2012年11月19日

◆貸金業界は今どうなっている

渡邊 好造


京都市山科区の路上に「”取り立て”ブドウ販売中」の幟が立てられていた。ブドウなら”採れたて”であって、”取り立て”は借金取りではないか、なんて独り言を言いながら、かって20年近く勤めた貸金業界の現状はどうなっているのか、とふと思いを巡らせた。

本誌主宰・毛馬一三氏から平成6(1994)年に、貸金業界、いわゆるサラ金業界の内情についての原稿依頼を受け、その年の3月発刊の隔月刊誌"JUPITER"創刊号から6号まで、ペンネーム・山科封児で連載したことにも思い至った。

この原稿執筆の前年にサラ金業界が相次いで株式店頭上場するまでに至り、悪鬼の如く言われていたのが好イメージに一変した。

昭和39(1964)年頃に雨後の筍のように誕生し、あまりの高金利によるボロ儲けと取り立ての厳しさなどから”サラ金、ばい菌、コレラ菌”とまで揶揄されていた。それがその後30年、平成に入って好転したのは、当局の厳しい取り締まりと、良心的な業者の自主規制の成果である。

この時、株式店頭上場にいち早くこぎ着けたのはプロミス、アコム、三洋信販、武富士、アイフルなど業界大手各社である。

筆者の所属していたレイクは当初こそ業界のリーダー格だったが、バブルのはじけとともに平成5(1993)年に創業社長が株式投資で2千6百億円もの損金を出し、倒産は免れたものの上場どころか銀行管理になってしまった。

"JUPITER"誌から執筆依頼を受けた平成6年は、損金発生の余波で筆者が子会社・(株)アルトマン(結婚情報サービス業で月1千万円の赤字)の解散整理業務の社長として東京に単身赴任させられていた真っ最中だった。夢は業界が大成し、上場株で億単位の大儲けをするはずが見事に崩れた。

「会社整理なら他に適任者はいくらでもいるのに何故そんな仕事を私が、、、」の質問に対して、「幹部社員はみんな若いし、150名もの社員を解雇し、多数の会員を納得させ、マスコミを黙らせるのに適任者はいない。まして低利の融資の見返りに定年後に派遣された銀行・生保の当社役員方にそんな”汚れ役”はさせられない」と返された。

子会社の整理業務は3年で終了し、その間本体レイクは銀行管理からアメリカの乗っ取り商法で悪名高いGEグループに転売されていた。

レイクも名前だけ残り、その後各社隆盛を極めた貸金業界だが、平成22(2010)年施行の新貸金業法で一変してしまった。利息制限法上限20パーセント以下の金利規制、一人あたりの貸金総額は年収の3分の1以下(情報登録義務あり)の総量規制、おまけにこれまでに借入客が支払った金利分を遡って返却せよとなった。

おかげで、武富士は倒産、上場廃止のプロミスをはじめ生き残ったアコム、レイクなど社名はそのままでも実態は銀行管理であり、銀行内でもどうやら一番のお荷物になっているらしい。

儲けたのは過払い金利分返却業務を請け負った税理士(と一部の弁護士)で、手数料の上限規定はない。ただし、思わぬ返却金を手にした消費者は「コード71」なる業者の貸付禁止者に登録されるので、その後借金癖のある者は悪どいヤミ金業者を頼りにせざるをえず、その被害が出始めているという。

悪玉業界の見本のように言われた16万社にのぼる業界をなんとか正業にしようと、良識ある業者約150社が昭和44(1969)年に設立したのが、任意団体「日本消費者金融協会(略称・JCFA)」であった。この協会の発行する雑誌"CREDIT AGE"は385号(2012年11・12月合併号)にまで達したが、現在の加盟社はわずか21社に減っている。

世の中のイメージの高低評価は常に変化する。筆者の学卒当時の花形は大手銀行であったが今や見る影もない。家電業界も大赤字を出し、各業界の凋落例は枚挙に遑がない。政治も経済も先を読むのは難しい。(完)

2012年11月05日

◆高齢者の運転講習 

渡邊 好造


運転免許更新のため高齢者講習を受けた。”講習予備検査・認知機能検査”という。70歳を超えると無事故無違反ゴールド免許でも3年毎に更新しなければならない。

受講は最寄りの自動車教習所に電話で申し込み予約する。所定の日午前9時集合の15分前には受講者6名が全員集合し控室で待っていた。隣合わせの人から「何処からいらっしゃいました、普段何をしておられますか、講習料6千円は高いですね」などと話しかけられ、「この教習所に近い接骨医に毎日通い、腰の治療を受けています」といったたわいのない話をしているうちに講習が始まった。話し相手の人は別グループとなりその後顔を合わせることはなかった。

記憶力・反応力のテスト、運転実習まできっちり3時間を要し、改めて何かにつけて衰えているのを実感させられた。老人事故は最近増えているという。アクセルとブレーキの踏み間違いでコンビニに突っ込んだり、屋上の駐車場から落ちたり、高速道路の逆走など。

現にこの講習中でも同乗した受講者の一人は、試験場とはいえ信号が赤でもお構いなし、脱輪、車庫のポールに当たる、指示器は出さない、終わってもサイドブレーキは掛けないなど無茶苦茶な人もいた。それでも合格、わが身もこのまま運転を続けるかどうか、どこかでケジメが必要だと感じた次第。

その3日後、いつもの接骨医に行き診察カードを提出すると、受付の女性が「最近、自動車教習所に行かれましたか」と聞いてきた。「やはりあなたでしたか。隣合わせだったのは私の父なんです」と言うではないか。名乗ったわけでもないし、接骨医なら周辺にいくらでもある。私の話の受け答えや態度、特徴のある杖とカバンを持っていたのが印象的だったようで、その人は何気なくその日の様子を家族に話したらしい。

それを聞いた彼女はすぐに気付いという。なにしろ昨年12月からこの7月までほぼ毎日通院していたのだから、印象的だったのだろう。偶然とはいえ出会いとは面白いものだと思った。

ところで、18〜30歳前後の若い人の交通事故も目立つ。京都亀岡・未成年の無免許・居眠り運転による死傷事故、京都祇園での30歳男の暴走死傷事故、定員5人なのに7人も乗った若者の転落死傷事故など、、。なかでも京都祇園の事故は、私の隣家のご主人が経営する老舗・京小物専門店(創業慶応元年=1865年)の店先であっただけに特に印象深い。

