2015年12月18日

◆指導者としての資質を考える A

眞鍋 峰松 (評論家)



前回の決断力についての記述の続き。 

以前に私が読んだ本の中に、「決断」について、一方では、如何にもアメリカ人的な合理的な考え方と、他方、如何にも日本人的な思考方式を記述した文章があったので、ご紹介しておきたい。 

この二つの「決断」に関する記述の内容は、「政治家の任務は決断にある」という一点では同じようであり、また、「政治家の責任のあり様」という点では多少違っているようにも、私には思えるのだが。

その一つが、コリン・ルーサー・パウエル(Colin Luther Powell)の自伝。 
ご承知の通り、コリン・ルーサー・パウエルはジャマイカからの移民の両親を持ち、共和党員であり、統合参謀本部議長(アメリカ陸軍大将)、ジョージ・ウォーカー・ブッシュ大統領(息子の ブッシュ)の1期目政権の国務長官の経歴の持ち主。

その著書、マイ・アメリカン・ジャーニー「コリン・パウエル自伝」(鈴木主税訳 角川書店)の中の次の言葉である。

『いまでは意思決定の哲学を作り上げていた。簡単に言えば、できる限りの情報を掘り起こして、後は本能のおもむくままにまかせる。我々はみなある種の直感を備えている。そして、年をとるにつれて、次第にそれを信じ、それに頼るようになる。

私が決定を迫られた時、つまりある地位に誰かを選ぶとか、作戦の方針を選択するかしなければならない時、私はあらゆる知識をきれっぱしも残らずさらって集める。人に助けを求める。彼らに電話する。手当たり次第に何でも読む。つまり、私は知性を使って本能を教育するのだ。 

その後、本能を使って、このデータの全てをテストする。
「さあ本能、これは聞いて正しく聞こえるか。嗅いで臭くないか。手ざわりはいいか。違和感はないか」。しかし、我々はいつまでも情報収集ばかりしているわけにはいかない。入手可能なすべての情報がまだ集まっていなくても、あるところで決定を下さなければならない。 

大事なことはあわてて決めないで、適切な時期に決断を下すことである。私には決定の公式、p=40〜70というものがある。pは成功の確率を、数字は得られた情報のパーセンテージを示す。 手持ちの情報だけでは正しいという見込みが40%以下しか得られないなら、私は行動しない。 

また、100%正しいと確信するだけの情報・事実が集まるまで待つことはしない。 なぜなら、その時には必ずと言っていいほど遅すぎるからである。 私は40から70%の範囲の情報が得られたと感じたとき、本能にしたがって動く』。
 

もう一つが、小室 直樹氏の「歴史に観る日本の行く末」の中の次の文章である。

『「何となく、何物かに押されつつ、ずるずると国を挙げて」これこそ、日本人のエトス(民族精神、気風、社会思潮)を一言であらわした表現であろう。その後の句は、「戦争に突入した」とも、「大不況を招来した」とも、いろんな表現が代入されうる。 

このエトスは、どこから出てきたのか。 日本人独特の現実認識からくる。「現実」とは何か。「“現実”というものは、作り出されてしまったこと、いま、さらにはっきりといえば、どこからか起こってきたものと考えられている」(丸山 真男)。このエトスこそ、政治的無責任体制を理解するための急所である。

政治家の任務は決断にある。官僚と根本的に違う点である。このことの重大さは何回繰り返しても、繰り返し過ぎることはない。政治家の任務は、現実を自分の判断によって作り変えることにある。ここに、政治家の責任が生じる。 

現実を、自分の決断によって作り変える時、より良くなるか、より悪くなるか、その結果は、事前には分からない。分からないことを決断するところから、政治家の責任が発生する。(繰り返して強調するが、ここが官僚と違う点なのである。) 

もし、現実を、「作り出されてしまったこと」「どこからか起こってしまったこと」と考える時、そこに、「現実は政治家の決断によって作り変えることができる」と考える余地はない。 政治家の存在意義は無いのである』。

以上の二つの文章で明らかなことは、決断への道筋について、アメリカにおいては数理的、合理的規準の下に対処すべきものと観念されており、こと、パウエル氏に限らず、古くはベトナム戦争におけるマクナマル戦略(戦争=軍事に「費用対効果」の考えを持ち込んだ)においても同様である。

一方、日本においては小室直樹氏が指摘のとおり、「何となく、何物かに押されつつ、ずるずると国を挙げて」決断に追い込まれてきたということが、これまでの近代史、現代史の示すところではなかったか、と考える次第である。

私は、むしろ前者が政治判断の前提として官僚のなすべき責務であり、後者つまり「現実は政治家の決断によって作り変えることができる」と考え、「分からないことを決断するところから、政治家の責任が発生する」という複合的な考え方が正鵠を得ていると思うのだが、どうだろうか。 

この考えを当てはめると、鳩山前首相の行った政治判断、とりわけ沖縄基地問題についての決断などは成功確率が果たして何%と判断した上で、決断に及んだのであろうか。官僚からの成功確率を聴取しての外交戦略だったのか。あまりにも粗雑な外交戦略であったと思わざるを得ない。(完)

2015年12月17日

◆指導者としての資質を考える @

眞鍋 峰松 (評論家)

最近の中国やロシア、さらに北朝鮮などのニュースに接する度に思うことがある。

どうも日本の優秀と言われる人物、とりわけ政権中枢にいる方々の、不測外交事態へ対応する判断力が本当に大丈夫なのか、不足しているのではないか、という危惧である。

また、幾ら事前の準備に怠りがなくても、肝心の決断力がなくてはどうにもならない。
 
これに関連し、思い出すのが昔、昔の話。 阪神・淡路大震災の経験から、毎年恒例として行われる地震災害へ備えた、防災訓練について、である。 

地方自治体や国の出先機関などの行政を始め地元自治会など幅広い方面を巻き込んで大々的に実施されてきた。
 
だが、毎年恒例の行事として行われる故もあってか、災害発生時の住民への避難誘導や救急医療体制の初動活動などが中心で、その当時からマンネリ化の懸念を感じていた。

仄聞するところでは、アメリカでのこの種の訓練では、対策本部における非常事態へのギリギリの判断。

例えば、A地点とB地点とに危機が迫っている場合に、如何に防災力を適正分散するべきか、最悪の場合にはどちらか一方に優先して防災力を振り向け、どちらか一方を犠牲にするかなど、指揮を執る人物の決断力が試されるようなケースまで想定し訓練しているとのことだった。
 
