2015年05月13日

◆指導者としての資質を考える

眞鍋 峰松



最近の中国やロシア、さらに韓国・北朝鮮などのニュースに接する度に思うことがある。

どうも日本の優秀と言われる人物とりわけ政権中枢にいる方々の、不測事態へ対応する能力が本当に適切なのか、という危惧である。

また、幾ら事前の準備に怠りがなくても、肝腎の決断力で、相手国に対して、強気で迫らなくてはなるまい。
 
これで、思い出すのが昔、昔の話。 阪神・淡路大震災の経験から、毎年恒例として行われる地震災害へ備えた、防災訓練について、である。
 
地方自治体や国の出先機関などの行政を始め地元自治会など幅広い方面を巻き込んで大々的に実施されてきた。
 
だが、毎年恒例の行事として行われる故もあってか、災害発生時の住民への避難誘導や救急医療体制の初動活動などが中心で、その当時からマンネリ化の懸念を感じていた。

仄聞するところでは、アメリカでのこの種の訓練では、対策本部における非常事態へのギリギリの判断。例えば、A地点とB地点とに危機が迫っている場合に、如何に防災力を適正分散するべきか、

最悪の場合にはどちらか一方に優先して防災力を振り向け、どちらか一方を犠牲にするかなど、指揮を執る人物の決断力が試されるようなケースまで想定し、訓練しているとのことだった。
 
最近ようやく我が国においても、この実例として、東北災害をきっかけに、負傷者多数の場合における負傷程度による治療優先順位の決定問題が、ギリギリの決断訓練の一つとして採り上げられている。

ところが、である。過去に一度、ある都道府県で、このアメリカの方式を採り入れて、水防訓練の中で破壊的水量を抑制するために人為的に堤防決壊させ、水量分散を計るというギリギリの決断を想定したことがある。
 
決壊した場所では、当然なにがしかの被害が発生するのだが、その時、当時の知事は激怒し、そのシュミレーションの場を立ち去ってしまったというのである。

要は、彼は逃げたのである。だが、このような決断力こそが、本来のトップ・リーダーに求められる能力、不測事態への対応能力である。
              
以前読んだ書物の中に「孤独は全ての優れた人物に課せられた運命」との表題で、

@トップには同僚がいない 
A最終意思決定には誰の助力を求められない 
B自由に意思の伝達がし難い 
C正しい情報を得ることが稀である 
Dしかも、なお、最終的な責任を負っている、

と記述されていたのを思い出す。

まさに、これがトップ・リーダーに課せられた運命なのだろう。また、これは、塩野七生氏の著書「日本へ 〜国家と歴史篇」からの引用だが、人間の優秀さについての記述で、その一つが、色々な事態に対し、原則を変えずに、如何に例外を設け、さらにその例外事項を他に類を及ぼさないようにするか。
 
さらにもう一つ。日本的秀才は、予期していた事態への対処は上手いが、予期していなかった事態への対処は、下手なのが特質であるらしい。

しかし、予め分かっている質問に答えるのに、人並み優れた頭脳は必要ない。真正面から答えるか、それともすり抜けるかの違いはあっても、予期していなかった質問に対処して初めて、頭脳の良し悪しが計れるのである、というである。

私が思うに、前半の部分は、むしろ上級公務員の優劣の判断基準に向いおり、後半の部分は政治家を始めとする、組織のトップの資質の判断基準に向いているように思われる。
 
要は、決断するのは難しい作業である。決断に際して、十分に情報を集め、徹底して分析したから万全だ、ということは絶対にない。

考える材料が全部そろい、やるべきことが自ずと分るのなら、リーダーは何もしなくてよい。つまり、決断するための情報収集と分析は程度問題である。
 
信頼を繋ぎ止めたるためなら、「ここまでは考えたけれど、これ以上は運を天に任せる」と踏み切るのがリーダーの役割だ。
 
それを検討会議や関係閣僚会議の設置ばかりで逃げてばかりではどうにもなるまい、と思う。日本語で上手い表現があるではないか。“腹をくくる”と。
 
少々穏当でない言い方だが、それこそ、判断を過てば腹を切ればよい、ではないか。

塩野 七生氏は言う。「たとえ自分は地獄に落ちようと国民は天国に行かせる、と考えるような人でなくてはならない。その覚悟のない指導者は、リーダーの名にも値しないし、エリートでもない」と。これができないなら潔く職を辞するしかあるまい。        (一部修正・再掲)
                

2015年05月05日

◆日本と中国、あれこれ

眞鍋 峰松


昨年4月のある日の毎日新聞に、次のような北京駐在記者の記事が載っていた。

 『北京市中心部の繁華街にあるDVD販売店。週末、妻と子供と3人で立ち寄った際、店員の子供とみられる小学1年生の女の子が、生後8カ月の長女に興味を示して話しかけてきた。

「中国語が変ね。どこの国の人?」。「日本人だよ」と妻が答えると、女の子は「日本人なの!? 殴らないで!」とおびえた表情で後ずさった。

思わぬ反応に、妻ともどもあぜんとした。「日本人はどうして殴ると思うの?」と問いかけたが、女の子は「日本人なのになぜ殴らないの?」と、不思議そうに尋ね返してくるばかりだった。

外国人が行かないような田舎ならともかく、北京市内でも外国人の多い地区だ。中国在住の期間が10年を超え、ほとんどのことに動じなくなっている妻も「こんなこと言われたの初めて」とショックを受けていた』というのである。
 
この記事を読んだとき、私も唖然とし、慄然とした。 一体、この国では小学校でどういったことを教えているのだろうか、と。女の子の家庭内での会話や、ひょっとしたらテレビや映画の中の知識から、日本人を暴力団並みに見做す刷り込みがあったのかも知れない。 

記者自身が指摘しているように、『中国の学校では反日教育が進められており、戦跡なども見学するようだし、テレビでも日々、反日感情をあおるような報道や、旧日本軍を敵役にした「抗日ドラマ」が放送されているようだから、「日本人=殴る人」というイメージを持っている子供は、きっと1人ではないはずだ 』、という実態なのだろう。 

それにしても、この国には不可解なことが多い。

今年1月の同紙上海駐在記者の記事では、“来日旅行者急増:普通の中国人「普通の日本を知りたい」”の見出しの下に、『 中国でビザの発給件数が最も多い上海の日本総領事館では、昨年の発給件数が前年に比べ2倍以上の約87万件と過去最高を記録 』と報じている。

また、記者自身は『2012年秋、中国各地で吹き荒れた反日デモの現場で「日本を倒せ」の大合唱の中にいた自分としては、あの時の空気は何だったのだろうと自問自答する 』と記し、

中国の若者へのインタヴュー記事では、『 呂さんたちと話をしている時もそうだったが、最近、こうした取材で「日中関係が悪いけれど」と聞くのにためらいを感じる。特に若い世代だと「またその質問ですか」とあきれ顔をされ、たいてい「関係ないです」と返ってくるからだ 』として、

記事の最後に『ただ、人は自分とは違うカテゴリーにいる人たちを捉える時、一つの定義でくくりがちだ。外国を説明するのも、「こういう国だ」と分類してしまえば分かりやすい。せざるを得ないという面もある。

