2020年03月06日

◆雀庵の「ヒッキー毛とフォニー習(3)」

“シーチン”修一 2.0


【Anne G. of Red
Gables/81(2020/3/5)】ゴミ集積所のそばの幼稚園には誰もいなかた。ついでに街を散歩し小学校を見ると、人っ子一人いない。カンサーン・・・こんな光景は初めてだ。駅へ向かう人は7時なのにいつもの5分の1。いつも満員の上り電車は乗車率70%、下りは立っている人がほとんどいない。マスク率は90%ほど。


すっきりしていていいなあ、と最初は思っていたが、商店街はたまったものではない、売上が減ってもテナント料は減るわけではないから大変だろうなあと、何となく寂しくなった。自営零細の商人に収入保障はない、売り損ねた分を取り戻す術はないから不運と諦めるしかないのだ。


今朝の仕事は3F北側の足場作りだ。刷毛の棒を長くし、アクロバットのようにクネクネしながら塗装をしてきたが、足場なしではどうしても塗れないところがある。そこに足場を作る。


3Fまで届く梯子や、単管パイプを買ってきちんとした足場を作るのがベストだが、コストはともかくも5年10年に一度しか使わないのに、それを買ってしまえば収納するスペースが半永久的に必要になる。理不尽かつ美的にも問題だ。

どうしても欲しいと思って手に入れても、そのうち厄介なもの、粗大ごみになる。処分もままならない。夫婦とかペット・・・一場の感情で事を起こすと後顧に憂いを残すことになりかねない。チュウは1秒、ケガ一生。実に哲学的だなあ。

どうにか着工したが強風で撤収。昼飯で階下に降りると、孫たちがいた。台風難民の長女一家4人は2月29日に新築マンションに引っ越したが、学校も学童保育もコロナウイルス禍でクローズされたから、女族3人が交代で孫の面倒を見るのだという。夫婦二人でうんざりしていたから、また賑やかになって結構なことである。


さて、支那の近代史だが、漢族にとって史実はあまり気分がいいものではないだろう。「眠れる獅子」と畏怖されてきた大清帝国がアヘン戦争で英国に負け(1839)、これがケチの付き始め。以来、欧州列強に蚕食されるのだが、白人崇拝があるのだろう、「悔しいけれど仕方がない」という気分だったのではないか。


コンプレックスもあってか、欧州の帝国列強に大反発することはなかった。むしろ憧れていたようである。支那の上流階級は子弟を進んで欧州やロシアに留学させ、自分を含めて欧州風の名前をつけることは珍しくなかった。例えば蒋介石の息子、蒋経国はモスクワではニコライ・ウラジーミロヴィチ・エリザロフである。


張作霖の息子、張学良はピーターだ。張学良は蒋介石を拉致して共産党に売ったが(西安事件)、蒋介石は以来、張学良を老衰するまで軟禁、犬扱いで「ピーター、こっちへ来い」とかやっていたのだろうか。

香港が英国に割譲されると、英国の教師は自分が呼びやすいようにと英国風の名前を付けさせた。以来、それが伝統として続いているのだろう、小生が世話になった李さんはフランシス・リーだった。

1894年、大清帝国は日清戦争で、倭国(チビの国)とか東夷(東の蛮族)とバカにしていた日本に負ける。プライドが高いから大きな屈辱を覚えたようで、以来、欧州列強に向ける憎悪をひたすら日本に向けてきた感がある。反省して国体変革すべきだろうなあと小生でも思うから、当時の支那のインテリや有力者もそれを痛切に感じたろう。

清朝を倒して日本のように近代化、富国強兵の新国家へと進まなければ支那は列強の植民地になってしまうという思いが遂に爆発するのだ。以下、WIKIから(*は小生の感想)。

<1911年10月の武昌での軍隊蜂起をきっかけに「辛亥革命」(第一革命)が起こり、華中、華南を中心とした各省が清からの独立を宣言した。11月袁世凱が清国内閣総理大臣に就任し、革命軍の鎮圧にあたった。12月革命軍側が、南京を占領する。同月、清国政府と独立各省との間に停戦が成立した。


翌1912年1月1日、革命派の首領の孫文によって南京で「中華民国」の樹立が宣言された。これにより、中国は「北京の清国政府」と「南京の中華民国政府」の南北両政府並立状態となる。


清朝政府と南京政府の意向により、北京にいた清朝皇帝・溥儀(宣統帝)は2月12日に退位し、「清朝は終焉」した。

(*英国の中国学者で清朝最後の皇帝溥儀の家庭教師を務めたレジナルド・ジョンストンの著書「紫禁城の黄昏」(中共に不都合な個所をカットした岩波版ではない祥伝社の完訳本)によると、庶民は日々が平穏無事であれば満足で、体制変換を望んでいたわけではないようだ。いずこの国、いずれの時代も庶民はそういうものらしい。

なお、同書は英蘭日政府の庇護を得られず孤立した溥儀が現地日本軍の協力を得て命からがら故国の満洲に帰り満洲国皇帝に就任したのはごく自然なことと書いている。極東国際軍事裁判で同書は完璧に無視されたが・・・)

3月10日には、南京政府の合意の元で「袁世凱が中華民国臨時大総統に就任」した。

中華民国成立後、1913年2月に国会議員選挙が実施され「国民党が圧勝」した。3月、議会からの圧力を警戒した袁世凱は「進歩党を組織」し国会内での勢力拡大を図り、議会主義的な国民党の勢力削減を企てた。国民党の急進派はこれに反発し、「第二革命」を起こしたが鎮圧された。

1913年10月に袁は正式な大総統となり、更に11月には国民党を非合法化し、解散を命じた。1914年1月には国会を廃止、5月1日には立法府の権限を弱め大総統の権力を大幅に強化した中華民国約法を公布した。

袁は列強から多額の借款を借り受けて積極的な軍備強化・経済政策に着手した。当初列強の袁政権に対する期待は高かった。しかしこのような外国依存の財政は、後に列強による中国の半植民地化をますます進めることにもなった。

第一次世界大戦が始まると、新規借款の望みがなくなったため、袁は財政的に行き詰まった。また同時期に日本が中国での権益拡大に積極的に動いた。

1915年5月9日に、袁が大隈重信内閣の「21ヶ条要求」を受けたことは大きな外交的失敗と見られ、同日は国恥記念日とされ袁の外交姿勢は激しく非難された。

袁は独裁を強化する事でこの危機を乗り越えようとし、立憲君主制的な皇帝制度へ移行し、自身が皇帝となる事を望んだ。日本も立憲君主制には当初賛成していたようだが、中国国内で帝制反対運動が激化すると反対に転じ外交圧力をかけた。

12月に袁世凱は中華帝国皇帝となるが、同月中に帝制反対派が下野し雲南省は独立を宣言して北京政府に反旗を翻した(護国戦争)。1916年3月に袁は中華帝国を廃止し、失意のうちに没した。

中華民国第2代大総統に黎元洪が就任し、副総統に馮国璋を、4月には段祺瑞を国務総理に任命した。

段祺瑞は当初、国民党議員などと提携し、調整的な政策をとっていた。しかし、第一次世界戦に対独参戦しようとした為、徐々に国会と対立した。段は日本の援助の下に強硬な政策を断行した。


1917年8月14日に段は第1次世界大戦へ対独参戦し、同時に軍備を拡張して国内の統一を進めた。鉄道や通信等の業界を背景とする利権集団に支えられた段は、1918年には国会議員改定選挙を強行した。

国民党はこれに激しく対立し、南方の地方軍とともに「孫文を首班とする広東軍政府」をつくった。

5月に段は日本と日中軍事協定を結んだが、寺内正毅内閣失脚後に日本の外交方針が転回すると急速に没落した。1920年7月、段は失脚し、張作霖が北京政府の実権を掌握した>

1911年の辛亥革命から1920年の張作霖登場まで、わずか10年たらずで、まるで戦国時代、絶叫マシンのように凄まじい葛藤が展開された。それ以前に清朝主導の「洋務運動」など近代化の動きはあったのだが、失敗してきたから、体制変換の「革命モード」にならざるを得なかったわけだ。


権謀術策の支那、孫氏の兵法を産んだ国だから、小生にとっては複雑で「目が回るほどだ」(新幹線に乗ったトウ小平の感想)。以下、次回へ。みんなで学べば怖くない!(つづく)2020/3/5

2020年03月03日

◆雀庵の「ヒッキー毛とフォニー習(1)」

“シーチン”修一 2.0


【Anne G. of Red
Gables/79(2020/3/2)】雨だ。昨日の天気予報では今日は「温かい曇り」だったのに・・・よくあることで、科学は「翌日の天気さえ分からない」ことが間々あるのだから、人間社会の未来予測もあてにはならないことが珍しくないのだろう。



人災、天災を問わず、イザという時のシェルターとして別荘を持っているといいなあと思うが、メンテナンスでヂイヤバアヤをそこに住まわせるほどの金持ちは今の日本ではまずいないし、日本は地震、噴火、津波、洪水など自然災害の宝庫だから、「安全かつ利便性の高い」地、桃源郷、ユートピアなんてないのである。



そもそも地球上にそんな天国みたいな土地はない。たとえ自然災害が少なくても、代わりに人災があったりする。地球は有史以来、弱肉強食の人災だらけで、20世紀に二つの世界大戦で疲れ果てた世界は「とにもかくにも戦争はイヤ!」ということで75年間、世界の大国はとにもかくにも「血を流さない戦争」である経済競争、外交で軍事衝突を避けてきた。



そのタガが何やら急速に緩み始めた感じがする。ビアスは「平和:戦争と戦争の間の騙し合いの時期」と書いたが、いつ火がつくかはブラジルや豪州、加州の森林火災のように分からない。第一次大戦なんて合理的な理由が今もって分からないようだ。



世界は合理的な説明ができない気分や感情で動く部分がずいぶん大きいのではないか。つまり不確実、予想不能、不可解、芥川の「漠然とした不安」がある日、まるで休火山が一気に噴火するように大爆発する。科学、人知を超えたような、地球という生命体の奢れる人間への制裁、報復のような・・・



今日も平和だった、でも明日のことは「?」一寸先は闇で、ヂイサンバアサンが冥土の土産に乗った豪華クルーズは棺桶になってしまった。「世紀の恋」で王様候補が逃げたために今の女王が急遽即位、玉座を守ってきたが、今度もまた「世紀の恋」でご宸襟を悩ますという、何やら因果は巡るような・・・世界は常に山火事、フニクリフニクラ、御嶽山、雲仙岳などの危険と隣り合わせだ。



<CNN2018.12.10
世界保健機関(WHO)がこのほど発表した道路の安全に関する2018年版の報告書によると、2016年に交通事故で死亡した人は世界で135万人に達した。死者の数はHIV・エイズや結核を上回って全体では8位に上昇、5〜29歳の子どもと若者では1位だった>



若者の死は大打撃になるが、自動車は便利だから誰も「自動車、ダメ、絶対!」とは言わない。原発の放射線被曝で死んだ人は世界で60年間にたったの60人である。人類の敵は原発より自動車、トランプより中共だと言うのなら分からなくもないが、リベラル≒アカモドキは本質的にパラサイトで、利権の拡大にならないことはしない。本質的に虚偽、詐欺、騒動士、インモラルだ。


「ヂヂババはやるべきことをやった人だから、その死は嘆くに当たらない」という見方もできる。そうなれば、習近平的思考ならこうなるだろう。


「医療費や年金で財政がもたん。若い世代にとって命取りの大負担だ。70歳以上は死んで国家に尽くすべきだ、これが真の愛国者だ! このままではわが国は老人に押しつぶされれる!という報告もある。そこでだ、同志諸君、老人向けの、老人によく効く、あの世に逝きやすい、その何だ、そういうナニを開発し、わが帝国の発展に寄与するのが中国科学院の喫緊の課題・・・これ以上言わせるな!忖度しろ、忖度!」


これはインモラルかもしれないが、「楢山節考」を見ればモラルの基準は時代や土地によって違う。子供は親のために尽くせ、という国、親は子供のために命を削れ、という国、中共のように「子供は親の不正を告発しろ」という国・・・


