2012年04月03日

◆桜の季節〜日本人の心

真鍋 峰松


この季節、日本各地で見事に咲いた桜の花が見られる。 私なども毎年見るたびに“よくぞ日本に生まれけり”という気持になる。 それほどに日本人の心の奥深く刻まれ、古来から詩歌にも読まれてきた。 

ところで、桜の開花予想はニュースとして報じられるが、その開花基準になるのが「休眠打破」だと言われる。 

桜の花芽は前年の夏に形成され、それ以上生成されることなく晩秋から「休眠」状態になり、冬にかけて一定期間、低温に曝されることで眠りから覚め、開花の準備を始める。 これを「休眠打破」と言うのだそうで、さらに温度が上がるにつれて、花芽が成長生成し、気が熟して開花に至る。 

この故に、桜は四季のある日本で進化した植物と言われる。これほどに時間をかけ開花に至る桜だが、咲き誇るのはほんの僅かの期間。日本人はその桜の花の華麗さとは裏腹の、儚さにも強く惹かれ、その魂の、あたかも象徴の如くに看做してきた。

その典型が、本居宣長の歌「 しきしまの やまと心を ひととはば 朝日ににほふ やま桜はな 」なのであろう。 

また、西行法師には、「 春風の 花を散らすと 見る夢は さめても胸の さわぐなりけり 」と、その出家の秘密を封じた悲恋の歌があり、さらには、「 願はくは 花のしたにて 春死なん そのきさらぎの  望月の頃 」、「 散る花も 根にかへりてぞ  または咲く 老こそ果ては  行方しられね 」という死生観を桜の花に寄せる歌まである。
     
欄漫と咲き誇る桜の花に寄せる心象の一方、そこには日本特有の無常観を底辺に置いた「わび」「さび」「もののあわれ」と言った“ものの見方”も発達してきた。

兼好法師の徒然草第百三十七段「 花はさかりに、月はくまなきをのみ見るものかは。 雨にむかひて月をこひ、たれこめて春の行方知らぬも、なほ哀に情ふかし。 咲きぬべきほどの梢、散りしをれたる庭などこそ見所おほけれ 」

これこそが日本人特有の美意識そのものと思っていたのだが、意外にも、古くから日本で読まれてきた中国古典、明末の洪 自誠の「采 根 譚」の中に、「花は半ば開くを看、酒は微かに酔うを飲む。此の中に大いに佳趣有り。若し爛漫氈陶(らんまんもうとう)に至らば、便ち悪境を成す。盈満(えいまん)を履む者、宜しく之を思うべし 」と記されている。

その大意は「 花は五分咲きを見、酒はほろ酔いぐらいに飲む。その中にこの上もなくすばらしい趣がある。 もし、花は満開しているのを見、酒は泥酔するに至るまで飲んだのでは、その後はかえっていやな環境になってしまう。 

満ち足りた世界にいる人は、よくよくこの点を考えるようにしなさい 」とのことだが、徒然草の言葉とは同じようなことを言っているようにも思えるが、どこか微妙に違っているように思える。

いずれにしても私には、この季節、一年で最も温暖・快適であり、日本人の心に触れる事柄が多い時期を迎えているように思う。(完)
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         「写真:昨年4月撮影」

2012年03月29日

◆公財政を揺るがす「抗し難い圧力」

眞邊 峰松


私は、本欄で、<特に大阪のように本来豊かな税源を持つ地域でも、現行税配分方式ではその多くが中央に吸い上げられ、辛うじて地方交付税の配分で息を繋いでいる情けない実態>と書いたことがある。

更には、<大阪の地盤沈下が叫ばれて久しいが、この主原因は在阪企業の利潤中心の東京移転ではなかったのか、果たして府なり大阪市の力でこれら企業の東京移転を阻止できたのか、これら民間企業経営者の本音の意見を聞きたいところだ>とも指摘している。

その上で、<今後日本経済の復元に成功したとしても、結果的には国と東京の一人勝ちとなり、大阪の地盤沈下が一層明白になり、府下の公財政の改善を求められたとしても、制度の抜本的改革なしには、一歩も進まない実態が明らかになると思われる>と、警鐘を鳴らした。

そこで、改めて私の考えを述べてみたい。私も、かっての府下公財政のあり方を決して是認するものではない。例えば、平成17年秋以降の大阪市の職員厚遇や第三セクターの相次ぐ破綻処理問題、あらゆるところに蔓延する談合体質。

これらは明らかに公財政のあり方を根底から揺るがすものだ。ただ、私の経験から言えるのは、その背景には、自己の利権と集票のみに関心を持つ低劣な議員、政治分野にのみ存在感を誇示し、真の公正妥当な職員福利の増進を無視してきた労働組合、人権擁護を表看板に有形無形の、抗し難い圧力の下に進められてきた諸団体の活動があったことも事実だ。 


当然担当部署は、それらの圧力に屈することなく公務員本来の全体の奉仕者として踏ん張るべきであったろうと思う。そこが社会の指弾の的になっているのだろう。
  
しかし、その彼らを支えるべき議会・マスコミ・警察権力はどこにあったのか、眼を向けていたか。否、全く無かった。

逆に、寧ろ問題の糊塗を進める要因の一つだった、いうのが実態だったであろう。 梯子を登って後ろを振り返れば、誰も続く者とてなく、猪武者扱いされるのが関の山。 全体として、決して褒められた実態ではなかったと確信している。

