2016年12月30日

◆人事の季節、悲喜こもごも

真鍋 峰松


これからの折、いずれの組織・団体においても定期の人事異動が行なわれる。 様々な噂・憶測が飛び交い、当事者はそれに一喜一憂するというのは毎年のことである。

だが、人の噂話ほど当てにならないものはない。 人事異動は悲喜こもごも。 何千、何万という人間を抱える大きな組織に限らず、例えもっと小規模な組織でも、皆が満足し幸せを感じる異動など100%あり得ない。
 
当人にとって、特に昇格を控えた時期であれば、より「そわそわ度」は高くなる。 異動先によっては家族ともども引っ越しという事態ともなるので大変だ。 だが、その結果は最後まで判らない。

その人事異動。 問題は、大抵の場合、自己評価と、他人とりわけ上司の評価とのギャップが大きいことである。 自己評価の高い人間ほど客観的評価との落差を思い知ることになる。 ただ、この客観的評価自体にも問題が潜む場合が多い。
 
昨今、どこの組織においても幾つかの評価項目を定め評点化している場合が殆どであるが、そもそも人間の適性・才能を評価する側の人間にしっかりした能力があれば良いのだが。 それより自分の部下の能力・成績も指導次第でどうにかなるのだ、という自信を持った上司こそが望ましい。
 
正直、私のような者にとっては、この人事評価一つでこの人間の一生を左右するのだと思うだけでもそら恐ろしく、到底確信を抱くには至らなかった。

ある書物の中で、人事担当責任者の言葉として「各部署から部下を評価した報告書が回ってくるのですが、“部下のここが気に入らないから、異動させてくれ”みたいなことが書いてある。

上司というのは、部下のいいところを引き出すのも仕事のうちだと思っていますから、どこの部署で働けば、部下の能力が生かせるか、そこまで書いてくるように書き直しを要請したこともあります。

それぞれの上司が部下の適材適所を真剣に考えれば、会社全体が活性化されると信じていたので、好き嫌いで評価を下すのは許せませんでした」と記述されていたことを思い出す。 私の経験からしても、至極当然の言葉であろうと思う。

そこで、現職当時に常に心に留め置いた、現代でも十分通用する上司の心得として江戸中期の儒者 荻生 徂徠の言葉に徂徠訓というのがあったので、ここで紹介させて頂く。

1) 人の長所を始めより知らんと求めべからず。 人を用いて始めて長所の現れるるものなり。
2) 人はその長所のみ取らば即ち可なり。 短所を知るを要せず。 3) 己が好みに合う者のみを用いる勿れ。  
4) 小過を咎むる要なし。 ただ事を大切になさば可なり。    5) 用うる上は、その事を十分に委ぬべし。  
6) 上にある者、下の者と才知を争うべからず。
7) 人材は必ず一癖あるものなり。 器材なるが故なり。 癖を捨てるべからず。      
8) かくして、良く用うれば事に適し、時に応ずるほどの人物は必ずこれあり。

もっとも、この徂徠訓も江戸中期という封建制度下のもの。 現代の上司たるもの、とりわけ中間管理層は想像以上に大変なのかも知れない。 
上からと下からの重圧の下、指導が厳し過ぎるとパワハラと疑われ、異動先が当人の意に沿わないと冷酷と言われるそうなのだから。
 
だが、人材以外に頼るべき資源を持たないのが、我われの日本。 その人材を活かすも殺すも適切・妥当な人物評価。 確たる信念を持ったリーダー・管理職達の奮闘を心から望みたい。

2016年12月13日

◆「情報化と人間の生き方考」(後編)

眞鍋 峰松(評論家)



 情報化の進展とともに、個々人が容易に色々な情報に接し得る機会が多くなり、各人のライフスタイルも多様化しつつある現在では、かっての組織優先の人間観・人生観は個人にも社会へも大きい軋轢と落差をもたらす。

 個人にとって、従来の日本型の自意識のままでは、情報化、多様化している社会を生き抜くのは非常に難しい時代に直面しているのは確かだ。
   
 そこで求められる生き方は、ということになると、やはり肩書き抜き、組織とは距離を置いた自己意識を持ち、長寿社会を迎えて多趣味を生かしながら生き抜いていくことだろう。 

 そのためには、好奇心をいつまでも強く持ち、新しいものをどんどん受け入れ、それらを積極的に活用していこうという気構えを常に忘れないこと、これはつまり、進取の気性を持つということだ。 

