平井 修一
中国共産党の軍隊(紅軍、赤軍)は一般的には「赤匪」と言って非常に恐れられた。彼らはほとんど乞食のような集団で、裸足の者や武器なしの者が3分の1ほどを占めた。「赤匪が来るぞ!」という警告が届くと民衆はすべて遠くへ避難し、町や村は空っぽになったというが、彼らは主に地主や金持ち、知識人を殺しまくったからだ。
具体的な被害について知らなかったが、「軍事評論家=佐藤守のブログ日記」11/2にはこうあった。
<私は、平河総研の「甦れ美しい日本」に、「大東亜戦争の真実を求めて」と題して過去の資料に関する感想を書きなぐっているのだが、たまたま今週用の原稿に、K・カール・カワカミ著「シナ大陸の真相:福井雄三訳(展転社)」の中の、蒋介石と馮玉祥の双方に資金援助しつつ、シナに共産主義革命を起こさせようとしているスターリン(ソ連共産党)の謀略活動の実態を書こうとしていた。
ところが自分の不勉強は棚に上げて、「歴史認識」ばかり強調する中韓両首脳に対して、その無知に「抗議」するのではなく「講義」しておこうと考え、一足先にここに掲載しようと思う。
李克強首相よ、少しは、スターリンに蹂躙されていた自国の無残な歴史を振り返ってみるがよかろう。
前掲のカワカミ論文の第3章、中国紅軍の成長(紅軍とは共産軍のこと)には、「蒋介石、共産党と袂を分かつ」の次に、「共産主義者による破壊」の項目があるが、そこにはこう書かれている。
念のために、李・朴のお二人に助言しておくが、これは現在の中国共産党=習近平政権の“ご先祖様”に当たる。
《二、共産主義者による破壊
紅軍(その大部分は長年虐げられてきた小作農や下層階級の人々で構成されているのだが)は行く先々で地主、商店主、自作農、富農などに襲いかかっていった。早くも一九三一年五月には、蒋介石総統の右腕で紅軍に対する軍事行動の責任者であった何応欽将軍は、紅軍によってなされた恐ろしい破壊についての報告を行い、奪われた生命や財産について次のような数字を挙げている。
※江西省
殺された人間 18万6千
死亡した避難民 210万
焼失した家屋 10万
略奪された財産 6億5千万ドル
作物の損失 3千万ドル
※湖南省
殺された人間 7万2千
焼失した家屋 12万
財産の損失 1億3千万ドル
※河南省
殺された人間 35万
家を失った避難民 850万
焼失した家屋 9万8千
略奪された財産 6千万ドル
作物の損失 2億4千万ドル
紅軍に対して蒋介石は30万人の軍隊を投入し、その経費は毎月2000万ドルかかった。1934年末になってもまだ、彼は江西省から共産主義者を追い払うことが出来なかった。
1935年になると紅軍は湖南省と河南省から徐々に撤退して行き、中国西部の四川省と甘粛省に新しい拠点を築いていった。蒋介石は共産主義に対する戦いを続行したが、殆ど成功しなかった。
1935年末頃から紅軍は中国西北部の映西省や山西省、及び内モンゴル南部の寧夏やスイユアンヘ侵入していった。明らかに彼らの最終目的は、外モンゴルのソ連軍と合流することであった。
日本にとってこれは共産主義の脅威となり、それは単に学問的あるいは思想の上での空論ではなく、不吉な現実そのものであった。
モスクワは中国の各地で様々の騒乱を休みなく誘発し続けた。広東での共産主義者の暴動はそれらの中で最も顕著な事件の一つであった。1932年111月一一日、武装した六千人の共産主義者が広東の市庁舎を占拠し、ソビエト政府を樹立した。恐怖政治が3日間読いた。
その後共産主義者は地方の軍隊に鎮圧され、銃殺隊に大量処刑された。ソ連領事は手入れをくらい捜索された。領事自身も含めて12人のロシア人が逮捕され、副領事と他の七人のロシア人の処刑という結果に終った。暴動の背後でソ連領事館が糸を引いていたことを、押収された文書ははっきり証明した》
今でも人民を不幸に陥れて、幹部だけがいいこと三昧、昔から残虐な体質(今ではDNAというべきか)が少しも変わっていないのがシナの共産党である。
カワカミ論文によれば、江西省、湖南省、河南省の3省だけで、紅軍に虐殺された人民の数は60万人(死亡した避難民210万を除く)を優に超えている。
何が「人民共和国」だ。昔から紅軍=共産党政権は自国の人民を虐げて成長してきたのじゃないか>(以上)
赤匪は武装強盗団そのものだった。他の軍閥は町や村の代表者がミカジメ料さえ払えば乱暴なことは控えていたから逃げる必要はなかったが、赤匪は「支配階級は殺せ」と指示されており、洗脳されているから、殺人は大なる正義だった。正義と思えば人はどんな残酷なことでもする。
中共は内戦時代を含めて8000万人から1億人を殺したという。毛沢東曰く「天と戦いてその楽しみは尽きず、地と戦いてその楽しみは尽きず、人と戦いてその楽しみは尽きぬ」。
彼はこう豪語した。「人の殺し方には120通りあるが、半分以上は俺が発明した」。恐怖支配のため住民の一定%を無条件で処刑する「定率処刑方式」を発明したのも毛だ。
英国で出版された毛沢東の秘話“Mao:The Unknown Story”によると、毛は「人民の殺戮に自ら直接関り、極めて残忍な殺害方法をむしろ楽しんでさえいた」という。
毛は空前絶後、最悪の殺人鬼で、この殺人鬼を国父とする中共に天誅が下る日はそんなに遅くはない。同志諸君、その日は爆竹で盛大に祝おう。(2015/11/2)