2019年10月18日

◆「老いの自戒」少々、自虐気味?

眞鍋 峰松


最近、私には「老い」についての記述が増えている。これは何も自虐的な意味合いを持たせる積もりもないのだが、日々の暮らしの中で、己なりの自覚と反省する上に立つ事柄が多くなった故だろう、と納得する。 

憤怒調節障害。最近、ある新聞紙上で初めてこのような言葉を眼にした。この障害は、精神的苦痛を受けた時に「不当な扱いを受けている」と思い込み、侮蔑感、挫折感、無力感などが持続的に、しかも頻繁に表れ、些細なことで怒り出し殴る、一種の病気だというのである。

しかも、この障害による暴行検挙件数は、高齢者で増加しており、最近の2013年のデータでは3048人、20年前の45倍に及び、その原因は「激情・憤怒」が60%以上。「飲酒による酩酊(めいてい)」の14%を大きく引き離している、とのこと。
 
高齢者が些細な事で、ブチ切れ、突如、凶悪な人間に変身する。元来、高齢者によくみられる特徴として、短絡的で独善的なことが多いと指摘される。

短絡的とは物事の本質や筋道を深く考えずに、原因と結果などを性急に結びつけてしまう様を意味し、独善的とは @他人に関与せず、自分の身だけを正しく修めること、A自分だけが正しいと考えること・独り善がり。言うなら、他人の利害や立場を考えず、自分だけが正しいとする考え方に固執することである。

これが「年寄りの強情と昼過ぎの雨はたやすく止まらぬ」と酷評される由縁だろう。

私自身を振り返っても、ご他聞にもれず、年齢を重ねるごとにこれらの症癖が強くなってきたような気がする。つまり、自分で言い出したら人の言うことを容易に聞かない、一旦言い出すと滅多に変えようとはしない等、の症癖を自分自身で自覚するというよりは、家人からよく指摘されようになった。
 
特に自覚する問題行動は、テレビ放送の途中でやたらと怒りの声を挙げ、罵詈雑言の類に走る己の姿である。

自分でも怖くなるのは、それこそ“どうにも止まらない”ことで、後々、自省することがたび重なる。それでも止まらない。 だが、これは果たして生来の悪癖なのだろうか、と思いながら自戒する。

こんな折、昨年12月頃、地下鉄内の広告で、週刊誌の見出し記事に<「老人の品格」はどこへいった?>と掲載されているのを見つけた。

記事内容を読むと、スーパーでいつも入り口に近い障害者用駐車場に車を留めるおじいさんがいて、店員が注意したら「私は高齢者だ。障害者と同じようなもんだ」「常連客に向かって文句をいうのか」と言い返された。

スーパーのレジで気がつかないふりをして割り込んだ高齢女性たちに「並んでください」と言ったら「年寄りに長い時間並べっていうこと?」と睨(にら)まれた、等々。 確かに眉をひそめるような事例が並んでいる、のである。

これらの現象について、社会学者で甲南大学准教授の阿部真大氏は、「『世間体』を気にしなくていい世の中になりつつあるということが考えられます」「社会的背景が、『周囲が見えない』『配慮ができない』シニアを作ってしまった面がある」。 

核家族化が進み地域のつながりが希薄になって、しっかりしたおじいちゃん、おばあちゃんでいなくてもいいという意識が広がったから、と解説されるのである。

 そして、問題をより深刻化させるのは、老人と若者との間の軋轢である。
 
既にお読みになった方も多いと思うが、6月1日の産経新聞記載の桑原聡氏の「【鈍機翁のため息】(293)間奏 I 若者の老人憎悪は臨界点に」の記述である。                           
以下、長文なので略述してみると、『 コンビニでたばこを注文した老人の傲慢な振るまいについて書いた「醜悪なクレーマー」が、インターネットの掲示板サイトで話題になっている、と知人が教えてくれた。

早速のぞいてみると、書き込みの半分以上は《老害死ね》とか《団塊の老害はほんと社会問題になってるよな。どこの店員に聞いても口をそろえてジジイが一番態度悪いって聞くわ。ゆとりの方が100倍マシ》といった、わがままな老人への若者の憎悪だった。・・・かように老人と若者の対立は古今東西変わることなく存在し、この対立が善きにつけあしきにつけ、社会を変える原動力となってきた。

ただ掲示板を読むと、貧しい若者と裕福な老人という世代間格差の問題も絡んで、対立は憎悪に変質し、それは臨界点に達しつつあるように感じる。ささいなきっかけで若者の暴発が起こりそうな気配。 私の頭には「世代間戦争」という不気味な言葉が浮かぶ…。 』というのである。
 
到底、この状況は世代間の相克、意見対立といった次元の上質?な類のものではない。

幾ら何でも私に限っては・・と思いつつ、以前に本欄で「50年後の“高校 卒業式”」という表題で、こう記述したことを思い出した。
 
それは、毎年、母校の高校で、その年の卒業式に招かれた、50年前の卒業生。つまり我われ同期生が「ややお恥ずかしいことだが、終始静粛・厳粛さを保ってきた式場全体の中で、我々後期高齢者の面々が、この雰囲気とは裏腹に、私も含め、終始お隣の同期生同士、眼前に進展するドラマと往時の回顧とを重ね合わしながらの、ヒソヒソ話。 極々の小声とは言え、若干非難されても仕方が無い状態」であったことである。

しかし、「これも考えれば、我々はもはや人生の檜舞台から下りようとする、或いはもはや既に下り切った世代。 眼の前の風景は、これから人生の大舞台の上で長い長いドラマを演じようとする若者達の世界。
 
所詮、彼らのドラマの門出をお祝いする観客にしか過ぎない我が身。 その様な哀感の想いなどを自分自身で無意識に感じながらの2時間半。 どうか失礼の段、平に平にご容赦のほどを」との記述である。

