2020年06月18日

◆雀庵の「中共崩壊へのシナリオ(10」

“シーチン”修一 2.0


【Anne G. of Red
Gables/123(2020/6/15/月】漱石「坊ちゃん」や太宰「津軽」がいまだに愛されるのは「男の母性への憧憬」が恥ずかしげもなく描かれているからだな、と思いついた。

奥さん(女房)の母性は、当初は旦那が独り占めできるが、子供が生まれれば当然ながら子供に注がれていく。旦那は仕事に追われているし父性もあるから、あまりそのことを気にしないし、隠れてつまみ食いをしたり趣味を楽しんだりしているから、「もっと俺をかまってくれ」とは言えない。

母性への飢えを他のことで補っているわけだ。「代償行動」というそうだ。

<代償行動:ある目標がなんらかの障害によって阻止され達成できなくなったとき、これに代る目標を達成することによってもとの欲求を充足するような行動>(コトバンク)

「指しゃぶり」なんかは代表例だろうが、電車内で若者がやっているのを見てびっくりしたことがある。親指に「吸いダコ」ができていた!


「満たされない感情や欲求の対象を別のものにすること」「他者の思考や感情を、自分のものだと思い込むこと」も代償行動だという。


そうであるならば小生の文章なんてビョーキじゃん、とがっかりしそうになった・・・が、


「失恋してしまったのでその気持ちを歌にしてみる、むしゃくしゃすることによって生じる破壊衝動をボクシングに打ち込むことで解消する、などは『昇華』で、昇華する際に行う行動は社会的に高次元なものであり、心や体に悪影響を与えるということはありません」


とフロイト父娘先生は定義しているそうだ。


しょうか、分かりました、アウフヘーベンね、♪あなたに抱かれて わたしは蝶になる
ふるえる羽
はげしい恋に灼く・・・加代子は蝶になり、ザムザは芋虫になった。吾輩はニャンになろう。


精神を病んだ変人奇人狂人ではあるが、その錯綜した怪刀プリズム脳でこの世の乱麻を解き、あるいは乱し、ガラガラポンで止揚しよう。


棟方志功は「わあは日本のゴッホになる」と決意、小生は龍馬をちと真似て「ドライクリーナー」を目指すか。ウェット(ハト派)じゃないからドライ、同時に血も涙も流さない

bloodless、ベタベタしないサラサラ爽やかな仕上がり、中共はこれを「和平演変」と呼んで恐れているとか。

<平和的手段によってソ連や東ヨーロッパのように社会主義体制を崩壊させること。六四天安門事件以降、“中国指導部は、資本主義国家群やそれと連なる反共団体等が、中国国内外の反体制勢力の支援や資本投下、情報頒布といった手段によってこの「和平演変」を企てていると考えている”旨の報道・指摘が中国国外でしばしばなされている>(WIKI)


政治的・軍事的・経済的な包囲網で中共を「自壊」させる。トランプ米国はそれを狙っているだろう。日本はどうする、ドースル、ドースルネン?


恩ある豊臣につくか、それとも新興の徳川につくか、如何にせん。


♪あなたならどうする 泣くの 歩くの 死んじゃうの・・・


泣いたところで解決しないし、死んだらオシマイ。洞ヶ峠を決め込んで成り行きを見ようというのは手だが、両陣営から顰蹙を買うから永遠に勝ち組、一流グループには入れない。宴会場の隅っこの「旧敵国&第三国」席で悲哀をかこつことになる。


16世紀の大航海時代、スペインは世界で初めて「太陽の没することなき帝国」となった。が、好事魔多し、
1588年に無敵艦隊が英国に敗れてからは二流国に落ちた。第一次、第二次世界大戦でも功なく、2004年にはマドリード列車爆破テロに屈して「テロとの戦い」から離脱し、三流国へ。2017年からはカタルーニャ州独立騒動で内政も揺れに揺れている。


この世を天国にするも地獄にするも国家リーダーの決断次第だ。あなたならどうする、東へつくか、それとも西か、決断して歩き出すしかない。


昨日(15日)の産経書評「佐藤優が読む『官邸コロナ敗戦』乾正人著 腹をくくった政治評論」は興味深かった。“ラスプーチン”佐藤優はこう書く。


<本書は産経新聞の乾正人氏(論説委員長)による政治評論だ。本書で乾氏は、歯に衣を着せずに安倍晋三首相や今井尚哉首相補佐官等を批判する。


乾氏は新型コロナウイルス(乾氏の表記では武漢コロナウイルス)に対する首相官邸の対応が遅れた背景に外交戦略の変化があると考える。


「なぜ習近平が令和二人目の国賓に決まったのか。安倍首相自身が、第一次政権から基軸にしていた『価値観外交』を捨て、米国・トランプ政権との盟友関係を基軸に置きながらも民主主義や自由の尊重といった価値観を異にする中国やロシアにも秋波を送る『バランス外交』に大きく舵を切ったからだ」>


西郷先生や毛沢東は「戦争は血を流す外交、外交は血を流さない戦争」だと認識していたが、佐藤優や古巣の外務省は「高級ワインをポンポン開けて楽しく仲良くする」のが外交だと思っているから上記の乾氏の論考は気に入らない。佐藤は最後に自己保身のスカシッペ。


<もっとも評者(佐藤)は、わが国力を客観的に見た場合、安倍首相、今井補佐官、北村滋国家安全保障局長らが行った米国、中国、ロシアとの勢力均衡を基本とする「バランス外交」への政策転換が現実的選択だと考えている>


要は米 vs
中共激突でも洞ヶ峠がいい、というわけだ。佐藤は昨年、「北方領土問題でロシアは日本に譲歩する気配がある」と書いて大チョンボしたが、外務官僚トップを務めた“怪人”谷内正太郎の子分らしい。佐藤も谷内も、恐らく外務省は中ソの犬、米国民主党の左派みたいだ。獅子身中の虫。


(小生は「佐藤は隠れ革マル、始祖クロカンの二代目、枝野は公然部隊長」だと怪しんでいる。立民や沖縄、JR総連は佐藤の指揮下にあるANTIFAではないか)


小生は上記の乾正人氏の論考を知って、安倍総理が異常なほど習近平の国賓訪問にこだわってコロナ対策に後手をとった理由が分かった。谷内などに手玉に取られて鵺(ぬえ)のような、脳内お花畑的「バランス外交」という詐話に洗脳されていたのだ。


そのためにコロナに手間取り、つまらないことで野党から足を引っ張られ、下手をすれば宗主国の米国からも信頼を失うことにもなりかねない。


安倍氏は自らが賞味期限切れになる前に、すっかり賞味期限切れになって下り坂を行くしかない中共とは距離を置くようにし、日米英仏印豪加台乳の中共包囲網の強化に全力を投入すべきだ。


紳士的に振舞って北から軽侮を受け、拉致問題は1ミリも前進しなかった。西郷先生曰く「外交では『戦』の一字を忘れるな、忘れると侮られる」。いい子ぶりっこの代償行動では何も解決しない。(2020/6/15)

2020年06月16日

◆雀庵の「中共崩壊へのシナリオ(9」

“シーチン”修一 2.0


【Anne G. of Red
Gables/122(2020/6/14/日】2日連続で蚊に刺されたので、網戸を慌てて修繕した。やらなければいけないとは分かっていても切羽詰まらないとやらないもので、試験勉強とか、締め切りが迫らないと書き始めないとか、そういう人は多分、多数派だろう。

何しよう 大事なことより 好きなこと(修)


理性よりも感性が優先されることは日常茶飯事だ。お母さんは子供に「好き嫌いはダメ、何でもちゃんと食べなさい!」と「理」を言うけれど、お母さん自身、好きな料理しか作らない。「ママずるい!」なんて言われると、「だってお肉の脂身は苦手なんだもん」。


豪傑になると「清濁併せ吞む」とか尊敬され、落ち目になると「無節操、結局は個利個略だった」なんて非難されたり。「智に働けば角が立つ、情に棹させば流される、意地を通せば窮屈だ、とかくに人の世は住みにくい」(漱石「草枕」)、世の中はそういうものらしい。


そうであっても「言行に恥づるなかりしか」(海軍「五省」)と、理性的であることを良しとするのは日本人のDNAには未だに刻み込まれているようだ。「一場(いちじょう)の感情で人生の大事を誤るなんて愚の骨頂だ」といった言葉はダメ出しの場面で結構出てくるのではないか。


「そういうのを短慮、軽率と言うんだ、いい歳をしてレディ・リリーを襲うなんて、まったく何考えてるんだ・・・で、具合どうだった?」


「へへ、もうパンデミック! ♪エジプト帰りーのリリー、リリー・・・って、ずいぶんご機嫌でしたよ・・・詳細は・・・不起訴なら話しますがね、旦那の御心次第。起訴されたって病院送り、アタシはどっちでもいい。検事さんと相談、熟慮してからお返事を。旦那、悪いディールじゃないですぜ、ヘッヘッヘ」

感情は理性(計算、損得、知性、是非判断)を弱め、理性は感情(気分、好悪、本能)を抑える。抑えすぎると「非情、冷酷、人情の機微が分からない原理主義者、鬼!」なんてクソミソに罵倒されたり。


まあ、感情と理性の塩梅、制御が上手にできる人が智者、賢人で、へたくそとか、できない人、情にもろい人が愚者、暗愚、バカということだろう。


普通の人はその間を揺れている。時に賢明だったり、時に判断を間違えたり。


「恋は盲目、アンタがリリー太夫に惚れてる気持ちはよーく分かる。だけれども、箕帚を取らせ賄いを任せて上手くいくかどうか、紺屋高尾は話の世界。暫く旅へでも出て、よーく考えて見るんじゃな」


主要国の中で離婚率1位はロシア、2位は米国、日本は10位ほど。民度が高いかどうかは知らないが、日本人全体の「感情と理性の塩梅」は概ね良さそうだ。


日本では有史以来、大規模暴動はほとんどない。江戸時代は治世批判の農民一揆がそこそこあったが、最大の農民一揆(反政府武装蜂起)と言われる「大塩平八郎の乱」でもわずか半日で鎮圧され、処罰されたのはたったの40人(うち死刑は30人)である。

<近世日本の都市部において町人同士の相互扶助である「合力」が発展し、富裕町人による町方施行が成立した享保年間の頃から「仁政」と呼ばれる社会正義思想が形成された。

仁政とは、為政者は富者の私欲の追求を規制して弱者の生活が立ち行かなくなることを防ぎ、富者は私欲を自制し、飢饉や災害が発生した時は率先して施米などを行って弱者を救うべき、という為政者・富者に課された責務である。


公的収奪にせよ私的収奪にせよ、この責務を果たせない為政者・富者は「不徳」として糾弾された。家財の略奪なども行われたが、一方で正当な制裁行為であることを主張するために、家屋の破壊だけにとどめ、略奪や放火は厳に戒められた事例も多く知られている>(WIKI)


しょっちゅう飢饉に悩まされた国なのに(国だから)信じられないほどのセーフティネットがあった。それなりの福祉国家が江戸時代には模索され実践されていたわけだ。徳川幕藩体制が諸問題を抱えながらも200年以上続いたのはそれなりに善政だったのである。時代の要求に応じて体制が自らを改革していったのだ。

農林水産業を含めて識字率はなんと70%、そんな国は世界ではない。


さらに統治が揺らぎ始めた幕末には福祉政策なのか、ガス抜きのような庶民向け娯楽イベント「ええじゃないか」フェスティバルもいっぱいあった! 江戸城無血開城で江戸は戦火を免れた。戊辰戦争の参加率は人口のたった3%、犠牲を最小に抑えられた。

同志諸君、改めて言う、そんな国は世界ではないぜ。


米国は今、伝統行事の「理性を忘れて感情爆発!第〇回全米火付強盗暴動フェスティバル」の最中にある。さすが、世界がひっくり返っても真似できないほどの民度レベル! 3、4年に一度の持ち回り会場で、観光客誘致の大イベントにすべきだろう。

♪ロックとジャズとブルースに 酔って歌って踊りまくれ バーボン、ポテトにサザンフライ、クラックやればこの世の天国、火付け強盗やり放題、恋も破壊もお好きにどうぞ、なんでもありのフェスティバル!


キング牧師は喜んでいるか、泣いているか。苦労の末に小さな店を持った多くの商店主は店を壊され商品を奪われて喜んでいるか、泣いているか、報復を恐れて黙っているか。(邦字紙「The
Rafu Shimpo 羅府新報」を読んでくれ!)


