2018年10月19日

◆「何でも民間」に疑問

眞邊 峰松



私の年来のマスコミに対する不信感・大衆迎合体質への嫌悪感が一層増大してきた。 


果たして、国家百年の将来を考えるべき時期に、本筋の議論と離れ、質的には枝葉末節の問題に国民を巻き込んで彼らの主張が、“社会の木鐸”、“オピニオンリーダー”の役割というのは、どこに存在するのだろうか。


私も、必ずしもマスコミ人の全てが、課題を単にワイドショー的に取り上げてばかりいるとまでは言わないが、もう少し冷静・客観的に問題を整理し報道するべきだと考える。


ところで、「行為する者にとって、行為せざる者は最も苛酷な批判者である」とは、ある書物の言葉。 同書でこんな話が続く。


「ナポレオンの脱出記」を扱った当時の新聞記事である。幽閉されていたナポレオンがエルバ島を脱出した。兵を集めて、パリへ進撃する。


パリの新聞がこれを報道する。その記事の中で、ナポレオンに対する形容詞が、時々刻々に変化していく。 最初は“皇位簒奪者”。 次いで“反乱軍”〜“叛将”〜“ナポレオン”、 やがて“祖国の英雄”。 

そして、ナポレオンがパリに入城した時には、一斉に“皇帝万歳”の記事で埋められた。オポチュ二ズムとセンセーショナリズムのマスコミの実態が浮き彫りにされている」。 まさに、その通りだという感がする。


少々議論が飛躍するが、私は基本的に今の“何でも民間”の風潮に反対だ。
私自身の体験から言っても、国の役人の省益あって国益なし、自分たちの徹底的な権益擁護には、実は本当に癖々した。 まさに国を誤る輩だ、何とかならんのか、という気分にもなった。


しかし、国家公務員というに相応しい立派な人士をも身近に知る私としては、少々誤弊のある言い方かも知れないが、敢えて言えば、こと“志”という点においては、真に心ある役人に比し得る民間人は、そう多くなかろうとも思う。
 

これも個人資質・能力というよりは、やはり、退職までの30年を超える永年の職務経験、職責の持つ私自身に染み込んだ体質的なもの、職業の匂いのようなものかも知れない。
  

私には、特にかっての余裕ある民間経営の時代ならともかく、現下の利潤一点張り、効率一点張りの時代に、現役の企業人で、常日頃から“公益とはなんぞや”の視点から物事を考察したことがある人物が、そう数多いとはとても思えない。


とりわけ、最近の風潮となっている企業利益の増加のみに邁進し、その過程で中高年の自殺者の激増など、社会不安を増幅してきたリストラを闇雲に推進してきた企業経営者を見るにつけ、その観を否めない。 


このような中で、果たして、現在のマスコミの論調のように“何でも民間人登用”“何でも民間感覚“ということが果たして正しいのだろうか。                                      (了)

2018年07月18日

◆何でも民間に疑問

眞邊 峰松



私の年来のマスコミに対する不信感・大衆迎合体質への嫌悪感が一層増大してきた。 


果たして、国家百年の将来を考えるべき時期に、本筋の議論と離れ、質的には枝葉末節の問題に国民を巻き込んで彼らの主張が、“社会の木鐸”、“オピニオンリーダー”の役割というのは、どこに存在するのだろうか。


私も、必ずしもマスコミ人の全てが、課題を単にワイドショー的に取り上げてばかりいるとまでは言わないが、もう少し冷静・客観的に問題を整理し報道するべきだと考える。


ところで、「行為する者にとって、行為せざる者は最も苛酷な批判者である」とは、ある書物の言葉。 同書でこんな話が続く。


「ナポレオンの脱出記」を扱った当時の新聞記事である。幽閉されていたナポレオンがエルバ島を脱出した。兵を集めて、パリへ進撃する。


パリの新聞がこれを報道する。その記事の中で、ナポレオンに対する形容詞が、時々刻々に変化していく。 最初は“皇位簒奪者”。 次いで“反乱軍”〜“叛将”〜“ナポレオン”、 やがて“祖国の英雄”。 

そして、ナポレオンがパリに入城した時には、一斉に“皇帝万歳”の記事で埋められた。オポチュ二ズムとセンセーショナリズムのマスコミの実態が浮き彫りにされている」。 まさに、その通りだという感がする。


少々議論が飛躍するが、私は基本的に今の“何でも民間”の風潮に反対だ。
私自身の体験から言っても、国の役人の省益あって国益なし、自分たちの徹底的な権益擁護には、実は本当に癖々した。 まさに国を誤る輩だ、何とかならんのか、という気分にもなった。


しかし、国家公務員というに相応しい立派な人士をも身近に知る私としては、少々誤弊のある言い方かも知れないが、敢えて言えば、こと“志”という点においては、真に心ある役人に比し得る民間人は、そう多くなかろうとも思う。
 

これも個人資質・能力というよりは、やはり、退職までの30年を超える永年の職務経験、職責の持つ私自身に染み込んだ体質的なもの、職業の匂いのようなものかも知れない。
  

私には、特にかっての余裕ある民間経営の時代ならともかく、現下の利潤一点張り、効率一点張りの時代に、現役の企業人で、常日頃から“公益とはなんぞや”の視点から物事を考察したことがある人物が、そう数多いとはとても思えない。


とりわけ、最近の風潮となっている企業利益の増加のみに邁進し、その過程で中高年の自殺者の激増など、社会不安を増幅してきたリストラを闇雲に推進してきた企業経営者を見るにつけ、その観を否めない。 