 そして、この進取の気性こそ生きがいを見つける最大の武器の一つでもある。 そして、もう一つは、徒に明日を思い煩うな、ということ。 明日のことは明日のことで、今日思い煩うことはない。いずれにしても、座して待つのでなく、これぞと思った時には、すぐさま行動に移すぐらいの勇気と機敏さをいつまでも忘れないことだろう。 

 ここで動いて明日はどうなるだろう、なんて思い悩んでしまったらどうだろう。 要は、明日を思い煩うことなく、今日一日をプラス思考でことに当たることが肝要、ということになろう。
 
 もう一度少年のような冒険心と好奇心を持って、一日一日を過ごし、充電してゆくことが、花も実もある生き方につながるのではないか。 シェークスピア風にいえば、退職後も自分に与えられた「劇場」の中で、しっかりと「主役」を演じることはとても楽しいことである。(完)

2016年12月12日

◆「情報化と人間の生き方考」(前編)

眞鍋 峰松(評論家)



最近になって、情報化社会がいよいよここまで進展してきたのか、と強く感じさせられる社会現象が多く見受けられるようになった。 

その最たるものが、今や少々旧聞に属するが、IT企業による旧来のマスコミ産業株の大量取得、強制的とも思える事業参画事件の続発だろう。 

当時、この一連のマスコミ産業界の騒動こそ、大きな目で鳥瞰すれば、これまで製造業界、金融界、流通業界と引き続いてきた一連の各業界のグローバル化に伴う再編の波が、いよいよマスコミ界まで及んできたもので、これまで他人ごとのように批判・評論してきた既存マスコミ人の狼狽振りが少々滑稽に思える。

 だが、その進展ぶりは、何もこれに限らず、もっと身近なところでもいっぱい起こっている。消費行動におけるネット販売の普及やネット犯罪の横行などもよく知られた例だ。 
だが、何よりも情報化の進展は、個人レベルの社会生活の中では、その人のアイデンティティの組織離れということに大いに関係してきているのではないだろうか。
   
かって、サラリーマンが企業戦士として高度成長を支えてきた時代には、個よりも役割を優先する日本的意識はそれなりに機能してきた。

だが、こうした肩書き優先社会では、退職や失業などにより所属してきた組織を失うと、個人のアイデンティティも失われ、ヘタをすると人間としての存在価値そのものが奪われる結果となる。

ここにきて、一挙に増加傾向を示しつつある中高年男性の自殺や熟年離婚のなども、役割と人格を混同し社会や配偶者などと個として向き合うことが少なかったことの裏返しの現象の一つ、ということだろう。
(後編に続く)

2016年11月30日

◆我が畏友の死の想い

真鍋 峰松


高校時代の畏友が東京の自宅で亡くなったことを、ふと想い出した。長年勤務した大手都市銀行を経て、関連会社の常勤監査役を勤めていた。享年68歳だったのだ。いま思えば若年死だった。

高校入学15歳の時以来、55年以上の歳月を経ての永遠の別れである。愛煙家の私と違って、喫煙もしないのに肺ガンによる死であった。大阪市内の中学から入学したのが、当時は学区のトップ校と言われていた府立I高校。旧制中学校以来、来年には創立117年を迎える伝統校である。
 
高校時代の彼は、一本筋の通ったなかなかの硬骨漢。少々運動を苦手としたが、勉学の方はいつも学年上位の成績であった。

親しくなったのは、1年生の時に同じクラスだった故と記憶しているが、それよりも同じ新聞部に所属したことの方が大きい。

我々の学年は、昭和17年〜18年の生まれ。 終戦直後の混乱振りを記憶しているはずも無いのだが、多少なりともその匂いを嗅いだことのある世代ということになる。
 
高校時代は昭和33年4月〜36年3月。ちょうど、昭和35年(1960年)の日米安全保障条約改定時の大騒動の真っ只中に、最も多感な高校時代を過ごした世代である。 この安保反対闘争の余波は、当時の高校生たちにも及んでいた。

当時のI高校は教職員組合の拠点校の一つと目される程の激しい活動に巻き込まれていた。組合員である教員の中には、安保反対を唱えて、学校内で座り込みハンガー・ストライキを敢行する者も現れる始末。
 
今から考えると、幾ら自分の主義・信条と異なる政策が採択されたからと言っても、教育現場である学校での斯かる行動は到底許されることではなく、多分、現在の世の中の大半の人達には受け入れられもしまい。
 
