川原俊明(弁護士)
麻生太郎総理大臣が、首相官邸で開いた全国知事会議で、「医者は、社会的常識がかなり欠落している人が多い」と発言したことが、物議を醸しています。
麻生総理は、マンガ世代の単純な人なので、以前から、自分の思っていることを、ストレートに表現するタイプの政治家でした。
あとで、表面的にいくら弁明しようとも、彼の発言は、心の底から正しいと確信しているはずです。麻生総理に言わせれば、私たち弁護士を含む法律家も、非常識な専門バカなのでしょう。
一般論として、麻生総理は正直なのかもしれません。おそらく、麻生総理の次の非難は、弁護士にも向けられるかもしれません。でも、他人を非難する前に、政治家そのものに、非常識な人間の多いことを棚上げしてはなりません。 政治家は、あくまで国民一人一人の代弁者として選ばれたに過ぎません。
選ばれたエリートではないのです。
それを勘違いし、議員バッチをつけたとたん、人間が変わる人がいるのはどうしてなのでしょう。 政治家は、国民の代弁者にすぎないことを自覚するならば、国民の総意を反映した発言をすべきでしょう。
国政の長たるもの、「選ばれた」ことの意味を勘違いして発言したり行動すべきではありません。麻生総理は、知事会議の直後に出席した全日本私立幼稚園PTA連合会全国大会でも 、場違いな発言をしました。「しつけるべきは子どもじゃなく母親だ」と。
人の発言は、TPO(Time(時間)、Place(場所)、Occasion(場合) )をわきまえる必要があります。 ましてや社会の長たるもの、そのわきまえがないと、失格です。このことは、個人の表現の自由とは別次元の問題なのです。
そのいい例が、航空自衛隊の田母神(たもがみ)俊雄幕僚長の、「日本は侵略国家でない」との論文を書いたことで更迭となったことです。
仮に、田母神(たもがみ)俊雄幕僚長の意見が正しいとしても、自衛隊の文民統制を標榜する民主主義国家日本では、制服組が、歴史批判を受け入れている内閣の姿勢を踏み越えて発言してはならないのです。その分別ができないようでは、世の中の長たる資格はありません。
麻生総理の発言は、政治家の長としては、明らかに失格です。(完)
2008年11月22日
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