2020年08月11日

◆雀庵の「中共崩壊へのシナリオ(49

“シーチン”修一 2.0


【Anne G. of Red
Gables/159(2020/8/8/土】日本の防衛予算は5兆円だからコンビニに近い産業規模と見てよさそうだ。中共の脅威が高まっており、米国からも「もっと負担しろ」という圧力があるから、防衛費はこれからは急増していくに違いない。



防衛関係の出版社/新聞社は世間という表にはあまり出てこないが、朝雲新聞社、防衛ホーム新聞社、航空新聞社などがある。航空新聞社には小生もお世話になったが、同社の軸足は防衛産業と航空産業で、特に空自からは支持されていた。



1980年頃、航空新聞社の名誉会長は、ハワイ真珠湾攻撃を参謀として指揮した源田実氏(国会議員)で、一度だけ見かけたが、目が鷲のように炯々(けいけい)としており、武士とか軍人は常に常在戦場なんだなあ、と感動したものだ。WIKIにはこうあった。



<自衛隊では初代航空総隊司令、第3代航空幕僚長を務め、ブルーインパルスを創設した。航空自衛隊の育ての親。政治家としては参議院議員を4期24年務めた>



先日、産経に「国民の自衛官」表彰式の記事があり、「協賛 航空新聞社」となっていたので、航空新聞社のサイトを見るとこうあった。



<「国民の自衛官」は、民間で唯一の顕彰制度。フジサンケイグループ主催で、産経新聞社が主管となって、防衛省が協力、防衛装備工業会、防衛懇話会、タカラベルモント、ユニオンが協賛。航空新聞社も特別協賛している>



敗戦で日本は米国に洗脳され、軍事アレルギーが激しかったが、今は中共、北、ロシアが反面教師になり、ずいぶんまともになってきたようだ。共産主義を標榜している政党は日共のみで、未だに成功事例ゼロの「資本論」を必死で勉強しているから、完全に宗教政党。信者は同じ穴のムジナ、公明党同様に高齢化で減るばかりだろう。



小生が“隠れ革マル”と見ている枝野、同“隠れ赤軍”と見ている辻元らの立憲民主党も、野党第一党とはいえ、存在感は低下するばかりだ。



まあ、そこそこ中立的な感じがする日本テレビ系列各局と読売新聞社が共同で調査を行う「NNNと読売新聞社の全国世論調査」の2020年7月調査では、



・政党支持率:自民党32%、立憲民主党5%

・来年10月に任期満了となる衆議院の解散・総選挙:「任期満了まで行う必要はない」40%



これでは横綱と幕下でゲームにならない。立民=野党で立候補すれば反自民票で議員になれるからという下心で立民の看板を掲げているのだろうが、商売としての政治家・・・醜い感じがする。



2020年8月6日付「朝雲」紙の書評「戦争は政治の延長か――生存を賭けた戦い」から。



<イスラエルの戦略思想家クレフェルトの『戦争の変遷』(原書房刊)



鎌田昭良(元防衛省大臣官房長、元装備施設本部長、防衛基盤整備協会理事長)



クラウゼヴィッツの「戦争とは外交と異なる手段を用いて政治的交渉を継続する行為である」という有名なテーゼがあります。



友人である石津朋之氏(防衛研究所戦史センター長)からこのテーゼに対する有力な反論があることを聞き、イスラエルの戦略思想家マーチン・クレフェルトの『戦争の変遷』を勧められました。「戦争とは何か」を考える人にとっての必読書だと考えます。



クレフェルトは、過去の歴史を調べると、戦争は正義を決定するためであったり、宗教のためであったりするものが多く、政治の延長、すなわち国家の政策の手段としての戦争は、近代以降のことだと述べます。



さらにクレフェルトは、そもそも戦争が国家の政策(国益)の“手段”であるとの考えに重大な疑問を呈し、反例として、「生存を賭けた戦争」を挙げます。



生存を賭けた戦争とは、共同体が生きるか死ぬかの事態に直面した際にその構成員が死に物狂いになって戦う戦争です。この場合の戦争は何かの目的の手段ではなく政治そのものであり、目的と手段を区別して考える立場が破綻していると主張します。



生存を賭けた戦争は古代から現代までかなり存在し、最近ではフランスからのアルジェリア独立戦争、ベトナム戦争も該当します。クレフェルトは生存を賭けた戦争を国家の政策の手段と解釈することは単なる概念上の間違いにとどまらず、大きな実害があると言います。



アルジェリア独立戦争を例にとると、フランス側は国益追求の手段として戦争を戦ったため、厳密な費用対効果の計算を行い、戦争に係るコストが目的を超えそうになると戦争を中止せざるを得なくなりました。



他方、国の生存を賭けて戦ったアルジェリアの人々は費用対効果の計算など行いませんでしたが、費用対効果の計算は逆に働き、苦しみや破壊の程度が大きくなればなるほど、戦いを無駄に終わらせてはならないとの決意が固くなりました。



クレフェルトは、「フランスはこの戦争を他の手段を用いて政治的交渉を継続する行為として戦ったからこそ敗れた」と分析し、冷戦崩壊後の世界で頻発しているゲリラ戦やテロとの戦いなど所謂(いわゆる)「低強度紛争」についても、生存を賭ける者に対し、仮にクラウゼヴィッツ的な手法で戦いを挑めば、大国といえども敗北する可能性が高いと予言します。



クレフェルトは、戦争についてユニークな説明をします。戦争とは敵を殺そうとした時に始まるのではなく、自分たち自身が殺されるのを覚悟した時点で始まるものであり、自分が殺される覚悟のない状況で人を殺す人間は、殺人者で、戦士ではない。



死を覚悟した戦士には現世での利益は意味がないので、利益のために戦争を行うとの前提に立つクラウゼヴィッツのテーゼは間違っている、自らが殺されるかもしれないという危険の感覚は戦争の付属物ではなく、それこそが戦争の本質であり、それが戦争に比類なき“魅力”を与えると言います。



私が注目するのは、利益追求の手段としての戦いには重大な弱点があるとの主張です。



軍隊に限らず、現代の社会は、全ての組織で損益計算を背景にする合理的な思考が幅を利かせています。本来、軍事用語である戦略という言葉も社会のあらゆる場面に氾濫し、それは目的を達成するための合理的、効率的な術と安易に解釈されています。



もちろん戦略において合理的計算は重要ですが、クレフェルトの主張を拡大解釈すれば、こうした利益の計算を主眼にした組織は、たとえ大きな力を背景にしていたとしても、戦うこと自体を目的にした相手(必死の相手)と対峙した場合には、脆弱であるということです。



『戦争の変遷』の中には、「意思あるところには道がある」との目立たない記述がありますが、私にはこの言葉は弱者に対する強い励ましであると同時に利益計算中心の今の社会に対する不気味な警告に聞こえます>



中共・習近平の夢はソ連もなしえなかった「共産主義世界帝国樹立」であり、「政策の手段としての戦争」を望んでいる。誰も14億の訳が分からない漢族国家を侵そうなどと望まないのだから、とても「生存を賭けた戦争」ではない。



習近平は「野望の手段としての戦争」をしたい、という、ほとんど1930〜40年代のヒトラーや1960〜70年代/文革時代の毛沢東のような狂人、パラノイアだ。



習近平はひたすら戦争を準備していく。「中国政府、米国の技術封鎖で次の5カ年計画に『内循環体制』盛り込む可能性―−独メディア」(2020/8/8 Record
China)から。



<2020年8月5日、独国際放送局ドイチェ・ヴェレは、中国が次の5カ年計画で外国の市場や技術への依存を減らす「内循環体制」を重点に盛り込む可能性があると報じた。



記事は、中国政府顧問が「米中間の対立が激しさを増していること、新型コロナウイルスの影響をそれぞれ鑑み、中国は外国の市場や技術への依存を下げる」と語ったことを紹介。



さらに、ある情報筋が5日に英ロイターに対し「中国政府はすでに国内の経済発展強化を主旨とする計画を制定した」としたほか、別の中国政府関係筋も「対外貿易の減少と、米国の技術封鎖により、われわれはさらに内需を刺激することになる」とコメントしたと伝えた。



そして、「内循環体制」の構築が2021年からの第14次5カ年計画における重点となる可能性があるとし、今年10月に共産党上層部で議論が行われ、来年春の全国人民代表大会(全人代)に提出される見込みだと報じた。



記事は、中国政府が近年、輸出主導型から内需型の経済成長への転換を目指しており、昨年の中国の貿易総額はGDPの32%と、06年の半分程度の水準にまで下がっていたと紹介。



また、米国による関税引き上げが中国の貿易に打撃を与えていること、さらには新型コロナの影響による貿易の鈍化も相まって、中国政府による内需型成長へのかじ取りを加速させたとの見解を示している。



また、技術分野では米国政府による華為技術(ファーウェイ)や動画投稿サイトTikTokの締め出しが、中国側に外国依存への不安を募らせたと伝えた>



発狂妄想でルール違反を繰り返して、ダメ出しされると牙をむき、要塞に引きこもって「オマイラと絶交だ、そのうち殺してやる、首を洗って待っていろ・・・吠え面かくなよ、ふっふっふ」。



現実と非現実の境界がぼやけてしまう妄想・幻覚。ほとんど統合失調症ではないか。



支那は大昔から暴君の迷産地で、桀紂(けっちゅう)、隋の煬帝などは有名だが、清朝最後の皇帝、溥儀もかなり異常で残虐、嗜虐趣味だったとか。



毛沢東は「死刑の方法は120あるが、半分は俺が創った」と豪語していた(吉野直哉『張家三代の興亡』張有財・張作霖・張学良)。文革時代に政敵に三角帽子をかぶせ罪状を書いた板を首から吊るし、無理な姿勢でなぶり殺しにした方法は毛沢東の傑作で、お気に入りだった。習近平も大好きだろうが、臓器の品質劣化を招くから控えるかもしれない。



これから日本人、大和民族の対中「生存を賭けた戦争」が始まるだろう。始めなければ日本人は「かつて東海省(旧日本)にいた先住民。21世紀末に絶滅した」と「ざんねんないきもの事典:人類編」に記されるだけになる。

2020年08月10日

◆雀庵の「中共崩壊へのシナリオ(48

“シーチン”修一 2.0


【Anne G. of Red
Gables/158(2020/8/7/金】犬も歩けば棒に当たる。二か領用水を下ると「久地円筒分水」があった。WIKIから――


<くじえんとうぶんすい:川崎市高津区久地1丁目にあり、二ヶ領用水の水を下流の各地域へ正確に分けるために造られた分水樋である。国の有形文化財に登録されている


上河原と宿河原の堰で多摩川から取水した二ヶ領用水は久地(現在のJR南武線久地駅付近)で合流し、ここで(西から順に)根方堀、川崎堀、六ヶ村堀、久地・二子堀の
4方向へ分岐するが、その各用水路の灌漑面積に応じた一定の比率(7.415、38.471、2.702
、1.675)で水を正確に分け流すための施設が久地円筒分水である。

1941年(昭和16年)の建造当時としては画期的な技術が投入されて造られたことから、現在は国の登録有形文化財として、本流の二ヶ領用水とともに川崎市建設緑政局により管理・保存されている>


ここまでは「ふーん」「ほーっ」の初等科。中高等科になると――



<1821年(文政4年)は春から雨が少なく、日照り続きで田植え時にも雨は降らず、夏には旱魃になった。5月頃から溝口村と久地村の百姓は用水不足を踏まえ、川崎堀の分水口を閉め切り、自分たちに有利になるように分水を調整していた。


このため二ヶ領用水の下流、川崎領の33の村々では、農業用水はもちろん飲料水にも事欠いていた。そこで川崎領の名主たちは御普請役人に訴え、7月4日の夕方から7日の夕方にかけて、久地分水樋の用水口を止め、川崎領の村々に水が流れるように取り計らった。


しかし当日になっても一向に水が流れてこないので調べてみると、溝口村名主の鈴木七右衛門と久地村の農民らが、自村に水を確保するため、水番人を追い払い、雨乞いと称して分水樋の川崎堀を筵(むしろ)で堰き止めていた事実が発覚した。川崎領の農民たちは役人に訴え出たが解決されなかった。

7月5日、川崎領の百姓たちは終日対策を話し合い、鈴木七右衛門家に対する打ち壊しや犠牲者の救済策など、騒動の具体的な内容が決められた。


7月6日の朝四つ(午前10時)、川崎村で一斉に早鐘が撞かれ、川崎領の農民たちは竹槍、鳶口、槍、鉄砲、刀、「御用」印の高張提灯などを持ち、村名入りの茜や白木綿の幟旗を立てて、府中道口に集合。法螺貝や太鼓を鳴らしながら溝口村までの四里余りを北上し、道筋の村々の農民も加わって人数は一万四千人あまりになった。

これに対抗し、溝口村の名主の家では、石、竹槍、熱湯を用意し、川崎領の村民と衝突した。川崎領の村民は大挙して名主の鈴木七右衛門宅に乱入し、居室と土蔵、穀倉、馬小屋、表門、裏門、離れ家の便所2ヶ所をことごとく打ち壊し、さらに隣家2軒も破壊した。

このとき鈴木七右衛門は江戸に出張中であった。不在を知った数百名の農民たちは、その日の夕方に江戸馬喰町の御用屋敷にまで追いかけて行くという事態に発展した。

その後、江戸幕府は厳重な取調べを行い、川崎宿他19カ村の名主、年寄34名は御叱りを受け、農民ら1324名は村高に応じて過料銭207貫文を課せられた。

溝口村名主・鈴木七右衛門は所払いの厳罰を受け、久地村の名主は5貫文、年寄は3貫文、久地村76名、溝口村74名の農民らは村高に応じて21貫文の過料銭の処罰を受けた。またこの水騒動に対して十分監督取締まりができなかった幕府の下役人もそれぞれ処罰された>


「ほーっ、なるほど、いやはや大変なもんだ」、ドラマを見る思い。「水騒動」・・・水稲耕作は水がなければ壊滅する、ひどい時は大飢饉になる。水騒動は全国で起きただろう。


この水騒動を根本的に解決したのが「久地円筒分水」なのである。川崎市教育委員会曰く――


<昭和16年(1941)、かつての久地分量樋のやや下流に「久地円筒分水」が造られた。設計したのは、当時の神奈川県多摩川右岸農業水利改良事務所長であった平賀栄治(1892〜1982)である。


平賀は、円筒分水の設計・建設と同時に、多摩川の支流で、大雨になると二ヶ領用水に流れ込んで洪水を引き起こしていた平瀬川の改修にも取り組んだ。(南側の)平瀬川が多摩川へ流れるように流路を変更し、平瀬川と(北側の)二ヶ領用水がぶつかる地点で、二ヶ領用水の水を平瀬川の下に潜らせ、噴水のように噴き上げるのを利用したのが円筒分水である。


当時としては、最も理想的かつ正確な自然分水装置の一つであり、その技術は、戦後に円筒分水を視察に訪れたGHQの農業土木技師により、アメリカにも紹介されたといわれている。

久地円筒分水は、都市化の進んだ現在では農業用水としての役割をほぼ終えたが、その後各地で造られた円筒分水の初期の例として貴重である>

小生は「久地円筒分水」の存在は知っていたが、どこにあるのかまったく知らなかった。車1台が通るのがやっとのところで、駐車場のスペースもトイレもないから、地元としては「知る人ぞ知る史跡」にしておきたいのだろう。

