2022年08月11日

わたなべ りやうじらう のメイル・マガジン

わたなべ りやうじらう のメイル・マガジン
               頂門の一針 6226号
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   2022(令和4年)年 8月11日(木)


     歴史は必ず安倍氏を高く評価する:櫻井よしこ

  二度と無いチャンスを放棄:島田久仁彦

               日中国交成立:酒井信彦
 
            中国の顔色を伺って:宮崎正弘 
                 

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歴史は必ず安倍氏を高く評価する
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           櫻井よしこ

日本ルネッサンス 第1010回

凶弾に斃れた安倍晋三元総理の国葬儀決定について「よかった」とする人
が50.1%、「よくなかった」が46.9%となり拮抗したそうだ(産経新聞と
FNNの合同世論調査)

安倍氏への故なき非難を続ける「朝日新聞」や「毎日新聞」でなく、産経
系列の調査によるこの結果に、私は「そうか……」と思い、「岸信介氏と同
じだなあ」と感じた。

政治や外交の専門家やジャーナリストに、戦後の歴代首相で最も高く評価
すべき人物は誰かと問えば、岸信介と答える人が多いだろう。そしてその
理由として、命の危険に耐えて可決し成立させた日米安保条約の改定を掲
げるだろう

国民の大多数は、岸氏の日米安保条約改定によって、旧安保条約下では事
実上の植民地国家だった日本の地位が米国と対等の地位に引き上げられた
ことを忘れていると思う。そのことを忘れていたとしても、日米安保条約
は日本の安全保障の大前提として必要欠くべからざるものだと認識し、受
け入れていると思う。

しかし、岸氏の功績への高い評価は岸氏が現役の頃には想像されていな
かった。評価が改まったのは安保改定から幾十年も過ぎた後だった。岸氏
と同じように、安倍氏は日本の地位を高め、国家としての日本を強化し
た。時間が過ぎてそのことが多くの国民の実感するところとなるとき、世
論は間違いなく安倍元首相に岸氏同様の高い評価を与えるだろう。

いや、岸氏に対するよりはるかに早く、世論は安倍氏の功績を評価するよ
うになると私は思う。なぜなら、国際情勢の動きが余りに早く、日本の命
運が尽きてしまうかもしれない局面に立たされている中、日本はこのよう
に変わらなければならないと明確に指し示したのが安倍氏であるからだ。
防衛費のGDP比2%問題や核共有議論をすべしという点について、多数
が前向きな姿勢を示したように、安倍氏の立てた道筋を歩むのがよいとい
うことは、現時点ですでに明らかだ。安倍氏の政策や戦略を非難する声は
少数派なのである。

「日本国として」

諸外国の首脳、日本研究を物してきた人々が安倍氏の理念や政策を高く評
価しているのは周知のとおりだ。その中で目を引いたのが、戦略論を研究
するエドワード・ルトワック氏が月刊「Hanada」の9月特大号に寄
せたコメントである。

氏は安倍氏は「日本政府の政策」を打ち出した戦後初めての政治家だと
語っている。それ以前は外務省は米国のカウンターパートである国務省
と、陸上自衛隊は米陸軍と、海上自衛隊は米海軍と、内閣情報調査室は中
央情報局(CIA)とだけ対話していた。しかも日本国内ではこれらの
人々は互いに意思疎通も情報交換もなく、ひたすら米国の政策に追随する
だけだった。安倍政権になって初めて、日本の各機関が日本国という有機
体の一部となって互いに支え合うようになったと言っている。

いわば頭脳のなかった肉体のような形で、各役所が米国の指示に従ってい
たのが「安倍氏以前」であり、安倍氏以降、初めて「日本国として」考
え、日本政府としての政策を打ち出し始めたというのである。

安倍政権下で日本がどのような位置を国際社会で占めるようになったかを
思い返すと、「日本政府の政策を戦後初めて打ち出した」という指摘がよ
く分かる。安倍氏は第二次政権の評価として「それまで毀損されていた日
米関係を立て直した」ことを強調するのが常だった。それ以前の民主党政
権は鳩山由紀夫首相にみられるように、米中の真ん中に日本を置き、日米
同盟とは別個の形で東アジア共同体構想に熱中した。