このような中で、果たして、現在のマスコミの論調のように“何でも民間人登用”“何でも民間感覚“ということが果たして正しいのだろうか。                                      (了)

2018年05月30日

◆「何でも民間」に疑問

眞邊 峰松




私の年来のマスコミに対する不信感・大衆迎合体質への嫌悪感が一層増大してきた。 


果たして、国家百年の将来を考えるべき時期に、本筋の議論と離れ、質的には枝葉末節の問題に国民を巻き込んで彼らの主張が、“社会の木鐸”、“オピニオンリーダー”の役割というのは、どこに存在するのだろうか。


私も、必ずしもマスコミ人の全てが、課題を単にワイドショー的に取り上げてばかりいるとまでは言わないが、もう少し冷静・客観的に問題を整理し報道するべきだと考える。


ところで、「行為する者にとって、行為せざる者は最も苛酷な批判者である」とは、ある書物の言葉。 同書でこんな話が続く。


「ナポレオンの脱出記」を扱った当時の新聞記事である。幽閉されていたナポレオンがエルバ島を脱出した。兵を集めて、パリへ進撃する。


パリの新聞がこれを報道する。その記事の中で、ナポレオンに対する形容詞が、時々刻々に変化していく。 最初は“皇位簒奪者”。 次いで“反乱軍”〜“叛将”〜“ナポレオン”、 やがて“祖国の英雄”。 

そして、ナポレオンがパリに入城した時には、一斉に“皇帝万歳”の記事で埋められた。オポチュ二ズムとセンセーショナリズムのマスコミの実態が浮き彫りにされている」。 まさに、その通りだという感がする。


少々議論が飛躍するが、私は基本的に今の“何でも民間”の風潮に反対だ。
私自身の体験から言っても、国の役人の省益あって国益なし、自分たちの徹底的な権益擁護には、実は本当に癖々した。 まさに国を誤る輩だ、何とかならんのか、という気分にもなった。


しかし、国家公務員というに相応しい立派な人士をも身近に知る私としては、少々誤弊のある言い方かも知れないが、敢えて言えば、こと“志”という点においては、真に心ある役人に比し得る民間人は、そう多くなかろうとも思う。
 

これも個人資質・能力というよりは、やはり、退職までの30年を超える永年の職務経験、職責の持つ私自身に染み込んだ体質的なもの、職業の匂いのようなものかも知れない。
  

私には、特にかっての余裕ある民間経営の時代ならともかく、現下の利潤一点張り、効率一点張りの時代に、現役の企業人で、常日頃から“公益とはなんぞや”の視点から物事を考察したことがある人物が、そう数多いとはとても思えない。


とりわけ、最近の風潮となっている企業利益の増加のみに邁進し、その過程で中高年の自殺者の激増など、社会不安を増幅してきたリストラを闇雲に推進してきた企業経営者を見るにつけ、その観を否めない。 


このような中で、果たして、現在のマスコミの論調のように“何でも民間人登用”“何でも民間感覚“ということが果たして正しいのだろうか。                                      (了)

2018年05月08日

◆先を見通せる時代はあったのか

眞鍋 峰松


まもなく6月。 カレンダーに、ふと眼をやると、そこには芭蕉「 あらとうと 青葉若葉の 日の光 」の一句。 そこで初めて、ここ1、2ヵ月の間の、樹木の緑の移り変わりにも気付かぬ己の心の余裕の無さに驚いた。 

「驚きを抱く者は幸いである」 世の中には、立派なもの、美しいもの、鮮やかなものが確かに存在する。 

しかし、それをああ美しい、鮮やかだと、受け止めるのは自分の心であって、その心があるからこそ、その存在を認めることができる、と民芸運動を起こした思想家 柳 宗悦(1889〜1961)が書いている。

確かに、このような自然の移り変わりにも新鮮な驚きの心が無くなれば、それは毎年の単なる季節変動にしか見えない。陽に輝く鮮やかな緑青の木の葉に、ああ素晴らしいと驚く。 

驚くとは出会った事に対する肯定的評価であり、心に新鮮なものに出逢った喜び。そのような気持を持ち続けている限り、心は老いることはないのだろう。 

目下、テレビなどマスコミの伝えるところでは、気象庁のエルニーニョ監視速報で、今年の夏は5年ぶりにエルニーニョ現象が発生する可能性が高いとの見通しを発表したとのこと。 


夏にエルニーニョ現象が発生すると、日本付近では太平洋高気圧の張り出しが弱くなり冷夏になる傾向があり、前回、エルニーニョ現象が発生した2009年の夏には、北・東・西日本は日照不足となり、7月に中国・九州北部豪雨が発生したほか、多くの地域で梅雨明けが遅れ、九州北部と近畿、東海は梅雨明けが8月にずれこんだ、とのことである。



とすれば、今年の夏は異常気象であり、数多の悲惨なニュースを生み出すことになるのだろうか、危惧される。しかし、マスコミの手にかかれば、こと気象現象に限らず、様々な社会事象、国内政治、外交に限らず、何事も先読みができない・異常・想定外の驚きの事柄になってしまう。

だが、過去に先の読めた、異常な事も想定外の事も全く起こらない時代はあったのか。 むしろ、先の読めた時代など一度もなかったのではないだろうか。 

特に、激動の時代ともなれば、一寸先は闇であって、とうてい先などよめない。 先が読めないのは、何も現代特有の現象ではない。 いつの時代でもそうだった。 

過去、様々な歴史的な事件が繰り返されてきた。ことに、色々な人間による様々な興亡の歴史の中では、ある者は途中で挫折し、ある者は勝ち残りに成功した。 

かれらの失敗と成功の跡を辿っていくと、自ずから、そこに勝ち残りの条件といったものを見出せる。 それらを強いて纏めると、それは能力、人徳、運・不運の三つ、とある書物で指摘されていた。 