だが、それは実相とは異なる。日本人にしても、中国人にしても、「だから中国は」「だから日本は」だけで終わってしまうと、それだけでは相手の国の巨大なパズルを埋めることはできないと思う 』と、締めくくっている。

私の実感からも、日本に行ったことがある、または日本人と関係がある中国人が、総じて日本に好意的な印象を持っている人が多いと感じるのは事実だが、それでは、普段、日本と接点のない中国人が持つ日本の悪いイメージをどう改善していくのか、ということになる。                            

双方の国民がお互いの文化の違いを認識し、相手の文化への理解の上に立って、初めて「友好」が成り立つ。本来のお互いの文化・習慣の違いや、とりわけ、中国側で、戦後日本の変化を無視し、この無視の上に立った反日教育によって、さらに大きな誤解、歪曲を量産して、悪循環を繰り返すようでは、とうてい真の友好など夢のまた夢となってしまうのは間違いない。

近年、日・中両国の間には、尖閣列島や伊豆諸島・硫黄島近辺の我が国領海への中国官船や漁船の侵犯を巡って、きな臭いニュースが相次いで報じられているが、この状況下で双方の国民間の成熟した友好関係を結ぶことはなかなか難しい。 

だが、本当に未来志向の友好関係を結ぼうというのなら、日本において中国や韓国に対するヘイト・スピーチを厳しく取り締まろうとする世論の盛り上がりに応じて、中国側でも、少なくても中国国内での反日教育や反日感情をあおるような報道や、旧日本軍を敵役にした「抗日ドラマ」などの放送を自粛することが先決だろう。

2015年04月24日

◆“大阪都構想”論争に考えたこと @

眞鍋 峰松(評論家)



「現実をあしざまに罵り、過去をたたえたり、未来に憧れたりするのは、あぶない欲求不満の人々である」。これはマキャヴェリ(1469−1527。イタリア・ルネサンス時代の政治家、歴史家。「君主論」の著者)の言葉である。

ここでマキャヴェリが指摘したかったことは、人間の欲望には際限がない、従って、当然のこととして誰もが現状に不満である。現状不満そのものが必ずしもいけないというのではない。

しかし、自分の、そして人々の現状不満が本当の進歩と建設を齎すものなら良いが、単なる妨害者、破壊者で終わるものなのか、それが問題なのだ、ということ。 この両者を区別することこそが重要だということなのであろう。
    
現状不満は発展へのエネルギー源だが、被害妄想的な現状敵視は物ごとの破壊にしか役立たない。 また、ある意味で、マキャヴェリのこの言葉は体制や組織作りに当たって排除すべき人の認定の仕方を教えるものでもあろう。 

須らく、物ごとを成就するためには当然既往のものの破壊が含まれる。ぶち壊しの時はこういう人を利用する方が有効かも知れない。
 
ただ、その場合、破壊目的が達成された段階で、どのように、こういう人を排除するかを、予め計画しておく必要がある。                                   


さて、ここまでお読みの皆さんは、一体お前は急に何を言い出すのか、という疑問を抱かれたと思う。 私の念頭にあるのは、現在大阪で激論が繰り広げられている”大阪都構想”問題に絡んでの感想である。                                      

この“都構想”。以前に私は、『この都制問題も古く昭和40年以前から議論の的になった問題。その当時から、東京・大阪二眼レフ論の幻想の下、府市の二重行政と阪奈和合併論や道州制導入問題とが輻輳し、毎回関係団体・関係者の思惑や利害の相克の中でポシャってきた、古くて新しい難題。府民・市民にとって、利便性や行政の総合性確保等がどうなのか、誰も確信を持てない難題である。

それだけに、維新の会といった得体の知れない政党を強引に結成するよりは、もっと足が地に着いた地道な検証と冷静な論議が望まれる。』と記述した。                                       

そもそも橋下市長の発想の原点は、大阪の地盤沈下を何とか食い止めたい、新生大阪として復活浮上を図りたいという熱い気持にあるのだろう。

生れも育ちも根っからの大阪人である私も、この橋下市長の想いがよく解かるし、共感する。
 
だが、大阪の地盤沈下の原因の把握に違和感を抱く(この点は、本欄に平成22年7月29日記述の「“鬱”なる時代(最終・大阪)」をご参照頂ければと思う)。 


橋下市長は、恰も原因の全てを府と大阪市の二重行政に求めるが如き論法である。

そして、「全国で2番目に狭い大阪府内で同じものが建っているので二重行政だと思う」とし、その典型例として大学や病院、図書館、美術館などの施設を挙げる。
 
だが、現実の問題として、これらはその殆どが、過去のバブル期以前に建設の代物。府・大阪市ともに当時の豊かな財政力を背景に、時の首長が議会や地元、関係団体の強い要望の下に、競って建設した建造物。
 
現在の国や地方自治体の極めて厳しい財政環境の下にあっては、それら建造物の役割や規模を再度一から見直し、整理すべきものは廃止・統合を図られるべきだろう。 


しかし、このことから直ちに、“都構想”即“大阪市の解体”に繋がるという論理が出て来るものか、甚だ疑問だ。 

もし、単純に府・市間の重複施設の整理・統合を図って行こうと言うのなら、地方自治法に基づき、事務処理の調整をするため、知事と政令指定市長が「調整会議」を設置するという手法だってある。
 
その際、現在の大阪市が行なう港湾の管理や地下鉄の延伸、高速道路新設などのように広域にわたるインフラ整備、消防・救急の業務、下水道の整備、都市計画、天王寺動物園や大阪城公園など大きな公園の管理なども、専門スタッフを置いた「調整会議」で、より広域的な観点から議論すれば良いのではないか。
 

幸い、“都構想”論争のお陰で、ここまで府民・市民の眼前で問題点として浮上してきのだから、これを奇貨として府民・市民に公開して議論の上で解決することだって従来にもまして可能になった。   


それよりも、行政運営という視点から重要視すべきなのは、本欄で記述された(4月20日 「大阪都構想の大嘘」と新潮45特集」早川昭三氏寄稿)『そもそも、今は「大阪府・大阪市」の二重行政が問題だと言われているが、その都構想が実現してしまえば、驚くべき事に「大阪府・プチ大阪市役所(一部事務組合)・特別区」という三重構造が現れてしまう。 

かつてならこういう、モメ事は起きるはずはなかった。なぜなら、大阪市内の行政には、たった一人の「大阪市長」というリーダーがいたから収められた。ところが、「都構想」が実現し、大阪市が解体されて5つの特別区に分割されれば、そんなリーダーが不在となり、互いに利益の異なる5人の特別区長というバラバラのリーダーが存在することになる。


その区長は、それぞれの区民の選挙で選ばれた人達だから、選挙民の付託がある以上、選挙民の利益を最大化するために、他の区民の利益が損なわれようとも、自分の区民の利益を強く主張する局面は、必ず訪れる。
つまり、異なる区同士の間に「利害対立」が生まれるだろう。恐るべき混乱に陥るであろうことは必至だ。