上記の我々の振舞いも、考えれば、如何にも社会性・協調性を欠いた行動であり、同時に、高齢者がこれから人生の大舞台の上で長い長いドラマを演じようとする若者達の世界に接する場合の、無意識の羨望の想いが背景にあるのではないか、と感じる。

 私淑する紀野一義師がこんなことを書いておられる。 

『わたしが、わたしが、と我が強い。年をとるということが、人間を、こんな無神経な、がさつな存在に変えるのである。 年をとるとこんな風になる。 自分が何を言っているか、自分がどういう立場に置かれているか、ちっとも気がついていない人が沢山いる。

それは人間の精神が衰弱している一つの証拠である。 人間は自分のしていることにあまり疑いを持たぬ。「無駄に飯は食っていないよ」とか「この年になるまでには色々なことを経験して来たんだ」とか強気に言う。

 しかし、人間には勘違いしていることに気がつかないぐらい悲しいことはない。どんな偉い人にも勘違いということはある。それに、自分が見ている側とは全く反対の側から見ている人だっている。 自分の考えていることがみんな正しいとはいえぬ。』というのである。

  さらに、道話にはこんな歌もある。 「おたがいに いつまでもいる 娑婆でなし 喧嘩口論 せぬが利口ぞ」「花咲かせ 実をなす見れば 草も木も なべて務めは ある世なり」というのである。

人間には自分で罹っていることが分からない病気がある。 その一つが、自分が考えていることは絶対に間違っていないと思い込む病気。 人間というものは、長い間人生を歩いて来ていると、自分のやってきたことに自信を持ってきて、何をいっても間違っていない気がして、「私の経験からいうとこうですよ」と言い立てるようになるのだろう。

 及ばずながら、それこそ、いよいよ人生の良き先達として自重自戒せねばならないと思う次第なのです。

2019年06月11日

◆「ほととぎす」考

眞鍋 峰松


先月、激しい腰痛が突然に我が身を襲った。丁度、入浴のために身を屈めた途端の出来事。「魔女の一撃」とも表現される、突如に身動き一つもできないほどの激痛が起った。 

私にとっては30才台からの年代物で、以来、約40年間で5回目の「魔女の一撃」。 用心々々しながらでも家の中での歩行が漸く可能となった現在、「魔女」ならぬ「美女の一撃」なら未だしも我慢できるのだが、と冗談混じりの言葉を口に出すことができるまでに回復した。 このような次第で、久振りのこの原稿。

それにしても、月日の経つのは驚くほど速い。寝込む直前には、今年は5月晴れの日々が長く続くな〜と思っていたら、起きれば、もはや梅雨入り。夏も目前だ。 

そう言えば、道元禅師には「春は花 夏ほととぎす 秋は月 冬雪さえて すずしかりけり」という有名な歌がある。 一年の移ろう様を斯くも繊細に、しかも短い語句で見事に表現している歌だと感心するのだが、道元禅師が「夏はほととぎす」と詠われているのだから、「ほととぎす」が夏の代表的な風物ということなのだろう。                       

さて、この「ほととぎす」を漢字で書けば、どうなるのだろうか。 

勝 海舟には「時鳥 不如帰 遂に 蜀魂」( ほととぎす ほととぎす ついに ほととぎす )という「ほととぎす」尽くしの句がある。ある書物の受け売りだが、『この句の意味は、少壮のときには時局に対応していろいろ活躍し、時鳥のように騒ぎ立てるが、やがて挫折し、世を慨嘆して故山へもどり、不如帰の心境に生きることになる。これが中年から初老へ掛けてであり、さらに年をとって蜀魂の思いにたつ。 

人生とは斯くの如きものだというのである。その底には同じ「ほととぎす」が、時世が変わり、年をとるにつれて変貌するものの、依然として「ほととぎす」であることには変わりはない、人間も同様であるといった達観がよこたわっていた』というのである。 

時鳥とは「時節に応じてそれを知らせる鳴く鳥」の意で、特にほととぎすが夏の鳥の代表とされたという。

句の中でも、「不如帰」という漢字には最も馴染みがある。徳富蘆花の有名な小説の題名「不如帰」(川島武男と浪子の恋愛小説)のお陰である。 

また、最も難解なのが「蜀魂」で、中国戦国時代の蜀の国で望帝と称した名君がおり、名を杜字といった。見込んだ宰相の開明に譲位するとさっさと山に隠れ住み、やがて世を去った。 

ちょうどその時に、その死を悲しむかのようにほととぎすが高い声で鳴いたらしい。そこから望帝の魂魄はほととぎすに化して天翔けた、という伝説が生まれる。そこから「蜀魂」というほととぎすを表す言葉ができた。

この故事を踏まえて、人は老骨となって隠遁したあと、まさに「蜀魂」と化せれば誠に目出度いかぎり、ということになる。 

私のような年齢ともなれば、同じ「ほととぎす」でも、差し詰め形だけは「蜀魂」ということなのだろうが、仙骨にほど遠い浅薄な我が身、単なる老骨に過ぎないのだろう。

また、花の名前には「杜鵑草」と書いて「ほととぎす」と読む漢字まである。 この「杜鵑草」は百合科に属し、開花時期は、8/25 〜 11/15頃。秋に日陰に多く生え、若葉や花にある斑点模様が鳥のホトトギスの胸にある模様と似ていることからこの名が付いた、また「杜鵑」とも書く、とのことである。

 花言葉は「秘めた意志」というのであるから、本来は男女の秘めたる交情の意なのだろうが、恰も目下、政府・与党と野党間で丁々発止と展開されている安全保障を巡る国会論議のような気がする。
果たして如何なる「秘めた意志」を抱き、如何なる「志」を秘めているのだろうか。

 それとも、現下の東アジアに於ける一触即発の危機を外にした政権争いの野望レベルの「時鳥・ほととぎす」なのだろうか。 それにしても、最終的に、危うし危うし日本の領土・領海の結末でなければ幸いなのだが。  