一体誰が時代錯誤の暴動を喜んでいるか? 中共と過激派とリベラル≒アカモドキ≒アカと社会のダニのような盗人だけだ。曰く――


「コロナを革命に転化せよ! 千載一遇のチャンスだ! 奪え、焼け、殺せ! 焦土、血の海から新しい世界を創れ!」


そういう妄想世界の住人には「体制憎し」と「付和雷同」の感情しかない。つける薬もない。遠島に追放するしかないんじゃないかと絶望的な気分になる。

そういう妄想世界のキチ〇イが人民の血と涙で創った「労働者の祖国を標榜した収容所群島」ソ連はいかにして崩壊したか。前回に続き「Russia
Beyond」から紹介する。

・・・

◆レーニン「追放より強制収容所のほうがましだ」


「ソ連のプロジェクトは、我々が現在『福祉国家』と呼ぶものの要素を含んでいた。ソーシャル・モビリティ(努力すれば出世できるといった社会的流動性)、社会福祉の制度、社会的支援、無料の医療サービスなど。


しかし、これらのプロジェクトは、そのユートピア的性質のため、完全に実施されるわけにはいかなかった」。マリシェワ氏はこう指摘する。


「三権を分立させず、人々の自己管理にまつ。これが機能するには、高度の社会的責任感が必要だが、それはソ連社会にはなかった」


なるほど、レーニンと同志たちは信じていたかもしれない。党もソ連の役人も、すべて公正かつ誠実であり、賄賂を取ったり盗んだり職権を乱用したりすることはない、と。だが、残念ながら、現実は「真理」からかけ離れていた。


ソ連の初期でさえ、ボリシェヴィキ政権は、穀物を生産した農民から非人道的なやり方でそれを徴発した。政権は、民衆の強力な抵抗に遭い、しばしば、1920〜1921年のタンボフでの反乱のような事態になった。タンボフ反乱には5万人以上の農民が加わり、数万人が赤軍によって殺された。


一方「新世界」に収まらなかった人々、とりわけ元ブルジョアジーや地主もつぶされることになった。「無慈悲な根絶が必要だ」とレーニンは書いている。


「外国人は急いで追放しなくてもよい。強制収容所の方がいいかもしれない」と彼は言った。レーニンが社会正義と平等の理想的状態を構築しようとしていたのは明らかだったが、それは残酷な方法で行われた。


これに関連し、心理学者で思想家のジョーダン・ペーターソンはこう主張する。レーニンを理想化して、彼が労働者階級の幸福のみを追求していたと言うのはナイーブである、と。


ペーターソンは、単純化しすぎている嫌いはあるが、単刀直入にこう述べる。「レーニンの腹心はスターリンだった。もしあなたの腹心がスターリンだとしたら、あなたは良い人間ではない」


結局、ソ連当局は、農民の抵抗を粉砕して、私有財産を国有化し、土地と農業生産の手段を集団化することを宣言した。今や、農民の土地、牛、農具はコルホーズすなわち集団農場に属していた。こうして農民は、ほとんどお金を奪われてしまった。


農民は「労働日」に働き、働いた日数に応じて現物支給された。歴史家たちは、1861年に農奴制が廃止されたと言うが、それは、1932年〜1937年に復活したのである。農民は、自分に割り当てられたコルホーズから去ることを禁止された。

◆経済的衰退


集団農場のシステムは、穀物生産の急激な減少をもたらし、食料を外国から購入しなければならなくなった。かつて、1913年の時点で世界有数の穀物輸出国だったロシアは、その主要な輸入国の一つに転落した。


ルドルフ・ピホイア氏の示す統計によれば、1973年にソ連は、自らが消費する穀物の13.2%を輸入していたが、1981年には、その割合は
41.4%にまで達した。


また1987年には、ソ連の生産に占める消費財の割合は24%にすぎなかった。国は、自国民を犠牲にして前例のない軍備拡大に乗り出していた。


しかし、その収入はどこから得られたのか。1970年から1980年にかけて、シベリアの石油生産量は10倍(3100万トンから3億1200万トン)に増え、ガス生産量は95億立方メートルから1560億立方メートルにまで増加した。そしてこの石油とガスは西側に輸出されていた。衰退しつつあるソ連経済にとって唯一の「ライフライン」だった。


「党と国家の機構はあらゆるレベルで統合されていた。すなわち、行政、管理、コミュニケーション等のすべてのレベルで」。マリシェワ氏は言う。


「党と国家の機構のいずれかに危機が生じた場合、もう一方も危機に見舞われ、衰退する。だから、1980年代後半に民主主義が発展し始めたとき、党は権力を維持することができなかった。共産主義のイデオロギー自体は生き残る力を持っていたが、国家機構との一体化は、共産主義を破滅させた」


チェルノブイリ原発事故の大惨事は、行政機構が芯まで腐敗していることを示した。ミハイル・ゴルバチョフが社会的・政治的改革を始めると、党と国家の、それでなくとも不安定な均衡は崩壊してしまった。


リアルな選挙が導入されると、ソ連の各共和国の国民が主権を強く望んでおり自ら決断を下す機会を得たがっていることがあぶり出された。


その間、党の古くからの党員はほとんど皆辞めていった。1986年〜1989年に、すべての共和国の地元党幹部の90%が辞任し、結局、連邦は崩壊した。


ソ連のシステムは、時代の要求に応じて自らを改革することができず、持続不可能であることが証明された。(以上)・・・


ソ連は崩壊すべくして崩壊した。ソ連の指導と支援で生まれた中共も崩壊する。早めに静かに自壊してほしいが、何億もの難民が世界に押し寄せたらコロナどころじゃない、それこそ元寇、侵略だ。早急にA2/AD(接近阻止・領域拒否)対策練るべし。


言論の自由があるから我々は「理性を働かせさえすれば」過去から多くを学ぶことができる。一方で中共には言論の自由はないし、理性を働かせて「解」を得たところで、それが中共の政策に合わなければ「反逆罪」で弾圧される。武漢肺炎を真っ先に報告した李文亮医師は処罰され、後に武漢肺炎で亡くなった。


中共の学者から構成されている社会科学院は習近平政権初期に「学問の自由を縛るのはいかがなものか」と声をあげたら、習近平に「誰のお陰でメシを食ってるのか」と恫喝されるや沈黙してしまった。


共産主義とは独裁者に追従するだけのシステムで、上がムース(ヘラジカ)を指さして「あれは馬だ」と言えば下も「あれは馬です」と言うだけである。


「いや大きな角があるから鹿の一種です」と言ったら死刑、「正確にはロバです」は収容所送り、「農耕用のペルシュロンという馬です」ならお伽衆に採用されるかも知れないという、ほとんど理性とは程遠い、不思議の国のそんなのアリンス、狂気の世界。


キチ〇イから言わせてもらえば「一度キチ〇イ、一生キチ〇イ」で、火付強盗殺人鬼のような重度のキチ〇イは絶対完治しない。ひょんなことから狂気にスイッチが入るのだ


「くそっ、面白くねえ、生きてたっていいことねえや、どでかいことして死んでやる!」、コロナと大統領選という社会不安、社会分断に揺れている今の米国は、そういう連中にとってパンデミックの絶好の機会になっているはずだ。合い言葉は「アカ頭巾ちゃんに気を付けて!」。


エクソシストとかバスターズになってアカ掃除を終えてから昇天したいものだ。(2020/6/14)


2020年06月15日

◆雀庵の「中共崩壊へのシナリオ(8」

“シーチン”修一 2.0


【Anne G. of Red
Gables/122(2020/6/13/土】朝は室温28℃、いつもの通りの梅雨、ブルーになるが、これがなければ農業など困る産業は多いから、「神様仏様、どうかほどほどに」と祈るしかない。


人間は高度(利便ときどき邪道)な文明を築いてきたが、治水灌漑や建設土木から医療研究などあらゆる分野で自然災害、伝染病など災難を小さくしてきたが、基本中の基本である「飢え、食糧難」を解決できたわけではないし、平和をもたらすはずの宗教や主義でも相変わらず殺し合っている。

専門家によると災害によるダメージは自然災害が一番大きく、次いで紛争災害(民族紛争、宗教紛争、派閥紛争など)、経済災害(恐慌、不況など経済危機)、戦争災害(国と国の激突)だという。

一人当たりのGDP(年率)への影響は一番大きい自然災害でもマイナス1%ほどだからさほど大きいわけではなさそうだが、1億人の国で1%、100万人が犠牲なると考えれば甚大だ。

2011年の東日本大震災での死者・行方不明・関連死2万人、避難者数(最大)
47万人だって大災害として未だに傷は癒えていないのに、100万人が被害を受けるような災難が2、3年続いたら大打撃だろう。

(ちなみに毛沢東の招いた経済災害&人災「大躍進政策」の餓死者は人口5億人の10%、5000万人。中共は「天災だ」と嘘をついており、14億の民の多くは騙されている)

実際には1億人が皆で被害を引き受けるから痛みは小さくなるとは言え、GDPは年率2、3%成長しないと経済が委縮すると言われている。そういう中でマイナス1%となれば財布のひもは締まる、消費意欲が下がる、ボーナスは前年割れ、残業はダメ、気分が晴れない、となる。みんな空気に流される、付和雷同、蚤の心臓。

今回のチャイナコロリ、中禍は自然災害(感染症)のような紛争災害(生物兵器由来?)であり、未曽有の経済災害(年内で収まるかどうか)でもあり、戦争災害(中共
vs 世界の激突)という「最強手」というか「禁じ手オンパレード」。


中共は世界中からレッドカードを投げつけられているのではないか。普通の国なら恐れ入って、責任の所在はともかくも、


「結果的に重大性の認識が不足していたことについては謝罪いたしますが、賠償に応じることは第一世界大戦の敗戦国ドイツを圧迫し、結果的に第二次大戦を招いた歴史から世界にとっても懸命な策とは申せません。

中国は後進国であり、人口は14億、一人当たりのGDPは世界70位です。いまだに月収千元(約1万5千円)の民が6億もおり、中規模の都市で家を借りることすらできないのが実態です。新型コロナで影響を受けた人々の生活保障が重要課題になっている今、恥ずかしながらない袖は振れぬ、と申す外はございません。

今後は過ちを改め、国際社会の良きメンバーとして貢献してまいります。角を矯めて牛を殺すことにならぬよう、どうかご理解とご協力をいただきたく、伏してお願い申し上げます


こう頭を下げて習近平の首を出せば、軍隊の縮小、核放棄、チベット、ウイグル、モンゴル、香港独立、収容所解体、共産党禁止、台湾不干渉くらいで勘弁してもらえるかも知れない。


とりあえず虎口から逃げ出すための兵法で、まずは先進国の怒りを鎮めることだ。習近平の首はマスト。小生が広報担当なら以上の策を提言するがのう。10年後に「舌技で中共を解体した男 シーチン」なんていう本、出ないかなあ


さて、温故知新、ソ連はいかにして崩壊したか。Russia Beyond
というサイトはソ連/ロシアから逃げ出した人たちが作っているようで、以下、紹介する。

・・・


なぜソ連の社会主義は失敗したのか:衰退と崩壊の要因は何か ゲオルギー・マナエフ(2019年6月28日)

社会主義国家「ソビエト社会主義共和国連邦」の衰退とそれに続く崩壊には、いくつかの明白な要因があった。

ソ連の黎明期、間もなく共産主義が世界に打ち立てられるとの期待が、世界各国の左派勢力の間で高まっていた。しかし、その後数十年のうちに、レーニンの社会主義的理念の挫折が明らかになった。これはいかにして起きたか?


◆社会主義の扉を通じて共産主義にいたる

「社会主義と共産主義を区別することが重要」と言うのは、エレーナ・マリシェワ氏。彼女は歴史古文書研究所・古文書研究科を率いている。

「社会主義は、ソ連の国家行政の形態であり、共産主義は支配的なイデオロギー。この社会主義国家のプロジェクトは、当初はユートピア的でポピュリスティックだった」


ルドルフ・ピホイア氏は、歴史学博士で、国のアーカイブの元専門家だが、論文「なぜソ連は崩壊したのか?」でこう指摘している。


ソビエト国家の主な特徴は政府機関と共産党が一体をなしていたことで、ソ連憲法(1977年)は、党を「政治体制の核心」と定義している、と。

実際にはこれは何を意味したのか? レーニンの主張はこうだ。

選挙で選ばれる地方自治機関「ソビエト」は、直接民主主義である。だから、議会も三権分立(立法、司法、行政の相互の独立)も必要ない。すべてはソ連最高会議の代議員がカバーする。これらの代議員は、各地元のソビエトから選出されている――


しかし、ソ連の選挙はまがい物だった。役人はすべて、ソ連共産党によって任命された。真に国家を支配していたのは、党の中央委員会である。あらゆる軍人、官僚、警察官、秘密警察は、党に属していた。国の治安を保障していたのは、秘密警察「KGB」の膨大なエージェントだ。

フィリップ・ボブコフ将軍(1925〜2019年)は、KGBの元副議長(1983〜1991)を務めた人物。その彼が最近のインタビューで推算したところによると、すべての地域に約300〜500人のKGBエージェントが活動しており、主要な地域では最大1500〜2000人に達していたという。


こうした状況で、体制に異を唱えたり反抗したりした人間には、刑務所と強制収容所(グラーグ)が待っていた。恐るべきグラーグのシステムは、1933年の時点で50万人以上を収容していた。1936年以降は100万人以上に達し、1950年代の初めには実に250万人にのぼっていた。このシステムの過酷さは、とくに外国人の目からすれば明白だった。(つづく)

・・・



ソ連の轍を中共は辿っている。中共が自ら力があるうちに方向を変えなければ、名物の軍閥が割拠したり、狂信的な団体が暴れたり、排外主義が逆に外国の干渉を招いたりといった災厄を招く。


蓄財蓄妾美酒美食とか孫子の兵法ではなく、四書五経を学んで文治政治に徐々に切り替えていくとか、本当の文化大革命、大改革が必要だと思う。

「子曰く、之を導くに政を以てし、之を斉(ととの)うるに刑を以てすれば、民免れて恥無し。之を導くに徳を以てし、之を斉(ととの)うるに礼を以てすれば、恥有りて且つ格(ただ、正)し」(論語)


(解説:国家経営は法律を作れば上手くいくとはならないね。行政を法制のみに依ったり、治安に刑罰のみを用いたりするのでは、民は抜け道を見つけてテンとして恥じない


上に政策あれば下に対策あり、中共統治下の今では華人の処世術になってしまった。情けないことだよ。行政や治安は道徳、モラルをベースにすべきで、ルール違反は恥ずかしいことと思うようにした方が上手くいくと思うがね)


孫中山(孫文)先生も日本で多くを学んだ。ポスト習近平の指導者も日本で民主主義のピンキリ、清濁、裏表、リアルを学んではどうか。(2020/6/13)


2020年06月14日

◆雀庵の「中共崩壊へのシナリオ(7」

“シーチン”修一 2.0


【Anne G. of Red Gables/121(2020/6/12/金】室温31℃、すっかり夏だ。


庭の草花はのびのびと成長し、手入れをしないと「もっと上へ、もっと横へ」と縄張りを広げてくる。穏和しくて(自己主張の少ない)可愛い花は、野性味たっぷりの花卉に覆われて、存在すら忘れられそうだ。野趣と人工美をバランスよく調和させるのが「庭師」のキモなのだろう。

