2014年11月19日

◆今時の男の子、女の子

眞鍋 峰松



こんな話を耳にした。ある小学校の4年生のクラスの保護者授業参観での出来事。 担任の先生が選んだ参観授業の内容が、小学4年生はちょうど10歳ということで、20歳の半分〜「二分の一成人式」に因んだ作文の発表会。
 

学年全体の授業テーマだったそうだが、単なるありふれた授業内容や風景の参観に比べ、それにしてもなかなか面白い着想。先生方も色々と知恵を絞られたのだろう。


生徒たちはそれぞれ、生れてから10年間聞き取ってきた家庭内出来事を作文に纏め、参観日に保護者(平日だったので、保護者欠席2名を除き全員が母親ばかる)の前で対面して読み上げる、という方式だったそうだ。 


私どもの年代は、学級名簿はまず男子生徒、続いて女子生徒という順番だったが、いま時はアイウエオ順の名簿。従って、生徒の読む順番も男子が終わって、次いで女子ということでもなく、アイウエオ名簿の順番で発表する。


ところが、その場に居合わせた母親達が一様に驚いた出来事が発生した。


生徒達が読んだ作文は、家族旅行の思い出や家庭内での出来事、中には生徒が風邪で寝込んだ時に母親が徹夜で看病に当たってくれた思い出などに、予め担任の先生が生徒の原文に色々とサジェッションし、完成させたものらしい。


何しろ、まだ10歳という年齢のこと、その発表内容によっては、途中で感極まって泣いたり、涙声になることも当然予想されたのだろう。


ところが実際にその場で見られた光景とは、男子生徒全員が号泣、女子生徒は割合と淡々と発表し終えたというのである。


この話を耳にした私、へ〜ぇという驚きの一言。     


私は、その出来事を聞き、改めて興味を抱き、この話を私の耳に入れてくれた話し手に、それでその場の母親たちの感想は如何だったのかと確認してみた。


4年生の子供を持つ母親といえば、まず30歳台。65歳を超えた私のような年代からみれば、母親自体が我が娘と同じ年代。そこでの年令ギャップに興味も惹かれた次第。


発表会での男女生徒の感性に差があつたことへの母親たちの感想は、「男の子の方が女の子より感受性が強いからとか、本質的に優しいから」、というのが多数意見だったようだ。なるほど、なるほど。


母親は、どうやら女性としてのご自分自身の経験・体験に当てはめたご意見の模様だ。男の子は昔々から、男らしく気性がさっぱりして力持ち、女の子は気が優しくて神経が細やか、という、私たち時代の世間常識はもはや通用しないことが窺える。


街角を闊歩する現代の若者達を見ての感想も、男性が女性化し、女性が男性化しているというのが典型的な今時の男女観。そのことからしても、10歳にして既にその傾向が現れているのが今の世相かも。


この話、お読みの皆さんの感想は如何でしょうか。

2014年10月29日

◆青春時代へタイムスリップ(そのニ)

眞鍋 峰松



とは言え、15,16歳からの仲間たちの間柄のこと。何も堅苦しい話題ばかりではない。 勉強会?後の四方山話の中では、在学当時の女子生徒の噂話など諸々の雑談が噴出する。 

その雑談中に仲間から聞いた愉快な話の一つが、スーパーでの体験。仲間の一人が近所のス―パへ買物で出掛けた時、支払いの際に折悪く小銭の持ち合せが無かったので、レジ―の女性に900円弱の代金にクレジットカードの使用の可否を訊ねた。

そこで、件の女性、“カードで結構ですよ。お支払いは一括払いで宜しいでしょうか”とのたまった。彼は咄嗟の事で“一括支払いで結構です”と即答したのだが、後刻不思議に思ったのは、果たして900円弱の支払いに分割して支払う客などいるのだろうか、

もし客が分割払い、例えば2回、3回払いでお願いしますと返事されたら、そのレジーの女性はどう反応し対応するのだろうか、と可笑しくなってきた・・・とのこと。 

そこで、聞いていた我々一同、“一層のこと、10回払いでお願いします、と言えば良かったのに”、“いやいや、10回払いなら利子の方が高くなる惧れがある”、“これはよく話題になるマニュアル化の弊害だ”等々、喧しいこと。 

このような他愛も無い話題に盛り上がるのも、この年齢に到達し、今さらお互いに格好を付ける必要もない50年以上の付合いの賜物だろう。

その後、集まりも終了し解散後のこと。私が朝食後、東京在住の仲間一人の案内で行った同じ上野の不忍池を通り抜け、寛永寺参拝途中に立ち寄った弁天さんのお宮での話。

社務所側面の壁に掲げられていた小型の絵馬が全部で500枚以上も有っただろうか、しかも、驚いた事に、書かれていた文字の殆どが英語・スペイン語などの外国語。 

また、付近の樹木の枝には沢山のお神籤が結び付けられていた。このこと自体は日本の神社の至るところで見られる風景なのだが、彼から聞いた話によると、外人がお神籤を引いた場合、手にしたお神籤を必ず日本旅行の記念に持って帰ろうとする。 

外国人観光客である以上これも尤もな話なのだが、同行のガイドからは、日本の風習に従い一旦結んだのだから取れません、と止められる。 

しかし、外国人はやはりどうしても記念に欲しいからとお御籤を再度引き、持ち帰ろうとするそうだ。だが、そうなると殆どの場合、前回のお神籤とは違った運勢の結果となる。 

これが彼等外国人にとってはどうしても合点がいかない。何故先ほどのお神籤と内容が違うのだ、可笑しいではないか、と言う訳である。

その場合、日本人はお神籤とはそういうものだと納得しているのだが、彼等外国人にはどうしても理解できない出来事なのだろう。ではその場でガイドはどう返答し説明したのか、残念ながら尋ね忘れた。 