高齢者の特別講習もさりながら、彼らのように車の危険さを分っていない25歳までの連中にも2年周期、さらに30歳までは高齢者と同じ3年周期で講習を受けさせる必要があるのではないか。

暴論覚悟でいうのだが、20歳前後の若者だけの男女4〜5人の死亡事故の報道があると(深夜に多い)、よくぞ誰も巻き添えにせず死んでくれた、それも数が多いほどよかったと思う。こんな連中がもしこのまま生きていたら、関係のない多くの他人を死に追いやるもっと大きな事故を起こすに違いない、とそんな想像をしてしまうからである(完)

2012年10月31日

◆「いじめ」とその報道

渡邊 好造


「いじめ」について話題が沸騰している。50〜60年前も「いじめ」はあったのだろうか。幸いにしてそんな目にあったことはないし、当時は問題になったこともない。まして自殺者がいるとは思いもしなかった。

記憶にあるのは、教師による生徒「いじめ」というべきか、小学生の時に学芸大学(今の教育大学)卒業したての新米教師に5人並べて拳で殴られたこと、中学生の時に坊主頭のもみあげの毛を摘まみ上げられたことを覚えている。

殴られたのは痛かったし、もみあげの毛を摘まれると痛い上に泣くつもりはないのに自然と涙が出てくる。何故こんなことをされたのかまったく覚えていないが、その時殴った教師は「まだ先生の教えが解らんのか!」、もみあげの毛を摘まみ上げた教師は「痛いやろ泣け泣け!」と叫んでいたのが今も耳に残っている。体罰禁止の現在では考えられないが、当時は教師に逆らうと損だということを肝に銘じた。

今では、小学校教員室で教師が人差し指でデコを小突いたところ、その小学生はポケットに隠し持った携帯電話から教育委員会に直ちに「体罰を受けています」と訴えたそうな。
「いじめ」の根幹はこうした体罰禁止で生徒にとって怖いものなしになったこともひとつの要因ではないか。

教師は、生徒の母親など父兄には頭が上がらない。自分たちよりはるかに高学歴で、知識もあり弁もたつ者が多いせいらしい。これでは生徒は教師を怖いとも思わないし、指導に従うはずがない。

「いじめ」による自殺にはもう一つ原因があるように思う。それは”少子化”である。昔は兄弟姉妹5人、6人というのは当たり前で、その中で食事、遊び、衣類などで競い合い、時には喧嘩もして成長していった。もちろん腕力も強くなり、精神的にも少々のことではくじけることはなかった。それが現在ではどの家庭も1〜2人の子供が競い合うこともなく独立した部屋を与えられ、家族が顔を合わせるのは食事の時だけ。

ところが学校ではちょっとしたことで弱みを見せると徹底して攻められる。少子化のため反抗の術を会得していない子は落ち込んでしまい、「いじめ」から自殺にまで追い込まれているのではないか。
「いじめ」は昨年1年間で7万件とか。隠れ「いじめ」はもっと多いだろう。「いじめ」とは何なのかもいまひとつよく分らない。

さらに年少者の犯罪報道のあり方である。
例えば滋賀県大津市の「いじめ」について、新聞では”大津市立中学生”とあるが、週刊誌では”大津市立「皇子山」中学生”とはっきり書かれている 。なぜこうも違いが出るのか。

インターネットでは中学名どころか、自殺した生徒名はもちろんのこと加害者3名の氏名、住所、電話番号、両親の氏名・勤務先、それぞれ顔写真まで掲載されている。堪らず加害者の家族は京都市内に移転し、転校したら、その住所・電話番号、学校名がまた出ている。とことん追い掛け回す変な奴がいるものだ。

何が真実か分らない要領を得ない説明しかしない学校、教育委員会、それにPTAの会長でもある加害者の母親が、保護者会で「うちの子を加害者扱いして自殺でもしたらどうしてくれるのですか」と叫んでいたのがテレビ放映されていた。いったいどうなっているのか。教育関係者は「いじめ」をなんとかなかったことにしたい、加害者側には「いじめ」の意識がない。

報道のあり方に問題はないだろうか。綿密な検証もせず、被害者は”善”、加害者は”悪”といった一方的な言い分だけを聞かされているような気がする。(完)

2012年10月28日

◆世界遺産になれない京都

渡邊 好造


住いが京都だと言うと、『いいですね〜。観光名所で世界遺産ですよね』と羨ましがられることがある。京都は確かにいい町だし、風情の良く似た「小京都」に指定された都市が日本全国に52もある。しかし、京都が世界遺産というのは間違いである。

京都の世界遺産は17か所あるが、京都の府内・市内はそこらの雑然とした当たり前の都市と変わることはない。

世界遺産は、”古都京都の文化財”の名称で平成6(1994)年に認定された古来の個々の建築物なのである。( )内は所在地。

1・上加茂神社(北区) 2・鹿苑寺=金閣(北区) 3・下鴨神社(左京区) 4・慈照寺=銀閣(左京区) 5・竜安寺(左京区) 6・延暦寺(左京区、大津市) 7・二条城(中京区) 8・清水寺(東山区) 9・西本願寺(下京区) 10・東寺(南区) 11・天龍寺(右京区) 12・仁和寺(右京区) 13・高山寺(右京区) 14・西芳寺=苔寺(西京区)
 15・醍醐寺(宇治市) 16・平等院(宇治市) 17・宇治上神社(宇治市)

このように、京都の世界遺産はいずれも建築物であって京都全体のいわゆる都市が対象なのではない。

世界都市遺産に指定されているヨーロッパの例などをみると、町全体の建物の形、高さ、色などが全て統一され、電柱・電線・広告看板など全くなく、見渡す限り見事に整然としている。そこに人が住んでいるのに見た目は生活臭もない。

それに比べて、京都には歴史的に由緒があり見ごたえのある建物はいくつもあるが、その周りは電柱が林立し、電線が張り巡らされ、建物は高さも色も見事に不揃いである。おまけに、大小色とりどりの広告看板が所狭しと並んでいる。これでは世界都市遺産に指定されることはありえ
ない。

それでも東山連峰など山の上から京都を俯瞰すればほっとさせられる景観だし、世界遺産に指定された17の建築物は一見の価値は十分である。

許せないのは昭和34(1959)年に建設された”京都タワー”である。それまでは、「東寺の五重塔」の54.8メートルを高さ制限とするのが不文律であった。

当時の京都市の人口131万人にあわせ、京都を照らす灯台をイメージした、高さ131メートルのタワー建設の計画が持ち上がる。当然のことながら景観を損ねるとする反対派と、近代建築で新たな観光客を呼び寄せようとの魂胆に利権もからんだ賛成派とが対立した。

