっぷん晴らしなのか、やたらと嗜虐的である。

インテリの李克強ら共青団派は戦力としては頼りないが、江沢民らの上海閥は「カネの恨み」がどっさりと積み重なっているだろうから容赦なく太子党に襲いかかるはずだ。

習近平に権力を奪われた時の江沢民の悔しさと悲しみの複雑な表情を昨日のことのように思い出す。恨み晴らさでおくものか! 牙城の香港を荒らされたから報復戦の凄まじさは目を覆うほどだろう、「見ちゃダメ!」の連続。

小生は1911年の辛亥革命以降の漢族の歴史を振り返りつつ以上を書いたのであり、内乱になればそのような伝家の流儀、遡れば4000年の伝統が表出するだろうと、ごくありふれた観測を紹介しただけである。

そうならないことを期待するけれど、太宰曰く「良い予感はすべて外れ、悪い予感はすべて当たる」。


日本は中共動乱にどう対処すべきか、十分に対策を練るべきだ。個人的には「支那は台湾、香港に干渉しない」「ウイグル、チベット、モンゴル、満洲は元の独立国にする」を列強とともに支那の新政権に要求、合意すれば新政権を支持すると約するのがいいのではないかと思う。後世「対支十か国干渉」と称賛されるか、非難されるか、楽しみではある。(2020/6/18)

2020年06月19日

◆雀庵の「中共崩壊へのシナリオ(11」

“シーチン”修一 2.0


【Anne G. of Red
Gables/124(2020/6/16/火】中禍コロリで学校が休みになり我が家のテナント(スポーツ用品店)が開店休業状態になった3〜5月のほぼ3か月、店番は1人だけになった。


6月1日、小生は「雨漏り対策のペンキ塗りはまず完了したから、たまには排水パイプを点検するか」と、まず風呂・キッチン・雨水など普通の汚水用パイプをチェック、全く問題なかった。そしてトイレ用パイプ点検口のふたを開けて見ると・・・


「何だ、これ、なんでこんなところにチーズケーキがあるんだ?」

棒でつついて見ると硬い、しばらく茫然として気付いた、「これ、糞尿が固まったのか!?」、5メートル先の点検口を開くと同様だった。

「大変なことになっている」という状況認識のもと、完全武装、道具をそろえて戦闘開始、2時間ほどのすったもんだ、じたばた、悪戦苦闘でどうにかきれいになったが、なぜこういう「記憶遺産的糞詰まり」になったのか、多分こういうことなのだ。

開店休業→ スタッフは1人だけ→ トイレ利用急減→ 大小汚物を流す水量急減→ 先行の汚物が固形化→ これが流れを止める→ 川なら氾濫するところが下水パイプに詰まってオブジェのようなゲージツ的“チーズケーキ”完成・・・

まるで風が吹けば桶屋が儲かる式、コロナで糞詰まりなんてまったくの想定外だった。

中禍恐るべし。世界中で想定外が発生しているだろう。米国の暴動もその一つだ。災い転じて福となればいいが・・・今のところ見えてこない。

斜め向かいの焼鳥屋(先代はとてもプライドが高かった)は3月は休業したが、4月から苦肉の策だろう、テイクアウトを始めた。これが結構人気になり、自粛解除後も午後3時ころから売り出している。店にとって想定外の展開だろう。

昭和7(1932)年12月16日、日本橋白木屋百貨店の大火災、大惨事は意外な展開になった。


<この火災は、高層建築物の火災という、新しい問題を消防当局に提起しましたが、一方では、日常生活での女性の下着着用の必要性等が、叫ばれることともなりました。それは、上層階から綱にすがって脱出しようとしていた女性の何人かが、裾がめくれるのを押さえようとして綱から片手を離したため、体重を支えきれなくなって墜落死したことが契機となって、それまで日本の婦人が着けていなかった下ばきを、着用するようになったからです>(東京消防庁)


火災による死者は1人だが、何と墜落による死者は13人にものぼったという。


何かが発生すると「歴史に刻まれるほどの想定外の展開になる」ことがあるわけだ。世界中を混乱させた中禍コロリは世界史のターニングポイントになるだろう。


一寸先は闇、とはよく言うけれど、それに完璧、完全無欠に備えることはまずできない。「想定外」はいつでもあり得る。


ここ数か月、長女一家は想定外の連続だった。昨秋の台風19号で多摩川支流が氾濫、賃貸住宅は床上浸水、一家4人は我が家へ「岸辺のアルバム」などとともに逃れてきた。小生は「オモチャ部屋」と称している8畳間に仮設の棚を作り、足の踏み場もなくなったような荷物をそれになりに片づけた。


この3月末には長女一家は幸いにも災害前に手付金を払っておいた新築マンションが完成して新生活を始めたが、子供2人は学校閉鎖。6月15日からようやく平常の授業になった。これで一応は穏やかな日常に復帰したわけだ。


先日、仮設の棚を撤去して目立たないところに新たに小振りの棚を作り、整頓整理、掃除をし「オモチャ部屋」も落ち着いた。ようやく「我が家の台風・コロナ禍W災害」は終わった。


テナントは1週間ほど前から通常営業に戻った。今朝、恐る恐る排水パイプのふたを開けてみたが、汚水はきれいに流れており、心底ホッとした。気をよくして1F正面の排水パイプも掃除、これで一安心、2か月ほどはどぶ掃除から解放される。


子供たちと楽しんだ岡田あーみんの「お父さんは心配症」ではないが、「俺がくたばったらビルのメンテナンスはどうなっちゃうのだろう」とは思うけれど・・・先のことはあまり心配しなくてもいい、ケセラセラという行き方もあるが・・・リンダ、困っちゃう!


今日は久し振りの五月晴れ(梅雨時の晴れ間)、庭を手入れしてから自転車で多摩川の東京側を遡上した。森林公園も大好きだが、視界を遮るものなく多摩丘陵も見晴らす広々とした河原は心が解放されて実に気分がいい。


安土城天主に立った信長はその何倍、何十倍も気分が良く、「この世をば我が世とぞ」思ったことだろう。一寸先を知らずに・・・


川端に東西50m、南北20mほどの竹藪があり、真ん中あたりに乾燥した竹で覆われた出入り口がある。住人はホームレスだろう。小生のトム&ハックの遊び心を大いに刺激する。


「こんにちは、素敵なお家ですねえ、見学させてもらえませんか、これ、挨拶代わりです」なんて飲み物かお菓子を出して友達になったり・・・かなりリスキーだね、かぐや姫やお鶴さんでは絶対ないし、竹林の清談になる可能性も低い。


ただ、国交省の河川パトロール隊が放置しているということは、近所の住民が遊びできているだけという可能性はある。真実は如何に・・・


ヂイサン連中が欅の大木下の涼しいベンチでいつも集っているのも興味深い。あまりおしゃべりはしない、もう常連だから話題も尽きたみたい。タバコを吸うために来ている人もいる。