その中でも、何と言っても能力ということになるが、これをさらに分析すると、智慧と勇気ということになる。智慧とは先見力・洞察力である。 人より一歩でも先を読んで、適切な対策を講じられる能力。 

また、勇気とは決断力、「まさに断ずべきくして断ぜざれば、反ってその乱を受く」の中国古典の通りである。 さらに、「徳は事業の基なり(采根譚)」と称せられるが、徳とは何か。 

そこには寛容、謙虚、思いやりの三つを挙げることができるのかも知れない。 そして、運・不運。 こればかりは定義もその誘因も曰く言い難いが、私なりに解釈すれば、時の勢いと言うしかないだろう。

何事につけ、ここ一番では、やらないよりやるに越したことはない。 昨今のニュースで言えば、現在報道されている日朝協議などはその好例なのかもしれない。

が、果たして、「徳は事業の基なり」という言葉が通じる相手なのかどうか、最も懸念されるところではある。
 
いずれにしても、歴史は繰り返すと同時に、一つとして全く同じ原因と結果が生み出されることもないことも事実である。 そこで成功の条件を考えるとしたら、やはり、能力、人徳、とりわけ時の勢い(運)が必須だということになるのだろう。


2018年05月07日

◆取り留めのない話ですが・・

眞鍋 峰松



“ヨイショ”“ヨイショ”。 今朝の我が家の会話で、「家の中で、この言葉があちらこちらで、コダマしている」の言葉に、家族全員が大爆笑。 

先月末から現在まで、常は独り暮らしを続ける86歳の家内の母親が連休中とのことで同居中での出来事。 現状が4人家族で、うち3人が65歳超の高齢者。 その3人が何らかの行動を起そうとする度に、ヨイショ!ヨイショ!の掛け声である。 

なるほど一定の年齢を超えると、人間、行動を起こすには、何かの切っ掛けがいるものか、と妙に感心した。

私も既に70歳超。 5年前に、ある事件に関わり、以来その処理に没頭し、有り体に言えば、最近やっと紛争の末に、最高裁判所の決定を得てその解決に至った。 その抑々の切っ掛けというのは、昔々の職場の元上司からの依頼を受けた事柄。 

事件の詳細は、いずれまた機会があればとして、抽象的にその結末を申し上げれば、5年越しで紛争解決に完全に成功したものの、最後には全くの第三者からの一発逆転劇で、最終処理に失敗のお粗末。

それは兎に角、この切っ掛けとなったのが、当時、年齢的にいよいよ人生の最終章に差し掛かって来たという焦りにも似た想いを抱いていた折も折に、飛び込んできた依頼ごと。 

昔、中国の禅者が、洗面器に「日に新たに 日々に新たに、又日に新たなり」と刻し、毎朝顔を洗うように、毎日新しい意識で、新しい世界に生きてこそ、人生の意義と価値と幸福が発見されるであろう、と思われたそうだ。 

この教えが丁度その時期に私の念頭に常時有ったことが、抑々の切っ掛けである。 

これからの己の人生、日々新しい意識で、済んだことはさっさと忘れて、つねに前向きで、新しく新しくと生きて行くことが、真実生き甲斐というものであろう、この先もこれで行こう、と考えていた折りも折りのことである。
    
今から省みると、この事件への関与も、自らの能力と力量を弁えない行動だったか、とも思う。 だが、人間、自分に都合良いものだけを選ぶことなど、できないのが人生。 大抵の出来事は,良さと悪さが抱き合わせで現れるのだろう。 

簡単な話、何か善いことをしょうとすると、人間は疲れることも覚悟しなければならない。人によっては、疲れるからしない、と言う。それも各人それぞれの選択。 

が、しかし、これはやはり実行するべきだと考え、我われは計画を遂行し、後でへとへとになって後悔することも多々ある。 

私もこの事件後へとへとになったが、それはそれで良かったのではないか、と今では思っている。 人間は時には悧巧なこともするが、馬鹿なこともする。 悧巧なことができたら運が良かったと喜び、馬鹿なことをしてしまったら家で布団をかぶって眠る。 

いずれにしても、後々考えれば、そのどちらにしても大きな差はないと思うことなのだろうと明らめた。
    
以上、ここ暫くの本誌への投稿を中断していた原因であり、釈明ならぬ、弁解の言葉です。

2018年04月12日

◆今日一日をプラス思考で生きる

 眞鍋 峰松


最近になって、情報化社会がいよいよここまで進展してきたのか、と強く感じさせられる社会現象が多く見受けられるようになった。  

何よりも情報化の進展は、個人レベルの社会生活の中では、その人のアイデンティティの組織離れということに大いに関係してきているような気がする。
   
かって、サラリーマンが企業戦士として高度成長を支えてきた時代には、個よりも役割を優先する日本的意識はそれなりに機能してきた。だが、こうした肩書き優先社会では、退職や失業などにより組織を失うと、個人のアイデンティティも失われ、ヘタをすると人間としての存在価値そのものが奪われる結果となる。

ここにきて、一挙に増加傾向を示しつつある中高年男性の自殺や熟年離婚のなども、役割と人格を混同し社会や配偶者などと個として向き合うことが少なかったことの裏返しの現象の一つ、ということだろう。
   
