2014年06月06日

◆最近の対中国外交に思うこと

眞鍋 峰松


この3日の新聞・テレビの報道で、第13代経団連会長に東レ会長榊原氏が就任されたと伝えられた。経団連会長と言えば、過去には財界総理とも称せられ、我が国経済界のみならず、政治、教育・文化などの分野でも幅広く大きな影響力を持つ存在。 

それだけに、どのような理論の下、どのような活動を起されるのか、注目される。

そう思っていた矢先のこと、当日の新会長がテレビ会見で色々と抱負を述べられた中で、対中国・韓国との外交問題処理に関しては、やや経済優先、全体としての国益軽視のようにも受け取られる発言があったように感じた。
  
そこで、私は平成22年10月3日に本誌に寄稿した文章を思い出した。当時に比べ、資源紛争の深刻化以上に、領土・領海問題を巡り軍事衝突そのものが生じかねない一触即発の状況にある。それだけに、あえてその文章を下記に再掲し、思うところを繰り返しておきたい。

◆ <最近の対中国外交に思うこと  平成22年10月3日掲載>


まず、この文章をお読み頂きたい。「正道を歩み、正義のためなら国家と共に倒れる精神がなければ、外国と満足できる交際は期待できない。その強大を恐れ、和平を乞い、みじめにもその意に従うならば、ただちに外国の侮蔑を招く。

その結果、友好的な関係は終わりを告げ、最後には外国につかえることになる。とにかく国家の名誉が損なわれるならば、たとえ国家の存在が危うくなろうとも、政府は正義と大義の道にしたがうのが明らかな本務である。・・・・

戦争という言葉におびえ、安易な平和を買うことのみに汲々するのは、商法支配所と呼ばれるべきであり、もはや政府と呼ぶべきでない」。 

キリスト教信者として名高い内村鑑三氏の著書「代表的日本人」中の西郷隆盛の言葉である(1
908年原著 岩波文庫 鈴木範久訳)。

この言葉の真髄は“ただ相手国の強大さに萎縮して、うまくやろうというような処世術的外交は避けるべきである。そうすると、かえって侮られ、それまでの友好関係もくずれてしまう”という一点にある。 

読めば、この文章、これまでの我が国の対中国外交への痛烈な皮肉と解釈できるような気がする。 戦後数十年かかってここまできた日中の外交関係。この偉大な先人の言葉を無視・軽視するような事態を招くことによりその成果まで灰燼に帰すことのないよう願いたい。 

また、過去の日本外交においてややもすれば多々見受けられた“商法支配所”、即ち、経済的利益を重視するあまり、我が国外交を誤らせたという事態も同様である。

幸い、今回の尖閣列島を巡る二国間の衝突に関しては、経済界や財界からの、紛争の早期解決だけを願う声も少ないように思う。それにはそれなりの理由があるのだろう。 

周知のように、近年の中国の居丈高な過剰反応は尖閣列島周辺海域の石油等の資源開発に絡んでのことであり、日本においてもこの側面が熟知されている。これが今回の場合、経済界・財界からの横槍や雑音がない理由であろう。

近年著しく経済力を増した中国にとって経済カードは強力な武器になる。我が国経済にとってレアアースの輸入停止は甚大な影響を及ぶすとしても、中国経済にとっても多少影響があろう。 

だが、全てにおいて政治が優先する社会ではそれは問題にならない。そこで参考になるのは、米国のグーグル社の態度であろう。

自由主義社会の柱とも言うべき情報の自由を求めて中国当局と真正面からぶつかったのだが、これも最悪の場合には撤退もやむを得ないという同社の覚悟があってのこと。

果たして、口を開けば自由主義経済・市場経済の効用を説く日本の財界・経済界の人達にこの覚悟が有りや無きや。 史上初の財界人から登用された日本の中国大使、これにどう対処していくのか、注目したい。

また、今回の事件に関する新聞テレビ等の報道やコメンテーターの解説を見聞きしていると、相変わらず、中国側の国内事情、つまり国家指導者間の主導権争いや貧富の過大な所得格差問題などを取り上げ、訳知り顔で背景説明をしているように見受けられる。

このこと自体は事実なのであろうが、だからどうだと言いたいのだろうか。 日本の主張を手控えよ、とでもいうのだろうか。 

それより、国際紛争対処の常識として、これら外交紛争に関する政治上の議論は国内だけで止めるべきであり、交渉相手国の国内諸事情を参酌し過ぎる人間や最終的な解決策を持たずして相手国に乗り込む愚を犯す政治家等が多過ぎるのも困ったことではないだろうか。 