近くの草むらにBBQセットを隠しているグループもある。パトロール隊は知っていても御目こぼしと言うか、イタチゴッコになるから放置しているのだろう。


上半身裸で日光浴している人の入れ墨は見慣れない図柄だったからフィリピン人かもしれない。小生はフィリピンでコレラになったが、それは地元では「歓迎のしるし」だという。


<6月11日、日本格付研究所(JCR)はフィリピンの信用格付をBBB+からA-へと1段階引き上げました。その理由として、世界各国が経済成長の減速により財務状況を毀損し、信用格付を引き下げたパンデミックのさなかにおけるフィリピンの耐性を挙げました>(PR
TIMES 6/12)


感染症に強いタフな民族性というのはあるのかもしれない。炎天下、堤防補強工事で金属ネット(強化かごマット)にしゃがみこんで大小の石を隙間なく配置している作業員を見ると、いやはやタフな人はいるものだと感心する。小生なら1時間で倒れてしまうだろう。


多摩川漁協の産卵所の看板を見ると、多摩川には32種の魚がいるという。今は鮎のシーズンだが、いくらきれいになったとはいえ多摩川の魚を食べる人はほとんどいない。環境汚染の記憶が消えていないのだ。釣り人は近隣では(昔の小生のように)相模川とか中津川に行く。


釣り人のそばに黒いものが動いている。目を凝らすと烏が2羽。オッサンが魚を釣るとホイホイと投げ、2羽は夫婦なのか、巣で待っている子にせっせと運び、やがて戻ってきて行儀よく待っている。可愛いからオッサンは毎日フィッシング。家に居場所がなかったりして・・・なんかわが身を見るような・・・


就寝前の歯磨きで3か月ほど気になっていたグラグラ奥歯がポロリ、「最後の一葉」ならぬ「最後の一歯」、奥歯はすべて失った。あまり痛くなかったし、出血も少ない。カミサンによると歯槽膿漏じゃないかという。



入れ歯・・・以前、部分入れ歯を利用したことがあるが、違和感があるので止めてしまった。朝晩のスズメの餌のように細かく切った準流動食の方がマシかも知れない。研究してみよう。(2020/6/16)


2020年06月18日

◆雀庵の「中共崩壊へのシナリオ(10」

“シーチン”修一 2.0


【Anne G. of Red
Gables/123(2020/6/15/月】漱石「坊ちゃん」や太宰「津軽」がいまだに愛されるのは「男の母性への憧憬」が恥ずかしげもなく描かれているからだな、と思いついた。

奥さん(女房)の母性は、当初は旦那が独り占めできるが、子供が生まれれば当然ながら子供に注がれていく。旦那は仕事に追われているし父性もあるから、あまりそのことを気にしないし、隠れてつまみ食いをしたり趣味を楽しんだりしているから、「もっと俺をかまってくれ」とは言えない。

母性への飢えを他のことで補っているわけだ。「代償行動」というそうだ。

<代償行動:ある目標がなんらかの障害によって阻止され達成できなくなったとき、これに代る目標を達成することによってもとの欲求を充足するような行動>(コトバンク)

「指しゃぶり」なんかは代表例だろうが、電車内で若者がやっているのを見てびっくりしたことがある。親指に「吸いダコ」ができていた!


「満たされない感情や欲求の対象を別のものにすること」「他者の思考や感情を、自分のものだと思い込むこと」も代償行動だという。


そうであるならば小生の文章なんてビョーキじゃん、とがっかりしそうになった・・・が、


「失恋してしまったのでその気持ちを歌にしてみる、むしゃくしゃすることによって生じる破壊衝動をボクシングに打ち込むことで解消する、などは『昇華』で、昇華する際に行う行動は社会的に高次元なものであり、心や体に悪影響を与えるということはありません」


とフロイト父娘先生は定義しているそうだ。


しょうか、分かりました、アウフヘーベンね、♪あなたに抱かれて わたしは蝶になる
ふるえる羽
はげしい恋に灼く・・・加代子は蝶になり、ザムザは芋虫になった。吾輩はニャンになろう。


精神を病んだ変人奇人狂人ではあるが、その錯綜した怪刀プリズム脳でこの世の乱麻を解き、あるいは乱し、ガラガラポンで止揚しよう。


棟方志功は「わあは日本のゴッホになる」と決意、小生は龍馬をちと真似て「ドライクリーナー」を目指すか。ウェット(ハト派)じゃないからドライ、同時に血も涙も流さない

bloodless、ベタベタしないサラサラ爽やかな仕上がり、中共はこれを「和平演変」と呼んで恐れているとか。

<平和的手段によってソ連や東ヨーロッパのように社会主義体制を崩壊させること。六四天安門事件以降、“中国指導部は、資本主義国家群やそれと連なる反共団体等が、中国国内外の反体制勢力の支援や資本投下、情報頒布といった手段によってこの「和平演変」を企てていると考えている”旨の報道・指摘が中国国外でしばしばなされている>(WIKI)


政治的・軍事的・経済的な包囲網で中共を「自壊」させる。トランプ米国はそれを狙っているだろう。日本はどうする、ドースル、ドースルネン?


恩ある豊臣につくか、それとも新興の徳川につくか、如何にせん。


♪あなたならどうする 泣くの 歩くの 死んじゃうの・・・


泣いたところで解決しないし、死んだらオシマイ。洞ヶ峠を決め込んで成り行きを見ようというのは手だが、両陣営から顰蹙を買うから永遠に勝ち組、一流グループには入れない。宴会場の隅っこの「旧敵国&第三国」席で悲哀をかこつことになる。


16世紀の大航海時代、スペインは世界で初めて「太陽の没することなき帝国」となった。が、好事魔多し、
1588年に無敵艦隊が英国に敗れてからは二流国に落ちた。第一次、第二次世界大戦でも功なく、2004年にはマドリード列車爆破テロに屈して「テロとの戦い」から離脱し、三流国へ。2017年からはカタルーニャ州独立騒動で内政も揺れに揺れている。


この世を天国にするも地獄にするも国家リーダーの決断次第だ。あなたならどうする、東へつくか、それとも西か、決断して歩き出すしかない。


昨日(15日)の産経書評「佐藤優が読む『官邸コロナ敗戦』乾正人著 腹をくくった政治評論」は興味深かった。“ラスプーチン”佐藤優はこう書く。


<本書は産経新聞の乾正人氏(論説委員長)による政治評論だ。本書で乾氏は、歯に衣を着せずに安倍晋三首相や今井尚哉首相補佐官等を批判する。


乾氏は新型コロナウイルス(乾氏の表記では武漢コロナウイルス)に対する首相官邸の対応が遅れた背景に外交戦略の変化があると考える。


「なぜ習近平が令和二人目の国賓に決まったのか。安倍首相自身が、第一次政権から基軸にしていた『価値観外交』を捨て、米国・トランプ政権との盟友関係を基軸に置きながらも民主主義や自由の尊重といった価値観を異にする中国やロシアにも秋波を送る『バランス外交』に大きく舵を切ったからだ」>


西郷先生や毛沢東は「戦争は血を流す外交、外交は血を流さない戦争」だと認識していたが、佐藤優や古巣の外務省は「高級ワインをポンポン開けて楽しく仲良くする」のが外交だと思っているから上記の乾氏の論考は気に入らない。佐藤は最後に自己保身のスカシッペ。


