2015年06月26日

◆“プロの感性”が必要

眞鍋 峰松



以前、産経新聞に、“裁判には「プロの目」が必要”と題した次のような投書が掲載されていた。

『今年に入って、裁判員裁判の死刑判決の破棄が相次いだ。「裁判員裁判の判決の中には、過去の同種事件より相当量刑が重いものがあり、公平性を保てない」と指摘する意見もある。

最近はプロを軽視し、素人をもてはやす風潮がある。こうした風潮に影響されているのが、今の裁判員裁判の問題点ではないか。「素人感覚」といえば、新しい視点を提供してくれるような気がするが、畑違いの素人を現場の長に任命して、混乱を引き起こす例もある。

やはり現実には、長年の経験でしか養えない「プロの感性」がどんな現場にも必要だ。素人考えを必要以上に取り入れるのは誤りだと思う。もちろん、市民感覚を反映させるという裁判員制度の趣旨はわかる。裁判官も現実社会に学ぶ謙虚な姿勢が必要だろう。

しかし、判決が素人考えに偏るのは問題。高裁や最高裁はプロとして素人の議論に歯止めをかけ、修正してほしい』というのである。

投書された方の肩書には“元 校長”とあったから、多分、長い教員生活を送られ、最後には校長を務められた立派な人物なのだろう、と想像する。
   
ところで、この投書。 内容は裁判員制度に関するものだが、行政や教育現場への民間人登用問題にも相通じるものを感じる。
 
現在府内で実施されている公立学校の校長、大阪市の区長や交通局長などへの民間人登用に関して生じている問題と類似していると感じるのは、私だけだろうか。
 
中でも、その極め付けが、最近の府教育長の辞任騒ぎであった。つまり、投書の方の指摘されている「素人感覚といえば、新しい視点を提供してくれるような気がするが、畑違いの素人を現場の長に任命して、混乱を引き起こす例もある」と指摘されている視点が同じだ、と感じるのである。                                                   
勿論、民間人登用自体には、行政や教育の現場に多々見受けられた従来の慣習や先例に囚われ過ぎた閉鎖的社会へ新風を引き入れ、風通し良くするという意味合いは大きい。
 
ただ例えば、最近マスコミでも大きく報道されていたように、1〜2年という短期間に登用された民間出身の大阪市立中学校の校長11人のうち、退職や解任された人数が過半数の6人に及ぶといった事態は何としても避けなければならない。                 

これは以前の記述の繰り返しになるが、このような抜擢人事というのは殆どが自己申告や公募を前提としており、兎角何かと問題を生じ易いのが現実である。
 
古くは中国の唐時代の書物「貞観政要」の中でも、抜擢人事とも関連して、自己推薦制の是非について論じられている由縁でもある。
 
また、故谷沢永一関西大学教授は著書「人間通」の中で、抜擢人事について「我が国は年功序列社会だから順を追わなければ出世できないと言い慣らわすのは一面的な観察である。昔も今も例外的な抜擢は常に行われてきた。

しかし、世に抜擢ほど難しい決断はない。統計をとるなら成功率は決して高くないであろう」とし、抜擢人事が失敗する二つの型を挙げ、「その第一は抜擢された者が極度に思い上がって異様な振る舞いに及ぶ例である」と「第二の型は、根が小心であるため思いがけぬ処遇に接して心身が麻痺する。高所恐怖症である」と指摘されている。
 
差し詰め、府教育長の辞任騒ぎなどは、第一の型の典型だろうし、また、私自身も過去において、行政に関する基礎的知識に欠け、このためにややもすれば萎縮し適宜適切な指示を出せなくなったような第二の型の実例も見てきた。
                  
もとより、民間人登用に当っては、その職に必要な最低必要な知識・見識を有する人物でなければならないことは言うまでもない。

とりわけ現場の管理職として登用される場合については、任命權者ひとりの判断ではなく複数の人間の眼を通じて選別を行うなど、人物の人柄と経歴・実績を十分に踏まえ、より慎重な判断が必要だろう。 
まして、任命權者個人の知人であるが故の登用など有ってはならない。 

また、同書において同教授は「抜擢の成功例はやはり稀れである。心根がよほど謙虚で神経が強靭な人物でなければ能力を発揮できないであろう。それ故、当面の間は心の支えをあてがわねばならぬ。能や歌舞伎の舞台では後見が控えていて、通常は小道具の出し入れを司るが、もし演者が何かでとちれば即座に取り繕う。

それと同じく抜擢された者には後見が必要である。」「所詮、抜擢は賭けである。抜擢を決断した勇猛心ある上司は、責任を全うするためのバック・アップを忘れてはならぬであろう」とも指摘されている。 

実際、信頼出来る補佐役を配置するなどの支援体制も必要不可欠だろう。 同時に、登用後において、もし問題が発生した場合には、適宜適切な対応・後処理を行うとともに、事後には登用に当ってなされた判断にどのような誤りがあったのかを検証することも大事だろう。

現在では国・自治体を問わず、公的機関における上級管理職への民間人登用は、至極当たり前のことになった。それだけに、今後とも民間人登用を進めようと考える任命權者は、その任命責任をもっと厳格に自覚するべきだろう。
 
国においては、歴代総理大臣が任命した各省大臣に不祥事が発生した場合には、国会の場のみならず、新聞テレビなどのマスコミ報道を通じて、その任命責任が厳しく問われることが通例となっている。 場合によっては内閣総辞職に立ち至ったケースも珍しくは無い。
 
だが、自治体における任命權者たる首長に対する任命責任について、それ程に鋭く問われた例を寡聞にして耳にしたことがない。
 
マスコミで大きく報道される場合以外には、問題の所在自体が住民の眼に如実に露わにされることは稀なことであるが、いずれ住民生活に重大な悪影響を及ぼす結果に繋がる可能性も高い。

それだけに自治体首長についても、任命權者としての自覚と責任の所在の在り方についてより明確にすることが肝要というになろう。

2015年06月24日

◆蘇る55年前の記憶

眞鍋 峰松
  


最近新聞紙上を連日賑わせている二つの議論を読んでいて、約55年前の記憶が鮮やかに蘇ってきた。 昭和35年前後、高校在学中の出来事である。 
  
私の学年は、昭和17年〜18年の生まれ。終戦直後の混乱振りを記憶しているはずも無いのだが、多少なりともその匂いを嗅いだことのある世代ということになる。
高校時代は昭和33年4月〜36年3月。丁度、昭和35年(1960年)の日米安全保障条約改定時の大騒動の真っ只中に、最も多感な高校時代を過ごした世代である。この安保反対闘争の余波は、当時の高校生たちにも及んでいたのである。
  
折しも現在、国会では、安全保障法制について喧々諤々の激しい議論が戦わされている。 そして一方では、選挙権年齢を18歳以上にする改正公職選挙法が今月17日に成立し、来年の参院選から、18、19歳の約240万人が新たに有権者となる、と伝えられた。

 母校の府立I高校は、在学当時、教職員組合の拠点校の一つと目される程の激しい活動に巻き込まれていた。 組合員である教員の中には、安保反対を唱え、学校内で座り込みハンガー・ストライキを敢行する者も現れる始末。 

今から考えると、幾ら自分の主義・信条と異なる政策が採択されたからと言っても、教育現場である学校での斯かる行動は到底許されることではなく、多分、現在の世の中の大半の人達には受け入れられもしまい。 

だが、当時の校内の雰囲気は凡そ現在の一般社会常識からかけ離れたものであった。 しかも、組合員の教員の影響の下、生徒会活動も先鋭化し、遠い記憶では、I高校でも一日、最も激しかった同じ府立の某高校に至っては、一週間以上も生徒が校門を閉鎖しロックアウトに至る異常な状態であったように記憶する。 

