2018年12月18日

◆7週間続いたスリランカ政争

宮崎 正弘


平成30年(2018年)12月16日(日曜日)通巻第5918号  

7週間続いたスリランカ政争、前首相が復帰

  ラジャパクサ元大統領、最高裁の判断に納得、首相就任を辞退へ

12月14日、スリランカ政争がようやく解決した。7週間、国政が大混乱し
たのも、セリナセ大統領が、突如、元大統領を首相に指名したため、寝耳
に水のウィクラマシンハ首相が辞退を断乎はねのけて、議会が空転した。

セリナセは、ラジャパクサ元大統領の親中路線を批判し、「中国の借金の
罠」に陥没してハンバントタ港を99年間、中国が租借して軍港として使う
ことになった失策の張本人。なぜ、批判した人物を首相に任命しなければ
ならなくなったのかと言えば、連立相手の政党が連立政権与党からおり、
ラジャパクサ元大統領派にくっついたため議席バランスが壊れたからだった。

混乱は7週間つづいて、最高裁がラジャパクサ元大統領の首相就任に「合
法性が認められない」としたため納得、首相就任を辞退した。
現職のウィクラマシンハ首相が復帰した。インドは舞台裏で政治工作を展
開したようである。
       
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「大日本は神国なり。天祖初めて基をひらき、日神ながく皇統を伝え給う」
  『神皇正統記』から『文化防衛論』まで歴史教科書が教えない史論の数々

  ♪
北影雄幸『天皇論の名著』(勉誠出版)
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古今より「天皇論」は夥しくあらわれ、また喧しく議論されてきた。
マルクス主義歴史観に基づくアジビラのたぐいは別として、「古典」とし
て読み継がれる名著が近年も陸続と誕生している。

復刻された名著もある。

誰でも挙げるだろうが、武士道の研究家としても知られる著書の北影氏
は、林房雄『大東亜戦争肯定論』と三島由紀夫の『文化防衛論』を最終章
に持ってきている。

本書は、北畠親房の『神皇正統記』から紹介と分析が始める。慈円の『愚
管抄』はなぜか選ばれていないが、文中でははっきりと「『神皇正統記』
は、慈円の『愚管抄』、新井白石の『読史余論』とともに、我が国の三大
史論書といわれた名著である」とする。

「大日本は神国なり。天祖初めて基を拓き、日神ながく皇統を伝え給う」
と始まる北畠親房の『神皇正統記』は時代を超えて読み継がれ、現代に日
本でも文庫に全集に入っている。

北畠親房は「日本を統治する方は覇権を以って天下を統一した武家の統領
である征夷大将軍などではなく、神の末裔、すなわち皇統一系の天皇でな
ければならぬ」とした。

本書では次に山縣大弐の『柳子新論』、本居宣長『直毘霊』、平田篤胤
『古道大意』と続く。

山縣は倒幕の理論形成の先駆けであり、維新の源流と評価されるが、讒訴
され、処刑された。

嘗て評者(宮崎)は小誌平成27年5月26日号で、江宮隆之『山縣大弐伝――明
治維新を創った男』(PHP研究所)を論じつつ、次のように書いた。

「山縣大弐は知る人ぞ知る江戸中期の思想家。吉田松陰の百年前の人物で
ある。徳川将軍五代のおりに幕府の正統性を疑問視し、或る事件(明和事
件)で解職となって甲斐から江戸へでて私塾を開いていたが、「王政復
古」を訴えた『柳子新論』により、幕府から危険視され、やがて倒幕運動
の疑惑を持たれて斬首、刑場の露と消えた。まるで百年前の吉田松陰のご
とし。

いってみれば徳川幕府打倒の急先鋒的な先駆者となる思想家だが、こんに
ち、この人物を知る人は殆ど居ないだろう。現代人の誰もが山縣大弐を忘
れていた。山縣大弐は、その死から百年後、幕末の日本に蘇った。

それは吉田松陰が公武合体から反徳川へと思想的転換(著者はこれを「松
陰の窯変」と比喩している)をなしたことによる。吉田松陰が野山獄に繋
がれていたおりに、萩へやってきて、突如、文通をはじめて松陰に山縣大
弐の思想を初めてつたえた学僧は宇都宮黙林だった。

この宇都宮黙林をやや過大評価したのが河上徹太郎の『吉田松陰』だった
が、それは後世の話である。山縣大弐の「明和事件」は詳細が分からな
い。なぜなら「老中阿倍伊予守の手によって全て焼き捨てられた」からだ。

幕末から維新にかけての名著は藤田東湖『弘道館記述義』、吉田松陰『講
孟余話』、そして明治時代には『軍人勅諭』が出現し、明治十五年には福
沢諭吉の『帝室論』がでて、世間を揺らす。この福沢の『尊王論』も合わ
せて取り上げられている。

福沢は「帝室は政治社外のものなり。苟も日本国に居て政治を談じ政治に
関する者は、その主義において帝室の尊厳とその神聖を濫用すべからず」
と訴えた。シナは33もの王朝が興亡を繰り返した。日本は連続する歴
史、万世一系という特色がある。福沢はそのことを強調してやまなかった。

文部省が編んだ『国体の本義』の現代的説明のあと「戦後編」になる。
冒頭は津田左右吉の『日本文化の現状について』、徳富蘇峰『国史より観
た皇室』、小泉信三『帝室論』、竹山道雄『天皇制について』と続き、林
房雄『大東亜戦争肯定論』、三島由紀夫『文化防衛論』でフィナーレとなる。

戦後、津田左右吉、小泉信三、そして竹山道雄は意外なことに保守派から
も批判された。就中、津田左右吉への痛罵は強かったが、原因は読み違え
であり、津田は天皇廃止論でも批判者でもなく「万世一系」を称えていた。

てっきり天皇制廃止論をかくと期待して岩波書店が原稿を津田左右吉依頼
したところ、反対の議論だったので社内が騒然となったという逸話も紹介
されている。

ともかく、これらの名著は歴史教科書に出てこない。若い日本人は誰も知
らない。いかにして、こうした天皇論を普及させていくのかが、今後の課
題である。
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