小生はチャリ散歩の折、たまたま標識を発見して寄ってみたのだが、二ヶ領用水が落差4メートルほどの滝となって平瀬川に落ち込む様子は、鬱蒼とした森と相まって美しく、かつ豪快で感動した。

円筒分水装置そのものは10メートル四方の施設で、今もしっかり4方向に水を流している。シンプルでありながら複雑な計算と優れた技術で、理系脳ほとんどゼロの小生だが「まったくもって生きている産業遺産だなあ」とまたまた感動した。

平賀先生は、円筒分水のほか、二ヶ領用水の2ヶ所の取水口のある、多摩川の上河原、宿河原の2つの堰堤(これまた小生の遊び場)の設計・建設を行うなど「多摩川の治水に尽力した」のだった。


円筒分水は水争いを抑制するとともに、戦中、戦後の食糧難時代の増産、水田開拓でも大いに貢献したろう。


「衣食足りて礼節を知る」と言うが、考えてみると衣食住の質的量的拡大、生産性向上の現場は主に技術、技師が牽引してきた。

小生のような文系の口舌の徒は、社会の枠組みとか人間の生き方(含:礼節)とか哲学的、文学的、政治学的、形而上学的なことは考えるが、実社会を現場で現実に支え発展させてきたのは「理系科学脳」エンジニアではなかったか


鉄腕アトムは「心やさしい科学の子」だったが、文系と違って「叡智」を有史以来蓄積できる「理系科学脳」こそが地球を救うのではないか。文系政治家が方向性を示し、理系技術者が現実化するとか、文系と理系のコラボによる生産的な国家経営が大事だということだろう。

8月の日本は「核なき平和」「核廃絶」「終戦/敗戦」と施餓鬼法要で線香の匂いが絶えない。勝っていたら「我ら大和民族は先人の愛国武勇を引き継ぎ、世界の安定に引き続き努めていく。英霊に敬礼!」という「勝戦記念日」になっていたのだろう。


広島、長崎の慰霊イベントはもしかしたら無差別虐殺、生体実験をした米国への「面当て」「恨みはらさでおくものか」のメッセージなのかもしれない。

細谷雄一著「国際秩序」を読んでいると、どうしても「核兵器が第三次世界大戦を抑止した」と首肯せざるを得ない


戦後の平和(大戦がないこと)は国家間の愛や信頼、友好がもたらしたのではなく「核戦争=破滅の恐怖」こそがブレーキになったのだということを、実に多くの識者が(戦後リベラル≒アカモドキ≒アカの教祖的存在だった丸山真男さえも!)唱えているのだ。


そんなことを考えていた時に円筒分水を発見し、「理系科学脳」こそが地球を救うのではないか、と思い、日本が核兵器を(レンタルであれ自主開発であれ1000発ほど)持ちさえすれば印パ紛争、印中紛争のように、中共とのガチンコはそこそこの武力衝突で済むのではないかと考えるに至った次第。


そうしておけば中共は太平洋への突破口が開けず、南シナ海島嶼の不法占拠による基地がつぶされ、台湾海峡も制圧されたら、逼塞するしかない。そうしておけば包囲戦は我が方にとり有利になるだろう。暴走しそうなメルケル独も身動きできなくなる。



日本が勝利のためにとるべき第一歩は「核ミサイル1000発ハリネズミ作戦」だ。戦わずして(出血少なくして)勝つ、最上等の作戦だと思うが・・・

2020年08月08日

◆雀庵の「中共崩壊へのシナリオ(47

“シーチン”修一 2.0


【Anne G. of Red
Gables/157(2020/8/6/木】わが街が自慢する「二か領用水」はコロナ禍もものかわ、この3月に文化財保護法による「登録記念物」に指定された。どさくさ紛れのような感じだが、背景は・・・

1)明るい話題を提供しようという文化庁のお恵み、

2)予算が余ったとか順番で事務的に処理した、

3)地元の政治家がせっついた、

小生は「3)地元の政治家がせっついた」に千円だな。容疑者(?)は橋本勝・川崎市議(自民党市議団代表、当選4回)。自民党の古株、田中かずのり衆議院議員/復興大臣の子分(元秘書)である橋本氏は「二ヶ領用水宿河原堀を愛する会」とか「桜並木保存会」の名誉会長。地元の自民市議は代々そういうことになっているのだ。

政治家は国政だろうが市政だろうが、人気商売だから随分シンドイ職業ではないか。品行方正にしていないとダメ出しを食らい、辞職せざるを得なかったり、常に選挙に脅かされる。酒を飲んで女に手を出せば、政敵にチクられ、週刊誌で叩かれる。堅気の仕事とは言えない感じがする。少なくとも「酒とバカの日々」を後悔しながらも愛した小生には絶対務まらない。

政治家の半分は「それでも俺にとって政治家は天職なのだ」と思っているかもしれないが、後の半分は堅気の仕事に就けないような落ちこぼれが「しゃーない、政治家にでもなるか、当面はそれしかなさそうだ」という「でも・しか」政治家のような気がする。

選挙=民主主義。国民の3分の1は理性で、3分の1は感情で投票し、残りの3分の1は興味がないから棄権する・・・大体そんなものだろう。まあ人気投票。時代の空気や流れは流動的だから、政治家は大きな決断がなかなかできない。小出しにするしかない。隔靴掻痒。

この世は天国ではないから、現状の国際社会に不満、不信を持つのは当たり前だろうが、このままでは二進も三進も行かない、と気に入らない現状を「瀬戸際外交」、さらには「戦争で突破しよう」という思考になるのは自然かもしれない。プーチンのような独裁者はクリミア侵略などで武威を示し、内政を固めた。

クラウゼヴィッツも毛沢東も西郷先生も「戦争とは他の手段をもってする政治の継続である」「政権=覇権は銃口から生まれる」「戦争は血を流す外交、外交は血を流さない戦争」と見ている。

これまでの歴史もこれからの歴史も戦争というガラガラポン、シャッフルが基礎になっている。新しい命は母体の出血を伴って生まれる・・・残念ながらそういうものなのだろう。

独裁者は大胆な決断ができる。民主主義国の政治家はそれが難しく、国民の反応を見ながらチンタラ、チマチマやらざるを得ない。独裁者は敵の動きを見ながら開戦時期を決められるから、初戦は「電撃作戦、怒涛の進撃」、国民も大喜びする、というのがパターンか。

この先制攻撃でパンチを食らった民主国の「平和を愛する」国民はボーゼンとし、やがて怒り心頭、「反撃だあ、
撃ちてしやまん!」、国民は「この際は宗派も主義も貧富も恩讐の彼方だ!」と乗り越えて結束し、政治家はその勢いにのって反撃、攻撃、進撃、追撃する。

「独裁」はそもそも内輪喧嘩が絶えない国民・民族を抑え込む強権統治のためにあるが、戦争の雲行きが怪しくなると求心力が衰えてくる。しかし、独裁者に引導を渡し、バトンタッチできるような政治家はいやしない、独裁者がみんな殺しちゃったのだから。


結局、独裁国家は危機を脱するために「一点突破、全面展開」に賭けるのだろうが、一旦ひびが入ると回復が難しく、ほぼ亡国になる。


毛沢東と紅軍は「時、未だ至らず」と辺境の延安に10年以上も逼塞していたが、第二次大戦が終わると表に出てきた。「風を待つ」「いつかチャンスが巡ってくる」ことを知っていた。


一方で毛沢東にならって終身統治を目指す習近平は、2022年引退説もあるから今すぐにでも大きな成果を上げなければならないと焦っているように見える。Bloomberg
News 2020/7/24から。


<米中覇権争いに関する著書もあるメドカルフ豪国立大学教授はこう語った。

「中国は国内の統治を共産党が維持するため対外的に強い姿勢を取らざるを得ない。従って、利益や価値観、対応の難しい問題で他国と衝突する『ある種の衝動』のようなものがある。習氏が長期的に中国の利益を大きく損なうことは明白だ。実際、われわれ全てにとって極めて有害だ」>


庇を貸して母屋を取られそうになり、さらにレイプされ殺されかねなかった“コアラ”豪州にとって中共・習近平一派は「害獣、狂犬病、コロナ菌」だ。


習近平は今すぐにでも開戦したいが、世界中から「強姦魔「侵略者」「強盗」と罵倒されるのは避けたい、つまり「我々が自国の領海を通常警戒している際、不法に侵入してきた日本軍が攻撃し始め、我々は安全確保のためにやむを得ず反撃した」というシナリオにしたいのだ。

そのために海保の巡視艇、それを護衛する海自艦艇などを挑発しまくって、とにかく「最初の一発」を撃たせれば、猛攻で全面展開、激しく抵抗すれば最終的には核ミサイルで屈服させる――という魂胆だろう。

乾坤一擲、これで南シナ海から西太平洋、ミッドウェーまで中共の縄張りになる。日本がこければ域内の国家や国民も屈服するしかない。習近平は欣喜雀躍、人民も大喜びで、中共は50年、100年は生き延びるだろう、この挑発戦争に勝てば・・・


日本の二択。


A「かくして日本は1945年以来、時代の覇者の属国(日本州、東海省)として生きることで安全を確保し続けたのでした」


B「日本は第二次大東亜戦争で暴支膺懲を成功させ、中共禍から多くの国を救い、支那大陸には10を超える新しい国家が生まれたのでした」


核アレルギーのままだと「A」、事実上の亡国だ。理性、知恵、勇気がない民族は消えていく。

伊藤貫氏の「歴史に残る外交三賢人」から。

<過去120年間、欧米の外交家や軍人には、「ドイツ問題」とよばれる困難な課題、「頭痛の種」が存在してきた。「あの厄介な“強すぎるドイツ”をどう抑制すればよいのか」という問題である。

第一大戦後のベルサイユ体制も、第二次大戦後のNATO、ECも、「欧州最強国のドイツが二度と暴れださないように拘束しておきたい」という願望から作られた。

NATOは米軍がソ連とドイツを封じ込めることを目的とした。当時の米軍将校の決まり文句は「Keep
Americans in, Russians out, Germans
down」(米軍がドイツ占領を続け、ロシアを西欧に進出させず、ドイツ人を抑えつけておく)であった。

最近もめ続けているEUやユーロの問題も、そもそもは「東西冷戦が終結しても、厄介者ドイツを真の独立国にしたくない、強すぎるドイツが独自の外交政策、経済政策を実行できないようにしておきたい」という警戒心から生じたものである。

冷戦末期に英サッチャーと仏ミッテランが東西ドイツの統一容認を渋ったのも、「あの危険なドイツが欧州で再浮上するのを防ぎたい」という願望からであった>


同志諸君、今起きていることは中共独裁国とアカだらけのドイツが手を握って、米英日豪加台など自由民主連合と一線を画すガラガラポンを始めようという策謀・策動だ。中独ともに戦後世界秩序という拘束に縛られるのは「もううんざりだ、俺らはやりたいようにやる!」ということである。


ドイツ人はヒトラー・ナチスを支持していたわけではない。1932年7月選挙で、ナチス(国家社会主義党)の支持率は最頂点にあったが、それでも得票率は37%だった。

ところが不支持の人々は(哲学好きなのか)議論倒れで団結することはなく、ナチスの天敵である共産党は「ファシズムは資本主義の末期症状、やがて共産主義の天下になる」と何の行動もしなかった。(「第三帝国の興亡」)


それはドイツ人の「強いものには逆らうな、長いものには巻かれろ」という民族性なのかもしれない。反米英、親中の勢力が増えれば「独中ウィンウィン」を阻止するような言動はテロやイジメで抑え込まれていく。


それが元祖・老舗のマルクス共産主義発祥地でありながらレーニン・ボリシェビキに先を越され、真似てみたものの内ゲバで大失敗し(「ドイツ革命」)、その次はヒトラーに賭けて負け、今は「中共習様命」という、インテリバカのドイツ式ループなのである。「残念な生物」・・・

無知蒙昧妄想幻覚の巨大モンスター中共、頭脳明晰心神喪失の解離性同一性障害ドイツ。緊急措置入院で急性期精神科閉鎖病棟に身体拘束すべき中独は最悪最強のダーティペアだ。神は我らに何故試練を課すか?


中独連合に反米のイラクやトルコは仲間入り、多分プーチン・ロシアは高見の見物、せっせと武器を売るだろう。


まったく世界は怪しくなってきた。日本は歴史的な岐路にある。独立しますか、それとも属国のままですか?


2020年08月06日

◆雀庵の「中共崩壊へのシナリオ(46」

“シーチン”修一 2.0


【Anne G. of Red
Gables/156(2020/8/4/火】ようやく夏らしくなってきた。うんざりするほど長い梅雨で、心配していた多摩丘陵の土砂崩れがなかったのは幸いだった。雨の中、切通の急斜面補強工事が進められていたが、傍目から見ていて「大丈夫かよ」と怖くなるほどの悪条件だった


「馬鹿と煙は高いところへ上る」、小生は鉄塔の上やクレーン車のアーム上で暴れたり、保釈後は鳶職になって学資を稼いだりしていたから高所恐怖症ではないが、霞が関ビルや世界貿易センタービルなど、若い頃から高層ビルの地下深くの基礎工事を見ると恐ろしくなる。


高所作業は自分が注意していればかなり安全を確保できるが、地下3〜4階に及ぶ「深礎工法」の場合は、穴の周囲の土砂が崩れたら生埋め、どうしようもない。


<深礎工法は人力または機械によって掘削を行う工法。孔壁は土留め材で崩壊を防護し、所定の深度まで掘削完了後に土留め材を取り外し(崩壊の恐れがある場合は撤去しない)、鉄筋を組立てて、コンクリートを打ち込みます>(土木工事の基礎知識)


さらに転落の恐れに加えて上から物が落ちてくる危険がある。狭い環境だと酸欠の不安もある。


吉村昭のノンフィクション小説「高熱隧道」は黒部川第三発電所建設(1936〜1940年)で一番の難工事だった仙人谷ダムトンネル建設を描いている。工事を請け負った佐藤工業によると、



<トンネルは仙人谷ダム建設のために建設されました。吉村昭の小説「高熱隧道」の舞台で、硫黄のにおいがトロッコの車内にプーンと漂い、建設当時は岩盤温度が摂氏130度にも達し、ダイナマイトが自然発火するほどだったといいます>


戦時の国策だから危険を承知のプロジェクト。命懸けの作業で給料は10倍だったが死屍累々、300人以上が亡くなったという。産業戦士の産業戦死。


現在の「危険な仕事」の筆頭は建設業(墜落・転落)だが、高給優遇の命懸けの仕事には原油を貯蔵する大型タンクの清掃もある。これはほとんど知られていないが、作業員の多くがクリカラ紋々の出所者、命知らずの方々だと言う。30年前に特殊清掃会社の人から聞いた話だが、今でもあまり変わっていないのではないか。



日進工業(株)のサイトから。


<原油は、貯蔵に伴いスラッジと呼ばれる多量の泥状廃棄物が堆積します。特に、備蓄を目的とするタンクでは、底面積が5000平米を超えるような大型タンクも珍しくなく、
それだけ底部に残るスラッジも膨大な量となります。原油は危険性の高い引火性の液体で、原油タンクのスラッジの回収は困難で危険を伴う作業となります。


COW(Crude Oil
Washing)は、タンカーから陸上の原油タンクに応用させてから約30年の歴史があり、最も一般的な原油タンク洗浄法として認知されています。