共同体構想は元々、中国が米国のアジアにおける存在感を薄め、アジアか
ら排除することを狙って、日中韓+ASEAN諸国で結束しようと提唱し
たものだ。中国は、米国さえ背後にいなければ、日本を中国の支配下に入
れて屈服させるのは容易だと考えた。日本を含む共同体を中国が主導すれ
ば、中国はアジアの盟主となり得ると期待した。鳩山氏は2009年9月の国
連総会で、東アジア共同体構想を日本の行く道として打ち出したほどだ。
民主党政権下で日米同盟が漂流し、オバマ政権が日本に深い猜疑心を抱い
たのも当然だ。

12年12月、政権を取り戻した安倍首相が日米関係の修復を急いだのは、地
球全体を見渡したパワーバランスの中で考えることができたからだ。対中
抑止力の要となるTPP(環太平洋戦略的経済連携協定)への参加を表明
したのは年明けの3月だった。TPPはトランプ氏が政権に就いた途端に
米国が脱(ぬ)けたのが残念だったが、それでも安倍首相はこれをまとめ上
げた。TPPの持つ戦略的重要性を十分に認識していたからこそできたこ
とだ。

日米同盟だけでは不十分

日本の戦略上、日米同盟ほど重要な同盟はない。安倍氏は平和安全法制を
整備して、有事のとき日本が集団的自衛権を行使して、真の同盟国として
戦える体制を作った。日米同盟の強化策として大きな前進だった。しか
し、中国の動きを見れば、明らかに日米同盟だけでは不十分だ。安倍氏は
ここに価値観の柱を建てた。自由、人権、法の支配である。それによって
日米を基本にしながらも、その外側により広くより厚い、価値観を共有す
る国々との連携の構図を作り上げた。
 
こうした発想の背景に日本の国柄がある。日本は米国の同盟国ではあるが
米国と全く同じ国ではない。日本の長い歴史の中で育まれた価値観に人間
重視の思想がある。一人一人が各々その志を遂げることができる公正な社
会を目指す思想がある。個々人の生き方を許容する自由と、誰もが法の下
では平等であり、国家同士も国際法の下では平等だという思想は、日本に
おいてはるか遠い7世紀初頭から実践されてきた価値観である。

この思想が「自由で開かれたインド太平洋戦略」(FOIP)に反映され
た。主軸国の日米豪印の絆は深まり、オーストラリアとはいまや準同盟国
と言ってよい関係を構築した。同じくイギリス、フランスも安倍氏の
FOIPを受け入れた。両国と日本は「2+2」(外務・防衛閣僚会合)も
実現した。また安倍氏は07年に日本の首相として初めてNATO本部を訪
問し、価値観を共有することの重要性を説いている。

日米同盟を基軸としながらも、日本政府独自の立場から国際社会の秩序形
成と維持に貢献する意志を示し、構想を提唱し、実現したのが安倍氏であ
る。日本が国際社会のプレーヤーであることを実証したのだ。

安倍氏の目指した道は、しかし、完全に達成されたわけではない。一番重
要な憲法改正を成し遂げることなく、氏は世を去った。残した想いはどれ
ほど深いことか。命さえあればどれほど多くのことを実現し得たことか。
しかし、歴史に残る偉大な仕事をした安倍氏を日本国民がきちんと評価す
る日は、遠くない将来、必ず来ると、私は思う。
            


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二度と無いチャンスを放棄
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島田久仁彦


安倍氏国葬からプーチンを排除した日本政府の愚
 
ロシアの軍事侵攻開始から5ヶ月が経過するも、未だ混迷が続くウクライ
ナ情勢。その対応等を巡り、世界に分断と混乱が広がりつつあるようで
す。今回のメルマガ『最後の調停官 島田久仁彦の『無敵の交渉・コミュ
ニケーション術』』では元国連紛争調停官の島田さんが、G7諸国の行き過
ぎた反ロシア姿勢が他国からの反発を招いている現実を紹介。さらに日本
政府に対しては、安倍元首相の国葬からのプーチン大統領締め出しで、直
接的にロシアに働きかける機会を放棄した姿勢を疑問視するとともに、中
国、ロシア、トルコが影響力を増大させている国際社会において、どのよ
うな立ち位置を確保するのかを確定させる必要性を訴えています。

聞こえなくなったウクライナ戦況。それでも世界を襲う「混乱の渦」と
「複雑化」する国際情勢
ウクライナでの戦争が現在進行形である中、今週の情報交換や議論の中
で、2月24日以来、恐らく初めて【ウクライナの惨状】や【戦況】の話が
出てこない週になりました。