こういった国内の無責任な議論や対応で、対外折衝の任にある者の足を引っ張って何になると言うのか。 

老獪な中国外交のこと、日本国内の議論の誘発・分断が計られ、結局は日本の国益が損なわれるだけだろう、と思う。

皮肉なことに、中国古典である孟子の離婁篇第四に「夫れ、人は必ず自から侮りて 然る後によそ人もこれを侮り、家は必ず自から毀(こぼ)ちて 然る後によそ人もこれを毀ち、国は必ず自から伐(やぶ)りて 然る後によそ人もこれを伐う。」とある。

つまり、人間というものは、自尊心を失って、自身を軽蔑するようになると、その気持が言動に現れて卑屈、投げやりになり、それが他人の軽侮を招く、他人に軽蔑される原因は、自分が作っているのだ。 

自らを持することが厳でなくなると、家を治めることもできなくなって、家は崩壊する。 内輪がしっかりしてさえおれば、外圧だけでは決して壊れるものではない。

国家とても同じことで、内に姦邪の臣がはびこり、君主に統御の才なく、国民に不平不満が高まるという末期症状が現れて、他国に攻め滅ぼされるわけであり、明主賢臣がいて善政を布いている限り、自壊作用が起こらず、従って他国の攻め込む隙はない、というのである。

この紀元前4世紀の孟子の言葉は、ひとり我が国のみならず、現代中国の為政者への痛烈な皮肉となり得ると受け止めるのは、私だけではあるまい。    (加筆再掲) 

2014年06月03日

◆先を見通せる時代はあったのか

眞鍋 峰松


もう6月。 月めくりのカレンダーを5月から替えようとして、ふと眼をやると、そこには芭蕉「 あらとうと 青葉若葉の 日の光 」の一句。 そこで初めて、ここ1、2ヵ月の間の、樹木の緑の移り変わりにも気付かぬ己の心の余裕の無さに驚いた。 

「驚きを抱く者は幸いである」 世の中には、立派なもの、美しいもの、鮮やかなものが確かに存在する。 

しかし、それをああ美しい、鮮やかだと、受け止めるのは自分の心であって、その心があるからこそ、その存在を認めることができる、と民芸運動を起こした思想家 柳 宗悦(1889〜1961)が書いている。

確かに、このような自然の移り変わりにも新鮮な驚きの心が無くなれば、それは毎年の単なる季節変動にしか見えない。陽に輝く鮮やかな緑青の木の葉に、ああ素晴らしいと驚く。 

驚くとは出会った事に対する肯定的評価であり、心に新鮮なものに出逢った喜び。そのような気持を持ち続けている限り、心は老いることはないのだろう。 

目下、テレビなどマスコミの伝えるところでは、気象庁のエルニーニョ監視速報で、今年の夏は5年ぶりにエルニーニョ現象が発生する可能性が高いとの見通しを発表したとのこと。 


夏にエルニーニョ現象が発生すると、日本付近では太平洋高気圧の張り出しが弱くなり冷夏になる傾向があり、前回、エルニーニョ現象が発生した2009年の夏には、北・東・西日本は日照不足となり、7月に中国・九州北部豪雨が発生したほか、多くの地域で梅雨明けが遅れ、九州北部と近畿、東海は梅雨明けが8月にずれこんだ、とのことである。



とすれば、今年の夏は5年振りの異常気象であり、数多の悲惨なニュースを生み出すことになるのだろうか、危惧される。しかし、マスコミの手にかかれば、こと気象現象に限らず、様々な社会事象、国内政治、外交に限らず、何事も先読みができない・異常・想定外の驚きの事柄になってしまう。

だが、過去に先の読めた、異常な事も想定外の事も全く起こらない時代はあったのか。 むしろ、先の読めた時代など一度もなかったのではないだろうか。 

特に、激動の時代ともなれば、一寸先は闇であって、とうてい先などよめない。 先が読めないのは、何も現代特有の現象ではない。 いつの時代でもそうだった。 

過去、様々な歴史的な事件が繰り返されてきた。ことに、色々な人間による様々な興亡の歴史の中では、ある者は途中で挫折し、ある者は勝ち残りに成功した。 

かれらの失敗と成功の跡を辿っていくと、自ずから、そこに勝ち残りの条件といったものを見出せる。 それらを強いて纏めると、それは能力、人徳、運・不運の三つ、とある書物で指摘されていた。 

その中でも、何と言っても能力ということになるが、これをさらに分析すると、智慧と勇気ということになる。智慧とは先見力・洞察力である。 人より一歩でも先を読んで、適切な対策を講じられる能力。 

また、勇気とは決断力、「まさに断ずべきくして断ぜざれば、反ってその乱を受く」の中国古典の通りである。 さらに、「徳は事業の基なり(采根譚)」と称せられるが、徳とは何か。 

そこには寛容、謙虚、思いやりの三つを挙げることができるのかも知れない。 そして、運・不運。 こればかりは定義もその誘因も曰く言い難いが、私なりに解釈すれば、時の勢いと言うしかないだろう。