2019年05月24日

◆「ほととぎす」考

眞鍋 峰松


先月中旬に、激しい腰痛が突然に我が身を襲った。丁度、入浴のために身を屈めた途端の出来事。「魔女の一撃」とも表現される、突如に身動き一つもできないほどの激痛が起った。 

私にとっては30才台からの年代物で、以来、約40年間で5回目の「魔女の一撃」。 用心々々しながらでも家の中での歩行が漸く可能となった現在、「魔女」ならぬ「美女の一撃」なら未だしも我慢できるのだが、と冗談混じりの言葉を口に出すことができるまでに回復した。 このような次第で、久振りのこの原稿。

それにしても、月日の経つのは驚くほど速い。寝込む直前には、今年は5月晴れの日々が長く続くな〜と思っていたら、起きれば、もはや梅雨入り。夏も目前だ。 

そう言えば、道元禅師には「春は花 夏ほととぎす 秋は月 冬雪さえて すずしかりけり」という有名な歌がある。 一年の移ろう様を斯くも繊細に、しかも短い語句で見事に表現している歌だと感心するのだが、道元禅師が「夏はほととぎす」と詠われているのだから、「ほととぎす」が夏の代表的な風物ということなのだろう。                       

さて、この「ほととぎす」を漢字で書けば、どうなるのだろうか。 

勝 海舟には「時鳥 不如帰 遂に 蜀魂」( ほととぎす ほととぎす ついに ほととぎす )という「ほととぎす」尽くしの句がある。ある書物の受け売りだが、『この句の意味は、少壮のときには時局に対応していろいろ活躍し、時鳥のように騒ぎ立てるが、やがて挫折し、世を慨嘆して故山へもどり、不如帰の心境に生きることになる。これが中年から初老へ掛けてであり、さらに年をとって蜀魂の思いにたつ。 

人生とは斯くの如きものだというのである。その底には同じ「ほととぎす」が、時世が変わり、年をとるにつれて変貌するものの、依然として「ほととぎす」であることには変わりはない、人間も同様であるといった達観がよこたわっていた』というのである。 

時鳥とは「時節に応じてそれを知らせる鳴く鳥」の意で、特にほととぎすが夏の鳥の代表とされたという。

句の中でも、「不如帰」という漢字には最も馴染みがある。徳富蘆花の有名な小説の題名「不如帰」(川島武男と浪子の恋愛小説)のお陰である。 

また、最も難解なのが「蜀魂」で、中国戦国時代の蜀の国で望帝と称した名君がおり、名を杜字といった。見込んだ宰相の開明に譲位するとさっさと山に隠れ住み、やがて世を去った。 

ちょうどその時に、その死を悲しむかのようにほととぎすが高い声で鳴いたらしい。そこから望帝の魂魄はほととぎすに化して天翔けた、という伝説が生まれる。そこから「蜀魂」というほととぎすを表す言葉ができた。

この故事を踏まえて、人は老骨となって隠遁したあと、まさに「蜀魂」と化せれば誠に目出度いかぎり、ということになる。 

私のような年齢ともなれば、同じ「ほととぎす」でも、差し詰め形だけは「蜀魂」ということなのだろうが、仙骨にほど遠い浅薄な我が身、単なる老骨に過ぎないのだろう。

また、花の名前には「杜鵑草」と書いて「ほととぎす」と読む漢字まである。 この「杜鵑草」は百合科に属し、開花時期は、8/25 〜 11/15頃。秋に日陰に多く生え、若葉や花にある斑点模様が鳥のホトトギスの胸にある模様と似ていることからこの名が付いた、また「杜鵑」とも書く、とのことである。

 花言葉は「秘めた意志」というのであるから、本来は男女の秘めたる交情の意なのだろうが、恰も目下、政府・与党と野党間で丁々発止と展開されている安全保障を巡る国会論議のような気がする。
果たして如何なる「秘めた意志」を抱き、如何なる「志」を秘めているのだろうか。

 それとも、現下の東アジアに於ける一触即発の危機を外にした政権争いの野望レベルの「時鳥・ほととぎす」なのだろうか。 それにしても、最終的に、危うし危うし日本の領土・領海の結末でなければ幸いなのだが。  再掲

2019年03月10日

◆いま時の男の子、女の子

眞鍋 峰松

最近、こんな話を耳にした。ある小学校の4年生のクラスの保護者授業参観での出来事。 担任の先生が選んだ参観授業の内容が、小学4年生はちょうど10歳ということで、20歳の半分〜「二分の一成人式」に因んだ作文の発表会。
 
学年全体の授業テーマだったそうだが、単なるありふれた授業内容や風景の参観に比べ、それにしてもなかなか面白い着想。先生方も色々と知恵を絞られたのだろう。

生徒たちはそれぞれ、生れてから10年間聞き取ってきた家庭内出来事を作文に纏め、参観日に保護者(平日だったので、保護者欠席2名を除き全員が母親ばかる)の前で対面して読み上げる、という方式だったそうだ。 

私どもの年代は、学級名簿はまず男子生徒、続いて女子生徒という順番だったが、いま時はアイウエオ順の名簿。従って、生徒の読む順番も男子が終わって、次いで女子ということでもなく、アイウエオ名簿の順番で発表する。

ところが、その場に居合わせた母親達が一様に驚いた出来事が発生した。生徒達が読んだ作文は、家族旅行の思い出や家庭内での出来事、中には生徒が風邪で寝込んだ時に母親が徹夜で看病に当たってくれた思い出などに、予め担任の先生が生徒の原文に色々とサジェッションし、完成させたものらしい。

何しろ、まだ10歳という年齢のこと、その発表内容によっては、途中で感極まって泣いたり、涙声になることも当然予想されたのだろう。ところが実際にその場で見られた光景とは、男子生徒全員が号泣、女子生徒は割合と淡々と発表し終えたというのである。