その他の高校でも似たり寄ったりの状態では無かったろうか。 また、学内では大学生の学生運動家など外部からのオルグ活動も激しかったという記憶もある。
このような混乱の中、私の所属した新聞部は、組合教員の行動や外部からの学生運動家の活動を批判し、高校生らしく自制を求める論説を載せ、賛否両論の激しい渦の中に放り込まれ、挙句の果てには、一時期、反対派の生徒達によって部室に長時間閉じ込められるという苦い経験にも遭った。
                                     
  この当時、過激な全学連を筆頭に「アンポハンタイ」を叫び、街頭に飛び出し激しいデモ行進を行う時代世相だった。 また、マスコミ報道の主流は安保条約改定に否定的であったが、仮に、この時安保改定が実現しなかったら、当時の厳しい東西冷戦の下、我が国はどのようになっていたか。 

その後、西側諸国では景気変動や社会問題等の発生による一時的な浮き沈みがあるものの、概ね順調な繁栄を続けた。 

これに反し、東側・共産主義国のソ連、中国などでは著しい経済的窮乏や絶えざる社会変動に直面し、遂にはソ連邦の劇的な崩壊に至ったこと等は記憶に新しい。 

一方、国内でも、これら東側国々と共鳴していた旧社会党の没落などに照らしも、安保改定賛成・反対のいずれが正しい主張であったのか、今日では明白であろう。 

その後、55年という歳月が流れた今日、世界の現状は依然として日本国憲法が想定しているような「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して」国運を委ねられるような環境にはない。 そのような情勢下での安全保障法制論議である。
    
18歳選挙権についても、高校3年生と言えばほぼ全員が18歳へ到達する年齢である。今後、国は政治の仕組みや選挙の意義を分かりやすく解説した副教材を全国の高校に配布し、模擬選挙のような参加型の教育も充実させる方針だ、と聞き及ぶ。 

そこで直面するのは、上述のような個人的体験の下で感じた、一部教員・生徒の的外れな行動が再度起こらないのか、という危惧である。 今回の公選法の改正で新たに有権者に加わる18〜19歳は約240万人に上り、各政党にとっては「垂涎の的」だ、とのこと。 

こう考えると、教育現場での政治的中立性の確保が大きな課題となり、教員の意見が生徒の投票行動に影響しかねない、という指摘も十分根拠のあることではなかろうか。

   以前にも本欄で記述した事柄だが、最近の日本の風潮は、国会論議やマスコミ論調を見聞きするにつれ、政治の面でも、社会面でも、“いい””悪い“という単純な両極端に焦点をしぼって対決を迫るというか、結論を押し付けようとする空気が強く感じとられ、国民も風になびく葦のごとく右往左往する。 

私の独断かも知れないが、どれをとっても理性的でない、感情的な二者択一的な議論ばかりのように思われて仕方がない。 

何でも寄せて二で割る式の曖昧主義・中道主義が良いというのではないが、問題を両極端に絞って対立させ、その良し悪しを定めるやり方は決して現実的ではない、と言いたいのである。 

あえて言えば、“いい””悪い“をはっきりさせ過ぎるような世の中は、窮屈でもあり、不健全だということになるのだろう。 実際には、“いい””悪い“を極めつけられないグレーゾーンの部分があることが現実でもあり、もともとその幅の中をゆるやかに往還するのが生活であり、政治でしょう、と。                               

どうも今の風潮は、全般的にあまりにも自分自身を省みず、他人を責めることに急に過ぎるのではなかろうか。 

今後教育現場で行われようとする“主権者教育”においても、非常に難しいことだが、幅と余裕のある人間教育、決して偏狭な人間を育てないという視点を大事にして頂きものだと期待しておきたい。 



2015年06月20日

◆いつまでも残る「教え](後)

眞鍋 峰松



中学時代の先生で、今でもその先生のお顔もお名前も鮮明に記憶しているが、確か、復員軍人上がりの、しかも将校経験のある人であった。 その先生の授業中で、担当教科に何の関係もない一言が今でも忘れられない。

それは、黒板に大書された「男子、青雲の志を抱き、郷関を出れば・・・・」という言葉。

今から思い起こしても、少々時代錯誤的な言葉に聞こえるようだが、間違いなくその後の私の人生に影響を及ぼした言葉であることは事実だ。

最近になって、陳 舜臣氏の著書「弥縫録」の中で久し振りにその言葉に出逢えた。
 
<〜青雲の志を抱いて郷関を出る〜>といった表現がある。

この場合の青雲の志とは、功名を立てて立身出世しようという意欲のことなのだ。辞典には、この外に「徳を修めて聖賢の地位に至る志」といった説明もある。 

だが、実際には功名心の方にウェイトがかかっている。「ボーイズ・ビ・アンビシャス! 青雲の志を抱け」というのだ。  

青といえば、すぐに連想されるのが、春であり、東であり、竜である。

東は日の出る方角であり、人生に日の出の時期を「青春」というのは、これに由来している。青は若く、さわやかである。

それに「雲」という言葉をそえると、心はずむような語感がうまれる。雲は天の上にあるのだから。若い日の功名心は、まさに天に昇ろうとするかのようである。

流石に、良い言葉ではないか。要は、望ましい教師像として私が言いたいことは、19世紀英国の哲学者・ウイリアム・アーサー・ワードの次の言葉に簡潔に表現されている気がする。

        ・凡庸な教師は しゃべる。
        ・良い教師は  説明する。
        ・優れた教師は 示す。
        ・偉大な教師は 心に火を付ける。
                               (完)

2015年06月19日

◆いつまでも残る「教え」(前)

眞鍋 峰松
 

  
マスコミに登場する方々を拝見していると、どうも物事を斜めに見て論じる人が多いように感じられてならない。多分、論じておられるご本人は、それが正しいと信じ切っておられるのだろう。 

これは何も最近になって起こった現象とは限らない事なのかも知れないが、まさにマスコミ好みの人種ということなのだろう。

例えば、靖国神社参拝問題についても、国のために尊い命を捧げた旧日本軍将兵の御霊に感謝の念を表すことは大事な筈だが、その方々はこれに対して、「中国・韓国の国民感情に配慮し外交関係・国益を考えるべし」とおっしゃる。それでは、どうするのか。

物事を斜めに見ると、その二本の線はそれぞれが独立した線の衝突の側面しか見えない。 

A級戦犯合祀の問題も含め、人により立場により色々な考え方があるのだろうが、私には真正面から考えると、この二つの命題はそもそも両立できないことではないと思える。 

歴史的な経緯があるにせよ、また諸外国から如何に言われようが、日本国にとっては本来一方が他方を排除したり、相容れない事柄ではないはずだ。 

それより戦後60年間以上もこれまで避けられてきた国内論議の決着の方が先決だろう、と思える。だからこそ、外交面では未来志向型の解決しかないのだろうという気がする。
   
過去を振り返ると、私の学校時代の教員にも、物事を斜めに見る性癖のある人達が結構多かった。

とりわけ「己を高く持する人物」に多々見られる事柄でもある。それはそれ、その御仁の生き方・信条そのものの問題だから、他人である私が、眼を三角にしてトヤカク言う必要のないことではある。 

ところが、教員という職業に就いている人間がそういう性癖を持ち、日頃児童・生徒に接しているとしたら、そうはいかない。
   
私の経験でも、「物事を斜めに見る性癖のタイプ」の教員が結構多かった。

結論から言えば、そういうタイプの教員は教育現場では有害無益な人間と言わざるを得ないのではないか。
  
実社会においても一番扱いの難しいのが、こういうタイプの人間だろうし、往々にして周辺の人間からも嫌われてもいる。 

多情多感な青少年にとって、こういうタイプの先生に教えられることには「百害あって一利なし」である。
   
教育の本質はむしろ逆で、もっと「真正面からの言葉・教えほど尊い」と 私の体験からも、そう思える。
<後編へ> 

2015年06月13日

◆「老いの自戒」少々、自虐気味?