情報化の進展とともに、個々人が容易に色々な情報に接し得る機会が多くなり、各人のライフスタイルも多様化しつつある現在では、かっての組織優先の人間観・人生観は個人にも社会へも大きい軋轢と落差をもたらす。 

個人にとって、従来の日本型の自意識のままでは、情報化、多様化している社会を生き抜くのは非常に難しい時代に直面しているのは確かだ。
   
そこで求められる生き方は、ということになると、やはり肩書き抜き、組織とは距離を置いた自己意識を持ち、長寿社会を迎えて多趣味を生かしながら生き抜いていくことだろう。 

そのためには、好奇心をいつまでも強く持ち、新しいものをどんどん受け入れ、それらを積極的に活用していこうという気構えを常に忘れないこと、これはつまり、進取の気性を持つということだ。 

この進取の気性こそ生きがいを見つける最大の武器の一つでもある。 

もう一つは、徒に明日を思い煩うな、ということ。 明日のことは明日のことで、今日思い煩うことはない。いずれにしても、座して待つのでなく、これぞと思った時には、すぐさま行動に移すぐらいの勇気と機敏さをいつまでも忘れないことだろう。 

ここで動いて明日はどうなるだろう、なんて思い悩んでしまったらどうだろう。 要は、明日を思い煩うことなく、今日一日をプラス思考でことに当たることが肝要、ということになろう。
 
もう一度少年のような冒険心と好奇心を持って、一日一日を過ごし、充電してゆくことが、花も実もある生き方につながるのではないか。 

シェークスピア風にいえば、退職後も自分に与えられた「劇場」の中で、しっかりと「主役」を演じることはとても楽しいことである。(完)

2018年03月10日

◆皆が 正義の戦士?

眞鍋 峰松
   


昨年12月中頃に脳梗塞が発症し、原因となった頸動脈の血管内の壁の中に溜まったコレステロールの盛り上り(アテロームと呼ぶそうだ)を除去するための頸動脈内膜剥離手術を受けてからほぼ半年が経った。

幸い、今では日常生活を完全に取り戻し、首筋に残った生々しい傷跡も日々薄らぎ、傷の引き攣れの後遺症である発音・発声不明瞭の状態も徐々に解消。ようやく他人との円滑な会話も可能になった。 また同時に、読書や日誌等の文章の作成といった知的作業に関する意欲を失い完全にこれらの作業からも遠ざかっていたのだが、この間日々の新聞記事を丹念にチェックすることのみが日課だった。

その中で気付いたのが、今年に入ってから政治家、スポーツ選手、芸能人、企業のトップなどによる謝罪事象が相次いでいることである。 女性タレントの不倫騒動、日本を代表する大企業、次々と出てくる国会議員や地方議員の政治資金絡みの不正経理処理、その極め付けが現在マスコミ報道を賑わせて本当に毎日枚挙に暇がない状態である。

ただ、記述するに当って、まず以下を前提として明らかにしておきたい。 即ち、ネット上であろうがなかろうが、何人も道義に反することが行われていると認識した場合には本来、匿名ではなく記名での公表や抗議を唱えるべきであろうし、それ以前に当事者に対し「陳謝しなければならないことなど、するな!」と伝えるべきことだろうことである。

 ある日の新聞紙上で見かけたSJW=ソーシャル・ジャスティス・ウォリアー(social justice warrior)という単語。直訳すれば、社会正義の戦士。

もともとはフェミニズム(女性の社会・政治・法律上の権利拡張を主張する考え)のために戦う人たちという意味合いからスタートした言葉だったそうだが、今は正義感をかざして社会悪と思えるようなことを一生懸命叩く人たちのことを指す。その本人たちは正義感の下に発言をしていると思っているので、それが悪いこと或いは思い込みや思い違いなどとは露ほども疑わず、むしろ、社会に代わり制裁をしているという優越感や責任感すら感じている人たち。 

しかし、このSJWという言葉は海外では寧ろ侮蔑的な意味で使われ、特にネット上での匿名の発言は遠くの安全地帯から石を投げているような行為として考えられ、馬鹿にされている、とのことである。   
              
皮肉なことに、この記事を読んで直ちに思い出したのが、作家の田辺 聖子さんの「人を責めることが大好きな人があるね、正義の味方の中には」という言葉。 
               
中国の大儒者朱子(朱熹)は「血気の怒りはあるべからず。理義の怒りはなかるべからず」と説いている。朱子は、怒りを二つの種類に分け、一は非、他は必要なものとしている。血気の怒りとは、感情的な怒り、自己中心から発したそれで、朱子が戒めてきたのは全て、この種のものである。

しかし、怒りには、もう一つの種類のものがある。客観的な眼や正義感に根をおいた、公的な怒り、いわゆる公憤といった性質のものだ。自分を超えた立場からの怒り、と言ってもよかろう。この種の怒りは「なかるべからず」、

つまり、なすべきと朱子は言う。確かに、悪や非道に対して人々が怒ることが無かったら、正義は行われず、家も社会も滅茶苦茶になってしまう。司法機関とは、この「理義の怒り」を、社会的に担保し行使する役所であるといえる。翻って、今の世相をみれば、どうだろう。

私には、私的な怒りが充満し、反面、公的な怒りが不足しているように見えて仕方がない。もっと皮肉な言い方をすれば、今の世相には怒りが十二分に充満している。だが、そこに見られる怒りの意見表明は、総論の形をとった各論の怒りとでも言うか、表面は一見正義感に根をおいた公的な怒りだが、その根本的な処においてはそれぞれが各人・各層の権益擁護や地位の保全、場合によっては自己の日頃の鬱憤晴らしのための過剰反応に過ぎない場合が多い、とさえ言えるのではないか。 まして、ネット上での証拠も根拠も不十分な匿名の告発めいた投書などはその典型とでも言えるような気がする。  
                                       