とはいえ、もちろん間接的には“ウクライナの問題”は関係しています。

その一例が【ロシア・ウクライナ・UN・トルコの4か国を“当事者”にした
合意】です。

これは黒海におけるロシア艦隊による海上封鎖によってウクライナからの
穀物(特に小麦)の輸出が滞っている問題を解決しようとする協議で、ト
ルコ政府による仲介の一例です。

内容の詳細についてはニュースなどを通じてご存じかと思いますのでここ
では触れませんが、今回の“合意”を前向きと捉えるかは微妙ではないかと
考えます。

その一因は【合意がロシアとウクライナの間で交わされた直接合意ではな
い】ということです。

これはそれぞれがトルコとUNを相手に締結した内容であり、双方の合意で
はないところに落とし穴が存在します。

その証拠に、合意締結後、ロシア軍が黒海に面し、そしてウクライナから
の物資が運び出される拠点の一つであるオデーサ港を攻撃したことがあり
ます。

ロシア側も、今回は珍しく攻撃を加えたことを認めましたが、その理由と
して挙げた内容に今回の合意の危なさが見えた気がします。

それは【黒海の運行の安全を損ねているのは、ロシア軍による封鎖ではな
く、そもそもウクライナが撒いた機雷の存在であるのに、そのことに触れ
られておらず、根本的な問題が解決されていないこと】と【ウクライナか
らの物資の輸送に対する安全確保について触れられている半面、ロシアか
らの物資の輸送の安全確保については約束に入らなかったこと】そして、
【オデーサ港が欧米諸国からの物資輸送の拠点になる危険があることが分
かったから】という理由でした。

3つ目については、その真偽のほどはわかりませんが、トルコ政府の友人
も認めている通り、「この合意の当事者に欧米諸国が入っておらず、その
内容を必ずしも評価しているわけではないことから、ロシア政府による懸
念を一概に妄想と扱うことは適切ではない」と思われます。

とはいえ、攻撃が正当化されるかと言えば、それはまた別次元のお話だと
考えます。

この話し合いと並行して、ロシアが起こした欧州各国への揺さぶりと脅し
が「ノルドストリームによるロシアから欧州への天然ガスの供給を通常の
20%にまで絞る」という発表です。

表向きは【カナダで修理中だったGE製の部品の修理が、欧米による経済制
裁で遅れ、その輸送がままならないこと】と【パイプライン稼働再開にあ
たり、テクニカルな問題が起きた】というものですが、どこまでそれが本
当かは分かりません。

恐らく何らかのテクニカルな問題は発生したのだと思うのですが、主因は
【欧米による制裁への抗議】と【欧州のエネルギー安全保障の生命線を今
でもロシアが掌握していることを思い知らせたかった】ことだと考えます。


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日中国交成立 
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【新聞に喝!】報道利権獲得に走った朝日 
元東京大学史料編纂所教授・酒井信彦 



朝日新聞の峯村健司編集委員は、中国報道でボーン上田賞を受けるなど著
名記者であった。だが、同紙4月7日付記事によると、週刊ダイヤモンド
の安倍晋三元首相のインタビュー記事について、公表前の誌面を見せるよ
うに要求し、報道倫理に反するとして懲戒処分を受けた。

その後退社した峯村氏には『潜入中国』(朝日新書)という著書があ
り、特派員時代に中国取材で危ない橋を渡ったとあるが、何人もの日本人
がスパイ容疑でとらわれているのに、峯村氏が無事だったのはまことに不
思議だった。

ところでこの本のあとがきに、「2018年6月に米ワシントンから帰国
して、日本で大手メディアに対する国民の目が大きく変わっていることに
気づいた。ネット上には、マスコミに対する不信感や憎悪の言葉があふれ
ている」とある。

次いで「特に朝日新聞の中国報道について、『親中的』だという批判は根
強い。1960年代の文化革命期に、中国当局は『反中報道』と批判し、各国
の特派員を次々と国外追放にした。朝日新聞は当時の社長が『歴史の目撃
者になるべきだ』として、追放されるような記事を書かないよう北京特派
員に指示。当局に都合の悪いことは書かず、北京に残り続けた」「おそら
くこの時の社の対応が尾を引いているのだろう。私個人は、この判断は間
違っていたと考える」と、述べている。

この当時の広岡知男社長による、「歴史の目撃者論」については、本欄で
何回か指摘したことがある。昨年12月にも、同紙で論説主幹を長く務め
た松山幸雄氏の死去に際して、言及した。