この「庭師」という言葉は好きだ。一日の仕事を終えて、縁に腰掛け、手入れを終えた庭を眺めながら一服している姿なんて、まさしく一幅の絵になる。


これが「造園家」とか「作庭家」「ガーデンデザイナー」「ランドスケープデザイナー」とかになると小生は「なんかなー、ちっとも粋じゃない」と興覚めする。


「留さん、ご苦労様でした、今日はね、いい酒が手に入ったんで、留さんとちょいと一杯やりたくて井戸で冷やしておいたんですよ、まあ一杯どうぞ・・・」

「いやーっ、うめえ! いい酒ですね、まったくゲージツ品だ!」

「そうかい、嬉しいね・・・それにしてもすっかりいい庭になった、心が晴々するねえ、まったくゲージツ品ですよ。先代の熊さんからお世話になっていますから・・・そう、もう60年」


「親方からは“100年先を見て手入れするのが庭師だ”ってよく言われたもんです。代々受け継がれてきた庭がゲージツ品みたいに神々しくなっていく・・・庭師冥利に尽きるってつくづく思いますよ・・・」

こういう風情はスケールは小さくても長屋の軒先、小家の玄関脇や商家の坪庭でも見られたし、今でも狭い空間を利用して花卉を楽しんでいる人は多い。

日本花き卸売市場協会のサイトにはこうあった。


<スコットランドの植物学者であるロバート・フォーチュンは1860年に幕末の日本を訪れ、街中で人々が植物を育てている様子を見て驚いたそうです。そのことを著書「幕末日本探訪記 江戸と北京」の中で、


「日本人の国民性の著しい特色は、庶民でも生来の花好きであることだ。もしも花を愛する国民性が、人間の文化生活の高さを証明するものであるとすれば、日本の庶民はイギリスの庶民と比べると、ずっと勝ってみえる」

と書き記しています>

ただ、低成長経済や少子高齢化が進んでいること、同時に単身世帯が増えていることもあって、「⽇本の花き産業規模は1995年をピークとして縮⼩を続けている」(農水省)という。


バブル景気の最終年1990年は大阪花博が開催された年でもあるが、バブル余韻で世間の景気はまだ良くて、1995年の産出額は6200億円(作付面積4万8000ha)、これをピークに下り坂で2017年は3700億円(作付面積2万7000ha)に落ち込んでいる。


要は花卉業界が旧態依然で、生産者は「私作る人、市場で売ってオシマイ」、小売業は「私売る人、店舗で売ってオシマイ」。昔の食管法時代の百姓と米屋のようなもので、鮮度や産地なんてどーでもいい、というレベル。

業界あげての市場の分析、商品開発、マーケティングという当たり前のことが行われていないのだ、と農水省は怒っているようだ。


農水省がいろいろ指導しても生産者には馬耳東風だろう。我が街でもそうだが、都市近郊なら皆さま大地主で、「園芸農業なんてオレの代で終わり、息子はマンション建てるでよ」という人が多いはずだ。


小生の本家は元来は農業だが、小生が知っているだけでマンション2棟、オフィスビル1棟、40台収容の駐車場は4か所だと思っていたら「〇〇第5駐車場」を最近発見した。後継ぎには税理士の資格を取らせた!「百姓なんてやってられるか!」と思うのも当然だ。

かつて花を愛した国民は、まるでソドムとゴモラを理想社会と思っているかのように、ひたすらカネ、旨いもの、娯楽を愛するだけの野蛮人に退化しつつあるんですよ、フォーチュン先生。


戦後日本の師匠、米国では隠れアカが「中禍戦争を内乱へ転化せよ」とマルクス、レーニンの教え(詐話)をまたぞろ持ち出して、「チャンス到来、最後の絶好の機会だ!」と街頭で暴れまくっている。アカとバカにつける薬なし、ただ消え去るのを待つのみ。


6/11産経に岩田温(あつし)大和大学准教授の寄稿「国難に思う パンデミックでよみがえる亡霊 なぜ、また共産主義が語られるのか」が大きく掲載されていた。岩田氏は2005年、22歳の若さで「日本人の歴史哲学」(展転社)でデビューして以来、小生は期待していたが、久し振りに読んだ氏の論考は期待をさらに促すものだった。

まだ37歳、小生の愚息と同世代だが、氏はこれから一流の保守愛国派論客として名を高めていくだろう。次代は良くなるかもしれないとヂヂイは励まされる。

さあ、今日も元気で勉強しよう。上島武・前大阪経済大学教授の講演「ソ連はなぜ崩壊したか」要約の続き。( )内は修一。

・・・


日本には第2次大戦中に大本営発表というのがありましたが、それは負けていても「勝った」「勝った」と発表していました。


発表している側は、最初はウソだと自覚しているが、そのうちに自分が自分にだまされていく。それと同じように、スターリン時代のソ連では「社会主義が最終的かつ完全に勝利した」と言われました。

その社会主義の目標のなかに、「諸民族の融和と接近があり、ソ連には民族の抑圧、差別がなくなった、ある民族とある民族のあいだに固有のあつれきがあるという状態はなくなった」と宣言しました。ところが、現地の人はそうじゃないと思います。


チェルノブイリの原発事故以後、ゴルバチョフはグラスノスチとして、「みんな、言いたいことを出してくれ」という政策をとりました。

そうすると、各地方民族から「ロシアに我々は差別されてきた。我々より、もうちょっと大きな民族が我々を差別してきた」と言いだした。そしたら、その下にいる民族がまた言いだした。「そういうことをお前たちが言っているが、お前たちは我々を差別してきた」と。あっちにも、こっちにも問題が内向していることが明らかになってきました。

これが最初に爆発したのが1988年のナゴルノ・カラバフでした。ゴルバチョフが最初に聞いて、「ナゴルノ・カラバフ」ってどこにあるのか分かりませんでした。そこで何が起こっているのかも分かりませんでした。

(ナゴルノ・カラバフ地方は、アゼルバイジャンの西部で、アルメニア人が多く居住していたが、ロシア革命後にアルメニア共和国ではなくアゼルバイジャン共和国に強制的に編入された)

ナゴルノ・カラバフに住んでいる民族のなかでは、アルメニア人がアゼルバイジャン人に差別されてきましたが、アゼルバイジャン人はロシア人に差別されてきました。二重、三重、四重の差別があって、いちばん下から声をあげたのです。

しかし、なかなか聞いてもらえないので、手をだしました。これにたいして鎮圧部隊がやってきて紛争となります。

しかしこれは、ナゴルノ・カラバフだけ(の問題)ではなかったのですね。形式上は、平等にソ連邦に加盟するというかたちをとりながら、実際は二重三重の上下関係のなかにおかれてきたなかで、(ゴルバチョフに)「最終的に諸君の権利をみとめます」と言われた。


その時には、とうとうと湧き上がった民族的エネルギーをゴルバチョフ的な方向で、あるいはゴルバチョフが頭のなかで描いていたレーニン的な十月革命の原点にかえって再編成しようという方向に組み上げていくんじゃなくて、まったく別の方向へ導いていった勢力が明らかにありました。

地方の共和国のエリート集団が選んだのは、社会主義的な連邦的な再生ではなくて、そこから分離・離脱する方向でした。そして、分離・離脱するさいに社会主義も捨てました。

なぜ、社会主義を捨てたのか? 各加盟共和国のトップの連中たちは、自分たちの行く末、身の振り方を考え、自分たちの地位、立場、権力、権威、権限をどうやったらうまく確保できるかを考えたとき、社会主義とか連邦とかいうことではなく、分離独立の方向をとった方が、今後の政治家として影響力を保つことができるという選択をしたんでしょうね。


同時に民衆も「社会主義に未来はない」と感じとってしまったのじゃないでしょうか。


そうなる要因として、これまで述べてきた経済的な要因、政治的な要因以外にもう一つあります。ペレストロイカは、もともと経済の改革から始まったのですが、そこから打ってくる政策が次々と裏目にでて、地方ほどツケがまわってきたのです。


これとまた、何十年間の積もる怨みと重なってしまったんでしょう。国民生活の後退というのは国民にとってがまんすることができない。日に日に生活が悪くなってくる、これは庶民の絶望感をさそったでしょう。


さらにソ連の国民の10人に一人はかつての戦争で死んでいます。また5人に一人は多かれ少なかれ、大粛清の経験をし、あるいは身内・縁者に関係のない人がいないぐらいです。

この歴史を考えてみると、選択肢は分離独立イコール脱社会主義ということになって、民衆の支持を最終的に失ったわけです。


◆むすび

ただし、民衆は社会主義をオール否定したのか? あの時点で、そのように社会主義をみなかった人もいます。あとで「しまった」と思っている人もいます。しかし、問題なのはその当時「ソ連を離脱なんかしなくてもいい」と思ったり、あとで「しまった」と思ったりしている人たちが、なぜ声を出せなかったのかということです。

ソ連共産党やインテリゲンチャなどの政治集団も声ある形でなぜ出せなかったのか? それは、彼らもまた社会主義に自信をもっていなかったからです。

ソ連崩壊を考えるときに、このことも考えなければなりません。ソ連の社会主義というのは、人々を「脱政治化」にしてしまいました。


政治的な判断力とは、政治をどう見て、明日はどうすべきかということです。ところが、政治的であるべき民衆が、そのなかでもリーダーシップを発揮すべきインテリゲンチャや前衛を自称する共産党の連中が声を出せなかった。


彼らもまた脱政治化していた。ここのところが、いちばん大事なことだと思います。(おわり)

・・・


一党独裁、共産党独裁というのは党のトップの最終命令(機関決定)にすべての党員、人民が無条件で従う制度である。逆らえないどころか異議を唱えただけで銃殺や収容所行きだ。つまり政治はトップクラスの人が決めることであり、クチパク以外のことを言えば「畏れ多くもご政道を非難した不届き者」となってしまう。


だから庶民もエリートも政治を語ることはご法度、せいぜいこんなアネクドート(風刺的な小話)で憂さ晴らしをするだけだ。


<KGBの職員が通り過がりの通行人に話しかけた。

KGB職員「あなたの政治的な立場はどんなものですか?」

通行人「はあ、私が考えるに...」

KGB職員「それで結構、あなたを逮捕します」>(WIKI)

脱政治化しなければ生きていけない世界。それがリベラル≒アカモドキ≒アカども目指す世界であり、そういう時代錯誤的バカや確信犯的ワルが米国にはまだうじゃうじゃいるのだということを「民度の高い」文化的日本人は知り、己を戒め、「民度の低い」享楽的日本人は「あら、アメリカでもリオのカーニバル!」としか思っていないんじゃないか。


「世界を俯瞰すればマシな方」と言えないこともないけれど・・・(2020/6/12)


2020年06月13日

◆雀庵の「中共崩壊へのシナリオ(6」

                   “シーチン”修一 2.0


【Anne G. of Red
Gables/120(2020/6/10/水】脳みその回転がかなり鈍くなって、レジでパッとお金を出せなくなってきた。


例えば2668円なら3168円出してお釣りは500円玉、ということを条件反射的に(遊びを兼ねて)しょっちゅうやってきたのが、今は時間がかかって「3000円出そうかな、それとも小銭入れに168円はあるかもしれないから・・・」とぐずぐずし、レジの人と後ろの人から「ヂイサン、まだかよ」とつぶやかれている気がして、なおさら焦り、小銭を落としてさらにアワワワ・・・逃げ出したくなる。


なるほど、老化とは哀しいものである。情けない、カッコ悪い、呆け、イライラ・・・でもやがて自分で自分を笑っちゃう、事実は小説より喜劇なり、面白いなあ、ここは笑うしかない。


「次回は意図的にパニックを演出したらどうだろう、でもイタズラではすまなくて業務妨害でお巡りさんを呼ばれたり・・・地に堕ちた信用はさらに堕ち、急性期閉鎖病棟に送られたり・・・」


そんなことを考えるとさっきまでの笑いが引っ込んで「おもしろうてやがて悲しき」の気分になるね。「大体、小銭が財布に貯まり過ぎているのが良くない、きれいに分類しよう・・・でも面倒だなあ」、まったく老化で「廊下は走らない」どころか「走れない」という、結局は老いの悲哀を感じたり。


「衣食住足りて礼節を知る」のがいいのだろうが、生まれながらの「粗にして野」だから仕事・世間を離れた今は礼節御免の庵暮らし、雀と花卉と書物を友に静かな晩年を過ごすどころか多動爺だからこれができない。


「あれも知りたい、これもやりたい、中共殲滅の一翼を担いたい」という思いは募るばかり、ほとんど我執、病膏肓。


習近平の奥さん&一人娘が習に愛想を尽かして別居したとか、「習近平は王岐山、汪洋、朱鎔基ら長老の圧力で“終身制”を放棄し、李強(上海書記)と胡春華(副首相)を後継者に認定。秋の五中全会で二人が政治局中央委員入りし、2022年の第20回党大会でそれぞれ総書記と首相に内定」(福島香織氏『WiLL』2020年6月号掲載)という、習近平をめぐる噂話はあるけれど、裏取りや続報がないから欲求不満は募るばかり。


「どうなってんだよー」と焦れたところでどうなるものでもないからブックオフで見つけたというか「おい、これを読め!」と天に促されて中村元先生の「原始仏典」と加地伸行先生の「論語」を昨日から読み始めた。



前者は釈迦の時代に遡ってパーリ語原典(釈迦は地方語のマガダ語で語り、布教のために弟子がパーリ語にしたようだ)を知り、中国経由の日本“おまじない呪術風”仏教を是正し原点・原典回帰を仏教界に促すために学ぶ。


