2015年09月10日

◆”鬱”なる時代(1)

真鍋 峰松


学習指導要領では、中学卒業までに「大体の常用漢字を読め」、高校卒業までに「主な常用漢字が書けるよう」指導することになっている。 

その中には、意外なことに、府県名に使われる漢字として、埼玉の「埼」、大阪の「阪」、栃木の「栃」、福岡や静岡、岡山の「岡」、茨城の「茨」、奈良の「奈」、愛媛の「媛」、山梨の「梨」、岐阜の「阜」、鹿児島の「鹿」、熊本の「熊」の計11字が追加され、都道府県名はすべて常用漢字で書けるようになった、と報道されている。

我ながら恥ずかしいことだが、日常的に見る府県名の中に、常用漢字に採用されていないものが斯くも多数在るとは全く知らなかった。
                 
それはともかく、常用漢字は、学校現場では高校までにほぼ書けるよう指導されており、その新漢字の一つが、「憂鬱」の「鬱(うつ)」。

読みは可能にしても、老いの眼には拡大鏡でもなければ、画数の勘定もままならず、書くことは、到底無理である。

そこで、「鬱(うつ)」の一文字。これは確たる根拠も無い個人的感覚で申し上るのだが、現在の世相を一番表現できる漢字の一つではなかろうか。
                    
私の言いたいのは、時代認識としての「“鬱”なる時代」。それは何か。

端的・単純に言えば、日々報道される政治の世界一つを見ても、小泉首相以後の歴代総理大臣、諸氏の顔付き。

確かに、これらの方々(とりわけ麻生総理などはネアカと称せられるほど、その典型だと確信するのだが)は、いずれも本来の性格は、政治家らしく明るい自由闊達な性格の持ち主だと思う。

だが、総理総裁へ就任して暫くすると、何故か以前に比べ顔付きがどうも、次第、次第に重苦しい雰囲気に包まれていく。

残念ながら“鬱”とまで行かずとも、重圧に押し潰されてしまう気配が濃厚だ。そしてこれが時代の風潮が齎すものだ、とも思える。勿論、総理総裁という立場からくる重圧感がそうさせているとは思う。

だが、ひと昔前までのその任にあった方々の顔付きとまるっきり違っているな、と思うのは、私だけの感覚だけなのだろうか。
      
私はこれを「“鬱”なる時代」と表現している。この時代風潮が今の日本のあらゆる分野で顕著に表れてきているような気がする。

これを一挙に個人レベルの話に戻すと、今、医療の中で一番流行っている・トレンディーな科目は、心療内科だそうだ。つまり、従来型の精神科でなく、身体に何らかの問題が起きた時、それが心因性のものかどうかを追究するのが、心療内科。

人生につきもののストレスだが、それが心因性の問題となって、人間の免疫力、自然治癒力に大きな影響を及ぼすのは当然のこと。その典型が「操鬱」という精神病というのである。

この症状が本当に増加一方の日本社会である。年間の自殺者数が増大していって久しいが、自殺原因の中には、潜在的な要因として「操鬱」というものの存在が、推量できる。

その中で、各人がしっかりと生き抜くためには、この世はやはり鬱っとうしいと感じる事が多いのは当たり前で、その現実を自分でしっかり自覚し、覚悟することが肝要ということなのだろう。                 
 
しかし、これも、あくまでも個々人向けの処方箋。 果たして、「“鬱”なる時代」への処方箋、誰が、いかなる時に、どのようにして、描いてもらえるのだろうか。心配になってくる。(つづく)



2015年09月04日

◆最近の風潮に思うこと(その三)

真鍋 峰松



昔、学校で国会を「言論の府」、特に参議院は「良識の府」と呼ばれると教わった遠い記憶がある。だが最近では、私には、その言い回しが如何にも虚しいものに聞えてくる。 

そこで見られるのは、出し入れ自由自在のご都合主義で、論戦にはほど遠いお互いの尊厳を損じ合う罵詈雑言に近いものまで見受けられる。いつの時代からこんな風になったのだろうか。 

言葉一つで相手を殺すことだってできる。本来、それほどの力を持ったものが、言葉である。そんな言葉であるから、無責任なものであって良い筈がない。まして国会という、これ以上ない公開・公式の場ではないか。
 
国会(帝国議会)の第一回開会は明治23年(1890年)のことだから、国会論議も約110年の歴史を刻んできた。 その歴史の中では、それこそ生死を賭けた言葉のやり取りは、多々ある。 

昭和12年第70回帝国議会での浜田国松衆議院議員(政友会)が行った軍部の政治干渉を攻撃する演説を巡る、時の寺内寿一陸軍大臣との有名な「腹切り問答」、昭和15年第75回帝国議会での斎藤隆夫衆議院議員(民政党)の軍部批判演説など、当時の世相の下では生死を掛けた発言であったろう。
             
道元禅師の正法眼蔵には「愛語 回天の力あり」という言葉がある。 

分かりやすく言うと「思いやりのある言葉は、人を変えていく力がある」ということのようだ。 

また、中国古典の漢書(劉向伝)には有名な「綸言 汗の如し」つまり、出た汗が再び体内に戻り入ることがないように、君主の言は一度発せられたら取り消し難いことを意味する言葉もある。 斯様に、古くから言葉の重みを強調する警句は数多い。

さらには、老子には「多言なれば、しばしば窮す」、荘子には「大弁は言わず」と多弁の愚を戒める警句すらある。
 
それに較べて、最近の・・・、と一々並べ立てるのも野暮というものだろう。 だが、こと、国会や閣僚に限らず、今やマスコミの寵児と化した大阪府橋下徹知事にも言葉を重要視しない言動が多々見受けられるのも、如何にも真に遺憾なことである。(完)
                       <評論家> 

2015年09月03日

◆最近の風潮に思うこと(その二)

真鍋 峰松


肺炎のため101歳でお亡くなりになった松原泰道師は、私が心から敬愛し、私叔する仏教家のお一人である。

 同 師の説かれるところには、我われ凡人の機微に触れること多く、限りない人間への愛情に満ちた言葉が多い。

それこそ数多ある著書の一つである「迷いを超える法句経」は、真に平明にして、教えられるところの多い本であるが、その中で「こころこそ こころ迷わす こころなれ こころにこころ こころ許すな」との詩句が引用され、愛と憎しみの意(こころ)が理性に勝ち過ぎ、感情が狂うと眼まで曇るものです、と説かれている。
 
