2014年01月07日

◆「生きる」よりも「活きる」を選ぶ

渡邊 好造


新聞の有名人の死亡記事をみると、死因とともについ目をひくのはその年齢である。わが身に比べて長生きされたかどうか気になるのは、筆者だけだろうか。

最近、死を迎えるのは80%以上が病院だそうだ。今では昔のように自宅であらゆる手を尽くした後残念な結果になることはまずないといってよい。それも数年前までは、患者が例え意識を失い眠った状態でも血管から点滴で栄養分を送り、かなりの期間生きながらえることができた。

しかし、これにも限界があり血管が詰まったり、どうしても栄養分が足りなくなりいつまでも生きながらえるという訳にはいかなかった。

そこに今度は「胃ろう(胃瘻)」という新しい治療法が開発された。この治療法は、小説家・渡辺淳一氏の週刊誌連載エッセイでも取上げておられたが、意識のなくなった患者の胃に栄養分タップリの流動食を直接送り込む。

したがって、意識はなくとも患者は延々と長生きできることになる。筆者かかりつけの内科医によると、「やってみますか」と勧める病院も増えているという。

点滴だったら精々3〜4年が限界だったのが、それ以上に症状が変らないまま長生きできるらしい。医学上目覚ましい進歩には違いない。患者の家族にとって大喜びのこともあろうが、当然のことだが治療費は計り知れない。

かといって途中で「胃ろう」を打ち切ってくれとは言えない。それを言うと”もう殺してくれ”となり、殺人罪に問われかねない。これではもはや”生き”ているだけで、”活き”ているのでは決してない。

筆者は「生きる」よりも「活きる」方を選びたい。

そこでこんな迷惑な結果にならないよう次のような遺言書を残すことにした。もちろん異論があることは覚悟の上だし、本人死後のことだから守られなくともやむを得ない。

1) 病気・事故などにより脳死状態、認知症などで通常の判断ができない、その他回復不能の病気にかかった場合、余分な延命処置、治療は一切不要のこと。とくに「胃ろう」だけは絶対ご免である。
2) 死体処理は、法律上必要なことのみに限る。
3) 寺、僧侶に関わる費用は使わない。葬儀、読経、戒名、祭壇など不要。焼場直行の直葬も可。(戒名がないと「三途の川」を渡れないと真剣にいう人がいた、、)

念のために申し添えるが、金が惜しくて言うのではない。死者も含めて既に死んだも同然の人に金を使うべきではなく、金は”活きている人”にこそ使うべきなのである。(再掲)

<主宰者より:渡邊好造氏は体調を壊されて、寄稿も出来ない状況だと伺っていますが、どうか、今年は健康してお過ごしになり、寄稿が出来るように丈夫になって頂くよう心から祈念致します・(2014.01.08)>


2013年01月13日

◆絶滅危惧種の動物

渡邊 好造


胃の調子が悪く、かかりつけの内科医の紹介で近くの京都・山科区の病院に行った。

まず検査前の問診のため診察室に入り、目の前のパソコンの画面をふと見ると写っているのは、患者のデータではなく数種類の昆虫である。甲虫類が中心で「先生、昆虫採集が趣味ですか?」と、筆者も小学生時代からの虫マニアなので思わず話しかけた。

先生はえらいところを見られたという顔をしながら画面を消そうとするので、「ここに写っている虫の名前はほとんど知っています。山科疏水道にいる種類もいますね。全部見せて下さい、、」といったことから、診察は後回しでひとしきり昆虫談義になった。

最近の医者は患者よりもパソコンの画面ばかり見ているので、初めての先生の顔はまず覚えていないがこの時ばかりは違った。医者にも昆虫マニアは結構多い、とのこと、、。

先生曰く『山科には桜並木が多いからタマムシが一杯いただろう、、、。それにしても昔に比べると虫の種類がどんどん減っていくのは残念なことだ。環境変化は昆虫だけでなくあらゆる動物に悪影響をもたらしている』、などと話はしばらくはずんだ。

肝心の診察結果は軽い胃潰瘍で大したことはなかった。

筆者の専門分野だったカミキリムシは、日本全国に6百種ほどいたらしいが、今では百種も残っていないのではないか。トンボも見なくなった。辺りが薄暗くなると餌の蚊を狙って空に群がっていた。その蚊が少なくなればトンボも減る。

住宅地の周りにいたイタチ、こうもり、ガマ蛙(イボ蛙)なども見なくなった。

日本人大好物の鰻まで絶滅危惧種になりかけている。大阪南部の大和川には鰻の子”シラスウナギ”が砂を掘るとウジャウジャ泳いでいたが、日本一の汚染川になり魚どころではなくなった。

河川の汚染は生活排水の垂れ流しが最大要因だが、なかでも合成洗剤の泡の影響が大きい。河川に溢れかえる泡を見て、いち早くその害に気付いた京都のメーカーが泡なし洗剤を製品化しようとしたが、汚れが落ちない気がするという消費者の調査結果から数年後まで製品化しなかった。

最近は河川の浄化が進んではいるがまだまだ元には戻らない。
ツキノワグマが民家近くへ出没し、人が襲われ殺されたり大けがをさせられるなどの被害も環境変化によるものだ。餌となるドングリが木々の伐採で少なくなり人家に下りてくるらしい。

結果は、山に戻されることなく殆んど射殺されている。最近、熊の被害が無いのは寒くなって冬眠しているだけのこと。同じことがまた繰り返されるに違いない。

人間は勝手なもので、数が減ってくると絶滅危惧種の動物に指定してあわてて保護策をとり始める。ツキノワグマも今のように殺していたら絶滅寸前になるに違いない。歌手・宇多田ひかるは大の熊好きで同じことを言っていたらしい。

コウノトリやトキなどを懸命に保護し絶滅を防ごうとしているが、もはや遅すぎて無駄なことに金を使っている気がしてならない。どんな動物でも個体数が2百以下になると絶滅は避けられないという。