何事につけ、ここ一番では、やらないよりやるに越したことはない。 昨今のニュースで言えば、現在報道されている日朝協議などはその好例なのかもしれない。

が、果たして、「徳は事業の基なり」という言葉が通じる相手なのかどうか、最も懸念されるところではある。
 
いずれにしても、歴史は繰り返すと同時に、一つとして全く同じ原因と結果が生み出されることもないことも事実である。 そこで成功の条件を考えるとしたら、やはり、能力、人徳、とりわけ時の勢い(運)が必須だということになるのだろう。

2014年05月21日

◆取り留めのない話ですが・・

眞鍋 峰松


“ヨイショ”“ヨイショ”。 今朝の我が家の会話で、「家の中で、この言葉があちらこちらで、コダマしている」の言葉に、家族全員が大爆笑。 

先月末から現在まで、常は独り暮らしを続ける86歳の家内の母親が連休中とのことで同居中での出来事。 現状が4人家族で、うち3人が65歳超の高齢者。 その3人が何らかの行動を起そうとする度に、ヨイショ!ヨイショ!の掛け声である。 

なるほど一定の年齢を超えると、人間、行動を起こすには、何かの切っ掛けがいるものか、と妙に感心した。

私も既に70歳超。 5年前に、ある事件に関わり、以来その処理に没頭し、有り体に言えば、最近やっと紛争の末に、最高裁判所の決定を得てその解決に至った。 その抑々の切っ掛けというのは、昔々の職場の元上司からの依頼を受けた事柄。 

事件の詳細は、いずれまた機会があればとして、抽象的にその結末を申し上げれば、5年越しで紛争解決に完全に成功したものの、最後には全くの第三者からの一発逆転劇で、最終処理に失敗のお粗末。

それは兎に角、この切っ掛けとなったのが、当時、年齢的にいよいよ人生の最終章に差し掛かって来たという焦りにも似た想いを抱いていた折も折に、飛び込んできた依頼ごと。 

昔、中国の禅者が、洗面器に「日に新たに 日々に新たに、又日に新たなり」と刻し、毎朝顔を洗うように、毎日新しい意識で、新しい世界に生きてこそ、人生の意義と価値と幸福が発見されるであろう、と思われたそうだ。 

この教えが丁度その時期に私の念頭に常時有ったことが、抑々の切っ掛けである。 

これからの己の人生、日々新しい意識で、済んだことはさっさと忘れて、つねに前向きで、新しく新しくと生きて行くことが、真実生き甲斐というものであろう、この先もこれで行こう、と考えていた折りも折りのことである。
    
今から省みると、この事件への関与も、自らの能力と力量を弁えない行動だったか、とも思う。 だが、人間、自分に都合良いものだけを選ぶことなど、できないのが人生。 大抵の出来事は,良さと悪さが抱き合わせで現れるのだろう。 

簡単な話、何か善いことをしょうとすると、人間は疲れることも覚悟しなければならない。人によっては、疲れるからしない、と言う。それも各人それぞれの選択。 

が、しかし、これはやはり実行するべきだと考え、我われは計画を遂行し、後でへとへとになって後悔することも多々ある。 

私もこの事件後へとへとになったが、それはそれで良かったのではないか、と今では思っている。 人間は時には悧巧なこともするが、馬鹿なこともする。 悧巧なことができたら運が良かったと喜び、馬鹿なことをしてしまったら家で布団をかぶって眠る。 

いずれにしても、後々考えれば、そのどちらにしても大きな差はないと思うことなのだろうと明らめた。
    
以上、ここ暫くの本誌への投稿を中断していた原因であり、釈明ならぬ、弁解の言葉です。

2014年04月17日

◆いま時の男の子、女の子

眞鍋 峰松


こんな話を耳にした。ある小学校の4年生のクラスの保護者授業参観での出来事。 担任の先生が選んだ参観授業の内容が、小学4年生はちょうど10歳ということで、20歳の半分〜「二分の一成人式」に因んだ作文の発表会。
 
学年全体の授業テーマだったそうだが、単なるありふれた授業内容や風景の参観に比べ、それにしてもなかなか面白い着想。先生方も色々と知恵を絞られたのだろう。

生徒たちはそれぞれ、生れてから10年間聞き取ってきた家庭内出来事を作文に纏め、参観日に保護者(平日だったので、保護者欠席2名を除き全員が母親ばかる)の前で対面して読み上げる、という方式だったそうだ。 

私どもの年代は、学級名簿はまず男子生徒、続いて女子生徒という順番だったが、いま時はアイウエオ順の名簿。従って、生徒の読む順番も男子が終わって、次いで女子ということでもなく、アイウエオ名簿の順番で発表する。