そのことを故亀井勝一郎氏は、「言葉は、心の脈拍である」、松原師は「言葉は、心の足跡である」と表現されている。 

真に人間の健康状態は其の人の脈をみれば判るように、其の人の心が病んでいるかどうかは其の人の言葉を聞けばたちどころに判断できる、其の人の言葉を聞いているうちに、次第に其の人の心の足どりが微妙に感じられてくるものだ、との教えである。 

また、同師は、寒山詩からの引用として「心直ければ出づる語も直し、直心に背面なし」と。 

世間は直心からでる直語に反感を持ちやすい。世渡りに賢明な現代人はもちろん直心から出る直言を避ける。しかし、現代最も大切なのは、背面無き直心から発せられる直言の叱責であろう。それが実るには他者に成り切る愛情の涵養である、と説かれる。

私は、これらいずれも、ギスギスした人間の心と感情的な二者択一的な議論ばかりの現在の政治や社会への、惜しくも逝去された恩師からの遺言・直言と受け止めたい。  合掌。          (評論家)

2015年09月02日

◆最近の風潮に思うこと(その一)

真鍋 峰松



最近の日本の風潮は、国会論議やマスコミ論調を見聞きするにつれ、政治の面でも、社会面でも、“いい””悪い“という単純な両極端に焦点をしぼって対決を迫るというか、結論を押し付けようとする空気が強く感じられ、国民も風になびく葦のごとく右往左往する。
 

何でも寄せて二で割る式の曖昧主義・中道主義が良いというのではないが、問題を両極端に絞って対立させ、その良し悪しを定めるやり方は決して現実的ではない、と言いたいのである。

あえて言えば、“いい””悪い“をはっきりさせ過ぎるような世の中は、窮屈でもあり、不健全だということになるのだろう。 実際には、“いい””悪い“を極めつけられないグレーゾーンの部分があることが現実でもあり、もともとその幅の中をゆるやかに往還するのが生活であり、政治でしょう、と。 

古来より、日本人は、思想や宗教に縛られることのきわめて少ない体質で、そういう人々が豊かさと苛烈さをともに齎す風土の中で融通無碍に生きてきた、と言われる。それが“日本民族は農耕民族”論の教えるところではなかったか。

それに反し、どうも今の風潮は、全般的にあまりにも自分自身を省みず、他人を責めることに急に過ぎるのではなかろうか。 
                                    <評論家>

2015年08月18日

◆今年8月15日に思ったこと

眞鍋 峰松
    

  今年の終戦記念日は戦後70年の節目。それ故、数か月も前から安部首相の談話を巡る議論がマスコミ報道を賑わしてきたのだが、結局、談話はこの14日に公表された。この首相談話について国内外で様々な論議を呼んでいるが、浅薄な知識・情報しか持ち得ない私が、本欄であれこれ記述する気持は全く無い。 

所で、この15日夜7時からの関西テレビで、終戦70年ドキュメント「私たちに戦争を教えて下さい〜5人の若者が戦争体験者に直接話を聞き、戦争を知る」が放送されていた。 

その5人の戦争体験者のおひとりが裏千家の前家元 千 玄室氏(先代の宗室氏)だった。 放送中、聴き手役の福士蒼汰という20歳台前半の男優が、同 氏が語る特攻隊員の生き様・死に様を聞き、ぽろぽろと涙を流し続けていたのが取り分け印象的だった。

出撃前夜、隊員たちがそれぞれの故郷の空の方向を見やり、“お母さん”と呼びかけていたという千 氏のお話には、私も思わず涙を抑えきれなかった。

それにしても、私が千 玄室氏の特攻隊員当時の体験話を聴くのは2回目。5年前の同じ時期のテレビ番組〜黒柳 徹子さん司会の「徹子の部屋」で同 氏の対談での話を初めてお聴きした。 初回より、沖縄戦での特攻で戦死した戦友たちに対する想いの程は一層深まったな〜という感がした。

この5年の間に私の高校同期のグループ14人中3人が次々とガンで倒れ世を去ったのだが、72歳という高齢になっても目前の友の死には未だに想いが尽きない。

同 氏が語られるのは、人生これからという未だ20歳代前半の若さでの特攻による戦死。 時勢の赴くところとはいえ、彼らの胸中にはさぞかし無念の想いもあったろう、と悲哀の念を禁じ得ない。 
 
人間70歳を超す年齢ともなると、あと何年生きられるかを真剣に考える。考えざるを得なくなる。その延長線上に死を自覚する。 その考えは、次の二つの点に絞られる。 死後の世界があるのか、どうか。 神は存在するか、人間に仏性はあるのか。 人類始まって以来の永久の問である。 

急に妙なことを言い出したなと思われたかも知れないが、これこそが、誰しも持つ窮極の疑問であり、おのれ自身のこれまでの生き様の中で、各人それぞれが持つ信条、体験や見聞の中で判断する外のない問題であろう。 

まぁ、言ってしまえば、霊的な体験や見聞を信じるかどうかの問題、とでも言え替えられようか。そして、これを今次大戦で帰らぬ人となった幾多の英霊・戦没者への、真正面から向き合うせめてもの契機としたいと思ったのである。

5年前の終戦記念日の直前のある日、何気なしにつけたテレビで黒柳徹子さん司会の「徹子の部屋」が放送されていた。この日の客人が千 玄室氏。この方はいわゆる特攻隊帰りの元海軍中尉。同志社大学2年生で徳島海軍航空隊に入隊、訓練後同期210数名が全て特攻隊へ。 

その中にはテレビの水戸黄門役で知られた西村晃氏が居られた、とのこと。 鹿児島県鹿屋特攻基地から、同氏は沖縄戦での米艦船への特攻出撃前の偵察機乗りのため、西村氏は出撃したものの機体不良で不時着のため、お二人とも無事終戦を迎えられたそうである。 

数多の同期生が戦死した中で、今でも内心では死に損なったという忸怩たる想いで一杯、特に87歳(放送当時)を迎えた今日でも、寝床に入ると当時の戦死した仲間の顔が浮かび、グルグルと回って見える、という。 