<もっとも評者(佐藤)は、わが国力を客観的に見た場合、安倍首相、今井補佐官、北村滋国家安全保障局長らが行った米国、中国、ロシアとの勢力均衡を基本とする「バランス外交」への政策転換が現実的選択だと考えている>


要は米 vs
中共激突でも洞ヶ峠がいい、というわけだ。佐藤は昨年、「北方領土問題でロシアは日本に譲歩する気配がある」と書いて大チョンボしたが、外務官僚トップを務めた“怪人”谷内正太郎の子分らしい。佐藤も谷内も、恐らく外務省は中ソの犬、米国民主党の左派みたいだ。獅子身中の虫。


(小生は「佐藤は隠れ革マル、始祖クロカンの二代目、枝野は公然部隊長」だと怪しんでいる。立民や沖縄、JR総連は佐藤の指揮下にあるANTIFAではないか)


小生は上記の乾正人氏の論考を知って、安倍総理が異常なほど習近平の国賓訪問にこだわってコロナ対策に後手をとった理由が分かった。谷内などに手玉に取られて鵺(ぬえ)のような、脳内お花畑的「バランス外交」という詐話に洗脳されていたのだ。


そのためにコロナに手間取り、つまらないことで野党から足を引っ張られ、下手をすれば宗主国の米国からも信頼を失うことにもなりかねない。


安倍氏は自らが賞味期限切れになる前に、すっかり賞味期限切れになって下り坂を行くしかない中共とは距離を置くようにし、日米英仏印豪加台乳の中共包囲網の強化に全力を投入すべきだ。


紳士的に振舞って北から軽侮を受け、拉致問題は1ミリも前進しなかった。西郷先生曰く「外交では『戦』の一字を忘れるな、忘れると侮られる」。いい子ぶりっこの代償行動では何も解決しない。(2020/6/15)

2020年06月16日

◆雀庵の「中共崩壊へのシナリオ(9」

“シーチン”修一 2.0


【Anne G. of Red
Gables/122(2020/6/14/日】2日連続で蚊に刺されたので、網戸を慌てて修繕した。やらなければいけないとは分かっていても切羽詰まらないとやらないもので、試験勉強とか、締め切りが迫らないと書き始めないとか、そういう人は多分、多数派だろう。

何しよう 大事なことより 好きなこと(修)


理性よりも感性が優先されることは日常茶飯事だ。お母さんは子供に「好き嫌いはダメ、何でもちゃんと食べなさい!」と「理」を言うけれど、お母さん自身、好きな料理しか作らない。「ママずるい!」なんて言われると、「だってお肉の脂身は苦手なんだもん」。


豪傑になると「清濁併せ吞む」とか尊敬され、落ち目になると「無節操、結局は個利個略だった」なんて非難されたり。「智に働けば角が立つ、情に棹させば流される、意地を通せば窮屈だ、とかくに人の世は住みにくい」(漱石「草枕」)、世の中はそういうものらしい。


そうであっても「言行に恥づるなかりしか」(海軍「五省」)と、理性的であることを良しとするのは日本人のDNAには未だに刻み込まれているようだ。「一場(いちじょう)の感情で人生の大事を誤るなんて愚の骨頂だ」といった言葉はダメ出しの場面で結構出てくるのではないか。


「そういうのを短慮、軽率と言うんだ、いい歳をしてレディ・リリーを襲うなんて、まったく何考えてるんだ・・・で、具合どうだった?」


「へへ、もうパンデミック! ♪エジプト帰りーのリリー、リリー・・・って、ずいぶんご機嫌でしたよ・・・詳細は・・・不起訴なら話しますがね、旦那の御心次第。起訴されたって病院送り、アタシはどっちでもいい。検事さんと相談、熟慮してからお返事を。旦那、悪いディールじゃないですぜ、ヘッヘッヘ」

感情は理性(計算、損得、知性、是非判断)を弱め、理性は感情(気分、好悪、本能)を抑える。抑えすぎると「非情、冷酷、人情の機微が分からない原理主義者、鬼!」なんてクソミソに罵倒されたり。


まあ、感情と理性の塩梅、制御が上手にできる人が智者、賢人で、へたくそとか、できない人、情にもろい人が愚者、暗愚、バカということだろう。


普通の人はその間を揺れている。時に賢明だったり、時に判断を間違えたり。


「恋は盲目、アンタがリリー太夫に惚れてる気持ちはよーく分かる。だけれども、箕帚を取らせ賄いを任せて上手くいくかどうか、紺屋高尾は話の世界。暫く旅へでも出て、よーく考えて見るんじゃな」


主要国の中で離婚率1位はロシア、2位は米国、日本は10位ほど。民度が高いかどうかは知らないが、日本人全体の「感情と理性の塩梅」は概ね良さそうだ。


日本では有史以来、大規模暴動はほとんどない。江戸時代は治世批判の農民一揆がそこそこあったが、最大の農民一揆(反政府武装蜂起)と言われる「大塩平八郎の乱」でもわずか半日で鎮圧され、処罰されたのはたったの40人(うち死刑は30人)である。

<近世日本の都市部において町人同士の相互扶助である「合力」が発展し、富裕町人による町方施行が成立した享保年間の頃から「仁政」と呼ばれる社会正義思想が形成された。

仁政とは、為政者は富者の私欲の追求を規制して弱者の生活が立ち行かなくなることを防ぎ、富者は私欲を自制し、飢饉や災害が発生した時は率先して施米などを行って弱者を救うべき、という為政者・富者に課された責務である。


公的収奪にせよ私的収奪にせよ、この責務を果たせない為政者・富者は「不徳」として糾弾された。家財の略奪なども行われたが、一方で正当な制裁行為であることを主張するために、家屋の破壊だけにとどめ、略奪や放火は厳に戒められた事例も多く知られている>(WIKI)


しょっちゅう飢饉に悩まされた国なのに(国だから)信じられないほどのセーフティネットがあった。それなりの福祉国家が江戸時代には模索され実践されていたわけだ。徳川幕藩体制が諸問題を抱えながらも200年以上続いたのはそれなりに善政だったのである。時代の要求に応じて体制が自らを改革していったのだ。

農林水産業を含めて識字率はなんと70%、そんな国は世界ではない。


さらに統治が揺らぎ始めた幕末には福祉政策なのか、ガス抜きのような庶民向け娯楽イベント「ええじゃないか」フェスティバルもいっぱいあった! 江戸城無血開城で江戸は戦火を免れた。戊辰戦争の参加率は人口のたった3%、犠牲を最小に抑えられた。

同志諸君、改めて言う、そんな国は世界ではないぜ。


米国は今、伝統行事の「理性を忘れて感情爆発!第〇回全米火付強盗暴動フェスティバル」の最中にある。さすが、世界がひっくり返っても真似できないほどの民度レベル! 3、4年に一度の持ち回り会場で、観光客誘致の大イベントにすべきだろう。

♪ロックとジャズとブルースに 酔って歌って踊りまくれ バーボン、ポテトにサザンフライ、クラックやればこの世の天国、火付け強盗やり放題、恋も破壊もお好きにどうぞ、なんでもありのフェスティバル!


