2010年01月03日

◆立法の怠慢(2)

石岡 荘十

医療関係者が今すぐ立法化してほしいと願っている法律のうち、前回は延命治療に関わる法の整備について検証した。今回は、ワクチン関連の法律の不備について考える。

新型インフルエンザのあの騒ぎの中で明らかになった問題点のひとつは、ワクチン関連の法律の不備である。欧米では確立している「無過失補償と免責制度」が日本には無い。

ワクチンは誰かのミスがなくとも、一定の確率で健康被害が起こる。しかし「接種をするかどうかは自分で決める、つまり任意接種だから何かがあっても患者の責任」というのが厚労省の考え方である。

費用(7000〜8000円)も自己負担である。お金のない人には別途、所得によって無料または実費負担分を援助するというけちけちぶりである。

日本では万が一副作用が起きたとき、ことと次第によっては、製薬会社や医師が訴えられ、高額な賠償を請求されるかもしれない。

これに対して欧米では「無過失補償と免責制度」がある。

・無過失補償制度(4000〜5000万円)は、過失がなければ被害者への補償を行う制度
 
・無過失免責補償制度は、製薬会社に対しても過失がなければ責任を問わない

という制度である。患者は、「補償を受けたら訴訟は起こせない、訴訟をおこしたら補償は受けられない」。この2つがセットになった制度が確立している。

米国やフランスでは、ほとんどの人が訴訟より無過失補償を選択するという。このうち米国の場合、補償の原資はワクチン1本につき、75セントを上乗せした基金と税金をこれに充てている。

日本には、任意接種の場合、医薬品副作用救済制度により救済されるが、被害補償は障害年金として年間300万円未満に過ぎない。メーカーや医師の責任を問わない免責を補償する法律はない。

「文句があったら勝手に訴訟でも何でも起こしなさい」と突き放しているようなものだ。ついでに言うと、医療訴訟で原告が勝訴する割合は40%前後(一般民事事件は85%前後)で、訴える方も訴えられる方も膨大な時間と労力を覚悟しなくてはならない。

こんなことだから、日本がワクチンを輸入しようとしても、海外メーカーからすると、万一副作用が出たりすると、高額な損害補償を求められるかもしれない日本には、ワクチン売りたくないとびびって、売り渋る騒ぎとなった。これがワクチン輸入の最大の障害となった。

そこで、厚労省は海外メーカーが患者から訴訟を起こされた場合、訴訟費用や損害賠償金を日本政府が肩代わりするという苦肉の策を考え出し、やっと輸入に漕ぎつける始末である。

米国でも接種を受けるかどうかの判断は、勿論、個々人に任されている(任意接種)が、オバマ大統領が自らテレビに出演し、「ワクチン接種を推奨(recommend)する」という声明を発表している。

ということは、万が一、副作用の被害が出た場合、国がその補償に責任を持つ約束をしたと考えていいだろう。接種は無料である。

日米のこの違いはどこから来るのか。

日本では新型インフルエンザは個人の病気だと捉えている。かかったのは運が悪かったのだ、と。対して欧米では社会が新型の感染症で病んで危機に瀕している。放置すれば、社会的な混乱を招き、経済的にも重大な損失をもたらすおそれがある。国民から政治的に責任を問われかねない。ワクチン接種は国家の危機管理の問題である。したがって高度な政
治判断が必要だ、と考えられている。

米国で無過失補償+免責制度ができたのは1988年のことだった。それ以来、ワクチン価格、供給とも安定し、新たなワクチンの開発が進んだといわれる。日本のワクチン行政は20年遅れをとっていることになる。

結核はエジプトのミイラからも発見されている、人類と一番付き合いの長い感染症である。結核ワクチンについての研究をはじめ近代疫学は19世紀から20世紀にかけて花開いた。

ワクチンは、現代医学が開発した、感染症予防に最も有効な対策のひとつである。

しかし、この研究成果を有効利用するためには関連する関連の法の整備が欠かせない。医療者が問題のない医療を行っているにもかかわらず、殺人罪や高額な民事訴訟に巻き込まれる可能性があるということが、引いては医療を萎縮させてはいないか。

崩壊や、産婦人科をはじめとする医師不足の遠因となっていないか。日本の大手製薬会社がワクチン生産に手を出さないのは訴訟が怖いからだ。産婦人科の医師が逮捕され医師不足に拍車がかかった。

新型インフルエンザは、一服している感がある。その理由をエビデンス(科学的根拠)をもって明らかにした報道はまだない。この後、第二波、第三波が襲来するのか、このまま収束するのか、誰にも分かっていない。

目先の政局にばかり気を取られていないで、議員には他にも立法府として果たすべき責務がある。「一票の格差問題」だけではなく、政局で右往左往する立法府の怠慢は目に余る。

厚労省内で無過失補償・免責制度の制定を議論した形跡も見えない。 
20091231

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