また、戦後度々沖縄へ赴き、記念碑の前や海辺で献茶されてきたそうだが、その度に記念碑前では献茶される同氏の周りに、それまで風も無かったのに、必ず一閃の風が同氏を取り巻くように吹き、海辺では海に注いだお茶が渦を巻き、何処からかお母さんという声が聴こえてきます、とのこと。 ただ、この種の体験を、身近な所で私自身でも味わったことがある。

パスカルの「瞑想録」の中の有名な言葉として、神さまを信じない人に向かって「あなたは神さまを信じていない。 信じてはいないけれど今幸せだ。 しかし、神さまを信じる方に賭けたらもっと幸せになるだろう。 だからあなたは神さまを信じる方に賭けなさい。 もし神さまがいなくても、もともとである。 もし神さまがいたら、もっと幸せになれる」というのがある。 

確かに、この言葉には欧米風の功利主義的思想がプンプンと匂ってあまり好きではないのだが、ある一面の真理を表している言葉だ、とは思う。

この類の話には、人により受け止め方も千差万別。 信じる人、全く信じない人、半信半疑の人。 繰り返しなるが、前に述べた通り、おのれ自身のこれまでの生き様の中で、各人それぞれが持つ信条であり、体験や見聞の中で判断する外のない問題だろうし、個人的な霊的体験・見聞を信じるかどうかの問題、とでも言え替えられる。

また、論語の述而第七には「子、 怪・力・乱・神を語らず」とある。孔子は奇怪なこと・勇力のこと・逆乱のこと・鬼神のことは、人と語らなかった、というのであり、通説では論語にいう怪・力・乱・神を語らずとは、否定するべきものではないが、語るべきものではない、というのである。 それは、なお鬼神の存在を認めて、それをはばかる信条が、理性とは別のこととして、残されていることを意味している。 

それではお前はどうなんだと問われたら、やはり、私には、身近な所で感じた体験からして、到底否定し難い世界の話、こうした未知の世界は残されると信じる。 その世界は、ただ人間の経験の積み重ねによってのみ自然に解明される事柄である、としか言えない。      

かの著名な養老 孟司氏もどこかでお書きになったように、「当人にとって、これ以上本当の事はないというほど本当のことだって、他人が信用するとは限らない。私は神を見るという宗教体験があることを疑わない。でもそれを私が見るかどうか、その保証はないのである。 

だから、私は科学の分野なら立ち入るが、宗教の分野には立ち入らない。 別な表現をするなら、感覚の世界には入り込むが、他人の心の内部には入り込みたくない。それは個々人の世界であって、他人があれこれ言うべきことではない。 そんな気がするのである」ということであろうか。 

我が国での年間自殺者が3万人を超えること久しく、親が子を殺し、子が親を殺し、挙句の果てには、己が死にたいから誰でもよいから道づれに、というような殺伐たる世の中。 このような世の中だからこそ、このような話を語り継ぐことが必要だと改めて思う。 

今次大戦で尊い命を失われた幾多の英霊・戦没者のご冥福を心からお祈りしながら・・・ 合掌。 

2015年08月03日

◆これも時代風潮を表す言葉?

眞鍋 峰松


近頃、新聞紙上等で頻繁に“大義”や“愚直”という言葉を見かける。 

私ひとりの感想なのかも知れないが、これらの言葉は、いずれも現在の日本という国が置かれた状況を反映した、恰も時代風潮を想起させる言葉のようにも思われる。

だが、“大義、大義”などと連発されると、戦中戦前当時の時代感覚が連想されられる。だからどうだ、という仰々しさもないのだが、私にはどうも気になって仕方が無い。往々にして大仰な言葉やスローガンの蔭に、思いも寄らぬ意図や悪謀が潜む場合も多い。

辞典によると、大義という言葉は「人が踏み行うべき道」、の意。 また、大義名分という熟語で使われることも多いのだが、名分は名義(表だった名前)に伴って必ず守るべき道徳上の分際・限度、犯してはならない人倫上の範囲、の意だそうだ。 

話題になっている衆議院議員選挙、“大義なき解散”などと聞かされると、一体如何なる一大事件なのかと驚く。だがよくよく聞くと、その意味するところ、単に衆議院の解散理由・事由が明らかでないだけのこと。 

“だけのこと”と言えば世間のお叱りを受けるかも知れないが、如何にも情緒的発言であり、結局はアベノミックス効果の成否が問われる選挙などと言うのなら、やはり政策・施策選択の範疇。むしろ私の感覚では名分の有無の問題だと考えるのだが、それが何故“大義”の有無となるのか。 やはり、言葉にはそれ相応の使用方法があるだろうに、と思う。

ところで、愚という語。賢愚と並列され、賢の反対語の、愚かなこと・馬鹿、馬鹿々々しくて取るに足らないことを意味するのだから、他人に対し濫りに使用せられるべき語ではない。 

だが、己の自称となると、自分に関する謙遜、謙称と化する。直は正しい、真っすぐなことを意味するから、“愚直”と愚と直を重ねると、馬鹿正直の意味になる。そうなると、謙遜のはずが一転、自分が正直であることの押付け・自画自賛ともなりかねない。 

最近、この言葉を発した人達から判断すると、その真意・底意がミエミエだと思わざるを得ない。

孔子は、論語の公冶長第五の中で「寗武子(春秋時代初期、衛の国の大夫)は、国家が治まっていれば知者としての技量を十分に発揮し、国家が乱れてくれば愚者になり、知者として鋭敏な見通しが早くつく性質を押さえて愚直な誠実を働かせたと評し、(孔子ですら)その知恵者ぶりはまだ真似られるが、その愚か者ぶりにはとても真似られない」と言われる(参考:吉川幸次郎訳 世界古典全集4など)。 

つまり、道理の通る世では立ち働いて知者となるのは難しいことではないが、無道の世に才知を隠して愚人のように振る舞い世に尽くすことは考えつかない、というのである。愚もここまで達すれば、人知を窮めたということになるのだろう。

