2017年12月16日

◆年の瀬に思うこと(その二)

                               眞鍋 峰松


今年も、残す所あと幾日か。長いようで短い1年という歳月。全てこれ一日一日を重ねる歳月である。例年のことでもあるが、この時期になると、この1年間何をして過して来たのだろう、必ずしも空しく過してきたとは思わないのだが、と回想する。

しかし、取り返しのつかぬ歳月というものが、近年ほど重く心にかかるものはない。残りの時間が、はっきりしてきたからであろう。

この歳になると、人生を登山に例えると、確実に下山の時期である。
 
山を登る時には、先へ先へと急ぎ、路を踏みしめ一歩一歩と足元のみを見詰めきたものを、山を下りる時には、視野が広がり眼下の景色を楽しめる。
 

こう考えれば、下山は決して寂しく惨めなことではないし、穏やかで豊穣で、それまでの知識・情報では及びもつかないような智恵にふれる、そう言う時期でもあるはずだ。                          

徳川家康が子孫のため残した言葉の中に、「人の一生は重き荷物を背負いて 遠き道を行くがごとし」とある。そこには、人の一生は苦であるという仏教の「苦諦」の匂いが窺われる。
  

だが、私のような凡人にとっては、家康のように貧しい時代ならそれは已む得ないことだったのかも知れないが、重い荷を背負って汗水たらしながらひたすら生涯を歩み続けねばならないとしたら、そんな風に人生をだらだらと歩むのは何ともやりきれない、と思ってしまう。


山を下りるその時は疲れているが、その疲れは人生の正しい疲れであってひたすら上を目指して競争している間は気がつかなかったことが感じられる、と思う昨今である。
      

今年1年。 国においては3月11日の東日本大震災と福島原発事故の後処理に追われ、これに伴う政治混乱に明け暮れ、ここ大阪では維新旋風が荒れ狂った。
            

ちょうど1年前。この欄で、「今年はどんな年?」と題し、奈良薬師寺管主山田法胤老師の言葉を紹介した。


老師曰く『 今年は「辛卯(かのとう)」の年に当たり、「辛(かのと)」は字の意味からすると、「からい、つらい、きびしい、酷い、むごい、苦しい」などの意味。
 

「卯」は動物では兎、音読みは「ボウ」で「芒」に通じ、「広い」または「しげる」などの意味で、象形でいうと門の戸が左右に開いた形。方位は正東。時刻では午前6時。
 

この二つの字を組み合わせると、各家の門扉が左右に開いて、午前6時に朝一番の太陽の光が差し込むという風となる。』とのこと。
 

ここまで読んで、慌て者の私は、そうか門内に朝一番の太陽の光!こりゃ、今年は良い年になりそうだ、と喜んだのも束の間。
 

続いて、「辛」の字が開いた門に入り込むとなると、辛くて厳しい、ひどいことが朝一番に入る意味になる。そうなると今年は、苦しい年が否応なしにどの家にも入りこんでくるということになる、とのご宣告であった。


斯く書いた私自身は、干支で当該年の動静・人の運勢が全て決る何てあり得ないと思いながらも、今さらながら驚愕の1年であった。
 

さて、来年は? 今年は我が国にとって歴史的大災厄の年であり、記憶に留めるべき年である。だが、来年こそは、どうか諸々の苦難・懸案が一掃される年でありたいものだと念ずる次第。
 

折しもの忘年会シーズン。行く年よりも、来る年を祈って、せめて今年の忘年会だけは、来年に期待を込め希望に満ちた“望年会”といきたいものである。

2017年12月15日

◆年の瀬に思うこと(その一)

眞鍋 峰松


12月も中頃を過ぎると、ほとんどの会社では冬のボーナスの支給が終了する時期。
4,5日前の民放テレビを見ていたら、番組で街行く老若男女のサラリーマン・ウーマンを対象に、今年のボーナスはどうでしたか、とインタービューしていた。

ひと昔前までは、同じサラリーマンとして、夏・冬のボーナスが如何に有難いものであったことか、百も承知のこと。 とりわけ若年の頃には月給が安いぶん、あたかもボーナスは会社による強制的な貯金、給料として月々頂くと淡雪のように溶けて無くなってしまう、有難い制度だ、とまで思っていた。
 

ただ、現役の当時であれば、同じようなテレビの街頭インタービューであっても、その質問内容は、貴方(女)は貰ったボーナスはどのように使いますか、という使い途に関することが多かった。
 

今回のように、お宅の会社のボーナスはどれ位、というような類のボーナスの金額の多寡の質問では無かった気がする。 


つまり、今時のボーナスの話題と言えば、会社によって相当な格差が有ることが当然の前提として在って、その格差実態の方へ視聴者の関心が向いていることの表れなのだろう。
 

さて、そのインタビュー。 10人程度の男女が回答に応じていたが、現在の不況風の下でさぞ厳しいのだろうという想像に反し意外と、昨年に比べ増えましたという答えが多かった。 