後者は中共が大嫌いな(つまり中共にとって不都合な真実が溢れているだろう)孔子先生に学び、後に日本に多大な影響を与えた儒教(朱子学、陽明学)を知り、中共後の支那の政体を描くべく、勉強というか理論武装するためだ。


NHK、朝日、共同、毎日、中日、西日本、岩波などの中共の走狗を潰すためには理論武装して藪蚊のようにしつこく射していくしかないから。


一匹二匹の藪蚊には耐えても百匹千匹に攻撃されたらアカは逃げ出す。天下のNHKは「JAPANデビュー」番組への偏向報道批判や抗議デモ(2009年)により多少は左巻きが是正されたようだ。モスキートが雲霞の如く襲ってきたら巨大メディアも懲りるだろう。


戦前の朝日は不買運動ですぐさま軍人妾に転向した。戦後も節操なくすぐさまGHQ妾、総評妾に転向、まるで銭カネで色を変えるカメレオンだな。不買運動も効き目がある。


良い子は暴動や火付けはダメ絶対! モスキートになってイザ!という時にチクチクブスブス射しましょう。


さあ、今日も元気で勉強しましょう。上島武・前大阪経済大学教授の講演「ソ連はなぜ崩壊したか」要約の続き。( )内は修一。

・・・


(国有企業や農業部門の赤字による財政補填の大きさに加えて)もう一つびっくりしたのは、社会主義の表カンバンである社会福祉の水準でした。



ゴルバチョフ時代に開かれた党協議会で、社会福祉・厚生文化担当の大臣が発言して、「ソ連の社会福祉水準は先進国並みとは少なくともいえない」と言いました。ある病気の対策のためにかけられている国家予算の規模からいうと、世界のなかで後ろから数えた方が早い。文明国の中だけではないですよ、地球上の国の中でです。


ペレストロイカ以前なら、とてもこんな発言はできなかったでしょうね。ゴルバチョフは「(国家予算の)お余りの部分となった国民消費と福祉部門」といいます。どういうことかというと、国家予算の配分の中で、まず重工業、軍事部門があり、運輸とか、なんとかがあり、それからずっといって、ずっと下にいってはじめて教育とか福祉がくるということです。


われわれは、あえていえば長年シンパシーをもってソ連を研究してきたんですね。ですが、実際に生の人が見たことは違う。われわれは、ソ連は軍事大国だけじゃなくて、福祉大国であり、教育大国だろうと見ていたのですが、そうじゃなかったんです(初心なインテリはすぐに騙される、洗脳される、気をつけよう、甘い言葉と紅い道)。


◆政治的要因


ソ連崩壊の政治的要因については、多くのことを言わねばなりませんが、今日は時間の制約もあるので、一つだけ言っておきましょう。


レーニンは、革命の直前には「読み書きできる者なら誰でも、企業や国家の管理ができる」と言っています。


それは、お偉い方はいらないというのではなく、また、専門的知識をもった者や、指導的な役割をはたす人がいらないというわけじゃない。そうした人たちが固定化した階級として、高い給料をもらう人間集団として必要となる状態が急速になくなるだろうということを言っているのです。


それから、そもそも管理すると言ったって、そんなにたいした仕事じゃないのだという。普通の教育さえあればできるのだ、という楽観主義だったのです。


確かにこれは、楽観主義すぎたのだと、あとでレーニンは反省をしています。そんなにすぐにはいかないと。当面は、専門家にある程度高い月給を払ってやっていかざるをえない。そこから、レーニンは「労働組合が企業管理に口を出してはならない」といい、トロツキーも「よい官僚なしにはやっていけない」と考えていたわけです。


ところがスターリンは、この上下の分業体制――すなわち、上が政治的な決定権と経済的な特権をひとりじめにするという体制――を、克服すべき状態というよりは、この上下の分業によって、経済も、社会も、そして文化もあらゆる領域で前進することができると考えたのです。つまり、克服すべき対象ではなくて、依拠すべき対象となった。(次回に引用つづく)

・・・

リベラル≒アカモドキの連中は菅直人が図らずも言ったように「政権を取れば最低4年間は独裁政治ができる」と今でも思っている。それがアカの初期設定。選挙に勝てば敵が二度と立ち上がれないように徹底的に叩き潰すのが韓流・北流で、華流や露流もそれに近い。



米国の二大政党制は本来は負けた方がグッドルーザー、良き敗者になり、勝者に対して「おめでとう、お手並み拝見、次回の選挙で相まみえん」と一応は拍手するのが礼儀だった。今は選挙が終わっても悪口雑言、憎悪は何やらカルト的悪魔祓いの境地になっているようで、民度が著しく劣化しているような気がする。


ソ連亡き後、30年後にして習近平・中共は世界制覇の野望を露骨に示すようになってきた。対する米国はオバマ時代から「世界の警察官」を辞めたい意向を示している。



「このところシノギがきついんで、ミカジメ料を上げてもらわんと、のう、それがいやや言うんなら自分で守ったらいい、自分のシマは自分で守る、それが筋やろうて。欲しい飛び道具はいくらでも売るさかい、いつまでも頼りにせんで、自立、独立するこっちゃ。親分子分じゃなくて友達として付き合っていく、それがこれからの道やと思うが、のう」


ウェットじゃなくてドライな交際、これはトランプのみならず米国の、またポストEUなど主要国の方向性だろう。米国51番目の州
State of Japan 日本は自立、独立する時である。(2020/6/10)


2020年06月10日

◆雀庵の「中共崩壊へのシナリオ(5」

“シーチン”修一 2.0


【Anne G. of Red
Gables/119(2020/6/7/日】多摩川の東京側土手を自転車で遡上、数年ぶりに京王線鉄橋の先の是政橋まで行ってきた。土手もグランドも結構な人出、マスクしているのは10%ほど。


炎天下にマスクして運動をしたら倒れそうだし、マラソン大会の人もサッカー/野球少年も「マスク
or
ノーマスク・・・それが問題だ。いずれにしても炎天下ならウイルスも死ぬかもしれないし、マスクして熱中症で倒れるよりはいいか」という判断なのだろう。

引き籠もりはもう沢山、もうウンザリ、おれは外に出て大きく呼吸したいんだ!という気持ち、分かるなあ。2〜3か月の拘束生活から釈放され、自由っていいなあ、ああおれもノビノビ自由を爆発させるんだ、となるのは人情だ。

ストレス発散はまるでパンデミック、ノー密から濃密へと時代の風は吹き、来春あたりはベビーブームになったりして。


米国では禁欲昂じて暴動、なんだか数年に一度の大祭みたいだ。店舗が破壊、略奪されても保険でカバーできるのか、被害者の嘆きや苦情は聞こえてこない。ロス暴動の時は中華系や韓国系の店舗オーナーが暴徒に発砲していたが、今回はそんなささやかな抵抗はあったのかどうか。


警官に押さえつけられて死んだ人は犯罪容疑者として拘束されそうになり、抵抗したため制圧されたのだろうが、その件はほとんど報道されていないのは面妖だ。米国マスコミの多くが民主党支持、反トランプで、事件を大統領戦に利用しているためなのか。

小生が警察官なら頭にくるがなあ・・・ダーティハリー、マッドマックス、日本人は諸君を信頼している、前科者の俺も熱烈支持者だ!


真珠湾攻撃の罠にはまった日本としては「米国暴動はなんか胡散臭そう」と思うのが普通だろうが、のう、同志諸君・・・


米国民主党は共産主義信奉者が多いというか、いまだに米国の共産主義思想は「一党独裁は個人独裁になるからダメ」と思うものの「金持ちを抑え込んで貧しい人に手厚い福祉を」というアカの常套手段、バラマキ政策を踏襲しているように見える。「共産主義じゃない、社会主義と呼べ!」だと。


荷風散人に言わせれば「女郎と娼妓、女給と淫売に違いはあるか?」となるだろう。


そもそも多くの動物同様に人間は生まれ育ちが違えば人生もいろいろだ。上中下の家柄に生まれ育てばそれなりの人生で、今も昔も下流から上流に遡上するのは簡単ではない。「苦学力行して名を成した」人はいるけれど、それは千人万人に稀だからこそ語り継がれているのであり、一種の「奇跡の人」である。


上の人が下に落ちるには三代百年かかる(ずるずる堕落していく)、下の人が上に昇るには三代百年かかる(努力を積み重ねていく。爺さんが汗水流して起業し、それを見て育った親父が大きくし、孫も踏ん張る。一般的にはそうはならずに苦労知らずの孫が潰すのだが)。


飛行機だって引力に逆らって離陸するのには凄まじいエネルギーがいる。貧乏人から一代で財閥トップにのし上がるなんてほとんど奇跡だ(二代目三代目で消えることも多い)。

百歳翁の作家、物集高量(もずめ
たかかず)は「人間は生まれ育ちが肝心。砂漠のど真ん中で生まれたら、努力でどうにかなるものではない」とキリスト教聖職者に説教していた。真実はそんなものだろう。


8日、多摩丘陵を散歩中、初めて神木山等覚院観音堂を“発見”参拝、以下の教えに触れた。


<西欧は電気、自動車、船、飛行機(修一:原爆、武器、テレビ、スマホ)などを発明し、世の中を便利にし、発展させた。一方、東洋は「合掌」を発明して相手を敬った。


東南アジアへ行くと、ごく自然に挨拶に合掌が交わされる。理屈ではない。合掌の右手は智慧、左手は慈悲。相手を仏様と思いながら丁寧に合わせてお辞儀する。両手を合わせたら喧嘩もできない、思い上がりの気持ちも静まる>


なるほど、合掌して頭を下げる――これは戦争(暴動)する姿勢ではないよなー、仏教を駆逐した国やキリスト教国はもめごとや流血、戦争が多く、仏教を大事にした国(日本、タイ、ミャンマー、スリランカ、ベトナム)は比較的穏やかだ。「民度が違う」? そう、違うよなあ。


中共は今もチベット仏教を弾圧し続けている(漢族は蓄財蓄妾美酒美食教、お題目は「ゼニズラゼニガスベテズラ」)。1980年頃に上海の「古刹」を見に行ったが、人民はただの古い建物を見物するだけ、まったく信仰や宗教とは無縁の存在、まさに「魂なき空虚な薄汚い建物」を「何なんだ、これ」と見ているだけ、その姿に小生は「何なんだ、これ」とショックを受けたものである。


習近平のバイブル「毛沢東選集」には数千万人が餓死した原因は「天災」とされ、無謀な「大躍進」政策は伏せられているはずだ。上島武・前大阪経済大学教授の講演「ソ連はなぜ崩壊したか」も中共では誰一人として読んだこともないだろう。以下要約の続き。( )内は修一。

・・・

◆国民生活の向上は後回しに


問題は、このような(ソ連の低い)労働生産性、計画経済のちぐはぐのもとで、社会主義経済は本当にその目的とする国民生活の向上を達成できたかということです。


たしかに国民生活は帝政ロシアの時代や革命前後にくらべたら圧倒的に向上しました。たとえば教育水準一つをとってみても、どれだけ急速な進歩をとげたかはいうまでもないことです。


でもね、肝腎カナメの消費生活を根本にして、国民生活が、着実に、絶え間なく、しかもかなりのテンポで向上し、それが国民に意識されることが大事ですね。とくに、国民に実感されることが大事です。


人間はほんとうに窮乏時代をぬけだすと、ちょっとした停滞、ちょっとした後退が耐えられない。たとえば日本でも石油危機のときに国民がどれほど右往左往したか。あれは、石油が十分にあった時代に享受した生活にちょっと穴があいただけで「恐慌状態」になったことをしめしています。


たしかに(ソ連)当局者は、国民が国民生活の向上を認識することが大事だと認識していました。だけどそれを実現する上で非常に問題がありました。さきほどからのべてきた労働生産性と計画経済という根本的な問題のほかにも、もう一つ問題がありました。


一つは重工業優先体質です。重工業を重視しなければならないということそのものは、経済の常識であります。社会主義でも資本主義でも、重工業は経済の土台です。

重工業を優先させるのはいいんですが、ここに二つの問題があります。


一つは縦割り行政と関連しまして、これを担当する部局の威信にかかわる(として)、重工業担当の大臣が軽工業担当の大臣にたいして、「お前、ひっこんでいろ」と、こういうことが国の政治でまかり通るわけです。重工業優先を固着させた。


もう一つは、重工業は当然、軍事工業と密接しているわけです。これに拍車をかけるのが軍拡競争、軍備の負担。この軍備の負担というのは「ソ連の責任じゃないよ、アメリカの責任だ」といえる。


そういえば簡単なのですが、もっと端的にいいますと、ブレジネフが「わが国にも軍産複合体がある」といっています。重工業関係の政治家のいうことは重みがあるという。


ソ連の軍事力の開発は二重の問題があったと思います。一つはアメリカの政策にたいする本当に適当な選択肢として、軍事建設がおこなわれていったかどうか。それから核開発、核兵器の増強をめぐる方針がほんとうにただしかったかどうか。


かりに、そこに問題がなかったとしても、国内的に軍需部門の官僚組織の力を党も国家の官僚組織もコントロールすることができなかったということです。(日本でも軍需予算を削減するとクーデターが起きた)


そこから何が起こったかといますと、ゴルバチョフが大統領に就任したとき、ビックリしたことがたくさんあるんです。一つは、こんなにソ連の国家財政が赤字だとは知らなかった、と。


統計上は全部黒字になっているんです。赤字の原因が軍拡競争であり、もう一つが補助金ですね。労働生産性の低さと計画経済の失敗で国有企業は赤字です。とくに農業部門は赤字です。これにたいする財政補填がものすごかった。(次回に引用つづく)