ところがそこに、5特別区の間の調整に大阪府が介入してくるとなると、話はさらにややこしくなっていく。


すなわち、ここに大阪府の存在も考慮に入れれば、あっというまに何ともややこしい「三重構造」が生まれることになる 』という点だろう。 

ただ、この視点もあくまでも大阪市域という範疇を出ず、“大阪”府域全体から視ればどうなのか。
 
この点も、“大阪”としての地域認識の差からの相違なのかも知れないが、確かに大阪市は“大阪”の中核都市であり、その中核である大阪市域で、5人の区長の独立性・独自性が強ければ強いほど、経験則から言っても、「一部事務組合」は機能不全に陥り、引いては行政運営が非効率になることは眼に見えている。(続く)         

2015年04月09日

◆“プロの感性”が必要

眞鍋 峰松



3月4日の産経新聞に“裁判には「プロの目」が必要”と題した、次のような投書が掲載されていた。

<『今年に入って、裁判員裁判の死刑判決の破棄が相次いだ。「裁判員裁判の判決の中には、過去の同種事件より相当量刑が重いものがあり、公平性を保てない」と指摘する意見もある。

最近はプロを軽視し、素人をもてはやす風潮がある。こうした風潮に影響されているのが、今の裁判員裁判の問題点ではないか。「素人感覚」といえば、新しい視点を提供してくれるような気がするが、畑違いの素人を現場の長に任命して、混乱を引き起こす例もある。

やはり現実には、長年の経験でしか養えない「プロの感性」がどんな現場にも必要だ。素人考えを必要以上に取り入れるのは誤りだと思う。もちろん、市民感覚を反映させるという裁判員制度の趣旨はわかる。裁判官も現実社会に学ぶ謙虚な姿勢が必要だろう。

しかし、判決が素人考えに偏るのは問題。高裁や最高裁はプロとして素人の議論に歯止めをかけ、修正してほしい』>というのである。

投書された方の肩書には“元校長”とあったから、多分、長い教員生活を送られ、最後には校長を務められた立派な人物なのだろう、と想像する。
   
ところで、この投書。 内容は裁判員制度に関するものだが、行政や教育現場への民間人登用問題にも相通じるものを感じる。 

現在府内で実施されている公立学校の校長、大阪市の区長や交通局長などへの民間人登用に関して生じている問題と類似していると感じるのは、私だけだろうか。 

中でも、その極め付けが、最近の府教育長の辞任騒ぎであった。つまり、投書の方の指摘されている「素人感覚といえば、新しい視点を提供してくれるような気がするが、畑違いの素人を現場の長に任命して、混乱を引き起こす例もある」と指摘されている視点が同じだ、と感じるのである。                                                   
勿論、民間人登用自体には、行政や教育の現場に多々見受けられた従来の慣習や先例に囚われ過ぎた閉鎖的社会へ新風を引き入れ、風通し良くするという意味合いは大きい。
 
ただ例えば、最近マスコミでも大きく報道されていたように、1〜2年という短期間に登用された民間出身の大阪市立中学校の校長11人のうち、退職や解任された人数が過半数の6人に及ぶといった事態は何としても避けなければならない。                 

これは以前の記述の繰り返しになるが、このような抜擢人事というのは殆どが自己申告や公募を前提としており、兎角何かと問題を生じ易いのが現実である。
 
古くは中国の唐時代の書物「貞観政要」の中でも、抜擢人事とも関連して、自己推薦制の是非について論じられている由縁でもある。
 
また、故谷沢永一関西大学教授は著書「人間通」の中で、抜擢人事について「我が国は年功序列社会だから順を追わなければ出世できないと言い慣らわすのは一面的な観察である。昔も今も例外的な抜擢は常に行われてきた。

しかし、世に抜擢ほど難しい決断はない。統計をとるなら成功率は決して高くないであろう」とし、抜擢人事が失敗する二つの型を挙げ、「その第一は抜擢された者が極度に思い上がって異様な振る舞いに及ぶ例である」と「第二の型は、根が小心であるため思いがけぬ処遇に接して心身が麻痺する。高所恐怖症である」と指摘されている。
 
差し詰め、府教育長の辞任騒ぎなどは、第一の型の典型だろうし、また、私自身も過去において、行政に関する基礎的知識に欠け、このためにややもすれば、萎縮し適宜適切な指示を出せなくなったような第二の型の実例も見てきた。 
                 
もとより、民間人登用に当っては、その職に必要な最低必要な知識・見識を有する人物でなければならないことは言うまでもない。

とりわけ現場の管理職として登用される場合については、任命權者ひとりの判断ではなく複数の人間の眼を通じて選別を行うなど、人物の人柄と経歴・実績を十分に踏まえ、より慎重な判断が必要だろう。 

まして、“任命權者個人の知人”であるが故の登用など、有ってはならない。
 
また、同書において同教授は、<「抜擢の成功例はやはり稀れである。心根がよほど謙虚で神経が強靭な人物でなければ能力を発揮できないであろう。それ故、当面の間は心の支えをあてがわねばならぬ。能や歌舞伎の舞台では後見が控えていて、通常は小道具の出し入れを司るが、もし演者が何かでとちれば即座に取り繕う。

それと同じく抜擢された者には後見が必要である。」「所詮、抜擢は賭けである。抜擢を決断した勇猛心ある上司は、責任を全うするためのバック・アップを忘れてはならぬであろう」>、とも指摘されている。 

実際、信頼出来る補佐役を配置するなどの支援体制も必要不可欠だろう。 

同時に、登用後において、もし問題が発生した場合には、適宜適切な対応・後処理を行うとともに、事後には登用に当ってなされた判断にどのような誤りがあったのかを検証することも大事だろう。

現在では国・自治体を問わず、公的機関における上級管理職への民間人登用は、至極当たり前のことになった。それだけに、今後とも民間人登用を進めようと考える任命權者は、その“任命責任をもっと厳格に自覚”するべきだろう。
 
国においては、歴代総理大臣が任命した各省大臣に不祥事が発生した場合には、国会の場のみならず、新聞テレビなどのマスコミ報道を通じて、その任命責任が厳しく問われることが通例となっている。 場合によっては内閣総辞職に立ち至ったケースも珍しくは無い。 

だが、自治体における任命權者たる首長に対する任命責任について、それ程に鋭く問われた例を寡聞にして、耳にしたことがない。
 
マスコミで大きく報道される場合以外には、問題の所在自体が住民の眼に如実に露わにされることは稀なことであるが、いずれ住民生活に重大な悪影響を及ぼす結果に繋がる可能性も高い。

それだけに“自治体首長についても、任命權者としての自覚と責任の所在の在り方”についてより明確にすることが肝要ということになろう。

2015年04月05日

◆三日見ぬ間の 桜かな

眞鍋 峰松


「世の中は 三日見ぬ間の 桜かな 大島 蓼太(おおしま りょうた)」 大島は江戸時代の俳人で、雅号は雪中庵。 享保3年(1718年)に生れ、天明7年(1787年)に没した。
 
「世の中は 三日見ぬ間に 桜かな」とも伝えられ、世の中は、三日も見ないうちに散ってしまう桜の花のようなものだと、世の中の移り変わりが激しいことの例えとしてよく使われている。