だが、当時の校内の雰囲気は凡そ現在の社会常識からかけ離れたものであった。しかも、組合員の教員の影響の下、生徒会活動も先鋭化し、遠い記憶では、一高校でも一日、最も激しかった同じ府立の某高校に至っては、一週間以上も校門を閉鎖しロックアウトに至る異常な状態であったように思う。
 
その他の高校でも似たり寄ったりの状態では無かったろうか。 また、学校内では大学生の学生運動家など外部からのオルグ活動も激しかったという記憶もある。

このような混乱の中、我が新聞部は、組合教員の行動や外部からの学生運動家の活動を批判し、高校生らしく自制を求める論説を載せ、賛否両論の激しい渦の中に放り込まれ、挙句の果てには、一時期、反対派の生徒達によって部室に長時間閉じ込められるという苦い経験もあった。 
                                    
この渦の中、同じ考えを抱く同期生の仲間が集まり、安保反対闘争から距離を置くための校内活動を進めた。

彼は、高校時代から、確かバイク販売事業を営んでいた父親の影響か、どちらかと言えば右よりの堅実な思想の持ち主で、当時の反安保運動体制下にあったI高校の組合活動家やその影響下にあった生徒会や文芸部などの過激な行動に反対するグループの一員。 私もその一員であった。
 
今から思い起こすと、ここら辺りが55年以上も続く我々のグループ結成の端著になったのではなかろうか。 そして、現在に至るも、年一回の総会と大阪と東京それぞれの地区に分れ、勉強会と称する親睦を深めてきた。 
                     
この総員14人の仲間は、何しろ15〜16才の紅顔(厚顔)の美少年時代(?)から55年以上も経ち、今や前期高齢者の仲間入り。卒業した大学や専門分野が違い社会人としてのその後の身の振り方も様々だが、今ではその殆どが現役を引退。

僅かに、現役組には医者が二人、会社社長が一人、大学教員二人として残るのみ。寂しいことではあるが、いよいよ会員の殆どが“毎日が日曜日”状態になりつつある。
                                    
思えば、我われのグループは、当時の反安保闘争の中で発足し、少々オーバーな表現だが、高校時代はもちろん、戦後の高度経済成長期などの政治・経済の激動の時代を共に闘い、共に生き抜いてきた仲間たちである。

そして、思いがけなくも、彼が仲間の最初の物故者ということになってしまった。当時のいがぐり頭の面影を我われの脳裏に残しながら。

2016年11月17日

◆今時の男の子、女の子

眞鍋 峰松



最近、こんな話を耳にした。ある小学校の4年生のクラスの保護者授業参観での出来事。 担任の先生が選んだ参観授業の内容が、小学4年生はちょうど10歳ということで、20歳の半分〜「二分の一成人式」に因んだ作文の発表会。
 
学年全体の授業テーマだったそうだが、単なるありふれた授業内容や風景の参観に比べ、それにしてもなかなか面白い着想。先生方も色々と知恵を絞られたのだろう。

生徒たちはそれぞれ、生れてから10年間聞き取ってきた家庭内出来事を作文に纏め、参観日に保護者(平日だったので、保護者欠席2名を除き全員が母親ばかる)の前で対面して読み上げる、という方式だったそうだ。 

私どもの年代は、学級名簿はまず男子生徒、続いて女子生徒という順番だったが、いま時はアイウエオ順の名簿。従って、生徒の読む順番も男子が終わって、次いで女子ということでもなく、アイウエオ名簿の順番で発表する。

ところが、その場に居合わせた母親達が一様に驚いた出来事が発生した。生徒達が読んだ作文は、家族旅行の思い出や家庭内での出来事、中には生徒が風邪で寝込んだ時に母親が徹夜で看病に当たってくれた思い出などに、予め担任の先生が生徒の原文に色々とサジェッションし、完成させたものらしい。

何しろ、まだ10歳という年齢のこと、その発表内容によっては、途中で感極まって泣いたり、涙声になることも当然予想されたのだろう。ところが実際にその場で見られた光景とは、男子生徒全員が号泣、女子生徒は割合と淡々と発表し終えたというのである。