また、小説家の故 城山三郎氏は、ある本の中で次のような文章をお書きになっている。

「男にとって大切なことは愚直さですよね。もう明らかにそういうことをしたら損だということが分かっていても、そういうことをしなくちゃいけないという使命感なり理想があって、愚直に生きていく。その愚直さということを、もう少し言い換えると、けじめの問題ですね。つまり、男らしい男は、けじめをつけるっていうことです」というのである。

では、自分自らが“愚直にことを行った”と仰ったと聞き及ぶ面々、例えば鳩山・菅元総理の両氏が果たしてこの域に達しておられたのか、どのようなけじめを付けられたのか、甚だ疑問だ。

要は、私が言いたいのは“大義”とか、“愚直”などの言葉をあまり安易・安直に使って欲しくない、ということ。(再掲) 


2015年08月01日

◆勝手・言いたい放題(その二)

眞鍋 峰松
 


(承前)それにしても、今回のサンフランシスコ市議会の慰安婦像設置決議案に関する問題。 

記事を一読し直ちに思い出したのは、一昨年に発生した橋下氏による慰安婦制度は必要悪
だと言わんばかりの放言と、沖縄在日米軍風俗業活用に関する舌禍事件のこと。 


だが、今回のサンフランシスコ市への文書送付の問題は、一昨年の舌禍事件とは質的に全く異なる。 


同じ慰安婦問題に関わる橋下市長の発言であっても、前回の舌禍事件は橋下市長個人の政治家としての力量と品性そのものへの疑問を抱かせたに過ぎないが、今回のサンフランシスコ市への文書送付は、事は過去・未来の日本国民の名誉に係る重大問題であり、日米両国間の相互理解と友好を旨とする両自治体間の姉妹都市としての当然の対応であり、クレームである。
   
以前から私は、誰が、何故に韓国人従軍慰安婦の銅像をこのように米国、カナダ、オー
ストラリアなどの諸外国内に建設しようとするのか、不思議でならなかった。 

女性の人権問題の最たる事柄と言えば成程そうだが、女性の人権に係る問題と言えば、他にも色々とあるのではないか。 また、強いて言えば、中国及び韓国の国内では現在でも多くの売春婦が出没し、関連する事件が多々起こっていることを私も見聞きしている。 

抑々、慰安婦像設置問題はその事柄から言っても、日本・韓国両国にとって、当事者国としても決して名誉な事柄でも無く、幾ら“歴史戦”という表現で語られようとも、私には到底理解できない事象である。
  

そこで思い出したのが、「文明の衝突」の著者でよく知られるサミュエル・ハンチントン
が2004年に出版した「分断されるアメリカ」(集英社。日本語訳 鈴木主税)の中の次
の一節である。 


大部な書物なので直接関係する部分を要約してみると、
「現代の(アメリカへの)移民も(国籍)転向者になるか滞在者になるか、の選択ができるが、昔の移民とは異なり、必ずしもその選択をしなくてもよい。 第三の可能性があるからだ。 双方を両立させるのである。 つまり、二つの住居を維持し、二重の帰属意識と二重の忠誠を抱くことであり、大抵はアメリカと母国の二重国籍を持つこともできる。」

それがディアスポラ(国外離散者)であり、「二重のアイデンティティと二重の忠誠と二重国籍を持ち、数を増やし続ける個人の集合体というべきものが、数と重要性を増す国外離散者(ディアスポラ)だった。」

「ディアスポラは二カ国以上の国境を越えて広がる文化的な共同体であり、・・・・移民の民族集団がアメリカ社会のなかで自分たちの独自の利益を増進しようとすることは、19世紀半ばから現実的に見られた。」

「だが、現在の移民にとって、祖国の人びととの絆や交流あるいは対話の維持はずっと容易になり、そのため、彼らは自分たちをディアスポラの一員なのだと考える。 また、祖国の政府は今ではディアスポラを財政支援やその他の援助の主な担い手として、かつ受入国の政府に影響力を持つ者と見なしている。それ故、祖国政府は自国のディアスポラの拡大と動員と制度化を推進するのである。」

「ディアスポラは民族集団(エスニック・グループ)とは異なる。 民族集団は国家の内部に存在する民族的または文化的な統一体である。それに対して、ディアスポラは国の境界線を越えて存在する民族的または文化的な共同体だ。ディアスポラは、国の枠を超えた同盟を結んで国境を越えた紛争に関与する。 ディアスポラの主眼は祖国にある。その祖国が存在しない場合、彼らが最優先する目的は自分たちが戻れる国を建設することになる。 アイルランド人とユダヤ人はそれをなしとげた。 パレスチナ人はその途上にある。 クルド人、シーク教徒、チェチェン人などはそれを切望している。」

「ディアスポラと祖国の政府の間のこの親密な関係と協力体制が、今日のグローバルな政治における主要な現象なのである。」そして、「祖国とディアスポラの関係は三つの意味で変った。第一に、政府はディアスポラを自分たちの社会にとって不名誉な存在ではなく、国の重要な資産と見なすようになった。第二に、ディアスポラは祖国の経済、社会、文化、および政治における貢献度を増すようになった。第三に、ディアスポラと祖国の政府は、祖国と受入社会の政府の利益を増進する上で一層協力的になった。」、

その結果として「敵対する祖国同士の国外での紛争はますますアメリカ国内で敵対するディアスポラ同士の争いとなっている。 アメリカの政治は、祖国政府とディアスポラが祖国に有利な形でアメリカの政策を方向づけようとする場と化しつつある。 それによって、連邦議会とアメリカ中の選挙区を舞台に、様々な祖国とディアスポラ同士の争いが展開されることになる。」としている。

まさに、現在アメリカ国内で顕著化してきている中国系アメリカ人や韓国系アメリカ人が集団化し連帯して系統的に行っている韓国人慰安婦像設置を巡る活発な活動も、ディアスポラと祖国の連携プレーであり、ハンチントンが指摘している「連邦議会とアメリカ中の選挙区を舞台に、様々な祖国とディアスポラ同士の争いが展開されることになる」事態だと読めば、理解し易くなるのではなかろうか。(終)

2015年07月31日

◆勝手・言いたい放題(その一)