しかし、土台の9階建てビルは31メートルの建築物だが、その上のコンクリート製100メートルのタワーは工作物だとの詭弁を弄して完成させてしまった。

JR京都駅北側に降り立った人は目の前の古都京都には相応しくない白い異様なタワーに驚かされる。

フランス・パリには”エッフェル塔”があるじゃないかという人もいるが、1889(明治22)年のパリ万博にあわせて高くて堅牢な鉄鋼のPRを目的にしたものである。

昭和30年以降になって目新しくもないコンクリートを自慢しても価値はない。日本最初のコンクリート製の橋が明治時代に造られ、京都・山科疏水に現存している。

平成19(2007)年に新たな厳しい京都市新景観条例を制定し、建物の高さ31メートル、世界遺産周辺は10メートルに制限し、建物のデザイン、広告看板の規制も厳しくした。

将来は電柱・電線を地下に埋める計画もある、とのこと。そんな夢のようなことは誰も信じない。”京都タワー”を今更倒すはずもない。

時すでに遅しで、京都が世界都市遺産に推挙されることはありえない。NHKテレビ「京都ニュース」のエンデイングの夜景のバックに、ライトアップされた不気味に聳える”京都タワー”を視る度に腹立たしい思いがする。(完)


2012年08月04日

◆「オスプレイ」「原発再稼働」大歓迎

渡邊 好造


「オスプレイ」も「原発再稼働」も、ロンドン・オリンピックで消し飛んだ感じがある。呑気にオリンピックが楽しめるのもこの2つのお蔭、、、。また彼らが文句を言い始める前に一言。

1)「オスプレイ」は素晴らしい飛行機だ。飛行可能距離など、どこから見ても最高の究極の戦闘機ではないか。岩国に陸揚げされた状況をみて、こんなによくできた飛行機を知らなかったのは驚きだ。垂直上昇し、上空でプロペラを移動させて前に進むのだけでもすごいと思った。

貨物船から降ろすとき、翼が機体に平行にされ場所を取らないようになっていたことから見ても、目に見えないところに科学の粋が結集されているに違いない。これでは余程の訓練を積まないと、操縦も難しいのではないか。

開発後10数年たつらしいが、機体の不備より操縦士の訓練不足と戸惑いが心配される。墜落事故が他の戦闘機より多いと言われるのはそのせいではないか。

この飛行機が沖縄に配備されれば、中国・北朝鮮などが日本を攻めて来ても絶対に撃退できる。「オスプレイ」の墜落事故でまず気の毒なのは、パイロットである。

普天間基地は都会の真ん中だというが、基地ができた時は周りは何にもない森であって、基地ができてから住宅が密集し始めたのである。電車のガード下に住んで音がうるさい、危険だというのと同じだ。それに、飛行地域を制限すれば都会の住宅地に落ちるとは限らないし、落ちたとしても理屈の通らない変な2国に攻め殺される数よりは少ないはずだ。

「オスプレイ」は、垂直離着陸できる高性能な戦闘機だから、基地・自衛隊・アメリカみんな嫌いの沖縄本土を避けて、狭い”尖閣諸島”に少し手を入れれば配備できるのではないか。”オスプレイ配備反対”を叫ぶ前に、こんな優秀な武器を持ち込んでくれたアメリカに感謝すべしだろう。

プラカードとシュプレヒコールだけ恰好つけたコスプレ大会のような配備反対デモでは、なんの効果もない。1960年に元総理・岸信介が断行した安保改定の時のデモは、来日したアメリカ大統領を追い帰したし、警察を襲撃し、国会内にもなだれ込んだ。

それでも岸は安保改定を強行し、そのおかげで多くの日本の若者は戦死しなくてすんだのだ。国の将来を決定する権限は首相である最高責任者の手の内にあり、一般大衆には選挙以外何の権限もなく、余程の覚悟を持ってかからないと、意味がない。このことを認識すべきある。

2)「原発再稼働反対」を叫んでいるが、原発なしで今から本当に生活できるのか。今のところ家庭や工場だけの停電で、病院などライフラインは例外だというが、だんだんエスカレートしてそんな簡単にことが済むわけがない。

原発を再稼働させないと、電気代が上がるだけでなく、長時間の停電も覚悟しないといけない。信号が消えて交通事故は多発し死者続出、病院の治療はストップし手術はできない、輸血や透析治療などの対応はとんでもない、重病人は死ぬしかないかもしれないのだ。

冷蔵庫の食べ物は腐り食中毒多発、それこそ想像できないような事態になるだろう。テレビ局は自家発電機があるから大丈夫だと呑気なことをいうが、その分発電機を持たない中小企業に電気を回せと言いたくなる。必ず大変な事態になるのは目に見えている。日本の経済はギリシャ以上の破滅状態と同じになるに違いない。

昨年の東北大震災のような大災害がまた起きる確率は極めて低いし、放射能漏れも人災である。それを考えると、「安全性」をきちんと確保して、原発再稼働に踏み切るのが日本の将来につながる。日本の製造業界を配慮することが、日本の経済を強化していくことに繋がることも明らかだ。その方が、日本の国力と国民生活を守る上で必須条件に間違いはなく、得策に決まっている。

「若者の先は長いのだ、年寄りは後がないからそんな呑気なことを、、、」という人もいるだろう。

しかしこの先1年であろうが、60年だろうが安全で、しかも安定社会で生きていたいのは同じである。年齢に関係なく今まで通り充実し、かつ安定した生活をしたいことに変りはない。

「原発再稼働反対運動」をしている連中も、ノンビリ電車に乗ってきたではないか。(完)

2012年07月21日

◆虚業家と化した政治家 

渡邊 好造


筆者が最初に就職したのは、今から遡ること51年前の昭和36年(1961年)、ある中堅広告代理店の調査部だった。

仕事は市場調査を実施し、報告書にまとめる。そのかたわら会社が発行するPR用の広告専門誌の編集も担当した。こちらの方はすぐには執筆させてもらえず、大学やテレビ局の知名人に原稿を依頼し、催促し受取りにいくことで、いわば使い走りであった。当時はファクスもない時代で、面倒でもわざわざ受け取りにいく必要があった。

その代り執筆者のご高説を伺うこともでき、後々の仕事に大いに役立った。なかでも今もご存命の国立大学の先生から教わったいくつかのアドバイスは今も脳裏から離れない。そのうちの印象的なことを、、。