それも面白いことに、年配者はパーセント増と答え、若者は1〜3万円増えましたと金額で表現していたこと。年配者のそれは、経済好調時の大らかな時代の名残りだと思うのは考え過ぎだろう、か。 

番組では、調査対象全体では、やはり現下の不況と先行き不安などを反映し、対前年では減少したとの回答の方が若干多かったとの解説であった。
 
また、インタービュー回答者の中で、3,4人がボーナスの増加要因として、前年に比べ会社の財務状況が改善したので、と答えていた。 つまり、収入面の販売促進や売上増加というより、経理内容つまり支出面の諸経費の削減によるもの、という意味なのであろう。

さらに、番組の中、最も印象深く記憶に残ったのは、30才半ばの男性の答え。 昨年より5倍に増えました、というのである。視聴者も驚いただろうが、さすがに、そのテレビのインタービュアーも驚いて、もう一度聞き返すと、件の男性の答えは、昨年が悪過ぎたのでその分増加幅が多くなった、リストラにより会社の財務内容が改善されたので、というのである。

この前二者の回答の中で、共通するのは、“会社の財務状況の改善で増えました”という理由。 財務改善の内容を明快に答えていたのは後者の男性のみだが、多分、いずれの会社の内容も似たり寄ったりの要因 〜リストラなどによる人件費の圧縮が大きいのだろうと推察できる。

何故なら、我が国の最近の給与所得者の平均所得額が、ほぼ横ばい乃至やや減少傾向にあること、依然として企業の被雇用者中に占める非正規労働者比率が増加しつつあること、特に中高年齢者のリストラが依然として高水準で続いていることなど、からも明らかだ。

また、件の男性の回答の中で、リストラという発言をする際、自己のボーナス増加は他者のリストラという犠牲のお陰だと、やや自嘲気味に言ったようにも聞こえたのは、私だけの錯覚だったのだろうか。 

しかし、一緒に視聴していた家人の反応からしても、あながち私の独断だとばかりには思えない。

江戸時代の儒者 伊藤仁斎には「貧しきことを患(うれ)えず、均(ひと)しからざるを患う」という言葉がある。この言葉には件の男性の心根に相通じるものがあると思うのだが、為政者や企業経営者たちにこそよくよく心して頂きたい言葉だと思う。

現在、非正規労働者を中心に、国民の間に蔓延する将来への不安や現在の生活への不満・不平を齎し、社会全体の安定を乱す要因となっている格差社会への警鐘と受け止めるべきではなかろうか。

それにしても、この番組の中で、上記回答の内容の深刻さに一言も触れることが無かったのはどうしたことだろうか。 社会の木鐸たるジャーナリズムを標榜するマスコミとしてはどうなのだろうか、思う次第である。 
     

2017年12月03日

◆今日一日をプラス思考で生きる

 眞鍋 峰松


最近になって、情報化社会がいよいよここまで進展してきたのか、と強く感じさせられる社会現象が多く見受けられるようになった。  

何よりも情報化の進展は、個人レベルの社会生活の中では、その人のアイデンティティの組織離れということに大いに関係してきているような気がする。
   
かって、サラリーマンが企業戦士として高度成長を支えてきた時代には、個よりも役割を優先する日本的意識はそれなりに機能してきた。だが、こうした肩書き優先社会では、退職や失業などにより組織を失うと、個人のアイデンティティも失われ、ヘタをすると人間としての存在価値そのものが奪われる結果となる。

ここにきて、一挙に増加傾向を示しつつある中高年男性の自殺や熟年離婚のなども、役割と人格を混同し社会や配偶者などと個として向き合うことが少なかったことの裏返しの現象の一つ、ということだろう。
   
情報化の進展とともに、個々人が容易に色々な情報に接し得る機会が多くなり、各人のライフスタイルも多様化しつつある現在では、かっての組織優先の人間観・人生観は個人にも社会へも大きい軋轢と落差をもたらす。 

個人にとって、従来の日本型の自意識のままでは、情報化、多様化している社会を生き抜くのは非常に難しい時代に直面しているのは確かだ。
   
そこで求められる生き方は、ということになると、やはり肩書き抜き、組織とは距離を置いた自己意識を持ち、長寿社会を迎えて多趣味を生かしながら生き抜いていくことだろう。 

そのためには、好奇心をいつまでも強く持ち、新しいものをどんどん受け入れ、それらを積極的に活用していこうという気構えを常に忘れないこと、これはつまり、進取の気性を持つということだ。 

この進取の気性こそ生きがいを見つける最大の武器の一つでもある。 

もう一つは、徒に明日を思い煩うな、ということ。 明日のことは明日のことで、今日思い煩うことはない。いずれにしても、座して待つのでなく、これぞと思った時には、すぐさま行動に移すぐらいの勇気と機敏さをいつまでも忘れないことだろう。 

ここで動いて明日はどうなるだろう、なんて思い悩んでしまったらどうだろう。 要は、明日を思い煩うことなく、今日一日をプラス思考でことに当たることが肝要、ということになろう。
 
