2019年12月10日

◆【変見自在】法王と献金

           高山 正之
 
ローマ皇帝コンスタンチヌスはネロ以来ずっと邪教扱いしてきた基督(キリス
ト)教の布教を初めて許した。

当時のローマ帝国ではギリシャ神話の神々の他、中東のミトラ神、エジプ
トのイシス神、ユダヤ人が目の敵にしたバアル神などが自由に信仰されて
いた。

それに基督教も晴れて付け加えられたわけだ。

しかし信徒はそれで満足しなかった。彼らは皇帝テオドシウスを焚き付け
て基督教を国教にし、他の宗教をみな禁教とさせた。

信徒はギリシャの神々を祀る聖地デルフォイを徹底的に破壊し、バアル神
殿も旧約聖書でギデオンがやったようにぶち壊した。

信徒が声高に「難病を治し、死人を蘇らせた奇跡」を語りだすと、アレク
サンドリアの美貌の哲学者ヒュバティアが「迷信を真実と教えるべきでは
ない」と批判した。

信徒は怒り、彼女を襲って牡蠣の殻で体中の肉を削り取って惨殺した。

基督教は他の宗教を許さない偏狭さと残忍さを特徴とした。

教会が街の中心に建てられ、人々は毎週ミサに参列し、赤ん坊が生まれれ
ば洗礼の儀式をそこで執り行った。そのたびに高額の献金を教会は要求した。

カトリックはとくに罪を強調し、高値で免罪符を売り出して儲けた。

異端審判や魔女狩りも熱心に行った。金持ちのユダヤ人が狙われ、親指を
潰し、焼けた鉄の靴を履かせる審問で、魔女であることを自白させると火
炙りにしてその財産を没収した。

教会の総本山バチカンはアーミッシュを嫌った。

彼らは聖書に生き、教会に行かなかった。教会に来なければ献金も洗礼代
も取れなかった。だから彼らを見つけるとすぐ殺した。

無教会主義を唱えた内村鑑三も時代が違えば殺される運命にあった。

16世紀の日本にも狭量で残忍な基督教を伝道するイエズス会がきた。

織田信長は「七宗が八宗になっただけ」とコンスタンチヌスのように認め
てやったが、彼らはすぐ本性を現した。高槻城に入った切支丹大名、高山
右近は城下の神社仏閣をぶち壊して坊主たちを殺した。

その狭量を秀吉がたしなめ、それでもあらためないので家光が禁教にした。

おかげで日本だけが不毛で残忍な宗教戦争の埒外にいられた。

欧米がそれに気づくのは今世紀に入ってからだ。

ボストン・グローブ紙が130人の少年を犯した神父を告発し、それをきっ
かけに英仏独などで神父の性虐待がぞろぞろ明るみに出た。基督教は狭量
で残忍なだけでなく淫乱だった。教会離れが急速に広がった。

結果、教会への献金が減りバチカンの財政も傾いた。

法王が訪日したのは献金に繋がる新しい信徒の獲得にあった。特に日本の
信徒数は人口比でたった0.03%でしかない。

実はマッカーサーも日本の基督教化を図り1500人の伝道師を呼んだほどだ。

しかしサレジオ会の神父が痴情の果てに日本女性を殺害。バチカンが彼を
国外に逃がしたこともあって信徒は減っていった。

そんな過去がある。法王はもっと慎重に事を運ぶべきだったが、来日前に
大きな失敗をやった。隠れ切支丹への対応だ。

明治維新を前に隠れ切支丹が大浦天主堂に現れた。いわゆる「信徒発見」だ。

ただ、隠れ信徒は教会に帰る派と、ひっそり信仰を続ける派に分かれていた。

法王は献金に繋がる教会派を「潜伏切支丹」と呼んで愛で、世界文化遺産
にもなったが、そうでない「隠れ」は切り捨てられた。

日本カトリック司教団の入れ知恵らしいが、この差別でバチカンのさもし
さも透けて見えてしまった。

法王は長崎、広島を訪れて核兵器廃絶を訴えたのは良かったが、なぜか東
電福島の避難民にも会って原発反対を語った。

9条の会や支那韓国とも通じる司教団。恐らくは献金を山と積んで法王を
政治利用したのだろう。

そんな謀(タバカ)りをやるから基督教は嫌われる。法王も後味が悪かっただ
ろう。



2019年12月02日

◆【変見自在】忠実な犬

高山 正之
 

先日の朝日新聞に「核」取材班記者の田井中某がローマ法王の来日につ
いての解説を書いていた。

ちょっと惹かれた。

ずいぶん前に「百円ラーメンが消える」という朝日の広島県版のトップ記
事が話題になった。

広島大学近くに老夫婦が経営する百円ラーメン屋があった。繁盛していた。

ところが3%の消費税が決まって材料費が値上がりし、もう百円では無理
になった。値上げしたら贔屓にしている学生さんに申し訳ないから店を閉
めることにしたというお話。