ここ数日のテレビ報道では、桜の開花や満開に纏わるニュースが流れぬ日はない。それほどに、日本人はその桜の花の華麗さとは裏腹の、儚さにも強く惹かれ、その魂の、あたかも象徴の如くに看做してきた。 

私なども毎年見るたびに“よくぞ日本に生まれけり”という気持になる。 

ところが、今年は例年より開花の時期が少し早く、待ち望んだ桜もようやく満開を迎え、咲き揃ったかなと
想ったところへ、全国的にも生憎の雨模様続きの天気予報。 

残念なことに、今年は本当に三日見ぬ間の桜に終わりそうだと聞き付け、早速カメラ片手に自宅周辺の散策に出かけ、これがその写真。
H27.4.2 (2).JPG

桜のほか、モクレン、レンギョウ、ボケ、ツバキなども咲き誇っていた。
H27.4.2 (14).JPGH27.4.2 (17).JPG

西行法師は「春風の 花を散らすと 見る夢は さめても胸の さわぐなりけり」と、一説によると、貴い身分の女人に対する遂げられぬ切ない恋情を詠んでいる、とのこと。 

果たしてその真偽のほどは分からないが、今年の桜は春風ならぬ春雨に祟られそうだ。

2015年04月01日

◆72歳の誕生日を迎えて

眞鍋 峰松


最近、私はもう身の回りに起こる小さなことに、いちいち抗うのを止める気分になってきた。 何事につけ面倒臭くなってきたのだ。 多少自分に関係のある事件や事柄であったとしても、積極的に関わりたくない。


否むしろ、関わることによる責任を取ることを避けたいという気持の方が強いのかも知れない。 いよいよ、道歌の「 火の車 つくる大工はなけれども 己が造りて 己が乗り行く 」状態を避けたい、とでも言えようか。 この年齢ともなると、そういう気分になってきた。

これまでの人生の中にも、決して願わなかったことなのにどうしてそうなってしまったのか、と思うことが随分あった。それも、もはや自分が責任を取ろうにも、どうにもならない範疇のものだという経験を経て、このような実感を抱くことを繰り返してきたからだろう。 

それが老年の狡さというものだろう。 関わらないことによってお叱りを受けたら、首を竦めて笑っているだけ、という姿である。                              

“老年は惚けるまでは、幼児と違って、自分で幸福を発見できるかどうかに関して責任がある。最後の腕の見せどころなのである”と仰る方もおられるが、果たしてそうとばかり言えるだろうか。 

それも、“ 其の言 是れ青く、其の語 未だ熟せず”の気概が残された時期までのことだろう、と心中で悔しさ半分の諦めの境地。 これが現在の偽らざる心境である。    

作家の曽野綾子さんはある本の中で、「この頃、晩年における四つの必要なものは、許容と納得と断念と回帰であろうと思うようになってきた。 すなわち、この世に起り得る全ての善も悪も、何らかの意味を持つと思えることが許容であり、自分の身に起った様々のことを丹念に意味づけしょうとするのが納得である。 

宗教的に言えば、それは~の意志を、自分の上に起る全てのことに見ようとする努力である。 望んでも与えられなかったことが、どの人間の生涯にもあり、その時執着せずにそっと立ち去ることができれば、むしろ人間はふくよかになり得ると思えることが断念である。 そして回帰は、死後どこへ還るかを考えることである。」と、老年の心境について書かれていた。                                         

いよいよ72歳の誕生日を迎え来たった、ここまでの己の人生。 自分には自分なりの幸福な人生の過し方があるのだと信じ、「或は是 或は非 人識(し)らず 逆行順行 天も測ること莫し」とばかりに驀進してきた。 

だが今、人生行路を振り返ってみると、それも果たしてどうであったか、と自省・自責の念が起こる。 

越し方を顧みて「この世に起り得る全ての善も悪も、何らかの意味を持つと思える」、「自分の身に起った様々のことを丹念に意味づけしょうとする」ばかりであった。 

それこそ、「 一切の業障界はみな妄想より生ず。もし、懺悔せんと欲せば 端坐して実相を思え 」の仏の教えが身に沁みる。

2015年03月01日

◆府教育長パワハラ発言問題に思うこと

眞鍋 峰松
  


3月ともなれば、まもなく人事の季節。以前、人事に関して一度本誌に寄稿したことがある(平成22年3月18日“人事の季節、悲喜こもごも”)。 

その人事異動。 問題は、大抵の場合、自己評価と、他人とりわけ上司の評価とのギャップが大きいことであり、自己評価の高い人間ほど客観的評価との落差を思い知ることになる。 

ただ、この客観的評価自体にも問題が潜む場合が多い。また、人事には組織管理上の問題がある。古来、その組織管理のポイントとして、「厳」と「寛」のバランスをとることが必要だと言われる。「厳」に片寄ると、命令に従わせることができても、心服されない。

一方、「寛」に過ぎると、組織の中に「甘えの構造」が生まれてくる。両者のバランスをとるのが望ましい組織管理のあり方であり、その際に最も重大なことは、取扱いの公正性・公平性にあると言われる。二重三重の取扱い基準は、厳に慎まなければならない。

それが無ければ、組織の円滑さを欠き、ひいては職員全体のモラールを貶めることにもなる。                                    

そこで、現在開会中の大阪府議会で大きく取り上げられている府教委の中原徹教育長(44)のパワハラ発言問題について触れておきたい。 

事件の概要を記述すると、問題が発覚したのは昨年10月29日。 府民に公開される月に1度の教育委員会議で、立川さおり教育委員(41)が、中原氏から同21日に受けたとされる発言内容を公表したことから始まった。 

府が府議会に提出した幼稚園と保育園の機能を併せ持つ「認定こども園」の定員上限を引き上げる条例改正案をめぐり、立川氏が案の内容に反対する意向を明かしたところ、中原氏が「目立ちたいだけでしょ。単なる自己満足」「誰のおかげで教育委員でいられるのか。ほかでもない知事でしょ。その知事をいきなり刺すんですか」「罷免要求を出しますよ」と強い口調で叱責(しっせき)したという。

もともと中原氏と立川氏は同格の教育委員。このような発言が事実なら、誠に傲慢無礼としか言いようがない。

この外、中原氏は事務局職員に、「精神構造の鑑定を受けないといけない」「別の職場に行ってもらう」などと職員の人格を非難したり、配置転換を示唆したりした。

また、「邪魔になっているので仕事を外れて」と発言され、A4用紙5枚以上のリポートの提出を求められた揚げ句、退職を余儀なくされた職員もいた、というのである。                                             

また、中原氏は自らの進退を決めるに当って「府教委職員の話も聞きたい」として、課長級以上の幹部約20人を集めて会議を開催。「こういう状態なので忌憚のない意見を聞きたい」と求めた。本人の前で遠慮がちになることも十分に予想された。

しかしその様な中で、幹部の口からは次々と厳しい指摘が相次いだ。「怖い」「近づきたくない」「不意打ち好き、困る」「人を育てる視点ない」… 「(中原氏に接していると)追い込まれていくような感じがあるのは事実だ」「教育長に説明に行った担当の部下が固まって怖がってしまっている」「(教育長室のある)5階の廊下を歩くのがしんどかった」。 

