平井 修一
中共の乱暴狼藉が海自を南シナ海へ招きこんだ。習近平はまたまた失敗した。
「日本、南シナ海でフィリピン、ベトナムと相次いで共同訓練、海上での軍事連携を強化―中国メディア」(Record China 5/14)から。
<2015年5月13日、中国・環球時報は、日本が南シナ海でフィリピン、ベトナムと相次いで共同訓練を行い、海上での軍事連携を強化する方針だと伝えた。
日本は、今月末に開催する欧州連合(EU)との定期首脳会議で、中国の海洋進出を念頭に入れた共同声明を発表し、中国を非難するとみられる。
12日付のロイター通信によると、日本の海上自衛隊とフィリピン海軍は南シナ海で初の共同訓練を実施した。
フィリピン当局によると、今回の訓練は、他国の艦船との予期しない衝突を防ぐためのもので、日本の護衛艦2隻、フィリピンのフリゲート艦1隻が参加。日本の海上保安庁とフィリピンの沿岸警備隊は先週、フィリピンの海岸で、海賊退治などのための初の共同訓練も行っている。
日本の海上保安庁によると、日本は今週、ベトナムに海上保安庁の巡視船を派遣し、捜索・救助に関する訓練を行う。
ロイター通信は、「日本の軍艦が南シナ海に出現することは、南シナ海での利益に対する日本の関心が日々高まっていることを示すものだ」と指摘した>(以上)
南シナ海における日米軍のプレゼンスは高まっていくだろう。4月末にはこんな報道もあった。「南シナ海の哨戒活動を防衛省検討、米軍と協力」。
<[東京/ワシントン4/29ロイター] 米軍が自衛隊に期待を寄せる南シナ海の哨戒活動について、防衛省内で検討が始まっていることが分かった。米軍と自衛隊が協力し、同海域での存在感を示すことで、自国の領海として囲い込もうとする中国をけん制するのが狙い。
しかし、装備のやりくりや、新たな安全保障法制の整備が終わっていない点など課題も多い。
複数の日米関係筋が明らかにした。議論は初期段階だが、日本側の関係者によると、自衛隊と米軍の哨戒機が南シナ海を共同でパトロールしたり、交代で見回ることなどが想定されるという。南シナ海の東半分だけなど、哨戒範囲を限る可能性もある。
日本からの飛行距離を伸ばしたり、故障や事故が起きた場合に備え、フィリピンなど周辺国の基地使用についても検討事項になるかもしれないと、日米の関係者は指摘する。
中国は南シナ海のほとんどを自国の領海と主張し、南沙諸島の浅瀬を埋め立てて、人工島を造ろうとしている。日米関係者の間では、いずれレーダー網が構築され、中国の艦船や軍用機が駐留し、実効力を伴なった防空識別圏(ADIZ)が設定されるとの懸念が広がっている。
自衛隊が南シナ海に哨戒範囲を広げれば、中国を刺激する可能性もある。しかし、日米が協力して警戒監視に当たる姿勢を見せることで「自分の海ではないということを(中国に)示す必要がある」と、日本側の関係者は話す。
沖縄県の嘉手納基地に最新のP8哨戒機6機を配備する米軍は、自衛隊の哨戒活動拡大にかねてから期待を示している。ロバート・トーマス第7艦隊司令官は今年1月、ロイターとのインタビューで「将来的に自衛隊が南シナ海で活動することは理にかなっている」と発言した。
自衛隊はP3C哨戒機を70機保有、さらに航続距離が2倍の次期哨戒機P1を2018年度までに23機購入し、海の警戒・監視能力を高めようとしている。自衛隊の元海将によると、航空機による監視任務は低空、低速で行うために燃費効率が悪くなるが、P3Cでも南シナ海の哨戒は可能だという。
27日に合意した新たな防衛協力の指針(ガイドライン)で、日米両政府は、警戒監視や情報収集で自衛隊と米軍が協力することを明記した。「日本の平和及び安全に影響を与えうる状況の推移を常続的に監視することを確保するため、相互に支援する形で共同のISR(情報収集・警戒監視・偵察)活動を行う」などとしている。
