石岡 荘十
―日本胸部外科学会のアンケート調査で浮かび上がった問題点――
・放置できない“危ない外科医”
一人前の外科医を育てるためには多く時間と多額の経費(学費や税金)が注ぎ込まれている。しかし、日本の心臓手術現場の現状を見ると、こんな環境の中でプロと呼ばれる名医が育つ可能性は限りなく小さい。これでは時間とカネ(医療費)をドブに捨て続けているようなものではないか。
メスで人の体に傷をつける。針で刺す。通常なら刑法上の傷害に当たるこんな行為が、外科医に合法的に許されているのはなぜか。それは、外科医には病気を治すためという大義名分があるからだ。
裏返して言えば、病気に立ち向かう十分な知識もスキルもない外科医の治療行為は単なる傷害行為なのである。患者が死ねば、業務上過失致死、場合によっては殺人罪に問われかねない。
今回のアンケート結果は、そんな知識もスキルも不十分な多くの“危ない外科医”が跋扈している現実を裏付けている。こんな状況の中で未熟な執刀医のお陰で患者が死亡したり、重大な後遺症を残すような手術ミスが明らかになったりしたら、執刀医本人だけでなく、長年、無法状態を放置してきた施設や国も未必の故意による業務上過失傷害・致死の責任を問われることになりかねない。
・日本胸部外科学会はすべての手術実績を公開せよ
その最大の遠因は、多過ぎる専門医と乱立する施設を野放しにしていることにある。専門医の数は異常に多く、乱立する中小の病院が手術を求める患者を奪い合う中で患者が犠牲になっている可能性を否定できない。
心臓血管外科の専門医を認定するための認定機構が発足した2004年当時、済生会宇都宮病院の心臓血管外科医だった木曾一誠医師は「手術症例数と施設数、本邦での問題点」と題する論文を『慶應医学』に発表した。
この中で木曾医師は「医療の世界では過剰ない医師数こそが疫病神である」「施設数も過剰で1施設当たりの症例数は欧米に比べて極めて少ないことから専門医になるための修練は必ずしも満足できるものではない」と述べている。
そのうえで同医師は「厚労省による施設基準の縛りがむしろ『黒船』となって、改革が促進されることを願っている」と問題提起した。自力改革の見込みはなく、“外圧”に頼らざるを得ないところまできていると訴えたのだ。しかしそれから7年以上が経った今も状況は一向に改善されていない。
厚労省は昨年10月、このまま放置できないとして、やっと「専門医のあり方検討会」をスタートさせたが、日本胸部外科学会は、その報告書が出るとされる2012年度末まで、つまり「黒船」という名の外圧がかかるまで、この問題を放置し続けるつもりなのだろうか。
「このままでは日本では一人前の心臓血管外科医は育たないのではないか」「患者がリスクにさらされているのでは」という懸念を杞憂だと切り捨てることはできない。
患者サイドから見た疑念をはらすために日本胸部外科学会は、すべての施設の手術実績のすべてオープンにし、患者が安全な病院を選ぶことのできる選択肢を示すなど国民に貢献しなければならない。
今回の数字で裏づけされたみすぼらしい実績を隠して“危ない病院”の延命を図る心臓外科業界の陰謀に手を貸してはならない。(終)
(いしおか・そうじゅう)NHK社会部元記者。著書に「『心臓手術』 〜私の生還記〜」(文藝春秋社刊)