眞鍋 峰松



最近、私には「老い」についての記述が増えている。これは何も自虐的な意味合いを持たせる積もりもないのだが、日々の暮らしの中で、己なりの自覚と反省する上に立つ事柄が多くなった故だろう、と納得する。 

憤怒調節障害。最近、ある新聞紙上で初めてこのような言葉を眼にした。この障害は、精神的苦痛を受けた時に「不当な扱いを受けている」と思い込み、侮蔑感、挫折感、無力感などが持続的に、しかも頻繁に表れ、些細なことで怒り出し殴る、一種の病気だというのである。

しかも、この障害による暴行検挙件数は、高齢者で増加しており、最近の2013年のデータでは3048人、20年前の45倍に及び、その原因は「激情・憤怒」が60%以上。「飲酒による酩酊(めいてい)」の14%を大きく引き離している、とのこと。
 
高齢者が些細な事で、ブチ切れ、突如、凶悪な人間に変身する。元来、高齢者によくみられる特徴として、短絡的で独善的なことが多いと指摘される。

短絡的とは物事の本質や筋道を深く考えずに、原因と結果などを性急に結びつけてしまう様を意味し、独善的とは @他人に関与せず、自分の身だけを正しく修めること、A自分だけが正しいと考えること・独り善がり。言うなら、他人の利害や立場を考えず、自分だけが正しいとする考え方に固執することである。

これが「年寄りの強情と昼過ぎの雨はたやすく止まらぬ」と酷評される由縁だろう。

私自身を振り返っても、ご他聞にもれず、年齢を重ねるごとにこれらの症癖が強くなってきたような気がする。つまり、自分で言い出したら人の言うことを容易に聞かない、一旦言い出すと滅多に変えようとはしない等、の症癖を自分自身で自覚するというよりは、家人からよく指摘されようになった。
 
特に自覚する問題行動は、テレビ放送の途中でやたらと怒りの声を挙げ、罵詈雑言の類に走る己の姿である。

自分でも怖くなるのは、それこそ“どうにも止まらない”ことで、後々、自省することがたび重なる。それでも止まらない。 だが、これは果たして生来の悪癖なのだろうか、と思いながら自戒する。

こんな折、昨年12月頃、地下鉄内の広告で、週刊誌の見出し記事に<「老人の品格」はどこへいった?>と掲載されているのを見つけた。

記事内容を読むと、スーパーでいつも入り口に近い障害者用駐車場に車を留めるおじいさんがいて、店員が注意したら「私は高齢者だ。障害者と同じようなもんだ」「常連客に向かって文句をいうのか」と言い返された。

スーパーのレジで気がつかないふりをして割り込んだ高齢女性たちに「並んでください」と言ったら「年寄りに長い時間並べっていうこと?」と睨(にら)まれた、等々。 確かに眉をひそめるような事例が並んでいる、のである。

これらの現象について、社会学者で甲南大学准教授の阿部真大氏は、「『世間体』を気にしなくていい世の中になりつつあるということが考えられます」「社会的背景が、『周囲が見えない』『配慮ができない』シニアを作ってしまった面がある」。 

核家族化が進み地域のつながりが希薄になって、しっかりしたおじいちゃん、おばあちゃんでいなくてもいいという意識が広がったから、と解説されるのである。

 そして、問題をより深刻化させるのは、老人と若者との間の軋轢である。
 
既にお読みになった方も多いと思うが、6月1日の産経新聞記載の桑原聡氏の「【鈍機翁のため息】(293)間奏 I 若者の老人憎悪は臨界点に」の記述である。                           
以下、長文なので略述してみると、『 コンビニでたばこを注文した老人の傲慢な振るまいについて書いた「醜悪なクレーマー」が、インターネットの掲示板サイトで話題になっている、と知人が教えてくれた。

早速のぞいてみると、書き込みの半分以上は《老害死ね》とか《団塊の老害はほんと社会問題になってるよな。どこの店員に聞いても口をそろえてジジイが一番態度悪いって聞くわ。ゆとりの方が100倍マシ》といった、わがままな老人への若者の憎悪だった。・・・かように老人と若者の対立は古今東西変わることなく存在し、この対立が善きにつけあしきにつけ、社会を変える原動力となってきた。

ただ掲示板を読むと、貧しい若者と裕福な老人という世代間格差の問題も絡んで、対立は憎悪に変質し、それは臨界点に達しつつあるように感じる。ささいなきっかけで若者の暴発が起こりそうな気配。 私の頭には「世代間戦争」という不気味な言葉が浮かぶ…。 』というのである。
 
到底、この状況は世代間の相克、意見対立といった次元の上質?な類のものではない。

幾ら何でも私に限っては・・と思いつつ、以前に本欄で「50年後の“高校 卒業式”」という表題で、こう記述したことを思い出した。
 
それは、毎年、母校の高校で、その年の卒業式に招かれた、50年前の卒業生。つまり我われ同期生が「ややお恥ずかしいことだが、終始静粛・厳粛さを保ってきた式場全体の中で、我々後期高齢者の面々が、この雰囲気とは裏腹に、私も含め、終始お隣の同期生同士、眼前に進展するドラマと往時の回顧とを重ね合わしながらの、ヒソヒソ話。 極々の小声とは言え、若干非難されても仕方が無い状態」であったことである。

しかし、「これも考えれば、我々はもはや人生の檜舞台から下りようとする、或いはもはや既に下り切った世代。 眼の前の風景は、これから人生の大舞台の上で長い長いドラマを演じようとする若者達の世界。
 
所詮、彼らのドラマの門出をお祝いする観客にしか過ぎない我が身。 その様な哀感の想いなどを自分自身で無意識に感じながらの2時間半。 どうか失礼の段、平に平にご容赦のほどを」との記述である。

上記の我々の振舞いも、考えれば、如何にも社会性・協調性を欠いた行動であり、同時に、高齢者がこれから人生の大舞台の上で長い長いドラマを演じようとする若者達の世界に接する場合の、無意識の羨望の想いが背景にあるのではないか、と感じる。

 私淑する紀野一義師がこんなことを書いておられる。 

『わたしが、わたしが、と我が強い。年をとるということが、人間を、こんな無神経な、がさつな存在に変えるのである。 年をとるとこんな風になる。 自分が何を言っているか、自分がどういう立場に置かれているか、ちっとも気がついていない人が沢山いる。

それは人間の精神が衰弱している一つの証拠である。 人間は自分のしていることにあまり疑いを持たぬ。「無駄に飯は食っていないよ」とか「この年になるまでには色々なことを経験して来たんだ」とか強気に言う。

 しかし、人間には勘違いしていることに気がつかないぐらい悲しいことはない。どんな偉い人にも勘違いということはある。それに、自分が見ている側とは全く反対の側から見ている人だっている。 自分の考えていることがみんな正しいとはいえぬ。』というのである。

  さらに、道話にはこんな歌もある。 「おたがいに いつまでもいる 娑婆でなし 喧嘩口論 せぬが利口ぞ」「花咲かせ 実をなす見れば 草も木も なべて務めは ある世なり」というのである。

人間には自分で罹っていることが分からない病気がある。 その一つが、自分が考えていることは絶対に間違っていないと思い込む病気。 人間というものは、長い間人生を歩いて来ていると、自分のやってきたことに自信を持ってきて、何をいっても間違っていない気がして、「私の経験からいうとこうですよ」と言い立てるようになるのだろう。

 及ばずながら、それこそ、いよいよ人生の良き先達として自重自戒せねばならないと思う次第なのです。

2015年06月09日

◆「ほととぎす」考

眞鍋 峰松



先月中旬に、激しい腰痛が突然に我が身を襲った。丁度、入浴のために身を屈めた途端の出来事。「魔女の一撃」とも表現される、突如に身動き一つもできないほどの激痛が起った。 

私にとっては30才台からの年代物で、以来、約40年間で5回目の「魔女の一撃」。 用心々々しながらでも家の中での歩行が漸く可能となった現在、「魔女」ならぬ「美女の一撃」なら未だしも我慢できるのだが、と冗談混じりの言葉を口に出すことができるまでに回復した。 このような次第で、久振りのこの原稿。

