2015年08月03日

◆これも時代風潮を表す言葉?

眞鍋 峰松


近頃、新聞紙上等で頻繁に“大義”や“愚直”という言葉を見かける。 

私ひとりの感想なのかも知れないが、これらの言葉は、いずれも現在の日本という国が置かれた状況を反映した、恰も時代風潮を想起させる言葉のようにも思われる。

だが、“大義、大義”などと連発されると、戦中戦前当時の時代感覚が連想されられる。だからどうだ、という仰々しさもないのだが、私にはどうも気になって仕方が無い。往々にして大仰な言葉やスローガンの蔭に、思いも寄らぬ意図や悪謀が潜む場合も多い。

辞典によると、大義という言葉は「人が踏み行うべき道」、の意。 また、大義名分という熟語で使われることも多いのだが、名分は名義(表だった名前)に伴って必ず守るべき道徳上の分際・限度、犯してはならない人倫上の範囲、の意だそうだ。 

話題になっている衆議院議員選挙、“大義なき解散”などと聞かされると、一体如何なる一大事件なのかと驚く。だがよくよく聞くと、その意味するところ、単に衆議院の解散理由・事由が明らかでないだけのこと。 

“だけのこと”と言えば世間のお叱りを受けるかも知れないが、如何にも情緒的発言であり、結局はアベノミックス効果の成否が問われる選挙などと言うのなら、やはり政策・施策選択の範疇。むしろ私の感覚では名分の有無の問題だと考えるのだが、それが何故“大義”の有無となるのか。 やはり、言葉にはそれ相応の使用方法があるだろうに、と思う。

ところで、愚という語。賢愚と並列され、賢の反対語の、愚かなこと・馬鹿、馬鹿々々しくて取るに足らないことを意味するのだから、他人に対し濫りに使用せられるべき語ではない。 

だが、己の自称となると、自分に関する謙遜、謙称と化する。直は正しい、真っすぐなことを意味するから、“愚直”と愚と直を重ねると、馬鹿正直の意味になる。そうなると、謙遜のはずが一転、自分が正直であることの押付け・自画自賛ともなりかねない。 

最近、この言葉を発した人達から判断すると、その真意・底意がミエミエだと思わざるを得ない。

孔子は、論語の公冶長第五の中で「寗武子(春秋時代初期、衛の国の大夫)は、国家が治まっていれば知者としての技量を十分に発揮し、国家が乱れてくれば愚者になり、知者として鋭敏な見通しが早くつく性質を押さえて愚直な誠実を働かせたと評し、(孔子ですら)その知恵者ぶりはまだ真似られるが、その愚か者ぶりにはとても真似られない」と言われる(参考:吉川幸次郎訳 世界古典全集4など)。 

つまり、道理の通る世では立ち働いて知者となるのは難しいことではないが、無道の世に才知を隠して愚人のように振る舞い世に尽くすことは考えつかない、というのである。愚もここまで達すれば、人知を窮めたということになるのだろう。

また、小説家の故 城山三郎氏は、ある本の中で次のような文章をお書きになっている。

「男にとって大切なことは愚直さですよね。もう明らかにそういうことをしたら損だということが分かっていても、そういうことをしなくちゃいけないという使命感なり理想があって、愚直に生きていく。その愚直さということを、もう少し言い換えると、けじめの問題ですね。つまり、男らしい男は、けじめをつけるっていうことです」というのである。

では、自分自らが“愚直にことを行った”と仰ったと聞き及ぶ面々、例えば鳩山・菅元総理の両氏が果たしてこの域に達しておられたのか、どのようなけじめを付けられたのか、甚だ疑問だ。

要は、私が言いたいのは“大義”とか、“愚直”などの言葉をあまり安易・安直に使って欲しくない、ということ。(再掲) 


2015年08月01日

◆勝手・言いたい放題(その二)

眞鍋 峰松
 


(承前)それにしても、今回のサンフランシスコ市議会の慰安婦像設置決議案に関する問題。 

記事を一読し直ちに思い出したのは、一昨年に発生した橋下氏による慰安婦制度は必要悪
だと言わんばかりの放言と、沖縄在日米軍風俗業活用に関する舌禍事件のこと。 


だが、今回のサンフランシスコ市への文書送付の問題は、一昨年の舌禍事件とは質的に全く異なる。 


同じ慰安婦問題に関わる橋下市長の発言であっても、前回の舌禍事件は橋下市長個人の政治家としての力量と品性そのものへの疑問を抱かせたに過ぎないが、今回のサンフランシスコ市への文書送付は、事は過去・未来の日本国民の名誉に係る重大問題であり、日米両国間の相互理解と友好を旨とする両自治体間の姉妹都市としての当然の対応であり、クレームである。
   
以前から私は、誰が、何故に韓国人従軍慰安婦の銅像をこのように米国、カナダ、オー
ストラリアなどの諸外国内に建設しようとするのか、不思議でならなかった。 

女性の人権問題の最たる事柄と言えば成程そうだが、女性の人権に係る問題と言えば、他にも色々とあるのではないか。 また、強いて言えば、中国及び韓国の国内では現在でも多くの売春婦が出没し、関連する事件が多々起こっていることを私も見聞きしている。 

抑々、慰安婦像設置問題はその事柄から言っても、日本・韓国両国にとって、当事者国としても決して名誉な事柄でも無く、幾ら“歴史戦”という表現で語られようとも、私には到底理解できない事象である。
  

そこで思い出したのが、「文明の衝突」の著者でよく知られるサミュエル・ハンチントン
が2004年に出版した「分断されるアメリカ」(集英社。日本語訳 鈴木主税)の中の次
の一節である。 


大部な書物なので直接関係する部分を要約してみると、
「現代の(アメリカへの)移民も(国籍)転向者になるか滞在者になるか、の選択ができるが、昔の移民とは異なり、必ずしもその選択をしなくてもよい。 第三の可能性があるからだ。 双方を両立させるのである。 つまり、二つの住居を維持し、二重の帰属意識と二重の忠誠を抱くことであり、大抵はアメリカと母国の二重国籍を持つこともできる。」

それがディアスポラ(国外離散者)であり、「二重のアイデンティティと二重の忠誠と二重国籍を持ち、数を増やし続ける個人の集合体というべきものが、数と重要性を増す国外離散者(ディアスポラ)だった。」

「ディアスポラは二カ国以上の国境を越えて広がる文化的な共同体であり、・・・・移民の民族集団がアメリカ社会のなかで自分たちの独自の利益を増進しようとすることは、19世紀半ばから現実的に見られた。」

「だが、現在の移民にとって、祖国の人びととの絆や交流あるいは対話の維持はずっと容易になり、そのため、彼らは自分たちをディアスポラの一員なのだと考える。 また、祖国の政府は今ではディアスポラを財政支援やその他の援助の主な担い手として、かつ受入国の政府に影響力を持つ者と見なしている。それ故、祖国政府は自国のディアスポラの拡大と動員と制度化を推進するのである。」