果たして行政と公財政を取り巻くこのような複雑怪奇な実態を知らず、地方行政に対する見識・胆識をもお持ちとは些かも思えない特定人物を重宝がること自体が、果たして良いのだろうか、正しいのだろうか、と疑問を持たざるを得ない。 

単なるパフォーマンス・綺麗事で終わるなら、長期的・最終的に被害を蒙るのは住民・国民ではないか。

まぁ、そうは言っても、民間でもOBとなられた人物で、企業経営から相当期間離れられ、その後色々な経験を重ねられた上で、大所高所から言われることなら、とは思う。とりわけ行政の弱点である最小コスト・最大効果という点で民間知識を生かしていくのが効果的だとは考えないことではない。

しかし、正直、それでも長い期間に養われた視野、当該問題に対する現実や関わる裾野まで見渡せる経験・知識という点では、一般的には自治体職員OBの中の優れた人材と比べて、果たしてどうだろうか。

現時点に立てば、これらを第三者の目で批判・非難することは簡単だが、例えば、一時期は採算の甘さから世の指弾の的になった関空対岸のりんくうタウンについても、私の目から見れば、新しい国土を生み出したという意味で、土地投資に対する安易な融資による金融危機と、同列に扱われることに抵抗を感じる。 

もっと長期的に考えれば、無から有を生み出したという評価だって有り得るのではないだろうか。過去の責任を追及するばかりというのもどうか、と思う。 

今後、将来の大阪のために、反原発等々の単なる思い付きやスローガンだけの試行錯誤でなく、真に将来をも見通した思い切った施策や投資を立案し、実行できるかどうか疑問が湧いてきて、背筋が寒くなる。」
                    (評論家)

2012年03月11日

◆「何でも民間」に疑問

眞邊 峰松


私の年来のマスコミに対する不信感・大衆迎合体質への嫌悪感が一層増大してきた。 果たして、国家百年の将来を考えるべき時期に、本筋の議論と離れ、質的には枝葉末節の問題に国民を巻き込んで彼らの主張が、“社会の木鐸”、“オピニオンリーダー”の役割というのは、どこに存在するのだろうか。


私も、必ずしもマスコミ人の全てが、課題を単にワイドショー的に取り上げてばかりいるとまでは言わないが、もう少し冷静・客観的に問題を整理し報道するべきだと考える。


ところで、「行為する者にとって、行為せざる者は最も苛酷な批判者である」とは、ある書物の言葉。 同書でこんな話が続く。


「ナポレオンの脱出記を扱った当時の新聞記事である。幽閉されていたナポレオンがエルバ島を脱出した。兵を集めて、パリへ進撃する。

パリの新聞がこれを報道する。その記事の中で、ナポレオンに対する形容詞が、時々刻々に変化していく。 最初は“皇位簒奪者”。 次いで“反乱軍”〜“叛将”〜“ナポレオン”、 やがて“祖国の英雄”。 

そして、ナポレオンがパリに入城した時には、一斉に“皇帝万歳”の記事で埋められた。オポチュ二ズムとセンセーショナリズムのマスコミの実態が浮き彫りにされている」。 まさに、その通りだという感がする。


少々議論が飛躍するが、私は基本的に今の“何でも民間”の風潮に反対だ。私自身の体験から言っても、国の役人の省益あって国益なし、自分たちの徹底的な権益擁護には、実は本当に癖々した。 まさに国を誤る輩だ、何とかならんのか、という気分にもなった。


しかし、国家公務員というに相応しい立派な人士をも身近に知る私としては、少々誤弊のある言い方かも知れないが、敢えて言えば、こと“志”という点においては、真に心ある役人に比し得る民間人は、そう多くなかろうとも思う。
 

これも個人資質・能力というよりは、やはり、退職までの30年を超える永年の職務経験、職責の持つ私自身に染み込んだ体質的なもの、職業の匂いのようなものかも知れない。
  

私には、特にかっての余裕ある民間経営の時代ならともかく、現下の利潤一点張り、効率一点張りの時代に、現役の企業人で、常日頃から“公益とはなんぞや”の視点から物事を考察したことがある人物が、そう数多いとはとても思えない。


とりわけ、最近の風潮となっている企業利益の増加のみに邁進し、その過程で中高年の自殺者の激増など、社会不安を増幅してきたリストラを闇雲に推進してきた企業経営者を見るにつけ、その観を否めない。 


このような中で、果たして、現在のマスコミの論調のように“何でも民間人登用”“何でも民間感覚“ということが果たして正しいのだろうか。                                   (了)

2012年03月08日

◆童話に教えられること

真鍋 峰松


まず、この話をお読み頂きたい。
 

「オオカミが羊の群れを襲う機会をうかがっていたが、犬が見張っていて手を出すことができないので、目的を達するために策略を用いることにした。オオカミは羊に使者を遣って犬を引き離すように求めた。
 

自分と羊とのあいだの反目の原因は犬であり、犬を引き渡しさえすれば、羊とのあいだに平和が永遠に続くだろうとオオカミは言った。何が起こるのかを予見できない羊は犬を引き渡した。


いまや絶対的優位に立ったオオカミは、もはや守る者のいなくなった群れをほしいままに食い荒らした。」(「新訳イソップの寓話集」塚崎幹夫訳 中公文庫)。


以前、読んだ童話の中の話である。日本の昔話や童話の中では、子ども向けに最後の下りがメデタシ、メデタシ、そして二人で幸せに暮らしました風、或いは勧善懲悪の教訓話が多い。
 