近親交配で抵抗力がなくなり病気になりやすく子孫が増えない。保護するならまだ間に合う動物が一杯いるはずだ。

我が国の動物園では、ジャイアントパンダ一頭の年間借用料として中国に8千万円とか1億円を払っているらしいが、その金を日本の動物保護と環境保護にまわせばいいのに、、。パンダならレッサーパンダでも十分可愛いし、世界中にはもっと安くて珍しい動物は一杯いるではないか。

なお、筆者がこの10年ほどで採集した山科疏水道の昆虫は、昔のように捕虫網で追い掛け回したのではなく、鳥や蟻に食い尽くされる寸前の死骸ばかりである。(完)

2012年12月23日

◆創業時は行列のできた貸金業界

渡邊 好造
 

小口貸金業界、いわゆるサラ金業界は銀行に母屋を乗っ取られかっての隆盛はない。まるで悪魔の業種のように思っている人もいるだろうが、創業当時は現在重宝されている携帯電話に匹敵する位の歓迎ぶりだった。

昭和39(1964)年頃のスタート時、出資法の上限金利・年109.5%(日歩30銭))の高率だった。日歩30銭とは、100円借りると1日の利息が30銭、仮に1万円を1年間借りたままにしておくと元利合計2万950円になる。利息制限法の上限金利20%(日歩約5.5銭)には違反するが罰則はなかった。

こんな超高金利なのに創業時は利用者が行列をつくった。新聞・週刊誌で便利で画期的な業種と持て囃され、テレビで支払金額表が紹介されたこともある。業界の宣伝文句は”1万円を借りて利息は煙草1箱の1日30円”。

大繁盛の秘密は銀行など従来の金融機関が目を向けなかった個人(特にサラリーマン)を対象に小口貸付を始めたことにある。

唯一頼りになるのは質屋ぐらい。銀行に借入れを申込むと担保・保証人・印鑑証明を要求されたが、この業界はそれに代わる無形の返済能力基準を設定して急成長した。借金の後ろめたさもその一つ。

主なターゲットにしたサラリーマンに印鑑証明を求めても「なんだそれ、、」「そんな面倒な、、」との答えが返ってくる。その頃印鑑登録している人はごく限られていて、すぐに証明のとれるのは既に借金漬けの可能性があるとみて貸さなかった。

さらに、客が必要とする金を”現金の救急車”と称して勤務先や自宅までわざわざ配達した。客にとってのメリットはなんといってもその便利さにあり、常連客には希望する所へ現金を届ける。

ある大手広告代理店の営業部長から 「麻雀屋にいるので○○万円を届けてくれ」との電話があり、直ちに茶封筒に現金を入れ『部長、書類が出来ましたので持ってきました』として手渡す。麻雀の負けにみせた取引先担当者への裏金であった。借用書は翌日会社に出向いて受取る。

現金の配達は業者側にもメリットがあった。勤務先だと客の在籍確認ができ地位や仕事の内容・雰囲気から信用度がつかめる。まず受付嬢と親しくなること、、。

自宅配達なら、玄関の履物の整理具合で几帳面な人かどうかを見分け、当時の高級家具だった冷蔵庫・洗濯機・テレビなどがあるかどうかで生活程度を確認する。入居基準の厳しかった公社・公団住宅の居住者なら、お上の収入審査終了済みの保証付優良客とみた。そのため”団地金融”とも言われた。

当時の貸付金額は、一人精々1〜2万円の少額で、期間も1〜2か月、決して無理な貸付けはしなかった。

しかし、業者がもっとも困ったのは貸付資金で、客がいても手持ちの金が足りない。社員の給料を一時的に返却、株券で支給、水商売のオネーサンの投資、などなどあらゆる手をつくして賄った。

その人気と儲けぶりに目を付けたのが既存の金融機関の都市銀行や保険会社である。世間の目やプライドもあって自ら高利の貸付けをするわけにはいかないし、貸付け・回収のノウハウもない。

そこで、いくつもの子会社を迂回させて融資し、ついでに自社の定年退職者を役員として多数天下りさせた。

結果、資金が豊富になり低金利での貸付競争が激化した。より以上の利益を上げるため、1社一人あたりの融資金額を50〜100万円、あるいはそれ以上にまで拡大し、期間も1〜2年の長期にした。

金額・件数の情報機関をつくり多重・多額債務者を防ごうとしたが、情報が行き渡らない短時間に数社をまわる客がいたり、業者側もこれ位ならと高額融資することもあった。

そのうち借金を返すための借金をする者が出たりして家計は破綻、当然取立ても厳しくせざるを得ない。行方不明者や自殺者が出るなど大きな社会問題に発展した。

上限金利は法律でも段階的に下げられ平成12('00)年に29.2%(日歩8銭)になったが、収入に関係なく借りまくる者が後を絶たなかった。

そこで、平成22('10)年に新貸金業法が施行され、貸付上限金利20%以下、貸付金額は収入の3分の1以下に規制された。業者の儲けは大きく減り、さらなる致命傷は法規制前に貸付けた20%以上の金利分を遡って返却せよ、との最高裁の判決が下ったことである。

この計算不能の巨額の過払い金利返還請求で業界最大手の武富士は倒産、多くの業者が廃業または銀行の傘下に入った。

創業当時あれほどもてはやされ、時代の寵児として大繁盛だった貸金業界は、都市銀行・生命保険会社などの既存の大手金融会社に利用され踏みつけにされたあげくに、世論と法律の呪縛で崩壊してしまった。

今では、過払い金利返還請求で思わぬ金を得たために貸付禁止のブラックリスト入りした客、総量規制で必要金額不足の客(銀行が貸さない零細企業経営者ら)が、法律無視のヤミ金融の餌食にされ問題化し始めている。また新たな法改正が検討されている。(完)

2012年11月23日

◆息子の嫁が単行本2作目を上梓

渡邊 好造


メルマガ”百家争鳴”に筆者の原稿を時折掲載頂くようになってからもうすぐ4年になる。しかし、本誌の他の執筆者のように文筆業が本職ではなく、これまで文章を書くことはあっても、市場調査報告書作成や勤務する会社の社長・役員のゴーストライターに徹していたから、本名が出ることはまずなかった。