ところが、その場に居合わせた母親達が、一様に驚いた出来事が発生した。生徒達が読んだ作文は、家族旅行の思い出や家庭内での出来事、中には生徒が風邪で寝込んだ時に母親が徹夜で看病に当たってくれた思い出などに、予め担任の先生が生徒の原文に色々とサジェッションし、完成させたものらしい。

何しろ、まだ10歳という年齢のこと、その発表内容によっては、途中で感極まって泣いたり、涙声になることも当然予想されたのだろう。

ところが実際にその場で見られた光景とは、男子生徒全員が号泣、女子生徒は割合と淡々と発表し終えたというのである。

この話を耳にした私、へ〜ぇという驚きの一言。     

私は、その出来事を聞いて興味を抱き、この話を私の耳に入れてくれた話し手に、それでその場の母親たちの感想は如何だったのかと確認してみた。

4年生の子供を持つ母親といえば、まず30歳台。65歳を超えた私のような年代からみれば、母親自体が我が娘と同じ年代。そこでの年令ギャップに興味も惹かれた次第。

発表会での男女生徒の感性に差があつたことへの母親たちの感想は、「男の子の方が女の子より感受性が強いからとか、本質的に優しいから」というのが多数意見だったようだ。なるほど、なるほど。

母親は、どうやら女性としてのご自分自身の経験・体験に当てはめたご意見の模様だ。昔々から、男の子は男らしく気性がさっぱりして力持ち、女の子は気が優しくて神経が細やか、という、私たち時代の世間常識はもはや通用しないことが窺える。

街角を闊歩する現代の若者達を見ての感想も、男性が女性化し、女性が男性化しているというのが典型的な今時の男女観。そのことからしても、10歳にして既にその傾向が現れているのが今の世相かも。

この話、お読みの皆さんの感想は如何でしょうか。

2014年04月11日

◆真正面からの言葉・教えほど尊いA

眞鍋 峰松


中学時代の先生で、今でもその先生のお顔もお名前も鮮明に記憶しているが、確か、復員軍人上がりの、しかも将校経験のある人であった。 

その先生の授業中で、担当教科に何の関係もない一言が今でも忘れられない。

それは、黒板に大書された「男子、青雲の志を抱き、郷関を出れば・・・・」という言葉。今から思い起こしても、少々時代錯誤的な言葉に聞こえるようだが、間違いなくその後の私の人生に影響を及ぼした言葉であることは事実だ。

最近になって、陳 舜臣氏の著書「弥縫録」の中で久し振りにその言葉に出逢えた。
  〜青雲の志を抱いて郷関を出る〜といった表現がある。

この場合の青雲の志とは、功名を立てて立身出世しようという意欲のことなのだ。 辞典には、この外に「徳を修めて聖賢の地位に至る志」といった説明もある。 

だが、実際には功名心の方にウェイトがかかっている。「ボーイズ・ビ・アンビシャス! 青雲の志を抱け」というのだ。  

青といえば、すぐに連想されるのが、春であり、東であり、竜である。

東は日の出る方角であり、人生に日の出の時期を「青春」というのは、これに由来している。青は若く、さわやかである。それに「雲」という言葉をそえると、心はずむような語感がうまれる。雲は天の上にあるのだから。若い日の功名心は、まさに天に昇ろうとするかのようである。

流石に、良い言葉ではないか。 要は、望ましい教師像として私が言いたいことは、19世紀英国の哲学者ウイリアム・アーサー・ワードの次の言葉に簡潔に表現されている気がする。

 ・凡庸な教師は しゃべる。
 ・良い教師は  説明する。
 ・優れた教師は 示す。
 ・偉大な教師は 心に火を付ける。
                               (完)

2014年03月23日

◆桜の季節〜日本人の心

真鍋 峰松


この季節、日本各地で咲き始めた桜の花が見られる。私なども毎年見るたびに、“よくぞ日本に生まれけり”という気持になる。それほどに日本人の心の奥深く刻まれ、古来から詩歌にも読まれてきた。 

ところで、桜の開花予想はニュースとして報じられるが、その開花基準になるのが「休眠打破」だと言われる。 

桜の花芽は前年の夏に形成され、それ以上生成されることなく晩秋から「休眠」状態になり、冬にかけて一定期間、低温に曝されることで眠りから覚め、開花の準備を始める。 

これを「休眠打破」と言うのだそうで、さらに温度が上がるにつれて、花芽が成長生成し、気が熟して開花に至る。 

この故に、桜は四季のある日本で進化した植物と言われる。これほどに時間をかけ開花に至る桜だが、咲き誇るのはほんの僅かの期間。日本人はその桜の花の華麗さとは裏腹の、儚さにも強く惹かれ、その魂の、あたかも象徴の如くに看做してきた。