松山氏は、『新聞と「昭和」』(朝日新聞出版)の中で、歴史の目撃者論
が出てきたのは、結局当時の社内の「空気」によって支配されたからであ
ると、「空気」というあいまいな言葉を使って、歴史の根本的背景を誤魔
化(ごまか)している。

この広岡社長の方針は、日中国交成立以前のことで、目的は国交成立を後
押しするためであり、報道利権を獲得するためであったのは、明らかだ。
50年前の7月7日、田中角栄内閣が誕生して、一挙に日中国交成立につ
き進み、驚くべき拙速外交によって、9月29日には、国交が成立する。
朝日新聞は、自己の利権のために国を売った。日本の報道史上、最大の報
道犯罪であり、その後の日本没落の50年の、A級戦犯である。

【プロフィル】酒井信彦

さかい・のぶひこ 昭和18年、川崎市生まれ。東京大学大学院人文科学
研究科修士課程修了。東京大学史料編纂(へんさん)所で、『大日本史
料』の編纂に従事。

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

松本市 久保田 康文 

産経新聞採録

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中国の顔色を伺って
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「宮崎正弘の国際情勢解題」 
      令和四年(2022)8月5日(金曜日)弐
          通巻第7424号
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★(休刊のお知らせ)★小誌、週末(8月6日〜7日)は休刊です
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韓国大統領、ペロシ議長訪韓に肘鉄
  中国の顔色を伺って、まだ朝貢の奴隷精神が抜けない
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 シナに勢いがあるときは、その騰勢に便乗し、日本に強く出る。かの國
の民族的特性だろう。
情勢が変わると猫なで声で、日本に下手に出てくる。任那府が朝鮮半島の
南に存在した時代、新羅は侵略の牙を研ぎ、百済併呑を狙っていた。高句
麗は南下の機会を狙っていた。百済は人質として王子豊璋を日本に送り、
軍事援助を乞うた。
天智は軍の派遣を決断した。しかしシナが介入して海軍が出動し、大和朝
廷軍は白村江の海戦で敗れた。

阿倍比羅夫は船団の後詰めにあって、百済からの倭人を合計2400名、
日本に連れ帰った。百済の貴族、顕官、技術者だが、倭種のDNAをもつ
人たちだった。日本はこの敗戦で半島の拠点を失った。

 新羅も高句麗も、つねに北方の大国シナの動静を窺い、外交はそのたび
に変節しても、その一貫性のなさ、無節操。外交でもっとも重要な継続性
を慮外し無視する姿勢を反省することはなかった。
情勢次第で、外交姿勢が変わるというのは半島人の特徴である。

 元寇ではフビライの機先を制し、日本侵略の一番乗りを果たし、返り討
ちにあって国力を使い果たした。秀吉の朝鮮征伐では、ひたすらシナの軍
事支援を乞うた。徳川時代にすぐに謝罪施設団が来日する。「朝鮮通信
使」とは言い得て妙だが、事実上、日本への朝貢だった。

日清戦争前夜、朝鮮はロシア派、シナ派にわかれ、日本が併呑後は自ら日
本人の名前をほしがった。

 ペロシ米下院議長はアジア歴訪のたびにでた。
選挙が危ないので派手なパフォーマンスを演じるのが主目的、そのために
台湾の味方を演じて、米国世論を引きつけようとした。共和党は、ペロシ
の下心をしっかり見抜き、またトランプ前大統領はペロシを批判した。
とくにペロシの台湾訪問がマスコミ受けを狙った危険をともなうとして、
当初ホワイトハウスも消極的、迷惑顔だったのだ。

 最初の訪問国シンガポールでピンク、台湾では白、韓国では紫のツー
ピース、そして8月5日、日本で首相官邸の朝飯会には水色と毎日カラフ
ル。とても82歳の老婆とは思えぬ矍鑠さで軍用機の主賓だった。8月4
日、日本到着は横田基地である。民主党議員団五名を従えて、ホスト國は
いずれも行政のトップが面談した。 

ところが中国が搭乗機爆撃の脅しに、マレーシアから台湾へはおおきく迂
回し、通常四時間の飛行時間は七時間もかかり松山空港には深夜の到着。
それでも台湾の呉外務相が空港へ出迎え宿舎のハイヤットホテルまで送っ
た。翌朝、蔡英文総統と面談し、米国は台湾との強い絆で結ばれていると
言明した。

