2014年08月28日

◆日本と中国、あれこれ

眞鍋 峰松


現在、東アジアのみならず、アジア全域、更にはもっと広く世界的規模で、日本と中国の衝突を巡る話題が、日々マスコミのニュース・ダネになっている。 

そこでは、両国の国益に関する熾烈な闘いが色々な形で行なわれているのだろうが、専門的に学んだこともない私には、到底これらを俎上にのせ議論する知識の持ち合わせはない。 

ただ、何度かの訪中の度に個人的に我が身で体験した事柄や、国内での数十人の中国人との接触を通じ感じてきた経験を通して得た知識を纏めようと試みてきた。 以下は、その一端である。

次は、慶応義塾大学文学部教授をされていた村松暎氏の著書「中国故事つれづれ草(1989年PHP文庫」の中で記述されていた文章。 

原文は長文なので少し略述してみると、『 中国人ははなはだ実利主義的なのである。数年前、香港にいた時に「明報」という新聞に、こういう社説が載っていたことがある。ここに10人の中国人と10人の日本人がいて、オーストラリアへ真珠貝を採る仕事をしに行ったとする。

この中国人と日本人は、10年後どうなっているであろうか。中国人は10人が10人とも間違いなく、その間に金を貯めて、今では親方になって、もう自分では海へは潜らず、何人も人を使って潜らせて貝を採り、ますます金を儲けている。

この時、日本人は浜辺に座って、どうしたら一層上手く海に潜れるようになるかと考えている、というのである。 日本人は何でも「道」にしてしまう。

この「道」を極めようという精神があればこそ、日本人は近代科学をモノにすることができたのだ。今、中国は現代化を目指しているが、それには日本から、この点をこそ学ばねばならない。中国人自身が、実利主義の幣を認めているのである。』というのである。

この文章を読み私なりの感想を披露してみると、私は何もこの中国人的な生き方を非難したり、或いは、その努力を低く評価するものではない。

中国人10人全員が、お金を稼がんがために親方になろう、他人を動かすことによって利得を得ようとするこの旺盛な中国人の国民性とも思える生活力・意欲には脅威とそれなりの敬意を抱く。

さすが、3000年の長い歴史の中で戦乱に明け暮れて来た中国民衆のエネルギーは、凄いものがあるとすら思う。

だが同時に、それでは余りにも個人的な既得権益化し技術自体の進歩・発展を妨げることになりはしないか、引いては国全体或いは社会全体としての進歩・発展に繋がらない・妨げになるのではないか、と思うのである。 

中国人親方の立場になれば、それで人生は一丁上がり、後は左団扇で一生を楽に暮らそうということになる。仮にそうでなくても、改良・工夫を忘れ、将来ともに他人をもっと多数使役して稼ぎを増やすことのみに専念する弊害を齎すだけにならないか、ということを言いたいのである。

この香港の新聞社説の持つ意味合いも、言い換えれば、そういうことなのだろうと推量する。     

報道を通じて伝えられる中国の現状からみれば、また、私の体験的感覚しても、まさに正鵠を得た見方であり、ここに描かれた中国人の思考方法は相当に的を得ているのではないかと感じる。

もっとも、この創り話には、両国民の10人が10人ともが同じ行動パターンという点に少々難がある。

この中国の香港紙は「中国人は10人が10人とも間違いなく、」と主張するのだから、これに対して私も反論する気持はないが、日本人について言えば、10人全員が潜りの名人を目指す訳でもないだろうし、一方では中国人と同様に将来の親方を夢見る人間もいるのではないか。 

万事が損得勘定の世の中の現在の日本。その中では、親方になり、後は左団扇で一生を楽に暮らそうと考える性向の人間が相当数いるのかも知れない。 

また、その内に自然採取の作業に従事するだけに飽き足らず、必ず、真珠貝採取のより効率的な人工養殖などを目指す人間が出てくるのかも知れない。むしろ、その方がより日本人的であるということなのだろうと私は思う。

以上は、日本人と中国人との性向について、面白い記述を偶然に眼にしたので、ご披露した次第である。

2014年08月19日

◆真正面からの言葉・教えほど尊い@

眞鍋 峰松
 
  
 最近、マスコミ上に登場する方々を拝見していると、どうも物事を斜めに見て論じる人が多いように感じられてならない。多分、論じておられるご本人は、それが正しいと信じ切っておられるのだろう。 

 これは何も最近になって起こった現象とは限らない事なのかも知れないが、まさにマスコミ好みの人種ということなのだろう。

 例えば、靖国神社参拝問題についても、国のために尊い命を捧げた旧日本軍将兵の御霊に感謝の念を表すことは大事な筈だが、その方々はこれに対して、「中国・韓国の国民感情に配慮し外交関係・国益を考えるべし」とおっしゃる。それでは、どうするのか。

 物事を斜めに見ると、その二本の線はそれぞれが独立した線の衝突の側面しか見えない。 

 A級戦犯合祀の問題も含め、人により立場により色々な考え方があるのだろうが、私には真正面から考えると、この二つの命題はそもそも両立できないことではないと思える。 

歴史的な経緯があるにせよ、また諸外国から如何に言われようが、日本国にとっては本来一方が他方を排除したり、相容れない事柄ではないはずだ。 

それより戦後から、これまで避けられてきた国内論議の決着の方が先決だろう、と思える。 だからこそ、外交面では未来志向型の解決しかないのだろうという気がする。
   
過去を振り返ると、私の学校時代の教員にも、物事を斜めに見る性癖のある人達が結構多かった。

とりわけ「己を高く持する人物」に多々見られる事柄でもある。それはそれ、その御仁の生き方・信条そのものの問題だから、他人である私が、眼を三角にしてトヤカク言う必要のないことではある。 