だが、大阪へ帰り帰宅後、この出来事を家庭で話題にした。そこで、家人の答えは“二回目は宮参りのお陰で運勢が変わったのだから、喜ぶべきだと返答すれば”とのこと。

これに対し、他の家人からは、“それでは前回のお神籤が良くって(例えば、大吉)、今回が悪い運勢(例えば、凶)ならどう説明するのか”と反論。 

これに対し“それはお神籤は本来一回引くものなのに、それを欲を出してニ回も引き直したら違うのは当たり前。運勢が悪くなったのは、それが原因ですと説明すれば良い”との返答。 

聞いていた私、それぞれ成る程、成る程とは思ったが、しかし、居合わせた外人が一人なら良いが、複数人なら二回目のお神籤が良い場合も悪い場合も混在する。その場合はどう返答すれば・・・?? 

この難問、なかなか正解など無いと思うのだが、本当のところ、どう説明するべきなのだろうか。果たして、彼等外国人の納得する説明が有り得るのだろうか。
 
考えれば、お神籤の本質そのものが、当るも八卦、当らぬも八卦の易の類の話。パスカルの「瞑想録」の中の有名な言葉として、神さまを信じない人に向かって「あなたは神さまを信じていない。信じてはいないけれど今幸せだ。

しかし、神さまを信じる方に賭けたらもっと幸せになるだろう。だからあなたは神さまを信じる方に賭けなさい。もし神さまがいなくても、もともとである。もし神さまがいたら、もっと幸せになれる」というのがあるが、これと同じ類の事柄なのだろうか。 

同行してくれた仲間の弁は、“いやいや、これは八百万の神・多神教の日本人と、一神教の外国人との差異だ”と言うのだが・・・。

2014年10月15日

◆“読 書 の 秋” 考

眞鍋 峰松



「 店先に 並ぶ実りで 秋(とき)を知る 」。 これは私の駄作だが、退職後に自宅で引きこもりがちになって以来の実感である。 

週に1、2度、近所のスーパーへ家人と共に買い物を行けば、その時々の旬の果物が並んでいる。夏のスイカ・ブドウから梨へといつしか移り、現在では柿。その時に、初めて夏も終わり、あぁもう秋なんだと実感する。 

秋と言えば、現役の頃にはもうそろそろ今年度の事業実績見通しと来年度の事業計画と予算の作成に取りかからなければ、と思う時期。 とにかく、現役当時は何らかのメリハリの効いた行動パターンがあり、外出する時の背広の着用ひとつを考えても、それなりに季節の変動を感じられた。 

その意味では、人間の人生の越し方や未来への考察時期と似ている。秋と言えば、形容詞に“スポーツの”“読書の”と付くのだが、この年頃ともなると、この二つの形容詞の使用には若干の躊躇を感じる。 

思うように身体が動かない、長時間の読書をしようにも眼が霞み、兎角にいずれも億劫になる。だが、日常に為すべき何ものも持たない我が身には、辛うじて読書のみが残されている。

別段然したる自慢にもならぬが、私は自分の記憶力の衰えを痛感した40歳半ばから、読み終えた書物の中で、最も重要と思う部分を記述し、ノートに残す癖をつけている。一冊の書物の中で写し取る記述部分は極々限られた分量だが、それでも積もり積もると凄いもので、今やA4阪で700枚にもなる。 

この着想は、アンドレ・モロア(1885〜1976 フランスの文芸評論家・伝記作家.)の次の文章を読み、成る程と思えたので、面倒だと思いながらも積み重ねて来た。「本を読みながら、ノートを傍らに置いて、覚えておきたいと思った意味深い箴言をそこに書きとめておくのは好ましいことである。 

いつか気持がふさいだ時など、これを眺めれば、書きとどめられた賢者たちの思索は、生きてゆくのを助けてくれるだろう。 」
 
さらに、故谷沢永一関西大学教授の次の文章にも誘発された。

「混沌とした現実を整理するために、読書する。これも真実だろう。つまり、色々な本を読み、自分なりにピンセットで摘むしかない。本の読み方としては、まずは、どんなことが書いてあったかを覚えておく。そして、現実にあったことと照らし合わせる。 

だが、本を読んだだけで、人間を知るのは絶望的に不可能である。本が何故、大事かと言ったら、実人生と照合することができるからである。言うならば、実人生は麻雀牌をかき回したような順序不同の状態だ。 

読書で得た知識で、ばらばらの牌を自分なりに整頓していく。 そこに読書の意味がある。 だから、浮世を離れた読書など無意味だ。」 

私も、年とともに自分の能力の限界がだんだん分ってきた。元々の乏しい才能と根気・集中力の上に、一つの分野に集中して独自の境地を切り開く気力も気概も毛頭ない。せめて出来ることは、古今東西のそれぞれの分野で偉かった人の教えを少しづつ受けてみるくらいのことである。私にとって、それが本を読むということである。
 
ただ、“古人の跡を求めず、古人の求めたものを求めよ”という言葉がある。自分で考えよということである。古人の言や良き師は、縁であり邂逅である。 それが機会となって自らの眼が開かれる。 