ある幹部は中原氏の議論手法を「相撲の立ち会いに上がる前に土俵際に持っていかれる」と表現。「組織で人を育てるという視点が欠けている」という率直な意見も出た。 

結局、幹部からは「最後まで部下の話を聞いてほしい」「いい仕事をしたときはポジティブな声かけをしてほしい」−などと13項目に及ぶ改善要求≠ェ寄せられた、との報道である。                   

以前本誌に一度、橋下知事時代の府庁の状況について記述したことがあるが(“何処へ向かう か大阪府”平成23年1月28日掲載)、「行政に直接責任を担う各層幹部職員からの意見について、橋下知事は自分の意向に反する内容であると、当該幹部職員に対し、すぐに職を辞めなさいと言うなどなど、その独善的なやり方に悲鳴のような声が内部から聞こえてくるばかり。

また、人事方針への不満・不信感も増大する一方。2年前、鳴り物入りで演出した、出先機関の幹部クラスからの環境農林部長への乱暴な大抜擢も1年で破綻したではないのか。 

昨年秋の商工労働部課長級職員の自死事件に関しても、庁内では橋下知事の感情的言動が引き金になったのでないか、というのが専らの噂と聞き及ぶ。

この先、府政はどうなるのだろうか、これらの組織としての体をなさない混乱振りはいずれ府民生活へも悪影響が及ぶのではないか、と心配する」と同じことが言える。                                  

この中原氏の高圧的な発言問題について、府教委は弁護士ら第三者による委員会を立ち上げ、調査を依頼。

この2月20日に、立川教育委員への発言のほか、府教委職員4人に対する発言についてパワーハラスメント行為があったと認定し、「パワーハラスメントとして違法と評価すべきものも含まれ、人格の高潔性および公平性の観点からも疑義ある行為が多く認められる」とする報告書が公表された。 

なお、公表の際、中原氏は記者会見で事実関係を認めた上で、「結果は重く受け止める。職員につらい思いをさせ、大いに反省し深くおわびする」と謝罪というのである。

報告書では、進退は任命権者である松井一郎知事の判断に委ねるとしたが、松井知事は「罷免要件には当たらない」と、続投を容認したとのこと。 

そして、26日の議会で公明党の代表質問に対し、松井知事は「(辞職勧告など)厳しい状況だが、再チャレンジ認める」と答弁したと報道されている。                                   

中原教育長は弁護士であり、橋下大阪市長の大学時代の友人。2010年4月に民間人出身校長として府立和泉高校長に採用され、2012年3月の卒業式で、教職員が国歌斉唱の際に起立斉唱しているかを確認する「口元チェック」で一躍有名になった。 

2013年4月に松井知事が選任、全都道府県中の最年少の教育長となった。府教育長と言えば、府域の教育行政を預かる最高責任者。高度な行政知識のみならず、教育に関する専門的見識の持ち主でなければならない。 

従来の教育長は、全員が長年の行政経験出身者であり、旧制度の下では同時に教育に関する知識所有者としてから就任に際し文部大臣承認を要するほどの重責であった。それが、中原氏は民間人から府立校長を数年勤めただけの経歴。いわば大抜擢と言わざると得ない。

だが、兎角に抜擢人事というのは殆どが自己申告・応募を前提としており、何かと問題を生じ易いのは事実。                               

中国の唐の時代。史上明君・賢帝と称せれた太宗(李 世民 在位626〜649年)の「貞観の治」と讃えられた時代の記録に、その太宗とこれを補佐する名臣たちとの問答や言行を収録した書物「貞観政要」がある。

その中に、抜擢人事とも関連して、自己推薦制の是非について論じられている箇所がある。 

つまり、「人を知る者はせいぜい智者の水準であるが、自分を知る者は明智の人である、と古人も語っています。人を知ること自体容易なことではありません。まして、自分を知るということは至難の技であります。世間の暗愚な者たちは、とかく自分の能力を鼻にかけ、過大な自己評価に陥っているものです。売り込み競争だけが活発になりましょう。自己推薦制はお止めになった方が賢明かと心得ます」というのである。                            

これとは反対に、次の本田宗一郎氏の言葉も真実だろうし、部下をひっぱっていく経営者や管理者の心得でもあろう。

「私は不得手なことはやらず、得意なことしかやらないことにしている。人生は「得手に帆をあげて」生きるのが最上である。だから、社員達にも「得意な分野で働け」と言っている。 

そして、上役は下の連中が、何が得意であるかを見極めて、人の配分を考えるのが、経営上手というものだ。また、社員の方も「能ある鷹は爪を隠さず」で、自分の得手なものを上役に知らせる義務がある。 上役だって神様ではないのだから、そうしてもらわなければ、分らない。その位のことは、自分が楽しみながら働くためには当然のことだ」。
                            
この様に、自己申告・応募による抜擢人事には、長所も短所もある。 

それにしても、今回の事件に対する松井知事の「罷免要件には当たらない」「(辞職勧告など)厳しい状況だが、再チャレンジ認める」との発言や答弁を聞いていると、これまで橋下氏ともども行ってきた部下職員に対する、厳しい懲戒処分や人事処遇などに照らし、どうなのか。 

本当に公平妥当な判断なのかと首を傾げざるを得ない。 

まして、今回の中原氏の発言などは教育界の重責の立場にあることを考えると、教育・指導面からも、児童・生徒達の立場からすれば、今回のような重大な過ちを犯しても「反省し深くおわびする」と言えば責任を問われることは無く簡単に「再チャレンジも認め」られるのか、となるのでは。 

このようなことで本当に大阪の教育は大丈夫なのか、と心配になってくる。

2015年02月20日

◆いよいよ“宗教の世紀”の始まり?B

眞鍋 峰松



1990年春のある日、仕事の関係で偶然に当時国立民族博物館長をされていた梅棹忠夫先生にお会いし、じっくりとお話を伺う機会があった。 

その当時は、中東地域ではイラン・イラク戦争(1980〜1988年)がようやく停戦を迎えやっと落ち着きを取り戻した時期だったが、1900年夏のイラクによるクウェート侵攻の直前で、中東地域の随所で活発な軍事活動が行なわれていた時期。 

これらの軍事紛争の発生の故だったのか、梅棹先生の口から発せられた話題の一つが、イスラム教というのは一体如何なる宗教なのだろうか、何故同じイスラム教内部で血生臭い戦争までに至るような事態が起こるのだろうか、という慨嘆混じりのお話であったことを思い出す。

この高名な碩学の学者でも、当時は一般にイスラム教への理解が薄かった時代のことである。

それでは、ここ最近の中近東でのイスラム国を巡る戦闘やイスラム教を奉じる諸国での血生臭い内紛の状態、世界各所で頻発するイスラム過激派のテロ行為などを、今は亡き梅棹先生がご覧になったとしたら、どう仰るだろうかと想像する。

私は、“21世紀は宗教の世紀”、つまり、自由主義国と共産主義国との絶えざる紛争が世界中で勃発した20世紀からの変遷を論じるだけの知識・能力を全く持ち合せていない。 