ところが、教員という職業に就いている人間がそういう性癖を持ち、日頃児童・生徒に接しているとしたら、そうはいかない。
   
私の経験でも、「物事を斜めに見る性癖のタイプ」の教員が結構多かった。

結論から言えば、そういうタイプの教員は教育現場では有害無益な人間と言わざるを得ないのではないか。
  
実社会においても一番扱いの難しいのが、こういうタイプの人間だろうし、往々にして周辺の人間からも嫌われてもいる。 

多情多感な青少年にとって、こういうタイプの先生に教えられることには「百害あって一利なし」である。
   
教育の本質はむしろ逆で、もっと「真正面からの言葉・教え」ほど尊いと 私の体験からも、そう思える。
<後編へ> 


2014年08月12日

◆同化・野生化するアライグマ

眞鍋 峰松


今年5月頃の府内池田市での出来事で、日中に四、五十代の女性が道路を歩行中、アライグマに襲われ、足を噛みつかれて負傷したとのテレビニュースが報道されていた。 

ご承知のように、アライグマは日本の在来種ではなく、北アメリカ原産の野生動物。30年以上も前にアライグマを題材とした子供向け番組でアニメが放映され、ペットとして人気を呼び、多くのアライグマが輸入されるようになった。 

しかし、成獣となり飼いきれなくなり野外に放置されたり、手先が器用なために飼育檻から逃亡するケースが続出し、野に放たれた。 

また、繁殖力が旺盛で日本には天敵がいないため、すでに多くの野外での自然繁殖が確認され、農作物や家屋へ侵入する等の被害が深刻化している、とのことである。

しかも、このアライグマ。 見かけの愛らしさに拘らず、雑食種で性格も結構獰猛で、迂闊に手を出すと人の指が噛み切られるほど。   

私の住む大阪府堺市のニュータウン内でも何度か見つけられており、私自身も3年前に拙宅すぐ裏の緑道でウォーキングに出かけようとした折りに、道路脇の樹木で睡眠中のアライグマに出くわした。 

緑道で1人の警察官と3,4人の住民が樹木を指差しながら会話しているので、何事かと見れば写真のような状況。( 転送「写真」を貼付)
アライグマ H24.6.3.JPG
近寄ってみると、“あれはタヌキだ”“いや、ネコだ”と話合っている。 しかし、どう見ても尻尾の太さから観ると、タヌキでもネコでもない。 

丁度、2・3日前から近辺の住宅敷地内で何かの動物の糞便が数箇所発見され、また、拙宅隣家の池の鯉が夜中に食い散らかされるという事件が発生。 どうもアライグマの仕業のようだとの噂を小耳に挟んでいたので、ピンと来た次第。 

その時、不用意に近づこうとする警察官に、“アライグマは相当凶暴な動物だそうですよ”と声を掛けると、警察官は慌てて携帯通信機で、本署か保健所へ連絡している様子だった。 

やはり、尻尾の斑模様からみても間違いなくアライグマ。 

残念ながら、丁度斜面に立つ樹木であった上、正面側に個人住宅があり、背後からしか撮影できなかった。

再び、ウォーキングの帰路に通ってみると、既に捕獲されたのかどうか、人影も去り、元の静かさに戻っていた。

現在では、アライグマのような動物に限らず、魚類や植物でも色々な形で外来種が入り込み、同化している模様だ。 同化していくのは良いとしても、中には従来の生態系を乱し、日本の古来種を放逐するケースもあるのだ、とのこと。

少々話が飛躍し過ぎるきらいがあるが、このような動植物の知らず知らずの国内転入に限らず、外国人の移入・同化も進んでいるとの報道もしきりにされている。

外国人問題を動植物と同列に論じるのはどうかとも思うが、我が国の少子高齢化の進展に伴う人口減少や労働力不足問題もいよいよ深刻化し、これとともに、労働力不足を補うための外国人の移住も増加、国内在住の外国人問題がこれから一層顕在化するだろう。 

従って、これらの問題への対処する必要性・緊急性は一層高まることが必至の情勢と思われる。

今後とも、ペット飼い主に対するマナー向上のためのPR強化とともに、選別的な外国人受入れなどの慎重な取り扱いが必要となり、同時に外国人労働者雇用主に対する待遇・処遇に対する強力な監視に眼を向ける等、十分な注意・指導が必要となるだろう。

2014年08月09日

◆蛙鳴蝉噪(あめい せいそう)

眞鍋 峰松 


夏になると毎年のことだが、朝6時前には目を覚ます。それも6時半になると、盛大な蝉の鳴き声でいつまでも寝てもおられない。


その時、皮肉なことに度々、芭蕉の有名な「閑かさや 岩にしみ入る 蝉の声」の一句を思い起す。 これも同じ蝉の声のことなのか、彼我の感覚の違い過ぎること・・・。 


ここに凡人と俳聖と称せられる人間との差があるのか、この違いはなんと大きいことか、と思い知る。 
それにしても、大暑(最も暑さの厳しい時季のこと。今年は7月20日から8月6日)も終わりというのに何という猛烈な暑さ。