最近ようやく我が国においても、この実例として、負傷者多数の場合における負傷程度による治療優先順位の決定問題が、ギリギリの決断訓練の一つとして採り上げられている。

ところが、である。過去に一度、ある都道府県で、このアメリカの方式を採り入れて、水防訓練の中で破壊的水量を抑制するために人為的に堤防決壊させ、水量分散を計るというギリギリの決断を想定したことがある。
 
決壊した場所では、当然なにがしかの被害が発生するのだが、その時、当時の知事は激怒し、そのシュミレーションの場を立ち去ってしまったというのである。要は、彼は逃げたのである。だが、このような決断力こそが、本来のトップ・リーダーに求められる能力、不測事態への対応能力である。 
             
以前読んだ書物の中に「孤独は全ての優れた人物に課せられた運命」との表題で、
@トップには同僚がいない 

A最終意思決定には誰の助力を求められない 

B自由に意思の伝達がし難い 

C正しい情報を得ることが稀である 

Dしかも、なお、最終的な責任を負っている、
と記述されていたのを思い出す。
 
まさに、これがトップ・リーダーに課せられた運命なのだろう。また、これは、塩野七生氏の著書「日本へ 〜国家と歴史篇」からの引用だが、人間の優秀さについての記述で、その一つが、色々な事態に対し、原則を変えずに、如何に例外を設け、さらにその例外事項を他に類を及ぼさないようにするか。
 
さらにもう一つ。日本的秀才は、予期していた事態への対処は上手いが、予期していなかった事態への対処は、下手なのが特質であるらしい。

しかし、予め分かっている質問に答えるのに、人並み優れた頭脳は必要ない。真正面から答えるか、それともすり抜けるかの違いはあっても、予期していなかった質問に対処して初めて、頭脳の良し悪しが計れるのである、というである。

私が思うに、前半の部分は、むしろ上級公務員の優劣の判断基準に向いおり、後半の部分は政治家を始めとする、組織のトップの資質の判断基準に向いているように思われる。
 
要は、決断するのは難しい作業である。決断に際して、十分に情報を集め、徹底して分析したから万全だ、ということは絶対にない。考える材料が全部そろい、やるべきことが自ずと分るのなら、リーダーは何もしなくてよい。つまり、決断するための情報収集と分析は程度問題である。
 
信頼を繋ぎ止めたるためなら、「ここまでは考えたけれど、これ以上は運を天に任せる」と踏み切るのがリーダーの役割だ。
 
それを検討会議や関係閣僚会議の設置ばかりで逃げてばかりではどうにもなるまい、と思う。日本語で上手い表現があるではないか。“腹をくくる”と。
 
少々穏当でない言い方だが、それこそ、判断を過てば腹を切ればよい、ではないか。 

塩野 七生氏は言う。「たとえ自分は地獄に落ちようと国民は天国に行かせる、と考えるような人でなくてはならない。その覚悟のない指導者は、リーダーの名にも値しないし、エリートでもない」と。これができないなら潔く職を辞するしかあるまい。
                

2015年12月09日

◆真正面からの言葉・教えほど尊い(後編)

 
眞鍋 峰松(評論家)




中学時代の先生で、今でもその先生のお顔もお名前も鮮明に記憶しているが、確か、復員軍人上がりの、しかも将校経験のある人であった。 

その先生の授業中で、担当教科に何の関係もない一言が今でも忘れられない。

それは、黒板に大書された「男子、青雲の志を抱き、郷関を出れば・・・・」という言葉。今から思い起こしても、少々時代錯誤的な言葉に聞こえるようだが、間違いなくその後の私の人生に影響を及ぼした言葉であることは事実だ。


最近になって、陳 舜臣氏の著書「弥縫録」の中で久し振りにその言葉に出逢えた。
 
 〜青雲の志を抱いて郷関を出る〜といった表現がある。

この場合の青雲の志とは、功名を立てて立身出世しようという意欲のことなのだ。 辞典には、この外に「徳を修めて聖賢の地位に至る志」といった説明もある。 

だが、実際には功名心の方にウェイトがかかっている。「ボーイズ・ビ・アンビシャス! 青雲の志を抱け」というのだ。  

青といえば、すぐに連想されるのが、春であり、東であり、竜である。

東は日の出る方角であり、人生に日の出の時期を「青春」というのは、これに由来している。青は若く、さわやかである。それに「雲」という言葉をそえると、心はずむような語感がうまれる。雲は天の上にあるのだから。若い日の功名心は、まさに天に昇ろうとするかのようである。

流石に、良い言葉ではないか。 要は、望ましい教師像として私が言いたいことは、19世紀英国の哲学者ウイリアム・アーサー・ワードの次の言葉に簡潔に表現されている気がする。

        ・凡庸な教師は しゃべる。
        ・良い教師は  説明する。
        ・優れた教師は 示す。
        ・偉大な教師は 心に火を付ける。
                               (完)

2015年12月08日

◆真正面からの言葉・教えほど尊い(前編)

眞鍋 峰松
   

最近、マスコミ上に登場する方々を拝見していると、どうも物事を斜めに見て論じる人が多いように感じられてならない。 多分、論じておられるご本人は、それが正しいと信じ切っておられるのだろう。 

これは何も最近になって起こった現象とは限らない事なのかも知れないが、まさにマスコミ好みの人種ということなのだろう。

例えば、靖国神社参拝問題についても、国のために尊い命を捧げた旧日本軍将兵の御霊に感謝の念を表すことは大事な筈だが、その方々はこれに対して、「中国・韓国の国民感情に配慮し外交関係・国益を考えるべし」とおっしゃる。 それでは、どうするのか。