だが、西洋の有名なイソップやグリム兄弟の童話集にはハッピー・エンドばかりではなく、相当にアンハッピー・エンド、残酷な結末で終わる話が多いという。
 

これは、欧米系人と日本人との民族性の違い、とりわけ日本人の現世肯定の現実主義と、子供には夢と希望をという一種の理想主義とが合体したところから生じたのであろうか。


童話の専門家でもない私が、このことを詳しく述べるのは本題ではない。


私がこの話から直ちに連想したのは、昨今の米軍基地の移転問題。いつしか日本近海でキナ臭い話が充満する昨今、基地をどこか国外に移転しろと言うのは、果たして如何なる外国の、或いは宇宙人の策略なのかどうか、私には専門外の話。


だが、この童話、如何にも当て擦り的な寓話のように思えてならない。明らかに分かるのは、昨今の米軍基地問題を巡る議論では、どこか基本的な問題が抜け落ちているのではないのか、ということ。
 
つまり、この寓話での犬の果たす役割〜国の安全保障体制の問題である。 


最近の鳩山首相の発言の中にあった、色々と勉強している中で、仰止力のためには米軍基地の分散化には一定の限界があるとの発言に、びっくり仰天するしかなかった。
 

一体、この人物は何年の間、国会議員を勤めて来たのだろうか。それなのに一番大事な国の安全保障について、首相になってから勉強とは。 しかも、この後に及んで仰止力について初めて理解したというのか。惟、唖然とするしかない。
 

国の果たすべき役割の最たるものの代表例は防衛・外交、司法。 戦後の防衛・外交の中心的役割を担ってきたのが日米安全保障条約。それ位は誰でも簡単に解ること。


片務的契約だの、何だのという議論はさて置き、明白なのは、現在の日本自身の防衛力だけでは、近代戦闘では非常に心もとない。
 

米国の軍事力を背景にしなければ、とてもじゃないが周辺の好戦的・反日的な国に太刀打ちできるものではない、ということ。


この件に限らず、今後一体、この国はどこを向いて動いて行くのだろうか。確たる方向性があり、操舵手はいるのだろうか。
        

政治と童話と言えば、イソップ童話の北風と太陽の話。言うまでも無く、これは隣国韓国の対北朝鮮政策の話。
 

三代前の大統領 金大中氏及び後継者盧武鉉氏と、現在の李明博氏の対照的な政策を表現することは、夙に有名である。
 

現時点でも最終判断は保留状態のようだが、これらの政策の行き着いた先が、最近の北朝鮮軍による韓国艦艇への攻撃と数十人の戦死と多数の負傷兵員の発生とすれば、私には自ずと優劣の差も判明したようにも思える。


が、これも鶏が先か卵が先か、どちらが原因で結果なのか、素人眼には結論を出し難い面もある。


最後に、もう一つ。


「兎が獣の会議に出かけてゆき、これからどうしても万獣平等の世にならなければならぬと、むきになって論じ立てた。獅子の大王はこれを聞いてニコニコ笑いながら、兎どん、お前の言うのは尤もだの。だがそれには、まず儂どもと同じに、立派な爪と歯を揃えてからやって来るがいい、と言った。」 

2012年03月04日

◆メディア自体の信頼性 如何?

眞邉 峰松
 

残念ながら、我々一般人の知る情報は、マス・メディヤが一方的に流すものにしか接する機会意外に無い。 

確かに、現在の日本社会は全体として改革・革新を進めなければ、日本の進路も袋小路に陥る時期にあると思うが、注意しなければならないのは、マス・メディアの世界もまた例外ではないということである。 

逆に、第四の権力とも呼ばれるその影響力から言えば、改革すべきと思われる中で最も大事な部分は、このマス・メディアであろう。

ここで、私はマス・メディアという用語を使い、ジャーナリズムという言葉を使用していない。 

私が敢えて“マス・メディア”というのは、むしろ“マス”つまり大量の・大衆向けの、という意味を込め、社会の警鐘者たることを期待する“ジャーナリズム・リスト”とを区別したい、が為である。 その故、“ジャーナリズム・リスト”には、ある書物にあった次の言葉を呈したい。

   
「ジャーナリズムが大衆の中におらねばならぬことはいうまでもない。だが、そのことはジャーナリズムが大衆の中に埋没してよい、ということではない。権力に媚びざることはもちろん大切だが、大衆に媚びざることはもっと重大である。

ジャーナリズムが見識を失って大衆に媚びはじめると、活字はたちまち凶器に変ずる。富者、強者、貧者、弱者に媚びざることがジャーナリズムの第一義だが、その原則が影をひそめて、オポチュニズムとセンセーショーナリズムだけになってくる。 」

一方、情報をマス・メディアに頼らざるを得ないわれわれ一般の庶民は、いかにマス・メディアの一方的情報伝達に対処すべきか。残念ながら、我々には個々の情報の信憑性を確かめる術を持たないので、当該メディア自体の信頼性如何に頼らざるをえないだろう。

現在の情報過多の世相の中では、次の文章の示唆する意味を十分踏まえていく必要があると思う。
    
「 音楽の情報量は、s/nと表す。Nはノイズ、Sはシグナル、つまり、音楽の発するシグナルを大きく聴き取るためには、シグナルが大きく聞こえることも大事だけれども、ノイズが少ないことが大事だというわけです。

だから、情報量をたくさん取るということは、Sを大きくすることも大事だけれども、Nを小さくすることが大事、余計な情報がどんどん入ってくると、肝心な情報のウエィトが小さくなってしまう。 