中共的な思考ならチャイナコロリウイルス誕生のいきさつがそんなものであっても不思議ではない。開発者は「これは最強だ! 人間で試したい! ハツカネズミより人間だ!」と思うのが自然である。「うーん、想像以上の効き目だが・・・抗菌剤を作っておけばよかった・・・もう俺はダメだ・・・身はたとえ革命の聖地、武漢に死すとも、チャイナコロリは永遠なり! 革命烈士の末席にでも名を刻んでくれ!」


北京を離れ天津の別荘に引きこもっている「シンちゃん」にわが長女が送ったマスクと玩具は届くまで1週間かかった。長女は「赤ちゃんかかえてシンが大変」だと大いに同情している。「この世をば我が世とぞ思う」金持ちセレブでも「マスクの欠けたることがなければ・・・」で不自由をかこつばかりのようだ。


「シンが大変」・・・ン? 「シンが大変」とかけてなんと説く。コロナウイルス、その心は「しんがた・いへん」新型肺炎。座布団要らない、マスクくれ、だな。奢れるチャイナ、久しからず・・・


床上浸水難民の孫たちは新型肺炎による学校閉鎖でのんびり工作などで遊んでいる。何となく日本中もヒッキーぽい。年中ヒッキーのヂイヂも同志ができて何となく楽しい。戦地から旦那が無事帰還して無法松の淡い恋は終わる・・・戦争や災難も悲喜こもごも、あざなえる縄のごとし、一律の評価はできないね。

スターリンと毛沢東の関係を知りたくてあれこれ調べているのだが、どうもよく分からない。1945年の終戦までいろいろな政治的な場面が続くのだが、小生の書庫にある当時を語る論考や記事の中で毛沢東が出てこないのである、PR臭い「人間革命」のような伝記は別として。(韓国人はカルト的新興宗教がとても好きなようだが、ビョーキか?)


戦前リベラルの貝塚茂樹は戦後、日共コペル君に乗っ取られた岩波から「毛沢東伝」執筆を依頼され上梓したが、同書の最後では泣きが入っている。「中日戦争中から太平洋戦争終結後の国共の激しい国内戦にかけて、毛沢東の個人的行動は霧に包まれたようで、全く補足することができない。私はこの辺で引き下がる」だと。

毛沢東は大物なのだろうから出ていないはずはない、と小生も情報を探したが、ない。ないからと言って三十六計逃げるに如かずとは、学者先生のようにいかないのが吶喊小僧、突破モンの身上、根性、粘着質、ま、狂気。ようやくトロツキー「中国革命論」の中ではなく、その訳者・山西英一氏の解説の中に出てきた。


それを紹介する前に支那の近代史をざっくりと知らなければならない。「中共パンダミック大崩壊」を生で、感度深く観るには前戯、もとい!前史を枕絵で知っておいた方がええねん。(つづく)


さてさて“習さま命ファンクラブ”日本代表の蚤のシンゾー、国賓での習さま訪日ご招待は中止になったみたいだ。この際だからシンゾーが三跪九叩頭で朝貢し、そのまま北京で余生を過ごしたらいい。シンゾーが習に握られた弱みは何か・・・ハニーか、マネーか、LGBTか、潰瘍性大腸炎に効く希少な漢方薬か、知りたいものだ。



話は変わって、日本に愛想をつかし始めたようなアンチ中共最前線の台湾の物語。先人から学ぶことは実に多いのである。学問とはそういうことだ。今の日本は「負うた子に教えられ」みたい。王育徳著「台湾」から。


<(原野のような)この台湾を、日本は51年間にわたって孜々として経営し、ほとんど完璧に近い資本主義的植民地に仕立て上げた。


総理大臣によって任命された台湾総督は、法律と同じ効力を持つ律令w制定施行する権限を有し、司法官をも勝手に任免できたから、まさしく“台湾皇帝”であった。


日本が台湾の植民地支配に成功したのは、国運の隆盛に乗じ、上は総督からsh他は市民に至るまで、母国の名誉にかけて、最善の努力を尽くすとした意気込みによるところが大きい。


総督は51年の支配を通じて、人を変えること19人、時代区分をつければ、次の如くである。


【前期武官総督時代】1895年5月〜1919年9月 樺山資紀、桂太郎、乃木希典、児玉源太郎、佐久間左馬太、安東貞美、明石元二郎


【文官総督時代】1919年10月〜1936年9月 田健治郎、内田嘉吉、伊沢多喜男、上山満之進、川村竹治、石塚英蔵、太田政弘、南弘、中川健蔵

【後期武官総督時代】1936年9月〜1945年10月 小林躋造、長谷川清、安藤利吉


前期武官総督時代は、台湾人の武力抗争と未帰順蛮人に対する鎮圧を任務とし、併せて台湾開発の基礎を定めようとするものであった。

文官総督時代は、武力抗争に代わって起こった台湾人の政治運動、日本本国の政党政治に対応するため。

後期武官総督時代は、日華戦争から太平洋戦争への発展に応じて、台湾を南方作戦基地として整備する使命を持った>


日本から台湾に来た有象無象の人々が台湾という野趣あふれた素材を、それぞれの思惑をもって形作っていく。一種の国造り。そういうスケールの大きなプロジェクトは大和男児の心を燃え上がらせた。ありとあらゆる分野の、一癖も二癖もある人材が作品を仕上げていく。ロマンだなあ。

発狂亭“大姉に続いて中姉も急性大動脈解離で手術! 長生きは痛いね”雀庵の病棟日記から。


【措置入院 精神病棟の日々(183)2017/1/24】産経、ファーマインド・堀内達生社長「バナナで日本とフィリピン結ぶ」。


「昨年10月、フィリピンのバナナを調達する基本意向書を同国政府と結んだ。将来的には年間2000万ケース輸入を増やしたい。日本だけでなく中国などアジアでも販売していく。そんためにはフィリピンで6000〜7000ヘクタールの畑が新たに必要となるだろう。現地企業や金融機関の支援受けながら作っていきたい。

ドゥテルテ大統領のビジョンは、バナナ産地の雇用を増やし、経済と社会の安定を図ることだ。当社は日本のバナナのおよそ4割を扱う日本最大の流通業者だが、フィリピンの農家と他社を介さず直接取引することによって、農家の収入増につながると考える」(談)

いやはや、今読んでいる百田の「海賊」のバナナ版だな。士魂商才、こういう王道を行く人々がいる限り、日本は大丈夫だと自信を持てる。SBの孫とか、ユニクロの柳井とかはイマイチ信用できない。ワタミは今は話題にも上らないし・・・(つづく)2020/3/2

2020年02月28日

◆雀庵の「昔ペキン屋、今ペンキ屋」

“シーチン”修一 2.0


【Anne G. of Red
Gables/78(2020/2/26)】はい、私がお尋ねの「ペンキ屋シーチン」でございます。雨の中、よくぞお出でくだすった。氷雨ですね、ずいぶん寒かったでしょう、まあ、コーヒーで体を温めて、一息ついてください。

ええ、若い頃は寒くたって苦にしませんでしたけどね、今は冬場の外の仕事は辛くなりました。手はかじかむ、鼻水は垂れる、クシャミは出る・・・塗料の伸びも悪いんで手間もかかるんですよ。高いところですと北風も強いですから涙もポタポタ・・・泣きが入ることもあります。


いえ、別にペンキ屋を志していたわけではないんですよ、最初は「ペキン屋」を目指していたんです。北京ダックは関係ないんですが・・・あれはなかなか乙ですな、銀座アスターあたりですと見た目もきれいですし、客筋もいい、なかなかの高級料理です。

私ら庶民は溜池の頤和園なんぞでよく集ったもんで、霞が関に近いから結構人気でした。新宿の隋園別館は昔はバラックのような店で、汚いけれど安くて旨かった、店には北京語が飛び交っていたもんです。

客は店ではなく料理に付くんですね。腕のいい料理人は引っ張りだこで、条件がいいと子分を連れてごっそり移っちゃう。逃げられた店は大変です、ウエイターが厨房に入ったりするんですが、どうしても味は落ちる、客は細る、腕のいい料理人を引っ張るにはとてつもない金が要りますから・・・

大陸のいい人材はまず香港に民族移動した、涙が出るほどの旨い中華料理を食べたければ香港へ行け、という時代が文革中の1970年代から盛んになりました。料理人にとどまらず、優秀な人材は大陸に見切りをつけ、世界に流出したんです。

文革が終わっても1989年には6.4天安門大虐殺があった。こんな国に夢はないと、多くの若者が逃散しました。香港返還の1997年前後からは英国の支援もあって優秀な若者はカナダ、豪州、さらに米国、欧州、日本、アジアに移住しました。自由を求め、夢を求め、竹のカーテンを乗り越えて異郷を目指したのです。

まるで亡国の民です。

ご存知のように1970年代から日米など西側世界は中共と国交回復するようになります。80年前後からトウ小平は外貨獲得のために外国人の支那旅行を一部解禁しましたが、日本も含めて「中国旅行事情」がよく分からない。激しい情報ニーズがあり、それを提供すれば値段が高くても買ってくれる、ここにビジネスチャンスがあり、「ペキン屋」が誕生する素地ができたというわけです。

はい、まるで矢野経みたいです(笑)。

大陸に西側世界が大使館を置き始めた時代ですから、旅行関係の情報なんて有名観光地以外のはまずない。そういう情報や経験者の体験、人物往来、政府や民間の動きを調べる。警察庁だか警視庁の公安担当者までが「ペキン屋」を訪ねてくる。公安は「情報を見て、前科は問わない」のです(笑)。

まあ、そんな風にして「ペキン屋」は味をしめ、やがて米国のド田舎を紹介したり、「クルーズ時代幕開け」なんていう情報を集め、煽り、拡散して、多少なりともお役に立ったかもしれません。家族を養うこともできましたから、まあ及第点でしょう。

余計な話ですが、外国から観光客を呼び寄せるインバウンド、日本なら訪日旅行ですね、これは売り物がない「貧しい国の産業」というのが業界の認識です。戦後の日本は「ゲイシャ、フジヤマ」で外貨を稼ぎました。芸娼妓も第一線で頑張ったんです。

でもね、外国人旅行者が増え過ぎるといろいろ問題も出てきますから、今の時代ではほどほどがいいんですよ。

IR(統合型リゾート)は本来は大規模な国際会議・見本市・ホール・イベント施設を備えた集積地というものです。ビジネスのための施設ですが、それだけでは楽しさに欠けるでしょうから音楽会、演劇、芸能、スポーツなどの娯楽要素も用意しました、お好きな方はカジノもどうぞ――そういうものなんです。カジノは刺身のツマ、色添えなんです。

MICE(ミーティング、インセンティブ、コンベンション、エグジビション)、それを受け入れるIR施設も大産業です。一つのイベントには世界中から優秀な人材が集まり、最高の情報を発信します。開催地は潤います。

枝葉末節ばかりを見て、肝腎要の幹を見ずにアーダコーダ言う、知的レベルはロウソク屋が電灯を、人力車夫が電車や自動車を非難したのとまったく変わらない。暗愚は100年たっても暗愚かと、いささか情けなく思います。

ああ、余計なおしゃべりをしてしまいました、老いの繰り言ですね。そう「ペンキ屋シーチン」の話でしたね。そもそも私がペンキ屋に興味を覚えたのは・・・・

永遠のエンドレステープだな。チャイナコロリは「もうどうにも止まらない」ような・・・この際だから習近平は毛沢東を真似て「大体わが国は人口が多すぎる、半分になったって7億もいる!」と豪語したらいい。皆ビックリして黙るぜ。「人権で14億を食わせられるのかよ、半分やるから持ってけ!」とか。

思い残すことなく罵詈罵倒罵詈雑言、面白い奴、と人気が急上昇したり。♪ここらでやめてもいいコロナ、と天も情けをかけてくれるかもね。(つづく)2020/2/26


2020年02月26日

◆雀庵の「中共は衰退/復活の瀬戸際に」

“シーチン”修一 2.0


【Anne G. of Red
Gables/77(2020/2/25)】「国力」とは何か。小生は畏れ多くも商学部経済学科である。ここまではいいが・・・専攻がマルクス主義経済学・哲学で、とりわけ情熱を挙げて取り組んだのが――