物事を斜めに見ると、その二本の線はそれぞれが独立した線の衝突の側面しか見えない。 

A級戦犯合祀の問題も含め、人により立場により色々な考え方があるのだろうが、私には真正面から考えると、この二つの命題はそもそも両立できないことではないと思える。 

歴史的な経緯があるにせよ、また諸外国から如何に言われようが、日本国にとっては本来一方が他方を排除したり、相容れない事柄ではないはずだ。 

それより戦後60年間以上もこれまで避けられてきた国内論議の決着の方が先決だろう、と思える。 だからこそ、外交面では未来志向型の解決しかないのだろうという気がする。
   
過去を振り返ると、私の学校時代の教員にも、物事を斜めに見る性癖のある人達が結構多かった。

とりわけ「己を高く持する人物」に多々見られる事柄でもある。それはそれ、その御仁の生き方・信条そのものの問題だから、他人である私が、眼を三角にしてトヤカク言う必要のないことではある。 

ところが、教員という職業に就いている人間がそういう性癖を持ち、日頃児童・生徒に接しているとしたら、そうはいかない。
   
私の経験でも、「物事を斜めに見る性癖のタイプ」の教員が結構多かった。

結論から言えば、そういうタイプの教員は教育現場では有害無益な人間と言わざるを得ないのではないか。
  
実社会においても一番扱いの難しいのが、こういうタイプの人間だろうし、往々にして周辺の人間からも嫌われてもいる。 

多情多感な青少年にとって、こういうタイプの先生に教えられることには「百害あって一利なし」である。
   
教育の本質はむしろ逆で、もっと「真正面からの言葉・教え」ほど尊いと 私の体験からも、そう思える。 <後編へ> 

2015年12月03日

◆老後の頼りは“お金?”

眞鍋 峰松



1億総活躍時代より1億総我慢時代 

日本には古くから「 子ども叱るな来た道じゃ、年寄り笑うな行く道じゃ 」という格言が残されている。
故松原泰道師は、この格言を日本には古くから「子どもに関しては自分の過去の姿なのだと思ってみる。つまり、頭からやみくもに怒鳴るのではなく、自分を振り返りながら注意・教えたりする。こうすることによって、本当に親身になった指導も出来る。

また、年寄りを見たら、自分も何年かすれば必ずこうなるのだと思って見ることです。そうすれば、忘れっぽいとか、背中が丸く格好が悪いとか、汚らしいとか言って笑うこともなく、自分を愛するそのままの心で年寄りに接することができるようになる。このように全て一人称で受け止める。これが仏教の考え方だ」と教えられる。

一見、単純そうに思われ勝ちなのだが、これこそ、退職世代、現役世代及び将来世代間の調和を見事に表した格言。さすがに昔の人生の大先達からの素晴らしい教えだと思う。

急に私事の話で恐縮だが、義母は88歳という高齢の今でも、ひとり暮らしを続けている。義父は20年ほど前に脳溢血で倒れ、約2年半の入院生活の末に他界した。義母には娘(私の家内)と息子がいるのだが、気丈にもひとりで元気に生活している。
 
世間一般のご他聞に洩れず、息子の嫁と姑の間柄は必ずしもしっくりといかず、このため、娘である家内が車で片道1時間掛け、週1回程度義母の様子を見に行っている。この独居の状態も、家に残されたマンションの家賃収入等が義母に入るという恵まれた環境のお陰である。まさに、老後の頼りは“お金”次第ということなのか。身近な所からの実感である。

今年10月のある新聞紙上に、名古屋大学の角谷快彦特任准教授(医療経済学)が、日本、米国、中国、インドの4カ国で行った老後の不安に関する意識調査の結果が載っていた。
 
調査分析では、40歳以上の約5000人(うち日本は約2500人)の意見を分析したというのだが、その結果、日本では▽貯金など所有する金融資産が大きい▽生活費に占める年金の割合が高い▽年齢が高い▽運動する習慣ーがあるほど、老後の不安が減るとされている。
 
一方、▽子どもとの同居▽持ち家があること▽学歴の高さ−−は、老後の不安を減らしてくれないとの結果だった、というのである。 また、子との同居が安心につながらないのは4カ国共通だったという。

この調査に当った角谷准教授は、「不安が大きいと、将来に備えて貯蓄を過剰なまでに積み上げてしまい、経済にも悪影響を与える。年金など社会保障制度の果たす役割は非常に重要だ」と指摘する。

この意味では、人口の高齢化が続く我が国にとってセーフティネット、とりわけ介護の問題と所得保障としての年金保険制度がとりわけ重要な問題である。
 
これは親の立場からの老後の過し方・生活についての調査分析だが、では、これを親の世話をする側の子供の立場からは、どうなのか? 
                      
この点、現在の扶養世代を直接に対象とする調査という訳ではないが、今年9月の複数の新聞に次の扶養世代である高校生の意識調査の結果が掲載されていた。記事では、“親の世話したいは、少数派?”との見出しの下、内容は「国立青少年教育振興機構が昨年実施した意識調査で、高齢となった親を“どんなことをしてでも自分で世話をしたい”と答えた日本の高校生は37・9%で、日米中韓4カ国の高校生の中で最低だった。

最も高い中国は87・7%。韓国57・2%、米国51・9%で日本以外は半数を超えた。日米中の3カ国が対象だった2004年調査では日本43・1%、米国67・9%でいずれも減少。中国は84・0%から微増した」とのこと。
 
現代では、要するに、引退した親世代の生活の面倒をみるという家族制度内部における働く子供世代の直接的、私的な費用負担が、介護及び年金に関する公的制度の成立によって、保険者である政府への保険料の納付という間接的、公的な費用負担に振り返られたものということができる。

こうした公的制度の基本的な役割を踏まえれば、働く若壮年子供世代の本当の負担とは、公的制度の成立によって必要となった政府への年金保険料負担から、不必要となった家族内部での高齢親世代の生活費負担を差し引いたものであることが分かる。

このように、高齢者に対する社会保障が基本的には家族と同じ世代間扶養の仕組みであることを理解されれば、公的年金制度も、引退した親世代の生活に必要な家族の費用負担を軽減するものであって、一方的に保険料負担だけを強いるもではないというメッセージが働く子供世代にきちんと伝わるものと思われるのだが、そこが難しい。
                                
現役世代にとっては、現実の厳しい社会・経済状況の中で、このようなメッセージが耳に入る余裕も無いのかも知れない。それが前述の高齢となった親を“どんなことをしてでも自分で世話をしたい”と答えた日本の高校生が37・9%という低率に顕れたのだろうか。

