眞鍋 峰松
これは、何もこの年齢で2度目の卒業証書が授与されたという訳ではない。毎年、母校府立I高校では、その年、今回の場合は63期生の卒業式に50年前の卒業生、つまり我々13期生が、「来賓」として招かれたと言うだけのことだ。
他の高校でもこのような習慣があるのかどうかは知らないが、I高校では約20数年前から始まったらしい。
我ら13期生は昭和17〜18年生まれの、68、67歳の前期高齢者。それが、18歳の青春真っ只中という己の孫のような卒業生達の記念式典に臨席して、一瞬、50年前にタイムスリップしたかのような錯覚に陥った。
往時を思い出し、懐かしかった。担任の先生から一人一人の名前が呼ばれ、次々と起立していく若者達の姿に、かっての自分達の姿を重ね合わせ、感無量。これは列席した13期生約70名の異口同音の想いだったようだ。
その感激の最中でも、やはり50年の歳月の落差というか、些細な事柄ではあるが、やはり長い歳月の流れと、世代相互の意識の違いを感じさせられた点も多々見受けられた。
全体としては、一時期よく報道されたような生徒間の私語なども聞かれず、国歌や校歌の斉唱など静粛・厳粛な雰囲気の内に進んだのだが、我々の時代と違い、名前を呼ばれ次々起立していく卒業生の順序は男女別なく、アイウエオの順番。
校長式辞の後は、往時のような次々と際限もなく続く来賓挨拶は、保護者会の代表からの挨拶のみ。これには、正直、足元が異常に寒さを感じた体育館内の式典だけに、大助かり。
式そのものは、儀式中心の第一部と、第二部の卒業生達が作成した3年間の思い出が詰まったビデオ及び担任の先生達からのメッ―セージの「はなむけのビデオ」の放影など。
中でも、時代の変化を感じたのは、先生達のビデオの内容。我々世代の感覚では、こういった折のビデオと言えば、まぁ、例の説教調の内容だろうという予想を大きく裏切り、先生方はなかなかの役者揃い。
とりわけ、女性教師3人が今風の踊り歌いながらのメッ―セージ。このシーンに、開式直後の卒業生入場で、担当の各学級を引率して先頭に入場されてきた女性教師の女子大生卒業時ばりの袴姿の凛々しさとは打って変わった様子に、大笑いしながらも、内心ではその落差の大きさに驚いた。
また、極めつきの代物は学年主任。さすがに学年主任。初めは将来の夢や希望への激励の話等やや堅苦しい内容だったのが、一番最後は“さぁ、少女時代に恋しよう”の迷セリフ。 これには、静かに聞き入っていた卒業生や在学生が突如一斉に大爆笑した。
しかし、傍聴側の、特に我々前期高齢者の面々はと言えば、何が面白いのか、さっぱりその意味が解らない。その時、私がハタと思いついたのが、以前に何かの折に我が娘からレクチャーを受けた韓国の人気少女歌手グループの名前。多分、学年主任の先生は少女時代の大のファンなのだろう。
慌てて、この情報を共有しようと13期生全員に伝達し終えた時は、時すでに遅し。その大爆笑の意味を理解できた時点では、ビデオの画面は他に切り替わり、後の祭り。
何やかや、驚きと感心の2時間半だったが、極め付きは最後の最後のお決まりの卒業生代表からの学校や保護者達への、「謝辞の言葉」だった。
演壇中央に立たれた校長先生の前に進み出た代表の女子生徒。何を喋るのかと固唾を飲んでシーンと静まりかえる中、女子生徒は、“それでは”と一言。
続いて起立していた卒業生が一斉に“ありがとうございました”と深ぶかと一礼。これだけ。これには、一瞬我々のみならず、列席の来賓、保護者達もさぞ驚いただろう。
が同時に、私は、これでよかった、卒業生全員一斉の深ぶかと下げる頭と“ありがとうございました”という一言が、彼ら彼女達の万感の想いの全て、と全身で感じとれた。
お読みの皆さんには反論もあろうかと思う。だが、その場に臨席し、名前を呼ばれテキパキと応答し、更には自分達の門出を自分達自らで作り上げようと懸命に事前準備に努めてきた卒業生達の気負いと気持を全身で感じた私としては、これで十分に満足した。
ただ、蛇足話で、ややお恥ずかしいことだが、終始静粛・厳粛さを待ってきた式場全体の中で、我々後期高齢者の面々はと言えば、この雰囲気とは裏腹に、私も含め、終始お隣の同期生同士、眼前に進展するドラマと往時の回顧とを重ね合わしながらの、ヒソヒソ話。
極々の小声とは言え、若干非難されても仕方が無い状態。しかし、これも考えれば、我々はもはや人生の檜舞台から下りようとする、或いはもはや既に下り切った世代。眼の前の風景は、これから人生の大舞台の上で長い長いドラマを演じようとする若者達の世界なのだ。
所詮、彼らのドラマの門出をお祝いする観客にしか過ぎない我が身だったが、その様な哀感の想いなどを自分自身で無意識に感じながらの2時間半だった。どうか失礼の段、平に平にご容赦のほどを。