この話を耳にした私、へ〜ぇという驚きの一言。     

私は、その出来事を聞き、改めて興味を抱き、この話を私の耳に入れてくれた話し手に、それでその場の母親たちの感想は如何だったのかと確認してみた。

4年生の子供を持つ母親といえば、まず30歳台。65歳を超えた私のような年代からみれば、母親自体が我が娘と同じ年代。そこでの年令ギャップに興味も惹かれた次第。

発表会での男女生徒の感性に差があつたことへの母親たちの感想は、「男の子の方が女の子より感受性が強いからとか、本質的に優しいから」というのが多数意見だったようだ。なるほど、なるほど。

母親は、どうやら女性としてのご自分自身の経験・体験に当てはめたご意見の模様だ。昔々から、男の子は男らしく気性がさっぱりして力持ち、女の子は気が優しくて神経が細やか、という、私たち時代の世間常識はもはや通用しないことが窺える。

街角を闊歩する現代の若者達を見ての感想も、男性が女性化し、女性が男性化しているというのが典型的な今時の男女観。そのことからしても、10歳にして既にその傾向が現れているのが今の世相かも。

この話、お読みの皆さんの感想は如何でしょうか。

2019年02月05日

◆童話に教えられること

真鍋 峰松


まず、この話をお読み頂きたい。
 
「オオカミが羊の群れを襲う機会をうかがっていたが、犬が見張っていて手を出すことができないので、目的を達するために策略を用いることにした。オオカミは羊に使者を遣って犬を引き離すように求めた。
 

自分と羊とのあいだの反目の原因は犬であり、犬を引き渡しさえすれば、羊とのあいだに平和が永遠に続くだろうとオオカミは言った。何が起こるのかを予見できない羊は犬を引き渡した。


いまや絶対的優位に立ったオオカミは、もはや守る者のいなくなった群れをほしいままに食い荒らした。」(「新訳イソップの寓話集」塚崎幹夫訳 中公文庫)。


以前、読んだ童話の中の話である。日本の昔話や童話の中では、子ども向けに最後の下りがメデタシ、メデタシ、そして二人で幸せに暮らしました風、或いは勧善懲悪の教訓話が多い。
 

だが、西洋の有名なイソップやグリム兄弟の童話集にはハッピー・エンドばかりではなく、相当にアンハッピー・エンド、残酷な結末で終わる話が多いという。
 

これは、欧米系人と日本人との民族性の違い、とりわけ日本人の現世肯定の現実主義と、子供には夢と希望をという一種の理想主義とが合体したところから生じたのであろうか。


童話の専門家でもない私が、このことを詳しく述べるのは本題ではない。


私がこの話から直ちに連想したのは、昨今の米軍基地の移転問題。いつしか日本近海でキナ臭い話が充満する昨今、基地をどこか国外に移転しろと言うのは、果たして如何なる外国の、或いは宇宙人の策略なのかどうか、私には専門外の話。


だが、この童話、如何にも当て擦り的な寓話のように思えてならない。明らかに分かるのは、昨今の米軍基地問題を巡る議論では、どこか基本的な問題が抜け落ちているのではないのか、ということ。
 

つまり、この寓話での犬の果たす役割〜国の安全保障体制の問題である。 


国の果たすべき役割の最たるものの代表例は防衛・外交、司法。 戦後の防衛・外交の中心的役割を担ってきたのが日米安全保障条約。それ位は誰でも簡単に解ること。


片務的契約だの、何だのという議論はさて置き、明白なのは、現在の日本自身の防衛力だけでは、近代戦闘では非常に心もとない。
 

米国の軍事力を背景にしなければ、とてもじゃないが周辺の反日的な国に太刀打ちできるものではない、ということ。


この件に限らず、今後一体、この国はどこを向いて動いて行くのだろうか。確たる方向性があり、操舵手はいるのだろうか。
        

最後に、もう一つ。


「兎が獣の会議に出かけてゆき、これからどうしても万獣平等の世にならなければならぬと、むきになって論じ立てた。獅子の大王はこれを聞いてニコニコ笑いながら、兎どん、お前の言うのは尤もだの。だがそれには、まず儂どもと同じに、立派な爪と歯を揃えてからやって来るがいい、と言った。」 ( 同 前出 )

2019年01月07日

◆何でも民間に疑問

眞邊 峰松


私のマスコミに対する不信感・大衆迎合体質への嫌悪感が一層増大してきた。 

果たして、国家の将来を考えるべき時期に、本筋の議論と離れ、質的には枝葉末節の問題に国民を巻き込んで彼らの主張が、“社会の木鐸”、“オピニオンリーダー”の役割というのは、どこに存在するのだろうか。

私も、必ずしもマスコミ人の全てが、課題を単にワイドショー的に取り上げてばかりいるとまでは言わないが、もう少し冷静・客観的に問題を整理し報道するべきだと考える。


ところで、「行為する者にとって、行為せざる者は最も苛酷な批判者である」とは、ある書物の言葉。 同書でこんな話が続く。


「ナポレオンの脱出記」を扱った当時の新聞記事である。幽閉されていたナポレオンがエルバ島を脱出した。兵を集めて、パリへ進撃する。


パリの新聞がこれを報道する。その記事の中で、ナポレオンに対する形容詞が、時々刻々に変化していく。 最初は“皇位簒奪者”。 次いで“反乱軍”〜“叛将”〜“ナポレオン”、 やがて“祖国の英雄”。 

そして、ナポレオンがパリに入城した時には、一斉に“皇帝万歳”の記事で埋められた。オポチュ二ズムとセンセーショナリズムのマスコミの実態が浮き彫りにされている」。 まさに、その通りだという感がする。


少々議論が飛躍するが、私は基本的に今の“何でも民間”の風潮に反対だ。
私自身の体験から言っても、国の役人の省益あって国益なし、自分たちの徹底的な権益擁護には、実は本当に癖々した。 まさに国を誤る輩だ、何とかならんのか、という気分にもなった。


