2008年09月19日
◆金総書記重病情報の真贋
石岡 荘十
北朝鮮金総書記の「重病説」を疑わせる2本の記事を、9/17の産経新聞が掲載している。
その1.
国際欄(7面)。「私はこう見る」でのデイリーNK、ソン・グァンジュ編集局長(談)。
<金総書記は病床にあっても、意識がある限り自ら指示を出して北朝鮮を統治するだろう。寝たきり状態でも、伝達者を通して「私の名でやれ」と命令を下すことが出来る>(後略)。
その2.
同欄の(ソウル時事)。「金正男氏、平壌から北京へ」
<金総書記の長男、正男氏が7月ごろから平壌に滞在していたが、先週半ば居住先の北京に戻ったと韓国聯合ニュースが報じた。正男氏が北京に戻ったことで、重病説が出ている金総書記の容態が好転したとの見方が出ている>
まず、脳卒中で倒れたとされているが、グァンジュ編集局長のいう<病床にあっても、意識がある状態>とはどのようなケースか。
よく知られているのが長嶋茂雄さんのような場合だ。長嶋さんは、心臓の不具合(心房細動)で出来た血栓(血の塊)が脳に飛んで、脳の血管を詰まらせた脳梗塞、正確には「心原性脳塞栓」だと発表されている。
金総書記は心臓手術の経験があるという報道もある。とすると、心臓手術の経験者は心房細動を発症しやすい。これは医学的な定説である。
心臓手術(僧帽弁置換)経験のある橋本龍太郎元首相がそうだったと疑われている。
ただ、細い脳の血管が詰まったからといって、詰まったところから川下の組織がトタンに死んでしまうわけではなく、脳の血管は健気にも、じっと暫くの間、血流の再開を待っている。
血栓溶解剤(t-PA)を3時間以内に注射すれば劇的に血流は回復する。血栓がごく小さな場合、何かの拍子で自然に解消することもある。高齢になると時々頭が一瞬、ふらっとしたり、物が二重に見えたりするけど、すぐ治ることもある。
こんな場合にも後遺症も残らない。つまり脳卒中といっても詰まった血管の場所、障害を受けた血管の太さ、血栓の大きさ、治療のタイミング、治療法などによって予後が大きく左右される。
報じられたように<病床にあっても、意識がある>とすれば、金総書記は、<容態が好転した>のではなく、じつははじめから軽い症状だった。
「重症」と報道されてしまったのは“悪役”の金総書記の健康状態ことだから「重症であってほしい」という、特に西側の願望が「軽症」を「重症」に仕立て上げてしまった、とも考えられる。
だから、長男で後継者の一人に擬せられている正男氏は「たいしたことじゃない」と判断して北京に帰った、と読めないことはない。
そうだとすると、「ときどき起こる痙攣」というこれまでの報道の信憑性は薄くなる。既報の通り、痙攣は脳腫瘍の合併症であり、この場合の治療法としてまず考えられるのは、頭蓋骨を切り開く、リスクの高い開頭手術である。
中国から医師団が呼ばれ治療医当たっているといわれる。そんな父親を残して後継者のひとりである長男が北京に帰ってしまうというのは、いかにも不自然だ。
そこで、正男氏が北京に帰ることの出来る症状とはどんな状態か。想定してみる。
脳卒中はまず間違いないだろう。が、長嶋さんがそうだったように、意識はある。しかしある程度の言語障害がある。流暢にという訳にはいかないがどうにか意思の伝達はできる。
長嶋さんは懸命のリハビリで公の席に姿を見せるまでに回復したが、テレビの報道で「声」が放送されたことはない。ということは、彼の輝かしいイメージからいって、まだ「聞くに堪えない話し方」しかできない段階なのかも知れない。
同じように、金総書記は明瞭な言語を発するには至ってないし、回復は相当困難だが、寝たきりになってもある程度<自ら指示を出す>ことは出来ていると考えることも出来る。
報道された長嶋さんの筆跡がいかにもつたないのは、利き腕の右腕をやられ、左手で書いたためだ。金総書記がやられたのは脳の右側、つまり左半身に障害が残ったとすれば、言語に障害があっても、筆談による指示は可能だ。
金総書記重病のこれまでの情報は断片的で、日本に伝えられているものは、中国、米国、韓国経由のものがほとんどだ。伝聞といってもいいものばかりで、日本が独自のルートで入手したナマの情報は皆無といっていいだろう。
したがって、情報の真贋についても上記3国の情報を頼りに推測するしかないのだが、現役時代に教わった「情報の読み方」を思い出してみると、多くの情報機関がそうしているように、不確かなものであっても、公になった噂を些細な知識を動員して注意深く読めば、情報の矛盾点を明らかにし、真実に近づくことは出来る。
金総書記の健康情報をどう読むかは周辺国の利害、外交戦略に大きな影響を及ぼす。20080917 (いしおか そうじゅう氏はジャーナリスト)
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