「ディアスポラは民族集団(エスニック・グループ)とは異なる。 民族集団は国家の内部に存在する民族的または文化的な統一体である。それに対して、ディアスポラは国の境界線を越えて存在する民族的または文化的な共同体だ。ディアスポラは、国の枠を超えた同盟を結んで国境を越えた紛争に関与する。 ディアスポラの主眼は祖国にある。その祖国が存在しない場合、彼らが最優先する目的は自分たちが戻れる国を建設することになる。 アイルランド人とユダヤ人はそれをなしとげた。 パレスチナ人はその途上にある。 クルド人、シーク教徒、チェチェン人などはそれを切望している。」

「ディアスポラと祖国の政府の間のこの親密な関係と協力体制が、今日のグローバルな政治における主要な現象なのである。」そして、「祖国とディアスポラの関係は三つの意味で変った。第一に、政府はディアスポラを自分たちの社会にとって不名誉な存在ではなく、国の重要な資産と見なすようになった。第二に、ディアスポラは祖国の経済、社会、文化、および政治における貢献度を増すようになった。第三に、ディアスポラと祖国の政府は、祖国と受入社会の政府の利益を増進する上で一層協力的になった。」、

その結果として「敵対する祖国同士の国外での紛争はますますアメリカ国内で敵対するディアスポラ同士の争いとなっている。 アメリカの政治は、祖国政府とディアスポラが祖国に有利な形でアメリカの政策を方向づけようとする場と化しつつある。 それによって、連邦議会とアメリカ中の選挙区を舞台に、様々な祖国とディアスポラ同士の争いが展開されることになる。」としている。

まさに、現在アメリカ国内で顕著化してきている中国系アメリカ人や韓国系アメリカ人が集団化し連帯して系統的に行っている韓国人慰安婦像設置を巡る活発な活動も、ディアスポラと祖国の連携プレーであり、ハンチントンが指摘している「連邦議会とアメリカ中の選挙区を舞台に、様々な祖国とディアスポラ同士の争いが展開されることになる」事態だと読めば、理解し易くなるのではなかろうか。(終)

2015年07月31日

◆勝手・言いたい放題(その一)

眞鍋 峰松
            


7月25日の産経新聞朝刊紙上に、日中・日韓関係に関する二つの記事が載っていた。  一つは、第二次大戦中、日本で過酷な労働を強いられたとして中国人元労働者や遺族らが日本企業に賠償を求めている問題で、三菱マテリアル(旧三菱鉱業)が謝罪や金銭による補償を含めた和解検討しているというもの。 

もう一つが、橋下大阪市長が、米サンフランシスコ市議会で審議される慰安婦の碑・像の設置決議案について「旧日本軍だけ取り上げるならアンフェア」として 姉妹市・サンフランシスコ市議会の慰安婦像設置決議案に見解ただす文書を送る方針を明らかにしたというのである。 

これら二つの記事を読み、改めて日本と両国間に横たわる亀裂の深刻さへの認識とともに、戦後70年も経つのに一体いつまで続くのだろうか、罵り合ってもお互いに国土を移転する訳にもいかないだろうに、という残念な気持が正直なところ。
  
この二つの産経記事について、他紙、特に朝日と毎日新聞の両紙はどのように報じているのかと思い、同時刻に両社の新聞デジタルを読んでみた。 

だが、私の眼で見る限り、同時点では両紙とも言及した記事は一切見当たらなかった。 辛うじて、毎日新聞が同日夜22時32分になってデジタル版で「強制連行訴訟:三菱側が和解案 中国原告に1人200万円」の見出しの下に報じており、翌27日になって朝刊新聞紙面で報じた。 

だが、朝日新聞には全く見当たらなかった。 これは全く解せない話である。

現在の日本にとって、これら二件はともに、今年夏にも公表が予想される戦後70年首相談話を目前に、時期的にも対中国・韓国外交にも大きな影響を及ぼす微妙な問題である。 

にも拘らず、常日頃、首相談話に両国への日本政府からの反省と謝罪を織り込めと強く主張する両紙がこれらを無視したり軽視することは、私の眼には実に奇妙な話に視える。
       
6月26日の朝日新聞紙面には「(池上彰の新聞ななめ読み)元法制局長官の安保法案批判 同じ発言、トーン大違い」との見出しで、「・・・(元法制局長官)阪田氏の発言は新聞によってニュアンスが異なり、朝日、毎日、日経、読売の順に、発言は厳しいものから緩やかなものへと変化します。同一人物の発言のトーンが、これほど違っているのです。この並びは、安全保障関連法案に対する社の態度の順番とほぼ一致しています。 社としての意見はあるにせよ、記事が、それに引きずられてはいけません。どのような発言があったのか、読者に正確に伝えることで、読者が自ら判断する材料を提供する。これが新聞の役割ではありませんか。」との記述があった。
                     
この池上氏の記述はまさに正鵠を得ている。 市井の民の一人である私としても、これこそマスコミ各社並びに報道記者の皆さんに心して貰いたいことだ、と思う。 

社としての意見が如何にあろうと、事実は事実として、報道の義務を果たすべきではないのか、と考える。 それでなければ、新聞の読者にとって、判断するべき材料を得る機会を与えられず、全て当該新聞社の一方的な意見を押し付けられるという結果にしかならない。  

勿論、両紙がこれら二件をどのような判断の下で対応されたのかは、分からない。 

現在議論の的になっている安保体制法制化へ反対の立場の両紙が、中・韓両国への日本国民の反発感情に配慮した判断だったのではないかと考える私の推察は、うがち過ぎなのかも知れない。 

寧ろ、これら二件は産経新聞の特ダネだったのかも知れず、両紙の特落ちの結果だったのかも知れない(毎日新聞の記事はいわゆる後追い記事だった?)。 

仮に両紙の特落ちということなら、報道した産経新聞は、これらを「和解検討している」「文書を送る方針を明らかにした」と未確定事実として報じたのだから、後日でも事実確認し報じるべき義務があると思う。
(続く)       
       

2015年07月27日

◆現代 女性・男性考

眞鍋 峰松



6年余り前のことだが、「歴女」なる耳新しい言葉について記述したことがある。   そこへ最近、また「刀剣女子」なる新しい言葉を眼にした。

6月26日の毎日新聞紙上だが、福岡県太宰府市の九州国立博物館に「刀剣女子」が殺到している、お目当ては国宝の名刀・江雪左文字、5月19日の公開後、若い女性客が全国から押し寄せ、下降気味だった同館の入場者数は前年比5割増だった、との記事。 

この名刀・江雪左文字は、鎌倉時代末期から南北朝時代にかけ筑前国に住んだ刀工の作品で、博物館で実物に接した女子たちは「反りがきれい」「切れ味がよさそう」と大興奮だった、との報道。 

確かに、最近の若い女性の行動力と影響力には圧倒されるばかりだが、このような女性を一概に「肉食系女子」と表現することは不適切なのかも知れない。 ひと昔前には、刀剣と言えば男性の好む物というのが一般常識だったが、世の中、変われば変わるものだ。 

だが、ひょっとしたら世の男性諸公は時間的に忙し過ぎて見学にも行けないのかな、と心を慰める。
       
さらに衝撃的なのは、5月23日の産経新聞の記事。 働き過ぎの女はヒゲが生える!? 言動がガサツになったのは女性ホルモンが減ったから!? 