眞鍋 峰松
            


7月25日の産経新聞朝刊紙上に、日中・日韓関係に関する二つの記事が載っていた。  一つは、第二次大戦中、日本で過酷な労働を強いられたとして中国人元労働者や遺族らが日本企業に賠償を求めている問題で、三菱マテリアル(旧三菱鉱業)が謝罪や金銭による補償を含めた和解検討しているというもの。 

もう一つが、橋下大阪市長が、米サンフランシスコ市議会で審議される慰安婦の碑・像の設置決議案について「旧日本軍だけ取り上げるならアンフェア」として 姉妹市・サンフランシスコ市議会の慰安婦像設置決議案に見解ただす文書を送る方針を明らかにしたというのである。 

これら二つの記事を読み、改めて日本と両国間に横たわる亀裂の深刻さへの認識とともに、戦後70年も経つのに一体いつまで続くのだろうか、罵り合ってもお互いに国土を移転する訳にもいかないだろうに、という残念な気持が正直なところ。
  
この二つの産経記事について、他紙、特に朝日と毎日新聞の両紙はどのように報じているのかと思い、同時刻に両社の新聞デジタルを読んでみた。 

だが、私の眼で見る限り、同時点では両紙とも言及した記事は一切見当たらなかった。 辛うじて、毎日新聞が同日夜22時32分になってデジタル版で「強制連行訴訟:三菱側が和解案 中国原告に1人200万円」の見出しの下に報じており、翌27日になって朝刊新聞紙面で報じた。 

だが、朝日新聞には全く見当たらなかった。 これは全く解せない話である。

現在の日本にとって、これら二件はともに、今年夏にも公表が予想される戦後70年首相談話を目前に、時期的にも対中国・韓国外交にも大きな影響を及ぼす微妙な問題である。 

にも拘らず、常日頃、首相談話に両国への日本政府からの反省と謝罪を織り込めと強く主張する両紙がこれらを無視したり軽視することは、私の眼には実に奇妙な話に視える。
       
6月26日の朝日新聞紙面には「(池上彰の新聞ななめ読み)元法制局長官の安保法案批判 同じ発言、トーン大違い」との見出しで、「・・・(元法制局長官)阪田氏の発言は新聞によってニュアンスが異なり、朝日、毎日、日経、読売の順に、発言は厳しいものから緩やかなものへと変化します。同一人物の発言のトーンが、これほど違っているのです。この並びは、安全保障関連法案に対する社の態度の順番とほぼ一致しています。 社としての意見はあるにせよ、記事が、それに引きずられてはいけません。どのような発言があったのか、読者に正確に伝えることで、読者が自ら判断する材料を提供する。これが新聞の役割ではありませんか。」との記述があった。
                     
この池上氏の記述はまさに正鵠を得ている。 市井の民の一人である私としても、これこそマスコミ各社並びに報道記者の皆さんに心して貰いたいことだ、と思う。 

社としての意見が如何にあろうと、事実は事実として、報道の義務を果たすべきではないのか、と考える。 それでなければ、新聞の読者にとって、判断するべき材料を得る機会を与えられず、全て当該新聞社の一方的な意見を押し付けられるという結果にしかならない。  

勿論、両紙がこれら二件をどのような判断の下で対応されたのかは、分からない。 

現在議論の的になっている安保体制法制化へ反対の立場の両紙が、中・韓両国への日本国民の反発感情に配慮した判断だったのではないかと考える私の推察は、うがち過ぎなのかも知れない。 

寧ろ、これら二件は産経新聞の特ダネだったのかも知れず、両紙の特落ちの結果だったのかも知れない(毎日新聞の記事はいわゆる後追い記事だった?)。 

仮に両紙の特落ちということなら、報道した産経新聞は、これらを「和解検討している」「文書を送る方針を明らかにした」と未確定事実として報じたのだから、後日でも事実確認し報じるべき義務があると思う。
(続く)       
       

2015年07月27日

◆現代 女性・男性考

眞鍋 峰松



6年余り前のことだが、「歴女」なる耳新しい言葉について記述したことがある。   そこへ最近、また「刀剣女子」なる新しい言葉を眼にした。

6月26日の毎日新聞紙上だが、福岡県太宰府市の九州国立博物館に「刀剣女子」が殺到している、お目当ては国宝の名刀・江雪左文字、5月19日の公開後、若い女性客が全国から押し寄せ、下降気味だった同館の入場者数は前年比5割増だった、との記事。 

この名刀・江雪左文字は、鎌倉時代末期から南北朝時代にかけ筑前国に住んだ刀工の作品で、博物館で実物に接した女子たちは「反りがきれい」「切れ味がよさそう」と大興奮だった、との報道。 

確かに、最近の若い女性の行動力と影響力には圧倒されるばかりだが、このような女性を一概に「肉食系女子」と表現することは不適切なのかも知れない。 ひと昔前には、刀剣と言えば男性の好む物というのが一般常識だったが、世の中、変われば変わるものだ。 

だが、ひょっとしたら世の男性諸公は時間的に忙し過ぎて見学にも行けないのかな、と心を慰める。
       
さらに衝撃的なのは、5月23日の産経新聞の記事。 働き過ぎの女はヒゲが生える!? 言動がガサツになったのは女性ホルモンが減ったから!? 

このような荒唐無稽に聞こえる「女性のオス化」現象がネットなどで取り沙汰され、調査でも、30、40代の働き盛りを中心に「オス化」を自覚する女性が6割を超えたとの内容。 また、オス化の背景として多かったのが「女性の社会進出」「男性の草食化」ということだ。

一方、若い男性はというと、「草食系」と呼ばれる男子の増加。「働き盛り」の男が仕事を離れ、子育てや親の介護に当たろうとしている、とまで伝えられる。 

上記の産経記事の中でも、増えるメス化男子・・・周囲のメス化男子を挙げてもらうと、「女性よりも飲まない、食べない」から「化粧水を洗顔後3分以内につけ、携帯を鏡にして自分の顔をチェックしている」「二日酔いで(隠すために)ファンデーションをしている」といった“女子力男子”が散見。
 