この話を耳にした私、へ〜ぇという驚きの一言。     

私は、その出来事を聞き、改めて興味を抱き、この話を私の耳に入れてくれた話し手に、それでその場の母親たちの感想は如何だったのかと確認してみた。

4年生の子供を持つ母親といえば、まず30歳台。65歳を超えた私のような年代からみれば、母親自体が我が娘と同じ年代。そこでの年令ギャップに興味も惹かれた次第。

発表会での男女生徒の感性に差があつたことへの母親たちの感想は、「男の子の方が女の子より感受性が強いからとか、本質的に優しいから」というのが多数意見だったようだ。なるほど、なるほど。

母親は、どうやら女性としてのご自分自身の経験・体験に当てはめたご意見の模様だ。昔々から、男の子は男らしく気性がさっぱりして力持ち、女の子は気が優しくて神経が細やか、という、私たち時代の世間常識はもはや通用しないことが窺える。

街角を闊歩する現代の若者達を見ての感想も、男性が女性化し、女性が男性化しているというのが典型的な今時の男女観。そのことからしても、10歳にして既にその傾向が現れているのが今の世相かも。

この話、お読みの皆さんの感想は如何でしょうか。

2016年11月15日

◆飲酒運転はモラルかルールか

眞鍋 峰松(評論家)



テレビの朝番組で、大いに気になることがあった。 それは、取材活動を通じて一種のキャンペーンを行うという番組に見受けられたが、今回は現在一番の社会問題化している飲酒運転撲滅のためのものだった。
 
その放送内容の話だが、駐車場から今まさに路上へ出て飲酒運転寸前のドライバーへのインタービュの中で、当の酔っ払い氏が「駐車場内での運転は飲酒運転にはならない。 酔っていないのだから、誰へも迷惑をかけない。お前さんたちにトヤカク言われる筋合いはない。」との発言。 

この3点の発言の内、1点目は明らかに交通法規上の解釈問題だが、問題はそれより、2点目と3点目の発言だ。
 
ややオーバーな言い方だが、「モラル」と「ルール」の取り違えがこの発言に繋がったのではあるまいか。 

単純化して言えば、飲酒運転根絶の標語に「飲んだら乗るな」というのがあるが、これと「赤信号は止まれ」という決まり・約束事との差異の問題である。 

後者は交通法規により、“赤信号では停止”と決まっているから車の停止義務が発生し、これに違反した場合に罰則が課せられるのである。

前者の飲酒運転の場合も同様に交通法規に禁止・罰則規定が存在するのであるが、その規定によってというより、それ以前に運転者の常識として運転しないことが求められる。 

つまり、自己の運転行為そのものに要求される他者への安全確保が、当然の前提とされる故であろう。 

この視点は、殺人が刑法による犯罪行為であること以前に、道徳的に許されざる行為であることと同じではなかろうか。

それでは、モラルとルールとの違いは何だろうか。 モラルとは道徳・良心の掟であり、ルールとは社会の規範・約束である。 この両者の差異は大きい。 ルールは約束であるから、決められた後でも自由に変えることも容易であるが、モラルの場合は基本的には不変のものである。

この両者の領域を濫に犯すことは、社会へ非常な混乱をもたらす。 何故なら、モラルには根元的な尊重が求められ、ルールには厳格さが求められる故である。 

この混乱から、モラルがルールの領域にまで拡大されることによりルールなみにされて、その根源的な尊厳性を失い、ルールは逆にモラルという世界になだれこむことによって、元来ルールが持っているはずの厳密さを失う。 

モラルをルールなみに扱い、ルールをモラルのように扱うことで、一切を曖昧なものにしてしまうのである。 

このことが、前出の酔っ払い氏の「酔っていないのだから、誰へも迷惑をかけない。お前さんたちにトヤカク言われる筋合いはない。」という逆切れ発言へ結びついたと思われる。 

些細な話にみえて意外に適応範囲が広い。 大いに心しなければならない事柄である。(完)(再掲)



2016年11月05日

◆大阪北新地 異聞

眞鍋 峰松

 

世間には不況の風が強烈に吹きまくっているらしい。 

職場も、第一線を離れて10年余、続く非常勤職も数年前に終え、今では暇を持て余す。 それでも、世の多くの人に比べ長年職場には恵まれたものだと感謝する日々だ。

所が、数日前のある新聞の記事に改めて世の不況風に驚いた。 

ご覧になった方も多いかも知れないが、見出しの「不況キタ風 進む二極化」の下に、長引く不況に東日本大震災の自粛ムードも加わり、今年は例年以上に各地のネオン街が活気を失っており、大阪を代表する北新地も同様だ、というのである。 
 