本名を出したのは本誌が最初で、それまで息子が筆者の文章を見たことはないはずである。反対に我が息子の作文を読んだのは、小学校の「、、、僕は天才だ、、」だけだったように記憶する。

自分で天才と称する奴に碌な奴はいない、という印象だった。それ以後多忙にかまけて文章指導などしたことはない。

その後、息子は本誌主宰・毛馬一三氏と同じ早稲田大学を卒業し、以来東京の大手出版社の雑誌編集を担当している。今では筆者の文章や仮名遣いなどの間違いを指摘してくる。これも我がDNAをいつの間にか受け継いでいるのかと思っていた。

ところが、そうではない事態が起こった。息子の1歳下の嫁・渡辺淳子が、平成21(2009)年"小説宝石(光文社)"第3回新人賞を受賞したのである。選考委員の角田光代氏、藤沢周氏をも唸らせたという。若い男女の結婚観を描いた『父と私と結婚と』である。

息子の嫁で血縁関係がないのだから、これでは筆者のDNAとは無縁だ。

単行本の1冊目はタイトル『もじゃもじゃ』が平成23(2011)年4月に発刊され、受賞作も収録された。
さらに、このほど11月に、「2冊目」の単行本・『結婚家族』が上梓された。

書評家・吉田伸子氏によると、”結婚にまつわるドラマを描いた7編からなる短編集だが、デビュー作と同じくカッコ良くない登場人物がなんとも愛おしい。個人的なイチ押しは「くされ縁」。切なさと可笑しさが絶妙、、”とのこと。酸いも甘いもしょっぱいも!結婚をめぐる七つのドラマに泣き笑い!!、とも添えられている

嫁は滋賀県生まれ、看護師として病院等の勤務が本職で、漫画家になろうと思ったこともあるらしく、イラストも描いている。実家の父は筆者と同じサラリーマンだった。

文才はDNAが関係したのではなく、"類を以って集まる"というだけのことになろうか。
是非とも「2冊目」の単行本・『結婚家族』を、ご一読のほどを。(定価1575円、光文社刊)       (完)

2012年11月19日

◆貸金業界は今どうなっている

渡邊 好造


京都市山科区の路上に「”取り立て”ブドウ販売中」の幟が立てられていた。ブドウなら”採れたて”であって、”取り立て”は借金取りではないか、なんて独り言を言いながら、かって20年近く勤めた貸金業界の現状はどうなっているのか、とふと思いを巡らせた。

本誌主宰・毛馬一三氏から平成6(1994)年に、貸金業界、いわゆるサラ金業界の内情についての原稿依頼を受け、その年の3月発刊の隔月刊誌"JUPITER"創刊号から6号まで、ペンネーム・山科封児で連載したことにも思い至った。

この原稿執筆の前年にサラ金業界が相次いで株式店頭上場するまでに至り、悪鬼の如く言われていたのが好イメージに一変した。

昭和39(1964)年頃に雨後の筍のように誕生し、あまりの高金利によるボロ儲けと取り立ての厳しさなどから”サラ金、ばい菌、コレラ菌”とまで揶揄されていた。それがその後30年、平成に入って好転したのは、当局の厳しい取り締まりと、良心的な業者の自主規制の成果である。

この時、株式店頭上場にいち早くこぎ着けたのはプロミス、アコム、三洋信販、武富士、アイフルなど業界大手各社である。

筆者の所属していたレイクは当初こそ業界のリーダー格だったが、バブルのはじけとともに平成5(1993)年に創業社長が株式投資で2千6百億円もの損金を出し、倒産は免れたものの上場どころか銀行管理になってしまった。

"JUPITER"誌から執筆依頼を受けた平成6年は、損金発生の余波で筆者が子会社・(株)アルトマン(結婚情報サービス業で月1千万円の赤字)の解散整理業務の社長として東京に単身赴任させられていた真っ最中だった。夢は業界が大成し、上場株で億単位の大儲けをするはずが見事に崩れた。

「会社整理なら他に適任者はいくらでもいるのに何故そんな仕事を私が、、、」の質問に対して、「幹部社員はみんな若いし、150名もの社員を解雇し、多数の会員を納得させ、マスコミを黙らせるのに適任者はいない。まして低利の融資の見返りに定年後に派遣された銀行・生保の当社役員方にそんな”汚れ役”はさせられない」と返された。

子会社の整理業務は3年で終了し、その間本体レイクは銀行管理からアメリカの乗っ取り商法で悪名高いGEグループに転売されていた。

レイクも名前だけ残り、その後各社隆盛を極めた貸金業界だが、平成22(2010)年施行の新貸金業法で一変してしまった。利息制限法上限20パーセント以下の金利規制、一人あたりの貸金総額は年収の3分の1以下(情報登録義務あり)の総量規制、おまけにこれまでに借入客が支払った金利分を遡って返却せよとなった。

おかげで、武富士は倒産、上場廃止のプロミスをはじめ生き残ったアコム、レイクなど社名はそのままでも実態は銀行管理であり、銀行内でもどうやら一番のお荷物になっているらしい。

儲けたのは過払い金利分返却業務を請け負った税理士(と一部の弁護士)で、手数料の上限規定はない。ただし、思わぬ返却金を手にした消費者は「コード71」なる業者の貸付禁止者に登録されるので、その後借金癖のある者は悪どいヤミ金業者を頼りにせざるをえず、その被害が出始めているという。

悪玉業界の見本のように言われた16万社にのぼる業界をなんとか正業にしようと、良識ある業者約150社が昭和44(1969)年に設立したのが、任意団体「日本消費者金融協会(略称・JCFA)」であった。この協会の発行する雑誌"CREDIT AGE"は385号(2012年11・12月合併号)にまで達したが、現在の加盟社はわずか21社に減っている。