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<世の中の仕事には、「実業と虚業」の世界があるという。今では”虚業”という言葉は当たり前だが、当時は目新しかった。

言うまでもなく、「実業」とは農業・工業・商業・水産業など生産、経済に関する事業で、そうした事業に携わる人を実業家と称した。これに対して「虚業」とは、実業をもじった語で堅実でない、実を伴わない事業のこと。実務を伴わずただ権利譲渡などを目的とする名義だけの仕事に携わる人が虚業家である。

例えば、銀行などの金融業、証券の売買を主業務とする証券業、生命・傷害などを対象とした保険業、”物書き”ともいわれる評論家、広告代理店業も、その範疇に入る。>

さらに氏が強調されたのは、<「虚業の”物書き”として多少とも一目置かれるようになるには、常識的なことを言っていては駄目だ。世間で常識になっていることをまず否定してかかること。その否定の根拠を3つ以上あげればなるほどと納得させられる。このポイントを思いつかなければそれ以上論ずるのを諦めればいい。虚業家に徹している限り、多少の論点のミスはまず追求されることはなく、間違っていても許される。

しかし、実業家として生きようとするならこれは通用しない、今何が求められ、何をしなければならないかを真剣に考え、実行しなければならない。会社経営者・役員(虚業であっても)、公務員、教師、政治家などに間違いは許されない」という。>

いささか強引な論法であることは、言うまでもない。

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かく言う筆者も今やリタイヤしたものの虚業家の一員として勝手なことを放言してきたことは認めざるを得ない。とはいえ、先輩大先生のこれらの言葉を思い出しながら、ふと思い至ったのは今の政治家の有様である。

国の行く末を左右する政治家は、「実業家であって虚業家」であってはならない。世間受けすることだけの選挙民に媚びるだけの言葉では意味がない。何が何でも実行する責任感が求められる。

ところが、最近の政治家の発言は、どれも世間受けする虚業の評論家のそれと同じであることが多い。

まずその筆頭は”鳩山由紀夫”。選挙スローガンに「政治を科学する」、首相に就任するや「歴史を変えるのはわくわくする」、「日本の歴史が変わると思うと身震いする」として何をするのかと思っていたら、そのあととんでもないことを言い出した。

沖縄普天間米軍基地を「最低でも県外」、アメリカ大統領に「トラスト・ミー」、あげくに「あれはリップサービス」とのたまい、日米関係を悪化させ、沖縄県民を馬鹿にした。

”菅直人”は、独裁と反文明主義を賛美、自衛隊の指揮監督権が自らにあることも知らず、元財務大臣でありながら経済知識ゼロの発言を繰り返した。

”小沢一郎”は、心の片隅にも持ち合わせない「国民の生活が第一」などという変な名前の党をつくった。隠し金4億円の仕入れ先も説明しないで、国民の生活が第一とは聞いてあきれる。

虚業家の見本のような政治家として見落としてはならないのは、”橋下徹”大阪市長である。

この人は非現実的なプロパガンダをぶち上げて人びとを一旦喜ばせ、同時に社会不安を煽り、あたかも既成権力を解体するかのような錯覚を起こさせている。

教員の質の相対評価が低ければ分限免職にするとの条例案、水道局の民営化、大飯原発再稼働の政府案に対して倒閣宣言、「大阪都」構想実現の法案が成立すれば、大阪維新の会は国政進出しない、などなど大きな主張は、見事に撤回してしまった。

逆に、大阪市民として真面目に納税を果たしてきた今の高齢者に対し、「恩恵」として大阪市が心からの優遇策として永年試みてきた「敬老パス」を有料化するという高齢者いじめ。更には癌検診の廃止、文楽や交響楽団など文化事業への補助金打ち切りといった、チマチマとしたお題目の「節約」を断行する腹だ。

「節約」したかったら、利用していない見事な大川沿いの「市長公邸」、水道局のプール付の「研修所」など、無駄な市の施設を処分すべきではないか。

まず、高齢者いじめや文化振興の阻害なごを、国政を目指す首長がすすんでやることではあるまい。

この他、虚業家と化した政治家はまだまだいる。その見本が月刊誌「新潮45」7月号に掲載された”落選させたい政治家12人”ではないか。

この覧で取り上げた4人以外に、輿石東、田中直紀、原口一博、小宮山洋子、枝野幸男、福島瑞穂、石原伸晃、小泉進次郎ら、虚業家と化した政治家がずらりと並べられている。興味のある方はそちらの記事でどうぞ。(完)

2012年07月07日

◆「道州制を狙え!」橋下市長

渡邊 好造


「大阪都構想」の特別区実現を目指した橋下徹大阪市長が、喜んでいるという。

民主党、自民党、公明党、みんなの党、国民新党の5つの党が、「大阪都構想」を実現するための法案の一本化に向けて6日、実務者が詰めの協議を行い、最終的に合意したからだ。

この構想実現のための新法案を巡って、民主・自民・公明・みんなの・国民新の5党は、これまで協議の結果では、道府県の名称変更を設けない方針を確認していた。それが、一転して「合意」になったのはなぜか。維新の会の動きに気を配った所為なのか。

だが、よく考えてみると、大阪市と大阪府の二重行政の廃止、財源の一本化を目指して「大阪都」を設置すると大きく打ち出したのに、中味はなぜか大阪市とその隣りの堺市だけだ。これでは単なる市町村合併に過ぎないではないか。少なくとも大阪府全体が含まれると思ったのに、全く当てが外れた。

橋下氏は今も人気絶頂のようだが、知事・市長の成果に期待して投票した人たちの間では、市町村合併、公務員の削減と給与カット、組合への圧力、文楽・交響楽団など文化事業への補助金中止、公営交通の民営化、敬老パスの有料化などには、疑問や批判が出始めている。

しかもこれらでいくらか市財政にゆとりができたにしても、有権者たちはそんなことでは満足しないだろう。
橋下市長の最終的な目標は、「大阪都」構想を基礎にして全国の道州制を完成させることではなかっのたか。

「大阪都」についてさらに言うなら、周辺の兵庫・和歌山・奈良・滋賀、なかでも京都など近畿全体をなぜ巻き込まなかったのか。

京都は”都”を東京にさらわれた恨みを明治以来受け継いできている。東京に対抗する住民気質は今でも大阪以上であり、その証が、天皇が永年住んだ御所、いずれも全国最初となる水力発電所の開設(琵琶湖疏水で水をひいた)、市電の運行、小学校の開校などの例がある。