 中国は『一つの中国』の原則を踏みにじったとして実弾演習では飽き足
らず、ミサイルを次々と打ち込んで憂さを晴らした。

 韓国ではユン大統領が休暇中という口実をもうけて大統領はペロシとの
面会を避けた。
外交的に言えば、下院議長だから、ホスト国も議長が相手をすれば良いこ
とだが、世界一の大国の大統領候補序列二位となれば、そうも言っておら
れないだろう。
だが、韓国はシナへの隷属意識が抜けず、逆に米国に冷たい態度を示して
北京のご機嫌を取らなければならない。

 おりしもカンボジアで開催中だったアセアン会議では、日中外相会談が
予定されていた。
 ところが、中国軍は日本のEEZにこれ見よがしに五発のミサイルを撃
ち込んだ。そのうえ一方的に会談をキャンセルしてきた。どうやら、日本
と事を構えるらしい。

絶好のタイミングがきた。岸田首相は外務大臣も引き連れて、堂々と靖国
神社に詣でよ。エマニエル米大使も説得して同道してもらおう。
    □☆□☆み□☆☆□や☆□☆□ざ☆□☆□き☆
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★(休刊のお知らせ)★小誌、週末(8月6日〜7日)は休刊です
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  樋泉克夫のコラム 樋泉克夫のコラム
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樋泉克夫のコラム 
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【知道中国 2403回】   
習近平少年の読書遍歴・・・「あの世代」を育てた書籍(習69)

     ▽
「入党做官」=「(劉少奇が撒き散らした)入党做官(出世)論は政治
的・組織的に共産党員の魂を腐乱させ資本主義復辟の準備をなそうとする
ものだ。大部分の共産党員は生きては革命のために戦い、死しては革命の
ために献身する。

 全身全霊で人民に服務し、壮麗無比な共産主義のために奮闘努力の人生
を捧げる。誰もが、1人残らず毛主席の立派な戦士である」
──以上の4つの「文件名詞解釈」が特に突飛というわけではない。この本
そのものが、当時の中国が置かれていた情況や共産党の「狂態」を鮮やか
に描き出し、政治的マンガとしても十二分に読み応えがあると同時に、現
在の習近平政権が内外に向けて見せる政治的振る舞いの一端の裏側を、皮
肉混じりに浮かび上がらせて興味は尽きない。

 たとえば、「死んでも悔い改めない資本主義の道を歩む実権派」をテン
セント(騰訊)の馬化騰やアリババ(阿里巴巴)の馬雲ら巨大IT企業長者
に置き換えるなら、カネに物言わせて共産党に逆らう傾向を見せたからこ
そ、彼らは共産党本来の「群衆路線」に背を向けていると見なせる。
だから大富豪であろうが有無を言わせない。強権で押さえ込むだけだ。

一帯一路は「社会主義大家庭論」が形を変えた「中華民族主義大家庭論」
と考えられないわけではない。現在の共産党員の多くは「入党做官論」の
持ち主で、「昇官発財(役人になって出世してカネ儲け)」の権化ではな
かろうか。ここに示す「官」を現在は幹部と呼ぶ。

 それはさておき、『「九大」”文件名詞解釈』には、この大会で採択さ
れた「中国共産党党章程」が収められているが、その「第一章 総綱」に
みえる次の一節を読み返すだけでも、共産党における権力闘争の悲喜劇ぶ
りを思い知らされる。

 「林彪同志は一貫して毛沢東思想の偉大な紅旗を高く掲げ、毛沢東同志
の無産階級革命路線を最大限の忠誠をこめ、このうえなく堅固に推し進め
護り続けた。林彪同志は毛沢東同志の親密なる戦友であり後継者である」
 ──かつて林彪という将軍アリ。その実態は毛沢東のパシリであっ
た・・・のでは。

 林彪と同じように文革を象徴する人物と言えば、誰がなんと言おうと、
やはり雷鋒(1940〜62年)だろう。しかも雷鋒は習近平政権下の現在でも
学習が奨励されているわけだから、文革のアイコンであるだけではなく、
「中国の夢」の体現者と考えられないわけではない。

 「三つ子の魂・・・」の伝ではないが、やはり生まれた時から「毛沢東
のよい子」を運命づけられて成長した習近平ら完全毛沢東世代の頭の中に
は、「為人民服務」の英雄と大賞賛された雷鋒の記憶が今なお消えること
なく連綿と、鮮明に息づいているに違いない。