「1人で飲み会の集合場所にも行けない」「すぐに群れ、“女の子”のようにじゃれる」「リスクをとらない」「でも、だってを連発する」…。 女性からの鋭い観察眼が光る。

このようなオス化する女性の象徴的表現が「ハンサムウーマン」で、差し詰め米国民主党の次期大統領候補として最有力視されるヒラリー・クリントン氏がその代表だという。 

私には、日本ではテレビの国会中継でよく映し出される「ソーリ、ソーリ」と金切り声を連発する辻元清美衆議院議員の顔もちらつくのだが、むしろ、外観上は優雅な容姿と風情で、思い切った発信を続けられる桜井よしこ女史の方が相応しいのかな、と思う。                                    

一方、メス化する男性の象徴的表現として私が思いつく言葉が「イケメン」「イクメン」と呼ばれる男子いうことになるのだろうか。

余談になるが、「イケメン」と言えば、現在NHKの大河ドラマで放映されている「花燃ゆ」。 どうやら、もう一つ世上の評価が芳しくないようだ。 私なども、放映前は以前の「坂の上の雲」並みの、明治維新前後の日本の動乱期を背景にした骨太のドラマが観れるものと期待していたのだが、大きく期待外れ。 

出演者の熱演振りは分かるものの、何だか熱意ばかりの空回りに見える。挙句の果てには、評価もイケメン俳優ばかりであることから「イケメン大河」とも呼ばれている有様のようだ。 私も放映当初には毎回テレビ画面に視入ったものだが、今では全く視聴しなくなった。もっとも、これは原作や脚本の女性視点の勝ち過ぎのような気がしないでもない。

鎌倉時代。 京都高山寺の明恵上人は「 阿留辺幾夜宇和 : あるべきようは 」という七文字を持つことが大切であると言い、僧は僧のあるべきよう、武士は武士のあるべきよう、上に立つ者には上に立つ者のあるべきよう、俗人は俗人のあるべきよう、を持たなければならず、これに背くことは一番悪いことだと説かれた。 

この伝で言えば、男性は男性としてのあるべきよう、女性は女性としてのあるべきよう、こそが大切ということになる。 

こう言えば、世のジェンダーフリー論者から性差別だとお叱りを受けそうだが、そうではない。 ここで明恵上人が仰るのは、人間の「あるべきようは」を常に念頭に置いて、自分を取り戻す努力を怠らないことが大切。 他者からの意識をいうのではなく、自分の内心の持ち方こそが大事、自分の本心に立ち戻ること、それだけが仏、即ち真実の姿だと言っている。 

そこで「阿留辺幾夜宇和」を常に念頭に置いて、自分を取り戻す努力を怠らないことが大切ではないかと教えておられるのだと思う。

要は、この様な忙しない世の中、時には、老・壮・若者、男性・女性に問わず、自分を見失わないよう静かに己を振り返ることも必要ではなかろうか、と言いたいだけである。  

2015年07月22日

◆韓国人の日本人観

眞邉 峰松 (評論家)
    


最近の新聞・雑誌では、以前にもまして東アジア関係の記事・文献が激増しており、私も最近の日本と中国・韓国との関係についての書物を読む機会が多くなった。 

そこで気付いたことだが、いかなる理由か分からないが、韓国や中国(台湾を含む)の在日の人たちや長期滞在者の書物が非常に多くなっている、という事実である。 

それらの書物に概ね共通していることは、どちらかと言えば日本人の対外認識の甘さに対する警告と、それに比して観た場合の自国・自国民の偏狭なナショナリスティクな態度への批判・反省である。

これのみの著書からだけでは、一方的・一面的という危険性もあるが、その中で、韓国人の日本意識を簡潔に説明していると思ったので、呉 善花(オ ソンファ)著 『私はいかにして「日本信徒」となったか』を紹介したい。


<韓国でも、自国批判、自民族批判は国内ではかなりやるのである。しかし、それが日本との比較で劣位な印象を与えるものについては、国内でも公の場ではまず出ることがない。
 
なぜかといえば、極端にいえば反日であることが愛国であるという感覚が、知識人ほど強くしみついているからである。親日的であるといわれるひとですら、日本との比較では決して韓国を劣位におくことはしない。
    
だから、一般的な韓国知識人にとっての日本に対する姿勢は、本当は反日というよりは、優劣の問題なのである。 要するに、自民族優位主義(エスノセントリズム)が韓国知識人の支柱なのである。
     

自民族優位主義は、戦後の独立新興国のどこにもあったもので、その意味では韓国も例外ではない。ただ、自民族優位主義は当然他民族蔑視の観点を含み、その蔑視の対象を日本に定めているところが、韓国や北朝鮮がほかの諸国と異なるところである。

世界中どこを探しても、ことさらに日本を蔑視する自民族優位主義を持った国などあるわけもない。そこが韓国という「国体」を考える最も重要なポイントである。
    

韓国の自民族優位主義に基づく反日思想は、植民地支配にかかわることはいうまでもないが、自民族優位主義と日本蔑視の観点そのものは、日韓併合への流れから起きたものではない。

自民族優位主義と日本蔑視の観点は、韓国に古くからある中華主義と華夷秩序の世界観にしっかりと根付いて続いてきたものだ。明滅亡以後は、自らこそ唯一の正当な中華文明の継承者だという「小中華主義」を生み、中国以上に強固な中華主義をもつようになっていった。

そういう経緯から、自らは高度で優秀な文明人であり、日本人は低級で劣った非文明人だという価値観が、古代以来近世に至るまで続き、それが韓国人の意識の深層を形成したまま現在にいたっているのである。

そこをはっきり押さえておかないと、韓国人にだけ特徴的な対日姿勢はまったく理解することができなくなる>。  (再掲)

2015年07月05日

◆もはや蝉の季節?