情報についても、“省く”ということを考えなければならないということだと思う。 何でも知っていたり、何でも早く読む必要はない。

そうすると、Nがいたずらに大きくなることになるでしょう。日本には「耳を澄ます」という言葉がそういうことでしょう。 (完)
                             (評論家)

2012年01月11日

◆この時期 、思い出す失敗

眞鍋 峰松


数日前の本誌掲載のニュース。兵庫県・淡路島南部の灘黒岩水仙郷で、例年よりひと月ほど早く約500万本のスイセンが満開となった。同水仙郷によると、例年並みの年末に開園したが、昨秋の気温が高く雨も多かったため見ごろが早まった、と伝えられた。


スイセンは、多年草で、冬から春にかけて白や黄の花を咲かせるものが多く高貴な匂いで有名だが、日本においてはニホンズイセンが古くに中国を経由して渡来したと言われ、分布は、本州以南の比較的暖かい海岸近くで野生化し、群生が見られる。
 

越前海岸の群落が有名であり、福井県の県花ともなっている。また、近畿近辺では、ニュースに伝えられた淡路島が観光名所となっている。


私には、スイセンと聞けば、苦い苦い思い出に繋がる。
 

もう7,8年前になるが、その年の12月の終わり頃、家内が犬の散歩途中に陸橋の上で転び、運悪く右手首の骨を複雑骨折。


それも、履いていたジョギング・シューズの片方の足の紐が解け、その紐をもう一方の足で踏み、転んだ結果とのこと。近所の外科医院に駆け込んだら、即、手術ということで、その入院中の出来事。                           

常日頃は食事の準備を家内にまかせっきりで、急遽、娘二人と三人で三度の食事に作らざるを得ない羽目になったのだが、調理にあたった長女に自宅のささやかな菜園からニラを取ってくるように頼まれたのが、この私。
 

大根程度の野菜なら直ぐに見分けもつくが、ニラが何処に生えているのやら皆目分らず。 兎に角、ミカンの木の根元に生えていた葉っぱを葉の形を頼りに採ってきて十数枚を娘に手渡した。
 

その後、料理され出されたニラ入り玉子料理を口に入れたのは良いが、やや硬く苦くて直ぐに吐き出した。同様に、次女も吐き出したのだが、料理した本人の長女はそのままモグモグ、胃に送り込んでしまった。


ところが、その夜、長女は吐き気を催し七転八倒の苦しみ様。慌てて救急車を呼ぼうとしている内に、何とか症状が治まった。


その原因は、私がニラと間違ってスイセンの葉っぱを採取し、それを長女は食したというお粗末な結果だった。


私も採取時には、どうもこのニラの葉っぱはいつもより硬いな〜と思いつつの大失敗。常日頃の家内まかせの故の大恥だったが、本当に大事に至らず良かった。
 

ところが、その数日後の新聞報道で、我が家同様の事態が発生したのだろうか、ニラとスイセンを間違え調理し、食中毒の結果、死者が出たとの記事。改めて、幸運に感謝した次第。
   

その後、後学のためと調べてみると、ニラは有毒植物で、リコン( lycorine )とショウ酸カルシウムシュム( calcium oxalate ) などを含み、全草が有毒だが、特に鱗茎(球根)に毒成分が多く、食中毒症状と接触性皮膚炎症状を起こす。
 

葉がニラととてもよく似ており、ニラと間違えて食べ中毒症状を起し、中毒は初期に強い嘔吐があり摂取物の大半が吐き出されるため症状が重篤に到ることは稀であるが、間違えて食べ死亡した例があるとのこと。 

さらに、ニラとスイセンの見分け方ついては、葉の硬度の差異とともに、根がニラは髭状の根であるのに対し、スイセンは鱗茎(球根)と記述されているではないか。
 

自己弁護する積もりは全くないが、葉を採取するのに根の状態まで調べられるのか、と思った次第。
  

いずれにしても、たまには家内と一緒に家庭菜園にいそしみ、日頃もう少しは家事の手伝いをするべきであった、その努力を怠ったが故のこの大失敗、と改めて反省いたしました。

2012年01月04日

◆新しい年〜壬辰(みずのえ たつ)〜   

眞鍋 峰松

 
今年の干支は、壬 辰(みずのえ たつ)。 薬師寺管主・喜光寺住職山田 法胤老師が「喜光寺だより 昨年12月号」にお書きになったことだが、<『十干の壬は第九位にあたり、その意味は「はらむ・ふくらむ」の意味がある。妊婦の妊は、女性が子どもを宿すという意味です。

十ニ支の辰は第五位にあたり、字の形は二枚貝が口をあけて貝の外へ舌が出ているさまで、その舌が水の流れに従って動くことから、「ふるう・ふるえる・ゆれる・動く」という意味になります。


震・振・農・娠・唇・蜃などいろいろなところに用いられます。十ニ支の中で架空の動物にあたるのは辰(龍)だけです。・・・暦の世界では旧暦の三月、春の季節を表し、方位は東南東(辰巳)の方角』>と説明される。

そして、<『この「はらむ」という意味を持つ「壬」と、「動く」という意味を持つ「辰」のニ文字が組み合わさった今年の干支「壬 辰」を占うと、どうしても大地が揺れる、世界経済が浮き沈みして動くということが考えられます。

方位は東南東を示しますから、日本では太平洋の東南海の地震帯にあたることになります。・・・何も地震だけではありません。環太平洋の国々の経済はTPPによってどのように動くか解りません』>とのこと。 