キング牧師は喜んでいるか、泣いているか。苦労の末に小さな店を持った多くの商店主は店を壊され商品を奪われて喜んでいるか、泣いているか、報復を恐れて黙っているか。(邦字紙「The
Rafu Shimpo 羅府新報」を読んでくれ!)


一体誰が時代錯誤の暴動を喜んでいるか? 中共と過激派とリベラル≒アカモドキ≒アカと社会のダニのような盗人だけだ。曰く――


「コロナを革命に転化せよ! 千載一遇のチャンスだ! 奪え、焼け、殺せ! 焦土、血の海から新しい世界を創れ!」


そういう妄想世界の住人には「体制憎し」と「付和雷同」の感情しかない。つける薬もない。遠島に追放するしかないんじゃないかと絶望的な気分になる。

そういう妄想世界のキチ〇イが人民の血と涙で創った「労働者の祖国を標榜した収容所群島」ソ連はいかにして崩壊したか。前回に続き「Russia
Beyond」から紹介する。

・・・

◆レーニン「追放より強制収容所のほうがましだ」


「ソ連のプロジェクトは、我々が現在『福祉国家』と呼ぶものの要素を含んでいた。ソーシャル・モビリティ(努力すれば出世できるといった社会的流動性)、社会福祉の制度、社会的支援、無料の医療サービスなど。


しかし、これらのプロジェクトは、そのユートピア的性質のため、完全に実施されるわけにはいかなかった」。マリシェワ氏はこう指摘する。


「三権を分立させず、人々の自己管理にまつ。これが機能するには、高度の社会的責任感が必要だが、それはソ連社会にはなかった」


なるほど、レーニンと同志たちは信じていたかもしれない。党もソ連の役人も、すべて公正かつ誠実であり、賄賂を取ったり盗んだり職権を乱用したりすることはない、と。だが、残念ながら、現実は「真理」からかけ離れていた。


ソ連の初期でさえ、ボリシェヴィキ政権は、穀物を生産した農民から非人道的なやり方でそれを徴発した。政権は、民衆の強力な抵抗に遭い、しばしば、1920〜1921年のタンボフでの反乱のような事態になった。タンボフ反乱には5万人以上の農民が加わり、数万人が赤軍によって殺された。


一方「新世界」に収まらなかった人々、とりわけ元ブルジョアジーや地主もつぶされることになった。「無慈悲な根絶が必要だ」とレーニンは書いている。


「外国人は急いで追放しなくてもよい。強制収容所の方がいいかもしれない」と彼は言った。レーニンが社会正義と平等の理想的状態を構築しようとしていたのは明らかだったが、それは残酷な方法で行われた。


これに関連し、心理学者で思想家のジョーダン・ペーターソンはこう主張する。レーニンを理想化して、彼が労働者階級の幸福のみを追求していたと言うのはナイーブである、と。


ペーターソンは、単純化しすぎている嫌いはあるが、単刀直入にこう述べる。「レーニンの腹心はスターリンだった。もしあなたの腹心がスターリンだとしたら、あなたは良い人間ではない」


結局、ソ連当局は、農民の抵抗を粉砕して、私有財産を国有化し、土地と農業生産の手段を集団化することを宣言した。今や、農民の土地、牛、農具はコルホーズすなわち集団農場に属していた。こうして農民は、ほとんどお金を奪われてしまった。


農民は「労働日」に働き、働いた日数に応じて現物支給された。歴史家たちは、1861年に農奴制が廃止されたと言うが、それは、1932年〜1937年に復活したのである。農民は、自分に割り当てられたコルホーズから去ることを禁止された。

◆経済的衰退


集団農場のシステムは、穀物生産の急激な減少をもたらし、食料を外国から購入しなければならなくなった。かつて、1913年の時点で世界有数の穀物輸出国だったロシアは、その主要な輸入国の一つに転落した。


ルドルフ・ピホイア氏の示す統計によれば、1973年にソ連は、自らが消費する穀物の13.2%を輸入していたが、1981年には、その割合は
41.4%にまで達した。


また1987年には、ソ連の生産に占める消費財の割合は24%にすぎなかった。国は、自国民を犠牲にして前例のない軍備拡大に乗り出していた。


しかし、その収入はどこから得られたのか。1970年から1980年にかけて、シベリアの石油生産量は10倍(3100万トンから3億1200万トン)に増え、ガス生産量は95億立方メートルから1560億立方メートルにまで増加した。そしてこの石油とガスは西側に輸出されていた。衰退しつつあるソ連経済にとって唯一の「ライフライン」だった。


「党と国家の機構はあらゆるレベルで統合されていた。すなわち、行政、管理、コミュニケーション等のすべてのレベルで」。マリシェワ氏は言う。


「党と国家の機構のいずれかに危機が生じた場合、もう一方も危機に見舞われ、衰退する。だから、1980年代後半に民主主義が発展し始めたとき、党は権力を維持することができなかった。共産主義のイデオロギー自体は生き残る力を持っていたが、国家機構との一体化は、共産主義を破滅させた」


チェルノブイリ原発事故の大惨事は、行政機構が芯まで腐敗していることを示した。ミハイル・ゴルバチョフが社会的・政治的改革を始めると、党と国家の、それでなくとも不安定な均衡は崩壊してしまった。


リアルな選挙が導入されると、ソ連の各共和国の国民が主権を強く望んでおり自ら決断を下す機会を得たがっていることがあぶり出された。


その間、党の古くからの党員はほとんど皆辞めていった。1986年〜1989年に、すべての共和国の地元党幹部の90%が辞任し、結局、連邦は崩壊した。


ソ連のシステムは、時代の要求に応じて自らを改革することができず、持続不可能であることが証明された。(以上)・・・


ソ連は崩壊すべくして崩壊した。ソ連の指導と支援で生まれた中共も崩壊する。早めに静かに自壊してほしいが、何億もの難民が世界に押し寄せたらコロナどころじゃない、それこそ元寇、侵略だ。早急にA2/AD(接近阻止・領域拒否)対策練るべし。


言論の自由があるから我々は「理性を働かせさえすれば」過去から多くを学ぶことができる。一方で中共には言論の自由はないし、理性を働かせて「解」を得たところで、それが中共の政策に合わなければ「反逆罪」で弾圧される。武漢肺炎を真っ先に報告した李文亮医師は処罰され、後に武漢肺炎で亡くなった。


中共の学者から構成されている社会科学院は習近平政権初期に「学問の自由を縛るのはいかがなものか」と声をあげたら、習近平に「誰のお陰でメシを食ってるのか」と恫喝されるや沈黙してしまった。


共産主義とは独裁者に追従するだけのシステムで、上がムース(ヘラジカ)を指さして「あれは馬だ」と言えば下も「あれは馬です」と言うだけである。


「いや大きな角があるから鹿の一種です」と言ったら死刑、「正確にはロバです」は収容所送り、「農耕用のペルシュロンという馬です」ならお伽衆に採用されるかも知れないという、ほとんど理性とは程遠い、不思議の国のそんなのアリンス、狂気の世界。


