2020年02月02日

◆雀庵の「元気で行こう。絶望するな」

“シーチン”修一 2.0


【Anne G. of Red Gables/67(2020/1/31】一般的にDIYは「結構なこと」
と推奨されている。

「ごろごろしてないで、庭の片づけしたら! 植木の手入れとか塀のペン
キ塗りぐらい、あんたでもできるでしょ! 一日中パソコンで遊んでると
呆けるばっかりよ! まったくあんたって人は!」

結構多くの亭主どもは奥さんからガミガミ言われているか、「バカには何
言っても無駄」と愛想をつかされているのかもしれない。


「まったくアイツはうるせーな、『昔は可愛かったのに』とか言うと、 『こんな女にしたのはアンタじゃない!』なんて逆捩じ食らわせる
し・・・まったく結婚なんて、ありゃあ天の使嗾に騙されたようなもんだ
な、人には勧められないよ、ウッタク・・・」


こんな風に思って天に、女に、いいように翻弄された“己の愚かさ”を嘆い
たり、自嘲したりするのである。「細君が良妻なら君は幸せになれる、悪
妻なら君は哲学者になれる」とソクラテスは言ったかどうかはさておき、
結婚そのものや一夫一婦制は大昔から男の難問題ではある。

DIYと言えば「オーストラリアン・ハズバンド」だが、本当のところはど
うなんだろう。豪州男と結婚した撫子(自営業)が旦那を連れて日本に里
帰りしたら・・・のブログにはこうあった。

<「家のことは、全部やるから」


最初は疑心暗鬼だったのだが、家事のクオリティ高いっ!

お茶碗洗ってもきっちり拭いて水屋にしまい、使った鍋はピカピカ、トー
スターもレンジも磨きあげてくれた。

洗濯をまわしたなーと思ったら、そのあとに犬の散歩。お昼すぎには
ロールケーキ・フルーツ添えにコーヒーを運んでくれた。

肩をもんでくれ、足をマッサージの至れり尽くせり。なんか・・・申し
訳ない。休暇で来てくれているのに、3泊旅行しただけであとは自宅で家
事。それでも「居候させてもらってるから、やって当たり前だから気にし
ないで」。

これがあの「オーストラリアン・ハズバンド」ってやつなのか。。。

彼の家のガーデニングも彼のセンス。部屋のペンキ塗りもやり、日曜大
工もやる。私は背が低いので、椅子に座ると足がブラブラする事が多いの
で、小さな踏み台を足置き場にって作ってくれた。料理は出来るし掃除、
洗濯も私よりお上手かも。。。(汗)


オーストラリアン・ハズバンドに至った理由は? 女性を大切にするとい
うっていう根本的な理由は?

彼はよく「女性は力も体も弱いから、男が守るのは当たり前」という。
根本は男尊女卑か? 確かに嬉しいし大切にされてるって感じるんだけ
ど、これの裏返しって何なんだろー?って可愛くない事を考えてしまったり。

難しく考えないで、素直に「ありがとー」って笑顔で言うことにしよう>

豪州は流刑地で極端な女日照りだったから、女は宝石並みの希少価値
だったろう、それが今でも続いているのかもしれないが・・・逆に言えば 「チヤホヤに慣れている豪州女はメシ・フロ・ネルの大和男児はサイ
テー」ということか。

これは分からないが、豪州では日本と同様に国柄として「男は外職(そ
としょく)、女は家事」があるようで、休日の日ぐらいは「ボクが家のこ
とはやるよ」と豪州では進化?し、日本では「疲れているから休日ぐらい
は休ませてくれ」と伝統保守/回帰になっているのだろうか。女日照りが
長かった豪州、女に不自由しなかった日本、この違いは大きいのかも。

このところ豪州は火事や洪水で散々だが、救出されたコアラは消防官に抱
かれてすっかり安堵していた。豪州男は「弱いものを守りたい」という能
動的DNAに溢れ、大和男児は「戦士の休息なんだからいたわってくれ、優
しくしてくれ、癒してくれ」というマザコン的母親依存の受動的DNAが濃
いのではないか。

2月に夏のシドニーに行ったらオフィス街をOLが裸足でのんびり歩いて
いた。安全な街というか、危機意識ゼロ、何となくコアラ風である。阪神 大震災で倒壊家屋から救出された女性は一回死んで蘇生したような感じ
で、茫洋としていた。「あの体験で私は変わったんです」と言う彼女はメ ルボルンに転居した。豪州は茫洋として生きるにはいいところなのだろ
う。男がしっかり守ってくれるみたいで・・・

♪You don't have to worry, worry, 守ってあげたい あなたを苦しめ
る全てのことから

ユーミンの歌のように。

私はコアラになりたい、という気分ではあるが、このところの小生はオー
ストラリアン・ハズバンドみたいに家の修繕に全力を投入している。抗う つ剤を止めてから意欲が芽生えてきて、腰痛と膝の痛みは相変わらずだ
が、日々意欲的になり、筋肉も復活しつつあり、体とオツムをそれなりに
フル回転させて奮闘と言うか廃車/敗者復活戦みたいに久々の活動期を楽
しんでいる。燃える闘魂! 焼けぼっくいに火、みたいだけれど・・・

子供の頃から多動児で、今は自閉スペクトラム的だから作業療法としても
いいようだ。いつ往生するかしれないので、元気なうちにとりあえずは営
繕を終えたいというアセリもある。焦りがないと「無理をしてでもやるん
だ」という興奮が起きない、締め切りがあるから必死になれる。

こういう自虐的な気分というのは好きだなあ。

心技体をそれなりにベストに近づけて、本丸の中共殲滅戦のどん尻でも
いいから吶喊したいものである。以上、近況報告。


「さらば読者よ。命あらばまた他日。元気で行こう。絶望するな。では、
失敬」(太宰治「津軽」)(つづく)2020/1/31




2020年01月29日

◆雀庵の「我ら故あって温暖化にお味方す」

       “シ―チン“修一


【Anne G. of Red Gables/66(2020/1/27】用水路沿いの桜並木に小さな 濃い桃色の花が3つ咲いた。早咲きの河津桜だ。雪が降りそうなほど冷え て屋外作業ができずに鬱屈している私を慰めてくれるのか。同情するなら 「もっと日差しを!」だな。

大体がやね、いくら早咲きでも梅より早いというのはいかがなものか。 敷島の道を外れているから桜並木保存会に代わって口頭注意で勘弁してや ろう。それにしても寒いなあ。明日あたりから雪が降りそうだ。

加齢とともに寒いのは苦手になってきた、お湯割りの焼酎やウィスキー で暖をとれない身にはとても辛いものだ、自業自得なのだけれどね・・・

「女心と秋の空」、天気、特に長期予報はなかなか読めないようで、 「冷夏でエアコン不振」「暖冬で冬物衣料前年割れ」なんていう記事は珍 しくない。プロでも読めないが、大昔から読めない、そのために実に多く の人々、特に農民が苦しめられてきた。

夏場の日照りも困るけれど、冷夏というのは実に恐ろしい。東北の農業 はついこの間まで冷夏に苦しみ、まさに「おろおろ」するばかりだった。 本州最北端の津軽では「5年に一度の凶作」が永らく常態化していた。

太宰治が「津軽」で郷土史から引用しているが、明治以降も、

明治2凶、6凶、22凶、24凶、30凶、35大凶、38大凶、大正2凶、昭和6 凶、9凶、10凶、15半凶

と凄まじい。

いずれも主に冷害で、全国的には大雨、洪水、旱魃、虫害、噴火による 凶作もある。対策の取りようがない冷害は恐ろしい。真夏なのに蚊がいな い、それどころか霜が降る! 百姓は泣くばかり。

<特に昭和恐慌と重なった昭和9、10(1931、34)年の大凶作は農家の 生活を圧迫し、飢餓状態を生んだ。この結果農民運動は先鋭化し、血盟団 事件、五・一五事件を引起す原因の一つとなった>(ブリタニカ国際大百 科事典)

この飢饉を「東北凶作」と言うそうだ。

<1934、35年(昭和9、10)に東北地方で発生した凶作。34年の全国産 米実収高は、気候不順のために、31年の凶作時よりも下回った。とくに、 冷害にみまわれた東北地方の減収は著しかった。青森、岩手、山形3県の 収穫高は、過去5年間の平均値の4〜5割にすぎなかった。翌35年にも、冷 害による凶作が青森、岩手両県を中心に東北地方を襲った。

そのため昭和恐慌時に打撃を受けていた農家経済はさらに悪化し、木の実 や草の根を食糧とせざるをえない家庭や、身売りする娘、欠食児童の数が 急増した。芸妓、娼妓、酌婦、女給になった娘たちの数は、1933年末から 1か年の間に、東北六¥6県で1万6000余名に達している。

こうした状況は大きな社会問題として論議の的となり、政府は応急土木 事業の実施や政府所有米支給によって事態に対処し、民間においても救援 運動が展開された。しかし、凶作の痛手は容易に回復せず、農村窮乏問題 はこれ以後の重要な政治課題となった>(日本大百科全書ニッポニカ)

江戸時代も東北農政局によれば、

<南部藩政中期は現在に比べ、米の品種も稲作技術も貧弱なため、東北 特有の冷涼な気象の影響を受けやすかったのです。南部藩は江戸時代の 256年間に大小合わせて92回の不作・凶作に見舞われ、そのうち減収50% 以上の凶作は4年に1度、餓死者を出す程の凶作は16年に1度の割合で発生 しました>

WIKIによれば「江戸4大飢饉」は寛永、享保、天明、天保の大飢饉で、 東北地方の専門家は天明・天保の飢饉に宝暦の飢饉を加えて三大飢饉と呼 ぶこともある。江戸時代は全期を通じて寒冷な時代であったといい、凶作 や飢饉が絶えなかった。

<宝暦の飢饉は、宝暦4年(1754年)から宝暦7年(1757年)にかけて東 北地方を襲った大飢饉。現在の岩手・宮城の両県にわたる範囲で約5万な いし6万人の餓死犠牲者が出たとされる。

被害はそれだけにとどまらず、現在の青森県の一部を治めていた弘前藩領 内では財政の立て直しをしたため餓死者は出なかったとも言われていた が、実際には多数の犠牲者がいたことが墓石調査により確認されている (弘前大学・関根達人教授/考古学による)>


以上のような歴史、歴史的事実がある。今は長いスパンで見ると間氷期だ そうだが(つまりやがては氷河期になる)、太陽活動に影響され、寒冷化 したり温暖化したり、緩やかな変動はあるのだろう。

寒冷化は上記のように冷害など不都合が多いが、温暖化は問題なのか。 温暖化で氷河が解けて海水面が上昇して小さな島は水没する、大陸も沿岸 部は海になる、これはいけないことなのか。内陸部へ移住すれば済むだろう。

耕地面積が縮小するから農業は縮小する。もしかしたら食糧不足で70億 の人間は50年前の35億に減るだろうが、不都合はあるのか。水産資源は増 えるだろうから問題ないか。

温暖化で急に地表面積が小さくなるわけではない、何百年何千年もかかっ て変化するのだからどうってことない。寒冷化も同じで、降った雨や雪が 海に流れていかないから大陸が氷に包まれるといっても、海水面が下がっ て地球上が徒歩で移動できたりする。

温暖化、寒冷化で騒ぐより、地球という生命体にとって最大の敵である 人間の数を制限した方がいいと思うが・・・

1986年のチェルノブイリ原子力発電所事故での放射線被曝の被害は30年 以上経た今でも分かっていないが、人間がいなくなったので野生動物が 「野生の王国」を満喫しているのは確からしい。

<人間のいなくなったことが自然の復活をもたらしつつあるようで、た とえば事故後およそ20年後現地に入ったウクライナ系米国人ジャーナリス トによれば、イノシシを主として、いくつかの希少な動植物が数を増やし ているという。テレビ番組「Life After People(人類滅亡後の世界)」 では、人類滅亡後の地球の姿を想像するサンプルとして、チェルノブイリ が取り上げられている>(WIKI)


人間がいなくなっても地球も宇宙も全然困らない、むしろウェルカムだろ う。まずは人口半減計画をスタートさせればいい、要は「自分の国は自分 で賄え、他者=国連に依存するな」と自主性に任せることだ。合従連衡、 ガラガラポンで、消えるものは消え、新しい秩序が生まれるだろう。

「商売としての温暖化騒動士」はゴアなどごろごろしているが、滑稽で はあるがいささか醜いし、入院した方がいいんじゃないかというキャラも 多いようだ。ギャラ目当てのキャラ。

小生はこの際だから「寒いのは大嫌い、温暖化大歓迎!」の陣営にお味 方いたす。


今回も長くなったのでここまで。(つづく)2020/1/27



2020年01月27日

◆雀庵の「台湾は米国リベラルから脱却を」

“シーチン”修一 2.0


【Anne G. of Red Gables/65(2020/1/26】1月20日の大寒は陽気が良く、「これからは寒気も緩むだろう、まずは梅の花を待つばかり」と元気にビルの外壁補修に努めたが、21日はえらく冷え込んで、鼻水ダラダラ、寒気と腰痛で“パジャマでオジャマ”のヒッキーヂヂイになってしまった。

この際だからとシコシコと確定申告の書類を作り、電子申請のため愛車(ババチャリ)を駆って区役所で個人番号カード延長をしたり、税理士に書類を送ったり(税理士を経由させると税務署からイチャモンをつけられない。税務署と税理士、会計士はグルなのだ)、帰路にブックオフでジャズCD2枚も買い、なんやかやと忙しかった。

それにしれも「確定申告」・・・もう体力、気力がないから堪忍や、と思うが、死ぬまでやらなければならないのか。隠居したいなあ、町会の方で代行してくれないかなあと小生は願うが、つまり日本中で困っているヂヂイはいるのだからビジネスチャンスだと思うけれど。

「税務・相続オマカセ隊」なんて創って、愛人(かつては誰もが振り返る“歩くフェロモン”、今は良くてもオバサン、ほとんどは干上がって燻製になったバアサン)の始末もこっそりやってくれるとか・・・絶対ニーズはあるね。

会計士の婿さんに聞いたら、法人企業、特に大企業の仕事はカネになるが、個人相手ではそうはならないから食指が起きないようだ、フ、フ、フンと鼻で嗤われた。


♪でもね ヂイヂになれば あなたもわかる そのうちに

「恋人でサンザクロース」、いい気になっておると「別れる、切れるは愛人の時に言う台詞、今の私には死ねと、なぜおっしゃって下さらないの!」、もう修羅場になるで、のう。

旦那さん 愛人始末 請負ましょう きれいさっぱり 16億円


そんな金があるのなら苦労せんわい、ボケッ! レバノンへ行け、レバノンへ!