 そこで問題の「毛沢東思想式刻苦勉励の聖人」である雷鋒の姿を、『雷
鋒日記(増訂本)』(香港朝陽出版社)から紹介しておきたい。

 雷鋒(1940〜62年)は湖南省長沙の生まれ。父親の雷明亮は27年に湖
南・江西省境で毛沢東が指導した秋収蜂起に農民協会自衛隊長として参加
し、44年に日本軍との戦いで犠牲になる。
父親の苛烈な人生を胸に秘めた雷鋒は人民解放軍に入隊した60年に共産党
入党。

 工程運輸連、つまり工兵運輸中隊運転手である。撫順市人民代表。執務
中事故死。没後に彼の人民に奉仕する姿勢が高く評価され、63年3月5日の
『人民日報』で毛沢東が「雷鋒同志に学ぼう」と表明したことから、「模
範兵士・雷鋒同志に学ぼう」運動が全国的に展開されることになったわけだ。
 この運動は毛沢東への個人崇拝を大いに煽る働きをしたことから、文革
中には殊に盛んに行われた。以後、毎年3月、「雷鋒同志に学ぶ」キャン
ペーンが実施されることになる。

 以上が人名事典風に綴った彼の生涯だが、この本には毛沢東が「雷鋒同
志に学ぼう」と呼び掛けるキッカケとなったとされる雷鋒の日記のハイラ
イトが収められている。
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読者の声 どくしゃのこえ READERS‘OPINIONS 読者之声
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(読者の声1)安倍晋三元首相を祀る安倍神社創建の話が澎湃と唱えられ
ています。現代の松陰神社にせよと募金を呼びかければ出来るという意見
ですが、宮崎先生はどう思われますか?(DD生、岐阜)

(宮崎正弘のコメント)菅原道真を祀る北野神社は死後百年後でした。楠
正成を祀る湊川神社は五百年近く後に水戸光圀が提唱した道筋に基づき建
立されました。
 他方、南州神社は名誉回復が僅か十年後、薩摩でたちまち賛同が広が
り、西郷墓地に隣接して建立されました。松陰神社も当時の薩長政権が推
進したためにすぐに出来ましたし、靖国神社も戊辰戦争の英霊を祀る招魂
社が嚆矢。ですが西郷さんも、会津武士も、合祀されていない。
 東郷神社、乃木神社、児玉神社、広瀬神社と軍神が神となり、神社に祀
られるのは当時の国際環境下、国民の士気を高めるという国家の方針であ
り、基金も国家拠金が大きい。一方で木戸孝允神社は山口市にあります
が、寂れています。大久保神社はありません。
 首題のことですが国家が予算を割くには憲法改正が必要でしょうし、ク
ラウドファンディングとなれば、永続的に奉職される宮司、権宮司、祢宜
などの神職をどうするのか。課題が山積みです。広大な土地、神聖な場
所、そして基金です。
三島由紀夫神社は、提唱されてから半世紀がたちました。
 賛成、反対ではなく、客観的事実を勘案して申し上げると、現況の諸法
律と宗教事情から言って、かなり難しいのではありませんか。「国葬」に
すら反対する国民が相当数おります。


━━━━━━━
重 要 情 報
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◎岸田さん、お願いしますよ:前田正晶

内閣改造が「骨格」を残して実施されるのだが、面白いことは、総理自身
も官房長官も何ら具体的なことを公表されていないにも拘わらず、昨夜か
ら改造内閣の顔ぶれが続々と「速報」でテレビの画面に流れていたし、勿
論新聞の紙面も飾っていたのだ。あれは意図的に流しておられるのかと
疑った。それとも、報道機関の慣習?

私にはこの改造内閣の顔ぶれに点数を付けて評価することなどできる訳
がない。ではあっても、民主主義を信奉しているはずの我が国で、国民の
過半数が選んだ国会議員から選んで岸田文雄総理を頂点とする内閣が出来
るのであるから、それを批判するのは自滅行為であると思っている。私の
持論は「自分たち国民が投票して選んだ人たちの行為や行動を批判すると
か非難するのは自己矛盾だ」なのである。

岸田文雄総理自身が認められたように、国内には旧統一教会のような問
題もあるが、「現在我が国が当面している国内外の主要な問題点は未だ嘗
て無いほど危険な材料が多い」のである。私は昨日には危険極まりなくな
りつつある中国の問題を取り上げたが、如何にして急速に急変していく国
際情勢に敏速且つ適正に対処していくかをこの改造内閣に任せるのだ。こ
んな高齢者で良いのかと思わせられた新閣僚は確かにおられる。だが、そ
れを論じる時期ではないと思う。