・・・

プーチン・ロシアもソ連/スラブのくびきから離陸できないで苦しんでいる、「俺だから辛うじてロシアを維持している、俺がいなくなればロシアは解体する、世界史の『今』から消え、ロマノフ時代に戻るだろう」という危機感を持っている。あの顔はそういう顔だ。暗殺や謀略で道が拓けるなんて思ってやしない。ひたすら国民を恐れている。

習近平には銭で転ぶ1億の党員と皇帝崇拝の素朴で無知蒙昧の6億の貧乏人がいる。14億の人口の半分は習近平が天安門のお立ち台から「反革命分子を一掃せよ、第二次文化大革命を!」と号令すれば“腐敗した走資派の上海閥、共青団派”を襲撃するだろう。

集団発狂、血で血を洗うのが大好きな国民性、民族性なのだ。強い方に就くという事大主義は習近平に有利だろう。


「不純な7億が消えても何ということはない、大体わが国は人口が多すぎる、半分になってもまだ7億もいる」と習近平は毛沢東を真似て言うだろう。


プーチンも習近平も利権集団の軍隊を手名付けておかないと政争には勝てない。カネの切れ目が縁の切れ目になるが、打ち出の小槌があるわけではないから短期決戦を目指す。しかし、米欧は経済封鎖とアンチ習近平派への軍事支援で長期化を目指すだろう。

“世界の工場”はラストベルトになり、「中共の夢はトウ小平の韜光養晦(能ある鷹は爪を隠す)1990年から始まり、習近平の夜郎自大(能無し鷹は菌を隠す)2020年までのたった30年間の淡い夢だった」となるだろう。


溥儀はラストエンペラー、習近平はラストベルトとして記憶されることになる。長生きすると面白いことがいっぱいあるなあ。つづく。(2020/6/7)


2020年06月07日

◆雀庵の「中共崩壊へのシナリオ(4」

“シーチン”修一 2.0


【Anne G. of Red
Gables/118(2020/5/23/土】5日から朝、駅へ向かう人の数がかなり増えてきた。来週の月曜(25日)からは中禍以前の半分ほどには戻るかもしれないが、なんだか出口が見えてきたようでホッとする。

ヤマは越えたか? 大きな再発があるか? ヤマあり谷ありのズルズルか? 一口千円、握る? 英国ブックメーカーは賭ける対象のスポーツが軒並み中止で困っているそうだ。先が見えないというのはメガネが曇ったみたいで嫌なものである。

現役の人には長すぎたバケーションかも知れないが、入院したり刑務所に入ったわけではない、心的外傷後ストレス障害で悩むこともないだろうから、そのうちに「いや、実は・・・」と飲み屋での笑い話になるかも知れないし、そうなって欲しいものだ。

一口に「人間」と言うが、以下のような分類もできそうだ。

理性、理知、理論、理解、理念の人。

感性、感情、感覚、感動の人。

利己・利口・利発・利害・利便・利用の人。

「理・感・利」の要素が天の配剤や環境、意志によって混じり合って「その人」を創っているような気がする。

その塩梅で、福翁の言うように「重い仕事」に就く人もいれば「軽い仕事」に就く人もいて、それでもどんな仕事でも社会にとっては必要な仕事である。

ただ仕事の軽重、需要供給の塩梅によって報酬は千差万別で、もしあなたが「重い仕事」に就きたい、社会に大きく貢献したいのなら学問をしなさい、と。

福翁の「学問のすゝめ」は明治のベストセラーで、かつロングセラーであり、二冠王をとる書物はとても少ない。多くの人が感化を受けて学問に精を出したに違いない。

福翁の創刊した「時事新報」は戦後、復刊され、「1955年『産経新聞』に吸収されて『産経時事』となり、1958年の改称で『時事』の名は消えた」(コトバンク)が、天下国家国民を「独立不羈」の方向へ進めたいという福翁の精神は引き継がれているようだ。

「重い仕事」とは、いろいろなジャンル、政界、経済界、文化・教育界などで方向を定めたり牽引することだろう。

先日、孫と多摩川で遊んだ際、ドバトより一回り小さく美しいハト30羽(キジバト?)ほどが群舞して頭上1mほどまで接近し、思わず頭を両手で覆ったが、迫力満点だった。

群の方向を決めるのは先頭の三羽(パイロットとナビゲーター2羽)のようで、三羽は三角形をなしている。しかし、最先頭はしょっちゅう入れ替わる。ナビだったのが操縦桿を握る。何やら「集団の意志」のようなものがあり、必ずしも最先頭通りには進まない。フェイルセーフみたいな感じ。


東アフリカでは年初からバッタが大量発生し、中東にも広がって穀物を食い荒らしているそうだが、バッタがどうやって群の方向を決めるのかははっきりとは分からないものの、メカニズムがあり、ただ群の大勢に従っているだけではなさそうだ。

自由民主主義を建前とする国では言葉による論争や選挙というガラガラポンで「重い仕事」をする政治家を選ぶ。実に単純で、時折実弾は飛び交うが、涙は流れても血は流れない。負け組は臥薪嘗胆で耐え、勝ち組は「勝って兜の緒を締めよ」で次の選挙に備えている。

勝ったところで政治家は好き勝手ができるかというと、国民の空気、時代の流れとかに配慮しないと支持率が落ちて求心力が弱まり、思うような方向に国民、国民感情を引っ張れずにレームダックになるから、いつまでも「国民の皆様」に気を使い、蝸牛のように時間をかけて政策を進めるしかない。

大統領、主席、総理、首相、宰相などと肩書をつけても、自由民主主義体制であれば、国民の公僕、バッシングの対象であり、余程のマゾか人格者でないと耐えられないのではないか。まともな人、堅気が手を出す仕事ではないと「理性冷静激情、時々邪道」の小生は思うが・・・

リーダーはとにかく勝たなければならない。7勝8敗では許してもらえない、せめて8勝、何としても勝ち越さなければならない、歴史に名を遺せない。「やってられねーよ、バカヤロー」とつぶやいたらマイクが拾って国会解散、「バカヤロー解散」と刻まれる世界だから愚痴も言えない。


宰相は嫌な仕事、小生のような単純な吶喊小僧とは住む世界が違う。座を降りた途端にそれまでの「素晴らしい指導者」から「残虐非道な独裁者」に評価が反転して銅像まで倒されるのだから、堅気の人は手を出さないに限る。

口は出すのはOKという民主主義はいいもので、命懸けで守る価値はあるね。

習近平が知りたくない話、上島武・前大阪経済大学教授の講演「ソ連はなぜ崩壊したか」の続き。以下要約。( )内は修一。

・・・

◆計画経済をめぐって


経済でもう一つうまくいかなかったのは、計画経済をやりすぎたということです。

何から、何まで計画経済の対象とした。「穀物播種面積からチョッキのボタンまで」という一九三〇年代のトロツキー(スターリンに暗殺された)の言葉があります。ソ連の計画経済は、何から何まで計画にいれている。そして、計画目標は法律だという意識があります。

我々の決めたことを守らない、これに意図的に反対する、これは犯罪行為だというわけです。

戦後非常に注目された経済学者・ネムチーノフが、スターリンの計画経済について「あれは計画経済ではなく、統制経済、切符配給制度」といいました。

日本にも第二次大戦中に戦時統制経済がありましたね。この物資は統制物資だと指定されると、自由に売買できなくなる。かならず国家機関の許可と割り当てと、割り当てに対する切符があり、切符と引き換えでないと売ってもらえない。

ソ連では、こうした統制経済で、基本的な生産財から日用品までがんじがらめにしました。この配給制度の下では計画がかえってうまくいかないのです。


あっちが不足するかと思うと、こっちが多過ぎる。こっちに工場を建てようとして、工場は建つんだけれども、電力が足りない。つぎに電力は供給したけれど、原料が届いていない。なぜ、届いていないかというと、鉄道や道路が整備されていない・・・

なぜそうなるかというと、計画の組織が完全に縦割りになっているからです。鉄道部門は鉄道部門、農業部門は農業部門と、まったく縦割りになっていて、それぞれが個別の官庁によって管理され、資金的にも統制されるようになっていました。

そのため、この官庁は目標が達成できていても、その横の官庁は達成できないということがありました。

計画経済では、中央計画を作成するための経験が必要です。そのための、ある程度の技術も必要でしょう。そういうものがないときは、市場に任せざるを得ない、また市場に任せた方が損失が少ないのです。

(中共のゴーストタウンは「ここに共産主義終わりぬ」とやがて看板を出すだろう。アクセスもニーズもほとんどない辺鄙なところにビル、道路、鉄道を造っては放置。まるで中共の愚かさを後世に伝えるモニュメントだ。計画経済という傾城軽薄無理無駄経済、まるで秦始皇帝陵、長城。支那民族のDNAなのか)(次回に引用つづく)

2020年06月02日

◆雀庵の「中共崩壊へのシナリオ(3)

“シーチン”修一 2.0


【Anne G. of Red
Gables/118(2020/5/22/金】日本では戦争を戦場あるいは銃後で体験した人はほとんどが鬼籍に入ったから、実際にどういうものなのかは古人の言葉からしか分からない。


しかもそれは個人の「虫の目」的な体験であり、「鳥の目」のように全体を俯瞰して伝えるものではないから限界はあるのだろうが、バイアスのかかっていない現認報告書とか目撃証言としてとても参考になることは間違いない。

戦時でも平時でも喜怒哀楽というか、何ということもない日常はあるのだと当たり前のことを考えさせられることもある。

向田邦子は戦時中でも「女学生は箸が転んでも今と同じように可笑しかった」と書いていた。彼女の代表作「あ・うん」でも“寝台戦友”の門倉修造と水田仙吉はきな臭い時勢の中でも冗談を言いながらのんびり将棋を指していたっけ。

荷風散人の日記を読むと、実際に東京大空襲の戦禍にあって命拾いをしながら生き残っても、「ああ生き延びた」と安堵するが、生死は運次第、明日は我が身で、死者を深く、かつ永く悼むというデリケートな感情はほとんど起きないようである。

じくじくした悲哀ではなく、自分、家族の今日と明日をどうするかで精一杯で、センチメンタルではなく「明日がある」「あれこれ考えても落ち込むばかりだ」「明日に賭けよう」「何とかなるかも知れない」と妙に晴れているというか淡々としている。

諦観というのか。確かにいちいち悲しんでいたらきりがない。視野狭窄になって判断を間違えやすい。まずは冷静になる、気持ちを切り替える、そうすると安全弁が働くのだろう。

(焦ると冷静な判断ができなくなる。今日中に振り込まなければならない、でも預金はない、どうしよう、と新宿でうろうろしていたらプロミスの看板! 腹を空かしたネズミが罠の前で「入るべきか、でも怖い」と躊躇っている図だな。あれこれあってどうにか虎口を逃れ、会社で全然使っていない通帳を何気なく開いたら・・・あった! 残高が結構あった、救われた! 一呼吸して心を平静にして、冷静になって考えてみる、というの大事だ。

ま、突撃するにも普段からの模擬訓練で熟慮を重ね、一瞬で断行できるようにしておくのがいいという話。「相手に覚られないようにきわどい差で勝たせるのが麻雀、ゴルフのキモだよ」と建設会社営業の義兄は言っていた。それっていけないの? 反省した振りをしてやり過ごす、というのはバカにつける薬で、まだまだ効き目はある)

小生は18歳までは試験勉強に追われて世の中のことを見ていなかったが、それ以降で「世界の動き」として一番記憶に残っているのは1990年前後の「ソ連崩壊」である。小生は現役バリバリ、日本は(正確には都市部の管理職層は)バブル景気に浮かれて、仕事はどっさり、カネは勢いよく流れて、酒も脂粉もたっぷり。

「この世をば我が世とぞ思う」、そういう「浮かれた時代」だったが、その認識はまずなかった。好景気は永遠に続く、日本人の長年の苦労が実った、この世の天国、先人が夢見たのはこんな世界か、と。

小生はソ連と仕事でのつながりはほとんどなく、「世界の主要航空会社人気ランキング」(リクルート「abロード」)の仕事で、ソ連国営アエロフロートが最低の部類になり、利用者の「機材はイリューシンでボロボロ、それは仕方がないとしても、空気が漏れているのかシューシュー音がするし、とても寒かった。無事着陸した時は心底生きててよかったと思った」といったコメントに大笑いし、もちろん読者の反応も上々だった。

その頃、六本木/狸穴のソ連大使館のパーティに招かれたが、美しい木目の床板が鏡のように光り輝いているのを見て、「ああ、まるで王宮だ、ロマノフからボリシェビキ王朝になったわけだ」と妙に感心したものである。

そのボリシェビキ王朝があれよあれよという間に銃声も聞こえず血も流れずに消えてしまったのだから、まるで夢を見ているようだった。1991年8月、革命鎮圧に出動したものの兵士が逃げた後の戦車の上から演説するエリツィンを見て、ウッソーッ、マジかよ!とボーゼンとしたものだ。まるでSF映画。

「ソ連はなぜ崩壊したか」をテーマにした上島武・前大阪経済大学教授の講演を「労働通信」2003年11月号が紹介している(同紙は今は消滅したようだ)。以下、要約。( )内は修一。・・・

ソ連を崩壊に追い込んでいく要因として、わたしは三つあげます。一つは経済的要因、二つ目は政治的要因、三つ目は民族的要因です。

ソ連が結局、自分で高くかかげていた旗印、「資本主義に追いつき、追い越せ」が達成できなかったもっとも根本的な原因、最終的にソ連国民の共感と支持をうしなった究極の原因は、経済的なものにあることはいうまでもないことです。

◆労働生産性をめぐる闘争

レーニンは(1917年の)革命直後に、革命政権が生き残るかどうか、それが社会主義の道に開いていくかどうかを決定していく要素は「労働生産性」だと述べています。

「工業でもわれわれの目標はアメリカだ。アメリカから学べるものは、すべて学ばなければいけない」

レーニンが、革命政権が生き延びる条件としてもう一つ主張したことがあります。

「革命政権はあるけれども(社会主義の敵である)資本家の卵はたくさんいる。とくに個人商人や個人農民はほっとくと金持ち、資本家になってわれわれを脅かす存在になる。こういうものと戦わなければならない」