その典型が、本居宣長の歌「しきしまの やまと心を ひととはば 朝日ににほふ やま桜はな 」なのであろう。 

また、西行法師には、「春風の 花を散らすと 見る夢は さめても胸の さわぐなりけり 」と、その出家の秘密を封じた悲恋の歌があり、さらには、「願はくは 花のしたにて 春死なん そのきさらぎの  望月の頃」、「散る花も 根にかへりてぞ  または咲く 老こそ果ては  行方しられね」という死生観を桜の花に寄せる歌まである。
     
欄漫と咲き誇る桜の花に寄せる心象の一方、そこには日本特有の無常観を底辺に置いた「わび」「さび」「もののあわれ」と言った“ものの見方”も発達してきた。

兼好法師の徒然草第百三十七段「花はさかりに、月はくまなきをのみ見るものかは。 雨にむかひて月をこひ、たれこめて春の行方知らぬも、なほ哀に情ふかし。 咲きぬべきほどの梢、散りしをれたる庭などこそ見所おほけれ」

これこそが日本人特有の美意識そのものと思っていたのだが、意外にも、古くから日本で読まれてきた中国古典、明末の洪 自誠の「采 根 譚」の中に、「花は半ば開くを看、酒は微かに酔うを飲む。此の中に大いに佳趣有り。若し爛漫氈陶(らんまんもうとう)に至らば、便ち悪境を成す。盈満(えいまん)を履む者、宜しく之を思うべし 」と記されている。

その大意は「 花は五分咲きを見、酒はほろ酔いぐらいに飲む。その中にこの上もなくすばらしい趣がある。 
もし、花は満開しているのを見、酒は泥酔するに至るまで飲んだのでは、その後はかえっていやな環境になってしまう。 

満ち足りた世界にいる人は、よくよくこの点を考えるようにしなさい 」とのことだが、徒然草の言葉とは同じようなことを言っているようにも思えるが、どこか微妙に違っているように思える。

いずれにしても私には、この季節、一年で最も温暖・快適であり、日本人の心に触れる事柄が多い時期を迎えているように思う。(完)


2014年01月23日

◆歴史は繰り返す

真鍋 峰松


年が明けて、はや1ヵ月を過ぎようとしている。 あっという間も無く日が過ぎていく。これは多くの人にとって共通の慨嘆だろう。 

それにしても、現在のこの社会、すべての面で慌ただしい。とりわけ、新聞などの報道を見ていると、政治や経済、日中韓の問題は絶えず渦を巻いている気がしてならない。本来、世の中に驚天動地の事件なんぞ滅多に起こることもない、と思うのだが。 

「今日もまたかくてありけり。 明日もまたかくてありなむ」。これが私の年令相応の心境ということなのだろうか。

それにしても、あの阪神・淡路大震災から、はや19年。一瞬にして6000人を超える死者を数えた都市直下型地震の恐ろしさをまざまざと見せつけられた。まさに驚天動地の事件であった。改めて、被害に合われた方々のご冥福と残されたご家族皆さんのご奮闘を心からお祈りしたい。
                           
目下、マスコミの焦点となっているのは、東京都知事選挙。特に候補者細川氏“過去の疑惑再燃”問題が浮かび上がってきている。 日々報道される内容以外に詳細を知る術など持たないのが、我われ。

事の真偽のほども全く解らないが、古今東西、政治に金は付き物。政治活動に多額の資金が必要とされるのは自明の理。従って、政治がらみの資産形成も、度を越さない程度なら、よしとするのではないかと思うが、しかし度を越せば、社会問題だ。     

だが、肝心の為政の志だけは失って欲しくないものだ。いつの時代であろうと、政治家の原点になるのではないか。政治家だけではない。各界のリーダーすべてについて、それぞれの志が望まれるのである。そうでないとリーダーとしての説得力が出てこない。      

その折も折、ある書物に書かれていた言葉に共感を覚えた。それは、後漢時代から三国志の時代にかけての人物、荀悦(献帝の侍従兼政治顧問)が政治の根本とその得失を論じた「申鑒(しんかん)」の中の言葉で,
「政を致すの術は、先ず、四患を屏(しりぞ)く」と。              

四患とは、「偽私放奢」のことで、
「偽」とは、二枚舌、公約違反のたぐいである。
「私」とは、私心、あるいは私利私欲を意味している。
「放」とは、放漫、節度のない状態を指している。
「奢」とは、贅沢、ムダ使い、あるいは心の驕りである。           

まさに、現下の情勢にピッタリの言葉ではないか。
(完)
                      <評論家>


2014年01月05日

◆真正面からの言葉・教えほど尊い A

眞鍋 峰松


中学時代の先生で、今でもその先生のお顔もお名前も鮮明に記憶しているが、確か、復員軍人上がりの、しかも将校経験のある人であった。 

その先生の授業中で、担当教科に何の関係もない一言が今でも忘れられない。

それは、黒板に大書された「男子、青雲の志を抱き、郷関を出れば・・・・」という言葉。今から思い起こしても、少々時代錯誤的な言葉に聞こえるようだが、間違いなくその後の私の人生に影響を及ぼした言葉であることは事実だ。

