石岡 荘十
永年、中国残留孤児の支援につくしてきた運動が評価され、吉川賞が贈られることになった菅原幸助さんから近況を知らせる手紙が来た。(菅原さんについては、下記)
(「中国残留孤児支援」に吉川賞」本誌1834号 3/1)
http://www.melma.com/backnumber_108241_4778707/ )
彼が病に倒れた。世話になった中国残留孤児にとっても大事件だった。以下、お手紙を抜粋して紹介する。
昨年末から体調を崩して入退院を繰り返しています。3月に入ってようやく家の外を歩行リハビリできるようになりました。
昨年11月末、夜トイレに起きて転倒、頭を打って脳内出血で入院。昨年暮れに肺がんが発見され手術するように医者に言われました。
脳内出血は1月5日、頭に2つの穴を開け、頭の中の血を洗い出し順調に回復しています。
肺がんは1月15日に手術。左肺を半分切除し、2週間後退院、自宅リハビリ中です。両方とも再発のおそれはあるが、4月ごろには仕事が出来るでしょう、と医師の話です。
中国残留孤児80人が横浜関帝朝に参拝してくれたり、孤児の皆さんが、生活が苦しいのに千円から数万円のお見舞金を集めたり、大変迷惑をかけました。
日本の社会では「快気祝い」として品物をお返しする慣わしがありますが、私は一部30万円を「中国残留孤児の尊厳を守る会に寄付します。従ってお返しはしません。悪しからず。
今回の病気は私の不注意によるものでした。トイレで転んだのはハルシオン(睡眠剤)を飲んで寝たため記憶を失ったものでした。ハルシオンは外国では販売禁止になっているそうです。皆さんも注意してください。
肺がんは50歳まで大量にタバコを吸ったためと医者は言っています。
私は85歳まで生きたのだから、頭や肺に穴をあけてまで生きなくともよい。天国に行く準備は出来ています。人はみな、いつかは死を迎えるわけですから。
天から降ってきたように、吉川賞を受賞することが決まりました。これは私に対する賞ではなく、団結して闘った孤児の皆さん、私を支えてくれた多くのボランティアの皆さん全員に与えられた賞だと思います。
孤児への支援はまだ充分ではありません。国の謝罪もありません。受賞をテコにこれからも団結して「戦争反対」「人間の尊厳」のために闘いましょう。
手紙は孤児たちへも同じ文面のものが送られた。
元新聞記者らしく簡潔で行き届いた文面である。支援運動の通訳をしている女性に電話で聞いた。彼女は北京の大学卒業後、中国人の夫の仕事で来日、大学で習ったという流暢な日本語を駆使してボランティアで通訳を買って出ている。
彼女はこう言う。
「大部分の孤児はお金をもらえるようになったことで満足しています。でも、菅原さんが病気で倒れても、『人としての尊厳を取り戻そう』とまだ頑張ってる。今度のことでみんなもやっとその意味が分かったみたいです。私も日本人がやっと分かりかけてきました。菅原先生が死ななくてよかった---」
彼女は話しながら、電話口で声を上げて泣いた。
吉川賞の授賞式は来月9日、都内のホテルで行われるが、たまたま吉川英治の長男と私がNHKの同期生だったという縁もあり、呼ばれることとなった。
その前に、延びのびになっていた新年会を横浜でもつ。心から菅原氏をねぎらいたいと思う。
なお、ハルシオンについて。
メーカーはファイザー社。その注意書きには
<睡眠時間が不十分だったり、睡眠の途中に一時的に起床して仕事など
を行うと物忘れが現れることがある>とある。
海外で売っているところはない。処方にご用心。 20100310