それにしても、最近よくマスコミ報道で伝えられる中国や韓国の人心の荒廃や経済格差等の状況に照らしてみると、中国・韓国の高率の原因は何故なのか、何故日本は低率なのか、私にはやはり理解できない。

今後とも、社会の急速な少子高齢化を背景に、社会保障の負担・受益を巡る論議は、さながら世代間戦争のようにセンセーショナルに取り上げられることが十分考えられるが、家族と社会保障との関係が理解され、保険料拠出のメリットは遠い先の自分たちの受給権の発生だけの問題でないことを、粘り強くテレビ等の情報媒体を通じPRしていかなければならないと思う。
 
同時に、高齢者本人も、老後の頼りは“お金”の厳しい認識の下、さらに深刻化する高齢化社会を見通して、高齢者にもそれなりの公的制度維持の努力が求められるのではなかろうか。
 
即ち、高齢者社会を支える医療等の公的費用の節減や、費用負担の世代間の公平・高齢者内部の公平を図るための高齢者が所有する不動産を所得保障や医療・福祉サービス購入の充実に有効活用すべきという考え方である。

また、経済的に恵まれた高齢者へ応分の負担を求めていくことも必要であろう。 そこで改めて、冒頭の格言の含意である世代間の相互思いやりの精神こそが、ギスギスした現在の社会の有様を改善するための素晴らしい慧知が込められているのではなかろうか、と思う。 そして、これが副題の“1億総活躍時代より1億総我慢時代”の意味である。

2015年12月01日

◆取り留めのない話ですが・・

眞鍋 峰松

“ヨイショ”“ヨイショ”。 今朝の我が家の会話で、「家の中で、この言葉があちらこちらで、コダマしている」の言葉に、家族全員が大爆笑。 

先月末から現在まで、常は独り暮らしを続ける86歳の家内の母親が、連休中とのことで同居中での出来事。そも時が4人家族で、うち3人が65歳超の高齢者。 その3人が何らかの行動を起そうとする度に、ヨイショ!ヨイショ!の掛け声である。 

なるほど一定の年齢を超えると、人間、行動を起こすには、何かの切っ掛けがいるものか、と妙に感心した。

私も既に70歳超。 5年前に、ある事件に関わり、以来その処理に没頭し、有り体に言えば、最近やっと紛争の末に、最高裁判所の決定を得てその解決に至った。 その抑々の切っ掛けというのは、昔々の職場の元上司からの依頼を受けた事柄。 

事件の詳細は、いずれまた機会があればとして、抽象的にその結末を申し上げれば、5年越しで紛争解決に完全に成功したものの、最後には全くの第三者からの一発逆転劇で、最終処理に失敗のお粗末。

それは兎に角、この切っ掛けとなったのが、当時、年齢的にいよいよ人生の最終章に差し掛かって来たという焦りにも似た想いを抱いていた折も折に、飛び込んできた依頼ごと。 

昔、中国の禅者が、洗面器に「日に新たに 日々に新たに、又日に新たなり」と刻し、毎朝顔を洗うように、毎日新しい意識で、新しい世界に生きてこそ、人生の意義と価値と幸福が発見されるであろう、と思われたそうだ。 

この教えが丁度その時期に私の念頭に常時有ったことが、抑々の切っ掛けである。 

これからの己の人生、日々新しい意識で、済んだことはさっさと忘れて、つねに前向きで、新しく新しくと生きて行くことが、真実生き甲斐というものであろう、この先もこれで行こう、と考えていた折りも折りのことである。
    
今から省みると、この事件への関与も、自らの能力と力量を弁えない行動だったか、とも思う。 だが、人間、自分に都合良いものだけを選ぶことなど、できないのが人生。 大抵の出来事は,良さと悪さが抱き合わせで現れるのだろう。 

簡単な話、何か善いことをしょうとすると、人間は疲れることも覚悟しなければならない。人によっては、疲れるからしない、と言う。それも各人それぞれの選択。 

が、しかし、これはやはり実行するべきだと考え、我われは計画を遂行し、後でへとへとになって後悔することも多々ある。 

私もこの事件後へとへとになったが、それはそれで良かったのではないか、と今では思っている。 人間は時には悧巧なこともするが、馬鹿なこともする。 悧巧なことができたら運が良かったと喜び、馬鹿なことをしてしまったら家で布団をかぶって眠る。 

いずれにしても、後々考えれば、そのどちらにしても大きな差はないと思うことなのだろうと明らめた。
                                      2014年

2015年11月25日

◆あなたはイヌ派? それともネコ派?

眞鍋 峰松

   

最近のある雑誌に次のような記事が載っていた。『 現在、家庭で飼われている犬は1035万頭、猫は996万頭という。飼い始めたきっかけは、ペットフード協会の調査では“生活に癒やし・安らぎがほしかったから”がトップだ。かつては、犬は番犬として“警備関係”、猫はネズミ対策を担当していたが、今や「癒やし・安らぎ」が“お仕事”となっているようである。

そこで「生活の中に癒やしや安らぎを感じられることは、当然、人間の心身の健康にも影響するはず。では、飼い主の寿命を伸ばしてくれるのは、犬と猫、どちらなのか」』というのである。     

昔の我が家では、家の中にいつも犬や猫がいた。犬・猫の両方を同時に飼っていた時期も相当長かったのだが、どちらかと言えば、私は犬の方に親しみを感じている。 

飼っていた3、4匹の猫の方は今でも名前も顔も覚えているが、いずれも雑種のオスばかり。そのせいか、猫は思春期(犬猫でもこう表現するかどうか知らないが)でその時期に達すると、メス猫を求めてか、飼い主の知らない間に家出し行方不明になるケースが多く、なお且つ、自宅の柱などは猫の爪跡だらけ・傷だらけ。

これに対し、犬の方はオス・メスを問わず、飼い主の不注意で家から脱走した場合にも、必ず我が家に戻って来た。 また、猫は長年可愛がっていても強い野性を保ったまま。気に障ると飼い主と雖もすぐに手に噛みついたり、爪で引っ搔く。一方、犬は飼い主にいたって柔順で、余程のことが無い限り噛みつくことはない。 これが私の体験的犬・猫論。  