竹下登の消費税が弱者の善意をもろに打ち砕いた。タイムリーな記事だっ
たから読者が閉じる前に行きたい、何か援助できればと反応の輪が広がった。

支局長も、いい話だ続編を書けと言った。記者はもじもじして「実はあの
記事は作りもの。ラーメン屋の幟も自分で作って写真を撮った」と自供した。

一部捏造どころか記事すべてがインチキだった。

朝日はどうしたか。頬被りしてお詫びも訂正もなし。「記者の処分もなし
で、彼は今、本社に上がって核問題取材班に入り、外国を飛び歩いてい
る」と烏賀陽弘道著『朝日ともあろうものが』にあった。

もしかして件のラーメン記者かと思いつつ読んだ。本人かどうかは分から
なかったが、核廃絶に取り組む法王の訪日の意義を語る記事は、ラーメン
屋報道に似たものを感じた。

例えば「浦上天主堂は原爆で大破した」とある。

天主堂が交通事故に遭った風に書く。

確かに被害は酷かったが、煉瓦造りの正面も外壁もほぼ残っていた。広島
の原爆ドームほどのしっかりした威容だった。

しかしキリスト教国の米国には刺激が強すぎた。米国の強い要求で天主堂
は取り壊された。「大破」はそれを隠す狡い書き方だ。

記事は天主堂ゆかりの永井隆博士の『長崎の鐘』にも触れる。被爆の実態
が克明に綴られていたが「GHQの厳重な検閲の許で出版された。ただ日
本軍のマニラ大虐殺の報告と抱き合わせだった」と書く。

それは嘘だ。GHQは2年も出版させなかった。それを伏せ寧ろ好意的に
出してくれた風に読ませる。

もっと問題なのは抱き合わせたマニラ大虐殺の方だ。

話の出所はGHQ。「昭和20年2月、日本軍がマニラで女を犯しまくり、
市民10万人を殺した」と新聞発表して掲載させた。

これは大嘘だ。日本軍は米軍の総攻撃を前に市内のサントトーマス大に収
容していた欧米民間人3500人を解放した。戦火に巻き込まれないよう
にという日本軍らしい配慮だった。

米軍はその翌日から非白人だけになったマニラ市に徹底した砲爆撃を加
え、多くの市民が死んだ。自分で殺しておいてそれを日本軍のせいにする。

それをはっきり指摘したのはまだまともだったころの朝日だった。GHQ
発表に対し「我が軍はそんなことをしない」「証人を募って検証すべき
だ」と書いた。

GHQは即座に朝日の幹部を呼びつけ廃刊を申し渡した。ここからは邪推
も入るが、GHQは「ただ今後、米国の犬になるなら今回は二日の発行停
止で許そう」と言った。田井中はそれを今も忠実に守っているつもりなの
だろう。

彼は長崎に原爆を落としたB29ボックスカーを訪ねてオハイオ州の米空軍
博物館に行く。そこに「戦争を終わらせた」いい原爆投下機だとあった。

まだ原爆投下を正当化する米国人がいることに驚いて見せるが、それは余
りにもナイーブだ。

米政府はボックスカーも広島原爆の投下機エノラゲイも終戦後すぐ軍から
除籍し、エノラゲイの方はスミソニアン博物館に譲渡している。

さらには原爆を作ったロスアラモスとハンフォド、オークリッジの施設を
国立公園に指定し、その栄誉を讃えたばかりだ。

法王がどう説教しようとその根性は治らない。

それも分からにで米国を庇う。まだラーメン屋の嘘の方がましに見える。



出典:『週刊新潮』令和元年(2019)12月5日号
【変見自在】忠実な犬者:高山 正之
松本市 久保田 康文さん採録 


   