だが、教えられたところを租述しているだけでは自分のものにならない。教えられたことは情報である。情報は頭や心に刷り込まれて初めて知識となる。 そして、知識の活用こそが知恵である。知恵こそが、生きていくための根源である。 

他人の言葉でなく、自分の言葉で考えて、初めて自分のものになる。まさに、人生を問題にしている時は知識で解決できるが、人生が問題になった時には知識では解決がつかない。知恵なのだ。自分を介さないものは単なる情報、知識でもなく、知恵を生み出す本当の力とはならない。ここが難しい。    

人生、どう生きても100年足らず。これをどう生き抜くかは、自分自身の問題。他人に自分自身の人生を委ねることなどできない。 

だとすれば、どう生きて行くかを先哲先賢から学び、人間として誤りの無いように人生を生き抜いていかなければならない。人生の幸せ・満足を、今こそ先哲先賢に学び、イザと言う時に後悔することのないように生き続けていかなければならない、これこそ読書の効用だろうと思う。

2014年10月13日

◆今日一日をプラス思考で生きる

眞鍋 峰松



最近になって、情報化社会がいよいよここまで進展してきたのか、と強く感じさせられる社会現象が多く見受けられるようになった。  


何よりも情報化の進展は、個人レベルの社会生活の中では、その人のアイデンティティの組織離れということに大いに関係してきているような気がする。
   

かって、サラリーマンが企業戦士として高度成長を支えてきた時代には、個よりも役割を優先する日本的意識はそれなりに機能してきた。だが、こうした肩書き優先社会では、退職や失業などにより組織を失うと、個人のアイデンティティも失われ、ヘタをすると人間としての存在価値そのものが奪われる結果となる。


ここにきて、一挙に増加傾向を示しつつある中高年男性の自殺や熟年離婚のなども、役割と人格を混同し社会や配偶者などと個として向き合うことが少なかったことの裏返しの現象の一つ、ということだろう。
   

情報化の進展とともに、個々人が容易に色々な情報に接し得る機会が多くなり、各人のライフスタイルも多様化しつつある現在では、かっての組織優先の人間観・人生観は、個人にも社会へも大きい軋轢と落差をもたらす。 


個人にとって、従来の日本型の自意識のままでは、情報化、多様化している社会を生き抜くのは非常に難しい時代に直面しているのは確かだ。
   

そこで求められる生き方は、ということになると、やはり肩書き抜き、組織とは距離を置いた自己意識を持ち、長寿社会を迎えて多趣味を生かしながら生き抜いていくことだろう。 


そのためには、好奇心をいつまでも強く持ち、新しいものをどんどん受け入れ、それらを積極的に活用していこうという気構えを常に忘れないこと、これはつまり、進取の気性を持つということだ。 


この進取の気性こそ生きがいを見つける最大の武器の一つでもある。 


もう一つは、徒に明日を思い煩うな、ということ。 明日のことは明日のことで、今日思い煩うことはない。いずれにしても、座して待つのでなく、これぞと思った時には、すぐさま行動に移すぐらいの勇気と機敏さをいつまでも忘れないことだろう。 


ここで動いて明日はどうなるだろう、なんて思い悩んでしまったらどうだろう。 要は、明日を思い煩うことなく、今日一日をプラス思考でことに当たることが肝要、ということになろう。
 

もう一度少年のような冒険心と好奇心を持って、一日一日を過ごし、充電してゆくことが、花も実もある生き方につながるのではないか。 


シェークスピア風にいえば、退職後も自分に与えられた「劇場」の中で、しっかりと「主役」を演じることはとても楽しいことである。(完)

2014年10月07日

◆“長〜い友達”の話

眞鍋 峰松



これは、テレビに長い間にわたり流された育毛剤のCMの言葉。 最近ではテレビを見ていてもあまり耳にすることもなくなった。 

なるほど「髪」という語を分析すれば、“長〜い友達”ということになる。 そう言えば、この漢字を解読し使用する方法は、昔の小林旭の歌にもあった。 

その演歌の題名も忘れたが、“戀という字は、ヤッコラヤのヤ。いと(糸)し、いとしと言う心、言う心”という歌詞である。 ある程度の年代以上の方なら、多少とも耳に残っている歌詞だろう。 
 
そこで、“長〜い友達”の話。 

私も現役第一線を退き勤めを辞めた途端に、左程身だしなみに気を使うことも無くなった。 一旦このように自己自制の歯止めを失ってしまうと、人間はずるずるとだらしなくなるようだ。近頃では、家族の者から叱られ通しである。 

そうこうしている内に、髪の毛がどんどん薄くなる一方。一番、愕然としたのは、ある時の地下鉄車中でのこと。地下を走る加減で、外は真っ暗闇で、自ずと自分の顔・頭が映る。そこに映る頭を見た時、後頭部位は分からないものの、正面からは頭上にまさに地平線さながらに細く映る自分の髪の毛。 

遂に“長〜い友達”を失ってしまうのかという焦りにも似た感じ。若い内は、かねがね、女性なら兎も角、なぜ男性が頭の毛が薄くなるのをあんなにまで気にするのだろう、禿げ頭は禿げ頭でけっこう貫録もあるのに、と思っていた。 

ところが、自分の髪の毛が次第に薄くなるに従い、初めてそういうものではなかったことに気付いた。いつの間にか、道を歩いていたりしている時、前方から髪の薄い人が歩いて来たり、電車の中で前の座席に座っている人がいると、秘かに自分のそれと比べたりする癖がついていた。情けないことに、その人が自分より薄ければ、ひとまず、ホッとするのである。 