こんな想いでいる折から、読んでいた書物の中で目に飛び込んできたのが、表題にした「蛙鳴 蝉噪(あめい せいそう)」という語句。
 

これは、唐宋八大家の一人である韓愈の「平淮西碑 儲欣評」に在る語句だそうである。その意味たるや、先ほどの句や、もう一つの代表的な芭蕉の句である「古池や 蛙飛びこむ 水の音」に詠み込まれた和敬清寂の心境とは、正反対の趣きである。
 


それは、蛙(かえる)や蝉(せみ)がやかましく鳴き騒ぐの意であり、@がやがやと、喧しく喋りたてること。騒々しいこと。 A内容の無い文章や議論を嘲ってという言葉。 無駄な議論、とのこと。 


つまり、内容のない文章や議論を嘲って言う含意なのだから、差し詰め、本欄の私の文章などは、その典型なのか。
   
最近の世相。 何やかやと、騒々しい。 


年初からのSTAP細胞を巡る論文捏造騒ぎ、引き続く先日の責任著者の一人の自死、さらに異常な殺人事件の続発などなど、日々新聞・テレビを賑わせているのだが、それにしても騒がしく、殺伐たるものがある。 

もう少し情趣溢れる世の中にならぬものか、何とかならぬものか。 この閑人は思う。

2014年08月05日

◆今日一日をプラス思考で生きる

眞鍋 峰松


最近になって、情報化社会がいよいよここまで進展してきたのか、と強く感じさせられる社会現象が多く見受けられるようになった。  

何よりも情報化の進展は、個人レベルの社会生活の中では、その人のアイデンティティの組織離れということに大いに関係してきているような気がする。
   
かって、サラリーマンが企業戦士として高度成長を支えてきた時代には、個よりも役割を優先する日本的意識はそれなりに機能してきた。だが、こうした肩書き優先社会では、退職や失業などにより組織を失うと、個人のアイデンティティも失われ、ヘタをすると人間としての存在価値そのものが奪われる結果となる。

ここにきて、一挙に増加傾向を示しつつある中高年男性の自殺や熟年離婚のなども、役割と人格を混同し社会や配偶者などと個として向き合うことが少なかったことの裏返しの現象の一つ、ということだろう。
   
情報化の進展とともに、個々人が容易に色々な情報に接し得る機会が多くなり、各人のライフスタイルも多様化しつつある現在では、かっての組織優先の人間観・人生観は個人にも社会へも大きい軋轢と落差をもたらす。 

個人にとって、従来の日本型の自意識のままでは、情報化、多様化している社会を生き抜くのは非常に難しい時代に直面しているのは確かだ。
   
そこで求められる生き方は、ということになると、やはり肩書き抜き、組織とは距離を置いた自己意識を持ち、長寿社会を迎えて多趣味を生かしながら生き抜いていくことだろう。 

そのためには、好奇心をいつまでも強く持ち、新しいものをどんどん受け入れ、それらを積極的に活用していこうという気構えを常に忘れないこと、これはつまり、進取の気性を持つということだ。 

この進取の気性こそ生きがいを見つける最大の武器の一つでもある。 

もう一つは、徒に明日を思い煩うな、ということ。 明日のことは明日のことで、今日思い煩うことはない。いずれにしても、座して待つのでなく、これぞと思った時には、すぐさま行動に移すぐらいの勇気と機敏さをいつまでも忘れないことだろう。 

ここで動いて明日はどうなるだろう、なんて思い悩んでしまったらどうだろう。要は、明日を思い煩うことなく、今日一日をプラス思考でことに当たることが肝要、ということになろう。
 
もう一度少年のような冒険心と好奇心を持って、一日一日を過ごし、充電してゆくことが、花も実もある生き方につながるのではないか。 

シェークスピア風にいえば、退職後も自分に与えられた「劇場」の中で、しっかりと「主役」を演じることはとても楽しいことである。(完)
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2014年07月13日

◆腰の痛みと二人三脚 私のゴルフ人生

眞鍋 峰松


現在の私のゴルフは年来の腰痛との闘いである。 パターやアプローチ、ボールのピックアップ時に腰を屈めると、時にはビーンと身動きできなる位の激痛が加齢とともに。 

元々、30歳過ぎから発症の年代物の腰痛だが、意外とゴルフ好きの中にもこの戦いを続けておられる方が結構多い。 

もっとも私の場合、後半ハーフのスコアーの悪さを、常にこの腰痛のせいにする不届きな人間でもある。                       
ところで、20歳台から始めた多くのゴルファーに比べ、私のゴルフ歴は短い。初めてクラブを握ったのは、と言うより単に手にしたというのが正確なところで、25・6歳の頃。 

当時大阪市内の都島辺りにあったゴルフ練習場へ同じ職場の先輩に引き連れられて行ったのが最初。先輩の教えに従い7番アイアンを手にしたものの、ボールがクラブに殆ど正確に当たらず、こんな筈はないと焦るばかり。その私を尻目に、隣席の見知らぬ妙齢の女性は100ヤード表示場所にドンドン飛ばしている。

当時腕力自慢の私のボールは渾身の力でぶっ飛ばしても偶に50ヤードの場所へ到達するのがやっとのこと。悔しさにクラブを放り投げたくなった記憶が今でも鮮明に残っている。

以来、ゴルフとは相性が悪いと思い込み、40歳になるまで一切クラブを手にしたことがなかった。だが、いよいよ40歳代に突入し何か運動を始めなければとの思いと、酒に弱く宴席が苦手な私が先輩・同僚と懇親を深めるにはとの思いから始めたのが、再開の切っ掛けである。 