このような荒唐無稽に聞こえる「女性のオス化」現象がネットなどで取り沙汰され、調査でも、30、40代の働き盛りを中心に「オス化」を自覚する女性が6割を超えたとの内容。 また、オス化の背景として多かったのが「女性の社会進出」「男性の草食化」ということだ。

一方、若い男性はというと、「草食系」と呼ばれる男子の増加。「働き盛り」の男が仕事を離れ、子育てや親の介護に当たろうとしている、とまで伝えられる。 

上記の産経記事の中でも、増えるメス化男子・・・周囲のメス化男子を挙げてもらうと、「女性よりも飲まない、食べない」から「化粧水を洗顔後3分以内につけ、携帯を鏡にして自分の顔をチェックしている」「二日酔いで(隠すために)ファンデーションをしている」といった“女子力男子”が散見。
 
「1人で飲み会の集合場所にも行けない」「すぐに群れ、“女の子”のようにじゃれる」「リスクをとらない」「でも、だってを連発する」…。 女性からの鋭い観察眼が光る。

このようなオス化する女性の象徴的表現が「ハンサムウーマン」で、差し詰め米国民主党の次期大統領候補として最有力視されるヒラリー・クリントン氏がその代表だという。 

私には、日本ではテレビの国会中継でよく映し出される「ソーリ、ソーリ」と金切り声を連発する辻元清美衆議院議員の顔もちらつくのだが、むしろ、外観上は優雅な容姿と風情で、思い切った発信を続けられる桜井よしこ女史の方が相応しいのかな、と思う。                                    

一方、メス化する男性の象徴的表現として私が思いつく言葉が「イケメン」「イクメン」と呼ばれる男子いうことになるのだろうか。

余談になるが、「イケメン」と言えば、現在NHKの大河ドラマで放映されている「花燃ゆ」。 どうやら、もう一つ世上の評価が芳しくないようだ。 私なども、放映前は以前の「坂の上の雲」並みの、明治維新前後の日本の動乱期を背景にした骨太のドラマが観れるものと期待していたのだが、大きく期待外れ。 

出演者の熱演振りは分かるものの、何だか熱意ばかりの空回りに見える。挙句の果てには、評価もイケメン俳優ばかりであることから「イケメン大河」とも呼ばれている有様のようだ。 私も放映当初には毎回テレビ画面に視入ったものだが、今では全く視聴しなくなった。もっとも、これは原作や脚本の女性視点の勝ち過ぎのような気がしないでもない。

鎌倉時代。 京都高山寺の明恵上人は「 阿留辺幾夜宇和 : あるべきようは 」という七文字を持つことが大切であると言い、僧は僧のあるべきよう、武士は武士のあるべきよう、上に立つ者には上に立つ者のあるべきよう、俗人は俗人のあるべきよう、を持たなければならず、これに背くことは一番悪いことだと説かれた。 

この伝で言えば、男性は男性としてのあるべきよう、女性は女性としてのあるべきよう、こそが大切ということになる。 

こう言えば、世のジェンダーフリー論者から性差別だとお叱りを受けそうだが、そうではない。 ここで明恵上人が仰るのは、人間の「あるべきようは」を常に念頭に置いて、自分を取り戻す努力を怠らないことが大切。 他者からの意識をいうのではなく、自分の内心の持ち方こそが大事、自分の本心に立ち戻ること、それだけが仏、即ち真実の姿だと言っている。 

そこで「阿留辺幾夜宇和」を常に念頭に置いて、自分を取り戻す努力を怠らないことが大切ではないかと教えておられるのだと思う。

要は、この様な忙しない世の中、時には、老・壮・若者、男性・女性に問わず、自分を見失わないよう静かに己を振り返ることも必要ではなかろうか、と言いたいだけである。  

2015年07月22日

◆韓国人の日本人観

眞邉 峰松 (評論家)
    


最近の新聞・雑誌では、以前にもまして東アジア関係の記事・文献が激増しており、私も最近の日本と中国・韓国との関係についての書物を読む機会が多くなった。 

そこで気付いたことだが、いかなる理由か分からないが、韓国や中国(台湾を含む)の在日の人たちや長期滞在者の書物が非常に多くなっている、という事実である。 

それらの書物に概ね共通していることは、どちらかと言えば日本人の対外認識の甘さに対する警告と、それに比して観た場合の自国・自国民の偏狭なナショナリスティクな態度への批判・反省である。

これのみの著書からだけでは、一方的・一面的という危険性もあるが、その中で、韓国人の日本意識を簡潔に説明していると思ったので、呉 善花(オ ソンファ)著 『私はいかにして「日本信徒」となったか』を紹介したい。


<韓国でも、自国批判、自民族批判は国内ではかなりやるのである。しかし、それが日本との比較で劣位な印象を与えるものについては、国内でも公の場ではまず出ることがない。
 
なぜかといえば、極端にいえば反日であることが愛国であるという感覚が、知識人ほど強くしみついているからである。親日的であるといわれるひとですら、日本との比較では決して韓国を劣位におくことはしない。
    
だから、一般的な韓国知識人にとっての日本に対する姿勢は、本当は反日というよりは、優劣の問題なのである。 要するに、自民族優位主義(エスノセントリズム)が韓国知識人の支柱なのである。
     

自民族優位主義は、戦後の独立新興国のどこにもあったもので、その意味では韓国も例外ではない。ただ、自民族優位主義は当然他民族蔑視の観点を含み、その蔑視の対象を日本に定めているところが、韓国や北朝鮮がほかの諸国と異なるところである。

世界中どこを探しても、ことさらに日本を蔑視する自民族優位主義を持った国などあるわけもない。そこが韓国という「国体」を考える最も重要なポイントである。
    

韓国の自民族優位主義に基づく反日思想は、植民地支配にかかわることはいうまでもないが、自民族優位主義と日本蔑視の観点そのものは、日韓併合への流れから起きたものではない。

自民族優位主義と日本蔑視の観点は、韓国に古くからある中華主義と華夷秩序の世界観にしっかりと根付いて続いてきたものだ。明滅亡以後は、自らこそ唯一の正当な中華文明の継承者だという「小中華主義」を生み、中国以上に強固な中華主義をもつようになっていった。

そういう経緯から、自らは高度で優秀な文明人であり、日本人は低級で劣った非文明人だという価値観が、古代以来近世に至るまで続き、それが韓国人の意識の深層を形成したまま現在にいたっているのである。

そこをはっきり押さえておかないと、韓国人にだけ特徴的な対日姿勢はまったく理解することができなくなる>。  (再掲)

2015年07月05日

◆もはや蝉の季節?