世の中のイメージの高低評価は常に変化する。筆者の学卒当時の花形は大手銀行であったが今や見る影もない。家電業界も大赤字を出し、各業界の凋落例は枚挙に遑がない。政治も経済も先を読むのは難しい。(完)

2012年11月05日

◆高齢者の運転講習 

渡邊 好造


運転免許更新のため高齢者講習を受けた。”講習予備検査・認知機能検査”という。70歳を超えると無事故無違反ゴールド免許でも3年毎に更新しなければならない。

受講は最寄りの自動車教習所に電話で申し込み予約する。所定の日午前9時集合の15分前には受講者6名が全員集合し控室で待っていた。隣合わせの人から「何処からいらっしゃいました、普段何をしておられますか、講習料6千円は高いですね」などと話しかけられ、「この教習所に近い接骨医に毎日通い、腰の治療を受けています」といったたわいのない話をしているうちに講習が始まった。話し相手の人は別グループとなりその後顔を合わせることはなかった。

記憶力・反応力のテスト、運転実習まできっちり3時間を要し、改めて何かにつけて衰えているのを実感させられた。老人事故は最近増えているという。アクセルとブレーキの踏み間違いでコンビニに突っ込んだり、屋上の駐車場から落ちたり、高速道路の逆走など。

現にこの講習中でも同乗した受講者の一人は、試験場とはいえ信号が赤でもお構いなし、脱輪、車庫のポールに当たる、指示器は出さない、終わってもサイドブレーキは掛けないなど無茶苦茶な人もいた。それでも合格、わが身もこのまま運転を続けるかどうか、どこかでケジメが必要だと感じた次第。

その3日後、いつもの接骨医に行き診察カードを提出すると、受付の女性が「最近、自動車教習所に行かれましたか」と聞いてきた。「やはりあなたでしたか。隣合わせだったのは私の父なんです」と言うではないか。名乗ったわけでもないし、接骨医なら周辺にいくらでもある。私の話の受け答えや態度、特徴のある杖とカバンを持っていたのが印象的だったようで、その人は何気なくその日の様子を家族に話したらしい。

それを聞いた彼女はすぐに気付いという。なにしろ昨年12月からこの7月までほぼ毎日通院していたのだから、印象的だったのだろう。偶然とはいえ出会いとは面白いものだと思った。

ところで、18〜30歳前後の若い人の交通事故も目立つ。京都亀岡・未成年の無免許・居眠り運転による死傷事故、京都祇園での30歳男の暴走死傷事故、定員5人なのに7人も乗った若者の転落死傷事故など、、。なかでも京都祇園の事故は、私の隣家のご主人が経営する老舗・京小物専門店(創業慶応元年=1865年)の店先であっただけに特に印象深い。

高齢者の特別講習もさりながら、彼らのように車の危険さを分っていない25歳までの連中にも2年周期、さらに30歳までは高齢者と同じ3年周期で講習を受けさせる必要があるのではないか。

暴論覚悟でいうのだが、20歳前後の若者だけの男女4〜5人の死亡事故の報道があると(深夜に多い)、よくぞ誰も巻き添えにせず死んでくれた、それも数が多いほどよかったと思う。こんな連中がもしこのまま生きていたら、関係のない多くの他人を死に追いやるもっと大きな事故を起こすに違いない、とそんな想像をしてしまうからである(完)

2012年10月31日

◆「いじめ」とその報道

渡邊 好造


「いじめ」について話題が沸騰している。50〜60年前も「いじめ」はあったのだろうか。幸いにしてそんな目にあったことはないし、当時は問題になったこともない。まして自殺者がいるとは思いもしなかった。

記憶にあるのは、教師による生徒「いじめ」というべきか、小学生の時に学芸大学(今の教育大学)卒業したての新米教師に5人並べて拳で殴られたこと、中学生の時に坊主頭のもみあげの毛を摘まみ上げられたことを覚えている。

殴られたのは痛かったし、もみあげの毛を摘まれると痛い上に泣くつもりはないのに自然と涙が出てくる。何故こんなことをされたのかまったく覚えていないが、その時殴った教師は「まだ先生の教えが解らんのか!」、もみあげの毛を摘まみ上げた教師は「痛いやろ泣け泣け!」と叫んでいたのが今も耳に残っている。体罰禁止の現在では考えられないが、当時は教師に逆らうと損だということを肝に銘じた。

今では、小学校教員室で教師が人差し指でデコを小突いたところ、その小学生はポケットに隠し持った携帯電話から教育委員会に直ちに「体罰を受けています」と訴えたそうな。
「いじめ」の根幹はこうした体罰禁止で生徒にとって怖いものなしになったこともひとつの要因ではないか。

教師は、生徒の母親など父兄には頭が上がらない。自分たちよりはるかに高学歴で、知識もあり弁もたつ者が多いせいらしい。これでは生徒は教師を怖いとも思わないし、指導に従うはずがない。

「いじめ」による自殺にはもう一つ原因があるように思う。それは”少子化”である。昔は兄弟姉妹5人、6人というのは当たり前で、その中で食事、遊び、衣類などで競い合い、時には喧嘩もして成長していった。もちろん腕力も強くなり、精神的にも少々のことではくじけることはなかった。それが現在ではどの家庭も1〜2人の子供が競い合うこともなく独立した部屋を与えられ、家族が顔を合わせるのは食事の時だけ。

ところが学校ではちょっとしたことで弱みを見せると徹底して攻められる。少子化のため反抗の術を会得していない子は落ち込んでしまい、「いじめ」から自殺にまで追い込まれているのではないか。
「いじめ」は昨年1年間で7万件とか。隠れ「いじめ」はもっと多いだろう。「いじめ」とは何なのかもいまひとつよく分らない。

さらに年少者の犯罪報道のあり方である。
例えば滋賀県大津市の「いじめ」について、新聞では”大津市立中学生”とあるが、週刊誌では”大津市立「皇子山」中学生”とはっきり書かれている 。なぜこうも違いが出るのか。