我ながら殊勝にも、最初は夏期休暇を利用し、自宅近辺の練習場の教室へ入門。しかし、同門の士は中高年の女性ばかり10人程度。練習途中の休憩時には男一人で会話相手にも困り、こりゃ駄目だと渋る家内を無理やり入門させ、4回程度のレッスンを受けクラブの握り方から始めた。 

この練習で、初めは7番アイアンで70ヤードの飛距離に過ぎなかったものが、徐々に150ヤード近くに達することを体験して、やはりゴルフは力じゃないナ〜、難しいものなのだと実感した。

その後、心を入れ替え、やれベン・ホーガンがどうの、自分自身のやや肥満体質から色々研究を重ねたものの、その割に成果も上がらず。 

遂にはインストラクターの最近の診断では、上半身と下半身の動きがバラバラとの診立て。 

自分自身の診断でも、スポーツは心・技・体のバランスが大事とよく言われるが、この全てのアンバランスが問題で治療不能。 私のゴルフは、もう精神修養の場でしかないとの諦めムード。
                                  
そして現在、月1のゴルファーとして無駄に年齢だけを重ね、実力不相応のお情けハンディが21。それも65歳を超えてからというもの、100超のスコアーが常態化。     

今や、有り余る時間を過ごすための週2回の練習と月1〜2回のラウンドでも一向に上達の兆しが見えず、体重調整の単なる一手段に陥った昨今である。

2014年07月04日

◆人事異動の悲喜こもごも

真鍋 峰松
  

いずれの組織・団体においても定期人事異動は4月に行われるが、新事業に伴う人事異動は、その都度行なわれる。 様々な噂・憶測が飛び交い、当事者はそれに一喜一憂するというのはいつものことである。

だが、人の噂話ほど当てにならないものはない。 人事異動は悲喜こもごも。 何千、何万という人間を抱える大きな組織に限らず、例えもっと小規模な組織でも、皆が満足し幸せを感じる異動など100%あり得ない。
 
当人にとって、特に昇格を控えた時期であれば、より「そわそわ度」は高くなる。 異動先によっては家族ともども引っ越しという事態ともなるので大変だ。 だが、その結果は最後まで判らない。

その人事異動。 問題は、大抵の場合、自己評価と、他人とりわけ上司の評価とのギャップが大きいことである。 自己評価の高い人間ほど客観的評価との落差を思い知ることになる。 ただ、この客観的評価自体にも問題が潜む場合が多い。
 
昨今、どこの組織においても幾つかの評価項目を定め、評点化している場合が殆どであるが、そもそも人間の適性・才能を評価する側の人間にしっかりした能力があれば良いのだが。 それより自分の部下の能力・成績も指導次第でどうにかなるのだ、という自信を持った上司こそが望ましい。
 
正直、私のような者にとっては、この人事評価一つで、この人間の一生を左右するのだと思うだけでもそら恐ろしく、到底確信を抱くには至らなかった。

ある書物の中で、人事担当責任者の言葉として「各部署から部下を評価した報告書が回ってくるのですが、“部下のここが気に入らないから、異動させてくれ”みたいなことが書いてある。

上司というのは、部下のいいところを引き出すのも仕事のうちだと思っていますから、どこの部署で働けば、部下の能力が生かせるか、そこまで書いてくるように書き直しを要請したこともあります。

それぞれの上司が部下の適材適所を真剣に考えれば、会社・組織全体が活性化されると信じていたので、好き嫌いで評価を下すのは許せませんでした」と記述されていたことを思い出す。 私の経験からしても、至極当然の言葉であろうと思う。

そこで、現職当時に常に心に留め置いた、現代でも十分通用する上司の心得として江戸中期の儒者 荻生 徂徠の言葉に徂徠訓というのがあったので、ここで紹介させて頂く。

1) 人の長所を始めより知らんと求めべからず。 人を用いて始めて長所の現れるるものなり。
2) 人はその長所のみ取らば即ち可なり。 短所を知るを要せず。 
3) 己が好みに合う者のみを用いる勿れ。  
4) 小過を咎むる要なし。 ただ事を大切になさば可なり。    
5) 用うる上は、その事を十分に委ぬべし。  
6) 上にある者、下の者と才知を争うべからず。
7) 人材は必ず一癖あるものなり。 器材なるが故なり。 癖を捨てるべからず。      
8) かくして、良く用うれば事に適し、時に応ずるほどの人物は必ずこれあり。

もっとも、この徂徠訓も江戸中期という封建制度下のもの。 現代の上司たるもの、とりわけ中間管理層は想像以上に大変なのかも知れない。 

上からと下からの重圧の下、指導が厳し過ぎるとパワハラと疑われ、異動先が当人の意に沿わないと冷酷と言われるそうなのだから。
 
だが、人材以外に頼るべき資源を持たないのが、我われの日本。 その人材を活かすも殺すも適切・妥当な人物評価。 確たる信念を持ったリーダー・管理職達の奮闘を心から望みたい。

2014年06月12日

◆“長〜い友達”の話

眞鍋 峰松


これは、一時期テレビに長い間にわたり流された育毛剤のCMの言葉。 最近ではテレビを見ていてもあまり耳にすることもなくなった。 

なるほど「髪」という語を分析すれば、“長〜い友達”ということになる。 そう言えば、この漢字を解読し使用する方法は、昔の小林旭の歌にもあった。 

その演歌の題名も忘れたが、“戀という字は、ヤッコラヤのヤ。いと(糸)し、いとしと言う心、言う心”という歌詞である。 ある程度の年代以上の方なら、多少とも耳に残っている歌詞だろう。 
 