どのように戦うか。

「革命によって国有化、社会化された企業が、個人商業や個人農業にたいして決定的に高い生産性をあげる、これしかない」

資本家の卵をなんとしても撲滅するということになります。一九三〇年代の初めにソ連では「階級としての富農の絶滅」ということがいわれます。

しかし、富農といっても、個人農民にちょっと毛が生えた程度なんです。貧しい農民は馬を一頭しかもっておらず、本当に貧しい農民は馬をもっていない、これにたいして富農は馬を二〜三頭もっている、その程度です。

ところが、富農が革命政権の経済政策に協力的でないということを理由に、力づくで富農を解体する、財産を没収する、遠方へ追放する、場合によっては殺してしまう。(毛沢東の大躍進、文化大革命はその真似)

本当に自発的な労働を発揚するためには「物質的な刺激」が必要です。ただしごく一部の労働者だけにいきわたるものであっては効果がないどころか、逆効果になる。

本当に労働の刺激と、それにこたえる報酬が組み合わされていませんと、一方ではものすごい不平等、その一方では、それと矛盾するようですけれど「悪平等」が存在する

つまり、一握りの(模範的、優秀な)労働者は(名誉と報酬を得てそこそこ)潤うけれども、その他の労働者は(一所懸命にやっても見返りが少ない
or ないので)「働いても、働かなくてもいいや」ということにもなります。

極端にいうと「社会主義的に働いて、資本主義的に稼ぐ」という言葉が出てきます。

社会主義的に働くというのは「適当に働いとけ」ということ、「資本主義的に稼ぐ」というのは、ほかでアルバイトをするということです。

(今でもロシア経済の10〜20%は自給自足のアングラ経済で、多くの国民が家庭菜園やバイトで自己防衛しているようだ。中共の農村戸籍者(5.5億人)は出稼ぎしないと人並の生活を維持するカネは稼げないが、留守を守るヂヂババと子供による自作で食糧は賄えている/飢えはなくなった、とか)

一九三〇年代のソ連における経済建設過程では、労働者の生産意欲を刺激する手段を欠いていたということです。(次回に引用つづく)

・・・

1980年頃に中共を取材した際、昼間からどこもかしこも緑の人民服の人で溢れていた。3交代勤務だったが、実働は3時間ほど。仕事がないから1人で済む仕事を3人でやっていたことになる。為政者にとっては「小人閑居して不全をなす。とにかく仕事をさせておかないとろくなことにならない」ということだったのだろう。

一所懸命にやろうがやるまいが給料は同じ。日本の公務員と同じ。公務員は世界中似たようなものか? やり過ぎると職場で浮き上がってしまうから、余程の人、エリートでないと怠けるのが普通のようだ。

小生は数年間、公務員(税務署職員)を観察する機会を得たが、午前中は1時間、午後は2時間、週刊誌や新聞が結構ある喫煙室でごろごろしたりお喋りしていた職員が結構いた。実働4〜5時間!

父は準公務員だったが、小生もその職場でバイトをした際、周囲のオッサンはやはり実働4〜5時間で、終業のベルが鳴るのを、帰り支度を済ませた多くの人がまるでスタートラインに立って待っているかのようだった。堕落そのもの。

こういう職場では「カネを稼げないし、人間がダメになる」と父は辞職したのだろうなあと納得したものである。

小生の息子は公務員だが、10年ちょっとで「余程意識的に仕事を創っていかないと人間がダメになる、40を過ぎるとただ時間をつぶしているような人が結構多い。俺も考えないと・・・」とうんざりし始めたようだ。

そういう「休まず遅れず働かず」の人が多い公務員ばかりの中共の生産性は、先進国と比較すると相当低いのではないか。

そんな彼らでも仕事で「賄賂、裏金、キックバック、利権」を得られるとなればすさまじい馬力で仕事をするという。上海や北京などがあっという間に高層ビルだらけになったのは「美味しいニンジン=インセンティブ」があったからだろう。

良きにつけ悪しきにつけ、それが支那人、漢族の価値観、行動原理なのだろう。習近平は虎退治、ハエ叩きでそれさえも抑えつけた。1億の中共党員のモチベーションはかなり下がっており、習近平の号令にまともに従うかどうか、かなり怪しいのではないか。

習近平を引き吊り降ろしてガラガラポン、西側の知恵と人民の総意・創意で新しい体制を創らないとソ連崩壊以上のすさまじい混乱になるだろう。党員ではなく人民のための革命が必要だ。つづく。(2020/5/22)


2020年06月01日

◆雀庵の「中共崩壊へのシナリオ(3」

“シーチン”修一 2.0


【Anne G. of Red
Gables/118(2020/5/22/金】日本では戦争を戦場あるいは銃後で体験した人はほとんどが鬼籍に入ったから、実際にどういうものなのかは古人の言葉からしか分からない。

しかもそれは個人の「虫の目」的な体験であり、「鳥の目」のように全体を俯瞰して伝えるものではないから限界はあるのだろうが、バイアスのかかっていない現認報告書とか目撃証言としてとても参考になることは間違いない。


戦時でも平時でも喜怒哀楽というか、何ということもない日常はあるのだと当たり前のことを考えさせられることもある。

向田邦子は戦時中でも「女学生は箸が転んでも今と同じように可笑しかった」と書いていた。彼女の代表作「あ・うん」でも“寝台戦友”の門倉修造と水田仙吉はきな臭い時勢の中でも冗談を言いながらのんびり将棋を指していたっけ。

荷風散人の日記を読むと、実際に東京大空襲の戦禍にあって命拾いをしながら生き残っても、「ああ生き延びた」と安堵するが、生死は運次第、明日は我が身で、死者を深く、かつ永く悼むというデリケートな感情はほとんど起きないようである。

じくじくした悲哀ではなく、自分、家族の今日と明日をどうするかで精一杯で、センチメンタルではなく「明日がある」「あれこれ考えても落ち込むばかりだ」「明日に賭けよう」「何とかなるかも知れない」と妙に晴れているというか淡々としている。

諦観というのか。確かにいちいち悲しんでいたらきりがない。視野狭窄になって判断を間違えやすい。まずは冷静になる、気持ちを切り替える、そうすると安全弁が働くのだろう。

(焦ると冷静な判断ができなくなる。今日中に振り込まなければならない、でも預金はない、どうしよう、と新宿でうろうろしていたらプロミスの看板! 腹を空かしたネズミが罠の前で「入るべきか、でも怖い」と躊躇っている図だな。あれこれあってどうにか虎口を逃れ、会社で全然使っていない通帳を何気なく開いたら・・・あった! 残高が結構あった、救われた! 一呼吸して心を平静にして、冷静になって考えてみる、というの大事だ。


ま、突撃するにも普段からの模擬訓練で熟慮を重ね、一瞬で断行できるようにしておくのがいいという話。「相手に覚られないようにきわどい差で勝たせるのが麻雀、ゴルフのキモだよ」と建設会社営業の義兄は言っていた。それっていけないの? 反省した振りをしてやり過ごす、というのはバカにつける薬で、まだまだ効き目はある)

小生は18歳までは試験勉強に追われて世の中のことを見ていなかったが、それ以降で「世界の動き」として一番記憶に残っているのは1990年前後の「ソ連崩壊」である。小生は現役バリバリ、日本は(正確には都市部の管理職層は)バブル景気に浮かれて、仕事はどっさり、カネは勢いよく流れて、酒も脂粉もたっぷり。

「この世をば我が世とぞ思う」、そういう「浮かれた時代」だったが、その認識はまずなかった。好景気は永遠に続く、日本人の長年の苦労が実った、この世の天国、先人が夢見たのはこんな世界か、と。

小生はソ連と仕事でのつながりはほとんどなく、「世界の主要航空会社人気ランキング」(リクルート「abロード」)の仕事で、ソ連国営アエロフロートが最低の部類になり、利用者の「機材はイリューシンでボロボロ、それは仕方がないとしても、空気が漏れているのかシューシュー音がするし、とても寒かった。無事着陸した時は心底生きててよかったと思った」といったコメントに大笑いし、もちろん読者の反応も上々だった。


その頃、六本木/狸穴のソ連大使館のパーティに招かれたが、美しい木目の床板が鏡のように光り輝いているのを見て、「ああ、まるで王宮だ、ロマノフからボリシェビキ王朝になったわけだ」と妙に感心したものである。

そのボリシェビキ王朝があれよあれよという間に銃声も聞こえず血も流れずに消えてしまったのだから、まるで夢を見ているようだった。1991年8月、革命鎮圧に出動したものの兵士が逃げた後の戦車の上から演説するエリツィンを見て、ウッソーッ、マジかよ!とボーゼンとしたものだ。まるでSF映画。

「ソ連はなぜ崩壊したか」をテーマにした上島武・前大阪経済大学教授の講演を「労働通信」2003年11月号が紹介している(同紙は今は消滅したようだ)。以下、要約。( )内は修一。

・・・

ソ連を崩壊に追い込んでいく要因として、わたしは3つあげます。一つは経済的要因、二つ目は政治的要因、3つ目は民族的要因です。

ソ連が結局、自分で高くかかげていた旗印、「資本主義に追いつき、追い越せ」が達成できなかったもっとも根本的な原因、最終的にソ連国民の共感と支持をうしなった究極の原因は、経済的なものにあることはいうまでもないことです。

◆労働生産性をめぐる闘争

レーニンは(1917年の)革命直後に、革命政権が生き残るかどうか、それが社会主義の道に開いていくかどうかを決定していく要素は「労働生産性」だと述べています。

「工業でもわれわれの目標はアメリカだ。アメリカから学べるものは、すべて学ばなければいけない」

レーニンが、革命政権が生き延びる条件としてもう一つ主張したことがあります。

「革命政権はあるけれども(社会主義の敵である)資本家の卵はたくさんいる。とくに個人商人や個人農民はほっとくと金持ち、資本家になってわれわれを脅かす存在になる。こういうものと戦わなければならない」

どのように戦うか。


「革命によって国有化、社会化された企業が、個人商業や個人農業にたいして決定的に高い生産性をあげる、これしかない」

資本家の卵をなんとしても撲滅するということになります。一九三〇年代の初めにソ連では「階級としての富農の絶滅」ということがいわれます。

しかし、富農といっても、個人農民にちょっと毛が生えた程度なんです。貧しい農民は馬を一頭しかもっておらず、本当に貧しい農民は馬をもっていない、これにたいして富農は馬を二〜三頭もっている、その程度です。


ところが、富農が革命政権の経済政策に協力的でないということを理由に、力づくで富農を解体する、財産を没収する、遠方へ追放する、場合によっては殺してしまう。(毛沢東の大躍進、文化大革命はその真似)


本当に自発的な労働を発揚するためには「物質的な刺激」が必要です。ただしごく一部の労働者だけにいきわたるものであっては効果がないどころか、逆効果になる。


本当に労働の刺激と、それにこたえる報酬が組み合わされていませんと、一方ではものすごい不平等、その一方では、それと矛盾するようですけれど「悪平等」が存在する。

つまり、一握りの(模範的、優秀な)労働者は(名誉と報酬を得てそこそこ)潤うけれども、その他の労働者は(一所懸命にやっても見返りが少ない
or ないので)「働いても、働かなくてもいいや」ということにもなります。

極端にいうと「社会主義的に働いて、資本主義的に稼ぐ」という言葉が出てきます。


社会主義的に働くというのは「適当に働いとけ」ということ、「資本主義的に稼ぐ」というのは、ほかでアルバイトをするということです。


(今でもロシア経済の10〜20%は自給自足のアングラ経済で、多くの国民が家庭菜園やバイトで自己防衛しているようだ。中共の農村戸籍者(5.5億人)は出稼ぎしないと人並の生活を維持するカネは稼げないが、留守を守るヂヂババと子供による自作で食糧は賄えている/飢えはなくなった、とか)



1930年代のソ連における経済建設過程では、労働者の生産意欲を刺激する手段を欠いていたということです。(次回に引用つづく)

・・・

1980年頃に中共を取材した際、昼間からどこもかしこも緑の人民服の人で溢れていた。3交代勤務だったが、実働は3時間ほど。仕事がないから1人で済む仕事を3人でやっていたことになる。為政者にとっては「小人閑居して不全をなす。とにかく仕事をさせておかないとろくなことにならない」ということだったのだろう。

一所懸命にやろうがやるまいが給料は同じ。日本の公務員と同じ。公務員は世界中似たようなものか? やり過ぎると職場で浮き上がってしまうから、余程の人、エリートでないと怠けるのが普通のようだ。


小生は数年間、公務員(税務署職員)を観察する機会を得たが、午前中は1時間、午後は2時間、週刊誌や新聞が結構ある喫煙室でごろごろしたりお喋りしていた職員が結構いた。実働4〜5時間!