もう一度少年のような冒険心と好奇心を持って、一日一日を過ごし、充電してゆくことが、花も実もある生き方につながるのではないか。 

シェークスピア風にいえば、退職後も自分に与えられた「劇場」の中で、しっかりと「主役」を演じることはとても楽しいことである。(完)

2017年11月26日

◆情報化と人間の生き方考(後編)

眞鍋 峰松(評論家)

 
情報化の進展とともに、個々人が容易に色々な情報に接し得る機会が多くなり、各人のライフスタイルも多様化しつつある現在では、かっての組織優先の人間観・人生観は個人にも社会へも大きい軋轢と落差をもたらす。

 個人にとって、従来の日本型の自意識のままでは、情報化、多様化している社会を生き抜くのは非常に難しい時代に直面しているのは確かだ。
   
 そこで求められる生き方は、ということになると、やはり肩書き抜き、組織とは距離を置いた自己意識を持ち、長寿社会を迎えて多趣味を生かしながら生き抜いていくことだろう。 

 そのためには、好奇心をいつまでも強く持ち、新しいものをどんどん受け入れ、それらを積極的に活用していこうという気構えを常に忘れないこと、これはつまり、進取の気性を持つということだ。 

 そして、この進取の気性こそ生きがいを見つける最大の武器の一つでもある。 そして、もう一つは、徒に明日を思い煩うな、ということ。 明日のことは明日のことで、今日思い煩うことはない。いずれにしても、座して待つのでなく、これぞと思った時には、すぐさま行動に移すぐらいの勇気と機敏さをいつまでも忘れないことだろう。 

 ここで動いて明日はどうなるだろう、なんて思い悩んでしまったらどうだろう。 要は、明日を思い煩うことなく、今日一日をプラス思考でことに当たることが肝要、ということになろう。
 
 もう一度少年のような冒険心と好奇心を持って、一日一日を過ごし、充電してゆくことが、花も実もある生き方につながるのではないか。 シェークスピア風にいえば、退職後も自分に与えられた「劇場」の中で、しっかりと「主役」を演じることはとても楽しいことである。(完)

2017年11月25日

◆真正面からの言葉・教えほど尊い (前編)

眞鍋 峰松
   

最近、マスコミ上に登場する方々を拝見していると、どうも物事を斜めに見て論じる人が多いように感じられてならない。 多分、論じておられるご本人は、それが正しいと信じ切っておられるのだろう。 

これは何も最近になって起こった現象とは限らない事なのかも知れないが、まさにマスコミ好みの人種ということなのだろう。

 例えば、靖国神社参拝問題についても、国のために尊い命を捧げた旧日本軍将兵の御霊に感謝の念を表すことは大事な筈だが、その方々はこれに対して、「中国・韓国の国民感情に配慮し外交関係・国益を考えるべし」とおっしゃる。 それでは、どうするのか。

 物事を斜めに見ると、その二本の線はそれぞれが独立した線の衝突の側面しか見えない。 

A級戦犯合祀の問題も含め、人により立場により色々な考え方があるのだろうが、私には真正面から考えると、この二つの命題はそもそも両立できないことではないと思える。 

歴史的な経緯があるにせよ、また諸外国から如何に言われようが、日本国にとっては本来一方が他方を排除したり、相容れない事柄ではないはずだ。 

それより戦後60年間以上もこれまで避けられてきた国内論議の決着の方が先決だろう、と思える。 だからこそ、外交面では未来志向型の解決しかないのだろうという気がする。
   
過去を振り返ると、私の学校時代の教員にも、物事を斜めに見る性癖のある人達が結構多かった。

とりわけ「己を高く持する人物」に多々見られる事柄でもある。それはそれ、その御仁の生き方・信条そのものの問題だから、他人である私が、眼を三角にしてトヤカク言う必要のないことではある。 

ところが、教員という職業に就いている人間がそういう性癖を持ち、日頃児童・生徒に接しているとしたら、そうはいかない。
   
私の経験でも、「物事を斜めに見る性癖のタイプ」の教員が結構多かった。

結論から言えば、そういうタイプの教員は教育現場では有害無益な人間と言わざるを得ないのではないか。
  
実社会においても一番扱いの難しいのが、こういうタイプの人間だろうし、往々にして周辺の人間からも嫌われてもいる。 

多情多感な青少年にとって、こういうタイプの先生に教えられることには「百害あって一利なし」である。
   
教育の本質はむしろ逆で、もっと「真正面からの言葉・教え」ほど尊いと 私の体験からも、そう思える。<後編へ> 

at 07:30 | Comment(0) | TrackBack(0) | 評論家

2017年11月14日

◆生きるよりも「活きる」を選ぶ

                           渡部 好造

新聞の有名人の死亡記事をみると、死因とともについ目をひくのはその年齢である。わが身に比べて長生きされたかどうか気になるのは筆者だけだろうか。

最近、死を迎えるのは80%以上が病院だそうである。今では昔のように自宅であらゆる手を尽くした後残念な結果になることはまずないといってよい。それも数年前までは、患者が例え意識を失い眠った状態でも血管から点滴で栄養分を送り、かなりの期間生きながらえることができた。