そこで、“長〜い友達”の話。 

私も現役第一線を退き勤めを辞めた途端に、左程身だしなみに気を使うことも無くなった。 一旦このように自己自制の歯止めを失ってしまうと、人間はずるずるとだらしなくなるようだ。近頃では、家族の者から叱られ通しである。 

そうこうしている内に、髪の毛がどんどん薄くなる一方。一番、愕然としたのは、ある時の地下鉄車中でのこと。地下を走る加減で、外は真っ暗闇で、自ずと自分の顔・頭が映る。そこに映る頭を見た時、後頭部位は分からないものの、正面からは頭上にまさに地平線さながらに細く映る自分の髪の毛。 

遂に“長〜い友達”を失ってしまうのかという焦りにも似た感じ。若い内は、かねがね、女性なら兎も角、なぜ男性が頭の毛が薄くなるのをあんなにまで気にするのだろう、禿げ頭は禿げ頭でけっこう貫録もあるのに、と思っていた。 

ところが、自分の髪の毛が次第に薄くなるに従い、初めてそういうものではなかったことに気付いた。いつの間にか、道を歩いていたりしている時、前方から髪の薄い人が歩いて来たり、電車の中で前の座席に座っている人がいると、秘かに自分のそれと比べたりする癖がついていた。情けないことに、その人が自分より薄ければ、ひとまず、ホッとするのである。 

これはある書物に書かれていたことだが、『 若さを捨てる 〜 若さに対する未練を捨てて、老いを明るく楽しむ。 中阿含経という経典に見える話。 釈迦前生の話として、ミテイラー王が理髪師から初めての白髪が生えたと聞かされての王の偈。
     
我頭生白髪    わが頭に白髪生ず
寿命転衰滅    寿命 うたた衰滅せり
天使己来至    天の使い すでに来至せば
我今学道時    われ いま道を学ぶべき時なり

「引退」するということは、私は「老いを楽しむ生き方」をすることだと考えている。逆説的に言えば、若さを捨てることだと思う。 

実をいえば、仏教が教えていることは「あきらめ」である。 しかし、「あきらめ」といえば、「思い切り、断念」の意味に解されやすいが、仏教が言っているのは「明らめ」であって、ものごとの真実を明らかにすることである。 

これは何も老いに限ったことではなしに、仏教のすべてのことにおいて「明らめよ」と教えているのであるが、まぁ、年を取った私には「老いの明らめ」が肝心であろう。そしてそれは、若さを捨てることである。』   

最近、私が実感していることは、年を取るとどうも人間はかえって若さに執着するようだ、ということ。 

「髪の毛が多いですね」と言われたり、年齢よりも若く見られたりするとうれしくなる。その結果、ついつい「なあに、若い者に負けるものか」と息巻いたりする。おかしな話である。 

だが、自然の流れに逆らうには、無理がある。結局、我われは、若さをプラスに、老いをマイナスに価値づけているということなのであろうか。 もしも、老いをマイナス価値に見るならば、人間の生きる価値は毎年毎年、いや毎日毎日、減少する。 

生きる価値が減少するということは、取りも直さず、存在価値が減少することである。そうすると、年寄りなんていない方がいいという極端な考え方になってしまう。実際、今の日本にはそんな考えが横行しているのでは、と考えること自体が老人の僻みなのだろうか。

けれども、本来、人間の価値は年齢によって減少するものではない。 人間の価値は年齢と無関係である。
   
若さは若さ、老いは老いである。だから、人間は年を取れば、しっかりと老いを自覚し(明らめて)、きれいさっぱり若さを捨ててしまおう、それが、仏教でいえば「禅」の行き方、いくら心配しても変えることができないものを心配するな、そんな無駄をするな!と教えるのが禅だ、そうである。 

要は、若者には若者にふさわしい生き方がある。 それに対して、老人は、老人としての生き方があるということなのだろう。こう考え、生きていくのも、それもまた老年の楽しみだ、と悔しさ半分で思う昨今である。

2014年06月06日

◆最近の対中国外交に思うこと

眞鍋 峰松


この3日の新聞・テレビの報道で、第13代経団連会長に東レ会長榊原氏が就任されたと伝えられた。経団連会長と言えば、過去には財界総理とも称せられ、我が国経済界のみならず、政治、教育・文化などの分野でも幅広く大きな影響力を持つ存在。 

それだけに、どのような理論の下、どのような活動を起されるのか、注目される。

そう思っていた矢先のこと、当日の新会長がテレビ会見で色々と抱負を述べられた中で、対中国・韓国との外交問題処理に関しては、やや経済優先、全体としての国益軽視のようにも受け取られる発言があったように感じた。
  
そこで、私は平成22年10月3日に本誌に寄稿した文章を思い出した。当時に比べ、資源紛争の深刻化以上に、領土・領海問題を巡り軍事衝突そのものが生じかねない一触即発の状況にある。それだけに、あえてその文章を下記に再掲し、思うところを繰り返しておきたい。

◆ <最近の対中国外交に思うこと  平成22年10月3日掲載>


まず、この文章をお読み頂きたい。「正道を歩み、正義のためなら国家と共に倒れる精神がなければ、外国と満足できる交際は期待できない。その強大を恐れ、和平を乞い、みじめにもその意に従うならば、ただちに外国の侮蔑を招く。