誰だったか失念したが、岸田内閣の50%超の支持率は極めて高いのだそ
うだ。私はその高い支持率を背景にして、如何にしてこの難局を乗り切っ
て下さるかに期待する以外に何があるのかと思っている。アメリカではバ
イデン大統領の支持率低下が顕著であれば、韓国の尹錫悦大統領に至って
は20%台に沈下してしまった。

即ち、我が国が立っている区域にあるこの2国の指導者は、苦境に立た
されているのだ。一方の専制主義の指導者である習近平主席もプーチン大
統領は未だ未だ安定した地位にあり権力を思うままに行使しているのだ。
今こそ高い支持率に支えられる岸田文雄総理の手腕に期待せねばならない
ときなのだ。「岸田さん、お願いしますよ」と言って終わる。



◎2016年6月の河添恵子氏の「中国の国家総動員法について」の講演より:
前田正晶

この河添氏の講演から学んだことは「中国の国家総動員法は危険極まりな
い法律であり、中国は何も尖閣諸島の奪取どころではなく、我が国の属国
化すら企んでいるのだ」という点だった。そこで、この講演から学んだこ
とを採り上げた2016年6月5日の記述に多少加筆して、再度お知らせする次第。

昨6月4日、六本木の国際文化会館で開催された公益社団法人国民会館主
催の第1017回 武藤記念講座で聴いたノンフィクション作家・河添恵子氏
が「中国が仕掛ける歴史戦」」と題した講演の要旨は下記の通りだった。

念の為に確認しておくと、この講演会が催された頃には「台湾有事」など
が話題に上っていなかったし、故安倍晋三元総理が「台湾有事は日本の有
事」と指摘される遙か以前のことだった。中国という存在の危険性はこの
講演の6年後には、周知のように何十倍、何百倍と計り知れないほど増大
しているのだった。

“中国政府は世界の華人団体、左派、韓国系などと連携し、国連を侵食し
ながら「南京大虐殺」「従軍慰安婦」他、捏造の歴史の拡散に心血を注い
でいる。しかも近年は”双子の政党”と呼ばれる中国国民党とも連動して動
いている。戦後70年を過ぎ、更なるステージに上がった中国が仕掛ける
「歴史戦」の最終目標は?日本は今、何をなすべきなのか?”

となっていた。この河添氏の講演の内容の全部をここに正確に再現するだ
けの確かな記憶力はないが、中国が我が国のみならず世界に向かって仕掛
けていることの恐ろしさは、大袈裟ではなく”戦慄的”でさえあった。中で
も河添氏が「中国は2020年までに国家総動員法を発動する危険性を感じて
いる」と述べられたのは、印象的などという次元を超えて脅威であると感
じた。

しかも、質疑応答に入ってから、かなり高齢と思われる紳士が「中国が発
動すると言われる根拠は?この法律には前文のようなものがあり、何時如
何なる場合に発動するといったような規定はないのか。俄に発動の危険性
ありと聞かされても納得しがたい」と執拗に問いかけた。これは、折角90
分もかけて河添氏が語られた中国の国際法無視、横暴、手前勝手、国内法
を国際的に適用する姿勢、世界各地に張り巡らした華僑網、欧米各国の政
財界の上層部への食い込み等のように、およそ掛け得る圧力等を全く理解
していなかった為に出た余り賢明ではない質問であり、中国は我が国の常
識で測れる国だと思い込んでおられるために出てきた誤認識に他ならない
と思って聞いた。

このような質問をする人がいがいることを中国が知れば、それこそ「日本
は甘いな」とばかりにほくそ笑んでいるのかもしれないと、不安に感じて
いた。

この「国家総動員法」とは2010年7月に制定されたもので、Wikipediaには、

「この規定には中国国内で有事が発生した際に、全国人民代表大会常務委
員会の決定の下、動員令が発令される。国防義務の対象者は、18歳から60
歳の男性と18歳から55歳の女性で、中国国外に住む中国人も対象となる個
人や組織が持つ物資や生産設備は必要に応じて徴用される。有事の際は、
交通、金融、マスコミ、医療機関は必要に応じて政府や軍が管理する。ま
た、中国国内に進出している外資系企業もその対象となる国防の義務を履
行せず、また拒否する者は、罰金または、刑事責任に問われることもあ
る」  とある。

