加瀬 英明
私は2月に東京・有楽町にある外国記者クラブ(外国特派員協会)に招かれて、水島総チャンネル桜会長と2人で記者会見を行った。
1月に水島氏が中心となって、『朝日新聞社を糺す国民会議』が、慰安婦問題について捏造報道を行ったことによって、日本の国際的評価を大きく傷つけたことに対して、損害賠償と謝罪広告を求める集団訴訟を起した。
私は多くの原告の1人に過ぎないが、水島氏に誘われて記者会見に臨 んだ。
記者会見の時点で、朝日新聞に対する訴訟に原告として、全国から2万3千人以上が加わっていた。
まず、私から発言することになった。
「今日の記者会見で会員に送られた案内に、不満がある」と前置きして、「『主流の歴史学者(メイン・ストリーム・ヒストリアンズ)が、日本軍が1930年代から40年代にかけて、女性たちを慰安婦として売春施設に働くのを強制したことを、歴史的事実としているが‥‥』と、書かれています。
私はアメリカのニューヨーク・タイムズ、ウォール・ストリート・ジャーナルなどに寄稿もしていますが、歴史学者(ヒストリアン)として紹介されています。私は自分を主流だと思っているから、大きな間違いです」と言って、こう加えた。
「また、私を『修正主義史観(リビジョニスト・ビュー)の代弁者』だといって紹介していますが、日本がアメリカによって占領されて、『修正主義史観』を強要され、今日に至っています。私は自分が修正主義者だと、思っていません」
「正しい歴史を歪めたのは、アメリカではなかったか」
。
質疑応答に入ってから、アメリカの記者が立って、「慰安婦が性奴隷(セックス・スレイブ)だったと、国際社会が認めているではないか」と、質問した。
私は腹が立ったので、「日本には長い歴史を通じて、奴隷制度が一度もなかった。19世紀後半まで奴隷制度があったアメリカ人から、そのような質問を受けたくない」と、言い返した。
そして、「日本には、都市(まち)ぐるみ虐殺する大虐殺も、カトリックとプロテスタントに分かれて、際限なく殺し合った宗教戦争も、なかった。もっと、日本について、勉強しなさい」と、叱った。
私は50年にわたって、朝日新聞が亡国的な報道を行ってきたことを、攻撃してきた。
今から40年前になる昭和50年に、月刊『文芸春秋』に、朝日新聞について27ページにわたる長文の批判を寄稿した。
「最近朝日新聞紙学」という洒落(しゃれ)た題名をつけたが、朝日新聞社が名誉毀損で、私と文芸春秋社を訴えると言ってきた。裁判は望むところだった。
福田恆存氏をはじめとする知識人が、私の応援団をつくってくれることになった。ところが、ある財界人が間に入って、文芸春秋社に圧力をかけたために、裁判は実現しなかった。
日本の新聞は民主社会のなかで、遅れた面をつくってきた。
欧米の新聞が、民衆の中から生れてきたのに対して、日本の新聞は明治に入って、藩閥政府に不満を持つ元武士がつくった。これらの元武士はエリート意識が強く、蒙昧な民衆を導くという、使命感に駆られた。
いまでも、日本の新聞は誰に頼まれたわけでもないのに、「社会の木鐸」であることを自負している。欧米では新聞が読者と対等な関係を結んでいるが、日本では読者を上からみる目線で、見降ろしてきた。
そのなかでも、朝日新聞は「これを読め」という態度で、読者に接してきた。朝日新聞は32年間にわたって、慰安婦について虚偽の報道を撤回しなかったが、読者を大切にしていないからだ。
社会を教え導く木鐸を気取るのを、やめてほしい。