キチ〇イから言わせてもらえば「一度キチ〇イ、一生キチ〇イ」で、火付強盗殺人鬼のような重度のキチ〇イは絶対完治しない。ひょんなことから狂気にスイッチが入るのだ


「くそっ、面白くねえ、生きてたっていいことねえや、どでかいことして死んでやる!」、コロナと大統領選という社会不安、社会分断に揺れている今の米国は、そういう連中にとってパンデミックの絶好の機会になっているはずだ。合い言葉は「アカ頭巾ちゃんに気を付けて!」。


エクソシストとかバスターズになってアカ掃除を終えてから昇天したいものだ。(2020/6/14)


2020年06月15日

◆雀庵の「中共崩壊へのシナリオ(8」

“シーチン”修一 2.0


【Anne G. of Red
Gables/122(2020/6/13/土】朝は室温28℃、いつもの通りの梅雨、ブルーになるが、これがなければ農業など困る産業は多いから、「神様仏様、どうかほどほどに」と祈るしかない。


人間は高度(利便ときどき邪道)な文明を築いてきたが、治水灌漑や建設土木から医療研究などあらゆる分野で自然災害、伝染病など災難を小さくしてきたが、基本中の基本である「飢え、食糧難」を解決できたわけではないし、平和をもたらすはずの宗教や主義でも相変わらず殺し合っている。

専門家によると災害によるダメージは自然災害が一番大きく、次いで紛争災害(民族紛争、宗教紛争、派閥紛争など)、経済災害(恐慌、不況など経済危機)、戦争災害(国と国の激突)だという。

一人当たりのGDP(年率)への影響は一番大きい自然災害でもマイナス1%ほどだからさほど大きいわけではなさそうだが、1億人の国で1%、100万人が犠牲なると考えれば甚大だ。

2011年の東日本大震災での死者・行方不明・関連死2万人、避難者数(最大)
47万人だって大災害として未だに傷は癒えていないのに、100万人が被害を受けるような災難が2、3年続いたら大打撃だろう。

(ちなみに毛沢東の招いた経済災害&人災「大躍進政策」の餓死者は人口5億人の10%、5000万人。中共は「天災だ」と嘘をついており、14億の民の多くは騙されている)

実際には1億人が皆で被害を引き受けるから痛みは小さくなるとは言え、GDPは年率2、3%成長しないと経済が委縮すると言われている。そういう中でマイナス1%となれば財布のひもは締まる、消費意欲が下がる、ボーナスは前年割れ、残業はダメ、気分が晴れない、となる。みんな空気に流される、付和雷同、蚤の心臓。

今回のチャイナコロリ、中禍は自然災害(感染症)のような紛争災害(生物兵器由来?)であり、未曽有の経済災害(年内で収まるかどうか)でもあり、戦争災害(中共
vs 世界の激突)という「最強手」というか「禁じ手オンパレード」。


中共は世界中からレッドカードを投げつけられているのではないか。普通の国なら恐れ入って、責任の所在はともかくも、


「結果的に重大性の認識が不足していたことについては謝罪いたしますが、賠償に応じることは第一世界大戦の敗戦国ドイツを圧迫し、結果的に第二次大戦を招いた歴史から世界にとっても懸命な策とは申せません。

中国は後進国であり、人口は14億、一人当たりのGDPは世界70位です。いまだに月収千元(約1万5千円)の民が6億もおり、中規模の都市で家を借りることすらできないのが実態です。新型コロナで影響を受けた人々の生活保障が重要課題になっている今、恥ずかしながらない袖は振れぬ、と申す外はございません。

今後は過ちを改め、国際社会の良きメンバーとして貢献してまいります。角を矯めて牛を殺すことにならぬよう、どうかご理解とご協力をいただきたく、伏してお願い申し上げます


こう頭を下げて習近平の首を出せば、軍隊の縮小、核放棄、チベット、ウイグル、モンゴル、香港独立、収容所解体、共産党禁止、台湾不干渉くらいで勘弁してもらえるかも知れない。


とりあえず虎口から逃げ出すための兵法で、まずは先進国の怒りを鎮めることだ。習近平の首はマスト。小生が広報担当なら以上の策を提言するがのう。10年後に「舌技で中共を解体した男 シーチン」なんていう本、出ないかなあ


さて、温故知新、ソ連はいかにして崩壊したか。Russia Beyond
というサイトはソ連/ロシアから逃げ出した人たちが作っているようで、以下、紹介する。

・・・


なぜソ連の社会主義は失敗したのか:衰退と崩壊の要因は何か ゲオルギー・マナエフ(2019年6月28日)

社会主義国家「ソビエト社会主義共和国連邦」の衰退とそれに続く崩壊には、いくつかの明白な要因があった。

ソ連の黎明期、間もなく共産主義が世界に打ち立てられるとの期待が、世界各国の左派勢力の間で高まっていた。しかし、その後数十年のうちに、レーニンの社会主義的理念の挫折が明らかになった。これはいかにして起きたか?


◆社会主義の扉を通じて共産主義にいたる

「社会主義と共産主義を区別することが重要」と言うのは、エレーナ・マリシェワ氏。彼女は歴史古文書研究所・古文書研究科を率いている。

「社会主義は、ソ連の国家行政の形態であり、共産主義は支配的なイデオロギー。この社会主義国家のプロジェクトは、当初はユートピア的でポピュリスティックだった」


ルドルフ・ピホイア氏は、歴史学博士で、国のアーカイブの元専門家だが、論文「なぜソ連は崩壊したのか?」でこう指摘している。


ソビエト国家の主な特徴は政府機関と共産党が一体をなしていたことで、ソ連憲法(1977年)は、党を「政治体制の核心」と定義している、と。

実際にはこれは何を意味したのか? レーニンの主張はこうだ。

選挙で選ばれる地方自治機関「ソビエト」は、直接民主主義である。だから、議会も三権分立(立法、司法、行政の相互の独立)も必要ない。すべてはソ連最高会議の代議員がカバーする。これらの代議員は、各地元のソビエトから選出されている――


しかし、ソ連の選挙はまがい物だった。役人はすべて、ソ連共産党によって任命された。真に国家を支配していたのは、党の中央委員会である。あらゆる軍人、官僚、警察官、秘密警察は、党に属していた。国の治安を保障していたのは、秘密警察「KGB」の膨大なエージェントだ。

フィリップ・ボブコフ将軍(1925〜2019年)は、KGBの元副議長(1983〜1991)を務めた人物。その彼が最近のインタビューで推算したところによると、すべての地域に約300〜500人のKGBエージェントが活動しており、主要な地域では最大1500〜2000人に達していたという。


こうした状況で、体制に異を唱えたり反抗したりした人間には、刑務所と強制収容所(グラーグ)が待っていた。恐るべきグラーグのシステムは、1933年の時点で50万人以上を収容していた。1936年以降は100万人以上に達し、1950年代の初めには実に250万人にのぼっていた。このシステムの過酷さは、とくに外国人の目からすれば明白だった。(つづく)