婿さん一家は台風難民で我が家に避難しているが、40前後の婿さんの働きぶりは昔のわが身を見る思いだ。早朝出勤、午前様が当たり前という世界で、はやり若さによる気力体力のなせる業なのだろう。メラメラとオーラが出ている感じ。

わしゃあフラフラ、ヨタヨタ、ウロウロと、何となく腐臭がしている感じだがの。使い切って今やすっかりボロ雑巾、後は竈の燃料になって最後の役目を終えるわけ。これが男の道よ、のう。

やり残しているのは「中共殲滅、支那解放」だろうなあ、これができたらまったく思い残すことはない。政権はある日一気に瓦解する。江戸幕府、清朝、南ベトナム、ソ連、旧東欧・・・あれよあれよという間に消える。まるで雪崩のよう。


どこかでタガが緩み始め、あまり目につかないから放置していると、ある日、はじけて、タガが全部緩んで桶がバラバラになる。一瞬だ。

日本が敗戦でも秩序を保てたのは天皇という不動の大黒柱、求心力絶大の磁石があったからだ。起き上がり小法師、太陽。大乱があっても御上、御意でまとまる。こういう永遠不滅不動のスタビライザーを持っている国はまずない。

自然災害だらけでこれという資源もない極東のちっぽけな島国は、やがて世界の基軸になる。


それはさておき「アリの一穴」「タガがはじけた桶」の話


企業倒産も、最初は噂話で「Aさんのとこ、支払いが滞っているらしいよ」、やがて「不渡りで手形決済もできなくなった」。こうなると記者会見で「不渡りは担当者の事務的なミス」とか言い逃れるが、信用失墜でもうお仕舞、銀行から見捨てられる。「築城30年、落城3日、あっけないものよ」と社長がつぶやいていたと側近が言っていたっけ

時勢とか時流に乗らないと国家経営も上手くいかなくなる。江戸幕府の場合、教育が普及して民度、特に百姓の民度が上がって「是は是、非は非」と命懸けで一揆を起こしてでもご政道批判をしたことが維新回天の下地になっていたろう。下級武士も内憂外患、愛国憂国の思いから藩への忠誠を止めて脱藩し国事に奔走しだした。

身分制度からはみ出せば無宿人(匪賊、乞食、ISなど)として裏街道で暮らすしかなかったのが、時代が時代で「尊皇攘夷の獅子」として大事に保護されたりする。奉行や岡っ引きなどの治安警察は取り締まるどころか襲撃されたりする。幕末の京都。恐ろしいどすえ。時流だ。奔流だ。怒涛の勢い。

今や世界の潮流に逆らって「共産主義独裁国家」を維持するのは相当難しい時代になってきた。リベラル≒アカモドキの連中もようやく中共に「?」と懐疑の視線を向けるようになってきたようだ。大異(人種、民族、文化、宗教など)を捨てて小同(メシ、カネ)に付くという、EU印の「胡散臭い樽」にまとまるのはもう嫌だと、英国というタガの一つが外れ始めた。

イヌ科イヌ属800種にはシェパード(トランプみたい)からポメラニアン(蔡英文みたい)までいろいろだが、同じ哺乳類サル目ヒト属の人間だって気性も外観も違う。日本人は何となく柴犬みたいだが、噛みつきまくりそうなドーベルマン(プーチンみたい)と一緒に暮らすのは・・・小生は厭だな。


EUは去る者は追わずどころか、これからも英国を苛め抜くだろう。共産主義者は根性が悪く陰湿で、スターリンは政敵トロツキーを追い駆けまわして惨殺した。EUのリーダー=アカ=ハイエナというのは偏見だろうか。


アカは人民を脅迫して統治する。脅せば自分に従う、忠実なら褒美をやる、あくまで逆らうなら殺す――中共、イスラムなどの宗教国家、EU官僚は大体そういう資質が初期設定なのではないか。


EUの揺らぎが中共にも動揺をもたらすだろう。EUは個性的な国が多いから、自立できそうなイタリア、オランダあたりも離脱するかもしれない。結局、「壮大な実験」のあげくにドイツ(時々発狂するオオカミみたい)と三流国しか残らなかったり。

ジャーナリストのコリン・ジョイス氏曰く――


<イギリスは1月31日に、EUを正式に離脱することが決定した。これまでブレグジットは、否定派から散々な言われようをしてきた。「国際社会に背を向ける行動」だの「経済的な自傷行為」だの、やれ「駄々っ子の抵抗」だのと。

僕はブレグジットを、分別ある民主的な行動で、ある種革命的だけれどイギリスが長年培ってきた価値観を否定するものではない、と捉えている。「ナショナリスト」の反乱でもなければ、現代的システムへの「トランプ的」抵抗でもない。

離脱を控えた今のイギリスのインフレ率は穏やかで(1.5%)、雇用率は記録的に高く、(IMFによれば)イギリス経済は今後2年間、ユーロ圏よりも(わずかではあるが)速いペースで成長すると予測されている。住宅価格(景況感の指標としてよく使われる)は上昇している。

「あえて」EUを離脱すればイギリスはこうなるだろう、と予測されていた破滅的な姿とは著しく対照的だ。


ブレグジットを推し進めてきたボリス・ジョンソン首相の保守党が昨年12月の総選挙で明確な勝利を収めたことで、「残留」運動は崩壊した。とはいえ、国民投票でブレグジットを選択してから数年がたっても、イギリスが基本的に悪化することがないことがはっきりしたから、残留派の論理はとっくの昔に崩れていた。


僕は単に、経済が大混乱に陥らなかったことだけを言っているのではない。イギリスがリベラルで開かれていて、活気ある文化に満ちた前向きな国で、国際社会に積極的な貢献を続ける国であり続けている、という意味だ>(ニューズウィーク電子版1/25)


英国はビーグル(戦闘機)を背中に乗せたセントバーナード(空母)、知恵と風格はあるね。


ありとあらゆる犬種がいるがすべて拝金狂、拝金ウイルスに感染している中共。「ちゃうちゃう、そりゃ偏見や」と言うだろうが、中共では「金持ちは貧乏人を蛇蝎の如くに嫌悪し侮蔑している」のは価値観がカネ尺で測られるからである。


わが長女の一番の友達は日本育ちの中国人女性(在天津)で、彼女はリッチであり、貧乏人を場違いなところにうろついているドブネズミを見るような目で見るという。

その価値観からすれば金儲けの才覚のない奴は厄介者のドブネズミで、人間ではないから、平気で虐待したり殺したりするのである。「核戦争で人口が半分になっても、まだ3億人もいる、ノープロブレム。そもそもわが国は人口が多すぎる」と毛沢東は豪語した。


支那は昔からそういう国で、人権とか平等といった価値観、概念がないのである。中共という異形の大国を西洋風に改めるには、1億人ほどの国に分解する方がいい。それしかない。

北京、上海、広東、福建などはもともと文化も言葉も違うのだから、一緒に固まっているより分かれた方が治世効率がいいのではないか。14億では too big to rule で、強力なタガでどうにか抑え込んでいるが、いつまでも窮屈だと人民の不満は爆発するのではないか。

緩やかな統治で、穏やかな街・村から炊煙が上がり、子供の元気な声が聞こえてくる――国造りの原点に世界が戻った方がいいのではないか、と思うのは老化のせいか。

さて、台湾の物語。蔡英文、台湾独立派が総選挙で勝ったが、この意味はすこぶる大きいようだ。ボンクラの学者や記者では分からない深層を花清漣が書いている。脳みそのレベルが全然違う、恐れ入りました。以下抜粋。

<2020年中華民国総統選挙 救国の願いが全てだった 2020年1月14日

・民進党は米国民主党を師としてはならない

反省することが出来る人には、失敗は成功の母です。蔡英文総統は、勝利演説で「勝利したからといって、反省を忘れるようなことがあっては絶対にならない。過去4年間、私たちは成果も上げたが、足りない部分もあった。台湾人民が私たちにあと4年をくれたが、私たちは、十分でなかった点、出来なかった点を、もっとよく、さらに多くやらねばならない」と言いました。

蔡英文の4年間の執政は、欧米の左派を師として学んだために、台湾での社会政策が左に偏向し過ぎて、また台湾の実情を考えないものでした。例えば、労働者の福祉の向上を意図した「一例一休政策」は労使双方からの不満を買いました。

また古い自動車の廃棄環境法案は、民進党の地盤の農村地区から不満を買いました。国民投票の結果を無視した同性婚合法化推進などなど、有権者の国民党支持につながる不満を招いたばかりか、民進党の支持基盤をも動揺させてしまいました。

2019年5月、訪台した時に各界の人士に会いましたが、皆さん、民心の離反、大陸からの圧力、「韓流」(韓国瑜)の勢いなどを、大いに心配しており、中には、2020年の選挙が、台湾での最後の民主選挙になってしまうのではと懸念の声もありました。台湾のインターネット上には「干しマンゴー」(名産品)と「亡国危機感」の文字が登場していました(読みが同じ)。

しかし、私はきっと転機があるだろうと見ていました。米国が中国との関係を見直そうとして、対中政策を変えようとしていましたから、これが必ず、国際環境の変化を生むだろう、台湾は、このチャンスをうまく使うべきだと思いました。

同時に、一切の遠慮なく、台湾の方々には、蔡英文政府の社会政策は再検討すべきだと申し上げました。蔡英文本人が、西側左派の大本営の英国のロンドン・スクール・オブ・エコノミクス卒業で、民進党は、イデオロギーでは米国民主党を教師として追随しているのです。

しかし、事実が証明しているのは、現段階での米国民主党が標榜する多くの「進歩」とやらは、まさに社会の正常な秩序の根幹を傷つけています。台湾は、イデオロギー的には米国民主党が民進党に近いけれども、台湾が中国に対抗するのを助け、支持したいと願っているのは、イデオロギー的には食い違う共和党の方だということを認識すべきです。

民進党の青年幹部たちは、この点は同じ判断をしていました。とはいえ、北京に対抗するために民進党支持に努力しようという共和党とトランプ政府は、こうしたことを理解していないかもしれませんが。

私は特に、米国民主党政府のやった、例えばオバマ前大統領の麻薬の合法化や、心理によってトイレを選ぶ制度(原注:公共トイレの男女同一使用)、性別の多元化によって、何重もの性別(原注:ニューヨークしでは30種以上など)、国家の財力(原注;つまり納税者の負担による)高度な福祉制度など、一連の無茶苦茶な社会政策が、社会の倫理と経済的なまともな発展に不利を招いたことを指摘し、台湾は、決して「猫を見ながらトラを描く」ような、愚かな真似をしてはならない、と申し上げました。

台湾は、米国民主党の極端な開放主義を真似るのは、同性婚でもう十分であり、更に推し進めようものなら、自党と台湾社会のどちらにも損害を招きます。私は、公権力とプライベートな領域の間には、一線を引くべきで、公権力の介入過剰は、多くの人々の個人の自由に影響を与えてしまうと思っています。

現在、フランスは、自分らが作った高度な福祉制度のせいで、苦境にあります。欧州各国政府も皆、高度な福祉で借金の山を築き上げてしまい、米国民主党の20数名もの大統領指名競争に参加している候補者の唱える社会政策は、オバマ前大統領でさえ、あまりにも左翼的過ぎるとして、しかたなく「現実からはみ出すべきではない」と苦言を呈しているほどです。



民進党はこうした教訓を汲み取って、もうこれからは米国民主党を社会政策の師とすべきではありません。私は、蔡英文総統が、勝利演説の中で述べた「足りなかった事や、十分でなかった事」の反省リストに、「やろうとしてできなかった」リストに、こうした米国民主党の極左的社会政策が入っていないことを望みます>



リベラル≒アカモドキの甘言に「もうこれ以上」騙されるな――ということだ。アカの除染は難しいが、10年ぐらいでまともになってくる。

それにしても五輪? 


<1940年東京オリンピックは、1940年(昭和15年)9月21日から10月6日まで、日本の東京府東京市(現・東京都区部(東京23区))で開催されることが予定されていた夏季オリンピックである。

史上初めて欧米以外の有色人種国家であり、アジアで行われる五輪大会、そして紀元二千六百年記念行事として準備が進められていたものの、日中戦争(支那事変)の影響等から日本政府が開催権を返上、実現には至らなかった>(WIKI)


中共の威嚇、人権抑圧、習近平国賓熱烈歓迎、北の拉致・・・目出度くもないサッポロサッパリ五輪で浮かれている場合じゃないでしょ、と思う人が増えているみたい。マスコミはパー、シンゾーや国会議員もパー、国民もパー。



天は目覚まし時計で民を叩き起こすのではないか。今回は長くなったのでここまで。(つづく)2020/1/26

2020年01月17日

◆雀庵の「台湾“日本統治時代”始まるが・・・」

“シーチン”修一 2.0


【Anne G. of Red Gables/64(2020/1/15】マコさまの縁談の行方は分からないが、先日、東急「学芸大学」駅前の建設素材販売業「ノナカ」で一緒だった旧友を数十年ぶりに訪ねた際、ビックリする話を聞かされた。お相手のコムロさんの母上は「ノナカ」のすぐ近くのケーキ屋「マッターホーン」に勤めていたというのだ。

つまり、何かしら縁があったらコムロさんは小生のタネになったかもしれない。思い起こせばスペシャルショートケーキよりおいしそうな店員さんがいたっけ・・・

それはさておき、この旧友は小生の恩人、師である。小生が保釈されて間もない頃で、Gone With the Wind と逃亡する金力、気力はなく、まだぐずぐずとアカの尻尾を引きずっていたのだが、「君はバカだ、下半身に行くべき血が頭に昇っている」とクソミソにやり込められた。

何しろ彼は10代で2回も心中未遂/睡眠薬自殺事件を起こした少年院(年少)上がりで、死神からも見放された文学青年だったから、読書からジャズまで大いに“訓導”を受けた。

「君は幸せだ、素晴らしいことを何も知らずに成長したんだから。これからたっぷり楽しめる。まったくうらやましいよ」

そう言う彼は、すべてやり終え、早くも20歳でも老成していたから、数十年ぶりに会ってもほとんどそのままだった。しわが多少目立つくらいで、相変わらず何やかやと“病気にビョーキ”だった。便秘、下痢から心臓病、肺がんまで十指に余るのではないか。解説を聞いていたらきりがない。

若くして老成すると・・・正直な話、脳みそがそこでストップして、それ以上成長しないようで、ほとんどゾンビのような・・・半世紀前からそのままタイムスリップしてきたような感じだった。小生も相変わらずバカ一筋(おまけにキチ〇イ)だから偉そうなことは言えないが。

山本夏彦翁は「10代で2回も」自殺未遂し(初回はマッターホルン!)、「死神からも見放されたから生きることにした」と書いていたが、夏彦翁は「この世に友が見つからなければ故人と友になればよい、かくして斎藤緑雨と友になれば芋づる式に二葉亭、陸羯南、子規、一葉、漱石、鴎外、荷風・・・安部譲二と友は増える」と多彩な交際を楽しんでいた。「私は生きている人と死んでいる人を区別しない」。

常に興味津々でいれば発見も多い。ただデカルトの言うように、だいたいこの世のことで真新しい発見なんてない、孔孟老荘からマキャベリ、モンテーニュ・・・すべて古人が考え抜いている。読書はそれを発掘する、それをネタにして料理する、美味しく食べる、皆にも食べてもらい、喜んでもらうのが畢竟、読書、文筆、哲学の「キモ」「筋」だ。

(新宿西口の居酒屋「加賀屋」では「まずはもつ煮込みとホッピー!」は定番だった。もう20年近くご無沙汰しているが、今年もオーナーから賀状が届いた。くたばる前に行かなければ・・・福岡名物もつ鍋発祥の「万十屋」、元々は古民家でやっていたが、多分バカ息子がバブルでビルを建てて「高級料理」に衣替えして大失敗した、昔の店も懐かしい。福岡はもつ鍋やホルモン焼きで有名だが、「屠畜場」で働いていた半島人が給料として内臓を貰い、「屠(ほふ)る者(もん)の食い物」→ホルモンになったようだ。旨いものは民族、国境を越える、心を捉える、岡田嘉子は「雪の樺太・恋の逃避行」、ムッシュー・ゴーンは「マネーとハニーとスイートホーム 暁の棺桶大脱走」、焦る気持ちは分かるが、天に恥じることなきか?)