「初級:デモ・ビラ撒き・カンパ」「中級:ゲバ棒・火炎瓶・投石」「上級:アジ・立看・ガリ版」「特級:イザという時への備え・黙秘・房内での過ごし方」「吟醸:保釈・長期裁判
A to Z」。


以上の理論とノウハウでは「優」だったが、現実の経済とは全く無縁だったから、起業しても複式簿記や貸借対照表は恥ずかしながらチンプンカンプン。そういう難しいことは税理士にやってもらい、ひたすら文字を書き、広告宣伝物を創り、客と大酒を食らい、カネを稼いでいた。それ以外に何もできなかったのだ(ナニはしたが・・・)。


バブル景気というビッグウェーブにたまたま乗っただけで、その波の勢いで業務のIT化にも後れを取らなかったから、2001年の9.11同時多発テロまでは会社を維持できた。基本的に海外旅行業界の仕事が主だったから、9.11で一気に売上が落ちたのは打撃だった。

会社の体力、資金力が枯渇する前にきれいさっぱりと廃業できたから、家を売ることも失踪することもなく、まあまあソフトランディングできたのは不幸中の幸いだった。

会社は廃業や倒産は日常茶飯事だが、国、国家となると、「もうあかん、万歳や、国民諸君、勝手に生きてくれ」とはいかないから大混乱になる。まさかのソ連崩壊の時は、年金暮らしの高齢者は服まで売って糊口を凌いでいた。気の毒なタケノコ暮らしまるで敗戦前後の日本のようだった

「国力」が無くなると国家の破綻、ついには「亡国」になったりする。で、このところ「国力」とは何かと考えるのだ。

「家の経営」ということなら、こんな風に考えらる。

街外れに住むAさんは5人家族、共稼ぎで世帯年収1500万円。大・高・中の3人の子供がいる。@300万円。生活はぎりぎりだ。戸建て、車2台、自転車3台、食糧備蓄は50キロ

一方で人里離れた村外れに住むBさんは夫婦だけの暮らしでWインカム・ノー・キッズ、年収1000万円、@500万円、ゆとりがあり、戸建て、車2台、食糧備蓄は20キロ。自転車はない。

台風でこの2家族は床上浸水した。プロパンなのでコンロは使え、電気も復旧したが、冷蔵庫、洗濯機、テレビなど電気製品、車は壊れてしまった。道路は完全復旧していない。スマホは無事だったが、基地局が破壊されて不通だ。

食糧が不安なのでAさんちでは自転車で遠くの町から食糧50キロを調達できた。Bさんちはあと少しで食糧が無くなるが、買いに行けなくて困っている。

自治体は緊急性のある被災者のケアだけで精いっぱいだ。Aさんちは自転車で町役場に行き、とりあえず被災状況を報告し、支援を要請した。

山渓などが煽った「田舎暮らし」に憧れこの地に来たBさんちは、村役場から一山超えた辺鄙なところで、近所に住宅はない。実は村役場も台風で破壊されて機能していないのだ。以前から村役場の建て替えは課題になっていたが、過疎化もあって税収が落ち込み、長いこと先延ばしされている。

この村の産業は以前は林業だったが、継承者がいないこともあって廃れるばかりだった。今はタケノコや山菜、農業だけの過疎地になってしまった。仕事がない、若者が出て行ってしまう、高齢化は進む、村民の8割が生活保護を受けているという衰退ぶりだ。

明るい未来が全くなく、過疎地支援金でどうにか息をしているだけだった。大体、消防団の一番若い人が65歳、災害があってもとても救援は無理。本人が倒れそうだ。

「戦後復興で林業が盛んな頃は若い人も多く、祭りの時なんかずいぶん賑やかだったけどね、今は分校も消えちゃって、村役場もなくなるそうだ。若いもんがいなくなって、そのうち住民は町の施設に移るしかない。村が消えちまうんだから淋しいけどね、まあ、寿命なんだねえ・・・」

Bさんは夫婦が遺体で発見されたのは台風から1年後だった。食糧が底をついて餓死したと見られる。

つまりだ、同志諸君!

「カネがないと求心力が弱まる、世間、世界との交際、交流、取引、接触、戦争、紛争がないと、沈滞する、黴る、腐る、どこにも行かないし、誰も来なくなる、そして孤立する、やがて戦争、病気、気候変動などで死滅する、消滅する」

のである。人も、村も、街も、国も、文明も消えてしまうのだ。

繁栄していた町、国がいつしか廃墟になるのは天災人災いろいろだろうが、活発な経済活動、交流が途絶えると亡びる、自転車やマグロ、サメなどは動いているから倒れない、止まったら倒れる、死ぬ、そんな感じ。

「連帯を求めるも、孤立を恐れず」というのは人や国家の一つの選択肢ではあるが、孤立の行き着く先は「死」だ。今回の新型肺炎で有名になった韓国のカルト宗教もそんな例ではないか。よくある話。

で、国力。「真の国益を実現するブログ」2014/4/5にはこうあった。

<国力とは、以下の総合力だと思います。

・経済(GDP)・軍事力を背景とした統治力・国民の教育レベル、文化レベル・国民の団結力、民主主義による統治力

GDPはあくまで「総額」であって、国民の豊かさをみるには「一人当たり」のGDPをみる必要があります。現在、日本はGDPでは世界第三位、一人当たりGDPは12位です(ドル換算)>

中共の一人当たりGDPは人口が多いから50位あたりか。しかし、戦争は「軍事力、経済力、戦意」がものをいう。

中共の弱点は「戦意」だろう。中共軍は丸腰の敵には滅法強いが、武器を持った粘り強い敵にはどうも勝てない。ベトナムにちょっかいを出したら猛烈な抵抗に遭い、逃げ出した。現場の将兵はやる気なし。漢族のモットーは蓄財蓄妾美酒美食で、そのためには必死で頑張るが、何の報酬、褒賞もない戦争で死ぬなんて、とてもじゃないがやってられない、という気分だろう。

「よい鉄は釘にならない、兵士になるのは人間の屑」が支那4000年の価値観なのである。逃げるが勝ちで、だから督戦隊が見張っていないと皆逃げちゃうのだ。兵士は人間狩りで「兵士にさせられた奴隷あるいは囚人」みたいなもので、逃げる兵士を皆殺しにするという督戦隊は今でも中共軍にあるだろう。

督戦隊は世界的にも珍しい支那の伝統かと思っていたら、歴史的には欧州でも昔は一般的だったようだ。「ソ連の場合、戦車兵を戦車に入れて上から鍵をかけてしまう。鍵をかけてしまうので、蓋が空きません。前へ進むしかない。絶対に逃げられない。これも督戦隊の考え方です」(中杉弘のブログ)

コロナウイルス禍は事故なのか事件なのか、人災なのか天災なのか、今のところ分からない。原因が分からなければ対策は立てられない。収束しても再発はあり得るのかもしれない。中共建国から70年、コロナウイルスを制御できなければ国力は落ちるばかりだろう。下手をすれば国家崩壊の危機にもなりかねない。

中共はコロナウイルス禍は収束に向かっている、秩序ある操業再開をと、いささか焦ってきているが、もしコロナウイルス禍が「故意の人災=犯罪」であるとしたら、第2波、3波の攻撃は避けられない。

世界は「本当のことを知りたい」が、中共は「本当のことを隠したい」ように見える。中共が曖昧なままなら、国際社会は距離を置く。それなら経済復興はままならず、国力は急速に落ちていくだろう。それは中共の自滅の道だ。(つづく)2020/2/25

2020年02月25日

◆雀庵の「共産主義幻想は悲劇から喜劇へ 」

“シーチン”修一 2.0


【Anne G. of Red
Gables/76(2020/2/24)】「共産主義」「共産党」という言葉は1945年の第2次世界大戦終結までは世界的にそれほど嫌われていなかった。

「アカ・・・まあハシカね、若い人は一度は罹ったりするけど・・・のめり込むととんでもないことになるから、気を付けてね」

一般的にはそんな感じ。危険な匂いのする知的な思想、最先端の流行だけれど、あまり夢中になるとヤバインデネ?という感じ。日本では、そのハシカにかかった青年をマルクスボーイと呼んでいたが、先進国では大体似たようなものだったろう。

実際は「見ちゃダメ!」的世界。見ると聞くとで大違い、表は天国、裏は地獄――共産主義はそういうものである。

高級ホテル、高級デパート、人気のテーマパーク、大劇場・・・お客様の目が絶対触れない裏側、バックヤードを同志諸君、見たことがあるか? 素敵な恋愛の裏で凄惨なバトルがあることをご存じか。LGBTの醜い恋人争いが刃傷沙汰を起こすことを想像したことがあるか?

荷風散人は「美しいものに醜さを見てうんざりする私は、一方でぼろ切れに刺繍の美しい縫い取りを見つけて感動する」と書いた。

表しか見ないと共産主義はなるほど美しい、理想的、天国のようだ。裏から見てごらん、この世の地獄だ。およそ考えられるあらゆる残虐、残忍、理不尽、圧迫、暴力、裏切り、インモラルが血と涙の地獄池の上に累々と山をなしている。

池に放り込まれたくなかったら、放り込む側に回らなくてはならない。友も、恋人も、親でさえ「反革命分子」として「売る」のである。凄まじい世界だ。

戦後の共産主義批判運動「マッカーシズム旋風」は民主党FDR(ルーズベルト)とソ連スターリンが培養したアカを叩いたものの、逆襲されてマッカーシーらは追放されたが、それ以降、アカは静かに潜伏することになった。

「共産主義」「共産党」という表現は表向きは使うことがはばかれるようになり、「社会主義」「社会党」「社会民主主義」「社会民主党」などと言い換えるようになった。看板を変えただけで中身は同じ、主要な経済政策は「大企業は国有化し、その利益と民間企業からの税金で福祉=飴玉を充実させる」というものだ。

戦後は「羹(あつもの)に懲りて膾(なます)を吹く」で、戦争はコリゴリという風潮が強く、超大国の米ソ以外は軍拡に励む必要性が薄らいでいたし、福祉充実は低所得国民、貧民層の不満をそれなりに緩和してきたから、共産主義者のソフト路線はそれなりにうまく機能してきたのだ。「戦後それなり時代」。

1990年代はソ連が崩壊、自壊して大規模戦争の危惧が薄れたこともあって、そこそこの先進国は低成長とは言え、国際情勢で不安を覚えることはあまりなかったのではないか。アルカイダ掃討やイラク叩きなど軍事紛争は米国がブーブー言いながらも引き受けてくれた。「ポスト冷戦、米国一強時代」。

これが今は崩れ始めた時期ではないか。EU(欧州連合)と中共が大きく台頭し、米国の経済、政治、軍事のダントツ優位性が大きく揺らいできた。特にトランプは国民の意を汲んで「冗談じゃねえ、なんで米国ばかりが世界の警察官なんだ、先進国が相応の負担をしろ!」と苦情を言うようになった。

米国のリベラル≒アカモドキには、競争社会で勝てずに、生活に苦しい中流や貧困層が多いのだろう、「もっと福祉を!」と叫んでいる。国家が国民の「文化的な生活」を保障すべきだという、一種の共産主義幻想だろう。

ケネディのスピーチライターは優秀で、そのお陰でケネディは大統領就任演説で世界を感動させた。

<我が同胞アメリカ国民よ、国が諸君のために何が出来るかを問うのではなく、諸君が国のために何が出来るかを問うてほしい。

世界の友人たちよ。アメリカが諸君のために何を為すかを問うのではなく、人類の自由のためにともに何が出来るかを問うてほしい。

最後に、アメリカ国民、そして世界の市民よ、私達が諸君に求めることと同じだけの高い水準の強さと犠牲を私達に求めて欲しい>(WIKI)

「国家が何をしてくれるかではなく、国家にどう貢献するのか、国民は考えて欲しい」というセオドア“テッド”ソレンセンのスピーチ原稿は歴史に残るが、現実のアメリカ民主党支持者は「もっとお金を!」だ。民度は後退しているみたい。

「民主社会主義者」を自認する時代錯誤のアカ“バラマキ”バーニー・サンダースが大統領選で躍進していることは、ケネディのスピーチも「知らない、読めない、知りたくない」人々が多いということだろうか。(ケネディは病的な女狂い、夫人は病的な買い物魔。カネと女は民主党のDNAなのか?)