これはある書物に書かれていたことだが、
『 若さを捨てる 〜 若さに対する未練を捨てて、老いを明るく楽しむ。 中阿含経という経典に見える話。釈迦前生の話として、ミテイラー王が理髪師から初めての白髪が生えたと聞かされての王の偈。
     
我頭生白髪    わが頭に白髪生ず
寿命転衰滅    寿命 うたた衰滅せり
天使己来至    天の使い すでに来至せば
我今学道時    われ いま道を学ぶべき時なり

「引退」するということは、私は「老いを楽しむ生き方」をすることだと考えている。逆説的に言えば、若さを捨てることだと思う。 

実をいえば、仏教が教えていることは「あきらめ」である。 しかし、「あきらめ」といえば、「思い切り、断念」の意味に解されやすいが、仏教が言っているのは「明らめ」であって、ものごとの真実を明らかにすることである。 

これは何も老いに限ったことではなしに、仏教のすべてのことにおいて「明らめよ」と教えているのであるが、まぁ、年を取った私には「老いの明らめ」が肝心であろう。 そしてそれは、若さを捨てることである。 』   

最近、私が実感していることは、年を取るとどうも人間はかえって、若さに執着するようだ、ということ。 

「髪の毛が多いですね」と言われたり、年齢よりも若く見られたりするとうれしくなる。その結果、ついつい「なあに、若い者に負けるものか」と息巻いたりする。おかしな話である。 

だが、自然の流れに逆らうには、無理がある。結局、我われは、若さをプラスに、老いをマイナスに価値づけているということなのであろうか。 もしも、老いをマイナス価値に見るならば、人間の生きる価値は毎年毎年、いや毎日毎日、減少する。 

生きる価値が減少するということは、取りも直さず、存在価値が減少することである。そうすると、年寄りなんていない方がいいという極端な考え方になってしまう。実際、今の日本にはそんな考えが横行しているのでは、と考えること自体が老人の僻みなのだろうか。

けれども、本来、人間の価値は年齢によって減少するものではない。人間の価値は年齢と無関係である。
   
若さは若さ、老いは老いである。だから、人間は年を取れば、しっかりと老いを自覚し(明らめて)、きれいさっぱり若さを捨ててしまおう、それが、仏教でいえば「禅」の行き方、いくら心配しても変えることができないものを心配するな、そんな無駄をするな!と教えるのが禅だ、そうである。 

要は、若者には若者にふさわしい生き方がある。それに対して、老人は、老人としての生き方があるということなのだろう。こう考え、生きていくのも、それもまた老年の楽しみだ、と悔しさ半分で思う昨今である。


2014年09月23日

◆老いを見つめ直す

眞鍋 峰松

  
今月9月は敬老月間。9月15日が敬老の日。毎年のことだが、この時期に老人に関する話題が新聞・テレビなどで大きく報じられる。

今年の総務省発表によると、総人口に占める割合は65歳以上が25.9%、75歳以上が12.5%と過去最高。つまり、65歳以上が4人に一人、75歳以上が8人に一人になったという訳である。

その大きい要因は団塊の世代といわれる1949年(昭和24年)生れの人間が65歳に到達したからだという。我が国おける老人人口の占める割合が今後ますます高まることは間違いない。

だが、この傾向が決して我が国自体の沈滞化に繋がらせてはならない。私自身も71歳に到達したのだからと、願わくば、次の三国志の主人公である魏の曹操の漢詩のような気概溢れる人生を送りたいものだと念じている。
          老驥伏櫪    老驥 櫪に伏すも
          志在千里    志  千里に在り
          烈士暮年    烈士 暮年
壮心不已    壮心 已まず
この意は、「駿馬は年老いて厩につながれても、志だけは千里のかなたに馳せているもの。それと同じように、男らしい男というものは年老いた晩年になっても、やらんかなの壮心を失わないものだ。」というのである。
                                            
ところで、老という文字は、中国では単に通常の年寄りに対する呼び名だけではなく、目上の人や自分より年下の人間に対しても、老先生とか老大人とかという尊敬の表現にも使い、 元々老という文字は中国でも年齢的に老いるという意味で使われるのだが、同時に慣れる、練れるという意味を持っているようだ。
 
そこで、経験を積んで練達した人を尊敬するのに、老という字を付け加える。お酒でもよく練れて口あたりも良く、いつまでもほのぼのと酔いを持続する、そういうお酒を老酒と呼ぶ。
 
ところが日本ではこういった言い方はしない。中国の老酒に対して、日本の清酒は生一本と言われるように、生ま(なま)のお酒を売り物にし、酔いに対する即効性を愛する傾向がある。
 
だから、敬老即ち老いを敬し重んじるということは、経験や練達を尊重するということになり、それは、思想で例えるならば、現実を把握した深い思慮である。
 
逆に言えば、生まを愛するということは新鮮を愛するとすることで、同時にそれは経験の未熟ということで、どうかすると副作用、失敗を伴いやすいことになりかねない。 

最近のオバマ米国大統領の唱えたチェンジ、チェンジなどもこれに属する類なのかも知れない。

だが、世の中、何事につけ、老人だけが集まって、或いは若者だけが集まって議論したり、活動しても上手くいかないもの。 “亡年の交わり”といわれるように、若い時は老人と交わり、於いては若者と交わる。この亡年の交わりこそが、人が年齢に関係なく成長し続ける方策なのだろう。