それにしても、月日の経つのは驚くほど速い。寝込む直前には、今年は5月晴れの日々が長く続くな〜と思っていたら、起きれば、もはや梅雨入り。夏も目前だ。 

そう言えば、道元禅師には「春は花 夏ほととぎす 秋は月 冬雪さえて すずしかりけり」という有名な歌がある。 一年の移ろう様を斯くも繊細に、しかも短い語句で見事に表現している歌だと感心するのだが、道元禅師が「夏はほととぎす」と詠われているのだから、「ほととぎす」が夏の代表的な風物ということなのだろう。                       

さて、この「ほととぎす」を漢字で書けば、どうなるのだろうか。 

勝 海舟には「時鳥 不如帰 遂に 蜀魂」( ほととぎす ほととぎす ついに ほととぎす )という「ほととぎす」尽くしの句がある。ある書物の受け売りだが、『この句の意味は、少壮のときには時局に対応していろいろ活躍し、時鳥のように騒ぎ立てるが、やがて挫折し、世を慨嘆して故山へもどり、不如帰の心境に生きることになる。これが中年から初老へ掛けてであり、さらに年をとって蜀魂の思いにたつ。 

人生とは斯くの如きものだというのである。その底には同じ「ほととぎす」が、時世が変わり、年をとるにつれて変貌するものの、依然として「ほととぎす」であることには変わりはない、人間も同様であるといった達観がよこたわっていた』というのである。 

時鳥とは「時節に応じてそれを知らせる鳴く鳥」の意で、特にほととぎすが夏の鳥の代表とされたという。

句の中でも、「不如帰」という漢字には最も馴染みがある。徳富蘆花の有名な小説の題名「不如帰」(川島武男と浪子の恋愛小説)のお陰である。 

また、最も難解なのが「蜀魂」で、中国戦国時代の蜀の国で望帝と称した名君がおり、名を杜字といった。見込んだ宰相の開明に譲位するとさっさと山に隠れ住み、やがて世を去った。 

ちょうどその時に、その死を悲しむかのようにほととぎすが高い声で鳴いたらしい。そこから望帝の魂魄はほととぎすに化して天翔けた、という伝説が生まれる。そこから「蜀魂」というほととぎすを表す言葉ができた。

この故事を踏まえて、人は老骨となって隠遁したあと、まさに「蜀魂」と化せれば誠に目出度いかぎり、ということになる。 

私のような年齢ともなれば、同じ「ほととぎす」でも、差し詰め形だけは「蜀魂」ということなのだろうが、仙骨にほど遠い浅薄な我が身、単なる老骨に過ぎないのだろう。

また、花の名前には「杜鵑草」と書いて「ほととぎす」と読む漢字まである。 この「杜鵑草」は百合科に属し、開花時期は、8/25 〜 11/15頃。秋に日陰に多く生え、若葉や花にある斑点模様が鳥のホトトギスの胸にある模様と似ていることからこの名が付いた、また「杜鵑」とも書く、とのことである。

 花言葉は「秘めた意志」というのであるから、本来は男女の秘めたる交情の意なのだろうが、恰も目下、政府・与党と野党間で丁々発止と展開されている安全保障を巡る国会論議のような気がする。
果たして如何なる「秘めた意志」を抱き、如何なる「志」を秘めているのだろうか。

 それとも、現下の東アジアに於ける一触即発の危機を外にした政権争いの野望レベルの「時鳥・ほととぎす」なのだろうか。 それにしても、最終的に、危うし危うし日本の領土・領海の結末でなければ幸いなのだが。



2015年06月06日

◆公財政を揺るがす「抗し難い圧力」

眞邊 峰松
      

私は、本欄で、<特に大阪のように本来豊かな税源を持つ地域でも、現行税配分方式ではその多くが中央に吸い上げられ、辛うじて地方交付税の配分で息を繋いでいる情けない実態>と書いたことがある。

更に、<大阪の地盤沈下が叫ばれて久しいが、この主原因は在阪企業の利潤中心の東京移転ではなかったのか、果たして府なり大阪市の力でこれら企業の東京移転を阻止できたのか、これら民間企業経営者の本音の意見を聞きたいところだ>とも指摘した。

その上で、<今後日本経済の復元に成功したとしても、結果的には国と東京の一人勝ちとなり、大阪の地盤沈下が一層明白になり、府下の公財政の改善を求められたとしても、制度の抜本的改革なしには、一歩も進まない実態が明らかになると思われる>と警鐘を鳴らした。

過日、そこへ大阪を揺り動かす結果となった、橋下市長が府・大阪市の二重行政こそが大阪地盤沈下の主原因と主張した“都構想”導入への賛否を問う住民投票が実施され、結果、“都構想”反対が多数を占めた。
 
そこで、改めて私の考えを述べてみたい。 但し、私も、かっての府下公財政のあり方を決して全て是認するものではないことを始めにお断りしておきたい。                                                

例えば、平成17年秋以降の大阪市の職員厚遇や第三セクターの相次ぐ破綻処理問題、蔓延る談合体質。これらは明らかに公財政のあり方を根底から揺るがすものだった。 

ただ、私の経験から言えるのは、その背景には、自己の利権と集票のみに関心を持つ低劣な議員が多々見受けられたこと、政治分野にのみ存在感を誇示し、真の公正妥当な職員福利の増進を無視してきた労働組合、色々な有形無形の、抗し難い圧力の下に進められてきた、諸団体の活動があったことも事実だ。 

当然担当部署は、それらの圧力に屈することなく、公務員本来の全体の奉仕者として踏ん張るべきであったろうと思う。そこが社会の指弾の的になっているのだろう。  
しかし、その彼らを支えるべき議会・マスコミ・公権力はどこにあったのか、眼を向けていたか。否、全く無かった。 むしろ、悪しき公務員の所業のみを捉え、それらを引き合いにして、怠慢さを叩くことに集中されていたのが実態ではなかったか。

だが、これらは逆に、事柄を暗闇に追いやり、問題の糊塗を進める要因の一つだった、いうのが実態だったであろう。梯子を登って後ろを振り返れば、誰も続く者とてなく、猪武者扱いされるのが関の山。全体として、決して褒められた実態ではなかったと思う。

果たして行政と公財政を取り巻くこのような複雑怪奇な実態を知らず、地方行政に対する見識・胆識をもお持ちとは些かも思えない特定人物を重宝がること自体が、果たして良いのだろうか、正しいのだろうか、と疑問を持たざるを得ない。 

単なるパフォーマンス・綺麗事で終わるなら、長期的・最終的に被害を蒙るのは住民・国民ではないか。

まぁ、そうは言っても、民間でもOBとなられた人物で、企業経営から相当期間離れられ、その後色々な経験を重ねられた上で、大所高所から言われることなら、とは思う。 とりわけ行政の弱点である最小コスト・最大効果という点で民間知識を生かしていくのが効果的だとは考えないことではない。
 
しかし、正直、それでも長い期間に養われた視野、当該問題に対する現実や関わる裾野まで見渡せる経験・知識という点では、一般的には自治体職員OBの中の優れた人材と比べて、果たしてどうだろうか。

卑近な例でも、大阪府のりんくうタウンや大阪市の大阪湾埋立地の事業への批判。世の非難は、その見通しの未熟さを批判の的にしている。 

現時点に立てば、これらを第三者の目で批判・非難することは簡単だが、私の目から見れば、これらの埋め立て事業自体は海面から新しい国土を生み出したという意味で、土地投資に対する安易な融資による金融危機と、同列に扱われることに、抵抗を感じる。 
 
もっと長期的に考えれば、無から有を生み出したという評価だって有り得るのではないだろうか。 過去の責任を追及するばかりというのもどうか、と思う。 

今後、将来の大阪のために、思い切った施策や投資を立案し実行するかどうか、疑問が湧いてきて、背筋が寒くなる。
 
    
眞邊 峰松      

私は、本欄で、<特に大阪のように本来豊かな税源を持つ地域でも、現行税配分方式ではその多くが中央に吸い上げられ、辛うじて地方交付税の配分で息を繋いでいる情けない実態>と書いたことがある。