また、同雑誌の記事の中には、『犬を連れて散歩すると、男性では0.44歳、女性では2.79歳も健康寿命が伸びるという調査結果があります。一方、猫はどうか。犬ほどはっきりしたデータはないようで、猫は散歩もしつけも必要がないが、逆にいえば猫を飼っていても飼い主の運動不足解消にはつながらず、直接的な健康効果は期待薄だ』とのこと。 

さらに、『ひとりで暮らす高齢者の場合、飼い犬や飼い猫がいることはすごく救いになります。例えば70代の方なら“この子のためにあと10年は生きなくちゃ”とか“80までは元気でいなくちゃ”という話もよく聞きます。どちらも生きがいになっている部分はとても大きいのです。

老人ホームでも、犬や猫、小鳥を飼い始めたら4割もいた寝たきりの入居者がゼロになった、動物と触れ合った後は血圧が下がったという事例がある』という。              

これまでペットの人気を二分してきた犬と猫。 長く犬のリードが続いていたが、猫が逆転する日が近々やってきそうで、小型犬ブームが落ち着き、散歩やしつけの手間から犬を飼う人が減る一方で、猫を家庭に迎える人が増えている、という。 

面白いことに、メディアでも猫人気が顕著。ある動物プロダクションでは、かつては犬への仕事依頼が8割を占めたが、最近は猫が6割にのぼる。複数のペットのブログランキングでは猫が軒並み上位を占める、という。                                                     
このように、犬に逆風となっている原因は、飼い主の高齢化が大きい。足腰が弱った高齢の飼い主にとって、散歩に連れて行くのもひと苦労。その上、国内で飼われる犬猫の平均寿命は約14歳で、猫の状況は判然としないのだが、犬は30年前の2倍近くに延びたという。 

もともと7〜8歳で高齢とされる犬猫だが、室内飼育が増えて、バランスの取れた餌の良質化や、事故や病気をもらう危険性が減って長寿化が進む。

本来、犬猫も寿命が延びること自体は喜ばしい話なのだが、飼い主にとって一番頭が痛いのは、老齢化し寝たきり状態になったペット犬・猫の介護の問題。 まして、飼い主の高齢化も進むとなると、特に大型犬の場合、更に深刻化する。これらは最近身近でよく見聞きする話だ。

とは言っても、表題の質問。飼われる側の犬や猫自身にとっては、飼い主の寿命が短かろうが長かろうが知ったことではない・責任も持てない、飼う方の勝手でしょう、と言いたいところだろう。

2015年11月11日

◆そろそろゴルフ人生も終わりかな?

眞鍋 峰松
      

最近、18年間も続いてきたゴルフのプライベート・コンペの幕が下りた。毎年、年2回開催してきた昔の職場仲間達とのゴルフ・コンペの話である。

一体何故、現役を退いて10数年も経ってからこのコンペが始まったのか、今ではその理由すら忘れたが、いずれにしても当時の同じ職場仲間が年2回楽しみにした親睦の場でもあった。           
だが、参加者の全てが65歳を超える年齢ともなると、総勢20数名のうち、毎回必ず10名程度が身体の故障等様々な原因で参加できなく無くなってきていた。徐々に減少する一方の参加数が直接の解散理由である。                                               
ゴルフ好きには“ゴルフができる喜びと幸せ”の機会の喪失ということなのだろうが、最近では急激に体力も落ち、ヘボ・ゴルフアーと化した私にとっては、適当な健康と体力維持の機会を失うことになり、真に残念としか言えない。
     そこで、このゴルフ。 趣味にされる方なら良くお解かりのように、結構危険な場面に出あわすことも多い。誰しもボールを大きく曲げ隣のホールに打ち込んだり、背後からボールを打ち込まれたり、同伴者の打ったボールが体をかすめたりした経験があるはず。
私も過去に何度も身体の眼の前にボールが落ちてきたり、一度はバウンドしたボールが直接足に当った体験すらある。                                                 
最も起こり易いのは、自分の前や先に立っている人にボールを当てる打球事故。同伴競技者のプレーに常に注意を払い、打つ人の前には出ないことが必要だ。競技者は同伴者が自分の前方にいるか否かを確かめる義務を負い、自分がボールを打つところを同伴者が見ていることを確認する義務も負う。「加害者は前方に立っていたプレーヤーを安全な場所まで下がらせる義務を負う」とする判例さえある、とのことなので、用心が肝要である。
     それ以外にも、アマチュア・ゴルフアーの常として、プレーに熱中するあまり、ゴルフ場内には危険な場所の存在を失念することによる事故が多い。
コース内に数多い段差や斜面に注意を払うことなども必要。身体の平衡感覚は年を重ねれば急激に衰え、急斜面を駆け下りようとして体勢を崩し足の靭帯を痛めたりすることも多い。 
恥ずかしながら、私も数年前の11月末に、やっとグリーン上に乗せたボールを慌てて確認に行こうとして、前日の降雨で濡かるんだ斜面に足を滑らし腕・肩を強打。すぐにプレーを中止し、帰路に整形外科科へ走り込み、以来、半年間もクラブを握れない状態に至る失敗を経験している。 
その時、やはりゴルフ中の不測の事故に備えて個人賠償保険に加入しておくことも必要だ、とつくづくと感じた。個人賠償保険に加入しないでゴルフをするのは、自動車保険に入らずに車を運転するようなものだ、と言っても過言ではないのかも知れない。コース内でも通路上でも、自分がいくら注意をしていても事故に巻き込まれる可能性があるものだ。
   それにしても、この話。 何やら、現在の日本が置かれた国際情勢に良く似てなくもない、と感じるのですが・・・。 

先進国の中でも突出して安心・安全な日本社会に住んでいると、どうしても「自分の身は自分で守る」という意識が薄くなってしまう。だが、現在のように日本を取り巻く近隣地域や近隣諸国との間で起きている何やらきな臭い問題が、毎日のようにマスコミで報道される状況の中では、やはり有事の保険への加入、否、国の防衛のための体制整備を図ることは絶対に必要なのではないのか、と思った次第。 

果たして、これは私の考え過ぎなのでしょうか? 
    