しかし、国家公務員というに相応しい立派な人士をも身近に知る私としては、少々誤弊のある言い方かも知れないが、敢えて言えば、こと“志”という点においては、真に心ある役人に比し得る民間人は、そう多くなかろうとも思う。
 

これも個人資質・能力というよりは、やはり、退職までの30年を超える永年の職務経験、職責の持つ私自身に染み込んだ体質的なもの、職業の匂いのようなものかも知れない。
  

私には、特にかっての余裕ある民間経営の時代ならともかく、現下の利潤一点張り、効率一点張りの時代に、現役の企業人で、常日頃から“公益とはなんぞや”の視点から物事を考察したことがある人物が、そう数多いとはとても思えない。


とりわけ、最近の風潮となっている企業利益の増加のみに邁進し、その過程で中高年の自殺者の激増など、社会不安を増幅してきたリストラを闇雲に推進してきた企業経営者を見るにつけ、その観を否めない。 


このような中で、果たして、現在のマスコミの論調のように“何でも民間人登用”“何でも民間感覚“ということが果たして正しいのだろうか。                                      (了)

2018年11月21日

◆指導者としての資質を考える

眞鍋 峰松


最近の中国やロシア、さらに北朝鮮などのニュースに接する度に思うことがある。

どうも日本の優秀と言われる人物とりわけ政権中枢にいる方々の、不測事態へ対応する能力が本当に大丈夫なのか、不足しているのではないか、という危惧である。また、幾ら事前の準備に怠りがなくても、肝心の決断力がなくてはどうにもならない。
 
これに関連し、思い出すのが昔、昔の話。 阪神・淡路大震災の経験から、毎年恒例として行われる地震災害へ備えた、防災訓練について、である。 
地方自治体や国の出先機関などの行政を始め地元自治会など幅広い方面を巻き込んで大々的に実施されてきた。
 
だが、毎年恒例の行事として行われる故もあってか、災害発生時の住民への避難誘導や救急医療体制の初動活動などが中心で、その当時からマンネリ化の懸念を感じていた。

仄聞するところでは、アメリカでのこの種の訓練では、対策本部における非常事態へのギリギリの判断。例えば、A地点とB地点とに危機が迫っている場合に、如何に防災力を適正分散するべきか、最悪の場合にはどちらか一方に優先して防災力を振り向け、どちらか一方を犠牲にするかなど、指揮を執る人物の決断力が試されるようなケースまで想定し訓練しているとのことだった。
 
最近ようやく我が国においても、この実例として、負傷者多数の場合における負傷程度による治療優先順位の決定問題が、ギリギリの決断訓練の一つとして採り上げられている。

ところが、である。過去に一度、ある都道府県で、このアメリカの方式を採り入れて、水防訓練の中で破壊的水量を抑制するために人為的に堤防決壊させ、水量分散を計るというギリギリの決断を想定したことがある。
 
決壊した場所では、当然なにがしかの被害が発生するのだが、その時、当時の知事は激怒し、そのシュミレーションの場を立ち去ってしまったというのである。要は、彼は逃げたのである。だが、このような決断力こそが、本来のトップ・リーダーに求められる能力、不測事態への対応能力である。              
以前読んだ書物の中に「孤独は全ての優れた人物に課せられた運命」との表題で、
@トップには同僚がいない 
A最終意思決定には誰の助力を求められない 
B自由に意思の伝達がし難い 
C正しい情報を得ることが稀である 
Dしかも、なお、最終的な責任を負っている、
と記述されていたのを思い出す。
 
まさに、これがトップ・リーダーに課せられた運命なのだろう。また、これは、塩野七生氏の著書「日本へ 〜国家と歴史篇」からの引用だが、人間の優秀さについての記述で、その一つが、色々な事態に対し、原則を変えずに、如何に例外を設け、さらにその例外事項を他に類を及ぼさないようにするか。
 
さらにもう一つ。日本的秀才は、予期していた事態への対処は上手いが、予期していなかった事態への対処は、下手なのが特質であるらしい。

しかし、予め分かっている質問に答えるのに、人並み優れた頭脳は必要ない。真正面から答えるか、それともすり抜けるかの違いはあっても、予期していなかった質問に対処して初めて、頭脳の良し悪しが計れるのである、というである。

私が思うに、前半の部分は、むしろ上級公務員の優劣の判断基準に向いおり、後半の部分は政治家を始めとする、組織のトップの資質の判断基準に向いているように思われる。
 
要は、決断するのは難しい作業である。決断に際して、十分に情報を集め、徹底して分析したから万全だ、ということは絶対にない。考える材料が全部そろい、やるべきことが自ずと分るのなら、リーダーは何もしなくてよい。つまり、決断するための情報収集と分析は程度問題である。
 
信頼を繋ぎ止めたるためなら、「ここまでは考えたけれど、これ以上は運を天に任せる」と踏み切るのがリーダーの役割だ。
 
それを検討会議や関係閣僚会議の設置ばかりで逃げてばかりではどうにもなるまい、と思う。日本語で上手い表現があるではないか。“腹をくくる”と。
 
少々穏当でない言い方だが、それこそ、判断を過てば腹を切ればよい、ではないか。 塩野 七生氏は言う。「たとえ自分は地獄に落ちようと国民は天国に行かせる、と考えるような人でなくてはならない。その覚悟のない指導者は、リーダーの名にも値しないし、エリートでもない」と。これができないなら潔く職を辞するしかあるまい。

2018年10月19日

◆「何でも民間」に疑問

眞邊 峰松



私の年来のマスコミに対する不信感・大衆迎合体質への嫌悪感が一層増大してきた。 


果たして、国家百年の将来を考えるべき時期に、本筋の議論と離れ、質的には枝葉末節の問題に国民を巻き込んで彼らの主張が、“社会の木鐸”、“オピニオンリーダー”の役割というのは、どこに存在するのだろうか。