いずれにしろ、この狭い日本国土に47もの道府県は多すぎる。北海道・東北・関東・中部・北陸・近畿・中国・四国・九州に知事が一人いれば十分である。今の道府県は、明治維新の折に各地の大名の領地をそのままにしてその殿様を知事に抜擢し、無理やり平定した名残でしかない。

沖縄の知事ごときに基地問題・新型ヘリコプター配備のことで、一国の防衛大臣に向かって「反対です。基地を閉鎖します。事故の責任は誰がとるのですか」などと、あんな偉そうな口のきき方をさせてはならない。国防の責任は全て国政がとるのが当たり前で、沖縄に中国・北朝鮮が攻めてきてその被害の責任は、知事がとるのか。

ちなみに、全国に47の道府県の他、市が783、町が811、村が193(平成20年10月版全国市町村要覧)もあり、1千8百超の豪華な庁舎に”長”が君臨している。

道州制にして知事は9人だけ、残りの38知事全員は市長に、市長は区長などに降格させ、8百〜2千前後の少ない得票数で居座る町村長とそこにぶら下がる議員は全員辞めてもらう。国会も参院は廃止、衆院議員数は100程度で十分だと考えられる。

橋下市長が今のような小手先の政策で満足していたら、4年先はないと覚悟するべし。ぜひとも大きな「道州制」を狙うべきだ。

ところがそんな壮大な計画はあまり見えない。期待し過ぎで,所詮は無理なんだろうなあ〜。(完)

2012年06月23日

◆「生きる」よりも「活きる」を選ぶ

渡邊 好造


新聞の有名人の死亡記事をみると、死因とともについ目をひくのはその年齢である。わが身に比べて長生きされたかどうか気になるのは筆者だけだろうか。

最近、死を迎えるのは80%以上が病院だそうである。今では昔のように自宅であらゆる手を尽くした後残念な結果になることはまずないといってよい。それも数年前までは、患者が例え意識を失い眠った状態でも血管から点滴で栄養分を送り、かなりの期間生きながらえることができた。

しかし、これにも限界があり血管が詰まったり、どうしても栄養分が足りなくなりいつまでも生きながらえるという訳にはいかなかった。

そこに今度は「胃ろう(胃瘻)」という新しい治療法が開発された。この治療法は、小説家・渡辺淳一氏の週刊誌連載エッセイでも取上げておられたが、意識のなくなった患者の胃に栄養分タップリの流動食を直接送り込む。したがって、意識はなくとも患者は延々と長生きできることになる。筆者かかりつけの内科医によると、「やってみますか」と勧める病院も増えているという。

点滴だったら精々3〜4年が限界だったのが、それ以上に症状が変らないまま長生きできるらしい。医学上目覚ましい進歩には違いない。患者の家族にとって大喜びのこともあろうが、当然のことだが治療費は計り知れない。

かといって途中で「胃ろう」を打ち切ってくれとは言えない。それを言うと”もう殺してくれ”となり、殺人罪に問われかねない。これではもはや”生き”ているだけで、”活き”ているのでは決してない。筆者は「生きる」よりも「活きる」方を選びたい。

そこでこんな迷惑な結果にならないよう次のような遺言書を残すことにした。もちろん異論があることは覚悟の上だし、本人死後のことだから守られなくともやむを得ない。

1)病気・事故などにより脳死状態、認知症などで通常の判断ができない、その他回復不能の病気にかかった場合、余分な延命処置、治療は一切不要のこと。とくに「胃ろう」だけは絶対ご免である。
2)死体処理は、法律上必要なことのみに限る。
3)寺、僧侶に関わる費用は使わない。葬儀、読経、戒名、祭壇など不要。焼場直行の直葬も可。(戒名がないと「三途の川」を渡れないと真剣にいう人がいた、、)

念のために申し添えるが、金が惜しくて言うのではない。死者も含めて既に死んだも同然の人に金を使うべきではなく、金は”活きている人”にこそ使うべきなのである。(完)

2012年06月02日

◆納得できない

渡邊 好造


1)原発事故に派生して節電が騒がれている。この夏昼間の家庭用エアコンストップ、交通機関のダイヤ間引き運転、エスカレーター・エレベーターのストップ、パチンコ屋の禁止、等々いろいろな施策が提案されている。

しかし、忘れていることはないか。日本国中にあるテレビ局の節電はどうなっている。局の廊下は照明が落とされ暗くなっているらしいが、そんなことではない。

いわゆる以前のアナログ・テレビ局は約110局あり、それがそのまま地上デジタル局として、どの局も同じ出来事、芸能ニュース、お笑い番組、韓国ドラマ、金環日食などを報じ、目新しさはほとんどない。

局数を半分以下にする、放送時間を3分の1にするなどテレビ局は自らの身を切る提唱をなぜしないのか。BSデジタル放送だけで十分ではないか。オイルショックの頃、NHKテレビは午前0時に日章旗をバックに君が代を流し、放送をストップしていた。今回、民放局にそんな様子は全くみられない。

2)東北大震災の後始末で数多くのボランテイアの滅私奉公が報じられ涙が出る思いだったし、全国国民にしっかりした絆があると確信した。

ところが、ガレキ処理となると引き受けた県や地区はごく僅かである。ガレキを引き受けるかどうかの全国どこの説明会の場も、放射能が国基準のはるか下でも語気鋭く声をはり上げて反対していた。

全国から数多くのボランテイアが応援していると錯覚させたマスメデイアの過剰報道でしかなく、大多数はあの災害を他人事だと思っているのではないか。

3)死刑囚ばかりがなぜ増える。現在120人以上の死刑が確定し収監され、執行を待っているらしい。冤罪が心配で執行を法務大臣がためらって命じないためもあるという。一人の死刑囚にかかる費用は年2千万円、もったいない話である。

かといって死刑廃止論は、国民の80%が反対だそうな。この種のことは国民の意見で決めることではなく、施政者の信念で推し進めるものである。世界の死刑廃止国は、国民の総意できめたところはまずないという。

米軍基地の設置、原発の継続、他国が日本に戦争を仕掛けてきてこれに応戦するかどうか、これらは全て政権政府の独断と偏見の最終判断が決め手で、国民の意見をのんびり聞いて決めることではないし、そんな余裕はない。