最近になって、陳 舜臣氏の著書「弥縫録」の中で久し振りにその言葉に出逢えた。
  〜青雲の志を抱いて郷関を出る〜といった表現がある。

この場合の青雲の志とは、功名を立てて立身出世しようという意欲のことなのだ。 辞典には、この外に「徳を修めて聖賢の地位に至る志」といった説明もある。 

だが、実際には功名心の方にウェイトがかかっている。「ボーイズ・ビ・アンビシャス! 青雲の志を抱け」というのだ。  

青といえば、すぐに連想されるのが、春であり、東であり、竜である。

東は日の出る方角であり、人生に日の出の時期を「青春」というのは、これに由来している。青は若く、さわやかである。それに「雲」という言葉をそえると、心はずむような語感がうまれる。雲は天の上にあるのだから。若い日の功名心は、まさに天に昇ろうとするかのようである。

流石に、良い言葉ではないか。 要は、望ましい教師像として私が言いたいことは、19世紀英国の哲学者ウイリアム・アーサー・ワードの次の言葉に簡潔に表現されている気がする。
        ・凡庸な教師は しゃべる。
        ・良い教師は  説明する。
        ・優れた教師は 示す。
        ・偉大な教師は 心に火を付ける。
                               (完)

2014年01月04日

◆真正面からの言葉・教えほど尊い @

眞鍋 峰松


最近、マスコミ上に登場する方々を拝見していると、どうも物事を斜めに見て論じる人が多いように感じられてならない。多分、論じておられるご本人は、それが正しいと信じ切っておられるのだろう。 

これは何も最近になって起こった現象とは限らない事なのかも知れないが、まさにマスコミ好みの人種ということなのだろう。

靖国神社参拝問題については、国のために尊い命を捧げた旧日本軍将兵の御霊に感謝の念を表すことは大事な筈だ。

その方々はこれに対して、「中国・韓国の国民感情に配慮し外交関係・国益を考えるべし」とおっしゃる。 それでは、どうするのか。

物事を斜めに見ると、その二本の線はそれぞれが両立する衝突の側面しか見えない。 

A級戦犯合祀の問題も含め、人により立場により色々な考え方があるのだろうが、私には真正面から考えると、この二つの命題はそもそも両立できないことではないと思える。 

歴史的な経緯があるにせよ、また諸外国から如何に言われようが、日本国にとっては、本来一方が他方を排除したり、相容れない事柄ではないはずだ。 

それより戦後60年間以上もこれまで避けられてきた国内論議の決着の方が先決だろう、と思える。だからこそ、外交面では未来志向型の解決しかないのだろうという気がする。
   
過去を振り返ると、私の学校時代の教員にも、物事を斜めに見る性癖のある人達が結構多かった。

とりわけ「己を高く持する人物」に多々見られる事柄でもある。それはそれ、その御仁の生き方・信条そのものの問題だから、他人である私が、眼を三角にしてトヤカク言う必要のないことではある。 

ところが、教員という職業に就いている人間がそういう性癖を持ち、日頃児童・生徒に接しているとしたら、そうはいかない。
   
私の経験でも、「物事を斜めに見る性癖のタイプ」の教員が結構多かった。

結論から言えば、そういうタイプの教員は教育現場では有害無益な人間と言わざるを得ないのではないか。
  
実社会においても一番扱いの難しいのが、こういうタイプの人間だろうし、往々にして周辺の人間からも嫌われてもいる。 

多情多感な青少年にとって、こういうタイプの先生に教えられることには「百害あって一利なし」である。
   
教育の本質はむしろ逆で、もっと「真正面からの言葉・教え」ほど尊いと 私の体験からも、そう思える。<後編へ> 

2014年01月02日

◆人事の季節 悲喜こもごも

眞鍋 峰松 
 

この季節、いずれの組織・団体においても定期の人事異動が行なわれる。 様々な噂・憶測が飛び交い、当事者はそれに一喜一憂するというのは毎年のことである。

だが、人の噂話ほど当てにならないものはない。 人事異動は悲喜こもごも。 何千、何万という人間を抱える大きな組織に限らず、例えもっと小規模な組織でも、皆が満足し幸せを感じる異動など100%あり得ない。
 
当人にとって、特に昇格を控えた時期であれば、より「そわそわ度」は高くなる。 異動先によっては家族ともども引っ越しという事態ともなるので大変だ。 だが、その結果は最後まで判らない。

その人事異動。 問題は、大抵の場合、自己評価と、他人とりわけ上司の評価とのギャップが大きいことである。 自己評価の高い人間ほど客観的評価との落差を思い知ることになる。 ただ、この客観的評価自体にも問題が潜む場合が多い。
 