しかし、これにも限界があり血管が詰まったり、どうしても栄養分が足りなくなり、いつまでも生きながらえるという訳にはいかなかった。

そこに今度は「胃ろう(胃瘻)」という新しい治療法が開発された。この治療法は、小説家・渡辺淳一氏の週刊誌連載エッセイでも取上げておられたが、意識のなくなった患者の胃に栄養分タップリの流動食を直接送り込む。したがって、意識はなくとも患者は延々と長生きできることになる。筆者かかりつけの内科医によると、「やってみますか」と勧める病院も増えているという。

点滴だったら精々3〜4年が限界だったのが、それ以上に症状が変らないまま長生きできるらしい。医学上目覚ましい進歩には違いない。患者の家族にとって大喜びのこともあろうが、当然のことだが治療費は計り知れない。

かといって途中で「胃ろう」を打ち切ってくれとは言えない。それを言うと”もう殺してくれ”となり、殺人罪に問われかねない。これではもはや”生き”ているだけで、”活き”ているのでは決してない。筆者は「生きる」よりも「活きる」方を選びたい。

そこでこんな迷惑な結果にならないよう次のような遺言書を残すことにした。もちろん異論があることは覚悟の上だし、本人死後のことだから守られなくともやむを得ない。

1)病気・事故などにより脳死状態、認知症などで通常の判断ができない、その他回復不能の病気にかかった場合、余分な延命処置、治療は一切不要のこと。とくに「胃ろう」だけは絶対ご免である。
2)死体処理は、法律上必要なことのみに限る。
3)寺、僧侶に関わる費用は使わない。葬儀、読経、戒名、祭壇など不要。焼場直行の直葬も可。(戒名がないと「三途の川」を渡れないと真剣にいう人がいた、、)

念のために申し添えるが、金が惜しくて言うのではない。死者も含めて既に死んだも同然の人に金を使うべきではなく、金は”活きている人”にこそ使うべきなのである。        (完)
at 05:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | 評論家「渡邊好造」



2017年09月21日

◆いま時の男の子、女の子

眞鍋 峰松



最近、こんな話を耳にした。ある小学校の4年生のクラスの保護者授業参観での出来事。 担任の先生が選んだ参観授業の内容が、小学4年生はちょうど10歳ということで、20歳の半分〜「二分の一成人式」に因んだ作文の発表会。
 
学年全体の授業テーマだったそうだが、単なるありふれた授業内容や風景の参観に比べ、それにしてもなかなか面白い着想。先生方も色々と知恵を絞られたのだろう。

生徒たちはそれぞれ、生れてから10年間聞き取ってきた家庭内出来事を作文に纏め、参観日に保護者(平日だったので、保護者欠席2名を除き全員が母親ばかる)の前で対面して読み上げる、という方式だったそうだ。 

私どもの年代は、学級名簿はまず男子生徒、続いて女子生徒という順番だったが、いま時はアイウエオ順の名簿。従って、生徒の読む順番も男子が終わって、次いで女子ということでもなく、アイウエオ名簿の順番で発表する。

ところが、その場に居合わせた母親達が一様に驚いた出来事が発生した。生徒達が読んだ作文は、家族旅行の思い出や家庭内での出来事、中には生徒が風邪で寝込んだ時に母親が徹夜で看病に当たってくれた思い出などに、予め担任の先生が生徒の原文に色々とサジェッションし、完成させたものらしい。

何しろ、まだ10歳という年齢のこと、その発表内容によっては、途中で感極まって泣いたり、涙声になることも当然予想されたのだろう。ところが実際にその場で見られた光景とは、男子生徒全員が号泣、女子生徒は割合と淡々と発表し終えたというのである。

この話を耳にした私、へ〜ぇという驚きの一言。     

私は、その出来事を聞き、改めて興味を抱き、この話を私の耳に入れてくれた話し手に、それでその場の母親たちの感想は如何だったのかと確認してみた。

4年生の子供を持つ母親といえば、まず30歳台。65歳を超えた私のような年代からみれば、母親自体が我が娘と同じ年代。そこでの年令ギャップに興味も惹かれた次第。

発表会での男女生徒の感性に差があつたことへの母親たちの感想は、「男の子の方が女の子より感受性が強いからとか、本質的に優しいから」というのが多数意見だったようだ。なるほど、なるほど。

母親は、どうやら女性としてのご自分自身の経験・体験に当てはめたご意見の模様だ。昔々から、男の子は男らしく気性がさっぱりして力持ち、女の子は気が優しくて神経が細やか、という、私たち時代の世間常識はもはや通用しないことが窺える。

街角を闊歩する現代の若者達を見ての感想も、男性が女性化し、女性が男性化しているというのが典型的な今時の男女観。そのことからしても、10歳にして既にその傾向が現れているのが今の世相かも。

この話、お読みの皆さんの感想は如何でしょうか。

2017年09月06日

◆真正面からの言葉・教えほど尊い (後編)

眞鍋 峰松(評論家)



