岩本宏紀(在仏)
フランスの子供柔道教室を見学させてもらった。10人以上が稽古をしているのに、聞こえるのは先生の教える声、そして畳を擦る足の音と受身の音だけだ。子どもたちが声を発しないので拍子抜けするほど静かだった。中学校の柔道部で「声を出せ!」と言われ続けたぼくにとっては、それはすごく不思議な光景だった。
行きつけのスナックでこの話をしたら、日曜大工歴数十年の男性がこんな経験を話してくれた。
「一人ではとても持ち上がらない扉も、火事場の馬鹿力のように、うぉーと叫ぶとふわっと持ち上がるんですよ。声を出した方がいいと思うけどなぁ。」
しかし、若い頃講道館で初段を取ったという男性はこう言った。
「技をかけるときに声を出さないのは当然ですよ。こっちが攻撃するぞ、というのが相手にわかってしまうでしょう。講道館の練習は静かなもんですよ。声はしない、音だけだから。」
なるほどそういうものか。テニスではボールを打つ瞬間大きな声を出す選手が多い。ほかのスポーツはどうなのか気になり、空手の有段者に質問してみた。
相手の呼吸を読むことが鍵だ、と彼は言う。息を吐くときに力が入るが、吸うときには力が出ない。だから試合中は短く素早く吸い、ゆっくり長く吐くのだそうだ。
だんだん謎が解けてきた。ゴルフの場合、吸いながらクラブを振りあげ、ふぅーと吐きながら打つが、始めた頃はこれがなかなかできず、つい息を止めて打っていた。
柔道を習い始めた中学生には「息を吐きながら技をかけろ」と言われるより、「声を出せ」と言われるほうがわかりやすい。だからぼくの先生は「声を出せ」と指導していたのだろう。
ところで剣道では「面!」とか「籠手(こて)!」とか、攻撃箇所を宣言するのはなぜだろう。もちろん「胴!」と叫んで籠手を打つという話はきいたことがない。卑怯を退け正々堂々を善(よ)しとする武士道の影響だろうか。(完)
2007年07月04日
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