確かに、ごく最近まで徘徊してきた大阪代表格の歓楽街、北新地の最近の変貌ぶりを肌で感じてはいた。居酒屋チェーン店の急増やカラオケ店の出現、道行く若者の増加など、10年以上も前の中高年サラリーマンなど社用族めいた人達だけが闊歩する街とは様変り。

記事によると、<店舗の淘汰が進み街の様相が一変。中堅のクラブやラウンジが相次いで閉店する一方、安い居酒屋などが進出し、高級店と大衆店の二極化が顕著になっている。 昔から続く格式のあるクラブは今や数十軒。安い店と高級店の二極化が進み、その割を食う形で中間店の閉店が相次いでいる>とのこと。 

加えて、<客だけでなくホステスも集まらない。時給制のバイトだと、今の若い女の子は北新地以外のキャバクラなどに勤める傾向にあるという。その理由も北新地は年配客相手でマナーもウルサイ。ところがキャバクラだと未明まで勤務でき稼ぎも多い上、若い客相手のため、水商売の経験なしでも気軽に勤められる>、という。

この記事を読んでみて、改めて思った。このような二極化の現象や安易な勤務と稼ぎを求める風潮は、何も身近な風俗世界だけの話ではない。否、むしろ北新地の問題はその延長線上にあるというだけのことだ。

そこで考えてみると、気になるのは今の我が国を取り巻く経済情勢とそれと関連する世界経済のことだ。

所得階層の二極化とこれに伴う中間所得層の減少と貧困階層・高齢者層の拡大。その要因の多くは非正規雇用形態の拡大と正規・非正規雇用者間の待遇格差が根底にある。これらが国民の間に生活不安・不満を齎し、社会全体の安定を乱す要因となっている。 

しかし、この現象はひとり我が国のみならず、世界全体の抱える問題でもある。世界的には失業率の悪化が最大の要因と思われるが、アメリカや西欧世界での変化を求めるデモの続発、中近東での民主化を求める革命騒ぎまで、その根底には全て国民間の経済力・所得格差の問題が横たわる。また、そこに共産主義一枚岩だったお隣の中国までもが揺れ動いている。

世界を席巻している弱肉強食・効率一点張りの社会。即ち、拝金主義の横行・リストラ自由のアメリカ式経営、市場原理万能の諸改革、これら全てが合い待って引き起こした現象だろう、と私は思う。 

では、これらに如何に対処し、社会の安定を図っていけばよいのだろうか。 

それには、こと日本に関しては「国家の品格」の著者 藤原正彦氏の言うように、

<鎌倉時代以降、多くの日本人の行動基準・道徳基準となって来た武士道精神を復活し、慈愛、誠実、忍耐、正義、勇気、惻隠の心を取り戻していくこと。とりわけ他人の不幸への敏感さである惻隠の心、「名誉」と「恥」の意識の回復を図る>ことに尽きる。 

だが、果たしてそのような“情緒”的な形で解決できる問題なのだろうか。これからの社会、一体どのような方向に向かって行くのか、全く予想もつかないな〜、という気分になる。

2016年10月27日

◆いつまでも残る「教え」(後)

眞鍋 峰松



中学時代の先生で、今でもその先生のお顔もお名前も鮮明に記憶しているが、確か、復員軍人上がりの、しかも将校経験のある人であった。 その先生の授業中で、担当教科に何の関係もない一言が今でも忘れられない。

それは、黒板に大書された「男子、青雲の志を抱き、郷関を出れば・・・・」という言葉。

今から思い起こしても、少々時代錯誤的な言葉に聞こえるようだが、間違いなくその後の私の人生に影響を及ぼした言葉であることは事実だ。

最近になって、陳 舜臣氏の著書「弥縫録」の中で久し振りにその言葉に出逢えた。
 
<〜青雲の志を抱いて郷関を出る〜>といった表現がある。

この場合の青雲の志とは、功名を立てて立身出世しようという意欲のことなのだ。辞典には、この外に「徳を修めて聖賢の地位に至る志」といった説明もある。 

だが、実際には功名心の方にウェイトがかかっている。「ボーイズ・ビ・アンビシャス! 青雲の志を抱け」というのだ。  

青といえば、すぐに連想されるのが、春であり、東であり、竜である。

東は日の出る方角であり、人生に日の出の時期を「青春」というのは、これに由来している。青は若く、さわやかである。

それに「雲」という言葉をそえると、心はずむような語感がうまれる。雲は天の上にあるのだから。若い日の功名心は、まさに天に昇ろうとするかのようである。

流石に、良い言葉ではないか。要は、望ましい教師像として私が言いたいことは、19世紀英国の哲学者・ウイリアム・アーサー・ワードの次の言葉に簡潔に表現されている気がする。