昨年は3月11日に東日本大震災が起こり、福島原発事故まで引き起こした歴史的な年。

その後始末もなかなか進まず、我々の心に大きな傷跡を残したままの今日。今年についても、老師は<『良い方か悪い方か分りませんが、社会が大きく動く年となり、人間の凡智で想定することのできない大自然の恐ろしい力が動く年となるかもしれません』>とのご宣託なのである。

方位が東南東と言えば、関西からみれば、東南海。 まさに中南海と並び、地震予知上
は2030年までの地震の発生確率70%と称せられる地域にあたる。 

昔から、驚きの極致を驚天動地と表現してきた。 周知の如く、天が落ちて来るのを心配するのが杞憂の語源。およそ天が落ちることなどあり得ることではないのだが、大地が揺れ動くことは、有史以来数えきれない程の歴史的事実。 

これらを合わせ考えれば、干支など迷信だよと笑ってばかりにはいかないと言う気分になる。 この時、ふと冊子の表頭に眼を移すとそこには、色鮮やかな龍の絵と「転依」という文字(写真 参照)。
  



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「転依」とは、変わること、「依り所」の転換を意味する。そして、「依り所」とは、仏教の言葉では真如〜宇宙の万物・諸現象の本体で、無差別・平等・絶対不変の真理(三省堂・新小辞林)〜のこと。 

仏教、儒教、道教だけでなく、世界の各宗教の経典には、すべて「善心善行には善い果報があり、不善の行いには悪い果報がある」と説き、もし「転依」しなければ、個人では体の病気、病苦があり、大きくは大自然の災害に変わる、との教えのようだ。

最後に、老師は<『 神道は、この大自然の力が良い方に動いてくださるように祈ることを詞(みことのり)として乞い願い、自然に宿る神々を敬い敬い、そして恐(かしこ)み、恐み申すと奏上するのです』>と結ばれる。

いずれにしても、今年こそは、今の世の中の乱れを正していかなければならない、との天意と読むべきだろう。

2011年12月28日

◆年の瀬に思うこと(その二)

眞鍋 峰松


今年も、残す所あと幾日か。長いようで短い1年という歳月。全てこれ一日一日を重ねる歳月である。例年のことでもあるが、この時期になると、この1年間何をして過して来たのだろう、必ずしも空しく過してきたとは思わないのだが、と回想する。

しかし、取り返しのつかぬ歳月というものが、近年ほど重く心にかかるものはない。残りの時間が、はっきりしてきたからであろう。

この歳になると、人生を登山に例えると、確実に下山の時期である。
 

山を登る時には、先へ先へと急ぎ、路を踏みしめ一歩一歩と足元のみを見詰めきたものを、山を下りる時には、視野が広がり眼下の景色を楽しめる。
 

こう考えれば、下山は決して寂しく惨めなことではないし、穏やかで豊穣で、それまでの知識・情報では及びもつかないような智恵にふれる、そう言う時期でもあるはずだ。                          

徳川家康が子孫のため残した言葉の中に、「人の一生は重き荷物を背負いて 遠き道を行くがごとし」とある。そこには、人の一生は苦であるという仏教の「苦諦」の匂いが窺われる。
  

だが、私のような凡人にとっては、家康のように貧しい時代ならそれは已む得ないことだったのかも知れないが、重い荷を背負って汗水たらしながらひたすら生涯を歩み続けねばならないとしたら、そんな風に人生をだらだらと歩むのは何ともやりきれない、と思ってしまう。


山を下りるその時は疲れているが、その疲れは人生の正しい疲れであってひたすら上を目指して競争している間は気がつかなかったことが感じられる、と思う昨今である。
      

今年1年。 国においては3月11日の東日本大震災と福島原発事故の後処理に追われ、これに伴う政治混乱に明け暮れ、ここ大阪では維新旋風が荒れ狂った。
            

ちょうど1年前。この欄で、「今年はどんな年?」と題し、奈良薬師寺管主山田法胤老師の言葉を紹介した。


老師曰く『 今年は「辛卯(かのとう)」の年に当たり、「辛(かのと)」は字の意味からすると、「からい、つらい、きびしい、酷い、むごい、苦しい」などの意味。
 

「卯」は動物では兎、音読みは「ボウ」で「芒」に通じ、「広い」または「しげる」などの意味で、象形でいうと門の戸が左右に開いた形。方位は正東。時刻では午前6時。
 

この二つの字を組み合わせると、各家の門扉が左右に開いて、午前6時に朝一番の太陽の光が差し込むという風となる。』とのこと。
 

ここまで読んで、慌て者の私は、そうか門内に朝一番の太陽の光!こりゃ、今年は良い年になりそうだ、と喜んだのも束の間。
 

続いて、「辛」の字が開いた門に入り込むとなると、辛くて厳しい、ひどいことが朝一番に入る意味になる。そうなると今年は、苦しい年が否応なしにどの家にも入りこんでくるということになる、とのご宣告であった。


斯く書いた私自身は、干支で当該年の動静・人の運勢が全て決る何てあり得ないと思いながらも、今さらながら驚愕の1年であった。
 

さて、来年は? 今年は我が国にとって歴史的大災厄の年であり、記憶に留めるべき年である。だが、来年こそは、どうか諸々の苦難・懸案が一掃される年でありたいものだと念ずる次第。
 

折しもの忘年会シーズン。行く年よりも、来る年を祈って、せめて今年の忘年会だけは、来年に期待を込め希望に満ちた“望年会”といきたいものである。

2011年12月27日

◆年の瀬に思うこと(その一)

