“シーチン”修一 2.0
*読者諸兄へ:「私の『身辺雑記』」を連載していた平井修一さんは夫人
のクーデターにより収容所送りとなり、ポアされました。その際、平井さ
んは全臓器生体移植のドナーとなり、その大脳前頭葉は精神疾患の私に移
植されました。以来、私は日々、私らしさを失い、その代わりに「“シー
チン”修一 2.0」のペンネームで記事を書くようになりました。どうも私
がドナーとなって身も心も平井さんに提供したようで、とても奇妙な気分
です。以上。
4/2(日)午後、ちょっとしたイザコザから精神状態が不安定になり、一
気にマイナス思考というか、うつというか、狂気というか、不安という
か・・・実に嫌なものである。とかく女は厄介だ・・・
「精神病は完治しない」と言われるが、再入院したいくらいに心が揺れ
る、乱れる、震度6という感じ。徐々に気分が悪くなるのではなく、快晴
から一挙に雷雨襲来という感じで、すさまじく落ち込む。
そういう自分を観察していると、「ああ、やっぱり俺は病気なんだ」と思
わざるを得ないし、そうなるとさらにメゲルという急降下のスパイラルに
なる。まるでシックスフラッグスやサーカスサーカスの絶叫マシンどころ
か、死ぬか生きるかの戦場みたいだ。考えすぎると「死ぬか、殺すか、そ
れしかないな」と発狂しかねないので早目に抗うつ剤を飲んで昼寝をし
た。うつ病は恐ろしい結果を招きかねない病気だ。
それにしても入院中を懐かしくさえ思うなんて、まったく想定外だ。
4/4(火)あたりから気分が落ち着き、充電の終わったルンバみたいに
“ヨッシャー!”とあれこれ掃除や営繕、強い日差しの下、屋上プランター
の手入れなどを再開。空を見上げたらツバメが自由自在にアクロバット飛
行をしていたが、「一瞬で方向を変える、ああいうツバメの飛び方ができ
ないものか」とジェット戦闘機開発者はマジで研究しているという。狂人
かどうかは知らないが、少なくとも奇人変人だろう。
以前は「天才と狂人は紙一重」と言われたが、今は「天才=狂人」で、
「天才は不適応者。社会的適応性を犠牲にして“創造作用”を行う人」(心
理学者・宮城音弥)だそうだ。アインシュタインもビル・ゲイツもそれら
しい。
小生は創造ではなく自傷他傷の“破壊作用”を行いそうだから、悪性狂気で
タチが悪い。悩ましいこと、この上ない。
そのツバメは代々毎年3月中に来るのだが、今年は4月に入ってからで、今
のところ3羽のようだが、そのうちツバメの天敵であるカラスに対する集
団安保で8羽ほどになるはずだ。
一方で街の制空権を中共のごとくに狙う嫌われ者のカラスもせっせと巣作
りをしており、部材に最適な針金製ハンガーをGETしてうれしそうだっ
た。川崎市では週1回、小物金属、月2回、粗大ごみを回収しており、その
日のゴミ置き場にはベッドからフライパンまで何でもある。最近はどこか
の町で4000万円も捨てられていた。
モノみな芽吹く春。イ・ムジチ合奏団の演奏するビバルディの「四季」の
出だし、春の曲は命の躍動感にあふれて感動的だ。3月は卒業式やお別れ
会、そして4月の始めは入園式、入学式、入社式。花屋によると、この時
期が一番忙しいとか。
社員寮から駅へ向かうピカピカの新入社員の姿は夢と希望に溢れている。
ま、そのうち山あり谷ありの現実を知るのだろうが・・・そこで出世(正
社員)の地獄道(karoshiありき)か、趣味(非正規)の極楽道(行旅死
亡ありき)かを選ぶことになる。
4/6(木)、ゴミ出しのついでに桜堤を散歩。九分咲き、今日で満開にな
るだろう。駐輪場のオッサンから声をかけられた、「久し振りだね、犬は
もう飼わないの?」。
「ペットロスが辛いから・・・もうボクも犬を世話する体力はないしね。
わが家の仏壇は犬の写真だらけで、両親の写真は隅っこになっちゃって
る。おふくろは4年の介護の末に大往生したけど、その時は喪失感はな
かったどころか、ああ、これで俺は生き延びれる、とホッとしたけれ
ど・・・犬は17年間も世話をしたから喪失感は大きいね」
オッサンはインテリ風(死語?)で、測量士の義兄はどこかの有料駐車場