・・・



ソ連の轍を中共は辿っている。中共が自ら力があるうちに方向を変えなければ、名物の軍閥が割拠したり、狂信的な団体が暴れたり、排外主義が逆に外国の干渉を招いたりといった災厄を招く。


蓄財蓄妾美酒美食とか孫子の兵法ではなく、四書五経を学んで文治政治に徐々に切り替えていくとか、本当の文化大革命、大改革が必要だと思う。

「子曰く、之を導くに政を以てし、之を斉(ととの)うるに刑を以てすれば、民免れて恥無し。之を導くに徳を以てし、之を斉(ととの)うるに礼を以てすれば、恥有りて且つ格(ただ、正)し」(論語)


(解説:国家経営は法律を作れば上手くいくとはならないね。行政を法制のみに依ったり、治安に刑罰のみを用いたりするのでは、民は抜け道を見つけてテンとして恥じない


上に政策あれば下に対策あり、中共統治下の今では華人の処世術になってしまった。情けないことだよ。行政や治安は道徳、モラルをベースにすべきで、ルール違反は恥ずかしいことと思うようにした方が上手くいくと思うがね)


孫中山(孫文)先生も日本で多くを学んだ。ポスト習近平の指導者も日本で民主主義のピンキリ、清濁、裏表、リアルを学んではどうか。(2020/6/13)


2020年06月14日

◆雀庵の「中共崩壊へのシナリオ(7」

“シーチン”修一 2.0


【Anne G. of Red Gables/121(2020/6/12/金】室温31℃、すっかり夏だ。


庭の草花はのびのびと成長し、手入れをしないと「もっと上へ、もっと横へ」と縄張りを広げてくる。穏和しくて(自己主張の少ない)可愛い花は、野性味たっぷりの花卉に覆われて、存在すら忘れられそうだ。野趣と人工美をバランスよく調和させるのが「庭師」のキモなのだろう。

この「庭師」という言葉は好きだ。一日の仕事を終えて、縁に腰掛け、手入れを終えた庭を眺めながら一服している姿なんて、まさしく一幅の絵になる。


これが「造園家」とか「作庭家」「ガーデンデザイナー」「ランドスケープデザイナー」とかになると小生は「なんかなー、ちっとも粋じゃない」と興覚めする。


「留さん、ご苦労様でした、今日はね、いい酒が手に入ったんで、留さんとちょいと一杯やりたくて井戸で冷やしておいたんですよ、まあ一杯どうぞ・・・」

「いやーっ、うめえ! いい酒ですね、まったくゲージツ品だ!」

「そうかい、嬉しいね・・・それにしてもすっかりいい庭になった、心が晴々するねえ、まったくゲージツ品ですよ。先代の熊さんからお世話になっていますから・・・そう、もう60年」


「親方からは“100年先を見て手入れするのが庭師だ”ってよく言われたもんです。代々受け継がれてきた庭がゲージツ品みたいに神々しくなっていく・・・庭師冥利に尽きるってつくづく思いますよ・・・」

こういう風情はスケールは小さくても長屋の軒先、小家の玄関脇や商家の坪庭でも見られたし、今でも狭い空間を利用して花卉を楽しんでいる人は多い。

日本花き卸売市場協会のサイトにはこうあった。


<スコットランドの植物学者であるロバート・フォーチュンは1860年に幕末の日本を訪れ、街中で人々が植物を育てている様子を見て驚いたそうです。そのことを著書「幕末日本探訪記 江戸と北京」の中で、


「日本人の国民性の著しい特色は、庶民でも生来の花好きであることだ。もしも花を愛する国民性が、人間の文化生活の高さを証明するものであるとすれば、日本の庶民はイギリスの庶民と比べると、ずっと勝ってみえる」

と書き記しています>

ただ、低成長経済や少子高齢化が進んでいること、同時に単身世帯が増えていることもあって、「⽇本の花き産業規模は1995年をピークとして縮⼩を続けている」(農水省)という。


バブル景気の最終年1990年は大阪花博が開催された年でもあるが、バブル余韻で世間の景気はまだ良くて、1995年の産出額は6200億円(作付面積4万8000ha)、これをピークに下り坂で2017年は3700億円(作付面積2万7000ha)に落ち込んでいる。


要は花卉業界が旧態依然で、生産者は「私作る人、市場で売ってオシマイ」、小売業は「私売る人、店舗で売ってオシマイ」。昔の食管法時代の百姓と米屋のようなもので、鮮度や産地なんてどーでもいい、というレベル。

業界あげての市場の分析、商品開発、マーケティングという当たり前のことが行われていないのだ、と農水省は怒っているようだ。


農水省がいろいろ指導しても生産者には馬耳東風だろう。我が街でもそうだが、都市近郊なら皆さま大地主で、「園芸農業なんてオレの代で終わり、息子はマンション建てるでよ」という人が多いはずだ。


小生の本家は元来は農業だが、小生が知っているだけでマンション2棟、オフィスビル1棟、40台収容の駐車場は4か所だと思っていたら「〇〇第5駐車場」を最近発見した。後継ぎには税理士の資格を取らせた!「百姓なんてやってられるか!」と思うのも当然だ。

かつて花を愛した国民は、まるでソドムとゴモラを理想社会と思っているかのように、ひたすらカネ、旨いもの、娯楽を愛するだけの野蛮人に退化しつつあるんですよ、フォーチュン先生。


戦後日本の師匠、米国では隠れアカが「中禍戦争を内乱へ転化せよ」とマルクス、レーニンの教え(詐話)をまたぞろ持ち出して、「チャンス到来、最後の絶好の機会だ!」と街頭で暴れまくっている。アカとバカにつける薬なし、ただ消え去るのを待つのみ。


6/11産経に岩田温(あつし)大和大学准教授の寄稿「国難に思う パンデミックでよみがえる亡霊 なぜ、また共産主義が語られるのか」が大きく掲載されていた。岩田氏は2005年、22歳の若さで「日本人の歴史哲学」(展転社)でデビューして以来、小生は期待していたが、久し振りに読んだ氏の論考は期待をさらに促すものだった。

まだ37歳、小生の愚息と同世代だが、氏はこれから一流の保守愛国派論客として名を高めていくだろう。次代は良くなるかもしれないとヂヂイは励まされる。

さあ、今日も元気で勉強しよう。上島武・前大阪経済大学教授の講演「ソ連はなぜ崩壊したか」要約の続き。( )内は修一。

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日本には第2次大戦中に大本営発表というのがありましたが、それは負けていても「勝った」「勝った」と発表していました。


発表している側は、最初はウソだと自覚しているが、そのうちに自分が自分にだまされていく。それと同じように、スターリン時代のソ連では「社会主義が最終的かつ完全に勝利した」と言われました。

その社会主義の目標のなかに、「諸民族の融和と接近があり、ソ連には民族の抑圧、差別がなくなった、ある民族とある民族のあいだに固有のあつれきがあるという状態はなくなった」と宣言しました。ところが、現地の人はそうじゃないと思います。