眞鍋 峰松


12月も中頃を過ぎると、ほとんどの会社では冬のボーナスの支給が終了する時期。
4,5日前の民放テレビを見ていたら、番組で街行く老若男女のサラリーマン・ウーマンを対象に、今年のボーナスはどうでしたか、とインタービューしていた。

ひと昔前までは、同じサラリーマンとして、夏・冬のボーナスが如何に有難いものであったことか、百も承知のこと。 とりわけ若年の頃には月給が安いぶん、あたかもボーナスは会社による強制的な貯金、給料として月々頂くと淡雪のように溶けて無くなってしまう、有難い制度だ、とまで思っていた。
 

ただ、現役の当時であれば、同じようなテレビの街頭インタービューであっても、その質問内容は、貴方(女)は貰ったボーナスはどのように使いますか、という使い途に関することが多かった。
 

今回のように、お宅の会社のボーナスはどれ位、というような類のボーナスの金額の多寡の質問では無かった気がする。 


つまり、今時のボーナスの話題と言えば、会社によって相当な格差が有ることが当然の前提として在って、その格差実態の方へ視聴者の関心が向いていることの表れなのだろう。
 

さて、そのインタビュー。 10人程度の男女が回答に応じていたが、現在の不況風の下でさぞ厳しいのだろうという想像に反し意外と、昨年に比べ増えましたという答えが多かった。 

それも面白いことに、年配者はパーセント増と答え、若者は1〜3万円増えましたと金額で表現していたこと。年配者のそれは、経済好調時の大らかな時代の名残りだと思うのは考え過ぎだろう、か。 

番組では、調査対象全体では、やはり現下の不況と先行き不安などを反映し、対前年では減少したとの回答の方が若干多かったとの解説であった。
 
また、インタービュー回答者の中で、3,4人がボーナスの増加要因として、前年に比べ会社の財務状況が改善したので、と答えていた。 つまり、収入面の販売促進や売上増加というより、経理内容つまり支出面の諸経費の削減によるもの、という意味なのであろう。

さらに、番組の中、最も印象深く記憶に残ったのは、30才半ばの男性の答え。 昨年より5倍に増えました、というのである。視聴者も驚いただろうが、さすがに、そのテレビのインタービュアーも驚いて、もう一度聞き返すと、件の男性の答えは、昨年が悪過ぎたのでその分増加幅が多くなった、リストラにより会社の財務内容が改善されたので、というのである。

この前二者の回答の中で、共通するのは、“会社の財務状況の改善で増えました”という理由。 財務改善の内容を明快に答えていたのは後者の男性のみだが、多分、いずれの会社の内容も似たり寄ったりの要因 〜リストラなどによる人件費の圧縮が大きいのだろうと推察できる。

何故なら、我が国の最近の給与所得者の平均所得額が、ほぼ横ばい乃至やや減少傾向にあること、依然として企業の被雇用者中に占める非正規労働者比率が増加しつつあること、特に中高年齢者のリストラが依然として高水準で続いていることなど、からも明らかだ。

また、件の男性の回答の中で、リストラという発言をする際、自己のボーナス増加は他者のリストラという犠牲のお陰だと、やや自嘲気味に言ったようにも聞こえたのは、私だけの錯覚だったのだろうか。 

しかし、一緒に視聴していた家人の反応からしても、あながち私の独断だとばかりには思えない。

江戸時代の儒者 伊藤仁斎には「貧しきことを患(うれ)えず、均(ひと)しからざるを患う」という言葉がある。この言葉には件の男性の心根に相通じるものがあると思うのだが、為政者や企業経営者たちにこそよくよく心して頂きたい言葉だと思う。

現在、非正規労働者を中心に、国民の間に蔓延する将来への不安や現在の生活への不満・不平を齎し、社会全体の安定を乱す要因となっている格差社会への警鐘と受け止めるべきではなかろうか。

それにしても、この番組の中で、上記回答の内容の深刻さに一言も触れることが無かったのはどうしたことだろうか。 社会の木鐸たるジャーナリズムを標榜するマスコミとしてはどうなのだろうか、思う次第である。 
     

2011年12月20日

◆いつまでも残る「教え」(後)

眞鍋 峰松


中学時代の先生で、今でもその先生のお顔もお名前も鮮明に記憶しているが、確か、復員軍人上がりの、しかも将校経験のある人であった。 その先生の授業中で、担当教科に何の関係もない一言が今でも忘れられない。

それは、黒板に大書された「男子、青雲の志を抱き、郷関を出れば・・・・」という言葉。

今から思い起こしても、少々時代錯誤的な言葉に聞こえるようだが、間違いなくその後の私の人生に影響を及ぼした言葉であることは事実だ。

最近になって、陳 舜臣氏の著書「弥縫録」の中で久し振りにその言葉に出逢えた。
 
<〜青雲の志を抱いて郷関を出る〜>といった表現がある。

この場合の青雲の志とは、功名を立てて立身出世しようという意欲のことなのだ。辞典には、この外に「徳を修めて聖賢の地位に至る志」といった説明もある。 

だが、実際には功名心の方にウェイトがかかっている。「ボーイズ・ビ・アンビシャス! 青雲の志を抱け」というのだ。  

青といえば、すぐに連想されるのが、春であり、東であり、竜である。

東は日の出る方角であり、人生に日の出の時期を「青春」というのは、これに由来している。青は若く、さわやかである。

それに「雲」という言葉をそえると、心はずむような語感がうまれる。雲は天の上にあるのだから。若い日の功名心は、まさに天に昇ろうとするかのようである。

流石に、良い言葉ではないか。要は、望ましい教師像として私が言いたいことは、19世紀英国の哲学者・ウイリアム・アーサー・ワードの次の言葉に簡潔に表現されている気がする。