眞鍋 峰松



堺市の泉北ニュータウン内の現在の住居へ移転してきてから、丁度40年になる。 このニュータウン、交通の便が至って悪い。

泉北高速鉄道が真ん中を通りニュータウン内に3つの駅があるが、鉄道の相互乗入れのお陰で南海電鉄難波駅まで準急直通を利用した場合でも30分余りかかる。 

また、途中の中百舌鳥駅で市営地下鉄に乗換したとすると、梅田に出るには1時間程度をみておく必要がある。そこへ居宅から最寄り駅までの車・バスの乗車時間が別に加わる。

反面、居住地周辺は緑なす樹木や花々に囲まれ、時には五月蠅く感じる程に色々な鳥の声が聴こえ、真に自然環境には恵まれている。 

 6月末のある朝、起きて雨戸を開けてみると、驚いたことに、眼の前の窓際のゴ―ヤの養生のための吊り紐に一匹の蝉がとまっているではないか。 

@H27.6.28.8:17.JPGA同日 11:10.JPG


6月中に蝉を見るのは初めてのこと。もっとも、私は昆虫の世界に興味も無く知識も乏しいのだが、蝉が6月中に土中から出てきて羽化すること自体はそれほど珍しいことではないのかも知れない。 

その朝は薄曇りの天候で、前日の晴天に比べると相当に肌寒い。未だ蝉の季節でもあるまいに、この気温で果たしてこの蝉君は大丈夫なのかと心配しつつ、その後も観察を続けていると、約4時間経過後のお昼前の時刻になって、やっと飛び立ち去った。                                            

それにしても、この地に移り住み、以来40年。6月末とはいえ、ここ最近の夏日続きの気温の高さに、蝉も「さぁ、いよいよ夏だ。土中から抜け出して精一杯“人生”ならぬ短い“蝉生”を楽しもう!」と錯覚し、地中から出て来たのだろうか。 

生物学的にはどうか知らないが、私にとってはこの時期の蝉の出現は40年間で初めての出来事なのだから、極めて稀なことであり、驚きだった。 

しかし、一体これはどういうことなのだろう。蝉にも色々の性格があって、この蝉君は相当の慌て者なのだろうかと考えると可笑しく笑い事だが、エルニーニョ現象による世界的な異常気象の故かと考えると笑えない。

それこそ、身辺の些細な出来事ながら地球温暖化の影響かと心配する。

そういえば、今年4月、気象庁は、気候変動と見通しをまとめた報告書「異常気象レポート2014」を公表し、世界の経済成長に伴って温室効果ガスの排出が増え続けた場合、21世紀末の世界の年平均気温は20世紀末と比べて2・6〜4・8度の範囲で上がると予想したばかりである。

それにしても、飛び去ったこの蝉君。 この20度超の低い気温の中、未だ動作緩慢のままで‘蝉生“を全うできるのか、あえなく鳥の餌になるのではないかと、この閑人は心配する。

2015年06月28日

◆ヤマモモの癒し

眞鍋 峰松



ある日突然の激しい腰痛で寝込む直前、今年は5月晴れの日々が長く続くな〜と思っていたら、起きればもはや梅雨入り、夏も目前だったと前に記述した。
 
その後、お陰様で順調に回復に向かい、徐々に日課のウォーキングを再開できるまでになった。                                
とは言っても、現時点の歩行距離は今までの半分程度。 改めて健康であることの有難味を実感しつつ、カメラ片手に自然を観察しながら浮き浮きと公園内や緑道を歩いていると、緑道の際にヤマモモの木が数本立ち、たくさんの実がたわわに生っているのに気が付いたヤマモモの実 H27.6.23撮影.JPG。                      
ヤマモモ(山桃)は、ヤマモモ科ヤマモモ属の常緑樹。その果実は、山に生えた桃のような果実をつけることから。 別名として楊梅(ようばい)、山桜桃、火実などがあり、古代から和歌などにも詠まれる (ウィキペディア)。

漸くにして、歩行可能になったという浮き浮き気分で手を伸ばし、熟成した濃赤色のヤマモモの実を2,3粒ほどをもぎ、口に入れてみた。
 
甘味もあるのだが、思いの外に渋い。これでは、品種改良の進んだ本物の桃や林檎、苺などの濃厚な甘味の果物に馴れた現代人には到底受け入れられないだろう。 

だから、緑道を歩く人達は勿論のこと、野鳥までもがヤマモモの実を無視するのかな、この実も無駄に路上に落ち散乱しているのだろうかと考えながら、約30年前のゴルフの初心者であった頃を思い出した。                                   
当時、熱心にゴルフ場へよく通った。 プレー回数の多かったのはキャディ無し・セルフプレーの比較的低料金の神戸六甲山系にある高地のゴルフ場。 そこで思い出すのが梅雨明け寸前の暑い最中のコンペ。 飲み水の準備を忘れ、途中で見つけたのが、このヤマモモの実。 

あぁ助かったと、この実で喉の渇きを癒しながらプレーを続行したのだが、その時には不思議に甘味のみを感じ渋味などは感じなかったのだから、本当に人間は勝手なものだ。

それにしても、現役時代には、常日頃の多忙さに両眼は血走り、自然の佇まいは、見れども見えず、聞けども聞こえずであった。どなたかが「今一番大切なのは、自然を愛するのではなく、自然から愛される人間になる修行だ。

何故なら、自然は人間の傲慢に怒っているからだ」と仰っているが、如何にもこの言葉に私も共感する。 現在、世界各地で頻発する火山爆発や大地震、異常気象の発生などは自然の怒りの現われか、と懼れを抱く。
 
少なくても人間は、自分たちを包む自然や、自分たちが存在する周囲の自然現象から、生き方を知らなければならないのであろう。 

かっての日本人はそうであった。 至極単純に考えれば、こうだろう。 柳に幾度も飛びつく蛙に学んだ小野道風、リンゴの落下を見て万有引力を見出したニュートン、水蒸気で蒸気機関を見出したワットの例。
 
しかし、引用した“自然から生き方を学ぶ”という意味はもっと奥深い話なのだろうが、娑婆気の多い俗人の私などにはなかなか理解し難い世界。
                 
また同時に、その方は「人間を救うものは、決してオールマイティ的な超人間的存在ではない。人間自身の人間の自覚以外に、人間は救われない。人間が人間を救わなかったら、他に救い手は全くない」とも仰っている。 寧ろ、こちらの方が理解し易い。

最近、近しい友が次々とガンなどの病で倒れていっている。 このような状況の中で、自然の佇まい〜緑の輝きや光の揺らぎに眼をやると、病に伏せる友には申し訳ないが、自身が健康であることへの喜びと感謝の念が生じて来る。 

急に抹香臭い話で恐縮だが、改めて、釈迦が『法句経』の中で示された「やがて死するものの、今、命あるは有難し」とか、「人は、また死するなかに、われ一人生きてあり」などという、生きることの尊さ、有難さを表した言葉を噛みしめことができる。
 