中学時代の先生で、今でもその先生のお顔もお名前も鮮明に記憶しているが、確か、復員軍人上がりの、しかも将校経験のある人であった。 

その先生の授業中で、担当教科に何の関係もない一言が今でも忘れられない。

それは、黒板に大書された「男子、青雲の志を抱き、郷関を出れば・・・・」という言葉。今から思い起こしても、少々時代錯誤的な言葉に聞こえるようだが、間違いなくその後の私の人生に影響を及ぼした言葉であることは事実だ。


最近になって、陳 舜臣氏の著書「弥縫録」の中で久し振りにその言葉に出逢えた。
  〜青雲の志を抱いて郷関を出る〜といった表現がある。

この場合の青雲の志とは、功名を立てて立身出世しようという意欲のことなのだ。 辞典には、この外に「徳を修めて聖賢の地位に至る志」といった説明もある。 

だが、実際には功名心の方にウェイトがかかっている。「ボーイズ・ビ・アンビシャス! 青雲の志を抱け」というのだ。  

青といえば、すぐに連想されるのが、春であり、東であり、竜である。

東は日の出る方角であり、人生に日の出の時期を「青春」というのは、これに由来している。青は若く、さわやかである。それに「雲」という言葉をそえると、心はずむような語感がうまれる。雲は天の上にあるのだから。若い日の功名心は、まさに天に昇ろうとするかのようである。

流石に、良い言葉ではないか。 要は、望ましい教師像として私が言いたいことは、19世紀英国の哲学者ウイリアム・アーサー・ワードの次の言葉に簡潔に表現されている気がする。

        ・凡庸な教師は しゃべる。
        ・良い教師は  説明する。
        ・優れた教師は 示す。
        ・偉大な教師は 心に火を付ける。
                               (完)

2017年09月05日

◆真正面からの言葉・教えほど尊い (前編)

眞鍋 峰松
   


最近、マスコミ上に登場する方々を拝見していると、どうも物事を斜めに見て論じる人が多いように感じられてならない。 多分、論じておられるご本人は、それが正しいと信じ切っておられるのだろう。 

これは何も最近になって起こった現象とは限らない事なのかも知れないが、まさにマスコミ好みの人種ということなのだろう。

 例えば、靖国神社参拝問題についても、国のために尊い命を捧げた旧日本軍将兵の御霊に感謝の念を表すことは大事な筈だが、その方々はこれに対して、「中国・韓国の国民感情に配慮し外交関係・国益を考えるべし」とおっしゃる。 それでは、どうするのか。

 物事を斜めに見ると、その二本の線はそれぞれが独立した線の衝突の側面しか見えない。 

A級戦犯合祀の問題も含め、人により立場により色々な考え方があるのだろうが、私には真正面から考えると、この二つの命題はそもそも両立できないことではないと思える。 

歴史的な経緯があるにせよ、また諸外国から如何に言われようが、日本国にとっては本来一方が他方を排除したり、相容れない事柄ではないはずだ。 

それより戦後60年間以上もこれまで避けられてきた国内論議の決着の方が先決だろう、と思える。 だからこそ、外交面では未来志向型の解決しかないのだろうという気がする。
   
過去を振り返ると、私の学校時代の教員にも、物事を斜めに見る性癖のある人達が結構多かった。

とりわけ「己を高く持する人物」に多々見られる事柄でもある。それはそれ、その御仁の生き方・信条そのものの問題だから、他人である私が、眼を三角にしてトヤカク言う必要のないことではある。 

ところが、教員という職業に就いている人間がそういう性癖を持ち、日頃児童・生徒に接しているとしたら、そうはいかない。
   
私の経験でも、「物事を斜めに見る性癖のタイプ」の教員が結構多かった。

結論から言えば、そういうタイプの教員は教育現場では有害無益な人間と言わざるを得ないのではないか。
  
実社会においても一番扱いの難しいのが、こういうタイプの人間だろうし、往々にして周辺の人間からも嫌われてもいる。 

多情多感な青少年にとって、こういうタイプの先生に教えられることには「百害あって一利なし」である。
   
教育の本質はむしろ逆で、もっと「真正面からの言葉・教え」ほど尊いと 私の体験からも、そう思える。
<後編へ> 

2017年08月30日

◆公財政を揺るがす「抗し難い圧力」

眞邊 峰松



私は、本欄で、<特に大阪のように本来豊かな税源を持つ地域でも、現行税配分方式ではその多くが中央に吸い上げられ、辛うじて地方交付税の配分で息を繋いでいる情けない実態>と書いた

更に、<大阪の地盤沈下が叫ばれて久しいが、この主原因は在阪企業の利潤中心の東京移転ではなかったのか、果たして府なり大阪市の力でこれら企業の東京移転を阻止できたのか、これら民間企業経営者の本音の意見を聞きたいところだ>とも指摘した。

その上で、<今後日本経済の復元に成功したとしても、結果的には国と東京の一人勝ちとなり、大阪の地盤沈下が一層明白になり、府下の公財政の改善を求められたとしても、制度の抜本的改革なしには、一歩も進まない実態が明らかになると思われる>と警鐘を鳴らした。