昨今、どこの組織においても幾つかの評価項目を定め評点化している場合が殆どであるが、そもそも人間の適性・才能を評価する側の人間にしっかりした能力があれば良いのだが。 それより自分の部下の能力・成績も指導次第でどうにかなるのだ、という自信を持った上司こそが望ましい。
 
正直、私のような者にとっては、この人事評価一つでこの人間の一生を左右するのだと思うだけでもそら恐ろしく、到底確信を抱くには至らなかった。

ある書物の中で、人事担当責任者の言葉として「各部署から部下を評価した報告書が回ってくるのですが、“部下のここが気に入らないから、異動させてくれ”みたいなことが書いてある。

上司というのは、部下のいいところを引き出すのも仕事のうちだと思っていますから、どこの部署で働けば、部下の能力が生かせるか、そこまで書いてくるように書き直しを要請したこともあります。

それぞれの上司が部下の適材適所を真剣に考えれば、会社全体が活性化されると信じていたので、好き嫌いで評価を下すのは許せませんでした」と記述されていたことを思い出す。 私の経験からしても、至極当然の言葉であろうと思う。

そこで、現職当時に常に心に留め置いた、現代でも十分通用する上司の心得として江戸中期の儒者 荻生徂徠の言葉に「徂徠訓」というのがあったので、ここで紹介させて頂く。

1) 人の長所を始めより知らんと求めべからず。 人を用いて始めて長所の現れるるものなり。
2) 人はその長所のみ取らば即ち可なり。 短所を知るを要せず。 
3) 己が好みに合う者のみを用いる勿れ。  
4) 小過を咎むる要なし。 ただ事を大切になさば可なり。    
5) 用うる上は、その事を十分に委ぬべし。  
6) 上にある者、下の者と才知を争うべからず。
7) 人材は必ず一癖あるものなり。 器材なるが故なり。 癖を捨てるべからず。      
8) かくして、良く用うれば事に適し、時に応ずるほどの人物は必ずこれあり。

もっとも、この徂徠訓も江戸中期という封建制度下のもの。 現代の上司たるもの、とりわけ中間管理層は想像以上に大変なのかも知れない。
 
上からと下からの重圧の下、指導が厳し過ぎるとパワハラと疑われ、異動先が当人の意に沿わないと冷酷と言われるそうなのだから。
 
だが、人材以外に頼るべき資源を持たないのが、我われの日本。 その人材を活かすも殺すも適切・妥当な人物評価。 確たる信念を持ったリーダー・管理職達の奮闘を心から望みたい。

2013年12月09日

◆わが家の七福神

眞鍋 峰松


我が家の玄関ドアー上の内側の棚には、本当に小さい木彫りの七福神が一枚の木の板に仲良く並んで鎮座しておられる。


どちらの家庭もご同様でしょうが、大晦日には我が家も恒例行事である家中の掃除と整頓。 生来の無精者・怠け者の私は、毎年その作業から逃げの一手。
 

昨年も、その殆どを家人に任せ、私に課せられた惟一の作業である神棚の磨きとお飾りを終了し、やれやれと玄関で腰を伸ばしつつ、ふと見上げた眼前に1年の埃が積ったこの七福神様。これは真に申し訳ない始末、と慌てて埃を払い清めさせて頂いた。


今になれば、どのようにして入手したものやら、その由来も分からなくなったのだが、いつの間にやら、30年以上も前から我が家の外部からの災厄除けの大事なお役を務めて頂いてきている。


ある書物によると、元々この七福神信仰は室町時代からあったと言われ、人間の七福である寿命、有福、人望、清廉、愛敬、威光、大量を七人の神に結びつけ、前から寿老人、大黒天、福禄寿、恵比寿、弁財天、毘沙門天、布袋の順になる、とのこと。
 
しかも、この七福神の選び方はまことにバラエティに富んでいて、恵比寿だけが日本土着の神で、あとはインド産が大黒と毘沙門、中国産が福禄寿と寿老人、唯一女神としての弁天さん、そして布袋に至っては中国の唐の時代の実在の和尚であり、神道・仏教・道教を全て総合。
 

外来文化と土着文化とが習合して独自のものを形成したのである、とのことである。


現在でも七福神詣で(参り)と言って、正月元旦から七日までの間に七福神を祭った社寺を巡拝して開運を祈る風習も残されている。


興味を抱いてネットで調べてみると、大阪市内では、寿老人が三光神社(天王寺区)、大黒天が大国主神社(浪速区)、福禄寿が長久寺(中央区)、恵比寿が今宮戎神社(浪速区)、弁財天が法案寺(中央区)、毘沙門天が大乗坊(浪速区)、布袋が四天王寺(天王寺区)というのが、一つの参拝コース(所要3時間)とのこと。
                  

正月の松飾りを立てておく期間(1日〜7日又は15日)を松の内といって、まだまだお正月気分が残っている頃合い。一度、七福神詣に出かけ、この1年の無病息災を祈るのも、昔懐かしい日本情緒に浸る良い機会かも知れない。

2013年11月09日

◆メディア自体の信頼性 如何?