更に、<大阪の地盤沈下が叫ばれて久しいが、この主原因は在阪企業の利潤中心の東京移転ではなかったのか、果たして府なり大阪市の力でこれら企業の東京移転を阻止できたのか、これら民間企業経営者の本音の意見を聞きたいところだ>とも指摘した。

その上で、<今後日本経済の復元に成功したとしても、結果的には国と東京の一人勝ちとなり、大阪の地盤沈下が一層明白になり、府下の公財政の改善を求められたとしても、制度の抜本的改革なしには、一歩も進まない実態が明らかになると思われる>と警鐘を鳴らした。

過日、そこへ大阪を揺り動かす結果となった、橋下市長が府・大阪市の二重行政こそが大阪地盤沈下の主原因と主張した“都構想”導入への賛否を問う住民投票が実施され、結果、“都構想”反対が多数を占めた。
 
そこで、改めて私の考えを述べてみたい。 但し、私も、かっての府下公財政のあり方を決して全て是認するものではないことを始めにお断りしておきたい。                                                

例えば、平成17年秋以降の大阪市の職員厚遇や第三セクターの相次ぐ破綻処理問題、蔓延る談合体質。これらは明らかに公財政のあり方を根底から揺るがすものだった。 

ただ、私の経験から言えるのは、その背景には、自己の利権と集票のみに関心を持つ低劣な議員が多々見受けられたこと、政治分野にのみ存在感を誇示し、真の公正妥当な職員福利の増進を無視してきた労働組合、色々な有形無形の、抗し難い圧力の下に進められてきた、諸団体の活動があったことも事実だ。 

当然担当部署は、それらの圧力に屈することなく、公務員本来の全体の奉仕者として踏ん張るべきであったろうと思う。そこが社会の指弾の的になっているのだろう。  
しかし、その彼らを支えるべき議会・マスコミ・公権力はどこにあったのか、眼を向けていたか。否、全く無かった。 むしろ、悪しき公務員の所業のみを捉え、それらを引き合いにして、怠慢さを叩くことに集中されていたのが実態ではなかったか。

だが、これらは逆に、事柄を暗闇に追いやり、問題の糊塗を進める要因の一つだった、いうのが実態だったであろう。梯子を登って後ろを振り返れば、誰も続く者とてなく、猪武者扱いされるのが関の山。全体として、決して褒められた実態ではなかったと思う。

果たして行政と公財政を取り巻くこのような複雑怪奇な実態を知らず、地方行政に対する見識・胆識をもお持ちとは些かも思えない特定人物を重宝がること自体が、果たして良いのだろうか、正しいのだろうか、と疑問を持たざるを得ない。 

単なるパフォーマンス・綺麗事で終わるなら、長期的・最終的に被害を蒙るのは住民・国民ではないか。

まぁ、そうは言っても、民間でもOBとなられた人物で、企業経営から相当期間離れられ、その後色々な経験を重ねられた上で、大所高所から言われることなら、とは思う。 とりわけ行政の弱点である最小コスト・最大効果という点で民間知識を生かしていくのが効果的だとは考えないことではない。
 
しかし、正直、それでも長い期間に養われた視野、当該問題に対する現実や関わる裾野まで見渡せる経験・知識という点では、一般的には自治体職員OBの中の優れた人材と比べて、果たしてどうだろうか。

卑近な例でも、大阪府のりんくうタウンや大阪市の大阪湾埋立地の事業への批判。世の非難は、その見通しの未熟さを批判の的にしている。 

現時点に立てば、これらを第三者の目で批判・非難することは簡単だが、私の目から見れば、これらの埋め立て事業自体は海面から新しい国土を生み出したという意味で、土地投資に対する安易な融資による金融危機と、同列に扱われることに、抵抗を感じる。 
 
もっと長期的に考えれば、無から有を生み出したという評価だって有り得るのではないだろうか。 過去の責任を追及するばかりというのもどうか、と思う。 

今後、将来の大阪のために、思い切った施策や投資を立案し実行するかどうか、疑問が湧いてきて、背筋が寒くなる。
 

2015年05月29日

◆韓国衰退化の病理としての反日

渡辺 利夫


韓国は、鉄鋼や石油化学などの重要産業で、欧米や日本が生産開始から先発国の生産量に到達するまでに要した歴史的時間を「圧縮」する、急速な発展過程をたどった特有の後発国である。

私はこれに「圧縮型発展」と名づけたことがある。圧縮型発展の結果、韓国の1人当たり所得水準は、各国の国内物価水準で調整された為替レートで測れば日本とさして変わらないレベルにまで達している。

 ≪就業期待が持てない若者たち≫

しかし、この韓国も2010年代に入って衰退化への道に踏み込み、成長率3%台の恒常化を余儀なくされている。しかも、その衰退化の速度が先発国を「圧縮」しているのである。

少子高齢化問題解決の緊急性を最も強く抱えもつ国が日本だといわれて久しい。しかし、韓国の少子高齢化は日本をさらに「圧縮」しており、政策対応の暇(いとま)もないままに社会は閉塞(へいそく)状況に追いこまれつつある。

1人の女性が生涯を通じて産む子供の数が「合計特殊出生率」である。この比率が2・1近傍を維持して一国の人口数は長期的に安定する。韓国の同比率は1990年代に入るや急降下し、2005年には1・08という最低水準に達し、同年の日本の1・26を下回った。

高齢化の進行も加速度的である。総人口に占める65歳以上人口の比率が7%を超えれば「高齢化社会」、14%を超えれば「高齢社会」と称される。高齢人口比率が7%から14%へと「倍加」する時間をみると、最速の日本は1970年から94年までの24年間であったが、韓国は2000年から2018年までの18年間となることが確実視されている。

韓国は他の先進国に例をみない速度で少子高齢化が進んでいるにもかかわらず、この問題に対する政府の認識が甘かったために政策的対応が遅れてしまった。

加えて旧来の財閥系企業主導の成長モデルが機能不全となって低成長となり、政策原資の確保に見通しが立っていない。

何よりも一国の将来を担う若者に就業への期待を持たせることができていない。学歴偏重社会の伝統はなお根強く、大学進学率は71%の高さにあって教育費支出はすでに厳しい家計負債を一段と深刻化させる要因となっている。苛烈な受験競争に打ち勝って大学に入っても財閥系企業に就業の場を見いだすことは難しい。

 ≪劣悪な高齢者の生活保障≫

韓国の財閥系企業は、中国など新興国を舞台にグローバルな事業展開を推進してきた。しかし、事業所の海外移転によって国内雇用が萎縮し、新興国の景気低迷により事業収益が悪化、国内新規採用の減速は厳しい。

高学歴化を反映して韓国の15〜24歳人口の就業率は経済協力開発機構(OECD)加盟の先進国中最も低い水準にある。加えて若年層の失業率が最も高く、しかも就業した若者の34%が非正規労働者である。少子化はその不可避の帰結なのである。

朴槿恵大統領は、選挙戦に際して「65歳以上のすべての高齢者に月額20万ウォンの基礎老齢年金を支給する」と公約して当選した。1世帯の月額平均所得が452万ウォンの社会において20万ウォン程度のバラマキが選挙民の支持の要因となること自体が、韓国の高齢者の生活保障がいかに劣悪な状況下にあるかを物語る。

にもかかわらず、この基礎年金制度を公約通りに実施するだけの財政的余力は乏しく、下位所得者のみへの限定支給という修正を余儀なくされている。

 ≪かつてない社会の閉塞感≫

韓国の高齢者の相対的貧困率(所得分布における中央値の2分の1に達しない貧困層比率)はOECD諸国中で最も高く、現在もなお上昇中である。高齢者の10万人当たりの自殺者数は82人に及び、日本の18人を大きく上回る。