しつけ、教育が悪いと暗愚の国民は増え、やがては亡国に至るのだろう。

日本の野党≒リベラル≒アカモドキは万年ダッチロールのろくでなしぞろいだが、“最後の化石的新左翼”革マル派の牙城、JR総連(盆栽=凡才・枝野のタニマチ)が揺れ続けているのは興味深い。

<JR東労組分裂で新労連 脱退の二千数百人ら 産経2/22

JR東日本の最大労組とされる東日本旅客鉄道労働組合(JR東労組)から脱退した組合員らが22日、新たに「日本輸送サービス労働組合連合会」を結成した。同日、東京都内で結成集会を開いた。組合員数は二千数百人としている。

労連の委員長には、JR東労組東京地本の副委員長だった関昭生氏(48)が就任。関委員長は平成30年の春闘でJR東労組が会社側にストライキなどの争議行為をする可能性があると通告して以降、組合員の立場が厳しくなったと指摘。「労連は組合員を守るため立ち上がった。あらゆる手段で会社と闘う」と訴えた>

「会社と一緒に革マルと戦い、健全な労使関係を作りたい」と言えばいいものを・・・まともな奴はとっくに離脱しているか? 一方、金の卵をごっそり取られた革マルは――

<JR総連は1月31日、定期中央委員会を開催し、当面する活動方針を満場一致で確立した。方針書を補強する立場で中央委員17名から発言があり、JR東労組への分裂・組織破壊攻撃はJR総連全体の問題であり、絶対に許すことなく、さらに組織を強化していこうとの意見が相次いだ。

「JR東労組の総団結を乱す分裂策動を許さず、組織破壊者を一掃する特別決議(案)」を始めとしたすべての提起が満場一致で承認された>

「組織破壊者を一掃」、やはり得意の鉄パイプ襲撃で頭を狙い撃ちするのか? 1970年の頃から50年たっても共産主義革命を目指すというのは暗愚なのか狂気なのか・・・ただの“組合専従利権”にしか見えないがね。教祖クロカンは「サナダムシになって組織に寄生し、やがて乗っ取れ」と言っていたが・・・

ブレグジットと反移民で揺れるEU、コロナウイルスで八方塞、建国以来最大の危機の中共。世界は新しい、未知の歴史に向かっている。

ゾンビのようなリベラル≒アカモドキの夢「共産主義赤色ユートピア革命」はついに訪れず。悲劇が転じて今や喜劇のような与太話、M資金のように浮かんだり消えたり、「おもしろうてやがてかなしき竜宮譚」、それならまだしも、後味の悪い悪夢のような地獄絵。妄想にとらわれたのが運の尽き、「無知の涙」の代償は末代までも祟るべし。

どんな祟りか、支那14億の民がこれから世界に見せることになる。それは共産主義幻想に最後のダメ出しをすることになるだろう。1848年の「共産党宣言」から170年余、共産主義は完全に消滅する。我々は歴史の証人としてそれを目の当たりにすることになる。それまでは生きていようぜ!(つづく)2020/2/24


2020年02月24日

◆雀庵の「エチオペアは中共と心中?」

“シーチン”修一 2.0


【Anne G. of Red
Gables/75(2020/2/23】1週間ほど前にスズメたちが一斉に小さくなった。モコモコの冬服から軽快な夏服に衣替えしたのだ。昨日の春一番に続いて今日も晴れて強い日差し、南風が元気よく吹いている。風は昨日ほど強くないので3F屋上でのアクロバット的ペンキ塗りを開始した。

コロナウイルスは相変わらず猛威を奮っているが、火消し役のWHOのエチオピア人ボスと火元の中共のベタベタというか「爛れ愛」は、いささか異常で、世界中から「何なんだ」と懐疑が始まり、今では「エチオピアは聞く耳もたず、馬耳東風、心中するつもりだ!」と諦めの境地のようである。

「習さま命、死ぬなら一緒に!

まるでエチオピアは「婦系図」のお蔦状態、「別れろ切れろは芸者の時にいう言葉。私には死ねとおっしゃってくださいな」。習近平が「テドロスちゃん、お前を死なすわけにはいかないよ、俺が最前線で倒れても、お前はこれからの人生だ、俺の分まで生きてくれ、もう北京に来ちゃいけない・・・」と言えば男を上げるが、習はニヤニヤするばかり、男を下げっぱなし。

毛沢東流の計算尽くされた演技力、言語力、表現力、行動力、決断力がないのは結局お坊ちゃま育ちということだ。どこかの国のソーリと同じ。

エチオピアは今や中共の支援なしには生きられない。毒を食らわば皿まで、ズブズブの邪恋、獣愛、ケモノ道だ。「エチオピアは、中国側からインフラ投資を通じて一帯一路のモデル国家として称賛を受けている国であるが、2018年時点の国の債務額は国内総生産の59%にも及んでおり、その大半は中国からの融資とみられている」(WIKI)とか。

コロナウイルス禍を恐れてアフリカの航空会社は主要玄関口を握るエチオピア航空の中国便停止を要請しているが、「余計なお世話や、ほっといてんかー、あんたらよりうちは習さまが大切なんや!」。

エチオピアの思い、言い分は分かるが、カリスマ性が消え始めた習さまにしがみついていても、もはやいいことはないのではないか。コロナ対応でのミス、それを糊塗するための嘘、責任逃れ、あるいは感染恐怖からの李克強への指揮権投げ渡し。カリスマ性は一旦棄損したら元には戻らないだろう。

ハエ叩き戦術、香港圧迫、チベット人、ウイグル人、モンゴル人への弾圧で習は敵を作り過ぎた。臆病で嘘つきで責任逃れの殺人狂、化粧の剥げたプーさんは最早ゴミ箱行きしか道がないだろう。

エチオペアは習政権と徐々に距離を置いていくしかないが、ゴロツキ習の手がついたスケを助けようという奇特な国はあるのか・・・賞味期限切れのシンゾーのところくらいかなあ。

アベノミクス 今や落ち目で アベノミス(修)

さて、「日本はチャイナコロリ対策がなってない」と“習さま命ファンクラブ”日本代表のシンゾーに愛想をつかし始めた台湾の物語を続けよう。王育徳著「台湾」から。

日本が乗り込んだ1895年の台湾。島民の教育レベルは低い上に、支那の影響でアヘン禍も蔓延していた。

<250万の人口のうち、アヘン吸飲者は1900年(明治33)の調査で16万9064人を数えた>

成人の1割ほどだが、高額で常習性が高いために経済への悪影響は甚大だ。

当時、英国はアヘン輸出でぼろ儲けしていた。大市場は清国で、国家財政を揺るがすほどの輸入超過となり、林則徐がアヘン撲滅で獅子奮迅したのは有名な話。1839年9月〜1842年8月のアヘン戦争になったが、清はぼろ負け、英はぼろ勝ち、香港もGETした(南京条約)。

アヘン戦争後もアヘン流入量は縮小されず、清の経済はボロボロ、求心力は急速に衰え、紫禁城の黄昏へ。この惨状が日本に伝わり、「近代化、富国強兵を進めないと強国の餌食になる」という危機感が明治維新になった。そして日清戦争にも敗れ、台湾の日本への割譲になったわけだ。

その台湾はダイヤモンドでも金塊でもなかった。

<当時の台湾の産業は農業、砂糖、輸出品は茶、樟脳が主だった。鉄道は基隆−新竹の62マイル、道路は村道級で、街と街を結ぶ県道級は一本もなく、郵便は台北−(南端の)恒春間に7日半を要した・・・これが日本が清朝から譲り受けた植民地、台湾のすべてであった>

美しい島“イラ!フォルモサ”は宝島ではなかったのである。大地も島も石も人間も磨かないと美しくはならないね


発狂亭“古希記念で3Fペンキ塗り開始”雀庵の病棟日記から。

【措置入院 精神病棟の日々(182)2017/1/24】産経、黒川信雄「赤の広場で 露を去った映画監督」。

「ロシアでは欧米に去る人々への風当たりが強く、“耳を貸さない”風潮もある」。偉大なる祖国、偉大なるプーチンの元を去っていく奴は裏切り者、売国奴、国賊だということだ。未だ古代帝国のまま。人材はどんどん流出し、残るのは屑ばかり。中露に明日はない。(つづく)2020/2/23


2020年02月20日

◆雀庵の「コロナには自由湯が効くんです」

“シーチン”修一 2.0

【Anne G. of Red
Gables/73(2020/2/19】コロナウイルスは何やら「チャイナコロリウイルス」、すなわち「中共を殺しかねない/息の根を止めた伝染病」として歴史に刻まれるかもしれない。

中共は大事故や大事件、大災害など不都合なことがあると隠蔽して「なかったことにする」のが常套手段だが、今回の新型肺炎は隠蔽しようにも罹患者、死者が増えるばかりで、収束する兆しがちっともなく、中共中央は手をこまねいている印象だ。

中共中央が「新型肺炎は収束に向かっている、さあ職場復帰だ!」と命令しても、省政府も市町村も感染拡大に追われて「冗談じゃない」と、まるで戒厳令のようにバリケード/殻に閉じこもったままだ。第一、お膝元の北京市が言うことを聞かない。

そんな折に、中共にとって不都合ないろいろな風聞や批判、意見が飛び交っている。


*近藤大介氏:研究用の実験動物が、使用後に市場に横流しされていた事件がかつてあったが、武漢近郊の「中国科学院武漢病毒研究所」も新型コロナウイルスの発生源とされる華南海鮮市場に使用済みの牛や豚などを横流ししていたのではないか。この研究所の所長は能力が疑問視される若い女性で、情実人事ではないか――という疑惑。(新型コロナ、武漢「美人すぎる39歳の研究所長」が握る発生の謎)

*花清蓮氏:中共中央は「全国の多くの国営企業は、 それぞれ秩序ある操業生産開始をしている」と報じ、操業復帰の号令をかけている。
中共中央にとって「新型コロナウイルスの流行が消えたら、 工場も消えていた。
これは流行そのものより、 もっと怖い」からだ。

しかし、統計データは中共の言うことを聞く(でっち上げができる)が、
ウイルスは党の指揮には従わない。

流行の最盛期が過ぎないのに操業復帰を強行すれば2
次的流行の深刻な苦境を招くから拙速は戒めるべし。

もう事態を逆戻りさせることはできない。 グローバリズムの恩恵の濡れ手に泡の大儲けが消えてしまった後、
どうやって自国経済を発展させるか。

この2つの点で、
中国は準備しなければならない。(集えば感染るんです 操業再開急ぐ中共と後難)

そう言えば「写ルンです」っていうCMあったなあ。

<画像:天安門広場のカップル

「ボクたちしばらく会うの止めよう」「そうね、感染るんですもの」

ナレーション「お金が大事ですか、愛する人が大事ですか? 新しい時代へ・・・移るんです」>

今はCGがあるからギャラを含めて400万もあればできるだろうな。「世界のためだ! 歴史に名を刻め」と熱い思いで説けばタレントのギャラは2人で200万で済むかもしれない。

言論の自由・・・一度でも知ったら支那人は「独裁、ダメ絶対!」になる、カネという阿片より♪自由湯をば飲ましたい、ままになるなら自由の水で、国のけがれを落したい、オツペケペ、オツペケペツポペッポーポー(つづく)2020/2/19



2020年02月19日

◆雀庵の「習近平はゴルビーを目指せ」

“シーチン”修一 2.0


【Anne G. of Red
Gables/72(2020/2/18】我が家の補修工事は9割がたは終わった。ホッとしたものの、高所作業は空中ブランコみたいにかなり無理をしたため筋骨は怪しくなった。「運動選手の疲労骨折はこんな風にして起きるんだろうなあ」と怖くなり、数日間は大人しくしていようと思っている。