また急にお前は妙なことを言い出したな、一体何を言わんとしているのかと思われるでしょうが、お読みの賢明な皆様なら、以前にも本欄で引用したことのある、次の二つのイソップ童話の中の話から十分お汲み取り頂けると思うのですが、如何でしょうか。
        
その一。「オオカミが羊の群れを襲う機会をうかがっていたが、犬が見張っていて手を出すことができないので、目的を達するために策略を用いることにした。オオカミは羊に使者を遣って犬を引き離すように求めた。 自分と羊とのあいだの反目の原因は犬であり、犬を引き渡しさえすれば、羊とのあいだに平和が永遠に続くだろうとオオカミは言った。何が起こるのかを予見できない羊は犬を引き渡した。

いまや絶対的優位に立ったオオカミは、もはや守る者のいなくなった群れをほしいままに食い荒らした。」(「新訳イソップの寓話集」 塚崎幹夫訳 中公文庫 )
        
その二。「兎が獣の会議に出かけてゆき、これからどうしても万獣平等の世にならなければならぬと、むきになって論じ立てた。 獅子の大王はこれを聞いてニコニコ笑いながら、兎どん、お前の言うのは尤もだの。 だがそれには、まず儂どもと同じに、立派な爪と歯を揃えてからやって来るがいい、と言った。」 ( 同 前 )        
        
以上、蛇足ながら、上記の記述は、今なお引き続き報じられる一部新聞等の厳しい国際環境の現実を無視した形での、我が国の安全保障体制論議に想いを馳せたものであることはご理解を頂けることと思います。

2015年11月04日

◆開山1200年高野山での会合 A 

眞鍋 峰松
     


実のところ、これには私も少々驚きだった。 私が7年前のこの会合で報告し、以前に本誌でも“ 微妙な関係?・・・日・中・韓 ”の表題で記述した内容、即ち「近年になって、日本と中国・韓国の間には一大外交戦争が起こっている。

重要なのは、それが外交という昔ながらの国家と国家との間の政治問題というより、国民と国民との間・国民の感情間の紛争の観・匂いがすることである。

ここ数年、特に平成17年は戦後60年という節目の時期であり、この紛争も、その節目に起こった国連改革問題とりわけ日本の安保理常任国入り問題が両国国民の反発を呼び、靖国参拝、領土問題等、戦後処理を巡る微妙な食い違いが一層顕在化してきた故であろう。

そして、何よりも世代交代が進む日本人側の、両国はいつまで謝罪と賠償を要求し続けるのかという嫌悪感と、過ぎ去ったと思い込んでいた戦争と戦後処理に関する意識を巡る感覚の変化が一層明確化してきたということなのだろう」との記述。 

あれから10年の歳月が流れ、戦後70年も経った今になって、日・中・韓の関係はいよいよ複雑化・深刻化してきたな〜、という感がする。                                    
その中でも、韓国との関係については「韓国側の極端な自民族優位主義(エスノセントリズム)意識を払拭しなければ(日韓関係の改善は)難しいのではないだろうか」と記述したのだ。

しかしこれに対し、前述の今年7月にガンで急逝したK君は当時、「それは違う。韓国の激しい反日感情はそのような小中華思想から発するものでなく、むしろ日本側の韓国への差別感情への反発から発するものである。韓国が日本に対し悪感情を抱くのは、戦前の植民地化と日本国内の差別意識への反感の故である」と激しく反論していた。

元々、K君は生家がお寺で、大学生時代には8月ともなれば衣を着て檀家回りをしていた人物で、少々頑固なところがあり、なかなかの理屈屋。 彼の反論を受け、私の立論も極端に過ぎ、やはり昔の日本の帝国主義行動への言及が不足した、という点を考え直したことを懐かしく思い出す。 
 
だが、今年の懇談の場の雰囲気は当時とは全く違った。K君流の意見は一切出されず、ほぼ全員が反韓・嫌韓の傾向。 むしろ、大学卒業後、在阪大手電器メーカーに就職し長年に渡る外国勤務を経て、現在でも貿易専門知識を買われて国立大学の非常勤講師を勤めるメンバーのM君までもが、“韓国は大嫌い”とまで感情を露わに断言したのには本当に驚かされた。

しかも、仲間の内では真面目で謙虚・温厚な人柄で知られた人物であるだけに、まさか彼から斯かる激しい意見が出されるとは・・・、と余計に驚き。
                   
もう一つ盛り上がったのが、高齢者の自動車免許証更新を巡る話題。 私は10月20日に来年3月末の更新時期を控え、府公安委員会から私宛てに自動車免許証取得のための高齢者講習通知書が郵送されてきた。

内容は70歳以上の免許証更新者への、講義等1時間、運転適性による指導1時間、実車による指導1時間の受講案内。 そこは全員が72歳の同年齢、この話題にひと盛り上がり。それぞれが“オイ、お前さんは認知症は大丈夫か?検査でひっかからないか?”と言い合う。                              
最近、高齢者の起した交通事故が連続して発生している。高速道路の逆走、鉄道踏切上での停止、ブレーキとアクセルの踏み間違い等々。

そう言えば10月29日の新聞には“宮崎で歩道暴走6人死傷:車の73歳の男性 認知症症状にてんかん病歴”と大きく報道されたばかり。私も運転に一番大切な動体視力が昔に比べて、著しく低下していることに最近になって気が付いた。

例えば、電車に乗る。色々な駅を通過する際に、以前は駅のホームに掲示してある駅名の文字を一瞬にしてピントが合うように車内からハッキリ読み取れたものだった。それが、今では視線が流れ、文字がハッキリ確認できない。いつしか反射神経や運動能力も、同じように衰えているのだろうと思うと慄然とする。これで果たしてこれから何歳まで自動車の安全運転が可能なのか。
     
6月の毎日新聞には「警察庁によると、免許を持つ10万人当たりの死亡事故件数(2013年)は75歳以上が75歳未満の約2.5倍。現行制度では、75歳以上で免許更新する際、記憶力や判断力を調べる検査が義務づけられ、認知機能の低下が進んだ「認知症のおそれ」と判定されたのは、13年に約3万5000人に上った」とし、「75歳以上のドライバーについて認知症の検査を厳しくし、場合によっては免許を取り消す改正道路交通法が成立した。認知症が原因とみられる事故が絶えないためで、やむを得ない措置だろう」と報じられていた。 