だが、この“宗教の世紀”の名称付けに間違いが無いとしたら、そこから容易に想像できることは、宗教に関わる紛争は社会・経済制度の優劣・競争のような性質のものではなく、人間同士・民族間の信条に関する深刻な対立を齎し、当然のこととして、容易に決着の着くことではないだろう、また、簡単には根本的な解決法を見出し得ないだろう、という推測である。 

もし、それが宗教間における差別・優劣意識に結びつく場合には、諸々の国際的・国内的な経済力格差が少々改善されたとしても、容易く解決し得ないだろうという悲観的な見方が成り立つ。
   
ひろさちや氏は前出の本の中で、宗教とは何かについて、「それは人生や死後の世界について考える思想」とされ、別の本の中で、宗教は次の三つの条件、

つまり、
@人間は不完全な存在であると認識すること。(逆に言えば、超越的な存在を認める)、
A現実世界の価値観を否定し、彼岸的価値観に立脚していること。(平等・・神の前の平等)、
B人間としての決定的な生き方を教えてくれていること。(死後の世界の存在)、を充たすものとされる。 宗教は、このような人間存在の根源に関わる性格を有するが故に、宗教観を巡る紛争解決は非常に難しいのだ、と言える
  
幸い、日本という国は、色々な見方があろうとも、宗教については寛容な国柄である。 

それも、6世紀に遠くインドから中国・朝鮮を経て伝えられた仏教精神などから長年に渡り培われたお国柄のお陰と言えようか。

古く、インドのマウリヤ朝の第3代の王であるアショーカ王(BC268〜232年統治)の有名な岩石詔勅には「自らの宗教に対する熱烈な信仰により、自らの宗教をのみ賞揚し、あるいは他の宗教を非難する者は、こうするために、却って一層強く自らの宗教を害うのである。 

故にもっぱら互いに法を聴き合い、またそれを敬信するために(すべて)一致して和合することこそ善である。 けだし神々に愛される王の希望することは、願わくばすべての宗教が博学でその教義の善きものとなれかし、ということだからである」と示されている。          

アショーカ王は信教の自由を完全に認め、どの宗教も承認したのである。 この精神が遠く日本まで伝播したということだろう。 

中村 元東京大学名誉教授がその著書「東洋のこころ」(東京書房)の中で「アショーカ王における仏教は決して他の宗教と矛盾するものではありませんでした。ブッダというのは真理を覚った人です。真理を覚った人というのは、あらゆる真理を体得し実践する人です。だからその立場に立つと、他の教えと対立することがないのです。 

色々な思想が現れるのは現れるだけの理由があるので、それをよく見通してそれらすべてを生かして本質を発揮することを目指したのです。だから、彼の目指した仏教は、決して他の宗教に対立するような次元のものではない、こういう理想に基づいて帝王たちは統一国家を運営したのです。」と説いておられる。

“宗教の世紀”とは、現状から有体に言えば、今後とも世界中で血生臭い対立紛争が異宗教間、或いは同一宗教であっても異宗派間で発生するであろうとの意味だと解すれば、この他宗教・宗派への寛容さこそが、唯一の紛争解決の方策だと言わなければならないのだろう。 

だが、単なる政治・外交問題でないとしたら、果たしてこの解決の道筋を誰が示し得るのだろうか。 

2015年02月11日

◆いよいよ”宗教の世紀”の始まり?

眞鍋 峰松



(承前) また、殺人や売春行為について、宗教と一般社会との認識についての興味深く示唆に富んだ対談(「ヒントは“宗教力”にあり」ワック出版 )があった。 ただ、内容については、事、宗教観に関わることでもあり、各人各様の受け取り方があろうかと思うので、ここでは、その概略をご紹介するだけに止めて置きたい。
   

ひろ さちや氏(宗教評論家) 「 国家は必要か不必要かの判断しか下していない。しかも、必要な時に人を殺せば英雄になります。人を殺して何故悪いかということは当然出て来る疑問です。しかし、法律は、自分が死刑になることを前提に人を殺すのであればいいと言っているようなものです。 


仏教やキリスト教では、人を殺してはならないと教えます。これは宗教の原理でしか教えられない。例えば売春は悪いことですが、実際に売春をやれば刑罰があるだけです。やってはいけないとは書いていません。しかし、それを悪いものだと教えるのが宗教です。いわゆる彼岸の原理を教えるのです。


無宗教の国がいいと言われますが、まさに今の日本が無宗教の状態です。全く価値観が有りません。 何故人を殺してはいけないのか、見つからなければ殺していいではないかとなってしまいます。20歳の成人前の殺人だったら、法律上得だという感覚もあるでしょう。損得でしか判断できなくなっているのです。


また、何故売春が悪いのか、教えられなくなっています。せいぜい、警察に捕まるから悪いことだという程度です。そして警察に捕まらなければ、何をやってもいい、と言うことになってしまう。


つまり、日本人は宗教音痴です。 宗教の論理と政治や社会の論理を区別できません。必要なものは善だと思ってしまう。 必要・不必要ということと、善・悪というのは別次元な問題です。・・・(今の日本人は)悪人は神が裁くという感覚を失った。アメリカではてっきり陪審制度で裁判が行なわれていると思ったのですが、意外にも95%の裁判がギルティ・プリーで裁かれているようです。


つまり罪の申告ということです。弁護士立会いで、検事と裁判官が、罪を認めたなら多少減刑すると取引をする。・・・罪を許すなんて可笑しいと思うかもしれないが、それは神が罰せられるはずだという意識が働いているからです。逃れた罪人がその後どうなろうが、地上で人間が裁く必要はない。自分たちはこの世の秩序さえ守ればよい、という意図があります。これがキリスト教の精神です。 


こうした感覚は、戦前の日本には未だ有ったと思いますが、今やそれが無くなり、皆が必要以上に人の罪を暴き立てるようになっています。それは、宗教心が無くなったためではないでしょうか。」
  

日下 公人氏(経済評論家) 「 そうすると、仏教やキリスト教の学校は、基本を守るためには体罰が不必要な子供だけを入学させたり、もしも体罰が必要になった子供がいたら、むしろ退学させるということになりますね。教義と社会の現実の間に“必要悪”という考えが生じますが、これは難しい問題です。 


所で、人を何故殺してはいけないのか、ということについては、そこに宗教上の審判を持ち出さなくても、教えることはできるはずです。 一般的に、道徳の判断基準としては、一番上に「宗教的審判」があります。 


その次に「正邪」、その次に「善悪」があって、更にその次に「物事の当否」、それから「損得」があり、一番下には「快・不快」という感覚がある。 全部で六段階です。 


私は最も合理的な論議をするには、「物事の当否」の判断を通じて話合うのが一番いいと思っています。 例えば、3時に集合と先生が言う。そこで、生徒がそんな必要はない、3時半でいいじゃないかと「当否」でものを言う。 集合時間の当否に対して、(教師と生徒の)師弟の秩序を乱すのは悪だという善悪で応えるのは、実力の無い先生のすることだと生徒は見破っています。 