家産の継承者たる長男が同居する両親を扶養するという伝統的な男子単系制社会の家族維持機能は、もはや不全化の過程にある。

韓国の社会保障費の対GDP(国内総生産)比は8%に満たず、OECD諸国中で最低のレベルにある。国民医療保険において本人負担は5割に近く、国民年金においては、年金制度の導入が遅れたために制度に加入できなかったり、加入年限が短かったりする高齢者が多い。

彼らの年金不足に対応するものが基礎年金であるが、貧困高齢者を救済できるレベルをはるかに下回っている。

韓国は所得水準からみれば先進国であり、現にOECD加盟国である。しかし、先進国というにふさわしい内的成熟を経ないまま衰退化に向かい始めた奇妙な先進国なのである。

長らくこの国を眺めてきた私も、韓国社会の閉塞感がこれほどまでに高まった時期を他に知らない。国民の政治的凝集力を強めて辛くも社会の崩落を免れるには、無謀と知りつつも反日運動というポピュリズムに努めるより他に選択肢はないのであろう。

「明治日本の産業革命遺産」の登録に対するいかにも度量を欠いた韓国政府の反対などには、日本人はもう嫌悪感しかない。韓国の反日は社会に深く潜む病理的閉塞の表れなのである。

(わたなべ としお・拓殖大学総長)

産経ニュース【正論】  2015.5.27
                 (採録:松本市 久保田 

2015年05月13日

◆指導者としての資質を考える

眞鍋 峰松



最近の中国やロシア、さらに韓国・北朝鮮などのニュースに接する度に思うことがある。

どうも日本の優秀と言われる人物とりわけ政権中枢にいる方々の、不測事態へ対応する能力が本当に適切なのか、という危惧である。

また、幾ら事前の準備に怠りがなくても、肝腎の決断力で、相手国に対して、強気で迫らなくてはなるまい。
 
これで、思い出すのが昔、昔の話。 阪神・淡路大震災の経験から、毎年恒例として行われる地震災害へ備えた、防災訓練について、である。
 
地方自治体や国の出先機関などの行政を始め地元自治会など幅広い方面を巻き込んで大々的に実施されてきた。
 
だが、毎年恒例の行事として行われる故もあってか、災害発生時の住民への避難誘導や救急医療体制の初動活動などが中心で、その当時からマンネリ化の懸念を感じていた。

仄聞するところでは、アメリカでのこの種の訓練では、対策本部における非常事態へのギリギリの判断。例えば、A地点とB地点とに危機が迫っている場合に、如何に防災力を適正分散するべきか、

最悪の場合にはどちらか一方に優先して防災力を振り向け、どちらか一方を犠牲にするかなど、指揮を執る人物の決断力が試されるようなケースまで想定し、訓練しているとのことだった。
 
最近ようやく我が国においても、この実例として、東北災害をきっかけに、負傷者多数の場合における負傷程度による治療優先順位の決定問題が、ギリギリの決断訓練の一つとして採り上げられている。

ところが、である。過去に一度、ある都道府県で、このアメリカの方式を採り入れて、水防訓練の中で破壊的水量を抑制するために人為的に堤防決壊させ、水量分散を計るというギリギリの決断を想定したことがある。
 
決壊した場所では、当然なにがしかの被害が発生するのだが、その時、当時の知事は激怒し、そのシュミレーションの場を立ち去ってしまったというのである。

要は、彼は逃げたのである。だが、このような決断力こそが、本来のトップ・リーダーに求められる能力、不測事態への対応能力である。
              
以前読んだ書物の中に「孤独は全ての優れた人物に課せられた運命」との表題で、

@トップには同僚がいない 
A最終意思決定には誰の助力を求められない 
B自由に意思の伝達がし難い 
C正しい情報を得ることが稀である 
Dしかも、なお、最終的な責任を負っている、

と記述されていたのを思い出す。

まさに、これがトップ・リーダーに課せられた運命なのだろう。また、これは、塩野七生氏の著書「日本へ 〜国家と歴史篇」からの引用だが、人間の優秀さについての記述で、その一つが、色々な事態に対し、原則を変えずに、如何に例外を設け、さらにその例外事項を他に類を及ぼさないようにするか。
 
さらにもう一つ。日本的秀才は、予期していた事態への対処は上手いが、予期していなかった事態への対処は、下手なのが特質であるらしい。

しかし、予め分かっている質問に答えるのに、人並み優れた頭脳は必要ない。真正面から答えるか、それともすり抜けるかの違いはあっても、予期していなかった質問に対処して初めて、頭脳の良し悪しが計れるのである、というである。

私が思うに、前半の部分は、むしろ上級公務員の優劣の判断基準に向いおり、後半の部分は政治家を始めとする、組織のトップの資質の判断基準に向いているように思われる。
 
要は、決断するのは難しい作業である。決断に際して、十分に情報を集め、徹底して分析したから万全だ、ということは絶対にない。

考える材料が全部そろい、やるべきことが自ずと分るのなら、リーダーは何もしなくてよい。つまり、決断するための情報収集と分析は程度問題である。
 
信頼を繋ぎ止めたるためなら、「ここまでは考えたけれど、これ以上は運を天に任せる」と踏み切るのがリーダーの役割だ。
 
それを検討会議や関係閣僚会議の設置ばかりで逃げてばかりではどうにもなるまい、と思う。日本語で上手い表現があるではないか。“腹をくくる”と。
 
少々穏当でない言い方だが、それこそ、判断を過てば腹を切ればよい、ではないか。

塩野 七生氏は言う。「たとえ自分は地獄に落ちようと国民は天国に行かせる、と考えるような人でなくてはならない。その覚悟のない指導者は、リーダーの名にも値しないし、エリートでもない」と。これができないなら潔く職を辞するしかあるまい。        (一部修正・再掲)
                

2015年05月05日

◆日本と中国、あれこれ

眞鍋 峰松


昨年4月のある日の毎日新聞に、次のような北京駐在記者の記事が載っていた。

 『北京市中心部の繁華街にあるDVD販売店。週末、妻と子供と3人で立ち寄った際、店員の子供とみられる小学1年生の女の子が、生後8カ月の長女に興味を示して話しかけてきた。

「中国語が変ね。どこの国の人?」。「日本人だよ」と妻が答えると、女の子は「日本人なの!? 殴らないで!」とおびえた表情で後ずさった。

思わぬ反応に、妻ともどもあぜんとした。「日本人はどうして殴ると思うの?」と問いかけたが、女の子は「日本人なのになぜ殴らないの?」と、不思議そうに尋ね返してくるばかりだった。

外国人が行かないような田舎ならともかく、北京市内でも外国人の多い地区だ。中国在住の期間が10年を超え、ほとんどのことに動じなくなっている妻も「こんなこと言われたの初めて」とショックを受けていた』というのである。
 
この記事を読んだとき、私も唖然とし、慄然とした。 一体、この国では小学校でどういったことを教えているのだろうか、と。女の子の家庭内での会話や、ひょっとしたらテレビや映画の中の知識から、日本人を暴力団並みに見做す刷り込みがあったのかも知れない。 

記者自身が指摘しているように、『中国の学校では反日教育が進められており、戦跡なども見学するようだし、テレビでも日々、反日感情をあおるような報道や、旧日本軍を敵役にした「抗日ドラマ」が放送されているようだから、「日本人=殴る人」というイメージを持っている子供は、きっと1人ではないはずだ 』、という実態なのだろう。 

それにしても、この国には不可解なことが多い。

今年1月の同紙上海駐在記者の記事では、“来日旅行者急増:普通の中国人「普通の日本を知りたい」”の見出しの下に、『 中国でビザの発給件数が最も多い上海の日本総領事館では、昨年の発給件数が前年に比べ2倍以上の約87万件と過去最高を記録 』と報じている。

また、記者自身は『2012年秋、中国各地で吹き荒れた反日デモの現場で「日本を倒せ」の大合唱の中にいた自分としては、あの時の空気は何だったのだろうと自問自答する 』と記し、