        ・凡庸な教師は しゃべる。
        ・良い教師は  説明する。
        ・優れた教師は 示す。
        ・偉大な教師は 心に火を付ける。
                               (完)

2016年10月26日

◆いつまでも残る「教え」(前)

眞鍋 峰松
   


最近、マスコミに登場する方々を拝見していると、どうも物事を斜めに見て論じる人が多いように感じられてならない。多分、論じておられるご本人は、それが正しいと信じ切っておられるのだろう。 

これは何も最近になって起こった現象とは限らない事なのかも知れないが、まさにマスコミ好みの人種ということなのだろう。

例えば、靖国神社参拝問題についても、国のために尊い命を捧げた旧日本軍将兵の御霊に感謝の念を表すことは大事な筈だが、その方々はこれに対して、「中国・韓国の国民感情に配慮し外交関係・国益を考えるべし」とおっしゃる。それでは、どうするのか。

物事を斜めに見ると、その二本の線はそれぞれが独立した線の衝突の側面しか見えない。 

A級戦犯合祀の問題も含め、人により立場により色々な考え方があるのだろうが、私には真正面から考えると、この二つの命題はそもそも両立できないことではないと思える。 

歴史的な経緯があるにせよ、また諸外国から如何に言われようが、日本国にとっては本来一方が他方を排除したり、相容れない事柄ではないはずだ。 

それより戦後60年間以上もこれまで避けられてきた国内論議の決着の方が先決だろう、と思える。だからこそ、外交面では未来志向型の解決しかないのだろうという気がする。
   
過去を振り返ると、私の学校時代の教員にも、物事を斜めに見る性癖のある人達が結構多かった。

とりわけ「己を高く持する人物」に多々見られる事柄でもある。それはそれ、その御仁の生き方・信条そのものの問題だから、他人である私が、眼を三角にしてトヤカク言う必要のないことではある。 

ところが、教員という職業に就いている人間がそういう性癖を持ち、日頃児童・生徒に接しているとしたら、そうはいかない。
   
私の経験でも、「物事を斜めに見る性癖のタイプ」の教員が結構多かった。

結論から言えば、そういうタイプの教員は教育現場では有害無益な人間と言わざるを得ないのではないか。
  
実社会においても一番扱いの難しいのが、こういうタイプの人間だろうし、往々にして周辺の人間からも嫌われてもいる。 

多情多感な青少年にとって、こういうタイプの先生に教えられることには「百害あって一利なし」である。
   
教育の本質はむしろ逆で、もっと「真正面からの言葉・教えほど尊い」と 私の体験からも、そう思える。 <後編へ> (再掲)

2016年10月22日

◆「情報化と人間の生き方考」(後編)

眞鍋 峰松(評論家)

 

情報化の進展とともに、個々人が容易に色々な情報に接し得る機会が多くなり、各人のライフスタイルも多様化しつつある現在では、かっての組織優先の人間観・人生観は個人にも社会へも大きい軋轢と落差をもたらす。

 個人にとって、従来の日本型の自意識のままでは、情報化、多様化している社会を生き抜くのは非常に難しい時代に直面しているのは確かだ。
   
 そこで求められる生き方は、ということになると、やはり肩書き抜き、組織とは距離を置いた自己意識を持ち、長寿社会を迎えて多趣味を生かしながら生き抜いていくことだろう。 

 そのためには、好奇心をいつまでも強く持ち、新しいものをどんどん受け入れ、それらを積極的に活用していこうという気構えを常に忘れないこと、これはつまり、進取の気性を持つということだ。 

 そして、この進取の気性こそ生きがいを見つける最大の武器の一つでもある。 そして、もう一つは、徒に明日を思い煩うな、ということ。 明日のことは明日のことで、今日思い煩うことはない。いずれにしても、座して待つのでなく、これぞと思った時には、すぐさま行動に移すぐらいの勇気と機敏さをいつまでも忘れないことだろう。 

 ここで動いて明日はどうなるだろう、なんて思い悩んでしまったらどうだろう。 要は、明日を思い煩うことなく、今日一日をプラス思考でことに当たることが肝要、ということになろう。
 