そこで、改めて私の考えを述べてみたい。私も、かっての府下公財政のあり方を決して是認するものではない。例えば、次々と明らかになってきた同和行政を巡る乱脈経理。あらゆるところに蔓延する談合体質。

これらは明らかに公財政のあり方を根底から揺るがすものだ。 ただ、私の経験から言えるのは、その背景には、自己の利権と集票のみに関心を持つ低劣な議員、政治分野にのみ存在感を誇示し、真の公正妥当な職員福利の増進を無視してきた労働組合、人権擁護を表看板に有形無形の、抗し難い圧力の下に進められてきた諸団体の活動があったことも事実だ。 


当然担当部署は、それらの圧力に屈することなく公務員本来の全体の奉仕者として踏ん張るべきであったろうと思う。そこが社会の指弾の的になっているのだろう。  
しかし、その彼らを支えるべき議会・マスコミ・警察権力はどこにあったのか、眼を向けていたか。否、全く無かった。

逆に、寧ろ問題の糊塗を進める要因の一つだった、いうのが実態だったであろう。 梯子を登って後ろを振り返れば、誰も続く者とてなく、猪武者扱いされるのが関の山。 全体として、決して褒められた実態ではなかったと確信している。

果たして行政と公財政を取り巻くこのような複雑怪奇な実態を知らず、地方行政に対する見識・胆識をもお持ちとは些かも思えない特定人物を重宝がること自体が、果たして良いのだろうか、正しいのだろうか、と疑問を持たざるを得ない。 単なるパフォーマンス・綺麗事で終わるなら、長期的・最終的に被害を蒙るのは住民・国民ではないか。

まぁ、そうは言っても、民間でもOBとなられた人物で、企業経営から相当期間離れられ、その後色々な経験を重ねられた上で、大所高所から言われることなら、とは思う。 とりわけ行政の弱点である最小コスト・最大効果という点で民間知識を生かしていくのが効果的だとは考えないことではない。

しかし、正直、それでも長い期間に養われた視野、当該問題に対する現実や関わる裾野まで見渡せる経験・知識という点では、一般的には自治体職員OBの中の優れた人材と比べて、果たしてどうだろうか。

卑近な例でも、大阪府のりんくうタウンや大阪市の大阪湾埋立地の事業への批判。世の非難はその見通しの悪さを批判の的にしている。 これらは明らかに土地神話やバブルの崩壊によるものだ。 

現時点に立てば、これらを第三者の目で批判・非難することは簡単だが、私の目から見れば、これらの埋め立て事業自体は海面から新しい国土を生み出したという意味で、土地投資に対する安易な融資による金融危機と、同列に扱われることに抵抗を感じる。 

もっと長期的に考えれば、無から有を生み出したという評価だって有り得るのではないだろうか。 過去の責任を追及するばかりというのもどうか、と思う。 

今後、将来の大阪のために、思い切った施策や投資を立案し、実行するかどうか疑問が湧いてきて、背筋が寒くなる。

2017年08月20日

◆指導者としての資質を考える(続)

眞鍋 峰松



前回の、決断力についての記述の続き。 

以前に私が読んだ本の中に、「決断」について、一方では、如何にもアメリカ人的な合理的な考え方と、他方、如何にも日本人的な思考方式を記述した文章があったので、ご紹介しておきたい。 

この二つの「決断」に関する記述の内容は、「政治家の任務は決断にある」という一点では同じようであり、また、「政治家の責任のあり様」という点では多少違っているようにも、私には思えるのだが。

その一つが、コリン・ルーサー・パウエル(Colin Luther Powell)の自伝。 ご承知の通り、コリン・ルーサー・パウエルはジャマイカからの移民の両親を持ち、共和党員であり、統合参謀本部議長(アメリカ陸軍大将)、ジョージ・ウォーカー・ブッシュ大統領(息子の ブッシュ)の1期目政権の国務長官の経歴の持ち主。

その著書、マイ・アメリカン・ジャーニー「コリン・パウエル自伝」(鈴木主税訳 角川書店)の中の次の言葉である。

『いまでは意思決定の哲学を作り上げていた。簡単に言えば、できる限りの情報を掘り起こして、後は本能のおもむくままにまかせる。我々はみなある種の直感を備えている。そして、年をとるにつれて、次第にそれを信じ、それに頼るようになる。

私が決定を迫られた時、つまりある地位に誰かを選ぶとか、作戦の方針を選択するかしなければならない時、私はあらゆる知識をきれっぱしも残らずさらって集める。人に助けを求める。彼らに電話する。手当たり次第に何でも読む。つまり、私は知性を使って本能を教育するのだ。 

その後、本能を使って、このデータの全てをテストする。「さあ本能、これは聞いて正しく聞こえるか。嗅いで臭くないか。手ざわりはいいか。違和感はないか」。しかし、我々はいつまでも情報収集ばかりしているわけにはいかない。入手可能なすべての情報がまだ集まっていなくても、あるところで決定を下さなければならない。 