で「ドイツ語の原書を読んでいるオッサンがいた!」とびっくりしていた
が、定年後の男の進路は「人生いろいろ」、多彩なのだろう。
平日なので花見を楽しんでいるのはヂヂババがほとんだが、その比率はヂ
ヂ1:ババ9。ヂヂは引きこもっているか、冥途へ行ったのか、それともバ
バは亭主より友達とおしゃべりしながら花見をしたいのか・・・それは分
からないが、花見の季節以外でも散歩をしているのは1:9で女が圧倒的で
あり、ヂヂはヒッキーが多いようだ。
従兄は奥さんから大事にされ過ぎて(奥さんは従兄に永らく片想いをして
いた)退職後は家事一つせずに終日TVを前にボーっとしているようだ。
一方で小生はカミサンにホームセンターへ連れていかれ、暴れて壊したド
アを直せ、経年劣化で傷んだ風呂場を修繕しろ、「私は長年の便秘で切れ
痔になっちゃったからアンタがやってよ」と、こき使われたり。
ま、老後もいろいろだが、
「痴に働けばナニが立つ。嬢にサオ差せば流される。とかくこの世は面倒だ」
というのは真実だろう。小生にとって女は永遠の謎、数学の難問として有
名なフェルマー=カタラン予想並ではないか。もっとも知らなくても生活
に困るわけではないし、知らぬが仏かもしれない。大体、自分のことさえ
も分からないのだもの、異星人、異性人のことなど分かるはずもないか。
「♪結婚するって本当ですか」、今の小生なら「マジかよ!? よく考え
たのかよ」と言いそうだ。よく考えれば「シ・ゴ・トだから慈愛に満ちて
いた」ナースにケアされた懐かしの病棟日記から。
【2016/11/18】以下「男は辛いよ(2)男は黙って諦める」を作成した。
男女の価値観というか生き方はずいぶん違う。究極的には、女は「キレイ
なベベ着て、旨いものを食べて、面白おかしく暮らす」、男は「職にふさ
わしい服装をし、試練に耐え、一流の職能人を目指す」。
女は現実主義、享楽派、軟派。男は理念主義、精進派、硬派。まるで違う
が、男女が一緒になることで「寛ぎ」と「規律」のある家庭、巣ができる
のだろう。
結婚する前は伴侶候補を「両目でしっかり見よ」、結婚後は「片目で見
よ」と古人は教えた。夫婦であっても価値観、人格は別、所詮は他者だか
ら、対立することは珍しくない。その際は大目に見たり、譲歩したり、妥
協しなさい、ある程度アバウトである方がいい、という教訓だ。
アバウト、寛容、「清濁併せ呑む」は一種の才能なのだが、伴侶が許容範
囲の一線を超えた際、男は諦めるだろう。女は男からの説教を聞く耳を
持っていないから「なにを言っても無駄」と本能的に知っているからだ。
一方、女は諦めずに苦言、説教、「正義は吾にあり」と教育的指導を繰り
返す。自分を中心とした家庭の秩序を守るためだ。
女は、伴侶が好き勝手をしても、自分の掌の範囲内なら大目に見るが、掌
から外れると絶対許さない、伴侶が屈服するまで攻撃する。女は絶対、己
の非を認めないのだ。
こういう事態になると関係修復はかなり難しい。男が改心し、別人に生ま
れ変わらなければ、良くて「家庭内別居」、悪ければ「離縁」、最悪なら
「無理心中」で、家庭は完全に破壊される。
世間の常識では「男女のいさかいは概ね男が悪い」ことになっているか
ら、家庭を維持したいのなら男は改心、あるいは「改心した振り」をしな
ければならない。男にとってそれは一方的な譲歩だが、とりあえず停戦、
休戦し、やがては平和条約にもっていくしかない。
繰り返すが、女は絶対に謝らない、非を認めないから、男が折れるしかな
いのである。
蛇足ながら、男の生涯未婚率が女以上に高いのは、それなりの理由がある
のだ。(2017年4月3日に国立社会保障・人口問題研究所(厚生労働省管
轄)が発表した2015年データでは、男性は23.37%、女性は14.06%で、
2010年からわずかこ5年で男女とも3ポイント以上上昇した)
今や結婚はロマンからディール(取引)、ベット(賭け)、チャレンジ
(挑戦)、ロシアンルーレット(必敗)になってしまった。リスクが大き
すぎるのである。(つづく)2017/4/9