        ・凡庸な教師は しゃべる。
        ・良い教師は  説明する。
        ・優れた教師は 示す。
        ・偉大な教師は 心に火を付ける。
                               (完)

2011年12月18日

◆いつまでも残る「教え」(前)

眞鍋 峰松
   

最近、マスコミに登場する方々を拝見していると、どうも物事を斜めに見て論じる人が多いように感じられてならない。多分、論じておられるご本人は、それが正しいと信じ切っておられるのだろう。 

これは何も最近になって起こった現象とは限らない事なのかも知れないが、まさにマスコミ好みの人種ということなのだろう。

例えば、靖国神社参拝問題についても、国のために尊い命を捧げた旧日本軍将兵の御霊に感謝の念を表すことは大事な筈だが、その方々はこれに対して、「中国・韓国の国民感情に配慮し外交関係・国益を考えるべし」とおっしゃる。それでは、どうするのか。

物事を斜めに見ると、その二本の線はそれぞれが独立した線の衝突の側面しか見えない。 

A級戦犯合祀の問題も含め、人により立場により色々な考え方があるのだろうが、私には真正面から考えると、この二つの命題はそもそも両立できないことではないと思える。 

歴史的な経緯があるにせよ、また諸外国から如何に言われようが、日本国にとっては本来一方が他方を排除したり、相容れない事柄ではないはずだ。 

それより戦後60年間以上もこれまで避けられてきた国内論議の決着の方が先決だろう、と思える。だからこそ、外交面では未来志向型の解決しかないのだろうという気がする。
   
過去を振り返ると、私の学校時代の教員にも、物事を斜めに見る性癖のある人達が結構多かった。

とりわけ「己を高く持する人物」に多々見られる事柄でもある。それはそれ、その御仁の生き方・信条そのものの問題だから、他人である私が、眼を三角にしてトヤカク言う必要のないことではある。 

ところが、教員という職業に就いている人間がそういう性癖を持ち、日頃児童・生徒に接しているとしたら、そうはいかない。
   
私の経験でも、「物事を斜めに見る性癖のタイプ」の教員が結構多かった。

結論から言えば、そういうタイプの教員は教育現場では有害無益な人間と言わざるを得ないのではないか。
  
実社会においても一番扱いの難しいのが、こういうタイプの人間だろうし、往々にして周辺の人間からも嫌われてもいる。 

多情多感な青少年にとって、こういうタイプの先生に教えられることには「百害あって一利なし」である。
   
教育の本質はむしろ逆で、もっと「真正面からの言葉・教えほど尊い」と 私の体験からも、そう思える。<後編へ> 

2011年12月14日

◆年の瀬に思うこと(その一)

眞鍋 峰松


12月も中頃を過ぎると、ほとんどの会社では冬のボーナスの支給が終了する時期。
4,5日前の民放テレビ番組を見ていたら、街行く老若男女のサラリーマン・ウーマンを相手に、“今年のボーナスはどうでしたか”、とインタビューしていた。

ひと昔前までは、同じサラリーマンとして、夏・冬のボーナスが如何に有難いものであったことか、百も承知のこと。とりわけ若年の頃には月給が安い分、あたかもボーナスは会社による強制的な貯金、給料として月々頂くと淡雪のように溶けて無くなってしまう、有難い制度だ、とまで思っていた。 

ただ、現役の当時であれば、同じようなテレビの街頭インタビューであっても、その質問内容は、“貴方(女)は貰ったボーナスはどのように使いますか”、という使い途に関することが多かった。

今回のように、「お宅の会社のボーナスはどれ位」というような類のボーナスの「金額の多寡」の質問では無かった気がする。つまり、今時のボーナスの話題と言えば、会社によって相当な格差が有ることが当然の前提として在って、その格差実態の方へ視聴者の関心が向いていることの表れなのだろう。

さて、そのインタビュー。10人程度の男女が回答に応じていたが、現在の不況風の下でさぞ厳しいのだろうという想像に反し意外にも、昨年に比べ増えましたという答えが多かった。 

それも面白いことに、年配者はパーセント増と答え、若者は1〜3万円増えましたと金額で表現していたこと。年配者のそれは、経済好調時の大らかな時代の名残りだと思うのは考え過ぎだろう、か。 

当番組では、調査対象全体ではやはり現下の不況と先行き不安などを反映し、対前年では減少したとの回答の方が若干多かったと述べていた。

また、インタビュー回答者の中で、3,4人がボーナスの増加要因として、前年に比べ会社の財務状況が改善したので、と答えていた。つまり、収入面の販売促進や売上増加というより、経理内容つまり支出面の諸経費の削減によるもの、という意味なのであろう。

さらに、番組の中、最も印象深く記憶に残ったのは、30才半ばの男性の答え。昨年より“5倍”に増えました、というのである。

視聴者も驚いただろうが、さすがに、そのテレビのインタビュアーも驚いて、もう一度聴き直すと、件の男性の答えは、昨年が悪過ぎたのでその分増加幅が多くなった、リストラにより会社の財務内容が改善されたので、というのである。