大事なことはあわてて決めないで、適切な時期に決断を下すことである。私には決定の公式、p=40〜70というものがある。pは成功の確率を、数字は得られた情報のパーセンテージを示す。 手持ちの情報だけでは正しいという見込みが40%以下しか得られないなら、私は行動しない。 

また、100%正しいと確信するだけの情報・事実が集まるまで待つことはしない。 なぜなら、その時には必ずと言っていいほど遅すぎるからである。 私は40から70%の範囲の情報が得られたと感じたとき、本能にしたがって動く』。
 

もう一つが、小室 直樹氏の「歴史に観る日本の行く末」の中の次の文章である。

『「何となく、何物かに押されつつ、ずるずると国を挙げて」これこそ、日本人のエトス(民族精神、気風、社会思潮)を一言であらわした表現であろう。その後の句は、「戦争に突入した」とも、「大不況を招来した」とも、いろんな表現が代入されうる。 

このエトスは、どこから出てきたのか。 日本人独特の現実認識からくる。「現実」とは何か。「“現実”というものは、作り出されてしまったこと、いま、さらにはっきりといえば、どこからか起こってきたものと考えられている」(丸山 真男)。このエトスこそ、政治的無責任体制を理解するための急所である。

政治家の任務は決断にある。官僚と根本的に違う点である。このことの重大さは何回繰り返しても、繰り返し過ぎることはない。政治家の任務は、現実を自分の判断によって作り変えることにある。ここに、政治家の責任が生じる。 

現実を、自分の決断によって作り変える時、より良くなるか、より悪くなるか、その結果は、事前には分からない。分からないことを決断するところから、政治家の責任が発生する。(繰り返して強調するが、ここが官僚と違う点なのである。) 

もし、現実を、「作り出されてしまったこと」「どこからか起こってしまったこと」と考える時、そこに、「現実は政治家の決断によって作り変えることができる」と考える余地はない。 政治家の存在意義は無いのである』。

以上の二つの文章で明らかなことは、決断への道筋について、アメリカにおいては数理的、合理的規準の下に対処すべきものと観念されており、こと、パウエル氏に限らず、古くはベトナム戦争におけるマクナマル戦略(戦争=軍事に「費用対効果」の考えを持ち込んだ)においても同様である。

一方、日本においては小室直樹氏が指摘のとおり、「何となく、何物かに押されつつ、ずるずると国を挙げて」決断に追い込まれてきたということが、これまでの近代史、現代史の示すところではなかったか、と考える次第である。

私は、むしろ前者が政治判断の前提として官僚のなすべき責務であり、後者つまり「現実は政治家の決断によって作り変えることができる」と考え、「分からないことを決断するところから、政治家の責任が発生する」という複合的な考え方が正鵠を得ていると思うのだが、どうだろうか。 

官僚からの成功確率を聴取しての外交戦略だったのか。あまりにも粗雑な外交戦略であったと思わざるを得ない。(完)


2017年08月19日

◆指導者としての資質を考える

眞鍋 峰松



最近の中国やロシア、さらに北朝鮮などのニュースに接する度に思うことがある。

どうも日本の優秀と言われる人物とりわけ政権中枢にいる方々の、不測事態へ対応する能力が本当に大丈夫なのか、不足しているのではないか、という危惧である。また、幾ら事前の準備に怠りがなくても、肝心の決断力がなくてはどうにもならない。
 
これに関連し、思い出すのが昔、昔の話。 阪神・淡路大震災の経験から、毎年恒例として行われる地震災害へ備えた、防災訓練について、である。 

地方自治体や国の出先機関などの行政を始め地元自治会など幅広い方面を巻き込んで大々的に実施されてきた。
 
だが、毎年恒例の行事として行われる故もあってか、災害発生時の住民への避難誘導や救急医療体制の初動活動などが中心で、その当時からマンネリ化の懸念を感じていた。

仄聞するところでは、アメリカでのこの種の訓練では、対策本部における非常事態へのギリギリの判断。例えば、A地点とB地点とに危機が迫っている場合に、如何に防災力を適正分散するべきか、最悪の場合にはどちらか一方に優先して防災力を振り向け、どちらか一方を犠牲にするかなど、指揮を執る人物の決断力が試されるようなケースまで想定し訓練しているとのことだった。
 
最近ようやく我が国においても、この実例として、負傷者多数の場合における負傷程度による治療優先順位の決定問題が、ギリギリの決断訓練の一つとして採り上げられている。

ところが、である。過去に一度、ある都道府県で、このアメリカの方式を採り入れて、水防訓練の中で破壊的水量を抑制するために人為的に堤防決壊させ、水量分散を計るというギリギリの決断を想定したことがある。
 
決壊した場所では、当然なにがしかの被害が発生するのだが、その時、当時の知事は激怒し、そのシュミレーションの場を立ち去ってしまったというのである。要は、彼は逃げたのである。だが、このような決断力こそが、本来のトップ・リーダーに求められる能力、不測事態への対応能力である。              
以前読んだ書物の中に「孤独は全ての優れた人物に課せられた運命」との表題で、