インターネットでは中学名どころか、自殺した生徒名はもちろんのこと加害者3名の氏名、住所、電話番号、両親の氏名・勤務先、それぞれ顔写真まで掲載されている。堪らず加害者の家族は京都市内に移転し、転校したら、その住所・電話番号、学校名がまた出ている。とことん追い掛け回す変な奴がいるものだ。

何が真実か分らない要領を得ない説明しかしない学校、教育委員会、それにPTAの会長でもある加害者の母親が、保護者会で「うちの子を加害者扱いして自殺でもしたらどうしてくれるのですか」と叫んでいたのがテレビ放映されていた。いったいどうなっているのか。教育関係者は「いじめ」をなんとかなかったことにしたい、加害者側には「いじめ」の意識がない。

報道のあり方に問題はないだろうか。綿密な検証もせず、被害者は”善”、加害者は”悪”といった一方的な言い分だけを聞かされているような気がする。(完)

2012年10月28日

◆世界遺産になれない京都

渡邊 好造


住いが京都だと言うと、『いいですね〜。観光名所で世界遺産ですよね』と羨ましがられることがある。京都は確かにいい町だし、風情の良く似た「小京都」に指定された都市が日本全国に52もある。しかし、京都が世界遺産というのは間違いである。

京都の世界遺産は17か所あるが、京都の府内・市内はそこらの雑然とした当たり前の都市と変わることはない。

世界遺産は、”古都京都の文化財”の名称で平成6(1994)年に認定された古来の個々の建築物なのである。( )内は所在地。

1・上加茂神社(北区) 2・鹿苑寺=金閣(北区) 3・下鴨神社(左京区) 4・慈照寺=銀閣(左京区) 5・竜安寺(左京区) 6・延暦寺(左京区、大津市) 7・二条城(中京区) 8・清水寺(東山区) 9・西本願寺(下京区) 10・東寺(南区) 11・天龍寺(右京区) 12・仁和寺(右京区) 13・高山寺(右京区) 14・西芳寺=苔寺(西京区)
 15・醍醐寺(宇治市) 16・平等院(宇治市) 17・宇治上神社(宇治市)

このように、京都の世界遺産はいずれも建築物であって京都全体のいわゆる都市が対象なのではない。

世界都市遺産に指定されているヨーロッパの例などをみると、町全体の建物の形、高さ、色などが全て統一され、電柱・電線・広告看板など全くなく、見渡す限り見事に整然としている。そこに人が住んでいるのに見た目は生活臭もない。

それに比べて、京都には歴史的に由緒があり見ごたえのある建物はいくつもあるが、その周りは電柱が林立し、電線が張り巡らされ、建物は高さも色も見事に不揃いである。おまけに、大小色とりどりの広告看板が所狭しと並んでいる。これでは世界都市遺産に指定されることはありえ
ない。

それでも東山連峰など山の上から京都を俯瞰すればほっとさせられる景観だし、世界遺産に指定された17の建築物は一見の価値は十分である。

許せないのは昭和34(1959)年に建設された”京都タワー”である。それまでは、「東寺の五重塔」の54.8メートルを高さ制限とするのが不文律であった。

当時の京都市の人口131万人にあわせ、京都を照らす灯台をイメージした、高さ131メートルのタワー建設の計画が持ち上がる。当然のことながら景観を損ねるとする反対派と、近代建築で新たな観光客を呼び寄せようとの魂胆に利権もからんだ賛成派とが対立した。

しかし、土台の9階建てビルは31メートルの建築物だが、その上のコンクリート製100メートルのタワーは工作物だとの詭弁を弄して完成させてしまった。

JR京都駅北側に降り立った人は目の前の古都京都には相応しくない白い異様なタワーに驚かされる。

フランス・パリには”エッフェル塔”があるじゃないかという人もいるが、1889(明治22)年のパリ万博にあわせて高くて堅牢な鉄鋼のPRを目的にしたものである。

昭和30年以降になって目新しくもないコンクリートを自慢しても価値はない。日本最初のコンクリート製の橋が明治時代に造られ、京都・山科疏水に現存している。

平成19(2007)年に新たな厳しい京都市新景観条例を制定し、建物の高さ31メートル、世界遺産周辺は10メートルに制限し、建物のデザイン、広告看板の規制も厳しくした。

将来は電柱・電線を地下に埋める計画もある、とのこと。そんな夢のようなことは誰も信じない。”京都タワー”を今更倒すはずもない。

時すでに遅しで、京都が世界都市遺産に推挙されることはありえない。NHKテレビ「京都ニュース」のエンデイングの夜景のバックに、ライトアップされた不気味に聳える”京都タワー”を視る度に腹立たしい思いがする。(完)


2012年08月04日

◆「オスプレイ」「原発再稼働」大歓迎

渡邊 好造


「オスプレイ」も「原発再稼働」も、ロンドン・オリンピックで消し飛んだ感じがある。呑気にオリンピックが楽しめるのもこの2つのお蔭、、、。また彼らが文句を言い始める前に一言。

1)「オスプレイ」は素晴らしい飛行機だ。飛行可能距離など、どこから見ても最高の究極の戦闘機ではないか。岩国に陸揚げされた状況をみて、こんなによくできた飛行機を知らなかったのは驚きだ。垂直上昇し、上空でプロペラを移動させて前に進むのだけでもすごいと思った。

貨物船から降ろすとき、翼が機体に平行にされ場所を取らないようになっていたことから見ても、目に見えないところに科学の粋が結集されているに違いない。これでは余程の訓練を積まないと、操縦も難しいのではないか。

開発後10数年たつらしいが、機体の不備より操縦士の訓練不足と戸惑いが心配される。墜落事故が他の戦闘機より多いと言われるのはそのせいではないか。

この飛行機が沖縄に配備されれば、中国・北朝鮮などが日本を攻めて来ても絶対に撃退できる。「オスプレイ」の墜落事故でまず気の毒なのは、パイロットである。

普天間基地は都会の真ん中だというが、基地ができた時は周りは何にもない森であって、基地ができてから住宅が密集し始めたのである。電車のガード下に住んで音がうるさい、危険だというのと同じだ。それに、飛行地域を制限すれば都会の住宅地に落ちるとは限らないし、落ちたとしても理屈の通らない変な2国に攻め殺される数よりは少ないはずだ。