私も、必ずしもマスコミ人の全てが、課題を単にワイドショー的に取り上げてばかりいるとまでは言わないが、もう少し冷静・客観的に問題を整理し報道するべきだと考える。


ところで、「行為する者にとって、行為せざる者は最も苛酷な批判者である」とは、ある書物の言葉。 同書でこんな話が続く。


「ナポレオンの脱出記」を扱った当時の新聞記事である。幽閉されていたナポレオンがエルバ島を脱出した。兵を集めて、パリへ進撃する。


パリの新聞がこれを報道する。その記事の中で、ナポレオンに対する形容詞が、時々刻々に変化していく。 最初は“皇位簒奪者”。 次いで“反乱軍”〜“叛将”〜“ナポレオン”、 やがて“祖国の英雄”。 

そして、ナポレオンがパリに入城した時には、一斉に“皇帝万歳”の記事で埋められた。オポチュ二ズムとセンセーショナリズムのマスコミの実態が浮き彫りにされている」。 まさに、その通りだという感がする。


少々議論が飛躍するが、私は基本的に今の“何でも民間”の風潮に反対だ。
私自身の体験から言っても、国の役人の省益あって国益なし、自分たちの徹底的な権益擁護には、実は本当に癖々した。 まさに国を誤る輩だ、何とかならんのか、という気分にもなった。


しかし、国家公務員というに相応しい立派な人士をも身近に知る私としては、少々誤弊のある言い方かも知れないが、敢えて言えば、こと“志”という点においては、真に心ある役人に比し得る民間人は、そう多くなかろうとも思う。
 

これも個人資質・能力というよりは、やはり、退職までの30年を超える永年の職務経験、職責の持つ私自身に染み込んだ体質的なもの、職業の匂いのようなものかも知れない。
  

私には、特にかっての余裕ある民間経営の時代ならともかく、現下の利潤一点張り、効率一点張りの時代に、現役の企業人で、常日頃から“公益とはなんぞや”の視点から物事を考察したことがある人物が、そう数多いとはとても思えない。


とりわけ、最近の風潮となっている企業利益の増加のみに邁進し、その過程で中高年の自殺者の激増など、社会不安を増幅してきたリストラを闇雲に推進してきた企業経営者を見るにつけ、その観を否めない。 


このような中で、果たして、現在のマスコミの論調のように“何でも民間人登用”“何でも民間感覚“ということが果たして正しいのだろうか。                                      (了)

2018年07月18日

◆何でも民間に疑問

眞邊 峰松



私の年来のマスコミに対する不信感・大衆迎合体質への嫌悪感が一層増大してきた。 


果たして、国家百年の将来を考えるべき時期に、本筋の議論と離れ、質的には枝葉末節の問題に国民を巻き込んで彼らの主張が、“社会の木鐸”、“オピニオンリーダー”の役割というのは、どこに存在するのだろうか。


私も、必ずしもマスコミ人の全てが、課題を単にワイドショー的に取り上げてばかりいるとまでは言わないが、もう少し冷静・客観的に問題を整理し報道するべきだと考える。


ところで、「行為する者にとって、行為せざる者は最も苛酷な批判者である」とは、ある書物の言葉。 同書でこんな話が続く。


「ナポレオンの脱出記」を扱った当時の新聞記事である。幽閉されていたナポレオンがエルバ島を脱出した。兵を集めて、パリへ進撃する。


パリの新聞がこれを報道する。その記事の中で、ナポレオンに対する形容詞が、時々刻々に変化していく。 最初は“皇位簒奪者”。 次いで“反乱軍”〜“叛将”〜“ナポレオン”、 やがて“祖国の英雄”。 

そして、ナポレオンがパリに入城した時には、一斉に“皇帝万歳”の記事で埋められた。オポチュ二ズムとセンセーショナリズムのマスコミの実態が浮き彫りにされている」。 まさに、その通りだという感がする。


少々議論が飛躍するが、私は基本的に今の“何でも民間”の風潮に反対だ。
私自身の体験から言っても、国の役人の省益あって国益なし、自分たちの徹底的な権益擁護には、実は本当に癖々した。 まさに国を誤る輩だ、何とかならんのか、という気分にもなった。


しかし、国家公務員というに相応しい立派な人士をも身近に知る私としては、少々誤弊のある言い方かも知れないが、敢えて言えば、こと“志”という点においては、真に心ある役人に比し得る民間人は、そう多くなかろうとも思う。
 

これも個人資質・能力というよりは、やはり、退職までの30年を超える永年の職務経験、職責の持つ私自身に染み込んだ体質的なもの、職業の匂いのようなものかも知れない。
  

私には、特にかっての余裕ある民間経営の時代ならともかく、現下の利潤一点張り、効率一点張りの時代に、現役の企業人で、常日頃から“公益とはなんぞや”の視点から物事を考察したことがある人物が、そう数多いとはとても思えない。


とりわけ、最近の風潮となっている企業利益の増加のみに邁進し、その過程で中高年の自殺者の激増など、社会不安を増幅してきたリストラを闇雲に推進してきた企業経営者を見るにつけ、その観を否めない。 


このような中で、果たして、現在のマスコミの論調のように“何でも民間人登用”“何でも民間感覚“ということが果たして正しいのだろうか。                                      (了)

2018年05月30日

◆「何でも民間」に疑問

眞邊 峰松




私の年来のマスコミに対する不信感・大衆迎合体質への嫌悪感が一層増大してきた。 


果たして、国家百年の将来を考えるべき時期に、本筋の議論と離れ、質的には枝葉末節の問題に国民を巻き込んで彼らの主張が、“社会の木鐸”、“オピニオンリーダー”の役割というのは、どこに存在するのだろうか。