しかしながら、COWを取り巻く環境は30年で大きく変化しています。監督者やオペレーターの世代交代や高年齢化といった問題が顕在化する中、コストダウンや安全性の確保、環境負荷の軽減といった様々な課題を解決していかなければなりません>


現場の作業員に依存しすぎているためにCOWの自動化を進めているという。景気が良くなり求人倍率が高くなれば、その筋の危ない方々も危ない仕事を避けるようになるのは道理で、やがて3Kの仕事は無人化か。


ということで小生はたとえドジっても「穴があったら入りたい」ではなくて「穴とか密閉空間だけは避けたい」人種である。まあ、穴も色々だが・・・



都市部は地面が不足しているから「穴・地下」時代になるかもしれない。「もっと上へ」から「もっと下へ」と開発の重点が移るのではないか。鹿島建設のサイト「地下を築く最新技術」から。


<地下鉄や送電線,上下水道など,多くの都市の地下インフラは,人々やエネルギー,水などの移動・輸送の役割を担う。このため施設の多くは「管路」のかたちとなり,トンネル技術が都市の地下を築く主役となる。


地盤が複雑に交錯し,一部に軟弱な部位もある日本の都市では,頑丈な鋼鉄の外筒(シールド)で地盤を押さえながらトンネル建設を進める「シールド工法」が主力となっている。用地の制約などの厳しい施工条件の克服やコスト低減を目指して「より多様に」「より速く」「より長く」をキーワードに技術開発が進められている>


今やいろいろな形状のトンネルが自由自在に掘れるようになりつつあるという。まるでモグラみたい。


<モグラは先祖代々、受け継がれてきた地中に張りめぐらされたトンネルを増築・改修・修理を行いながら利用を続けている>(WIKI)


わしゃ、モーグラグラ、ヒッキー系「モーグラ族」って流行らないかな。


モグラは英語では「mole」、あまり表には出ないから「スパイ、二重スパイ」の意味も。漢字では「土竜」で「地上の竜の意:
駿馬、竜馬(りゅうめ)、名馬」の意味もあるそうだ。



坂本龍馬(竜馬、りょうま)は「龍馬が生まれる前の晩に、母親が龍が天を飛ぶ瑞夢を見て」名付けたとか。竜馬はセゴドン(西郷)の子分のような印象があるからスパイとか工作員、諜報、間諜、策士でもあったような。


「狭いと不平を言うよりも竜馬の如くここ掘れワンワン」、「穴・地下」はインフラのみならず地下都市とか核シェルターにもなりそうだ。日本の未来は「プロジェクト
Next 竜馬が掘る!」ってどーよ。


リニア新幹線のほとんどはトンネルだという。静岡県は「駅を造ってくれないから協力しない!」と駄々をこねているように見えるが、東名高速はあるし、東海道新幹線では静岡駅、浜松駅のふたつがあるのだから十分だろうに・・・小生は降りたことはないが。お茶とうなぎパイはどこでも売ってるし、少なくとも小生は静岡に行く用事がない・・・静岡空港ってまだあるの? 



日本の未来は「アナとチカ」、小生は苦手だけれど、そういう方向性もあり得るな。


伊藤貫氏の「歴史に残る外交三賢人」から学んでいこう。


<二度の世界大戦で強力なドイツ陸軍に叩きのめされた経験を持つフランスのドゴール将軍は、


「(ドイツ建国の父)ビスマルクが偉大だったのは、彼が自国の戦勝に慢心することなく、『もうこれ以上の戦争は不必要だ』と判断する能力を備えていたことだ」


とビスマルクを称賛している。


ナチス・ドイツを打破した米陸軍アイゼンハワー将軍(後の大統領)も、「His
wisdom is knowing to
stop」、彼の知恵は戦争を止める時期を知っていたことだと、武断主義から避戦主義にあっさり転換したビスマルクを称賛している。


戦前の日本人は、ビスマルクの武断主義は理解したが、1871年以降の彼のバランス・オブ・パワー外交(勢力均衡外交、リアリズム外交)を理解できず、日清・日露の戦勝後も「もっとやれ、もっとやれ」と、更なる“大日本帝国の拡大”を目指した。


そして、朝鮮併合、青島攻撃、対華21か条要求、満洲占領、中国東北部占領、南京占領、内モンゴル占領、ノモンハン衝突、インドシナ侵攻と、ひたすら周辺国との勢力均衡を壊していく拡張主義的な政策を継続したのである。


戦前の日本人は、軍人や右翼だけでなく、大部分の外交官や政治家や言論人も「Wisdom
is knowing to stop」という智慧を持つ国民ではなかった>


智慧を持っていても「ストップ!」と言えば制裁を受けるから・・・モグラ叩きみたいに・・・荷風のように沈黙するだけで精一杯だったろう。逃亡先、避難先がないのだからどうしようもない。


もうこの際だから耐えるしかない、いつか晴れる日が来るだろう、と当時の大方の国民は口には出さずとも思っていたろう。


言論の自由があれば、その言論を批判する自由もあり、新聞も不買運動の前には屈するしかない。報道の自由はあっても、購読する自由、解約する自由があるのだから。論理的に正しくても世間からダメ出しを食らったら生きていけない、群から外れた動物は死ぬしかない。


そういうことになる前に(仮想)敵を徐々に抑え込んでいく、追放する、やがて屈服させる。こちらがやらなければ、やられる。醜悪だろうが、そういうものだろう。


結果論かもしれないが、日本が猪突猛進した結果、アジアの、世界の植民地は一掃された。インド人は日本に勇気づけられ、毛沢東も「日本が国民党を叩いてくれたから勝てた」と感謝した。見た目には分からないだろうが、20世紀の高深度基礎工事はゼネコン準大手の「日本組」がやったのよ、「実にいい仕事をしてますね、大切になさってください」。もうすぐ祥月命日だな。


毎度のことながら「米国の大統領選挙は血を流さない戦争だ」とつくづく思う。支持政党が勝てば支持者は政治任用=ポリティカル・アポインティで美味しい職(商務省をちょろっと観察しただけだが“この世の天国”)にありつけるのだから必死、生活が懸かっているのだ。



疑似戦争。言論の自由競争も然りで、負け犬になったら干上がる。


民主主義はナンカナーの制度なのだが、それでも「それ以上の方策が今のところないのだから」ということで多くの国で(それなりに)支持されているわけだ。


勢力均衡外交の教祖ビスマルクが創ったドイツはビスマルクが亡くなると二つの大戦を起こして大負けした。思考能力が必要な知性はまず遺伝しないが、本能的・野性的な弱肉強食、夜郎自大、事大主義はドイツ民族に脈々と受け継がれているのだなあと思う。


ドイツと中共はWINWINで、何となく嫌われ者同士が手をつないでいる印象がある。一方で米独関係は冷え始めた。ドイツはEU市場と中共市場、合わせて20億の市場で生きていくつもりのようで、だから中共包囲戦にドイツは参加しないだろう。


川口マーン惠美氏の論考「香港国家安全法 ドイツ国営テレビ北京特派員のヤバすぎる論説」(2020/7/24)から。


<国際社会が香港のために立ち上がることはなかった。次第に孤軍奮闘となった香港はついに陥落。6月30日、「国家安全法」が施行されるに至った。


5日後の7月5日、ドイツ「第2テレビ」のニュースページに、ウルフ・リョラーという記者の論説が載った。あまりにも呆れ返る内容だったが、リョラー氏は国営テレビの北京特派員だ。つまり、無視できない。そこで、今日は彼の記事を紹介したい。


「我々の豊かさのすべてが中国経済に依存している。ドイツの自動車産業は、生き延びるために中国市場が必要だ。そして、ドイツは自動車産業が必要。それなしには社会の安定を保てない。



正直になろう。我々の民主主義は、一つの独裁国が繁栄することによって成り立っているのだ。


そのうち、我々は香港を見ることをやめるだろう、あるいは、率直に言うなら、わざと目を逸らすことになる。(香港を見るという)そのために支払わなければならない代償が、我々にとって高すぎるからだ。


ドイツでは、安い肉を手に入れるためなら、動物や人間が苦しむことさえ、多くの人たちが看過する。そんな我々が、香港のために自らの豊かさを制限するなどあり得ない。これは非難ではなく、ただの苦い事実である」



リョラー氏は、ドイツが中国に車を輸出するために香港の民主主義を犠牲にすることと、ドイツ人が安い肉を食べるために「動物と労働者」の住環境を犠牲にすることを同列に並べているのだ・・・>


ドイツにはリベラル≒アカモドキ≒アカが大繁殖しているが、国営テレビの北京特派員も群を抜いて真正のアカ=バカ。香港と食肉を同列視するという凄まじさで、川口先生も失禁されたのではないか。


狂気をウリにする小生も、このウルフという“戦狼”には完敗だ。ほとんど神ってる。人間は食うためにはどんなにエゲツナイこともしてのけるという「見ちゃダメ!」の最高モデルだ。こういう人格が堂々と国営テレビに出ているのだから、ドイツではこれが普通の論なのか。

独 vs
英米仏の欧州戦線はどう動くか、暴支膺懲の第二次大東亜戦争はいかに・・・歴史の序章に我々は立っている。(つづく)

2020年08月04日

◆雀庵の「中共崩壊へのシナリオ(45」

“シーチン”修一 2.0


【Anne G. of Red
Gables/155(2020/8/3/月】昨日の午前11時頃、ダイエー向ヶ丘店SCを散歩した。この9月末に建て直しのため営業を終了するから、様子を見に行ったのだが、小中向きのゲーセン以外はあまり賑わっていなかった


テナントは「閉店セール」「休店セール」のオンパレード。「本当に閉店セール」という表示もあって、つまり「嘘偽りなく閉店するから安いよ」とアピールしており、年中「閉店セール」の怪しい商法ではありません、と強調しているのには笑った。


すでに撤収しているスペースに素敵なペルシャ絨毯を陳列した店があった。伝統的なデザインからモダンな今風のおしゃれなデザインまで、目の玉がひっくり返りそうな高級手織りから手頃な機械織まで、まあ実に色々だ。

ペルシャ絨毯を見て、脳みその奥の奥から記憶がよみがえってきた。


1980年代にKMインターナショナルという取引先があり、国際的な広告代理店ネットワークの日本支部でもあった。どこかの国の支部がクライアントから「〇〇を世界中で売りたい」と頼まれたら「ようがす、うちは世界中にネットワークがありますから任せてください」と速攻で対処できる仕組みになっているわけ。


ユダヤ人は2000年も祖国がなく世界中に散っていたが、そのためにあらゆる分野でユダヤ人ネットワークが構築され、発展し、現地社会に溶け込んでいったのだろう。

ユダヤ人抜きにして今の世界はあり得ない。米国ではキッシンジャー元国務長官など多くの分野で影響力を示している。例えば、


A・アインシュタイン/物理学者、M・ブルームバーグ/ニューヨーク市長、L・サマーズ/国家経済会議議長、B・バーナンキ/FRB議長、L・ペイジ/Google創業者、S・ブリン/Google創業者、S・バルマー/マイクロソフトCEO(ビル・ゲイツの兄貴分)、M・ザッカーバーグ/Facebookの創始者、J・クシュナー/実業家・政治家・・・


KMでは会長がKnight(ナイト)
さん、社長が森口さん、二人合わせてKMというわけだ。米国人のナイトさんはヤンキー的な感じが全然しなかったが、ユダヤ人だったろう。知的で穏やか、容姿も話しぶりもTVドラマ「刑事コロンボ」の主役、ユダヤ人のピーター・フォークに何となく似ていた。

ナイトさんはペルシャ絨毯の販路拡大も担当しており、小生もその広報宣伝を手伝ったことがあるが、内容はすっかり忘れた。多分、歴史とか制作作業、手入れの仕方などを紹介する販促物を作ったのだろう。

わが街には20年ほど前からイラン人風の人がペルシャ絨毯クリーニング業を営んでいる。扱う絨毯は一流だろうと思わざるを得ないのは、クリーニング代が一流だからで、その費用で機械織の絨毯が買えそうだった。


機械織(ハイテクのコンピュータ制御)と高級手織(完成までに数か月、数年もあり)・・・ただの茶碗(食器、日用品)と茶道の江戸中期〇〇作の茶碗(宝、芸術品)のような違いがある。


素人には分からないが、その道の人なら価値が分かるわけ。「いい仕事してますねぇ」。


骨董屋は弟子を育てる際、とことん一流品を見せ続けるそうだ。目が肥えて真贋が分かる、値踏みができる。そうして一流の目利き、プロになる。


古典落語の「金明竹(きんめいちく)」は骨董屋の世界を描いていて秀逸だ。


<骨董屋を経営しているおじ(店主)のもとに世話になっている小僧が店番をしていると、店主の外出中に上方者らしい男がやって来て早口で一気にまくし立てる。



「わては、中橋の加賀屋佐吉方から使いに参じまして、先度、仲買の弥市が取り次ぎました、道具七品(ななしな)のうち、祐乗(ゆうじょ)・光乗(こうじょ)・宗乗(そうじょ)三作の三所物(みところもん)。ならび、備前長船の則光(のりみつ)。


四分一ごしらえ、横谷宗aの小柄(こづか)付きの脇差……柄前(つかまえ)な、旦那さんはタガヤサンや、と言うとりましたが、埋もれ木やそうで、木ィが違うとりましたさかい、ちゃんとお断り申し上げます。


次はのんこの茶碗。黄檗山金明竹、遠州宗甫の銘がございます寸胴の花活け。織部の香合。『古池や蛙飛びこむ水の音』言います風羅坊正筆の掛物。沢庵・木庵・隠元禅師貼り混ぜの小屏風……


この屏風なァ、わての旦那の檀那寺が兵庫におまして、兵庫の坊(ぼん)さんのえろう好みます屏風じゃによって、『表具にやって兵庫の坊主の屏風にいたします』と、こないお言づけを願いとう申します」>(WIKI)


その道のプロなら大体分かるだろうが、素人にはチンプンカンプン。いずこの業界も特殊な業界用語があり、懇意にしていた通訳・翻訳者が「報酬が高いのでICT分野に特化した」と言っていたが、「日常の英会話ができます」だけでは食える時代ではない。

天才秀才はいざ知らず、並の人が一流、金メダルを目指すなら歯を食いしばって努力するしかない。それでも五傑、十傑になれるのは一握りだ。それ以下でも平幕、十両というプロにはなれる。


努力もせずに「俺は差別されてる、そんな社会は潰れるがいい」って、小生から見れば「お門違い」。努力をせずにメシが食える社会なんてインモラル、非道徳、邪道だ。

下から這い上がるのには何代もの努力が必要だが、身分が固定されているわけではないのだ。チャレンジするかどうかは、本人次第。叩かなければ門は開かない。



叩く気もなく遊び呆け、犯罪を犯し、刑務所を出たり入ったりする奴に「差別を受けた気の毒な人」と擦り寄る奴がいるからちっとも懲りない、更生しない、結局は負の連鎖


犯罪大国は犯罪小国の刑務行政を学んだらどうか。学ばないと「民度」は堕ちるばかり、費用は増えるばかりだ。本質的に「結果平等」「セイフティーネット」は社会の劣化を招くのではないか。助けることと甘やかすことは違う。