2019年10月10日

◆【変見自在】雄大の殺意

  高山 正之  


「生(な)さぬ仲」とはお腹を痛めた子ではない、継母と継子という意味だ。

 大正期、柳川春葉(シュンヨウ)の同名のベストセラー小説がある。

 ハリウッド女優の珠江には日本に残した前夫との間に6歳の娘滋子がい
た。(成瀬監督映画版)

 引き取りに帰国すると娘は生さぬ仲の育ての親、眞砂子と貧しいながら
幸せに暮らしていた。

 実の娘と暮らしたい珠江。しかし娘は育ての母を慕って泣き暮らす。実
母は最後に決断し、全ての財産を眞砂子と娘に与えて独りロサンゼルスに
戻っていく。

 少なくとも娘は優しく理解ある二人の母に見守られて幸せになりまし
た、で話は終わる。

 戦前戦後、何度も映画化されたいい話だが、ではこれが生さぬ仲の男版
はどうなるか。つまり実の母子の家庭に男が転がり込んできた継父と継子
のケースだ。

 例えば大阪・東住吉区の小学校6年生、めぐみちゃんの場合。31歳の母
が29歳の男と一緒になった。

 生さぬ仲の義父は借金まみれだったが工面して娘のために1500万円
の生命保険をかけてくれた。

 めぐみちゃんを可愛がり、体を抱きしめて、時に性的に犯すこともあった。

 彼女が汚れた体を洗うために風呂に入っていたら火が出た。父母はすぐ
逃げ出したが、11歳少女は逃げ口もないまま焼け死んだ。

 父母は一旦は保険金詐欺と殺人の罪で収監されたが、再審無罪となっ
た。保険金も支払われたと聞く。

 生さぬ仲の継父と娘という関係では、父は豊かで幸せになれても凄惨過
ぎる最期しかなかった。

 あるいは埼玉の小学校4年生、遼佑君9歳。42歳の高校教員の母が10歳
年下の進藤悠介と再婚した。

 遼佑君は頭がいい。対して義父は大学は出たというけれどまともな働き
口もない。家でぶらぶらだからヒモにも見える。実の父親はやはり教職に
身を置き剣道の達人だった。

 生さぬ仲の新しい父は十分に見劣りがした。それで小4児童の首を絞め
た。腕力だけは継子よりあった。

 生さぬ仲の父が取る行動は動物界ではもっとはっきりしていると動物行
動学の竹内久美子は言う。

 例えば猿の群れ。最強の雄ボスが君臨し、雌猿がそれを囲む。強い遺伝
子を残すことは種の繁栄に繋がるから正しいことだ。

 しかしボスも老いる。ある日、もっと強く若い猿が挑戦しボスを倒す。

 新ボスには就任の儀式がある。雌猿が抱いている旧ボスの子らの喉を鋭
い牙で切り裂き殺していく。

 旧ボスの血筋を絶つ。自分の組織を守るための当然の殺しだが、儀式に
は別の意味がある。

 抱いていた子が殺された瞬間、雌猿は激しく発情して新ボスを迎え入れる。

 新ボスによって遼佑君が殺されたのも、めぐみちゃんが性的に虐待され
不慮の死を遂げたのも猿の行動学で十分に説明がつく。人間としては少し
寂しい。

 で、結愛(ゆあ)ちゃん事件だ。5歳の幼女は夜明け前に父親の船戸雄
大(34歳)に「サッカーボールを蹴るように横腹を蹴られて」(27歳の母
親の供述)起こされ、冷水シャワーをかけられ、震えながらきれいな文字
を書かされた。