正義や不正義というのも、決して世の中を超越している概念ではありません。 これは正しい、或いは正しくないというふうに直感的に働く人間の感覚です。 


では一体正義感覚はどこから生れてくるのかと言えば、これは時間が経つということらしい。100年ぐらい繰り返すと、正邪の感覚が根付いてしまう。それは時間の経過や反復によって植えつけられる感覚と言えますが、個人に置き換えれば、幼児体験に行きつきます。 


つまり、宗教的な審判に行く前に、人間が持っている感覚で解決できる問題が殆んどではないかということです。・・・日本という国は、この善悪論でも得失論でもコントロールが利きます。 いわゆる宗教無しで、ここまで住み心地を実現しているのは知的な国民だからです。」 


「 宗教には色々あるから一概に言えないが、宗教による社会の支配には害が多い。その害だけを取り除いて長所を残すという実験が「近代」という時代で、それを日本はもう400年も前からやっている。 しかし、ヨーロッパは未だ200年位で、脱宗教社会を建設途上です。その未熟な思想や社会制度が日本に「近代化」「文明化」「進歩的」として入ってきた結果の混乱を、ひろさんは「日本には宗教がない」という表現で話されたているのだと感じます。 


私は、日本の俗信を全否定しないように、それから西欧思想を全肯定しないようにと思っています。そう考えると、私の心は仏教の方に向くのです。・・・日本人の日常会話には、宗教的なものが沢山含まれています。


無宗教と言いながらも、宗教生活をしているのではないでしょうか。一神教的な決めつけはありませんが、自分なりの精神生活があるという意味で、日本人は十分に宗教的だと思います。」


以上、思いつくまま縷々記述したが、それにしても、20世紀はイデオロギーの時代、21世紀は宗教の時代、と聞き覚えたのだが、まさに、現在のいわゆる“イスラム国”を巡る問題など、その顕現なのかと思う昨今である。(終)

2015年02月10日

◆いよいよ”宗教の世紀”の始まり?

眞鍋 峰松



ある日の新聞に、過去の私立の中学校か高校の入試問題に関する記事が載っていた。 

記事の趣旨など詳細がどのようであったのか忘れたが、その問題は「仏教の言葉に八正道があるが、そのうち、含まれないものはどれか。 間違いを探しなさいとして、正見、正思、正語、正則・・・」というのである。 

これは中学・高校の入試問題である以上、今の授業ではこのような内容を本当に教えているのだろうか、また、教えているとしたら日本史か道徳の教科なのだろうか、と驚いた。 

だが同時に、このような断片的な知識から、教員が子供に対して人間の根本倫理、例えば、何故殺人は悪であり、売春行為も悪であると言った事柄を、それで果たして授業内容として教えられるのだろうか、と心配になった。 

これは全くの蛇足だが、殺人行為について、刑法第199条では「人を殺したる者は、死刑又は無期若しくは3年以上の懲役に処する。」と規定するが、法律上は殺人行為そのものが罪悪であるとの明文の条文は存在しない。当然の理であるとのことだろう。 

強いて、法律上の条文に根拠を求めるとしたら、民法第90条の「公の秩序又は善良の風俗に反する事項を目的とする法律行為は無効とす」旨の規定にいう「公の秩序又は善良の風俗」に反する人間の行為というべきものであろうか。 

また、自死行為そのものを罪悪行為である、或いは人倫に反する行為であるとする規定など、どこにも見当たらない。 

折しも、ここ1ヵ月近くもいわゆる“イスラム国”による邦人2人の惨殺事件がマスコミ報道で大きく取り上げられ、関連して宗教を巡る諸話題が紙面等で連日大きく取り上げられている最中である。 
因みに、八正道とは、私淑する紀野一義師の記述から要約すれば、『八正道は、経典にある“比丘たちよ、苦の滅にいたる道の聖諦とはこれである。

即ち、正見・正思・正語・正業・正命・正精進・正念・正定である”』のこと。 続いて、『人間の生き方は難しい。人間心理をよくとらえて、よほど上手に生きて行かなくてはならぬ。(自分の子どもに対して)どの程度大事にしたらいいか、どの程度に放任したらいいか、冷静な眼で見通していることが大切である。

つまり、「正見」ということが大切になるのである。「正思」というのは「正しい思慮分別」ということである。 先入観とか利害計算ということを離れて、よくよく考えることである。 

いくら考えても、考えすぎるということはない。納得の行くまで考え、判断してから行動することである。「正語」は、道元禅師は「愛語よく回天の力あることを学すべきなり」といわれた。「正業」とは、正しい行為である。

「身口意の三業」といって、体でする行為、口でいう行為、こころに思う行為。 心に思うことをつつしみ、口をつつしみ、行為をつつしむことをいうのである。 

「正命」とは調和のとれた生活と考えたらよい。ここで「命」というのは「生活」のことである。「正念」とは、正しい信念や理想である。「正精進」は、どんなことでも始めたからには最後までやりとおすということである。 

「正定」とは心が安定していることである。』と説かれる。 そして、経典の「苦の滅にいたる道の聖諦」とは、生・老・病・死の四苦と愛別離苦・怨憎会苦・求不得苦・五蘊(うん)盛苦の四苦をあわせて八苦のことだ、とのこと。(続く)    

2015年02月04日

◆「何でも民間」に疑問

眞邊 峰松


私の年来のマスコミに対する不信感・大衆迎合体質への嫌悪感が一層増大してきた。 


果たして、国家百年の将来を考えるべき時期に、本筋の議論と離れ、質的には枝葉末節の問題に国民を巻き込んで彼らの主張が、“社会の木鐸”、“オピニオンリーダー”の役割というのは、どこに存在するのだろうか。


私も、必ずしもマスコミ人の全てが、課題を単にワイドショー的に取り上げてばかりいるとまでは言わないが、もう少し冷静・客観的に問題を整理し報道するべきだと考える。


ところで、「行為する者にとって、行為せざる者は最も苛酷な批判者である」とは、ある書物の言葉。 同書でこんな話が続く。


「ナポレオンの脱出記」を扱った当時の新聞記事である。幽閉されていたナポレオンがエルバ島を脱出した。兵を集めて、パリへ進撃する。


パリの新聞がこれを報道する。その記事の中で、ナポレオンに対する形容詞が、時々刻々に変化していく。 最初は“皇位簒奪者”。 次いで“反乱軍”〜“叛将”〜“ナポレオン”、 やがて“祖国の英雄”。 

そして、ナポレオンがパリに入城した時には、一斉に“皇帝万歳”の記事で埋められた。オポチュ二ズムとセンセーショナリズムのマスコミの実態が浮き彫りにされている」。 まさに、その通りだという感がする。


少々議論が飛躍するが、私は基本的に今の“何でも民間”の風潮に反対だ。
私自身の体験から言っても、国の役人の省益あって国益なし、自分たちの徹底的な権益擁護には、実は本当に癖々した。 まさに国を誤る輩だ、何とかならんのか、という気分にもなった。


しかし、国家公務員というに相応しい立派な人士をも身近に知る私としては、少々誤弊のある言い方かも知れないが、敢えて言えば、こと“志”という点においては、真に心ある役人に比し得る民間人は、そう多くなかろうとも思う。
 