世界は暫く経済低迷を余儀なくされるだろう。経済成長を前提にした福祉政策や福祉国家は、福祉コストの重圧にいつまで耐えられるのか、かなり心もとない。自由・民主主義の理念のオーバーホール、現実社会での在り方を見直す時期ではないのか。


コロナ禍・中禍との戦争に勝つためにも、贅肉肥満国家から筋肉質国家へ変身すべきだ。災いを転じて福となすべし。


【措置入院 精神病棟の日々(188)2017/1/27】産経:新保祐司「正論 佐三の高き精神的気風に触れる」から。


<映画「海賊とよばれた男」を見た。出光興産の創業者・出光佐三(さぞう)をモデルにした作品だが、大学卒業後、40歳過ぎまでこのユニークな会社で働いていた私は、特別な感慨をもって鑑賞した。

佐三が昭和15年の紀元2600年の年にまとめた「紀元二千六百年を迎え店員諸君と共に」に出光の主義方針が掲げられている。この文案に「人間尊重」「大家族主義」「独立自治」「黄金の奴隷になるなかれ」「生産者より消費者へ」が掲げられていろ。


この佐三の考えは、日本人であることの深い自覚から生まれたものであり、単に経営を成功させるための功利的なものではなかった。戦後の高度成長の波に乗っただけの経営とは、正反対の考え方であった。

今日、高度成長を牽引した「名経営者」たちよりも、出光佐三の価値が広く認められる機運にあるということは、「戦後民主主義」の中で「日本人」たることを怠ってきた日本人の心に、本来の日本人とは何かというヴィジョンを求める心が湧き上がってきているということではないか。

経営、あるいは政治・経済の運営にも、日本人としての自覚が必要だということであり、浅薄な人間観、国家観、世界観では、もはや通用しないということである>


いい論考だ。新保を育てたのも佐三、出光の日本精神なのだ。


中岡望「トランプ 世界が待ち受ける米国ファーストの災禍」。新味はないが、「リバイアサン(国家主権への絶対的服従)的な国際秩序は混乱だけでなく、災禍をもたらすかもしれない」とはどういうことか。

トランプ当選は、時代に取り残されたような万年負け組が逆転優勝したようなものだ。それが嫌なら4年後の選挙に備えればいい。産経はニューヨーク州や加州のみならず、米国中部、南部、ラストベルトの国民の声も伝えてほしい。(つづく)

2020年08月03日

◆雀庵の「中共崩壊へのシナリオ(44」

“シーチン”修一 2.0


【Anne G. of Red
Gables/153(2020/8/1/土】小学校には「走らない!廊下は静かに歩きましょう」の貼り紙があるだろう。昔は木造だから転んでも膝小僧を擦りむく程度で済んだが、今はコンクリの上に塩ビ系床材だから硬そうで、下手をすると骨折し、親から損害賠償を求められたりしかねないから大変だ。

米国では仕事のない弁護士は救急車を追っかけて、ケガ人に「訴訟しましょう、賠償金の〇割の成功報酬でOK」なんてやっているそうだが、日本でも法匪的“アカ弁”はドブ浚いみたいな仕事をしているのではないか。「やったー、砂金がいっぱい!」とか。

卒業間近の終活学校の廊下には「走らない!老化は静かに歩きましょう」の貼り紙がありそうだな。多動児の小生はサメやマグロのように回遊していないとオツムも体も萎んじゃうから、毎日2時間はチャリ散歩するようにしている。

先日は過酷な急坂登りの「津久井道」に挑戦して弾き飛ばされ、「整備されていない津久井道に非がある、強烈な不満と断固とした反対を表明」したが、結局は尻尾を巻いて逃げたという情けない敗戦だったのだ。で、己の能力、敵の弱点をいろいろ考えた末に、

「正上位、正攻法ではダメだ、大回りだが油断をついてゆっくり斜め後ろから攻略する松葉崩し作戦でいこう」


ノルマンディー上陸作戦、仁川上陸作戦、悪魔のように細心に、天使のように大胆に、昨日は小雨もものかは、オペレーションは開始されたのである。

作戦の肝は、急坂を避けて大きく迂回して、比較的緩やかな坂を辿って津久井道の一番高い所へ出て制圧する、というもの。行程の4分の3は未知の街道だった。

結論から言うと、急坂ではないが長い長い坂道で、ヘロヘロながらも登頂、「シーチン見参、鵯越(ひよどりごえ)の逆落し、イザ!」、一気呵成に下って津久井道を制圧したのだった。苦労した分、スリル満点、達成感は大きいなあ。

この作戦の途次、鬱蒼とした高木に守られるように検問所付きの建物があった。わざと目立たないようにしているところが小生の好き心を誘うのだ。近づくと「防衛装備庁 艦艇装備研究所」・・・海辺どころか山中に何故? 謎は深まるばかりだった・・・祟りか?!

調べたらこうあった。


<艦艇装備研究所は、船舶、船舶用機器、水中武器、音響器材、磁気器材及び掃海器材のシステム化技術とこれらの要素技術について研究を行っています。

◆海洋戦技術研究部:対潜戦及び対機雷戦の能力評価、戦術判断支援、及び水中音響に関する考案、調査研究


◆水中対処技術研究部:船舶の無人化、水中武器、掃海器材に関する考案、調査研究


◆艦艇・ステルス技術研究部:船舶、水中武器、掃海器材とシグネチャの低減に関する技術の考案、調査研究ならびに海上における試験

◆川崎支所:磁気器材及び水中電界器材に関する考案、調査研究>

全然分からないけれど「中共海軍を撃滅するための武器を開発している所」だな。「探知されにくい魚雷用動力装置の静粛化に関する研究」など、中共が欲しがる情報がいっぱいあるのだろう。

こういう研究をパクる中共の組織の代表は中国科学院だろうが、東大、東工大などの学者は「日中共同研究」と称して中共で研究しているケースも珍しくないようだ。


小生の偏見だろうが、同級生の東大教授(理系)などを観察してみると、「理系の人は専門バカが多くて政治経済社会に疎い」のではないか。世事、俗世間、人情の機微を知らない。


国立研究開発法人・科学技術振興機構(JST)は中共とズブズブ、ラブラブのようだ。サイトを覗くと、



<研究領域「エネルギー利用の高効率化」「都市における環境・エネルギー分野」「生物遺伝資源」では、中国科学技術部と中国国家自然科学基金委員会と共同研究を支援しています・・・

中国総合研究・さくらサイエンスセンター:


アジアにおける共通課題を解決するためには、イノベーションの促進が不可欠であり、優れた研究開発成果の活用や人材の育成が極めて重要です。とりわけ日本は、アジアと一体となったグローバルな研究環境を整え、アジアの優秀な人材との交流が急務となっています。

そのアジアから優秀な青少年を短期招へいし、日本の先端科学技術に触れてもらう「さくらサイエンスプラン」は、日本を含めたアジア地域のイノベーションを担う人材を育成することが最大の狙いです。 

さらに、当センターのミッションは、日中両国の科学技術分野の交流と情報発信を通じて、相互理解のためのプラットフォームを構築することです。

これにより人と情報のネットワークを作り上げ、「環境問題」「エネルギー問題」「少子高齢化」「防災対策」「食の安全」など、日中両国の共通課題を解決するため貢献してまいります。そして、世界が注目する中国の科学技術や教育の現状を調査・研究し、情報発信することで、相互理解を推進して参ります。

当センターの活動が、アジアを中心とする地域の発展と相互理解に寄与することを強く願っています>


海千山千の中共にキン〇マを握られているみたい。JSTは「研究者のモラル」という注意喚起を日本語、英語、さらにわざわざ中国語で発信しているが、漢族はそもそも日本的モラルなんてない、「儲かればいい」「騙されるやつがバカ」「子供が親を告発する」、それが支那流モラルという民族であることを知らないのではないか。

無知蒙昧の専門バカと銭ゲバ、政財界のアカが日本の足を引っ張る。毛沢東、習近平、五星紅旗の写真踏み絵でチェックしてはどうか。堂々と踏んだ奴は怪しい漢族系、ためらった人はマトモな和人系じゃないか。

久し振りの【措置入院 精神病棟の日々(187)2017/1/26】First come, first
served
という格言がある。「早い者勝ち」という意味だろう。新大陸発見! 入植開始!で真っ先に乗り込んだ人々は東海岸の良い場所、海に近く川がある平野から住み始めたろう。

世界は依然として「早い者勝ち」だが、「国益優先」でどんな汚い手でもOKという国、国民、民族というのもある。勝てばいいのであり、歴史は勝者が創るのだから、悪逆非道も糊塗できる。自由平等人権法治なども勝者=白人の理念で、敗者=有色人種はまず対象外だったろう。

どこの国でもキレイごとばかりではない、ということ。「産経抄」も理想や夢想を語って「僕はいい人」なんて自己満足していず、リアルを直視すべきだ。

阿比留瑠比ボナパルト「アパへの声援 日本は変わった」。曰く「日本社会が変わり、正常化しつつある中で、民進党は逆に偏狭となり、旧社会党に先祖返りしてきたように思われるのが残念である」。民進党は寝たっきり、「習とともに去りぬ」だな。


石平「内憂は経済のさらなる衰退」。趣旨は、


<中共は今秋、党大会で代表を選ぶが、習近平は再任されないだろう。マルクス主義では硬直した国家独占資本主義の実需を伴わない(インフラ投資など)過剰生産を止めることはできない。恐慌とかバブル崩壊とまではいかないにしても、過剰生産を止めれば社会不安、不満が相当高まってしまう。


習が再任されるためには日中間に緊張を起こさなければならない。台風シーズン後の9〜10月に事を起こすに違いない>

村井友秀「正論 日台が阻止する中国の海洋覇権」

<戦争には「攻撃は守備の3倍の兵力が必要」という原則がある。従って、米国の新政権の政策に影響されずに日本の力で安定した日中関係を構築するためには、中国の軍事力の3分の1を超える2分の1の軍事力を日本が保有すれば、中国の軍事的圧力に日本は抵抗できる>

「核兵器を持て」というのが正論だろう。キレイごとはもうやめてくれ、リアルでいけ、リアルで!


「池田名誉会長が平和提言へ」。まだ生きている? インクレダブル! 産経は池田教の機関紙印刷の仕事をもらっており、かつ信者への「推奨紙」にもなっているのだろうが、広告部や販売部からの圧力で信者以外は誰も読まない記事を載せざるを得ないわけだ。これが真実、リアルだ!


そう言えば選りによって小生に機関紙購読を勧めた老婆「ナンミョー」はいつの間にかいなくなった。(つづく)

2020年08月02日

◆雀庵の「中共崩壊へのシナリオ(43」

シーチン”修一 2.0


【Anne G. of Red
Gables/153(2020/8/1/土】小学校には「走らない!廊下は静かに歩きましょう」の貼り紙があるだろう。昔は木造だから転んでも膝小僧を擦りむく程度で済んだが、今はコンクリの上に塩ビ系床材だから硬そうで、下手をすると骨折し、親から損害賠償を求められたりしかねないから大変だ。


米国では仕事のない弁護士は救急車を追っかけて、ケガ人に「訴訟しましょう、賠償金の〇割の成功報酬でOK」なんてやっているそうだが、日本でも法匪的“アカ弁”はドブ浚いみたいな仕事をしているのではないか。「やったー、砂金がいっぱい!」とか。

卒業間近の終活学校の廊下には「走らない!廊下は静かに歩きましょう」の貼り紙がありそうだな。多動児の小生はサメやマグロのように回遊していないとオツムも体も萎んじゃうから、毎日2時間はチャリ散歩するようにしている。

先日は過酷な急坂登りの「津久井道」に挑戦して弾き飛ばされ、「整備されていない津久井道に非がある、強烈な不満と断固とした反対を表明」したが、結局は尻尾を巻いて逃げたという情けない敗戦だったのだ。で、己の能力、敵の弱点をいろいろ考えた末に、


「正上位、正攻法ではダメだ、大回りだが油断をついてゆっくり斜め後ろから攻略する松葉崩し作戦でいこう」

ノルマンディー上陸作戦、仁川上陸作戦、悪魔のように細心に、天使のように大胆に、昨日は小雨もものかは、オペレーションは開始されたのである。

作戦の肝は、急坂を避けて大きく迂回して、比較的緩やかな坂を辿って津久井道の一番高い所へ出て制圧する、というもの。行程の4分の3は未知の街道だった。



結論から言うと、急坂ではないが長い長い坂道で、ヘロヘロながらも登頂、「シーチン見参、鵯越(ひよどりごえ)の逆落し、イザ!」、一気呵成に下って津久井道を制圧したのだった。苦労した分、スリル満点、達成感は大きいなあ。



この作戦の途次、鬱蒼とした高木に守られるように検問所付きの建物があった。わざと目立たないようにしているところが小生の好き心を誘うのだ。近づくと「防衛装備庁 艦艇装備研究所」・・・海辺どころか山中に何故? 謎は深まるばかりだった・・・祟りか?!



調べたらこうあった。



<艦艇装備研究所は、船舶、船舶用機器、水中武器、音響器材、磁気器材及び掃海器材のシステム化技術とこれらの要素技術について研究を行っています。

◆海洋戦技術研究部:対潜戦及び対機雷戦の能力評価、戦術判断支援、及び水中音響に関する考案、調査研究


◆水中対処技術研究部:船舶の無人化、水中武器、掃海器材に関する考案、調査研究


◆艦艇・ステルス技術研究部:船舶、水中武器、掃海器材とシグネチャの低減に関する技術の考案、調査研究ならびに海上における試験



◆川崎支所:磁気器材及び水中電界器材に関する考案、調査研究>



全然分からないけれど「中共海軍を撃滅するための武器を開発している所」だな。「探知されにくい魚雷用動力装置の静粛化に関する研究」など、中共が欲しがる情報がいっぱいあるのだろう。



こういう研究をパクる中共の組織の代表は中国科学院だろうが、東大、東工大などの学者は「日中共同研究」と称して中共で研究しているケースも珍しくないようだ。



小生の偏見だろうが、同級生の東大教授(理系)などを観察してみると、「理系の人は専門バカが多くて政治経済社会に疎い」のではないか。世事、俗世間、人情の機微を知らない。



国立研究開発法人・科学技術振興機構(JST)は中共とズブズブ、ラブラブのようだ。サイトを覗くと、



<研究領域「エネルギー利用の高効率化」「都市における環境・エネルギー分野」「生物遺伝資源」では、中国科学技術部と中国国家自然科学基金委員会と共同研究を支援しています・・・



中国総合研究・さくらサイエンスセンター:



アジアにおける共通課題を解決するためには、イノベーションの促進が不可欠であり、優れた研究開発成果の活用や人材の育成が極めて重要です。とりわけ日本は、アジアと一体となったグローバルな研究環境を整え、アジアの優秀な人材との交流が急務となっています。



そのアジアから優秀な青少年を短期招へいし、日本の先端科学技術に触れてもらう「さくらサイエンスプラン」は、日本を含めたアジア地域のイノベーションを担う人材を育成することが最大の狙いです。 



さらに、当センターのミッションは、日中両国の科学技術分野の交流と情報発信を通じて、相互理解のためのプラットフォームを構築することです。



これにより人と情報のネットワークを作り上げ、「環境問題」「エネルギー問題」「少子高齢化」「防災対策」「食の安全」など、日中両国の共通課題を解決するため貢献してまいります。そして、世界が注目する中国の科学技術や教育の現状を調査・研究し、情報発信することで、相互理解を推進して参ります。