中国の若者へのインタヴュー記事では、『 呂さんたちと話をしている時もそうだったが、最近、こうした取材で「日中関係が悪いけれど」と聞くのにためらいを感じる。特に若い世代だと「またその質問ですか」とあきれ顔をされ、たいてい「関係ないです」と返ってくるからだ 』として、

記事の最後に『ただ、人は自分とは違うカテゴリーにいる人たちを捉える時、一つの定義でくくりがちだ。外国を説明するのも、「こういう国だ」と分類してしまえば分かりやすい。せざるを得ないという面もある。

だが、それは実相とは異なる。日本人にしても、中国人にしても、「だから中国は」「だから日本は」だけで終わってしまうと、それだけでは相手の国の巨大なパズルを埋めることはできないと思う 』と、締めくくっている。

私の実感からも、日本に行ったことがある、または日本人と関係がある中国人が、総じて日本に好意的な印象を持っている人が多いと感じるのは事実だが、それでは、普段、日本と接点のない中国人が持つ日本の悪いイメージをどう改善していくのか、ということになる。                            

双方の国民がお互いの文化の違いを認識し、相手の文化への理解の上に立って、初めて「友好」が成り立つ。本来のお互いの文化・習慣の違いや、とりわけ、中国側で、戦後日本の変化を無視し、この無視の上に立った反日教育によって、さらに大きな誤解、歪曲を量産して、悪循環を繰り返すようでは、とうてい真の友好など夢のまた夢となってしまうのは間違いない。

近年、日・中両国の間には、尖閣列島や伊豆諸島・硫黄島近辺の我が国領海への中国官船や漁船の侵犯を巡って、きな臭いニュースが相次いで報じられているが、この状況下で双方の国民間の成熟した友好関係を結ぶことはなかなか難しい。 

だが、本当に未来志向の友好関係を結ぼうというのなら、日本において中国や韓国に対するヘイト・スピーチを厳しく取り締まろうとする世論の盛り上がりに応じて、中国側でも、少なくても中国国内での反日教育や反日感情をあおるような報道や、旧日本軍を敵役にした「抗日ドラマ」などの放送を自粛することが先決だろう。

2015年04月24日

◆“大阪都構想”論争に考えたこと @

眞鍋 峰松(評論家)



「現実をあしざまに罵り、過去をたたえたり、未来に憧れたりするのは、あぶない欲求不満の人々である」。これはマキャヴェリ(1469−1527。イタリア・ルネサンス時代の政治家、歴史家。「君主論」の著者)の言葉である。

ここでマキャヴェリが指摘したかったことは、人間の欲望には際限がない、従って、当然のこととして誰もが現状に不満である。現状不満そのものが必ずしもいけないというのではない。

しかし、自分の、そして人々の現状不満が本当の進歩と建設を齎すものなら良いが、単なる妨害者、破壊者で終わるものなのか、それが問題なのだ、ということ。 この両者を区別することこそが重要だということなのであろう。
    
現状不満は発展へのエネルギー源だが、被害妄想的な現状敵視は物ごとの破壊にしか役立たない。 また、ある意味で、マキャヴェリのこの言葉は体制や組織作りに当たって排除すべき人の認定の仕方を教えるものでもあろう。 

須らく、物ごとを成就するためには当然既往のものの破壊が含まれる。ぶち壊しの時はこういう人を利用する方が有効かも知れない。
 
ただ、その場合、破壊目的が達成された段階で、どのように、こういう人を排除するかを、予め計画しておく必要がある。                                   


さて、ここまでお読みの皆さんは、一体お前は急に何を言い出すのか、という疑問を抱かれたと思う。 私の念頭にあるのは、現在大阪で激論が繰り広げられている”大阪都構想”問題に絡んでの感想である。                                      

この“都構想”。以前に私は、『この都制問題も古く昭和40年以前から議論の的になった問題。その当時から、東京・大阪二眼レフ論の幻想の下、府市の二重行政と阪奈和合併論や道州制導入問題とが輻輳し、毎回関係団体・関係者の思惑や利害の相克の中でポシャってきた、古くて新しい難題。府民・市民にとって、利便性や行政の総合性確保等がどうなのか、誰も確信を持てない難題である。

それだけに、維新の会といった得体の知れない政党を強引に結成するよりは、もっと足が地に着いた地道な検証と冷静な論議が望まれる。』と記述した。                                       

そもそも橋下市長の発想の原点は、大阪の地盤沈下を何とか食い止めたい、新生大阪として復活浮上を図りたいという熱い気持にあるのだろう。

生れも育ちも根っからの大阪人である私も、この橋下市長の想いがよく解かるし、共感する。
 
だが、大阪の地盤沈下の原因の把握に違和感を抱く(この点は、本欄に平成22年7月29日記述の「“鬱”なる時代(最終・大阪)」をご参照頂ければと思う)。 


橋下市長は、恰も原因の全てを府と大阪市の二重行政に求めるが如き論法である。

そして、「全国で2番目に狭い大阪府内で同じものが建っているので二重行政だと思う」とし、その典型例として大学や病院、図書館、美術館などの施設を挙げる。
 
だが、現実の問題として、これらはその殆どが、過去のバブル期以前に建設の代物。府・大阪市ともに当時の豊かな財政力を背景に、時の首長が議会や地元、関係団体の強い要望の下に、競って建設した建造物。
 
現在の国や地方自治体の極めて厳しい財政環境の下にあっては、それら建造物の役割や規模を再度一から見直し、整理すべきものは廃止・統合を図られるべきだろう。 


しかし、このことから直ちに、“都構想”即“大阪市の解体”に繋がるという論理が出て来るものか、甚だ疑問だ。 

もし、単純に府・市間の重複施設の整理・統合を図って行こうと言うのなら、地方自治法に基づき、事務処理の調整をするため、知事と政令指定市長が「調整会議」を設置するという手法だってある。
 
その際、現在の大阪市が行なう港湾の管理や地下鉄の延伸、高速道路新設などのように広域にわたるインフラ整備、消防・救急の業務、下水道の整備、都市計画、天王寺動物園や大阪城公園など大きな公園の管理なども、専門スタッフを置いた「調整会議」で、より広域的な観点から議論すれば良いのではないか。
 

幸い、“都構想”論争のお陰で、ここまで府民・市民の眼前で問題点として浮上してきのだから、これを奇貨として府民・市民に公開して議論の上で解決することだって従来にもまして可能になった。   


それよりも、行政運営という視点から重要視すべきなのは、本欄で記述された(4月20日 「大阪都構想の大嘘」と新潮45特集」早川昭三氏寄稿)『そもそも、今は「大阪府・大阪市」の二重行政が問題だと言われているが、その都構想が実現してしまえば、驚くべき事に「大阪府・プチ大阪市役所(一部事務組合)・特別区」という三重構造が現れてしまう。 

かつてならこういう、モメ事は起きるはずはなかった。なぜなら、大阪市内の行政には、たった一人の「大阪市長」というリーダーがいたから収められた。ところが、「都構想」が実現し、大阪市が解体されて5つの特別区に分割されれば、そんなリーダーが不在となり、互いに利益の異なる5人の特別区長というバラバラのリーダーが存在することになる。


その区長は、それぞれの区民の選挙で選ばれた人達だから、選挙民の付託がある以上、選挙民の利益を最大化するために、他の区民の利益が損なわれようとも、自分の区民の利益を強く主張する局面は、必ず訪れる。
つまり、異なる区同士の間に「利害対立」が生まれるだろう。恐るべき混乱に陥るであろうことは必至だ。

ところがそこに、5特別区の間の調整に大阪府が介入してくるとなると、話はさらにややこしくなっていく。


すなわち、ここに大阪府の存在も考慮に入れれば、あっというまに何ともややこしい「三重構造」が生まれることになる 』という点だろう。 

ただ、この視点もあくまでも大阪市域という範疇を出ず、“大阪”府域全体から視ればどうなのか。
 
この点も、“大阪”としての地域認識の差からの相違なのかも知れないが、確かに大阪市は“大阪”の中核都市であり、その中核である大阪市域で、5人の区長の独立性・独自性が強ければ強いほど、経験則から言っても、「一部事務組合」は機能不全に陥り、引いては行政運営が非効率になることは眼に見えている。(続く)         