また、「Hatena Diary」のブログには、

“《在日中国大使館は25日までに、日本に滞在している中国人に対し、緊
急事態に備えて連絡先を登録するよう呼び掛ける通知を出した。通知は8
日付だが、同大使館のホームページに掲載されたのは24日という。

国防省が23日に防空識別圏設定を発表したことから、中国人からは日本
側との摩擦拡大に備えた予防措置と指摘する声も上がっている。

通知は「重大な緊急事態が発生した際に在日中国人に対する協力や救助を
速やかに実施するため」と説明。一部中国メディアも報道した。》

これって日本に滞在中の中国人は本国の言う事をきかなければいけないっ
てことです。逆らうと中国に残された家族がどうなるのかわかったもので
はありません。

【皆に知らせよう「支那国家総動員法」の危険性】
http://torakagenotes.blog91.fc2.com/blog-entry-1144.html

在日支那国籍者も「動員」対象であり《多くのみなさまがすでにご存知の
通り、一昨年(2010年7月)に中国共産党政府が成立させ、施行した国家
総動員法(国防動員法)は、同国の国防に関わる有事にいたった場合に、
国内外の支那(China)国籍者の財産の接収(没収)同国籍者の徴兵(国
内・在外を問わない同国籍者の徴兵(兵員化)と、および、同国内での外
国資本の没収まで含まれています。

何故、このような法律を性急なまでに施行したのか。その目的は、中国共
産党政府がごく近い将来に有事(および戦争)の発生を想定してのこと
で、たとえば、対日政策の上では、侵攻による沖縄県尖閣諸島、さらには
沖縄本島の収奪・領土化とそのための有事を視野に入れてのことであろう
ことは邪推の余地も有りません。もとより、沖縄の領土化は日本本土を次
の視野に入れてのことで、日本の属国化、ひいては「日本自治区化」を置
いているであろうことは推察に難くありません。”

と述べられている。ここまでで私が恐ろしいと言った根拠をご理解願える
かと思う。

因みに、我が国に居住する中国人は約65万人であるが、この数には不法
滞在者は当然ながら入っていない。また、観光で来訪する者は年間20万人
以上と言われている。

ここ新宿区だけを考えても1万人超の中国人が住民登録している。その者
たちが事があれば工作員となるというのが国家総動員法の規定である事を
良く認識しておく必要があると思う。



◎杜甫の詩『春望』国破れて山河あり、、、

テーマ:ブログ:北村維康

これは志那の詩人、杜甫の、有名な詩である。私の高校の担任は、漢文の
先生だったので、この詩についても教へて下さったことが、今でも心に
残ってゐる。お名前は新垣先生と言ひ、沖縄のご出身であった。「戦争に
は何一つ良いものはない」と言ひ、また敗戦時にはこの杜甫の詩の意味が
本当に感じられたと言ってをられた。興味のある方は、是非原文をユー
チューブでお読み下さい。

もうすぐ、終戦記念日がやってくる。

そしてまた、近々、中国が日本に攻めてくるかもしれない。この襲来を
防げないのは、これは政治家の責任である。しかし憲法を改正し損なった
のは、結果的にそこまで左翼を野放しにしたGHQにやられてしまったわ
けで、其処までも含めて、無能な政治家を選んだ戦後の我ら国民の責任な
のである。しかし、無限の力を持つ我ら日本民族は、そこからまたフェ
ニックスのやうに立ち上るだらう。どうか皆さんには、良く戦ひ、そして
良く勝って頂きたい。ご武運を祈る。

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身 辺 雑 記
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11日の東京湾岸は晴。

渡部亮次郎わたなべりょうじろう86歳。

元NHK政治部記者。当時「文芸春秋」に「赤坂太郎」で
政治評論を書いた。1字10円だった。

仙台、盛岡局勤務の後、東京の政治部へ。河野一郎を
担当。河野先生は酒 を一滴も飲めなかった。毎夜、赤坂の料亭に立ち
寄っていたが、お膳を前にお茶を飲んでいたとは。呑み助の私には想像も
できない。
外務大臣秘書官。その後、社団法人の理事長を18年間。
現在は年金生活者。メルマガ「頂門の一針」主宰者。
 
秋田県生まれ1936年1月13日。どこといって故障個所は無いから100位まで
は生きるだろう。このメルマガの届かなくなった日が私の死亡日です。

兄は81で、姉は91で死んだ。遺伝の話をすれば、 父親は60代に死んだが
母親は98まで生きた。

渡部 亮次郎

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渡部 亮次郎
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