確かに、今の世相、政治面ではとりわけ野党側が相も変わらず日本の直面する危機的現状を余所に政局に踊り続け、経済では企業が企業倫理や安定した雇用継続という社会的責務に鈍感になり、教育は人間育成という大切な目標を見失い、家庭では夫婦・親子間に相互理解を欠き、世間では人間同士、互いに思いやりや規律・厳しさを見失った状態。また、それらに警鐘を鳴らすべきマスコミ界でも、本筋を見誤ることが多くなっている。

それでは、どうするべきなのか。そこは私の如き微力な人間には、到底手に余る。その私としては、各人がそれぞれ“一燈を掲げ一隅を照らす”という心構えで前に進むしかない、と思える。
 古代ローマの哲人・政治家キケロには「彼等は他人に向かって語ることを学んだ。しかし、己に向かって語ることを学ばなかった」という苦味一杯の言葉がある。「他人に向かって語ることを学んだ」というよりは、「語ることを好んだ」「語ることを楽しんだ」と言うべきなのかもしれない。 

まさに スイスの哲学者カール・ヒルティの述べた「人間の真実の正しさは、礼節と同様、小事における行いにあらわれる。そして、小事における正しさは道徳の根底から生じる。これに反して、大袈裟な正義は、単に習慣的であるか、或いは功智に過ぎぬことがあり、人の性格について、未だ判明を与えぬことがある」ということなのだろう。

特に最近のマスコミや学者、評論家たちには、すぐに他人に対して陳謝を求める傾向にあるように思うのだが、一体、誰に対する陳謝なのか、どのような理由で陳謝を求めているのだろうか。その中には摩訶不思議な現象である場合も多々見受けられる。 

そこには、過ちを犯した事実が露見したことで取り敢えず世間に「陳謝」し、具体的には一体誰に対して謝るべきかも判らないままにひたすら頭を下げ続ける図柄しか私には眼に浮かばないのだが・・・。

2018年02月24日

◆「何でも民間」に疑問

眞邊 峰松


私の年来のマスコミに対する不信感・大衆迎合体質への嫌悪感が一層増大してきた。 


果たして、将来を考えるべき時期に、本筋の議論と離れ、質的には枝葉末節の問題に国民を巻き込んで彼らの主張が、“社会の木鐸”、“オピニオンリーダー”の役割というのは、どこに存在するのだろうか。


私も、必ずしもマスコミ人の全てが、課題を単にワイドショー的に取り上げてばかりいるとまでは言わないが、もう少し冷静・客観的に問題を整理し報道するべきだと考える。


ところで、「行為する者にとって、行為せざる者は最も苛酷な批判者である」とは、ある書物の言葉。 同書でこんな話が続く。


「ナポレオンの脱出記」を扱った当時の新聞記事である。幽閉されていたナポレオンがエルバ島を脱出した。兵を集めて、パリへ進撃する。


パリの新聞がこれを報道する。その記事の中で、ナポレオンに対する形容詞が、時々刻々に変化していく。 最初は“皇位簒奪者”。 次いで“反乱軍”〜“叛将”〜“ナポレオン”、 やがて“祖国の英雄”。 

そして、ナポレオンがパリに入城した時には、一斉に“皇帝万歳”の記事で埋められた。オポチュ二ズムとセンセーショナリズムのマスコミの実態が浮き彫りにされている」。 まさに、その通りだという感がする。


少々議論が飛躍するが、私は基本的に今の“何でも民間”の風潮に反対だ。
私自身の体験から言っても、国の役人の省益あって国益なし、自分たちの徹底的な権益擁護には、実は本当に癖々した。 まさに国を誤る輩だ、何とかならんのか、という気分にもなった。


しかし、国家公務員というに相応しい立派な人士をも身近に知る私としては、少々誤弊のある言い方かも知れないが、敢えて言えば、こと“志”という点においては、真に心ある役人に比し得る民間人は、そう多くなかろうとも思う。
 

これも個人資質・能力というよりは、やはり、退職までの30年を超える永年の職務経験、職責の持つ私自身に染み込んだ体質的なもの、職業の匂いのようなものかも知れない。
  

私には、特にかっての余裕ある民間経営の時代ならともかく、現下の利潤一点張り、効率一点張りの時代に、現役の企業人で、常日頃から“公益とはなんぞや”の視点から物事を考察したことがある人物が、そう数多いとはとても思えない。


とりわけ、企業利益の増加のみに邁進し、その過程で中高年の自殺者の激増など、社会不安を増幅してきたリストラを闇雲に推進してきた企業経営者を見るにつけ、その観を否めない。 


このような中で、果たして、現在のマスコミの論調のように“何でも民間人登用”“何でも民間感覚“ということが果たして正しいのだろうか。                                   (了)

2018年02月05日

◆いま時の男の子、女の子

眞鍋 峰松

最近、こんな話を耳にした。ある小学校の4年生のクラスの保護者授業参観での出来事。 担任の先生が選んだ参観授業の内容が、小学4年生はちょうど10歳ということで、20歳の半分〜「二分の一成人式」に因んだ作文の発表会。
 