2015年04月09日

◆“プロの感性”が必要

眞鍋 峰松



3月4日の産経新聞に“裁判には「プロの目」が必要”と題した、次のような投書が掲載されていた。

<『今年に入って、裁判員裁判の死刑判決の破棄が相次いだ。「裁判員裁判の判決の中には、過去の同種事件より相当量刑が重いものがあり、公平性を保てない」と指摘する意見もある。

最近はプロを軽視し、素人をもてはやす風潮がある。こうした風潮に影響されているのが、今の裁判員裁判の問題点ではないか。「素人感覚」といえば、新しい視点を提供してくれるような気がするが、畑違いの素人を現場の長に任命して、混乱を引き起こす例もある。

やはり現実には、長年の経験でしか養えない「プロの感性」がどんな現場にも必要だ。素人考えを必要以上に取り入れるのは誤りだと思う。もちろん、市民感覚を反映させるという裁判員制度の趣旨はわかる。裁判官も現実社会に学ぶ謙虚な姿勢が必要だろう。

しかし、判決が素人考えに偏るのは問題。高裁や最高裁はプロとして素人の議論に歯止めをかけ、修正してほしい』>というのである。

投書された方の肩書には“元校長”とあったから、多分、長い教員生活を送られ、最後には校長を務められた立派な人物なのだろう、と想像する。
   
ところで、この投書。 内容は裁判員制度に関するものだが、行政や教育現場への民間人登用問題にも相通じるものを感じる。 

現在府内で実施されている公立学校の校長、大阪市の区長や交通局長などへの民間人登用に関して生じている問題と類似していると感じるのは、私だけだろうか。 

中でも、その極め付けが、最近の府教育長の辞任騒ぎであった。つまり、投書の方の指摘されている「素人感覚といえば、新しい視点を提供してくれるような気がするが、畑違いの素人を現場の長に任命して、混乱を引き起こす例もある」と指摘されている視点が同じだ、と感じるのである。                                                   
勿論、民間人登用自体には、行政や教育の現場に多々見受けられた従来の慣習や先例に囚われ過ぎた閉鎖的社会へ新風を引き入れ、風通し良くするという意味合いは大きい。
 
ただ例えば、最近マスコミでも大きく報道されていたように、1〜2年という短期間に登用された民間出身の大阪市立中学校の校長11人のうち、退職や解任された人数が過半数の6人に及ぶといった事態は何としても避けなければならない。                 

これは以前の記述の繰り返しになるが、このような抜擢人事というのは殆どが自己申告や公募を前提としており、兎角何かと問題を生じ易いのが現実である。
 
古くは中国の唐時代の書物「貞観政要」の中でも、抜擢人事とも関連して、自己推薦制の是非について論じられている由縁でもある。
 
また、故谷沢永一関西大学教授は著書「人間通」の中で、抜擢人事について「我が国は年功序列社会だから順を追わなければ出世できないと言い慣らわすのは一面的な観察である。昔も今も例外的な抜擢は常に行われてきた。

しかし、世に抜擢ほど難しい決断はない。統計をとるなら成功率は決して高くないであろう」とし、抜擢人事が失敗する二つの型を挙げ、「その第一は抜擢された者が極度に思い上がって異様な振る舞いに及ぶ例である」と「第二の型は、根が小心であるため思いがけぬ処遇に接して心身が麻痺する。高所恐怖症である」と指摘されている。
 
差し詰め、府教育長の辞任騒ぎなどは、第一の型の典型だろうし、また、私自身も過去において、行政に関する基礎的知識に欠け、このためにややもすれば、萎縮し適宜適切な指示を出せなくなったような第二の型の実例も見てきた。 
                 
もとより、民間人登用に当っては、その職に必要な最低必要な知識・見識を有する人物でなければならないことは言うまでもない。

とりわけ現場の管理職として登用される場合については、任命權者ひとりの判断ではなく複数の人間の眼を通じて選別を行うなど、人物の人柄と経歴・実績を十分に踏まえ、より慎重な判断が必要だろう。 

まして、“任命權者個人の知人”であるが故の登用など、有ってはならない。
 
また、同書において同教授は、<「抜擢の成功例はやはり稀れである。心根がよほど謙虚で神経が強靭な人物でなければ能力を発揮できないであろう。それ故、当面の間は心の支えをあてがわねばならぬ。能や歌舞伎の舞台では後見が控えていて、通常は小道具の出し入れを司るが、もし演者が何かでとちれば即座に取り繕う。

それと同じく抜擢された者には後見が必要である。」「所詮、抜擢は賭けである。抜擢を決断した勇猛心ある上司は、責任を全うするためのバック・アップを忘れてはならぬであろう」>、とも指摘されている。 

実際、信頼出来る補佐役を配置するなどの支援体制も必要不可欠だろう。 

同時に、登用後において、もし問題が発生した場合には、適宜適切な対応・後処理を行うとともに、事後には登用に当ってなされた判断にどのような誤りがあったのかを検証することも大事だろう。

現在では国・自治体を問わず、公的機関における上級管理職への民間人登用は、至極当たり前のことになった。それだけに、今後とも民間人登用を進めようと考える任命權者は、その“任命責任をもっと厳格に自覚”するべきだろう。
 
国においては、歴代総理大臣が任命した各省大臣に不祥事が発生した場合には、国会の場のみならず、新聞テレビなどのマスコミ報道を通じて、その任命責任が厳しく問われることが通例となっている。 場合によっては内閣総辞職に立ち至ったケースも珍しくは無い。 

だが、自治体における任命權者たる首長に対する任命責任について、それ程に鋭く問われた例を寡聞にして、耳にしたことがない。
 
マスコミで大きく報道される場合以外には、問題の所在自体が住民の眼に如実に露わにされることは稀なことであるが、いずれ住民生活に重大な悪影響を及ぼす結果に繋がる可能性も高い。

それだけに“自治体首長についても、任命權者としての自覚と責任の所在の在り方”についてより明確にすることが肝要ということになろう。

2015年04月05日

◆三日見ぬ間の 桜かな

眞鍋 峰松


「世の中は 三日見ぬ間の 桜かな 大島 蓼太(おおしま りょうた)」 大島は江戸時代の俳人で、雅号は雪中庵。 享保3年(1718年)に生れ、天明7年(1787年)に没した。
 
「世の中は 三日見ぬ間に 桜かな」とも伝えられ、世の中は、三日も見ないうちに散ってしまう桜の花のようなものだと、世の中の移り変わりが激しいことの例えとしてよく使われている。

ここ数日のテレビ報道では、桜の開花や満開に纏わるニュースが流れぬ日はない。それほどに、日本人はその桜の花の華麗さとは裏腹の、儚さにも強く惹かれ、その魂の、あたかも象徴の如くに看做してきた。 

私なども毎年見るたびに“よくぞ日本に生まれけり”という気持になる。 

ところが、今年は例年より開花の時期が少し早く、待ち望んだ桜もようやく満開を迎え、咲き揃ったかなと
想ったところへ、全国的にも生憎の雨模様続きの天気予報。 

残念なことに、今年は本当に三日見ぬ間の桜に終わりそうだと聞き付け、早速カメラ片手に自宅周辺の散策に出かけ、これがその写真。
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桜のほか、モクレン、レンギョウ、ボケ、ツバキなども咲き誇っていた。
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西行法師は「春風の 花を散らすと 見る夢は さめても胸の さわぐなりけり」と、一説によると、貴い身分の女人に対する遂げられぬ切ない恋情を詠んでいる、とのこと。 

果たしてその真偽のほどは分からないが、今年の桜は春風ならぬ春雨に祟られそうだ。