 もう一度少年のような冒険心と好奇心を持って、一日一日を過ごし、充電してゆくことが、花も実もある生き方につながるのではないか。 シェークスピア風にいえば、退職後も自分に与えられた「劇場」の中で、しっかりと「主役」を演じることはとても楽しいことである。(完)

2016年10月21日

◆「情報化と人間の生き方考」(前編)

眞鍋 峰松(評論家)

最近になって、情報化社会がいよいよここまで進展してきたのか、と強く感じさせられる社会現象が多く見受けられるようになった。 

その最たるものが、今や少々旧聞に属するが、IT企業による旧来のマスコミ産業株の大量取得、強制的とも思える事業参画事件の続発だろう。 

当時、この一連のマスコミ産業界の騒動こそ、大きな目で鳥瞰すれば、これまで製造業界、金融界、流通業界と引き続いてきた一連の各業界のグローバル化に伴う再編の波が、いよいよマスコミ界まで及んできたもので、これまで他人ごとのように批判・評論してきた既存マスコミ人の狼狽振りが少々滑稽に思える。

 だが、その進展ぶりは、何もこれに限らず、もっと身近なところでもいっぱい起こっている。消費行動におけるネット販売の普及やネット犯罪の横行などもよく知られた例だ。 
だが、何よりも情報化の進展は、個人レベルの社会生活の中では、その人のアイデンティティの組織離れということに大いに関係してきているのではないだろうか。
   
かって、サラリーマンが企業戦士として高度成長を支えてきた時代には、個よりも役割を優先する日本的意識はそれなりに機能してきた。

だが、こうした肩書き優先社会では、退職や失業などにより所属してきた組織を失うと、個人のアイデンティティも失われ、ヘタをすると人間としての存在価値そのものが奪われる結果となる。

ここにきて、一挙に増加傾向を示しつつある中高年男性の自殺や熟年離婚のなども、役割と人格を混同し社会や配偶者などと個として向き合うことが少なかったことの裏返しの現象の一つ、ということだろう。
(後編に続く)

2016年10月16日

◆童話に教えられること

真鍋 峰松



まず、この話をお読み頂きたい。
 

「オオカミが羊の群れを襲う機会をうかがっていたが、犬が見張っていて手を出すことができないので、目的を達するために策略を用いることにした。オオカミは羊に使者を遣って犬を引き離すように求めた。
 

自分と羊とのあいだの反目の原因は犬であり、犬を引き渡しさえすれば、羊とのあいだに平和が永遠に続くだろうとオオカミは言った。何が起こるのかを予見できない羊は犬を引き渡した。


いまや絶対的優位に立ったオオカミは、もはや守る者のいなくなった群れをほしいままに食い荒らした。」(「新訳イソップの寓話集」塚崎幹夫訳 中公文庫)。


以前、読んだ童話の中の話である。日本の昔話や童話の中では、子ども向けに最後の下りがメデタシ、メデタシ、そして二人で幸せに暮らしました風、或いは勧善懲悪の教訓話が多い。
 

だが、西洋の有名なイソップやグリム兄弟の童話集にはハッピー・エンドばかりではなく、相当にアンハッピー・エンド、残酷な結末で終わる話が多いという。
 

これは、欧米系人と日本人との民族性の違い、とりわけ日本人の現世肯定の現実主義と、子供には夢と希望をという一種の理想主義とが合体したところから生じたのであろうか。


童話の専門家でもない私が、このことを詳しく述べるのは本題ではない。


私がこの話から直ちに連想したのは、昨今の米軍基地の移転問題。いつしか日本近海でキナ臭い話が充満する昨今、基地をどこか国外に移転しろと言うのは、果たして如何なる外国の、或いは宇宙人の策略なのかどうか、私には専門外の話。


だが、この童話、如何にも当て擦り的な寓話のように思えてならない。明らかに分かるのは、昨今の米軍基地問題を巡る議論では、どこか基本的な問題が抜け落ちているのではないのか、ということ。
 
つまり、この寓話での犬の果たす役割〜国の安全保障体制の問題である。 


最近の鳩山首相の発言の中にあった、色々と勉強している中で、仰止力のためには米軍基地の分散化には一定の限界があるとの発言に、びっくり仰天するしかなかった。
 

一体、この人物は何年の間、国会議員を勤めて来たのだろうか。それなのに一番大事な国の安全保障について、首相になってから勉強とは。 しかも、この後に及んで仰止力について初めて理解したというのか。惟、唖然とするしかない。
 