学年全体の授業テーマだったそうだが、単なるありふれた授業内容や風景の参観に比べ、それにしてもなかなか面白い着想。先生方も色々と知恵を絞られたのだろう。

生徒たちはそれぞれ、生れてから10年間聞き取ってきた家庭内出来事を作文に纏め、参観日に保護者(平日だったので、保護者欠席2名を除き全員が母親ばかる)の前で対面して読み上げる、という方式だったそうだ。 

私どもの年代は、学級名簿はまず男子生徒、続いて女子生徒という順番だったが、いま時はアイウエオ順の名簿。従って、生徒の読む順番も男子が終わって、次いで女子ということでもなく、アイウエオ名簿の順番で発表する。

ところが、その場に居合わせた母親達が一様に驚いた出来事が発生した。生徒達が読んだ作文は、家族旅行の思い出や家庭内での出来事、中には生徒が風邪で寝込んだ時に母親が徹夜で看病に当たってくれた思い出などに、予め担任の先生が生徒の原文に色々とサジェッションし、完成させたものらしい。

何しろ、まだ10歳という年齢のこと、その発表内容によっては、途中で感極まって泣いたり、涙声になることも当然予想されたのだろう。ところが実際にその場で見られた光景とは、男子生徒全員が号泣、女子生徒は割合と淡々と発表し終えたというのである。

この話を耳にした私、へ〜ぇという驚きの一言。     

私は、その出来事を聞き、改めて興味を抱き、この話を私の耳に入れてくれた話し手に、それでその場の母親たちの感想は如何だったのかと確認してみた。

4年生の子供を持つ母親といえば、まず30歳台。65歳を超えた私のような年代からみれば、母親自体が我が娘と同じ年代。そこでの年令ギャップに興味も惹かれた次第。

発表会での男女生徒の感性に差があつたことへの母親たちの感想は、「男の子の方が女の子より感受性が強いからとか、本質的に優しいから」というのが多数意見だったようだ。なるほど、なるほど。

母親は、どうやら女性としてのご自分自身の経験・体験に当てはめたご意見の模様だ。昔々から、男の子は男らしく気性がさっぱりして力持ち、女の子は気が優しくて神経が細やか、という、私たち時代の世間常識はもはや通用しないことが窺える。

街角を闊歩する現代の若者達を見ての感想も、男性が女性化し、女性が男性化しているというのが典型的な今時の男女観。そのことからしても、10歳にして既にその傾向が現れているのが今の世相かも。

この話、お読みの皆さんの感想は如何でしょうか。

2018年01月27日

◆公財政を揺るがす「抗し難い圧力」

眞邊 峰松

私は、本欄で、<特に大阪のように本来豊かな税源を持つ地域でも、現行税配分方式ではその多くが中央に吸い上げられ、辛うじて地方交付税の配分で息を繋いでいる情けない実態>と書いた

更に、<大阪の地盤沈下が叫ばれて久しいが、この主原因は在阪企業の利潤中心の東京移転ではなかったのか、果たして府なり大阪市の力でこれら企業の東京移転を阻止できたのか、これら民間企業経営者の本音の意見を聞きたいところだ>とも指摘した。

その上で、<今後日本経済の復元に成功したとしても、結果的には国と東京の一人勝ちとなり、大阪の地盤沈下が一層明白になり、府下の公財政の改善を求められたとしても、制度の抜本的改革なしには、一歩も進まない実態が明らかになると思われる>と警鐘を鳴らした。

そこで、改めて私の考えを述べてみたい。私も、かっての府下公財政のあり方を決して是認するものではない。例えば、平成17年秋以降の大阪市の職員厚遇や第三セクターの相次ぐ破綻処理問題、平成18年春から次々と明らかになってきた同和行政を巡る乱脈経理。あらゆるところに蔓延する談合体質。

これらは明らかに公財政のあり方を根底から揺るがすものだ。 ただ、私の経験から言えるのは、その背景には、自己の利権と集票のみに関心を持つ低劣な議員、政治分野にのみ存在感を誇示し、真の公正妥当な職員福利の増進を無視してきた労働組合、人権擁護を表看板に有形無形の、抗し難い圧力の下に進められてきた諸団体の活動があったことも事実だ。 


当然担当部署は、それらの圧力に屈することなく公務員本来の全体の奉仕者として踏ん張るべきであったろうと思う。そこが社会の指弾の的になっているのだろう。  
しかし、その彼らを支えるべき議会・マスコミ・警察権力はどこにあったのか、眼を向けていたか。否、全く無かった。

逆に、寧ろ問題の糊塗を進める要因の一つだった、いうのが実態だったであろう。 梯子を登って後ろを振り返れば、誰も続く者とてなく、猪武者扱いされるのが関の山。 全体として、決して褒められた実態ではなかったと確信している。

果たして行政と公財政を取り巻くこのような複雑怪奇な実態を知らず、地方行政に対する見識・胆識をもお持ちとは些かも思えない特定人物を重宝がること自体が、果たして良いのだろうか、正しいのだろうか、と疑問を持たざるを得ない。 単なるパフォーマンス・綺麗事で終わるなら、長期的・最終的に被害を蒙るのは住民・国民ではないか。

まぁ、そうは言っても、民間でもOBとなられた人物で、企業経営から相当期間離れられ、その後色々な経験を重ねられた上で、大所高所から言われることなら、とは思う。 とりわけ行政の弱点である最小コスト・最大効果という点で民間知識を生かしていくのが効果的だとは考えないことではない。

しかし、正直、それでも長い期間に養われた視野、当該問題に対する現実や関わる裾野まで見渡せる経験・知識という点では、一般的には自治体職員OBの中の優れた人材と比べて、果たしてどうだろうか。