私も、必ずしもマスコミ人の全てが、課題を単にワイドショー的に取り上げてばかりいるとまでは言わないが、もう少し冷静・客観的に問題を整理し報道するべきだと考える。


ところで、「行為する者にとって、行為せざる者は最も苛酷な批判者である」とは、ある書物の言葉。 同書でこんな話が続く。


「ナポレオンの脱出記」を扱った当時の新聞記事である。幽閉されていたナポレオンがエルバ島を脱出した。兵を集めて、パリへ進撃する。


パリの新聞がこれを報道する。その記事の中で、ナポレオンに対する形容詞が、時々刻々に変化していく。 最初は“皇位簒奪者”。 次いで“反乱軍”〜“叛将”〜“ナポレオン”、 やがて“祖国の英雄”。 

そして、ナポレオンがパリに入城した時には、一斉に“皇帝万歳”の記事で埋められた。オポチュ二ズムとセンセーショナリズムのマスコミの実態が浮き彫りにされている」。 まさに、その通りだという感がする。


少々議論が飛躍するが、私は基本的に今の“何でも民間”の風潮に反対だ。
私自身の体験から言っても、国の役人の省益あって国益なし、自分たちの徹底的な権益擁護には、実は本当に癖々した。 まさに国を誤る輩だ、何とかならんのか、という気分にもなった。


しかし、国家公務員というに相応しい立派な人士をも身近に知る私としては、少々誤弊のある言い方かも知れないが、敢えて言えば、こと“志”という点においては、真に心ある役人に比し得る民間人は、そう多くなかろうとも思う。
 

これも個人資質・能力というよりは、やはり、退職までの30年を超える永年の職務経験、職責の持つ私自身に染み込んだ体質的なもの、職業の匂いのようなものかも知れない。
  

私には、特にかっての余裕ある民間経営の時代ならともかく、現下の利潤一点張り、効率一点張りの時代に、現役の企業人で、常日頃から“公益とはなんぞや”の視点から物事を考察したことがある人物が、そう数多いとはとても思えない。


とりわけ、最近の風潮となっている企業利益の増加のみに邁進し、その過程で中高年の自殺者の激増など、社会不安を増幅してきたリストラを闇雲に推進してきた企業経営者を見るにつけ、その観を否めない。 


このような中で、果たして、現在のマスコミの論調のように“何でも民間人登用”“何でも民間感覚“ということが果たして正しいのだろうか。                                      (了)

2018年05月08日

◆先を見通せる時代はあったのか

眞鍋 峰松


まもなく6月。 カレンダーに、ふと眼をやると、そこには芭蕉「 あらとうと 青葉若葉の 日の光 」の一句。 そこで初めて、ここ1、2ヵ月の間の、樹木の緑の移り変わりにも気付かぬ己の心の余裕の無さに驚いた。 

「驚きを抱く者は幸いである」 世の中には、立派なもの、美しいもの、鮮やかなものが確かに存在する。 

しかし、それをああ美しい、鮮やかだと、受け止めるのは自分の心であって、その心があるからこそ、その存在を認めることができる、と民芸運動を起こした思想家 柳 宗悦(1889〜1961)が書いている。

確かに、このような自然の移り変わりにも新鮮な驚きの心が無くなれば、それは毎年の単なる季節変動にしか見えない。陽に輝く鮮やかな緑青の木の葉に、ああ素晴らしいと驚く。 

驚くとは出会った事に対する肯定的評価であり、心に新鮮なものに出逢った喜び。そのような気持を持ち続けている限り、心は老いることはないのだろう。 

目下、テレビなどマスコミの伝えるところでは、気象庁のエルニーニョ監視速報で、今年の夏は5年ぶりにエルニーニョ現象が発生する可能性が高いとの見通しを発表したとのこと。 


夏にエルニーニョ現象が発生すると、日本付近では太平洋高気圧の張り出しが弱くなり冷夏になる傾向があり、前回、エルニーニョ現象が発生した2009年の夏には、北・東・西日本は日照不足となり、7月に中国・九州北部豪雨が発生したほか、多くの地域で梅雨明けが遅れ、九州北部と近畿、東海は梅雨明けが8月にずれこんだ、とのことである。



とすれば、今年の夏は異常気象であり、数多の悲惨なニュースを生み出すことになるのだろうか、危惧される。しかし、マスコミの手にかかれば、こと気象現象に限らず、様々な社会事象、国内政治、外交に限らず、何事も先読みができない・異常・想定外の驚きの事柄になってしまう。

だが、過去に先の読めた、異常な事も想定外の事も全く起こらない時代はあったのか。 むしろ、先の読めた時代など一度もなかったのではないだろうか。 

特に、激動の時代ともなれば、一寸先は闇であって、とうてい先などよめない。 先が読めないのは、何も現代特有の現象ではない。 いつの時代でもそうだった。 

過去、様々な歴史的な事件が繰り返されてきた。ことに、色々な人間による様々な興亡の歴史の中では、ある者は途中で挫折し、ある者は勝ち残りに成功した。 

かれらの失敗と成功の跡を辿っていくと、自ずから、そこに勝ち残りの条件といったものを見出せる。 それらを強いて纏めると、それは能力、人徳、運・不運の三つ、とある書物で指摘されていた。 

その中でも、何と言っても能力ということになるが、これをさらに分析すると、智慧と勇気ということになる。智慧とは先見力・洞察力である。 人より一歩でも先を読んで、適切な対策を講じられる能力。 

また、勇気とは決断力、「まさに断ずべきくして断ぜざれば、反ってその乱を受く」の中国古典の通りである。 さらに、「徳は事業の基なり(采根譚)」と称せられるが、徳とは何か。 

そこには寛容、謙虚、思いやりの三つを挙げることができるのかも知れない。 そして、運・不運。 こればかりは定義もその誘因も曰く言い難いが、私なりに解釈すれば、時の勢いと言うしかないだろう。

何事につけ、ここ一番では、やらないよりやるに越したことはない。 昨今のニュースで言えば、現在報道されている日朝協議などはその好例なのかもしれない。

が、果たして、「徳は事業の基なり」という言葉が通じる相手なのかどうか、最も懸念されるところではある。
 
いずれにしても、歴史は繰り返すと同時に、一つとして全く同じ原因と結果が生み出されることもないことも事実である。 そこで成功の条件を考えるとしたら、やはり、能力、人徳、とりわけ時の勢い(運)が必須だということになるのだろう。