「オスプレイ」は、垂直離着陸できる高性能な戦闘機だから、基地・自衛隊・アメリカみんな嫌いの沖縄本土を避けて、狭い”尖閣諸島”に少し手を入れれば配備できるのではないか。”オスプレイ配備反対”を叫ぶ前に、こんな優秀な武器を持ち込んでくれたアメリカに感謝すべしだろう。

プラカードとシュプレヒコールだけ恰好つけたコスプレ大会のような配備反対デモでは、なんの効果もない。1960年に元総理・岸信介が断行した安保改定の時のデモは、来日したアメリカ大統領を追い帰したし、警察を襲撃し、国会内にもなだれ込んだ。

それでも岸は安保改定を強行し、そのおかげで多くの日本の若者は戦死しなくてすんだのだ。国の将来を決定する権限は首相である最高責任者の手の内にあり、一般大衆には選挙以外何の権限もなく、余程の覚悟を持ってかからないと、意味がない。このことを認識すべきある。

2)「原発再稼働反対」を叫んでいるが、原発なしで今から本当に生活できるのか。今のところ家庭や工場だけの停電で、病院などライフラインは例外だというが、だんだんエスカレートしてそんな簡単にことが済むわけがない。

原発を再稼働させないと、電気代が上がるだけでなく、長時間の停電も覚悟しないといけない。信号が消えて交通事故は多発し死者続出、病院の治療はストップし手術はできない、輸血や透析治療などの対応はとんでもない、重病人は死ぬしかないかもしれないのだ。

冷蔵庫の食べ物は腐り食中毒多発、それこそ想像できないような事態になるだろう。テレビ局は自家発電機があるから大丈夫だと呑気なことをいうが、その分発電機を持たない中小企業に電気を回せと言いたくなる。必ず大変な事態になるのは目に見えている。日本の経済はギリシャ以上の破滅状態と同じになるに違いない。

昨年の東北大震災のような大災害がまた起きる確率は極めて低いし、放射能漏れも人災である。それを考えると、「安全性」をきちんと確保して、原発再稼働に踏み切るのが日本の将来につながる。日本の製造業界を配慮することが、日本の経済を強化していくことに繋がることも明らかだ。その方が、日本の国力と国民生活を守る上で必須条件に間違いはなく、得策に決まっている。

「若者の先は長いのだ、年寄りは後がないからそんな呑気なことを、、、」という人もいるだろう。

しかしこの先1年であろうが、60年だろうが安全で、しかも安定社会で生きていたいのは同じである。年齢に関係なく今まで通り充実し、かつ安定した生活をしたいことに変りはない。

「原発再稼働反対運動」をしている連中も、ノンビリ電車に乗ってきたではないか。(完)

2012年07月21日

◆虚業家と化した政治家 

渡邊 好造


筆者が最初に就職したのは、今から遡ること51年前の昭和36年(1961年)、ある中堅広告代理店の調査部だった。

仕事は市場調査を実施し、報告書にまとめる。そのかたわら会社が発行するPR用の広告専門誌の編集も担当した。こちらの方はすぐには執筆させてもらえず、大学やテレビ局の知名人に原稿を依頼し、催促し受取りにいくことで、いわば使い走りであった。当時はファクスもない時代で、面倒でもわざわざ受け取りにいく必要があった。

その代り執筆者のご高説を伺うこともでき、後々の仕事に大いに役立った。なかでも今もご存命の国立大学の先生から教わったいくつかのアドバイスは今も脳裏から離れない。そのうちの印象的なことを、、。

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<世の中の仕事には、「実業と虚業」の世界があるという。今では”虚業”という言葉は当たり前だが、当時は目新しかった。

言うまでもなく、「実業」とは農業・工業・商業・水産業など生産、経済に関する事業で、そうした事業に携わる人を実業家と称した。これに対して「虚業」とは、実業をもじった語で堅実でない、実を伴わない事業のこと。実務を伴わずただ権利譲渡などを目的とする名義だけの仕事に携わる人が虚業家である。

例えば、銀行などの金融業、証券の売買を主業務とする証券業、生命・傷害などを対象とした保険業、”物書き”ともいわれる評論家、広告代理店業も、その範疇に入る。>

さらに氏が強調されたのは、<「虚業の”物書き”として多少とも一目置かれるようになるには、常識的なことを言っていては駄目だ。世間で常識になっていることをまず否定してかかること。その否定の根拠を3つ以上あげればなるほどと納得させられる。このポイントを思いつかなければそれ以上論ずるのを諦めればいい。虚業家に徹している限り、多少の論点のミスはまず追求されることはなく、間違っていても許される。

しかし、実業家として生きようとするならこれは通用しない、今何が求められ、何をしなければならないかを真剣に考え、実行しなければならない。会社経営者・役員(虚業であっても)、公務員、教師、政治家などに間違いは許されない」という。>

いささか強引な論法であることは、言うまでもない。

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かく言う筆者も今やリタイヤしたものの虚業家の一員として勝手なことを放言してきたことは認めざるを得ない。とはいえ、先輩大先生のこれらの言葉を思い出しながら、ふと思い至ったのは今の政治家の有様である。

国の行く末を左右する政治家は、「実業家であって虚業家」であってはならない。世間受けすることだけの選挙民に媚びるだけの言葉では意味がない。何が何でも実行する責任感が求められる。

ところが、最近の政治家の発言は、どれも世間受けする虚業の評論家のそれと同じであることが多い。

まずその筆頭は”鳩山由紀夫”。選挙スローガンに「政治を科学する」、首相に就任するや「歴史を変えるのはわくわくする」、「日本の歴史が変わると思うと身震いする」として何をするのかと思っていたら、そのあととんでもないことを言い出した。