日本は南シナ海で領有権を争う当事国ではないが、同海域は年間5兆ドル規模の貨物が行き交う貿易ルート上の要衝で、その多くが日本に出入りしている。
28日にワシントンでカーター国防長官と会談した中谷元防衛相は、南シナ海は「地域の平和と安定に直結をするし、日米及び地域共通の関心の問題だ」と語った>(以上)
防衛省のサイトにはこうあった。
<平成27年5月12日(火)マニラ西方海域において日比共同訓練が実施されました。日本側からは護衛艦「はるさめ」「あまぎり」、フィリピン海軍からはフリゲート「Ramon Alcaraz(ラモンアルカラス)」が参加し、通信訓練及び戦術運動等を実施しました>
素人だからよく知らないが、軍隊は伝統の蓄積と装備、技術などが大事なのだが、戦術運動、つまり実戦でどう戦うかという能力において「伝統」は非常に重要だと思う。
ウィキによると日本の近代海軍は幕末に始まった。1853年、ペリーが`来航し開国を求めると、江戸幕府は海防の強化に乗り出した。その一環として、オランダに蒸気軍艦を発注すると共に、1855年には長崎海軍伝習所を設立し、海軍士官養成を開始した。
海軍伝習所は幕府伝習生以外に諸藩の伝習生の受け入れも行ったため、幕府海軍だけでなく有力諸藩も海軍を整備した。幕府は64隻、諸藩合計で127隻の洋式艦船を取得していたとの最近の研究がある。
幕府が設立した長崎製鉄所は三菱重工業長崎造船所へ、横須賀造船所は横須賀海軍工廠へと発展し、その後の海軍の発展に大きく寄与していく、云々。160年の伝統が日本軍の心技体を練磨するのだ。
元々がランドパワーの中共では、海軍は沿岸警備用だった。1982年、トウ小平が中国軍近代化戦略を打ち出してから中国海軍の近代化が始まり、2000年代から遠洋海軍になっていった。つまりせいぜい15年の伝統しかない。生まれたて、よちよち歩きのようだ。
複数の艦との連携など運用面で日米など歴史的な海洋国家との能力の差は非常に大きいのではないか。
1894年9月17日、日清戦争で黄海海戦が勃発したが、日本はその際には40年の伝統、中国の北洋艦隊は1888年に編成されたからわずか6年しかない。6年では伝統とはとても言えない。心技体のすべてで日本に劣っていた。
<帝国連合艦隊は単縦陣をとっていた。12時50分、横陣をとる清の北洋艦隊の旗艦「定遠」の30.5センチ砲が火を噴き、戦端が開かれた(距離6000m)。
海戦の結果、無装甲艦の多い連合艦隊は、全艦が被弾したものの、旗艦「松島」など4隻の大・中破にとどまった。装甲艦を主力とする北洋艦隊は、連合艦隊の6倍以上被弾したと見られ、「超勇」「致遠」「経遠」など5隻が沈没し、6隻が大・中破、「揚威」「広甲」が擱座した>(ウィキ)
「定遠」などは最新鋭の巨艦で、日本に寄港した際に日本人は恐れをなしたものだが、帝国海軍のトップは大砲に洗濯物が干されているのを見て軍規の緩みを喝破したという。昨年のリムパック合同演習には中共海軍も招待されたが、船酔いに苦しんでいる水兵がいたと聞く。伝統がないとこういうことになる。
中共海軍は海賊退治などの国際活動でノウハウを積んでいるが、日米軍に追い付くまでにはまだ時間がかかるだろう。平和的台頭、韜光養晦(目立たずに力を蓄える)でパンダのふりをしていれば良かったものを、暴れまくって今や四面楚歌。戦略の大チョンボだ。
中露合同軍事演習が5月11日に開幕した。軍事専門家の尹卓氏は中国中央テレビ(CCTV)のインタビューにこう述べた。「人々は今後、中国軍艦艇が常態的に遠洋に出現することに慣れるべきだ」。出る習は打つ。日米豪印アセアンは油断することなくファシスト中共に備えるべし。
(2015/5/14)