岩本宏紀(在仏)
ぼくより2歳若いゴルフ仲間が、52歳の誕生日の2日前に病気でこの世を去った。
見舞いに行くことをぼくはためらっていた。
いつも自信に満ちた彼のことだから、ベッドに横になっている姿を
ひとに見られたくないのではないか、と思ったからだ。
治療は病院で受けるが自宅療養を希望していると伝え聞いたので、
E−メイルで自宅の住所を尋ねた。けれども返信はなかった。
そこで会社あてに見舞いの絵葉書を送った。
2度目のカードには、誕生日おめでとうと書いた。
それを投函した4時間、訃報を受け取った。
ぼくが急死したら、友達や家族からもらった心温まるE−メイルはどうなるのだろう。葬式が終わってひと段落着いたころ、だれかがパソコンを開いてそれを見ることがあるだろうか。
逆にぼくが送ったE−メイルはどうなっているのだろう。
親父の日記帳の昭和28年7月のページには、ぼくが生まれたときの記述がある。何貫何匁の男の子が産まれたと、勢いのある達筆で書かれている。
54年後の今でもそれを見ることができる。
E−メイルはどうだろう。パソコンが壊れたら一巻の終わり。
二度と日の目を見ることはないだろう。
そう思うとひどく空しい気分に襲われる。
だからぼくは、E−メイルで連絡をとりあっている人にでも、敢えて手紙を書く。オランダに赴任し、たまに日本に電話をしていた頃、親父がこう言ったことがある。
「電話もええが、手紙にしてくれんか。
電話のときはお前と話したことをみんなに教えてやらにゃあいけんじゃろうが。手紙なら読んだあとで、それを回してやりゃあええんじぇけえ。」
そのときはなるほど、と納得した。
3年前に親父は死んだ。
最近実家の片付けをしていて、ぼくがオランダ、デンマーク、フランスから書いた手紙が大切に取ってあるのを見つけた。
夥しい封書を前にしてぼくは気がついた。
親父はぼくの言葉を自分のそばに置いておきたかった。だから電話よりも手紙を喜んだのだと。
2007年06月26日
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