眞鍋 峰松



堺市の泉北ニュータウン内の現在の住居へ移転してきてから、丁度40年になる。 このニュータウン、交通の便が至って悪い。

泉北高速鉄道が真ん中を通りニュータウン内に3つの駅があるが、鉄道の相互乗入れのお陰で南海電鉄難波駅まで準急直通を利用した場合でも30分余りかかる。 

また、途中の中百舌鳥駅で市営地下鉄に乗換したとすると、梅田に出るには1時間程度をみておく必要がある。そこへ居宅から最寄り駅までの車・バスの乗車時間が別に加わる。

反面、居住地周辺は緑なす樹木や花々に囲まれ、時には五月蠅く感じる程に色々な鳥の声が聴こえ、真に自然環境には恵まれている。 

 6月末のある朝、起きて雨戸を開けてみると、驚いたことに、眼の前の窓際のゴ―ヤの養生のための吊り紐に一匹の蝉がとまっているではないか。 

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6月中に蝉を見るのは初めてのこと。もっとも、私は昆虫の世界に興味も無く知識も乏しいのだが、蝉が6月中に土中から出てきて羽化すること自体はそれほど珍しいことではないのかも知れない。 

その朝は薄曇りの天候で、前日の晴天に比べると相当に肌寒い。未だ蝉の季節でもあるまいに、この気温で果たしてこの蝉君は大丈夫なのかと心配しつつ、その後も観察を続けていると、約4時間経過後のお昼前の時刻になって、やっと飛び立ち去った。                                            

それにしても、この地に移り住み、以来40年。6月末とはいえ、ここ最近の夏日続きの気温の高さに、蝉も「さぁ、いよいよ夏だ。土中から抜け出して精一杯“人生”ならぬ短い“蝉生”を楽しもう!」と錯覚し、地中から出て来たのだろうか。 

生物学的にはどうか知らないが、私にとってはこの時期の蝉の出現は40年間で初めての出来事なのだから、極めて稀なことであり、驚きだった。 

しかし、一体これはどういうことなのだろう。蝉にも色々の性格があって、この蝉君は相当の慌て者なのだろうかと考えると可笑しく笑い事だが、エルニーニョ現象による世界的な異常気象の故かと考えると笑えない。

それこそ、身辺の些細な出来事ながら地球温暖化の影響かと心配する。

そういえば、今年4月、気象庁は、気候変動と見通しをまとめた報告書「異常気象レポート2014」を公表し、世界の経済成長に伴って温室効果ガスの排出が増え続けた場合、21世紀末の世界の年平均気温は20世紀末と比べて2・6〜4・8度の範囲で上がると予想したばかりである。

それにしても、飛び去ったこの蝉君。 この20度超の低い気温の中、未だ動作緩慢のままで‘蝉生“を全うできるのか、あえなく鳥の餌になるのではないかと、この閑人は心配する。

2015年06月28日

◆ヤマモモの癒し

眞鍋 峰松



ある日突然の激しい腰痛で寝込む直前、今年は5月晴れの日々が長く続くな〜と思っていたら、起きればもはや梅雨入り、夏も目前だったと前に記述した。
 
その後、お陰様で順調に回復に向かい、徐々に日課のウォーキングを再開できるまでになった。                                
とは言っても、現時点の歩行距離は今までの半分程度。 改めて健康であることの有難味を実感しつつ、カメラ片手に自然を観察しながら浮き浮きと公園内や緑道を歩いていると、緑道の際にヤマモモの木が数本立ち、たくさんの実がたわわに生っているのに気が付いたヤマモモの実 H27.6.23撮影.JPG。                      
ヤマモモ(山桃)は、ヤマモモ科ヤマモモ属の常緑樹。その果実は、山に生えた桃のような果実をつけることから。 別名として楊梅(ようばい)、山桜桃、火実などがあり、古代から和歌などにも詠まれる (ウィキペディア)。

漸くにして、歩行可能になったという浮き浮き気分で手を伸ばし、熟成した濃赤色のヤマモモの実を2,3粒ほどをもぎ、口に入れてみた。
 
甘味もあるのだが、思いの外に渋い。これでは、品種改良の進んだ本物の桃や林檎、苺などの濃厚な甘味の果物に馴れた現代人には到底受け入れられないだろう。 

だから、緑道を歩く人達は勿論のこと、野鳥までもがヤマモモの実を無視するのかな、この実も無駄に路上に落ち散乱しているのだろうかと考えながら、約30年前のゴルフの初心者であった頃を思い出した。                                   
当時、熱心にゴルフ場へよく通った。 プレー回数の多かったのはキャディ無し・セルフプレーの比較的低料金の神戸六甲山系にある高地のゴルフ場。 そこで思い出すのが梅雨明け寸前の暑い最中のコンペ。 飲み水の準備を忘れ、途中で見つけたのが、このヤマモモの実。 

あぁ助かったと、この実で喉の渇きを癒しながらプレーを続行したのだが、その時には不思議に甘味のみを感じ渋味などは感じなかったのだから、本当に人間は勝手なものだ。

それにしても、現役時代には、常日頃の多忙さに両眼は血走り、自然の佇まいは、見れども見えず、聞けども聞こえずであった。どなたかが「今一番大切なのは、自然を愛するのではなく、自然から愛される人間になる修行だ。

何故なら、自然は人間の傲慢に怒っているからだ」と仰っているが、如何にもこの言葉に私も共感する。 現在、世界各地で頻発する火山爆発や大地震、異常気象の発生などは自然の怒りの現われか、と懼れを抱く。
 
少なくても人間は、自分たちを包む自然や、自分たちが存在する周囲の自然現象から、生き方を知らなければならないのであろう。 

かっての日本人はそうであった。 至極単純に考えれば、こうだろう。 柳に幾度も飛びつく蛙に学んだ小野道風、リンゴの落下を見て万有引力を見出したニュートン、水蒸気で蒸気機関を見出したワットの例。
 
しかし、引用した“自然から生き方を学ぶ”という意味はもっと奥深い話なのだろうが、娑婆気の多い俗人の私などにはなかなか理解し難い世界。
                 
また同時に、その方は「人間を救うものは、決してオールマイティ的な超人間的存在ではない。人間自身の人間の自覚以外に、人間は救われない。人間が人間を救わなかったら、他に救い手は全くない」とも仰っている。 寧ろ、こちらの方が理解し易い。

最近、近しい友が次々とガンなどの病で倒れていっている。 このような状況の中で、自然の佇まい〜緑の輝きや光の揺らぎに眼をやると、病に伏せる友には申し訳ないが、自身が健康であることへの喜びと感謝の念が生じて来る。 

急に抹香臭い話で恐縮だが、改めて、釈迦が『法句経』の中で示された「やがて死するものの、今、命あるは有難し」とか、「人は、また死するなかに、われ一人生きてあり」などという、生きることの尊さ、有難さを表した言葉を噛みしめことができる。
 