何しろ多動児で、読書と瞑想以外はじっとしてられないので、米国取材の際は"Behave
yourself!"なんてきれいなお姉さんからたしなめられたものだ。「お行儀良くしなさい!」「だってあなたのお膝が可愛いんだもん」なんていう日米親善の場面だったのだろうなあ、故あって委細は忘れたが。

忘れたはずのことを思い出すこともある。在日の多い川崎市では1990年代だったと思うが、朝鮮学校女生徒のチマチョゴリ風制服がナイフで切られるという事件が相次いだことを思い出したのは、最近、以下の趣旨の記事を読んだからだ。

<脅迫年賀状が届いた多文化交流施設「川崎市ふれあい館」に、1月27日には、同館の爆破や在日コリアンへ危害を加える旨の犯罪を予告する「ハガキ」が届いていた。そのため、「外国人人権法連絡会」は安倍首相と森法務大臣に対し「在日コリアンに対する相次ぐ卑劣な犯罪予告を許さず、政府に緊急対策を求める声明」を出した>

チマチョゴリ事件はいつの間にか消えたが、真相は不明だ。「世間の注目、同情を集めるための自作自演ではないか」という見方もあったが、今WIKIで調べると朝鮮総連職員のでっち上げだったようである。

今回の事件も朝鮮総連は――

<川崎ふれあい館へのヘイト


高校無償化、幼保無償化からの朝鮮学校排除に見られる日本政府による在日朝鮮人の弾圧。いわゆる「官製ヘイト」が日本社会の中で、在日朝鮮人に対する差別やヘイトを容易に生み出す土壌を作っている>

一方、総連を敵にしたくない軟弱ヘタレの大韓民国民団は――
<「在日」標的相次ぐ脅迫状…国に緊急対策求める 日本人識者

多文化交流施設「川崎市ふれあい館」と川崎市に相次いで届いた在日韓国・朝鮮人を標的とする犯罪予告を重く見た外国人人権法連絡会(共同代表、田中宏・丹羽雅雄)は2月6日、議員会館で国に緊急対策を求める賛同署名約4万人分を、声明文とともに法務省人権擁護局の担当者に手渡した。

声明によれば1月6日、「在日韓国朝鮮人を抹殺しよう」と呼びかける脅迫年賀状が川崎市ふれあい館に届いた。こればかりか、川崎市にも同館の爆破と在日韓国・朝鮮人に危害を加える旨のはがきが送り付けられていたことが1月27日になって分かった。

同連絡会事務局長の師岡康子弁護士は「2通のはがきは在日市民への差別と暴力を扇動する深刻なヘイトスピーチ・ヘイトクライムだ」として、法務省と同席していた警察庁の各担当者に、1)日本政府としての非難声明、2)対策本部の設置、3)人種差別撤廃基本法の制定などを求めた。

「人種差別撤廃基本法を求める議員連盟」の白眞勲会長(立憲民主党参議院議員)は「今年はオリンピックが開催される年。こんなことがまかりとおるとは許しがたいこと。『対策法』の改正ないしは『基本法』の制定へ行動を共にしていきたい」と述べた。(2020.02.12
民団新聞)>

「無いことをあったことにして日本を叩いて同情を集める、留飲を下げる、可哀想な在日という妄想/劣情を楽しむ」という半島人のキテレツさは何十年たっても変わらない。それにしても今どき左巻/撒き/蒔きメディアの報道を鵜呑みにしたり騙される日本人はいるのだろうか。

朴正煕は「わが民族は誇るべきものが何もない」とその敗北主義、運命主義、諦観思想、事大主義を嘆き罵倒したが、民族の唯一の拠りどころ、かつファビョー(火病)鎮静剤は「日本が悪い!」で、そうしないと出自が曖昧で劣等感に苛まれている半島南では指導階級、よき国民にはなれないようである。

半島人の思考は悪趣味どころか愚かのように小生には思えるのだが・・・偏見かなあ?

さて、毛沢東の正統な後継者を目指す習近平の夢は中共の夢とともにコロナウイルスの彼方に消えていきそうだが、無謀な工業推進策で農業を破壊した「大躍進」の失敗で逼塞した毛に倣って習もどこかに蟄居し、第2次文革の計画を練った方がいいだろう。

毛は蒋介石・国民党軍の重包囲、日本軍の攻撃に耐え切れずシマ(紅軍占領地)を捨て可愛い子分を捨てて黄土砂漠地帯の延安に11年も逼塞(長征だと!)、日本敗戦後に日本軍の武器で蒋介石とゴロツキ部隊をどうにか台湾に追い落としたが、習はこの際だから「中国のゴルバチョフ」として中共政権の最後のお尻を拭いたらいい。

「第2次文革=14億帝国の看取り」・・・上手にやれば平和賞、下手を打てばチャウシェスクのように銃殺。いずれにしても歴史に名を遺すが、訪日中に精神疾患の心神耗弱老人からコロナウイルスの唾攻撃に遭い病死するよりはゴルビーを目指すべきではあるね。

それにしても生物兵器って安い、早い、効く! 半年ほどのパンデミックで「国破れて山河在り」になるわけだ。敵を攻めるに兵器は要らぬ、よく効くウイルス撒けばいい。バレやしないし、被害者面できるから責められないだろう。

「大体わが国は人口が多過ぎる、核戦争で半分に減ったってどうってことない」と毛沢東は言ったが、熱烈信者の習も「国の足を引っ張る老人を掃除するのにウイルスは有効だ、大体、臓器も売り物にならん70歳、80歳以上の高齢者が半分に減ったってどうってことない、これが俺式の文革だ」と思ったらいい。

支那式「楢山節考」、世界中の指導者連中も内心ではイイネ!だったり。お行儀の悪い「カミキリムシ」ナンシーは優先的にやってくれ。

小生はいよいよ古稀だ。天網恢恢疎にして漏らさず、行儀の悪い小生はGNP、PPKというわけにはいかないから、脳みそと肉体がそこそこ機能するうちに逝き方をイメージしておかなければならない。バイオテロのターゲットは北風に乗ってモスクワから北京、平壌、ソウル・・・

さて、蒋介石とゴロツキ部隊に苦しめられた「台湾」の物語。日台は兄弟、♪親の血をひく
兄弟よりも かたいちぎりの
義兄弟。のう兄弟、死んでもウイルス瓶を離しませんでした、北京攻略はそれでいこうぜ。王育徳著「台湾」から。

<日本軍が無血入城した時の台北は人口4万6000、台湾最大の都市はどのような実態であったか。

「家屋の周囲または庭園には不潔な汚水が流出し、または貯留した沼があり、人民は犬豚と雑居し、往々共同便所はあれど、いたるところに糞便を排泄し、日本人がかつて建設に関わったという噴水は鉄管で飲用水を供するも、桶は不潔で、彼らの脳髄と視力とには不潔の認識なきが如し。


売春婦は各所に隠顕し、悪性の梅毒に感染し、既に第三期に及び、骨まで侵されるものが市中に甚だ多く・・・」(1943年「南進台湾攷(考)」)

そういう環境では教育程度も低い。英人モントゴメリーが台湾最古の文化都市、台南(人口4万2000)についてこう報告している。

「教育は甚だ落後し、学識は極めて浅薄である。移住民の大部分が労働階級、それから転じた商人だからだ。彼らは生活に追われて学問する時間も精神もない。大陸でおなじみの読書人は居場所がない。

農民と苦力は何の初歩的な教育をも受けていない。商人は読み書きができるが、簿記や商業通信文程度。文学や芸術はかつて根を下ろしたこともない。


男子の90%は全くの無学文盲、女性の教育水準はさらに低い」(「1882〜1891年 台南海関報告書」)>

未開地・・・当時の日本だって東北の田舎あたりでは蛮族みたいな生活だったが、江戸時代から教育程度は国際比較では高かった。富国強兵の明治になってからは教育熱が急速に高まり、こんな資料がある。

<明治28年、日清戦争に勝利して清国から獲得した高額の賠償金の一部を教育整備のために充てる基金とすることを審議した帝国議会衆議院
において次のような建議がなされている。

「国防如何ニ完備スルトモ、國民ニシテ無識昏昧ナルニ於イテハ、堅艦利砲モ其ノ用ヲナス能ハサルヘシ。征清ノ役、我カ連勝ノ素因、一二ニ止マラスト雖モ、要ハ知識アリ精神アル軍隊ヲ以テ無識固陋ノ軍隊ヲ破リタルニ外ナラス。

教育ノ普及、智徳ノ進脩、豈ニ忽諸ニ附スヘキノ問題ナラムヤ。況ヤ産業ノ発達、国力ノ増殖亦此ノ道ニ依ラサルヘカラサルニ於イテヲヤ。

因リテ茲ニ清國償金額ノ十分ノ一ヲ以テ普通教育費ニ充テ、学校維持ノ元資トシテ市町村ニ分賦スルノ議ヲ提起ス」(『明治以降教育制度発達史』第四巻
1938)>


明治の人は偉かった! こういう時期の日本が台湾を統治することになったのは台湾にとって不幸中の幸いではなかったか。相変わらず清国の支配を受けていたら、今頃は自由民主人権法治はなく中共独裁で苦しんでいたのではないか。


言い訳みたいだけれど「恩讐の彼方に」ということで、な、どうや、可愛い膝やな、あ、痛ッ!


2020年02月17日

◆雀庵の「今一度 アジアを洗濯いたし候」

“シーチン”修一 2.0


【Anne G. of Red
Gables/71(2020/2/16】冬場になると屋上庭園に来る鳥が増える。くちばしと足がオレンジ色のムクドリ、灰色のおしゃれなベストを着たようなヒヨドリ、文字通り胸から腹が赤いアカハラ。


強力な戦闘機みたいに気性の激しい大きなトビ(トンビ)がすごいスピードで来襲するとスズメは大慌てで隠れるが、トビはめったに来ない。

今期の襲撃は2回目だが、トビは脅すのが好きなのだろう、「どけどけ、ここはおれのシマだ、逆らう奴はあの世行きだ!」という感じ。いささかお騒がせだが、迫力満点、小生の狂気心が共鳴するぜ。

あとは毎度お馴染みのハト。

多いときはスズメ60羽(動くから勘定しきれない)、ムクドリ8羽、ハト7羽、ヒヨドリ4羽、アカハラ2羽。ハトは爆食(1秒あたりスズメの5倍食べる)なので、餌場はハトがあまり入れないようにしてある。

(用水路沿いでカモ、コイ、ハトに餌やりする人が多いので問題なし。生活保護みたいなオッサンが食パンを惜しげもなくどっさりやっているのを見ると複雑な気持ちになる。日本は病気じゃね?)

ヒヨドリは気品があり強そうだが意地悪で攻撃的なためにスズメは接触を避ける。ところが、ヒヨドリは小さなスズメ以外は苦手で、すぐにえさ場を明け渡す。なんとまあ「弱い者いじめの根性なし」という感じ。人間でもいるよなー、反撃されると掌返しで媚びる奴。セコっ!