その結果、友好的な関係は終わりを告げ、最後には外国につかえることになる。とにかく国家の名誉が損なわれるならば、たとえ国家の存在が危うくなろうとも、政府は正義と大義の道にしたがうのが明らかな本務である。・・・・

戦争という言葉におびえ、安易な平和を買うことのみに汲々するのは、商法支配所と呼ばれるべきであり、もはや政府と呼ぶべきでない」。 

キリスト教信者として名高い内村鑑三氏の著書「代表的日本人」中の西郷隆盛の言葉である(1
908年原著 岩波文庫 鈴木範久訳)。

この言葉の真髄は“ただ相手国の強大さに萎縮して、うまくやろうというような処世術的外交は避けるべきである。そうすると、かえって侮られ、それまでの友好関係もくずれてしまう”という一点にある。 

読めば、この文章、これまでの我が国の対中国外交への痛烈な皮肉と解釈できるような気がする。 戦後数十年かかってここまできた日中の外交関係。この偉大な先人の言葉を無視・軽視するような事態を招くことによりその成果まで灰燼に帰すことのないよう願いたい。 

また、過去の日本外交においてややもすれば多々見受けられた“商法支配所”、即ち、経済的利益を重視するあまり、我が国外交を誤らせたという事態も同様である。

幸い、今回の尖閣列島を巡る二国間の衝突に関しては、経済界や財界からの、紛争の早期解決だけを願う声も少ないように思う。それにはそれなりの理由があるのだろう。 

周知のように、近年の中国の居丈高な過剰反応は尖閣列島周辺海域の石油等の資源開発に絡んでのことであり、日本においてもこの側面が熟知されている。これが今回の場合、経済界・財界からの横槍や雑音がない理由であろう。

近年著しく経済力を増した中国にとって経済カードは強力な武器になる。我が国経済にとってレアアースの輸入停止は甚大な影響を及ぶすとしても、中国経済にとっても多少影響があろう。 

だが、全てにおいて政治が優先する社会ではそれは問題にならない。そこで参考になるのは、米国のグーグル社の態度であろう。

自由主義社会の柱とも言うべき情報の自由を求めて中国当局と真正面からぶつかったのだが、これも最悪の場合には撤退もやむを得ないという同社の覚悟があってのこと。

果たして、口を開けば自由主義経済・市場経済の効用を説く日本の財界・経済界の人達にこの覚悟が有りや無きや。 史上初の財界人から登用された日本の中国大使、これにどう対処していくのか、注目したい。

また、今回の事件に関する新聞テレビ等の報道やコメンテーターの解説を見聞きしていると、相変わらず、中国側の国内事情、つまり国家指導者間の主導権争いや貧富の過大な所得格差問題などを取り上げ、訳知り顔で背景説明をしているように見受けられる。

このこと自体は事実なのであろうが、だからどうだと言いたいのだろうか。 日本の主張を手控えよ、とでもいうのだろうか。 

それより、国際紛争対処の常識として、これら外交紛争に関する政治上の議論は国内だけで止めるべきであり、交渉相手国の国内諸事情を参酌し過ぎる人間や最終的な解決策を持たずして相手国に乗り込む愚を犯す政治家等が多過ぎるのも困ったことではないだろうか。 

こういった国内の無責任な議論や対応で、対外折衝の任にある者の足を引っ張って何になると言うのか。 

老獪な中国外交のこと、日本国内の議論の誘発・分断が計られ、結局は日本の国益が損なわれるだけだろう、と思う。

皮肉なことに、中国古典である孟子の離婁篇第四に「夫れ、人は必ず自から侮りて 然る後によそ人もこれを侮り、家は必ず自から毀(こぼ)ちて 然る後によそ人もこれを毀ち、国は必ず自から伐(やぶ)りて 然る後によそ人もこれを伐う。」とある。

つまり、人間というものは、自尊心を失って、自身を軽蔑するようになると、その気持が言動に現れて卑屈、投げやりになり、それが他人の軽侮を招く、他人に軽蔑される原因は、自分が作っているのだ。 

自らを持することが厳でなくなると、家を治めることもできなくなって、家は崩壊する。 内輪がしっかりしてさえおれば、外圧だけでは決して壊れるものではない。

国家とても同じことで、内に姦邪の臣がはびこり、君主に統御の才なく、国民に不平不満が高まるという末期症状が現れて、他国に攻め滅ぼされるわけであり、明主賢臣がいて善政を布いている限り、自壊作用が起こらず、従って他国の攻め込む隙はない、というのである。

この紀元前4世紀の孟子の言葉は、ひとり我が国のみならず、現代中国の為政者への痛烈な皮肉となり得ると受け止めるのは、私だけではあるまい。    (加筆再掲) 

2014年06月03日

◆先を見通せる時代はあったのか

眞鍋 峰松


もう6月。 月めくりのカレンダーを5月から替えようとして、ふと眼をやると、そこには芭蕉「 あらとうと 青葉若葉の 日の光 」の一句。 そこで初めて、ここ1、2ヵ月の間の、樹木の緑の移り変わりにも気付かぬ己の心の余裕の無さに驚いた。 

「驚きを抱く者は幸いである」 世の中には、立派なもの、美しいもの、鮮やかなものが確かに存在する。 

しかし、それをああ美しい、鮮やかだと、受け止めるのは自分の心であって、その心があるからこそ、その存在を認めることができる、と民芸運動を起こした思想家 柳 宗悦(1889〜1961)が書いている。

確かに、このような自然の移り変わりにも新鮮な驚きの心が無くなれば、それは毎年の単なる季節変動にしか見えない。陽に輝く鮮やかな緑青の木の葉に、ああ素晴らしいと驚く。 