そこで初めて、人間は“カレンダーめくる命も、めくられる”的な存在であり、“日々是 それがしの 一日でござる”的な生き方こそが大切だと気付く、ということなのだろう。

    

2015年06月26日

◆“プロの感性”が必要

眞鍋 峰松



以前、産経新聞に、“裁判には「プロの目」が必要”と題した次のような投書が掲載されていた。

『今年に入って、裁判員裁判の死刑判決の破棄が相次いだ。「裁判員裁判の判決の中には、過去の同種事件より相当量刑が重いものがあり、公平性を保てない」と指摘する意見もある。

最近はプロを軽視し、素人をもてはやす風潮がある。こうした風潮に影響されているのが、今の裁判員裁判の問題点ではないか。「素人感覚」といえば、新しい視点を提供してくれるような気がするが、畑違いの素人を現場の長に任命して、混乱を引き起こす例もある。

やはり現実には、長年の経験でしか養えない「プロの感性」がどんな現場にも必要だ。素人考えを必要以上に取り入れるのは誤りだと思う。もちろん、市民感覚を反映させるという裁判員制度の趣旨はわかる。裁判官も現実社会に学ぶ謙虚な姿勢が必要だろう。

しかし、判決が素人考えに偏るのは問題。高裁や最高裁はプロとして素人の議論に歯止めをかけ、修正してほしい』というのである。

投書された方の肩書には“元 校長”とあったから、多分、長い教員生活を送られ、最後には校長を務められた立派な人物なのだろう、と想像する。
   
ところで、この投書。 内容は裁判員制度に関するものだが、行政や教育現場への民間人登用問題にも相通じるものを感じる。
 
現在府内で実施されている公立学校の校長、大阪市の区長や交通局長などへの民間人登用に関して生じている問題と類似していると感じるのは、私だけだろうか。
 
中でも、その極め付けが、最近の府教育長の辞任騒ぎであった。つまり、投書の方の指摘されている「素人感覚といえば、新しい視点を提供してくれるような気がするが、畑違いの素人を現場の長に任命して、混乱を引き起こす例もある」と指摘されている視点が同じだ、と感じるのである。                                                   
勿論、民間人登用自体には、行政や教育の現場に多々見受けられた従来の慣習や先例に囚われ過ぎた閉鎖的社会へ新風を引き入れ、風通し良くするという意味合いは大きい。
 
ただ例えば、最近マスコミでも大きく報道されていたように、1〜2年という短期間に登用された民間出身の大阪市立中学校の校長11人のうち、退職や解任された人数が過半数の6人に及ぶといった事態は何としても避けなければならない。                 

これは以前の記述の繰り返しになるが、このような抜擢人事というのは殆どが自己申告や公募を前提としており、兎角何かと問題を生じ易いのが現実である。
 
古くは中国の唐時代の書物「貞観政要」の中でも、抜擢人事とも関連して、自己推薦制の是非について論じられている由縁でもある。
 
また、故谷沢永一関西大学教授は著書「人間通」の中で、抜擢人事について「我が国は年功序列社会だから順を追わなければ出世できないと言い慣らわすのは一面的な観察である。昔も今も例外的な抜擢は常に行われてきた。

しかし、世に抜擢ほど難しい決断はない。統計をとるなら成功率は決して高くないであろう」とし、抜擢人事が失敗する二つの型を挙げ、「その第一は抜擢された者が極度に思い上がって異様な振る舞いに及ぶ例である」と「第二の型は、根が小心であるため思いがけぬ処遇に接して心身が麻痺する。高所恐怖症である」と指摘されている。
 
差し詰め、府教育長の辞任騒ぎなどは、第一の型の典型だろうし、また、私自身も過去において、行政に関する基礎的知識に欠け、このためにややもすれば萎縮し適宜適切な指示を出せなくなったような第二の型の実例も見てきた。
                  
もとより、民間人登用に当っては、その職に必要な最低必要な知識・見識を有する人物でなければならないことは言うまでもない。

とりわけ現場の管理職として登用される場合については、任命權者ひとりの判断ではなく複数の人間の眼を通じて選別を行うなど、人物の人柄と経歴・実績を十分に踏まえ、より慎重な判断が必要だろう。 
まして、任命權者個人の知人であるが故の登用など有ってはならない。 

また、同書において同教授は「抜擢の成功例はやはり稀れである。心根がよほど謙虚で神経が強靭な人物でなければ能力を発揮できないであろう。それ故、当面の間は心の支えをあてがわねばならぬ。能や歌舞伎の舞台では後見が控えていて、通常は小道具の出し入れを司るが、もし演者が何かでとちれば即座に取り繕う。

それと同じく抜擢された者には後見が必要である。」「所詮、抜擢は賭けである。抜擢を決断した勇猛心ある上司は、責任を全うするためのバック・アップを忘れてはならぬであろう」とも指摘されている。 

実際、信頼出来る補佐役を配置するなどの支援体制も必要不可欠だろう。 同時に、登用後において、もし問題が発生した場合には、適宜適切な対応・後処理を行うとともに、事後には登用に当ってなされた判断にどのような誤りがあったのかを検証することも大事だろう。

現在では国・自治体を問わず、公的機関における上級管理職への民間人登用は、至極当たり前のことになった。それだけに、今後とも民間人登用を進めようと考える任命權者は、その任命責任をもっと厳格に自覚するべきだろう。
 
国においては、歴代総理大臣が任命した各省大臣に不祥事が発生した場合には、国会の場のみならず、新聞テレビなどのマスコミ報道を通じて、その任命責任が厳しく問われることが通例となっている。 場合によっては内閣総辞職に立ち至ったケースも珍しくは無い。
 
だが、自治体における任命權者たる首長に対する任命責任について、それ程に鋭く問われた例を寡聞にして耳にしたことがない。
 
マスコミで大きく報道される場合以外には、問題の所在自体が住民の眼に如実に露わにされることは稀なことであるが、いずれ住民生活に重大な悪影響を及ぼす結果に繋がる可能性も高い。

それだけに自治体首長についても、任命權者としての自覚と責任の所在の在り方についてより明確にすることが肝要というになろう。

2015年06月24日

◆蘇る55年前の記憶

眞鍋 峰松
  


最近新聞紙上を連日賑わせている二つの議論を読んでいて、約55年前の記憶が鮮やかに蘇ってきた。 昭和35年前後、高校在学中の出来事である。 
  
私の学年は、昭和17年〜18年の生まれ。終戦直後の混乱振りを記憶しているはずも無いのだが、多少なりともその匂いを嗅いだことのある世代ということになる。
高校時代は昭和33年4月〜36年3月。丁度、昭和35年(1960年)の日米安全保障条約改定時の大騒動の真っ只中に、最も多感な高校時代を過ごした世代である。この安保反対闘争の余波は、当時の高校生たちにも及んでいたのである。
  