当センターの活動が、アジアを中心とする地域の発展と相互理解に寄与することを強く願っています>



海千山千の中共にキン〇マを握られているみたい。JSTは「研究者のモラル」という注意喚起を日本語、英語、さらにわざわざ中国語で発信しているが、漢族はそもそも日本的モラルなんてない、「儲かればいい」「騙されるやつがバカ」「子供が親を告発する」、それが支那流モラルという民族であることを知らないのではないか。



無知蒙昧の専門バカと銭ゲバ、政財界のアカが日本の足を引っ張る。毛沢東、習近平、五星紅旗の写真踏み絵でチェックしてはどうか。堂々と踏んだ奴は怪しい漢族系、ためらった人はマトモな和人系じゃないか。



久し振りの【措置入院 精神病棟の日々(187)2017/1/26】First come, first
served
という格言がある。「早い者勝ち」という意味だろう。新大陸発見! 入植開始!で真っ先に乗り込んだ人々は東海岸の良い場所、海に近く川がある平野から住み始めたろう。



世界は依然として「早い者勝ち」だが、「国益優先」でどんな汚い手でもOKという国、国民、民族というのもある。勝てばいいのであり、歴史は勝者が創るのだから、悪逆非道も糊塗できる。自由平等人権法治なども勝者=白人の理念で、敗者=有色人種はまず対象外だったろう。



どこの国でもキレイごとばかりではない、ということ。「産経抄」も理想や夢想を語って「僕はいい人」なんて自己満足していず、リアルを直視すべきだ。



阿比留瑠比ボナパルト「アパへの声援 日本は変わった」。曰く「日本社会が変わり、正常化しつつある中で、民進党は逆に偏狭となり、旧社会党に先祖返りしてきたように思われるのが残念である」。民進党は寝たっきり、「習とともに去りぬ」だな。



石平「内憂は経済のさらなる衰退」。趣旨は、



<中共は今秋、党大会で代表を選ぶが、習近平は再任されないだろう。マルクス主義では硬直した国家独占資本主義の実需を伴わない(インフラ投資など)過剰生産を止めることはできない。恐慌とかバブル崩壊とまではいかないにしても、過剰生産を止めれば社会不安、不満が相当高まってしまう。



習が再任されるためには日中間に緊張を起こさなければならない。台風シーズン後の9〜10月に事を起こすに違いない>



村井友秀「正論 日台が阻止する中国の海洋覇権」。



<戦争には「攻撃は守備の3倍の兵力が必要」という原則がある。従って、米国の新政権の政策に影響されずに日本の力で安定した日中関係を構築するためには、中国の軍事力の3分の1を超える2分の1の軍事力を日本が保有すれば、中国の軍事的圧力に日本は抵抗できる>



「核兵器を持て」というのが正論だろう。キレイごとはもうやめてくれ、リアルでいけ、リアルで!



「池田名誉会長が平和提言へ」。まだ生きている? インクレダブル! 産経は池田教の機関紙印刷の仕事をもらっており、かつ信者への「推奨紙」にもなっているのだろうが、広告部や販売部からの圧力で信者以外は誰も読まない記事を載せざるを得ないわけだ。これが真実、リアルだ!



そう言えば選りによって小生に機関紙購読を勧めた老婆「ナンミョー」はいつの間にかいなくなった。(つづく)


2020年08月01日

◆雀庵の「中共崩壊へのシナリオ(42」

“シーチン”修一 2.0


【Anne G. of Red
Gables/152(2020/7/31/金】上司であり仲人だったTさんは、駆け出し記者の小生にこう言った。「インタビュー記事や対談記事はよく読まれる。何故か。人間が一番興味を持つのは人間だからだ」


伝染病にかかると何万もの家畜が殺処分される。多くの人は残酷だなあ・・・と思うが、「でも、感染拡大を防ぐにはそれ以外の方法がないんだから仕方がないんだろうなあ」と納得し、1日2日で忘れる。

3日目あたりには「今夜はトンカツだあ! フライドチキンも作ろう!」とか。


ずいぶんだなあという気がしないでもないが、「豚さん、鶏さん、私たちを許して」なんてずーっと悲しんでいたら、これはもう急性期精神科閉鎖病棟行きになりそう。隔離、緩やかな殺処分・・・


人間(健常者)ファースト。G20国あたりでは一応はそうなっているが、宗派が違えば殺してもいいという人は結構いるだろう。里に下りてきた熊は見せしめのように殺処分だ。人権はあるが動物権はない。動物はモノ扱い。


人間は人間に殺される。同時に人間は人間に救われる。「彼は敵か味方か?」、人間が人間に関心を持つのは、原初的にはそのためではないか。人間は複雑怪奇で品定めが難しいから、人物鑑定とか素行調査は多かれ少なかれ誰もがやっている。

「これは上等だからキロ3000円。こっちは下等だからキロ1000円、え、500円? あんた、そりゃあ無理無体だ・・・しゃあない、700円! もってけドロボー!」



1950年代までマグロのトロはゲテモノ扱い、今は高級品。河原乞食の変人奇人が、ある時からセレブ、人気者として崇められたり。価値観は微妙に、時に大きく変化していくから、同じ人でも評価が逆転したりする。


人間は「あの人はこういう人」という判断、レッテル貼り、定義、解釈、敵か味方か、そういった品定めをしないと距離感や対応が分からず心が落ち着かない、それが初期設定なのだろう。


「人間の性格の種類一覧表」というサイトによると、


楽天的・献身的・社交的・道徳的・堅実・悲観的・卑屈・傲慢・小心者・冷徹・繊細・頑固・勤勉・明朗・大胆不敵・優柔不断・純真無垢・寛仁大度・平均的・おとなしい・模範的・自己中心的・負けず嫌い・神経質・目立ちたがり・真面目・几帳面・神経質・冷静・謙虚・恥ずかしがり・爽やか・子供っぽい・好奇心旺盛・気が利く・おおらか・のんびり・落ち着いている・信心深い・お人好し・お節介・世渡り上手・慎重・生真面目・調和的・心配性


とかが紹介されている。


小生の場合はその時々の気分で楽天的になったり悲観的になったり、冷静を心がけても感情的になったりする。結局、気分屋だから「冷静に興奮すべし」「慎重に大胆であれ」「善人を装って扇動しろ」というあたりは常に気を付けている。


下手なことを言うと「正論をもって叩かれる」、それは勉強になるから結構なのだが、「それに反論できない」というのは「ちょっと悔しい、とても情けない」気分にはなるね。好きな女の子に振られた気分。失恋。みんな泣いたよね。


自業自得だけれど・・・「鋭い感受性と強烈な自我ゆえ、青春はおおむね悲惨である」・・・ああ、これが俺の青春か・・・ウジウジ・・・


こうして男はタフな(打たれ強い、図々しい、狡猾で、えげつない、スケベな、時々ドジル、一人前の)オッサンになっていくわけだ、ピンキリはあるけれど一般的に。



「人間への飽くことなき興味」、文系の学問はそれがベースだろう。多分「解」がないから面白いのかもしれないし、人間動物園、人間劇場には奇想天外なトンデモ役者が次から次へと登場してくるから、追いかけているだけでも大変、のんびりしているとビッグウェーブに乗り損ねて「ここはどこ? 私は誰?」、人間卒業になりかねない。



日本の周辺は世界選手権メダリスト級のトンデモ役者ばかりだ。ヘビー級は習近平、プーチン、ミドル級は金正恩、文在寅・・・


日本選手権ではライトヘビー級は二階俊博、今井尚哉、丹羽宇一郎、フライ級は枝野幸男、辻本清美、モスキート級は北のスパイ兼教科書検定調査官のNあたりか。


悪性コロナ菌のような魑魅魍魎がウジャウジャ、日本はまるで呪われた国家のよう。天は何故我に試練を与え賜う・・・天曰はく「目覚めよ、奮闘すべし、独立せよ!」、少なくとも諸悪の根源である「中共は潰せ」ということだろう。


インド国防研究所東アジアセンターのジャガンナート・パンダ氏の「なぜ中国の冒険主義は東シナ海で膨張するのか」(日本戦略研究フォーラム7/30)は、日本に「周辺国との協力、中共との関係見直し」をアドバイスしている。以下抜粋。



<中国武漢市で最初に確認された新型コロナウイルスの感染拡大は、政治や経済、そして文化の面でも国際秩序に甚大な影響をもたらしており、それはアジアも例外ではない。



それでも驚くべきは、感染が拡大している最中であっても、大国間の対立や地域紛争、外交関係の緊張が深刻化し、アジア地域に緊張の感染をもたらし続けていることだ。

特に中国はアジアにおける修正主義的な姿勢を取り続けており、海洋軍事面での挑発的な自己主張でインド太平洋地域の緊張を高めている。



アメリカとの緊張関係や台湾への恫喝、ギャルワン渓谷でのインドとの衝突、香港国家安全維持法の制定、オーストラリアとの関係悪化、南シナ海及び東シナ海での好戦的行為、これらすべては中国が主導する新しい世界秩序の主張の一部分である。



日本が独断的な中国に対応するためには、二国間および多層的なパートナーシップをより強めることが戦略的必要条件となっている。



インド太平洋地域、特にインド、ベトナム、フィリピン、オーストラリア、ニュージーランドとの経済関係を志向しつつ、日本が部分的にも中国との経済関係のデカップリング(分離)を検討できるかどうかが重要である。

最近、日本政府には東南アジアまたは日本へ移転する在中国日本企業に対し補助金を出す動きがあるが、これは大胆な決定である。


リスクを分散し混乱を回避する製造業の新しい試みに向け代替的なサプライチェーンを奨励することで、日本製造業の対中依存が大いに低下するだろう。


北京政府の海洋冒険主義は、中国共産党の戦略の一部である。日本の安全保障の追求は、バランスのとれた対中関係と同様に、中国以外の世界との経済、そして安全保障関係を強化することにある>


「バランス・オブ・パワー/勢力均衡外交」で中共を抑制せよ、ということだ。


中共を警戒するインドに7月29日、5機の仏製ラファールジェット戦闘機が新たに配備された。2022年までには全36機が揃うという。「中共に警戒せよ、備えよ、団結せよ」。アジアはこのスローガンのもと中共包囲網を作っていこう。



中共はダッチロールを始めた。味方ゼロ=国際的孤立、洪水対応ゼロ=民の怒り、景気浮揚策ゼロ=鍋底不況・・・早めの自壊を促すべく包囲戦へ、いざ!(つづく)

2020年07月31日

◆雀庵の「中共崩壊へのシナリオ(41」

“シーチン”修一 2.0


【Anne G. of Red
Gables/151(2020/7/30/木】小生は敗戦から6年後に農村の農家兼精米所に生を得たので「飢え」を知らない。4歳で現在のところ(小さな町、父の生地、桃畑の中)に引っ越したが、冷や飯とかふかしたサツマイモはいつもあったから「腹が減ってヘロヘロ」という経験がない。


当時は庭に果樹を植えるのが当たり前で、柿、梅、無花果、ブドウ、グミ、キンカン、ザクロ、イチゴなどはあるし、周りは桃畑と梨園だらけだから、食い物に不自由はしない。「落ちた桃は売り物にならないから好きなだけどうぞ」だから、一週間もすれば食傷気味になった。


1日の小遣いは5〜10円で、駄菓子屋であめ5粒とか、肉屋でコロッケ1個を買ったりしていた。友達の家へ行けばお母さんがオヤツどころか夕飯までご馳走してくれた。


そういう環境だったので、幸いにも「ひもじい」とか「今日明日の食糧を如何せん」という経験がないが、先の大戦で都市住民はずいぶん食糧難に苦しんだ。農村地帯は子供たちの疎開地になっていたから、粗食ではあれ、都市部よりはマシだったのだろう。


多分、都市住民以外は深刻な食糧難を経験せずに済んだと思うが、都市住民でも金持ちや上流階級は軽井沢とか伊豆半島、日光、那須など別荘地に避難した人が多かったようだ。

結局、戦中でも食糧難の都市部にいた人は、仕事の都合の人が圧倒的に多く、次いでどうにかなるだろうという、「なったらなったで考えればいいや」の寅さんみたいな人が続き、どん尻は「逃げるったって、避難先の当てがないんだからさあ」という逃げ場がない人だろう。

本土の餓死者は少なかったが、明日明後日の食糧備蓄が心細いというのは実に不安で、情けない思いだったろう。永井荷風は軍人政治への不安、不満、怒り、絶望を「これまでは筆禍を恐れて遠慮していたが、今日からは後世への記録として書き残す!」と発奮した。

「それにつけても備蓄の心細さよ、腹が減っては戦はできぬ、ああ悩ましい、軍人政治が国を亡ぼす、クソッ!」

そんな思いだったろう。

荷風は大好きなフランスがやられっぱなしだったこともあってひたすら軍人政治を呪い罵倒するのだが、大正時代の花柳界の恋のさや当てと銭闘を描いた荷風の「腕くらべ」が一種の戦争・戦術?とでも解釈されたのか、軍部から戦線将兵に贈るからと5000部!注文が来てから筆舌が落ち着いた感じがする。

笑うべし、人間のアバウトさ・・・それを含めて我ら後世の人にとって当時を知る貴重な一次資料になっている。

荷風先生、あなたはビッグです、大したものです、文豪です! 毎夜、笑いながらの眠りをもたらしてくれる我が枕辺の書「断腸亭日乗」から。

<(昭和19(1944)年、66歳)四月十日。食料品の欠乏、日を追うて甚だしくなるにつれ、軍人に対する反感、漸く激しくなり行くが如し。市中至るところ、疎開空襲必至の張札を見る。


五月四日。(従弟の)五叟方より鶏肉鶏卵届く。


五月二十七日。この頃(食糧を求めて)鼠の荒れ回ること甚だし。雀の子も軒に集まりて洗い流しの米粒捨てるを待てるが如し。東亜共栄圏内に生息する鳥獣飢餓の惨状また憐れむべし。



燕よ、秋を待たで速やかに帰れ。雁よ、秋来るとも今年は共栄圏内に来るなかれ。


六月二十九日。今年も早く半ばを過ぎんとす。戦争はいつまで続くにや。来るぞ来るぞといふ空襲も未だに来たらず。国内人心の倦怠疲労、今正にその極度に達せしが如し

六月三十日。某氏依頼の色紙に「ひるがほ」(書す)。



道端に花咲く昼顔。風が持て来てまきし種。手にとらば花瓶にさす間を待たで萎えるべし。それにも似たる我が身なり

八月六日。木戸氏、使いの者に炭一俵、キュウリ、トマト一籠を持たせ遣はさる。また五叟のもとよりトマト数個を送り来たれり。数年来、余は全く人の情にて露命を繋ぐ身とはなれるなり。


九月五日。(軍部が買い占めた鮭の缶詰の賞味期限が来そうなので、配給で人民に時価で売りつけている噂)軍部及び当局の官吏の利得、莫大なりといふ。日米戦争は畢竟、軍人の腹を肥やすに過ぎず。その敗北に帰するや自業自得といふべしと。これも世の噂なり。

××氏に送る返書の末に、


世の中はついに柳の一葉かな

秋高くモンペの尻の大(おおき)なり

スカートのいよよ短し秋の風

スカートのうちまたねらふ藪蚊哉

亡国の調(しらべ)せはしき秋の蝉>


食い物の恨みは恐ろしい、が、枯れても女好きは相変わらずで、「さすが荷風、蚊風だな、夏彦翁曰く、スケベは死なず」、小生は笑いながら眠るわけ。とってもケンコーと思わない? 