この前二者の回答の中で、共通するのは、“会社の財務状況の改善で増えました”という理由。

財務改善の内容を明快に答えていたのは後者の男性のみだが、多分、いずれの会社の内容も似たり寄ったりの要因。〜リストラなどによる人件費の圧縮が大きいのだろうと推察できる。

何故なら、我が国の最近の給与所得者の平均所得額が、ほぼ横ばい乃至やや減少傾向にあること、依然として企業の被雇用者中に占める非正規労働者比率が増加しつつあること、特に中高年齢者のリストラが依然として高水準で続いていることなど、からも明らかだ。

また、件の男性の回答の中で、リストラという発言をする際、自己のボーナス増加は同僚のリストラという犠牲のお陰だと、「やや自嘲気味」に言ったようにも聞こえたのは、私だけの錯覚だったのだろうか。

しかし、一緒に視聴していた家族の反応からしても、あながち私の“独断”だとばかりには思えない。

江戸時代の儒者 伊藤仁斎には「貧しきことを患(うれ)えず、均(ひと)しからざるを患う」という言葉がある。この言葉には件の男性の心根に相通じるものがあると思うのだが、為政者や企業経営者たちにこそよくよく心して頂きたい言葉だ。

現在、非正規労働者を中心に、国民の間に蔓延する将来への不安や現在の生活への不満・不平を齎し、社会全体の安定を乱す要因となっている格差社会への警鐘と受け止めるべきであろう。

ところが同番組の中で、回答内容の実態とその深刻さの意味に些かも触れなかったのには、ガッカリした。

社会の木鐸たるジャーナリズムを標榜するマスコミが、現下の政治経済情勢を正確に捉えず、是非論・視点さえも曖昧にしている最近の傾向には、正直不満を覚える。皆さんはどうだろうか。

2011年12月11日

◆大阪北新地 異聞 

眞鍋 峰松

 
世間には不況の風が強烈に吹きまくっているらしい。 

職場も、第一線を離れて6年半、続く非常勤職も半年前に終え、今では暇を持て余す。 それでも、世の多くの人に比べ長年職場には恵まれたものだと感謝する日々だ。

所が、数日前のある新聞の記事に改めて世の不況風に驚いた。 

ご覧になった方も多いかも知れないが、見出しの「不況キタ風 進む二極化」の下に、忘年会シーズンを迎えたが、長引く不況に東日本大震災の自粛ムードも加わり、今年は例年以上に各地のネオン街が活気を失っており、大阪を代表する北新地も同様だ、というのである。 
 

確かに、ごく最近まで徘徊してきた大阪代表格の歓楽街、北新地の最近の変貌ぶりを肌で感じてはいた。居酒屋チェーン店の急増やカラオケ店の出現、道行く若者の増加など、10年以上も前の中高年サラリーマンなど社用族めいた人達だけが闊歩する街とは様変り。

記事によると、<店舗の淘汰が進み街の様相が一変。中堅のクラブやラウンジが相次いで閉店する一方、安い居酒屋などが進出し、高級店と大衆店の二極化が顕著になっている。 昔から続く格式のあるクラブは今や数十軒。安い店と高級店の二極化が進み、その割を食う形で中間店の閉店が相次いでいる>とのこと。 

加えて、<客だけでなくホステスも集まらない。時給制のバイトだと、今の若い女の子は北新地以外のキャバクラなどに勤める傾向にあるという。その理由も北新地は年配客相手でマナーもウルサイ。ところがキャバクラだと未明まで勤務でき稼ぎも多い上、若い客相手のため、水商売の経験なしでも気軽に勤められる>、という。

この記事を読んでみて、改めて思った。このような二極化の現象や安易な勤務と稼ぎを求める風潮は、何も身近な風俗世界だけの話ではない。否、むしろ北新地の問題はその延長線上にあるというだけのことだ。

そこで考えてみると、気になるのは今の我が国を取り巻く経済情勢とそれと関連する世界経済のことだ。

所得階層の二極化とこれに伴う中間所得層の減少と貧困階層の拡大。その要因の多くは非正規雇用形態の拡大と正規・非正規雇用者間の待遇格差が根底にある。これらが国民の間に生活不安・不満を齎し、社会全体の安定を乱す要因となっている。 

しかし、この現象はひとり我が国のみならず、世界全体の抱える問題でもある。世界的には失業率の悪化が最大の要因と思われるが、アメリカや西欧世界での変化を求めるデモの続発、中近東での民主化を求める革命騒ぎまで、その根底には全て国民間の経済力・所得格差の問題が横たわる。また、そこに共産主義一枚岩だったお隣の中国までもが揺れ動いている。

世界を席巻している弱肉強食・効率一点張りの社会。即ち、拝金主義の横行・リストラ自由のアメリカ式経営、市場原理万能の諸改革、これら全てが合い待って引き起こした現象だろう、と私は思う。 

では、これらに如何に対処し、社会の安定を図っていけばよいのだろうか。 

それには、こと日本に関しては「国家の品格」の著者 藤原正彦氏の言うように、

<鎌倉時代以降、多くの日本人の行動基準・道徳基準となって来た武士道精神を復活し、慈愛、誠実、忍耐、正義、勇気、惻隠の心を取り戻していくこと。とりわけ他人の不幸への敏感さである惻隠の心、「名誉」と「恥」の意識の回復を図る>ことに尽きる。 

だが、果たしてそのような“情緒”的な形で解決できる問題なのだろうか。これからの社会、一体どのような方向に向かって行くのか、全く予想もつかないな〜、という気分になる。