2018年05月07日

◆取り留めのない話ですが・・

眞鍋 峰松



“ヨイショ”“ヨイショ”。 今朝の我が家の会話で、「家の中で、この言葉があちらこちらで、コダマしている」の言葉に、家族全員が大爆笑。 

先月末から現在まで、常は独り暮らしを続ける86歳の家内の母親が連休中とのことで同居中での出来事。 現状が4人家族で、うち3人が65歳超の高齢者。 その3人が何らかの行動を起そうとする度に、ヨイショ!ヨイショ!の掛け声である。 

なるほど一定の年齢を超えると、人間、行動を起こすには、何かの切っ掛けがいるものか、と妙に感心した。

私も既に70歳超。 5年前に、ある事件に関わり、以来その処理に没頭し、有り体に言えば、最近やっと紛争の末に、最高裁判所の決定を得てその解決に至った。 その抑々の切っ掛けというのは、昔々の職場の元上司からの依頼を受けた事柄。 

事件の詳細は、いずれまた機会があればとして、抽象的にその結末を申し上げれば、5年越しで紛争解決に完全に成功したものの、最後には全くの第三者からの一発逆転劇で、最終処理に失敗のお粗末。

それは兎に角、この切っ掛けとなったのが、当時、年齢的にいよいよ人生の最終章に差し掛かって来たという焦りにも似た想いを抱いていた折も折に、飛び込んできた依頼ごと。 

昔、中国の禅者が、洗面器に「日に新たに 日々に新たに、又日に新たなり」と刻し、毎朝顔を洗うように、毎日新しい意識で、新しい世界に生きてこそ、人生の意義と価値と幸福が発見されるであろう、と思われたそうだ。 

この教えが丁度その時期に私の念頭に常時有ったことが、抑々の切っ掛けである。 

これからの己の人生、日々新しい意識で、済んだことはさっさと忘れて、つねに前向きで、新しく新しくと生きて行くことが、真実生き甲斐というものであろう、この先もこれで行こう、と考えていた折りも折りのことである。
    
今から省みると、この事件への関与も、自らの能力と力量を弁えない行動だったか、とも思う。 だが、人間、自分に都合良いものだけを選ぶことなど、できないのが人生。 大抵の出来事は,良さと悪さが抱き合わせで現れるのだろう。 

簡単な話、何か善いことをしょうとすると、人間は疲れることも覚悟しなければならない。人によっては、疲れるからしない、と言う。それも各人それぞれの選択。 

が、しかし、これはやはり実行するべきだと考え、我われは計画を遂行し、後でへとへとになって後悔することも多々ある。 

私もこの事件後へとへとになったが、それはそれで良かったのではないか、と今では思っている。 人間は時には悧巧なこともするが、馬鹿なこともする。 悧巧なことができたら運が良かったと喜び、馬鹿なことをしてしまったら家で布団をかぶって眠る。 

いずれにしても、後々考えれば、そのどちらにしても大きな差はないと思うことなのだろうと明らめた。
    
以上、ここ暫くの本誌への投稿を中断していた原因であり、釈明ならぬ、弁解の言葉です。

2018年04月12日

◆今日一日をプラス思考で生きる

 眞鍋 峰松


最近になって、情報化社会がいよいよここまで進展してきたのか、と強く感じさせられる社会現象が多く見受けられるようになった。  

何よりも情報化の進展は、個人レベルの社会生活の中では、その人のアイデンティティの組織離れということに大いに関係してきているような気がする。
   
かって、サラリーマンが企業戦士として高度成長を支えてきた時代には、個よりも役割を優先する日本的意識はそれなりに機能してきた。だが、こうした肩書き優先社会では、退職や失業などにより組織を失うと、個人のアイデンティティも失われ、ヘタをすると人間としての存在価値そのものが奪われる結果となる。

ここにきて、一挙に増加傾向を示しつつある中高年男性の自殺や熟年離婚のなども、役割と人格を混同し社会や配偶者などと個として向き合うことが少なかったことの裏返しの現象の一つ、ということだろう。
   
情報化の進展とともに、個々人が容易に色々な情報に接し得る機会が多くなり、各人のライフスタイルも多様化しつつある現在では、かっての組織優先の人間観・人生観は個人にも社会へも大きい軋轢と落差をもたらす。 

個人にとって、従来の日本型の自意識のままでは、情報化、多様化している社会を生き抜くのは非常に難しい時代に直面しているのは確かだ。
   
そこで求められる生き方は、ということになると、やはり肩書き抜き、組織とは距離を置いた自己意識を持ち、長寿社会を迎えて多趣味を生かしながら生き抜いていくことだろう。 

そのためには、好奇心をいつまでも強く持ち、新しいものをどんどん受け入れ、それらを積極的に活用していこうという気構えを常に忘れないこと、これはつまり、進取の気性を持つということだ。 

この進取の気性こそ生きがいを見つける最大の武器の一つでもある。 

もう一つは、徒に明日を思い煩うな、ということ。 明日のことは明日のことで、今日思い煩うことはない。いずれにしても、座して待つのでなく、これぞと思った時には、すぐさま行動に移すぐらいの勇気と機敏さをいつまでも忘れないことだろう。 

ここで動いて明日はどうなるだろう、なんて思い悩んでしまったらどうだろう。 要は、明日を思い煩うことなく、今日一日をプラス思考でことに当たることが肝要、ということになろう。
 
もう一度少年のような冒険心と好奇心を持って、一日一日を過ごし、充電してゆくことが、花も実もある生き方につながるのではないか。 

シェークスピア風にいえば、退職後も自分に与えられた「劇場」の中で、しっかりと「主役」を演じることはとても楽しいことである。(完)