そこで初めて、人間は“カレンダーめくる命も、めくられる”的な存在であり、“日々是 それがしの 一日でござる”的な生き方こそが大切だと気付く、ということなのだろう。

    

2015年06月26日

◆“プロの感性”が必要

眞鍋 峰松



以前、産経新聞に、“裁判には「プロの目」が必要”と題した次のような投書が掲載されていた。

『今年に入って、裁判員裁判の死刑判決の破棄が相次いだ。「裁判員裁判の判決の中には、過去の同種事件より相当量刑が重いものがあり、公平性を保てない」と指摘する意見もある。

最近はプロを軽視し、素人をもてはやす風潮がある。こうした風潮に影響されているのが、今の裁判員裁判の問題点ではないか。「素人感覚」といえば、新しい視点を提供してくれるような気がするが、畑違いの素人を現場の長に任命して、混乱を引き起こす例もある。

やはり現実には、長年の経験でしか養えない「プロの感性」がどんな現場にも必要だ。素人考えを必要以上に取り入れるのは誤りだと思う。もちろん、市民感覚を反映させるという裁判員制度の趣旨はわかる。裁判官も現実社会に学ぶ謙虚な姿勢が必要だろう。

しかし、判決が素人考えに偏るのは問題。高裁や最高裁はプロとして素人の議論に歯止めをかけ、修正してほしい』というのである。

投書された方の肩書には“元 校長”とあったから、多分、長い教員生活を送られ、最後には校長を務められた立派な人物なのだろう、と想像する。
   
ところで、この投書。 内容は裁判員制度に関するものだが、行政や教育現場への民間人登用問題にも相通じるものを感じる。
 
現在府内で実施されている公立学校の校長、大阪市の区長や交通局長などへの民間人登用に関して生じている問題と類似していると感じるのは、私だけだろうか。
 
中でも、その極め付けが、最近の府教育長の辞任騒ぎであった。つまり、投書の方の指摘されている「素人感覚といえば、新しい視点を提供してくれるような気がするが、畑違いの素人を現場の長に任命して、混乱を引き起こす例もある」と指摘されている視点が同じだ、と感じるのである。                                                   
勿論、民間人登用自体には、行政や教育の現場に多々見受けられた従来の慣習や先例に囚われ過ぎた閉鎖的社会へ新風を引き入れ、風通し良くするという意味合いは大きい。
 
ただ例えば、最近マスコミでも大きく報道されていたように、1〜2年という短期間に登用された民間出身の大阪市立中学校の校長11人のうち、退職や解任された人数が過半数の6人に及ぶといった事態は何としても避けなければならない。                 

これは以前の記述の繰り返しになるが、このような抜擢人事というのは殆どが自己申告や公募を前提としており、兎角何かと問題を生じ易いのが現実である。
 
古くは中国の唐時代の書物「貞観政要」の中でも、抜擢人事とも関連して、自己推薦制の是非について論じられている由縁でもある。
 
また、故谷沢永一関西大学教授は著書「人間通」の中で、抜擢人事について「我が国は年功序列社会だから順を追わなければ出世できないと言い慣らわすのは一面的な観察である。昔も今も例外的な抜擢は常に行われてきた。

しかし、世に抜擢ほど難しい決断はない。統計をとるなら成功率は決して高くないであろう」とし、抜擢人事が失敗する二つの型を挙げ、「その第一は抜擢された者が極度に思い上がって異様な振る舞いに及ぶ例である」と「第二の型は、根が小心であるため思いがけぬ処遇に接して心身が麻痺する。高所恐怖症である」と指摘されている。
 
差し詰め、府教育長の辞任騒ぎなどは、第一の型の典型だろうし、また、私自身も過去において、行政に関する基礎的知識に欠け、このためにややもすれば萎縮し適宜適切な指示を出せなくなったような第二の型の実例も見てきた。
                  
もとより、民間人登用に当っては、その職に必要な最低必要な知識・見識を有する人物でなければならないことは言うまでもない。

とりわけ現場の管理職として登用される場合については、任命權者ひとりの判断ではなく複数の人間の眼を通じて選別を行うなど、人物の人柄と経歴・実績を十分に踏まえ、より慎重な判断が必要だろう。 
まして、任命權者個人の知人であるが故の登用など有ってはならない。 

また、同書において同教授は「抜擢の成功例はやはり稀れである。心根がよほど謙虚で神経が強靭な人物でなければ能力を発揮できないであろう。それ故、当面の間は心の支えをあてがわねばならぬ。能や歌舞伎の舞台では後見が控えていて、通常は小道具の出し入れを司るが、もし演者が何かでとちれば即座に取り繕う。

それと同じく抜擢された者には後見が必要である。」「所詮、抜擢は賭けである。抜擢を決断した勇猛心ある上司は、責任を全うするためのバック・アップを忘れてはならぬであろう」とも指摘されている。 

実際、信頼出来る補佐役を配置するなどの支援体制も必要不可欠だろう。 同時に、登用後において、もし問題が発生した場合には、適宜適切な対応・後処理を行うとともに、事後には登用に当ってなされた判断にどのような誤りがあったのかを検証することも大事だろう。

現在では国・自治体を問わず、公的機関における上級管理職への民間人登用は、至極当たり前のことになった。それだけに、今後とも民間人登用を進めようと考える任命權者は、その任命責任をもっと厳格に自覚するべきだろう。
 
国においては、歴代総理大臣が任命した各省大臣に不祥事が発生した場合には、国会の場のみならず、新聞テレビなどのマスコミ報道を通じて、その任命責任が厳しく問われることが通例となっている。 場合によっては内閣総辞職に立ち至ったケースも珍しくは無い。
 
だが、自治体における任命權者たる首長に対する任命責任について、それ程に鋭く問われた例を寡聞にして耳にしたことがない。
 
マスコミで大きく報道される場合以外には、問題の所在自体が住民の眼に如実に露わにされることは稀なことであるが、いずれ住民生活に重大な悪影響を及ぼす結果に繋がる可能性も高い。

それだけに自治体首長についても、任命權者としての自覚と責任の所在の在り方についてより明確にすることが肝要というになろう。