これも個人資質・能力というよりは、やはり、退職までの30年を超える永年の職務経験、職責の持つ私自身に染み込んだ体質的なもの、職業の匂いのようなものかも知れない。
  

私には、特にかっての余裕ある民間経営の時代ならともかく、現下の利潤一点張り、効率一点張りの時代に、現役の企業人で、常日頃から“公益とはなんぞや”の視点から物事を考察したことがある人物が、そう数多いとはとても思えない。


とりわけ、最近の風潮となっている企業利益の増加のみに邁進し、その過程で中高年の自殺者の激増など、社会不安を増幅してきたリストラを闇雲に推進してきた企業経営者を見るにつけ、その観を否めない。 


このような中で、果たして、現在のマスコミの論調のように“何でも民間人登用”“何でも民間感覚“ということが果たして正しいのだろうか。                                      (了)

2015年01月23日

◆童話に教えられること

真鍋 峰松



まず、この話をお読み頂きたい。
 

「オオカミが羊の群れを襲う機会をうかがっていたが、犬が見張っていて手を出すことができないので、目的を達するために策略を用いることにした。オオカミは羊に使者を遣って犬を引き離すように求めた。
 

自分と羊とのあいだの反目の原因は犬であり、犬を引き渡しさえすれば、羊とのあいだに平和が永遠に続くだろうとオオカミは言った。何が起こるのかを予見できない羊は犬を引き渡した。


いまや絶対的優位に立ったオオカミは、もはや守る者のいなくなった群れをほしいままに食い荒らした。」(「新訳イソップの寓話集」塚崎幹夫訳 中公文庫)。


以前、読んだ童話の中の話である。日本の昔話や童話の中では、子ども向けに最後の下りがメデタシ、メデタシ、そして二人で幸せに暮らしました風、或いは勧善懲悪の教訓話が多い。
 

だが、西洋の有名なイソップやグリム兄弟の童話集にはハッピー・エンドばかりではなく、相当にアンハッピー・エンド、残酷な結末で終わる話が多いという。
 

これは、欧米系人と日本人との民族性の違い、とりわけ日本人の現世肯定の現実主義と、子供には夢と希望をという一種の理想主義とが合体したところから生じたのであろうか。


童話の専門家でもない私が、このことを詳しく述べるのは本題ではない。


私がこの話から直ちに連想したのは、昨今の米軍基地の移転問題。いつしか日本近海でキナ臭い話が充満する昨今、基地をどこか国外に移転しろと言うのは、果たして如何なる外国の、或いは宇宙人の策略なのかどうか、私には専門外の話。


だが、この童話、如何にも当て擦り的な寓話のように思えてならない。明らかに分かるのは、昨今の米軍基地問題を巡る議論では、どこか基本的な問題が抜け落ちているのではないのか、ということ。
 

つまり、この寓話での犬の果たす役割〜国の安全保障体制の問題である。 


国の果たすべき役割の最たるものの代表例は防衛・外交、司法。 戦後の防衛・外交の中心的役割を担ってきたのが日米安全保障条約。それ位は誰でも簡単に解ること。


片務的契約だの、何だのという議論はさて置き、明白なのは、現在の日本自身の防衛力だけでは、近代戦闘では非常に心もとない。
 

米国の軍事力を背景にしなければ、とてもじゃないが周辺の反日的な国に太刀打ちできるものではない、ということ。


この件に限らず、今後一体、この国はどこを向いて動いて行くのだろうか。確たる方向性があり、操舵手はいるのだろうか。
        

最後に、もう一つ。


「兎が獣の会議に出かけてゆき、これからどうしても万獣平等の世にならなければならぬと、むきになって論じ立てた。獅子の大王はこれを聞いてニコニコ笑いながら、兎どん、お前の言うのは尤もだの。だがそれには、まず儂どもと同じに、立派な爪と歯を揃えてからやって来るがいい、と言った。」 ( 同 前出 )

2015年01月06日

◆“和気 致祥” を目指して

眞鍋 峰松


今年の干支は未(羊)。 丁度、私は72歳の年男。 だが、年男と言っても、日本国民の凡そ12分の1の確率で毎年年男(女)が誕生する訳だから、別段珍しくもない。 とは言え、意外と本人には気になるもの。

ご承知の通り、十二支は、鼠・牛・虎・兎・龍・蛇・馬・羊・猿・鶏・犬・豚(猪)の十二の動物を当てたもの。その中で、未年の人間は、穏やかで人情に厚く、性格が従順で温和、情に厚く親切。 人との争いや対立を嫌うため、人間関係もいたって良好だが、その優しい性格から頼みごとが断れない場合もあるので注意する必要がある、とのこと。 

そう言えば、4日の天声人語(朝日新聞)でも「羊のように穏やかに」との見出しの下、東京博物館の話として『羊は古代中国で「よきもの」という意味を持つようになった。栄養源として神への捧げ物として、親しまれ大切にされたからだろう。確かに羊にまつわる「美」や「善」「養」「祥」といった漢字はどれも良い意味だ』と解説している。 

ことほど左様に、羊年は温和で穏やかなイメージなのだから、この1年は天変異変、大きな自然災害も無く過ごしたいものだ。
 
所で、中国古典の漢書の中に、「和気致祥 乖気致異」という語句があり、読み下しは「和気は祥を致し、乖気(かいき)は異を致す」で、その意は、和気とは陰と陽のバランスが取れた状態で、崩れた状態が乖気。 

祥は幸せで、異は天変地異のことだ、という。 私のイメージにある「和気」というのは、人間で言えば、穏やかな風貌をし、だが話を聞いてみると、結構人生の辛酸をなめてきているが、その苦労の跡をどこにも留めていない。 自分の人生を愚痴ることもないし、自慢することもない。 か、と言って卑屈になっている訳でもない。 淡々と社会人としての責任を果たしている。 

こういった人たちの醸し出している雰囲気が、本物の「和気」に近いのではなかろうか。 苦労を「和気」の中に包み込んでいる人は、自分に「祥」を呼び込んでくるばかりか、周りの人の心を和ませてくれる気がする。 そのような人間は、それだけでも人としての存在の意味があろうというものだ。 また、風貌から言えば「和顔」。 つまり、和やかな穏やかな顔。 

ただ、和顔というのは、ニコニコ笑うというのではなく、人間の内面からしみ出して来るようなやさしい表情。 写真を撮る時のようにいい顔をしょうというのではない。 優しさを作るのでもない。 自然に滲み出し、自然にあふれ出して来るものがある。 それが「和顔」。
  
だとすれば、私も72歳の年男。 十二支で数えれば、六巡目の年。 「和気」と「祥(幸せ)」が欲しいと言っても、むろん、ただニコニコ笑っていればそれで良いというものでもなく、その中に包まれているものが大切。 

だから、今年こそは短気は損気だと反省し、徳を積むために忍耐と包容力を養おう、そして穏やかな「和気」を呼び込もうと思うのだが・・・。 しかし、私の今までの欠点を熟知している周りの人たちから視れば、下手すれば、「彼も年齢相応に惚けてきたな〜」と思われる可能性の方が高い。