頭がいいのはムクドリで、「スズメがいてこそ餌にありつける」と仲良く食べている。ハトに威嚇されても「何だよ、お前やる気か」と睨みつけるが、やがて「ウッタク、嫌な野郎だぜ」と離れる。まあ、君子危うきに近寄らず・・・何かわが身を見る思いでもあるなあ。

昆虫や木の実が餌のアカハラは「あいつら変なものを食ってる」と眺めるだけだ。アカハラは観客、観戦者。距離を置くというか、斜に構えて「私が正義」とお高くとまっているフランス人、ドイツ人のようで、小生はどうも親近感がわかない。

一番生存能力が高いのはスズメではないか。まず危険を察知すると専守防衛どころか藪の中に一瞬で逃げ込む。他の鳥は藪の中には入らない。大きいから身動きがままならないからだろう。スズメは決して反撃しない、攻撃しない。とにかく逃げるが勝ち、そのうち敵は去るだろうという戦略だ。

スズメが人の生活圏にいるのは、そこなら何かしら米粒など穀類、畑の野菜に着く青虫など餌はあるし、危険な鳥や蛇から殺される心配も少ないという数千年、数万年の経験によるのだろう。



争わない、とにかく逃げる、ひたすら逃げる、敗走三千里も辞さず、というそれなりの処世術だ。が、残念なことながら、野生の鳥でまず人間に食われるのはスズメである。通販で売っている。

<ベトナム産のスズメ中抜き。肉厚でしっかりした肉質が特徴です。スズメは頭、脳みその部分が一番美味しいと言われていて鶏レバーのような感じ、胴体もパリパリした食感と程よい身付きになっております。是非直火で焼いてみてください

串焼きで焼き鳥にして軽く山椒をかけてもよし! 1羽75円(税別)×24羽入=1800円(税別)>

ベトナムスズメ・・・サンケイ新聞のサイゴン特派員などを務め若くして“戦死”した近藤紘一の「目撃者 全軌跡 1971〜1986」にスズメの話がある。氏は今は在米の最高の論客、小生が尊敬する古森義久氏の友でありライバルだったから、相当「デキル奴」だったに違いない(が、優しすぎたのだろう)。以下、ざっくりと引用する。

<サイゴン(現ホーチミン市)で、最も大量、かつ生の姿のスズメにお目にかかれるのは、市場である。毎朝、婆さんたちが背負い籠にギュウ詰めになったのを持ち込む。婆さんらが、これでもかこれでもかと押し込み、やけくそになって詰め込んだ挙句、自らの全体重をかけて内部のスズメたちを圧縮させ、痛烈に罵りながら、大汗をかいてようやくフタのひもをからげた――そんな感じの充実ぶりである。

当然、スズメは息も絶え絶えである。目を白黒させて憐れに呻吟している。底の方のは仲間の重みで圧死して然るべきだが、案外しぶといもので、市場に持ち込まれても全員がちゃんと生きている。

それから婆さんらによる大殺戮が始まる。ふたの隙間から巧みに一羽ずつ掴み出し、指先でヒョイと首をひねって引導を渡す。まだピクピク痙攣している身から構わず翼を引きちぎり、羽をむしり、傍らのゴザかビニールの上に投げ出す。

仲間と埒もないおしゃべりに興じ、時には例によって猛烈に罵り合いながら、手だけは機械のように動かし、15分もすると傍らには、両足を突っ張り、丸裸となった、やせこけた遺体のピラミッドである。

やせこけてはいるが、スズメは旨い。ピラミッドから10羽、20羽を一つかみに取り出し、二束三文を婆さんに払って、その場で大鍋で炒めてもらう。頭から骨ごとグシャグシャやるのがもっとも方法に叶った、かつ有効な食べ方で、独特のコクはちょっとした時間つぶしのおやつにもってこいである>


日本でも漁港では婆さんたちがナイフで貝のむき身をヒョイヒョイと取り出し、居酒屋ではアジの活き造りを楽しめる。ハマグリを生きたまま焼くとか、見慣れない人には「残酷・・・」という料理方は世界中に溢れているのではないか。

朝鮮では牛肉は血を抜くと味が落ちるから、血が出ないように鞭打ちして牛をジワジワ虐待し殺すのだとイザベラ・バードが書いていたが・・・まあ他民族のことは言えない、ということのようで・・・

小生は子供のころに投網でアユを獲るようにカスミ網でスズメを獲って炭火焼で食っちゃったから、どうもこれがトラウマになって贖罪のように餌やりヂヂイに励んでいるのだろう。毎日複雑な気分になる。

小生が中共殲滅を叫んでいるのは若き日にアカく染まってしくじって、己のバカさ加減にうんざりした反動なのだと思う。騙されるな、後悔するぞ、と余計な世話を焼いている。

現実に中共が大混乱して何億もの難民が日本海を越えてきたら・・・ヒョイヒョイとつまんで溺死させるわけにもいかず・・・本来はそこまで考えたうえで中共殲滅を説くべきだが・・・そういう「14億あるいは世界をいかにせん」というポスト・コミュニズム論がそろそろ出てもいい頃合いだと思う。

さて、ポスト・チャイナ/中共崩壊で台湾はどうなるか、どう生きるべきかは大きな喫緊の課題だが、昔から台湾は周辺をうごめく強国の都合や野望で揺れ動いてきた。


1895年6月5日、日本統治に反対する「台湾民主国軍」抵抗はあっという間に消え、日本軍は6月7日に台北を無血占領した。王育徳著「台湾」から。

<しかし壮烈な台湾人の抵抗が始まるのはこれからである。抵抗は1902(明治35)年5月まで、驚くなかれ7年間も継続するのである。

近衛師団が南下するにつれて激しさを増す義勇の抵抗に遭遇した。貧弱な小火器で、精鋭な日本軍にゲリラ戦を挑み、しばしば日本軍を危地に陥れた。

平均して一人の日本兵を殺すのに20人の台湾人が死ぬという割の合わない、絶望的な戦いではあった。

日本軍の損害は1895年5月26日から12月15日までの間に。戦死者164人、負傷者515人、戦病者(病院収容)2万6994人、戦病死者4642人であった。戦病(死)者はほとんどがマラリヤによる。


この間、台湾人は清軍敗残兵とも戦わねばならなかった。台北で日本軍からの武装解除、大陸送還を免れた一部の敗残兵は南に向かって潰走し、道々略奪を行ったので、それを阻止しようとする台湾人と各地で衝突した。


台南には黒旗軍の勇将・劉永福がまだ頑張っている。正規軍と義勇を合わせて約3万人で、補給は極度に悪く、劉はあらゆる種類の税を課し、避難船からは出国税を取った。

結局、部下の多くは意気阻喪して逃亡が続出、10月初めにイギリス人を通じて日本軍に休戦を申し入れたが、「匪徒として投降するなら一命を助ける」と冷たく応じられ、結局、10月19日、変装して英国船により厦門に脱出した。こうして台湾民主国はついえ去ったのである。

台湾人の抵抗は、原始的な自己防衛の本能の上に、中華的な反日感情から発したものであった。大陸に逃れる場のない台湾人は刀折れ矢尽きるまで抵抗を続けたし、また続けていくのである。

生まれて台湾の人となり、死して台湾の鬼となる以外に、立場はなかったのである>

台湾は今、中共の圧力に明確に「台湾は台湾、一つの台湾、一つの中国だ」と新しい時代方向に大きく舵を切った。日本は世界で最も親日的な台湾人を助けるのか、中共を恐れて見捨てるのか、大きな岐路に立っている。台湾の選択は、日本の選択でもある。「今一度 アジアを洗濯いたし候」

発狂亭“ムクドリ連合で北京トビを叩け!”雀庵の病棟日記から。

【措置入院 精神病棟の日々(181)2017/1/23】産経、伊藤元重「労働力もシェアする時代」。夕方まで産経で働き、それから朝日で働くのか? 小生は嫌だね。始発で出社、夕方5〜7時一次会、7〜9時二次会、9〜11時カラオケ、そしてタクシーか終電で帰宅。これが経営者の王道だ。(つづく)2020/2/16


2020年02月15日

◆雀庵の「中共崩壊、ガラガラポンに期待」

“シーチン”修一 2.0


【Anne G. of Red
Gables/69(2020/2/10)】リベラル≒アカモドキの連中に「環境少女」は人気のようである。ゴア並に一講演1000万円くらいなのだろうか。それなら「閑居老人シーチンさんの『I
と She を見つめて』講演」ギャラは30万円ほどか。


「あのね、環境少女は人寄せパンダになるけど、あんたのエロ話では誰も呼べないでしょ・・・マスコミも来やせんで。まあ、折角だから前座で使ってもいいけどね、30万円払ってくれるのなら」

なかなか厳しいものである、と想像はできるね。

2月3日に2016年11月1日以来、ほぼ3年ぶりに発狂した。3時間ほど精神が不安定になって、厭な感じだった。普段は一言も言わない家人がたまに言うのはどーでもいいようなクレームだけ。「キッチンで歯磨きした後はきれいに流して」。数か月前の前回は「私の佃煮をスズメにあげないで」。

あまりにもバカバカしくて「ここで発狂しておかないといけない」と大騒ぎしていたら脳みそがおかしくなって、ああ、やはり発狂は完治しないのだとがっかりもした。

家人は精神科急性期閉鎖病棟の婦長さんまでやったのだから、キチ〇イの扱い方は分かっているはずなのだ。ところが亭主にはそのノウハウを適用しない。どういうことなのかと問うと「だってあんたは患者じゃないんだもん」。いやはや・・・自分にとってはただのバカな亭主、というわけだ。

患者は第三者のお客様だが、バカな亭主は「自分の所有物」、飼っている動物なのだろう。カウンセラーに聞いたら、「あら、私も奥さんと一緒、あんたは患者じゃないんだもん、って言うわ」だと。


ああ、女子と小人は養い難し、接触したのが運の尽きだな。チューは一秒、ケガ一生だ。


中共、習近平も運の尽きではあるまいか。毛沢東は1964年10月16日に新疆ウイグル自治区で初の核実験に成功し、五輪音頭に浮かれているアホな日本を嗤ったが、その年の夏にはこう語っている。

「共産主義の維持発展のためには階級闘争、生産闘争、科学発展、修正主義と教条主義への批判、民主主義独裁が不可欠だ。それがなければ地主分子、富農分子、反革命分子、悪質分子、妖怪変化の類に瓦解させられる。

敵の硬軟両様の手口に乗せられてしまうと、短くて数年、十数年、長くて数十年もたてば、全国的規模の反革命の復活が現れ、マルクス・レーニン主義の党は修正主義の党に代わり、ファシストの党に代わり、中国全体が変色してしまうだろう」

スターリンの最大の政敵であるトロツキー(赤軍創設者)は1929年にはソ連から国外追放され、1936年にはメキシコに亡命。1937年2月9日にニューヨークで予定していた以下の講演の原稿が残っている。

「社会主義は大衆の独自活動と人間の個性の栄なしには不可能である。スターリン主義はこの両方を踏みにじっている。人民と、この新しい専制との間の公然の革命的闘争は不可避である。スターリン体制は必ず崩壊する。これにとって代わるものは、資本主義的反革命か、それとも労働者の民主主義か? 歴史はまだこの問題を決定していない。

社会主義という言葉がうつろな響きではなく、自分たちの道徳生活の内容物だとみる全ての人よ、前進だ! 脅しも、迫害も、暴行も我々を止めることはできない! たとえ我々の白骨の上にであれ、真実は勝利する! 我々は真実を目指す道を開く。真実は勝つ。

どんなに厳しい運命の平手打ちを受けようとも、もし諸君とともに真実の勝利に寄与することができれば、私は私の最良の青年時代と同じように幸福である! 何故か、友人諸君、人間の最高の幸福は、現在の利用ではなく、未来のための協働だからである」

トロツキーは1940年8月20日にメキシコで平手打ちではなくピッケルで暗殺されたが、それから60年後にはソ連は滅びた。毛沢東が「変色」を恐れた時から今年は56年、中共は未曽有のチャイナコロリウイルス感染病で、もしかすると崩壊に向かうかも知れない。

中共崩壊、ガラガラポンは、世界にとっても悪くはないだろう。大きくても1億人の複数国家、チベット、ウイグル、モンゴルなども独立するといい。ついでに北朝鮮も吉林省延辺朝鮮族自治州に併合してもらえば大いに結構だ。最期の皇帝はやはり紫禁城/故宮にとどまって、観光客に手を振って友好親善に努めて欲しいものである。(つづく)2020/2/10




“シーチン”修一 2.0

【Anne G. of Red
Gables/69(2020/2/10)】リベラル≒アカモドキの連中に「環境少女」は人気のようである。ゴア並に一講演1000万円くらいなのだろうか。それなら「閑居老人シーチンさんの『I
と She を見つめて』講演」ギャラは30万円ほどか。


「あのね、環境少女は人寄せパンダになるけど、あんたのエロ話では誰も呼べないでしょ・・・マスコミも来やせんで。まあ、折角だから前座で使ってもいいけどね、30万円払ってくれるのなら」