故本田宗一郎氏が「飛行機は飛び立つときより着地が難しい。人生も同じだよ」と言われ、小説家の故吉川英治氏が「この人生は旅である。その旅は片道切符の旅である。往きはあるが、帰りはない。この旅でさまざまな人と道中道連れになる。それの人と楽しくスムーズにやっていくには人生のパスポートが大切だ。それはお辞儀と挨拶である。」と説かれたように、人間まさに老いるということ自体が難しい。 

まして、老いても世のために尽くしていく方途はないものかと思案するものの、なかなか簡単には行かないものだと感じる、昨今である。

(評論家)

2014年08月28日

◆日本と中国、あれこれ

眞鍋 峰松


現在、東アジアのみならず、アジア全域、更にはもっと広く世界的規模で、日本と中国の衝突を巡る話題が、日々マスコミのニュース・ダネになっている。 

そこでは、両国の国益に関する熾烈な闘いが色々な形で行なわれているのだろうが、専門的に学んだこともない私には、到底これらを俎上にのせ議論する知識の持ち合わせはない。 

ただ、何度かの訪中の度に個人的に我が身で体験した事柄や、国内での数十人の中国人との接触を通じ感じてきた経験を通して得た知識を纏めようと試みてきた。 以下は、その一端である。

次は、慶応義塾大学文学部教授をされていた村松暎氏の著書「中国故事つれづれ草(1989年PHP文庫」の中で記述されていた文章。 

原文は長文なので少し略述してみると、『 中国人ははなはだ実利主義的なのである。数年前、香港にいた時に「明報」という新聞に、こういう社説が載っていたことがある。ここに10人の中国人と10人の日本人がいて、オーストラリアへ真珠貝を採る仕事をしに行ったとする。

この中国人と日本人は、10年後どうなっているであろうか。中国人は10人が10人とも間違いなく、その間に金を貯めて、今では親方になって、もう自分では海へは潜らず、何人も人を使って潜らせて貝を採り、ますます金を儲けている。

この時、日本人は浜辺に座って、どうしたら一層上手く海に潜れるようになるかと考えている、というのである。 日本人は何でも「道」にしてしまう。

この「道」を極めようという精神があればこそ、日本人は近代科学をモノにすることができたのだ。今、中国は現代化を目指しているが、それには日本から、この点をこそ学ばねばならない。中国人自身が、実利主義の幣を認めているのである。』というのである。

この文章を読み私なりの感想を披露してみると、私は何もこの中国人的な生き方を非難したり、或いは、その努力を低く評価するものではない。

中国人10人全員が、お金を稼がんがために親方になろう、他人を動かすことによって利得を得ようとするこの旺盛な中国人の国民性とも思える生活力・意欲には脅威とそれなりの敬意を抱く。

さすが、3000年の長い歴史の中で戦乱に明け暮れて来た中国民衆のエネルギーは、凄いものがあるとすら思う。

だが同時に、それでは余りにも個人的な既得権益化し技術自体の進歩・発展を妨げることになりはしないか、引いては国全体或いは社会全体としての進歩・発展に繋がらない・妨げになるのではないか、と思うのである。 

中国人親方の立場になれば、それで人生は一丁上がり、後は左団扇で一生を楽に暮らそうということになる。仮にそうでなくても、改良・工夫を忘れ、将来ともに他人をもっと多数使役して稼ぎを増やすことのみに専念する弊害を齎すだけにならないか、ということを言いたいのである。

この香港の新聞社説の持つ意味合いも、言い換えれば、そういうことなのだろうと推量する。     

報道を通じて伝えられる中国の現状からみれば、また、私の体験的感覚しても、まさに正鵠を得た見方であり、ここに描かれた中国人の思考方法は相当に的を得ているのではないかと感じる。

もっとも、この創り話には、両国民の10人が10人ともが同じ行動パターンという点に少々難がある。

この中国の香港紙は「中国人は10人が10人とも間違いなく、」と主張するのだから、これに対して私も反論する気持はないが、日本人について言えば、10人全員が潜りの名人を目指す訳でもないだろうし、一方では中国人と同様に将来の親方を夢見る人間もいるのではないか。 

万事が損得勘定の世の中の現在の日本。その中では、親方になり、後は左団扇で一生を楽に暮らそうと考える性向の人間が相当数いるのかも知れない。 

また、その内に自然採取の作業に従事するだけに飽き足らず、必ず、真珠貝採取のより効率的な人工養殖などを目指す人間が出てくるのかも知れない。むしろ、その方がより日本人的であるということなのだろうと私は思う。

以上は、日本人と中国人との性向について、面白い記述を偶然に眼にしたので、ご披露した次第である。

2014年08月19日

◆真正面からの言葉・教えほど尊い@

眞鍋 峰松
 
  
 最近、マスコミ上に登場する方々を拝見していると、どうも物事を斜めに見て論じる人が多いように感じられてならない。多分、論じておられるご本人は、それが正しいと信じ切っておられるのだろう。 

 これは何も最近になって起こった現象とは限らない事なのかも知れないが、まさにマスコミ好みの人種ということなのだろう。

 例えば、靖国神社参拝問題についても、国のために尊い命を捧げた旧日本軍将兵の御霊に感謝の念を表すことは大事な筈だが、その方々はこれに対して、「中国・韓国の国民感情に配慮し外交関係・国益を考えるべし」とおっしゃる。それでは、どうするのか。