折しも現在、国会では、安全保障法制について喧々諤々の激しい議論が戦わされている。 そして一方では、選挙権年齢を18歳以上にする改正公職選挙法が今月17日に成立し、来年の参院選から、18、19歳の約240万人が新たに有権者となる、と伝えられた。

 母校の府立I高校は、在学当時、教職員組合の拠点校の一つと目される程の激しい活動に巻き込まれていた。 組合員である教員の中には、安保反対を唱え、学校内で座り込みハンガー・ストライキを敢行する者も現れる始末。 

今から考えると、幾ら自分の主義・信条と異なる政策が採択されたからと言っても、教育現場である学校での斯かる行動は到底許されることではなく、多分、現在の世の中の大半の人達には受け入れられもしまい。 

だが、当時の校内の雰囲気は凡そ現在の一般社会常識からかけ離れたものであった。 しかも、組合員の教員の影響の下、生徒会活動も先鋭化し、遠い記憶では、I高校でも一日、最も激しかった同じ府立の某高校に至っては、一週間以上も生徒が校門を閉鎖しロックアウトに至る異常な状態であったように記憶する。 

その他の高校でも似たり寄ったりの状態では無かったろうか。 また、学内では大学生の学生運動家など外部からのオルグ活動も激しかったという記憶もある。
このような混乱の中、私の所属した新聞部は、組合教員の行動や外部からの学生運動家の活動を批判し、高校生らしく自制を求める論説を載せ、賛否両論の激しい渦の中に放り込まれ、挙句の果てには、一時期、反対派の生徒達によって部室に長時間閉じ込められるという苦い経験にも遭った。
                                     
  この当時、過激な全学連を筆頭に「アンポハンタイ」を叫び、街頭に飛び出し激しいデモ行進を行う時代世相だった。 また、マスコミ報道の主流は安保条約改定に否定的であったが、仮に、この時安保改定が実現しなかったら、当時の厳しい東西冷戦の下、我が国はどのようになっていたか。 

その後、西側諸国では景気変動や社会問題等の発生による一時的な浮き沈みがあるものの、概ね順調な繁栄を続けた。 

これに反し、東側・共産主義国のソ連、中国などでは著しい経済的窮乏や絶えざる社会変動に直面し、遂にはソ連邦の劇的な崩壊に至ったこと等は記憶に新しい。 

一方、国内でも、これら東側国々と共鳴していた旧社会党の没落などに照らしも、安保改定賛成・反対のいずれが正しい主張であったのか、今日では明白であろう。 

その後、55年という歳月が流れた今日、世界の現状は依然として日本国憲法が想定しているような「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して」国運を委ねられるような環境にはない。 そのような情勢下での安全保障法制論議である。
    
18歳選挙権についても、高校3年生と言えばほぼ全員が18歳へ到達する年齢である。今後、国は政治の仕組みや選挙の意義を分かりやすく解説した副教材を全国の高校に配布し、模擬選挙のような参加型の教育も充実させる方針だ、と聞き及ぶ。 

そこで直面するのは、上述のような個人的体験の下で感じた、一部教員・生徒の的外れな行動が再度起こらないのか、という危惧である。 今回の公選法の改正で新たに有権者に加わる18〜19歳は約240万人に上り、各政党にとっては「垂涎の的」だ、とのこと。 

こう考えると、教育現場での政治的中立性の確保が大きな課題となり、教員の意見が生徒の投票行動に影響しかねない、という指摘も十分根拠のあることではなかろうか。

   以前にも本欄で記述した事柄だが、最近の日本の風潮は、国会論議やマスコミ論調を見聞きするにつれ、政治の面でも、社会面でも、“いい””悪い“という単純な両極端に焦点をしぼって対決を迫るというか、結論を押し付けようとする空気が強く感じとられ、国民も風になびく葦のごとく右往左往する。 

私の独断かも知れないが、どれをとっても理性的でない、感情的な二者択一的な議論ばかりのように思われて仕方がない。 

何でも寄せて二で割る式の曖昧主義・中道主義が良いというのではないが、問題を両極端に絞って対立させ、その良し悪しを定めるやり方は決して現実的ではない、と言いたいのである。 

あえて言えば、“いい””悪い“をはっきりさせ過ぎるような世の中は、窮屈でもあり、不健全だということになるのだろう。 実際には、“いい””悪い“を極めつけられないグレーゾーンの部分があることが現実でもあり、もともとその幅の中をゆるやかに往還するのが生活であり、政治でしょう、と。                               

どうも今の風潮は、全般的にあまりにも自分自身を省みず、他人を責めることに急に過ぎるのではなかろうか。 

今後教育現場で行われようとする“主権者教育”においても、非常に難しいことだが、幅と余裕のある人間教育、決して偏狭な人間を育てないという視点を大事にして頂きものだと期待しておきたい。 



2015年06月20日

◆いつまでも残る「教え](後)

眞鍋 峰松



中学時代の先生で、今でもその先生のお顔もお名前も鮮明に記憶しているが、確か、復員軍人上がりの、しかも将校経験のある人であった。 その先生の授業中で、担当教科に何の関係もない一言が今でも忘れられない。

それは、黒板に大書された「男子、青雲の志を抱き、郷関を出れば・・・・」という言葉。

今から思い起こしても、少々時代錯誤的な言葉に聞こえるようだが、間違いなくその後の私の人生に影響を及ぼした言葉であることは事実だ。

最近になって、陳 舜臣氏の著書「弥縫録」の中で久し振りにその言葉に出逢えた。
 
<〜青雲の志を抱いて郷関を出る〜>といった表現がある。

この場合の青雲の志とは、功名を立てて立身出世しようという意欲のことなのだ。辞典には、この外に「徳を修めて聖賢の地位に至る志」といった説明もある。 

だが、実際には功名心の方にウェイトがかかっている。「ボーイズ・ビ・アンビシャス! 青雲の志を抱け」というのだ。  

青といえば、すぐに連想されるのが、春であり、東であり、竜である。

東は日の出る方角であり、人生に日の出の時期を「青春」というのは、これに由来している。青は若く、さわやかである。

それに「雲」という言葉をそえると、心はずむような語感がうまれる。雲は天の上にあるのだから。若い日の功名心は、まさに天に昇ろうとするかのようである。

流石に、良い言葉ではないか。要は、望ましい教師像として私が言いたいことは、19世紀英国の哲学者・ウイリアム・アーサー・ワードの次の言葉に簡潔に表現されている気がする。

        ・凡庸な教師は しゃべる。
        ・良い教師は  説明する。
        ・優れた教師は 示す。
        ・偉大な教師は 心に火を付ける。
                               (完)

2015年06月19日

◆いつまでも残る「教え」(前)

眞鍋 峰松
 

  
マスコミに登場する方々を拝見していると、どうも物事を斜めに見て論じる人が多いように感じられてならない。多分、論じておられるご本人は、それが正しいと信じ切っておられるのだろう。 