閑話休題。

若くして老成するのもいいが、そこでストップし、毛色の変わった新人や古人と親しく交わらないとただの「生きている化石」になってしまうのではないか。

アンモナイト 化石以外は なんもないと?(修、わしゃ骨壺だけだな、ライブマスクとか骨格標本は皆の迷惑か。献体希望が多すぎているとか)

「(子育てを終えた後など)晩年に生きるのもまた何事かをなすためである」「走る、それができなくなれば歩く、それもだめなら這ってでも進む、1センチ、1ミリでも前へ!」・・・そういう生き方をしたいものだと、この頃よく思う。

「死んでもラッパを離しませんでした」、そういう最期っていいなあと思う。

フランス兵11人殺害の堺事件で切腹した土佐藩士の辞世の句、

時ありて 咲き散るとても 桜花 何か惜しまん 大和魂

泣けるなあ、美しいなあ、やるべきことをやる、たとえそれをやり遂げられなくても、その「志」を了とし、後に続くものを信じて吶喊、突撃する――大和男児はそうありたいね。

棚ボタで“サッポロ五輪”めでたいか 獲らぬ狸に 誰ぞ浮かれる(修)

産経もビジネスチャンスとばかりにはしゃいでいるが、日本を取り巻く情況はとても「♪オリンピックの 晴れ姿 ソレ トトント トトント 晴れ姿」じゃあない。風雲急を告げるようななかで「さあ歌え、さあ踊れ」と煽られても、小生はしらける一方だが・・・

安倍政権に告ぐ。今からでも決して遅くはないから 直ちに現在の準備を中止し 五輪旗をIOCに返し 日章旗の下に復帰せよ。そうしたら今までの罪も許されるのである。 

♪習近平に擦り寄って世界の嘲笑を浴びたいってさあ、安倍もどーかしてるぜ、あんた、あいつの何なのさ

支持者でした、ハイ。シンゾーは小生より若いのに呆け始めたのか。このままなら求心力低下でダッチロール・・・無様をさらけ出す前に辞職するんだな。キチ〇イにバカにされたらオシマイよ、のう。

さて、台湾の物語。先日の総選挙で台湾派≒反中派≒独立派が勝利したが、とりあえず国名を胡散臭い「中華民国」から「台湾」に改めて欲しい。悪魔のように細心に、天使のように大胆に台湾加油!そして香港加油! 我に何ができるかは分からないが、せめて、せめて、死に場所を!・・・邪魔? オジャマ虫? この際だから笑って許してくれんかのう。

1895年6月5日、「台湾民主国軍」は唐景松総統の逃亡とともに消えた。5月25日の“建国”から10日間ほどの存在で、エピソードにしかならないが、敗残兵の乱暴狼藉は「さすが支那兵、漢族」と台湾人をびっくりさせた。王育徳著「台湾」から。

<無政府状態下での略奪のひどさを物語る例として、立派なクルップ製小野砲が一門2、3ドルで売られ、最新式のウインチェスター銃が1ドルでも買い手がつかなかった>


当時、米国の馬車は「市内どこでも50セント。遠いからと2ドル50セントぼったくられた」とO・ヘンリーが書いているが、1ドルは今の1000円相当だろう。タダじゃないが、タダみたいに安い。まるでバナナの叩き売りみたいだ。混乱する断末魔の台北・・・

<恐怖におののく台北市民の唯一の生きる道は、一日も早く日本軍の入場を要請することであった。何たる皮肉であろう。

ここに辜顕栄(こけんえい、1866−1937)という台湾人が登場する。台北で大陸貿易を手掛け、紳商(小ブル)仲間の委託を受けて単身、基隆で台北進攻をためらっている日本軍に台北の状況を説明し、ガイドを務めた。ときに30歳。

日本軍司令部でスパイと疑われ種々脅しを受けたが、泰然自若として応答し、ようやく信用されたという。

この時の功労を認められ、翌年には台北保良局長(福祉局)に任命されるなど、生涯を通じて日本人と協力したので、1934(昭和9)年には貴族院議員に勅選された。その代わり、多くの台湾人から御用紳士第一号、最大の台漢と悪口を叩かれたが、彼には彼なりの信念があった。

かくて日本軍は6月7日に台北を無血占領した。「この分ならば」と樺山総督以下愁眉を開いた。

しかし壮烈な台湾人の抵抗が始まるのはこれからである。抵抗は1902(明治35)年5月まで、驚くなかれ7年間も継続するのである>

日米戦で日本は「本土決戦」を主張する(わが父ら)近衛師団が意気盛んだったが、昭和天皇が「耐え難きを耐え、忍び難きを忍び」と終戦をラジオで国民に説いた。その前夜、父らは放送を阻止するために玉音版奪取の一兵卒として動員されたが、父が「おい、映画を観に行こう」と促されて観たのが岡本喜八監督「日本のいちばん長い日」(1967年8月12日公開)だった。

小生は16歳だった。「父たちの戦争が終わった」と思った。是非は分からないが、本土決戦をしていたら7年どころか泥沼になっていただろうとは思う。

終戦の詔勅、あれはあれで「他に策はなかりし」だったと思うが、我々はご先祖様から「後に続く者を信ず」とタスキを受け取っているのだ。戦傷をいやすのは戦勝しかない。中共殲滅、支那解放は日本、台湾、香港の喫緊の課題になってきた。

全国3500万のヂヂババ同志諸君、立て!老いたる者よ、寝てる場合じゃないぜよ、見事に散るべし。

発狂亭“雨降ってペンキ塗り中止、干天の慈雨で体力調整、終日パジャマでバンテリン塗りまくり”雀庵の病棟日記から。


【措置入院 精神病棟の日々(180)2017/1/23】産経、上塚真由「米デモに呼応 世界中で『反トランプ』『思い通りにさせない』」。気持ちは分からないではないが、表は緑、中身はアカのスイカ人種をいくら集めたところで4年間はトランプ政権だ。チンケなデモで何か変わるのか? 仏では大統領選へ向けてスイカどもの予備選が始まったが、ルペンに勝てるのか?(つづく)2020/1/15

2020年01月13日

◆雀庵の「そして台湾人だけが残った」

“シーチン”修一 2.0


【Anne G. of Red Gables/63(2020/1/8】元旦の産経1面を見て初笑い、ゴーンが「ゴーン with the Money」、カネとともに「大脱走」した。まるで「パピヨン」みたいに大胆素敵?

ゴルゴ13じゃないけれど「アンタの出番だ」とアングラ工作のプロが出動して、「事実は小説より奇なり」の、手品みたいな手法でゴーンをレバノンの奥様のもとへお届けした、「ハッピーニューイヤー!」、熱い抱擁。

安倍政権と日本人は茫然自失、自分たちがノーズロのオメデタイは国に住んでいることが分かって、「どうなってるんだ!」と苦虫を噛みつぶす人もいるが、圧倒的大多数は「ま、人生いろいろ、それより五輪よ、五輪! 過去より未来が大事なのよ」。


知らない間に日本が中共の「東海省」になって、習近平皇帝が皇居に住み、彭麗媛ブームで国民は大はしゃぎ。五輪もあって「この世の天国、加油!チャイナ」となるね、何しろ米国の占領軍を解放軍と歓迎した国柄だから。マックの帰国に際しては感謝の日本人が20万人も沿道で手を振り、政府も別れを惜しんだのだ。

<首相の吉田茂は「貴方が、我々の地から慌ただしく、何の前触れもなく出発されるのを見て、私がどれだけ衝撃を受けたか、どれだけ悲しんだか、貴方に告げる言葉もありません」という別れを悲しむ手紙をマッカーサーに渡し、1951年4月16日には衆参両議院がマッカーサーに感謝決議文を贈呈すると決議し、東京都議会や日本経済団体連合会も感謝文を発表している>(WIKI)

マスコミ人種や学者は検閲、言論統制され続けるとやがて慣れてきて、政府/GHQの許容範囲で苦もなく言論を展開する。「長い物には巻かれろ、泣く子と地頭には勝てぬ。自由でメシが食えるんか、のう。痛いのは最初だけや、慣れれば好むようになるで」・・・

皇居無血開城、東海省発足、その露払いイベントが習近平皇帝の国賓訪日で、安倍は「イザという時は私を東海省長にしてください」とお願いしているのだろうか。姑娘のハニートラップに引っかかったか?


ところでゴーンが逃げ込んだレバノン(首都ベイルート)。どういう国なのか、「分からない国」ということは分かったが・・・

<1982年、イスラエルは本格的にレバノン南部に侵攻、占領すると、PLO、シリア、イランなどが対抗して、レバノンのシーア派勢力を応援した。その過程で、イスラエルの占領に抵抗するためにできあがったのが、シーア派の政治武装組織ヒズボラである。ヒズボラは特にイランから大量の武器や支援をもらうなど密接に関係している>(Global News View)

ヒズボラはなんと、「ゴーンの件は一切知らんがな」と恥ずかしげもなく宣うレバノン政府以上に力があるとか。つまりゴーンを live or die を問わず日本に連れ戻すにはレバノン政府ではなくヒズボラと交渉しなければならない。日本の友人であるイスラエルと敵対するヒズボラと交渉・・・つまり「カネ出すからゴーンを返して」となれば、イスラエルは怒るで。

ここは秘密裏にイスラエルにカネを払い、世界有数の諜報能力をもつの「モサド」(イスラエル諜報特務庁)に頼るしかない。「目を覚ましたら日本の刑務所にいた」とゴーンが驚くほどのオペレーションをせんと、日本の汚名をそそぐことはできんで、のう。

ま、ゴーン事件を「日本の汚名」なんて恥じる人は1割で、9割は「知ったこっちゃない」、100年間は戦争のできない国にする、というGHQの洗脳は敵ながら天晴だなあ。

さて、台湾の物語。先住民、土着した漢族、大陸から一獲千金を求めて来台した小ブル漢族らにとって、清国から台湾を受け取りに来る日本軍は敵である。日本がぐずぐずしていると三国干渉のように列強から獲物を取られて「臥薪嘗胆丸」を飲むしかなくなる、そういう時代だった。(今もそうだな、油断していると獲物は逃げる、奪われる)

王育徳著「台湾」から。

<日本は台湾の抗戦が、また外国の干渉を招くのを恐れ、台湾接収と鎮定を急いだ。1895(明治28)年5月17日、樺山総督一行500名は宇品港から出発。5月20日には、遼東半島に到着したばかりの北白川宮親王率いる近衛師団に台湾鎮圧命令が下った。



近衛師団の移動がいかに慌ただしかったかは、満洲戦場に備えて冬服のままで炎暑の台湾に向かったことからもうかがえる。5月29日、近衛師団は清国との受け渡し手続きも早々に基隆に敵前上陸した。

台湾鎮定に動員された日本軍の勢力は、後からの増援部隊を含めて、二個師団半約5万人、軍夫2万6000人、馬匹9400。

当時、7個師団しかなかった日本陸軍の3分の1以上を占め、海軍に至っては連合艦隊の大部分が投入された。

これに対する(にわか仕立ての)台湾民主国軍は、台北近辺を重点に正規軍3万5000、広東兵と湖南兵が多かった。移住民で組織された「義勇」は10万人ほどと推定され、大地主、独立百姓、小作人という主従関係が軍隊組織化したものである。

近衛師団が6月3日に(台北の玄関)基隆を占領すると、台北の上下は動揺した。民主国軍の唐景松総督は次々と増援軍を派遣したが、急募の軍隊は地理に慣れずに道に迷い、しかも給与が悪くて飢餓の手前にあった。部隊長は勝手に肩書を僭称し、指揮系統は紊乱した。(修一:戦は儲けるチャンス、というのが支那人の初期設定)

(元々神輿に担がれただけの)唐景松は台北を動く気はなかった。


断末魔の台北のすさまじい様相は米人記者、James W. Davidson の「The Island of Formosa, 1903」に詳しい。6月4日になると、敗残兵が台北市内になだれ込んで、火をかけ略奪を働き、広東兵と義勇が衝突して市街戦を演じたりした。

この日の夕刻、唐景松は数十名の親衛兵に守られ、変装して台北を脱出した。淡水のドイツ商人の家に姿をひそめ、6日、ドイツ汽船で厦門に去った。前後して民主国の要人も台湾を捨てて逃げ去った>

潔いというのか、逃げるが勝ちというか、さすが支那人というか漢族というか・・・前漢を起こした劉邦は楚軍から追撃され必死に馬車で逃げていた際、途中で追いつかれそうになったので馬車を軽くするために2人の子供を突き落としたという。その際の言い草が「子供はいくらでもできるが、俺は俺だけ、一人しかいない。子供は親のために死んでこそ親孝行だ!」。そういう国柄、民族性なのだろう。

中共の汚職摘発事件を見ていると、日本の賄賂より一つか二つ桁が大きい。日本では「たった300万円」で国会議員がお縄頂戴になるが、中共相場なら3000万、3億円の規模になるのだろう。1兆円以上を溜め込んだ人も珍しくない。漢族は私利私欲、私利私略が強いが、捕まると「これでオシマイだ」と非常に諦めが早い。ゴーンのようにジタバタしない。民族性の研究というか民族人種行動学なんて面白いジャンルではないか。

日本人は「せめて最後は潔く」なんていう人が多そうだ。断酒歴3年の小生は最期に一気飲みして「護国の鬼」になりたいが、飲酒参拝、ダメ絶対!と拒絶されるのだろう。難しい問題ではあるね。

発狂亭“雨水防止のペンキ塗りにハマっている”雀庵の病棟日記から。

【措置入院 精神病棟の日々(179)2017/1/23】産経、島田洋一「正論 同盟の中身こそ信頼の中核だ」、「日本が軍事面で自律性(攻撃力)を強めない限り、経済の論理ではアンフェアな要求をのまされる展開になりかねない」、なるほどね。

<社会主義が魅力を失って以来、左翼勢力は経済統制の手段に「環境」を好んで用いてきた。度を超えた環境主義者を米保守派は「スイカ人間」と呼ぶ。外はグリーンだが、割って見ると中はアカという意味である。

トランプ政権は、水や空気の清浄化を図る伝統的な規制以外の、特に温暖化防止を錦の御旗に重ねられてきた規制は全面的に見直すとしている。外交安保では「日本は専守防衛なのでできません」では(安倍氏の言う)いくら首脳間の信頼関係構築に努めても「揺るぎない同盟の一層強化」とはいかないだろう>

いい論考だ。肉マンだろうが餡マンだろうが、具=中身が伴わなければただの風船、張り子の虎だということ。危機感を持っているのかどうか・・・心もとないね。。(つづく)2020/1/8

2020年01月01日

◆雀庵の「2019年の世界を振り返る」

“シーチン”修一 2.0


【Anne G. of Red Gables/62(2019/12/31】2019年の世界を振り返って思 うこと・・・当然ながら「小生にとって意味ある」出来事だから「偏見、 たまに発見」である。以下は主に時事通信を参考にした。

1月:★仏ルノー、ゴーン会長「解任」。国際結婚は難しい。

戦後のフランスはアカ(武闘派からリベラル≒アカモドキまで)の威力が 凄まじく、世界最大の共産党組織を誇っていた。共産党員/支持者=いい 人とか正しい人、学識者と世間は見ていた。

今、そこそこの先進国で共産党とかアカが力を持っているのは中共、ロシ ア、北あたりで、党員になれば飯が食える。世襲的な特権階級だ。

キューバは経済活性化のために数年で「普通の国」になりそうだ。代々 木=日共は高齢化もあってレッドブック入りで、10年後には消えているの ではないか。

フランスは今は表向きはアカを前面に出していないが、民営化しない国有 企業、アカ利権に群がって特権を手放さない労組、団体が重荷になって国 際競争力がかなり落ちているようだ。国家が経営権を握り、税金で甘やか しているようなフランス企業との合併とか協同、M&Aは、資本主義/自由主 義経済の国の企業にとってはやりにくいのではないか。