 物事を斜めに見ると、その二本の線はそれぞれが独立した線の衝突の側面しか見えない。 

 A級戦犯合祀の問題も含め、人により立場により色々な考え方があるのだろうが、私には真正面から考えると、この二つの命題はそもそも両立できないことではないと思える。 

歴史的な経緯があるにせよ、また諸外国から如何に言われようが、日本国にとっては本来一方が他方を排除したり、相容れない事柄ではないはずだ。 

それより戦後から、これまで避けられてきた国内論議の決着の方が先決だろう、と思える。 だからこそ、外交面では未来志向型の解決しかないのだろうという気がする。
   
過去を振り返ると、私の学校時代の教員にも、物事を斜めに見る性癖のある人達が結構多かった。

とりわけ「己を高く持する人物」に多々見られる事柄でもある。それはそれ、その御仁の生き方・信条そのものの問題だから、他人である私が、眼を三角にしてトヤカク言う必要のないことではある。 

ところが、教員という職業に就いている人間がそういう性癖を持ち、日頃児童・生徒に接しているとしたら、そうはいかない。
   
私の経験でも、「物事を斜めに見る性癖のタイプ」の教員が結構多かった。

結論から言えば、そういうタイプの教員は教育現場では有害無益な人間と言わざるを得ないのではないか。
  
実社会においても一番扱いの難しいのが、こういうタイプの人間だろうし、往々にして周辺の人間からも嫌われてもいる。 

多情多感な青少年にとって、こういうタイプの先生に教えられることには「百害あって一利なし」である。
   
教育の本質はむしろ逆で、もっと「真正面からの言葉・教え」ほど尊いと 私の体験からも、そう思える。
<後編へ> 


2014年08月12日

◆同化・野生化するアライグマ

眞鍋 峰松


今年5月頃の府内池田市での出来事で、日中に四、五十代の女性が道路を歩行中、アライグマに襲われ、足を噛みつかれて負傷したとのテレビニュースが報道されていた。 

ご承知のように、アライグマは日本の在来種ではなく、北アメリカ原産の野生動物。30年以上も前にアライグマを題材とした子供向け番組でアニメが放映され、ペットとして人気を呼び、多くのアライグマが輸入されるようになった。 

しかし、成獣となり飼いきれなくなり野外に放置されたり、手先が器用なために飼育檻から逃亡するケースが続出し、野に放たれた。 

また、繁殖力が旺盛で日本には天敵がいないため、すでに多くの野外での自然繁殖が確認され、農作物や家屋へ侵入する等の被害が深刻化している、とのことである。

しかも、このアライグマ。 見かけの愛らしさに拘らず、雑食種で性格も結構獰猛で、迂闊に手を出すと人の指が噛み切られるほど。   

私の住む大阪府堺市のニュータウン内でも何度か見つけられており、私自身も3年前に拙宅すぐ裏の緑道でウォーキングに出かけようとした折りに、道路脇の樹木で睡眠中のアライグマに出くわした。 

緑道で1人の警察官と3,4人の住民が樹木を指差しながら会話しているので、何事かと見れば写真のような状況。( 転送「写真」を貼付)
アライグマ H24.6.3.JPG
近寄ってみると、“あれはタヌキだ”“いや、ネコだ”と話合っている。 しかし、どう見ても尻尾の太さから観ると、タヌキでもネコでもない。 

丁度、2・3日前から近辺の住宅敷地内で何かの動物の糞便が数箇所発見され、また、拙宅隣家の池の鯉が夜中に食い散らかされるという事件が発生。 どうもアライグマの仕業のようだとの噂を小耳に挟んでいたので、ピンと来た次第。 

その時、不用意に近づこうとする警察官に、“アライグマは相当凶暴な動物だそうですよ”と声を掛けると、警察官は慌てて携帯通信機で、本署か保健所へ連絡している様子だった。 

やはり、尻尾の斑模様からみても間違いなくアライグマ。 

残念ながら、丁度斜面に立つ樹木であった上、正面側に個人住宅があり、背後からしか撮影できなかった。

再び、ウォーキングの帰路に通ってみると、既に捕獲されたのかどうか、人影も去り、元の静かさに戻っていた。

現在では、アライグマのような動物に限らず、魚類や植物でも色々な形で外来種が入り込み、同化している模様だ。 同化していくのは良いとしても、中には従来の生態系を乱し、日本の古来種を放逐するケースもあるのだ、とのこと。

少々話が飛躍し過ぎるきらいがあるが、このような動植物の知らず知らずの国内転入に限らず、外国人の移入・同化も進んでいるとの報道もしきりにされている。

外国人問題を動植物と同列に論じるのはどうかとも思うが、我が国の少子高齢化の進展に伴う人口減少や労働力不足問題もいよいよ深刻化し、これとともに、労働力不足を補うための外国人の移住も増加、国内在住の外国人問題がこれから一層顕在化するだろう。 

従って、これらの問題への対処する必要性・緊急性は一層高まることが必至の情勢と思われる。

今後とも、ペット飼い主に対するマナー向上のためのPR強化とともに、選別的な外国人受入れなどの慎重な取り扱いが必要となり、同時に外国人労働者雇用主に対する待遇・処遇に対する強力な監視に眼を向ける等、十分な注意・指導が必要となるだろう。

2014年08月09日

◆蛙鳴蝉噪(あめい せいそう)