その意味では、日本国中の反対運動に直面しながら、結果の良し悪しはともかく日米安保条約を締結した元首相・岸信介の信念は今思えば”すごい”の一言につきる。

4)年収5千万円もあるお笑い芸人が母親に生活保護費を受取らせていた。週刊誌で報じられ大事になったらしく、けしからん話だと思う。生活保護費受給者約209万、支給額12〜13万円で医療費は無料とのこと。こんなインチキは他にもあふれているらしい。公金横領罪で告訴するべきではないか。袋叩きあったこの芸人はしばらく仕事が無くなり、その母親とともにまた生活保護者におちぶれるだろう。

とはいえ、国会でわざわざ追求する事象ではない。小沢一郎の隠し金4億円の出所を明らかにすることの方が先ではないか。証拠の有無に関係なく実に不愉快だ。小沢が有罪になるなら増税大賛成、、。 

3)伊丹空港を関西空港に吸収し、廃港にする案が出てきた。地元は廃港に大反対らしい。しかし、伊丹の代わりに関空を造ったのではなかったか。

伊丹の住民は、空港の騒音などその弊害をやり玉にあげ移転ができないならと、いろんな要求をした。道路の拡充、二重窓、エアコンの取り付け、免税などなどである。ところが、いざ伊丹廃港となると反対とはどういうことか。これまで受けた恩典は今まで通り継続とは言わないだろうな。
(完) 

2012年05月07日

◆定年後の生活をどう過ごす

渡邊 好造


週刊新潮4月26日号で作家・渡辺淳一氏の連載エッセイ”あとの祭り”で、「定年まで勤めあげてから」を読んだ。

日本が高齢者社会となり、当の高齢者たちはどんな生活をしているのか、東京世田谷区が「65歳以上の高齢者10万人について平成22年に調査」した結果を取り上げている。

それによると、「ほとんど家で過ごす」が42、5%、「自分の部屋の中」が3、6%などなど、一日中自宅の敷地内で過ごし一歩も家を離れない人が72、4%に達した。これは特に男性により高率で、男ははっきりとした目的がないと外に出かけないせいだとかだとなっている。

そこで思い出したのは筆者が60歳前、現役で仕事に精を出していた頃だから、17〜18年位前の同じ週刊新潮”ビジネス・TEMPO”の記事だった。

「定年後に妻から言われてドキッと胸刺す一言」というもので、今井総合研究所が定年後2年、57〜65歳、大手から中堅会社で部課長クラス、年収は800〜1400万円の人たちを対象とした結果である。

1位から順に10位までを紹介すると下記の通り。
1)これから仕事どうするの
2)何か趣味はないの
3)どうして三度も食事するの
4)誰かと旅行にいったら
5)子供たちの結婚相手身近にいないの
6)義母(義父)の面倒どうするの
7)ゴロゴロ寝てテレビばかり見ないで
8)残っているローンの返済どうするの
9)退職金の一部何に使ったの
10)散歩でもしたら

1〜4位までは家に亭主がいない方がいいということ。定年まで仕事一筋できて急に趣味を持てとか、食事を三度もするなと言われても、、、。誰かと旅行しろという前に何故一緒にと言わない、、などなど。亭主にすればつい逆らいたくなるまさに「ドキッと胸刺す一言」ばかりである。

しかし当時の筆者は、健康そのものでどんなに遅く帰宅しても翌日は定刻出社、子会社の社長だったから定年後もしばらくは保障されている、趣味はゴルフ・小型船舶免許でエンジン付きボートによる釣り・投網による河川漁・昆虫採集など、ローンはなし、子供は既に独立といった具合で妻に嫌味を言われることはなかった。だから、この記事は全く他人事だった。

ところが、親会社はバブルの崩壊もあって経営が行き詰り、子会社の社長業務も終了、それでもしばらくは原稿作成の仕事が続いたものの、健康自慢の体は年齢とともに無理が効かない。医者からのお達しもあり、体力のいる趣味は程々にすることにした。

今では時折の医者通い、メルマガの投稿、京都市老人優待パスを利用した近辺のウィンドウ・ショッピングが中心で、納屋にはゴルフ道具、釣り道具、エンジン付きボートなどの不用品が山積みである。
「週刊新潮の嫌味な記事」が全身にのしかかっている。(完)


2012年04月12日

◆戦争終了前後の悪夢 

渡邊 好造


先日、NHKテレビの特別番組で「太平洋戦争時のアメリカ軍B29爆撃機による東京大空襲の惨状」の記録フイルムを放送していた。1944年の11月〜45年3月にわたる100回以上の猛爆で東京は惨たる有様となった。

死者8万人の大半が民間人で、原爆の死者30万人とをあわせ考えると、アメリカ・ニューヨークビルへの飛行機突入で被害者約5千人(一部気の毒な日本人もいたが)を出した9.11事件について、アメリカ人に非難する資格は全くないと改めて指摘したい。

筆者が育った大阪にも1945年3月頃に大空襲にあったが、直前まで住んでいた大阪市都島区から市内の南端の東住吉区に移転し被害を免れた。しかしここでも300メートル近くまで空爆を受けたが、幸い被害はなかった。

当時、電気は通じていたものの、明るくするとそれを目当てに爆撃されるとして、裸電球に黒い布を被せて戸外に明かりが漏れないようにしていた。空襲警報のサイレンがなると真夜中でもたたき起こされ、防空壕に避難しなければならない。

自宅に風呂はなく銭湯に行くのだが、日が暮れると街燈がなく真っ暗。各家の壁に20センチ幅の白いペンキが一直線に塗られていて、それを目印に家に帰る。ところどころの壁に”3人の日本兵士が銃剣を構えているポスター”が貼ってあり、「鬼畜米英撃滅」と、大書してあったのが今でも記憶に残っている。

戦局が悪くなり本土爆撃が増えてきたため、小学校(国民学校)3〜6年生の子供は、戦争被害を避けるため、都会から田舎へ”集団”疎開または親戚などに”個人”疎開するかを強制選択させられた。

筆者は1年生だったが、叔父夫婦が住む泉北の信太山(現・大阪府堺市の南、関西空港はさらに南)に預けられた。

信太山地区は、周りの殆んどが田圃か田畑で住宅はひとかたまりだった。住宅周辺の1メートル程の水路にはきれいな水が流れ、水藻の間にドジョウが一杯泳いでいたし、小川にはフナ、モロコが手網があれば捕り放題。しかし、これを食べようという習慣はなかった。

田舎だったから大きな敷地に大量の鶏を飼育し、鶏の卵に不自由はなかったものの、鶏の食べるエサの水草やイナゴやバッタを捕獲するのには苦労させられた。家の中のドアを開けたら、ヘビが目の前にドサツというのも何回か。