そこで、私も75歳になってから、自動車運転の可否を決めよう、と結論。 しかし多分、75歳になっても、なかなか自分自身では免許証破棄の踏ん切りがつかないのでは・・、やはり何とか80歳までは・・。

孔子は「七十にして心の欲する所に従へども 矩(のり)を蝓(こ)えず」と仰ったのだが、悲しいかな凡人の人生。 些細な事柄ながら、古希を過ぎても、様々な迷いが尽きない。 この発言には、メンバー全員から同感、同感との声が挙がった。 これが凡人の凡人たる由縁なのだろう。(終)

2015年11月03日

◆開山1200年高野山での会合 @

眞鍋 峰松
   


10月21・22日の両日、高校同期の仲間達との会合を高野山で開催した。これまでにも何度か本欄で紹介した年1回の仲間達との勉強名目の懇親会である。今年当番の大阪側幹事を私が勤め、東京からの3人を含めた総勢9人が参加した。
                  
高野山は、今年が弘法大師開山1200年の記念の年に当たる。その上、今年春の会合案内時には健在だった仲間の一人が7月にはガンで急逝、メンバーで3人目の物故者となってしまった。そこで、共にガンに倒れ惜しくも逝去した3人の冥福を祈る絶好の場所として、会場を高野山金剛峯寺に隣接する総持院宿坊に決めた。
                                              
高野山は標高900メートル弱、10月下旬には木々の紅葉も始まる季節。開催した21・22日は時期的に若干早過ぎたのだが、それでもあちらこちらで鮮やかに赤や黄色に見事に色付いた場所が点在し、参加メンバーの感嘆の声を聞き、宿坊で出された夕食の見事な精進料理の美味とともに、幹事として若干面目を保ち得て、ひと安心。
                                 
ご承知の通り、高野山は和歌山県北東部に所在する高野山真言宗の聖地高野山を中心とする町。人口約3800人を有し、貴重な文化財・建造物・名所が数多く存在する。

2014年には「紀伊山地の霊場と参詣道」として世界遺産にも登録され、日本のみならず世界中から多くの観光客が訪れる。現地ガイドの説明では、町人口のうちお坊さんが約1000人住し、国内外からの参詣客や観光客が年間100万人を超える(今年は開山1200年で300万人を超える予想)訪れる、とのこと。 

我々が歩いた山上の道筋の至る所で多数の外国人観光客、それも多くの欧米人を見かけたのだが、これも今や日本全国各地の観光地で見なれた風景である。                                                   

また、高野山真言宗の総本山金剛峯寺という場合、金剛峯寺だけではなく高野山全体を指し、普通、お寺といえば一つの建造物を思い浮かべ、その敷地内を境内と言うのだが、高野山は「一山境内地」と称し、高野山の至る所がお寺の境内地であり、高野山全体がお寺、とのこと。

「では、本堂はどこ?」という疑問も湧いてくるが、高野山の本堂は、大伽藍にそびえる「金堂」が一山の総本堂。また、山内に点在するお寺は塔頭寺院(たっちゅうじいん)と言い、高野山全体を大寺(総本山金剛峯寺)に見立て、山内に建てられた小院のことで、現在では117ヶ寺が存在し、そのうち52ヶ寺には宿坊として、高野山を訪れる参詣者へ宿を提供している、とのことである。                               

今回宿舎の総持院はこの塔頭寺院の一つで、平安時代の久安年間に高野山第28世行恵総持坊により開創され、元々は現在の壇上伽藍の境内にあり、後に現在の金剛峯寺西隣に移ったという由緒あるお寺である。

また、同院の所縁の大名の一つとして肥後熊本の細川家があり、我々の食事場所に提供された大広間の床の間には、行列に使用されたと思われる豪華な細川家の大名興が飾られていて、少し驚いた。  

その高野山の見所は、何と言っても、奥付きに弘法大師御廟が在る奥の院の散策。 鬱蒼とした木立の中を徒歩で2〜3万基とも称される苔むした沢山の有名・無名の人たちのお墓の中を通り抜け、御廟へ到る道である。静寂の中で、知らず知らずに人の生死について考えさせられる場所でもある。                    

今年の会合は、遠方のため懇談の時間が窮屈になり、通例のように事前にテーマを設定し報告し合うことも無かったのだが、それはそれ、メンバー各人がそれぞれ一家言の持ち主。懇談の場では色々と活発な話が飛びかった。 

その中で、最も驚かされたのは、最近世上よく取り上げられる反中・反韓、嫌中・嫌韓に関する話題。 各人には強弱の差があれ、参加者の全員がこの感覚を共有していたことに驚いた。(続く)       

2015年10月15日

◆「桂林へ旅」余話

眞鍋 峰松
 


ここ1週間ほど前から、自宅の内外を問わず、金木犀の香りが漂って来る。一歩、家を出ると到る所、どこか懐かしい想いに誘われる高雅な香りが馥郁と漂う。我が家の狭い 庭にも2本植えてあるのだが、それ以上にご近所の庭の金木犀の発する香りの方が強い。

日課のウォ―キングの途中でも強く匂うのだから、地域全体のあちらこちらに植えられているのだろう。これだけでも、香りに誘われての、この時期の外出は本当に楽しい。
   

吾が現役時代の或る職場では、この金木犀の香り漂う時期に毎夜々々、半ば徹夜に近い状態だった。我が家に辿り着くのはほぼ毎晩午前4時前後。それでも、翌朝?の10時前には机に向う。この状態が年末まで続くのだから、今になっても、当時はよく体力が持ったもの、若かったのだな〜、と。 

その苦しい毎日の中、深夜というより早朝に近い時刻に、車を降り自宅に入る直前、この金木犀の香りが私の帰宅を柔らかく迎えてくれた。その甘美さは今でも忘れ難い思い出である。                                  

前々回の本欄に、桂林の「桂」は中国語で樹木の「木犀」のことで、市内の幹線道路の車道と歩道の仕切りには金木犀の木がずらっと植えられていて、10月になると金木犀の花の香りで街全体が包まれ、それ故に、桂林の名産品には金木犀茶と金木犀酒がある、と記述した。                                       