沖縄普天間米軍基地を「最低でも県外」、アメリカ大統領に「トラスト・ミー」、あげくに「あれはリップサービス」とのたまい、日米関係を悪化させ、沖縄県民を馬鹿にした。

”菅直人”は、独裁と反文明主義を賛美、自衛隊の指揮監督権が自らにあることも知らず、元財務大臣でありながら経済知識ゼロの発言を繰り返した。

”小沢一郎”は、心の片隅にも持ち合わせない「国民の生活が第一」などという変な名前の党をつくった。隠し金4億円の仕入れ先も説明しないで、国民の生活が第一とは聞いてあきれる。

虚業家の見本のような政治家として見落としてはならないのは、”橋下徹”大阪市長である。

この人は非現実的なプロパガンダをぶち上げて人びとを一旦喜ばせ、同時に社会不安を煽り、あたかも既成権力を解体するかのような錯覚を起こさせている。

教員の質の相対評価が低ければ分限免職にするとの条例案、水道局の民営化、大飯原発再稼働の政府案に対して倒閣宣言、「大阪都」構想実現の法案が成立すれば、大阪維新の会は国政進出しない、などなど大きな主張は、見事に撤回してしまった。

逆に、大阪市民として真面目に納税を果たしてきた今の高齢者に対し、「恩恵」として大阪市が心からの優遇策として永年試みてきた「敬老パス」を有料化するという高齢者いじめ。更には癌検診の廃止、文楽や交響楽団など文化事業への補助金打ち切りといった、チマチマとしたお題目の「節約」を断行する腹だ。

「節約」したかったら、利用していない見事な大川沿いの「市長公邸」、水道局のプール付の「研修所」など、無駄な市の施設を処分すべきではないか。

まず、高齢者いじめや文化振興の阻害なごを、国政を目指す首長がすすんでやることではあるまい。

この他、虚業家と化した政治家はまだまだいる。その見本が月刊誌「新潮45」7月号に掲載された”落選させたい政治家12人”ではないか。

この覧で取り上げた4人以外に、輿石東、田中直紀、原口一博、小宮山洋子、枝野幸男、福島瑞穂、石原伸晃、小泉進次郎ら、虚業家と化した政治家がずらりと並べられている。興味のある方はそちらの記事でどうぞ。(完)

2012年07月07日

◆「道州制を狙え!」橋下市長

渡邊 好造


「大阪都構想」の特別区実現を目指した橋下徹大阪市長が、喜んでいるという。

民主党、自民党、公明党、みんなの党、国民新党の5つの党が、「大阪都構想」を実現するための法案の一本化に向けて6日、実務者が詰めの協議を行い、最終的に合意したからだ。

この構想実現のための新法案を巡って、民主・自民・公明・みんなの・国民新の5党は、これまで協議の結果では、道府県の名称変更を設けない方針を確認していた。それが、一転して「合意」になったのはなぜか。維新の会の動きに気を配った所為なのか。

だが、よく考えてみると、大阪市と大阪府の二重行政の廃止、財源の一本化を目指して「大阪都」を設置すると大きく打ち出したのに、中味はなぜか大阪市とその隣りの堺市だけだ。これでは単なる市町村合併に過ぎないではないか。少なくとも大阪府全体が含まれると思ったのに、全く当てが外れた。

橋下氏は今も人気絶頂のようだが、知事・市長の成果に期待して投票した人たちの間では、市町村合併、公務員の削減と給与カット、組合への圧力、文楽・交響楽団など文化事業への補助金中止、公営交通の民営化、敬老パスの有料化などには、疑問や批判が出始めている。

しかもこれらでいくらか市財政にゆとりができたにしても、有権者たちはそんなことでは満足しないだろう。
橋下市長の最終的な目標は、「大阪都」構想を基礎にして全国の道州制を完成させることではなかっのたか。

「大阪都」についてさらに言うなら、周辺の兵庫・和歌山・奈良・滋賀、なかでも京都など近畿全体をなぜ巻き込まなかったのか。

京都は”都”を東京にさらわれた恨みを明治以来受け継いできている。東京に対抗する住民気質は今でも大阪以上であり、その証が、天皇が永年住んだ御所、いずれも全国最初となる水力発電所の開設(琵琶湖疏水で水をひいた)、市電の運行、小学校の開校などの例がある。

いずれにしろ、この狭い日本国土に47もの道府県は多すぎる。北海道・東北・関東・中部・北陸・近畿・中国・四国・九州に知事が一人いれば十分である。今の道府県は、明治維新の折に各地の大名の領地をそのままにしてその殿様を知事に抜擢し、無理やり平定した名残でしかない。

沖縄の知事ごときに基地問題・新型ヘリコプター配備のことで、一国の防衛大臣に向かって「反対です。基地を閉鎖します。事故の責任は誰がとるのですか」などと、あんな偉そうな口のきき方をさせてはならない。国防の責任は全て国政がとるのが当たり前で、沖縄に中国・北朝鮮が攻めてきてその被害の責任は、知事がとるのか。

ちなみに、全国に47の道府県の他、市が783、町が811、村が193(平成20年10月版全国市町村要覧)もあり、1千8百超の豪華な庁舎に”長”が君臨している。

道州制にして知事は9人だけ、残りの38知事全員は市長に、市長は区長などに降格させ、8百〜2千前後の少ない得票数で居座る町村長とそこにぶら下がる議員は全員辞めてもらう。国会も参院は廃止、衆院議員数は100程度で十分だと考えられる。

橋下市長が今のような小手先の政策で満足していたら、4年先はないと覚悟するべし。ぜひとも大きな「道州制」を狙うべきだ。

ところがそんな壮大な計画はあまり見えない。期待し過ぎで,所詮は無理なんだろうなあ〜。(完)