蛇足ながら「飢餓」「飢え死に」「戦争犯罪」について。


特に南洋戦地の日本軍将兵は米軍が国際法を無視して投降受入れを拒否したので飢餓と熱帯病で殺された。原爆実験、大空襲による無差別大量虐殺も、いずれオトシマエをつけてもらう。少なくとも小生は絶対に許さない、忘れない! 


ついでに言っておくが、米兵は「長距離移動は車が常識」だったから、捕虜になり風土病もあったにしても20〜30キロの徒歩行軍でへたった。「バターン死の行進」プロパガンダに騙されるな!


大東亜戦争時の日本人は兎にも角にも頑張った、踏ん張ったが、支那14億の民は戦時下の拘束や食糧難に耐えられるか否か。蓄財蓄妾美酒美食を生き甲斐とする人民は、経済封鎖、鉄のカーテンに我慢し、中共・習近平に従うかどうか・・・それを考える時期になってきた。



「7/23米国ポンペオ“怒りの演説”」は米国の対中「宣戦布告」として歴史に刻まれるだろう。我々は旧時代の最終章、新時代の序章の境界線上に今、立っている。稀に見る瞬間を目撃、あるいは能動的に関与することになる。以下の論考はとても勉強になる。



<近藤大介「ポンペオ長官“怒りの演説”が中国共産党に突きつけた究極の選択」(以下は抜粋。演説全文は現代ビジネス2020/7/28)


◆アメリカが本気で焦り出した


いやはや、アメリカと中国が大変なことになってきた。



アメリカが7月21日、ヒューストンの中国領事館閉鎖を命じたかと思えば、中国は24日、成都のアメリカ領事館閉鎖を命じた。期限はそれぞれ72時間以内だ。これほど激しい米中の攻防は、1979年に国交正常化を果たして41年で、初の事態である。


先週のこのコラムでは、トランプ大統領の最側近の一人で、対中強硬派として知られるポンペオ米国務長官が7月13日に発表した「南シナ海の海洋主張に対するアメリカの立場」と題する声明の全訳を載せた。その上で今秋、アメリカが南シナ海に中国が建設した人工島を空爆する可能性について詳述した。


ところが、ポンペオ長官によれば、中国批判は「4回シリーズ」なのだそうで、オブライアン国家安全保障顧問、ウォレイFBI長官、バール司法長官を伴って、さらに強烈なスピーチを、7月23日に行った。


これは台頭する中国に追い詰められた覇権国アメリカの「悲痛な叫び」とも言えるものだ。1945年以降、世界の覇権を握ってきたアメリカが、このままでは中国に覇権を奪われてしまうと、本気で焦り出したのである。


◆トランプ政権の対中論争に終止符



今回のスピーチは、3つの意味で「米中新冷戦」を決定づけるものとなった。


第一は、トランプ政権内の対中論争に終止符を打ったこと


第二は、中国という国家に加えて、9100万中国共産党員のトップに君臨する習近平総書記個人を攻撃したことである


第三は、単にトランプ政権のことではなく、「アメリカの問題」として対中問題を提起したことだ。


周知のように、11月3日の大統領選挙に向けて、トランプ共和党陣営とジョン・バイデン民主党陣営は現在、熾烈な選挙キャンペーンを繰り広げている。いまのところ民主党が優勢で、このまま行けば、民主党への政権交代が実現する。


ポンペオ長官は、そのことを見越した上で、「どの党の誰が大統領に就こうが、これからのアメリカは習近平政権と正面から対決していく」というニュアンスで演説しているのである。かつポンペオ長官の呼びかけに、民主党側は反対の声を上げていない・・・>


「ポンペオ“怒りの演説”」を少し引用しておく。

<ニクソンは1967年、『フォーリン・アフェアーズ』にこう寄稿した。


「長期的視野に立てば、中国を永遠に仲間の国々から引き離しておくわけにはいかない。中国が変わっていくまで、世界は平和ではいられない。そのためわれわれの目的は、ある程度、状況に影響を与えねばならない。目標は変化を導くことだ」

こうして北京への歴史的外遊を伴ってニクソンは関与戦略を始めた。

だが、われわれが目にしたのは中国共産党がわれわれの自由で開かれた社会を悪用したことだった。中国はアメリカの記者会見、研究所、高校や大学、果てはPTAの会合にまでプロパガンダを送り込んだのだ。


ニクソン大統領はかつて、世界を中国共産党に明け渡した時、フランケンシュタインを作ってしまったかもしれないと恐れた。だがいま存在しているのが、まさにそれだ。


中国共産党の体制はマルクス・レーニン主義の体制であり、習近平総書記は破綻した全体主義思想の信奉者であるということに、われわれは心を留め置かねばならない。


このイデオロギーこそが、中国共産主義のグローバルな覇権という習近平総書記が何十年にもわたって望んできたことを知らしめるものだ。共産中国を本当に変化させるには、中国のリーダーが語ることをもとにするのではなく、どう振る舞うかをもとにして行動することだ。


自由を愛する国々は、かつてニクソン大統領が望んだように、中国で変化を起こさせるようにしていかねばならない。ダイナミックで自由を愛する中国人に関わり、力を与えていかねばならない。


中国共産党の振る舞いを変えさせる使命は、中国人だけが持っているものではない。自由な国家は自由を守るために行動しなければならない。


いまこそ自由国家が行動する時だ。すべての国は、中国共産党の触手から、いかに主権を守り、経済的繁栄を保護し、理想を維持するかということを理解していかねばならない。


私がすべての国のリーダーに呼びかけたいのは、シンプルに相互主義、透明性、説明責任を要求していくということだ。自由国家は同一原則で行動するのだ。


もし今行動を起こさなければ、最終的に中国共産党は、われわれの自由を侵食し、われわれの社会が懸命に築き上げてきたルールに基づいた秩序をひっくり返すだろう。



われわれが許さない限り、習総書記は中国内外で、永遠に暴君でいられる運命ではないのだ。


アメリカ単独では立ち向かえない。国連、NATO、G7、G20など、われわれの結合した経済力と外交力、軍事力によって、明確に大きな勇気を持って指針を示していけば、この挑戦に必ずや、十分対処していける。おそらく、志を同じくする国々が、新たな民主の同盟を作る時なのだ。


自由世界が変わらなければ、共産中国が確実にわれわれを変えてしまうだろう。


中国共産党から自由を守ることは、われわれの時代の使命である。そしてアメリカは完全に、これをリードしていく

ニクソンは1967年、正しいことを書いた。「中国が変わるまでは世界は安全にならない」。いまこそこの言葉に心を留めるべき時だ>



パンダは危険な紅いフランケンシュタインに変身した。「米国とその何となくお友達」でフランケンを抑え込める時代ではなくなった。新たな仕組みによる「勢力均衡外交」が必要とされている、ということだ。


毛沢東の弱者による強者との戦いの肝は「敵が押し出してきたら退く、敵が退いたら押し出していく」「我が方の力が十分についたら一気呵成に敵を殲滅する」というものだった。

毛沢東は1964年の東京五輪に合わせて核ミサイル実験で強者へデビューし、56年後の2020年に習近平は世界帝国への殲滅戦を開始し、2024年に「大習帝国」初代皇帝を宣言する夢を抱いているだろう。習近平はやる気満々だ。


何清漣女史曰く


「習近平至少從方向與決心兩方面做了充分準備、大方向:經濟内循環、準備自力更生(習近平は、少なくとも方向性と決意に関して十分な準備をしてきた。一般的な方向性:経済の内部循環、自立の準備)」


習近平の危険な妄想的暴走を阻止するためにはグレートウォールの長城包囲網、少なくとも米日英豪加印台の頑丈な七強ダムが必要だ。世界の安定、日本の独立もこの一戦にあり。各員一層奮励努力せよ。(つづく)

2020年07月30日

◆雀庵の「中共崩壊へのシナリオ(40」

“シーチン”修一 2.0


【Anne G. of Red
Gables/150(2020/7/27/月】久し振りに生田緑地を散歩したが、花菖蒲と紫陽花が咲き終わり、向日葵はまだなので、花の気配はなかった。その代わりに高さ30mほどのメタセコイア(スギ科)が50本ほども林立している池端は圧巻だった。



その森の奥の方で大きなテーブルに集っている人がいる。キャンプ気分でランチを楽しむのかなあと、よく見ると、乙女が5人・・・うーん、シュールだなあ、「草上の昼食」・・・脱ぎだすのか・・・いよいよ俺も幻覚か? 茫然と見ていると・・・ナント、3密回避の屋外美容教室だった。



<訪問美容はサロンワークとは違ったやりがいを感じられます。
私たちのお客様には、色々な方がいらっしゃいます。施設内での日常生活に退屈されている方。ご家族の来訪が少ない方。まわりに気兼ねなく、お話できる人がいない方など。私たちは毎月定期的にお伺いするのですが、その時間を心待ちにされている方も少なくありません>(訪問美容グラシス)



すごいなあ、「いつまでも美しくありたい、お喋りしたい・・・」、3姫は車椅子だった。ニーズがあればビジネスが生まれ、さらにニーズが開拓され、ビジネスが大きくなる・・・



<待つ美容師から、訪れる美容師へ! 理美容室の数はコンビニの5倍! 若者ターゲットから訪問美容へのシフトで差別化を!>(介護美容研究所)



みんなタフ!「もうボクは付いていけません・・・けど、I have a
dream、鬼畜中共、撃ちてし止まん!」、ほとんどビョーキ、ステージ4、今日も前進だあ!



閑話休題。天に向かって真っすぐに伸びているメタセコイアの姿は神秘的であり、ドイツのケルン大聖堂は70m超の高さになるドイツトウヒ(マツ科)の森や、両手を合わせて天に祈る姿をモチーフにしたという説がある。



ドイツトウヒはクリスマスツリーに使われる樹木だからキリスト教とは縁があるわけだ。



WIKIで調べたら、このケルン大聖堂、1880年8月14日に初代ドイツ皇帝ウィルヘルム1世臨席の下、完成祝賀式典が催された。当然、宰相ビスマルクも同席したはずだ。(皇帝は普遍性のある大黒柱、スタビライザーだから当時の欧州では推戴する国が多かった。名門の貴種は大いに珍重されたという)



1873年3月、訪欧中の岩倉使節団はベルリンにおいてビスマルクに接し、「日本も大いに富国強兵せにゃならん」と発奮したが、80年代になるとリアリストのビスマルクは“君子豹変”したのである。



伊藤貫氏の「歴史に残る外交三賢人」から。



<1873年3月、訪欧中の岩倉使節団を接遇したビスマルクは、実は「果敢な武断主義者」から「慎重で避戦的な勢力均衡主義者」に移行している最中であったが、彼はそのことを岩倉使節団に説明しなかった。



たとえ説明したとしても、当時の日本人には理解されなかったろう。「バランス・オブ・パワー/勢力均衡外交」は、17〜19世紀の西欧外交史に関する質の高い知識がなければ理解できないものだからである>



小生思うにビスマルク自身もドイツ帝国樹立後、間がないので、「守勢=防衛戦における勢力均衡外交」の在り方を模索していた時期ではないか。



攻守あれど戦争や競技は物量戦(ハードパワー)と同時に頭脳戦(ソフトパワー)だから、当たり前ながら戦略、戦術、作戦が非常に重要になる。例えば、



ボクシングのタイトル奪取の戦いは、挑戦者は1点でも上回れば勝者になれるからひたすら攻撃する(体力消耗リスクが大きい)、一方でチャンピオンの防衛戦は同点でもタイトル防衛になるから、挑戦者の攻撃をかわしていればいいし、挑戦者がへとへとになったところで乾坤一擲、渾身の一発で大逆転も可能だ。



現世王者ジョージ・フォアマンと無冠の伝説王者モハメド・アリ(挑戦者)が対戦し、アリが劇的な逆転KO勝利をおさめた「キンシャサの奇跡」(世界統一ヘビー級タイトルマッチ、1974年)は、攻守所を変えていたが、アリはまさに上記の戦い方だった。小生も先生もみんな授業をおっぽり出してTV観戦したものだ。



スポーツのみならず「血を流さない戦争=外交」「血を流す外交=戦争」における戦略、戦術、作戦は非常に重要なのだ。



「こうすれば、こうなるものと、分かっていながらそうなった」・・・個人の失敗は「アハハハ、みんなそんなもだよ」で済むが、戦争はそうはいかないから、しっかり学ばないと50年、100年、惨めな思いをする。「後の祭り」はもう沢山だ。



<明治から昭和期の日本人は、1862〜70年の(ドイツ帝国樹立時の)ビスマルク外交には大いに関心を払い、果敢で武断主義的な戦略を一所懸命に模倣したが、その後の帝国宰相期(1871〜90年)の慎重に熟慮された巧妙な勢力均衡外交には、ほとんど興味を示さなかった。



ビスマルクは1871年1月に帝国を創立した後は、一切の拡張主義的な行動を断念するようになった。1880年代、ドイツ陸軍が世界一強力な戦力を獲得し、周囲の大国を撃破して領土拡大できるようになっても、「鉄血宰相」ビスマルクは、「勝てる戦争をやってはいかん、ドイツには戦争は不要だ。これ以上勝ってもドイツの長期的な国益にはならない」と避戦主義の立場を堅持したのである>



祭りでみんながノリノリ、ワッショイワッショイのときに100人神輿を止めるなんてできやしない、「踏みつぶすぞ、この野郎!」、弾き飛ばされてしまう。ビスマルクは「私は正義病」のドイツ国民の怨嗟の的、罵詈讒謗を浴びたのだった。



苦しくなるとビスマルクは年下の皇帝に愚痴をぶつけ、床に寝転がってジタバタ、大泣きする、皇帝はオロオロし、「たとえ朕一人でも最後までお前を信じている」と慰めるのだった。全く絶妙なコンビ、天の配剤だったなあ。皇室制度はあった方がいいのである。(つづく)

2020年07月28日

◆雀庵の「中共崩壊へのシナリオ(39」

“シーチン”修一 2.0


【Anne G. of Red
Gables/149(2020/7/26/日】チャリ散歩で「そのうちコケるだろうなあ」とは思っていたが、歩道と車道を分けるコンクリ製ポールにぶつかって倒れそうになった。

帰宅してから何となく左の脛を見たら7センチほどの切り傷から血が出ている。痛そうだが、あまり痛くはない。で、母のことを思い出した。晩年の母はよく青あざを作っていた。

「そこ、どうしたのよ、紫色じゃん」

「あら、どうしたのかねえ、全然知らなかったよ」


歳とると痛覚も劣化するわけだ。あまり痛くないように神様がそうしてくれるのだろうか。日本口腔顔面痛学会(痛そう!)から。

<加齢の進行に伴い、中枢神経および末梢神経系システムに様々な変化が生じることはよく知られている。痛覚受容も加齢による影響を受けている可能性は充分考えられる。本研究は、加齢に伴う侵害受容システムの変化を解明することを目的とした。

結果:老齢ラットは侵害刺激に対する反射は亢進しているが、
痛みの認知機能が低下していることがわかった>

つまり加齢により「痛みの認知機能が低下」するわけだ。



老化は痛覚だけではなく、視覚、聴覚、味覚、触覚、嗅覚、温覚、冷覚などにもあるはずだ。「あんた、ここは仕事場だぜ、なんか錯覚してんじゃね? 自覚が足りないよ、自覚があ!」とかもあるね。