叔父は会社員だったから食糧不足で、疎開時の思い出はとにかく空腹であったこと。ジャガイモやサツマイモの掘り起こされたあとに残る小さなカケラを小川の石でこすって皮をむき生でかじったり、鶏のエサ用にとらえたイナゴの長い足だけとって食べたこともある。生きたイナゴは甘い味で美味かった記憶がある。

この頃、世の中にこんな美味い物があるのかと思ったのが実は砂糖だった。今思えば馬鹿みたいな話。

天皇陛下の終戦の詔勅は1945年 8月15日。叔父の家のラジオで近所の人たち15名程が集まって聞き入っていた。何もわからない筆者が、周りをウロウロして厳しく叱られた。

戦後間もなく大阪市東住吉区の小学校に戻った。教科書は半分以上が黒く塗りつぶされ何が書いてあるか意味が全く解らない。

当時のおやつは「サツマイモの飴」や「干しバナナ」。甘い飴や本物のバナナがどんなに食べたかったか。今や4本のバナナがたった100円。信じられない。

東住吉区の小学校の運動場には木製の飛行機が残されていた。大阪市都島に近い淀川の河川敷・城北公園にあったのと同じカムフラージュ用ニセモノである。

講堂の屋上には2メートル四方、高さ1メートルの鉄柵があり入れないようにしてあったが、その真下には天皇陛下の写真(御影)が格納され、その上を踏みつけないように してあったのである。卒業までこの柵は残ったままだった。

食糧難はその後何年か続き、親父のお供でサツマイモや米を買いに信太山や岸和田あたりまで行ったりもした。現金は通用せず着物や骨とう品の品物との交換が原則。農家では「こんなもので米はわたせんな〜」といわれる。

せっかく手に入れたヤミ米(戦後もしばらく米は配給制度)を食糧管理法違反で臨検の警察官に没収されたこともあった。親父の情けない顔を思い出す。警察官は取上げた米を仲間内で食べていたと聞いたことがある。真偽は不明。

ところで、今、福島原発の事故で電力事情が大いに問題視されているが、その電気に関して、云々。

戦後の一時期、我が家の電気使用料金は”定額契約”で計量器は付いてなかった(他軒のことはわからない)。各部屋で使用する電灯などのワット数が決められ、それ以上に勝手に使ってはいけない。

そのため違反を摘発する電力会社の検査員が不意にやってきて、有無を言わせず家の中に上り込み、”違反があるに違いない”といった態度でくまなく調べて回る。もし電熱器などを内緒で使っていたりすれば高額の罰金を取られる。今なら大問題になるに違いないプライバシーもへったくれもない、強引な行為であった。

先ごろ東京電力が「この4月の料金値上げに応じないと電気を止める」と発表していたが、この時の東電会長の傍若無人で傲慢な態度は、古い昔の電力会社検査員に共通したものを感じた。(完)

2012年03月22日

◆日本のテレビ局 

渡邊 好造


日本には数多くのテレビ局がある。47都道府県全てにNHK以外に2〜3局あり、筆者の住む関西地区ではBS放送以外に地上デジタル局だけでも10局が放送している。

ところが、その放送内容たるや実にお粗末極まりない。果してこんなに多くのテレビ局が必要なのか。
特に昼間の番組は酷い。とっくの昔に亡くなった俳優が主人公のドラマの再放送、韓国から安く輸入したドラマなどが多い。

2時間にわたる報道番組だと思って期待してスイッチを入れると、そのうちの約半分以上を占めるのが「自称靈脳師に騙され、持ち金の殆んどを巻き上げられた女漫才師の話」、「芸能人同士の男女がやることをやった結果、腹に子供ができたので仕方なく結婚する話」、「60歳の爺が40歳も年下の女性と結婚した話」、あとは「東日本大震災のガレキがいっこうに片付かない話」ばかり。

どこか1局が代表して放送すればいいことで、いっそ交代で放送をやめれば電気代の節約にもなるのに、、、。

さらに夜のゴールデンアワーの番組はこれまた酷い。吉本興業や松竹芸能のギャラの安いお笑いタレント総動員である。東日本大震災の直後しばらくは目障りな善意の押しつけのような”AC(公共広告機構)”に乗っ取られて、お笑い番組を自粛していた時期もあった。

元のおちゃらけ番組全盛に戻るのに1クール(3か月)もかからなかった。ひな壇に並んだお笑いタレントが、司会者に誘導されたテーマに対して、”眼をむいて大口開けて立ち上がり、指さしながらスゴーイの一言”、無理やり笑いと驚きを強制する。ただそれだけの内容でしかない。

東日本大震災の前後でテレビコマーシヤルスポンサーに少し変化がみられた。以前は、小口金融会社(消費者金融)、パチンコ機器メーカー、育毛・かつらなどの薄毛対策、化粧品、生命保険、通信販売などが中心であった。

ところが、最近ほとんど消えたのが”小口金融会社”の広告で、貸出金利の上限規制(20%)により、これまでに払った過払い金利の返還請求が続発し、経営が成り立たなくなったのである。テレビコマーシヤルや交通広告などを大々的に展開し返還請求の可能な客集めをしているのが司法書士事務所(一部の弁護士事務所)である。過払い利息請求業務の手数料は上限いくらと決められていないから一説によるとボロ儲けだそうな。


利息の過払い請求で思わぬ金を受取った消費者は、貸金業界の不良債務者リストに載るからまともな借金は今後当分できないことに気づいていない。

いったん客が納得して払った貸金の利息(従来は29、2%)が高すぎたとして、代理人(司法書士など)が客に代わって払いすぎた利息分を業者から法律(最高裁判決)をたてに遡って無理やり取り立てる。かろうじて倒産を免れた貸金業者はそんな客に2度と金を貸すわけがない。

その他、最近目立つテレビスポンサーは、男性よりも女性対象の薄毛対策、老人向け保険、安い自動車保険、化粧品、通信販売といったところであろうか。

テレビ局にとっての通信販売は、大幅に割引しないと通常では販売できない腐った時間帯で割増料金をとれるというから、大変おいしい対象業種なのである。

ところで、近頃ACのコマーシヤルにとんとお目にかからなくなった。震災直後は「お互いに助け合おう」、「困った人を助けよう」、「絆を大切にしよう」とあれほど言っていたのに、、。ガレキ処理の進まない今こそ多少の放射能などは大丈夫だからとして、全国の善意をあおる時期ではないか。