現場改革、組織改革だって、利権を守りたい労組や政治家の猛烈な反発を 引き起こす。パートナーとしては考えものだ、という印象をゴーン騒動は 世界に示したのではないか。フランスの未来は「セ・シ・ボン」どころか 「枯葉」のようで・・・

カネがあれば美人の奥さんを貰えるという教訓もあるが、美人だって婆さ んにはなるから・・・奢れる人も久しからず、ただ春の夜の夢の如し」だな。


4月:★新元号は「令和」。畏れ多いことながら、あの浩宮さまが、あの雅 子さまが、天皇陛下、皇后陛下になられ、必死で国民の悲しみに寄り添っ た平成天皇、平成皇后さまが上皇陛下、上皇后陛下になられた。

皇室業務は激務である。天皇陛下、皇后陛下は実にストレスの多い仕事 で、存在自体が日本人の背骨、大黒柱であり、他の誰かが取って代わるこ とができない大看板、生きている国旗、史書である。およそ治世30年で御 代代わりというのはこれからの基準になりそうだ。

日本は大昔から一夫一婦ではなかった。明治になってからも正妻の他に権 妻(妻に準じるの意。妾、側室、第二夫人など)を持つことは法的に定め られていたが、鹿鳴館フィーバーの一環なのだろう、欧米のキリスト教文 化を真似て明治20年頃に一夫一婦制に改悪されてしまった。

明治天皇も孝明帝の側室腹、大正天皇は明治帝の側室腹という説がある が、昭和天皇は側室を置かれなかった。大昔から男系男子のDNAで皇統や 家系が引き継がれるという原則のため、「種こそが大事で、極端な話、畑 はどこでもいい」というのが日本の伝統、慣習だった。

1945年の敗戦で日本では一夫一婦制は正しく、「妾、側室はダメ、絶 対!」に上から下までなっているが、血筋を守るとか、女性の職業選択の 自由とか、イスラム教のように寡婦対策とかで、キリスト教的な一夫一婦 制を押し付ける、それ以外は許さないというのはいかがなものか。米国で はモルモン教は一夫多妻を認めている(今は分派のみ)。

そもそも一夫一婦制は個人の自由の侵害ではないか。平安時代の貴族は女 の家への通い婚が普通だったが、生活費も面倒を見なければならなかった ので「好き者」は大変だったろうし、女も「捨てられたら暮らしに困る」 から苦労したようだ。

一瞬の過ちで一生奴隷・・・せめて皇室だけでも一夫多妻(たとえ借り腹 への人工授精にせよ)を社会的に容認すべきではないか。

そういえば第11代将軍・徳川家斉は53人(も子供を儲けた。「特定される だけで16人の妻妾を持ち、男子26人、女子27人を儲けたが、成年まで生き たのは半分(28名)だった」(WIKI)とか。絶滅危惧のレッドブック入り を脱却するために貴種の方々は余裕があれば側室をいっぱい持って子沢山 になって欲しいものである。

小生は絶滅期待種で駆除される方だが・・・

★ノートルダム大聖堂で大火災。失火による火事だそうだが、その原因や 誰に責任があるのか報道されない。首里城炎上も同様だ。原因不明なら対 策も立てようがないが、それでも寄付金で再建するというのも一緒。造っ ては燃やし、燃やしては造る・・・誰が儲けるんだろう。

夏彦翁によると「電通 秘密十則」には表に出せない、こんなやり口があ るそうだ。

新しいものを創れ、創ったらそれが今の流行だと煽って買わせろ、次には それを古臭いものにしろ、捨てさせろ、そして新しいものを創れ、創った らそれが今の流行だと煽って買わせろ、次にはそれを古臭いものにしろ、 捨てさせろ、そして・・・まるで「シーシュポスの岩」。

五輪利権のような繰り返し、寄せては返す儲け方。まるで「失火原因不 明」詐欺みたい。建設業、警備業、消防設備業、警察・消防署、観光 業・・・永遠に浄財で旨い汁を吸い続けるという特殊詐欺ながら被害者ゼ ロである。頭がいいなあ。

★ウッズ、14年ぶりV5=マスターズゴルフ。人生は山あり谷あり、波乱万 丈だが、ウッズがどん底の時の写真は涙をそそったものである。再び輝く 笑顔を見て小生は救われた、「俺ももう一度トップに立つんだ、燃え尽き るんだ、真っ白な灰になるんだ!」と大いに感激した・・・再入院した方 がいいかもしれない。

「先生、どうもこの頃“ハイ”なんです、特攻したい気分で、入院した方が いいと思うんです」

「そういう人は大丈夫です、正常だと思う人が危ないんですから・・・ま あ、スズメの世話、ネズミとの知恵比べ、ペンキ塗りの作業療法でいいと 思いますよ、医療費カットのご時世でもありますから・・・」

ああ、可愛いカウンセラーのヨーコちゃんに会いたいなあ。そう思ってい るうちが花、大体が数年ぶりに会ってがっかりするのが世の常。「おもし ろうてやがて悲しき鵜舟かな」、人生の晩年は、ま、そんなものだが、 ウッズは老いの心に火をつけてくれた。

6月:★「返還後最大」デモ=中国への容疑者移送反対――香港。一度でも自 由・民主・人権・法治を知ってしまった人は共産主義独裁を受け入れられ ない。習近平はやり方がまずかった。

悪魔のように細心に接し、相手が油断したところで天使のように大胆に檻 に入れればいいものを、最初から鞭打ちはまずい。無恥無知鞭・・・香港 人は頭にきて「燃えよドラゴン」、アチョーッとキックをかますのは当然 となる。

毛沢東は知的な良い人を装った「知恵者、天才的サディスト、アジテー ター」だったが、習近平は生まれ育ちのよいお坊ちゃま、大人を装った 「無知で愚かなな強権独裁者」に過ぎなかった。

最大の失敗は、政敵潰し、権力固めのために「汚職追放 ハエも叩けば  トラも打つ」の綱紀粛正を断行して、役人は上から下まで働かなくなっ てしまったことだ。生き甲斐の賄賂が禁止され、現場はやる気なし。

いきなり鞭だか竿を振り上げて「俺の言う通りにしろ!」、これでは強姦 だ。「冗談じゃないわよ、あんたなんかに黙って犯されるもんですか!  あんたの竿なんて死んでも嫌だわ、徹底的に戦ってやるからね!」となる わね、フツーに考えれば。

「習はいけない、私は手きず」で終わればいいのだが・・・米国トランプ との貿易摩擦もあって習近平はダッチロールになるかもしれない。既にそ うなっているのか?

10月:★消費税10%スタート。多くの智者が「今の状況では増税は景気後 退を招くから止めるべきだ」と提言したが、民の竈なんて見たこともない 財務省の発達障害的東大卒官僚が安倍政権にごり押ししたのだろう、案の 定、景気は減速し始めた。

税金のバラマキを放置したままでは税収を増やしてもデフレになるばかり ではないか。福祉は大事だろうが、自助自立が人間としての当然の義務で ある。遊び惚けて、やがて老いたから「国が面倒を見てくれ、俺の当然の 権利だ」と寄生するのは、若者の手本にはならない。

夏彦翁曰く「金持ちから貧乏人、乞食までいてこそ世の中、社会であ る」。晩秋のキリギリスに餌をやってどうするのか、「さんざ遊びまくっ たツケだ、歌い続けてろ、バカめ」とアリさんは無視した。

★台風・大雨で被害。19号で多摩川支流が氾濫し、長女一家4人が我が家 に避難してきた。賑やかになってカミサンは大喜び。あと3か月もすれば 新居に行ってしまい、再び我が家はヂヂババの冷戦期に戻る。ちょっと残 念だなあ。♪アメアメアメアメ もっと降れ 私のいい人つれてこ い・・・か?

小生は雨漏り対策で忙しいが、いい運動になるね、作業療法だ。屋上庭 園にネズミ6匹が避難してきたのは想定外で、「出て行って欲しい」、 「ここに住みたい」と難民問題でいささか困惑している。

12月:★イギリス総選挙、EU離脱の保守党が圧勝。ジョンソン率いる保 守党圧勝でブレグジットが大きく前進した。実現までには北アイルランド やスコットランドなどの問題があるが、英国が英国を取り戻すことは確実だ。

逆に言えばEUは解体へ最初の亀裂が入ったということ。戦後リベラル≒ アカモドキの実験は結局「官僚帝国主義」を産み、国境、国家主権の崩壊 という危惧を蔓延させた。狂気じみたドイツでは、これまで恐れをなして 沈黙していた人々がAfD(ドイツのための選択肢)支持へ動き出し、やが てはEU離脱へ大きく動くだろう。

フランスのルペン率いる国民連合(国民戦線)も支持が高まれば(今は抑 制している)EU離脱へ動くだろう。

官僚には優秀な人が多いだろうが、試験問題と違って政治は「民意」とい うあやふやな船の上で試される。EUの理念は多分正しく、理想的だったろ うが、「でも難民とか移民を受け入れるというのは嫌、なんで私たちの税 金で保護しなければならないのよ、まずは自分の国を良くする努力をする のが当然でしょ」と庶民は忌避、嫌悪するようになった。

イタリア、スペインあたりもEUにしょっちゅうイエローカードを出されて ウンザリしているだろう。最後までEUにこだわるのは半狂乱みたいなドイ ツのリベラル≒アカモドキぐらいで、10年もしないうちに「そして誰もい なくなった」となりそうである。(つづく)2019/12/31

2019年12月28日

◆雀庵の「台湾から大陸へ逃げ戻る漢族」

“シーチン”修一 2.0


【Anne G. of Red Gables/61(2019/12/27】市役所から「マイナンバー
カード・電子証明書有効期限通知書」が届いた。一読したが全く理解不
能。そもそも「マイナンバーカード」ってなにか。法的言語なのか。「個
人番号カード」らしいが、これの有効期限は数年も先だ。

「電子証明書」も何のことか分からない。電子で小生の何を証明するの
だろう。以前「住民基本台帳カード」を持たされたが、何が何だか分から
ないうちにどこかへ行ってしまった。行政の現場も民と同様に意味不明の
「ナンカナー・・・」状態。そもそも横文字が好きな人が多すぎる。「後
方指令所」でいいものを「オフサイトセンター」だって・・・

役所の言いなりになっているとバカを見るで、のう、「シニアシチズ
ン」「シルバーエイジ」のご同輩の皆さん。

PC(個人電脳)の認証パスワード、メールパスワード、メールアカウン
ト、IDとかも、どれがどれやら分からない。PCがダウンして初期化すると
か買い替えるとかすると、もう1週間くらいはお手上げだ。

昔は名前と生年月日、性別、住所、印鑑くらいでおよそのことは用が足
りたが、そのうち犯罪歴、得意体位、LGBT嗜好T、持病、恋人いない歴、
DNA、納税額、失禁頻度・・・のデータも要求され、お上から注射器で耳
たぶに埋め込まれたICチップで読み取られたり。まるでオーウェル
「1984」とか中共「6G」の世界みたいだ。イヤーな感じ。

これが文明の進化なのか。便利な面もあるが、電気が停まれば、つまり
停電が長引けばほとんど社会は、人間は動けなくなる。便利になれた人間
は「想定外」に無力だ。

そもそも歩けない。1日にせいぜい10キロ、20キロが限界だろう、「もう
歩けん、動けん、ここで野垂れ死んでも仕方がない・・・」とか。

文字は書けない。料理はできないし、そもそも都市部なら穀類などの食
糧を確保できない。魚も獲れない。猟友会が狩猟したところで、肉をさば
けない、ライターもマッチもすぐに尽きるから料理のために火を起せない。

文明が進化し、それにより自給自足もできないリスクが拡大する。文明が
進化し、その分、人間の「動物として生きる能力が後退する。文明の進歩
≒文明の後退だ。

ペットショップの犬、農場の牛や馬など、ほとんどが人工授精だろう。
これが何代も続くと、動物は生殖機能をほとんど失うようだ。たとえ性欲
があっても自然の性交ができないのである。「別に結婚しなくても困らな
いし、結婚すればいいこともあるだろうけど、厭なこともあるし・・・大
体、子供を持って育てたところで、セイフティネットになるわけじゃない
から・・・」


江戸職人で妻帯者は半分くらいだった。高級な娼妓から低級な夜鷹、湯女
までいたから性欲処理用の女には困らない。一膳めし屋なども多いから食
事も困らない。病気の時や老いぼれても、長屋がセイフティネットになっ
て一応は面倒を見てくれたから、別に所帯を持たなくてもやっていけた。


椀と箸 持って来やれと 壁をぶち


「困ったときはお互いさま」、ひもじい思いをしても隣近所が助けてくれ
たし、「大家といえば親も同然、店子といえば子も同然」で、葬式もして
くれた。(大家は管理人、オーナーは別。火事で家が焼けても借家人の被
害は小さくて済んだ。これも知恵)

今は生活保護(生保)で餓死することはないし、生保受給者の医療費は
タダだし、共同墓地も用意されているから、生涯独身でもやっていけない
ことはない。今の日本では「代々生活保護」という人「寄生家族」は珍し
くないだろうし、ほとんどの老人が生活保護、それが当たり前という地区
は増えている。奄美では高齢者の70%以上が生活保護受給者という町村が
ある!