これは何も最近になって起こった現象とは限らない事なのかも知れないが、まさにマスコミ好みの人種ということなのだろう。

例えば、靖国神社参拝問題についても、国のために尊い命を捧げた旧日本軍将兵の御霊に感謝の念を表すことは大事な筈だが、その方々はこれに対して、「中国・韓国の国民感情に配慮し外交関係・国益を考えるべし」とおっしゃる。それでは、どうするのか。

物事を斜めに見ると、その二本の線はそれぞれが独立した線の衝突の側面しか見えない。 

A級戦犯合祀の問題も含め、人により立場により色々な考え方があるのだろうが、私には真正面から考えると、この二つの命題はそもそも両立できないことではないと思える。 

歴史的な経緯があるにせよ、また諸外国から如何に言われようが、日本国にとっては本来一方が他方を排除したり、相容れない事柄ではないはずだ。 

それより戦後60年間以上もこれまで避けられてきた国内論議の決着の方が先決だろう、と思える。だからこそ、外交面では未来志向型の解決しかないのだろうという気がする。
   
過去を振り返ると、私の学校時代の教員にも、物事を斜めに見る性癖のある人達が結構多かった。

とりわけ「己を高く持する人物」に多々見られる事柄でもある。それはそれ、その御仁の生き方・信条そのものの問題だから、他人である私が、眼を三角にしてトヤカク言う必要のないことではある。 

ところが、教員という職業に就いている人間がそういう性癖を持ち、日頃児童・生徒に接しているとしたら、そうはいかない。
   
私の経験でも、「物事を斜めに見る性癖のタイプ」の教員が結構多かった。

結論から言えば、そういうタイプの教員は教育現場では有害無益な人間と言わざるを得ないのではないか。
  
実社会においても一番扱いの難しいのが、こういうタイプの人間だろうし、往々にして周辺の人間からも嫌われてもいる。 

多情多感な青少年にとって、こういうタイプの先生に教えられることには「百害あって一利なし」である。
   
教育の本質はむしろ逆で、もっと「真正面からの言葉・教えほど尊い」と 私の体験からも、そう思える。
<後編へ> 

2015年06月13日

◆「老いの自戒」少々、自虐気味?

眞鍋 峰松



最近、私には「老い」についての記述が増えている。これは何も自虐的な意味合いを持たせる積もりもないのだが、日々の暮らしの中で、己なりの自覚と反省する上に立つ事柄が多くなった故だろう、と納得する。 

憤怒調節障害。最近、ある新聞紙上で初めてこのような言葉を眼にした。この障害は、精神的苦痛を受けた時に「不当な扱いを受けている」と思い込み、侮蔑感、挫折感、無力感などが持続的に、しかも頻繁に表れ、些細なことで怒り出し殴る、一種の病気だというのである。

しかも、この障害による暴行検挙件数は、高齢者で増加しており、最近の2013年のデータでは3048人、20年前の45倍に及び、その原因は「激情・憤怒」が60%以上。「飲酒による酩酊(めいてい)」の14%を大きく引き離している、とのこと。
 
高齢者が些細な事で、ブチ切れ、突如、凶悪な人間に変身する。元来、高齢者によくみられる特徴として、短絡的で独善的なことが多いと指摘される。

短絡的とは物事の本質や筋道を深く考えずに、原因と結果などを性急に結びつけてしまう様を意味し、独善的とは @他人に関与せず、自分の身だけを正しく修めること、A自分だけが正しいと考えること・独り善がり。言うなら、他人の利害や立場を考えず、自分だけが正しいとする考え方に固執することである。

これが「年寄りの強情と昼過ぎの雨はたやすく止まらぬ」と酷評される由縁だろう。

私自身を振り返っても、ご他聞にもれず、年齢を重ねるごとにこれらの症癖が強くなってきたような気がする。つまり、自分で言い出したら人の言うことを容易に聞かない、一旦言い出すと滅多に変えようとはしない等、の症癖を自分自身で自覚するというよりは、家人からよく指摘されようになった。
 
特に自覚する問題行動は、テレビ放送の途中でやたらと怒りの声を挙げ、罵詈雑言の類に走る己の姿である。

自分でも怖くなるのは、それこそ“どうにも止まらない”ことで、後々、自省することがたび重なる。それでも止まらない。 だが、これは果たして生来の悪癖なのだろうか、と思いながら自戒する。

こんな折、昨年12月頃、地下鉄内の広告で、週刊誌の見出し記事に<「老人の品格」はどこへいった?>と掲載されているのを見つけた。

記事内容を読むと、スーパーでいつも入り口に近い障害者用駐車場に車を留めるおじいさんがいて、店員が注意したら「私は高齢者だ。障害者と同じようなもんだ」「常連客に向かって文句をいうのか」と言い返された。

スーパーのレジで気がつかないふりをして割り込んだ高齢女性たちに「並んでください」と言ったら「年寄りに長い時間並べっていうこと?」と睨(にら)まれた、等々。 確かに眉をひそめるような事例が並んでいる、のである。

これらの現象について、社会学者で甲南大学准教授の阿部真大氏は、「『世間体』を気にしなくていい世の中になりつつあるということが考えられます」「社会的背景が、『周囲が見えない』『配慮ができない』シニアを作ってしまった面がある」。 

核家族化が進み地域のつながりが希薄になって、しっかりしたおじいちゃん、おばあちゃんでいなくてもいいという意識が広がったから、と解説されるのである。

 そして、問題をより深刻化させるのは、老人と若者との間の軋轢である。
 
既にお読みになった方も多いと思うが、6月1日の産経新聞記載の桑原聡氏の「【鈍機翁のため息】(293)間奏 I 若者の老人憎悪は臨界点に」の記述である。                           
以下、長文なので略述してみると、『 コンビニでたばこを注文した老人の傲慢な振るまいについて書いた「醜悪なクレーマー」が、インターネットの掲示板サイトで話題になっている、と知人が教えてくれた。

早速のぞいてみると、書き込みの半分以上は《老害死ね》とか《団塊の老害はほんと社会問題になってるよな。どこの店員に聞いても口をそろえてジジイが一番態度悪いって聞くわ。ゆとりの方が100倍マシ》といった、わがままな老人への若者の憎悪だった。・・・かように老人と若者の対立は古今東西変わることなく存在し、この対立が善きにつけあしきにつけ、社会を変える原動力となってきた。

ただ掲示板を読むと、貧しい若者と裕福な老人という世代間格差の問題も絡んで、対立は憎悪に変質し、それは臨界点に達しつつあるように感じる。ささいなきっかけで若者の暴発が起こりそうな気配。 私の頭には「世代間戦争」という不気味な言葉が浮かぶ…。 』というのである。
 