@トップには同僚がいない 
A最終意思決定には誰の助力を求められない 
B自由に意思の伝達がし難い 
C正しい情報を得ることが稀である 
Dしかも、なお、最終的な責任を負っている、
と記述されていたのを思い出す。
 
まさに、これがトップ・リーダーに課せられた運命なのだろう。また、これは、塩野七生氏の著書「日本へ 〜国家と歴史篇」からの引用だが、人間の優秀さについての記述で、その一つが、色々な事態に対し、原則を変えずに、如何に例外を設け、さらにその例外事項を他に類を及ぼさないようにするか。
 
さらにもう一つ。日本的秀才は、予期していた事態への対処は上手いが、予期していなかった事態への対処は、下手なのが特質であるらしい。

しかし、予め分かっている質問に答えるのに、人並み優れた頭脳は必要ない。真正面から答えるか、それともすり抜けるかの違いはあっても、予期していなかった質問に対処して初めて、頭脳の良し悪しが計れるのである、というである。

私が思うに、前半の部分は、むしろ上級公務員の優劣の判断基準に向いおり、後半の部分は政治家を始めとする、組織のトップの資質の判断基準に向いているように思われる。
 
要は、決断するのは難しい作業である。決断に際して、十分に情報を集め、徹底して分析したから万全だ、ということは絶対にない。考える材料が全部そろい、やるべきことが自ずと分るのなら、リーダーは何もしなくてよい。つまり、決断するための情報収集と分析は程度問題である。
 
信頼を繋ぎ止めたるためなら、「ここまでは考えたけれど、これ以上は運を天に任せる」と踏み切るのがリーダーの役割だ。
 
それを検討会議や関係閣僚会議の設置ばかりで逃げてばかりではどうにもなるまい、と思う。日本語で上手い表現があるではないか。“腹をくくる”と。
 
少々穏当でない言い方だが、それこそ、判断を過てば腹を切ればよい、ではないか。

 塩野 七生氏は言う。「たとえ自分は地獄に落ちようと国民は天国に行かせる、と考えるような人でなくてはならない。その覚悟のない指導者は、リーダーの名にも値しないし、エリートでもない」と。これができないなら潔く職を辞するしかあるまい。(つずく)
                

2017年08月03日

◆いま時の男の子、女の子

眞鍋 峰松




以前、こんな話を耳にした。ある小学校の4年生のクラスの保護者授業参観での出来事。 担任の先生が選んだ参観授業の内容が、小学4年生はちょうど10歳ということで、20歳の半分〜「二分の一成人式」に因んだ作文の発表会。
 
学年全体の授業テーマだったそうだが、単なるありふれた授業内容や風景の参観に比べ、それにしてもなかなか面白い着想。先生方も色々と知恵を絞られたのだろう。

生徒たちはそれぞれ、生れてから10年間聞き取ってきた家庭内出来事を作文に纏め、参観日に保護者(平日だったので、保護者欠席2名を除き全員が母親ばかる)の前で対面して読み上げる、という方式だったそうだ。 

私どもの年代は、学級名簿はまず男子生徒、続いて女子生徒という順番だったが、いま時はアイウエオ順の名簿。従って、生徒の読む順番も男子が終わって、次いで女子ということでもなく、アイウエオ名簿の順番で発表する。

ところが、その場に居合わせた母親達が一様に驚いた出来事が発生した。生徒達が読んだ作文は、家族旅行の思い出や家庭内での出来事、中には生徒が風邪で寝込んだ時に母親が徹夜で看病に当たってくれた思い出などに、予め担任の先生が生徒の原文に色々とサジェッションし、完成させたものらしい。

何しろ、まだ10歳という年齢のこと、その発表内容によっては、途中で感極まって泣いたり、涙声になることも当然予想されたのだろう。ところが実際にその場で見られた光景とは、男子生徒全員が号泣、女子生徒は割合と淡々と発表し終えたというのである。

この話を耳にした私、へ〜ぇという驚きの一言。     

私は、その出来事を聞き、改めて興味を抱き、この話を私の耳に入れてくれた話し手に、それでその場の母親たちの感想は如何だったのかと確認してみた。

4年生の子供を持つ母親といえば、まず30歳台。65歳を超えた私のような年代からみれば、母親自体が我が娘と同じ年代。そこでの年令ギャップに興味も惹かれた次第。

発表会での男女生徒の感性に差があつたことへの母親たちの感想は、「男の子の方が女の子より感受性が強いからとか、本質的に優しいから」というのが多数意見だったようだ。なるほど、なるほど。

母親は、どうやら女性としてのご自分自身の経験・体験に当てはめたご意見の模様だ。昔々から、男の子は男らしく気性がさっぱりして力持ち、女の子は気が優しくて神経が細やか、という、私たち時代の世間常識はもはや通用しないことが窺える。

街角を闊歩する現代の若者達を見ての感想も、男性が女性化し、女性が男性化しているというのが典型的な今時の男女観。そのことからしても、10歳にして既にその傾向が現れているのが今の世相かも。

この話、お読みの皆さんの感想は如何でしょうか。