これが文明や人類の進化なのか。そのうち人類は退化していくのではな
いか。登り詰めれば下り坂。人間は増え過ぎたから、今度は減っていくよ
うな気がする。

小生の生まれた1950年頃、世界の人口は25億人ほど、1960年頃は30億人
と言われていた。2018年は75億人とか。増えると何かいいことがあるのだ
ろうか。「満つれば欠ける」が世のならいなら、そろそろ減ってもいいの
ではないか。先進国は減りだしている。

天は「人間増え過ぎ!」と思っているのではないか。狩猟採集だけの動
物なら「天の恵み」の範囲内でしか繁殖できないが、植物を伐採して生産
性の高い農業を始めたことで人間は天の、自然の、地球の天敵になってし
まった。まるで害獣だ。

世界中が大騒ぎするほどの疫病とか天変地異、戦争は忘れたころにやっ
てくるのか? 弱肉強食が生物のデフォルトなら、そろそろガラガラポン
が始まるのじゃないかなあ。弱肉強食・・・勝てばいいが、負ければ忸怩
たる思い、臥薪嘗胆の苦みが続くのだろう。世界は隣人をそっとしておい
てはくれないからなあ・・・

さて、台湾。オイシソウな島をほっといてくれるような時代ではないか
ら大変だ。明治28年(1895)4月17日、下関で「日清講和条約」(馬関条
約とも)が結ばれ、6月17日には初代総督樺山資紀海軍大将が台北で施政
式を挙行した。

この2か月間に反日の漢族と台湾人(先住民族系)により「台湾民主国」
が“建国”されたというエピソードがある。王育徳著「台湾」からかいつま
んで紹介しよう。

<清朝の台湾巡撫・唐景松(松は草冠)が総統に擁せられ、(私利私欲
の)有力者が要職に就いた。(軽くてパーの神輿に担がれた)唐景松は5
月2日、建国宣言文を発表した。

「日本は中国を凌辱し、欲しいままに要求を突き付けた。馬関条約は巨
額な賠償金のほかに、台湾・膨湖島(膨はサンズイ)の割譲を取り決めて
いる。台湾住民は清国に忠義を尽くし、俯首して仇敵に仕えるのを潔しと
しない。

何度も割譲拒否を要請したが、清国は国際信義を守って改約を躊躇した。

全島国民は悲憤に堪えず、他に頼るべきところがないので、自立して民
主国を樹立する決心をした。人民が余に総統の位に着くよう懇請し、余は
(当初は)これを拒絶したが、人民の意志がすでに固く、到底断り切れな
いと知って、やむを得ず総統就任を応諾した。

この日より台湾を民主国と改め、国政はすべて新設の議院で行う。

思うに、台湾は清国の二百余年の経営をへてきたもので、いま独立国を
建設するといっても歴代皇帝陛下の旧恩を偲び、以前と変わらず正朔を奉
じて藩屏となり、気脈を通ずること、一国内にあるのと変わりはないので
ある。

今後、内政を改革し外援を求め、(近代化して発展すれば)それも台湾人
民の幸福というものであろう」

独立宣言にしてはあまり格調の高いものとは言えない。「正朔を奉じて
藩屏となる」という言葉を見ると、その独立の精神が疑われる。

それもそのはず、民主国樹立は、混乱に紛れて甘い汁を吸おうとする残
留清官と、既得権益を死守しようとする富裕層/読書人階級の合同劇で
あった。

台湾民主国の立国となれば、移住民有力者の協力は不可欠であり、議会の
ような機関を設けて篭絡しなければならないが、急場の政治人材は、やは
り清官に頼らねばならず、抗戦に正規軍の協力はぜひとも必要であった。

とにかく、抗戦が相当期間持続できれば、遼東半島の場合のような国際
干渉が入るに違いないと期待は一致した。日本の南方進出を嫉妬したフラ
ンス、ドイツの動きは微妙なものがあったから、彼ら(抗戦派)の期待は
あながち根拠のないものではなかった>

それから100年後、今現在の台湾は“大習帝国”に併呑されるなんてやな
こったとすさまじい拒絶反応を示している。逆にイスラム教徒は生活保護
にありつこうとキリスト教国へ逃げ出したがり、日本では牝鶏が「専業主
婦なんてやなこった」と叫んで亡国へと進んでいる。

人生も国家もカオスの時代で、笛吹き男の煽るままに穴に、川に、海に
落ちていく。戦争という外科手術、斬った張った、ガラガラポンがないと
人類は絶滅するのではないか。

発狂亭“作業療法でせわしい師走”雀庵の病棟日記から。

【措置入院 精神病棟の日々(178)2017/1/23】産経、「トランプ外交
 まず経済 NAFTA再交渉へ」、どこをどう変えようとするのか、ギブ&
テイクだし、利権もあるし・・・交渉は長引くだろうな。

高畑昭男「価値観と理念なきトランプ外交」。つまりトランプ支持者も
ろくでなしということか。トランプは「国益最優先だ!価値観と理念を提
唱すれば雇用が生まれるのか?」と説いているのではないか。独仏のアカ
モドキ主義による「自由、民主、人権」の行き過ぎでEUから英国は逃げ始
めた。高畑は大きいだけでカロリーが低い西瓜だな。(つづく)2019/12/27


2019年12月20日

◆雀庵の「台湾清軍は“蛮族”日本が大嫌い」

“シーチン”修一 2.0


【Anne G. of Red Gables/60(2019/12/18】2016年秋に発狂して以来、3
年間飲み続けた抗うつ剤(セルトラリン・アメル25mg)を医者のアドバイ
スと自己観察しながら止めるのに3か月かかった。酒とかヤクと一緒で、
止めると不眠症みたいになるからしばらくはシンドイが、今は主に腰痛用
の鎮痛剤と軽めの眠剤で結構グッスリ眠れる。


抗うつ剤を止めてからき気力、体力、まあ「心技体」がかなり戻ってき
た。小生の場合は発狂以前から「人生は爆発だあ!燃え尽きるんだ、真っ
白な灰になれ!」という、まあ生まれつき“境界性”だったから、日々「多
動児」復活である。

光陰矢の如し、駒光なんぞ馳せるが如しと言うが、この1週間ほどは「ナ
ニクソ!」という、ほとんど躁状態で、台風19号で露呈した家の雨漏り防
止や、傷んだ屋上庭園の修繕に取り組んだ。

「どこまで吶喊するのだろう」と、自分で自分が怖い、制御不能、「誰
も俺を止められない」というハイな気分。人殺しをしかねない息子がいた
ら「世間に迷惑をかけないように」と手打ちにする・・・そんな気分。昔
はこれは当たり前だったが、アカに汚染された日本の司法では「ダメ」だ
と・・そのうち赤色法曹界浄化運動で「首斬浅右衛門」が復活するだう。

「諸行無常、是生滅法、生滅滅巳、寂滅為楽」

浅右衛門は心でこう唱えながら松陰先生も斬ったが、さすがに立派な最
期だったと山田浅右衛門家では伝えられている。斬られる方も立派なら斬
る方も立派である。

体力なし、気力だけはある「多動老人」が遊びに夢中になっている間に
「英国ジョンソンのブレグジット」派が大勝利した。歴史に残る大きな一
歩だ。英国よ、アジア太平洋にユニオンジャックを翻させよ! 日米豪印
は結束して、リベラル≒アカモドキのEUからの報復にやられないように英
国を守らなければならない。

「UK、ウェルカンバック!」とハグしてやるのが武士道だで。日露戦で
世話になったんだから、恩返しだ。

“レッド・マッド”習近平は世界覇権を唱えているが、習帝国の野望を叩
き潰すチームに英国は不可欠である。札束で手なずける支那からの「チャ
イネグジット」(中共孤立化)を進めれば、上手く行けば中共は内部分裂
する。

支那では王朝はころころ変わり、内部から不満(俺の生き甲斐は「蓄財
蓄妾美酒美食」だ、邪魔するな!)がマグマとなって爆発するのだ。花清
連女史が面白く習政権の末期症状を書いている。

<習皇帝、「汝ら罪を許すゆえ、功名手柄せよ」路線へ 2019年12月12日

19カ月も続く米中貿易戦争は、世界の産業チェーンの再配置となって、
中国経済は苦境にあります。しかし、中国政府の官僚には、この禍が福に
転じたようで、反腐敗キャンペーンは「間歇期」を迎え、皇帝陛下は、理
想とする「腐敗ゼロ」を諦め「腐敗を許す」と言いだしました。

これで「許される」のは、「犯罪を犯しても逮捕しない」民営企業家と、
各種の“軽度の腐敗”の官僚たちです。紀律委員会や監察システムは、
地方官僚が(サボらずに)経済成長を求めるようにと追い立てる「督戦
隊」(真面目にやらなければ後方から射殺する監察隊)になりました。

昔から「手厚いご褒美をくれる部隊には、必ず勇者が出る」と言いま
す。しかし「高圧的に脅せば、経済は必ず生き返る」なんて聞いたことが
ありません。世界各国がどこもここも、経済問題で困っている時に、こん
なやり方で、中国が新たな経済成長を遂げることが可能だったら、まさに
ノーベル賞ものの政策でありましょう>

ハハハハ、上手いこと言うなあ。

支那は寒冷化、地球は温暖化・・・まあ、どうなるかは分からないが
「カネ次第」で決まることは確かだろう。いずこもカネ、カネ、カネ
・・・仮想通貨は記録が残ってしまうから、やっぱりキャッシュがいい
ような感じがする。バーチャルよりリアル、生に限るで、のう。

話は変わるが、温暖化が厭なら建物、ビルの密集地を造らなければい
い。ビルは5階までとか・・・人間が増え過ぎ、都市に偏り過ぎているの
を是正すれば済むことなのに、学者は研究費を稼ぐのが仕事だから相変わ
らず騒いでいる。一種のビョーキだな。「私は正義」病。

地球の親は太陽で、太陽が燃えているから地球は生物にはいい環境に
なっている。日差しが遮断されたら地球は真っ暗闇で、ただの氷の固まり
になり、ほとんどの生物は死に絶える。

メキシコ・ユカタン半島北部にある直径約160kmのクレーターは、約6604
万年前に地球に飛来したとされる隕石の衝突跡だという。直径10〜15km
の、地球から見ればちっぽけな隕石が衝突し、この際の塵で太陽光が永ら
く遮断され、寒冷化により2億年の栄華を誇った恐竜は絶滅したという。

地球の45億年の歴史の中で“巨大”隕石が衝突することは数回はあったら
しい。お月様を見るとニキビの跡みたいにでこぼこで、まるでケーシー高
峰だから、いずれの星も中規模や小規模の隕石衝突はまあ珍しくはないの
だろう。

詳しいことは知らないが、地球は20〜30万年は氷期、その後に1万年ほど
何回かの間氷期があり、それが繰り返されるようである。今は間氷期で、
現代型ホモサピエンス、つまり今の我々のご先祖様はこの間氷期の時期に
繁殖していったわけだ。

氷河期にあっては、山に降った雨はそこで凍ってしまうから海に流れてい
かない。だから海の水位はどんどん下がる。これが繰り返されるとやがて
地球は北極や南極のように歩いて行けることになる。

逆に気候が緩めば山の氷が解けて海ができる、水位が上がるから丸木舟も
使える、塩分は下がって魚類も増える、地上は暮らしやすくなる。

氷河期にせよ間氷期にせよ、日本にやって来た人々は、北方の大陸経由
でも南方の島嶼経由でも、どうも「漢族」ではなかったようである。

林景明氏は「台湾処分と日本人」で4か国語の比較をしている。

意味  タイ語  ベトナム語  台湾語   日本語  中国語

浴びる ab(nan) ab(lam)   ab(lam)  abiu lin 淋

咬む kat cat(gam) kaa(kam) kamu yau 咬

かご krau kieu khaa(naa) kago lan 籃

蛙 kop con kap kaelu wachu 蛙子

中国語とは今では漢人語=北京語(共通/標準語)のことだが、以上のよ
うな比較を見ると、日本語(日本人)の起源は南方系のインドシナ半島あ
たりなのかもしれない。山本夏彦翁は「国家とは国語である」と言ってい
たが、日本列島に1万年前ほど前に上陸した人々は「南の海の匂い」のす
る海洋民族で、大陸系の草原や砂漠の匂いとは全然違うような気がする。

漢族からすればいずれも蛮族であり、日本人は東夷(東の野蛮人)とか
倭奴(野蛮な小人?)と呼ばれた。戦争に負けた大清帝国がこの蛮族に、
これまた統治が難しい“厄介者”台湾を割譲したことは、しかしながらも台
湾の漢族の大反発を招いた。

ただ、漢族といっても、ほとんどは大陸で食いはぐれ命懸けで訪台した
男たちで、その後は自然の流れで先住民との混血が増えていったろうか
ら、大陸に帰る場所がある漢族とは背景がずいぶん違うようだ。

今回から日本統治後というか、日本(軍)の台湾鎮撫(乙未戦争)を台
湾人からの目で繙いてみる。王育徳著「台湾」から。

<日清戦争の結果、清は台湾を日本に割譲するという噂は1895年の春
先、台湾にも伝わった。(支那大陸から台湾への)移住民は驚愕し、戸惑
い、憤激した。知識層は単純にも割譲の罪を李鴻章らに帰し、大陸の各新
聞社にとばした檄文に曰く――

<「痛ましいかな、わが台民これより大清国の民たるを得ざるなり。わ
が大清国皇帝かつてわが台民を棄てんや。賊臣あり、李鴻章らなり。わが
台民の父母妻子、田畑、家庭、家屋、墳墓、命は倭奴の手に喪うにあら
ず。実に賊臣李鴻章らの手に喪うなり。

わが台民窮まり行くところなく、憤り洩らすところなく、列祖列宗の霊
に呼号することあたわず、また太后皇上(西太后、戦費をねこばばして離
宮の頤和園を造り、敗戦を招いたとして非難されているゲス)の前に哭訴
するあたわざるなり。

ひとしく死なり。国家のために賊臣を排して死す。大清国の雄鬼たるを
得ん。李鴻章らとともに天を戴かず・・・

台湾を2000キロも離れた北辺での戦争に負けたことが、なぜいきなり台
湾割譲と結びつくのか、ひとしく移住民の解せぬことであった。しかも割
譲の相手が日本である。

日本は東夷の一つ、秦の始皇帝の家来の徐福の子孫が創めた野蛮国で、
話に聞くと弁髪を切り纏足を解き阿片を禁ずるそうである。

1884年のフランス軍の台湾攻撃を移住民は「西仔反」と呼んだ(反=騒
動)。日本軍の進攻は「「番仔反」であった。西仔(西洋人)と番仔(野
蛮人)の語感から、移住民の日本人に対する軽蔑と、日本割譲に対する痛
恨の感情を知る>

まあ・・・分からないでもないね。1945年以降の占領下の日本人は、白
人米兵には従ったが、もしも朝鮮人や支那人に占領されたら大騒動になっ
ていたろうから・・・

発狂亭“暖かい晴天、雨漏り営繕で終日ペンキ塗り、まあ作業療法”雀庵の
病棟日記から。

【措置入院 精神病棟の日々(177)2017/1/22】産経、鹿間孝一「人生
をリセットする“緑寿”」。数え年で小生は66歳だから緑寿なのだそうだ
が、「人生をリセットするのがいい」とのこと。自発的なのが望ましい
が、小生は「リセットされたクチ」で、そのお陰で健康にはなったが、去
勢されたようなもので、もう虚勢は張れないのだろうか。呆けたらオシマ
イだな。

山本一郎「韓国感情に合わせず冷静に」、「無理に韓国政府を批判して
刺激し、彼らの国内問題の解決を失敗に終わらせることは、日本にとって
一番国益を損なう可能性があるのでしょう」。

どうかな・・・朱に交わればバカになるから、基本的には必要最小限の交
際にとどめるのが一番だ。

写真報道局・古厩正樹「荒波縫う ウミネコの群れ 島根県出雲市の経
島(ふみしま)」、すごい迫力だ。対岸から撮ったとあるが、凍えたので
はないか。「今も神域。年に一度の神事などを除き、入島は禁じられてい
る」。小生は禁じられるとウズウズするなあ。(つづく)2019/12/18


2019年12月03日

◆雀庵の「習近平来日阻止! 中共殲滅へ」

シーチン”修一 2.0

【Anne G. of Red Gables/58(2019/11/30】旧暦の11月4日、庭の池に薄氷
が張った。霜月だなあと何となく感慨を覚えるが、現役時代は目の前に積
み重なった仕事、ほとんど屹立している氷河の絶壁を必死で突き崩すよう
な日々だったから、季節の移り変わりをしみじみ思うようなことはなかった。

せいぜい「寒くなったなあ、今夜は『竿灯』でショッツル鍋にするか、
『お多幸』でオデンというのもいいなあ・・・最初はやはり熱燗だな」な
んて人参をぶら下げて、己を鞭打ちながらシコシコ、時々絶叫しながら奮
闘していたものである。

いい思い出だが、よく倒れなかったものだ、やはり核燃料が燃え盛って
いたのだろう。2003年、52歳で胃癌摘出、会社を畳んで以降はパッとした
仕事はせず、58歳でリタイア、母の介護を終えた63歳以降は「自分で自分
を介護する」ような・・・「酒とバカの日々」・・・落ちたところが精神
科急性期閉鎖病棟だから「落ちるところまで落ちた」わけ。

それからは・・・ここが人生の面白みだが、谷底で眼が覚めると「上り
坂」しかない。登っていくと視野が開けてくる、眺めも良くなる、やがて
尾根に立つと、さらに高い山が見える、「よし、あの山に登ろう、どうせ
暇だし」、マシラのごとくワクワクするのだ。なんせ多動児だで、我慢が
よーできんへん。