なかなか厳しいものである、と想像はできるね。

2月3日に2016年11月1日以来、ほぼ3年ぶりに発狂した。3時間ほど精神が不安定になって、厭な感じだった。普段は一言も言わない家人がたまに言うのはどーでもいいようなクレームだけ。「キッチンで歯磨きした後はきれいに流して」。数か月前の前回は「私の佃煮をスズメにあげないで」。

あまりにもバカバカしくて「ここで発狂しておかないといけない」と大騒ぎしていたら脳みそがおかしくなって、ああ、やはり発狂は完治しないのだとがっかりもした。

家人は精神科急性期閉鎖病棟の婦長さんまでやったのだから、キチ〇イの扱い方は分かっているはずなのだ。ところが亭主にはそのノウハウを適用しない。どういうことなのかと問うと「だってあんたは患者じゃないんだもん」。いやはや・・・自分にとってはただのバカな亭主、というわけだ。

患者は第三者のお客様だが、バカな亭主は「自分の所有物」、飼っている動物なのだろう。カウンセラーに聞いたら、「あら、私も奥さんと一緒、あんたは患者じゃないんだもん、って言うわ」だと。


ああ、女子と小人は養い難し、接触したのが運の尽きだな。チューは一秒、ケガ一生だ。


中共、習近平も運の尽きではあるまいか。毛沢東は1964年10月16日に新疆ウイグル自治区で初の核実験に成功し、五輪音頭に浮かれているアホな日本を嗤ったが、その年の夏にはこう語っている。

「共産主義の維持発展のためには階級闘争、生産闘争、科学発展、修正主義と教条主義への批判、民主主義独裁が不可欠だ。それがなければ地主分子、富農分子、反革命分子、悪質分子、妖怪変化の類に瓦解させられる。

敵の硬軟両様の手口に乗せられてしまうと、短くて数年、十数年、長くて数十年もたてば、全国的規模の反革命の復活が現れ、マルクス・レーニン主義の党は修正主義の党に代わり、ファシストの党に代わり、中国全体が変色してしまうだろう」

スターリンの最大の政敵であるトロツキー(赤軍創設者)は1929年にはソ連から国外追放され、1936年にはメキシコに亡命。1937年2月9日にニューヨークで予定していた以下の講演の原稿が残っている。

「社会主義は大衆の独自活動と人間の個性の栄なしには不可能である。スターリン主義はこの両方を踏みにじっている。人民と、この新しい専制との間の公然の革命的闘争は不可避である。スターリン体制は必ず崩壊する。これにとって代わるものは、資本主義的反革命か、それとも労働者の民主主義か? 歴史はまだこの問題を決定していない。

社会主義という言葉がうつろな響きではなく、自分たちの道徳生活の内容物だとみる全ての人よ、前進だ! 脅しも、迫害も、暴行も我々を止めることはできない! たとえ我々の白骨の上にであれ、真実は勝利する! 我々は真実を目指す道を開く。真実は勝つ。

どんなに厳しい運命の平手打ちを受けようとも、もし諸君とともに真実の勝利に寄与することができれば、私は私の最良の青年時代と同じように幸福である! 何故か、友人諸君、人間の最高の幸福は、現在の利用ではなく、未来のための協働だからである」

トロツキーは1940年8月20日にメキシコで平手打ちではなくピッケルで暗殺されたが、それから60年後にはソ連は滅びた。毛沢東が「変色」を恐れた時から今年は56年、中共は未曽有のチャイナコロリウイルス感染病で、もしかすると崩壊に向かうかも知れない。

中共崩壊、ガラガラポンは、世界にとっても悪くはないだろう。大きくても1億人の複数国家、チベット、ウイグル、モンゴルなども独立するといい。ついでに北朝鮮も吉林省延辺朝鮮族自治州に併合してもらえば大いに結構だ。最期の皇帝はやはり紫禁城/故宮にとどまって、観光客に手を振って友好親善に努めて欲しいものである。(つづく)2020/2/10



2020年02月13日

◆雀庵の「支那はまるでSFの終末期の様相」

“シーチン”修一 2.0



【Anne G. of Red
Gables/68(2020/2/9】「助けてクレヨンしんちゃん」は長女のベストフレンドで、北京に住んでいる支那人女性である。父上(名工)の日本留学に伴い家族で数年間滞日し、日本語ペラペラ、帰国後は大手企業に勤めていた。

しんちゃんはチャイナコロリウイルス禍で幼子を抱えて天津の別荘に避難しているが、マスクはないし、子供のオモチャもなくて、呆然と無聊をかこっているとか。

長女はあれこれ調達して航空便で送ったが、送料ナント6000円、しかも「いつ配達できるか分かりません」だと。「しんちゃん」は別荘を持つほどの上層階級だが、今回のコロリには貧民同様困り切っているようだ。

習近平は無菌室にでもいるのか。ロシアあたりに逃げていたりして・・・(非難できないなあ。自閉症的な小生は70羽ほどのスズメの餌やりもあって自宅に留まるしか選択肢がないけれど)

1991年、ソ連があっという間に消滅したのは、金欠が主因だ。カネの切れ目が縁の切れ目。ソ連は米国との軍事競争で、兵器どころか将兵の給与もままならず、さらには民生に回るカネが枯渇した。ソ連共産党独裁を担保してきた飴玉、だまし薬がなくなれば、軍民共に共産党独裁政権から心(ある時は諦観、ある時は恐怖)が離れる。

ソ連を再興させるための二つの政策「グラスノスチ」(政治的自由の促進)と「ペレストロイカ」(政治・経済改革)が、拙速で進められたために大混乱をもたらしたこともある。未熟な医者によるショック療法、外科手術だな。

これは最後のソ連共産党最高指導者ゴルバチョフが提唱した政策だが、有史以来、スラブ民族(1995年総人口は約3億、内訳はロシア人1億4650万、ポーランド人4900万、ウクライナ人4600万など)は基本的に被統治者であり、人民の意志に基づく国政の経験がほとんどないのだから、上手に対応できるはずもなかった(今から思えば)。

日本でも代議士を選挙で選ぶという国民参政の初めの一歩は、明治維新から20年以上も経ている。近代的政治経済システム導入には民度の向上、議論の熟成が必要なのだ。福翁らが努力した「啓蒙」とはそういうことだろう。

結局、ソ連はラーゲリ(強制収容所)に象徴される「強権支配、恐怖政治」のタガが外れてバラバラになり、旧ソ連を形成していた大小の国は「勝手に生きろ」と原野に放り出された。スラブ民族は群雄割拠の封建時代での自力更生の経験がほとんどなかったためだろう、今でも鳴かず飛ばずの長期低迷にある。

プーチンのような冷酷な殺し屋でなければ民をまとめられない歴史と風土・・・外野から見れば悲劇だが、スラブの格言には「馬と女は殴って仕込め」があり、「亭主から拳骨で浮気をいさめられた女房が、折檻を“愛”と受け止める」民族は結構あるようだ。人それぞれかもしれず、♪悪いときはどうぞぶって・・・なんて歌がはやった国もあるで、のう。

「集団の統治はモノ言う10%で決まる」と小生は思っている。中国の14億の民を抑え込んでいるのは1億〜1.5億人の中共党員、現代の科挙を突破したエリート官僚だ。1人が合格すれば一族(宗族、地縁血縁のムラ、徒党、閥)が潤う仕組みになっている。強烈な利益共同体で、中共が無理難題を押し付けても「上に政策あれば下に対策あり」と宗族がセーフティネットになっていたりするようだ。

現在の中共の最高幹部=中央政治局常務委員のメンバーは7人。トップは習近平だが、習近平に批判的な派閥の李克強(胡錦濤=共青団派)、韓正(江沢民=上海閥)らもいる。皆、腹黒いから、一朝有事の際にはどう動くか分からないが、「中共一党独裁あってこその旨味・利権」という認識では一致しているだろうから、クーデターがたとえあったにしても「中共消滅」はどうもありそうもない。

つまり内部分裂や自然崩壊はありそうもない。となれば外部からの圧力、外患誘致が起爆剤になるのだろうか。



今盛んにトランプ米国が竹藪の中南海を突っついており、中共にとって米国はお得意様だから習近平は結構譲歩せざるを得ない。中共経済が実際にはマイナス成長だということは数年前から指摘されているが、大昔から「数字で出世する国」だから金庫が空っぽでも平気、「信用できるのは鉄道貨物量と電力消費量だけ」(李克強)で、小生から見れば当てになるのは「街角景気」くらいだ。


「街角景気」・・・しんちゃんのように人々が街から消えてしまったのだから景気以前に人気がないのだ。

<まるで昏睡状態、新型ウイルスで静止した巨大都市・上海 AFP2020年2月8日

交通渋滞と歩道の雑踏、職場に急ぐ会社員は消え去り、不気味なほど閑散とした道路とシャッターが下りたバーや商店が取って代わった。ごくまれに見かける歩行者といえば、いつも防護マスクを着けている。巨大都市を多数抱える中国でも最多の人口を誇る上海だが、定番の待ち合わせスポットは中性子爆弾でも落とされたかのようだ>

まるで「終末」、SFみたいだ

<【北京時事2/9】中国湖北省武漢市で発生した新型コロナウイルスによる肺炎について、同省政府は9日、死者が前日より81人増え780人になったと発表した。2003年に大流行した重症急性呼吸器症候群(SARS)の全世界の死者774人を、湖北省だけで上回った。中国本土の死者は803人となった。

武漢市の死者は63人増え608人。同市では8日、新型コロナウイルスに感染した疑いのある日本人の死亡が初めて確認された>

景気がない、そもそも人がいない! 中共経済はテンカウントまでに立ち上がれるのか。

<海外ビジネス支援「Digima〜出島〜」から

2019年のGDP成長率6.1%&最悪のタイミングで起こった新型コロナウイルスの感染拡大。

2020年1月17日に発表された、中国の2019年のGDP(実質国内総生産)の成長率は6.1%でした。2018年のGDP成長率は前年比6.6%(2017年は同6/8%)だったので、2018年より0.5ポイントも縮小したことになります。

そして、新型コロナウイルスの感染拡大によって、2020年の中国経済の成長に懸念が広がっています。

2019年より数ヵ月の渡って実施してきた景気刺激策に加えて、アメリカと第1段階の貿易合意に至ったことで、米中貿易戦争が一次休戦すると見られた矢先の、新型致死性ウイルスの感染拡大は、まさに最悪のタイミングでした。

アジア開発銀行の推計によると、2003年のSARS流行の際は、旅行や運輸業などのサービス業の損失が、中国とマレーシアなどで合わせて100億ドル以上に上ったとしています。

今後、新型コロナウイルスの感染拡大が、2003年のSARS流行のような規模に発展した場合。2020年の中国の経済成長率は0.5ポイント下がり、公式成長率が史上初となる5.5%を下回る可能性があるとの報告もあります>

「立つんだ、ジョー!」と小生も大方の人々も叫ばないだろう。むしろ「逝って良し!」ではないか。「帰ってこんでええからね」と。

近藤大介氏の論考「新型コロナショック…習近平政権最大の危機はまだまだ『序の口』3月開催の全人代も延期濃厚で」2/4から。

<習近平主席は、「私が自ら指揮し、自ら手配する」と宣言しておきながら、新型コロナウイルスの対策グループのグループ長には李克強首相を指名し、李首相に武漢に行かせている。こうしたスタイルは、周恩来首相に「汚れ役」をやらせ、自らは蟄居していた毛沢東主席を髣髴させる。そのため、インターネットやSNS上には、「自ら指揮し、自ら手配する」と述べた習主席の映像が、これ見よがしにアップされ、拡散している>

毛沢東は狂気じみた大躍進と文革(合わせて死者5億人)で晩節を汚した。習近平はコロナで毛沢東気取り(ほとんどビョーキ)の化粧がはげた。「中共消滅」は西側諸国の軍事力を含めた圧力ではなく、天による絶妙な「天罰」で成し遂げられるのかもしれない。