その桂林旅行の途中、旅の思い出に、と金木犀茶を一缶買ってきた。帰国後、今日までに数回熱湯を注ぎ喫してみたが、やはり、湯煙りの中に紛れも無い金木犀の高雅な香りが漂う。


だが、本物の金木犀の開化の盛りに、わざわざお茶の匂いを嗅ぐこともあるまいと再度密封し直した。また金木犀茶と一緒に、ガイドに案内された茶館で支那服の美女の巧みな言葉に乗せられて、現地桂林にしか無く、昔から現地少数民族の間で薬草として飲み継がれてきたとの触れ込みの「田七茶」なるお茶も一缶買ってきた。
 
それも高血圧症、高脂血症、中性脂肪や悪玉コレトロールの抑制などの効能書きに惹かれて購入したのだが、果たして効果のほどはどうだろう。

この「田七茶」は現地に生える野草の花と茎を摘み取り、そのまま乾燥してお茶にしたものだそうで、熱湯を注ぐと徐々に元の形に戻り、確かに漢方薬独特の強い匂いを生ずる。

こちらのお茶の方は毎日少しづつ試しているのだが、暫く飲み続けてみなければ、効能書き通りの薬効があるのかどうか分からない。

少々癖のある匂いと味がして如何にも漢方薬ぽいのだが、旅行先中国の古典、孔子家言に書かれた「良薬は口に苦くして病に利あり、忠言は逆らいて行いに利あり」との言葉を信じ、有る限り飲み続けることにしよう。 
ところで、人間にとって思い出も様々だ。上記の文章を一読した我が娘の一言。
「私にとっては、金木犀は小学生の時の消しゴムの匂いだ」と曰う。しかも「授業時間中に、この金木犀の香り付けの消しゴムの甘い匂いに誘われて、空腹のあまり、この甘い匂いの物が食べられたら良いのにな〜と思った」とのこと。
 
オヤジの往時の苦しさと金木犀への甘美な思い出に水を差すようなことを平気で言う。 同じ人間の思い出と言っても人それぞれ。それにしても、何と情緒の無い娘の思い出であることか。皆さんはどちらが幸せだと思われますか。

2015年10月13日

◆メディア自体の信頼性 如何?

眞邉 峰松

 
残念ながら、我々一般人の知る情報は、マス・メディヤが一方的に流すものにしか接する機会以外に無い。 

確かに、現在の日本社会は全体として改革・革新を進めなければ、日本の進路も袋小路に陥る時期にあると思うが、注意しなければならないのは、マス・メディアの世界もまた例外ではないということである。 

逆に、第四の権力とも呼ばれるその影響力から言えば、改革すべきと思われる中で最も大事な部分は、このマス・メディアであろう。


ここで、私はマス・メディアという用語を使い、ジャーナリズムという言葉を使用していない。 


私が敢えて“マス・メディア”というのは、むしろ“マス”つまり大量の・大衆向けの、という意味を込め、社会の警鐘者たることを期待する“ジャーナリズム・リスト”とを区別したい、が為である。 その故、“ジャーナリズム・リスト”には、ある書物にあった次の言葉を呈したい。

   
「ジャーナリズムが大衆の中におらねばならぬことはいうまでもない。だが、そのことはジャーナリズムが大衆の中に埋没してよい、ということではない。権力に媚びざることはもちろん大切だが、大衆に媚びざることはもっと重大である。


ジャーナリズムが見識を失って大衆に媚びはじめると、活字はたちまち凶器に変ずる。富者、強者、貧者、弱者に媚びざることがジャーナリズムの第一義だが、その原則が影をひそめて、オポチュニズムとセンセーショーナリズムだけになってくる。」


一方、情報をマス・メディアに頼らざるを得ないわれわれ一般の庶民は、いかにマス・メディアの一方的情報伝達に対処すべきか。


残念ながら、我々には個々の情報の信憑性を確かめる術を持たないので、当該メディア自体の信頼性如何に頼らざるをえないだろう。


現在の情報過多の世相の中では、次の文章の示唆する意味を十分踏まえていく必要があると思う。
    

「音楽の情報量は、s/nと表す。Nはノイズ、Sはシグナル、つまり、音楽の発するシグナルを大きく聴き取るためには、シグナルが大きく聞こえることも大事だけれども、ノイズが少ないことが大事だというわけです。


だから、情報量をたくさん取るということは、Sを大きくすることも大事だけれども、Nを小さくすることが大事、余計な情報がどんどん入ってくると、肝心な情報のウエィトが小さくなってしまう。 


情報についても、“省く”ということを考えなければならないということだと思う。 何でも知っていたり、何でも早く読む必要はない。


そうすると、Nがいたずらに大きくなることになるでしょう。日本には「耳を澄ます」という言葉がそういうことでしょう。 (完)
                             (評論家)

2015年09月28日

◆中国桂林への旅(その四)

眞鍋 峰松



私が興味を引かれた点をもう一つ。 市内をバスで移動中に小学校の前を幾度か通り過ぎたのだが、一度、午前11時過ぎに門前に差し掛かったことがあり、そこには大勢の大人達が人待ち顔でたむろしていた。

そこで、私は不思議に思い“あれは何なのか”とガイドに質問してみると、中国の小学校は朝の授業が午前8時20分〜11時30分、午後は14時30分〜17時で、約半数の生徒は自宅に戻り昼食をとり14時半までに再登校する。また、残りの半数の生徒は学校で給食、そして給食後14時半まで学校で昼寝をするのだ、

その学校への支払額(給食費と昼寝の専用ベッド借り賃の合計)は、月額400元(日本円約8000円)。

そこで、11時頃の学校門前の人混みは、昼食のため一時帰宅の生徒を迎えに来た母親や祖父母たちだという。この状況は授業終了時の5時頃にもう一度起こる光景だ、とのこと。

この混雑振りも一人っ子政策の影響で、親・祖父母の過保護気味の現象の現われ。彼曰く、それにしても現在の中国の子供達は可哀想だ、本当に激烈な競争で土日も勉強とピアノや英語塾など通いで休む暇も無い、と嘆いていたことだった。(終)