<自閉症などの発達障害や注意欠陥多動性障害(ADHD)の子供は時折高い
場所に上ってしまう事があります。発達障害の子供は日常的に外部から受
け取る刺激が少ないとされ、しばしば自分で刺激を得て楽しむ事があります。

また、感覚が過敏であったり逆に鈍感であったりするため、感覚の感じ
方も通常の人とは違う受け取り方をしています。

高いところへ登るということは「体を動かす感覚」「高い場所から見る景
色の感覚」「高さ自体の刺激」などを受け取ることができるため、高い場
所を見つけると刺激を得ようと登ってしまいます>(発達障害-自閉症.net)

まあ、そういうことかもしれない。温かくて、柔らかくて、いい匂いが
して、すべすべして、草むらにかわいい洞窟がある山なんて見つけると刺
激を得ようと無我夢中で登ってしまうなあ。ま、昔の話だけど。

精神科の先生に「フロイト派とユング派の現況はどうですか、エジソンは
ADHDみたいですが、世界を動かすのはキチガイですね。僕はどうも自分は
自閉スペクトラムの気があるんじゃないかと。〇〇先生はマザコンです
ね。聖マリアンナ出身の精神科医はクズです」なんて言うと皆「アハ
ハ!」と楽しそうだった。

振り返れば小生の人生は穏やかな方だったろう。心身共に耐えがたいよ
うな切羽詰まった逆境には遭わなかった。このところ北条民雄の「いのち
の初夜」を何度も読み直しているが、考えさせられることが多い。

<1914年9月22日 - 1937年12月5日。ハンセン病(らい病)となり隔離
生活を余儀なくされながら、自身の体験に基づく作品「いのちの初夜」な
どを遺した。本名:七條晃司(しちじょう てるじ)。

日本統治時代の朝鮮の首都京城(現・ソウル)に生まれる。生後間もな
く母親と死別し、徳島県阿南市下大野町に育つ。

1932年に結婚。1933年にハンセン病を発病し破婚。翌1934年、東京府北多
摩郡東村山村の全生園に入院。入院後、創作を開始した。1937年に腸結核
のため23歳没。

ハンセン病に対する偏見や差別により、長らく本名は公表されていな
かったが、出身地の阿南市が親族に2年間にわたり本名を公開するように
説得した結果、2014年6月に親族の了承を得て、没後77年経って本名が公
開された>(WIKI)

「いのちの初夜」は、原題は「最初の一夜」だったが、彼が師事した川端
康成が原稿を読んでそう命名した。川端は単なる女好きの作家ではなかっ
た! 本名が公開されたのが没後77年というのも、ハンセン病への世間の
「忌避感の激しさ」に驚かされる。

千葉俊二・早稲田大学教授/近代文学はこう評している(要約)。

<小林秀雄は「優れた作品は作者の血液をもって染色されている」と書
いたが、当時大きく盛り上がった宮本顕治(修一:日共のボス、リンチに
よる傷害致死罪などで服役中にGHQが“間違って”釈放)らのプロレタリア
文学は概ね不毛だった。

自己の全存在にかかわるハンセン病という「宿命」を綴った「いのちの
初夜」は圧倒的な存在感である。救いようもない惨めさと絶望感は、宮本
顕治の言うような「史的な必然として到来する新社会」と言いったものへ
の希望のひとかけらもない。

青白いインテリの自意識や階級意識といったものは、まさにここでは
吹っ飛んでしまっている。これは文学の極北に描かれた奇蹟の一篇といえる>

ソルジェニーツィンの「イワンデニーソビチの一日」が、諦観を飲み込ん
だ上で明日を信じ、今日を思い切って生きていこうという休火山の静寂が
あるとすれば、「いのちの初夜」は今大爆発をした活火山であり、死と生
の血だらけの修羅場が描かれている。

作者の「生きよう、生きるんだ!」という人間復活の物語といっていいだ
ろう。そこには真剣な命のやり取りがある。軽佻浮薄なベストセラー本
が、朝に生まれて夕に死ぬ水の泡、陽炎のように思えてくる。

小生は特に以下の話に感動した。

主人公の尾田はハンセン病患者の隔離施設であり、一方で病気の進行で
崩れていく体を見られ嫌悪されることから患者を守る保護施設でもある
「多摩全生園」入所の当日、早々と自殺を試みたが死にきれず、患者の面
倒を見る先輩患者(義眼)の左柄木にその場を見られていた。入所間もな
いと多くの患者が自殺を試みることは定番になっていたのだ。

<「あなたと初めてお会いした今日、こんなことを言って大変失礼です
けれど」と左柄木は優しみを含めた声で前置きすると、

「尾田さん、僕には、あなたの気持ちがよく解る気がします。僕がここ
へ来た五年前のその時の僕の気持ちを、いや、それ以上の苦悩を、あなた
は今味わっていられるのです。ほんとにあなたの気持ち、よく解ります。

でも、尾田さん、きっと生きられますよ。きっと生きる道はあります
よ。どこまで行っても人生にはきっと抜け道があると思うのです。もっと
もっと自己に対して、自らの生命に対して謙虚になりましょう。

とにかく、らい病になりきることが何より大切だと思います」

不敵な面魂が言葉の内部に覗かれた。

「入院されたばかりのあなたに大変無慈悲な言葉かも知れません、今の
言葉。でも同情するよりは、同情のある慰めよりは、あなたにとっても良
いと思うのです。実際、同情ほど愛情から遠いものはありませんからね。

それに、こんな潰れかけた同病者の僕が一体どう慰めたらいいのです。
慰めのすぐそばから嘘がばれていくに決まっているじゃありませんか」

患者が当直の左柄木を呼び、彼は慣れ切った調子で男を背負い、廊下へ
出ていった。男は二本とも足がなく、膝小僧の辺りに包帯らしいものが覗
いていた。

「なんというものすごい世界だろう。この中で左柄木は生きると言うの
だ。だが、自分はどう生きる態度を定めたらいいのだろう」

発病以来、初めて尾田の心に来た疑問だった。尾田はしみじみと自分の
掌を見、足を見、そして胸に掌をあててまさぐって見るのだった。何もか
も奪われてしまって、ただ一つ、生命だけが取り残されたのだった。

今さらのようにあたりを眺めて見た。

膿汁に煙った空間があり、ずらりと並んだベッドがある。死にかかった
重症者がその上に横たわって、他は繃帯であり、ガーゼであり、義足であ
り松葉杖であった・・・

真夜中に尾田は悪夢で目を覚ますと、左柄木は書き物をしていた。病室
を眺めていると、うめき声やすすり泣き、念仏、「ああ、ああ、なんとか
して死ねんものかなあー」という、この世の人とは思えない嗄れ声が聞こ
えてくる。

「眠れませんか」と左柄木が声をかけてきた。

「尾田さん、あなたはあの人たちを人間だと思いますか・・・人間じゃ
ありませんよ。生命です。生命そのもの、『いのち』そのものなんです。
あの人たちの『人間』はもう死んで亡びてしまったんです。ただ生命だけ
がぴくぴくと生きているのです。なんという根強さでしょう。

誰でも癩(らい)になった刹那に、その人の人間は亡びるのです。死ぬ
のです。社会的人間として亡びるだけではありません。そんな浅はかな亡
び方では決してないのです。廃兵ではなく、廃人なんです。

けれど、尾田さん、僕らは不死鳥です。新しい思想、新しい眼を持つ
時、まったく癩者の生活を獲得する時、再び人間として生き返るのです。
復活、そう復活です。ぴくぴくと生きている生命が肉体を獲得するので
す。新しい人間生活はそれから始まるのです。

尾田さん、あなたは今死んでいるのです。死んでいますとも、あなたは
人間じゃないんです。あなたの苦悩や絶望、それがどこから来るか、考え
て見てください。ひとたび死んだ過去の人間を探し求めているからではな
いでしょうか」

尾田に向かって説きつめているようでありながら、左柄木自身が自分の
心内に突き出してくる何ものかと激しく戦って血みどろとなっているよう
に尾田には見えた。と果たして左柄木は急に弱々しく、

「僕にもう少し文学的な才能があったら、と歯ぎしりするんですよ。僕
に天才があったら、この新しい人間を、今までかつてなかった人間像を書
き上げるのですが――及びません。

せめて自由な時間と、満足な眼があったらと思うのです。いつ盲目にな
るか分からない、この苦しさはあなたにはお分かりにならないでしょ
う・・・」

「ああ、もう夜が明けかけましたね」

外を見ながら左柄木が言った。「ここ二、三日、調子が良くて、あの
(夜明けの)白さが見えますよ。珍しいことなんです」

「一緒に散歩でもしましょうか」

尾田が話題を変えて持ち出すと「そうしましょう」と左柄木は立ち上
がった。

冷たい外気に触れると、二人は生き返ったように自ずと気持ちが若やい
できた。並んで歩きながら尾田は時々背後を振り返って病棟を眺めずには
いられなかった。生涯忘れることのできない記憶となるであろう一夜を振
り返る思いであった。

「盲目になるのは分かり切っていても、尾田さん、やはり僕は書きます
よ。盲目になればなったで、またきっと生きる道はあるはずです。あなた
も新しい生活を始めてください。癩者になり切って、さらに進む道を発見
してください。僕は書けなくなるまで努力します」

その言葉には、初めて会った時の不敵な左柄木が戻っていた。

「苦悩、それは死ぬまでつきまとって来るでしょう。でも誰かが言った
ではありませんか、苦しむためには才能が要るって。苦しみ得ないものも
あるのです」

佐柄木は一つ大きく呼吸すると、足どりまでも一歩一歩大地を踏みしめて
行く、ゆるぎのない若々しさに満ちていた。

あたりの暗がりが徐々に大地にしみ込んで行くと、やがて燦然たる太陽
が林の彼方に現われ、縞目を作って梢を流れて行く光線が、強靭な樹幹へ
もさし込み始めた。

佐柄木の世界へ到達し得るかどうか、尾田にはまだ不安が色濃く残って
いたが、やはり生きて見ることだ、と強く思いながら、光の縞目を眺め続
けた>

ああ、俺も狂気、侠気、驚喜、凶器、強記を抱きながら倒れるまで人間と
して生きていこうと思う。60年前のハガチー事件を思い起こすと来春の
「習近平来日阻止」は首都高羽田線上下をダンプ2台で止めるだけで済
む。道路と滑走路に重油をばらまいておけばなおいい。

全国3500万のヂヂババ諸君、命惜しむな、名こそ惜しめ、中共殲滅、支
那解放へ! 団塊世代は汚名をそそぐ最後のチャンスだ、特攻の名誉を譲
ろう、歴史に名を刻め! 

興奮、公憤したので今回はここまで。(つづく)2019/11/30
          

2019年11月30日

◆雀庵の「台湾」、幼女“花蓮”を背に突撃

“シーチン”修一 2.0

【Anne G. of Red Gables/57(2019/11/29】60年安保騒動は小4の時で、こ
れに触発されて憲法を読んだ。本音と建前、表と裏でこの世は成り立って
いるのか、とショックを受け、欣求浄土、厭離穢土、厭世気分で小6の時
には真剣に自殺を考えた。ありゃあ、天下の悪法だな、有害図書。

憲法ショック以来、「人はなぜ生きるのか、如何に生きるべきか」を60年
間考えてきたが、この頃何となく分かってきた。

1)生物として:繁殖し、命のバトンを次代につなぐこと。これは本能だな。

2)人間として:天職を得て、知恵、技、創意工夫で半歩でも一歩でも前
進し、次代を育て、技、思考のタスキをつなぐこと。これは意識と努力が
必要だ。

この(2)は人類にとってプラス面とマイナス面がある。便利になる、生
産性向上になるのは良いが、牽引する人は賢くなるかもしれない半面、
「専門バカ」になりやすい。脳みその容量は限られているからオールマイ
ティの賢者(統率者、哲人など)にはまずなれないのではないか。

また、利便を享受する側は、雑巾一つ縫えない、炊事洗濯まるでダメとい
う「只のバカ」に退化しやすい。

専門バカが1割、只のバカが9割、2つの集団の差異はどんどん大きくなる
が、これが人類の発展と呼べるのかどうか・・・

キリスト教の一派「アーミッシュ」の生き方はとても興味深い。WIKIから。

<アーミッシュ(含むメノナイト)は移民当時の生活様式を守るため、電
気を使用せず、現代の一般的な通信機器(電話など)も家庭内にはない。
原則として現代の技術による機器を生活に導入することを拒み、近代以前
と同様の生活様式を基本に農耕や牧畜を行い、自給自足の生活を営んでいる。

自分たちの信仰生活に反すると判断した新しい技術・製品・考え方は拒否
するのである。

アーミッシュの日常生活では近代以前の伝統的な技術しか使わない。その
ため、自動車は運転しない。商用電源は使用せず、わずかに、風車、水車
によって蓄電池に充電した電気を利用する程度である。

移動手段は馬車によっているものの、ウィンカーをつけることが法規上義
務付けられているため、充電した蓄電池を利用しているとされる。しか
し、メノナイトは自動車運転免許を持つことが許されており、家電製品も
使用している。

アーミッシュは現代文明を完全に否定しているわけではなく、自らのアイ
デンティティを喪失しないかどうか慎重に検討したうえで必要なものだけ
を導入しているのである>

近代、産業革命以前というと、日本では江戸時代だ。「電車、自動車、先
端医療だけは享受したい、それ以外はNO!」というのは、あまりにもご都
合主義だから、とても「清貧」とは言えない。夏彦翁曰く「ならぬ昔には
戻れない」、東海道を徒歩で行くなんてできやしない。

人類の叡智は発展しているように見えても、プラスマイナスゼロなのかも
しれない。生き方なんて何千年も前から哲学者が研究し尽くしており、
「欲少なく足るを知る、足るを知りて分に安んずる」(老子、釈迦)とい
う小生の座右の銘はすっかり身に着いた。

この言葉を教えてくれた宗教学者は自宅の金庫に3000万円を隠していたそ
うだが、領収書なしで貰った講演料などを申告せずに課税を逃れていたわ
けだ。理想と現実は違うことが多い。小生だってその学者の立場になった
らそうしていたかもしれない。

ま、面白おかしく、のんびり生きていくことに満足できない人は棺桶に入
るまで「如何に生きるか」を考え続けるのだろう。小生は「結局、分から
なかったが、考えることに意義があるんだから、ま、いいか」と思うの
じゃないか。

信長は「さすが光秀、如何ともし難し」、家康は「やはり腹八分目は正論
だったな、天ぷらが旨すぎた」と苦笑したろう、晋作は「ああ面白かっ
た、おうのを頼んだぜ」と言って大往生したろう。

子をなさなかった愛妾おうのは晋作の息子を養子とし、明治41年、66歳で
天寿を全う、天国では晋作に膝枕をさせ三味線で、

♪男なら 三千世界の鳥を殺し 主と朝寝がしてみたい 酔えば美人の膝枕
醒めりゃ天下を手で握り 咲かす長州桜花 高杉晋作は男の男よ 傑いじゃ
ないかな

と歌っていることだろう。おうのと年下の正妻の雅(まさ)は姉妹のごと
く仲が良かったようで、一緒に晋ちゃんの墓に眠っている。男はそうあり
たいね。

令和の晋ちゃんは北京に媚びてどうするのかね。呆けたか?