卑近な例でも、大阪府のりんくうタウンや大阪市の大阪湾埋立地の事業への批判。世の非難はその見通しの悪さを批判の的にしている。 これらは明らかに土地神話やバブルの崩壊によるものだ。 

現時点に立てば、これらを第三者の目で批判・非難することは簡単だが、私の目から見れば、これらの埋め立て事業自体は海面から新しい国土を生み出したという意味で、土地投資に対する安易な融資による金融危機と、同列に扱われることに抵抗を感じる。 

もっと長期的に考えれば、無から有を生み出したという評価だって有り得るのではないだろうか。 過去の責任を追及するばかりというのもどうか、と思う。 

大阪市、大阪府に新しい首長があいつで誕生している。今後、将来の大阪のために、思い切った施策や投資を立案し、実行するかどうか疑問が湧いてきて、背筋が寒くなる。

2018年01月22日

◆童話に教えられること

真鍋 峰松

まず、この話をお読み頂きたい。
 
「オオカミが羊の群れを襲う機会をうかがっていたが、犬が見張っていて手を出すことができないので、目的を達するために策略を用いることにした。オオカミは羊に使者を遣って犬を引き離すように求めた。
 
自分と羊とのあいだの反目の原因は犬であり、犬を引き渡しさえすれば、羊とのあいだに平和が永遠に続くだろうとオオカミは言った。何が起こるのかを予見できない羊は犬を引き渡した。

いまや絶対的優位に立ったオオカミは、もはや守る者のいなくなった群れをほしいままに食い荒らした。」(「新訳イソップの寓話集」塚崎幹夫訳 中公文庫)。

以前、読んだ童話の中の話である。日本の昔話や童話の中では、子ども向けに最後の下りがメデタシ、メデタシ、そして二人で幸せに暮らしました風、或いは勧善懲悪の教訓話が多い。
 
だが、西洋の有名なイソップやグリム兄弟の童話集にはハッピー・エンドばかりではなく、相当にアンハッピー・エンド、残酷な結末で終わる話が多いという。
 
これは、欧米系人と日本人との民族性の違い、とりわけ日本人の現世肯定の現実主義と、子供には夢と希望をという一種の理想主義とが合体したところから生じたのであろうか。

童話の専門家でもない私が、このことを詳しく述べるのは本題ではない。

私がこの話から直ちに連想したのは、昨今の米軍基地の移転問題。いつしか日本近海でキナ臭い話が充満する昨今、基地をどこか国外に移転しろと言うのは、果たして如何なる外国の、或いは宇宙人の策略なのかどうか、私には専門外の話。

だが、この童話、如何にも当て擦り的な寓話のように思えてならない。明らかに分かるのは、昨今の米軍基地問題を巡る議論では、どこか基本的な問題が抜け落ちているのではないのか、ということ。
 
つまり、この寓話での犬の果たす役割〜国の安全保障体制の問題である。 

最近の鳩山首相の発言の中にあった、色々と勉強している中で、仰止力のためには米軍基地の分散化には一定の限界があるとの発言に、びっくり仰天するしかなかった。
 
一体、この人物は何年の間、国会議員を勤めて来たのだろうか。それなのに一番大事な国の安全保障について、首相になってから勉強とは。 しかも、この後に及んで仰止力について初めて理解したというのか。惟、唖然とするしかない。
 
国の果たすべき役割の最たるものの代表例は防衛・外交、司法。 戦後の防衛・外交の中心的役割を担ってきたのが日米安全保障条約。それ位は誰でも簡単に解ること。

片務的契約だの、何だのという議論はさて置き、明白なのは、現在の日本自身の防衛力だけでは、近代戦闘では非常に心もとない。
 
米国の軍事力を背景にしなければ、とてもじゃないが周辺の好戦的・反日的な国に太刀打ちできるものではない、ということ。

この件に限らず、今後一体、この国はどこを向いて動いて行くのだろうか。確たる方向性があり、操舵手はいるのだろうか。
        
政治と童話と言えば、イソップ童話の北風と太陽の話。言うまでも無く、これは隣国韓国の対北朝鮮政策の話。
 
三代前の大統領 金大中氏及び後継者盧武鉉氏と、現在の李明博氏の対照的な政策を表現することは、夙に有名である。
 
現時点でも最終判断は保留状態のようだが、これらの政策の行き着いた先が、最近の北朝鮮軍による韓国艦艇への攻撃と数十人の戦死と多数の負傷兵員の発生とすれば、私には自ずと優劣の差も判明したようにも思える。

が、これも鶏が先か卵が先か、どちらが原因で結果なのか、素人眼には結論を出し難い面もある。

最後に、もう一つ。

「兎が獣の会議に出かけてゆき、これからどうしても万獣平等の世にならなければならぬと、むきになって論じ立てた。獅子の大王はこれを聞いてニコニコ笑いながら、兎どん、お前の言うのは尤もだの。だがそれには、まず儂どもと同じに、立派な爪と歯を揃えてからやって来るがいい、と言った。」 ( 同 前出 )

2018年01月01日

◆今日一日をプラス思考で生きる

眞鍋 峰松


最近になって、情報化社会がいよいよここまで進展してきたのか、と強く感じさせられる社会現象が多く見受けられるようになった。  

何よりも情報化の進展は、個人レベルの社会生活の中では、その人のアイデンティティの組織離れということに大いに関係してきているような気がする。
   
かって、サラリーマンが企業戦士として高度成長を支えてきた時代には、個よりも役割を優先する日本的意識はそれなりに機能してきた。だが、こうした肩書き優先社会では、退職や失業などにより組織を失うと、個人のアイデンティティも失われ、ヘタをすると人間としての存在価値そのものが奪われる結果となる。