ついでながら、ACは善意の多くの企業から年会費を徴収して運営している。筆者がある会社の経営を担当していたとき年会費は8万円、無駄の排除で直ちに脱会した記憶がある。現在の年会費は12万円と聞く。

日本全国の会社は160万社(?)、そのうち1%がACに加盟したとしても、約20億円の金がうなっているはず。ACは全国に向けてガレキ撤去キャンペーンに今こそ一役買うべしである。ここにも多くの天下りがはびこっているのだろうか、、。(完)
 

2012年02月27日

◆違和感を感じさせる15章

渡邊 好造

                                                                                                〜テレビ・新聞報道や身近に発生することで違和感を感じさせる15章〜

1)大震災などに遭遇した際にすぐにでも逃げ込める頑丈な4人家族用のカプセルがあるらしい。津波、地震、火災にもビクともせず、約10日間の食糧、日常必需品も完備され、購入価格は2千万円位。突発時に素早くそのカプセルに中に逃げ込んだとして、10日目に無事出てきたあと、周りに何にもない下界で生活できるのだろうか。

2)最近あまり聞かなくなったが、体に良い効果があるとして”ラジュウム温泉”という銭湯が日本のあちこちにあった。肩こり解消のためのゲルマニュウムというのもある。ラジュウム、ゲルマニュームは放射能の一種で有害ではないのか。セシュウムとどう違うのか。

3)福島の原発事故についてテレビのインタビューを受けている避難男性。この男性、放射能の今後の不安を滔々と述べながら、タバコをプカプカふかしていた。放射能よりニコチンの有害性を強調する学者も多い。

4)東日本大震災や福島原発事故で発生した大量のガレキの処理が行き詰っている。東京都はいち早く受け入れたが、その他の地域は拒否しているようだ。震災発生当時は日本国全体で支援するはずではなかったか。いざ我が身に降りかかってくるとこんな結果になる。京都でも大文字焼きに福島の木材を使うとなって反対運動が起きていた。

5)我が家の近くのコンビニが売り上げ不振で閉店し、跡地に葬儀場が開設されるとして大反対運動が起っている。駐車スペースは10台位、茶色一色の平屋建。今流行の家族葬や友人知人のお別れ会に使われる会場で、遺体を焼くわけではないから煙も臭いも発生しない。反対理由は住宅地にそぐわない、地価が下落するというもの。みんないずれはお世話になるところなのに、、。

6)1945年(昭和20年)アメリカは広島と長崎に原子爆弾を投下した。まさに放射能の塊といえる。あれから67年、放射能など何処かに置き忘れ、記念碑だけの大都市に発展している。この時の原爆放射能と今回の福島原発事故での放射能との違いはあるのだろうか。どこがどう違うのだろうか。

7)飲料水自動販売機には、「緊急災害時対応型販売機」と表示されているものが多い。非常時には無料で取り出せるらしい。しかし、一人1個ずつ良心的に取り出してていくだろうか。日本人全員がそんなに秩序正しく、良心的だろうか。

8)内閣支持率、政党支持率、タレントの人気度、あるいはテレビの視聴率などいろいろな統計結果が新聞・テレビで取上げられることが多い。内閣支持と不支持率は明らかに差があり別格として、結果の評価についてわずか1〜2パーセントの差をとやかく云々するのはどうか。

調査対象者はせいぜい2千サンプル。調査誤差があることを忘れてはいないか。仮に、東京都区部人口を対象にしたとして、2千サンプル位では±5%の誤差をみておくのが統計学の常識であろう。

9)車のナンバーは最近希望どおり好みのものが選べるらしい。そのせいか「111」、「222」、「1234」、「1818」(いやいや)、「3939」(さんきゅう、さんきゅう)といった覚えやすいものが目立つ。

珍しいこんなナンバーを選び自慢したい気持ちも分らないではない。しかし、こんなナンバーだとなにか法律違反や悪事をして逃げる時にたちまち覚えられて不利なのではないか。そんなことを考える奴にこそ違和感ありか、、、。

10)車メーカーは次々と燃費がよく新性能を備えた便利で素晴らしい車を発表する。しかし、昔からいっこうに進化しないのが雨天の時に稼働させる”ワイパー”である。車だけではない。新型高性能の飛行機も未だに”ワイパー”は同じのようだ。

11)フィギュアスケートの大会で、選手の演技が終るとたくさんの花束やプレゼントがリンクに投げ入れられる。あの品々にはプレゼント者の名前が記されているのだろうか。そうでないとすれば何のために高額の品を、、、。ファン心理は理解できない。ひょっとして選手自身が金を出して投げ入れるようにしたヤラセなのか。

12)日本の国歌、国旗に敬意を示さない学校教師に罰則を科す、というのが橋下大阪市長。この不可解な教師たちは日本が嫌いなのか、国歌、国旗は不要というのか、自分たちの好みに合わないのか。好みに合わないのなら、好みにあう独自の案を出せばいい。


そういえば、韓国や中国が日本憎しで日本の国旗に火をつけ、踏みつけにしている光景をテレビ・ニュースでよくみるが日本人で腹を立てる人がどれだけいるか。君が代、日章旗が日本人にとって神聖なものだと教育された記憶はない。

13)原発事故のせいで盛んに節電を叫ぶが、それならテレビ局を半分に減らせば一番手っ取り早い。関西地区の地上デジタル放送局だけでも10局以上もある。それも毒にも薬にもならないお笑い番組か、韓国ドラマが満載。

14)インフルエンザが今大流行。帰宅したらウガイ、手洗いの励行を徹底し部屋の温度、湿度にも気配りしないといけない。そこで、温度計と湿度計が左右に備わった計器を買うことにした。

デパートの売り場の一角にはいろんなメーカーのものが並べられていた。ところがどの計器も温度表示は一定だが、湿度はバラバラで一定しない。展示された湿度表示の平均値のものにしたが、湿度計はあまり当てにならないようだ。

15)沖縄・仲井真知事は訪問してきた担当大臣に対して「普天間基地は、都会の真ん中にあるのです、、、」と言っていた。ちょっと待て 。普天間基地ができるまでは周りは雑木林だった。その後従業員が住む住宅が建ち、基地を目当てにしたいろんな人びとが住みついて、基地のあとから都会ができたのだ。

米軍基地を県外 に移転し、騒音も危険もなくなったとして基地を目当てに生活している人に今後どう対処するのだろう。そういえば、沖縄住民の基地賛成派と反対派の割合を見たことがない。本当に反対派が大勢を占めているのか。(完)

<山科だより・寄稿者>  (評論家)