2014年11月29日

◆五ヶ條の御誓文を擴張ヘボン式で轉寫

上西 俊雄



「五ヶ條の御誓文」を擴張ヘボン式で轉寫してみた。ブラケットで囲んだ英譯はドナルド・キーン氏によるとネットにあったもの。一つといふところは略した。もし英語でいふなら that となるのだと思ふ。「上下」といふのは zhauge としてもよいのではないかと思ったけれど、櫻井よし子氏の讀み方に從った。

五ヶ條の御誓文

gokadeuno goseimon

[Oath in Five Articles}

一 廣ク會議ヲ興シ萬機公論ニ決スヘシ

hiroku kwaigiwo okoshi banki kouronni kessubeshi

[Deliberate assemblies shall be widely established and all matters
decided by public discussion.]

一 上下心ヲ一ニシテ盛ニ經綸ヲ行フヘシ

shauka kokorowo itsunishite sakanni keirinwo okona`ubeshi

[All classes, high and low, shall unite in vigorously carrying out
the administration of affairs of state.]

一 官武一途庶民ニ至ル迄各其志ヲ遂ケ人心ヲシテ倦マサラシメン事ヲ要ス

kwambu itto shominni itarumade ono-ono sono kokorozashiwo togezhinshinwo shite mumazarashimenkotowo eusu

[The common people, no less than the civil and military officials,shall each be allowed to pursue his own calling so that there maybe no discontent.]

一 舊來ノ陋習ヲ破リ天地ノ公道ニ基クヘシ

kiuraino roushi`uwo yaburi tenchino koudauni motodzukubeshi

[Evil customs of the past shall be broken off and everything based
on the just laws of nature.]

一 智識ヲ世界ニ求メ大ニ皇基ヲ振起スヘシ

chishikiwo sekaini motome o`oini kwaukiwo shimki subeshi

[Knowledge shall be sought throughout the world so as tostrengthen the foundations of imperial rule.]

櫻井氏の講演は次世代の黨の集會で聽いた。中國の主張する新型大國關係と對する米國民主黨政權のオバマケアに象徴される政策。米國の基地があるから米國の戰爭に卷き込まれるとの主張があったけれど、その主張はいまや米國のものになりつつあるといふのだ。

確かに米國民の税金で、米國の若者の血を外國のために流す必要があるのかといはれれば米國民が二の足を踏むこと大いにあり得べきことと思はざるを得ない。

氏は中國人民解放軍副總參謀長が今年6月「中國は2千年前から南シナ海の島々を領有してゐる」と語った例を引き、領海侵犯と珊瑚略奪は彼らの戰略が第二列島線段階に至ってゐるといふ。かかる行爲こそ侵して略することではないかと思ふので、以下侵略といふことにするが、2百の侵略者に對して海上保安廳の方はやっと五だといふ。

2つの力の均衡が不安定になれば戰爭の蓋然性がます。安倍政權が集團的自衞權を認めたけれど、いろいろの縛りがあって實務上は明快でない。これも戰爭の危險性を高めるものであるといふことは言はれなくてもわかる。

漢字はあるけれどつかってはならないといふのと通ずるものがある。巫が人名漢字に追加になるさうだ。といふことは巫は常用漢字でもなかったわけだ。「國語が金甌無缺であった」で卑彌呼は日巫女であったのではないかと書いたとき、これには氣づかなかった。

卑彌呼は日み女と書くのか。いや女にコといふオンはないだらう。念のため辭書で調べると女は小學校一年で教へてもよい漢字なので二年生以上なら使用可能。但し音はニョウとジョだ。戰前ならジョでなくヂョだ。日も小學校一年で教へてもよい漢字だから2年生以上なら使用可能であり、かつヒといふ音も使用可能だ。すると日みこと書くべきなのか。それでは讀みにくいから鉤括弧をつけて「日みこ」とすべきなのか。

小學校の教師が黒板に漢字を書きながらラーフルで消して(パソコンならbackspace を叩いて)平假名に書き直すのを孫の授業參觀でみた。教師も大變なのだ。

集團的自衞權に對するしばりと漢字や假名字母に對するしばりとを同日に斷じることはできまいが、その不當であることはあきらかではないか。

櫻井氏の講演、うまくつたへることはできない。次世代の黨の中山恭子參議院議員が閉會の辭で氏の講演を歴史にのこるものと表現した。さういふものだったのだ。

「國語は金甌無缺であった」で人名漢字について觸れたけれど、福祉のことをやってゐた知人にいはせるそんなものではない。普通の名前でも、いちいち讀み方を訊かれるといふし、變な讀み方のためにイヂメにあふことも多いのださうだ。

次世代の黨あたりには、まづは人名漢字といふ別枠をやめることをうったへてほしい。さうすれば應援にも一段と熱がはいるといふものだ。



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