2012年06月23日

◆「生きる」よりも「活きる」を選ぶ

渡邊 好造


新聞の有名人の死亡記事をみると、死因とともについ目をひくのはその年齢である。わが身に比べて長生きされたかどうか気になるのは筆者だけだろうか。

最近、死を迎えるのは80%以上が病院だそうである。今では昔のように自宅であらゆる手を尽くした後残念な結果になることはまずないといってよい。それも数年前までは、患者が例え意識を失い眠った状態でも血管から点滴で栄養分を送り、かなりの期間生きながらえることができた。

しかし、これにも限界があり血管が詰まったり、どうしても栄養分が足りなくなりいつまでも生きながらえるという訳にはいかなかった。

そこに今度は「胃ろう(胃瘻)」という新しい治療法が開発された。この治療法は、小説家・渡辺淳一氏の週刊誌連載エッセイでも取上げておられたが、意識のなくなった患者の胃に栄養分タップリの流動食を直接送り込む。したがって、意識はなくとも患者は延々と長生きできることになる。筆者かかりつけの内科医によると、「やってみますか」と勧める病院も増えているという。

点滴だったら精々3〜4年が限界だったのが、それ以上に症状が変らないまま長生きできるらしい。医学上目覚ましい進歩には違いない。患者の家族にとって大喜びのこともあろうが、当然のことだが治療費は計り知れない。

かといって途中で「胃ろう」を打ち切ってくれとは言えない。それを言うと”もう殺してくれ”となり、殺人罪に問われかねない。これではもはや”生き”ているだけで、”活き”ているのでは決してない。筆者は「生きる」よりも「活きる」方を選びたい。

そこでこんな迷惑な結果にならないよう次のような遺言書を残すことにした。もちろん異論があることは覚悟の上だし、本人死後のことだから守られなくともやむを得ない。

1)病気・事故などにより脳死状態、認知症などで通常の判断ができない、その他回復不能の病気にかかった場合、余分な延命処置、治療は一切不要のこと。とくに「胃ろう」だけは絶対ご免である。
2)死体処理は、法律上必要なことのみに限る。
3)寺、僧侶に関わる費用は使わない。葬儀、読経、戒名、祭壇など不要。焼場直行の直葬も可。(戒名がないと「三途の川」を渡れないと真剣にいう人がいた、、)

念のために申し添えるが、金が惜しくて言うのではない。死者も含めて既に死んだも同然の人に金を使うべきではなく、金は”活きている人”にこそ使うべきなのである。(完)

2012年06月02日

◆納得できない

渡邊 好造


1)原発事故に派生して節電が騒がれている。この夏昼間の家庭用エアコンストップ、交通機関のダイヤ間引き運転、エスカレーター・エレベーターのストップ、パチンコ屋の禁止、等々いろいろな施策が提案されている。

しかし、忘れていることはないか。日本国中にあるテレビ局の節電はどうなっている。局の廊下は照明が落とされ暗くなっているらしいが、そんなことではない。

いわゆる以前のアナログ・テレビ局は約110局あり、それがそのまま地上デジタル局として、どの局も同じ出来事、芸能ニュース、お笑い番組、韓国ドラマ、金環日食などを報じ、目新しさはほとんどない。

局数を半分以下にする、放送時間を3分の1にするなどテレビ局は自らの身を切る提唱をなぜしないのか。BSデジタル放送だけで十分ではないか。オイルショックの頃、NHKテレビは午前0時に日章旗をバックに君が代を流し、放送をストップしていた。今回、民放局にそんな様子は全くみられない。

2)東北大震災の後始末で数多くのボランテイアの滅私奉公が報じられ涙が出る思いだったし、全国国民にしっかりした絆があると確信した。

ところが、ガレキ処理となると引き受けた県や地区はごく僅かである。ガレキを引き受けるかどうかの全国どこの説明会の場も、放射能が国基準のはるか下でも語気鋭く声をはり上げて反対していた。

全国から数多くのボランテイアが応援していると錯覚させたマスメデイアの過剰報道でしかなく、大多数はあの災害を他人事だと思っているのではないか。

3)死刑囚ばかりがなぜ増える。現在120人以上の死刑が確定し収監され、執行を待っているらしい。冤罪が心配で執行を法務大臣がためらって命じないためもあるという。一人の死刑囚にかかる費用は年2千万円、もったいない話である。

かといって死刑廃止論は、国民の80%が反対だそうな。この種のことは国民の意見で決めることではなく、施政者の信念で推し進めるものである。世界の死刑廃止国は、国民の総意できめたところはまずないという。

米軍基地の設置、原発の継続、他国が日本に戦争を仕掛けてきてこれに応戦するかどうか、これらは全て政権政府の独断と偏見の最終判断が決め手で、国民の意見をのんびり聞いて決めることではないし、そんな余裕はない。

その意味では、日本国中の反対運動に直面しながら、結果の良し悪しはともかく日米安保条約を締結した元首相・岸信介の信念は今思えば”すごい”の一言につきる。

4)年収5千万円もあるお笑い芸人が母親に生活保護費を受取らせていた。週刊誌で報じられ大事になったらしく、けしからん話だと思う。生活保護費受給者約209万、支給額12〜13万円で医療費は無料とのこと。こんなインチキは他にもあふれているらしい。公金横領罪で告訴するべきではないか。袋叩きあったこの芸人はしばらく仕事が無くなり、その母親とともにまた生活保護者におちぶれるだろう。

とはいえ、国会でわざわざ追求する事象ではない。小沢一郎の隠し金4億円の出所を明らかにすることの方が先ではないか。証拠の有無に関係なく実に不愉快だ。小沢が有罪になるなら増税大賛成、、。 

3)伊丹空港を関西空港に吸収し、廃港にする案が出てきた。地元は廃港に大反対らしい。しかし、伊丹の代わりに関空を造ったのではなかったか。

伊丹の住民は、空港の騒音などその弊害をやり玉にあげ移転ができないならと、いろんな要求をした。道路の拡充、二重窓、エアコンの取り付け、免税などなどである。ところが、いざ伊丹廃港となると反対とはどういうことか。これまで受けた恩典は今まで通り継続とは言わないだろうな。
(完)