眞邉 峰松

 
残念ながら、我々一般人の知る情報は、マス・メディヤが一方的に流すものにしか接する機会以外に無い。 

確かに、現在の日本社会は全体として改革・革新を進めなければ、日本の進路も袋小路に陥る時期にあると思うが、注意しなければならないのは、マス・メディアの世界もまた例外ではないということである。 

逆に、第四の権力とも呼ばれるその影響力から言えば、改革すべきと思われる中で最も大事な部分は、このマス・メディアであろう。


ここで、私はマス・メディアという用語を使い、ジャーナリズムという言葉を使用していない。 


私が敢えて“マス・メディア”というのは、むしろ“マス”つまり大量の・大衆向けの、という意味を込め、社会の警鐘者たることを期待する“ジャーナリズム・リスト”とを区別したい、が為である。 その故、“ジャーナリズム・リスト”には、ある書物にあった次の言葉を呈したい。

   
「ジャーナリズムが大衆の中におらねばならぬことはいうまでもない。だが、そのことはジャーナリズムが大衆の中に埋没してよい、ということではない。権力に媚びざることはもちろん大切だが、大衆に媚びざることはもっと重大である。


ジャーナリズムが見識を失って大衆に媚びはじめると、活字はたちまち凶器に変ずる。富者、強者、貧者、弱者に媚びざることがジャーナリズムの第一義だが、その原則が影をひそめて、オポチュニズムとセンセーショーナリズムだけになってくる。 」


一方、情報をマス・メディアに頼らざるを得ないわれわれ一般の庶民は、いかにマス・メディアの一方的情報伝達に対処すべきか。


残念ながら、我々には個々の情報の信憑性を確かめる術を持たないので、当該メディア自体の信頼性如何に頼らざるをえないだろう。


現在の情報過多の世相の中では、次の文章の示唆する意味を十分踏まえていく必要があると思う。
    

「音楽の情報量は、s/nと表す。Nはノイズ、Sはシグナル、つまり、音楽の発するシグナルを大きく聴き取るためには、シグナルが大きく聞こえることも大事だけれども、ノイズが少ないことが大事だというわけです。


だから、情報量をたくさん取るということは、Sを大きくすることも大事だけれども、Nを小さくすることが大事、余計な情報がどんどん入ってくると、肝心な情報のウエィトが小さくなってしまう。 


情報についても、“省く”ということを考えなければならないということだと思う。 何でも知っていたり、何でも早く読む必要はない。


そうすると、Nがいたずらに大きくなることになるでしょう。日本には「耳を澄ます」という言葉がそういうことでしょう。 (完)
                             (評論家)

2013年11月03日

◆真正面からの言葉・教えほど尊いA

眞鍋 峰松


中学時代の先生で、今でもその先生のお顔もお名前も鮮明に記憶しているが、確か、復員軍人上がりの、しかも将校経験のある人であった。 

その先生の授業中で、担当教科に何の関係もない一言が今でも忘れられない。

それは、黒板に大書された「男子、青雲の志を抱き、郷関を出れば・・・・」という言葉。今から思い起こしても、少々時代錯誤的な言葉に聞こえるようだが、間違いなくその後の私の人生に影響を及ぼした言葉であることは事実だ。


最近になって、陳 舜臣氏の著書「弥縫録」の中で久し振りにその言葉に出逢えた。
  〜青雲の志を抱いて郷関を出る〜といった表現がある。

この場合の青雲の志とは、功名を立てて立身出世しようという意欲のことなのだ。 辞典には、この外に「徳を修めて聖賢の地位に至る志」といった説明もある。 

だが、実際には功名心の方にウェイトがかかっている。「ボーイズ・ビ・アンビシャス! 青雲の志を抱け」というのだ。  

青といえば、すぐに連想されるのが、春であり、東であり、竜である。

東は日の出る方角であり、人生に日の出の時期を「青春」というのは、これに由来している。青は若く、さわやかである。それに「雲」という言葉をそえると、心はずむような語感がうまれる。雲は天の上にあるのだから。若い日の功名心は、まさに天に昇ろうとするかのようである。

流石に、良い言葉ではないか。 要は、望ましい教師像として私が言いたいことは、19世紀英国の哲学者ウイリアム・アーサー・ワードの次の言葉に簡潔に表現されている気がする。

        ・凡庸な教師は しゃべる。
        ・良い教師は  説明する。
        ・優れた教師は 示す。
        ・偉大な教師は 心に火を付ける。
                               (完)