驚くとは出会った事に対する肯定的評価であり、心に新鮮なものに出逢った喜び。そのような気持を持ち続けている限り、心は老いることはないのだろう。 

目下、テレビなどマスコミの伝えるところでは、気象庁のエルニーニョ監視速報で、今年の夏は5年ぶりにエルニーニョ現象が発生する可能性が高いとの見通しを発表したとのこと。 


夏にエルニーニョ現象が発生すると、日本付近では太平洋高気圧の張り出しが弱くなり冷夏になる傾向があり、前回、エルニーニョ現象が発生した2009年の夏には、北・東・西日本は日照不足となり、7月に中国・九州北部豪雨が発生したほか、多くの地域で梅雨明けが遅れ、九州北部と近畿、東海は梅雨明けが8月にずれこんだ、とのことである。



とすれば、今年の夏は5年振りの異常気象であり、数多の悲惨なニュースを生み出すことになるのだろうか、危惧される。しかし、マスコミの手にかかれば、こと気象現象に限らず、様々な社会事象、国内政治、外交に限らず、何事も先読みができない・異常・想定外の驚きの事柄になってしまう。

だが、過去に先の読めた、異常な事も想定外の事も全く起こらない時代はあったのか。 むしろ、先の読めた時代など一度もなかったのではないだろうか。 

特に、激動の時代ともなれば、一寸先は闇であって、とうてい先などよめない。 先が読めないのは、何も現代特有の現象ではない。 いつの時代でもそうだった。 

過去、様々な歴史的な事件が繰り返されてきた。ことに、色々な人間による様々な興亡の歴史の中では、ある者は途中で挫折し、ある者は勝ち残りに成功した。 

かれらの失敗と成功の跡を辿っていくと、自ずから、そこに勝ち残りの条件といったものを見出せる。 それらを強いて纏めると、それは能力、人徳、運・不運の三つ、とある書物で指摘されていた。 

その中でも、何と言っても能力ということになるが、これをさらに分析すると、智慧と勇気ということになる。智慧とは先見力・洞察力である。 人より一歩でも先を読んで、適切な対策を講じられる能力。 

また、勇気とは決断力、「まさに断ずべきくして断ぜざれば、反ってその乱を受く」の中国古典の通りである。 さらに、「徳は事業の基なり(采根譚)」と称せられるが、徳とは何か。 

そこには寛容、謙虚、思いやりの三つを挙げることができるのかも知れない。 そして、運・不運。 こればかりは定義もその誘因も曰く言い難いが、私なりに解釈すれば、時の勢いと言うしかないだろう。

何事につけ、ここ一番では、やらないよりやるに越したことはない。 昨今のニュースで言えば、現在報道されている日朝協議などはその好例なのかもしれない。

が、果たして、「徳は事業の基なり」という言葉が通じる相手なのかどうか、最も懸念されるところではある。
 
いずれにしても、歴史は繰り返すと同時に、一つとして全く同じ原因と結果が生み出されることもないことも事実である。 そこで成功の条件を考えるとしたら、やはり、能力、人徳、とりわけ時の勢い(運)が必須だということになるのだろう。

2014年05月21日

◆取り留めのない話ですが・・

眞鍋 峰松


“ヨイショ”“ヨイショ”。 今朝の我が家の会話で、「家の中で、この言葉があちらこちらで、コダマしている」の言葉に、家族全員が大爆笑。 

先月末から現在まで、常は独り暮らしを続ける86歳の家内の母親が連休中とのことで同居中での出来事。 現状が4人家族で、うち3人が65歳超の高齢者。 その3人が何らかの行動を起そうとする度に、ヨイショ!ヨイショ!の掛け声である。 

なるほど一定の年齢を超えると、人間、行動を起こすには、何かの切っ掛けがいるものか、と妙に感心した。

私も既に70歳超。 5年前に、ある事件に関わり、以来その処理に没頭し、有り体に言えば、最近やっと紛争の末に、最高裁判所の決定を得てその解決に至った。 その抑々の切っ掛けというのは、昔々の職場の元上司からの依頼を受けた事柄。 

事件の詳細は、いずれまた機会があればとして、抽象的にその結末を申し上げれば、5年越しで紛争解決に完全に成功したものの、最後には全くの第三者からの一発逆転劇で、最終処理に失敗のお粗末。

それは兎に角、この切っ掛けとなったのが、当時、年齢的にいよいよ人生の最終章に差し掛かって来たという焦りにも似た想いを抱いていた折も折に、飛び込んできた依頼ごと。 

昔、中国の禅者が、洗面器に「日に新たに 日々に新たに、又日に新たなり」と刻し、毎朝顔を洗うように、毎日新しい意識で、新しい世界に生きてこそ、人生の意義と価値と幸福が発見されるであろう、と思われたそうだ。 

この教えが丁度その時期に私の念頭に常時有ったことが、抑々の切っ掛けである。 

これからの己の人生、日々新しい意識で、済んだことはさっさと忘れて、つねに前向きで、新しく新しくと生きて行くことが、真実生き甲斐というものであろう、この先もこれで行こう、と考えていた折りも折りのことである。
    
今から省みると、この事件への関与も、自らの能力と力量を弁えない行動だったか、とも思う。 だが、人間、自分に都合良いものだけを選ぶことなど、できないのが人生。 大抵の出来事は,良さと悪さが抱き合わせで現れるのだろう。 