俺はまだ若いと錯覚したり、老人の自覚がなかったりしても、加齢により感覚のみならず「脳みそ、肉体のすべてが劣化していく」のが当然の生理である。

痛覚など症状がなければ穏やかな最期になるのだろうが、劣化をできるだけ抑えて「やるべきことはやっておきたい」、「あと少しで1000人斬りだあ、目指せドンファン」なんていう人は焦ったりしそうだ。

くたばる前にこれだけはやっておきたい、心身がそこそこ機能するうちにやっておきたい、でも残り時間は少ないだろう、1日たりとも無為徒食で過ごすわけにはいかない、と焦る。「目標」があるから「道まだ遠し、日は暮れる」と焦るわけだ。

散歩やハイキング、山歩きでも「目標」があった方が「達成感」「喜び」は大きい。東京都で唯一標高2000mの雲取山を制覇した時は皆が「バンザイ」を叫んだものだ。思わず声が出て、実に気分が良かった。

「目標」があれば艱難辛苦も乗り越えられるかもしれない。それが「生きがい」とか「張り合い」という楽しみや慰謝にもなるだろうが、「目標」への道は、それが遠大であればあるほど過酷なのではないか。だからこそ達成感は大きいだろう。

そして新たな、さらに大きな「目標」が生まれ、くたばるまでチャレンジの連続だ!となったり。

のんびり面白おかしく(やがてボーッと?)過ごす老後、一方で「痩せガエル」のように挑戦する老後。多動児の小生は痩せガエルのように、諦めることなく、跛行してでも、前進していきたいなあと思う。

伊藤貫氏の「歴史に残る外交三賢人」から。

<1873年3月、訪欧中の岩倉使節団はベルリンにおいてビスマルク宰相から招かれた。その席でビスマルクは、

「近代的な法制度を整備しても、日本に実力がない限り、欧米諸国は日本を対等な国として扱わないだろう。諸君は実力をつけることを優先したまえ」

とアドバイスした。使節団一行は蒙を開かれた思いだった。

大久保利通は「新興国家を経営するには、ビスマルク候の如くあるべし。我、大いに頷く」と書き、伊藤博文とともに「我こそ日本のビスマルクになるのだ!」と発奮したのである。


使節団に同行しなかった山形有朋までこの話を聞いて「余も日本のビスマルクになりたい!」と熱望し、自宅の居間にビスマルクの銅像を飾っていた。明治の元勲の多くが強烈なビスマルク病に感染したのである>


明治維新のリーダーの若々しい熱い気持ちがうかがえて感動的だ。その後の「富国強兵一直線」という、老獪、狡猾、欺瞞、奸計、ディール、韜光養晦のないような政治、外交は、最期には未曽有の大敗戦になってしまった。

青春に挫折はつきもの。日本は若くて初心だった。辛酸を舐め、痛い思いをし、屈辱に涙した経験をバネに、次のガラガラポンでは銅メダルをとって、「オンリーさんを卒業する、普通の国になる」。

それを実現できれば「令和の大戦」は子々孫々、「敗者復活、奇跡の逆転サヨナラホームラン、一次リーグ入りの『令和維新』」と記憶されるだろう。

「歴史に "If"
はない」・・・大久保らがビスマルクに感動し、ヒゲや態度でも冷静冷血な政治リーダーを真似たのはご愛敬だが、後世にビスマルクの名を伝えることになった「バランス・オブ・パワー/勢力均衡外交」は、当時はビスマルク本人も戦略として意識していなかったようだ。


「えげつない外交、まるで詐欺師、汚さ過ぎ!」とドイツ皇帝から庶民までが罵倒し、さらにビスマルク本人さえ「俺だってこんな汚いこと、好きでやってるんじゃないんだ、他に方法がないんだからしょうがないだろ、あーだこーだ言うんなら俺は辞める、もううんざりだ!」と、皇帝の前で(半分は計算通りに、半分は本気で)七転八倒、大泣きした。

皇帝はビスマルクを好きではなかったが、ビスマルク以外に(個性豊かでクセのある感情的で付和雷同的、正気と狂気の狭間的な)ドイツ民族を牽引し、近隣国を牽制できるリーダーはいないことを知っていたし、ドイツ民族は皇帝が大好きだったから、結局、ビスマルクの政策は皇帝の承諾を得、国民の暗黙の了解を得るのだった。

ビスマルク統治の前期は、卑怯だろうが汚かろうが無節操だろうが、何が何でもドイツ帝国を創るという武断的攻撃的陰謀的な勢力均衡外交、後期はドイツ帝国を守るという守勢的狡猾的な勢力均衡外交だった。



大久保らはビスマルクの武断的攻撃的陰謀的な勢力均衡外交に心酔したが、日清日露の戦役で勝ったことからか、それが勝利パターンになってしまったのだろう、ビスマルクの守勢的狡猾的な勢力均衡外交を学ぶには至らなかった。

ドンパチの表側の戦争・外交、目に見えない裏側の戦争・外交、まあ日本は初心だったから最終的には負けてしまった。次回はもっと強く、もっと賢く戦い、世界を洗濯し、八紘一宇へ前進しましょう。(2020/7/26)

2020年07月27日

◆雀庵の「中共崩壊へのシナリオ(38」

“シーチン”修一 2.0


Anne G. of Red
Gables/148(2020/7/25/土】島崎藤村の「夜明け前」の書き出し。

<木曾路はすべて山の中である。あるところは岨づたいに行く崖の道であり、あるところは数十間の深さに臨む木曾川の岸であり、あるところは山の尾をめぐる谷の入り口である。一筋の街道はこの深い森林地帯を貫いていた>

名文だ、小生がひっくり返っても書けない。最初で読者の心をがっちりと掴む、掴んだら離さない、「お前は俺のもんだ、もう逃げられんぜ、ふっふっふっ・・・」。彼は道徳的に卑しい、女をもてあそんだ、と、もてなかった小生は思うが、まあ妬みだな。

修一の「ずーっと夜明け前」から。


<津久井道は多摩丘陵の谷間を縫うような上り坂から始まる。両側は平地が少なく、すぐに斜面であり、建物が密集している。歩道が整備されていず、歩いている人はまばらだ。自転車は一歩間違えば車道に転落するから難儀の上に危険である。一筋の街道は昔から旅人を苦しめたろう>

世田谷通は多摩川を越えると津久井道になる。分かれ目は多摩水道橋の中間で、[東京都←|→神奈川県]の境界線標識がある。米国でも州境には境界線標識があり、州警察や州兵は無断越境はしない。

こういう境界線を跨いでVサインするのは大体男である。跨ぎたい、両方とも俺のものにしたい、俺は征服者だ・・・本能だな。女は恥じらうのか、神様にお股を見せるのは不敬と思うのか、あまりやらないみたいだ。

取材で訪れた米国のユタ・アリゾナ・コロラド・ニューメキシコは「フォー・コーナーズ・リージョン」と呼ばれており、4州が一点で交わるところが観光ポイントになっている。

UNDER GOD FOUR STATES HERE MEET IN FREEDOM


記念碑の床にはこう刻まれており、両手両足の四つん這いで境界線を跨ぐ男の姿は豊穣を願う正常位そのもの。アメリカよ、永遠なれ!とか思うのかなあ。

この4州は1848年、米国がメキシコ(旧スペイン)から強奪したものである。世界は今でも「隙あらば侵略、強奪」「弱肉強食」が初期設定だ。国際社会も国内も「勝ち組」と「負け組」・・・

前回、こう書いた。

できない子でも「天職」に出会えればいいが、そもそも意欲とか忍耐力が低いのだろうか、現実には「転職」を重ねて、これという技能もなく、やがて貧困層になったりする。

子供をなしたにせよ、無知無芸、無為徒食と金欠は(ネグレクトで殺されなければ)子供に引き継がれ、何代にもわたって貧困(DNA)が継承されることもあるだろう。

こういう「落ちこぼれ」、特に若者のセイフティネット、受け皿は十分なのだろうか・・・と。


<若年無業者:15〜34歳の非労働力人口のうち、家事も通学もしていない人。そのうち、「就業を希望していない」「就業を希望しているが求職活動をしていない」人をいう。ニートと同義にも用いられる。

厚労省調査で無業者数は2019年4月は22万人。2020年4月は91万人で70万人も多いが、増えた原因は恐らく「休校」だと考える>(育て上げリサーチ)


小生が精神科急性期病棟に入院していた時に出会ったTさん(38歳、元システムエンジニア)は「就業意欲ゼロ、引きこもり、親と上手くいっていないので別居して生活保護で一生暮らしたい」というニートで、入退院を繰り返していた。

90日間ルールで退院し、自宅で90日間を過ごすと再入院。これを繰り返していた。病院にとって患者は客だから、退院1週間後、1か月後でも「再入院ではなく、新患」として扱えば受け入れ可能とか。杓子定規では世の中は回らない、まあ臨機応変、ということだな。

Tさんは「生活保護を受けて親から独立したい」、つまり親から煙たがられ、居心地が悪いのだろうが、自力で働いて独立する気が全くない、というのは、スゴイのか、常識とか良識と無縁の世界の人のようだった。

「spicomi」というサイトから。

◆ニートになる人の原因8つ


1. 親にニートを養う経済力がある 2. ニートで家にいても居心地が良い 3.
過保護過干渉で育てられ精神的自立ができない 4. 過去の人間関係にトラウマがある 5.
中退や不登校など学生生活で躓きを経験した 6. 就職活動を失敗した 7. 社会に出て初めて挫折を味わった 8.
ニートの脱出方法がわからない


◆ニートになる人の特徴5つ

1. 自己肯定感が低い 2. プライドが高過ぎる 3. コミュニケーション力が低い 4.
他力本願で受け身体質 5. 自分の人生への希望や意欲がない

◆ニートからの復帰対策4つ

1. ニート支援を受ける 2. アルバイトでも良いので働く 3. 仕事に直結する資格をとる 4.
在宅の仕事をする(以上)

そもそも「ニートからの復帰」をこれっぱかりも考えずにいるTさんのような人はどうしようもない。挫折なんてしたことないという人はまずいない。それを乗り越えよう、再挑戦しようという気がないのでは、周囲、社会が何をしようが無意味ではないのか。


「戸塚ヨットスクール」事件の際、ほとんどのマスコミ(リベラル≒アカモドキ≒アカ)は同校を叩きまくった。「ヒッキーは病気なんだから優しく見守るべきよ。それを暴力で鍛え直すなんて鬼、虐待、絶対許せない!」と集中爆撃したのだ。正論なんて言える状況ではなかった。

石原慎太郎「戸塚ヨットスクールを支援する会」会長の言葉。

<戸塚ヨットスクールは、その厳しい教育訓練のあり方、死亡事故の発生、歪曲された報道などのため、これまで様々な誤解と中傷に曝されて参りました。

しかしながら、同スクールが「大自然との闘いで精神を鍛える」という方法により五百余名の情緒障害児(登校拒否、非行、家庭内暴力、無気力など)を更生させ、心身の本当の健康状態を回復させることにも成功した事実には、教育と医学の両分野における画期的意義を見出すことができます。

また、この事実を冷静に評価し分析する所から出発しなければ、戸塚ヨットスクール事件の真実も明らかにならないでしょう。

戸塚宏校長とコーチ達が3年余に及ぶ不当な弾圧をはねかえしてきたのも、同スクールの成果が、教育荒廃という名の文明病に病む日本にとって、かけがえのない価値を持つものであることを確信していたからに違いありません。

「戸塚ヨットスクール事件」が起きて以来すでに18年の歳月が流れていますが、当時も今も教育荒廃は何ひとつ改善されずにいます。鳴り物入りで発足した臨教審さえも教育荒廃の本質に迫った提言を成しえぬまま解散してしまった今、私達自身の手で真の教育改革を成し遂げることは、2l世紀に対する私達の責務であると信じます。

味覚の世界に「塩」というものがなかったなら、料理が味気なくなってしまうように、自己の深化を志向するある種のストイシズムを欠いた人生に人間の本当の喜びはないでしよう。これこそが今の教育に欠けているものです。そして、戸塚ヨットスクールが教えてれたものは、この「精神の塩」の価値にほかならないのだと思います。

私は、この“支援する会”に呼応し、「我々の手で教育改革を!」という真摯の叫びが、日本全国で澎湃として湧き上がって来んことを願ってやみません>


一口に「人間」と言うが、同じ民族、同じ人種であっても個性は千差万別だ。「人間は平等だ」というのは「人間は同じ」というのではなく、「機会は均等に与えられるべきだ」ということだろう。


しかし、それぞれが個性はあり、生まれ育ちも違い、金太郎飴ではない。「機会均等」と言っても現実にはスタートラインが違い、ゴールまでの距離が、ある人は50キロ、ある人は100キロ、200キロなどと異なっている。

米国ではそれを斟酌してマイノリティには試験で加点するなどの優遇措置を取っているが、今の黒人やアカの暴動を見ていると、キング牧師の「静かなる革命」から大きく後退しているように見える。後退どころか野蛮そのものだ。

同じ犬でもシェパードやプードルなど皆、個性があり、警官とともに働く犬、ご主人様の心を癒す犬など適材適所だ。人間も同様に、人種などによって得手不得手はあるだろう。

運動能力、音楽、学問、芸術、ビジネス・・・それぞれが個性とか天賦の才などを活かせるチャンスや再チャレンジの機会がある社会を目指すことが一丁目一番地で、それ以上の「やる気がない人まで救う」ようなセーフティネットは、その是非を含めて未来への永遠の課題ではないか。

ルソーの「人間不平等起源論」(1755年)はこう語る。


<自然状態の人間は自由平等に生活していたが、私有財産制とともに人間の欲望は増大して富の不平等を招き、世の中を戦争状態とした。そして不平等を永久の法とする富者の国家をつくった>(コトバンク)

この論はやがて米国独立戦争やフランス革命に影響を与え、バブーフ、マルクスなどの過激な「平等に憑かれた人々」を産み、明治維新、ロシア革命を始めとする近代革命に大きな影響を与えたようだ。


ただ、小生が思うに、人間はもともとが群れていた。大なり小なり群れていないと生きていけないからだ。狩猟採集の時代から群は縄張りを作り、合従連衡で群は大きくなり、さらに部族連合のような村になっていく。



私有財産も最初から「俺が作った武器、俺の茶わん、俺の服、俺の飾り」はあり、やがて村になると「武器係」「土器係」「被覆係」「食事係」「建築営繕係」、さらに「交易用名産品製造係」(保存食品など)などの班が作られ、村民の共有物になっていっただろう。

さらに定住農耕が始まれば「村の共同田んぼ」の他に、やる気を促すために「俺の田んぼ」が奨励されて普及していったろう。

(米大陸の先住民は移動生活だから土地所有の概念はなかったかもしれないが、ここは我らのシマだ=排他的経済圏、よそ者が来たら追い出す、という縄張り争いや戦争は日常茶飯事だったろう)


やがて部族連合はさらに大きくなり、戦争も規模が大きくなり、武力、統率力のあるものが統治し、領土や荘園という私有財産制が進んでいくが、日本では農民は基本的に農地を持つ。