 食事は父が「女の子が太ってはいけない」(同)と言って与えられな
かった。「もうおねがい ゆるしてください」と書いたノートを残して昨
年3月に衰弱死した。

 事件報道で、こんな残忍な父もいるのかと呆れたものだが、先日の初公
判を伝える新聞を見て仰天した。

 雄大は実は結愛ちゃんとは生さぬ仲の継父だった。雄大は継子だからと
言われぬよう躾けたと言う。

 それは嘘だ。生さぬ仲のこの父に殺意があったのはその行動で明らか
だ。猿の行動に最も近い。

 ただ雄大は猿より狡賢い。殺意を躾の言葉で包み隠し、それを空涙でぼ
やかす。

 罪名は保護者責任遺棄致死だが、むしろ悪意ある殺人、謀殺とすべきだ。

 それにしてもなぜ新聞は「生さぬ仲」を大きく報じなかったのか。事件
の様相はそれで大きく変わる。



出典:『週刊新潮』 2019年10月17日菊見月増大号 【変見自在】雄大の殺意

著者:高山 正之


松本市 久保田 康文さん採録 


2019年09月27日

◆【変見自在】諭す宰相

高山 正之


朝日新聞はこと韓国となると目が潤んでくる。愛おしくて身悶えする。

 だから日本の雑誌如きが韓国に意見でもしようものならもう怒り狂って
「メディアが韓国への反感を煽る」と社説で騒ぎ立てる。

 先の戦争では「メディアが国策に沿い、英米敵視と支那朝鮮への蔑視を
植え付けた」と社説は続ける。

 鬼畜米英は知っているけれど後半は初耳だ。というか、もろ嘘だ。朝鮮
人は内鮮一体で同等の待遇にしてやり、徴兵免除、課税軽減の特典も与えた。

 米国が植民地フィリピン人を、英国がインド人を自国民の盾に使うよう
な非道はしなかった。

 支那では汪兆銘を支えて上海などでは終戦まで安寧の日々が続いた。民
は李香蘭の舞台に興じ、北京郊外の狼牙山の民は日本軍に共産ゲリラの略
奪から守ってもらった。

 社説はまた「半島から文明の伝播もあった」と書く。これも「文化は日
本から」が正しい。半島からは厄介だけが来た。その証拠に唐からきた辛
子は日本経由で朝鮮に入った。だから半島では「唐辛子を倭辛子という」
とモランボンの会長が言っていた。

 川の名前でも分かる。北の支那人は黄河、熱河のように「河」を使う。
日本が付き合った南の支那人は揚子江、黄浦江と「江」を使う。

 それが日本経由であっちに伝わり、彼らは洛東江と漢江とか書く。

 韓国を愛するのはいいが、論説主幹根本清樹はなぜこんな一片の真実も
ない社説を書かせたのか。

 この新聞社は外資系風に編集局長をゼネラルエディターと呼ぶ。新聞記
者だったらこんな名刺は恥ずかしくて出し難かろうに。

 そのGEも韓国への愛は論説に負けない。元ソウル特派員神谷毅に韓国
大統領特別補佐官の文正仁をインタビューさせたが、これもひどい。

 なんたら補佐官は驚くほど学がない。目下の日韓のいざこざ分析で「日
本も韓国も、相手を叩くと(政権の)人気が出る構造になっている」と語る。

 韓国は確かにその通りだ。あっちでは政権の求心力が落ちると反日政策
を打ち出すのが形だ。そうすると人気が盛り返す。

 日本人はあまり深刻に考えないが、あの国の民は骨の髄まで反日だとい
うことを知るべきだ。

 だから汚職で危なくなった李明博は竹島に登っただけですべて許された。

 金泳三が旧朝鮮総督府を爆破したら国民は大喜びした。韓国製なら風が
吹いても倒れるが日本の本格建築はなかなか崩れない。おかげで韓国民は
何週間も爆破作業を楽しんだ。

 対して日本は政権が韓国を叩いて人気を得たなどという事例は一つもな
い。甘すぎてもたかが韓国のことでは政局にもならない。

 例えば岸信介。李承晩が勝手に敷いた李ラインで4000人の日本人漁
船員が拿捕、あるいは殺害された。

 軍事手段を持たない岸は漁船員解放のため収監中の在日殺人犯や大村に
収監中の密航朝鮮人全員を釈放し在留も認める「抑留者相互釈放覚書」を
交わした。大甘だが、日本人はそれで彼らが真人間になればと思いやった。

1987年、大韓機爆破テロがあった。バーレンの日本大使館員が金賢姫の身
柄を確保したが、竹下登は慮泰愚に配慮して彼女を韓国に引き渡した。結
果、北朝鮮によるめぐみちゃんらの拉致被害の実態確認が大幅に遅れた。

 慮泰愚は嵩にかかって海部俊樹も脅し、在日の指紋押捺も廃止させ、入
国韓国人にもそれを適用させた。

 施行されてすぐ世田谷一家四人殺しが起きた。犯人の指紋は山とあるの
にまだ捕まっていない。

 宮澤喜一はサッカーW杯を韓国との共催にしてやった。小泉純一郎は韓
国にホワイト国待遇を与えた。

 他に経済援助もしてやった。そういう寛大さがあの国をまともにすると
歴代宰相は信じたが、みな見込み違いだった。

 韓国に理非を諭せる宰相が必要になった。

 今、やっとそうなってきたのかもしれない。