国の果たすべき役割の最たるものの代表例は防衛・外交、司法。 戦後の防衛・外交の中心的役割を担ってきたのが日米安全保障条約。それ位は誰でも簡単に解ること。


片務的契約だの、何だのという議論はさて置き、明白なのは、現在の日本自身の防衛力だけでは、近代戦闘では非常に心もとない。
 

米国の軍事力を背景にしなければ、とてもじゃないが周辺の好戦的・反日的な国に太刀打ちできるものではない、ということ。


この件に限らず、今後一体、この国はどこを向いて動いて行くのだろうか。確たる方向性があり、操舵手はいるのだろうか。
        

政治と童話と言えば、イソップ童話の北風と太陽の話。言うまでも無く、これは隣国韓国の対北朝鮮政策の話。
 

三代前の大統領 金大中氏及び後継者盧武鉉氏と、現在の李明博氏の対照的な政策を表現することは、夙に有名である。
 

現時点でも最終判断は保留状態のようだが、これらの政策の行き着いた先が、最近の北朝鮮軍による韓国艦艇への攻撃と数十人の戦死と多数の負傷兵員の発生とすれば、私には自ずと優劣の差も判明したようにも思える。


が、これも鶏が先か卵が先か、どちらが原因で結果なのか、素人眼には結論を出し難い面もある。


最後に、もう一つ。


「兎が獣の会議に出かけてゆき、これからどうしても万獣平等の世にならなければならぬと、むきになって論じ立てた。獅子の大王はこれを聞いてニコニコ笑いながら、兎どん、お前の言うのは尤もだの。だがそれには、まず儂どもと同じに、立派な爪と歯を揃えてからやって来るがいい、と言った。」 (再掲)

2016年10月06日

◆メディア自体の信頼性 如何?

眞邉 峰松(行政評論家) 



残念ながら、我々一般人の知る情報は、マス・メディヤが一方的に流すものにしか接する機会意外に無い。 

確かに、現在の日本社会は全体として改革・革新を進めなければ、日本の進路も袋小路に陥る時期にあると思うが、注意しなければならないのは、マス・メディアの世界もまた例外ではないということである。 

逆に、第四の権力とも呼ばれるその影響力から言えば、改革すべきと思われる中で最も大事な部分は、このマス・メディアであろう。

ここで、私はマス・メディアという用語を使い、ジャーナリズムという言葉を使用していない。 

私が敢えて“マス・メディア”というのは、むしろ“マス”つまり大量の・大衆向けの、という意味を込め、社会の警鐘者たることを期待する“ジャーナリズム・リスト”とを区別したい、が為である。 その故、“ジャーナリズム・リスト”には、ある書物にあった次の言葉を呈したい。

   
「ジャーナリズムが大衆の中におらねばならぬことはいうまでもない。だが、そのことはジャーナリズムが大衆の中に埋没してよい、ということではない。権力に媚びざることはもちろん大切だが、大衆に媚びざることはもっと重大である。

ジャーナリズムが見識を失って大衆に媚びはじめると、活字はたちまち凶器に変ずる。富者、強者、貧者、弱者に媚びざることがジャーナリズムの第一義だが、その原則が影をひそめて、オポチュニズムとセンセーショーナリズムだけになってくる。 」

一方、情報をマス・メディアに頼らざるを得ないわれわれ一般の庶民は、いかにマス・メディアの一方的情報伝達に対処すべきか。残念ながら、我々には個々の情報の信憑性を確かめる術を持たないので、当該メディア自体の信頼性如何に頼らざるをえないだろう。

現在の情報過多の世相の中では、次の文章の示唆する意味を十分踏まえていく必要があると思う。
    
「 音楽の情報量は、s/nと表す。Nはノイズ、Sはシグナル、つまり、音楽の発するシグナルを大きく聴き取るためには、シグナルが大きく聞こえることも大事だけれども、ノイズが少ないことが大事だというわけです。

だから、情報量をたくさん取るということは、Sを大きくすることも大事だけれども、Nを小さくすることが大事、余計な情報がどんどん入ってくると、肝心な情報のウエィトが小さくなってしまう。 

情報についても、“省く”ということを考えなければならないということだと思う。 何でも知っていたり、何でも早く読む必要はない。そうすると、Nがいたずらに大きくなることになるでしょう。日本には「耳を澄ます」という言葉がそういうことでしょう」。 (完)