私有(見返りがあるので必死に働く)が公有(見返りがないのでやる気なし)よりもはるかに生産性が高いことはソ連、中共、北の失敗が示している。

つまり私有財産制度や個人の能力による所得差異は自然であり、共産主義的=独裁的な公有制度や平等主義は不自然かつ、支配階級のみを潤す不平等制度だと断言できる。


私有財産制度/能力重視などは貧富の格差をもたらすが、その格差が大きくなりすぎると国家秩序や国民の紐帯が緩む、社会不安を高めることになるから、各国は税・福祉制度などで格差是正に努めている。


「できる人」のやる気をそがずに、かつ、夏彦翁の言う「できない坊主」=貧困層でも絶望することなく、それなりに気分良く暮らせるという政治が求められているのだろうが、それは結構「未知との遭遇」であり、誰もが「イイね!」というモデルがないから、とても難しい。


北欧の「福祉国家」はしばしば称賛されるが、高福祉=高負担である。少子高齢化で納税者が減っていく中で高福祉は無理筋という見方もある。日本や米国の保守層は「小さな政府がいい、基本的に国民は自助努力を」というスタンスだ。

福祉を手厚くする「バラマキ政策=増税」だと勤労意欲が衰え、企業のヤル気もそがれるリスクがある(高税に耐えかねて外国へ移転)。先進国の場合はそのために軍事力が弱まり、中露北という札付きの危険国家に接している日本などはますます脆弱になってしまうことになる。亡国になったら流浪の民、福祉もクソもない。

人間はちっとも成長しないから、バカなことをし、懲りて、やがて忘れ、またバカなことをする、その繰り返し、それが初期設定。だから先人から学ぶことは多いのだ。(学ばないのも初期設定、偉人賢人の子は皆凡人)


伊藤貫氏の「歴史に残る外交三賢人」から。


<1871年にドイツ統一を達成し、ドイツ帝国初代宰相となったビスマルク。多くのリベラル派にとって彼は「無節操なオポチュニスト」「冷酷非情なマキャベリスト」である。

しかし保守派、特に国際政治学のリアリスト派にとってビスマルクは「軍事力を使うべき時と使うべきではない時を明瞭に峻別する能力があった。稀に見る理性的なリアリスト」なのである。

過去500年間の国際政治をどう見るか。


リアリスト派は「勢力均衡外交」の視点から見る。リベラル派は、自由主義対権威主義、民主主義対軍国主義、社会主義対資本主義といった「イデオロギー、主義」の視点から見る。だからビスマルク外交に対する評価は正反対になる>


なんと明治期の日本はビスマルクから巨大な影響を受けているそうだ。ちっとも知らなかった。


<1873年3月、訪欧中の岩倉使節団はベルリンにおいてビスマルク宰相から招かれた。伊藤博文と大久保利通も同行した。その席でビスマルクはこうアドバイスしたのである。


「諸君は、列強諸国と結んだ不平等条約の改定を目指しておられるという。しかし欧米列強が『日本は近代的な法制度を整備した』という理由だけで、日本との条約改定に応じるかどうかは疑問がある。



国際法は、諸国の権利を保護する不変の取り決めだと言われている。しかし列強諸国は、自国の利益になるときは国際法や条約を守るが、自国の利益にならないと思えば、あっさりそれを無視して武力に訴える。



諸君、それが国際社会の現実である。欧米列強は礼儀正しく他国と交際しているように見えるが、そんなものは表面的な振る舞いにすぎず、実際には弱肉強食が国際関係の真の姿である。



プロイセンも昔は、現在の諸君たちと同様に貧乏な弱小国であった。我々は数多くの屈辱を味わわされた。私はあの頃のことを決しれ忘れていない。



諸君は国際法や条約のことばかり気にするよりも、富国強兵して実力をつけることに尽力していただきたい。諸君は実力をつけて独立を守るべきだ。そうしないと、列強の植民地獲得競争の餌食になってしまうかもしれない」



岩倉使節団一行は、このアドバイスを聞いて驚いた。彼らはそれまで、欧米諸国の政府高官たちから数多くの助言を聞いてきたが、ビスマルクのように率直に、しかも友好的で快活な態度で国際政治の現実を説明してくれる列強指導者に会ったのは初めてのことだったからである。



「近代的な法制度を整備しても、日本に実力がない限り、欧米諸国は日本を対等な国として扱わないだろう。諸君は実力をつけることを優先したまえ」



(剥き出しの)ブルータルなまでに率直なビスマルクの助言は、岩倉使節団を奮い立たせた>



初心な中学生に海千山千のお姉さんがタバコをふかしながら、



「そう、アンタ、卒業したら東京へ行くの・・・みんな夢見て東京へ行くけど、誘惑多いところだから、失敗して消えちゃう人、多いよねえ、アンタ、可愛いから女でしくじりそうね・・・いいわ、卒業記念に女のトリセツ、教えてあげるわ。こっちへいらっしゃい・・・大丈夫よ、とって食うわけじゃないんだから。女の扱い方を知っておかないとね、騙されて一生を棒に振ったりするのよ・・・そう、こっちに腕を回して・・・いい匂いするわ、若いっていいわね、夢の匂い・・・まずキッスからね・・・初心ねえ、大人のキッスから教えてあげるわ・・・」

先輩の課外授業は実にタメになる。

ま、日本は国際舞台では初心な新人だったわけ。色々あって永らく異人さんのオンリーになっているけれど、風雲急を告げる今は再デビューのチャンス、♪昔の名前で出ています・・・緊急出版「中共後の支那と世界」、絶対売れるぜ!(2020/7/25)



2020年07月26日

◆雀庵の「中共崩壊へのシナリオ(37」

“シーチン”修一 2.0


【Anne G. of Red
Gables/147(2020/7/24/金】フロンティアを目指す、開拓するというのはとても楽しい。小生のシマに「カリタス学園」と「洗足学園」が加わった。


カリタスは40年ほど前、長女を幼稚園に入れるために面接を受けたが、「宗教をどう思うか」と問われたので、「鰯の頭も信心から。好きなようにしたらいい。人はそれぞれ、けなすは野暮よ。そもそも」と本論に入ろうとしたら面接官が「もういいです」。結局、不合格になってしまった。

当たり前だろうが「ナンカナー」という思いがあるので、以来、訪ねたことはないが、小生が大学に入ったら小姉(2年上)の中学の友達だったKさんがいて、容姿端麗、頭脳明晰、思わず声をかけてしまった。彼女はできたばかりのカリタス女子高等学校の一期生か二期生なのだ。

カリタスはカナダ・ケベック州の「カリタス修道女会が教育活動の一環として戦後の日本に設立したカトリック学校」

ケベックはガチのフランス語州で、先行した英国プロテスタント系移民からフランス・カトリック系移民は二等民族扱い(「赤毛のアン」にはその様子がしばしば描かれている)、1963〜1970年には「勢力均衡外交」のドゴールが「自由ケベック万歳!」とカナダからの独立運動を煽ったことでテロ続発、死屍累々。

ドゴールの狙い通りに(?)カナダ政府はケベックに譲歩し独立運動は下火にはなったが、先輩曰く「ケベックの公用語はフランス語だけになったから英語はご法度。無視されるから、片言でもフランス語を覚えておいた方がいい」。



フランスの田舎を取材した際に Je veux parler Français, mais je ne peux pas
bien parler
Français.(フランス語で話したいのですが、フランス語は上手に話せません)とほぼネイティブ並みの発音で挨拶したら大喜びされたっけ。


フランス人はフランス(語)に大きな誇りを持ち、日本人は訳の分からないカタカナやアルファベットが大好きだ。

パンデミック、フェーズ、インフォデミック、スーパースプレッダー、クラスター、オーバーシュート、ロックダウン、コロナチャレンジ、ゲートウェイ、ビックサイト、トラッシュ、イレーサー、ワイズスペンディング、プレミア、リミテッド、ステーション、〇〇ヒルズ、スカイライン、〇〇ライン、インターバル、サーキュレーター、フォーカス・・・


ほとんどクレージー、もとい狂気、アウフヘーベン、もとい止揚すべし、Go To
Hell!もとい地獄へ堕ちろだよ、ウッタク。


才色兼備のKさんは大学でもフランス語を専攻し、横浜美術館・主席学芸員などを務め、2015年にはフランス政府から芸術文化勲章を授与されている。「長谷川潔の世界」
(横浜美術館叢書)という著書もある。


そいうわけでカリタスは小生にとって嫉妬と崇敬の複雑な思いから永らくアンタッチャブル(不可触、接近禁止)だった。今のカリタス学園キャンパスは昔の開放的な面影はなく、テロの影響もあってか、周囲は塀に覆われて中の様子はうかがえなかった。

1週間ほど前にカリタスと反対側の東部フロンティアをチャリ散歩していたら、音楽ホールのような、博物館・美術館のような、宇宙望遠鏡の天体測候所のような、ガメラレーダーような、ほとんどシュールな建築物あるいはオブジェを発見した。

「タローもびっくりだろうなあ、見学したいなあ」と佇んでいたら、小生みたいなチャリ爺さんが警備員に銃を突き付けられていた。よく見ると今流行りの体温計らしい。キョロキョロ見回したらバス停に「洗足学園」の表示があった。


洗足学園キャンパスも以前はカリタス同様に見通しの良い普通の学校だったが、今はやはり周囲は壁で覆われ、これまたヒッキーの様子。今の学校は皆そうか。


以前、洗足学園は「裕福な家のトロい女の子が行く学校」というイメージだったが、カミサンに聞いたら「以前はそうだったけれど、今は結構、評価が高い学校になった」そうだ。同校のサイトから。

「洗足学園はミッションスクールではありませんが、創設者の前田若尾先生は敬虔なクリスチャンであり、「洗足」という命名にもそれが投影していると考えられるのです。

教学の大理想を、ヨハネの福音書にある「互いに足を洗い合え」というイエス=キリストの感謝と献身、犠牲と奉仕の信仰の中にうちたてられ、洗足学園はスタートを切ったのでした」

創設者が東京目黒区の「洗足」という地にひかれて開校、後に現在地に移転したわけだ。


「互いに足を洗い合え」とは、汝の欲するところを人にも施せ、とか、進んで灯りをつけましょう、ということだな。率先垂範、種まく人、炭鉱の最先端で採掘する切羽(きりは)、鶏頭になるも牛尾になるなかれ、時代の最前線たれ、とか。



Boys and girls, be
ambitious、大いに結構だが、現実は大変だ。出る釘は打たれるし、それでも踏ん張って我が道を行くというのは並外れた意志、根性と能力が必要だ。


前人未到の頂上に立っても見返りが保証されているわけではない、振り返れば死屍累々、「それでも俺は這ってでも登るんだ」・・・


こういう“突破モン”は100万人、1000万人に1人とかで、教育や学問はそういう人材ではなく、まずは「市井の良き人々を育成する」のが義務教育、それからは理系とか文系の方向性を決め、専門分野の能力を高めるのが高等教育。


ここから先は社会勉強で、切磋琢磨して一人前になり、さらにリーダーとして人材、後進を育てていくことになる。

ここまでは努力すれば何とか到達できるだろうが、その先の「進歩」「先進」、さらに「革新」「革命」「人類史的発明発見」とかになると、コペルニクス、ワット、エジソン、キュリー夫妻、アインシュタイン、ゲイツ、コッホ、パスツールという、およそ常人を超越したような「天才、奇才、変人」のレベルであり、教育の範囲外、ほとんど狂気とか奇跡の世界だと思う。


国によっては(特に米国は)そういう突破モン育成(英才天才教育など)に熱心なようだが、IQが180以上とかだと世間的には「異常な人、変人」と見られ、仲間外れになる、イジメに遭うなど嫌な思いをすることが非常に多いようだ。

ストレスや疎外感から精神を病んだりすることも珍しくないとか。


米国にはゲイツのように時代を変えるほどの発明などで巨富を得た天才も多いだろうが、米国民は今も火付け、強盗、窃盗、殺人で暴れまくっている。


天才が驚異的な発明をしたところで、国民が潤ったり生活が改善するわけではなく、むしろ単純作業が少なくなって就業機会が減り、幸せどころか格差拡大、嫉妬、憎悪、不満たらたらで、ちっとも幸福になったようには見えない。「努力する気力能力=才能」がないのだから澱んでいるだけのような気がする。


前述のように義務教育は「市井の良民を育成する」ことと小生は思うのだが、人間は金太郎飴ではないから、この義務教育段階でも知的レベルは甲乙丙丁・・・できる子からできない子まで差は生じ、拡大する。

できない子でも「天職」に出会えればいいが、そもそも意欲とか忍耐力が低いのだろうか、現実には「転職」を重ねて、これという技能もなく、やがて貧困層になったりする

子供をなしたにせよ、無知無芸、無為徒食と金欠は(ネグレクトで殺されなくても)子供に引き継がれ、何代にもわたって貧困(DNA)が継承されることもあるだろう。


こういう「落ちこぼれ」、特に若者のセイフティネット、受け皿は十分なのだろうか・・・次回もこの問題を考えてみたい。

同じ環境にあっても個体差はピンキリ。ならば国家や民族となれば自然環境から習慣、肌の色、言語、性質、宗教、嗜好、価値観までピンキリどころか千差万別である。そもそも「世界が仲良くなれる、みんなハッピー」というのは夢の話ではないか。


伊藤貫氏の「歴史に残る外交三賢人」から。


<過去3000年間の国際政治において、世界中の国に共通する文明規範、価値判断、道徳基準は、一度も存在しなかった。

どの民族、どの文明の価値判断が正しいのか? それを判断できるのは「神」「仏」のみであり、「自民族中心思考」の人間には不可能である。


従って諸国は、自国・自民族の価値観で、他国に内政干渉や軍事介入すべきではない。そのような行為は、国際政治における「バランス・オブ・パワー/勢力均衡」の維持を困難にするだけである。

国際政治にアメリカ中心主義、グローバリズム、マルクス主義、イスラム原理主義、八紘一宇、中華文明の優勢などの独善的な理念を持ち込むべきではない。


リアリズム外交に「普遍的正義」や「好き嫌い」の情緒は不要である。

国際法、国際組織、国際的紛争処理機関、軍事同盟、集団的安全保障などの信頼性・有効性は「限られたものである」ことを常に意識して行動すべきである。

国際政治の行動主体は「国民国家」であり、国際機関や同盟関係ではない。


日本の外交と国防の主体は日本政府であり、米国大統領ではない。もっともらしい外交理論を並び立てる国連安保理やワシントンDC
の政治家の行動が、日本という国民国家による主体的な行動の代わりになるわけではない。



自助努力、自主防衛の努力を怠る戦後日本のような国は、いずれ国際政治の急変事態において、脱落国や隷属国となる運命に遭遇する。

以上がリアリズム外交、バランス・オブ・パワー/勢力均衡外交の重要なコンセプトである>

貫氏が勢力均衡外交の最も優れた政治家として推奨するのは1871年にドイツ統一を達成し、ドイツ帝国初代宰相となったビスマルクである。

1873年3月、日本を出発して1年半後、岩倉具視遣欧使節団はドイツに到着し、ビスマルクは使節団になんと「勢力均衡外交」をアドバイスしているのだ。


「日本では、目下、国際法の導入を議論しているようだが、弱い国がそれを導入したからといって、権利が守られるとは言い難い。まず、日本は強くなりなさい」

使節団は「外交とは戦国時代そのもの、禁じ手のない殺し合い、奪い合い、エゲツナイものだ」と目を開かれた思いだったろう。(つづく)