毛沢東曰く「そもそもわが国は人口が多すぎる。6億が3億になっても全然問題ない」。14億が3億になっても国際社会は全然問題ないし、むしろ好ましく思うだろう。さあ、習近平、最後の皇帝、公開処刑されるより自裁を!「立つんだ、習!」(つづく)2020/2/9

2020年02月12日

◆雀庵の「老人生活もいいものだ」

“シーチン”修一 2.0


【Anne G. of Red
Gables/70(2020/2/11)】あれも書きたい、これも書きたい、あれもしたい、これもしたい、と、色々なことを考えながら過ごしているから、脳みその許容量が限界を越えているようで、このところよく忘れる。


物忘れ・・・老化なんだろう。2月3日節分の夜の「ウジ虫事件」は面白かったのにすっかり忘れていた。忘れたいことを思い出すこともある。忸怩たる思い。ままならない。

できるなら 初期化したいと 思う夜 ヒトに生まれる 哀しみ迷い(修)

可哀想なボク、自分で自分を抱きしめてやりたい、なーんて、ちょっと気持ち悪いし、感情・気分過多で、やはり人間は理性・知性を行動の初期設定にした方がいいと思うがね。好き好きだけれど。


まあ、小生は「発狂亭雀庵」で、心神耗弱、心神喪失になりかねない「化外」特権階級のキチ〇イだから、理性・知性を行動原理にしていると言っても「その場の感情・気分」に動かされたり、意識的にそれにスイッチを入れたりするから、「狡賢く油断のならない怪しい奴」というのが自画像か。

津久井やまゆり園事件の植松聖などは「正義と思えば何でもできる」という確信犯で、「やっていいこととダメなことがある」というフェイルセーフのストッパーが外れた人なのだろうが、主張の何割かは理解できる。

結構多くの人が「植松の思いはそれなりに分かるが、邪魔だ、殺せ、というのは短絡過ぎ」と思っているのではないか。

イスラム原理主義者は「無神教は最悪、多神教は悪、他宗派は敵」で、「そういう現世の悪者を殺すのは神に叶う正義だ」と思っているようだ。そうすれば「あの世=真の世」で幸福に暮らせるという宗教らしい。


植松がキチ〇イならイスラム原理主義者もキチ〇イだ。ある国ではLGBTは殺され、ある国では称賛される。正義、不正義は所と時代で変わる。永遠の尺度はない。勝者が尺度を決めるのである。


そうそう「ウジ虫事件」。鬼はー外!でばらまいた大豆、食べるのも捨てるのもどうか、ということで孫が風呂に入れた。ハハハ、結構なこと、生まれて初めての大豆湯・・・


夜中に長女が泣きべそをかきながら小生を起しに来た、「お風呂場がウジ虫でいっぱい! ヂイヂのネズミが死んでウジが湧いたのよ! 片づけたけど、湯船の中にもいたわ!」


「そんなことはねえだろう、真冬にウジは出やせん」と見に行くと、殲滅を逃れたのが2匹ほどいた。15ミリほど、まあウジだが・・・ネットで調べたら大豆にたかる「マメシンクイガ」の幼虫みたい。大豆はいろいろな虫にとっては恰好の揺り籠のようだ。


18時に大豆を風呂に入れ、24時には孵化して幼虫になる。わずか6時間で目に見えないほどの卵から幼虫になって動き回る。すごいものだ。

可愛いミドリガメの大群が砂浜から出てよちよちと海に向かう。大人になるのはせいぜい3%で、97%は魚類の餌になってしまうとか。図らずも我が家の風呂で生まれた幼虫は、たとえ外に逃れても真冬の寒さに死に絶えたろう。

それにしてもあの幼虫、スズメの餌にしたら大いに喜ばれたろう。子供のころは足長蜂の巣を落として幼虫を炒めて食べたものだが(甘い!)、今は足長蜂を見ることも、刺されることもなくなった。


ウジ虫のような幼虫類は今は釣り餌として養殖されているようだ。東京・市ヶ谷駅のすぐそばのお堀にヘラブナの釣り堀があり、徹夜明けに釣りキチのディレクターに誘われて糸を垂らしたが、確かその時の餌は幼虫だった。素人向けの池だから何匹か釣ったが、玄人向けだとそうはいかないそうだ。

「十分餌をやってるからガツガツしてないのよ、なかなか食いつかない、来た!その一瞬に上げる、もうこれは名人戦、興奮するわけよ」

ディレクターは釣り堀を見たら寸暇を惜しんでチャレンジする。興奮するから眠気も吹っ飛ぶようだが、車で小生を送ってくれたのは有り難いが、一瞬居眠り運転をして小生の睡魔を吹っ飛ばした。その一瞬に天は命を召し上げ、興奮するのか。「やったぜベイビー、2匹ゲット!」とか?

昨夏にウジ虫付きで腐乱孤独死した節子姉は節分生まれだった。赤ちゃんコンクールで優勝したが、その後はあまりいい人生とは言えなかった。勉強というのか、学習意欲が全くないという、一種の変人だった。可哀想だが、本人は不幸とはまったく思っていなかったろう。

「カネに眼がくらんで不動産屋のぐーたら息子と結婚したのが間違いだった」と一度だけ言ったが、過去を振り返る人ではなかった。目先の生活にしか関心がなかった。それなりに凄い、というか野趣に溢れた人生だったから、本人は苦にもしないし、大体興味もないだろう。自然児のような、動物のような生、そして死。


「それなりに凄い」としか言いようがない、異端の人だった。眠れ、節子姉、合掌。

このところ小生は「ペンキ屋修ちゃん」でシコシコやっていたが、2月9日にペンキが払底したので、アマゾンから3缶が届くまではお休み。塗装途中の壁に最後の塗料で「ペンキハキレタ ワタシハゲンキ」と書いておいたが、外で仕事をしていると時々暇そうな、かつ人の好さそうなオッサンが話しかけてくるので、急に小生の姿が消えると(遂に逝ったかとか)気になるだろうからと告示しておいたわけ。

ウジ虫騒動の長女は「何よ、あれ、みっともない!」とぶーたれるから、

「あれはね、西南戦争の際、逓信省が創めたばかりの電報を一気に全国に広めた有名な電報、愛妾が旦那の危急を伝えた実に簡にして要を得た電文をもじったのよ。ダンナハイケナイ ワタシハテキズ。15文字、全く無駄がなく、しかも緊張感に溢れている、ナ、分かる?

チチキトク スグカエレ。10文字や。これも名文だ。オトコ ボシゲンキ。戦地のお父さんに男児誕生、奥さんも元気だよと伝えている。


俺のメッセージを男の10人に一人は原典を思い浮かべてニヤッと笑うかもしれない。笑う門にはハッピーカムカムやで、書いて楽しい、読んで楽しい、俺の病気にもいい効果がある、そのどこがアカン言うねん」


まるで口舌の徒だな、ウジ虫長女は黙った。I win, you lose だ。

10日は裏の排水パイプ掃除。1年振りですごいことになっていたが、神は我を見放さず、予想以上にスムーズにきれいになった。時間に余裕ができたので屋上庭園の手入れ、記事書きもできた。ありがたい一日だった。

あと3か月もあればビルの営繕はひとまず終わる。暖かくなるので常緑のクチナシを挿し木で増やして庭園をさらに小生にとってもスズメにとっても居心地よくしたいものだ。(クチナシにアゲハ蝶は卵を産み付ける。幼虫は夜しか出てこないのでスズメとバッティングしない)

閑居老人は幸せだが、環境少女の明日は「あんなにチヤホヤされたのに」となりそうな・・・親はまともなのかどうか、一種の児童虐待のような気がしないでもない。(つづく)2020/2/11


2020年02月11日

◆雀庵の「中共崩壊、ガラガラポンに期待」

“シーチン”修一 2.0


【Anne G. of Red
Gables/69(2020/2/10)】リベラル≒アカモドキの連中に「環境少女」は人気のようである。ゴア並に一講演1000万円くらいなのだろうか。それなら「閑居老人シーチンさんの『I
と She を見つめて』講演」のギャラは30万円ほどか。

「あのね、環境少女は人寄せパンダになるけど、あんたのエロ話では誰も呼べないでしょ・・・マスコミも来やせんで。まあ、折角だから前座で使ってもいいけどね、30万円払ってくれるのなら」

なかなか厳しいものである、と想像はできるね。


2月3日に2016年11月1日以来、ほぼ3年ぶりに発狂した。3時間ほど精神が不安定になって、厭な感じだった。普段は一言も言わない家人がたまに言うのはどーでもいいようなクレームだけ。「キッチンで歯磨きした後はきれいに流して」。数か月前の前回は「私の佃煮をスズメにあげないで」。

あまりにもバカバカしくて「ここで発狂しておかないといけない」と大騒ぎしていたら脳みそがおかしくなって、ああ、やはり発狂は完治しないのだとがっかりもした。


家人は精神科急性期閉鎖病棟の婦長さんまでやったのだから、キチ〇イの扱い方は分かっているはずなのだ。ところが亭主にはそのノウハウを適用しない。どういうことなのかと問うと「だってあんたは患者じゃないんだもん」。いやはや・・・自分にとってはただのバカな亭主、というわけだ。

患者は第三者のお客様だが、バカな亭主は「自分の所有物」、飼っている動物なのだろう。カウンセラーに聞いたら、「あら、私も奥さんと一緒、あんたは患者じゃないんだもん、って言うわ」だと。


ああ、女子と小人は養い難し、接触したのが運の尽きだな。チューは一秒、ケガ一生だ。

中共、習近平も運の尽きではあるまいか。毛沢東は1964年10月16日に新疆ウイグル自治区で初の核実験に成功し、五輪音頭に浮かれているアホな日本を嗤ったが、その年の夏にはこう語っている。

「共産主義の維持発展のためには階級闘争、生産闘争、科学発展、修正主義と教条主義への批判、民主主義独裁が不可欠だ。それがなければ地主分子、富農分子、反革命分子、悪質分子、妖怪変化の類に瓦解させられる。


敵の硬軟両様の手口に乗せられてしまうと、短くて数年、十数年、長くて数十年もたてば、全国的規模の反革命の復活が現れ、マルクス・レーニン主義の党は修正主義の党に代わり、ファシストの党に代わり、中国全体が変色してしまうだろう」

スターリンの最大の政敵であるトロツキー(赤軍創設者)は1929年にはソ連から国外追放され、1936年にはメキシコに亡命。1937年2月9日にニューヨークで予定していた以下の講演の原稿が残っている。

「社会主義は大衆の独自活動と人間の個性の栄なしには不可能である。スターリン主義はこの両方を踏みにじっている。人民と、この新しい専制との間の公然の革命的闘争は不可避である。スターリン体制は必ず崩壊する。これにとって代わるものは、資本主義的反革命か、それとも労働者の民主主義か? 歴史はまだこの問題を決定していない。

社会主義という言葉がうつろな響きではなく、自分たちの道徳生活の内容物だとみる全ての人よ、前進だ! 脅しも、迫害も、暴行も我々を止めることはできない! たとえ我々の白骨の上にであれ、真実は勝利する! 我々は真実を目指す道を開く。真実は勝つ。

どんなに厳しい運命の平手打ちを受けようとも、もし諸君とともに真実の勝利に寄与することができれば、私は私の最良の青年時代と同じように幸福である! 何故か、友人諸君、人間の最高の幸福は、現在の利用ではなく、未来のための協働だからである」

トロツキーは1940年8月20日にメキシコで平手打ちではなくピッケルで暗殺されたが、それから60年後にはソ連は滅びた。毛沢東が「変色」を恐れた時から今年は56年、中共は未曽有のチャイナコロリウイルス感染病で、もしかすると崩壊に向かうかも知れない。


中共崩壊、ガラガラポンは、世界にとっても悪くはないだろう。大きくても1億人の複数国家、チベット、ウイグル、モンゴルなども独立するといい。ついでに北朝鮮も吉林省延辺朝鮮族自治州に併合してもらえば大いに結構だ。最期の皇帝はやはり紫禁城/故宮にとどまって、観光客に手を振って友好親善に努めて欲しいものである。(つづく)2020/2/10