さてさて台湾清軍残兵討伐の石光真清らの戦い。周花蓮は出陣の石光の足
に縋りつく。幼くして既に女だ。恐るべし。石光の手記「城下の人」から。

<水堀頭に駐屯してから五日目の朝、遠くに激しい小銃の音を聞いた。間
もなく下士哨から伝令がきた。敵兵約百名が襲来、下士哨は村はずれに散
開して戦闘中である。敵の小銃は約三十挺と推定さる・・・とのことで
あった。

私は一分隊を率いて救援することにした。すると周花蓮がちょこちょこ歩
きながら私の後を追ってきて、足に縋りついて離れない。残留組の志田軍
曹が苦笑しながら抱き上げると泣き出した。これを見た井手口一等兵は、

「おう、よしよし、三全世界に頼る者は中尉殿一人ですわい。わしが連れ
てゆく・・・」

と言って、周花蓮を背嚢代わりに背負った。志田軍曹は井手口の背中に子
供をくくりつけながら父親のようなことを言った。

「井手口、銃先に気をつけろよ・・・竹藪を潜りぬける時はな、いいか、
顔をはじかれるからな・・・注意しろよ」

私たちは待ちかねたように銃声の激しい村落を目指して駆けつけた。

嘉義城守備の残兵らしく、装備も悪く、予備もないようっだったから、私
は右翼に回って一分隊を指揮して突撃した。周花蓮を背負った井手口も銃
を構えて突撃した。間もなく敵は三十ほどの死体を遺棄して逃走した。

母の背にあったころから、不幸にも戦塵にまみれたこの子は、この品育段
戦にも、泣き出しもしないで背負われていた>


♪腰の大刀にしがみつき 連れていきゃんせ何処までも 連れて行くのは
やすけれど 女は乗せない戦車隊

なんていう歌は戦前はよく歌われていたようだ。「戦車隊」のところは
「いくさ船」とか「砲兵隊」とか代えていた。間もなく前線に配備され
る、今夜が最後の酒宴になるかもしれない、同郷の馴染みの芸者とも永遠
の別れか・・・元気よく歌っても悲哀がうかがえる。

戦争文化とか戦時の花、悲喜劇、喜怒哀楽といったものが、「平時」が長
く続くと消えていく。いいことなのかどうか・・・苛められると反撃もせ
ずに自殺とか・・・なんかなあという感じはするな。

発狂亭“爽やかな秋晴れに誘われて、縄文遺構の森林公園を満喫、紅葉が
始まり、富士山がよく見えた、まるで天国”雀庵の病棟日記から。

【措置入院 精神病棟の日々(174)2017/1/22】産経、島田耕「(トラン
プに)何を言われても、最善の策は無視することかもしれません。クール
に無視を決め込んでもらいたいものです」。

苛められたらシカトすればいい、殴られたら黙って耐えろ・・・って、こ
いつ、産経の編集長だって! 自分に不都合なニュースは朝日、毎日、東
京のように無視するつもりだ。トランプショックで発狂したか!

リベラル≒アカモドキの右往左往は見ものだな。(つづく)2019/11/29

2019年11月20日

◆雀庵の「怒涛の進撃!台湾コレラ・マラリア連合軍」

“シーチン”修一 2.0


【Anne G. of Red Gables/53(2019/11/16】若い頃、レンタカーで米国中
西部と南部を巡った。当時、日本人にとって米国は加州など西海岸と、NY
など東海岸であり、それ以外はほとんど“未開地”だった。米国への旅行者
を増やすためには“未開地”をまずは旅行会社にシツコク紹介すべしと、米
国商務省や州観光局、受け入れ旅行会社、ホテル、航空会社などが力を入
れ始めていた。

時は建国200年(1976)の「バイセンテニアル」の熱気が続いており、旅
行業界では「ディスカバー・アメリカ」キャンペーンの動きが始まりそう
な雰囲気があった。

そうした追い風の中で小生らは日本人にアピールしそうな地、施設を取
材して回ったのだ。その時に「アメリカにはキャンピングカー(アルミ合
金製の巨大なエアストリーム)がずいぶん多いなあ」と気づいた。エアス
トリームを住宅として使う人も多く、気候に合わせて全米を移住する人も
珍しくない。

キャンピングカー専用地は電機、上下水道、ガスなどのインフラが整備
され、車のホースをガチャンと繋げば快適に暮らせる仕組みになってい
る。専用地以外でも発電機や水のタンクがあれば暮らせるから、荒野など
で野趣に富んだ生活も楽しめる。

自然災害の多い日本でもエアストリームは役に立つのではないか。小人
数なら住宅の代わりになる。避難は楽だ。

普通の家でも、土台の上に耐震板を置き、その上に家を建てる。耐震板
は地面から3メートル(1F分)、4つほどの非常用電動ジャッキで上げ下げ
できる仕組みにし、大雨、氾濫が危惧されそうなときは上げておく。

この設備は3階建て4LDKの戸建て住宅なら1000万円ほどの追加費用で可能
だろう(半分は公的資金補助を!)。

このところわが街では世代替わりによる建て直しが盛んだが、ヘーベル
ハウスが目立つ。ヘーベルハウスは何十年も前から人気だが、東日本大震
災のときの津波か数年前の大洪水で流されなかった映像は注目を浴びたろう。

クライアントの課長が、「今、ヘーベルハウスで建て替えしているんだ
けれど、やたらと基礎が大きいのよ。職人に聞いたら、標準より1ミリで
も小さいとダメだし食らうから、大きめに造るんだとさ。大き過ぎればハ
ツリで削ればいいんで、強度は高いから問題なしだって」と言っていた。

ヘーベルハウス(など頑丈系住宅)+洪水対震ジャッキで、おおよその
自然災害はクリアできるのではないか。天空をたえず支え続けるアトラス
(タイタン族の勇者)に因んで「アトラス工法」として業界全体で開発し
たらいい。アトラスは子沢山だったから繁栄の象徴でもあるね。縁起がいい。

天空を支えながら50億年、雨が降ろうが地震だろうが立ちっぱなし、立
位専門、倒れない、流されない、つぶされない! 「雨が多い日でも安
心、ヘベラナイハウス」ってコピーどうよ。

ジャダレを言っている場合じゃないな、香港はこのままだと第2の天安門
事件になる。習近平を引き吊り降ろさないと大虐殺は免れまい。日米加英
豪乳印+台湾、フィリピン、インドネシア、ベトナムなどが台湾海峡、東
シナ海、南シナ海に艦船を遊弋させて警戒威嚇しないと、マオイスト習近
平は暴れだす。

上海閥と共青団派は国内でマオイスト習に圧力をかけ、足を引っ張らな
ければ、核戦争も起こりかねない。何しろ毛沢東は「人民の半分が死んだ
ところで問題ない、まだ3億も残っている」と豪語して並み居るワルを震
え上がらせた殺人鬼だ。大躍進で5000万、文革で1億を殺してもヘッチャラ。

習近平は文革で父とともにひどい目に遭い、姉は自殺したのに、「オ
ラ、第二の毛沢東になるだ!」と決心し、糟糠の妻を捨てアイドルと再婚
する、綱紀粛正の名のもとに他派閥を粛正する、同志である支配階級の資
産を防衛するために人為的に不動産価格を高値で維持する、民営企業を国
有化する、結局は「死屍累々、それでも問題ない、まだ7億も残ってい
る」という、毛沢東並の巨悪、骨の髄からマオイストなのだ。

毛沢東にはそれなりの戦略、理論、哲学、知性、悪知恵があった。習近
平はその“真似っ子”に過ぎない。わけのわからん貧困層(習の紅衛兵予備
軍)は習大人を拝んでいるが、ある程度の教育を受けた人民は腹の底では
バカにしている。

上海閥と共青団派は経済力をつけて緩やかに資本主義市場経済の国へと
軟着陸したい。習近平は先祖返りで国有企業中心の「大習帝国」皇帝を夢
見ている。

この狂気のマオイストの悪夢を内から崩すのが上海閥と共青団派の歴史
的使命だ。反中共連合戦線同志諸君の任務は鉄のカーテンで習近平版「紅
衛兵」の軍事的経済的海空域進出を阻むことである。内圧と外圧で習近平
一派を駆逐する、芋づる式に北、ロシアを封鎖し、やがて解放する、それ
なくして21世紀の人類の安寧はない。

帝国陸海空軍は今こそ「前へ!」、八紘一宇の世界を目指して立ち上が
るべし! お、お、俺も連れてってくれえ!

台湾清軍討伐の石光真清らの戦い、行く手を阻むコレラ、さらにマラリ
アも参戦するという熱帯病地獄に! 明治28年7月下旬にはコレラで兵力
は半分以下になり、自身も罹患した石光の手記「城下の人」から。

<「中尉殿、しっかりして下さい。弱いことを言ってはいけません。必
ず、必ず井手口が治して差し上げます」と寝台に縋りついて肛門を押さえ
たまま泣き出した。

私の顔の肉も落ちたが、看病する井手口の方が、もっと、もっと、痩せ衰
えてしまった。「中尉殿、もう少しの辛抱です。我慢なさって下さい」

私は何も食べられなかった。井手口もまた何も食べなかった。

「中尉殿、もう峠は越えました。3日目です。元気を出してください。
中尉殿・・・」

井手口は私の耳元で泣き笑いしながら言った。こうして、不思議にも私は
生き返ったのである。

こんな治療方法に効果があったのものかどうか、私には判らないが、医
薬品もなくなっていたし、治療の方法もなかったから、窮余の策として、
兵士たちの間で田舎の民間療法でも思い出して、始めたものだと思われる。

いずれにしても私が命拾いしたのは、まったく井手口寅吉のお蔭であっ
た。私は彼にどう感謝してよいか判らない。終始、私と共にあって、私の
影のように働いていた。無事私と共に凱旋したが、それから10年の後、後
備兵として召集されて奉天の戦闘で戦死したと聞いている。


新竹城周辺の敵も、増援部隊を得てようやく掃討することができた。それ
からは、私たちの部隊は師団長の指揮下に入ったから今までの大隊行動と
違って窮屈になった。師団はそこから大行動を起こして南下し、嘉義城を
目指して進撃を開始した。

その頃、病み上がりの私は、今度はマラリアに罹って高熱に苦しみ、文
字通り骨と皮だけの身体になってしまった。また井手口は不眠の介護をし
てくれて快復に向かったが、到底、乗馬する力もなかったので、井手口が
街から驕輿(こし)を調達して来て、これに私を乗せ、兵士たちが代わる
代わる担いで行軍してくれた>

コレラ・・・小生もフィリピン取材で罹患して3・7、21日間隔離された
が、医療の進歩でひどい症状はなかった(会社から「自己責任だ」と始末
書を取られたのは不本意だったが、まあ、過労死なんていう言葉もない時
代だから、とやかく言ってもせんない。汚名は挽回すれば良し、グダグダ
言うのは企業戦士の恥。そういう実にいい時代だった)。WIKIで調べたら――

<コレラは腹痛・発熱はなく、むしろ低体温となり、34度台にも下が
る。急速に脱水症状が進み、血行障害、血圧低下、頻脈、筋肉の痙攣、虚
脱を起こし、死亡する。治療を行わなかった場合の死亡率はアジア型では
75〜80%に及ぶ。コレラ罹患時には脱水のみならず消化管を休めることが
大切なので、先進国医療では絶食・水分経口摂取禁が基本である>

医療方法がない中で従卒、井手口の治療として「湯たんぽで石光の低体
温化を防いだ」「脱水症状を抑えるために物理的に肛門に栓をした」のは
大正解であったわけだ。

予防法も治療法もない長い長い暗黒時代に民間療法として伝えられたも
のだろう。古人の知恵、侮るべからず。

真夜中に稲荷神社の大木に「習近平一党絶滅」と書いた紙を釘打ちし
て、油揚げを捧げ、お百度参りしたら願いは叶うか。不審者としてパクら
れたら「信教の自由だ」と抗議すべきか、「わしゃ、お狐様の言いなすっ
たことをしただけじゃ」ととぼけるか、いずれにしても治療中の身だで、
邪険にはされないだろう。化外の人の特権・・・俺はついに特権階級か!?

発狂亭“秋晴れで気分良し”雀庵の病棟日記から。うん? ブタ箱も老人
仕様を進めている?


【措置入院 精神病棟の日々(170)2017/1/21】産経「留置室バリアフ
リー 警視庁 全国初、高齢化に対応」、「警視庁によると、65歳以上の
留置人は平成19年から増加し、24年以降は高止まりの状態が続いていると
いう。1年間に新たに留置された65歳以上の割合についても、17年は約3%
だったのが、26年は約7%に増えている」。

この病棟の男性患者で小生は最年長で、小生のようなクラッシュ・グラ
ンパ、不逞老人が増えているということ。実に悩ましいことだ。家族や世
間に遠慮して静かに暮らしていかないと害獣として駆除されるだろう。
(つづく)2019/11


2019年11月18日

◆雀庵の「怒涛の進撃!台湾コレラ・マラリア連合軍」

“シーチン”修一 2.0

【Anne G. of Red Gables/53(2019/11/16】若い頃、レンタカーで米国中
西部と南部を巡った。当時、日本人にとって米国は加州など西海岸と、NY
など東海岸であり、それ以外はほとんど“未開地”だった。米国への旅行者
を増やすためには“未開地”をまずは旅行会社にシツコク紹介すべしと、米
国商務省や州観光局、受け入れ旅行会社、ホテル、航空会社などが力を入
れ始めていた。

時は建国200年(1976)の「バイセンテニアル」の熱気が続いており、旅
行業界では「ディスカバー・アメリカ」キャンペーンの動きが始まりそう
な雰囲気があった。

そうした追い風の中で小生らは日本人にアピールしそうな地、施設を取
材して回ったのだ。その時に「アメリカにはキャンピングカー(アルミ合
金製の巨大なエアストリーム)がずいぶん多いなあ」と気づいた。エアス
トリームを住宅として使う人も多く、気候に合わせて全米を移住する人も
珍しくない。

キャンピングカー専用地は電機、上下水道、ガスなどのインフラが整備
され、車のホースをガチャンと繋げば快適に暮らせる仕組みになってい
る。専用地以外でも発電機や水のタンクがあれば暮らせるから、荒野など
で野趣に富んだ生活も楽しめる。

自然災害の多い日本でもエアストリームは役に立つのではないか。小人
数なら住宅の代わりになる。避難は楽だ。

普通の家でも、土台の上に耐震板を置き、その上に家を建てる。耐震板
は地面から3メートル(1F分)、4つほどの非常用電動ジャッキで上げ下げ
できる仕組みにし、大雨、氾濫が危惧されそうなときは上げておく。

この設備は3階建て4LDKの戸建て住宅なら1000万円ほどの追加費用で可能
だろう(半分は公的資金補助を!)。

このところわが街では世代替わりによる建て直しが盛んだが、ヘーベル
ハウスが目立つ。ヘーベルハウスは何十年も前から人気だが、東日本大震
災のときの津波か数年前の大洪水で流されなかった映像は注目を浴びたろう。

クライアントの課長が、「今、ヘーベルハウスで建て替えしているんだ
けれど、やたらと基礎が大きいのよ。職人に聞いたら、標準より1ミリで
も小さいとダメだし食らうから、大きめに造るんだとさ。大き過ぎればハ
ツリで削ればいいんで、強度は高いから問題なしだって」と言っていた。

ヘーベルハウス(など頑丈系住宅)+洪水対震ジャッキで、おおよその
自然災害はクリアできるのではないか。天空をたえず支え続けるアトラス
(タイタン族の勇者)に因んで「アトラス工法」として業界全体で開発し
たらいい。アトラスは子沢山だったから繁栄の象徴でもあるね。縁起がいい。