簡単な話、何か善いことをしょうとすると、人間は疲れることも覚悟しなければならない。人によっては、疲れるからしない、と言う。それも各人それぞれの選択。 

が、しかし、これはやはり実行するべきだと考え、我われは計画を遂行し、後でへとへとになって後悔することも多々ある。 

私もこの事件後へとへとになったが、それはそれで良かったのではないか、と今では思っている。 人間は時には悧巧なこともするが、馬鹿なこともする。 悧巧なことができたら運が良かったと喜び、馬鹿なことをしてしまったら家で布団をかぶって眠る。 

いずれにしても、後々考えれば、そのどちらにしても大きな差はないと思うことなのだろうと明らめた。
    
以上、ここ暫くの本誌への投稿を中断していた原因であり、釈明ならぬ、弁解の言葉です。

2014年04月17日

◆いま時の男の子、女の子

眞鍋 峰松


こんな話を耳にした。ある小学校の4年生のクラスの保護者授業参観での出来事。 担任の先生が選んだ参観授業の内容が、小学4年生はちょうど10歳ということで、20歳の半分〜「二分の一成人式」に因んだ作文の発表会。
 
学年全体の授業テーマだったそうだが、単なるありふれた授業内容や風景の参観に比べ、それにしてもなかなか面白い着想。先生方も色々と知恵を絞られたのだろう。

生徒たちはそれぞれ、生れてから10年間聞き取ってきた家庭内出来事を作文に纏め、参観日に保護者(平日だったので、保護者欠席2名を除き全員が母親ばかる)の前で対面して読み上げる、という方式だったそうだ。 

私どもの年代は、学級名簿はまず男子生徒、続いて女子生徒という順番だったが、いま時はアイウエオ順の名簿。従って、生徒の読む順番も男子が終わって、次いで女子ということでもなく、アイウエオ名簿の順番で発表する。

ところが、その場に居合わせた母親達が、一様に驚いた出来事が発生した。生徒達が読んだ作文は、家族旅行の思い出や家庭内での出来事、中には生徒が風邪で寝込んだ時に母親が徹夜で看病に当たってくれた思い出などに、予め担任の先生が生徒の原文に色々とサジェッションし、完成させたものらしい。

何しろ、まだ10歳という年齢のこと、その発表内容によっては、途中で感極まって泣いたり、涙声になることも当然予想されたのだろう。

ところが実際にその場で見られた光景とは、男子生徒全員が号泣、女子生徒は割合と淡々と発表し終えたというのである。

この話を耳にした私、へ〜ぇという驚きの一言。     

私は、その出来事を聞いて興味を抱き、この話を私の耳に入れてくれた話し手に、それでその場の母親たちの感想は如何だったのかと確認してみた。

4年生の子供を持つ母親といえば、まず30歳台。65歳を超えた私のような年代からみれば、母親自体が我が娘と同じ年代。そこでの年令ギャップに興味も惹かれた次第。

発表会での男女生徒の感性に差があつたことへの母親たちの感想は、「男の子の方が女の子より感受性が強いからとか、本質的に優しいから」というのが多数意見だったようだ。なるほど、なるほど。

母親は、どうやら女性としてのご自分自身の経験・体験に当てはめたご意見の模様だ。昔々から、男の子は男らしく気性がさっぱりして力持ち、女の子は気が優しくて神経が細やか、という、私たち時代の世間常識はもはや通用しないことが窺える。

街角を闊歩する現代の若者達を見ての感想も、男性が女性化し、女性が男性化しているというのが典型的な今時の男女観。そのことからしても、10歳にして既にその傾向が現れているのが今の世相かも。

この話、お読みの皆さんの感想は如何でしょうか。

2014年04月11日

◆真正面からの言葉・教えほど尊いA

眞鍋 峰松


中学時代の先生で、今でもその先生のお顔もお名前も鮮明に記憶しているが、確か、復員軍人上がりの、しかも将校経験のある人であった。 

その先生の授業中で、担当教科に何の関係もない一言が今でも忘れられない。

それは、黒板に大書された「男子、青雲の志を抱き、郷関を出れば・・・・」という言葉。今から思い起こしても、少々時代錯誤的な言葉に聞こえるようだが、間違いなくその後の私の人生に影響を及ぼした言葉であることは事実だ。

最近になって、陳 舜臣氏の著書「弥縫録」の中で久し振りにその言葉に出逢えた。
  〜青雲の志を抱いて郷関を出る〜といった表現がある。

この場合の青雲の志とは、功名を立てて立身出世しようという意欲のことなのだ。 辞典には、この外に「徳を修めて聖賢の地位に至る志」といった説明もある。 

だが、実際には功名心の方にウェイトがかかっている。「ボーイズ・ビ・アンビシャス! 青雲の志を抱け」というのだ。  

青といえば、すぐに連想されるのが、春であり、東であり、竜である。

東は日の出る方角であり、人生に日の出の時期を「青春」というのは、これに由来している。青は若く、さわやかである。それに「雲」という言葉をそえると、心はずむような語感がうまれる。雲は天の上にあるのだから。若い日の功名心は、まさに天に昇ろうとするかのようである。

流石に、良い言葉ではないか。 要は、望ましい教師像として私が言いたいことは、19世紀英国の哲学者ウイリアム・アーサー・ワードの次の言葉に簡潔に表現されている気がする。

 ・凡庸な教師は しゃべる。
 ・良い教師は  説明する。
 ・優れた教師は 示す。
 ・偉大な教師は 心に火を付ける。
                               (完)