父は準公務員だったが、小生もその職場でバイトをした際、周囲のオッサンはやはり実働4〜5時間で、終業のベルが鳴るのを、帰り支度を済ませた多くの人がまるでスタートラインに立って待っているかのようだった。堕落そのもの。

こういう職場では「カネを稼げないし、人間がダメになる」と父は辞職したのだろうなあと納得したものである。

小生の息子は公務員だが、10年ちょっとで「余程意識的に仕事を創っていかないと人間がダメになる、40を過ぎるとただ時間をつぶしているような人が結構多い。俺も考えないと・・・」とうんざりし始めたようだ。

そういう「休まず遅れず働かず」の人が多い公務員ばかりの中共の生産性は、先進国と比較すると相当低いのではないか。


そんな彼らでも仕事で「賄賂、裏金、キックバック、利権」を得られるとなればすさまじい馬力で仕事をするという。上海や北京などがあっという間に高層ビルだらけになったのは「美味しいニンジン=インセンティブ」があったからだろう。


良きにつけ悪しきにつけ、それが支那人、漢族の価値観、行動原理なのだろう。習近平は虎退治、ハエ叩きでそれさえも抑えつけた。1億の中共党員のモチベーションはかなり下がっており、習近平の号令にまともに従うかどうか、かなり怪しいのではないか。


習近平を引き吊り降ろしてガラガラポン、西側の知恵と人民の総意・創意で新しい体制を創らないとソ連崩壊以上のすさまじい混乱になるだろう。党員ではなく人民のための革命が必要だ。つづく。(2020/5/22)

2020年05月23日

◆雀庵の「中共崩壊へのシナリオ(2」

“シーチン”修一 2.0


【Anne G. of Red
Gables/117(2020/5/20/水】齢70歳、弱い70翁、コキコキ動くから古希。セブンティーンはこれからの人、セブンティはこれまでの人だが、現役時代のように必死でカネを稼ぐ必要がないというのはいいものだ。

のんびり毎日がホビーライフ、趣味の園芸、イタズラ三昧、営繕、作文、読書、散歩、昼寝・・・体のあちこちが劣化して嫌なものだが、何かに夢中になっていると忘れるから、まあいい方だろう。

「長生きしたい、80、90、この際だから100までも」という気持ち、それが分るようになったから小生も精神的にも老境に入ったのだ。万歳、やったね!・・・という気持にはならないなあ。

無為徒食と判定されれば「然り、迎えの車はまだかね、僕はフェラーリがいいなあー、遺体袋で助手席に乗せてくれ」とか言って周囲を困惑させるのも冥土の土産になるか。

繁殖期をとっくに過ぎたので我が家も内乱、冷戦が続いていたが、ようやく今は何度目かの休戦に移行したから、ストレスもずいぶん緩和された。油断すると舌戦、熱戦になるので警戒を解くことはできない。治にあって乱を忘れず。

そうだ、痴にあって変を忘れず、血にあって避を忘れず――イザという時にいかにして逃げるか、これも大事だ。


君子仰向けに近寄らず・・・先人はみんな苦い経験をしているのだが、「毛を見てせざるは勇無きなり、私に恥をかかす気?」なんて言われたらもう引き返せない、先輩のほとんどはカマキリの如く雌にむしゃむしゃ食われちゃったから、そういうものと諦観するしかないか。


まあ、チャイナコロリ、中禍に比べれば些事ではある。社会的に必要な企業は満身創痍でも必ず生き残る。そうでない企業は「傷口が大きくなる前にさっさと手仕舞いする」ことだ。

小生の会社は2001年9.11同時多発テロで12月には廃業、残務整理に1年かかったが、どうにか迷惑を掛けずに済んだ。が、会社はもとより小生の預貯金はゼロ、掛け捨てで安いAFLAC以外の生命保険もすべて解約し、まったくスリル満点、胃癌で胃袋もなくなったがAFLACから120万円貰った時は有難かった。すっからかんでも無理して建てたビルだけは残った。

そのビルのテナント(スポーツ用品店)が「新入生の需要を見込んで3月に入荷したものがそのまま残っている」と苦労しているから、2〜3か月分の賃料を減免することになるかも知れない。公的支援でどれだけカバーできるか分かったら相談しますとのこと。


大家と店子は小異を捨て大同に付いて中禍との戦争に勝たなければならない。そういう時代にめぐり合わせたのであり、歴史の大転換を我々は目撃あるいは体験することになる。

カミサンが面白いことを言っていた。

「(TVの視聴者参加番組でオバサンたちが)生活が苦しい、苦しいって言ってるけど、どこの家だって最低でも3か月とか半年くらいは暮らせる貯金はあるのが当然でしょ、その日暮らしで大変だって言うくせにみんなぶくぶく太っているわ、バッカみたい!」


ハハハハ、1945年の敗戦でも飢え死にはほとんどなかったからなあ、と言っておいた。オバサンは小遣い稼ぎで出演し、3000円もらって友達とアマンドのケーキでも食っているのではないか、「あら、これも美味しそうね、お土産に買っていこ」とか。

(貧乏人は昔はやせていたが今は概ね太っており、金持ちは昔は太っていたが、今は健康管理によるのだろう、肥満は少ないようだ。「金がないと太る」というのは人類史でなかったことではないか。異常/奇妙と言えば確かに異常/奇妙だ)

大地震や津波、噴火、飢饉、それに新型の感染症などは防ぎようがなく、被害をできるだけ少なくするという備えや早急の復興で対応するしかない。

戦争は大体が「大規模な縄張り/覇権争い」で、戦争が日常茶飯事の時代は「安心して住める版図、縄張り、シマを広げるのが何よりの安全保障」だったろう。


ところが兵器が発達した時代の2つの世界大戦で、あまりにもの破壊のすさまじさに人間は「戦争への備えはそこそこの抑止力程度にし、とにかく外交で熱戦になるのだけは避けよう」となった。

WW2の覇者「連合国」が1945年に連合国憲章を策定して原加盟国51カ国で「国連」がスタートし、敗者(枢軸国)のイタリアは1955年、日本は1956年、ドイツは1971年に加盟した。

これは連合国による1945年からの世界秩序であり、以来85年間は、大小の軍事紛争はあるものの一応は全面衝突という熱戦にならないでいる。

それは結構なことだが、米国が世界の警察官として圧倒的な軍事力をもって異形の大国、つまり中共、ロシアを牽制できた時代はほとんど終わりつつある。つまり政治体制・経済力・軍事力で先進国のG7(Group
of
Seven、フランス、アメリカ、イギリス、ドイツ、日本、イタリア、カナダ)が団結して中共、ロシアの軍事的圧力を抑え込んでいくしかない。

世界の現実を見れば、今は「本気で戦争に備えるべき時代」であり、「戦争反対」という感情や気分ではなく、冷静に戦争を目の前のこととして考えていくことが必要な時代になったと思う。未読だが「文明の衝突」ということか。

世界にとって最大の脅威は中共である。G7など西側世界は「自由民主法治人権市場経済」が基本体制である。中共は「一党独裁戦時統制経済」が基本体制であり、国土と基幹産業はすべて中共所有である。「自由民主法治人権市場経済」は全くないという別世界である。

それはソ連式の国家経営と基本的には同じだが、ソ連は失敗して1989年には消滅した。習近平は毛沢東のエピゴーネン(クチパク、形態模写、亜流)、ほとんど毛沢東原理主義だから、「邪道な修正主義のソ連の崩壊から学ぶことはない、マルクス・レーニン・毛沢東同志の教えを忠実に守れば世界は極楽の共産主義社会になる」と本気で信じている。

日本でも習近平・中共を支持するリベラル≒アカモドキは有権者の10%、投票者の20〜30%はいる。不思議な存在だが、ただの反自民なのか、共産主義支持者なのか、小生には分からない。利権で食っているから看板を下ろせないという事情もありそうだ。三代続く共産党員一家、三代目でつぶれたり。

ソ連の失敗を学ばない二代目(太子党)の習近平・中共はソ連と同じ失敗をする。「ソ連が失敗したのは修正主義者だから。俺は毛沢東主義者だから成功する」と言うだろう。先人の失敗を学ばない習近平は目の前の穴を見ることもしない。どんな穴なのか、次号で紹介したい。(2020/5/20)

2020年05月22日

◆雀庵の「中共崩壊へのシナリオ(2」

”シーチン”修一 2.0


【Anne G. of Red
Gables/117(2020/5/20/水】齢70歳、弱い70翁、コキコキ動くから古希。セブンティーンはこれからの人、セブンティはこれまでの人だが、現役時代のように必死でカネを稼ぐ必要がないというのはいいものだ。

のんびり毎日がホビーライフ、趣味の園芸、イタズラ三昧、営繕、作文、読書、散歩、昼寝・・・体のあちこちが劣化して嫌なものだが、何かに夢中になっていると忘れるから、まあいい方だろう。


「長生きしたい、80、90、この際だから100までも」という気持ち、それが分かるようになったから小生も精神的にも老境に入ったのだ。万歳、やったね!・・・という気持ちにはならないなあ。


無為徒食と判定されれば「然り、迎えの車はまだかね、僕はフェラーリがいいなあー、遺体袋で助手席に乗せてくれ」とか言って周囲を困惑させるのも冥土の土産になるか。

繁殖期をとっくに過ぎたので我が家も内乱、冷戦が続いていたが、ようやく今は何度目かの休戦に移行したから、ストレスもずいぶん緩和された。油断すると舌戦、熱戦になるので警戒を解くことはできない。治にあって乱を忘れず。

そうだ、痴にあって変を忘れず、血にあって避を忘れず――イザという時にいかにして逃げるか、これも大事だ。


君子仰向けに近寄らず・・・先人はみんな苦い経験をしているのだが、「毛を見てせざるは勇無きなり、私に恥をかかす気?」なんて言われたらもう引き返せない、先輩のほとんどはカマキリの如く雌にむしゃむしゃ食われちゃったから、そういうものと諦観するしかな


まあ、チャイナコロリ、中禍に比べれば些事ではある。社会的に必要な企業は満身創痍でも必ず生き残る。そうでない企業は「傷口が大きくなる前にさっさと手仕舞いする」ことだ。

小生の会社は2001年9.11同時多発テロで12月には廃業、残務整理に1年かかったが、どうにか迷惑を掛けずに済んだ。が、会社はもとより小生の預貯金はゼロ、掛け捨てで安いAFLAC以外の生命保険もすべて解約し、まったくスリル満点、胃癌で胃袋もなくなったがAFLACから120万円貰った時は有り難かった。すっからかんでも無理して建てたビルだけは残った。

そのビルのテナント(スポーツ用品店)が「新入生の需要を見込んで3月に入荷したものがそのまま残っている」と苦労しているから、2〜3か月分の賃料を減免することになるかも知れない。公的支援でどれだけカバーできるか分かったら相談しますとのこと。

大家と店子は小異を捨て大同に付いて中禍との戦争に勝たなければならない。そういう時代にめぐり合わせたのであり、歴史の大転換を我々は目撃あるいは体験することになる。

カミサンが面白いことを言っていた。

「(TVの視聴者参加番組でオバサンたちが)生活が苦しい、苦しいって言ってるけど、どこの家だって最低でも3か月とか半年くらいは暮らせる貯金はあるのが当然でしょ、その日暮らしで大変だって言うくせにみんなぶくぶく太っているわ、バッカみたい!」


ハハハハ、1945年の敗戦でも飢え死にはほとんどなかったからなあ、と言っておいた。オバサンは小遣い稼ぎで出演し、3000円もらって友達とアマンドのケーキでも食っているのではないか、「あら、これも美味しそうね、お土産に買っていこ」とか。

(貧乏人は昔はやせていたが今は概ね太っており、金持ちは昔は太っていたが、今は健康管理によるのだろう、肥満は少ないようだ。「金がないと太る」というのは人類史でなかったことではないか。異常/奇妙と言えば確かに異常/奇妙だ)


大地震や津波、噴火、飢饉、それに新型の感染症などは防ぎようがなく、被害をできるだけ少なくするという備えや早急の復興で対応するしかない。


戦争は大体が「大規模な縄張り/覇権争い」で、戦争が日常茶飯事の時代は「安心して住める版図、縄張り、シマを広げるのが何よりの安全保障」だったろう。


ところが兵器が発達した時代の2つの世界大戦で、あまりにもの破壊のすさまじさに人間は「戦争への備えはそこそこの抑止力程度にし、とにかく外交で熱戦になるのだけは避けよう」となった。


WW2の覇者「連合国」が1945年に連合国憲章を策定して原加盟国51カ国で「国連」がスタートし、敗者(枢軸国)のイタリアは1955年、日本は1956年、ドイツは1971年に加盟した。

これは連合国による1945年からの世界秩序であり、以来85年間は、大小の軍事紛争はあるものの一応は全面衝突という熱戦にならないでいる。

それは結構なことだが、米国が世界の警察官として圧倒的な軍事力をもって異形の大国、つまり中共、ロシアを牽制できた時代はほとんど終わりつつある。つまり政治体制・経済力・軍事力で先進国のG7(Group
of
Seven、フランス、アメリカ、イギリス、ドイツ、日本、イタリア、カナダ)が団結して中共、ロシアの軍事的圧力を抑え込んでいくしかない。

世界の現実を見れば、今は「本気で戦争に備えるべき時代」であり、「戦争反対」という感情や気分ではなく、冷静に戦争を目の前のこととして考えていくことが必要な時代になったと思う。未読だが「文明の衝突」ということか。

世界にとって最大の脅威は中共である。G7など西側世界は「自由民主法治人権市場経済」が基本体制である。中共は「一党独裁戦時統制経済」が基本体制であり、国土と基幹産業はすべて中共所有である。「自由民主法治人権市場経済」は全くないという別世界である。

それはソ連式の国家経営と基本的には同じだが、ソ連は失敗して1989年には消滅した。習近平は毛沢東のエピゴーネン(クチパク、形態模写、亜流)、ほとんど毛沢東原理主義だから、「邪道な修正主義のソ連の崩壊から学ぶことはない、マルクス・レーニン・毛沢東同志の教えを忠実に守れば世界は極楽の共産主義社会になる」と本気で信じている。

日本でも習近平・中共を支持するリベラル≒アカモドキは有権者の10%、投票者の20〜30%はいる。不思議な存在だが、ただの反自民なのか、共産主義支持者なのか、小生には分からない。利権で食っているから看板を下ろせないという事情もありそうだ。三代続く共産党員一家、三代目でつぶれたり。


ソ連の失敗を学ばない二代目(太子党)の習近平・中共はソ連と同じ失敗をする。「ソ連が失敗したのは修正主義者だから。俺は毛沢東主義者だから成功する」と言うだろう。先人の失敗を学ばない習近平は目の前の穴を見ることもしない。どんな穴なのか、次号で紹介したい。(2020/5/20)

2020年05月19日

◆雀庵の「中共崩壊へのシナリオ」

“シーチン”修一 2.0


【Anne G. of Red
Gables/116(2020/5/16/土】小生が子供の頃から米国デトロイト(ミシガン州)は「自動車のメッカ」だった。

1980年頃に海外旅行産業アナリストとしてラスベガス(ネバダ州)を取材したのはIR(Integrated
Resort、統合型リゾート)とMICEの可能性を探るためだった。もう40年も前!