チェルノブイリの原発事故以後、ゴルバチョフはグラスノスチとして、「みんな、言いたいことを出してくれ」という政策をとりました。

そうすると、各地方民族から「ロシアに我々は差別されてきた。我々より、もうちょっと大きな民族が我々を差別してきた」と言いだした。そしたら、その下にいる民族がまた言いだした。「そういうことをお前たちが言っているが、お前たちは我々を差別してきた」と。あっちにも、こっちにも問題が内向していることが明らかになってきました。

これが最初に爆発したのが1988年のナゴルノ・カラバフでした。ゴルバチョフが最初に聞いて、「ナゴルノ・カラバフ」ってどこにあるのか分かりませんでした。そこで何が起こっているのかも分かりませんでした。

(ナゴルノ・カラバフ地方は、アゼルバイジャンの西部で、アルメニア人が多く居住していたが、ロシア革命後にアルメニア共和国ではなくアゼルバイジャン共和国に強制的に編入された)

ナゴルノ・カラバフに住んでいる民族のなかでは、アルメニア人がアゼルバイジャン人に差別されてきましたが、アゼルバイジャン人はロシア人に差別されてきました。二重、三重、四重の差別があって、いちばん下から声をあげたのです。

しかし、なかなか聞いてもらえないので、手をだしました。これにたいして鎮圧部隊がやってきて紛争となります。

しかしこれは、ナゴルノ・カラバフだけ(の問題)ではなかったのですね。形式上は、平等にソ連邦に加盟するというかたちをとりながら、実際は二重三重の上下関係のなかにおかれてきたなかで、(ゴルバチョフに)「最終的に諸君の権利をみとめます」と言われた。


その時には、とうとうと湧き上がった民族的エネルギーをゴルバチョフ的な方向で、あるいはゴルバチョフが頭のなかで描いていたレーニン的な十月革命の原点にかえって再編成しようという方向に組み上げていくんじゃなくて、まったく別の方向へ導いていった勢力が明らかにありました。

地方の共和国のエリート集団が選んだのは、社会主義的な連邦的な再生ではなくて、そこから分離・離脱する方向でした。そして、分離・離脱するさいに社会主義も捨てました。

なぜ、社会主義を捨てたのか? 各加盟共和国のトップの連中たちは、自分たちの行く末、身の振り方を考え、自分たちの地位、立場、権力、権威、権限をどうやったらうまく確保できるかを考えたとき、社会主義とか連邦とかいうことではなく、分離独立の方向をとった方が、今後の政治家として影響力を保つことができるという選択をしたんでしょうね。


同時に民衆も「社会主義に未来はない」と感じとってしまったのじゃないでしょうか。


そうなる要因として、これまで述べてきた経済的な要因、政治的な要因以外にもう一つあります。ペレストロイカは、もともと経済の改革から始まったのですが、そこから打ってくる政策が次々と裏目にでて、地方ほどツケがまわってきたのです。


これとまた、何十年間の積もる怨みと重なってしまったんでしょう。国民生活の後退というのは国民にとってがまんすることができない。日に日に生活が悪くなってくる、これは庶民の絶望感をさそったでしょう。


さらにソ連の国民の10人に一人はかつての戦争で死んでいます。また5人に一人は多かれ少なかれ、大粛清の経験をし、あるいは身内・縁者に関係のない人がいないぐらいです。

この歴史を考えてみると、選択肢は分離独立イコール脱社会主義ということになって、民衆の支持を最終的に失ったわけです。


◆むすび

ただし、民衆は社会主義をオール否定したのか? あの時点で、そのように社会主義をみなかった人もいます。あとで「しまった」と思っている人もいます。しかし、問題なのはその当時「ソ連を離脱なんかしなくてもいい」と思ったり、あとで「しまった」と思ったりしている人たちが、なぜ声を出せなかったのかということです。

ソ連共産党やインテリゲンチャなどの政治集団も声ある形でなぜ出せなかったのか? それは、彼らもまた社会主義に自信をもっていなかったからです。

ソ連崩壊を考えるときに、このことも考えなければなりません。ソ連の社会主義というのは、人々を「脱政治化」にしてしまいました。


政治的な判断力とは、政治をどう見て、明日はどうすべきかということです。ところが、政治的であるべき民衆が、そのなかでもリーダーシップを発揮すべきインテリゲンチャや前衛を自称する共産党の連中が声を出せなかった。


彼らもまた脱政治化していた。ここのところが、いちばん大事なことだと思います。(おわり)

・・・


一党独裁、共産党独裁というのは党のトップの最終命令(機関決定)にすべての党員、人民が無条件で従う制度である。逆らえないどころか異議を唱えただけで銃殺や収容所行きだ。つまり政治はトップクラスの人が決めることであり、クチパク以外のことを言えば「畏れ多くもご政道を非難した不届き者」となってしまう。


だから庶民もエリートも政治を語ることはご法度、せいぜいこんなアネクドート(風刺的な小話)で憂さ晴らしをするだけだ。


<KGBの職員が通り過がりの通行人に話しかけた。

KGB職員「あなたの政治的な立場はどんなものですか?」

通行人「はあ、私が考えるに...」

KGB職員「それで結構、あなたを逮捕します」>(WIKI)

脱政治化しなければ生きていけない世界。それがリベラル≒アカモドキ≒アカども目指す世界であり、そういう時代錯誤的バカや確信犯的ワルが米国にはまだうじゃうじゃいるのだということを「民度の高い」文化的日本人は知り、己を戒め、「民度の低い」享楽的日本人は「あら、アメリカでもリオのカーニバル!」としか思っていないんじゃないか。


「世界を俯瞰すればマシな方」と言えないこともないけれど・・・(2020/6/12)


2020年06月13日

◆雀庵の「中共崩壊へのシナリオ(6」

                   “シーチン”修一 2.0


【Anne G. of Red
Gables/120(2020/6/10/水】脳みその回転がかなり鈍くなって、レジでパッとお金を出せなくなってきた。


例えば2668円なら3168円出してお釣りは500円玉、ということを条件反射的に(遊びを兼ねて)しょっちゅうやってきたのが、今は時間がかかって「3000円出そうかな、それとも小銭入れに168円はあるかもしれないから・・・」とぐずぐずし、レジの人と後ろの人から「ヂイサン、まだかよ」とつぶやかれている気がして、なおさら焦り、小銭を落としてさらにアワワワ・・・逃げ出したくなる。


なるほど、老化とは哀しいものである。情けない、カッコ悪い、呆け、イライラ・・・でもやがて自分で自分を笑っちゃう、事実は小説より喜劇なり、面白いなあ、ここは笑うしかない。


「次回は意図的にパニックを演出したらどうだろう、でもイタズラではすまなくて業務妨害でお巡りさんを呼ばれたり・・・地に堕ちた信用はさらに堕ち、急性期閉鎖病棟に送られたり・・・」