到底、この状況は世代間の相克、意見対立といった次元の上質?な類のものではない。

幾ら何でも私に限っては・・と思いつつ、以前に本欄で「50年後の“高校 卒業式”」という表題で、こう記述したことを思い出した。
 
それは、毎年、母校の高校で、その年の卒業式に招かれた、50年前の卒業生。つまり我われ同期生が「ややお恥ずかしいことだが、終始静粛・厳粛さを保ってきた式場全体の中で、我々後期高齢者の面々が、この雰囲気とは裏腹に、私も含め、終始お隣の同期生同士、眼前に進展するドラマと往時の回顧とを重ね合わしながらの、ヒソヒソ話。 極々の小声とは言え、若干非難されても仕方が無い状態」であったことである。

しかし、「これも考えれば、我々はもはや人生の檜舞台から下りようとする、或いはもはや既に下り切った世代。 眼の前の風景は、これから人生の大舞台の上で長い長いドラマを演じようとする若者達の世界。
 
所詮、彼らのドラマの門出をお祝いする観客にしか過ぎない我が身。 その様な哀感の想いなどを自分自身で無意識に感じながらの2時間半。 どうか失礼の段、平に平にご容赦のほどを」との記述である。

上記の我々の振舞いも、考えれば、如何にも社会性・協調性を欠いた行動であり、同時に、高齢者がこれから人生の大舞台の上で長い長いドラマを演じようとする若者達の世界に接する場合の、無意識の羨望の想いが背景にあるのではないか、と感じる。

 私淑する紀野一義師がこんなことを書いておられる。 

『わたしが、わたしが、と我が強い。年をとるということが、人間を、こんな無神経な、がさつな存在に変えるのである。 年をとるとこんな風になる。 自分が何を言っているか、自分がどういう立場に置かれているか、ちっとも気がついていない人が沢山いる。

それは人間の精神が衰弱している一つの証拠である。 人間は自分のしていることにあまり疑いを持たぬ。「無駄に飯は食っていないよ」とか「この年になるまでには色々なことを経験して来たんだ」とか強気に言う。

 しかし、人間には勘違いしていることに気がつかないぐらい悲しいことはない。どんな偉い人にも勘違いということはある。それに、自分が見ている側とは全く反対の側から見ている人だっている。 自分の考えていることがみんな正しいとはいえぬ。』というのである。

  さらに、道話にはこんな歌もある。 「おたがいに いつまでもいる 娑婆でなし 喧嘩口論 せぬが利口ぞ」「花咲かせ 実をなす見れば 草も木も なべて務めは ある世なり」というのである。

人間には自分で罹っていることが分からない病気がある。 その一つが、自分が考えていることは絶対に間違っていないと思い込む病気。 人間というものは、長い間人生を歩いて来ていると、自分のやってきたことに自信を持ってきて、何をいっても間違っていない気がして、「私の経験からいうとこうですよ」と言い立てるようになるのだろう。

 及ばずながら、それこそ、いよいよ人生の良き先達として自重自戒せねばならないと思う次第なのです。

2015年06月09日

◆「ほととぎす」考

眞鍋 峰松



先月中旬に、激しい腰痛が突然に我が身を襲った。丁度、入浴のために身を屈めた途端の出来事。「魔女の一撃」とも表現される、突如に身動き一つもできないほどの激痛が起った。 

私にとっては30才台からの年代物で、以来、約40年間で5回目の「魔女の一撃」。 用心々々しながらでも家の中での歩行が漸く可能となった現在、「魔女」ならぬ「美女の一撃」なら未だしも我慢できるのだが、と冗談混じりの言葉を口に出すことができるまでに回復した。 このような次第で、久振りのこの原稿。

それにしても、月日の経つのは驚くほど速い。寝込む直前には、今年は5月晴れの日々が長く続くな〜と思っていたら、起きれば、もはや梅雨入り。夏も目前だ。 

そう言えば、道元禅師には「春は花 夏ほととぎす 秋は月 冬雪さえて すずしかりけり」という有名な歌がある。 一年の移ろう様を斯くも繊細に、しかも短い語句で見事に表現している歌だと感心するのだが、道元禅師が「夏はほととぎす」と詠われているのだから、「ほととぎす」が夏の代表的な風物ということなのだろう。                       

さて、この「ほととぎす」を漢字で書けば、どうなるのだろうか。 

勝 海舟には「時鳥 不如帰 遂に 蜀魂」( ほととぎす ほととぎす ついに ほととぎす )という「ほととぎす」尽くしの句がある。ある書物の受け売りだが、『この句の意味は、少壮のときには時局に対応していろいろ活躍し、時鳥のように騒ぎ立てるが、やがて挫折し、世を慨嘆して故山へもどり、不如帰の心境に生きることになる。これが中年から初老へ掛けてであり、さらに年をとって蜀魂の思いにたつ。 

人生とは斯くの如きものだというのである。その底には同じ「ほととぎす」が、時世が変わり、年をとるにつれて変貌するものの、依然として「ほととぎす」であることには変わりはない、人間も同様であるといった達観がよこたわっていた』というのである。 

時鳥とは「時節に応じてそれを知らせる鳴く鳥」の意で、特にほととぎすが夏の鳥の代表とされたという。

句の中でも、「不如帰」という漢字には最も馴染みがある。徳富蘆花の有名な小説の題名「不如帰」(川島武男と浪子の恋愛小説)のお陰である。 

また、最も難解なのが「蜀魂」で、中国戦国時代の蜀の国で望帝と称した名君がおり、名を杜字といった。見込んだ宰相の開明に譲位するとさっさと山に隠れ住み、やがて世を去った。 

ちょうどその時に、その死を悲しむかのようにほととぎすが高い声で鳴いたらしい。そこから望帝の魂魄はほととぎすに化して天翔けた、という伝説が生まれる。そこから「蜀魂」というほととぎすを表す言葉ができた。

この故事を踏まえて、人は老骨となって隠遁したあと、まさに「蜀魂」と化せれば誠に目出度いかぎり、ということになる。 

私のような年齢ともなれば、同じ「ほととぎす」でも、差し詰め形だけは「蜀魂」ということなのだろうが、仙骨にほど遠い浅薄な我が身、単なる老骨に過ぎないのだろう。

また、花の名前には「杜鵑草」と書いて「ほととぎす」と読む漢字まである。 この「杜鵑草」は百合科に属し、開花時期は、8/25 〜 11/15頃。秋に日陰に多く生え、若葉や花にある斑点模様が鳥のホトトギスの胸にある模様と似ていることからこの名が付いた、また「杜鵑」とも書く、とのことである。

 花言葉は「秘めた意志」というのであるから、本来は男女の秘めたる交情の意なのだろうが、恰も目下、政府・与党と野党間で丁々発止と展開されている安全保障を巡る国会論議のような気がする。
果たして如何なる「秘めた意志」を抱き、如何なる「志」を秘めているのだろうか。

 それとも、現下の東アジアに於ける一触即発の危機を外にした政権争いの野望レベルの「時鳥・ほととぎす」なのだろうか。 それにしても、最終的に、危うし危うし日本の領土・領海の結末でなければ幸いなのだが。