Meeting(会議・研修・セミナー)、Incentive
tour(報奨・招待旅行)、Convention/Conference(大会・学会・国際会議)、Exhibition(展示会・見本市)のこと。

「価格競争が激しく薄利多売の観光・物見遊山の客だけでは海外旅行産業の拡大は望めない、ビジネスなど業務渡航市場を開拓しよう」という機運が日本でも高まってきて、それならMICE先進国の米国に学ぼうということで小生も訪米したのだ。民主党政権の米国商務省が支援してくれた。

IRは日本では「博打、ギャンブル」としてしか理解されていないが、基本的にホテルやMICEの施設を備えたもので、主要な客はビジネスマン(&ファミリー)である。昼間は国際会議や展示視察などでヒーヒー頑張り、ディナーパーティの後やオフの時は奥さん(慰労と監視を兼ねて?同伴可)や仲間とショーを見るとか、カジノで運試しするとか、街を散策するとかするのが一般的だった。

ちなみに「ギャンブル依存症」というビョーキは1980年頃は日本でしか通用しなかった。嘘じゃないぜ、そんなら賭けてみる? 英国人はみんなビョーキかよ?

世界的に金融商品に投資する人は多いそうだが、これはビョーキじゃないのか? 当時、米国ではカジノや宝くじで大儲けした人が家庭崩壊(伴侶、子供が半分寄こせと騒動になる)や「もっと儲けたい」と投資で失敗して生活破綻・人格破壊に陥ることが多く、その防止策が課題になっていた。

(その防止策がどうなったかはさておき、特に米国では弁護士過剰で、弁護士が稼ぐために需要=事件を創るというマッチポンプになっている。「いつ被告になるかも知れませんから訴訟保険をどうぞ」と保険会社も商機とばかりに儲けるという魑魅魍魎の世界。日本でもそんな気配があるから、世界中似たようなものか)



弁護士に資産を管理させるなどは米国では昔から普通だった。銀行マンだったO.ヘンリーはその辺の事情を小説にしているが、「売り家と 唐様で書く 三代目」は世界共通のようだ。弁護士(管財人)の同意がなければ子孫は小遣い銭にも事欠くという仕組み。日本でも流行るだろう。



一方で大損した奴(金欠)には弁護士もウイルスも寄り付かない、「自業自得、自己責任、ホームレスでもしたら」と突き放されていた。3年ほど塀の中で過ごしたO.ヘンリー曰く「寒くなるとホームレスは衣食住完備の刑務所で年越しするのが夢になる」。



最近知ったことだが、日本でもそういう「夢見る」悪党は昔からいて、12月は警察は忙しいそうだ。だから「歳末警戒」でそういう軟弱なワルの「年末年始チキン&お節グルメ避寒リゾートライフ」志願的犯罪(無銭飲食、コソ泥などで春には出所できるくらいの悪事)を防ぎたいわけだ。

閑話休題。で、話を戻すと(まるで林家三平だな)40年経っても日本ではIR &
MICE
はほんの数歩議論が進んだだけである。それも中禍コロナで頓挫したから40年前に戻ったようなものだ。40年の無為無策!

(20歳までボーゼンとし、50歳から再びボーゼンとしているから小生も都合40年の無為無策で偉そうなことは言えないが・・・)

「自主憲法」は70年以上経ってもまったく手付かず、GHQに押し付けられた占領下の「3日で作った当座の間に合わせ憲法」のままだ。一体全体この遅さは何なんだ。愚図を通り越して思考停止の暗愚としか言いようがない。

経済大国なのだからいいじゃないか、寝た子を起こすな、ということなのだろうが、眠っていたってコロナ菌は寝ていてくれない、中共の脅迫はちっとも治まらない、地震や津波も来る、やがて亡国的な危機が来たら「仕方がない、これも運命」と諦める――それでいいのか、ご先祖様と子孫に申し訳が立つのか、と。


経済だっていつ転ぶか分かったものではない。時代の最先端を拓いて行く知恵と気迫と技術と根性があるのか? 米国の尻尾にしがみついて2番手3番手を保持できればいいじゃないか、という安直さがあるのではないか。

小生と同僚はラスベガスでの取材の合間に自動車博物館「ハラーズ・オートモービル・コレクション」も訪ねたが、1800年代からの試作車のようなものから大量生産で自動車時代の幕を開けたT型フォードなどなど、膨大なコレクションに圧倒されたものである。

<ヘンリー・フォードは1903年に自ら社長を務めるフォード・モーター社を設立、デトロイトに最初の工場であるピケット工場を開設した。ピケット工場で最初の市販「モデルT」の1台がラインオフしたのは、1908年9月27日のことである>(WIKI)

最先端技術を駆使し、それでいて大量生産で価格を下げた。爆発的なT型フォード人気はまさにパンデミック、道路がT型フォードで三密、前後左右すべてT型フォード、「T型フォードは追い抜けない」という言葉さえ生まれた

「ギブミーチョコレッ!」とジープの米兵におねだりするのが上手だった小生にとって、デトロイトは子供の頃から「自動車のメッカ」であり続けたから2009年6月1日、GMが負債総額1728億ドル(約16兆4100億円、製造業としては史上最大)でチャプターイレブン(連邦倒産法第11章、日本の民事再生手続き)の適用を申請した時は、「ついに来たか・・・」と一つの時代が終わったのだと感慨を覚えつつ、「ま、チャプターイレブンは勲章みたいなものだから」と楽観もしたものである。

米国の自動車産業は1970年代から日本や欧州のメーカーに押されてきたのは知っていたが、まさか天下の「ビッグ3」が相次いで表彰台から転げ落ちるなんて・・・デトロイトが工場閉鎖が続き「失業者のメッカ」「ラストベルト」になるなんて、想像もしていなかった。

まるで平家物語、諸行無常だ。2013年7月にはミシガン州自体が財政破綻してしまった。まるで国破れて錆びだらけの廃墟あり。

かつて大英帝国は植民地経営で大いに潤ったものの、歴史の皮肉なのか産業革命の発祥地である本国の産業が空洞化してしまった。

英国はWW2後の植民地独立で工農業生産などが思うように復活できずに、かと言って高度な福祉政策を改めることも国民の猛反発を食らうためにできずに、外貨稼ぎの優等生がビートルズ、007という、何とも落ちぶれた印象で、1970年頃は「老大国」と言われたものである。

大学の英国人講師が「この眼鏡、本人負担ゼロ」と英国の福祉を誇らしげ言っていたが、「英国病」という言葉も流行り、EUに加盟したのも苦渋の選択、是非もなし、過去の栄光より今日のパン、ということだったのだろう。

1980年あたりから米国も(日本、欧州も)「中共の人件費はべらぼうに安い」と工場を中共に移転し始めた。最初は不安だったが、「支那では古い友人を大切にします、あなたと私は古い友人です」などと口説かれて、初めチョロチョロ、中パッパ、赤子泣いても蓋とるな、もう篭絡されて脅されて、退くに引けないズブズブの関係になってしまった。

まあ、世界中が中共に首根っこを押さえられ、キン〇マも握られてしまった。支那さまに捨てられたら私はもう生きていけません、豪州や韓国は大丈夫か。

ところがヤンキー魂というのか Make America Great Again
の掛け声でトランプが唸り声、吠え声をあげたのも奏功したのだろう、デトロイト及びミシガン州も含めた五大湖地方は先端技術産業にシフトし、自動車はもとより航空宇宙産業、電子工業、ソフトウェア開発などの先端技術産業で息を吹き返し、NAFTA(北米自由貿易協定)でカナダ、メキシコとの協力もうまく回りだした。

こうなると Make America Great
Again、かつてのチャンピオンの誇り、勢いを思い出し、まるで「ロッキー」復活の人。カネもあるから中共に「誰のお陰で大きくなったんだ、もうハンデはなし、がっぷり四つで戦おうぜ」と経済戦争のゴングを鳴らした。

米国は危機、敵に直面すると支持政党の壁を取っ払って団結するから強い。米国バッファローが第1ラウンドで中共バットマンをコーナーに追い詰めたのを見た洞ヶ峠の先進国は、「俺も米国に加担しようかなあ」と動揺し、第2ラウンドで中共が図らずも毒入り唾を吐いて米国はもとより観客までフラフラにしてしまったからドクターストップ、停戦になってしまった。

よせばいいのに中共バットマンが盗人猛々しく「あの毒は米国製だ、俺は元気になったから助けてやろうか」と、言わなければいいものを、危うく死にそうになった人々はもう怒り心頭、優柔不断だった先進国も「あのバカを叩き潰せ」「永久追放だ」「損害賠償させろ」と切れてしまった

一寸先は闇、もうチャイニーズドリームは終わった。戦争は攻撃より後退が難しいというが、ポストコロナの「グッバイチャイナ作戦」で、先進国は中共から悪魔のように細心に、やがて天使のように大胆に工場など資産を回収、移転することになるだろう。

Made in China
は買わない、使わない、触れない、チャイナには売らない、接触しない、会わない、の鎖国包囲網(通商・国交制限)を先進国は造るとともに、中共相手に損害賠償集団訴訟を起こすべきである。

全世界の同志諸君、合い言葉は「6つのナイ戦、1つの法戦」、5年で中共はガラガラポン、10か国ほどに分かれるといい。(2020/5/16)
     

2020年05月14日

◆雀庵の「脱中共殲滅戦が始まる」

“シーチン”修一 2.0

【Anne G. of Red
Gables/115(2020/5/13/水】中華毒饅頭でテドロス並みに習さま命になった蚤のシンゾーは、後世の歴史家から「中共忖度で晩節を汚した宰相、ついに祖父の知性に遠く及ばず」と評されるだろう。


後手後手ながら多くの賢者の努力で日本のチャイナコロリ、中禍肺炎はピークを越えたようだ。


一億火の玉になって「欲しがりません、密閉・密集・密接、三密NO!厳守で中禍殲滅」の掛け声は結構だが、「国難突破!総決起集会」なんて主催して鬨の声をあげると「非国民だ!」と非難されそうだから、今一つ盛り上がらないというか、シケタ感じだ。

小生は真言宗の檀家だから空海・弘法大師さまの「身に印を結び (身密) 、口に真言を称え
(口密)、心に本尊を観じる (意密)
」の三密を実践し、仏様と先人の加護を毎日祈っている。「どうか生きているうちに中共殲滅を見届けられますように」と。

「中共殲滅」はできるのか? 毛沢東は解放区(根拠地)を拡大していったが、米国の支援を受けた蒋介石軍の包囲戦に耐えられず、辺境に引き籠った。

毛沢東のゲリラ戦理論、つまり劣勢な軍事力で優勢な敵と戦う時は――


「敵が押してきたら退く、敵が引いたら押す」「戦争は受け身ではなく、勝つチャンスには攻撃するという主導権を握る」「自己を保存し、敵を消滅するのが戦争であり、矛は爆撃機、機関銃、長距離砲、毒ガス。盾は防空施設、鉄かぶと、コンクリート構築陣地、防毒マスクである」


「戦争は血を流す政治であり、それは代価を、時には極めて大きな代価を支払う。部分的一時的な犠牲は、全体的永久的な保存のためである」


などと説いている。文盲の兵士でも分かりやすいようにと文章を虚飾せず、噛んで含めるように繰り返し説いているのは大したものである。


その中共は今、「全体的永久的な後退」の危機というか岐路にある。愚者にして賢者と思い込んでいる習近平が招いた自作自演のロックダウン危機だ。静かに自壊すればいいが、多分、包囲網による中共殲滅戦になるだろう。

現在の中共殲滅戦は、核兵器、通常兵器の高度化により軍事力の全面的な衝突/熱戦ではなく、ソ連を干上がらせた冷戦のような「経済包囲戦」になるだろう。

中共は1980年代からの改革開放40年で「世界の工場」そして「世界の市場」になったが、世界への依存度も高いから、本来なら「実るほど頭が下がる稲穂かな」で行くところを逆走してしまった。

経済戦争になれば各国は「自国/友好国の工場」に拠点を徐々に移していくから「世界の工場、Made in China」は錆びついて行き、同時に中共のGDPはマイナス成長になり徐々に「世界の市場、爆食大国」ではなくなっていく。


生産拠点が自国/友好国に移れば当然ながら自国/友好国の雇用と収入は徐々に上昇するから、中共市場が徐々に冷え込んでいっても大きな問題にはならないだろう。


経済戦争にはチャイナコロリによる被害を弁償しろという天文学的な「銭闘」、まるで中共から身ぐるみ剥ぐような訴訟もあるだろう。「ドルあるいはユーロ、円で払え、ないなら物納しろ、租借権でもいいぞ」となりかねない。大清帝国末期の再来みたいな・・・


トウ小平の遺訓「韜光養晦」を無視した(無知無恥)習近平は、中共を世界の嫌われ者、村八分を招いた暗愚、最後の皇帝として歴史に名を刻むことになる。文化大革命で大混乱をもたらした晩年の毛沢東まで真似ることはないと思うが、もうどうにも止まらないようである。


14億の巨大帝国がそれなりにハードまたはソフトランディングするまでに5年ほどかかるか。見届けたいが・・・自由民主法治という価値観はロシアと同様に根付かないかもしれない。(2020/5/13)