眞鍋 峰松 


夏になると毎年のことだが、朝6時前には目を覚ます。それも6時半になると、盛大な蝉の鳴き声でいつまでも寝てもおられない。


その時、皮肉なことに度々、芭蕉の有名な「閑かさや 岩にしみ入る 蝉の声」の一句を思い起す。 これも同じ蝉の声のことなのか、彼我の感覚の違い過ぎること・・・。 


ここに凡人と俳聖と称せられる人間との差があるのか、この違いはなんと大きいことか、と思い知る。 
それにしても、大暑(最も暑さの厳しい時季のこと。今年は7月20日から8月6日)も終わりというのに何という猛烈な暑さ。


こんな想いでいる折から、読んでいた書物の中で目に飛び込んできたのが、表題にした「蛙鳴 蝉噪(あめい せいそう)」という語句。
 

これは、唐宋八大家の一人である韓愈の「平淮西碑 儲欣評」に在る語句だそうである。その意味たるや、先ほどの句や、もう一つの代表的な芭蕉の句である「古池や 蛙飛びこむ 水の音」に詠み込まれた和敬清寂の心境とは、正反対の趣きである。
 


それは、蛙(かえる)や蝉(せみ)がやかましく鳴き騒ぐの意であり、@がやがやと、喧しく喋りたてること。騒々しいこと。 A内容の無い文章や議論を嘲ってという言葉。 無駄な議論、とのこと。 


つまり、内容のない文章や議論を嘲って言う含意なのだから、差し詰め、本欄の私の文章などは、その典型なのか。
   
最近の世相。 何やかやと、騒々しい。 


年初からのSTAP細胞を巡る論文捏造騒ぎ、引き続く先日の責任著者の一人の自死、さらに異常な殺人事件の続発などなど、日々新聞・テレビを賑わせているのだが、それにしても騒がしく、殺伐たるものがある。 

もう少し情趣溢れる世の中にならぬものか、何とかならぬものか。 この閑人は思う。

2014年08月05日

◆今日一日をプラス思考で生きる

眞鍋 峰松


最近になって、情報化社会がいよいよここまで進展してきたのか、と強く感じさせられる社会現象が多く見受けられるようになった。  

何よりも情報化の進展は、個人レベルの社会生活の中では、その人のアイデンティティの組織離れということに大いに関係してきているような気がする。
   
かって、サラリーマンが企業戦士として高度成長を支えてきた時代には、個よりも役割を優先する日本的意識はそれなりに機能してきた。だが、こうした肩書き優先社会では、退職や失業などにより組織を失うと、個人のアイデンティティも失われ、ヘタをすると人間としての存在価値そのものが奪われる結果となる。

ここにきて、一挙に増加傾向を示しつつある中高年男性の自殺や熟年離婚のなども、役割と人格を混同し社会や配偶者などと個として向き合うことが少なかったことの裏返しの現象の一つ、ということだろう。
   
情報化の進展とともに、個々人が容易に色々な情報に接し得る機会が多くなり、各人のライフスタイルも多様化しつつある現在では、かっての組織優先の人間観・人生観は個人にも社会へも大きい軋轢と落差をもたらす。 

個人にとって、従来の日本型の自意識のままでは、情報化、多様化している社会を生き抜くのは非常に難しい時代に直面しているのは確かだ。
   
そこで求められる生き方は、ということになると、やはり肩書き抜き、組織とは距離を置いた自己意識を持ち、長寿社会を迎えて多趣味を生かしながら生き抜いていくことだろう。 

そのためには、好奇心をいつまでも強く持ち、新しいものをどんどん受け入れ、それらを積極的に活用していこうという気構えを常に忘れないこと、これはつまり、進取の気性を持つということだ。 

この進取の気性こそ生きがいを見つける最大の武器の一つでもある。 

もう一つは、徒に明日を思い煩うな、ということ。 明日のことは明日のことで、今日思い煩うことはない。いずれにしても、座して待つのでなく、これぞと思った時には、すぐさま行動に移すぐらいの勇気と機敏さをいつまでも忘れないことだろう。 

ここで動いて明日はどうなるだろう、なんて思い悩んでしまったらどうだろう。要は、明日を思い煩うことなく、今日一日をプラス思考でことに当たることが肝要、ということになろう。
 
もう一度少年のような冒険心と好奇心を持って、一日一日を過ごし、充電してゆくことが、花も実もある生き方につながるのではないか。 

シェークスピア風にいえば、退職後も自分に与えられた「劇場」の中で、しっかりと「主役」を演じることはとても楽しいことである。(完)
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2014年07月13日

◆腰の痛みと二人三脚 私のゴルフ人生

眞鍋 峰松


現在の私のゴルフは年来の腰痛との闘いである。 パターやアプローチ、ボールのピックアップ時に腰を屈めると、時にはビーンと身動きできなる位の激痛が加齢とともに。 

元々、30歳過ぎから発症の年代物の腰痛だが、意外とゴルフ好きの中にもこの戦いを続けておられる方が結構多い。 

もっとも私の場合、後半ハーフのスコアーの悪さを、常にこの腰痛のせいにする不届きな人間でもある。                       
ところで、20歳台から始めた多くのゴルファーに比べ、私のゴルフ歴は短い。初めてクラブを握ったのは、と言うより単に手にしたというのが正確なところで、25・6歳の頃。 

当時大阪市内の都島辺りにあったゴルフ練習場へ同じ職場の先輩に引き連れられて行ったのが最初。先輩の教えに従い7番アイアンを手にしたものの、ボールがクラブに殆ど正確に当たらず、こんな筈はないと焦るばかり。その私を尻目に、隣席の見知らぬ妙齢の女性は100ヤード表示場所にドンドン飛ばしている。

