川越 一
中国共産党機関紙、人民日報傘下の出版社がこのほど、習近平国家主席が演説や論文の中で引用した儒家の名言などをまとめた「習近平用典」を出版した。
中国では昨年来、習氏を題材にした歌やアニメなどが人気を博していると、度々報じられている。習近平指導部が各種媒体を通じて、「勤勉で親しみやすい」という最高指導者の“虚像”を作り上げようとしている可能性も否定できない。
300ページを超える「習近平用典」は、「敬民編」「為政編」「天下編」「廉政編」など全13章で構成されている。習氏の過去27年間の重要講話や論文で引用された教典などを紹介し、それぞれに、習氏が意図する現実的な意味について解説を加えている。
引用した儒家の教典・名言では、「論語」が11回と最も多く、「礼記」が6回、「孟子」が4回と続く。古代の著名な文人らが残した故事では、北宋の偉大な文人、蘇軾(そしょく)の文献からの引用が、最多の7回を数える。
習氏が最も好んでいるのは、蘇軾が著した「晃錯論(ちょうそろん)」の中の「天下之患、最不可為者、名為治平無事、而其實有不測之憂。坐觀其變而不為之所、則恐至於不可救」というくだりだという。
意訳すれば、「世の中の災いへの対応で、してはならないことがある。安定しているように見えても、不安定要素を抱えている場合がある。消極的で事前に何も手を打たずにいれば、災いが大きくなり、手遅れになってしまう」という意味で、2014年4月30日に新疆ウイグル自治区の視察を終えた後に行った講話でも引用している。
ちなみに、現在「花田虎上」の芸名で活動している第66代横綱、若乃花が1998年5月、横綱昇進伝達式で口にした四字熟語「堅忍不抜」の出典も、「晃錯論」だ。
「習近平用典」について、中国のインターネット上には「習大大(習おじさん)も勉強好きな人」「永遠に習大大を尊重し、その政治理念を支持する」「習大大は(中国が栄えていた)漢や唐の時代のような威風を備えており、国家は有望だ」などと、歯の浮くような投稿コメントが並んでいた。
一方、天安門広場に近い繁華街、王府井の大型書店では、1階の入り口近くに特設コーナーが設けられ、「習近平用典」が平積みされていたが、足を止めるのは年配者ばかり。ネット上の反応とは大きな差が見られた。
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習氏に関連する書籍では、習氏自身が著したとされる「習近平談治国理政(習近平国政運営を語る)」も売れているらしい。外国語版も30万部以上発行されたといい、「改革開放以来、中国の国家指導者の著作で海外での発行部数が最も多い」という触れ込みだ。
また、昨年は習氏と彭麗媛夫人を称える歌がネット上で話題となった。今年の春節(旧正月、今年は2月19日)前には、「大衆路線は実行が伴ったか?」「庶民のことはしっかりとやったか?」「役人は本当に恐れているか?」と題する短編アニメ3部作がネット上に流された。
それぞれが3分に満たないアニメには、習氏ら指導者がアニメキャラクターとなって登場し、親しみやすさを強調。習近平指導部が汚職の撲滅に尽力していることや、官僚主義や贅沢を是正したこと、権力を乱用し、私腹を肥やす役人が事実の発覚を恐れていることなどを暴き出している。
アニメの中で習氏は、大物幹部を意味する「虎」を棍棒で叩きのめしている。「権」と刻まれた印章がカゴに入れられているシーンも盛り込まれている。アニメには、コマーシャルのようなナレーションが付けられている。
官制メディアは、こうした作品が話題になっていると宣伝しているが、一般市民の反応は鈍い。中国では、指導部の意向に沿わない書籍や映像作品は規制の対象になることが多い。ネット上に習氏と習近平指導部を礼賛する映像作品などが氾濫する現状は、指導部が新たなイメージ戦略を展開していることをうかがわせる。
産経ニュース【国際情勢分析】 2015.3.10
(収録:久保田 康文)