天空を支えながら50億年、雨が降ろうが地震だろうが立ちっぱなし、立
位専門、倒れない、流されない、つぶされない! 「雨が多い日でも安
心、ヘベラナイハウス」ってコピーどうよ。

ジャダレを言っている場合じゃないな、香港はこのままだと第2の天安門
事件になる。習近平を引き吊り降ろさないと大虐殺は免れまい。日米加英
豪乳印+台湾、フィリピン、インドネシア、ベトナムなどが台湾海峡、東
シナ海、南シナ海に艦船を遊弋させて警戒威嚇しないと、マオイスト習近
平は暴れだす。

上海閥と共青団派は国内でマオイスト習に圧力をかけ、足を引っ張らな
ければ、核戦争も起こりかねない。何しろ毛沢東は「人民の半分が死んだ
ところで問題ない、まだ3億も残っている」と豪語して並み居るワルを震
え上がらせた殺人鬼だ。大躍進で5000万、文革で1億を殺してもヘッチャラ。

習近平は文革で父とともにひどい目に遭い、姉は自殺したのに、「オ
ラ、第二の毛沢東になるだ!」と決心し、糟糠の妻を捨てアイドルと再婚
する、綱紀粛正の名のもとに他派閥を粛正する、同志である支配階級の資
産を防衛するために人為的に不動産価格を高値で維持する、民営企業を国
有化する、結局は「死屍累々、それでも問題ない、まだ7億も残ってい
る」という、毛沢東並の巨悪、骨の髄からマオイストなのだ。

毛沢東にはそれなりの戦略、理論、哲学、知性、悪知恵があった。習近
平はその“真似っ子”に過ぎない。わけのわからん貧困層(習の紅衛兵予備
軍)は習大人を拝んでいるが、ある程度の教育を受けた人民は腹の底では
バカにしている。

上海閥と共青団派は経済力をつけて緩やかに資本主義市場経済の国へと
軟着陸したい。習近平は先祖返りで国有企業中心の「大習帝国」皇帝を夢
見ている。

この狂気のマオイストの悪夢を内から崩すのが上海閥と共青団派の歴史
的使命だ。反中共連合戦線同志諸君の任務は鉄のカーテンで習近平版「紅
衛兵」の軍事的経済的海空域進出を阻むことである。内圧と外圧で習近平
一派を駆逐する、芋づる式に北、ロシアを封鎖し、やがて解放する、それ
なくして21世紀の人類の安寧はない。

帝国陸海空軍は今こそ「前へ!」、八紘一宇の世界を目指して立ち上が
るべし! お、お、俺も連れてってくれえ!

台湾清軍討伐の石光真清らの戦い、行く手を阻むコレラ、さらにマラリ
アも参戦するという熱帯病地獄に! 明治28年7月下旬にはコレラで兵力
は半分以下になり、自身も罹患した石光の手記「城下の人」から。

<「中尉殿、しっかりして下さい。弱いことを言ってはいけません。必
ず、必ず井手口が治して差し上げます」と寝台に縋りついて肛門を押さえ
たまま泣き出した。



私の顔の肉も落ちたが、看病する井手口の方が、もっと、もっと、痩せ衰
えてしまった。「中尉殿、もう少しの辛抱です。我慢なさって下さい」

私は何も食べられなかった。井手口もまた何も食べなかった。

「中尉殿、もう峠は越えました。三日目です。元気を出してください。
中尉殿・・・」

井手口は私の耳元で泣き笑いながら言った。こうして、不思議にも私は
生き返ったのである。

こんな治療方法に効果があったのものかどうか、私には判らないが、医
薬品もなくなっていたし、治療の方法もなかったから、窮余の策として、
兵士たちの間で田舎の民間療法でも思い出して、始めたものだと思われる。

いずれにしても私が命拾いしたのは、まったく井手口寅吉のお蔭であっ
た。私は彼にどう感謝してよいか判らない。終始、私と共にあって、私の
影のように働いていた。無事私と共に凱旋したが、それから十年の後、後
備兵として召集されて奉天の戦闘で戦死したと聞いている。


新竹城周辺の敵も、増援部隊を得てようやく掃討することができた。それ
からは、私たちの部隊は師団長の指揮下に入ったから今までの大隊行動と
違って窮屈になった。師団はそこから大行動を起こして南下し、嘉義城を
目指して進撃を開始した。

その頃、病み上がりの私は、今度はマラリアに罹って高熱に苦しみ、文
字通り骨と皮だけの身体になってしまった。また井手口は不眠の介護をし
てくれて快復に向かったが、到底、乗馬する力もなかったので、井手口が
街から驕輿(こし)を調達して来て、これに私を乗せ、兵士たちが代わる
代わる担いで行軍してくれた>

コレラ・・・小生もフィリピン取材で罹患して3・7、21日間隔離された
が、医療の進歩でひどい症状はなかった(会社から「自己責任だ」と始末
書を取られたのは不本意だったが、まあ、過労死なんていう言葉もない時
代だから、とやかく言ってもせんない。汚名は挽回すれば良し、グダグダ
言うのは企業戦士の恥。そういう実にいい時代だった)。WIKIで調べたら――

<コレラは腹痛・発熱はなく、むしろ低体温となり、34度台にも下が
る。急速に脱水症状が進み、血行障害、血圧低下、頻脈、筋肉の痙攣、虚
脱を起こし、死亡する。治療を行わなかった場合の死亡率はアジア型では
75〜80%に及ぶ。コレラ罹患時には脱水のみならず消化管を休めることが
大切なので、先進国医療では絶食・水分経口摂取禁が基本である>

医療方法がない中で従卒、井手口の治療として「湯たんぽで石光の低体
温化を防いだ」「脱水症状を抑えるために物理的に肛門に栓をした」のは
大正解であったわけだ。

予防法も治療法もない長い長い暗黒時代に民間療法として伝えられたも
のだろう。古人の知恵、侮るべからず。

真夜中に稲荷神社の大木に「習近平一党絶滅」と書いた紙を釘打ちし
て、油揚げを捧げ、お百度参りしたら願いは叶うか。不審者としてパクら
れたら「信教の自由だ」と抗議すべきか、「わしゃ、お狐様の言いなすっ
たことをしただけじゃ」ととぼけるか、いずれにしても治療中の身だで、
邪険にはされないだろう。化外の人の特権・・・俺はついに特権階級か!?

発狂亭“秋晴れで気分良し”雀庵の病棟日記から。うん? ブタ箱も老人仕
様を進めている?


【措置入院 精神病棟の日々(170)2017/1/21】産経「留置室バリアフ
リー 警視庁 全国初、高齢化に対応」、「警視庁によると、65歳以上の
留置人は平成19年から増加し、24年以降は高止まりの状態が続いていると
いう。1年間に新たに留置された65歳以上の割合についても、17年は約3%
だったのが、26年は約7%に増えている」。

この病棟の男性患者で小生は最年長で、小生のようなクラッシュ・グラ
ンパ、不逞老人が増えているということ。実に悩ましいことだ。家族や世
間に遠慮して静かに暮らしていかないと害獣として駆除されるだろう。
(つづく)2019/11


2019年11月16日

◆雀庵の「台湾ゲリラの残虐さに茫然」

“シーチン”修一 2.0


【Anne G. of Red Gables/51(2019/11/13】コピーライターの利彦君に
メールを送った。

<2週間ほど前に産経の健康食品広告を見ていたら、コピーが面白かっ
た。ポンポンポンと口上を述べて「さー、どうだ、買ってけ!」と、ほと
んどヤシのバナナの叩き売り、タンカバイで、「あっ、これモロ利彦節だ
なあ、ずいぶん磨きがかかってきたなあ」なんて思ったけれど、勘違いか
なあ。

得意なジャンルが広がるというのは良いね。あれもこれもで大変だろう
けれど、忙しいうちがハナよ。

わしゃ今日は水疱瘡の孫の世話だ。一緒に動物園に行って楽しもうと
思っていたが、孫はシャツを上げて腹を見せた。発疹ができていた。これ
では連れ出せない。

ゴミ出し、雨の時の洗濯物取り込みでさえドジルと「まったく留守番も
できやしない!」と叱られるから、孫の具合が悪くなったら非難轟々、下
手をすると追放される。恐ろしい時代だ。牝鶏鳴きて国亡ぶか>

産業革命(技術革新)が凄まじい勢いで進んでいる。「1980年あたりか
ら通信自由化が全面展開し、ポケットベルや携帯電話・パソコン通信・イ
ンターネット・衛星放送などの新たな通信サービスが展開され、料金の低
価格化も進んだ」(WIKI)。

85年以降のバブル時代は銀行はじゃぶじゃぶとカネを撒き、IT企業もど
んどん試行錯誤的に新機種を出し、ユーザーも新システムを導入していっ
た。ある日突然のごとくに出版・印刷業界ではアップルのマッキントッ
シュが「標準」になり、一般のビジネスの世界ではマイクロソフトのウィ
ンドウズが「標準」になった。


「標準」に対応できない人材や企業は消えていった。

産業革命で人間は幸せになったか、というと、むしろ逆ではないか。記
者は記事を原稿用紙に書いて編集デスクに渡したら「お先に失礼します」
と、飲み屋に行けた。今はスマホで、いつ、どこにいようと仕事の連絡が
来る。無視すれば「メール送っといたろう、なぜ返事しない!?」と怒ら
れ、やがては「融通の利かない、使い勝手の悪い奴」との烙印が押されて
出世コースから外されるのだ。

建設現場で釘を叩くとか鋸を引く音はしない。電動工具だらけで、電池
や電気がなければ仕事ができない。台風で電気が止まったら何もできない。

忙しくなって、脆弱になっただけではないか。技術の進歩、教育の進歩
がもたらしたものは「浮薄の普及」ではなかったか。便利になればなるほ
どオツムも体も劣化するのではないか。鉄道や自動車のない時代、日本人
は1日で10里、40キロを歩いた。江戸〜大阪500キロを女は13日間、それを
男は10日で歩いた。7日で歩く猛者もいた。

福翁は江戸〜横浜往復24時間で横浜の外人居留地を観察し「これからは
英語だ!」と学んだ。「バターン半島死の行進」と言うけれど、日本の歩
兵は足が達者だった、一方で米比兵はいつもはトラック輸送だったから歩
けずにバターンバターンと倒れていったのではないか。「戦場にかける
橋」は創作、不思議の国のアリンス。

小生は「リベラル≒アカモドキ」とよく書くが、ビッグデータを分析する
と「リベラル=アカ=バカ=危険」なのだという。掛谷英紀コラム「なぜ
人は共産主義に騙され続けるのか」「ビッグデータが暴く自称リベラルの
正体」は実に興味深かった。


いまだに共産主義を信奉する人がいるのは、不都合な現実を見ない、見
えない、見たくないという「浮薄の普及蔓延」によるのではないか。一種
の宗教とか、自分が出世できない体制秩序破壊を是とする、下郎の逆恨み
的な一種の精神疾患ではないか。正義を装う狂気。

台湾清軍討伐の石光真清らの戦い。清軍、先住民は情け容赦ない攻撃を
する。彼らには残虐とか殺人を好む嗜癖があるようだ。石光の手記「城下
の人」から。

<(土塀に囲まれた大家屋を包囲し、その中の敵を攻撃するために決死
隊が土塀に爆薬をしかけた)


爆薬が破裂した。大隊長も私も、また前線陣地の(絶交した)本郷も。双
眼鏡を目にしてじっと先方を見つめた。爆煙が風に吹き去られると、土塀
瓦解の破壊箇所が現れた・・・だが、そは狭い通路にしかなっていなかっ
た。決死の十名は起き上がって土塀の中に吸い込まれていった。

だが・・・本郷は石像のように突っ立ったまま、突撃の命令も下さず、
じっと先方を眺めていたのである。やがて敵兵に捕らわれた十名の決死隊
が、裸にされ、煉瓦米の上に引きずり上げられた。耳をそぎ、鼻を落と
し、手を斬り、足を断って、なぶり殺しにして、塀の外に投げ棄て
られたのである。

それでも本郷は依然として突っ立ったまま動こうとしなかった。彼の部
下は土に伏せたまま、これも戦死体のように動かなかった。

この悪夢のような時間が十分であったか二十分であったか、あるいは一
時間であったか判らなかった。五分位の短時間であったかもしれない。辺
りはしんと静まり返って、両眼の底に、ドキン、ドキンと心臓の鼓動が響
いた。

次第に私は全身の血がたぎり立って来るのを感じた。大隊長がその時ど
うしていたかも気がつかなかったし、大隊長の許しを得なければならない
ことも気づかなかった。私は本郷の後ろ姿に向かって突進していった。

彼の斜め後方二十歩ほどに近づいた時に、彼の神経も昂っていたのであ
ろうか、気づいて私の方にさっと身を開いた。別人かと思うほど、紫色に
膨れ上がった彼の顔に、二つの眼が食い入るように光っていた。私の眼も
険しかったに違いない。

兵士もおらず、大隊長もおらず、彼一人そこに立っていたら。私はおそ
らくは大喝して彼を張り倒したに違いない。彼の険しい眼と私の眼とが
ぴったりと合って火花を散らした。

やがて彼はくるりと後ろ向きになって、兵に射撃を命じた。その時はす
でに敵側から激しく撃ちまくっていたのであったが、私たち二人は向き
合ったまま気がつかなかったのである。


「彼とは絶交したんだ、絶交して良かった・・・僕は間違っていなかっ
た・・・」

私は大隊本部に戻り、三木大隊長に別れを告げた。大隊長は不機嫌な表
情で何も言わなかった。私は早々に兵を率いて、汚らわしいものを避ける
ように、新竹城に帰還した>

発狂亭“戦争を知らない幸福は不幸の元か”雀庵の病棟日記から。

【措置入院 精神病棟の日々(168)2017/1/21】産経、黒田勝弘先生
「韓国 知日派の挑戦と自己批判」、そして忘却と怨恨と捏造の先祖返
り、その繰り返し。

永遠に成長しないのが韓国だろう。小生は「韓国は不治の病、DNAで継承
されるから永遠にビョーキ」と確信している。先生曰く「朴正煕は二宮金
次郎の銅像に感銘を受け、李舜臣(文禄・慶長の役における救国の英雄)
像を各地に建立した。今はびこっているのは慰安婦像で、『こんな人にな
りなさい』と子供たちに教えようというのだろうか。朴正煕は草葉の陰で
泣いているに違いない」。

韓国人の大好きなキリスト教は磔刑のキリスト像を象徴としている。ソ
クラテスは「邪論で若者を惑わした」として処刑されたが(自死)、キリ
ストも似たようなものか。「己の言動に殉じた」のだろう。そこには潔
さ、美しさがある。

朝鮮ピーは家族や自分のために娼婦になった。金持ちになった者も多い
だろう。「サンダカン八番娼館」を読むと、性交で成功して故郷に錦を
飾った娼婦はちやほやされ(おすそ分け狙いが寄って来る)、尾羽打ち枯
らした娼婦は軽蔑され、嫌われ、苛められた。

キリストもピーも韓国では聖人なのか。韓国女は国内(内需)ばかりか
海外(外需)でもピーを売り、韓国GDPの10%は風俗産業だという説があ
る。娼婦は愛国産業戦士だから、あちこちに銅像が造られるわけだ。歴史
的にも妓生(キーセン)は王室や貴族のパーティでは欠かせない「接待公
務員」「美女軍団」だったのである。

欧米などでは韓国女=娼婦のイメージが年々高まっているのではない
か。美女コンテストをしても整形で皆同じ顔をしているから審査員は大い
に困るだろう。今でもコリアンバー、コリアンパブってあるのだろうか。
(つづく)2019/11/13