当時腕力自慢の私のボールは渾身の力でぶっ飛ばしても偶に50ヤードの場所へ到達するのがやっとのこと。悔しさにクラブを放り投げたくなった記憶が今でも鮮明に残っている。

以来、ゴルフとは相性が悪いと思い込み、40歳になるまで一切クラブを手にしたことがなかった。だが、いよいよ40歳代に突入し何か運動を始めなければとの思いと、酒に弱く宴席が苦手な私が先輩・同僚と懇親を深めるにはとの思いから始めたのが、再開の切っ掛けである。 

我ながら殊勝にも、最初は夏期休暇を利用し、自宅近辺の練習場の教室へ入門。しかし、同門の士は中高年の女性ばかり10人程度。練習途中の休憩時には男一人で会話相手にも困り、こりゃ駄目だと渋る家内を無理やり入門させ、4回程度のレッスンを受けクラブの握り方から始めた。 

この練習で、初めは7番アイアンで70ヤードの飛距離に過ぎなかったものが、徐々に150ヤード近くに達することを体験して、やはりゴルフは力じゃないナ〜、難しいものなのだと実感した。

その後、心を入れ替え、やれベン・ホーガンがどうの、自分自身のやや肥満体質から色々研究を重ねたものの、その割に成果も上がらず。 

遂にはインストラクターの最近の診断では、上半身と下半身の動きがバラバラとの診立て。 

自分自身の診断でも、スポーツは心・技・体のバランスが大事とよく言われるが、この全てのアンバランスが問題で治療不能。 私のゴルフは、もう精神修養の場でしかないとの諦めムード。
                                  
そして現在、月1のゴルファーとして無駄に年齢だけを重ね、実力不相応のお情けハンディが21。それも65歳を超えてからというもの、100超のスコアーが常態化。     

今や、有り余る時間を過ごすための週2回の練習と月1〜2回のラウンドでも一向に上達の兆しが見えず、体重調整の単なる一手段に陥った昨今である。

2014年07月04日

◆人事異動の悲喜こもごも

真鍋 峰松
  

いずれの組織・団体においても定期人事異動は4月に行われるが、新事業に伴う人事異動は、その都度行なわれる。 様々な噂・憶測が飛び交い、当事者はそれに一喜一憂するというのはいつものことである。

だが、人の噂話ほど当てにならないものはない。 人事異動は悲喜こもごも。 何千、何万という人間を抱える大きな組織に限らず、例えもっと小規模な組織でも、皆が満足し幸せを感じる異動など100%あり得ない。
 
当人にとって、特に昇格を控えた時期であれば、より「そわそわ度」は高くなる。 異動先によっては家族ともども引っ越しという事態ともなるので大変だ。 だが、その結果は最後まで判らない。

その人事異動。 問題は、大抵の場合、自己評価と、他人とりわけ上司の評価とのギャップが大きいことである。 自己評価の高い人間ほど客観的評価との落差を思い知ることになる。 ただ、この客観的評価自体にも問題が潜む場合が多い。
 
昨今、どこの組織においても幾つかの評価項目を定め、評点化している場合が殆どであるが、そもそも人間の適性・才能を評価する側の人間にしっかりした能力があれば良いのだが。 それより自分の部下の能力・成績も指導次第でどうにかなるのだ、という自信を持った上司こそが望ましい。
 
正直、私のような者にとっては、この人事評価一つで、この人間の一生を左右するのだと思うだけでもそら恐ろしく、到底確信を抱くには至らなかった。

ある書物の中で、人事担当責任者の言葉として「各部署から部下を評価した報告書が回ってくるのですが、“部下のここが気に入らないから、異動させてくれ”みたいなことが書いてある。

上司というのは、部下のいいところを引き出すのも仕事のうちだと思っていますから、どこの部署で働けば、部下の能力が生かせるか、そこまで書いてくるように書き直しを要請したこともあります。

それぞれの上司が部下の適材適所を真剣に考えれば、会社・組織全体が活性化されると信じていたので、好き嫌いで評価を下すのは許せませんでした」と記述されていたことを思い出す。 私の経験からしても、至極当然の言葉であろうと思う。

そこで、現職当時に常に心に留め置いた、現代でも十分通用する上司の心得として江戸中期の儒者 荻生 徂徠の言葉に徂徠訓というのがあったので、ここで紹介させて頂く。

1) 人の長所を始めより知らんと求めべからず。 人を用いて始めて長所の現れるるものなり。
2) 人はその長所のみ取らば即ち可なり。 短所を知るを要せず。 
3) 己が好みに合う者のみを用いる勿れ。  
4) 小過を咎むる要なし。 ただ事を大切になさば可なり。    
5) 用うる上は、その事を十分に委ぬべし。  
6) 上にある者、下の者と才知を争うべからず。
7) 人材は必ず一癖あるものなり。 器材なるが故なり。 癖を捨てるべからず。      
8) かくして、良く用うれば事に適し、時に応ずるほどの人物は必ずこれあり。

もっとも、この徂徠訓も江戸中期という封建制度下のもの。 現代の上司たるもの、とりわけ中間管理層は想像以上に大変なのかも知れない。 

上からと下からの重圧の下、指導が厳し過ぎるとパワハラと疑われ、異動先が当人の意に沿わないと冷酷と言われるそうなのだから。
 
だが、人材以外に頼るべき資源を持たないのが、我われの日本。 その人材を活かすも殺すも適切・妥当な人物評価。 確たる信念を持ったリーダー・管理職達の奮闘を心から望みたい。