そんなことを考えるとさっきまでの笑いが引っ込んで「おもしろうてやがて悲しき」の気分になるね。「大体、小銭が財布に貯まり過ぎているのが良くない、きれいに分類しよう・・・でも面倒だなあ」、まったく老化で「廊下は走らない」どころか「走れない」という、結局は老いの悲哀を感じたり。


「衣食住足りて礼節を知る」のがいいのだろうが、生まれながらの「粗にして野」だから仕事・世間を離れた今は礼節御免の庵暮らし、雀と花卉と書物を友に静かな晩年を過ごすどころか多動爺だからこれができない。


「あれも知りたい、これもやりたい、中共殲滅の一翼を担いたい」という思いは募るばかり、ほとんど我執、病膏肓。


習近平の奥さん&一人娘が習に愛想を尽かして別居したとか、「習近平は王岐山、汪洋、朱鎔基ら長老の圧力で“終身制”を放棄し、李強(上海書記)と胡春華(副首相)を後継者に認定。秋の五中全会で二人が政治局中央委員入りし、2022年の第20回党大会でそれぞれ総書記と首相に内定」(福島香織氏『WiLL』2020年6月号掲載)という、習近平をめぐる噂話はあるけれど、裏取りや続報がないから欲求不満は募るばかり。


「どうなってんだよー」と焦れたところでどうなるものでもないからブックオフで見つけたというか「おい、これを読め!」と天に促されて中村元先生の「原始仏典」と加地伸行先生の「論語」を昨日から読み始めた。



前者は釈迦の時代に遡ってパーリ語原典(釈迦は地方語のマガダ語で語り、布教のために弟子がパーリ語にしたようだ)を知り、中国経由の日本“おまじない呪術風”仏教を是正し原点・原典回帰を仏教界に促すために学ぶ。


後者は中共が大嫌いな(つまり中共にとって不都合な真実が溢れているだろう)孔子先生に学び、後に日本に多大な影響を与えた儒教(朱子学、陽明学)を知り、中共後の支那の政体を描くべく、勉強というか理論武装するためだ。


NHK、朝日、共同、毎日、中日、西日本、岩波などの中共の走狗を潰すためには理論武装して藪蚊のようにしつこく射していくしかないから。


一匹二匹の藪蚊には耐えても百匹千匹に攻撃されたらアカは逃げ出す。天下のNHKは「JAPANデビュー」番組への偏向報道批判や抗議デモ(2009年)により多少は左巻きが是正されたようだ。モスキートが雲霞の如く襲ってきたら巨大メディアも懲りるだろう。


戦前の朝日は不買運動ですぐさま軍人妾に転向した。戦後も節操なくすぐさまGHQ妾、総評妾に転向、まるで銭カネで色を変えるカメレオンだな。不買運動も効き目がある。


良い子は暴動や火付けはダメ絶対! モスキートになってイザ!という時にチクチクブスブス射しましょう。


さあ、今日も元気で勉強しましょう。上島武・前大阪経済大学教授の講演「ソ連はなぜ崩壊したか」要約の続き。( )内は修一。

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(国有企業や農業部門の赤字による財政補填の大きさに加えて)もう一つびっくりしたのは、社会主義の表カンバンである社会福祉の水準でした。



ゴルバチョフ時代に開かれた党協議会で、社会福祉・厚生文化担当の大臣が発言して、「ソ連の社会福祉水準は先進国並みとは少なくともいえない」と言いました。ある病気の対策のためにかけられている国家予算の規模からいうと、世界のなかで後ろから数えた方が早い。文明国の中だけではないですよ、地球上の国の中でです。


ペレストロイカ以前なら、とてもこんな発言はできなかったでしょうね。ゴルバチョフは「(国家予算の)お余りの部分となった国民消費と福祉部門」といいます。どういうことかというと、国家予算の配分の中で、まず重工業、軍事部門があり、運輸とか、なんとかがあり、それからずっといって、ずっと下にいってはじめて教育とか福祉がくるということです。


われわれは、あえていえば長年シンパシーをもってソ連を研究してきたんですね。ですが、実際に生の人が見たことは違う。われわれは、ソ連は軍事大国だけじゃなくて、福祉大国であり、教育大国だろうと見ていたのですが、そうじゃなかったんです(初心なインテリはすぐに騙される、洗脳される、気をつけよう、甘い言葉と紅い道)。


◆政治的要因


ソ連崩壊の政治的要因については、多くのことを言わねばなりませんが、今日は時間の制約もあるので、一つだけ言っておきましょう。


レーニンは、革命の直前には「読み書きできる者なら誰でも、企業や国家の管理ができる」と言っています。


それは、お偉い方はいらないというのではなく、また、専門的知識をもった者や、指導的な役割をはたす人がいらないというわけじゃない。そうした人たちが固定化した階級として、高い給料をもらう人間集団として必要となる状態が急速になくなるだろうということを言っているのです。


それから、そもそも管理すると言ったって、そんなにたいした仕事じゃないのだという。普通の教育さえあればできるのだ、という楽観主義だったのです。


確かにこれは、楽観主義すぎたのだと、あとでレーニンは反省をしています。そんなにすぐにはいかないと。当面は、専門家にある程度高い月給を払ってやっていかざるをえない。そこから、レーニンは「労働組合が企業管理に口を出してはならない」といい、トロツキーも「よい官僚なしにはやっていけない」と考えていたわけです。


ところがスターリンは、この上下の分業体制――すなわち、上が政治的な決定権と経済的な特権をひとりじめにするという体制――を、克服すべき状態というよりは、この上下の分業によって、経済も、社会も、そして文化もあらゆる領域で前進することができると考えたのです。つまり、克服すべき対象ではなくて、依拠すべき対象となった。(次回に引用つづく)

・・・

リベラル≒アカモドキの連中は菅直人が図らずも言ったように「政権を取れば最低4年間は独裁政治ができる」と今でも思っている。それがアカの初期設定。選挙に勝てば敵が二度と立ち上がれないように徹底的に叩き潰すのが韓流・北流で、華流や露流もそれに近い。



米国の二大政党制は本来は負けた方がグッドルーザー、良き敗者になり、勝者に対して「おめでとう、お手並み拝見、次回の選挙で相まみえん」と一応は拍手するのが礼儀だった。今は選挙が終わっても悪口雑言、憎悪は何やらカルト的悪魔祓いの境地になっているようで、民度が著しく劣化しているような気がする。


ソ連亡き後、30年後にして習近平・中共は世界制覇の野望を露骨に示すようになってきた。対する米国はオバマ時代から「世界の警察官」を辞めたい意向を示している。



「このところシノギがきついんで、ミカジメ料を上げてもらわんと、のう、それがいやや言うんなら自分で守ったらいい、自分のシマは自分で守る、それが筋やろうて。欲しい飛び道具はいくらでも売るさかい、いつまでも頼りにせんで、自立、独立するこっちゃ。親分子分じゃなくて友達として付き合っていく、それがこれからの道やと思うが、のう」


ウェットじゃなくてドライな交際、これはトランプのみならず米国の、またポストEUなど主要国の方向性だろう。米国51番目の州
State of Japan 日本は自立、独立する時である。(2020/6/10)