ここにきて、一挙に増加傾向を示しつつある中高年男性の自殺や熟年離婚のなども、役割と人格を混同し社会や配偶者などと個として向き合うことが少なかったことの裏返しの現象の一つ、ということだろう。
   
情報化の進展とともに、個々人が容易に色々な情報に接し得る機会が多くなり、各人のライフスタイルも多様化しつつある現在では、かっての組織優先の人間観・人生観は個人にも社会へも大きい軋轢と落差をもたらす。 

個人にとって、従来の日本型の自意識のままでは、情報化、多様化している社会を生き抜くのは非常に難しい時代に直面しているのは確かだ。
   
そこで求められる生き方は、ということになると、やはり肩書き抜き、組織とは距離を置いた自己意識を持ち、長寿社会を迎えて多趣味を生かしながら生き抜いていくことだろう。 

そのためには、好奇心をいつまでも強く持ち、新しいものをどんどん受け入れ、それらを積極的に活用していこうという気構えを常に忘れないこと、これはつまり、進取の気性を持つということだ。 

この進取の気性こそ生きがいを見つける最大の武器の一つでもある。 

もう一つは、徒に明日を思い煩うな、ということ。 明日のことは明日のことで、今日思い煩うことはない。いずれにしても、座して待つのでなく、これぞと思った時には、すぐさま行動に移すぐらいの勇気と機敏さをいつまでも忘れないことだろう。 

ここで動いて明日はどうなるだろう、なんて思い悩んでしまったらどうだろう。 要は、明日を思い煩うことなく、今日一日をプラス思考でことに当たることが肝要、ということになろう。
 
もう一度少年のような冒険心と好奇心を持って、一日一日を過ごし、充電してゆくことが、花も実もある生き方につながるのではないか。 

シェークスピア風にいえば、退職後も自分に与えられた「劇場」の中で、しっかりと「主役」を演じることはとても楽しいことである。(完)

2017年12月16日

◆年の瀬に思うこと(その二)

                               眞鍋 峰松


今年も、残す所あと幾日か。長いようで短い1年という歳月。全てこれ一日一日を重ねる歳月である。例年のことでもあるが、この時期になると、この1年間何をして過して来たのだろう、必ずしも空しく過してきたとは思わないのだが、と回想する。

しかし、取り返しのつかぬ歳月というものが、近年ほど重く心にかかるものはない。残りの時間が、はっきりしてきたからであろう。

この歳になると、人生を登山に例えると、確実に下山の時期である。
 
山を登る時には、先へ先へと急ぎ、路を踏みしめ一歩一歩と足元のみを見詰めきたものを、山を下りる時には、視野が広がり眼下の景色を楽しめる。
 

こう考えれば、下山は決して寂しく惨めなことではないし、穏やかで豊穣で、それまでの知識・情報では及びもつかないような智恵にふれる、そう言う時期でもあるはずだ。                          

徳川家康が子孫のため残した言葉の中に、「人の一生は重き荷物を背負いて 遠き道を行くがごとし」とある。そこには、人の一生は苦であるという仏教の「苦諦」の匂いが窺われる。
  

だが、私のような凡人にとっては、家康のように貧しい時代ならそれは已む得ないことだったのかも知れないが、重い荷を背負って汗水たらしながらひたすら生涯を歩み続けねばならないとしたら、そんな風に人生をだらだらと歩むのは何ともやりきれない、と思ってしまう。


山を下りるその時は疲れているが、その疲れは人生の正しい疲れであってひたすら上を目指して競争している間は気がつかなかったことが感じられる、と思う昨今である。
      

今年1年。 国においては3月11日の東日本大震災と福島原発事故の後処理に追われ、これに伴う政治混乱に明け暮れ、ここ大阪では維新旋風が荒れ狂った。
            

ちょうど1年前。この欄で、「今年はどんな年?」と題し、奈良薬師寺管主山田法胤老師の言葉を紹介した。


老師曰く『 今年は「辛卯(かのとう)」の年に当たり、「辛(かのと)」は字の意味からすると、「からい、つらい、きびしい、酷い、むごい、苦しい」などの意味。
 

「卯」は動物では兎、音読みは「ボウ」で「芒」に通じ、「広い」または「しげる」などの意味で、象形でいうと門の戸が左右に開いた形。方位は正東。時刻では午前6時。
 

この二つの字を組み合わせると、各家の門扉が左右に開いて、午前6時に朝一番の太陽の光が差し込むという風となる。』とのこと。
 

ここまで読んで、慌て者の私は、そうか門内に朝一番の太陽の光!こりゃ、今年は良い年になりそうだ、と喜んだのも束の間。
 

続いて、「辛」の字が開いた門に入り込むとなると、辛くて厳しい、ひどいことが朝一番に入る意味になる。そうなると今年は、苦しい年が否応なしにどの家にも入りこんでくるということになる、とのご宣告であった。


斯く書いた私自身は、干支で当該年の動静・人の運勢が全て決る何てあり得ないと思いながらも、今さらながら驚愕の1年であった。
 

さて、来年は? 今年は我が国にとって歴史的大災厄の年であり、記憶に留めるべき年である。だが、来年こそは、どうか諸々の苦難・懸案が一掃される年でありたいものだと念ずる次第。
 

折しもの忘年会シーズン。行く年よりも、来る年を祈って、せめて今年の忘年会だけは、来年に期待を込め希望に満ちた“望年会”といきたいものである。